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プレイレポート「ロシア邁進ス」

今回は、イタリアを行った私の視点で書かせていただきます。
TRPGが早めに終わったので、6人フルプレイしました。

 私は、イタリア。
 第1Qの初めで、独立カードをGet!し、やったと思い強国化に使用しました。頭の中に交渉カードで無効にされるのでは?とよぎったのですが、序盤なので私を警戒や敵対視している国は無いと思って出したのですが、英国に交渉カードを出されてしまいました。(;_:)
 英国曰く、「前回、イタリアでプレイして勝った経験からと、千夜さんが製作者だから油断できない無いから」が理由だそうです。これにはやられましたが、この行為が後で英国の勝利をも奪うことになります。

 さらに植民地としていたエジプトも、オランダに租借され、総生産+1ごと奪われます。手持ちカードには租借/割譲/返還カードがあったので、クォータの最終で返還することを考え、保留。

 つづいて同盟合戦が起こり、オランダが強国ロシアと同盟。次に英国がイタリアと同盟。これはイタリアがやはり不利ではと思い直し、強国ロシア・スペインに対抗する為のようで、私としては今さらでしたが、無いよりはマシです。
さらにオランダがスペインと同盟を行いますが、これは英国が交渉で決裂させます。まあ、オランダを介して強国ロシアとスペインが組んではたまりません。

 この後、私が攻勢に出れたのは取引カードを使って、オスマンが後生大事に持っていた植民地カードを奪ったことです。奪ったカードはアメリカ。オスマンはクォータの最後に出す予定だったみたいですが、残念でした。
ほくそえんだのもつかの間、ロシアに諜報カードを使われ、英雄カードを持っていることを知られた上、アメリカを奪われてしまいました。交渉カードを持っておらず、防げなかったのが痛かったです。

 そして、最終ターンにエジプトの租借を返還したものの、後の番だったオランダは執拗にまた租借を行ってきたため、植民地一切なしで第1Q終了。
 予定通り、アメリカを最終ターンに出したロシアが、他東南アジア、アラビアを得ており、9ポイントでトップ。

[第1Q集計]
ロシア:9 スペイン:4 オスマン:4 英国:3 オランダ:3 イタリア:0


 第2Qに入り、私が勝つためには早めに戦争を仕掛けてでもロシアを叩かないと考え、オランダとの同盟を解除させた後、新しく増やした中米に攻め入ります。兵力はあったのですが英雄カード1枚だけで攻めます。ロシアが全軍で守ろうと考えれば植民地を得られなくても、ロシア軍に大ダメージを与えられると考えてのことです。
 これに対してロシアは和平で防ぎます。さらにバルカン半島を植民地にするロシア!

 今度はオスマンがバルカン半島を奪いに行きます。歴史的背景から考えてオスマンのプレイヤーさんは欲しかったようですが、将軍カードに兵力6は力みすぎで、ロシアは1兵力も出さず、同盟国のオランダが仕方なく1兵力を出し、バルカン半島はオスマンのものになりますが、ロシア軍にダメージを与えることなく、将軍カードを失います。(写真)
 第2Q終了時点で、私のトップは無くなり頭1つロシアが抜きん出ます。

[第2Q集計]
ロシア:15 スペイン:10 オスマン:7 英国:6 オランダ:6 イタリア:2


 第3Qに入り、英国がこの状況を打破するために、オランダと同盟を結ぶ一方、ロシアとオランダとの同盟を破棄し、ロシアを孤立させロシア包囲網を作り出そうとします。しかし、その後ロシアがオスマンに奪われたバルカン半島を租借したのに目を付けたオランダがロシアを直接攻めるのではなく、ロシア租借地となっているオスマン領バルカン半島を攻めます。
 手放すかと思ったらオスマンは防衛戦を行った為、あえなくオランダは撤退。
 さらにカリブを植民地にし、肥大し続けるロシア! もう止まりません。

 最終ターンにイタリア・英国・オランダがロシアから続けざまに植民地を奪いに行ったものの勝敗は覆せず・・・と思ったら集計してみるといつの間にかロシアの影でひっそり国力を蓄えていたスペインが逆転トップになると言う意外な結果でした。

[第3Q集計]
スペイン:28 ロシア:27 オランダ:23 オスマン:19 英国:18 イタリア:12

しかし、頑張った割にはヒドイ成績でした(~o~)


