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毎日のできごとの反省

 毎日、見たこと、聞いたこと、考えたこと、好きなことを書きます。
歴史、政治、プラモ、イラストなどです。

溥儀と呼ぶおかしさ

2015-11-03 15:21:13 | 支那大陸論

 ラストエンペラーこと、清朝最後の皇帝は溥儀と呼びならわされている。この方面に知識がなければ、姓が溥で、名前が儀だと思うのに違いない。少し知識があれば分かるように、清朝皇帝の姓は愛新覚羅という長ったらしいものであり、溥儀は名前なのである。姓は満州語読みでアイシンギョロと読むのだそうだが、溥儀を満洲語で何と読むのか知らない。

いずれにしても、愛新覚羅溥儀とは満州語の音の漢字表記である。溥儀、とだけ言うのがいかに変かは、毛沢東を沢東と呼ぶのが一般的である、と想像すればわかる。日本人なら、家康、信長、秀吉と呼んで平気でいるが、これは徳川、織田、豊臣のように言うと該当者が何人もいて、誰を指しているのか分からなくなってしまうからであって、歴史書ならフルネームで呼ぶであろう。

また中国人の名前を日本人が呼びならわすときは、フルネームか、姓だけである。例えば、毛沢東なら毛、袁世凱なら袁と言っても通じるのは分かるであろう。その一方で孫文のことを孫とはまず日本人は言わない。どこかにありそうだし、フルネームでも二文字だから略すこともないのである。

このように歴史上の人物を、日本人が呼称する場合の慣例を、日本人の名前と中国人の名前を表記することを例示すると、溥儀、と呼ぶのがいかに不自然か分かる。なぜそう呼ぶかの答えは、今書いたばかりの一文に含まれている。今「中国人」と呼んでしまったが、溥儀は中国人ではない。

漢民族という意味での中国人ではないのである。あくまでも溥儀は満州人なのである。それを中国人と思わせるために溥儀、とだけ言うのではないか、というのが小生の邪推である。それならば愛新覚羅と呼べばいいのではないか、と言ったとすればこれも混乱する。日本でも案外有名なのが、弟の溥傑だからである。

そこで溥儀、溥傑と並べると、うまい具合に、溥が共通するから、ますますもって、溥が姓だと錯覚しかねない。いちいち愛新覚羅溥儀などと呼ぶのが面倒だという事で、日本流に溥儀、と呼ぶのが落ちになるのである。善意に解釈すれば、信長、秀吉と呼ぶようなものであろう。

前記のように、溥儀は中国人ではない、と言ったがこれもそう単純ではない。日本は昔から漢民族が支配する地域を支那と呼んだが、戦後になって敗戦国民の悲しさで、中国と呼ばされている。戦前使ったから蔑称だ、という訳である。ところが蒋介石政権は中華民国と自称し、共産党政権は中華人民共和国と自称したから、どちらも中国と略せる、という向こうに好都合なことになっている。

だから保守の日本人は民国と略したり、国交回復以前は中共と略すことが多かったが、この方がまともであろう。清朝崩壊後中華民国が成立し、国際的な承認を受け、戦後は中華人民共和国が成立したから、清朝の後は中国だと言い、今では過去の非漢民族王朝まで中国だというようになった。ご存知のように、各々の英語名はRepublic of ChinaとPeople’s Republic of Chinaだから日本語に直訳すれば支那共和国と支那人民共和国である。

日本語も中国語も漢字表記が共通するから、日本人は中国の漢字表記をそのまま使うのは当然だと思っているが、国際標準から言えば当然ではない。例えばドイツである。英語表記はFederal Republic of Germanyで略称Germanyである。ドイツ語では Bundesrepublik Deutschland である。略称はDeutschland である。そして日本ではドイツと言う。

英独ともに、アルファベットが共通文字であるにもかかわらず、ドイツと言う国の表記は、ドイツが使うものが使われていない。だから、日本が中国と言う先方の自称をそのまま使う必然性はない。

ある戦前の訳本で、支那共和国という言葉が使われていた。実は一般に言う中華民国のことである。訳者はわざわざ、英語表記の直訳を使ったのである。脱線したが、溥儀と言う表記を使うのは構わないが、一度は愛新覚羅溥儀、と書いておいてから、次から省略として溥儀、と言わなければ誤解される。織田信長と言っておいてから、略として信長と書くようなものだろう。一貫して苗字を省略して、溥儀と表記するのは奇妙なのである。


書評・なぜ中国は覇権の妄想をやめられないのか・石平

2015-07-18 15:10:02 | 支那大陸論

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 副題:中華秩序の本質を知れば「歴史の法則」がわかる

 

 さすが総合的には的確であると思うが、違和感のあるところなしとはしない。中華世界で天子と認められる条件は、「・・・周辺の『化外の民』や野蛮国を服従させて『中華秩序』を打ち立てることである。(P60)」として隋が統一後、高句麗討伐に全力をあげた、という例をあげる。二代の皇帝が高句麗討伐に失敗した結果、天命に見放されたものとみなされ、崩壊したというのである。

 また、毛沢東が朝鮮戦争を、小平がベトナム国境戦争を、ともに政権を握ってからすぐに行ったのも、この延長にあると言うのだが、隋の件に関しては異論がある。隋は明らかに「漢民族」と呼ばれる人たちとは異なる範疇の民族支配による王朝である。この論法だと、たとえ異民族であっても中華社会に入ると、中華社会の天命の論理に従う、ということになる。実際はそうではないのでないのか。隋にとっては危険な大勢力であった隣国は倒さねばならず、結局その征服に疲れて崩壊したのではないか。

 清朝は満州族の王朝である。外部から北京に入って明を倒したが、モンゴルやチベットを支配したのは、天命の論理ではなく、各々の民族の長を兼ねるというソフトな方法で支配した。隋とはケースが違うのである。元もまた違うパターンである。ヨーロッパにまで侵入する大帝国を作ったが、モンゴル本土においては、モンゴルの論理で動いたのであって、天命の論理ではなかった。

