(ドイツ北東部ラーゲ沖の敷設船上で進む、ロシアとドイツを結ぶパイプライン「ノルドストリーム2」の敷設工事(2018年11月15日撮影)【12月22日 AFP】)
【エネルギーの安定確保を図りたいドイツ 自国シェールガスを売り込みたいアメリカ】
ロシアからドイツなど欧州に天然ガスを送るパイプラインは、2011年11月に稼働を開始した「ノルドストリーム」がすでにありますが、ウクライナなどの政治情勢に左右されないガスの安定供給を図りたいドイツが中心になって「ノルドストリーム2」が増設されています。
EU内には、ただでさえロシア依存が強いガスについて、更にロシア依存を強める、あるいは、ウクライナに関する制裁をロシアに科しているとき、ウクライナにとって経済的不利益となる「ウクライナ抜きのパイプライン」建設は好ましくない等々の批判はあります。
しかし、ドイツにとってエネルギー政策という国家の根幹をなす事業だけに、普段協調性の高いと見られるメルケル首相も、そうした批判に構うことなくパイプライン建設を押し進めてきました。
*****ロシアの欧州ガスパイプライン、年内にも完成か****
デンマークのエネルギー当局は30日、ロシアから欧州諸国に天然ガスをパイプラインで送る「ノルドストリーム2」計画のうち、自国の管轄海域を通る部分の建設を認めると発表した。
完成に必要な最後の手続きで、2年以上停滞した全長約1200キロのパイプライン計画は年内にも完成する可能性が出てきた。
同計画は、ロシア政府系の天然ガス大手ガスプロムの子会社が手がける。ロシアからバルト海を通ってドイツまで延びるパイプライン建設には、途中で通るフィンランド、スウェーデン、デンマークの建設許可が必要で、デンマークが最後の一国だった。
パイプライン建設は9割近く終わっている。ガスプロムの子会社幹部は30日、「デンマークの許可が得られてうれしい」の声明を出し、数週間以内に基礎工事に移れるとの見方も示した。
デンマークが慎重だったのは、ウクライナ危機を受けてEUが経済制裁を続けるなかで、許可を出すことには国内外から批判的な意見が出ていたためだ。
EU内には「欧州のエネルギーのロシア依存を高めてしまう」との懸念もあり、17年12月には議会が外交、安全保障問題を理由に管轄海域でのパイプライン建設を却下できる法律を成立させていた。
ただ一方で、ドイツなどは安価な天然ガスを安定需給できるとして計画に協力的だった。これに対し、欧州にシェールガスを売り込みたい米国のトランプ政権は、関係企業への制裁もちらつかせて強く批判してきた。
バルト海経由のパイプラインが完成すれば、従来のパイプラインが通るウクライナのガス通過料収入が大幅に減ることが予想されている。このため、ドイツのメルケル独首相はロシアのプーチン大統領に対し、「ウクライナ経由のガス供給は続ける」との確約を求めた。
プーチン氏は30日、訪問先のハンガリーで記者会見し、パイプライン建設を認める決定をしたデンマーク政府を「自らの主権と、欧州市場へのロシアからの多角的なガス供給を望む欧州諸国の利益を守った」と称賛した。【10月31日 朝日】
******************
【アメリカの経済制裁で、建設スケジュール大幅遅延】
しかし、“欧州にシェールガスを売り込みたい米国のトランプ政権は、関係企業への制裁もちらつかせて強く批判してきた”というアメリカが、実際に精彩に乗り出し、建設スケジュールが大きく影響を受けそうです。
*****独ロ結ぶパイプライン建設、参加企業に制裁科す法案 トランプ氏が署名し成立****
ドナルド・トランプ米大統領が20日、ロシア産天然ガスをドイツに運ぶパイプライン建設プロジェクトの参加企業に対する制裁が盛り込まれた国防権限法に署名し、同法は成立した。
このプロジェクトは、(中略)欧州一の経済大国ドイツへのガス供給倍増が目標だ。だが米議会は、欧州同盟国に対するロシアの影響力を増大させるものだと危機感を募らせている。
2020会計年度の国防予算の大枠を定めたNDAAの一部に盛り込まれた制裁は、ノルドストリーム2およびロシアとトルコを結ぶパイプライン「トルコストリーム」建設の参加企業が対象。
制裁の内容は、工事請負業者の資産凍結や米国ビザ(査証)取り消しなど。全容はまだ明らかにされておらず、60日以内に制裁対象企業と個人の名前が公表されるという。
(中略)米国による制裁の動きにドイツとロシア、欧州連合が直ちに反発。中でもドイツは21日、ウルリケ・デンメア首相報道官が「こうした種類の域外制裁は認められない」との声明を発表。「ドイツおよび欧州企業が痛手を受ける。制裁はわが国に対する内政干渉だ」と主張した。
