銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

杭うち疑惑、他に六社で発見・・・・・あの波形図を印刷する測定器を作った会社は、どこ?

2015-11-29 13:38:48 | 政治

副題1、『本当に暗い嫌なニュースだった、データの改ざん問題。ただし、終焉に至っても、旭化成が悪く無い事には、変りはない』

 実は、これから書くことは、義務感に、追われて書くことであって、書く事に対する意欲がわかない事なのです。どうしてかと言うと、すべてが、最初から、私の予想通りに進んでいて、27日に、・・・・・他にも六社で、同じことが発見をされたと、報道をされ、・・・・・やっとここで、終焉となったわけですが、私にとっては、そこに至っても、真実に関しては、何も新発見が無いニュースでもあり、全く釈然としないからです。

 暗いニュースでした。その最も暗いポイントとは、ほとんど、嘘に等しい事を大騒ぎをして、国民に不安を与えたと言う点です。その真実の目的は、旭化成の株価を下げ、わが家の資産を減らしてやろうとする、意地悪でしかなかったのですよ。

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副題2、『旭化成疑惑、パリ同時多発テロ、長谷川智恵子の、障害児・間引き・推奨発言は、三つとも同じ、人間が、発案している諜報的事件です。策謀ですよ。真実ではない』

 長谷川智恵子の、障害児・間引き・推奨発言と、まったく流れもコンセプトも目的も同じです。まず、旭化成疑惑ですが、私に裏側を、見破られてしまって、困ったので、CIAは、パリで、同時多発テロを起こしました。すると、私が、そちらへテーマをシフトすると、思ったからでしょう。でも、パリのオランド大統領問題では、私が旭化成疑惑から離れないので、今度はもっとどぎつい方へ、テーマをシフトさせて、長谷川智恵子、残酷発言を起こしたのです。今度は私は乗りました。その乗ったことが、彼ら悪人には驚きだったでしょうね。彼らは、私が長谷川智恵子については、書かないだろうと、見ていただろうと推察します。『社会的に遥かに上だから、彼女について、悪口を書けば、あいつが損をするさ。それさえも読めないわけでもあるまい』と、考えたらしいですね。

 しかし、私は彼らの予想に反して、ぐいぐいと、長谷川智恵子の残酷発言の裏側にある、もろもろの、あくどさを分析し始めています。もっとも、大きい、真実は、長谷川智恵子は、自発的に、自然に、ああいう発言をしたのではないという部分です。彼女は塩見和子に教唆され、一肌脱いだにすぎないでしょう。で、塩見和子は、誰に頼まれて、そういうことを、長谷川智恵子にさせたかと言うと、渡辺幸子さんに頼まれたのだと思います。または、石塚雅彦さんがそういったのかな? その塩見和子について、これまた、ぐいぐいと、分析をし始めているのには、関係者は、度肝を抜かれていると、思いますよ。

 だけど、私にしてみれば、・・・・・北久里浜の、豪華マンション群、【ルネ北久里浜】の西側の崖が、横須賀市によって、1979年に造成をされている事、・・・・・および、塩見和子さんが、1979年に、笹川良一と、結び付いたこと・・・・・には、ずっと以前から気が付いており、そのこと自体、私狙いであるから、塩見和子が、私より上だなんていう発想は、これっぽぅちもないのですよ。悪人と協力する人間は、ダメ人間なのです。私に言わせれば低劣な人なのです。どんなにお顔がきれいで、お金持ちであろうと、ダメ人間なのです。低位な人間なのです。だって、こういうたくらみの裏側に、数百人の死者が居るのですから、逃れられようもない悪なのですから。

 ここで、悪人と言うのは笹川良一ではなくて、瀬島龍三とかロックフェラー四世とかその陰にいるベーカーさんとか、ロックフェラー四世と、寮で、同室だったらしい石塚雅彦さんとかを指します。そのほか、彼らと結びついている、伊藤玄二郎、未だ実際には生きている、井上ひさし、前田祝一・清子夫妻、安野忠彦・智紗夫妻、杉本元横須賀市副市長夫妻、などなど、全部ひっくるげて、『あ、悪人さんたちね』と言うだけなのですよ。内心で、さげすんでいるだけなのです。

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副題3、『ここで、長谷川智恵子問題を、中断して、旭化成問題へ、帰るが、理由は、11月26日と、27日のNHKニュースにある』

 しかし、データ改ざんの方は、ほとんど終焉したと、思われるので、最後に、とっておきのポイントをさらしましょう。あれが、ほとんど、嘘であったとする根拠になる部分です。終焉するまで、外に出さず、取って置いた最大の真実です。 

 この事件の概要とは、・・・・・『常に、国民を犠牲にして、自分たちだけは、助かろうとする、前田祝一・一派によって、無残にも、与えられた、一億総不安化政策であった』・・・・・・となります。

 旭化成建材の、杭うちデータ改ざん問題とは、本当に少数の人間が、自分たちが過去に行った種々の悪行為を隠ぺいする為の、姑息な、手段の一つに過ぎないのです。それは、過去に、繰り返されてきました。

 周南事件、スタップ細胞事件、洲本の平野家・親戚筋・連続殺人事件、おお相撲壊滅作戦、シャルリーエブド事件、ドイツ格安航空機のアルプス激突事件、後藤健二さん殺害事件、そして、今回のパリ同時多発テロ事件、マリ共和国内のイスラム過激派事件、IS国のシリア国内での殺戮等、すべてに共通するコンセプトです。

 ところで、旭化成建材の、杭うち疑惑が、どうして、あれほど、炎上して、大ニュースになったかと言うと、あの横浜市都筑区の、マンションの住人の中に、この嘘ニュースのしくみに協力する、共産党員が居たという事でしょう。それから、これは、多分ですが、

 我が家のお隣の、日建設計勤務の東大出身の、設計マンが、関与した物件であるからだとも、想像をいたします。

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副題4、『お隣は、夫婦そろって、東大の建築家卒なのに、あまりにもその行動がおかしい。建築中から、意図的な意地悪を繰り返してきている。変だ。と、ずっと思っていたが、北久里浜の大マンション、【ルネ北久里浜(旧名、そらヒルズ)】と、今回の横浜都筑区の大マンション、【らら横浜】の両方とも、その外壁がそっくりの色彩なのだ。で、その両方の、設計を彼の会社のチームが担当しているとすれば、ミステリーの輪が完結するが?・・・・・これは、まだ、傍証が無い事ではある・・・・・』

 この写真のマンションは、横浜市の問題のマンションではありません。北久里浜に在る【ルネ北久里浜】の方です。このマンションは、すごい眺望を誇っています。西は富士山まで見えるし、北は、ランドマークタワーまで見えるし、東は、千葉県まで見えるし、南は太平洋まで見えると思います。そして、公園や、敷地内道路にも余裕を十分にとってあって、しかも、京急北久里浜駅から、一気に六階分を駆け上がるエレベーターも設置されています。それも非常に豪華なエレベーターです。それから、横・横・道路と、言う高速道路の【佐原】というインターチェンジがすぐそばにあり、車で東京へ行くのは早いです。非常に早く行くことができます。

 と言うわけで、件の、あの都筑区のマンションよりずっと豪華です。ただし、立地条件として、あちらは、ブランド力のある横浜市北部だし、こちらは、横須賀市の南部なので、販売価格としては、同じぐらいでしょう。

 特にこのマンションは、土地だけは、旧横須賀市の水道山であって、瀬島龍三が、ただで手に入れたものなので、その分の費用が、入っていないので、意外とお安く売りだしたはずです。私の難儀と言うのは、この疑惑とか悪の仕組みを、地籍変更届の書類を渡されてしまったために、全部知ってしまったという事です。

 私は、自分でいうのも、申し訳ないですけれど、信じがたいほどに、頭がいいのです。上司だった東大教授が、「並の東大卒業生よりずっと頭がいい」と言ってくださったのですよ。「寿退職を、しなければ、将来必ず、東大教授になれます」と、言われているのです。そういう人間を軽んじて、自分たちの悪の仕組みの証拠品を、「ここに、実印を押してください。私が持っている私道部分を、横須賀市に寄付しますから」なんていう嘘の口実で、見せるなんて、バカの骨頂なのです。
 しかも、母の所有分があったので、母の実印をもらわなくてはいけないということで、一部しかない書類を、私に、預けてくれましたから、さらに、調査が進んだのです。

 彼らは、最初、130坪買ったのです。それを建売住宅とか道路を作って、全部消費して、そのうえで、さらに300程度を、実質的には、横須賀市の水道山に食い込んで、土地・造成をして、見かけ上は、500坪ぐらい持っている地主風に装って暮らしていたのです。ただし、瀬島龍三本人ではなくて、彼の帝国軍(または、皇軍)時代の親友、益山重夫・元・海軍参謀が、住んでいたのですけれどね。ちなみに瀬島龍三は、元陸軍参謀です。

 そのあとで、5m高さの木製の塀を作って、その中で、益山夫妻は、シェパードを放って、他人が入れない様にして、どんどんと、水道山に蚕食して行き、この地籍変更届を彼らが出したころには、すでに、見かけ上は千坪、私有している様に見えました。だが、彼がお金を出して買っているというわけではないのですよ。

 書類上は犯罪ではないのですが、実質的には犯罪です。しかもそのあとで、山を削りましたので、合計三千坪以上の土地が、ただで、手に入ったというわけです。マンションには、合計400戸の家があるみたいに見えますが、各一戸につき、1000万円の純利益が入ったとして、40億円が、濡れ手で粟で、手に入りました。この事実を知っているから、警察が、私を尾行するわけなのです。尾行するという形でノイローゼにさせて、早く死んでくださいと言われているのです。(苦笑)日本の警察とは、CIAの手下ですから。

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副題5、『ところで、前報の主人公、大原光孝さんは、このブログを読んでいないらしいが、ここで、一言告げておきたい。それは、神様を経由して彼の耳に入ることを祈念するが・・・・・』

 ところで、お隣さんが、どういうことをしたかは後で、まとめて書きます。しかし、前報の主人公、大原光孝さんとお隣の小野寺夫人(夫婦別姓である。だから、小野寺と言う名前が、二つのマンションの設計者として上がることはない)が良く組んで、嫌がらせとか、脅かしをしてきているのです。マルハニチロの農薬混入事件の時に、特に目立ちました。

 だからね。「大原光孝さん、どんなに道路を掃除しても追いつかないぐらいの、大犯罪の片棒を、あなたは、担いでいるわけなのですよ」と、いいたいのです。陰善を積んだつもりになっていても、政治の事をきちんとわかっていないと、方向性が間違ってしまうのです。前報の中で、あなたが、10年ぐらい前に「川崎さん、みんな、あなたが、離婚をするって言っていますよ」と言ってきたことを書いています。私はね、その時、『ふんふん』と言う感じで、ただ、黙っていましたが、別に離婚はしていませんよ。

 逗子のアトリエ、には、主人が来てくれて棚を作ってくれたりしています。それから、一人暮らしは、修業の為なのです。絶対的に、一流と言われる人物になるためには、激しい修業が必要です。木下順二が夕鶴と言う戯曲内で、鶴が、【よひょう】に「部屋には入らないで」と言うでしょう。

 あなただって画家なんだから、判っているでしょう? 本当にいいものを作ろうとして、創作に熱中しているときは、鬼神のごとき状態になるほどの、集中が必要だと。あなたは男ですがね。それを女の側が、やってしまうと、家庭内がめっちゃクチャになるのです。ケンカの連続になります。男って、・・・・・女の側が氷の様なバリアーを作ってその中にいて、一人で何かをしている・・・・・ということを許さないのです。だから、一人暮らしをしたのです。お互いに、そばに居なければ、問題はないのですから。大体、ある程度以上に有名な女流画家って、そういう生活をしているのですよ。実質的にはね、お互いが、一人の独身生活者として、夫婦が過ごしているのです。瓜南直子さんも同じだったでしょう。

 50代の後半だったから、ちょうどよかったのでした。体力的にあと五年遅かったら、修業先(大学院とか、有名な版画工房)を、確定もしないで、ニューヨークへわたってしまい、自分で、それを見つけるほどのエネルギーは、残っていなかったと思いますよ。

 1998年以前は、単なる主婦作家でした。閨秀画家と言う類の存在でしたね。お金があるから、油絵の大作を描くことができて、女流展とか、国展、そして、上野の森美術館展や、毎日コンクールなどに入選する様な作品を描くことができました。しかし、それは、まだ、その他大勢と、同じ水平に立つ、ランクだったかもしれませんね。

 しかし、このブログですが、一頭、地を抜いていると、ひそかに自負しています。それはね。あの逗子の一人暮らしの際に、一年に三か月は必ず外国で修業をしたということが大きいのです。観光ビザだから三か月しかいられません。語学学校などには行くつもりがないから、それで、いいのです。そして、その限度いっぱいに、ひと仕事しようと思うから、一日四食で食べに食べても、体重が38キロぐらいに落ちてきます。162cmありますので、すさまじいヤセ様です。まあ、顔は、お亀タイプなので、他人には、やせたことはわかりません。常に秋から冬にかけて海外で、過ごしていますので、袖も足も覆う洋服を着ていますから。

 それほどの集中をしていますし、帰国した後の、9か月間も、一日を、13時間周期で使っていましたから、お医者さんに、あなた、死にますよと、脅かされるほどの、肺炎にもかかりました。五時間創作、三時間、パソコンを打つ他の雑用、五時間寝る。おきて、すぐ、次の周期が始まる。テレビは見ないし、新聞は、読まないし、家族との会話もないし、ご近所の付き合いもない。比叡山の修行僧みたいな生活です。

 そのすごい集中の期間があったからこそ、今、居間で、テレビが横でついていても、また、主人が怒ったり(苦笑)、冗談を言いかけてきたりしても(笑い)、はいはい、と、のんきに対応をしながらでも、または、軽い喧嘩をしながらでも、文章を書き続けることができるのです。こういうテクニックは、それこそ、一人で、激しい修業をしたからこそ、獲得できたものです。機械技術的なスピードもさることながら、文章の構成力、他も、ものすごい時間をかけているからこそ、獲得できたものでした。

 でね、あなたから、「離婚をしている。(だから、負けたんだ)」と言われたからこそ、気を付けて、見ているのですが、奥さん、今、家に居ませんよね。で、「離婚をしたのですか」と言う様な失礼な言い方ではなくて、あなたに、「奥さんを見かけないけれど、どうなさったの?」と聞いたら、「いません」とだけ答えたけれど、

 「本当のところは、どうなんですか? 独立はなさっているけれど、お子様もあるし、奥様は医者のお嬢さんだから、離婚はないとは、思いますが、何故、一緒にいないのですか?」 と、問いたいです。しかも、私が逗子に夜もいた、二年半よりも長期にわたって、奥さんの姿を見かけませんよね。

 「ね、こういうことになるのです。だから、他人に対する接し方については、平等で、少し尊敬しておくというルーティンを崩してはだめなのですよ」と言いたいです。

 「特に私に対しては、これからは、変えてください。けちな策略を弄さない事。常に、ごく自然に、生きてください」と、ここで、くぎを刺して置こう。だけど、彼は、私のブログは読まないそうですから、また、同じことの繰り返しになるでしょうけれど・・・・・彼は柄沢斉の、【ロンド】は、大喜びで読んだと思います。だけど、私が有名人ではないから、軽蔑して、読みませんね。「ああ、そうですか」とだけ言っておこう。

  この件ですが、あなたが「ワインが割れて、おしかったねえ」と言う捨て台詞を放った時に、私が書いたエッセイ内で、すべの問題点が、明らかにされていましたよね。だから、あれを読んだら、復讐するのではなくて、そこに書いてある問題点を、ご自分の努力と熱意で、修正していく事が、本当は、必要だったのです。だけど、やって来ていないですね。

 ただ、一点だけ、あなたがお気の毒だと、思う事もあります。それは、お医者さんの家に生まれ、別のお医者さんの家に、養子に出されたことです。それが、何歳の時だったかは知りませんが、あなたは、親に甘えるという事もして来ていなくて、奥さんに甘えるという事もして来なかったのですよね。お母さんも、奥様も非常に上品な方だけど、多分、上っ面な部分で、終始なさっておられると、思います。だから、あなたは、生きるスタイルとしては、いい子(長じて紳士となった)だし、上品極まりないのだけれど、精神的に、空洞な部分がありますね。そこに、私に甘えすぎたりしてしまう、態度が育ってしまったりします。または、柄沢斉ラインで、「川崎千恵子を、いじめてほしい」などという要請が入ると『あ、やることできた。任務ができた。うれしい」となって、張り切り過ぎてしまうのでしょう(苦笑) そんな事をやっている場合じゃアないですよ。もし、お母さんが亡くなったらどうするつもりなのですか? 

 これから先の部分ですが、私の心の中には、言いたいことが、はっきりと、あります。だが、あえて、口にチャックをして、音声にもパソコンにも出さないで、置きましょう。 

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副題6、『私のお隣は、夫婦そろって、東大の建築科卒であり、ご主人は、有名な設計会社の横浜支店長≪2009年当時≫である。今の職場は、転籍・または、支店替えを、した可能性はある。彼のチームの作品として明瞭に、私が、知っているのは、横浜銀行鎌倉支店である。この情報だが、彼ら夫妻から聞いたわけでも、ご近所の他の人から、聞いたわけでもない。私が、自分で、調査したわけでもない。ただ、天から降って来たと言うしかない形で、手に入った。常に正しい方向性を目指して生きていると、私兵(または、家来とか、従業員)が、一人もいなくても、神様が、助けてくださるのだった。あまりにそちらからの攻撃が激しいので、神様が助けてくださったと、自分では、思っている』

 設計会社だと、マップケースは、多量に備え付けてあると思います。マップケースとは大型書店で、五万分の一の地図を買うときに、店員さんが、地図を出してくる引き出しの事で、薄くて大型で、鉄製です。私も版画の収容場所として、逗子のアトリエに置いていたのですが、あまりに重いので、鎌倉の自宅には、持って帰りませんでした。

 そのマップケースが、厳重な棚で、安定的に設置された形で、設計会社には、大量にあり、過去に受注をした建築物の関係書類が保管をされていると、思います。

 だから、自分のところに、図面や、書類のコピーがあるので、それを、点検すれば、同じデータのグラフが、別の杭に使われているのは、見つかります。ただ、・・・・・・お隣のご主人って、人がいい。善人だ。奥さんは、相当に悪女だけれど・・・・・と、私は、常日頃は、思っているのです。だから、彼が、こういう事案を、最初に、案出したとは思えないのですね。

 で、この嘘事件も、最初の段階では、案は、伊藤玄二郎とか、井上ひさしが出したと、思いますよ。私がどんな株を持っているかは、証券会社のスパコンに侵入すればやすやすと、把握できますから、これは、警察も噛んでいる可能性があるのです。恐ろしいでしょう。警察は、間接的に私を殺そうとしていると、しょっちゅう言っていますが、財産も奪って日干しにしようとしても、いるのです。だって、この事件は、旭化成の株価を下げるために起こされていますから。だから、兵糧攻めと言うのかな? 

 ところで、警察が。悪人側、この場合は、特に鎌倉エージェント側の味方であるということは、アリと、あらゆる場合に、確認をさせられています。

 で、<<<<<この国ってどうなっているのだ。民主主義国家とは、なっていないでしょう。どうして、こういうことになるんですか?>>>>と、いつも憤慨をしていますが、秘密裏にすべて行われるので、予防もできないし、事前に指摘をして、反省をさせることもできません。

 で、この件ですが、まず、旭化成が、杭うちを担当した物件を洗い出します。その『杭うちに、データの使いまわしがあるのは、普通の事である。ただし、庶民は、あれ、危ないのだと、誤解をする可能性はある』ということは、お隣が、提案したのかもしれませんけれど。この雪ノ下に住んでいる住民の主だった人間と、伊藤玄二郎たちは、しょっちゅう飲食を共にする会議を行っていますので、雑談の中で、ふとと言う形で、お隣が、それを、提案する可能性はあります。

 そこから、今度は、共産党へ向かいます。言論弾圧のための私兵として、現在もっとも使われている組織と、集団のうち、共産党がトップの頻度で、使われているでしょう。だから、共産党とは、そのトップ集団は、密接的に、CIAと、結び付いているのです。これは、IS国のトップが、CIAに結び付いているのと、構造的には同じです。北朝鮮ですが、これもトップはCIAと、密接に結びついています。プーチン大統領だって、習近平も同じだと、私は、推察しているほどです。この世は奇々怪々です。

 そのうえで、そこの住民に共産党員がいないかどうかを探します。どちらが先だったかはわかりませんが、多分データをチェックする方が先だったでしょう。で、あの【らら横浜】と言う方の、住民サイドで、騒ぎ立てた人間は、共産党員ではなくても、プチ文化人であって、例の、安保関連法案とか、オスプレイ配備反対闘争とか、または、神奈川ネットの会員でもいいのです。

 ともかく、洗脳に乗りやすい人間であって、有名人とコネを作ることが大好きなスノッブ(俗物)を、釣り針で、ひっかければいいのです。そうすると、ああいう風に、大炎上する騒動は、簡単に、作り出せます。

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副題7、『では、なぜ、まったく、同じ波形のグラフが、見つかったのか? その裏側の真実とは何か?・・・・・特にあの、波形を、プリントアウトする計測器はどこのメーカーのものなのか?』

 私は、一応ですが、理系の人間です。したがって、測量機器と言うものは、ある程度は、判る人間です。そして、今は、持っていないが、父の遺産が入った1987年には、すぐ、島津製作所の株は、買いました。一度売りましたが、2013年に母から遺産が入った時にも、また、すぐに島津製作所の株は、買いました。しかし、2014年度一杯は、利益確定売りと言う方針を持っていたので、優良株を多数、10万円純益が入る時点で、売ってしまったので、まあ、今は、島津製作所は持っておりません。京都本社で、株主総会をするので、『新幹線で、一度は行ってみたいなあ』と、思ってはいました。だが、忙しくて、その望みを達成できないうちに、それを、売ってしまいました。

 島津製作所とは、各種の計測器を、作り出す会社として、超有名な会社です。で、もしかして、あの電磁波(?)による波形が、紙にプリントアウトして、出て来る、そういう測定器を作った会社なのかもしれません。だけどね。違う会社かもしれません。

 私は、現在のメディアのジャーナリストたちに、大不満を持っております。しかし、独立系の、ジャーナリストが、必ずしも信頼ができるわけでもありません。本当に困ったものだと思いますが、このデータ改ざんのニュースでも、肝心なところが、まるで、でたらめな、取材をされています。通り一遍であって、上から、押しつけられたとおりに報道をするだけです。

  で、ジャーナリストが追求すべきところは、国土交通省の玄関での人(省の吏員や、旭化成側の社員)の出入りでは無く、記者会見でもないのですよ。特に旭化成建材の社長を、自宅前まで追いかけるとは、本当に、ヒステリックなリンチですね。驚くほど、低劣な劇場型犯罪でした。

 記者たちが追いかけて追及すべきは、この、横にきゅきゅきゅーっと、たくさん出っ張ったり、あまり出っ張らなかったりする【グラフをプリントアウトする、機械】を、どこが制作したかなのです。その会社名なのです。または、さかのぼって、その発明者なのです。どこの大学を出た、どんな人物かを、確認しないといけません。

 また、この同じ種類の機械を制作している会社が、複数あるのか、それとも、一社だけなのかも、追及しないといけません。

 この事件で、記者たちは、無記名で、記事を作るわけですね。特にNHKは、無署名記事として、ニュースを作り上げます。で、上から垂れ流された情報を、うのみにして流します。ただし、民放のニュースショーのうち、独自に取材をしているところもありました。それは、夕方のテレビ朝日の場合、全体で、2時間放映しますし、TBSも3時間報道をします。だから、長尺であって、余裕があります。その二つも録画して、検証し続けました。TBSが報道をしたもので、意味のあったものは、後で、触れます。この章では、テレビ朝日が報道をしたものを、取り上げます。すでに、削除したので、日付は、不明ですが、横浜都筑区の、例のマンションのケースについてです。

 その時に、ビルのそばの、植栽を切って、調査するということになったそうで、その時に使った機械が、サウンディングと言うものだそうです。音を使うか、電磁波を使うのか、ともかく、機械から、地中へ、何かを発信して、その反響で、杭が、硬い地盤に届いているかどうかを調べるそうです。

 しかし、そんな、機械でも、たいした調査は、できないらしい風情でした。別に100%正確とも言えないらしいし、しっかりしたものでもなさそうです。ただ、サウンディングと言う機械の名前と、その構造図は、その時、出ましたよ。でもね。テレビ朝日が、もしこんな情報を拾ってくるのだったら、今回大問題になっている方の、【例のグラフを、プリントアウトしてくれる、機械】の名称と、その製造会社を、調べて、国民に提示するべきだったと思います。

 ともかく、この機械に大問題があるのです。

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副題8、『ビルの杭うちと言う技術は、いつ発明をされ、いつごろから始まった技術なのか? 一方で、その杭うちデータを測定する機械の開発はいつだったのか?・・・・・こちらも、大切な事案だが、記者たちは、看過している。なぜだ?』

  さて、第二次大戦の敗戦で、日本の都会地は、京都を除いて、無残な焦土と化しました。ところどころで、焼け残ったビルがあって、(たとえば、銀座の銀ろくビル)、残っているものは、名物となっていますが、それ以外は、壊されて建て替えられたと思います。ただし、戦後の1050年代に、建設されたビルの底に、杭が打たれているのだろうか? そういう事をジャーナリズムの内で、誰かが、調べてほしいです。

 ともかく、ある時期以降のビルには、杭うちと言うものが始まったと、思われます。杭は、テレビ朝日に拠れば、ボルトで、つないで行って長さを出す、鉄製の、管状でした。中空です。だけど、直径は、液体や、ケーブルを通すものよりも、大きいですが。

 ともかく、1945年以降に、建設されたビルに、その杭うち工法が、採用され始めたと、素人の、私はここでは推察して置きます。

 そして、無論の事ですが、その頃には、今回問題になっている、このグラフは、世間に流通をしてはいなかったのです。で、杭うちの担当者は、学ぶべき技術として、ハンドルから、手に伝わる、手ごたえが変化する、その種の、感覚などを頼りに判断をするという、テクニックを先輩から、教えられたと、推察します。業界では、長らく、そちらが、主流の方法だったと思います。

 そこにです。いつのころか、後発として、この紙に、経過を、フォローして、グラフ化するシステムが、発明をされたのです。その発明をした人間と、それから、実用化機械を、制作した会社は、もちろん、セールスに走りますね。

 ありとあらゆる美辞麗句を弄して、「これが、大切だ」と、言い続けるでしょう。そして、ずるがしこい、人間だったら、いわゆる法制化を、求めるかもしれませんで。だが、今回、その情報は出てきていないので、まだ、法制化は、されていないと思います。

 だけど、目視可されたデータって、素人向けには、強力な効果を上げます。今回の事件でも、発売元は、三井住友レジデンシャルです。その会社の人間は、土木・建設業には、素人です。たとえ、東大・早稲田・慶応などの、有名大学を出て居たとしても、土木建設業には素人です。そういう素人向け、説得用の、ツールとしては、効果が大きいですね。有無を言わせぬ説得力があるでしょう。しかも個人向け住宅においても、堅牢性が、災害のたびに目立つ旭化成です。それが、グラフで、セールスをすると、注文を出す方は、飛びつくと思います。

 その上、建設を請け負った、三井建設も、その次の、日立テクノロジーズも、ほとんどの、担当者、特にトップは、建設現場で、自分が杭うち機械を操作したことはないのでしょうね。だから、この【グラフを、プリントアウトができる機械】に、ひとめぼれと言うか、大きな信頼を置いたと、見るのもありでしょう。で、この図面を差し出すことが、法制化されているか、いないかは、ここでは、ベンディングとして、先へ進みますが、ともかく、大流行で、この機械が生み出すグラフを、添付することとなりました。

 しかし、現場では、後発のこの機械が、不便なもの、厄介なものとして、受け止められていた可能性があるのです。特に雨が降った日など、それが、電気系統に敏感な機械ですから、設置も、困難だし、上にビニールシートを置いたとしても、うまく作動をしなかったこともあるでしょう。で、「取り忘れたから、別のデータを流用した」という風に現場作業員は言ったと、報道をされています。

 それが、大変に、いけないこととされている様ですが、そちらの方が、ばかばかしい考えです。現場では、迷惑至極のシステムとしてとらえられていて、あれよりも、自分の腕の方が確かだという考えが蔓延していたでしょう。だから、次善の策として、杭の数だけ、プリントアウトをそろえればいいと、言う考え方が、現場では、普通の事だったと、思います。

 現場作業員には、罪の意識もないし、悪い事だとも思っておりません。そして、人段階上の、土木建設業者も、それを悪い事と思ってはいないでしょう。

 だからこそ、横浜都筑区のマンションの杭うちを担当した、人間の、顔も名前も出てこなかったのです。これは、周南事件の保見容疑者や、寝屋川児童殺害事件の山田浩二容疑者と、似ていて、「犯人像を、引き受けてください。だけど、あなた自身の、生活と安全は守ります」と、裏で言われているし、結局のところ、そうせざるを得ないのです。

 もし、彼を表舞台に出したら、職人ですから、正直に、「これは、慣例に従っただけです。現場では、これは、普通の事です」と言うでしょう。

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副題9、『ここで、誰が大馬鹿だったのかを、きちんと記録をしておかないといけない。軽はずみな大ばか者は、誰だったのか? その固有名詞をきちんと記録をしておかないといけない。でないと、こういう事件が繰り返し起こされ、この国は、どんどん、不道徳化して行くからだ』

 旭化成建材の幹部も、机上ワークで、出世してきた人間でしょうし、国土交通省の、石井大臣をはじめ、その暴走を許す吏員も、みんなホワイトカラーの人間です。

 みんな、自分は頭がいいと思い込んではいるが、真心もないし、想像力もない、本当のおバカさんです。で、悪人、鎌倉エージェントが、単に私をいじめる為に案出した、このニュースを大ニュースだと信じて、大騒ぎに走りました。

 唯一まともだったのは、こういう嫌なことを押し付けられて、悔しくてたまらなくて、思わず、涙を流してしまった、旭化成の社長さんです。それ以外は、日本人のエリートは、かくもばかだったのかと、驚くほどの、ばかっつらの大盤振る舞いでした。

 最も印象に残っているのは、森田千葉県知事です。この人は、本当に軽いです。元タレントだそうですが、機を見るに敏で、谷垣さんなどから、裏で、コチョコちょっと、「こうしてほしい」と頼まれると、自分が大物になったつもりになって、大嬉しいで、すぐ、乗りに乗ります。

 次に『これは、最悪ですね』と思ったのが、林文子横浜市長です。ひじょうに居丈高に、旭化成建材を責めていました。で、本日初めて彼女のwikipedia に入りました。

 ただ一つだけ、今まで、間違った記述をしていた事を発見しました。それは、日産自動車のセールスレディだったというのは間違いで、ホンダおよび、BMVのセールスレディだったのですね。本日初めてwikipedia を覗いたのは、こういう判断をし、かつ、こういう行動をする人は、どういう背景を持っているのかと思って。すると、都立青山高校卒。フーンと言っておきましょう。
  そして、東京女学館大学の教授ですって。この最後の一行には、仰天しました。『日本が、低劣化して行っているのも、仕方がない』と、思いますね。こういう人を大学教授にして行っているのだから。驚愕します。彼女は、自分を出世させること。及びお金を儲けることには、努力をするだろうし、才覚もあるでしょう。だが、本当の意味での知識も、本当の意味での教養もない人です。また、勉強もしていませんね。だって、私は、2015年10月14日、このニュースが報道をされ始めた時から、すぐ、全貌が読めましたよ。
 そして、10月18日には、「旭化成は、悪くない」と、言い始めています。だけど、「全部をすぐには書かない」と言っています。・・・・・と言うのも私の説を否定する為に、揺り戻しの、ニュースが生まれるだろうから、全部を書かない。これは、一年間、続く可能性もあるから。それは、大相撲疑惑の際に、そういう流れだったから・・・・・と、言っています。
 
 ここで、3時間休んだのは、まさしく、本日、午後6時からの地方ニュース((東京圏について報道するNHK総合ちゃんねる)内で、このマンションの住民の建て替えについてのアンケートの結果が報道をされました。想像通り、ずっと、ぐずぐずと続くはずです。旭化成本体は、もう、これ以上は記者会見をしないはずです。それから、国土交通省もしないでしょう。それは、予想外に早かったですね。ただ、どうして、静まったかと言うと、他のニュースを持ってきても、私が騙されなかったからです。
 特に、パリの同時多発テロについては、あまり触れていません。それは、彼ら悪人側としては、『予想と違ってしまった。調子が狂ったなあ』と言うことになるでしょう。
 特に長谷川智恵子暴言問題に関して、塩見和子や、石塚雅彦、渡辺幸子を出してきたのは、かれらあくにんたちにとっては、大変な誤算だったでしょうね。今回は和子さん(塩見)を出しましたが、そのうち、ニュースの侵攻次第によっては、和代(U)さんも、実名で、仔細を、出して行きましょう。栗田玲子さん、覚悟をして、待っていてください。
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副題10、『 『二階の天井灯が、前田家の場合も脅かしとして、午前零時まで使われ、その後、お隣の東大建築科卒で、横浜銀行鎌倉支店を設計した家に引き継がれて、午前三時ごろに、点灯したり、消灯したり、意味ありげな脅かしが続くのだった』
 
 この問題で、最悪の責任者は誰かと言うと、それは、前田祝一氏でしょう。彼が、行った種々の悪事を、糊塗して無かったことにしていくためには、もう、私を殺す以外の方法が残っていないのですね。だから、ここまでの事を平気でやるのです。彼にとっては、マンションに住んでいる国民の大勢が不安に駆られたことなど、屁でもないのです。今までも、オスプレイ配備騒動、他で、何度も似た様なことを繰り返してきていますので、『本当に、屁でもない』と、思っていることでしょう。ただ、唯一、彼の為に弁明をするとしたら、いろいろあった悪事のうち、彼が、発案者ではないものがあるかもしれないという事です。
 
 この旭化成建材、のデータ流用事件の際には、前田祝一と言う人間が二階の天井灯を煌々と照らして、私を威嚇するということを繰り返したので、彼が前面に出てきました。しかも、それと連動をして、おとなりの、S氏と、小野寺夫人の夫婦が、これまた二階の天井灯を、夜の1時ごろから、三時ごろまでの間に、意味ありげに、点灯したり、消灯したりすることが続きました。
 

  この写真は、その事実を、ブログで書いた後で、修正用の行動として行われた日に撮影をしたものです。だから、二かいのペンダント灯が、四基あるのですが、左側の二基しかついておらず、しかも、一階の部屋にも、たくさんのライトがついているので、「私たちが、二階の天井灯を付けているのは、異常でもなんでも、ありませんよ。日常の生活範囲内の事です」と、言いたくて、つけてある日の写真です。だから、これを使えば、抗議が来るかもしれません。だけど、私も最初の、段階では、写真を撮るなどと言うことをしておりませんよ。お隣の悪事を、証拠写真にとるなんて、嫌な事ですから、やっておりません。だけど、旭化成問題が起きてから、二回か、三回、それ以前の何らかの事件の時に、二回か、三回、行われていて、とうとう私も業を煮やして撮影したので、その意味合いは、判っておりますが、仕方がなくて撮ったものです。

 また、前田家の方が悪意は強いのですが、四〇mぐらい離れているので、スマホぐらいでは、明瞭な写真が撮影できません。ので、6,7mの距離であるお隣の午前三時の様子を撮影をいたしました。写真の中で、判官市場の線が入っているのは、私宅の、チュールのカーテンが、至近距離で拡大をされているのです。この二階の部屋ですが、私が寝室に入ると、カーテンをすかして、ライトが見えますので、脅かされている日は、すぐに気がつきます。

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副題11、『しかし、二〇〇八年、お隣が塀を建築した日の方が、もっともっと、深くて大きな悪意が示されていた』

  副題11の二重ガッコ内に書いた通りです。それは、2008年の事ですが、さすがに、すぐには、証拠写真は撮らず、これは、2012年の四月ごろ、非常に嫌なことを樹木を話題として、なされたので、とうとう、撮影した塀の方の証拠写真ですが、右側に5本ほど見える、三寸角の材木が、問題の塀です。この塀は、わが家の敷地内に入らないと、ボルトが打ち込めませんので、わが家内で、作業が行われました。

 で、作業員は、恐縮しきって断りを言いますが、おかしい事に、施主夫婦が来ているのがはっきりわかるのに挨拶を作業員に任せっきりで、家の中で談笑をしています。ものすごく失礼ですよね。菓子折りぐらい持ってこないといけないところなのに、正反対です。しかも家の中には、施主夫妻の、友人も招いているらしくて、10人ぐらいの大人が居て、談笑をし続けています。その時点で、すでに、深い悪意を感じていましたが、更に嫌なことに、塀自体が、こちらの敷地に出っ張っているみたいに見えますよね。それも、本当に、嫌な事でした。で、まず外出している主人に電話をかけて、「本当に嫌なことが起きたけれど、念のために、もう一回地境石をチェックしてくるわ」と、言い、道路へ降りて行きました。そして、丁寧にチェックをすると、一センチぐらいの小さな距離で、この合計6本の柱は、お隣側の敷地内に収まっていることが、判りました。それで、私は、主人にもう一回電話をかけて、「まあね、大丈夫だったわ」と言っておきました。

 だけどね。あまりにもおかしいです。悪意の念波が激しく打ち寄せてきます。工事を始める前には、礼儀正しく、あいさつに来ていて、その挨拶状は、非常によくできていて、私は褒めてあります。その時点では、東大卒だとは知りませんでしたが、相当に、高い美的センスの持ち主です。そして、礼儀も正しかったのです。急におかしい状況になっています。しかも、その前に、他の人(=花輪夫人と言って、同じ町内会の、20戸の中の住人だが、もっとも、遠くに住んでいる人)を工事現場に招き入れているのに、私には見せてくれません。これは、あてつけがましい意地悪で、そこら辺りから、小野寺夫人が悪女だと、認識し始めます。私は、一番近い、お隣としてはメンツをつぶされた出来事です。で、私は考え始めます。『何かがある。何かがおかしい。何だろう』と。

 で、判ってきたのですが、これは、私をひっかけてきたのです。罠に嵌めようとしたのでした。で、招かれていた人物たちは、鎌倉ネットの、取材者みたいな、伊藤玄二郎が派遣をして来た鎌倉在住の人間かもしれませんよ。だって、その日以外に、そちらには、一日二十人ぐらいの数の、お客が来た日は、テレビ朝日の建物探訪の取材以外には、ないのですから。

 ともかく、その日、その家の中にいた、大勢の大人の前で、私が血相を変えて、抗議をする姿を、全員に、見せつけようと、言う罠を仕掛けられたのでした。私は、自分が引っかからなかったことで、ほっと胸をなでおろしました。こういうところが神様にお助けいただいたというところなのです。花輪夫人が、その家の中で、きゃあ、きゃあと、騒いでいた日は、嫌な感じを受けましたが、それが、練習台になっていて、お隣の特に小野寺夫人が悪意の塊の人である事が、予習的に、判っていたからです。だから罠には引っかかりませんでした。こういうことが何度も何度も続いています。恐ろしい事が数多く続いています。だからこそ、神様は、あの家のご主人が、どういう勤務先の人で、どういう仕事をしている人かを教えてくださったのだと、思いますよ。

 ここで、19000字を超えたので、終わりとさせてくださいませ。12月1日に推敲をいたします。なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3230347です。

  なお、これは、直に、続くものがあります。

コメント

柄沢斉の個展中の、15-11-26 、私は大原光孝さんより、鎌倉で、淫靡に・・・・?!?!?△

2015-11-28 16:01:38 | 政治

 今、29日の午前零時半ですが、以下の文章が、やっと完成しました。で、完成したことを表す恒例の△印を、総タイトル横に浸けておきます。

題-1、『この章を書くにあたってのお断り』

 これは、初稿を、木曜日のうちに大量に書いていたものを、金曜日に独立をさせた部分です。しかし、金曜日にあげた、イスラム教徒の女性に関する文章+尾行と、NHKニュースとの関連の中(後注1)に、この部分を含めるのも、文章の、面白さと、判り易さと言う意味では、間違っている様に思え、こちらを独立させることにしました。

 そして、独立させるにあたって、お金だけの問題ではないのだ。と、さらに気が付いてきていて、それを、書き加えたいと、思います。大原光孝さんの行動の本当の目的は、淫靡な攻撃だったと、潜在意識の中では、判っていたのです。だが、最初には、そこまでは、書けませんし、書きません。だが、日にちが経って来るうちに、しっかりと、判ってくるのです。この26日の木曜日に、攻撃されたからこそ、私は、その日のうちに、大量の文章を、自分の住まい近辺について、書くわけです。が、さらに、柄沢斉氏に言及をしないといけなくなったのです。大原光孝さんに言いたいのですが、「あなたって、私のブログを読んでいないのですね。何度、書かれても同じことをやるのだろう?」と。まあ、他人の行動を支配することはできません。だけど、彼が、26日にやったことが、個人的な企みだったのか? それとも、裏があって、教唆された行動だったかは、不明としながらも、さらに、この文章を深めていきたいと、思います。私は、政治の分析を書きながら、一方で、壮大なミステリー小説を書いていると、言っています。

 いろいろな現象が起こりますが、そのうち、強烈な違和感を私に与えるものは、たいてい、裏側に隠微な目的が隠されているモノなのです。それを、追及して行きましょう。

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副題〇、『総タイトルに隠されている秘密』

 今回の総タイトルに、は、・・・・・以下の動詞が明記されていません。それは、入れると、50字と言う字数制限に引っかかるからですが、無理にでも、そこに、語彙を当てはめると、ひっかけるとか、意地悪をされるとか、例の間接的暗殺行為の一種をまた、やられたとか、なるでしょう。そして、最後のものが、やや適切かなとなりますが、また、襲われた。としてもいいでしょうね。隠微に襲われたと言っても、セクシュアルなものでは無いのですよ。大原光孝さんが、痴漢行為をしたというわけではありません。