 なるほど、毛やは石氏の言うことが適用されるのかもしれない。だが、中華世界を支配した全ての民族に適用されるのではなく、「漢民族」と呼ばれる範囲の民族に限定されるのではなかろうか。つまりドイツやフランスなどと民族は異なっていても、「西欧人」、という共通項はあるのと同様に、「漢民族」と言う共通項はあるのである。

 似た違和感を「四十数年後、アジアに生まれた『日本版の中華秩序』(P92)」という話にも感じる。日本が清国を崩壊させたのも、満洲国を建国したのも、西欧の圧迫というやむにやまれぬ必要からであって、天命の論理ではない。日本の危機感はロシアや英米に向けられていたのであって、支那に向けられていたのではない。ここで石氏は自己の結論を拡大解釈し過ぎているように思われる。

 日米戦争では、米国が中国にほとんど利権を持たないのに、対日戦を始めて多くの犠牲を払ったのは、「すべての国々は大小問わず平等な権利がある」、というアメリカの正義に従ったものだ、という(P110)のだが承服できない。その証拠がハルノートであると言うに至っては尚更である。石氏がハルノートの原則として示している、一切の国家の領土保全云々、といういわゆる普遍的正義は、一方では本気であると同時に、アメリカ得意の本音を綺麗な言辞で包むやり方である。

 日本国憲法が、日本だけが侵略国家で他国は侵略しないから、日本さえ軍備がなければいいのだ、ということを言うのに「・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」という一見美しい言葉を並べるのが、米国流である。この米国流の美辞麗句を、護憲主義者は額面通り信じて真意を知ろうともしないからいるから恐ろしい。石氏ほどの碩学が、満洲事変よりかなり前から、日本が有色人種唯一のまともな主権国家であることに、米国が悪意を抱いていたことを知らないのであろうか。アメリカは常にダブルスタンダードで動く国である。

 「『民族の偉大なる復興』を掲げて登場した習政権(P156)」というのは、その通りなのだろう。かつての中華帝国によるアジアの秩序の再建をめざす、というのがその中身である。そして「アジア安全保障会議で発揮された安倍外交の真骨頂(P199)」というのは、石氏が中国に抱く危機感と、それに対抗できるものとしての安倍内閣に対する大きな期待を示している。だがまたしても「戦前の『大東亜共栄圏』を復活させるような野望を抱いてはならないのだ。(P213)」というのは大きな誤解である。

 なるほど戦前の一部の日本人には、国力への過信から放漫になっていた者もいる。しかし、全体的に見れば例外であるし、英米の方が過去も現在も、遥かに放漫であり続けている。中国共産党政権に至っては桁違いに放漫である。大東亜共栄圏とは、日本の弱い国力を何とかするために必死でとった政策を、大袈裟な言葉で表現したもので、実質は実に地味で防衛的なものであった。日本軍が精神主義だと批判されるのは、武器弾薬の質と量の重要性を無知により無視したのではなく、日本の工業力と経済力が、戦争に絶対必要なこれらを満足できないことを熟知した、絶望の果てに生じた結果によるものである。

 本書で全般的に感じるのは、石氏の米国に対する信頼が強い、ということである。例えば「・・・他国を抑制するような中華秩序と、アメリカが『警察官』となって共通した法的ルールを守る秩序とでは、天と地ほどの差がある。海洋の問題に関しても、アメリカが提唱する『航海の自由を守る法的秩序』は誰の目からみても、覇権主義的な中華秩序よりもはるかに公正で正義に適ったものだ。(P194)」というのが、その典型である。

 むろん中華秩序は論外である。石氏がアメリカについて説明していることも、一面では真実である。しかし、米国は中東政策だけを見ても、明らかなダブルスタンダードを犯しているし、謀略も敢えてする。それは国益、という観点からは当然なことである。だから米国の多面性を一方で理解しながら、同盟するなりの関係を持たなければならないのも当然である。

 長年私淑されているという、中西輝政名誉教授にしても、米国に対しても冷徹な目で見ているはずであって全面的に米国に依拠すべきだと考えてはいない。明晰な石氏がそのことを理解していないとは到底思われない。前記のような米国の正義論を述べるのも、中国の最近の覇権主義的な活動が、あまりに危険な水準を超えているための、焦燥感の現れだと小生は考える。


嘘だらけの日中近現代史・倉山満・扶桑社新書

2015-06-17 12:34:42 | 支那大陸論

  「まじめに中国の政治史を書こうとしたら、モンゴル語や満州語ができなければ話になりません。」(P14)というのだが、漢文では土地制度史だけしか書けないから、漢文しか読めない、今の日本の「世界史」は中国の政治史ではなく、土地制度史しか書かれていないから歴史になっていない、というのである。

 モンゴル語と満州語の必要性の理由はこれしか書かれていない。これを小生なりに解釈するに、漢文は文字表記としては不完全なものだから、モンゴル語と満州語のような普通の言語の文字表記が必要だ、ということがひとつ。清朝では、漢文の歴史書等の文献が解釈を含めて満州語にほとんど翻訳された、という事がふたつ目であろう。世界の言語に関する書物で、西洋の中国研究家は、漢文の古典を読むために、満州語を学ぶと書いてあったのが、このことであろう。漢文は言語の文字表記としては、相当に不完全である。だから解釈が必要なのである。清朝は、文法があるノーマルな文字表記である、満洲語に漢文の古典を翻訳する際に、解釈も含めて翻訳し、漢文の古典が普通に読めるようにしたのである。

 岡田英弘氏だったと思うが、世界史はモンゴル帝国から始まると書いた。これはモンゴル帝国が、世界帝国になることによって、ヨーロッパ文明と中国文明が接触することによって世界史が始まった、というのである。これが三つ目であろうか。

