孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

“白い肌”を求めるブラジル 黒人以外に市民権を認めないリベリア そして“同質社会”日本では

2018-03-26 21:45:33 | 人権 児童

(日本で黒人ハーフの子供を育てるのを諦め米国に帰る決意をした黒人と日本人の親子【本文参照】)

ブラジル:肌の色で社会階級がほぼ完全に決まる
ブラジルと言うと、リオのカーニバルで躍動する黒褐色の肌・・・というイメージもあるのですが、ブラジル社会では「白い肌」が求められているとか。美しさ云々の話ではなく、“肌の色で社会階級がほぼ完全に決まる”という現実があるそうです。

****ブラジルで米白人男性の精子需要が急増****
「青い目の子供が欲しい」
黒人や混血人種が大半を占めるブラジルで、白人米国人男性ドナーからの精子輸入が急増している

「宝石のような目」に金髪、そして「少しばかりの淡いそばかす」。オセロは、黒人か混血が大半を占めるブラジル人とは見かけが全く異なる。

だが、シアトル精子バンクが「白色人種」と表現するこの米国人のレジ係は別名「ドナー9601」。異例のペースで、若い米国人男性のDNAを輸入する裕福なブラジル女性から、最も多くのリクエストを受ける精子提供者の1人だ。
 
米国からブラジルへの精子輸入は、過去7年に急増した。裕福な独身女性やレズビアンのカップルが、肌の色が薄く、出来れば青い目をした子供の誕生を手助けしてくれるような精子ドナーをインターネット上で選んでいるためだ。
 
米バージニアのフェアファクス精子バンクの研究所長、ミッシェル・オッテイ氏は、ブラジルは精子の輸出先として急拡大している市場の1つだと話す。

同バンクはブラジル向けの精子輸出で最大手だ。当局者や精子バンク関係者によると、昨年、ブラジルの空港には、液化窒素で冷凍された外国人男性の精子を入れた500本以上の試験管が到着した。2011年の16本から急増している。ブラジル保健当局による2017年の公式データはまだ発表されていない。
 
米国の精子バンクの責任者らは、ブラジル人が求める精子の傾向は、全世界で共通すると指摘する。シアトル精子バンクのフレデリック・アンドレアッソン最高財務責任者(CFO)は、「われわれが保有、そして販売する精子の大半は白人、金髪、青い目の男性ドナーによるものだ」と述べる。
 
サンパウロ在住のデータアナリスト、スージー・ポマーさん(28)は、誰もが「可愛い子供」が欲しいと願うが、偏見が今も根深いブラジルでは、両親の多くにとって、これは「白人系、つまり目や肌の色が薄い」ことを指すと語る。

彼女は過去に乳がんの症状が疑われたことがきっかけで、パートナーであるプリシラさんとすぐにでも子供が欲しいと考えるようになり、昨年妊娠することを決めたという。
 
白人男性ドナーが好まれる背景には、肌の色で社会階級がほぼ完全に決まるブラジル社会で、人種への執着が今でも根強く残ってることを反映している。

ブラジル国民の50%以上は、黒人かまたは混血が占める。西側諸国で奴隷制度の廃止が最も遅かった米国の10倍以上もの黒人奴隷がアフリカからブラジルに連れてこられた歴史の名残だ。

白人の開拓者と移民――その多くは支配層エリートが「白人化」を目指した19世紀終盤から20世紀初頭にかけてブラジルにやって来た――の子孫は、ブラジルの政治的権力と富の大半を支配する。
 
このように人種的に分断されたブラジル社会では、色素の薄い子供を持つことは、高水準の給与から警察による公正な扱いまで、子供に明るい人生を提供する手段だと考えられている。
 
またこうしたトレンドは、ブラジル社会の変化も映す。男女格差の解消で一定の成果が出ていることで、キャリアを積み、出産を遅らせる女性が増えた。

一部の女性は夫を探す時間も意欲もなく、また多くの女性は単身でも子供を育てる経済的な余裕がある。

一方で、レズビアンのカップルの間では、最近の規制改定により、両方の名前で子供を登録することが容易になったことで、男性の精子ドナーを求める動きが増えている。
 
2016年のデータによると、輸入精子の購入者のうち、41%は異性同士のカップル、38%は単身女性、21%はレズビアンのカップルだった。だがとりわけ、単身女性とレズビアンのカップルの需要が急増しているという。
 
