孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

サウジアラビア 原油価格低迷で財政難 脱石油依存の計画も 米オバマ政権との「冷たい関係」

2016-05-28 22:48:35 | 中東情勢

(アメリカ国内にはサウジアラビアの「9.11」への関与を疑う声が強く存在します。また、理念を重視するオバマ大統領とサウジアラビア王制はそりが合いません。さりとて、王制が動揺すれば、過激派が台頭するとの指摘も。写真は【4月11日 Iran Japanese Radio】)

財政逼迫するサウジアラビア
原油価格の動向は、WTI原油先物で見ると、2月あたりの1バレル=30ドルを割るような低価格を底として、3~5月は上昇傾向にあり、現在は50ドル付近にまで回復してきています。

この最近の価格上昇は、原油価格低迷でアメリカのシェールオイル供給が採算割れから収縮していることに加え、カナダでは5月初めに発生した大規模な山火事によって、また、ナイジェリアでは武装勢力が5月に入って相次いで主要パイプラインを爆破したため、原油生産量が減少していることや、政情が不安定化しているベネズエラの供給が不安視されていることなどが背景にあると言われています。

ただ、長期的にみると、4月17日に開かれた石油輸出国機構(OPEC)の会合で、価格押し上げのための生産調整の合意が得られなかったことや、イランの増産が見込まれることなどで、産油国が望むような80ドルとか100ドルといった水準に上昇することは当面ないだろうと見込まれています。

米ゴールドマン・サックスは、5月23日、アメリカ原油先物価格は、2020年まで平均1バレル50~60ドルで推移するとの見通しを示しています。

こうした低い価格水準がしばらく続くという情勢は、ロシアやベネズエラなどの財政悪化のように産油国へ大きな影響を与え、国際情勢を動かす大きな要因のひとつなります。

最大の産油国で、お金が有り余っているような金満国イメージがあるサウジアラビアも、原油価格低迷とイエメン介入による負担などによって財政危機に陥っているという話は、これまでも取り上げてきました。
(2015年8月10日ブログ「内戦が続くイエメン情勢 軍事介入でサウジアラビアの財政事情悪化 原油価格動向とロシアの対応」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150810など)

****あのリッチなサウジアラビアがギリシャ化している****
IOU発行を検討、サウジアラビアに流動性の危機?
原油価格の長期的な低迷は世界の産油国に深刻なダメージを与えている。筆者が最も心配しているのはやはりサウジアラビアである。

5月19日付ブルームバーグは、サウジアラビア政府は請負業者への未払い金の一部を清算するために借用証書(I owe you、以下「IOU」)の発行を検討していると報じた。

サウジアラビア政府は歳入の9割を占める原油価格が急落したため、外貨準備の取り崩しや国内外の金融機関からの借り入れで資金のやりくりをしてきたが、請負業者への支払いも2015年後半から停止していた。請負業者は最近一部の支払いを現金で受け取ったが、残額はIOUで支払われることになるという(総額は400億ドルか)。

請負業者が受け取るIOUは、債券のような形をとり、償還まで保有することも、銀行に売却することも可能であるとされている。しかし、貨幣の発行権限がない政府が政府紙幣まがいのもので支払いを行うというのは、緊急避難的な措置以外のなにものでもない。

筆者がIOUと聞いて最初にピンと来たのは、俳優のシュワルツネッガーが知事を務めていた米カリフォルニア州のことである。(中略)その後、IOUが話題になったのはギリシャだった。(中略)

この2つのケースから分かるように、政府がIOUの発行を検討するという事態は、まさに「流動性の危機」という状況である。

5月14日、米格付け会社ムーディーズは、サウジアラビアの長期発行体格付けを1段階引き下げた。世界で最もリッチな国の1つであるサウジアラビアが流動性の危機に陥っているのだろうか。にわかに信じがたい話である。

20年前にもIOUを発行、状況は異なる
実はサウジアラビアは1990年代半ばにIOUを発行した経験がある。当時のサウジアラビア政府も原油価格の低迷による資金難から農業従事者への支払いが5年間滞っていた。この事態を打開する手段として政府はIOUの発行に踏み切った。このときは銀行がIOUの引き受けに協力的だったために円滑に資金調達することができたという。


今回のIOU発行に向けた動きは、「二匹目のドジョウ」を狙ったものに過ぎないのかもしれないが、はたしてうまくいくだろうか。


今回IOUを受け取る請負業者の大半は建設業者であると言われている。中東地域最大の建設会社サウジ・ビンラディン・グループは4月末に「従業員の4分の1に当たる5万人のリストラを行う」と発表した。サウジアラビアの建設業界は未曾有の苦境に陥っている。


