ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

四国巡礼九番法輪寺

2017年06月30日 20時59分42秒 | ウォーキング

昔、弘仁年間(810~24年)の頃、
この切幡山の山麓に
貧しい機織り娘がいたそうです。

その人のところに弘法大師が訪れ、
服の繕いのために布を求めたところ、
その娘は織っていた白布を切り裂いて、
差し出したそうです。

それで大師は千手観世音菩薩を刻み、
娘を得度させたそうです。

そういういわれがあるので、
ここでは濃い緑をバックに
昭和46年にこのdoironが絵に描いた
「はたきり観音」が置かれているのです。



もう一度絵を見ていただくと、
よくわかりますが、
実はこの観音さんは左手に大きな布を持ち、
右手にはハサミを持っている
という姿で作られています。

寺の縁起を利用して建てられた
観音さんだったわけですねえ。

あまり勢いよく階段を
テクテクのぼって行くと
心拍数が上がりますね。

自分の気持ち的にはそんなんは
全然平気なんですが、
体がしっかりとついてくるのかな
と警戒してしまいます。

まあ、これは何ともマラソンや
トライアスロンをやってた時と同じで、
まだまだいけるぞと
気持ち的には充実していたのに、
意外に体がそれについてこなかった、
というのとよく似ています。

気持ちが一方的に
体に勝ってたというしこりが、
ここへきて出てきているのでしょうねえ。

この頃友達やジムでもよく言われます。

doironさんは、昔無理をいっぱいしたから、
たいていのことを
こんなん平気や、どうってことないで
と思い込む性質があるからあかんのやでとね。

いやあ、確かにそうなのかもしれませんね。
気持ちをできるだけ抑えつつ、
体の声をもっとしっかり聞いて
いかないとあきませんね。

こういうことに、
改めてしっかりと気づいたのも、
四国お遍路の影響なのかもしれませんね。

そうしてじっくり体と相談しながら、
なんとかたどり着いた本堂で、
タクシー乗客と合流し、
千手観音の真言である

「おん ばざら たらま きりく」

を唱えつつ、勤行を行いました。



その後大師堂にも移動して



お参りをしっかり終え、
さあでは今度は長かったあの階段を
ヘロヘロと戻っていきましょう。



さあ、これで10番のお寺も終わりです。
逆回りなので、お遍路も、
もう残り寺数が一けたの
カウントダウンに入っていきます。

次は9番の法輪寺です。
ここはまあ規模的には小さいお寺です。



田畑に囲まれたところに
あるところから、
この辺りでは「田中の法輪さん」
と呼ばれているそうです。

ここの本尊がな、なんと釈迦如来で、
しかもその本尊は寝ているという
「寝釈迦」なのだそうです。

四国霊場の中でも唯一なのだそうです。
で、これがねえ、空海の作
といわれています。

そして涅槃の姿を現すこの本尊の周りには、
釈迦の入滅を悲しむ弟子や
動物たちもいるようですが、
残念ながらその姿は
5年に一度しか公開されないそうです。

一番最近では昨年公開されたようですから、
あと4年は無理ですね。

で、この寺の絵をどう描こうか
と悩んでしまいました。



天気の良くない中、お参りをしながら
寺の中をいろいろと
身廻してみましたが、
なかなかここというシーンが
見つかりません。



涅槃の釈迦如来の真言をあげ、
すぐ横の大師堂でもお参りを済ませ、
結局帰って写真を見ながら
考えるかと出てきたときに、
そこににぎやかな
お土産屋さんがありました。

ああ、そういえばこういう
お土産屋さんは書いたことなかったなあ、
と思ってみると、
そこの景色はお寺のお土産物屋さん
であることがわかるように
なっていましたので、
これを描くことにしました。

それがこれ。



映像から法輪寺の
土産物屋さんであることがわかりますね。

続く


四国巡礼十番切幡寺

2017年06月29日 22時08分03秒 | ウォーキング

そう、ここ藤井寺の本尊は
釈迦如来として作られたのですが、
いつの時代からか左手に
薬壺が載せられており、
それ以降は薬師如来として
信仰されてきたそうです。

ここで勤行を行うときには
薬師如来の真言

「おんころころまとうぎそわか」

をあげるのだそうで、
われわれもそうしました。

でもその仏像はなんと四国霊場中
最古の仏像(1148年)として
重要文化財に指定されているそうですが、
名称は「釈迦如来坐像」なんだそうです。

作ったときと、信仰の対象が
変ったということなんですねえ。
いやいや複雑ですね。

で、このお遍路さんには
まだもう一つの話があります。

実はこのお寺、天正年間(1573~92年)の
兵火ですべて焼失したのですが、
本尊だけは焼け残ったそうで、
さらに天保3年(1832年)の火事でも、
本尊だけは災難を免れた
ということがあったそうです。