一方、輸入精子には手が出ないものの、青い目の赤ちゃんが欲しいブラジル女性の多くにとって、 フェイスブック は常に頼れる存在だ。性関係を持つか、無針注射器を使って、無料で妊娠の手伝いをするとの投稿が毎月後を絶たない。(後略)【3月25日 WSJ】
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リベリア:「白人は黒人リベリア人を絶対に奴隷化するだろう」】
“白人の開拓者と移民の子孫は、ブラジルの政治的権力と富の大半を支配する”ブラジル社会に対し、アフリカでは植民地支配の結果として類似の社会構造があります。

南アフリカではアパルトヘイトの名残と今も闘いが続いていますが、解放奴隷の国リベリアでは、白人支配を警戒して、アフリカの血統を持つ人のみに市民権を制限する条項が憲法に規定されているそうです。

元サッカー選手の新大統領は、この差別的条項を撤廃しようとしていますが、国民からは反発も。

****リベリア――肌の色で市民権が決まる国****
トニー・ヘイジさんは50年以上リベリアで暮らしている。
リベリアは、彼が大学に通った地だ。彼が妻となる人に出会った地だ。彼がビジネスで成功を収めた地だ。


たくさんの人々がこの国の不安定な日々から逃げ出しても、彼はとどまり続けた。彼は、自身が愛し、ふるさとと呼ぶ国の成功を見届けようと固く決意していた。

しかしヘイジさんは、リベリアでは二級市民だとされている。実際、彼は市民ですらないのだ。肌の色と、家族のルーツがレバノンにあるという理由で、リベリア社会の正式な一員となることを妨げられている。

「彼らは私たちを奴隷にするだろう」
アフリカ西岸にあるリベリアは、米国での想像もできないような苦境から脱出し、アフリカ大陸に戻ってきた解放奴隷の居住地として建国された。

だから、もしかすると、「解放された有色人種の避難所かつ安息の地」に憲法がつくられたとき、アフリカの血統を持つ人のみに市民権を制限する条項が加えられたのは驚くにはあたらないのかもしれない。

数百年後、リベリアの新しい大統領、元サッカー選手のジョージ・ウェア氏は、この規則を「不必要で、人種差別的で、不適切だ」と表現した。

その上ウェア大統領は、人種による差別は、「自由」を意味するラテン語「liber」に由来する「リベリアのそもそもの定義に矛盾する」とも述べた。

この表明は、リベリアの一部に衝撃を与えた。
「白人は黒人リベリア人を絶対に奴隷化するだろう」と、実業家のルーファス・ウラグボさんはBBCにはっきりと語った。

ウラグボさんは、黒人だけに認めている市民権をいかなる形で拡大することも、リベリア人が自ら自国を成長させる機会を損なうのではと恐れている。特に、他国から来た人に私有財産を認めるのは危険だろう、とウラグボさんは言う。

このような恐怖を公に語るのは、ウラグボさんだけではない。新たな権利団体「非黒人の市民権と土地所有権に反対する市民活動」が、大統領の計画に抗うべく設立された。

「全ての国に、建国の土台となった基盤がある。その基盤を弱体化してしまったら、国は絶対に崩壊する」と団体のリーダー、フッビ・ヘンリースさんはBBCに語った。

ヘンリースさんは、ウェア大統領は「リベリア人のための正しい政策に心を注ぐべきだ」 とした。
「いま最優先で注力すべきことは、リベリアの商業や農業、教育を軌道に乗せることであって、非黒人に対する市民権や土地所有権についてではない」とヘンリースさんは語った。

ウェア大統領が憲法を変える以外にも困難な仕事を抱えているのは事実だ。

豊富な天然資源を抱えているにもかかわらず、リベリアの2017年の1人当たり平均年収はわずか900ドル(約9万4500円)で、228カ国中225位だった。
比較すると、1人当たり平均年収はアメリカが5万9500ドル、イギリスが4万3600ドルとなっている。

実際、リベリアの国内総生産(GDP)の3分の1は国外在住のリベリア人から納められたものだ。いくつもの家族が、米国からの送金に完全に依存している。

ウェア新大統領は、この状況に対する評価を率直に述べている。「リベリアは破産状態にあり、私はそれを修復する」。
長年続いた内戦や、2014年に起きたエボラ出血熱の大流行が引き起こした壊滅的な影響の後にもたらされたこの約束は、ほとんどのリベリア人の耳に心地よく響いている。

