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ももちどり

 くりすたるダイス様のところに参加しに行った際、午後からだったので昼を参宮橋で食べました。
 ももちどりって言う珍しいパンケーキ(ホットケーキ)のお店です。ホットケーキと言っても普通の甘いの以外にも、写真の見たいにチェダーチーズが乗った(覆われた)食事用もあり、ホットケーキのイメージが変わります。こちらも美味だったのですが、甘いのも王道で美味しかったです。メープルじゃなく、塩キャラメルを掛けたもので、甘さは控えめでこちらも美味しかったです。

 パンケーキと言う醗酵しないパンは、英国では15世紀の料理の本に載っており、当時は薄いクレープのようなものでした。
 今のホットケーキのようになるのは、アメリカ開拓時代にフライパンで焼いたのが始まりとされます。

 なお、お店は、繁華街の2階にあり、入り口が判り難く探してしまいました(苦笑)。2階はとても落ち着く感じなのですが、小さなスペースなので既にお客でいっぱいだったらまた今度になってしまうかも…


ももちどり

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IMF

 学校で習ったIMF 国際通貨基金が今、大賑わいです。

 いいことじゃ無いですが、今回のアメリカでの株価暴落に単を発した各国の金融危機に、IMFがお金の貸付を行う方向で動いています。

 アイスランド ・・・ 10億ドル(IMF以外から50億ドル)
 ウクライナ  ・・・ 30~140億ドル
 パキスタン  ・・・ 100億~150億ドル
 ハンガリー  ・・・ 検討中

 IMFが緊急で使えるお金は20兆円(2000億ドル)あると言うので、上記のお金を使ってもまだまだ余力がありそうです。
 この20兆円に及ぶ、資金はアメリカや日本を始めとした各国が決められた出資比率に従って出資しており、日本は6%でアメリカについで2位の出資比率となっています。
 IMFでの発言権や、IMFからお金を借りる際の上限などがこの出資比率によって決まるそうで、この出資比率が高い国が経済的に世界に影響力がある国々と言えるでしょう!

 今回その出資比率が見直されるそうで、中国、韓国、トルコ、メキシコの出資比率が上がるそうです。これらの国々の成長が高く、国際的に発言権を増していると言うことでしょうか。


IMF、出資比率見直しへ - 読売新聞

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クメール王朝とアユタヤ王朝

 前回の続きとして、ごくごく簡単にタイとカンボジアの歴史を・・・。

 両国が交戦の原因となった、クメールの遺跡はアンコール王朝とも言われる有名なアンコール・ワットなどの寺院を建立した仏教王国です。8世紀にインドネシア・ジャワのシャイレンドラ朝支配下に入っていたカンボジアのクメール人は9世紀にクメール王朝を建て独立します。その後、クメール王朝は支配域を広げ、今のカンボジア・タイにその版図を広げます。
 タイの地域は、6世紀頃に中国南部の雲南から南下して来たタイ族が住んでおり、8世紀からはクメール人の支配を受けることになります。それがクメール王朝の弱体化に伴って、13世紀にタイにスコータイ王朝が成立し独立。その後、14世紀にタイ中部に同じタイ族のアユタヤ王朝が成立すると、スコータイ王朝を15世紀には併合し、さらにクメール王朝にまで侵攻するようになります。
 しかし、そんなアユタヤ王朝も1767年に隣国ビルマの侵攻を受けて王都が崩壊し、新たに王となったラーマ1世は、首都をトンブリーに移転し今に続くチャクリー王朝が始まります。
 一方、クメール王朝は、アユタヤの侵攻後弱体化し、首都を転々と移すようになります。その後、19世紀中頃からフランスの植民地化が始まり、フランスの保護国となります。

 こうやって調べてみると、タイとカンボジアでは民族も連なる王国も違う国だと言うことが判りました。


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タイ、カンボジア交戦

 タイとカンボジアが領土問題がらみで、国境地域で交戦し死者まで出たそうです。
 ポルポト派時代のカンボジアと違って、政情は安定したかと思っていたし、旅行ツアーでも、タイ・カンボジア・ベトナムと巡るものもありますので、こんな領土問題で交戦するなんて驚きでした。
 交戦の原因となった、クメール寺院プレアビヒア周辺はタイとカンボジアの国境地帯にあり、1962年にカンボジアの申請によって国際司法裁判所判決の判決でカンボジアの所有が認められた地域です。
 しかし、クメール寺院には南(カンボジア側)は絶壁になっており、タイから行くしかないところで、判決後もタイはこの地の奪還を求めていました。

