ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

カイロのあれこれ

2018年02月28日 21時10分44秒 | 生活

この冬は寒い日が多かったねえ。
歩きに行くのも、
あっち方面は雪があるんじゃないか、
こっち方面は風邪がめちゃ強いんじゃないか
と出かけるのもいろいろと気をもんだ。

だったら出かけなくていいやん
という声が聞こえてきそうだが、
そうもいかない。

最近の歩き癖もまあ一週間でかけないと
気持ちが落ち着かないのだ。

なので暖房対策は
しっかりとして出かけることが多かった。

助かったのはカイロ。

この使い捨てもいろいろと改良され、
今年とてもあったかい
カイロが発売されたので、
これを買ってみた。



といってもすぐに見つかったわけではない。

薬局を3軒回ってやっと見つけたので
手に入れることができたのだ。

名前も、めちゃ熱いカイロ

「マグマ」という。

どうしてこんなに熱いのかというと、
やはり中に入っている鉄粉の
酸化速度が速いからだろう。

では一体どうなっているのだろうと、
最近ひとつを分解してみたのだ。

先ずは中の成分が普通のカイロと
どれくらい違うのか。

これがマグマで、



普通に使って最高温度が
73℃と書いてあるもの。

そしてこれが最高温度63℃
と書いてある、普通の貼るカイロだ。



ああ、中身を出しただけじゃ
全然違いが判りませんねえ。
使い終わった中身を出して
比べても、どちらも酸化して
茶色くなっているだけで
これもよくわかりません。
これがマグマ



これが貼るカイロ



じゃ、温度が違うのは
どういう違いかというと、
考えられるのは

1.鉄粉をより細かく砕いて
表面積を大きくしてある。
(見た目はそんな感じかも)

2.袋に酸素がよく入るような
特別な仕掛けがしてある。

3.酸化速度が速くなるような
触媒のようなものが多く混ぜられてある。

くらいかなあ。

まあその辺は企業秘密的な
ところもあるんでしょうねえ。

で、これらの熱いカイロについて
使用時に注意すべきことは、
まず張り付けたりしてはいけませんね。

低温やけどには十分気を付けましょう。

また、結構な高温なので
携帯なんかと同じポケットに
入れてもいけませんね。
カメラ、Wi-Fiなどの
精密機械も避けた方が
いいでしょうねえ。

そうそう、普通こんなカイロを
持った時によく気になるのが、
シャツのポケットに入れたまま、
ロッカーなんかにつるして
そこを離れたときに
火事になったりしませんか
という心配があるみたいです。

でもねえ、これは大丈夫。
もしそんなんで火事になるくらいなら、
製品として売り出されることはないでしょう。

ただ、カイロの袋を無理やり開けるとか、
可燃物と一緒に収納とか
水分がかかるとかはよくないですねえ。

より酸化速度が速くなるような
条件は避ける方がいいようです。

そしてもうひとつ。
これらのカイロを使い切った時に
始末はどうすればいいかということですが、
これは自治体のごみ廃棄ルールに
従わないといけません。

でもねえ、ちょっと待ってくださいよ。
そのまま捨てるのはもったいないですよ。

カイロの中には活性炭なんかも
入っており、脱水、脱臭効果
なんかもあるそうですから、
捨てる前に、タンスの隅っこに
放置しておく、
冷蔵庫の隅っこに入れておく
なんかも脱水や脱臭の効果があるそうです。

ちょっと見た目に抵抗あるかも
しれませんが、百均で適当な
入れ物なんかを買って
収納しておくのもいいかもしれません。

そうそう、ランナーの人なんかは、
ぽいと捨てる前に
走り終わった後の靴に、
入れておくなんてのが
お得な活用法かもしれませんよ。

いろんな技術で作られた
使い捨てカイロも、
暖房に役立てるだけじゃなく
捨て去る前に
こういう使い方も活用してみては
い~んじゃないですかあ。


最近飲んでるお酒

2018年02月27日 21時09分25秒 | 生活

最近晩酌の飲み物を変えた。

これまでは痛風のことなんかを考え、
プリン体ゼロの「極ZERO」を
飲んでいたのだが、



今回この極ZEROのさらに
低カロリー版が出たのだ。
これ



もちろん糖質0、プリン体0、
人工甘味料0でカロリーが
100ml辺りこれまでの
30よりも12キロカロリー少ない
18キロカロリーというものだ。

ではこれらはこれまでの飲み物と
何が違うかというと、
アルコール度数が5%から
2.5%に減ったというのが大きい。

まあもちろんいろんな部分での
変更もあったのだが、
このアルコール度数の低減が
カロリー削減の大きな原因だろう。

そもそも、最近は酎ハイなどでも
「高アルコール」を売りにしている
製品が多いよねえ。

コンビニなんかに置いているのは
そういう製品が多数だ。

でもねえ、doironなんかは
アルコールの低い方がいいんですよ。

夜になったらブログ書いたり
しているからねえ、
アルコール9%の飲み物だったりしたら、
もともとくちゃくちゃな
ブログがさらにくちゃくちゃに
なってしまうんだよー。

