ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

9月の終わりに思ったこと

2013年09月30日 21時54分12秒 | 生活

今日で9月も終わる。

今月も老親の病院通い、
施設の見舞いと介護に伴う外出が頻繁にあったが、
合間に仕事の原稿書きをはじめ
秋の山旅ツアーの下見、
餘部旅行、雲山峰山行、
祭りの打ち合わせ、三時間走お手伝い
といろいろと動いた。

体調もすこぶる良く、
月間500キロのバイクと
80キロのランもできた。

以前ならランだけでこなせた距離だけど、
まあ今はこれで上出来だろう。
散歩も入れたら40キロくらい増えそうだしね。
9月もそれなりにめまぐるしかった。

そして月末になると、必ず回ってくる
自治会の仕事が広報の配布だ。

村中の人の広報が
月末に我が家にドカッと届くので、
これを10班に仕分けして、
それぞれの班長さん宅に班の会員の数だけ届ける
という作業をしないといけない。
この時にはオジチャリも大活躍をする。

広報紙は各自治体ごとに
異なった配布方法がとられている。

昨日、市長の続投が決まったS市は
宅配業者が個別配送をしている。
O阪市やO阪府はたしか新聞折り込みだったと思う。
しかし、doironが以前勤めていたM原市や
地元の泉O津市は、
自治会単位で配送し、
それを自治会で個別に配送をする
という方法を取っているようだ。

それでも自治会加入はいやという人には、
泉O津では個別配送も可能であると聞いているが、
そこはちょっと地元自治会活動を
市政の基本としている市長の方針にそって、
市も自治会加入を勧めるなど
頑張ってほしいところではある。

広報紙の配布も、班長さんは毎年替わり、
中には態度の悪い犬がいたり、
チャイムのない家もあったりして、
それはそれなりに苦労もある。
でも、広報を地域の人で配布する
ということのメリットは多い。

それは、一人暮らしのお年寄りや
身体の不自由な人の
安否確認の役目も兼ねているのだ。
それに災害時に、どの人がどこに住んでいるのか
ということを、周りの人が把握しておられるというのも、
いざ、ことが起こった時、
助け合えるという大切なメリットもある。

なので、班長さんには、
できるだけ声掛けをするようにしている。
「配ってて何か気づいたことありますか?」
みたいなね。
近頃は、道で人に会っても
「どこどこに大きな古タイヤが不法投棄されてるで」
みたいな声もかかったりする。

それはそれでかなり面倒なのだが、
こういう声に対しては市もかなり協力的ではある。

また、徘徊老人の監視の目も
時にはありがたいと思うこともあるだろう。

といった具合に、なにせ、
人は一人では生きられない。

自分ひとりで生きてるつもりでも、
周りの人間が何かしら支えてくれていることを、
人間として忘れずにいたいと
広報を配りながら思った、9月最後の一日でした。


またまただんじりの話

2013年09月29日 21時18分24秒 | 生活

今日は、今年で新調15年を迎えた
わが村のだんじりの
ブレーキの具合を調整するブレーキテストであった。

村、と言ってるのも
数あるだんじりの中でも、
ひとつの町名を北と南に分けて
旧字(あざ)名を冠している
数少ないだんじりのひとつであるから、
だんじりのことを言うときには、
「村」と呼んでいる。

そのわが村は宮本であるので、
東の端に氏神様の神社がある。
その神社には一般道をそれて、
私道である100m程度の参道を入っていくことになる。
その参道でだんじりを引っ張って、
ブレーキの利き具合を確かめるのがブレーキテストだ。

一般道に出るにはたとえわずかでも、
道路使用許可が必要となるため
私道の中で行っている。
毎年祭の前に必ず行っているこの作業は、
一見いちびって遊んでいるように見えて、
実はとても重要なのだ。

毎年卒団するものと、
入団するものがある青年団では、
数が少ないものだから
実際に引っ張る力加減が毎年変わる。
そのためにも本番前に
曳き綱の感覚を植え付けさせることができる。

