(ナイジェリア北部ダウラで、支持者に手を振るブハリ氏=3月28日(AP)【4月1日 産経ニュース】)
【「国民の血であがなう価値のある野望など存在しない」】
ナイジェリアはアフリカ最大の1億7千万人の人口を抱え、アフリカ最大の経済規模を誇る地域大国です。また、アフリカ最大の産油国でもあります。
しかし、昨今の原油安で財政悪化が懸念されているほか、原油の国家収入の一部が所在不明になるなど不正が蔓延しており、経済再生と汚職の撲滅も課題となっています。
宗教的には“主に北部ではイスラーム教が、南部ではキリスト教が信仰され、その他土着のアニミズム宗教も勢力を保っており、内訳はイスラーム教が5割、キリスト教が4割、土地固有の伝統信仰が1割となっている”【ウィキペディア】とイスラム・キリスト教徒が拮抗しており、その宗教対立も大きな問題となっています。
経済的には、北部イスラム教徒地域は発展から取り残されており、南北・宗教間の経済格差も大きな問題です。
そうした発展から取り残された貧困、蔓延する腐敗・汚職を温床として拡大したのがイスラム過激派「ボコ・ハラム」であり、その残虐なテロ行為については再三取り上げてきました。
“ボコ・ハラムは2002年の結成後、09年前後から政府庁舎などを狙った攻撃を開始。昨年4月には学校を襲って女子生徒200人以上を誘拐し、いまだ解放に至っていない。その後も各地で数十~数百人規模の子どもや若い女性の誘拐を繰り返し、戦闘員として使ったり、自爆テロを強要したりして、計1万3千人以上の市民を殺害したとみられている。”【4月2日 朝日】
アフリカ随一の経済成長を実現しながらも、腐敗・汚職が蔓延し、これまで「ボコ・ハラム」の活動を抑え込むことができなかったジョナサン大統領(南部・キリスト教徒)の再選をかけた大統領選挙が世界的に注目されていましたが、前回選挙でジョナサン氏に敗れた北部イスラム教地域を地盤とするブハリ元最高軍事評議会議長(72)が勝利して政権交代が行われることになったは周知のところです。
****野党ブハリ氏勝利=現職、敗北認める―ナイジェリア大統領選****
西アフリカのナイジェリアで3月28、29の両日実施された大統領選挙の開票結果が1日未明(日本時間同午前)公表され、最大野党・全進歩会議(APC)のムハンマド・ブハリ元最高軍事評議会議長(72)が得票率53.95%で、同44.96%の与党・国民民主党(PDP)の現職グッドラック・ジョナサン大統領(57)を破り、勝利した。
ナイジェリアは長く軍事政権が続いたアフリカの大国で、選挙を通じた政権交代実現は、アフリカの民主主義の歴史に大きな一歩を刻むことになる。
ジョナサン氏は31日夜、声明を出し「自由で公正な選挙を約束してきた。その言葉を守る」と宣言、敗北を公式に認めた。1999年の民政移管以来、大統領の座を独占してきたPDPから初めて野党への政権交代が実現することになる。
選管の公式発表によると、ブハリ氏の得票は約1542万票、ジョナサン氏は約1285万票で、250万票も差が付いた。第2の都市カノなどブハリ氏の地盤である北部では、多くの支持者が街頭に繰り出し、勝利を祝った。
2011年の前回選挙後、敗れたブハリ氏の支持者が暴徒化し、800人以上の死者が出た。しかし、今回はジョナサン氏が声明で「国民の血であがなう価値のある野望など存在しない」と呼び掛けており、混乱の抑制が期待されている。【4月1日 時事】
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今回と同じ対決となった前回、2011年選挙では、ジョナサン氏が100万票以上の差をつけて、当初有利と思われていたブハリ氏を破りました。
この結果に、ブハリ支持者の多い北部を中心に暴動が勃発し、上記記事にもあるように500人とも800人とも言われる死者を出しており、今回選挙も“選挙後”が不安視されていました。
敗れたジョナサン大統領(57)は速やかに、勝利宣言したブハリ氏に電話で祝意を伝えて敗北を認め、「国民の血であがなう価値のある野望など存在しない」との声明を出して、混乱防止に努めています。
****ジョナサン氏を称賛=米大統領****
オバマ米大統領は1日、ナイジェリア大統領選挙の結果判明を受けて声明を出し、「民主主義の原則を守るナイジェリアの決意が強固であることを世界に示した」とたたえた。大統領は特に、敗北を認めた現職のジョナサン氏について「国の利益を最優先した」と称賛した。【4月1日 時事】
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なにかと問題も多かったジョナサン大統領ですが、今のところは“有終の美を飾った”と形になっています。
ブハリ氏も、ジョナサン大統領派に対し「私を恐れる必要はない。古い闘争と過去の不満は忘れ、前途をつくり出していこう」とし、対立を乗り越え協力して国づくりを行うよう呼び掛けています。
****ナイジェリアで民主的政権交代*****
ナイジェリアは大きく予想を裏切った。3月28日の大統領選について、政治家やアナリストは様々なケースを想定したが、その多くは崩れ去った。