 ただ、彼本人、または、彼を使役した人間が、『これをやっても、彼女には、その真実の目的は見破られないだろう』と考えていることが、淫靡なのです。まあ、幼稚な淫靡と言ってもよいですがね。

 私は今は、長谷川智恵子の、障害児・間引き・推奨発言(後注2)と言うのにこだわっている最中ですから、柄沢斉には触れないで、いるつもりでした。そちらは、すでに日本は書いていますが、まだ、完成していないのです。で、柄沢斉に触れ始めると、文章が、散漫になりますので、しないつもりでした。特に11月24日の午後二時ごろのシロタ画廊においては、画廊スタッフさんも、柄沢斉氏自身も、そして、私も見事に、上手な対応を見せたと思いますよ。だから、柄沢斉と、そこから始まる石塚雅彦、そして、本多隆彦を、含んでいる問題については、触れないで、置くつもりだったのです。そここそ、この下の副題2の最後に現れる青字で、書いた部分の根拠だったのです。

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副題1、『シロタ画廊、2015-11-24 14:00 PM  における、画廊、作家、そして、私の態度について』

 シロタ画廊さんは、私が見るところ、銀座で一番、頭が良い人であって、最高の解決方法は何かということが判っているのです。近視眼的に見た解決方法、それから、長期間にわたって最高の解決方法と、いろいろありますが、

 まあ、シロタ画廊さんの24日の行動とは、『それで、いいんじゃあないですか?』と言う様なものだったのです。その日の私の方の行動はどうだったかと言うと、大量の新作(=小品)の展示の中で、三つ程をランダムに選んで、丁寧に見ました。後は、パス、そして、早々に退出しました。署名は無し。

 会場に柄沢斉氏が、すでに、詰めていました。彼は有名人であり、すでに大家ですからね。こんなに早く画廊に詰めているのは、不思議な事でした。で、『もしかしたら、私に関係があるかな』と思いました。常に尾行がついている私が、鎌倉で、青色申告のやり方の講習を受けた後で、鎌倉駅から、横須賀線に乗ったのを見て、銀座へ行くと、敵さん方は、判断をして、

 ・・・・・「もし、シロタに彼女が現れた際は、かくかくしかじかと、行動してください」と。委細を含めた上で、彼に、シロタの展示室に居る様に、教唆指導をしたのだと、思います。
 もし、そうだとすれば、以前より、私が大物扱いを受けているということになるので、その判断だけで、満足をして、それ以上は何も求めず、ただ、作品を三点だけ、見て帰ったのです。

 しかし、一方で、『これは、彼本人ではなくて、マネージャーかもしれない』とも思いました。柄沢斉本人が、私の訪問時間に合わせて、シロタで待っていたと言ってしまうのは、プラス思考にすぎるかもしれませんしね。

 ともかく、その場は、それでいいのです。『もし蒸し返すつもりなら、石塚雅彦さんにも、触れて行かないといけないし、本多隆彦さんにも触れて行かないといけないし、浜田知明にも、触れて行かないといけないし、山本容子にも触れて行かないといけないし、となっていき、柄沢斉を主役とするだけで、20万字ぐらい書かないといけなくなる。だから、今は、彼には触れておかない』と決意しているだけですからね。上記の対応で、上々だと、言う事です。これは、一ノ瀬智恵乎のグループ展の際にも同じ趣旨で、行動をしたのでした。『あ、そうですか』と言う感じで、風の様に去っただけです。

 しかし、その私が画廊を退出したあとで、何らかの談合があった可能性を感じています。時間は、いつかは、不明です。次の日かもしれません。ともかく、誰かが、上記の場面を、曲解したのです。彼女は弱っている。ビビッている。ここが戦途(チャンス)だと。

 それは、私の解釈とは、ずいぶん違うのですが、彼等みたいに、売文しか書かない人間にとって、社交生活は非常に大切です。そこで、注文が入り、有名人になって行かれる死、メディアの取材も可能だしと、なっていくわけですから。で、その社交生活の基本をなすのは、会話です。

 それなのに、何の会話も仕掛けずに、さーっと、風の様に逃げて行ったぞ。これは、弱まっているのだと、考えた手合いが、そのグループの中に居て、『ここで、しっかりと、成果を上げるためには、大原光孝を投入しよう』と考えた、と、なっていきます。

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 さて、ここまで新しく、書いて添えておいて、昨日まで、アップしていた文章へ戻ります。相当に加筆して行くでしょう。完成したら、総タイトル横に☐印を入れておきます。そこまで、お待ちいただきたく。

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副題2、『26日の夜に、大原光孝さんが、石段の掃除を、夜、やっていたのだが』

 さて、この夢を見た、もう一つの、残念なリアルがありました。それは、26日の夜6時半ごろの話です。大原光孝さんと言うご近所住まいの、画家が道路を掃除をしていました。今、私は総攻撃を受けている最中です。で、この行動も攻撃の一種だったと推察しています。

 どういう攻撃かと言うと、もし、私が挨拶をしないで通っても、彼の方からは、通常だと声をかけてくるのですが、今回だけは、彼の方は、挨拶をしないという形で、二人の間が、決定的に壊れているのだと、言うサインを放ち、私に対して、大きなダメージを与えようとする作戦だったと、思います。

 どういうことかと、さらに解説をすると、副題8から、彼に関するエピソードを上げていきますが、相当な、難しい関係にある間柄となっているのです。しかも、大きな事件のたびに、敵方の弾丸として、動いてくる男性です。後注3(=周南事件の際の動き)、後注4(マルハニチロの農薬混入事件の際の動き)

 また、今週は、銀座の画廊で、柄沢斉の個展が開かれています。柄沢斉は、石塚雅彦さんとも、大原光孝さんとも関係のある作家です。だから、それに、支援を受けて、一種の虎の威を借る狐となっているはずで、私に対して、攻撃意欲が高い時期になっている人物なのです。が、医者の息子だという矜持があって、安野夫人や、前田夫人ほど、残忍な態度とか、礼儀知らずの態度も取れないという人物です。

 そして当然のごとく、波があって、『自分たちが勝っている』と、思うときは高飛車だし、『結構負けたかもしれない。彼女って、真実をバリバリ書くからなあ』と思っているときは、低姿勢になります。最近はずっと低姿勢だったのです。しかし、この日は、彼は高飛車だったはずです。私は、そういうことが瞬時に、読めるのです。が、こちらは政治的には動かず、ただ、単純至極に、その日だけは、いつもと違って、こちらから声を掛けました。どうして、そういうことをしたかと言うと、その日、私は、非常に気分が良かったからです。

 なぜ、気分が良かったかと言うと、自己コントロールができているという事に、満足していたからです。

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副題3、『「置かれた場所で咲きなさい」は、正しいだろう。だが、政治的な分析ができていないと、救われないケースもあるのだ』

 私は副題9以下の文章内でも書いていますが、彼に甘えられた過去があり、緊張を緩めてしまうと、つい姉さん気分になってしまいます。今までは、内心でだけでした。外へは、そういう雰囲気を、出したことがありません。で、この日は、まさにそういう一日でもあって、緊張が緩んでいたので、彼に向かって、ため口で、「大原さん、今月、お当番なの?」と、問いました。すると彼はびっくりしたみたいでした。それで、思わず、「違うけれど」と答えました。私がこれ程、フランクな調子で、彼に話しかけたことは、ここに30年住んでいますけれど、過去には一度もありません。いつも敬語とか丁寧語で対応をします。彼の方もそうですね。

 で、調子がくるってしまって、思わず返事をしてしまったというところでしょう。だけど、私の方は、それで、『してやったり』と、思うわけでもないのです。彼が、しょっちゅう夜掃除をしているのは、私と出会う為でもあるが、一方で、その月のお当番を、助けているわけで、そのお当番の人、当人に、負担を与えない様にするためでもあるのも知っていました。だから、その人物名でも出てくるのだと思って、じっと待っていました。

 瞬時の沈黙の後、彼は決然と言う風情で、「僕は、人の見ていないところで、よい事をするのが好きなのです」と言いました。私の頭は瞬時に回転をするのですよ。で、その言葉を聞いたとたんに、『何をシャーシャーとして、言っているのですか? あいかわらずのカッコつけマンですね』と、言う意味で笑いました。内心でです。

:::::::::ここで、挿入になりますが、もし、こういう風に内心で思っていることを瞬時に外へ出すと、私はソーピー(=三輪喜久代さん)と、同じになります。または、今ヒットしているらしい遊川さんの天海祐希主演の、テレビドラマになります。

 でもね、瞬時には口には出さない人間が、私なのです。

 ですから、最近しばしばその名前が登場する塩見和子、栗田玲子、渡辺幸子、等から見ると馬鹿に見えて、下手に置くべき人間と成るのでしょう。これは、ソーピー、ひろおちゃん、こうぞう君、ふさこさん等すべてに共通する心の在り方ですがね。ああ、そういえば、ほうかんさんも、ここに加えないと。:::::::::と言う、・・・・・国際基督教大学の1966年卒業生にのみ判る・・・・・挿入をちょっと挟んで、元へ戻り、先に進みます。

 しかし、その時に、実際に私の口を突いて出た言葉は、違っていました。「天は見ているわよ」と言うものです。彼はぎょっとして黙りこくりました。それは、過去に、これほど、私が上手(うわて)に立って、姉貴分として、モノを言ったことが無かったからです。度肝を抜かれたのだと、思います。私はそういう彼の気持ちも理解をしながら、さらに数秒を置いて、「天はご覧になっている」と、繰り返しました。

 そして、合計、2分ぐらいそこにとどまっていて、5個の短文をお互いに、交わしただけで、その場を去りました。そして、直後に、『置かれた場所で咲きなさい』と言う渡辺和子さんの著書を思い出しました。
 『ふむ、ふむ、大原さんって、置かれた場所で咲いているわけですね』と、思いあたります。彼は、この20戸しかない町内会で、安定した位置を占めているのでしょう。『誰とでも忌憚のない付き合いができていて、誰からも好かれている』と、考えて、安心しきっているはずです。一方で、『なんだよ。川崎千恵子よ。おまえなんか、誰とでも、ツノ突き合っているではないか。そっちが負けているんだよ』とも、思っているはずです。

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 さて、ここで、突然ですが、一昨日(=26日)のうちに書いていた文章の中で、大原光孝さんについて、書いているモノを取り出します。そして、ここに置きます。そして28日に加筆をした部分は、アンダーラインを敷いておきます。

 と言うのもその日は、この大原光孝の出現に、内心では、ひどく怒っていて、大量の文章が書けたからです

 私は潜在意識の中では、・・・・・大原光孝さんが、夜、道路の掃除をしているのは、彼が、自分でいうほどのきれいごとではないでしょう・・・・・と、思っているわけで、『こりゃあ、戦わないといけない。でないと、また、また、こっちがさらに攻め込まれる事になりますね』と考えているからです。で、アドレナリンが、ぴーっと出て来て、大量の文章が書けました。今、それを、テーマごとに独立をさせて行っているところです。

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 副題4、『鎌倉市は、公民館ロビーに置いてある、市民の為の雑誌代まで、削っている。年間30万円にも満たないだろうに』

 承前略・・・・・・

 鎌倉駅近くに、旧中央公民館と言う、施設があります。

 数年前、自宅で、マイクロソフトのワードが、システム的に、あまりにも多数回壊されるので、本の編集をそこで、やっていた事があります。すると、夜遅く、85歳を過ぎたと思しきご老人カップルがやって来て、プラスチックのトレイに入ったお寿司を一緒に食べ始めました。聞くつもりはないのですが、周辺が、非常に静かなので、会話が聞こえて来てしまいます。なんと、どちらかが、元華族様でした。自宅にお子さんや、お孫さんが居て、自由が無いのか、それとも一人暮らしの家の掃除が行き届いていないのか、公民館のロビーで、透明プラスチック蓋が、ついているお寿司を、二人で、仲良く食べて、デートをしているのでした。ふと、涙が出そうになるほどに、美しい光景でしたよ。

 ともかく、そこのロビーは鎌倉市民の憩いの場所です。そのソファー傍の、マガジンラックに、雑誌類が置いてあります。【週刊文春】と、【猫の気持ち】が、置いてあったのは、確実に覚えていて、【猫の気持ち】を開いて読んだという記憶があります。私には尾行がついているので、そこで、それを読んでいる姿が、彼らに見られたのでしょう。それで、意地悪をしてやれとなって、その雑誌は、最近置いてありません。受付の女性に、質問をすると、「その購入は止めた」たという事でした。驚きました。その偏波に。だって、私の近所の人たちが行っている悪を、修正して行き、それの証拠を、隠蔽して行くために、どれほどの、市民税、および、県民税、および国費が無駄遣いをされている事か?

 鎌倉市民税だって、合計、何十万円か、何百万円かと言うほど、すでに、無駄遣いをされています。

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副題5、『まず、道路の砂岩が崩れているのを、鎌倉市のお金で、直した・・・・・それは、大原光孝さんが、私をからかった事態から発生している問題だったが』

 今週23日から、銀座のシロタ画廊で、柄沢斉展が、開催されています。柄沢斉氏は、創形美術学校の出身で、2003年以来、日経新聞他から多大な後援が、入っている大作家です。その個展をちらっと見てきたので、どうしても思い出してしまうのですが、酒井忠康氏から、柄沢斉氏を、通じて、私のご近所住まいの大原光孝さんを、いじめ役用の弾丸として、使役しようとする動きが始まったのですね。それは、1998年、私がパリで、暗殺未遂に出会った直後からでしょう。パリで、殺してしまうつもりなのに、勘が鋭い私は、すぐ気が付いて、さーっと、バスティーユ駅の地下道を走って逃げたのです。これから、レオスカラックス監督が、使役をされ始めたと、推察しています。彼の最大の傑作、【ポンヌフの恋人】には、この地下道が出てくるのです。ただ、その問題【映画、TOKYOの第二部】が、大変なレベルの反日映画であるというエピソードには、詳細には、ここでは、触れず、鎌倉雪ノ下の大原光孝さんに戻ります。

 酒井忠康が、動いたのは、無論の事、伊藤玄二郎に頼まれたからでしょうし、その他、石塚雅彦さんが、動いたのは、アメリカのロックフェラー四世の依頼だったでしょう。で、大原さんは、柄沢斉氏の弟子となる様な設定が組まれ、そこから、あれこれを、会話として聞いているらしくて、それで、私を攻撃し始めるのです。しかも、強烈なレベルで!

 その第一弾が、「川崎さん、ワインが割れて惜しかったねえ」と言う、からかいの言葉でした。その言葉が発せられたのは、10年以上前の事で、私は今よりずっと元気であって、銀座の画廊巡りを、京橋から始めた日は、新橋のハナマサで、ワインを買って帰るのが常でした。その日は、2本買って帰っていたのです。ハナマサは、ワインは、安売りしているので、レジ袋しかくれません。そのレジ袋を、石段の途中で置いたのです。石段は、鎌倉砂岩でできていたので、まだ、100年は経っていなかった時期ですが、すでに、ボロボロだったのです。したがって、レジ袋に入れて置いた、ワインのうち、赤の方が、斜めになってしまい、レジ袋から転がり落ちて、石段を、コロンコロンと下へ転がって行き、ついには割れました。赤の方が、白よりもワイン臭が強いので、あたりには、ワインの匂いが立ち込めました。その時、後ろから上がって来た大原さんが、「川崎さん、ワインが割れて惜しかったねえ」と、口をゆがめんばかりにした、捨て台詞を放って、先に上に上がって行ったのでした。

 大原光孝さんは、医者の息子で、創形美術学校の出身者で、しかも、上品な紳士です。だから、普通なら、「おや、川崎さん、重そうですね。僕が持ってあげましょう」と言う筈なのです。それが真っ反対ですから、びっくりしました。それ以前から、大原さんのお嬢さんが、近美鎌倉館にお勤めをし始めたりして(これは、お嫁入り道具としては、最高かな?)、薄々ですが、裏で何かがあるとは、判ってきていました。

 その上、「僕ねえ、家内から、川崎さんとは、付き合わない様にと言われているんですよ」と、いかにも残念そうに、近美内の、喫茶店でいうのです。変な事でした。私は自分が美大を出て居ないので、美大を卒業している年下の彼を、先性格として尊敬して、自分が描いたものを、批評してもらっていました。それは、2か月に一度くらいの頻度でしたが、そのあとで、ちょっとした食べ物(お菓子とか、その他)をお礼に届けていました。それは、独立したプロの画家として、他の人との交流の少ない暮らしている大原さんにとっては、一種の楽しみの時間だったと思います。それをどうしてか、奥様から禁じられたのです。裏には前田夫妻と安野夫妻が居たとは思いますが。

 近美内の喫茶店で、批評をして貰っていたのは、ニューヨークで制作した版画類なので、サイズが小さいから、そこでやっていました。その上、私の方が、修業のために、逗子で、一人暮らしをしていた間に、ただならぬ雰囲気で、前田夫妻と、安野夫妻が、地域を自分たちカラーに染め上げてしまったのも感じていました。だから、自宅に招くのを遠慮したのです。

 この批評会の日とは別の日に、大原さんから、みんなが、「川崎さんって、離婚するよって、言っているよ」とも言われました。彼の音声で出た言葉の中には、『離婚をするから、彼女は、負けたんだ』と、言う部分とか、『だから、みんなが笑っているよ』と言う部分が、無かったのです。だが、肉声では出なかっただけで、むろんの事、それも内包をされていることは、私には瞬時にわかりました。

 だが。まったく、驚かないし、ダメージも受けないし、応答もしませんでした。だって、それって、『彼らが、低劣だ』と、言うことの証明になるだけですから。

 彼等には、現在の生活しかないのです。「もっと、羽ばたきたい」という、そういう志はありません。これは、アジサイ畑欺罔事件で、大問題の人となっている藤本悌子夫人さえ、言っていたことです。「ここの山の人の意識って、小市民社会でそのものですからねー」と。

 その低劣な奥様連中が井戸端会議をするのです。そして、この山の地形が、エフェソスの2000人収容ができる円形劇場と、似たような地形をなしているので、エフェソスの円形劇場の舞台にあたる処で、それがなされるので、彼女たちの会話は、すべて、私に聞こえてしまい、その内容が全部、判ってしまっています。エフェソスの円形劇場なんて、マイクもスピーカーもないのに、2000人に、舞台で、柏でを打つ音が聞こえてくるのですから、せりふもなにも、肉声でも、全部聞こえてくるのです。地形が、そうなっていると、そういう風になるのです。で、さらにそのくだらなさが、判ってしまっています。もう、こちらは、ハナから相手にしていないのでした。

 近美の中の喫茶店で、・・・・・相手が、それをどう思うかにも気が付かず、自分が、自分の思い通りに行動をできないことを、嘆かわし気に、つぶやいている・・・・・大原さんに、あきれ果てて、『この人が、50を過ぎていて、そして、近々、結婚をする子供があるなどとは、信じられないなあ。だが、美術の知識はある人だ。今までは、そこを尊敬していたけれど、これで、この関係も、終わりですね』と判断をして、その日を境にして、大原さんと、親密な会話を交わしたことは有りません。

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副題6、『日本の男って、甘える対象が無いと、上手には、生きていかれない』

 上の割れたワインに関する捨て台詞ですが、一種の甘えの表現でもあるのです。その頃、私は、60歳近くなっていたし、彼は、50歳前半と言う時期だったでしょう。五歳以上の年の差があって、彼が年下です。問題は、彼が、奥さんには、甘えられない処に在るのでした。奥さんに言わせると反対みたいなことを言っていましたが、実情はさにあらずで、彼は、家庭内で、誰に対しても気を許せないと言う、そういう環境下にあったのです。後年、別の人が、「あなた、知っている。大原さんって、養子なのよ」と、言ったので、突然に、委細が、はっきり呑み込めましたが、嫁姑問題を、そちらの家では、言うに言われない、しくみで、解決しているのでした。普通じゃあない仕組みでね。で、一見すると、上品極まりない家庭運営なのですが、真心とか、本音が、家族間で、交わされていないという家庭なのです。喧嘩もできないほど、もろい関係だったという事です。

 一方の私の方ですが、どうしてか、誰からも甘えられてしまう人間なのです。男でも、女でも、際限なく相手が甘えてきてしまうので、その重荷に、耐えきれなくなって、「これは、こうだから・・・・」と、相手が甘えすぎていることを、説明をし始めると、相手は初めて、それに、気が付いて、びっくりする。そして、面子を失わされた様な感じを受けて、怒って去っていく・・・・・・という繰り返しなのです。で、このワインが割れてと言う捨て台詞も、その・一・バリエーションだったのです。で、私には慣れているパターンではありましたが、甘えられるのにも限度があると、思って、その夜には、激怒しました。だって、他人なのですよ。血がつながっている従兄弟でさえないのです。はとこでもない。

 『もう、お姉さん扱いには耐えきれないですね。捨てよう。あのひとは。向こうも「付き合わない様にします」と、言っているのだから、お互い様です。ちょうどいいわ』と、決意したのです。しかし、次の日、念のために電話をかけてみました。「大原さん、あなたが、昨日言った事って、文章にすると、ひどく汚い話になるのですが、いいですか?」と。すると、彼は、「いいですよ。ただし、実名をさらさなければ」と言ったのです。

 ここから、二つの問題が、私の方に見えてきてしまいます。一つは、大原光孝と言う人物がいかに、鍛錬されていない人間かと言う事。彼は、大学卒業後、サラリーマン生活を送ったことが無いので、子供そのものなのです。

 弱くはないんですよ。家庭内で、中心なのです。大黒柱なのですよ。奥様の方は、彼を、甘やかしているつもりだけれど、それは、嫁姑の反目・問題を、家庭内で、露見させないがための、一種の装置なのですね。家族間で、全部のメンバーが、お互いに、何のトラブルもないのだと、思い込んでいるだけなのです。だけど、だからこそ、彼にとっては、真実の憩いが、家庭内には、無い。

 同じ様なこと(=私の目の前で、ワシオトシヒコが「この人とは付き合わない方がいいよ」と、私の知らない女流画家めがけて、言った)が、あったのですが、充分な冷却期間を置いて、その半年後に、似たような打診の電話を、ワシオ氏に、かけてみたら、平身低頭をされたので、仕方がなくて、まだ、その事件の全貌を書いていません。これは、お茶大付属高校の同窓会とか、駿河台大学とか、週刊朝日とか、大規模な組織が絡んでくるので、それもあって、まだ、全貌は、書いていないのです。ただ、謝罪を受けると、筆先は鈍りますよね。だから、大原さんは、あそこでは、「いやあ、昨日はアルコールが入って居て、鈍感になってしまっていました。失礼を致しました」と言う以外の言葉を発してはだめだったのです。

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副題7、『その後の展開により、私は実名主義へ、変化して行くのだった。自分が、暗殺されそうになったことが何回もあるし、周南事件とかドイツ格安航空機事件などの様な、大量殺人事件も、この雪ノ下と、鎌倉エージェントの存在が関係があると思うから』

 ところで、初稿としての【ワインが割れて】と言うエッセイは無論の事、復讐のために書いているのではなくて、人間存在への分析として書いているわけです。だから、実名は出てきませんし、送り先も、私の友人だけです。何度も言っていますが、私は考えることが好きなのです。一種の哲学家と言っていいでしょう。そして、考えた結果と言うのは、文章に落としていかないと、苦しくてたまらないし、思考も滞るので、書く人ともなるわけです。「だから、私に考えるきっかけを与え無い事。それは、あなたが、身を守る最大の、手法ですよ。違和感をいっぱい与えてくる企みごとをするなんて、愚の骨頂なのです」と、大原光孝さんには、言っておこう。もう、間に合わないですけれどね。

  で、その時に書いた文章ですが、送り先は、特定されているし、(だから、世界中のだれもが読めるというわけでもないし、・・・・・で、その後の、今の事ですが、世界中の誰でも、読めるブログの世界では、大原家内部の実際・・・・・特にその経済的事情まで・・・・・を書いていませんよね。充分に用心をしているのです。いやね、他人の、しかも年上の女性に向かって、あれほど失礼な捨て台詞をはけば、当然の事、それを、書かれますよ。当たり前ではないですか? 他人の能力とか、実力について、判断ミスがありますね。大勢の人と接触してこなかったからでしょう。

 ・・・・・この最初の文章ですが、大原さんに知られているはずもないし、と思っていたのですが、さにあらずで、知られているということが判る日が来ます。そこから、柄沢斉氏と、その背後にいる日経新聞の意味とか、酒井忠康氏の存在の意味、そして、そこから、伊藤玄二郎が、大きな格のエージェントであり、警察を支配下に置いているし、共産党も、支配下に置いているということが判ってくるのです。ただ、この共産党と言う部分は、彼本人からの連絡よりも、井上ひさしが生きていた時代には、井上ひさし本人からだったでしょうし、彼が死んだあとは、ゆり夫人、もしくは、前田祝一氏から発せられていると思います。

 その後の大原さんは、周南事件の時に、敵方として動くこととなり、マルハニチロの農薬混入事件でも、敵方として、動くこととなります。鎌倉エージェント側としては、

 ・・・・・・私の、自宅の、ご近所住まいの、大原さんが、明瞭に敵方として動くことは、彼女にダメージを与えるはずだと、思っているはずで、ウハウハ、だったと思いますよ。で、私の方は、そういう現象をすべて踏まえて、どんどん、政治の方向へ走っていくこと成ります。

 私の方は、そういう風になるわけですが、彼の方はどうでしょう? 

 私が、【ワインが割れて】と言うエッセイを書いたことで、彼を、さらに敵方に追いやったとは、なりますね。そして、それが、私にとって、損失でもあります。だとしてもですね。一方で、ぐいぐいと、政治の本質に迫る文章を書ける様になったのですから、プラスとマイナスの収支が採れているともいえるのです。「ここは、おあいこだ」と、言っていいでしょう。この様に、して、世の中は、すべてが、バランスが取れていくのです。

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 副題8、『ここで、やっと、一つの、結論へ達する。つまり、鎌倉市が、この雪ノ下のご近所様が行った悪に対して、金銭的な補償をしてあげることを、書けるようになった・・・・・と言うこと』

 この砂岩と言う弱い石でできた階段ですが、その後、修復をされることとなります。一部分に、半分を町内会で出したそうです。その金額が、130万円だったと覚えております。だから、130万円は、市の費用が出て居るということとなります。また、それは、130段ある石段のうち、【しいち稲荷】より上の部分だとも、聞いたことがありますので、それよりも下の公道の部分は、全額を市が負担をしたのかもしれません。そうなると、そちらでは、300万円以上が支出をされていると、推察しています。

  それは、確実に大原さんの捨て台詞を書いている、私の文章の、証拠隠滅を果たすためですから、例の鎌倉エージェントが、大原光孝を助けるために行った出費です。

2015年11月26日から書き始め、28日に完成とする。後、リンク先を二つ見つけないといけませんが、それは後回しとして、ここで、完成といたします。

尚、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3227053です。

  雨宮舜 (本名、川崎千恵子)

 

後注1

夢の中に現れた女性イスラム教徒と、言葉が通じなかった。ので、助けられず+大原光孝氏   2015-11-27 15:03:54 | 政治

 後注2、

長谷川智恵子は、塩見和子から頼まれ脚本に基づいて【障害児間引き推奨】を提唱した筈だ   2015-11-21 18:53:16 | 政治

残酷さが再現されたからこそ、裏に栗田玲子が居る事が、即座に分かった、障害児間引き推奨発言   2015-11-22 21:57:12 | 政治

 

 

コメント

夢の中に現れた女性イスラム教徒と、言葉が通じなかった。ので、助けられず

2015-11-27 15:03:54 | 政治

  この一文で、問題にしたいテーマとは、『コミュニケーションをとることが、いかに困難か』と言う事です。『正しく、理解しあうことが、いかに困難か』と言う事です。われわれ人間は、中途半端な、または、間違った認識をお互いに持ち合って生きているという事です。リアルな世界だけでは、その溝が埋まることはないのですが、夢などと言う不思議なツールを通して、一気に、視界が開けることもあるので、そのテーマに取り組みましょう。

副題1、『今朝は、夢の中で、残念な思いを抱き、それで目覚めたが、舞台は、高層ビルの商業施設である』

 夢と言うのが、リアルな景色で、舞台が登場することは有るのでしょうか? 本日の舞台は、高層ビルであることは確かです。最後の最後で、エレベーターが登場します。そこに、30~50階程度までの、数値を表すプレートが張ってありましたから。全体が超モダンな、気配ですが、リアルな世界で存在するビルではなくて、

 サントリーホール周辺、みなとみらい地区周辺、恵比寿ガーデン周辺、横浜ベイクオーター地区、東戸塚地区、有楽町の電気会館ビル(=長谷川智恵子問題で、今から触れようとしていたビル)周辺などの、最近の、豪華な商業施設内で、高さは、五階程度の位置での、お話です。

 私が通路を通りかかると、スカーフを頭に巻いた、イスラム教徒だと、思われる女性が、何かを、カウンターで問い合わせていました。彼女はやせぎすで、やや黒目の肌合いであり、とても、神経質そうでした。そして、どうも、問題が解決しなかったみたいで、不満を持った顔のまま、すぐそばにある階段を降り始めました。私は問題を抱えている外人を助けるのが大好きだと、諸処で、書いていますが、彼女が現在抱えているだろう問題に、首を突っ込んだわけではないのです。それは、移民の問題で、日本で居住権を取りたいという様な問題だったりするでしょう。そんな、難しい問題は、ちょっと、声をかけたから、解決するというものでもありません。

 ただ、イスラム教徒が、夢に、登場したのには理由があり、なるほどと、自分でも納得をいたしました。今週の火曜日(24日)に、私は、夜の7時ごろ秋葉原で、お茶をしていました。おなかが空いているときは、UDXビル内の和幸に行くのですが、(そこも外人でいっぱいです)昼に外で、しっかりしたランチを取っていて、夜は、外食ではなくて、自宅で食べようと考えているときは、Vie de France と言うパン屋によります。ここも、外人でいっぱいな、カフェです。目の前で、丸川珠代さんが、マイクを握って司会をする、演説集会を選挙直前の土曜日に、自民党が行う広場があります。最近の丸川珠代さんの石炭についての発言に対しては、文句がありますが、そこに入ると、文章が2万字以内で完結しなくなるので、それは、横に置いておいて、パンやの店内に戻りましょう。

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副題2、『私は常に、外人を見ると助けたくなるのだった。今回はイスラム教徒が相手だったけれど』

 Vie de France 内で、お茶をしていると、明らかにイスラム教徒と判る女性が、連れと一緒に入ってきました。夫婦でしょう。で、パンを選んでいるのですが、大変に時間がかかるのです。すぐ、豚肉等、が、入っているかどうかを確認しているのだけれど、日本語が読めないのだと、判断ができました。で、三分か五分は待ったうえで、立って、彼らに近づいていきました。

  Are you OK? と、聞きながらトレーの上を見ると、6つぐらいパンが選ばれていますが、すべては大丈夫でした。で、にっこりと笑って別れたのです。それが火曜日の事でした。24日です。

 これが、もしかしたら、尾行のせいで、警察に伝わり、すぐさま、いわゆるCIAに伝わったのかもしれません。だけど、私側としては、パンのなかに、豚肉が入っているかどうかをチェックしてあげただけですから、何も、リスキーなところはないと、思ったので、平気の平左でした。何も心配をしていませんでした。

 その時の女性の姿ですが、白いスカーフを頭にかぶっており、ふっくらとした体形と優しい面立ちでした。体を包んでいるのは、ポリエステルで、できていると思われる、ベージュとピンクが合わさった色の、お洋服です。ワンピースかツーピースかは忘れたけれど、民族衣装ではありません。

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副題3、『23日に銀座で、総攻撃を受けるが、24日は、もっとひどいだろうと、推察をしていた。だが、私はそれを踏まえて、秋葉原でゆったりとしていたのだった』

 この日、私は、鎌倉の青色申告会で、青色申告を、2015年分から、初めてする人としての、講習を受けておりました。で、こういう風に、電話で予約を取る催しの場合は、鬼の居ぬ間の洗濯として、大利用をされることを、経験上知っておりました。だから、税務講習を受けた後で、急いで、自宅へ帰って、テレビニュースを検討した方がいいのです。しかし、銀座の画廊巡りを、全部終わっていなかったので、午後は、東京へ向かいました。

 で、銀座の画廊巡りが終わったのが、6時ごろでした。『このまま、すぐ、帰宅すれば、ブログを一本書けるのだけれど』、と思いながら、わざと、秋葉原へ足を延ばしたのでした。それが、自分の心理的な余裕の表れだったのです。本当にすごい攻撃を受けておりました。この章ではその詳細には、触れませんが、長谷川智恵子の障害児を早期に間引きsましょう発言について、書き始めて、塩見和子、渡辺幸子、栗田玲子、石塚雅彦の連携を書き始めてから、過去最大急の攻撃を受けていました。が、それは、繰り返されてきた事だから、『フーン。そうですか』と言うだけの問題でした。

 しかし、今思うと、そのイスラム教徒の女性を助けたことが、尾行によって、CIAに伝わったことが確かだと、判ってきます。

 と言うのも、それが、24日だったのですが、25日か、26日のNHKニュースで『ノルウェーがシリア難民を、拒否する』と発表をしたというニュースが流されたからです。

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副題4、『ただし、そのニュースは9月27日に放映した古いものを、再度、繰り返して放映をしたものらしかった。それで、そのニュースを放映することが、私が秋葉原で、パンの買い物に関してイスラム教徒を助けた事への脅かしだと、判ってくる』

 私は、夢を見たわけですね。だが、その夢は、上の節で書いている『ノルウェーが難民の受け入れを拒否した』というNHKニュースに影響をされてみたと、推察しています。それで、そのNHKニュースがいつ放映をされたのかを確かめたくなりました。それは、録画をしていない朝のニュース内で、報道をされたことだったかもしれないし、または、録画をしていても、さして、自分には関係が無いと思って、メモを残さなかったのかもしれなくて、日時がはっきりしないのです。

 それで、こういう時は、グーグル検索を頼ろうと、思い、それをやり始めると、驚くことに、そのニュースがどこにも出てきません。

 まず、シリア難民、ノルウェー政府と入れてみても出てきませんし、反対にノルウェー政府、シリア難民と入れても出てこないし、ノルウェー政府、ニュースと入れても出てこないのです。

 そして、そのニュースの代わりに、10月10日づけの、ノルウェー政府が開いたフェイスブックと言うのが大批判をされているというスレッドが、出てきました。

 もう一つ、NHKニュースとして、9月27日に放映をされたものが大量に出てきました。しかし、2015年11月24日、もしくは、25日に、ノルウェー政府が、シリア難民について、拒否の声明を発表したというニュースは、出てこないのです。で、やはり、対私一人が相手の、秋葉原での出来事を脅かしてくるニュースだったと、思います。

 しかし、それに気が付いたのは、28日の午前4時であって、27日に夢で目が覚める前までは、そのノルウェーが難民拒否をしたというニュースは、新着のモノであって、まっとうなニュースだと受け止めていました。自分を脅かしてくるものだったという部分は、見落として、受け止めていたのです。そして、気の毒な事だなあと、思いました。期待をしていた家族の呼び寄せが、拒否されたという事ですから。

 で、深い同情心を持って寝入ったのだと思います。で、冒頭にあげたイスラム教徒らしい女性が夢の中で、登場したのでしょう。

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副題5、『夢の中の女性は、民族服を着ていて、神経質そうであって、英語を話せなかった』

 27日の朝に、私の夢の中に現れて来て、助けたくても、どうしても思いが通じなかった女性は、イスラム教徒でした。スカーフをまいていましたから。しかし、そのスカーフも民族衣装も色が濃い色目であって、かつ、やせていました。これは、ノルウェー政府の発表と言うニュースを見ながら、難民たちが、非常に深く消耗をしているだろうと、想像したので、そういう姿で、夢の中で、現れたのだと思います。

 しかし、舞台は、ノルウェーでもなくシリアでもなく、トルコ沿岸でもなく、日本の中の高層ビルですから、彼女の衣装が汚れていたというわけではないのですよ。日本にある程度以上に適応して生きていると、見えました。で、難しい問題を、担当事務所に相談に来たみたいに見えるので、損な部分を助けてあげる事は、私には不可能なので、私は何も声を掛けずに、6階から下へ、一緒に階段を下りていたのです。

 すると、二階まで、来ると、ガラスでできた出口がありました。こういうのは、東戸塚みたいな傾斜地で、坂道が、横に在る大きなビルでは、見ることのある形式です。しかし、問題は、ガラスの向こう側に見える道路にだれも歩いていないという事です。つまり、これは、一種の非常口であって、この高層ビルの住民(たとえば、テナントとして入っている会社の社員)などは、利用をしているでしょうが、急に、訪ねてきたお客が利用すべきではないのです。でないと、JRの駅にでるのが、困難になったりするので、私にしてみれば、特に外人には、利用をさせたくない出口でした。出てから、困難に出会うのが忍びないのです。

 もし、そのドアが大きくて、大勢の人が出入りしていて、ガラスの向こう側に、商店街でも見えたら、まだしもいいのですが、ガラスの向こうに、誰もいないのですから、裏口でしょう。で、「出てはだめだ。一階に行った方がいい」と英語で、言ってみるのですが、通じないのです。彼女が日本語が駄目なのは六階での、目撃で分かっていました。事務所での日本人スタッフとのやり取りで、判っていました。

 それで、床に書いてある、2と言う数字を指さしながら、「ここから出ては、だめです」と言うことを身振りだけで、知らせるのですが、どうしても、彼女が意味を悟ってくれないのです。

 とても切ない感じを受け、『残念だなあ』と、思ったとたんに、目が覚めました。

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PV 3227053

 

  これから先は、別章で、語ります。後刻推敲をして、そののち署名と書いた日付を入れます。

コメント

立花隆の恥を、曝していると、米軍のジェット機が、頭上を威嚇演習して通ったが、なるほどと、納得する△

2015-11-25 12:30:48 | 政治

関連画像

これは、エフェソスから、発掘されたアルテミス女神像です。地元に昔からあった、豊ぎょうの女神と、ギリシャローマ文化が合体した、女神像です。 

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 ところで、本日は、何故、長谷川智恵子とか、栗田玲子を、呼び捨て(敬称無し)で、文章を書いたかと言う事に、こだわっていきたいのですが、その話をする前に、立花隆と、トルコの遺跡で出会った話をさせてくださいませ。これは、政治的に言えば、小さい話題です。しかし、私がモノを書く場合は、小さい話題に、こだわった方がいいのです。たとえば、今ニュースの焦点となっているロシア機のトルコ(?)による爆撃なんていう話題に触れてごらんなさい。大変な方向へ進んでしまいかねません。だから、判っていることがあっても、触れません。で、小さい話(=プチ有名人に敬称を付けるかどうか)に、こだわって、以下の一文を書いていきます。なお、この文章も、総タイトルを変形させていきます。24日の午前二時から、夜の11時半までは、『私は立花隆に、エフェソスで1980年に出会ったが、その頃、彼は贖罪の旅に出て居たのだろうか?』としておりました。しかし、25日の夜11時半に、上記のものと変更いたしました。

副題1、『私は、実は、非常に体が弱いのだが、それには、しかとした原因があって』

 私は、24日は、朝9時台から外出をして、夜の7時まで、ほぼ、10時間外へいました。さすがに、73歳です。疲労が激しくて、7時半から10時半まで夕食も食べずに爆睡をしました。40歳代は、油絵の大作(公募団体展や、コンクールに出すためのモノで、100号から150号まで)を激しく描いていたので、疲労困憊していて、夜の8時にばタンキューっと寝たりしたものです。この油絵ですが、描き方によって、疲労をするか疲労をしないかの差は大きいです。たとえば野見山暁じ氏の作風だと、あまり疲労をしないと思いますよ。

 油絵を描いていない友達が「あり得ない」と言って笑いました。確かに、私は、極端に体が弱いところがあるのです。それは、若い時に、メチル基のついたベンゼン核を材料として、実験を続けているので、体がすでに、ボロボロだからです。 これは、トルエンの喫煙で、有名な毒物扱いのものですが、1965年当時は、その事実があまり知られていなかったのでした。

 で、日本のある医師が説明をしてくれたのですが、私は体中いたるところの血管の弁が、すでに、閉まりにくい(瞬時に閉まるのが普通の人だが、私は瞬時には閉まらないタイプ)事となっているそうです。だから、やせの大食いで、相当に食べているのですが、栄養が総身に回りかねているのか、いつもエネルギー不足で、普通の人の、三分の二、もしくは、二分の一の体力しかありません。で、グループで、一泊旅行をしたりすると、次の日は、眠りながら道を歩くという始末です。

 トルコのイスタンブールで、シェラトンと言う、当時は、最高急のホテルに泊まっていた時に、4時間も気絶をしていて、救命措置で、生き返ったことがあります。それは、1970年代で、まだ、輸液システムが完成していなかったので、気が付いた時に、脇には、4,5本の太い注射器が置いてありました。種々の大型アンプルで、医者が蘇生をしてくれたのです。意識が戻った時に質問をしたのですが、血圧が、4~6だそうです。これはあり得ない数値なので、多分、ゼロを取って、数えるのが、トルコの医師のシステムなのでしょう。だから、生き返った時の血圧が、40から60だったという事です。これは行く前の準備(猫をどこに預けるかとか、)で相当な苦労をしたせいで、こう成りました。

 たまたま、ルームサービスを取っていて、ボーイが持ってきたときに、イエスと答えたまま、ドアを開けなかったので、救われることと成りました。ほかのケースだったら、あそこで死んでいたと思います。主人は義弟夫婦とロビーで話をしていたので、私が、生き返ってから帰室しました。私はだから、危うく、二人の小学生の子供と、猫一匹を残して、死ぬところでした。30年前に、すでに、死んでいたかもしれないところを、救われたので、シェラトン・ホテル様には、深く、感謝しています。

