【4月7日号 Newsweek日本版】
【増大する犠牲者】
3月27日ブログ「イエメン イラン・サウジアラビアの宗派間代理戦争の様相 対岸ジブチには自衛隊拠点」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150327 でも取り上げたように、アラビア半島先端に位置する中東イエメンでは、イスラム教シーア派の盟主イランが支援しているとされる反政府武装勢力「フーシ」(シーア派の一派であるザイド派)の攻勢・南進に対し、イスラム教スンニ派の盟主サウジアラビアがスンニ派湾岸諸国とともにハディ大統領を支援する形で空爆に踏み切り、内戦状態に近い混乱が拡大しています。
ハディ政権対「フーシ」の政治抗争は、それぞれを支援する地域大国サウジアラビア対イランの地域影響力をめぐる代理戦争の様相を、また、中東各地で起きているスンニ派対シーア派の宗派間戦争の様相を呈しています。
****1週間で子ども62人死亡、イエメン「完全崩壊の瀬戸際」 国連****
国連児童基金(ユニセフ、UNICEF)は3月31日、サウジアラビア軍主導の空爆作戦が続き戦闘が激化するイエメンで、ここ1週間に子ども少なくとも62人が死亡し、30人が負傷したと発表した。
ユニセフ・イエメン事務所のジュリアン・ハルネ代表は、「子どもたちは深刻に援助を必要とする状況にある。全ての紛争当事者は、子どもたちの安全を守るための策を全力で講じなくてはならない」と訴えている。
イエメンでは、反政府派のイスラム教シーア派(Shiite)系武装組織「フーシ派」の進攻を防ぐため、サウジアラビア主導の連合軍が先月25日に空爆を開始して以降、戦闘が急速に激化。ユニセフによれば、多くの子どもたちが戦闘におびえる一方で、戦闘に加わる子ども兵も増加している。
また、ゼイド・ラアド・アル・フセイン国連人権高等弁務官は声明で、「イエメンは非常に憂慮すべき状況にある。ここ4日間で市民数十人が死亡した」「同国は完全崩壊の瀬戸際にある」との見解を示した。【4月1日 AFP】
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また、「アラブ最貧国」イエメンにはこれまでの国内混乱の避難民及び国外のソマリア・シリアなどからの難民が多数存在していますが、被害はそうした難民キャンプにも及んでいます。
****<イエメン>攻撃で避難民キャンプ40人死亡、250人負傷****
イエメン西部ハッジャ州で30日、国内避難民キャンプに攻撃があり、女性や子供を含む少なくとも40人が死亡、250人が負傷した。国営サバ通信が報じた。
同州を実効支配するイスラム教シーア派武装組織フーシ側は「サウジアラビア主導の連合軍による空爆が原因だ」と主張。サウジに軍事介入を要請したハディ政権は「フーシ側の砲撃によるものだ」と反論した。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、イエメンには政府側とフーシや国際テロ組織アルカイダ系の「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)などとの衝突が原因で約36万人の国内避難民がいる。
また、ソマリアやシリアから逃れてきた難民も約25万人いる。
今回の攻撃はサウジ主導の空爆かフーシの砲撃かは不明だが、避難民や難民が戦闘に巻き込まれる実態が明らかになった。
サバ通信などによると、攻撃されたのはハラズ・キャンプで、過去のフーシと政府との武力紛争などから逃れた国内避難民や東アフリカからの難民ら約4000人が滞在している。
サウジ軍は「戦闘機への攻撃に対して反撃したが、反撃対象地点が難民キャンプだったかどうかは不明だ」としている。キャンプ近くのフーシの拠点が空爆の標的だったとの情報もある。
イエメンはアラブ最貧国の一つで人道支援が必要な住民も多いが、相次ぐ武力紛争で国連などの活動も難しくなっている。
一方、サウジのサルマン国王は30日に閣議を招集し、イエメン情勢について「安定を望む全ての政治勢力と対話する用意がある」と述べた。ただ、対話の条件として、ハディ政権への支持などを挙げており、現時点でフーシ側との和解は難しいとみられる。【3月31日 毎日】
