銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

石春産業の常務と安野智紗夫人は、見つめ合い、ウィンクさえしあったが?・・・・・三菱銀行、鎌倉市、神奈川県・・・・・雪の下黒物語の8

2018-02-27 21:37:18 | 政治

 この一文ですが、総タイトルには、出てこない名前ですが、相当な大物も途中で出てきます。ただし、大物と言ってもテレビに出る芸能人としての大ものではありませんよ。この日本社会を形成している、真実のエリートたちです。テレビには出ない人達です。

 この一文ですが、総タイトルには、出てこない名前ですが、相当な大物も途中で出てきます。ただし、大物副題1、『安野智紗夫人について、いつか、・・・・・過去に書いた文章を、集約して、置かないといけない・・・・・と、本日は、切に感じたものだった』 

 本日の総タイトルですが、あたかもメロドラマの一シーンみたいですが、さにあらずです。これは、政治的に、非常に重要な事なのです。しかし、私は、確定申告の準備をせねばならず、この現象を、ここに、記録をして置くだけにして、・・・・・安野夫人とは何者であるのか?・・・・・については、余分な、というか、深い説明は致しません。しかし、政治的に非常に重要な人物であり、尖閣諸島問題は、彼女が過去にやった悪事の数々を隠滅して行くための、私への脅かしとして、この一億二千万人の、日本人と、12億もの中国人を、単なる、道具として、使役しきって、起こされた外交問題です。それが、公的な問題と見える様にするために、一億二千万人の日本人と、12億人もの中国人は盾と言うか、道具として、使われたのでした。

 ここにこういう風に書くと、近々、また、中国艦船が、警戒水域を突破した云々というニュースが出て来るでしょう。出てきたら、ますます、私が言っていることが正しいのですが、出てこなくても、私が言っていることは正しいのです。ただ、本日は、皆様に納得をしていただくための傍証づけの文章のリンク先を見つけるのが、20時間ぐらいかかるので、説明をしませんよと、言っているだけです。

 彼女があまりにも悪女なので、私の方は、一年ぐらい前に、彼女が何を行おうと、「書くのもおぞましい」と、このブログの世界で、言っていて、かつ、実際に、最近は、筆を染めておりません。で、私の敵たちは、彼女を再び使い始めているのです。雨宮舜(=本名、川崎千恵子)は、彼女(=安野智紗夫人)のことは書かないから、と、伊藤玄二郎たちに、思われているので、彼らが『勝った』と思って居るタイミングで、私の目の前に現れ、如何にも小ばかにしていやみたっぷりな、表情を取ります。

 で、その流れの中で、そそのかされて、というか、実態としては、命令をされて、本日も動いたと、見えます。だけど、事が、ここまで、大きくなると、彼女についても、相当に深くかつ大量に書かないといけませんね。しかも、過去に書いたものをひっくり返し、全部、集約もしないといけません。したがって、余裕があるときに、この一文を再度、編集し、加筆し、意味のあるものにいたします。公開時間も、安野夫人について説明ができた時期の、日時の方に、移行をさせて、皆様に、確実にそのブログがトップになり、目立つという形で、見える様にしますし、文章の中身についても、加筆を大量にして、意味が通る様にいたします。

 本日は、そういう【重要な現象を見た】とだけ、記録をさせておいてくださいませ。重要な現象とは、・・・・・石春産業の専務が、・・・・・・私の目の前で、私と会話をしているのにもかかわらず、・・・・・・山ノ下から、上がって来た安野夫人を見つけると、・・・・・突然小走りで、そちらへ向かって、7mぐらいを走り抜き、・・・・・・彼女に対して、ペコペコして、何らかの会話を交わしたのちに、・・・・・眼を見合わせて、ウィンクまがいの事をした・・・・・と、言う事です。非常に重要な事なのです。最後にそこへもって行きますが、まあ、お待ちくださいませ。途中の説明が必要です。今日一日だけについても、相当量の説明が必要です。

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副題2、『ところで、そのベッタベタぶりを、私が目視した、時間が、何時であったかという事は、重要である』

 ところで、その時間が、正確には、何時であったかは、重要です。それは、午後の、2時15分ごろから、45分までの間だったと思います。どうして、そういう幅広い時間帯を、ここに提示するかと言うと、私は、腕時計をはめては、居なかったので、正確な時間が判らないからです。でも、その30分間であるという事は、べたべたぶりが、重要なのと同様に、とても、重要なのですよ。

 私は前夜、ブログを一本書き、その後、頭を整理するために、不動産物件の広告を見たり、単純なパソコンゲームをしました。その間ですが、家事を、ぼちぼちと、こなして、全部で、二時間ぐらいを、使い、午前五時に寝入りました。そして、一回、目覚めたのが午前11時50分前後だったと、ラフにですが、覚えております。

 居間に入ると、主人が早めのお昼として、何らかの麺類を、作ったらしくて、ちょうど、食べ終わったところでした。スープだけの段階のどんぶりが見えました。ところで、私は、何となく頭が、さえて居ないので、『本日は、確定申告の最終段階をまとめるにあたって、この頭のレベルでは、だめだなあ。間違いを記入してしまいやすい』と、判断をいたしました。で、主人に、「ごめん、もう一回、寝るわね」と言って、寝室にこもりました。そして、二度寝をしている最中に、ブザーが鳴ったのです。

 それが、ちょうど、二時ごろだったと、推察しています。主人は、ウィークディは、午後1時55分から始まる、二時間、ミステリーを見ています。BSと、地上波のどこかで、その時間帯には、二時間ミステリーか、一時間ミステリーを、二時から放映をしているのです。私は、インターネット環境の問題が、あって居間で、パソコンを打ちます。それと、プラスして、・・・・・男とは、女に、見放された様に感じるのを嫌うのだ・・・・・と、いう習性については、熟知して居ますので、他の部屋で、一人で、パソコンを打つのではなくて、居間で、ユジンの傍で、パソコンを打っています。

 その際に、ミステリードラマが、耳に入ってしまうと、集中力が途切れてしまうので「どうか、イヤフォンで、聞いてください」と頼んであります。そして、イヤフォンで、彼が、音声を把握して居る期間中は、無音、機能スイッチを入れてもらって在ります。

 我が家の玄関で、インターフォンのスィッチを入れると、家の中では、廊下(=階段ホール)で、音が鳴る様になっています。で廊下に面して、私の寝室と、主人がテレビを見て居る居間とは、まったく同じ種類のドアで、隔てられているのですが、主人は、ヘッドフォンを当てて、テレビを見ているので、インターフォンの音には、なかなか、気が付きません。

 ここですが、・・・・・本当に、神様は、いらっしゃるなあ・・・・・と、思う処なのですよ。本当にそうなのです。

 このアジサイ畑欺罔事件の、証拠隠滅は、2007年の秋から始まっているのですが、主要な個所では、すべて、私の方が、立ちあう事が出来て言います。そして、正確な事態を把握しぬいています。

 2008年、5月9日(または、4日・・・・・後で、正確に調査しますが、どちらかです)の、藤本母娘が、自分の土地を、石井秀樹あづさ夫妻に売るために、測量を頼んだ日も、敵連中は、主人にだけ、知らせておいたのに、私は見事に、藤本母娘と、山のしたの川合邸前で、会って、一緒に山を上がってくるという形で、立ち会ったのでした。

  以下は、28日の午前二時から加筆する部分です。

その日だけ、どうしてか、午前五時に目が覚めて、ふと、・・・・・鎌倉市内では、早朝には、どういう感じの現象が見られるのか?・・・・・・について、興味がわき、5時半から、散歩に出たのです。そして、三時間、下馬の交差点まで、行って宅をしたのです。途中で、拒食症(本当に骨と皮だけの状態だった)のお嬢さんを無理やりに散歩に連れ出している、母親に出会って、エッセイの種を一つ拾って帰ってきています。で、八時45分ぐらいに山ノ下まで、帰宅をして来て、藤本夫人・母・娘に出会ったのです。当時、主人は毎朝、8時半に家を出ることとなって居ましたので、主人にすれ違う事もありませんでした。その萌芽これまた、よかったのですよ。主人に出会うと、そこで、みっともない夫婦げんかをしないと成らなかった筈ですが、合わなかったので、それは、幸いでした。

 当時、既に、藤本母娘は、下界の鎌倉駅そばに新しいお家を建てて、引っ越して行った後だったので、こんなに朝早く、ここにやってくるのが不思議で、「どうしたんですか?」と、聞くと、何かのやり取りが間に入って、私は藤本夫人が、土地を売ろうとしていることを知るのでした。で、「どこの業者にお願いをなさったの?」と聞くと、藤本夫人は、とても、嬉しそうに、かつ、威張った形で、「三菱銀行よ」と答えるのでした。しかし、すぐ、お嬢さんが「しっ」という形で、母親を制しました。お嬢さんは、強すぎるお母さんに支配をされ切って居て、気の毒なところがある女性ですが、それでも、地味ながら、学校の先生を長らく務めてきているので、人間ができて居て、大切な処では、母親を注意できる模様でした。三菱銀行と言う名前が出てきた途端に、お嬢さんが、し、しっと制したので、私は、その瞬間に、大きく進歩したのでした。鎌倉エージェントの真実が、どうなっているかについての、考察に、おいてです。

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副題3、『ここで、三菱銀行と、小室圭君に戻らないといけない。三菱銀行が、非常に大きくこの件(=雪ノ下黒物語の中で、縷々書いている事)で、動いているのだけれど、その中心が誰であるかについて、個人名も大体わかって居るのだ。だけど、その人物は、私に対して、命令された意地悪しかやって居ないので、ここで、名前を上げることはしないでおこう。その人物と私が、まだ、仲良しであるという事が、こちらだけではなくて、石塚雅彦さんあたりにとっても役立つことだと、わたくしには、見えているからだ。ただ、彼が、動いて、父親が居ない、小室圭君が、三菱銀行に就職することができて、かつ、東京都心(丸の内支店だとか?)に勤務できることとなったと、推察している。したがって、小室圭君と眞子さまのご婚約とは、恋愛などではなくて、まったく新しいCIA主導の政略結婚だったのだ。

 どうして、小室君が選ばれたのかと言うと、優秀な日本人を支配する為には、日本人の上に、在日を置き、韓国や、韓国人も、日本や、日本人の上に置くというコンセプトがあって、その概念と関係があると、思う。しかし、そういう目的に使うとしても、もう少し、家柄が良く、資産もある、ご家庭から、専任するのが、普通だと、思うけれど、美輪明宏さんのラインからか、どうかは、知らないけれど(後注2)、小室君が選ばれてしまったのだ。眞子さまに選ばれたのではなくて、鎌倉エージェントたちに、選ばれたのである。後は、ただ、ただ、「あなたは、素晴らしい青年で、眞子さまに、ふさわしいのだ」と言う洗脳が施されたと、私は、見ているわけで。

 ただ、かわいそうな小室君は、皇室とご縁ができるにしては、あまりにも低い階層のお生まれであり、しかも、あまりにも資産のないご家庭の、出身だったので、破たんが、衆人に見えることとなってしまったのだ。

 気の毒なのは、眞子さまだけではない。小室君も可哀想で、気の毒な存在だ。ただし、私は、落ち着いている。そろそろ、井上ひさし(=鎌倉エージェントの一人だが、謀略=嘘を考え出す人間として、機能をしちる。その嘘も、私のブログからアイデアを取っている。ここで、書いている正しい事を否定する方向で、事件を作り出し、それをNHKに報道をさせるのが、井上ひさしの役目だ。それに、専念するために、彼は、自分を死んだことにしている。と言うのも、私が、2009年ごろは、まだ、元気いっぱいであり、夜昼、絶え間ない形で、新しい文章を書いていたので、それに追いつくために、2010年4月9日に自分を死んだことにしたのだった。

 そのアイデアマン、井上ひさしと、私との間に、逆転が起きる兆しがあって、この眞子さまと、小室圭君の結婚の延期も、その一つだと、思っているから。小室君を眞子さまに結び付けようというアイデアを出したのは、無論のこと、井上ひさし達であろう。誰が、どう動いて、協力をしたとしても、原案は、彼が、作り上げたものだから。で、もう、一つ、最大級の攻撃があって、それが、10月の25日、お知らせが我が家の郵便受けに入って居た、12月10日開催の、町内会総会(と言っても、出席者は、16名以下だったと、思うが・・・・・)であって、そこでアジサイ畑欺罔事件の、証拠隠滅の、最終段階を目指す工事を行う事が決定をされたのだが、

 このアイデア、そのものも、数年前から、井上ひさしと、伊藤玄二郎から出されていると、私は見ている。

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副題4、『藤本夫人から、三菱銀行という言葉が出てきた途端に、鶯吟邸を、八幡宮様に、「お買いなさいませ」と、言うアイデアを、出したのも、原初の存在は、井上ひさしであり、間に、いろいろな、人がたって、三菱銀行・鎌倉支店が、不動産仲介の役目を果たしたのだと、瞬時に分かった。ただし、その間に立つ人間として、瀬島龍三がまだ生きて居た時代に、この件が成立したのかもしれない・・・・・それは、私が初めて、ぼんぼりを検討することとなった、日々であって、』

 法務局に行って、鶯吟邸の、持ち主が、横浜の土建業者から、いつ、鶴岡八幡宮様のモノへ、変更になったのかを調べれば、正確な年度が判るのですが、鶯吟邸と言うのは、川口順子元外務大臣のご実家で、ご母堂が、ご高齢で、暮らしておられた数寄屋造りのお屋敷です。その方がなくなったために、売り出すことになったのです。それは、多分ですが、1995年から、1998年の間です。で、買い求めたのは、横浜北部で、土建業を営む活発な五十代の男性で、ひどく気に入って居て、毎週末白いベンツでやって来て、たき火をした利、また、巨石を、大クレーンを八幡宮様の、参拝者用、駐車場に入れて、庭へ、運び込んだりしていました。50代ですが、見るからにやんちゃな、赤ら顔の男性で、たき火をすっかり気に入ってしまったみたいです。木製の門を、ブロンズ形式の、モダンな、モノにかえ(高いだろうが、家とは、合わないものとなった。しかし、中が透けて見える様にもなり、もち主が、門の中で、たき火を盛大に行っているのは、よく、見えた。

 火はめらめらと、高く上がる。門の中に、植木の植えて居ないスペースが、車二台分ぐらいあって、そこで、直径、2.5mぐらいの大きさで、たき火をやって居た。そのうちに彼はひらめいたらしくて、いわゆる産業廃棄物の類も燃やし始めた。と言っても、彼にすれば、白いベンツに乗せて、横浜から鎌倉まで、持ってくるものだから、新品であり、きれいに見えたので、問題がないと考えたのだと、思う。彼にすれば、産業廃棄物とは、古家を壊した時に出る、大量の腐敗した材木とか、腐敗した畳を指すのであり、新品のキッチンセット等を包んできたフィルムや、それを入れて来たいじめに段ボーる箱を、きちんと縛るテープなどは、きれいなものとして、彼は枯れ葉と一緒に焼いたのだと、思う。石油製品特有のにおいが混じる様になり、すすも出る様になった。

 さて、ある日のこと、とんでもないいじめに、私が出会う事となった。たき火が問題で、起きた事態だが、私が煙を出していないのに、問答無用で、電話で叱られたのだ。驚くべき礼儀知らずの、主婦たちだった。そのいじめの主導者は、前田夫人と、安野夫人だと、わかって居る。で、こういうことの積み重ねによって、鶴岡八幡宮の大銀杏は、倒壊をしたのである。白井宮司の時代だったと思うけれど、前田夫人は、共産党員だと、思うのに、國學院大學の講師に、推薦してもらったみたいである。そのごの、20年間にわたって、やりたい放題の、心理的な暴力を、対私へ、積み重ねているから、私を憐れみたもう、天が、前田夫人が、世間から叱責をされる様に、計らって、大銀杏を倒壊させたと、感じている。しかし、100%、彼女だけが原因ではない。彼女は、30%ぐらいの原因者である。

 前田夫人と安野夫人は、実働、10人にも満たない、この山の主婦たちを、階層に組み立てて、自分たちが、最も偉いと、思い込んでいて、その階層を維持するために、次から次へと新しいターゲットを見つけては、いじめるのだけれど、・・・・・・ここに前田夫人が、御成中学のPTA総会で、突然挙手をして、堂々と、意見を開陳し始めたエピソードを持ってこないといけなくなった。彼女の行動には、私もぎょっとしたのだけれど、私の、近所に座っていた人たちも、みんなフリーズをした・・・・・何がいけないかと言うと、中学期に母親が、PTA三役等をして目立ってしまうと、後々に子供が迷惑をするという事があるのだ。大体、そんなに目立つと、周辺では誰もが、『あそこの子供は東大医学部に行くのでしょうね』と、思い込む。で、もし東大医学部に進学できなかったら、内心で、前田母子を、あざ笑う事となる。それが、子供には迷枠なのだ。

 で、それは、賢いお母さんならみんな知っている事だから、前田夫人の、立ち居振る舞いを見ていると、ぎょっとしてしまう事となる。普通に生きてきた主婦なら、そして、賢い人なら、経験則として、知っている事である。彼女はそんなことも知らないのだ。未熟なお母さんであり、未熟な主婦だとは、知っていたが、そこまでとは、知らなかった。静岡大学卒だそうだから、田舎のお天狗さんだと、思われる。都会育ちではない。

 さて、前田夫人が強気になる裏には、自分をほめそやしてくれている、安野夫人が居るからだと、思われる。しかし、だれがみても、生き物として強いのは、安野夫人の方である。どうしてか、演技力が高いのか? 、または、教養が低くて、客観性が無いので、上に立つことができるか?、どちらかは判らないが、ともかく何のとりえもないくせに、他の人を従属させてしまうタイプなのである。

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副題5、『ここで、冒頭に戻ろう。石春産業の専務は、どうして、私とかいっをしている最中に、ちょこちょこちょこっと走って行って、安野夫人におべっかを使ったのだ? それは、大問題にしないといけない。だって、工事を行う場所は、我が家の私有地だ。それも、「被害があるので、困る」と説明をしている当人を、放ったらかして、何にも関係のない安野夫人に向かって、走って行かないといけないのは、なぜなのだ。これは、大問題だ。もちろん、種々の裏がある。それ故に、二人がウィンクをし合ったのだけれど、だからこそ、そのウィンクも、大門田とすることができる。私の様な、インテリで、頭の良くて、法律が、全部わかって居る人間を前にして、石春産業の、お坊ちゃまは、ミスていくをしたね。で、これは、書きようによっては、大問題にもなる・・・・・その説明は、間に、いろいろ挟まないとできないので、ここで、また、鶯吟邸の前の持ち主の焚火の話に戻ろう』

 私が出してもいない煙について大叱責を受けたわけですが、当の電話をかけて来たのは、井上夫人と言う方です。当時町内会のお当番だからかけて来たそうです。で、裏に前田夫人が居たことは確かなのです。が、これがひどい形の電話でした。ミスター井上の方は、岸田淳平と言うペンネームで活動をしている有名人です。まあ、教養が高いのでテレビ画面には登場をしません。ただし、テレビに出演して居る芸能人の裏で、支えている人材の一人らしいです。私が、風の便りに聞いたところによると、「歌の作詞が当たって、7000万円手に入ったのですって」という事でした。25年前の事ですから、凄い事です。この井上夫人の方は癌で、すでに亡くなっていますが、・・・・・これは、私に対して失礼なことをすると、天からの叱責として、死まで、賜ってしまうの初期の例だったかもしれません。ただし、今まで、これを取り上げなかったのには、理由があります。坊ちゃまが、非常に良い性格です。

 ああいういい性格のお坊ちゃまを育て上げることができるのは、井上夫人が、非常に良いお母さんだった事を示しています。略奪婚で、三人のお子さんを手に入れても、全然愛して居ない、安野夫人などと、比較すると、雲泥の差という以上の、差があるお母さんでした。

 安野夫人の愛情の無さと、言ったら、たぐいまれなというほどです。彼女のいじめのために、前の奥様は、自殺でも、したのではないかと、引っ越してきて半年後には、わかって居ましたけれどね。当時は、ブログなど書いていないので、こういう想像については、何も書きませんでしたけれど。でもね、後年、証明をされる様な事が起こりました。三人のお子さんの内、二番目はお嬢さんです。井戸端会議はやらない私ですが、どうしてか、必要な情報は、すべて手に入る人なので、「離婚をした「」と、聞きました。そして、実家に帰ってきたのですが、安野夫人からいじめられきっていましたね。買い物に行くために、私が、そこを通ると、そのいじめ・せりふ・が聞こえてしまうのです。ほかにも、何度も、そのお嬢さんが、安野夫人から、いじめられている現場を目撃しているのですが、お嬢さんが、一切、反抗をしないのですね。それに、38年前ですが、子供の声がしない家なのです。

 ここから先ですが、書く予定だったことをメモ書きで、箇条書きとしておきます。それは、普通の書き方で表現をするにしては、時間と、体力がすでに足りないからです。

*1、安野家の長男は、高校を卒業した、1987年か、8年以来、一回も、実家(=雪ノ下)に帰って居ない。それも安野夫人が略奪婚のひとであるという証明になっている。

*2、私は安野家の前の井戸端会議には、一切、参加しないのだけれど、そんな私に対して、安野夫人が、「子供にお客さんが来たので、お砂糖を貸してください」と、頼みに来た。毎日、井戸端会議を主催する、彼女が、付き合っている主婦は、数としては、いっぱいいる。『そちらに借りに行けばいいのに、どうして、私に借りに来るの?』と疑問を持つ。瞬時に答えが出た。つまり、粉を掛けに来たのだった。私が井戸端会議に出ないので、彼女の意図している、この山での、上下関係が確立できない。穴が開いてしまうと、統制が取れないのだ。まるで、やくざの世界である。

 で、ご親切にもお誘いにきてあげたというわけだ。無論のこと、実働している15人前後の主婦の中で、井戸端会議に参加を、免除されている主婦もいる。それは、世代が違う女性たちであり、20歳ぐらい上の人は、免除されていた。しかし、私は安野夫人と、同世代なので、私が参加しないことが、彼女にとっては目障りとなっている。で、自分を中心としてしか、ものを考えられない、しかも、どうも、東京圏おブランド住宅街では、育っていないらしい彼女は、自分の欲望のままに動くのだった。そして、実態は、井戸端会議を強固なものにするためのお誘いだけれど、彼女の信念としては、川崎さんは主婦として、気が小さくて、不器用みたいだから、怖くて、井戸端会議に参加できないのでしょうね。だから、誘いにきてあげたわよ。本当は,お砂糖ぐらいあるのですけれどね』という程度の心づもりだという事も即座に分かった。

 しかし、私は内心で激怒した。北久里浜に居る時に、すでに、銀座で個展をしてきている。例の芸大卒で、JWトンプソンの副社長にのぼり詰めた、小池玲子さんが、そこの会社のダイヤモンドを、結婚記念日で、プレゼントしましょうという宣伝を開始して居て、賞を得たが、まさに、そのデビアースの、ダイヤモンドのチョーカーをつけて、銀色のジャンプスーツで、来てくださったし、宮崎明子(テレビ東京のプロデューサー)さんと、勝恵子(当時は、女子アナだった。今は、評論家みたいだ)さんも来てくださった。毎日新聞は、上條陽子さんと同格で、今週の個展として紹介をしてくれた。で、更に発展をするつもりだったので、この雪ノ下で、近所づきあいをするつもりは一切なかった。

 子供はすでに中学生に達して居て、子供の遊びの世界の為に、親が出ていく必要が無かった。その上に、ご近所の、主婦同志のお付き合いというのは、一般的なケースでも、とても難しい上に、「この山では、人間関係が、非常に難しい」という事を、ここの住人に、引っ越してくる二年前に、すでに聞いていたので、何が原因だろうと、観察しているうちに、安野夫人が癌なのだと、はっきりとわかって来ていたので、その癌の当人と付き合うつもりなど、毛頭なかった。

 私は普段、小細工は、大っ嫌いだと、言っている。このお砂糖を貸してくださいと言う小細工も大っ嫌いだった。

 もう一つ、私がよく言う事に、安野夫人は、教養が低いというか、無教養だというのがある。私は、9歳の時にすでに、教養の高い人が住んでいる地域での、人付き合いを、学校の担任の先生に教えられている。『少し、下手に出なさいね』と教えられている。しかし、安野夫人の態度は、自分が中心で、自分を、上に置いている態度だった。私が態度で、語っていることが理解できないというか、尊重できないので、私と付き合いなさいよと、粉を掛けに来たのだった。

 この人が、この山に引っ越してくる前には、何の主婦体験も、母性体験もない事は、二週間ぐらいの、短い期間で、わかって居た。でも、彼女が小さいころには、主婦は、働くものではなかった。となると、彼女の母親は、近所づきあいの仕方について、彼女に何も教えなかったのだろうか? それとも、母親は、小さいうちに亡くなっていた? または、大卒の人が近所には、誰もいない様な、庶民的な下町で、育ち上がった。または、まったくの田舎で、育ちあがった? 上の様な、事を一瞬で判断した上で、私が本当に言いたかったことは、こうである。「あなたは、どうして、門が閉まっているのに、そして、玄関が閉まっているのに、そんな簡単な、しかも自分一人で解決できることで、私を煩わせるのですか? 中二の坊やに、どうして、お紅茶を出さないといけないのですか? どうして工夫ができないのですか? お菓子と、煎茶で、充分でしょう。その上、どうしても、紅茶を出したくて、お砂糖が欲しいのだったら、どうして山ノ下へ、買い物に行かないのですか? あなたって、他人の生活の尊厳に対する意識が足りない人ですねえ。どこの大学を出ていらっしゃるのですか?」と。

 しかし、そこまではっきりと言ってしまうと、今度は、こちらが意地悪と、見做されかねないので、内心で、本当に言いたかったことは言わず、ただ、単純に、「私は、そういう形のお付き合いは、したくありませんので、お砂糖は貸せません』と言った。

*3、安野夫人が恥を搔いたということは想像ができる。しかし、モノを知らない段階で、恥を搔くのは仕方がない。主婦として、または、母として未熟ならば、恥を搔いて学んでいかないといけない。しかし、彼女はそういうタイプではない。すぐさま復讐に出て来た。

 想像でしかないが、井戸端会議で、この件を持ち出して、私を山全体の主婦が嫌う様に仕向けたと、考えている。その結果、井上夫人の超高飛車な叱責が生じて来た。

*4、井上夫人は、とてもいい人らしいと、後で、判ってくるのだが、朱に混じわれば赤くなるのたとえどおり、安野夫人一派の影響を受けて、私に対して、ひどい仕打ちをした。私は、怒って、【山間の煙】と言うエッセイを書く。パソコンが、10台ぐらい壊されたので、AOLを使って配信した、初期のエッセイは、消えてしまっている。初期の段階では、実名は上げて居ないが、このブログで、書き直した物には、実名を入れている。しかし、今は、初期のモノ(=AOL版)を再び書く時間はないし、このブログの世界で、rewrite したもののリンク先を探している暇もない。

しかし、ともかく、井上夫人の言葉も態度もあまりにも理不尽なので、これは、困るという事を書いた。最初期のメルマガは、あて先がすべてわかって居るので、その中二、私が、鎌倉エージェントと、呼ぶ人間はいなかった筈だが、石塚雅彦さんと、古村浩三君には、送っていた。で、彼ら二人が、当時は、まだ、公的にも生きて居た、井上ひさしに転送をしたかどうかだが、個人的には、していないと、思う。しかし、CIAそのもの(この場合は、警察庁内部の特殊部門を指すが)は、ハッキングをしていて、井上ひさしと、伊藤玄二郎は、必ず、せcっち読んでいたと、考えられる。

*5、で、これは、大問題だとなった。と言うのもそのエッセイの主役は、前田夫人である。初期のモノには、実名が書いていないが、関係者には、すぐわかる事である。井上ひさしは、共産党系の、人物を駆使するタイプだが、前田祝一・清子夫妻は、明白に共産党員であり、集団訴訟の原告にもなっ

ているぐらいだから、守る必要を感じたのであろう。で、鶯吟邸を、八幡宮様に買う様に勧めたと、見える。

*6、で、八幡宮様は、鶯吟邸を買い、仲介業者は、三菱銀行だったと、言う事が、藤本夫人の、「売りますが、仲介業者は、三菱銀行です」と、言う言葉で、一瞬にしてわかった。

 ここから先、藤本夫人の旧宅をめぐる測量の日の諸問題へ入って行きたいのですが、それは、大量の字数を必要としますので、後回しにして、三菱銀行が仲介業者として、藤本夫人宅を、非常に安く、石井秀樹あづさ夫妻に売った話へ入ります。

*7、うわさ話によると、石井秀樹さんは、駅まで、急げば、10分で出られる、この土地を、(私道部分を除いては、実質)45坪を、一千万円で、手に入れたそうである。とても安い。何故安いか?と言うと、その土地は、藤本夫人が居れた、異様な礎石が、入って居る土地であり、そこに対して、藤本夫人は、後ろめたさはあるであろう。前田夫人たちと喧嘩をしていた時期は、多勢に無勢で、時分の方が弱かった。だから、突っ張った。前田家は、異常な使い方をしている、私道部分に、自らの石垣を設置して居て、我が家の様に指導部分を使えないことにされた人間と比較をすると、二倍ほど、多く土地を使用しています。それで、藤本夫人が道路の真ん中にフェンスを作ると言った時に誰も、藤本夫人を止められなかったのですよ。前田家の違法建築の姓です。藤本夫人は、それを、縦に撮って居ましたのでね。だから、一番良い解決策は、前田清子さんを、藤本夫人への謝罪へ向かわせ、即座に安野夫人の井戸端会議を止めさせることです。

 それは、当時の町内会長だった中谷氏の奥様でさえ、「あなた、この工事は中止なさいませ。川崎さんの言う通りです」とおっしゃっていたのに、中谷氏は、悪い方向で、進行をさせました。何故か?と言うと、中谷氏の裏に、瀬島龍三が居て、その言うとおりに彼が動いたからです。しかし、中谷氏にも癌が訪れましたね。そして、割と早くなくなりました。それで、益山重夫、中谷知二、井上夫人、石川和子、瓜南直子さん、谷垣禎一氏、嶋田章三、前田祝一、と、私を苦しめた存在が、すでに、8人、ほど、死んでいます。敬称を抜い居ている人たちは、あまりにも大きな苦しみを私に与えた人たちです。だから、死んだ後にも、とてもではないが、敬称を与えられません。

 ところで、この8人に共通しているのは、本当のところは、いい人であっただろうという事です。悪人は死なないのです。

 ここで、鎌倉市の道路位置指定問題に入ります。恐るべき悪法ですが、最も大きな被害者である私に対して、どうして無許可で、そういう設定をされたのですか? 担当者は、誰であり、いつ施行をされたのですか? 暇になったら調べるつもりですが、もし、町内会の資料の中二、その文書があるのに、回覧板で、私にも見せなかったというのなら、これは、大問題ですね。いわゆる背任行為の一つだと、思います。これは、後で、確かめないといけません。

 そんな土地にさらに厚く、コンクリートをかぶせて、証拠隠滅をして、アジサイ畑が、復活できない様にする工事に、今から石春産業は取り組むのです。

 もう、バリバリと、いろいろな、裏側を書かないといけませんね。

 鎌倉市は、路線価の問題でも、異様な対処をしています。それも大きくとりあげないといけません。続きはいつかは書きます。ただし、お約束の日時は上げないで、置かせてくださいませ。路線価の問題でも、鎌倉市は、おかしいし。

そして、このブログの、2010年より、数え始めた延べ、訪問回数は、4500658です。

 

 

 

@@@@@@@ここが、第一の書きかけ中の最先端です。

 そして本日です。見事でした。石春産業が、インターフォンを押しているのを先にキャッチしたのは、主人ではなくて、私の方なのです。

 

@@@@@@@ここから先は、安野夫人が、どうして、そのタイミングで、山を上がって来たかについての分析です。しかし、それを詳細に語る前に、大量に語るべきことが、まだありますので、午前、1時まで、お待ちをいただきたく。 

私の推察では、安野夫人は、そのタイミングをわざと狙って、したから上がってきたと、見ています。小町通りと、そこから、黒鉄の井戸を曲がっても、数軒のカフェはあります。そうい所で、待機して居て、私と石春産業常務の会話が始まったら、夫の忠彦氏から、連絡をして貰い、おもむろにしたから上がって来る。そういう案が最初からできていたと、感じています。

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石塚雅彦、藤田千彩、開発チエ、三輪喜久代・・・・・ロンドン、そしてスタップ細胞疑惑へ

2018-02-26 02:10:05 | 政治

 

  今は、26日の事です。これから、数時間だけ加筆と、推敲を行います。途中で加筆をしたところには、アンダーラインを敷いておきます。と言ったらアンダーライン機構が利かないので、太字にしておきます。

副題1、『確定申告の事・・・・・事業主勘定と言うキーワード』

 青色申告を始めて三年目かなあ。ずっと、前から、それができたのに、事業主勘定と言うキーワードを知らなくて、申告できなかったのです。私は収入がない人間です。このブログもアフィリエイトは、申し込めないという形になっていますし。しかし、両親からの遺産があったので、画家、版画家として、活動をする事が出来ました。

 しかし、税金とか、後期高齢者医療保険とかが、莫大な額に成るので、実態と合わないので、変だなあと、思って居たら、事業主勘定という概念があるそうです。

 つまり、何かの、活動をする費用を、別の収入から、、持ってきて当てるというやり方の事です。本を出版するにしても流通をさせないで、ほぼ、献呈ばかりですから、儲かるわけではないのですが、それでも、それが、できたのは、遺産を充当したからです。 

 それを税務上、どういう風に表現したらいいかがわからなかったのですが、やっと、3年前に判ったのでした。で、急に青色申告を始めたわけで、本年辺り、やっと、落ち着いて、記帳をする事ができる様になったところです。

 だけど、まだ、よちよち歩きで、いちいち、参考書や、税務署の案内チラシを読まないと、書き込めなかったりしています。所得のランに年金を入れるのか入れないのかが、わからなかったりします。収入のランには、年金を書き込む欄があるのに、所得のランにはないので。

 収入と、所得の区別すらも、つかなかったところから、一歩、一歩進んでいるのですが、70歳を過ぎてからの挑戦だから、大変です。私の母方の祖父は、戦前から戦後にかけて、商業中学、から、商業高校の校長を、40年間にわたって務めた人なので、母は、左脳に強いみたいです。

 しかし、私は、数字には弱いのです。ビジネスマンとしての感覚はあると、友人には、言われるのですが、経理マンとしての才能はないのです。どうも右脳系らしいです。

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副題2、『今年は特に熱心に記帳をした。と言うのも、市民税が馬鹿高かったり、後期高齢者・医療保険が、月ごとに17800円、支払う事になったというのの両方が、どうしても納得ができないからだ。その額の大小は、「前年の国家への、税金による」と、言われたような気がして、これは、大変だとなった。それで、前年度と比較しても、圧倒的に、きちんと領収書を集めた。それを、記帳してあるが、最後の段階に、差し掛かったところだ。

 一生懸命集めたので、税金は、前の年よりも、4万円ぐらい安くなる。それでも、毎月、運転資金としては、20万円程度を、繰り回し、その中から、生活費まで出している私が、どうして、これほどの、高い市民税とか、後期高齢者医療保険を支払わないといけないのかが、どうしても、納得ができないので、確定申告が終わったら、この後期高齢者・医療保険・制度を、研究してみるつもりだ・・・・・ともかく、75歳に成ったら、急に、いままでの、四倍の医療保険料を支払うことになったみたいだし。その上、これから、介護保険料はどうなっていくの? 介護費用は、一切使っていない私ですが、すでに、どれほど、支払った事か? これでは、安倍さんひどいですよ。中産階級ではあったつもりはあるが、今では、貧しいものの方に回りそうな私であり、そういう人間からとしては、採りすぎでしょう。国家様? または、安倍晋三様?