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副題2、『立花隆と、私は、1980年にトルコエフェソスで、出会っているのだが・・・・・それが、彼の、<エーゲ 永遠回帰の海』書籍情報社 2005、須田慎太郎(写真)>へ結びついて行った』

 この時に、実は義弟家族と一緒に車で、トルコを回る予定でしたが、この日、私が、瀕死状態になったので、私達夫婦は、義弟一家と、車でトルコ一周をするという企画をお断りをして、のんびりと、余裕を持ったスケデュールで、トルコを、特に好きなところだけを、回ることにしたのです。で、トルコへ入って、9日目ぐらいに、エフェソスの遺跡へ入ったのでした。 

 今、シリアのパルミラ遺跡を、IS国が破壊することで大問題になっていますが、世界に残っているギリシャローマ遺跡のうち、4大遺跡と言っていいほど、エフェソスは、大規模なものです。エフェソスには、昔、川があり、その川の土砂が堆積して、埋まっていたので、無事に残っていたのでした。広さは、鎌倉の山の中(市街地)に匹敵するでしょう。ただ、高低差があります。発掘は、その1970年代は、イギリスがやっていました。

 隣に、クシャダスと言うヨーロッパ人向けの、リゾート地がありますが、エフェソス近辺には、しっかりしたホテル等はありません。ただ、街道と、エフェソス入口への道の交差点に、当時は、モーテルが一軒だけ、在りました。オーナーが、帝国ホテルで、料理修行をしたという話で、ローストビーフを出してくれましたが、量は、信じられないくらいに少ないものの、ソースがおいしかったこと、さすが、東京、日比谷の帝国ホテル仕込みだと、感嘆した思い出があります。イスタンブールのシェラトンよりも、イズミールの高級ホテルのモノよりも、クシャダスのヨーロッパ人向け料理よりも、圧倒的においしかったです。ただし、量は、それらの、5分の一程度でしたが。

 当時は、それ以外は、向日葵畑が、広がっているだけです。で、そこへ行くのには、大変なお金をかけて、行っているのですが、たいていの観光客はバスで午前中にやって来ます。で、午後は、しーんとしています。

 で、午後の、誰もいないエフェソスの中心部で、私は立花隆と出会うのでした。その時のことを、『シルバーのブラウスは、私を導く』と言う未発表の小説の中の一章として、書いていますが、パソコンが、15台以上壊されてきていますので、簡単に再現ができません。

 2015年11月25日検索の、wikipedia からコピペしますと、彼は、1974年(昭和49年) 『文藝春秋』に「田中角栄研究~その金脈と人脈」を発表し、続いて、1976年(昭和51年)には『文藝春秋』に『日本共産党の研究』を連載しています。『諸君!』時代に書いていたサイエンス関係のテーマにも手を広げ、1981年には『中央公論』に「宇宙からの帰還」を発表。平凡社アニマ』に連載された「サル学の現在」、ノーベル賞受賞者利根川進との対談『精神と物質』、『科学朝日』に連載された「サイエンス・ナウ」「電脳進化論」「脳を究める」、などのテーマとなっているので、1977~80年ごろまで、静かにしていた事が推察されます。その頃、彼は、トルコへ来ていたのです。

  でね、私の小説は外部へは未発表です。しかし、電話が盗聴をされておりパソコンがハッキングをされています。で、どういう経路でか( いや、本当のところは、、成岡庸司 →秋山豊寛 →立花隆だと思うのですが)  私の文章のコピーが彼の手元へ入ったのだと、思います。この小説は、五人~十人の人へプリントアウトの形で、献呈してありますので、『面白い』と言う感想をいただいたりしていて、電話での、応対がありました。その上、今思うと、パソコンは、ハッキングされっぱなしだったわけですから、やすやすと、それが、できたのです。それが、2004年だったでしょう。

 それで、立花隆は、急きょカメラマンを伴って、昔、旅した地中海を、もう一回、へ廻って、遺跡を撮影させ、一冊の本を仕上げました。大変な強行軍だったらしいです。レンタカーで回ったと推察されます。飛行機はビジネスクラスで、ホテルは、一流ホテルを使ったことでしょう。何回にも分けて行き、時には、自分は、行かないで、カメラマンに、行くべき場所だけを指示したとも、書いてありました。で、圧倒的な素早さで、一冊の本を上梓しました。

『エーゲ 永遠回帰の海』書籍情報社 2005、須田慎太郎(写真)』です。この書物は、見開き、二頁にカラーの遺跡の写真、その次の見開き二頁に、白黒で、文章が、印刷されているので、ある人が書評で驚いていました。「定価が安い」と言って、「これが、オンデマンド方式の、すごさか?」とも言って。

 それがですね。違うのです。ひとり出版社を、運営している私から見ると、これは、別にオンデマンド方式で、できている本ではないのです。ご本人が、その書評家に、「オンデマンド方式で作ったのです」と、言ったのなら、編集から、頁設定などの、データ処理だけは、パソコンで、オフィスたちばなで、秘書が作ったのかもしれませんが、印刷製本は、違うと思います。

 私から見ると、オンデマンド方式とは、一冊につき製作費が、4000円から5000円かかるので、市販本で、オンデマンド方式で作っている本はない筈です。自分の原稿を私費出版しようとした場合、20部までだったら、オンデマンド方式の方が安いが、300部を超えると、オフセット印刷(普通の本の制作方式)の方が安いのです。

 その書評家は、ただ、ミミから聞きかじった語彙である、オンデマンド方式をここで、勝手に転用をしたにすぎないと思います。

 ただ、立花隆の本としては、珍しく、出版社が、有名なところではありませんね。私が想像をするに、その出版社は、急きょ、立花隆が作った可能性があるのです。そして、印刷用、デジタルデータについては、ある種の部分は、立花事務所が作ったのかもしれません。

 だが、それから先は、面付けと言う作業を印刷所で、致します。そして、その作業で、あの一見豪華で、お金がかかっているみたいに見える頁配分が、でき上るのです。だが、しくみは、非常に簡単なことで、A全版、または、B全版、または、菊版と言う印刷用紙に、隅数頁から始まる二頁が、白黒印刷の文章になる様に、面付けし、次の隅数頁から始める二頁に、カラー写真を配置すれば、ああいう本が出来上がるのです。つまり、大判の紙の表は、白黒印刷で、裏は、カラー印刷で、仕上げればいいのです。白黒印刷は、ローラーの下を、紙が、一階通るだけですが、カラー印刷の場合は、四回、くぐらないといけません。だから、文章だけの本は、大判の紙を売らおもて、二回だけ、ローラーをくぐらせればいいのですが、こういう本を作る場合には、合計、五回ほど、くぐらせる必要があり、その分、印刷代が高くなりますが、製本上は、口絵写真付きのお高い本よりも、安く出来上がるのです。そういう風にして、印刷した大判の紙を、まず折り上げていき、その後、裁断して、製本をすると、ああいう本が自動的に出来上がるのですよ。

 しかし、残念ながら、単価、を抑える為でしょう。使用されている紙が薄いです。で、両面印刷のカラー部分が文章部分にしみ出しています。ので、批評で、褒めてあるほどの、豪華な本ではありません。ただし、定価は、1500円前後でした。普通カラー印刷が、10頁程度、口絵などで採用をされている本は、みんな、2000円を超す定価で売られているので、比較してカラー頁のおおさ(全体の半分である)に、びっくりして、ほめまくったのでしょう。

 これはね。上にあげてある、私の未発表の小説、『シルバーのブラウスは、私を導く』を凌駕し、それが、後日、出版をされた際に、一般購買層が、絶対に買わない様に、仕向ける為に、急きょ制作された本だから、ともかく、大衆的な値段ではないといけなかったわけです。ただし、彼の目論見は外れたのですよ。私は、6種類の本を作りましたが、すべて、流通をさせず、献呈するだけですから、彼と、読者層が重なるわけもないし、また、その小説自体を、未刊なので、競合するわけもないのです。結果としては、『買いかぶっていただいて、ありがとうございました』と、なるのでした。

 しかし、今アマゾンで、念のためにチェックしてみたところ、お高かったです。変ですね。????? 

商品の詳細 

エーゲ―永遠回帰の海

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 副題3、『1980年の、トルコ旅行は、立花隆にとっては、一種の贖罪の旅だったと、思われる。が、そこで、私と出会っているのだ』

 私が、はっきりと、政治に目覚めたのは、2007年です。激しくパソコンのシステムが壊れ始めて、それの、積み重なりによって、無理がかかり、パソコンそのものも壊れるという事態に陥りました。で、原因を探り続けているわけです。で、「今、壮大なミステリーを書きつつあります」と、皆様には、申しあげております。しかし、書いても書いても、やまない時期もありました。

 だが、とうとう、大学時代の同級生、古村浩三君の名前を出し、かつ、・・・・・彼が原因で、なりすまし疑惑が起こされた』と書いてやっと、被害が少なくなり始めました。古村君が、自分がやったことから、逃げるために、片山祐輔君と言う、青年を身代わりに建てて、なりすまし疑惑と言うのが起こされた・・・・・と、書いたあたりから、やっと、パソコン自体が壊れるほど、激しいシステム異常は生起しなくなったのです。でも、ちょっと、内容を変えたシステム異常は、引き続き起きて居ますよ。で、それが起きると、すでに、彼がやっているのではないかもしれませんが、古村浩三君の名前を、上げて、片山祐輔君の悲劇を語り続けることと成ります。すると、控えめな攻撃へと変わって行きます。

 でも、1980年、または、それ以前には、私は、政治には全く関心がありませんでした。それで、立花隆の顔を知りませんでした。

 それは、今から35年前の事であり、立花隆は、一種のマネーロンダリングの旅を、していた頃だと、思われます。つまり、今の私が推察するに、彼は、贖罪の旅に出て居たという事。

 田中角栄は、戦後の、日本にとって、相当に大切な人間であったという事が、言えるでしょう。つまり、田中角栄の時代より、今は、さらに被・植民地化が進んでいると見えます。そういう悲惨な国、日本が、あたかも独立国家であるかのごとく、振舞える様な、外交を展開したりしたので、角栄さんは、アメリカから、『生意気だ、刺せ』となって、撃沈をさせられてしまいました。その口火を切ったのが、立花隆です。だから、はっきり言うと、立花隆も、例の鎌倉エージェントの中の一人であると考えた方がいいのです。だが、美術の世界に居る私にとっては、彼は、同じ世界の人ではないので、直接いじめられたことは有りません。

 ただし、田中角栄も、別の一面を取り上げれば、土建優勢の政治を敷いたとか、いろいろ欠点はありますよ。それを、撃墜させたのですから、立花隆にとっては、大いなる成功と言える仕事なのでしょう。しかしですね。どんなにそれが、大いなる仕事であったとしても、彼の、潜在意識の中では、自分を責める感覚もあったと、思いますよ。別の言葉でいえば、重い感覚、または、寝ざめが悪いと言う様なものですね。

 だから、彼自身は、それについて、言及していないものの、そのトルコ旅行は、潜在意識の中での、贖罪の旅だったと、私は、推察しています。で、貧乏旅行を自分に強いていました。ただし、それを外部に表明をしてしまうと、自分の過去の仕事が、ゼロ、または、マイナスのものとなるので、彼本人は、一切そういう事を言っては、おりません。

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副題4、『当日のエフェソスは、雲一つない晴天で、風が吹き、両側の小高い丘の上に生えている松が風に揺れる音が、谷の真ん中にまで届いてきた』

 エフェソスと言うのは、広さは、大体、鎌倉市(頼朝の幕府時代)程度は、有るでしょう。しかし、平たんではなくて、傾斜が、在ります。建設当時は、大理石なので、真っ白で、つやつやしていたと、みなされますが、2000年近く、土砂に埋まっていたので、今では、ベージュ色の濃淡で、すべてが、彩られています。そして、つや消しとなっています。しかし、東西南北、雲一つない晴天で両側にある小高い丘の上に生えている松が、風に揺れて、久しぶりに、松風の音を聞くことと成りました。最近はサッシの窓が全盛で、気密性が高く、しかも、鎌倉の家の近辺には、松が無いので、子供のころを思い出して、非常に懐かしかったです。

 ところで、もし、エフェソスに、自動販売機があったら、どんなに仕事が弾んだでしょうか?クシャダスのホテルで、作ってくれたランチは、ぱさぱさのパンの中に、チーズが挟んであるだけなので、私は写生をしながら、苦しくてたまりませんでした。今でいう、熱中症で、ばててしまう直前だったと、思います。しかし、現代でも、自動販売機と言うのは、海外では、壊されてしまうので、設置をされていないそうです。

 それでも、こんな、ありがたい機会はないのだから、と、渇きを我慢をして、ただ、ひとり、鎌倉市内みたいに広い場所に居てすけっちをしていると、下の方から、米粒みたいな黒い点が坂を上ってくるのが見えました。300m程度に近くなると、髪が黒いのが、はっきりと見えました。たった一人で、外国を歩くのは、1970年代では、珍しい事であり、『日本人ではないかもしれない』と、思いました。 100mぐらいの近さになると、その人物は、男性であって、上に紺のシャツを着て、下は紫色のズボンを穿いているということが判りました。私の本業は画家と言ってよいでしょう。で、色のセンスは抜群にいいです。その私からすると、紫色のパンツをはいているだけで、バカにするに足る人物です。だって、紺と紫色の組み合わせなんて、美をどこにも発見できない色合わせでしたから。

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 副題5、『その男性一人観光客には、トルコについて、悪口三昧だった。で、服装で、軽蔑し始めていた私は、更にその意識を強めた・・・・・しかし、彼の方は、彼で、<この、俺様を知らないのか。田中角栄をぶっ潰した、この有名な俺様を>と言う怒りに燃えていたみたいだった』

  私は何度もこの世界で述べている様に、リアルな世界では、喧嘩をしない主義です。で、実際に考えていることを口に出すことは有りません。しかし、頭の中では、数千項目を一気に、同時に考えていたりするのです。で、おズボンが近づいてくるにつれて、観察をさらに激しくしました。すると、サマーウールでできているとは、理解ができました。これは、ジーンズなどより、肌触りはいいのです。しかし、染色が、やわだったらしくて、日差しに焼けて、色あせたのだと、判ってきました。で、いくら強烈なトルコの日差しだとはいえ、一週間やそこらで、ここまで、褪色するとも思われず、相当な長期間、すでにトルコを歩いていると、思われました。で、そこまで、判ってから、初めて、「あなたは、日本人?」と質問をしました。

 この質問だけで、立花隆は、怒ったわけです。『この有名な俺様を、お前は、知らないのか? 日本語を話すのだから、日本人だろう。それなのに、俺の顔を知らないとは、無教養な、おんなめ!』と思って『怒鳴りたいぐらいだった』と言うのが、彼の側の本心だったでしょう。しかし、私は、以下の様に考えておりました。『長期間、おズボンの、色があせるほど、トルコを旅行しているらしい。そうなると、彼は、サラリーマンではないなあ』と。フリーターとか、引きこもりと言う言葉は、その当時にはまだなかったのですが、サラリーマンでないと、日本人として、充分な収入は得られないので、『フーン、この男は貧乏なのだ』と、私は判断をいたしました。(大笑い) 実際は、彼は、すでに大金持ちだったと思われますよ。自由業だけど、フリーターではなくて、首相を追い落とすほどの、大成功したライターなのだから。だけど、『贖罪の旅だから、お金を使わなかったのだ』と、私は、見ています。

 その当時の、私は、ひときわ世間知らずだったのです。中学生のころから、親が裕福になって来て、このトルコ旅行でも援助があって、当時のお金で、夫婦二人で、157万円も使いました。日産自動車のエンジニアをしていた主人の月給が、10万~11万円ぐらいの時期ですから、どれほどに、金銭的な、余裕があったかがわかります。その後、アート修行に自分のお金を使い切ってしまって、お金がない時期などを経験したり、ニューヨークで、極端な貧乏生活を送っているアーチストなどに出会って、私はまるで、変わってくるのです。他人の生活に対する理解が、非常に深くなってくるのですが、1980年当時は、未熟な段階でした。特に貧乏と言うことに対して、まるで、関心がなかった時代です。

 で、私は次の段階の質問として、「トルコをどう思うの」と聞きました。私はその時に、9日目だったわけですが、本当に満足をしていました。ただ、一つ、びっくりして、思いがけなかったことは、地中海は、想像をしていたほどには、青くなく、また空も、それほど、青くはなく、鯵が釣れたりする海は、日本と、まったく、同じだったという事でした。空も同じでした。それ以外は、人の暮らしも、人々の生活も、すべてが面白く、遺跡にも満足しきっていました。ところが、目の前の男性(立花隆)は、非常にぶっきら棒に、「いやな国だ。汚いし。すべてがつまらない」と答えました。

 私はさらに、びっくりして、「どうして、そう思うの?」と聞くと、「のみや、シラミは多いし、汚いし、話も通じないし」といいます。で、「ホテルの人間なら、英語は、できるでしょう?」と言うと、「できない」と、答えます。それで、「いっぱく、幾らの処に泊まっているの?」と聞くと、「600円かな」と彼は答えます。私は、そこまで来て、黙ってしまいました。しかし、今の私だったら、活発にさらに話したと、思いますよ。しゃべり方もさばけて来ていて、前よりもなめらかで、多弁になっていますし、世の中には、いろいろな人がいることも、判ってきていますから。だから、いわゆる木賃宿に、泊まっている彼を、きっと尊敬したと思います。

 だけど、木賃宿に泊まっているからこそ、いいルポルタージュができるはずなのに、文句ばかり言っている彼に、『あれ、この人、第二の、沢木耕太郎を目指して居るのだろうけれど、本当の研究家ではないわね。頭の柔軟性が足りないわね。きっと将来とも、ヒット作は出ないわ。人気は出ないでしょう』と、思いました。すでに、彼本人としては、『自分は、沢木耕太郎をはるかに、超えるレベルで、有名人なのだ』という自負があったでしょうから、私が、内心で、考えていたことを、もし彼が、知れば、今までよりさらに怒る事でしょう。

  もし、私がその当時、彼が立花隆であることを察知して居たら、上で、言っている様に、贖罪の旅に出て居たのだと推察するので、だからこそ、『今は、自分に苦役を課している』と、見るでしょう。そうなると、あれでいいのですよ。

 ただね。あまりにも激しいトルコへの、悪口を聞いていると、トルコを好きな私は、何とも言いようが無くなって、黙りました。で、その時、私の頭を去来していたのは、冒頭に写真を置いて長編小説『The Apostle 』でした。日本語には翻訳されていないと思います。似たような時代を表した小説として、『クォヴァデス』が、在りますが、二つは違う小説です。ただ、厚さが、4cmありますので、丁寧に、3か月か、半年かけて、読んだので、印象が濃くて、エフェソスは、重要な舞台である事、聖母マリアは、ここで、死んでいることなどは、それこそ、走馬燈の、様に、頭を駆け巡っているのです。

 その時に、頭に浮かべていたのは、上の写真の様な本です。実際には、是ではなくて、似たような装丁n本で、タイトルを、【APOSTLE】と言うものです。ただし、よく読み切っていて、古くて汚いので、主人に捨てられてしまったらしくて、今、見当たりません。こういう感じの本が、立花隆とトルコ・エフェソスで、出会った時の重要なアイテムです。 

 でも、「ここ、エフェソスは、いいと思うでしょう?」と、聞くと、「別に」と言うので、『事前の、準備とか積み重ねが無いと、これほども違うのか』と思い、それを、残念な事だと、思って、「だけど、ここって、マリア様が死んだ土地なのよ。そういう事も知らないの、日本で、旅行案内記でも、買ってきていないの?」と、聞くと、「買ってきていない。僕は物書きだからね、先入観を持ちたくないんだ」と彼は言います。

  私は、そこまで、聞いて、今度は本格的にだまりました。画家にとって、オリジナリティは大切です。だから、物書きとして、そう思うのなら、どうぞと言うしかないのです。しかし、彼が、慌てて出版した、上記の本は、カメラマンによって、多大に助けられている本ですから、彼は、33年後の、新たな取材をしても、トルコに対しては、何の愛情も尊敬も興味も、持っていないということは確かです。

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副題6、『言葉狩りは、立花隆を助けるために、始まったのかな?』

 私は、2004年ごろから、『シルバーのブラウス・・・・・』と言う小説を書き始めていますが、その中で、「日射病を恐れて、早々に、スケッチを止めた」と、書いています。ところで、その日射病と言う言葉ですが、今はないですよね。急に熱中症と言う言葉へ、変換をされています。でね、言葉狩りですが、鎌倉エージェントを中心とする、CIAの日本人代表者が、行っていることは確かであって、この立花隆のエピソードを発表させないために、始まったのかもしれませんよ。

 ところで、この一文は、23日の、夜から書き始めて、24日の、午前、二時から書き始めて、25日の午前11時まで、アップしていたのです。その後、いったん、引き下げました。その時、米軍のジェット演習が頭上でありました。どうも、立花隆の恥をかくということを、米軍様は、嫌っている模様です。その件について、午前、11日時ごろ描いたのが、下の赤字の部分です。 

 先ほど、一時間弱前の事です。また、ジェット機の演習が、鎌倉の空を通過したので、彼が、CIA方の人間であることも、却って、証明されたと思いますよ。今、PC内の時計は、10:14分を指していますが、今も、二回目の演習がありました。しかし、機体は一機の模様です。いつもより、騒音が小さいですから。 

 そちら側にとって、都合の悪い事を私が書くときに、あのジェット機の演習行動が、起こりますので。ただ、田原総一郎よりは、品も、自信もある人の模様です。田原総一郎程、軽く動いてはいませんよね。

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副題7、『副題6の中に、現代政治、特に裏にCIAが絡んでいると、そちらの、恥をさらしたりすると、こっちが大変になるということが判ったが、私は、2005年、その立花隆のエーゲ海に関する本の、批評を読むまでは、彼が、立花隆だとは知らなかったので自分の小説の中で、本当の姿を書いているのだった。で、これから先は、当時のエピソードに戻ろう』

 私は日射病、(今の言葉では、熱中症)を恐れて、炎天下の仕事をたたんで、下へ降りて行きました。遺跡の門のあたりで、迎えに来てくれた主人と出会いました。そこからは、街道へ向かって、幅の狭い道が、両側に、満開の向日葵を従えて、続いています。主人は、後ろの向日葵を振り返りながら、「今、そこで、お前の事を、精いっぱい、ののしっていた男に出会ったよ。生意気だって」と言いました。

 私は、すぐそれが、先ほど、出会った、紫色のズボンをはいた男だと、判りました。で、「、それは、私の家内です>って、あなた、言ったの?」と聞くと、言わないと、答えます。

 主人は、非常に頭がいい人で、口を極めて、私をののしる立花隆の話を聞きながら、「それは、私の家内だと、思うのですが」とは言わないのです。そこがこの話の、超・面白いところでした。つまり、三者が、三様に、お互いを、笑いあい、軽蔑しあったという事です。くるくると輪が回って、最初に戻れば、みんな、平等だったのでした。

 で、非常にそつのない、主人は、彼の気をそらさない様に、かつ、彼の機嫌を直すために、「僕は今、セルチュクの、博物館に行ってきたところです。面白かったですよ」と勧めたそうです。主人の、その他人を気持ちよくさせる、態度に、気分がほだされて、気持ちよくなったのか、そこから、一時間程度歩かないといけないセルチュクの博物館へ、立花隆は行っています。

 そして、上へ上げた本の中で、唯一感動した場所として、セルチュクの博物館を上げています。その博物館には、エフェソスで、発掘された宝物が、展示をされているのです。アルテミス女神像は、乳房が、ブドウの様に表現をされた珍しい様式のものです。

 でもね。ここで、大団円に到達しますが、その書物の、内容的、ハイライトは、主人が居たからこそ、生まれたものであり、その主人の言葉は、立花隆が、私について語った怒りの言葉を聞かなければ、生まれなかったでしょうし、・・・・・となると、私が生んだ様なものです。(大笑い)

 ただし、立花隆は、『先に出版した、自分の方の、価値が高いはずだと信じていて、その高さによって、この私が書いた、トルコを彼が軽蔑しきっているというエピソードが、世に出るのを防いだ筈だ』と、思っている事でしょう。

 しかし、彼が、常に、他者を軽蔑しまくるタイプの人間であって、それこそ、先入観だらけの人であることは、たった、15分程度、一緒にいただけで、しっかりと、私には、判ったのです。しかし、今のところ、彼に対して、法外なほど、世間の評価が高いのです。これもまた、彼が、CIA側の人間だからでしょう。

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副題8、『立花隆が、主役である臨死体験の番組(NHKはBSプレミアム2015年5月3日放映午後一時から)は、多分、上のエピソードをブログで書いたことから、企画をされたと、推察される』 

 さて、このエピソードは、原文が探せないので、今まで、中途半端に書いてきました。それ故に復讐を招いてきました。上の番組ですが、その一つだと、思います。その番組が、制作される三か月~一か月前に、このエピソードに、触れているでしょう。

 なお、そんなことは言わずもがなですが、ジェット機の演習音を聞いて、いったんひっこめたのではありませんよ。たまたま、疲れていて、最後まで、書けないなあと、思ったからでした。

  2015年11月25日  雨宮舜(本名、川崎 千恵子)

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歌舞伎座・・・・一幕みの、ご案内

2015-11-24 02:39:02 | 政治

副題1、『大宮が懐かしい。それは、東武・野田線に、住んでいたことがあり、遠足で行った場所だから』

 本日は本当は、大宮に行っているはずでした。嵐だったのと、またまた、生活スケデュールがくるってしまって居て、前の日に、完璧徹夜になったので、『こりゃあ、遠出は、しない方がいい』と、なって、大宮には、行っていません。

 しかし、大宮には、行きたいなあと、思って、前夜は、遠足に行くほどの熱心さで、予定を立てたり、荷物を整理したりしました。それは、どうしてかと言うと、東武野田線の、塚田駅と言うところに住んでいたことがあり、当時の小学校の、遠足の行き先が、大宮公園だったからです。だから、65年前に大宮を歩いては居るのですが、それからは、一切、そこに出かけていないので、大人になった目で、見て見たいと、思ったわけです。

 東武野田線側から行くのと、横須賀線から、東海道線に戸塚で乗り換えて、湘南新宿ラインで、大宮まで行くのと、距離は、相当に差がありますが、横須賀線とか、東海道線は、駅間の距離がながいので、結構、短い時間で、到着するはずですし。

 で、大宮で、開かれる株主総会に出た後では、盆栽公園などの、65年前には、まだなかった施設を訪ねるつもりでした。

 実は、NHKニュースを見ている限り、敵さんたちの激しい復讐行動・・・・・(それは、長谷川智恵子についても、旭化成建材疑惑についても、私が書いていることが、すべて、正しいからだと、見ていますが、)・・・・・が続いているし、鎌倉市内の、原水爆運動禁止の署名活動、その他の様子を見ていると、リアルな生活での、わが身の周辺にも、ひどい攻撃(復讐)が、続いています。が、あえて、それらを無視して、本日は、政治から離れたことを書きたいと、思っております。もし、大宮に、プチ遠足に、行っていたら、本日は、ブログは、いっさい手当が、できなかったと、思うからです。それなら、連続している政治モノを書かないでもいいでしょう。・・・・・と、言いながら、最後には、政治が見事に出てくるはずです。『ああ、そうなのか。この文章には、そういう狙いもあったのか』と言うところに落着をするでしょう。お待ちくださいませね。

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副題2、『凝り性な私は、ある程度まで、奥義を窮めないと、落ち着かないところがある。5年前からは、園芸に凝っていて、苗を買える場所を、すでに、15か所、踏破し、各店舗別の特徴を把握した』

 神奈川県の住民にとって、花の苗を買える場所として、有名なのは、サカタのタネ(横浜駅から、バス)グリーンファーム(金沢文庫駅駅からバス)が両巨頭です。私はそれに加えて、生協の宅配による、アタリヤ農園とか、島忠ホームズ(鶴見店=川崎駅からバス、山下町店=横浜駅からバス、東戸塚店・同駅からバス、横須賀平成町店=JR横須賀駅からバスの計4店舗を制覇済み)、ケーヨーデーツー(三田店=三田駅からバス、久里浜店=久里浜駅からバス)コウナン大船店(大船駅から、バス)カインズ久里浜店(久里浜駅からバス)、セキチューみなとみらい店(新高島駅)ユニディ(川崎駅ラゾーナ内)、県の、フラワーセンター(大船駅からバス。平塚駅からバス)の、15店舗を、実際に行って、目で確かめてあります。そのうえで、やっと落ち着いたところです。

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副題3、『7歳になるまでは、よく親に、歌舞伎に連れて行ってもらっていて、夜の部が、終わると、国鉄・西船橋駅から、自宅まで、3キロ弱を、ほぼ、一時間かけて、歩いて帰ったものだった。1940年代=昭和20年代の話』

 私の両親は、戦前から、歌舞伎、宝塚、浅草オペレッタ、映画等を見ることが好きでした。父は、結婚してから、母をお勤めに出したのですよ。その方がモダンガールになると言って。そして、横浜正金銀行とか、日産自動車で、銘仙の着物を着て、今の言葉でいう、OLを、母はやっていたのです。そういう写真が全部盗まれています。非常に悲しい事です。誰が盗んだのか? そういう泥棒たちと、谷垣禎一氏とか、長谷川智恵子さん、栗田玲子さん、塩見和子さんは、同列に居るのですよ。だから、軽蔑してしまうわけです。彼女たちは、真実を、何も、知らないでしょうが、彼らの手下たちは、殺人事件をも、容易におこしています。

 が、元へ戻ると、私の両親が若いころは、収入が、今でいうダブルインカムですよね。だから、遊び歩ける生活を送ることができました。で、横浜の石油会社から満鉄に転職したので、一時期歌舞伎などとは無縁だったのですが、戦後は、もう一回見始めたのです。私は、小さいころから、聞き分けのいい子だったので、四時間でも、五時間でも、飽きずにいて、だから、ぐずることもなくて、親と一緒に見ていたのでした。

 そういえば、歌舞伎に出演する子役には、驚き入ってしまいます。先代萩などでは、正座して、身じろぎもせずで、一時間以上を過ごします。その上、演技有り、せりふ有りですから。

 それは、東武・野田線の、塚田駅に住んでいたころの事で、その電車の終電が速い時間帯だったので、上の、副題3の二重ガッコ内に、書いた通りで、歌舞伎見物の、帰りは、西船橋駅から、歩いて、家まで帰ったものです。ただ、歌舞伎を見に行くのは、たいてい、親戚がとまりに、来た時だったので、親たちは、感想を話し合い、当時の暗い夜道を、楽しそうにして、歩いて帰るのでした。当時の人はホテルなんか使わなかったのですよ。私にも、それは、伝染していて、歌舞伎見物とは、いい思い出のひとつです。

 この間、ラスベガスで、染五郎が、【鯉つかみ】を、演じた時に、お姫様(=鯉の精)をやった、米吉の曽祖父世代の、三世時蔵とか、今の海老蔵の、祖父の海老蔵は、姿形を覚えております。父の会話に出てきたのは、他に、吉右衛門、勘弥、松緑、もしほ、猿之助、歌右衛門、梅幸、左団次などですが、すべて、現在の俳優の、祖父または、曽祖父の世代です。「知らざー言ってー、聞かせやしょうー」などと言って、決め台詞(白浪五人男かな?)をよく真似していました。

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副題4、『自分でお金を払って、演劇を見る様になってからは、民芸とか、文学座のものは見たのだけれど、歌舞伎を見る、気にはなれなかった。偏見を持っていて、バカにしていたのかな? または、「ふるいよう」と、おもって、いたのかな?・・・・・それを打ち破ってくれたのは、外人達だった』

 私は国際基督教大学の出身なので、この年(73歳)でも、英語で、会話ができます。そして、海外一人暮らしも、三か月×三回もしていて、その時にいろいろな人から、助けてもらったので、今度は、こっちがお返しをしようと思っていて、町で、ちょっと、とまどっている外人を見ると、必ず助けようと、します。

 むろんの事、相手の人柄を見て、好ましいと思うと、ごちそうをしてあげたりします。相手が不審がるほど、親切です。特に我が家近辺は、小町通りから、道を間違えて、八幡宮を見物しないで、北鎌倉方面に行ってしまう外人が多いので、それは、注意してあげようと思っています。  

 その他にも外出すると、わが家周辺から始まって、鎌倉駅、および、電車内、および、銀座周辺でも、助けようとします。ちょっとでも、困っていると見えると、必ず助けようとするので、子供たちが、思春期の頃は、それを、恥ずかしがったものですが(笑い)

 オーストリアから来た大学院在学中だという男子学生二人組など、妙本寺を案内した後で、山下飯店で、ランチコースを取ってあげて、お支払いをして、そのまま、一緒には食べずに別れたぐらいです。二人とも、とてもいい子達だったから。
 ある時に、横須賀線車中で、ヨーロッパから来た、二人組の女性と知り合いました。その日、一緒に歌舞伎を見た後で、一緒に食事をとって知ったのですが、いい仕事についていて、しかも、気持ちのやさしい、二人組女性でした。この二人が、「歌舞伎を見たい」と、言ったのが、そもそもの始まりです。二人は、日本へ来たばかりなのに、よく研究していて、一幕みの事を知っていて、それを見たいと言っていました。その時は、私よりはるかによく、一幕みのシステムに通じていました。初めて来日したのに、英語のホーム頁を研究している模様です。

 その時に見た【蛇柳】と言うのは、普段はあまり上演されていないと言われる舞踊劇でしたが、外人が初めて見る、歌舞伎演目としては、最高のモノでした。出演者が多くて、様式美にも充ちていて、しかも、仏教説話めいたものなので、とても、日本的です。高野山の、高僧が蛇の精に誘惑をされるというものですが、蛇側が、有名な、清姫ではないという演目です。

 二人が途中から、あまりに楽しそうに、喜んでくれるので、日本文化に対するそれは、尊敬の一つだから、嬉しくなり、例のごとく、その態度へのお礼をしたくなって、歌舞伎座のスタッフに断って、一回外へ出て、B1に降りて、木挽横丁と、命名されているショッピングタウンで、和風な小物を、いくつか、二人分買って、お土産として持たせて帰すことにしました。

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副題5、『本日、原辰徳氏の、記者会見が、ネットや、NHK地方ニュースで出回ったが、彼は、歌舞伎を見ているという』

 本日、NHK地方ニュースでも、また、ネットでも、紹介をされていましたが、原辰徳氏が、引退後、ラグビーの決勝戦を、現地まで、見に行ったり、歌舞伎を見たりしているそうです。

原辰徳氏が退任後の生活明かす「文化、歴史を味わっている」  20151125 2055

 それは、彼みたいに時間があり、お金もある人にとっては、非常に良い事だと思います。確かに、東銀座駅周辺で、午後4時過ぎには、美しい和服で飾ったお金持ちそうなご婦人が一杯です。ので、忙しい私には無縁の世界だと、思っておりました。そういう方が、私以外にもいっぱいいらっしゃると、思うので、それこそ、老婆心ですが、歌舞伎への入門のあれこれを書いてみようと思います。特に、一幕みの世界とシステムをご紹介したいと思います。

 それは、お金と、時間が無くても、入門することができるシステムです。私も知らなかったシステムですが、外人から教えてもらったのです。

 そして、結構、知らない人が多いのではないかと、思いますので、ここで、書いてみます。外人向けには、それを英語で、紹介をしているみたいですが、日本では、ともかく、お金があることがいいという文化ですので、一幕みは、貧乏人のすることだという観点もあるでしょうから、あまり、丁寧に、説明をされていませんので。

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副題6、『一幕みの、方法と、決まり事。・・・・・結構大変なので、慣れてきたら、三階席を、予約した方が楽なのだが、入門編としては、一幕みは、とてもいいシステムだ』

 おせっかいながらも、ご案内を書いてみようとするのは、外人が、ものすごく尊敬してくれている、日本の、いい文化であることを、知り始めたからです。が、特にそれが、判るのが、一幕み席なのです。

  ただ、システムを上手に利用をしないと体力的に、また、時間的に、損をすることがあるので、損をしない様にするには、どうしたらいいかを、説明をさせてください。

金額。

 一時間以内の演目だと、千円です。二時間を超える演目の場合は、2200円だったこともあります。が、昼の部、夜の部、全部を見ても、各々が、4000円を超えることは有りません。ただ、一幕みと言うのも実際には、三階の後部席と言うわけなので、三階の前の方を、予約する(6000円)、または、後ろの方を予約する(4000円)の方が、楽なことは楽です。

 ただし、なれないうちは、一幕みで、ご覧になる方が、周りの人が、本当に歌舞伎を好きな日本人と、歌舞伎を尊敬してくれる外人ばかりなので、楽しく見ることもできるのですよ。一階や、二階は、『私は金持ちザアマス』と言う様な、ご婦人が多いので、気後れをするところもあります。が、一幕みには、そういう人はいないのです。

 発売時間の事

 ただ、一幕みで、気を付けないといけないのは、評判のいい演目だと、みなさんが、2時間前から、ならぶという事です。そもそも、切符を売り出すのが、一時間前で、かつ、二時間前から並ぶわけですから、始まる前に時間が採られます。特に開演、一時間前までは、切符売り場の前を動くことができません。この仕組みですが、他の人を代役に立てるのは、許されておりません。ひどい束縛ですが、それを超えて、見ようというのですから、まわりには、歌舞伎好きの日本人と歌舞伎を尊敬してくれる外人で、いっぱいです。そこに気持ちいい雰囲気が、みちる要因があります。

 そして、大体、80人は、確実に座れます。ただし、前の演目を見た人が残っている場合は、座れる数が、少なくなります。

  私は、銀座の画廊巡りを、勉強としてやっている人ですから、間に、1時間の空き時間ができても、まったく、構わないのですが、・・・・・・

 皆様にお勧めするのは、銀座三越の、9階に、休憩スペースがあるという事です。ちょっとしたショッピングをして、かつ、お茶をすれば、一時間程度あっという間に過ぎます。また、切符を売り出した後では、歌舞伎座内の、廊下とか、屋上までは、入ることができます。

 屋上には、博物館とか、喫茶室とか、庭園があります。この前事情通の人が騒いでいましたが、瓦の中に、一つだけ模様の違うものがあって、それを見つけると、四葉のクローバーを見る桁時のような、ラッキーなことが起きるとか。廊下には、ベンチがありますので、歌舞伎座内で、一時間を過ごすこともできます。

 たまたま、五月から始まった、歌舞伎見物で、7月等、昼の部と、夜の部、一つだけ、時間的に、外に出られないので、切符が、買えなかった、演目を除いて、全部、一ぺんで、見た日があります。合計7000円で、歌舞伎座ないに、7時間拘束をされていたのですが、まったく疲れを感じませんでした。その日は、なんと、千穐楽だったので、その日を逃すと、もう見られないので、私もそうだったのですが、一幕みを買おうとする他の人もいっぱいでしたが。

 その日は、中車と、玉三郎が、夫婦役をした、【怪談牡丹灯籠】が、特に面白かったです。文学座用の脚本を使ったそうですが。

  なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3227053です。

 これは、実際には、26日にアップしています。ただ、他の投稿との兼ね合いから、24日にアップしたことへと、変更をさせてくださいませ。

 雨宮舜(本名、川崎 千恵子)

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大阪で、自共・共闘が成立したのは、伊藤玄二郎、谷垣禎一の連携が、源泉にある筈

2015-11-23 23:08:13 | 政治

 大阪ダブル選挙の結果が出ましたね。自民党と、共産党がなぜ共闘をするのか。大阪の人には、さっぱりわからなかったでしょう。だが、鎌倉で、伊藤玄二郎を、観察し続けている、私には、すぐピンときます。彼は、右手に、谷垣さんを握っていて、左手に、まだ、本当は生きている井上ひさしを握っています。または、本当に公的にも、生きている前田祝一氏を握っています。ここで、後者として上げている二人は、非常に深く、共産党と関係があります。だから、こういう選挙運動になったのです。

 そのうえ、前田祝一氏を個人的に助ける案件でしかない、アスベスト訴訟で、大阪で、何人かに莫大な補償金が出て居るでしょう。遺族なのに、数千万円もらっている人がいます。理不尽ですが、CIAと、お仲間集団であると、なんでも、得をする様に、現状ではなっています。そういう例があるので、傲慢になり切った、前田氏などの、提案に乗って、自民党は、大阪で、共産党と、共闘をしたのです。

 そして、谷垣さんが、大阪へ、応援に行っていますね。それは、まあ、呪いを伝染させる方向だったと言えましょう。だから、勝つわけがないです。

  谷垣さんは、嘘に近い、旭化成建材の、データ流用で、国民を脅かしきったのですから。それは、伊藤玄二郎、谷垣禎一ラインで、実行に移されたのです。鎌倉エージェント(伊藤玄二郎、鎌倉春秋社社長を、代表的存在とする)側がアイデアを出して、

 そののち、谷垣さんが恫喝に近い形で、旭化成に、委細を飲み込ませたのです。

 そんな裏側があるのに、どうして、選挙に勝てましょうよ。永田町では、トップクラスの政治家なのに、神様に呪われる(と言うことは、伊藤玄二郎たちと手を結ぶとそうなるのです)様に、

 2009年以来(伊藤玄二郎が、対談集を作りましょうと、持ち掛けて、自分の陣営に入れ、その第一回が行われたのが、その頃である。それは、2014年12月に初版が刊行された)、なってしまった人間である谷垣禎一氏が、大阪まで、支援に行って、呪いが、伝染する粉を振りかけてきたのに、どうして、選挙なんて言うものに勝てるでしょうか?