オリジナルカードゲーム 植民地戦争
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ルール 補足

 今回は遊んでいて、プレイヤーさんからわかりにくいと指摘されたルールについて補足したいと思います。

【戦争】
 戦争を行う場合、山からカードを引かず、さらにカードを1枚捨てる必要があります。ですのでかなり戦争はし難くくなっております。
 これはじっくりと戦争をする機会を伺って欲しかったのと、戦争を仕掛ける方がカードを1枚捨てることで、仕掛けられる国を幾らかでも保護する目的でこのルールとしています。
 自国が弱体化すると、戦争を仕掛けられ安くなります。連続して戦争を仕掛けられ、植民地を全て失わない為にも、仕掛ける側にカードを1枚捨てさせるハンディーを設けてあります。もっとも、兵力がまったく無くなれば、どちらにしろ全ての植民地を取られかねませんが、それでも戦争を仕掛ける方に1枚捨てさせることは重要と思います。


【クォータの終了】
 各クォーターの終了は、山の一番最後のカードを引いた人から1順させ、最後のカードを引いた人の1つ前の人の番で終了し集計します。このゲームでは、番が最後の方が他のプレイヤーに邪魔をされずに行動を起こせますので有利です。例えば、自分が一番最後の手番の場合、植民地カードを出したとしても、それを取られる心配が無いからです。これが、一番最後でなければ、あなたより後の手番のプレイヤーが戦争や租借を仕掛けてくる可能性が出てきます。
 そう考えると、一番最後のカードを引いた人が一番不利で、その1つ前の手番の人が一番有利になります。
 これによって例えば、一番最後のカードを引くとなった場合、引かないであえて戦争を行うといった戦法を行うこともできます。これによって、一番最後のカードはあなたの次のプレイヤーが引くことになり、あなた自信が一番最後の手番を得られるわけです。
 もっとも次のプレイヤーが同様に戦争を行えばその限りではありません。


オリジナルカードゲーム 植民地戦争
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ブルボン・コーヒー

 私はコーヒーよりも紅茶党なのですが、それでもコーヒーは1日1杯は飲みます。日本では、豆轢きからインスタント、缶とあらゆる形で飲まれているポピュラーなコーヒーですが、このほど日本のコーヒー会社が現地と協力し、アフリカ・マダガスカル島沖にある仏領レユニオン島で、ルイ15世や文豪バルザックも愛飲していたという幻のコーヒー品種「ブルボン・ポワントゥ」を復活させたと言うニュースがありました。
 レユニオン島は喜望峰発見後、インド航路の中継としてポルトガルが港を開き、その後、フランスが所有し中継拠点として栄えます。その頃、奥地で珍しいコーヒーの品種が産出されると、フランス王宮で珍重されますが増産しにくいものだった為、1942年には輸出が途絶えたとのことです。
 この度、まだまだ生産量は少ないものの今春には輸出が再開されるそうです。何時お目にかかれるかは判りませんが、ルイ15世も愛飲したコーヒー機会があれば飲んでみたいものです。

幻のコーヒー「ブルボン・ポワントゥ」復活(朝日新聞) - goo ニュース
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毒殺

 goo ニュースにナポレオンが毒殺されたのではなかったと言う記事が出ていました。以前見たテレビ番組では、ナポレオンはワインにヒ素を混入された毒殺ではなく、セントヘレナ島で住んでいた家の壁紙に、当時当たり前のように使用されていたヒ素がカビで空気中に飛散し、それを吸った為にヒ素中毒で亡くなったのでは?と放送されていました。
 ニュースでは、ヒ素ではなく生野菜をあまり食べない軍隊食が長く続いた為に胃ガンで無くなったと出ていました。どちらも毒殺否定ですが、フランスでは英国による毒殺が今も根強く信じられているそうです。

 もうひとつ、同じ毒殺関連で、イタリアからメディチ家の当主フランチェスコ1世が毒殺であったと言う記事がありました。フランチェスコ1世はトスカーナ大公としてメディチ家の最盛期に当主になりますが、46歳で夫人とともに亡くなります。その後当主となった弟が屋敷に滞在していたことから、弟による毒殺説とマラリアによる病死説がありました。
 こちらは調査の結果毒殺とのことでしたが、中世ヨーロッパで如何に毒殺があったかを伺わせます。