しかしヘンリースさんは、今法律を変えることは、2歳の少年(リベリア人)と45歳の大人(外国人)にボクシングをさせ、フェアな戦いが行われるかどうか見守るようなものだと言う。

「大人は小さな子供を不当に扱うだろう」とヘンリースさんは語った。「リベリア人のビジネスは外国人のそれと同じレベルにないのだ」。(後略)【3月6日 BBC】
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日本:枠組みに収まらない人間は虐げられるか弾き出されるか収まるよう強いられる
“同質社会”日本では、肌の色の違い、特に“黒い肌”には様々な“視線”が向けられます。

下記に対する日本人ネットユーザーの反応は、黒人男性の“被害妄想”、日本の常識に否定的な日本人妻への嫌悪・バッシングであふれています。

確かに、指摘されるような点も見受けられますが、“差別”を感じている側への反応として、“被害妄想”、“とっとと出ていって”といったものしかないのも・・・・。


****差別を受け日本で黒人ハーフの子供を育てるのを諦め米国に帰る決意をした黒人と日本人の親子****
私は日本で黒人と日本人との間で生まれた子供を育てている、このブラックフェイスに囲まれた国で

黒人である私は日本の東京、人口の98.5%が日本人であるこの同質社会の国に住んでいる。妻のハルキは日本人であり、私の4歳の娘カントラは幼稚園のクラスで唯一の黒人の女の子だ。

私は妻が娘を産んだ直後に、日本の産婦人科で働く看護師が娘をハル・ベリーと呼んだことをよく覚えている。それは私の娘が聞いた最初の言葉だった。それを聞き混乱している私の様子を見てその看護師は「違った、ナオミ・キャンベルかな?」ととんちんかんなフォローをした。

娘のカントラは2013年の夏に生まれた。専業主夫の父として私はインターネットを通じてセサミーストリートを見せて娘にアルファベットや色、形、数字を英語で教えた。

私は日本のテレビを見せることを考えたが、妻は私に日本のテレビ番組は定期的にブラックフェイスを使っていると説明しそれを止めた。(中略)

私が日本に住み始めたのは2011年の頃だった。最初の2年間は混乱した、私が狂っているのか、それとも日本はアメリカと同じなのかと。黒人として、私は "White Fear" と自分が襲われる可能性を感じ取ることに慣れていた。

(White Fear:白人が潜在的に黒人を恐れること。アメリカで相次いだ警察官による黒人射殺事件やKKKによる人種差別運動もアメリカの白人が潜在的に持つ黒人への恐怖が引き起こしたと説明されたりします。)

東京の地下鉄では通勤者は私の近くに座ったり立ったりしようとしなかった。私はそれが過度に不安に感じているだけの思い過ごしなのか、それとも知らず知らず彼らを不快にさせていたのかわからなかった。人々は私と距離を保ったが私を奇妙な物でも見るかのようにじっと見つめてきた。

エスカレーターを利用したり食料雑貨店やバス停で列に並んで待ったりしていると、近くにいた女性がそわそわしだし自分のハンドバックをギュッと抱きかかえたり振り返って何度も私の顔を見たり、まるで私から身を守るかのような動きを見せた。

定期的に英語の教師としても働いているのだが、学校の子供たちは私がボブ・サップのように見えると言ってくる。ボブ・サップとは格闘家であり日本のバラエティ番組で活躍したアメリカ出身の黒人だ、彼はよく凶暴なキャラクターを演じていた。

私が妻のハルキに子供たちからサップみたいだと言われると伝えると彼女はこう言った。「それよ、だからうちにはテレビを置きたくないの。彼らはあなたが黒人だからそう言ってるの、ただ黒人であるというだけで。」

地下鉄や鉄道の駅構内では黒人の顔をまねて顔を黒く塗ったブラックフェイスの日本人が写った広告が目に入る、それはキツネに化かされたような光景だった。

「娘のカントラが毎日日本のテレビを見るのを想像してみなさいよ、あの子はきっと怯えるわ」と妻は言った。だがテレビを娘から遠ざけるだけでは彼女にブラックフェイスを見せないのに十分ではなかった。

