銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

日本を安全に、植民地化する為には、まず学術会議を狙え。そこにパーティ文化を導入させる

2015-09-30 22:14:41 | 政治

 続きを書くのをたいへん、お待たせいたしました。現在10月1日の夜10時ですが、これからこの章の、続きを書き始めたいと思います。なお、この章は、総タイトルを、9月30日から、10月1日の夜11時まで、『日本を安全に、植民地化する為には、バターとジャズを大量に与え、AFSと、ICUを創る事だ』としておりました。が、そこで、二回目のものと変更をいたしました。

 これは、前報

戦後の日本を支配する為には・・・東大に俊秀を集め、その上で彼らを潰せ。頭脳的な、断種を実施せよ△  2015-09-29 13:57:04 | 政治

の続きです。だから、章立ては、第八章から始めます。

 ところで、これは、フィクションとして書く現代日本政治の5でもあります。

 舞台は、1944年の、ホワイトハウスの一会議室で、ルーズヴェルト大統領をはじめ、6人の枢要な人物が集まっている前で、ラドクリフ・テーラー准将は、敗戦後の日本をどういう風に、植民地支配をしたらいいかを、彼らへ語っているところです。ラドクリフは、表向きはNavyの事務屋ですが、裏では、CIAの要職に在ります。ただ、優秀なサラリーマンとして、雇われたから、そこに、勤務しているというわけではなくて、 三代前に、ヨーロッパから送り込まれた大富豪家の、末裔で、選ばれた任務を持っています。で、当時のアメリカでの、フリーメーソンの階級ではトップを占めます。現在は、NAVY勤務と言う小市民の顔を隠れ蓑としながら、並行して、就務しているCIAのオフィスで、そちらでの、部下を使って、日本研究をしている処です。

 で、戦勝国として、日本をうまく植民地支配をしていく手法を、研究し、それを、説明をしている処です。特に、中流の下の家に生まれた、気骨ある青年をいかにしたら潰せるのかを、考案し出し、それを、説明をしている処です。ラドクリフに拠れば、

・・・・・・現在(=1944年)のところ、アメリカの有名大学と同じく、試験が、緩やかな6か所の帝大と言うものが、あるが、それを、レベルダウンをさせ、他の多数の専門学校と言うものと同等にし、そのうえで、東大だけを、突出して、有名な、ハイレベル校として、国民の間に、定着をさせる。そこに、俊秀を集め、そのうえで、さらに、大学教授になるのが、最終的勝利だという概念を彼らの間にばらまく。・・・・・その後、東大教授の間に、『本当の俊秀を選び出して、後継者にすると、自分の立場が将来脅かされる』という意識を植え付け、真の意味での、優秀な青年を地方へ送り込む。それは、一種の『檻』に閉じ込めたことと同等に、なり、これを、数世代繰り返せば、気骨ある日本人は消え去り、・・・・・ 日本人を、もっとも、際立たせている武士道と言うものも、漸次消滅していくはずであり、将来、アメリカを批判し、アメリカに、歯向かってくる、神風特攻隊めいた、革命家の芽をつぶせるはずだ・・・・・となります。

 しかし、ここからが、今章の始まりとなりますが、

 第八章、『茶の湯を説明し始める、ラドクリフ』

 第七章まで、説明をした時に、ルーズヴェルト大統領から、「しかし、どうしたら、彼らを、そういう方向へもっていくことができるのかね。特に、東大教授の間に、<本当に、優秀な人間に、跡目を継がせると、自分の地位や安寧が、脅かされる>という意識を、どうして植え付けることができるのかね」と言う質問が出てきた。

 ラドクリフは、「はい、おっしゃる通りです」とまず答えた。その次に、又もやとうとうと、持論を開示する。

 日本人のコミュニケーションの取り方を研究しておきました。彼等のトップレベルの連中は茶の湯と言う趣味の世界を利用します。それは、3m×3mぐらいの、たいへん狭い部屋の中で、椅子もない形で、お互いの体を接して、飲食をします。お酒はあまり供されません。私達から見ると、「えっ。どうして、金持ちが、そんな、掘立小屋で」、と言うほど、質素な形で、会合を行います。

 しかし、先ほども説明をした通り、徳川家康と言うショウグンは、国民の間に、菜食を励行しました。そこだけは、我々には理解不可能なところがあるのですが、ゴールド満載のきらびやかなインテリアを好む一方で、詫び、さびと言った、まるで、earth そのものへの賛美のごとき、質素さもまた、垂涎の的なのです。

 と言うのも茶の湯の世界では、そこで、使う道具類に、日本社会固有ではあるものの、莫大な価格がついていて、その値踏みが正しくできるかどうかが、また重要なのです。そこでの会話を、的を得て交換をし得てこそ、自分たちが、上流であることを証明するので、茶の湯は、密談と謀議の場としても、重用をされています。特にトップレベルの実業家たちに、重用をされています。

 そして、前にも述べました、静謐(サイレンス)と言うものが、ここでも珍重をされています。バックグラウンドミュージックなどは、ここでは、用いられません。しかも、不自由な形のドレスである和服を着て、正座と言う、動きが非常に不自由な姿勢で、長時間を過ごします。極めてストイックな世界です。

 しかし、一番特徴的なのは、参加人数が少ないという事です。せいぜい、六人以内です。となるとお互いの発言が、きわめてストレートに記憶をされます。

  で、こういう場所は、洗脳の場としてはふさわしくありません。誰が、エージェントであるかが、すぐ、わかってしまいます。

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第九章、『料亭文化と、芸者の、説明をする、ラドクリフ』

 とこで、上でコミュニケーション様式は極く、上流会級の間でのマナーです。茶の湯とは、一種の秘密結社に似ていて、相当に長い年月をかけないと、その世界に入ることができません。たとえば、300年ぐらい前に、突出した指導者がいたと、ご想像をください。その人間が、何でもない、庶民の器、例えば、KOREAの農村で、使われていたものを、『これは、ニュアンスが、素晴らしい』と、感じ入ったとします。すると、それに似たデザインのものが、たちまちに、数千ドルの値打ちを持ちます。(これは、1944年のアメリカの貨幣価値でそれを言う) その美意識と価格は、世界には、まるで通用をしないものです。しかし、それが、分かるということが、彼らの連帯意識を刺激し、誇りをあおるのです。抽象的な記号の世界ですが、それが、共通項である、秘密結社なのです。そして、そこへ入るためには、数千の、プロトコールとマナーをマスターしないといけません。

 だから、一代で、成り上がった人間には、マスターをするのが無理な世界です。

 一方で、日本には、特に最近の東京では、新興のリッチ・ピープルが出てきています。日本の明治維新とは、欧米と同じで、下の階級が上の階級を追い払うという向きもあったのですよ。だが、欧米と決定的に、違うところもあります。それは、その革命前までは政治的には、無力だったが、国民の崇拝を受けるという意味では、最上位の階級の人である天皇を、その革命集団が、味方につけたことなのです。そして、実質的な、貴族であり最上位の政治権力者である、徳川将軍家を、追い払ったことなのです。で、その国家運営は、共産主義ではないのですが、国家主導型です。しかし、天皇が主導する国家なので、国営を、官営と言う特殊な名前で、呼びます。 

 で、そういうあらかじめ大きな計画性と、大量の予算と、大量のスタッフを注ぎ込んでいますので、たいていは成功します。そして、その管理部門で働いているのが、以前(前報)で、言ったたくさんの大学を、卒業した、人材です。彼らは、社会的に高い地位にあり、高い給料をもらっています。それらの階級が利用するのが料亭と言われる、個室形式のレストランです。

 彼らは、現在、金を持っている連中ですから、華美と贅沢を好みます。快楽も好みます。で、料亭では、量の多い高価な食事が提供をされ、酒も出て来て一緒に飲みます。そして、懇談が終わり、主要なコミュニケーションが取れたのちは、懇親の場になり、芸者と言うプロの女性たちが出てきます。彼女たちは、小さなサロンで、ダンスを披露するバレリーナみたいなものです。

 で、料亭では茶席と違って、相当に、リラックスした付き合いが生まれます。が、それでも、そこを洗脳の場とするのは無理です。と言うのもやはり、出席者は、数が少なく、お互いによく知り合った知己同士なので、誰が何を言ったかを、他の人間が覚えているからです。

 で、この様に、日本人のお互いの間のコミュニケーションの取り方を研究してみた結果、<そこを変えれば、彼らを、いい様に、洗脳し、馴致できる筈だ>と言うことに気が付きました。

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第十章、『パーティ文化を導入させよう。そここそ、好適な洗脳の場所となる』

 結局のところ、落ち着いた、話し合いと、静謐を好む、今までの、日本人の、社交生活を、あのままにしておくと、我々の安全性は保たれないのです。ともかく、生活様式を変更させる必要があります。アメリカ文化を導入させる必要があるのです。

 我々は、パーティを良くします。知らない者同士が、交流をできる場所として、それを、利用してきました。ありとあらゆるソサイエティで、大小のパーティが開かれています。未知の人、既知の人が入り混じって、会話を楽しみます。ところが、日本人には知らない人と打ち解けて軽いレベルの会話を、ジョーク交じりに行うという習慣がほとんどありません。

 新しい、知己を得るのは、紹介と言う堅苦しい様式を取る場合か、その人間が、フレッシュマンとして、新しい学校とか、新しい会社へ入社した時に限るのです。

 ですから、すべての交友が、厳密であり、いつも明快であり、洗脳をしていく、隙がありません。しかし、立食ーパーティですと、特にアルコール類が入ると、彼らの注意も散漫になり、かつ、誰がどういう話をしたかが、ぼやけてくる可能性があります。そここそ、最上の洗脳の場になる可能性があります。我々が、エージェントとして、訓練を施した人間に、我々の意図した通りの、発言をひそやかに語らせるのです。

 声高に、主張をする必要はないのです。静かに、誰を相手にして語るでもなくと言う形でもいいのです。たとえば、前回に、説明をさせていただいた、<東大教授に、優れた弟子に、次の席を渡させない様にさせる>という話ですが、それこそ、耳打ちに近い形で、「いや、いやな話を聞きましたのですがね。私の知り合いの、教授が、弟子に、刺されたらしいですよ。無論、抽象的な言いで、実際に刃物で刺されたわけではないのですが。でも怖いですよね。若者の文化は、よくわかりませんから」と、出も言わせればいいのです。

 その種のマイナスの方向へ向かう話は、実は、華やかで、公の席では語りにくいものです。しかし、周到に、準備させると、そのマイナスの部分が、大きな効果を発揮するはずです。まず、立食パーティは、常に、100人を超える規模で、行わせる様にしましょう。そうすると、いつも、会場内は、うわーんと言う喧噪に、包まれます。もっとも、高貴な日本人の性格が現れる環境は、静謐が、充ちた場所だと、私は、少し前に言いました。しかし、立食パーティの席は、静謐とは、無縁です。そこで、ひそかに、マイナスの方向へ向かうセリフを放つのです。その結果ぼんやりと、耳に入ります。確定的なことではないのだけれど、耳からそれが入って来て、潜在意識の中に定着をします。

 先ほど、大統領は、「どういう方法で、東大教授に、<優秀な若者を弟子と言うか、次の教授にすると駄目なのだ。自分が、後日、損をする>という意識を植え付けるのかね?」と、私に、お問い合わせになりました。それを可能にするのがこの方法です。

 日本人には、この立食パーティと言う形式は、定着しておりません。しかし、大きなホテルのは、ダンスホールを備えている処とかロビーが広いものがあります。

 そういうものを最初利用をしていきますが、そのうち、別の新しいそれ用の私説を、新たに建設させます。そして、ありとあらゆるフィールドで、立食パーティを、二次会として開かせるという文化を根付かせていこうと思っております。それをありとあらゆるフィールドで、流行をさせます。たとえば、弁護士たちの会合、医師の会合、建築家の会合、経営者たちの会合、農業従事者たちの会合、漁業従事者たちの会合、とうとう、すべての会合の後には、全員参加の懇親会を開くというシステムを導入させるのです。

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第十一章、『<まず<学術会議を狙っていきます>と、ラドクリフは、宣言をした』

 その様な新しい生活様式を採用させる場合、どこかに、ターゲットを絞って、そこが活発に、そういう二次会を行うと、させましょう。私が考えている候補は、学術会議です。学者と言うのは、もともと理性的で、この戦争も、ついに最終段階に来てしまっていて、日本が負けるということを見抜いていると、私は見ています。だから、我々が侵攻して行っても、大歓迎をしてくれるはずです。特に我が国は活発な学術雑誌発行活動を行っております。そこに投稿をして来た人間を、選び出しているところです。その中で、以前も、申しました様に、欧米に、すでに、留学経験がある人間を、最初に、攻撃して行って、こちらの味方にさせるつもりです。

 彼らはたいへん冷静な種族であり、西洋かぶれと言う言葉で、他の日本人からは、今まで嫌われていて、自分を隠しておく必要がありました。それが、快方をされるのですから大歓迎をしてくれるはずです。

 そのうえで、彼らの性格をよく見て、利用できるレベルに分けて、ごく深いレベルで、利用できる人材には、賞とか、メディアへの露出等の、機会を与えて、厚遇をしていきます。そして、アメリカ大使館での、パーティなどに、積極的に招き、特権意識を植え付けます。

 本章はまだ、完成とはいいがたいですが、ここまでで、一応ある程度の、意味付けは済みましたので、ここで、また、パソコンから去らせてくださいませ。続きは明日書きます。どうかよろしく。

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コメント

戦後の日本を支配する為には・・・東大に俊秀を集め、その上で彼らを潰せ。頭脳的な、断種を実施せよ△

2015-09-29 13:57:04 | 政治

 今は、9月30日の夕方5時ですが、やっと完成をいたしました。で、恒例の△印を総タイトル脇につけておきます。 

 著者敬白、

 以下の文章は小説として書いております。フィクションです。そして、今回が、4回目です。だが、ナンバー4と、つけてしまうと、「それって、最初の方を読んでいないから、今回も読まないで置こう」と、読者様がお思いになる可能性があるということに気が付きました。そうするとナンバーが増えていくたびに、読者が減っていく見込みがあります。それは残念です。書いている内容に深い自信があるのに、「続きモノだから途中から読んでも、つまらない筈よ」と、思われるのは残念です。

 私は、今回フィクションとして文章を書く前は、ノンフィクションとして、登場人物の実名を挙げながら、文章を書いていました。が、ところどころで、呟きとして、「私は、今、壮大なミステリー小説を書いているところです」と、申しあげております。どうしてそう言うかと言うと、社会面のニュースにも、政治面のニュースにも、多大な嘘が含まれているのを発見していますし、著者としての、私の身辺にも、異様なことを数多く発見をしているので、どうして、こういう事が起きるのかを、探索し続けているのが、主要なテーマになっているからです。

