(イラン・イスファハンのチャイハネ(茶店)で水たばこを楽しむ若い女性 2017年旅行時に撮影。
当時は穏健派とされるロウハニ大統領の時代でしたが、当局は人々が集まって水たばこを楽しみながら政治談議を行うチャイハネを嫌い、その数は非常に少なくなっていました。
ガイド氏のつてでようやく探したこの店も、表の店内では水たばこは吸えず、奥の別部屋に用意される形。まるで非合法マリファナでも吸うような雰囲気。
そんな状況ですから、若い女性がこんな場所に出入りして大丈夫なのか?と心配にもなりましたが、彼女らは屈託なく水たばこを楽しんでいました)
【「イランはイスラムではない」「イラン人ムスリムは世界で最も世俗的」】
イランに関しては、強権的な神権政治、厳しいイスラム的な規制という大方のイメージがある一方で、実際のイラン社会の様相はそうしたイメージとは異なるものがあります。
****改革派大統領誕生のイラン、10年内に大変動か=「厳格な宗教国家」とは程遠い一面も****
7月初めにイラン・イスラム共和国で行われた大統領選挙の決選投票で、改革派と言われるペゼシュキアン元保健相が保守強硬派の候補を破って当選した。
同氏は欧米との対話を重視する立場。「保守強硬派による政策運営に不満を持つ人たちの受け皿として、支持を伸ばした」(NHK)とみられる。
外交などの最終的な意思決定権は最高指導者のハメネイ師(85歳)が握っているため目立った変化は期待できないという見方もあるが、ハメネイ後の体制は不透明で、今後10年以内の大変動を予測する向きもある。
米国やイスラエルと激しく対立、核開発を進める一方で、イスラム体制への支持率低下にも直面している中東の大国、イラン。その動向は日本にとっても無視できない。
(中略)
酒・豚肉もOK、国民は世俗的
イラン革命後の同国のイメージは、「キス攻撃」(親欧米的なパーレビ王朝下のイランで開催された試合に出場して健闘した日本のサッカー選手が、試合後に大勢のイランの若い女性から祝福のキスをされたというエピソード)から連想されるものとは正反対だ。
厳格なイスラム教の教えが社会を支配し、酒はご法度。女性は誰もがスカーフやチャドル(体全体を隠す布)で髪や体を覆い、外国人はもちろん、夫以外の男性との接触は禁止。
「70年代には欧米と同様のライフスタイルで暮らしていた人たちもいたはずで、彼らはどうしているのだろう」と疑問に感じることもあったが、政府の締め付けが厳しい中、イスラム共和国体制に同化せざるを得ないのだろうと思っていた。日本人の多くは、私と同様のイメージを抱いているはずだ。
そんなステレオタイプのイラン観を根底からぶち壊す本が今年出版された。同国に長期にわたり滞在した若宮總さんが執筆した「イランの地下世界」(角川新書)がそれだ。(中略)
同書によると、1979年のイスラム革命直後は、イラン人の多くは敬虔で、かつ宗教上の最高指導者(当初ホメイニ師、のちハメネイ師)が統治するイスラム共和国体制を支持していた。
しかし、その後のスカーフの強制や言論弾圧、イラン・イラク戦争(1980〜88年)、経済の低迷などを経て、現在は過半数が「イスラム体制を支持しないことはもちろん、もはや熱心なムスリム(イスラム教徒)ですらない」という。今回の大統領選挙の結果も、この指摘を裏付けていると言える。
敬虔なイスラム教徒でないことは、当然ながら行動に表れる。スカーフを適切に着用していないという理由で警察に拘束された女性の不審死をきっかけに燃え上がった2022年の反政府運動以後、スカーフで髪を隠さない女性が増加。
イスラム教でタブーとされている豚肉や酒、さらにはマリファナなどの薬物も、その気になれば比較的簡単に手に入る。
最近はイスラム教から離れる若者も少なくないという。本書の解説で高野秀行氏(ノンフィクション作家)が書いているように、「イラン・イスラム共和国は世界で最もイスラムに厳格な国家なのに、国民の圧倒的多数を占めるイラン人ムスリムは世界で最も世俗的」というパラドックスが存在するようだ。
最高指導者ハメネイ師の退場でどうなる?
