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ザクセンとバームクーヘン

品川エキュートに入っているユーハイムのバームクーヘンを頂きましたぁ(^^♪
さすが本物のバームクーヘンです。上下のブッセ生地のココアの香りと、しっとりしたバームクーヘンが美味しかったです。

このバームクーヘンは日本が第一次世界大戦で青島でドイツと戦った際に、捕虜として日本に連れてこられたドイツ人のカール・ユーハイムが釈放後、菓子店を開いたことで広まりました。日持ちがすることと、年輪を重ねるた形状から結婚式の引き出物として日本全国に広まりました。
しかし、当のドイツではザクセン地方の地方名物でしかないようです(-.-;)

今日はこのザクセンのお話です。
主な英国人の種族であるアングロ=サクソン人。このサクソン人が、同様に中世にドイツ北部に建国した国がザクセンです。サクソン人の王オットー1世はフランク人の後にドイツ各地の領地を支配し、964年に神聖ローマ帝国皇帝となります。神聖ローマ帝国の帝位は1024年までで他家に譲りますが、選帝公の地位を得て以前帝国内で高い地位を持ち続けます。しかし、17世紀になると30年戦争の最中、カトリックとプロテスタントの間で日和見な態度を取ったため、両陣営から攻められ国土を荒廃させてしまいます。
これ以降、ドイツでは皇帝位を持つオーストリア=ハプスブルク家と、新興国プロイセンとの狭間に揺れ、最終的にドイツの主導権をとったプロイセンに吸収されていきます。

オリジナルカードゲーム 植民地戦争
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オランダの国名

今日は昨日のイギリスの英国呼称問題に引き続いて、同じく日本が勝手に呼称してそれが定着してしまったオランダについてです。
オランダはオランダ語ではネーデルランド、英語ではネザーランドです。ネーデルランドとは、ドイツ語で低い土地を意味し、地域的にはオランダ・ベルギー・ルクセンブルクと言ったベネルックス三国を指します。
ドイツと隣接するこの一帯は古くは神聖ローマ帝国の貴族の土地で、神聖ローマ帝国の主権がオーストリアとスペイン両家を支配するハプスブルク家に移ったことでオーストリア領を経て、スペイン領になります。
当時のスペイン王フェリペ2世は熱烈なカトリック信者でした。その為、プロテスタントの多かったネーデルランドの北部の人たちは異端審問で弾圧され、これが独立の引き金となります。有力貴族だったオラニエ公ウィレム(ヴィレム1世)を中心に80年に及ぶオランダ独立戦争を行い、スペインからの独立を果たします。

ダッチうさぎや、ダッチアイリスなどオランダを示す言葉にダッチ(Deutsch)があります。これはドイツ語を意味するドイチュ(Deitsch)から来ており、イギリスがオランダと熾烈な英蘭戦争を行っている最中、ドイツ語から派生したオランダ語を話すオランダ人のことを、「ドイツ語を話す奴等」と言い出した為とも言われています。

最後にオランダですが、これはオランダの中心であるホラント州(現在は南北に分かれています)のことをポルトガル語で言った言葉になります。戦国時代まで日本に来ていたポルトガル人が当時まだ独立していないオランダ人を称してホラント=オランダと言った為にその名前が定着したようです。


カードゲームではオランダは国力1と少なく、総生産は5/7/6となっております。これは第1Qは独立前(独立戦争中)ということで5。第2Qはオランダの最盛期で7。第3Qは英国に圧されて6としております。

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イギリスと英国

今日はイギリスのお話です。とあるブログにイギリス人にとって、中国も韓国も日本も同じようなものだと言う認識があると書いてありました。まあ、そうなんだろうなって思います。逆に私たちがイギリスやヨーロッパ諸国のことをどれだけ知っているかと言うと怪しいかもしれません。(ーー;)

日本ではイギリスって言いますが、外務省の各国の紹介ページを見てみると、フランス・ドイツに混じって、英国とあります。英国=イギリスって言うのは判ると思いますが、何故イギリスだけ英国なのか? これには深い意味があります。
イギリスの正式名は、グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国で、略してユナイテッド・キングダム(連合王国)と呼ばれます。
このブリテンと言うのがイギリスのある島の名前で、よく言うイギリス=イングランドはその島の中南部にあった王国のことだけを指します。ブリテン島には、他に北部のスコットランド王国と西部のウェールズ公国があり、隣のアイルランド島の北部地域のを合わせて、イギリス(連合王国)となります。
本来別の国だったのが、13世紀にイングランドがウェールズを併合し、17世紀にイングランドとスコットランドが同君連合を組み、19世紀にはアイルランド(全島)を併合します。後に、アイルランドの北部を残してアイルランドが独立したことにより今のイギリスになります。今でも、地域では首都があり議会があり首相がおり、それぞれ別の国家と言えるでしょう。
ですので外務省では、イギリス=イングリッシュ=イングランドとなる呼称はイングランド以外の地域に配慮して避け、英国にしているらしいのですが、イギリス=英吉利=英国であんまり変らないと思うのは私だけ? 私だけ?