 私は、リアルな世界には無関心だったのです。お金の出入りにも無関心でした。しかし、サラリーマンローンに手を出したことはないのです。昔、(と言っても、20年以上は前の話ですが)クレジットカードを使わない主義だったころ、久里浜で、急にお金が無くなってしまったのですね。毎日、お財布の中をチェックするという習慣がなかったので。そのころ、JR久里浜駅って、本当に寂しい駅で、ビルとも言えないビルが、一つあるだけだったのですが、そこにサラ金が入って居たのです。で、訪問をして、千円貸してくださいと言ったら、断られました。

 それは、ちょっと嬉しかったです。『サラ金の鴨にするにしては、しっかりしていて、こいつは、面倒だ。関わりになるのはよして置こう』と相手が思ってくれたわけですからね。または、風体が、とてもではないが、サラ金が鴨にする人間とは違うと、見做されたわけですから。ただ、どういう風にして、家にまで帰り着いたか、についての記憶が、今では、一切ないのですよ。どういう救済方法を見つけたのだろう。不思議です。こういうことは、私にとっては、たいしたことではないのでしょう。→ 1へ

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副題3、『私は、毎週銀座で、500円ほど、施しをしている。しかし、その相手が、居なくなってしまった。尾行のせいで、こうなったのかな? 尾行者は、私が・・・・・いい人だ・・・・・と、誰かから、見做されることを許さないみたいだ。で、その相手は、・・・・・そこに、待って居ない様に・・・・・と、命令をされたのだろうと、想像をしている。尾行者は、警察の特殊部隊である可能性があるから。ホームレスとはもともと、気が弱い人が成るモノなのに、警察から、「もらってはいけない」と、命令されたら、そこから消えるしかないだろう。なんとむごい事だろう。その同じ連中が、平気で無辜の人を殺して行っている。8人が保見によって殺されたとされる周南事件も、保見ではなくて、そういう手合いに殺されたと、私は見ているし、山田浩二によって殺されたとされて居る寝屋川の中一の、二人の子供も、この種の特殊部隊の人間によって殺されたと推察しているし、熊谷市で、中田・ルデナ・バイロン・ジョナタンが、殺したとされる六人も、これらの特殊部隊の人間が殺したと、見ている。どうして、そういう事が行われるかと言うと、この鎌倉の雪ノ下で、私の土地が盗まれる原因となった、井戸端会議を開いていた、二人の主婦の家に、警察が、大援護を与えているし、(それは、以下の写真で、証明をされる)また、柳沢昇と言うとんでもない男が、何か、私に対して、攻撃を起こし、それを私がこのブログの世界で、書くと、すぐ、登紀子さんが、NHKに登場する事でも証明をされる。こっちの図式は、大笑いをしてしまう程の、単純な方程式だが。

 下の写真は、安野家が13号で前田家が14号である看板・・・・・これが、今では、小野寺夫人宅に移動をしているが、さすがに彼女は東大卒、こんなものを門前に掲げるほどに、低い教養の人間ではなくて、玄関内に隠してあるみたいだ。しかし、私には見せたいみたいで、それが、見える様な小細工が弄された。去年の内だったと、記憶をしている。『粉をかける』という下書きの、ブログが見つかれば、その時期であった。

 すべては、瀬島龍三から始まっている。彼が、私の周辺の人間を教唆命令して数々の怖ろしい事をやっているのだが、一般庶民を、自分側に立たせ、弾丸として利用するために、自分たちの、言う事を聞かせる場合には、「警察からの命令です」と、言う形をとるのだろう。その際に、「テロリストが、横行をしています」という殺し文句を使うのだと、想像をしている。だが、まったくの、がせねたと言うか、何と言うか、イスラム国そのものも、それから、シャルリーエブド事件そのものも、CIAが起こしたものである。そのシステムは、今に喃々としていて、やまゆり園事件にまで続いている。→ 2

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副題4、『鎌倉で、急に開かれたギャラリー 【ジ・アース】については、多量の字数を費やして、書かないといけない理由がる』

 上の→ 2から、ここへ続く。ギャルリーユマニテが、トイレを封鎖したのも、その一環であり、末広町で、ガードマンが待って居るのもその一環であり、かつ、鎌倉の、画廊ジ・アースのオーナー若宮さんが、私から、「若宮さんは、非常に性格の悪い人間である。人間としては、二面性があって、その裏の顔は、ひどい女だ。その悪い性格が生まれた流れとは、眼が悪いので、少女期から長年にわたって、培われたものであろうと」、書かれてしまうのも、彼女が、私の目の前で、かれら、CIAに、協力をしたからだ。この件は、将来もう一回丁寧に、分析するが、・・・・・私の目の前で、警察(ただし、電話を掛けた直接の、相手は、伊藤玄二郎か、栗田玲子さんであった可能性が高いが)に、協力をする・・・・・などと言う、とんでもない事をする人は、私が生きて居る限り、繰り返して、その行動と、人格を分析して、書いて行くだろう。・・・・・・ひどい人間だ。ひどい性格の人間だ。これほどの、ひどい性格になったのは、眼が悪いせいだろう』と繰り返し、書くはずである。

 駅から公称・徒歩二分の、新築戸建て物件を、まるまる買って開店したので、開店資金として、一億円はかかったと思うが、眼が悪いオーナー若宮さんは、どういう形で、そのお金を手に入れたのだろうか? ともかく、彼女には、二面性がある。善人だと、思っている人間が多いだろうが、とんでもない食わせ物である。パチンコ店として、同じ名前の系列チェーン店がある。もし、若宮さん、もしくは、その夫が、その一族であり、遺産として、二億円以上を受け取ったので、開店をしたと仮定をすると彼女の二面性は、ただ、単に、眼が悪いだけで、培われたものではないとなる。幼いころから一族は二面性を背負って生きてきたと、なるし。

 上の青字の部分は、ちょっと、勇み足の、雰囲気のある部分です。でも、彼女が目の前で、居丈高になって、警察に協力をしている様子を見せた限り、私は、一瞬にして、そこまで、到達をするのですよ。非常にドラマチックな場面なので、文章書きとしても使いたいエピソードですし、・・・・・ガードマンを使って嫌がらせをする・・・・・と言うケースは、繰り返し、起きている現象なので、・・・・・同じ現象が、末広町駅で起きた限り、若宮さんの悪辣な側面を、瞬時に思い出すのです。私の目の前で、あれほどの悪辣さを開陳するなんて、よほど、私の事を知らないと、見えますね。知らないから、命令された通りに動くのです。彼女の出身地は知らないけれど、教養は、低いでしょう。教養の高い人が取る筈の、態度ではないです。で、喧嘩は、吹っ掛けない私ですが、その際に、瞬時に正確に彼女の裏表、を、頭の先から、つま先まで、読みぬくのですよ。後で、使おうと、思って。だから、威張っている彼女を見ながら、内心で、あざ笑っているのです。それが、東京圏で生きるという事なのです。勝ち負けや、上下関係に拘だる様な、単純さでは、生き抜けませんよ。

 昔から、京都の人は、警戒すべきだと、言われています。「ぶぶ漬けでも、どう、どすえ」と、言われたら、『気の利かんやっちゃなあ。長居、し過ぎ。はよー、お帰り』と、思われているのだと、悟らないといけないと言われています。東京圏のブランド住宅街で住むという事は、更に難しさが増していると、言っていいでしょう。若宮さんの単純さは、将来、伊藤玄二郎や、栗田玲子さんが発露する悪について書く時に繰り返し使わせてもらいます。

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副題5、『お金というキーワードで、人を小ばかにする人間は、その人間が、小さいころに、貧窮していた過去がある事を示している。しかし、子供のころには、貧窮をしていなかったのに、現在貧窮をしている可能性もあり、特にそれを隠している場合もある。お金については、すべて、鷹揚に、振舞うべきだと、思うが、私は、よく文章の種にする。それは、お金に関して、人間の真実についての、新しい発見があるので、新しい発見がある際には、豊富な文案が浮かぶからだ』

 銀座で、ホームレスに対して、毎週、500円硬貨を、あげていた話に戻ろう。実は、パリで、1998年の秋に、三か月過ごした際に、パリの人は、ホームレスとか障碍者に対して、とても優しいという事を発見している。こういう事を知る際には、やはり、キリスト教の伝統を感じる。日本人は、知って居る人には親切だが、アガペーと言う事には疎いからだ。ただ、パリの庶民の間にも、アジア人に対しては、人種差別があるくせに、街に住んで居るホームレスに対しては、優しい。しかし、日本人は?』

 上の矢印1、へ戻って、ここから、先は、そこの続きとなります。ここに、続きます。→1、 もう一回銀座で似た様な事を起こします。お金が無くなったのです。その時は、懇意にしているつもりの、画廊にお借りしようとしたら、寸借詐欺と間違われて、びっくりしたり困ったりした事でした。それも、どういう風に解決したのかを、今では、全く覚えておりません。そして、寸借詐欺として、私を疑った人は、気の毒にも、零落して行っています。アルマーニで、有名になった泰明小学校から慶応幼稚舎に進んだ方なのに。そして、慶応大学を卒業したかたなのに。

 その人が零落をして行ったのは、政治には、関係がないと思うのですが、こういうケースから考えても、・・・・・洋服を着たお地蔵様と、自分は、すでに、なっている・・・・・と、自分でも思っているのですよ。私が、歩く先々で、私に親切にする人には、繁栄が待っており、不親切にする人には、死を含む零落が待って居ます。上記の慶応ボーイなど、銀座に100坪程度の土地を持っている大金持ちのお子さんだったのに。

 このケースは政治とは、無関係かなあ? よくわかりませんが、この章の講談で、説明しようとしていた西原理恵子さんの、「負のスパイラルには、入りたくない」という話を思い出すエピソードです。大金持ちでも、負のスパイラルに陥る事があるのです。アルマーニの制服を用いる、泰明小学校・現・校長は、こういう深い真実を何も知らない。おっちょこちょいでしょう。泰明小学校の校長になったエピソードを最大限に、利用をしようとしている、単純なおバカさんです。泰明小学校で、9万円のアルマーニを着ていた坊や、お嬢ちゃんが、将来とも、お金持ちの人生を送るとは、限らないのですよ。既に、毎週銀座の画廊巡りをする様になって、38年を過ぎています。その校長先生より、私の方が、ずっと深く銀座を知っているでしょう。

 副題3~5と、一時間で、加筆をしました。ここで、銀座の画廊巡りへ出立します。これ以降は、後ほど、加筆推敲をします。

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副題3、『松阪で、サラ金の取り立てが遠くから聞こえてきたことがあり、気の毒な事だと、思っていた』

 主人がね、これも、後で思うと、瀬島隆三たちの手配だったのですが、松坂に単身赴任を命令されていた時期があります。鎌倉に引っ越してきてからすぐの事でした。その頃、こちら、鎌倉、雪ノ下では、今に禍根が続く、アジサイ畑欺罔事件が起こされたので、あの単身赴任は、瀬島龍三の罠に引っかかったのだなあと、おもっております。で、日産自動車は、その頃から、CIAの傘下に置かれたので、今に続いて、疲弊し続けていますね。ゴーン氏は、引き続きトップを担って、22億円の年収を得るのだそうです。被植民地国家、日本と言う概念も、ここに極まれりというのがゴーン氏の存在です。

 そういうわけで、主人は松阪に行かされたのでした。そして、その留守に私は、自宅の土地を盗まれたのでした。ひどいものです。ただ、松坂生活を、主人は楽しんでいました。松阪では、平屋の、4DKが、社宅として与えられていて、女遊びなどはしない主人は、絵を描いて楽しんでいました。それから、北久里浜では、駐車場があったので、持っていた車を、石段で上がる鎌倉の家では手放していたので、松阪で、車のある生活も楽しんでいました。で、私の方は、二週間に一度、金曜日に電車で出かけて、月曜日に帰ってくるという生活をしていました。

 すぐ近所にレンタルビデオ屋さんがあったので、毎回二本借りて、二人で楽しみました。その頃です。アメリカ映画って、恐怖を売り物にしているものが多いなあと、思いました。どうしてだろうかなあとも、おもっております。銃乱射事件が良く起きるけれど、大変なレベルで、恐怖をあおる映画が、多いので、それも影響を与えているかもしれないと、思います。

 その社宅の近所に川があって、その川には、夕方には蝙蝠が飛んでくるし、カイツブリは潜るしで、それは、矢上川(実家から一番近い川)でも、平作川(北久里浜の家から、一番近い川)の滑川(鎌倉市内を走る河)でも、見たことのない風景であり、楽しみました。その川を隔てた、向こう側は田んぼでした。その田んぼのはるか向こう、一キロは離れたところに、別の集落があるのですが、そちらからサラ金業者が、誰かを脅かす叫び声が聞こえて来て、つらかったです。東京圏では、そういう現場に出くわしたことがないのです。それと、社宅の周辺は、サラ金に手を出す様な人がいない住宅街なのか。その集落は静かなのですが、一キロぐらい離れたところでがなり立てる声が発生しているのでした。世相という物を、現実に知りました。で、そういうサイクルに入ってしまった人は、気の毒であり、西原理恵子さんが、「負のサイクルには、入りたくない」と、言っているのも、そういう生活から、学び取った事なのかと、同情して居て、しかも、彼女が田舎の出身なので、それには、好意を持っていた時期もあるのですよ。いや、西原理恵子さんが、実家に居る時に、こういうサラ金業者が、訪問をして来たと言っているのではないのですよ。ただ、その松阪における叫び声を聞いていると、その当人とか、家族が救いようのない負のスパイラルに落ちたという事は判るので、

『負のスパらるに陥いるのは避けたい』と、思う人たちがいるのは、よくわかりました。

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副題4、『田舎者の、長所を持っていると、見ていた西原理恵子さんから、ごくごくひどい事をやられてしまった私なのだ。それ故に、・・・・・やはり、田舎者はだめだ。上昇志向が強い事は、それなりに認めるが、反面、道徳観がまるでないので、駄目だ・・・・・と、はっきり確認をしている現段階である・・・・・しかし、それを語る前に、語らないといけないことがある・・・・・まず第一に、三輪喜久代さんの事だ』

 私はすでに、9歳になる前に、先生から、淳々と諭されたわけです。大都市圏で、暮らすマナーをです。特に、ブランド住宅街で暮らすマナーをです。中流以上のご家庭ばかり集積して居て、「お父さんは、一流企業勤めで大卒です」と言う様な、地域で暮らすマナーをです。

 「秋深し、隣は何をする人ぞ」という俳句があります。秋でなくても、夏でも、東京圏で暮らす場合、隣が、どういう人なのかは、なかなか、判りません。今は、ワンルームマンションで、9人もの遺体を処理してしまった男が出現する世の中なので、隣に住む人が悪人かもしれないという意味で、この俳句も使われることが多いみたいですが、

 私が子どもの頃、先生が教えてくださった内容は違う方向でした。「あなたが恥を搔く可能性があるから、他の人の前で、威張ってはだめなのですよ。隣の人が、ものすごく優秀かもしれないでしょう。でも、それは、普通の場合は、判りません。ただ、見ているだけでは、判りませんからね。だから、下手に出て、自分から寄り添っていくのですよ」と。

 母が、そのご意見に、感心して、母も順々と私に、教えてくれたので、私にはそれが、身について居て、一生、それでやってきているわけです。後注1の、副題1

  横浜市立日吉台小学校、横浜国立大学付属中学校、お茶大付属高校、国際基督教大学の、すべてで、それが通ったのでした。ただ思春期固有のフェロモンの発露の問題において館野弘雄ちゃんと、三輪喜久代さんがコンビを組んで小細工(イチャイチャする)を弄してきたのには、顔から、火花が散る程に恥ずかしかったですよ。それは、何度も書いていますが、最も簡単に表記をしているのは、同じく後注1の副題6です。

 江戸時代から続く日本橋の老舗(油問屋)のお坊ちゃまであり、従って、皇后美智子さまのご実家とも親しいひろおちゃんが、前歯に、金冠をはめているブス(当時の私)と『結婚はできない』と、思って振り切るために、小細工を弄してきたわけです。その35年後、私は、「もし、あなたが、芸術家でなかったら、事件を起こすほどの、(フェロモンが過剰な)、女ですよ。金星帯がこれほど、くっきりとしている人も珍しい」と、有名な手相観の日傘雅水さんに言われて、納得をするのですが、私って、顔はブスでも、何か、発信をしているフェロモン・オーラという物があるらしいのですね。自分では全く気がついて居ませんでした。そして、館野君もどちらかと言うと、そういうタイプなのでしょう。だから、あれほどの小細工を弄されてしまうほどの、誤解を生んだのです。

 今なら、二回の、1998年と、9ねんの、ニューヨークでの喧嘩とその勝利の体験から、こういうと思いますよ。「いやだ、館野君、何を、しょっているのよ。私って、こういうキープ君が、すでに、いるのよ」と。しかし、当時は、何も、言えなかったのです。ただ、ただ、顔から火が出る程に恥ずかしかったのでした。で、54年後の今、結婚式の写真を公開したわけです。「こう言う清潔な感じの少年と、ひそかにプラトニックラヴをはぐくんでいた少女が、私なのですよ」と。

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副題5、『藤田千彩が、2011年にゴッホの、ピストル自殺の件を種にして、私が持っていた第一次フェイスブック仲間を、私からひっぱがそうとした際に、三輪喜久代と、石塚雅彦さんが裏で動いていた可能性は感じているのだ。これは、初出の話である。そして、私が今まで秘めたいたがゆえに、ニュースを通じての動き等が少ないので、今のところ、見てきた様な嘘を言いとしか言いようがないのだが・・・・・ほぼ、当たっていると、推察している』

 藤田千彩と言う美術評論家が居ます。元、外国通信社に、勤務して居たそうで、そこから、川名昭宣夫人とか、石塚雅彦さんとの縁ができて、それゆえに、私がメルマガで、英語で、美術評論を始めたころに、リクルートをされて、美術評論家へ転身をしたと、見ています。英語でも、文章を書ける美術評論家として、私のライバルになるべく要請をされたというわけです。

 で、この人が第一次フェイスブック時代に、瓜南さんと、同等な攻撃を仕掛けてきたのです。私に与えた被害を、もし、金銭に換算すレば、藤田千彩さんが与えた、被害の方が、瓜南さんが、私に与えた、被害よりも、大きいでしょう。

 しかし、今まで、それを書いて居なかったのは、登場人物のスケールが大きいうえに、証拠がないので、語りにくかったのです。

 同じ様に、攻撃用弾丸として、使役されたのが、開発千恵さんです。しかし、開発ちえさんについては、多大な文章を書いているのに、藤田千彩さんについては、書いていないのは、彼女が、より慎重な人であり、その違いの拠って来る原因が、また、私には、読めるので、今まで、抑えて居たのです。

 というのは、実家の資産規模の違いが、あるらしくて、藤田千彩さんは、自分の将来に、不安を持っています。それは、主に経時的な、将来性の事でしょう。美術評論家の、仕事としてその報酬全体の、額は、パイとして、は、小さいです。しかも景況の影響を受けます。だから、「結婚をしたい」と常に言っています。正直だと、思います。そして、慎重で、下手にも出られそうなので、結婚することは可能でしょう。藤田さんは、玉川大学の出身です。という事は、美術評論家として、閥がありません。本人は、非常に優秀なのだと、思いますが、大企業に勤務してこその、女性エリートであり、独立して、生きていくのは、相当にきつい事でしょう。しかし、ここで、こう書くと、お見合いが設定される可能性はあります。だけど、40過ぎている場合、中途半端ですよね。大丈夫かなあ。

 ゴッホの問題は、テレビ東京が、『ゴッホ最後の、500日だったかな?』・・・・素晴らしい番組を放映したことを思い出した投稿に対しての、攻撃として、行われました。その前に、その私の投稿は、メルマガ等でも書いているので、それを、事前に、充分な時間的余裕をもって、踏まえて、ロンドンで、御用学者に、違う説を唱えさせたいのです。

 私が推奨する番組の方では、ピストルで撃ったのは、弟テオだと、考えられている説です。ゴッホは画家としては、天才で、他人に対する思いやりもいざという時には、出て来る神の様な存在ですが、日常的には、非常識で、自分勝手な男なのです。絵が売れないので、画商としての弟テオからの仕送りにすがって生きて居るのですが、テオが結婚して、子供が生まれても、ベルギーの奥さんの家への里帰り旅行も、お金が無駄だから、するななどという手紙を書くのです。それで、この日っつ金氏を殺しましょうと、奥様からの提言でもあったのかな? テロは、狙撃しに来るのでした。しかし、ゴッホは生き延びて、宿は、帰還します。そこで、担当医師のガッシェ博士は、、息子と二人で、大量に、コピーを作るのですね。それは、将来天才として、大きく値上がりをすると、考えたかららしいのです。ゴッホは、耳きりも、自分ではなくてゴーギャンがやったらしいのですが、ゴーギャンをかばった様に、無論、弟テオをかばうのですね。しかし、ガッシェ博士は、ゴッホ兄弟の確執を知っていたので、弾を取り出す手術もしなかったのです。ゴッホを死なせた方がいいという事で。

 テオ自身は、直後に、病に倒れ、数か月後に死にます。テオの奥さんは、大急ぎで、ゴッホの手紙と言う書物を編纂します。そして、その前書きで、ゴッホが、精神異常者であったと、におわせるのです。

 私は、この説は、非常に正しいと思いますが、ゴッホ美術館を運営しているのがテオの末裔なので、この説は、今では、あまり、流布されていません。遠慮があるのでしょう。

 ここで、現代の、に、2011年に戻ります。ロンドンが登場し、或る御用学者が唱えたのが、ゴッホを撃ったのは、フランス人で、カウボーイ好きの少年だったという説です。それを信じたらしい藤田千彩さんが、彼女の友人たちに、「川崎千恵子は、嘘を唱えているので、離れた方がいいのですよ」と言ったらしいのです。彼女は私には読めない様な設定をして流したらしいのですが、岡山県出身だと言事を知っていたので、こういう事実がすべて、私に居は、判ったのですよ。藤田千彩さんには、バカにしなさんなと言っておきましょう。お子さん生まれましたか? 結婚をして子供を産んだ方が、あなたの将来にとっては、幸せな選択だったのではないですかとも、言っておきましょう。そのうち、サントリー学芸賞でももらって、偉い人として尊敬をされるでしょうが、それが、幸せですかと、言っておきます。

 開発チエさんの方ですが、お金持ちの家に生まれたことが、この人の幸せを、遠のかせているという存在ですね。お金がある事と田舎のお姫様であることが、彼女を結婚から、遠のかせています。この人は、強がっているけれど、2011年度は、FBに、不定愁訴気味な投稿ばかりでしたから、閉経期が近づいている事への不安にさいなまれていると、思います。藤田千彩さんの方が、まだ、生きる力を持っていると、見えますね。控えめなだけに、生きる力がある。開発さんは、開花亭内部で、囲われていてこその花でしょう。私とトラブったからこその、ライバル設定をされて、「福井になど、逼塞をしていないで、再び東京で美術評論家として生きる様に」と、勧められている模様ですが、どうでしょうか? うまくいっていますか、幸せですか?

 ここから、何故、隈氏が、新国立競技場を請け負う事になったのかとか、何故、隈氏が、国際基督教大学の本館を作るという話になったのかとか、スタップ細胞疑惑が、どうして起きたかとか、多方向へ、分岐して行きます。しかし、午前五時を過ぎたので、寝ないといけません。しかし、是だけは、確かでしょうから、言っておきたいです。

 そのゴッホの、親切、フランス人で、カウボーイ隙の少年がゴッホを打ったという物を準備したのは、三輪喜久代であって、それは、石塚雅彦さんより命令をされ、その原型については、井上ひさしが編み出したと。三輪喜久代さんを、ここで思い出したのは、彼女が典型的な、田舎者であって、自分を他人より上に置くことを、平気でできる人物だったからです。だけど、三輪さん二ここで言っておきたいです。あなた、客観的に言って、ご自分が成功者だと、思うのですか? CIAという物を離れたら、しっかりした結婚もしていないし、お子さんもいないし、しかも、今では痩せていると聞いています。昔は太って居ましたね。痩せたら、あなたの特徴がなくなるし、大物であるけはいもきえてしまうけれど?!?!?

 そこで、成功をしたので、スタップ細胞疑惑が起こされたと、おもっております。

 

後注1、

優しい先生と、・・・・・・・寝屋川のアーケードをさまよっていた中一の二児童が殺された山田浩二事件を今振り返る。   2018-02-23 23:25:51 | 政治 

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優しい先生と、・・・・・・・寝屋川のアーケードをさまよっていた中一の二児童が殺された山田浩二事件を今振り返る。

2018-02-23 23:25:51 | 政治

副題1、『いろいろ、約束をしていたことはありますが、税務処理をしていて、なかなか、しっかりしたブログを書けません。それについては、恐れ入ります。しかし、小学校時代の、優しい先生(後注1の副題5に出て来る先生)の写真を見つけました』

 後注1に置いてある文章は桑子さんが主タイトルに上がっていますが、無論のこと芸能記事ではなくて、政治問題を語る章です。そして、その副題5に、船橋市立、塚田小学校(今もあるらしいが)に通学していた時代の担任の先生が、母を通じてですが、私に対して、大都市圏の、「特に日吉(=横浜市の北部にあり、町内に、旧大倉財閥が造った部分の、慶応大学と、慶応高校と普通部(=慶応大学の男子だけが通う付属中学校)がある事と、田園調布に続いて東急が開発した、ロータリー付きの住宅街なので、1951年当時でも、住宅の内、80%以上が、大卒サラリーマンが住んでいる一帯だと、思われる)に引っ越すのなら、こうしなければいけませんよ」と、種々様々な注意を与えてくださったことが、書いてあるのです。その先生の写真が上のものです。当時は塚田は、田舎だったのです。今では、清宮幸太郎君が住んで居る寮の在る【鎌ケ谷】よりも二駅かな? 東京に、より近いので、住宅街として、大きく発展をしていると、思われますが、・・・・・・

 この先生の実際のお顔は、もっとふくよかだったという記憶があります。先生は、当時、まだ、20代後半か30代の前半でしたが、戦争未亡人だという事でした。お子様はあるという話だったと、記憶しています。でも、戦後で、物資のない中で、きちんとしたスーツ姿ですから、戦争未亡人としては、恵まれた立場で、いらしたと、考えております。同じ小学校に、義弟の方もいらっしゃると言うので、大家族の中で、お子様は、舅、姑が見てくださっていたのだと、推察しています。お名前も書きたいのですが、お子様もいらっしゃるので、お名前は、ここでは、あげません。

 その頃の自分自身の写真を探したのですが、思いがけず、無いのです。『あれっ』と、思うのですが、無邪気にウサギの、お帽子をかぶって、お教室での学芸会(当時は、講堂とか、体育館が無かったので、お教室で、劇の発表を行っていた)の写真がないのです。

 『え、親の写真だけではなくて、自分の写真も盗まれてしまったのか?』と、びっくりして、急いで、他の写真をも、選んでは、スマホに保存をしました。

 その中の一枚が上の写真です。顔は、これは、全然かわいくないです、こまっしゃくれて見えます。ただ、濡れ縁がありました。この濡れ縁は、その後、改築によって、サッシ付きの広縁に変わったので、撮影した時期が解ります。これは、小学生で、しかも日吉の家だと、言う事は確かです。ただ、腕が細い事。細い事。私は、決して威張るタイプでもないし、派手なタイプでもないのですが、子供のころから、一人で、ものを考えるのが好きで、それで、体力を消耗していたのだと、思います。別に拒食症では無かったですよ。

 また、眠くなると、眼の下を、指でなでるのが、癖でした。指の方が気持ちが良いのか、ほっぺの方が気持ちが良いのか、どちらかは判らないのですが、本当に、気持ちがよくなって、自然に寝入るのでした。それで、両親が、いつも、「ほら、眠くなったみたい」と言って笑い合っていました。それと、小さいころから、猫が好きでした。これは、将来に書く予定の中でも過去に書いた文章の中でも、問題になって来るので、記載をさせておいてください。昔の猫は、短命だったので、実家では、五匹の猫と付き合ったことが、アルバムには、書いてあります。

 後のことで、中学校へ入ってからの事ですが、ズックの靴と、ズックのカバンで、通学をするように父から命令をされていたので、ある男の子が「お父さんが居なかったのですよね」と、いったりしました。別の女の子のお友達が、(制服だと貧乏に見えるが)「私服だと、すごくいいものを着ているのね」と、言ってくれたのですが、私服の方は母の専権事項で、いつも日本橋の高島屋か三越で、季節の初めに、私が、好きなものを何でも買ってくれていたのですよね。戦後10年以内としては、いいものを着ています。両親ともにモボとモガでおしゃれが大好きでした。が、父は、お金を大切にする人間として、私を、育てようとしていたのだと、思うのです。が、実際には、私は、大盤振る舞いが好きな、母の影響下で育ったので、お金には無論着で、育ちあがりました。最近ですよ。節約に、懸命になっているのは。

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副題2、『後期高齢者・医療保険料が、私の場合、ひと月、17800円です。皆様もそうですか? 読者の方は、ご両親に聞いてみてください。使っている医療費の、2倍ぐらい払っています。主人は、6300円ですよ。どうして、これほど、妻の方だけ、高いのでしょうか? 信じられないです』

 私は、2017年8月20日をもって、75歳になりました。すると、今までの、国民健康保険から、後期高齢者・医療保険と変わったのですが、突然に、17800円とか、17900円請求されるようになったのですよ。

 でね。実際にどれだけの医療費を使っているかを調べると、一年間で、8080円なのです。自分が支払った額がそうなのです。で、9割分は国家が支払ってくれるそうですから、実際の病院と薬局の収入は、80800円なのです。しかし、私が医療保険に支払うお金は、・・・・・・と、ここで、気が付いたのですが、8月20日までとそれ以降に分けないといけませんね。

 8月20日までは、6800円ぐらいの健康保険料だったと記憶しています。で、その時期に払った保険料は、54410円です。一方でその時期に、私が、病院や、薬局に支払った金額は、5040円なので、10倍すると、50400円です。やや、マッチングがあるので、文句は言えません。それに、NMRとか、レントゲンとか、この時期は、ひざの関節の精査をした時期なので、医療費がかかってもやむを得ないのです。で、それ以降を考えると、自分が実際に支払った額は、3040円なので、10倍すると、30400円です。しかし、後期恋憂い者・医療保険として、支払った額は、71700円です。これ信じがたいです。

 一方で、主人の方は、6300円です。これは、以前とほとんど同じ値段であり、むしろ安くなっているかもしれません。で、一年間を通じて、6500円でラフに計算をすると、7万8千円です。で、医療費の方は、一緒に診察に行く、心臓の方が、1500円前後支払います。ただ、主人は頭の方はしっかりしているので、薬局はすべて彼本人に、お任せですが、大量に薬が出ているので、3千円は支払っているでしょう。で、両方で、心臓病の方が、5000円で、もう一つ別の科があって、そちらが、いくらか? 今は、主人が寝ている時間帯なので、性格には、わからないのですが、600円と仮定をすると、だいたい、一か月に、6000円近くを自分で支払っていて、国庫から、65万円は出ている計算になります。これは、あくまでもラフな計算です。今は、午前三時なので、起こすわけにもいかないので、推察で書いています。でも、医療費が、65万円、国庫から出て居て、それに対して、7万8千円支払っている人が、私と、一緒に暮らしているので、『変だなあ。どうなっているのだろう?』といつも不思議でならないのです。

 しかし、まさかとは思うが、『伊藤玄二郎が、松尾崇・鎌倉市長を動かして特別に高くしているわけでもないでしょうね』とは思うのですが、高枝切事案と言う、2016年9月26日に起きた事案で、鎌倉市の税金が、異様な使われ方をしているのですよ。それは、後注2で書いていますが、11本あるうちの、いちばん上が、その・・・税金の使い道に嘘があるという・・・点では、一番重要です。

 で、邪推しかねない状況がもとよりあるので、わざと高くされているのではないかと、思うほどです。

 でね。ほかの市町村他の、ケースを調べようと思っているところですが、ともかく、税金とは、連動をしているという話なので、税金の額を少なくしないとまずいけません。ところが、私は収入はない人間です。アフリエイト収入が入らないのです。したがって、遺産を細々と食いつないで、自分の国際基督教大学卒者であり、お茶大付属高校卒者であり、かつ、横浜国大付属中学卒者である、矜持を辛うじて保っているわけですから、こんなに高い税金が来るとか、後期高齢者医療保険料が請求をされるという事が信じられないのです。

 でも、風の便りに聞いたことを信じて居て、少額でも領収書は全部集めて、整理して、分野に分けて、経費として、申告をするつもりです。日本が法治国家であり、鎌倉市が、文明都市なら、来年から、後期高齢者用、医療保険の額が、少なくなるはずですが?

