映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

百円の恋

2015年01月09日 | 邦画(15年)
 『百円の恋』をテアトル新宿で見ました。

(1)『0.5ミリ』で大活躍した安藤サクラの主演作ということで映画館に行ってきました。

 本作(注1)は、出戻りの妹・二三子早織)の子供・太郎と一緒になってボクシングのテレビゲームに興じる姉・一子安藤サクラ)の後ろ姿から始まります。
 家は弁当屋を営んでおり、店先では母親・佳子稲川実代子)と二三子が大奮闘(注2)。
 二三子は、一子が仕事を手伝おうとせずに子供と遊んでいるのに不満で、「あいつ、甘やかせすぎ。お父さんのようになってしまっても知らないから」と母親に愚痴り、ゲームをやっている部屋にずかずかと入り込み「いつまでゲームしてんの!」と言って太郎を連れて行きます。
 これに対して一子は、「また明日やろう」と太郎に言います。
 その後、一子は自転車に乗って100円ショップの「百円生活」に行ってポップコーンやビールを買い求めるのですが、帰る際にボクシングジムの前を通りかかります。
 ボクシングジムでは、裕二新井浩文)が一人で練習しています。

 翌朝、一子と二三子とは大喧嘩をしてしまい(注3)、とうとう一子は家を出るハメに。
 さあ、料理もできないはずの一子はこの先うまくやっていくことができるでしょうか、………?

 本作は、実家でグータラしている32歳の一子が、ある時一念発起してボクシングジムに通って、ついに念願の試合に出ることになるという、とても単純なストーリーです。
 おまけに、こういったボクシングのストーリーの映画といったら枚挙に暇がないでしょう(注4)。
 でも、ありきたりのスポーツ物ながら、2時間弱の映画の中に物語がかっちりとまとめられており、加えて一子を演じる安藤サクラの入魂の演技によって、とても素晴らしい作品に仕上がっています(注5)。

(2)何が素晴らしいと言って、主演の安藤サクラの体型の変わり様が実に見事なのです(注6)!
 実家でグータラしている時の弛緩した体型と、やる気を出してボクシングの練習に励むようになってからの体型とがまるで一変しているのには驚きました。
 それに、最初にボクシングジムに通いだした時は、縄跳びも満足に出来なかったにもかかわらず、しばらくして練習に打ち込みだすと、その縄跳びが見事に決まっているではありませんか(注7)!
 とはいえ、この一子は、一風変わった感じの女性に描かれています。



 32歳の独身ですが(注8)、子供とテレビゲームを楽しんだかと思うと(注9)、出戻りの妹と大喧嘩をして実家を飛び出たり、また近くの100円ショップ「百円生活」で働いたりという具合に、実にいい加減な生活を送っています。
 加えて、自分の気持ちを相手にわからせようと努めずに(あるいは、相手の気持を汲もうとはせずに)、ずいぶんとブッキラボウに人と接します。
 例えば、一子が家を出て行く際、母親・佳子から金の入った封筒を手渡されるにもかかわらず、何も言わずに受け取るのです。

 一子の相手役となる裕二もすごく特異な人物に描かれています(注10)。



 いつものボクシングジムでひと通りの練習をし、練習が済むと外に出てきて一休みするのですが(その姿を、通りかかった一子が見ます)、その一見格好のいい様子からは、試合で一方的に打たれてあっけなく負けてしまう姿はとても予想できません。
 あるいは、一子が勤める100円ショップに現れバナナをたくさん買うものの、それを置き忘れて出ていってしまったり、また、風邪を引いてレジカウンターにゲロをぶちまけたりと、どうしようもありません。
 さらに、簡単にボクシングをやめてしまうと、一時は一子の部屋にいたものの、すぐに豆腐屋の女とくっついてしまうのです(注11)。

 やはり、いちばん問題なのは、一子同様に、他人とスムーズなコミュニケーションができないことでしょう(注12)。

 どうやら二人とも、体の中に溜まったものをうまく外に出せない人物のようなのです。
 そんな二人がデートをしてもうまくいくはずもありません。



 場所は動物園。
 象をじっと見ているままの裕二に対して、一子が「どうして私を誘ったんですか?」と尋ねると、裕二は、直接それには応じずに「ライオンを見よう」と言い、しばらくして「断られないような気がした」と答えるのです。沈黙の時間がかなりある上にこんな調子では、「盛り上がらないな」と裕二が呟くことになるのも当然でしょう。