と言いながらも、このカードゲームでもイギリスと言う呼称は避けて、英国にしております。(#^.^#)
英国は、国力は1ながらも、総生産が5/7/7と第2クォータ以降最大の総生産を得られているので、兵力を蓄えるのにも、外交を行うにも有利です。


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リソルジメント

昨日のトマトの話から今日はイタリアの歴史についてです。
このイタリアって国が出来たのは1861年とかなり新しいです。5世紀に西ローマ帝国が滅亡した後、19世紀末にサルデーニャ王国が、ほぼ現在のイタリアの領土を得るまで、イベリア半島を統一する国家は現れませんでした。
その間のイタリアは、ジェノヴァ共和国・ヴェネチア共和国・ミラノ公国・トスカーナ大公国・ナポリ王国・シチリア王国・教皇領など多くの都市国家や、各国の諸侯の領土でした。
それではまずいと考えたイベリア半島とその周辺の島々は、イタリアと言う独自の統一国家を作ろうと立ち上がります。この運動をリソルジメント=イタリア独立運動と言い、特にサルデーニャ王国が中心となり、イベリア半島を統一しイタリア王国を建国します。

今でもイタリアでは、イタリアと言う国を愛する気持ちよりも、各地域を愛する気持ちが強いといいます。イタリアのサッカーのプロリーグ「セリエA」が地域に密着しているのはこんな歴史的背景があるからかもしれません。

このカードゲームでは、宗主国イタリアは強化ルールによって、独立カードを自国に使用することで、国力と総生産が上がります。これはリソルジメントによって、サルデーニャがイタリアを統一したことを表現しております。
ドイツの際にも説明したとおり、この強化は他国が交渉カードで阻むことも出来ますので、自国も交渉カードを念のため用意するのが良いでしょう。

【名言】リソルジメント
 イタリアが独立カードを出し、強国化に成功した状態。またはそれを目指すこと。


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黄金のリンゴ=トマト

週末地元のイタリアレストラン「TRATTORIA Mio Passo」でパスタを食べてきました。
むちゃくちゃ美味しいとまでは行きませんでしたが、1000円を超えないランチセットはリーズナブルで、アンチョビとトマトのソースなど家庭では食べれない味付けのパスタを食べれ、また前菜やパンなども美味しく大満足でした。

さて、パスタに欠かせない材料にトマトがあります。
今のようなトマトが出来たのは実は18世紀とつい最近で、それまではパスタの味付けと言えば塩や酢によるもので、味的にも色的にも寂しいものでした。
このトマトがヨーロッパにもたらされたのは、ポルトガルが新大陸を発見したことによります。
最初、トマトは今のように食用には適さず、観賞用だったのですが、200年もの歳月を掛けてイタリアで品種改良され、今のような酸味と甘みを持ち合わせた真っ赤な野菜になります。
このトマトが出来たことによりイタリアのみならずヨーロッパ各地にトマトは広く受け入れられていきます。特にトマトを作ったイタリアでは、「ポモドーロ(黄金のリンゴ)」と呼ばれ、パスタやピッツァなど多くの料理に取り入れられ、今までの料理を一新してしまうほどでした。
今、私たちが食べている多くのイタリア料理がこうして今からわずか300年前に誕生しました。
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プレイレポート1「紅茶が生んだ同盟」


【日 付】2006/2/25
【場 所】セルフコン
【参加者】フランス(千夜), 英国(N), ドイツ(OZ), オスマン(S), 日本(MO)

【経 過】
 セルフコンに初参加のNさん、SさんをTRPGでなくこのカードゲームに巻き込んでしまいましたぁ(*^_^*)
 でも二人とも気に入ってくれたみたいで、最後には出来たら入手したいとまで言ってくださいました。
 で、ゲームの経過は、この日2回目で慣れてきたNさんの英国が、第1Qからドイツ領になったインドに対して租借!「インドの所有は認めますが、紅茶を産出するベンガルだけは我が国に頂きたい。」と決め台詞つきで。!(^^)!
 このゲームのセオリーとして初期にインドが出た場合、租借を行いその国力を減らさないとそのまま勝ってしまいますので、適切な行動でした。しかし、これが思わぬ展開を見せます。
 その後、英国はインドの租借を割譲にまで進め、永久的な所有を行います。