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副題3、『私の資産を減らす方向は、あっちこっちから行われているが、株価を下げるのもその一つであり、私自身が持っている株、主人が持っている株、息子が持っている株が、どんどん時価が下がる様に、謀略としての、事件が起こされている』

 山田浩二と言うロリコン犯罪の前科がある人間が、寝屋川市のアーケードで、真夜中に彷徨をしていた、中一の二児童を斬殺したとされる事件ですが、最初に遺体が放置されていたトラック用駐車場ですが、高槻市だと、報道をされました。真っ赤な嘘です。真っ白で露がが何もないトラックが数十台止まって居ました。すぐ、センコーと言う企業向け運送を担う会社だと、考えて、グーグルで、wikipediaを、検討した処、寝屋川のアーケード街からたった、1.2キロ離れた寝屋川市内に、有るのでした。(後注3)へ

 お子さんは、本当に殺されたのですよ。例の警察の殺人用別働隊が、殺したと、推察しています。だからこそ、山田浩二に対しては、粉飾した、脚色が多数与えられました。秋葉原で、職務質問を受けた時に、スタンガンを持っていたとか? その時に一緒に居た女性があれこれ、テレビのカメラに向かって、顔を隠して話をしていましたが、結構、女性刑事の一人である、安藤てる子さんだったりして。その女性が顔を見せないところが、ミソです。顔を見せたら、『あ、安藤てる子さんだ。彼女はよほど、使えると、思われているのですね。私を一定期間騙せたわけだから』(後注4へ)と、思うでしょう。

 実は、ここから先、宇部興産が謝罪した事件とか、各種の会社がデータ偽造で、謝罪した事件がどういう物かについて語らないといけないのですが、すでに、午前五時になったので、政治的問題を語るのは、ここで、やめにさせてくださいませ。

そして、先ほど、先生の写真を見つけようとして、自分の写真も盗難に出会っている可能性を感じたので、ここで、一生の内、主だったものを選んだので、公開をさせてくださいませ。

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副題4、『一生のうち、メルクマールとしての写真を公開をさせていただきたい』

 さて、小学校時代も、中学校時代も他に写真はあるのですが、一気に飛んで、1958年3月の大雪の日の写真をアップします。

 これは、高校入学、直前なのです。先ほどの猫を抱いた写真は庭の東側を背景としていますが、これは、南側を背景としています。太陽がないので、こういう背景でも写真が撮れたのです。

 当時は、お茶の水女子大の付属高校は、こういう変なベルトをしている事で、有名でした、このベルト付きの制服は日本橋の三越製だったと思いますが、そちらでは、ウエストがだぶだぶの形で作ります。一方で、小さなブティックで、ウエストを絞って、作ってもらうのが、したから、エスカレ-ターで、上がって来た人の鉄則であり、それで、外部入学生と差がついてしまうのです。外部入学生は、お茶大の付属高校では、いなかっぺの方に当たります。(苦笑)

 これが、とても目立つ制服なので、駅から、15分程度歩いて帰宅する途中で、人に出会うのが苦痛でした。それと同じことを蜷川幸雄さんがおっしゃっていて深く共感をしました。蜷川さんは、東京では当時、御三家と呼ばれた男子だけの、私学(武蔵だったかな?)に、通学して居て、それを威張るよりも、何か罪の意識さえ感じて、道を歩くのが恥ずかしかったそうです。そうなのです。私も全く同じで、日吉の町を歩くのも恥ずかしかったですよ。

 もう一つ、この写真に意味があるのは、背景の特に遠景に、樹が見えますね。間に田んぼがあって、向こう側が、丘なのです。こちら側も丘です。今は、田んぼは、マンションで、埋め尽くされていて、向こう側が見えるかどうかですが、その樹木のあたりに、このブログの主要な、登場者の一人である、石塚雅彦さんの家があったのですよね。

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副題4、『石塚雅彦さん、本当にどうしちゃったのですか? 私はすべてがわかって居ますのが、それでも、ひどいなあ。どうしてですか?と、一応聞いてみます。この当時石塚雅彦さんの方は、麻布中学の三年生だった筈ですよね。麻布も御三家の一つで、制服は弟が通ったので、知っています。

  ここで、本当は、三号機のドーム型カバーの話をしないといけません。大前勇介、大前研一、西原理恵子と、三国屋善五郎を使った恐ろしい仕組み(罠)を思い出している私です。しかし、それは、ものすごく大きな話題なので、後回しにするとして先へ進みます。

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副題5、『私は一生に通った学校の内、横浜国立大学の付属中学校が一番好きです。その学校の同窓会旅行の写真を公開させてくださいませ』 

 この左側のお友達は、大変な名門のお嬢様であり、美しい人なのですよ。しかし、小池玲子さんの家を訪ねたころには、同じ傾向で、敵側にリクルートをされていると感じました。平沼高校の縁で、そうなっているのだろうと思います。伊藤玄二郎が平沼高校の出身だから。でもね、神様のおん味方なさる方は、私の方なのだけれどなあ。と、言っておきましょう

 この章でも、成岡庸司、飯田隆、時田史郎君、高田弘子さん、そして被害者の方として、大久保忠春君などが登場をします。が、それには、触れないで、先へ進みます。

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副題6、『大学時代の、実像です。少人数制だから佳子様も、ご入学なさりたかったというわけでしょう』

  これは、二年時の普通の授業です。少人数制も極まれりというところですね。撮影をしている学生と、全部で、四人だけが、講義を受けております。教授は、王義之の末裔だという事で、大陸中国と台湾の間で、引っ張りだこであり、それは、光と影がある事でした。蒋経国の愛人と言う人物とその手下に、書庫をひっくり返されたと、仰って、泣かれたのです。だから、顔が、苦しそうに見えます。でも、先生のお子様方の美しい事。ろうたけたという言葉そのものの、透き通った肌の方で、ピンクではなくて、むしろヒスイ色に見える程でした。何代も相手を選びに選んだ、貴族的な結婚をするとそうなるのだという典型でした。

 この写真は大雪山の五合目です。自分がどれほどに、自分をアッピールすることに関して、無知で、気が付かないかの典型なので、さらしておきます。北海道に入って、10日は過ぎているから、疲れて居るにしても、気が利かない服装とポーズです。笑っちゃいます。比較するとブラウン大学出身で、日本刀剣協会の理事か、理事長をしている高田弘子さんなど、15,6で、すでに、女優の様に、決まったポーズをとる事ができる女性でした。今、比較をすると、自分がどれほどに、計算ができないタイプなのかがわかります。

 でも、こうだから、三輪喜久代さんと、館野ヒロオ君に、手もなく、からかわれることとなったのでした。私が館野君に懸想をしていると、館野君が誤解をしたので、彼は、私を振り切るために、毎日、毎日、車で、三輪喜久代さんを、送って行ったのでした。車に乗せるのは、私が実験をしている一階の化学実験室の目の前の、5メートルも離れて居ない道なので、彼の意図は見え見えに判りました。でもね。小学校時代の先生の教えをずっと守って来たし、頭の中は活発でも、当時は会話能力がなかったので、負けっぱなしで、恥を搔かされっぱなしでした。でもね。そんな苦労は、物の数にも入らなかったらしくて、この当時の、私の体重は、53キロです。これは、一生で最重量の時期です。私は友達が驚くほどの、大食いだし、常に、一日四回食なのですよ。それでも、ずっと、やせていて、ほぼ、45キログラムが平均です。162cmあるし、骨が太いらしいので、肉はほとんどありません。ニューヨークなどで、頑張り続けると、たちまちに、30キロ台に落ちて、骨盤がくっきりと浮かび上がります。

 私は主人とICU入学以前に知り合っています。で、主人の性格を、ロマンローランの、【ジャンクリストフ】に出て来る、オリヴィエみたいな少年だなあと、思っていて好きでした。つまり、常に明日があると信じて居て、再生する、能力が高いという点です。しかし、フェロモン的に手が早いという人間ではないから、ICU在学中には、そういうキープ君がいることを、誰も知らなかったと思いますよ。

 でも、結婚しきって、お化粧が激しいので、自分らしくなくて落ち着かないです。それに、二人とも疲れ切っているみたいです。こっちは、五月の結婚式の次の年のお正月で、主人の親戚の家の庭で、撮影をしています。当時は、お正月はちゃんと、着物を着たものでした。

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副題7、『三輪喜久代さんって、今はイギリスに住んで居て、ほぼ、100%の諜報ウーマンです。そして、スタップ細胞疑惑の主役の一人ですよ。伊藤玄二郎とも、1966年から付き合っている筈です。東京の春秋社内部でね。それからね、やはり田舎の出身です。だから、私なんか、超、肌合いが合わないです。彼女は、自分の方が上だと、常に思っているみたいですが、天の視座から見て、どうだろう? お子さんもないみたいだし??????』

 うーん。午前四時に寝るつもりが、午前八時半になったので、ともかく寝ます。

後注1、 

桑子アナの休暇(?)・・・・・桑子アナは、現代のマタハリであり、川島芳子である。庶民を洗脳する為のお人形さんだ  2018-02-20 21:07:52 | 歌舞伎

後注2、 

鎌倉市長は、高枝切りに関して、伊藤玄二郎の依頼に対して忖度をしましたか? 金銭的な部分についてですが、時期に対しても忖度しましたか?  2017-08-18 01:07:00 | 政治 

アスクル大火は、放火だー4・・・・・・川喜多記念館、の樹木伐採への税金・適用の不審さを考える・現在加筆推敲中   2017-02-28 14:22:53 | 政治 

私の周辺には、何組もの、狐と狸の化かし合いをする、夫婦や、友達が居て!?!?!   2017-01-09 22:51:47 | 政治 

後藤健二さんの再婚も、例の初婚も、伊藤玄二郎が裏で、采配をしたお見合いであろうと、私は考える。それは、新しい形の政略結婚だ   2016-10-13 11:54:25 | 政治 

伊藤玄二郎と、阪中英夫の結託について・・・・・・鎌倉にも豊洲と同じ問題が、秘匿をされている  2016-10-06 22:50:36 | 政治 

高枝切りを16-10-5時点で考察し、強者が税金を使って、自分たちの悪を隠す典型である事と絶体絶命の私が助かる三すくみ理論について。   2016-10-05 23:05:15 | 政治

鎌倉市職員、S氏こそが、御成中学校に多大な不名誉を招いたのだった。雪ノ下少年リンチ事件ー3△   2016-10-04 00:23:11 | 政治 

鎌倉市立・御成中・生徒が、路上喫煙をしていた場所・将にここ雪ノ下で、禁煙ファッショが始まり、大口病院事件も起こされた  2016-10-03 03:04:34 | 政治 

超・肥満体・奥様が示した、天使としての側面  2016-10-01 22:48:52 | 政治 

高枝切と言う大攻撃があったが故に、超・肥満体である隣の奥様について、思い出が溢れ返ってしまうのだった  2016-10-01 00:58:46 | 政治 

助成金を出す為の審査に、行っていないのに行ったと言い始めた吏員の嘘で、鎌倉エージェントの悪辣ぶりが判って来る  2016-09-26 18:05:45 | 政治

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102歳自殺に、1570万円を支払えという判決が出る。正式版

2018-02-22 22:10:30 | 政治

 *****罫線以下の条項は、グーグル検索によると、日経新聞の記事として、見つけた筈なのです。が、文末には、共同と有ります。共同通信が配信したものを日経新聞が利用したのか、それとも、日経新聞内部には、すでに、私のブログに重要人物として、登場する、石塚雅彦氏と、野々村明彦(康彦だったかなあ。後で、確認します。どちらかが正しいのですが)が、過去の、勤務者として、在籍しているので、日経新聞から、情報を使わせないと、言う事なのかもしれません。

 このニュースを何故、ここに置くかと言うと、

 私が、2018年2月22日の夜に書きつつあって、公開をしようとしているブログ文、

山尾志桜里が登場し、それを朝日新聞デジタルが、速報で伝える。  2018-02-22 15:48:31 | 政治

 の、資料として必要だからです。この件は、ずいぶん間をあけて、以前に、取りざたされたものですが、この遺族と自称する女性は、相当に、評判が悪いそうです。

 この裁判が、どうして今再登場をするかですが、それは、林文子・横浜市長を、助ける為なのですよ。ただ、その説明は、今は、やらないで、置かせて置いてくださいませ。全体的に、原発を推進する方向で、莫大な、無駄なお金を安倍内閣は、使っているという事になります。

 私が行っていることが正しいので、この直下に、同じものをコピペしたら、まるで、読めない形で、出て来たものがありますね。これは、背後にいる、古村浩三君か、他の、優秀なシステムエンジニアが、これを使わせたくないので、こういう破壊行動をするのです。その証拠版として、残しておきます。後注1として、巻末に、そのリンク先を置きます。

***************

102歳自殺で賠償命令 原発事故、東電に1千万円超 「避難が引き金」福島地裁

社会

2018/2/20 18:07

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 東京電力福島第1原子力発電所事故による強制避難を前に精神的に追い詰められて自殺したとして、当時102歳だった福島県飯舘村の大久保文雄さんの遺族3人が、東電に計約6千万円の賠償を求めた訴訟の判決が20日、福島地裁であった。金沢秀樹裁判長は原発事故と自殺の因果関係を認め、東電に計1520万円の支払いを命じた。

 

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 判決後、大久保文雄さんの遺影を手に質問に答える原告で次男の妻の美江子さん(20日午後、福島地裁前)=共同

 判決理由で金沢裁判長は「避難を余儀なくされたことが自死の引き金となった」と指摘。「高齢だった大久保さんにとって、村に帰還できず最期を迎える可能性が高く、耐え難い苦痛を与えた」とした。

 一方で、大久保さんが避難生活で家族に介護の負担を掛けるのを遠慮していたことなども相当の影響があったとして、事故と自殺の因果関係は6割とした。

 原発事故の避難と自殺を巡る訴訟の判決は3例目。2014年と15年の福島地裁判決では、いずれも遺族側が勝訴しているが、避難前の自殺への賠償命令は初めて。

 大久保さんの次男の妻で原告の美江子さん(65)は記者会見し、「良い判決をもらった。満足です」と述べた。東電は「判決内容を精査する」とコメントを出した。

 判決によると、大久保さんは、美江子さんと孫(35)の3人で暮らしていた。事故前は週2回のデイサービスや、友人と自宅縁側での会話を楽しみながら過ごしていた。

 事故から1カ月後の11年4月11日、村が計画的避難区域に指定されるとニュースで知り、美江子さんに「避難したくないな」「ちょっと長生きしすぎたな」と漏らした。翌12日朝、自室で首をつって自殺しているのが見つかった。〔共同〕

 

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102歳自殺で、東電に、1570万円の支払いを命じる。謀略者(CIA)の存在が見事に、現れている版

2018-02-22 22:06:43 | 歌舞伎

 これは、時間的に、直後にアップした

102歳自殺に、1570万円を支払えという判決が出る。正式版  2018-02-22 22:10:30 | 政治

 に、用いたニュースと全く同じものを同じ処方箋で、コピペしたものです。少し前に、こちらをアップして、公開後の姿を見たら、驚いたことに、まともには、読めないのでした。

 で、その手の悪辣なバグを洗浄して、もう一度アップしたのが、上のリンク先に置いた文章です。

 どうして、これを、一般の読者に、読ませたくはないかと言うと、私がこれにつける添え踏みが大問題なのです。

 こんな裁判を許可する安倍総理大臣が、どれほどに、器の小さい人で、鎌倉エージェントの言うなりであるかが、判る判決です。このニュースは、鎌倉エージェントにとっては、林文子・横浜市長を守る為に、作り上げた(しかし、東電が、1570万円をこの女性に支払うのは、あり得る真実だが)類のニュースと言っていいでしょう。

 彼等は、林文子・横浜市長を使役して、散々に、使い切り、私のブログを痛めつけることに利用をしています。いつか、まとめ上げる可能性があり、そうなると、桑子さんの特質以上にあくどい女性という物が、どういう風に政治に、役立っているかが、判るでしょう。それを予測しているので、こういう裁判を、今、行います。

 伊藤玄二郎と言う人物が、鎌倉エージェントの中で、主要な人物なのですが、かれが、中央大学法学部、政治学科の出身なので、法を、手玉に取り、それを、悪・利用して、私を脅したり、すかしたり、からかったりして、自分たちが思い付きで、行った悪事の数々を、隠蔽して行こうと考えております。

 で、今の法曹界は、めちゃくちゃになっております。日本が、かくも悪い苦になってしまったという事が残念至極ですね。

102歳自殺で賠償命令 class="cmn-article_topics cmn-clearfix" style="font-size: 13px; text-decoration: none; height: 13px; font-family: ">社会

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山尾志桜里が登場し、それを朝日新聞デジタルが、速報で伝える。

2018-02-22 15:48:31 | 政治

副題1.『この章を書き始めるにあたって、最初にお断りをしたい事・・・・・桑子さんに関する二章を、私自身は、どう、総括をしているのか?』

  さて、私はうんざりする思いで、桑子さんについて、やっと書き終えたところです。何故、うんざりするかと言うと、自分としては、・・・・・とても正しい事で、必要な事・・・・・を書いているつもりはあるのですが、と、同時に、・・・・・絶対に勝てないでしょうね・・・・・とも、思うからです。

 私の場合、・・勝つ・・とは何を意味するかと言うと、この世から、謀略(=嘘)が消えていく事です。その為に、些少の、捨て石としてのの文章を書くのです。この際は、大勢の人が『かわいい女性だ。NHKには珍しいタイプだ』と、思って、好感を寄せているらしい桑子アナを、批判しているところです。真っ向から世の大勢に逆らう捨て石です。しかし、数の論理で、・・負け・・ます。先ほど、・・勝つ・・とは、どういうことを指すかを語りました。今度は・・負ける・・とは、どういうことかを指すかを語ります。それは、読者が、『変な人だなあ。まったく共感ができないぞ』と、思う事を指します。数の論理でいうと、そうなるでしょう。一億人近い人が、桑子さんは、かわいい人だと、共感を寄せている時期に、真っ向から反対するみたいに見えるからです。ただ、丁寧に、お読みいただければ、

・・・・・桑子さん本人をけなしているのではなくて、NHKが報道するニュースに洗脳用、事項がたくさんあって、それが、嘘なのに桑子さんの「こうこう、こうだ。」だと読み上げると、あたかも、真実みたいに聞こえることに問題がある・・・・・と、私は言っているのですがね。

 で、私は、桑子さんについて書くことで、一週間ぐらいロスをして、しかも、例の連中を、大喜びをさせている可能性があるのです。裏で、謀略を企画している連中は、ウハウハで喜んで居て、ニュース内に、多数の謀略事項で、過去に、私がすでに、分析をし終えて居て、私の考えている方向が、正しい事案を、ひっくり返す方向で、再び、世に公開し、私が、分析した方向とは反対の方向へ、まとめ上げております。

~~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『私が桑子さんとか、山尾志桜里とか、ギャルリーユマニテとか、保坂航子さんとか、言う、一般人に、近い、人を取り上げ手て、語っている最中に、過去のニュースを自分達に、都合の、良い様にまとめ上げているのだけれど、それについて、まず、一番に取り上げたいのは、二つのリンク先を置いた、ある102歳の男性の自殺に東電が、1570万円を支払う様に命令をされ多と言う判決についてです。こんな、事をやって居たら、安倍総理大臣って、徹底的に人気を失うと、思います。でも、本当は人気がないからこそ、NHKは、初ちゅうアンケートを取って、検体2000人ぐらいの調査で、世論調査として発表をします。コンスタントに、45%前後の支持率が報告をされますが、こういう事も安倍総理大臣が、ずぶずぶで、CIA側の、パペットであるからです。

 そのニュースは、以下のリンク先、二つで、示します。

102歳自殺に、1570万円を支払えという判決が出る。正式版  2018-02-22 22:10:30 | 政治

 これは、その直前に作業をした、版(下にリンク先を置いている)が、妨害によって破壊をされており、読みにくいので、こうして、2本目のものをアップしたのでした。

102歳自殺で、東電に、1570万円の支払いを命じる。謀略者(CIA)の存在が見事に、現れている版  2018-02-22 22:06:43 | 歌舞伎

  このニュースは、どういう意味があるかと言うと、

彼等は、林文子・横浜市長を使役して、散々に、使い切り、私のブログを痛めつけることに利用をしています。いつか、まとめ上げる可能性があり、そうなると、桑子さんの特質以上にあくどい女性という物が、どういう風に政治に、役立っているかが、判るでしょう。それを予測しているので、こういう裁判を、今、行います。

 伊藤玄二郎と言う人物が、鎌倉エージェントの中で、主要な人物なのですが、かれが、中央大学法学部、政治学科の出身なので、法を、手玉に取り、それを、悪・利用して、私を脅したり、すかしたり、からかったりして、自分たちが思い付きで、行った悪事の数々を、隠蔽して行こうと考えております。

 で、今の法曹界は、めちゃくちゃになっております。日本が、かくも悪い苦になってしまったという事が残念至極ですね。

  ここで、長時間の、中断を入れさせてくださいませ。恐れ入りますが、そういう風にさせてくださいませ。

@@@@@@@@ここが、書きかけ中の最先端です。以下は、メモです。

で、少し、休憩を入れて新しい文章を書き始めて居ました。 22日に公開する予定のものです。それは、青森、小川原湖に米軍F16ジェット戦闘機が、燃料タンクを二つ落としました。指示魅了の漁師さんが起こっていますとか、防衛大臣が、自衛隊に、後始末をさせますと、発表をしているニュースです。

【速報中】立憲・山尾志桜里氏、首相に9条改憲案を追及

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朝日新聞デジタル

2018/02/22 15:17

 

■衆院予算委員会で「働き方改革」などをテーマに集中審議が開かれています。安倍晋三首相も出席。野党は首相が裁量労働制に関する答弁を撤回した問題のほか、首相の9条改憲案や待機児童問題を追及しています。首相や閣僚はどう答えているのでしょうか。タイムラインで論戦を追います。

■山尾志桜里氏、首相の9条改憲案を追及 自衛隊「合憲違憲の議論の余地なくならない」(14:10)

 立憲民主党の山尾志桜里氏は待機児童問題に続いて、安倍晋三首相に憲法論争を挑んだ。

 首相は憲法9条1、2項を残した上で自衛隊について書き込み、自衛隊についての違憲論争をなくすと主張している。山尾氏は「合憲違憲の議論は、自衛権の行使が9条2項に違反するのではないかという関係で言われてきた。首相提案が2項をそのまま残す以上、合憲違憲の議論の余地はなくならない」と指摘した。

 首相は「どう書くか自民党で議論がなされている。政府としては9条1、2項がある上で自衛隊は合憲という立場を取っている」と述べるにとどめた。

■立憲・山尾志桜里氏、首相に待機児童のデータを追及 「根拠が薄弱、正当じゃない」(14:00)

 立憲民主党の山尾志桜里氏が質問に立った。昨年10月の衆院選以降、国会の「花形」と言われる予算委員会への登板は初めて。「得意分野」とする待機児童問題についての「データ問題」を取り上げた。

 山尾氏は、2020年度末までに32万人分の保育の受け皿を整備する政府方針が、十分なデータに基づくのか質問。「3年後(20年度)なのに5年後(22年度)の就業率を使う試算は間違っている。根拠が薄弱、正当じゃない」と批判した。安倍晋三首相は「22年の前に前倒しして実行することが大切だ」と反論した。

© 朝日新聞 衆院予算委で質問する立憲民主党の山尾志桜里氏=22日午後1時59分、岩下毅撮影

 

 

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桑子アナは庶民を洗脳する力が強い +末広町と京橋のガードマン +小3で、教わった大都市圏の住民用のマナーとは何だ

2018-02-20 21:07:52 | 政治

 この一文は9日間、『桑子アナの休暇(?)・・・・・桑子アナは、現代のマタハリであり、川島良子である。庶民を洗脳する為のお人形さんだ』としておりました。が、後で、私が、中身をわかりやすくするために、総タイトルを変更します。

私が心配しているのは桑子さん本人の事ではなくて、この国の事を心配しているのだ。と、こういう風に書くと、また、私自身が、右翼とみなされて、からかう為に、銀座一丁目の、高速道路わきに、右翼のデモ隊が、月曜日、夜七時ごろ出没し、時には、大型の街宣車、播磨屋〇〇郎が、三台も連なって、京橋で、目の前を、横切ることになるのだろう。

 この青字の部分は、ぶんまつにおいたのだけれど、とても、重要な真実だったらしくて、そちらでは、読めない形でしか、表現できなかったので、冒頭に、置いて、表現をしてみます。尚、2010年より数え始めたこのブログの延べ訪問回数は、4491098です。

 なお、この文章ですがあとで、加筆をします。説と節がどういう風につながっているのかを、 

副題1、『私は、桑子アナを批判をしています(後注1)が、そこを、例の連中達は、数の論理で、打ち破って、桑子アナをNHK画面に登場をさせました。桑子アナの態度ですが、私のブログについて、最初期には、対応をしておりましたが、今度は、無視という形を取り、シャーシャーとして、19日から、ニュースウォッチに再登場しました。それが、桑子アナ本人の考えによる対応か、そうではないかと言えば、もちろん、裏からの教唆だと、思います。

 で、誰が悪人かと言うと、彼女を裏から教唆指導をしている連中ですが、その個人名は、私には、まだ見えておりません。 

 でも、この現象で、最も大きな嘘は、*1)、桑子アナを、平昌五輪の、総合司会に登用すると、発表をしたNHKサイドに在ります、私達、普通の視聴者から見ると、開会式以来、毎日、午後5時ごろとか、よる8時とかに、画面に登場して、「本日、羽生ゆづるが、ショートに登場し、今のところ、第一位です。明日の、フリーを待ちましょう」と言うのだと、思いますよね。「ところが、出てこないのでネットで、「どうしたんだろう?』と、みんなが心配をし始めたそうです。

 私は、桑子アナが重用をされるのは、紅白歌合戦の総合司会を担当すると、発表をされて以来、二度目であり、もう、慣れている現象でしたから、そのニュースを録画して、その字幕を、証拠としてとらえて置くなどと言う事は致しませんでした。しかし、確かに総合司会をしますと言ったのに、19日月曜日のニュースウォッチ再登場まで、ほぼ、10日ぐらい画面に顔を見せなかったわけですね。

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副題2、『もし、19日に、桑子アナが言った、「お休みをいただいていました」が、本当の事だったら、NHKは、視聴可能な、一億二千万人を人質にとった大ウソを言ったことになるし・・・・・かつ、「総合司会をします」と言ったのが、元から企画をされていた、言い間違い、・・・・・開会式を閉会式と言うこと・・・・・が重要な企画だったからだった・・・・・としたら、あいかわらず、それは、私が過去に書いたことを否定するために、作り上げた謀略だから、鎌倉エージェントの悪辣ぶりが、極待って、私に見えてくるのだが

是もまた、一億二千万人を人質にとった、謀略で、私をからかったという事となります。自分たちが助かる道は、私を自滅させることにしかないので、うつ状態にするために、NHKを使うわけですね。そして、桑子アナと言うフェロモン横溢の若い女性を使うわけです。

 もう、原文を探すのにうんざりしていたので、昨日は、この桑子アナ・休暇・取得節・に関する文章を書かず、より、テーマとしても、文章としても、構成力が、大きいと、自分で考えて居る、『百分で名著を聞きながら、憑依作家と言う語彙に、注目をした』と、言う前々報(後注2)の航海日時を後ろへ下げて、前報の公開日時と、取り換えて、前々報の、鹿島教授の言葉に、感銘を受けた話が、より前に、くる様に手配をし直しておきました。

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副題3、『第一次大相撲壊滅作戦の時は、私も真っ向から戦いましたがね・・・・・・今は、肩透かしをしておきたいと、思う場合もある』

 2009年ごろにはまともに戦いましたよ。内館牧子さんに関する特番(東北大学相撲部のコーチだそうですが)をNHKが組んだりしていて、過剰にサポートをして朝青龍を辞めさせた頃のことです。伊藤滋と言う伊藤玄二郎と異母兄弟らしき人物(ただし、東大名誉教授ではある)が登場して、突然にあれこれ、威張り始めたのですが、器が小さくて、テレビカメラの前で。ヒステリーを起こしている(今、殺すぞと言った市長が辞任をするそうですが)伊藤滋氏は、殺すぞとは、言わなかったものの、これが、大人なのだろうかと言うほどに、テレビカメラの前で、メロメロでしたね。で、私が批判をしていたら、奥島孝康と言う太っちょさん(ただし、元早稲田の総長でもあるが、高校野球の専門家であって、相撲には、何の、縁もない人)が、独立ガバナンスの何とか委員会の委員長だという事で、登場したころのことです。今、二人のwikipedia には、その時期の活躍が削除されています。NHKニュース内に大量に登場したくせに、ご本人のwikipedia には、載って居ないのです。二人の経歴には、傷となると、伊藤玄二郎でさえも思っているのでしょう。成岡庸司君は、ほぼ、身内常態である、奥島孝康氏を、気を使っていると、見えますし。ここらあたりは、当時に、大量の文章を書いていますがリンク先を探さないで、先へ進みます。

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副題4、『2018年2月19日、銀座線・末広町駅の渋谷方面行・改札口、に、黒い制服を着たガードマンを発見した時に、私はすぐ、似た会社の制服ガードマンが常に、ギャルリーユマニテ用出口傍に立っていた、2017年の事を思い出すのだった。そして、警察庁と、CIAの関係を考え抜く。警察庁は、CIAの私兵となっているのが、見事に分かるからだった。・・・・・日本国民の一人である限り、』

 19日の夜に、末広町で、出会った現象が大切です。桑子アナがシャーシャーとして、元気で、番組での、釈明を準備している、その同じ、ころに、末広町には、急に7人のガードマンが待機していました。、これは、その日、私が珍しくスマホを持って出たので、そのGPS機能を使って脅かし兼、嫌がらせを仕掛けてきたというわけです。その上、銀座五丁目で、「本日は早めに銀座の画廊巡りを終わらせて、秋葉原に向かわないと行けないの。相手のお店が、7時半で閉まるから」と言っていますので、それを、耳ざとく聞きつけて、たった、15分で用意したというわけです。どうだ。俺達って、見事に頭がいいんだぜと、警察庁、または、築地警察署内の誰かさんが言っていることを裏打ちしている現象だと、思います

 あのね、井上ひさしと言う人間は、まだ生きて居て、美術9条の会を開いたのをはじめ、現在日本、および世界で、種々の謀略事項を起こしております。しかし、彼は、座業の人であって、現実社会に足を運んでいる人間ではありません。で、雪ノ下の、我が家のご近所様を動かすやり方にしろ、やまゆり園事件の、仕組みにしろ、すぐさま裏側が解ります。

 その末広町駅、改札口傍にいたガードマンですが、ギャルリーユマニテが、私をさんざんにいじめていた頃、京橋駅の改札口、ユマニテ側にも、立っていたのです。同じ会社のガードマンです。で、ユマニテに、戻れば、裏に居て私をいじめなさいと、命令をしたのが、宮崎進氏の、秘書だったとしたら、原初の発案者は、宮崎進となります。それから、念の為に言って置きますが、秘書さんが、そんなことを伝言するのは嫌ですと、言ったと仮定したら、それを担ったのは、酒井忠康氏、水沢勉氏、黒田悠子さん、秋山裕徳太子氏、詩人業界の、誰の誰それ氏と、なるでしょう。

 しかし、宮崎進さんは、30年間も、銀座の画廊をめぐっている私と比較をすると、井上ひさしと同じく、座業の人となります。だから、画廊街が持っているダイナミズムなど知りません。その上、政治に関する考察においても、私に言わせると、小学生並みです。そりゃ、しょうがないでしょう。立って、制作をなさると、思いますが、アトリエにこもっているという事は、政治の風に吹かれるという事とは別の世界ですから。それらの制作生活とか、多摩美の教授をするという事は、政治に関しては疎い方で、一種の、座業の人であるとも、言えるのです。

 今の私は、美術系の作家でもないし、美術評論家でもないのですね。政治を分析する一、一般人と言えましょう。となると、宮崎進氏と、まったく対等になるのです。しかも画廊街に吹き渡る風を身にまとっています。で、私、が画廊に入るという事は、ふいごで風を送るのに似ています。画廊がキープしている暖炉の火がぱっと燃え上がるのに、似ているでしょう。

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副題5、『東京圏と言う大都会に住むマナーとは何か? 特にブランド的に行為な、住宅街に住む際には不文律があるのだが、田舎出身の人間は、それを知らないのだ。で、平気で威張ったりする。それを私はすでに、9歳の時に、学校の担任の先生に教えてもらった』

 で、2011年か、2012年のある日、「金成悠子さんは、3.11の被害地の一つである、S市、の、出身なんだってよ」と、聞きます。その時、『あ、そうだったのか。こりゃあ駄目だ』と、納得をしました。地方の中堅都市は、東京圏や、名古屋、大阪、広島、福岡周辺とは、異なって居て、住民の間の流動性が少ないのです。で、金成悠子さんが、江戸時代から続く作り酒屋のお嬢様だったとしたら、あのツンツンぶりも、仕方がないのです。S市が、雄藩の城下町だったとは、聞いたことがないので、士族階級ではないと思いますけれど。

 だけど、今は、京橋(=東京圏)の、住民なわけでしょう。都会とは怖い場所なのです。隣は何をする人ぞであり、そのひとの実力が、どれほどに、大きいかを、わからない場所なのです。価値観が錯綜をしていて、しかも、多様なので、だれかに対して威張ったりすると、急に逆転をされて、自分が恥を搔くこととなります。

 私は、小学校三年生までは、東武野田線の、【塚田】駅そば三分というところに住んで居ました。今はマンションが林立している一帯だそうですが、当時は、松林と畑と田んぼだけの地域に、東京の人が疎開用に、個人的に買った土地に家を建てていたのです。空襲を避けたのか、空襲後かは、知りませんが、父は、彼らが東京へ帰った後で、買って、住んで居たのです。で、クラスの中では、抜群の都会っ子だったので、最初から、成績は優秀で、しかも、夢見る夢子さんだから、ぶっちゃけた処と言うのは、無くてね、金成さんではないが、つんつんしている方だったと、思います。しかし、小学校三年で、ブランド住宅街の一つである、日吉に引っ越すことになりました。しかも、東急が売る分譲地です。で、担任の先生が、母を呼んで、注意を与えてくださったのです。「お嬢さんは、何でもよくできるので、努力をしません。いろいろなことを、今は、いい加減にこなしています。横着になって居ます。しかし、今度の学校では、それは、通用しませんよ。今の様な態度では、たちまちに下の方になって、惨めな思いをするでしょう。それからね、自分の方から、友達になじんで行かないといけません。今はね。ちょっと、ツーンとしています。よく、理解をさせてあげてください。都会は、怖いのですよと」

 で、引っ越して来てみたら、小室圭君のところで出てくる花村組のお坊ちゃまである花村君と言う男の子がクラスに居て、実母ではないので、丁寧な、愛情有るしつけと言うのを受けて居なくて、お勉強も、できないし、親の愛への、欲求不満はあるし、大金持ちなんだけど、日吉と言う町では、社会階層的には、軽蔑されているのも知っているので、荒れていて、友達をいじめまくるのです。でも、見ていると相手に選んでいる男の子は、花村君とは、すべてが対照的な子供なのです。そういう子供をいじめるのです。で、花村君の潜在意識の中に在るものが、他の子にも判ってしまうので、彼も可哀想に思えて、みんな手の打ちようがなかったですね。もちろん、集団いじめに発展をすることなどないです。

 で、私は小さい時から、都会と言うのは、結構大変な処なのだと、理解して育ちあがっています。それとだいたいが、下手に出て、おつきあいを始めるというマナーも身について居ます。

 もう、覆水盆に返らずですが、金成悠子さんに、これだけは言っておきたいです。

 私は我慢をしている期間が長いです。で、いったん怒ったら、半端ではない書き方で、分析を始めます。・・・・・ギャルリーユマニテが、個展を開催してあげている、保坂航子(昔は涼子と名乗っていた)さんが、山口みつ子さん殺害の引き金を引いたのだ・・・・・という話は、言ってみれば、警察と、CIAの、最も深い悪辣さを、暴露する話です。だから、あなたとしては、警察に対しても、宮崎進氏に対しても、忠誠を誓ったつもりでありましょうが、結果は、そうではないという事となります。

 私は常に、世の中とは、平衡状態に達して行くものだと、言い続けています。金成さんが、何を信じて、ああいう態度をとったのかは、判りませんが、長年にわたって、私を小ばかにし続けて来た態度は、意外な刃となって、今は、ゼロ地点を目指して、進んでいるというところです。末広町駅改札口傍で、ガードマンが待って居るという様な現象に出会う限り、それが、きっかけとなって、CIAの分析を続けることとなるでしょう。そこにあなたは、重要な証拠人物として登場するのですよ。どう思われます。気持ちいいですか?

