頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

土曜ドラマRoom Of King、なんだか変

2008-10-17 | film, drama and TV

脚本・演出が大宮エリー。しかも「ライアーゲーム」や「SP」、ちっとも面白くないのにそれを楽しめないということが楽しめる「33分探偵」と、ひねった作品が多いフジテレビ土曜23時台のドラマなので、とりあえず見逃せない。

ストーリーはある意味シンプル。不動産屋が自分で持つ超高級マンションを格安で貸してあげる。しかし条件があって、不動産屋に選ばれないといけないのと、ルームシェアしなければならないのだ。どうやら不動産屋たちは将来伸びる人間を選んでいるらしい。後は、各賃借人たちの触れ合いやら成長やらを描く(ように見える)

不動産屋がミッキー・カーチス、斉木しげる、我修院達也の3兄弟(おいおい)しかも名前が伊集院松・竹・梅・・・・・・

ルーム・シェアする人たちは水嶋ヒロ(昼間は花屋のバイト、夜はバーテン)、鈴木杏(銀行員)、井川遥(産婦人科医)、渡部篤郎(カリスマ・スタイリストマジマックス)、板尾創路(板前)

とりあえずキャストに関しては水嶋ヒロがバイトしてる花屋の店長らしき女性はちょっと私のタイプなんて言っても誰もきいてくれないか。渡部篤郎のちょっとだらしないスタイリストの演技は上手いと思う。井川遥はづまひとになってからテレビ・雑誌の露出が増えてきた。男性から一言いわせていだければ「あんた色っぽくなったよ」ちなみに彼女が朝日新聞で連載してるコラムの文体が男っぽくてあれはあれでかっこいいと思う。今回の「なぜか看護師が全てイケメンでしかも10人くらいいるのかよく分からない、しかもなぜか患者からため口きかれるのかさっぱり分からない」産婦人科医の演技、意外と彼女に合ってると思った。

では、すごく面白いのかというとなんとも判断に困る。テイストは宮藤官九郎に一見近いのだが、彼の作品は笑う人を選ぶというか、笑えない人しか笑えないギリギリ感が持ち味。大宮エリーはどうだろう?万人がほんのちょっとだけ笑う作品という印象を受けた。つまり、番組が終わった後で「ああたくさん笑わせてもらった」と思うわけではない。三谷作品や宮藤作品ではあることなのだが。

では、つまらなかっかたと言うとそうとも言えない。そもそも何が言いたいのかよく分からないストーリー、何が詰まっているのかよく分からないストーリーだけどたぶん何かが後で出てくるんだろうと予感する。ので、たぶん今後も見てしまうだろう。




今日の教訓




Room Of King
王の部屋
Hair Of King
王のヘア

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『黒の狩人』大沢在昌、今年のナンバー1

2008-10-16 | books


「黒の狩人」上下 大沢在昌 幻冬舎 2008年

「北の狩人」「砂の狩人」に続く新宿署新宿鮫シリーズのスピンオフ第三弾

中国人が被害者となる連続殺人事件、しかもバラバラ遺体。被害者はIT企業のエリートSE、中華料理店のオーナーと何の接点も見出せない。解決するのは新宿署組織対策犯罪課の佐江と、公安より押し付けられた中国人通訳毛、外務省中国課の職員野瀬由紀の三人。新宿に蠢く日本ヤクザ、中国裏社会から飛び出して、日本の刑事警察と公安警察、中国国家安全部、外務省まで入り乱れて、ストーリーはうねりひねり展開してゆく。

被害者の共通点は何か?犯人の動機は?真相が明らかになったかと思えば新事実が現れる。事態の収拾のため中国国家安全部の大物が来日し、そして凄腕の殺し屋が中国からやって来てから、さらに話がややこしくなり・・・・・・

いやいや。膨大な数の登場人物、ひどく複雑なストーリー。なのに、上下800ページを一気に読んでしまった。

「砂の狩人」「北の狩人」両方とも未読だったので大丈夫かなとは思った。読んでいた方が佐江が昔を回顧するとき、前作の登場人物の名前を語るので多少は意味がある。しかし「黒の狩人」自体は前作と無関係のようなので問題なし。