 ただ、この小説の第一回に書いた様な、苦しくも残酷なエピソードに遭遇すると、それを、ノンフィクションとして書くわけにはいかないのです。実名を挙げると、正しくは書けません。それで、2015年9月26日以降、文章をフィクションとして書くことと決めました。

 それで、誤解のない様にお願いをしたのですが、これから先に書いていくことは、その内容の概念としては、正しいのですが、日付、場所、登場人物の名前等に関しては、すべて、フィクションだとお考えいただきたと思います。今回は、終始ホワイトハウス内の、一室で、事が運びます。「こんなことはなかったよ」と、アメリカ通の、読者様から、コメントを、お寄せいただくことがあっても、わたくしの方では、「これは、フィクションですから、これで、いいのです」と、主張して、突っ走り続けます。

 どうかよろしくお願いを申し上げます。続きモノですから、巻末に、小説としては、第何番であると、書いておきます。ただし、今までも、そうであった様に、すべての章が、独立して読める様に、仕立て上げるつもりです。どこを抜かしても、また、どこから読んでも、その一文なりには、完結しているという風に書いていくつもりです。

 

 Washington 1944 Oct.5th  戦後日本を、如何に扱うかの大綱が、決まった日

・・・・・東大に俊秀を集め、そのうえで、彼らを潰せ! 抽象的な意味での断種を日本人に対して、行うのだ!・・・・・

第一章、『ワシントン、ホワイトハウス内、第〇小会議室、1944年10月5日16時』

 8人が座れる会議用の長テーブルの長辺の最前列に、ルーズベルト大統領が座った。車いすのまま、テーブルに、つけて付き添いは、去った。しかし、この日の主役は、彼ではない。短辺の議長の位置に座っているラドクリフ・テーラー准将であった。彼は今年、42歳になる若手の将校だった。表向きはNavy の給与体系をつかさどる地味な部署についている、事務屋の一人であって、戦場に出たこともない。ただし、ウエストポイントは、卒業をして居り、帽子投げもむろん、経験をしている。ただ、常に斜に構えている姿勢を取っており、親友と呼べる人間は、軍内部にはいなかった。

 ラドクリフは、ワシントン郊外に、敷地3エーカーに及ぶ、邸宅を構え、親、兄弟と別棟を、建てて住んでいたが、その運営費用は、祖父が設立した、大コンツェルンの、株の配当で、賄っていた。妻はヨーロッパの大富豪階級出身の女性だったが、できるだけおとなしい子を選んでいた。社交界で、花型になることを夢見る様な女性では、困ることがあるから。親元で、大切に育てられたつつましい性格の女性を選んでいた。子供の知能が優秀であることは、大切であるとは、考えていて、子供には、自分の姓、または、子供の結婚相手の姓を継がせるつもりがあった。と言うのも、妻の旧姓が、デュポンだったからだ。これでは、出自や、身分が推察されやすい。

 ラドクリフ・テーラー一家は、4代前までは、ヨーロッパに住んでいた。その後、その家族たちは、売り出された貴族の古いお城を、買い求め、今では、フランスと、イギリスとユーゴスラビアに、元お城を改築した別荘がある。ラドクリフ一家も使おうと思えば使える。そこまでの大きな建物でなければ、ヨーロッパじゅうに、自分たち一族の拠点があって、それぞれに、管理人が置いてある、いつでもバカンス用に使うことができた。ラドクリフは、妻子を、自分の兄弟家族とともに、ヨーロッパにバカンスに、行かせることはあったが、この1944年は、その様な安全な状況が、ヨーロッパからは、消えていたので、ラドクリフは、家族を、フロリダで過ごさせた。

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第二章、『ラドクリフの曽祖父が口伝で、息子に命令をした事・・・・・・庶民大衆の目に留まる職業には就くな、他』

 ラドクリフの、曽祖父は、1870年になると、自分の三番目の息子が、性格も落ち着いていて、また、頭脳も優秀であることを、確信をした。曽祖父に拠れば、これからは、アメリカの台頭が、見込まれるので、アメリカ国内で、大衆操作をしないとならないという見込みがあった。その人材をだれにするか。既に、現地の政治家や、実業家の中に、フリーメーソン化してあるメンバーもいることはいたが、さらに、その上位に立ち、アメリカ社会を俯瞰しながら、自分達、大金持ち階級の、支配をさらに安定して永続させるために、種々の大衆操作を行う人物が必要だと、見ていた。

 その頃、18歳に達していた、三番目の息子が、その任務に耐えそうだった。それで、曽祖父は、息子に、言葉で、気を付けるべきことを教えた。それらを守らないと、大切な任務を遂行できないと、よく教え込んだ。

 * お前の、子供だが、進学先としての大学は、どこを選んでもいい。ただし、一流であり、他人が、その名前を聞いたら、『あなたは、エリートなのですね』と、感じ入ってくれるレベルの学校を選ばないとだめだ。そして、何人かの子供のうち、適切な子供を一人選び、お前に私が施したのとと同じ教育と、同じ任務を与えなさい。ほかの兄弟には、彼を、尊重し、愛する様に、教育をしておきなさい。だが、彼の本当の任務は、兄弟であろうとも、教えてはなりません。

 *、職業だが、できるだけ『あなたは、エリートなんだ』と、誰からも思われる職業につかせなさい。ただし、そこで、勝ったり、目立ったりする必要はない。外交官と言う職業だが、大国の大使になることは避けること、また、小国だと、ヨーロッパやアメリカからは、離れ過ぎてしまうので、自分の働きが遅れてしまうので、できるだけ外交官にはならない事。または、政府の役人になることは構わないが、閣内に入り長官になることなどは、避ける事。軍人になった場合は、できるだけ高官になることは避けること。新聞に、その顔と、名前が出る、生活は、絶対に取らないこと。

 *、結婚相手だが、できるだけハイソサイエティ階級から選ぶこと。ただし、社交性が高くなく、地味目な生活を送ることに満足と、喜びを感じる女性を選ぶこと。また、賢すぎる女性は、選ばないこと。おまえより上にたとうとしたり、自分自身の職業を持とうとしたりする女性は、絶対に選ばないこと。お前とお前の子孫は、アメリカ一高い階級のフリーメーソン・メンバーとなるのだから、その名誉だけで、我慢をする事。おまえの後ろには、数万人の命と生活が懸かっているのだから、覚悟と、忍耐を持って暮らすこと。

 妻にした、女性が、充分に、任務に耐え、子供も優秀であった場合、その一人を選んで、妻の苗字を継がせること。この任務に就く人間に、貴族性が付与しては、目立つので、一代のうちで、大きな仕事をすればするほど、血は継続をさせるが、名前は継続をさせないこと。ただし、妻の方が、有名な名前である場合は、この限りではない。

 この様な口伝の家訓を引き継いだ、祖父から数えて、ラドクリフは三代目であって、名字は母方のものを引き継いでいた。息子に関しては、現在6歳の次男が、後継者にふさわしいと考えていたが、妻の実家の名、デュポンをその子に与えるつもりは、なくて、ラドクリフの現在の姓テーラーを継がせるつもりである。

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第三章、『ラドクリフは、敗戦後の、日本について、どう扱うべきかの、大綱を話し始めた。まず、それを植民地化できる事について、あれこれを』

 出席者たちは、ラドクリフ・テーラーが、アメリカ最高の地位にある権力者であることは、熟知しているので、ほとんど、疑念を挟むこともなく、ただ、淡々と聞いてる。

 *1、皆様も他の担当者から、すでに、情報を耳に入れて、確信をなさっておられるでしょうが、アメリカは勝利し、日本は負けます。で、その結果、アメリカは、建国後初めての植民地を持つことと成ります。

 *2、で、領地ですが、現在日本が統治下においている、台湾、朝鮮、は、日本ともども、アメリカの実質的な植民地となります。現在裏からの調査で得た情報ですが、日本軍は、中国戦線から、南方へ戦線を拡大する見込みですので、そこも、結局はアメリカの植民地となります。ただし、連合国軍の仲間である、イギリス軍と、オーストラリア軍が、応戦をしている地域、また、ソ連が応戦している地域は、この限りではありません。

 *3、日本人は勤勉で、工業的にも発展をしているので、そこから上がる利益は莫大なものとなるでしょう。その実際の運営については、私の任務ではないので、実際の、進出企業等に、任せるとして、一点だけ、非常に大切なポイントがあり、それは、日本人に直接接する人間の誰もが、絶対に、守ってもらわないといけません。

 *4、日本人に対して、『自分たちは、宗主国なのだ。おまえたちは、奴隷だ。家来なのだ』という態度を、みじんも見せてはいけないという事です。彼らは、欧米系白人(コケイジャン)が今まで、戦ったほかのどの国の国民より優秀です。だから、イギリスが、インドで示した方法を採用してはなりません。スペインがアルゼンチンで、見せた手法を踏襲してはなりません。フランスがモロッコや、ヴェトナムで、採用した手法も駄目です。

 神風特攻隊を、思い出してください。彼らは、我々欧米系人間にとっては、理解不可能なメンタリティを示したのですから、心して注意深く接触する必要があります。

 *5、ここに、一つのユニークな提案があります。それは、日本を仮想の独立国家として扱うのですから、その旧植民地だった、朝鮮(KOREA)と、台湾も、同じく、独立国家として扱うという案です。彼らは、日本とか、日本人ほど、優秀ではないし、実際には、自分たちが戦闘をして、その結果で、勝ったわけでもないので、「貴国は、アメリカの植民地なのだぞ」と、言っても、政府要人は、「ああ、そうでございますか」と言って、耐えるでしょう。庶民の中は、どうなるかはわかりませんが。しかし、それを、表ざたにしない方がいいのです。それは、対日本人抑圧の為に、彼らを利用する必要があるからです。

 そのために、台湾も、KOREAも、アメリカの植民地としてではなくて、独立国家として、扱います。表面上だけですよ。ただ、そうしますと、日本と対等の立場となります。それで、それらの旧植民地国家を、心理操作を駆使してメディア等を動かし、日本と、日本人より上に置くのです。

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第四章、『アメリカの政界の裏側で、実質的に最高権力者であるラドクリフ・テーラーは、表向きの最高指導者たちに、台湾と、KOREAを、利用する手法と、その可能性が、どうなっているかを淳々と、説明する』

 *6、台湾と言う国ですが、温暖な地域で、アメリカでいえばハワイに似ています。それで、従順な気質を示す民族なので、日本の植民地経営が、うまく行った例であって、親日的です。で、これを、日本人の上に置くと言っても、台湾人自身が気後れをする可能性があります。で、台湾は、現在では、日本支配の目的では使わず、脇にとっておきましょう。それを独立国家として扱えば、アメリカの品格が上がります。世界の覇権に向けて、品格として、一流国家であることは、プラスです。その方向への宣伝に役立ちます。

 KOREAの方ですが、これは、うまく使うと最大のメリットが得られる可能性があります。KOREAと、日本は、ほとんど、遺伝子的に言うと同じ民族であり、言語形式も同じです。日本の方が、地勢的に恵まれていて、生産高が高いので、上位の地位に、今は、つけてきていますが、900年前には、KOREA人は、自分たちは文化上上にあると、信じていた筈です。で、日本が、三度侵攻して、植民地化を試みているのでが、やっと、成功したのが、1910年です。

 が、それ以来の30年以上、なかなか、うまくいかないので、創氏改名と言う手法を日本は取りました。これが、恨みを買っています。つまり、従来の、KOREA人は、中国に倣って、三文字の、漢字を使って、名前を表現していました。日本人は一般的に、四文字の漢字で、自分の名前を表現します。そちらへ誘導をしたのですが、ほとんど、強制的でした。で、深く恨んでいるKOREA人の、その恨みの感情に火をつけるのです。一方で、日本人の方には、『申し訳なかった。自分たちが悪かったのだ』と、思う様に、メディアや、教育で、感化して行けばいい。これで、もしですよ。将来、日本人の中に、隠された我が方の、植民地支配に対して、抵抗しようとか反抗しようとかいう気分が、生まれたとしても、この朝鮮支配の記憶を、呼び覚ましそれを使えば、彼らは、罪悪寒に、満たされて、シュンとするはずです。その、アメリカに対して、戦おうとする、意気軒昂な気分を阻害しえるでしょう。で、我々にとって最も大切な目的、つまり、不満分子が、革命家に変化していく、状況を、つぶすことができます。

 日本人に、誇りを持たせてはいけない。それは、確かです。常に、『自分たちは、昔、罪を犯したのだ』と、自覚をさせて行かないとなりません。それも、継続して、継続して、そういう風に教育をしていかないといけません。ですから、二律背反の支配をするということと成ります。全体構造としては、独立国家としての体裁を取らせます。ただし、常に、その精神の基本のところに、自分たちは罪びとなのだという意識を、植えつけ続けるのです。そのためには、KOREAを使うのが、最適です。

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第五章、『上流階級をいかに、無力にしていくかについて、概要を、述べるラドクリフ』

 引き続いて開陳をされる、ラドクリフ・テーラーの提案

 *7、ところで、戦勝国として日本へ乗り込んでいった際の、天皇と、戦犯と、官僚らの扱いについては、9月8日に述べた通りです。で、ここでは、繰り返しません。

 それよりも、日本人を特殊化させている武士道をどうするかが、問題です。今日はその点を特に考え、語らせていただきます。

 この武士道と言うものですが、西欧でいえば、いわゆるノブレスオブリッジの、実践を、相当多数の、人間が行っているということと同義です。ノブレスオブリッジの精神を、上から数えて、相当の下位ランクの、階級の人間までが、体得をしていることを指します。日本では、農漁村にいる貧しい農民にまで、それが、しみわたっています。それを粉砕して行かないといけません。が、繰り返しますが、8千万人近い日本人に向かって、それを指導する姿を見せてはいけません。米国人が指導をしていると、見せてはいけません。純粋な日本人を使います。彼らは、表面は日本の事を思い、純粋に、日本びいきなのだと、他人には、見せる様に指導をしていきますが、内面では、米国人化をさせ、米国の為になる様に、動く様に訓練を施します。

  ただ、基本的なところでですね。日本人を、今より貧しくさせることは必要です。戦争によって疲弊はしていますが、でも、上流階級には、祖先からの蓄財があります。ので、それを取り上げましょう。地主階級が、大量の土地を持つことは、止めさせます。

 それから、日本には、貴族階級があります。華族制度と言って、生意気なことに、イギリスを真似して、公候伯子男と言う爵位を設けて、天皇を、囲む貴族ソサイエティを形成しています。それから、庶民の間にも、士農工商という身分差別を設定していますが、両方を粉砕します。

 私の、CIA側の部下に調べさせてみたところ、日本人がこれ程、洗練をされた文明を、築いたのは、200年の平和が続いた江戸時代にその基礎ができたという事です。士農工商とは、江戸時代に固まった制度ですので、それを壊すことによって、江戸期に、築き上げられた洗練された文化と言うものも、同時に破壊が可能です。