後ろ梃子も緞子のポジションが
少しずつ変わるので、
息を合わせる作業の最終確認もできる。

前梃子、大工方も同様に
本番前の最後の打ち合わせ作業となる。

駒まわりのセッティングも微妙だしね。

それを確かめることもできる。
もちろん、一番の目的である
ブレーキの締め具合も
曳手の力にあわせて
ネジひと回し分間隔で微調整をする。

こういった作業はまるで
シーズン始めのトライアスロンバイクの調整のようだ。
ネジのゆるみ、がたつきはないか。
スポークの張りに狂いはないか。
ブレーキパッドのクリアランスは左右均等か。
チェーンは外れそうになっていないか。
ワイヤーの張り具合で変わる
ディレーラーの動きは正常か。
サドルの高さは今年の力量に合っているか、等々。

冬のマラソンシーズンには
全くバイクにまたがることがなかったdoironの場合は、
こういう作業は欠かせなかった。

年中乗っていれば、
日々のメンテナンスで十分なんだけどね。

だんじりもトライアスロンも
大げさに言えば命に係わるイベントである。
事前の調整は、綿密にやっておくに越したことはない。

doironが所属する村の世話人という団体は、
もう直接だんじりの曳行に携わることはない。
本番では交通整理、花の管理、
他町との交渉が主な仕事だ。

ブレーキテストの時には、
参道から出てきたところの一般道で交通整理をし、
作業を見守る役割なのだが、
今年のdoironは少し違う。

総括責任者であることと、
ブレーキ経験者として
新しいブレーキ担当者とともに
だんじりに乗って
具合を確かめることもしないといけない。

ブレーキ担当者には、
ここから経験してもらう必要もあることだしね。

参道を行ったり来たりして、
調整を繰り返し、
ブレーキパッドの滑りはないか、
方ぎきはないか等を確認しつつ、
担当者も年に一度の祭りの感覚を
思い出したところで終了。



こうして村中が一つになって作業をすることで、
祭り気分はいやがうえにも盛り上がってくるというものである。

あとは、今年も事故のない
いい祭りができることを祈るばかりだ。

何せ、何度も言うけど総括責任者なのだ。
ひとたび重大な事故が起これば、
警察で泊り覚悟の取り調べを受け、
重大な過失があれば取り調べ後
書類送検、起訴にいたることになる。

なので前科が付けばやめなければいけない
以前の職場にいた頃にはしにくい役回りというわけだ。

今はフリーライターという、
いわば自由業であるため
その辺は全く心配がないので、
いささか気が楽というものである。

とはいえ、事故はやっぱりNGだ。

しっかり気を引き締めて、
関係者には携わっていただきたい
と思っている。

その後は世話人詰所の設営だ。



村の人間の中には
電気工事屋さんもいれば工務店の人間もいる。
敷物を提供してくれる毛布屋さん
驚くような力持ちもいる。
もちろん、土地も無償で提供してくれる。
村の人間総出で事に当たっているわけだから
こんな場合に人材に事欠くことはない。
そうしてできた詰所に
祭が終わるまで、毎夜集うのである。
バカ騒ぎやいたずらをしても
そこに信頼関係があるからこそ
友達というものだ。
いや、友達だからこそ
何でも許しあえる仲間なのである。

そうしてうだうだと毎日を過ごし
来週日曜日はいよいよ試験曳を迎えることになる。


韓国料理

2013年09月28日 21時49分09秒 | 生活

本格的な韓国料理があるというので、
食事に行ってきた。

そこは以前はイタリア料理店で
ジム友と出かけたことのあるお店なのだが、
いまは韓国料理店となっている。

入ってみると、
当然メニューがみんな韓国料理なのだが、
カタカナで書かれてあって
どんな料理なのかよくわからないので、
少しでも聞いたことのある
「サムギョプサル」を注文してみた。

ミセス曰く
「サムギョプサル」は三元豚というのを焼き、
野菜で包んで食べる料理なんだそうな。

出てきたのがこれ。



おっしゃる通り豚肉の焼き肉のようだ。

鉄板が傾いていて、
油が一か所に集まる仕組みになっているのには感心した。
よくできているものだ。

ついていた野菜が、
チャプチェと呼ばれるレタスのような葉っぱとゴマの葉っぱ。
豚肉が焼けるとはさみで切って
食べるのだそうだが、
どれくらい焼けばいいのかよくわからないなあ
と思っていると、
業を煮やした店員さんがやってきて
焼いてくれた上にはさみで細かく切ってくれた。