これが現代中国の実態であるとか裏社会の実態であるとかいう読み方もあるんだろうと思う。しかし馳星周の「不夜城」が新宿裏社会のリアルさを描いていると思われたのに本人は全く調査しないで書いたことが後で分かったりしてる。それと同様に「黒の狩人」に関してはあまりリアリティがどうという作品ではないと個人的に思う。公安警察の考えが刑事警察とは違うとか、ストーリーの核ではない所で色々な話が出てくるが特にそれが情報小説として読まれるべきではなく、あくまでもエンターテイメント作品として読む本なんだと思う。勿論情報小説として読むべき・読んだ小説もたくさんあるが、この本はエンターテイメントだと思いながら細かいプロットの洪水に溺れつつ読むとより楽しめると思う。

ストーリーの核をなすのが、はぐれ刑事佐江と中国人通訳毛、そして外務省の由紀の三人のチーム、友情。どうして冷たい男佐江が最後には毛のことをあれほど思うようになるのか、その最終着地点に至る軌跡を描いたのがこの作品なのかも知れない。

ラストにかけて大きなどんでん返しあり。まさかそう来るとは思わず、ひっくり返ってしまった。近代日本のミステリー(近代っていつだよ?)の中でも傑作中の傑作「新宿鮫II 毒猿」のラストを彷彿とさせた。新宿御苑のシーン覚えてる?

最後に外務省の野瀬由紀の独白から引用する。少し長いがこれを読むだけでも価値があると思う。(下巻138ページより引用)


 だが、いつか、外務省という役所がなくなる日がくる。国家という概念がなくなれば、外務省は必要ない。その前になくなるものがある。軍隊だ。
 子供じみた仮定だというのはわかっている。現実は、軍隊も国家もなくならないだろう。利益を追求する企業の代理人としての国家やその活動の保護者としての軍隊は、これから先さらに求められるものが多くなる。
 戦争はなくならない。なぜなら戦争は、その行為において利益を生み、さらに結果においても利益を見こめる”経済活動”となりつつあるからだ。民間軍事会社の台頭がそれを証明している。特殊かもしれないが、戦争を莫大な富を作りだすビジネスにできるプロフェッショナルが、国家と企業のあいだに介在してシェア広げつつある。ジャーナリズムもまた然り。戦争が生む悲劇や憎しみには、ニュースとして犯罪や事故などよりはるかに高い換金性がある。
 しかしそれは世界中を呑みこむような戦争であってはならない。すべてを灰燼に帰するような戦争では、得た富を使える場所もなくなるし、悲劇や憎しみに金を払う観客もいなくなる。
 どこか”遠く”の戦争で生み出されるのが”近く”の富なのだ。したがって世界戦争が起こることはもうないだろう、と由紀は思う。平和を望む人が多いからではなく、経済原理に反する、という理由で



これが野瀬由紀を借りた、大沢在昌の考えなのだろう。98%ぐらい同意する。戦争はなくならない決して。そして平和を望む人の心がこの世を動かしているのではなく、経済がこの世を動かしている。

一つ追加させてもらえば、戦争がなくならないのは、人間に闘う・殺す遺伝子が組み込まれているからであり、それが家族・ムラという小規模コミュニティから地域、国家を動かす根底にどっかりと座っている遺伝子だから。

戦争はやめようとか積極的にやろうなどというものではなく、そこにあるかあるいはないかという状態を表しているに過ぎない。

などと書くとただでさえアクセス数の割りに誰もコメントを書こうとしないこのブログ。ますますコメントしにくくなる。では、また。



黒の狩人〈上〉
大沢 在昌
幻冬舎

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黒の狩人 下 (2)
大沢 在昌
幻冬舎

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『火星年代記』ブラッドベリにもっと早く出合っていたら

2008-10-15 | books

「火星年代記」レイ・ブラッドベリ 早川 1976
THE MARTIAN CHRONICLES, Ray Bradbury 1946

人に対して「あなたともっと早く出会えていれば・・・」なんてよくあるメロドラマ。現実にはあるのかないのか。本、映画、音楽に対して「あんたともっと早く出合っていればおいらの人生・・・」は「たら・れば」の不毛な仮定でしかないのか。あるいは仮定に意味があって、「中学生のときに出会っていればおいらの人生は変わっていた」と言ってみて、人はそれに耳を傾けてくれるのだろうか。