ナポレオンは毒殺ではなく死因は胃がん=軍隊食も大きな原因(時事通信) - goo ニュース

メディチ当主は毒殺だった 伊科学者がヒ素検出(共同通信) - goo ニュース

オリジナルカードゲーム 植民地戦争
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本年度目標

 昨年、知り合いと植民地戦争を何度か遊びながら、ルールを完成させたのが6月、先行してこの紹介のブログを始めたのが4月。そして年末にはネットでのお渡しと、テスト的にヤクオクを始めるまでになりました。
 しかし、掲示板にも書いたのですが、増刷の方がまだ整っていないのが現状です。時間を作って名刺カード用紙や、プリンターインクなどを購入しに行かなければならないのと、プライベートの空き時間を使って印刷するとどうしても1週間に1部程度と言うのが現状です。
 また、名刺カードやインクの購入については、ヤフオクなども使うことでコストを下げたり、買いに行く手間を省けるのではと行ってみたのですが、送料分安く済まそうとすると、その時々でメーカを変えざる得ず、仕上がりにバラつきがある事が発覚し、諦めざる得ない状態です。(もう暫くは、いろいろと検討してみますが…)

 さすがに在庫を抱えたくないのと、コストがやはり上がりそうですので印刷所にお願いするのも難しいかなと見ています。 


 とは言いつつも折角ですので、今年からはヤクオクは月2回程度「定期的」に出品を行っていきたと思っています。また、4月に浅草で行われるゲームマーケット2007に、フリーマーケット販売しようとも思っております。今の増刷ペースだとヤフオクでの出品も考えると、当日は10冊が限度の気がしますが、まあ宣伝も兼ねて顔を出してこようと思います。

 ゲームマーケットは1度も言った事が無いので、どんな感じだか判らないのですが、参加された方が居られましたら、教えてくださると幸いです。
 参加が本決まりになりましたら、このブログにてご連絡いたします。


オリジナルカードゲーム 植民地戦争
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北欧

 今日の話題は、フィンランドから北欧の歴史です。北欧というとどこの国を指すかご存知でしょうか?
 デンマークと、ノルウェー、スウェーデンのスカンジナビア半島の国、これにフィンランドとアイスランドを加えた5カ国を指すのが一般的のようです。
 緯度だけで見れば、デンマークよりも英国やバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)の方が北に位置しているのですが、歴史を見るとデンマークとスカンジナビア半島の国々が密接に絡んでおり、その事が「北欧」と言った場合にこの5カ国を指すことになったのでしょう。

 デンマーク、ノルウェー、スウェーデンはヴァイキングの国として歴史が始まります。これらの国は、略奪と交易を繰り返しながら、それぞれ王国として統一されていきます。
 その頃、フィンランドはフィン人とサーミ人が部族単位に暮らし、アイスランドはまだ無人でした。
 そしてフィンランドは、12世紀にキリスト教化したスウェーデンによって征服され(北方十字軍)、そのままスウェーデンの一部となります。
 一方、アイスランドは、9世紀にノルウェーからの移住が始まり、議会による自治が行われていましたが、13世紀にノルウェーの介入を招き、ノルウェー領となってしまいます。
 この様に3つの王国に集約された北欧地域は、1375年にデンマーク王ヴァルデマー4世の娘マルグレーテが、息子をデンマークとノルウェーの王位に付け、さらに1397年には王権が弱体化したスウェーデン王位をも取り込み、カルマル同盟を成立させたことにより、北欧はデンマークの支配下に入ります。
 しかし、デンマークのスウェーデン支配は思うように行かず、デンマーク王によるスウェーデンの有力者の虐殺いわゆる「ストックホルムの血浴」が引き金となり、1523年スウェーデンはカルマル同盟を離脱し、王権を奪還させます。
 これにより、19世紀のナポレオン戦争までの400年間、北欧はデンマークがノルウェー王位を兼ねるデンマーク=ノルウェー(これにはノルウェーの植民地であったアイスランド・グリーンランドも含む)と、フィンランドをも領土とするスウェーデンの2カ国となり、互いに争い続けます。
 特に、スウェーデンはドイツ北岸を含む、バルト海沿岸の地域にまで領土を拡張し、バルト帝国とまで言われるようになります。
 しかし、ナポレオン戦争で、デンマークは英国に負け、ノルウェーを失います(アイスランド・グリーンランドはデンマーク領として残ります)。一方、スウェーデンはロシアに侵攻され、フィンランドを失いますが、英国に付きナポレオン戦争の勝利国となった為、代わりにノルウェーを得ます。
 この領土変動が北欧の解体につながります。1905年ノルウェー独立(スウェーデンより)。1914年アイスランド独立(デンマークより)。1917年フィンランド独立(ロシアより)。こうして、北欧は今の5カ国となりました。

