孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アルゼンチン  反中国の立場ながら、政経分離で中国との経済関係は維持するミレイ大統領

2024-09-12 22:51:57 | ラテンアメリカ

(アルゼンチンのインフレ率【Trading economics】
このグラフを見る限りでは、以前に比べると安定化しているようにも見えます。 高値安定ではありますが)

【先進国から途上国に転落した例外的な国】
今でこそ中国や韓国など、目覚ましい経済成長を実現している国もありますが、以前は「先進国はいつまでも先進国、途上国はいつまでも途上国、ただし、例外を除いて」という考えが一般的でした。

現在でも途上国からのテイクオフは容易ではなく、経済だけでなく社会の在り様まで含めて「先進国」入りするのは容易ではありませんが。

1971年にノーベル経済学賞を受賞した、アメリカの経済学者サイモン・クズネッツの言葉から。

****「世界には4つの国しかない」- サイモン・クズネッツ(米)*****
「世界には、4つの国しかない。先進国と発展途上国、そして日本とアルゼンチンである。」

これは、1971年にノーベル経済学賞を受賞した、アメリカの経済学者サイモン・クズネッツの言葉である。
この言葉は、マクロ経済学の大家から見て、日本とアルゼンチンが例外的存在だったということを意味しているが、経済学の世界で広く知られるこの言葉は、今や我々日本人にとっては軽視できない警句になりつつある。

■例外①日本:途上国 → 先進国
(中略)従って、クズネッツにとって日本は例外的な存在で興味深かった。

■例外②アルゼンチン:先進国 → 途上国
もう一つの例外が、アルゼンチンである。世界第8位という広大で肥沃な国土を持つこの国は、ヨーロッパ諸国からの投資により1850年から全土に鉄道網を張り巡らせ、またイタリア・スペインなど南欧諸国から移民を積極的に受け入れ、内陸部の開拓を進めた。

農業生産量は飛躍的に拡大し、穀物、肉類の輸出により、1929年にアルゼンチンは世界第五位の経済大国になるまで発展していたのである。しかし、ここからの転落が凄まじかった。

1929年からはじまった世界恐慌とそれを受けた英国のブロック経済圏への参入と経済的従属。経済格差拡大による国民の不満を背景としたナショナリズムの台頭、イギリス資本による産業支配への反発、ポピュリズム政治による放漫財政、経済政策の混乱。軍部によるクーデターと内乱、財政破綻。

第二次大戦後に復興が進む欧州、日本とは対照的に経済的没落の一途をたどった。先進国から途上国への転落。経済学者から見て例外事例ということだ。(後略)【ITマーケッティング研究所】
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クズネッツ氏は上記のような意味合いで“日本とアルゼンチン”という例外をあげたのですが(この言葉がいつ頃のものかは知りません)、現在ではまったく別の意味合いを帯ています。

それは、日本経済の停滞を受けて、「先進国から脱落したのは“日本とアルゼンチン”だけだ」といった主旨です。
日本経済・社会の萎縮・縮小・停滞、アジア各国の成長を受けて、やがて本当に日本はアルゼンチンと同タイプの例外国になるかも・・・・

その話は脇に置いて、今回はアルゼンチンの話。

【インフレで牛肉消費量はかつてないほどの水準に落ち込んでいる 大都市ではホームレスが増加】
アルゼンチンは経済苦境、債務返済ができなくなるデフォルトを繰り返していますが、目下の経済的問題はインフレ。

****300%インフレのアルゼンチン、「主食」の牛肉も消費減る****
アルゼンチンといえば、ステーキハウスと広大な肉牛牧場、「アサード」と呼ばれるバーベキューが名物だ。だが、年率3桁のインフレと景気後退で人々は財布のひもを引き締めざるを得ず、牛肉消費量はかつてないほどの水準に落ち込んでいる。

サッカーやマテ茶と並んで、牛肉は常にアルゼンチン社会に不可欠なものだった。にもかかわらず、消費量は年初から既に約16%減少した。

多くのアルゼンチンの住宅には作り付けの「パリージャ(アルゼンチン風焼き肉)」用のグリルがあり、家族が顔をそろえる場になっている。ブエノスアイレスの街並みのあちこちにはステーキハウスが見られ、建設現場や抗議集会の会場でさえ、即席のバーベキュー台の周りに人々が集まり、牛肉に舌鼓を打つ。

