植民地戦争+α

歴史テーマの中量級のボードゲームを制作し、ゲームマーケットに出展しています。
なので歴史とボドゲの話が多いです。

ベルジアンビア カフェ アントワープ セントラル

2008年06月14日 12時11分03秒 | 国:オランダ・ベルギー
 丸ノ内にあるベルギー料理店「アントワープ」でムール貝を食べてきました。前回、川崎のラゾーナで入ったベルギー料理店「フランダース」と同様に、いろいろなビールがあり、ベルギーが世界一多くの種類のビールを作っていることを伺わせます。
 写真は、ビールのメニューの裏にあったベルギーの地図にビールの酒造所を記したものですが、南北でくっきり色分けされているのに驚かされます。前に、「ベルギー消滅!!」と題して、ベルギー内で南北対立があることを書きましたが、こうもはっきりと地図で区分けされているのを見ると驚きです。

 北のオレンジは、オランダと国境を接したオランダ語の一種であるフラマン語を話す北部のフランデレン(フラマン)地域でる。一方、南の緑はフランスと国境を接し、フランス語を話すワロン地域です。
 言語が違うと仲が悪くなるのか、ついに1993年に連邦制に移行ているそうです。
 

ベルジアンビア カフェ アントワープ セントラル

ベルギー消滅!!

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gooあしあと は こちらのURLから↓
http://www.ac.cyberhome.ne.jp/~usa_neko/
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フランダースの犬

2007年12月26日 12時16分44秒 | 国:オランダ・ベルギー
 クリスマスと言うことで、前に「ベルギー消滅!!」で少し取り上げた「フランダースの犬」のお話です。
 このクリスマスの日に、主人公ネロが愛犬パトラッシュと死んでしまうお話は、フランドル(今のベルギー)を舞台としていますが、作者は英国人のウィーダ(1839-1908)の書いた童話で、実はベルギーではまったく無名で、ネロとパトラッシュが死んだアントワープのノートルダム大聖堂前に日本人観光客が来ては、記念碑を探すことから、後から日本人のために記念碑が設置されたほどです。ベルギー人曰く、「俺たちは、こんないたいけな少年をほっとくような冷たい人間じゃない!」と言うのが人気が無い理由とか。
 どうも悲話で終わる話に共感するのが日本人だけらしく、アメリカでは結末がハッピーエンドに変えられているそうです。それを不思議に思った地元のベルギー人映画監督が、「フランダースの犬」を“検証”するドキュメンタリー映画を作成したそうです。
 結局、何故、日本人だけに共感を得るのかについては、日本人にある「滅びの美学」が関係していると言うことらしいです。

「フランダースの犬」日本人だけ共感…ベルギーで検証映画(読売新聞) - goo ニュース

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英蘭戦争

2007年10月16日 12時13分44秒 | 国:オランダ・ベルギー
 今日は、英蘭戦争です。この時代、英国と言ってもイングランドのことです。
 17世紀に入るまで、イングランドとオランダは、カトリックで先に大航海時代を乗り出したスペイン・ポルトガル両国に対抗する為、半ば同盟関係にあり特にイングランドはスペインを弱める為に、オランダの独立を支援していました。
 しかし、オランダの海運力が強くなってくると、イングランド国内でオランダに対する軋轢が生まれます。当時、重工業化によりイングランドは羊毛の一大生産国になっていました。これをオランダが船でヨーロッパ各地に運ぶ中継貿易で利益を上げていた為、イングランドは航海法を制定し、イングランド船以外の海運業を禁止してしまいます。
 そして、1623年のアンボイナ事件でイングランドはオランダの攻撃を受け、東南アジアや東アジアから撤退せざるを得なくなったことで、両国は本格的な戦争に突入します。
 この戦争は、間2回の和平を挟み3度も行われ、両国を疲弊させます。戦争の結末は、オランダを虎視眈々と狙うフランスをこれ以上有利にさせない為にも、戦争の終結が望まれ、1677年にチャールズ2世の姪をオランダの総督ウィレム3世に嫁がせることで和平が実現します。※1

 戦後、オランダは香料価格の下落によって香料貿易による建て直しを行うことが出来ず、一方英国はインドを綿花の生産地とし、さらに綿織物の販売を行う重商主義政策により国力を回復させ、これが英国の覇権へと繋がります。


 ちなみにダッチワイフと言う言葉、ダッチは花のダッチアイリスに代表されるとおり、オランダ人の蔑称です。英蘭戦争でイギリス人は、オランダ人の船乗りは、抱き枕を相手にしていると噂され、ダッチワイフと言う名が付いたとも言われています。


※1:この後、名誉革命によりこのウィレム3世の妻メアリー2世がイングランド女王に即位し、さらにメアリー亡き後はウィレム自身がイングランド王になったことで、イングランドとオランダ(オラニエ公)との同君同盟が成立します。
 しかし、ウィレム3世の後、メアリーの妹アンが女王になると女性王を認めていないオランダ(オラニエ公)との同君同盟は僅か1代で解消されてしまいます。