 こうした二人の姿をより一層鮮明に描き出す働きをしているのが、「百円生活」で一子と一緒に働いている野間坂田聡)と、そのショップに時々出現する池内根岸季衣)。
 二人は、一子と裕二とは対照的に、実に騒々しい存在なのです。
 一方の野間は、自分で「おしゃべりなんです」というくらい喋り通し。
 他方の池内は、時折「百円生活」のバックヤードに現れては廃棄食品を掠めていくのですが、一子に対して「なんか暗いね」と言ったり、「昼間のマラソン大会で飛んでいたヘリコプターが毒ガスを撒いてたけど吸わなかった?」などと奇怪なことを言ったりして、一子を幻惑します。
 しかしながら、こうした騒々しさも、一子と裕二の大人しさと裏腹であり、野間にしても池上にしても自分にしか関心がなく相手のことなど少しも気に留めてはいません。

 こうした人達が様々に絡み合って本作は展開していくのですから、本作はある意味では、コミュニケーションの貧困を巡る物語と言えるかもしれません。

 ラストは一子の試合の模様が映し出されますが、ボクシングというのはある意味でコミュニケーションの一種といえるかもしれません(注13)。会話と同じように、相手がどう出るかに応じてこちらの出方を考えて対応する必要があります。
 ですが、相手の出方などあまり考えずに自分の事をボソッと言うだけの一子は、シャドウボクシングなど相手のいない単独の練習では随分といい線に行くものの、相手のある実戦となると果たしてどうなるでしょうか、………?

(3)村山匡一郎氏は、「モラトリアムや可愛らしさがウリの普通の女性を主人公にした映画が多い中、本作は、何とも破天荒で骨太の生き方を探し求める女性を描いている」などとして、★4つ(見逃せない)を付けています。
 外山真也氏は、「主演女優、脚本、監督が三位一体となって高い次元で響き合った秀作だ」として★5つを付けています。
 森直人氏は、「果たして“百円女子”の崖っぷちからの巻き返しは可能か? 閉塞(へいそく)した中でぎりぎりの希望を探るかのように、ヒロインの全細胞と魂が沸騰する。これは「ロッキー」スタイルを日本流に応用した傑作でもあり、海外の反応も見てみたい」と述べています。
 相木悟氏は、「予定調和なスポ根ものとは違う異色の味わいながら、最後にしっかり感動が心に刻まれる得難い一本であった」と述べています。
 読売新聞の恩田泰子氏は、「格闘しなくては何も始まらない。どんなに世界が腐っていても。一子の、そして映画人たちの闘う純情が心に焼き付く必見の快作だ」と述べています。



(注1)監督は、『イン・ザ・ヒーロー』の武正晴
 また、脚本は足立伸で、この作品は2012年に新設された脚本賞「松田優作賞」第1回グランプリを受賞しています。

(注2)父親(伊藤洋三郎)も店を一応手伝いますが、実際に切り盛りしているのは女性軍。

(注3)二三子の「あんた、親の年金狙ってるだろ―」という言葉に一子が切れてしまいます。

(注4)最近では、『ザ・ファイター』を見たことがあります。

(注5)俳優陣について、最近では、安藤サクラは『0.5ミリ』、新井浩文は『まほろ駅前狂騒曲』、稲川実代子は『ハラがコレなんで』で見ました。

(注6)『ダラス・バイヤーズクラブ』に出演したマシュー・マコノヒーの減量ぶりが思い出されます。

(注7)パンチングボールやトレーナーのミットの叩き方とか、シャドウボクシングの様とかを見て、トレーナー(松浦慎一郎)が「なかなか左がいい」とジムの会長(重松収)にささやいたりします。

(注8)さらに、同僚の野間にラブホテルで強姦された時、「初めてなんです」と一子は言いますから、その歳まで男性を知らなかったのでしょう。

(注9)『もらとりあむタマ子』に出演した前田敦子の「トローンとした目つき」を思い出させます。
 なお、タマ子が、東京の大学を出てから就職もしないで実家(甲府の)に戻っているのと同じように、一子も「バカ短大」を出ているようです。

(注10)映画では37歳の設定。

(注11)一子の部屋にいる時、裕二が仕事に出かけようとする際に、一子が裕二に「今晩は私が何か作る」と声をかけると、彼が「女房になったつもりか」と応じるものですから、彼女は言葉に詰まってしまいます。
 『海を感じる時』の最後の方で、安心しきって日常生活を営んでいる洋(池松壮亮)の姿を見た恵美子(市川由衣)が洋を受け付けなくなる様子が描かれていますが、なんだか本作では、それが男女入れ替えて映し出されているのかな、と思いました。
 あるいは、夢の中で「私」に「ヴィーナス」が言う言葉、「女が献身的に実をつくすと、男はすぐに熱がさめて主人顔をするもの」に該当するのでしょうか〔L・ザッヘル=マゾッホ『毛皮を着たヴィーナス』(種村季弘訳、河出文庫)P.12〕?

(注12)「百円生活」で裕二が、買ったバナナを置き忘れたり、ゲロを吐いたりするのは、裕二の一子に関心があることの拙い現れ(サイン)なのでしょう。

(注13)関連で、例えば、このサイトの記事が面白いかもしれません。



★★★★★☆



象のロケット:百円の恋