 ここで、ラドクリフの独白を少し離れて、ラドクリフが就業しているもう一つのオフィスについて述べないといけない。ラドクリフは、表向きは海軍内勤の冴えない事務屋でしかない。しかし、それは無論のこと、隠れ蓑の方の姿であり、本業は、CIAのトップクラスの、働き手であった。もちろん、頭脳を駆使する部門であって、、子としての、部下、孫としての、部下を入れれば、時には、数百人を手下として使うことができた。彼はそれらの部下を使って、あっちこっちから資料を集め、検討をさせ、日本文化の神髄を研究し続けていたのである。それは、パールハーバー攻略前後から始まり、この1944年には、ほとんど、解明が終わりつつあった。

 ルーズヴェルト大統領他の、政府の要人も、それを知っているが故に、ラドクリフの、言うことを静かに、かつ丁寧に、聞いていたのである。裏付けがあり、実態に根差しているので信頼すべきものだと、考えていた。

 ラドクリフは珍しく、身を乗り出さんばかりにして強調をした。「つまり、日本人を、文明史的に、1000年近く、後退をさせるのです」

 ヨーロッパはギリシャから文明が始まっています。しかし、十字軍が活躍した時代とか、ばら戦争とか100年戦争のころの普通の庶民の、生活と、道徳観は、野獣に近いところもありました。食うことと、セックスをする事、それが、有利にできる道を求めて、獣に近い本能を示していた時代です。

 それが、1500年前から、500年前の日本にも、あった姿でした。家康と言う徳川時代の始祖は、庶民に、菜食だけを、する様に強制をしました。そこが、日本人の高い精神性を形成する大きな要因でもありましたが、

 その50年ほど前に、豊臣秀吉と言う、政権そのものとしては、短命だったリーダーが、全国民、特に農民から、刀(=武器)を取り上げました。日本社会と言うのは、武士と、農民が兼業をしていたところがあり、都会に住むプロとしての武士団とは別に、いざ戦いが起きれば、何らかの報酬を期待して、兵士に、早変わりをした農民が多数住んでいたのです。そういう階級から、戦うための武器を取り上げ、それらの階級を、下位に陥れて、一種の農奴化して行ったのでした。

 そのうえ豊臣秀吉と言う男は、租税の基礎となる、測量を行いました。で、日本人は、嘘を付けないようになり、余剰資産を築くこともできなくなりました。兵糧攻めと言うかな。彼等を資金の面で縛りをかけたために、民衆は、逆らえない事となったのです。その上、次のリーダーだった、徳川家康が、自分が住んでいる土地から逃げ出すことを、禁じました。それで、自由も無くなりました。が、一方で、そのおかげをもって、非常に慎重にして、礼儀正しく、決して争わない、あの国民性が、形成をされて行ったのです。そして、固定化した社会の中で、上の階級の人間の命令には、絶対に従うという精神構造も形成されました。それが、神風特攻隊を生んだ素地です。それを壊せばいいのです。

 そうすれば、あの神風特攻隊の様なものは、将来、二度と、生まれなくなります。彼らの頭脳を低劣化させ、小さなことで争う様に仕向け、かつ、全体に、<いつも、うわーんとうるさい>という状況を、作り出せばいいのです。武士道とか神道と言うのは、静謐(サイレンス)と言うものが、大きな要素となっています。それを破壊するのです。そのための遊戯とか、音楽とかを蔓延させましょう。

 ただし、これが最も肝心なポイントですが、アメリカが主導をしている様に、見せつけてはいけないのです。必ず、日本人が自主的に、それを望み、それを実行をしたがっていると、見せつけないといけません。

 今、私は使える人材を、探しております。開戦前に、アメリカ、または、イギリスや、フランスへ留学をした人間を中心に、候補を、見つけ、ファイル化しております。そして、終戦後には、実際に日本に多数の人材を派遣して、これら、エージェントとしての候補者の私生活に密着します。すると、他の人材も見つかるでしょう。海外留学の経験が無くても、使役できそうな生活を送っている人間は、海外留学者の周辺に、見つかるはずです。海外文化にあこがれている人間、まあ、簡単に言えば、静謐な、日本文化より、派手やかで、にぎにぎしい、ニューオーリンズの街の音楽などが好きな人間です。そういう人間を多数発掘し、彼らに、日本文化の主導権を握らせるのです。これは、今の段階では、イメージでしかないものですが、実行をするとなると、なかなか、面白い仕事です。

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第六章、『文部省を上手に支配せねばならない。それと気づかずに、反抗をしない日本人を作り出さないといけないのだから。教育がその根幹である』

 さて、みなさんに解説をさせていただきますが、日本の大学制度と言うのは、相当に、よくできています。

 明治維新以来、富国強兵が必要だと、言い始めています。それで、優秀な人材を生み出すためにでしょうね、大学制度は充実しています。ヨーロッパ、とくにイギリスの制度をまねていて、大学といっても、そのレベルとか扱いにランクを付けております。社会の指導者としての青年を育てている処が、帝国大学と呼ばれる処で、その入学は、大体がアメリカの、IVY league と、同じで、それより前の、段階で、秀才であったら、簡単に、入学できる仕組みになっております。

 そこの卒業生は、主に、官界に進み、なかには、そのあとで、政界へ転身する人間もあります。その次に、實学を学ばせる大学があります。主に専門学校と呼ばれていて、アメリカでいうと、Institute と言うところでしょうか? 医者を養成するためのそれ、教師を要請する為のそれ、銀行マンや、ビジネスマンを生み出すためのそれ、工業の発展を支えるエンジニアを養成するためのそれ、と言う風に全国に展開をしています。大都市周辺には、高等と名付けられていて、より高度な設備が充実したもの(高等専門学校)が、在ります。

 さて、日本の官僚は優秀です。(ラドクリフは、出席者の苦笑いをここで誘った) それを、低くさせる為に、現在の帝大と言うも、のをつぶしていきます。そして、名称としては、専門学校と同等にさせます。まず、名前が重要なのです。そして、突出していた、帝大が、他の多数の大学の中に、うずもれて行く様に仕向けます。

 しかし、東大だけは、屹立する様にもって行きます。なぜか? それは、日本人を精神的に断種して行くためです。今、現在は、全国で、六個の帝大があって、それぞれの地方から俊秀を集めています。しかし、断種を行うためには、選別が必要ですが、6つの場所で、それをするのは、多大な労力が必要です。しかも、外へ秘密が、漏れるケースもあるでしょう。

 ここで、出席者の一人が、初めて手を上げて、ラドクリフを遮った。「うーん。ラドクリフ。君は名案のごとく張り切っているが、それでは、ヒットラーと同じことにならないかね?」と。しかし、ラドクリフの方は、得たりや応と、張り切って、明るく微笑んだ。

 もちろんのことです。あんなばかげた方法は取りません。人々を、緊縛して、手術台にのせ、メスで性腺をカットする様な、直接的な事は致しません。もっと間接的に行います。彼等日本人が、それとは、気が付かぬ形で、緩慢に行います。でも、何世代にもわたって、続ければ、日本人は確実に、劣化するはずです。うまい方法を見つけましたので、まあ、聞いてくださいませ。

 まず、どういう対象を、抹殺をしたいかを申し上げましょう。それは、明治期に、実際に、あの日本を、発展させ、一流国に持ち上げた様な人材です。明治維新と言うレヴォリューションを行ったのは、実際には、数千人の人間の力でした。しかし、明治天皇を囲む元勲として残ったのは、20人前後です。その陰に、数百人、数千人の、表にその名前が出ない、貢献者が居ました。報いをもらえなかった貢献者が居ました。

 我々が狙って、それを、つぶしていかないといけないのは、その消えて行った志士たちの方の、種類の人間です。しかし、現在(=1944年の事)の東大の入試システムでは、そういう連中を発見し、あつめる事ができません。だから、入試改革を行う必要があります。

 どういうことかといいますと、明治の元勲として残った20人は、言ってみれば、ずるいところを持っていたから、生き延びて、大金と名誉を手にすることができました。

 それは、現在(戦前の1944年のこと)の東京帝大卒業生と似ているのです。彼らは裕福な親を持ち、家庭には蔵書が、多数あり、女中もいて、エリートとして、召使に、かしづかれて育っています。こういう手合いは、我々としては、さして、困ってしまう相手ではないのです。人生経験が少なくて、根性がありません。だから、ちょっと脅かせば、こちらになびく筈です。または、脅かすのの反対に、ちょっとした餌をまけば、すぐ意味を察して、こちらの思い通りに動くはずです。だから、面倒さも、怖さもありません。

 私達が恐れないといけないのは、もっと下の階級に育ち、まじめで、終わりまで、物事を追求する達成能力があり、しかも、「自分の生活が、これで、いいのだろうか?」と、考える、そういう生活態度を持ち、生活を改革し、変遷して行こうとする気力もある手合いです。そして、最も厄介なのが、書物等から、理想とか知識を得て、哲学的武装をしてしまう青年です。

 毛沢東と言う革命家が今、中国で、蠢動しつつあります。ただ、彼は、調査によると、結構欲望が強くて、自己顕示欲も強いので、あれは、あれで、それなりに、なんとかなります。最も困るのが、日本人の、普通の青年なのです。その中で、特に優れた人物は、将来真実の革命家となって、われわれのシステムを見破り、我々の安寧を崩す可能性があるのです。だから、絶対に、間引いておかないとなりません。若い芽のうちに、抹殺して置かないとなりません。

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第七章、『東大という装置(または、システム)を利用して、日本人の中から優秀な人材を発掘し、それらを削除し、抹殺して行くテクニックとは、具体的には、どういうものなのか?』

 まず、最初に行うことは、東大の入試を改革することです。その本当の目的を隠すためと、東大を屹立して、優秀な大学へ仕立てていくためには、今の様な入試ではいけません。受験生に過酷な要求を出して、それに耐える人間だけを選別して行かないといけないのです。しかも、<<<東大が、一番難しくて、そこに合格をする事は、素晴らしい名誉である>>>と、国民全体に、思い込ませる必要があります。暗記を含む大量の勉強をこなした人間だけが、突破できるほどに、難しく、しないといけません。

 これは、割と簡単に導入できるはずです。長い間アジアの宗主国であった中国には、科挙と言うシステムがあり、それは、KOREAなどにも伝播しています。日本だけは、江戸時代に、地方分権が進み、地方の支配者である、殿様と言う階級が、自分の支配地を豊かにさせるために、人材を育成したくて、自分のところだけで、独立をした、学校を作りました。そのために中央集権的な科挙のシステムが、あまり発展をしなかったのです。が、日本人は中国の文明が好きですから、この科挙のシステムに似ている<<<東大の入試を過酷にして、それを突破することが、大きな名誉である>>>と、国民に思い込ませることを定着させるのは、容易だと思いますよ。

 そのうえで、入学後にも、引き続いて、競争がある様に仕向けます。観念として、<<<学者になり、大学教授になるのが、一番素晴らしい道だ>>>というものを、東大に入学した後の、若者に植え付けるのです。まあ、今まででも、それを知っている人間は居ました。しかし、少数の人間だけが知る理想的人生と言うものでした。しかし、大衆的レベルで、その観念を広めるのです。<<<大学教授になるのが、最も素晴らしい人生の勝利だ>>>という風に、日本人を洗脳して行くのです。

 そして、毎年の入学生のうち、最終学年の、上位、二人か三人は、大学院へ進学する様にもっていきます。しかし、それでは数が余っていきます。教授職の人事異動と言うのは、たいていは、五~十年に一回です。そうするとプールに十人から十五人が常に溜っているという状態になります。そこで、今度は、我々が教授陣に、心理操作を施します。<<<眞に優秀な人間は、将来自分を追い落とし、自分の、築き上げた名誉を奪うものである>>>という観念です。結構乗りますよ。噂として流すだけでもいいのです。<<<その通りだなあ>>>と、思う人材がいると、自動的に、<<<最も優秀な人材は、東大には残らない>>>ということと成ります。こうして世代を何度も交換して行くうちに、東大が劣化していきます。

 「うーむ。なるほど、ラドクリフ。しかし、現実の問題として、そう、うまくいくだろうかね?」 そうですね。そこを、どうするかのテクニックについても考えてはおります。が、それは、あとで、語ることとして、もう一つの流れ、東大以外へ、送り込まれた、ポスドクについて述べましょう。

 大都会に設立をされている大学へ勤務することは、何かと有利です。しかし、地方の大学へ教授として送り込まれると、不利になります。設備は小さくて、予算は少ないです。指導対象の、学生は、東大の学生に比較すると、優秀ではありません。しかも、彼らの就職先も、東大生と比較をすると、大企業ではありません。何しろ、大学院が無いケースが多くて、どんなに優秀な学生を見つけても、その学生を、学者にしたり、研究者にしたりする道がありません。で、『理想と、現実は違うなあ』という冷めた、そして、少し悲しい気分になります。

 それこそが、我々の狙いが実ったという事なのです。最も元気があり、先鋭的で、かつ才能がある人間をつぶしていくのは、これに限るのです。しかも、超がつくほど、合法的であります。問題はどこにもありません。だが、結果として、見えない檻の中に、彼らを閉じ込めたと言えるのです。そういう状況にしたのです。

 さて、この男性に子供が生まれたと仮定をします。彼は父親として、自分の息子に、「東大へ行きなさい。そして、東大の教授になりなさい」と勧めるでしょうか? 勧めないと思いますよ。そして、もっと平凡な生き方をする様に、子供を育てると思います。で、子供が、たまたまですが、東大の入試を突破したと仮定しましょう。そんな派手やかなな勝利をこどもが得ても、父親の方は、彼自身の経験から、こどもへは「大学院へは、進学せずに、会社勤めをしなさい」と言う風に勧めるでしょう。「その方が安全だ。大学教授もね。成ってみると、内部は、そう素晴らしいものでは無い」と、言うでしょう。そうなると、ここで、このラインは、遺伝的に、その優秀さを、ストップさせるという事と成ります。指導者としての優秀さです。特に、革命家としては、確実に、途絶えたのです。

 我々にとっては、学者以外の道に、東大生が進むのは大歓迎です。宗主国として、家来として使役している、日本から、利益を上げる為には、彼らが、実業部門で、技術面において、頭がいいことは、かまわないのです。理工系技術において優秀なのは歓迎します。だが、哲学的レベルで、優秀になり、旗を振って革命を起こされたり、独立運動を起こされたりしては、困るのです。

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 著者敬白、

 この部分は、自分が、1960年代東大に勤務していたことが、下敷きになっています。せっかく東大に入学しても、そこまでは、人生の勝ち組であって、ウハウハと楽しい生活を送って来ても、いったん、学者の道を志すと、大変なことに成るのでした。