いやあ、人々の想いが
本尊を火から守ったということなんですね~。

だったらさあ、この本尊は
防災の守りの本尊でもよかったかもね。



で、本堂の天井に書かれてある
龍の絵は迫力があるものですが、
ちょっと写真は撮れなかったです。

最後にこじんまりした
大師堂でお参りをし、



川でたまっている
大量のオタマジャクシに驚きつつも



さあつぎは10番の切幡寺を
目指しましょう。



順周りをしている遍路の人たちに
とっては、1番から9番と
いわゆる平地の寺をまわってきて、
ここ10番にきてようやく
山寺へと入っていきます。

なので、最初の難所といわれる
お寺となるわけです。

われわれがツアーで利用しているバスでも、
かなり手前で大型通行止めとなりますので、
長い道を歩いていかねばなりません。

最後は急な階段が333段あり、
これがまあ年寄りにはつらいそうだ。

でもねえ、こんなところでも
タクシーは利用できます。

ぐいぐいと階段も使わなくていいほど、
かなり上まで行けるとのことなので、
ここでは希望者のみ
有料でタクシーで行くことになりました。



まあ、遍路の最初の方なので
疲れが出てはいけないからと
首Dさんはタクシー乗車となりました。

doironはテクテクと歩いていきます。



途中、こんな掛軸屋さんが
表層をされていました。



やすそうなので、要チェックです。
徳島自動車道の高架下で
センダンの花の咲く山道を
のぼって行きます。



写真を撮りながらうろうろと
歩いていると先達さんが
早く来んかなあみたいな感じで
先で待っていたりします。



「すみません!般若波羅蜜多」

と心の中で謝っておきましょう。

そしてここにあるのが



「杖無し橋」です。

そのむかし、大阪市の人が脚気で
入院しましたが歩行困難になりました。
これはいけないと、
四国遍路を始めましたが、
1番、2番と回るにつれ、
ますます歩行困難になったそうです。

どうしようと迷いましたが、
それでも弘法大師にすがろうと
遍路を続け、この10番の
切幡寺に来た時に、
この橋のところで急に体が軽くなり、
杖無しでも歩けるようになった
という逸話があるそうです。