 それに、大阪府民が、私のブログの事なんて、読んでいないので、何もわかるまいと、連中は高をくくったと思いますが、だれが、現在の谷垣さんを尊敬しています? 谷垣さんは、周りに、お追従だらけの人間に囲まれて、ご自分では、頂点に立ったおつもりになっておられるかもしれませんが、8人もの死刑執行をした人間のどこが偉いのですか? 死刑囚は、すでに、収監されているので、これ以上は悪いことはしないのですよ。むしろ、改悛して、この人間社会に役立つ、事をする可能性すらあるのです。

 例題は、『無知の涙』を、書いた永山則夫などです。

 なお、こういう事は、過去の文章をご覧にならないと、意味がはっきり通らないと、思います。後で、暇ができたら、過去の文章のリンク先を示しておきます。

 まあ、近々でしょうが、永田町の方では、橋下維新と、安倍さんが結びつく事に成るでしょう。谷垣さんは、君子は豹変するの典型で、また、身をひるがえして、今度は、そっちにくっつくのでしょう。

 ところで、その大阪、ダブル選挙を、カレンダーの上で、振り返ってみると、2015年11月14日に、谷垣さんは、大阪へ乗り込んでいますね。旭化成建材の方は、口を拭って、責任を取らず、いいとこどりをしておいて、今度は、何年にもわたって、努力をし続けて来た橋下さんと、結び付くのでしょう。

 だって、今の安倍政権ができたのも、石破さんと、小泉新次郎君の、苦労続きの地方固めと、小選挙区制のおかげで、勝ったわけですね。だけど、だからこそ、その二人の実力と人気を恐れて、二人を、自分の、域外に置いて、冷遇をし続け、自分の、お好みであって、絶対に逆らっては、来ないし、また、絶対に、自分を上回る可能性のない、軟弱な、二世、三世の、お坊ちゃまたちで、お友達内閣を作り上げている、安倍さん。

 そして、同じく、他人の成果を奪って、いいとこどりをしている谷垣さん。旭化成建材疑惑だって、ご自分が主役に近いのに、隠れ切るつもりで、まったく口を拭っていて、責任を取っていませんから。だけど、いつかは、その性格と、行動が、国民には、ばれてきますよ。ちらっと出たニュースでも、違和感がある事には、国民は、みんな注目しているのですから。

 この文章と関連する過去ブログ文は、いくつもいくつもありますが、今、たまたま、長谷川智恵子・問題・発言を検討する際に見つけた以下のリン先もここと関連があります。

 

三井は、各戸へ300万出すそうだ。それってアスベスト訴訟と概念と流れが同じである。  2015-11-05 02:14:37 | 政治

 

 なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3219257です。

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大阪ダブル選 知事・市長ともに大阪維新の候補当選

11月23日 5時03分
大阪ダブル選 知事・市長ともに大阪維新の候補当選
 
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任期満了に伴う大阪府知事選挙と大阪市長選挙は22日に投票が行われ、知事選挙では現職の松井一郎氏が、市長選挙では新人の吉村洋文氏が、それぞれ当選しました。地域政党「大阪維新の会」が、自民党や民主党、共産党が推す候補を破り、引き続き、大阪府知事と大阪市長を確保することになりました。
大阪府知事選挙の開票結果です。
▽松井一郎(大維・現)当選、202万5387票。
▽栗原貴子(無・新)105万1174票。
▽美馬幸則(無・新)8万4762票。
地域政党「大阪維新の会」の現職、松井氏が、自民党が推薦し、民主党や共産党が支援する栗原氏らを破り、2回目の当選を果たしました。

続いて、大阪市長選挙の開票結果です。
▽吉村洋文(大維・新)当選、59万6045票。
▽柳本顕(無・新)40万6595票。
▽中川暢三(無・新)3万5019票。
▽高尾英尚(無・新)1万8807票。
大阪維新の会の新人の吉村氏が、自民党が推薦し、民主党や共産党が支援する柳本氏らを破り、初めての当選を果たしました。

知事選挙で当選した松井氏は51歳。平成15年から大阪府議会議員を務め、3期目の途中で、前回(平成23年)の大阪府知事選挙に立候補し、初当選しました。この間、平成22年には大阪市の橋下市長とともに大阪維新の会を設立し、以来、幹事長を務めています。選挙戦で、松井氏は、橋下市長とともに進めた行政改革や議会改革などの実績を強調しました。
一方、市長選挙で当選した吉村氏は40歳。弁護士で、平成23年に大阪市議会議員に初当選したあと、1期目の途中の去年12月、衆議院選挙に比例代表で初当選し、今回の大阪市長選挙に、大阪維新の会代表の橋下市長の後継として立候補しました。選挙戦で、吉村氏は、橋下市長の掲げた政策を引き継ぎながら、ほかの政党との合意形成を図る姿勢を強調しました。
そして、松井氏と吉村氏は、現状では大阪府と大阪市の二重行政を解消できないとして、ことし5月の住民投票で否決された、いわゆる「大阪都構想」を練り直したいと訴えました。
その結果、いずれも、大阪維新の会の支持層を固めるとともに、支持政党を持たない無党派層や、対立候補を推薦した自民党の支持層からも支持を得て当選を果たし、大阪維新の会が、引き続き、大阪府知事と大阪市長を確保することになりました。
松井氏と吉村氏は、22日夜、そろって記者会見し、このうち松井氏は「府と市が一体となった成長戦略と改革を、吉村新市長と継続し、豊かな大阪をしっかりつくっていきたい」と述べました。吉村氏は「これまでの橋下市政、松井府政の改革路線を継承し、松井知事と一緒に府・市一体でやっていきたい。橋下改革の中で修正すべき点や、私自身が独自に行うべき点を前に進めていきたい」と述べました。
また、松井氏は、「大阪都構想」について、「設計図の悪かったところを住民とひざ詰め談判で議論し、納得してもらえるような設計図を作りたい。議会の皆さんも選挙で選ばれており、ダブル選挙の民意を重く受け止めてもらえると思っている」と述べ、議会側と合意形成を図り、引き続き実現を目指す考えを示しました。
一方、政界引退を表明している橋下氏は、22日夜の記者会見には同席しませんでしたが、松井氏は「民間人に戻ったあとの個人の人生は、橋下氏自身が決めることだ。来月まで、代表として思いきり働いてもらい、そのあとは、党の意志決定には参加しない、法律政策顧問を務めてもらいたい」と述べました。
投票率は、大阪府知事選挙が45.47%で、4年前の前回を7.41ポイント下回りました。大阪市長選挙が50.51%で、知事選挙と同時に行われた4年前を10.41ポイント下回ったほか、ことし5月の住民投票を16.32ポイント下回りました。
コメント

残酷さが再現されたからこそ、裏に栗田玲子が居る事が、即座に分かった、障害児間引き推奨発言

2015-11-22 21:57:12 | 政治

 今、また、メモが表に出て居ました。大阪のダブル選挙のニュースです。後日、それについても書くつもりですが、ゆっくり取り組みたいです。で、引き続き、長谷川智恵子さんの発言について、きちんと取り組んでいきます。で、この一文は、完璧に前報の続きで、長谷川智恵子の、傲慢差別発言の2です。なお、この一文もツィッター方式で、書かせていただき、総タイトルは、変えていく可能性があります。23日の午前三時まで『長谷川智恵子の冷酷発言は、鎌倉エージェントが発案した物だが、いつ、計画が始まったのかな?』にしていて、その後、『三国志に倣って言えば、死せる石川和子、生ける長谷川智恵子を走らす。障害児・間引き推奨発言』へと変えました。これも結構好きなタイトルですが、23日、午後2時現在、推敲・加筆後の内容を反映した、『栗田玲子が、山本容子に上京を勧める際に「夫は捨てて来なさい」と言ったのは有名な話だが?』へと、変更をし、さらに、一時間半後、『残酷さが、再現されたからこそ、裏に、栗田玲子が居ることが、瞬時に分かった、障害児間引き推奨発言』へと、変えます。て行きます。栗田玲子が、山本容子に上京を勧める際に「夫は捨てて来なさい」と言ったのは有名な話だが?そして、23日に加筆した部分については、アンダーラインを引いておきます。

 今回の騒動にも、鎌倉エージェントが大きく関与していることを、私が分析説明をしています。ただ、総タイトルには、字数制限がありますので、鎌倉エージェントの、と言う言葉を、石川和子さんに冠づけてはおりませんが

 ・・・・・と言うわけで、これも流れは旭化成建材の、データ流用と同じケースです。異常なニュースは、すべて、そこ(=伊藤玄二郎)が発信源です。

副題1、『私は、長谷川智恵子の、味方であって、助けたくて、前報を書いたのかな? (苦笑) だが、前報を書いた結果、長谷川智恵子は、神のみ前に置いて、確実にも、救われたのだった。けれど、彼女はそれを、わかっているだろうか? 下品な悪魔連中と付き合っている限り、そこまでの洞察には、到達できないだろう』

  さて、前報内で、私は、「長谷川智恵子の、あの恐るべきヒットラー式、提言=====障碍者は、茨城県へ、大きな財政負担をかけるので、茨城県の損失になるので、生まれる前に間引きをできないのか=====は、彼女が、自然に出した発言ではない」と言っています。「それは、いつもその悪業を語っている鎌倉エージェントが企画した、脚本に基づいて発言をした、操り人形としてのモノだった」と、言っています。

 これはね。別に長谷川智恵子を助けたくて、言っているわけではありません。私には、裏側が総べて見えるから、そう、言っているだけです。そして、そういう脚本を練った、例の連中に対しては、相変わらずの、怒りを持っています。

 我がご近所の、かまくら春秋窯を主催していた、石川和子さんが、とんでもない失敗をした上に、彼女と自分が密接に結びついていることに対して、種々の、隠蔽策を取った、元(?)伊藤玄二郎(最近では、谷垣禎一さんと結びついて、谷垣さんにせがんで、旭化成建材を脅かして、その会社に、疑惑騒動を容認させ、飲み込ませ、日本人全体に、大きな不安の渦を作り出した、鎌倉春秋社社長)たちが、自分たちがなした事ゆえに追い詰められていて、このブログを閉鎖できるかもしれない、一つの、アイデアとしてあれを、捻り出したのです。

 そして、ありとあらゆる場面で、ソドムの街と、ゴモラの市、のエピソードが示すコンセプトで、生きている彼らにとって、『長谷川智恵子は、雨宮舜(本名、川崎千恵子)よりは、はるかに上のランクの存在だから、長谷川智恵子に、ついて、あれこれを、ブログで、書くと、美術界全体を敵に回すことになるので、書けないだろう。だから、これは、効果があるのだ』と言う認識で、彼女を使ったと、推察されます。

 ここで、金曜日の夕方のTBSのニュースショーに入っていきます。堀尾アナの番組です。それも、私は、ながら視聴だったので、一部を、聞きかじっただけですが、そこで、重要なことを言っていました。

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副題2、『ぼったくり被害の現状を解説し、かつ、その被害に対して、警察が助けてくれないことを、TBSの夕方のニュース・ショーが説明をしていた』

 テレビカメラは、新宿歌舞伎町周辺に出向いています。そして、ぼったくり被害のあれこれを、解説しています。その最後の方に、「何十万円のぼったくられても警察は助けては、くれないのだ」と言う文言が出てきました。
 これも非常におかしい事です。警察庁長官はありもしないテロ対策にうつつを抜かして、本当に市民(または、普通の日本人)にとって、役立つことは、何もやっていません。テロ対策と言うのは、鎌倉エージェントが、どさくさに紛れて、大杉栄の時、みたいに、または、樺美智子さんの時、みたいに、私を殺してしまおうとする仕組みの一つでしかないのですよ。シャルリーエブド事件も、今回の、パリ同時多発テロ事件の、すべて、鎌倉エージェント、特に、伊藤玄二郎と、前田祝一を助けるために起こされているのですから。

 でもね、堀尾アナの番組に戻りましょう。なぜ、警察が、ぼったくり被害に対して、真剣でないかと言うと、「民事不介入だから」だそうです。それを聞いて、本当に耳を疑いました。鎌倉では民事介入も介入、それも、私の猫の事で、被害者たる私を苦しめる行動を警察サイドがやっているのですよ。

 いつも書いていますが、石川和子さんの要請とは、民事介入も介入であり、警官がそちらの味方をするなど、とんでもない事なのです。彼女は、私の猫に、背かれた腹いせに、その猫の飼い主である、私を、私の主人から、叱ってもらう様に、「旦那に頼んでください」と警官に、お願いをしたのです。どうして、猫の事なんかで、警察が出動するのですか? 民事不介入と、新宿では言っているないですか?

 それは、鎌倉では、異なるのですか? それって、法の整合性に反していますよね。しかも私の猫ですよ。我が家では、家族総出で、「私達の猫には、かまわないでください」と、彼女に、言いに行っています。そして、私は、いつも温和な言葉で、説明するのですが、「お宅でも猫を飼ったらいかが? そうしたら、お宅へ、うちの猫は、訪問をしませんよ。猫にはテリトリーがありますから」と言うのですが、「それは、いやだわーん。旅行ができなくなるもーん」と、下唇をとんがらせて、断るのです。まるで赤ちゃんみたいに。それが、160cm体重、60キロ以上の、60過ぎの大女の、発言なのですから、あきれ果てる。自分ではそれが、効果があると、思い込んでいるらしい。(苦笑)

 彼女が、あまりに、わがまますぎて、すぐ、私の猫を自宅に入れ込んで返してくれないので、それを警察用語でいえば、窃盗を、何十回も繰り返されているということになります。でも、私の方は、それを、警官を呼んで、解決しようなどとは、夢にも、思いませんよ。これは、普通の生活トラブルですから、何度も、相手に、こちらの意思を、説明をしたり、自分の方で、猫を家の中に閉じ込めたりして、防衛をするしかないのです。

 ところが、彼女は、猫が、私の方を好きだと言って、「一緒に帰ろう、この家は嫌だ」と一回言っただけで、パニックに陥って、警官を呼ぶ。だから、教養が低いというのです。それに、私の猫が好きなら、返すのは、自分の方がするべきです。ところが、だらしがない性格で、それをしないので、迎えに行くと、ドアを鉄鈴で、叩いているのが、聞こえるのに、外で、五分も待たせるのです。しかも寒い時期に。それが、優越感を満足させ、かつ性欲の亢進に役立つみたいです。彼女夫婦が、目の前で、イチャイチャする様子から、判りました。しかし、すでに、別の女性と、肉体関係に陥っているみたいですなあ。あの柳沢昇と言う人間は。(笑い)

 CIAが行う、基本的なルーティンの中に、女性をぶっ潰すためには、ライバルを作り出し、それを、彼女に勝たせたら、つぶれるはずで、それで、このケースは、やって行こう」と言うのがあるみたいで、その実弾として、馬腰陽子も利用されたし、渡辺幸子も、利用されたり、塩見和子も、瓜南直子も利用されてきたわけです。そして、今回は、長谷川智恵子ですか、次から次へと、ライバルを設定して、それに負けろと、言われ続けてきていますが、石川和子もそのひとりであって、『自分は、対川崎千恵子に対しては、常に、優越しておかないといけない』と思っているみたいです。

 ところが、実際問題としては、優越できないということが、徐々に、徐々に彼女にも、わかってきたのですね。それは、私の猫を自宅へ連れ込むからこそ、私との関係が、蜜になって、ビンビンと、伝わって来ているらしくて、2005年当時には、すでに、それが、判って来たはずです。だから、なおさらこだわるのです。・・・・・私の猫に、自分の方が好かれている・・・・・と、言う、妄想に。しかし、実際には、究極のところで、猫に背かれてしまったわけです。猫は、私を大好きですよ。彼女の家に行くのは、家来の人数が多いからです。陶芸教室をやっていて、お弟子さんたちにもちやほやされるので、猫としても、気分がいいのでしょう。

 でね、普通なら猫の事で、出動するのは、民事ではないのですか? だから、民事不介入の原則があるのなら、来ちゃいけないでしょう。しかも、石川和子の要望は、「あそこの家の旦那に、奥さんを、叱る様に、頼んでほしい」と言うものです。頼む方も頼む方だが、のこのこやってくる警官も警官です。しかも、この山には、130段の石段を使わないと登れなくて車など、絶対に入ってこないのに、

警官は、交通事故の調書を取って、私を脅かしたのでした。はい、はっきり言いましょう。長谷川智恵子は、そういうバカ女を助けるために、ああいう残酷無比な発言をしたのでした。冷酷無比とも言っていい発言をしたのでした。バカなこと極まりないです。石川和子のバカっぷりが、連鎖または、伝染しています。死者から人間を馬鹿にするウィルスが智恵子さんに、伝染しています。朱に交われば赤くなるは、ここにも通用することわざでした。 

 石川和子は癌で死んだということになっています。だけど、160cm以上、で、体重60キロを超すだろう大女の彼女が、12月には、ぴんぴんして、小町通りを歩いていたのに、そのたった、三か月後に、癌で死ぬなど、考えられないのですね。60過ぎの老人性の癌が、それほど、早く進行するわけもないです。神様がお怒り深くて、かの女を早死にさせたか、裏からこっそり秘密裡に、殺されたかのどちらかでしょう。それから、瓜南直子さんです。こちらも入院後、たった、40日以内に死んでいます。ただ、暗殺ではないと思うけれど、神に、命を召されたと、見えますね。鎌倉エージェントの言うなりに、動いていたから。

 バカには、乗り越えられない壁が、この【鎌倉エージェントが関与する問題】には付与しています。詐病で救急車で、運ばれた渡辺賢司さん、あなたも、気を付けないと危ないですよ。

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副題3、『伊藤玄二郎とは、太った女性が好きみたいですね。しかし、太った女性が、温和で優しいとは限らないのです。残酷で、礼儀知らずな側面を持っている事もあるでしょう。栗田玲子が、山本容子に、上京をしなさいと、言った際に、夫は捨てて来なさいと、言った話は、有名ですよね』

 ここで、余談に入りますが、伊藤玄二郎の片腕として、鎌倉春秋社内で、働いている田中愛子さんも、まるで、子供みたいに、口をとんがらかせて、「川崎さんって、人を追い詰めるんだもーん」と、言った過去があります。それは、私が、完成した本の形で、プリントアウトした、一冊分をもっていって「デジタルデータを、全部自分で、作りますから、150万円で、500部、私費出版として、お宅で、作ってくれませんか?」と、言ったら、「川崎さん、150万しか出さないのなら、50部しか作れません、よ」と、どなったのです。これはね、驚き入った発言です。実際には、50万円でできるのですよ。連続して多数の冊数の注文を出している会社の、出版物は、普通レベルの装丁だったら、一種類50万円で、印刷も製本もできるのです。

 その件ですが、後日、偶然に、田中愛子さんが、道路ッパタで、ビールパーティをしている処を見つけ(花火の日だから、社員と一緒にそれをやっていたので、)嫌な女の、失礼極まりない、しかも、いやな事極まりないせりふをおもいだして、次の日に、謝罪を要求しに行ったのです。その際に、逃げ回りながら、出た態度と言葉が、上のモノでした。この田中愛子さんですが、石川和子さんとは、背の高さが違います。こちらの方が、15cmぐらい低いでしょう。だけど、太っているのは同じです。この人も、石川和子も、こういう態度(=コケットリー)で、世の中で、うまく生きていかれると、思い込んでいるみたいですが、違います。ここで、縦横無尽に、そのおバカさん加減を書き抜かれてしまうではないですか? そのコケットリーは、伊藤玄二郎向けにしか、効果を発揮できないものなのですよ。

 ところで、谷垣禎一氏の、対談集【興味津々】を発見した時に、その末尾に、編集者伊藤玄二郎の経歴が書いてありました。その短い文章の中で、登場した星槎大学について、調べ始めた時に、珍しい投稿を見つけたのです。それは、自分は、今、有名女子大に通っているが、星槎大学へ転学をしたいのだが、どう思いますか?と言う投稿です。それですが、カウントが、【aikoなにがし】、だったので、田中愛子さんが、書いた偽物である可能性があります。彼らは、偽物や嘘を作り出す天才ですから。(笑い)

 だから、彼らは、嘘を常習的についている可能性があって、今回の、長谷川智恵子発言の際にも、嘘が含まれている可能性を感じています。その一つが、彼女が4月から、県教育委員だったと、されている点です。嘘でしょうね。今回のたくらみの為に、急に内々に、任命をされたのでしょう。そして、映像が出回ったあの会議ですが、県知事が司会するものとしては、今回が初めてだった可能性も強いです。「定例だと、知事が参加していなかった」とも、みなすことができます。

 ところで、実は、鎌倉春秋社って、入社すると社員が、みんなノイローゼになるそうです。あの田中愛子と、伊藤玄二郎コンビに支配されたら当然のごとく、そうなるでしょう。だから、太っている人が、温和で出来が良いなどとは、いえないのですよ。イメージと実際は、違います。

 その好例が、栗田玲子さんです。彼女が、山本容子をピックアップして、東京で、もっと、大きく売り出すために、上京を勧めた際に、容子側から、「主人をどうしましょう」と、言う発言があったそうですね。その際に、「捨てなさい」と、勧めたらしいです。残酷です。この言葉は、業界では、優れた発言としてもてはやされているらしいけれど、私は、全然肯定して居ないです。で、今般、長谷川智恵子さんのヒットラーまがいの発言が、出回った時に、すぐ、『あ、是、裏に、栗田さんが居るでしょうね』と、感じ取りましたね。

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副題5、『大阪ダブル選挙の結果が出ましたね。自民党と、共産党がなぜ共闘をするのか。大阪の人にはさっぱりわからなかったでしょう。だが、鎌倉で、伊藤玄二郎を、観察している、私には、すぐピンときます。彼は、右手に、谷垣さんを握っていて、左手に、まだ、本当は生きている井上ひさしを握っています。または、本当に生きている前田祝一氏を握っています。後者二人は、非常に深く、共産党と関係があります。だから、こういう選挙運動になったのです。そして、谷垣さんが、大阪へ、応援に行っていますね。それは、まあ、呪いを伝染させる方向だったと言えましょう。嘘に近い、旭化成建材の、データ流用で、国民を脅かしきったのは、伊藤玄二郎、谷垣禎一ラインです。鎌倉側がアイデアを出して、谷垣さんが恫喝に近い形で、旭化成に、委細を飲み込ませたのです。そんな裏側があるのに、どうして、選挙に勝てましょうよ』

 

 長谷川智恵子さん、本当に、お気を付けあそばせ。彼等、鎌倉エージェントと、与みすると、簡単に、死にますよ。あなたは、痩せこけておられる。危ないです。ただね、あまりにもお金があったし、あまりにも名誉があったわけですね。誰かが、どこかで言っていたが、すべての人間に与えられた幸福と不幸の総量は、等しいのだと。もしそれが、正しいとすれば、あなたは、すでに、プラス方向に、あまりにも、大きくぶれてしまっておられるので、ここで、命を奪われても仕方がないと言えるのかな? 本当に、気を付けなさい。悪魔と連動してはなりません。委細の本当のところは、何にも聞かせられていないし、本当のところは、何もわからないで、彼らの、いう事を聞いたのでしょう。塩見和子が、その席にいたからですね。塩見和子を信じて、ああいう発言をしたのでしょう。

尚、ICUって、アメリカ式の学校です。で、アメリカの礼儀がまかり通っている場所ですが、アメリカでは、相手を、呼ぶときに、面と向かってでも、同席して居なくても、継承抜きで呼びます。さんとか、君を付けないで、呼ぶのです。私は、腰を低くして、丁寧な書き方をする人間ですが、塩見和子が、主役として登場した途端に、ICUモードに入ってしまい、継承抜きで語っていますが、次からは、茨城県知事の名前が、登場人物の一人として出て来るので、敬称を付けた騙り始めます。

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副題4、『長谷川智恵子に、いう事を聞かせるために、誰が、示し合わせて会談したのだろうか』

 今回の、大騒動に、関与していると、思われる人間は、そのターゲットであった、私を含めて、全員70歳を超えております。また、公には、自分を死んだことにしていて、一方で、地下潜行をして、裏で糸を引いている、井上ひさしを含めても、全員、70歳を超えております。ばばあと、じじいの談合です。

 この策略を決めた席にいた、女性ですが、長谷川智恵子、塩見和子、渡辺幸子、栗田玲子であったはずです。男性の方ですが、最初の段階では、石塚雅彦、伊藤玄二郎の二人でしょう。ただ、いろいろな、取り決めが成立して、次に二回目とか、三回目として、会合を持ったときには、同席をしていたかもしれない、男性として、茨城県知事、谷垣禎一氏、酒井忠康氏、ドゥローイングギャラリーのオーナーなども、一緒だったかもしれません。ただ、この事案を準備した段階では、まだ、瓜南直子には、触れていないので、最後の人物は、いなかったと、見るのが正解でしょう。ただ、その男性は、長谷川智恵子さんとは、知遇があるはずです。だから、智恵子さんに、委細を飲み込ませるにあたって、説得役に駆り出された可能性もある。

  ところで、ここで、ちょっとしたスピンオフに入りますが、登場人物が、普段用いている服装を説明したいと思います。全員が、最上級におしゃれな人間です。石塚さんが、おしゃれな事、おしゃれな事、常時、100万円を超すだろう、一式を身にまとっている人物です。また、長谷川智恵子さんなど、どれほど、高価なものを身に着けている事か? 塩見和子さんは、方針として、かたっ苦しいスーツではなくて、ニットを好んでいるそうです。でも、高価なはずです。栗田玲子さんは、この三人に比較をすると、ずっと、地味目な装いで、登場するはずです。渡辺幸子さんも、ご主人は社長さんですが、彼女の方が作家(=絵描き)なので、そちらに、材料費がかかるので、洋服としては、地味目に、装っているでしょう。

 私も値段としては、超・低めのものを着ております。だが、サイズを身にぴったり合う様に直したり、色合わせに工夫をしたりして、外出するときは、おしゃれに気を使っているので、10年ぐらい前までは、しょっちゅう、他人にそのおしゃれ具合をほめられていました。「あなたはフランス人ですか」と山手線の車内で、お若い女性に言われたり、六本木で、ブティックを経営しているというおしゃれな女性からも「あなたって外人?」と、言われたりしていました。別に目が大きいとか、顔が美人と言うわけではないのですよ。けれど、日本人離れしているところはあるみたいです。   

 最近の私です。メーキャップと言うのを一切しません。化学科卒なので、『どうせ、ああいうものは、鉱物だから、毒の一種ですよ』と、思っているので、常にすっぴんです。だから、化粧をすると、もっと、見られる顔には、なるとは思います。(苦笑)・・・・・ところで、鼻の下が長いですね。(苦笑)だけど、鼻の下の長い顔相は、老境に入って活躍をする相だそうですから、73歳となった今は、『あら、ラッキーだったわ』と思って、それを、肯定的にとらえております。福田威夫元首相を、しょっちゅう、思い浮かべております。(苦笑)

 ただ、自宅で、園芸の仕事をしているときは別ですよ。乞食みたいな服でやっているので、銀座へお出かけをする時に出会ったご近所奥様が、『全く普段と違うのね』と、言って目を丸くしていました。

 さて、挿入部分から元へ戻ります。

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副題5、『長谷川智恵子に、委細を飲み込ませた、談合は、いつ開かれたのかな?』

 第一次会合が、いつ行われたかですが、それは、あとで、自分のブログを検討してみれば、いいのですが、多分、渡辺幸子さんについて、書き始めた時です。

  しかし、今、検討中に、是かもしれないというのが、浮かびました。で、そのリンク先をここに、書いておきます。

谷垣さんはマンション疑惑を増幅させ、結果として一億、総不安化促進政策を行っている。旭化成冤罪説  2015-10-28 22:11:10 | 政治

 この章の中ですでに、石塚雅彦さんについて触れて初めています。特に旭化成建材騒動に、谷垣さんが重要な役割で、噛んでいると言っています。その谷垣さんを、動かsちえ、自分側へ引き込んだのは、私がメルマガ内で、谷垣さんに同情を厚くしているのを、読み取ったからでしょう。私が、自分が、持っているコネを利用して、笹川良一氏に、近づくのを、予防する為に、塩見和子さんを、1979年に、その金庫番にさせた野と、同類の目的で、行われたと、みなすことができるはずです。谷垣さんと、私が結びついたら大変だから、自分方に籠絡をしたのだけれど、その餌として、谷垣さんにとっては、東大の先輩にあたる、辻井喬さんとの対談を用意しましたね。そこだけは、伊藤玄二郎にとっては、不得意な分野だったので、設定を、石塚さんに、お願いしたのではないか』と、ブログ内で、私が言っています。ので、伊藤玄二郎と、石塚さんは、このあたりで、対抗策を講じ始めたと、推察されます。だから、長谷川智恵子発言は、10月28日ごろ、から、始まっていたとも、言えるでしょう。また、直下の文章が非常に重要ですから、

神奈川県立近代美術館【鎌倉館】いよいよ閉鎖、葉山に移転をした裏側について推理する△△   2015-11-13 23:21:31 | 政治

 を書いた、11月13日から始まっているかもしれません。

 そのあとで、決定的な瞬間がやってきます。それは、渡辺幸子さんについて、本格的に分析し始めた事。以前から書いていますが、それをさらに、深めるつもりだと、書いて、しかもそれを、、寸止めにして居ます。

画家にとっての独創性とは、どう言う物か? 渡辺幸子と、佐野研二郎のケースを考える   2015-11-17 09:49:37 | 政治

 それは、それが、石塚さんにとっても、脅威に感じられたということでしょうだ。彼女の本当の姿を書き表せば、中退者である彼女を、お手盛りで、卒業生にした、石塚さんに、その責任を、私が問うことと成ります。

 それほど、渡辺さんの、本当の姿と言うのは恐ろしいところがあり、しかも、重要なアイテムである【曼珠沙華のサムホールの油絵】に至っては、警察の殺人別働隊が、関与している部分があるからです。

  さて、これから先ですが、すでに、午前二時に達したので、別の日に書きます。また、署名などは、推敲後に、入れます。

尚、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3217527です。

後注1

長谷川智恵子は、塩見和子から頼まれ脚本に基づいて【障害児間引き推奨】を提唱した筈だ   2015-11-21 18:53:16 | 政治 

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長谷川智恵子は、塩見和子から頼まれ脚本に基づいて【障害児間引き推奨】を提唱した筈だ

2015-11-21 18:53:16 | 政治

 これは、ツィッター方式で、書かせていただきましたので、通例のごとく、数千字ずつ、文章が、書きぬけた順番に、総タイトルを、変更しました。そして、22日の午前三時に最終案へと決定をいたしました。

副題1、『茨城県知事の謝罪動画を通じて、初めて問題が発生している事を知る』

 しかし、『書いているテーマの流れを中断しても、書かないといけない』と、感じた問題が、発生していることを、今、知りました。パソコンを打ちながら、ながら視聴で、主人が見ている夕方6時からの、NHKニュースを聞いていた時に、知ったのです。

 そこで、茨城県知事が謝罪をする映像を見ました。で、初めて、大問題が発生をしていることを知りました。

 最近、瓜南直子さん(日本画家、兎都国物語と言うシリーズで有名か?)が、政治的に利用され続けてきた問題を描こうとしています。また、同じ様に、利用され続けてきた、栗田玲子さん(銀座の有名画廊、ガレリア・グラフィカのオーナー)の、行動の分析についても、かかりっきりだったのです。で、NHKの録画ニュースを点検してきていませんでした。だから、この事案は、それ以前には一切知りませんでした。

 字幕のタイトルに驚いて、丁寧に、聞くと、問題発言自体は、茨城県知事が、発言をしたものでは無くて、知事が議長をしている、茨城県内の、会議で、出された意見が、問題だったと、判りました。

 それは、知事としては、お偉い人から意見を聞くという一種の諮問会議であり、そういうものを開催しない知事よりは、より、民主的に県政を行っているということになるのでしょう。

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副題2、『これもまた、旭化成の社長が涙したケースと同じく、鎌倉エージェントの発案による謀略の一つである可能性を感じる私』

 この部分は、敵さんたちに警告をするために、早めに入れましたが、全体の文章構造を考えると、後ろに回した方がいいので、後ろへ回ります。ただ、頭脳の中には、それが、思い浮かんだと、いう事を、ここにメモさせて置いてくださいませ。

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副題3、『園芸をやり始めて、五年目に入ったのかな。それで、青菜類以外の、もっと、高額な植物類も、ボンボンと、捨てることができる様になった。つまり、間引きとか、殺すということが、植物に対しては、私にもできる様になった』

 我が家は、森を開拓した、谷間に住んでいるので、日当たりが悪いのです。その上、崖地とか私道負担部分があるので、畑用に使える土地は、少ないです。総量で、3坪もないと思われます。 公簿上は、88坪もあるし、鎌倉駅には、不動産会社のチラシだと、8分の筈で、素敵な家なのですが、植物を育てるのには、向いていない家です。

 北久里浜の旧宅が、平地にあって、日あたりもよいのですが、サクラ、柿、さざんかなどが、40年間の間に、生育しきっていて、その根が、大規模に、這いまわっているので、そちらも、昔ほどの広さの畑は、取れません。それで、工夫も工夫の上で、植物を育てております。フェンスに、大型のキャンバスの、木枠を利用したパーゴラを設置して、ペットボトルに、電気・はんだごてで穴をあけた、鉢(軽い事にメリットがある。また、深いので、双子葉系植物の根が十分に張ることが可能で、野菜などが良く育つ)も、大量に、設置してあります。買った鉢も大小、大量にあり、夏など、300鉢近くを管理して育てています。

 そうすると、余計な手間がかかるし、苦労をするので、一般の、農家とか、貸農園を使っている人と違ってきて、植物を大切に思う度合いが、強くなります。それで、傷んできてもなかなか捨てられないし、子孫を残そうと、根茎が、増えてきた植物類(ミョウガや、生姜)もなかなか、捨てられません。殺すことができないのです。しかし、5年目に入って、やっと、捨てること(=殺すこと)ができる様になりました。

 これは、小松菜や、春菊などの、野菜の場合は、誰もがやっていて、ごく普通の事として、肯定をされています。間引きと言います。その間引いて、小さいうちに食べてしまうものを、摘まみ菜として、売っています。それを洋風に、しかも、工場生産品として、育てて、売っているのが、カイワレなどの、スプラウトと、言われる野菜類です。

 しかし、もう少し、高価な種のものは、私には、なかなか、捨てられません。一株を、700円ぐらいで買ってきて、しかも、花が豪華なものなど、なかなか、捨てられません。しかし、どんどん増えるのです。どうするか? こういう時の矛盾に出会うと、カレルチャペックの、【園芸家十二か月】と言うエッセイ集を、思い出します。その本は、滑稽感をもって、そういう矛盾した気持ちをどう乗り越えるかが、書かれております。

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副題4、『猫の多頭飼いが、大問題となっているらしい』

 今、猫の多頭飼いが、大問題となっているらしいのです。特に一人暮らしで、一軒家に住んでいる人が多頭飼いに入って、始末に負えなくなってしまい、挙句の果ては、自殺した例があるとか? これもまた、若い人が結婚をしないケースの、一種のスピンオフの問題として出てきていると、思います。もし、結婚をすると、子供を育てる時期と言うのがあって、その時に、相当な余裕がないとペットにまで、手が回りません。で、ペットを多頭飼いするなど、無理だと、自然になってきます。

 ここで、犬の方は、その種のトラブルが少ないのは、犬を多頭飼いするのが、非常に無理なことを、犬好きの人は、知っているからでしょう。2匹まで、が、限度ですよね。もっと、多くを飼って、世話がしきれなくなると、近所から文句が出ます。もし大型犬だと、事故が起こります。で、そのことは、多くの人が理解をしているでしょう。

 しかし猫は、ほえないし、人を噛みません。その上、散歩に連れて行かないでも、いいので、飼うのが楽に思えます。しかし、一年度でも、避妊手術をしないで、飼っていると、3年か、5年で、悲惨な事態に陥ることと成るでしょう。結婚をしない様な人は、大体がおとなしい暮らしをしています。で、社会への窓が、開いていません。お子さんを二人ぐらい育てている活発な女性だと、種々様々なコミュニケーションルートがあって、市役所や、区役所が提供しているサービスについて、情報を知っているし、情報交換のルートも確保してるケースが多いのです。が、昼間お勤めに出て居て、多頭飼いをしている、独り身の女性などは、そういうサービスとは、無縁で暮らしています。お勤めをしていると、土日に休みが取れないので、避妊手術を受けに連れていかれなかったとなり、また、一戸建ての家に住んでいると、猫出入り口を作って、お庭で、トイレをさせるということもあるでしょうから、性交の機会も出て来て、子供が次から次へと、生まれることと成ります。

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副題5、『太宰治には、障害のあるお子さんが生まれた。で、彼は、それについて、人間の方が大事と、言う小説を書いた。逆説めいてもいるが、先に生まれた方の人間(=親)が、最後まで、自分を、生かしておくためには、そういう発想もありかと思う。ただし、それは、ペットである猫の場合は、そう言える。が、人間の場合はどうだろう?』

 今は、夜の10時15分ですが、お風呂に入っているうちに、さらに新しい文案が浮かんだので、先ほどは、明日完成すると、言って中断をしましたが、ここで、続きを書かせてくださいませ。

 太宰治の小説に、・・・・・残念ながら、今は、そのタイトルを忘れていますが、私は無論読了済みです・・・・・に、『親が大切』と言う表現があります。その小説に付随して、子供の事が書いてあるわけではないのですが、没後、数十年を経て、いろいろな、事情が、明らかになってみると、男の子が生まれていて、その子に障害があったと、言う事情が、裏にあったと、判ってきます。で、山崎富栄さんは、一種の口実として、または、きっかけとして、その慕情が利用をされて、心中事件が起こされたと、推察することもできます。太宰側の、遺族が、太田治子さんにしろ、津島佑子さんにしろ、有名人ですし、『ペンは筆よりも強し』の作家なので、山崎富栄さん側の遺族の発言が、ほとんどないのですが、恋愛のモツレ、または、大田静子さんに対するライバル意識云々が、原因であったという説よりも、太宰の方の、将来に対する不安が、昂じた結果だと、私は、推察しています。山崎富栄さんは、道連れになった可能性が強いです。ただ、彼女の方にも隙はあった。若い女性として、かつ、戦争未亡人として、有名人であり、美形でもある太宰治と、ひかれあう関係に陥ってしまった事ですね。

 桜桃忌と言って、彼の命日に、太宰を慕う若い人が、三鷹に集まる模様ですが、私は、太宰の小説は、好きではありません。ただ、偶然ではありましょうが、谷川温泉に、逗留していたことがあります。1951年の事だったか? むろんの事、ロープウエイなどない時代に、天神平方向から父と二人で、谷川岳に上り、登山客たちから、「まだ、小学四年生なの? すごいね」と褒めてもらった記憶があります。谷川温泉には、当時から、スキー場がありました。だが、旅館はひなびた純和風のモノだけで、私は宿に置いてあった、月刊文春等を、愛読していたものです。早熟な子供でしたね。ここで、彼は二回目の心中未遂を、終戦前に、起こしています。相手は、当時では、未入籍ながら、実質的な妻であった、女性。

 ここで、桜桃忌について書いたのは、昨晩、一晩中瓜南さんの、FB投稿記録を読んでいて、死後もそこへの投稿がファンにより続いていて、兎都忌と、呼ばれていることを知ったから、連想をしました。死後更に高まるマスコミの扶助により、有名人になっていき、そのお墓が有名になっていくというのが、共通しています。

 で、ここから浮かびあがるのは、・・・・・子供か、親か、どちらが大切か? 親が自分自身を守るために、子供を殺してもよいのか?・・・・・と、言う命題です。それに対して、長谷川智恵子さんは、「親の生活が脅かされる可能性があるので、妊娠中絶をしても、よいのではないかな? それは、三か月以内に、診断が、行われないと、駄目なので」と言う、発言をして、世間から叩かれているわけですね。

 私は、ここでは、一般的な流れには乗らず、ただ、太宰治が、心中事件を起こした影に、障害のある坊ちゃんが生まれて、それが、負担だったと、言うことは確かだろうと、推定していて、それを皆様の前に、投げ出して、置きたいと、思います。彼にとって、自分が大切だと、いう事は、『将来味わうであろう、不安や、切なさを、もう、これ以上は、味わいたくない。僕はここで、この世から、逃げます。この世で、負うわないといけない任務からは、逐電をします』と言う事だったと、思います。

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副題6、『長谷寺は、一時期、水子供養をなさっていた。境内に、水子、地蔵尊・像がたくさん並んでいて、私は・・・・・<これは、なんと嫌な、風景だろう>・・・・・と、感じて、それをメルマガで、書いたことは有る。今では、それは無くなったかな? よくわからない。ただ、水子供養は、継続をしているらしい』

 この間、神奈川県立近代美術館が、いよいよ閉館になるにあたって、一文を書いています。(後注1)その中で、一時期神奈川県の税金が、土地代として、入る事に、ありがたいと、お思いになった時期があるはずだと、私は、書いています。これは、戦後の、一時期には、すべての、観光地の、神社仏閣には、当てはまったことだと、思います。檀家制度がしっかり根付いている地方のお寺以外は、相当に、苦しい状況に追い込まれた可能性があると、推察しています。

 鎌倉では、大仏様【=高徳院】だけは、別格で、大丈夫だったでしょう。いつごろから、そうなさっているのか、私は知りませんが、入場料をおとりになります。そして、小中学校の生徒だけでも、年間、数百万人が訪れるでしょう。それと、普通の大人の観光客を合わせると、入場料だけで、莫大な収入がおありになる。しかし、塀を作って、入場を制限をなさっておられない、他の、寺院は、お賽銭等が、激減した時期があったはずで、いろいろな工夫をなさらないといけなかったでしょう。その一つの、工夫が、長谷寺で、ご供養をなさっている、水子供養のシステムです。私は、30年前に初めて、長谷寺へいき、境内に無造作に、置いてある、・・・・・だから、ぶつかったり斜めになったりしている、多数の、地蔵尊を見て、驚愕をしました。あれは、それを、お願いした、男女(または、女性だけ)が、継続供養をしなくなった時点で、山へ、移動をなさった方がいいのです。もし、裏にお名前等が記載されていない形式だったら、すべてを見えないところへ、移動をなさったらいいです。『見えない場所に、お地蔵さんがあっても、お地蔵さんとして、命を奪った我が子を供養するという事には、変りはないのだから、大丈夫ですよ』と、そのくらいのレベルに、参拝する、人を引き上げないといけません。

 30年ぐらい前に私が訪ねた時に在った水子地蔵尊の大群は、お客を勧誘する宣伝用に見えました。そのお地蔵様が、芸術的に、高くない像であったことも、悲しく、みじめでした。ただ、ただ、殺人の記録と、お金儲けをした後の記録が、そこに、存在すると、見えたのです。そして、我が子の命を奪ったという罪の意識に、つけ込んでいらっしゃるとも、見えました。

 ひとつ改善策を申し上げておきましょう。頷かれるかどうかは、別として、提示してみます。

 :=:=:=:=:境内に、場所を作って、芸術的に、高度な、お地蔵さまをブロンズで、制作をする。高さは、1メートルぐらい。後ろに、しっかりしたドアを付けて、ご供養をされた、親側には、白木の、大きなお札をわたし(それは、8万から30万円と書いてあるご供養料に見合った大きさが必要かもしれないから)地蔵尊の胎内には、3cmx5cm程度の小さな鉄又は銅製の札を、入れ込む。その札には、後日、パソコンから字体を伝導した、彫刻刀で、親の苗字抜きの、下の名前と、中絶手術をした月日を入れる。その書体は、親側が手書きしたものでもいい。ありとあらゆる点で、寛容に、親を慰めることを第一次義として行う。結婚、未婚を問い合わせてもいけない。この小さな銅板が一体の、お地蔵さんに、満杯になったら、次の、お地蔵さまを、また、ブロンズで作る。最初の型をパソコンに入れておけば、同じものを建立することは可能だ。この様にして、六体のお地蔵さんができたら、一番最初の、胎内にあった、お札は、過去のものとして、廃棄する。山の中などに埋める。酸化現象で、消えていくに任せる。その事は、最初の段階で、親側に伝えて置く。お納め後のご供養は、集団で、月に一度、決まった日の決まった時間に行い、参拝したい親は、やってくるに任せる。その際には、ご供養料は頂かない。:=:=:=:=:

  ところで、この間、小町通りを歩いていたら、ある奥さんが、優しそうに、「あなた、おなかすかない。ともかく、ご飯が少なかったから」と夫に、言っているのが聞こえたので、思わず、耳をそばだてて、「何をお食べになったの?」と聞くと、「カレーライスです」と答えるのです。で、「どこのレストランですか?」と、質問をすると、「長谷寺です」との答えが帰って来たので、残念に思いました。上野水子供養の件でも、感じた、お金儲けの方向に走っておられると、言う認識を又もや強めました。これは、どういう事かと言うと、もしかしたら、高徳院に対する、対抗意識がおありなのかしら? 塀を作って、入場料を取るまでに、変更をしたくない。だけど、そちら様が、儲けておられるだろう、数億円と、同じ程度の収入を上げたいと、思っていらっしゃるからそうなるのかしら?