だから、酎ハイなんかも
低アルコールでおいしいなんてのも、
もっと開発してほしいなあ
なんて思うのです。
ローソンさん、何とかなりませんか。

まあ、とにかくそんなこんなで
晩酌のお酒が、そんなに悪くない味の
低カロリービール(風)に変わった
というお話。

おかげで、先日やった
血液検査の尿酸値も
すっかり既定の範囲内に入りましたよ。

肝臓の数値は横ばいですけど・・・。

でもまあ、低アルコールのおかげさんで
ブログも読みやすくすっきりだあ~、
なんていうのはちょっと言いすぎかな。


こころ震えた太鼓演奏2

2018年02月26日 21時38分34秒 | ウォーキング

静かな山道も、集落のある所に
入ってくるとホッとしますねえ。



子どもたちが走り回っている
庭もありましたね。

ああ、田舎の集落の景色ですねえ。
これから聞きに行くのが
田楽座の太鼓。
doironはもうすでに田畑に囲まれた
田楽の中にいるようですよ。

やっとたどり着いたのが

「屋敷山公園」。



そうそうこの森を目印に
歩いていたんです。

公園の中にはこんな城跡や



昔の豪族「葛城族」の古墳



なんかもあるようです。

そんな公園部分を超えていくと、
大きな建物がいくつかあります。

あ、こんなポスターが
貼ってありますよ。

ここかなあ?



でも受付らしいものもないし、
お客さんもいないぞ。

どうも違うようだ。

そしたらこちらかなあと思ったが、
ここには図書館もあるしなあ。

静かに本読むところの横で
どんどこ、どんどこもないだろう。

でもまあ裏の入り口もあるようだから
入っていってみようと進んでいくと、
おお~ここがどうもそのホールのようです。

法被を着た太鼓演奏者の
ような人もいっぱいいます。

お客さんも並んでいるようです。

外に出て入り口を見てみると、



こんな旗が立っていたり
看板も立っています。



どうやら間違いないようです。
図書館には大丈夫なのかなあ
とちょっと心配ですがねえ。

一時過ぎに合流し、
一時半から入場です。

babiさんの職場の同僚の人が
世話役をしているそうです。
いやあ、皆さんとても
元気そうで楽しそうですねえ。

広いホールの自由席に場所をとり、
演奏を待ちましょう。

前回参加したときには
体育館のようなところだったので、
寒かったらあかんと思って
ひざ掛け毛布とか
持ってきていたのですが、
室内は快適でしたね。

午後2時、いよいよ始まります。

お題は1部が「信濃の国」で5曲、
2部が「田楽法師」というテーマで
7曲を演奏されます。

1部の最初は「木遣り」です。

2年前の3月に長野県の
諏訪に行きました。
この地方では申と虎の年に
大木を操る「御柱祭」
というのが行われます。

その祭りのことを歌った
演奏ですので少しなじみがありますね。

2台の小太鼓の音が
本当にぴったりと合っているのが
本当に驚きです。

13種類に及ぶリズム感の違いを
まるで神が降りてくるように
ぴったりと刻んでいくのが
すごいんですとbabiさんの
解説をいただきました。

その後「舞台囃子」と続き、
次に大獅子が出てくる
ちょっと滑稽な舞台もあります。

「順の舞」では演奏の音が、
昔から日本に響く素直な
感動がわいてくるものでしたね。

その後の盆踊り狂言で一部は終わり。

少し休憩に入ります。

そして2部。

「千秋万歳」の後が、
よく耳にする「八木節」。

「田楽躍」の後が「東西太鼓絵巻」。

ああ、太鼓の演奏って
こんなにスポーツなんだ
と感じさせてくれます。

そして次がこの「田楽座」の
定番である「とりさしまい」です。

とりもちの付いた竹ざおで
鳥を捕まえるという滑稽な
鳥刺しは見どころがありますよ。

「秩父屋台囃子」
「田遊び」と続いていく演奏。

大概の演奏の前に、
演者たちの熱い想いが語られます。

ああ、面白いなあ。
ランニングでこんな熱い想いを
語ったらどうなるだろうと、
頭で描いてしまいました。

「風を切って走る、われわれ~、
どんな困難も~・・・」

と叫びながら語る原稿なんか
作ってみたいなあと思いましたね。

アンコール後の演奏も終わり、
ようやくお開きです。

あっという間の2時間以上でしたね。

会場の去り際に、
演奏者が見送ってくれるのですが、
太鼓をたたいたりする人の手は
どんなんだろうと無理やり
握手を願ったら、
でっかくて、優しい手をしてはりました。