お遍路をやってる中で
こういう話はよく聞きます。

急に歩けるようになって
車いすがいらなくなったとか
そういう話です。

ああ~そしたらdoironも
四国遍路をランニングで回っていたら、
フルで3時間も切れたし、
こんな体にならずに
済んだのかもしれません。

大変入り組んだ変な祈願ですがね。

まあ走って四国遍路してたら
それくらいの力は
ついていたかもしれませんがね。

でも実際、結願とともに
アトピーが直ったということを
実際の病気の本人から
聞いたこともありますしねえ。

まあとにかく、
すべての遍路寺で納札に書いてきた
願いがちゃんとかなうことを
しっかりお願いしておきましょう。



333段の階段をのぼったところで、
こういう観音さんが置かれています。



ちょっと特徴のある観音さんなので、
ここではこれを絵にしておくことにしました。



どんな特徴かというと・・・続く。


四国巡礼十一番藤井寺

2017年06月28日 21時07分44秒 | ウォーキング

四国めぐりも12回目となりました。

一年かけて四国をまわるという計画も、
これで終了となります。
そう、つまり四国詣でも
最後の旅、四国結願を果たすたび
ということになりました。

いやあ、始めたころはほんとに
一年かけて回れるのかなあ。
ちょっと都合の悪い月があったりしたら、
かけてしまうよなあ
なんてことを考えてました。

しかし、まあ引退したおっさんに
さほど大切な用事もほとんどなく、
いたって順調にここまで来たわけですね。

一緒に回っている首Dさんも
そうだったでしょう。

病気で弱っている体で
どこまで耐えられるか、
それはそれはとても心配だったに
ちがいありません。

でも、必死の思いで何とか
体長を整える努力を続けてこられ、
ついにここまでやってきたんだと、
なかば感動しながらの
最後の旅となったのでした。

バスツアーなので、
全体としては歩く距離は
短かったのですが、
途中の長い坂道のお寺なんかも
それなりにしんどかったです。

さあ、ではその四国結願の旅に
さっそく入っていきましょう。

この最終会の集合場所は、
天王寺でした。



これまで集合場所はそうやなあ、
天王寺と難波は半々ぐらいやったかなあ。

今回も乗客はほぼ満員です。
中にはずいぶんと顔なじみになって、
おはようございますと
挨拶なんか交わしながら
バスに乗り込んでゆくのです。

今回は、ちょっと天気が悪く、
雨がパラパラする中を
明石海峡大橋から淡路島を経て
進んでいきます。



この道もかなり通いましたね。
ずっと書かなかったけど、
淡路島の南あわじ市方面で、
自動車道沿いに弘法大師の像が
建っているのはご存知ですか。

車の中からちらっと見える程度ですが、
池の淵に建っています。

行きは出迎えに、出迎え大師
帰りは見送りに、見送り大師
ということです。

誰が建てたのかなあ。
もしかしてツアー主催の阪急さん?
まあ、淡路に行ったときには
注目してみてください。

とまあそんな高速道を飛ばしていきます。

この日は7寺、翌日は4寺を
まわるという打ち方となりました。

この日は、たくさん回るために、
食事はお弁当で移動しながら
食べていきます。

そのお弁当がこれ。



まあ、食堂に入って精進料理に
毛が生えた程度の飯よりかは
いいかもしれません。

先ず最初が11番藤井寺です。



ああ、あの西国33カ所の
5番札所と同じ名前ですねえ。

向こうは、渡来人「藤井氏」の氏寺として
作られたものだそうですが、
こちらは弘法大師お手植えの
藤の花があるからだそうです。

大師が山上に護摩壇を築き
17日間のお参りを終えた後
5色の藤の苗を植えたとのこと。

でも藤の花はねえ、
先月に四国に来た時がピークでした。
ほかの寺でも少しずつ
咲いていたりしましたね。

では今回はどうだろうかと、
駐車場でバスを降り歩いていくと、
おお大きな藤棚がありました。



中央に曲がりくねって生えている
大きな幹、さすがに年代物ですねえ。

でもねえ、藤の花はもうすっかり
終わっていました。
ちょっと前に、マイカーでこの寺に来た人が、
藤の花がすごいきれいと
報告をくれましたが、
残念!doironが来たのは、
ちょっと遅かったようです。

でもねえ、せっかくの藤井寺だし、
花もないのも寂しいので
ここの絵は、藤棚に藤の花を
付け加えて描くことにしました。



実際にはもっと花の数は
多く華やかなのかもしれませんが、
まあこんな感じで許しておいてください。

さあ、では藤の花の背後にある
本尊の方に階段をのぼって
お参りに行きましょう。

ここの本尊に関しては
興味深い話があります。

本尊の書銘では「釈迦如来」だそうですが、
薬師如来として信仰されているのです。

これはいったいなぜなのか?

続きます


大学講座同総会 名古屋編

2017年06月27日 21時00分30秒 | ウォーキング

熱海から名古屋までは
新幹線で移動しました。

大阪ではなくなぜ名古屋なのかというと、
かつてマラソンをやってた
時の友達である
美穂ちゃんちに行くためです。

アメリカ人と結婚し、
その国で旦那さんと
楽しそうに暮らしているのだが、
このたび彼女の実家である
三重県の方に
一時帰国しているそうだからだ。

彼女は年齢的には、
非常に厳しい中で子供を産みました。
いやあ、結婚してからも
子供がほしいとずっと言ってた
彼女ですが、体調があまり
すぐれない中でも、
しっかりとその夢を
実現してしまったのです。

名前は
レイチェルという女の子です。

向こうでの暮らしは
たまにユーチューブなどで
紹介していましたが、
その娘を連れて今、
帰国しているのです。

両親は喜んだでしょうねえ。

そしてdoironにも
娘に会ってほしいという
彼女の希望と、
ひゃー会ってみたいなあ
というdoironの希望が、
ついにこの同窓会の帰りに
彼女の実家に寄ることで
実現したのです。