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副題6、『桑子さんの眼は、ネコの様に、こちらを直視する目である。だから力強い。しかも、愛嬌はあるし、フェロモンはある。男性に人気があるという事で、若くして、ニュースウォッチの司会を任された。現代日本を被植民地として支配して行く仕組みは、超複雑である。できるだけ、一般国民に悟られない様な形をとる。桑子さんは、天真爛漫に見える。で、善意の人であると、すべての人に思われている。しかし、語調が意外とキツイのだ。NHK女子アナとしては、初めてと言っていいほどに、断言が多い。そこを買われている。

 日本人にとって、歴史上有名な女スパイとしては、マタハリとか、川島芳子がいる。その女性たちは、映画などになっている。そして、笑わない。しかし、桑子さんは、よく笑う。だから、国民一般にとって、彼女が悪をなしているなどと言う事は信じられないと、私は、思うし、この一章が下手をすると、大勢の読者の離反を招くことになるやもしれずと、思っている。

 ただ、私は預言者は、世に容れられずと、一度、言っていただいたことがある人間だ。人に理解をされないという事を恐れない。自分が信じることを神様への報告として書いている。にゅーすをつたえるあ

 桑子さんは、やまゆり園事件の際に、19人は死んでいると、言う方向で話した。私は、死んでいないという趣旨で、文章を書いている。それ一つを取ってみても、それを報道する際の、力強い口調こそ、問題だと、思っているのが私である。

 マタハリとか、川島芳子と、たとえると、「言い過ぎだ。失礼だ」とか、「あなたこそ、意地悪な人間だ」と、言う人が多いと思うけれど、

 私は、熊谷市で、ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタンが、6人を殺したという事件を桑子さんが、どういう風に報道をするかを待って居た。今、本日のニュースウォッチを見ていたが、小平選手のインタビューに長時間を割いたので、熊谷市の事件についての報道は無かった。だから、本日の処は、桑子さんの発言力を論じられない。だが、今までの主要な事件のニュースを伝えて来たどのアナウンサーとも、にゅーすをつたえるあるアナウンサーとしては、違うものを持っている桑子さんに対しては、懸念が一杯だ。心配している。桑子さん本人の

 

後注1、

桑子アナ五輪から消える?・・・開会式を閉会式と呼んだのは、上司の命令で、わざと間違えたのですよね  2018-02-18 22:18:08 | 政治

後注2、 

百分で名著、 ユーゴー篇から、鹿島茂教授の「ユーゴーは、憑依作家であった」と、言う言葉に感銘を受けた私  2018-02-19 01:44:13 | 政治

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百分で名著、 ユーゴー篇から、鹿島茂教授の「ユーゴーは、憑依作家であった」と、言う言葉に感銘を受けた私

2018-02-19 01:44:13 | 政治

 この一文はいつもと同じく、相当に長いものとなる見込みです。で、日曜日の、午後4時ごろもう一回、ここを覗いていただけると幸いです。

副題1、『ノートルダムのせむし男』は、中学生の時、リライト版で、読んでいます。が、百分で名著が、お気に入りの番組の一つであって、録画しているので、一種の慣習として、その本を扱った週の、録画を見ました・・・・・うっ、今回は、お金をかけているぞ。何故?・・・・・と、思いますが?』

 私が、【ノートルダムのせむし男】を、読んだのは、中学時代だったと、思います。無論の事、原版ではなくて、リライト版です。だから、小学校時代だったかもしれませんが、小学校の図書室は、充実して居なかった(第二次大戦の敗戦後すぐだったので、)と、記憶しているので、中学校で借りたたくさんの本の中の一冊だったと、記憶しています。

 今般その原著が、タイトルは、【ノートル=ダム・ド・パリ】という物であり、岩波文庫としては、上下二巻に亘る、翻訳本が出ている大部な本だと、言う事が解りました。『ほーっ、そうなると、もう一回読み直さないと、いけないかな』とは、思うものの、75歳ですよ。ぎりぎりの体力で生きて居るので、もう無理でしょう。それに私は、小説類は、独身時代に、読み、結婚後は、ほとんどノンフィクションを読んでいるのです。そのノンフィクションも最近では、読む体力も時間もないわけですからね。

 しかし、その録画番組を、ながら視聴をしながらも、『何か、いつもよりも豪華だなあ?』と感じるのですよね。

それは、解説をする鹿島茂・教授が、テレビ出演などに慣れて居て、話し上手だからかもしれないし、(*理由の1)

 原著そのものが重厚だからかも、しれないし(*理由の2)

 朗読者が、声優などが、選ばれていて、顔を見せない回もあるのに、今回は、芸大出身の、俳優兼ミュージカルスターの、石丸幹二だから、どうしても派手に感じるところがあるし(*理由の3)

 いつもは、朗読者の、声を補うものとして、影絵風のイラストと、再現ドラマが使われるのだが、今回は、海外で、撮影された、古い映画を使っていたので、補う映像が、豪華だったこともあるかもしれない(*理由の4)・・・・・と、感じるのですが、

 もし、豪華にした目的が、私狙いだったら、例の連中が、陰に居ることになるので、それは、分析しておきたいなあと、思うわけです。

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副題2、『今、長時間かけて調べたのだが、上記の番組内で、使われた映画は、1939年制作のアメリカ映画で、主役【エスメラルダ】として、モーリーン・オハラが主演をしているものだったと、私は、思う。その映画を実際には、見たことはないのだけれど、モーリーン・オハラの顔に見覚えがある。全然、パリジェンヌ風ではない。しかし、当時の大スターだったから、絶世の美女役に選ばれたのだったと、思う。是では、普段の週より豪華だと、感じるのは当たり前だ』

 NHKの番組の最後に、イラストレーターの名前も記載をされているし、映画のタイトルも記載をされていたのかもしれません。クレジットとして。しかし、私は既にそれを削除してしまっています。で、その番組のwikipedia や、NHKオンラインを調べたのですが、映画についての説明もイラストレーターについての説明もありません。ただ、私にとっては、主役のエスメラルダを演じている女優の顔に見覚えがあり、今、映画そのものを検索して居て、その画像が、:::::::

監督: ウィリアム・ディターレ
出演: チャールズ・ロートン(カジモド)、モーリン・オハラ(エスメラルダ)、セドリック・ハードウィック(フロロ)

を使っているのだと、判断をしました。【風と共に去りぬ】を、1945年より前の第二次大戦中に、作ったアメリカの経済的な実力が現れている映画を、NHKが使ったこのは週は、抜群に豪華だったわけです。普段は、有名ではない俳優を使った再現ドラマ、または、イラストだけで、説明される週が多いのですから。

 映画の著作権は、70年だそうです。この映画は、すでに、77年経っているので、只で、使ってもいいわけですが、映像が流れている間、テロップで、主役がモーリーン・オハラであるということぐらいは、示した方がいいと思いますね。モーリーン・オハラは、ヘンリー・フォンダと共演した【スペンサーの山】があり、それは、日本でも上映をされたと、記憶しています。

 しかし、ディレクターがこの映画に関する説明を省いた理由が、他に在るかもしれません。それは、このユーゴー篇が、特別にお金をかけて豪華に作ってある裏側に、私狙いの要素があると仮定をすると、それを、私に気が付かれては困るからです。いつもと同じだと、思わせて置いて、狙い通りに、グサッと、刺して行こうとする、鎌倉エージェントの意図をできるだけ、隠蔽しながら、しかし、彼等の意図を、達成させるために作られたと、仮定をすると、ものすごい豪華な資料を使っているのに、説明が何もないという事も、納得がいくわけです。

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副題3、『私は、1998年9月4日に、パリのバスティーユで、既に暗殺未遂事件に出会っている。また、三か月の滞在中、途中で弟と主人が遊びに来た。で、これから先に語ることは、無論のこと、私費を使ってやった事なのだが、三人でスペインへ遊びに行った。最初と最後は、三人一緒で、同じホテルに二部屋を取って、宿泊をしたのだが、途中で別行動をとり、弟は、グラナダのアルハンブラ宮殿に向かった。私達夫婦は、一日をトレドで過ごし、二日目は、セゴビアで、過ごした。しかし問題は、アルハンブラ宮殿が休みであって、弟がせっかく行ったのに入れなかったことだ。この間、NHKが言っていたが、アルハンブラ宮殿は、一年365日休まないそうである。しかし、1998年の10月のある一日、そこは閉鎖されていた。弟がいじめられたのである。

 弟に対するいじめは、日本でも行われている。それは、林文子横浜市長が、裏から教唆されて施行した、横浜市の条例で、建設後、66年間もびくともして居ない、大谷石の崖を、作り直さない限り、新築を認めないと、言う事となったそうである。3,11が起きてもびくともしなかったほどに堅牢に丁寧に作られている崖を作り直さないと、改築も新築もできないそうである。後注1の最後尾で、それを語っているが・・・・・・

 このようにして弟とか、息子がいじめられています。内心では、深く怒っております。しかし、ほとんど、それを文章化することがありません。というのも彼らは、日本人的な文化を持っていないのです。日本人だったら、恥を知るという事があり、「ばれているのなら、もうやめよう」となる筈です。しかし、彼らは反対です。『あ、そうか、そこを気にしているんだ。じゃあ、同じ様な事を他の、ケースでやればいいよ』と考えるみたいです。NHKの場合は、【日曜美術館】がさんざんに使われています。で、それを、今書いている最中ですね。米軍のヘリが、沖縄の小学校の校庭に窓を落とした問題も、自衛隊のヘリが佐賀県の、民家の上に落ちた問題も、すべて、日曜美術館と関係があるの野ですよ。しかし、それを書きかけ中だからこそ、『あ、そうか、彼女はそれを気にしているのか。じゃあ、【百分で名著】の方も利用してやれ』と、成って、新たな攻撃が始まるという事となります。

 ですから、私は、1000個以上を数える無残な攻撃と、それによる被害を受けているのですが、その詳細については、ほとんど語りません。ただ、総額五億円は超えますと、言ったり、10億を超えますと、言ったりするだけです。しかし、攻撃側に回った個人については、それが、一般人であろうと、すぐさま実名で書きます。すると、昔ある人が、「川崎(=雨宮舜の本名の事)さん、ああいう文章を書いたら、みんな逃げていきますよ」と言いました。「孤立化しますよ」とも言ってくれました。で、私は、そのひとに向かっては、何も反論をしないまま、内心で、こう考えて居りました。『あなたね。あなたがおっしゃっていることは正論でしょう。しかし、そういう段階を通り越しているのです。で、生きるためには、こういう手法を取らないといけません。ごく、基本的な人権を守るために、こういう文章を書いているのです』と。

 そのうえ、私は思いがけない事を発見しました。「この世には、CIAの日本人エージェントのネットもかかっているのですが、神様のネットもかかっているのです」という事をです。神様が悪人を処罰してくださるのです。特に教唆されるままに動くが、その底には、善人の要素が流れている人は、どんどん、死んでいきます。