doironが今まで握手をした中でも
最大の手でした。

長野の人たちの熱い想いを感じた演奏会。
奈良の山里の自然に触れ、
そしてその後こころ震えた太鼓演奏。

よかったよかった、ありがとうね~


こころ震えた太鼓演奏1

2018年02月25日 21時16分27秒 | ウォーキング

奈良のラン友であるbabiさんから、
葛城市で行われる「田楽座」の
太鼓演奏会鑑賞への案内があった。

以前もこの団体の太鼓演奏会に
参加させてもらったことがあるが、
これがなかなかの迫力でしたね。

太鼓のダイナミックな演奏だけでなく、
地域の特徴も入れた様々な取り組みで、
中々魅せるものがあった。
そんな演奏会がまた奈良県で
行われるのでどうですか
というお誘いだ。

この太鼓のグループは
長野の伊那谷で生まれたグループだが、
こうして各地を移動しながら
演奏会を続けているそうだ。

前回も心を震わせた演奏会だった。

そうかあ、それは是非参加してみよう
と演奏場所を確認すると、
義父母の墓のある當麻寺に近い。

そしたらそこで墓参りして、
そこまで歩いて行ってみようと考えた。
タイムスケジュールを考えると、
演奏会の時間は午後2時からなので
1時ころには現場に着いておきたい。

當麻寺からは約5キロくらいの
距離なので、ゆっくり歩いて
1時間半くらい考えていたらいいかな。

となると食事の時間を考えて
午前10時半には墓参りしておきたいので、
9時頃には出ておく必要が
あるなと判断して電車に
飛び乗って出かけた。

かつての職場のあった松原もこえて、
ごとごと電車に揺られて

「當麻寺」

の駅まで行き、まずは歩いて
お寺まで行ったよ。

まあこの道は何度も歩いているので
よく知ってるもんね。

で、予定通り墓参りを済ませて、
寺の前のお店でにゅう麺と
柿の葉寿司のご飯を食べて、
さあでは現場である
葛城市の文化会館へと出発だ。

最初は大麻の村中をくねくねと進んでいく。

この辺りは驚くほど道も狭く、
くねくねしているのだ。

右手に山々が見えなければ
方向感覚もおかしくなるほどだ。

で、そのあと県道に合流し
それを南下していく。

この辺りは大変車の量も多く、
歩くのにはあまり快適では
ないんだよね。

南阪奈道路の葛城ICの
ところの道の駅までついて
ホッとひといき。

そこでトイレを拝借。

さあここを出てまた歩き始めましょう。

時間はまだ1時間近くありますよ。

景色を眺めながら
ぼちぼち行きましょう。

こんな道を進んでいきますが、



あれ~急に交通量が少なくなりましたよ。

ああ高速ICを過ぎたら
こんなんかなあと思いながら
進んでいきます。

この奈良の周辺の地域はこの季節
気軽に歩くにはちょうどいいかなあ。
近場だし、電車の便も発達している上に
歴史的にもいろいろと名所もあるしなあ。

またいろいろと歩くコースを
検討してみなくては、
なあんて考えながら
進んでいくのです。

前方には葛城山のロープウェイの
山頂駅が見えていますよ。

ん?ちょっとここは
高いんじゃないの?
それにどう見ても
交通量が少なすぎるぞ。

また前方に見えてくるはずの
役場や公園の森も見えてこないし。

あちゃー、どうも周りの雰囲気から見て
狸に化かされたか?
狸はお前やろーという声が
聞こえてきそうですが・・・

おかしいぞと地図を引っ張り出して
みてみると、道の駅で
トイレを済ませてホッとして
出口を間違えたようで、
一本山の道を進んでいるようです。

道理で交通量が少ないはずです。

このまままっすぐ行けば、
あの葛城古道につながって
いくようですねえ。

これはいかんぞと思い
地図とにらめっこしました。

ここから道の駅まで戻ったら
時間がちょっと心配やなあ、
それにもし変な道を
降りて行って行き止まりになったら
大変だぞと思いながら
読図していると、
おお~何とか一本下に降りていく
道があるではないですか。
ここを降りていくことにしましょう。