  ところで、今、ここまで書いて、念のためにホーム頁を調べました。すると、このレストランは、海光庵と言うらしいのです。で、浄妙寺に在る石窯ガーデン(ケーキセットだけいただいたことがある)、とか、八幡宮境内にある喫茶・風の杜との、評判比べを、食べログ等で、致しました。風の杜だけは、リフォーム前の銀杏(豊島屋みたいだった。添えられているお菓子から判断をした結果、そう思える)と、経営者が、違かわったのか、どうかが、判らないので、何とも言えませんが、食べログから、判るのが、やはり、観光地値段であって、そこに対する不満を、みなさんが持っていると、いう事です。ただ、石窯ガーデンだけは、ホーム頁があって、メニューと値段を紹介してあるので、事前に、納得をして食することができますけれど、みなさんが、満足をしているかどうかは、いえません。

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副題7、『中絶手術(=人間の子供の命を奪う事)は、私には、肯定できないが、猫や、犬の子の、命を奪うことは、肯定せざるを得ない。保健所の職員に仕事としてやってもらうよりも、自分で、責任を取った方がいい。ただし、私は両方ともやったことが無い。で、ペット飼う前とか、自分が妊娠する前に、赤ちゃんが生まれることへの、責任については、充分に学び、覚悟をしておくべきだ。または、親世代が、その様に教育をしておくべきだ』

 さて、上で、水子供養の事を言っています。30年前、長谷寺に、水子供養の地蔵尊があれほど、設置(と言うか、30cmぐらいの高さなので、無造作に置かれていたという感じ)されていたのは、時代の、雰囲気が、・・・・・金があることが一番だ。いけいけ、どんどん・・・・・という感じで、『子供を産んで育てるという難しくてしんどい作業よりも、主婦が、外へ働きに出る方がいいんだ。楽だし、たのしいし』と、言う風潮が強かったからだと、思っております。今、少子化社会を変化させよう、なんとか、と、政府が行っていますが、根本的なところで、女性に無理な労働を強いていて、子供とゆっくり向き合う時間も、国民に与えないで、どうして、普通の、カップルが、安心して、子供を産み、育てようと、思いますか?

 そして、産んだ後で、丁寧に育ててはいないです。だから、物事の善悪が、判っていない、図体だけは大人になった青年が、大量に生産をされています。この国を根本からいい国にしていくためには、いろいろな、分野で、大正時代レベルの、心理的な、かつ、道徳的な、生活へ、戻す必要があるのです。だから、人間の子供の中絶など、もってのほかです。大正時代、貧しい農村などでは、中絶の仕組みがあったと、小説【土】の中で、長塚節は、行っています。だけど、戦後の様に、気軽な、システムで、中絶が行われたはずはないのです。中絶は命がけだったと、思われます。

 一方で、子猫や、子犬については、捨てるという形式が多かったでしょう。しかも目が明かないうちにと言う形式がです。川に流すという形式です。これは、人間の方に、経済的な余裕がない時代には、当たり前の事だったのです。甘くない方が当たり前だったのです。猫や犬に避妊手術を摺るなんて言う考え方は、大正時代には、一切なかったと、思います。断言できます。

 その上、保健所と言うシステム、・・・・・特に保健所が察処分するというシステム・・・・・はなかったと思います。アメリカ映画、『仔鹿物語』は、農場を荒らす、鹿を父親が、射殺する話ですが、その鹿を、子供のころから飼って来た、少年が、どういう風に受け止めて、成長していくかを描いた物語です。原作の方も、紙の本として、たくさん、出版されているはずです。だから、人間が、他社を殺していくということについて、厳密なレベルは、無いのです。社会が、流動するにつれ、その概念や、範囲も移って行くでしょう。

 今の日本は、豊かな数十年を過ごしたので、猫の多頭飼いとか、猫や犬を、覚悟も準備もなく、飼い始めてしまい捨てるという事へ、つながっているでしょう。ブリーダーまがいの事をして、大量の死体を山中に捨てた人間が居ますが、悲しむべきことです。

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副題8、『大金持ちの、長谷川智恵子さんの、基準にとっては、人間の間引きも、当たり前の事かな?』

 と言うわけで、普通の一個の人間として生きるだけでも、私達は、大量の生き物の命を奪って生きてきています。工業的仕組みや、もっと、原始的な仕組みとしての、機械製品によって、私達は、その体力や体型に似合わぬ強さを手に入れて、食物連鎖の頂上に立ちました。中華圏の、ゲテモノ食は、有名ですが、私達は、歩行する物でも、何でも食べてしまいます。その気になれば食べてしまいます。

 そして、貧しい人は、お昼を抜いたり、または、食べるにしても、350円程度のものを食べていますが、中流の上の人だと、1500円程度まで、昼食に支払うでしょう。この間、ネットで誰かが書いていましたが、お昼に350円程度のものを毎日食べ続けている人間と、1500円クラスのものを、毎日食べ続けている人間だと、健康状態もまるで違ってくるのだと、書いてありました。それは、その通りでしょう。

 そして、長谷川智恵子さんクラスになると、お昼は、必ず、3500円クラス。夜は、6500円以上のクラスのメニューに、なると、思いますよ。銀座で外食をすると、有名人なので、そういうクラスのお料理を食べないと、レストラン側も了承しないでしょうから。

 そして、長谷川智恵子さんの、頭の中には、社会・階層の観念は、しっかりと根付いており、自分は、上流階級の人間であり、他のより下の階層の人に対して、威張ったり、いじめたりしてもよいのだという感性もあるでしょう。これを見事に宣言しているのが、林真理子さんです。ファーストクラスにしか乗らないと、はっきり宣言をしていますね。

 この場合、階層的に上である、長谷川智恵子さんは、一方で、強さも、強いということと成ります。この現代日本では、金持ちであることが、最も大切な部分であり、その種類の人々は、それ固有のソサイエティを形成していて、庶民に、少しずつ、それを見せつけて、うらやましがらせながら、なかなか、その世界には、入れないことを、これまた、一方で、庶民に、知らせつけて来るのです。冷酷極まりないと言っていいでしょう。そういう種類の人間の一人として、「弱者は、淘汰されるべきであって、間引きましょうよ。早く」と言ったわけです。

 障害がある人は、現代社会においては、もっとも、最下層に位置する弱者なのです。それを切り捨てましょうと、提案したわけです。『なるほど!』と、この章では、言っておきましょう。

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副題9、『今回の、嘘ニュースは、報道を知ったのちに、たった、二時間で、その嘘の部分が判った。ので、副題2として、冒頭へそれを入れたのだけれど、ここからは、丁寧に、それを敷衍し、傍証づけていきたい』

 二重ガッコ内に書いた通りですが、今般の、ニュースのどこが嘘かと言うと、長谷川智恵子は、普通の教育委員の立場で、これを発言をしたわけではないという部分です。しかも、自分自身の、意見として、主体的に、思いついたわけでもないという事です。これは、裏に発案者が別にいて、(それもたぶんですが、まだ、本当は生きている井上ひさしか、こちらは正式に生きている前田祝一でしょう) そのどちらかによって、脚本が十分に、練られていて、その脚本に基づいた発言を演技として、やっているという事です。そういう裏側について、簡便にまとめた、副題2を、ここにコピペして置き、再び、読者の皆様に、お読みいただきたいと、存じます。

 長谷川智恵子の、問題発言を動画として、記録したものがどうして外へ流れ出たかが、問題です。それは、後ほど、県の広報(ホーム頁での動画? または、紙、誌)などで、利用をされることを想定したのか? 公的な動画を撮影していた模様です。それを公開したのは、誰なのか? 内部の人間だったら、首がかかってしまうほどの、裏切り行為ですね。ただ、そこに出席していた、人の中に、障害児と関係がある人がいて、怒ったので、外部へ出したかな? 
 
 反対に、これもまた、政治的な発言であったかな? だから、わざと外部へ漏らしたのかな? どういう風に政治的な意味を持つかと言うと、次の:=:=:=:=:罫線で挟んだ、部分となります
 
 :=:=:=:=:もしかすると、私に瓜南さんや、栗田さんに、ついて、続きを書かせない為に、わざと、長谷川智恵子さんに、ああいう発言をさせた? 依頼をしたのは、日経新聞の論説委員だった、石塚雅彦氏、または、朝日新聞等の、偉い方? または、酒井忠康氏、または、紙を通じて、動いた、別の美術評論家? または、塩見和子さんあたり?
 
 そして、私に、書いていくテーマと方向を、ぶれさせ、栗田さんを救うために、わざと、その発言動画を外部へ漏らした? その可能性もありますよ。しかし、そこまでは、勘ぐらないで、真正面から、この問題を論じていきましょう。:=:=:=:=:
   で、動画を、見ましたよ。だけど、もし、茨城県知事が、謝罪をしなかったら、知らないで、済ませたニュースだと思います。

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副題10、『私は、通例は、文章の書き方として、すぐさまは、真実の方向を示さない。最初は、大勢の人が、この事件は、こうなんだと、信じている方向に寄り添って文章を書く。だが、だんだんに、真実を開示して行く』副題10の、二重ガッコ内に書いた通りです。その一例は、旭化成建材の、杭のデータ流用問題です。それも、最初に触れた文章では、旭化成は、悪くないとは、言っておりません。後注2、
 それは、このニュースが、10月14日に開始されて二日後の事でした。しかし、4日後には、

を書いて、早くも、事件全体は、嘘であると、確信して発信をし始めております。そして、その後、17本を書き続け、ずっと、変わらず、これは、嘘ニュースであると、言い続けてきています。

 しかし、今般は、私は、ニュースを知り始めて、たった、2時間で、真実に到達し、真実を含有した文章を書き始めています。

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副題12、『どうして、そこまで、確信を持ったかと言うと、その手法が過去使われた手法と全く同じだからだ』

 どうして、それほど、確信に満ちた行動を取れたかと言うと、いくつも理由がありますが、その第一は、上にあげている、情報の開示方法が変だという事、あまりにも、簡単に外へ漏れています。これは、ためにするニュースであって、玉三郎の章でも、言っている通り、宮城県知事公舎で、先に待っていなければいけない、知事の方が、ひどく遅く表れて、松本龍大臣が激怒した場面を、盗み撮りをした映像を、堂々と、NHKは、ニュース内で、使い、一般庶民が、変な大臣ですねえ』と言って嫌う映像を、取得して、それを駆使して、松本龍大臣を辞めさせ、そのうえで、菅直人首相も辞任に追い込んだ手法と全く同じだからです。その上、普通なら、部下からの裏切りを受けて、憤怒の形相で、記者会見をしないといけないのに、茨城県知事は、温和です。しかも、私は一切それに気が付きませんでしたが、茨城県知事は、その長谷川女史の発言を、いったん「問題にするに足りない」と言ったそうですね。(苦笑)20日だったのか、21日だったのか知りませんが、さらに、炎上する方向へ向かって、いったんは動いたのですね。

 しかし、茨城県議会に詰めている記者さんたちは、怒って、詰め寄り、茨城県知事に謝罪をさせ、前言を撤回させたそうです。そして、長谷川智恵子教育委員は、自認となり、落着する見込みです。ふむ、ふむ。と、言うべきだろうか?

 これですが、どうして、記者さんたちが、それほど、行動的または、攻撃的になれたかと言うと、現代の風潮では、偉い人の言動は、重箱の隅をつつく様にして、上げ足を取られることが多いのですが、問題によっては、触れてはならないと暗黙の裡に、上からお達しが来るケースもあり、そちらの方が多いでしょう。でも、この問題だけは、炎上した方がいいという判断が、例の鎌倉エージェント側にあったので、自由な取材風土が、構築されたのです。

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副題13、『茨城県議知事とその諮問委員会が、悪利用をされているので、準備には、一週間は、かかっているので、これは、瓜南直子問題を、書かせたくないとして、練り上げられた脚本ではなくて、渡辺幸子と、栗田玲子を守りたいとして、練り上げられた脚本に基づいていると、推察される』

 ともかく、またしても、私がターゲットです。私にブログを書かせない様に、させる為の、脅かしの一種として、このニュースが配布されました。むしろ意図的に、炎上する様に設定をされ、見事に、私が餌に食いついたというわけです。だから、この企画の、案出者は、しめしめ、成功をしたと、喜んでいる事でしょう。一日目は、炎上に使い、二日目は、対私、に使うとすると、21日は、6チャンネルの夕方のニュースでも報道をされたのかもしれません。主人がそちらの方にも、よくチャンネルを合わせているからです。だが、報道ステーションなどでは、報道しなかったでしょうね。日動画廊に、傷がつきます。長谷川智恵子が、本心からああいう発言をしているわけではないので、対、私、ひっかけに利用したら、あとは、ひたすら、大衆が、これを忘れてくれることを待つだけでしょう。

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副題13、『塩見和子は、なぜ、笹川財団に転職をしたのか? ・・・・・長谷川智恵子と、塩見和子は、昔からの親友の筈』

 さて、塩見和子と言う名前がここで出てきました。それでね。みなさんに、ネットで、情報を調べてもらいたくて、国際基督教同窓会の、サイトの中へ入っていただきたいと、紹介をするつもりでした。そこに塩見さんも渡辺幸子さんも、出てきます。卒業生の中の成功をしている有名人として。しかし、今そこへ入ろうとすると、『これは、危険だ』と、言う大マークが出て、入れない様にさせられています。で、びっくりしますが、国際基督教大学の同窓会のサイトが、どうして危険ですか? それは、ありえないハナシです。で、考えて、『は、はーん。これは、古村君あたりが考えて、そういたしましたね。もしかすると、石塚雅彦さんに頼まれて、そういう細工をしましたね。と、推理が発展をして行くのです。

 で、見せてもらいたいし、それは、当たり前の権利でしょう。だって、卒業生の中の有名人なんって、いつも、人の目に触れる様にしておかないといけないではないですか? だから「このサイトは、危険です」などという警告は、一時的にバグが入れ込められているという事の証明です。で、こういう事は慣れています。どこかに、『この警告を無視して、引き続き、読み込んでいく』と言うスイッチがあるはずだと探すと、確かにありました。で、それをクリックすると、同窓会のサイトが開きました。ところが、なんと、有名人になっている卒業生に対するインタビューと言う、枝分かれサイトが、出てこないのです。これは、そのファイルごと、全体を、スパコンに対して、アップロードしないということにすれば、クリック一つで、非表示にすることができます。

 今回だけは、先回りをして、それをやられてしまいました。

 で、塩見和子さんについて、簡単に説明をすると、クリスティーズかサザビーの日本支社長をやった後で、笹川財団のトップに就職して、ストラディヴァリウスなどの、弦楽器の名器を、優秀な演奏家に貸し出すという事業を担っている女性です。しかし、彼女の就職は、両方都も対私、抑圧の為に動かされたと、見ています。最初の方は、石塚雅彦さんとか、ジョンDロックフェラー氏が動いたと、みなされますし、

 二回目の方は、石塚雅彦さんも動いたと、思われますが、最も大きく動いたのは、瀬島龍三の筈です。ロックフェラー四世の方は、ベイカーさんと言う当時から、CIA要員だったと、推察されるアメリカ人から、私が「あまりに頭がいいので、殺しておいた方がいい」と、聞いていて、ありとあらゆる手段を通じて、抑圧、または、弾圧を、しようと考えているわけですが、それにはライバルを設定し、そのライバルに、私より、よい、かつ高い地位と収入を与えて、自然に、そちらに負ける様に仕向ける様がいいと、言うルーティンがある模様です。そして、最初のライバルとして、選ばれたのが、塩見和子だったのです。

 彼女が笹川財団へ鞍替えしたのは、1979年です。その年に、北久里浜で、私は瀬島龍三が行っていた、地籍変更届と言う詐欺に、巻き込まれ、ここでも、抜群に高い頭脳力を発揮して、たちまちに策略の全貌を解明してしまいます。で、今度は、瀬島龍三に、あいつを殺したいと、思われる様になっていきました。

 で、彼らにしてみれば、財力と貸金と言うのも大切です。それを、私が手に居れたら大変だと思っております。たまたま、私は、それを利用すれば利用できるコネを、笹川良一氏に対して、持っておりました。当時の私は、100%のネンネで、純真だから、笹川良一氏に、コネがあると言っても、笹川氏のところへ出向いて、「ご支援お願いします」と、言うはずが無いのです。そんなに計算高くはないのです。

 しかし、彼らにとってみれば、普通の主婦が大詐欺事件を見破ってしまうとは考えられない事であって、非常に大きな恐怖心を持ったみたいですね。で、その私が大資金源を得てしまったら大変だということで、瀬島龍三が、元から、ライバル要員として、使役をしていた塩見和子を、今度は、笹川良一氏の元へ、転職をさせたのです。そして、「ほら、おまえさん、笹川良一に近づいて行っても駄目だよ、こっちが先に、ぺ(唾)つけておいたからね」と誇示するつもりだったのでしょう。で、北久里浜における大規模な、頭脳を使った土地に関する詐欺事件が起きたころの、1979年に、塩見和子さんは、笹川財団に転職をするのです。思想的には、笹川氏は、右翼とみなされていて、瀬島龍三は、エージェントですから、日本を大切にするという意味では、合わない筈なのですね。だが、それを押して、塩見和子を笹川財団へ、乗りこませたのは、ひとえに、私が笹川さんと、結び付こうとする、しくみを、無理にさせる為でした。しかし、ここまでの、ことが判ったのは、つい最近、この一年間以内の事ですよ。その塩見和子の転職が、起きて居るころ、私は、一切、そういう事には、気が付いておりません。

 ところで、オークション会社にいたころに、長谷川智恵子と、塩見和子は、親友になっていると思います。それは、年齢が近いと言う点、大金を動かせる女性である事、また、大金を使うことができる女性である事。結婚をして、子供がいる事。など、共通点がいっぱいあったからです。そして、その後、笹川財団に転職した後も、大金を動かせるという事。大金を消費できる女性である事・・・・と言う特色を、塩見和子が失わなかったので、引き続き、仲良しをキープして行ったと、推察されます。

 ところで、このつづきは、次報(後注3)で、書きます。

 

尚、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3217527です。

 推敲後に、署名と書いた日付を入れます。

後注1

神奈川県立近代美術館【鎌倉館】いよいよ閉鎖、葉山に移転をした裏側について推理する△△   2015-11-13 23:21:31 | 政治 

後注2

「鼠として、利用をされているんだけれどなあ」と、昔、言った事のある私。マンションの杭の偽造問題  2015-10-16 22:55:36 | 政治

後注2

 

長谷川智恵子、塩見和子、渡辺幸子は、元から親友であろう。で、頼まれて、一肌脱いだね   2015-11-22 21:57:12 | 政治

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20日は、瓜南直子さんの全FBUp文を、読んでいたので、此処の手当てはできず。

2015-11-21 02:03:21 | 政治

副題1、『20日は、瓜南直子さんの、いまだ残っているFBの頁を、5時間以上かけて、読んでいました』

 すみませんでした。昨日は、お約束(続きを書く)と言うことができなかったのですが、瓜南さんの投稿を読んでいたからです。そして、それに、関連して、重要な他の人物、金田祐子さん、朝比奈恵温さんなどの、FB頁も、全投稿を、読んでいました。

 だから、お約束が守れませんでした。そして、瓜南さんの投稿のうち、重要なところをコピペしていましたが、それがまた、PCのシステム上、異常に時間を食う様に、外部からさせられていて・・・・・自分のブログの手当てをする時間が、足りなくなったのです。

 それは、2015年から、始まって、FBの管理者サイドが、「ここから先の投稿はない」というところまで、さかのぼって読んだのですよ。

 

 で、こちらの世界でのお約束を、かなえられなかったと、申しあげさせてくださいませ。それだけ書いて、次の段階へ、進みます。その仕事の結果、判ったことは、重要な部分(特に、警察と関連がある部分)は、削除されているという事です。ここからもまた、私が日ごろ言っている、警察と、CIAは、連動をしていて、警察が、その手下となっていると、言うことが判ります。Facebook は、無論の事、アメリカの会社でありますし、最近では、山田浩二のケースもそうですが、警察に利用されまくっていますし。

 でもね、先に明るい部分を置きましょう。でないと、瓜南さんをFBの世界または、リアルな世界で、良く知っている人々が、自分たちが持っているイメージと、ここに書いてあることとの間にある、あまりにも大きな懸隔に、驚くでしょうから。彼女を取り巻く、人々がよく知っている表の方の姿を、一つ、ここにコピペしておきましょう。瓜南直子さんとは、芸大卒の、有名な(マスコミレベルで、大衆社会に、有名だったわけではないが、知る人ぞ知る有名人だった)女性です。

 彼女の投稿文は、絶妙な笑いを誘う投稿です。彼女のFB投稿の最大の特徴は、ユーモアがある事です。私は第一次と、第二次と、二回FBに入っているのですが、その両方で、別々のFB友達を、1000人ずつ、作りました。で、それ以降は、自分からは、リクエストを出さない様にしています。でないと、運営できないから。

 その2000人の投稿のうち、トップクラスで、笑わせてもらえるものの一つでしたね。その、例を、2015年から、2011年の、9月までの中から、4例ぐらい発見しましたが、そのうちの一篇だけを選んでここにテキスト形式に直して、ー#ー*ー#ー*罫線で挟んで、置きます。でないと、あまりにも、文章が暗い方へ、偏り過ぎますでしょうから。

*ー#ー*ー#ー*ー#ー*ー#ー*ー#ー*ー#ー*

 まず、瓜南さんは、何かの資料を使ってユーモアを発揮します。大抵は、写真が多いです。そのケース(=2012年4月25日の投稿)では、トイレの写真が出てきます。そのカバーに、・・・・・オムツは、オムツは、捨てないで・・・・・と、大きな文字の注意書きが、貼ってあります。どうも、病院のトイレみたいですね。個人宅または、ドゥローイングギャラリーのトイレに、そういう注意書きは、貼られてはいないでしょうから。・・・・・

 その写真の前に、彼女は、

「かきねの かきねの 曲がり角〜♪」のメロディーで。

 と言う添え文を入れているのです。

*ー#ー*ー#ー*ー#ー*ー#ー*ー#ー*ー#ー*

 彼女の頁そのものと同じ形式のコピペは、システムが違うので、こここでは、できない模様です。だから、みなさんが、私と同じ様に、お笑いになるかどうかは、不明です。しかし、私は久しぶりに、瓜南さんの確かなユーモアに触れて、不謹慎ながら、笑いました。

 不謹慎ながらと言うのは、この直後に、彼女は、悲痛極まりない投稿をツィッターで、したはずなのです。それは、私のUSBか、古いパソコンの中か、過去のブログ文内かの、どこかに保存してあると、思いますが、本日は、それを、見つけることは、致しません。

 ところで、どうして悲痛なのかと言うと、フェイスブックの方にも、ホンのかげ程度の、投稿として、同じことが、見られるのですが、健康を害して、40日後に亡くなるからです。

 ほんのかげと言うのは、その個展の宣伝をしながら(と言うのは、その長期にわたって、そこでの展示作品をFB頁に、アップし続けてあるので、瓜南さんのFB上の友人は、すべて、その個展の事を知っているという前提に立って)、・・・・・その会場に、詰めては、いられないことをお詫びしている・・・・・からです。「体力をつける方向へ、これから努力するつもりです」と、書いてあります。しかし、その後、38日ぐらいしか、命は、もたなかったのでした。

 『朝(あした)に紅顔の美少年たるも、夕(ゆうべ)に、しゃれこうべとならん』と言う有名な箴言(または、教え)がありますが、まさしく、瓜南さんのケースに当てはまるでしょう。

 このユーモアあふれる投稿の次の日に、鎌倉ドゥローイングギャラリーの個展の、オープニングパーティに、彼女は、出ます。その件についても多数の投稿があります。これは、もう、非常にしんどい、義務として行っていたと、見られ、上にあげたジョークは、最後のお笑いだったと、感じます。線香花火みたいに、最高のセンスが輝いた瞬間だったでしょう。

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副題2、『もっとも、大きな削除は、金田祐子さんとの間に交わされた、源平巻についての、ジョークであった。または、浄智寺さんへ、行って、ラーメンに関する歓談をしたという部分も削除されているのだった』

  私は、自分の方では、瓜南さんに、何か、喧嘩を売ったことはありません。何の因果関係もないです。ところが、FBの投稿を通じて、いじめまくられてきました。すべて、後ろにいる人間たちの悪意の反映でしょう。で、後ろに隠れている人間たちをあぶりだすために、瓜南直子さんについて、研究し続けています。特に、FBの投稿を、結局、13時間連続で、表示されていないコメントをも、開いて、点検し続けております。

 その作業が徹底的に邪魔されております。その上に、大切な部分が削除をされています。

 で、これも、普通の人にはできないはずです。連れ合いと呼ばれているB氏が、フェイスブックのアカウントのパスワードを聞いていたとは、思いません。だって、瓜南さんは、『自分が、近々に死ぬ』ということは、みじんも感じていなかったみたいですから。

 となると大量な投稿を、常に、最初のところへ戻ってしまう形で、読みにくくしたのも警察だろうし、(または、常に、フェイスブック関連で、対私を攻撃してくる古村浩三君だろうし、・・・と言うことは、CIAさんの手下の、連中だという事だろうし・・・・・となって、次に警察の分析に入ることと成ります。

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副題3、『警察と、瓜南直子さんは、リンクをするのだなあ。金田祐子さんとか、浄智寺さんの投稿が削除されているのを見る限り』

 この警察と言う部分は、普通の警察と言う意味ではなくて、警察の殺人別働隊と言う部分です。つまり、私に言わせると、周南事件(一時期平成の八墓村事件)とか、平野達彦が、親戚五人を殺したと、言われる洲本事件、山田浩二が、中一の二人の子供を殺したとされる寝屋川事件、ナカダルデナ、ジョナタン某と言うペルー人が殺したとされる、熊谷事件などは、そういう闇の舞台が、実行犯であって、別の人間を用意したと、考えられますが、その殺人実行犯です。

 それから、これは、わざと触れていないのですが、京都の、餃子の王将の社長さんか、会長さんが殺された事件、・・・・・京都府警の、人が、東京のお偉いさんが、熱心に操作するのはやめろと言っていると、ぼやいたと、どこかのネットニュースで読みましたので、さらにそういう風に感じるのですが、・・・・・

 小学六年生が、3人で、お泊り会を行っていたら、ずっと前に閉店をした筈の一階の魚屋さんから、火が出て、その家のお子さんと、別の家のお子さん二人が、焼死したケース、・・・・・これは、ちょうどそのころ、冤罪として釈放をされた関西での、事件をなぞったとも推察されます。それは、車庫と、風呂場が近接をしていて、車を車庫入れした後で、ふたが、充分に閉められていなかったタンクから、蒸発したガソリンに、風呂場の種火などが、引火して、自然発火したものであって、母親と、同棲関係にあった、男性が、共同謀議をして殺害をしたのではないという事件がありましたね。その事件は、弁護士等の努力によって、冤罪とされ、釈放をされました。あれと、そっくりです。また寝屋川事件とも、亡くなったお子さんの年齢が近いです。

 ニュースショーが、亡くなったお子さんの親御さんとか、残されたお父さんに対して、取材をしないのも非常におかしいです。・・・・・

 東京西部で、フリースクールに通っていて、普通の、公立の小学校へは通っていなかった少年が両手、両足を、縛られた形で、死んでいて、警察が瞬時に、自殺だと発表をした件、・・・・。これは、寝屋川事件で、ガムテープで、子供を縛ったとされることへ、リメイクしたとも思われます。フリースクールに通っていて、地元に、地盤が無い子供だと、人のうわさも75日であって、犯罪そのものが、人々の脳裏から忘れらえるだろうと、考えられて、推敲されたと、私は推察しています。特に遺体が長期間にわたって発見をされなかったら、迷宮入りでしょう。子供を使った事件が多い方が、寝屋川事件が、自然に起きたものであって、山田浩二が犯人であると、一般国民に信じ込ませやすいと、考えられていると、みなせます。・・・・・

 横浜で、猫が八匹殺されたのも同じ犯人だと、推察されます。

 ANAの飛行機に、レーザー光線が、300m程度、離れたところから発射されたというニュースもありましたね。これは、うがった見方ですが、わが家に、ANAからの株主優待券が来ましたので、それを、主人と話題にしました。だから、例の株に注目して、私を脅かすという仕組みの作られた犯罪の一つだと、みなすこともできます。特に、NHKがすぐ、他の例を多数、用意して、ニュースを仰々しく盛り立てていました。過去五年間に、150件もあったそうです。すべて、いたずらを好む少年がやったみたいに見えます。

 これは、あながち、妄想とも言えないのですよ。あだって、寝屋川事件は、センコーと言う会社の駐車場が最初の現場(中一の平田さんと言う少女の死体遺棄現場)となっていますが、NHKは、なんと、それが、高槻市にあるという嘘の発表をしています。だから、こそ、センコーの株を持っている私を脅かしたくて、起こした事件でしょう。

 同じことは、旭化成問題にも繰り返されました。そして、そちらは、谷垣禎一さんが、関与していると、私が見破ってしまっていますね。
だから、困った連中は、とうとう、また、フランスを舞台に大事件を起こして、旭化成問題に関して、炎上させきっていたニュースを、急に、報道をしない様になりました。

 シャルリーエブド事件の時も、前田祝一家と、わが家のお隣の、白井小野寺夫妻家の、二階の天井灯が、午前〇時まで前だけで、煌々と照らされる。午前〇時過ぎ、午前二時か、三時までは、西隣の、天井灯が煌々と点いていて、それを脅かしとして利用をされるということがありました。それが、今回の、パリの同時多発テロ事件ののち、同じ様に、繰り返されました。

 その上、渡辺賢治氏の詐病の際に、警官がついてきたのですよ。すべては、策謀の、積み重ねでしかないのです。今回は、また、無辜の人、129人の命がパリで奪われたわけですし、今、重症の人が死ぬかもしれないわけですが、

 これが、すべて、旭化成問題と、連動をしていて、旭化成問題が、ほぼ、95%、何でもないことを大げさにして、株価を下げさせることが目的だったということを、かえって、明らかにしているのです。

 ここで、金田祐子さんの頁と、朝比奈恵温さん(浄智寺さん)の頁が、瓜南さんの投稿頁から消えているのは、非常に大きな傍証となります。

 つまり、みなさんが、敬愛しまくっている瓜南さんは、そういう殺人事件を起こして、自分の身を守っている、鎌倉エージェントの、ひぞっこだったので、そういう殺人事件と、すっかり、連動して、私をいじめていたと、いえるのでした。

 その、具体的モノがあって、それは、豊島屋製の、源平巻と言うおかしなのです。

 しかし、私が、三原橋交差点そばで、4月の7時ごろ交通事故に出会った時に、警察が、聖路加へ、施療をしない様に、命令に来たり、警察官が、交通事故にしない様に、手配をしたり(したがって、何もしてもらえないのに、私は自費で、6万5千円も聖路加病院へ支払ったり、ご近所の、渡辺賢司氏が、事故後、相鉄フレッサイン京橋内で、徹夜して、やっとの思いで、鎌倉へ帰って来て、午前8時に寝入った途端に、午前10時に、布団を叩いて脅かしてきたり、それを、文章に書いているからこそ、また、私を脅かすために、渡辺氏に詐病として、救急車を呼ばせたり、

 この続きは、相当な長時間を開けた後で、書きましょう。瓜南さんの全投稿を、何十回と、最初のところへもどされながら、読むのに、13時間かかって、まだ、2012年の、1月のところですから、ちょっと、疲れました。充分な休憩を取ってから、こちらの続きを書きます。

2015年11月20日、夜。雨宮舜(本名 川崎 千恵子)

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平山郁夫氏の画室の画材は、億に達する物だったと、私には思われるが

2015-11-19 14:49:05 | 政治

 これもツィッター方式で、書かせていただき、総タイトルは、書けた順番に変える可能性があります。『有元利夫の新婚生活を推理する。妻はなぜ、夫から「絵を捨ててほしい」と頼まれたのか?』が、最初のモノでしたが、夜の10時半に二番目のもの『NYの版画家ホアレスは、毎日三食NYサツマイモ入りの蒸しパンだけを食べていて、孤独死した』へと、へと変えました。そして、次の日に入って、午前三時に三度目のものへと変えております。しかし、これは、文意を総合しているものでは無くて、ちょっと、ずらした路線で書いています。だから、明日、加筆後には、また、変更するでしょう。ただ、画家とお金と言う総タイトルにしてもいいのですが、ともかく暫時これで。

副題1、『全く別方向から、考えてみる、伊藤玄二郎の、銀座への触手』

 科学番組の中で、生きている・さんご・がプランクトンを捕まえる映像などを、見せてくれることがあります。触手と言うのを伸ばして餌を捕まえるのです。

 私が、常に問題とする、鎌倉エージェントと言う集団は、日本人の顔と生活を送っているくせに、心理的な面での国籍は、インターナショナルであって、ただただ、自分たちの特権が守られればいいと、思っている手合いです。しかし、現代日本社会での、枢要な地位を占めているので、彼らに何事かを依頼されると、『とても大切なことを頼まれた。絶対に言うことを聞くべきだ』と思い込んでしまうのが、一般の人の、頭脳みたいです。

 その様に利用をされた一人が、栗田玲子さんであって、頼んだ方は、伊藤玄二郎です。そして、私は栗田玲子さんが、源泉となっているいじめを散々に受けてきています。ところで、これは、個人的な問題ではなくて、パリの同時多発テロ問題も、・・・・・本当のことを言えば、・・・・・彼女について、私がこれから更に書いて行くことを止めさせたいという趣旨で、行われていると、私は見ています。しかし、そういうときこそ、それを、中断させてはならないのです。栗田玲子さんについて、言及することは、旭化成疑惑の、嘘部分を分析する事にもあたりますし、寝屋川事件の真実や、熊谷事件の真実を検討し、現代日本社会の、ありとあらゆる隠された真実を分析する事へも、つながるからです。

 しかし、この章では、彼女ではなくて、彼女より以前から、伊藤玄二郎と接触があった画廊と、そのオーナーについて、語りましょう。

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副題2、『柴田悦子画廊のオーナーは、国文学科出身だそうですが』

 銀座一丁目に、柴田悦子画廊と言うのがあります。特色のある展示を続けているところです。まず、*1)現代アートの世界では、めずらしい日本画の画材を使った作家のものも多い。しかも、具象系のテーマの作家が多いということがあります。

 多摩美には、日本画を教える科目があるのでしょう。そこ出身の画家、または、東北芸術工科大学出身の画家で、日本画の画材を使って、抽象画(または、現代アート系)の作品を発表する画家の個展はよく見ています。しかし、それらは、作家側にとっては、研究やら発表を、主旨とする作品群であって、買い手としては、美術館、もしくは相当にハイレベルな好事家と言うレベルのもので、たいていは、売ることを目途としてはおりません。

 一方で、柴田悦子画廊での、展示品は、サイズも小さくて、誰もが、好きなら、自分の為に買おうと思う様な作品が多いです。テーマも、とてもわかりやすいものを、選んでいるケースが多いです。これは、画廊としては、どちらが上かとか、下かとか言う問題ではなくて、パリなどは、こういう傾向で、運営をされている画廊が多いという事であって、日本の様に、一週間ごうたいで、新しい展示品を展示できる貸画廊システムの方が、独特なのですね。ただ、貸画廊で、展示されている作品は、文章の世界でいうと、純文学にあたると、思います。それで、清新な気分にさせてもらえるものが多くて、私は、そこで、作品を見ることを好んでいるのです。だから、日本のシステムも得難いところはあると思っております。

 もう一つの流れがあって、それは、週刊誌や、文芸誌などで、イラストを発表している様な画家の作品もよく展示をしてあるという事です。ある時に、明瞭に、鎌倉春秋社で、イラストを、使ってもらっている画家の個展があったので、「柴田さんは、伊藤玄二郎さんとは、しりあいなのですか?」と質問をすると、「そうですよ。私は国文学科の出身なので、文章についても興味があります」と言う答えをもらっています。

 このやり取りですが、2006年の、私が月刊ギャラリーの連載をしていた頃に、交わされたと、覚えております。その時点では、私はやや、社会的地位が、上だとみなされていて、やや、大切にされていたので、長年の疑問を、柴田さんにぶつけてみたのですが、推察通りでした。

 と言うのも、柴田悦子さんには、微妙な方法で、いじめられていました。だから、裏に、伊藤玄二郎が居て、讒言を入れ込んでいると、推察していましたが、この日、確認ができたわけです。で、「伊藤玄二郎は、栗田玲子さんよりも、ずっと以前から、長期にわたって、柴田悦子画廊を舞台として、銀座を支配していたのだ」とも言えます。だから、栗田玲子さんの籠絡の手法も、上手だったわけです。柴田悦子と言う、先例というか、練習台、があったのだから。

 だが、悦子さんは、頭のよい人だし、柔軟性もあるので、尻尾をつかませないというやり方で、いじめて来るのです。だから、私は、その頭脳レベルの高さを、愛でて、彼女について、実名入りで、その所業を、書いたことはありません。明瞭なるいじめをしてくる画廊が、20年前から、二つありましたが、その二つを比較をすると【画廊るたん】の中島さんなど、野暮の骨頂だということになります。柴田悦子さんの方が、はるかに、洗練度が高い女性です。

 今般、彼女について、実名入りで、触れているのは、ひとえに、伊藤玄二郎たち、鎌倉エージェントが、行ってきている悪が、ひどすぎるから、とうとう、相当に、気合を入れて、彼を分析しようとしていて、そのためには、瓜南直子さんについて、さらに、書いていく必要があって、それゆえに、柴田悦子さんにご登場を願うわけです。

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副題3、『有元利夫・家の、新婚生活を推理する。妻はなぜ、<絵を捨ててほしい>と、夫から頼まれたのか?』

 ここで、いったん瓜南直子さんから離れます。ちょっと、別のところへ寄らないと瓜南さんについても語れないので。

 日曜美術館で、物故作家について、特集をすることがよくあります。8日も若林いさむ特集だったのですが、有元利夫特集だった時もあって、(今、見ると、再放送が、2003年とある)奥様が、しみじみとした静かな様子で、「・ありもと・から、あなたは、絵を捨ててほしいと、言われました」と、おっしゃったのです。しかし、この部分ですが、奥様は、事情のうち50%しか、語っていないと、私は推察しています。だって、これだけを聞くと、奥様が、はい、そういたします」と言ったら、有元敏穂が、独裁者として、見えてきます。しかし、奥様は、そうは思っていないわけですね。それほど、彼は、真剣だったと、言いたいわけです。

 しかし、語られていない50%のうちに、お金の秘密があると、思います。お金とは、汚い事だという通念もあるので、奥様は、そこには触れなかったのです。つまり、生活の上での必要経費を生み出すために、奥様の方が、新卒時に、いったん就職をされたのだろうと、私は推察しています。職種は先生だと思いますが、芸大出身だと、広告宣伝会社などにも入社できるでしょう。デパートなどからも求人は来ると、思います。出版社等からも求人は来るでしょう。

