植民地戦争+α

歴史テーマの中量級のボードゲームを制作し、ゲームマーケットに出展しています。
なので歴史とボドゲの話が多いです。

カトリーヌ・ド・メディス×アンリ2世=フランス料理!

2007年09月29日 19時28分33秒 | 国:フランス
 シャーボの広告で「かけ合わせて創造せよ!」と題して、

 カトリーヌ・ド・メディス×アンリ2世=フランス料理!

 と出ていました。ちょうど、今読んでいた「預言者ノストラダムス」(著:藤本ひとみ)に登場していた人物だけに、なにかの「縁」を感じずにはいられません。

 イタリアのメディチ家の娘として生まれたカトリーヌは、フランス王家に嫁ぎます。その際にフォークを使って食べると言う習慣をフランスに持ち込み、これがフランスの料理を発展させたと言われています。本の中でも、トリュフや雉にアスパラなど今と変わらない食材を使った会食の描写があります。
 また、カトリーヌはフォークだけでなく、砂糖菓子のマカロンもフランスに持ち込み、フランスに根付くことになります。


預言者ノストラダムス(下)も読み終わりました。最後はフランソワ2世が崩御して、カトリーヌが摂政となる時代が来るという歴史通りのお話ですが、そこまでの苦難のストーリーに引き込まれました。

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ヘンリー8世 あくなき結婚と離婚

2007年09月27日 21時29分54秒 | 国:英国
 前回に続き、キリスト教と結婚のお話です。英国のヘンリー8世が離婚したいた為に、カトリック(ローマ法王庁)から離脱して英国国教会を立ち上げた話は有名ですが、実はそうまでして再婚した妃とまたまた離婚し、生涯に6人の妻を娶っています。
 最初の妻は、スペインのキャサリン・オブ・アラゴンです。キャサリンは最初ヘンリーの兄のアーサーのもとに嫁ぎますが、アーサーが急逝してしまいます。キャサリンが持ってきた持参金を返却するのを惜しんだ、父ヘンリー7世はキリスト教では兄弟の妻を娶ることを汚らわしいと考えられているのを、ローマ法王に特免状まで貰って、弟のヘンリー(後のヘンリー8世)と結婚させます。
 しかし、22年の結婚生活で、娘1人(後のメアリー1世)を生んだだけで、待望された嫡男を産めず、死産・流産を繰り返します。

 これが原因で、ヘンリー8世はローマ法王に離婚の許しを請いますが、ローマ法王はキャサリンがイタリアに強い影響力を及ぼしていた神聖ローマ帝国皇帝カール5世の伯母だった為、政治的判断からこの離婚を認めませんでした。※1
 この事が引き金となり、ヘンリー8世は国王至上法(首長令)を発布し、英国国教会※2を立ち上げます。いわば、英国内の教会をローマ法王庁から切り離し、自由にすると宣言した訳です。

 これで離婚も自由になったヘンリー8世は、キャサリンの侍女アン・ブーリンと再婚します。アンは妊娠しており、結婚後娘(後のエリザベス1世)を出産します。娘だったことに落胆し、またアンの侍女だったジェーン・シーモアと通じていた為、アンは結婚3年目にして、無実の罪を密告され斬首されてしまいます。
 その後、ジェーンと再婚しジェーンは待望の男子(エドワーズ6世)を生みますが、直ぐに産褥死してしまいます。
 その後、新たな妃を求めた王は、ドイツのクレーフェ公の娘アン・オブ・クレーヴズと結婚します。しかし、事前に見ていた肖像画があまりにも美化されていた為、本人を見て愕然として僅か半年で、適当な理由をつけられて離婚しています。
 さらにその後、アン・ブーリンの従兄弟のキャサリン・ハワードと結婚するも、今度は妻の不倫が発覚し、結婚1年半後に反逆罪で刑死し、最後にキャサリン・パーと言う女性と結婚します(関係不明)。キャサリン・パー※3は教養が高く、ヘンリー8世の信任が厚く、その結婚生活だけはヘンリー8世が死ぬまで続きました。


※1:フランスの国王などからの離婚は認めているので、宗教的な理由ではなかったと考えられます。離婚は、妻が浮気や子を埋めないなどの理由がある場合のみ認められているようです。

※2:この当時の英国国教会は、離婚できるだけで教義的にはカトリックのままでした。しかし、ローマ法王庁から離れたため、全ヨーロッパのプロテスタントが流入し、エリザベス1世の代にはプロテスタントと分類される教義になりました。