肉屋の行列に並ぶ年金生活者のクラウディア・サンマルティンさん(66)は「牛肉はアルゼンチンの食生活になくてはならないものだ。たとえるなら今は、パスタを取り上げられたイタリア人のような状態だ」とロイターに語った。洗剤など他の買い物に関しては積極的に節約しているが、牛肉は「聖域」だと語った。

「こんなご時世だから、アルゼンチン人はどんなことでも我慢できるとは思う。だが、肉なしでは生きていけない」とサンマルティンさんは言う。

ただ最新のデータでは、アルゼンチン国民の今年の牛肉消費量は年間約44キログラムのペースとなっており、52キロを超えた昨年や、100キロ以上消費していた1950年代に比べ激減している。

牛肉消費量の長期的な減少の背景には、ブタやニワトリなどほかの肉や、パスタなどもっと低価格な食品へのシフトがある。

だが今年の急減を引き起こした原因は、300%近いインフレと、リバタリアン(自由至上主義)のハビエル・ミレイ大統領による厳格な財政緊縮策に伴う経済成長の失速だ。

貧困は拡大し、大都市ではホームレスが増加してスープキッチン(無料の炊き出し)の行列が長くなっている。肉、牛乳、野菜といった食材の消費を減らす家庭も多い。前月比での物価上昇は鈍化しているが、実感はないと人々は言う。

国内の食肉業者組合CICCRAのミゲル・スキアリティ会長は「今の状況は危機的だ。消費者は何でも、財布の中身と相談の上で決めている」と語り、肉消費の低迷は続くと予想する。「国民の購買力は月を追うごとに低下している」

<肉よりパスタ>
ブエノスアイレス州の農業地帯では、肉牛を育てる牧場主らが危機感を募らせる。

ギリエルモ・トラモンティニさん(53)は、昨年の干ばつで多くの家畜に被害が出たせいで投入原価が上昇したと分析。「牛肉が高いというわけではなく、人々の購買力がひどく低下した」と述べ、畜産農家は従業員の解雇を避けるために設備投資に慎重になっていると語った。

国内消費が減少する中で輸出は増加しているものの、国際価格は下落しており、農家の増収にはつながっていない。アルゼンチン産牛肉の輸出先は中国の比率が圧倒的に高いが、購入されるのは、アルゼンチン国内では買い手がなかった安価な部位の肉だ。

CICCRAのスキアリティ会長は「輸出量こそ高水準を維持しているが、輸出部門は非常に厳しい時期を迎えている。国際市場における価格は大幅に下落した」と語る。

<売れるのは「最も安い部位」>
ヘラルド・トムシンさん(61)は、ブエノスアイレスの肉屋で働くようになって40年になる。人々は今も牛肉を買いに来るが、なるべく低価格な商品を探すのが常だと語る。

「客足は変わらないが、問題は買う量が減っていることだ。ほかの肉に乗り換える人もいるし、いつもお買い得品ばかり探している」

肉屋を営むダリオ・バランデグイさん(76)は、牛肉の中でも最も安い部位か、もっと安い肉が売れるようになっていると話す。「このところ鶏肉と豚肉の消費がかなり増えている」とバランデグイさんは言う。

自称「無政府主義的資本主義者」で、自由市場を信奉するエコノミストであるミレイ大統領は、前任のペロン党政権による牛肉価格の凍結を解除した。

「物価が非常に上がっており、牛肉もここまで高くなると手が出ない」と語るのは、教師のファクンド・レイナルさん(41)。バーベキューで交流する時間も減っていくと予想している。

「全般的にバーベキューの機会が減っている。このアルゼンチンの文化にとっては大切な要素なのに」【6月29日 ロイター】
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インフレの現状は・・・まだ落ち着くには至っていません。

****アルゼンチンCPI、8月は前月比+4.2%に加速 予想上回る****
アルゼンチン国家統計センサス局(INDEC)が11日発表した8月の消費者物価指数(CPI)は前月比4.2%上昇し、前月から伸びが加速した。アナリストは3.9%に鈍化すると予想していた。

前年比では236.7%上昇し、なお世界最高水準。ロイターがまとめた予想の235.8%も上回った。INDECは、前月比のインフレ加速は生活費、公共料金、教育、輸送費用が押し上げたと分析した。

前月比インフレ率は5月から4%前後で推移している。

一方、最近の調査によると、コスト高騰により今年の貧困率は少なくとも20年ぶりの高水準に達している。【9月12日 ロイター】
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しかし“前月比のインフレ率は直近4カ月でいずれも4%台を維持しており、沈静化の兆しも見られる”【9月12日 共同】という見方もあります。
確かに毎月4.2%で推移すれば年間では63%程度の上昇におさまりますし、ミレイ大統領が就任してからはひと頃の“狂乱”状態からは回復しています。