そうして焼けた肉をごま油に浸して
味噌をつけ、チャプチェとゴマに乗せる。

そしてその上に、酸っぱく味付けした
こんな刻み野菜を乗せて
巻いて食べるのだそうだ。



韓国料理というと辛いというイメージがあるが、
そんなことはなく
ゴマの葉の味がよく利き、
さらに酸っぱい野菜が食欲を増幅させてくれる
よくできた料理であった。

二人で大きな豚肉を3枚ずつ食べ、
包み野菜もなくなったところで
ちょうど生ビールと食材が空になった。

それでも少し物足りなかったので、
チジミを注文した。
これがまたうまかった。
店員曰く、チジミに合うのは「マッコリ」なんだそうで、
この際ビン1本を注文したら、
こんなヤカンに入って出てきた。



コップは、まるでワンコの
水飲み皿のような金属製。
でもこれが雰囲気出るんだよね~。

飲みやすい割に度数が高いので、
結構足に来ました。
まるで、筋肉がにんにくになったような・・・

お店ではそこで打ち止め。
お腹いっぱいになって帰ったのですが、
なんだろう、歯を磨いても、
口直しにコーヒーを飲んでも
口の中が韓国満タンです。

おかげで、今夜はヨン様気分で眠れそうです。

それでは

「アンニョンヒ ジョムセヨ」(おやすみなさい)


三時間走しおり誕生秘話

2013年09月27日 21時16分27秒 | お絵かき

先日、友人たちが主催する
三時間走の何らかのお役に立てないかと、
最近描きはじめた絵を使って、
大会名もいれたしおりを
参加賞として配らさせていただきたい
と申し出たところ、
快諾していただいき、配ることができました。

そうと決まってからの日々は
とても楽しかったです。

まず、走る人にふさわしい絵ってどんなのだろう
といつも頭の片隅に置いて考えてました。
ランニングなので、チータかダチョウの絵?
いや、それはあまりに奇抜です。
ウサギでも変です。
では、いっそ誰かをモデルに・・・
というのも下手な絵で
モデルに怒られそうです。
トライアスロンならマイバイク
という手もあるのですが、ランだけだし・・・。
などと、走りながら、あるいはオジチャリで
周りをきょろきょろ眺めたり、
山に行っても何かないかと探したりとしながら、
いろいろ考え続けていた時、
ある夜ふと自分のブログを見ると
一番上に靴が二足転がっている
テンプレートを使っているのに気づきました。

そうか、これや!

ランナーに身近なもので大切なものといえば、
これほどふさわしいものはないだろう。

てことでさっそく描いてみることにしました。

何足も何足も履きつぶし、
じゃなかった描きつぶし、
ようやく構図やデザインが決まったところで、
下書きをコピーし、いろいろと色を入れてみました。

靴って、鮮やかな色を使っている割に、
白が基調なので派手にはならないのですが、
絵にすると何だか変な派手さが目立ってきます。

いろいろと思い悩んだ挙句、
結局作品のような色にしてみました。

それと描くに当たっては、
みんなに配るので
極力メーカー色が出ないように
気を遣いました。

また、ランナーの皆さんの
見慣れた靴の姿がいいだろうと、
細部にもこだわっています。

よく見ていただくとわかるのですが、
はき続けると傷みやすいところにはキズを、
汚れやすいところには汚れをつけてみました。

人によっては違うかもしれませんが、
doironの場合は、
履きこんでくるとこんな感じになってきます。

そしてかかとも外側から
減っているように描いています。

そして靴ひもの通し方はというと、
実はこれが奥が深いのです。

かかとが滑りがちな人にはこの通し方、
とか、甲に問題がある人にはこれ
というふうに、
実に様々な通し方があります。
少し凝った通し方を描いてみようかと思ったのですが、
ここはあえて見慣れた
ディスプレイ結びという
標準的な結び方にしてみました。

