孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイの新憲法草案  ”権威”の指導監督によって、選挙による民主主義を制約する方向

2015-04-28 22:30:04 | 東南アジア

(4月3日 チェンマイ 憲法起草委員会が新憲法の趣旨などを国民に伝えるため初めて行った説明会 【4月4日 NHK】)

民政復帰に向けた重要な一里塚
昨年5月のクーデターで軍事政権が全権を掌握したタイで、軍政が設置した憲法起草委員会が民政復帰の前提となる新憲法の草案をまとめ、国家改革評議会(NRC)で審議されています。

憲法起草委員会は7月23日までに最終草案をまとめる予定で、軍事政権は9月をめどに新憲法を公布する考えとされています。

****タイ憲法草案に批判噴出 民政復帰、予断許さず ****
タイの憲法起草委員会がまとめた憲法草案が議論を巻き起こしている。

26日まで草案について集中審議した国家改革評議会(NRC)では、新たな選挙制度や首相の選任方法が「政治の弱体化を招く」と批判が噴出。

昨年5月のクーデターで権力を握った軍事政権は9月をめどに新憲法を公布する考えだが、思惑通りに制定手続きが進むかは予断を許さない。

昨年5月の軍事クーデター後に従来の憲法が廃止されたのを受け、起草委が草案をまとめた。憲法制定は民政復帰に向けた重要な一里塚で、その議論の行方は民政復帰の時期を大きく左右する。

NRCは20日から7日間連続で集中審議。その様子はテレビで連日生中継された。ソンバット政治部会長が「草案は公平さを欠き、抜け穴も多い。政治を不安定にする」と痛烈に批判するなど反対意見が相次いだ。

批判が目立つのは大政党の力をそぐとの見方が出ている新選挙制度だ。下院議員の選出にドイツなどに採用例がある「小選挙区比例代表併用制」を導入する。比例代表での得票数で各政党の総議席数を割り振る方法だ。

第1党が単独過半数をとりにくいとされ、連立政権が必要となる。選挙に強いタクシン元首相派の影響力を抑える狙いとみられるが、「連立工作の過程で密室での政治談合の温床になる」(ソンバット氏)などと懸念する声が上がる。

首相の選任方法も議論の的だ。草案は172条で下院の3分の2以上の賛同があれば、下院議員以外でも首相になれると規定する。さらに、通常の指名手続きで15日以内に首相を選べなかった場合、下院議長の判断で賛同者の最も多い候補者を首相に選べると定めた条文もある。

起草委のボウォンサック委員長は「政治の空白期間をなくすため」と説明するが、多数派を形成するための国会論議を軽視しているとの見方がある。いずれも「(首相の選任過程で)民意が反映されにくくなる」との批判を生んでいる。

憲法草案では国家倫理委員会など10超の独立機関の設置も規定する。閣僚や国会議員の適性をチェックし罷免請求などの権利を持つ。一方でこれらの独立機関の委員の選定条件などを明記しておらず、権力の分散にも懸念が高まっている。

起草委は27日、暫定内閣や治安維持などを担う国家平和秩序評議会(NCPO)にも草案を提出。起草委はNRCや内閣などの意見を踏まえ、7月23日までに最終草案を作成し、NRCに再提出する。

NRCは8月6日までに最終案を認めるかどうかの採決を行う。

現時点で起草委は「草案の抜本的な修正は難しい」との立場。タマサート大学のキッティ・パラサーンスック政治学部教授も「NRCは軍事政権が選んだメンバーが主流で憲法草案の否決は考えにくい」とみる。

ただ、NRCが現状のまま草案を認めるようだと軍事政権やNRCは大きな火種を抱え込むことになる。公布の前に国民投票で新憲法の正当性を確保すべきだとの意見も根強い。

タイムリミットに向け、軍事政権、起草委、既存政党などの間で綱引きが激しくなる見通しだ。【4月28日 日経】
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草案は大規模政党を犠牲にして、官僚と軍部、政治任用官の権限を確立、拡大するための徹底した措置を提案している
下院選挙に比例代表制を取り入れるのは、選挙に強いタクシン派の過半数獲得を防ぐ狙いとされています。

****下院の比例代表制****
全人口の過半数を擁する北部と東北部は、低所得の農民が多いタクシン派の牙城で、小選挙区色の強い制度にしたところでタクシン派が勝利するのは確実との判断からだ。

全国区となる比例代表での議席を優先配分すれば、タクシン派による単独過半数を阻止できるとの狙いが根底にある。単純比例制にせず、小選挙区制を組み込むのは無所属候補に対する手当という人権保障策もある。【4月28日 SankeiBiz】
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上院でもタクシン派の台頭を防ぐため、選挙によらない任命制が拡大する方向です。