 戦前の人物評価で「どうも『日中友好』を唱えながら、孫文を助けた頭山たちを罵る日本人を見ると、阿Qを思い出して仕方がありません。」(P111)というのであるが、阿Q正伝は列強に何をされてもへらへらしている中国人を風刺しているというのである。孫文を助けたのは他でもない、今中国侵略者呼ばわりされている、戦前の右翼である、ということを親中派の人士は故意に忘れているのである。

 ただし、今でもそうであるが、中国にシンパシーを抱く人たちは、現代中国人を古代中国文明の後継者とみなして、現実の中国を見ずに幻想を抱いている。当然であるが、日本の要人を接待するときは、中国政府はその誤解を利用しているのである。

 興味があったのは、倉山氏がいわゆる「南京大虐殺」なるものにいかなる判断を下しているかである。結論から言えば「こんなものはまじめな研究者ならば相手にする必要のない与太話です。」(P199)と明快なのであるが、その理由づけたるや不分明で参考になるものもならないものもあり、とにかく整理されていない。要するに定義をきちんとしている議論が少ないとして、九つの論点を提出しているだけである。だけである、といったら失礼だが、もう少し論理的帰結が明瞭になる書き方をしていただきたいと思う次第である。

 例のリットン報告書であるが、「日本には実を取らせ、中国には花を持たせよう」として形式上は中華民国の主権を認め、日本の満洲における権益を認めようとしたもので「中国政府は党の一機関に過ぎず、として「・・・蒋介石政権をファシスト国家だと指弾している反中レポート(P171)」だというのである。

 事実はその通りである。しかし、リットン報告書を日本が受け入れて、英国の思惑通りに解決したとする。しかし、米中の考え方からすれば、その解決は暫定的なものに過ぎない。結局は日本が大陸に権益がある限り、日中は争い、その結果として対米戦は惹起したであろう。しかも大陸における日本の権益と言うものは正当なものであり、安全保障上も経済上も、日本の生存に必要なものであったから、守らなければならなかった。日本は絶対矛盾状態にいたのである。それに想いをいたして、父祖の労苦を理解しなければならないのではないか。

 その意味で「ルーズベルトが中国問題で、日本の死活的利益にかかわるような介入をしたので、アメリカは日本と戦争になったということです。(P211)」と言っているのは、倉山氏が言う通り「明らかな事実」である。

 他の著書でも気になるのだが「帝国陸海軍は恐るべき強さですが、そこらじゅうに喧嘩を売るような戦争をするなど、政治と統帥は無能の極みです。(P211)」と言うのは氏の持論である。ひとつの疑問は何故、日清日露の時代の政治と統帥は健全で、昭和になって無能と言われるようになったのか、ということである。この倉山氏の考えは司馬遼太郎と同じである。果たして維新の元勲が昭和の政治と統帥を司っていたのなら、果たしてうまく立ち回れたのか、という疑問に小生は、はっきり「そうだ」と答える自信がないのである。

 また、帝国陸海軍は無敵であった、と述べるが大東亜戦争開戦の時点で、あり得ないことだが支那事変での疲弊がなかったとして、やはり無敵であったのか、と言うことについては大きな疑問がある。日露戦争以後、戦争のハードとソフトは急速な発展を遂げた。中でも、第一次大戦後の米国のそれは著しいものであった。

 日本の軍艦の装備は、日露戦争のそれを直線的に高めてきたのに過ぎない。陸軍の装備についても同様なことが言える。だが欧米、特に米国の進歩は直線的発展ではなく、飛躍的発展を遂げているように思われる。真珠湾攻撃は、半戦時体制下の完全な奇襲であるという、圧倒的に優位な条件であったにも拘わらず、特殊潜航艇は日本の空襲より一時間も前に全て撃沈されている。

 延べ約350機の攻撃隊は1割弱の、29機が撃墜されている。巷間言われるのと違い、この被害は軽微なものではない。ドーリットルの日本初空襲では、戦時体制下であるにも拘わらず、1機のB25すら撃墜できなかった。B29の空襲では体当たり攻撃しても、3%の撃墜率も達成していないのにである。具体的には言わないが、戦記を読む限りにおいて、戦争の初期においてすら日本軍は楽勝してはいない。戦勝の多くが、犠牲を厭わない兵士の勇敢な攻撃に支えられていた。

マレー沖海戦などの英海軍の間抜けな戦いに比べて、米軍は違ったのである。米軍の戦闘能力の飛躍は第一次大戦以後のことであると、小生は仮説を立てている。現在ではノモンハンでの損害は、実はソ連の方が大きかった、という事実が判明しているが、それも「肉弾」という恐ろしい兵器を使わなければならなかったのである。

なるほど、日露戦争の二百三高地攻撃は凄惨なものであったろう。だが当時としては標準的なものであり、10年後の第一次大戦の塹壕戦は、それを量的にも遥かに上回る凄惨なものであった。だからその後米軍は変わったのではなかろうか。覇権が英国から米国に移ったのは当然であった。少々脱線したが、日本も強かったが米国はそれ以上に遥かに強くなっていたのである。

この点の認識が小生は倉山氏とは異なる。日露戦争で、ロシアの生産力は日本より遥かに高かった。しかし、戦争に関する総合力では、日本が僅かに上回っていた。開戦時点で日米の生産力の差は隔絶したものがあった。小生はそれを言うのではない。米軍の戦争に関する総合力が、日本を遥かに上回っていた、ということを言っているだけなのである。


何故香港のストは終えたのか

2014-12-14 13:50:22 | 支那大陸論

 平成26年12月12日の時点で、香港の民主化闘争は、当局の巧妙な排除によって収束する見通しである。何故天安門事件のような暴動状態にならなかったのだろうか、という疑問の答えを誰も説明してくれないことが、小生には不可解である。当局が天安門事件の教訓から、国際社会の反発を招かないよう、巧妙かつ温和な手段をとったと勝手に考えているのであろう。それは事実であろう。

