【デモが要求を実現するための免罪符になると考えるような風潮】
イスラム教の預言者ムハンマドを冒涜したとされるアメリカ映画を巡るイスラム世界各地における反米抗議デモは、特にアラブ各国では、アメリカ公館などへの襲撃といった過激な様相を見せています。
従来の強権支配体制が「アラブの春」で崩壊した後のイスラム主義の台頭、抗議行動への当局側の対応の変化、更に政変後も改善しない生活苦への不満・・・そうした事情を反映した現象と見られます。
****反米デモ:アラブ社会での「過激化」が目立つ****
イスラム教の預言者ムハンマドを侮辱的に描いた米映画を巡る抗議は14日、世界各地のイスラム諸国に拡大したが、とりわけアラブ社会での「過激化」が目立つ。
背景には昨年の民主化要求運動「アラブの春」で強権・独裁体制が崩れ、長らく「テロの温床」になりかねないと抑え込まれてきた宗教意識の高まりがある。政変後もいっこうに改善しない社会生活への不満ともあいまって、怒りのエネルギーが噴出しているようだ。
一連の抗議で米公館などが襲撃されたのはエジプト、リビア、イエメン、スーダン、チュニジア。このうちスーダン以外は「アラブの春」による政変を経験し、独裁体制の維持や欧米による「テロとの戦い」に協力する名目で長年、イスラム思想の台頭を抑圧してきた国々だ。
05年にデンマーク紙が預言者ムハンマドを冒とくする風刺画を掲載し、イスラム圏に抗議の嵐が吹き荒れた際は、パキスタンのデンマーク大使館で自爆テロが発生するなどしたが、「アラブの春」の国々では外国公館が襲われる事態にまで発展することはなかった。
今回のデモで最初に米公館が襲撃されたエジプトの主要紙「アルアハラム」のアムル・ヤヒヤ編集幹部によれば「以前は警備が厳重で、デモ隊は公館に近づけなかった」。当時の親米欧のムバラク政権は風刺画に「沈黙」を守ったという。
だが今回、米映画について、イスラム原理主義組織ムスリム同胞団出身のモルシ大統領は「預言者の侮辱を許さない」と明確に非難した。ムバラク前政権下で厳しく弾圧された「サラフィ」と呼ばれるイスラム厳格派の姿も目立った。
最近、カイロでは「タハリール広場に行くぞ」が、社会に不満を抱える人々の「合言葉」にさえなっている。広場はカイロ中心部にあり、ムバラク前政権打倒のうねりを起こしたデモの「聖地」だ。
一方、4人の死者が出たイエメンの地元通信社「マレブ・プレス」のアハマド・アヤイエド編集主幹も同様の傾向を指摘し、「サラフィに限らず、あらゆる階層の人がデモで不満をぶつけている」と解説している。
カイロ・アメリカン大学のノハ・バクル准教授は「(アラブの春の)革命後、デモが要求を実現するための免罪符になると考えるような風潮が生まれている」と分析した。【9月15日 毎日】
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【警察は反イスラム的な行動を取ることを恐れている】
イスラム主義強硬派の過激な行動を助長している要因に、“宗教勢力の政治力が高まってきており、警察は反イスラム的な行動を取ることを恐れている”【下記WSJ記事】という治安当局の姿勢が指摘されています。
****「アラブの春」でイスラム強硬派が増長―治安当局、取り締まりに二の足****
リビアとエジプトの米公館襲撃は、イスラム主義の強硬派の取り締まりに二の足を踏む治安当局の実態を浮き彫りにした。
民主化運動でアラブ世界を一変させたチュニジア、エジプト、リビアで、かつては秘密結社だったサラフ主義が、政治の世界に躍り出た。イスラム超保守派のサラフ主義者の多くが公職選挙に立候補する一方、組織に属さないさまざまグループが、彼らが「背徳者」と考える人々をどう喝したり、時には暴力をふるう事件を起こしている。
これら3カ国のリベラル派にとって最も心配なのは、こうしたサラフ主義者が何のおとがめもなく行動しているようだということだ。
世俗派の活動家は、サラフ主義者に対する警察の取り締まりについて、いつも現場への到着が遅く、ほとんど逮捕せず、過激な宗教集団との衝突を避けようとしていると不満を口にする。世俗派によれば、宗教勢力の政治力が高まってきており、警察は反イスラム的な行動を取ることを恐れているという。
11日夜にエジプト・カイロの米大使館周辺で起きた騒ぎでは、数百人の警官隊は一握りのデモ隊が大使館の壁によじ登るのを阻止できなかった。またデモ隊が壁の上でイスラム主義の旗を振りかざすのを傍観していた。