 谷垣禎一さん、瓜南直子さん、前田祝一氏と、立て続けに死んでいます。西部邁さんも、そういう人間のうちの一人だと、考えています。それから、死なないまでも、大きな損失をこうむっている人を多数発見をしています。それは、こうこう、こういう風になっているのですよと、将来、因果関係を語る事ができる日も来るでしょう。伊藤玄二郎発の、悪い企みに加担をした人たちについての話です。で、今書いていることは、一方の側の真実と言うわけです。今のところ、私の方が加害者みたいに見えますが、私は、多大なレベルで、損失をこうむっている被害者です。既に、土曜日の午前三時になりました。

~~~~~~~~~~~~~~%%%%%%ここから先は、日曜日の午前11時半から書きます。

副題4、『この百分で名著、ユーゴー篇が、NHKで、準備された裏側に、やはり、鎌倉エージェントが居るわけで、彼等の言いたいことの、は、「お前さあ、パリ時代の事を書くつもりだろう。だけどなあ、そんな、文章よりも鹿島茂氏の保持している情報の方がずっと、芳醇なのさ。偉そうにするなよ」と、言いたい、井上ひさしの意志を、諄々と感じている私だった。特に最近、2本続けて、いやらしい攻撃用コメントを、彼(まだ、実際には生きて居ますよ。公的には死んだことにしていますがあれは、嘘です)が、よこしているので、ぴったりと、鎌倉の自宅・周辺・環境内で、起きている事と連動をしているし』

 この番組が、2月に入って放送をされる理由の一つは、やはり、私狙いでしょう。その攻撃意図は、4つありますが、一つは、敵さんたちが、私がパリ滞在記をこのブログの世界で、さらし始めると予測をし、それを、阻止し、けなす為に、鹿島教授のユーゴー篇を制作したと、考えております。

 相手方、鎌倉エージェントが、何をしようと、私の方は、それを阻止できないわけです。しかし、私がこのブログの世界で、パリ滞在記を書き始めるのも、自由でしょう。だけど、ここで、一つの問題が彼らの方にあります。それは、私の文章が非常に面白いという点です。

 それで、それを弾圧し、けなす為には、相当な大物を持ってこないとだめだと、言う事に成る点です。「瀬戸内寂聴さんが、携帯小説を始めました」と、言う情報がネットで出てきたころにも、彼女がライバル設定をなされたことを知りましたが、その時は、文章全般に対する攻撃でしたが、今度は、パリに関する情報と言うわけです。それに関して、私より、いや優さる存在として、鹿島茂氏が、登用されました。

 その番組内での、鹿島先生の言葉の内、二つほど、印象の濃いものがあり、そのうちの一つが、この章を書き始める動機となっています。それは、「ユーゴーは憑依作家であった」という言葉です。

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副題5、『・・・・・ユーゴーは、憑依作家であった・・・・・という、鹿島教授の言葉には、耳目をそばだてた私であった』

 物事には、すべて、プラスとマイナスがあります。で、ここまでで、この【百分で名著、ユーゴー篇】が、対・私弾圧の一手法として、企画をされたと、上までで、説明をしています。まさか、また、誇大妄想教でしょう」とおっしゃる向きがあると、仮定をすると、「違うんです。と同時に、飯田隆君(元朝日新聞記者にして、一時期は、週刊朝日の編集長だった、人物、私と成岡庸司君と、三社は、たった100人しか在籍性が居ない、横浜国立大学付属中学校で、同期である)を守るという大きな目的が、彼ら、鎌倉エージェント(=CIA側)に在るのです。どうしてかと言うと、私はパリ時代に感じたことを手書きエッセイコピーとして、日本に居る三人の人に送っていたのですが、そのうちの最も重要な人物が、飯田隆君だったのです。(後注2へ)

 こうなると、パリエッセイをさらけ出すと同時に、飯田君についてもあれこれを、私が、語り始めるでしょう。そこから、また、凄い真実が外へ出てくるはずです。それを避けるために、予防的措置がいろいろ取られ始めているわけですが、その一つが、この番組の企画であり、放映だった模様です。ここも、今書いている最中に、このパソコンへのシステム妨害を受けたので、最大級の真実だと、思います。

 しかし、攻撃を意図した番組の中にも、私に取って、学ぶべき、要素はあるのです。それは、この節の副題の二重ガッコ内に置いた憑依作家という言葉でしたが、何故、それが出て来たかのきっかけを語りたいです。

 NHKは、ETVや、BSプレミアムで、放映する、教養を売りにした番組に於いて、常に、自局のアナウンサーと、タレントを組み合わせて司会業に登用します。この百分で名著の司会は、始まって以来、伊集院光です。彼はテレビタレント業界切手のインテリで、教養が高いそうですが、さすがの発言です。ところで、彼は、今般は、話題に上がっている書物を読んできていませんでした。冒頭に私がそれを断っている様に、彼は、ミュージカルで、この書物に接している人間でした。それは、それで、いいのですよ。だって、この番組は、その書物をまだ、読んだことのない人に、お勧めする版組ですから、中保者としての役割は果しているわけですし。ただ、それゆえに、実際に読んで、この番組に臨んだ島津有理子アナの、発言が、今回は、特に光って聞こえたのも、事実ですが・・・・・

 さて、NHK側のアナウンサーですが、竹内陶子さんやら、礒野佑子さんが、担当をしていました。私はその二人は好みでした。それに比較すると、現在担当中の、島津有理子アナは、『ぶっきらぼうに過ぎるなあ。優雅さに於いて、前任者より劣る』と、考えておりました。ところがですね。今般、鹿島教授が、「難解です」と言うユーゴーの原作に基づいた、岩波文庫版を、実際に読んで、この番組の司会をしていることがわかり、すっかり見直して、学歴について、ググってみました。すると、東大卒ですって。『へーっ』と驚いて、『それなら、あれでも、優美な方ですね』と、見直した次第です。「今のままで、結構ですよ。素の自分を失わない様にしてください」と、改めて言っておきたいです。ちなみに竹内アナは、神戸女学院大卒であり、礒野アナは、立教大学卒ですって。

 さて、ユーゴーは、冒頭で、ノートルダム大聖堂前の広場の、様子を延々と描くそうです。そこでは、お祭りが行われていて、群衆が多数集まっています。特に、そこで、聖・史劇が、上演される予定があって、広場には、それを待つ群衆があふれかえっている状況です。

 ここで、島津アナが、「お祭りの描写だけで、延々100頁も続くのですよね」と、言いました。それって、下にリンク先を置いている私の二つの文章を読むより、もっと長い文章を、読む事と同じです。私の文章の方が読みやすいでしょう。節に分かれているし、登場人物は、相当な大物であり、人々の、注意を引きます。テレビ出演をする芸能人ではないが、現代日本においては、枢要な場所に位置して居る人達ばかりです。ところが、ユーゴーの小説の冒頭に登場する、人間たちは、当時のパリ社会でも、枢要な地位を占めているとは言えない人々です。それらの行動に、100頁も付き合った島津アナに、敬意を表します。ただ、そういう形式の冒頭とは、西欧の古典とか、傑作小説と呼ばれるものには、ありがちな傾向です。私は、ロマンローランの【ジャンクリストフ】を、19歳からよみ始め、4年ぐらいかかって、読了をしましたが、全11巻に分かれている小説のうち、最初の四巻は、読みにくかったです。そこは、誰にとっても、読みにくくて、たいていの人は、そこで、読みやめてしまうのです。つまり、主人公が社会の中で、ぶつかる事が多くて、喧嘩ばかりする描写が続くからです。救いがない気持ちにさせられるからです。しかし、第五巻【アントワネット】まで、来ると、その巻だけの主人公アントワネットの、優しくて、つつましい性格に接するので、急に読みやすくなるのでした。(ここですが、老婆心でいうと、岩波文庫版では、第五冊目に、原文の第五巻が、入って居るかどうかを知りません。買う際は、お気をつけ遊ばせ。原文11巻が、10冊に分かれていたと、記憶をしております)

 ここで、元へ戻ります。島津アナの、言葉を受けて、鹿島教授の、「ユーゴーは憑依作家ですから」という言葉が出てきたわけです。憑依作家という規定は、誤解を受けやすい表現です。憑依と言う言葉から、私達は、無教養なおばちゃんを想像します。民衆信仰を、思い浮かべがちです。イタコとかイキガミ様を思い浮かべがちです。小室圭君のところで、何本か書いている文章の内、美輪明宏さんの、信仰を明かすのも忸怩たる思いがあると、私は語っています。(後注3)それも氏が、憑依の典型であろう、鎌倉のイキガミ様を訪問した帰りだと、グリーン車の中で、打ち明けてくれたからです。鎌倉のあるお店の主人が、そのイキガミ様への信仰を持っているので、写真をレジ傍に飾っていたのですが、ごく普通の、おばあさんでした。

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副題6、『・・・・・おお、そうか、鹿島茂教授が、ユーゴーは、憑依作家だと、仰るのなら、私もその言葉を使おうか。私もその手のライターであると・・・・・言いつつ、歩んで行こうかな? これから・・・・・と、思い始めるのだった』

 私は、よく文末に置いている「明日、続きを書きます」と言う読者に向けた約束を破ります。2012年ごろまでは、朝起きて、一番の仕事として、ブログを書くことをやって居ました。それは、主人が大町と言う鎌倉市内の別の場所にオフィスを持っていたので、朝早くから外出するので、可能な事でした。しかし、そこをたたんで、家にずっといる様に成ると、このブログを書くことができない様になって行くのです。それは、ですね。私がブログを書いて居る様子は、例の夕鶴の【つう】と、同じだからでしょう。怖いくらいの集中力で書いているからです。男っていう物は基本的に甘えん坊です。だから、妻が、あまりに集中して居て、怖いほどの態度である事は嫌がります。で、真夜中に書く事へスケデュールが、移行をして、行ってしまいました。

 で、いったん寝ると、次の日には、お約束をケロっと忘れて、まったく別の事を書き始めます。しかし、鎌倉エージェントの悪を暴くという共通項は、守っている筈なので、臆面もなく、別のテーマで、書き始めます。その際に一応のお断りとして、「今日、頭の中に降りてきているのは、こっちの話題なので」と、よく書いていますね。あれこそ、憑依作家であることの典型だと、思うのです。

 私には過去に、四人のメンターが居たと、書いています。(後注4へ)上に挙げた、飯田隆君は、文章を書く上でのメンターでした。笠松敦子さんも、そちら系のメンターでした。しかし、水沢勉氏は、文章と美術の両面にまたがるメンターでした。また、時枝裕子さんは、人生のありとあらゆる側面に対するメンターでした。そして、時枝裕子さんにもらった箴言の数々は忘れられないと、おもっております。後注4も、総タイトルには、中身を顕す言葉が表出してはいないのですが、非常に重要な文章であり、そこに登場する人物を守るためでしょう。最近、激しい攻撃を受けているわけです。

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副題7、『ここで、時枝裕子さんと、別れた最初のきっかけが、葉山の美術館の、開館記念展であったことを語らないといけない。それが、2018年2月17日付のNHKスィッチインタビュー【松本幸四郎 VS 草間彌生】へ、結び付いて行くのだから』

 ところで、お茶大付属高校における先輩であって、個人的にも、お茶飲みを何回も、交わして居る、時枝裕子さんが、メールのハッキング、や、電話での応対、等を通じて、私が一番尊敬をしていることを敵方も察知して居て、カソリックの信仰を縁として、敵側は、リクルートをして、彼女を使者として、私に文章を書くのを止めさせることを使命として与えた模様です。

 彼女は私が逗子に持って居たアトリエ内で、たった、三年間に、24畳分の三つの部屋に、足の踏み場のない様に増えた作品の間に、流し台の傍に辛うじて、パイプいすを置きながら、語り合ったのですが、その時に私の不遇ぶりを実際に見て、「預言者は、世に容れられずですね」と、言っていただいた言葉は、何にもまして支えになっています。しかしこの日のデートは、事前に、シナリオができて居たらしくて、葉山の美術館の開館記念展の会場で、時枝さんが、私に向かって、「あなたは、この会場に、自分の絵が飾って居ない事が、悔しくないのですか?」と、仰るのです。

 その意地悪な調子に、びっくりして、『ああ、時枝さんは、既に敵方陣営に立っている人なのだ』と、覚悟をしました。それ故に、同じ日の後刻、文章を書くなと、言われたことへの正しい理解をでき、正しい対処が、できたのですが・・・・・

 その2003年の時点に戻れば、美術館の広い会場の中で、少品が、11点ぐらいギャザリングされている場所を指しながら、「悔しくはないのですよ。しかし、この作家だけは、悔しいかなあ」と、言いながら近づいて行ったら、なんとそれは草間彌生の初期の版画だったのです。白黒の細い線で描かれた版画だったので、すでに、近視が0.01~0.03程度まで、進んでいた私には、草間の版画であることが、7メートル離れた地点からは、読み取れなかったのでした。今の様に、カボチャを色で、版画と化したものではないからです。

 私は上の方で、あげている忠告者の場合と同じ対応を時枝さんに対しても行いました。反論をしないのです。時枝さんは、「文章を書くことは危険だから、やめなさい」と言います。彼女の予言通りになっていますね。ただ、当時でも今でも、その言葉に対して音声では、反論をしません。だけど、内心では、『無理だろうなあ。文章を書くことを止めることはできないだろう』と、おもっております。それは、私が憑依系・作家だからです。意図して文章を書こうとしているわけではないのです。もちろん、注文を受けて書いているわけでもありません。常に文案が、頭に降りてきます。それを私は常々、神様が、文案を下ろしてくださると、書いています。それこそ、憑依系作家の典型でしょう。で、書き止めることはないのです。神様は、歌を歌わせてくださる日もあるのですが、文案を頭におろしてくださる日もあるのです。

 さて、ここで、一応まとまりました。あっちこっちへ、わき道にそれていますが、それも憑依系・作家として、なせる業で、自然にそっちへそれていくのなら、それに任せているのです。

 なお、この文章は、蛇足1~蛇足4まで、付属部分があるのですが、主人も外出先から帰ってきた事だし、いったんパソコンの傍を離れます。後刻再開をするつもりです。では、

 なお、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、4487170です。後に加筆をして、推敲もしたら、署名と書いた日付を入れます。

 

後注1、

林文子横浜市長は、杭うち問題、大口病院問題、福島からの移住問題の三点で、私を政治的に攻撃してきたが、さらに、個人的に、狙撃を!  2017-09-26 16:35:46 | 政治

後注2、 

NHKspecial赤報隊特集から思う、早稲田と朝日新聞とCIAの秘匿されている関係 = 伊藤滋・奥島孝康・成岡庸司・飯田隆・時田史郎 他   2018-02-06 12:03:21 | 政治

後注3、 

美輪明宏さんの、信仰の秘密を何故曝したかを語りつつ、鎌倉Agent(=CIA)が眞子様と圭君をどう利用したかを語りたい   2018-02-12 15:04:33 | 政治

後注4、 

日曜美術館で蓬春特集を組んだ。で、親から貰った蓬春の掛け軸を探したが、見つからなかったので、私は六時間程パニックに陥った。だが?△  2018-02-04 18:39:24 | 政治

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桑子アナ五輪から消える?・・・開会式を閉会式と呼んだのは、上司の命令で、わざと間違えたのですよね

2018-02-18 22:18:08 | 政治

  この一文は完璧に前報(後注1)の続きです。主に、文化人について、あれこれを述べるものです。前報の最後に蛇足としてあれこれ加筆しますと、お約束をしていますが、こちらで、新たな章を起こします。

副題1、『桑子アナ、平昌五輪から消える。開会式を閉会式と間違えて発言をしたのは、自然な事。それとも謀略でしたか?・・・・・・ところで、その問題を考える前に、私が、2017年の6月の時点で、桑子アナをはげしくひ判を開始してることを語らないといけない』

 桑子アナが、NHKを代表して冬季五輪を統括する程のレベルの高いアナウンサーだと、皆様は、お考えですか? まあ、皆様が、どんなお考えをお持ちに成ろうと、それを無視して言わせていただくと、私の方は桑子アナが、過剰にちやほやされている理由を知っております。

  それは、私が桑子アナを激しく批判をしているからです。私は、前報で、行っている通り、憑依作家ですから、一つの文章の中にあれこれを入れ込めます。しかし、後注2に置いた三つの文章の中から、桑子アナに関する批判部分だけを取り出してみましょう。それらを、%%%%%%%罫線の下に置きます。

副題2、『まず、普通に考えよう。「桑子アナが、間違えたのは、上司からの命令で、わざとやったのではない」と仮定した場合、私は、それをどう見ているかなのだ』

 私は平昌五輪の開会式を見ませんでした。バンクーヴァー五輪の時に、浅田真央ちゃんが、激しい政治的渦に巻き込まれ、大変な不利をこうむって以来、冬季五輪には、関心を持たないことにしております。その上、既に批判の対象にしている桑子アナが、司会を務めると、聞いては、なおさらに見たくないです。で、だいぶたってから、桑子アナが、開会式で、閉会式と発言をして、それを番組内で、最後まで、訂正をしなかったという事を知りました。

  でね。普通に考えると、こう成ります。「桑子アナの優遇は、私がブログで、批判を開始しているので、彼女を高い位置に置くと、私のブログが、間違っていることなり、従って読者が離れるはずだと、見做されての優遇だから、どこかで、馬脚を現すはずだ。是だったのか」と。しかし、そのケースだと、NHKサイドが同番組が終わる前に何らかの修正をしてこないといけません。しかし低誠意がなかったとネットでは記載をされています。これは、NHKらしくなですね。

副題3、『桑子さんがこの任務に選ばれた当初は、この計画は持ち上がって居なかった。しかし、私が米軍ヘリの 計画性を語り始めたころから、それを欠かせないがために、桑子さんにわざと、間違える様な、指示を出したのだと、お漏れてくる。私が、現在(当時)書きつつあるテーマから離れさせ得られてしまうと、見込まれて、そういう措置が取られたのだと、思っている』

  その上、もう一つ理由があります。それは、サッカーダブル杯の日韓共同開催の事です。日本がやっとの思いで・・・・・しかも、大金を使ったはずですが・・・・・開催権を、得たのに、急に韓国が乗り出してきて、共同開催にしましょうと言い出して、しかも、開会式を取ったのでした。それを私が既にブログで書いているので桑子さんがわざと間違える様に誰かが、彼女に教え込んだのだろうと、思っています。しかし、桑子さんが、その裏事情を語ることはないでしょうね。

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その1、2017年6月10日に書いたブログ(後注2、-A)の中から副題5を取り出しておきたい。

副題5、『私は、ニュースウォッチ担当の、桑子アナウンサーの断言口調、に、辟易している昨今である。ブラタモリでは、かわいかった、女性だが、最近、立て続けに対象を叱り飛ばしている。

 しかし、彼女がアナウンサーとして伝えようとして言るNHKニュースそのものが、軽くて、薄っぺらくて、嘘が満載の、洗脳用、宣伝文句ばかりなので、その上に乗っかって、さらに、威張りまくられると、『女性って、やはりだめだなあ。女子と小人は養い難し』というのは名言だと、思ってしまう。NHKとは、大権力者だ。最近では、特に、鎌倉エージェントと私が呼ぶ、アメリカ国内の軍産共同体と、結び付いている、日本人が、裏で牛耳っているので、さらに、大権力者となっている。     その一スタッフが、かくも、威張り返ると、興ざめを通り越す。しかし、このブログの読者の中には、「あなたこそ、断言口調ですよ」とおっしゃる方もあるかもしれない。しかし、私の方は、被害がある人間だ。パソコンが、15台も壊されているのをはじめとして、今まで、「五億円に喃々とする被害です」と言ってきたが変更しないといけない状況である。これから先は、「10億円に喃々とする被害がある」と言わないといけない。精神的な部分でも、知人や、友人が次々と奪われ挙句の果ては、殺されたりするのだから。     山口みつ子さんは、画廊を閉鎖した後で、無事だったら、お茶飲みでも一緒にする仲になったと、思う女性だ。 そういう大切な人を殺された。だから、基本的人権を守るためだけでも戦いが必要で、従って、強い口調で断言をする時もある。しかし、桑子アナには、私の様な被害は、無いはずで、従って、今の様に高飛車姿勢を取られると、『おや、おや、虎の威を借る狐を、毎日、見せつけられて、こちらはたまりませんね』と、成ってしまう。

  ここで、お風呂に入った後での加筆をいたします。鈴木菜穂子アナが、長らく、この番組を担当していました。彼女は桑子さんに比較して、一見すると硬いです。正統派です。で、鈴木アナも、事柄に対して、批判をする時はありました。しかし、嫌な感じはうけませんでした。違いがどこに在るかと言うと、慎み深さがあったからです。・・・・・「これは、私個人の意見ですが」・・・・・というニュアンスがありました。    彼女から、それを感じ取ったのは、カメラ目線で、それを発言しなかったという態度からです。よく右側の男性キャスター、(大越さんか、河野さん)に、向かって、批判的な言辞を、語りました。・・・・・二人の間での私的な会話として、語るのだが・・・・・と言う姿勢が見えました。それが、許容度を高くしていたのです。桑子さんは、夜の11時台の、ネットを利用したニュースも体験しているので、親密性を高くする傾向が強いのかもしれないけれど、NHKのニュースを、夜の、九時台に、報道するアナウンサーとしては、今の態度は、軽すぎると、思いますよ。カメラ目線で、語気鋭く、対象を非難するのは、嫌な姿勢です。

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次にその2として、後注2.-B  に置いた文章の中から、二つの節・副題1と3を取り出します。また、副題1の前置きをも、取り出して、ここに起きましょう。 今は、14日(水)の夜の10時半です。長い時間、このブログから離れていて申し訳ありません。誤変換直しが終わったので、さらに先に加筆を進めます。なお、この文章は、最初の総タイトルを、『桑子アナ、月曜日には、派手になる。しかし、火曜日には、地味になる。この意味は?』としておりましたが、14日の夜に二番目のモノ、『桑子アナは、長期政権となる筈で、それは、鎌倉のレジ係Msくりはらを、攻撃用武器として長期にわたって使われている私には、確信となる』としましたが、15日の午前零時に、三回目のモノへと、変更しました。

副題1、『NHKニュースウォッチの司会者、桑子アナを批判したら、すぐ、反応があった』

 これは、前報(後注1)に関連がある文章です。続きではないのですが、関連があります。その文章の中の、副題5において、桑子アナを批判しています。「私は、辟易している」と書いて居ます。それを書いたのが、金曜日で、その後、土曜日と、日曜日が間に挟まって、桑子アナには、二日ほど、会いませんでした。その間に、このブログを読んだ、NHKの誰か(または、NHKに影響力を持つ、鎌倉エージェントの誰か)が『これからは、こう、しよう』と考えた方向で、変化した、桑子アナが、月曜日に画面に現れました。お化粧が濃くなり、髪形も派手になり、まるで、タレントか、民放の女子アナかという程に派手になっていました。

 そして、非常に重要な事は、カメラが引いて、遠景として、桑子アナが映る場面が多かったという事です。つまり、私がそれに辟易しているポイントは、避けて撮影したという形でした。

 私は金曜日も、疲労して居て、問題を、最後まで、書かなかったのですが、今から、書きましょう。私がもっとも、辟易しているポイントとは、・・・・・大NHKと言う権威(実際には、力である)を、バックに背負って、それを自分の力と、考えて、高飛車に、他人(または、現象)を、弾劾し、叱り飛ばす口調が、虎の家を借るキツネに見える・・・・・という処でした。月曜日には、「それを、避けるために、ともかく、彼女の顔を、アップにしない様にした」という形でしょう。

 その時、すぐそれをブログ化しようかなと、思ったのですが、最近、疲れやすくなっています。特に、月曜日は、画廊巡りをするので、疲れがひどいです。無理をすると、書けるのですが、無理をしないとなると、疲労には、負けますので、『まあ、桑子アナは、逃げては行かないし』と、思って書きませんでした。

副題3、『桑子アナの、お化粧と、態度の、月、火、水の三日間における、変化は、見事に、私のブログを、NHK。報道部が、読んでいることを証明している。または、NHKを背後から動かしている、鎌倉エージェントが、読んでいるということがわかる。桑子アナが読んでいるかどうかは、判らないが、背後に居て、桑子アナを、これから、長期政権として、使いたいと、思って居る連中が、読んでいることは確かだ。

 私は、1999年から、パソコンを使って文章を書いて居る。1999年から、2007年までは、相手が判っているメルマガとして書いて居て、今、現在書いて居る様な文章ではない。ごく一般的なもので、芸術とか、心理学とか哲学の分野にわたるモノであって、評価が高かった。だが、それを、本の形に直して、出版をしようとすると、すさまじい妨害に出会った。それは、24時間、隙間なく生活の全分野にわたっての攻撃(弾圧)であり、

 身に覚えがないのに、行われる攻撃なので、不思議な事であり、かつ、防衛をする必要があって、ミステリーを、紐解き始める。すると、ついに、現代政治の根幹まで、判る事となって来た。つまり、日本は、被・植民地国家であり、核燃料を買うということ他で、多大な金銭がアメリカへ流れているという事。

 それを一般の庶民(=日本人)が知覚することを避けるために、三つの方向で、処置がとられている事。

 1960年代の、安保闘争時には、「傀儡政権を倒そう」と言うシュプレッヒコールが永田町に響いて、居り、・・・・・岸信介をはじめとする、日本の保守党政権は、アメリカの代弁者である・・・・・と、言う事は、国民一般の常識であった。

 しかし、今では、そんなことは、まったく通用をしない。それほどに、NHKをはじめとする大メディアの、洗脳教育が行き渡ってしまっており、それを担う、CIA側の、隠れ蓑としての、日本人は、絶大な、権力を握っている。その中で、アイデアを出す人間として、は、

*1)、警察庁の中の特殊部門の誰か? (私には、その固有名詞は、まだ、特定できていない)

*2)、公的には、自分を死んだことにしているが、実際には、いまだ生きている、井上ひさし、等が、考えられ、 そのアイデアに基づいて、人々の関係を調節し、ありと、あらゆる謀略を実行させるのが、伊藤玄二郎、酒井忠康、石塚雅彦、等であり、それらの、トップに位置するのが、成岡庸司であろうと、見ています。

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次に後注2、-Cから、副題、1,2,4を選び取り、ここに付記しましょう。

副題1、『有働さんと、桑子さんは、ベクトルが反対です』

  NHK【朝イチ】は、私は、そう丁寧に見ておりませんが、有働さんがネットの世界で、話題になっているのには、たびたび遭遇をします。脇汗が何とか、かんとか・・・・とか、その他。

 その結果、私が感じたのは、有働さんが、一線を突き抜けたところに達して居ると言う事です。有働さんは、ご自分を良く知っているのだと、思います。・・・・・・自分は、それほど、美形ではない。そして、もう若くもない。カワイ子ちゃん、路線には、もう入れない。しかし、・・・・X・〇・x・〇・x・〇・xと言うところが、自分の特徴である・・・・・

 この伏字にしたところには、書こうと思えば、大量の文字が入るのですが、それは、有働さんご自身が、書くべきであって、私が書くべきではない部分です。というのも私は、人間分析に置いて、抜群の、深みを持った文章を書くことができるのですが、しかし、敵として、攻撃をしてきていない有働さんを分析するつもりはありません。

 さて、桑子さんと、対比して、有働さんをごく簡単にまとめると、悪ぶっているが、善人で、賢い人だ・・・・・となるでしょう。

 さて、桑子さんですが、経験が少ないのか、ご自分を見つめることが少ないのか、有働さんとは、正反対の方向で、ご自分を特徴づけている様に見えます。ご自分を・・・・・美形であり、カワイ子ちゃんであり、若いのだ・・・・・・と、規定しておられるでしょう。

 でもね。どうも、それだけでもないと、見えますね。

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副題2、『そういえば、ブラタモリの中で、桑子さんに対する気になる発言を、タモリが、していたなあ?!?!?』

 ブラタモリを主人が見ています。私は、お添え物と言うか、ついでと言う形で、同じ番組を見ています。だから、録画はしておりません。したがって、何回目だったか、またテーマとしての場所ですが、どこを訪問をしたかが、正確に覚えているわけではないのですが、

 近江さんに、変更になった後だったと、覚えております。

 ふと、という感じで、タモリが、桑子さんについて触れたのです。私はひどく驚いて、それが強く印象に残っています。

 何かを語った後で、桑子さんみたいに出世する・・・・云々という感じだったかな?

 タモリと言う人は、私より、2歳~4歳ぐらい若いのだと、記憶していますが、非常に長いテレビ出演歴を誇っている人です。現代社会で、そういう生き方をできるのは、表向きの自分とは別の自分があって、そちらの方では、とても、慎重で羽目を外さない真面目人間だと、言う事でしょう。慎み深いところのある人の筈です。つまり、露悪ぶっているのは、芸能界で生きるための手法の一つであって、慎重で、シャイな人の筈です。だから、人生で、ずっと、サングラスを手放さない人なのです。ただし、私生活では、それなしで暮らしている筈です。

 そのタモリが言葉こそ、具体的ではなかったものの、一種の詠嘆として、桑子さんの、早すぎる出世に触れた時に、『うっ、タモリは、桑子さんの、本質を、知っていて、いささか、辟易をしていましたね』と、推察したのです。そういう前提条件があって、ニュースウォッチを見始めると、本当に、辟易するのでした。

 しかし、2017-6-9に、私が桑子さんへの、苦言をここで、提言し始めてから、NHKは、総力を挙げて、桑子さんを、かばっていますね。まず、カメラの工夫ですが、彼女、一人だけをアップにしない様にしています。また、桑子さんを、できるだけ、真正面からは、撮影をしないと、言う工夫をしています。つまり、私が辟易しているのは、彼女のトラの威を借りた、批判的言辞なので、それが、たとえ、発せられたとしても、遠くからのカメラで、撮影するという形で、マイナス点を、少量化し、防衛をしてあげようという事でしょう。視聴者に、嫌われる方向へ陥る事から、防衛をしようと言う事です。そして、髪形もおろしたり、纏めたり、一日おきにかえていましたね。大変な騒ぎが裏であったと、見做されます。

副題4、『結局、現在のNHKの、特に、ニュースウォッチ(夜九時から始まる)は、戦時中の、大政翼賛会並みの、洗脳方向の報道なので、桑子さんの軽さが、私には、特に、気になってしまうのだった』

 NHKのニュースは、嘘が一杯です。最近、北朝鮮のミサイルについては、私は、はっきりと、製造はアメリカであろうと、口外し始めています。ともかく、・・・・・北朝鮮が作ったわけでもないし、北朝鮮の主体的な意思で、打ち上げられているわけでもない・・・・・と、言い始めています。どうしてそういうかと言うと、あの国って、大衆車一つ、生産できていないでしょう。戦車は、パレードをしていますが、それだって、どこの国製か、判ったものではありません。

 やまゆり園事件でも、19人もの死者は、出ていません。しかし、【19の命】と言う嘘エッセイを、NHKはオンラインでは、載せていて、長らく流し続けましたね。ほかにもいっぱいの嘘が、後日譚を含めて、丁寧に検証すれば、出て来るでしょう。

 その内容に嘘を含んでいるニュースの、同じものを、12時も、7時も流すわけです。しかし、そちらの二つについては、『ああ、例のごとくの、NHKニュースですね』と、右から左へ流すことができる私なのに、9時のニュースウォッチ内で、桑子さん特有の、軽薄さ+傲慢さで、語られると、本当に、辟易します。日本の現状の、被・植民地国家としての、みじめさが際立って、私に見えてきますので。

後注1、

百分で名著、 ユーゴー篇から、鹿島茂教授の「ユーゴーは、憑依作家であった」と、言う言葉に感銘を受けた私   2018-02-17 22:49:45 | 政治 

後注2、ーA

疑問が一杯ある衛星画像(北朝鮮のミサイル発射場)を無批判に垂れ流し続けるNHK報道局に対して、疑問を持つ私   2017-06-10 22:43:14 | 政治

後注2、-B

 

鎌倉ー新橋間はSuicaを使うと長距離なのに1円引きで、有楽町ー新橋間は短距離なのに7円引き・・・・・と言う事は、この国が、非・法治国家だという事を証明している。  2017-06-13 11:40:27 | 政治

後注2、-C

有働さんと、桑子さんはベクトルが正反対です。那須雪崩検証委員会は、なぜ17-6-10に開かれたのか?△  2017-06-16 02:53:33 |  

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五百円で、現代日本最高の美を堪能できます。時間と労力を掛けないと味わえませんが、手法を伝授しましょう

2018-02-15 17:24:03 | 歌舞伎

副題0、『この章を書くにあたってのお断り』

 前報で、お約束をしている「続きを書く」を、やるつもりは、あります。頭の中にアイデアも浮かんでいます。しかし、ちょっと、脇にそれて、歌舞伎について、今月中に、一度書いたことをさらにブラッシュアップして、続編を書きたくなりました。そこに、実用的な情報を加味して、おせっかいながら、歌舞伎未体験者に、歌舞伎座へ足を運んでもらいたくなりました。その演目が終わる日の、期限が迫っていますので、・・・・・脇にそれている様ですが・・・・・・語らせてくださいませ。

 ところで、火曜日と水曜日連続して、銀座へ行ったのですが、出先、および帰宅途中で、寄った、JR久里浜駅でも、それから、帰宅後の木曜日でも、雪ノ下で、私一人に向けた弾圧行為が、頻発していますが、それに負けて脇にそれるわけではないのですよ、と、読者様ではなくて、例の鎌倉エージェントたちに言っておきましょう。

 なお、この件は、一回書いています。後注1に、その原文のリンク先を置きます。しかし、短いので、リンク先に飛んでいただかない形で、*****罫線以下に、私が書いた原文も置きます。と言うのも、その舞台(=舞踊・・・・・今回のタイトルは、特別なものなので、【春駒祝高麗】となっている)が表しているバックの物語≒【寿曽我対面】が、有るのですが、歌舞伎初心者の方向けには、その物語も、語らないと、いろいろご不明な段があるやもしれずと、思うからです。特に、もとの筋に関係がある副題3から、原文をコピペで置いておきます。

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副題1、『大晦日の深夜に、NHKは、【ねほりん。ぱほりん】の2017年度中のまとめを放映したが、そこで、私が、思わず、それって、本当ねと、共感をしたのは、難しいゲームをやっている最中に息抜きとして、易しいゲームをやるという話だった』

 【ねほりん、ぱほりん】の特集号は、大変面白かったです。これは、司会者、兼 聞き手である、YOUと、山里が、モグラに、変身をして、ゲストの方が、豚さんに変身する人形劇と言う形を取ります。だから、結構な本音が出てくるのですが、えぐくない、お上品さを保っているのです。もっとも、感動したのは、少年院に入って居た過去のある少年と少女が結婚をして、今では、お子さんもいるというお話でした。番組の収録の日に、終わった後で、初めて、原宿で子供たちと一緒に、流行をしているパフェを食べたそうです。その話は、涙が出そうでした。足を洗う事を許さないやくざから、逃れ逃れて、やっと平和が訪れたのですね。私も姿を見せない敵(=鎌倉エージェント、特にそのブルーカラーとしてのCIA要員)に、追われて、いじめられきっている身なので、「いつ平和が来るかしら?」と、思って、です。

 しかし、本日取り上げたいのは、ゲームオタク(特にインターネットゲームの、勝利者級の男性)のお話です。彼は、大変頭が良い人間だったらしいのですが、家が、金持ちではなかったので、高校時代とか、浪人時代に、予備校に通う事が出来なかったそうです。

 私の方は親ではなくて、お友達のお母さまが連れて行ってくれていたので、小学生時代から、全国模擬試験に挑戦して居て、たいていは、10番~20番の間か、その前後でした。が、ねほりん、ぱほりんの登場人物の話を、聞いていて、そういう経験がなかったからこそ、ゲームの世界で、日本一だとか、世界一になる事への、欲望が、育ってしまったと、言うのは判ります。で、彼は他人から中断をされたくないので、田んぼの中の一軒家を、かりているそうです。そして、連続してゲームをしていて、休息の時間もブログを書いたりしているそうです。この青年の語ることは、大変面白かったので、NHKが視聴者に、ゲームオタクの特徴を顕す川柳を募集したそうです。川柳はすべて面白かったのですが、私が一番笑ったのは、ゲームをやっている最中に、休憩を取るために、ずっと、したのレベルのゲームをやるという話でした。さもありなんといって笑っちゃいました。

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副題5、『私は、大雪を利用して、2月2日に、一幕みで、行っている。一方、有名劇評家は、ご招待だろうが、同じ日に行っている。私は、その日のうちに軽い文章(後注2)を書き、一週間後に後注1を書いた。その有名劇評家が、2月の劇評を何日にアップしたのかは、日付記入欄がないので、判らないのだけれど、私が、2月9日に、それは、いい演目ですよと、言っている舞踊を、そちら様も褒めていた。それ故に、今般、私は、それを皆さまに、推奨したくなったのだ。どうして推奨したいかを、さらに、言葉を尽くして説明をしたい』

 その有名劇評家が、賞を受賞するタイミングとか、NHK【にっぽんの芸能】に、登場するタイミングだとか、そこで語る内容を考えると、歌舞伎界における、林真理子や、瀬戸内寂聴の、役割を与えられていると、推察します。特にタイ私に対して、そういう役割を与えられていると、感じています。これは、思い過ごしではないです。2016年の2月3日には、NHKテレビには、歌舞伎座における節分の豆まきの様子は、出てこなかったのに、今年、2008年は、林真理子が、藤真理子と一緒に、歌舞伎座に来ているのが、ニュースとして出てきていましたから。

 つまり、井上ひさしとか、伊藤玄二郎が、「お前(=雨宮舜=本名、川崎千恵子)、素人のくせに、偉そうにしゃべるなよ。歌舞伎界には、歌舞伎界で、偉い人が、すでに、いるんだよ」と、言いたいのでしょう。ところで、わたくしは、その男性劇評家とは、一度も顔合わせをした事がないので、まったく気にしないで、言いたいことを言わせていただきます。

 で、その高名な、演劇評論家に戻ります。その人は、注文を受けて、各雑誌等に、投稿をする人だと、思います。したがって、字数制限のある原稿を書く人でしょう。

 2月用の、劇評は全部で、120行ありました。そのうち、16行が、その舞踊に充てられていたのです。それは、13.3%です。一方時間的に見ると、25分程度の長さだったので、その日の全演目の、6,6%に当たります。正比例させた場合と比較をすると、二倍も字数を費やしているとなります。これは、字数制限のある原稿を書く人にとっては、相当な事だったと、思います。

 なお、ここで、一つだけ、そのひとが間違っていると、思われる点は、その舞踊が、15分だと、書いておられることです。私は、あまりに美しいので、終わるのがもったいなくて、時計とにらめっこしていたので、それが、25分間は、続いたと、覚えているのです。で、無いと、有名な歌舞伎俳優歌舞伎(立ち役と言う種類の男性たち)、四人を使い、女形としては、花形と普段呼ばれる若手三人を使っていて、15分では、あまりにももったいないでしょう。25分が正しいと、思います。もし、その高名な劇評家の言う通り、15分だったら、全体の、3.3%の時間しか使っていない演目に、その高名な評論家は4倍の字数を使って、それをほめたという事になります。

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副題6、『その一つの演目に於いて、トップの役者は居るもので、上置きともいうらしい。この場合は梅玉であり、彼は、芸術院会員になったので、・・・・・梅丸を、サポートすることを遠慮しなくなった・・・・・という事があると、私は推察している』

 今、ここで、私はちょっとした勇み足をしてしまって、一瞬だけ、梅玉は、人間国宝だから、と書いていますが、芸術院会員でした。しかし、芸術院会員になると、数年後には、人間国宝に指定をされる模様です。ところで、美術界には、人間国宝はないみたいです。それで、芸術院会員になるのが、大きなゴールで、次に、文化功労者であり、文化勲章になります。芸術院会員は、美術界にも居られるので、それに成るのに、お金がかかるし、社交性が必要だと、言われていることを知っています。で、私が尊敬している人たちは、まだ、芸術院会員ではないです。または、成らないまま、亡くなっています。

 で、歌舞伎界における名簿を見ているうちに、は、ハーンと、判ってくることがありました。それは、玉三郎が、芸術院会員になって居ないという事です。と書くと、近々、成るかもしれませんが、芸術院会員になるための、努力と言うのを玉三郎は嫌ったのでしょう。それはですね。大小の、パーティや、出版記念会を催して、審査権を持っている人たちを、饗応をするという事を嫌がっているのだと、思います。でも、玉三郎が怠け者と言うわけではないので、人間国宝に、推薦されています。芸術院会員ではないのにです。

 梅丸が恵まれているなあと、思い当たったのは、ポートランドで、一人で、舞踊を行った事で気が付きました。 以下は、松竹のホーム頁、歌舞伎美人からの引用ですが、アメリカで、単独で、踊るというのは、非常に恵まれています。誰の紹介だったのか、裏話を書いてくれたらいいのになあと、思っていますが・・・・・

梅丸、ポートランド公演「Kabuki on Stage:Solo Performance」に向けて

梅丸、ポートランド公演「Kabuki on Stage:Solo Performance」に向けて

 7月29日(土)・30日(日)、米国 ポートランドで「Kabuki on Stage:Solo Performance」が開催されることが発表され、出演の中村梅丸が公演に向けての思いを語りました。

 で、梅丸を、トップの、梅玉が、推奨すると、その並びの女形も若い人となるわけです。一回目に書いた時は、今回は、総勢123人もの人が出るので、すべての役者は、特に若い人は、一回程度、出演するので、こうなったのでしょうと、簡単に書いて、終わりにしていました。それに、朝早い時間帯に、衣装を着けて、化粧をするのも大変なので、若手が、出演したのだろうと、考えてもいました。が、この梅丸を、大切にしたいという梅玉の意志が、この美しい三人組を作り出したと、言う事に成るのでしょう。普段は、カンパニーが違うので、共演をしない筈の、三人が組んだのです。若くて、きれいな、三人組。

 私は過去に芝居としての、【寿曽我対面】または、その省略形を二回見ています。その際に、女形のトップ、大磯の虎を務めたのは、中村扇雀の時は、扇雀が、55歳から57歳だったと記憶しています。市村万萬次郎の時は、67歳でした。女形は、60歳からと言われているので、それで、いいのですよ。特にその二人は、上手な役者さんですし。しかし、今般は、二回りと言うか、それ以上に若返ったので、どれほどに、若さがもたらす美が、むんむんしていた事かをご想像くださいませ。高麗屋三代襲名がもたらした、稀有のケースだったのです。または、稀有の贅沢と言っていいいのかな?

 米吉という言う女形も美形で、かわいいのです。二年ぐらい前に、当時の染五郎にえらばれて、ラスベガスで、公演をしています。しかも、この舞踊に出ている、又五郎とは、叔父、甥の関係なので、安心感もあるでしょうし。そして、梅枝です。彼の素顔は、梅丸や、米吉ほどの、美形ではないのですが、舞台上では、非常に美しいです。演技と化粧が上手だと、言われています。それは、掛け値なしに当たっています。だから、その三人が若くて、美しいうえに、衣装が派手です。大磯に、傾城(芸者)が、居たと仮定しても、実際には、この曽我モノの舞台上の衣装など、着ている筈がないのに、そこが、歌舞伎であって、三人は、吉原の最上級の花魁の姿をして、並ぶので、非常に美しく、従って、祝祭物の、趣があるのです。

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副題7、『まさかと思うが、おとなしくて、上品な、梅玉が、急に激しく動き出しているので、「裏で、癌宣告など受けて居ないでしょうね」と、思ってしまう。梅丸と、とても似ている境遇の、鶴松が、親代わりだった、十八世中村勘三郎を亡くして、今まで程に、いい役をもらっていないので、ふと、気がかりにもなるが・・・・・』

 先代猿之助は、実子の香川照之が、中車と言う名前で、歌舞伎界に入って来たので、事情が変わりましたが、居ないと、思っていた時期には、弟子を育てました。一つの信念と、理想をもって育てたのです。右団次、猿弥、笑三郎、笑也、尚、今では、新派に行ってしまった月之介や、春猿なども。

 坂東玉三郎には、実子が居ません。それで、今、弟子の、玉朗を、プッシュしていると、私は、感じています。数人いるで下の中で、玉朗をプッシュしていると、感じています。この人たちは、研修所出身の人達です。だから、梅丸や、鶴松の様に、子供のころから、役者の家に出入りする形ではありません。玉三郎は歌舞伎界の発展を、まっとうな方法で、願っていると、私は、見ています。松竹の幹部よりも一生懸命に考えているでしょう。

 松本幸四郎、一家には、子供もいるのですが、カンパニー充実のために、弟子を育てようとする意気込みは有って、相当に高齢な、弟子が居ます。吉右衛門ですが、本当は実子が居ない筈だったのです。しかし、お嬢さんが、菊之助と結婚をしたので、菊之助に主要な役を譲ろうとしていますよね。これは、どうなんだろうと、思っています。ちょっとした混乱を招いていると、推察しています。

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副題8、『邦楽を演奏する人間たちが、舞台上には、居なかったかもしれない。はっきりとは、記憶をしていないのだけれど、舞台は、背景が絵だけだったかな? 演奏家がのる屋台を準備して、また、それを片付けしるのが、早朝なので、人数がそろわず、はしょられた可能性がある。しかし、それもまた、この舞台を美しく見せるのに役立っていると、思われる』 

 前報(後注1)の中で、芝居のばあいだったら、後ろや、横にいるはずの、大名姿の立役や、奴姿の立役が、まったくいないので、それも、舞台を美していると、話しております。その上、饗ふと思い出したのSが、舞踊の場合に、普通は後ろに並んでいる演奏家たちが、居なかった模様です。赤い毛氈を敷いた、屋台と言う、モノが二重に、設定をされていて、そこに、花柄の裃を着た、太鼓や笛などの、邦楽の演奏家と、三味線を弾く人と、浄瑠璃を唄う人が、ずらっと並ぶのです。今般もプログラムには、24人の名前があるのですが、舞台上には見えない形だったのではないかなあ。それも、舞台をきれいに見せる方向に役立っていました。

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副題9、『9時40分までには、一幕みを、売る窓口の前に到着していることをお勧めします。演目開始まで、一時間以上前に行って置いた方が安心です。定員は、150人だと書いてあります。骨は、もし人rで行く場合は、読み物、ペットボトルなどを、あらかじめ用意してから行った方がいいです。立見席だと言っても椅子に座る事ができる席はに列で、90席あります。ただし、宙乗りが話題になっている月は、関の数が減ります。

 さらに言うと、二列ある席の、後ろ側の方が見やすいです。前の席は、手すりがじゃまになって、よくみえません。

 また、更に上級のコツを言うと、昼の部を、通して、4000円分買ってしまう事です。すると、だんだん席が空いて来て、必ず、座れる様になります。

 更に上級になると、昼の部の途中で、午後一時半ごろに抜け出して、夜の部を買う人の後列に並んで、夜の部も買ってしまう事です。そうなると、昼の部の、一部は、犠牲になるけれど、全部で8000円で、いくつかの演目は、すわってみることができます。 

 また、売り出し後、一演目ごとに、時間になると、窓口が閉まってしまうのですが、どうしても、見たかったら、松竹の人に、「前の演目を買いたいのですが」、と言ってごらんなさい。150にんいないだったら、4階で買えますと、教えてくれるはずです。そうしたら、そこに在る四階にだけ行かれるエレベーターを利用して四階に上がります。すると、目の前に、別の窓口があるので、そこで、申し込んでみてください。ただし、初めての方なら、二時間前、午前9時までに、切符売りアについて居ることをお勧めします。 なお、500円とは、時間が短いので、こう成っていると、言えます。また、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、2284760です。数校を終えたら、書いた日付と署名を入れます。

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後注1、

今の歌舞伎界で、最高の美形をそろえた舞踊を見て来ました。梅玉、芝翫、錦之助、梅枝、米吉、梅丸+又五郎 2018-02-09 19:59:06 | 歌舞伎

後注2、

お軽(菊之助)、平右衛門(海老蔵)、力也(新・染五郎)△・・・・・+坂上忍と、貴乃花親方  2018-02-02 23:49:38 | 歌舞伎

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 これは、後注1の中の副題3以降の、原文です。

副題3、『この美形ぞろいの組み合わせは、お祝いだから、実現した特殊な組み合わせであろう。誰の意志で、この組み合わせができたかと言うと、人間国宝・梅玉の意志ではなかったのだろうか?』

 その演目の筋は、こういう風になっています。曽我兄弟の父親は、工藤祐経スケツネに殺されたことになっています。一種のだまし討ちみたいな形だったのかな? で、仇討ちをしようとおもっております。工藤祐経スケツネが、大磯の館(=くるわ)に居るので、訪問をしてあわよくば、仇討ちをしようと思っています。曽我、兄弟の内、なまえとしては → へ、続く。

  ここから先、何千字も書いたのに、全部、消えております。それで、すっかり目が覚めました。がんばって、再度入力いたします。きっと、歌舞伎通の井上ひさしが、削ったのでしょう。そういう作業をするアイコンを入れてもらっているパソコンで、そういう手当てを、私の文章に対してやったのだと、思います。我が家から西40mの処に在る民泊施設、KAMAKURA COTTAGE内に中継用ルーターが置いてあるので、そういう事が可能になるのです。

 私が歌舞伎通に見えるのを、かれは、「許さない」という気分になっていると、思われます。嫉妬深い人間なのでしょう。さそり座ですしね。尚、井上ひさしは、公的には、自分を死んだことにしてますが、こういうところで、まだ、生きて居るのを、私が、知る事が出来るのです。しかし、そんな嫌なことをされたから、久しぶりに、戦闘モードへ入りました。しっかり、入力をし直します。上の方で、今夜中には書けないだろうとか、11時まで待ってくださいと言うお断りを入れたので、入力を消し去ったとしても、読者様の方は、怪訝に思わないだろうと、して、狙われたのでしょう。こすっからい事、この上ないです。

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副題4、『曽我兄弟役には、現在最も脂が乗り切っている、立ち役、芝翫と、錦之助が、当たって居た』

 舞踊のもととなった演目では、数の少ない五郎の方が弟とされています。彼は、乱暴な態度を取り、せっかちに行動をします。で、もし、チャンスがあれば、工藤祐経を殺してしまいたいと、思っています。しかし、この劇では、工藤祐経は、「ここでは、私は殺されるわけにはいかない。しかし、富士のすそ野で行われる頼朝主宰の、まき狩りの場では、お前たちに討たれることにしよう」と言って、まき狩りの行われる平野に入る事が可能になる、通行手形を、呉れるのです。

 これは、「勝ちましょう。勝ちましょう。お金や名誉が大切です。友情や、義理など、捨てっちまえ」と、されて居る現代では、『すこぶる変な考えだなあ。あり得ないよ』と、思われる設定でしょうが、士農工商に従うというルールなどが厳しく機能していた江戸時代には、庶民には、歓迎される筋だったのだと、思います。つまり、この劇には、お殿様側のノーブレスオブリッジが示されていて、それは、理想の形だからです。ところで、梅玉も、お殿様役者です。芝翫も、同じですが、芝翫の方は,新しい事に挑み続けていた、十八世勘三郎一座で、演じることが多かったので、梅玉よりも柔軟性と言うか、運動能力がある様に見えますので、この五郎役はぴったりです。

 ところで、芝翫は、梅玉とも、行動を共にする事が珍しいのですが、兄・十郎役の、錦之助と共演をする事も、普段は無いのですね。錦之助と又五郎は、いとこ同士ですが、又五郎と、歌六は、屋号を、萬屋から、播磨屋に戻して、吉右衛門と行動をしています。で、裏に何かがあるとは、思いますが、積極的で、思い切った演技のできる又五郎と、おとなしくて、控えめな感じの、錦之助は、【太刀盗人】などで、うまく共演をしています。ニン(役の上の人柄)が違うので、補完し合う間柄なのです。そして、錦之助にとって、普段は、行動を共には、しない梅枝は、甥だし、米吉の方は、いとこはんです。そして、米吉の方は、普段同じカンパニーで、活動をしています。歌舞伎俳優の中村錦之助は、叔父の映画俳優の、萬屋、錦之助と、比べると、より端正で、美男子です。そして、性格は叔父とは似て居ないと、思いますが、息子の隼人の方に、大衆の人気を得やすいという、その遺伝子が、伝わっています。

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副題6、『ところで、舞踊の事を歌舞伎界では、所作事と言い、それを演じる時には、舞台全体を、所作台という物で覆う。花道もそれで、覆う。それは、一種の共鳴箱であり、ヴァイオリンの胴と、同じ役目を果たす。立ち役が激しい見えを切るときに、足を踏み鳴らす。その足音が、はっきりと、劇場全体に広がるのに、所作台が、役に立つ。以前、私は、現芝翫の襲名につ居て一文を書いた。橋之助時代のある日だったが、甘いと書いた。それは、この所作台の、響きが、うつろであかつ自信無げに聞こえたからだった。

 ところで、現芝翫の襲名は、私が、その点を、隣の賢そうな女性に話したら、彼女が、「ええ、橋之助には、もう少し頑張ってもらわないといけないのですがね」と答えた・・・・・というエピソードをこのブログにアップして、ある。そして、その直後、・・・・・橋之助の、芝翫襲名話が起こった・・・・・とも書いている。本日これを書いている最中に、数千字分が、突然に消え去り、それが、消え去ったところに、何を書いていたかを、思い出すと、この芝翫襲名が、私の批判を覆す目的で、起きたことが明瞭になる・・・・・・と書いている処だった。その事実が、例の如く、井上ひさしの行動を、推察させることとなる。彼は、一種のひょうきん族であり、性格的に、むかっ腹を立てやすい性格なので、

 私が歌舞伎界に精通して行くのを阻止しようとして、「あいつが、今、考えて居ることを否定してやれ」と、成って、他の多くの事例と同じく、橋之助を大物に見せるために、襲名をさせたと、思ったのは、当たっている・・・・・と、本日になって、判断をした。

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副題7、『なお、肝心なことは、芝翫が、所作台の扱いを、踏み間違えず、マスターして居て、役者として、上手になって居た事だった。これは、襲名が、良い方に機能をしたのだと、思っている。

 なお、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、4476034です。推敲をして、加筆もしたら、署名を入れます。 

後注1、

お軽(菊之助)、平右衛門(海老蔵)、力也(新・染五郎)△・・・・・+坂上忍と、貴乃花親方  2018-02-02 23:49:38 | 歌舞伎

後注2、

芝翫襲名、ダッカ襲撃事件、やまゆり園事件と続く、あの頃、どれほど、かれらCIAは、頭に乗っていた事か?  2018-01-28 23:04:08 | 政治

 現芝翫は、十八世勘三郎と、組んだので、甘くなった・・・・・・と感じる私だが、  2018-01-30 10:31:25 | 歌舞伎

 

コメント

自衛隊ヘリ墜落・・・・・是も謀略でしょう。自衛隊員は相撲取りと同じく、鼠扱いですね

2018-02-13 22:43:11 | 歌舞伎

 以下の写真はNHKニュース18-2-6日の、夜7時のニュースから採ったものです。

 

副題1、『平昌五輪のおかげで、私は骨休めができている』

 ここ2,3日のNHKニュースはピョンチャン五輪の報道でいっぱいです。で、私は自分を攻撃する方向での謀略を報道される機会が少なくなっているので、ほっとしているところです。自分を攻撃する方向は、5つも6つもあるので、林真理子女史や、瀬戸内寂聴女史の様に、高収入ではなくて、のおかげで、人を雇うことができない私は何もかも自分でやらないといけないので、いろいろなことが、たまって居て、それを処理できるのでほっとしている処でした。

 ところで、攻撃は、主にNHKニュースを通じて、または、NHKが放映をする文化・教養番組を通じて、成されるのが、びくっとさせられるほど、想定外のことが多いのですね。

 むろんのこと、2017年12月20日の早朝に、総武線車内で、全財産を入れたキャリーバッグが盗まれたという事案も、ドキッとさせられたものだし、急に、町内会が開かれることとなって、最後の証拠隠滅が、達成されようとしている動義が提案されたのも、12月10日でした。しかし、それは、ドキッとさせられたのは、11月25日でした。その日にそれをお知らせがあったので、それは、ドキッとさせられましたね。しかし、それがあるからこそ、

 前報とか、前々報の、ごとき、・・・・・いまだ生きて居て、地下潜行をしちる井上ひさし達(=鎌倉エージェント=CIA)が、眞子さまに、在日の出自を持つ、坊やを押し付けようとしている・・・・・・話(後注1)さえ、書くことになるわけです。

 その話ですが、皆様は、私が小室圭君をいじめていると誤解をなさっておられませんか? 彼を、いじめるつもりはありません。私が書いていることは、伊藤玄二郎、井上ひさし、石塚雅彦、などの悪を追及しているだけなのです。無論のこと、この三人だけで、すべてが完成するわけではないので、小室君を、三菱銀行(最初期の就職先だった)へ、入港できる様に手配した、人材もあれば、小保方晴子さんの、父君と親しくて、小保方さんを、中学生ごろから、注目していて成岡庸司君などの、鎌倉エージェントに紹介した、人材なども、全部わかって居ます。ただし、テレビに出るほどの有名人ではないので、詳しい事を書きません。そこまで書けば、敵さんは、「うーん。まいった」という筈ですが、物事には、すべて、マイナスとプラスがあるので、勝てば勝ったで、相手が強く出るでしょう。すると、私が更に、忙しいという状況に陥らさせられます。で、ほどほどに、緩やかに対応をして置くこととしているのです。

 で、彼等は、『あいつ逃げたぞ』と、思って喜んで居るらしいのです。それで、石春産業と言うのに、実際の証拠隠滅工事を始めさせています。今、彼等は、資材を持ち込んでいるところです。仮囲いなどを始めたら、始めたで、いろいろ、書きようはあります。

 で、ね、ゆったりと、処理していると、かれら、トカゲの脳味噌連中は、『『逃げているぞ。ここが、せめ時だ』と、思うらしくて、使える人材を駆使します。

 まず、柳沢昇が動きました。は、ハーンとおもっております。花を折ったり、植木鉢をひっくり返したりした可能性があります。非常に低能なレベルで、攻撃をしてきます。その次に、安野智紗夫人が動きます。私が出かける時を狙って、対抗方向から、歩いて来て、如何にも勝ち誇った様な顔をします。「あんた負けたでしょう!」と、言いたいらしいのです。でね。安野智紗夫人より、上位に居る伊藤玄二郎よりも、社会階層上は、上位に居る、時田史郎・福音館社長とか、飯田隆元週刊朝日編集長について書くこととなります。

 伊藤玄二郎は、CIAエージェントとしては、上位に居ますので、謀略をつ売るという意味では、実力があり、特権もありますが、一般人が見る表の社会の人間としては、飯田隆君とか、時田史郎君の方が上です。安野智紗夫人や、柳沢昇と比べると、表向きの社会階層的には、四段階ぐらい、飯田君の方が、上でありましょう。ここらあたりの機微については、川名昭宣君が電話の中で、うそぶいたセリフが、重要ですが、本日は、それは、使いません。

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副題2、『私が悠揚迫らず、落ち着いているのは、風向きが変わってきていて、三連続で、店の采配を感じ取っているからだ。彼らは負け続けている。私が何か、策略を施しているわけではない。彼らの上に天の鉄槌が下っているのが見えるのだ。しかし、どの時効がそれにあたるかは、っきゃっか言わないで置きたい。ずっと前に起きたことは谷垣禎一さんが、趣味の自転車の事故で、亡くなったことが当たると、思う。これは、例のアジサイ畑欺罔事件の証拠隠滅を図ろうとする、特番に、前田祝一氏と、小野寺夫人がご近所様として、我が家の盗まれた、そして、30年間、使えなくされた土地の上で、偉そうに、モノを言っていることに対する、天からのお叱りだったと、思っている。も、にた様な、見印が起きているが、それが、何を指すのかは、語らないで起きたい。と言うのも彼らは、谷垣さんの死を隠蔽して、お葬式さえ出してあげない程であり、……妹を殺してきたほどなので、今般、私が感じている神様の、見印については、語らないで、置かせていただきたい。トカゲの脳味噌の持ち主である、安野夫人が買った、勝ったと、思うのなら思わせておけばいいから。

 ところで、前田清子夫人と言うのは、安野夫人よりは頭がいいのだろう。だから、最近は、わざと対抗方向から歩いて来るという処遇は取らないでいる。しかし、勝った勝ったとは言いたいらしくて、特に、後注2に置いたブログをアップした次の日には、例の伝統を用いて脅かしてくる作業を麗々しく行ってきました。彼女宅に新しく、攻撃用に設置された、光の量の多い玄関灯を用いて、脅かしてきました。

 私の方では、無論の事、彼女の心の中は判ります。それでね。次の日に、前報(または、その中で、推敲をする際ちゅうに、)を、誤解を受けているみたいですが、・・・・・という文章を入れたと、記憶しています。

 というのは、私は後注2に置いた文章の中で、三人の人が敵方に寝返っているという事を言っているわけですが、瓜南直子さんだけは、直接には、あったことがないのです。彼女には、フェイスブック紙上で、ご自分の投稿を利用して、大量の嫌がらせと、いじめを受け続けたのですが、私の方で、感情移入がない人なので、『まあ、いいでしょう。いずれ、これが、どういう意味を持っているかは、文章で書き表しますから、待って居なさい』と、思うだけで別に、それほどには苦痛ではないのです。