最初は少し広い道ですが、



途中軽4の貨物が
すれ違えないような
狭いところも出てきます。

ちゃんとたどり着きますように
とどきどきしながら下っていきました。


1000回ウォーク

2018年02月24日 21時13分00秒 | ウォーキング

泉州マラソンも済みましたねえ。

まあ、年によってはこの後は
篠山ぐらいだったかなあ。
でも大体今シーズンのレースも
一区切りって感じになることが多かったな。

そしてこの後は花粉と戦いながら
バイク練習というのが
よくあるパターンだった。

ブログでもカテゴリーに
マラソンというのを設けていたのだが、
このブログを始めるころから
故障などでマラソンに参加
というのも少なくなってきた。

そしてあの事件である。

あれ以来、駅伝で3キロなんかを
走ったことがあるが、
もうレースからは引退をしている。

最初は寂しかったけどねえ。

でももう6年経って、
そんなリズムに体が慣れ、
気持ちも落ち着いてきた。

でもあれだけあちこち
ウロウロしたんだから
なかなか静かな暮らしに
なる筈もない。

結局は山も含めて
各地を歩きながら
ウロウロする趣味が
どんどん多くなっていった。

もう今はブログに書ききれないほど
ウロウロしたりしている。

ブログの中でも
「ウォーキング」という
カテゴリーを設けて、
各地を歩いた話を次々
載せるようになってきた。

そして最近気づいたのだが、
ぼくのウォーキングカテゴリーの話も、
どのカテゴリーの話より
多くなり、もう今は1000話も
超えている状態になっている。

一話あたり原稿用紙3枚以上だから、
もう原稿は原稿用紙3000枚は超えている。

う~ん、もう本二冊分くらいの
量になっているんではないか。

もし地図とか写真を駆使したら、
長編小説並みである。

よく頑張って書いたというか、
よくあちこちウロウロ歩いたもんです。

歩いた記録は、地図やパンフレットなどを
含めてファイルにしていますが、
これがもう膨大過ぎて
始末に大変困っているほどです。

里歩き、寺歩き、山歩きなどに
区別して、ほんとにぼちぼち
整理しないとなあと
気持ちは焦っているのですが、
これがねえなかなかなんですよ。

そしてまた最近は自分で
地図も作ったりして、
その関連資料もたくさん
ありますからそんな
整理もいりますね。

先日ラン友のフルマラソン
100回をお祝いしたのですが、
そしたらdoironのウォーキング
100箇所はまだかなあ。

で、いろいろ整理してみると、
おおなんとまあ2014年の段階で
すでに100箇所を超えているわあ。

そりゃまあそうか。
もうブログが1000回超えているもんなあ。

じゃあ整理してまずは
1000か所くらい行ったら
お祝いしようかなあ。

それまで生きているか
わかりませんがねえ

そだねえ~


大和街道 水と巨木5

2018年02月23日 21時06分10秒 | ウォーキング

さあ、この辺まで来たら
クスノキの姿もかなり大きくなりました。



テレビでは視聴者がこの辺の
親戚に来た時に、ここの森を
見に行こうと歩いて
やってきたそうです。

でも実際に近づいてみると
それは一本の大きなクスノキでした、
というハガキを書いてきており、
火野正平にそこへ行ってください
というものでした。

確かにかなり大きな
森のようにも見えますね。

大和街道から宝来山神社が
見えるのですが、



少し距離が離れています。

もうここから目標のクスノキも
見えていますから、
寄り道ももうできませんね。

踏切のところにある石仏や



地蔵さんがいっぱい入った
お堂を眺めておきましょう。



あっ、線路のところには
わかりにくいのですが
カラスウリが一杯実を
つけていますねえ。



その先からこんな古い倉庫の
ある家を通過して進んでいきますと、



こんな石が立っています。



「一字一石」と書かれていますねえ。
お経や経文の中の一字を
石に書いて埋設したものです。

大和街道沿いでは通行人の安全や
水難除け、さらには悪疫が
入らぬようにとの願いを込めて
建てられているそうです。

あ、そこからもうクスノキが
デーンと見えていますねえ。



ではもっと近づいていきましょう。

これが裏側から撮った写真。



クスノキの周りは小さな空き地に
なっており、正面の方から
見た姿がこれです。



う~ん、大きさがよくわかりませんね。
ではタイマーを使ってdoironを
一緒に写してみましょう。

え~っと身長が190㎝の
doironでもこんなに小さく見えます。



その横にあった案内を見ますと、
名前が

「十五社の楠(じごせのくすのき)」

といいます。

幹周が約13メートルで
樹齢は600年を超えるといいます。
全国的に見て43番目の大きさの
木らしいです。

そしてそこには
「和歌山ならず近畿で最大」
と書いてありましたが、
これはどうなんでしょうか。

こんどドジ旅で行く、
大阪門真の薫蓋楠は
樹齢が13.8m、
樹齢は1000年、
そして全国的に38番の木
といわれていますから、
ここが近畿最大というのは
ちょっと疑問符です。