リビア・ベンガジの米領事館では、数百人に上る武装した暴徒がわずかなリビア治安部隊を圧倒した。暴徒のうちの何人かは、イスラム原理主義のアンサル・アル・シャリアのメンバーを名乗っていた。この領事館襲撃事件では、逮捕者は出ていない。
ニューヨークに拠点を置く人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチのチュニジア専門研究員であるアムナ・グエラリ氏は「国家権力の弱体化を示している」と指摘。リビア、エジプトの両国治安当局は、弱さ、恐れ、共謀といった要因がない交ぜになって行動を起こさなかったのだと分析する。両国のほかチュニジアでは、民主化運動に伴う混乱で治安部隊は崩壊状態となっている。
治安当局がイスラム主義勢力に対し軟弱な理由として、反発を恐れていることもありそうだ。英エクセター大学中東プログラムのイマール・アショール部長は「これらの国では治安当局はイスラム主義者と闘う組織だったが、今では治安部隊に弾圧された人々が権力を掌握したか、掌握しようとしている。したがって、警察など治安当局は弾圧をためらっている」と分析する。
リビアでは、この1カ月間サラフ主義者がイスラムへの冒涜とみている歴史的な神殿のいくつかを破壊し、サラフ主義に反する聖人の墓を解体している。リビア当局は、こうした行為を非難しているが、逮捕者は出ていない。
チュニジアでは、警棒を持ったサラフ主義の若者が浜辺や美術館、劇場などを巡回し、不適切と思う行為を取り締まっており、警察は黙認している。
エジプトでは、2011年2月のムバラク大統領追放以降、イスラム教とキリスト教の宗派対立が激化している背景にサラフ主義者がいると、多くの識者が批判している。【9月 13日 ウォール・ストリート・ジャーナル】
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【「あなた方の愛国の熱情は伝わった」】
一方、目下日本にとって最大の関心事は中国で吹き荒れる反日デモの嵐です。
状況は新聞各紙・TV等で連日詳細に報じられていますので省略しますが、日本に関連する商店・レストラン・企業などが破壊・略奪にあったり、在留邦人が嫌がらせ・暴行を受けたりと、一気に状況はエスカレートしています。
抗議デモは中国各地に拡大し、参加者数でみると、小泉内閣時代の靖国神社参拝問題などを受けた05年4月のデモを超え、日中国交正常化(1972年)以来最悪に状況になっています。
日中国交正常化40年をかけて培ってきた交流事業も相次いでストップしており、非常に残念なことです。
イスラムの反米デモのきっかけがムハンマド冒涜映画であったのに対し、中国の反日デモのきっかけは尖閣諸島への中国側、その後の日本側の上陸、東京都の買取を回避するために取られた国有化の措置という一連の領土問題です。
根底にあるのは、イスラム社会では、イラク・アフガニスタンなどイスラム国家を標的にした戦闘やビンラディンなどのイスラム過激派殺害を続け、結果としてイスラムに敵対するような立場にも見られがちなアメリカに対する嫌悪・不信感があります。
中国においては、当然ながら先の戦争の傷をひきずる反日感情があります。友好関係を築こうとしてきた日本からすれば、中国・韓国で消えることのない反日感情には困惑もし、疲労感も感じます。
ただ、侵略された側と侵略した側では、その傷に対する思いは異なります。“された側”は愛国教育でその過去を反芻するのに対し、“した側”では過去の行為への批判・反省を“自虐史観”として退け、過去を消し去る方向へと進むといったことで、両者の溝は次第に深まる傾向にもあります。
中国国内にも暴徒化することへの批判もあるようですが、今のところは少数派で、“反日”=“愛国”という状況です。
***ネット上、デモ画像拡散 「ならず者」批判の書き込みも****
15日、中国全土で起こった反日デモの画像が中国のインターネット上に出回っている。
中国版ツイッター「微博(ウェイボ)」では、山東省青島市で「イオン黄島店」がデモ隊に囲まれ、ガラスを割られる写真や、近くの日系企業のものと見られる工場から黒煙が上がる様子、湖南省長沙市の日系デパート「平和堂・五一広場店」が煙に包まれる写真などがアップされている。
