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インドのテロとパキスタン

 先週はインドのムンバイでテロが起きてしまうと言うとんでも無い事件が起きてしまいました。
 その背景には急激に成長するインドの格差問題があるとも言われていますが、このブログで依然取り上げた、ムシャラフ大統領辞任によるパキスタン情勢の変化も無視できません。今回のテロの実行者にパキスタン人が含まれていたことからも判る通り、アフガニスタン・パキスタンのイスラム原理主義者が大きく関わっています。

 インドはヒンズー教徒が多数占める国ですが、前の王朝であるムガール帝国は今のアフガニスタンからイスラム民族が移動し、今のパキスタンと北インドを支配して成立します。
 その為、ムガールは支配者がイスラム教、被支配者がヒンズー教徒と言う国になります。
 インドが英国の植民地支配から独立する際も、最終的にはヒンズー教徒とイスラム教徒は仲違いをして、パキスタン(バングラディッシュ)と、インドに分かれてしまいます。
 しかし、インド国内にもイスラム教徒は大勢取り残され、今でもインド国内には13%ものイスラム教徒が暮らしています。

 こんな歴史的経緯を見てみると、アフガニスタン・パキスタン・インドの繋がりが見え、そして今回の事件にも絡んでいることが伺えます。


インドテロ完全制圧 死者195人に(産経新聞) - goo ニュース

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1000円 The World

 22日テレビ朝日で放映された「1000円で世界が見える!! 1000円 The World」を見ました。
 中国・韓国・タイなどの近場から、アルゼンチン・ニュージーランド・イギリス・ドバイなどいろいろな国の1000円分の相場事情が判って、しかも番組の構成がバラエティー番組としてもとても良くまとまっていて普通に見て楽しかったです。

 ニュージーランドでは1000円で羊が1頭買えたり、アルゼンチンでは地方でワインが10リットルも買えたり、逆にイギリスではサンドイッチが600円もしたのに驚きでした!


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新聞と思想

 普段読んでいる新聞や、テレビのニュースがある程度その新聞社やテレビ局の思想が入っていると言うのをご存知でしょうか?

 例えば前回書いた田母神氏の「航空幕僚長の論文問題」では、毎日は田母神氏の侵略戦争で無かったと言う考えを「ゆがんだ」と評しています。それに対して、読売などは文官による武官のコントロールが出来なかったことに焦点を当て、産経については田母神氏の思想に「いきすぎた」とはするものの、その根底の考えには擁護すらしています。

 新聞やその系列テレビ各社が、保守やリベラルと言った思想に多少寄って報道をしていることを、知っている人は知った上で、自身の思想にあった新聞やテレビを見ているのでしょうが、知らない人は、普段何気なく見ている新聞やテレビから、気がつかないうちにその新聞社やテレビ局の思想に染まってしまう場合もあり、ちょっと怖いなと思いました。

 折角なので、ここに来てくださった方は、このことを知った上で、その新聞やテレビが少しは寄った意見を言っていることを知っていただければ幸いです。


新聞社の右翼・左翼 - 教えて!goo

田母神論文問題で各紙社説

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航空幕僚長の論文問題

 航空幕僚長・田母神氏が太平洋戦争は侵略戦争では無かったと持論を展開している問題です。
 以下のgoo. ニュース畑では、田母神氏がどうでは無く、侵略戦争であったかといった戦争責任について、投稿者から激しく投稿が行われています。炎上状態を防ぐニュース畑では珍しく、意見が苛烈です。(^^ゞ

 それだけ賛否が判れる問題ですが、1点を除いてここに投稿し、日本の戦争責任について真っ向から意見を述べることは良いことだと思います。
 ともすると、この手の問題は、臭いものには蓋を・・・では無いのですが、避けてしまう傾向になりがちですので、過去この国は何をしたかについて真正面から向き合うことはとても重要だと思います。


 ただ1点行って欲しくないのは、別の意見を言う人の否定です。当然、自分の意見と異なる意見を言う人は「間違っている」となってしまいがちですが、反対の意見もあると言うことを認識し、理解し、そして改めてこの国の戦争責任に向き合って欲しいと思います。

 また、特にこの問題について意見がなかった人もこれを機会に少しこの問題に触れてみては如何でしょうか?