「パパ、あれは何?」私の4歳の娘は昨年11月に私に尋ねてきた。私たちは地下鉄に乗っていた。そこには顔を黒く塗った日本人男性の広告が壁に貼ってあった。

「ごめんね。」妻は娘をその広告から引き離しそう言った。「これはイジメよ」と妻が言った。 「それ怖いね」と娘は答えた。

その広告は『陸海空地球征服するなんて』という日本のテレビ番組を宣伝していた。それはブラックフェイスの日本人がアマゾンに行き地元の部族の中に入り混じり野蛮な感じで肉にかぶりつくというものだった。

これらの日本のメディアが伝えるイメージが日本の子供たちの黒人に対する視点を形作っているのだ。

ブラックフェイスはカントラにこう教えるだろう、お前は醜く笑われる存在だと。私たちの愛する娘は "恐れられる対象" であり、彼女の縮れた髪の毛は "笑える特徴" なのだ。

私は娘の美しい褐色の肌と茶色のアフロを誇りに思ってくれるように彼女を育てようとしているが、それ自体が日本のモノカルチャー、単一的な文化への挑戦となった。

日本に暮らす日本人とのハーフの子供たち、あるいは日本人以外の子供たちは自分自身を憎むように強いられる危険性が常にある。集団主義的な日本ではその枠組みに収まらない人間は虐げられるか弾き出されるか収まるよう強いられる、たとえそれが日本人であってもだ。

それはアメリカの白人が大多数の地域で育ち黒人の両親を持つことによって葛藤した私の子供時代を思い出させた。"自分たちはお前よりも優れている、なぜなら自分は白人だからだ"、そう言い放ってくる白人の同級生の中で育った私は家族から黒人としての誇りを失ってはいけないと教えられてきた、それは今でもだ。

両親が私にそうしてきたように私も娘のカントラにそれを教えてきたが、私たちの家の外にあるすべてのものが物事を複雑にした。

娘は日本で生まれ日本で育ったが彼女は日本人とはみなされない、なぜなら日本人らしくない容姿だからだ。

最初、娘は他の子供たちがなぜ遊んでくれないのかを理解していなかった。幼い我が子に人種差別を説明することはできなかった。私はそれができないことに、そんなことをしなければいけないことに憤りを感じた。

「あんな子供達のことは忘れてしまうんだ。カントラはあんな子たちとは違う。」私は自分の子供時代を思い出しながらそう言った。「パパはカントラを愛している。お前は恐れを知らない強い子だ。強くあることを忘れてはいけないよ。」

私が娘を学校に送り迎えに行くときには、私は日本の主婦たちに "私がここに属していない" ことを強く認識させられる。彼女たちは睨みつけるように私を見る、そして私の存在を認めることはめったにない。

彼女たちにとって私は "存在しない" か "不愉快/厄介な存在" なのだ。 外国人であり、さらにこの時間に仕事をしていない専業主夫の父である私は彼女たちからすると極めて "間違った存在" に映っていた。

そして私の存在は、私の子供のさまざまな特徴や育ちを余計に際立たせた。

公園などの遊び場に集まる母親たちも同じだった。またその母親たちの子供らは彼女たちのアバターであり分身だ、そして彼らは母親たちがそうするように外国人に接した、そう、私の子供に。日本では子供たちは日本のことわざを学ぶが「出る杭は打たれる」ということわざはまさに娘に対する扱いを象徴していた。

カントラが2歳のとき、彼女は公園の遊び場でそこで遊んでいた少年に向かって一緒に遊ぼうと頼んだ。すると少年はボクサーのように身を構え娘に向かって腕を振り回した、その拳は娘の笑顔からほんの数インチ前で止まった。

子供たちは娘がまるでキングコングであるかのように彼女から逃げだした。その場にいた少女は 「Kowai (怖い)」と言いながら、溺れかけた人のように必死に母親にすがりついた。

カントラはその女の子の腕を引っ張りながら 「ねぇ、遊ぼうよ」と言っていた。彼女の純真さが否定される所を目の当たりにするのはただただ悲しかった。

ほぼ毎日、カントラが受け取る答えは同じだった。「どこかにいって!」

そんな日々を通してカントラは、子供たちと遊ぶための道筋としてまずその母親と仲良くなることを学んだ。

今、娘は幼稚園の初年度を終えようとしている。 彼女はじっとしていることができず、いつも歌を歌う、生命感を体中からほとばしらせるような活発な子に育った。時にはその元気さに疲れることもあるが、私は彼女がそれを失うことを望んでいない。(中略)

