銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

北で韓国製ドラマ、おおはやり、堆肥は大切です。

2009-07-31 22:41:44 | Weblog
リンク: 北朝鮮市民に韓国ドラマが大人気、「命がけ」で鑑賞―香港メディア - 速報:@niftyニュース.

または、http://news.nifty.com/cs/world/chinadetail/rcdc-20090724028/1.htm

 最近、北朝鮮の情報が、洩れません。非常に厳しい制限があるみたいです。また、帰国者へ迷惑がかかることを怖れて、視た事を発表しない人が多いのでしょう。しかし、だいぶ前、北朝鮮の真実の情報は、まず、農業の関係者から、もたらされました。指導者として招かれた人が、あまりの気の毒さを著書に表し、そこから、思いがけない真実が伺えたのです。

 ともかく、自由が無い。国民に精神的にも経済的にも、自由が無い。農家の場合ですが土地は国有地で、家の周り、1.5~2メートルぐらいだけが私有地で、そこに人々は自分が食べるものを植えていて、後は、首領様の思いつきで勧められる作物(それが、長らくとうもろこしだったらしいのですが)を植えることを強制をされているのだそうです。

 とうもろこしは根が短いので、土を掴む力が弱く、それゆえに、雨などで、肥沃な土地(または、つち)が流出してしまい、土が痩せてきたので、収量も低いのだそうです。それが、自己責任ではないのに、責められるわけですから人々は気の毒です。

 その土地(または、土)は、堆肥を与えて養生を何年も続けなければ回復しません。しかし、それらの本を読むと、堆肥にまわす物質があるのだろうか?と、考え込んでしまいます。第一に、寒い土地です。雑草一つでも、日本より生える力が弱いはずですし、牛を飼う、豚を飼う、鶏を飼うなどの自由がまるでなさそうです。

 日本では田中義剛さんと言うタレントが花畑牧場の生キャラメルと言う大ヒット商品を作り出して、そのショップが青山にありました。ところで、そのキャラメルですが、『量が少ないなあ。これで、850円なの?』と驚きましたし、ピンクに充ちてはいるものの、長居は全く出来ない形の喫茶店で、サービス精神は足りないなあと感じはしましたが、だれからも責められるわけでもなく、彼のタレントとしての知名度が、この値段に反映しているのです。

 こういう風に日本には自由があります。アメリカよりは規制が厳しいらしい。だけど、自由があります。田中義剛さんだって、ここまで来る途中には、堆肥をたっぷり与えた優良な牧場を作り上げる努力の日々もあったわけです。

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 でも、日本には堆肥が出来る土壌と言うか、生活があります。コンビニの捨てられる食品、食堂から出る食品、そして、牛馬とか、鶏を飼う、その糞尿を混ぜれば、雑草等も、早く醗酵をして、立派な堆肥が出来るでしょう。

 私は堆肥に対して、特別な思いがあるのです。あれも小学校六年生の夏休み・・・・・横浜から昔住んでいた隣のトトロみたいな環境の町へ友達を訪ねていったのです。電車はあるのです。便利な町です。しかし、友達の家同士は、当時は歩いて30分か40分掛かるほど、お互いに離れていました。
 その間に友達の家はおろか、大人だけが住んでいる家さえなく、ただ、畑がずっと続いているわけです。

 関東平野の畑の中を、幅二メートルぐらいの舗装をされていない歩き易い道がずっと続いていて、そこを歩いていたら、雨が降ってきたのです。八月なのに、ものすごく寒いのです。母が買ってくれたサッカーと言うしっかりした木綿の袖なしのワンピースを着ていました。日本橋の高島屋か三越で買った高いもの。でも、突っ張った布地で、そでぐりから私の細い腕を抜けて風がスースーと入ってきて、どこにも逃げ場も隠れ場もないのです。昔の夏だし、関東平野内の訪問だから、山用の装備などしているわけもなく、メリヤスのタンクトップなどの、下着も着てはいなくて、寒くて寒くて震えました。髪も濡れるし、お洋服も濡れてくるし・・・・・

 今の日本は、どこにも家があり、そこに50メートルおきぐらいの距離でコンビニがあるから、お金さえあれば500円で傘を買う事が出来ますが、当時は何もないのです。ところどころにある松林もそこの道だけにはなくて、どこにも隠れ家がありません。寒い。寒い。

 ところが、突然、右側からふわっとした暖気が漂ってきました。見ると、堆肥の山があるのです。また、肥えたごと言うのもあります。そこから、蒸気が立ち上っています。八月とはいえ、異常に寒い日だったので、40度かそれ以上の温度のある、堆肥の山は、蒸気を立ち登らせていたのです。

 本当に暖かいものでした。瞬時ですが、息を吹き返す思いがしました。ずっとその傍に立っていたいぐらいでしたが、傘のないわが身には上から降ってくる雨もつらいので、前進して、そこから離れ、また、畑の中の道を歩いていきました。

 人間のこどもである私がこんなに、嬉しいものだと感じたわけですから野菜とか、稲がどれほど、これを好むかを直感として理解しました。

 その後です。そこは、横浜より東京に近いので家がびっしりと建ってしまったし、また、化学肥料の旺盛で、堆肥の山を東京圏で見るなどと言う事がなくなってしまいました。

 でも、日本では再び有機農法が取り上げられ始め、堆肥の重要性が見直されています。鎌倉市でも、昔の堆肥とは比べ物にならないぐらい、粗雑な堆肥ですが(と言うのも植木の伐採かすで作るらしいので、混ざり物が少ないのです、密度が荒いのです)堆肥を市役所で、配っています。取りに行かれる人は、もって帰ってよいシステムです。

 その市役所の堆肥の山を崩すときに、ほんのりと温かみを感じます。それで、私は昔の寒い寒い夏休みの一日を思い出すのです。その日、お友達には何人か会って、歓迎してくれたのを覚えているのに、一番強烈なのは、堆肥の山が暖かかった思い出なのでした。

 日本に今ある、この文化や自由を大切にしたいです。堆肥を作る余裕のある国・・・・・そこからおいしい野菜や、花が育つ国。この日本。別に右翼でもないけれど、今以上に悪くなったら困るのです。国とは自分の生活の基盤です。

   では、橋はこれで、2009年7月31日、深夜  雨宮 舜
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鎌倉で、大雪山、遭難について考えてみた

2009-07-30 02:12:10 | Weblog
今、猫がずっと、私のひざの上に乗りながら、ごろごろ言いつつ、「お母さん、大丈夫?」と言ってくれています。

私は別に緊張しているわけでもないのですが、疲労困憊はしています。

 今日(と言ってもこの文章を書いたのは、土曜日の25日でしたが)は午後の一時からアドビ、関連ソフトの個人レッスンを受ける予定で、その前に、予習をする時間が全く無かったので、おお荷物になりますが、厚めのフォトショップ用とイラストレーター用の、市販の教則本を持って、東上線常盤台の老人ホームに見舞いに行き、その帰りに、個人レッスンを受けたのです。行き返りに湘南新宿ラインを利用してもたっぷり二時間以上ありますので、勉強が充分できるだろうという目論見をもって・・・・・

 電車の中でずっと勉強していて、大船駅で、自分が平塚行きに乗っているのさえ忘れていて、急に気がついて、飛び降りたのですが、三本ぐらい向こうのホームに横須賀線が待っているのにも、気がついて、それに乗りたくて、あせって急いだのです。東京へ行き返りをすると、どうしても、4時間以内では済まなくて、午前九時前に出たのに、午後一時のレッスン時間に遅れそうで・・・・・その上、ひざの上に教則本を開いていたのも、片手に持ちながら、紙袋等も持ちながらですから、必死の形相で、大船駅の跨線橋をわたったのです。3番線から7番線まで、走って。

 そのとき、心臓を無理したらしくて、ものすごく苦しくなりました。結構心臓は弱いです。電車の中で良く人に、「大丈夫ですか?」と言われる事があるのですが、そのくらい、青い顔になっていたかもしれません。

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 ところで、木曜日の夜だったと思いますが、午後23時ごろ帰ってきたら、

 鎌倉駅の前で、滑り込みセーフと言う形で倒れきった人がいて、その後で、全く身動きをしないのです。酔っているのは確かで、付き添いに50代の男性と、アラフォーの女性がいるのですが、女性はなんとはない形で帰ってしまって、付き添いがサラリーマン風の男性一人です。

 私はおせっかいですが、「絶対に救急車を呼んだ方が良い」といいました。
倒れている人の年齢は、後で、丁寧に聞くと、72歳だそうです。全く動かないで、全身が伸びきっています。結構太った人で、そんな人だからお肉が緩衝材になって、痛くないのでしょうけれど、意識のない様子が尋常ではありません。

 ふと、テディベアーのお人形を思わせました。両手、両足を縦長に伸ばしきっています。でも、そんなのんきな事を言っている場合ではないと思わせるほど、意識の無さが、おかしいです。

 私の忠告に逆らって、その付添い人たちは、救急車を呼ぼうとしません。

 まあね。他人に迷惑を掛けたくないとか、おおごとにしたくないという発想は分かります。もし、救急車を呼んでしまったら、数時間病院でその人に、付き添っていないと駄目でしょう。だから、明日[その次の日は金曜日でした]の勤務に差し支えます。でも、酔っ払って駅の柱にもたれかかっている人は過去に、見た事があるけれど、

 あそこまで体が伸びきった人は見た事が無くて、異常なレベルになっていると思いました。大雪山の事故でも、『このくらいのレベルなら大丈夫だろう』と、添乗員さんが、判断をしたけれど、実際には駄目だったのです。

 私は小六のときに、日光へ修学旅行か遠足に行って、十月だし、別に高い山でもないのに、雨が降ったら信じられないくらいに寒いので、震え上がった事があって、夏の大雪山が、非常に寒いのは想像が出来ます。

 私は大学のときに、大雪連山の主峰の五合目まで登ったのですが、(全くの登山予定が無いときにです。だから、装備は無し。それでも、今写真を見ると、ちゃんと、ウールのカーディガンは着ています。晴天ですが、夏山はウールものは絶対に必要だと思います。

 縦走だったら、下着には、ウールのばばシャツ、とウールの股引が必要だと教えられていたと思います。

 人間ってなかなか、死なないです。簡単に死ぬものでもありません。だからナイフで刺された途端に死んでしまう、テレビドラマは嘘だと思います。でも、ひょっとすると、意外に簡単に死んでしまうのも人間だから、木曜日の酔っ払いさん程度では、医療の専門家に任せた方が良いと思います。

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 それともう一つ、私が気がついたことは、『人間って意外にも決断ができないものだなあ』と言う事です。そのぶっ倒れている人は一回だけ、意識が戻ったのですが、体は全く動かないままです。あれではどう考えても、

・・・・・重くて、付き添う知人が抱えあげて電車に乗せるわけにも行かないので、・・・・・

 救急車を呼ぶべきだと思うけれど、その50代に見える男性は、十五分以上決断が出来なかったみたいです。

 大雪山系でも、引率添乗員が、正しい決断をしたら、防げたような気がします。まず身を寄せ合って動かないでいるとか、早めに救助をお願いするとかしたらよかったのですが、企画・失敗の、責任を負うことを怖れて、自分たちだけで解決しようとしたのではないかなあ?

