植民地戦争+α

歴史テーマの中量級のボードゲームを制作し、ゲームマーケットに出展しています。
なので歴史とボドゲの話が多いです。

アフターケア会の結果報告

2009年07月26日 14時33分08秒 | ゲームシステム
 私用でドタバタして、なかなか更新できないでいましたが、やっと同じ月中に、アフターケア会の報告が出来ました。

 ゲームマーケットで売った際にいろいろと聞いてみると、買ったけど遊んでないという人が多いこと。なかなか大人数で一日中会って遊べる機会って作れないんだな~っと。
 そこで遊べる機会を提供と、アスターケア会を開いたのですが、楽しめるか判らないのに、川崎くんだりまで来ると言うのも敷居が高いのかな~って思います。

 そんな中、1名の方が応募してくださいまして、こちらのメンバーと3ゲームを楽しく遊ぶことが出来ました。
 特に3回目の戦いは、最後の最後まで伯仲した戦いで、誰が勝利してもおかしくない状況で、まさに詰め将棋のように、この一手では勝てない…この一手なら望みが繋げる…なんてことを考えながらの戦いとなり、植民地至上最大の肉薄戦でした!!
 悔やまれるのが、私のルール解釈に間違えがあり、和平カードが他者同士の戦争を防げないと思っていたのが、ルールブックにはしっかり防げると書いてあって、こんな肉薄した場合であれば、他者の戦争を防ぐことが勝敗に影響しただろうにと悔やまれます。
 そんな中ではありましたが、ご参加頂きました「みっちょ」さんから感想を頂いております。またプレイレポートも頂きましたので、後ほど掲載したいなって思います。
 

私個人としては、とても楽しく遊ばせていただきました。
ご存知かどうかは分かりませんが、互いに兵力カードを並べた状態の雰囲気は
「俺のケツをなめろ!」(注釈参照)という古いカードゲームに似ているところがあり、とても懐かしい感じがしました。

大きく異なるのは、植民地カードのプレイや、兵力カードによる戦争でポイントを得る以外にも、外交カードの租借や割譲でポイントを得る手段が残されていることでしょうか。
カード運に左右されやすいシステムですが、よくバランス調整ができているなと感心いたしました。

手札の種類が分かるというのも非常に面白く、戦略性をぐっと増しています。
「ずっと手札からプレイしない植民地カードだから、ポイントの高いインドあたりだろうか?」とか、「1枚兵力カードを残して攻めてきたから、使い捨てになってしまう将軍か英雄ではないか」とか、見えない情報を整理・推理しながら作戦を考えていくプロセスは、とても刺激的でした。

ハッタリも効かせやすくなっており、ゲームのコンセプトに合っていると思います。
(相手の本国を攻めたり、大兵力同士でドンパチやるのは紳士的ではないですからw)

「武力による威嚇だけで植民地を奪う」ことに成功すると、ちょっとやみつきになりそうです。

「植民地戦争」は3ラウンドありますが、各クォータの最終ターンが非常に重要ですね。

最後のカードを引くとカードアドバンテージは取れるのですが、そのラウンドではもう行動(戦争)できなくなってしまうので、大いに悩みました。

今回は「租借/割譲」や「同盟」を使う機会がなかったため(カードを引かい!)、 次回遊んだ後に、また感想を述べさせていただけたらと思います。


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今さらながら、ゲームマーケットプレイベント

2009年07月19日 18時42分19秒 | ゲームシステム
 すみません。やっと3連休で時間が取れたので、ゲームマーケットのプレイベントの報告です。
 今年のゲームマーケットが10年目と言うことで、前夜祭としてプレ・イベントで、自作ゲームの「プレイ・イベント」を行う企画に参加してきました。

 翌日のゲームマーケットの広告活動になればと思い、連れを連れて2人で会場に。何せ主催側も始めてのことで、すこしドタバタしている感じがありました。

 10時開会で、10時ちょうどに行ったら、お客と同時の入場になり、これもドタバタした原因の1つ。しかも、プレイ用のテーブルを2卓も用意されていて、ちょっと慌てました。なんとか、パンフとかで飾り付けをして、片方を遊び用、もう片方をパンフ置き場兼説明用に卓設置を行いました。

 しかし、この間に10時開場で入ってきたお客は既に他の卓に流れてしまい、また全体的に閑散とした感じで、人気の少ない端っこの与えられたテーブルにちょこんと座っている状況………

 完全に負け組みです!


 30分ぐらいこの状態が続いて、他の卓を遊び終えたお客と、新しい入場者が入ってきてから、ちらほらと来るようになってパンフを配ったり、説明をし出して、11時頃にやっと2人を相手にゲーム開始!
 私は説明に終始し、その2名に連れを加えて遊んで貰いました。多少焦っていたのか、ルールを間違えて説明してしまうなどの不手際があったことを後で気が付くなど、ちょっと悔やまれます。
 その後は、順調…と言うか、3人+連れとでゲームを行っていると、さらに参加したい人が来るなど、ちょっと盛況!! ちょうど良い機会でしたので、1クォータを終わったところで、この日の為の途中参加用宗主国「ベルギー」※で、第2クォータから参加してもらいました。
 この計5人の対戦を観戦したかったのですが、な!なんと!隣の説明用のテーブルにお客が2人ちょこんと座って待っている状態!!

 慌てて隣の卓でも説明を行って、他のお客を含めて3人でゲーム開始。2卓同時進行でゲームが開始する状況に!!!

