(シリアイドリブ県で展開するトルコ軍兵士(2月10日)【2月11日 WEDGE】)
【イドリブ制圧への攻勢を強める政府軍 反体制派支援の軍事介入を強化するトルコ】
シリアの状況・・・反体制派最後の拠点イドリブ制圧に向けて攻勢を強める政府軍、反体制派支援で介入を強化するトルコ、戦闘激化で増大する難民・・・については、2月4日ブログ“トルコ シリア・リビアで難しい立場にたつものの意気軒高なエルドアン大統領”でも、トルコの動きを中心に取り上げました。
事態は、更に緊迫の度を強めています。
****シリア政府軍、交通の要衝を完全掌握 イドリブ県内の重要幹線道路も支配下に****
シリア反体制派の最後の拠点となっている北西部イドリブ県で8日、 政府軍が交通の要衝サラケブを完全に掌握した。
シリアの国営テレビは、数週間にわたる爆撃で人の姿がなくなった道路の映像を流し、「軍部隊は今や、サラケブを完全に支配下に置いた」と報じた。
政府軍は昨年12月以降、ロシアの支援を受けてイドリブ県に猛攻撃を実施。反体制派を支援するトルコが攻撃の中止を求めたが、政府軍は次々と町を掌握してきた。
国連や人道支援団体も攻撃をやめるよう要請。大勢の避難が、約9年に及ぶ内戦で最悪規模の人道危機を生み出していると警告していた。
この攻撃により、民間人300人以上が死亡したほか、約58万6000人が比較的安全なトルコ国境付近への避難を余儀なくされた。
幹線道路M4とM5の奪還を目指す政府にとって、両道路が交わるサラケブの制圧は極めて大きな戦果だ。
シリアで最長の幹線道路であるM5は、第2の都市アレッポから首都ダマスカスを経てさらに南へ延び、ヨルダン国境まで続いている。
在英のシリア人権監視団は7日、政府軍がM5のうちイドリブ県内を走る部分をすべて支配下に置いたと発表した。反体制派が支配しているのはアレッポ市の南西のわずか15キロメートルにすぎない。 【2月9日 AFP】
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こうした政府軍の攻勢に対し、反体制派を支援して介入するトルコは、軍事拠点を増加し、実力でシリア政府軍を阻止する構えも見せています。
****トルコはシリア・イドリブの軍事拠点増強、行動の用意ある=高官****
トルコ高官は9日、内戦が続くシリアで同国政府軍の急速な進撃を食い止めようとする中、北西部のイドリブに多くの部隊や軍装備品を送ったとしたうえで、「あらゆる選択肢がテーブル上にある」と述べた。
シリア反政府勢力の最後の主要な拠点となっているイドリブで政府軍が攻勢を強める中、50万人超の人々が封鎖されたトルコ国境を目指しており、シリアにおける新たな人道危機の恐れが出ている。
既に360万人のシリア難民を受け入れているトルコはこれ以上の受け入れはできないと表明。シリア政府に対し、月末までにイドリブでの後退を求めており、さもなければ行動すると警告している。
トルコの軍事拠点12カ所を増強するため、戦車や装甲兵員輸送車などを運ぶ軍用車両の部隊がすでにシリア入り。トルコの拠点のいくつかは現在、シリア軍に包囲されている。
トルコ高官は匿名を条件にロイターに対し「この数週間でかなりの部隊・軍装備品がシリアのイドリブに送られた」と語った。
8日には軍用車両300台がイドリブ入りし、今月のトータルは約1000台に達したという。増派された新たな部隊の具体的な数は明らかにしなかったものの、「かなりの規模」だとした。【2月10日 ロイター】
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【すでにシリア・トルコの間で衝突・報復も】
こうした緊張状態は、当然のようにシリア・トルコ両軍の衝突を誘発します。
****砲撃受けトルコ兵5人死亡 シリア、政権軍と再び交戦****
トルコ国防省は10日、シリア北西部イドリブ県で同日、シリア政権軍の砲撃を受け、トルコ軍兵士5人が死亡、5人が負傷したと発表した。トルコ軍は報復攻撃し、標的を破壊したとしている。
大規模な直接交戦は3日以来。応酬が激化する懸念が強まった。
イドリブ県はシリア反体制派最後の拠点。反体制派を支援するトルコと、攻勢を強めるシリア政権軍との間で緊張が高まっていた。【2月10日 共同】
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トルコ側の報復攻撃については以下のようにも。報道のとおりとすれば、かなり大規模なものだったようです。
****シリア政権側の115カ所攻撃 砲撃でトルコ兵5人死亡の報復****
シリア北西部イドリブ県で10日、アサド政権軍による砲撃を受けてトルコ兵士5人が死亡、5人が負傷した。