 ところで、木曜日の夜の話から、土曜日の昼間の話に戻れば、私は戸塚駅で乗り換えれば、充分に間に合った電車に、大船駅では乗り遅れました。戸塚駅では同じホームで乗り換えられますが、大船駅では、東海道線から、横須賀線まで、階段も入れれば、結構な距離があるからです。

 で、15分程度、ベンチに座って待っているうちに気分もよくなり、普通の状態へと回復しました。誰の助けも得ずに、しっかりと回復してきました。O.K.O.K.オーライ、オーライ。

 ところで、昨日の文章を読んでくださった方、ごめんなさい。最後の方に何個か誤変換が残っておりましたね。村松友視が智己という違う漢字になっていたり、日本の美の基準と言う部分が、日本伸びる・・・・などとなっていました。非常に忙しくしているので、後点検をしませんで、失礼を致しました。

               2009年7月25日    雨宮 舜
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竹久夢二級の喪服

2009-07-28 15:26:33 | Weblog
 鎌倉駅の構内に、喪服の一団がいたのですが、その中の和装の夫人には、特別に目を奪われました。170センチを越える背で体重は50キロ以下と思われる、スレンダーな身を、紋がはっきり大きく染め抜かれた、和の喪服に包んでいるのですが、まるで、竹久夢二の絵に出てくるような、たおやかさがあるのです。通り過ぎて彼女を後ろから眺めると、髪は、美容師ではなくご自分で結ったらしく、夜会巻き風な派手な髪型にも関わらず、その油っ気の無さとほつれ具合が却って上品で、見ていると何故か女の私でさえ、なんともたまらない感じになってしまいます。この髪形ですとヴォリュームが有るので、普通の人だと「いかにもおしゃれしましたのよ。私、元花柳界の出ですから」って言う感じで色気があり過ぎて、喪にふさわしく無くなるのですが、なにしろ、彼女の場合は九頭身ぐらいのプロポーションですので、その髪型が、とてもよい全体に対する押さえに成っているのです。たとえて見れば姉様人形のように。
 
 しかもその髪に白いものが混じっている様子から、この女性が五十才を越えていると思われ、それゆえに、その類まれにも見える美しさが、更に私の心を打ちました。この年で、これだけの美を保つ影には、きりりとした覚悟と、相当な努力が要る筈なのです。私はその不思議さに対する謎を解きたくてたまらず、引き返して彼女に声を掛けました。時は午後5時ごろ、と言う事はこの一団は日曜日のお葬式を終えて、今、親族のどなたかが化粧室に行っているのを待っているところで、ややくつろいでおられるところだろうと思い到ったからの行動です。私はアーティストで美に対する特別の興味があるので、昔から麗人には目が無いのですが、だと言って別にレスビアンでは有りません。ただ、自分に無いものを求める心理は、有るかも知れませんが。・・・・・また、風景とか美術品ですと、場所さえ記憶しておけば、将来再び目にする事が出来ますが、このように知らない人ですと、まさしく、一期一会ですから、私はついつい焦ってしまうのです。
 
 お葬式の帰りの人に「あなたは、とても美しいから、ぜひその謎を聞かせて」と言うのも、非常識きわまり無いのですが、私の言い方に、相手の方はちゃんと乗って来てくれました。
 
 私も知らない麗人に話し掛けるのは、最近では、二回目ですので(注1 連続したメール・サロン=一種のメルマガの中では以前にも美しい女性に、突然話し掛けたと報告をしているので、ここでこう書いている)、さっと、手帖を切り取り、自分の名前やら住所やらメール・アドレスなどを書いて渡しました。
<<<ちょっと、余談ですが、こう言う時に名刺でもあれば、信用が増すかも知れしれませんが、私は今、名刺を刷る気になれないのです。自分が、何者か良くわかりませんので。『専業主婦なのか、アーティストなのか、版画家なのか、洋画家なのか?』>>>

 その上で彼女に、何を私が主題としているかをお話をしたところ、期待通り、彼女は、ちゃんとした自分固有のおしゃれの方針を持っている人でした。普段、着物だけ着て居られるそうで、この、美しさと自在さは、一朝一夕に出来たものではなかったわけなのです。しかも、特別なお金持ちだろうと反発されるのをはばかってか、「自分で、縫いますから」と仰ったのね。それも、着物を更に、自家薬籠中の物にするのに、役に立っているでしょう。
 
 これで、随分と謎が解けましたが、まだ尚、疑問なところがあり、私は、彼女の袖口を指で挟んで、もぞもぞと感触を確かめました。ああ、自分でも、「本当に自分は変わり者だ」とは思いますよ。お葬式の帰りの婦人を捕まえて、その袖口をぐちょぐちょと揉むなんて。ただ、私はそれが

 絽か、そうで無いかを確かめたかったのです。男の方の為に、念のために申しますと、絽とは、夏用の素材で、透けて見えるほど薄いのですが、意外としっかりとした張りがあって、それゆえに、これほどの柔らかなシルエットが出ない筈なのです。すぐ絽では無いとわかり、彼女にそう言うと、彼女は「ええ、ちりめんですから」と応えました。
 
 しかし、私はまだ怪訝な顔です。と言うのも、ちりめんですと、普通は、袷(あわせ)と言って、裏をつけます。その裏は、羽二重風のもので薄いのですが、これも張りが有るので、ぼってりとした感じで、平凡なシルエットに成る筈なのです。今目の前に有る、夢二のような、鮮やかな、たおやかさは、出ない筈でした。もちろん和装の喪服はどんな素材のものでも、女性をきれいに見せますけれども、私が注目しているのは、普通ではあり得ない程のたおやかさなのでした。彼女は、すぐ、何事かを察したように、

 「単(ひとえ)なのです。私は単えで仕立てるのが、好きなのです」と言いました。単えに仕立てれば、裏の羽二重分が無いので、表のちりめんの滑らかさがそのまま現れて、十二分に、柔らかな線を出す事が出来ます。それで、夢二級の美しさが、表出したのでした。ここに到って私はやっと満足をして、彼女と別れて帰りました。
 
 皆様、「こんな小さい事を読ませるために、私の大切な時間をとって」とお怒りに成らないで下さい、私には、大きな事ももちろん起こるのですが、このささやかなエピソードは、すぐその次の日に、彼女からメールが来た事によって、ますます、彼女の気働きの機敏さと賢さを確認する事が出来たから、私には、相当嬉しいエピソードとなったわけです。
 「着物を毎日着る」とは、そのメインテナンスたるや、大変な労働です。それをいとわない努力の人でも有りました。数日掛けて許可を得ましたので、彼女のメールを一部転送します。どうか、読んであげてください。

*****

今日、鎌倉駅でお声を掛けていただきました者です。
ちょっと驚きましたが…遠方に帰る親戚と一緒でしたのでお話しを伺う事をいたしませんでしたが、
より良い衣類、としてのきものを考えている私は
川崎さまが私に何をメッセージしてくださるのか、
伺いたいと考えメールを書き出しました

  私はひょんな事から和裁を習い、
全くの洋服人間がきもの人間になりました
『自分で縫って? 着ないのは無責任』、と思ったのが始まりです。
きものはらくーな究極のワンピース、と思っています。

  今日褒めて頂けましたのは、
いいちりめんだったから、と思っています
知り合いの織元さんからキズものを頂いていますが
とても上等なちりめんのようです。

着物が良かっただけです。
びっくりさせて頂いてありがとうございました。
                  F.S.
*****

  男性の方のために、・・・・・
ちりめんとは、絹を多めに使い、織り方も複雑な高い布(反物)なのです。普通、喪服は、羽二重と言って、絹を余り使わず、織り方も平織りと言う簡単でより安い反物で作る場合が多いのです。しかし、それですと、意外な、張りが出て、このたおやかさは出ないでしょう。彼女は、謙遜をしていますが、紋を3−4センチの大きさで染める所と言い、その他、着物に特に精通した人である事は確かです。・・・・・

  住所も知らない、この方の美しさに惹かれて、彼女を驚かした私の好奇心たるや!!!
  まあ、好奇心は、若さの源泉だそうです。でも、私は、好奇心だけで生きている訳ではなくて、ストレスも多いので別に、
・特・別・に・は・若く見えるわけでも有りませんが。
2002年5月16日
(注2、2004年4月現在に思うのは、この後で、パソコンが壊れると言うアクシデントが有り、この方のアドレスが失われたと言う事です。それで、お断りをせずに、メールを転載をしています。F.S様、この箇所にお気づきに成られましたら、私宛に、ご連絡をくださいませ)

上は10以上前のエピソードです。その後竹久夢二の再発掘等が盛んで、村松友視』著の、「幸田文のマッチ箱」の想定に使われた千代紙が、どうも竹久夢二のデザインであったらいいとか、竹久夢二は、実は、内々、革新者であったとか言う情報にも接しました。ともかく、日本のある種の美の規準でもあります。

  では、今日はこれで、2009年7月28日  雨宮 舜
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著名人が安楽死

2009-07-27 09:41:56 | Weblog
著名指揮者夫妻が安楽死=スイスの病院で、懸念の声も-英(時事通信) - goo ニュース

私は50代には大変に元気でした。それは、前半は一生懸命大きなサイズの油絵を描いていて、その世界で出世しようと思っていたわけです。まあ、その方法はいろいろあるけれど、個展とか、コンクールとか、公募団体展に積極的に参加していて、一年に7-8枚百号以上の絵を描いていました。

 その一種のゴールですが、パリに研修に行く事ができたのです。56歳のときでした。そのときの体験がすばらしかったのですが、年齢の制限で、三ヶ月しか滞在できなかったのです。国費(文化庁)で行く事ができたからこそ、制限を守らなければなりません。でも、集中したので、相当な勉強ができる事がわかり、次の年に私費で、その次の年にも私費で、ニューヨークで研修をしたのです。

 それで、ものすごく活発になりました。私はどうも、海外の方がふさわしい人間のようで、そちらですと、自分のよさが生きるようです。そして、海外の人から、若いとか言われたり、その活発さをめでられます。

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 でも、それだけ、活発であるからこそ、死のことも非常に身近に感じました。やるべき事が多い、しかも時間が限られている。そういう自分を追い立てるのは、死の予測です。人間には死と言うタイムリミットがあるからこそ、がんばれるという側面もあるのです。

 でも、自分が活発であればあるほど、植物状態になった後を怖れました。自由に動けないわけです。100%の活動が出来ないわけです。

 それは、非常につらい事のように思えました。人間と言うのは受動的に生きるとつらいのです。できれば、能動的、または、主体的に生きたいものです。でも、他人がどうのこうのという側面だけではなくて、自分の体力とか、体質が変化して、自分の内部から、生きる力や能力が落ちたときにはどうしましょう。

