植民地戦争+α

歴史テーマの中量級のボードゲームを制作し、ゲームマーケットに出展しています。
なので歴史とボドゲの話が多いです。

中東の笛

2008年01月26日 13時47分44秒 | 国:オスマン・イスラム
 ハンドボールの北京五輪の出場を決めるアジア予選で、不正な審判が行われたとされ国際連盟(IHF)が、予選のやり直しを求めた事に対し、試合を行ったアジア連盟(AHF)は、不正は無かったと真っ向から対立し、予選に参加した場合は、アジア連盟から除名すると日本に宣告してきたそうです。

 よく審判が贔屓したという話は聞きますが、ここまで話がこじれるのはなかなかないのでは?

 もともと、アジア連盟はクウェートの王族の圧力が掛かっており、「中東の笛」と称される疑惑の判定が多いそうです。
 そのクウェートのアジア連盟は、豊富なオイルマネーを使って、敏腕弁護士を雇って、スポーツ仲裁裁判所に提訴するそうです。

 あくまで強気です。

 クウェートは、オスマントルコがイラクまで統治していた時代に、この地の有力商人であったサバーハ家が、イラクのバラス州(クウェートを含む)の総督になったのが始まりです。
 第一次世界大戦でオスマントルコが敗戦したことで、イラクが独立(英国保護領)すると、サバーハ家はイラクに併合されるのを嫌い、英国を抱き込んで1961年に独立国家を樹立します。これが今のクウェートです。
 このことが遠因となって湾岸戦争でのイラクのクウェート占領などが起こるわけです。

ハンド予選に参加すれば除名…アジア連盟、日本協会に通告(読売新聞) - goo ニュース

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ヴァロアの残り火 第二幕(2)

2008年01月24日 17時12分54秒 | 国:フランス
 ユグノー戦争時代のフランスで、王位継承権を持つPCが王位を目指すTRPG「ヴァロアの残り火 第二幕」続きです。
ルッソ・サルバトーレ(24歳) ・・・ プロヴァンス公嫡男、戦功により王姉マルガリータと結婚し一児をもうける。穏健的なカトリックで、王宮のいざこざには関わりたくないと思っているが、マルガリータ※2が妹ディアヌのこと心配し、度々夫をパリに出向かせる。
ディアヌ(ディーン)(23歳) ・・・ 王姉だがアンリ2世の愛妻ディアーヌと母カトリーヌとの確執から王家と離されて育てられ、男ディーンとしてパリ伯を勤める。強硬派プロテスタント。
アンジュー公子エリオ(15歳) ・・・ 全ダイスを家柄・領地・財力に注ぎ込み!王位継承権2位と3位のキャラを作成。アンリ2世の弟で父シャルル、その子エリオ。父子共に演じる事に。穏健的なカトリック。
アンリ・ギース(23歳) ・・・ ギース公フランソワ、ロレーヌ枢機卿の弟。強硬派のカトリックで、執拗にプロテスタントを排斥する。
アンボード ・・・ アンリ2世と愛妾ディアーヌの間の子。身長2mを越える大男で、所謂典型的な巨漢悪者キャラ

■家系図
 今回の反乱の首謀者と目されるコンデ公が立て篭もるパリ※1を包囲するギーズ公弟アンリとアンボード。一方、王宮では一足先に着いたコリニー提督が王母カトリーヌと、アンジュー公親子に面会し、今回の反乱の着地点を模索します。この反乱を内戦に持っていきたくない全員は、コンデ公の罪を問わない代わりに、怒りが収まらないであろうギース家になんらかの対価を払うことで、着地を試みることで合意。その上で、ロレーヌ枢機卿がコンデ公の処刑を求めて王シャルル9世に面会求めてきます。
 王の御前で、今回の反乱の首謀者がコンデ公であることを述べるロレーヌ枢機卿、しかし決定的な証拠を出せず、王の判断によりコンデ公を出頭させ釈明の場を設けることになりました。そして、コンデ公を連れてくる為に、エリオが王の勅書を手に王軍を連れてパリに急行します。

