植民地戦争+α

歴史テーマの中量級のボードゲームを制作し、ゲームマーケットに出展しています。
なので歴史とボドゲの話が多いです。

テオドール・エードラー・フォン・レルヒ

2011年11月08日 21時53分16秒 | 国:ドイツ・オーストリア
 新潟の湯沢に毎年スキーに行きます。去年から、「レルヒ♪レルヒ♪レルヒさ~ん♪」とへんな明るい曲と共に、イベントを行っているなーって思っていたのですが、レルヒさんことテオドール・エードラー・フォン・レルヒは、オーストリア・ハンガリー帝国の軍人でした。で、写真はこんな感じです。

 この人、ハンガリー人とあるので人種言語はマジャールなんでしょうが、生まれ育ったプレスブルグは今ではスロバキアの首都です。さすがに他民族国家だっただけあり複雑です。

 で、何故、スキーのイベントキャラクターになっているかと言うと、レルヒは日露戦争直後に交換将校として来日します。オーストリア側の目的は大国ロシアに勝った日本の視察でした。そして来日すると日本側は八甲田山の遭難事故があったことから、レルヒのスキー技術に着目して、スキーの指導をお願いしたそうです。で、新潟で歩兵隊にスキーの指導を行い、それがスキーの草分けとなったそうです。それが1910年のことで、100年を記念して2010年と今年2011年に各種イベントを行っているそうです。

レルヒさんのうた
http://www.youtube.com/watch?v=N-N2zy4CM5w
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スロバキア×スロベニア×セルビア

2010年06月26日 21時02分54秒 | 国:ドイツ・オーストリア
 ワールドカップが盛り上がっていますね。そこで、SVK、SVN、SRBと略号も国旗も似た国が出ているなーって思われた方もいるのでは無いでしょうか?

 この三カ国は、先からスロバキア、スロベニア、セルビアです。

 この名前の頭文字Sは、スラブ民族のスラブのSから来ています。国旗の白・赤・青も汎スラブのカラーです。

 スロバキアは、旧チェコスロバキアの片方ですね。残りのスロベニア、セルビアは旧ユーゴスラビアです。歴史的にはいずれも最大版図のハプスブルグ帝国に含まれる国です。
 いづれも国土も人口も日本よりも小さい・少ない国なのに、ワールドカップに出てくるってサッカーが強い国なんだなーっと。
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リリーマルレーン

2010年01月30日 10時15分34秒 | 国:ドイツ・オーストリア
 自由が丘に、ラ・ヴィータと言う水の都ベネチアの町並みを再現した区画があり、水路にはゴンドラが浮かべてあり、面する建物はどれも美しいレンガ造りの洋館です。
 そんな一角に、リリーマルレーンと言う名のレストランがあり、お昼は1500円でプチケーキ付きのパスタセットが頂けます。もう少し暖かくなればお店の外のオープンテラスでも頂くことが出来、水路に浮かぶゴンドラを眺めながらのランチは異国に来たような雰囲気を味わえます。勿論、頂いたアンチョビのクリームパスタも、プチケーキのガトーショコラも美味しかったです。

 さて、店名のリリーマルレーンですが、第二次世界大戦下でドイツの歌姫が歌った歌名です。この曲はドイツ兵のみならず、連合軍の兵士にも愛されたとか…
 その名の通り、ここは本来ドイツ料理店で、夜になればドイツのビールやパンやソーセージなどを楽しむことが出来ます。

 ちなみに、お店の人にイタリアのベネチアの町並みのところに何故ドイツ?か聞いたところ、「同じEUってことで!」と括られてしまいました。(*^_^*)


 最後に、お冷のコップはスウェーデンのIKEAブランドで、MAID IN ROSIAとなっていました。(~_~;) 本当にヨーロッパごちゃ混ぜです。


Lili Marleen(リリー・マルレーン)

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リリーマルレーン:パスタ

2010年01月30日 10時00分08秒 | 国:ドイツ・オーストリア
画像です。
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アルプスの少女 ハイジと、普仏戦争

2010年01月09日 19時31分27秒 | 国:ドイツ・オーストリア
 最近またアルプスの少女ハイジをチラチラ見ますね。携帯とか低燃費車とか…。大人になってから、作品を見てみるとこの作品が地理や時代をつぶさに盛り込んでいるところが判ります。
 ハイジの舞台となったアルムの山々は、スイスの東部のグラウビュンデン州。スイスはフランス語圏やイタリア語圏の地域もあるのですが、ここはドイツ語圏。ですのでハイジもおんじもドイツ語をしゃべっていて、ハイジは言葉の壁なくドイツのフランクフルトで暮らします。
 特にフランクフルトでは、路面電車が走っていたりと、産業革命後であることが伺えます。原作の小説の刊行が1880年。フランクフルトではそれ以前に路面電車が開通していましたから。。。