 ぐだぐだ、ぐだぐだ、人のお世話になりながら永らえるのはつらいですね。だから、死の形として、『選べるなら安楽死がいいなあ』と考えていました。しかし、それから、5年が経ちました。そして、67歳が目の前に迫ってきました。

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 さすがに以前とは違っていて、『がんばれないなあ、今日は』と思う日もあれば、以前よりは、三分の一のシゴトをしたのに、すでに疲れているよと思う日もあります。と、なると、やむを得ず、低空飛行になります。

 そうなると、『あ、こういう風にして緩慢に体力が衰えるのなら、それに応じて、精神も緩やかに変化していって、欲望も少なくなり、その結果、慫慂として死を迎える日も来るかもしれないと思い始め、それで、意外と、安楽死にこだわらなくなりました。仕方がない。ふつうのひととして、その最後の日々を迎えるか、ぐだぐだ、生きる最後の日を。・・・・・と思っています。この影に、母の存在が大きいでしょう。いま、95歳だと思います。

 恵まれた待遇で老人ホームにいます。びっくりするほど、元気です。車椅子は使っているけれど、できるかぎりの生命を全うしたいと願っていて、あらゆることに元気です。彼女のシゴトは主に、お洗濯ものをたたむ事ですが、老人ホームのテーブルの上で、丁寧に丁寧にたたんでいます。

 ああ、ああいうことも楽しみの一つになるのか? と思えば感慨が深いです。今の私は自宅にいるので、いろいろなものが手近にあります。それを使えばいろいろな事ができて、楽しみも多いのです。しかし、老人ホームと言う限られた世界(あまり大量の私物は持ち込めない・・・・・だから、ミシンなどを持ち込めるかどうかは不明。パソコンも不明)に、住んでいても、ああいう風な新しい趣味やシゴトを見つけられるのだから、人間って器用なものだし、順応性があるものだと思います。若いときには、洗濯物をたたむのが楽しいなんて思えます? それよりはドラクエをする方が楽しいでしょう。ブログを書くのだって楽しいし、ましてや、絵を描いたり、本を作ったりするのはとても楽しいです。

 しかし、そういうことはすべて年齢制限があるでしょう。何時までもできるわけでもありません。

 ただ、私自身が母と同じように長生きするかどうかは分からないし、90ちかくまでも、財産が続くかどうかは分かりません。年金だけでは老人ホーム暮らしも成り立たないみたいですし、・・・・・

 でも、50代のころよりのんびりと構えているというところです。ずっと、穏やかに暮らしています。あせっていません。ただ、お若い方には暗いというか、関係のない話でした。ごめんなさい。では、2009年7月27日    雨宮 舜
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「今年は動乱の年(蓮の咲き方から)」

2009-07-26 14:29:59 | Weblog
 今朝、09-7-25(土)主人と一緒に鶴岡八幡宮の境内を歩いていたら、主人が
「今年は動乱の年だ。ほら、観てご覧、源氏池に、赤い蓮がたくさん咲いている」といいました。確かに、源氏池には、赤い花が満ちていて、ほぼ、9割に近いでしょう。

 私は「こちらが源氏池だったわよね」と念を押しながら平家池の方を眺めてみると、これまた驚いた事に、白い蓮ばかり咲いているのです。今朝だけなら、100%白い蓮だけです。

 もちろん、皆様はご承知でしょうが、平家の旗は赤く、源氏の旗は白いのです。だから、蓮が、旗色とは全く反対の色で、咲いたわけです。私も20年以上見続けていて、初めての現象だと感じました。

 午後四時ごろ家に帰り着いてから、念のために八幡宮様へ電話をかけて、
「意図的に、赤、白を分けてお植えになっているか」とか、「毎年新しく、株をお入れになるのか」と聞いてみましたが、そういうことはなさらないそうで、今年の現象は全くの天然自然のものだそうです。

 驚きました。神託とか、亀占と言う言葉を思い出すほどの現象です。

下の花は、八幡宮の蓮ではなくて、大船植物園の睡蓮で、主人が撮った写真ですが

      では、今日は短く。2009年7月25日      雨宮 舜
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外国人が好む東京のスポット、華時報から、

2009-07-25 01:56:25 | Weblog
リンク: <外国人観光客>好きなのは寿司と新宿、アジア客には「お台場」!―東京都 - 速報:@niftyニュース.

 いや、これは結構古いNifty のニュースです。今日は本当は、オバマ大統領の来日のニュースについて、触れたいのですが、ちょっと自分の体力がないので、恐れ入りますが、他人のふんどしで勝負です。

 といっても、私は国際関係のことは大好きなのです。中国が反日政策をとっているころは、とても嫌な感じでした。でも、オリンピックを成功させて、国として自信が生まれたのか、それともウィグル族の反抗などで、すこし、中華思想(中国が一番であるという傲慢な姿勢)を緩める気持ちになられたのか、最近では意図した反日ニュースもないので、おっとりと、こういうニュースを開いて読んでいます。

 アメリカの事も、一般の市民は、私は、大好きです。あかるくてオープンマインドです。ところで、中国人に対しても、実は、50年ぐらい前までは相当好きだったのですよ。父が満鉄の中央試験所と言う今で言うシンクタンクの、石油技師だったので、いろいろ子ども心に侵略のこととか、考えました。

 相手の事も考えましたが、自分の生活だって、引き上げとか、新円の切り替えで、相当貧乏になったわけで、なかなか、考え込まざるを得ない事だったのです。いや、終戦時は、3歳ですが、こどもながらにいろいろ考え込む事は後々まで続いたのです。

 両親は、中国人に対しては、非常に冷静と言うか、是々非々で考えていて、(と言うのも接した人たちが戦時中は、良い人だったみたいで、母は中国語を習っていましたし)・・・・・「戦後のどさくさで、日本人の満鉄社宅で、ものが盗まれたりしたのは、仕方がない事だ。それよりもロシア人の方が恐ろしかったね」などと言っていました。

 そして、隠語のようにときどき、中国語を使っていました。たとえば、「メンファーズ[仕方がない)」とか、「あの人は、シューホワ・テンハオ(口先ばっかり)の人だね」と言うのは、父と母の間の特別な隠語だったのです。あ、は、は。

 私も大学のときに中国語をとったのですが、それ以降は、中国の実体を知り、憧れやら、興味を失って、ちっとも学習しないので、ほとんど忘れてしまいました。
ただ、そのとき(50年近くも前ですが)、既に簡体略字で、勉強したので、テレビニュースを見るときに、ちょっとだけは、漢字の意味が分かります。

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 今の中国に関して、私が触れるのは、銀座でです。交差点などで、赤信号を待っていると、中国語が背後で飛び交うので、顔や洋服では区別を出来ないものの、『あ、中国からの観光客だ。台湾と、大陸のどちらからだろう』と考えたりします。

 この間京浜東北線に乗っていたときに、老若男女合わせて8~10人の中国語を話している個人旅行らしきグループが、磯子の駅で降りたので、私たち夫婦は、「あの人たちは、どこへ行くのだろう。八景島シーパラダイスだろうか? もしかすると京浜急行の駅からモノレールで行くよりも、こちらJRの駅からバスで行く方が中まで入ってくれるので、楽なのかも知れない。彼らは、よく知っている。日本人より情報通だ」と主人が言ったのですが、

 それを聞きながら、台湾からであれ、大陸からであれ、旅行通が、八景島シーパラダイスまで出かけてくれるのなら、それは、私にとっては、嬉しい事でした。だってね。八景島シーパラダイスと言うのは、娯楽施設として、よく考えてあるところだからです。水族館と言う学びと、いるかのショー、そして、いくばくかの機械的な乗り物・・・・・そのほどの良さが、作り物の多いディズニーランドなどより好ましいくらいです。

 平和で楽しいそういうところで、中国の人が楽しんでくれるのは日本人としても嬉しい事です。いるかショーなどを含む、そういう娯楽システムは一朝一夕には出来ないもので、手塩にかけた上で出来上がった遊園地なのですから、そこで、楽しんでもらうのは、嬉しい事です。

 ただね。その人たちは、旅行者だけではなくて、たとえば中華街の人も含まれている、などとも考えられます。ただ、日本在住の中国人と、旅行で来た人とは、なんとはない違いがあります。やはり、日本に住んでいる中国人は引き締まっているといったら語弊があるかもしれませんが、それだけ、日本と言う国が生きるのにシヴィアーだという事なのでしょう。

 表面を見ると楽ですが、実質的には生きるのに、きつい国かもしれません。ヨーロッパの田舎などに住むともっとリラックスして生きる事が出来るのかもしれないと思います。

 ところで、中国からの旅行者がのんびりとして見えるのは、彼らは、大金持ちらしいので、それゆえかもしれません。分かりませんが・・・・・

 最近、日本国政府が、個人旅行用ビザを発給し始めたそうです。「あれ、なぜ今まで駄目だったのかしら?」と私がつぶやくと、「みんな旅行を利用して来日して不法滞在へ向かってしまうからだろう」と主人が言いました。

 そういえば日本と中国の間に経済格差があって、日本で働く方が、給料が高くて、一攫千金の夢を持てる時代があったのですよね。様変わりをしました。時は移ろいます。でも、人が来てくれるのは嬉しい事です。実際の日本とか、日本人に出会ってもらえれば、本当の日本とか、日本人が分かってもらえるでしょうから、中国政府の反日政策が無効になるはずですし・・・・・

 そのためにも日本人は、あらたな差別などしてはいけませんが、そのためには、日本人自身が幸せになる必要があります。そうすると、良い政治が行われなくてはなりません。では、今日はこれで、

             2009年7月25日         雨宮 舜
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「アメリカよ]と呼びかける、今年の雪洞(ぼんぼり)

2009-07-23 14:44:00 | Weblog
 いやあ、今年はメッセージ性を重んじたので、絵としては、それほど、うまく行っていません。絵が先に生まれるか、ことば書きが先に生まれるかですが、

 今年は言葉が先に生まれました。絵は次善のものになっています。

こちらは大きい方のぼんぼりで、小さい方は色数を、青系統のみに制限をしたので、
これよりは、美しく出来上がっていますが、そちらは写真を撮って献呈をするのを忘れてしまい、手元に彩色済みのデータがなくて、恐れ入りますが、こちらをファイル添付の形でお送りをさせてくださいませ。

 字ですが、わざとヘタウマにしたつもりです。上等な筆で書くわけではなくて、マジックインクで書くので、崩した方が面白いであろうと考えました。やはり、字を上手に書くと言うことに専念をした方が良いかなあ?