この「火星年代記」名前はよく聞くし、いつか読もうと思い長い月日は百代の過客が私の前を通りすぎていった。

まえがき、解説でネタバレしてるので構わないようである。地球人が火星に移住するのが当たり前になった1999年から話は始まる。今となっては1999年はもう過去だけどね。短編を繰り返すことで「年代記的」に、地球人はいかに阿保であるかが叙情的叙景的にちょっとずつ描かれる。現代にも十分通用する強烈な皮肉がたっぷり。子供の頃に読んだら、その皮肉が分からなかったかもと思えば、今読んでよかったとも思ったりする。


宇宙飛行はいままだ机上のものであり、人類もまだ、精神的には頑是無い子供であるということ - 悲劇的な偶然によって発明された、恐るべき玩具を持たされてしまった子供だということを教えてるのだ(6ページより、クリフトン・ファディマンによるまえがきから引用)


本文を読むとこのまえがきがじわじわと心の端っこに染みて来る。また、この玩具はこの場合はロケットを指しているが、現代に置き換えれば携帯電話、インターネットや無駄に高速な乗り物などを指していると裏読みできる。いや我田引水読みかな。

一番ガツーーンと来た箇所は以下に。


かれらは自然とともに、自然と適合して暮らすことを知っていました。人間と動物とのちがいを、あまりのも強調しようとはしなかった。それこそ、ダーウィンが現れて以後、わたしたちの犯したあやまちなのです。わたしたちはににこにこして、ダーウィンや、ハクスレーや、フロイトを歓迎しました。それから、ダーウィンとわたしたちの宗教がまじりあわないことに気がついた。あるいは、すくなくとも、まじりあわないと思った。わたしたちは馬鹿者でした。ダーウィンや、ハクスレーや、フロイトを、ほんのすこし動かそうとした。しかし、かれらは動こうとはしませんでした。で、わたしたちは馬鹿者だから、宗教を打ち倒そうとしたのです。
 その試みは成功でした。わたしたちは信仰を失い、人生とは何だろうという疑問を抱き始めました。芸術が単なる挫折した欲望の装飾にすぎず、宗教が自己欺瞞にすぎないとするならば、人生に何の価値があるのでしょう。信仰はあらゆることについて答を出してくれました。しかしそれは今やフロイトやダーウィンといっしょに下水を流れています。わたしたちは迷える民であったし、今でもそうなのです」(113ページより引用)



「あなたにもっと早く出会えていれば、あたしたち・・・・・・」
「君に出会うのがもう1年早ければ、僕たちはきっと・・・・・・」
というのは、対人間の恋愛についてはこの「たら・れば」十分あり得る。俺は幸運にしてそのような経験はしてないが。

対小説に関して「君に出会うの遅すぎた」なんて存在しない。

読むのが遅すぎた小説などなく、
見るのが遅すぎた映画がなどなく、
聴くのが遅すぎた音楽などない。
いいぜって思えるその瞬間が読むべきときなのだから。



火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)
レイ・ブラッドベリ
早川書房

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『運命の日』デニス・ルヘイン

2008-10-13 | books

「運命の日」(上下)デニス・ルヘイン 早川 2008
The Given Day, Dennis Lehane 2008

「ミスティック・リバー」や「闇よ、我が手を取りたまえ」など、その紡ぎ出される人間たち、ねじれるストーリー。デニス・ルヘインは今最もホットな作家であると言っても誰にも異存はあるまい。いやあるか。ないか。ある奴はかかってこい。抱きしめてやる。

1918年、ロシア革命、不況、失業、左翼テロが荒れ狂う合衆国。

1918年がどんな年だったのか、訳者の加賀山氏のあとがきに詳しい(下巻338ページより引用)

1918年 9月 インフルエンザ大流行
1918年11月 第一次世界大戦終結
1919年 1月 ボストンで米国産業アルコール社の糖蜜タンクが爆発
1919年 4月 郵便爆弾を用いた要人暗殺未遂事件
1919年 5月 メーデー騒乱
1919年 6月 パーマー司法長官宅爆破事件
1919年 9月 ボストン市警ストライキ
1920年 1月 禁酒法(ヴォルステッド法)全国で施行