これに対しトルコ軍は同日、大規模な報復攻撃を実施。トルコ国防省によると、政権側の標的115カ所を攻撃、戦車などを破壊し101人を殺害したと主張した。
トルコは10日も首都アンカラで政権軍の後ろ盾のロシアと協議した。トルコ政府の声明によると、トルコ側は協議の際「トルコ軍への攻撃は受け入れられず報復を継続する」と強調したという。政権軍とトルコ軍の攻撃の応酬がさらに激しくなる可能性がある。(後略)【2月11日 共同】
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【注目されるロシア・プーチン大統領の判断】
ここ数日の緊張に関しては、シリア政府軍の後ろ盾となりつつトルコとも協調するロシアの動きは報じられていないようです。
おそらく、今後何らかの形でロシアがシリア・トルコの間に入って、シリアとトルコの全面衝突といった事態を避ける試みをみせるのでしょう。(多分、現在進行しているのでしょう)
ただし、戦闘の緊張が高まれば、不測の事態から一気に戦闘が拡大する・・・というのは常にみられることで、シリア情勢がどう動くのかはわかりません。
アサド政権としては、イドリブの反体制派拠点制圧は遅かれ早かれ実行する既定路線でしょう。冒頭記事にあるように、要衝サラケブも完全制圧して実現に手が届く段階に今あります。この機を逃さず一気に・・・という動きに出ても不思議はありません。
トルコがどこまで本気でシリア政府軍阻止に動くのか、あるいは、その能力が現地部隊にあるのかはわかりません。
恐らくはロシアの調停を期待しているのではないでしょうか。
ロシアにすれば、トルコとの関係はシリアだけにとどまりません。リビアでも同じような構図になっていますし、そうした紛争地域の問題以外でも、中東の地域大国トルコとは政治的・経済的関係があります。
そうしたなかで、ロシアがどう動くのか?
****プーチンがどう決断****
イドリブ県の戦闘の行方はつまるところ、アサド政権の後ろ盾であるロシアのプーチン大統領がどう考えるかによって変わってくる。
トルコの“最後通告”を無視してアサド政権にイドリブ制圧を成し遂げさせるのか、それともエルドアン大統領の意向に配慮して政権軍の進撃をストップさせるかだ。
国際法的に言えば、他国に侵攻しているのはトルコであり、「安全保障上の脅威であるクルド人を国境地帯から排除するため」というトルコの主張は正当性を欠く。内戦のどさくさに紛れてシリアを侵略したことに変わりはないからだ。内戦の前であれば、確実に両国の戦争になっていただろう。
だが、トルコの一連の侵攻は「プーチンが承認した」上でのことであり、昨年の(北部クルド人勢力排除の侵攻)「春の平和」作戦はトランプ米大統領が青信号を与えたという背景がある。
いわば、米ロと地域大国トルコの政治取引の産物だ。そういう意味では、アサド政権も大国の身勝手さに翻弄されている1人ということが言えるだろう。
プーチン大統領がどう動くかは予断を許さないが、ロシアがアサド政権軍のイドリブ攻撃を支援していることに対し、エルドアン大統領の不信感が募っていることは間違いない。エルドアン氏は先月末、「ロシアはトルコとの合意を順守していない。われわれは我慢の限界だ」などとロシアを珍しく非難した。
こうしたエルドアン氏の非難に対し、ロシア国営のメディアは「トルコが過激派組織(旧ヌスラ戦線)の創設に手を貸した」「過激派の戦闘員はトルコから1カ月100ドルの給料をもらっている」などと批判。これにトルコの政府系有力紙は「プーチン政権は信用できない。ロシアはアサド政権軍にイドリブ攻撃をそそのかしている」などとやり返した。
ロシアがトルコを批判している理由の1つは、エルドアン大統領が2月3日にロシアの敵対国であるウクライナを訪問し、「ロシアによるクリミア併合を認めない」というトルコの政策を強調したことも大きい。「イドリブ攻撃をけん制するためのウクライナ訪問」(専門家)という側面があったことは事実で、エルドアン大統領の天びん外交の真骨頂というところだ。
エルドアン大統領はその後、プーチン大統領と電話会談し、「シリアにおける連携」で合意したと伝えられているが、両国の関係は2015年の「トルコによるロシア軍機撃墜以来、最悪の状況」(中東専門誌)との見方が強い。
イドリブ県をめぐるアサド政権軍とトルコ軍の緊張の行方は「エルドアンとプーチンという2人の“独裁者”の関係修復にかかっている」(専門家)。【2月11日 佐々木伸氏 WEDGE「トルコとシリアが全面衝突の緊張、難民60万人が人道危機にあえぐ」】
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【避難民キャンプは満杯、トルコも国境を閉ざすなか、逃げまどう避難民】