※3:キャサリン・パーは私生児扱いだった、メアリーとエリザベスをヘンリー8世に懇願して王女の地位に戻して貰っています。その後二人の養育を任されています。

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キリスト教と結婚

2007年09月25日 12時13分04秒 | 雑談
 今日は、キリスト教のカトリックとプロテスタントと結婚についてです。あくまで歴史的な話ですので、現在の宗教の議論ではありませんので、ご了承願います。

 カトリックの教義では、「結婚は神が二人を結んだ」と考えることから、離婚は許さず、勿論愛人ももってのほかです。また、中絶や避妊すら否定しています。つまり、子どもを作る目的以外の性行為を否定している訳です。
 フランス王朝はカトリックですが、その歴史を見ていると正妻とは別に愛妾が権力を振るうことがしばしばあります。当時の王族の結婚はほぼ政略結婚である以上、本当に好きな人が出来ると愛妾にするしかなく、いつしかフランスでは王の愛妾がその寵愛から王妃をも凌ぐ権力を得ることが常習化します。
 しかし、どんなに愛妾が権力を握っても、越えられない壁があります。それが王位継承権です。王の寵愛を受けているなら、自らの子どもを次期王に出来そうなものですがカトリックの教義上、正妻との間に出来た子以外は認められません。これはローマ法王庁内で法王や枢機卿への選出も同様です。

 一方、プロテスタントでの結婚は、「人間の営み」としていますので、離婚も認められています。さすがに愛妾との子を王位につける為には、英国などでは一旦今の正妻と離婚し、愛妾と結婚しなおし正式な妻に迎え入れることで、その子に王位継承権がつくことになります。

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郵政民営化の余波

2007年09月22日 13時04分25秒 | ゲームシステム
 まさか郵政民営化の余波を食らうことになるとは・・・

 私のホームページでカードゲーム植民地戦争をお渡しする際のコピー代として、郵便局の小為替を使用しています。こちら再発行が聞くので、封筒に入れての郵送が可能で、手数料も1枚10円と安いので、こちらで取り引きを行っておりました。代金が1800円ですので、1000円・500円・300円の額面の3枚の小為替を使っても、手数料は30円ととってもお安く済んだのですが、この度の民営化に伴い、な!ななんと!1枚あたり10倍の100円の手数料が掛かります。つまり3枚なら300円!!!

 という事で、暫くしたら代金の支払方法を銀行振込に切り替えざるを得ない状況です・・・

株式会社ゆうちょ銀行が提供する商品・サービス、料金等について

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ヴァロアの残り火

2007年09月20日 12時50分50秒 | 国:フランス
 一昨日、アンリ2世統治下のフランスを舞台として、平安絵巻のルールを使用して、TRPGを行いました。
 兼ねてから、ユグノー戦争時代のフランスで、王位継承権を持つPCが王位を目指すものをやってみたいと思っており、そのテストとして急遽、ユグノー戦争の少し前の時代設定で遊んでみました。
 PCは以下の3名です。

 ルッソ・サルバトーレ(20歳) ・・・ プロヴァンス公次男
 ブラン・ド・ブルボン(15歳) ・・・ ナヴァール女王ジャンヌとブルボン公の次女※1
 アンリ・ロベール伯(32歳) ・・・ フランソワ皇太子※2の家庭教師で司祭


 最初はルッソがイタリア戦線※3に赴いていたいとの要望から、モナコ砦を攻略するところから始めます。難攻不落の要塞ですが、敵の北面の守備隊長相手にクリティカルが出てしまい、一刀両断という事でそれが引き金になって、雪崩をうって砦攻略成功にしてしまいました。
 一方、プレイヤーの出会いの機会として、王宮では諸侯を集めて、皇太子フランソワとスコットランドから来た婚約者メアリー・スチュワートのお披露目を行いました。
 PCが主要なNPCを見たり話したりする中、数日の会の途中でモナコを攻略したルッソがさっそうと現れ、遅れたお詫びにと「この勝利を王に!」と王のご機嫌を取ります。そこでマスターは、今後のシナリオ展開を面白くさせるために、王が感激し「我が娘を嫁にどうか?」と言い出したことにします。さすがにこの申し出にルッソは即答することが出来ず、「まだまだ若輩ゆえ…」と辞退します。