 1880年のヨーロッパと言うと、1870年に行われた普仏戦争の影響が大きく、作者は、ハイジの元となる作品を普仏戦争の戦災孤児の為に書き始めたとされています。


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ハプスブルグ家と生きた3人の女性たち。

2009年12月13日 14時23分51秒 | 国:ドイツ・オーストリア
 前に行った「THE ハプスブルグ」の国立新美術館内の地下1階のカフェでお茶したら、トレイの紙が画像のものでした。
 ウィーン旅行の広告とタイアップしての記事で、ゆっくりカフェするのに良い暇つぶしになりました。
 しかし、イラストがマリア・テレジアだけおばさんに描かれているのがちょっと可愛そう。まあ、マリー・アントワネットは享年38歳、シシィは享年61歳ですが美への執着が異様で、年を取った晩年は写真に写されることを極端に嫌ったことから若いときの肖像が一般的です。一方、マリア・テレジアは THE ハプスブルグで展示されていた11歳の肖像も有名ですが、晩年の自身の子供たちにに囲まれた家族との肖像画も有名なため、こちらの肖像がイラストに使われてしまったようです。

 まあ、家族に囲まれた幸せな肖像画なんですが…


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THE ハプスブルク

2009年11月28日 10時12分45秒 | 国:ドイツ・オーストリア
「私はこの1枚の絵を見るために、ここに来た。」

アンドレアス・メラー作、『11歳の女帝マリア・テレジア』。
小説「ハプスブルグの宝剣」を読んで、ネットや他の書籍で当時の歴史を調べて、そしてTRPGまで遊んだその根底には、この1枚の絵がありました。

正直言って、その凛とした顔つきに惚れました。

・・・しかし、11歳とは・・・(^^ゞ
あまりにもしっかりした感じだったので、17歳ぐらい肖像かと思っていました。


「THE ハプスブルク」としては、もう1枚。この作品と対の位置に飾られた、シシリーこと「オーストリア皇妃エリザベート」この絵画も有名ですね。この2つに多くの人が集まっていました。
それ以外は、他のハプスブルグ家の肖像画と、宗教画ですね。

1つだけ途轍もなく興味をそそがれたのが工芸品で6枚の貝の器が取り付けられた食器で、シャーベットを盛って食べたとあります。
6人と言うのが、マリア・テレジアとその父カール6世、母と2人の妹と、夫フランツ君。妻の家に婿入りして、妻の両親や妹達と食卓を囲んだフランツ君がなんとも言えず、とても和やかな食卓を想像してしまいましたぁ。(^^♪


THEハプスブルグ

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ルドルフ2 世初来日!

2009年07月18日 08時32分14秒 | 国:ドイツ・オーストリア
と言うことで、見てきました。神聖ローマ皇帝 ルドルフ2世を!

と言っても、渋谷文化村で行われている「だまし絵展」の絵なのですが…
エッシャーのだまし絵が好きで見に行ったのですが、このルドルフ2世だけでなく、フェルディナント1世など、神聖ローマ帝国皇帝がモチーフにされているとは全然思って居なかったです。

フェルディナント1世は、1556年に神聖ローマ帝国皇帝位に就くのですが、オスマントルコによって、ハンガリー王が戦死すると、その間隙を縫って、ハンガリー王女との婚姻関係を使って、ボヘミアとハンガリーの1/3を取得し、以来この2ヶ国はずっとハプスブルク家の所領となる礎を築いた人です。
ですので、反感も多かったのか、描かれていただまし絵は排泄をしている風刺画でした。

一方、画像のルドルフ2世は、フェルディナント1世の孫にあたり、1576年から皇帝になるのですが、厳格なカトリックだった為に、プロテスタントを弾圧し、それによって反乱が起こると、逆に宗教の自由を認め、さらにそれが不徹底だった為に、三十年戦争の要因を作ってしまうと言う君主としては駄目な方なのですが、芸術センスがあり、多くの芸術家のパトロンになった為に、だまし絵で描かれた絵は、全ての野菜、果実を得ると言う意味で、野菜や果実で顔が構成させていると言うものです。