 この時パリでは、強行的にパリを包囲するアンリとアンボードを相手に、パリ市警を伴ったディアヌがパリ伯※2ディーンとして立ち向かいます。
 コンデ公を引き渡せと迫るアンリに対して、ディアヌはカトリック、プロテスタントが争うことで、国が乱れることを憂いている弟のシャルル9世のこと思い出し※3、カトリック、プロテスタントも宗派の違いは無いことを言おうとして、「神は関係無い!」と宗教全否定の異端発言をしてしまいます。(一応、プレイヤーにキャラの発言としてFA?か聞きましたが発言としてOKだとことで)
 この発言で、パリ市警側に動揺が広がり、一方的にアンリ軍がパリを制圧します。それでも、一人無謀にも立ち向かおうとするディアヌ。その前に、黒いマスクを着けた馬上の騎士が颯爽と現れると、そんなディアヌを救出して(さらって)去って行きます。
 
 パリ郊外までディアヌを連れ出した騎士はマスクを取ります。騎士はルッソでした。ルッソはディアヌの姉に頼まれ、パリに来たところこの状況を見てとっさに、ディアヌを救い出したのです。
 冷静になったディアヌは、何も計画無く敵の挑発にのり、無謀な戦いを行おうとしていたことを反省し、おとなしくすることをルッソに誓います。それを聞いてルッソはディアヌの処置を決めるべく王宮のカトリーヌの元に向かうのでした。

 一方、パリではコンデ公が立て篭もる屋敷をアンリ・アンボードの軍が包囲し、プロテスタントとの間で抗争が起きますが、準備無く立て篭もったコンデ公はあっさり捕まります。そこに王命を得たエリオが到着し、勅書をかざしてコンデ公を連れて行ってしまいます。

 結局、このグリエール伯の反乱からパリでのコンデ公立て篭もり事件は、グリエール伯の単独犯で、コンデ公は無関係のものの、プロテスタントを信仰しグリエール伯とも親交のあったコンデ公は疑われる要因がありすぎたということで、カトリックに改教することを強制させられました。
 パリ伯ディーンも死んだことになりました。空いたパリ伯は今回の反乱の鎮圧に功のあったアンボードが貰いうけ、グリエール伯の所領もギース家のものになり、ギース家の力を増すことになります。

 しかし、重症だったギース公長男フランソワは助からず、息を引き取ります。まだ少年の息子アンリ(小アンリ)は、父に死をもたらしたプロテスタントに復讐を誓います。

 一方、ディアヌはパリ伯だった自分を捨て、ルッソに従い姉の待つプロバンスで暮らすことになります。

 つづく。 


※1:史実では、パリはカトリックの総本山的な場所です。PCディアヌがパリでプロテスタントとなったので、真逆になってしまいました。

※2:パリ伯、フランス王国成立以前にパリを治めていた都市伯で、この時代は有力な貴族に与えられる単なる称号です。

※3:弟に剣術指南をしながら、王である弟の意見を聞いたりするロールがありました。また、幼いながらも健気に王としての使命を全うしようとする弟がいとおしく、抱きしめるシーンもありました。このことが後になってディアヌの運命を決めてしまいます。


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フランスは公妾が動かす

2008年01月23日 12時04分45秒 | 国:フランス
 タイトルと以下のサルコジ仏大統領の繋ぎは少し強引過ぎましたが、まあ・・・記事にあるとおり、サルコジ仏大統領の支持率が低下しているそうです。日本では女性関係が取りざたされるの政治生命に大きなダメージを与えることがままあるのですが、フランスでは「私生活には関与せず」と言う雰囲気があるらしく、ちゃんと仕事(政務)をしてくれれば、OKみたいです。(勿論、ネタとしてパパラッチは追っかけますが…)

 しかし、今回の交際相手との豪華なバカンスには生活苦に喘ぐ市民の不評を買ったようです。

 フランス王国時代、フランスは度々王の正式な妻 王妃では無く、愛妾が王の寵愛の元、宮廷や場合によっては政務の実権まで握りました。「フランスは公妾が動かす」とまで言われるほどです。
 このブログで紹介した、アンリ2世の公妾「ディアーヌ・ド・ポアチエ」、オーストリアのマリア・テレジアとロシアのエリザヴェータと共に、3枚のペチコートを担った、ルイ15世の公妾「ポンパドゥール夫人」、それ以外にもシャルル7世の愛妾「アニェス・ソレル」や、ルイ14世の公妾「モンテスパン夫人」など上げればキリがありません。

 いづれも宮廷で絶大な権力を握り、時のフランス政治に大きく影響させました。

 一方、対し評されるハプスブルグ家では愛妾の話はめったに聞きません。これはハプスブルグは女が作ったと言われるように、一族の女性の権力が強かったからなのでしょうか…?


