銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

監禁事件で、中学生側だけが、お姫様扱いを受けるのは、一ノ瀬智恵子さんに原因在り

2016-03-31 05:37:50 | 政治

副題1、『私は、この二日間、民放のニュースショーを、一個だけしか見なかった・・・・・なぜなら、朝霞の中学生監禁事件はとても、ちいさいできごとだからだ』

  28日に明らかになったのですよね。ASさんと言う中学生が、2年ぶりに、発見をされたと言う事で。この事件ですが、少女の方が、傷つけられていないのです。外見的にはです。心理的に傷つけられたという大報道がなされていますが、それも、部分的には正しいだろうが、私が前報で、言って居た、源氏物語ごっこだろうというのも、正しい部分があると、思いますよ。前報の中で言って居る、寺内樺風と言う容疑者が、この源氏物語ごっこを、解消したいと、思って、彼なりに、計画を練って、言い聞かせて、脚本通りに、少女を動かした可能性が強いです。

 または、少女が、いわゆる源氏物語ごっこで、すでに、処女ではないという事実があって、それを、隠す為に、警察も協力して、一芝居打っている。その芝居には、樺風は、加わっていないが、両親は加わっていると、言うあたりが、真実だろうと、思います。

 足立区綾瀬の、建売住宅(隣との境が、2mは、無い家)の二階で、被害者の股の間に熱したろうそくを垂らしたとか言われ、その加害者側の性的興奮を高めるための、リンチが、40日間も続いた挙句に、死んでしまった遺体を、コンクリート詰めにして、埼玉県の田んぼかな(?)に、遺棄した事件に比較をすると、おもちゃみたいに軽い事件です。

 私が民放のニュースショーを一本だけ見ただけで、それ以外は、一切見なかったのも、少女が、けがをしていなくて、死んでいないのなら、たいした事件ではないからです。私が言って居る、源氏物語ごっこの部分を誰もが想像をするから、ドラマチックに見えて、パンとサーカスの道具と、なって、大ニュース扱いを受けていて、

 千葉大が右往左往して、卒業資格を取り消すだの何のと言っていますが、もしかして、この被害少女の親は、警察か、CIAの特権者なのですか?

 今、2ちゃんねるを見たところ、市橋容疑者でさえ卒業資格を取り消されていないのに、どうして、寺内樺風が、取り消されるのだと、疑問を提出している存在がありましたが、一橋って、外人女性を殺したのでしたよね。母親が、歯医者さんだったかな? 両親そろって、医者だった記憶があります。

 親が医者だったら、卒業生を、虐めないが、親が中小企業の社長だったら、いじめて、卒業資格を取り上げるのですか? 千葉大さん。それって、法治国家の根幹を揺るがすことですよ。人間は、誰もが同じ権利を持っているのですから、すべて、法的には同じ様に扱わないといけません。何を馬鹿なことをやっているのですか。28日にあなた方がい記者会見をして発表をしたことは、幼稚園並みの法律知識しか持っていないと言う事のさらけ出しです。大衆に迎合しているつもりらしいけれど、2ちゃんねるって、大衆そのものですよ。それが、批判しているのに、何を、迎合しているつもりになっているのですか? 千葉大の現執行部と、理事会って、寺内樺風よりも幼稚です。そのの、あほらしさには、驚き入ります。あほらしくて、あほらしくて、見て居られません。

 だから、大急ぎで、前報を書きましたが、私の言って居ることは、根幹は、間違っていないでしょう。だから、民放のニュースショーは見ませんでした。被害者の両親は、自分たちがテレビに出て、ヒーローとヒロインになったつもりになっていて、却って、娘を窮地に追いやっている、是もまた、幼稚な、人間たちです。恥ずかしい。

~~~~~~~~~~~~

副題2、『唯一驚いた情報は、加害者の父親が、鍵の製造会社を、経営していたことだった・・・・・だが、わが家の泥棒は鍵では防げない程、高度な技を持った連中である』

 ところで、今回のニュースで、唯一驚いたことは、寺内樺風の父親がカギを扱う会社を経営していたと言う事です。そうなると、千葉の、3階に在ったと言われる、独り住まいとしては、大きいというあのマンションは、鍵の能力を実験する場所だったとなりますね。(苦笑)

 ところで、鍵と聞くと、思い出す苦いものが多数あります。

 我が家には、数多い回数で、泥棒が、入りました。この件ですが、現在進行形であって、今も入っています。そして、ずっと、終わりがないでしょう。今日ですね。テーブル(食卓)の上に、1981年(今から35年前)の、個展の契約をした際の領収書が出てきました。使用料の全額が126000円であって、その半額を、契約時の5月27日に支払っています。個展そのものは、8月に行ったと記憶しています。後で、案内状を調べればわかるでしょう。

 ところで、その個展を行った際に私は、北久里浜に住んでいました。そして、この個展の後の1985年に、鎌倉へ引っ越してきたのです。この鎌倉の家では、書類を結構整理していますので、こんな古い書類は、この30年間、一回も見たことが有りません。

 しかし、そこから先に書いた、1万5千字が、一瞬にして消えました。久しぶりに出会う激しい攻撃でした。そこには莫大なレベルでの真実が書かれていたのです。きっと、だからこそ、消されてしまいました。それで、それは、復活をさせたいと思いますが、別の文章で、書き、ここでは、一ノ瀬智恵子さんに特化して語りましょう。

~~~~~~~~~~~~

   この続きは以下の文章となって行きます。

急にここで、我が家に泥棒が入る話に、入らないといけなくなった。東芝失墜の理由は?

2016-03-31 01:56:16 | 政治

 

コメント

ここで、急に泥棒の話に入らないといけなくなった。東芝失墜の理由は?

2016-03-31 01:56:16 | 政治

 私は、今、後注1に置いた文章を書いている最中でした。それは、6時間ほどかけて、16000字を超えたところでしたが、作業中に突然に消え去りました。で、最も重要な事を書いていたのだと、思います。だから、前報(後注1)の完成を後にして、こちらを、再開し、復活を急ぎましょう。総タイトルは、小さく見えますが、東芝の失墜にまで、及んでいく壮大なものとなるでしょう。お待ちくださいませ。

副題1、『36年前の書類が突然、わが家に入れ込められる。モノを入れるという形で、脅かしてくる泥棒が、この19日から、27日の間に入っていた』

 最初にその脅かし用の書類の写真を置きます。これは、領収書ですが、36年前のものです。

  銀座に金春湯と言う銭湯があります。その近くのビル、または、金春湯が入っているそのもののビルの三階にあった画廊の発行した領収書です。35年前でしたので、画廊の使用料が今より安かったのです。しかも、前払い分の半額ですので、この安さです。

 昨日(=2016年3月30日)は、私は歯医者とか、株主総会とか、画廊巡りとか、いろいろやって遅く帰ってきました。フェイスブック友達が、水天宮のロイヤルホテルで、パーティ(2万7千円)をするので、場所を確かめに行ったのです。従兄弟が、昔、そのホテルの重役をしていたので、1994年に、一回、その地下の中華レストランで、家族パーティをしているのに、20年経っているので、もう一回場所を確かめたくなったからです。また、4月に歌舞伎を行う明治座の場所を確かめたりしたので、雑用が多くて、12時間以上家を空けておりました。主人が寝る前に、帰って来たのですが、とても機嫌が悪いのです。散らかしっぱなしだというのです。

 でも、私は、水天宮で、五時に一回食事をしているうえに、喧嘩をしない主義の人だから、ハンカチにアイロンをかけたりして、主人の罵りを、やり過ごしたのち、やっと、食卓について、夕食を取ろうとすると、食卓の自分のすぐ、左手側に、驚くべきものを見つけました。それが上に写真を置いてある、36年前の銀座の画廊が、発行した領収書です。

 8月に個展をする予定の借り賃の、半額を前払いとして、五月に支払ったという証です。36年も前なので、画廊の借り賃が安くて、一週間で、126,000円だったのです。その半額の領収書です。

 この個展は、北久里浜に居るころの、1981年にやっているのです。だから、北久里浜在住時に、盗まれた可能性が大きいです。その後、ニューヨークも含めて、八回も個展をしているので、こんな古い書類を取って置いてあるはずがありません。で、これは、北久里浜に住んでいる時期に盗まれた可能性があります。そして、敵さんは、CIAだから、現在も、連綿として、瀬島龍三と、益山重夫の攻撃は続いていて、島田章三さんに、100億円近い金額が、横須賀市から賦与されている裏側(後注2 A~Dまで、4本を置いている)を書いたことへの脅かしだともとることができます。

 彼らの脅かしの形は、今のところ、*1)、パソコンへの妨害的システム破壊工作、*2)知人を裏切る存在へ変更させ、私の気分を悪くさせようとする作戦、*3)NHKニュース内に起きて居る現象(たとえば、IS国のテロ)などを通じて、行うのですが、2007年ごろは、泥棒が、一番大きな、嫌がらせ行為でした。盗んでいく方は、その頃が、もっとも盛んでした。しかし、入れ込むという脅かしもあって、そちらは、短時間でできるので、現在も行われているのでした。

~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『しかし、ここで、泥棒に入ったら、島田章三に関して書いたことが全部本当だと、証明する様なものだから、まさかやるまいと、油断をしていたのに、敵は、裏をかいてきたのだった。でも、トカゲの脳味噌だからできるとも言えるのだが』

 敵が困った時に使う手立ては、もう、一つ別に、音があります。特に鶴岡八幡宮様が、立てる音は脅かしに使われます。また、最近急速に使われるのが、西隣の白井・小野寺夫妻が、午前1時から、3時の間に、二階とか、一階のだれもいない部屋の、天井灯を付けていると言う事があります。この25日にも行われました。そして、私が居間から寝室へ移動をすると、その天井灯の点灯を見たとカーテン越しに、白井家に判るので、白井家が消すという仕組みが、行われるのです。これは、前田家が、午前零時まで、行って、それと連動する形で、行われます。

 後、私がこのブログに、過去、その人物のやった事を書いた場合に、その人物を目の前に表させて、どうだ、恥ずかしいだろうと、思わせる手立てもあります。私はそういうことは、すでに、理解しているので、引っかかりません。そういえば、22日、など、4人ぐらい動員を掛けられていたと思います。24日は、後で、スプーンに関する泥棒の話で出て来る、人物なので、実名を避けますが、O氏が意味ありげに表れて、25日は、Y夫人が意味ありげに表れました。このY夫人の夫が、今回の、侵入者である可能性があるので、誣告罪を避けるために、ここでは、Y夫人と記号だけで、表します。

~~~~~~~~~~~~~

副題3、『私は、泥棒を、恐れて、経理帳簿も、二重につけるほどだった。でないと、膨大な時間が無駄になるから・・・・・瓜南直子さんの、死の真相』

 この泥棒ですが、最も大きな被害は、写真とか新聞記事(特に両親のもの)の切り抜きです。また、本を出版する為にキーとなる資料もあります。映画【TOKYO】の、プログラムとか、映画【靖国】のプログラムは、その点で大切でしたが、気が付かないうちに盗まれています。どうして大切かと言うと、文化庁が、日本をおちょくって来るこういう映画に、800万円の資金援助をしたことがプログラムには書いてあるからです。

 そして、島田章三さんに引き続いて、何番目かのライバルとして使役をされた瓜南直子さんが、散々な、レベルで、あすハガレンと言うからかいをして来たり、映画のプログラムに関して、こちらのお株を奪って、投稿を始めました。
資料は、伊藤玄二郎たちから与えられていると思います。

 最もひどいのは、金田祐(または、佑)子さんと、組になって、ものすごいいじめをして来たやり取りがあるのですが、すべて、削除をされています。何時間もかけて、全投稿をチェックしましたが、無いです。二階も三回もチェックをしていますが無いです。連れ合い(=事実婚)の伴清一郎さんが、直子さんのアカウントを知っている筈もないので、そう言う事を、するわけもないので、是もまた、瓜南直子さんが、CIA(ここでは、具体的には、伊藤玄二郎だろう)によって、使役をされていた人だと、なってきます。

 元に戻ります。映画のプログラムが無くなっていることをはじめ、ともかく、泥棒が入るので、私はありとあらゆる部分で、防衛をしています。この2016年3月15日までは、経理帳簿を、いつも、銀座へもっていっていたほどです。私が帰宅する前に、主人が寝てしまいます。その間に泥棒が入る可能性があるからです。でも、だんだん厚くなるので、ついに、二重に作ることとしました。一冊は隠して外出しますが、一冊は持って出るという形です。

 よく脱税者が、二重帳簿を作っていたと、報道をされますね。ああいうものでは無くてただただ、単純に全く同じものを二通作るのです。泥棒から防衛をする為に。でないと過去に記帳をした膨大な時間が無駄になるから。しかも忘れてしまって再現ができなかったりする可能性もあるでしょう。だから、一から十まで、二重にします。みなさんは、パソコンを使った、i-tax を、利用すれば楽ですよ」とおっしゃるかしら。駄目なんです。ネットを使うことはかえって破壊を受けるし、何に使ったかを、又種にして新たないじめを招くでしょう。紙の方がいいのです。 

~~~~~~~~~~~~~

副題4、『瓜南直子さんが、映画のプログラムを、種に、投稿をしたことが、ここで、重要になってくるのだった』

 瓜南直子さんが、島田章三さんの次の、何人目かの存在として、私のライバルとして、機能していた数年間があります。

 苦労に苦労を重ねていますが、だからこそ、私をいじめる人に早めの死が賜るのですよ。瓜南さんは、逆らえないところがあったのでしょうが、軽はずみに、過ぎました。きれいな容貌の女性だから、人生において他人から常に、甘やかされてきたので、真実に触れられないところもあったのでしょう。

 ところで、彼女の何が問題だったかですが、全日本あすハガレンと言うのも大問題だったのですが、映画のプログラムについての投稿も大問題だったのです。ここでは、その二つの問題のうち、映画のプログラムについて述べます。映画【靖国】に、文化庁が、800万円の資金援助をしています。あの映画が、とんでもないものだった人は、靖国神社境内の、どこにも刀鍛冶の、作業場が無い(実際は四国だったのだが、ザッピング効果で、靖国神社がいまだに、日本刀(特に軍刀)を作っているかのごとき誤解を与えます。そういう映画に、国民の税金を使ってはいけません。だが、映画【靖国】の方は、国民的議論を呼んだので、まだ、よかったのですが、映画【TOKYO(第二部)】の方は、監督がフランスの有名人レオスカラックスだったので、誰も批判をしていませんが、恐ろしいほどの、悔日映画です。日本をからかいきっています。その上、こちらも、いまだに、日本が、軍国主義であるかのごとき、誤解を与える仕組みになっています。

 この映画については、佐藤忠男氏が、只一人、日経新聞の、【文化往来】と言うコラムの中で、批判をしていますが、他の批評家やライターはレオスカラックスの盛名に対して、平身低頭です。ところで、この映画にも、文化庁は、800万円を出しています。そして、それは、プログラムにしか書いてありません。

 そのプログラムが無くなっています。泥棒が盗って行ったのです。しかも反対に瓜南直子さんは、バックから支援を受けて、プログラムを与えられ(鎌倉に、映画の資料を集めているバーがあるので、そこで、伊藤玄二郎と一緒に飲めば、自由自在にプログラムを選ぶことができただろう。でも、だからこそ、彼女は急速に肝臓を悪くしたのだった)、多大な投稿を始めるのでした。だから、彼女の最後の一年間は、CIAの核弾頭として、機能することに充てられていたのです。 

 しかも、私は長時間かけて、この2016年に入ってから、彼女のフェイスブック紙上の全投稿をチェックしていますが、この手の問題がある投稿はすべて、削除をされています。彼女には事実婚としての連れ合いである判清一郎さんがいますが、伴さんが、瓜南さんのアカウントを知っている筈もなく、かつ、膨大な時間がかかる、この種の削除作業を彼がやっている筈もなく、これは、すべて、CIAもしくはその手先の警察の手による処置でしょう。

 でも、瓜南直子さんの死程、天の采配を、私に感じさせてくれたものもないのです。そして、これが、三度目でした。石川和子さんの、死、鶴岡八幡宮の大銀杏の倒壊、そして、瓜南直子さんの死と。

 何を命令さ れても他人を見下したり、いじめたりしてはいけませんよ。特に私の様に、普段膨大な被害を、悪い人間から、こうむっている人間には、神様の庇護があるので、私をいじめるの など論外なのです。

 プログラムの中にしか、文化庁が、こんな映画に、800万円も補助をしたという情報が出て居ないので、プログラムが大切なのです。そして、この映画を見た、すべての海外の人は、日本と日本人を嫌うでしょう。そして、DVDが出て居ますが、重要な問題点は、削除されている筈です。短縮版と銘打ってありますし。

 で、そういう重要なプログラムも盗まれていることに、2011年に、瓜南さんの投稿ゆえに、気が付いて、それ以来、すべての書類は、点検をしています。毎週全部ではないですよ。だけど、これが、重要だろうと、思うもの順に、頻度を、高くして、点検しています。

 だから、36年前の領収書など、わが家には、無かったと言う事も断言ができます。

~~~~~~~~~~~~~

副題5、『千葉景子法務大臣が、死刑場公開をしたのも、すべて、上記の映画が、原因である。カラックス監督は、たった2週間で撮り上げたそうだが、あまりにも甘やかされているので、この映画の主題は、井上ひさし原案だったのではないかと思うほどだ。ところで、日本の政治家なら、私の意見を大切にしないと成らないのに、反対方向に動くのは、谷垣禎一氏が、伊藤玄二郎に絡めとらえていて言うなりだからなのだ』

 最近の一週間に、死刑執行が、現職の大臣の下で行われ北九州の黒い看護婦として有名な、吉田某女に対して、死刑が、執行をされました。彼女は正真正銘の悪女なので、どなたも批判をしないと思いますが、これらは、すべて、私が、上記の映画、【TOKYO(第二部)】を批判し始めてから起きて居ることです。と言うのもレオスカラックスは、裁判所を、東京裁判を彷彿とされる法廷として、しかもからかいきっているのですが、死刑執行の場面だけは、本物の、現在の日本の形状を使っているからです。殺されるのは、ポンヌフの恋人で、主役を果たした、ドゥニラバンと言う俳優で、メルド語と言う世界中で、彼しか話せない言語を使うという設定になっているので、観客を煙に巻いていますが、

 本質は、世界中の人間が、日本人を嫌う様になる映画です。瓜南直子さんは、今でも大人気みたいです。「そうですか」とだけ言っておきましょう。

~~~~~~~~~~~~

副題6、『2016年3月25日にY夫人が目の前に、現れたからこそ、警察が、CIAの私兵化している事が、確信をされた』

Y夫人は、ここでは、絶対に現れてはいけない筈なのに、現れるので、不思議だった。しかし、25日に避けられない形で、彼女が、現れた5日後に、上の領収書の、置き脅かしを発見して、彼女は、その時点で、この脅かし策を既に知っていたのだろうと、私の方は、推察し始める』

 Y夫人は、私の目の前に現れてはいけない筈なのです。一応ですが、私は、水を使った私への、殺人未遂をはじめ、彼女の悪女ぶりをすべて、書き表しています。その殺人未遂にタイミングを計るために、使われた、未婚のお嬢さんの一家は、「ここに住み続けも、悪人に一度でも使役をされた限り、救い手はいないのだ」と、悟って引っ越していきました。だから、Y夫人が何かで、動けば、当然のごとく、第二、第三の、犠牲者が出るはずです。

 彼女は、ここに引っ越してくる前に、三人のお子さんの実母を追い出していますね。もしかするとその実母は、その苦しみが原因で、その頃(=1980年代)に、死亡しています。23歳を過ぎている筈の、お子様が、いじめられてもいじめられてもセキとして声も出ないというほどに、萎縮をしています。で、実母は、略奪婚が成立する前後に、自殺したのではないかと、推察するほどです。偶然に通りかかった時に、何度も、継子いじめの現場を目撃しています。

 その手の悪辣さの果ての集大成として、『六頭身だった。目の前を、威張って威嚇をしながら歩くので、それが、判った』とまで既に、私の方は、言っています。もし、もう一度、目の前に現れれば、更に、はっきりと書くでしょう。

 と言うわけで、25日に彼女が目の前に現れたからこそ、ここで、泥棒の、一部は、Y氏であって、と、書きましょう。

 どうしてかと言うと、Y夫人は、この領収書の事を知っていた可能性が高いのです。その時に、これが、すでに、座布団のしたとか、新聞の下と言う形で、このわが家の居間へ入れ込められていたか? 未だだったのかは知りませんが、ともかく、夫婦の間で、この領収書の事はすでに、話し合われていて、この領収書で、完璧に私がビビりまくり、壊滅できると、思い込んでいた可能性があります。

 で、こういう風にあるラインで、攻撃を仕掛けて、それが、成功するとみるときは、何重にもダブって、攻撃をかけて、こちらを弱体化させようとするのが、彼らの手なのです。で、嫌い抜いているからこそ、目の前で、すれ違う様にさせ、かつ、堂々と、勝っているという様子をY夫人が私に対して見せ付ければ、『彼女(=私)は悩むよ』と、彼等、CIAの手先どもは思う様です。

 ところで、36年前にすでに、北久里浜で盗まれているその領収書が、どうして、今、わが家に入っているのでしょうか?

 その謎の解明に当たって、一つのラインは、CIAが保存をしていたそれを、安野氏が、受け取り、他のケースと同じく、入れ込む形の泥棒として、私が、昼間寝室で、寝ている間に、居間に、入れ込んだという案です。

 間に立ったのは誰か?  ここで、警察が、Y家の門前に置いた看板が問題となります。ここまでで、消えた、1漫六千字のうち、9000字ぐらいを復活させました。しかし、ここで、中断として、この先は、4月1日に書きたいと、思います。24時間起き続けているので、脳をこれ以上使っても、いいものは書けないと思います。お待ちくださいませ。

 

 

後注1、

監禁事件で、中学生側だけが、お姫様扱いを受けるのは、一ノ瀬智恵子さんに原因在り   2016-03-30 21:48:42 | 政治

後注2、かのj

*A)70年代に既に、版画一枚が8千万円で、市に買い上げられて居た【島田章三】の陰に居る悪者達☐ 2016-03-19 06:22:19 | 政治

*B)国展支部展を【鵠展】と銘打たせた、島田章三氏の、黒い支配欲と政治力  2016-03-20 23:43:09 | 政治

*C)国画会剽窃事件・・・・井上ひさしの森村誠一に対する嫉妬が裏にある?(島田章三、草間彌生、渡辺眞利)   2016-03-21 07:12:40 | 政治

*D)島田章三が、CIAの【鉄砲玉+可愛子】ちゃんであるからこそ、ANAsystem障害(16-3-22)が起きた  2016-03-22 21:09:31 | 文化、芸術、書物 

コメント

源氏物語ごっこだった筈の事件で、卒業資格取り消しですって。千葉大の拙速大衆迎合主義を笑う

2016-03-29 06:01:25 | 政治

 わが家での今朝の話題です。

 28日に静岡県の伊豆で、自殺を図ったので、血だらけになって、発見をされた、誘拐犯の、寺内樺風容疑者が、千葉大の卒業資格を、取り消された、または、取り消されるらしいことを、話題にして、「資格なのだから、取り消す必要が無い」と、主人が言いました。

 あのね、千葉大って、一種の象牙の塔なのですよ。象牙の塔は、世間からは、超越をしないといけないのです。別に、威張っていていいと言っているのではなくて、こういう時こそ、毅然としてほしいです。自らじたばたと動いて、自らの大学の名誉をさらに、傷つける様なバカげた行いをしないことです。

 大衆の、パンとサーカスの犠牲になっているニュースに迎合する必要はないです。何を勘違いしているのだろう。大衆の人気とか評判を気にする必要はないのです。特殊な人間は、どこにでもいるのですから。寺内と千葉大は、関係が無いでしょう。千葉大で、誘拐の手法を教えましたか?

  さて、ここで、更に五時間後で、テレビ朝日の、午前中のニュースショーを見た結果、語ることを付け加えます。それは、ですね。彼が卑劣だと、連呼されていたので、言うのですが、頭がいいのは確かでしょう。頭がよかったら過去の探偵小説他を、研究して、どうしたら成功をするかは、考えるはずです。それが、卑劣だ、卑劣だと、言われてもねえ・・・・と言うのが私のその番組に出て居た人達への感想です。容疑者に対してではなくてです。

 だけど、被害者側には、一切の責任を負わせないで、彼とか、千葉大だけに、どうしても問題点を、移行して置きたいのなら、この青年にとっては、影の主因として東大が、あっただろうと、成ります。

 こういう付属を卒業した青年(ブランド志向が強い筈)にとって、東大に、合格(または、受験しても合格する見込みがないので、最初から受験を)しなかったことが、大きな引き金になって、犯罪の実行に至った可能性はあるのです。千葉大に、直接の、責任はないが、千葉大が、彼にとっての、第一志望ではなかったという部分に対する心のケアは、必要だったかもしれないとは、思います。だけど、それを言ったら、切りが無いですよね。東京圏では、東大以外は、すべての大学にそういう傾向はあります。

 ICUでも、1963年の事だったと、覚えておりますが、同期生で、大変な上流階級の、おぼちゃまが自殺をされたと、急に聞きました。個人的には、会話をしたこともないというほどに、無縁で、親しくはなかったのですが、試験中に目が合って、目だけで会話した(「ほら、あなた、白昼夢に浸っていないで、今は、この試験に集中して。問題が易しすぎるなんて思わないで」と私が合図をした)その時から、どこか気にかかる処が有って、只一人のICU同期生として、そのお葬式に行きました。どうしてか、高校(御三家の一つで、超が付くほどの名門校)時代の友達も、大学時代の友達も一人も来ておらず、内向的な少年だったことはわかりました。

 「教会では、普通は自殺者の、葬儀は行わないのだけれど、あまりに純粋な少年なので、しかも、母君が信者なので、葬儀をここで行います」と、本郷の教会の、牧師さんがおっしゃっていました。このお坊ちゃまも、東大へ、行かなかったことが、自殺の一つの、原因だっただろうと、私は思いました。学問に関しては、大変な名家である家のお坊ちゃまだったし、ご親戚を見ると、すべて、『東大卒だろうなあ』と、思われる容貌と雰囲気のある人ばかりでしたし。

 他者を傷つける。または、自分を傷つける。どちらかに走ってしまう。それほどに、有名高校卒、または、名家(江戸時代から続く、名門武士の家)のお坊ちゃまにとっては、東大は、大きなものなのです。74歳になっていて、東大卒の人間の、欠点をつぶさに見続けている私から見ると、「何を、あなた方は、あほなことに、こだわっているのですか」と、思いますが、23歳までの青年には、重要な事なのでしょう。

 ところで、千葉大さんへ戻ります。どうしても何かを発表をされたいのだったら、『この事件は、特殊なケースだとは、思いますが、これからは、学生の生活面にも、当学の方で、気配りをいたします』とでも、発表をしたらいかがですか? そして、学友同士で、自宅、特に自室を、訪問しあうシステムを作り上げるのです。「アンケートに、実名で答えてください」と、言う形式で、年間、4回は、恋人でもない、同級生、または、同ゼミの学生を、単独、または、複数で招いて、お茶会をするという規則を作るのです。そうすれば、秘密の部屋など、無くなるでしょう。
 教授の自宅訪問などは、駄目ですよ。学生同士でいいのです。遠くに住んでいるケースでは、交通費を補助するとか。・・・・・こういう事件の後での、名誉の回復には時間とお金はかかる筈です。

 ちゃんと入学試験を通って、四年間勉強をして、卒業まで行っているのだから、その後の発覚で、こう成ったのだから、取り消す必要が無いと、言います。

 私ね。この事件で、被害者は、殺されていませんね。精神的には、ひどく痛めつけられたかもしれませんが、一種の源氏物語の世界でもあったと、想像するのです。

 光源氏は、幼いところのある、・・・・・したがって処女でもあった・・・・・紫の上を、愛します。ほかにも大勢の女性がいるのですが、紫の上をとても大切にします。そして、ある種のパラダイスを経験します。そののち苦悩も経験するので、源氏物語とは、実は仏教の世界を表しているという説も大きいものとして、存在します。

 今ね。源氏物語は大成功を収めております。そういう時代なのです。

 そして、現代語訳を、した著名人としてもてはやされているのが、瀬戸内寂聴さんです。今、念のために、wikipedia を開くと、読者数をどれほど、獲得したかは、判りませんが、13人の、日本語へ、現代語訳をした文筆家がいます。

 しかし、そのうち、あまり、有名でないものを取り去ると、人々が話題に上らせている、訳者を、初期から、上げると、与謝野晶子、谷崎潤一郎、瀬戸内寂聴、林望の、4名です。そのうち、林望氏は、生活上問題が無い人ですが、それ以外の、3人は、普通だったら、世の中の批判を浴びる様な生活を送った人々です。与謝野晶子だけは、夫婦関係を円満に行い、たくさんの、子供を持ったのですが、プラトニックラブとしては、いろいろあったと、思います。

 谷崎潤一郎も同じです。ところで、私は現代語訳としては、谷崎のものを読んでいます。それ以降のものは読んでいません。

 しかし、ですね。瀬戸内寂聴さんには、どうして、あれだけのファンがいるのか不思議でならないのです。『あの人に向かって、きゃあ、きゃあ、言って歓声を上げて、説教を聞きに集まる女性たちは、瀬戸内寂聴さんの事を、どこまで、正しく知っているのだろうと』と、思うと、『まったく、実像を、知らないのではないかしら』と、思います。

 あなた、普通に家庭の主婦をしていて、子供が、4歳の時に家出ができますか? それって、鬼の様な母ですよ。または、勝手きわまりない、わがままものです。瀬戸内寂聴さんのやったことと、今回の青年のやったことを、天の視座から見て比較をしたら、瀬戸内寂聴さんのやったことの方がずっとあくどい事です。

 それでも、彼女が大衆社会から、裁かれないのは、戦後、本が、多数売れている時代に作家になったと言う事と、賢いので、目端が利いていて、テレビの世界へ早期に、進出したからでした。

 しかもですね。付き合ったご主人以外の男性が、二人彼女が、原因で死んでいます。別に彼女が包丁で、刺したとか、紐で、結び殺したというわけでもないのですよ。でも、自殺に追い込んでいます。自殺はしなかったが、傷ついたであろう、最初のご主人を入れれば、三人も傷つけていますね。さらに、あれこれあったと、思いますよ。岡本太郎の、実質的な妻であった敏子さんが、非常に嫌がってるではありませんか?

 ところで、誘拐を主とした犯罪デモで、もっと、陰惨なものがありますね。足立区綾瀬が、40日間に及ぶ、リンチ事件の、挙句の果ての、殺害現場であって、その後、コンクリートづめの遺体が、発見されたのが埼玉県だった、少女コンクリート詰め殺人事件は、今回の事件と比較をすると比べ物にならないぐらいに、ひどいです。
 あれは、ひどいです。しかも、主犯の少年は、非常に早く語句を出て、既に、被害者と、同年齢に達した娘がいるとも、風聞で聞きました。それに比較すると、こちらは、事件の正確が全く違います。18歳(または、19歳)と、23歳の違いで、これほどの、差があるとは、変ですね。

 千葉大の、学長と、それに協力した教授たちって、非常に、浅はかですね。刑が決まってもいないのに、こういう軽率なことをする。大衆迎合主義です。被害者の両親が、記者会見をしたそうです。モザイクで、顔を隠していましたが、何をどういう風に報道をされても、誰もが、この私が想像をしている部分は、想像をしている筈です。

 光源氏が、紫の上を、愛した様な部分は、絶対に在ると、思う。そうなると、ともかく、被害者の方も、ひそやかに生きるのが、ベターだと、思いますね。私は、これは、鹿島でいいから、引っ越した方がいいねと、昨日行ったのですが、この記者会見報道を見て、この世の中の人の判断力がみんな、間違っているのに、驚きました。

  この初稿を書き始めてから、4時間後にそれも書くべきだと、思ったことは、これは、多分ですが、青年の方が重荷になったのです。それで、静かに返したいと、思ったのでしょう? で、親に電話できるほどの小銭は、見つかる様に、置いて行ったのではないですか?