【自由放任主義者のミレイ大統領 政治的には中国と対極にあるものの、中国との経済関係を維持する現実路線】
昨年末の大統領選挙に当選したのが、チェーンソーを振り回して公的支出をぶった切ると叫ぶようなパフォーマンスでも有名になった自由主義を信奉する経済学者出身のミレイ氏。

従来の価格規制を廃止して経済を正常化させようという試みは「壮大な社会実験」ともなっています。

大統領就任後、さすがに中央銀行の廃止や経済のドル化などの過激な政策は手をつけていませんが、中央省庁削減やエネルギー・公共交通の補助金削減による財政健全化、通貨ペソの50%切り下げなど「ショック療法」を実施しています。

“その様相はまさに国民の耐久レース、いつまでの辛抱になるのかは誰もわかりません”【4月22日 西原なつき氏 Newsweek】

ミレイ大統領は“自称「無政府主義的資本主義者」”とのことですから、社会主義・中国とは対極に位置しています。
従来の左派政権が中国に接近したのに対し、選挙戦では“中国指導者を暗殺者と呼び、中国との経済関係を抑制する”と主張していました。

しかし、アルゼンチン経済にとって中国はアメリカ以上の重みがある存在、しかもアルゼンチンは上記のような「ショック療法」「壮大な社会実験」「耐久レース」の最中。

さすがに就任後は政治と経済は別物と切り分け、経済面での中国との軋轢は回避する現実路線をとっています。それは中国にとってもメリットのある関係です。

****〈中国との経済関係は断てない〉反共主義のアルゼンチン大統領が変えた現実路線と越えない一線****
 ウォールストリート・ジャーナル紙(WSJ)のラテンアメリカ特派員が、8月18日付け解説記事‘Argentina’s Milei Finds It Hard to Decouple From China’で、反中国的な言動で注目されていたアルゼンチンのミレイ大統領が中国との経済関係のデカップリングは困難と認め、現実的な対応を取っている旨解説している。要旨は次の通り。

中国は6月、数十億ドル相当の通貨スワップ協定を更新し、アルゼンチンの準備金に関する懸念を和らげ、多くの人を驚かせた。

強固な反共主義者のミレイは、米国との緊密な関係を維持しながらも、中国の投資と貿易はアルゼンチンの将来にとって不可欠であると述べ、より現実的なアプローチを取っている。中国は、リチウム採掘から農業に至るまで、主要な経済分野でアルゼンチンとの関係を深めている。

中国はブラジルに次ぐアルゼンチンの第2位の貿易相手国であり、昨年の貿易額は約200億ドル、米国の140億ドルを大きく上回っている。中国のアルゼンチン向け対外直接投資残高は2015年以降500%、30億ドル以上増加したとみられている。

ミレイは、長年の主要投資国である米国は最大の同盟国だと述べ、米国は依然としてアルゼンチンで影響力を保持している。ミレイ政権は、主要新興国によるBRICSへの参加を取りやめ、代わりに北大西洋条約機構(NATO)のパートナー国になることを求めた。

しかし、中国は依然として重要な経済大国であり、ミレイは西側諸国との地政学上の利益と中国との間の商業的利益のバランスを取ることを余儀なくされている。経済学者らは、アルゼンチンの経済危機を好転させるには、中国との経済関係の維持が不可欠だと指摘する。

18年の金融危機以来、国際市場にアクセスできずに債務不履行を繰り返しているアルゼンチンにとって、中国は重要な資金源である。アルゼンチンはラテンアメリカで中国の商業ローンの最大の受取国で、その大半は、現地本部を置く中国工商銀行からのものである。

前政権下で、アルゼンチンは中国の一帯一路構想に参加し、アジア投資銀行のメンバーとなり、地元企業が中国との取引に希少なドルの代わりに人民元を使えるための取り決めを確保した。

政治アナリストによると、トランプが11月に再選されれば、アルゼンチンや他の開発途上国に対し、中国との関係を断つよう圧力を強める可能性がある。ミレイはトランプを尊敬しており、昨年12月の就任以来、米国を5回訪問しているが、まだ中国を訪問していない。

ミレイは、中国との政治的な意見の相違が経済関係に影響すべきではなく、貿易問題は基本的に民間が決めることなので、自分が口出しする必要はない、とWSJのインタビューで語った。

