フォレスタの散歩道(パート4へ) 東日本大震災の20日前、2011年2月にスタートしたこのブログも1000回を超えた

概ね2~3日毎の更新、1回に3題の記事をめどとして来たが、以後間隔や記事の数などに捉われずに更新することとしたい。

敬老のつどい/息子の勤務状況に心配

2017-09-16 21:24:55 | 日記

   ”非常に強い”台風18号の影響もあって秋の3連休はどこも天気にはついていない。
 ここ三鷹市では敬老の日を迎えて16,17日の2日に亘る恒例の「敬老のつどい」が計画されたが、悪天候が予想されて17日は急きょ取り止めになった。市内を5つの地区に分けて16日が3回、17日に2回開催の予定を、17日の2地区については16日の回に参加するよう広報車と防災放送を使って呼びかける苦肉の策。
   我々民生委員は総出でそれぞれの担当地区に分かれ、式のプログラムと紅白饅頭などを袋に詰めて準備をして招待来場者一人一人に手渡したり、会場の案内などに従事した。私の地区は1回目の回で約千人の方々が式に出席された。式は市長らの挨拶に引き続き、警察署及び消防署による高齢者に係る防犯・防災についての講話、女性合唱団のコーラス、青空球児・好児の漫才などのアトラクションが行われた。かつては70歳以上だった招待者はその後の長寿高齢化に伴い今年は77歳以上であった。
(写真左は会場入口で市長=中央の緋橙色のスーツ姿=自らお出迎えに、右はロビーで来場者を迎え、記念品の紅白饅頭などを手渡したりしている民生委員=ピンクの制服)
     


   大分にいる三男が昨日(15日)に出張で上京し、その晩我が家に泊まった。「晩」と言っても時間は夜中の1時半過ぎ。それからご飯を掻き込み風呂に入って寝たのが2時半ごろである。飲まず食わずの仕事だったらしい。そして翌朝8時半には家を出て大分に帰った。親元の我が家には寝るだけの6時間という慌ただしさであった。日頃からメールが届くのは”午前様”であり、話を聞くと勤務先の新聞社を出るのはいつも日付が変わってからという。新聞記者の夜を徹した張り込みというのは映画やドラマで見聞きしているが、内勤でも時間に追われて遅くなるというのだ。最近長時間残業等でよく問題になるブラック企業を思い起こすのだが、一方では一昨年二人目の子どもが生まれた時には1年間の育児休暇をくれた。男子職員に1年の育休を取らすというのは進んでいる面もある。毎日遅くなることに本人に不平はないようだが、親としては息子の体が心配になった。、

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