 実は、私自身は東大出身者ではないのです。そして、単なる秘書として、就職をしたのでした。ただ、”言うなり”秘書ではなくて、先生が、なさることで、『それは、駄目だなあ』と思ったりすることを、「それは、なさらない方がいいと思います」とか、言っていたのですね。論文の翻訳のお手伝い等もしていましたから、毎日何度も、先生に、「こちらの方がいいと思います」とか言って、逆らっていたのです。教授の権力と権威は、絶対です。だから、みんなが、へいこらしている中で、私みたいな存在は、非常に珍しいのです。そして、いつの間にか、深く、信頼をしていただき、どんどん優遇される様になって行ったのでした。

 けれど、それは、それで、先生の下についている助手とか助教授をしている人とか何の役職にもついてはいないポスドクの人の苦悩とかが、分かる様になってしまい、『辛そうだなあ』と、同情をしたりするようになりました。それは、1960年代に、すでに、私には、分かっていたことです。

 1980年代にバブルが崩壊する前は、日本は右肩上がりの好景気でした。だから、さして、上流階級でもないお宅でも、子供を大学院へ入れたものです。ところが、不況がやってくると、ポスドク問題が、顕在化しました。一般にもよく知られる問題となりました。アカハラと言う言葉もできました。アカデミックハラスメントと言って、或る教授の下の、講座と言う、一つの閉鎖社会において、教授と、その青年が、馬が合わないということと成ると、悲惨な、進路へ追い込まれる問題等を指します。就職先を世話してもらえないとかいう問題です。一つの講座内では、ローテーションが、少ないので、追い詰められた状態になる人もいます。

 最近は、不況なので、子供を大学院に進学させ、大学教授にさせて行こうと、しているご家庭も少なくなっているかもしれません。それでなのか、ポスドク問題がマスコミを賑わわすことが少なくなっています。

 この章で、私は、一般によく知られているその問題を、まったく違った切り口から攻めています。俯瞰的に、かつ大局的にとらえているでしょう。そして、そういうポイントこそ、1960年代に、上司である教授がほめてくださったポイントでした。教授は、『あんたは、頭がいいねえ。最近の東大生はね。過酷な受験勉強を経ているので、大胆さが無くなっている。分析することは得意なのだけれど、統合することができない。それをあんたはできる。その上に見かけによらず、政治力もある。東大は、全国の学者を統括して行かないといけないので、政治力は必要だ。もしやめなければ、将来は、東大教授になれるよ』と言ってくださいました。

 その言葉を聞いた時に、もし、私が今ほどの、経験をしていて、今ほどの、社会勉強をしていたら、しがみついたと思います。

 しかし、世間知らずだったので、東大教授と言う立場が、どれほど、価値のあるものかについては、気が付きませんでした。今、私は攻撃を受けていて、多大な損害を被っています。それをごく簡単にまとめて、『五億円相当の被害があります』と言い続けてきているのですが、それが、なかったでしょうね。もっと、もっと守られていたと思います。世間と言うものはそういう風になっているものです。

 しかし、現在の生きざまを、『これで、いい』とも思っているのですよ。だって、東大教授と言うのは、自分で、自分の時間を自由にできる度合いは、格段に少ないのです。一国一城のアルジとはいえ、自分の為には、五時間ぐらいしか、使えないと思います。それに比べると、私は圧倒的に、時間を自由に使っていますから。(苦笑)

  2015年9月28日から29日にかけてこれを書く。   雨宮 舜

尚、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は3121157です。

後注1、

小説で描く、現代政治-3・・・・・パリ、1998年11月第三週、人が平等であることを知った日

2015-09-28 15:48:09 | 政治

 

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小説で描く、現代政治-3・・・・・パリ、1998年11月第三週、人が平等であることを知った日

2015-09-28 15:48:09 | 政治

  29日の午前0時半になって、一種の説明を加えた方がいいと、気が付きました。で、著者敬白として、冒頭に、加筆をさせていただきますが、主人公百合子が、この章で、突然パリへ行ったとなっています。文意の主眼は、20代の国際基督教大学時代に出会った華やかな才媛たちに50代後半になって追いつく事ができて、誰に対しても劣等感を持たなくなったと言う点にあるので、詳しい説明を省きましたが、文化庁の在外研修生制度と言うので、パリへ行くことができたのです。

 この試験ですが、情報が、きちんと公開をされているというわけでもないのです。本屋に行くと、・・・・・昨年の試験問題が、練習用の本になって売っている・・・・・というわけでもありません。ペーパーテストそのものが無いと思います。で、あなた様が、受験をなさりたい場合ですが、なさっている仕事が、芸術や、芸能の部門に限ります。で、音楽会とか、お芝居とか、個展とかに行くと、著者とか、演奏家とか、画家の、来歴を書いたパンフレットが置いてある場合があります。そこに、経歴として、文化庁の在外研修生で、2000年にハンガリーへ行ったとか、書いてある場合があります。音楽家なら、ウィーンへ、2005年に派遣をされたとか、書いてある場合があります。そういうものを集めて、この人に教えてもらいたいと願う人ができたら、住所等を調べてコンタクトを取るのがいいでしょう。

 と言うのも、この試験は、白紙で、受けるわけにはいかなくて、受け入れ先が決まっているとか、そういうある程度の、レベルに居ないと受験さえできません。で、事情を良く知っている人に教えてもらうべきなのです。ただし、質問をしに行った相手が100%のレベルで、親切かどうかは、保障できません。芸術の分野って、パイが小さいです。新陳代謝も少ないので、新しくあなたが参入して偉い人になると、既得権益者の席を奪う事にもなるので、後輩には不親切だというケースは多いでしょう。

 この私だってね。そういう不親切な人には遭遇をしています。のほほんとして、親兄弟や、夫や、時には子供にも助けられたり、守られてきて、生きてきた身には、びっくりする様な経験を、いっぱいしています。でね。結論として言えるのは、65歳くらいまでは、日本で暮らす場合には、平身低頭して生きる必要があるという事です。

 ただね、・・・・・外国なら、日本より新しくて、進んでいる筈だ・・・・・と、思い込んでは、いけませんよ。パリなんて意外に古くて、完璧成るコネ社会だそうです。偉い人とか権力のある人と知り合いであることが、いろいろな場面で、有利に働くそうです。そういう得に、なりやすい道があるということは、日本より古いかもしれない社会だという事ですね。私も、それを現地で、20年以上暮らしている人から聞いて『へえ、フランス革命があった国なのに』と、驚きましたが、実際には、システムはとても古いです。教育制度なども古くて、実質的には、身分制が、きちんと残っている社会です。

 芸術家として、そこへ、新たに参入するのはとても大変です。だから、よくわかっている人は、文化庁の在外研修生制度でも、珍しい小国へ行くことを申し込んでいたりします。ヨーロッパまで行ってしまえば、在外研修生制度の期限後に、他の国に移住をするなどと言うことも楽にできますので。ただし、表向きは、いったん帰国をするのが義務です。残ってはいけません。でも、アパートなどをキープして置いて、いったん帰ってから、もう一回、その国へ私費で向かうのは、結構な数の人がやっているみたいですよ。ある程度の成果を上げるまで、帰国したくないのは、常ですから。以上で、留学制度の、説明を終わります。

前号までのあらすじ

 主人公百合子の息子誠は、19年間、大川油脂という中企業に勤めている。そこで、最初は将来の幹部候補として優遇をされていた。誇りを持って生きて来ていて、立派な結婚式を9年間も付き合ってきた紗良と上げ、上司数人から暖かい祝辞をもらった。ところが、経営状態が良好な会社なのに、大手商社2社から、大勢の人が乗り込んできて、彼らは、生え抜き社員の二倍の給料をもらうという様に、給与体系が、二重になり、生え抜きの社員は、それ以外にも、激しいノルマを課せられるという、いじめを受け続け、一種のブラック企業化していき、若手社員が次々とやめて行ったり、うつ病で、入院をする事態になった。百合子は息子からそういう変化を聞き、これは、自然なことではなく、息子を辞めさせるための、一種の兵糧攻めだと感じ、どうにかして、救いたいと、思うが、手だてが見つからないうちに月日が過ぎていく。

 そこに思いがけない事態の急変が起きる。誠の子供に発達障害の疑いがあって、神経が参った誠は、会社を、依願退職と言う形で、自分からやめてしまう。『間に合わなかった』と、悲しむ百合子は、どうしてこういう事態が起きるかを、また、暫時、考え込むのだった。それは、1965年の、国際基督教大学時代に、遠因があった。で、百合子はその頃の、自分を思い出していく。そこで、百合子は、畦倉弘夫と言うお坊ちゃまと知り合う。この人物が、誠の苦境が、人工的なものだったという事を証明するカギを握っているので、彼に対する思い出が、わっと沸き起こってくるのだった。

 

第三部、パリ、1998年11月第三週、人が平等であることを知った日

第一章、『自分の中に、ケンタウルスが居るのだろうか?』

 歌舞伎には、大きく分けて、時代物と世話物と言う二種類の脚本がある。その世話物の中の当り狂言の一つに、【与話情浮名横櫛】、と言うのがある。大店のお坊ちゃま、与三郎が、海岸で、やくざの囲い者になっている美女 お富と出会い、恋に陥る。発覚をしてしまって、やくざの手下たちに、報復的なリンチを受けて大けがを負い、見かけが悪くなったので、実家を追われて、切られの与三郎と、呼ばれる与太者になり、こうもり安というチンピラと一緒になって、ゆすりや、たかりに励むうち、今は別のお金持ち(実はお富の実の兄)の、囲い者になっているお富と再会をする・・・・・と言う話だ。現在では、美男子の誉れ高い新之助(=海老蔵)が演じる。

 百合子が、1965年に、畦倉弘夫と出会ったころの、彼は、現代の与三郎、特にリンチを受ける前の、純真なお坊ちゃま時代の与三郎と言ったところだった。日本橋に本社のある会社の社長の息子だ。たぶん江戸時代から、商売が続いている家だ。だが、実際の住まいは、すでに、山の手に移動をしていて、世田谷にある有名な私立高校を出てから、国際基督教大学へ入って来ていた。父親の会社では現代の流れに合わせて、今では、化学薬品を扱っているので、化学科を履修していて、卒業実験に取り組んでいる。担当教授は、受け持った三人にそれぞれ、違う課題を与えていたので、ローリー(日本人なのだがAFS経験者なので、アメリカ的なあだ名で呼ばれている)と畦倉弘夫の実験は、早く終わる仕事であり、彼らは必ず4時には帰ることができた。百合子一人は、夜の10時まで残る。ただ、午後の1時ごろから、4時ごろまで三人で、実験を行うので、同じ部屋にいるのだが、ローリーと畦倉君は、過剰にべたべたするので、『何かが、おかしいなあ』と、百合子は感じ始める。

 百合子は前歯に金冠をはめているので、容貌に劣るという自覚があり、華やかな恋愛が錯綜する、国際基督教大学の中でも、誰とも付き合っていない。それで・・・・・物分かりの悪い、しかも劣等生の方で、かつ、堅物だ・・・・・と、周辺から思われている。つまり、二流とか、三流の人間だと思われている。だが、予備校時代の知り合い村岡浩二と、すでに、深い縁を感じていて、それを、心の支えにしているので、恋愛とは、どういうものであるかを、ある程度以上に判っていた。ただ、キスとかベッドインとか、言う肉体的なレベルでの、恋愛には、まだ、到達していなかった。そういう段階をすでに経験をしていると思われるローリーに対しては、負けているなあと言う思いがあった。ただ、ローリーと畦倉君のイチャイチャぶりは、恋愛に見せかけている単なる演技だとはわかっていた。『どうして、そういう事をするのかな? 単に、二対一で、勝ち組の方になって、弱者を、いじめるのが面白いのかな? そして、それはローリーが主導しているの?』とか、思っていた。

 百合子は見かけは、二流、三流なのだけれど、一人でできること、特に、読書とか哲学的思考には、深く耽溺をしていたので、・・・・・人間の幸運とか幸福と言うものが、一瞬にして変化し、過ぎ去っていくものである・・・・・ことを知っていて、そういう幸運の一つである恋愛こそ、その幸せを去らせないためにも、他者には、秘密にすべきものだという信念があり、そういう基本に逆らう、ローリーと畦倉君は、たいした関係ではないなと、見ていた。その畦倉君が、今度は、まったく見たこともない、背の高い女の子を、実験室まで呼んで、ドアのところで、ハグし、胸を密着させながら、キスをしたので、その過剰ぶりを見た途端に、どうして、彼がこういう過剰な演技をするかの意味が、やっと、確定的に、認識をされた。つまり、・・・・百合子に対して、自分が、『あんたなんか、興味がないよ』と思っていることをわからせるのが目的だったのだ・・・・と。

 非常に恥ずかしかった。そういう風に誤解をされるほど、自分がものほしそうに見えたのかと思って。自分一人の心づもりでは、自分の助言に従って、たった5か月の準備(しかも、現在通っている大学の方の講義を、受け続けながら)で、難しい大学に転入学をした村岡浩二を、好きなのだった。そして、運命の人だとも思い定めていた。ただ、浩二は、何の、手配もしてくれはしない。映画にもラブホテルにも誘ってくれはしない。ただ、レストランで、食事を一緒にして、そのあとで、別れるだけだ。そういう会合の際に、エロスの交換とか、フェロモンの交流と言うものはない。『もしかしたら、私の中に、上半身と下半身の分裂があるのかしら?』と、百合子は、思い始める。上半身では、村岡浩二を好きだし、一途に慕っている。が、下半身が、畦倉君のフェロモンに惹かれていたの? そういう風に彼には見えたの? 参ったなあ。参ったなあ。なんと恥ずかしい事だったろう。と、思い至り、自分にもある程度の落ち度があったのだろうと、思うので、決して恨みはしないが、強烈に忘れられない体験となった。

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第二章、『俣江氏が、まとめたクラス内で、あとあと、プラスにもマイナスにもなる、二人の人物がいた。1962年・・・・そのうちの一人が、大村卓三君である』

 1962年の、第一学年(フレッシュマンと当時は呼ばれていた)の時には、まったく目立たなかったのが、大村卓三君である。ただ、彼は、寮で、実質的に言えば、世界一の大権力者、ザックフェロー家の、お坊ちゃまと、四人部屋を共同で使っていたので、ひそかに、『お前らと、僕は、違うレベルに住んでいるのだぞ』と思っていたらしい。

 卒業後は、個人的な交流がなかったのだけれど、百合子が、1998年にパリへ行って帰って来てから、彼が主催するミニクラス会に招待してくれる様になって、関係ができた。そのミニクラス会に出席をするのは、大体が、AFS経験者であって、現代の日本で、優良企業とか優良NPO法人や、大学、研究所などに所属する勝ち組である。百合子は、大学在学中の、1960年代は、彼らに深い引け目を感じていて、こういうクラス会に誘われても出席しなかったと、思う。同窓会とは、勝ち組であって、幸運な人が出席する場所だ。