 そうすると、筆で書かなくてはならず、そうすると、メッセージ性と合致しなくなります。

 筆でかくことばは、やはり、情緒纏綿とした和風の世界ですから・・・・・私がこの日ごろ、考えているメッセージとは遠くなります。でも、ほんの15年ぐらい前は、こういう書体ではなくて、いわゆる奥様風のお上品な、書体だったのです。

  歳月は人を変えます。

~~~~~~~~~~~~~
  さて、ここでは画像のサイズが小さくて、よく見えませんので、その詞書をこちらにも移動してみます。

 アメリカよ、寛容になってください。

 オバマ大統領を生んだ国、映画『グラントリノ』を生んだ国、
  あなたなら、可能でしょう。

(間に絵が入って)

  日本人は、じっとあなたを見守っています。
    静かな期待を抱きながら    となります。


  ところで、今年の鶴岡八幡宮の雪洞祭りは、八月六日から九日の模様です。朝九時から夜の九時まで、雪洞が飾ってある一大グループ展と考えても良いのです。それで、最初は専門の分野の版画を出していました。抽象画です。

  ところが、お客様がすっと通り過ぎてしまいます。で、他の方が、
昔の室町時代の高札、または、江戸時代のそれに似せた雪洞を献呈なさっていて、それが、大人気なので、私もその手法をとるようになりました。ここはウエスト・チェルシーでもないし、京橋でもないし、銀座でもないからと、割り切ってしまって・・・・・

  私がいつも惹きつけられるのは、書体はさして味わいはないが、文面が緊張感に充ちている岡田武史サッカー監督のぼんぼりです。

  何年か前ですが、「神は細部に宿る」と言う文言か、そのヴァリエーションが書いてあったのですが、『うううん、この方は大きなストレス下、こういう気持ちで、選手を指導なさっておられるのか?』と思い、感心をしました。『丁寧な技術指導をしているうちに、勝利の女神が私に微笑む』と信じて毎日を、地道に送っておられるのでしょう。マスコミに見せる顔と、一人っきりで、室内にいらっしゃるときの顔の違いを感じました。


  そして最高の位置を占めるトップアーチストが、年々歳々変っていくのも、世相を反映しているかなあ。・・・・・と言ってもその人の、人気度が左右をしているわけではなくて、逝去と言う形でトップが替わっていくのです。

  長らく小倉遊亀さんだったけれど、片岡珠子さんに代わり、二人が逝去なさった後には、新藤兼人監督です。

  日本画家で、トップを占める人を選ぶ事が、今はやりにくいのだと想像をしています。年齢的に同世代である有名人がたくさんいらっしゃるので・・・・・

  では、お暇があったら、ファイル覗いてやってくださいませ。09-7-22
                            雨宮 舜(川崎 千恵子)
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黒人・芸術家が、ホテル住まいをするわけ。

2009-07-21 11:26:52 | Weblog
 最初に前置きをさせてください。NHK朝ドラの主人公『つばさ』はやはり、若い恋人翔太と結ばれるのでしょう。今週の総タイトルが「おかんよ、さらば」ですから、「私のおかんになって」という優香チャン(上司の小さいお嬢さん)の願いは無視されるわけでしょうから・・・・・

 さて、元に戻らせてくださいませ。 

 昨日は、フラッシュバックのようにして、心に残っている小さな印象をやっと、考察しぬきました。あのサッチャー夫人もどきの女性不動産屋が、軽蔑を仕切るほどの欠点は、そのマンション群には無いように思え、私は将来、お金をえたら、
このマンションに住みたいと思っていたほどでした。

 ニューヨークに移り住みたい、とは、考えていて、その際に家賃を払い続ける生活はきついので、安めのマンションを買うつもりがあるのですが、『ううん、まずいのかなあ』と思い始めました。私自身は差別感が一切無くても、相手の方にもしそれがあれば、その住所を一目見ると封書を受け取った相手側には何らかの先入観を抱かれるのだとしたら、やはり、損ですから。

 そんな低いレベルには、巻き込まれたくないですよ。だって、差別など解消すべき、人間にとってのマイナスの側面なのですから。しかし、現実には差別があるのです。その事は私にとって、同じ手法の版画を制作している大先輩で、非常に精神的に支えてもらった、故ボブ[ロバート]ブラックバーン氏が、ホテルチェルシーを永住の家となさっている事を知った日から、ずっと、理解していたのです。

 ボブは当時のアフリカン(旧時代の呼び名は黒人)としては、精神性が高くて、収入も高かったはずです。しかし、彼が安全に住む場所は限られていて、そのひとつがホテルチェルシーであり、彼はそこを一生の住まいとしたのです。家賃として換算すれば、普通のアパートよりは、高いでしょう。それにホテルですから使用できる面積が限定されています。ただ、彼には昼間活動する大きなオフィスとしての工房がありましたから、これでよかったのです。

 が、そんな小さなことからでも、私は、裏にある事実をさまざま汲み取りました。ボブは芸術家を大事にするホテル側に手厚い保護を受けて、亡くなったのです。立派なお葬式も、行われた模様です。

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 今日はじめてこのブログをお読みになる方にちょっとだけ、解説をしますと、ホテルチェルシーは現在、創業100年を越える、アールデコ調の美しい建物のホテルで、二十三丁目にあります。入り口に真鍮の看板が出ていて、一種の文化財として有名なホテルであると解説をしてあります。

 現在の、有名人としては、ウッディアレンが、投宿していたそうですが、それ以外に相当な有名人が昔は投宿をしたホテルで、階段ロビーが一種の画廊になっています。つまり、ニューヨークにおける、パリの『洗濯舟』と同位置に当たるかな?

 建物の規模はまるで違いますが、日本で言えば、ときわ荘などが似ていますね。

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 しかし、年とともに、世情はかわり、この次の世代のタレントはまるで違った扱いを受けます。アフリカンでも、ずっと暮らし易くなってきた模様です。それは、キング牧師などの行動の結果だったでしょう。

 その最後の、しかも極端なプラス方向の例は、マイケルジャクソンさんでした。
彼は、ひとも羨む形の豪邸を、どこかに建てて住んでいましたし、世界各国を旅行をする際は、一流ホテルで、過す事が出来たでしょう。ただ、隔離された状態でもありますね。普通のお金持ちとしてニューヨークのコンドミニアムに住んでいたわけではありません。

 が、1999年にもすでに、メトロオペラ劇場内でそれを、感じました。その日はアイーダを観たのですが、父を演じるバリトンがすごい美形です。しっかりとした体格で、当夜でも、相当な存在感であり、構内放送が、自伝のサイン会を終演後、ショップで行います。といったので、出かけました。

 間近でみると、意外にも年齢が高く見えましたが、アフリカンの人でした。舞台上もエチオピアの元王様と言う設定ですから、お化粧ゆえかと感じていましたが、アフリカンのオペラ歌手だったのです。

 その人は、ボブよりは若く、それゆえに、恵まれた進路だったみたいでした。高校時代から頭角を現す才能があった模様で、順調な出世のようです。地方の出身のようでしたが、「現在はニュージャージーに住んでいるのだ」と、私ではない、別のファンの質問に答えていました。

 そのファンですが、もちろん、白人の若い女性でした。芸術を愛好する人に人種差別感などありません。芸術とは、相当深いところから、生起するものなので、本質が大切なのです。だから、本質・・・・・を大切にすれば、肌のいろなど、違う洋服を着ているくらいのものなので、全く問題にすべき事ではありません。

 ただし、一方で、差別を未だにする人がいる・・・・・それが、現実の社会でもあります。アメリカでも世界中のいたるところでも・・・・・暗い文章みたいで恐れ入りますが、現実を見つめることも、私にとっては必要なので、恐れ入りますが、今日はこういう文章で、終わらせてくださいませ。

   では、2009年7月21日    雨宮 舜
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白人に無視される団地とは? (ニューヨーク)

2009-07-20 12:39:28 | Weblog
 前章で、ベンツを乗り回す白人でサッチャー元首相(または、夫人と呼ばれる)に似た、女性不動産屋に、言葉による説明を、まったくやらないという形で、無視された団地に関する、新しい章です。

 私は、この団地があまりにも気になったので、それ以降も、この手の団地に出遭えば出遭うほど、観察を激しくするようになりました。

 今、ニューヨークにおいては、画廊が集中している地域が、ソーホーからウエストチェルシーへ、移動しています。ソーホーは南部で、倉庫街だったのです。それが船からトラックへ、または、飛行機へと変る流通の形の影響で、空きが出てきて、家賃が安いものですから、現代アートを専門にしている人たちが集まり始め、画廊も出来始めたのですが、人気のある街になったら、今度は、一種の銀座、もしくは表参道化し始めて、今では地価も再び高くなった模様で、画廊はどんどん、ソーホーより西北にある、ウエスト・チェルシーへ移っています。

 私は2000年には、24stの9番地と言う真ん中も真ん中で毎日版画を作っていたのですが、版画と言うのは待つ時間もあるのです。で、そういう待ち時間には西へ向かって、15分~30分歩いて、現在の画廊の中心地である、ウエスト・チェルシーにはよく出かけていました。

 そこに、この、例の白人女性が、もろ、軽蔑をした団地があったのです。金網に囲まれています。ビルは赤いレンガ造り。これは、100年ぐらい前のニューヨークでは極く、当たり前のビルだと思われます。今現在きれいな灰色もしくはベージュの石で、壁が覆われているビルも裏に回れば、それこそ、ヒッチコックの映画『裏窓』の世界であり、極く普通の建築様式でしょう。

 マンハッタン島の中にしては、棟と棟の間に余裕を充分にとってあり、木が勢いよく茂っています。しかし、樹下には、何の手入れもされていません。日当たりが悪いといっても、日本ですと、芝生を植えたり花壇を作ったりするのが普通なので、そういう意味では、団地と言うか、マンションとしては、住民に地域を愛する気持ちが無いようにも見えます。

 ある日の午後、ここにおいてある、バスケットのハーフコートで、少年たちがバスケットの練習をしていました。かごが一つしかないので、チームとしては、日本で言う三角ベース(簡素にした野球)みたいなやり方で遊んでいるのでしょう。


 元気で、年齢がさまざまな少年の遊びの模様は、ふと、ウエストサイド物語を思わせ、(実際にそのハーフコートは、マンハッタン島の中心からは、相当西側に位置していますし)
私はほほえましくそれを、見ながら横を通り抜けました。

 でも、このときもまだ、なぜ、あのサッチャーもどきで、ベンツを乗り回している女性が、この団地を軽蔑するのかが分かりませんでした。

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 この滞在の最後のころ、品の良い画家から個展の案内状を貰い、私は関係から考えて、いくべきだと思い、最後の頃で、非常に忙しかったのですが、午後五時にその日は切り上げ、なんとか、ストリート11番地と書いてあるそちらに出かけ、画廊を探しました。

 どうしても見つかりません。で、その辺りには、開いているレストランもないので、この形の団地があったのを幸い、だれか、住人に聞いてみようと、庭を横切って、棟の間を歩いていきました。するとある棟の玄関で二・三人の人が集まって井戸端会議をしている雰囲気があり、そこを目指してみました。そこでの、音声が聞こえなかったら、二階にまで上がって、どこかの棟のどこかの家のドアベルを押してみるはずでした。そうすれば、エレベーターが、設置してあるかどうか、また、おうちのドアーの感じとか、あけてもらった玄関の感じで、いろいろな事がわかります。

 でも、そこまでする必要は無かったのです。六時近くなので、井戸端会議をしていたのは、主婦ではなくて、男性でした。お勤めから帰宅した男性が、二人で、何かを仲良く話し合っていたのです。