サルコジ仏大統領支持率、急落 派手な私生活への批判か(朝日新聞) - goo ニュース

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韓国の黒船

2008年01月20日 14時06分04秒 | 国:日本・アジア
 日本のお隣で関係がもっとも深い韓国。その歴史はみっちり授業で行いますが、韓国の開国についてはあまり知られていないのではないでしょうか?
 今日は、韓国・朝鮮の開国の話。

 19世紀中ごろの朝鮮半島は、500年に渡る李氏朝鮮(韓国では朝鮮王朝と呼びます)が続いていました。50年以上に及ぶ外戚による門閥政治が打破されて、摂政となった大院君によって王族が力を取り戻した頃でした。
 この大院君、内政的には党派門閥を問わず人材を登用し、汚職官僚を厳しく処罰し不正を正し、また税制を改革を行い平民の税負担を軽くするなどしますが、対外的には強硬に欧米諸国を排除する攘夷政策を行います。
 その為、1866年にはフランス人宣教師を含む8000人のキリスタンを殺害する丙寅邪獄が起き、これに対してフランスが賠償を求めて、朝鮮の出島に当たる江華島を攻撃する丙寅洋擾が起きます。
 また、この事件の2ヶ月つ前にはアメリカ商船ジェネラル・シャーマン号が通商を求めるも、朝鮮軍と衝突し商船は沈没させられてしまうジェネラル・シャーマン号事件が起き、1871年にアメリカは軍船5隻を率いて江華島を一時占拠する辛未洋擾がおきます。
 そのどちらも朝鮮軍による巻き返しによって、フランス・アメリカは撤退します。

 この状況の中、少し前に開国し明治政府を樹立させた日本は、アジアで対等の国際関係を築くために使節団を派遣しますが、当時の朝鮮は冊封体制的観点で解釈したため、日本が冊封体制下では中国しか使ってはいけない「皇」や「勅」を使った国書や、蒸気船で来て洋装の日本の使節団にに反発し、交渉の席にすらつけない状況に陥ります。この事から、日本では武力を持って朝鮮に開国を迫る「征韓論」が巻き起こります。

 その後、日本は先に清国と日清修好条規を締結します。これは互いに欧米に結ばされた不平等条約を認め合うと言う対等の条約でした。
 この清との条約と、1873年に朝鮮宮廷内で閔妃によるクーデターにより、大院君が失脚したことが契機になり、やっと朝鮮との会談の席に付くことが出来ます。しかし、その会談も儀礼の問題で揉める間に、大院君の勢力が盛り返し、会談が延々と延期されてしまいます。
 ここに来てついに痺れを切らした日本の使節団は、軍艦を釜山へ入港し射撃演習などの威嚇行為を行い、さらに首都漢城へ遡航するなどの挑発行為を行います。この挑発に乗って朝鮮が砲撃を開始、日本も艦砲射撃を行い、陸戦隊による砲台の占拠を行うといった江華島事件が発生します。
 この事件により衝撃を受けた朝鮮は、日本と日朝修好条規を締結します。しかし、この条約は国際条約に疎く、事件によって弱腰となった朝鮮政府を手玉にとった不平等条約でした。

 まさに日本のペリー来航を髣髴させる事件でした。

李次期大統領、日本に謝罪求めず=成熟した関係構築に意欲-韓国 (時事通信) - goo ニュース
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ゲームマーケット2008

2008年01月13日 12時44分04秒 | ゲームシステム
 今年もゲームマーケットが行われます。仕事の関係上、かなり微妙な時期なのですが、まあ申し込みはしておこうということで、申し込み中。
 また、時期が近くなりましたら、正式にホームーページに出展のご報告を致します。今年も、フリーバザール(机ではなく床)で、10時から14時まで(但し売切れ次第撤収)です。