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世界の小さな国

2007年09月16日 08時17分59秒 | 国:オランダ・ベルギー
 テレビの番組表を見ていたら、NHKで「世界の小さな国・ルクセンブルグ」と言う10分番組を見つけてしまいつい見てしまいました。※1
 このオランダとベルギーと共にベネルックス三国の1つであるルクセンブルクは、他の2つの地域と同様に神聖ローマ帝国の所領であり、またフランスと国境が近いことから、フランスの影響も強く受けていた地域です。
 そこを治めていたルクセンブルク家は、1308年には神聖ローマ帝国皇帝まで輩出した名門です。しかし、15世紀中頃に断絶し、その所領の多くはブルゴーニュー公領を経てスペイン・ハプスブルク家に相続されます。
 しかし、ナポレオン戦争後のウィーン体制下でこの地に対するフランスの影響力を弱めるため、対抗馬としてオランダが王国となり、そこにベルギーと共に組み込まれます。※2
 しかし、個別にドイツ関税同盟に参加するなど、オランダとは異なる地域だったルクセンブルクは1839年ベルギーの独立と共に独立を宣言(承認は1867年)。1890年には今のルクセンブルク大公の家系であるナッサウ公アドルフを大公として迎え入れ今に至ります。

 歴史を文章だけで見ると、どうしてルクセンブルクがベルギーやオランダと異なり独立国となったのか判らなかったのですが、番組をみてブルク=要塞の名の通り、山岳に古城が建つ風景を見ると、アントワープなど低地に交易都市を抱えるベルギーやオランダとは違った印象を受けます。

※1:どうも野球が早めに終わった為の放送のようでした。通常は、BShiで、水曜午前9時50分~10時、午後6時40分~6時50分に放映されているようです。


※2:神聖ローマ帝国下のルクセンブルク公でしたが、神聖ローマ帝国が解体した際に他のドイツ諸侯が独立国(王国)になる傍ら、フランス領に組み込まれます。ナポレオン体制崩壊後は、オランダ連合王国配下のルクセンブルク大公となり、独立した際も大公位のまま独立国となります。

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道ではない!国だ!

2007年04月14日 22時23分37秒 | 国:オランダ・ベルギー
 ちょっと名言を見つけたので脇道です。第一次世界大戦開始直後、ドイツ帝国はシュリーフェンプラン(小モルトケの改変)に従ってドイツ国境に大挙しているフランス軍の背後を突くために、中立国ベルギーに対して領内通過を求めると、当時の国王アルベール1世は「ベルギーは道ではない。国だ。」と拒絶し、実際にドイツ軍が侵攻してくると、徹底抗戦を行います。
 当時、強国だったドイツは同じ強国であるフランス・英国・ロシアしか見えておらず、小国ベルギーは怯えて通過を許すと思っていたのでしょう。

 しかし、ベルギーの根強い抵抗により、ドイツ陸軍の進軍は遅れ、ベルギーの独立を支援する英国が参戦する自体を招き、ドイツが第一次世界大戦に敗退した理由の1つに挙げられています。

 植民地戦争でも、小国に転落し他国が無視しているようなら、この台詞を言って主張するのもオツかもしれません。(#^.^#)
【名言】ベルギーは道ではない。国だ。
 小国が故に大国に無視された際に、その大国に徹底抗戦を行う時。

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カカオの産地

2007年02月13日 12時30分56秒 | 国:オランダ・ベルギー
 時期ネタです。いっそう聖バレンタインのことについて書こうとも思ったのですが、3世紀の生まれと言うことなので断念し、カカオの産地について調べてみました。
 チョコレートの原料はカカオです。その種子をローストしてペーストしたものがカカオマスで、これに砂糖・脂肪・香料を入れるとチョコレートになります。ちなみに、カカオマスから脂肪分(カカオバター)を取り除いたのがココアで、カカオバターから作るのがホワイトチョコです。
 このカカオは中央アメリカから南アメリカの熱帯が原産で、マヤの人たちが既に栽培して飲んでいました。これをコロンブスがスペインに持ち帰ってから、ヨーロッパでもココアとして飲まれるようになり、植民地時代の中でアフリカでも栽培されるようになりました。
 ちなみにチョコレートで有名なベルギーは、当時ベルギー一帯のフランドルが、スペイン領であり、交易の街であり、多くの職人がいたことからヨーロッパ一のチョコレートの生産拠点となったことから、後に独立したベルギーは代表的なチョコレートの生産国になりました。

 一方産地の方は、ガーナは英国、世界1位の輸出国であるコートジボアールはフランの植民地下で、カカオの生産が行われています。また、アジアではオランダ領インドネシアで生産されています。

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ベルギー追伸

2006年12月20日 22時03分45秒 | 国:オランダ・ベルギー
 今日、川崎のラゾーナで、ベルギー料理のお店でランチをとりました。
 店の名前はなんと「パトラッシュ」!
 メインだけ頼んで、パンやサラダがビュッフェでき味も美味しく1000円ちょっとで頂けます。
 ついでに頼んだ、3種のベリーのビールがフルーティーでとても美味しかったです。

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ベルギー消滅!!