 今回、両国が強気な態度を崩せずついに交戦となった訳ですが、日本もついこの間、尖閣諸島で台湾から開戦を名指しされた訳ですし、どこでも領土問題はあるのだなと改めて感じました。



タイとカンボジア、強気崩せず 衝突、双方に国内事情(朝日新聞) - goo ニュース

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くりすたるダイス参加報告<ゲームレビュー>

 ちょっと前後しましたが、くりすたるダイス様のところにお邪魔した感想です。参宮橋のオリンピック記念会館でやったのですが、直接会館の会議室にお邪魔します。
 ちょっと昼食をゆっくり取りすぎて、ぎりぎりだったのですが、なんとか1時半からの卓分けに間に合いました。
 卓分けって言っても、会議室のホワイトボードにやれるゲームを書き出し、他の参加者がそのゲームをやりたいと挙手してくれれば卓成立。
 営業しようと思った植民地戦争は大統領選挙のゲームをやりたい方とメンバーが被り、大統領選挙のゲームが終わるまで待ち、その間以下の4つのゲームで遊びました。

○ブラフ
http://fontiva.cool.ne.jp/GameDescription/bluff.html
 サイコロを相手に見えないように5~6個振り、出た目を使って他の人の目を想像しながら、指定した数字が幾つ出ているか当てるゲームですが…弱かった。数回目にして、大外しししてサイコロを4つ失い、1コで細々と終盤に突入し、その1コも引き分けで取られてゲームエンド。よく他の方は、確立を計算して、なん個出ているのかが想像できるものです。(~_~;)


○クク
http://www.kanshin.com/keyword/196063
 これ、ゲームマーケットでフクロウの絵柄で興味を持っていたゲームで、カードを1枚配られ、一番数字の少ない人が負け。一番低いと思ったら1回だけ隣の人に交換を要求でき、要求された人は拒否できず、そのカードが一番低いと思ったらさらに隣の人に交換を仕掛けていくと言うゲームです。
 交換を仕掛けられたら、仕掛けた人が負ける特殊カードや、交換の要求をパスしてさらに隣に代わらせるカードなど特殊カードが入っており、簡単で白熱しました。


○6ニムト!
http://ja.wikipedia.org/wiki/6ニムト!
 これが一番とっつき難かったかも。ルールは簡単で、トランプの7並べみたいに予め出ている4枚のカードの隣にカードを置いていくのですが、カードに書かれた数字の大小によって置ける位置が決まっており、置けない場合や6列目になるカードを置いた人はその行のカードを取らなければならず、取ったカードがマイナスポイントなので、多く取ると負けると言ったものですが、相手がどんな数字を出すかによって自分が何処に置かれるかを想像して出していくゲームですが、そのコツが最後までつかめなかったです。


○サンファン
http://www.mobius-games.co.jp/alea/SanJuan.htm
 サンファンはプエルトリコの首都の名前で、その地を開拓し、街を建設していくとうカードゲームです。カードがコーヒー農場などの生産地や、水道橋や交易所などの建物を作っていき、最終的にポイントの高い街を作った方が勝ちと言うゲームです。
 自分の元に、多くの生産地が出来、多くの建物が立ち、潤沢に資金(カード)が回るようになっていくのはやっていて楽しいです。
 勝ちパターンも幾つかあるみたいで、こちらのゲームはどこかで入手して、是非また遊んでみたいと思いました。


 会は、17時で一旦区切り、20時までの後半に突入します。17時の前半で帰ろうと思ったのですが、結局その後は植民地戦争までやり、どっぷりと19時まで遊んでしまいました。(*^_^*)

 また、機会を作ってお邪魔したいと思います。


くりすたるダイス

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プレイレポート「仏英欄同盟」


 日曜日にくりすたるダイス様に参加し、そこで植民地戦争を行いましたので、その結果報告です。1回のゲームでしたので私は説明に回って不参加です。

【日 付】2008/10/5
【場 所】くりすたるダイス様
【参加者】フランス(Stay), 英国(AM), オランダ(bee ber), ドイツ(ネコ), ロシア(山田利通)