 社交会が終わると、このお披露目で主役より有名になったルッソをダシに使おうとロベール伯が動き出します。現在の王宮は、アンリ2世の愛人ディアヌと、アンリ2世が父と慕うモンモラシー元帥が王妃カトリーヌを凌いで一大勢力を築いています。
 また、皇太子にメアリーを嫁がせることで、メアリーの叔父に当たるキーズ公が次第に発言権を強めてきました。このままではどんなに皇太子フランソワが立派に育とうとも、有力貴族が勢力を振るうことになると案じ、フランソワの為の勢力を作ろうと腐心します。
 まずは、フランソワの親衛隊長にルッソが任命されるようにフランソワからアンリ2世にお願いさせます。また、ルッソのお披露目として馬上槍試合を行うことを提案します。
 しかし、これをマスターが改竄し、馬上槍試合の勝者をフランソワの親衛隊長に任命することにしてしまいます。

 一方、ブランはポルトガルの王子との婚約を蹴って、王宮に残ることを母に頼み込みます。娘の強い思いに打たれ、母はルッソの父であるプロヴァンス公に娘を預けるお願いをします。これにはもう1つ、王の信頼を得たプロヴァンス公一族との繋がりを持とうとする狙いもありました。

 そんな思惑が錯綜する中、馬上槍試合が行われます。この試合にはなんと馬上槍試合好きのアンリ2世もシードで出場するなど、みなを驚かせます。しかし、これは更なるマスターの策略でもありました。
 ルッソは1回戦を無事突破したものの2回戦で敗退してしまいます。これによってNPCだけとなったトーナメントはマスターの良いように扱われ、最終のアンリ2世の試合になります。歴史に詳しい方なら気づいたかもしれません。史実の通り、アンリ2世は馬上槍試合の中、偶発的に事故で相手に右目を貫かれてしまい、重症を負います。※4
 この後、王宮では有名な外科医が治療を施しますが、報われず王が最後に王妃カトリーヌに顧みなかったことを謝罪し息を引き取ります。

 そして王宮の勢力図が塗り換わります。王の死によって寵愛を失った愛妾ディアヌが失墜します。そして新たな王の妃となったメアリーの権威を使って力を強めたキーズ公がモンモラシーを蹴落とします。
 一方、1つ史実と違ったのは、フランソワ2世がまだ成人を向かえる前の13歳であったことでした。これにより、国母カトリーヌか筆頭親王であるブルボン公が摂政になれます。カトリーヌは接近してきたブランを使い、実権を握るブルボン公の妻ナヴァール女王ジャンヌと交渉の場を設けます。
 これによって駄目旦那であるブルボン公が摂政になっても仕方ないと判断したジャンヌは、カトリーヌとの同盟を取ります。カトリーヌに摂政を譲る代わりにその見返りとして、ブランにカトリーヌの息子との結婚を約束させます。※5
 ブランは、次男のシャルルと三男のアンリのどちらとを考えた末、アンリを選びます。
 これらの策謀が渦巻く中、ロベール伯がフランソワの即位の儀式を執り行います。(これも完璧に判定に成功したため、一挙にロベールの宗教的名声が上がります)

 しかし、落ち着くまもなく、王の死を突いて神聖ローマ帝国がライン川を越えて来ます。防衛の任に就いていたルッソの兄の死が伝えられ、さらにそれに乗じてフランス北部のカレーで英国の支援を受けたプロテスタントが反乱を起こします。
 これに対して、キーズ公を総司令官としてルッソも派遣されます。ルッソは兄の敵を討つためにライン戦線へ、キーズ公はプロテスタントを鎮圧する為にカレーに向かいます。
 戦争は、両キャラクターの大活躍でフランス軍は快進撃を行い、ライン戦線ではライン川を越えてプファルツまで進軍し、皇帝軍を打ち破りアルザスを得ます。また、北部もプロテスタントの鎮圧だけでなく、200年にも渡って英国の大陸の拠点であり続けたカレーが陥落します。※6

 この大きな勝利を持ってパリに凱旋すると、ちょうど王が14歳の成人を迎える日と重なり、フランスは三重もの喜びに包まれます。この勝利の褒美として、キーズ公は元帥の地位を戴き、ルッソはなんと前王の際に辞退した王女(フランソワの姉)との結婚を望むのでした。

 しかし、そんな絶頂の中、元々結核に掛かっていたフランソワが倒れ、そのまま亡くなってしまいます。僅か半年の在位でした。※7
 これによって弟のシャルルが即位し、外戚で無くなったキーズ公の権力は弱まり、カトリーナは再び摂政の地位を得たことで、キーズ公に対抗できる権力を得ます。
 この王宮内の動乱を見ながら、フランソワの葬儀を終えたロベール伯は皮肉にもフランソワ即位の際の儀式が評価され、ローマから枢機卿になるべく赴任しないかの打診が来ます。フランソワの死によって王宮に身を置く意味を失ったロベール伯はローマに向けて旅立ちます。

