(トルコ・イスタンブールのボアジチ大学の外で警官に拘束される女性(2021年2月1日撮影)【2月2日 AFP】)
【ロシア製ミサイル購入問題、ギュレン師の問題などで対立が続く米トルコ関係】
アメリカの同盟国としてのNATO加盟国であり、また、シリア、リビア、アルメニア・アゼルバイジャンなどの紛争地域における重要プレイヤーを演じることが多い地域大国トルコとアメリカの関係が制裁を課すほどにギクシャクしていることはトランプ前政権以来のことですが、バイデン新政権に変わってもその構図に大きな変化はなく、依然として緊張関係が続いています。
****バイデン米政権、露製兵器購入でトルコに懸念表明 強権体制を牽制****
サリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は2日、トルコのカリン大統領報道官兼筆頭外交補佐官と電話で会談した。ロイター通信によると、両国の公式な接触はバイデン米政権発足以来初めて。
サリバン氏は北大西洋条約機構(NATO)加盟国のトルコがロシアから防空システムS400を購入した問題で、「同盟の結びつきと有効性を傷つける」と懸念を示した。
トルコは2019年にS400の購入を開始、NATOの防衛網に悪影響が出るとして欧米の加盟諸国から批判が相次いだ。トランプ前米政権は最新鋭ステルス戦闘機F35の共同開発計画からトルコを排除、昨年12月に制裁を科した。
一方、サリバン氏は海洋権益をめぐって対立するトルコとギリシャの間で和解の兆しが出てきたことについては、歓迎する意向を示した。
トルコは昨夏、東地中海のギリシャとの係争海域に資源探査船を派遣し、同国やフランスとの関係が悪化。その後、派遣を段階的に中断したことで対話ムードが生まれ、トルコとギリシャは先月25日、約5年ぶりに海洋境界に関する協議を行った。
また、サリバン氏は政権として民主主義や法に基づく統治を支持するとも述べた。トルコのエルドアン政権は16年のクーデター未遂事件の後で公務員らを大量拘束するなど、人権抑圧に批判の声が上がっている。サリバン氏の発言には間接的にトルコを牽制(けんせい)する意味合いもありそうだ。
ただ、米の政権交代を受けてエルドアン政権の強権的な姿勢が本格的に変わるかはまだ不透明だ。
エルドアン大統領は1月初め、最大都市イスタンブールの名門大学の学長に与党「公正発展党」(AKP)に近い学外の人物を任命。同大の教員や学生らが反発し、今月1日には抗議デモを行った学生ら約160人が拘束された。【2月4日 産経】
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****トルコ内相「16年のクーデター未遂の背後に米国」 米国務省は否定****
トルコのソイル内相は4日、2016年に同国で起きたクーデター未遂事件について、背後に米国が存在していたとの認識を示した。地元紙ヒュリエットが報じた。
米国務省は内相の発言について「全く誤りだ」との見解を表明した。
クーデター未遂は2016年7月15日に発生。トルコ軍の一部が政権転覆を狙い、軍用機や戦車を展開し、250人以上が死亡した。
エルドアン政権は在米イスラム指導者ギュレン師をクーデター未遂の黒幕と主張しているが、同師は関与を否定している。
ソイル内相は「7月15日の背後に米国の存在があったことは非常に明らかだ。(ギュレン師のネットワーク)FETOが彼らの指示を受けて実行した」と述べた。
米国務省は「米国は2016年のトルコのクーデター未遂に全く関与しておらず、直ちに非難する。トルコ政府高官は最近、反対の結論を下したが、全くの誤りだ」との声明を発表。
「トルコの事件は米国に責任があるという事実無根の無責任な主張は、北大西洋条約機構(NATO)同盟国、また米国の戦略的パートナーとしてのトルコの地位と矛盾する」と述べた。
トルコ政府は、米国のバイデン新政権発足を受けて、対米関係の改善を望む姿勢を示していた。ただバイデン大統領はトルコの人権問題に対し強硬な姿勢で臨むとみられている。【2月5日 ロイター】
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“ブリンケン米国務長官は15日、イラク北部の軍事作戦でトルコ軍人などの捕虜13人を殺害した少数派民族クルド人の武装組織「クルド労働者党(PKK)」を非難する姿勢を改めて示した。”【2月16日 ロイター「米国務長官、PKK非難の姿勢明示 トルコ人殺害で」】という記事も、一見するとアメリカとトルコの足並みがそろったようにも見えますが、実際は背後にある不協和音の方が問題のようです。
****対クルドで緊張くすぶる トルコ、米国の声明に反発****
トルコが国内少数派クルド人の武装組織によるトルコ人殺害を発表したことに関し、米国が事実関係を疑問視するかのような声明を出した。
背景には、トルコの強硬な対クルド人政策への米国の不信感があるとみられ、トルコ外務省は15日、駐トルコ米大使を呼び出し、強く抗議した。直後の外相電話会談で双方はひとまず協調姿勢を確認したが、緊張はくすぶり続けそうだ。