 第2Qの最初で、オスマンがインドに対して独立カードを突きつけ、ドイツと英国に最初の緊張が走ります。
 独立は国力と同じだけの兵力を出すことで防ぐことが出来ます。防がなければインドは場に捨てられます。国力1割譲されているとは言え、まだ2ポイント残っているインドはドイツにとって捨てがたいです。問題はこの兵力を出すのは、租借/割譲国が出しても構わない点です。ドイツが兵力を出さない、もしくは出した兵力が足りない場合、割譲している英国が割譲地を守る為に出すことでもインドの独立を防ぐことが出来ます。これによってドイツの国力も守られるわけです。しかし、両国が相談して出す出さないを決めることは禁じており、先に出すドイツにとっては英国の思惑を読まなければなりません。
 この為、OZさんのドイツがどう出るか各国が息を飲みましたが、英国のNさんはそっぽを向いたまま。仕方なくドイツは兵力3を出し、英国に頼ることなくインドを自力で守ります。

 しかし! さらに、次のターンに今度は日本がインドに独立カードを突きつけました!!

 これにはドイツは断念し、英国の顔をチラッと見ると、そしらぬ振りをして兵力を1だけ出します。そう案に英国に兵力2を要求したのです。これに対して英国は態度を変え「イギリスの紅茶を守るのだ!」と、その要求に答えインドの再独立を防ぎ、両国はしっかりと握手を交わしました。
 この両国の友好関係がこのゲームを決めてしまいました。第2Qの終わりには英国の申し入れでドイツと同盟関係を結び、第3Qでは他国の陰謀により一度は同盟関係が破棄されますが再び同盟関係を結び、他国はこの両国を突き崩すことが出来ず、ワンツーフィニッシュされてしまいました。
 恐るべきは、英国の紅茶に対する執念といったところでしょうか。

【結 果】
    1Q 2Q 3Q 計
フランス   4+ 5+10=19
英国   5+ 5+14=24*
ドイツ   6+ 6+10=22
オスマン   4+ 3+12=19
日本   4+ 4+10=18


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紅茶の歴史

日本ではお茶と言えば緑茶が飲まれておりますが、外国でTeaと言えば紅茶です。緑茶・烏龍茶・紅茶の違いは、茶葉の種類ではなくお茶の中にある酸化酵母による発酵状態による違いです。発酵をしていないお茶が緑茶で、半分だけ発酵したのが烏龍茶、そして完全発酵させたのが紅茶となります。
お茶はオランダがアジア貿易を独占した際に、中国から緑茶・烏龍茶を買ってフランスや英国に持ち込まれました。特に肉食のヨーロッパの人たちは、油をさっぱりと流してくれる烏龍茶が好まれ、この過程でヨーロッパ人の好みに合うように完全発酵の紅茶が生み出されていったようです。

よく言われる「中国から船で緑茶を数ヶ月に渡って運んでいる最中に発酵してしまい紅茶が生まれた。」と言う話はどうも間違いのようで、当時から茶葉は摘んだ際に釜炒りし発酵状態を決めていたそうです。
紅茶は特に英国の上流階級でもてはやされ、英蘭戦争でオランダに勝った英国は直接中国と取引するようになります。しかし高価なお茶を買うのに支払うお金が無くなり、代わりにアヘンを売ったことで英国と中国との間でアヘン戦争を引き起こしてしまいます。
その後、英国は植民地としたインドでの栽培を試みます。プランテーションによる一大栽培により、お茶の値が下がると上流階級だけでなく労働者の間にも広がり、お酒と違い酔わずに体を暖めることの出来るミルクティーは急速に飲まれるようになっていったそうです。

画像は以前に行った桜新町の紅茶のお店「CHA-YA Te The」 500円で3種類の紅茶が楽しめます。青りんごの香りの紅茶なんてのもありました。

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カードゲーム製作の経過報告

ホームページで紹介しているカードゲームは昨年末に出来て、二十回近く遊んでおりセルフコンの面々にはかなり好評でしたので、このゲームをもっといろいろな方に知ってもらおうとインターネットに公開した次第です。
現在、ルールは概ね出来ているのですが、細かいところで遊ぶ度に意見が出て既に6回は改訂しました。根本的な部分は代えていませんので、いづれも楽しく遊んでいるのですが、やはり出してからの改訂はしたくないと言う事で(それでも改訂はあるでしょうが(^_^;))、まだホームページに入手の案内を出せていない状態です。
とは言いつつも、早く次のステップに進みたい思いもあり、2006年夏ごろまでにはルールをFixして、広めるステップに入って行きたいと考えております。
もし、ブログやホームページをご覧になられて欲しいと思った方はしばしお待ちください。_(._.)_