 少女は、親に一番最初に、電話をかけているでしょう。普通の親だったら、すぐ迎えに行きます。交番にでも、行って待っていてねと、言う筈です。だが、110番しなさいと、助言をしたのでしょうね。ここは、この両親がおかしいです。だから、家から出てもいいかなと、少女が最初の一週間ぐらい思ったのだと、推察しますよ。この少女側の両親も、問題が有る筈です。でも、一応創造の上では、ひそかに両親の元へ少女を返し、自分は、まったく新しい人生を始めるつもりだったと、私は推察します。しかし、少女の両親が、マスコミに出ることを好んでいるタイプだったので、青年が、思っていた通りではない展開になったので、青年は、自殺をしようとしたのでしょう。

 でも、本当に自殺をするつもりなら、真鶴岬あたりで、海に飛び込んでしまえばいいのですよ。それが、確実です。しかし、女の子の方も青年の方も、しっかりと育てられていないので、中途半端なのです。青年の方には、助かりたい、思いもある。本当に反省しているほどの、恐ろしい犯罪だったら、出てくるはずが無いですね。血が垂れるままに、藪の中で、隠れ死んだはずです。

 だから、これは、真相はやはり、夢物語なのです。一種の源氏物語ごっこなのです。テレビで、いろいろな人が、したり顔で、さぞ怖かったのでしょうと、言っていますが、嘘でしょうね。二人の間に、セックスまであったのか、どうか? 『そりゃあ、やはりあったのでしょうね』と、・・・・・そういうことを世間が想像をするから、実の両親が、記者会見をするのなど、論外な話なのです。

 少女にとって、将来、最もいい解決方法は、二人が結婚をする事です。ただし、間を、10年ぐらい開けること。その間に、二人とも、心理的に、成長し、成熟をする事。そして、お互いを本当に思いやり、助けられる年齢、例えば、33歳と25歳になった時点で、結婚をして、こんな事件をだれも知らない(と言うか忘れている場所)で、暮らすこと。それが、いいでしょう。小説みたいだけれど、少女にとって、これほど、濃密な関係を築いた男性の

 他の男性との関係がうまく行くとも思われないので・・・・・

 すべての事件で、加害者と、被害者は、表裏一体なのですよ。この少女は、FNSで、両親の不和等を、登校していて、すでに、青年と、意気投合をしていた可能性もあります。だから、これほど、大きな事件とかした両親の、『110番しなさい』が、大ミステークだった可能性は強いです。警察を関与させると、うまくいくものもうまくいかなくなります。ここで、黒字の部分へ戻ります。それは、5時間前に書いたので、ダブりますけれど。

 我が家では、もしかしたら、この両親は、本当に離婚をしそうだったのではないかと、言い合っています。それでないと、少女がそんな言葉に騙されるはずが無いです。また、急にそういうことを言われて、車に乗るかなあ。どうしても、それ以前に、どこかで知り合っていて、いろいろ、楽しい事を、言われて、半分は、それでもいいと、思って、ついて行ったのではないかなあ。二人は、それなりに、パラダイスを楽しんだのではないかしら。

 少女の方は、テレビゲームなどをして、学校へ行かないで済む生活に、魅力を感じて、おぼれたとも考えられるし。だって、寺内が、千葉大へ通っている間、薄い壁を叩いて、隣の人間に、助けを求めることだってできるはずですよ。何だか、ばかばかしいです。両親は、お子さんを含めて、大衆のパンとサーカスの供物になっていて、それを、偉くなった様に、誤解をしているのではないですか。おちうさんの声がテレビに出ましたけれど、甲高いちゃらちゃらした声で、私が想像している通りの、軽さがありますね。

 昔、葬式ごっこを、学校でやられてしまって、おばあちゃんを頼りに岩手県まで行ったのだけれど、改札口を出るほどのお金を持っていなかったので、駅のトイレで、自殺をしてしまった、髪さえきちんと切ってもらっていなかった鹿川君の母親とそっくりです。母親の方は、最高級のマッシュルームカットで、髪のおしゃれして、上等なセーターとカーディガンのアンサンブルを着て、テレビカメラの前に立って、話をました。いやな女の、最高の例だと、思った、あの鹿川夫人とそっくりです。

 外部から見ていて、非常に嫌な感じでした。今回の事件の方ですが、両親が、犯人に対して、怒っていて、記者会見を、どうしても行いたいのなら、自分たちは辞退をして、探すのを協力した人だけに、お願いしたら、それでいいでしょうに。

 東大卒業生だって、事件を起こしていますよ。光何とか事件と呼ばれている筈です。

**********************

 それから、前報が途中になっていますが、将来暇な時に、完成させます。それは、特権者が、税金を恣意的に使っている話へと、結び付いていくのですが、まだ、そこまで到達していません。そして、国立大学が独立行政法人となって行った成り行きと、原因も語ろうと思っておりました。

 千葉大の関係者って、浮足立ちすぎですよ。独立法人化って言っても建物とか、施設は、過去の蓄積があるでしょう。100%の私企業ではないのです。

 ただし、鎌倉エージェントたちが、自分たちが、過去に犯した、不始末を、片づけていくために、どれほどの、税金が、使われてきているか。それを、私が書いているからこそ、独立行政法人化などと言う事が起きて居るのですよ。

 前田祝一氏と、安野忠彦氏が、学部(大学へ入学してから、4年生までの事)をどこの大学を卒業したかは知りませんが、それ以外の、伊藤玄二郎(中央大学)、井上ひさし(彼は今も生きています=上智大学)、酒井忠康氏(慶応大学)、石塚雅彦氏(ICU) 、成岡庸司(早稲田)などは、すべて、私学の卒業生です。だから、国立大学いじめなど、お茶の子さいさいで、思いつくのです。安倍総理も成蹊大学出身だし。ところで、私も大学は私立(ICU)ですが、高校が、お茶大の付属なので、政府の決定を、非常におかしいと思っていて、いずれ、読者の皆様が納得をしていただける形で、そこまでの、因果関係を書くはずで、それが、できるると、思っている次第です。何度も繰り返す様ですが、この下に置いてある前報(後注1)も、それを目指して書いている途中です。まだ、未完成ですが・・・・・

 除染と、防潮堤のかさ上げとか、土地のかさ上げなどに、数十億、または、数百億円がかかっているでしょう。それとか、エジプトに、256億円とか2兆とか。また、きのうですか?ジンバブエの90歳を超えている長期政権保持者と安倍さんは、会見していますが、また、どれだけ出すんですか?

 皆さん、賢くなってください。澄んだ目で、しかも、まともな目で、ニュースを点検してください。この国の劣化が激しすぎることがお分かりになるでしょう。そのほとんどは、鎌倉エージェントに原因があるのですよ。本日は。千葉大が、劣化していることを特に取り上げました。

 むろんの、事、大阪(国立)大学付属池田、中学と、付属池田高校を卒g補油をしたらしい寺内樺風の、両親も、隠された問題があったと、思います。また、被害者とされる少女の両親にも無論のこと問題があったはずです。だって、千葉のマンションって、音が壁を通じて筒抜けだったというではないですか。少女が、テーブルとかテレビとかを、隣にぶつければ?????? 

尚、このブログの、2010年より数え3435194です。

 2016年3月29日、  雨宮舜(本名、川崎千恵子)

後注1

また、顔にけがをしてしまって、疲労困憊で、睡眠がぐちゃぐちゃになっていて(苦笑)   2016-03-28 02:31:30 | 政治 

コメント

また、顔にけがをしてしまって、疲労困憊で、睡眠がぐちゃぐちゃになっていて(苦笑)

2016-03-28 02:31:30 | 政治

 この文章は、本当なら総タイトルを、『葉山の美術館は、勉強用と言う意味では、練馬にも追い越されそうだ・・・・・酒井忠康、』のままにしておきたいところですが、三日間、同じものをさらしていて、4日目には、相当字数を加えてありますが、しかし、どうして、こういう風にちんたら書いているかを、表す・・・・・そういう方向の総タイトルへと、いったん変更をさせてくださいませ。

 ところで、怪我とは、土曜日の午後一時に、武蔵境駅の、三菱銀行前で、道路の段差に躓いたのです。ものすごい勢いで、顔面から道路に向かって突っ込んでしまいました。野球でいうところの滑り込みセーフを、顔で、タッチしたというわけです。荷物を持っているので、両手がふさがっているので、いつもこう成ってしまいます。

 これで、首から上の怪我は、三度目ですが、骨折はどこにもなくて、病院へ担ぎ込まれると言う事もなかったのです。外への出血が無かったから。周辺の人が、重症だとは、思わなかったのでしょう。しかし、内出血はあって、小さくですが、また、お岩さん状態になっています。だがファウンデーションを塗れば隠れるぐらいの薄い色の青あざであって、銀座の画廊巡りをするのも歌舞伎座へ行くのも何ら支障はないのです。

 が、そんな軽いけがでも、月曜日の、画廊巡りを休んだり、土曜日から、月曜日にかけて、ブログの手当てを一切しなかったわけですが、それは、ともかく眠かったからでした。ものすごい勢いで転んだので、全身の筋肉が収縮して、その際に、大量の乳酸でも体内で、できてしまったのか、この3日間、一日中、細切れで、眠いのでした。三時間おき、五時間おき、と言う形で、眠くなるのでした。こういう時に、ブログの手当てをするのは良くないと判断をしていたので、一切手を加えませんでした。恐れ入ります。29日には、やや回復をして来たので、相当に手を入れております。で、どうか、もう一度、目を通していただけますと、幸いです。

 それを、29日の早朝に冒頭に入れて、後は、本文へ入ります。

*************

 5日前に、キアヌリーブスに関する文章を書き始めているときに、副題4から始まる挿話として、以下の文章を、書き始めたのですが、その部分があまりに膨らんできたし、キアヌリーブスとは、直接の関係もないので、こちらに移動をさせ、その部分だけを独立させたものです。この文章の中には、二つの想い(または、主題)が込められていましたが、28日の午前2時に二つに分離させました。こちらには、総タイトルにも表れていますが、神奈川県立・近代美術館・旧本館(鎌近)が、葉山へ移転をしてしまった事への疑問と残念さを、語りつつ、その裏側を、検討して、どうしてそうなってしまっているかを語ります。

副題1、『さて、今から、神奈川県立近代美術館・鎌倉館が、葉山に移転をした原因を語ろう』

 1999年の、初夏の事でした。銀座の地球堂と言う画廊で、国画会版画部の、受賞記念展が開かれていたのです。国画会も絵画部に比べると、版画部はずっと、進歩的で、民主的なのですよ。ただし、星野美智子さんと、増田陽一さんと、サイトウリョウさんとの間には、嫌な思い出があって、島田章三さんのケースが片付いたら、語ります。

 ただ、1999年とは、この3人との嫌な思い出は、まだ、出来していない頃であり、私は安心をして画廊で、懇談をしていたのです。すると、アメリカかカナダか、どこかの国の、女性が、お客としていたので、「この秋に、ニューヨークへ行くつもりです。どこか、版画工房をご存知ですか?」と、質問をしたのです。すると、彼女が「ブルックリンにある、Pratt Istitute にそれが、在るでしょう」と、教えてくれたのです。

 でね、私は、1999年当時は、結構仲良くしていた、水沢勉(=現在、葉山の神奈川県立美術館・館長)氏に「この秋、プラットインスティテュートへ版画を作りに行きます」と、言ったのです。

 ここで、水沢勉氏と、私の本当の関係を言いましょう。氏と私は子供時代、たった、60戸が所属する町内会の、同じメンバーだったのです。そこは、戦後になって、開発された東急の分譲地で、30代や、40代の、大企業勤務のサラリーマンがどっと引っ越してきた場所です。

~~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『私の父の新卒時の就職先は後に、昭和シェル石油に、合併してなって行くのだが』

 ともかく、その分譲地には、サラリーマンがどっと、引っ越してきたわけです。大々企業のニューヨーク支店長とか、それこそ、のちに某自動車会社の社長になって行く、水沢勉氏の父君とか。父の写真がすべて盗まれています。で、以下のモノしかないのですよ。しかも、今はサイズが、動かせません。これ以上にいい写真は、いっぱいあったのです。こんな遊び人風のスーツではなくて、ダークスーツで、メガネをかけていて、戦前の中国人が引く、柄の長いマーチョ(人力車)に乗って、ラマ教寺院の前に居る写真などがあったのです。熱河と、当時呼ばれていた場所だろうか? ともかく、ラマ教寺院の前の、広大な領域に、父と、車夫と、こちら側に居て、カメラを抱えている、母しか存在して居ないという様な写真なのです。その方がずっといいのですが、すでに、盗まれていてないので、仕方がないので、これを、置きます。

 

*ハ

 

 これは、1933年に、横浜伊勢佐木町のスタジオで撮ったと裏に書いてある、もので、早山石油(1942年に合併で、名前が消える。後に、昭和シェル石油となって行ったらしい)時代のもので、1938年ぐらいまで、横浜に居て、そののち満鉄に代わって行き、今でいうオイルシェールの研究をするのです。でも、渡満の前に、横浜で、6~8年住んでいたので、戦後横浜に家を買うと言う事になります。故・藤本真澄東宝重役と、旧制中学時代親友だったので、こういう遊び人風のおしゃれが好きだったのでしょう。

  だから、『自分は、技術屋としては、時代の最先端を行くエリートだ』という潜在意識上の、自覚はあって、水沢勉氏の、父君が引っ越してきた様な、若いエリートサラリーマン向けの、分譲地に、父も、土地を買ったわけです。で、直線距離にして、60mぐらい離れた場所で、私より、12歳若い水沢氏は、生まれたし、育ったのでした。たまたま、水沢氏の姉君と、私の妹とが、小学校の同期です。この「技術屋としては最先端だ」という概念ですが、今では、それは、原発関連の技術屋さんに当てはまるでしょう。しかし、時代は変わりますね。人気分野が、次々と、移動をして行きます。技術屋と言う分野は、そうなのです。

 ::::::::で、ここで、挿入に入れば、真田宏之さんは、我が実家の北隣に、新築の家をお建てになったのです(後注2)が、周りの、その種の、サラリーマン気質に、奥様が、合わせすぎる、事に嫌気がさしたのだと、思います。奥さんの、手塚理美さんが、二人の坊ちゃんの、子育て上、それが、大切だと考えて、周辺に、合わせようとしたのですが、それが、真田さんには、困った事になったのだと、私は見ています。お餅つきとかを含めた、各種の、行事にすべてに、手塚さんは、きちんと、参加しようとなさっていたのでした。休日でも、朝早く起きないといけないとかが、あって、真田さんは、『もっと自由で、近所づきあいなどない場所の方が、自分には、向いていると考えたのでしょう。ここでの生活が、二人の、離婚の引き金になったと、私は、思っています。ただ、真田さんは、東横線育ちだそうです。だから、帰ってきたと言う感じなのだけれど、陽光さんさんとして、昼間は昼間、夜は夜と言うサラリーマン風な生活と俳優業は、両立しなかったのだと、思いますね。個人的に、誰を名指しして、その人が悪いというのでもなくて、生活の気風とか、基準が合わなかったと言う事です。:::::::::ここで、挿入から元へ戻ります。

 水沢勉氏と、仲良しだったという話に入って行こうとするのですが、その前に、1980年代の私の鎌倉移転に、関して、すでに、CIAとしての瀬島龍三が動いていたと、言う事を語らないといけません。

 私は、今は、このブログ内で、横須賀市、北久里浜駅を、最寄とする、ルネ(そらヒルズ)北久里浜に関する、異常な裏側をつぶさに書こうと決意しているのですが、それがあるから、島田章三さんに大金が流れた(後注1)と思っているわけですが、

 と、同時に、この鎌倉雪ノ下の不思議な住宅地に、私が引っ越しをする様に、わざと誘因をされたとも思っていますし、最初からひどい行動を重ねてきた安野夫妻 →

・・・・・・この夫妻と、尖閣諸島問題と、海上保安学校の卒業式に、安倍総理大臣が総理大臣としては、初めて参列をしたとかおお相撲、の、相撲協会の理事に八角親方が就任した・・・・・とか言うニュースは全部関係があるのですよ。

 ここで、別の意味でお断りをさせていただきますが、私の文章に登場する人間たちは、もし、皆様の、知らない人物であっても、政治的には、非常に大きい意味を持っているし、それなりの、斯界の有力者と言うか、上層部の、人間なのです。それは、ご理解の上で、読んで行ってください。知らない名前が出たなあ。面倒くさいなあとは、おっしゃらないで、くださいね。と言ってから、ここで、挿入から元の黒字の部分へ戻ります。
→ など、1980年代から、徹底的に私に対して威張ったり、いじめたりする様に、裏から、言い含められていたのだと、今では思い当たります。特に1980年当時に会長だった中谷共二氏(故人)は、瀬島龍三あたりと、会合をもって、懇談の上で、アジサイ畑欺罔事件を起こしていると、思います。ここらあたりは、一般の読者様たちにとっては、リンク先が無いと、読みにくいところでしょうが、それを探すのは、ちょっと、お待ちくださいませ。

 この中谷家のご長男が、東大宇宙工学研究所の元所長だそうです。次男は三井物産勤務。で、中谷氏の問題は、父の代では終わっておりません。超が付くほどに、厄介な展開を見せております。海賊の問題などに、発展をしているでしょう。ところで、海賊問題も、あれも、誇大なニュースであって、鎌倉エージェントを助けるためのものなのですよ。前田祝一・清子夫妻、および、安野忠彦・智紗夫妻を助ける為の物なのです。

 今回の章だけではそれが、説明をできません。だから、一般の読者様におかれましては、あれ、変なことを言うなあと、お思いでしょうが、こういう悪さを、企案している方と、そのニュースから、被害を受けている私の両方には、それが、きちんとわかっている問題です。

~~~~~~~~~~~~~~~

副題3、『練馬美術館あたりに、旧・鎌近の役割を奪われているでしょう。酒井忠康氏よ。どう思っておられるのですか?』

 でね。通称・鎌近(=神奈川県立美術館・旧本館)は、水沢勉氏が、次期館長候補として、一九八〇年代、そこに勤務しているからこそ、移転が、計画をされたと、私は見ています。

 つまり、これも、<<<<<私が、水沢氏と交流を深めて、大物アーチストになって行く可能性を阻止するために計画をされた>>>>>と、見ています。移転の、実際の交渉事は、酒井忠康氏が、行ったと、思われますが、現在の葉山館の建っている場所(旧、高松宮邸、いわゆる別荘)に白羽の矢を立てたのは、益山重夫(元海軍参謀)と、瀬島龍三(元陸軍参謀)の、二人でしょう。二人、特に益山氏にとっては、三浦半島は、隅の隅まで、熟知している一帯であったと、推察しています。で、広壮にして、不便な場所で、私が行きにくい場所を見つけるのなど、お茶の子さいさいだったと、推察します。また、瀬島龍三氏は、戦後最大のエージェントですから、どんな場所も自分の思い通りにできる人です。で、彼のアイデアで、この鎌近の移転は進行したと、見ています。

 この移転は、近美の職員サイドから、「あそこがどうでしょう?」と、提案されたというわけでは無くて、神奈川県の方から提案が出たと思いますが、神奈川県の吏員の裏には、瀬島龍三が居たと、推察しています。

 ずいぶんと、自分中心に考えているみたいですが、これから、語る、JPモルガン教授との関係とか、レディ・クリシュナ教授(1999年当時、ニューヨーク大学の美術学部長だった)との関係、主に、その私との仲良しぶりと、その後の離反ぶりを、語れば、葉山への、近代美術館の移転の裏側に関する、私の推察も、あながち、嘘ではないと、読者の皆様もご理解なさると、思いますよ。

 ところで、葉山と言う立地ですが、美術館の使命と、役割そのものも、変換させてしまいました。それまでは、この美術館は、勉強の場所を提供してくれていたのです。鎌倉駅から徒歩で、10分の距離です。(それは、不動産会社に言わせれば、徒歩6分圏内でしょう。我が家が8分だから、当然にそうなる筈です)

 しかも、鶴岡八幡宮境内だから、行き帰りに、自分が調べた、好みのレストランで、昼または、夜の食事をとるとか、それなりの楽しみを味わえます。リーズナブルなお値段で。

 反対に、葉山だと、日蔭茶屋が、経営するフレンチレストランしかありません。ともかく、逗子駅から、バスで、30分かかります。往復が非常に大変で、お金持ちしか、行かれなくなりました。そこは、建築物は、きれいですよ。そして、建築の材質も、よいものが使われていて、豪華です。風景も、夕方など、富士山が真正面に見えて素晴らしい。でも、美術館としての、性格が全く変わってしまったのです。

 私ね、新聞または、NHKの日曜美術館等に、時々企画が出て来る、練馬美術館へ、行ったことが有ります。【中村橋】の駅から、徒歩、実質五分です。不動産会社に言わせると、3分だと、思う。便利です。池袋駅からも近いし。大きさは、鎌近と、似ています。そちらに、旧鎌近が、担っていた・・・・美術を好きな人を啓もうして行く、特に若い人に、・・・・と言う役割が、奪われそうですね。または、庭園美術館とか、パナソニックの汐留ミュージアムとかに。そして、以前は、ごく好事家しか、行かなかったであろう、原美術館が、話題に上ることも増えましたし。

 つまり、私は、現館長の、水沢氏に遠慮があって、それを、今まであまり強くは語らなかったのですが、性質が全く変わってしまったと、考えていて、残念だと、思っている次第です。

~~~~~~~~~~~~~~

副題4、『私には、代替案があった。そして、これが、ベストだったのに、酒井忠康氏は、それを採用せず、その功績で、ご自分だけは、世田谷美術館の館長となり、そこで、鎌近クラスの、美術展を、主宰しておられる。自分一人だけ、得をしたという形だけど、仕方がないので、<フーン!>とだけ、言っておこう』

 私ね、このブログだか、それとも、昔、持っていた、メルマガか? そのどちらかで、代替案を出しています。我が家の真下に、八幡宮様がお持ちになっている自家用車用の、駐車場が二つあります。

 南側は、昔は無料の駐車場だったのです。今は、有料です。しかも、昔は、山の上の住人(20戸足らず)にお客が車で来る場合は、「どうぞ、ご自由に、無料で使ってください」と、言われていたのです。こういう親切心が、今は、全く消えてしまったのも、・・・・・午前10時に長い間、大太鼓をお打ちになると言う事・・・・・と同じで、・・・・・ともかく、「彼女(=このブログの著者)をいじめることへ役立つなら、何でもやりましょう。やってください。または、やらせましょう」の一つでしょう。

 この美術館移転の話は、当時は、まだ、美術館の方での、ナンバーツーであった、酒井忠康氏と、八幡宮様の方でもナンバーツーだった吉田茂穂・現宮司との間で、交渉が、為されたと思いますが、酒井忠康氏が、本当に現代美術を愛する人だったら、この葉山案は蹴って、八幡宮様がお持ちになっている、この二つの駐車場をお買いになるか、新たな借款契約を、当時の、持ち主と交わしたらよかったと思います。そうなると、既に、建設されていて、公開展示が行われている、小袋谷トンネル傍の別館と、こちらの新・本館(=北館と、南館に分けて建設することになるが、その間を、デパートの多くが採用しているを空中回廊でつなげば、同じチケットで、全部見ることができます。収蔵品などの為にスペースが足りない見込みが有ったら、現在、横須賀市立美術館がそれを行っている様に、地下室を掘ればいいし。また、風致地区問題が起きたとしても、崖地を利用して、西側だけが、地中に潜り込んでいる形式にすれば、それも、クリアーできたはずです)との二つで、大切な部分は保持したまま、借地を八幡宮様に、変換することができたでしょう。後の祭りだけど、それが、ベストだったのだとは、言っておきます。

 これは、八幡宮様にとっても、その方がよかったのですよ。鎌倉市内には、駐車場は、いくらでもあるのだから、駐車場を、二つも持ち、そのレンタル料金を、八幡宮様が、ご自分のものになさるシステムは、昔を知って居る者にとっては、『恥ずかしいなあ』と、思ってしまいます。

 それにね。現代アートを楽しみたいと、願う様な階層は、現代日本でも、時間とお金に、もっとも、余裕のある高い階層の人達だったのです。これからは、そう言う階層は、寄り付かなくなるでしょう。それは、鶴岡八幡宮様にとっては、一つの損失だと、言う事となると、思います。二つある、建物のうち、通称、白い箱と、呼ばれている方は、残すと聞いています。 

 そして、お社か、鎌倉市内からの発掘物か、どちらかは、知りませんが、宝物を飾る博物館にすると言う話を聞いたことが有りますが、それは、今までとは、まったく傾向の違ったものとなり、魅力を持たないものとなるでしょう。遠くから来た観光客はひきつけるかもしれませんけれど。

 もう一つ代替案があります。今別館と呼ばれている、小袋谷トンネル南側にある、版画(または、クロッキー用の、美術館ですが、あそこでもいいのですよ。崖地を利用したり、地下室を利用したりしたら、結構なスペースの美術館ができます。

 歩くと、南側の鎌倉駅から20分かかりますが、北へ向かうと建長寺が、徒歩、15分で行かれますので、来客数と言う意味では、やや、希望がある立地です。

~~~~~~~~~~~

副題5、『プリンスホテル(鎌倉)での、酒井忠康氏の、不愛想ぶりは、尋常ではなくて、今思うと、その頃から、この移転の話は、すでに、締結をされていたと、推察をされる』

 鶴岡八幡宮様が、プリンスホテル(鎌倉)で、大パーティを催されたことが有ったのです。招待をされた側は、当時、ぼんぼり祭りに献灯をしている、人間たちと言う事でした。その時、円卓で、私は酒井氏のお隣だったのです。しかし、何を話しかけても、応答がないのでした。その時は、『自分が無名だから、こういう風に失礼極まりない態度で、無視をし続けるという応対なのだろう。酒井氏って、セレブ仲間としか付き合わないと決めている計算高い人なのだなあ』と、思いましたが、その考えは、今思うと、違っていますね。

 それは、1995年ごろでしたが、もう、酒井氏は、私の事を知っていたのです。ただし、悪い方向ばかり聞かされるという形だけで、知っていたのでしょう。または、現在もそれが、有効だと、連中が思っている、目の前に居る人物が、不愛想で、挨拶をしてこないと言う事が、この時に、実行をされたのかもしれません。この最後の、想像が一番当たっていると、思いますが、前の方の、推察も当たらずとも言えず、遠からずでしょう。

@@@@@@@ここが、29日の午前中に、行っている推敲部分の最先端です。ここで、二時間ほど、別の仕事をさせてくださいませ。

 特に、この移転が、私を苦しめる為の物だと、酒井氏には、判っていたのでしょう。そして、パーティで私を無視し続けることも、例のノイローゼにさせることに役に立つと、考えられていたのでしょう。

 酒井氏に関しての、エピソードは、まだ、初出のものを含めて、たくさんあります。氏が、瀬島隆三たちの言うなりだったと言う事を傍証づける話は、他に、10ぐらいありますが、本日は酒井氏が、メインではないので、ここで、終わっておきます。

~~~~~~~~~~~~

副題6、『私は、鎌近の庭で、水沢氏に、<秋に、Pratt Institute に、行くつもりです>と、話しかけたのだったが・・・・・』

 ところで、鎌倉近代美術館の、旧本館が移転をしてしまったのも、瀬島隆三たちの間からと言っていますが、その建物の、職員用玄関の前に在った、アメリカキササゲの大木を切られてしまったのも、彼等の私に対するいじめです。私は、その木について、何度も書いていますから。

 これは、どこか(東京農大か?)の教授が、切った方がいいと進言をしたそうですが、まったく病気ではありませんでした。切った直後の残った幹は、真っ黄色であって、どこにも病気の影はなかったのです。ただ、私はj-pegが総べて、インターネットで、把握をされているのを知っているので、直後の写真はわざと撮っておらず、一年後に灰色になった後で、撮影をしていますが、どこにも茶色の部分などないのですよ。豆科なので、臥竜のごとく、横たわってはいました。でも、吉田茂穂宮司は、 悪人たちの言うなりになって、切断をなさったのです。悪人たちにしてみれば、八幡宮様がお前に敵対しているのだ』と見せつけるのは、私がノイローゼになるのに、効果絶大だろうと、考えていたのでしょう。その結果が、大銀杏の倒壊です。だから、彼等とつるむと、災難が起きるというのは、ココにも証明がなされているのです。これ程に、因果関係が明瞭なものもないという程でした。

 私は、今までは、「ご近所の前田祝一、清子夫妻が、ひどい事ばかりやってきていて、その清子夫人が、共産党員らしいのに、國學院大學の講師になれたのは、どうも、鶴岡八幡宮様の推薦らしいが(この時の宮司は、白井さんだったが)、その影響が33%ぐらいある」と、繰り返し述べておりますが、このアメリカキササゲを切ってしまわれたのも、大きな原因となっているでしょう。15%ぐらいかなあ? いや、もっと大きいかもしれない。

 で、その切断が起きる前までは、よく、美術館の塀のそば、および太鼓橋の傍を通って、郵便局などには、行ったものでした。今は、キササゲに切断の跡が嫌なので、ほとんどそこは通りません。が、頻繁にそこを通ったからこそ、当時は先生と呼んでいた水沢氏にも出会ったものです。ごく自然な形で。

 で、「先生、この秋、Pratt Institute に行くつもりです」と、告げたのです。パリで、作って来た版画は美術館内レストランで、お見せしてあって、好評を受けたし。

 これは、その頃のアトリエの様子で、主人が、ローラーを置く道具を木工で、作って持ってきてくれた日に、主人に撮影してもらっています。まだ、フェルトが、新しくてきれいです。

 ともかく、やっとですが、水沢勉氏との庭先での、会話のところへ戻ります。

 「おや、それって、大学の筈ですよ」と、氏はおっしゃる。私はちょっと面喰いました。地球堂で、出会った女性の言っている感じでは、版画工房だと言う事でした。だが、水沢氏は大学だという。これは、水沢氏の方が正しかったのです。しかし、大学には、学部用、および大学院用の、大きな版画工房が、付設されてあったので、アメリカ人の、女性が、嘘を言ったわけでもないのです。

~~~~~~~~~~~~~~

 さて皆さま、29日の、午前2時まで、自分としては、すでに、切り取りをしたつもりだった、赤津侃さんの20万円の話が、ここに残っておりました。 赤津侃さんの話は、昨日28日のうちに、ひっこめたつもりになっておりました。気の毒だから、奏したというよりも、次の段階にくっつけた方がいいと判断をしたからです。ここでは、酒井忠康氏と、大原光孝さんとの関係に入って行きたいと、思います。 

 先週ANAにシステム異常が発見をされ、北海道他で、大勢の人が迷惑をこうむりました。その件を私が知らないでいるうちに、それが、成功したと思った悪人たちに拠る大反動攻撃が、起きて、まあ、いろいろと、嫌な思いをしたわけですが、

~~~~~~~~~~~~~~

副題7、『上に置いた写真の、別バージョンをもう一つ置かないといけなくなった』

 直前の節、副題6の中に、アトリエの様子と、プレスと言う版画を制作する機械が置いてあります。しかし、ここで、この写真の別バージョンを置かないといけなくなりました。それをここに置かせてくださいませ。

 この写真には、左に黄色い矢印が加えられておりその先に、木製の、棚が見えます。これは、主人が作ってくれたもので、ゴム製のローラーを置く道具です。その木製のローラーとは、下に写真を置いているもので、パリで買ってきた四本で、46万円もの、額がかかって居る者です。

 今では、木製の箱がありますが、上のプレスが届いたころには、まだ、この箱ができて居なくて、棚があった方が便利だったのです。で、主人が鎌倉の家で、木工で、作ってくれました。で、アトリエで、過ごしていることは、主人の公認の話でした。

 しかし、このブログに、たびたび登場する大原光孝さんと言う近所住まいの画家が、「川崎さんがね、逗子のアトリエに居ることは、この山の連中はみんな知っていますよ」と、言うのです。それは、2000年から、2004年の間だったと覚えているのですが、その発言を、本音として、換言すれば、『川崎さんって、とうとう離婚をするのでしょう。それって負けだよね。僕たちみたいに、夫婦仲良く暮らしている人間から見れば』と言う事を言って居るわけです。で、私は、リアルな世界では、決して喧嘩をしない主義だから、何にも説明をしないで、さっと別れました。だがね。皆様、現在、実質的には、大原光孝さんの、方が別居状態なのですよ。

 私の方は、この50代という時期のうちに、世界を見ておきたい。旅行ではなくて、現地に滞在するという形で、というはっきりした目的があって、逗子のアトリエを作っていたわけです。しかし、大原光孝夫妻が別居している理由には、別のものがあるでしょう。鎌倉の家で、主婦として、母として、日常生活を送る限り、海外へは行かれないと、思っていましたから。

後注1、

島田章三が、CIAの【鉄砲玉+可愛子】ちゃんであるからこそ、ANAのsystem障害(16-3-22)が起きた   2016-03-22 21:09:31 | 文化、芸術、書物

後注2、

私は不動産についても、資産が目減りする様に、苛め抜かれているのだった2016-02-20 22:11:07 | 政治

 この文章の

   なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、343144 3です。

推敲をして、リンク先を見つけたら、署名と書いた日付を入れます。

コメント

キアヌリーヴス・・JPモルガン教授・・Pratt Institute(BS日テレのCM及び、鎌近の移転の影にCIAあり)

2016-03-26 21:24:18 | 政治

これは、事実上は、26日の夜に、書き、公開をする文章ですが、公開の期日だけを25日にさせてくださいませ。

副題1、『キアヌリーヴスの新作が公開されるみたいだが』

 金曜日の朝日新聞夕刊を見て居たら、下段の、広告のところに、キアヌリーヴスの、新作映画が、公開される模様です。私ね、五日、公園のベンチでサンドイッチを食べているキアヌリーヴスと言う投稿が話題になっていた時から、大変気になっているスターでした。

 彼が出演している映画は、【からさわぎ】(=シェークスピアもの)しか、最後までは見ていないのです。マトリックスは、最後までは、見ていません。ともかく、1942年生まれである私には、マトリックスなど、ちょっと、ついて行かれませんので。