こんな時代にジリジリと焦げるように熱い二人の若者。片や警官、片やチンピラ。この二人の人生が交差すると、大きくストーリーがうねってゆく。ダニーはボストンの警官。警官の息子に育ったエリート。私服警官になるために選んだのは、ボリシェビキやマルキシズムの巣窟への囮捜査。そこで得た物、失った物。ルーサーはオクラホマの黒人。失業した後、得た仕事は汚れ仕事。そこから得た物、失った物。

ベーブ・ルースが冒頭登場してからこの本は幕を開けるが、読みにくい。たぶん本筋とは無関係であろうと思わせる箇所が延々続くから。(訳者の加賀山氏はむしろこのベーブ・ルースのエピソードがたまらないそうだが)しかし、ルーサーが追い詰められて、オクラホマを脱出する辺りから、ストーリーは猛加速する。もう止められない。

1918年当時の合衆国の状況が小説の舞台として非常に合っている。舞台、人物、そしてどうなるのか読めないストーリー。ベーブ・ルース以外にもジョン・フーヴァー(と書いたら誰だか分かる?)の若かりし頃などちょっとしたお遊びもある。

ストーリーの核となるのはストライキと人種問題。タイトルは「運命の日」で原題はThe Given Dayだ。どうしてこのようなタイトルになったのか。それは読者に考えてもらいたいものだ。(おいおい、俺はデニス・ルヘインか?)


とても印象的な箇所はあちこちにあるのだが、上巻233ページにバーで男たちが歌う歌がある。


 夜ごと長い髪の説教師。出てきて善悪を説かんとする。食べ物はどこと尋ねると、やさしい声でこう答える。”この先汝らは天上の栄光の地で食べる。働き、祈り、安らかに暮らす。この世を去れば天上に食べ物”それは嘘。それは嘘・・・・・・

 転がり跳ねる伝道師、出てきて吠え、跳び、叫ぶ。”あなたの金をイエスに”彼らは言う。”主はこの日、あらゆる病を癒したまう”

 家族のためにがんばれば
 人生でよきもの得ようとすれば
 汝は罪人、悪人と彼らは言う
 死ねばかならず地獄行き



そう。汗をかこうとする者は命を削り、がんばろうとする者は倒れゆく。我らは罪人。死ぬは地獄への片道切符。

ダニーとルーサーが命を削るラストシーンはとても印象的だった。好きなタイプのラストシーンである。年間ベスト10級の出版が相次いでいる。「チャイルド44」がまだ未読なのだが、現時点でこの「運命の日」は間違いなくベスト10入り、しかもかなり上位に入ると予想する。





運命の日 上 (1) (ハヤカワ・ノヴェルズ) (ハヤカワ・ノヴェルズ) (ハヤカワ・ノヴェルズ)
デニス・ルヘイン
早川書房

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運命の日 下 (ハヤカワ・ノヴェルズ) (ハヤカワ・ノヴェルズ) (ハヤカワ・ノヴェルズ)
デニス・ルヘイン
早川書房

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そんなことまで言うの言われるの

2008-10-12 | days

某知人の住むマンションのエレベーターに乗ろうとすると、そこには張り紙が。







いつから挨拶が強制されるものになったのだろうか。いや強制じゃないにしても、そんなことをいちいち張り紙にして張り出さないといけないのだろうか。こんな張り紙を張ったら、翌日から住民たちが

「おはよーございまーす!今までは気が小さかったのであいさつできなくてすいませんでしたー!」

「おはよーございますー!とんでもないですこちらこそー」

「こんばんみー」

「こんばんみー」

「わんばんこー」

「わんばんこー」

などと突然挨拶を交わすようになったらそれはそれで面白いだろうが。




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ドラマ『ブラッディ・マンデイ』24のパクリか24を超えるか?

2008-10-11 | film, drama and TV

ついさっき終わったばかり。期待しつつ見た。

ロシアで街一つが消えるほどのバイオテロ発生。そのウィルスが日本に持ち込まれた。テロに対抗する警視庁警備局の対テロ対策ユニット「THIRD-i」眼をつけたのは高校生ハッカー、ファルコン(三浦春馬)現職の警官の息子でもある彼にロシアの施設へハッキングして情報を得るよう要請する。テログループの執拗な当局への妨害。800万人が死ぬという強力ウィルス。テロを止めることが出来るのか?はたまた東京は消滅するのか?キーワードは「ブラッディ・マンデイ」・・・・・・

てな感じ。

いやいや、こりゃすごい。脱毛だ。いや脱帽だ。日本のテレビドラマでこれだけ猛スピードで展開していくドラマがあっただろうか?