そうしてようやく絵の方の目途も立ってからは、
今度は言葉の方も決めないといけません。
長すぎてもダメなので、
簡潔に思いを伝えないといけないなと、
こちらも、ジムでトレッドミルを走りながら、
あるいは車を運転しながら、
またあるときは寝ながらも
ずっと考え続けていました。

こういうのは、書けば何てことはない言葉なんですが、
絵の雰囲気とも結びつく言葉となると、
とても苦労をするものなのです。

結局、ランニングが好きな皆さんのことだから、
自由時間の大半をそこに費やして、
ランニングを中心に生活を組み立てている
という人も少なくないでしょう。
それはやっぱりランニングに
すばらしい面があるからで、
それはなんだろうと考えた時、
doironはこんなことを教えられたな、
というところから出てきた言葉です。

大げさに聞こえるかもしれませんが、
25年間走り続けてきて、
最近よく考えることなのです。

とまあ、いろいろと自分なりの
楽しい時間をいただいたしおり作りでした。
これが、今年の大会で配っていただいたしおりです。



実は来年の分も、もう考えていて、
先日言葉が生まれました。

あとは一年かけて
それに合う画題を探していこう
と思っています。

ということで、来年もよろしくお願いします。


2013御坊の秋

2013年09月26日 21時42分09秒 | 生活

御坊にある実家を点検がてら、
秋の景色も眺めに遊びに行った。

その家に義理の両親が家を建てた頃は、
高速道路もまだ途中までしかなく、
一般道におりてからも
山を二つ越していかなければならなかったが、
今は御坊どころか、
南部も過ぎて田辺まで開通しており、
すさみまでの工事も始まっているときく。

この沿線は山中の道が多く、
トンネルも数多くあるが、
春は新緑、秋は紅葉、冬は雪化粧をするときもあり、
自然豊かな表情を見せてくれる。

実家までは、川辺で降りて、
道明寺近くを通りながら行くコースが最短コースとなる。

国道を横切り、200mほど海に向かったところに実家はある。

前回訪れた時に、
くまなく除草剤を撒いて帰ったにもかかわらず、
夏の日差しと雨が空き地を
こんなにも荒れ果てさせていたのには驚きだ。



こうなってはもう素人の手には負えないので、
シルバーに委託をすることにした。

それに加えて、先日の台風18号で
どうやら家の前の川があふれたようだった。
家の前の橋に積もった畑のごみの様子から



なんとか家の浸水だけは免れたことがわかった。
こちらは自分たちで片付けた。

それから近所の畑の中の道を散歩し、
これからヒガンバナの花の絵を描こうと
思っていたので、じっくり観察した。



普段よく見る植物でも
いざ描こうとなると
構造がわかっていないと
なかなか描けないものなのだ。

そしてとりあえず、庭で収穫できるものは収穫した。

むかご、
柿、
そして家の前の小川で
大量に泳いでいるメダカだ。

むかごは、むかごごはんに、
柿は渋柿ではないのでそのまま食用だ。
メダカは、doironのご近所で
一緒に大切に育ててくれる友達と
山分けするために、100匹程度すくって帰った。



農作業と川遊びの合間に
持参のおにぎりを実家で食べていると、
車が止まっているのを見たご近所さんが訪れてくれて、
両親の安否を尋ねてくれた。

かなり高齢化しているものの、
概ね元気にしていることを告げると、
喜んで帰られた。

手土産に畑で採れた瓜やゴーヤを
持ってきていただいたので、
お返しに採れたての柿をあげた。

阪神淡路大震災の日からここに住み始め、
10年ちょっと暮らしていたが、
その間にもこんなに民家もまばらな田舎で、
しっかりご近所付き合いをしていた両親。

もともと、そんなに人づきあいは
ディープではないのだが、
それなりにコミュニケーションは育んでいたようだ。

家の前に立ち、
南の方を見渡すと、
広い畑地のずっとむこうに
煙樹海岸の松並木が見える。
西には、頂上に公園を持ち、
ハングライダーの出発地点にもなっている
西山がそびえている。