航空幕僚長・田母神氏の論文「日本は侵略国家であったのか」について、みなさんはどう思いますか?-ニュース畑
↑田母神氏の論文が掲載されています。

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カリーニングラード/ケーニヒスベルク

 アメリカがポーランドに配備するミサイル防衛(MD)計画に対抗して、ロシアが、カリーニングラードへのミサイル配備を表明しました。
 カリーニングラードは、ロシアの飛び地で、ポーランドとリトアニアとバルト海に接した地域です。今のロシアでは地理的に見てもっともEU諸国に近い地域で、ここへのミサイル配備はかなり強硬な意思を表示したと言っても良いでしょう。
 もっとも元ソ連の衛星国で、ロシアの目と鼻の先のポーランドにミサイルを配備されようとしているのですから、当然の処置かもしれません。出来ればお互いに矛を収めあって欲しいものです。

 カリーニングラードはどうして飛び地となったのでしょう?

 ということで、この地域の歴史です。この地は12世紀後半からドイツ騎士団がキリスト教でない人々が住むこの地を侵略し、ケーニヒスベルクと言う街を建てます。
 このドイツ騎士団の侵攻で、同じキリスト教ではあったもののドイツ騎士団の侵攻を受けたポーランド諸公国は団結しポーランド王国となり、異民族のリトアニア人もリトアニア公国を建国します。
 この両国は後に同君同盟化することで強大な国となり、逆にドイツ騎士団を圧迫し、さらに東方のベラルーシやウクライナ北東部までその支配地域に置くようになります。
 ケーニヒスベルクの周辺(プロイセン)だけは死守し続けいたドイツ騎士団も15世紀になるとポーランドに負け、ポーランド国王の宗主下に入ります。その後、ドイツ騎士団長は隣国神聖ローマ帝国の一領主であったブランデンブルグ伯と婚姻関係を結び、ドイツ騎士団長側に跡継ぎが居なかったことで、プロイセンはブランデンブルグ伯の飛び地となります。
 さらにブランデンブルグ伯は、プロイセンのポーランドからの支配をとき、そして自らも神聖ローマ帝国から王位を得ることで、プロイセン王国を成立させます。
 神聖ローマ帝国は、ブランデンブルグ伯(選帝侯)に王位を与えるのには苦慮したらしく、神聖ローマ帝国内の王位ではなく、領外であるプロイセンの地域の王とすることを認めます。これによってブランデンブルク選帝侯フリードリヒ3世は1701年1月18日、ケーニヒスベルクにおいて戴冠し、プロイセンの王フリードリヒ1世となり、これよりプロイセン王国がスタートします。
 画像は今の国境にこの頃のプロイセンと、ポーランドの国境を描いています。カリーニングラード(ケーニヒスベルク)が、周辺諸国ではなくプロイセンの飛び地だと言うことが判ります。

 戴冠が行われたケーニヒスベルクですが、やはりその立地からプロイセン王国(兼ブランデンブルグ選帝侯)の首都はベルリンでした。後にポーランド分割によって、飛び地ではなくなりますが、第一次世界大戦でドイツとなったプロイセンが敗退すると再び、ドイツの飛び地となります。
 第二次世界大戦で一時的にナチス・ドイツが飛び地を解消しますが、敗戦によりケーニヒスベルクはソ連領カリーニングラードとなります。

 その後のソ連の崩壊によって、周辺諸国は独立しますが、古くからプロイセン・ドイツ領だったこのカリーニングラードはロシアの飛び地として残ったわけです。


露大統領:米次期政権に強い姿勢示す ミサイル配備 - 毎日jp

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潜水艦

 呉に旅行行って来ました。海上自衛隊が行っている「てつのくじら館」つまり潜水艦の資料館です。
 潜水艦は、以外に古くに作られており、最初の実戦的な潜水艦はアメリカ独立戦争で使用されたタートル潜水艇、実際に蒸気船を沈める戦果を出したのは、南北戦争で使用された人力推進潜水艇ハンリー。その後、1900年にガソリンエンジンで動く今の潜水艦の原型とも言うホーランド潜水艦がアメリカで作られます。
 しかし、この潜水艦を活用したのは、アメリカではなくドイツで、ドイツは第一次大戦で英国の船舶を潜水艦で襲うことで、英国の通商を破壊し、補給を絶つのに使用します。あまりの活躍に、ドイツ語の潜水艦=ウンターゼーボートはUボートとして、連合国を震撼させます。

 てつのくじら館では潜水艦の仕組みや、海に残された機雷の除去活動などに焦点が当てられていますが、20mm機関砲や実際の潜水艦の内部は見所満載で楽しめました。
 その後は、アレイからすこじまに行って停泊中の潜水艦を眺めて終了。とても満足な旅行でした。


 写真は、珍しい現在は内陸国となってしまったオーストリア・ハンガリー帝国の潜水艦隊員がつけていたバッチです。他国もあったのですが、やはりオーストリア・ハンガリー帝国の潜水艦は魅力的です。


てつのくじら館

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