カントラが成長するにつれて見せてくる変化は、この国との私との関係をさらに複雑にしていった。

最近カントラは「パパ、私は学校に行きたくない」と言うようになった。「パパとママと一緒に家にいたい」

私が娘を学校に迎えに行った後の帰り道では、彼女がその日の出来事を話そうとはしなくなった。

以来私は毎朝娘を鏡の前に立たせ、彼女と一緒に鏡に映る自分に向かって「私は自分が好きだ。私は賢い人間だ。私は美しい。私は強い。」というようになった。逆境に立ち向かうために、カントラは私の行動を模倣した。

それは私にある決意をさせるに十分な光景だった。

日本に住み始めてからほぼ7年、私はこの国に慣れた。それまで不快に思えたものにも慣れた。私は家族を与えてくれた日本が大好きだ。私たちはこの国で良い人生を送ってきたし、この国は美しい。だがしかし、カントラのために、私たちは妻がビザを取得した後にアメリカに戻ることに決めた。

娘は彼女のように見える人がたくさんいる環境にいるべきだ。娘はもっと自分自身に誇りを持つべきであり誇りに思えることがたくさんある子だ、だがここにいてはそれに気づくことができない、日本人の価値観を通して黒人である自身を見ることはそれを妨げる。(中略)

私は娘が自分の生まれた国を、母親が生まれた国を受け入れつつも黒人女性として強くあれるように育てるにはどうしたらいいのか悩みに悩んだ。日本では、カントラは常に "よそ者" のように扱われてしまう。彼女がどれだけ日本語をうまく喋れるかは関係ない、日本で生まれようとも日本で育とうとも。

私の娘の話に最も近いのは、2015年にミス・ユニバース・ジャパンとして選ばれた 宮本エリアナ だろう。

彼女はアフリカ系アメリカ人の父親と日本人の母親との間に産まれ日本で育った。後にモデルとなりミス・ユニバース日本代表として選ばれたのだがこれが大きな物議を呼んだ。ほとんどの日本の人々は彼女が日本を代表することを望んでいなかった。宮本エリアナは "日本人に見えなかった" からだ。仮に彼女がガングロ、肌を黒く焼き黒人の真似をする日本人だったとしたら人々から容認されたかもしれない。

最近では娘は、遊び場に飛び込んでいく前にその淵にまず立ち、混血か外国人あるいは純粋な日本人に見えない子供を探すようになった。彼らを見つけてから彼女は駆け出し遊ぶようになった。

娘は同じ世代の子供たちとは違って見えるが、それでも日本は彼女の母国でもある。この島国にはカントラのような少数の子供たちが散在している。

娘のカントラは強い子だ、私と妻はいつも彼女のたくましさに圧倒される。そしてそんな彼女が私たちから何かを学ぶなら、それは共感の心であってほしいと思う。私たちは誰かが誰かよりも上だとか下だとかそういったことは彼女に教えていないしこれからもそうだろう。

娘が学校から帰ってきて「パパ、黒人って他の人と違うの」と言った時も私はこう答えた「そうじゃないよ、皆それぞれ違っているんだ」 【https://kaikore.blogspot.jp/2018/03/raising-black-daughter-japan.html
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2 コメント

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Unknown (Unknown)
2019-06-18 19:16:31
  
Unknown (中米大好き)
2019-07-27 14:14:41
大変興味深い文章でした。個人より集団を優先する日本がいかに排他的か改めて分かりました。
見当違いなことを言うようではありますが、一つ言わせていただきますと、「陸海空 地球征服するなんて」で顔を黒く塗った日本人がいて不快な思いをされたということでしたが、恐らくその人物は「友寄 隆英」というテレビ朝日のディレクターで演者としても出演されている方です。彼はナスDと愛称で呼ばれています。
彼が黒塗りをしていた理由は、とある部族に取材に行った際に、現地の人から健康にいいと言われたボデークリームのような液体が、実はタトゥーの染料にも使われる液体であり、彼の身体はく、黒色(濃い紫)のような色に染められてしまいました。
何も知らない方がその姿をみると何故そのような格好をしているのかと思われると思いますが、悪意があったものではないと思います。
失礼しました。

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