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【サウジアラビア 地上戦の可能性も】
連合軍に参加しているのはサウジとアラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、バーレーン、カタール、ヨルダン、モロッコ、エジプト、スーダンの計9カ国。アメリカは後方支援や情報提供の分野で協力しています。
重要支援国サウジアラビアから参加要請を受けていたパキスタンは、隣国イランとの関係や、シーア派住民が約2割おり、これまでも宗派間のテロが頻発していることなどを考慮して対応を躊躇していましたが、サウジアラビア主導の連合軍に参加の方針を固めたようです。
“パキスタンのシャリフ首相は28日にサウジのサルマン国王と電話で協議し、全面的な支持を伝えたという。”【3月31日 毎日】
サウジアラビア主導の連合軍は空爆によって、フーシ側の防空システムを破壊し、所持する弾道ミサイルの大半を破壊、制空権を掌握しています。
また、アデン等に艦船を配備して、イランからの物資流入を阻止する構えです。
サウジアラビアは地上部隊派遣は「現時点で計画はない」とはしていますが、15万人規模で部隊を準備しているとも報じられています。
イエメンのヤシン外相は28日、連合軍の地上部隊が数日以内にイエメン入りするとの見方を示しています。
****サウジ、イエメンに地上部隊派遣の構え 戦闘長期化も****
イエメンのイスラム教シーア派武装組織「フーシ派」への空爆を主導しているサウジアラビアは、地上部隊の派遣も辞さない構えを示している。地上戦に突入した場合、戦闘はさらに長期化する恐れがある。(中略)
サウジが主導するスンニ派主体の連合軍は30日も、イエメン国内のフーシ派拠点に対する空爆を続けた。連合軍
サウジとエジプトは、かねて地上戦の可能性に言及してきた。イエメンのヤシン外相は28日、連合軍の地上部隊が数日以内にイエメン入りするとの見方を示した。
サウジの指導者らは、イエメンに地上部隊を投入した場合、フーシ派を弱体化させるまでは同国にとどまると表明している。
ゲリラ戦を得意とするフーシ派との戦闘は長期に及ぶとみられ、多数の犠牲者が出る事態が予想される。フーシ派はすでに、サウジ国内での自爆テロを予告している。
またイエメン自体は国家機能を完全に喪失し、「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」など過激派のさらなる温床となる恐れがある。(中略)
米シンクタンク、外交問題評議会のリチャード・ハース会長はイエメン情勢について、「内戦と代理戦争、地域戦争が同時に起きている。戦火は長期にわたって燃え続けるだろう」との見方を示している。【3月31日 CNN】
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【徹底抗戦の「フーシ」】
一方で、「フーシ」の攻勢も続いているようです。
****イエメン 反体制派の攻勢続く****
イエメンでは、反体制派の武装勢力に対し隣国のサウジアラビアなどが空爆を続けていますが、反体制派は大統領が拠点にしていた南部で新たな地域を制圧するなど引き続き攻勢に出ています。
イエメンでは、首都サヌアを掌握した反体制派のイスラム教シーア派の武装勢力に対し、スンニ派のサウジアラビアなど湾岸のアラブ諸国が中心になって26日から空爆を続けています。
現地のジャーナリストによりますと、空爆による支援で大統領側が南部の一部の地域を奪還したということですが、反体制派側も南部でハディ大統領の出身地のアビヤン州やシャブワ州の一部を制圧し、引き続き攻勢に出ているということです。
また、ハディ大統領が暫定的な首都と宣言し拠点にしていた南部の都市アデンでも、28日、反体制派側の武装グループが市街地で大統領側の部隊と戦闘を続け、多数の死傷者が出ているということです。
アデンでは商店などが営業できない状態が続いていて、サウジアラビアの国営通信によりますと、アデン港からサウジアラビアや友好国の外交官86人が艦船に乗って脱出したということです。
また、AFP通信によりますと、首都サヌアからも国連機関や各国の大使館職員など200人が航空機で国外に退避したということで、イエメンでは治安の悪化に歯止めがかからない状態が続いています。【3月29日 NHK】