 そしてフランスでは、新たな王シャルルの即位と、王弟アンリとブランの挙式※8、王姉※9とルッソとの挙式が行われ、次代の到来を感じさせながら終幕となりました。

エピローグ:翌年王姉とルッソとの間には男児が生まれます。王姉の子なので、筆頭親王であるナヴァールのアンリを抜く王位継承権保持者になります。また、5年後にはブランとアンリ(後のアンリ3世)との間には女児が生まれることになります。ここまでダイス判定して、次回への引きをつくり終わりにしました。


※1:史実では、ジャンヌとブルボン公の子として後にブルボン朝を開く、アンリ4世がいます。アンリは当時4歳になります。シナリオでは7歳としてしまった。(^_^;)

※2:フランソワ。アンリ2世の長子で、アンリの死後フランソワ2世として即位します。このシナリオでは13歳としました。史実どおり、初めから咳き込むなど、結核で病弱だと匂わせていました。

※3:イタリア戦争。1521年-1544年、広く取って1494年-1559年の間行われた神聖ローマ帝国・スペインと、フランスとの間で行われたイタリアの支配権を争った戦い。このシナリオの当時、ミラノなどイタリアの支配権は神聖ローマ帝国に落ちており、史実では2年後にフランスはカトー・カンブレジ条約でイタリアへの権利を放棄することになるのですが…

※4:史実ではアンリ2世は、1559年6月30日娘のエリザベートとスペイン王フェリペ2世の結婚を祝う宴の一環で行われた、馬上槍試合において、対戦相手のモンゴムリ伯に偶発的に右目を貫かれ、それが元で死亡します。シナリオでは2年早めたことになります。

※5:王子の結婚相手は外国の王族というのが慣例ですので、ナヴァールの次女と言う設定のブランとの結婚はちょっと無理がありましたが、今後のシナリオ展開を考え、プレイヤーが絡めるようにしちゃいました。

※6:1558年にキーズ公フランソワが奪還するのは史実どおりです。

※7:史実では1559年15歳で即位した後、先天性の中耳炎で翌年無くなっています。アンリ2世の死を2年早めたので、13歳で即位14歳で死亡となりました。

※8:当初ブランはプロテスタントのまま挙式を上げる予定でしたが、ロベール伯の陰謀により、カトリックに改教してから挙式する事になりました。ブログでは割愛しましたが、実際はPCにもカトリックやプロテスタントの立場を決めていただいた上でプレイしてもらいました。

※9:史実では、アンリ2世の子供としては、フランソワが長子の為実際は姉はいません。妹に後のアンリ4世の妃となるマルグリットなどがいます。

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世界の小さな国

2007年09月16日 08時17分59秒 | 国:オランダ・ベルギー
 テレビの番組表を見ていたら、NHKで「世界の小さな国・ルクセンブルグ」と言う10分番組を見つけてしまいつい見てしまいました。※1
 このオランダとベルギーと共にベネルックス三国の1つであるルクセンブルクは、他の2つの地域と同様に神聖ローマ帝国の所領であり、またフランスと国境が近いことから、フランスの影響も強く受けていた地域です。
 そこを治めていたルクセンブルク家は、1308年には神聖ローマ帝国皇帝まで輩出した名門です。しかし、15世紀中頃に断絶し、その所領の多くはブルゴーニュー公領を経てスペイン・ハプスブルク家に相続されます。
 しかし、ナポレオン戦争後のウィーン体制下でこの地に対するフランスの影響力を弱めるため、対抗馬としてオランダが王国となり、そこにベルギーと共に組み込まれます。※2
 しかし、個別にドイツ関税同盟に参加するなど、オランダとは異なる地域だったルクセンブルクは1839年ベルギーの独立と共に独立を宣言(承認は1867年)。1890年には今のルクセンブルク大公の家系であるナッサウ公アドルフを大公として迎え入れ今に至ります。

 歴史を文章だけで見ると、どうしてルクセンブルクがベルギーやオランダと異なり独立国となったのか判らなかったのですが、番組をみてブルク=要塞の名の通り、山岳に古城が建つ風景を見ると、アントワープなど低地に交易都市を抱えるベルギーやオランダとは違った印象を受けます。