 しかし、パリへ行って帰国してからずいぶんと変わって来た。海外の一人暮らしで、鍛えられたという面もあるけれど、長年、『海外で、暮らしてみたい、自分には、その能力があるはずだ』と言う思いが、やっと満たされて、大きな幸福感に満たされていたこともあるだろう。

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第三章、『パリで経験した、大きな出来事』

 パリでは貴重な経験をした。単に版画の技術獲得だけではなかった。

 毎日、土日もなく、版画研究所に通い、別におしゃべりにうつつを抜かすわけでもないけれど、大学時代と、同じ様に、他人と、濃い交流ができた事も、大いなる自信となった。専業主婦として生きていると、夫、親戚、そして、子供のママ友関係に交友が、限られる。そういう世界には飽き足らない百合子は、油絵を描くという形で、立派な人(先輩の女性たち)から、「もう、世に出ていらっしゃるから」と、言われるほど、きちんとした成果は上げていたが、日本の画壇とか美術界には、本音とか、ストレートな意味で、会話、特に深い会話、ができる存在が居なくて、それも、満たされない思いの一種だった。が、パリで、いろいろあって、おしゃべりではない形で、人と深い交流ができた。

 たとえば、銅板は、シュウ酸と言う液体には、浸してはいけない。だが旅行に出かける先生は、『塩化第二鉄と言う薬の反応が遅くて、あせっている百合子が、留守中にシュウ酸を使うだろう』と、予想をして、摺師(すりしと読む。美術家に代わって原画を版画に直したり、摺ったりする人間をさす。日本の浮世絵にもその職業はあるが、ヨーロッパの、銅板画の世界にもいる。だが、一種の職人なので、芸術家とは、一線を画していて、同じ場所で働いていても、お昼などを一緒にはしない)をしている、メンバーに、監視役を頼んだのだった。

 世の中の人は、日本人でも外国人でも、どうしてか、百合子を『あいつは、馬鹿だ。自分が考えていることをわかるはずが無い』とみているらしい。だが、彼らの予想に反して、実際には、百合子は頭がいいので、すぐ監視をされていることに気が付いて、その侮辱には、耐えられず、ここから、撤収をしようと決意し、その行動を取り始める。疑われたり、監視をされるなど、たまらない侮辱だったから。実は百合子は見かけによらぬ、お姫様体質で、誇りが高いのだった。

 しかし、深彫り、版画を、二か月強つづけた結果は、ものが多すぎた。日曜日、と、月曜日の、二日間、早朝、三時ごろから出かけて、誰も来ないうちに、撤収作業をしたのだけれど、月曜日の、朝八時には、まだ、片づけるべきモノが残っていて、したがって、百合子もまだ、在室をしていた。そこへ、摺師がやって来て、百合子のやっていることの意味をすぐ悟った。彼は職人だから、英語ができない。だけど、百合子をフランス語で、慰め、引き止めようとした。百合子は、彼のやさしさに触れて、どっと涙が出て来る。それを見て摺師は、すぐ海外(フランス以外と言う意味)にいる先生に電話を掛けたらしい。百合子は無論の事、先生の携帯番号を知らないし、旅行先のホテルの名前も知らないのだけれど、摺師は、監視役なので、毎日連絡を取る必要があったらしくて、それを知っていたのだった。工房の黒い電話(固定電話の事)から、先生に電話をかけていた。そして、そのあとで、フランス語で、百合子を必死に慰めてくれた。

 百合子はパリへ向かう前は、フランス語を一応は履修をした。一通りの会話もできるつもりだった。だが、先生が、英語を、自由自在に使えるのを知って、フランス語を使うのをやめてしまった。ので、たった、二か月でも、すっかりフランス語を忘れてしまっていた。だから、摺師の言っていることを正確にはわからなかったものの、

 自分が監視をされていることを、分かっていたのだということを、彼に、知らせ、彼が、それを知ったということには、満足をした。・・・・・自分は彼らが思っているほど、バカではない。先生に約束をしたことは守るし、侮辱されたことには、悲しむのだ。つまり、自分は、あなた方と、対等なレベルの、人間なのである・・・・・と示しえたことに満足をしたのだった。その時、アジア人と言うか、フランス語を話せないということが、どれほどの、『ダメな人間だ。劣位にある人間だ』という予感を与えるのかと、いう事ははっきりと、分かった。海外へ行く場合は、現地の言葉をマスターすることは、絶対に必要な条件だ。で、その後の百合子は、ニューヨークへ出かけることと成る。英語が通用する世界の方が、ずっと楽だったから。

 さて、それは、帰国三週前の事だったが、その後の、二週間、目まぐるしかったこと。しかも、喜びに満ちていたこと、これまた忘れられない貴重な体験だった。と言うのは、欧米人は、きちんと謝罪をするのだった。先生は、言葉では謝罪をされなかったが、仕事を手伝ってくださるという形で、多大な謝罪をしてくださった。それ以前は誰もいない午前中だけ、仕事をしていたのだけれど、午後、四時ごろまでやってよい事になったし。(ただ、10日間ぐらいしか残っていなかったのだけれど)

 銅版画は、プレスと言う機械で摺る。その機械を動かすのには、多大な力が居るのだけれど、一時間に、一回は、必要なその作業を、偉丈夫である先生が代わりにやってくださった。そして、百合子の版画方式は片付けが、異様に大変なのだが、それを、先生がしてくださるともおっしゃった。そういうわけで、最後の10日間は、それ以前の、8ッ週間に比較をすると、素晴らしいスピードで仕事が進んだ。こういう劇的な展開は、日本ではほとんどない。

 よく、テレビなどでは、「アメリカでは、謝罪の習慣が無い」という。「訴訟社会だから、謝罪をすると損だから」と言う。だが、百合子の経験では、パリでもニューヨークでも、百合子は態度で、謝罪を受けている。特にニューヨークでの場合は、外国人からは、謝罪を、受けている。ところが海外にいる日本人からは、受けない。ひどいことをされて、それを、「こちらが、あなたがやっている事の、意味とか裏側とかを、解っていますよ」と、言葉で伝えると、それは、喧嘩になり、喧嘩には勝ったという形にはなるが、謝罪を受けることはない。

 ところで、日本社会では、どうなっているかと言うと、テレビの番組内では、「日本人はすぐ謝罪をする」と言っている。ところが、百合子の見たところでは、日本人は、本当に悪いことをしている場合は、謝罪をしない。そして、ばれたことを、覆そうとする。『自分がやった悪を覆し、自分が善人であると、自認するためには、それを、発見した相手を、抹殺すればいい』と考えている。そこで、数の論理が横行する。強い方へ、組めば謝罪をしないでいいのだと考えている。

 この欧米と、日本の違いはどこから来ているのか?と、百合子は考えてみる。そして、この謝罪の裏には、健全なキリスト教精神が機能をしていることを知るのだった。つまり、神の前では、人間は平等であるという事。それが、機能しているから、相手が人間であって、しかも、自分も人間であって、その人間が、一種の過ちを犯して、相手に迷惑をかけたのだったら、謝罪するのが当然だという態度だ。

 日本で受けてきた『バカバカしい、行為』、『屈辱的な行為』、『明らかに悪い事だと判るのに、相手が謝罪をしない行為』、そういうものに、一種の絶望をしていた。そして、自分もまた、それらの、連中と同じレベルにたちそうだった。

 しかし、パリでの経験は、・・・・・・・・そうではない、人間はまだ美しいところを残している。人間に期待をしてよいのだ。人間社会には、未だ希望がある・・・・・・・と、百合子に信じさせてくれた。すばらしい体験だった。

 それゆえに、百合子は、一皮むけたのである。以前より、ずっと、落ち着いた大人の、人間になれたのだ。そして、ある種の新しい自信を得た。・・・・・この世に生きている人間はすべて平等なのである・・・・・という確信を得た自信である。

 ・・・・・・・・・・・平等と言う事。それは、法律などでは、文言として紙の上に、定められている。だが、現実の社会では、通用していない概念である。 だけど、それが、通用すると考えていいのだ。どこかでそれは通用をしている。今のところ、日本国内では、通用をしていないが、五日、改変があると、それを信じていいのだ・・・・・・・・・・・・・・と百合子は、考え始める。

 そして、それは新しい一歩となったのだ。人間として生き返った様な気がした。生まれ変わった様な気がした。

 そういうわけで、まったく新しい意味での自信を得た百合子は、今まで気後れしていたソサイエティ(集団)にも、入り込むことができたのだった。それが、大村卓三君が主催する、クラス会である。主に金曜日の夜に、繁華街の居酒屋で行われる。百合子は、多分だが、6ッ回ぐらいは出席をした。そのうち、二回ぐらいに校倉弘夫君が出席をしていた。そこで、百合子は意外なことを知る。

 この項目は、ここで、さらに、続けるかもしれませんし、新しい章として別のところで、書き改めるかもしれません。が、今から外出をしないといけません。それで、ここで、長時間の休憩に入ります。

後注1、

小説で描く、現代日本政治・・・第二部、国際基督教大学界隈にて、1960年代・恋愛篇△2015-09-27 14:53:37 | 政治

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小説で描く、現代日本政治・・・第二部、国際基督教大学界隈にて、1960年代・恋愛篇△

2015-09-27 14:53:37 | 政治

第二部、三鷹、国際基督教大学界隈にて、1960年代・恋愛篇

 前号までのあらすじ
 村岡百合子は、1965年の大学在学中に一度、社会人になってから北久里浜で、もう一度、二回も、現代日本における最高の権力者たるCIA または、そのエージェントと、出会ってしまい、彼らの悪徳と悪行を目撃してしまった。しかし、別にそれを気にしないで、人生を送って来て、画家(プラス版画家)になっていく。しかし、特殊な版画を制作しているがために、海外修行が必要であって、56を過ぎてから、三回も海外研修に行く。そして、その感想文をメルマガで配信をし始めた。それがたまると、本の形へ変換していく。
 ところが、百合子が書く力をアップさせていくたびに、異様なことが周辺に起こり始め、やがて、自分が激しい弾圧行為の下に置かれていることを知る。うすうすだが、相手がどういう組織であるかを察知し始めた百合子だったが、テーマを政治から放して行くと、かえって、攻撃が深まることも知り、政治の諸悪をブログで、分析し続ける。
 困った敵連中は、百合子が愛している息子に攻撃を仕掛ける。証拠が残らない様に、勤務先全体をブラック企業化して、勤務者をいじめ続ける。百合子は、その仕組みに気が付いてきていて、息子を助けたいと思うが、どういう形で、それができるかどうかを悩みぬいている。
 そのうちに思いがけない事が起きた。息子の子供(=孫)に、発達障害の恐れがあることが分かって来たのだ。それはだんだん解消して来て、4歳にもなると、ほとんど心配が要らないと、分かってくるのだが、はじめは、それが見えておらず、悩みぬいた息子は、疲労困憊をして、会社勤務ができなくなり、依願退職をしてしまう。
 孫に発達障害がある事には悩まなかった百合子だが、息子が会社を辞めてしまったことには、深い悲しみと、悩みを抱いた。原因が自分にあることを自覚していたからだ。そして、給料が入らなくなった息子一家がどういう風に生きていくのかに、思いをはせていくのだった。 
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第一章、『三鷹国際基督教大学、本館一階化学実験室にて 1965年9月某日』
 
 三鷹にある国際基督教大学で、学生に向けて主に講義が行われている建物は、ウィリアム・ヴォーリーズが、設計をした旧中島飛行機の研究所だったという。そこの一階の西はじに、化学実験室があった。後年、竹中工務店が、施行をした理学棟と言うのが別にできて、それは、そちらへ移動をするのだけれど、1965年当時は、そこにあった。そこの床は厚い木製の材でできているのだけれど、すでに、薬の作用で、でこぼこになっていて、百合子は、そこに、自分が扱っている水銀が、突沸と言う現象の為に、転がり落ちて入り込むので、百粒を優に超す、小さな玉を拾い集める作業があって、消耗しきる実験を、毎晩、夜の10時ごろまでやっていた。
 ところで、当時の国際基督教大学にはアメリカから潤沢な寄付金が流れ込んでいたらしくて、少数精鋭主義のたいへん贅沢な、指導方法が採用されていた。教授は東大卒業後、ハーヴァードとか、MITで研鑽をした、俊秀で、当時まだ、30代だったが、卒論(卒業実験)で受け持った学生は、たった、三人しかいなかった。
 
 3人とは、元来が、仲良くできないものだ。百合子はたちまちに、外される人材となって孤立化した。
 しかし、仕方がない事だった。百合子は、中学生の時にすでに、歯が悪くて、前歯に、金冠を入れていた。これは、百合子を、14歳から後、30年間悩ませる大いなる劣等感の、源泉だった。現在の百合子は、近代的治療をほどこして、白い前歯を獲得したが、一番大切な思春期に大いなるダメージを受けていたのだった。
 ここで、三人を紹介しよう。純粋な日本人なのにローリーと言うアメリカ人風の、愛称で呼ばれている少女。そして、百合子、最後の人材は、畦倉弘夫と言う日本橋で、社長をしているという家柄のお坊ちゃまだった。
 ローリーと畦倉君がことさらに仲良くするのが、目の前で展開するのだけれど、『何か不自然で異常だなあ』とは、感じていた。だが、百合子はローリーをことさらに苦手としていたので、二人の前で、今なら軽く放てるだろう「何やっているのよ、あなた方二人は。ここは大学ですよ。本分を忘れちゃあだめでしょう」などと言う軽口を、その時は、利けなかった。
 百合子がローリーをことさらに苦手としていたのは、ローリーがAFS経験者だったからだ。百合子は、中学生時代から英語が得意で、お茶大の付属高校の一年の時に、AFSの交換留学生に応募していた。ところが、先生が、受験用紙をくれないという形で、オミットされてしまい、試験が終わってから、友達から、それがすでに終わっている話だと、教えてもらったのだ。大きく大きく傷ついた。いろいろな原因はあったであろう。しかし、後年、学年を超える大きな同窓会に出席をして、その同じ先生が、他の学年でも、学内で、選別をして、子供たちに、望み通りには、受験をさせないということを知った。それを知ってからやっと落ち着いた。つまり、こういう事だったのだ。お茶の水女子大は、全校生徒が、一学年、140人以内の小さな学校だ。だから、AFS合格者は、おおくても3人を超える事ができない。AFS協会は、日本全国へアメリカの影響力を与えたいと願っていて、一つの学校から、3人を超える合格者を出すことはなかった。
 それなのに、応募希望者が毎年10人を超えるとしよう。すると、先生が合格を、望んでいるセレブのお嬢様が不合格になる割合が増える。しかも学内には、銀のさじを咥えて生まれてきたお嬢様がいっぱいいる。先生にとっての、都合よく生きるための、苦肉の策だったのだろう。
 