 そのとき、一人の男性が、たくさんのクリーニング済みの洋服を持っていました。持っている人は体格のよい、アフリカンの人で、話し相手も体格のよい、お顔もしっかりしたアフリカンの男性です。私は、『ああ、アフリカンの人が住む事が多いから、ここが貧しい団地として軽蔑をされるのかなあ?』とか、『でも、さすがマンハッタン島の内部だ。二人とも相当立派な職業についているはずだ。だって、10枚も服をクリーニングに出すのはなかなかの出費だからだ。

 ただ、スーツをびしっと決めて、高層ビル内で、ビジネスマンと言う形で働くケースは、少ないだろうが、地下鉄の運転手や駅員等の公務員関係に従事している人は多いはずだ。

 その次の世代は、格好が良くて、それこそ、ビジネスエリートを生む可能性はある・・・・・と、そのように、2000年に考えたのです。それが、2008年にまさしく、その代表である、細身で格好良いオバマ氏が、大統領候補として登場して、ああ、10年弱でこれほど、変ったのか、ただ、オバマ氏は、奴隷の子孫ではないし、混血としてのハーフだし、もしかすると、当選するのかしら?と思っていたら、彼が大統領になりました。

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 と言う、わけで、アメリカは、ものすごいスピードで変っている国ではありますが、しかし、そのオバマ大統領も、全米・黒人の人権を守る会[名称ははっきり覚えてはおりませんが]の100周年記念大会で、「まだ、本当の平等は達成されていない」と仰ったそうですが、そのとおりなのでしょう。

 実は、この差別の件は、単にアメリカ社会の評論的な観察には、とどまらないのです。2001年の夏に、私が知っている同年齢のアーチストが孤独死をしたという知らせがメールで私に入り、その件で、私はさまざま考え込みました。彼が、最後を迎えた住まいが、どういうものだったかを知りませんが、ともかく、一戸建てではなかったでしょうし、それこそ、こういうレンガ製のマンションだったかもしれないのです。

 で、その死は、一冊の本に仕上げてしまうほどの、ミステリーでありました。彼(仮名エドゥアルド)は、別れる際は、健康そのものに見えたからです。それが、たった数ヶ月で亡くなってしまいました。

 それゆえに、こういう・・・・・豊かな白人からは、軽蔑をされている住宅地(または、マンション群)の事は、私には大きな、課題として、考え込む題材の一つとなったのです。

 たまたま、オバマ大統領も、まだ、まだ、差別は残っていると仰っていますしね。この差別の問題は、表に出てくる事が、奴隷制度のなかった他の国では少ないのでしょうが、しかし、無いわけではなくて、あらゆる国に見られる現象です。

 人間が普遍的に持っている、悪い性向の一つで、あらゆる国の、会社などの下部組織にも、見られるのです。人間が住んでいるところであるなら、あらゆる集団内に、見られる現象なのでしょう。

 エドゥアルドの事は、メールではとても書ききれませんが、もしかしたら、将来は、連続ものとしてここで、さらすかもしれません。そのときはよろしく。
    2009年7月20日           雨宮 舜

 追伸、最後の最後、蛇足も蛇足ですが、今日の睡蓮は、主人が撮った写真です。普通の日はブログ・パーツは、ほとんどが私が撮った写真を使うのですが、このときは大船植物園の池の中の睡蓮を撮りたいと思い、それに挑戦していました。アップの方が良い写真が撮れるのですが、池に身を乗り出すのを、私は、ちょっとためらったのです。既に若くは無くて、体の敏捷性が失われています。体のバランスがとりにくくなっているのも確かだし、買いたてのi-phone を、手に持っています。もし水の中にそれを落としたら大変だと思っていて、良い写真が撮れず、この一枚だけは主人の写真を採用させてもらっています。著作権は主人に属します。
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ベンツを乗り回す女性不動産家、(ブロンクスー2)

2009-07-19 14:44:11 | Weblog
今日の文章は、おとといの午前中、4時間だけアップロードをしております。そこで急拠翼に関するものと取りかえたのですが、今日再びアップロードをさせてくださいませ。例のブロンクスの2とつけていますが、ソトマイヨール最高裁判事の、記事から喚起された文章の一つです。

 しかし、ここに書かれているエピソードは非常に小さいものです。小さいこと限りがないが、アメリカの実体をうかがわせるエピソードです。

 アメリカにある不動産屋と言うのは、地域性や客層を反映していろいろな形のオフィスがあります。日本人向けのものなどは相当に会社が大きくて、マンハッタ島の中にあります。

 でも、私は個人で行っていて、しかも三ヶ月しかいないわけですから、そういう会社で斡旋しているものには当てはまらないので、常に現地で見つけた不動産屋に入ります。

 ブルックリンが高級化しているのは、オフィス内にいた女性の服装で感知されました。彼女はグリーン系統のウールの、体にぴったりとフィットしたスーツを着ていました。(こういう服装は、高給を貰っている人のものです)胸や腰は膨らんでいるのに、ウエストは非常に細くて、全体が、もう少し細ければイブ・サンローランのモデルにでもなれそうな美形のアフリカンの若い女性です。スーツが緑色なのは、あたり一面に素晴しい並木道(たぶん、けやき、だと思われる高さがある大木が並んでいる)があり、それに合わせているというわけです。

 美形なことは美形ですが、あまり落ち着きがない感じで、実力があるとは思えず、その会社の彼女には、何も頼みませんでした。

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 それは、1999年のことでしたが、次の2000年には、やはり前年と同じくクイーンズに借りようと思い、Fラインの沿線にある不動産屋に入りました。オフィス全体の規模は小さいのですが、入り口近辺の大きなデスクに、大変貫禄のある女性が座っていました。

 彼女は絹かと思われる(または、これも非常に高級なサマーウール)の薄い薄い緑色のスーツを着ていました。50歳を過ぎていると思われ、別にウエストが細いわけでもないが、金髪を美しくウエーブさせ、貫禄のある美しさに満ちていました。ちょっと英国の元首相サッチャー夫人を思い出させる雰囲気があります。

 で、彼女が見せてくれた物件の中から、自分の好みのものを選ぶと電話を掛けてくれて、二時間後に大家さんがマンハッタン島から帰ってくるから部屋を見せるということでした。

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 一度そこを出て、再び、所定の時間に訪れると大家さんもそのオフィスにいたので、三人で一緒に物件を見にでかけました。そのときに彼女の車を利用したのですが、何とベンツでした。シルバー色のベンツで、彼女の雰囲気に誠によく似合っていました。日常のアシとして軽々と、しかもなんのてらいも無く、ベンツを使いこなすところに、女性としての自信も感じました。

 ところが、それから、10年経った今思えば、彼女もまた、あの例のサブプライムローンが絡んでいる、転売・転売を、顧客に勧めていたかもしれないと感じます。となると、今ではあのときほど、自信満々ではないかもしれません。

 まあ、クイーンズには新築は少なくて、貸借の物件を探すお客が主だとは思いますが、それでも、『私には、お金は充分すぎるほどありますわ』と言うような風情をかもし出している存在です。

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 私たちが走っていた道路は、マンハッタンとケネディ空港を繋ぐ主要な道路なので、ほぼ真直ぐで遠くまで見通せました。ところで、クイーンズの方がブルックリンよりも一部は、安全だとみなされています。ギリシャ人などの後から来たヨーロッパ系移民の多い場所で、アフリカンはあまりいないのです。だから、住民が勤勉で、仕事がないというようなことは無く、道路でぼんやりと過している人などはいません。

 しかし、連棟型の小さなおうちが多くて、あまり緑がありません。ブルックリンの方が場所にもよりますが、はるかに緑が多いのです。

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 で、前方500メートルぐらいのところに、道路にはみ出している大量の緑を見つけた私が、ベンツを運転している夫人に「あれは、何ですか?」と質問をすると、彼女は黙っています。ちょっとびっくりしました。アメリカ人と言うのはオープンマインドで、人を無視したりすることはほとんどありません。私はいぶかしく思いながら、でも興味しんしんなので、「公園なのですか?」と言葉を重ねました。今度も無視です。

 本当に驚いて、右側に座っている大家さんを見つめました。彼もまた、無視します。まだ、契約を交わしていないから親しくはない、と言っても普通のアメリカ人の雰囲気とあまりにも違うので、このことは深く印象に残りました。

 さて、一ヵ月後ぐらいの事です。大家さんとも相当親しくなったところで、「あのね。最初の日の事ですが、緑の多い場所について質問をしたときに、不動産屋もあなたも私の質問を無視したでしょう。あれはどうしてだったんですか?」と聞くと、「あそこは、貧しい人たちの住む集合住宅なのです」と彼が応えたので、本当にびっくりしました。

 ・・・・・彼は今日は、きちんと説明をしてくれるわけですから、あの日だって、二人が、それを、私に説明をしてくれたって良いわけでしょう。もしかしたら、『遠く日本から来ている私に、ニューヨークのクイーンズには貧しい人が住んでいるのを秘密にしたいから、質問を無視した?』のかしら。まさかね、それはないでしょう。私が金満家(その当時の日本人は羽振りが良いと思われていた)の日本人代表とみなされたので、特に秘密にしたかった。そんな誤解を受けるほどの、貫禄はありませんよ、私にはね。・・・・・不思議だなあ、この件は・・・・・・と思いました。

 もし、そのまるでサッチャー女史を思わせるベンツの女性が、きちんと説明をしてくれたら、結果は、異なってきたでしょう。たとえば、あれは、公共事業で立てられた団地なのですよ。(これは、仮定ですが、ルーズヴェルト大統領が、ブラックマンデー以降の景気回復のためなどに、行った公共事業だったりしたら、それは、歴史的な価値もありますので、私はよい意味での興味を抱き、すっと流したかもしれないのです。

 しかし、何の言葉も出ない形での無視は、ひどく気になり、私はこの形式の団地にひどくこだわるようになり、さらにいろいろ考えるようになります。それについてはまた、明日にお送りをさせてくださいませ。

 なお、今日は日本時間で、二時間ぐらい早く前の文章を更新しています。海外でお読みになる方があれば、下もご覧をいただきたく。

        2009年7月17日     雨宮 舜
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どうなる? つばさの結婚は?(NHK朝ドラ)推敲後

2009-07-19 09:40:39 | Weblog
 いやあ、私はこつこつと、ニューヨークの住宅事情についての考察をここで、続けていたのです。それはそれで、自分独自の文章であり、大切なものなのですが、
しかし、今朝(----- これは原文を土曜日に書いています。ので、日曜日とか月曜日になると、それは、先週と言う事になります。)のつばさ(NHK朝ドラ)の展開があまりに、どきどきさせるので、ちょっと、そちらを先に書かせてくださいませ。

 お若い方は、これを、ご覧になっておられないみたいです。朝ドラとは、家庭にいる主婦向けのものでしょう。

 だけど、今週の展開は緊迫してきました。

 つまり、主人公つばさの恋愛の行方が、複雑になってきたからです。日本全国の視聴者は、みなさん、つばさが上司と結婚をするのか、それとも同級生のサッカー選手と結婚をするのか、心の中で、天秤にかけ、そして、結果を賭けていらっしゃるのではないでしょうか?

 私は自分の予想は、ここでは、さらしません。それは、一生懸命この仕事をしている関係者に失礼ですもの。

 でも、これって、現代日本においては、普遍的なテーマでもあります。主人公つばさが勤務している会社は、非常に小さいです。だから、適当な結婚相手はいないのですが、今週から、上司であり、社長である真瀬(まなせと読ませる)さんが、視聴者に向かって、(いえ、ドラマ上は、出演者に向かってですが、あざといぐらいに、うまい脚本で、そういう告白自体も面白い演出下に行われるのですが)「つばさを愛している」と、告白をしてしまいました。

 さあ、この上司を選ぶのか、それとも、釣り合いの取れた若者の方を選ぶのか、視聴者は、固唾を呑んで来週を見守ることとなるでしょう。