トルコは14日、反政府組織・クルド労働者党(PKK)が潜伏先のイラク北部で「トルコ人13人を処刑した」と発表。アナトリア通信によると、治安当局はこれを受け、国内でクルド系野党・国民民主主義党(HDP)の関係者を含む700人以上の身柄を拘束した。
一方、米国務省は声明で、殺害発表について「PKKの手によるトルコ市民の死が確認されれば、可能な限り最も強い表現で非難する」と述べた。トルコのエルドアン大統領は、この条件付きの非難声明について「米国はPKKの味方をしている」と強く反発した。
チャブシオール外相はその後、ブリンケン米国務長官とバイデン政権発足後初の電話会談を行い、声明に対する不満を伝えた。ただ、相互の立場尊重に基づく対話継続でも合意し、両国間のさまざまな懸案事項について意見交換したという。
北大西洋条約機構(NATO)を通じた同盟関係にある米トルコ両国は近年、トルコがロシア製地対空ミサイルシステム「S400」を導入した問題などで確執を深めている。これまでトランプ前米大統領とエルドアン氏の個人的に良好な関係により一定以上の緊張は回避できていたが、米政権交代で関係悪化が進む恐れもある。【2月16日 時事】
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上記のトルコ側の強い不満を背景に、外相会談におけるブリンケン米国務長官の“PKKを非難する姿勢を改めて示した”ということがあるわけですが、米トルコ外相会談は数週間前から予想されていたことであり、米国務省報道官は駐トルコ米国大使の召喚を受けて電話会談が開催されたかどうかには言及しなかったとのこと。【2月16日 ロイターより】
【強権支配・イスラム主義を強めるエルドアン政権への米側の不信感】
両国関係がギクシャクする背景には、強権支配・イスラム主義の傾向を強めるエルドアン大統領へのアメリカ側の不信感があります。
エルドアン政権の強権体質的な側面は、下記事例にも現れており、アメリカ側の不信感を招いています。
****名門大学の学長人事に介入 トルコ大統領 抗議学生ら拘束、米政府も批判****
トルコの最大都市イスタンブールにある名門大学の学長人事をめぐり、エルドアン大統領が与党に近い学外の人物を任命して教員や学生が反発、対立が深刻化している。
1日に起きた抗議デモでは学生ら約160人が警察当局に拘束され、米政権や国連から批判が出た。トルコ外務省は「内政問題」だとして干渉を拒否し、対立は国際問題に発展しつつある。
問題となっているのは、国内トップクラスの国立大であるボアジチ大学。ロイター通信などによると、エルドアン氏は1月初め、かつて与党「公正発展党」(AKP)から国会議員選に出馬した人物を学長に任命するとの大統領令を出した。
同大の教員や学生は「非民主的」な人事だとして撤回を要求、抗議デモを繰り返してきた。大学側によると過去30年以上、学外から学長が選ばれたケースはないという。
一方、エルドアン氏は3日、デモに参加している学生らは国民に必要な価値観を持たない「テロリスト」だと批判した。在トルコの記者によると、学長は学内の選挙で選ばれてきたが、現在は多くの大学でエルドアン氏が直接任命している。
最大野党、共和人民党(CHP)の党首が「醜い事態」を収拾すべきだとして学長に辞任を求めるなど、与野党間の政治問題にもなっている。
米国務省のプライス報道官は3日、デモを行う権利は「民主主義の自由の基盤」だとして学生らを支持した。国連も行き過ぎた力の行使をやめるべきだと政権に自制を求めた。
エルドアン氏は2016年のクーデター未遂事件発生を受け、公務員やジャーナリストらを大量拘束するなど強権統治を進めており、欧米から批判を受けている。【2月5日 産経】
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日本では菅首相の日本学術会議任命拒否問題がありましたが、どうなったのでしょうか・・・
それはともかく、“抗議デモでは学生ら約160人が警察当局に拘束”ということには、性的マイノリティLGBTの問題も絡んでおり、エルドアン政権のイスラム主義的体質を示しています。
****トルコ大統領、LGBTの若者を非難 学生集会で約160人逮捕****
トルコの学生による抗議集会で、イスラム教の聖地とLGBT(性的少数者)を象徴する虹色の旗「レインボーフラッグ」を並べて描いた絵が掲げられたことを受け、レジェプ・タイップ・エルドアン大統領は1日、トルコのLGBT運動は「破壊行為」だと非難した。
先週末、イスタンブールにあるボアジチ大学で行われた学生集会では、イスラム教の聖地とレインボーフラッグを一緒に描いたとして4人が逮捕された。
1日、これを非難するエルドアン大統領の演説が放送されて間もなく、同大学では再び抗議集会が行われた。ソーシャルメディアに投稿された映像によると、警察は平和的に抗議していた学生らを引きずって連行した。現場にいたAFPの記者らも、何人かの学生が警察に引きずられる様子を目撃している。イスタンブール県知事によると、159人の逮捕が確認されている。