暴徒化したデモ隊について「愛国者でなく『ならず者』」「すでに反日ではなく、ただ社会への不満をはき出しているだけ」と非難する書き込みがある一方、デモの参加を呼びかける書き込みも見られた。 【9月16日 朝日】
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反米・反日の直接的要因以外に、生活苦や経済格差、不正・腐敗の横行する社会への国民の不満が鬱積していることも、イスラム社会・中国も共通しています。
治安当局にとって、イスラム世界で宗教的抗議行動を抑制することが困難なように、中国においては“反日”を掲げた“愛国的行動”を抑制することは批判の矛先が政権側に向きかねない危険がりますので、対応も融和的となりがちです。
広東省の省都・広州市では16日、約1万人の反日デモ隊が一時、日本総領事館が入居する大型高級ホテル「花園酒店」を包囲、デモ参加者の一部は暴徒化し、ホテル1階の商店や2階の日本料理店のガラスなどを破壊しました。
デモ隊の領事館突入を阻止した警官隊は周囲を封鎖し、拡声器で「あなた方の愛国の熱情は伝わった」と呼び掛け、デモ参加者を徐々に解散させた・・・とのことです。【9月16日 時事より】
中国の場合、秋の党大会での権力移譲を控えて、熾烈な権力闘争が行われている時期ですから、日本への弱腰批判はどうしても避けたい事情もあります。
****反日デモ 「弱腰」批判恐れ容認 日本の政権交代も意識****
中国各地で発生した反日デモは、中国政府が容認した上で行われた。警察当局は大量の人員を配置して不測の事態を警戒したにもかかわらず、デモ隊が暴徒化し警察隊と衝突する場面が多くみられた。言論や集会の自由を制限されている民衆が、反日を口実に一気に不満を爆発させた形だ。
中国当局がデモを容認した背景には複数の原因がある。まずは、胡錦濤国家主席が野田佳彦首相とロシアでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で会談した直後に、日本政府の国有化決定が明らかになった点だ。中国国内の保守派が「弱腰外交のツケだ」と胡政権の外交政策を批判、メンツがつぶされる事態を招いた。
さらに、国有化を受けて温家宝首相と李克強副首相が対日強硬発言をしたことが注目される。胡主席を含めたこの3人は中国政府内で「対日協調派」と目されていたからだ。共産党筋は「保守派の批判の矛先をかわすために、あのような発言をしなければならない状況だった」と説明した。
また、野田政権は尖閣の施設整備などを行わない方針を示しているが、日本では近く政権が交代する可能性があり、次の政権の対応は不透明だ。中国政府は今回、激しい反応を示すことで、次期政権を牽制(けんせい)する狙いもあるとみられる。
中国共産党内部では、5年に1度の党大会を1カ月後に控えて権力闘争が激化している。民衆の不満を外に向けさせ、ガス抜きを図る思惑もありそうだ。ただ、放置すればデモが暴走して統制不能に陥る可能性もある。デモの規模拡大で、中国当局の出方が大きな焦点となってきた。【9月16日 産経】
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ウラジオストクで開催されたAPEC首脳会議に合わせて9月9日に行われた胡錦濤国家主席と野田首相の“交談”で、胡錦濤主席は尖閣諸島国有化へのかなり強い批判を行っていますが、その発言内容の扱いが中国国内メディアで二転三転するあたりにも、中国側の微妙な事情が窺われます。
“国営新華社通信は9日午後0時26分、胡主席が野田首相に伝えた具体的な発言を報じたが、その25分後に具体的な発言を削除し、「現在の中日関係や釣魚島問題に関して中国の立場を表明した」とだけ伝えるよう記事が差し替えられた。ところが、同日夜になって、最初の発言に「中国側と共に」と挿入した具体的な発言内容を再び伝えるなど、権威ある最高指導者の発言としては異例の混乱した対応となった。”【9月10日 時事】
【ジレンマ】
ただ、昨日も触れたように、エジプト・モルシ政権も宗教的抗議行動に共感も示しながらも、現実問題としてアメリカとの関係を重視せざるを得ず、また国内の宗教対立を激化させたくない思いもありますので、その対応はジレンマに悩むものとなります。