【どうでもいい状況証拠】

・ ドラマ見ながら本を読んでいた(たまにやる)たったの2ページしか進んでいなかった。
・ 最後の15分ほど、トイレに行きたかったのにずっと我慢してた。

先が読めないストーリー、思わず声を上げてしまうような展開、比較するのもどうかとは思うが、「沙粧妙子-最後の事件-」の頃と比べるとCGも映像もキレイでリアルだ。何より、この人出しておけば数字が取れる的な役者がほとんど全く出演していない。それがすごくいい。役者を見るんではなくストーリーを見るというドラマ本来の楽しみに集中させてくれる。

ラストの豊洲のショッピングモールでのパニックのシーン。モールに閉じ込められ、窓を叩き割ってでも外に出ようとする人々。しかし警察は外に出ることを許さず、出る者を射殺しようと準備してる。しかし、外に出られない人々の中に携帯をいじっている人が一人もいなかった。これが今回の放送分での唯一気になった点。現代の日本でパニックに陥った後、どうしようもなくなったら、人々はみな携帯で外部と連絡を取ろうとするだろう。原作にそのシーンがなかったのかも知れないが、あくまでもリアリティを追求するならそのように描くべきだった。

そのような瑕疵はわずかなものに過ぎず、大方エンターテイメントとして楽しめた。来週見逃せないのは言うまでもない。

日本のドラマはダメだと書いたばかり 『風のガーデン』はすごくよかった。(+現代ドラマ雑考)
しかし、早くもその気分を一掃してくれる作品に出会ったようである。

24を連想する組織(CTUとTHIRD-i)、24を連想するプロット、人物造形とかなり24を意識した作りであるし、両方見た人は共通点に気がつくだろう。それを製作サイドは意識してやっているように感じる。つまり、24と比較してくれて全然構わない。こっちはもっといい作品を作るぜというメッセージを感じた。いいんじゃないの?超えたかはまだ判断留保しておく。

最後に、これは24だけじゃなくサスペンスやパニック映画ドラマ全体に言えることだが、見ているとすごくリアルで、まるで自分の身に起きているかの如くに感じる作品と、いやいやこんなすごいことまさか自分の身に起きるわけないじゃんと言いつつなぜか興奮して見てしまう作品がある。「羊たちの沈黙」は前者で、「24」やこの「ブラッディ・マンデイ」は後者である。なぜか?それは私が訊きたい。




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24シーズン6途中まで見たけど

2008-10-11 | film, drama and TV


まだ10時間分しか見終わっていない。

若干ネタバレになってしまうけど、

・ ジャックの弟、父親の登場がどうもストーリーの中でしっくり来ない。不自然。
・ この三人が全く似ていないのも違和感を感じる。インディ・ジョーンズの父親がショーン・コネリーで似てないと思ったよりずっと上の違和感。
・ 父親が出てくると聞いて、ドナルド・サザーランドか!?と期待してしまった。まだ生きてたっけ?
・ ジャックの弟とその妻の髪の色からすると息子ジョシュがきれいな金髪なのがやはり不自然。
・ 新しく登場する女性キャラがもれなくジャックと関係を持っていたというのもおいおい。
・ 核のテロなんだが、爆発させたい側の気持ちがいまひとつ伝わって来ない。
・ と言いつつ、お!っと驚くシーンもたくさんある。
・ クロエが意外ともてるのに驚く。
・ スーツケース核爆弾で、ドミニク・ラピエール&ラリー・コリンズの「第五の騎手」を思い出した。同じネタかと思ったら、こっちはカダフィが「パレスチナからイスラエル人を追い出さないとNYで水爆を爆発させる」と脅迫する話だった。
・ シーズン7は米国では来年1月から放送開始。今年11月23日にシーズン6と7の間に入るエピソードを2時間放送だそう。
・ シーズン7では死んだはずのトニー・アルメイダが復活するそう。シーズン6でも死んだんじゃなかったっけ?というようなキャラが復活してる。ちょっとそれに度が過ぎてる感あり。