エルドアン氏は、「わが国の若者たちを、LGBTの若者としてではなく、わが国の輝かしい過去に生きた若者のように未来へと導いていく」と、与党・公正発展党の党員へ向けた動画メッセージで発言。さらに「あなたたちはLGBTの若者でも、破壊行為をする若者でもない。それどころか、あなたたちは傷ついた心を修復する人たちだ」と述べた。
人権団体らはエルドアン氏が18年に及ぶ在任期間を通じ、大半の国民がイスラム教徒であるものの公式には世俗国家であるトルコの社会を、保守的な方向へ導いていると非難している。
トルコでは先月、エルドアン氏が自らに忠実な人物をボアジチ大学の学長に任命したことがきっかけで、学生による抗議行動が相次いでいた。 【2月2日 AFP】
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エルドアン政権のもとでは、性的マイノリティLGBTがテロリスト扱いされる一方で、女性に対する暴力は「男らしさ」という価値観から容認されやすい傾向もあります。
****脅かされる、トルコの女性 夫らの暴力、年間500人が命絶たれる****
男女間の格差が今も根強く残るトルコで、女性の人権が脅かされている。夫や交際相手らによる暴力がやまず、最近では1年間に500人近い女性が命を絶たれている。何が起きているのか。
■母の死、理解できぬ3歳の子
「私たちが今も生きていられるのは、この子の存在があるからなんです」
最大都市イスタンブールにあるアパートの一室。犬のぬいぐるみが置かれた子ども部屋で、アフメット・ペリットさん(61)がつぶやいた。傍らには孫の3歳の男の子。その母で、そしてアフメットさんの娘のトゥーチェさんは2020年1月、27歳の若さで亡くなった。夫に殺されたのだ。(中略)
■「男らしさ」守る社会背景に
女性の権利擁護団体「We Will Stop Femicides Platform」の推計によると、トルコで家庭内暴力や交際のもつれなどにより男性によって殺された女性は11年に121人だったのが、18年には440人に、19年は474人に増えた。女性の社会進出が進むにつれ、男性とぶつかることが多くなったことなどが原因との見方がある。
夫や交際相手などが加害者であることが多く、離婚協議中に事件が起こることもしばしばだ。同団体のヌルシェン・イナルさん(58)は「トルコでは就職面接を受ける女性が『結婚するの?』『子どもは産むの?』などと平然と問われることもある。男女平等など存在しない」と訴える。
トルコは政教分離に基づく世俗主義が国是で、他の中東諸国より女性の社会進出が進んでいるとされてきた。だが世界経済フォーラムの男女格差(ジェンダーギャップ)ランキングでみると、153カ国中130位(日本は121位)に位置する。
バフチェシェヒル大のニルフェル・ナルル教授(社会学)は、背景の一つに男性が女性よりも強く優位に立つ「男らしさ」を守ろうとする社会構造があると指摘する。
社会での女性の活躍についても、男性によっては「優位」が脅かされると捉え、離婚などの重要な問題で女性が主導的になろうとすると、暴力に転じることがあるとみる。また、イスラム教保守層の影響を指摘する声もある。
ナルル教授は、幼いころから「男女は平等だ」という意識を持たせることが重要だとし、「日本のように家庭科の調理実習でともに料理を作って、同じ立場で生きていることを実感させるような体験も有効だ」と話す。
■暴力防止条約、脱退の動き 残留派は反対デモ
イスタンブールでは2011年、女性に対する暴力や性差別の防止を目指す欧州評議会の条約が署名された。「イスタンブール条約」とも呼ばれ、トルコは最初に批准した。ところが今、保守層からの反発や、条約脱退を検討する動きも出ている。
地元メディアなどによると、政権与党の幹部や保守層には「条約に署名したのは間違いだった」「離婚や不道徳な生活スタイルを助長する」という意見がある。昨夏には、エルドアン大統領が条約批准の見直しに言及したと伝えられた。
これに対し、イスタンブールや西部イズミルではデモが行われ、参加者は「条約は命を救う!」などと叫んだ。国際人権団体は、「条約からの脱退は何百万もの女性や少女に悲惨な結果をもたらす恐れがある」と警鐘を鳴らす。
被害女性の支援をするトゥバ・トルン弁護士(33)は、「脱退が現実になればトルコのイメージにも大きな傷がつく。何より、女性への暴力が許されるのだという間違ったメッセージを与えかねない」と訴える。【1月20日 朝日】
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当然ながら、こうしたエルドアン政権の強権的あるいはイスラム主義的体質というのは、一人エルドアン大統領の問題ではなく、それを国民の過半が容認しているというところに根ざす問題でもあります。
イスタンブールなど都市部ではエルドアン大統領への批判は強いものの、地方では大統領に対する根強い支持があります。
性的マイノリティや女性の権利を重視する立場をとるバイデン新政権としては、こうした強権的あるいはイスラム主義的傾向を強めるエルドアン政権・地域大国トルコとどのように向き合うのか・・・トランプ前政権以上に難しい問題です。