熱海で新幹線に乗る前に
生ビールを飲んでしまったので、
座席ではしっかりお休みしてきました。

酔っ払いを覚まさなくては。

で、はっと気づいた時には
駅を出発するところで、
あれれ~寝過ごしたかと思うと、
いやあまだ浜松でしたね。

まあちょうどいい感じですね。

やがて新幹線は名古屋に到着です。
そこから今度はメールで
支持のあった近鉄に乗り換えです。



地下道を、エビフリャーの
においはするかな?
味噌煮込みの香りはするかな?
とか思いながら歩いていきます。

近鉄に乗って最寄りの駅まで行きますと、
ああ美穂ちゃんとお姉さんが
駅まで迎えに来てくれています。

そう、彼女の家は最寄りの駅から
木曽川の方へ車で移動して、
その川のほとりにあるのです。



まあ、近いところでいえば、
なばなの里なんかの比較的近くです。

川沿いの昔からの豪邸に
入っていきますと、
家には両親とお兄さんがいてはりました。

ああ、こんな立派な家に
旧友ということで
寄せさしていただいていいんでしょうか、
ビール飲んだ酔っ払いのおっさんがねえ。

そして中に入っていくと、
いました。

レイチェルです。





うわー、かわいいねえ。
ハーフということになりますが、
もうすっかり見た目はアメリカ人ですねえ。

美穂ちゃんの旦那さんは、
レイチェルのことを
「ミスアメリカ」と
呼んでいるそうです。

まあ、慣れない酒臭いおっさんなので、
警戒されていたかもしれません。

「このおっさん何者やねん」
みたいなね。



それって英語でいうたら
なんていうのかいねえ。

まあ来たのが昼寝の
寝起きだったのもあるようでしたね。

でも本当にかわいい娘さんで、
笑顔をもっと写真にしたかったな。

でもほんとうに美穂ちゃんの
願いがかなってよかったですねえ。

なかなか日本との行き来や
言葉の問題など
いろいろと大変かもしれませんが、
これからも旦那さんとともに、
人一倍幸せに
なってくれたらいいですねえ。

突然の変なおっさんの
訪問で家の人にもいろいろと
気を使わせて、たいへんお邪魔して
申し訳なかったです。

あまり遅くなっても迷惑なので、
早々に引き上げましたが、
いろいろとお土産もありがとうございました。

帰りの近鉄電車では
差し入れのお寿司とともに
またまたビールを飲みつつ
帰りましたよ。



アル中のおっさんですなあ。

こんなクエスチョンマークの駅も通り



津です。

ほかにもご近所で取り立ての
「ハチク」もいただきました。

これは翌日にこんな風にして
いただきましたよ。



いやあ本当にいろんなことが
詰まった同窓会旅、

皆さん本当に楽しくて
ありがたかったですね。

美穂ちゃんも、またアメリカで
頑張ってね~

初夏の一泊二日、これにて終了です。


大学講座同総会 十国峠編2

2017年06月26日 21時21分51秒 | ウォーキング

この日十国峠では、
古い車の名車ショーの様な
集まりがあったようです。

オープンカーや古そうな車体の車が
展示されていたり、
坂道をガシガシ走ったりしていました。

古いおっさんの迷惑な
集まりはこちらですがねえ。

そんな古いおっさん連中は、
バスを降りてケーブル乗り場
の方へと向かいます。



とは言いつつももう
富士山も見えてるわけだから、
さほど終点の見えてる
ケーブルに乗るほどのことも
ないのですが、まあ昔は登れば
10の国が見渡せた
(伊豆・駿河・甲斐・信濃・泉州・・・)
ところから十国峠という名前に
なっているほどの所です。