 植民地戦争では、これら北欧の国々は入っていませんが、追加の宗主国としてスウェーデンと、デンマークの追加を検討しております。スウェーデンはフィンランドを含む中ぐらい国として、デンマークは小国ながらも、初めから植民地としてノルウェーを持っているのが面白いかと思案中です。

オリジナルカードゲーム 植民地戦争
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スキーとタンクハンター

 年始の休みを利用して、スキーに行ってきました。
 今日の話題は、ここから強引に持っていきますので、あしからず…(-_-;)

 スキーからウォーゲームのジャンルで思いたのは、かつてホビージャパンから発売されていた「タンクハンター」なるゲームで、フィンランドのスキー兵を思い出します。
 このカードゲームは、第二次大戦の戦車がわんさか出てきて、引いた戦車を武器に相手戦車を蹴散らしていくゲームで、友人の家でよく遊んだものです。今思えば、この経験が今回の植民地戦争に繋がっている気がします。

 さて、フィンランドのスキー兵ですが、白い防寒服に身を包み、ライフルにスキーを履いての井出達は一風変わっていて、しかも兵なので戦車に勝てる訳もなく、いわゆるハズレカードだった為に記憶に残っています。
 しかし、史実を調べてみると、このスキー兵は第二次大戦でソ連の戦車部隊を相手によく戦い、ゲリラ戦と焦土戦を展開しソ連から国土を守ります。
劣勢な装備でも、地の利と戦い方で勝利を得た良い例と言っていいでしょう。

 次回はこのフィンランドの歴史かな…

 つづく。

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マキアヴェッリ語録⑤

 第5回目にマキアヴェッリ語録です。ひとまず、これで最後にしたいと思います。
 最後にふさわしいのを選んでみました。(塩野さんの語録でも最後を飾っています)
 『天国へ行くのに最も有効な方法は、地獄へ行く道を熟知することである。』


 植民地戦争で勝利する為には、多くの回数を遊ぶことが勝つ為の近道です。プレイヤーの力量や性格から強い/弱いはあるでしょうが、例え弱くても段々と勝つ為の方法が負けるうちに判ってくるものです。
 負けた戦いを教訓にして、是非次の勝利を勝ち取ってください。

 願わくは、この植民地戦争が皆様にとって、それだけ遊ばれるゲームであることを祈ります。
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日独伊

 こう書くと、第二次世界大戦の枢軸国側の同盟ですが、植民地戦争では偶然にも、この3国が強国化の対象国です。

【日本】市民革命を明治維新に見立てて、総生産が5→7にUP
【ドイツ】同盟を北ドイツ同盟に見立てて、国力が1→2にUP
【イタリア】独立をレゾルメントに見立てて、総生産が5→6、国力が0→1にUP

 偶然にもと書きましたが、この一致は理由があるように思えます。この3国を見てみると、ドイツという国が出来たのはプロイセンがオーストリアの影響力を排除し、ドイツ諸侯を取りまとめたことで1871年に建国、イタリア成立はサルデーニャが半島の大半を統一したことで1861年に建国とどちらも比較的新しい国です。
 当時、英仏が海外植民地を広げていった中、この2国は国内統一がまだだった為に出遅れました。そして日本も江戸幕府の鎖国により、海外に目が向くのは明治になってからと同じく出遅れます。

 このことだけでは無いでしょうが、植民地を持ててないと言う劣勢がこの3国を戦争に駆り立てた要因の1つではないでしょうか?
 ゲームの方でも、第3クォーターの最終ターンには劣勢国が巻き返しを図る為に、優勢国に戦争を行いだし、場合によっては大兵力の戦争が頻発し、さながら世界大戦の様相を呈することもあります。この最終の局面がこのゲームの最大の見所と言えるでしょう!


 皆様、あけましておめでとうございます。今年最初の話題は、ゲームシステムで取り扱っている強国化についてでした。今年もまたいろんな話題から歴史やゲームに繫げて掲載していきたいと思います。
 本年もよろしくお願いいたします。m(_ _)m

オリジナルカードゲーム 植民地戦争
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