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副題3、『前田清子さんが、誤解をして来たので、ぶっちゃけて語ろう。水沢勉氏と、どんな交流をしていたかを。それが、切れたのは、相当に痛かったのだが、主にメルマガを配信して、そこに感想をいただくという形だったので、敵さん方には、ハッキングで知れ渡って居た事だから、隠しても仕方がないし、却って、変な想像をされても困るからだ・・・・・・ところで、それを語るのには、ギャルリーユマニテが、大切になって来る』

 それは、2005年の一月だったと、思います。ブログはまだやって居ない時期でした。2冊目の本を作ったばかりで、配って歩いていました。工業生産的な本として、600部作ったと、思います。で、両手に本を数冊ずつ入れた重い紙袋を持っていたので、両手を自由に動かせないまま、鍛冶橋交差点傍で、中央分離帯に躓いたのです。そして、頭から道路に突っ込んで、メガネが顔に刺さったのでした。

 このころ、不況で京橋辺りは真っ暗だったのです。で、中央分離帯が見えなかったのですよ。でもね。何故、そこを横切ろうとしたかと言うと、ギャルリーユマニテに行こうとしていたのです。これは、2005年の話ですが、その10年後くらいから、ものすごいいじめをギャルリーユマニテから受けるわけです。トイレには、目の前で鍵を掛けられるし、引っ越しの予定も、一か月後と言う時点でも教えてもらえていないという大恥をかかされるわけですね。

 だけど、神様との関係でいうと、ここが肝要なポイントなのです。そんなひどいいじめを受ける筋合いは、二人の間だけを考えると、何も、ないのです。例の鎌倉エージェントたちが裏で動いているわけです。私がそこで、展示をされる作品を尊重して居て、そこで、展示をする作家を敬愛をしているからこそ、ユマニテが、私をいじめれば、うつ病にしていくのに、効果が上がると考えた例の連中が、ユマニテを動かしていたわけです。私はそこの女性スタッフ二人に、ずっと、ぞんざいで失礼な処遇を受け続けてきていました。だけど、『金成悠子さんも佃さんも、女だからああなのよ。女子と小人は養い難しと、母も教えてくれていたし。でも、オーナーの十束さんが、立派な紳士だから』と考えて、我慢をし続けてきたのですが、引っ越しの件を質問をした際に、彼が、女性たちを操作していたのだと、判ってしまったのでした。驚きました。20年強もそれに気が付かなかったのです。その時の、天空の城ラピュタの、下の方がガラガラと崩れるという感覚は、忘れられませんね。

 私はリアルな世界では喧嘩をしない主義だから、「十束さん、それはひどいじゃあないですか」とはいいません。【籠釣瓶】という有名な、歌舞伎演目の中に、「そりゃあ、無かろうぜ、花魁」と言うセリフがあるのですが、・・・・・そして、それは、近々歌舞伎座でも、雀右衛門の花魁で、上演される予定ですが・・・・・そちらでは、衆人の中で花魁から、縁を切られるという大恥を搔かされた主人公は、後日さりげない形でやって来て、再び花魁を座敷に呼ぶのですが、内心では怒りに満ちているので、妖刀・籠釣瓶を使って、花魁を切ってしまうのです。殺すという復讐を果たすのです。

  私の方はですね。復讐行動には出ませんよ。ただ、ただ、身を引くのです。ものすごいレベルで、心理学的トレーニングを積んでいるので、どんなに深い怒りをも処理することができるのです。それは、あに、ユマニテさんに対してだけではないですよ。しかし、バカげたことに、後日、小細工をしてくるのです。そうなると傷を抉るみたいに思い出すわけですね。『何をやっているのだろう。いつも書いているでしょう。「空の鳥を見よ。野の花を見よ。彼らは、紡がず、耕さず」と。小細工は止めなさい』と、思うわけですが、それをまた、いちいち、言いに行くわけでもないです。だから、ユマニテさんは、引き続きやる。内を目的としてやるかと言うと、「もう一度見に来なさいよ」という形で、小細工があるわけです。だけど、どんどん怒りはたまるから、文章を書くという事になります。私が本当はどういう人間なのかを、まったく知らないという事でしょう。このブログを読んでいないという事でしょうね。

 私は、その「もう一度、来なさいよ」も嫌なのです。それは、ユマニテさんが独自に考えた事ではなくて、例の鎌倉エージェントが考えた事でしょう? 「彼女は、毎週顔を出す画廊の悪口は、書かないみたいだ。だけど、顔を出さなくなると書き始める。だから、内心はともあれ、顔を出す様に仕向けた方がいい」と、言われていると、推察しています。そんなこともすべてわかるから、本当にげんなりします。で、前は、地下二階であり、その前は、地上二階(または、三階)だったかな? その前は、地上四階でした。もし、今でも、そういう所在形式なら、何も気が付かないと、思います。が、道路に面して居る一階なのですよね。だから、気が付く。

 この2月6日の事です。トイレのドアを開けて、見たことのないスタッフさんが掃除をしていたのですが、そのやり方が長時間なのです。その日は、読むつもりなら、後注2を、読むことのできる日でした。この節の、副題4の、二重ガッコ内に、『前田清子さんが勝った勝ったと、思ったらしい』と書いていますね。で、ユマニテさんは、水沢先生と親しいです。宮崎進と言う大作家を通じて、非常に親しいです。だから、自分と親しいだ、かつ優秀な美術評論家(現在は葉山の美術館の館長でもある)が、彼女を嫌っているのだ。嬉しい。じゃあ、トイレを、強調して嫌がらせをしてやろうと、彼等が考えたのだろうか?・・・・・と、まず思いました。

 しかし、それって、単純すぎるし、そういう事が起きても、私は屁でもないです。で、別の考察に達しました。『もしかすると、「トイレを使わせない様にしなさい」と言うのは水沢先生が連絡係を担ったのですか?』と、言う風に思い到ったのです。『いやあ、そうだとしたら、一帯誰が、立派な人となるのだろう?』と、頭がこんがらがってしまいますが、私が水沢先生と別れさせられたと、書いたとたんにあれほど、長時間見せつける様にトイレ掃除をするのは、例の一種の小細工だから、意味があるでしょうね。

 なお、ここで、慌てて説明をして置きますが、宮崎進と言う作家は、シベリア抑留を経験しています。戦後のエージェントとして最大の存在である瀬島龍三も、シベリア抑留を経験しています。だから、二人は友達でしょう。そして、私は、横須賀市の京急北久里浜の東側の丘の上に在る、ルネ北久里浜の建っている土地が、元、横須賀市の水道山を、瀬島龍三と、益山重夫と言う戦時中は軍の参謀を果たしていた頭の良い人間が、只で、手に入れた土地であることを知っています。彼らのやり口をすべて、理解しています。それで、彼等は、私を殺したいと、思っています。宮崎進と言う作家は、その高名さを利用して、 私を漸次的手段で、殺すことに加担をしている作家です。そういう説明を咥えないと、ここらあたりが、誰にも理解ができないという事となるでしょう。瀬島龍三は、すでに死んでいる筈ですがCIAエージェントなので、引き継いでいる人間がいます。それが、伊藤玄二郎達、私が普段は、鎌倉エージェント(CIA)と、読んでいる連中です。

 ここで、まったくの途中ですが、午前五時になりそうなので、寝ますね。続きは、15日に書くでしょう。

 

副題4、『すでに二週間がたっているが、古いニュースを点検中に、やはり、これも謀略だったと、判ってきた。気の毒な自衛隊員は何人も、,何の罪もないのに殺されている』

後注1、二本あります。

美輪明宏さんの、信仰の秘密を何故曝したかを語りつつ、鎌倉Agent(=CIA)が眞子様と圭君をどう利用したかを語りたい   2018-02-12 15:04:33 | 政治だ

 

小室圭君とは、後藤健、片山祐、小保方晴らと、同じtypeの育成された攻撃用弾丸であろう 裏に美輪明宏とCIAが居たかな?  2018-02-10 05:03:29 | 政治


 後注2、

日曜美術館で蓬春特集を組んだ。で、親から貰った蓬春の掛け軸を探したが、見つからなかったので、私は六時間程パニックに陥った。だが?△  2018-02-04 18:39:24 | 政治

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美輪明宏さんの、信仰の秘密を何故曝したかを語りつつ、鎌倉Agent(=CIA)が眞子様と圭君をどう利用したかを語りたい

2018-02-12 15:04:33 | 政治

副題1、『私が本当に語りたいことは何なのか?』

これは、完璧に前報(後注1)の続きです。

いや、私は、差別論者だから、こういうこと(以下に展開する事)を言っているのではないのですよ。鎌倉エージェントから莫大な、攻撃を受けて居て、その事に対する深い怒りを持っています。だからこそ、こういう文章を書くのですが、ここ、2,3日、特にこのボックス内入力に、攻撃を受けているので、書くのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『美輪明宏さんが、20年前は、他人にすがっていたことを、私が、明らかにしたのは、何故なのか?』

前報内で、小室圭君は、眞子さまのお相手として、相当、前から選ばれて、教育をされて来た少年(→青年)であろと、私は言っていて、そのきっかけとなったのは、美輪明宏さんと、鎌倉エージェントの間の会話から、出て来た情報ではないかと、推察しています。美輪明宏さんと、小室圭君の母君は、同じ教団に、所属して居て、同じ、

信仰を持っているのです。

ところで、ここですが、その事を私が直接に知ったこのグリーン車内でのエピソードを書く事には、いささかの躊躇があります。いや、ありました。それは、美輪さんの内心に迫る秘密をばらすことになるからです。美輪さんは、今、一般庶民に対するメンターの地位を占めていると、思えます。非常に易しい文体ですが、もっと「美しく行きましょうね」と、勧めています。美輪さんにとっては、若い女性が、売春まがいの、アルバイトをすることなど、やめさせたいと、思っておられると、私は思うし、お子さんがないからこそ、純粋に、若者に対する支援、サポートの気持ちも強いでしょう。でも、その美輪さんが、他の人(鎌倉のイキガミ様)の指導を仰いでいたというのは、私だって、言いたくない事です。迷惑をかけるかな?と、言う意味合いがあるのです。しかし、それを乗り越えるべき措置として、すでに、美輪さんに対しては、莫大な支援が、NHKから下っています。というのもこのエピソードは既に何回も取り上げて書いていますので。紅白歌合戦でも、美輪さんだけ、他の歌手とは違って、同じ舞台ではないでしょう。別のスタジオで、撮影された映像が、使われましたね。それは、待ち時間がない形であろうし、喧騒の中で、準備をする必要もないであろうから、優遇中の優遇と言えます。

 また、[よいとまけの歌]の特番も、組まれています。

NHKに優遇されることは、書物が売れるし、個人的な、音楽会を開いてもお客がたくさん入るので、・・・・・それは、もしかしたら、私が、このエピソードを、さらっとですが、過去にも書いているからかもしれないので、ここでこのエピソードを再び使う事を、決意をして、実行をしているわけです。

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副題3、『私が推察しているのには、小室圭君のおじいさんと言うのは、日吉の花村組に勤務していた可能性があるという事なのだ』

 特に本日は、激しい攻撃を受けておりをます。グーブログのボックス内には、その表示がない、上書き保存に、変更されていて、推敲にひどく時間がかかります。そういう攻撃をされているときは、私が、大きな真実に触れている時です。その上、その真実とは、皇室の屋台骨を脅かすほどのものです。

 上の方で、小室圭君の、おじいさんが、製缶工場に勤めていたというエピソードをネットで知って、そこから、在日のグループの大支援が小室圭君の後ろに在るのではないかと、思い始めたと、語っています。

 日吉には、製缶工場はないです。しいて言えば、花村組が、一斗缶を回収して、それを、どこかへ、売っていた可能性があります。日本鋼管って、神奈川県内に在ったと、思うのですよ。そこに高炉があったかどうかは、知らないけれど、ともかく、花村組は、廃品回収業と、汚物処理で、大金を儲けた会社です。そして、社長が在日の出自を持つ人であることは、有名な話でした。

 まあね。恋愛で、ご結婚をなさるのは素敵な事です。しかも私は個人的にそれに反対したいとも思っておりません。歴史をたどると、日本には南から渡来した(?)、縄文人と、北から朝鮮半島を経由してトライした、弥生人があるわけです。で、弥生人は、鉄器を持っていたので、縄文人に勝利して行って、彼等を辺境に追いやり、中心部を支配しました。だから、天皇家も、弥生人の一人だと考えられ、したがって、千数百年前に渡来したか、最近、100年内に渡来したかの違いがあるだけです。

しかし、祖父の代で、工場勤務となると、それは、大学卒ではないと考えられるし、それだけで、上流階級の人は、『あれ、』っと、思って眉を顰めるのではないかしら?

 美智子さまは江戸時代から、続く、いわゆる、お金持ちの典型である造り酒屋(・・・・ただし実際の商品は、お醤油だったが)のご出身でしたが、それでも、内部では、大反対に出会っていらしたと、聞いています。この間、柳原白蓮に関する、wikipediaを、見て居たら、白蓮は、美智子さま入内に、反対するグループの、一員だったそうですよ。

小室圭君のおじいさんが、製缶工場勤務あって、しかも、製缶工場などと言うそんな会社は日吉にはなかったと、なると、おじいさんが、実際には、花村組に勤めているのに、子供だった頃の、圭君ママに、「私はね、日吉の缶工場に勤めているんだ」よと、ちょっと、格好をつけて語った可能性が推察されるのです。そのご、お母さんは、それを信じて、知り合いに、そう言い、知り合いから外へ漏れてネットへ乗ったと、成ります。

おじいさんが花村組の従業員であったと仮定すると在日の出自が考えられるのです。つまり、小室圭君の、曽祖父の代で、日本へ渡って来た家族だと、成ります。

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副題4、『宮内庁は、何故、事前調査をしなかったのか? 私の友人が、駐日アメリカ大使の通訳者に選ばれたことがあるが、彼女は、「自分のバックグラウンドに関する事前調査が、すさまじかった」と語っている。彼女は日本橋の名門のお嬢様で、大学は外国語大学の出身だ。それでも、事前調査がすさまじかったそうだ。何故、小室君に関する事前調査が行われず、秋篠宮ご夫妻が、週刊誌の記事に驚かされる様な事態が起きたのか?・・・・・に関する私の答えはこうだ』

いや、今般延期と言うニュースを受けて、「日本国内では、宮内庁は何をしていたんだ。どうして、発表前に調査をしなかったのだ?」という意見が庶民の間から出ているみたいですが、「調査など、するな」と言う指令が、どこからか、出ていたと、思いますよ。だから、ぼろぼろと、いろいろな、瑕疵が、後から出てきたのです。→

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副題5、『この眞子さまご婚約の記者発表は、初期の記者会見の段階でも、この延期と言う宮内庁発表の段階でも、両方とも、鎌倉エージェントの影が色濃い。特に最近、ご近所様のなかで、最も悪女だと、私が規定をしている安野智紗夫人が、何度も、私の目の前をうろうろして、しかも、威張り返った様子を見せているから、更にはっきりと、判ってくるのだ。彼ら、傲慢夫人たちは、相撲取りを、ネズミか猫の如く、あしらって日馬富士の収入減を奪ったうえで、まだ足りなくて、皇室さえも、自分たちの道具として、扱って、自分たちが、この35年刊に行った数々の悪を消し去ろうとしている』

 → というのも、私は、ICU 同期生の中の、古村浩三君と言う男性から、種々の攻撃を受けております。百個ぐらいの事例はあるのですが、その一つとして、

 前報の、最終節【蛇足】として置いた、銀座有楽町駅そばにある、グループ向け個室・居酒屋【吉乃翔】で、開かれた、2009年1月17日の、クラス会を上げましょう。そのクラス会とは、普通の場合は、金曜日の夜、新宿で開かれる形をとっています。

 しかし、どうしても、私に出席をさせる必要があったらしくて、月曜日に、必ず、銀座の画廊巡りをする、私に合わせて、金曜日ではなくて、月曜日に、銀座で開かれています。どうして私を、出席をさせる必要があったかと言うと、私が、五冊目の、本【黄色いさくらんぼ】を、出版した直後だったからです。

 この五冊目とか、出版事業そのものを潰してやろうとして、榊原節子さんが、使役をされたのでした。その日の詳細なエピソードについては、本日は書かず、また、別の日に書きましょう。ただし、ここで、そのエピソードを使うのは、榊原節子さんが、皇后美智子さまの従姉妹であって、かつ、眞子さまや、佳子様などの、皇室の若いお姫様方からは、メンターとして、慕われているレディだと、思うので、書くのです。 

 しかも、あのご婚約発表のタイミングは、古村浩三君の、片山祐輔君に、罪を擦り付けたなりすまし疑惑とか、スタップ細胞疑惑に、三輪喜久代が、関与している話とか、三輪喜久代と、私と、「ヒロオ君」と言う男の子、三人は、1985年には、卒業論文用の、化学実験を、それぞれ、別のテーマで、同じ実験室内で行っていて、12畳程度の部屋で、長時間一緒に過ごしているとか、

 そのヒロオ君は、私の息子がしょく(=収入源)を奪われるという最高・レベルの、いじめに出会っている時に、いじめの方向で、鎌倉エージェントに協力をしているとか?

 日動画廊笠間美術館館長の、長谷川智恵子女史が、茨城県・教育委員会・委員として、県知事に、「障害児は、妊娠中の遺伝子検査で、判るので、その時点で、中絶をさせましょう」と提案をした一件も関係があります。その発言を長谷川智恵子女史に、させた裏に、塩見和子さんが居るはずだとか、書いているわけです。塩見さんは、私と同期卒業生の筈です。ただし、帰国子女なので、私などのように、英語圏で、長期間暮らしたことのない人間とは別コースを歩んでいるので、お茶を一緒にしたことなどは、無い人ですが、姿は、何度もキャンパス内で、見ています。若いころはボーイッシュなおしゃれをする人で、ひときわ目立っていたからです。塩見さんが、取り持ったであろう、長谷川智恵子女史の発言も、栗田玲子さんがサポートしている筈です。

 それらについて、分析をしてそれをブログで書いて行くことは、伊藤玄二郎達、鎌倉エージェントを困らせるわけです。と言うのも、それらの行動は、すべて、鎌倉雪ノ下に住んで居る、超・幼稚な、主婦連中、安野智紗、前田清子、故・石川和子、小野寺夫人(時々は白井姓を使うみたいだが)、などが、過去に30年以上にわたってやって来た、私に対するいじめと迷惑行為の、総元締めとして、機能している人間が、伊藤玄二郎だからです。で、彼を、を困らせるわけです。どうしてかと言うと、かれは、石川和子さんの元愛人であるからです。伊藤玄二郎は、瀬島龍三辺りに命令を受けていて、自分の愛人である、石川和子さんを使って、様々なリアルな形での、攻撃を既に、何波にわたって、行って来ています。で、かれは、雪ノ下の私のご近所様だけではなくて、銀座でも、攻撃をしようとしていて、栗田玲子さんを使っています。彼女と、密接な関係を持っていて、しかもそれを、私に目撃をされています。

 長谷川智恵子さんをあのような行動に走らせた裏には、栗田玲子さんが、関与している筈で、それも書いているので、伊藤玄二郎としては、本当に困るわけです。栗田玲子さんが伊藤玄二郎と個人的に会っていて、しかも、私を攻撃する目的で、懇談を重ねていることは、たまたま、二人と、夜の10時半に、かまくらえき構内のトイレで出会ったので、すでに、知っていますし。

 でね、困ったときは神頼みで、伊藤玄二郎は、未だ実際には、生きて居て、しかも、二人羽織として、機能している井上ひさしにお願いをするわけです。「何か、いい方法は無い哉。この苦境を突破する道は?」と。

すると、井上ひさしが、こう答えるはずです。

「そろそろ、眞子さまの、一件を外へ出せば? 彼女(=雨宮舜=本名・川崎千恵子)は、その情報を知らなかったことで、自分が、いかに遠くまで、ICUの中枢からは、外れてしまったかを知るだろうよ。それは、悲しむべきことだから、へこむはずだ。で、ブログを書けなくなるはずだ」と。彼は、小室君を眞子さまに、引っ付ける策謀には、最初から、関わっていたので、宮内庁のSPを装っている警察庁特殊部隊の人間から、詳細に、二人のデートの様子を聞いて深度を把握して居た筈です。

 で、まだ、婚約発表の段階ではなかったのに、婚約へもって行って、外部へ発表をさせたのです。だから、眞子さまと、小室君が今般共同で発表をしたコメントは、正しいのです。準備が整っていない段階で、発表をしてしまいました。「私たちは、未熟でした」と言うのは、本当に正しいのです。無理に外部から、発表を迫られたのでした。

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題6、『宮内庁が、結婚の緒準備の、延期の発表をした時に、テレビ局が小室圭君を追った。ひどい精神だと思うが、私は、その時の小室君の、急に年取ってしまった顔から、将来の彼が、いい人生を歩むことを、信じた。それを含めて、お二人が、今、どういう風に感じておられるかを、推察の上で語りたい。また、将来、このお二人が、どういう風に、進んで行くかについても、予測として、ここで、少し触れておきたい』

 ネットで、二人が男女の仲として、どこまで、進展しているかという論議が出ていたので、ここで敢えてそれを、語りますが、眞子さまは、処女だと、思いますよ。決定的にそうでしょう。私でさえ、披露宴前には、何もなかったのです。秋篠宮さまと、紀子様の場合は、紀子様が弱い立場でした。だから、膝を屈するという事も必要だったと思うし、同じ学習院内で、おつきあいをなさっているので、自由度が高いのです。学習院および、一般の大学は、講義が、びっしり詰まっているという形ではないと、思うからです。

 ICUって、自由度が高い様に見えて、実態としては、意外にも、低いですよ。すごく授業時間が長いので、自由がないのです。女子寮に居る人だって、卒業後に、何か始まるにしても、在学中に、セックスに耽溺して居る人なんていなかったです。「この間の日曜日に、婚約式をしました」と、言う女性などは、やっていたかもしれないし、蒋経国の愛人だと、言われる・・・・・(ただし、それは、スパイ役の彼女から書庫を滅茶苦茶にされるという被害を受けた教授の方から聞いた話で、ご本人は、名前も違うし、学友には、何も語らなかった。が、同室者には、子供が恋しいと、言って居たそうだ)女性が居て、その女性が、経産婦だという事は、お風呂で、私にも、わかりました。けれど、それ以外の人が、セックスをしているなどとは、あり得なかったです。

 特に眞子さまは、通学生だから、帰宅まで、2時間はかかるから、四時ごろ講義が終わったら、すぐ帰らないとなりませんし、通学生は、みんな同じ時間帯に、キャンパスを離れます。キスをする時間とか、ベッドインをする時間など、学生時代には、ありえないです。特別な人は、それをするでしょうが、四年の学部生の段階で、そういう間柄になった人は、必ず、別離しています。「おっちょこちょいだった」というに、すぎないのです。それは、他の大学の学生と変わらないでしょう。

 それに眞子さまは、家柄とか、身分と言う意味では、最高級なのだから、自分の方から下手に出て、相手を誘惑する必要などありませんから。もし、これが、事実上の破談だったら、眞子さまは、仕事先等の、年上の方から、紹介をされたまじめで、かつ、地味目な方と、普通の形で、お付き合いをして、そこから、結婚という方向へ、お進みに成ればいいのです。

 さて、一方の小室君ですが、男性の場合、童貞であるとかないとか、他の女性と経験があるかどうかなどは、問われないのです。そういう意味では、まだ、社会、全般に、男女差別がある事を感じます。だけど、何度も言っている様に、ごく小さい時から、皇室へ送り込む弾丸として、選び取られ、洗脳されてきたわけですから、他の女の子と関係があったとも、考えられません。

 それよりも、小室圭君の精神的な部分を、考えたいと思います。

 宮内庁が、記者会見をして、緒準備の延期を発表した夕方、マスメディア(テレビカメラ)が小室圭君の、退社姿を、追いかけました。これは、非常に嫌な姿勢です。が、やはり、その映像から、判るものもあるのです。小室圭君は何も語らず、ただ、一礼をしただけだったと、あります。しかし、顔が重要でした。「この人があの時のあの青年ですか?」と、見間違えるほど、彼は、急に老けて見えました。

 しかし、以前の映像で見えた、子供っぽさが失われていて、大人になったとも、言えました。私は、人間には可塑性があると、考える人間なので、・・・・・小室君だって、これを、教訓にして、自分を成長させることができる・・・・・・と、思いました。この老成した顔で、眞子さまと改めて、お付き合いをしたら、それは、それで、まったく違った展開があり、二人だけで、しっかりした夫婦関係を築けるのではないかと、思いました。で、そのためには眞子さまの考えが重要になって来るので、前報で、それに対する榊原節子さんの役割について触れています。【蛇足】という部分です。

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副題7、『冬の季節に、ウールのロング・コートを着るか、化繊のハーフコートを着るかは、結構大きな問題なのだ。そして、小室君が化繊、の、ハーフコートで、現れたので、宮内庁は、あの発表をする事を小室君に、前日からは、知らせて居なかったと、思われ、お気の毒にと、思った。いや、かわいそうにと、言う方が正しいかな。

 宮内庁は、「明日、こうこう、こういう記者会見をします」という連絡を、少室圭君に対して行うべきだったと、私は思う。小室圭君を粗末に扱う事は、眞子さまを粗末に扱う事と、今のところはなると、私は考えるし。

そうしたら、たとえ、負けた人、または、はしごを外された人として、恥多い姿をさらさなければならないとしても、丸の内に、勤務している人間として、かつ、テレビカメラの前で、一度でも記者会見を行った人間としての、矜持を示すことのできる服装で現れたと、思うのに』

 私は1998年の秋、三か月をパリで、過ごしたわけです。その頃、すでにパリでは、不況下にあり、「大変なのよ」と、日本人のマダムが教えてくれました。そのマダムは島田先生のおともだちで、なるほどと納得をするタイプのインテリでした。

 一番、近所に在るパン屋のお嬢さんが意地悪でした。私は、最終段階では、毎日、3000円から、5000円程度のホールケーキを買って工房へもって行ったのですが、その箱が値段によって違うのに、店員が、それ相応の箱を選ぼうとすると、お嬢さんが、店員に、「一番安いのでいいのよ」と、耳打ちをするのです。しかし、或る時、店内で、隣の紳士と、一緒になって、「この前お借りしたのこぎり、ありがとうございました』とか、英語で、話し始めたら、突然にお嬢さんの表情が変わり、うっとりした表情で、紳士を見つめるのでした。それ以前から、パリって、思いがけないほど古くて、階級制度が残っているのだという事に気がついて居たのですが、

 それを外見で示すのが、ウールのロングコートなのでした。その紳士は、ベージュ色の、ウールのロングコートだったので、ひとシーズン内に何度もクリーニングに出さないといけないので、数着のロングコートを持っているのだと、考えられます。敵がいる私は、自分が貧乏だとは言いたくないのです。株価だって、急激に値下がりをしたのは、私いじめだと、思っておりますしね。何回か、すでに、経験している、攻撃策の一つです。そして、トランプ大統領が、実質的には、不況ではないのにと、ツィートしたそうなので、やはり、トランプ大統領は、アメリカの中枢とは、結び付いていないのだ。と、感じ入った次第です。だけど、貧乏になると、クリーニング代が惜しいのですね。何かへまをして貧乏になったというわけではなくて、ブログをやっているのにアフィリエイト収入がないとかで損失を与えられているからですが、・・・・・ですから、汚れやすい色のウールのロングコートを着ている人間とは、お金持ちなのです。たしかにそうで、上の階のお嬢さんは、地方の大学の学長のお嬢様だという話だったし。

 小室圭君がああいう急に老けた顔をして、しかも、格の低い洋服で、カメラの前に現れた時に、私は一転して、深く同情をし始めました。そして、頑張って。これはね。若い人が恋愛に失敗し、後で、失恋をしちゃったという類の小さなエピソードです、と、声にならない声で、呼びかけたのです。しかしです。ここに展開した私の想像が、80%は、当たっているだろうという思いも消えないのですよ...そうすると、最初の記者会見の、はっぴょうの日時も決めたし、今般の、宮内庁の、記者会見のタイミングも決めたであろう、鎌倉エージェントに対する怒りは深いのです。

【蛇足】、私は上に展開した自説に、自信は持っているのです。しかし、30%ぐらいの部分で、これは、全部、小室圭君が一人で、考え、一人で、突っ走った結果であると、言う考察もあるので、それを、取り上げてみましょう。

 人間にとって、不文律ではあるが、重要な要素として異性にもてるか、もてないかと言う部分があります。それで、人間の優劣が決まるという部分があるのです。こういう階級わけは、大学に入ると、突然に直面する、階級わけです。で、小室君は、女性にもてる方であり、女性に囲まれている写真も外へ流出して居て、「小室君って、男の友達がいないみたい。そういう意味で、変な人ね」と評している、投稿があったので、それについて、一言。

 私は、小室君が、男の友達を作らなかったのは、話題が深いところへ達するのを避けたいと、思っていたのだと、思います。小室君は、バカではないので、自分の社会的地位が決して高くはない事を知って居た。それでも、自分が女の子にもてるうちに、その異性獲得の成功率の高さを生かして、眞子さまにも手を出して、きゅうきょくのぎゃくたまをねらったのだけれど、ネット社会の怖ろしさゆえに、隠したいと思って居たし、隠せると、思っていた、父親の死因が外に出てしまって、元の木阿弥に陥ったという考え方です。

 しかし、小室君が、現在の職場に、勤務する前に、三菱銀行の、丸の内支店だったかの、勤務だと言われています。だから、やはり、裏からのサポートはあったと、見ています。決して、小室君母子だけで、突っ走ったわけではないと、考えています。というのも一昔前だったら、母子家庭のお子様が、その種の職場に、入ることは難しかったのです。これは、偏に、ICU同窓会の中枢部が、総力を挙げて、鎌倉エージェントの意志に協力した結果だと、見ています。

後注1、

小室圭君とは、後藤健、片山祐、小保方晴らと、同じtypeの育成された攻撃用弾丸であろう 裏に美輪明宏とCIAが居たかな?   2018-02-10 05:03:29 | 政治

ところで、鎌倉エージェントが、それについて書かれる困るなア、だからここで、びっくりする様な話題を提供し、彼女が、そっちへ、テーマを移動しないとならない様にしてやろうと、考えたブログが何かを、今探しているのですが、多分以下のモノでしょう

NHKspecial赤報隊特集から思う、早稲田と朝日新聞とCIAの秘匿されている関係 = 伊藤滋・奥島孝康・成岡庸司・飯田隆・時田史郎 他   2018-02-06 12:03:21 | 政治  

 なおこのブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、4478990です。

本日は誤変換は残っていると、思いますが、上書き保存の、システムが働いているので、推敲が非常に難しくなっています。で、未推敲ではありますが、ここで、書いた日付と署名を入れて置きます。

           2018年2月12日、これを書く雨宮舜(本名 川崎千恵子)

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小室圭君とは、後藤健、片山祐、小保方晴らと、同じtypeの育成された攻撃用弾丸であろう 裏に美輪明宏とCIAが居たかな?

2018-02-10 05:03:29 | 政治

 以下の文章ですが、12日の午前11時半から二度目の推敲を始めます。この文章は、上書き保存形式になっているので、推敲をするのに、余計な手間がかかります。ワード本体だと、その呪縛を解くのが楽なのですが、このグーブログの書き込みボックスには、その表紙気がありません。と言う事は、外部から、最高レベルのシステムエンジニアが、攻撃をしたか? または、その人間の発案で、上書き保存形式になってしまっているのか? わかりませんが、ともかくにして、この一文に書いていることが相当に、正しい事である事を証明しています。ところで、私が書きたいことは、今日もまた、鎌倉エージェントの分析であって、小室圭君を叱る事ではないからです。尚、途中で初稿へさらに加筆した部分はアンダーラインを敷いておきます。

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副題1、『歌舞伎に付いて、文章を書いている最中(と言うのは、後注1に置いた文章の事なのだけれど)に、パソコンに大攻撃を受けた。すぐさま井上ひさしの顔を思い浮かべた』

 10日の深夜、突然に、パソコンに大攻撃を受けました。それは、歌舞伎について書いている最中(後注1)で、すぐさま、井上ひさしの関与を感じました。で、防衛のために、何を書けば、彼を、とっちめることになるかと、脳内を探って、・・・・・ああ、そうだ。眞子さまの結婚諸行事の延期を取り上げればいいのだ・・・・・と、思い当たったのです。あの、延期のニュースですが、それは、すなわち、・・・・・井上ひさし、または、成岡庸司君の意図した政略結婚の、野望が、ついえたのだ・・・・・と、思っています。

 小室圭君と眞子さまのご婚約は、一種の政略結婚だと、私は言っています。ただ、それは、現在渋谷で、展示がなされているルドルフに正の様に、各国領主たちと、結婚しあうという政略結婚ではありません。小室君が、大金持ちの息子であって、現代の王子さまだから、政略結婚となるという種類でもないのです。そうではなくて、在日の出自が関係しています。その可能性を感じています。それ故に、井上ひさし(いまだ生きて居ますよ。公的には、死んだことにしているだけです)たち、鎌倉エージェントは、自分たちの権力の拡大を狙って、小室圭をサポートし、皇室に、彼を送り込もうとしたのだと、おもっております。

 そういう仕組みに投げ込まれそうになって居た純真な、眞子さまと、ご両親は、『何かが、おかしい』という事に気が付いて、小室圭君を嫌い始めたのだと、思います。ただ、大げさに婚約破棄とは言わないで、延期とおっしゃったのだと推察しています。

 しかし、思いがけなく、違う話なのかもしれません。単純に、単純に、延期されただけだったのかもしれません。・・・・・そうなると、是もまた、別の意図がある、めにするニュースだと、成ります。・・・・・彼女(=私)が、必ず、そのニュースには、興味を抱くはずだから、今、書きつつある主題から、移動させる餌として、これを放り込め・・・・・・・・という事となります。・・・・・このニュースが将来どういう方向へ向かうのか、そのどちらかは、今は、未だ、判りません。

 が、これが、あまりにも釣り合わないご婚約であったのは確かです。ただ、もし、実際に、破棄だったとなると、小室君もかわいそうですね。鎌倉エージェントに利用されただけで終わった人間の一人となりますから。

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副題2、『これが、実際には、婚約の破棄だったと、仮定をすると、一般の社会では、・・・・・圭君の、母親側に問題がある・・・・・と、言う論理が盛んである。それも、あるだろうが、それならそれで、辻つまの合わないところが出て来て、疑問がいっぱいある婚約となり、また、破棄となる。

 しかし、これが、鎌倉エージェント達にサポートされた、政略結婚への婚約だったと、見ると、つじつまが合うところも、出てくるのだ。だが、眞子さまは、純真な、お嬢様みたいなので、この現代日本社会で、政治的犠牲者として、血祭りにあげられることを、私は、好のまない』

 小室圭君に光が当たって居た当座、私は、この問題には、触れなかったと、思います。でも、だいぶたってから、三、四本書いた記憶があり、今見つけようとしましたが、見つかりませんでした。で、記憶に頼って書きますが、「小室圭君の祖父が、日吉の製缶工場で、働いていた人である」と、言うネットの記述を見つけて、びっくりしてしまい、その日から、いろいろ、書き始めたのです。

 私は1951年から日吉で暮らしています。そのご、大学が遠いので、下宿をしたり、寮に入ったりして、離れた時期はあります。また、1968年には、結婚をして、住民票は、移して、100%、離れました。しかし、実家には、しょっちゅう行っているので、日吉については、詳しいと、おもっております。で、製缶工場などなかったと、記憶をしているのです。しいていえば、::::::::::::大塚製靴(本社:東京都港区六本木、山田晋右社長)が日吉本町4丁目に置いている日吉工場(横浜工場)を今年(2017年)限りで閉鎖する方針であることがわかりました。約4000平方メートルの跡地は2019年7月末までに92戸のマンションが建てられる予定。1961(昭和36)年6月から56年間にわたって日吉の街で行われてきた靴づくりの歴史が閉じられることになります。:::::::::::でしょうが、

その工場は、駅から遠いうえに、日吉という町内には、無かったのですよ。町名が、変化しているのです。通勤は、シャトルバス等で、なされていたと、感じて居て、日吉の工場と言うよりは、高田の工場と言う感じでした。高田と言うのが伝統的な地名ですが、日吉本町四丁目と言う町名へと、変更をされたのでしょう。マンションを売るのに、ブランド価値が付くからでしょう。特に地下鉄ができたので、便利になった一帯です。しかし、地下鉄の駅の名前に高田が、残っています。

 これは、虎ノ門一帯と、同じです。旧町名、西久保広町などが無くなって虎ノ門、1ッ丁目から、6丁目に、変更されています。 おおつか製靴に戻ります。しかも、その工場は、昭和36年(1961年)から稼働となると、小室圭君の祖父の世代とは、合わないですね。

 私が推理するのに、別の会社をイメージすると、適合する会社が、あります。日吉駅から歩いて五分の範囲には、製缶工場は無かったのですが、古い缶を扱う花村組と言う会社はあったのです。

そこは、現在はニチモ第五と言うマンションになっています。その花村組の社長が在日の人であるというのは、有名な事でした。特に同級生に花村君が居たので、いろいろ、正確に知っています。昔は、プラスチックが無かったので、缶は、大量に出回って居ました。食用油も、石油(灯油)類も一斗缶と言うのに入れて運んだのです。何もかも缶に入れて運んだのですよ。一方で、日本は、戦争に負けて、物資不足です。金属類も足りないです。ですから缶のリサイクルは、一産業分野だったことは、理解ができます。

 これから、先がどうなるかですが、もし、婚約破棄の方向だとすると、小室圭君がかわいそうなので、繰り返しては、書きませんが、

 ともかく、日吉に在る製缶工場と言う記述から、小室圭君は、例の鎌倉エージェントから、裏側で、リクルートをされた、・・・・・入学時から、定められた花婿さんであった・・・・・と、感じ始めたのでした。

 大勢の人が最初から、変だとか、釣り合わないと、感じたみたいです。それは、そうなのですが、鎌倉エージェントが、皇室を支配するために送り込もうとした、一種の、ステルス戦闘機だと、考えると、彼が、婚約記者会見等でも、ヘジテイト(=躊躇したり迷ったりすること)しないのも、道理となってきます。 裏側から、常に、「あなたは立派な青年だ。眞子さまにふさわしいのだ」と、励まされ続けて居たら、そういう風に信じ込む様に成るでしょう。

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副題3、『彼等、鎌倉エージェント(=CIA)は、お見合い結婚を有力な政治手段として多用をするのである。奥島孝康氏も、私のパリ時代の、友人と私を、引っ剥がす為に、お見合いを彼女に設定した可能性が高い。後注2の、文章内に登場する、青森出身の女流画家、EFJKLMN夫人とは、まさしく、その手の結婚をして私から離れて行ったのだった。お相手は、朝日新聞の、偉い方であり、高校野球運営の朝日新聞側のトップだった方だ。後注2へ

 そちらは、私から、友人を引きはがし、孤立化させる目的があったが、この小室圭君の、育て上げ方を見ると、その目的は、秋篠の宮家への、鎌倉エージェント側の、支配に在ったと、推察される。しかし、太地町のイルカを水族館へ、導入するのに反対する、組織のトップに秋篠宮が、すでになっておられるので、半分以上はすでに支配が確立しているのだ。だけど、今般のご婚約で、ねらわれたのは、秋篠宮家の坊ちゃまへの、支配権の確率で、あろう。

将来の天皇に、悠仁親王が、お成りになる可能性が高くなって、そちらを支配するために、眞子さまが、狙われたと、見ている。

 皇太子さま一家については、雅子さまを既に、送り込んである。

 日本を弱体化させるためには、国民が一致団結をしないことが肝要であり、その目的のためには、皇室に、魅力がないという事も、かなうので、眞子さまも、佳子様も、狙われているお姫さまだ。

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副題4、『これらの、特殊な任務を担わせる人材を発掘するにあたって、彼等は、新聞での公募も、ネットでの、公募もしない。自らの陣営内に所属をする人間の、口コミを頼る。で、小保方晴子さんなどの、過去に使役をされた人材が、どこの誰によって、発掘をされたかについては、相当な部分まで、推理を進めている私だが、・・・・・小室圭君が発掘された裏には、あの大歌手が、口をきいた可能性がある。・・・・・と、考えている。したがって、その歌手はNHKでは、非常に厚遇をされている』

 これから先に私が語ることは、まだ、紙のメディアにも、載って居ないし、ネットでも、拡散をしていない。だから、真偽は不明だし、私が言い出した限り、将来にわたって否定をされることとなるだろう。しかし、本日ふとそれが、頭に浮かんだのだが、・・・・・

 小室圭君について、15歳ごろから見出していて、「よい子ですよ」と、言い始めたのは、美輪明宏さんではないだろうか? 美輪明宏さんは、自衛隊に乗り込んで、バルコニーで愛国的な、演説をした後で、自決した三島由紀夫と親しかった。で、今の日本人は、衰えたなあという感想を持っている人で、【正負の法則】などの著書を読むと、私と、考えはほとんど同じなのである。

 しかし、彼は、NHKテレビに出る存在だ。したがって、大金も稼げる存在である。で、NHKのディレクターなど、現在親しい人と、喧嘩することなど、思いもよらないだろう。

 もし、そのNHKディレクターの影に、鎌倉エージェントが居て、よもやま話の中で、「英語のよくできる、15歳ぐらいの少年を知りませんか?」と、質問を受けたら、小室圭君の名前をそのディレクターに教えた可能性は、ある。人は誰だって、思想などと言う、抽象的なものよりも、現在付き合っている人物を大切にするものだからである。

 小室君は、お父さんが、不幸な死を遂げたので、母は、その事に関するうわさ話から、彼を遠ざけるために、遠くに位置する、インターナショナルスクールに、入学させた。一方で、間接リュウマチを患っている、圭君の祖母の、時代から、母君は、大山禰津の命教団の信者だった。同じ教団の信者である、美輪明宏さんとは、親が、旧知の間柄であった可能性もあり、教団内部の輝かしい成功例だとして、有名だった、小室圭君の名前を、鎌倉エージェントに通じる人間に、明宏さんが、漏らした、可能性はあるのだった。

 私は、美輪明宏さんが、その教団の中の特別に、有名な【教える存在・・・・・イキガミ様と呼ばれていた。鎌倉在住である】を訪問された日に、グリーン車の中のたっ

た二人だけの乗客として、前の方(私)と、後ろの方(美輪さん)という配置であったのです。それは、夜の七時

頃、東京へ向かう電車だったので、登りに乗るお客は、すく

明宏さんが、

 公式には、・・・・・ICUに入学後、二人は、知りあった・・・・・となっている。しかし、15歳ぐらいから準備をされた、政略結婚だと、私は見ている。だから、長期にわたって、天皇家のお婿さんになるべく、洗脳教育を受けているので、記者会見に際しても、彼はたじろがない。雅子さまが、あまりにも生意気で、ご自分が皇太子さまよりも上であるかのごとき、記者会見をご成婚直後に、行ったので、一般国民からは、深く嫌われている。だからこそ、林真理子などの、鎌倉エージェント側の、人間は、「雅子さまが、すてきだ」と、言い募るのだ。

 小室圭君の記者会見時は、前回のわだちは踏まずで、相当に、改善はされていましたが、それでも、彼に対して、『慎みがないので、変ですねえ。皇室と、自分は相当に、身分が違うのに、それを、全然気がついて居ないみたいで』と、思った一般人は多かったと、思います。

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副題5、『佳子さまが、ICUに、ご入学を、希望なさったのは、例の鎌倉エージェントにとっては、好都合だった。それで、政略結婚の、雰囲気が、ぐっと、薄められることとなったからだ』

 秋篠宮家には、二人のお姫様がいるわけですが、一人だけ、リクルートを摺れば十分なので、佳子様には、手が付けられておりませんでした。で、順当な形で学習院へご進学なさったわけですが、大学へご入学後に、ICUの学生生活の魅力に目覚められて、転学を希望なさったわけです。この件は、ICU卒業生の内心では、意外にも『困った事だなあ』と言う風に受け止められていると、思います。もともとあった、誤解が、さらに強まるからです。どういう誤解かと言うと、一種、女子大だと、思われているところがあった、その点が、強化されてしまったからです。

 しかし、ICU内にも居る鎌倉エージェントにとって、これは、大きな進歩でした。・・・・・国民の若年層に、人気の高い佳子様が、学習院から転学をしてまで、ご入学なさった大学だから、さぞかし、楽しい学生生活が、展開しているのでしょうねえ・・・・・と、思わせることができるからです。そういう大学ないなら、『恋愛も活発でしょうね』と、成る筈です。となると、眞子さまと、小室圭君が、この学内で出会って恋愛を発展をさせたというエピソードが、自然に見えて来るだろう』と、考えて、欣喜雀躍をした筈ですよ。

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副題6、『これから先の流れだが、幾通りにも分かれていく可能性があり、今は、預言ができない』

 さて、私は、最近、やる事が多くて、疲れ切っております。で、そろそろ、この一文を終わらせたいのですが、まとめるにあたって、このニュースが、即、婚約破棄を、意味しない事になる、可能性もあると、言っておきましょう。一般の受け止めは、婚約破棄を、上手に薄めていくために、時間を置いたのだと、言う感じでしょう。それが、当たっていると、思いますが、

 私には、おんぶお化けの様に、井上ひさしが、くっついています。そして、常に、私が書いたことに種を見つけて攻撃をしてやろうと、待ち構えています。で、ここで、こういう文章を書いたからこそ、秋篠宮家の、結論を、逆転をさせて、二人をご成婚へと、持ち込む可能性も、あるのです。そういう方向を準備する為には、榊原節子さんが、どう動くかが、肝要になります。

 すごく素敵なレディなので、佳子様も、眞子さまも、慕い寄っていると、思います。相談を仕掛けることが、おありでしょう。

 榊原節子さんとは、皇后美智子さまの従姉妹であり、かつ、1966年ICU卒の私の同期生です。これは、これから先に続くのですが、今日は、疲れ切ったので、ここまでで、閉めとさせてくださいませ。 

【蛇足】

 なおメモとして、・・・・・2009年1月19日、有楽町傍の【吉乃翔】で、クラス会が開かれて、榊原さんが、【凛としたシニア(PHP刊)】をご披露なさった・・・・・と、付記しておきます。その五日前に、中央大学工学部で、教授が刺殺されるという事件があったので、その日を探すのが、楽なのです。というのも出席メンバーの中に、中央大学工学部の、教授が居たので、話題がそこに触れたからです。

 その頃の私は、まだ、京橋のギャルリー・ユマニテには、きちんと顔を出している時期であって、その展示物を見た後で、てくてく歩いて、有楽町まで、やってきたのでした。で、遅刻をして入室をし、私邸をされていた席に座ると、細いテーブルをはさんだ目の前の席が、榊原節子さんであって、急に彼女が立ち上がり、上記の本の説明用スピーチを始めたので、度肝を抜かれたという記憶があります。・・・・・古村浩三君他に、いろいろ、うごきがあって、書くべきことがいっぱいあるのですが、本日は疲れ切っているので、後日にそれを回しましょう。

 まあ、どうして度肝を抜かれたかと言うと、彼女がやったことは、、後日、瓜南直子さんが、行ってきた事と同じだったからです。私の方では、榊原節子さんをライバルなどとは、思って居ませんが、彼女がライバルとして、その日に、立ちはだかって来たからです。尚、フェイスブックに、私の方が、第二次アカウントを持っています。そこのプロフィール写真を、最近、猫の写真から、自分の、顔写真にかえました。で、榊原節子さんの顔と、比較をして見てください。圧倒的に、太刀打ちできないです。(大笑い)だから、ライバルなどとは毛頭思っていないです。あ、は、は。

 彼女や、瓜南直子さんと言う美女系と、ライバル設定をされて、却って、ありがたいほどです。『かいかぶりも、いいところだ』と、思ってね。でもね、その日、私が旧友たちに、配布して献呈しようとしていた本は、内容的には、面白いと、思いますよ。彼女の本は、お金についてですが、私の方は、人生についてでした。一時期アマゾンで、10800円の値で、やり取りがされていた【黄色いさくらんぼ】です。本屋で売らなかったのに、しかも、全体で、700b程度献呈しただけなのに、人気が出た本です。

 本当の話を言うと、顔ではなくて、書いている文章の、内容の、上下に於いて、ライバル設定をされたのでした。まあ、何と申しましょうか?

 神が、ご判定をなさるところだと、おもっておりますが・・・・・そういうクラス会を企画をしたのは、石塚雅彦さん+伊藤玄二郎一派であろうと、おもっております。特に井上ひさしは、関与しているでしょうね。この部分を書いている最中に、パソコンが激しく、も、おかしくなりましたので。

 月曜日には、銀座の画廊巡りをするので、そのクラス会に、顔を出せないであろうと、思われて居ながら、

もう一方で、普段は、新宿で開かれるそれが、有楽町で開かれるという事は、私に向かって「出てこい。そして、榊原節子さんに負けた自分を認めよ」と、言いたかったのだと、思います。『相変わらず、連中の頭の中は幼稚だなあ』と、思います。

 私の方はもとより張り合って居ませんので、「そうですか」と言うしかないです。

 なお、この部分を書いているうちに、頭がすっきりして来て、眠気も吹っ飛び、元気を回復しました。小室圭君について書くよりも、自分について書く方が、ずっと楽なのですね。他人は他人であり、その心の中は判らないからです。

 なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、4476034です。後刻、誤変換を直し、推敲をしたら、署名と書いた日付を入れます。

後注1、

今の歌舞伎界で、最高の美形をそろえた舞踊を見て来ました。梅玉、芝翫、錦之助、梅枝、米吉、梅丸+又五郎   2018-02-09 19:59:06 | 歌舞伎 

後注2、

NHKspecial赤報隊特集から思う、早稲田と朝日新聞とCIAの秘匿されている関係 = 伊藤滋・奥島孝康・成岡庸司・飯田隆・時田史郎 他   2018-02-06 12:03:21 | 政治 

 

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今の歌舞伎界で、最高の美形をそろえた舞踊を見て来ました。梅玉、芝翫、錦之助、梅枝、米吉、梅丸+又五郎

2018-02-09 19:59:06 | 歌舞伎

副題1、『2月の歌舞伎座の出演者がなかなか、公表をされなかった。その理由だけど、表向きは、高麗屋三代、襲名を祝って新歌舞伎座開場後、これほどの、人数が、出演したことがないからだとされている。しかし、私は、本当の理由はほかに在ると、見ている。しかし、ここでは、その真実は、まだ、語らないで、置きたい。ところで、今般は、そう勢120人が出演したと、言われている。新・幸四郎が、二月の口上で、そういった。それで、私は、今、筋書き(=プログラム)で、顔写真が出てる人の数を丁寧に数えたのだけれど、総勢123人というのが正確な人数だった。

 私は、高麗屋三代他、有名人以外の、出演者が、遅くまで、公表をされなかったからこそ、『この座組には、魅力を感じないなあ』と、思い、前売り券を買わなかった。ところが、一月の半ばになって、顔触れが、もっと詳しい形で、公開されると、『おや、是なら、面白いかもしれない』と、成って、歌舞伎座に行ったのだけれど、すでに、「6000円以下の席は、一切残って居ない」との事。「ああ、そうですか」と、成って一幕みで、見ることとした。

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副題2、『一回目の見物は、2月2日だったわけだけれど、(後注1)・・・・・その日のアメリカ相場から、株価の暴落が始まって居ませんか? 多分その筈ですよ。いや、もし間違って居たら、アメリカ時間の1日で、日本時間二日の筈です』

 歌舞伎に詳しくない方のために、念のために言うと、歌舞伎座は午前11時から昼の部が始まり、夜の9時過ぎに、夜の部が終わります。2月の夜の部の最後は、【仮名手本忠臣蔵、7段目】と言って、人気の高い演目です。

 そちらでは、主役の、お軽、と、その兄の平右衛門が、ダブルキャストです。しかも、現代歌舞伎界において、美男美女の誉れが高い、二つの組み合わせのダブルキャストです。

 奇数日が、仁左衛門と、玉三郎、偶数日が、海老蔵と、菊之助です。この二組を比較すると、自由に選択をできるのなら、お客さんは、前者を選ぶでしょう。ともかく、すさまじい豪華さなのです。

 ところで、新参者が知ったかぶりをしては、いけませんが、仁左衛門と、玉三郎は、昔からコンビを組んでいます。

 それは、偶然にも、二人ともに不遇の時代があったから、実現した組み合わせでした。玉三郎は、あまりにも美しかったので、六代目歌右衛門に疎まれて、なかなか、歌舞伎座では、いい演目に就けなかったのでした。一方仁左衛門も、歌舞伎そのものが衰退していた時代の、特に関西を拠点としていた人なので、歌舞伎座で、いい役に付くことができなかったのです。その当時は、私は民芸とか、文学座を見て居て、歌舞伎は見に行っていません。ただ、九代目(=現白鴎)幸四郎のラ・マンチャの男は、非常に初期に帝劇で、見ています。私は1942年生まれで、同い年ですが、24歳ごろ、見に行っているでしょう。だから、幸四郎が、東宝と関係を持ったり、三世時蔵の、子供の錦之助が、東映に行ったりしていて、それが、三世時蔵の孫辺りに、不遇の時期をもたらしたとも、聞いています。

 ともかく、古くからの歌舞伎ファンに言わせると、「もう、みんな仲良しなのですよ」と言う事らしいのですが、昔は、いろいろな、文活動があったのです。それは、女性の快方とともに、民主主義の思想が広く伝播して行き、歌舞伎界では、親が、有力な、歌舞伎役者ではないと、若い人は、いい役に就けない事への反発から出た動きでした。

 伝聞として知っているのは、玉三郎と仁左衛門(当時は、孝夫と名乗っていた)は、辺境の地へ追いやられて不遇だったらしいのです。ところが、その辺境の地で、大ヒットしました。どうも、今のBUNKAMURAの前に渋谷に在った、東横劇場を拠点とした、活動らしいです。そこでの、演目、【桜姫東文章】で、二人は、大ヒットをしたらしいのです。で、それは、1980年代らしいので、すでに、40年近いコンビの間柄です。しかし、その二人を、毎日ではなくて、奇数日だけ使い、ダブルキャストで、偶数日には、海老蔵と、菊之助を使うというのが、豪勢なのですね。

 一方の若手の組み合わせ、海老蔵と、菊之助ですが、カップルを組むことが、無いわけではないのです。菅原伝授手習鑑で、松王丸と、その妻を、演じています。だけど、二人は、家の子、郎党を引き連れている、一種の座頭格でもあって、しかも、所属するカンパニーが違います。だから、それほど、頻繁にコンビを組むわけでもありません。それが、この度コンビを組んでいて、しかも、おざなりでは済まない、しどころ一杯の役を果たしているので、どれだけ、高麗屋、一族が松竹から大切にされているかがわかります。

 で、二月は、菊五郎劇団が参加した、特別な、大型襲名であって、終幕が、二組の美男美女コンビの熱演で終わるというわけです。

 ところで、ここで個人的なお断りですが、一時間ほど前に、「夜の11時に完成にもって行きます」と言っておりましたが、どうして、どうして、まるで、まだ完成をしては、おりません。お待ちくださいませ。

 そして、私は、今、襲名披露の、過去の演目を見て居た時に、お祝儀を兼ねた総員出演の、【木挽町芝居前】と言う演目があるかどうか、お確認したのです。すると、十八世勘三郎の時に、三回あります。それから、三世左団次の時に二回あります。高麗屋は、もう一回地方の劇場で、これをやるかもしれません。

 さて、自分側が、切符を買う事情にもどります。一月も二月も、高麗屋襲名披露だし、演技する人の名前が、なかなか、出てこなかったので、前売り券を買いませんでした。で、仕方がないので、一月は、夜の部だけを、一階の15列目、34番で見たのですが、『二月は、一幕みだけで処理しましょう』と、思っているわけです。しかし、一幕みで見る場合、一日で、全演目を、見るのは、不可能です。それは、切符の売り出しのシステムのせいで、不可能なのです。それで、二回に分けで、2日と、9日に、行ったわけです。そして、本日、この世ならぬ、美女(?)三人と、美形の立ち役、三人を見てきました。それに加えて、隈取を取った、荒武者役(=小林朝比奈)の、又五郎を、見てきました。

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副題3、『この美形ぞろいの組み合わせは、お祝いだから、実現した特殊な組み合わせであろう。誰の意志で、この組み合わせができたかと言うと、人間国宝・梅玉の意志ではなかったのだろうか?』

 その演目の筋は、こういう風になっています。曽我兄弟の父親は、工藤祐経スケツネに殺されたことになっています。一種のだまし討ちみたいな形だったのかな? で、仇討ちをしようとおもっております。工藤祐経スケツネが、大磯の館(=くるわ)に居るので、訪問をしてあわよくば、仇討ちをしようと思っています。曽我、兄弟の内、なまえとしては → へ、続く。

  ここから先、何千字も書いたのに、全部、消えております。それで、すっかり目が覚めました。がんばって、再度入力いたします。きっと、歌舞伎通の井上ひさしが、削ったのでしょう。そういう作業をするアイコンを入れてもらっているパソコンで、そういう手当てを、私の文章に対してやったのだと、思います。我が家から西40mの処に在る民泊施設、KAMAKURA COTTAGE内に中継用ルーターが置いてあるので、そういう事が可能になるのです。

 私が歌舞伎通に見えるのを、かれは、「許さない」という気分になっていると、思われます。嫉妬深い人間なのでしょう。さそり座ですしね。尚、井上ひさしは、公的には、自分を死んだことにしてますが、こういうところで、まだ、生きて居るのを、私が、知る事が出来るのです。しかし、そんな嫌なことをされたから、久しぶりに、戦闘モードへ入りました。しっかり、入力をし直します。上の方で、今夜中には書けないだろうとか、11時まで待ってくださいと言うお断りを入れたので、入力を消し去ったとしても、読者様の方は、怪訝に思わないだろうと、して、狙われたのでしょう。こすっからい事、この上ないです。

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副題4、『曽我兄弟役には、現在最も脂が乗り切っている、立ち役、芝翫と、錦之助が、当たって居た』

 舞踊のもととなった演目では、数の少ない五郎の方が弟とされています。彼は、乱暴な態度を取り、せっかちに行動をします。で、もし、チャンスがあれば、工藤祐経を殺してしまいたいと、思っています。しかし、この劇では、工藤祐経は、「ここでは、私は殺されるわけにはいかない。しかし、富士のすそ野で行われる頼朝主宰の、まき狩りの場では、お前たちに討たれることにしよう」と言って、まき狩りの行われる平野に入る事が可能になる、通行手形を、呉れるのです。

 これは、「勝ちましょう。勝ちましょう。お金や名誉が大切です。友情や、義理など、捨てっちまえ」と、されて居る現代では、『すこぶる変な考えだなあ。あり得ないよ』と、思われる設定でしょうが、士農工商に従うというルールなどが厳しく機能していた江戸時代には、庶民には、歓迎される筋だったのだと、思います。つまり、この劇には、お殿様側のノーブレスオブリッジが示されていて、それは、理想の形だからです。ところで、梅玉も、お殿様役者です。芝翫も、同じですが、芝翫の方は,新しい事に挑み続けていた、十八世勘三郎一座で、演じることが多かったので、梅玉よりも柔軟性と言うか、運動能力がある様に見えますので、この五郎役はぴったりです。

 ところで、芝翫は、梅玉とも、行動を共にする事が珍しいのですが、兄・十郎役の、錦之助と共演をする事も、普段は無いのですね。錦之助と又五郎は、いとこ同士ですが、又五郎と、歌六は、屋号を、萬屋から、播磨屋に戻して、吉右衛門と行動をしています。で、裏に何かがあるとは、思いますが、積極的で、思い切った演技のできる又五郎と、おとなしくて、控えめな感じの、錦之助は、【太刀盗人】などで、うまく共演をしています。ニン(役の上の人柄)が違うので、補完し合う間柄なのです。そして、錦之助にとって、普段は、行動を共には、しない梅枝は、甥だし、米吉の方は、いとこはんです。そして、米吉の方は、普段同じカンパニーで、活動をしています。歌舞伎俳優の中村錦之助は、叔父の映画俳優の、萬屋、錦之助と、比べると、より端正で、美男子です。そして、性格は叔父とは似て居ないと、思いますが、息子の隼人の方に、大衆の人気を得やすいという、その遺伝子が、伝わっています。

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副題6、『ところで、舞踊の事を歌舞伎界では、所作事と言い、それを演じる時には、舞台全体を、所作台という物で覆う。花道もそれで、覆う。それは、一種の共鳴箱であり、ヴァイオリンの胴と、同じ役目を果たす。立ち役が激しい見えを切るときに、足を踏み鳴らす。その足音が、はっきりと、劇場全体に広がるのに、所作台が、役に立つ。以前、私は、現芝翫の襲名につ居て一文を書いた。橋之助時代のある日だったが、甘いと書いた。それは、この所作台の、響きが、うつろであかつ自信無げに聞こえたからだった。

 ところで、現芝翫の襲名は、私が、その点を、隣の賢そうな女性に話したら、彼女が、「ええ、橋之助には、もう少し頑張ってもらわないといけないのですがね」と答えた・・・・・というエピソードをこのブログにアップして、ある。そして、その直後、・・・・・橋之助の、芝翫襲名話が起こった・・・・・とも書いている。本日これを書いている最中に、数千字分が、突然に消え去り、それが、消え去ったところに、何を書いていたかを、思い出すと、この芝翫襲名が、私の批判を覆す目的で、起きたことが明瞭になる・・・・・・と書いている処だった。その事実が、例の如く、井上ひさしの行動を、推察させることとなる。彼は、一種のひょうきん族であり、性格的に、むかっ腹を立てやすい性格なので、

 私が歌舞伎界に精通して行くのを阻止しようとして、「あいつが、今、考えて居ることを否定してやれ」と、成って、他の多くの事例と同じく、橋之助を大物に見せるために、襲名をさせたと、思ったのは、当たっている・・・・・と、本日になって、判断をした。