まあ、ここまで来たからには
登っておきましょう。



運賃も払ってるしね。

それにしてもここはいいところですねえ。
トライアスロンのバイク練習なんかにも
ピッタリなところですねえ。

これがそのケーブルです。



10人のおっさんが乗っても
文句を言わずに動きます。
がたごとガタゴトと登っていきながら

「幹事さん。見えてひと安心やねえ」



と声かけといたよ。

山頂におりると。



おお~眺めのいいところです。



こんな案内板も張ってありました。
カメラを構えて広場を
うろうろと歩き回ります。

これがまあ、パンフレットなんかにも
使われる峠の看板になりますねえ。



そこにかっこいいおっさんが
入るとこんな感じ。



そして、おっさん10人が
うつるとこんな感じになります。



ウヒャ―、さわやかな景色の中に
なんとも暑苦しいおっさん連中ですなあ。

そこで富士山をバックに
かなりゆっくり過ごしました。
駿河湾も見えていました。



高山、といってもここは
標高774mなんですが、
標高10m足らずの熱海の地元に比べれば
実にさわやかな気分でしたねえ。

この二日間はほんとうに
心の栄養をいただいた日でしたね。
これでまた大阪に帰ったら
いっぱい遊べそうです。

え?何も変わらないやんって。
そ、そりゃそうかもしれませんが。

さあではまたケーブルに乗って
下まで降りましょう。

昔のdoironだったら
ここをブワーっと駆けおりてるかなあ。



ケーブルを降りてからは
お土産売り場に向かいました。

じつは、この静岡からの帰り道に
名古屋に立ち寄る計画になりましたので、
そこへのお土産を買わないといけません。

行き先は、一時帰国している
美穂ちゃん宅です。

まあそのことはこの後の
名古屋編で書きましょう。

30分くらいバスを待って、
熱海まで戻りますが、
帰りはもうぐっすりです。
昨夜は遅くまで騒いでましたからねえ。

さあ、ではここで昼食を食べて
皆さんとお別れです。

幹事が検討をつけていた
お店に突入です。



え~ここの名物は、新鮮海鮮丼です。

おお~ではそれをいただきましょう。

先ずは生中でみんなで乾杯です。



いやあ、楽しい二日間でした。
ぼくも熱海の町とも
しっかりお友達になれたしなあ、
富士山もたっぷり眺めることもできました。

生中を飲みながら話していたのですが、
丼がなかなか出てきません。
やっと出てきたころには、
もうビールもほとんど底です。

おかわり~といおうと思ったのですが、
まあこの後も立ち寄るところがあるので、
これくらいにしときましょう。

最後に熱海の駅前で、
東京から北陸新幹線に乗るもの、
在来線で帰るもの、
も少し遊んで帰るものといろいろなので、
駅前でお別れです。

まあ、次回は大阪でしっかり
遊んでもらいましょう
と言葉を残して解散です。

さてdoironはこのあと、
名古屋まで新幹線で行き、
そこから近鉄電車で美穂ちゃん宅へ。

そこで待ってる彼女の娘に、
ちょっと酒臭いおっさんが
逢いに行くわけですな。


大学講座同総会 十国峠編1

2017年06月25日 20時59分57秒 | ウォーキング

旅館で富士山が見えなかったことから、
みんなの反応が
「なあんや」と大きく、
幹事二人はいろいろと気を使ったようだ。

まあでもまあみんな
おっさんというか大人だから、
「脳みそちゅうちゅうすうたろかあ」
となることはないだろう。

これはこれで仕方ないにゃあ。
富士山が消えてなくなることは
ないんやしね。

とか思いつつあきらめていたのだが、
飲み会が終わるころには、
熱海でおこなわれている
十国峠記念ツアーの話を
二人が持ち上げてきたのだ。

熱海の駅から伊豆箱根バスに乗って、
山で富士の良く見える
十国峠にケーブルで登る
乗車券を安く販売しているとのこと。

ケーブル開業60年を記念して
行われているそうだ。

「これに参加したらどうやろう」
と話しかけてきたので、
「おお~、これはこれは」と
みんなそれに大賛成となった。

富士山の落とし前を、
ここで思いっきり付けておこう
という幹事の魂胆に
みんな無事に乗ったのだ。

これで幹事の気持ちも
安らぐだろうという安息感が漂いましたねえ。

一晩わいわいとお世話になった宿で、
朝からふろにも入り、
朝飯食って無事に出発しました。

そうそう、出発時には玄関で記念撮影ね。



そしてタクシーで湯河原へと向かい、
そこから熱海へと向かった
おっさん10人なのであります。

でもさあ、よく考えたらみんな
割と暇な人間が多いから、
土日じゃなくても都合つけれて
平日の方がよかったんやないかなあ。

次回のdoiron幹事の時には、
いろいろと健闘すべきですなあ。

さて、再び熱海につきました。
みんなかばんが重いので
ロッカーに行こうとなりましたが、
昨日のことがあるので
空いたロッカーあるかなあ
と心配したんですが、
この時は全然余裕でしたね。

まあいろいろと客筋によって
異なるんですねえ。

え~っと、バスのスタートまで
少し時間がありますねえ。

みんなそれぞれに駅前に
しつらえられている
無料の足湯に行ったり、
近辺を歩いたりとかしながら
スタートを待ちます。

幹事なんかは、ここに帰ってきてから
みんなで食事をしに行く
食堂なんかをリサーチです。

で、いよいよバスの時刻が迫ってきました。

みんな集まっているところへ
バスが入ってきました。



う~ん、路線バスですなあ。

終点はなんと箱根関所跡いきです。
あれ、ここもいいなあとか思いながら、
先ずは富士山、富士山と乗り込みます。

ゆったりと座り、バスは
最初は昨日doironが歩いた道を
うろうろと通っていきます。

町中をぐるぐると回り、
初めての人たちはちょっとした施設見学です。

ああ~寛一お宮の像だあ
とか叫びつつ喜んでいきます。

その声がまたおっさん。
無理ありません、還暦おっさんの
集団ですからねえ。

そしてやがて山道の方へと
バスは入っていきます。

もうここからはかなりの山道ですねえ、
バスのディーゼル音がけたたましくなり、
ういういとのぼって行きます。

あ、山にはいるとこのあたりには
結構、会社の慰安所が
あったりするんですねえ。

みんな引退もしくは引退近い身ですから
関係ないけどね。

さすがに、ゴルフ場近くを通った時には、
おっ!と眺めてはりましたねえ。

で、doironはというと、
山道をエッチラオッチラのぼって行く、
ロードバイクに注目してたりしながらも、
さあ、いつになったら、
富士山は見えてくるかなあ
などと思いながら景色を眺め続けます。

いやあなかなか見えてきませんね。

で、そうこうしているうちに、
十国峠のケーブルのバス乗り場に到着です。

あれ?富士山は
と眺めまわしたときに、ありました。



駐車場の向こうにくっきりと、
山頂に雪を抱いた富士がそびえていたのです。

続く


大学講座同総会 湯河原編2

2017年06月24日 21時08分59秒 | ウォーキング

え~、この宿から富士山見えないの?



うひゃ~これは予定が狂いました。
幹事は、交通の便とかから考えて
頑張ってここを抑えてくれたんでしょうが、
これはdoironにとっては意外です。

幹事は静岡にもともと住んでいるから、
富士山もさほど珍しくないんでしょうか。
まあ僕も大人ですから、
おっさんですから、
富士山が見えないからといって、
「そこの水たまりで寝てやる~」
というような非行行動はとりませんがね。