 だが根本的原因はそうではない。香港の闘争は結果を出したのである。平成26年の台湾の総選挙で国民党が敗退した。その原因のひとつが、大陸との協調を訴える国民党の馬英九総統の主張が、香港の闘争によって、一国二制度などが大嘘で、台湾が大陸に併合されたら、結局、非人間的な大陸の独裁政権によって蹂躙されてしまう、という現実を見せ付けられたのである。

 台湾の総選挙と中共当局が行政長官の民主派候補を排除した時期が接近したのは偶然である。しかし、民主化闘争の指導者はこの偶然を利用したのである。はなから中共当局が闘争の要求を受け入れる筈はない、と考えていた。すなわち、中共が台湾併合の際に一国二制度を認めるなどというのは嘘だ、という事実を明白にしたかったのである。

 それによって国民党が総選挙で敗退することを計画したのである。その計画は成功した。だから闘争は総選挙の結果が出ると、急速に弱体化した。そして指導者も馬が曳かれるごとくにおとなしく当局に逮捕されて行った。通常この手の運動は、最後に残った連中は、失敗の絶望から過激になるものである。それもなかったのも、この闘争が計画を達成したために終結していった、という状況証拠である。

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支那は戦時国際法の対象ではなかった

2014-09-13 11:26:24 | 支那大陸論

 主権国家は、国内の治安維持と条約順守の能力があること、という倉山満氏の定義によれば(*)、支那は戦時国際法の対象ではなかったから、支那兵はいかなる状況でも捕虜になる資格はない。非戦闘員の保護の義務もない。当時の戦時国際法は文明国たる主権国家の戦闘員に適用される。

現在のように、ゲリラにも戦時国際法が適用されるのだが、ゲリラの集団が小国家にに似た組織を持っていたとしても、組織自体が主権国家に準じていなければならないのであろうと考えられる。ゲリラ側だけが支配地域で、治安維持が出来ず、でたらめをしていたり、交戦相手国との約束を守らなければ、ゲリラに戦時国際法が適用可能であろうはずがない。

 支那事変当時、支那は、ひとつのまとまった国といえる状態ですらなかった。蒋介石、共産党、張作霖その他の軍閥の跋扈する地域でしかなかった。中華民国として国家承認を受けて国際連盟に入っていたこと自体、実態を伴わない。現在の北朝鮮と比べてさえ国家の実態はなかった。

 だから、国内の治安は乱れに乱れ、満洲国が建国されると多くの民衆が満洲になだれ込んできたことが、既に治安が最悪であったことの証明である。治安がまともではなく、外交官の保護もできる状態ではなかったから、条約の順守ができるはずはない。だいいち軍閥が乱立する状態であったから、一体中華民国の国家元首は誰であったのだろうか

 だから当時の支那は主権国家ではなかった。少なくとも、西欧人の考えた国際法が適用される主権国家ではなかった。そのような国は西欧では、無主の地とみなされ、国際法の適用外で、何でもやりたい放題であった。支那をあたかも主権国家のごとく扱ったのは、世界が植民地化されて、残ったフロンティアとして欧米諸国が支那大陸で角を突き合わせてしまってこう着状態であったから、妥協点として、合意した結果である。その究極が九カ国条約という実態のないものであった。九カ国条約は中華民国が主権国家であるという、フィクションの上に成り立っている。だから日本が九カ国条約違反を咎められるいわれはない。

 南京における日本軍の便衣兵の殺害を、戦時国際法で考えれば、擁護することもできるであろう。だがそもそも、戦時国際法の適用されるべき地域ではなかったのである。日本が、戦時国際法を準用して守った、というのは人道的措置であって義務を守ったのではない。倉山氏によれば、戦国時代は戦時国際法が確立されていた時代であった。だから維新後の日本が戦時国際法に馴染んでいったのは、付け焼刃でもなければ、西洋崇拝でもなかった。日本には戦時国際法を守るべき資質があったのである。

 戦時国際法の適用外であったのに、非戦闘員を保護したのは、日本人本来の人道的感覚による。だから、南京攻略戦で残虐行為はなかった。日本人の人道的感覚とは、勇敢に敵と戦うものは、非戦闘員である民百姓に悪さをしないという歴史的感覚である。だからこれも西洋の物まねでも付け焼刃でもない。

 *歴史問題は解決しない・倉山満

 


書評・真実の中国史1840-1949・宮脇淳子・李白社

2014-01-25 15:11:36 | 支那大陸論

 タイトルの西暦からわかるように、清朝末から中共成立までの中国史である。過去の通説を否定することから始めているが、元の時代から中国が世界史に組み込まれた(P68)というのは西尾幹二氏も似たようなことを言っていたと思う。すなわち、それまではバラバラだった世界が元の統一帝国によって世界史が始まったというのである。明は漢民族の歴史に戻った、と言うのだが、それまでに入ってきた異民族は中国に居残った(P69)から日本人には訳が分からず明朝の研究は疎かになったというのである。

  清末の洋務運動は、中国自身が何かしたというものではなく、英仏などの外国資本が金儲けのために入ってきて工場を運営したのに過ぎず、結局、現代中国と同じことをしているのに過ぎない、という指摘(P98)は、結局漢民族と称する連中は自分たちで地道に技術開発や西洋の勉強をする気はなく、外国を利用してその上に乗っかっているだけ、という体質を表わしている。

 清朝の正規軍である。八旗軍やモンゴル軍は太平天国の乱などの討伐には役に立たず、結局自衛のために各地に軍閥が発生した。李鴻章の北洋軍閥などはその典型で、清朝の軍隊ではない。「李鴻章は全権大使や欽差大臣を歴任しますが、清国として工場を建設したわけではありません。そうではなくて、逆に一番強く、大きな軍隊を持っているから大臣をやらせて、外国と交渉させたというのが正解です。日清戦争では日本は国民軍ですが、清国側は李鴻章の私兵が戦ったと考えればいいのです。」(P98)というのであるが、このことは、清朝崩壊以後現代中国に至るまで、その体質を残していることを忘れてはならない。現代中国行けば、地方では軍隊が通行税を取ったり、工場を経営したりして、半自給自足の経営をしている。そのことと同じなのである。