きっと、なにか別の比較も
含んでの話かもしれません。

まあ、和歌山については、
二番目の有田神社の大楠が
12.20mなので、
こっちは最大なのかもしれません。

この十五社に近づいてみますと、
幹の真ん中に大きな隙間が
空いています。



火野正平はここに座って
手紙を読んでいましたねえ。

いやあ、まあ最近門真当りの
大きなクスノキを見回してきたのですが、
ここもなかなか迫力の
歩きだったでしょうねえ。

樹齢から考えてこの木も
いろんな歴史を見てきたでしょう。

大和街道を歩くいにしえ人の
歌も聞いてきたんでしょうねえ。

参勤交代も眺めてきたんやろね。

人間の歴史を大きくまたいで、
しっかりとそびえ続けてきたんですねえ。

さあ、これで今回の目的は
果たしました。
ここからは笠田の駅へと
向かって行きましょう。

この十五社のクスの横にある
小学校を眺めながら、
こちらが駅方面やなあ
と思って歩いていると、

あれ、行き過ぎたかなあ

という感じになったので、
中学生に道を聞いてみると、

「ああ、この先の交差点を
右に曲がるとわかると思うよ」
と丁寧に案内してくれました。

ありがとう、といって進んでいき、
右に曲がろうとしつつ後ろを見ると、

大きな姿勢で
「そうそうそこを右」みたいに
案内してくれました。

いやあ、ありがとさんです。



今回歩いたのはこんな感じ。



距離にして8.6キロですが、
最初の内田までの歩きを入れると
やく10キロのコースとなりました。

結局歩いている間に、
食堂、コンビニ等もなく
手持ちの小さなパンで
すませた歩きとなりました。

大和街道もここまで来たら
和歌山からの空白を
埋めておかないと置きませんね。

次回はちょっと戻って、
田井ノ瀬から船戸の街道未知の区間を
歩きに行きますかね。

今回はこれでおしまい。


大和街道 水と巨木4

2018年02月22日 22時22分22秒 | ウォーキング

では水路橋とはどうなっているかというと。



こんな風に、橋の上に
歩道と水路が通っています。

入ってくる水は写真のように
背の山をくぐってきた水
だったのですが、



昔は山を巻いて硬い岩盤の上に
水路が作られていたそうです。

そんな水が水路橋の上を
流れて谷の対岸に渡り、
そこからこんな風に
道横の水路のトンネルに
流れて行ってるわけですねえ。



高野口から入ってきた水が、
こうしていろんな施設を
流れて岩出へと下っていくという
この水路も、たどっていったら
面白旅もできそうですね。

まあ、今日はそれはあきらめて
先に進んでいきましょう。



背の山を巻いて下っていきますと、
渡井の姿が見えてきますねえ。



そしてもう少し離れたところからも
見上げることができます。



紀の川に沿ったのんびりとした
村々の景色なんですが、
実はその景色の底に
こういう熱い想いの水路が
流れているわけなんですねえ。

そうそう、この水路を作ったという
大畑才蔵の彰功之碑が、
粉河寺の中に作られている
と資料に書いてありましたので、
先日粉河寺に行ったときに
写した写真を確かめたら、