ちょっとがっくりしながらも、
温泉はとっても
気持ちのいい温泉でしたねえ。

湯河原といえば、
むかし文豪といわれる人たちも
よくここにこられたようです。

夏目漱石、芥川龍之介、島崎藤村
あの堺で有名な与謝野晶子も
ここで執筆したそうです。

歴史ある温泉ですねえ。

最近では、あの元東京都知事の別荘が
あったことでも有名になりましたねえ。

いやあ、それにしても富士山が・・・
仕方ないですね。

友達との宴会を思いっきり楽しみましょう。

宴会は別室に集まって行われます。



最初は前回の忘年会より
もう少し細かい自己紹介が
順番に行われます。

みんな、それぞれの人生が
見えて面白いですね。

製紙工場に勤めていたのが、
いまは保育所の校長。

ボイラー工場に努めたのが
いまはガラスの扱い人。

そしてdoironと同じく
公務員などいろんな人生が
その場で表現されていきます。

考えたらdoironも会社員、
公務員、介護職、地方新聞記者と
まあにぎやかな人生だったですなあ。
まあ、それだけいろんな人に
お世話になってるということですねえ。

仕事だけじゃなくて、
遊びの方もマラソン、トライアスロン
も楽しい友達に恵まれて
それはそれは賑やかでしたしね。

いまはもう地元市の仕事は
少しはしてますが、
基本的には無休で遊びまくっている状態です。

まあ、たぶん他の仲間たちも
にぎやかな人生やったんやなあ
と思いますねえ。

自分の自己紹介で
公務員で最後に教育委員会の
理事で終わったっていったら、

「doironが教育やて~」

と驚いてはりましたな。

学生時代の想い出もいっぱい話しました。
おいしかったお店は今はどうなっているか、
あの繁華街はどうなっているか、
そしてあんな悪い遊びをしたのは
あいつとあいつとdoironやあ、とかね。

学生時代学んだ勉強の内容は、
残念ながらあまり役に立っていませんなあ。

先生どうもすみませんでした。

まあいろいろ話しているうちに、
次回の同窓会はどうしよう
という話になりました。

静岡で富士山見えんかったしなあ、
とか言うていたら、
大阪から来ている一人が、

「よし次はdoironと二人で
大阪でこてこての同窓会をしたるで」
と提案があり、即座にそれに決定です。

まあ、交通費が安く済んでいいですけどね。

もう頭の中には「新世界」「鶴橋」
「海遊館」「大阪城」など
いろいろと思い浮かべてしまいましたね。

まあ次回ですから、
少なくともまあ1年は立ってからでしょうから、
じっくり考えていきましょう。



大騒ぎで宴会を終えてからは、
写真撮影をし
一番大きい部屋に移動して、
二次会が始まります。

アルコールは、日本酒、焼酎なども
加わり絶好調です。



思い出話にいっぱい花が咲きました。

で、翌日の計画なんですが、
熱海の駅から十国峠に行くバスが、
いま何とか60周年みたいな
イベントで安く出るので
それで富士山を見に行こう
という話になりました。