今後の展開はよくわかりませんが、間違いないのは多くの住民(数十万人規模)が逃げまどっているということです。
既に360万人のシリア難民を受け入れているトルコはこれ以上の受け入れはできないと表明し、国境を閉ざしています。
****「どこへ逃げれば…」 内戦激化のシリア北部、さまよう家族****
シリア北部イドリブ県で、政府軍とロシア軍の空爆を逃れたシリア人女性ゴスーンさんの一家は、何日も車でさまよっている。長時間の運転でへとへとだが、もはやどこへ行けばいいのかも分からない。
「2晩連続で車中泊だった。今夜もそうなりそうだ」とゴスーンさん。路肩に止めた車に寄りかかった彼女の隣で、夫がまだ赤ん坊の娘をあやしている。幼い息子は冬物のコートを着せられ、ビスケットの箱をつかんでいた。
ロシアに支援されたシリア政府軍は2か月前から、反体制派の最後の拠点であるイドリブ県への攻勢を強化。人口約300万人の県内では、58万人を超える住民が自宅を追われ、避難生活を余儀なくされている。
人々は家財道具を車に積み、家族総出で北へと逃げつつ、冬を乗り越えられる避難場所を探している。だが、9年に及ぶシリア内戦で難民が殺到したトルコは国境を封鎖しており、比較的安全とされる国境地帯で寒さをしのぐ場所を見つけるのは困難だ。
ゴスーンさんは「避難民キャンプに行ったが、もう空きがなかった」「貸家も探したが、家賃が高すぎた」と語った。
現地のAFP記者によれば、イドリブ県北部の農村部では最近の避難民の大量流入を受け、アパート1部屋の1か月当たりの賃料が約150ドル(約1万6000円)相当から最高350ドル(約3万8000円)相当まで高騰した。しかも、借りられる部屋はほんのわずかしかない。
■家賃高騰で追い出される家族も
ゴスーンさん一家が取材に応じたマ―ラトミスリン郊外には、新設された避難民キャンプがあるが、新しいテントは既にいっぱいだ。
定員350家族のこのキャンプには現在、800家族がひしめき合い、ぬかるんだ地面に直接じゅうたんやマットレスを敷いて暮らしている。
人々の流入は今もとめどなく、記者は、テントの数が足りずに木の下で2晩を過ごした家族にも出会った。
一方、家賃高騰の影響でイドリブ県北部の自宅を手放さざるを得なかった家族もいる。アラーさん一家は、前線からたった数キロしか離れていない県都イドリブの市街地に引っ越してきた。
妻と5人の子ども、両親、兄弟と暮らす新居は、建設途中で放置され基礎工事が終わっただけのコンクリートの建物で、窓もドアもない。それでも、アラーさんは「他よりましだ。少なくとも屋根がある」と話した。
ただ、迫りくるイドリブ市への攻撃にはおびえている。「頭上の屋根が吹き飛ばされるなら、泥にまみれた生活のほうがいいかもしれない」とアラーさん。「神よ守りたまえ」と祈りつつ、「私たちはもう疲れてしまった」と語った。 【2月10日 AFP】
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もちろん、この事態に国連は警鐘を鳴らしてはいますが、それだけでは・・・・。
****国連 シリア避難民への支援 国際社会に呼びかけ ****
国連は、内戦が続くシリアで死傷者や避難民が増え続けているとして、避難キャンプで厳しい生活を強いられる10歳の少女の動画をSNSに投稿するなどして、シリアの人々への支援を国際社会に呼びかけました。
内戦が続くシリアでは、反政府勢力の最後の拠点、北西部のイドリブ県で、アサド政権が、トルコの支援を受ける反政府勢力への攻勢を強めている一方、トルコ軍とシリア軍の間で直接的な衝突が発生するなど緊張が続いています。
国連は10日の記者会見で、イドリブ県では空爆や砲撃によっておよそ300万人の市民が危険にさられているとしたうえで「先月の1か月間に子ども67人を含む186人が、今月に入って5日間で子ども17人を含む49人の市民が死亡した。また、避難民はこの1週間で10万人増えて68万9000人に上り、その80%は女性と子どもだ」と述べて、市民の被害が増え続けている現状をと訴えました。
またOCHA=国連人道問題調整事務所は、10日、ツイッターに、イドリブ県の避難民キャンプでテント暮らしを強いられている10歳の少女の日常生活を撮影した動画を投稿し、1年以上学校に通えず、床にノートを置いて字を書く練習をする様子などを伝えました。
国連のハク副報道官は「シリア北西部で80万人を対象に、向こう半年間の人道支援を展開するため、3億3000万ドルが必要だ」と述べ、シリアの人々への支援を国際社会に呼びかけました。【2月11日 NHK】
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今回の事態で特徴的なことは、ここまでの話の中で、アメリカの“ア”の字も出てこないということです。