 ともかく、奥様は、サラリーマン稼業と、主婦と、さらに、絵描きの三足の草鞋を履いた時期があったと、私は推察しています。でも、芸大出身だから、意欲もあるし、国費を使って勉強したことを、社会に返さねばならないという義務感もあるでしょう。私の妹も国立大学の出身ですが、卒業時に教授から、「あなた方は、国費で勉強したのだから、簡単に仕事を辞めたりしてはいけませんよ」と言われたそうです。

:::::::::::今、念のために、有元利夫の没年を調べ様として、wikipediaを開いたら、ありもと自身が、電通に、三年ほど、勤めています。その後、芸大の非常勤講師をして居ますが、その間も、奥様は勤めていたと、私は、考えます。40で亡くなるのですが、亡くなる直前に、お子様が生まれています。その前に安井賞を受賞しています。このころには、奥様は、サラリーマンを辞めていたと、推察しますが、・・・・・新婚当時は、奥様は、サラリーマンだったと、推察していて、だからこそ、絵はやめてほしいと、ありもととしお側から、頼まれたのだと、私は、推察します。この部分が、50%はあるでしょう。おくさまの負担が大きく、消耗が激しいのを、、彼は、見て居られなかったのだと、推察しています。::::::::::::

 有元が亡くなってから、30年が過ぎているので、奥様は、画業を再開されていますね。

 有元夫妻は、二人とも芸大出身です。で、学生時代から、将来結婚をする約束を交わしていたとすると、生活費をどうするかと言う問題が起こります。二人とも、実家は裕福でしょう。で、一生にわたって、食いぶちを、実家から保障をして貰えるめどは、立っていたかもしれません。

 まあ、記述としては、夢のない話を語っています。お金の問題は、全く関与せず、ただ、ただ、僕に奉仕してほしいと、有元が、言ったとしたら、その方が傲慢ですよね。奥様は、愛情のこもった言葉として、それを、覚えておられるのだから、『絵をやめてほしい』は、自分勝手な亭主関白風の、言葉ではなかったと、私は、推察しているのです。

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副題4、『NY在住の、老版画家、ホアレスは、毎日三食、サツマイモ入りの蒸しパンだけを食べていて、そして、私が去った、9か月後、孤独死した・・・・・私は、滞在中は、彼が貧乏である事には、一切、気が付いていない。そして、毎回の、三か月研修で、200万円を使っていた。彼は、私の生活ぶりが、どんなにうらやましかったであろうか? 自分が、金持ちであることを、彼に、見せつけてしまったのだ。いじわるで、そうしたのではない。ただ、ただ、それほどの、貧乏な芸術家が、NYには、居るということに、私の方が、気が付かなかっただけなのだ。その言うに言われぬ悲しさを、書いた本が、<黄色いさくらんぼ>である。これは、本屋で売らなかったのにもかかわらず、そして、実質700冊しか他人には、渡していないのにもかかわらず、AMAZONや、BOOK OFF(ネット上)で、古本が出回っていた』

 私は、1998年パリで、秋に三か月、1999年に、ニューヨークで同じ時期に三か月、また、2000年の同じ時期に三か月NYに滞在しています。そして、すべての滞在時に、そこにある、最高級の版画工房に所属し、毎日、そこへ出かけて居て、大勢の芸術家に接触をしました。
 逗子で、一人暮らしをしていた際には、毎日手書きで、自分が海外暮らしで、学んだことを書き記していました。だから、このブログでも下書き無しで、グングン書き進められるのです。裏に、修練として、大量に文章を、書いている過去があるからです。その時(=1999年から、2002年の一人暮らしの時期)も大量に書いていますが、それ以前にも大量に書いています。そして、それ以降も大量に書いています。だから、すらすらと、下書きの段階だけで、因果関係がまとまるのでしょう。

::::::::ここで、挿入に入りますが、その頃、こちら、自宅のある雪ノ下では、「川崎さんは、離婚をするらしい。こっちが勝ったぞ」と、言い合って、鎌倉エージェントに所属する悪人連中が、みんなで、大喜びをしあっていたらしいですよ。(苦笑)実際に、大原光孝さんから面と向かって、そういわれていますが、まったく気にも留めませんでした。

 私が、こういう嫌なことがあったのよと、愚痴を言うと、母がよく、「<燕雀、いずくんぞ、鸛鵠の志を知らずん>やという、気持ちで、生きたらいいじゃあないの」と、忠告をしてくれていました。それが、できない自分だと、長らく、思っていましたが、今、人生を思い返してみると、心の中では、嘆いたり、愚痴ったりしているモノの、実際の行動としては、それを、実践していたのでした。でね、この世界で、いじめられ屋、恫喝について書いていますが、書くと同時に、昇華されて行って、ほとんど、何も傷は残っていないのですよ。それが、文章を書くという行動の真実なのです。ところが、鎌倉エージェントたちは、違う風に解釈をしているみたいですね。一度、文章化したケースは効果があったと、見て、繰り返すのです。リメイクをして繰り返します。まあ、安藤照子さんと言う、警官が偽装した、私のブログのファンが、被害が、大きいというものですから、救済してあげたくて、ふぃえすブックや、ブログ投稿をなさいなと、獅童をしてあげたことがあるのです。その時に、1000字の身辺雑記を、書くだけで、青息吐息でした。みんな文章を書く修練って、積んでいないのですね。そのことには驚きましたよ。

 オランド大統領など、日揮襲撃事件の時に、マリ共和国へ、ジェット機を飛ばして、行った日から、考えると三度も、対・私脅かし用道具として、使われておられるのですが、今回だけは、彼らの目的(脅かして、文章を書くのを止めさせよう)には、逆らって、その事件については触れず、ひたすらに、銀座の画廊、ガレリアグラフィカについて、書き続けております。今回は、別の人物について、書いているので、一種の、スピンオフですが、実質的には、その一環であります。

 それからね。最近10年間の私は、ひどい言論・弾圧に苦しめられてきていますが、一方で、主人が「お前ほど、恵まれている人間はいない」と、常に言う通り、非常に恵まれている人間でもあります。主婦が変身をして、何事かに、挑戦をしようとする場合、過渡期が、難しいのですね。そこが、乗り越えられないケースが多いのです。私だって、散々な挫折を経験してきています。

 だが、やみくもにでも50代に、三回の、海外研修をして来たことが、今になって、大きな財産となっています。誰が認めてくれなくても、自分が自分に対して、自信があります。こういうものを書けるのは、私しかいないのだという自信があります。

 英語が自由自在に使えて、ニューヨークでは、すぐさま、現地に溶け込んで、交流ができることが、大きな財産だったわけです。しかし、お金の裏打ちが無いと、あれほど、安全にして、充実した研修生活はできません。そこが、また、恵まれていると言う点です。毎回、三か月で、私費を、200万円使っています。

:::::::::ここで、挿入から元へ戻りますが、皮肉なことに、「画家などになったら、生活ができないから駄目だ」と、言っていた父が、遺産をくれたので、私は画家とか、版画家としての長い修業生活に入ることができたのでした。

 しかし、お金に恵まれていた為に、他人の境遇やら、生活ぶりが、想像もできませんでした。たとえば、毎日、新聞紙にくるんだ、サツマイモ入りの、蒸しパンを持ってきて、10時間程度、版画工房に滞在しているホアレスが、朝、昼、晩と、それを食べ続けて、過ごしていたなどと言う事には。

 アメリカにも、日本の、生活保護制度みたいなものがあるのかどうかを、知りません。だが、きっと、不法滞在者であるホアレスは、その種の制度を利用しようとはしなかった模様です。表向き、聞いていた噂では、彼には、日本人の奥さんが居るという事でした。彼が新聞紙にくるんで持ってくる、蒸しパンは、ふくらまし粉を小麦粉の中に入れて、蒸し器で蒸す形式のもので、日本では、昔は特に主食として、利用していたものですから、「日本人の奥さんがいるのなら、これを作ってくれるわけですね」と、気楽に考えていました。が、孤独死したと聞いては、日本人の奥さんとは、とっくに逃げていて、彼は、一人暮らしだったと判ります。包んできた新聞の方は、ただで、手に入ります。日本でいう、コンビニ(または、キオスク)風の売店には、無料のタブロイド判が、大量においてありますから。だから、彼は、本当につつましい金額で、ひと月を過ごしていたというわけです。

 工房は、ニューヨーク・一・古いもので、200平米ぐらいの、スペースを、月、1000ドルで、家主さんから借りていると、所長の、ブラックバーン氏の秘書さんが言っていました。昔から借りているので、超がつくほど、お安いのです。つまり、都心(テレビか、雑誌の業界の人が良くパーティをしていたので、日本なら、恵比寿か、原宿あたり)の200平米を、月に、11万円で借りているという事。そのうちの、6万円(=500ドル)を、私が支払っていました。

 工房は、日本人版画家、ミミ(これだけは、仮名です)の、自分が使用料を払いたくないから作り出したモニター制度と言う仕組みのために、モラルが落ちてしまい、使用料を出す人が居なくなり、私が去った後で、つぶれます。その後、数か月で、ホアレスは、孤独死するのです。彼にとっては、ここだけが、生活の場所であり、お金を稼ぐよりどころでもありました。そこがつぶれたので、行く先も無くなり、お金も無くなり、気力も無くなったと、推察されます。

 彼は、普段は、悪ぶっていて、私にも曲がってしまった銅板を売りつけようとしたりしましたので、三か月しかいない私は、彼は、悪者だと、思い込んでいました。が、今では、それは、防衛のために装った、バリアーとしての、悪(=鎧)でしかなくて、本当は善人だったと、判ってきています。彼は、クラシック音楽が好きで、工房のラジオは、常に、クラシック専門局に、チャンネルが合わせてありました。そして、時によって(それは、私が、日本人の、先住者にいじめられていた時ですが)は、思わず、出てしまう私の短い歌唱を、たいへんに、ほめてくれました。実は、日本人の、ミミが先頭に立って、数を使ったいじめを受けていたのです。

 ミミに、いじめられると、泣いたりするのではなくて、自然に、歌が出てくるのでした。

・・・・・そういう悪辣なものを、自分の周辺から、追い払いたい。神様に助けていただきたい・・・・・・と、思うと、自然に、お歌(クラシックの器楽曲の数章)が口の端に上るのでした。すると、ホアレスが、近寄ってきてくれて、「まるで、マリア・カラスみたい」と、言ってくれました。いつも、眉を狭めて、悪態ばかりついている彼が、びっくりするぐらいに素直な、表情になって、そう言ってくれました。後ろの、先ほどまで、目を吊り上げて、いじめてきていた日本人女性たちも、いつの間にか、静かになっているのです。このようにして、音楽とは、いつも、神様が、寄り添ってくださっている、しくみだと、思い到るのですが、ホアレスが、あれほど、クラシック音楽が、好きだった側面を思い出すと、彼は、本当は、純真で、素直な、男だったのだろうと、思うのでした。私と同い年でした。2001年に亡くなったということは、ちょうど、60歳で、亡くなったのでした。早死にと言えましょう。それも、飢え死にだったのかもしれない。そう思えば、本当に、切ないです。

 彼は、工房がつぶれたことで、摺師としての収入も無くなり、出かける先も無くなり、ついに、気力も失い、食べるものも無くなり、孤独の中で、死んでいったものだと、推察されます。

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副題5、『ニューヨークではオリジナリティを発揮する人は、尊敬をされている。たとえ貧乏でも。芸術家とは、創作をする人間で、それは、その人にしかできない仕事である。だから、尊敬をされていて、どんなラフな格好でも、平気で、歩けるし、過ごせる街なのだ。あなたが、創作をする人なら。

 しかし、日本では違う。何よりもお金があることが大切だ。渋谷に、個人事務所を構え、高級なブランド物に、身を包んで、頭をモヒカン刈りにしていた、佐野研二郎みたいな、人間が、立派な人間だと、みなされるのだろう。そういう風土がある』

 ニューヨークと日本の圧倒的な違いは、芸術家が、ニューヨークだと、芸術の仕事一本やりで、暮らせるという事です。ホアレスみたいに貧乏でも、本人が、別にそれを気にしないのなら、誰も、彼を避けたりはしません。亡くなれば、それを悼んで、遠く、日本に住んでいる私にまで、メールでお知らせが来ます。彼は、モノのよくわかる優しい人間からは、ちゃんと、認められていたのでした。

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副題6、『日曜美術館の、アトリエ訪問で見たのだが、平山郁夫さんは、500瓶近い、絵の具を、壁に並べておられたのだった』

 日曜美術館の中では、物故作家訪問もあるのですが、一方で、現在活躍中の有名作家(または、大家)のアトリエを訪問するという企画もあります。

 私が覚えているのは、山口華陽、田淵俊夫、平山郁夫、船越桂、山口晃などです。そのうち、深い感銘を与えられたのは、山口華陽のアトリエと、そこで、華陽が、制作をしている姿でした。端然という言葉は、この方のためにあるのだと、思い到ったものです。明治生まれと言う事実をシカト、感じさせられました。

 さて、五人それぞれに対して感想がありますが、ここで、取り上げないといけないのは、

 平山郁夫さんのアトリエ訪問記でした。平山さんは、華陽とは、違って、洋風のひと間で、制作です。その洋間ですが、白木が多用されていて、清潔で、かつモダンです。後ろの壁が、カメラの視野に入るのですが、そこに絵の具がずらっと並んでいました。

 ひと瓶で、10万円を優に超えるだろう岩絵の具が、300瓶以上並んでいるというイメージがありました。日本画については、その画材を使ったことはないのですが、粒子の大きさによって、発色が違うそうで、ラピスラズリーなどでも、荒く砕いたものと、微細に、砕いたものでは、現れてくる色が違うので、同じ原料でも、10瓶程度、必要になるのだそうです。

 『平山さんの画材は、もし、それを一回で、買うとしたら、数億円を超えるのではないかなあ』 だけど、それを、カメラの視野に入れてしまうところが、平山さんの、平山さんたる処でしょう。元芸大学長なのに、結構なレベルで、悪口を言われておられます。

 華陽篇でも、田淵俊夫篇でも、岩絵具・収集のすごさには、私は、気が付きませんでしたから。田中一村が、どうして、奄美列島に住みながら、日本画を描けるのかが、不思議でしたが、お姉さんが、千葉に居てサポートをしていたらしいのですね。その名前が、難しく、また、お値段が高いものの注文を、どうして、他人に頼めるのだろうと、不思議に、思っていましたが、お姉さんは、心底一村をサポートする人だったらしいので、間違いなく、買って、送ってあげたのでしょう。非常に高いものを、ごく少量ずつ、注文をしていたと、みなせます。粒子の大小など、彼が自分で、乳鉢で、調整したのかもしれません。

 横浜美術館で、東山魁夷展を見たことがあります。東山魁夷と、田中一村は、入学だけは、同期なのですね。学費が続かなくなったのか、同級生と話が合わなくなったのか、一村は、やがて美校を中退していきます。東山魁夷の大画面と、厚く塗られた岩絵の具を見ていると、一村の絵との違いを、感じさせられます。それ以上は、言いませんが。

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副題7、『山口みつ子さんが、金と芸術と言うシンポジウムを開いたのだが・・・・・私は、坂本弁護士の、遺族並みに、<山口みつ子さんの死因が、自殺ではない>ということを証明したいと思っている』

 ギャラリー山口のオーナーだった、山口みつ子さんは、2010年の、1月17日に亡くなっていて、自殺とされています。ビルから、転落したと、いう事で。しかし、絶対に違うと、信じています。その後の川島女史(村松画廊のオーナーだった)の動きとか、読売新聞の記事とか、それを、わざと森邦夫さんが、私に呉れた事とか、その三か月後の、私の森さんの画廊

 exibit Live and Moris での、個展と、それにまつわる、怪異な現象の数々を考えると、山口みつ子さんは、絶対に自殺ではないと、信じています。そして、その私の個展の際に、井上ひさしは、自らを死んだことにしたのでした。

 私は、あまりにも彼ら鎌倉エージェントの悪意が目に余る・・・・・たとえば、個展準備で疲れ切っている私に、主人が癌であるかの様な、脅かし策を、病院サイドを巻き込んで起こしたとか、・・・・・10月中に受けたがん健診の結果を、4月5日の一時ごろ、主人が、銀座の私の個展を見に行っている最中に、自宅に、連絡するという形で、私の方へ知らせて来る。「結果は、ご主人にだけ、伝えます」と、言われたが、それは、私を、30時間ぐらい、不安に落とす作戦だった。
 また、一週前の土曜日の、展示準備の日に、北鎌倉で、電車が、なんの車内放送もないのに、1時間半も停車して、森さんに不義理をしたとか、森さんが、展示をわざと、逆効果になる様に、やったとか、

 瀬木慎一さんが、火曜日に、『あんたを、刑事訴訟にかける』という手紙をよこして脅かしてくるとか。・・・・・この件は、再度、2013年に今度は、前田祝一氏の肉声を使って、繰り返されるということと成ります。ここで、言明しておきたいのは、彼らは、同じケースをリメイクしてくるという事です。少し変えてですね。

 だから、シャルリーエブド事件について、あれは、鎌倉エージェントを助けるためだt、何度も文章を書いているのですが、その中で、彼ら悪人側が、失敗したポイントを、今度は、抜かりない様にして、再び、繰り返したというわけです。でも、このイスラム過激派を使った、脅迫は、2010年度の、地点では、それほどに、目立たない出来事でした。それは、繰り返しますが、日揮襲撃事件の後で、起ったことです。

 森さんの画廊での、個展の話に戻ると、その同じ週に、今度は増山麗奈さんから、渋谷のユーロスペースの最終上映版で、私の活動記録の上映会があるから、来てくださいと言われたり、

 本当は、三月中に行われる個展が、森さんの都合で、伸びたと思ったら、なんと、ガレリアグラフィカで、山本容子展をぶつけて来て、それに、お客が万来なのに、あんたの方は少ないね』と嘲笑をするつもりだったらしい上に、普段は、来てくれる銀座の画廊のオーナー陣が、まったく来てくれなかったといういじめ(苦笑)もあって、

 私はとうとう、伊藤玄二郎の会社へ、2010年4月8日(木)に、この個展の案内状をもっていって、『どうか、見に来てください』と言いに行ったのです。それは、むろんのこと、本当に来てほしくて、そうしたわけではなくて、『あなた方が、策略を弄していることは、すべて、判っていますよ。大元は、北久里浜の土地泥棒から始まっているのに、こういう悪企みをするんだったら、そちらの方の、悪を書きます』と、宣言する、為でした。

 そして、実際に、そうしています。そしたら、その次の日の9日の火曜日に突然に、井上ひさしが、自分を死んだことにしたのでした。彼の死亡は、まったくの嘘ですよ。

 彼は、地下潜行をして、私が、これは嘘ですと、書いている諸種の、嘘ニュースのアイデアを練っている処でしょう。

 すると、すぐそれは、井上ひさしには、判ったらしくて、彼は、2010年4月9日に、自分を死んだことにしたのでした。そして、マイクロソフトの、XPヴァージョンに対するサポート停止も、4月9日に設定をしましたね。脚本を練っているのです。ネットで、文章を発表している私が過去に、XPのパソコンで、充分だと思う。これ以上、発展させる必要が無いのではないかと、語っているのを、からかってきているのです。

 ともかく、私のその、悲惨極まりない個展は、4月5日から10日でしたが、その前に、3月4日だったか、鶴岡八幡宮の大銀杏が倒壊しましたね。

 私は、あの倒壊の、30%ぐらいは、山口みつ子さんが、他殺として、殺されていることを天が怒っているのではないかと、見ています。これで、100%の原因がそろったでしょう。すべての悪は、伊藤玄二郎と、井上ひさしの二人羽織にあります。

 そして、その二人が、そういう風に行動する裏に、瀬島龍三の、北久里浜における大規模な、土地のただどり用の、地籍変更届と言う事案があって(ただし、書類上は整えられているので、

 犯罪として、訴訟を起こすことはできない。が、実質的には、公的土地をただで、私有化したので、犯罪ではあるのだけれど)、それを隠すために、伊藤玄二郎と、井上ひさしの二人に多大な特権が与えられているということにあります。

 山口みつ子さんが、もし、本当に自殺だったとしたら、「画廊経営の上で、借金ができていたのだ。それが原因だった」という説がありますが、私は、他の状況から他殺説を取っていて、それを、できるだけ、追及したいと思っております。彼女にはお子さんが無かったらしいので、こういう事をやってあげる人がいないでしょう。で、私は、ひたすら、頑張っているわけです。オーム真理教に、殺された坂本弁護士のお母さんとか、犯人がまだ、挙がっていない世田谷一家殺人事件の、父君や、姉君と同じです。

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副題8、『2011年度中の瓜南直子さんの、FBへの投稿を読んでいて、彼女には、お金がないのだということは、すでに、私には、判っていたのだが、そこに拍車をかけて、さらに、緊迫感を与え、彼女を追い詰めたのが、伊藤玄二郎との付き合いだったでしょう』

 瓜南さんは、4月に「体調が不良である。苦しい」というツィートを上げています。その前に、1月9日に亡くなった、小泉淳作氏の、画材を遺贈をされています。しかし、それが、渡ってきたのは、3月ごろだと、思われるので、間に合わなかったですね。

 これから先がありますが、あとで加筆をいたします。

 なお、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3214849です。

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コメント

天才玉三郎の、老後の問題 + 松竹と吉本の鞘当て?の犠牲になった?岡村君△

2015-11-18 20:54:51 | 文化、芸術、書物

  今は、19日の午後5時です。次報を書き始めていますが、三時間程度、中断をしたいので、その間、こちらをお読みいただいておくと、助かります。下の文章は、19日の午前三時に完成をしておりますので、お勤めのある方は、未読だと、推察しますので、どうか宜しく。

副題1、『海老蔵の、2歳の長男、初お目見え』

 11月分の歌舞伎座は、夜の部のチケットは、あっという間に完売だったそうです。16日ごろ買いに行ったら、もうありませんでした。それで、夜の部はあきらめて、昼の部の前売り券を買っていたのに、当日が来た2日には、それを見るのを忘れてしまいました。旭化成問題が、緊迫をしていたからです。で、すっかり、歌舞伎ムードからは離れていたので、前売り券の事は忘れていました。

 で、仕方がないので、また、一幕みで、私は、見ているのです。その話題の中心、海老蔵の長男、二歳(正式には二歳八か月だそうです)の、かんげん君が、出て来て、「ほりこし・かんげんでー、ござり まちゅるー」という場面が、有るので、完売だった模様ですが、それも先週すでに見ましたよ。まあ、かわいいです。劇場全体が、思わず、涙するほどかわいいです。

 それは、なんと、その二歳の【かんげん】君の為に新作として、作られた、作品で、総タイトルを【江戸花成田面影(えどのはななりたのおもかげ)】と言うのです。そして、今月の出演者の内、幸四郎、左団次、友右衛門、を除く、御大たち、藤十郎、仁左衛門、菊五郎、梅玉、染五郎、松緑が、出演者として付き合ってあげていました。豪華絢爛たる出演陣と言う事です。それは、NHKニュースが紹介したほどでしたが、それも、一幕みで見ました。

 歌舞伎の演目で、その月にあたっていて、評判の良いものには、大向こうから掛け声が盛んにかかります。私が、もっとも強く、それに、気が付いたのは、思いがけずも、【怪談牡丹灯籠(7月の演目)】でありました。それは、世話物、しかも脚本は文学座向けの新版だから、普通なら、掛け声が少ないはずなのです。と言うのも、見えを切る場面が少ないので。でも、面白かったので、すごいレベルの掛け声がかかりました。

 むろんのこと、御殿の場面が登場する【名物伽羅先代萩】などでは、見えを切る場面が多いので、掛け声は、おおくかかりますが、【牡丹灯籠】が、どれほど、面白かったかがわかります。

 で、初めて、坂東玉三郎って、頭がいい人で、まじめなのだと、判りました。非常に遅い目覚めですが(苦笑)。それは、筋書(一般の言葉でいうとプログラム)の中で、知ったのですが、この演目を選んだのが、玉三郎で、それは、香川照之(歌舞伎俳優としては、市川中車を名乗っている)を、生かすための、選択だったらしいのです。確かにセリフの多い劇で、劇的表現に優れている中車と、こういうセリフの多い劇だと、普段よりさらに、表現に優れて来るみたいに感じる玉三郎の掛け合いが、見事でした。また、中車は、まだ、見えを切る時代ものよりも、心理描写の面が、大きい世話物の方が生きるのでしょう。玉三郎は、『ふるあめりかに、そでは、ぬらさじ』も好演したそうで、それを見たかったなあと、いまさらながらに思っております。それも、文学座用の脚本を使っているそうです。

 その玉三郎は、歌舞伎とは無縁の、一般家庭の生まれの人で、いわゆる御曹司ではありません。海老蔵の長男の二歳の【ほりうち かんげん】君とは対照的な位置にいる人です。でもね、その掛け声のかけ方の面から見ると、歌舞伎って、ファンと俳優の交流が、緊密な場で、ファンが参加できる場なのだと、知りました。ごひいきの俳優の見せ場が来ると、みなさんが、拍手喝采なさるのも、非常に砕けた楽しみ方ではありますし。だから、人気者海老蔵の、子供が、二歳で、舞台に上るのもありなのでしょう。

 でもね、『あまりにも親バカだなあ。海老蔵って!』、とは、思いましたよ。まだ、二歳です。五歳ぐらいまで、待つのが、普通でしょうに。それにいたいけな子供を、周囲が利用している様に見えて、それもかわいそうでした。これは、5歳から演奏会を行い続け、27歳の時に、弾けなくなった(肩を痛めたということで)マキシム・ヴェンゲローワの、エピソードを思い出してしまう事例です。ヴェンゲローワの方は、7年間の休息(指揮を学んでいたらしい)を経て復活しました。本人もその間、人間として、たいそうな勉強になったみたいです。で、見事な演奏をするバイオリニストとなっています。美しい音です。かんげん君の将来は、どうなるでしょうか?

 まあ、曽祖父の、没後50年記念祭だから、ここで、急いで、出したとはいえましょうが。50年祭は二度と来ないわけですから。

 奥様が、元女子アナで、タレントだから、お子さんの顔が、特にかわいいという特徴があるけれど・・・・・これを周りは、どう見るのだろうと、興味津々で、双眼鏡も使ってみてみました。その本心は、いかが?と、思って。

 中心にいる役者は、気をそらしません。染五郎と、松緑は、粋なとび職で、お祝いの踊りを、踊ってあげました。元来が、女形である藤十郎(扇千景のご主人ですよ)と、梅玉は、黒留めそでの芸者さん姿で登場し、仁左衛門や、菊五郎は、町の有力者の姿で、着流しに、紋付きの羽織を着て。これは、通常は舞台に、横一列に並んで行うお披露目の口上(紋付、裃姿で、ずらっとならぶ)を、二歳の坊やの為に、崩して、さらに、豪華な、モノにした演目で、周囲が、示した大変な、サポートぶりでした。

 だけど、端の方に居る大人の役者がどう思っているのだろうと思って。こういう役者の中には、一般家庭の出身であって、絶対に主役の座には登れない人も多いでしょう。『特に国立劇場で、歌舞伎俳優養成所が、できていて、そこを卒業した人などは、或る少数は、子供のいない、大物俳優の、養子(玉三郎も養子である。彼は、年齢的に言って、養成所は出て居ないが)として、上昇気流に乗りますが、そうではない、立場の人も大勢いて、ほぞをかんでいるはずだから』と思いながら、双眼鏡の中を覗きました。そこで見たことは、ここでは、口にチャックとして語りません。私は、一種の評論家でもあると思うけれど、批評や評論の分野を、歌舞伎にまで及ぼす気持ちはありません。

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副題2、『蛇柳を、外人と一緒に見て、その面白さに目覚めてからは、相当な舞台を、前売り券と、一幕み席の、どちらかで、見ていますが』

 副題2の、二重ガッコ内に書いている通りで、相当数の演目を、この2015年に入ってから、すでに、見ていて、17日(月)も【河内山】を見てきました。その舞台を見ている多数の、外人が喜んでいる様子から、【河内山】には、【フィガロの結婚】に通じるテーマが隠されているのに、気が付きました。

 つまり、お殿様(公爵)が、腰元(侍女)の処女権を奪う問題です。河内山は、明治になってから生まれた脚本みたいで、物知りの人が筋書きの中で、『実際には、江戸時代には、これ(=心理的な下剋上)は、ありえなかった設定であろう』と言っています。

 その下剋上とは、茶坊主と言う職種で、将軍に仕えるサラリーマンが、社会通念上は、庶民にとっては、そちらが上であろう、お殿様を、きりきり舞いさせるという劇です。ただ、一方で、江戸城中勤務(今でいう上級の公務員)でありながら、一方でやくざっぽい行動を取るという、二重性を持った人物にとっては、「お殿様の家来としては、重鎮だと言えども、将軍の家来よりは、下だ。陪臣じゃあねえか」という観点があって、それで、難局を切り抜けるのです。二重のひねりが利いていて、とても面白い劇です。

 副題1で、みんなが、その2歳の長男を、盛り立てた、そのパパの方の、海老蔵が主役です。海老蔵は、今37歳なのだそうです。大変な美男子(たぶん、現在の歌舞伎界で、一番の美男子)なので、みんなが腫れ物に触る様に、大切にしていて、朝日新聞の劇評でも、ストレートにほめてはいない、微妙な、言い方です。

 私は、初心者ではありますが、今回の【河内山】での演技が、下手だとも思いませんでした。ただ、過去の対照例を知らないので、上手ではないのかもしれませんし、そこら辺りは、よくわかりません。

 今月は、朝日新聞の劇評が良かった、【仙石屋敷】も見ました。真山青果脚本の、現代的解釈の加わった、【元禄忠臣蔵】の方であって、討ち入り後の、浪士の心理描写が主なテーマとなっている劇です。ここにも家族関係の微妙な問題(千之助の父、孝太郎は、離婚をしたらしい。千之助君は、15歳と言う精神的に、微妙な段階なのに、大変ですね)がありますが、それには、触れず。

 玉三郎に、目覚めてからは、【仙台萩】も、【阿古屋】も見ました。東劇の映画で、【籠釣瓶】も見ました。だが、『玉三郎は、複雑な心理表現が、加わる、現代風な脚本の中の方が、いいなあ』と思います。豪華な衣装に包まれて、白塗りで豪華な、髪飾りを付けた、お姫様タイプまたは、傾城(おいらん)タイプなどの、女形像には、私は、それほどには、感銘をうけません。美しいとは、思うけれど。確かに超が付くほど美しいです。が、そういう役には演技のしどころが、さしてないですね。

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副題3、『玉三郎は、岡村君を、全然知らない、または、尊敬をしていない模様ですね。その上、松竹と、吉本の、大阪における、確執も反映しているみたいに見えて、岡村君が気の毒でした』 

 この間、岡村君が、NHKの【プロフェッショナル】の中で、特別番組を作ってもらって、数人の有名人をインタビューするという番組がありました。私は、その番組には、全然気が付かなくて、予約録画もしていなかったのに、録画ニュースを、チェックしている際に、二つの、録画ニュースの間に、ライブで、現れる、現在の放映番組として、気が付いて、たった、15分程度、最後の部分を、録画をしておいて、後で、見て見ました。すると、その15分で、岡村君が、玉三郎を、訪問しています。 

 まず、そのインタビューの場所ですが、玉三郎側から指定をされている、お部屋らしかったです。それは、ロココ調の家具が置いてある、言ってみればベルサイユ宮殿を、さっぱりとさせたみたいな部屋でした。それって、松竹ビルの中にある貴賓室なのかしら? または、歌舞伎座の中にある貴賓室? と思う風情のお部屋であって、岡村君は、緊張しきっていました。

 歌舞伎だって、アメリカの大統領、フランスの大統領、英国の王室の方々などが、見えるでしょうから、ロココ調の、貴賓室があるのも当然です。それではないかな? でも、岡村君向きではないのです。お笑い芸人として、出発した岡村君を迎えるのなら、もっと、砕けたお部屋が、向いていました。玉三郎が、ちゃんと、断っていましたよ。「いつも、楽屋とか何とか、そういう場所で、インタビューを受けているから、今日は、こういう場所で」と。

 しかし、私は、それは、玉三郎のアイデアではなくて、大・松竹株式会社が、吉本へ、自分たちの権威を見せつける為に、そうしたと、思えました。株式を、1961年に東京の一部上場を果たした、後発であり、また、大阪発の企業である吉本興業に対する、さや当てというか、何かだと感じました。『どうだ。参ったか? こんな部屋は、吉本の、ビル内には、無いだろう』と、威張るために用意した様に感じましたよ。

 それで、今、会社四季報で、資本金の額や、社員の数などで、どれくらい、実力に差があるかを調べたところ、吉本の名前が、無いのです。どうしたのでしょう。で、お気に入りに入っているはずの東証検索を見てみると、いつの間にか、リニューアルをされていて、再登録をしないといけないと、なっていました。でも、四季報にないということは、上場廃止をしたのかしら? ともかく、それを調べるのに長時間がかかってしまって、いまだ解明ができません。

 で、ここで、NHKプロフェッショナルに戻ります。玉三郎の、岡村君への扱いは、『不親切な感じを受けるなあ』と言うものでした。ただ、それは、玉三郎が、岡村君が出演している番組をほとんど見ていないという事にも原因があるかもしれません。で、岡村君をほとんど知らないで、ただ、吉本の芸人としてとらえていると、ああいう態度にもなるのかもしれません。

 上の節で語っている様に、玉三郎の、香川照之に対する温情ある指導を既に知っていた私には、違和感のある処でした。それに、インタビューアーが、岡村君なので、玉三郎が先に部屋に入って待っていて、そして、岡村君が、あとから入室するという流れになるはずですが、反対でした。これは、3.11の数か月後、松本龍大臣と、宮城県知事の間の、諮った様な、礼儀作法に関する喧嘩の際と同じ、しくみです。松本龍大臣を、知事の方が、ひどく待たせたというケースがありましたね。あれも、知事が先に入室をしていないといけない礼儀なのです。みなさん、何か(=力関係や政治的思惑)を示すために、よく使う方法なのかしら。(苦笑)

 これは、どうしても大松竹が、吉本を、下に見ているということの反映の様な気がします。玉三郎も、岡村君も、個人の才能を売り物にする、稼業ですが、ここまで、大人物になり、有名になったのは、うら側に居る組織(松竹)のおかげなので、そちら側の思惑が、反映するのは、仕方が無い事なのでしょう。無論の事、修業時代の玉三郎の修練(鍛錬)が、岡村君の、ライオンキング挑戦などより、長期間にわたるもので、半端でないほど、量が違うわけで、しかも玉三郎は、人間国宝です。ただ、才能とか、頭脳と言う意味では、岡村君も、すごいものを持っていると思いますよ。

 しかし、この際は、岡村君が、這いつくばらんばかりに、低姿勢に出て居るので、そういうときほど、偉い方である、玉三郎が、年下の、しかも、芸能的には、したであろうお笑い芸人の、岡村君を、尊敬してやってほしいと、私は、思いました。これは、どうしても、松竹の、吉本へ対する見下しに、原因があると、思います。

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副題4、『岡村君は、バーンアウトから回復をしたらしい。よかったね』

 このNHKの、プロフェッショナル特番・岡村インタビューアー篇が、どうして、企画されたのかの、裏側は知りません。もしかしたら、吉本が、大松竹へ、挑戦する為に、自分のところの、旗手である岡村君を利用して、彼が「大好きだ」と、もともと言っている玉三郎に、面会をさせるために、吉本側から、企画を立てて、NHKに売り込んだ?

 NHKだって、視聴率に対するテコ入れになるので、御の字だと考えて乗った? ?????です。仔細は、私には、わかりません。


 私は、玉三郎は、テレビの特番(たとえば、メトロポリタン歌劇場での、鷺娘の舞踊場面の放映など)では見ていますが、舞台を見始めたのは、この2015年7月からです。岡村君の方は、わが家のこどもが家にまだいて、同居していた頃、土曜日の【ないない】を見ていました。20年ぐらい前かしら? かれが、いろいろなことに挑戦するというのを見ていました。

 特に、劇団四季の、ライオンキングに、出演したいと言って、種々様々な訓練に耐える場面など、見ていて、『この子、大丈夫かしら。こんなにテンパっていて、頑張りすぎです。無理し過ぎです』と思っていたものです。そしたら案の状、バーンアウトが来てしまいましたね。

  しかし、回復した模様です。よかった。で、最近の、テレビ映像を全く見ていないのですが、その、見ていた時期に、感じたことは、『非常に素直で、前向きな子だ』という事です。『一生懸命な子だ』という事です。だから、玉三郎が、軽くあしらっているという風情は、かわいそうに思いました。

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副題5、『岡村君は、玉三郎に、引退を、どうするつもりなのかを聞いていた』

 さて、『軽くあしらっていて、対等な関係には、持って行っていないなあ。玉三郎は』とは、思うものの、岡村君の方は、このチャンスを生かそうと必死です。で、事前に準備をして来たであろう質問をいろいろ、繰り広げました。

 その中に、「引退をどうするつもりなのか?」と言う質問がありました。すると、玉三郎が、「無論のこと、引退は、考えている」と答えました。私は、それは、大切で、良い判断だと思います。女形が、年老いて来て、頬がこけた状態で、演技をしているのは、美しくないです。玉三郎は、特に美しいのだから、美しい状態のまま、引退をしたら、その方がベターでしょう。演出家として、生きて行ってほしい。

 たまたま、急に歌舞伎に興味を抱いて、演劇界と言う雑誌のバックナンバーを多数読んでいるのですが、菊之助と、七之助、梅枝、などが、若手女形として、育ってきているみたいです。七之助は、ブラザーの、コマーシャルに出て居るので、毎週、二、三回銀座に行く私は、すでに、何十回、兄の勘太郎と、ともに、その姿を大画像で、見ています。京橋にブラザーのビルがあり、その壁面に二人の、兄弟の画像が、下がっているからなのです。

 二人で、【京人形】を、演じた時に、七之助は、細身すぎるとは、思いましたが、きれいです。で、他の情報として、雑誌で、間接的に知ったのですが、菊之助が【籠釣瓶】を父と一緒に、演じたそうです。また、梅枝も、相当に、演技が上手になっているそうで、ほめてあったので、玉三郎も、引退できる日が来るでしょう。

 で、どういう風に引退を、して行くかについて、岡村君が、質問をしたところ、「フェイドアウトが、いい」と、言っていました。大げさな会見など行わないで、徐々に、出演演目を減らしていき、消えていくという事らしいのです。

 このフェイドアウトですが、役者としては、フェイドアウトして行っても、歌舞伎界の指導者としては、引き続き、顔も、手もを出してほしいですね。

  たまたま、堀越かんげん君の、たった二歳にして、最上級で、しかも最高レベルに、豪華な、お披露目演目を、用意してもらっている、姿を見ました。しかし、五年前かな? 海老蔵が、六本木で、騒ぎを起こして、舞台に出演できなくなって、玉三郎が、お正月の歌舞伎座の穴を埋めたことがあったらしいのです。

 その時に、温和でストイックな玉三郎が、珍しくもいささかの苦言を、マスコミに向けてカメラの前で、発言をしたらしいのです。これは、玉三郎にしたら、ずいぶんな事だったのでしょう。そこからも類推できるナリタヤの、権勢です。

 一般家庭の出身で、特権が無かった玉三郎が、大変な苦労を重ねて、立女形への道を歩んできた経路と、2才八ケ月の長男の為に、歌舞伎界総力を挙げて、お披露目を準備してあげる【ナリタヤ】との違いが、明瞭に出てしまった、今月でした。成田山新勝寺とも、縁の深い、大きな名跡の家に生まれたために、油断も油断がある、海老蔵への、あの事件の時の玉三郎の、苦言は、心からの吐露だったのでしょう。   

 でも、今、ネットで、知ったのですが、海老蔵も、変わったそうです。子煩悩パパ像へと、変化しているそうです。と言う挿入を入れて玉三郎へ戻りますが、

 玉三郎の、老後生活が、ある意味で、心配ですね。彼は、原節子スタイルで、暮らすのかなあ? または、ちあきなおみ、スタイルで、老後を過ごすのかなあ? それとも、普通の紳士として、歌舞伎や、その他の舞台やら、映画の、演出だけは、続けていくのか?

 後輩の指導も続けていくのか?

