沖縄読谷村(ヨミタンソン)は
サンゴ礁が盛り上がって
できた石灰岩のため
水で侵食され
あちこちに
鍾乳洞あるそうです
日本軍が居なくなった後
奥行き2500mも有る鍾乳洞へ
軍人、女、老人、子供1000人以上の人が
避難していたとのこと
パンフはなく
案内板も設置されてなく
探すのに一苦労
やっとチビチリガマを
国道そばの谷底に見いだし
千羽鶴による出迎えを受けた
お国のためとそそのかされ
1000人全員集団自決で
無意味な死があった所
一方
シムクガマはどこを向いても雑草の中
付近の人に聞いてもここの出身ではないからわからないと・・・・
通りがかりの老婆の運転する自動車を止めて聞けば
・・・・
話しても畑の中で多分わからないと
自動車を降り
現地まで案内してくれた
密林の中
ハブに注意と立て札があり
恐る恐る登山道の様な狭い道を
歩き避難ガマへ
たどり着いた
こちらは
ハワイ帰りの人が避難民の中にいて
事情を米軍に通訳して
1000人全員助かったとのこと
死か生の選択は運命と
片づけられない
奥深いものを
考えさせ
平和のありがたさを実感しました
米軍が上陸した読谷村は
サトーキビが
褐色の畑に寂しく揺れて
ざわわ〜ざわわ〜
歴史探しの旅・・凄いですね。
いろんな所をこの用にご紹介頂きますと
大変勉強になります。
悲しみと、喜びと・・沢山の思いを感じながら
素敵な旅を・・期待しております