時折、少し離れたJRを通っていく
オーシャンアローが警笛を鳴らしていく。

空にはトンビが飛び交い、
風にはどことなく潮の香りも混ざっている。

普段は家の中にいれば耳鳴りがするほど、
静かなところなので、
周りに漂う、音、風、におい、景色が
総動員で秋を告げていた。

実父のデイからの帰宅時間があるので、
昼過ぎに出発をしたが、
実はここは夕暮れの雰囲気が素晴らしい。

夕焼け空に鳥が飛び、
あちこちの村から
かすかに聞こえてくる有線放送の輪唱を聞いていると、
思わず唱歌「ふるさと」を口ずさみたくなる、
そんなのんびりとしたいいところなのだ。

ここに住み始めた頃は
そんな景色がとてもお気に入りで、
両親も「ここが終の棲家だ」と言っていたが、
人生はままならないもので、
現実的には介護の必要性から
今はdoironのすぐ近くに引っ越してきている。

でもまあ、ここはここで、
夏には盆踊りがあり、
祭りの季節にはだんじりばやしが聞こえ、
子どもたちが元気に遊びまわる場所を、
最近は「本当の終の棲家」とするのも悪くないと
言っているので、
引っ越してこさせて良かったなとしみじみ思う。

ミセスも嫁いだ身でありながら、
存分に「娘気分」を味わっているようだ。

御坊に行くたびに思う。

人間万事塞翁が馬。

年月の過ぎゆくままに
流れに身を任せていれば、
案外幸せは寄り添ってくれるものだと。


今夜もだんじりの話

2013年09月25日 21時40分27秒 | 生活

今夜もだんじりの話。

泉大津には大きく分けて、
12町連合と浜八町の連合がある。

12町連合はdoironの村が属している団体で、
いわゆる「しもだんじり」の集まりだ。

その12町の中には、
八町連合もあって、
これは神社地区が違うので
他の4町とは一線を画している。
昨年はこの八町連合の会長をさせていただいた。

そして浜八町は「かみだんじり」の集まりで、
俗にいう「カチアテ」をすることで、
独自の伝統を引き継いでいる。

浜八町のだんじり祭りのことは、
日程が同じなのでほとんど見たことがなく、よくわからない。

でも12町の方は、設立当初から関わった。
きっかけは、我が町のだんじりと
他町のだんじりが同時期に新調したため、
兄弟だんじりとして
今の12町コースで顔合わせをし、
広い道路を並走したことから始まった。

その時、doironは曳行責任者だったので、
いろいろと調整をさせていただいたわけだ。

そのコースも今は、
泉大津ではもっともにぎやかなコースになっており、
二日間の祭りの初日に
華やかなパレードを行っている。

伝統は粛々と引き継がれているということだ。

各町から選ばれて出てくる12町の実行委員会の皆さんはとても熱心で、
最近は大掛かりなポスターを作って、
市内のみならず府下の各所に掲示をしてもらっているとのこと。

さらに、地元の事業所の協力をいただいて、
パンフレットも作っている。

このパンフレットが関係者に好評で、
その年に役員をした人なんかの顔写真も入れて造っているので、
一生の記念になるというものだ。

今年のパンフレットがこれ。



え~、この手の製品のプロでもある
わたくしの目から見ても、
なかなかよくできています。

ページを繰っていくと~、
おお、doironの写真が載っているではないか。



ゆかたを着ているところから、
昨年の8町パレードの時のものだとわかる。

今回のパンフレットは保存版ですね。
doironライブラリーに追加しておきましょう。

そしてだんじりにも
いよいよ前梃子用の堤が巻かれ、
ブレーキも装着された。



虫の音も繁くなってきて、
本番間近だ。
昔はこの時期には血が騒いだものだが、
最近は少し違う。

祭りが来ると、スーちゃんの事故を思い出すからだ。

玄関先で転び、
だんじりばやしに送られるように、
救急車で運ばれていったスーちゃん。

思えば5年前のあの日が、
介護の始まりだった。

そう思うと、
賑やかなだんじりばやしも、
少ししんみりと聞いてしまう。


大工方doiron

2013年09月24日 22時23分46秒 | 生活

三時間走も無事に終わって
いよいよ祭りのシーズンに突入です。
夜はだんじり小屋に行ったり
詰所で飲んだりと何かと忙しくなります。
この時期のブログが一番厄介です。