 岡村君も、独身です。天才の結婚は難しく、かつ、老後生活も、ある点で、難しかろうと、思います。

 そして、私の頭の中では、今、なかなか、結婚に、踏み切れないでいると言われる、普通の、一般男性の事も、心配です。年功序列度が悪いなんて言われて、無くなりつつあるけれど、あれがあったからこそ、男性は安心して結婚をすることができました。あれが、結婚制度を持続させていたのですよ。とんでもない破壊を、日本社会へもたらしている最近の永田町です。

 一億総活躍社会だとか、女性が活躍できる社会だとか、言っていますが、言葉の綾だけですね。本当は、一億総不安化社会へ、持って行ってしまっています。

 困り切る社会や、政治ですが、私も微力で、何もできない人間の一人です。ときどき、娯楽に触れて、気分を刷新していますが、数年前までは、歌舞伎に行くなんて言う余裕もなかったのです。その頃に比較をすると、少し、心理的なゆとりが出てきたと言うところかな?・・・・・

 小さいころは親に連れて行ってもらって、歌舞伎を見ていました。今回の50年祭の主役である曽祖父の方の海老蔵(十一代団十郎?)も、見ているし、梅枝の曽祖父の方の時蔵(三世?)も、見て覚えております。この二人の役者は、とても、美しかったという記憶があります。

 このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3213447です。

2015年11月18日から19日にかけてこれを書く 雨宮舜(本名 川崎千恵子)

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spin off として・・・・・・川喜多記念館を牛耳る伊藤玄二郎(崔洋一、と、桜井よしこ)

2015-11-17 23:50:32 | 政治

前報、を整理中に、この部分は独立をさせた方がいいなあと、気が付いたところがあり、それを、スピンオフとして、こちらへ独立をさせます。
前報とは、三回目の総タイトルを、
画家にとっての独創性とは、どう言う物か? 渡辺幸子と、佐野研二郎のケースを考える  2015-11-17 09:49:37 | 政治

と、しているものですが、その中で、『スチュワーデス(=スッチー)と言う言葉はなぜ消えたか❓』と言う問題を論じています。こういうところが私の独壇場だと、思い到るのですが、何故、言葉の改変が行われるか?の、本当の理由をここ『銀座のうぐいすから』で述べております。

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副題1、『現代社会には、嘘が蔓延しているが、なぜそうなっているのか?』

 このブログの世界に対して、何か、を、誤解をされている方は、おおいでしょう。それは知っております。どういう誤解かと言うと、個人的な悪口を連ねている世界だと。しかし、違うんですよ。この現代世界には、嘘が一杯、蔓延をしています。どうして、そうなるかと言うと、私が、鎌倉エージェントと括っている、特権階級の、個人的な利益を守るために、そうなっているのです。それを解説するのが、ここの世界です。

 たとえば、最近の主役である、渡辺賢司・ミカ夫妻など、小物中の小物であって、鎌倉エージェントに、第6次、程度の段階で、利用されたにすぎません。しかし、W夫妻などと、記載をすると、さらに、悪辣なことをやってくるのが、鎌倉エージェントの常です。既に、彼らの存在と役割に気が付いてから、12年になっていますので、彼らのやり口と言うのは、とことんに判っているのです。で、すべての人で、利用されたか、本当の自分の意思で動いたかは、区別せず、『あ、これは、彼らの発案にのっとった行動ですね』と言う行動を取る人間は、きちんと実名で、所業を書くという方針にしております。

 この嘘と言う項目ですが、シャルリーエブド事件も、それから、今回の同時多発テロにも、嘘の部分が含まれています。劇場で、死んだ人が居るという部分は、真実です。それから、129人が死んだという部分も真実でしょう。しかし、『IS国(特にそのトップ)が、過激派イスラム集団だ』という部分が嘘なのです。
 実行犯は、洗脳に染まりやすかった、不満分子でしょう。そして、彼らは、Jihard John を除いて、真摯なイスラム教徒かもしれません。しかし、彼らを使役している連中が違うのです。それも、また、いわゆるCIAと言う言葉で括ることのできる連中です。

 しかし、それを詳細に、検討することこそ、彼らの罠にはまることなので、今回は、それは、パススルーをさせてくださいませ。銀座の画廊、ガレリアグラフィカについて論じる方が、ずっと、政治的意味は高いのです。だからこそ、筆先をそらせるために、あの同時多発テロは起こされたと、見ているほどです。

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副題2、『栗田玲子さんについて語るときには、表裏一体として、酒井忠康氏だけではなくて、もうひとり、伊藤玄二郎が浮かぶのだ』

 ともかく、銀座に戻ります。今回の論文は、すべて、2015年10月26日(月)に、北畠洋一さんと言う、映画評論家が、ガレリアグラフィカの、一階展示室で、普段は、そこに置いていない、テーブルと椅子を使って、事務・仕事をしていたというところから始まっています。もし、その週の壁を飾っていた、美術作品が北畠さんが制作したモノだったら、こういう事もありでしょうが、北畠さんは、銀座では、鑑賞者(=美術評論家)でしかないのです。作品を発表する人では、ありません。私は絵と文章の両方を創作することが好きですが、北畠さんは、美術作品を作ることはやらず、銀座の画廊の個展で発表したことはないでしょう。

 だから、この現象は、『レオスカラックス監督の、映画TOKYOの第二部について、私がさらに、書く事を止めさせる為に使いたかった、何らかの脅かしだった』と、推察しています。しかし、伊藤玄二郎って、本当にトカゲの脳味噌だと、思いますが、そんな罠にはまる私ではありませんよ。内心でせせら笑っていて、どうして、そういう現象を起こさないといけないのかの、根源に迫っていくのです。

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副題3、『伊藤玄二郎が、電話か、メールかまたは、会食をもってこの案を頼みに行ったのだろうが、それが、ばれた後で、今度は、鎌倉の方で、W氏と言う男性67歳を、詐病で、救急車で運んだのだ。これも、対私への脅かしだと推察するが、W氏は、無事に自宅にいる模様である』

 17日の午後に、銀座の画廊巡りをするために、外出したのですが、その途次で、下から山を上がってくる、渡辺賢司氏に出会いました。この件は、将来、別章で、また詳しく語りますが、『ともかく、彼が、自宅に居てよかった』とは思いました。病院内にいると、殺されますよ。

 伊藤玄二郎の後ろには、井上ひさしが居て、その二人が、次から次へと悪巧みを、考え出し、仕掛けてきます。で、私の頭は、今度は、途中で伊藤玄二郎に向かいます。そこだけは、スピンオフとして独立させた方がいいだろうという話題があります。それは、川喜多かしこ記念館の事です。

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副題4、『伊藤玄二郎は、川喜多記念館を牛耳っている』

 わが家の、峰を隔てて、山の反対側に川喜多かしこ記念館と言う施設があります。その掲示板だけは、人通りの多い小町通りに建てられております。

 ほとんど毎日そこを通りますので、よく見るのですが、そこに、伊藤玄二郎の名前を発見することがあり、瓜南直子さんが、伊藤玄二郎の教唆により、映画のプログラムについて、FB上で、投稿を重ねていたこともあり、私は、注目することと成りました。

 ここを舞台にして、伊藤玄二郎は、政治的に極めて、重要な、講演会とか対談を用意しているのですが、最初にそれに気が付いたのは、崔洋一監督との対談でした。崔氏は、NHKスペシャル内で、日本人の若者を怒鳴りつけ、その本質を露わにした乱暴者です。しかも、その2010年当時は、韓国籍の筈です。昔は、北朝鮮籍の筈ですが、北朝鮮が、弱体化したとか拉致問題を起こしたので、見限ったのでしょう。もしかすると、最近は、帰化していて日本国籍も取っているかもしれません。ただ、韓国籍だった時期に、日本映画監督協会の会長になっています。どうして、それが許されるのだろう。乱暴者だから、皆さん、恐れているのかな? だから、道を開けて通すのかな?

 ともかく、韓国を大切にするのは、民主党の手法です。私のご近所の安野家が、道徳的には、やってはいけないだろう、北側の畑を手入れする時と、小沢一郎氏がテレビの世界に、登場する時が連動をしているので、鎌倉エージェントは、徹底的に、民主党と連動をしていると、見ていました。

 JALが突然に破産をした後で、その会長に稲盛さんが選定をされました。稲盛さんの奥さんは、韓国の種苗家のお嬢さんなので、稲盛さんが、JALの会長になるとは、民主党が権勢を誇った時期です。そして、JALの破産は、内の主人と息子が、株を持っていたからでした。それは、私の資産を減らそう。そういう方向で、私の活動を低めにさせようとする動きです。それと同じことが、今般、再び旭化成の、データ使いまわし問題として、再燃してきています。

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副題4、『しかし、櫻井よしこさんの講演会を見つけて、驚嘆をしたのだった』

 よく、『君子は豹変す』と、申しますが、その実例を、私は小町通りに置いてある、川喜多かしこ記念館の、掲示板で発見するのです。

 上の節で、「川喜多記念館は、伊藤玄二郎に牛耳られている」と、私は言っています。ところがある日、そこの企画展を、お知らせする掲示板に、『桜井よし子講演会』と言う文字を発見して、仰天をしました。私は別に桜井よし子さんから、直截な形で、いじめられたことはありません。むしろ、反対に、戦後のレジームの中で独自路線を敷いて居る彼女は、偉いと思っております。ときどき、週刊新潮を買って、彼女の評論を読みますが、大体賛成です。

 しかし、・・・・・・川喜多記念館は、伊藤玄二郎に牛耳られていて、しかも、鎌倉エージェントは、民主党びいきだと、長らく思っていた・・・・・ので、自民党びいきの、桜井さんが講演会をそこでやることについては、仰天をしたのでした。

 しかし、この間、日曜美術館、まどみちお特集を録画で見た後で、鎌倉春秋社から、2014年12月28日付で、谷垣禎一対談集【興味津々】が、発刊をされていることを知り、それで納得をいたしました。谷垣禎一氏の対談集【興味津々】を伊藤玄二郎が企画した・・・それが、あらゆる異常なニュースを解く鍵だ   2015-10-23 07:06:22 | 政治

 で、それが、判ってからは、この桜井よしこ後援会は、伊藤玄二郎が、谷垣禎一さんに、紹介を頼んで、招聘したと、見ています。または、残間理恵子さんも彼らの仲間なので、彼女が経営しているプロダクションを通じて頼まれたか、または、別ルートだったかもしれませんが、今度は対談ではなくて、彼女一人の講演会でした。その方が効果があると、伊藤玄二郎は見たのでしょう。

 『自分との対談にしてしまうと、早速私が、気が付いて、あれこれを書くので、逆効果を生んでしまう。ここは、桜井よしこさん一人の講演会にした方がいい』と、判断をしたのだと思います。で、この講演会の目的は何だろうかな』と考えてみると、彼、または、まだ生きているいのうえひさしがこういいたいのだと判ってきます。『お前、桜井よしこさんに、手を出しても駄目だぞ。こっちがすでに、ぺを付けたのだからな』と。

 私は、2007年ごろまで、相当数の有名人とも、直接のつながりがありました。メルマガの送り先などにも相当数の有名人が含まれていたのです。本の送り先にも、ニュースショーの司会者とか、日本ペンクラブの会長(井上ひさしではない)とかが含まれていたのです。しかし、ブログを書くのに必死になっていて、メルマガを数か月送っていない間に、メルマガが、発送できないというパソコン上の、システム的破壊が起こされていて、そういう有名人とは、切れてしまいました。また、次の本を工業生産的に、出版をしてもいないので、献呈作業を続けてもいないので、有名人との間が切れたとも、考えています。

 『まあ、有名人と切れたのは、彼らの戦略だから、彼らが必死なのに、比較をすると、こちらは、そういう部分には、勢力を注いでいないのだから仕方がない』と、あきらめて、神様だけを相手に、歴史の証言を書くと、腹を決めているのです。

 伊藤玄二郎と言う人間は、そういう人間なのです。本人は、自分が頭がいいし、社交性があるので、それが可能なのだと、得意になっていると、思いますけれど、・・・・・

 誤変換は、残っているとは思いますが、ここで、しめといたしましょう。明日丁寧に点検をしたのちに、日付と署名を入れます。

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画家にとっての独創性とは、どう言う物か? 渡辺幸子と、佐野研二郎のケースを考える

2015-11-17 09:49:37 | 政治

 本日もツィッター方式で書かせていただき、総タイトルは、書きぬけた順番に変えていき、何度も変更する予定があります。17日の午前中は、『韓信の、股くぐり』で、始まる、総タイトルにしていましたが、午後に二番目のモノ『なぜ、スチュワーデスと言う言葉が消え、CAへと変化したのか、皆様は理由をご存知ですか?』へと、変更しました。そして、7時間ほど、外出していて、今、帰宅をしたところです。で、帰宅後、さらに三度目の、総タイトルへと変更します。

副題1、『この章を書き始める前に、今朝、布団の中で考えた事』

 私は前章の末尾で、「この続きは、火曜日に加筆いたします」と、言っています。それを、申しあげたのは、日曜日です。五年ぐらい前だったら、月曜日疲れ切って、銀座から帰って来て、さらにブログに取り組んだでしょう。と言うのも銀座で、各種工事(*1)に出会う、駐車違反監視員(*2)とか、路上喫煙監視員(*3)とかに出会う、また、画廊が、微妙な程度の、意地悪(*4)を繰り返すという現象に出会ってくると、さすがに疲労困憊します。

 それらを見るたびに、過去例とか、過去ブログとかを思い出し、それの政治的意味の分析を果たしながら、銀座を歩いて行くわけですからね。つまり、攻撃が激しいからこそ、今、自分が書いていることが正しいと、いえるからです。で、方針をどうするかを、さらにあるきながら考えています。

 私は、美術評論家として、ものすごく面白いかつ有意義なものが書けるのですよ。発表の場が、ブログしかないとしても、いつも、人がそこに集まってくる様な文章を書けるでしょう。そして、某画廊のオーナーが、「この一年間に、2000万円は、稼いだでしょう?」と、言ったほどです。その一年間とは、月刊ギャラリーに連載をしていた時期ですが、ああいう場所を持っているだけで、一つの文章について、10万円ぐらいは、請求してもいいのだと、しりました。世間がそういう風に、考えているのだと、知りました。だが、一銭も要求したことはないし、相手がくれたこともありません。ただ、他の美術評論家は、そういう事をしているのだと、知りました。

 ところで、最近数年間の文章は、美術評論とは遠く離れて政治の分析ばかりです。特に、この一か月は、すべて或るきっかけによって、思い出した事を書いているのですが、そのきっかけとは、2015年10月26日、ガレリアグラフィカの、南側の、壁に、小さな机が置いてあって、そこで、椅子に座り、事務・仕事をしている北畠洋一氏を見かけたことから始まっています。

 それを、きっかけに大海と言ってよいほどの、文案が浮かぶのですが、北畠洋一氏自身は、悪い性格の人間ではありません。彼もまた、悪事の道具として、使役をされた人間の一人です。前報(後注1)に出て来る、渡辺賢司・ミカ夫人も、現代日本の中では、インテリで、教養の深い方で、性格もよい人達の方です。ただ、使役をされた人に過ぎないのです。

 たびたび、私や、日本及び世界に、大迷惑を与える源泉として、取り上げる石川和子さん、安野智紗夫人、前田清子さんなどより、はるかに、上等な人間です。しかし、その夫婦を道具として使役をする人たちについて、私は、深い怒りを持っています。で、裏に隠れていて、他人を利用するずるいこと極まりない彼ら(=鎌倉エージェントと、私が括っている人間たち)の悪をあぶりだすために、目の前に、現れ、実際に、言論弾圧の、任務を担った人々については、気の毒だけど、実名で、その政治的な分析を重ねるということと成ります。だから、私と少しでも、知遇の有る方は、私が差し上げた本の中に入っているURLと、このブログの看板である『銀座のうぐいすから』等から、このブログを見つけ、毎日、間断なく、読んでいないといけないのです。

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副題2、『なぜ、スチュワーデスと言う言葉が消え、キャビン・アテンダント(CA)となったのか、皆様は、理由をご存知ですか?』

 栗田玲子さんには、著書を何冊も差し上げています。その上、彼女は、伊藤玄二郎と、会食したり、酒井忠康氏などとも、しょっちゅう会っているので、このブログの事は、知っているはずですが、毎回は、読んでいないでしょう。こういう現象は、そのリアルな場面に出くわしているので、確信をもって語ることができる部分です。

 井忠康氏、渡辺幸子さん、栗田玲子さん、私の四者が、ガレリアグラフィカの二階で、出会ったことがあって、私がただ一人冷遇をされたことがあります。尾行がついていて、そうなる様に仕向けられたと、見ています。私が二階に到達した直後に、渡辺幸子さんが入ってきましたから。

 渡辺幸子さんがどういう人で、どういう事を私に対してやったのか? それは、まだ、全貌をブログでは書いていないのですが、私に対する言論弾圧の、典型的な仕組みでもありました。個人的な電話のやり取りを盗聴された結果、渡辺幸子さんが、いじめてくる様になったのですが、それを、私が無視しきって、彼女およびICU同窓会展から去った、の私の行動を、最大限に利用をされたのです。

 彼女は勝気な人で、グループICU展では、自分が一番であると、思い込んでいました。一方で、新制作協会展で、なかなか会員になれない事を、悩んでいました。同じ様に、上野の公募団体展では、大きい方である、国展に出品している私に対して、電話でぼやき続けていました。それは、新制作協会内部の友人には語れないことだし、また、鎌倉美術家協会展や、神奈川女流展で出会う、自分より目下の人に対しても語れないことだから、私がカッコウの、愚痴のはけ口だったのです。彼女にしてみると、美大を卒業していないことが、大きな原因で、自分は新制作協会では、不遇だから、あなたも同じみじめさは、知っているでしょうとなります。実は、その通りでもあります。私は国画会内部では、すこぶる付きで不遇でした。絵の実力以外の部分で、そうなっているとは、思いますけれど。

 そして、私が、渡辺さんから、それらの愚痴を聞いていた頃(1999~2002年まで)、たまたま、私は、大修行中で、逗子のアトリエに一人暮らしだったので、夜の長電話対応が、できる時期でした。で、ある日などは、反対に、私の方から電話を掛けたこともあります。すると、夜の10時過ぎでしたが、私の電話へ子機で、対応をしながら絵を製作し続けていました。電話で、絵筆の音がするので、質問をしたらそうだったのです。まるで、鬼のごとき、制作ぶりです(苦笑)。そういう努力をしたり、あれをしたり、これをしたりと努力を続けていました。

 一方で、私は、別の世界に、興味を持ち始め、国展への出品を、止めようと考えていました。国画会内部で、出世の目が無くて、神経をすり減らす、嫌な事ばかりであるので、『こんなことはやっていられない』と、見極めをつけて、去る決心をしていたのです。でも、国画会も損をしていますね。その結果、国画会内部の真実を、忌憚なく書ける様になっているからです。島田昭三さんの真実を、妹さんが、お子さんを亡くしたことまで、含めて書いていますから。

 実力のあるものは、内部に抱えて、それなりの厚遇をしないとだめなのですよ。外部に放出をしたら大損をするのです。それが、できない国画会は、頭脳のない集団だと言えるでしょう。で、望月画廊(今はもう無い)で、行われたグループICU展で、国展用に、準備した100号を、出品したのでした。それは、多分ですが、2003年の、早春の事だったと思います。

 そのグループ展は、趣味の会であって、せいぜい12号サイズの大きさまでの、モノを出す展覧会でした。が、私は、自分の人生の方針転換を目指して、上野の都美館用の絵を、銀座の望月画廊で、展示をしたのですね。その画廊は、主に独立展へ出品をしている画家が、個展を開くところで、普段は、その壁面をずらっと、100号の絵が飾っているところだから、これは、画廊側から見たら、違和感のないところです。

 ところがね、日ごろ渡辺さんは、私に、「あのICUグループ展が負担になっているのよ。でも、社交上、欠せないから、出しているの。ただ、とても、忙しくて、あそこが、負担だから、鎌倉美術家協会展に出したものを、転用して間に合わせるわ」と、言っていたので、その言葉を利用して、私が裏切ったと、解釈をしてしまった模様です。つまり、出し抜いたと、考えたのですね。私は、彼女が怒り始めてヒステリックに私の荷物をソファから投げ落としたりし始めたので、『これは、何を説明しても無駄だ』と思って、会のリーダーに、退会を電話で、申しあげました。

 渡辺幸子さんは、画廊のソファで、乱暴狼藉をしただけではなくて、他にも、とんでもないことを電話で、言いふらしまくっていたのですよ。ただ、その内容については、さすがの実名主義の、私も、このブログの世界では書けません。ICU四期卒業生の何人もが、屈辱に、泣くことと成るので。

 渡辺幸子さんは、神奈川県ないの、女流画家の間では悪女として有名な人だそうですが、さもありなんと、その時には、思いました。彼女は初期の日航のスチュワーデスです。で、女の世界で生き抜く為に、意地悪の作法を身に着けたのでしょう。それと、次女だから、親の愛が薄かった可能性もあります。愛(アガペー)と言う問題については、何かが、間違っている人です。だから中退をしている彼女を、ICUの正式な卒業生としてしまうことは、ICUの根源に逆らっているなと、思いますけれど。

 でも、最近書いているエピソードですが、その渡辺幸子さんが栗田玲子さんに、「川崎さんって、怖い人なのよ」とおっしゃったそうで、それを聞いて、『おや、渡辺さんもやっと、私のことがわかったのかしら。あのころは、電話で悪口を言いふらしているぐらいだから、ひどく馬鹿にしていたのでしょうに』と、思ったことでした。だから、栗田玲子さんの思惑は見当違いもはなはだしかったというわけです。彼女はやっつけてやろうと、思って、そういうせりふを放ったわけですが、私にしてみれば、渡辺幸子さんってあく女中の悪女だから、彼女が、何を誰に言ったとしても、特に驚くことはなくて、ただ、あら、少しは思い直してくれたのかしら。彼女は、私と仲良しのころには、私の特徴については、何も気がついていなかったでしょうに』と思い至ったことでした。

 私と彼女では、関心を持っている分野が、まったくといってよいほど、違うのです。彼女は出世したいわけで、そのことに役立つことをやりたいのです。一方の私は、好きなことをやりたい人なのです。絵を描くのも好きだし、文章を書くのも好きです。そして、いいものとは、いい環境でしかできないと信じているので、悪い環境からは、逃げ出そうとする人なのです。しかし、逃げ出すと、「転石、苔を結ばず」のことわざどおり、社会人としては、不利になることが多いですね。だから、渡辺さんのほうだったら、絶対に『把握したものは、捨てない』という方向で進むでしょう。損得に対しては、敏感だから。だから、二人は、お互いに、真実の理解に達することはありません。

 ところで、スチュワーデスは、語彙として大いに使われ、スッチーと言う略語も生まれました。芸能界や、スポーツ界での有名人が、スッチーと結婚をしたというのは、大いに、テレビやスポーツ新聞を賑わわせる、現象でしたね。鎌倉では、二世帯住宅(三階建て)の狭い庭に、妊娠して、産むと主張をした愛人を、おなかの中の赤ちゃんごと、殺して、埋めた男性が居て、その奥さんがスッチーだったと、社会面で、大きく、喧伝をされました。

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副題3、『今、スッチーという語彙が、なぜ消えたかと言う部分まで来たら、パソコンがシステム的におかしくなったので、これは、鎌倉エージェントが行っていることだから、その結果、三段論法で、大蔵省と言う語彙を消し去ったのも、また、鎌倉エージェントであると、判ってくるのだった』

 しかし、今は、スチュワーデスと言う言葉は消え、キャビンアテンダントと言う言葉になっています。それは、ですね。渡辺幸子さんについて、書いている私の文章が、嘘と言うことと成る様に、鎌倉エージェント、特に、その当時は、完璧に、生存をしていた、井上ひさしが発案をしたことでしょう。文部科学省内に、井上ひさしたち、鎌倉エージェントの言うなりになる人間が居るのです。または、メディア支配で、この言葉を使うなと言う命令が発せられた可能性が感じられます。

 とこで、大蔵省と言う言葉が消えて、財務省になりました。また通産省と言う言葉が消えて、どこへ行ったのやらと、なっています。これらの改変は、私が逗子で、引きこもっていて、世界に通用する一流のアーチストになろうと修行中に起きて居るのでしょう。その頃はテレビを持っていましたが、スイッチを入れることは無くて、また、新聞は、独身なので、取っておらず、また、インターネットも自分がメルマガを配信する仕組み以外は、使いませんでした。

 で、私が、何も気が付かないうちに、行われた模様です。で、文部科学省に対して、力を持っているのは、当時では、瀬島龍三本人だったかもしれないのです。もし、この時期についての想像が当たっているとすると、その時の内閣総理大臣は、小渕恵三氏です。『大蔵省の名前を変更させることについては、小渕さんを、利用をしておき』ながら、次に、『本当に実力があると、見ると、海に浸けて、脳を損傷させた』と聞いていますし、それについて、私が、書き始めようとすると、小渕優子をいじめる政治資金騒動が起こります。彼ら、CIAエージェントの考えていることは、『君子は豹変す』の一言に尽きます。

 ここから先に書いた部分はスピンオフとして、次の章へ回しました。なお、この文章も未完ですので、18日の夜にさらに加筆して、完成をさせます。お待ちくださいませ。

 なお、このブログですが、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3209466です。後日推敲をして、その後、署名と書いた日付を入れます。

 

後注1、詐病で、救急車が雪ノ下へ来る? 税金を又無駄遣いをした? が、悪い方へ瓢箪から駒となったかな?  2015-11-15 02:15:33 | 政治

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詐病で、救急車が雪ノ下へ来る? 税金を又無駄遣いをした? が、悪い方へ瓢箪から駒となったかな?

2015-11-15 02:15:33 | 政治

 以下の文章は、連続して書いているモノではありません。で、いつものモノとは、テーマとしては外れます。ところが、思いがけない事に、先週の金曜日、このブログの世界に入れた、自分では、非公開だったの筈のメモが、公開をされてしまっていました。それで、急に、この件について、書かないとならなくなったのです。

副題1、『不思議な現象としてのメモ公開・・・・・しかし、それが、有ったので、あの大騒ぎが、詐病だったと、かえってはっきりと、わかって来た』

  いやあ、びっくりです。とんでもないメモ『 渡辺賢司・救急車を呼ぶ2015-11-7』が、公開をされていました。メモだから、文章も整えていないし (特に前田家と言う言葉が、合え絵などと、入力されていて)、意味が通じなかったでしょう。まあ、ひどいものですが、私としては、苦笑と言うか、爆笑しないといけない類のものでした。

 それでもね、自分としては、公開したつもりはないのです。不思議ですね。2015年11月13日、読者の皆様に、お読みいただきたかった方は、『神奈川県立近代美術館が閉館になる事への、随想』の方です。

神奈川県立近代美術館【鎌倉館】いよいよ閉鎖、葉山に移転をした裏側について推理する△2015-11-13 23:21:31 | 政治

一日、下の文章として、隠れていた方です。いや、自分 でも驚いていて、何とも言いようがないのですが、まあ、不幸中の幸いとしては、『今夜(13 日から14日にかけて)、自分が、新しい文章を書かないで済むなあ』と言う事ぐらいです。ずっと、昼夜逆転をして、真夜中に、ブログを書いていましたが、今夜(と言うのは、13日の夜の事)は、真夜中は、他の事ができます。ラッキー。

 それと、そのメモですが、それもまた、大きな政治的な意味を持つので、後日、それを材料として、何か、文章を書くはずです。その目的にかなう様に、彼ら一派が、詐病を限度いっぱいに、大げさに、やっていたということを、記憶にとどめておくため に、ブログの入力ボックスで、それをメモとして書いていました。ほかのところで、メモを取ってもいいのですが、結局のところ、毎日開くのは、ここですし、ニュースから採ったメモも、ここに、大量に入っているここの下書きボックスの方が、毎日開けるのです。それで、備忘録としては、一番、便利だと、思って書いたのでした。

 そのメモと言うのは、巻末に、*****罫線以下で、再公開をしています。ただ、私の読者は、大体、同じ人が多思います。その様に、仮定をして、論を進めますが、この11月の7日に、総勢10人近い人が山に登って来て、渡辺賢司と言う人を、救急車に乗せて去った・ら・し・く、それについて書いた・もの・のです。

 ここで、・・・らしい・・・と言っているのは、救急隊員が渡辺家を訪問するだいぶ前に、サイレンが鳴ったのですが、10分程度、彼らは、山を、上がってこなかった模様だし、その帰りですが、サイレンを鳴らしては、去らなかったのです。不思議です、急病人を、運ぶのですから、来るときもサイレンを鳴らすはずですが、病院へ向かう際も鳴らすはずですよね。ただ、我が家の下の道路は、夜の8時すぎは、ほとんど、車は、通っていない場所なので、救急車がサイレンを鳴らさないでも、充分にスピードを上げて走り去ることはできます。

 でも、私は、その時点ですでに、『これは、詐病だ』と、確信をしたので、『ああ、サイレンが鳴らないのですね』と、簡単に思っただけでした。

 詐病を、使って人(=私の事)を脅かそうとしていると、見ています。で、脅かしてブログを書けない様にさせると、見ています。この山って嘘と詐欺の連続です。それが、 30年間にわたって続いている地域です。

 しかし、いつも言う通り、物事には、必ず、プラスとマイナスの側面があるのです。そのメモが、思いがけずも、公開さ れてしまったことによって、私が非常にきつい人みたいに、お思いになった読者がたくさんおられるでしょう。そして、読者が離れるとみて、また、総攻撃が始 まったと、ニュースを見て感じています。旭化成問題が、再燃していますね。

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副題2、『警察官が偽装をしている暴走族について、ここで、詳細に語りましょう』

 それと、13日の午後4時45分ごろ、外出したら、雪ノ下教会の手前あたりで、米軍のスクランブルに出会いました。曇っていましたので、地上からは、機影は見えませんでしたが、こちらも、音で、判別できるのです。これも、私のブログが、図星を付いていて、それによって、例の連中が困った時に、行われる現象です。

 それと、このメモ公開に気が付いて、詐病だと、いう文章を丁寧に、ふくらましながら、書き始めた直後、13日の真夜中、12時ごろですが、警察官、3人~5人が変装して行う、偽・暴走族の轟音が、二回ほど、響き渡り ました。一回分で合計、7分間ぐらいで、そのあとで、10分程度、中断を入れて、もう一回轟音を鳴らして、わが家の近辺を、走り回ります。

 それは、本当の暴走族の音とはまるで違うのです。それと、進路とか、行軍の、順番も違う。で、その二つの音は、私が、耳が良くて、従って音に弱いと 勝手に思い込んでいる鎌倉エージェントが、本当に困った時に行う攻撃なのです。だから、鎌倉エージェントの中に、警察も含まれているのだと、以前から、言っていますでしょう。警察は、伊藤玄二郎や、井上ひさし、または、前田夫妻や、安野夫妻の、言うなりに動くのです。

 こういう現象をつぶさに、考察すると、そういう風になります。これを警官が行っていると断言できるのは、鎌倉の警察署が、以前の場所にあったころ、プロテスタントの雪ノ下教会と、警察署の間の道路で、三人の黒服の人間が、大型の黒いオートバイに乗って、警察側の、塀際で、待機していたのです。パトカー仕様ではないのですよ。それから、服装もPolice仕様ではないし、

 ヘルメットも警察仕様ではないのですが、警察官だということは見え見えでした。と言うのもそこら辺りは、見晴らしが利くのです。それで、駅から、若宮大路を歩いてきた私は、彼らの姿を、3分から5分程度、あるきながら凝視することができました。舗道としては、若宮大路の西側を通ったので、反対側で、彼らが待機しているのですが、まず、特徴的なことは、微動だにしないという事です。右足を地面につけて、待機しているのですが、微動だにしないで、命令を待っています。そういう姿勢は、本当の暴走族が採れる姿勢ではありません。また、本当の暴走族が、三人で、まったく同じ服装・・・(黒っぽいが、同じ仕様のもの)・・・を用意するはずはないのです。これは、オートバイも官給品であるし、服装もヘルメットも官給品であるから、三人が三人とも同じ服装だったわけです。

 そして、彼らの微動だにしない待機の姿勢ですが、その後、私が自宅まで歩くのは、疲れていたりすると、30分はかかります。不動産会社の公称は、駅から徒歩8分ですが、私は疲れているときは、休み休みあるきますので、そうなります。特に、小町通りではなくて、若宮大路を使って帰ると回り道になるので、余計時間がかかります。でも、この日、若宮大路を通って帰ったのはラッキーでした。たまたま、そうしたのですが、しっかりと、警察官が、犯人を捕まえるという普通の業務ではない仕事をしているという現場を見たからです。それ以来、警察の別働隊と言うのが居るというのは、肝に銘じていて、もしかすると、横浜で、猫に毒を飲ませたのも、彼等かもしれないと、思ったり、ボーガンで、野鳥の首を撃ち抜いたりするのも彼等かもしれないと、思ったりするのです。だって、私は、こういう現象は、すべて、ブルーカラーとしてのエCIAがやっていると、言っています。その部下に、警察が、位置しているのですから、鎌倉エージェントが、思いついたことは、彼らは、なんでも命令に従って行うのです。

 今、鎌倉エージェントが願っていることは、私を、自発的にノイローゼにさせるか、または、騒乱を利用して、大杉栄みたいに、どさくさで、殺してしまう事です。だから、テロ対策、テロ対策と言ったり、振り込め詐欺事件が多発と言ったり、これらの、異常な犯罪が多発したりして、日本の中に、不安が、醸成され、充満している様に、ニュースをもっていくのが、狙いと言うか、常套手段だからです。

 ところで、元へ戻ると、その夜、鎌倉・警察署・脇・北側の道路に待機していた三人の、黒服の警察官は、30分はそのままの姿勢で待機していたらしいのです。私が、自宅について、テレビ(ニュース)を見たり、パソコンのスイッチを入れたりすると、音で、帰宅したことが判るらしいのです。で、轟音が響き始めます。時には、三回。程度周遊します。その音は、本当の暴走族とは、違うので、しっかりと覚えましたので、彼らの姿を目撃しない時でも、はっきりとわかります。

 で、どうして、こういう風に準備できるかと言うと、まず、そのころは、画廊巡りの、あと、母の老人ホームによって帰宅していた時期ですからあ、池袋駅等の監視カメラで、湘南新宿ラインに、何時何分・池袋発に乗ったと、把握されるわけでしょう。その頃は、夜9時台の、湘南新宿ラインが異常に間引かれていて、本数が少なかったのですよ。これも、また、私が良くその時間帯を利用するから、意地悪をしてやれと、考えられているなあと、感じた事でした。

 と言うわけで、夜の10時ごろ、池袋で「乗った」と把握をされた後で、どこかに待機している、こういう作業専門の警官が、呼び出されるというわけです。しかし、サラリーマンである彼らにしても、特別な手当てが出るでしょうね。突然に、呼び出されるのだし、いつまで、任務が続くかわからないわけだし、じっと、旧・鎌倉・警察署・横の塀際で、待機しているのも、緊張を要する事ですから、忍耐をさせる分だけ、特別手当が出るはずです。

 で、総タイトル横に、「税金を自分たちのために、無駄遣いする人間たち」と入れていますが、私がもし、ノイローゼになって、このブログを維持できなくなったら、「嬉ピー」と、言う筈の、連中を、税金を使って、助けているわけです。この章では、伊藤玄二郎、いまだ生きている井上ひさし、そして、安野夫妻、大原光孝さんとか、白井・小野寺夫妻とか、が、助かるわけです。

 そして、詐病で、協力した、渡辺賢司と、ミカ夫人も助かるわけです。税金を無駄遣いさせて、自分たちが助かろうという仕組みには、何度も出会っていて、書いていますが、あとで、その文章のリンク先を見つけておきます。

 しかし、詐病と書いたからこそ、この、偽、暴走族の出現があったわけですから、救急車の出動は、嘘病人を運んだというわけです。それは、11月7日に、直感としてわかっていたのですが、すぐメモを落としたりはしませんでした。7日の6日後の、13日の早朝に、メモを落としただけです。どうしてそうしたかと言うと、ニュースで、旭化成問題が再燃しましたね。だから、『悪い連中がまた、なんでもない事象を大げさに取り上げている』と、怒って、メモを落としたのです。

 そして、本日はさらに詳しく、書いています。それは、パリの同時多発テロが起きて居て、『それもまた、これら鎌倉エージェントを助けるために、起こされている』と、見ているから、相当に、怒っているからです。そちらの方については、今は、詳細には語りません。あれこれ分散すると、まとまりませんからね。もしかすると、栗田玲子さんについて、これ以上書かれては困るから、パリの、問題が、起こされたのかもしれませんよ。

 私の筆を、パリの方へ、そらすためにね。それもあると思うので、依然として、鎌倉問題にこだわります。そして、前田家は、さらに、煌々と二階の天井灯を点けております。それも、この一月の、シャルリーエブド事件が起きてから、頻繁に目撃される現象となっていますし、・・・・・・

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副題3、『最近、<日本人の二人に一人はがんで死ぬのだ>というニュースが出たが、当然嘘でしょう。それは、癌を利用して他殺を行うシステムを、隠ぺいする為に出てきたニュースでしょうね』

 だけど、事実としてお伝えをしないといけないのは、あまりにも多くの人が、伊藤玄二郎の悪辣さの犠牲となって、死ん でいるという事です。その人が善人だと、死んでいますよ。まだ、全然名前を挙げていない人が、多分にして、5人以上死んでいます。瓜南直子さんと、山口みつ子さんについては、何度も書いています。二人の死に方は、相当に、形が違いますが、『鎌倉エージェントの私的な利益の為に、犠牲になったのだ』というのは、私から見ると確かなことなのです。が、他に、4人か、6人ぐらい、この件で、巻き込まれて死んでいます。

 主な死因は癌ですが、会話を交わしたりして、3か月前とか、6か月前には、その人がぴんぴんしていたのを知っているので、『おかしい。病院内で、殺人事件に、出会ったのではないか』と思っております。その頃、NHKニュースで、「日本人の二人に一人が、癌で、死んでいる」と発表をされたのですが、それは、「あなたは癌です」と言う嘘の、告知をして、病院に収容してしまい、無理な手術を施されたりして、早死にしてしまうケースもあるだろうし、病院外から、忍び込んだ人間によって、筋弛緩剤を注射、もしくは、輸液袋に、入れ込まれてしまうという形で、殺される可能性があります。

 実際は他殺であっても、病院側の医師が、態度だけは、親切極まりなかったら、患者の遺族は、病院を疑いません。こういう風にしてターゲットを、秘密裏に、殺していくことは簡単にできるのです。

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副題4、『今、医師のモラルが、地に落ちている。子宮頸がんワクチンとは、少女を不妊にさせて人口を少なくするための薬だと、みなさんは、知っていましたか?』

 今、子宮頚癌ワクチンの後遺症が、問題になっていますが、2011年、第一次フェイスブックに入っていた時代にも、あれが、どういうものであるかを、語っている外国の情報が、出回っていたので、私は、公的に中学生や、高校生に投与するなんて、とんでもないと、言い続けていますが、私のブログへ逆らう様に、2012年ごろ、医者が、講師として、ノートルダム女子大の、付属高校などで、講演をしました。だから、医師のモラルも地に落ちているのです。

 子宮頸がんワクチンとは、人間を間引いていくために、アフリカなどの、未開の国で、特に接種をさせ、不妊にさせていくものだと、英語圏の人々の間では、相当に、広い範囲で、出回っている、事実です。ノートルダム女子大学は、学長さんが、二・ニ六事件の犠牲者の遺族だから、尊敬をされています。で、そこを狙えば、日本人全体が、子宮頸がんを信じるだろうと、見て、医者が、そこで、服用を勧める講演会を、女子高校生とか、女子中学生相手に行いました。

  伊藤玄二郎が、石川和子さんと愛人関係にあったこと を隠そうとして、あれをやったり、これをやったり策略を弄していますので、それに、巻き込まれた人は、非常に大勢いるのです。そういう人が願を理由に早死にをしています。

 一方で、彼の名前を利用したり、彼と、石川和子さんが築いた、かまくら春秋窯を飯の種に利用をしている柳沢昇の方は、別の女性を、すでに、くわえ込んで、寝泊まりさせています。彼が原因で、大迷惑をこうむっていますので、こういういやらしい現象もはっきりと文章化、致します。その、新しい女性が、早朝に、道路に生えている、三つ葉を摘みに外へ、出てきたので、それを目撃してしまいました。それを目撃したのも、天のお助けと言うものでした。この章では、全身黒づくめの、警官が、じっと、待機をしているのを目撃してしまったという事例と、この、三つ葉を摘む場面と、二度も、真実に迫る為に、大切な情報を、偶然に、得てしまったわけです。後者の方は、どれほど、柳沢昇と言う人間が、小物であるかと言うことを、指示しています。それを目撃したのも、天のお助けだと思っております。

 そういうみだらな人々が、自分たちのミス(単純ではありま せんよ。複雑怪奇なミスの連続です)を隠すために、他人を利用しまくっているのです。

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副題5、『渡辺賢司さん、彼らは、あなたが2015年11月7日の夜に、救急車を呼んだことが、詐病であることを、私に、見破られてしまったので、その嘘を 打ち消すために、あなたを本当の病人にして、近々、殺してしまうかもしれませんよ。がん検診などを利用してね。だから、本当に味方にすべきなのは誰か、よ くよくお考え遊ばせ』

 渡辺賢司さんも利用されまくっている方の人物です。

  伊藤玄二郎とか、鎌倉エージェントに振り回されると、そういう事(=死亡するという事に)なります。神様に叱られるという事です。だから、渡辺氏も近々、本当に亡くなるかもしれません。あまりにも前田家に、ぴったりとひっついているからです。瓜南直子さんも、フェイスブックで・・・・・ああ、この人って鎌倉の住人なのだわ・・・・・と言う形で、知り合ったのは、2011年の、6月ごろであって、・・・・・その次に、・・・・・彼女は、意図的に、私を、いじめてき ている、裏に伊藤玄二郎たちが居て、教唆していますね・・・・・と、感じたのは、8月ごろからでした。だから、伊藤玄二郎に、利用をされ始めてから、たっ た、一年以内に亡くなっているのです。

 しかも私が、彼女の、言うに言われない微妙な意地悪に、気が付いたのは、8月から、11月までのたった4か月間でした。私は、11月いっぱいだけで、瓜南さ んの情報には、一切タッチしない事と、心に決めて、一切、見なかったので、2012年6月の、死亡の事実さえ知らなかったほどです。

 でもねえ、渡辺賢司氏の方は、肝臓が悪かったと思われる 瓜南さんとは、違って、66歳でも、週に三回もテニスをやりに行く人だから、元気いっぱいに見えます。ので、実際には、近々には、死なないと思いますけれどね。病院などに入院すると、上で、言っている様に、筋弛緩剤などを使って、心臓発作と言う様な、発表で、殺されたりしますよ。だって、彼ら悪人は詐病と言う方の、事実を消し 去ろうとしますので、本当の病人にしたいと思う筈だからです。がん検診などで、癌が見つかっても、他の病院で、再検査なさいませ。いろいろと、悪人は、悪知恵が、発達していますので、本当に、お気を付けあそばせ。私はあなたに騙されたり、意地悪をされたりしても、ここまでは、ご注意申し上げておきましょう。それが、最後のアガペーの、発露かな?