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「フーシ」が活動拠点とする北部のサアダ州はサウジアラビアに接しており、31日には、サウジアラビア・イエメン国境地帯の複数の地域で砲撃やロケット弾によるサウジアラビア軍と「フーシ」との激しい攻撃の応酬も起きています。
かねてより「フーシ」はサウジアラビア越境攻撃も否定していません。
【イラン 政治協議の開催を呼びかけ】
「フーシ」の後ろ盾イランは、アメリカなどとの核開発問題の協議が山場にあることもあって、表立っての介入は控えています。その点ではアメリカも同じで、そのことがサウジアラビアを苛立たせています。
****イエメン空爆激化、イランが協議呼びかけ「全勢力参加を」****
イエメンでイスラム教シーア派系武装組織「フーシ」に対するサウジアラビア主導の空爆が激化するなか、シーア派国家イランのアブドラヒアン副外相は3月31日、イエメン内のすべての対立勢力が参加する政治協議の開催を呼びかけた。
サウジアラビアとその同盟国であるスンニ派のアラブ諸国の当局者によると、3月下旬からフーシに対する空爆を始めたのは、イランとの核協議を抱える米国がイエメンへの軍事介入に二の足を踏んでいると結論づけたためだ。イランはイエメンのフーシを支援しているとみられている。
アブドラヒアン副外相はイエメンへの軍事介入では問題は解決できないとし、サウジとその湾岸諸国同盟は空爆を行うことで「自らを難しい立場に追い込んでいる」と述べた。
副外相は3月30日、ロシア国営の報道番組「ロシア・トゥデイ」で、「イエメンの状況は政治的手段によってのみ解決されるべきだと確信している」としたうえで、「戦争を始めるのは易しいが、それを終わらせるのは非常に難しい」と述べた。サウジ主導の空爆が3月26日に開始されて以来、イラン政府関係者が発言したのは初めてだった。(中略)
副外相はロシア・トゥデイで、「この地域でのテロリストに対する戦いを支援し続ける」と述べたが、フーシへの直接的な支援については言及しなかった。サウジとその同盟諸国はイランがイエメンへ武器を輸出していると主張しているが、イランは繰り返しこれを否定してきた。
副外相は具体的にどの勢力が協議に参加すべきかについて言及しなかった。ハディ大統領にはサウジの後ろ盾があり、イエメンの部族の多くはハディ大統領を支持している。(中略)
サウジ主導の連合軍で広報を担当するアハメド・アシリ准将は31日夜、イエメンでの空爆はこの24時間で激化したが、地上部隊による介入は「必須ではない」と述べた。連合軍が制空権と制海権を握っており、イエメンは孤立していると話した。【4月1日 WSJ】
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“サウジのサルマン国王は30日に閣議を招集し、イエメン情勢について「安定を望む全ての政治勢力と対話する用意がある」と述べた”【前出 毎日】
“イランのアブドラヒアン副外相は3月31日、イエメン内のすべての対立勢力が参加する政治協議の開催を呼びかけた。”【上記 WSJ】
文字通りそういう話なら、すぐにでも協議の場が設定されるところですが、そうはならないのが現実です。
イランが介入を強めると、中東全体を巻き込んだ紛争に拡大します。今はイランにその余力はないようにも思いますが・・・。
【イエメンの国内事情】
「代理戦争」の側面を少し離れて、イエメン国内の状況をみると、「フーシ」による攻勢は、伝統的部族社会からの反発を買っており、そこにアルカイダ系過激派がつけこむ展開も見られます。
一方で、民間人犠牲を伴うサウジアラビアなどの空爆は、住民からの反発を買う恐れがあります。
****イエメン「代理戦争」の構図****
国を分断する宗派対立
・・・・従来、イエメン人にとって大事なのは、宗派よりも部族だ(国民の約75%が何らかの部族に属す)。部族は現世的で、信仰とは無関係に、生活と商売の保護に徹している。
だがホーシー派が急激に台頭したことにより、アラビア半島のアルカイダ(AQAP)やISISのようなスンニ派系の過激派が宗派対立をあおる局面も出てきた。(中略)