~~~~~~~~~~~~~~~

副題7、『なお、肝心なことは、芝翫が、所作台の扱いを、踏み間違えず、マスターして居て、役者として、上手になって居た事だった。これは、襲名が、良い方に機能をしたのだと、思っている。

 なお、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、4476034です。推敲をして、加筆もしたら、署名を入れます。 

後注1、

お軽(菊之助)、平右衛門(海老蔵)、力也(新・染五郎)△・・・・・+坂上忍と、貴乃花親方  2018-02-02 23:49:38 | 歌舞伎

後注2、

芝翫襲名、ダッカ襲撃事件、やまゆり園事件と続く、あの頃、どれほど、かれらCIAは、頭に乗っていた事か?  2018-01-28 23:04:08 | 政治

 現芝翫は、十八世勘三郎と、組んだので、甘くなった・・・・・・と感じる私だが、  2018-01-30 10:31:25 | 歌舞伎

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NHKspecial赤報隊特集から思う、早稲田と朝日新聞とCIAの秘匿されている関係 = 伊藤滋・奥島孝康・成岡庸司・飯田隆・時田史郎 他

2018-02-06 12:03:21 | 政治
この一章は、私としては、力が入った、自信のあるものです。特にこの20年間の、CIAに日本人エージェント達との、命を懸けた戦いを、総括してるものです。
しかし、彼らが、攻め込んでくるフィールドは、五分野とか、六分野に、分割をされています。
この章で主に語るのは、【人は石垣、人は城】という箴言を信じているらしい鎌倉エージェント(=CIA)メンバーたちが、私の知人や、友人を引っ剥がしていく話です。その中で、特に
重要な四人が、私のメンターである歳月が、長短野期間にわたってありました。東大(院)卒の時枝裕子さん、早稲田卒の飯田隆君、ICU卒の笠松敦子さん、慶応卒の水沢勉氏です。
それは、私としては、苦しい事で、今までは、一人、一人を別々なエピソードとして語ってきたものですが、ここで、まとめてみることとしたのです。そして、それらの、敬愛していた、知人たちとの、別れの裏で、それを、起案した連中が、かんらかんらと、裏では笑っていることもわかってはいます。そういう人間は、野見山暁次さんの、様に、各ふぃーるどどで、散見されるのですが、ここでは、朝日新聞と極めて関係が深い大学である、早稲田の人々の動きを語って居ます。特に時田史郎・元・福音館社長似ついて、長く語るのは、初めての筈です。
しかし、「単なる個人的なうわさ話であろうよね。読む必要がない」という方向で誤解をされているらしいので、より、方向性の正しい方へ、総タイトルを変えておきましょう。
 まあ、私はですね。書く事に膨大な攻撃を受けて居て、なかなか、スムーズに意見を発表する事ができないので、その中で身に付けた、特徴的な手法の一つに、
部分を強調した総タイトルにして置いて。主要なテーマをぼやかしておくというのが、有り、これもその種のモノの、一つです。

  ところで、最初に置いた写真を説明をさせてくださいませ。これは、私が、印刷と製本以外のすべてを、自分一人で、作った六冊目の本です。現代アート系の作家としては、表紙に工夫がないですが、あまりに、追い詰められていて、緊迫した事情下なので、表紙のデザインを凝っている暇がなかったのです。これが、郵便で送っても相手に届かないという事情が分かりました。それで、いちいち相手の家にまで、届けたのです。その時に、西落合に住んで居るJWトンプソン副社長である小池玲子さんが、すでに、私を裏切っているという事が、偶然にもわかったのです。彼女は居留守を使ったつもりでした。ただ、ご主人が「もう帰ったよ」と、携帯で知らせてから、40分後に帰宅をするべく道路を歩いてきたのですが、私は、ご主人から不在という言葉を、インターフォン越しに、聞いたのち、サイゼリアで、夕食を取ったのです。疲れ切っていましたのでね。それで、思いがけなく長時間、西落合に、とどまっていたのです。それで、偶然という形で、小池玲子さんと鉢合わせをしました。そして、彼女のびっくりした顔を見て、すべてを察して、何も詰問をせずに、去ったのですよ。それは、私の愛です。相手から裏切られても、こちらは誠意を尽くします。でも、あの時に、「あら、あえて、よかった。ここでお茶しない」と、彼女の方から、言ってくれたら、こういう文章を書かないし、妹が殺されても、そこで、野々村康彦君と小池さんの名前を出すこともなかったと、思いますけれど。残念でした。

 それは、それで、いいのですが、その六年後、妹が殺されてしまって、それで、妹がヘッドハンティングをされた広告会社は、JWトンプソンだと、判ってくるのですよ。(後注1)犬も歩けば棒に当たるは真実で、苦しい事、哀しい事でもやれば何かの役に立つのです。

 しかし、本日は、葉山で、これを配った時の、哀しい悲しい思い出を語りたいと、思います。それは、ですね。BSプレミアムで、本日(=18-2-6)の夜九時から放映をされた、【世界街歩き、パリマレ地区篇 再放送篇】が、嶋田しづさんと、私が、すでに、友人ではないという事を抉るために、再放送をされた、いじめ用番組だったので、人々との縁が切られている悲しみについて、思い出す数々の事を、ここで、一気に、語りたいからです。

 葉山には、栗田玲子さんも住んで居るそうですが、栗田さんは、私の知人ではありません。そうではなくて、友人だと、考えていた人が三人住んで居ます。その三人に、この本を配った日の哀しさを、これから、語ろうとしているのです。それは、実は、2018年、1月28日に放映をされた、NHKスペシャル、赤報隊】が、これまた、私狙いの番組だったので、それを語っていく前哨戦となる予定です。だから、一個人の悲しみを超えていると、信じているので、語らせてくださいませ。

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 このブログですが、最初期の総タイトルは、【株価大暴落と、コインチェック流出問題・・・・・Nスぺ、赤報隊特集と、特大右翼街宣車・播磨屋助次郎・三台が、銀座を闊歩する理由は何だ?】としておりましたが、午後一時に、変更をしました。それは、【株価大暴落と、コインチェック流出問題・・・・・伊藤滋、奥島孝康、成岡庸司、飯田隆、播磨屋助次郎、Nスぺ赤報隊特集と】と言うものです。そして、 

夜の八時に、三度目のモノへと、変更しました。主人が見ていたBSプレミアムの、世界街歩きが、どうも、再放送らしいのですが、パリマレ地区だったからです。どういうことかと言うと、この章の、副題6以降で、マレ地区について書いていますので。

副題1、『私は、最近、またもや、全部を語れない状況に陥っている』

 皆様、このブログを連続してお読みいただいている方には、・そ・れ・を、私が、常に言っていることをご存じだと、思いますが、急にこのブログに入ってこられた方には、・そ・れ・が、通じて居ないと、思いますので、もう一回、・そ・れ・を、語らせてくださいませ。

・そ・れ・とは、ニュースが、私が書いている方向とは、反対の方向へ流れていくという事です。

明瞭な例を挙げると、

 *1)、内館牧子さんが、大活躍をして朝青龍が、横綱を辞めなければならなくなった、第一次・大相撲・破壊・作戦の時も、それは、発見されましたし、

 *2)、旭化成建材が、ずるをしたとされる傾きマンションの、ケースでも、それは、発見をされました。

 *3)、やまゆり園事件など、その最たるものであり、この1月26日にも、一年半・記念・追悼式と言うニュースが流され、またもや、入倉かおる園長と、尾野剛志さん(被害者、一矢さんの父)が、登場をしました。二人とも、もう一般人ではなくて、タレント並の知名度を獲得している存在でしょう。

 という事は、それらのニュースが、すべて、ためにする謀略であったと、言う証拠の一つと、見做される結果になります。何を目的に起案されたかについては、事件が起きた当時の、ブログで、すべて、丁寧に、分析をしてあります。

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副題2、『起案した、連中の中に、むかっ腹を立てやすい人間が居て、・・・・・ばれたか? それなら、そのニュースが謀略ではないという方向で、さらに、事実を積み重ねてやれ・・・・・となって、非常に長期化します。そして、あまり関係のない、大物が登場して、その事件が、あたかも、真実であるかのごとき、印象を一般人に与えます。

*1)のケースでは、八百長問題とか、いろいろ、発展をして行き、

 関係者として、奥島孝康氏という大物が、登場しました。最初期には、東大名誉教授にして、当時は、早稲田大学の教授である、伊藤滋氏が、トップとして機能したのですが、私が、これは、伊藤玄二郎が、伊藤整の婚外子であることを証明する事実だと書いたり、また、伊藤滋氏自身が、そういう謀略を担うには、ふさわしくなかったので、テレビカメラの前で、メロメロになったので、取り替えられたのです。伊藤滋氏は、父親が,従五位の名誉ある地位に就いた後で、東大教授になって行ったので、お坊ちゃまだったと、推察されます。非常にみっともない、姿(きりきり、神経質に、振舞う様子)を見せました。で、奥島孝康氏が、トップの組織に変更となったのです。

 そして、wikipedia では、このケースが、非常に少量になって居て、特に、伊藤滋氏の方では、この事案が出てこない程です。それこそ、この第一次、大相撲壊滅作戦が、どれほどに、いい加減なものだったかを、証明しているのです。目的は日本と単位として考えようと主張している私を右翼とみなして、右翼だから、伝統芸能の一つである、大相撲をいじめてやれば、彼女は苦しむだろうと、言う方向で、作り上げられた、事案でした。

 今般、第二次、大相撲壊滅作戦が、起こされました。私が最近、書いている文章がすべて、深い、深い真実を、書いているものですから、どういう方向でさえ、私をやっつけることができるのなら、それを使おうとして、また、起こされた謀略事案です。で、それの方は、日馬富士の、引退と、貴乃花親方の、理事落選で、一件落着をした(?)らしいもので、一大・現象としては、貴ノ岩が、怪我をしたという事になって居て、ホッチキス状の手術痕が、公開されましたが、それは、わざと、後日、つけられたものでしょう。私が、正しい事を言っているので、慌てて、本当に、大けがをしたという方向で、まとめたのです。ただ、この問題は、以前より、短期間で、終わっています。それについて、私が書いた事は、すべて正しいはずで、後で、リンク先でも、探して、ここに、おきましょう。

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副題3、『奥島孝康氏について、ここで、丁寧に語っておかないといけない。案度目かのことではあるが、フランスと、日本の間に、提携を結ぶことが、庶民を洗脳するのに、最適だと考えられているので、フランスに強い、かつ、政治的な、思考ができて、それに準じて動くことができる奥島氏は、最適だからなのだ』

 しかし、笑止千万なことに、伊藤滋氏の次に、専任された、人物=奥島孝康氏とは、相撲とは、まったく関係のない、高校野球(夏)のトップだったのです。しかし、鎌倉エージェントと私が規定をしている、連中の、現在は、トップであろうと、私が推察している成岡庸司君は、早稲田大学の政経学部の出身で、奥島氏とは、朝日新聞を通じて、交流がある筈です。

 特にその頃に、・・・・・奥島氏が、革〇を退治したのだ・・・・・と、産経新聞のインタビューに答えています。そして、それが、ネットMSNのサイトを通じて、私に判る様に、されました(?) 『産経新聞は、自民党が大切だという主義であり、そこが、新左翼について、取材をするのは、変な事だなあ』と、思いましたが、それこそ、成岡君が、現在、どういう動きをしているかの一端を明らかにすることに役立ちました。連中は、真実を70%は隠しながらも、その一端(15%ぐらい)は、曝したいのです。どうしてそうなるかと言うと、連中が、むかっ腹を立てやすい性格の持ち主だからです。慎重な学者肌の人間だと、実際の運動などには手を染めません。私なども、すべては、わかって居る人ですが、誰とも縁を紡がないし、党派も作りません。常に、私はチェゲバラにはならないのだと、言っています。私は考えることが大好きで、それは、空気を吸うがごとく、常にやっている事であり、その行動は、文章を書くことで帰結をしますが、もし、文章を書かないでいると、堂々巡りになってしまうので、常に、書くという動作を伴います。

 反対に、行動派であって、1960年代は、新左翼の一派である、革〇を率いていた、成岡庸司君は、今では、影の存在として、しかし、数多くの謀略を、裏で、サポートする人として、アメリカ大使館内(他)に、済んでいるでしょう。彼の、性格の表れとして、考えると、その奥島氏が、産経のインタビューに答えた記事は、適切な記事だったとなります。