 ともかく、2015年の11月7日の土曜日の夜9時頃の、あの現象(=渡辺家を訪問した、救急隊員の騒動)は、本当に不思議なものでした。

 救急車を呼ぶと言えば、主人の父が、わが家で、意識不明になった事があるのです。呼吸していないと見えて、大慌てで、真夜中に、救急車を呼びました。四人の消防隊員が来てくれて、折り畳み式で、椅子の形に なる担架を持ってきました。それに病人を、しっかりと、ベルトで、括りつけて、石段を、おろすのですよ。しかし、今回はそれを持ってきていませんでした ね。まっすぐ、寝かせる形式の担架しか持ってきていませんでした。詐病だから、担架で、おろす必要はないと、消防隊員の方が知っていたと、みなせます。

 父の方へ戻ると、もちろん、私達夫婦は、下まで降りて行きました。主人は、乗せてもらって、病院へ一緒に行ったと記憶しています。私も乗せてもらえたのかもしれません。

  ただ、それは、詐病でも何でもないのですが、不思議なことに、自己回復をしたのです。揺り動かしたので、血栓等が、消えてくれたのかな? 病院は、清川病院と言う我が家から最も近い病院だったのですが、父がそこへ、到着したころには、意識が戻りました。そして、普通の状態に治りました。父があまりに早く回復したので、救急車関連については、あまり記憶が定かに残っていないのです。

  そのケースと比較をすると、たった、夫婦ふたりだけで、暮らしている渡辺家で、奥様が、病人に一緒について、山を下りて行かないのは、私には、違和感が一杯であって、『あの病気は、嘘だろう』と、瞬時に、思いました。また、救急隊員も安野家の前で、なんだかのんびりと雑談をして待っていましたしね。前田家などが、私宅の玄関を見ていて、私が、外へ出て、園芸の仕事をしていると、確認をした時間帯に、その詐病事件を起こしたと、推察しています。私に見せつけるのが目的ですから。最近の私は、タイムスケデュールがずれてきていて、夜の九時からやっと園芸の仕事に取り掛かることができるという始末です。以前は午前中に園芸の仕事をしていましたが、午前中は、睡眠中と言う始末です。

 この安野家で、時間調整をするというのは、例の、最も悪辣な策略(後注1)の時にも行われたことです。彼等は、協力をして悪事を行います。特に土曜日の夜には、頻繁に、会合を外で持っています。会食付きで、行っているのでしょう。で、仲間意識を、持続させているのです。

 だが、私を、だまそうと思っても駄目ですよ。私は勘が鋭いので、すべてを一瞬にして見破りますから。

 ともかく、警官が、消防隊員に、くっついてくるなどと言うことがおかしいです。 消防署と、警察署は別組織ですから。この場合は、刃物で刺したとか言う事件ではないのです。渡辺賢司氏は、わが家の前でも、平気で、歩いて降りて行っていて、「名前を言ってください」と、頼まれると、「渡辺賢司です。昭和23年11月1日生まれです」と、はっきりと名乗っていました。

 この警官が引っ付いてきたと言うことは、前田家と安野家は、警察の協力者だから、この二家族が、この詐病に、関与しているということをうかがわせます。だから、警官がついてきたという事でしょう。それによって、それを傍証として、この件が、その二つの家、または、伊藤玄二郎とか、井上ひさしが、考え出した詐病だと、はっきりと確信ができました。

 その詐病が成功したので、さらにいろいろやってやれと言うことで、前田家が二階の天井灯を、煌々と点けるということがあったし、尖閣に、中国艦船が出動するということも、ありましたね。こちらは、安野家を助けるニュースです。それも、すでに、何度も書いているので、将来時間があったら、リンク先を明示しておきます。

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副題6、『渡辺賢司氏夫人、ミカさんの、行動には、不審がいっぱいある。それによって、さらに、詐病の線が色濃くなる』

  メモには、昨日12日に、渡辺夫人ミカさんと、すれ違ったことを、書いていますが、13日(金)も渡辺夫人、ミカさんと私は、道路ですれ違いましたよ。私の方は、彼女とすれ違った、時点では、パソコンは、一切開いておらず、また、スマホで、ブログを確認する習慣もないので、あのメモは、公開されてはいないと思っていたので、心理的には、まったく冷静で、平気なものです。ところが、ミカ夫人の方は、12日も不自然だったけれど、これを、初稿として書いている、13日も極めて 不自然でした。不自然オーラと言うか、不自然・念波が、「これでもか、これでもか」と言うほど、彼女の側から発せられているのでした。

 彼女は、私のブログを読んでいないとみていますが、前田家は、読んでいるでしょう。それで、当然に、ミカ夫人に、このブログの事、特に、2015年11月13 日いっぱい公開をされていた『渡辺賢司、救急車を呼ぶ2015-11-7』と言うメモを、伝えていると、思いますよ。もし、本当に、大病で、大変な事だったら、『あなた、あの文章ひっこめてください。詐病じゃあないんですよ』と彼女は私に対して言わないとだめでしょう。

 しかし、彼女は、何も言いませんでした。私は、2014年の、4月6日以降は、渡辺家のご夫妻に対して、何の愛情(神のレベルでいうアガペーと言うもので恋愛と言う種類の愛情の事ではない)も、私は、持っていませんので、挨拶をしてくれなくても、「別に・・・・」という感じで、何もびっくりもしないで、すっと、すれ違っただけです が・・・・・・もし、あのメモが公開をされていたとすれば、ミカ夫人は、私に抗議をしないといけないでしょう。

 「嘘じゃあ、ないのです。 本当の病気です」と言わないといけないでしょう。それを言わないのだから、嘘だったのですね。そんなことは、瞬時にわかる私です。でも、もし彼女が抗議し て来たら、「ああ、そうですか、それなら、どこの病院にご入院ですか?」と、どんどん理詰めで問い詰めていく私ですから、下手に、私に抗議をしたりした ら、虻蜂取らずになって、嘘が、ばればれになるのです。前田氏達も、それを知っているので、渡辺賢司、ミカ両人に対して、「川崎さんには、何も声をかけて はいけませんよ」と事前に、注意していたのでしょう。

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副題7、『副題6を書いて、数時間アップしていたので、敵さんたちに、しっかりと、読まれてしまったのに、また、ひっこめたので、その間に、修正動議として、実際に渡辺賢司氏は、入院することと、成ったのではないかな? これは、有名なことわざ、瓢箪から駒が、悪い方へ、実現をしてしまったことと成る』

 午前二時になりました。先ほど、私の生活時間について、夫婦げんかがあり、絶対に午前二時には、寝ろと、注意を受けました。それで、この文章は、ここで中断をします。終わっておりませんが、続きは、火曜日に書くことと成るでしょう。

 この続きは、ここではなくて、

なぜ、スチュワーデスと言う言葉が消え、CAへと変化したのか、皆様は理由をご存知ですか?  2015-11-17 09:49:37 | 政治

 と言うところで書いています。なお、この文章は、後日推敲をして、その後、署名と書いた日付を入れます。

 なお、このブログですが、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3209466です。

 

後注1、 

前田祝一様、貴君に行動の自由があるのなら、私にも、その行為を記録する自由はあるでしょう?△  2013-06-11 15:31:49 | 政治

  こちらの文章の中でも、安野家近辺、または、安野家の内部は、時間調整をする為の、場所として利用をされています。 

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2015-11-7の夜、9時ごろ

渡辺賢司家で救急車を呼ぶ

惟だが、多分詐病、である。

理由は、救急隊員が、安野家あたりで待機していた。それは、私が道路へ出てくるまで待っていて、見せつけようとしていたと見える。

 救急隊は、7,8人と大人数だった。担架だが、折りたためない様式のものを持ってきている。それも詐病であると判断するのに、最適だが、

 さらに、問題なのは、警官がくっついてきているということだ。

 渡辺家が考え出したことではなくて、盗聴の結果、安野家、または、警察、又は、前田家、または、伊藤玄二郎、または、井上ひさしが発案をしたことであろう

 渡辺賢司氏は、昭和23年11月1日生まれだとの事。それを、わが家の前で、大声で、話していた。

 まあ、もし詐病ではなくて、本当に病に倒れたとしたら、特に近々に亡くなったとしたら、それは、それ、相応に、また、前田家たちの悪辣さの証明になる。

  ところで、渡辺夫人だが、7日の当夜、どうしてついて行かなかったのだろう。変だなあ。我が家が、お父さんが心臓がおかしかった時だって、もちろんついて 行った。8人も救急隊員が来たのだから、救急車は、当然二台来たと推察され、それなら、尚の事、渡辺夫人が、ついて行かないのはおかしい。

 それから、11日の夜、私が園芸の仕事が、遅くなって、やっていた、それは、前田家からは玄関ドアを開けているので見えることだろう。それで、渡辺家に連絡を入れ、彼女の目の前をあいさつしないで、通ってくださいとでも頼まれたのかな?

 挨拶をしないで、降りて行った。ゴミ袋を持っているわけでも、外出用のスタイルではなくて、かつ、いえの電灯がついていた。夫賢司氏は、さっさと家に帰っているのでしょう?

 これもまた、前田家などが、考え出したバカげた案だろう。そういうものに従っていると、本当に病気になって天に、命をめされますよ。

 こういうアイデアを出しながら、成功したとか、勝ったと思っているらしくて、この11日と、12日にまた、天井灯を付けている。前田家の事。それは、13日も続いていたという事。

コメント

神奈川県立近代美術館【鎌倉館】いよいよ閉鎖、葉山に移転をした裏側について推理する△△

2015-11-13 23:21:31 | 政治

 今は、16日の午前2時ですが、さらに、誤変換を見つけて修正しています。で、。それで、恒例の△印を二つ、総タイトル横に付けておきます。初稿とは、まるで、違ってきていて、意味が通りやすくなっていると、思います。たとえば私的な問題に、公金を使って、勝負を付けたりする、そういう悪巧みに、ついて、初稿では、話せなかったことを、3日目だからこそ、書くことができていたりします。で、内容の因果関係が明瞭になってきています。と言う前置きを三日目に入れて、本文へ入ります。

 また、美術関係者ではない方に、申しあげると、本日、15日(日)の夜、NHK・ETVの日曜美術館で、神奈川県立美術館の現本館と言える、葉山館が出てきます。と、同時に、本章の、重要な登場人物である、酒井忠康氏が、出てきます。それを狙って書いたわけではないのですが、こういう風になるというのも、例の私の引き寄せる、巫女的な力も、加味しているでしょう。

 以下の一文は、前報(後注1)を、推敲中、こちらの部分だけは、独立させた方がいいと、判断をした部分です。前報よりも、多数の文言を入れて、より、充実させているつもりです。どうか、よろしく。ところで、最初に置いた写真の説明をさせてくださいませ。これは、最初の目的は、近代美術館鎌倉館を撮ろうと思ってシャッターを切った写真ではないのです。大石が落っこちて道路をふさいだ日に、記念に道路を、撮影をしたものです。が、たまたま、近美鎌倉館が一枚の中に、写っております。それは、私が白い矢印を手書きで入れた先に、木の間から白いものが見えます。そこが、近美の鎌倉街道側の看板です。樹木の間から道の両側に、駐車場が見えます。私はそこに近美本館を移転させたら最も良い決断だったと、思っているのですが・・・・・

副題1、『神奈川県立近代美術館がいよいよ閉鎖されるが』

 この一週間以内の事でした。我が家の真下にある、神奈川県立近代美術館の庭で、井浦新さんと、伊藤敏江アナが、居たそうです。主人が出かけるときに見かけて、帰宅する時にも見かけたそうです。で、私が「井浦さんは、【マウントレーニア(森永が出しているコーフィー飲料)】のコマーシャルをあそこで撮影していたことがあるので、それかもしれない」と言うと、いや、「帰りに、中庭に、いたから違うでしょう」と、答えます。で、私が、「ああ、彫刻が置いてあるところ?」と言うと、そうだと、答えます。その同じ日に、夕方暗くなってから、今度は、私の方が、出かけようとすると、昔、学芸員室として使われていた一階右側の部屋に明かりがともっていたので、多分、いよいよ、最終段階での、お別れ用の番組が撮影中なのでしょう。

 それが、実質的に閉鎖されたのは、2003年です。その年に葉山に、神奈川県立近代美術館・葉山館ができて、それ以来、わが家の真下の、建築物は、鎌倉館と言う名称となり、「一種の貸画廊となったのだ」と、情報通は、言っていました。つまり、格がひどく下がったと、言われているのです。その頃、酒井氏が、館長だったので、酒井氏が、番組に出るはずだと、私は、言っています。

 すみませんが、その<最近、酒井氏について書いた>文章が、今、探し出せません。ただ、酒井さんの名前が出てくるのは、後注1の副題7の中では、出てきました。

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副題2、『しかし、それを書いたとたんに、実は、すでに、11月8日午前九時に、酒井忠康氏は、【日曜美術館、若林奮(いさむ)展】に登場したのだった。なんというチャネリング』

 私は副題1で、井浦さんの番組で、酒井忠康氏が、美術館最後の記念番組に、重要な人物として出るはずだと、言っていますが、それは、現在の神奈川県立美術館の館長、水沢勉氏が登場するのかもしれません。で、私が推察するところによれば、・・・・・酒井氏の顔を立てるために、それよりも、前の段階で放映をされた、【若林奮(いさむ)特集】号で、酒井氏が、登場した・・・・・・となります。。しかし、その番組が一般の人向けに放映されたちょうど、その頃、私は、自分のブログで、酒井忠康氏について、書いていたので、その同時性には驚きました。こういう事をチャネリングと言うのだそうで、私には、多分に、その引き寄せるというか、預言者的な、能力があります。

 それが、一般国民向けに、放映をされたのは、この11月8日の日曜日の午前9時で、私は毎週、酒井氏如何にかかわらず、それを録画することにしているので、いつも通り、そうしておきました。それを見たのがたぶんですが、2日後の10日です。新聞の予告には、酒井氏の名前はないわけで、見ているうちに氏が、登場したので、いささか、苦笑をいたしました。NHKオンラインなどを丁寧に見ていると、出演者として、酒井氏の名前もあったのですが、そこまで、やっているほど、暇ではないので、ただ、何も知らずに、番組を開いたら酒井氏が出てきたのです。

 なんというチャネリングかと、思って。本当に驚きましたよ。

 と言うのも私にとって、栗田玲子さんを思い出す時には、彼女と、二人羽織みたいに、思い出す人が、酒井忠康氏なのです。これは、二人が恋愛関係にあるとかそういう事を言っているのではないのですよ。対私への攻撃と言う意味で、二人は、ぴったりと、共同行動をしているからなのです。だから、たとえ、この文章内に、酒井氏の名前を登場させなくても、栗田さんについて、書いている最中は、私は酒井氏の事をあれこれ考えているのです。栗田さんについて書いている最中とは、後注1の、副題7でも、書いていますが、その前に、あと注2の、副題13のなかで、大きな分量を使って書いています。それで、その章の、総タイトルを、一時期、『伊藤玄二郎に教唆されたであろう栗田玲子さんの特殊な行動から、旭化成問題が嘘である事が判る』と、していたほど、最近は、栗田さんについて書いています。それは、2015年10月26日の月曜日に、北畠洋一さんと言う人物を使って、ガレリアグラフィカと言う栗田さんが経営する画廊で、謀略が、行われていたからです。それ自体は、小さいものです。しかし、栗田さんをめぐる、と言うか、ガレリアグラフィカが、関与している、対私への攻撃と言うのは、こんなものでは済まされないほど、大量なのです。それを、一本のブログに収めることは無理です。が、鎌倉駅のトイレの場面だけは、ここで、使わせていただきました。それは、そのエピソードによって、伊藤玄二郎、酒井忠康、井上ひさし(彼は、まだ、死んでいませんよ。ひそかに、生きています。そして、地下潜行をして、いろいろな悪さのアイデアを練っています)たちが、どれほど、卑怯な人物であるかを語りたいと、思ったからです。

 この文章も、冒頭に、神奈川県立近代美術館・鎌倉館の閉鎖を語っていますが、それも、また、酒井氏を念頭に置いて語っているのでした。と言うことは酒井氏が、関与している対私への攻撃と言うことを語っているということになります。

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副題3、『神奈川県立近代美術館は、現在の、鶴岡八幡宮の駐車場に、移設するべきだったのだ。その二つの駐車場を、南北とも、両方を神奈川県が買って、地下二階建て、一部四階建てにして、空中回廊で、二つの建物をつなげばよかった。私が館長だったら、絶対にそうした筈だが(苦笑)・・・・・・』

 この一章は、昨日までは書いていなかったところです。しかし、私の頭脳内には、酒井忠康氏と言う単語を上げるだけでも、莫大な、情報量が入っている引き出しが開いてくるのでした。で、初稿を書いた次の日の12日に入ると、『それ(=神奈川県立近代美術館の移転の問題と、その裏側について=)も語るべきだなあ』と、なって、語り始めますが、近美は、葉山に移転をすべきではなかったのでした。

 神奈川県と、鶴岡八幡宮様と、それから、近美の、館長の間で、何がいつ話し合われたのかは、情報通ではない、私は知りません。しかし、トップが実際には誰であれ、その交渉を担ったのは、吉田茂穂・現・宮司と、酒井忠康氏(当時の役職が館長だったか、そうではなかったかは、私は知りませんが)だったと、推察しています。ここで、神奈川県代表は、いわゆるサラリーマンであって、さしたる重要な意志や意見は、持っていないと、推察します。

 吉田宮司は、八幡宮を会社に例えると、中興の祖と言ってよいほどの、功労者でしょう。白井宮司の下で契約したもの、それから、ご自分がトップになってから契約をされたもの、すべてを合わせると、最近の、鶴岡八幡宮様の、不動産・物件・購入の意欲と、その結果にはすさまじいものがあります。その上、本殿、舞殿、池周辺等の修復工事も行われていたので、資産をどう運用するかと言うことについては、大胆至極な人物であり、これが、私企業の代表だったら、名経営者と言うところでしょう。

 明治政府の廃仏毀釈運動で、八幡宮様は、地所と言う意味では、東西の方向で、剥奪をされて、ご損をなさって、少なくなっておられる筈なので、それを取り戻したともいえるのです。しかし、ある一点で、吉田宮司は、大いなる間違いを犯しておられます。それは、伊藤玄二郎と、仲良くなさっていて、彼の、進言で、いろいろな、まずい事を、行っておられることなのです。それらの内、自らにマイナスが、ブーメラン効果で、帰ってくる様な事をなさっておられるという事です。

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副題4、『鶴岡八幡宮様は誰かの讒言により、境内にあった、アメリカキササゲを伐採なさった。それもまた、大切な宝物である大銀杏が倒壊する、大きな原因だったと、私は信じている』

 ブーメランの様に、自分に向けて災禍が、訪れる行動の一つが、美術館の、職員用玄関前に生えていたアメリカキササゲを伐採なさったことでした。その樹木は、非常に健康でした。ただ、豆科なので、頼るべき、支柱が無いものですから、横向けに育っていて、臥竜のごとく、横たわっていたのです。樹齢としては、伐採をした時に、すでに、70年は、越えていたと、推察されます。ところが、伊藤玄二郎 →、どこやら大学の農学部の教授 → 八幡宮様と言うルートで、「それは、すでに、病気であり、危ないから、切った方がいい」という進言がなされ、伐採をされたのでした。しかし、伐採直後の、切株は真っ黄色であり、(だから、黄ささげと言う名前がついている)どこにも病気の兆候はありませんでした。

 このアメリカキササゲですが、私にとっては、40年以上前から気が付いている樹木であって、『ジャックと豆の木のお話は、本当の事だったのだ』と、思うほどの、マメ科の大木です。私はいつも言っています。何事もさじ加減一つだと。もし私が、CIAのエージェント側にくみされている人間だったら、メディアを動かすことができるでしょう。そうしたら、この樹木をメディアで、紹介したと思います。その結果、この木は大変な、人気の出る樹木だったと思われます。そして、天然記念物に指定をされたと、思います。

 ところで、私の手元には、それが生きているときに撮影した、写真があるはずです。それを今、使おうと思っているのですが、『ハードディスクを読み取れないというITシステム上の妨害が、数か月前から(たぶんですが、絶歌が、井上ひさしの手によるものであると、発言をしたころからです)加えられているので、保存先から、取り出せません。が、ともかく、私は、40年間、大好きな樹木として、これを大切に思い、したがって、何度もエッセーをこれに関して書いています。

 伊藤玄二郎より、もっと源に、井上ひさしが、居て、これを切る様に進言をしたと、思われます。ところで、何故、井上ひさしが、自分を、2009年4月9日に死んだことにしたかと言うと、これもまた、栗田玲子さんも、酒井忠康氏も、絡んでいる、大謀略が裏にあるのですが、それを、私は、いまだ、このブログの世界では、書いていません。と言うのも、それは、ただ、私一人を狙ったもので、社会的な、ニュースになってはいないからです。それで、説明が、大量に必要であるので、いまだ、触れていないのですが、私は、本当に悪辣な現象に、囲まれている人間です。

 それで、井上ひさしは、いまだ、生きていて、常に、私のブログを点検チェックしています。ICUで、私の同期だった、古村浩三君(日本ユニシス勤務だった)をはじめ多数のシステム・エンジニアが、結集をして、わが家の、40m西側に置いてある特殊なルーターを通じて、私が、開いている液晶画面を、同時に、自分宅のパソコン画面で、見ることができるシステムを構築してもらっているのでしょうから、未公開のメモも、原稿も、すべてチェックすることができます。そして、それに応じた攻撃をしてきます。このアメリカキササゲを伐採をした方がいいというのは、むろんの、事、彼が、生きている、2009年4月以前に出されたアイデアであって、彼から、伊藤玄二郎に、伝わったアイデアでしょうね。そして、八幡宮様は、言うなりに、いう事を聞かれました。

  なぜ、その木を切って仕舞われたかと言うと、私の書いた文章を、否定して行く為でしょう。そのキササゲについて何本もエッセイを書いていますが、知人から「いい文章ですね」と言う電話がかかって来たエッセイ『二人だけの音楽会』を、メルマガで、発表した途端に、キササゲを、切る企画がひそかに、進行をしたと、考えています。そこにキササゲが出て来るからです。

 私は今まで、長らく、鶴岡八幡宮様の、大銀杏が倒壊したのは、前田清子さんを、白井宮司の時代に、國學院大學の講師に、推薦なさったからだと、言っています。それが、三分の一の原因となっていると、言っています。で、その次の、三分の一の原因として、このアメリカキササゲの伐採を、『それだろうなあ』と、考えています。とてもあくどい目的(=石川和子さんとの自分の間の愛人関係を、秘匿する為に、私を殺そうとする仕組みの一環として、伊藤玄二郎が、八幡宮様に提言した事ですから、とんでもない悪辣な事だったのです)で、行われていることに唯々諾々としてお乗りになったということが、間違いで、大切な大銀杏が倒壊をしたと、考えております。その同じ、農学部教授の、勧めに従っておられるのか? 次から次へと、木を伐り続けておられます。それが、若宮大路の参道の桜並木の突然の衰退につながったとも、私は考えております。

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副題5、『伊藤玄二郎も、井上ひさしも、非常にずるいのだった。マイナスの事、攻撃をする場合は、自分の発案ではないがごとく、振舞っている』

 井上ひさしは、栗田さんが、関与した、2009年4月5日から、10日までの、私の個展に連動して起こした、大幅な、攻撃(それは、すさまじいものでしたよ。だけど、まだ、それを文章に書くべき時期が来ていないと、自分では判断をしているものですが)が、私にすっかり読まれているということに恐怖を感じて、ひとまず、自分を死んだことにしたのでした。

 それと、私が、大量に文章を書く人なので、彼は、生きていて、社交的な生活を送りながら、同時に私の文章(特に非公開の、文章で、マイクロスフとワードとか、アドビを使って、制作するもの)の全貌を把握することが、非常に困難なので、自分を死んだことにして、地下潜行をして、対、私専門の諜報活動へ入ったと、みなされます。

  で、そういう生きざまを見ていると、それだけで、ずるいなあと思いますが、今回、またまた、罵り用コメントが送られてきて、彼は、生きていると確信をしました。一応、公開して、文章を把握していますので、こちらにコピペで、+:*:+:+:*:+:罫線で、はさんだ間に、表現してみます。

 +:*:+:+:*:+:+:*:+:+:*:+:

2015年11月8日にコメントが入る。

玄・ひ・二人羽織の、どちらかからだと、思われるが、今までのところ、井上ひさしの可能性が強い。ただし、この間、真夜中のワンギリで、脅かされて以来、それが、谷垣禎一氏の対談集【興味津々】について、書いている最中だったので、その時点からは、伊藤玄二郎からの、攻撃も、どぎついという可能性が出てきたので、このコメントも、伊藤玄二郎からとも、考えられる。

コメントの、実際

お前バカ               お前バカ? (地雷)
2015-11-09 11:15:25
ここは日本。アメリカだったらどうこうは通用しないの。日本からでてけ
!クズ。

以上のコメントは、『電車の中での喧嘩を目撃して、考えたこと』と言う古いブログに対して、送られて来たもの

 +:*:+:+:*:+:+:*:+:+:*:+: 

 こういうコメントを送ってくるからこそ、さらに、『旭化成の、杭うちの、データ改ざんが、ほとんど嘘の、事案だ』と確信をしているのです。

 と言うのもこのコメントは、11月8日に送られてきています。だから、それは、上野公園の野グソについて、初稿を、書き始めている最中です。しかも、野グソを垂れたのが、警察の殺人用別働隊であろうと、言っています。これが真実であり、もしかすると、この野グソのアイデアも、井上ひさしが、考え出したことかもしれないからです。

 そして、栗田玲子さんに、ついて書かれ始めると、本当に、彼は痛いのです。伊藤玄二郎も痛いでしょうが、井上ひさしも痛いのです。栗田玲子さんが、2009年の4月5日から山本容子展を開いたことこそ、それが、対私への、当時としては、最大と言ってよいほどの、攻撃でした。その裏側を、ほとんど、100%わかっているのだと、知ったからこそ、大急ぎで、自分を死んだことにしたぐらいですから、嫌な思い出を、ここで、思い出させられたということで、パニックに陥って、つい、パソコンのキーを打ってしまったのでしょう。「彼のコメントは、状況を勘案すると、すぐ彼から来たと、わかる」と、何度も、言っているのにもかかわらず、自己コントロールができなくなっていたのです。「こういう種類の、コメントが来るたびに、井上ひさしが、生きていることを確信します」と、語っているのにもかかわらず、自制心を失ってしまい、上記の様なコメントを送ってきたのでしょう。

 ところで、グーブログ管理者側のご案内に、よれば、発信元へ対して、そのアドレスに対して、受信拒否をできるそうですが、私は、井上ひさしを自由に泳がせておきたいので、この種のコメントを、送りたい放題に、送らせております。

 伊藤玄二郎も、同じです。彼も、むろんのこと、栗田玲子さんに、ついて、私が書くと痛いのです。それはですね。栗田さんが葉山の住人であるので、鎌倉まで、直接に影響が及ぶからです。だから、もし、彼女が離反したら大変だと、思っているでしょう。また、一応ですが、出版とは、違い美術の分野の人です。それは、自分の、分野とは、違う分野の人だし、その上、画廊の経営者とは、人的コネクションが大きいと、見ているからです。『もし、栗田さんが、怒ったり、自分の側の責任を追及して来たら、そりゃあ、大変だ』と、思っているでしょう。

 それなら、北畠洋一氏を使った小細工を、2015年10月26日に仕掛けてこなければいいのに、なんと申しましょうか、頭脳が、トカゲの脳味噌さんなので、ちょっとした思い付きでも、それが成功すると、思っているのです。伊藤玄二郎と言う人物も、私から見ると、幼稚です。

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副題6、『鶴岡八幡宮様は、伊藤玄二郎たちに、教唆をされて、種々様々な、攻撃を、対私へ行っておられるが・・・・・神奈川県立近代美術館を、境内から、追い出すことも、その一つではあった』 

 鶴岡八幡宮様が、『これは、やってはならないなあ』と、私が、思うことを、おやりになってしまったケースは、アメリカキササゲを伐採してしまったという以外にも、いっぱいあります。道路沿いの樹木を切りすぎなさっている事。露天商組合が、寄贈した、素朴なコンクリート製の蛇口を、立派な、御影石のモノへ変更をなさった事。・・・・・・それは、終戦直後の、民主主義化を喜んだ、彼らの心意気が、失せてしまい、歴史的価値が無くなる行動だった。・・・・・・夏に行われる、参拝客用の各種の催しの際に、大音響を朝から、お出しになる事。その催しが、一部は、参加制限が加えられる様になった事。そして、安野家の日あたりを良くする為に、木を切ってあげた事。これは、あとで、新しい文章をさらに書き、そのリンク先と写真をここに付与しておきます。それがなぜいけないかと言うと、嘘の口実(鎌倉市の防災無線の音の通りを良くするというもの)で、公金を半分は、使ったことが、いけないと思います。彼らは、やりたい放題なのです。しかも、そうすることで、私に対して『勝った』と、認識してさらに、深い攻撃を重ねてきますので、私は文章を書かないといけなくなります。そのリンク先については、あとで、時間があったら、探しておきます。

 しかし、この章で、初めて詳細に、語り始めた、

 この美術館の追い出しこそが、一番大きな、やってはいけなかったマイナス行動と、なっています。今は、何も事後の効果が予測できていませんが、きっと、将来マイナス効果が、現れることでしょう。

 神奈川県立美術館の、白い箱状の建築物は、確かに、平家池傍の異物ではあります。神社境内、内の、建築物としては、異端児です。だから、それを排除したいと願われるのは、自然なことなのです。が、それが、導入された際には、八幡宮様は、『それで、助かった』というお気持ちをお持ちになったのは、確かだったでしょう。敗戦の混乱の中、人々に、物見遊山の、余裕はなく、お賽銭が、激減したと推察されます。

 そういう時期に、地代が入る。特に、神奈川県の税金から、入ってくることは、八幡宮様の、基本的な財政を、補ったと、推察されます。「時代が変わりました。今は、参拝客が多くて、もう、お金は十分にあります。借家としての美術館の建物が異端に見えます。ので、それを壊したいので、出て行ってください」とは、あんまり自分勝手ではないかなあ?

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副題7、『しかし、美術館追い出しの、本当の主役は瀬島龍三だったはずだ』

 しかし、ここで、さらに重要な推察も、加えないといけません。それは、『八幡宮様は、追い出しには、かかわっていないのだ』という考え方もあるのだ・・・・・というポイントです。ただ、『酒井忠康氏が、勝手に、「出ます。返却をいたします」と言い出したのではないかな』と、言う部分も、勘案しないといけないのです。

 そして、その酒井氏の後ろに、鎌倉エージェント(特にこの移転が、決まったころには、まだ、生きていた)、瀬島龍三が居て、彼の主導のもとに、事が、大きく動いたのではないかと、私は、推察しています。

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副題8、『瀬島龍三とか、益山重夫などの、大日本帝国・皇軍の、参謀たちは、日本地図を熟知している筈だ。特に三浦半島については。だから、三が浜の、旧高松宮邸に、目を付けた可能性は高い』

 私が、上野公園で、銀杏を拾うだけで、警察の別働隊に拉致されかかってしまうのは、何故かと言うことを、ここで、思い出さないといけません。それも、一時間前に、

@@@@@@ここが、五回目、ぐらい行っている、推敲の最先端です。

私が、まったく、気が付かないうちに、背中側で放たれた、ウンチです。私が、気が付かない段階で、それを放つためには、数人の人間(警察の殺人別働隊)が、協同をしてことを行いました。そのうんちは水分が多い為に、黒々と、光り、『あれ、ハサミをあそこに置き忘れたのかしら』と誤解するほどの、立派なものでした。それを使って(後注2)私を拉致し、精神病院へ入れてしまおうというたくらみだったのです。そして、薬を使って、廃人にしていき、その後、青木ヶ原等に、捨てて、行方不明のままにさせるか、数年後、白骨発見と言う形をとるか、どちらかだったでしょう。同じ試みは、すでに、4度も5度も繰り返されています。時間があったら、そちらについても、リンク先を探しておきます。

 それはですね。現代の、日本は、独立国家ではなくて、植民地国家であり、国民が働いて、集積した富を、外国へ拉致・収奪をされているからです。その方策は、複雑怪奇なので、ここでは、触れませんが、そういう仕組みを順調に機能させるためには、一般国民に、その真実を、知らせない様にするのが、肝要です。そのために、表面上は、日本人として暮らしているのだが、真実の支配者側の代理人として、メディアを操作し、日本人を洗脳して行く人間が必要です。それを私はエージェントと呼びます。私は不思議な運命の元、人生の途次に置いて、何人ものエージェントたちと、遭遇をしてしまいました。

 古い順にあげると、1965年、ICU在学中に遭遇した、ベイカーさんと言う名の、金髪碧眼の、青年であり、その次に遭遇したのが、1978年に、北久里浜で起こされた、地籍変更届を利用した、大規模な土地詐欺事件で、遭遇した、益山重夫・元海軍参謀と、瀬島龍三、元陸軍参謀です。

 後者の瀬島龍三は、日本最大の、エージェントとされており、私は、横須賀市、根岸町の家、(最寄駅は北久里浜)に住んでいるときに、地境地主として、彼らの企画した悪事に巻き込まれてしまい、しかも、彼らの予測に反して、頭が良すぎるので、彼らの策謀を、すべて、見破ってしまう人間だったので、それ以降、深く追われていて、殺したいと、思われている人間と、成っています。日本では、永田町も、警察もJRも、そして、文化界も、すべて、そちらの支配に下っていますので、私の普段の、日常生活が、非常に大変なことになっています。

 その苦労に、次ぐ、苦労にめげず、生きていますが、せっかくだから、私にしか、理解できない現代・日本・及び、世界の政治の、秘密を、国民の皆さまに、お教えしたいと思っていて、このブログで、それをトライしている次第です。

 彼らは、日本地図を熟知していて、どこに、まだ、手を付けていない森林があり、それを、開発をすると、どれくらいの、利益を生むのかを、知っています。西武の堤康次郎氏も似た様な存在でしたが、あちらの方は、その動向が、新聞等にもよく知られています。だが、益山重夫とか、瀬島龍三の行ったことは、秘匿をされています。しかし、地境地主として巻き込まれたので、私はすべての事情を知っています。

 で、瀬島龍三について、語りたいことは、この章の、一千倍以上はありますが、ここでは、彼らは、三浦半島の地図に精通をしていたという事だけにして、それ以上は語りません。そして、規模が、3000坪以上ある、区画がどこにあるかなどを、熟知していたという事です。

 で、今の、神奈川県立近代美術館、葉山館(今度から本館となる)があった場所は、高松宮様の別荘があった場所だそうですが、それを代替地として思いついたのは、瀬島龍三でしょう。そして、瀬島龍三が中心になって、神奈川県を動かし、吉田宮司も動かし、酒井忠康氏も動かして、葉山へ移転をさせたのだと、信じています。ではなぜ、そういう事をしたのかと言えば、それは、・・・・・皆さまのご想像に、お任せします。連続して、ここをお読みになっている方だったら、容易に答えは出るでしょう。ヒントだけを申し上げると、上の写真にある様に、私の家が、今章の主題となっている近代美術館旧本館のすぐそばにあるという事です。

 私が、この鎌倉雪ノ下の、地に、引っ越してくることは、自然なことではなかったと思います。この特殊な地形の中に、石川和子さんを先に住まわせていて、そこに、私を導入し、彼女に威張りかえらせて、苦しませようとした、瀬島龍三の、意図を、ひしひしと感じます。と言うのも、北久里浜と、この鎌倉雪ノ下の間には、山が幾重にも重なっていて、同じ生活圏ではありません。それなのに、この地域だけを紹介する、簡易なチラシが、何度も我が家の、ポストの挿入されていたのは、いわゆるCIAのたくらみの一つだったと、今では、確信をしています。たまたま、北久里浜の旧宅は売り出していないのです。その家をずっと、賃貸物件として使用してきましたが、いまは、返却をしてもらって、自分たち夫婦の別荘にしているので、しょっちゅうそちらに行くのですが、往復に三時間かかります。しかし、そちらの、北久里浜の、家の方に、幾度となく、この山の、売り物件の、チラシが入ったのです。それが、あそこに入ったのが、不思議な現象でした。

 ところで、石川和子さんの事を、無教養だというのは1986年に、安野家の前で、「国立大学の付属高校ご入学おめでとうございます」と、彼女が言ったからですが、安野家の坊ちゃんが入った高校は、筑波大付属でも、学芸大学付属でもなかったのですよ。もちろん、広島大学の付属でもない。

 そこから、『彼女は、学制改革の事などを、何にも知らない』ということが判りました。私なんて、親戚に先生がいっぱいいるし、校長もいるし、教育委員長もいるので、何も調べなくても、戦後の、学制改革など、熟知しています。だから、まるで、種類が違う人間なのです。『なんと、何も知らない女性なのだろう』と、驚き入って、軽蔑をし始めたのです。しかし、バックに瀬島龍三が居て、サポートしまくっている女性です。だから、威張りかえっている事、威張りかえっている事、先生、先生と呼ばれて恥ずかしげもなく威張りかえっているのですから、修業の時間が全然ないままに、60代までを過ごしてきたのでした。

 そして、私の猫を気に入ってしまい、毎日家に入れ込む様になりました。しかし、それを、愛したいために必要な礼儀作法等を、まったく知らない人間だから、大トラブルになったのです。が、一番彼女が傷ついたのは、私の猫に、背かれたことでしょう。自分の方が好かれているという思い込みが、あったのに、それが、私の、猫自身によって、打ち砕かれた時だったでしょう。猫は、家来としての、石川和子さんの陶芸教室が好きだっただけです。大勢の人にちやほやされるから、好きだっただけなのですよ。本来は、私の方を好きなのでした。

 そういう判断もできないほど、でくの坊として、育って来た女性です。それは、瀬島龍三がそういう風に育てたのです。または、元愛人だと、石川和子さん自身が言う伊藤玄二郎が、そういう風に育てたのです。伊藤玄二郎は、瀬島龍三が、盛り立てて行った存在です。元愛人である女性が、居るから、どんどん、持ち上げたのです。最近では、二人の間に、肉体関係はないとしても、連絡は、ツウツウだったと思いますよ。上の言葉でも、私に聞かせる様に、私が外出する際に、わざと、発せられた言葉でした。あの頃から、室内盗聴がなされていた可能性があります。無論のこと、電話盗聴は、すでに、1978年から始まっていました。が、・・・・・・彼女がもし、本当に出来の良い女性だったら、トラブルは起きなかったでしょう。これもまた、佐野研二郎問題と、相似形をなす出来事です。

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副題9、『シベリア抑留組として、瀬島龍三と親しいであろう、宮崎進さんが、今度、高島屋本店で、個展をなさるそうですよ』

 佐野研二郎問題は、私のブログから、起きた事だったと、私は、語っています。そして、・・・・・多摩美卒業生を、エンブレムのトップに採用するのだということが、秘密裏にも、一番、先に決まってもいたのだ・・・・・・と、書いています。たまたま、佐野研二郎が、あまりにも駄目過ぎたので、私が何を言う暇もなく世間(特に世界中が)大騒ぎで、盗作問題を取り上げたので、多摩美関係者の、ひそかな目論見は、無残にも潰えました

 NHKテレビによれば、今度の、審査員には、芸大学長も含まれているみたいでした。だから、より広範囲の判断力が加わったとなります。比較すると、前の方の審査委員会は、誠に、閉鎖的だった模様です。

 ところで、その多摩美関係の、もっとも大物としての存在が、宮崎進氏です。鎌倉在住です。その宮崎さんは、シベリア抑留者です。同じく、シベリア抑留組としては、香月泰男と、浜田地明が居ますが、後者二人は芸大出身だということと、地方在住が長かったという事やら、それ以外の面でも、さして、瀬島龍三と近いとは思えません。

 しかし、鎌倉在住の、宮崎進氏からは、非常に深いレベルで、瀬島龍三の影を感じ取ります。今度、宮崎進さんの、展覧会が、高島屋本店で開かれます。準備期間を入れると、佐野研二郎が、エンブレム問題で、内々に、選任をされていた頃だから、これもどうも、政治的選択として、行われる展覧会の、様に思われます。と言うのも宮崎さんの、作品は大衆性が無いので、高島屋本店で、個展をするというよりも、近代美術館(竹橋)で、行うなどの方が、向いています。しかし、近代美術館の方は、数年前から、企画が決まっていると思いますので、間に挟むことができなかったのでしょう。

 まさかとは思うけれど、瀬島龍三が、これまた、表向き、自分を死んだことにして、実際には、生きているのではないかと、思うほどです。ともかく、この展覧会の陰に、佐野研二郎問題との関連を感じますので。井上ひさしの方は、鎌倉市内の、防犯協会の放送やら、鶴岡八幡宮様が建てる音、または、騒音によって、彼が生きていることが確実に分かる日があるので、彼がまだ生きていることについては、確信を持っていますが、瀬島龍三の方は、彼が住んでいる家の、近所の音については、何も入ってこないので、その様な、傍証づけができないので、彼の死亡、生存のどちらが正しいのかはわかりません。が、宮崎進さんの、活躍を見るたびに、背後に、瀬島隆三一派、もしくは鎌倉エージェントのサポートがある事を感じています。

 これは、まだ、まだ、書かないとまとまっていきませんが、本日、13日はここで、中断させてくださいませ。そして、15日にやっと、完成へ持ってきました。

尚、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3205008です。

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後注1、 

喫茶店【映画館】は潰して、和食処【六弥太】は残したのですね、玄二郎ちゃんは!   2015-11-12 00:29:17 | 政治

後注2、

上野公園で新鮮な人間のうんちを眺めながら、谷垣禎一さんと旭化成の間にあったであろう恫喝を思う△  2015-11-07 01:09:33 | 政治

これは、途中で

 今は、2015

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