1999年以降政権を握ってきた与党、国民民主党(PDP)の有力者達は、投票が行われる前から暫定的な中央政府を立ち上げようともくろんでいた。PDPの中には、現職のジョナサン大統領の対抗馬で野党のブハリ元最高軍事評議会議長への敗北を認めるより、軍に政権を移譲しようという考えもあった。
大統領選では、ナイジェリアの数百万人の国民が辛抱強く、おおむね平和的に投票の列をつくった。230万票という大差とはいえないものの、アフリカの中枢であり、分裂の危機にあるこの国の国民は、汚職の撲滅、より公平な富の分配、法や秩序の再建などを訴えた元軍政トップのブハリ氏を評価した。
必然ではなかった結果だからこそ、いっそう注目に値する。
最終的な開票結果が発表される前に、ジョナサン氏が敗北を受け入れ、ナイジェリア国民の投票に対する不信感は瞬時に消え去った。
ジョナサン氏は、おそらく多くの人命を救った謙虚さにおいて高い評価に値する。また、この選挙結果は、アフリカの多くの国々で民主化への道のりに険しさが残る中、大陸中の政治改革論者を活気づかせた。
■前例なかった現職大統領の敗北宣言
ナイジェリアの将来には多くのリスクが残されている。しかし、現職の大統領が投票で敗北して潔く敗退を受け入れたという、この国において前例のない出来事の重要性は過小評価することはできない。
ジョナサン氏は、より皮肉なPDP党員や同氏が政権にいたことで恩恵を受けていた故郷で産油地域ニジェール地方の出身者の一部からは、再選を果たせなかったことで批判されるかもしれない。
しかし、より広い目で見れば、動き出した民主化路線から外させようとする圧力に抵抗し、理にかなったルールを敷いてその険しい道のりを滑らかにしようとしていたのは、5年の任期中の失敗を考慮しても称賛に値する。
選挙管理委員会も極めて重要な役割を果たした。当初は問題もあったが、新たな投票者識別技術は国民が不満に思う政治家を選挙で排除できないという皮肉が出るほどの選挙違反の抑制につながった。
国内の体制は脆弱なままであるが、選挙管理委員会は安定に寄与する強さを得てきていることを見せつけた。
ブハリ氏の選出は、汚職や身内での排他的な資本流通、ナイジェリアの潜在力を弱体化させた犯罪行為などを国民が拒絶したことを示している。
同氏の支持者の大部分は、過去15年間の不均衡な経済成長の時代に、その恩恵にあずかることがほとんどなかった抑圧された人々だった。
こうした人々には、自身の選択で新たに政権についた人々に対するいっそうの一体感と信頼感が生まれるはずだ。
原油価格の下落とナイジェリア財政を考えると、国民の期待に応えるためには新政府には難しい課題が待ち受けている。
しかし、民主化の追い風を受けるナイジェリアにとっては、原油依存を減らし、政治体制を食い物にする人々に立ち向かい、全国民が恩恵を受けるより広範な経済を育てるためのすばらしい機会である。【4月2日 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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確かにナイジェリアに限らず、アフリカでは“民主的”選挙が行われても、選挙後に敗れた側が騒ぎを起こし混乱が広がることが多く、民主主義が定着という点で大きな問題がありました。
その意味で、今回ジョナサン大統領が敗北を認めて混乱防止に努めたことは、アフリカ民主主義にとっては大きな成果であると言えます。
なお、新たな投票者識別技術については、ジョナサン大統領自身の投票時、指紋のスキャナーが反応せず、自らの投票に約50分かかったという話もありました。
“有権者の本人確認のために導入された生体認証カードの読み取り装置に技術的なトラブルが相次ぎ、全国約15万か所の投票所のうち約300か所で29日も投票が行われることになった。
現職のグッドラック・ジョナサン大統領は故郷の南部バイエルサ州オトゥオケで投票しようとしたが、何度試してもカードの読み取りができなかったため、手作業で本人確認を済ませて投票した。”【3月29日 AFP】
問題はあったものの、選挙違反防止という点ではそれなりに効果を発揮した・・・ということでしょうか。
【ボコ・ハラム対策はもちろんだが、新政権に対する汚職根絶と格差是正への国民の期待は強い】
ブハリ氏は軍出身で、1983年末にクーデターで実権を掌握し、最高軍事評議会議長(国家元首)として軍事政権を率いました。
前政権時代の混乱をおさめるためにも強権的な統治を行い、また、緊縮的な経済運営で経済が悪化、1985年にはクーデターで政権の座を追われています。
民政移管後は大統領選に3回出馬し、いずれも敗北。今回が4回目の挑戦でした。
今回選挙では“強権イメージが、ボコ・ハラムに悩まされる国民に「強い指導者」と受け取られ期待が集まった面もある”【4月1日 毎日】とも。
ブハリ氏は地盤の北部で票を固め、キリスト教徒が比較的多い南西部各州でも大きく支持を広げて勝利しました。