おお~っ、ちゃんと映してる
じゃありませんか。

これがそうです。



いやあ、何でもこうして
興味を持って撮影しておく
もんですねえ。

今回訪ねてきた目立もひとつ
「龍之渡井」にちゃんと
出会えてよかったです。

ではまた先に進んでいきましょう。

背の山を巻くように進んでいきますと、
また和歌山線が見えてきました。



この辺りの道は、
サイクリング道路としても
位置付けられていますねえ。



やがて見えてきた西笠田の駅からも、
こういうサイクリング道路が
続いています。



線路と紀の川のあいだの
狭いところですが、
こういう水仙が咲いていたり、



石碑があったり、紀の川の景色が
見えたりといいところを進んでいきます。



結局次の踏切までの
短い区間でしたが、



気持ちのいい道が続いていましたね。



さて、この辺から注意しておかないと、
テレビで火野正平が自転車で
走って行った道がはじまったりします。



ああ、ここが国道24号から
自転車で登って行った道かなあ
って感じですねえ。

そこにあったのが
「才蔵掘跡」の石ですねえ。



小田井用水の碑が
こんなところにも作られています。

才蔵は橋本市の学文路出身の男性です。

義理の兄の出身地ですねえ。
いやあ本当に彼の仕事には
多くの人が助けられたようですねえ。

西笠田の駅を過ぎたら
次が本日目標値の笠田です。

背の山の下を歩いていきます。

ああ、この辺りは景色が
ひらけていますねえ。

和歌山線の向こう側には、
ぼちぼち町石道の山々が
姿を現し始めています。

ああ、そうかあこの辺から
笠田の町が見えるのかあ。

そしたら、あの火野正平も
訪ねていったという
クスノキの姿も見えるかなあ
と思ってみてみると、

おお~見えています。



町の中に大きな一つの森のような
クスノキの姿が見えています。



今日の目的はあそこまでですから
頑張っていきましょう。

しばらく行くと、
あれなんかにぎやかですよ。

鳥の声が響いています。

ふっと空を見上げると、
こんなにおおくの鳩と



その向かい側には雀がウヒャー。



最近雀ってみないなあ、
減っていってるのかなあ
とちょっと心配したときも
あったのですが、
大丈夫でしたね。

都会では雀の巣となるような、
昔の瓦やねなんかも
減っているからなんでしょうねえ。

でも田舎にはまだこんなに
いるんだから大丈夫でしょう
フンを落とされないように
注意して歩きましょう。

なだらかなアップダウンを
歩いていると、左に



「窪ふるさと館」



という施設への案内がありましたので
寄っておきましょう。

そこにはなんと、
寺子屋の跡がありました。



続く


大和街道 水と巨木3

2018年02月21日 21時12分49秒 | ウォーキング

走っていたころは、周りの景色は
あまり気にもしなかったけど、
歩きだしてどんどん周りの景色に
興味を持ちだしたら、
旅の中でもいろんなことが気になります。

「この犬は寒そうやなあ」



とか
「この鳥居は前に事件があったんやろなあ」
とかね。



しょうもないことなんですけど、
そんないろんな積み重ねが
歩きを微妙に面白くしていくんです。

おっ、前の方に踏切が見えてきました。
ここでまた和歌山線を渡るんですねえ。



踏切名もちょっと変わった
「穴伏」の踏切です。



各地にありそうな名前ですが、
地名としては珍しく検索したら
ここがトップに出てきます。

いわれはよくわかりませんが、
なんかとんでもないことが
隠れているような名前ですねえ。



その踏切をこえて街の中に入ると、





ああまた大和街道の道標が出てきます。



ここでは華岡青洲の里を指示していますが、
そこには前に行ったことがありますねえ。

取材風にインタビューもしましたし、
食堂で自慢のバイキングも食べましたねえ、
なので今回はパスです。

村はずれの地蔵を超えていくと、
また前に和歌山線が見えてきます。



ここにあるのが穴伏川にかかる妹背橋です。



左に見えるのが背の山で
右に見えるのが妹山。

この辺りは万葉集でも何首か歌に
歌われたところです。

「これやこの 大和にしては 我が恋ふる 
紀路にありといふ 名に負う背の山」。

この辺りの景色を眺めながら、
昔の人もいろいろと思いを
巡らせたのですねえ。

そういう背の山と妹山が迫っている
この地域に妹背橋がかかっています。

むかしの資料にはこの妹背橋を
渡ったところから左折して
川沿いを進んでいくと、
「龍之渡井」という水路橋がある
と書かれています。

でもねえ、この辺りは道路の開発が
進んでおり道とかが大きく変わっています。

doironも資料に沿って川沿いの
あぜ道を進んでいったのですが、



ちょっと進めなくなってしまいました。





パスするかと思ったのですが、
この水路橋はぜひ見たかったので、
仕方なく妹背橋をもとのようにわたりなおして、
右折して鍋谷峠の方に
登っていく山道を、
えっちらおっちら歩いていく
ことにしたのです。