 しかし、映画【からさわぎ】の中での、ひときわの美形ぶりには、電撃に撃たれた様な、感じを受けました。

 ちょっと、宮沢りえと同じで、小さいとき、苦しい生活(二人とも、両親から充分な愛情を受けるという育ちではなかった)と、似ています。が、上品です。俳優として成功する為には、天性の品格の高さが必要だと、言われていますが、二人ともに、純正にそれが、あります。
~~~~~~~~~~~~

副題2、『宮沢りえが、現在、大活躍だが、それこそ、井上ひさしが、いまだ生きていることの証拠になる』

 ただし、宮沢りえの方には、井上ひさし(彼は、実際には、今でも生きていますよ。死は自由自在に時間を使う為のカモフラージュに過ぎないです)が、裏からいろいろな手をまわしているのが、見え見えなので、私は彼女に対する、ファン気質を失っているところですが。

 最近離婚が成立したというニュースが宮沢りえに関して流れましたが、そもそも、夫なんていないのですよ。こういうニュースが流れること自体が、井上ひさしの脚本であって、私のブログを、否定する為の、フォロー用ニュースでしょう。赤ちゃん(お嬢さんと言うほどにもう大きいでしょうが)の、父親について、書いている過去ブログを否定する為のニュースです。これで、何回目かの波として、感じています。

 オリンピックのサポート用文化行事も彼女を主役にして行われる模様ですし、日本アカデミー賞の司会も彼女でした。

 そして、NHK・ETVのスイッチインタビューに出ました。これは、私が、ほとんどを録画してみる様にしています。フナッシーと、阿川佐和子篇が、面白かったので、それ以来です。それに出た時から、『ああ、井上ひさしが、大変なバックアップをして、彼女を支えているなあ』と、改めて思った次第です。

 私がどんなテレビ番組を見ているかは、詳細に検討をされており、特にBS日テレの、【おぎやはぎの愛車遍歴】と、同じく彼らの司会する、【ぶらぶら美術館】は、そのコマーシャルに於いて利用され切っております。GSユアサ問題(ボーイング787に搭載して居るモノが発煙するという騒ぎ)後に、バッテリーを取り出そうとしたら、ばってらが、でてきたとか、

 それから、かどや製油が、コマーシャルを流したりとか、見え見えなのです。かどや製油のコマーシャルについては、高畑淳子が使われ、朝ドラ【つばさ】の、パロディが使われました。これについては、裏側を、まだ、説明しきれませんが、長谷川智恵子の、障害児間引き推奨発言につながるもので、徹底的に、対、私用・おちょくり・メッセージでした。朝ドラ【つばさ】は、大変良くできているドラマでしたが、急に視聴率が悪いという報道がなされて、冷水を浴びせかけられたのです。しかし、見て居る人も現場も、絶対に、納得をしていないでしょう。この視聴率と言うのが、まやかしのもの(テスト家庭数が少ない)であることは業界人には、既に周知の事なのでしょう。が、庶民は、それで、操作されてしまいます。

 ところで、シャープが吉永小百合を使い続けることを批判をしていましたが、とうとう、会社が、安値で、台湾企業に買収されてしまいましたね。

 吉永小百合は、<下げマン=関係した人に不運をもたらす>の典型ですから。乙武君以上に大衆に見せている顔と実像が、違う女性です。

 神様に、祝福されているところがみじんもない女性なのです。キューポラのある街ぐらいの時節だったら、未だ許せるのですが、最近は、本当に背後霊として、CIAさんが引っ付いている女優なので、大衆は、決して彼女を好きではないのですよ。それが、判らない広報マンがいる会社なんてだめですよ。ただし、私はずっと前に、シャープの株を買っていますけれどね。

~~~~~~~~~~~~

副題3、『キアヌリーヴスは、高校さえ卒業できなかったらしいが、とても頭はいいと思う』

 【空騒ぎ】は、大勢のスターが出て来るグランドホテル形式の映画です。キアヌリーヴスは、主役ではありません。しかし、非常に目立つと言う事は、美形であると同時に、自分の役割を良く知っているともいえましょう。

 頭がいいのだと、思います。本日初めて、彼の、wikipedia に入ってみました。子供のころに、不安定な生活を送らざるを得なかったことが判り、かわいそうだと、思います。ただし、持って生まれた才能と、智恵は、ある青年でしょうね。

 と言うのも、お金に対しての考えと、弱者(たとえば、性的マイノリティ)に対する考え方が、とてもまともで、人間的で、優しいのです。

 たとえば、長らく白血病であった妹のために、南仏に家を買ってあげたそうです。しかし、その妹は、多分ですが、自分の母親とは、母親が違う女性です。また、彼女が住んでいた元の、家(ロスに在る)は、処分しないで、置いてあるそうです。そこの管理をしている女性(シングルマザー)が、職を失わない様に、するために。

 どうか、グーグル検索をしてみてください。彼が、映画で、大成功した大スターだとは、思えない様なエピソードが、グングン出てきます。だけど、それは、彼の顔に、きちんと出て居ますよね。品がいいと、思います。大金には、踊らされてはいない顔。マイケルジャクソンなどとは、対極にある生活。ただ、老後が心配です。結婚をせず、家庭を持たないと、老後が危ない。

 新作映画【砂上の法廷】の監督は女性で、しかもサンダンス映画祭で、賞を取った過去があるそうです。キアヌと、彼女は、息があっているみたいですよ。お互いに、敬愛しあっています。

~~~~~~~~~~~~~~~

コメント

乙武・不倫報道から、考え込むに至る種々の事 → 最近焼死が多すぎるが?

2016-03-24 22:08:51 | 政治

 さて、前報を充実させないといけないのですが、今、鎌倉・市中へ買い物へ行っている最中に、新しい文章(案)が浮かびました。そちらを先に書いて、前報の充実は、後回しにしたいと、思います。

  最初に置いた写真の説明をさせてくださいませ。これは、私の写真です。交通事故直後で、頭が洗いにくいので、一回、坊主に近い短さにしたのですが、その後、一か月目の姿です。今、これをアップしようとしていたわけでは無くて、オランド仏大統領の写真を見つけようとして、でも、どうしても見つからなくて、代わりに、これが見つかったのですが、これをブログに使おうとした途端に消えたのです。
 後ろに常についている例の連中が、悪さをしたのですね。しかし、勉強家の私はついに再発見をしました。それで、これを、ここに置かせていただきます。この文章も副題8からは、例の忌まわしいCIA連中の事に入って行きますので、こう致します。この写真に対して、2016年3月25日の午前4時過ぎに行われたことは、みなさんには、ご理解いただけなくても、私には、CIAの存在を実感する出来事でした。どうして彼らがこの写真を隠したかと言うと、同じ場面で、撮影した、ファイル番号、DSCN422.jpegより、こちらの方が、顔が、やや、美しく映っているからでしょう。(苦笑)、私のA版と、B版との些細な違いです。これは、A版としての、DSCN421.jpegです。

 こちらは、ファイル番号DSCN.jpeg422です。下に置いたのは、こちらは、アップしたくないと、思った方ですが、上が消えてしまったので、その弾圧を、説明する為に悪い方として、アップさせていただきます。帽子をかぶっているし、後ろの東照宮(上野の方の東照宮で、最近、修復をされて美しくなっている)の状況がよく見えるので、写真としては、出来が良いのですが、目をつぶっているので、より、おばあちゃんに、見えます。少しでも若い方をと、選びたかったわけですが、「それをやらせないぞ」という動作が、瞬間的にこの、今使っているパソコンへ加えられたのでした。

  サラリーマン画家として、私の父は、戦時中は大成功をしていて、その中国の文化遺跡を描いた油絵は、ラストエンペラーの宮殿やら、甘粕満映理事長の部屋まで、飾っていたのですが、それをブログの一般読者に見せるのを、阻害する為に、父の写真と新聞記事を盗んで行った泥棒がいるのです。でも、それが、国会図書館に在るだろうと、思って安心していたら、国会図書館では、それを、マイクロフィルム化する際に文化面を収録しないという形で、古い紙の新聞を捨てたのかな。で、情報が残っていなかったのでした。これを、書いているからこそ、この24日のニュースとして、国会図書館、新館長に、お茶大の元学長が選任されたというニュースがNHKにより報道をされました。その人もしかすると、付属高校卒かもしれないですね。理科系らしいなあと言うのも意味があるし。

 こんな小さな、事、つまり、上と下がどちらがいいかと言うポイントも私にとっては大切ですが、読者の皆様にとっては、どっちでもいい事でしょう。しかし、私の願いや意図を、瞬間的に、目ざとく見つけて、どんな些細なポイントでも、私が優れた人材であることを、読者の皆様には、見せない様にしようという執念に近いものを感じます。だから、抵抗の為に、この2葉を、ここに置きました。

 で、本文に入ります。

副題1、『乙武君の不倫騒動だけど、乙武君だけは、擁護したいと、思う。それは彼は外見で、誰にでもわかる欠損があるからだ』

 乙武君ですが、誰の目にもわかる障害があります。それですが、サリドマイド禍だと思います。洋服を着ている場合、手は、見えないし、足も外には見える形ではありません。大規模な障害です。『よくぞ、立派な人物(または、ひとかどの人間)として、生きているなあ』と、感心してしまいます。

 そのことは、基本的に、誰もが、思っている事でしょう。

 しかも、彼は、ツィッターなのかな? 結構なレベルでの、主張者であり、発言者です。私は彼のツィートのフォロワーではありません。しかし、彼の発言が、他のブラウザ(たとえば、livedoor とか MSNなど)で、大きく持ち上げられることが有り、そういう時は、間接的な形で、彼の主張を読みますが、たいていの場合は、共感する意見です。

~~~~~~~~~~~~~

副題2、『衆愚政治、と、少数意見』

 現状の日本ですが、衆愚政治に、大マスコミが貢献をしています。そういう中で、まともなことを言うこと自体が、ストレスを感じるます。少数意見者の側に立つからです。したがって、乙武君には、ストレスが、大きくかかっていたと、思います。それには、私は、今まで、充分以上に推察し、理解をしていました。

 10年ぐらい前に、乙武君ではないが、車いすの毅然とした青年を、秋葉原駅構内で、見かけたことが有ります。こちらの青年は、サリドマイドでは、無い原因で、車いす生活になったとみなせる青年です。この男性が、改札口を出ようとしていた時に、ある若い女性が、「お手伝いをしましょうか?」と、話しかけたのです。

 と言うのは、改札口は、狭くて、車輪を手で回す余地が無いのです。ですから、後ろから押さないと、通り抜けられません。誰もがそれを推察し、手助けしようとするのに、彼は、無言で、拒否し、改札口へ入ると、両手を、充分に伸ばして、少し前方で、両側の、壁の上部をつかみ、その手を、後ろへ回して、その反動で、車いすを前に進めていたのでした。その同じ行為を2,3回繰り返して、改札口を抜けていきました。

 驚きました。しかし、障害があるからこその、突っ張りと言うか、頑張りだったのです。普通だったら、援助を乞いても、かまわない場合ですが、彼は、誇り高い青年でした。きちんとしたスーツ姿で、メガネをかけ、ソフト風の、お帽子をかぶっていましたので、収入の高い仕事についているとも、思われました。秋葉原駅、ヨドバシカメラ側出口に居たので、IT関係の仕事をしているのかもしれません。

 ところで、乙武君ですが、彼も収入と言う面では高いでしょう。しかし、高い収入を得るためには、マスコミの力を借りる必要もあって、彼は、衆人の、知る顔となったのです。行動には不自由がいっぱいあると、思われます。有名税がかかっていて、大きなストレスのある生活を送っていたのです。しかし、一方で、結構勇敢な発言者でもある。しかも、各種の諮問委員会等に、選ばれている存在である。これは、誰か、秘書とか、マネージャーがついている生活だと、推察され、個人としての自由が、そちらの面からもないと、思われ、さらに高い、ダブルのまたは、トリプルのストレスがかかっている環境に置かれていたと、思います。 

 私は、それが、奥さんの内助の功で、間に合っていたと、推察していました。乙武君が、結婚をしているというのは、何かの、情報で知っていました。お子さんが居ると言う事までは、知りませんでしたが。

~~~~~~~~~~~~~~

副題3、『今回の、不倫報道で、やっと謎が解けた・・・・・』

 乙武君を支えているのは、賢い奥さんだと、思っておりました。しかし、今朝発売をされた週刊新潮の広告(中づりというもの)を、みると、奥さんだけではなかったのです。それぞれの、時期に、それぞれの、別の女性が、セックスを含む女友達として、彼を支えていたのでした。

 それを見て、『こりゃあ、週刊新潮は売れるでしょうね。思いがけない情報だから』とは思いましたが、乙武君を責めるとか嫌いになると言う事はありませんでした。『ここに秘密があったのか? 彼は、モテル男だったのだ』と、納得しました。ただ、ちょっと、がっかりはしました。そういう流れは、あまりにも既知の規範であり、もっとも一般的なものだからです。『なんだ、彼は、天才ではなかったのだ。そういう裏側があったので、有名税を払っても、毅然として生きていることができたのだ』と、判って、なぞは解けたものの、がっかりはしました。

 ところで、この不倫が、週刊誌のトップ記事として、大きく取り上げられていますが、堤清二・義明兄弟が、違う母のもとに生まれている事とか、松下幸之助とか、田中角栄が、正妻とは、別の女性との間に、お子さんを、もうけているのを、若い方は、知っておられるかなあ? 今、私は歌舞伎に凝っていますが、【お富さん=与話情浮名横櫛】だって、・・・・・大店の、大番頭さんの囲い者になっている処へ、昔の恋人の、与三郎が、零落しきった上で、偶然に、ゆすりに入るというのが主筋ですね。ただ、上手に脚本が練られていて、その大番頭が、実の兄だったと、言う設定が、作られており、与三郎と、お富は、最終的には結ばれるハッピーエンドになっている・・・・・ので、大人気劇なのですが、そういう一夫多妻制度に、基づく、関係が、江戸時代には、庶民の間にも蔓延していたということが判ります。

 もちろんのこと、将軍家とか、各大名家などの、上流階級には、それが、当たり前の時代でした。それは、明治天皇の、お妃とお子さんの間にも、継承されている、真実です。で、乙武君の、不倫問題が、これほど、大きく取り上げられているのは、やはり、彼の立ち位置が、まだ、弱いと言う事を語っています。彼は、大企業の経営者でも、政治家でもないからですね。

 一種の、ゲテモノとみる姿勢が、この記事の大々化に、現れているでしょう。だから、井上ひさしは、ゆり夫人との間にできた息子さんを一切マスコミから、隠しています。息子さんは、今海外の大学院にでも行って居るのかな? その子は、『いよいよの、セレブにしていこう』と、公的には自分を死んだことにしてはいるが、実際には、未だ生きている彼は、思っているのでしょう。

 でもね、大企業の幹部であっても、油断は全くできない時代となっています。旭化成建材のデータ流用疑惑で、本社の社長が、涙の会見(あれはね。疑惑そのものが、諜報で、内実は嘘に近いものなのに、政治的目的から、不正だと、認めよと、言われたので、悔しかったのですよ)その上、辞任に至りました。

 まあ、東電の、清水社長だけは、稀有の存在で、事故後、逐電をして、ずっと、逃げ切り続けています。この間、東電幹部三人が、強制的に追起訴をされた際にも、姿を見せなかったので、唯一守られている例として考えますが、これは、・・・・・原発が、いいものだ・・・・・と、言いたい、大勢に、従った結果であり、日本人全体が、大切にされていない現況では、乙武君みたいな存在でさえ、守られていなかったというわけです。

~~~~~~~~~~

副題4、『ところで、異性にもてるという規範が、重要であることが、表の世界には、出て居ないが、若者<特に中学生の時期に>をその側面で、教育をする必要がある』

 ところで、乙武君の、自信の源泉が、女性にもてるというところにあるということが判りました。これは、彼に身体的な欠損があるからこそ、許されてしかるべきかもしれないと、私は思います。彼には、心理的に言えば、ごく、平凡なところもあった人間だったのです。つまり、プラスマイナスゼロにもっていくためには、『自分は並外れて、女性にもてるのだ』と、言う感覚を味わう必要があったのだと、思います。書物【五体不満足】の大ヒットで、自信を得ただけの、人間ではなかったのです。書物の成功と言う、抽象的な概念だけではなくて、生身の人間としての、勝つ、と言う現実が欲しかったのでしょう。

 ところで、彼は戸山高校の出身だそうです。そこから、早稲田に入学する為には、勉学専念と言う思春期だったと、推察されます。ここで、世の少年少女、または、既に大人になってしまっているあなたに問い合わせをしたいのですが、

 「あなたは、大学に入学した途端に、非常に新しい価値観に出会って面食らったのではないですか?」と。新しい価値観とは、異性にもてるかどうかで、優劣が決まるという価値観です。

 『そんなルールは知らなかったなあ』と、思う子も、30%は、居ると思います。ただ、運動部に入っている子は、異性との交遊が始まっている子もいるだろうけれど、一般的には、偏差値の高い大学に入るのが、勝利だと、思い込まされていて、それ以外の部分を発達させないで、大きくなった子も多いでしょう。そういう子は、大学に入って、急に恋愛が解禁をされて、面食らうのです。今までとは、まったく違った価値基準があることに、初めて気が付いて。

 今、虐待が、大問題になっていますが、あの中で、20代の親で、プリクラ写真を撮っている様な親と言うのは、上にあげた、少年少女とは、違っていて、10代から、異性交遊に目覚めている、子供たちであって、セックス優先の簡単な交流で、結婚とか同棲に至ってしまうので、そもそも、子育てが、できないレベルの男女だったとか、男の方が無職で、子供が、妻側の前の相手との間の子だったとかの悪条件が重なって、虐待死に至るのですが、そう言う子どもたちって、中学期の全生徒の、10%ぐらいであって、後の、60%は、普通に、生きて行こう・・・・将来サラリーマンになって食べて行かないといけない・・・・と考えているので、ともかく、勉強をしておこうと、思いながら生きていると、思われます。

 しかし、大学受験の勉強をしている間に、思春期特有の発達が疎外をされていて、結婚とか恋愛に対して、臆病になっていて、うまく、事を運べない男女が、この現代日本には、いっぱいいると、思われます。

~~~~~~~~~~~~~~~

副題5、『ニトリ創業者の社長夫人とか、ココ一番屋の創業者の社長夫人とかは、典型的な、良妻なのだが、それは、時代が作った女性だったともいえるのだった。または、東京ではなかったから、生まれた姿だとも言えるのだった』

 1970年代までは、女性は、高卒で、社会に出る形が多かったのです。それ以前は、中卒で、働きに出る女性も多かったでしょう。その人たちは、現在では、70代から、80代に至っているし、高卒で、社会に出た女性は、現在のところ、50代以上に多いと思います。

 そして、彼女たち自身の、親は、母親が専業主婦だったと、言う形が多いでしょう。これで、日本社会は、なんとか、道徳観とか、社会規範を、保ってきたのです。そのもっとも成功した例を二つ、二重ガッコ内に入れておきました。アパホテル社長夫人も、似たケースですが、彼女は既に、タレント化していて、クイズ番組に出たりしているので、ちょっと除外をしておきます。

 しかし、それ以降、日本社会が豊かになったおかげで、女性が大学受験をする様になり、かつ、母親になっても働く方がいいのだと、言う価値観を持つようになりました。

 その上、ラガルド女史の様な存在が露骨に、政府に『女性を働かせなさい』と、命令する様になり、かつ、安倍総理大臣は、それを、拒絶いたしません。これは、日本人が労働をして、汗水たらして、富ませた部分を、すっと、海外へ吸い上げる仕組みを、露骨にし始めた、グローバリズムと言う名の、植民地支配に、唯々諾々として、従っていると言う事で、待機児童問題を大きく取り上げる仕組みとか「保育所落ちた、日本死ね』などと言うツィッターが大問題にされることは、私には、非常に恐ろしい方向への流れだと、見えることなのでした。

 保育所に落ちたら、よかったと、思わないといけません。保母さんと言うサラリーマンに、三歳児までの心の発達まで、要求するのは無理ですよ。体と、知識だけは発達しているが、心の部分が未発達な人間が大量に生まれているのが、現代日本です。

 ここで、注意しないといけないのは、単に、「いい子を大量、生産せよ」と、言って居るのではないのですよ。私が言いたいのは、恋愛をして、結婚をして、子育てをする、そう言う人間本来に、備わっている筈の基本的な力さえ、備えていない、体だけが、大人に見える、青年子女が大量に日本に、生まれていると言う点です。

 そんな中で、乙武君は、何人もの女性を相手に不倫をしたとは、男性として、もてるのは、確かですから、相当に、心理的に発達をした、人間だと、言えましょう。障害があるからの反動とは言え、「すごいですね」と、称賛に値する発達です。

~~~~~~~~~~~~~

副題6、『13階から、五歳児を投げ落とした母の、事件を探ろうとして、あまりに類似事件が多いので、びっくり仰天をした』

  グーグル検索で、事件の、日時を調べたいと、思うことが多くあります。すると、関係があると思われる項目が見つかりますから、それを開けてみると、2ちゃんねるをまとめたNAVORと言うサイトが、見つかることが有ります。

 今回荒川区で、五歳児を、13階から投げ落とした母の事件と言うのを、考察したくて、それを調べて居たら、

 類似事件があまりに多いことが判り、びっくりしています。荒川区の場合は、37歳の母が、五歳児を投げ落としたのですが、父親が、以前から不信感(または、不審感)を持っていたので、事件化、したらしいのですが、事件とならないケースもあるだろうとして、こういう落下事件を、集積した人がいるのです。労作と言うべきですが、コピペさせていただきます。

:::::::::::::
91 :名無しさん@5月17日まで板ルール集中議論中:2015/05/08(金) 07:21:07.95 ID:A【東京】5歳男児がマンションの敷地内で血を流して死亡 
【社会】4歳男児がマンション11階から転落死か 大阪・守口
【大阪】マンションの窓から転落か、1歳男児死亡
【社会】午前1時頃のマンション敷地に意識不明の女児、転落か…意識不明の重体、両親外出中 - 兵庫
【社会】10歳の男の子がマンション13階から転落死…両親は外出中 - 神奈川
【大阪】4歳男児、マンション14階から転落死か - 天王寺区
【東京】9歳男児がマンション13階から転落し重体 足立区

去年だけで転落死大杉だろ
都会マジぱねえ…
しかも賃貸にしろ買うにしろ高層階ってお高いんでしょ?

:::::::::::::投稿者のIDは、申し訳ないけれど、削除をさせていただきます。その人の安全を守るためです。ただし、サイトのトップ・URLは、

http://daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1431034342/ 

 となっています。

 この投稿者の、最後の言葉は、非常に意味が深いです。その通りだと思う。貧困だから家庭が荒れていたと、は、言えないケースが多いと言う事です。富裕層なのに、子殺しを行っている可能性が多いと言う事です。貧乏な方の階層では、ウサギのケージに入れて、子供を、監禁し、挙句の果てに殺すなどと言うケースがあるのですが、富裕層では、肉体的虐待が見つからないうちに、一気に殺してしまうみたいです。両親ともに外出中、などと言うのも相当に、怪しいですね。妻に見せかけた、または、夫に見せかけた、マスクをかぶった異性を同伴してレストランの個室に入ったりして、レシートを確保すれば、完全犯罪は可能ですね。行きずりの人に、事情も説明をしないで、謝礼を五万円ぐらい渡せば、アリバイ成立となります。

 特に裏サイトの便利屋に頼んだりしたら、その相手が、名乗り出ることなど、一切ないでしょうから。

 それから、

 その直前の2行を、考察します。

去年だけで転落死大杉だろ
都会マジぱねえ…

 <大杉>はですね。多すぎと言う事を、2ちゃんねる言葉で表現しているのだと思うし、<都会まじぱねえ>は、「大都会は、マジで、半端じゃないね」と言っているのです。つまり、「大都会では、犯罪が空恐ろしい程度に発達をしている」と言う事。

~~~~~~~~~~~~~~

副題7、『最近、焼死事件が全国的に多発しているが、これもおかしいと、私は思っているのだ』

 最近のNHK報道を見ていると、2日に一回か、3日に一回、もしくはそれ以上の回数で、火事の報道が、行われています。テロリスト報道の次に、頻度が高いと、言うほどの報道です。そして、必ず、死者が出ます。不思議ですね。日本人って、それほど、不用心な民族ではないと思うのですが、それほど、日本人は今、劣化しているのだろうか?

 私ね、最近数えていないのですが、この、3週間、急速に報道をされているので、これは、違うのではないかなあ。自然な形での失火ではなくて、高度な、レベルで、行われている、放火なのではないかなと、おもっております。

 これは、いささかに、飢え死に報道が続いたころと似ています。特に孤独死が、続いていて、それが、貧乏ゆえだと、報道をされたころに、姉妹で、しかも、賃貸住宅を持っているほどの、階層の、人間が、飢え死にしたと、報道をされて、『これは、おかしい』と、感じ始めました。

 賃貸住宅の借り手が無くなって、それで、収入が落ちて来て、しかも、プライドが高いので、誰かに援助を乞うと言う事もしないで、飢え死にしたと、報道をされました。筋は通っています。だが、おかしいと、思いました。その頃も、一週間に一度以上の頻度で、それが、報道をされており、かつ、私がおかしいと、言い始めた途端に、減ってきており、最近では、しばらくぶりで、東北の被災地の、仮設住宅内で、母が死亡、長男が衰弱した状態で見つかったという報道を聞きました。これは、貧乏で、遺体を放っておいたというよりも、希望を無くして、一種のうつ状態に入っていたので、こう成ったのだと、おもっております。

 しかし、連続的に、飢え死に状態の事案が報道をされていた頃の、あの事案の一部は、他殺だと、思います。誰が、何の為に殺したかを、これから語って行きましょう。

~~~~~~~~~~~~

副題8、『天才女流画家NKさんに関する私の文章を、更に上乗りして、私に対する嫌がらせをしようとして、誰か、遠くの別の人間が、殺された可能性がある。キーワードは貧乏だ』

 私は最近、国画会内部に在る諸矛盾と、島田章三さんが、いわゆるCIAエージェントに、対私の、ライバルとして過剰に持ち上げられ、横須賀市から、30年にわたって、100億円の、税金を付与されているはずだと、言う件を書き続けています。

 しかも、2016年3月22日から、23日にかけての、ANAのシステム異常と、それから、雪ノ下の近隣の、人々の行動を、分析すると、いよいよ、島田さんがCIAの可愛湖ちゃんであることが、はっきりして来て、彼が、国画会剽窃事件を黙認した、裏側まで明らかになったと、言って居ます。

 その事案が起きたころ、私は、海外で、修業を繰り返していましたし、ちょうど、月刊ギャラリーの連載が終わらせられた頃なので、一気にやっつけてやろうとして、私が、和田義彦氏の、剽窃をメディアに売ったといううわさ話を、広めるために、起案をされた諜報的、策謀だろうと、言って居るのですが、まさしく、それを言っている最中に、莫大なレベルでの、近隣人からの攻撃を受けて、確実だったと、思っているのです。

 つまり、近隣の人々は、鎌倉エージェントと私が、呼ぶ、伊藤玄二郎ほかと、ぴったりと、結び付いて動くのですが、30年も彼らを観察し続けているし莫大な損害を与えられ続けていますので、確実に後ろにCIAが控えていると、見ています。

 だから、ここで、(この2016年の3月で) 鎌倉雪ノ下の前田祝一氏を中心とするエージェントと、横須賀市、京急・北久里浜駅、新大津駅、および、堀之内駅を、地域とする、瀬島龍三および、杉本・元・横須賀市・副市長夫妻を、中心とするエージェントが、ぴったりと合体をしたのですが、・・・・・

 まあ、国画会の行った罪の一つとして、NKさんと、言う天才的、現代アーチストを、廃人に追い込んだという件があります。1993年に、審査で、彼女の作品を落としたのです。それが、激しいうつ病の引き金になって、彼女は、母親が死んだときに、遺体を放ったらかしにしてそれが、新聞記事にさえなったそうです。そのケースを面白おかしく、さらにあおるために、NHKは、空き家特集と言うNHKスペシャルを放映しました。土曜日の夜だったか、月曜日の夜だったか、ともかく、土曜日から、月曜日の間での放映で、鎌田キャスターが、インタビューアーとして、番組を引っ張って行くものです。

 なおここで、ちょっとした挿入ですが、その番組を見ているうちに、彼女の家に関する、私の過去文章が、間違っていることが判りました。彼女は樹木がうっそうと茂る、大きなお屋敷に住んでいて、したがって、遺体を放置していても、近隣迷惑にはならないと、思っていると、見ていましたが、NHKテレビが映したその家は、いわゆる、敷地、35~40坪の建売住宅風で、小さなものでした。

 で、実際には、救急車が来たりして、大変な騒動だったと、聞いています。この家のご近所様に、知り合いがいるので、NHKの特番を見た後で、電話で、それを、教えてもらいました。しかし、私は彼女が小さな家に住んでいたとは知りませんので、以前の文章で、こういう風に書いています。この人は、薬学部出身で、しかも現代アートを専攻するのなどという人生を選ぶのだから、・・・・・・小さい時のそだちはよかったのだろう。だからこそ、お金の計算ができないタイプであって、後先を考えずに、離婚をしてしまった事がまずいのだと。・・・・・・

 草間彌生と、一緒の五人展(とても大きな展覧会だった)に選任されたことで、舞い上がってしまって、大アーチストになるつもりで、夫と離婚をしてしまったのでした。私は、今、33坪で、7部屋がある家に、夫と、二人だけで、暮らしをしています。

 だから、大丈夫なのですが、『テレビに映ったあの建売風の家、(二階に二間があるが、子供たちが、10年以上前の当時は一緒に生活をしていたと仮定をすると、下のダイニングキッチンと、六畳程度の、和室)で、夫婦が、暮らさないといけない。これは、現代アートを専攻し、大芸術家になろうとしている女性にとっては、喧嘩ばかりの日常となるだろう。そして、夫だって、嫌気がさすはずだ。離婚に至るのも当然かもしれない』と、思い到ります。

 そして、これも後で聞いた話なのですが、自分を高評価して、現代日本の、五人の、有名アーチストの一人として、選んでくれた、美術評論家のM氏に、傾倒して、慕いより過ぎてM氏が、そのためにストレス過剰で、脳こうそくを患ってしまったそうです。

 それが、現在、私が把握している状況ですが、最初に文章を書いたころは(NHKの番組の放映前)、・・・・・離婚をしたことで、お金と、人員の援助がなくて、お葬式ができなかったのだろう。悪い意味で、母の遺体を放置したわけでは無かろう・・・・・と、書いています。お葬式って、今では、非常に安い形式(家族だけの見送りで、病院から火葬場へ直結する形)もあると、思いますが、10年以上前は、それは、知られておらず、だいたい200万円かかると、思われていました。その上、親戚に電話や電報で、知らせたり、喪服を用意したりで、結構なエネルギーと、お金が要るのです。国画会の審査に落ちたころから、すでに、うつ状態だったので、そう言う事をできない状況に陥っていて、別に母親の年金を不正受給したいと、思っていたわけでは無かろうと、書いています。

 もし、母親が、死んだことを外部に隠して置いて、母がもらっていただろう、父親分の遺族年金を引き続いて、受け取りたかったのだったら、犯罪に手を染めるという形ですから、遺体を隠すでしょう。プラスチックなどの、衣装ケースの中に、包丁などで、切断をして入れ込んで、ガムテープなどで、密封してしまえば、匂いが外へ漏れないので、見つからないでしょうし。もし、不審に思ったご近所様に、誰何されたら、「老人ホームに入っています」と、言えばいいではないですか?
 しかし、そう言う風に動ける状況ではすでになくて、ただ、ボツネンとして、母の遺体のそばで、座っていたという形だと、思います。やがて遺体が腐敗して、建売住宅なので、ご近所が密接していますから、「悪臭がひどくて、変です」と言う通報をされて、事情が、発覚をしたのでした。お子さんが有る筈ですが、その時点では、母のそばには、引っ付いてはいなかったのでした。