 さて、今年は何部持っていこうかな・・・


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世界の地図

2008年01月11日 12時59分21秒 | 雑談
 学研の子会社が、地球儀を中国で生産したため中国の圧力により「台湾」を単なる島に変更し、日本国内で販売したところ、苦情が殺到し販売中止に追い込まれたそうです。

 なかなか普段は意識し無いのですが、国境や呼称など各国の国政によって違ってきます。日本では当たり前の「日本海」も韓国では「東海」です。では、それ以外の国では? と思ってYahoo!USで見てみると、「Sea Of Japan(East Sea)」と併記です。

 あとはアフリカのモロッコが実効支配している西サハラですが、モロッコとの関係を考えてか、日本(Yahoo!Japan)・アメリカ(Yahoo!US)では、モロッコと西サハラの国境は破線と曖昧表示。ドイツのYahoo!では実線になっております。

 普段、当たり前の様に見ている地図が(当たり前には見ていないか(^^ゞ)、他の国では違っていることに驚かされます。


世界のYahoo!

中国指示で「台湾島」表記の地球儀、2社が販売中止(読売新聞) - goo ニュース

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ヴァロアの残り火 第二幕(1)

2008年01月07日 20時01分38秒 | 国:フランス
 12月末のセルフコンで、ユグノー戦争時代のフランスで、王位継承権を持つPCが王位を目指すTRPG「ヴァロアの残り火 第二幕」を行いましたので、その報告です。
 今回の参加者は以下の通り。前回の第一幕からの参加者は、プロバンス公サルバトーレのみで、前回キャラがイタリアに行ってしまったので、ロベール伯のプレイヤーは、デッドコピーとして、ギーズ公弟アンリ※1を作りました。
 今回は、キャラクターの作成で、王家の家系図に勝手に線を引いて、血縁者になってもらい、その血縁関係をロールに活かしてもらう趣旨です。その家系図は、別ページに掲載しました。赤が今回プレイヤーが追加した線です。
ルッソ・サルバトーレ(24歳) ・・・ プロヴァンス公嫡男、戦功により王姉マルガリータと結婚し一児をもうける。穏健的なカトリックで、王宮のいざこざには関わりたくないと思っているが、マルガリータ※2が妹ディアヌのこと心配し、度々夫をパリに出向かせる。
ディアヌ(ディーン)(23歳) ・・・ 王姉だがアンリ2世の愛妻ディアーヌと母カトリーヌとの確執から王家と離されて育てられ、男ディーンとしてパリ伯を勤める。強硬派プロテスタント。
アンジュー公子エリオ(15歳) ・・・ 全ダイスを家柄・領地・財力に注ぎ込み!王位継承権2位と3位のキャラを作成。アンリ2世の弟で父シャルル、その子エリオ。父子共に演じる事に。穏健的なカトリック。
アンリ・ギース(23歳) ・・・ ギース公フランソワ、ロレーヌ枢機卿の弟。強硬派のカトリックで、執拗にプロテスタントを排斥する。
アンボード ・・・ アンリ2世と愛妾ディアーヌの間の子。身長2mを越える大男で、所謂典型的な巨漢悪者キャラ

■家系図
 まずはアンボードから。時代を前回のギース公フランソワのカレー攻略と、ルッソのライン戦線に戻し、どちらに従軍するか選択させました。
 結果、ギース公に従軍します。ギース公フランソワ※3がカレー攻略に出向いている間、宿営地に残るアンリの警護をアンボートに行わせ、そこにユグノーの叛徒が毒を盛ったり、奇襲したりとイベントを起こし、アンボードとアンリの関係を深め、この戦闘を通じて、アンボードはギース家の家臣となります。これによってアンボードのが典型的な悪者キャラを演ずる事になってしまいます。(^^ゞ