****上院の任命制****
一方、上院については全議席を任命制とする方向で調整が進められている。

タイで最も民主的な憲法とされ全議席を公選とした1977年憲法や、約半数を任命制にした2007年憲法からは大幅な後退と国際社会から指摘されるのは確実だが、タクシン派再台頭への懸念に「背に腹は代えられぬ」(カムヌンCDC報道官)というのが本音のようだ。

せめて、任命議員を選出する仕組みを透明にすることで反論に応えたいともするが、前憲法下では選出委員会と任命議員が相互に選出し合ったなれ合いから果たして脱せるのか、行く末は不透明だ。【同上】
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任命議員割合については、“10年前は全面的に民選だった上院は、全200議席のうち77議席だけを有権者に選ばせることになる。”【4月24日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】という報道もあります。

更に、選挙で選ばれた議員について、国家倫理委員会(国民道徳議会)がその資格を審査して排除できる仕組みになっています。

****議員の資格審査*****
タイの軍事指導者たちが現在検討している憲法草案では、新設される国民道徳議会は、行いの悪い人間と見なされた議員を職務から追放することができる。

議会入りを果たした人は、許可制の下で働くことになる。議員は「政治的な人気を築く」が、結局、「長期的に国民経済(の利益)や公共に害を及ぼす」可能性のある法律を可決することを禁じられる。

東南アジア第2の経済大国の未来に関する全315項目の青写真で提案された民選の国民代表の権限に対するこうした制限は、馬鹿げているように聞こえるかもしれない。【4月24日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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首相は必ずしも議員である必要がなくなるのは前出【日経】にあるところですが、下記のようにも報じられています。

****非議員の首相******
過去に前例のない公選制や、80年代から90年代初頭にかけて続いた軍人による首相就任を再現させる非議員による首相選出規定は国内外からの反発が強いと判断、大筋では見送られる見通しだ。

ただ、昨年の政治混乱のような非常時の場合には、国王や上院の承認に基づき例外的に選出する措置が取られる可能性が高い。【4月28日 SankeiBiz】
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クーデター装置としての司法権限も更に強まります。
“過去7年間で3人の首相を解任し、最も人気のある政党を2度非合法化することで、すでに国民の望みを踏みにじってきた裁判所は、従来以上に大きな権力を謳歌することになる”【4月24日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】

総じて、タクシン派の台頭を防ぐというだけでなく、選挙による政治自体を制約する方向にあります。
愚かな大衆による選挙を通じた民主主義は混乱しかもたらさないので、一部の“権威”が政治を指導監督していくべきだ・・・という発想があるように思えます。

“草案は大規模政党を犠牲にして、官僚と軍部、政治任用官の権限を確立、拡大するための徹底した措置を提案している。”【4月24日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】

政党勢力からの批判も
こうした新憲法草案に対しては、タクシン派はもちろん、野党・民主党からも批判が出ています。

****新憲法草案への反発強まる=国民投票の是非焦点に―タイ****
昨年5月のクーデターで軍事政権が全権を掌握したタイで、軍政が設置した憲法起草委員会がまとめた新憲法草案に対し、反発が強まっている。

大政党に不利とされる選挙制度の導入や間接選挙の形で選出される上院の権限拡大のほか、非議員の首相選出を可能としている点などに批判が集まっている。

「(草案の)狙いは弱い政府をつくり、現在権力の座にいる人々が(新憲法制定後に行われる)総選挙後も実権を握り続ける道を開くことにある」。タクシン元首相派のタイ貢献党幹部でインラック前政権の副首相を務めたポンテープ氏はインタビューで、草案を厳しく批判。「もう一つの狙いは総選挙で貢献党が勝つのを阻止することだ」と語気を強めた。

タクシン派組織「反独裁民主統一戦線(UDD)」のチャトゥポン代表もフェイスブックで、「非民主的なルールの下で選挙を実施すれば比類のない大惨事をもたらす」と訴え、現行の草案は受け入れられないと強い立場を表明。草案が修正されない限り、2016年に想定されている総選挙が大幅に遅れてもやむを得ないと表明している。

草案への批判はタクシン派だけにとどまらない。「タクシン体制」打倒を掲げて大規模な反政府デモを主導した反タクシン派組織「人民民主改革委員会(PDRC)」幹部のエカナット氏は取材に「政党の影響力を弱めようとしている」と疑問を投げ掛け、「多くの修正が必要だ」と述べた。

起草委は7月23日までに最終草案をまとめる予定。軍政が設置した国家改革評議会が草案を承認した場合、草案の賛否を問う国民投票を実施するかどうかが焦点になる。

国民投票の実施を求める声が広がっており、起草委のジェード委員も取材に対し「最後の答えは国民が出すべきだ」と国民投票に賛意を示した。

ただ、起草委は問題となっている草案の根幹部分の修正には応じない構え。国民投票で憲法案が否決された場合、起草作業は振り出しに戻る一方、国民投票を行わなければ新憲法の正統性に疑問符が付く。