 第1Qは、最終ターン近くまで動きが無かったのですが、フランスがアメリカを場に出したことで、大きく動きます。そのフランスに対して英国が侵攻、英国は英雄の活躍で、フランス軍を撃退しアメリカを奪います。まさに事実のフレンチ・インディアン戦争です。しかしその弱まった英国に今度はオランダが侵攻しますが、英国の和平交渉により、オランダ軍は撤退させられます。
 これで英国が勝ったかと思いきや、最後に残っていたプロイセンが英国からアメリカを奪取して、第1Qは終了! プロイセンが頭1つ飛び出ます。


 第2Qは、さらに植民地をメキシコ、カナダと増やしたプロイセンを各国が追う構図となります。特に、第1Qの戦争後に英国との同盟を成立させたフランスがもう一方の同盟国オランダと組み、ここに仏・英・蘭の三カ国による攻勢が行われます。
 プロイセンはカナダ、メキシコ両方を租借させられたりと嫌がらせを受け続け徹底的にマークされます。結局、植民地の殆どを租借されて、かろうじて第1Qのポイントでトップとなります。
 一方、段々と躍進してきたのが、ロシアとそのロシアからエジプトをぶん取ったオランダ、そして英国も立て直してきます。
 フランスは、多くの租借地を持ちますが、第2Qの終了と共にそれを手放す事になり、第3Qでは苦境に立たされます。


 第3Qの序盤に、引き続きマークされるプロイセンにフランスがカナダの独立を仕掛けられます。そこで、トップの座を一時明け渡す決意をし(私がそそのかしたのですが…)、カナダの独立をわざと許します。これが結果プロイセンの没落を招いてしまいます。
 その後、ロシアが防衛策として、フランスと同盟します。これによってフランスはプロイセンを除く国と同盟を結んだ事になり、身動きが取れなくなります。
 これだけ同盟カードが出た中、プロイセンも同盟カードを引き当て、ドイツ帝国を形成し、国力を増します。そして軍備も次第に増強します。
 最終になり、ドイツは現在トップ目のオランダに侵攻します。オランダはこの後、ロシア、フランス、英国が控えていることから、ここでの戦いを避けドイツに植民地を明け渡します。
 ロシアは、ずっとオープンにしていなかった植民地カードを場に置きます。それがなんとインド! かなり前から大事にとっており、取引カードを交渉カードで防いだり、兵力があるものの攻めようとはしなかったので怪しかったのですが、やってくれました。
 これに次のフランスが同盟国への租借を条件に援軍を依頼して、インドに侵攻しますが、ロシアの放つ和平カードに阻まれ退却。
 最後の英国も、ロシアに侵攻するだけの兵力は無く、同じくスタックしていた植民地エチオピアを場に出してエンド。結局、インドが効いてロシアが手堅く勝ちました。
 
【結 果】
    1Q 2Q 3Q 計
フランス   2+ 5+10=17
英国   2+ 4+14=20
オランダ  1+ 4+10=15
ドイツ   7+ 2+ 4=17
ロシア    4+ 3+16=23*


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英で王位継承「男女平等」

 英国の王位継承の順位が男女平等になるそうです。英国の王位継承法が制定されたのは1701年ウィリアム3世の時です。
 当時英国は、あまりにもカトリックに偏った政治を行った国王ジェームズ2世が名誉革命で国外追放され、娘のメアリー2世とその夫となったウィリアム3世が代わって王位に付いていた時です。
 その為、ジェームズ2世(とその息子)の復権を阻むために、王位継承法が制定され、「カトリック信徒は王になれない」と明言されました。

 この時の王位継承法が今も続いているそうで、カトリック王を認めるのと、王位継承順位を男女平等にし、長子を優先する方向にするようです。

 ちなみに世界的にみると、まだ男女平等の継承順位のところは少なく、ヨーロッパの4カ国と、タイぐらいです。日本はいわずと「男子のみ」、サリカ法典で女子の王位を認めなかったヨーロッパは今は昔のようです。 
 以下、ヨーロッパの継承順位法です。

 オランダ      長子優先(男女平等)
 ベルギー      長子優先(男女平等)
 デンマーク     男子優先
 ノルウェー     長子優先(男女平等)
 スウェーデン    長子優先(男女平等)
 スペイン      男子優先
 ルクセンブルク   男子優先
 モナコ       男子優先
 リヒテンシュタイン 男子のみ


英で王位継承「男女平等」案 政府が改正準備と英紙報道(朝日新聞) - goo ニュース

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