~~~~~~~~~

 私は一般的なケースで言えば、若い女性は若い男性と結婚をして、苦労をしながらでも、子どもを生み育てて、行くのが好ましいと考えております。

 しかし、このドラマでは、脚本上の伏線作りがうまくて、視聴者は、上司であり、中年の男性である、『真なせ』さんを拒否できないように仕立てられあげます。

 まず、彼は子持ちの男やもめ(奥さんは、だいぶ前に若いまま亡くなっている)と言う設定の上、その幼い子どもが主人公つばさに、なついているという設定になっています。これでは、年上の男性と若い女性が交際するときの一番の問題点である、元の奥様の存在がないわけで、NHKの朝ドラでもOKとみなされる筋となるでしょう。
 
 その上、先月までは、いや、6月までは、翔太君と言う若い男性の方が、全くありきたりのことしかしないし、言わない子で、つまらなかったのです。『主役の恋愛の相手としては、存在感が薄いなあ。面白くない男の子だ』と思っていたら、6月の末から複雑な心理描写の画面も増えて、相当面白い人物にもなってきたのですが、社長のまなせさんに比べる登場回数が圧倒的に少ないです。

 なるほど、これが、伏線だったのか、とも思いますが、伏線としては、もう一つ、今にして思えば、『あれが、そうだった』と思わせる伏線があります。

~~~~~~~~~~
 我が家では、主人が家にいる時間帯は、テレビがほとんどついています。それで、同じ部屋にデスク型のパソコンを置いている私は、ながら族としてテレビを見るわけですが、NHKにお昼のヴァラィエティ番組としてのスタヂオパークがあります。これは、一種のプロモーションであり、NHKの番組に出演している俳優の裏側を紹介する事が多いのですが、社長のまなせさんが登場したときに、司会のたけうちアナが珍しい発言と言うか、紹介方法をとったのです。

 つまり、主役のまなせさんに向かって「結婚をなさっているのですよね」とか、「お子さんもおありだとか?」と言う質問をしたのです。そのときは、奥様が有名な若手の女優さん、だということは驚いたものの、役者の私生活をさらすことは、それほど、大切ではなくて、大切ななのは、演技と芸術論でしょうに、どうしたのかしら。劇団の主宰者たる人間が、そんなに、脇が甘い感じでいいのかなあ』と思っただけだったのです。

 しかし、今にして思えば、これもまた、重要な伏線でした。

 NHKの朝ドラ内で、上司が若い女性を好きになる・・・・・そして、もしかしたら、既に婚約状態に陥っている若い男性から、主人公を奪うのだとしたら、・・・・・普通なら批判が来かねない展開です。

 が、俳優としては、私生活がきちんとしていることを、ご披露しておくのは、視聴者の拒否反応を避けるためにも必要だったと思うのです。特に子どもがいることを知らせるのも必要でした。あざといぐらいにうまく、子ども[子役〕が使われています。が、まなせさんが実生活上も本当にお父さんであったら、そのあざとさも、薄める事ができますし・・・・・

 なるほどなあとおもいます。

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 ところで、
 このドラマは、複層的に構成されていて、主人公たちの現実からははなれた、守護天使みたいな存在が現れて、視聴者の理解を助けるのも、独特です。

 (ベルリン、天使の詩ではどうだったでしょうか、見たけれど覚えてはおりません。映画などで、同工異曲の発想が、既に発表をされているかどうかを、寡聞にして、私は知りませんが)その発想で、『なるほど、うまいですね』と舌を巻かされます。

 主人公つばさは、ほとんど、現代における天使と言う設定ですから、その守護霊が出るのですが、それとは、別に、今(今日、日曜日では、既に先週となったが、)週では、山本未来が、重要な狂言回しとして登場し、副主人公まなせさんの将来を決定する役目をします。

 この女優さんは、二代目だから、私は、今まで、さして評価を高くしていなかったのに、この役では、特に今週は、見事です。主人公つばさと、あらゆる意味で対極にある女性と言う設定で登場するのですが、能面のごとくに見せて、ちゃんと感情表現ができる人で、それには、感心しました。

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 また、主人公つばさだけが、すこし、大根役者(いえ、彼女が常にその愛称で呼ばれる、いも=サツマイモかな)にみえるほど、周りを囲む俳優たちが熱演です。

 高畑淳子さんが、ふざけまわるだけではなくて、母として娘としての、本音で語り始めたし・・・・・では、今日はここで、
     2009年7月17日         雨宮 舜

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アメリカン・ドリームとは、何なのか(韓国系の場合)

2009-07-16 19:54:32 | Weblog
 アメリカン・ドリームと言う言葉はきれいです。特に今のアメリカは世界の覇権を握るほど豊かな国です。その中で、さらに出世をするというイメージがあります。きらびやかなものがさらにきらびやかになる・・・・・いわゆる勝ち組のさらに勝ち組になれる・・・・・と言う発想を抱く事ができます。

 日本人だって、若い女性が、ニューヨークへ流れる時代がありました。親に経済力がある1980年代から1990年代にかけて、日本の若い男性に失望した若い女性が新しい出会い[特に白人のエリートとの出会い]を求めて、海を渡ったのです。

 しかし、それ以外にニューヨークにわたった人々は割りと少数です。特別な能力を持っていて、ミュージシャンとか、ダンサーとしてブレイクしたいとか、和風レストランを開きたいというユメを持った、男性がわたった可能性があります。が、他の国の移民が持つイメージと同じ意味で、移民として、ニューヨークに渡った男性は少数でしょう。(ただし、これは、第二次大戦、の終戦以降の事を言っています。戦前および戦中の話は抜きにします)

 最近数十年のニューヨークで、アイデンティティとしての日本人、つまり日本で生まれ、日本で育った日本人は、もしかしたら数としては多いかもしれませんが、存在感は小さいです。日本人は、大企業の駐在員として住んでいるケースが多いので、ある程度以上に豊かであり、上昇志向や、飢えるような渇望感とは無縁なのです。

~~~~~~~~~~

 最近の移民で、もっとも目立つのが韓国系です。激しい上昇志向を持ち、どんどんお金を儲け、子どもたちに良い大学への就学の機会を与え、子どもや孫を出世させようと必死です。最初はグロッサリーストアーと言われる八百屋さんを開き、その次にそれを、改善させたコンビニ風スーパー(ただし、お惣菜も置いているケースが多い)を開き、その次には、もっと、労働が軽くて、見掛けのよい、ネールサロンなどを開き、働いて働いて、子どもや、孫の出世を願うのです。

 私はこのネールサロンと言うのは、人間の健康に反すると思って大反対ですが、それはさておき、・・・・・

 この韓国系こそ、アメリカンドリームを目指して、いま、もっとも活動の激しい人たちでしょう。それは、韓国では、15年程度前までは、自国の政治に何らかの疑問や不満を抱く人が多く、それゆえに、他の国、特に出世が自由であるアメリカに脱出しようとする人が多かったのです。その頃の日本は、韓国に比べれば自由であり、豊かであったために、移民までして、新しい生活を開こうとする人々が少なかったのでしょう。

~~~~~~~~~~

 でね、やっと、ソトマイヨール(Sotomayor)最高裁判事に戻ります。ソトマイヨール女史の家庭は、商売をしていません。働く人です。労働をして他者に使われて、その給料(報酬)で子どもたちを育てました。だからこそ、その出世は劇的でありました。商売と言うのはお金を儲け易いのですが、給料と言うのは限定されていますから。

 ただ、ちょっと冷静になって、分析すれば、女史はプエルトリコからの移民であって、いわゆるアジア系の移民ではないわけです。彼女の顔にはアメリカ大陸の先住民であった、インディアン(または、インカ系)の血とヨーロッパ系の血が感じられます。

 戦前に移民をして、その子孫が第二次大戦にアメリカ兵として出兵までした日系の移民には、まだ、これほどの派手な形で取り上げられる人はいませんね。学者は多い模様ですが、これほど、メッセージ性を持って、取り上げられる人はいません。そして、ずっと後で移民として、ニューヨークに入った韓国系でもこれほどの
出世をしている人はいません。

~~~~~~~~
 最後にアメリカの建国のいきさつを振り返って見ましょう。それは、自国で待遇に不満や不安を持つ人々が、移住して来た国なのです。言ってみれば、今現在日本で暮らしているベトナム系、イラン系と考えてもいいのです。ただ、現在の日本では、移民に対して圧倒的な人数として先住民の日本人が多いので、移民系の人々が
政治的に大きなポジションを持ったり、また、二代目で最高裁判事を生み出すことは考えられません。

 アメリカは国土が広く、かつ、先住民の文化より、移住者の方の文化、特に軍事力または武器において、まさっていたために、白人優位が貫かれた国です。だから、移住してきた人々は容易に勝つ事ができて、そして、広い土地を取得して財産を築きました。

 言ってみればアメリカン・ドリームとは、今のウィグル自治区における漢民族に当たります。それが抵抗を受けず成功をした場合に当たります。

 強者が支配する、仕組みを作ったのですが、その勝者は、元の国では、不満を抱いていた可能性があるのです。

 ただ、時と場合によって、その同じ行為が、責めたてられるか、誉めそやされるかの違いが出てくると思います。

 でも、ここで、考察は、もう、一回・回転します。人間にとって、富や名誉を求め、自分の生活を改善し、向上させるのは、必然的なことであり、とがめだてされることではないのでしょう。となると、何が善であり、何が、悪であるかは言えない事となります。