ノルドストリーム2の総工費110億ドル(約1兆2000億円)は、半分をロシア国営天然ガス企業「ガスプロム」、残りの半分を欧州企業5社が出資しており、既に海底パイプラインの80%超が完成している。 【12月22日 AFP】
******************
EU全体の利益よりも、自国利益を優先させるドイツのしたたかさも目立ちます。
アメリカ・トランプ政権も“ロシアの影響力を増大させる”云々を掲げていますが、本音では、前出のように“欧州にシェールガスを売り込みたい”という思惑があってのこととみられています。
本来の話をすれば、そういう経済的目的のために同盟国欧州の企業に制裁を科す、しかも完成間近という段階で・・・というのは、ありえない話にも思えるのですが、トランプ以降はこうした“ありえない話”がゴロゴロしています。
さすがにアメリカの影響力は絶大で、“完成が来年後半にずれ込む可能性も取りざたされている”とも。
“露のガスパイプライン、完成大幅遅れ…米制裁で作業停止”【12月22日 読売】
“ノルドストリーム2、米制裁で完工遅れコスト増加へ=独与党議員”【12月23日 AFP】
ロシアのメドベージェフ首相は23日、「(米制裁の影響が)壊滅的になることはない」【12月24日 ロイター】との姿勢を見せていますが、プーチン大統領も、自国が保有するパイプ敷設船で完成させることが可能との認識しています。
****ノルドストリーム2、ロシア大統領が自力建設を示唆 米制裁で****
ロシアのプーチン大統領は25日、ドイツに天然ガスを送る海底パイプライン「ノルドストリーム2」建設事業について、自国が保有するパイプ敷設船で完成させることが可能との認識を示した。ロシア紙コメルサントが26日、複数の匿名の情報筋の話として伝えた。
米国では今月、ノルドストリーム2敷設事業に参加する企業に制裁を科す法律が成立。これに伴い、スイス・オランダ系のオールシーズが制裁を回避するためパイプ敷設船による敷設作業を中止した。
コメルサントによると、プーチン大統領は25日夜、財界要人らに対し、ロシアがパイプ敷設船を有すると述べるとともに、米国の制裁により完成は数カ月「延びる」見通しを示した。(後略)【12月26日 ロイター】
********************
ロシア・ガスプロムが有するパイプ敷設船「アカデミック・チェルスキー」の能力次第というところですが、どうでしょうか?
エネルギーを通じて国際関係に長期間影響することになるパイプライン建設は、国際関係・外交の縮図ともなりますが、上記のような展開をみていると、よく言えば“実にダイナミックな外交戦”、悪く言えば“何でもありの、切った張ったの世界”のようにも。
誠実さを旨とする日本外交の出る幕でもないような・・・。
【キプロス沖のガス油田開発に、リビア「暫定政府」とのEEZ合意で割り込むトルコ】
パイプラインに関するもうひとつの話題がトルコから。
キプロス・イスラエル近海の東地中海では大規模なガス油田が発見され、開発が進んでいますが、「トルコと北キプロスの権利を侵害している」とする(これまで仲間はずれになってきた)トルコとの軋轢が増しています。
そんなトルコが、内戦が続くリビアの(有名無実とは言わないまでも)一方の勢力である「暫定政府」との間で排他的経済水域(EEZ)の境界に合意、今後トルコの了解なしにパイプライン設置はできない・・・と、エルドアン大統領は主張しています。
トルコ側の強みは、難民問題で欧州の防波堤となっているという現実です。
****東地中海、新たな火種 天然ガス資源争奪 トルコ・リビア、広大なEEZ策定****
天然ガス資源の争奪が激化している東地中海をめぐり、トルコが東西分裂状態のリビアの暫定政府との間で排他的経済水域(EEZ)の境界に合意した。
欧州へのガス輸送計画を阻まれかねないギリシャやキプロスは猛反発。地域の新たな火種となっている。
東地中海では2009年からガス田の発見が相次いでいる。沖合で見つかったキプロスとイスラエルは、ガスを欧州に輸出するため、ギリシャなどと協力して「東地中海パイプライン」計画に取り組んでいる。
トルコも沿岸国だが、キプロス島の南北分断が影響し、思うようにガス田開発に参画できていない。
キプロス島では、1983年にトルコ系住民の多い島北部が、トルコだけが承認する北キプロス・トルコ共和国として独立を宣言。島南部のキプロスをトルコは承認していない。
トルコはキプロスによる資源開発を「トルコと北キプロスの権利を侵害している」と反発。5月にはトルコの掘削船がキプロスのEEZ内で作業を開始し、緊張が高まっている。
孤立を打開したいトルコが目をつけたのが、東西で分裂し混乱しているリビアだ。トルコは11月末、西部の暫定政府との間で両国間のEEZを定める覚書に合意。東地中海で主張する広大なEEZの範囲を公表した。さらに双方は軍事協力に関する覚書も取り交わし、関係を強化した。