さて9月に入ってから、
だんじり小屋での鳴物練習と
若手の走り込みが始まっています。

それに先立って、
自治会では総会を開催し、
これらの活動について
自治会全員の総意をいただき、
責任者を決めてルールを
きちんと守りつつ行うことにしました。

ところが、である。

やはり最近の人々は
何かと寛容さを欠いているというか、
自己中心的というか、
隣接する他町の人から
鳴り物の音や走り込みの掛け声に対して
騒音の苦情が来たりするんだよね。

それに対しては、
本人にお会いして説明もし、
納得してもらう他はないのだが、
残念ながら本人は絶対名前を
明かしてくれないのです。

どこの誰だかわからないから
対処のしようがないんだよね。

祭に対して並々ならぬ情熱が滾る
岸和田だったらこんなことはないのかな。

そこで、鳴物練習の時なんかは
必ず年長者が現場につくことにしました。
今までもついていましたが
ルール化はしていませんでした。

で、今夜はdoironの出番でした。

こちとらさんざん騒音苦情に対応してきた身である。
警察が来ようが、誰が来ようが
対処の仕方は心得ている、
・・・と思っている。

ところが今日は苦情もなく、
無事に推移していたので、
ついつい調子に乗って
だんじりの屋根へ上ってみたのでした。

大屋根に上ると、
ずいぶんと地面が遠い。

止まっているだんじりでも屋根の上は高くて怖いのに、
大工方はあんなスピードで疾走する
だんじりの屋根の上で、
踊りながらかじ取りの合図を送るのだから、
全く信じられなません。

その時のdoironの姿を写真にとったのがこれ。



さらに、アップ



何となく腰が引けてるじゃん。

その写真をいただいて、
何人かの友達に送ってみました。
そしたら、一人は「体重制限オーバー」といい、
一人は「年齢制限オーバー」だという。

え~、大工方に体重制限は・・・あるかなあ。

でも年齢制限は・・・これもあるかもな。

だんじり小屋の監視やと言いつつ
ついつい調子に乗ってしまったdoiron。

ま、これも苦情で意気消沈している若者たちに、
総括責任者として気合を入れるためです。

し、仕方ありません。

け、決して、いちびってやってるわけでは・・・なくもないかなあ。


呼び戻し

2013年09月23日 21時21分23秒 | 生活

大相撲秋場所中日(22日)
4連覇を目指す横綱白鵬は
平幕宝富士を大技の「呼び戻し」で破り、
ただ一人8連勝で勝ち越しを決めた。

といっても、VTRで見る限り、
ただの上手投げに見えたのですが、
表には現れない力と技の応酬が
両者の間に働いていたんでしょうね。

なんでも「呼び戻し」というのは
平成9年以来の大技だったそうです。

今日も朝からそんなニュースを
新聞やテレビで見ておりました。

するとその時に一本の電話が・・・。

仕事です。

出動です。

取材です。

時間は午後からということなので、
午前中に山に行くことにしました。

近ごろEOSで撮影することが多く、
どうもNIKONがすねているように見えたので、
急に思い立って
NIKONを担いでの近場に撮影山行に出かけました。

山の景色を眺めながら、
カメラの動作状況程度を確認し、
時間がないので慌てて帰りました。

食後、午後からの取材に臨んで、
すぐに終わったと思ったら、
またまた1本の電話が・・・。

親父がデイに行ってる施設からでした。

デイに到着した時に
心なしかしんどそうにしていたので、
ベッドに寝かしていたところ、
発熱が観測されたとのこと。

今は38℃あるので
送り届けると言ってきたのです。

げっ、そ、それは待ってください。

今日はミセスも出かけているので、
今送り届けられても家には誰もいません。
というと、

では帰ってきたら電話をしてください
とのこと。

おお~、これぞまさしく施設からの「呼び戻し」ではありませんか。

大技が出てしまいました。

親父に白星、doironに黒星です。

急いで帰宅し、電話をして親父を迎えました。

ところが、本人は自宅に帰ってくると
ケロッとしてるではありませんか。

ベッドに座って本を読んだりしています。

あ~あ、こんなことなら
もう少し様子を見といてくれたらよかったのになあ、
と思いながらも
帰ってきたものは仕方がないので、
親父の隣の部屋で
様子を伺いながら
合間に描いた絵の言葉を考えておりました。