2006年12月18日 19時12分18秒 | 国:オランダ・ベルギー
 goo.で耳…もとい目を疑うようなニュースが流れていました。題名は『「ベルギー消滅」で南北対立激化 』と過激なもので、慌てて読んでみると、ベルギーの公共放送RTBFが「北部のフラマン地域が独立し、ベルギーは消滅しました」と臨時ニュースとして、架空のニュースを放送したとのこと。このことでかねてより南北の対立があったベルギーではそれがさらに深刻になったとのこと。
 RTBF側は「悪ふざけではなく、議論を巻き起こすことを目的としたものだった」とのことですが、日本では考えられない放送行為です。
 悪ふざけでないとすると、何の意図を持っての放送だったのでしょうか?

 日本では、チョコレート・ワッフルで有名なベルギー。特にバレンタインで耳にするGODIVA(ゴディバ)は、ベルギーの会社です。

 そのベルギーの歴史はオランダと切手も切り離せない関係にあります。オランダともにネーデルランドと呼ばれていたこの地域は、16・17世紀、北部がオランダとしてハプスブルク・スペインから独立した際にも、そのまま残り続け、スペイン継承戦争でハプスブルク・オーストリア領となります。その理由としては、北部がプロテスタントだったのに対して、南部(今のベルギー一帯)はスペイン・オーストラリアと同じくカトリックだった為です。
 そのネーデルランド南部ベルギーの地域はフランドル(今のベルギー全土と、オランダ南部、フランス北部)と呼ばれ、ヨーロッパ最大の交易都市アントワープを中心に栄えます。
 しかし、この地域を虎視眈々と狙っていたのが、フランスです。フランスは市民革命の際に、遂に革命政府がフランドル全域を支配し、フランス領に組み入れてしまいます。
 そしてナポレオン戦争でフランスが敗退すると、フランドルは今度は列強の枠組みの中で、オランダ領とされてしまいます。それを良しとしなかったフランドルの人たちは、1830年に革命を起こしオランダから独立しベルギー王国を建国します(オランダの独立承認は1839年)。

 こうしてみるとベルギーは単一の地域のように見えますが、実は言語区分線と呼ばれる境が国土の中心を東西に走っており、北部がオランダ語、南部がフランス語を使います。オランダ語がドイツ語派で、フランス語とは異なるので、まさに歴史的に大国フランスと、神聖ローマ帝国に挟まれた境であることが伺えます。
 言葉が違うと互いの理解が難しくなるのか、ベルギーは言語区分を境とした南北での対立があるとのこと。
 今回の放送はこういった背景からのようです。

 ちなみに、パトラッシュで有名な「フランダースの犬」のフランダースとは、まさにこの時代のフランドルのことで、死を迎える聖堂はアントワープ・ノートルダム大聖堂だそうです。


 植民地戦争では、コンゴに植民地を持っていたので宗主国化を検討はしたのですが、さすがにアメリカ独立よりも後に独立しているので、ちょっと無理かな…と断念。

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臨時ニュースで「北部が独立」 ベルギー消滅架空情報 言語圏の対立火に油(西日本新聞) - goo ニュース
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オランダの国名

2006年04月27日 12時57分28秒 | 国:オランダ・ベルギー
今日は昨日のイギリスの英国呼称問題に引き続いて、同じく日本が勝手に呼称してそれが定着してしまったオランダについてです。
オランダはオランダ語ではネーデルランド、英語ではネザーランドです。ネーデルランドとは、ドイツ語で低い土地を意味し、地域的にはオランダ・ベルギー・ルクセンブルクと言ったベネルックス三国を指します。
ドイツと隣接するこの一帯は古くは神聖ローマ帝国の貴族の土地で、神聖ローマ帝国の主権がオーストリアとスペイン両家を支配するハプスブルク家に移ったことでオーストリア領を経て、スペイン領になります。
当時のスペイン王フェリペ2世は熱烈なカトリック信者でした。その為、プロテスタントの多かったネーデルランドの北部の人たちは異端審問で弾圧され、これが独立の引き金となります。有力貴族だったオラニエ公ウィレム(ヴィレム1世)を中心に80年に及ぶオランダ独立戦争を行い、スペインからの独立を果たします。

ダッチうさぎや、ダッチアイリスなどオランダを示す言葉にダッチ(Deutsch)があります。これはドイツ語を意味するドイチュ(Deitsch)から来ており、イギリスがオランダと熾烈な英蘭戦争を行っている最中、ドイツ語から派生したオランダ語を話すオランダ人のことを、「ドイツ語を話す奴等」と言い出した為とも言われています。

最後にオランダですが、これはオランダの中心であるホラント州(現在は南北に分かれています)のことをポルトガル語で言った言葉になります。戦国時代まで日本に来ていたポルトガル人が当時まだ独立していないオランダ人を称してホラント=オランダと言った為にその名前が定着したようです。


カードゲームではオランダは国力1と少なく、総生産は5/7/6となっております。これは第1Qは独立前(独立戦争中)ということで5。第2Qはオランダの最盛期で7。第3Qは英国に圧されて6としております。

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