電脳筆写『 心超臨界 』

歴史とは過去の出来事に対して
人々が合意して決めた解釈のことである
( ナポレオン・ボナパルト )

WGIP 《 用語の入れ替え――江藤淳 》

2024-07-27 | 05-真相・背景・経緯
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日本の歴史、伝統、文化を正しく学び次世代へつなぎたいと願っています。
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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■『小樽龍宮神社「土方歳三慰霊祭祭文」全文
◆村上春樹著『騎士団長殺し』の〈南京城内民間人の死者数40万人は間違いで「34人」だった〉
■超拡散『世界政治の崩壊過程に蘇れ日本政治の根幹とは』
■超拡散『日本の「月面着陸」をライヴ放送しないNHKの電波1本返却させよ◇この国会質疑を視聴しよう⁉️:https://youtube.com/watch?v=apyoi2KTMpA&si=I9x7DoDLgkcfESSc』
■超拡散『移民受入れを推進した安倍晋三総理の妄言』
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昭和20年暮の、8日から15日にいたる僅か一週間のあいだに、日本人が戦った戦争、「大東亜戦争」はその存在と意義を抹殺され、その欠落の跡に米国人の戦った戦争、「太平洋戦争」が嵌(は)め込まれた。これはもとより、単なる用語の入れ替えにとどまらない。戦争の呼称が入れ替えられるのと同時に、その戦争に託されていた一切の意味と価値観もまた、その儘入れ替えられずにはいないからである。すなわち、用語の入れ替えは、必然的に歴史記述のパラダイムの組み替えを伴わずには措かない。


◆用語の入れ替え

『閉ざされた言語空間』
( 江藤淳、文藝春秋 (1994/1/10)、p265 )

1933年(昭和8年)から1936年(昭和11年)の間に、所謂「危険思想」の抱懐者、主張者、実行者といふ「嫌疑」で検挙されたものの数は5万9千を超えるに至つた。荒木大将の下では思想取締中枢部組織網が厳重な統率下編成せられ、国民に対し、その指導者の言に盲従することと一切の批判を許さぬことを教へることになつた。この時期が軍国主義の上昇期であつたことは重要な意義を持つものである。1936年(昭和11年)2月、2千4百名以上の陸軍々人は叛乱を起し、斎藤内府、高橋蔵相、渡辺教育総監を暗殺し時の侍従長鈴木貫太郎大将に重傷を負はしめた。軍国主義者の支配力が増大するに伴ひ検閲の法規を強化し、言論の自由を剥奪するための新しい法律が制定された。そしてこの制度こそは支那事変より聯合国との戦争遂行中継続された。

日米、日英戦争の初期においては日本の勝利は比較的国民の反駁を受けずに宣伝することが出来たが、戦局が進み軍部の地位が次第に維持し得なくなつてくるにつれて当局の公表は全く真実から遠いものに変つて行つた。日本が多くの戦線において敗退しその海軍が存在しなくなつてからも、その真実の情勢は決して公表されなかつた。最近においても天皇御自身が仰せられてゐる通り日本が警告なしに真珠湾を攻撃したことは陛下御自身の御意思ではなかつたのだ。憲兵はこの情報が国民に知られることを極力防止したのだ。

聯合国最高司令官は1945年(昭和20年)10月5日治安維持法の撤廃を命令し、新聞に対するこの制度を破壊する方法をとり戦争に関する完全な情報を日本国民に与へるやう布告した。今や日本国民が今次戦争の完全なる歴史を知ることは絶対に必要である。日本国民はこれによつて如何にして敗れたか、又何故に軍国主義によつてかゝる悲惨な目に遭はねばならぬかを理解することが出来よう。これによつてのみ日本国民は軍国主義的行為に反抗し国際平和社会の一員としての国家を再建するための知識と気力を持ち得るのである。かゝる観点から米軍司令部当局は日本及び日本国民を今日の運命に導いた事件を取扱つた特別記事を提供するものである。

この宣伝文書は、まず、「太平洋戦争」という呼称を日本語の言語空間に導入したという意味で、歴史的な役割を果たしている。新しい呼称の導入は、当然それまでの呼称の禁止を伴い、正確に一週間後の昭和20年(1945)12月15日、「大東亜戦争」という呼称は、次の指令によって禁止を命じられた。

  《公文書ニ於テ「大東亜戦争」、「八紘一宇」ナル用語乃至ソノ他
  ノ用語ニシテ日本語トシテノソノ意味ノ聯想ガ国家神道、軍国主義、
  過激ナル国家主義ト切リ離シ得ザルモノハ之ヲ使用スルコトヲ禁止
  スル、而シテ掛ル用語ノ即刻停止ヲ命令スル》(所謂「神道指令」
  ・昭和20年12月15日聯合国軍最高司令官総司令部参謀副官発
  第三号[民間情報教育部]終戦連絡中央事務局経由日本政府ニ対ス
  ル覚書)

つまり、昭和20年暮の、8日から15日にいたる僅か一週間のあいだに、日本人が戦った戦争、「大東亜戦争」はその存在と意義を抹殺され、その欠落の跡に米国人の戦った戦争、「太平洋戦争」が嵌(は)め込まれた。これはもとより、単なる用語の入れ替えにとどまらない。戦争の呼称が入れ替えられるのと同時に、その戦争に託されていた一切の意味と価値観もまた、その儘入れ替えられずにはいないからである。すなわち、用語の入れ替えは、必然的に歴史記述のパラダイムの組み替えを伴わずには措かない。しかし、このパラダイムの組み替えは、決して日本人の自発的な意志によって成就したものではなく、外国占領権力の強制と禁止によって強行されたものだったのである。
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