賛美の絵のようですが、ちょっとグロい(^_^;)です。


文化村 - だまし絵展

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オーストリアカード

2009年05月24日 20時01分03秒 | 国:ドイツ・オーストリア
 遂にゲームマーケットまで1週間と迫り、準備におおわらわです。現在、20部ぐらいつくっており、来週までには30部を越えて持っていきたいと思っております。

 さて、今回は感想を頂いた方にプレゼントする宗主国「オーストリア」カードについて、ゲーム的な観点から書きたいと思います。

 当初、10カ国の宗主国を作るにあたって、五大国までに数えられたオーストリアも当然候補に挙がっていたのですが、『オーストリア』と言う国名の国が存在したのが、ナポレオン戦争後から、アンシュルスによるナチス・ドイツ併合までの短い期間だけ(WW2以降は勿論オーストリアです)であったのと、特に現在における知名度が比較的低いのが要因となり落としました。

 しかし、冷静に考えてみると、後にこのゲームが想定する時代が、大航海時代の1500年からWW1前の1900年まで400年間と決まったのですが、そうなるとイタリアやドイツの方がこの期間においては50年ぐらいしか合致しなってしまいました。(オーストリアは100年ぐらい合致します)
 ここでオーストリア復活と思いきや、イタリアはサルデーニャから、ドイツはプロイセンから初め、「強国化」する案が生まれたことで、ルール的に面白みが増した上に、この400年間にほぼ合致(※)することになりました。

 こうしてイタリアやドイツ、そして日本の強国化ルールを作る要因になったもののオーストリア自身は含まれることなくゲームは作られました。

 完成すると、追加宗主国を作りたくなるのはゲームデザイナーの性です。さっそく使わなかった宗主国を得られると言う、異色な強国化ルール「婚姻」を作って、追加宗主国の第一弾となった訳です。
 「婚姻」は他の強国化と違って、カードを必要としないことから、強国化のタイミングを自由に選べるのが特徴ですが、選んだカードがキリストの国で無いと無効です。
 初めのうちに「婚姻」して結果をはっきりさせて、それによってその後の戦略に反映させるか、逆転を掛けて一番最後に使うかなど戦略的選択肢が取れます。

 あと、面白みとしては、もしドイツやイタリアを得た場合は、これらをさらに強国化できます。ポイント的にはロシアを引いた方がいいのですが、イタリア全土やドイツ全土を支配するオーストリアの様は、まさに『神聖ローマ帝国』のようです。
 是非、中々実現は難しいでしょうがチャレンジしてみてください!!

※:イタリアは、サヴォイア公→サルデーニャ王国→イタリア王国、ドイツは、プロイセン公国→プロイセン王国→ドイツ帝国で、この400年間存在する国になります。
 ちなみにオーストリアは、神聖ローマ帝国(オーストリア大公)→オーストリア帝国→オーストリア=ハンガリー帝国の流れです。1800年までの神聖ローマ帝国だった時代の表現が難しかったということです。


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ウィーンフィル・ニューイヤー・コンサート2009

2009年01月04日 09時34分10秒 | 国:ドイツ・オーストリア
 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。今年は5月31日のゲームマーケットに、初の一般ブースで「植民地戦争」を持ち込もうと思っているのと、三国志のカードゲームを新しく企画してみようと思っています。また、出来ればですが、ホームページを大幅に変えたいな~っと目論んでいます。まあ時間的に制約があるので、順位は付けてやれる範囲でやってみようと思います。
 是非とも、今後もよろしくお願いいたします。

 さて、正月にたまたまつけたテレビを見入ってと言うか聞き入ってしまいました。NHKで行っているウィーン楽友協会大ホールでの生演奏会です。ウィーンですのでウィーンが誇る名音楽家、シュトラウスやヘルメスベルガー、そしてハイドンなどの曲が演奏されました。
 特に、ヨハン・シュトラウスの「宝のワルツ」の際、シュトラウスのパトロンだったエステルハージ候の邸宅でダンスを繰り広げる映像となり、いかにもって言う演劇をやっているようなダンサーが踊る様は、ちょっと可笑しく面白かったです。
 ここで紹介されたエステルハージ候は、以前読んだ藤本ひとみ先生の「ハプスブルクの宝剣」でも出てきていたのですが、オーストリア・ハプスブルグ帝国時代にハンガリー副王を務めた名家です。ハンガリーはハプスブルグ家の所領ですが、実際にハンガリーを統治はせず、名代として副王に統治させていました(※1)。
 番組にはそんな説明は一切無かったのですが、こんな関係ないところで、エステルハージ家と聞いてハンガリーに想いを馳せてしまいました。


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