 今日の文章は、明快な結論がありません。それはテーマの範囲が大きくて、考えれば考えるほど、簡単な結論が出せないのです。そのことは、お詫び申し上げます。

 こういうことを書くつもりは最初は無かったのです。むしろ、明快なそして、下世話で卑近なエピソードを、書くつもりでした。私はどなたか、読んでくださる方にとって、短い時間で処理する事が可能なものを書きたいのです。・・・・・ブログですから・・・・・

 でも、明快にして、卑近で、下世話なものを書く前に、いろいろな迷いと価値観の交錯があるわけで、今日は、そういう私の心や頭脳の底辺(または、予備段階)に触れさせていただきました。あしからずご了承を頂きたく。

 あすこそ、明快なものを書きましょう。では、2009年7月17日
               雨宮 舜
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ブロンクスとは、どういうところか?-1

2009-07-16 19:54:11 | Weblog
 アメリカもどんどん、変っています。特にオバマ大統領を選出したこのごろは相当変ってきているでしょう。

 だけど、人間の感情と言うのは普遍性があり、善良な側面にも普遍性があるが、悪の側面にも普遍性があり、歴史を見ると、ちっとも改善をなされていないところもあり、歴史上、残酷なことも繰り返し起きています。その残酷なことと言う点で、王様、や、帝王は特に残酷なことをします。日本でも織田信長の比叡山焼き討ちや、伊賀攻めなどは、はっきりした戦争ではないから、こそ、残酷なことだったとみなされています。

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 ところで、残酷と言うのは、殺すことだけを指すのではなく、精神的に追い詰めたり差別をしたりする側面も含まれるでしょう。気は心と言う言葉もあり、心身一如と言う言葉もあり、人間にとって、精神性は誠に、大切だからです。

 さて、日本にも隠された差別があった模様です。出身が別の国ではあるが肌の色が同じ、韓国や中国人に対して、特に差別があったと思います。また、東京圏に住んでいる私には、余り目には見えなかったが、関西圏に住んでいる人にとっては、被差別部落の存在が身近だったでしょう。

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 ところで、こんなことから、今日の文章を書き始めたのは、昨日のソトマイヨール(Sotomayor) 最高裁判事の章で、タイトルを、「ブロンクス生まれが、最高裁判事になる」としたものの、彼女が本当にブロンクス生まれだったのだろうか?と疑問を持ち始め、ブロンクス育ちと直すべきかどうかを迷い、それで、あらためてブロンクスと言う地域に対して、考え始めたからです。

 アメリカの住宅地と言うのは、それなりに、中流階級用、上流階級用と分かれているみたいです。日本でもそうですが、その移行と言うか、推移はあります。はっきり言って、最近、大進歩と言うか、大イメージチェンジをしているのが、昔は、京浜工業地帯と称されていて、煙がもくもく発生していた辺りの変化です。

 横浜で言えば、子安、生麦、鶴見辺りから、川崎市、そして、蒲田大森辺りまで・・・・・それが、全く変ってしまいました。

 東京の中心に近い、歩きも入れて、完璧に一時間以内で通えるということで、びっしりとした住宅街になっていて、それが最近は改築をされていて、三階建てなどに変化していますし、旧宅が、200坪以上の区画であれば、即マンション化しているという感じです。

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 アメリカにもそれは、あるでしょう。たとえば、アフリカン(日本の旧来の呼び方で言えば、黒人)の住む街として有名なブルックリンだって、北部の丘は素晴しい高級住宅街だし、南部の方は、サラリーマン向けの一戸建ての地域に変化しているみたいです。

 さて、ブルックリンとならび称される、ブロンクスなのですが、私自身は地下鉄の駅周辺、特にメトロポリタン美術館の周辺駅まわりしか歩いたことはありません。これも、マンハッタンの中心に近いので、どんどん、地価が上がっていると思われます。だから、住人が入れ替わっている可能性もあります。

 しかし、ニューヨーク(それから、パリももちろんですが)は、結構なレベルで古いビルを大切にしている地域です。日本のように、ばかばかと言う勢いでの、スクラップ・アンド・ビルドでは、ないのです。ニューヨークの中心街でも、ネットを張って工事中と言うしるしには、何度も出遭いましたが、ビルそのものを壊しているケースは少なく、外壁とか、内装を変えているケースが多いのです。

 これは、石の建築から出発しているヨーロッパの文化の影響でしょう。日本のように、木や竹で建物を構築した国ではないのです。それと、戦後の宰相、田中角栄氏に始まる・・・・・税金で建物や土木工事をする仕組みが、根付いたために、そこからの影響か、しょっちゅうビルは、建て直されています。

 『もったいない』キャンペーンで有名な質素倹約を旨とする、日本的だといわれる発想は、こと、ビル建築に関しては、当てはまらない日本です。

 さて、そういうわけで、ブロンクスの実体を知らない私ですが、古いビルは生きていて、それゆえに、そう簡単にはブロンクスが高級住宅街へは変化をしないと思えるので、それゆえに、ソトマイヨール最高裁判事が、生まれたことの意味があるわけですね。事実上の差別感からすれば、上院の諮問会議みたいなところで、就任演説をするソトマイヨール(しっかりとした人ですが、50代に見える普通の女性です。ミッシェル夫人とか、ライス元国務長官ほど痩せすぎてもおらず、また、アメリカに多く見られる、中年太りの女性でもありません。)女史がアメリカン・ドリームの体現者であるわけです。

 彼女が50代に見えたので、私は、オバマ大統領の言う、アメリカンドリームの体現者なら、ブロンクスで生まれたのだろうと前日に思いました。しかし、若く見えるが、実際には、67歳より上であり、プエルトリコで生まれた可能性もあります。

 アメリカンドリームの体現者で、あると言うことそのものが、ブロンクスの地名を出せば、アメリカ国内では、『そこの地域住民は、貧しいのだ』という共通認識があることを証明しているのです。が、そういう意識の発露なども、人間がそのそこに抱えている残酷さの証明であり、普遍性を持っているものでしょう。

 残念ながら、人間とは、そういう側面も持っているものです。それは、アメリカ人だけに限るものではなくて、日本人もまた、そうであり、この世のすべての人間が構築する社会には、当てはまるものなのでしょう。

 しかし、それが極端に強く現れる場合と、少ない形で現れる場合はあります。

 この件については、今日は、また、長時間ですが、外出しなければならないので、あとで、続報として書かせてくださいませ。では、2009年7月16日  雨宮舜
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ブロンクス生まれが、最高裁判事になる

2009-07-15 08:05:27 | Weblog
 今朝、あけたパソコン内に、ホワイトハウスからのメルマガが入っていました。 これは、オバマ大統領の就任式をどこかのウエブニュースが、ビデオニュースとして流していて、それで、初めてホワイトハウスのホーム頁に入り、

 そこにあった、『ホワイトハウス向けのメールを送ってもよい』と言う、項目に驚いて、実際に送ったのです。それは、送り手側の住所については、各州の住所を選択しなければいけないシステムで、カスタムの入力が出来ないので、日本からは、送る事ができないのでした。で、ひょいと機転を利かせて、昔のニューヨークの住所を思い出して、それで、入力してしまいました。で、今のところ、4通か、5通、メールが来ているところです。

 小泉首相の頃の官邸メルマガと同じで、毎回読むわけではないのですが、今朝のは訴求力がありました。ここで、それについて言及をすると、オバマ大統領がそのメールの中で言っている「このメールを大勢の人に回してください。それは、ソトメイヤー判事がアメリカンドリームの体現者だからです」と言うのを、実行してしまうことになりますが、

 私はアメリカのことは是々非々で、他の国も同じですが、良いことは、素敵だなと、オマージュを捧げておきたいのです。

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 今日の主役は最高裁判事に選ばれたソニア・ソトメイヤー[ソトマイヨールと新聞では表記をされていたそうです。そちらには気がつきませんでした](Sonia Sotomayor)女史です。彼女は第二次大戦中に、ニューヨークに渡ってきて、南ブロンクスに住み着きました。彼女が9歳のとき、父親が亡くなりました。それで、さらに貧乏になったわけで、お母さんは必死に働いて彼女と兄弟を育てました。

 もちろん、最高裁判事に選ばれるわけですから、プリンストン大学を出ていて、ずっと、判事としてやってきた女性で、しっかりとしたキャリアーがあるのですが、プエルトリコ出身のしかも、貧しい育ちだった女性が、最高裁判事に選ばれたのは、アメリカンドリームの体現でしょう。オバマ大統領は、ちょっと悪くすると、人気取りだと判断されかねない人事を行います。が、真直ぐにそれを見れば、
アフリカン出身の大統領だからこそ、できる新しい人事の一つでしょう。

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 そのメールの中に、ビデオに入れるスイッチがあって、それを観ると、彼女の就任演説が入っていました。年齢こそ、発表されていないが、50代に見えるしっかりした女性です。

 ところで、一つだけ、これは、皆様にお知らせをしたいと感じる言葉がありました。それは、彼女が『私の哲学とは、遵法精神です。判事とは法律を作る人間(立場のことでしょう)ではない』といったときに、日本語だと難しい漢字で、遵法となりますが、英語だと、apply law だったと言う事です。

 こんなことは法律を専門とする人は、とっくに知っていることでしょうが、私は法律を専門としないので、関心を持ちました。他の単語もそうですが、英語の方が簡単な言葉で、いろいろな場合に使い回しをします。

 どちらが良いとは断定できないのですが、

<<<市民、一人ひとりが参加型、政治を行い、市民(国民)が本当に平等になるためには、難しい言葉を多発する学者とか、評論家を、尊敬し、自らを卑下する日本における発想は、よくないなあ。その点では、英語は楽だと言うか、分かり易い。だって、このapply と言う言葉は、その名詞形・・・・・application が、パソコンのソフトを立ち上げて利用をするときにさえ、使われる用語ではないの?>>>

 などと、私は、思っています。では。2009年7月15日 雨宮 舜
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大量の塩で、死体を埋める・・・・・2(本編)

2009-07-14 12:05:04 | Weblog
 昨日、前半をお話をしました。60才ぐらいの裕福な主婦に出会った後で、お若い方たち二人とであったのですが、・・・・・午前と午後では、話題の傾向が全く異なっていました。午前中の人たちはある意味で取り澄ましていて、午後の若い人は真剣極まりない恋愛(それも、電車の中でセックスの話にまで行ってしまうもの)についてです。あからさまに過ぎるといえば、過ぎます。

 でも、こちらの若い人を、軽蔑などしませんよ。そうではなくて、心配しきってしまったのです。これから、彼女は殺されるのではないかと思って。では、以下にその本編を記します。

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 内回り線を利用して、東京駅を池袋に向かって過ぎたあたりで、目の前に二人の若い女性が立ちました。その顔と体格のいたいけで、可愛らしいこと、まさに昔の言葉で言う『番茶も出花』の年頃です。二十才前後でさわやかです。ただ、今時