同書で興味深いのが、周辺のアラブ諸国や、友好国とされるロシア、中国に対する一般イラン人の見方だ。
われわれ日本人はイランとアラブの区別がつかず、ほとんど同一視しているきらいがある。しかし、かつてイラン高原を中心に中央アジアから現在のトルコ、エジプトまで支配した古代のペルシア帝国(アケメネス朝、ササン朝など)を7世紀に倒したのは、イスラム教を奉じたアラブ軍だ。
イラン国内では近年、古代ペルシア帝国への憧れの強まりに比例する形で「アラブ嫌い」の風潮が年々高まっているという。
イラン政府の公式の立場とは異なり、昨年10月以降のガザをめぐる武力衝突では、若者を中心にイスラエルを支持する国民が多いとの指摘には驚かされる。
また、イラン政府は近年、ロシア、中国との関係を深めているが、支持率が低下しているイスラム体制をバックアップしているとして、この両国も国民の間では人気がない。
そもそもロシアは、19世紀以降一貫してイランの領土を侵食してきた国だし、中国に対しては、一般国民の多くが「(欧米諸国の)経済制裁下で生じた空隙を突いてイランを食い物にする『招かれざる客』」と呼んでいるという。
実は、イラン国民に最も好かれている外国は日本なのだが、日本人のイランへの関心は薄く、イラン側の「壮大な片思い」になっていると説く。
最後に筆者は、今後10年程度の間にイラン政治に大きな変化が起こる可能性があると予測する。10年というのは、今年85歳になるハメネイ師の退場が、一つのターニングポイントになるとみられるからだ。
イスラム体制は今のまま存続できるのか、形を変えるのか。国民の一部に強い願望のあるパーレビ王朝の復活(前国王の息子が米国に居住)があるのか。それとも…。
7月下旬に日本記者クラブで、「大統領選後のイランと中東情勢」のテーマで会見した田中浩一郎慶応義塾大学教授は「イスラム体制が支持を失っているのは間違いないが、次が見えない。人口9000万の国が混乱した場合の影響はとてつもなく大きく、その不安定性は対岸のアラビア半島に及ぶ。日本は依然として原油の95%をあの地域から買っている」と語り、危機感を隠さなかった。
予想されるイランの政治変動は、日本にとって決して他人事ではない。今後の動向に注目したい。【9月10日 レコードチャイナ】
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私はイランには7年前に物見遊山の観光旅行を1回しただけです。
ですから、イラン社会の実相について語る資格はまったくありませんが、上記記事が指摘するイランのお固いイスラムのイメージと実際の人々の生活のギャップは私もそのとき強く感じました。
特に印象に残ったのは、「イランはイスラムではない」という現地の方の言葉です。
その意を説明すれば、イラン国民のアイデンティティーはペルシャ時代からの文化・風土にあり、イスラムはよそ者アラブ人がイランに7世紀頃に持ち込んだものに過ぎない・・・・という認識です。
上記記事の“イラン国内では近年、古代ペルシア帝国への憧れの強まりに比例する形で「アラブ嫌い」の風潮が年々高まっているという。”という記述とも符合する話です。
「イラン人ムスリムは世界で最も世俗的」ということに関しても、同じような印象を持ちました。もちろん敬虔なイスラム教徒も多数いますが、それと併存してイスラムをあまり意識しない生活もありました。
私にとっては“目ウロ”の旅行でした。
今後のイラン政治については、ハメネイ師の死去がポイントになることは多くの者が指摘するところですが、その後どうなるのか・・・現段階で知り得る人はいません。
現実政治に目を移すと、改革派大統領が就任した後も、最高指導者や議会保守強硬派と改革派大統領が激しく衝突したという話も聞きません。
ペゼシュキアン大統領が穏便にうまくやっているのか・・・
あるいは、最高指導者や保守派内部で意識の変化があるのか。
上記記事の最後に登場する田中浩一郎慶応義塾大学教授は“イラン大統領選は「出来レース」か、改革派ペゼシュキアン氏の勝利はハメネイ師の思惑通り?選挙操作の可能性も”【7月13日 JPpress】で、改革派に勝たせることは最高指導者も了解の上であり、改革派が勝利するように工作された可能性もある・・・という大胆な主張をしています。(会員登録していないので記事前半しか読めていませんが)
最高指導者や保守派の意向はイスラエルへの対応や核開発にも絡んできます。
【核開発の現状】
イランの核開発については、アメリカはイランが核兵器計画に着手する準備を以前よりも整えているとの、これまでより一歩踏み込んだ情報評価を示しているとのこと。
****<米国で高まるイランへの警戒>核兵器製造準備へ米国が評価を変えた三つの可能性****
ウォールストリート・ジャーナル紙が、米国の国家情報長官が7月に議会に対して行ったイランの核計画についての報告において、イランが核兵器計画に着手する準備を以前よりも整えているとの情報評価を示していることを報じる解説記事‘Iran Is Better Positioned to Launch Nuclear-Weapons Program, New U.S. Intelligence Assessment Says’を8月9日付けで掲載している。概要は次の通り。