穴伏川の途中にある橋なので、
どこかで出会うでしょう。

もしそうでなかったら、
これはちょっと意外な遠回りやぞ
と心配し始めたころに、
その橋が見えてきました。



ではその水路橋とは何なのか。

この地方は背後に和泉山脈を備えて、
そこから流れてくる水を
田畑に使っています。

しかし、その水路が短くて
急なことなどから水不足が頻発するので、
対策としてため池なんかも
多く作っていました。

でもそれでも水不足は深刻なので、
いっそ紀の川から水を引いてきて
それを流す水路を作ろうと計画したのです。

高野口あたりに取水口を作り
そこで取水した水を、
緩やかな傾斜をつけた水路に
ながしてそこから水を得ようという計画を、

「大畑才蔵」
というひとの努力で江戸時代に実現させました。

その水路が高野口から
岩出までの約30キロにわたって
続いており、な、なんと今も
使われているのです。

名前は「小田井用水路」といいます。

紀の川と並行して水路をつなげた
わけですから、谷のあたりは
大変難渋したそうですが、
そこにこういった水路橋が作られ、
見事実現したそうです。

この辺りにはこの渡井のほかにも
いくつか渡井があったり、
サイホン式の水路があったりで
これらはすべて、国の有形文化財に
選定されているそうです。

そしてしかもこの用水路はまた
「国の疎水百選」にも選ばれており、
この辺りの地域のなかで
とても大切な役割を果たしている
わけなんですねえ。

続く


大和街道 水と巨木2

2018年02月20日 21時21分36秒 | ウォーキング

駅に着くと、切符を買い、



まず最初に探すのが
ホーム上の乗り口だ。

こういう無人駅では、
2両編成の電車の扉は
前方車両の一番前(降り口)と
一番後ろ(乗り口)の扉しか
開かないので、その近くに
立たないといけない。

なので、ホームの案内を見ながら
その乗り口近くで待機となる。

まあ、直線の多い田舎路線なので、
ずーっと向こうから電車が
やってくるのが見えるので、
それから待機すればいいのだがね。

ああ、やってきました。



この線路は単線なので、すれ違いのために
基本的には広い駅で対面電車を
待ち合わせをしたりしています。

この時も和歌山行きと
橋本行きがこの駅ですれ違います。

中には次の東側の紀伊長田駅なんかだと、
線路一本にホームも一つ
という駅なんかもあり、
そこは電車が右から来たり、
左から来たりするらしく、
酔っぱらってちゃ間違いそうです。

まあこの時は素面ですから
ちゃんと間違えずに橋本行きに乗り、
三駅東側の「名手駅」を目指します。



二両編成の電車ですが、
結構乗客はいますね。
高齢者が多いですけどね。

電車の中から外の景色を見つつ、
ああ前はあの道を歩いたなあ
なんて思いながら
電車はすすんでいきます。

紀伊長田、粉河とすぎていきますと
目的地「名手」です。
駅で降りると、広々していて
ああこんな駅でしたねえ。



ここに来たのは約2年半ぶりですね。

駅前でまずナビをセットし、
さあでは歩き始めましょう。

この名手でかつて行ったことがあるのは、
「名手宿本陣」です。

華岡青洲の里に行ったときに
帰りに寄ったかなあ、
彼が麻酔の材料として使った
朝鮮朝顔が咲きそうなころでした。

そうそう、あそこに行ったときに、
たしか大和街道の道標が
あったぞと思い出し、



今回はこの名手駅からの
大和街道もよくわかっていないから、
まずはとりあえず
そこに行くことにしました。



こんな虫籠窓のある
古い建屋なんかも眺めながら、
きょろきょろと歩いていきます。

ああ~平日の昼間に、
首からカメラぶら下げて、
ぶらぶら歩く高齢者というのも、
こんな田舎では変な人物に
見えるんでしょうねえ。

まだ色合い的に交通安全の
意味もあってちょっと
目立つ色の服を着ているからいいけど、
これで黒い服着て
マスクしてサングラスかけてたら、
きっと職務質問されるやろなあ。