サウジアラビア政府は2015年後半以降、インフラ事業を相次ぎ中止している。だが、30歳以下の人口が7割を占めるサウジアラビアにとって若者の雇用確保は最優先課題である。若者の不満が爆発しないようにするためには、財政支出を抑制しながらインフラ事業を維持していくしかない。このため政府は痛みの一部を建設業者に負わせようとしているのだろう。


だが、20年前よりはるか深刻な経済状況下では、引き受ける側の銀行が慎重な態度を示しているという。
原油価格の持続的な上昇は、流動性の危機に陥るサウジアラビアにとって不可欠である(サウジアラビア財政が均衡する原油価格は1バレル=約100ドルと言われている)。(後略)【5月28日 JB Press 藤 和彦氏】
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【「原油立国」から「投資立国」へ 実現は不透明
しかし、サウジアラビアが期待するような価格水準まで原油価格が持続的に上昇するような情勢にはありません。
さすがのサウジアラビアも、こうした石油依存状態の危険性を痛感し、ムハンマド副皇太子を中心とした経済改革に乗り出そうとしています。

****サウジアラビア 原油依存脱却へ経済改革****
原油安で厳しい財政状況が続く中東の産油国サウジアラビアは2030年までの経済改革の計画を発表し、世界最大の国営石油会社の新規株式公開を実施して資金を調達し、政府系ファンドを通じて投資を拡大することで原油生産に依存する財政からの脱却を進めるとしています。

サウジアラビアのサルマン国王は25日に開いた閣議で、2030年までに目指す経済改革の目標をまとめた計画、「ビジョン2030」を承認したと発表しました。

国営通信を通じて発表された内容によりますと、サウジアラビアは世界最大の国営石油会社サウジアラムコのIPO=新規株式公開を実施して資金を調達するとしています。そして、政府系ファンドを7兆リヤル(日本円で200兆円)を上回る規模にして国内外への投資を拡大し、その利益を歳入に充てていくとしています。

新規株式公開の時期は明らかにされていませんが、計画をまとめたムハンマド副皇太子はメディアに対し、公開する株式は5%未満で、国内外の証券取引所で公開する方針を示しました。

計画では、このほか中小企業への支援などを進めて雇用を増やし、失業率を現在の11.6%から7%に減らすことを目指すとしています。

ムハンマド副皇太子は、「サウジアラビアは原油生産ではなく、投資によって支えられた経済に変わる。2020年には、石油が無くても生活できるようになる」と述べ、原油生産への依存から脱却すると強調しました。【4月26日 NHK】
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国営石油会社「サウジアラムコ」の株式公開などによって数兆ドルもの原資をあつめ、これをもとに「原油立国」から「投資立国」への大転換をはかろうとする計画のようですが、“しかし、過去最大の株式公開案件だった中国アリババの4倍の規模の株式公開という前代未聞の「ディール」を成功させるためには、「原油価格の持続的な上昇という地合いが不可欠である」とする市場関係者は多い。”【前出 藤 和彦氏】ということで、先行きは不透明です。

ドバイやカタールでの「石油依存経済からの脱却」をイメージした改革でしょうか。ただ、石油にしても投資にしても、安易に稼げる“あぶく銭”を狙ったイメージで、もう少し地道な産業育成に努めた方が・・・という感も個人的にはあります。

経済改革に失敗すると若者の雇用不安が顕在化し、その不満は過激化して現在のサウジアラビア王制を揺るがすことも懸念されます。

また、ムハンマド副皇太子への権力集中は王制内部での混乱の火種ともなっているという話もありますが、その件は今回はパスします。

サウジアラビアとオバマ大統領の冷たい関係
サウジアラビア関連で国際的に注目されているのは、同盟国アメリカとの関係が“冷えている”ということです。

オバマ米大統領は4月20日、サウジアラビアの首都リヤドを訪問し、サルマン国王と会談しましたが、サルマン国王は空港で湾岸協力会議(GCC)加盟国首脳らを出迎えたにもかかわらず、オバマ大統領を出迎えなかったという“異例の対応”が注目を集めました。

サウジアラビアの再三の警告を無視して、アメリカ・オバマ大統領が宿敵イランとの核開発問題での合意を進めてきたことや、シリアにおいてもサウジアラビアが支援する反政府勢力に対し、アメリカが有効な支援策を実行せず、結果的にアサド政権を延命させてきたことなどへの不満で、両国関係には溝ができていることはかねてより言われてきたことです。