 で、この経験から、百合子は東大卒、特に戦前に東大を出た人に対して、大いなる不信感を抱く様になる。その驚くべき意地悪をした先生が、東大卒なのに、英語の発音が下手だったからだ。その次に、AFS経験者に対して、構える気持ちができてしまった。受験して不合格だったのなら、単にその経験を隠すだけで済んだだろう。しかし、差別の対象となって、受験ができなかったのは、大きな傷となったのだ。で、ローリーに対しては、大きな苦手意識を持っていた。
 もう一つ、別に、ローリーを苦手とする問題があった。それは、ローリーが、ことさらにさばけた態度を取る、大人の女だったことだ。後年、百合子は56を過ぎてからパリや、ニューヨークへ滞在型研修に出かけ、ローリーとそっくりな、さばけた態度を取ることができる様になるのだけれど、1965年当時は、それは、とても無理な話だった。
 
 で、畦倉君とローリーは実験中に軽口を交わすのもさることながら、帰宅の、打ち合わせを必ず、実験室内でやるのだった。畦倉君は、社長の息子なので、当時では珍しい姿だと思うが、車で通学をしていた。それを一階にある実験室の前の道路に横付けする。実験室から、10mも離れていないところに通用口があって、ローリーは畦倉君の車を見た途端に、小走りで、そこから出て行って、乗せてもらうのだった。それが、映画のワンシーンの様に、百合子が実験をしている実験室の、窓のそばで、繰り広げられた。
 ローリーは地方の出身者なので、三鷹市内で、下宿をしていた。そこまで、車で送ってもらうのだけれど、その打ち合わせを、異常にべたべたとしながら、やるのだった。百合子はさばけていない硬い学生の常として、うわさ話を知らなかった。お茶をしたり、お酒を一緒に飲んだりはしないので、他人の私生活の事は知らない。だけど、どうしても、腑に落ちなかった。だって、ローリーと畦倉君が、恋愛の関係にあるはずはなかったからだ。そういう点では、人を見抜く目は、確かな百合子だった。
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第二章、『三鷹国際基督教大学、本館一階化学実験室にて 1965年10月某日』
 
 さて、そういう畦倉君の、特殊な工作が、目立っていた頃の、ある日の夕方、彼が、いつも通り、帰り支度をしていたが、ローリーの姿はなかった。で、『どうしたのだろう?』と、いぶかしく思っていると、背の低いローリーとは別の、背の高い女の子が現れた。たぶん下級生だとは思ったが、今まで、見たことのない子だった。化学実験室は、少人数制特有の小さなものだったし、空気の流通をよくするために、ドアは、一年中開け放たれていたので、その子が訪問をして来たことは、百合子にも畦倉君にもすぐに、分かった。
 畦倉君は、瞬時に、立っていき、ドアのところで、彼女と、体を合体させてキスをした。もちろんの事、百合子は仰天をした。何度も言う様に、場所は神聖なる化学実験室だ。そして、まだ、日の高い明るい時間帯だった。
 畦倉君が、フェロモン旺盛の、だらしない子だったら、これもありだが、彼は、社長の息子であることを自覚をしていて、エチケットを守る、しっかりした青年だった。
 『えっ、これって、本当のキスではないでしょう。例のローリーとのイチャイチャと同じく、演技でしょう?。でもなぜ、ここまでの、演技をする必要があるの?』と自問自答をした。すると、すぐに答えは読めた。
 
 畦倉君は、婉曲なレベルで、百合子の求愛行動を拒否しているのだった。顔から火が出る様に、恥ずかしかった。『しのぶれど、色に出に、けりな我が恋は、・・・・・』と言う新古今和歌が、頭に、すぐに、浮かんだ。
 
 が、しかし、これもまた腑に落ちない出来事だった。百合子は前歯の金冠に劣等感があったので、自分の女としてのセールスポイントは、処女性だけだと判っていた。そして、親にも間接的な形ではあるが、同じことを、いわれていた。「お前には、イットと言うものがない。だから、若さだけが取り柄だ。25歳以内までに結婚をしないとだめだ」と。
 イットとは、英語の代名詞の、それ、it を指すが、当時(戦前)では婉曲な表現で、色気があるということを表す言葉だったのだ。で、百合子にも恋愛めいたきっかけはあるにはあったが、誰とも、深入りをすることはなかった。畦倉君にも無論、ラブレターを出したこともなければ、電話を掛けたこともない。現在の言葉でいう告白と言うのをしたこともなかった。
 
 国際基督教大学は、少人数制で、しかも、講義内容も、複雑なので、学生一人一人が、自分用の郵便受け(ただし、厚さ3cm幅25cm)を持っていた。それには、名前がついているので、ラブレターを相手に送るのには、最適な環境があり、「どここそで、何時に待っている」とか「待っていてね」と言う簡単なメモ書きをそこに入れる事で、恋愛を、楽に、始めることができた。ただ、畦倉君を相手に、百合子が、そのメールボックスを利用して、ちょっかいを出したことは、一度もなかった。
 
  この現象がどうして起きたかの謎をここで解いておこう。
 実は百合子は、恋愛・過多・体質の女だったのだ。別に、自覚はなかった、容貌に劣るという自覚だけがあって、自分がいわゆるフェロモンが旺盛な女だとは、夢にも知らなかった。水も滴るいい女と言う表現がある。どうしてか、そういう体質を持っているのだった。これは、56歳の時に、高名な手相観の女性から、指摘をされたことだった。「あなたは、芸術家でよかった。これが、普通の主婦だったら事件を起こしていますよ」と言われた。金星帯という、恋愛をつかさどるラインが、これほど、はっきりと出て居る人間も少ないそうである。だから、ラブレターを出そうが出すまいが、『あなたを注目していますよ。あなたを、好きですよ』というサインが、体からあふれ出ていたのだろう。それを、そういう事が解る畦倉弘夫は、キャッチしていたのだ。そして、うっとおしく思い、早く振り払おうとしたのだろう。だって、日本橋の会社の社長に将来なる予定の、男性の奥様が、前歯が、金歯だったら、外(パーティ)へ出せないではないか。当たり前だ。
 しかし、そんな色気たっぷりの裏側が自分に秘められているとは夢にも知らない百合子は、『バカにされたなあ』と言う思いを強く抱いた。『的外れなポイントで、バカにされた』と言う思いを抱いた。
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第三章、『四谷見附近辺、1961年9月某日』
 
 第一章で、述べたAFSの傷を、16歳の時に負ってしまった百合子は、それ以来、勉強をするのをやめてしまった。一般的な意味でのそれであって、好きなことは深く行ったが、受験勉強をするのはやめてしまった。暗記物など大嫌いな、子供となっていた。で、現役での、大学受験には失敗をしてしまった。百合子は、お茶大の付属高校に入る前には、横浜の付属中学に通っていて、そこは、1950年当時は一割の卒業生が東大へ、進学するほどの名門中学だった。で、百合子はそこでの、入学式総代であり、卒業式総代だったのだから、当然のごとく、東大を受験するものだと、親から思われていたし、地域社会からも期待をされていた。だけど、18歳の時には、受験をするという意味では、落ちこぼれ状態だった。
 親との関係がまずくなって、親戚に、3か月預けられていた。そちら(=山口県防府市)で、毎日、野山を散歩したのは、きっと、後日にとっては、大きな財産になっている。ただし、ずっとそちらでお世話になっているわけにもいかないので、三か月で帰郷して、二学期から入れる予備校を探した。
 四谷にある駿台予備校と言うところが、二学期でも入れるそうだった。そして、二学期から入る生徒は、駿台予備校固有の、入学試験を受けずに入ることができるそうでもあった。ただし、前夜から徹夜で並ばないと、数が、いっぱいになり、入れないそうでもあった。で、前夜から出かけてみると、数教室にわたって、長机に、2人ずつ座って待つ様な手配がしてあった。
 百合子は722番の番号の席へ座った。ほぼ、10時間も待つのである。コンビニもない時代に、よく体がもったものだと思うが、それが、若さなのだろう。721番の席を取った子は、美大を受験するという背の高い都会風の、イケメンだった。723番と、724番は都会風ではなかった。で、主に721番が、自然にできた四人組の会話の主導権を握った。
 次の日の明け方になると、予備校側から人が出て、数時間の、お散歩をしていいとのお達しが、下った。『番号もしっかり覚えたでしょうし、隣の人の顔も覚えたでしょうから、不正がないと、信じるとのことだった。繰り返して言うが、コンビニもない時代だった。そして、お嬢様学校を出た百合子は外で、一人で、喫茶店に入るなどと言う習慣もなく、ただ、静かにあたりを徘徊をしていた。四谷見附の、陸橋の上にいた時だった。ふと後ろから視線を感じた。振り返ると、723番君がそこに立って、百合子をじっと見つめていた。百合子は、その時、初めて、自分が女として見られていると感じた。嬉しかった。容貌に、劣等感を抱いていた百合子にとって、そんな体験は初めての事だった。だけど、さばけていない百合子は、それだからと言って、相手と、会話を始めるわけでもない。相手も、こちらに向かって、何かを話しかけるでもない。それっきりの間柄・・・・・の筈だった。だが、再開の機会はやって来た。
 夕日が外の樹木を照らしている時間帯に、百合子は、駿台予備校の廊下で、壁に張り出されて居る模試の結果を見ていた。午後の無試験入学組、1000人近くの中で、百合子の番号は、たいてい、30番以内に入っていた。で、大きなマジック数字で、出て居るので、見つけやすかった。その時、たまたま、723番君が傍に立っていた。で、723と言う番号を探すと、それもあった。嬉しくなって、「あら、あなたのもあるわね。あそこに」と言った。
 百合子はその時に初めて、無償の愛とはなんであるかを知った。相手の住所も知らない。そして、将来の、関係も何もない。依存もなければ、支配もない。感情のしこりもない。だけど、そんな相手の事でも、相手の成功がうれしい。そして、相手も、百合子の好成績を喜んでくれている。何ともきれいな空気が相手との間に流れた。
 その時に百合子は、自分の傷をいやしてくれた小説の中の主人公と、723番君を重ね合わせた。
 それは、ロマンローラン作の【ジャンクリストフ】の中に出て来る、オリヴィエ・ジャンナンである。主人公のジャンクリストフと、比較をすると華奢で、体が弱い。だが、信念は固くまじめである。フェロモンが横溢とは言えないので、妻に、パリにありがちな不倫をされてしまう。そして、それを許さない。723番君は、私の愛読書の、その副主人公に似ている。そう感じる。と抽象的な世界での、思考を抱く。ただ、それだけの関係の筈だった。リアルな世界でのボーイフレンドでもないはずで、住所も教えあわないで別れた。
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第四章、『三鷹駅前、バス停、1962年 10月某日』
 
 1960年代に、国際基督教大学へ向かうバスは、三鷹駅から出て居た。2015年現在は武蔵境駅から出て居る。理由は当時の武蔵境駅は、特に南口は、本当の田舎であって、バスロータリーを作る余地がなかったからである。今は、駅南口は、すっかり変貌をして、大きなバスロータリーができている。
 で、1962年の、10月の文化祭当日の、百合子は、三鷹駅前のバス停に、村岡浩二君を迎えに行った。例の723番君である。どうして、連絡が取れたかって? 彼が、住所を探し出してくれたのだった。偶然の賜物である。彼が夏休みにバイトをした証券会社に、百合子一家の、資料が含まれていて、『あっ、これは、ミス722番の実家だ』と、直感をしたそうだ。それで、手紙をくれた。
 
 百合子は当然のごとく、ひどくうれしく思った。で、手紙の返事を書いて、文化祭に遊びに来てくださいと、書き添え、日時と場所を指定して置いた。三鷹駅に現れた彼は学生服を着ていた。彼の父は、旧海軍工廠で、戦艦大和を作ったそうである。それは後日聞くことと成る。そして、戦後、パージなどいろいろあったうえで、海軍工廠が、変遷した結果の、石川島播磨造船所で、課長をしていた。だから、別に貧乏な家というわけでもないのだが、いかんせん、男の子が四人もいて、全部大学へやっていたので、教育費が大変だったのだ。私立大学へ二人、国立大学へ二人入れていたが、東京へ三人を遊学させていたので、ひどく、緊迫したお小遣い事情だったのである。ICUの男子学生と比較をするとなんと違う事だっただろう。後年、出会うことになる畦倉弘夫君など、三越か高島屋か、銀座のテーラーかで買ったであろう上質のツィードのジャケットを着ていた。そして、もう一回、村岡浩二の当日の様子に戻ると、胸には、白飯の粒がついていた。『なんと、子供っぽいのだろう』と驚いたことは驚いたが、すでに、オリヴィエジャンナンに擬しているのだ。あばたもえくぼで、ただ、ただ、ほほえましく思った。
 そして、百合子は普段は抑圧して隠している、かわいい人モードを全開した。生真面目な人と周辺からみなされている百合子は、本当はとても面白い、そして、かわいいところもある人間だった。それは、百合子に対して、好きではないモードを全開にしていた若い日の母でさえ、「あんたには、かわいいところがあるからね」と認めていたくらいだ。
  そして、母からの愛を巡って、百合子にライバル意識をむき出しにして居た妹の真紀子でさえ、「お姉さんは、バラみたいなところがあるのよ。でも、私は月見草ですからね」と言われていた。しかし、この言葉だけは、頷けなかった。百合子にしてみれば正反対だった。「暮にはサンモリッツに、スキーに行って来ました」と、お正月の集まりで、話し、洋服は、三越か、高島屋で、ブランド物を買い、おけいこ事は、テレビに出てくる様な、有名な先生について習っていた妹の方こそ、バラの女だと、思っていた。
 だけど、いずれにせよ。この1962年の10月のある晴れた日の午後の、百合子は、薔薇の女だった。弾むような声がでて、弾むような笑顔が自然に出て来るのだった。
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第五章、『三鷹駅 → 国際基督教大学正門前 のバス車中 1962年10月某日』
 
 三鷹から、午後に出るバスには、学生の姿が少なかった。通学生でお祭りに参加する予定の子たちは、すでに午前中に学内に到着している。招待客もお昼までには、到着しているはずだった。だが、百合子にとっては、それが、好都合だった。自分だけがその良さを知っている秘匿したい少年、村岡浩二(=723番君)と、初めてのデートをするのだった。別に、誰にも見せびらかす必要はなかった。二人だけで、人の少ない一帯を散歩するつもりだった。
 