 十三世紀に元朝になると、朝鮮半島はモンゴルの支配下に入った。代々の高麗王はモンゴル人を母としている。それどころか、李氏朝鮮の始祖は女真人であるというのだ(P119)モンゴル時代の朝鮮には世界の文物が入って豊かになっていったのに、李氏朝鮮になったら、中国にのみこまれないために自給自足の経済としたため、進歩が止まり退化し、車も足るも作れなくなり、文明が退化した、というのは現代北朝鮮と同じだというのである。中国も朝鮮も体質は変わらないのである。韓国も高度成長期は日本の保守政治家はほめていたが、現在は様変わりである。これは、日本時代に育ったまともな人たちがいなくなって、先祖帰りしたのである。

 日清戦争の際の英国対応は意外であった。英国は中立を宣言するが、実は英国は日本艦隊の動きを清国艦隊に連絡したり、英国商船が清国陸軍を輸送するなどの中立違反をしていた(P159)。この商船を東郷平八郎が砲撃したと一時英国内で紛糾して、結局東郷の行為は合法であると認められたというエピソードは有名であるが、それ以前に英国が国際法違反をしていたのだ、という指摘は初めてである。

 案外有名なのが、辛亥革命当時の中国には共通語がなかったので、日本留学組だった革命を起こした地方軍の長官たちは、お互いに日本語で連絡を取り合っていた(P204)ということである。二十一カ条の要求についての正当性の宮脇氏の説明は簡単明瞭である。満洲や関東州において日本が清国と結んだ条約について、清を滅ぼして成立したはずの中華民国は、条約を認めないと言いだしたから、それを認めさせるための交渉だというのである(P218)。孫文のインチキさについては、他の本より具体的に書かれているが、省略する。日本の共産党もそうだが、創立期の中国共産党はコミンテルンの中国支部である(P261)。いうなればソ連の傀儡である。

中国で最初に外国と対等な条約を結んだのは、阿片戦争後の南京条約である、と言うことになっている。しかし事実はそれ以前にロシアとネルチンスク条約を結んでいる。ところがネルチンスク条約は満洲語とラテン語で書かれており、南京条約は漢文で書かれているから、最初の条約だというのだそうである(P208)。どちらも清朝だからいい加減な話である。清朝の支配者の満洲人は、漢字の使い方を知っていてわざと書かなかった(P209)というのも康熙帝や乾隆帝のエピソードで理解できる。しかし康熙帝も乾隆帝も漢文は理解したが、話し言葉としての漢語はできなかったはずである。なぜなら宮廷では漢人も、北京官話と呼ばれる宮廷用の満洲語を使ったのである。

 国民党は、多くの軍閥を束ねて大きくなっていったというのは間違いである、という(P293)。蒋介石自体が一軍閥に過ぎず、他の軍閥との合従連衡であったという。各地の軍閥はけっして国民党の傘下に入ったわけではない、というのである。そもそも中国共産党からしてが、秘密結社である、というのだ。「中華ソビエト政府というのは・・・やくざの根城が各所にあったと考えるのが正しそうです。やはり『水滸伝』の世界で一旗あげたい乱暴な連中がネットワークを作り、力のある連中が山々に根城を作っていった感じなのです(P203)。」

 そして有名な毛沢東の長征とはライバルを殺す旅だった(P306)というのは刺激的である。通説では、延安に行きつくまでに、色々な戦いがあり、当初の10万人が3万人にまで減ってしまった、というものである。実は、ライバルの部隊が死ぬように遠回りしたというのである。ソ連帰りのエリートの指導する部隊はゲリラ戦に向いていなかったこともあるが、彼らを毛沢東が助けなかったという。当初は下っ端でモスクワ帰りのエリートではなかった毛沢東が、ライバルを抹殺した結果長征の終わりにはトップにのし上がっていたのである。

 日本の識者同士が集まって話をしたとき、高山正之氏がなぜいい加減なロシア人がコミンテルンの謀略は巧妙で成功したという疑問を出した(P316)。宮脇氏の曰くは、コミンテルンの指導者は皆ロシア人ではないというのである。マーリンはオランダ人、張作霖の暗殺に関係したのはブルガリア人である。そしてロシア以外の外国のコミンテルンの人間が活躍したというのである。

 蒋介石は日本軍の矢面に立たされて闘わされた。ところが毛沢東は、共産軍で真面目に日本軍と戦った将軍がいると、激怒して止めさせたというのである。そして、共産党はアヘン貿易をして金を貯めて、裏で遊んでいた。共産党本部の延安でもアヘンを作っていた。アヘンが必要なのは金儲けばかりではない。当時まともに流通する通貨がないから、阿片が通貨として一番信用があった(P326)のだそうである。

 この本は、孫文や中共成立までの毛沢東の正体を余すところなく描き、蒋介石などの軍閥や中国共産党の出自などがうまく描かれていて、いかにも中国らしいと納得させてくれる好著である。現代中国の実相を理解するのにもよい。


書評・最終目標は天皇の処刑・中国「日本解放工作」の恐るべき全貌

2013-06-30 13:16:21 | 支那大陸論

ペマ・ギャルポ著・飛鳥新社刊 

 何ともどぎつい題だが、内容はこのタイトルが荒唐無稽ではないことを教えてくれる。沖縄の独立運動や沖縄マスコミの極度な反基地反本土の実情をみれば、解放工作は相当に進んでいることが分かる。著者はよく知られたチベット亡命政府の代表者でチベットが中共に奪われたことを、今後の日本に重ねている。チベット問題は、中共によるチベット侵略と民族絶滅であって、決して人権問題に矮小化されてはならない