そうした事情に加え、アメリカ議会において「9・11」に関して、サウジアラビア当局者らの責任を問うことを可能にする法案を成立させる動きがあることにサウジアラビア側は強く反発しており、もし法案を成立させるなら、サウジアラビアがアメリカ国内に保有する財務省証券など7500億ドルに上る巨額の資産を安く売り払うと“恫喝”しているとも言われています。

「9.11」の19人のハイジャッカーのうち15人がサウジアラビア人ですが、実行犯で唯一アメリカで有罪判決を受けたザカリアス・ムサウイ受刑者が、“1990年代に国際テロ組織アルカイダがサウジアラビアの王族から多額の寄付金を得ていた”という旨を発言していたとも言われています。

アメリカ政府は、「9.11」のサウジアラビアの関与を明らかにする「28ページ文書」(800ページ以上の報告書のなかで、サウジ関与に関する28ページはこれまで非公開とされてきました)を公表することについて検討しているとも報じられています。

法案自体は“オバマ大統領は、こうした法案が通れば、外国も報復措置として同じ法律を作り、結果として米市民のリスクを高めてしまうとして、法案には拒否権を発動して発効を阻止する考え”【4月21日 WEDGE】とのことですが、サウジ側には、こうした法案が議会で審議され、サウジアラビアの関与が取りざたされること自体への強い不満があります。

一方、民主的理念を重視するオバマ大統領にはサウジアラビアへの不信感があり、そのことを隠してもいません。

****サウジ批判展開のオバマ  関係改善は時期大統領にかかる****
脆弱化する米×サウジ関係
オバマは長年、サウジその他のスンニ派アラブ国家を、イスラム教の厳格な解釈が過激主義を助長している抑圧的な社会とみなしてきた。アトランティック誌のゴールドバーグ氏とのインタビューで、オバマはサウジを、米国の力を自分たちの偏狭で宗派的な目標に用いる「ただ乗り」の同盟国とした。
 
オバマは、サウジその他のスンニ派アラブ国家が反米闘争を煽っていると批判し、サウジはイランと「ある種の冷たい平和」を達成することで、地域で共生するようもっと努力すべきである、とも述べた。(中略)

単なる“同盟国”に格下げされたサウジ
アトランティック誌とのインタビューで、オバマがサウジを公に批判したのは、米国の大統領として異例のことです。

批判の内容は、サウジは、1)米国を自分たちの偏狭で宗教的な目標のため利用し、「ただ乗り」している反面、反米闘争を煽っている、2)国内の反対者を抑圧し、汚職と不平等に寛容である、3)ワッハーブの厳格なイスラム原理主義を教える外国の神学校に多額の援助を与えているというもので、そのほか社説は指摘していませんが、インタビューでは、サウジは女性を蔑視している、と批判しています。
 
そして、サウジをかつてのような米国の重要な同盟国ではなく、「いわゆる同盟国」に格下げしています。インタビューでは、豪州のターンブル首相が、オバマに対し「サウジは米国の友邦ではないのか」と尋ねたのに対し、オバマは「それは複雑である」と答えたことが明らかになっています。

サウジとの関係悪化もたらしたオバマの理念外交
オバマがサウジ国内の反対者の抑圧や、女性蔑視を批判し、その結果サウジをもはや同盟国視していないことは、オバマが外交における理念を重視していることを示しています。(中略)

サウジの米国にとっての重要性は、シェールオイルの増産で米国のサウジ依存が減ったこと、イランとの核合意でイランとの関係が進展していることから以前より減少したと言われていますが、オバマがサウジとの関係を「いわゆる」同盟国と言ったのは、これらの事象に先立つ2002年のことです。(中略)
 
オバマは、サウジがイランとの間に「ある種の冷たい平和」を達成し、両国は中東で共生すべきである、と言っていますが、サウジとイランの対立の根は深く、このような状態が実現するためには米国が積極的に関与する必要があるでしょう。オバマにそのような関与をする気があるとは思われず、これも後任大統領に委ねられることとなるでしょう。【4月26日 WEDGE】
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重視すべきは理念か、安定か?】
4月に行われたオバマ大統領のサウジアラビア訪問は、こうした冷たくなった両国関係を改善させる意図でおこなわれましたが、両者の溝は埋まっていないようです。

米ワシントン・ポスト紙は、オバマ大統領が理念を重視してサウジアラビアを追い詰めてもサウジアラビアを不安定化させ、イスラム過激主義を台頭させる結果にもなると警告しています。