富士山と親しめなかった宴会でしたから、
ここでじっくり富士山を
見せておこうという幹事の
起死回生策ですな。

おっさん10人で、
富士を見に行くツアーが決まりました。

宴会ではその後もみんな飲み続け、
部屋に帰ってからも
日が変わるまで大騒ぎした
湯河原の宿。

時間が一気に40年さかのぼった貴重な一晩でした。


大学講座同総会 湯河原編1

2017年06月23日 21時43分38秒 | ウォーキング

さあ、熱海をしっかり歩いた後は、
待ち合わせ場所にしている
湯河原駅を目指しましょう。



熱海の駅から東海道本線に乗って
東京方向に一駅です。



時間は4時に待ち合わせ
と思っていましたが、
送られてきているメールを見ると
4時15分となっていました。

湯河原についたのが3時45分。
まだ、少し時間もあるようなので、
では湯河原の駅前も
少し歩いておきましょう。

駅で電車を降りたときは、
もうこんな看板が立っています。



おお~来週は湯かけ祭りですなあ。

熱海は「熱い海」と書きますが、
ここは「湯の河原」と書きます。
うん、なんか温泉ぽい名前がいいですね。

富士の影響なんかなあ。

駅の地図を見ますと、
湯河原は少し山の方に
温泉があるんですねえ。



渓谷の間に富士山が
見えたりするのかなあ。

ではこの駅近くを歩いてみましょう。

まずは駅前の広場ですね。
タクシーやバス乗り場の
真ん中にあるロータリーに
何か立ってますねえ。



行ってみますと、地域の貢献に
尽くした「土肥實平公」の像
なんだそうです。

名字がdoironみたいでいいですねえ。
まさかこの像を見せたいばかりに
ここを選んだんじゃないでしょうねえ。

でもこんな人は知らないなあ
と思っていたら、そこにいた若い女性たちに、

「すみませーん、サインお願いします」

と頼まれました。
あ、違います。

「シャッターお願いします」と
頼まれました。

おお~、新聞にも写真を載せ
賞も撮ったプロカメラマンに
シャッター依頼とはついてますねえ。

「フイルム入ってますかあ」とか言いながら
「はーい」と一発カシャっと
写してあげました。

「ありがとうございます」
といわれるとともに、
女性たちが銅像を指さして
「でもさあ、この人って誰?」
と話をしてましたぜ。

わからんよねえ。

このあたりの人には有名なんかねえ。

道路を隔てた小さな広場には、
「さがみの小京都」としての
湯河原が取り上げられています。

石一升を米一升と交換して
京都の庭を造ったというのが
取り上げられています。



で、この時知ったのですが
「小京都」と呼ばれるためには
「全国京都会議」で認定されないと
ダメなんですねえ。

最近回った所では、
「上野市」「篠山市」「龍野市」
なんかは認められているんですねえ。

ちなみに、大阪府内にはありません。

じゃあさあ、
「おっさん」と呼ばれるためには
全国おっさん会議で
認められないとダメだったりしてね。

ではもう少し歩いてみましょう。
これが湯河原のマンふたですかねえ。



こちらの方はあまりマンふたに
力は入ってないようですねえ。

で、そうそう見つけました。

これが五月みどりのお店です。



インテリアの小物関係や
洋服を売られているそうです。

彼女の年齢は77歳。
今は湯河原の豪邸に住んでいるそうです。

などというところを見ただけで、
そろそろ待ち合わせ時間が
近づいてきました。
駅に向かいましょう。

ロータリーに入ると向こうの方に
5人くらいの一団がいます。



あれですねえ。
着替えたシャツと帽子をかぶって
近づいていくと、

「ああ~またどっかうろうろしてたんやねえ」
といわれます。

え~そんな癖はもう知られてるのかなあ。

久しぶりの大学の先生に
挨拶していると、きました、きました。
10人全員集合です。

タクシーに分乗して、
旅館に向かいましょう。

湯河原は、実は神奈川県です。
でも宿があるのは静岡県側でした。

抽選でみんなで部屋を決めると、
僕は生徒1人と先生と同じ部屋でした。

いやあ、もう40年ぶりくらいで
先生と話せますねえ。

まずは、温泉に行きましょう。

今日は熱海でいっぱい汗を
かきましたからねえ。

大きな風呂に入ると、
外に露天がありました。

なるほど、あそこで風呂に入りながら
富士山をおがむんですねえ。

湯河原温泉街のその向こうに、
富士山が・・・

ん?どこだ?見えないぞ
と思っていたら、横に来た友達が、

「ここから富士山見えないらしいで」とのこと。

え~!?と続く


夏至周辺の事

2017年06月22日 21時59分02秒 | 最近の出来事

この後も同窓会の話が
もう少し続きますが、
一旦休憩して、今日は最近の
話題をあげておきましょう。

きのうは夏至でした。
昼間が一番長い一日ですねえ。
この日に、首DさんとT本さんと
ちょっと前によく行った
和歌山の花山温泉に行ってきました。



首Dさんの車に乗せてもらい
家から温泉まで直行の旅です。

でも平日の昼間というのに
駐車場はいっぱいでしたね。
それだけここの人気がうかがえます。



最近ねえ、ジムのお風呂が
資金不足からか浴槽がなくなったので
こういうでかいお風呂に入るのは
大変久しぶりです。

気持ちよかったなあ。

源泉そのままの26度の冷風呂と
少し温めた40度の温風呂に
交互に入って体を活性化し
温めていきます。

いやあ、体も心も温まりました。

風呂後は近所のお蕎麦屋さんで



おそばを食べながら
二人はドライゼロで僕は
生中をいただきました。

「いやあ、申し訳ないです~」
とか言いながら喜んでます。
何せ、このまままた家まで
直通で送ってもらえるので
ひとりだけ贅沢させていただけました。
T本さんも車だったので・・・

その食事の中で決まったのが
「秋のみちのく旅行」です。
安い飛行機とレンタカーで
楽しもうという作戦です。

まあdoironは祭りがあるので
それ以降ということになりますね。

まあ、楽しい温泉、楽しい食事
楽しい秋の作戦まで決まった
いい温泉旅でした。

ーーーーーーー
で、帰りの車の中で
ラジオで聞いたのが
あの将棋の藤井4段の話で
28連勝したとのこと。
すごいですねえ。
あの年で、あんなに強くなってるんやから
これから先、まだまだ頭の伸び盛りに
どれだけ強くなるんか
もう全く未知数ですね。

でもねえ、ニュースでは彼の勝利が
どんどん報じられるのですが
どんな将棋を指しているのか
本当はよくわかりません。

それならと、よく本屋で売られている
将棋関係の月刊誌とかでも
買いに行ってみるかと先日本屋に行くと
これがねえ
売り切れまくっているとのこと。
ああ~世の中のひとも
同じようなことを考えるのですねえ。
ま、それだけ今は
将棋がブームになってきているとのことですねえ。
14歳のプロ中学生棋士の
偉大なる成果なんやねえ。