 私は終始、同情的に書いています。こういう姿が、もっとも、純粋な創作者の姿であって、・・・・と書いています。天才的な人だとも思っておりますし。

 この、NKさんについて書いた一連の文章の研究をして、極端な貧乏に陥った、お嬢様育ちの女性と言う意味で、賃貸住宅を保持しているほどの階級なのに、急に貧乏になった、人物と言うのを、スパコンの、国勢調査などで、選び出して、闇の勢力が殺したのが、あの姉妹ではなかったのかと、思っているのです。そして、この姉妹を殺したことが目立たない様に、近辺で、孤独死した老人が、上て居たケースが多いという報道が、続きました。

~~~~~~~~~~~~~

副題9、『今、2015年11月17日の録画ニュース(NHKニュースウォッチ)をチェックしていたのだが、』

 驚くべきことに、2015年11月17日の録画ニュースと、2016年3月22日前後のニュースって、ほとんど相似形なのでした。でね。これは、オランド仏大統領を偉い人だと、見せるために起こされた、シャルリーエブド事件の、フォローニュースが三回も繰り返されているのです。ひどい現象です。

 鎌倉雪ノ下では、前田祝一・清子夫妻と、安野忠彦・智紗夫妻の悪事を隠す為に、大量の日本人が殺されていますが、このシャルリーエブド事件が起きた後依頼、前田祝一家で、世ロコンド事喜んだこと、勝ったというしるしで、二階の天井灯を、こうこうと点けるという習わしが始まったのでした。それを正しく分析しているうちに、その二階の天井灯を、引き継いで、午前二時ごろ、西隣の白井・小野寺夫妻も、つける様になり、それをさらに分析していると、

 例の旭化成建材のデータ流用事件が起こされ、らら横浜(三井不動産販売)は、全棟建て直されることとなりました。また、住友不動産販売の、横浜市西区にあるマンションも、全棟建て替えだそうです。
これらは、島田章三さんに、100億円以上の大金が渡る初因となった、横須賀市、北久里浜駅最寄りの大マンション、ルネ(そらヒルズ)北久里浜とそっくりです。で、これらのマンションは、西隣の白井さんが、設計した可能性が強いと、おもっております。彼は、日本三大、設計会社、の横浜支社長でありまして、浜銀・鎌倉支店を設計した人物ですが、だからこそ、この3件を、引き受けた可能性は強いのです。

 この会社は、今度、有楽町の旧・阪急デパート数寄屋橋が、東急何とかになって、新規開店をしますが、そちらも、 設計をしています。ただし、東京本店が請け負っているでしょう。

 ところで、そのシャルリー委エブド事件ですが、オランド大統領の、日揮襲撃事件(2013年)時のおっちょこちょいぶりを、私が批判をしています。それを、覆すために、シャルリーエブド事件は、起こされたと、言って居ますが、それを否定する為に繰り返しテロ事件が起こされています。

 今回、オランド大統領は、ベルギーに飛んで、ベルギー首相と、記者会見をしました。相変わらず、暗い表情で、裏側の汚さが丸見えの人物です。しかし、世界のCIAにとっては、絶対にサポートをしたい人物です。裏側を全部わかっていて、その上で、演技ができるとみなされているからです。

 ところで、イスラム過激派ですが、洗脳された不満分子だとは、判っていますが、その4段階上ぐらいに、CIAの教唆マンがいるはずです。

~~~~~~~~~~~~~

 と言うわけで、最初のアイデアを、成功したと、思っている彼等でも、私が、分析を始めると、『失敗したのだ。ばれている』と、判るわけですね。それで、最初の事件が、本当だったとするために、フォローの事件をしつこく繰り返すのです。

 それが、2015年1月に起こされたシャルリーエブド事件が、今頃、ベルギーで三度目の、過激派襲撃事件として、繰り返されることに繋がるのでした。2回目が11月の13日か、14日の事だったのでしょう。 

 NHKのニュースウォッチの河野キャスターが、ヨーロッパに飛ぶとか、金高警察庁長官が、テロリスト対策の会議を、催す映像が、NHKニュースウォッチ内に出てくるのも、2015年11月と、2016年3月は、そっくり同じなのでした。

 そして、ひそかに、この山の連中が大喜びをしていたのも確かなのです。しかし、私は、本江邦夫、早川重明、そして、島田章三と、美術界の、人物ばかり、追っていましたね。それは、私に時間がなかったと言う事と、私は、神様が「今、書きなさい」と、命令を下したことしか書かない主義だから、触れなかったのですが、触れないことを、『ビビっている。ここがチャンスだ。大攻撃をしてやれ』と、突っ込んでくるのが、いつもの連中の仕業なのです。

 それで、22日のANAシステム障害も起こされたわけですが、私はね、ここ数週間の家事の多発も異常だと、思っているのです。これが、数件は、失火だとしても、数件は、高度な技術をもってやった放火だとしたら、彼等の悪辣さは、まさに極まれりですね。そして、それに触れない私に対して、勝った勝ったと、思っているから、安野夫人は目の前に現れたのです。後注2、

~~~~~~~~~~~~~~

副題10、『さてね。乙武君の、2ちゃんねるにおける炎上状態ですが、彼は、それほど、責められるはずはないのです。が、主張をする人だから、いじめられる。もしかしたら、お金をもらっているプロのちゃねらーが、炎上の主体かもしれません』

 乙武君に戻ります。副題10の二重ガッコ内に書いた通りです。

~~~~~~~~~~~~~~

副題11、『週刊新潮に拠れば、乙武君は、来る選挙に、自民党から立候補するそうです』

 うーむ。それは、知りませんでした。彼が、自民党から、擁立される予定があるとの事。どうして、自民党なのだろう。あれほど、自然な方向で、発言をしているのに。自民党とか、何とかいう党派性を持ってしまったら、自然な、主張と言うのはできないでしょうにね。主張をする人ととしての、ストレスの強さに負けたのかな?と、思います。

~~~~~~~~~~~~~~

副題12、『ふと感じるのだが、とうとう、安倍総理大臣にも斜陽の日々が、訪れてきたのかな?と。』

 乙武君は、自民党候補としては、目玉商品に近かったのではないかな? だけど、こんな記事が出てしまったら、大衆の離反はあり得ますね。そうなると、選挙のさいさきに、水を差されたこととなります。しかし、これは、敷衍させないで、置きましょう。ふと感じるのだがと言っておきましょう。

 私は、少数意見の人だから、乙武君の、身体的特徴を考えると、勝つと言う、証拠が欲しくて、不倫に走ったと、思っています。おばさん連中は、源氏物語が大好きで、不倫によって、二人の男性を死なせてしまった人、瀬戸内寂聴さんの事も大好きだそうです。

 だから、乙武君の事を好きなのかな? それとも、夫の女遊びになやまされて来たので

 リンク先を見つけたり、誤変換を直したら、署名と書いた日付を入れます。

尚、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3427869です。

 

コメント

島田章三が、CIAの【鉄砲玉+可愛子】ちゃんであるからこそ、ANAのsystem障害(16-3-22)が起きた

2016-03-22 21:09:31 | 文化、芸術、書物

   この文章は、16-3-23日いっぱいは、総タイトルを『島田章三氏は100億円を、私を弾圧する見返りとして受けている?・・+・・井上ひさし、森村誠一』としておりました。その時点では、私はANAのスパコンに起きたシステム障害の事を知りませんでした。しかし、22日の深夜(23日の早朝)に、それを知りましたので、総タイトルを2度目として、変更をいたします。

副題1、『総タイトルを、アップ2時間後に一度目として、変更するが、その理由は?』

 これは、2016年3月22日の、夕方6時15分ごろ、鎌倉雪ノ下の、わが家のすぐ近所で大原光孝(=細身のおしゃれな画家60代、このブログには、常連として登場する男性)さんと、出会ったことが、きっかけとなって、急拠アップする文章です。そして、2時間ほど総タイトルを、『大原光孝さんが動いたので、急に島田章三氏に関する複数のリンク先を明示しないといけなく成る』としておりましたが、23日の午前零時に、今のものへと変更をさせていただきます。と言うのも、大原光孝と言っても、一般の方は、知らない名前だからです。それで、一般の方向けには、不親切な総タイトルだったと、気が付いて、変更をしました。

 しかし、いわゆるCIAのエージェントとして、動いている人物たちには、先の総タイトルの方が、適切だったのです。彼らに、「そう言う風に動き始めたのですね。と言う事は、私が書いていることが正しいという傍証となりますよ」と、知らせるのが目的だったからです。

~~~~~~~~~~~~~

副題2、『大原光孝さん(創形卒)は、何を目的として動いているのか?』

 我が家では、室内が、全部盗聴をされていて、私の外出は、弾圧用に利用をされることが多いのです。で、私は用心のために、外出は、一応、すべてメモで、主人に知らせ、それで、外出することにしています。が、22日の夕方は、私の方は、島田章三さんに関する真実のうちのもっとも山場である部分を書き表せたので、すっかり安心していて、主人に何度も「外出をしますよ。鎌倉市内へ」と、室内で、言っておりました。それが、警察又は、暗闇の勢力を通じて、大原家に、直接入るのでしょうかね。それとも、安野忠彦氏の家、または、前田祝一氏の家に、いったん入り、その家を通じて大原家へ入るのかは、判りませんが、私は、五時ごろから外出の見込みを主人に言い始め、実際には、6時に外出をしたので、大原光孝さんは、すっかり、準備ができていたというわけです。

 最近、この山の人は、おしゃれをして外出します。それは、大変にみっともない前田祝一氏の後姿を、j-peg としてアップしてあるので、(後注5)、『これは、大変だ』となったみたいです。で、今日の大原氏は、赤いセーターに、黒い細いマフラー、黒いパンツに、黒い帽子と言う、彼にしては、極上のおしゃれをして、外出してきました。

 しかし、ここで、別の住人にも出会って、三人で、町内会のあれこれを、話す仕様になって行きました。それで、全員で三人で、立ち話をしたのですが、彼が私と目が合っても、挨拶をしないと言う事やら、こちらを、しっかりと見ないと言う事やら、頬がこけきっていて、まるで、骸骨みたいな相貌であると言う事から、勘案して、彼がある使命をもって現れたということが判りました。

~~~~~~~~~~~

副題3、『この大原光孝さんが使役をされた手法は、画廊香月にも、画廊るたんにも、安野夫人出現と言う現象などにも、しょっちゅう使われている手法なのだが・・・・・それだけ、島田章三の、真実を描かれたことが、彼等CIAのエージェントたちにとっては、痛いのだと、私には、判って来る』

 彼らは、それを良く手法として使うのですが、自分たちの味方を、第五位、または、第六位の鉄砲玉として、私の目の前に表させて、挨拶をさせず、無視すると言う事で、勝てると、思っているのです。この同じ手法が、画廊るたんで、サントリー学芸賞を受賞した学習院大学の教授を使って行われたのです。画廊るたんは、国画会だけが問題なのではないです。サントリー学芸賞も、問題にしていかないといけない場所なのです。

 で、私の方は一枚上手であって、そういう手法を取られることによって、真実を見抜いて行くという手法を取っております。

 画廊香月(銀座に急に表れて、有名作家の個展をしている、美貌の女性、九州で、テレビのMCをしていたという)の、ひとみさんが、その手法に使われて、難しい任務に、死相が現れるほど、消耗をしていた(後注6)のですが、本日の大原光孝さんも同じでした。

 彼は、私がブログを書いていることを知っていて、しかも、自分がたびたび登場をすることを知っているのに、頑固に、これを読まないみたいです。それで、香月さんの事をすでに書いているのに、全く同じ目的で、しかも、まったく同じ風に、骸骨めいた、相貌になりながら、それでも、任務を遂行しようとしているのですよ。しかし、彼が、現れて、挨拶をしなかったことで、島田章三さんをはじめ、いわゆるCIAのエージェントの一派が、相当に焦っていて、どういう手段でも、攻撃をしないよりは、した方がましだと、思っていることが判りました。だって、この手の手段は、すべて見破られていて虻蜂取らずになっていますよね。それでも、同じことをやってきています。大原光孝さんは、相変わらず、おバカさんだと、成ります。だって、島田さんを助けることには役立たないのですから。

~~~~~~~~~~~~

副題4、『ANAがシステム異常により、多数、欠航になりました。これも、ANAの株を持っている私に対する復讐策の一環であろうし、高崎線が、発電により、二日も休便したのも、この一環でしょうね。JR東日本の株は、主人が持っています。これは、旭化成建材疑惑と同じ狙いです・・・・・反対に、島田章三さんは、ありとあらゆる豪勢なことができる金銭(30年間にわたって、100億円以上をせしめています。・・・・・北久里浜の、ルネ北久里浜と言う秘密を内包したマンションを、瀬島龍三が、土地代をただで建設する為に、その秘密を知っている私を緩慢な策を用いて、殺すために。』

 しかしですね。私がそれを知らなかっただけで、その日には、ANAのシステム崩壊と言う大きな出来事が、ニュースとしてあったのです。手礼を見なかったので、まるで、知りませんでした。ANA側は、「外部からのハッキングではないです」って。なんでまだ、数時間たっただけで、そう言う発表ができるんですか? 無論の事外部からの侵入でしょうよ。

 これは、島田章三の真実を書いている私に対する恫喝です。ANAは、JALが国家予讃で、救済されたという時点で、煮え湯を飲まされたのに、こういう形で、もう一回煮え湯を飲まされています。

 そして、そう言う形で、島田章三さんは、助けていただいているのです。そういう社会現象が起きたからこそ、私が書いていることは、全部正しいでしょうね。彼は、横須賀市の莫大な、税金を、個人として、付与していただいただけではなく、国画会自身を、おもちゃにして、和田義彦の、剽窃問題などと言う事案を起こし、それで、多分ですが、それを、チクった人物を私だと言う事にして、東京周辺に住む、国画会会員が、私を軽蔑する様に、仕向けたのでしょう。非常にあくどい人間です。

~~~~~~~~~~~~~

副題5、『もう一つ、平木さんの子供たちが、山中を舞台として遊ぶという現象があった』

 あのね、平木さんの子供たちと言うのは小学生です。だから、実名をさらしたくないです。しかし、そのあとで、大原さんが、夕方6時に、意味ありげに私の目の前に、表れた事、および、真夜中の大工事(音を多大に発するもので、ただ、重機をから回ししているだけのモノ)もあったし、その同じ日の朝から、・・・・・私は知らなかったのですが、・・・・・ANAのシステム障害と言うのが起きたですね。それから、次の日23日に、安野夫人がわざとタイミングを計って、私の目の前に現れたのと、大船駅の改札口に、イッコウと言う会社のガードマンが現れた事と、若宮大路で、予告なしの道路工事(私がバスで、とおり去ったらすぐ終わるはずのモノ)が、行われたと言う事で、気が付いたものだけでも、7個の復讐的、事案が、実行をされています。

 大小を言えば、ANAのシステム障害が、一番大きいのですが、その行動の意味がしっかりと、分かるのは、平木さんの子供と、お友達が、山中を舞台にして、遊ぶことです。私は外へ出て、チェックをしませんでした。春休みだから、遊んでいるのだと、考えておりましたからね。

 だけど、わが家の北隣の、大工さんが、子供たちに向かって、危ないよと、注意していました。それは、安野家の北側の畑で遊んでいた可能性を示唆しますので、周南事件が起きた直後と、まったく同じなのです。

 周南事件は、CIA(鎌倉エージェントと、私が呼ぶ人間の、うちで、井上ひさし、伊藤玄二郎、および、もしかすると企画段階から、前田祝一、安野忠彦などが、関わっている事件でしょう。あの直後とそっくりです。

 あの時点では、平木さんの子供たちは、前田家の教唆によって、安野家の裏庭で遊んでいると、判りました。が、今回は、ANAの、システム障害の事を、まったく知らなかったので、その遊びが、逆襲に利用されているとは、夢にも思わず、単に、春休みに入ったから、はしゃいでいるのだろうと、思いました。だから、その日には、取り上げなかったのですが、ブログ化しなかったことで、また、勝ったと、思い込んだ安野夫人が、23日、タイミングを計って目の前に現れた事により、平木家のお子さん方が、この山全体に、声が響く、それ程の、大舞台を使って遊んだということが判り、すっかり、周南事件の再現だということが判りました。

 あれも、死刑になったとされる保見容疑者は、やっておりませんが、スタップ細胞疑惑の、笹井芳樹さん殺し(自殺ではありませんよ)をはじめ、なんと大勢の人が、前田祝一氏等を、助けるために殺されている事か。そして、保見が死刑になった一審判決の、夕方、前田氏は、見たこともない着物姿(ただし、大島紬ではないと、見える。他の産地の紬でもないと見える。たぶん唐桟だ)で、外出をしていました。CIAちゃんたちの目論見が買ったと言う事で、大喜びをしていたのです。

 この青字で書いた部分が、24日の早朝、午前2時から、4時までに書いた部分であって、それから、初稿として書いた部分へ戻ります。

 上の方で、ANAが『侵入ではない』と発表をしたそうですが、どうして、たった、数時間でそれが判るのでしょう。警察から、そう言う様に命令をされたとしタラ、警察が、侵入してシステム障害を起こしたと言う事となりますよ。私のブログが、真実を、述べるたびに、ノーベル賞の委員会のパソコンにもホワイトハウスのパソコンにも侵入があったのです。また、GSユアサのバッテリーがたびたび発煙現象を起こしておりますね。あれも、外部からの侵入でした。今、それが、不安定だったら、誰もボーイング787を買いませんよ。バカげた事案です。

 こういうことを発案する連中の脳味噌の低劣な事、だから、私は、いつも、彼等をトカゲの脳味噌だと言っているのですが、本日(=23日の午後)、安野夫人が、目の前で、タイミングよく、植木の植え替えを道路でやっていたことも、もっとも、大きな傍証となりました。

 彼女は、同じようなことを、もっと、長時間観察できる機械にやっているので、私が、『あら、六頭身だわ』と、言う文章を書いていますので、二度と目の前に現れない筈なのですが、トカゲの脳味噌だから、一か月で、恥を、忘れ去るのでしょう。

@@@@@@ここが、24日の午前4時までに、推敲した場所です、これ以降は、24日の夜か、25日に行わせていただきます。

~~~~~~~~~~~~

副題6、『誰が間に立って、今回の命令を、大原さんに下したのか?』

 大原光孝さんが、【KURO】と同様な行動をすることで、たくさんのことが判りました。このKUROですが、犬ではありません。(笑い) 現代アート系の作家です。3月14日より始まる週に銀座で、個展をしていました。で、私は16日の水曜日に銀座へ一回目として出かけていて、彼と出会って、すぐさま、野見山暁次氏が、陰で動いていることが判りました。ので、『芸術院つながりで、島田章三さん自身から頼まれたのでしょう』と、このブログで書いています。それも、ほとんど真実だと、思います。島田さんは用心深いので、間に誰かを挟んでいる可能性はありますが、しかし、その人は、単なる伝達者です。

 KUROの方は、パソコンやらスマホを駆使する人間だと思います。ただ、個展前は、非常に忙しいので、フェイスブックかツイッターで、自分の宣伝をするのに精いっぱいで、最近の私のブログを読んでいるとは思いません。だから、命令される通りに動いております。で、KUROも、大原光孝さんも、私は、自分の文章が、正しい事を証明する、人材であり、エピソードとなると、考えています。

 大原さんの方に、誰が命令を下したかを、考えてみると、二つのラインから、彼が命令を受けた可能性を感じています。一つは国画会の方からです。間に誰かを挟むとか、挟まないとかに、関わらず、柏健(芸大卒で、創形の教授をしていました・・・・・リアルな場所で出会えば紳士です)氏を通じて、島田章三さんから、「私を助けるために、リアルな世界で、彼女を攻撃してください」という命令を受けたと、考えています。大原さんは、創形を卒業しています。間に、同じく創形卒であり、木口版画を通じて、師弟関係を結んでいる柄沢斉さんを挟んだか、挟まないか、は、判りませんが。

 私は直感的に、このラインを考え出し、30分以上総タイトルに、柏健と入れていたほどです。

~~~~~~~~~~~~~

副題7、『井上ひさしと、森村誠一は、対立関係にあるのか? それとも、協力関係にあるのか?』

 しかし、前報に、井上ひさしと、入れていますね。彼が、森村誠一に嫉妬していた可能性をこれから書くはずでした。森村誠一の、小説のカバーを、和田義彦氏は、多数描いています。で、森村氏は、戦争反対であり、【九条の会】にも所属をしています。だが、潜在意識の中は、誰にもわかりません。都会派であり、洗練をされた容姿を持ち、逆玉結婚をしたらしい森村氏を、西舘好子さんと結婚をしていた時期の、井上ひさしは、ねたんでいたとも考えられます。

 これは、森村誠一が、直木賞をもらっていないみたいなので、こういう推理をしています。で、井上ひさしは、直木賞受賞を阻害しただけではなくて、森村誠一の小説本に、一種の傷をつけることを狙って、和田義彦氏を使ったという説です。井上ひさしは、公的には、死んだことにしていますが、まだ、生きて地下潜行をしています。

 で、それを私に、書かれる前に、書かせないがために、私をいじめようとして居て、過去に使ったありと、あらゆる手口を再度使おうとしていると、考えると、彼は、伊藤玄二郎を通じて、または、直接に前田祝一氏に、連絡を取り、「大原光孝さんを動かせ」と、言うかもしれません。特に過去使われた手法として、鶯吟邸(八幡宮様の持ち物であり、私の家の東南に当たる山すそに、庶民の知らない特別な、駐車場がある)がある方向から、真夜中の、工事音が、聞こえてきました。これは、このブログが、真実をついて、彼ら、鎌倉エージェントが困り抜いた時に、恫喝用に、使われるものです。何回も繰り返されました。だが、私はこれも、反対に、利用をしています。脅かされるよりも勝利感を感じています。『おお、私は、また、一里塚を進んだのだ』と、感じています。

 しかし、ここですが、事は、もっと複雑なのかもしれません。文章が難しくなりすぎますが、トライをしてみましょう。

~~~~~~~~~~~~

副題8、『文春側は、角川春樹氏に、脅威を感じていたかな?』

 しかし、森村誠一氏が、直木賞を受賞をしていない理由に、別のものも考えられます。それは、文芸春秋社が、角川春樹氏を、脅威と感じていて、それを、素早く察した、井上ひさしが、それを、利用しまくって、森村誠一氏の直木賞受賞を阻止したと、言うポイントです。

 角川春樹氏は、一種の異才と言うか、天才であって、父の創設した出版社を、ぐっと、異質のエンタメの方向へもっていき、莫大なもうけを上げた人物です。そのタネとして森村誠一氏の、小説は多大な貢献をしています。

  で、森村氏は、ハナから、直木賞受賞はあきらめていて、それとは別として、井上ひさしと、仲良くしていると、言う考え方です。

 で、仲良くしているので、この和田義彦の、剽窃問題にも、事前に、相談を受け、納得をしていて、了承をしていたと、言う考え方です。

~~~~~~~~~~~~~

副題9、『ここまで、考えて来ると、いよいよ、和田義彦氏の剽窃問題とは、作り上げられた謀略であって、和田氏は、島田章三を救うために、身を挺したと、考えられる』

 私は前報の中で、日本の美術界にとって、剽窃の問題などが、真剣に取り上げられたことはないと、言って居ます。丁寧に、しかもまともに、見て行ったら、上野、六本木、そして、銀座で、50件以上、そっくりな絵は、見つかるでしょう。剽窃のチェックなんて、ほとんどないと言っていいほどの、甘い世界です。

 で、この問題の、発端はやはり、井上ひさしだったでしょう。最近の、諜報活動の、すべてに彼のアイデアを感じている私は、これも、見事にその路線に、沿っています。

 でね、スタップ細胞疑惑が、表だって使われる前に、12年ぐらいの準備期間があったと、私は語っています。こちらの和田義彦のケースの方も、三年は、発表せずに、準備をしていたでしょう。和田氏が、スギと言う人物とそっくり同じ絵を描いていたというのは、仕立て上げられた事実であって、スギ氏が、イタリアで、描いたとされている原画の方も和田氏が描いていたのかもしれません。

 つまり、ここで、はっきり言ってしまうと、島田章三氏は、実質的トップとして、国画会から、多大な利益を得ておきながら、それを、裏切って、その名誉と、尊厳を失わさしめたのでした。これが、鎌倉エージェント内に存在する、特権者たちの実態です。島田章三氏は、あまりテレビに出ませんね。テレビに出ると、自分の人間としての実態が、明らかになってしまうからです。庶民はマスコミ操作で、持ち上げられて居る人の正体をすぐさま見破ります。『王様は裸です』と、言い始めるでしょう。それを恐れています。

 事件が起きた当時から、島田さんは、明らかに弟子筋だと、思われる和田義彦さんをどうしてかばわないのだろうかと、不思議でしたが、別の目的がある、諜報的事件なら、炎上した方が好都合だから、何も言わなかったのでしょう。ずるい、ずるい、人物です。そして、私は多大な被害に、出会いました。ふむ、ふむ。

 でもね。島田章三さんには、子供がいないです。ある意味で、普通の人が味わう幸せと言うのは、まったく理解できなかった人でしょう。

 では、何を目的に、こういうことが案出をされたかと言うと、それは、前報で、少し語っていますが、私がチクったことにしたいからでした。彼等は、私を弾圧できる唯一の方法として、私をノイローゼにする策を、用いています。そのために、出会う人、出会う人ごとに、失礼な態度を取られ、私が無視され、いじめられる状況に置けば、それが、可能だと、考えられています。

 その実行部隊として、総計、1500人か、2000人の名簿がある、国画会は、非常に有効な組織だと、考えられています。

 これは、なりすまし疑惑で、なんと、私が、別の人に乗っ取られ、25万円をフィリピンに送れという、メールを英語で書いて、送った事にされていますし、この世は嘘が蔓延をしているのです。

~~~~~~~~~~~~

副題10、『私は、人間分析が好きで、哲学的問題を解くのが好きなのだ』

 私は、最近では、ほとんど、政治の問題を解くことに専念をしております。これも、一種の政治問題です。だが、本当は、哲学の分野の事が好きで、国画会内部で、見聞をしたことも、それから、それ以外の、世界で見聞をしたことも、含めて、人間とは何ぞやと言う事を、問い、その答えを見つけるのが好きなのです。で、直前の章(後注4)など、その典型であり、私はそれを書くのに、相当に、エンジョイしていて、ゆったりとした、自足の念に満たされておりました。で、そこでは、政治の問題を一切入れていないのです。

 それは、深い自足の念があったのと、西野晧子とか、藤田吉香などと言う、政治とは100%無関係で、かつ紳士的、淑女的にふるまう人の名前を入れないと、いけなかったので、そう言う手配をしたと言う事もあります。が、入れないとだめだと、言うことが判りました。それが、大原光孝さんの出現で、判ったのです。しかし、井上ひさしたちは、『隙あり、一本取ろう』と考えたのでしょう。なるほど、彼等の、やりそうな事だと、思い当たります。

*:-*:-*:-*ー:*:-*:-*:-*:-*:-*:-*:-

 で、過去に書いた、リンク先をこれから上げていきます。

 最近書いている一連の、島田章三に関する文章の中で、最も重要なのは、後注1です。

後注1、

70年代に既に、版画一枚が8千万円で、市に買い上げられて居た【島田章三】の陰に居る悪者達☐     2016-03-19 06:22:19 | 政治

 この中で、私は、島田章三さんが、いわゆる、エージェントに悪利用をされて、私を弾圧する一種のタマとなっているのを解説しています。それ故に、お礼として、横須賀市から、最低でも、80億円ぐらい最高だと、市立美術館の建設費を入れて、150億円ぐらいが渡っている筈で、したがって、

 非常に近隣市民から嫌われていて、大沼嘉津江さんと言う実妹は、大悪口を言われていると、書いています。

 しかも、周南事件(保見)、洲本事件(平野)、寝屋川事件(山田)、熊谷事件(ナカダ・ルデナ)などの、犯人が一応上がっている殺人事件は、みんな、その犯人ではなくて、別の人間が殺しているはずだと、言って居ます。

 外国における、シャルリーエブド事件とか、

後注2、

70年代に既に、版画一枚が8千万円で、市に買い上げられて居た【島田章三】の陰に居る悪者達☐

2016-03-19 06:22:19 | 政治

 後注1の中で、描き切れなかったものをこちらに移動をさせているのですが、まだ、未完成です。どこがと言うと、 

 島田章三を、今関一馬と、対比するところがです。しかし、大原光孝さんが動いたので、これを、もうっ回おぼえてお居て、置いて、ください。

 今関一馬先生と、島田章三との、ライバル関係がどうして、生じたかと言うところが論じてありません。近々完成させます。

後注3、 

のび太のどこでもドアと神隠しの話。現代政治の真実の一つを夢から語って行きたい。  2016-03-13 08:42:17 | 政治

 特に副題7が重要です。

後注4、

国画会剽窃事件・・・・井上ひさしの森村誠一に対する嫉妬が裏にある?(島田章三、草間彌生、渡辺眞利)  2016-03-21 07:12:40 | 政治

後注5、後で、探しておきます。 

2016年3月22日

 なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3425000です。雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)

コメント

国画会剽窃事件・・・・井上ひさしの森村誠一に対する嫉妬が裏にある?(島田章三、草間彌生、渡辺眞利)

2016-03-21 07:12:40 | 政治

 私は、20日の真夜中、まったく新しい章を準備しています。後注1、それは、副題1から始まるのですが、副題7に至って、そこだけを独立させて、一章としたいと、思う様になりました。で、それを独立させて下に置かせてくださいませ。副題1から、番号を新しく付け直します。そして、今、22日の午前10時ですが、推敲やら加筆を始めます。その最先端は、@@@@罫線で示します。なお、これは、最初の日には、国画会剽窃問題・・・・・私がそれをチクった事にするために、W氏に納得をさせ、詰め腹を切らせたかな?』にしておりました。が、22日の、11時40分に上のものと取り換えました。

副題1、『国画会剽窃事件、和田義彦氏が、イタリアの画家の作品を真似していた事件だが、あれが、どうして、あれほどの大事件となったのかが不思議であり、私は、むしろ、私に陰口をたたく為ではないかと、想像をしたほどだった』

 私は最近では、国画会への批判を間歇泉のごとく、繰り返して描いているわけですが、2006年に、和田義彦氏の、剽窃問題が、大きくメディアに取り上げられたときは、いささか以上にぞっとしました。

 と言うのも島田章三さんが、鮎子さんの、本歌取りみたいな作品を作り続けている問題も、厳密にいえば、剽窃なのですよ。だけど、それは問題にならず、しかも、ずっと以前から同じ、剽窃をやっていただろう和田義彦氏の剽窃問題が、突然に、2006年に、大きく、事件化したわけですね。

~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『国画会会員、西野晧子さんの絵と、そっくりな絵が、私と、友人との間で、問題になったことが有る』

::::::::::::::::::::::::: 
 ここで、二日目に挿入として入れます。日本の美術界・・・・・画壇と言う公募団体展の世界では、特になのですが、・・・・・剽窃(他人の作品を真似する事)は、非常に頻繁に行われているのです。特に日展系は、ひどいです。それはですね。主に具象系の作品を展示しているところです。20年前の事ですが、会場に、10点以上の、牛の頭の骸骨を使った生物がありました。

 これは、どういう事だろうと、頭をひねりました。画面は横向きであって、F100号と言うサイズでしょう。で、牛の頭の骸骨が、グレーまたは、白で、浮き上がっている周辺に、果物とか、花瓶とか、花とか、皿とかが、置いてあるという構図です。ある一人の御大としての先生が居て、それ以外の、絵はすべて、お弟子さん級の人の絵か? それとも、オリジナリティの問題に、日展系に作家は、ルーズなのか?