※1:どうも野球が早めに終わった為の放送のようでした。通常は、BShiで、水曜午前9時50分~10時、午後6時40分~6時50分に放映されているようです。


※2:神聖ローマ帝国下のルクセンブルク公でしたが、神聖ローマ帝国が解体した際に他のドイツ諸侯が独立国(王国)になる傍ら、フランス領に組み込まれます。ナポレオン体制崩壊後は、オランダ連合王国配下のルクセンブルク大公となり、独立した際も大公位のまま独立国となります。

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ノストラダムス

2007年09月11日 21時53分52秒 | 国:フランス
 ハプスブルグの宝剣でファンになった藤本ひとみ先生の本の紹介です。題名は預言者ノストラダムスなんですが、内容はフランス王アンリ2世の王妃で、その後続く、フランソワ2世、シャルル9世、アンリ3世の母として摂政として、フランスの国政を握ったイタリア女、カトリーヌ・ド・メディシスが主人公と言ってもよい内容です。
 カトリーヌはフランス王妃になるものの、王には20歳も年上の愛人が居て、自分のことは見向きもしてくれない。常に王宮では愛人の下を甘んじなければならない不遇の中、ノストラダムスの預言書を読み、そして当人に会い、王の死とその後急変する政局を乗り切り、摂政として君臨するまでを描いた作品です。
 まだ上巻なのですが、すこぶる面白い! 時代的に前に紹介した「聖なる王権ブルボン家」のアンリ4世の少し前のお話で、そこに続く歴史が激動の物語として描かれており、とても面白いです。

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ビーフ・イーター(牛喰い)

2007年09月05日 12時17分38秒 | 国:英国
 英国の観光名所としても有名なロンドン塔の衛兵ビーフィーターに522年の歴史で初めて、女性衛兵が誕生したそうです。
 ロンドン塔は、イングランドを征服したノルマン朝のウィリアム1世が1078年にロンドンを外敵から守るために建設させた要塞で、その後100年以上かけて今の形になります。長い歴史の間に国王が居住する宮殿としても使われ、また身分の高い政治犯を幽閉、処刑する監獄としても使用されました。
 そのロンドン塔の衛兵は、正式にはヨーマン・ウォーダーと言い、ヨーマンは農民です。ヘンリー7世が即位した1485年に国王直属として国民義勇軍として採用した兵が王の近衛兵的存在となり、さらにロンドン塔に収監されている重要囚人を監視する役目まで行うようになったのが始まりだそうです。
 別名のビーフィーター(牛喰い)とは、当時配給されていた食事に、当時は貴重だった牛肉が入っていた為とか。

 このロンドン塔では、ワタリガラスと言う大きなカラスを飼育しており、アーサー王伝説で、王は魔法でカラスに変えたれたことから、この塔に住み着いたカラスを以来、飼育続けているそうです。
 このロンドン塔のカラスが居なくなると、英国は滅びると占われたこともあるそうです。

ロンドン塔に女性衛兵が誕生=522年の歴史で初-英 (時事通信) - goo ニュース

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キリバス

2007年09月02日 09時00分06秒 | 雑談
 今日は、太平洋に浮かぶキリバスのお話です。

 goo ニュースで、キリバスの大統領が地球温暖化によって、国土が沈むのは避けれない為、移住居計画を行うと言う、切実なニュースが目に飛び込んで来ました。
 キリバスの平均海抜は2m、最高でも4mしかない国で、温暖化により海抜が僅かでも上昇すれば、国土の大半が海に沈んでしまう…そんな状況だそうです。

 この国は、1788年に英国人ギルバートが発見し、英国の保護領になって以来苦難が続いています(国名のキリバスは、このギルバートから来ています)。
 太平洋戦争では、日本軍占領後にアメリカ軍が侵攻し、タラワ島で激戦が繰り広げられます。大戦後も、クリスマス島にて英国とアメリカの核実験の場とされました。

 そんなキリバスですが、戦争以外で日本と大きな繋がりがあることがテレビで放映されていました。
 日本のマグロ漁船が後継者不足から、このキリバスに猟師の育成学校を設立し、マグロの釣り方や、日本語を教えているそうです。キリバス近海はマグロが取れるためキリバスの人はマグロ(料理)に親しみがあるそうで、そこで一緒に漁船で働こうと言う訳です。
 早朝に柔道着を着て「おはようございます!」と言って、訓練に励むキリバスの人の姿が印象的でした。

「我が国は海に沈む」キリバス大統領が全10万人移住計画(読売新聞) - goo ニュース

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