ーーーーーーー

最後にもう一つ
夏至の日周辺に
近所の公園に咲く
かつての絶滅種「ハマデラソウ」を
見に行くことが習慣になっています。

ああそういえば
ほっつき百選もとまったままやな

4年前に久しぶりに見に行ったときは
4株見つけました。

そしてその翌年はありませんでした。
その翌年は10株ほど
昨年は確認してませんでした。

それで、きょう温泉に行く午前中に
見に行ったんです。
そしたら、ちょうビックリ
もう一部はハマデラソウだらけで
株の数も50株ほどありそうでした。



うひゃー、今年は豊作ですね。



写真は撮りにくい植物です。

これをなんとかうまく今後に
つなげていく方法はないのかな
なんてことを考えてしまいました。

ーーーーーーー

さあ、もうすぐ夏がやってきます
大好きな夏です。
まあ、水分補給はしっかりしましょう。

今年もいろんな楽しみが
豊作になることを祈って
きょうはおしまい。


大学講座同総会 熱海編6

2017年06月21日 21時23分24秒 | ウォーキング

寛一お宮の像から南の方に
海岸線を歩いていくと



熱海の港が見えてきます。



え~海の中は熱いのかなあ。
「熱海」ていうくらいやから
でも普通の海でした。



「糸川」という川が流れ込んでいます。
そこから町中へと
入っていくことにしましょう。

この川沿いにズラッと植えられているのが

「あたみ桜」です。

明治時代にイギリスから
入ってきたそうです。
花が咲くのが1月で、
沖縄の桜同様に早くから咲くので
よくマスコミなんかに取り上げられますねえ。

花期が長く1月ほど咲くそうです。
この糸川の橋の所に立っているのが、
開花の状況を調べる「基準木」ですねえ。



実は事前にあたみ桜のことに
気が付いてはいたんです。
で、ここのマンふたは、
この熱海桜のデザインだろう
と思っていたのですが、
そういうのに出会うことはなかったです。



どこかに特別あるのかもしれませんが、
見かけたのはすべて
なんてことのないマンふたでしたねえ。

整備されている川沿いを
進んでいきましょう。

この川沿いにはカメやマンボウ、



タコのいる彫刻や、



ベンチなど



いろんな施しが設けられています。

多額の経費を積み込んで
熱海の発展に尽くした人を
たたえて飾られていたり
するらしいです。

ちょっとそれらしい記述が
あったりもしましたが、
この辺の歴史なんかもよくわかりません。
そこに書かれている人の名前も
全く分からなかったです。

その糸川の川原から、
熱海市役所の方へと回り、



さらに町中を歩いていきますと、
ここが日本の市外電話創出の地らしいです。



明治22年だそうですが、
もう今や一人ずつが
電話を持ち歩く状況に
なっているんですから、
この通信技術の発展は
すごいものがありますねえ。

温泉寺を眺めながら、



温泉まんじゅう売り場も過ぎていくと、



熱海市の指定文化財
「大湯間歇泉跡」というところも通ります。



そういえばこの熱海にきて
温泉は何カ所か通りましたが、
まだその湯にふれていませんねえ。

ここの温泉でもと思いましたが、
ちょっと熱いようです。

熱海駅前の足湯の温泉に
つかっておきますかねえ。

そんな間歇泉の奥には、
「湯前神社」というところがありました。



お湯の神社ですねえ。
こういう温泉町ですから
信仰は厚いのでしょう。



むかしから温泉は自然の力の証でした。
いつまでもいつまでも
地面から湧き出てくる温泉には
やはり信仰心が働くんですねえ。

さあ、ではぼちぼち在来線に乗って、
待ち合わせの湯河原駅まで
いく時間が近づいてきました。

駅へと向かいましょう。

商店街を歩いていると、



このあたり観光地とはいえ
やはりもともとは海の町なんでしょうねえ、
干物なんかを売ってるみせが
結構並んでいます。



こんやが温泉と宴会じゃなかったら
買って帰りたいなあ
という立派で安い干物が
結構売られていましたねえ。





このあと、熱海でも目的が
あと一つあります。
熱海のミスドに行って、
差し入れのドーナツを買うことです。
でもねえ、歩いている間もずっと
探しましたが、ミスドは見つからずでした。

次回にお預けやな。

で、ようやく駅について、
ナビを見てみますと、
距離は10.3kmでした。



やはり近畿の方の町を歩くのとは
かなり状況が違いますねえ。

温泉の雰囲気なんかも
かなり違いますし、
町中の整備の仕方も
なんとなくいつもと
違っているような感じでした。

周りも関東弁やしなあ。

あ、そういえば、
ここ熱海で富士山を
見ることはなかったなあ。
事前には富士山と熱海の間には
山があることは分かっていたのですが、
なにせあの高い富士山ですから
どっかから山頂がポツンと
見えたりするのかなあ
と思っていたんですが、
見えませんでしたねえ。

まあ、今日の温泉は湯河原です。
ここからはきれいに見えるんだろう
と期待して、同窓会前に歩き回った熱海旅、

これにて終了です。