ホーシー派は「アルカイダ掃討」を名目に他部族の支配地域にも攻め込み、行く先々で部族の反発を買っている。
世俗的なイエメンの部族は、共通の暮らしと文化で結ばれている。そして各部族のリーダーは、度重なる政治的騒乱を乗り越えて獲得してきた大きな自治権が今、ホーシー派に脅かされていると感じている。
「部族民がホーシー派と戦う理由は、シーアかスンニかという宗派の違いではない」と、AEIのキャサリン・ジマーマン研究員は言う。「ホーシー派が自分たちの縄張りを越えて進出してきて、そこで影響力を確立しようとしていることへの反発が理由だ」
また部族支配の強い地域は、石油資源に恵まれた場所が多い。ホーシー派の進撃が伝えられるマーリブ州も同国有数の石油・天然ガス産出地であり、この一帯の土地は地元の部族が所有している。
「これらの部族は反ホーシー派で団結している。よそ者がやって来て、自分たちの土地から資源を奪っていくことは許さない」とジマーマン。
「彼らはホーシー派も中央政府も、自分たちの代表とは見なしていない」
もともと中央政府は弱体で、部族自治を軽視してきた。だからどの部族も、中央政府を信用していない。「イエメンで部族が大きな影響力を持っているのは、国家機関の腐敗と弱さが原因だ」と、中東情勢に詳しいナドワ・アル・ダウサリはカーネギー国際平和財団発行のリポートで指摘している。
各部族を率いるのは、紛争解決や金銭的利益を守る手腕を評価されて指名された族長だ。ダウサリによれば、部族は独自に定めた掟に従い、伝統的に「イデオロギーを嫌い、アルカイダのような過激派の影響力拡大を警戒している」。
ところがここ数力月で、一部の部族がホーシー派という「共通の敵」を前にアルカイダ系のAQAPと手を組んだらしい。
AQAPは部族長たちに、中央政府からは受けられない保護と資源を提供することができると、ジマーマンは言う。(中略)
空爆への反感で支持拡大
ホーシー派はロシア、中国およびイランと経済協定を結ぶことで、混迷した部族中心のイエメン政治の中で正統性を確立し、またAQAPと戦うことで国民の支持を取り付けようと試みている。
ホーシー派を狙う空爆もまた、彼らにとっては追い風になるかもしれない。「空爆は、反ホーシー派も含め、イエメン国民を団結させる可能性がある」とクヌッセンは指摘する。
アメリカの支持するハデイが南部の拠点アデンを出てサウジアラビアに到着したことは、ホーシー派にとって1つの勝利かもしれない。「現時点では、いかなる形であれハデイが帰国することは難しいだろう。彼は祖国を捨てたのだ」と、クヌッセンは言う。
ハディが逃げ出した今、サウジアラビアはホーシー派よりも先にアデンに進撃する準備を整えているかもしれない。
だが、それにも地元住民の反発が予想される。
イエメン南部は長年、アルカイダを狙ったアメリカの無人機攻撃の標的となっており、それに伴う民間人の巻き添え被害が原因で、多くの地元住民がアメリカとその同盟諸国への反発を強めている。
サウジアラビアによる空爆でも、既に数十人の民間人が死亡している。外国勢による軍事介入かホーシー派の支配かという選択肢を示されたら、取りあえず国内の勢力を選ぶ人も少なくないだろう。
いずれにせよホーシー派の戦闘意欲は高く、地域大国のサウジアラビアと一戦を交える覚悟もありそうだ。
「イランの支援は必要ない」と言い切るのは、ホーシー派を支持するジャーナリストのフセイン・アル・ブカイティだ。「湾岸諸国も欧米諸国もホーシー派の強さを見くびっている。この先、世界はホーシー派の真の強さを思い知らされるだろう」【4月7日号 Newsweek日本版】
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「フーシ」に対する部族社会の抵抗、サウジアラビアの空爆に対する住民の反感・・・そうした国内要素を含んでの今後の展開となります。
リビアのカダフィ、イラクのフセインも部族社会を力で抑え込むことで統一的国家を実現し、その政権崩壊は混乱を引き起こしました。
もちろん、そういう独裁、力による支配には限界があります。
イエメンという部族社会にとって、どういう政治形態が一番望ましいのか、あるいは現実的なのか・・・サウジアラビアとイランの代理戦争という話とは別に、考えるべき問題です。