 一方、パリで新王シャルル9世の即位※4の儀式を行います。その舞踏会の席で、警護も兼ねると言うことで軍服を着たディアヌ、そこにディアヌの姉であるマルガリータを連れたサルバトーレ・ルッソや、従姉弟になるエリオが互いに会い、挨拶を交わします。姉にドレスを強要されたディアヌ。しかし母とはぎこちない再会を果たし、直ぐに会を抜け弟フランソワ2世の墓に向かいます。

 フランソワ2世の墓には先客がおり、フランソワ2世の妃だったメアリー・スチュアート、そして後に宿敵となるギース公フランソワが来ていました。皆が新王の即位を祝う中、前王であり弟であるフランソワ2世を悼む為に訪れたディアヌにとっては、ギース公に共感せずにはいられませんでした。
 しかし、時代はカトリックとプロテスタントによる深い対立に入るのです。

 1561年、フランス中南部でグルエール伯がプロテスタントを率いて反乱を起こします。この情報を事前に察知していたギース公アンリは、アンボードに軍を率いらせてグルエールに向かわせます。
 同じ、プロテスタントであるディアヌはパリから援軍に駆けつけたい衝動に駆られますが、同じプロテスタントでフランス軍提督であるコリニー※5に無駄死にになると止められます。
 そこに同じプロテスタント仲間であるコンデ公が現れます。今回の反乱を唆したらしく、コリニーとディアヌはコンデ公※6を助けるために動くことになります。コリニーはディアヌとコンデ公をパリに残し、王母カトリーヌ※7に助けを求めるべく、王宮に向かいます。

 案の定反乱はアンボードの活躍で粉砕され、首謀者のグルエール伯は捕らえられギース家の館に連行され、黒幕を吐かそうとします。一旦は首謀者がコンデ公だと吐いたグリエール伯はギース公フランソワの前で再度吐く際に、隠し持っていた短剣でフランソワの目を突き、致命傷を負わせます。この身体検査をわざと甘くしたのはアンリの差し金でした。
 長男の死を悲しむそぶりをし、首謀者コンデ公を捕らえるべくアンリはパリへ。そして次男のロレーヌ枢機卿はことの顛末を王に報告し、コンデ公の処刑を訴えるべく王宮に向かいます。
 
 ギース公弟アンリの軍がパリを包囲する中、パリ伯ディアヌはどうするのか? そして王宮での会談は…

 つづく。 


※1:ギース公フランソワの長男もアンリで、名前が重なってしまったので、フランソワの子の方は、小アンリと呼ぶ事にしました。(2)で登場します。

※2:史実では、フランソワ2世やシャルル9世の妹にアンリ4世の妃となるマルグリット(マルゴ)がいますが、このシナリオでは別人でフランソワ2世の姉としました。

※3:英国に奪われていた都市カレーを奪還した英雄で、カトリックの急先鋒として一族を挙げてプロテスタントを弾圧します。史実では、1563年にユグノーに襲撃され死亡しますが、このシナリオでは少し早まりました。

※4:シャルル9世の即位は史実より2年早まりましたので1559年になります。

※5:ユグノー戦争でプロテスタント側の有力者で、シャルル9世に父と慕われています。国母カトリーヌが、カトリックのギース公を抑えるために登用しますが、史実ではカトリックのスペインとの開戦を望み疎まれます。
 このシナリオでは、ディアヌの方が強硬的な行動を取り続けた為、なだめる役に回り、穏健派プロテスタントとなりました。

※6:コンデ親王ルイ。ユグノー派首領で将軍。史実では、1560年のアンボワーズの陰謀(フランソワ2世をギーズ公から引き離す)に巻き込まれ、依頼ユグノーの一員として戦います。このシナリオでも、半ば巻き込まれていきます。

