ハブ ア ナイス doi!

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全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

熊野街道 和歌山に参上 6

2014年03月09日 21時10分18秒 | ウォーキング

ようやく普通に人が歩いている
街の中に出てきました。

相変わらず歩道のない64号を
体を小さくして歩いていると・・・
前方に分岐が見えてきました。



よく見ると、
しっかりと描かれた飛び出し小僧の上に
道しるべがあります。
どうやら街道は左へと続いているようです。
車の通行の多い道から
そうでない道に入るとホッとします。

この分岐を過ぎてすぐのところにあるのが

「山口王子跡」



ここまでの歩いた距離は約9キロ。
着いたのは正午頃でした。
例によってあのブルーの
(これからは“熊野ブルー”といいましょう)
表示板が建てられ、
八咫烏の刻まれた石が置かれてありました。



紀伊の国に入って2つ目の王子跡です。

今はこの先にある山口神社に合祀されているそうです。

この王子跡の横には、
万葉集の歌碑が置かれています。



「わが背子が 跡ふみもとめ 追ひゆかば 
紀の関守 留めなむかも」

笠金村が行幸の伴に旅立った夫を追う
妻の情熱を歌ったものだそうです。

あま~い。

そして、この歌に詠まれた
「紀の関」はこの近くにあって、
木の標識版が建っているそうですが
見つけることができませんでした。

また、この地には白鳥伝説や
小野小町終焉地説もあるのですが、
話がかなり横道にそれていきそうなので
別の機会に書きましょう。

屋根に鍾馗さんがおられる



古い家並みも見られるかと思えば、


田んぼの中ののどか~な道があったりして



それを南下していきますと、T字路に出ました。



そこから左の方、すなわち東に続く道はというと
「上淡路街道」といわれています。

大阪の街道はかなり資料を集めましたが、
和歌山の街道はほとんど資料を持っていません。

ネットで調べると、どうやら
淡路島の見える加太から
粉河へ続く街道のようです。

粉河寺や根来寺は有名なお寺ですから、
きっと道標もあるのでしょう。

そしてさらにその道を行くと、
あの司馬遼太郎が書いた
「かつらぎ道」につながっているように思えます。

話を街道に戻しますと
その先にあるお墓の中に
石の道標があると
資料の地図に出ていましたので、
きっとそんな粉河寺などの
お寺の名前が書かれてあるのかと思っていました。

それがこれ。



道標のある墓地の道標部分に
現代の道しるべが張られてありました。

道標が頭を出しています。
近づいてみると、
「右 加太淡島神社道」、



「左 和歌山及紀三井寺道」とありました。



他の面は「昭和八年」という建立年と



もう一面は白紙でした。

それを見ると先ほどの上淡路街道と
少し関係があるようで、
上淡路街道の起点は淡島神社なのかもしれません。

いずれにしても、和歌山の街道等について、
近々和歌山市の図書館にでも行って
調べてこようと思ってます。

で、この道標のところのすぐそばに、
和歌山の道標である導き石がありました。



これも以前走った時によく見た道しるべです。

その導き石に沿って、
今回の終点である
JR紀伊駅に向けてここを右折して
山口神社道の方に向かいます。

そろそろトイレが恋しくなってきたな
と思った頃、コンビニに出ました。

地獄に仏、
歩行にコンビニです。

そのコンビニで弁当以外の食糧を調達し、
そこから見えている
山口神社の鳥居の方に向かいます。



県道を越えた所に鳥居がありました。

結構田舎の景色の中に
そびえるように建っていました。

そこに立つと、坂道が村の中にずっと伸びていて、
終点にもう一つの鳥居が見えていました。
それが二の鳥居ということですね。



てくてくと登っていき、
鳥居をくぐるとなにやら厳かな森の向こうに
本殿がひっそりとたたずんでいました。



その神社にはいくつかの神社を合祀されているとみえ、
そのうちのひとつ八幡神宮の鳥居は、
反り増しがなく
小口を斜めにカットした
典型的な八幡鳥居で、
少し前に調べた鳥居の形状規則に
きちんとのっとった形をしておりました。



最後にお参りをして、
この神社の参道の脇で湯を沸かしてお弁当をいただきました。

この日はほんとにこれまでの熊野街道歩きと違って、
静かな昼下がりでした。

食後はそこから県道7号沿いに、
これも歩道のない道を小さくなって進みます。

64号と違って、交通量の多い道なのでかなり危険です。

大型バスとダンプが横ですれ違う時などは、
田んぼに落ちそうになります。

ふと道の向こうを見ると、
赤い実をいっぱいつけている
巨大なクロガネモチの木がありました。

隣にはヤドリギがついている木もありましたのでさっそくパチリ。



これがクロガネモチ。



図鑑で調べると、
樹高は最高で20m位とのことなので、
この樹は最大級のクロガネモチでしょう。

これまでの熊街道歩きでは、
歴史の痕跡を辿るというイメージが強かったのですが、
これからはこんな自然を辿る場面も多くなるでしょう。

そうそう、阪和道のトンネルには
こんな蜂の巣もありました。



まるでオカリナみたいでしょ。

ハチの種をかなり頑張って調べましたが、
情報は少なく判明しませんでした。
とにかくハチの仲間です。

それらを眺めながら、
次回以降で歩くことになる
熊野街道への分岐点も過ぎ、



紀伊駅についたのは14時過ぎ。



今回は距離で13.5キロ、
時間で4時間の歩行となりました。

あ~楽しかった。

和歌山に参上シリーズ終わりです。