ブハリ氏は当選を決めたあと、自身の“強権イメージ”について、今は以前の自分とは違う・・・という趣旨の発言をしています。そうであることを期待します。
また、「ボコ・ハラム」対策以上に、汚職撲滅が重要な課題とも述べています。
「ボコ・ハラム」に関しては、チャド軍など周辺国も参加した掃討作戦が奏功し、かなり追い詰めるところまできています。
****ナイジェリア軍、「ボコ・ハラム」本部の奪還を発表****
2イスラム過激派「ボコ・ハラム」の掃討作戦を進めるアフリカ西部のナイジェリア国防省は27日、同派が昨年樹立を宣言した「カリフ(預言者ムハンマドの代理人)制国家」の本部とする北東部の町グウォザを同日朝、奪還したとの声明を発表した。
地上軍や空軍戦力を投入しての戦果で、同町に通じる複数の町や村落でもボコ・ハラムを駆逐したと述べた。複数のボコ・ハラム戦闘員を殺害、多数を拘束したとし、大量の武器や弾薬を押収。グウォザの行政本部として用いられた施設を全面的に破壊したとも述べた。
同町はボルノ州内にあり、ボコ・ハラムは昨年8月、カリフ制国家の樹立を宣言。今月初旬には、イスラム過激派「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」への忠誠を表明していた。(中略)
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは26日に発表した声明で、ボコ・ハラムの攻撃による民間人の死者は今年これまでで少なくとも1000人に達したと報告。グウォザを制圧した際には、住民約300人を森林地帯にあるキャンプへ連行したとも述べた。
ボコ・ハラムによるテロ攻撃などは2009年以降に本格化。その活動範囲はナイジェリア内が大半だったが、最近は隣国のカメルーンやチャドなどにも拡散。
これを受け両国はボコ・ハラム掃討に兵力を投入し、アフリカ連合も統合部隊を編成し、軍事介入している。【3月28日 CNN】
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当初2月14日に予定されていた大統領選挙は、ボコ・ハラム支配の地域での治安確保が難しいとして6週間の延期されていました。
いわゆる支配地域を奪還するという点では、早晩なんらかの結果が出るのではないでしょうか。
“(チャンバス国連事務総長)特別代表によると、ボコ・ハラムは今年初め、ナイジェリア北東部3州で計約20の行政区域を支配。ナイジェリアや周辺国で150万人が家を追われた。だが、チャドなど多国籍部隊の軍事介入を受け、現在はボルノ州のわずかな区域を掌握しているのみ。大統領選ではボコ・ハラムによる攻撃が一部で報告されたが、投票全体への影響はなかった。”【4月1日 毎日】
しかし、ゲリラ的活動、テロ行為がなくなるか・・・という話はまた別物です。
ブハリ氏は、「われわれはテロを打ち負かすまで努力することを全く惜しまない」(ボコ・ハラムは)この国からテロをなくし、平和を取り戻すというわれわれの意志の強さを間もなく思い知るだろう」と、「ボコ・ハラム」撲滅の決意を語っています。
しかし、「ボコ・ハラム」のような過激思想を一掃するためには、ブハリ氏も重視している「汚職追放」、更に、経済成長の恩恵を広く貧困層へ及ぼしていく取り組みが必要です。
****<ナイジェリア>ボコ・ハラム対策課題 政権交代、変革期待****
・・・・1999年の民政移管後初の政権交代を受け、変革への国民の期待を背負ったAPC(全進歩会議)政権は、イスラム過激派ボコ・ハラム対策や汚職根絶など山積する課題に向き合うことになる。
ジョナサン氏がブハリ氏に電話で祝意を伝えたことが報じられると、首都アブジャやブハリ氏の地盤である北部カノなどでは大勢の支持者が路上に繰り出し、選挙戦で陣営が用いた「汚職追放」の象徴であるほうきを振り、歌やダンスで喜びを爆発させた。
ロイター通信によると、勝利を決めたブハリ氏は支持者らに対し「一党(支配)国家を脱した。変革の時が来た」と述べた(中略)
ボコ・ハラム対策はもちろんだが、新政権に対する汚職根絶と格差是正への国民の期待は強い。
アフリカ最大の1億7000万人以上の人口を抱えるナイジェリアは、アフリカ一の産油国。経済規模も南アフリカを抜いてアフリカでトップの地域大国だが、1日1ドル(約120円)未満で暮らす貧困層は人口の6割にも上り、特に、油田に恵まれる南部と貧困層が多い北部の格差は大きい。
一方で、1960年の独立以降、国庫に入るべき約4000億ドル(約48兆円)が消えたとも指摘され、長年の腐敗は深刻だ。変革を掲げるブハリ氏の手腕が注目される。【4月1日 毎日】
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なお、「汚職追放」を重視するブハリ氏ですが、前政権に対する政治的復讐のような展開にならないことを願います。
また、国民も変化をあまり性急に求めすぎないことも重要です。改革には時間も必要です。特に、経済面では。