  バスは空いていた。そこへ、同級生の俣江氏が乗って来た。この青年に対してだけは、君付けができない。彼は、他の大学から転入してきたので、三歳ぐらい年上だった。単に年上なだけではなくて、どこか、他人を支配したいのだと、思わせるところがあった。何で、支配をするかと言うと文筆の能力の高さである。しかし、百合子は俣江氏の文章を読んでも、評価を高くすることはできなかった。一種の有名人になる願望を持っていて、その目標は、埴谷雄高か、吉本隆明かと言うところだっただろう。
  だが、一方で、人なつっこさを、発揮して、人気者になる才能もあった。このバスでの邂逅の四年後、彼は、学内一のマドンナをしとめるのだ。演説の才能と政治力によって。
 ところで、人間の能力の高さを測る基準の一つとして、日本では、出身大学の人気度とか入試のむずかしさが挙げられている。年を取ってくると、勤務先の有名度とか、その会社内での役職も、判定のスケールとなる。
 
 ところが、20代の前半、特に大学在学中には、まったく別の尺度で、その人間の能力が図られる時期がある。それは、恋愛能力の高さ如何であって、簡単に言うと、異性とベッドインできるかどうかと言うことだ。結婚に結び付かなくてもいいのだ。ともかく、相手を落とすこと。これで、優劣が決まる処がある。つまり、恋愛で獲得した女性の、レベルが高いと、レベルが低い方に勝つ。また、ベッドイン未満の関係において、自分を好きだと告白して近寄ってくる女性の数が多い方が、それが、少ない男性より上だとなる。これは、女性にも当てはまる要素かもしれないが、ただ、女性の場合は、男性ほど、顕著に見えないことも多い。それは、百合子の様に、「結婚式まで、処女で居ないと、自分のセールスポイントが何もなくなってしまう」などと、考えている女性もいるはずだから。
 
 この時点で、百合子は、未だ校倉弘夫には出会っていなかった。だが、後日の、今、2015年になって、俣江氏と畦倉君の二人を比較すると、なんと大きな懸隔があっただろうか?と、思い至る。 
 畦倉君は、有名タレントと、どこか似ていた。たとえば加山雄三の若き日とか、松岡修造の若き日とか。そういうムードがあった。
 俣江氏には、その手の、身体的な魅力はなかった。だが、人懐っこさを利用して、すべてのクラスメートとよく会話を交わすこと、および、出版物で、クラスを支配していたのだった。
 出版物とは、お手製の雑誌である。クラス23名全員から原稿を募集して、それを編集し、ラシャ紙に、ガリ版で印刷した物を、23部作り、同級生に、寄贈した。1962年だからコピー機も普及しておらず、ましてや、パソコンはなかったのだから、すべてアナログの手作業でできている。内容は、イラストによる、自分のプロフィール、言葉による他者からの評価などで、編成をされていた。
 他者からの評価として、俣江氏は、『あなたは、いつまでもそのままでいいのですよ』と言うオマージュを、クラス一、美しくて、しとやかな女性に捧げていた。美しさと言うのはいろいろな種類がある。美しいという意味だけなら、他にも美しい女性はいた。だけど、態度そのものを含めた総合力で、美しい女性とはだれかと言うと、俣江氏が、『そのままでいい』と言った女性が一番だった。
 
 百合子は後年画家になっていく。それは、小さいころから、その要素があって、『自分は、美醜に対する判断能力は高い』と思っている。そして、後年画家として、メルマガを経営していたころに、読者から、『美形好きの村岡さん』とからかわれもした。だから、俣江氏のオマージュについては異存はなかった。
 だが、彼女に比較して、自分の頁を見た時に、あまりにも粗末な、そして、好意のない扱いを受けていたので、ひそかに俣江氏を恨んでいた。と言うか、もともと嫌いだったのが、さらに嫌いになった。
 どういうことかと言うと、俣江氏からの、評価の言葉は無くて、他の男の子二人からの評価の言葉が載っていたのだが、・・・・・とても、つまらない女だ・・・・・と、百合子を規定している文章だった。一つは「百合子さん、空を見てごらん、空は広いよ」と言うもので、換言すると、「あなたは、視野が狭い。そのうえ、がちがちの、がり勉で、つまらない」と言っているのだった。
 
 もう一つは、「志ん朝の落語を聞いてごらんなさい。面白いよ」と言うものだった。こちらを、換言すれば、「あんたって、ユーモアが無くて面白くない」という事だった。
  これらは、当時の、同級生から見れば真実だっただろう。だけど、その陰に、「あいつは、恋愛をできない女だ」と言う編集者俣江氏の、低い評価があったのではないだろうか?
 
 軽々しく、言葉には出さない。だけど、何事につけても深く深く考えるのが、百合子だった。だから、『こういう頁は、自分の真実を表していない。いやな雑誌だ』と、とらえた。
 しかし、その1962年の秋の日に限って、百合子は、自分が思いがけない形で、俣江氏に、復讐をしたのを知った。
彼は運転手のそばで、ポールにつかまり、こちらに背を向けて、こちらを見ようともしないのだ。入ってすぐの席と言うか、真ん中より、前のベンチ席に百合子と村岡浩二は腰かけていた。そこが、出口ドアに近いので、便利だと考えたのだ。だから、前方にある入り口から入った途端に、彼は百合子たち二人に気が付いたはずだ。もし、何も痛痒を感じなかったら、百合子たちの前を通り、「おや、デートですか。珍しいですね」と、言うぐらいの軽口を言い放ち、そのあとで、後ろヘ進んで、空いている席に座ったはずだ。しかし、三鷹駅前で、停車中の3分間ぐらい、また、それに足すこと、運行中の30分、彼は席が空いているのにもかかわらず、運転手のそばで、ずっと立っていたのだった。
 『きっと、こういう事だろう』と思うのだが、驚きを隠せないので、百合子を無視する作戦に出たのだろう。『なあんだ。俣江氏って、意外と子供っぽいのね。自分が慣れていない事象に出会うと、逃げちゃうんだ』と、思って、愉快だった。
 
 百合子は、この様にして、相手が低く見ているのに、相手を凌駕する精神状態に達することがある。しかし、リアルな世界では、それを言葉には出さないので、ずっと状況は変わらない。だが、時々だが、この様に、天佑を受けて、相手を深く驚かすことがある。
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第六章、『横浜駅ダイヤモンド地下街。1962年10月某日』
 
 百合子は浩二を、いざなって早々に三鷹を引き上げた。本館周辺の人の居ないあたりを散歩しただけで、お祭り広場には、歩み寄らず、さっさと二人の共通の生活圏である横浜へ引き上げた。村岡浩二は、当時は横浜の大学へ通っていたのだ。そして百合子の自宅も横浜にある。
 二人が初めて、二人だけで話し合う機会である。まず、あたりさわりのないところで、愛読書が何かを話し合い始めた。すると、「僕の愛読書は、【我が闘争】です」と彼は言う。百合子は仰天をした。これは後になって、『浩二が、呉で育ったことの影響が大きい』と感じなおす。戦艦大和を作った町だ。敗戦後の、進駐軍の侵攻などに、違和感があったのかもしれないと、思い直していく。あばたもえくぼだから。だけど、先ほどまで、あたりに充満していたバラの花の様な雰囲気は消えてしまった。
 特に東京圏の高校育ちだったら、女の子を前にして、僕の愛読書は、【我が闘争】です。などと、1962年に言うバカはいないだろう。1960年に樺美智子さんが死んだばかりだった。
 『これは、困った事になった。男の子と、女の子として初めて付き合い始めた相手なのに、話題が全然合わないぞ。こういう会話を続けるのだと、ICUの男の子の方が、会話の内容が深くて面白いだろう。駄目かな。この出会いは。つぶれるかな?』と、内心で思いながら、でも、何かが不思議で、浩二の次の言葉を待った。
 珍しくも百合子は、自分の方は沈黙を守った。すると、浩二が毅然とした感じで、「僕は検事になろうと思っているのです」と言った。
  百合子は慌てて、頭の中で、記憶を反芻し始めた。『ねえ、オリヴィエジャンナンって、何の職業に就いたのだったかしら? 確か学者だった筈よね。そして、時々文章を書いて、ジャーナリストめいたこともしているのよ。つまり、彼の姿って、ロマンローラン自身を反映しているのよ。参ったなあ。駿台四谷予備校、午後クラス、受験番号723君って、外見は、オリヴィエ・ジャンナンにそっくりなのよね。清潔で聡明な感じを持ち、きゃしゃな体に強い精神力を秘めている。そこまでは、ぴったり同じなのだけれど、望んでいる方向が違うのよね。困ったなあ。予想外の展開だわ』と、思い続ける。
 
 で、百合子はぼそっと「私ね。あなたって、エンジニアになって、白衣でも着て、研究所で、何かを発見したり発明したりする方が、似合うと思うんだけど」と、言ってみた。それに対して返答はなく、そこで、会話は途切れた。
 
 で、10月の初デートでナポリタンでも食べただろうか。そのあとで別かれて以来二人には、何の交流もなかった。『このままフェイドアウトしていくのかしら。そうだったら、あれが大変にラッキーだったということになるわ。よかった。俣江氏に、お祭りの日に彼を見せることができて。そして、次の週に、「見た。私だってボーイフレンドぐらいいるのよ」って、自慢しないで置いて』 『ともかく、俣江氏は、一瞬だけだけど、村岡浩二を目撃したのよ。そして、清潔感あふれるあの顔を見たのよ。彼の判断基準では、ベッドインまで行ってこその、恋愛だと思うけれど、あの一瞬の目撃で、そこまでは、判定できなかったでしょう。でも、私が掌中の珠として、ごく上等な感じのボーイフレンドを持っていることは、見せられたのだから、ラッキーだったわ。それだけでも、感謝するべきで、それ以上は、浩二君には望まないこと』と、思っていた。
 
 次の年、1963年に入った。ほとんど、忘れたころだった。村岡浩二君から二回目の手紙が来た。そこに、『僕、今度、工学部応用化学科へ、転入学しました』と書いてあった。
 
 百合子は生涯で初めて、自分にも力があるということを知った。そして、恐ろしい影響力であることも知った。
 だけど、無論のことうれしかった。『彼は頭がいい。だから司法試験には受かるだろう。そして、検事と言う職業についたら、ご近所様や、親戚には、大きな顔はできるだろう。そして、裁判所で、主役にもなれるかもしれない。だけど、ある人間を死刑にするかもしれないという職業は、人間として、できるならつきたくない職業だ。ストレスがかかるはずだ。威張ることができる代わりに、引き受けないといけないストレスが、大きい。
 威張れるということも快感があるかもしれない。だけど、幸せな毎日を送るという緩慢な快感も、良いものだ。彼には、これから先、ラッキーな人生が開けるだろう。よかった。よかった』と、思った。
 祈りに似た暖かいものが胸を満たした。
 
 
著者敬白
 
 ところで、夜の九時半から、次の日の、午前一時までかけて、また、文章を足しました。そして、15000字を超えたところで、この章を閉めるとさせていただきます。だが、全体を見回すと、小説としては、この章内では、まだ、何も結実をしておりません。だが、伏線を張っているのだと思ってくださいませ。後日、まとまってきます。本日の章は、すべて、将来への展開に役立たせるための、伏線となっています。
  今、大体の誤変換も直し、
 完成したしるしである、三角じるしを、総タイトル横に付けておきました。 
コメント

小説で、描く現代日本政治ー1、・・・・・・第一部、京橋ブリジストン美術館・界隈にて☐

2015-09-26 15:30:21 | 政治

 私がこれからですね。いよいよ書きたいと思っているものは、どうも、ノンフィクションとしては、書きにくいのです。相当に、恐ろしい内容となるので、自分でも、ノンフィクションとか、政治評論としては、書きにくくなってきています。それで、今から、小説の形に変換をしたいと思っております。小説に変換するのは、余計な時間がかかるので、すでに、73歳になっている身では、やりたくないことです。が、これから、書く様な内容では、ノンフィクションとしては書けないものなので、どうか、ご了承をいただきたく。なお、被害と加害の関係にとって、特に名前を伏せたい場合は、場所や、組織の名前を変換しますが、変換しないものも含めます。警察とか、JR東日本、有名ホテルや、美術館の名前、地名等は、変化させません。

第一部、京橋ブリジストン美術館界隈にて

 目次

第一章、『桜田門警察庁ビル内、712号室  2012年8月19日(日)

第二章、『鎌倉小町通り、2012年8月20日(月)』

第三章、『京橋一丁目 2012年3月14日(水)』

第四章、『孫に発達障害の可能性があると聞いて、じいじと、ばあばとして、浩二と百合子が示した反応』

第五章、『再び、京橋一丁目、2012年3月14日に戻る』

第六章、『百合子の母の遺言と、預言者カッサンドラの事』

第七章、『大船バスセンター 2015年9月22日(火)』

第八章、『みたび目として、京橋一丁目 2012年3月14日に戻る』

第九章、『ペンは剣よりも強し。されど、武器と言うものは両刃を持つものだ。他者をさばけば返す刀で、自分が切られる。しかし、自分の代わりに、その息子を狙うとは、卑怯な奴らだ。だが、どういう方法で、彼らを制裁できる? その行動が、ずるがしくも秘匿をされていて、目に見えないのに?』

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第一章、『桜田門警察庁ビル内、712号室  2012年8月19日(日)』

 警報ブザーが鳴った。鎌倉雪ノ下に住む、問題のブロガー村岡百合子宅で、電話の応答が始まることを知らせるブザーである。担当の4人がスピーカーの前に集結する。百合子の息子誠が、父親である、浩二を呼び出して、こう言っている。「就職がね。劉生楼に決まりそうなのだ。よかった。相手は、とても、好意的なんだ」と。その後の、些細な交流が済むと、すぐ、室内を、傍受している別のスピーカーへ、注意を移動させる。夫浩二が、妻に向かって、それを告げていた。妻の百合子は、意外にも、無反応である。それは、室内盗聴にすでに気が付いていて、できるだけ、感情を表に出さない様に気を付けているのだ。で、その沈黙が、かえって、彼女の喜びを、こちら側へ、察知させた。

 「劉生楼か、中華料理店みたいだな。すぐ調べろ」と、課長の島木が、青山に命令する。桜田門の近辺には、中華料理店は少なく、4人は、中華料理店には詳しくはなかった。青山が調べている間に、島木はほかの二人に、向かってつぶやく。「あそこの息子は、19年間務めていた大川油脂を辞めたばかりだ。ここで、次の就職先を、探せないと、いわゆる無職になる。それは、兵糧攻めとしては、最適な、道だ。それによって、村岡百合子は、大いに苦しむことになるだろう。早速、息子の就職話をつぶすのだ。それが、大きな勝利を呼ぶ次の作戦だ。早速会議だ。連絡を」と言うと、武笠が、虎ノ門の、アメリカ大使館内に、いる成岡洋平を呼び出す。また、新橋に個人オフィスを持っている、石垣正彦も呼び出した。最後に鎌倉にいる、加藤原二郎も呼び出した。そして、警察庁長官も。長官だけには、警察庁から配車をするが、他の人間には、その個人固有の方法で、来庁してもらう。無論謝礼は出る。大金の謝礼が出る。