(二〇〇五年)の典型的なお嬢さんで、白い木綿のカーディガンの下は、ヨーロッパのヒトが「日本人は下着で歩いている」とよく言うらしい、キャミソールと言う形のブラウスで・・・・・
下は、ジーンズ、午前中の主婦族と比べれば圧倒的に、安物・・・・と言ってはあまりにも失礼だが、並の金額で買える並の品質・・・・・の服装です。

 普通のヒト、普通の階級のお嬢さん。大学生ではありません。大学生だと、もっと遊んでいる傲慢な感じを受けます。既に働き始めた人たち、それも、スーツをびしっと決めてはたらく大企業のひとたちではない。ブティックでお洋服を売っていたりする、そう言う感じのお嬢さんたち。

 しかし、乗ってきてつり革につかまった途端、カレシ(恋人)のパンツの話です。それが、先ほどから繰り返し説明をしているように、決してすれっからしではない、しかもお化粧も濃くはない、普通の純情そうなお嬢さんが話すのですから『いかに今の若者が、手早くセックスの段階まで入ってしまうのか』と言う点に、まず驚いちゃったのですが・・・・・

 「カレシは、クレヨンしんちゃんのキャラクターが一番好きなのだけど、パンツが、すべて、キャラクターデザインのもので、・・・・・・でも、それって、前の彼女がすべて、買ったんだって」と右の子が言います。
 左側の子は、いじわるでもなく、嫉妬するでもなく、たんたんと、相槌を打ってあげています。
 右側の子は、結構、自己分析の能力もある子で「その日は、喧嘩っぽくなく、別れたんだけど、後で、だんだん腹がたって<捨てて。全部捨てて>って、電話で言ったの」とか、なんとか・・・・・延々と、その手の話題が続くのです。

 で、何回かセックスをした後で、段々身元調査にも入って行ったらしいのですが、そのカレシは、「マンションを三つ持っていて、両親は父、母、別々に会社を経営していて、そこからも幽霊社員として、カレシには給料が出ていて、だから金持ちで、でも、ご本人はギター教室の先生で、土日もないほど、忙しいんだ」とのこと。

 すると、今まで、ほとんど相槌だけだった左側の女の子が「結婚願望はどうなの?」と質問をしました。すると右側の子が「ないみたい。でも、四十才でしょう。だから、<今までどれだけのひとと、付き合ってきたか、人数を教えて?>と、言うと<待ってて、よく考えてみるから>なんて言って教えてくれないの」と応えます。

 ここまで聞いただけだって、私としては相当心配で『このお嬢さんの親は、この交際を知ってるのだろうか? 知らないんだろうな?(後注1) 大丈夫かしら? ああ、うちの娘が、変な男にひっかからないうちに無事に結婚を出来て、良かったなあ』なんて、心の中で考えていたのですよ。

 ところがね、私がとうとう、口を挟まざるを得ないエピソードが出て来ました。心底ぞっとするようなエピソードが。なんと、カレシは、「大量の塩を買って来た」と彼女に言うんだそうです。「カレシは医者じゃあないんだ。だから何に使うんだろうって、思うの。だから、聞いているんだけれど、使う目的を言ってくれないんだ」そうです。

 その用途を、ある時とうとう、じれた彼女が問うと「あ、しまった。塩を買った事を言うんじゃあなかった」と言う顔をするのだそうです(後注2)。彼女自身、非常に、不審に思い。かつ怪訝にも思っていて、だからこそ、この件を友達に話したかったようです。普通ならセックスを含む恋愛の話を、電車の中では、しないですよね。せめて、ドトールかスターバックスに入ってから話す話題でしょう。

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 私は、ここに来てたまらず、口を挟みました。「あなた、その男の人と、これから先も付き合うのなら、彼の実家に行ってみて、彼の両親を見ないと駄目よ。もしかしたら、その塩で、死体を漬けるのかも知れないから、用心をなさい」と言いました。

 いえ、まさかと思うけれど、三つもマンションを持っているなんて、普通の若い人ならできない生活です。それに、会社を両親が経営をしていると言ったって、まともなビジネスなら、この不況(二〇〇五年の六月の話だから)下、たとえ息子と言えども、幽霊社員用の給料など払っていられない筈なのです。

 どう考えても『カレシと言うのが、非常におかしい人物である』事を、この話は示唆しています。もし、彼の言う三つのマンションが、今まで付き合ってきた女性を殺しては、手に入れたものだったりしたら、どうなります? しかもそのマンションをまた貸しして、その家賃収入で遊んで暮らしている男性だったらどうなります? 彼が、もし、次から次へと新たな犠牲者を探している真のワルモノだったら、この若いお嬢さんはこれから、どうなりますか?

 この前の鎌倉の事件(由比ガ浜で、若い美形のサラリーマンが、不倫相手が妊娠をしたので、殺害し、自分の家の庭に埋め、さらに偽装工作を重ねていた。正妻はスッチーで、しかも主犯の両親も同居の二世帯住宅内での犯行だから、驚くべき犯罪として世間を巻き込む大騒ぎとなった。その主犯が、息子と高校が同期だったので、それもあって、我が家では重大な関心事となった)ではないが、

 普通の顔をして、ワイシャツを着てネクタイを締めていながら、すごい事をする人間さえ、いるのです。危ない、危ない。 

 それに、北九州の松永と言う悪(ワル)は、普通のマンションで、何人もの人間をあとかたもないように、抹殺して行ったのですよ。誰も気がつかず、誰も抵抗できない形でそれをやり抜いたのです。ご近所様の話では、後から、思えばえば、マンションの階段に生臭い・におい・が漂っていた事があるそうです。血の・におい・でしょう。

 でも、松永の処理が、あまりに巧妙ですばやかったために、死体特有の腐敗臭までは、発生をしていなかったので、ご近所さまでは誰も、そんな恐ろしい事が同じマンション内で行われていることには、気がつかなかったのです。

 犯罪が遠いことだった昔の日本ではないのです。日本はとても、変わってしまいました。

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 私は、その一瞬に、カレシが本当にやりたい事を想像しました。目の前にいる、さわやかで可愛い(しかも自分・・・・・と言うのはその塩を買った男性のこと・・・・を信じている)彼女を殺し、死体の一部を塩漬けにして腐敗をしないように押入れに隠し、別の一部分を冷蔵庫に入れ、少しずつ、・・・・・つまり、500グラム程度の、料理の際、使わなかった肉の塊として、・・・・・ごみ収集日に捨てて行ったら、誰にも気が付かれないで、死体を処理できます。

 猟奇的な事件って、その発見をされる当日まではだれにもわからない形で、進行するのです。

 (この文章を書いた、だいぶ後で、平塚で、自分の子供と見られる白骨三体を押し入れのダンボールに入れ、布団の上には、殺害した自分の娘の遺体を放置して寝かせており、

 別の部屋には自殺した・・・前夫の息子・・・が吊り下がっていたと言う、恐るべき事件が起こったのです。

 それは殺すべくして殺したのではなく、愛情の行き違いとかもつれとか、育てるのが面倒だとか、いろいろ理由はあったのでしょうが、いずれにしろ面積が大変狭いアパートの中で起こった事件なので、猟奇的と言ってよいでしょう。数ヶ月発見をされなかったのです)

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 でも、その数秒後に、電車は池袋駅に着いてしまいました。が、私は、自分の忠告が、二人に受け入れられたのを感じました。

 普通、こう言う若い女性が、私の事を『変なおばさん。おせっかいめ』と思った時は、お互いに目配せなどをして、私を排除するものなのです。それが全くなくて、唖然として私を見つめながら、二人とも声もなく、でも、決して嫌がってはいない顔で、私を見つめていました。

 本当は、右側の女性は、この男性(カレシ)に、既に相当な胡散臭さを感じていて、「ちょっと、変だな」と思っていたところでしょう。昔なら、こう言う男は結婚詐欺師として、警察につかまるところでしょうが、今の女性と言うか(社会全体の風潮が)・・・・・簡単にセックスまで走ってしまって、それが結婚とは結びつかなくても、それで、良い・・・・・と言う感覚があるために、あぶない、あぶない、話が出て来るのだと思います。

 そして、この年齢では女性の方が損をしてしまいます。あたら、若い花の時間を、たいせつなパートナーを見つられずに浪費して、損をしてしまいます。

 いずれにしろ、本当に、会社経営をしている両親が揃っているのなら、息子が四十才になっているのに、結婚をしないなどと言う事を、心配しないわけはないのです。跡取りですから。で、当然、恋愛か見合いのどちらかで、カレシは、すでに、身を固めているはずなのです。

 男の話はすべて嘘でしょう。が、まるで、アガサ・クリスティか、コナン・ドイルの世界を、山手線の車内で聞くとは、思いませんでした。

 でも、この華奢で細身で現代風な女性が、午前中、東横線の車中で出会ったような、たくましくも上品で、かつ、安定した女性になるまでは、前途遼遠だと考えたものです。あぶない、あぶない、

・・・・・お嬢さん、どうか、青春真っ盛りの、御身を大切にして・・・・・。
                             
では、二〇〇五年、六月二十五日に、見聞したことを、09年7月14日にここにアップロードをします。              雨宮 舜

後注1、

 田舎で高校を卒業して、短大や専門学校への進学、または就職のために上京をして、マンションで一人暮らしをはじめた若い女性が一番危険だと思います。その住まいを悪賢い男性に、ただで、使えるラヴホテル代わりに使われると、どんどん、深みにはまってしまいます。東京で育ったお嬢さんなら、それは、それでパラサイト・シングルになりやすいと言う問題もあるが、40歳ぐらいまでは親と同居をするはずです。そうなると、一緒に食事をする際などに、娘の現況はつかめるので、両親は、いろいろ心配して忠告をするはずです。だから悪賢い男性との、不倫の関係などの、深みにははまりにくいでしょう。

 鎌倉の事件の方も女性の方は田舎の出身で、藤沢で一人暮らしをしていた方でした。男性の方は遊びのつもりだったのに、彼女の方が真剣で、「妊娠したあかちゃんは、一人で育てるから生みます』といったために、追い詰められた男性の方が殺害をしたのです。その後で女性の方の、田舎に住んでいる両親に、まだ、生きているかのごとく、偽装をしていたので死体が発見されるのが遅れました。そのために、その悪質性(または、悪賢さ)が際立ってしまい、世間を騒がせたのでした。

後注2、

 いえね。ジョークならいいんです。この40歳だという男性が、相手の若い女性の真剣さを疎ましく感じ始め、『僕はあんたを、これから殺すつもりなんだ』とほのめかして、彼女が、自分から去っていくのを狙っている可能性はあります。

 しかし、そういう複雑なジョークが通じる相手とは、昔から付き合っていた学生時代の同級生くらいでしょう。この場合の、数回ベッドをともにした純情なお嬢さんには通じていません。現に彼女は、暗喩にもまったく、気がついていなかったのです。だから、ジョークになっていません。とても恐ろしい話です。
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