中国当局の対応も、社会不満のガス抜き効果を期待することもあって、“反日”を掲げた“愛国的行動”に共感を示しながらも、抗議行動が暴徒化する事態は、多くの社会問題を抱える現体制への脅威ともなりますし、日本との経済関係を無視することもできませんので、その対応は微妙なものになります。
****中国紙、反日デモ報道を抑制=「北京は理性的」と公安局****
16日付の中国紙・北京青年報などは、15日に北京の日本大使館前で行われた日本政府の尖閣諸島(中国名・釣魚島)国有化に抗議する反日デモについて写真付きで報じた。しかし、山東省青島などで起きた日系企業に対する破壊活動は伝えず、多くの新聞はデモの写真を一面では掲載しないなど、抑制的な報道となった。
反日デモが全国に広がり、一部暴徒化していることを受けて、中国当局は事態がエスカレートしないよう、報道内容を規制しているとみられる。【9月16日 時事】
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中国においては、反日デモに限らず、土地収用問題や環境・公害問題、地方当局の不正・権力乱用などで日常的に抗議行動が頻発しています。
反日デモが一気に拡大する社会的背景にはそうした事情もあります。
更に言えば、人々がそうした抗議行動という形を取らざるを得ないのは、欧米・日本的な意味での民意を政治に反映させる選挙・議会制度が存在しない、共産党による一党支配という政治システムが根本的原因であると思われます。
文化大革命を起こした毛沢東は大衆行動を権力闘争に利用し、その権力基盤を強固にしましたが、権力者にとって大衆行動は権力を崩壊させかねない脅威でもあり、神経を使うところでもあります。
反日デモの暴徒化を許していると、やがてはその矛先は共産党政権自身に向かうのでは・・・・ということも考えられます。
【急激な環境変化】
日本と中国の関係については、急速な経済環境・政治的力関係の変化が影響しています。
小泉内閣の靖国神社参拝問題で揺れた05年当時、中国のGDPは日本の約半分でした。
それから僅か7年しかたちませんが、今や中国の経済規模は日本を一気に抜き去り、12年では1.3倍ほどに達しています。それに伴い国際社会における存在感も逆転しているのは周知のところです。
そうした変化を背景にした中国側の自信、これまでの日本優位の力関係に対する反発も強くあることは容易に想像されます。
今後数年で中国の経済規模は日本の2倍を超すと思われます。日本側にはそうした環境変化に対する認識が希薄な面もあります。逆に、そうした変化への焦りが攻撃的な対応になったりもします。
ほんの数年で日本を圧倒的に凌ぐ巨大な経済圏が出現し、好むと好まざるとにかかわらず、日本はその引力を無視できない環境にあることを念頭に置いて対策を考えるべきでしょう。
【新たな火種】
反日デモは更にエスカレートする危険があります。18日は満州事変の発端となった柳条湖事件の発生日に当たることから、各地のデモが大規模になる可能性が高いことが推測されています。
更に、尖閣諸島がある東シナ海の休漁期間が16日正午に明けたことから、台風16号による天候不良の回復を待って、中国の漁船の船団が尖閣周辺に向かって出航することが報じられています。
日本側でも反発が高まり、新たな火種となりそうです。
中国側のハイテンションに引きずられてチキンレースのような形になるのは避けたいところですが・・・。
日本製品ボイコットなどの動きも報じられていますが、今の反日の逆風に立ち向かえるのはAKBだけのようです。
****上海版AKB、一期生募集に3万8千人 「SNH48」****
人気女性アイドルグループ「AKB48」の海外姉妹ユニットとして中国・上海で売り出し予定の「SNH48」の1期生募集が締め切られ、中国各地から約3万8千人が応募した。尖閣諸島問題などで日中関係がぎくしゃくするなか、日本のアイドルは別格のようだ。
共産党機関紙・人民日報のウェブサイトによると、受け付けが始まった7月12日から申し込みが殺到し、公式サイトのシステムが何度もダウン。応募人数がこれまでの著名なオーディションの規模を上回り、「中国市場での価値を表している」と報じている。【9月3日 朝日】
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