 チベットでの残虐行為は怖しい。チベットの高僧の一人は四肢に杭を打たれ腹を切り割かれ、「奇跡を起こせるなら皆の前で飛んで見せろ」と言われ高い所から落とされた僧侶もいる。(P67)犯罪者の市中引き回しなどは支那人もやられているから日常茶飯である。小生の知人は1980年代にその光景を目撃しているから、それほど昔の話ではない。宗教弾圧はすさまじい。侵略の過程で100万人いたチベット僧侶の内、9割が死亡、還俗国外脱出のいずれかとなった(P68)というのである。それを見て残った10万人は宗教者としては生ける屍であったろう。中共による侵略の犠牲者は亡命政府によれば、1959年から1979年の間に戦闘、餓死、処刑、拷問などにより120万人が死んだと言う(P70)。絶対数も多いが人口が極めて少ないことを考えると気が遠くなる数の人が犠牲になっている。人口比で言えば中共なら数億と言う単位であろう。問題は中共による残虐非道な行為は現在も行われていて、世界の国々もそれを知りながら、経済および軍事の大国故に目をつぶらざるを得ないことである。

 著者も言っているように、チベット侵略はチベット人自身の愚かさによることも大きい。それを日本人に訴え、中国による侵略に備えよ、というのが本書の意図でもある。1933年にダライ・ラマ13世が無くなった頃、ネパールが中心となって「ヒマラヤ王国連邦」を提唱した時に、チベットは大国だから小国とは組めない、と断った。チベット侵略の再羅それらの国に応援を求めてもだめだった(P93)。国連加盟についても推薦を受けて政府がサインすれば入れると言う状態までにこぎつけたのに、国連とはキリスト教国の国だと言うので大寺院の僧たちの反対でつぶれた。だがここにも寺に送り込まれていた中国人工作員の力があったと言うのだ(P95)正に沖縄の反米活動や独立運動がこのようなものであろう。

 チベットの宗教界のリーダーは自己保身を優先して、近代化を怠り、東チベットに中国の画策による暴動があった時も放置し、結局自分たちの身に危険が降りかかるまで放置し、どうにもならなくなってから、国連に訴えたりインドやネパールに助けを求めても手遅れだった(P98)。ギャルポ氏は国民が一枚岩であれば侵略を阻止できたと言うがそのとおりである。チベットは標高が高く地政学的にも侵略は困難である。だから中国は周到に工作したのである。国民が一致団結して闘ったなら、侵略は防止できたのに違いない。現に軍事大国ソ連の圧倒的な力に、徹底的に抵抗した小国のフィンランドは不完全ながらも独立を維持した。第二次大戦のフィンランド空軍の機種の多さは、なりふり構わず戦ったことの証明である。製造国は、米英、仏独伊、ソ連その他数えきれない。敵国ソ連機すら捕獲修理して使ったのである。バルト三国はソ連の工作によって愚かにも自らソ連への編入を求めたことになっているのである。愚かな日本人は、それを真に受けていた。1980年代の百科事典には、バルト三国が相次いでソ連への編入を求めた、と平然と書いている。

 1972年に発見された「中国共産党・日本解放第二期工作要綱」というものがあり日本社会はこれにより着実に侵攻していると言う。(P4)自民党の分裂や中国人による土地買い漁りなどその筋書きだと言うのだが腑に落ちる話が多い。平成25年6月には元自民党大幹部の野中元議員が「田中角栄首相から、中国とは尖閣問題は棚上げにしたと聞いた」と中国で発表し記者会見まで開いた「事件」があった。元々親中と言われた人だが、記者会見では自信なげに俯いて話していたのが印象的であった。恐らくは記名的な弱みを握られ、しゃべらされ、後ろめたさに堂々と話すことができなかったのであると私は想像している

 日本のマスコミもどうにかしている。人民日報の東京支局は朝日新聞の本社内にあり、NHKの中にはCCTVの事務局がある(P134)というのだから。著者の言うようにこれらの報道機関は中共の諜報機関でもあるのだから、日本の最大手マスコミは既に籠絡されていたのだ。恐らくは朝日もNHKも報道内容をチェックされていいなりになっているのである。そもそも、言論の自由のない独裁国家の言論機関が、日本の公共放送機関や、最大手のマスコミに同居していると言うのは、恥ずべきことである。

 著者はインドとの提携に希望を持っているのだが当然の成り行きだろう。以前はインドはチベットが中国の一部であることを認めていたのだが、2010年12月に温家宝首相が訪印しビジネスで大きな合意をしたが、このときは、チベットが中国の一部であることばかりではなく、台湾の中国帰属を認める合意を文書化することを拒否した。これは印パのカシミール問題に中国が中立であるという文章化を拒否したことも一因だが、インド自身が対米関係や経済で自信をつけたことにもよる(P180)という。

インド独立の功労者は日本と提携したチャンドラ・ボースなのはインド政府も分かっているのだが、積極的には宣伝しない。日本と共に闘ったインド国民軍の勢力が拡大し独立機運が高まることを恐れた英国は、懐柔するためにインドの自治と戦後の独立をガンジーやネールに提案したと言う(P223)。もしこれが実現していたなら、ガンジーやネールは英国の傀儡に成り下がったのである。ガンジーの物語を英国が映画化したのは、ガンジーを都合よく描くためである。その映画には、チャンドラ・ボースは名前すら出ない。そのことこそ真の独立貢献者はガンジーではなく、チャンドラ・ボースである証明である。ビルマにしてもインドネシアにしても旧宗主国には公然とかつての悪業を言えない。日本はかつて中国に悪いことをしたから、今でも文句を言われる、という日本人がいるが、国際関係の真実を知らないなぃー部過ぎる考え方である。西欧の旧植民地はかつてひどいことをされたからこそ、独立しても怖くて文句ひとつ言えないのである。