 で、私はその時以来、日展には、一回も見に行っていないのです。子供時代に、父が、よく上野に連れて行ってくれた展覧会の中に、一、二度日展があったと思うけれど、やがて父も見に行かなくなったと思います。だから、子供のころから、新制作とか、を見に行っていたのです。

 さて、私が国画(=国展)に出品を始めるようになった委細は、誰かの紹介などと言う事は全くなくて、ただ、ただ、作品の傾向が好ましいなあと、思ったからです。全部の展覧会を見て、国展には、制作上の自由がありそうだと、思ったから、出品を始めたのです。1980年代は、新制作は白っぽい雰囲気の絵が、大勢であり、独立派は、焦げ茶色っぽい絵が、大勢となっている時期でした。それは、会場に入ると統一感があって、落ち着きを感じます。反対に、国展は、いろいろな色彩の、かつ、いろいろな形(抽象も具象も)が、混在しているので、一見すると、会場はきれいではないです。落ち着かないです。しかし、統一が採れている展覧会なんて、おかしいですね。だから、国画会が、いいと、判断をしました。

 で、入選をし始めると、会期(二週間弱)の間、何回も上野の都美館へ、通います。で、当然のごとく、他の展覧会も、ついでに見ます。

  反対に他の展覧会に、出品をしている人が、国画会の国展の展示作品を見ることもあるでしょう。そして、そこから影響を受けるという形もあると、思います。

 ある日(1990年代の事だと、思う)ハマ展のご招待状をもらったので、関内の、市民ギャラリーに向かいました。すると、第一室(玄関から、すっと見える最上の位置)に、招待状をくれた、友人の絵が飾ってありました。彼女は、まだ、有名にはなっていない存在なので、そこに飾ってもらっていると言う事が、ものすごく嬉としい事であり、得意な事であり、だからこそ、招待状をくれたのだ、言う事はわかりました。絵も迫力はあります。だから、第一室に飾ってあるわけです。だけど、私にしてみると、『おや、これはまずいですね』と、言う様な作品でした。それは、国画会で、1990年ごろからずっと、発表をされていた、西野晧子さんの絵と、ある意味でそっくりだったのです。160cm角の正方形の中に、花が一輪描いてあるもの。

 私は主人が捨てろ捨てろと言うものですから、国画会のカタログを、今、1993年から、1998年まで、の、6冊しか保存をしていないのですが、その間ずっと、西野さんは、そう言うテーマで発表をし続けているのです。花とは、普通は、6~10cmぐらいの大きさです。それが、12倍ぐらいに拡大をされて、一輪だけ、大画面に浮かんでいると、言う、絵であって、具象絵画なのですが、コンセプト的にも非常にユニークなものなので、さすがに、是と、そっくりな絵を上野で、見たことは過去にありません。

 で、その西野さんの作品とそっくりな絵を制作した女性が、会場に居ました。私は1980年代は、神奈川県内で、よく発表をしていたので、相手は、友人の一人です。その人がたまたま会場に居ました。お互いにまだ、40代だったので、健康な人なら、一週間程度、毎日会場に通っても、たいしたことはないという形でしょう。

 ところで、オリジナリティの問題ですが、この章だけ、お読みになる方のために、念のために言えば、私は化学科卒で、しかも、勤務先は東大でした。これって、オリジナリティの件に関しては、ものすごく厳密な世界です。だから、彼女を、誰もいないところへ連れて行って、「この絵と、そっくりな絵が、長い間、国展に展示をされているわよ」と、言いました。いじわるではなくて、それは、注意しないといけない第一のポイントだからです。すると、彼女は、びっくりして、でも、相当に勝ち気な人みたいで、ありがとうとは言わずに「これはこの春、春陽会に出品したのよ。でも落選をしたの」と、言いました。

 私は内心だけでですが、『春陽会の会員(審査の資格を持っている)は、国画会の方も見ているのだ。だから、これを落選させたのだ』と、判りました。でも、ハマ展では、屈指の作品として、最もいい位置に飾られているので、ハマ展に、審査があるのかないのかを知りませんが、もし審査があるのなら、ハマ展の審査員は、まったく不勉強だと、言う事になります。

 彼女は次の年に、洋傘を、アレンジした油絵を春陽会に出していました。『こちらの方は、剽窃の問題が、クリアーされているので、入選したのだろう』と、理解できました。

~~~~~~~~~~~~~

副題3、『ここで、審査の問題に入るし、そこから、CIAの、毒々しいやり方へも入って行く・・・・・杉並区を舞台にした、例の空き家特集の件だけど・・・・・』

 さて、日本の、特に公募団体展の世界では、師弟関係と言うのが重要らしいのですが、私はまったく違うタイプです。「あなたって、子供の時から、先生を凌駕していたわね。だから、先生にいじめられていたでしょう?」と、友達が言うのですね。でね、国画会に出品するのにあたっても、先生など、居ないのです。

 ここが、渡辺幸子さんとは、まったく違うポイントです。私は、逗子で、一人暮らしをしていた際には、夜、一人なので、長電話をすることができました。鎌倉の自宅に居ると、主人が長電話を嫌うので、まったく電話を使いませんでした。知人や友人がまだ現役で、仕事をしている年代だったので、夜電話が自由に使えることは、あの時期の宝物の一つだったのです。それで、大変な勉強をいたしました。長電話に拠る、勉強です。いろいろな人を相手にして、大変に重要なことを学びました。そこから、新左翼の問題とか、今は、まだ書いていない川名昭宣君の、伊藤玄二郎とのかかわり他の、問題点とか、そう言う、重要な問題の、糸口をつかんでいます。

 その頃、渡辺さんが、師である田沢茂さんの、過剰な指導に、ひどく悩まされてるのを愚痴として、聞かされました。でも、それによって、『新制作協会の内部が、事前に推察した通りで、制作の上で自由が無いのだ』と、判りましたね。なるほど、なるほど。今は、田沢さんが亡くなっているので、彼女はほっとしている事でしょう。

 さて、この審査の問題ですが、国画会の主流派閥が、芸大だと、言う事をここで、繰り返させてくださいませ。そして、国画会のメンバーは、『今の上野で、展示をしている数多い展覧会のうちで、実質的に、私達がナンバーワンだと、考えていた』と、思われます。これは、六本木の新国立ができる前の話です。で、どうも、他の展覧会を見に行っていないみたいです。これが、例の杉並区を舞台にした、とんでもないNHK特集へ、結び付いて行ってしまいます。

~~~~~~~~~~~~

副題4、『草間彌生と、他の作家、4人が選ばれて、都美館で、5人展をやった、そう言う話題の展覧会にも、国画会メンバーは、見に行っていないのだ。どれほど、驕慢、または、傲慢になっているかが、判る』

 皆さんは、草間彌生と言う作家をご存じでしょう。彼女は、精神病院に住みながら、別の場所に在るアトリエに、通って、制作としていると言う事で、有名な作家です。そして村上隆より、前に、他人を使って、作品を作っていることで、有名な作家でもあります。

 ところで、私は彼女本人と電話で、話したことが有るのですが、あの精神病院の、話し(それは、TBSでテレビ映像まで、制作をされたが)は、相当に眉唾ものだと、判りました。それからビートたけしの【誰でもピカソ】に出てきた際の、舌ったらずな物言いも、営業用のものだと、思います。極めて冷静で、計算高い人物です。徹底した営業ウーマンです。 

 ただし、発想はユニークであって、やはり、一流の人でもありますよね。その草間を中心に据えて、発想のユニークな作家、五人を集めて、Mと言う有名な美術評論家が、五人展を開きました。場所は、都美館です。で、スペースが広いので、充実した、展覧会となりました。

  ところで、その5人の中で、NKさんと、言う女流展を、基板に、活躍をしている画家が居ました。そのNKさんは、どうも私の作品に注目をしてくれたみたいなのです。で、私が、1990年に女流展に初入選をして、すぐさま翌年国展に、初入選をしたので、『ああ、こういう生き方もあるんだなあ』と、感慨深く、思ったらしいのです。どういうことかと言うと、私は自主独立の人なのです。大変にモダンな感覚を持っていて、人的コネなど、使わない人なのです。作品だけで、勝負する人です。それは、非常に明快で、すっきりしている生き方です。画家の生き方としては、一種の理想形でもあります。『そんなことは、今までは、無理だと、思っていたが、それが通るんだ。国画会は』と、NKさんは、思ったらしいのです。でね、1992年に国画会に初出品をして、初入選をしていました。ところで、NKさんは、美大を出て居ません。別の大学の薬学部を出て居ます。だから、それ以前に、いろいろ、不利な部分を感じていたと思いますが、ここで、道が開いたと、喜んだと、思います。

 ところが、彼女は次の年に、したたかな感じで、国画会に、裏切られます。そして、どうも、それも、大きな引き金になって、精神病院へ入院することとなります。そして、こっちは、草間の営業用精神病院暮らしとは違って、相当に、重篤らしいのです。

~~~~~~~~~~~~~

副題5、『国画会会員、渡辺眞利(男性)さんから、NKさんが、<親の遺体を、そのまま、放っておいた>という話を聞く。<だから、国画会では、問題にならない人物なのだ。追放して当然だ>と、彼は言う』

 1993年の国展の事ですが、会場を丁寧に見渡しても、カタログを見ても、NKさんの作品がありません。私はNKさんに心はよせておりました。が、大・五人展を見ているので、彼女のプライドの高さを思って、一度も電話をしたことが無いのです。これは、一度ぐらい接触をしておいた方がよかった人物です。そうして置いたら、彼女の精神病院への、入院を防げたかもしれません。いろいろ、聞いてあげて共感をしてあげることができたかもしれないのです。

 ただ、どうしてか、女流展でも作品が見えなくなって、相当に心配をしました。で、或る時、別の用事で、掛けていた上條陽子さんへの電話の中で、「NKさんの作品が見えないみたいですけれど、どうしたんでしょうね」と質問をしたのです。すると、上條陽子さんは、「ハイジンになったのよ」と、言うのです。で、私は昔、俳句をやっていたし、今は、本を作っているわけだから、才能のある人が俳人へと、転身をしたのかと思って、「ああ、俳句を作っているのですか?」と、言ったのです。すると、「違うわよ。ちがう方のハイジンです。精神病院へ入ったのよ」と、上條さんは答えました。

 で、私はすぐさま、国画会の審査が、引き金を引いたと、思い当たり、自分としては、正直なことを言ってくれる人だと、思っている渡辺眞利さんに電話を掛けました。音だけでは、同姓同名の、国際基督教大学卒のアナウンサーが居ますが、国画会会員の方は、男性です。元、教師をしていたと、聞いている人です。この人は、私が初めて、出席した、国画会の、オープニングパーティの二次会で、私に向かって、「川崎さん、どうして、ビールを注がないの?」と、言った人なので、大変印象が強かったのです。

 どうしてかと言うと、私は、父も主人も晩酌をしない人です。そして、勤務先としては、東大へ務めただけです。また、実家では、よくホームパーティをしますが、男の親戚が、「ちっちゃん、ビール注ぐ?」と、聞いてくれて、注いでくれます。で、自分の方から男性に、お酌をした過去が無い人なのです。だから、悪気はないけれど、気が付かないというか、そう言うルールを知らない人なのです。その上に、私は考える人なのです。考えることが大好きで、呼吸をする次にそれをやっているという風な人間であって、初めて接した国画会の内部に、びっくりしていて考え込んでいるわけです。何をびっくりしたかと言うと、古臭い事にです。システムが古臭いです。『ああ、がっかりした。日本で最高の、公募団体展だと、思っていたのに、中身は、なんだか、古臭いなあ』と、思ってがっかりしていたので、他の人とまるで、違ったムードで、沈滞していたのでしょう。それを気が付いてくれた渡辺眞利さんに感謝すべきですが、私としては、すでに、気が付いていた古臭さに、倍増をされた印象がありました。『男尊女卑なんだ。この会って。うわー、信じがたい』と、思って。表面上は、急いで、お酌を始めましたが、心の中は、暗いものでした。

 渡辺眞利さんとは、他に、驚くべきやり取りはあるのですが、ここでは、それは、飛ばしてNKさんが、精神病院へ入ったという話を聞いた後に戻ります。

 NKさんの事を知っている人物は、国画会内部では、山寺重子さんだけでしょう。NKさんが、1993年に、国画会へ出品した作品は、それが、落選をした後では、そのまま女流展に回ったので、内容を、知っています。まず、サイズが小さいです。それから、材料費が安いです。週刊誌の頁を切って、パネル(ベニヤでできた基盤)の上に、隙間なく張り付けただけのものです。国画会の国展には、技術力の高さを誇る作品が並んでいます。だから、材料費は安いし、技術力もないです。しかしですね。NKさんは、一種の天才の一人だと、思います。Mと言う美術評論家が、草間彌生と同格に置いたのですよ。そういう過去があるのだから、落選をさせてはいけません。

 その上、私は逗子で、一人暮らしをしていた居たころ、藤田吉香先生に、電話をかけて、長話をしているので、審査会場の風景については、全部知っているのです。そのうえで、山寺さんが、この時、どう動いたのかを知りたかったのです。一人の天才的女流画家を、廃人に追い込んだのですよ。後に、指原いく子さんの会員昇級の裏側などを見ていて、審査のやり方が公正(作品優勢)ではないというのは、骨身にしみて判っているのです。そこには、とんでもない、いい加減なところがあるのを知っているのです。藤田先生も小ボス、中ボス、大ボスの存在と、彼等の票のやり取りなどを、解説してくださっていますしね。

 藤田吉香先生は、当時、朝日新聞で、ポール・クローデルの、エッセイの挿絵をなさっていたと、覚えております。自信のある方だから、何でも隠さず教えてくださいました。どうして、そこまで私を信頼してくださったかと言うと、国展神奈川支部展(=神奈川鵠展)の時の二次会での、私の様子を隣の円卓で、ご覧になっていたからです。この件は後で、語ります。

 ところで、渡辺眞利さんが、一度、こういうことを言ったのです。「僕に電話を掛けないでください。僕は君の恋人でも何でもないのだから」と。あっけにとられました。これですが、ICU出身者だと、まったくこういうタイプではないです。男女の交際を、友人関係のママで、恋愛にもっていかないで、長期間続けられるのは、当たり前です。だから渡辺眞利さんの、こういう物言いが、信じがたいほど、ステレオタイプ(=男尊女卑と言う意味で)に、感じられて、又もや『古臭いなあ』と、思います。そして、私は別に渡辺眞利さんにだけ電話をかけているわけではありません。しかも、渡辺眞利さんとの電話は短い方です。

 私はちゃんと相手を見て、質問をしているのです。でね、この恋人云々の電話には、びっくりして、長期間渡辺眞利さんには電話を掛けなかったのですが、国展の審査会場で、NKさんを知っているのが、山寺重子さんだけだと、なると、山寺さんが、「この人は、過去に大きな実績があります。だから、今回は、国画会向けの作品ではありませんが、落選をさせてはいけないでしょう」と、言う様な、とりなしをしなかったのが、判っています。すでに、落選をして、精神病院に入ってしまっているのですからね。でもね、とりなしをしたのに、票が、足りなかったのかもしれません。そのどちらだったかを質問をしたかったのです。渡辺眞利さんは、男性だから、山寺さんとは、交流が無くて、山寺さんの束縛からは、自由だろうと、想像をしたからでした。

 しかし、返って来た答えはびっくりする様なものでした。しかも、私が、「NKさんが、・・・・・」と、言っただけで、焦った風な大声で、「親の遺体を、そのまま、放っておいたんだ。新聞記事にさえなった。だから、国画会になんか、関係させてはいけないんだ。追放して当然だ」と言うセリフだったからです。ものの言い方とか声の調子には、本当にびっくりしました。と言うのも、精神病院に入っていると言う事は弱さの現れです。ひとりの人間として、弱いものに対しては、憐みの情を持ち、丁寧に、慎重に扱わないといけないでしょう。ましてや、渡辺眞利さんは、学校の先生だったのですよ。『どうして、こうなるの?』と、不思議でならず、

 結局のところ、島田章三さんに戻ってくるのでした。眞利さんの、異様なマナーとは、国画会の実質的なトップである、島田さんの性格と指針の反映なのです。それは、後で、別章で、丁寧に語りますが、非常に閉鎖的であって、しかも計算高い。その反映があるために、これほどに、他の会員まで、人間性が、低劣になってしまうのです。

 ここから先ですが、このNKさんを、苛め抜く、恐ろしいテレビ番組、NHKの【空き家特集】・・・・・夜放送をされたもので、杉並が、舞台であって、鎌田キャスターが、探訪者となって居る番組・・・・・へと入って行き、盗聴の問題へ入り、鎌倉エージェントがどう動いたかを語りたくなっていました。特にそれについては、秋山裕徳太子さんの役割について、集中して語りたいと、思っておりました。以前は書いていないことを、深めて語るつもりでした。午前中は、まさしく、そこまで、書くつもりでした。しかし、すでに、午後二時です。そちらに触れると、今日中に、この文章が、完成しない見込みが出てきました。それで、国画会に、とどまって書いていきたいと、思います。つまり、和田教授の剽窃問題へ、帰って行きます。

~~~~~~~~~~

副題6、『上の方で、剽窃が当たり前に、横行している現在の、日本の美術界に於いて、あれほど、国画会剽窃問題が、大ニュース化するのがおかしい。どうも、裏側がある模様だと、当時から、気が付いていた私なのだが・・・・・』 

 NHKや、新聞が、突然国画会の剽窃問題を、大問題化した時に、私は、これは、裏があるのではないかと、思いました。だが、当時は、鎌倉エージェントの、役割について、メルマガでは、ほとんど書いていませんでした。

 裏があるとは、「これは、もしかすると、これは、私を貶めるための策謀ではないか」と、思ったことを指します。新聞や、テレビでは、告発者の名前が出ませんでした。ただ、この事件が本当にあったと言う事を、庶民に納得をさせるために、イタリア側の作家スギ氏が、名乗りを上げて、動く映像=スギ氏が、彼の発想いや、事情を語る映像=も出ました。

 しかし、日本側でも、告発者が居るはずなのです。「それがいったい誰なのか?」がわからないのです。それは、報道をされていません。無論の事、『ニュースソースを秘匿するという暗黙のルールがあるから、その名前が明らかになっていない』とも、言えます。

 が、イタリアの作家が、急にその年に名乗りを上げるというのも、変だし、和田義彦と言う当該する画家は、どう考えても、島田章三さんとは、強い関係があるのですね。

 それで、ここから先ですが、報道をされているのとは、まったく異なった、二つの、疑惑、または、考察を、ここで挙げたいと、思います。それを、Aと、Bと、分けて考えたいです。A案には、神の存在を感じていて、B案には、悪魔の存在を感じています。

************

 A案と言う考察、・・・・・告発者は、島田章三を批判する国画会内部の画家で、この前年などに、イタリア旅行、もしくは、インターネットなどの情報で、この剽窃を把握して、島田章三さんを、批判する為に、情報を外へ漏らした・・・・・と、考える方向です。こちらでは、神様の存在を感じます。

 私は、鎌倉エージェント(この呼称は、CIA側に立つ、日本と、日本人に対する裏切り者の、温和な表現形式であり、横須賀にもいるのだ。そして、特権者のサークルを形成している)に、協力した人材には、必ず、不幸とか不運が訪れることを、実感をします。だからこそ、耐えられているというほどの、損害が、自分側には、あるのですが、復讐と言う事は致しません。『大丈夫よ。待っていれば、必ず、神様が、悪人たちを、御成敗をしてくださるわ』と言うのが、本心です。

 で、この和田義彦と言う存在は、国画会内部が、どれほど、汚い状況に陥っているかを示すものなので、したがって、国画会の、評判とレベルが落ちるでしょう。と言う事は、同時に、実質的トップの責任であるので、島田章三さんの、不徳の致すところだと、なるし、・・・・・と言う事は、北久里浜の水道山をめぐる種々様々な悪事を隠す為に、横須賀市から莫大な金銭(150億円に達するはずだ)を付与されているCIA側弾丸の一人である、彼に、やっと、天の鉄槌が落とされた・・・・・と言う事になる。ああ、よかった。やはり、神様は、いらっしゃるのだ・・・・・となります。

************

B案と言う思考形式

 しかし、まったく異なった考え方である、B案と言う思考形態もあるのです。こちらは悪魔が活躍している方です。たいへん複雑ですが、旭化成のデータ流用疑惑とか、シャルリーエブド事件とか、後藤健二殺害事件とか・・・・・あの手の、CIAとか、闇の勢力が裏側に居る事件が起きた後では、こちらも、あり得る、思考形式だと、思われてきているのです。

 つまり、2006年と言うタイミングが重要なのです。その3月まで、私は月刊ギャラリーの連載をやっていました。とても評判がよかったのです。

 ところが、編集長から、何の御断りも説明もなく、四月号から、送っている原稿が表に出ないと言う事となりました。急に連載が終わってしまったのです。著者に何も知らせず、何の御断りもなくです。

 しかし、『こういう異常事態が起きるのは、例の鎌倉エージェントが裏に居るからだろう』と、考えて、私は、我慢をして、問い合わせることも、抗議をすることをも、致しませんでした。

 そして、その連載が終わると、同時に、堰を切ったかのごとく、すさまじい弾圧が始まりました。

 で、この和田義彦事件ですが、彼には、詰め腹を切ってくれと、島田章三さんが頼んで、それを、引き受けて、納得をして、恥辱に満ちた役目を、和田義彦氏は、甘受したのではないかと、思い到ってきたのです。2006年に、和田氏は、既に、70歳になっています。年金受給者です。と、なると、生活には困らないです。

~~~~~~~~~~~~~~

副題7、『和田義彦氏の役割は、甘粕大尉と同じ趣向ではなかったのかな?』

 また、和田義彦氏は、この恥辱に満ちた事件の後でも、もう一回、別の大学の教授職に返り咲いています。また、個展も事件後にも、やっているらしい。それは、両方とも普通ならあり得ないです。事件が起きた時に、すでに、66歳です。

 報道されている通りだとして、再びの就職が無理だったとしても、年金は入るでしょう。また、森村誠一の小説の表紙(カバー)の装丁をしているみたいです。すると、そちらの報酬も多大にあるでしょう。文章を書いた人に比べれば、小さいでしょうが、バカにならない金額を既に、得ていて、貯蓄もあるはずです。だったら、静かに暮らしても、生計には困らないです。そして、あの事件が本当に、報道をされている通りだったら、イタリアなどに、移住をしてしまった方がいいですね。

 処が、普通の暮らしに戻っていると、言う次第です。こうなると、甘粕大尉と、似ていますね。甘粕大尉は、本当は、大杉栄を殺していないのだという説があります。有名人の身代わりになったという説があります。

 ここで、急に、新しいブログを書き、ここに挟まないとならなくなりました。

大原光孝さんが動いたので、急に島田章三氏に関する複数のリンク先を明示しないといけなく成る  


  @@@@@ここが、書きかけ中の最先端です。なお、ここで、二回目の中断を入れさせてくださいませ。以下はメモです。これを、丁寧に完成させていくはずです。続きは、多分ですが、23日に書きます。

 その後

 島田章三さんは、こっそりと、しかるべき会員たちに、「あの情報を外に漏らしたのは、川崎千恵子(=月刊ギャラリーの連載では、雨宮舜を使っていたが)です」と、流したと、考える案です。

 2016年三月の現在では、これが正しいのではないかしらと、思われてきました。

 その、こっそりと、耳打ちされた方法ですが、電話でもいいのですが、のみかいが、最高ですね。それも、二次会とか三次会を利用する案です。 

 この章(と言うのは下に置いてある真夜中に書いたもの)に登場する蛯名協子さんとか、A女史とか佐々木豊さんとか、東京都在住だけど、私の事は知っている筈の貴堂静栄さんなどの、芸大卒業生に、こういう嘘を噂として、広めれば、すぐさま、私の事を知っている、全員に、それが、真実として、広まるでしょう。

 と、同時に国画会以外の、各方向から、飛んでくる刃の数は、ものすごく、おおかったです。

 で、この和田義彦の、剽窃問題も、私を貶めるために、起こされた事案であって、和田義彦は納得をして、剽窃事案を公開をされることを引き受けたのではないかと、言う、そう言う考え方も、起こりました。それが、B案です。

~~~~~~~~~~~~~

副題8、『増田陽一氏(国画会版画部会員)の異常な行為と言動、・・・・・それが傍証になるかもしれない』

副題9、『旭化成の社長が、詰め腹を切らされて、涙を流しながら、記者会見をし、その後、消える様に辞任をしたと聞くが、それと、まったく同じ構造で、和田義彦氏は、恥辱を公表する様に、依頼をされたのかな? そして、依頼をしたのは、島田章三氏だったりして』

 副題8と、9の展開を含めて、これから、先は、21日に書きます。

 なお、このブログの、2010年から数え始めた延べ訪問回数は、3423331です。

コメント

国展支部展を【鵠展】と銘打たせた、島田章三氏の、黒い支配欲と政治力

2016-03-20 23:43:09 | 政治

副題1、『最初に、大沼映夫さんについて、短く解説をしておきたい・・・・美術界以外に、生活の主たる側面を置いている人のために』

 ところで、・・・・・国画会の実質的トップである島田章三さんが、大権力を握っているのは、もう一方の雄であり、有名画家にして、元芸大教授の、大沼映夫(てるおと、読む)さんと、実質的な兄弟であり、その上、島田章三さんの妻の鮎子さんが芸大出身者なので、そこから、芸大卒業生を、特に、優先する流れが起きて居て、国画会を支配しているのだ。しかも、島田さんの性格の中に、汚い部分があるので、国画会内部の、精神が濁り切っている・・・・・と言うのが最近、私が書いている主旨を短くまとめたものなのですが、この二人が義兄弟であることは、国画会内部では、相当数の人が、知っていることだと、思っています。

 しかし、表には出て居ません。wikipedia 等には、書いてありません。歌舞伎俳優だと、こういうことが、表に出て居ますが、画家の系図なんて、あまり、表に出てこないからです。ただ、島田章三、大沼映夫が、本当は、義兄弟であるという状況こそ、島田章三さんが、実質的な政治権力を握るのに最も適した形なのです。で、大沼映夫さんが、嶋田章三さんの大きな支えでもあるのですが、しかし、私は大沼映夫さんの方には、ほとんど問題を感じたことがありません。1990年代には、銀座の画廊で、短い会話を交わしたことがありますが、下品だとか、威張り屋さんだとか言う、面で問題を感じたことは、皆無です。だからこそ、このブログ内では、何も注釈を加えなかったのですが、元芸大教授で上品な方です。豊川市の出身らしくて、そちらでは、自治体から支援をされている方でしょう。でも、横須賀市から、島田さんが、もらった金額は、それとは、桁が数段、違うものだったと、推察しています。

 ところで、1970年代以降は、その隠された義兄弟システムが大きく機能をしていると、見ているのですが、私が、それを、知ったのは、銀座や上野で、お茶飲みをしたから、うわさ話として、知ったのではなくて、横須賀市で、PTAの・平・広報委員をしたからでした。

 広報委員と言うものは、1000時間以上束縛される、PTAの中では、最も奉仕度が高い役職なのです。が、その時の委員長が、大沼嘉津江さんと言って、公的会議中に、実兄島田章三さんの、自慢を、たらたらするので、上にあげた事情に、気が付いてしまったというわけです。それは、1970年代であって35年以上は前の事です。

 大沼嘉津江さんは、画家でもない(=芸能界の言葉でいえば、一般人な)ので、実名をさらすのは、ある意味で、躊躇する事でしたが、横須賀市北久里浜に在る大マンション群の裏に在る政治的秘密を明らかにするためには、嶋田章三さんに、横須賀市からわたった大金の事を説明する必要があり、そのためには、杉本正子(元・横須賀市・副市長)さん、私、大沼嘉津江さんの、三者の関係を説明しないとならないので、実名で大沼嘉津江さんが登場することになったというわけです。

 しかも、その政治的、金額とは、例のCIAさんたちが絡んでいる金額だから、この三人の女性の名前は、政治の分析には欠かせないものだったのです。

 で、大沼嘉津江さんとは、きわめて大きな政治的存在となっており、現代における、政略結婚の、典型例となっているのですが、それでも、最初期の段階では、嘉津江さんと、大沼さんの弟君が結びついたのは、とても自然な、流れにのっとっていたかもしれません。

~~~~~~~~~~~~

副題2、『私をスキーに連れて行っての、世界こそ、若き日の島田章三さんが、生きていた世界だと、推察される』

 私は、前報の最終章で、「例の見てきた様な嘘を言います」と、お断りをしたうえで、私のある推察を書いています。今日の文章も同じ手法で始めます。島田章三さんの妻である鮎子さんですが、相当なお金持ちの生まれだと推察されます。で、彼女のご両親が、別荘を持っていたと仮定をします。そこで、合宿をしましょうと、鮎子さんが、提案をしたとします。それは、今の言葉でいえば、ワークショップと言う物に当たり、一ノ瀬智恵乎さんが、娘の沙彩ちゃんが、殺される、一か月前にモルジブのワークショップに参加していたと言う事を、事件の数か月後に、私が偶然に知り、突然に、一ノ瀬さんについて公開する文章(このブログ)を書き始め、結局は、美術9条の会の存在を知ることになるのですが、

 それと同じものを、1950年代に、鮎子さんがすでに、主宰をしていたと、仮定をしましょう。そこに、妹である、嘉津江さんが参加して居たりしたら、大沼家との、結婚が、自然な恋愛として、始まった可能性も感じるのです。嘉津江さんは章三さんより、7つ以上、年下だと、思われるので、とてもかわいく見えたと思います。目は一重だし、体は、章三さんと、似ていてタンクみたいではあるが、大人になっていても、ある部分で、かわいい雰囲気はある人ですから、少女時代は、かわいかったと、思います。だから、政略結婚ではなくて、自然な、形で、付き合いが始まったとも考えられます。その世界は、鎌倉在住の作家、が、作っている脚本によって原田知世が主演した、『私をスキーに連れて行って』の世界だと、言えましょう。

 しかし、読者の皆様にお願いしたいのだけれど「あなたは、大沼嘉津江さんを、上げたり下げたりしていますね。本当は良心がやましいのでしょう?」などとは言わないでください。私は、前に書いたことを訂正するつもりは、まったくありません。そして、これから、説明をしたいのですが、ひとつだけ、大沼嘉津江さんに対して、怒っていることがあります。だけど、当時には、彼女には何も説明をしていませんので、まるで、気が付いていないと思いますが、

~~~~~~~~~~~~

副題3、『1991年か、92年に、国展の、神奈川支部展が、開かれた。が、それを、裏から、島田章三さんが、破壊しようとした可能性がある。島田さんの性格の中に、・・・けち・・・・と、言う部分が有る。つまり、<<<特権を、独り占めしたい>>>と、言う計算高い部分があるのだ。その展覧会でも、それが、判明したのだが、大沼嘉津江さんとの、付き合いでも、既に、私には、それが、分かっていたのだった』

 神奈川県内の美術団体が、展覧会を催す場所としては、JR京浜東北線・関内駅そばの【市民ギャラリー】と言うのが、長らく、大きな役割を、果たしておりました。これが、上野の、都美館の神奈川支部みたいな機能を果たしておりました。

 その後、山下公園そばに、【県民ギャラリー】と言うのができました。しかし、長らく、交通の便が悪いと言う事で、関内駅・傍の市民ギャラリーの方が、人が集まる、多数の展覧会が催されていたのです。それは、ちょっと、上野の都美館と、六本木の新国立美術館との関係に似ています。ただ、東横線が延伸をして、【みなとみらい線】と言うのができました。その終点の、【元街中華街駅】から、県民ギャラリーは、徒歩10分圏内になったので、利用される頻度が増しています。が、2000年ごろまでは、市民ギャラリーを利用する団体の方が圧倒的に多かったのです。

 で、上野で、行われている、公募団体展の、神奈川支部展が、おおく催されており、新制作協会の、支部展などは、私も見に行ったことが有る展覧会です。

  で、新制作展は、上野の本展が秋に催されるので、季節を、春に移して、神奈川支部展が催されていました。現在の事情を知りませんが、会員、協友、一般入選者、応募したのだが審査に落ちた人で、会員のお弟子さん筋にあたる人などが、出品をして、それなりに、大きな展覧会にしていたと、覚えております。これは、25年以上前の事なので、今、どうなっているかは、知りませんが、1990年代までは、そうだったのです。

 で、春に本展が催される国画会の、支部展として、秋に神奈川国展を、催すことになり、偉い人が奔走して、実際に開かれました。その時に、搬入や搬出、飾りつけを手伝ったりしている最中に小耳にはさんだのですが、本部から、「国展と言う名前を使うな」と、言われたそうです。で、偉い人が、憤慨していました。仕方がないので、【鵠(こく)展】と、銘打って開かれ、ポスターや、チケットや、案内状もすべて、鵠の字が使われました。鵠とは、鵠沼と言う地名に使われている漢字ですが、燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや (えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや)と言うことわざにも使われている、大きな鳥を指します。

 しかし、これは、ひどい話です。鵠展と、銘打たれてしまったら、国画会の神奈川支部展だとは、外部の人には、判りません。その上、美術界に住む人々へも、恥ずかしいという物です。新制作協会の神奈川支部展の人などに、案内状すら出せません。きっと、「何か、内部紛争があるのだろう」と、みなされてしまうからです。