 結局、この日は自分は1回も参加せず、4回もゲームを説明&フォローした次第。15時にはバテバテ状態になり、明日の本番へ体力を残すために名残惜しかったのですが撤退しました。

 しかし、翌日は既にご報告したとおり、以外にもラク~に午前中には売り切ってしまい、午後は自分たちがゲームを体験したり、欲しいゲームを買ったりと余裕で、14時に切り上げたので、このプレイベントが一番疲れた次第でした。

※この日の為に作ったのは嘘ですが、まさにこの日にうってつけの結果になりました。ベルギーは、1830年に独立したことから、ちょっと遊びで、第2クォーターから割り込み参加できる宗主国として、作りました。
 第1クォータ居なかったハンデとして、国力2のコンゴを植民地として持って、第2クォーターから参戦します。元からのプレイヤーの反感を買わないようにちょっと弱めでスタートですが、この日、遊んだ方は、最後には他のプレイヤーのどんぐりの背比べの中に割り込み、最後の最後までトップ争いに食い込んだようで、楽しんで帰っていただけたとのことで、作って良かったなーっとシステムデザイナー冥利の感慨にふけった次第です。


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ルドルフ2 世初来日!

2009年07月18日 08時32分14秒 | 国:ドイツ・オーストリア
と言うことで、見てきました。神聖ローマ皇帝 ルドルフ2世を!

と言っても、渋谷文化村で行われている「だまし絵展」の絵なのですが…
エッシャーのだまし絵が好きで見に行ったのですが、このルドルフ2世だけでなく、フェルディナント1世など、神聖ローマ帝国皇帝がモチーフにされているとは全然思って居なかったです。

フェルディナント1世は、1556年に神聖ローマ帝国皇帝位に就くのですが、オスマントルコによって、ハンガリー王が戦死すると、その間隙を縫って、ハンガリー王女との婚姻関係を使って、ボヘミアとハンガリーの1/3を取得し、以来この2ヶ国はずっとハプスブルク家の所領となる礎を築いた人です。
ですので、反感も多かったのか、描かれていただまし絵は排泄をしている風刺画でした。

一方、画像のルドルフ2世は、フェルディナント1世の孫にあたり、1576年から皇帝になるのですが、厳格なカトリックだった為に、プロテスタントを弾圧し、それによって反乱が起こると、逆に宗教の自由を認め、さらにそれが不徹底だった為に、三十年戦争の要因を作ってしまうと言う君主としては駄目な方なのですが、芸術センスがあり、多くの芸術家のパトロンになった為に、だまし絵で描かれた絵は、全ての野菜、果実を得ると言う意味で、野菜や果実で顔が構成させていると言うものです。

賛美の絵のようですが、ちょっとグロい(^_^;)です。


文化村 - だまし絵展

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R25とカタンの開拓者

2009年07月11日 11時03分58秒 | ゲームシステム
 R25に“卓ゲー”と題して、カタンの開拓者が紹介されていた。
モノポリーと、バックギャモンと同列な扱いで、認知度が高くなったんだなーと改めて思った次第。
カタンはよく出来たゲームだと思います。サイコロ運はあるものの、一番楽しいのは交渉。自分にもっとも都合よく取引を仕掛けていくのがコツで、そう言ったゲームはあんまり無く自身には画期的なアイデアでした。
 買ったのがルールブックがドイツ語(英語?)だったので、ルールは知り合いに聞いたところ、誤訳が1つあって、海を使っての貿易が、正解は「小麦2枚で好きなもの1枚」なんですが、逆に解釈し「好きなもの2枚で小麦1枚」で遊んでいました。
 正解のルールだと、小麦が豊作だとけっこう無敵になるので、小麦が豊作になるプレイヤーには、小麦港は絶対取らせないようにする…なんてこと気にしないといけ無いのですが、間違った解釈の方だとそんなに強力じゃなく、単に小麦を割が悪く生産できる…ぐらいなんで、この間違ったルールの方が好きです。


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北特法可決!

2009年07月03日 12時59分08秒 | 国:ロシア
 北方四島を「我が国固有の領土」と初めて明記した改正北方領土問題等解決促進特別措置法(北特法)が可決しました。

 と言うか、いまだに明記されていなかった事実の方に驚いた!

詳細は、こちらこちらの記事ですが、その中の「<写真で見る>北方領土のいま」に、3枚の北方領土の帰属に関する地図があるので、そのことを紹介します。

1855年

まず、最初の地図ですが、1855年って言うと江戸時代末です。日本とロシアとの間に締結された「日露和親条約」によって、千島列島は4島を日本に帰属させ、それ以外をロシアとしました。しかし、樺太の帰属は特に決めなかった為、曖昧のまま日本人とロシア人が進出する状況でした。

1875年

次の1875年が、明治に締結された「樺太・千島交換条約」です。樺太への進出の激しかったロシアに対して、このままでは無条件に樺太を取られてしまうという危機感から、樺太を手放す代わりに千島列島を日本に帰属させた交換条約です。

1905年

次の1905年は、日露戦争後に締結した「ポーツマス条約」によって、日本が南樺太の所有権を得たものです。

そして、その後太平洋戦争に敗戦し、「サンフランシスコ講和条約」で樺太と千島列島の所有権を放棄します。

日本の見解では、放棄した中には4島は含まれておらず、また南樺太と千島列島については、日本は放棄したが、ロシアが所有するのは認めていない為、帰属する国が無い地域と言うことです。
よく地図で、千島列島と南樺太が白色になっているものを見かけますが、それはこの為です。


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