米国の情報機関の新たな評価によれば、イランは核兵器計画に着手する準備を以前よりも整えているとのことである。イランは数個の核兵器のために必要な高濃縮の核物質をすでに製造している。
米国の情報コミュニティは、依然としてイランは現在、核装置を製造する作業自体は行っていないと評価している。イランの核兵器計画は、2003年にほぼ中断されたものとみられているが、最高指導者のハメネイ師がこれを再開させるよう考慮しているとの証拠もないとのことである。
一方、国家情報長官の7月の議会への報告では、イランが「核装置を生産すると決めれば、それに着手する準備を以前よりも整えている」と警告している。
また、この報告では、イランは「実験可能な核装置を製造するのに必要となる、核兵器開発の主要な活動には現在のところ従事していない」というこれまで何年もの間、用いられてきた標準的な表現が削除されている。
ハマスの指導者がイランにおいて暗殺され、イランがイスラエルを攻撃すると脅して以来、中東では緊張が高まっている。
米国はイランが核兵器を取得することを決して認めないとバイデン大統領は累次にわたって述べてきた。イランが核装置の製造に乗り出したと米国が判断すれば軍事行動をとる可能性が高まることとなる。
共和党は、バイデン政権の対応が不十分であると批判しているが、バイデン政権の方はトランプ前大統領が2015年のイラン核合意から離脱したため、イランが核活動を活発化させたと反駁している。
イランが行っているとされる作業の性格については、米国政府関係者は詳細を明らかにしなかったが、このところ、イスラエルと米国の関係者の間では、コンピューターモデリング、冶金などの分野を含め、イランが兵器化に関連した研究を行っていることが懸念されていた。そうした作業は、核兵器に必要な部品を準備する作業と実際の核装置の組み立ての間に位置するグレーゾーンである。
「今やイランは核兵器級のウランの製造技術を獲得したのであるから、次の論理的なステップは政治的な決定がなされた際に核装置を作るのに必要な時間を短縮するため、兵器化の活動を再開することである」とオバマ政権時に米国家安全保障会議(NSC)で勤務したゲイリー・セイモアは指摘した。
「最高指導者は兵器化の決定を下していないという評価には同意するが、同時に、最高指導者は核の敷居の最も高いところまで科学者が研究をすることを禁じているわけではないと考える」とイスラエル政府の元高官であるアリエル・レビテは述べた。(後略)【9月5日 WEDGE】
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イラン側には、イスラエル対応でも、核開発問題でも、今はいたずらに緊張を高めたくないとの思いもあるのかも。
イランの基本的な核開発に関する戦略は以下のようにも
“イランの意図についての専門家の間の有力な見方は、イランは「核取得能力(Break out capability)」を構築しようとしてきているというものである。これは、核取得の意思決定さえすれば時を置かずして、それを実現できる能力のことである。つまり、核オプションを保持し、核兵器を製造する能力の取得を目指しつつ、その手前で止める「寸止め」戦略をとっているとの見方である。”【同上】
なお、国際原子力機関(IAEA)は現状を以下のように評価しています。
****核爆弾4個に迫る量=イランの高濃縮ウラン―IAEA****
国際原子力機関(IAEA)が29日、加盟国に送付したイラン核開発に関する報告書によると、濃縮度最大60%のウランの保有量は3カ月前よりも22.6キロ増え164.7キロとなり、核爆弾4個分に迫る量に達した。ロイター通信などが報じた。
ウランは90%まで濃縮すれば核爆弾に転用可能とされる。イランが保有する濃縮度最大20%のウランは813.9キロ。イランは核兵器開発の意図を否定する一方、IAEAによる監視強化を拒んでいる。【8月30日 時事】
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そのうえで、「大幅な増産を加速させている兆候はない」とも。
****イラン核開発めぐり IAEA事務局長「ウラン大幅増産の兆候はない」****
IAEA(=国際原子力機関)のグロッシ事務局長は9日、イランによる核開発に必要な高濃縮ウランの生産について、「大幅な増産を加速させている兆候はない」と述べました。
IAEA(=国際原子力機関)のグロッシ事務局長は9日、イランによる核開発に必要な高濃縮ウランの生産について、「大幅な増産を加速させている兆候はない」と述べました。
「(イランは)いくつかの作業を行っているが、濃縮ウランの大幅な増産を加速させていることを示す兆候は何もない」(グロッシ事務局長)
IAEAの定例理事会が本部のあるオーストリアのウィーンで9日から始まり、グロッシ事務局長はイランの新しい指導部と近い将来、核問題について協議を再開すると明らかにしました。
イランでは5月、ヘリコプターの墜落事故で当時の大統領と外相が死亡し、「核合意」の再建に向けた対話がとだえていました。核兵器の開発には、濃縮度90%の「兵器級ウラン」が必要とされていて、イランはすでに濃縮度60%のウランを貯蔵していることが確認されています。【9月10日 ABEMA Times】
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