 中華思想の中華という言葉は孫文の発想だった(P209)と言うのは意外である。孫文は飾り物に過ぎないにしても中共の侵略政策には大いに貢献しているのだ。


書評・中国大暴走・宮崎正弘・文芸社2011

2013-05-26 13:10:29 | 支那大陸論

 新幹線事故問題を中心に、中国社会がいかにでたらめに満ちているかを綴るが書評ではあえて書かないから本書を読んでいただきたい。

 ビジネスホテルに泊まろうとしてパスポートを出すと、外国人は泊めないと断られた。他にもこんな場面があるが、要するに盗聴設備がないからだそうである(P51)。毛沢東の竹のカーテンの時代は外国人の入国を徹底して制限したから、外国人に案内役と称する監視役をつけたが、現在では科学技術の利器が利用できるのだ。

 親や祖父などが付き添う小学校の集団下校があるのだが、交通安全のためではない。誘拐帽子である。金持ちからの身代金目的ばかりではない。幼子田舎の工場に、闇炭坑や農村の嫁に売るのだそうである(P51)。これは特殊な例ではなく、一般的な闇ビジネスで、外国に里子に出す商売もある(P136)。上海や北京の繁華街などの目立つ所には、身体障害者が物乞いをしている。歩行困難、四肢がない子供たちである。産経新聞の報道として、誘拐は組織的に行われ、身体障害者は子供を誘拐して虐待して手足を不自由にしたり、硫酸を顔に賭けたりして作られる(P151)と記している。健常者は物乞いには同情を得られないからだそうだ。以前、中国では子供を誘拐して四肢の骨を折るなどして障害者を作り物乞いをさせる仕事があった、と読んだことがあるが昔話ではなく、現在でも行われているのだ。ちなみに、障害者にされた子供は不健康なので早死にするケースが多いそうである。古代社会でも中世社会でも、このような犯罪が常態化している社会はあるまい。支那人と言うのは古今東西稀に見る異常な人たちである。

 新疆ウイグル自治区が原爆の実験場であったことはよく知られている。日本のある学者の試算によれば、核実験による死亡者は最悪18万人に達するという(P78)。実験のための管理など行われていなかっただろうから、当然であろう。ウイグルは漢族ではない。つまり支配者とは異民族の土地であったから平然と核実験を行ったのである。ウイグルはチベットに続き、1951年に毛沢東が侵略し、以後軍隊が100万人駐屯している(P80)。いくらウイグルが広大だとは言え、人口は僅かである。暴力による異民族統治は膨大な人員を必要とする。

 中国崩壊説を唱える人は多い。しかし小生はそれに与しない。試算金融バブル崩壊も何年も前から言われているが起こらない。本書によれば、特権階級が当局と組んで通貨を強制的に維持し、ビルのテナントが埋まらなくても、価格を維持させるというインチキをしている(P128)からだそうだ。中国は軍や警察などの暴力装置が維持される限り、崩壊はしない。

 一点疑問がある。渡辺利夫拓殖大学学長の指摘を引用して、北朝鮮が中国を振りまわしている状態であると言うのだ。その証拠に金正日が北京での会合をドタキャンした後、また訪中した金正日に胡錦濤が会いに来たし、江沢民も習近平も最初の外遊先に平壌を選んだ(P159)というのだ。だが、北朝鮮は中国の援助で細々と生きているのに過ぎない。中国ウォッチャーというのは朝貢外交と言う言葉に振り回されている気がする。

 中国人が自国を信頼しないのは古今変わらない。北米では一定以上の投資をすると移民、永住のビザが発給されるので、富裕層の過半が脱出したがっている。50万ドル以上の資産家の内、10%が投資移民として海外移住を決意しており、さらに10%が近く移民申請する(P132)という。これらの多くは共産党幹部なのだ。庶民も同じである。福建省の沿岸の南の閩南から人が渡り閩南語が台湾語になった(P146)。また、中国から陸伝いにタイへ逃げた華僑がタイの経済実権を握り、今完全にタイの政治を乗っ取ろうとしているタクシン一家もこの華僑の末裔である(P197)。ベトナム戦争後100万人以上のベトナム人が海外逃亡してポートピープルとなったが、彼らは実は華僑の末裔である(P237)。

 意外なのは尖閣領海で中国漁船が体当たりした事件で、レアアース輸出を凍結したのは、実はそれを口実に輸出制限をしただけであると言うのだ。この影響を受ける米国はWTOに提訴したと言うのだが日本は提訴に加わらなかった(P89)。なんだか戦前の支那で外国人襲撃事件に対して、欧米は一致して反撃したが、幣原外交は融和的に出て、かえって抗日侮日を招いたのと似ている。資源利権には中国は敏いのだ。アフガニスタンではタリバン政権当時から銅鉱山利権を持ち銅を採取している。欧米が軍事介入してカルザイ政権を樹立するが、中国は派兵しない。鉱山を護るのはアフガニスタン警察、それを訓練したのが米国、その人件費の半分を日本が負担している。筆者はポンチ絵である(P86)と笑うに笑えない状況を揶揄している。


友好を金もうけにする中国人

2008-05-10 14:47:57 | 支那大陸論

 上野動物園に中国からパンダが送られる。日中友好のあかしだという。しかしニュースを見て驚いた。なんとパンダは年に一億円(!)で貸与されるというのだ。友好のために送られるといえば、普通ただでくれるものだ。パンダは何年生きるか知れないが、毎年一億円を稼ぐのだ。

 大抵のサラリーマンには夢のような高収入である。プロ野球の選手だって毎年一億稼ぐ者はすくない。この批判に福田総理は、批判はごく一部でほとんどがかわいいパンダを見たいと言っている、と言ったと報じられた。この人には世間の感覚が通用しないらしい。パンダを連れてくれば落ちた人気が回復すると思っているらしい。

