かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

新作短編 その9

2008-07-27 19:06:50 | 麗夢小説 短編集
 今日は朝から自治会の大掃除があって草刈などに精を出しておりました。昨日は我が奈良県で、午前9時から畑仕事に出たおじいさんが熱中症で身罷られるなど、体温同様の気温に辟易していたのですが、今日は朝から結構雲が空を覆い、風もあって、想定していたほど暑くもありませんでした。とはいえ終わったときには汗でぐっしょり濡れておりましたが、まあこの程度で済んだのなら十分許容範囲です。
 というわけで、今日も連載小説のアップが出来ました。このところとある「お仕事」やら「連絡事項」やらで結構時間を費やしておりましたので、今日の連載出来るかどうか危ぶんでいたのですが、何とか上げることが出来てほっとしています。お話の方はもうすぐラスボス登場、というシーンですが、そこに至るまで、麗夢ちゃんたちともう少し青森路を行ったり来たりしていただきましょう(笑)。

------------本文----------------

車はついさっき停車したばかりの銅像茶屋駐車場を横目に通り過ぎ、速力を増して青森市方面へと坂を下っていった。
「この辺りです」
 鬼童の合図で榊が車を左脇に寄せて停車した。すぐそこに、行きの登りでも見えた「中の森第三露営地」と書かれた看板が見える。
「あ、あそこ!」
 麗夢が目ざとく、看板の向こうに、今にも木々の間へと隠れようとしていた朝倉の姿を発見した。この暑いのに、確かに黒いマントのような外套をまとい、軍帽をかぶっている。榊は急いで車から降りると、木々の向こうに消えた朝倉のあとを追った。
「朝倉さん、待ちたまえ!」
 その後を円光、鬼童、麗夢とアルファ、ベータが追うが、生い茂る樹木や丈高い草が視界を妨げ、その奥へと消えた朝倉の姿がどうしても捉えきれない。そのうちに、鬼童があぁっと悲鳴を上げてその場に立ち尽くした。
「ど、どうしたの!」
 麗夢があわてて駆け寄ると、鬼童は片手を頭に当て、困惑した顔を麗夢に向けた。
「また消えました」
「そんな、今そこにいたのに・・・」
 程なく榊と円光が戻ってきた。
「駄目だ、すぐ手の届くところまで行ったのに、ちょっと見えなくなった途端どこに行ったか判らなくなってしまった」
 訳が判らん、とため息をつく榊の隣で、円光が言った。
「恐らくこの先1里の辺りに、再び姿を見せるはず」
「何故判るんだね、円光さん」
 榊の疑問は、麗夢や鬼童の疑問でもあった。
「そうよ。今もちょっと遅れたけれど朝倉さんの現れる場所をちゃんと当てたし、どうして判るの?」
「発信機が反応したり消えたりするのも何か関係があるのか?」
 円光はさすがに説明の必要を感じたのであろう。おもむろに口を開いて3人に言った。
「恐らく朝倉殿は、100年前の雪中行軍の跡を追っている」
「雪中行軍の跡?」
 そういえば、ここには確かに「中の森第3露営地」という立て看板がある。
「そうか! 最初に現れたのが平沢の第1露営地、次が鳴沢第2露営地か!」
「ど、どういうことだ一体?」
「こういうことですよ、榊警部」
 鬼童が円光の後をとって、簡単に説明した。
「朝倉さんが現れては消えた場所というのは、100年前に遭難した青森第5連隊の八甲田山雪中行軍隊が、道に迷った末にビバークした場所だったんです。出発初日に目的地まで後1キロちょっとというところまでたどり着きながら、夜の闇と吹雪とでこれ以上進めなくなって留まったのが平沢。翌日、迷走を重ね、散々苦労した末に迷い込んでしまったのが鳴沢、更に翌日、何度も道を間違えた挙句、最後に軍隊としてビバークしたのが、ここ中の森なんです」
「でも、どうして今更そんなところを転々としているの?」
「そうだ。第一、どうやって朝倉さんは移動しているのかね。見たところ、ここには彼の乗り物らしきものの姿は無い」
 榊が辺りを見廻したが、上下1車線ずつの狭い道で、脇に寄せたとはいえ、榊の車自体随分はた迷惑な路上駐車になっている。その他には、車やバイクといった移動に必要な足となるものの姿はどこにも無かった。
「恐らく朝倉殿は、また夢の中をさまよっているのであろう」
「なんだって?」
 榊が眉をひそめた。
「夢魔なら、退治されたんじゃないのかね」
「そう、でも円光さんの言うとおりなら、少なくとも鬼童さんの発信機が付いたり消えたりするのは判るわ。夢の中を移動しているときは、朝倉さんは現実世界にはいないのだもの」
 麗夢の言葉に、鬼童と円光が頷いた。相手の正体は判らず、何故ここまで執拗に朝倉を狙うのかも判らない。だが、なんとなく手口は見えてきた。一週間前、麗夢が見た朝倉のとらわれた悪夢でも、いちいち雪中行軍隊の再現が演じられていたではないか。今朝倉が囚われている悪夢も、恐らくそれを踏襲しているのだろう。となれば、いよいよ朝倉の身が危ない。榊もそのことを悟ると、円光に尋ねた。
「まだよくわからん部分もあるが、大体の状況は判った。で、円光さん、次に朝倉が出てくるのは1里先だと言っていたが、そこはどこなんだね?」
「多分、『大滝』だろう? 円光さん」
 鬼童が受信機の設定を操作しながら、答えを先取りした。すでに装置の照準を、大滝にセットしたのだろう。
「うむ。だが、途中から道なき藪に分け入らねばならぬ。拙僧はともかく、麗夢殿や鬼童殿について来られるだろうか?」
「行けるかどうかより、行くしかないでしょ? ね、警部」
「そ、そうですな。ま、とにかく行くとしましょう。で、ここから歩いていくのかね?」
「いえ、それならもう少し北に戻りましょう。この先の「賽の河原」というところからなら何とか降りられそうです」
「賽の河原、か。何とも意味深な名前だな」
 榊はうんざりしながらも、あらためて運転席に収まった。
「では急ぐとしよう。今度こそ先回りして、彼の身柄を押さえなければ」
コメント
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