 で、一回限りで、それ以降は、開かれませんでした。

~~~~~~~~~~~~

副題4、『ここで、山寺重子女史が、意味のある重要人物として、このブログに初登場する。美術界で出会った悪女の最先端を行く女性だが・・・・・』

 山寺重子さんと言う国画会会員がいます。美女です。よく、美形好みの川崎さんと、私は呼ばれたりしますが、その私が文句なしに、認める、しかも、好みのタイプの美女です。知的な顔。しかし、この人が恐るべき悪女です。ご主人はいい人なのです。が、彼女は、政治的ボス気質を持っており、強い支配欲と、名誉欲を持っており、ただならぬ、いじめを、行います。

 彼女が支配力を行使できるのは、必ず、スケープゴートを作って、集団の中で、他の人の目に見える様に、苛め抜くという手法をまず、取るからです。それから、時の人、旬の人、または、人気のある人に、べったりとくっついて、虎の威を借りることです。それで、自分が、あたかも、本当の、時の人、旬の人、または、人気のある人みたいに、見せています。良く物事を見抜けない、人間、または、美術界参入初心者に対して、自分が偉い人物であると、示すことが目的です。

  ある時期など、銀座の画廊のソファーで、「あの人・・・・・が、うんうん、かんぬん」と他の作家が、言って居ましたが、それだけで、山寺さんの事を指しているのだと、同じソファーに座っているグループのみんなが、了承をしているという現場を見ました。そして、わざと山寺重子と発音しないのも、どれほどに、いじめがひどいかを、みんなが知っているからだと、推察しました。

 私はその頃、すでに、国画会に、絵や版画を出品をしていなくて、そのグループの人間ではなくて、壁にかかっている絵を見ている間の、2分程度しか、その場に居なかったのですが、すぐ誰の事を指しているのかが、私にもわかりました。

  ところで、前の節で、言って居る、国画会の支部展に、国と言う字を使わせなかったと、言う残酷無比にして、失礼な措置ですが、私は、現場では、何も、口には出さないものの、本部とは、島田章三さんを指していることが判りました。

 しかし、島田章三さんは、自分が傷つかない様に、動くのが好きでしょうから、自分が表に立たず、山寺さんを使ったとみています。特に、多大なお金が横須賀市から注がれている島田さんですが、当時の住所は、名古屋市なので、自分が、関係していないと見せるのは、可能です。

 今、当時の、カタログを見ると、神奈川県在住であって、このお誘いに乗るはずの画家が、10人以上不参加でした。(といっても、主人が捨てろとよく言うので、3年後の、1994年のモノしか今は、手元に、ないのですが)

 そのうち五人は、山寺さんが、直接「不参加にしなさい」と、命令した可能性が強いのですが、そのほかの五人は、芸大ラインで、誰かから、「不参加にしなさい」と、命令された可能性が強いのです。

 で、ここまでくると急に鮎子さんが、加害者と言うか、悪人の一人として、登場してしまいます。山寺さんは、島田鮎子さんに、べったりと言うほどに近づいています。自分より、弱い者には居丈高になり、強いものには、過剰にへいこらする人物は、皆様も、よく見かけられるでしょう? 山寺さんもそういうタイプです。

 そして、鮎子さんと、山寺さんは、一歳違いで、山寺さんの方が、上だと思います。となるとですが、二人が国画会の新人として登場したころには、とても、さわやかな美人画家として、目立ったと思いますから、仲良くなったと、思いますよ。1960年代の初めとは、二人が、20代の頃ですから、おばさんではないので、純真でしょうし。ただ、鮎子さんの方が、数段階上の美人です。が、天は二物を与えずの典型で、しっかりしたところが無いのだと、思います。で、利用をするために近づいてくる人間に対する潔癖性が足りない人です。その潔癖性が足りないことで、この神奈川支部展のケースでは、鮎子さんは、加害者になってしまっている可能性が高いです。この鮎子さんを、中保者として、結び付いた、章三さんと重子さんが、お互いに、共通に、敵だと思っている今関一馬さんの、足を引っ張る目的で、国展の、国と言う文字を使わせないと、言い出したのでしょう。

 使わせないと言う前に、まず、参加人数が足りないと、言う事にしないといけないので、事前に、不参加命令を発したのだと、思います。・・・・・神奈川県に住んでいる国画会関係者の、半数以上が、その会には、参加していないのだから、国展の、国の字を使わせません・・・・・と、言い得ることとなるわけですから、参加しない様に、裏工作を重ねたと、推察しています。

 でないと、蛯名協子さんとか、佐々木豊さんなどの、芸大卒業者であり、かつ、神奈川県在住の人物が、参加していないのが、変です。基本を重んじれば、派閥重視など、恥ずかしいふるまいです。特に芸大卒の矜持にかけて、国画会の中で、芸大卒の派閥を作り、それを誇示することは恥ずかしい事です。で、「神奈川支部展を作るのですか。それには、協力をしましょう」と言うのが、普通であり、かつ、本筋ですよね。

 山寺さんと鮎子さんを比較すると、山寺さんの方が、数段上で悪女ですが、彼女が、支配欲が強いのは、予備校時代の、友達に対するライバル心が、根底に、あるそうです。それの、効果を上げる為に、相手A女史を、長期間、国画会の会員にさせないという措置を取ったそうです。そこで、A女史を、苦しめたことが、復讐の成功例として、彼女に色濃くしみ込んでいるらしいです。

 その予備校時代の同級生A女史は、芸大に、入学できました。山寺さんの方は、不合格だったみたいです。今から、56年前の事で、女性が数年にわたり芸大受験のために浪人をすることは、許されない事だったでしょうから、山寺さんは女子美へ進みました。しかし、芸術家の能力なんて、芸大卒か、女子美卒かによって、そう大きな差があるモノでもないから、山寺さんは、頑張りに頑張って、先に国画会会員にもなったし、個展の開催頻度も、ライバルより、高いです。この山寺さんのライバルとされているA女史については、関係者は、判ると思いますが、ここでは、実名は曝しません。一種の被害者ですから。

 しかし、そういう状況をわきから見ていた、今関一馬さんは、正義漢ですから、A女史を、国画会の会員にしてあげたそうです。今関さんは、芸大卒ではなくて、芸大派閥の人ではないのに、芸大卒の人のために、骨を折ってあげたのです。

 このエピソードですが、今関さんから聞いたわけでも、A女史から聞いたわけでもありません。私には、不思議な形で、重要な情報は、すべて手に入ってくるのです。山寺さんからは、いじめにいじめられていたので、天が助けてくださったと、おもっております。

~~~~~~~~~~~~

副題5、『ここで、より深めた形での、今関一馬と、島田章三が、敵対関係に陥ったかを語りたい』

 私は、すでに、何度か、島田章三さんについて触れてきていて、島田さんと、今関さんが、ライバル関係にあって・・・・・と言う事は書いてきていると、思います。だが、これもまた、常に言って居るスパイラルに深めていく問題として、考えると、今までとはまるで違った形で、書くことができるでしょう。

 どうしてかと言うと、今関一馬さんが、すでに、亡くなっていると言う事があります。それと、島田章三さんが、莫大な金額のお金を横須賀市から注がれている裏側について、書いていますね。とうとうですが、そこまで、書いています。それで、ぐっと、書きやすくなっているのです。二人のライバルの両方について、タブーと言うか、垣根が取れてきているからです。

 しかし、午前零時から書き始めて、すでに、6時間なので、この部分については、22日に書き進めるとさせてくださいませ。

~~~~~~~~~~~

 で、特に外出をしないといけないので、ここで、書き止めて中断をしますが、この章内で、他にも書かないといけないテーマがあるので、それを下書きとして、置いておきます。

副題6、『私は内部告発者ではない。実名で書くのは、弾圧が激しいから出会って、私が目指すものは、哲学的人間の分析である。島田章三 VS 今関一馬は、カッコウの素材として、考えたい・・・・・テーマなのだ』

 内部告発と言うのは、国画会の内部に居て、文句を外へ向かって、公にする、人間だと、思います。私は、今、ここで、批判をしている絵画部には、2002年まで出品をして、2003年からは、出品をしていないと、思います。で、すでに、去ってから13年経っています。

 だから、内部の物ではありません。

 ちょっと、抜けるのが大変でした。いわゆる、やくざの世界のしきたりと、同じものが公募団体展の世界を支配しているからです。でも、『そう言うしきたりを守っている人物が得をするとして、この場合、具体的名前としては、誰が得をするのかな?』と考えると、組織のトップが得をするのでした。

 ひとりだけが得をするのが、いわゆるねずみ講です。ただし、ねずみ講だって大規模に行う場合は、一人では運営できませんので、社員として、10人から20人は、利益を得るでしょう。で、国画会の場合、会員となると、それを、信用手形として、美術界を渡って行かれると、言う事となると思います。

 しかし、会員の中でも、より得をする人間と、それほど、得をしない人間とに、二手に分かれていて、この章に名前が出てきた人たちのうち、島田章三、今関一馬、島田鮎子、蛯名協子、佐々木豊、山寺重子、の順番で、国画会会員であることのメリットを享受したと、思います。 

 トップから三人目までは、大びきゅつ館とか大画廊で、個展ができた人たちです。私は、2002年まで鹿国画会の、詳細情報を知らないので、その後、佐々木豊さんが、どこで、個展をされているかを知らないのですが、氏もすでに、大美術館(または、高島屋か、日動画廊)で、個展ができる位階に達しているかもしれません。

~~~~~~~~~~~~

副題7、『国画会剽窃事件、和田義彦氏が、イタリアの画家の作品を真似していた事件だが、あれが、どうして、あれほどの大事件となったのかが不思議であり、私は、むしろ、私に陰口をたたく為ではないかと、想像をしたほどだった』

 私は最近では、国画会への批判を間欠泉のごとく、繰り返して描いているわけですが、2006年に、和田義彦氏の、剽窃問題が、大きくメディアの取り上げられたときは、いささか以上にぞっとしました。

 と言うのも島田章三さんが、鮎子さんの、本歌取りみたいな作品を作り続けている問題も、厳密にいえば、剽窃なのですよ。だけど、それは問題にならず、しかも、ずっと以前から同じ、剽窃をやっていただろう和田義彦氏が、突然に、2006年に、大きく、事件かしたわけですね。

 で、私は、もしかすると、これは、私を貶めるための策謀ではないかと、思ったほどです。新聞や、テレビでは、告発者の名前が出ませんでした。イタリア側の作家が、名乗りを上げて、動く映像も出ました。

 しかし、日本側でも、告発者が居るはずなのです。それがいったい誰なのかがわからないのです。それは、報道をされていません。無論の事、ニュースソースを秘匿するという暗黙のルールがあるから、その名前が明らかになっていないと、言えます。

 が、イタリアの作家が、急にその年に名乗りを上げるというのも、変だし、和田義彦と言う当該する画家は、どう考えても、島田章三さんとは、強い関係があるのですね。

 それで、ここから先ですが、報道をされているのとは、まったく異なった、二つの、疑惑、または、考察に達しているのです。それを、Aと、Bと、分けて考えたいです。A案には、神の存在を感じていて、B案には、悪魔の存在を感じます。

************

 A案と言う考察、・・・・・告発者は、島田章三を批判する国画会内部の画家で、この前年などに、イタリア旅行、もしくは、インターネットなどの情報で、この剽窃を把握して、島田章三さんを、批判する為に、情報を外へ漏らした・・・・・と、考える方向です。こちらでは、神様の存在を感じます。

 私は、鎌倉エージェント(この呼称は、CIA側に立つ、日本と、日本人に対する裏切り者の、温和な表現形式であり、横須賀にもいるのだ。そして、特権者のサークルを形成している)に、協力した人材には、必ず、不幸とか不運が訪れることを、実感をしているのです。だからこそ、耐えられているというほどの、損害が、自分側には、あるのですが、復讐と言う事は致しません。『大丈夫よ。待っていれば、必ず、神様が、悪人たちを、御成敗をしてくださるわ』と言うのが、本心です。

 で、この和田義彦と言う存在は、国画会内部が、どれほど、汚い状況に陥っているかを示すものなので、したがって、国画会の、評判とレベルが落ちるでしょう。と言う事は、同時に、実質的トップの責任であるので、島田章三さんの、不徳の致すところだと、なるし、・・・・・と言う事は、やっと、鉄槌が彼の頭上に落とされたと言う事になる。ああ、よかった。やはり、神様は、いらっしゃるのだ・・・・・となります。

************

B案と言う思考形式

 しかし、まったく異なった考え方である、B案と言う思考形態もあるのです。こちらは悪魔が活躍している方です。たいへん複雑ですが、旭化成疑惑とか、シャルリーエブド事件とか、後藤健二殺害事件とか・・・・・あの手の、CIAとか、闇の勢力が裏側に居る事件が起きた後ではあり得る、思考形式だと、思われてきているのです。

 つまり、2006年と言うタイミングが重要なのです。その3月まで、私は月刊ギャラリーの連載をやっていました。ところが、編集長から、何の御断りも説明もなく、四月から、送っている原稿が表に出ないと言う事となりました。急に連載が終わってしまったのです。と、同時にすさまじい弾圧が始まりました。

 と、同時に各方向から、飛んでくる刃の数は、ものすごく、おおかったです。

 で、この和田義彦の、剽窃問題も、私を貶めるために、起こされた事案であって、和田義彦は納得をして、剽窃事案を公開をされることを引き受けたのではないかと、言う、そう言う考え方です。

 そして、新聞や、テレビで、大々的に、報道をしたうえで、

 

 

コメント

70年代に既に、版画一枚が8千万円で、市に買い上げられて居た【島田章三】の陰に居る悪者達☐

2016-03-19 06:22:19 | 政治

 今は、20日の午前三時です。文章の方だけは、推敲が終わりました。リンク先が、全部は、探し出せていないので、☐印を、総タイトル横に付けておきます。

 ところで、この文章内には二つのテーマが含まれております。一種の育児論と、政治問題です。で、20日の午前1時半までは『PTA三役を引き受けるマイナス・・・・・ここでは、島田章三論の一つとして語りたい』として、育児論の方を優先しておりました。

 だが、私が、この一文を書きたいと願ったのは、むろん、政治的論文としてなのです。動機としては、そちらの方が強いでしょう。で、初稿をアップ後、24時間目に、総タイトルを変更しました。なお、今疲れ切っていて、見つからないのですが、北側【潤】一郎は、正しくは、順が、ただしいです。まあ、恵比寿のご近所づきあい仲間の、秋山裕徳太子氏に勧められて、軽い気持ちで、登場したのでしょうが、出来上がった番組を見て、仰天をしたのではないですか。北川さんの奥さんや、妹さんは、誠実そうだから、奥さんが、あの番組を見て肯定しているとは、私は、思いませんけれど。まあ、秋山裕徳太子さんにも言っておこう。「ありとあらゆることはすべて、全部裏側がばれていますよ。あなたは、何を信じて、そう言う行動をしているのですか。お母さんは、善人らしいのに、天国に居るお母さんに顔向けできますか?」と。

副題1、『新日本紀行が、横須賀を訪問をした。充実した内容だった』

 私は以前、このブログの中で、「横須賀市民の米軍に対する感覚は、なかなか、特殊であって、決して、NHKニュースが報道するものと、合致しない」と、書いている筈です。ただし、問題が、ゆったりしているものだし、総タイトルに、それを付けているわけでもないから、リンク先は、もう自分では、見つけられません。ここで、言うNHKニュースとは、原子力空母ジョージ・ワシントン号が、ロナルド・レーガン号へ変わったとかいう際に、必ず、「寄港はんたーい」とかいうデモを映すのを指しますそれで、私が「ああいう人ばかりではなく、一般市民は、ずっと違う、センスで、アメリカ軍を見ている」と、書いたのです。

 たとえば、その原子力空母を見下ろす丘の上の土地、77坪を買おうとした時ですが、持ち主の、女性は、原子力空母他の艦船を番号で呼ぶのですよ。NHKニュースみたいに、ロナルドレーガンとは呼ばず、「あら、今日は、68は、来ていないわ」とか言うのです。彼女は今は、別の場所に住んでいて、普段は、米軍基地を見下ろす、この土地には住んでいないので、たまに来たときは、米軍基地内の艦船の様子を観察するのが、楽しみみたいでした。しかし、元、海軍軍人の娘だから、一般庶民とは、観察眼が違うのです。すべての、米軍艦船を番号で、覚えているのでした。

 彼女は、父親の位階を言いませんでした。海軍軍人として、戦後苦しい時期があったと、思われるからです。パージなどで、収入が無い時期があったのでした。ただ、母親が賢い女性で、今でいう、シロガネーゼです。そして、ある「おけいこごと」の家元として、独立し、多数のお弟子さんを抱えていたそうです。それで、彼女は経済的には、敗戦後も、不自由することなく育ちあがりました。そして、戦勝国米軍に対して、文句を言うでもなく、ただ、素人(特にNHKニュースの取材陣達)とは、違う目で見て、そして、違う呼び方をするのでした。

~~~~~~~~~~~~~

副題2、『私は横須賀市出身の有名人、島田章三さんについて、これから、多々書いていく可能性はあるが、その理由を、ここで、一つだけ、挙げておこう』

 で、これからは、政治の問題に入ります。島田章三さんを分析することは、きわめて大きな政治的問題なのです。

 もし、美術界の人物が、こう言ったと仮定をしましょう。「あなた、何を飛んだり跳ねたりしているのよ。他人の事を、<あの人物は、飛んだり跳ねたりするおっちょこちょいだ>と、よく言っているけれど、あなたこそ、おっちょこちょいなのではありませんか?」と言われかねないですね。

 さらに、その人は、続けて、「だって島田章三さんは、芸大卒、国画会会員、愛知芸大教授、愛知芸大学長、勲〇等、紺綬なんとか賞受賞、芸術院賞・受賞、芸術院会員です。近々文化勲章も受賞をするでしょう。あなたなんかみたいな、虫けらとは、天と地ほどの差がありますよ」と。

 しかし、それは、人間が作り上げた、階級を、維持する為の、装置を、主にする見方であって、人間の、本質、とか、政治的意味とか、哲学的意味とか、そう言う側面から考えると、私と島田章三さんは、対等であり・・・・・

 いや、鎌倉エージェント・・・・・特にこのケースでは、杉本・横須賀市・副市長・夫妻や、瀬島龍三(=元陸軍参謀にして、戦後最大のエージェントである)、益山重夫=元海軍参謀、であり、瀬島氏とは親友の間柄だと、自分で言っている)仲野通巳吉(=益山氏の義弟)、井上ひさし(=元日本ペンクラブ会長、私から見ると、種々の悪辣なニュースの考案者として、裏で機能している、未だ生存中の大エージェント)と章三氏の、直接、または、間接的な、関係を言えば、私の方が、上となるのです。特に天の視座から見れば、そうなります。そこまでの説明は、容易ではないが、私は究極的には、やるつもり)なのですよ。

 特にジャンピングボードを、画廊るたんのオーナー中島さんが2014年に、与えてくれた上に、さらに、大きなジャンピングボードが、2015年に現れたからです。

~~~~~~~~~~~~

副題3、『特に【絶歌】(太田出版刊)が、出版をされたので、天から、島田章三論を書くことへ「ゴー、発進」と言う許可をもらったと考えている』

 この【絶歌】ですが、少年Aが書いたものだとは、見ていません。それについては、すでに、詳細に、書いています。(後注3) また、マスコミでは、【絶歌】を書いたとされる人物は、一斉に、少年Aと呼ばれています。しかし、事件が起きた当時は、酒鬼薔薇聖斗と、呼ばれていたのです。どうしてか、その名前が今は出てきません。こういうケースは、ものの見事に裏側に闇の勢力が動いている事件なのです。少年Aは、土師淳君を殺していないし、【絶歌】を書いてもいないでしょう。

 では、どうして、その事件が起きて、また、どうして今、犯人の手記が発刊されるのでしょうか。それこそ、ここに、今から書く、島田章三を、めぐる悪の人脈の強欲さ、が、反映しているのです。
 つまり、キーワードが、水道タンク山です。そこに一般人が立ち入らない様にするために、ああいう事件を、横須賀から、遠く離れた地域で、しかも劇的な形で、起こしたのでした。グーグルの地図を開いてくださいませ。そして、まず、京急北久里浜駅を探して、次に東側の、池田分譲地と言うところに入ります。

 その南側に4棟のマンションが建っています。それを見つけた後で、拡大メジャーを最大にしてみてください。すると、コーポまさと言う建物が、見つかるはずです。その南側の四角が、私達が昔住んでいた家で、今も持っています。また、トモ美容室と言うしるしも見つかるはずです。これは、昔は、石渡美容院とも、呼ばれていたもので、その東側に、横須賀市の水道タンク山に登る道があったのですが、ある時期から立ち入り禁止になっていたのです。それは、その公共用地を私有化する準備を、益山重夫・智恵子夫妻が、行っていたのでした。5mぐらいの高さの塀で、北側(=わが家から見える範囲)を目隠しして、山にどんどん蚕食して行ったのです。で、私が事件に気が付いた時には、公簿上は、2.73平米しか益山氏(大建産業と言う名義ではあった)の持ち分が残っていなかったのですよ。

 これから先ですが、何度も、書いています。その最近のものを、後注Aとして、巻末に置きます。膨大なブログ文の、一つですが、旧名そらヒルズ(現在名ルネ北久里浜)と言う豪華マンションは、敷地の取得費用が零である、場所に建てられているある種の詐欺の結果のマンションなのですよ。そして、その嘘と悪を隠ぺいする為に、島田章三さんには、大金が流れ込んでいるというのが、今章の主たるテーマです。

 そして、直近のジャンピングボードとして、2016年3月16日に、KUROと言う作家が、無礼な作法を示してくれました。これは、芸術院会員同士の路線で、裏から野見山暁次さんが、手を回した可能性があります。私は野見山さんなんて、島田章三さん以上に屁とも思っておりませんよ。きたなーい、汚ーい、行動の人だと、おもっております。その陰に、土師淳君をはじめ相当数の無辜の人達が殺されているのですからね。本当に軽蔑をしています。

 これら以外のジャンピングボードとしては、2009年に、NHKが空き家特集(鎌田キャスターが取材をした杉並篇=北側順一郎氏が、画面に登場したもの)も、深い原因となっています。

************ここから先は、副題のナンバー付けを、あいうえお、かきくけこと、つけていきます。主に島田章三さんの、実妹に関する観察だからです。彼女は一般人であって、島田章三さんと、大沼映夫さんを、結び付ける役目を果たしているだけの人ですが、彼女の言動から、社会的な、有名人である、島田章三さんの実像が、私に理解が、なされて来るからです。

*************

副題あ)、『大沼嘉津江さんは、兄たちとは、年の離れた妹として生まれたので、両親や、兄たちから、溺愛をされた可能性はある』

 今、念のために、島田章三さんに関するウィキペディアを、開きました。すると私より8歳年上の氏は、三男であり、長兄は、1924年か、1925年に生まれていることが判りました。すると、私が、PTA活動で、1000時間近く、または、それ以上を一緒に過ごした、氏の実妹大沼嘉津江さんは、長兄とは、とても年の離れた、妹だと、推察されてきます。彼女は三兄の、島田章三さんとも7歳以上の年の差があるでしょう。だから、嘉津江さんは、甘やかされて育ちあがったという可能性は、あります。

 だけど、ある女性が、甘やかされて育ったというファクターだけでは、他人から、「あの人は馬鹿よ」と、言われるはずもないですね。しかし、私はいろいろな人から、「あの人は馬鹿よ」と言ううわさ話を、嘉津江さんに関して、聞かされました。それは、高校時代の彼女の転校のケースも含めて、相当な、事実を示して、聞かされました。

 私はそれを、以前は、島田章三さんが、お金(=横須賀市の税金収入から)をむしり取りすぎるので、そうなるのだと、言っています。しかし、どうして、島田さんに、過剰なお金が流れ込むのでしょうか。その理由を、私が、知っているので、私が弾圧をされるのですが、それを、ここで、語りたいと、思います。

~~~~~~~~~~~~

副題い)、『横須賀では、地主と言う階級は、今でも、尊敬を受けているのだが、ここにも大きな秘密が隠されていて・・・・・』

 私が、京急、北久里浜駅近辺に住んでいた時(1974年代から、1984年)に、『地主』と、言う階級は、横須賀では、特別な尊敬を受けていることを知りました。今、思うと、軍港、横須賀では、戦前までは、海軍の、位階が、そのまま、カーストを形成していて、『大将、大佐、大尉などの、9階級は、厳然として輝き、効力を発していたのだ』と、思います。だが、戦後、そのカーストは、全壊したのです、だが、全壊したものの、どこか、カーストを定めておきたいという意識(いわゆる市民感情)が、人々の間に、色濃く残っているみたいでした。これは、それ以前に住んでいた、横浜線鴨居駅を最寄りとする東本郷住宅(県が売り出したマンション)とか、実家のある日吉の住民が示す市民感覚とは、ずいぶん違うものであって、『おや、古いなあ』と、思ったことは確かです。
 戦後は、地主と言う階層が、特別扱いを受けておりました。だけど、この概念ですが、他の地域のそれとは、相当に違うと、思います。つまり、戦前からの地主と言う概念ではなくて、300坪以上の土地を持っていたら、即地主と呼ばれるという概念です。

 でね、この章では、最重要人物として登場するCIA側の人間(=仲野通巳吉氏と、杉本副市長夫妻)は、公簿上の名義は、どうあれ、2000坪近くの土地を、支配をしています。だから、仲野氏は、すでに、ご近所様から、地主と呼ばれています。しかし、外から転入をして来た人なので、戦前から言われている地主の概念とは、程遠い人です。杉本さんの方も、外から、京急池田分譲地の一区画を買って、引っ越してきた人です。で、杉本家が、1970年代までは、普通の家(敷地50坪、建坪25坪程度)で、三世代同居していたのを、知って居る人が、ご近所に、まだ、大勢いるので、

 実質的には、すでに、自分のものであるはずの、2000坪を、まだ、名義変更をしていないだろうし、昔を知る人の手前、静かに、外見を見せて、暮らしているのですが、それでも、突然に宮大工が建てた50坪程度の、豪邸に引っ越したし、周辺の、2000坪は、実質的に、夫妻のモノだろうし、その上、種々の、悪辣な企みを、私に対して、いまだに、やってきていますので(後注1)、内実は、どうして、どうして、悪魔の一環と言うべき生活を送って居る夫婦です。

 私ね、悪女論(後注2)を展開していますね。それは、東本郷住宅と言う、7棟(200戸)のマンションに住んでいた時に、二人ほど、見つけてあり、この北久里浜生活でも、四、五人ほど、見つけてあり、鎌倉へ引っ越してきてからも、二人ほど、見つけてあります。北久里浜時代に、見つかった悪女の数が多いのは、そこでは、子供が小さい時代だったので、ご近所づきあいを活発にしていて、しかも、幼稚園の会長まで、していたので、知り合いが、おおいからです。

 このブログ内で、私は、PTA三役は引き受けない様に、と、皆様に、述懐をし続けているのですが、自身は、PTA会長を一回引き受けているのですね。それは任命を受けたし、その就任前の一年間、幼い娘が担任にいじめられていたので、断ったらさらにひどい事になるだろうと、思って、仕方が無くて、会長を引き受けたのです。35歳ぐらいの時で、まだ、ニューヨークで日本人相手の喧嘩を経験していなかったので、「娘の担任に抗議をする」とか、園長さんと、直談判して、「会長など、引き受けません。なぜなら、娘の方の担任のA先生が、こういう異常なことをするからです。だから、娘の担任を通じて、園に、過去の一年間、お菓子折り(=相当に高価なものを、選んで、送っています。だけど、状況は、改善しませんでした。などを届けていますが、それは、PTAで、偉い役に付きたくて、アッピールしているわけでは無いのです」などという勇気は、全くありませんでした。

~~~~~~~~~~~~

副題う)、『天が、私を見守ってくださり、私にひどい事をした人は、必ず処罰を受けるのだと、言う事を、すでに、1976年に、私は実感をした』

 皆様、人生で、最も苦しい事は、自分の子供がいじめに出会うと言う事です。しかも、このケースでは、子供の方には、原因が無いのです。担任の教師が、母である私の方に嫉妬をしているから、起きて居る事態でした。担任の女性は、すでに、40代後半であって、後で知るのですが、夫婦別居状態だったそうです。私は美人でも何でもないのですが、どこかに、『素敵な人だ』と、他人に思わせる雰囲気を持っているそうです。そして、当時は、<幸せとはなんであるかを体現していた人間だろう>とも思っております。あ、今はだめですよ。ほとんど、死にそうなレベルの年よりですから。あ、は、は。

 ただね、50代までは、特に海外では、『素敵な人だなあ』という扱いを受けました。敬愛を受けることが多かったのです。

 しかし、日本では、それが、災いをするのです。で、生涯で、嫉妬が原因だと、推察される、様々ないじめに出会うのですが、いじめて来ない人は、それなりにご本人に、自信がある人だったのです。それで、相手のそだちとか、教養のレベルを判断することができました。銀座での付き合いですが、ギャラリー山口のオーナーの、みつ子さんは、そう言う、いじめてこない人物の一人だったのです。亡くなった後で、「文房具系専門の、会社社長の、令嬢だった」と、噂話で聞いて、『ああ、そうだったのか。子供時代から、育ちが良い人だったのだ』と、納得をしました。

 私がやっとの思いで、その4才時の、娘の担任が行う呪縛から逃れた途端に、その担任の教師についての、悪いうわさを聞くこととなります。それは、気の毒にも、「坊ちゃんが高校受験に失敗をして、どこにも行くところが無い」という噂でした。そのついでに、「ご主人が家に寄り付かないのだ」とか、いろいろ、他の事も聞きました。その噂を聞く前の、二年間の事です。会うたびに、先生の目が、恐ろしくも陰惨な、いじめの目であったのです。それで、『ご主人が寄り付かないのも、むべなるかな』と、思い到りました。だが、リアルな世界では、喧嘩をしない主義だから、「あなたって、いじめをする人間ですが、セックスレスだから、不満があるからではないですか?」などと言うセリフを彼女に浴びせて、苦境を逃れる・・・・・なんて言うことは、思いもつかず、ただ、ひたすらに耐え忍んだのでした。思い出しても、いまだに、ぞっとする二年間です。

 その北久里浜時代に見つけてしまった四,五人の、悪女の、うちの一人が、杉本正子夫人です。大沼嘉津江さんの方は、悪女とは言えません。普通の人としての、行いやら、性格を示している人です。

 しかし、杉本夫妻や、仲野氏が、地主としての尊敬を受けている裏で、仲野氏の土地と、杉本夫妻の土地には、とんでもないからくりが、隠されています。ともかく、その二つとも、持ち主がお金を払って手に入れた土地ではないのです。仲野氏が、地主と呼ばれて、地域の班長をしているとか聞くと、『あら、いやだ。あなたって、実質的には、その土地を、泥棒したのでしょう。地籍変更届の仕組みを利用して、ただで手に入れていますね』と、思うだけで、鼻で笑ってしまいます。彼が、地主と呼ばれることは、おへそが茶を沸かすたぐいの、間違った敬称です。

 そして、杉本夫妻の方ですが、地籍変更届の、事案が起きた時に、ご主人は、横須賀市の土木課長でした。私はね。電話で(その方が、盗聴をされている場合に、更に有効だと思ったのですが)正子夫人に委細を告げました。横須賀市のモノである水道山が、只で、私有化されそうになっているのです。横須賀市の吏員である、杉本氏は、それを阻止しないといけないでしょう」と。だが、彼は阻止しませんでした。そして、どんどんどんどん、出世して行きました。お金の方も得たと、判る部分があります。

~~~~~~~~~~~~~

副題え)、『今思うと、この地籍変更届の事案は、1978年に、急に進展したわけではなくて、京急池田分譲地の開発と、一緒に企画をされたものかもしれない。非常に根が深い事案なのだ。泥棒の、一種だが、瀬島隆三たち、戦前の、軍の参謀なら、それくらいの事は、するだろう。

・・・・・スタップ細胞疑惑が、12年以上の準備期間をかけていると、推察されるし、・・・・・こちらの島田章三さんが、大金を手中にする事の、大いなる原因となっている方の事案も、15年ぐらい前である1963年ごろから、準備をされていたとも、推察されるのだ。・・・・・私が京急に乗るたびに横浜駅直前で、嫌がらせ用の、車内放送を、されて、脅かされたり、パンパシフィックホテル品川が、突然に、GOOと言う名称に変更されたのも、充分以上に、私を意識して行われている事・・・・・だと、今では、判ってきている』

 ここは、副題としての二重ガッコ内に書いた以上の事は、書きません。だが、ものすごいレベルで、杉本夫妻は、悪に加担をしていると、思いますね。そして、裏で、必死になって、私を弾圧しようとしています。

 その方法ですが、正しい人間を、殺す唯一の方法は、ノイローゼにさせて、精神病院へ、強制的に入れてしまおうという手法です。そして、病院内で、薬物で殺そうと考えられています。それが採用されています。

 画廊るたんの、中島さんの、対、私へのいじめも、そのヴァリエーションの一つなのです。大きな企画とか、流れの一環なのです。その流れは、今でも引き続いていて、今週は、KUROと言う作家がおかしな動きをしました。後で、時間があった時に、追及します。それも、全部、北久里浜に結び付きます。だから、KUROは、国画会の会員ではないのに、島田さんをヘルプする為に、私に対して失礼なことをしたわけです。それが、どうしてここで、堂々と断言できるかと言うと、杉本夫妻とか、瀬島龍三が、CIAとか、フリーメーソンと言う裏の組織で、結託をしているので、すべての、動きが統括をされていて、まったく関係が無い人物が動くことで、効果を上げうると、考えられているわけですが、それを、また、私が全部見抜いているからです。

 本江邦夫さんも、早川重章さんも、国画会とは、関係がありません。だが、上へ上と、関係者が誰であるかの、ミステリーを段階を追って紐解いていくと、結局は北久里浜での不正な、事案に、たどり着くでしょう。全部関係があるのです。

 でね。私をノイローゼにするための一環として、
島田章三さんを過剰に持ち上げるという仕組みが、1970年代に、すでに、発進していて、それいらい、莫大な金銭が、島田章三さんに注がれることとなっているのです。

 私が島田章三さんの、実妹である大沼嘉津江さんと、PTA活動を一緒にしたのは、1997~9年の間のどれかの年だったと思いますが、
 彼女が、広報委員長(=PTA三役の一つであり、もっとも、頭の良い人間が着任すると、思われている)に選任されたのも、裏側に、瀬島龍三が居て、手をまわしたからかもしれないです。また、この1970年代に、すでに、横須賀市役所、大津支所の、壁に貼り付けられている島田章三さんの、リトグラフ(版画の一種で、紙である。抽象画だから、一般庶民には感銘を与えない)一枚に、8000万円支出したと、言われていました。私はこの値段について、「別に一枚では無かろう。一回の個展で、展示したすべての作品を買うと言う事で、そう言う値段がついたのだろう」と、かばって、いままで書いてきていますが、しかし、よくよく考えると、その頃から今までの40年間に、30億円から100億円の幅で、金銭が、島田さんに、渡っていると、思われるので、あの時点での8000万円(現在の貨幣価値に直すと一億五千万~二億円円に当たる)も、一枚で、支払われたものだったかもしれません。これは、紙ですから、毎年、国画会に出品していた100号の油絵など、現在の貨幣価値に直して、五億円以上で、横須賀市は買い上げをしていたと、推察されます。それが、三〇年間続いているので、軽く油絵だけで、現在の貨幣価値に直すと、150億円です。

 横須賀市役所に行って、問い合わせても、教えてくれないだろうから、ここでは、推察だけの数値で、語ります。また、横須賀市立美術館ですが、実質的には、島田章三用・個人美術館の、趣きがあります。地表に出て居る部分に、別棟として、谷内六郎記念館がありますが、あれは、作品が遺族より無料で、寄進をされたので、軽いプレハブ風の、建物だけを横須賀市側が、設計建築したものだと、思われ、それほど、お金がかかっているモノではありません。

 だけど、島田章三さんの、作品を、収蔵する為に、多大な金銭が、氏の方へ、渡っていると、思われる美術館です。

 これでは、島田さん一家が、昔からのご近所様から、悪口を言われるのも当たり前です。ところで、この版画一枚8000万円と言う値段ですが、どうして外へ出たのでしょうね。もしそれが、実妹の、嘉津江さんから、他のママともに、知らされた値段だったら、彼女が、周辺から馬鹿呼ばわりされているのも、むべなるかなです。ただ、ここは、本当の事は、私には、判っておりません。

