毎日のできごとの反省

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書評・「真相箱」の呪縛を解く

2020-03-26 15:57:05 | GHQ

櫻井よしこ・小学館文庫 

 「真相箱」と言う戦後GHQが作って日本に広めた本が、日本の歴史観を歪めた、ということでその嘘を突く、と言う主旨は重要である。しかし皮肉にも櫻井氏自身がGHQによる史観から完全には逃れられていないことを、この本は示しているように思われる。以下にその例を示す。特に後半は戦史に属する部分が多くなるので、戦史に疎いと自ら認められているように、嘘を見抜けないものが多いのは仕方ない。好著であるが解説が少ない事に不満が残る。

 P35では南京攻略において虐殺は確かにあったと述べている。だが0万人より遥かに少ない人数であっても一定の条件を満たす虐殺があったのなら、戦史における事件と言わざるを得ない。櫻井氏も数の大小に置き換えて逃げようとしているように思われる。通州事件は日本の民間人がむごたらしく殺された。戦時国際法に違反しているのはもちろん、そこにいた日本の一般市民全員が殺されたのである。それこそ、歴史上の虐殺事件というべきである。数は二百余人だが、民間人全員が偶発的にではなく、民間人をターゲットとして、故意に残酷無比な方法で殺害されたという点において、事件として特筆すべきことなのだ。だから問題は数ではない。

 通常の市街地攻略戦においては、民間人も含めた不法殺害は絶対と言っていいほど0には出来ない。問題は当時の市街地攻略戦において通常やむを得ず起きる程度にとどまっているか、そして交戦者を攻撃する巻き添えに民間人が殺されたかどうかである。真珠湾攻撃においても、民間人約百人が軍事施設攻撃の巻き添えで死亡したが、故意ではないし、許容される範囲である。沖縄戦でも米軍は国際法違反の民間人殺害を行っているのは、米国人の書いた「天王山」にも描かれている。米軍の強姦や殺人は、戦闘が終結した地域でさえ行われていたのである。しかし沖縄大虐殺とか沖縄事件とは言われない。それが何故かを考えればよいのである。その意味において、私は南京大虐殺や南京事件と呼ばれるべき、歴史上のできごとはなかったと確信している。

 櫻井氏はバターン死の行進、についても全面的に認め、その原因は日本軍の生命軽視や捕虜をとらない方針であったとしている。しかし近年「死の行進」は、多くの原因は指揮官たるマッカーサーが兵士を置き去りにして逃亡したことにある。捕虜として扱われる原則は指揮官による降伏の申し出であるが、マッカーサー自身がその責務を放棄して逃亡した。食料もなく、重病が蔓延していた米兵の捕虜の生命を救うために捕虜を移動しなければならなかったことが、最近では日本の雑誌や書籍で明らかにされている。日本軍は捕虜の米兵を戦時国際法にのっとり人道的に処遇したのだ。捕虜を取らないことを公言していたのは、むしろ米海兵隊の幹部であった。だから日本人投降者や野戦病院の傷病兵を次々に殺したのだ。野戦病院の傷病兵殺害は、戦時国際法の明確な違反であることは言うまでもない。

 日本兵が投降しなくなった原因のひとつは、米軍による投降者の虐殺にあったと、チャールズ・リンドバーグなど複数の米国人自身が認めている。狡猾な米軍は殺さなかった少数の兵士や民間人を徹底的に厚遇し宣伝に利用した。強姦された日本女性の多くは殺害された。死人に口なしである。このことをどう考えるのだろうか。櫻井氏も人道的な米軍、残酷な日本兵と言うGHQどころか米国を上げて行った宣伝にみごとに引っかかっているのだ。

 対支二十一箇条の要求の項(p85)について日本のとった道はたしかに正道とはいえない。中国からみればとんでもないことである、と語る。その後の世界情勢の枠内に置いてのみ、公正で真っ当な視点として成立するということだ。そうした場合、日本ひとりが不当な要求をしていたとの構図と批判は当たらないのである、と西欧との比較によって日本の行動を擁護しているものの、全体の調子は日本は中国に対して悪いことをしていた、という立場であると読める。

 だが、当時の支那は「中華民国」を自称していたもの、統一されたひとつのまともな国とはいえなかったのだ。櫻井氏にはそうした視点が欠けているように思われる。支那との租借期限延長交渉との過程で、日本がこうした要求をしたので支那政府がこれに屈せざるを得なかったことにすれば、国内世論の反発を抑えて日本の希望を入れることができる、と、日本政府は袁世凱に騙されて、こうした形で公表されることになったのだ、という信ぴょう性のある説さえある。今日でもあるように国内事情を口実に支那政府に利用されたのである。

 戦史に関する真相箱の嘘にも触れていない箇所があるが仕方ないだろう。昭和二十年に日本機の爆撃で大破した正規空母フランクリンは修理された上再就役した(p356)と書かれている。事実は、八百人近くの戦死者を出し、大火災で船体構造全体に大きな歪が生じ、復旧するには新造と同じコストがかかる大工事になるため、復役しなかった(世界の艦船2012.6に被害の詳細な記述がある)と言うのが真相である。程度は少し軽いが同様に日本機の爆撃で大損害を出したバンカーヒルも五十歩百歩だった。フランクリンがずっと予備役扱いながら正式に除籍されたのが昭和三十九年と遅かったのは、米海軍による誤魔化しである。フランクリンは沈没したのも同然であったのである。

 日本の急降下爆撃機は、二十五日の朝小型空母セイントロウを撃沈しました(p251)、とある。護衛空母セント・ローを撃沈したのは、最初の正式な神風特別攻撃隊とされる敷島隊の零戦である。他の個所でも真相箱は特攻隊の戦果を故意に書かない。米軍は体当たり攻撃までして日本軍が抵抗している事実を国民に知られるのを恐れ、戦時中は徹底した報道管制によって報道させなかったのである。米国はいいことも悪いことも公平に発表していたなどというのは大嘘であるのは当然である。

 真珠湾攻撃の戦果を戦艦二隻撃沈としているのも、日本戦艦10隻を撃沈したと書いている事と比較すると巧妙な嘘である。真珠湾では、戦艦で大破着底すなわち事実上の沈没をしたのは5隻で、そのうち3隻が浮揚修理されて実戦に参加している。日本戦艦12隻のうち、洋上で沈没したのは7隻、事故で陸奥が沈没、瀬戸内海で大破着底したのが3隻、長門だけが航行可能な状態で残った。真珠湾で大破着底した3隻が修理再就役したから撃沈ではないとするなら日本戦艦3隻も修理再就役可能な状態だったから、撃沈ではないことになってしまう。米軍にしても自軍の被害は少なく、敵の被害は大きく評価するのだ。飛行機の被害でも、米軍は戦場域内で被害を受けて墜落したものだけを被撃墜とカウントし、被害を受けて戦場を離脱して、基地に帰投途中に力尽きて墜落全損したものは、被撃墜とはカウントしない、というのだから。



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