題材はヒガンバナとツユクサです。

こんな時は、辞書なんかが
インスピレーションをくれたりするので、
その時も三省堂の国語辞典を読んでおりました。

で、ない頭を絞ったのですが、
残念ながら今日は言葉が生まれてきませんでした。

さり気なく描いているような絵と言葉ですが、
それなりに生みの苦しみはあるんです。

その2題については、
また頭の片隅に置いておいて、
散歩の途中や夢の中に
言葉が降りてくるのを待つとしましょう。

ということで、夕方、
ミセスの帰宅後、時間を見つけて
散歩にも行ったんですがね。

やはり生まれてはこなかったです。

でも、近くの畑で「サクラタデ」の群落を発見しました。

可憐な花で、doironが初めてリバーサルフィルムを使った時に、
被写体として選んだ花なんです。

それにしてもずいぶんと日が短くなりましたね。
それもそのはず、今日は秋分の日でしたね。
もう日が落ち始めていたので
今日の撮影はできませんでしたが、
後日カメラを担いで
そこに歩いて行こうと思ってます。

今年の秋の三連休最終日も、
そんな暦とは関係なく
バタバタッと過ぎていったdoironの1日。

少しはじっとしていたら、という声が聞こえてきそうですわい。


熱かった3時間走

2013年09月22日 15時41分36秒 | マラソン

今日は待ちに待った3時間走でした。
朝7時に集合し、
机を運んだり、テントを建てたりと大忙し。
あっという間にスタート時間の10時がやってきました。

大会前からみなさんの献身的な協力のおかげで
天気も最高の一日となりました。

特に暑い中、折り返し点や中間点にいてくれた
スタッフは大変だったと思います。
本当にお疲れさんでした。

kaisanも祭で忙しい中いろいろと準備
大変だったと思います。お疲れさんでした。
三回目もぜひ開催しましょうね~。

レース中のdoironの役目は
周回チェックの一員でした。
同じくチェックしてくれたI原さん
お疲れ様でした。
また濱ちゃんも主催者代表でありながら
一時たりとも気の抜けない周回チェック、お疲れさんでした。

ちょっと目を離して
ゼッケンを確認できなかった人は
I原さんがダッシュして先回り。
最後に空白となった選手も
三人の見事な推理力で
カバーできたと思います。

皆さんも周回チェックの前では
わざわざ、〇〇番~と叫んでくれる人もいました。
ありがたいことです。

中にはゼッケンが見えないことを指摘するスタッフに
罵声を返す心無い選手もいましたが
概ね皆さんとても協力的でした。

また遠く奈良から差し入れにきてくれたbabiさん。
ありがとうございました。

大勢の知り合いを引きつれて
参加してくれたちえちゃんもありがとうね。

大会前、そして大会中も掃除に駆けつけたジダンも
ご苦労さんでした。
弁当とビールをもらえてよかったですねえ。
ブログのタイアップ企画、楽しみにしています。

スタッフ、選手が一つになって
楽しくそしてパワーを分けていただいた大会でした。

スタッフも参加者もほとんどがランナーという
こんな大会はほかにあるでしょうかね。
これからいよいよマラソンシーズンです。
今日は天気が良すぎて
熱かったきらいもありますが
これを契機に、みなさん充実のシーズンに
突入出来たらいいですね。

それにしても
アットホームなランニングの輪が
一段と広がったような気がします。

最後に、参加者、スタッフで撮った写真を
掲載しておきますが、
小さい写真ですので、結果ともども
近々アップされる予定の
青馬会のホームページを
ご覧頂けたらと思います。