****蒸し返される9.11関与疑惑 米・サウジ関係窮地に****
4月21日付のワシントン・ポスト紙で、同紙コラムニストのファリード・ザカリアが、米・サウジ関係はいろいろと問題があるが、米国はサウジとの同盟関係を維持した方がいい、と述べています。その論説の要旨は以下の通りです。

9.11関与疑惑で訴えられるかもしれないサウジ
米議会は近々、9.11の死亡者の親族がサウジ政府を訴えることを可能にする法案を成立させるかもしれない。また、これら親族は、オバマ政権が、「9.11」へのサウジの関与についての議会報告の骨子を公表することを要求している。

「9.11」委員会の事務局長は、報告には厳しく吟味されていない資料が含まれ、十分調査が行われないまま関係者に罪をきせる恐れがあると述べている。
 
イスラムの残酷、不寛容で過激な解釈が広まったことには、サウジ政府にも、少なからず責任があると思うが、Gregory Gaugeが述べているように、事情はそう簡単ではない。彼によれば、「サウジは1980年代に世界の過激派の運動を抑止できなくなり……1990年代以降、サウジ政府自体が過激派運動の標的となった」。つまり米国がアルカイダの第1の標的で、第2の標的はサウジであった。
 
サウジのワッハーブ主義のイスラムは、1950年代にはイスラム世界の1~2%でしか信奉されなかった。それが石油ブームの到来で、サウジがワッハーブ主義をイスラム世界全体に広めた。

それに伴い、イスラムの自由で多元的な解釈が消滅し、不毛で不寛容な解釈にとって代わられた。1980年代にアフガニスタンにおけるソ連との戦いが宗教色を帯びるにつれ、聖戦の原理が広まった。多くの場合、イスラム原理主義はイスラムテロとなった。

イスラム過激派との対立恐れるサウジ
「9.11」以降、サウジは方針を変え、イスラム過激運動に対するサウジ政府の援助をやめた。(中略)しかしパキスタン、インドネシアなどのイスラム過激派に対するサウジの支援は終わっていない。
 
サウジ政府は反動を恐れてイスラム過激派と対決したがらない。現在サウジのソーシャルメディアで最も人気があるのはワッハーブの説教者や過激派の理論家で、彼らはイランとの闘争の一部として、反シーア派の教義を広めている。
 
基本的なジレンマは、もしサウジ王室が倒れれば、とって代わるのはリベラルや民主主義者ではなく、イスラム主義者、反動主義者である可能性が高いことである。イラク、エジプト、リビア、シリアを見てきた経験から、防衛、石油、金融で安定した同盟国サウジを不安定化させるわけにはいかない。
 
サウジ王政は自らとイデオロギーの輸出を見直し、改革しなければならない。米国は、サウジを孤立させ苦しめるより、サウジに関与した方がサウジは改革をしやすい。米国はサウジに対し道義上の勝利を得ようとするのではなく、サウジの抱える諸困難を受け入れるべきである。【5月26日 WEDGE】
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世界を揺るがしているイスラム過激思想の拡散については、サウジアラビアは相当の責任を有していますし、いまなおその影響は消えていません。
そうしたサウジラビア王制であっても、不安定化させないためには支援すべきか・・・判断に迷うところです。

なお、サウジアラビア側の財務省証券など売却の“恫喝”については、“実際にサウジが巨額の財務省証券を売り払うことは技術的にも難しい上、世界の株式市場や為替市場を大混乱に陥れ、米ドルに連動しているサウジ・リアル相場も不安定化、「自分で自分の首を締めてしまう」(米専門家)恐れが強い”【4月21日 WEDGE】という指摘はありますが、冒頭に取り上げたように資金繰りに窮しているサウジアラビアは法案の行方にかかわらず、売りたがっているのでは・・・との見方もあるようです。

アメリカ側も、米財務省がサウジアラビアの米国債保有額を明らかにする形で、「仮にサウジアラビアが売却しても、インパクトはそれほど大きくない」との市場に対する予防線を張っているとも。

“仮にサウジアラビア政府が米国債を大量売却したとしても、米国経済に与える影響は軽微かもしれない。だが、悪化しつつある両国関係に決定的な亀裂が入る可能性がある。”【前出 藤 和彦氏】

また、“サウジアラビア政府の現状と今後にとって原油価格の持続的な上昇が不可欠だ。しかし皮肉なことに原油価格上昇がサウジアラビアを巡る大混乱により達成されるというシナリオが現実味を帯び始めている。”【同上】とも。

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