キプロス側の「東地中海パイプライン」は、トルコとリビアが合意したEEZを通らざるを得ない。エルドアン大統領はトルコメディアに、「この覚書でキプロス、ギリシャ、イスラエルともにトルコの同意なしには、ガスの輸送ラインは設置できなくなった」と牽制(けんせい)した。
マルテペ大学(トルコ)のハサン・ウナル教授はトルコの狙いについて、「東地中海からトルコを排除しようとする沿岸国の同盟にくさびを打ち込み、トルコとの交渉のテーブルにつかせることだ」と分析する。
■ギリシャは猛反発
キプロスとパイプライン計画を進めるギリシャは、同国南部のクレタ島などの存在を無視したEEZの主張に猛反発。合意がギリシャの主権を侵害し、国際海洋法条約に反するとしている。来月4日には、フランスやエジプトとともに会合を開き、トルコへの対応を協議する。(中略)
だがEUは、東地中海でのトルコのガス田掘削を「違法行為」と認めるものの、今回のEEZの設定に対して、具体的な制裁に踏み切れずにいる。
背景には、難民の受け入れ問題がある。トルコとEUは16年、ギリシャに不法入国したシリア難民をトルコに送ることで合意。これで欧州へのシリア難民の波が収まった。
最近はシリア北西部で戦闘が激化し、トルコ国境に新たな避難民が押し寄せている。エルドアン氏は今月22日、「トルコだけでは新たな難民の負担に耐えられない」と牽制。EUとしても、トルコを刺激し、再び「難民危機」を招くのは避けたい事情がある。
また、EU内でもリビアの暫定政府との関係が「一枚岩」ではない。EUは暫定政府を認めているが、リビアでの油田開発に自国企業が関わるフランスは、リビア東部を支配する「リビア国民軍(LNA)」側に近いとされる。仏メディアによると、仏軍が所有していた対戦車ミサイルがLNAの拠点から見つかった。
EEZをめぐって暫定政府に反発するギリシャもLNAに接近しており、事態が複雑化している。【12月26日 朝日】
*****************
【リビアへの「暫定政府」応援部隊派遣も ロシアとの調整が必要】
トルコ・エルドアン大統領はリビア「暫定政府」とのEEZ合意だけでなく、応援部隊をリビアに派遣するとしています。
実行されれば、関係国の利害が入り乱れて泥沼化しているリビア情勢が更に混沌とすることにもなります。
****トルコ、リビアの要請に応じ部隊派遣へ=エルドアン大統領****
トルコのエルドアン大統領は26日、リビアから要請があったため、同国にトルコ軍の部隊を派遣すると発表した。部隊派遣のための法律を1月に議会に提出する方針も示した。
トルコとリビアは11月、リビアと地中海東部の境界線と軍事協力に関する協定を結んだ。
リビアでは暫定政府と同国東部を拠点とするハフタル氏が対立しており、トルコは暫定政府を支援している。
暫定政府はリビア東部で数カ月にわたり、ロシアやエジプト、アラブ首長国連邦(UAE)が支援するハフタル氏の部隊と戦闘を繰り広げている。(後略)【12月26日 ロイター】
*********************
ハフタル氏を支援するロシアと利害が対立することになり、調整が必要です。シリアも同様の構図です
****ロシアとトルコがシリア・リビア問題で協議、妥協点探り3日間=新聞****
モスクワを訪問したトルコ政府の代表団とロシアの外交当局者らが予想を超える3日間にわたって会談し、シリアとリビアを巡る問題について妥協点を探った。26日付のロシアの日刊紙、ベドモスチが報じた。
シリアの反体制派の拠点である北西部イドリブ県で、ロシアを後ろ盾とするアサド政権の空爆により避難を強いられた数万人の市民がトルコに向かっているとの報告を受け、トルコの代表団は23日にモスクワ入りした。
トルコ大統領府のカリン報道官は24日、モスクワでのトルコ代表団との会談後、ロシアはイドリブ県での攻撃をやめさせる努力をすると約束し、トルコ政府はこの約束が守られることを期待していると述べた。
トルコとロシアは、東西に分裂して戦闘が続くリビア情勢についても協議した。リビアでは暫定政府と同国東部を拠点とするハフタル氏が対立しており、トルコは暫定政府を支援している。トルコのエルドアン大統領は20日、ハフタル氏を支援するロシア系を含む雇い兵を黙って見過ごすことはないと発言した。
一方、ロシア政府は同日、トルコがリビアに派兵する可能性について懸念を表明した。【12月26日 ロイター】
********************
シリアでもロシア・トルコは(ウィン・ウィンで)結構うまくやっているようですので、リビアでも・・・といったところでしょうか。