~~~~~~~~~~~~

副題お)、『歌人を標榜した母君は、明治生まれの人だろうが、あの地域では、浮き上がっていて、嫌われていたと推察される。雪ガ谷とか、下落合に住んでいるのだったら、いざ知らず』

 先ほど見た島田章三さんのウィキペディアは、シンプル至極でした。しかし、以前、だいぶ前に見た時は、もっと複雑だったという記憶があって、母堂が歌人だったと、書いてありました。父君は、船舶のインテリアデザイナーだとか。章三さんにとっての長兄は、戦死なさったそうです。それは、お気の毒だと言えましょう。
 ところで、次兄は、歌人として、有名な島田修二だそうで、歌会始の、選者にもなったそうです。そういう次兄を育てたという意味では、島田さんの母堂は偉い方です。

 しかし、島田さんご一家が住んでいた地域の環境を考えると、浮き上がっていて、嫌われていたのだろうなあと、思い到ります。これが、雪ガ谷とか、小石川とか、下落合とか言ったら、違うでしょう。そういう地域に300坪ぐらいの、お屋敷を持っている階層だと、バカにされません。と言うか、嫌われません。だけど、島田さん一家の住んでいる場所は、そう言う地域ではないのです。

 けれど、もし母堂が、繊細な神経を持っていたら、嫌われなかったかもしれませんね。だけど、反対に、いじめられたかも。ともかく、地域の持っている雰囲気から言うと、主婦が、『自分は歌人である』と標榜するのは、まずい場所でした。私は大沼嘉津江さんを、見ていると、鈍感な人だなあと、思います。国画会に、油絵か版画を出品した期間は、11年間だったと、記憶していますが、その間に、種々の形で接した(二人だけで、短い会話を交わしたこともあるのですよ)章三さんについても、同じく『鈍感な人だなあ』と、思っています。

 島田章三さんが、奥様の鮎子さんの紡ぎ出す、発想やモチーフを使って、(悪い言葉でいえば、横取りをして)、それに、過剰な手を加えて、重厚な作品に仕上げているというのは、島田章三、鮎子の両方の作品を見た事のある、ほとんどの、人が、知っている事実です。→後注B

 それでも、堂々とと言うか、平静に、愛知芸大の学長をやってみせると言うのは、「とことんに、章三さんは、鈍感な人だ」と、言えるでしょう。繊細さとは無縁の人です。

 島田さんの母堂は、ご近所と付き合っていないからこそ、娘を遠くの私学に通わせました。その私学ですが、横浜国立大学の付属中へ、1955年に入学した私から見ると、さして、偏差値が高いとも思われない私立女子中高学園です。と言うのも当時の横浜国大付属・横浜中学(旧制男子師範学校の付属・・・・・一方で、女子師範の付属が、付属鎌倉・・・・の筈だが反対だったのかもしれない。ともかく、神奈川県内には、付属が二つあるのは確かだ。)の卒業生は、その一割を東大へ送っていましたので、横浜で一番の名門校だったからです。栄光も聖光も、まだ、有名校ではなかったし、桐蔭は、まだ、創立されていませんでしたから。

 もし、島田家の明治生まれのご母堂が、嘉津江さんが、小さいころから、「わが家は、別格です。あなた方などとは、付き合えませんよ」と、お高く留まって居たとしたら、彼女が高校時代に、県立高校(偏差値的に言えば高くはない処)へ転校した時に、「お勉強に、きっとついて行かれなかったのよ。だって、彼女馬鹿なんだもの」と、言われてしまう事に繋がって行ったのも、頷けることです。

 しかし、そこまで言われてしまうのは、彼女が、PTAの三役(=広報委員長)を、やっていたからですよ。これは、長時間、平役員たちと、一緒に居る役目だから、いろいろなことが、他の人に全部わかってしまうのです。性格も能力も。そして、彼女が自慢げに兄のことをしゃべることも、日本人の感覚からすると馬鹿だとなるし、

 自慢をすればするほど、章三さんが、計算高くて、狡知にたけた人だと言う事が私に判ってしまったのですから、やはり彼女の思考の、位相は、レベルが低いなあと、思います。

 だから、PTAの三役など、やらない方がいいのですよ。私は娘が担任の先生に、いじめられているから、『もしここで、園長の「PTA会長になってください」という要請を断ったら、あの担任が、これ以上のいじめをするかもしれない。それが、あと一年間も続くのかと考えると、それには耐えられない』と、思い、それを防ぐために、幼稚園時代に、PTA会長を、お引き受けしたのです。娘が担任にいじめられていなかったら、引き受けなかったと、思います。それ以降もPTA役員(特に、三役などの、重い役目)に推薦されたときは、たびたび、断って来ています。

~~~~~~~~~~~

副題か)、『島田章三さんの、実妹は、まるで、パリで修業してきたパティシェみたいな上等なケーキを毎週焼いて、持ってくる様になったが、それで、私はかえって、疑念を強めた』

 大沼嘉津江さんについての噂話のうちで、「(この現代の様な医療の発達した時代に)、あの人って、子供を死なせてしまった母なのよ。(だから馬鹿なの)」・・・・ここで、カッコ内は、音としては発声をされなかったが、聞く方には、充分に、推察される言葉だった・・・・・を、聞いてしまった後で、彼女が毎週、超上等な、フランス風ケーキ(濃厚であり、背が低いホールケーキ)作ってくる様になったのを、見て、『この行動は、母としては、間違っているなあ。あの噂は本当だった』と、思う様になったのです。

 この時のメンバーのうち、杉本正子さんは、肩書大好き人間だし、 人間の作った装置を信じる俗物です。後年、ご主人が横須賀市の副市長になったので、近隣で、威張りまくっていると、推察していますが、

 だから、兄君たちが、社会的に偉い人である、大沼嘉津江さんを尊敬しまくって、腹心の部下となっています。で、仕事をきちんとやります。私はまじめだから、好き嫌いの感情とか、価値判断などは、一切示さずに、一生懸命仕事はしますよ。それに、中学時代から、本格的な活字印刷の新聞を作っていたのだから、謄写版摺りの、PTA広報・小学校版なんて、字数が少ないので、楽々の仕事です。

 しかし、他のメンバーが相当にだらけて来ました。働かなくなったのです。でね、嘉津江さんは、工夫の一つとして、自分でケーキを焼いて来る様になりました。大変に上等なもので、本格的なパティシエの作ったものとも、勝るとも劣らないものです。それを、「おいしいです。あなたって、驚くべき人ですね」と、褒めながら、でも内心で、疑惑に満ちてしまい、『是では、例の噂話・・・・・子供を死なせてしまったのだから、彼女は馬鹿なのよ・・・・・は本当だろうなあ』と、思い出し始めました。

 と言うのも、私は母が毎月買っていた【婦人の友】育ちなので、本格的なお料理には挑戦をした過去があるのです。牛タンを買ってきて、コンビーフ作りに挑んだこともあります。ただ、亜硝酸塩の分量が本文中に、書いていなかったので、小さじ一杯程度入れてしまい、『薬臭くて、薬臭くて、食べられたものでは無い』という結果に終わり、二度と挑戦をしませんでした。亜硝酸塩とは、肉を赤く発色させる薬で、牛タン一個分だったら、耳かき一杯程度で、よかったのでえす。それを500cc程度の水に溶いて入れればよかったのです。と、今なら、判りますが、もう、今になっては、あんな面倒くさいことに挑戦する気はありません。そういうわけで、本格的なケーキ作りにも挑んだことがあり、大沼嘉津江さんが、毎週作って持ってきてくれるケーキが、どれほどに、上等なものかについては、よくわかるのですが、

 一方で、深い疑念も沸き起こってしまったのです。

 それは、PTAの三役を引き受けることが、既に、相当な重荷であると言う事を、経験上知っているからですね。また、ケーキ作りも相当な時間がかかるものだと、知っているからです。だから、私は最近では、クッキーしか作りません。これは、四分の一程度の時間と労力で、できますし、神経を使わないでも、できるお菓子です。材料さえ上等だと、市販のクッキーよりはるかにおいしいものができます。ところがケーキは違います。特に上に、飾りのついている本格的なもは、神経を使います。パウンドケーキとかフルーツケーキだと、上の飾りが要らないので、未だ楽ですが。

 あのね、「お土産にもらいましたのよ。みなさんと一緒に食べたいと、思って持ってきました」と言って、京都の生八橋をひと箱持参するとか、柏屋の薄皮饅頭を、ひと箱持参するとか(それは、ご主人に東京とか、横浜の名店街で、買ってきてもらえばいいでしょう。ご自分で、横浜まで、行ってもいいし)ぐらいのご奉仕でいいのですよ。お子様が二人生まれて、一人はすでに、みまかっている。残っている、もう一人に対して、お母さんが、こんなにPTAに入れあげていて、大丈夫かしら?と、思ったからです。これが、1978年ですね。

 後年、2003年になって、一ノ瀬智恵子さんが、渡辺豊重さんの、アクセサリーとして、くっついて歩いていて、しかも渡辺豊重さんが、私をいじめるのを、にこにこして、そばで、みていた際に、感じたのと、同じ種類の危惧を感じたのです。『大沼嘉津江さんは、母親としては、なんだか変だよ』と。一ノ瀬さんの方は、『きっと、将来、この人は、子供の事で、悲しむことになるだろう』と、思ったら、その通りになりました。
 大沼さんに対しては、一ノ瀬さんの時ほどの、強い危惧は感じませんでした。が、それでも、『母親としては、変な人だなあ』とは、感じたものです。

 なお、これは、付記しておくべきだと、思うのですが、全メンバーのうち、虚心坦懐に、そのケーキを味わっていたのは、杉本正子さんと、私の二人ぐらいだったでしょう。ほかの人は、『おー、嫌だ。<」育ちがいい、ざあますよ>と、言う風に見せ付けて』・・・・・と言う風に思っていたらしくて、嘉津江さんの、意図通りに、もっと働く様になる方向へは、ことは、向かいませんでした。それは、嘉津江さんの行動の中に、奉仕の精神とは、正反対の『実は、自分には、こんな特技があるのよ。あなた方よりも、上ですよ』と、言いたがっている勝ち気な、精神が、うかがえたからでしょう。温和に見えるが、実は相当に勝気な人の様です。

~~~~~~~~~~~~~

副題き)、『健康な状態で、生まれた子供を死なせてしまった母とは、内情はどういうものだろうか? 例の見て来た様な嘘を言いで、解説して行こう』

 この章で、私達、母親が、大問題としている、子供を死なせたと、言う事を、理解できない読者も、大勢いらっしゃると思うので、例の見てきた様な嘘を言いで、詳細に解説をさせてくださいませ。

 世の中には、大沼嘉津江さんとは、真っ反対の母親も、居るのですよ。それを先にあげましょう。私の知人で、お子さんが重い心臓病を、持って生まれたママが居ます。見るからに悪い状態でした。唇にはチアノーゼ(紫色になる事)があり、顔色は、どす黒いです。

 ところで、心臓移植ですが、私は、それは、やらない方がいいと思っております。そのママは、それが、全く行われていない頃に、このお子さんが生まれたので、こう言って居ました。「心臓の4か所に、悪い場所があるの。だから、手術するのは無理だって、先生に言われている」と。そのお子さんですが、45歳を過ぎた今でも健在の筈です。今は会っていませんが、五年前に大丈夫だったのです。会社勤めなどはできないと思いますが、こういう重篤な障害のある方には、国家から、生活費が出るので、ご両親が生きている間は安全なのです。

 そして、そのお子さんは、高校まで、無事に卒業されている筈です。それがどうして可能だったのかと言うと、お母さんが、いつも、車いすに乗せてついて行ったからです。ここですが、彼女がどれほど、賢い人なのかを自然に語ってくれている個所です。学校の先生としたら、常に監視をされていることとなるので、いやじゃあないですか? でも、心臓には障害があるが、脳には障害が無いお子さんなのです。だから、親としては普通学級に通わせたいです。そして、ある部分で欠損があるからこそ、欠損が無い部分を生かしてあげたいと、思っているでしょう。だから頑張って、学校に交渉して、ずっと、母子で、一緒に通学をしたのです。しかし、当時は、公立の小、中、高校に、エレベーターは、無かったと、思いますので、登校や下校時に、玄関から教室に、車いすで、行くだけでも、大変だったと、推察しています。

 私自身が立派な母親であると、主張するつもりはないのです。しかし、大沼嘉津江さんの対照例として、この女性を置いてから、先の話を進めたいです。

 健康に生まれたお子さんでも、時には高熱を出すことがあります。それが、保育所に預けている状態で、亡くなったりしたら、親はあきらめるに諦められないと、思います。

 ただ、そのぐったりしたことの、原因が、破傷風であるとか、毒蛇に噛まれたというのなら、素人で、対応するのは無理ですが、一般的なウイルスや、細菌が原因で発症する病気だったら、最も大切なことは、子供自身の治癒力と生命力を信じることです。過剰に心配したり、過剰に保護したりするのは、駄目なのです。

 ぐったりした様子だったら、往診を頼むのがいいでしょう。その際に、最高の開業医を、およびするのがいいです。地域に10軒の、内科クリニックがあったとしたら、どこがいいのか、ご近所の年上の主婦に聞いてみるのがいいです。20代、または、30代の女性にとって、50代の女性は頼りになる先輩です。子供が大学生ぐらいの年齢の主婦だったら、過去の経験上、どこのお医者さんが、評判がいいか、知っている筈です。

 そういうお医者さんに、自宅まで、来てもらう。「午後3時ぐらいまで行かれませんが」と、言われたら、その時間帯まで、母親だけで、できるだけ、上手な看護をして待ちましょう。

 ここですが、反対に、重篤だから大病院へ連れて行ってしまうという形もありがちです。しかし、小さな子にとって、大病院での受診は負担が大きいのです。その上、大病院の、その日の担当医が名医だとは限りません。若い研修医かもしれません。そして、経験と自信が無いので、「入院させましょう」と提案することも、ありがちです。しかし、大病院へ入院したとしても症状が、改善されない場合もあると、思います。そうなると親は焦ります。『あの先生って、若いから未熟なのではないかしら。もっと、いい先生に見せた方がいいのではないかしら?』と、思いがちです。

 で、島田章三(三兄)さんやら、島田修二(次兄)さんが、すでに、セレブの生活を送っているので、「愛育病院か、慶応病院へ、入院できないかしら?」と、相談をしたりする場合もあるでしょう。 そうすると、二人の兄君は奔走して、それら有名病院への紹介状を手に入れたと仮定します。それから先ですが、こういうケースでは、救急車は、使えません。大村嘉津江さんの家ですが、傾斜地に建っています。それで、もしかしたら、車を持っていません。横須賀は、急傾斜の、場所が多くて、車が入らない場所はいっぱいあるのです。我が家は今は、鎌倉に住んでいますが、130段の石段を使うので、同じく、車を持っていません。

 でも、なんとか、車を手配して、転院させたと、仮定しましょう。だけど、西洋医学の基本とは、毒をもって、毒を制するです。薬とは、本来が毒なのです。

 で、小さいお子さんの中には、薬の毒素に負けて、亡くなってしまう人もあるでしょう。東京女子医大付属病院で、手術後、静かにさせる薬(一種の、麻酔剤みたいなもの)の処方量を間違えて、何人もの赤ちゃんが、死んでしまったケースがありました。

 で、ブランド的には、有名な病院へ転院できたとしても、お子さん自身の体力が残って居なかったら、そちらで、亡くなると言う事もあり得ますね。ここいら辺は、シューベルトのリード【魔王】が、非常によく表している状況です。で、ブランド病院の名医は、「このお子さんは、初期治療が悪かったので、お気の毒ですが、亡くなりました」と両親に告げたとします。

 そういう宣告に対して、ご両親は、納得が、素直に納得をしたと、仮定しましょう。そして、嘉津江さんは、自分の責任を感じ取ることなく、日々を送り、数年後、上等なケーキを焼いて、ご自分の、広報委員長としての役目を全うしようとする様になります。

 この章は、すべて、私の想像で、語っています。だから、事実は、是と、異なるかもしれません。だけど、あるお子さんが、10日前まで、健康だったのに、急に亡くなるというケースの裏には、こういう風に、親があたふたしすぎる場合もあると、思います。

 なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3417764です。18日の早朝に、初稿を書き、20日の午前2時半に、推敲を終える。

   雨宮舜 (川崎 千恵子)

後注A

らら横浜と、ルネ北久里浜が、そっくりだと、横に並べて見せよう。嘘を、シャーシャーと見せつける悪人たち   2016-02-22 00:02:37 | 政治

後注B

 

島田章三さんは妻鮎子さんのモチーフを応用しているけれど、そこにオリジナリティの問題はないのですか?   2014-02-11 02:32:40 | Weblog


コメント

PCの初期画面が、急にデルフォイに変更されていたので、片山祐輔君事件(究極の冤罪)を思い出す

2016-03-18 04:24:42 | 政治

  これは、16日の深夜から、17日の早朝にかけて書いたものです。そして、総タイトルを長時間にわたって、英語で、・・・・・I was so astonished, because a photo of Delphoi was sent from MS into my PC・・・・・としていたものです。16日の深夜から、17の早朝に初稿を書きました。が、一度奥に、ひっこめておりました。それを、18日用のブログとして、再度アップさせていただきます。理由は、17日の夜から、18日にかけて書いた、安田純平さんに関するものが、なかなか、まとまらないからです。こちらの方が、完成度が高いと、思いますので、こちらを、本日用のブログとして、アップさせてくださいませ。

  いやあ、私のPC内に、急に起きた、ある現象に、驚かされました。で、英語で総タイトルを書きました。とのも相手が、マイクロソフト社か、国際基督教大学時代の、友人のどちらかのはずで、したがって、英語が、ビンビンに、判る人物だと、思われるからです。で、総タイトルは、気取っているみたいですが、あまりに驚かされたので、こういう作業をして来た連中に対して、『本日は、あなた方に対して、ちょっと、シャッポを脱ぎましょうかな?』と、言うサインとして、英語で、書いたというわけです。

 今、テレビ朝日で、ウエンツ瑛士と、田中(バクモン)が、司会をする『スゴイいですね』と言う番組があって、冒頭で、綾小路きみまろが、奥様方を笑わせる、ショットがあります。彼が、その日選んだ外国人ゲストが、出演する直前に、ゲストの母国語で、短文を述べるのですが、日本語に翻訳すると、たいていは、スタジオで、目の前に座っている日本人の奥様方を、おちょくり、からかう言葉だったので、会場全体が爆笑に包まれるという趣向です。それに倣って英語で書きました。しかし、笑い話ではありません。

 で、上の英語で書いた総タイトルを、私なりに、翻訳すると、「デルフォイの写真が、送られてきて、あまりに驚いたので、今日は、<あなた方(=CIAの手下ども)も、意外と頭がいいかもしれない>と、思っている次第です」と。

 ただ、あまりにも驚いたし、この写真が、私の推察通り、デルフォイの風景だったら、結構、彼等(=CIAちゃんたち)も、頭がいいね。と、成ります。で、問題の写真を、このブログの冒頭に置きましょう。すると、サイズ変更ができませんでした。こういう際も背後に、おんぶお化けの様に、CIAちゃんが張り付いているケースなので、いったん、やり直しをいたします。お待ちくださいませ。

 今、修正作業が終わりました。このブログのテキスト形式の中で、サイズ変更ができなかったので、元データをサイズ縮小して、アップしなおしたら、ちょうどよいサイズになりました。

~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『これは、日本人にだって、できる変更なのですよ。バグさえ入れれば簡単です。で、もしかしたら、また、ICU時代の同級生・某・君が、これも、やっていますか?』

 今、冒頭に置いた写真のサイズが変更できませんでした。普通は、このブログ内で、変更ができるのに、今日はできなかったので、Corel と言うアプリ(または、ソフト)を使って、原画のサイズを、20%から、さらに、15%へと、縮小度を上げて、小さくして、その後、再びアップに取り組んだものが上にあげたものです。これは、過去に、何十回もやられた妨害であって、なじみ深いものです。

 しかも、もう一つ、大きな意地悪をされました。それは、「わざと、気取って英語で入れていますよ」と、言っている総タイトルの、中の、デルフォイのスペルが間違っていたのです。しかし、念のために言うと、ギリシャでのスペルは又、是とも違うのですよ。ただ、相手が、CIAの手下どもだと、思うので、正確な英語にしておいた方がいいですね。

 入力してから、30分後に気が付いて、直そうとするのに、なかなか、直せなかったのです。これも、裏からバグを入れてしまわれて、ポインターの機能をその瞬間的に失わせるとか、種々の方法で、可能になる妨害の人です。『う、こういうところって、思い当たるよね。やっている人間が、ICU卒業生っぽいなあ』と、思いましたね。

 私ね。エフェソスとか、デルフォイと言う言葉の日本語表記には、並々ならぬ、文句があるのですよ。まあ、デルフォイの方は、未だいいのですが、エフェソスなんて、現地での表記は、私が旅行をしたころ(1980年か?)は、Efesus であって、現地の人もみなさん、エフェサスと、発音をしていたのです。しかし、エフェサスを舞台とする小説【シルヴァーのブラウスは、私を導く】を、すでに、15年前にパソコンで書いていて、プリントアウトもしているので、最近では、エフェソスと言う事になっています。変だなあと、思っている次第です。言葉狩りかな? と、も、思ったりします。この小説は、10分ぐらいプリントアウトして、10人ぐらいの知人に、送ったらある有名人が、『面白かった』と、言ってくださいました。しかし、小説を、読んでもらうためには、まだ、大衆社会では、無名の私には、どなたに対しても、荷が重い要求なので、公的な出版には、至っておりません。

 ところで、デルフォイの方は、ギリシャ現地では、Delfi と、スペル化しています。神託で、有名なギリシャの一都市なのですが(ただし、1998年私が訪問した当時は、遺跡以外は、ホテル村と言ってよいほど、小規模な、町であって、少数の住人が住んでいる状況である)、これを、英語で、正しく表記できる人間は、日本にもアメリカにも非常に少ないはずです。しかし、1966年卒のICU製だったら、正しく表記できるでしょう。教養の基礎として、ギリシャ文明及び、ギリシャ悲劇は、叩きこまれますので。

 で、私が、最初(ほぼ、40分前)に書いた時に、すぐさま、『間違っていらあ』と分かる人間は、ICU卒業生だと、推察されるのです。

 最初、Delphi と、しておきました。英語として、100%正しく書き表そうとするなら、h と i の間に、o が入らないといけません。しかし、ポインターをそこに合わせても、どうしても、o が入りません。これも何度も過去にやられてきている妨害であって、デルフォイのスペルが間違っていることが判っている人間でないと、こういう妨害ができません。

 そうなると、2011年の、第一次フェイスブック時代に北海道在住の、梅森伸一と言う画家に成り代わって、毎晩、私を、苦しめた人物であろうと、私が、見込んでいる、X君が、今夜の悪さもやっていると、なりますね。このX君は、私の文章から、身を守るために、IBMのトップ連中と、相談して、片山祐輔君の、父君を、紹介してもらって、片山祐輔君に身代わりになってもらって、大きな犯罪化した、可能性を、私は、感じています。そして、今般、3月26日に訪れる、同窓会でも、重要な役割を果たしております。で、七面倒な事になっているのを、私は、後注1に置いたブログ内で、書いています。

 ところで、飛ぶためには、後注1を、ワンクリックしていただきたいのですが、ここで、その総タイトルだけを、テキスト文書で、表す志コピペすると、『のび太のどこでもドアと神隠しの話。現代政治の真実の一つを夢から語って行きたい』であって、なんだか、面白くなさそうに、見えます。特に政治の評論としては、面白くなさそうに見えます。ところが、そここそ、私が、最高の真実を開示し続けられる、秘密なのですよ。いつも、本当のテーマを、目立たない様に、して書くのです。いかにもつまらない事を語っている様にして、書いていくのですよ。そして、ちら、ちらっと、大切なことを、挿入して行くのです。

 で、ここで、このブログの、文章構成に、秘儀から、元の、問題へ戻ります。

 そうなると、この種のシステム破壊の、アイデア提供者が、彼だと、言う事となります。彼は、ICUの寮で、ロックフェラー四世と、同室だった可能性があり、しかも、1960年代から、アメリカに留学して、パソコンと、ITシステムを、学んでいる、日本でも、ハシリの、方の、システムエンジニアです。

 今日の作業については、証拠がないので、ここでは、彼の実名を上げず、ただ、単に、ICU同期生のある男の子が、私の、パソコンシステム破壊に、大きく寄与しているとだけ、申しあげておきましょう。ただし、第一次フェイスブック時代(2011年5月から、2012年2月12日まで)の、PC破壊は、彼が行っている部分も、大きいのです。それを、静かに書いたら、片山祐輔君の、なりすまし疑惑と言う冤罪が、起こりました。大騒ぎでした。

  ところで、ギリシャの一都市、デルフォイについて、英語表記もできるし、どういう街であるかも、熟知しているのは、ICU卒業生に違いないと、今、このブログ内で言っていますが、このj-peg file が、どうして私の手に入ったかを、まず言わないといけませんね。この写真は、私が撮影したものでは無いのです。私は画家なので、旅行先でも日本でも、ほとんど、写真と言うものは撮りません。常に食卓の上に置いてあるi-phone では、猫の写真を撮りますが、それ以外は写真は撮りません。だが、デルフォイには、旅行をしています。で、現地の事はよく覚えております。

 この風景は、多分ですが、デルフォイに向かって居る道でしょう。私が旅行をしたころ(=1998年)は、電車類は、無くて、バスだけだったのですが、この写真では、切れている右側に、電車が走っています。アテネ五輪もあったことだし、ギリシャは、この有名な街(ギリシャ時代は都市)へ向かうインフラを整備したのだと推察されます。

~~~~~~~~~~~~

副題3、『もし、あなたが、ウインドーズ版PCを、お使いだと仮定をして、すでに、W10へと、アップグレードなさっていますか?・・・・・そのヴァージョンアップが終わっていたら、これから書くことが、判り易いと、思います』

 あのね、マイクロソフト社が、XPを廃棄したのは、決定的に、日本の、井上ひさしの、発案だったのですよ。だから、彼が、自分を、公的に死んだことにしている、・・4月9日・・に、XPへのサポートが停止されたではないですか? 年度は、2014年だったか、2015年ですが、4月9日だったのは確かです。井上ひさしは、いまだ、生きています。オバマ大統領よりも自分をえらいと、思って、陰の社会で、君臨をしているでしょう。CIAの、どこかに対して、世界を動かすニュースのアイデアを、提供し続けています。それが、忙しいので、表向きには、死んだことにしただけです。

 ところで、マイクロソフト社は、PCが売れなくなって、ひどい事になっていると、思います。ビルゲーツ自身は、充分に、お金儲けを果たしたので、軽井沢に別荘を建設中だと、聞いています。が、東芝の、大赤字決算(しかし、あの事件も、報道されている通りではないだろうが)も、起きる事態になってしまいましたね。ともかく、井上ひさしや、伊藤玄二郎、そして、最近では、美術界他を動かしていると、思われる、酒井忠康氏や、石塚雅彦さんと、協調して、その支配下で、行動をすると、命を失ったり、その他とんでもない災難に出会うのですが、

 今日は、一ノ瀬智恵乎さんではなくて、画廊るたんの、中島さんに、言いたいのだけれど、「あなたは、誰の教唆によって、私をいじめてきたのですか? 赤津侃さんですか?」と。

 ともかく、2014年の1月13日だったか、国画会準会員の、【なんとか、みづき】さん、または、【なんとか、いずみ】さんと、組んだ、いじめに接した時には、本当に、堪忍袋の緒が切れましたよ。このなんとかいずみ、または、なんとか、みづきさんですが、秋田在住で、布を使った造形をする人物です。その事件が起きた時には国画会準会員でした。でも、あまりに深く軽蔑をしたので、名字さえ、今は、忘れています。が、銀座に住んでいる、中島さんの方には、言っておきたい。

 ・・・・・「あなたが、この秋田在住の女性と組んでやったことで、私は、相当な情報を、島田章三さんに関して開示することと決めました」と。「神様にそれをお許しいただいた、と認識しました。あなたが踏切版となったのです」とも。

 引き続いて、「いま、30%ぐらいを開示している段階ですが、まだ、70%も、残っていますよ。その内容ですが、童話の世界に例えて表現をすると、

 島田章三さんの、首を、お餅みたいに、私が、ねじって引きちぎり、観音崎を超えて、ポーンと、浦賀水道にまで、ぶっ飛ばし、海の中にポちゃんと、投げ込むぐらいのすさまじい情報なのですよ。中島さん、それをわかっていて、私をいじめたのですか? また、【島田章三と、仲間たち展】などと言う企画を、私が【なんたらみずき】(または、なんたらいずみ)について、文章化を、したわけですか?とも。

 それは、まだ、30%程度の段階だったのに、それでも、恐れずに、復讐に出てきたのですか?」と。

 島田さんって、巨体の持ち主ですが、妹さんを見ていると、『筋肉質ではないでしょう』と、判ります。それこそ、お餅みたいなふわふわした、肉体だと思いますよ。だから、お餅みたいに引きちぎるという例えが、ここに、出てきました。

 本当は、本日は、銀座の画廊巡りを少しだけやって帰って来たのですが、電車の中では、島田章三についての真実として、後注1に置いた文章の、更に続きを書くつもりでした。

 だが、このデルフォイの画像を見て、それに、邪魔をされている、ところです。で、島田章三について書くという作業は、後日に取っておくことにして、このデルフォイの画像に戻ります。

 この画像は、一瞬にして消えるものなので、再現不可能です。で、パソコン画面としての、情景では、その右側を走っている電車を、スマホでは、取り込めなかったので、その電車を、取り込むために、再度、写真を撮ることができません。

 ところで、どこから、この画像を取って来たかと言うと、パソコンのトップ画面なのです。しかし、こういう写真が現れる様になったのは、ウインドーズ10になってからの事なのです。それで、皆様に、お問い合わせをしていると、言うところです。「既に、10へと、アップグレードなさっておられますか?」と。

 しかし、同時に、それを言明しておかないといけないのですが、私は、別に10を好きでもないと言う事です。私は、XPで十分だったと、思っている人間で、10になったので、助かったと、感じた時は、ありません。

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題4、『こういう美しい風景写真が、送られてくる様になったのは、Windows 10の場合だけで、しかも、2016年に入ってからだと、認識しているが』

 スリープと言う状態は、皆様も、ご存じだと、思います。Windows 8 までは、スリープに入るまでの、時間設定が、トップ画面内の、どこをいじれば、変更できるかが判り易かったのです。しかし、今の初期画面は、以前のウインドーズ版と、非常に変わってしまっていて、せっかくの慣れと言う作業を失わさせております。

 これには、二つの原因があると、おもっております。アップルがスマホと言う形で、大衆へも、浸透をし始めたので、アップルのシステムを、マイクロソフト社が真似し始めたと言う事でしょう。だけど、もし、それが、真実だったら、圧倒的に間違っていますよ。それは、加速度的に顧客を失わしめるでしょう。みなさん、「もう、パソコンは買い替えないで、いいよ。これで、充分だ。もし買い替えるのなら、中古で、慣れているバージョンのモノを買おう」と、言っている筈です。

 でも、私はXP停止に懲りたので、一台だけは、10へとアップグレードをしてあります。すると、どうしてか、非常に短い時間で、スリープ状態に入ってしまいます。ちょっと、入寮を辞めて、お茶しようね。と、思い、台所へ入って、夜間をかけて、お湯を沸かし、コーフィーの粉をフィルターに用意して、ゆっくりと抽出して居たりすると、それだけで、スリープ状態へ入ってしまい、それを、直しにくいのです。で、そのスリープ時間の調節やら、変更が、window10だと、見つかりにくいのです。おもちゃとして、パソコンを使う人、または、受信だけをする人なら、是でも、いいかもしれませんが、仕事に使おうとしている人間にとって、諸処の場所で、改悪がはなはだしくて、使いにくくなったことが、おびただしいのです。たぶん、鎌倉エージェントの発案を受け入れて、こう成ったのでしょう。特にワードに、改悪を入れています。

 横長画面になったので、文章を書く人が、大変困っている筈です。全体像が、見えにくくなっています。数行しか見えませんのでね。これも、私が、XPは、便利だと、書いたので、それに使っていた黄金比だと、おもわれる縦横の比率を、わざと、横長画面に直したのでした。

 秋葉原で、聞いたのですが、この「縦横比率を、横長に向けて直せ」と言ったのは、政府だそうです。驚きました。使いにくくする方へ、政府が、命令をしているのです。その政府要人とは、谷垣禎一さんの、可能性が強いですね。これは、後で、別章で、詳細に、論議します。

 で、スリープから回復する際にも変更が起きて居るのです。再び、起動する為に、どこかのキーを押すと、今まで、だったら、以前使っていた画面そのものが立ちあがったのに、2016年に入ってから、システムが変わったらしくて、見たこともない画面に、トップの背景が代わっているのです。そして、右上隅に、『気にいりましたか?』と言う質問が設定をされています。

 今まで、10個以上の美しい写真を見つけてあります。しかし、本日ほど、驚いたことは有りません。それは、後注2に置いた文章と、呼応をしているからです。

 

 実は、一回消えて、そして、後注2の文章を書いたら、復活した【南欧スケッチ】と言うフォルダーの中には、ギリシャ、デルフォイをスケッチしたものもあるのです。上にあげたものがその一つですが、今度もサイズが直せません。でも、それについての解釈は、もうここでは、繰り返さずに置きましょう。

 そして、この種の事をやってくるのが、例のICU関係者だろうとも、推察していて、したがって、本日の総タイトルの表記を英語でしたというわけです。