 奥島氏が、どう動いているかについて、確実なことは、対、私をいじめる方面で、動いているという事です。その一つに、お見合い大作戦と言うのがあります。私の周辺には、ご本人の、または、お嬢さんのお見合い結婚を餌にして、向こう側に吊り上げられた人間が、多数います。

 その一人を仮の名前、EFJKLMN女史と呼びましょう。というのも本人の、指名を、今の私が、忘れているからです。相手から、切られたので、それが、不快だから、忘れてしまいました。アドレス帳をひっくり返せばわかると、思いますが、あまりに多くの固有名詞を、ここに挙げても読者の皆様も、混乱をなさるでしょうから、この女性は、EFJKLMN女史としておきます。

 彼女とは、1998年のパリ滞在で、知り合いました。【お嬢様である事の良さ】と言うエッセイを、メルマガ時代に配信をしています。それで、敵方にリクルートをされてしまいました。ところが、いろいろあって、「彼女は、青森の魚屋さんの娘なのだ」と、教えてくれる人がありました。それで、私はいろいろ、判る事がいっぱいありました。

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副題4、『戦後、女性は、解放をされた。それで、彼女たちなりの勝利を目指して、動き出す』

 私は、子育ての側面において、女性が働く事には、反対をしています。しかし、私の実家では、父が明治生まれのくせに、非常にモダンな人間で、女性も家庭内で、くすぶっているのは、もったいないと、言う主義でした。ただし、モダンで、誇り高い職場に勤務するのが、条件でしたが、結婚後、母を働かせたのです。戦前には、海外との為替を扱う唯一の、銀行であった、横浜正金銀行に、勤務しました。しかし、銀行とは、三時過ぎが大変な職場であり、主婦業とは、両立しないので、日産自動車に変更しました。住居が生麦だったので、そこから通える会社です。しかし、父が、横浜の石油会社から満鉄に職種替えをしたので、満州にわたってからは、専業主婦となっています。それは、今でいうシェールオイル(当時の呼び名は、ケツユガン=頁油岩)が産出する撫順炭鉱近辺には、女性が安心して働けるビジネス社会などなかったからです。しかし、戦後は、また、家庭内に居ながらですが、ずっと働いてきています。だから、私の実家は資産を形成できたのですが・・・・・

 上は、母のケースです。私は両親に、過保護で、育てられたので、どうしてか、収入を得るための、きちんとした労働体験を重ねることができず、ほとんど、一生、無収入です。しかし、怠けているわけではないのですよ。お姑さんが、だいたいにおいて厳しいのに、私が創作をしている姿を見て、「千恵子さん、そんなに、根を詰めたらだめよ。体を壊すわ」と、言ってくれました。常に常に、自分の持っている最大限の力を注いで、努力をしてきたつもりはあります。ただし、外見上の姿は、現代日本社会の勝組とは見えないでしょうね。言葉で、私の生活を説明しても、誰も尊敬をしてくれないし、あこがれを持って、見てはくれないでしょう。しかし、主人に言わせると、「お前ほど、恵まれた人生を送っている人間はいない。だからこそ、精神的な側面で、苦労があるのだよ」と、なりますが。

 しかし、私は、鎌倉の山の中で、一週間・単位で見れば、ほとんど同じ生活を送っている、刺激の少ない人間です。しかし、だからこそ、外を見た時に、よく見えることがあります。

  戦後、女性が開放をされました。で、昭和20年代に最先端の、思考(または、志向)を持っていた女性が何をしたかと言うと、まず、離婚です。1945年より前は、戦争のせいで、戦死者が多くて、男性の数が、少なかったのです。だから、親の決めた相手と、結婚をするしかなかったのですが、戦後の権利拡張運動の中で、今の夫ではなくて、別の男性と結婚をしてみたいという欲求が女性の側に、うまれたのです。しかし、離婚をしたのちの、彼女たちの生活は、それほどには、うまくいっていなかったのです。それは、雑誌とか、新聞とかで、喧伝される社会の風潮とは、実態がかけ離れていることを示しており、女性は、自分が目で見ている実生活上の見聞から、離婚がそれほどには天国ではないと、気が付き始めます。

 では、結婚以外に、幸せになる道は何かないかとなって、「お金を得て(=自立をして)独身で過ごすのもいいなあ」となります。表向きには、女性が開放されたと言っても、実態としては、結婚とは、膝を屈する必要があるもので、そのレベルは、女性の方が、屈辱的に深いでしょうし。

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副題5、『収入が高くて、社会的にも誇りを持てる職業に就くのなら、独身でもいいとして、女性が大学へ進学する度合いが、深まる』

 非常に能力が高い女性は、学者や医者になりました。戦前から、女医は居ましたが、そういうご先生自身から、私は、こういう話を聞いています。「昔は、女性が、医者に成るのは、めっかち・びっこと、決まっていたのよ」と。先生は美女なので、戦時中に結婚をしていて、お子さまもあって、そのお子様の方が、私の学友なのですがね。つまり、「マイナスハンディがあるので、結婚ができないから、一生、くいっぱぐれのない、仕事に就くのだ」と、考えられていたという話です。

 しかし、戦後は、大量の女医さんが生まれ、きれいで、育ちの良い方もあって、結婚するケースも多いのです。しかし、そういう場合、両家の息子さんだが、サラリーマンではない。画家である。などと言う夫と、結婚するケースが多いようです。女医と言う仕事は、夫をサポートできるほど、生易しい仕事ではないので、夫側が、育児とか、家庭マネージングを担ってくれる方が、良いからです。

 学者は、学者同士で、結婚をする度合いが、多いみたいですが、女性の方が優れていて業績が上がったりすると、結局は離婚に成るみたいです。

 さて、一方で、根強い、概念として、良家の子女は、就労すべきではないと、いう物もあるのです。その間隙をぬって、生まれた職業が、画家です。または、染色とか工芸でもいいですが、芸術の道に進むという案です。しかしです。最近ではともかくとして、普通の家庭では、音楽とか、美術系の大学へ、女性をなかなか、入学させません。特に大都市圏、で、中学からお受験制度に乗っかって、私立中学・高校へ通う女性たちは、どうしても、偏差値のレベルで、大学を選ぶので、一般大学を先に選んでしまうのです。

 その上、地方だと、美大・受験に適した良い予備校がないという傾向もあるでしょう。それで、まず、早稲田、慶応、上智、ICU、東京女子大などへ、入ってしまうのです。そのご、自分は、絵を描く才能があると、気が付いて、画家になって行くのですが、それは、なかなか、大変ですよ。美大を出ていても、ブレイクするのは、難しいのに、別の分野から、参入することは、本当に大変です。馬越陽子さんなどは、東京女子大を出た後で、芸大に入学しなおしています。親が、裕福で、学資を援助してくれたので、長期間学ぶことができたわけです。

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副題6、『女性が勝ち組になる道として、もう一つ、パリ留学がある。最近では、ニューヨーク留学も、加えられて居る行先であろうが』

 だけど、もう一つ、道がありました。それが、パリへ、留学するという道です。三岸節子という先例もある事だし。嶋田しづさんという画家が、居ます。この方は、戦時中は、女子大に通っておられたのではないかしら。そして、戦後は、早稲田大学に入学なさったのです。そして、パリへ留学なさったのですよ。::::::::ところで、挿入になりますが、私が、6年間ほど、雪洞祭りを見て居なかった間に、嶋田しづさんも、献灯をなさる様になりました。しかし、場所が悪いです。もし、昔みたいに、今なお八幡宮様と仲良しであって、課長クラスの神官が、きれいなはかま姿で、ぼんぼりのお礼用の、お神酒とか、うちわを、持ってきてくださる間柄であったのなら、私は以下の様に、耳打ちをしたでしょう。「あのね、嶋田先生は、場所を変えないといけませんよ。せめて、舞殿の周辺で、左側の、五百住乙人さんから、数人後か、隣にしないといけません」と言うでしょう。返す刀で、嶋田先生に、電話をかけて、「先生ね。夜、透ける効果を考えないといけません。ご高齢なので、よる、見に来ることが難しいとは、思いますが、アトリエの、電気を皆、消して、ろうそくを立てて、あの紙をすかして、見ないといけません。そうすると、全部が、灰色に見えるという事がお分かりになると、思います。さらに言うと、あれを見る人は、先生の業績を知らない人たちなので、「これなんだろう?」というぐらいの感想しか持ちませんよ。奥谷博先生のトラの絵程の、気合を入れなくてもいいから、銀座百景の、口絵を、そのまま、白黒で、中央より、少し下に、幅6cmぐらいで、横一線に、再現するとかしたら、「あ、この人って、銀座百景の、口絵を描いて居た人だ」と、気が付く、一般人もいるかもしれません。私は、8年間(または、12年間、既に回数を忘れてしまったほどの過去になったけれど)ぐらい出していて、気が付いた諸相です。すぐ、近所に住んで居るので、何回も見に行った年があって、それに、気が付きました。でもね。こんなことを書いても、八幡宮様は、こうおっしゃるかもしれませんね。「いえね。そんなご忠告をいただく必要はありません。私共は、酒井忠康先生の、ご指導を仰いでおりますから」と。もし、そういうご返事を聞いたとしたらですね。私の方は、名にも逆らいませんが、内心では、こう考えるでしょう。『あら、駄目ですよ。酒井先生って、保身の人ですから、面倒なことはおっしゃらないのです。私は、計算をしない人ですから、真実を言いますが、酒井先生だったら、八幡宮様に、恥を搔かせる様な発言はなさらない筈ですよ。したがって、八幡宮様は、何も気が付かないままに、私みたいな人間から、・・・・・あら、美術界の、真実については、何も知らないで、居られるのですねえ。・・・・・と、思われてしまうわけです。・・・・・と。

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副題8、『嶋田しずさんは、早稲田を卒業の後にパリへ渡った。私の想像するに、造り酒屋のお嬢さんみたいで、従って、・・・・・画家になるのには、基本的に、実家が金持ちであるケースが多い・・・・・の、典型だ。私は先生がパリに持っておられる、地下鉄【サンポール】駅そばのアパルトマンを三か月、50万円でお借りした。(それは、無論私費を加算したのだった。国費は、三か月で、合計、100万円なので、住居費には50万円はつかえな。そこは、今は、デザイナーが、集まっていると、聞いているマレ地区であり、私が滞在をしていた、20年前の1998年当時から、その萌芽は、見られたのだった。一、二軒、日本人が、経営するお店があった。

ところで、私は、この町で、郵便局を多用した。それは、パリで、感じたことを、毎晩、エッセイとして、書き、それを、4通のコピーを取って、日本に居る三人の人に送っていたのだった。それを書くのには、嶋田先生が、特注で作ったと、思われる、(日本にも全く同じものがある)背高の、白木のテーブルが、大変役に立った。その部屋は、6畳を縦長に二つ並べた様な、部屋だったが、大きな暖炉と、その白木の机と、絨毯しかなかった。テレビもないし、宅配の日本語の新聞もない。外部からの刺激は、昼間、出掛けた先の版画工房と、地下鉄駅や、電車内で、出会った人たちと、お店の人々だけである。常に、内側から沸き起こってくるものに耳を澄まし、それを手書きで、書き留めていく。それが、どんなに、素晴らしい時間だっただろうか。・・・・・誰かと、交流することは、人間として必要だ。だが創作者としては、明日も明後日も、永遠に関係が続くという人間関係がなかったとしても、瞬間的な、一期一会だけでも、大丈夫だ・・・・・との、認識を得た。孤独と、コミュニケーションのバランスを取る事にとって、この1998年の秋、9月1日から、11月30日までの経験は、最高の、経験だったのだ。

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副題9.「嶋田しづさんのパリマレ地区に在るアパルトマンで、一生で、初めてぐらいに、安心して、かつ、しっかりとした文章を書くことができた。パリへ行く前から、今回は、版画修行と、文章修行の両方ができるだろうという予感があったので、日本に居る三人の友人に、パリからお手紙と言う形で、エッセイを送るので、受け取ってほしいと頼んであった。沢木耕太郎の、深夜特急を真似したのである』

 日本に居る三人の人に贈ったと言っている。その一人は、すでに、ブログで、取り上げているお杏さんだ。彼女は、石塚雅彦さんとの関連で、1965年までは、親切だったのに、1980年には、すでに、威張り返る人となっていたのだが、それでも、外交官夫人であるし、大学時代は、感性の鋭い人の方だと、感じていたので、事前に、お断りをしたうえで送ってた。彼女は、

大森実(=(毎日新聞出身の、政治評論家、晩年は、アメリカ在住であった)の秘書をアメリカで、やった。

そして、もう一人が、中学時代の同期生である、飯田隆君だった。島田先生について、ぐったら、ぐったら、書いて行ったのは、ここに到達する為だったのだ。朝日新聞の記者が銃撃されて殺された赤報隊事件のNHKスペシャルが、1月28日に、報道をされた。それについて、深い解釈を、抱いている私は、ついに、飯田隆君と、私の交流の、本当の姿を語ることになる。どうも、そこら辺りが、目的で、あの番組が作り上げられ、一月の、28日に放映をされたと感じているからだ。飯田隆君とは、朝日新聞社勤務である。大学は早稲田の政経卒だと、考えたいるが、判らない。エリート中のエリートだ。

毎週三回ほど、パリで、習得した、感想を、2000字程度まで、書いて、送っていた相手なのだ。朝日新聞の勤務者で、記者であろうから、文章の読み手として、優秀な人だと、信じて居て送っていた。

既に、水沢勉氏との関係が切られていると前報(後注3)で、語っている。水沢氏は、自動車会社の社長のお坊ちゃまで、慶応大学卒であり、現在は、葉山の美術館の館長だ。

笠松敦子さんは、ご本人から、交流を断って来た。笠松敦子さんとは、プルーストの鈴木新訳とか、ファーブルの、昆虫記などの、大部な全集を、在宅で編集する、独立系編集者である。ICU卒業時は、筑摩書房へ就職。ご主人は、多分東大卒だが、同じく、筑摩書房勤務だ。

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副題10、『時枝裕子さんは、我がの、四人のメンター中、第一位の人であり、彼女と別れることとなったのは、これ以上は無いほどに、つらい事だった』

 5日の月曜日、銀座の画廊巡りの帰りに、有楽町の三省堂で、平台を見て居たら、相変わらず【君たちは、どう生きるか】が、大ヒットの、模様でした。私は、60年以上前の、中学時代に、それを筑摩書房刊で、読んだ記憶があるのですが・・・・・5日の、三省堂では、ポップとして、「メンターのある強さ」と言う惹句が、用いられていました。私は他人の存在を大切にする人なので、一生で、数多くのメンターに、出会ったと、思いますが、自分が、文章を、パソコンで書き始め、メルマガで、配信をし始めてから、強く、指導力を仰いだ、四人が、上に言った四人です。これからは、時枝さんに集中して語ります。辛いので、文体は、非・会話体とさせてください。この一章内だけでも、文体は、混交して行きますが、お許しを、いただきたく。

 時枝裕子さんとは、1990年代には、たびたび二人だけのデートをした。しかし、2008年ごろには、デートをしようとは、提案をしてこなくなり、こちらも、相手との接触を控える様になる。時枝裕子さんとは、お茶大付属高校時代の先輩で、一種のサロンでもあった、OPCで、ご一緒して居て、全体で、50人ぐらいが出席する一橋の学士会館での、講演会の後で、五人ぐらいだけでお茶をしたお仲間であり、30年近い交誼があり、しかも、私にとっては、第一番目の位置に在るメンターでもあった。時枝裕子さんの優れている点は、理工系の学問を東大大学院にまで進んで収めた人でありながら、人文科学系にも強い事だった。カソリックの信仰があり、かつ、和歌の修練がある方だった。実家の姓から考えると、多分、京都の、お公家さんの出身であり、しかも、父君は、戦前の東大卒で、かつ学者であろうと、推察している。これは、お宅にお招きを得たので、何となく、判った事であり、ご自分から自慢をなさる様な人ではない。で、お仕事は、通産省技官にして、特許庁勤務。最晩年は、田中俊一さんが、テレビで、原子炉の事を良く説明する、ああいう諮問会議のメンバーでもあった。ただし、3.11が始まる前に任期が、終了をしている。

 時枝さんの、さらに優れている処は、あまりにもエリートなので、格好をつける必要がない点だった。私もお化粧はしないが、時枝さんもしない。しかも、言葉づかいも、ざーます言葉でもない。官庁に勤務する公務員のことばづかいである。お公家さんの系統だと、わかって居るのに、戦後民主主義時代の申し子だから、むしろ男性的振る舞いもあると、言ってよい。で、寸鉄人を刺すではないが、要諦をつかんだ発言が多い。それで、いろいろな、問題について、見事な分析を果たしてもらう事となる。だから、指導性が高い。それに年齢差もある。

時枝裕子さんは、5歳ぐらい年上で、飯田隆君が、同年齢で、笠松敦子さんが一歳年しただ。水沢勉氏が、10歳以上、下だった。この四人の、すべての相手を、メンターだと、規定して、敬愛をして来た。が、指導性を、一番強く感じたのは、時枝裕子さんだった。 

 しかし、カソリックの関係から、井上ひさしが、乗り出して来たらしくて、向こう側に寝取られてしまった。特に・・・・・お坊ちゃまの、ご出世が、人質に取られたのだろう・・・・・と、推察して居て、仕方がないと、思っている。お坊ちゃまは、欧米の名門大学を転戦している学者であって、すでに、どこかの教授になっておられるかどうか? 数学専門だと聞いているので、フィールズ賞を、既に、おとりになったのだろうか、どうだろうかと、思う日もあるが、すでに、電話を掛ける状況にはない。もし、このブログで、時枝さんが、向こう側の人となっていると、書いて居なかったら、(実態はどうであれ)、狐と、狸の化かしあいを続けて、電話を掛けられる、状況がまだ、残っていたと推理するが、彼等の攻撃があまりに強くて、やむを得ず、井上ひさしを叱るために、時枝さんの変質を書いている.だから、仕方がない。彼女がイエスキリストを信じる人であっても、他人である私より、ご自分のお子さんの方が大切なのは、自明の理だ。

 しかし、時枝さんの、素晴らしいところは、五冊目までは、感想を寄せてくださったことだった。【黄色いさくらんぼ】について、「これは、面白いわ。今までで、一番出来がいいです」と言ってくださったことだ。2008年の事だった。そこまでは、メンターとしての義務を果たしてくださった。深く、深く、感謝している。その本は、本屋では売らないで、たった700冊程度、知人に配っただけなのに、2015年までは、アマゾンで、10800円で流通をしていた。4x6版、並装の、普通の体裁の本だけど、中身はいいと、思う。

 これは、水沢勉氏についても言えることだ。氏にとって、職場の上司である酒井忠康氏に、逆らうなどとは、論外な話だし、30歳以上は、年上である、宮崎進氏に逆らうのも、無理だっただろう。いや、ここで、突然に、水沢夫人との最後の電話の情景を思い出した。それは、時田史郎君とか、その他の葉山に、住む、友人全部に共通する事だから、代表例として語らせて頂きたい。いや、本牧に住む、横山和夫君と言う慶応三田会横浜支部長にも、通じる話なので、語らせていただきたい。

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副題11、『私が、六冊目の本を配りたいと、思っていた時に、郵便が駄目だという事に気が付いた。ひどい話なのだが、郵便で送っても相手に届いていないのだった。こういう時に、郵政民営化は、困る。ところで、クロネコヤマトのメール便も、その頃はおかしかった。それほどに、私の力は大きいのである。このブログの中の文章で、政治的問題がない部分で、個人名も記載をされていない部分を、集約をしたものでさえ、紙の本にすると、それを配る事を、「絶対に阻止してやれ」と言う、運動が、激しく裏で渦巻いて来るのだった。で、仕方がないので、自分で、相手の家まで、配りに行った。電車に乗って、そして、歩いて配って歩いた。本と言うのは、少部数で作ると高いのだ。すべての経費を合わせると、定価、1470円(消費税5%の時代だが)をつけて居ても、実際には、制作費に、一冊、5000円程度かかっている。その上、交通費と時間がかかっている。

 すさまじい真心と、労働が、掛かっている。愛とは、エネルギーであり、それが、多大に、込められている、一種の福音書なのである。そういう認識と自覚があるので、どんな妨害を受けても、私は、配本を頑張るのだった。

 ところで、五冊目の【黄色いさくらんぼ】は、ニューヨークの版画工房内での話なので、銀座で、知り合いに配って歩くだけで、700冊は、はけた。それで、これから、語る葉山や、本牧の住人には挙げて居ないと、思う。水沢先生だけは、美術界の方なので、郵送している筈だが、感想はいただいていない。そういう事と、2007年ごろから、突然に、奥様の態度が、悪い方へ、急変したので、すでに、関係は駄目になっているとは、知っているが、メルマガの読者様であったので、六冊目の、【おばさん、お釣りを忘れているよ】も配布したかったのだ。

 ところで、三浦郡葉山町と、横浜市中区、麦田町と言うのは、相当に離れている。しかし、元福音館社長である、時田史郎君と、今現在は、不動産管理業を行っているみたいな、大金持ちである横山和生君(慶応三田会横浜支部長)が、取った行動は、全く同じであるので、二人に共通する事項は何だろうと、思い始める。つまり、二人が取った行動とは、友達である、私には会おうとせず、本当の友達ではない奥様の方に対応を任せたという点だ。奥様は両家とも、評判の良い賢夫人なので、立派な対応をしてくださった。しかし、裏側の本音も見えたので、どれほどに、哀しかったか。

 ところで、冒頭にあげた西落合の住人である、高校時代の、友人にして芸大卒、JWトンプソンと言う外資系大広告会社の副社長である、小池玲子さんと、その他の住人をどういう順番で、訪問をしたのだろうか? その頃は、税務申告をしていなかったので、スイカや、パスモの記録を取って居ないので、判らないが、すべての、元友人に裏切られていて、だんだんに免疫が強まって行ったのを覚えている。

つらい辛い、思いでの連続だけれど、だんだんに免疫が強まって行ったのだった。しかし、事は山に関しては、その最初の訪問者が時田史郎君であって、ひどい対応を受けた・・・・・という事は、しかと、覚えている。

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副題12、『時田史郎邸、訪問の際に感じた苦しみや、悲しみから、京橋の有名画廊・ギャルリーユマニテが、共同トイレに、鍵を掛けるという弾圧が始まったのかもしれない。金成悠子さんが目の前で、鍵をかける日もあった。それは、前田祝一氏を含む、鎌倉エージェント(=CIA)の全体像を、明らかにするので、しっかりと、書いておきたい』

 時田史郎君と言うのは、実家は、横浜市内に在る筈です。逗子の、一時期はハイランドと言う住宅街に住んで居た人なのですが、最近は、イトーピアと言う住宅街に、転居している人です。逗子駅を最寄り駅とする、大きな住宅街が、五つぐらいあるのですが、小田和正邸がある、通称・ビヴァリーヒルズに続く高級住宅街です。各戸には、三台分の駐車場があります。

 彼の家を訪問をしたのは、2009年の、11月の連休中の日曜日でした。で、お子様方が孫を連れて、来ているという事で、家は全体が賑やかでした。ところが驚いたことに、ご主人である史郎君の方が出てこないのです。それは、今から9年は前のことで、私はまだまだ、お嬢さん気質が抜けなくて、いわゆるぶっちゃけた会話と言うのができませんでした。ここで、もし、私が、「あら、どうして、時田君は出てこないのかしら。私はね。お部屋に、あげてもらおうとは、思っていないのですよ。泥棒が入るので、仕方がなくて、主人と交換で、外出をするので、こんなに夜遅く訪問をします。だから、非常識なのはわかって居ます。でも、この本について、ちょっと説明をさせていただきたいので、ご主人をここに、呼んでいただけます?」と、聞いたらどうなっていたでしょう。

 でもね、ただ、酔っていたので、出てこないというわけでもないでしょう。「とても大切な人からの、会うなという、命令に従っているのですよ」という意思表示だったのです。それが、充分に分かるので、私は、本を奥様に渡しただけで、辞去しました。じったいは、追い払われて、すごすごと、去ったという体たらくです。

 さて、私は、行きは、タクシーを使いました。2千円近くは掛かったと記憶をしていますが、元福音館の社長ですよ。第一部、子供について書いた部分だけでも、読んでもらいたかったのです。それほどに、相手を大切に思っているので、2千円は、惜しくないのでした。しかし、会いもしないで、追い払われたのです。私はプライドは高いのです。そして、中学時代は、入学式総代だし、卒業式総代ですから。しかし、仕方がないので、トボトボと、バス停に向かいました。高級住宅街なので、バスを使う人など、居ないという設定で、バスも運行されているのです。しかも、休日なので、本数は、非常に少ないのでした。まあ、読者の皆様だと携帯で、タクシーを呼べばいいじゃあない」とおっしゃるでしょうね。しかし、その携帯とかスマホを持って出ると、行き先々で、嫌がらせ行為を受けるのでした。GPS機能を美校代わりに使われるのです。こういう場合だと、バスが、間引きされて、二時間ぐらいバス停で、待つという事になります。大船の岩瀬と言うバス停で、過去にそういう目に出会っていますので、携帯を持参しないのでした。

 ともかくその日に困ったのは、トイレに行きたくなったという事です。11月でも寒い日で、傘を持っていないので、おしっこが近くなったのです。今から、9年は前なので、何とか、筋肉の力があったので、我慢ができたと、思いますが、コンビニもなければカフェもない。公衆電話もない場所で、拷問を受けるがごとき、我慢をさせられました。

 ところで、時田史郎君を、これほどに洗脳した人間は誰でしょうか? 早稲田大学卒だから、そちらからの教唆で、成岡君? または、死んでいるという事にされているそうだから、代理人としての飯田君? または、小学校時代の同級生、山路(=高田)弘子さん?

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副題13、『ところで、2011年の五月17日に前田祝一氏より、とんでもない攻撃を受ける。それで、防衛のために、この副題12に書いたエピソードを、下書きとして書き始める。すると、前田氏の要請により、我が家を訪問すると言っていた、鎌倉警察署の、生活安全課の人間は、来ない事となった。

 それで、前田氏は、CIAエージェントであることもわかったし、警察が、その手下であることもわかったし、CIAにとって、時田史郎君が、重要な人物であることもわかった。特にICU卒の、武田秀人さんが、中央公論を辞職した後で、福音館に就職をしている。それも意味がある事だと考えているし。

 それから、みなみアストロロゴスさんと、私の女流展内での、友人、Aさんが、共著で出版した絵本のケースも、私の友人を私から、離反させる目的で、企画をされたという事もわかって来る。アストロロゴスさんは、ニューヨーク親切にしてくださったのだが、そのケースが、私が、女流展への、14年続いた出展を辞めたいと、考えるきっかけとなった。そして、国展への出展も止めたいと、思う様になる。

 公募団体展から、私を引きずり下ろしたのは、時田史郎君である。時田君って、凄い弾丸ですよ。人を、いじめという形で、引きずりおろすのに、これほど、適切な人はいないというほどです。それがあの良質な絵本で、有名な、福音館の社長だから、不思議で、ならないです。

 ただ、繰り返すけれど、時田君をこれほどの、信奉者に仕立て上げたのは誰だろう? 何を信奉しているかと言うと、私が悪人だと言う方向でですよ。その方向で、鉄板的、信仰を持っていると、見えますが、それを、だれが養ったのか? 伊藤玄二郎も逗葉地域の有名人組織を握っていると、思われるので、時田君を支配できるでしょう。また、福音館は、キリスト教系列と言っても、プロテスタントだと、私は考えていたが、井上ひさしだって手を出したかもしれないです。「カソリックだって、キリスト者ですよ。だから、同じ仲間です」と言って。

 しかし、一番影響力が強いのは高田弘子さんだろう。彼女は、フェリスに在学中の、高校時代、AFSでアメリカ留学をしているが、その時に、ユダヤ系の大富豪に、かわいがられて、大学の費用も出してもらい、アメリカの名門女子大ブラウン大学を卒業している。国谷裕子さんも同じ大学を卒業しているので、二人とも、別格の好待遇を、この日本社会で、受けている。ただし、この間、銀座で、ブラウン大学を卒業したというアメリカ人と出会ったが、今では男女共学の大学となっているそうだ。

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副題14、『時田家で、受けた冷遇を経験した後では、水沢夫人の、電話内での、「駅へは、おおくりできません」というお断りなど、苦にはならなかった。しかし、信頼し合っていた間柄が、突然に、向きを変えて、不信の方向へ、向かったのが、その瞬間、明瞭に分かったので、これは、記憶に残った。つまり、私は駅まで、送って、もらおうとは、思っていない。特に水沢邸は、別の本を届けるという形で、昼間一回ほど、訪ねているので、(しかし、ポストに入れて帰っただけで、誰にも会ってはいないが)逗子駅までは、時田邸と比較をすると、はるかに、近い事を知っていた。しかも、バス通りが、二本あって、バスの運行も頻繁だという事も知っていた。だから、送ってもらうつもりなど、まるでなかった。特にその日は、休日ではなかったと、覚えている。だけど、そういう風に(=私が本を届けに行ったら、駅まで、おくってあげないといけないのだと)、前もって、受け止められたのが不思議だった。

 実は、その日も、泥棒の被害を避けるために、主人が帰ってから出かけたので、夜の行動だった。で、葉山の水沢邸のごく近所まで、来ているのに、迷ってしまって見つけられなくなった。静かな地域で、辺りには、誰も通って居なかった。ベルを押して誰かに聞けばいい?と、あなたはお考えだろうか? しかし、私は、それは、駄目だと、考えた。そのあたりは、開発が、昔行われた一帯なので、番地が古い形式なのだ。だから、イトーピアほど簡単ではない。すぐ近所に住んで居ても、バス通り一本隔てると、別の町内会に成ったりして、お互いに知らない可能性がある。私は、その日は、二軒を訪ねるつもりで、両方の家の番地と電話番号を、書いたメモを持って出て来た。ともかく公衆電話を探そうとして、より明るいバス通りまで出た。これは、ひどいロスだったが、仕方がない。例の如く、GPS機能を利用した被害を避けるために携帯を持っていないから、困り切ったが、大きな布団屋さんがあった。普通布団やさんって、早く店じまいをするものだけれど、一種の雑貨屋さんを兼ねていたので、8時過ぎでも、開いていたのだった。助かった。そこの固定電話を使って、水沢邸に、迷っています。本を差し上げたいので、伺いたいので、道を教えてくださいと頼んだ。

 すると、上記のようなご返事があった。不思議な事だと、思った。時田史郎邸から、野良犬の如く追い払われたことは、まだブログには書いて居なかった。それは、とても大切なエピソードだと思っていたので、前田祝一と言う人物がひどい攻撃をして来た日まで、大切に取ってあった。その上に、いったん書いた2011年5月17日も、警察から、「本日は行きません」という連絡が入ったので、その文章は、非公開にしたので、水沢夫人みたいな、一般人が、内容をハッキングできるわけもなかった。だから、水沢夫人は、時田邸で受けた侮辱については、知らない筈なのに、まるで、それを知っているかの如く、防衛を、優先している。不思議な事だった。

 で、私は瞬時にこう考えた。伊藤玄二郎と時田史郎君はやはり、交流があるのだ。鎌倉・逗子・葉山地域の有名人が一堂に会する場があるのだろう。たとえばロータリークラブが考えられる。その二次会等で、お互いに、出版社社長であるという事で、仲良くなった。それで、伊藤玄二郎は、栗田玲子さんを籠絡した様に、時田史郎君も籠絡した。そして、鉄板のごとき、信奉者へと彼を洗脳して行った。何を信奉させるかと言うと、川崎千恵子は悪人だという事を。で、二人は、私をやっつけることに意義を感じて居て、ゲームに買ったかの如く、報告をし合って、喜び合ったのだと、思った。時田君は、あのみぞれの日の出来事を、武勲を上げた如くに、伊藤玄二郎に報告をした可能性がある。で、これは、効果の高いいじめ策を見つけたぞ、早速応用しようとして、葉山に住んで居る時田史郎君以外の、私の知人に対して、駅までは送らない様にと、命令をした可能性がある。

  私はできるだけ押し付けがましくならない様に気をつけながら、早々に電話を切った。そして、相手が来るのを嫌がっているのを知りながら、行くことに決めた。無論のこと、ベルを押すつもりはなかった。水沢夫妻は、仕事上の関係で、学友ではない。美術評論家に対して、私が、もし、画業一本で生きて居るのなら、こちらが下である。だけど、文章を買いている。そういう特殊な表現者として、自分の方は、この本を上げたいのだ。既に関係が切られているのは知っている。本日電話を掛けたのは、迷って、しまったという運の悪さのせいだ。だけど、そこは、運が悪いとしても、自分の初期の目的を、あきらめてはいけない。・・・・・と考えて、本をポストに入れて帰ってきたのですよ。道は、たまたま通りかかった人がいたので、聞きました。

 さて、私には反対に、運がいい事もあるのです。しかし、それは、語らないで、置かせてくださいませ。・・・・・出ないと彼らに即座に奪われるからです。そして、ここからは、嶋田しず先生に戻らないといけないのですが・・・・・

次の日に、加筆します。

 嶋田しず先生はとてもいい時期でも、メンターとは言えない方です。でも、私をサポートして下さった重要な人の一人なのです。そして、あの素晴らしいアパルトマンに、付随して、助けてくれた管理人さんとか、ご近所様とかも、忘れられない。そして、最後の日に、「空港の、土産物店でいいから、ブルーチーズを買って来てね」とおっしゃった、あのきれいな、そして、フェミニンな声。お互いを信頼しきった、声・・・・・懐かしく懐かしく、思い出すのでした。しかし、上に挙げた大切なメンターたちと同じく、私は、その人間関係を切られています。したがって、前報(後注1)に置いた、蓬春特集篇と同じく、私の心の苦痛を抉るために、BSプレミアムのパリマレ地区特集の再放送が組まれ、たのだと、思っています』

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副題15、『この章のまとめ』

 ここで、この章のまとめとして、四人の大切なメンターに戻りましょう。

 その四人ともに相手との関係が切れています。不幸せと言うか、不運の極みと言うやつですね。しかし、物事には、すべて、表裏があり、プラスマイナスがあります。

 この四人との関係が外部から、切られてしまったことにより、私は、真に、自立した人となったのです。強がって言っているのではなくて、人間は、いかようにも可塑性があるという事です。

 しかし、ふと、思い出すのですよ。この四人のメンターとのそれぞれに、宝物のような貴重なエピソードがあったことを。でも、ほとんどを秘密にしないといけないです。ただ、水沢家に、三匹の猫が居るという事も知って居ました。15年は、前の事なので、「今でも元気だろうか?」と、案じていますが、電話を掛ける状況ではありません。

 で、今では、メンターが居なくても生きていかれる人となりました。誰かの、評価を仰がなくても、すいすいと、前を向いて進める様になったのです。そして、選択において、右や左に迷っても、忠告を求めないでも、選択をできています。

   なお、この章は、最初期の主要テーマは、NHKスペシャル、赤報隊特集でした。それについて書くつもりがあったのです。それは、飯田隆君と、関係があると、おもっております。

 成岡君の親友にして、私と成岡君と、そちら、飯田隆君(一時期、週刊朝日の編集長だった)が、同じ中学(=横浜国立大学付属中学時代の同期生でありました。その飯田君を守る(と言う事は、彼が一時期メンターであったという事を書かせないが)ために、赤報隊、特集が放映をされ、銀座に、播磨屋助次郎と大書した、右翼系の、大街宣車が、5日の月曜日に、私の目の前を三台も通ったのだと、推察しています。それについては、詳細は、次の章ではなくて、ずっと、後に語ります。非常に大きな問題なので、簡単には書けません。お待ちください。尚、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、4471274です。後で、リンク先を、丁寧に、すべて、見つけ、→へ→ 本文を推敲します。そのご書いた日付と、署名を入れます

後注1、

日曜美術館で蓬春特集を組んだ。で、親から貰った蓬春の掛け軸を探したが、見つからなかったので、私は六時間程パニックに陥った。だが?△   2018-02-04 18:39:24 | 政治

 

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