 パンダで人気回復とは大人の感覚ではない。さらに馬鹿にされて支持率は落ちる。それにしても福田首相、あなたがインドあたりに行って友好のためにと言って丹頂鶴を送るとして、それに毎年カネを払えということが言えますか。中国人のこのみみっちさ、ずるさ、自己中は冷凍餃子や聖火リレーの事件でわかったはずである。

 日本人は中国人を細かいことを気にしない大人という思い込みがある。だがこれて中国人の本質は大人どころかけちな小人であることがわかったろう。だが週間文春によれば、中国人のがめつさはこれでは済まないらしい。今後毎年、パンダ視察と称して、中国人が何人も来るというのだ。そしてその接待費を日本側に持たせるというのだ。これはたかりの世界である。


中国にオリンピックを開催する資格はない

2008-04-26 13:26:18 | 支那大陸論

 オリンピック憲章を読んでいただきたい。オリンピックに参加するには、人権を守ることが規定されている。ところが中国の人権状況は世界でも最悪に属する。毛沢東による何千万もの国民の大量虐殺、最近でも天安門事件で、国民が軍隊や警察に殺害されたが、政府当局は死者ゼロなどととぼけたことを言っているので、犠牲者の数すら分からない。

 オリンピックが行われるとか、三峡ダムを作るとかの公共事業が行われると、政府は一方的に国民の土地を奪う。そもそも中国の土地は全て共産党のものなのである。中国の人権状況は最悪とされる北朝鮮と大差ない。だからオリンピック憲章によれば、中国にはオリンピックに参加する資格すらない。

 今日行われている聖火リレーについては、チベット支援者は平和的に抗議するのはいいが、暴力的な抗議活動はいけないと諭す人がいる。確かに法的にはそうであろう。こう考えていただきたい。ある家族で父親が年中暴力を振るう。ところが警察にいっても取り合ってくれないし、警察に言ったことがばれると、父親は家族を家に閉じ込めてしまう。

 そこで家族の一人が父親のいない隙に、窓を破って逃げ出して警察に行くがやはりとりあってはくれない。そこで外出中の父親に後ろから棒でおそいかかって怪我をさせる。こういう状況でもあなたは、家族は父親に怪我をさせるのは悪いと断定できるであろうか。殴られた父親に一方的に同情するであろうか。チベット支援者の暴力的抗議だけを批判するのはそれと同じことである。

 今の中国とチベットの状況はこういう関係にある。チベット人は漢民族ではなく、長年独立していた。かつての清朝においては満州族が支配し、漢民族はチベット人とともに被支配民族であった。もし清朝がチベットを支配していたから、チベットは中国の一部であるというのなら、逆に中国はチベットの一部であるとも言える。この論理は、インドが大英帝国の一部であったから、英国は歴史的にインドの一部であるというのと同じく荒唐無稽であることがわかるだろう。

 毛沢東は中国と同じく、せっかく清朝から独立したチベットを、朝鮮戦争で世界の目が朝鮮半島に向けられているどさくさに、チベットに軍隊を進め侵略してしまった。そして反抗するチベット人を何百万人も殺害した。そしてチベット仏教を禁じ、チベット語の代わりに中国語を教え、警察による拷問により恐怖の支配をした。そして計画的に漢民族を送り込み土地を奪い、今ではチベットですらチベット人は少数派になってしまった。

 中国のこれらの行為は「チベット入門」という本に詳しい。女性には文字にするのもはばかられる拷問を行った。これらの行為は実はチベットにだけ行われているのではなく、ウィグルなどの他民族に対しても、同じ残虐行為が現在でも行われている。もちろんこれは中国の法律にさえ違反している。中国では法が行われていないのである。中国では支配者の都合により権力が執行されているのに過ぎない。

 このような状況では先のチベットの暴動のように、国内では簡単に警察や軍隊が鎮圧されて抗議活動はできない。この事件では数百人が「自首」したと中国政府は発表した。どこに自首するやつがいるものか。彼らは恐ろしい拷問にあい、多数は二度と家に帰る事はないであろう。彼らは強制収用所に送られるか、拷問により虐殺されたのである。

 このように徹底的に違法な暴力で弾圧する非道な中国政府に対して、国外においての抗議活動、特に中国による海外イベントに対して、暴力的な抗議活動が行われたところで、その国の法律が執行されるのは当然である、とは言えても暴力行為は心情的には同情せざるを得ない。暴力的な抗議はいけないと諭す人に言う。

 それならば、あなたは中国による人権無視などというものではない、中国政府の非人道的な支配を止めさせて下さい。そうでなければあまりにバランスを欠いているのではありませんか。それが出来なければ、せめてフリーチベットの暴力的抗議活動に対する批判の何倍もの声で中国国内の非道を批判して下さい。

 チベット人の抗議は勝手に起きたのではなく、国内で中国政府の非道を抗議できないので、海外で行なっているのですから。全ての原因は中国政府にあるのですから。中国政府は聖火リレーとオリンピックを中国の威信を高め、異民族支配を正当化しようとしているのである。くしくも聖火リレーなるものはナチスドイツのベルリンオリンピックで国家の威信を高めるために始められた。

 ナチのユダヤ民族浄化を批判するならチベットやウィグルにおける民族浄化をも批判していただきたい。いや過ぎたことを批判するより、現在起きている不条理を批判するほうがもっと重要である。アメリカ人はしっかりしている。ワシントンのホロコースト記念博物館で、当時のベルリンオリンピック開催を批判するポスターなどを展示した特別展「ナチスの五輪」が行われている。このとき使われた聖火リレーのトーチも展示されている。

 この展示は何と昨日から始まったという。もちろん関係者は北京オリンピックとは関係ないと言っているそうだが、聖火リレーに対するトラブルが続出してから開催を決定したことは疑いない。何度でも言う。中国にはオリンピックを開催する資格はない。