フォレスタの散歩道(パート4へ) 東日本大震災の20日前、2011年2月にスタートしたこのブログも1000回を超えた

概ね2~3日毎の更新、1回に3題の記事をめどとして来たが、以後間隔や記事の数などに捉われずに更新することとしたい。

国体ソフト観戦と郊外散策

2013-10-02 10:28:08 | 日記

   秋分の日も過ぎて10月に入り、本格的な秋の到来を迎えた。日が落ちれば勿論日中でも虫の声しきりのこの頃、天気の方といえば秋晴れと秋雨が交互している。

   現在国体が東京で開催中である。前半に行われた水上競技では、北島康介選手や寺川綾選手などオリンピック・メダリストが出場するレースを観戦したことを9月15日に投稿したところだ。今はそれ以外の競技が都内各地で分散して展開中だが、一昨日は三鷹市内の総合グランドで行われていた男子ソフトボールの試合を観戦した。ソフトボールは日本ではポピュラーなスポーツで親しまれており、特に女子ソフトが北京オリンピックや世界選手権で優勝するなど人気の競技であるが、どうも男子ソフトの影は薄い。しかし、やはり男子の方がスピードやパワーがあって見る方には迫力がある。観戦したのは順々決勝の一試合で、キャッチャー・ミットが「バシーン!」と響く速球や鋭い変化球、2本飛び出したホームランの目を見張る打球やベースランニングのスピードなどが楽しめた。
  
   観戦後、大会プログラムに紹介されている会場近辺のスポットを自転車で寄り道をしながら帰宅した。
   水車のある古民家(写真左下)は会場のほど近い所。200年前の建物や水車は20年近く前に持ち主から市に寄贈され、東京都および三鷹市の有形文化財に指定されている。老朽化した水車は市内有志の力で復旧し、現在実用可能になっている。すぐ横の野川の流れを利用した水車は精米、製粉などに使われ、クギやネジを一切使わない木製の歯車を組み合わせて回転軸の動力を伝える仕組みだが、これが見事なものであった。写真下右は実はここの水車ではない。水車小屋内にあって写真が上手く撮れなかったため、帰宅途上にある深大寺の水車を参考に撮ったもので、本物は直径5.5メートル、幅が約1メートルの大きなものであった。  

      


   さらに数百メートルの所にある龍源寺は近藤勇の胸像(写真下左)があることでよく知られる。幕末時代に新撰組局長として名を馳せた近藤勇は武蔵野国の今の調布市辺りの生まれとされる。
   そしてそのすぐ近くに都立野川公園(写真下右)の入口がある。三鷹市、小金井市、府中市にまたがる広大な野川公園は、戦後東京都が国際基督教大学から買収したゴルフ場を基にしたものとかで、野川の流域は野生植物の宝庫にもなっている。ゴルフ場の面影を残すこの写真の中央部に小さな点にしか見えないのが人影であり、公園の大きさが伺い知れる。
  

      
  

コメント
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