さて本陣に到着です。



ここは紀州徳川幕府の
参勤交代宿や御タカ狩りの
休憩所なんかにも使われたところらしいです。



中にも入れるのですが、
この時は火曜日でちょうど休みの日でした。

ウヒャー、近頃こういう目に
あうことが多い。
仕方ないので外の景色だけ
眺めただけでした。

まあ、以前は一度中に入って
取材風に話しをしてきましたからね。

そして施設の横には、これこれ。



大和街道の道標が建っていますよ。

ではここからその矢印に沿って
進んでいくことにしましょう。

こんな街道風の道を進んでいきますと、
道は名手谷川を超えます。



この時にわたるのが「小島橋」です。



親柱を見てみると、
大正15年となっていますが、



手すりも金属だし、
橋の下を見るとここにも大きな金属が。

親柱だけを残して
橋をつけかえたんでしょうねえ。



橋の文化に関しては
親柱を残しておくというのは
よくあるやり方ですが、
そのままつけて知らん顔
というのはどうなんかねえ。

ちょっと何か説明してあげたら
値打ちも上がるだろうにねえ。

さあ、また住宅地を抜けていきましょう。



飛び出し小僧がこんな
見晴らしのいいところにいますよ。



でも、ここだったらきっと
子供よりも飛び出しおじさんの方が
受けるかもしれませんねえ。

そしてやがて、
道は住宅地から田舎の道へと
変わっていきます。





住宅地からつなぎの道へ、
そしてまた次の住宅地へと
田舎のそれっぽい景色が続きます。


大和街道 水と巨木1

2018年02月19日 21時58分44秒 | ウォーキング

最近テレビでよく見るのが、
火野正平のこころ旅。



自転車で日本各地の
視聴者の思い出の場所を巡る旅だ。

年2回 春版と秋版のような感じで
旅を連続して放映している。

いいなあ、こんな仕事は
楽しくて仕方ないだろうなあ。
スタッフに入れてほしいほどだ。

で、そんな年2回のシリーズ物のほか、
季節はずれには再放送で
その番組が放映される。

先日、昼食時に何げなく
それを見ていた時だ。

ああ今回は和歌山県の特集かあ。

へえ~場所は笠田かあ。
これは本番も見逃しているなあ。

doironは大和街道を歩き続けて
名手まで行った。



次に歩くとしたら、
ちょうどこの笠田くらいまで
となるだろう。

だから、このテレビの笠田行きは
歩きの参考になるかもしれないね。

そしてなんとその笠田には、
和歌山県最大のクスノキがあるといい、
今回はそこを訪ねるらしいから、
巨木ツアーを色々考えている
今の自分にピッタリじゃないか。

これは見逃せんぞと思い、
しっかりと鑑賞することにした。

すると、やがてテレビには
巨大なクスノキが
写ったではないですか。

ああ、こりゃdoironも早く
ここに行かなくちゃ
と思ってしまいました。

とまあそんなことで
雪による寒さも収まったかなという、
1月末にここに出かけることにしたのです。

え~っと、電車で行くか?
と考えたのだが、いやあ待て待て。
まだ世間にはインフルエンザ菌が
うようよしていそうだ。

できるだけそんな接触機会は
避けた方がいいだろう。

ということでやはり車を
使って出かけることにした。

でもねえ、そしたら駐車場が必要やね。

前の歩きで行ったときに、
名手の駅前にあったかなあ
と考えたのだがちょっとわからない。

その時は粉河駅前に車を止めて、
結局電車に乗らずに
一往復した歩きだったな。

では今回もそうしようと思ったが、
そういえば打田に行ったときに
「紀の川市役所」に
車を止めたことがあったなあ。



あそこからだと駅まで歩けば
ちょうどいいぞという感じだ。

そこに駐めよう。

まあ、紀の川市のこと、
この地方のことを
ブログに書くのでどうかその
宣伝費ということでチャラにしてね。

ここだと泉佐野から犬鳴温泉を
超えてすぐのところにあるので
交通の便も大変よろしい。

では向かいましょう。

山手の日陰にはうっすらと
雪も残っているが道は全然平気のようだ。

山から下ってくるロードバイクの
人もいるくらいやね。
それにしてもこの寒いのに
バイクの練習とは大変やねえ。

エアロパーツもついてたから、
もしかしたら宮古島、
石垣島あたりの
トライアスロンレースを
考えているのかもしれないね。

友達も初めて宮古に行くときは、
雪の轍の中をバイクを漕いで
山を登る練習をしたって
いってたもんなあ。

この道は粉河街道と言います。

あの紀州街道と貝塚市脇浜で分かれて、
粉河を目指す街道だ。
途中、泉州富士の登り口
といわれる水吞不動や
犬鳴温泉を超えていく。



紀の川市役所はその道を
ずっと南下してゆき、
京奈和道もこえて24号線の
一キロ手間くらいを右折して
約1キロで到着する。

まあ、ここの駐車場も広くて
空いているから
安心して駐めていけるね。
ではここから和歌山線の
「打田」駅を目指して歩いていきましょう。



この距離はどれくらいかな
と思い、ナビで測ってみましたら
860mでした。

なのでこういう車の駐め方をすると、
本番に往復1.7kmを
足せばいいんですね。

え~この辺は非常に
細かくなっています、はは。

駅に着きますと、ああ
あと5分くらいで電車が来ますねえ。
そう大体この線は通常は
1時間に2本くらいの
電車が走っているようです。

もちろん駅は無人駅で
電車もワンマン電車。

乗り降りにはいくつかルールが
ありますよと、続く。