~~~~~~~~~~~~~~

副題5、『ここで、やっと結論へ入る。つまり、この写真は、復讐の証拠なのだ。誰からの復讐か?と言うと、私のパソコンをシステム的に、しょっちゅう破壊して来る人物からの復讐だったとなる。特にICU卒業生の、特に、一年時の、たった23人しかいないセクションFと言うクラスでの同級生の可能性が強い』

 皆様、ここまで、書いて、これから先は、どうか、後注1と、後注2に置いた、文章を再度ご覧をいただきたくと、申しあげておきましょう。

 それは、両方とも、かれら、CIAの一味にとっては、怖い文章となっているのでしょう。まったくさりげない、総タイトルがついていますが、中身は、すごいものになっている筈です。特に、彼ら、鎌倉エージェントにとっては、耳に痛いし、腹にこたえる文章となっている筈です。で、復讐をするために、13にちと14日とにこの写真を用意して、スリープ直後の、起動画面に、入れる様に、15日の昼間、手配をしたというわけです。そうですかと、言っておくしかないのですけれど、・・・・・

 なお、このブログの2010年度より数え始めた延べ訪問回数は、3416365です。

    16日に事実として、初稿を書き、いったん、ひっこめて置いた後で、18日に再度アップする。19日の、午前2時に、最後まで、加筆推敲して、完成とする。

後注1、

のび太のどこでもドアと神隠しの話。現代政治の真実の一つを夢から語って行きたい。   2016-03-13 08:42:17 | 政治

後注2、

イランの名勝の写真を入れたFolderが、一瞬にして消えた。が、ここで事情を書いたら回復した   2016-03-15 01:43:33 | 政治 

コメント

「安倍さんはお金の使い方のわからない人だ」と言う事が、74にして初めて私に分かった△

2016-03-17 04:01:21 | 政治

 今は18日の午前零時半ですが、下の文章の推敲が終わったので、総タイトルの右横に、恒例の、△印を入れておきます。

副題1、『税務申告に、いよいよ、本格的に取り組まないとならなくなった』

 私は最近、南欧スケッチ集(ギリシャです。イランです)とか言って、非常に短い文章をアップすることでお茶を濁してきていました。それは、ですね。片手間で、やっていた税務申告がいよいよ期限が迫って、とうとう、本腰を入れて、お勉強をせざるを得なくなったからです。

 ところで、私は頭から、その締め切りが、16日だと思い込んでいました。会社員でもないし、学生でもないので、こういうことを修正してくれる友達が居ません。

 でも、16日までと、思い込んでいるので、何も悪びれず、しかも荷物が重いので・・・・・と言うのは出版業として初めて青色申告をするので、例題として、今まで、出版した本と、それから、準備中の本(事務センターでオンデマンド方式で作ったもの)を、全部で、10冊以上持って行ったので、タクシーまで使ったほどでしたが、なんと、すでに、期日は過ぎていて、遅れた人となっていたのでした。

 しかし、リアルな世界には、とても疎いひとが、私なので、お金を払う段階まで、自分が期限を過ぎてきている事には、気が付きませんでした。お金を払う段階になって、「悪くすると延滞料を取られる処だが、あなたは、税額が、1万円以下なので、延滞金が取られません」と、言われて、初めて、遅れていることに気が付いたのです。でも、よかった。国税の、税額が総額一万円を切って。それで、市民税も少なくなるでしょう。24年度なんて、市民税だけで、23万円も請求が来たのですよ。実情と全然、合わなくて、おかしかったのです。それは、国税の方で、申告が間違っていたからでした。で、本格的に勉強を始めたのです。

 ただ、本日、午後二時半に、税務署に到着した最初の瞬間に『あれ!、いつもは、混雑していて、別棟まで使っているのに、今日は少ないなあ。最後の日まで、申告を持ち延ばす人なんて、日本にはいないのかしらね。特に鎌倉の人はまじめなのね』などと、のんきに思っていたのでした。そして、期日を過ぎてから、書類を持ってくる人も、結構、大勢いるのですよ。記入の仕方が、わからなくて、日にちが、のびていた人でした。外人とか、おばあちゃんの為に、かわりで、申告に来たお孫さんとか。
 そして私とか。

~~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『私は独学が好きな人だけれど、今般だけは、参考書に載っていないケースだったので、四苦八苦した』

 私ね。お勉強大好き人間なのです。それとね。独学も大好き人間なのです。ほら、かるちゆあーセンターで習い事をする人がいるでしょう。だけど、私は、予習復習をするし、集中もするので、たいてい早く、いろいろが判ってしまって、他の人との、進歩度が、違うので、イライラしてくるのですね。だから、決まったコースで習うのは、嫌いで、判らないところだけを教えてもらうと、言う教室が好きです。しかし、この税務申告に関しては、私の様なケースは、参考書にも載っていないし、質問をしても誰も今まで、的確に教えてくれる人がいなかったのですよ。そして、税務申告のためのカルチュアーセンターってないでしょう。税理士さんの仕事を奪うからですね。

 私自身は、従兄弟が公認会計士なので、教えてもらおうとして、電話をかけても、ちっとも要領を得なくて、判りませんでした。

 しかし、去年の、三月の段階で、税務署で、【事業主勘定】と言う言葉を聞いたのが、回路が開くきっかけとなりました。そして、本年は、参考書から、【事業主借り】と言うものを案分する公式を見つけて、やっと、最終段階まで、到達することができたのです。

  ここですが、いったんブログとしては、締めました。そのあとで、もう一回、丁寧に、文章化した方がいいと、考えが至りました。で、もう一回、パソコンを開いて付け足します。

 公式を見つけたとは、どういうことかと言うと、貸し借りを、自分一人で、自分内部で行うわけですが、その貸し出す金額を、自分で決めてはいけないと言う事が、大切だったのです。そして、そこの説明が、このブログでは、ぬけていたのです。それを、追加しないと、私が、どんなに、戸惑って、疲れたかを、皆様に、理解してもらえないと、思います。

 感覚的に言うと、・・・・・毎月10万円を、遺産の方から、出版事業に補てんをすると、±ゼロになると・・・・・言う事は、判るのですね。しかし、それなら、帳簿上、事業主貸を、120万円と設定をして、書き込めばよいと成ります。税務署さんが、用意してくれている貸借対照表に、印刷文字で、幅5cmぐらいの、事業主借りと言う項目があるので、そこに、120万円と入れたいです。しかし、それをやってはいけないのでした。貸借対照表と言うのは、右側と左側が全く同じ数値にならないといけないので、勝手な数値を入れてはいけないのでした。ただ、直感は当たっていて、実際の数値は、1200円何がしの小ささで、誤差があるだけでしたけれど。

 しかし、書き方の、解説文は、どこにもないのですよ。ただ、八桁積算表と言うのがあって、その中で、非常に離れた場所にある二つの数字が同じにならないといけないという矢印が引いてあるのです。その矢印の意味をとことん考えているうちに、上に書いた、法則が見つかってきたのでした。別にルート計算とか、二乗計算が必要な公式ではなくて、単に、足し算と引き算を使う公式でしたが、

 ・・・・しかし、だーれも、言葉で説明してくれなかったことを、単に一本の矢印の分析だけで、答えにたどり着く・・・・・のは、相当に、困難な事でした。

 ともかく、壱日遅れでしたが、間に合ってよかったです。自分としては、それが、最終日だと、誤解をしていた日に出すことができて、よかったことでした。来年は、もう少し楽に書け、もっと早く出せるでしょう。

 これから先に書く事は、世の中の人が、ほとんど、知っている事なのだと、思いますが、せっかくお勉強して身に付いた知識なので、ご披露をさせてくださいませ。

 まず、参考書に載っている一般的なケースをお話します。それとの比較で、上に置いた青い数字の、私のケースが特殊だと、際立つ様になると、思いますから。

 Aさんが、衣料品店を経営していたとします。平成27年の2月に、春物の靴下を、2000足、60万円で仕入れたとします。ほかの商品も同じ様に仕入れて、仕入れ総額が200万円だったと仮定します。2月28日までに、60%の商品が売れていました。Aさんは、定価を二倍につけていたので、240万円の売り上げがありました。で、もうけが40万円になりました。光熱費や、交際費などの経費が一か月12万円はかかります。ただ、お父さんが、もとは、学校の先生をしていた人なので、年金が20万円入ります。それで、一家、6人が、48万円の生活費で暮らします。そのうち、5万円を貯金に回し、総額、43万円で暮らします。こういう数字は、すべて、申告書の中に書く欄があるのです。仕入れとか売り上げとか言って。

 こういうのが参考書に載っている普通のケースです。しかし、私の場合、本年は、6669円の売り上げしかありませんでした。2009年に最後の工業生産的な、発刊をして以来、細々と、本をさばいているのですが、本って、原価が高いのですね。特に少部数で、作ると、一冊当たりの原価が高くなります。そのうえ、自宅で仕事をすると、ワードが変な動きをするので、外で、貸しパソコンを使って、ワードデータを作っていたノマド生活なので、(それは、申告していませんよ、過去の事だから、もう、考えるのが無理なのです。その上、面倒くさいし) それにも、莫大なお金がかかっています。

 その上、売れないけれど、読んでもらいたい人には差し上げるケースもあります。これも、テクニカルタームがきちんとあって、私消、または、自家消費と言います。で、それも、あるので、赤字ばかりです。そこを埋めるのが、自分側の出費で、事業主貸しと、言います。つまり、自分側が損ばかりしているのですが、やむに已まれぬ、発表意欲と言うのがあるし、親からもらった遺産はあるし、結構面白い本ができているし・・・・・なので、出版業を止めるつもりはないのですよ。

 そして、まったく流通を、させていない(と言うのは普通の本屋では、売っていない)のに、アマゾンや、ブックオフなどのインターネット上の中古本市場に五冊目【黄色いさくらんぼ】が、出回ったりするのは、500部程度の少部数では、すごい事だと、お思いになりませんか?
 だから、このブログの世界で、暗い事ばかり書いているみたいですが、自分なりの達成感とか、自分なりの誇りと言うものは持っているのです。誰も、褒めてくれないけれど、自尊心をもって生きているわけです。しかし、売上額が、数万円以内しかないのに、国税と、市民税を合わせて、30万円以上の請求が、来たら、『こりゃあ、大変だ』と、なるわけです。

 しかし、25年度と、26年度は、まだ、勉強が足りず、白色申告だけしかできませんでした。しかも、出版関係は、申告できませんでした。母からもらった小さなアパートの賃貸収入だけを申告しただけです。

 本年はやっと実情に沿った税額となったわけで、ほっとしています。

~~~~~~~~~~~~~

副題3、『しかし、この勉強によって、初めて、お金とは何だと、判ってきた様な気がする』

 私はね、いろいろな苦労があるので、それを主人に言うのですよ。それは、2009年ごろまででしたが、いろいろ、訴えたわけです。すると『お前ほど、幸せな人間はいない。だから、そちらの方を見て、苦労する方向は見ない事』と、言われました。その幸せの大ポイントとして、お金に苦労をしたことが無いというのがありました。

 確かに、会社に勤務しないでも、明日の食料品を買うお金がないという様な、日は経験したことが無いです。しかし、だからこそ、お金について、判っていない人だと、周りから思われていました。親族みんなから、お金のことが判らない人だと、言われていました。

 しかし、今回は数千円の単位のお金を、手書きで、何十回、・・・・・または、何百回だっただろうか?・・・・・も計算したので、お金の大切さが身に付いたと、思います。計算機が使えなかったからです。なんでも、妨害を受けるのです。で、最近では、スマホをはじめ、どの計算機も、恐ろしい額を、足し算の結果として出すのでした。億とか、兆まで、位取りが、すぐ飛んで行ってしまうのです。これは、モーツァルトの、レクイエムを練習していた際のラジカセにも起きたことで、すでに、あきらめていて、大正時代の人として、何事も時間とエネルギーをかけて、処理をするのでした。
 だから、帳簿とは、別の紙に、いちいち手書きで、数値を移動をさせて、銀座伊東屋の丸鉛筆と、そのお尻の消しゴムを駆使して、手で、計算をしました。

 あ、ここで、挿入ですが、鎌倉近代美術館・鎌倉館の閉館に当たって、ショップが、会議室を使って、普段よりも、大きくなっておりました。そこに、パステルカラーの丸鉛筆(お尻に消しゴムがついているもの)を、売っていましたが、あれって、銀座伊東屋に、特注をされたものでしょうね。きっとそうです。

 と言うわけで、スーパーで、最後の数字が、6円だったりすると、「すみませんが、待っていてください」と言って、小銭入れから、壱円玉を六枚出したりしています。

 今日のテーマですが、数年前だったら、『こういう事をブログとして書くと、読者に、軽蔑されるだろうなあ』と思って書かなかった類の事でした。だが、今では、壱円の大切さが、判る方がいいと、思っています。豪奢を誇るつもりはありません。または、ぜいたくができることを誇るつもりはありません。それは、『私は、・・エコノミーには乗らない人・・と、絶対に、なるのだ』と、若い日に、決意したと聞いている林真理子さんなどとは、正反対の、生活です。が、それで、いいのだと、思っています。こういう風に、自分一人の事だったら、納得をして、すこぶる肯定的なのですよ。何事についても、肯定的なのです。他人が関わってくる問題となると、そうではなくなるのですけれどね。

 さて、苦しい勉強でした。「資本と、資産の区別って何なの?」とか、「この金額は、借り方に、分類できるの? それとも貸方?」などと、初めて接するテクニカルタームばかりで、判らない事ばかりで、しかも脳みそは、既に、74歳ですよ。別に、感情的には苦しいとは思わないのですが、この、最後の、1週間は、普通の時は、それが、可能だった、18時間、起き続けていることができなくて、12時間位経つと、もう、眠くなってしまい、仕方が無くて、昼間であろうが、夕方であろうが、布団に入って、五時間程度、寝入ったたものです。体が悲鳴を上げていたのでしょう。起きて、勉強をすると、あっという間に、眠くなってしまうという感じでした。

~~~~~~~~~~~~~

副題5、『しかし、この苦労をした結果、<安倍さんは、お金の計算ができない人だ>という確信を得た』

 これから先は、皆様に、お考えいただきたいのです。安倍総理大臣は、それ以前の、総理大臣と何が違うのか?・・・・と。自分でも後で、自分の考えは、書きますが、長時間起き続けているので、ここで、いったん睡眠をとらせていただきたいと、思います。

 そして、皆様には、この調子で、国家予算を消耗して行くと、・・・・・例えば、除染とか、高い防潮堤とか(それらは、徹底的に無駄なお金を使ったという結論づけができるでしょう)に莫大な国家予算を使っていますが、この調子のままでいくと、・・・・・この日本が、どういう風に将来なってしまうのかを、お考えいただきたいと存じます。この除染や、防潮堤の問題の他に、熟考をしないといけない項目が膨大にあります。

  今は、午前九時になりました。ものすごく疲れているが、書き足したいことがあります。上に書いた例文と、ことよせて書くと、安倍総理大臣は、日本国保有の特別機で、外遊ばかりしています。

 防潮堤と言う無駄なものに莫大なお金を使うばかりではなくて、海外でもばらまき歩いています。それは、気持ちが良い事でしょう。感謝されて、自分が、立派な政治家になった様な、気分を味わえます。だけど、上にあげた文章に倣えば、事業主、貸しばかりしていると言う事となります。ついこの間も、エジプトに、2兆、プラス、256円を貸与するとか、おっしゃいました。

 日本国内においても、海外に向けても、お金を貸し出すばかりで、赤字が莫大なものとなっています。それをだれが補てんをしてくれるのですか? 

 ギリシャは、アテネ五輪を目指して、莫大な予算をかけて、インフラを整備したのでしょう。しかし、財政破たんを迎えました。ヨーロッパで、もっとも金持ちの国であるらしいドイツは、ギリシャを、支援したくないと言ったみたいですね。その後続報がありませんが、本当のところはどうなっているのだろう。

 日本も、すんでのところで、同じことになりますよ。しかし、対日本に、事業主借りとして、お金をくれる国家なんて、世界に、は、ないと思います。どうするつもりなのだろう。これから先、特に安倍さんが海外に、お金を上げる度合いが、大きくて、しかも、国会審議を経ていません。安倍さんって、この国を亡ぼす人の一人ですね。恐ろしい。

 じゃあ、近づいている選挙で、民主党に国民が、票を投じるかと言うと、その党は、近々、民進党へ、名前を変更するそうです。旧名を大切にする、民主党側の、議員の中から、誤記してしまう人が、出て来て、膨大な無効票が出るだろうと言う言葉が出て居ます。

 私が思うに、その通りでしょう。松野さんって、松野頼三の子供だと、思うけれど、CIA側の回し者なのではないですか。民主党を潰して、安倍さんを勝利させるための。父親の動きから考えると、松野家が、すでに、フリーメーソン化している可能性は、あります。

 こういう風に丁寧に考えていくと、日本って、将来が暗澹たる国の一つですね。海外のブログが、日本をほめまくって居たり、【スゴイいですね】と言う番組がテレビ朝日に在ったりしますが、実際には、鎌倉にも銀座にも、そして、歌舞伎座にも、白人が来ていません。白人の姿が、関東から、消えています。本当に、現在、白人観光客は来ていません。何故かな? 答えは、福島第一に関して、日本人が知らない情報が、ヨーロッパに出回っているからでしょう。私は、2011年の、3月16日にすでに、第三号機は、メルトダウンだと、言っていますが・・・・・

 そんな状態なのに、拙速で、高浜原発と伊方原発再稼働をする予定ですって。伊方の方は、チェルノブイリと同じ、プルサーマルなのに、ですよ。ところで、プルサーマルって何か、皆様ご存知ですか? それは、古くなった、核燃料の中には、プロトニウムが混じっているので、その古い燃料を使って、発電を行おうというケチな思考から出てきた産物です。

 いや、けちと言うよりも、二度儲けようとする仕組みに、利用をされていると、言った方がいいのかな。ロシア人だけではなくて、日本人も実験動物だと、みなされているのです。普通の原発だって、完全な、システムではないのに、更にあやふやなシステムである、伊方原発を再稼働させようなどと言うのは、あきれ果てる発想です。これから先、どういう温度管理が必要なのか、世界中の誰にも、まったくわかっていないウラニウムと、プルトニウムの混合物を使うという発想です。恐ろしいこと限りが無い発想です。

 だから、伊方原発って、事故が、必然的に、予測をされている、原発なのですよ。それを、再稼働させるという安倍さんは、無知(核燃料とは、どういうものかの、化学的知識が無い人である)ゆえに強いのですね。驚き入ってしまいますが。
 チェルノブイリには、海は無くて、津波が無くても大爆発をしたのですよ。ヨーロッパの白人が来なくなったのは、川内原発の再稼働などで、あきれ果てているからではないですか?

 政治の上層部は、「COP21を決めて、炭酸ガス規制を行いましょう」などと言っていますが、庶民の知恵は、他のところに在るのです。それが、ヨーロッパですね。もしかするとアメリカ人も、普通の人は、特にインテリは、ヨーロッパ人と、同じレベルで、情報をつかんでいるのではないかな? それで、白人が関東から消えてしまったのか? ともかく、東京から、観光客としての白人が消えています。それは確かです。毎週二回ほど、銀座に行っていますので、肌身で、それを、感じています。

~~~~~~~~~~~~~~

副題6、『安倍首相、東ティモールに、50億円規模のODAを行う。このニュースだが、15日の、ニュースウォッチで、9時42分から短く報道をされた。その前に、どうでもいいニュース(南海トラフ問題ほか)が長時間、報道をされたうえで、である。こういうお金を、消費税10%に値上げして、捻出するつもりだったのか? ODAで、得をするのは誰なのだ? 東ティモール側の、政府高官の、個人的なお金になる部分も多いだろうに。そして、日本の企業の利益にもなる部分もあるだろう。それは、庶民を、更に苦しめる方向である。にこにこして、握手する安倍総理大臣の映像には、見飽きたという以上の嫌悪感を感じている』

 なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3415173です。

 なお、パソコンの初期画面に浮かんだ、デルフォイの写真の話は、いったんひっこめておきます。後で、推敲してから、アップするはずです。技術的に、新しいと、思われる、パソコンのシステムに侵入する攻撃なので、もう少し、考えて、文章を、よく、ブラッシュアップしてから、再度アップしたいです。それと、国際基督教大学にも関係をしてくるので、厄介なのです。

では、2016年3月16日から、18日にかけて、これを書く。雨宮舜(本名 川崎千恵子)

コメント

アテネ、六女神が支える、神殿。エクレティオン+ パルテノン神殿

2016-03-15 22:00:54 | 政治

すみませんが、まったく時間が無いという事情があるので、昨日見つかった南欧スケッチと、言うフォルダーの中から、ギリシャ・アテネ・パルテノン神殿のある同じ丘に在る別の神殿のスケッチを置かせてください。それで、今日の更新用の任務を果たしたと、お考えいただきたく。

 それは、女神の柱像が建つ神殿、エクレテイオンですが、それを、さっと、ドローイングしたものです。もちろん、私が描いたものですが、大学在学中に、トルエン類(+ナフサ、ベンゼンほか)の、実験をしていて、突沸と言う現象に出会っていて、それで、体を抜群に悪くしているので、体力が無いのです。追求が、きちんとできておりません。だけど、パルテノン神殿よりは、描く対象として、こちらの方が面白いとは、思いました。

   上に置いた方は、そのパルテノン神殿の一部です。実際に現地にいらした方はそれをよくご存じでしょうが、目の前にすると、巨大すぎて、全体をスケッチすることは、ほとんどできません。ですから、これは、絵の体をなしていないものの、その巨大さを、実感すると、この程度が、目の前に見えると言う事となります。

 下に、グーグルで、解説頁としてあったものの、実写写真をコピペして置かせて頂きます。誰が撮影したのか、判りませんが、撮影者への崇拝の為に、後で、その頁のURLをリンク先として置いておきましょう。私が描いた上のスケッチは、下の写真とは、反対方向から見たもので、右側に、立っているのが、下の6体の女神像です。ただし、私がスケッチをした、1998年は、もっと、壊れていたと、思いますね。下は或る程度の修復を、した後だと、思います。

 なお、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3412704です。2016ー3ー15   雨宮舜(本名 川崎 千恵子)


カリュティディアス

 

 

実写写真が見つかったこの頁のURLは下に・・・・・

 

 

 

 

 

http://homepage2.nifty.com/europe-quest/greece/athens5.htm

コメント

イランの名勝の写真を入れたFolderが、一瞬にして消えた。が、ここで事情を書いたら回復した

2016-03-15 01:43:33 | 政治

副題1、『本日は、PCシステム上の、まったく新しい破壊行動に接している』

 今、下の記事(後注1)にコメントが届きました。それを読んでいるうちに本文に誤変換を見つけたので、直そうと、していると、以前あったサービスが無いのです。それは、クリックをすると、その記事の、記事一覧部分に入ることができて、テキストを直すことが容易になる、メガネスィッチなのですが、本日はありません。

 その上、下にあげたイスファハーンの写真(後注〇)ですが、それよりも、多数イランに関するスケッチが有る筈ですが、フォルダーそのものが瞬間的に無くなってしまいました。フォルダーのタイトルは南欧スケッチです。が、このウィンドーズ10の検索機能そのもの消えているのでした。

 こういうことは、『すべてが解決してから、私はブログへ書く』と言う主義に、普段は、しているのですが、今のところ、税務申告で、時間が無いので、直さないで、放ってあります。そして、新しい長いものを書いている時間もないので、この件をご報告をさせていただきます。

 午後二時に、そう言う大きな破壊に接しました。

 やりたいという目的は、判ります。このブログが、人気が出たら困るという趣旨で、潰していきますね。ブログそのものではなくて、利用したい元ダネ入りのフォルダーを潰巣か、隠すかされました。普通は、別のやり方で、このトラブルを、解決してから文章を書き、ブログ化します、今日は、それをやっている時間がないので、単純に被害として書きました。

~~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『私に広い教養があり、いい家に育った人だと言う事を、証明する証拠が続々盗まれている。実物も、また、IT的にも』

 我が家から、父に関する、写真とか資料が、盗まれています。戦前のもので、新聞記事の切り抜きです。父は、石油技師であって、満州の、満鉄の調査部、中央研究所と言うところで、今でいうオイルシェール、(当時の日本語だと、頁油岩)を、研究していました。これは、薄い頁状になっている岩(または、石炭)の間に、石油が保存をされている地層を指します。その研究は、国家機密だから、むろんのこと、新聞記事化は、為されていないわけですが、重要な研究なので、土日に休みをもらって優遇をされていました。で、土日には、母と一緒に、北京あたりまでは、旅行に行っていました。

 で、当時、画家専門の人が、収入が無いので、戦争画を描いたりして、苦労をしていたのを見ているので、私が、美大とか、文学部へ進学するのを許しませんでした。父自身も、中学時代の先生から、美校(現代の芸大)に行ったら、食えないよと、さとされていたそうです。父の父がすでに、死んでいましたので、学資は、お兄さんに頼るわけなので、石油の技師(精製とか、その他の事)を学びました。実学の方ですね。今の言葉でいえば、工学部系統です。でも、絵が好きですから、週末は、絵を描きに行っていて、それは、安井曾太郎先生にべた褒めを受けていて、ラストエンペラーの宮殿や、甘粕大尉の部屋、および、満鉄理事長室などを、飾っていたそうです。

 それに関する新聞記事が全部なくなっていました。戦後、数か月経って、中に入った人がいて、絵は、全部、中国人によって、切り裂かれていましたよと、教えてもらったそうです。戦争画ではなくて、すべて、中国の文明遺跡でしたが、日本人が描いたと言う事で、切り裂かれていたそうです。

 泥棒にはショックを受けました。しかし、私には、・・・・・国立国会図書館には、これらの満州時代の新聞があるだろう・・・・・と言う思いもあったので、それで、安心をしていました。

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題3、『国立国会図書館は、魔窟であるのかな?』

 するとですね。【満州時代の新聞は、マイクロフィルム化される】と言う現代の新聞記事が、たくさん出ました。日経か、朝日新聞か、毎日新聞のどれかに出ておりました。が、それに対しても安心をしておりました。それで、数年後、国会図書館を訪問をしました。その時、例の鎌倉エージェントが、きりきりと、こちらを攻撃したいと、思っているとき、または、彼等の方が数段上だと、考えているときの特徴である、警察のパトカーが、二台待って居たり、早朝だと、機動隊用バスが、二台待っていて脅かされました。

 なんとなく怪しいなあと、思ってはいると、どうした事でしょう。マイクロフイルム化は、第一面から、第三面までしかやっていないのです。新聞とは、追った形で、配布されるので、奇数頁とは、ありえません。つまり4頁目をすべて、削除をして、マイクロフィルム化をして、廃棄したそうです。

 つまり、私が、美術の上で、遺伝子的に、とても優秀だと、言うことを証明できる証拠を、亡くしてしまおうという動きに、国会図書館は、従ったのです。三浦朱門氏が、官庁だった時代なのではないかな?

 伊藤玄二郎は、鎌倉の文化人として、三浦朱門氏と、親しいので、裏から、こういう手配をして貰ったと、思われます。

 これは、今は、使っていない方の、スマホi-phone 4から、計算機が消えて、一時期却って復活していて、さらに、消えてしまった問題とか。

 片山祐輔君の、古村浩三君の問題とか、種々の想い問題を、ぶり返さえされる、現象です。私は、後注2に、置いてある、文章内で、来る、3月26日の、国際基督教大学、桜祭りの、裏側を書いています。(後注2)それで、もしかすると『ここまで、書くのなら、来ないだろうと、見て、古村君が、また動いていますか??』

 じゃあ、彼に質問をするために、行かないといけませんね。『あなたが、やっている。それとも、やっていませんか?』と、質問をしないといけません。ここでは、彼がこれをやっているとは、断定はしないで置きます。しかし、今までの、数多くの同窓会の、写真は、すべて彼が管理をしていて、たいへん複雑な形で、配布をされ、私が、開けなくて、質問をすると、超不親切だったのですが、(幹事としては、変ですよ。古村君。その態度って!)、ともかく、彼がインタ0ネットと、JーPEGとの、受け渡し技術においては、超練達した人間であることは確かですから、質問をしておかないといけません。

 さらに言えば、今ポインターが激しくも不随意に動いて、テキストが、入力しにくい事おびただしいのですが、これは、何万回と、やられてきている妨害の、一つであって、それこそ、古村浩三君が、第一次フェイスブック時代に、同じく同級生の榊原節子さんの頁を利用した、そう言う時期にも頻繁に起きてきたパソコンシステム上の、妨害です。 

 と、青字の部分を書いて、1時間ほど、置きました。そのうえで、もう、一回ほど、あっちこっちを、探しますと、見つかりました。『ふん、ふん、なるほど』と、思います。今回は、見つかりやすい形式で、見つかりました。と言うのは、他のフォルダーへ、このフォルダーをサブフォルダーとして、入れ込んでしまうという形式です。しかし、それなら、先ほど、パソコン全体に対して掛けようとした、検索機能で見つかるはずですね。先ほどは、その検索機能そのものが見つからなかったのですよ。だから、12時間程度、この問題をブログとして、はっきり書くまでは、破壊工作は、実行をされていたのです。もし検索機能ですっと、瞬間的に見つかったのなら、私が、気が付かないうちにマウスソーサをしたという形になりますが検索機能で、見つからなかったので、確実に悪意は、示され、実行活動として、フォルダーは、消えていたのでした。正しい【南欧スケッチ】と、いうタイトルを入れて、検索していますので。

 この破壊工作は、圧縮機能が使われるのではないかと、推察しています。それで、見えない形になっていたのだと思います。しかし、後刻、こういう形で見つかると。こういう手法は、初めて見つけた、攻撃ではないとは、思いあたります。となると、これを、やった人間は、古村君ではないかもしれません。だが、ここまで、回復したのは、

・・・・・・国際基督教大学に、3月26日に行かないといけなくなりました・・・・・・と書いたからかもしれないのです。古村君は、380万円集まったという寄付金の発起人なので、ぜったいに来ている筈です。で、会えるでしょう。いろいろな、形式を駆使して(つまり、彼を、実行者として、決めつけないで)、質問をできることは、いっぱい、有ります。やはり、行くべきかな?

 今日のフォルダー紛失の件は、非常に大きな問題です。そして、国立国会図書館の闇の問題は、川名昭宣君へ、言を及ぼさないとならなくなる程の大問題です。後で、続きを書きましょう。

 なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3411401です。完成したら、日付と署名を入れます。

後注〇

イスファハーン(イラン)の、広場

2016-03-14 11:57:03 | 政治
今ね。イランの経済制裁が解かれたことが、話題になっています。私は、20年ぐらい前に、イラン旅行をしているのですが、その旅先で、描いた軽いスケッチをアップさせていただきます。世界の富の半分が、集まっていたイスファハーンの中央の池の前から、対岸にある、美しいモスクを見ているところです。実際には、大小が、是とは、違っていて、肉眼だと、モスクは、もっと小さく見えたものです。
 
Chieko Kawasakiさんの写真

後注1、

『ジャン・クリストフ』は、どこへ消えてしまったのだろう?

2008-12-19 23:53:31 | Weblog
後注2、
 

のび太のどこでもドアと神隠しの話。現代政治の真実の一つを夢から語って行きたい。

2016-03-13 08:42:17 | 政治

 古村浩三君について書いたものは、他にもあるので、後で、探しておきます。

 
コメント

イスファハーン(イラン)の、広場

2016-03-14 11:57:03 | 政治
今ね。イランの経済制裁が解かれたことが、話題になっています。私は、20年ぐらい前に、イラン旅行をしているのですが、その旅先で、描いた軽いスケッチをアップさせていただきます。世界の富の半分が、集まっていたイスファハーンの中央の池の前から、対岸にある、美しいモスクを見ているところです。実際には、大小が、是とは、違っていて、肉眼だと、モスクは、もっと小さく見えたものです。
 
Chieko Kawasakiさんの写真
<form id="u_0_1z" class="commentable_item" action="/ajax/ufi/modify.php" method="post" data-ft="{">
 
</form>
コメント