最近ほぼ毎晩のように、この24のシーズン6か、CSIマイアミのシーズン2を観ている。意外とテレビっ子な私。その代わり、10月に入って新しくなった深夜番組を全く見てない。

では、三連休初日は天気が微妙ですが、みなさん健やかにお過ごし下さいませ。



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『風のガーデン』はすごく良かった。(+現代ドラマ雑考)

2008-10-10 | film, drama and TV

緒形拳の遺作となったドラマ「風のガーデン」彼の遺作だからという理由ではなく、倉本聡のテレビドラマ最後の脚本だというのが、このドラマを見ることがずっと前から決まっていた理由。「北の国から」は言うまでもないだろうが、「優しい時間」(このドラマで出てくる喫茶店にわざわざ行ったことがある)「拝啓、父上様」など最近ダメになっているドラマの中では例外作品を作ってくれるのだ。

で、昨日の第一回。

いやいや~ まいったね~
もう「こりゃ傑作になるに違いない」と予感。末期がんの麻酔科医中井貴一が別居している娘、息子のもとで余生を送るという話(だと思う) ストーリーがなんだということが言いたいわけではないので全て割愛してしまおう。声変わりしてしまった神木隆之介の障害児(?)の演技、前とはちょっと感じの変わった黒木メイサ、べたべたした若い娘の役が意外とフィットしてる平原綾香。彼らの演技を見ているだけで、「今旬の人キャスティングしとけばいいじゃん」的昨今のドラマを動かすベクトルとは違う方向にこのドラマは向かっていることが分かる。

ラストに流れる平原綾香の「ノクターン」という曲もものすごくいいと思った。

近年のにっぽんテレビだめ事情は(少なくともドラマだけは米国の方がずっといい):

だめドラマだめバラエティを放送する→視聴率低下→スポンサー減少→局の広告収入減少→制作費を削減&手っ取り早く視聴率取れる番組作り→さらに番組の質低下→視聴率低下→以下同文

というvicious circleにある。問題は二つ。数字を簡単に取れる番組が局内でリスペクトされてしまうこと。質が悪ければそれに批判せねばならないのに。もう一つは費用対効果の問題。倉本聡作品が見逃せないのは費用対効果を無視しているから。撮影期間の長さ、セットの作り込みなど、「少ない費用で最大の利益を上げる」ことを無視している。

これでいいのだ。これがいいのだ。

我々が生きている空間では費用対効果が、経済原則が我々を支配してる。頼みもしないのに我々の頭上に鎮座して我々に指図する。だからこそ、費用対効果なんて無視して欲しいのである。

ドラマには。映画には。音楽には。絵画には。スポーツには。ファッションには。

生きていくのに必要な産業なら仕方あるまい。でも芸術など人間の生活に必要ではない分野にはコストとかベネフィットなんて無視して欲しい。ぶっ飛ばして欲しい。そう願うのは、今安いウィスキーを口に放り込んでいる私だけなのだろうか。

昔はよかったと人は言う。ルネサンスとは文芸復興だと言う。大規模なルネサンスが勃興しない限りテレビはどんどんダメになっていくと心底思う。



では、みなさんよい三連休を、チャオ! → おしりをふりふりしながら退場するわたし。


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それじゃあわかんねえだろうが

2008-10-09 | days





誰が送ってきたものか分からない郵便物をなぜわざわざ時間を指定してまで受け取らねばならぬのだ。

ばかもーーん!

日本郵便など改名してくれるわ!







今日の教訓






日本不便
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NHKスペシャルでB'zメガヒットの秘密を見ゆ

2008-10-08 | music
ヒット曲はなんとなく分かるがCDは持っていないし、特に好きではないB'z NHKスペシャルで彼らの裏側にせまるというので録画して見た。

ツアーのための合宿で鹿児島のホールを借り切る(ふつーしないよねー)毎日走るという稲葉氏の意外なほどマッチョな上半身に驚く。加湿器や咽喉のケア、ツアーにトレーナーが同行するなど歌に対する求道者ぶりが目立つ。裏声でなく低音でゆっくりと話しているとまるでサッカー選手のようだった。中村俊輔よりずっとアスリートっぽかった。