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チューリップ

週末、神代植物園で桜を見てきました。もうかなり染井吉野は見ごろを過ぎておりましたが、枝垂れや八重はまだまだ見ごろで、染井吉野よりも濃いピンクの花が青い空に映えていました。!(^^)!
この神代植物園、桜の他にも数々の花が植えられているのですが、丁度チューリップも見ごろで、写真のような変わった形のものもありました。今日の話題はこのチューリップです。
チューリップと言えばオランダが思い浮かぶでしょうが、実は原産地はオスマン帝国時代のトルコなのです。オスマンのカリフは天山山脈から入手した原種のチューリップに一目惚れして、以来オスマン領内では荘厳な宮殿の庭に植えられるようになり、そして多くの品種が生まれます。
このチューリップが、商人によってヨーロッパに伝えられると、ヨーロッパでも大人気になり、当時最大の交易都市であったアムステルダム(※)で盛んに取引されるようになります。
そして、オランダのライデン大学でも研究・品種改良が行われることとなったことにより、オランダはチューリップの一大産地となります。
当時高値で取引されていたチューリップの球根は、さらに高値になり、チューリップ・バブルを引き起こします。そしてあまりにも高値になりすぎ、買い手が付かなくなるとバブルは弾けてしまいます。(T_T)
これが歴史上初のバブルとも言われております。チューリップが最初のバブルを生んだなんて驚きでした。
 
※この時代、オランダはスペインから独立を勝ち取り、アジア貿易を独占していたポルトガルを蹴落とし、南ア・喜望峰やインドネシアを植民地とし、一大海上帝国を築き上げておりました。室町・戦国時代まではポルトガルが日本に来ていたのですが、江戸時代になるとオランダに変わっていくのはその為です。

バブルの何がマズイのか?~バブルと実体経済(WIRED VISION) - goo ニュース
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ドイツの歴史

 今年サッカーのワールドカップが開催されるドイツですが、その歴史はあまり知られていないのでは? と思い、ここで少し説明してみたいと思います。
 ドイツとしての起源は、ローマ帝国崩壊後に西ヨーロッパ全土を支配したフランク王国が3つに分裂したところに遡れます。西フランク王国は、今のフランスになり、中央フランク王国が後のオランダ・スイス・北イタリアを治め、東フランクがドイツの基となる神聖ローマ帝国になります。この神聖ローマ帝国は突っ込みどころ満載なので後日じっくり突っ込んで(^_^)行きたいと思います。
 さて、神聖ローマ帝国となったドイツですが、隣りのフランスが絶対王政を敢行し王様が力を強める一方、逆に諸侯の力が強くなり、皇帝の権威は失墜してしまいます。20年間も実質皇帝が不在の大空位時代なんて時代も生まれます。
 その中、ドイツの北東部沿岸の痩せた土地で、ガッツがあるブランデンブルグ辺境伯が力をつけ、ついには神聖ローマ帝国から王様の位を得てプロイセン王国を建国します。
 このプロイセンが、ナポレオンによって解体させられた神聖ローマ帝国内のドイツ諸侯を纏め上げて行きます。
 ここで最大の障害となったのが、ハプスブルグ家のオーストリア公国です。オーストリアは神聖ローマ帝国内最大の領地を持ち、皇帝にもなっていた為、ドイツを再統一するなら自国だと思っていました。
 その為、両国の間で雌雄を決する「普墺戦争」が起こりました。その結果プロセインが勝ち、プロセインはオーストリアを除いたドイツ諸侯と「北ドイツ同盟」を結びます。これが後にドイツ帝国になります。
 後は、ご存知の方も多いでしょうが、ドイツ帝国は第一次世界大戦で負け、その後ナチス・ドイツとなり、第二次世界大戦に負け、東西に分割された後、再び統一を果たして今に至ります。
 
 ゲームでは宗主国ドイツは強化ルールによって、同盟カードを自国に使用することで、国力が1から2に上がります。これは「北ドイツ」同盟を結ぶことでドイツ諸侯を併合出来たことを表現しております。
 この同盟を行った場合、他国が交渉カードで干渉してくることもあるので気をつけましょう! 出来れば自国も交渉カードを持って対抗したいものです。
【名言】北ドイツ同盟
 ドイツが同盟カードで強国化した状態。またはそれを目指すこと。

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