※7:シャルル9世の母で摂政として国政を握る。ユグノー戦争を危惧しており、戦争回避の為、中道的な立場を取り続けます。

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ブルガリア帝国

2008年01月05日 23時52分59秒 | 国:オスマン・イスラム
 という事で前回に絡み、やはりブルガリアの歴史です。
 ブルガリアは、7世紀後半に中央アジアからテュルク系遊牧民であるブルガール人が今のブルガリアに進出し、東ローマ帝国との戦いに勝利することで、支配を認められ国を建国します。ブルガール人は元々ブルガリアに居たスラブ人と混血し、今のブルガリア人となります。
 前のブログで、皇帝位は東西ローマ帝国分の2つしか無いと書きましたが、例外的にブルガリアはシメオン1世の代に最大版図を成し遂げ、ルーマニアの南半分から、マケドニア、ギリシャの北半分まで支配下に起きます。さらにに東ローマ帝国を打ち破ったことで、東ローマ帝国を脅迫し、913年コンスタンティノポリス総主教ニコラオスから戴冠※1を受けたことで、以来、皇帝(ツァーリ)※2を称することになります。
 その後、ブルガリア帝国は東ローマ帝国の反撃にあい、1018年にブルガリア皇帝サムイルが戦死し滅亡します。

 その後東ローマ帝国が圧制を行った為、1187年に反乱がおきアセン1世が第二次ブルガリア皇帝に即位します。
 しかし、第二次ブルガリア帝国は、モンゴル軍の侵略・属国化を受け、その後もセルビア王国との抗争、そして南からオスマン帝国の侵略にあい1396年に併合されてしまいます。

 再びブルガリアが独立するのは、1853年のクリミア戦争、1877年の露土戦争にロシアに加担することで、ロシアの支援の元1878年に大ブルガリア公国が建国されますが、ブルガリアを通したロシアのエーゲ海進出を危惧した列強の妨害により、ブルガリアは北部のみにトルコ領内の自治州に格下げされました。
 完全に独立を果たすのは1909年になります。その後、二度のバルカン戦争と、世界大戦を行い、戦後は親ソ連路線により王政から社会主義へと切り替わり、ベルリンの壁崩壊後、民主主義になります。


※1:正式な戴冠ではなくニコラオスの典礼用の頭飾りが用いられました。また、その後東ローマ軍が体性を立て直した為、東ローマ側はブルガリアとの一連の取り決めを無視したため、ブルガリアの皇帝位は自称とする場合もあります。

※2:それまでブルガリアの君主は中央アジアの王らしく、ハーン(トルコ語ならハン)の古形であるガガンを名乗っていました。戴冠の後は、東ローマで使用されているギリシャ語の皇帝位バシレウス、そしてブルガリア語のツァール(ツァーリ)を称します。

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ソフィア

2008年01月03日 20時33分37秒 | 国:オスマン・イスラム
 ソフィアと言えばブルガリアの首都。今日、カレッタ汐留内にあるブルガリアンダイニング&ブルガリアンヨーグルトバーのお店「SOFIA」に言行ってきました。お店は洋食のダイニング店と、ヨーグルトバーが隣どうしにあり、今回は軽食と喫茶のヨーグルトバーの方に入りました。
 本日のカレーがホワイトカレーと言う真っ白なカレー 800円、見た目と違ってとてもスパイシーで辛かったです。後は、バニッツァと言うパイ生地にチーズを挟んだキッシュの様なものと、ドリンクヨーグルトのセット 350円、最後に定番のカップヨーグルト。トッピングがいろいろあったのですが、ややチャレンジのオレンジとニンジンのソースにしました。(他にも黒ごま&ほうれん草なるソースもありました。)
 ヨーグルトバーだけあってヨーグルト三昧でしたが、すっきりとした感じで飲みやすく、ニンジンのソースもオレンジと割ってあるので、フルーティーで美味しく頂きました。

洋食ブルガリアンレストラン ソフィア

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あけましておめでとうございます。

2008年01月01日 12時37分10秒 | 雑談
 あけましておめでとうございます。
今年も、当ページにお越し頂きありがとうございます。
当ページはカードゲーム「植民地戦争」を広める趣旨で初め今年で3年目を迎えます。当初の趣旨の通り、「植民地戦争」を広められたかは判りませんが、ブログをはじめて多くの方に来てもらえるようになりました。是非、今後も歴史の小話や、国際ニュースへのつっこみなどを中心に書いていきたいと思います。

勿論、カードゲーム「植民地戦争」についても…(^_^;)
今年は、もう一度ゲームマーケットに参加しようかな~とも思っています。
また、このページで広告していきますので、よろしくお願いいたします。

それでは、今年一年皆様にとって良い一年でありますように。

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