アルゼンチンの中国専門家は、中国はこれまでのところアルゼンチンに対し、オーストラリアやリトアニアに対して行ったように外交問題について経済力で報復するのではなく、「戦略的に忍耐強い」アプローチを取っていると述べた。

中国がアルゼンチンに対して強硬な姿勢を取れば、アルゼンチンは間違いなく米国の懐に入り込むだろう。

アルゼンチンの国際貿易専門家は、中国は南米の膨大な天然資源を利用する必要があり、アルゼンチンは世界第3位のリチウム埋蔵量を持ち、家畜の飼料として使われる大豆粕の最大の輸出国であり、地政学的にアルゼンチンは明らかに中国と距離を置いているが、中国側のニーズを考えると、アルゼンチンとの貿易を制限するとは考えられず、商業面での影響はないと見ている。

*   *   *
就任後は鳴りを潜めた過激な言動
 昨年の大統領選挙キャンペーンにおいて、過激な言動で注目を集めたミレイの主張の1つが中国指導者を暗殺者と呼び、中国との経済関係を抑制するとの発言であった。これはリバタリアンとしてのイデオロギーに基づくと共に、これまでの左派政権との路線の違いを際立たせるものであった。

しかし、当選後はそのような烈しい中国批判は影を潜め、4月にはモンディーノ外相が北京を訪問し経済関係を強化することで合意し、ミレイは中国との貿易関係を抑制することはなく、通貨スワップも継続すると述べた。

アルゼンチンは、経済関係で中国に対して、金融面、貿易面、鉱業投資、交通インフラ、電力インフラ、ITインフラなどで、既に中国に相当に依存しており、300%近いインフレ、外貨準備の枯渇、経済の停滞と貧困の悪化の中で、中国との経済関係なしには経済再建はとても望めないのが現状である。

6月には、中国側が通貨スワップ協定の延長に応じたことにより外貨準備の最大の財源を確保することができ、貿易面では、中国からの輸入の増大による貿易赤字を埋め合わせるべく、大豆、牛肉、大麦に加えて小麦やトウモロコシの輸出を計画しており両国間の貿易関係はさらに拡大するであろう。

中国は、元々ラテンアメリカ地域においてアルゼンチンを重視してきており、12年にアルゼンチンでの宇宙レーダー基地建設の合意を取り付け、14年に二国間関係を「総括的戦略的パートナーシップ」に格上げした。アルゼンチン側も17年にはアジア投資銀行に加盟し、22年にはフェルナンデス大統領の下で一帯一路構想に参加した。

前政権までのペロン派政権の下で、中国は、多くのインフラプロジェクトへの融資や世界最大規模の通貨スワップでアルゼンチン経済を支え、その見返りとして、世界第3位の埋蔵量を誇るリチウム採掘への投資、中国工業製品の市場の確保といった経済面での利益の確保を目指すと共に、宇宙レーダー基地の増強、マゼラン海峡に臨む戦略上の要所での港湾建設、中国製戦闘機の売り込み等の地政学面での関係強化に努力を重ねて来た。

政治的には一定の距離
中国との経済関係の抑制を公約していたミレイが、大統領就任後このような中国との相互依存関係に理解を深め、対中経済関係を維持する方針に転換したことは確かだが、政治面では必ずしも中国に歩み寄っているわけではない。むしろ、政経分離で中国とは距離を置こうと努めているようにも観察される。

BRICS加盟への招待を断り、他方でNATOのパートナー国としての地位を求めたことが象徴的だ。6月頃にはミレイが訪中するとの報道もあったが、その後実現していない。

ミレイ自身が自由貿易派であり貿易は民間がやることなので政府としては口を出さないとも述べており、中国との貿易拡大についても歓迎はするが冷ややかな態度である。中国側から見て最近の対アルゼンチン関係は決して順調とは言えない。

アルゼンチン経済立て直しに中国による協力が不可欠とする立場からは、政経分離はいずれ経済面でも悪影響を及ぼすのではないかとの懸念もある。しかし、二国間の関係悪化は、アルゼンチンをラテンアメリカ外交の拠点国と位置付けようとしてきた中国の方にむしろ失うものが多く、強硬策は取らないと思われる。

逆にミレイ側は、経済的デカップリングは行わず対中国関係の経済的利益は享受するが、政経分離で政治面では中国寄りの対応は取らず、その限りにおいて政府間で水面下での緊張関係が継続する可能性もあると思われる。【9月12日 WEDGE】
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