さて、doironはどこにいるでしょう


お散歩、雲山峰 後編

2013年09月21日 21時10分23秒 | ウォーキング

さて、日帰り登山の楽しみのひとつ、
お昼ご飯です。

今日も早起きしてお弁当を入れてきました。

これ。



いつものキャラ弁です。
今回のテーマは“紅葉”
まだ紅葉には少し早いかもしれませんが、
ウルシなどは紅葉しているかもしれませんので
期待を込めてのお弁当です。

駅のところでビールも買おうかと迷ったのですが、
下山後に乾杯しようということでやめました。

代わりにといってはなんですが
携帯していったガスコンロで
味噌汁を作ってふるまいました。

ただ、このコースは水がないので
持参した水が足りず、
食後のコーヒーは少なめです。

お楽しみの昼食を終え、
荷物は軽く、体が重くなったところで出発。

大体初めてのところは
休憩場所の選択が難しい。
休憩するのに適した場所はまだかまだか
と思いつつ歩いているのですが、
しびれを切らして適当なところで休むと、
少し先に見晴らしのいい
絶好の休憩場所があったりしがちです。

このときも昼食を食べてから
歩き始めて約5分で、
絶好の休憩場所である
本日の目的地

“雲山峰”の山頂に到着しました。



そしてこれが雲山峰490mの三角点です。



山頂は見晴らしはよくありませんが、
ササの生えた広場でベンチもありました。

探ってみると、ツリガネニンジンが咲いていました。



“ツリガネ”は花の姿からも納得なんですが、
なぜ“ニンジン”なん?
と疑問を投げられましたが、
それは、根っこが朝鮮ニンジンのように太いからですね。

そして片隅にはこんな掲示もありました。



なかなか、すごいことを
さらっとおっしゃってますな。
などと突っ込みながら
少し前にたっぷり昼食休憩を取っていたので
早々に下山し始めました。

紀ノ川の雄大な流れを見下ろせる
眺めのいい道を眺めながら歩くのは最高の気分。
ああ~来てよかったあと思いましたね。



しばらく行くと、標識が立っています。



大阪側には「近畿自然歩道」の
立派な標識が随所に立てられてありましたが、
和歌山県側は紀泉高原として整備され、
案内板もさらに充実しておりました。

しかし、それにしても標識に書かれた
下山ルートの多いこと。
どれを歩こうかとかなり迷いつつ
地図と見比べながら、
最短の「紀伊駅」への下山ルートを取ることにしました。

途中「六角堂」というあずまやも通過。



この様子から下山ルートも整備された道か
と思いきや、紀伊駅に降りる人は少ないのか、
少し道は荒れておりました。

しかも、なんと蜘蛛の巣だらけ。

持って行ったステッキが
この時すごく役に立ちました。
下山後に見たら、ステッキは
トリモチをまぶした
セミ取り棒のようになっていました。

ステッキがなければ、
今頃は紀泉の山で
蜘蛛の巣にからめ捕られた
人間のようになっていたかもしれません。

これは道端で見つけた本日最大のキノコ。



その名も「巨大びっくりタケ」。

はい。やっぱりキノコの名前はさっぱりわかりません。

そうそう、紅葉はというと
ウルシが予想通り赤くなり始め
六角堂のそばのカエデも紅葉し始めておりました。



これは下山道の案内表示なんですが
「国鉄」とはこれはまた懐かしい。



下山途中の竹やぶで、



蚊にボコボコに刺されながら
なんとか人里に出ました。

振り返ると、
「紀泉高原登山口」の案内が立っていましたが、
ちょっとこのコースはおススメではないですね。



六十谷の駅の方から登る方が
メジャーなのかもしれません。

そこからすぐに阪和自動車道の
下に設けられたトンネルを通ります。



降りてきたときの汗でレンズが曇っていました。

それにしても高速道路って、ただ単に道を作って
舗装してだけじゃないんですね。
こういう施設も造らないといけないから大変です。

彼岸花が咲く里の秋を満喫しながら、
紀伊駅に到着です。
ああ、この駅も以前、
長Oクンのプロデュースで走った
熊野街道の出発点でしたね~。

残念ながら、駅前にビールの自動販売機はなく
仕方なくお茶で乾杯。
いい汗かいた後の
冷たいお茶もなかなかの味でしたな。

ということで、
春から考えていた雲山峰を
たっぷり6時間満喫して
帰りの途についた、doiron一行なのでした。

さて次はどのお山に行こうかな。