松本氏が間奏のギターのフレーズをどうするか、何度となく弾き直して、それでもまだ満足しない様に「どのフレーズも同じに聴こえるんだけどなー」と思う。リハーサルが終わっても一人でギターの練習をしてる。20年以上プロでやってきてる人がまだ練習しないといけないのかと。バレリーナも練習を休むと取り返すのに何日もかかるというのと同じ次元の話なのだろうか。松本氏が、稼ぐようになって、機材やスタジオなど音楽を作るための環境に金をかけることが出来るようになったのが大きいと言っていたのにはうんうんとうなずく。他のバンドの裏側なんて分かるわけもないが、少なくともB'zの二人は尋常でない時間と手間と執念で音楽を作りツアーに臨んでいることがよく分かった。売れてるバンドとそうでないバンドの違いはその辺にあるのかも知れない。

こんな番組を見ると、B'zの曲でも聴いてみようかなと思ったりしながら夜は更けてゆく。







今日の教訓




新メンバー、
白さと香りが
加入した。
ニュ~ビ~ズ~













↑YouTubeでもう見られる。番組を8分割したうちの最初の1/8 画像は見やすいし見逃したファンは見ておいた方がよいだろう。残りはYouTubeでB'z検索ですぐ見つかる。
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『ホルモー六景』万城目学、まさにザ・続編

2008-10-07 | books

「ホルモー六景」万城目学 角川書店 2007年

森見登美彦と平成変態作家二人組を結成している万城目学。いや結成してない。奇書「鴨川ホルモー」の続編がこれ。

すごいと思ったのは、これほどに前作を読んでいないと何のことだかさっぱりきっぱりめっきり分からない本も珍しい。意味も分からないし、オチも何も成立しないだろう、読んでなければ。どんな本でも、順番を守らないで読む読者というのは存在するもので、なぜか萩尾望都の「ポーの一族」の3巻から読み始める不可思議な脳髄を持つ友人などいたりいなかったりするだろう。ブライアン・フリーマントルのチャーリー・マフィンシリーズやディック・フランシスの競馬シリーズなど順序にあまり意味がなかったりするのものあったりなかったりする。

さて、

「ホルモー六景」では、ホルモーの裏側で起きていた事実を描く「ローマ風の休日」やホルモーから数年後を描く「丸の内サミット」など全体として裏ホルモーといったつくりになっている。「鴨川ホルモー」に仰天した人はまってしまった人にはたまらない。

はまってしまった友人B(女性のような外見をしているが性別不明)は「もっちゃん」が一番面白いと言っていた。これはネタバレしないで説明できないので、読んでくだされ。あとはBは「これ読んだら京都に行きたくなった」と言ってた。勝手に行ってくれ。私は凡ちゃんが鴨川ホルモーの裏でしていたことが描かれる「ローマ風の休日」が面白いと思った。でも「鴨川(小)ホルモー」で出てくるワード。「天下三大不如意は、鴨川の等間隔カップル、足先に冷え、男ごころ」は実にうまいと思ったし、友人に「あなたにとって三大不如意ってなんですか?」ときいて回ってしまったほど。いや回ってはいなかった。

全然関係ないけど「20世紀少年」に万城目っていなかったっけ?まんじょうめと読むんだけど。と思ったら、万丈目だった。

「鴨川ホルモー」のレビューはここ



ホルモー六景
万城目 学
角川書店

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なんとなく一言

2008-10-05 | laugh or let me die

































ついに認定されました。
世界悲惨




















暑さ寒さも
胃癌まで



















アルプスの少女
胎児
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『夜は短し歩けよ乙女』森見登美彦、ほんとにバカなんだから

2008-10-04 | books

「夜は短し歩けよ乙女」森見登美彦 角川 2006

「美女と竹林」というふざけたエッセイとも妄想ともつかないものを堪能した後、初めて読んだ森見の小説。(貴兄たちには無関係だが今回のレビュー書いてアップしたら消えた。gooのサーバーの


ばかーー!