国民投票を実施するかどうかプラユット暫定首相は態度を明らかにしていない。【4月26日 時事】 
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政党側からは草案の練り直しを求める声が出ていますが、そうなると選挙・民政復帰は大幅に遅れます。
選挙に自信を持つタクシン派には“何でもいいから、とにかく早いとこ選挙をやろうぜ!”というニュアンスの声もあるようです。

****2大政党が総選挙延期の提言、政府首脳は見解表明せず***
タイ貢献、民主の2大政党などが現行の憲法草案に問題があるとして総選挙の実施を遅らせてでも草案を最初から練り直すよう求めていることについて、ウィサヌ副首相は4月24日、「提言は承知している。それ以上言うことはない」と述べるにとどもあり、提言を前向きに検討するつもりかどうかは明らかにしなかった。

これら2党によれば、軍政は国民和解の実現を最優先課題のひとつに掲げているが、現在の草案の内容で新憲法が制定されれば、対立が生じて和解が困難になるという。

一方、ウィサヌ副首相は、「(総選挙延期に対し)仮にわたしがイエスと言ったら政府は(権力の座にしがみつこうとしているなどと)批判されることになる」と発言。

プラウィット副首相兼国防相も24日、「政府の仕事は行程表通りに事を進めること」と述べ、総選挙延期に言及することを避けた。

なお、タイ貢献党の幹部からは、「総選挙延期に賛成しているのは一部のメンバーであり、党としては速やかな総選挙実施を望んでいる」との声も出ているという。【4月27日 バンコク週報】
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プラユット暫定首相は政治家が文句をつけていることを嫌い、“国民の意見に従うべき”としています。

****プラユット首相、「総選挙延期は国民が決めること****
タクシン派と反タクシン派の両陣営から「憲法草案は民主的でない。時間がかかって総選挙が延期になっても民主的な新憲法を制定すべき」との声が出ていることについて、プラユット首相は4月26日、「現政権が権力の座から降りるか、あるいは、総選挙を延期するかは、政治家でなく国民に決める権利がある」と述べて、政治家が声高に政治的要求を表明していることを嫌悪感を示した。

同首相は、「どのような権利で政治家たちは、わたしが首相の座にとどまるべきかどうかを言っているのか。それは国のオーナーである国民次第」と述べて、政治家でなく国民の意見に従うべきとの考えを示した。【4月27日 バンコク週報】
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批判を許さぬ監視者を誰が監視するのか
その国民は、タクシン派と反タクシン派の対立・混乱を嫌気しており、概ね軍政による安定を支持していると言われています。

“国民が腐敗に嫌気を差しており、また、良くも悪くも、昔からの階級制と機構がまだ大きな影響力を持つ国にあって、直近の軍事政権の訓戒的なスタイルは一定の魅力を持つ。”【4月24日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】

しかし、4月9日ブログ「タイ 戒厳令を解除するも、新令で統制継続 「善意の市民は影響を受けない」 “善意”とは?」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150409)でも触れたように、自らの主権を制約し、判断を“権威”に委ねてしまう方向は、非常に危険な道でもあります。

****タイ軍政が目指す「父親が一番分かっている」政府***
・・・・新たな取り決めを擁護する向きは、10年にわたりタイを悩ませ、かつて地域の牽引車だったこの国に経済的な足かせをつけた対立と腐敗を阻止するために、これらの措置が不可欠だと言う。

タイの都市部の政界既成勢力はタクシン・チナワット氏と戦ってきた。金権家から首相に転じたタクシン氏が率いた政党は、何百万人もの地方有権者の支持を背景に、2001年以降、すべての選挙で勝利を収めてきた。

憲法起草委員会のスポークスマンを務めるラートラト・ラタナワンニ大将は、新憲法は「対立と不一致、非民主的な戦い」を終わらせる一助になると主張する。

だが、軍事政権は、政権自らが任命した監視者を誰が監視するのかという点については、ほとんど言うことがなかった。

無党派の間では、タクシン氏と結びついた歴代政府の下で汚職がはびこったことを否定する人はほとんどいないが、軍事政権を支持する守旧派のエリート自身も幾多の歴史的スキャンダルを起こしてきた。(後略)【4月24日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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現在の軍政は批判を許さない体質があります。

****タクシン派TV局、免許取り消し=新憲法草案批判で―タイ****
タイ国家放送通信委員会(NBTC)は27日、軍事政権と対立するタクシン元首相派系の衛星テレビ局「ピースTV」の放送免許取り消しを決めた。

NBTC委員によると、憲法起草委員会がまとめた新憲法草案を批判する内容の番組を放送したことが問題視された。タクシン派の反発は必至だ。【4月27日 時事】 
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その軍政が推し進める改革の行く先もまた同様でしょう。
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