「美女と竹林」のレビューはここ


これほどばかばかしい話があるかといえば多分ないし、これほど文体がおかしいのがあるかと言えば多分ないし、これほど脱力しつつでも「明日がんばろっ!」なんて気に全くならない話しもないし、癒しを求めても何にも返って来ない話しもない。全ての文脈で「最も」the mostを使って表現できる稀有な作品だ。

後輩の美女に惚れてしまった京都大学の学生。彼女の「後姿に関しては世界的権威」にまでなった彼。彼が彼女とお酒を飲みたいと京都の町をさまよえば出会う変な人の数々数数。彼の視線と彼女の視線交互から描かれる、会えそうで会えない二人。というような不可思議な篇があったと思えば、連作で、なぜか古本市で出会い・出会えず・でも変な人にまた出会いという篇あり、はたまた非常にあほくさい京都大学の学園祭。「偏屈王」なる舞台あり、プリンセス・ダルマという女優あり。

まあこう書いても何のことだか書いてる本人がよく分からない。でも、唯一分かるのは「ぐおー 面白エぜー」ってこと

平成の生んだ三大奇書の一つの本作「夜は短し歩けよ乙女」 え?他の二作はなーに?それは「ドグラ・マグラ」と「黒死館殺人事件」とってそれは昭和の三大奇書じゃねえか。おっと話しを戻してこの奇書を堪能できるかどうかは

・変文体が面白いと思えるか。いとをかしと思えるか。
・先が無駄に読めない展開を面白いと思えるか
・たったこれだけのことをでかく描く針小棒大性をよしと思えるか。
・かわいい彼女の動きをかわいいと思えるか。
・彼女が勝手に作った呪文「なむなむ」がかわいいと萌えられるか。
・一応主人公の彼の恋路がうまくいけばと願えるか。

その辺りにかかっている。








今日の教訓




足は短し
走れよ乙女



夜は短し歩けよ乙女
森見 登美彦
角川書店

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夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)
森見 登美彦
角川グループパブリッシング

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夜は短し歩けよ乙女 第1集 (1) (角川コミックス・エース 162-2)
森見 登美彦
角川書店

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Amazonクレジットカードが消える

2008-10-03 | digital, blog & twitter

404 Blog Not Foundの4月の記事、「Amazonクレディットカード終了の件、電凸してみた」 では新規申し込みは終了したが(したのかよ)既存のカードについては従来のサービスを受けられるとのことだった。

ぼくのミステリな備忘録の 「Amazonクレジットカードが……なくなる」 ではAmazonクレジットカードの良さとなくなったショックが書かれている。

ZAPAブロ~グ2.0でも 「発行済みのAmazonクレジットカードについて」 の追記でこの件について書かれておられる。


具体的には、今日届いたメールが以下に。





クレジットカードが消滅するのも珍しい。会社の統廃合で名称が変わることはあっても。Amazonクレジットカードは特にAmazonで買い物をするときのポイントが多いので(どれだけ多いのか忘れた)重宝していた。一時はクレジットカードが結構財布に入り切らないほどあったのだが、最近は絞って3枚のカードにしていた。CitiBankの経営状況と関係大ありの今回の廃止なんだろうが、極めて残念である。この際、カードは使わない・持ち歩かないような生き方をすべきなんだろうか。宵越しの金は持たない、みたいな(?)





今日の教訓




カードを持たない人生
プライスレス
一度もタイトル取れなかった清原
プライズレス

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小さいことを大きく書け!『のぼうの城』和田竜

2008-10-02 | books

「のぼうの城」和田竜 小学館 2007年

秀吉が全国制覇に向けて最後のツメに関東の北条氏を攻める。その中の成田家の忍城攻めを担当するのが石田三成。簡単に落とせると思ったがそうは問屋が卸さない。忍城はどうやって治部の攻めを防ごうとするのか?城の守りと攻めの行き詰る攻防戦の結末はいかに?

日本史に多少詳しい人なら結末は予想できるだろう。しかし忍城やのぼう様こと、成田長親について詳しい人はあまり多くないのではないだろうか。私は全く知らなかった。

和田竜の作品は初めて読んだが、勢いが凄くいい。まるで筆が飛び跳ねるが如く。まるで登場人物が頁から立ち上がるが如く。読みやすい、主人公を含めたキャラが立っている、ストーリーが上手いという三拍子が揃っている。

読後思ったんだが、この忍城攻めって日本史における位置ってたぶんどうでもいいことなんだろうと思う。たぶんとってもちっちゃいことなんだろうと思う。しかしその小さいことをどデカク描いたのがこの「のぼうの城」であり、そして所詮小説なんてちっちゃいことをデカク描くものなのだ。







今日のおまえ誰?的教訓



の某の四郎





のぼうの城
和田 竜
小学館

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