 会議の開始時間は4時と定める。日曜日だから大学教授である石垣も、加藤も、四時には集まることができるだろう。

 その会議は、別室の715号室で行われる。そこに参加するものは、暗号で、Rグループと呼ばれている。命名の起源はよくわからないが、警察庁幹部、数人からは、その様に、呼ばれている。時には短縮形にして、ただ、単純にRと呼ぶ場合もある。

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第二章、『鎌倉小町通り、2012年8月20日(月)』

 その日は、百合子の70歳の誕生日であった。だが、百合子は、直近の夫の誕生日も祝わなかったし、自分の誕生日も祝わなかった。娘の方に生まれた孫は順調だったが、息子誠の方に、生まれた孫に、心配な点が出てきたのだった。その子、慎也は、頭がよさそうであって、生まれた時から、そのことで、将来は、苦労をしそうだと、百合子は考えていた。顔が、まるで、お雛様みたいなのだ。生まれたばかりの赤ちゃんなのに、顔が整いすぎていて、子供らしくないのだった。しかし、本当のことを言うと、百合子は、そういう子どもが生まれることは十分に、予期していた。

 息子の誠の、受験コースには、百合子の持って行き方が、失敗していたので、誠は、偏差値の低い大学を卒業している。だが、頭はよいと思う。夫浩二も頭が良い。明治時代から、いや、江戸時代から、上級武士として生活をして来た家柄なのだ。そういう流れの中で、煮詰まった頭脳の子供が生まれることは、容易に想像をしていた。あまりに整っているその顔を見た時から、心配だったのだ。血が煮詰まりすぎていて、頭の良すぎる子が生まれたのではないかと思って。

 一般的には、頭の良い子が生まれるのは、嬉しい事だと考えられている。しかし、実は当人にとっては、それなりに苦労があるのだった。百合子はメンターと慕う先輩からも、つくづくという感じで言われていた。「上のはみ出しだから、苦労が多いわね」と。そして、それが、一人や二人ではないのだった。何人もの年上の人から、または、先生から、「頭が良いので、苦労をするわね」と、言われていた。それと、同じことが、この孫に起きているのではないかと考えた。しかも何倍にも輪をかけて、頭の良い子が生まれたのではないかと、危惧をしていた。

 その8か月前の、正月の事だった。じいじ、ばあばとして、息子夫婦と会食をしたのだが、息子が表に絵があり、裏に平仮名が書いてある単語カードを持っていて、孫にあれこれを指導をしているので、びっくりをした。ずいぶんな教育パパだなあ。まだ、一歳なのに、と思って。これは、よくない傾向だけど、この子は、特別頭が良いのかもしれないから、英才教育もよいかもしれないと、思って、何も注意をしないでいた。

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第三章、『京橋一丁目 2012年3月14日』

 百合子と夫はau の携帯を使っていた。今の言葉でいえばガラケーと言うタイプだ。だが、夫のオフィスに、ソフトバンクの、セールスマンが来て、スマホ(ヴァージョン4の時代)の契約を迫ったので、そちらに変えていた。勘の鋭い百合子は、それが、自然なことではなくて、スマホには、何等かの、高度な、機能が備わっていて、それは、自分には不利に働くのだと、感じ取っていた。やがて、一般社会にも、GPS機能の事は、よく知られる様になる。百合子はただでさえ、尾行がついていて、出かけた先々で、嫌な思いをしていたから、非常に神経を使いきっていたのだが、スマホに盗聴装置がついている事には、その頃には気が付いていなかった。これは、すべてのスマホにそれが、ついているというよりも狙った相手のスマホに、外部から高機能を与える仕組みがあるのだと思う。

 しかし、それにしっかりと気が付いてきたのは、2015年に入ってからの事であって、2012年のこのころは、まだ、それには気がついてはいなかった。主に室内が盗聴されるのには、気が付いていて、それゆえに外出先で浩二と話し合うことは誰にも知られていないはずだと思っていた。

 で、時々、二人はデートに出かけて、思うぞんぶんに、現在抱えている問題を話し合っていた。その間、いえには、泥棒が入るのだったが。・・・・・・

 百合子は、この、2012年ごろ、心身共に、ズタズタにされているという状態だった。だが、相手の狙い通りには、ならなかった。倒れなかったというか、ノイローゼにならなかった。というのは、これらが、すべて、1965年に、国際基督教大学内で、ベイカーさんと言う金髪碧眼のアメリカ人学生に、頭が超良いことが見破られたことと、そのためにその頃すでに、一回暗殺をされそうになったことから始まっていると知っていたからだ。それと、1979年に、北久里浜で、戦後最大のエージェント、瀬島龍三と、地境地主であるがゆえにバッティングをしてしまったことから起きているということをも、知っていたからだ。瀬島龍三の方は、彼本人ではなくて、彼の親友益山重夫が、当初の、闘争相手だったが、1965年の場合も、1979年の場合も両方とも、百合子の方には何の落ち度もなかった。ただ、ただ、相手方が悪をなしているだけだったので、何故か、天地神明に誓って、明朗であり、常に、自分の正しいことを信じていたから、ノイローゼになる暇もなかったのである。ただ、あまりにも激しい攻撃を多方向から受けていて、それは、やはり、一種の悩みなので、夫には打ち明けていた。それが、敵方にツウツウだったとは知る由もなく。

 その日は二人で、ブリジストン美術館に出かけていた。そこに入る前に、クロアチア料理店を見つけて入って、ランチを取っていた。クロアチアとは、百合子への攻撃があまりにも激しいころ、夫の浩二が、そこへ移住しようかと提案した国だった。だが、百合子は乗らなかった。CIAが相手では、クロアチアに、逃げたところで追いかけられるだろう。事情を良く知らないところで、攻められるよりも、よく事情を知っている場所で、戦った方が有利だと、信じていたからだ。

 その時、夫浩二の電話がけたたましくなり、夫が対応を始めた、すぐ、息子からだと判った。この日より前に、息子から何度も電話がかかってきていて、「息子の慎也が心配だ」とは、言っていた。「発達障害の可能性がある」と言っていた。

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第四章、『孫に発達障害の可能性があると聞いて、じいじと、ばあばとして、浩二と百合子が示した反応』

  浩二は、息子の誠から、孫に発達障害の、疑いがあると聞いても、ほとんど、問題にしなかった。人間には、程度の、曲線があって、その程度の問題は、どこかで、厳密な区切りがつくものでは無くて、緩やかな差だから、心配する必要はないというものだった。

 百合子の方の反応だが、思いがけず、落ち着いていた。動揺はなかった。自宅では、一切弱みを見せてはならないという覚悟があった。だから、弱みを見せなかったというのかもしれないが、それとは、違う落ち着きがあった。

 まず、『ああそうだったのか』と言う納得があった。お正月の会食で、息子が、単語カードをまだ、一歳の息子に見せて、自分の口から、「バナナは?」と言う質問をしては、その絵を息子がさすと、「偉い、偉い」とほめていて、『過剰なレベルの教育パパだなあ』と違和感を持っていたが、『あの時、その感想を素直に出さないで、よかった』と、まず思った。『そういう事情が裏にあったのか? そういえば息子の顔は暗かったなあ』と、思い当たった。

 百合子は息子のことを本当に愛していた。しかし、愛していても、何故か、息子と同じレベルで、この、孫に発達障害が見つかったことを、悲しいとは思わなかった。『これでいいのだ』という不思議な思いがあった。誠は小さいころには、苦労をしていない。『人間は誰でも、一生の、幸運の量と、不幸の量が同じなのだ』と、聞いたことがある。今まで、彼は彼なりに不幸だとか不運だとか思ったことがあるだろう。だけど、客観的に見れば、彼は、幸福な少年として、今まで生きてきたのだ。

 しかし、42歳から課題ができた。重い課題だ。だけど、それによって、彼は、鍛えられるはずだ。人間として、一段階成長できるだろう。これは、神からの恩寵でもある。そういえば、親友の、増原さんが言っていたではないか。「その能力がある親の家にしか、障害のある子は生まれないんですって」と。誠と妻の紗良ちゃんは、神にその能力があるのだと、選ばれたのだ。・・・・・と考えていた。

 だが、息子たち夫婦に、実際に、言ったことは、ずっと下世話な砕けた言葉だった。それも、ずっと後になって、ほとんど問題がないと、分かって来てから言ったのだが、「負担が大きな夫婦になったけれど、だから、不倫など起こさないで済むから、かえって、それで、よかったわね。今不倫って、非常に多いらしいわよ」と。紗良ちゃんは顔のきれいな女性だ。そして、誠もいわゆるイケメンの方である。だから、二人に、心と、経済力の上で、余裕があったら、誘惑についつられてしまって、不倫と言う、世の流行に乗ってしまったかもしれない。だけど、こういう大きな課題があれば、それは、浸っていられない快楽となる。そうだ、不幸を逆手にとって、幸運だったと居直ればいい。ともかく、百合子は、この件でパニックに陥ることはなかった。

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第五章、『再び、京橋一丁目。2012年3月14日』

 夫の浩二は、スマホを、なかなか耳から離さなかった。息子の誠が、会話を終わらせないのだった。車の騒音を避けるために、彼は、ビルとビルの間の、非常階段部分へ入った。そこから、少しは、息子の言葉も聞きやすい模様だった。何度も慰める、言葉を言った。落ち着かせようとしていた。だが、そういう言葉は、もっとも、大きな苦境に陥っている人間には、逆効果をなす模様だった。「おとうって、いい加減だ。ちっとも、心配してくれていない。真面目に俺のいう事を聞いてくれていない」と言うのが、息子の言い分の模様だった。

 孫の慎也は、非常に記憶力が良いそうで、それが、育てるのに大いなる苦労を呼ぶらしかった。ママと、コンビニへ向かう道が、二つあったとする。ある日と言うか、最初の日に、右側の道を使うと、次の日に、もし、それを忘れて、左側を通ったりすると仮定をしてみよう。すると、それが、違うと言って、大泣きをするのだった。道路で大泣きをされると、ママにしてみれば、いじめているとか、子供を理解していない悪い母みたいに見えるので、大いに焦る。でも、焦るがゆえにと言うか、大人にとっては、右の道を使おうが、左の道を使おうが、大した違いが無いので、何故、息子が泣いているかがわからない。やっとわかったとしても、その時は、機嫌をすでに壊していて、大泣きをしているから、「あ、そうか、ママも、やっと判った。僕が泣いたわけを。じゃあ、そっちの道を二人で一緒に使おうね。もう僕、泣くの止めるよ」と言うぐらいに、物分かりがいいわけでもない。

 で、嫁の紗良ちゃんがウィークデイに疲労困憊をするので、土日は、誠が全面的に引き受けて遊ぶらしかった。ただたった二日間だけでも、紗良ちゃんより疲れるみたいだった。と言うのも紗良ちゃんは、精神の、芯がタフで、慎也の将来の事もあまり心配をしていないみたいだった。それは、舅にあたる浩二にも似ている精神の持ちようだった。絶対に、うまくいく。悪いようにはならないという様な信念がある。

 ところが、誠は違っていた。想像力が豊かと言うのかな。将来を考えている。『この子は、大学へ行かれるのだろうか。その教育費など、ちゃんと準備するつもりだったけれど、大学へ進学できるのだろうか。就職ができるのだろうか?』と、心配するみたいだった。

 百合子はボディラングェッジで、夫に話しかけた。「私が、あなたと会話の相手を、代わりましょうか?」と。浩二は、『いいや』と言う手ぶりで、百合子の提案を断った。

 浩二は百合子の事を、全く信用をしていなかった。特にこういう場合にカウンセラー役ができるかどうかと言う意味では、信用をしていなかった。浩二が言うには、「お前ほど、恵まれて育った人間はいない。一生働かないでも、食っていかれる身分だ。しかも、ニューヨークだとかパリだとか、自由自在に出かけているではないか。旅行じゃあなくて、滞在型で。だから、苦労知らずで、自己中だ。大体、女流画家なんって、みんな我儘なものだし。で、他人の相談に乗ることなど、絶対にできない」と言うのだった。

 百合子は逆らっても無駄だと思っているので、逆らわない。そのうえ、左肩と背中に激痛が走り、それが24時間消えない時期があった。それを、今は鍼灸医になっている夫が治してくれていたので、さらに、逆らわない。東洋医学はゆっくりと治す。だから、都合三か月かかった。だけど、痛みは消えた。深い感謝をしている。だから、大体の事は逆らわない。

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第六章、『百合子の母の遺言と、預言者カッサンドラの事』

 夫の浩二は、そう言って、百合子を認めない。それは、息子にも娘にも伝播していて、百合子は家庭の中では、劣っているモノとか駄目な人間として扱われている。

 だが、最も深い理解力のある人間には、百合子のすごさは、理解をされていた。ちょうど、この2010年ごろ、百合子の母が、最終場面を迎えていた。母がこの頃言った言葉の中に、「結局、あんたのところが一番賑やかになったわね」と言うのがある。これは、説明を要する言葉だが、母は60代から、86歳ぐらいまで、百合子より、次女の真紀子の方を圧倒的に上に置いていた。父の葬式の時に、それが、一番顕著に表れた。葬式の一切は、妹夫婦が取り仕切り、百合子には、ひとかけらの相談も、なかった。お手伝いさんが、それを見ていて、百合子に、「百合子さんも大変ですね」と言ってくれたほどだ。どうしてそういう差がついたかと言うと、百合子の母は成果主義の人で、妹が高給取りのキャリアウーマンであることが得意だったのだ。妹は国立大学の薬学部を出て、医家向け薬品を作る会社の学芸部に勤めていた。肩で、風を切るほどの勢いがあった。一方の百合子は単なる専業主婦である。画家とは、言っては、いたが、それは、収入をもたらすたぐいのものでは無くて、母や真紀子に言わせれば、ただ、遊んでいる生活に過ぎなかった。

 しかし、死の直前の老人ホーム内で、百合子の母は、百合子の来訪を、一種の憧憬と、期待の念をもって、じっと待っているのが、百合子にはわかった。母にとって、最終段階で、最も安心して、その身をゆだねたいのは、百合子だったのである。百合子の、何が良かったのかと言うと結局のところ、愛情が深かったからであろう。誰も、それを認めたがらないが、百合子がそばにいることが、大いなる安定感をもたらすのだ。お金よりも身分よりも大切なものは、愛である。それも、どういう種類の愛情を持っているのか、そして、それをどういう風に示し、表現するのか? それを語るのは、非常に難しい。だが、世の中に、妻に先立たれた夫が、よく、「半身を失ったみたいです」と言っている映像をテレビの中で見るが、それこそ、愛されるということの安住を失った姿であろう。愛はどこにでも転がっている。そして、それを得ている人は幸せであろう。そういう人は隣人に勝つ必要もないのだ。世間の評価を気にする必要もない。

 ただ、若いときは、よくそれを嘆いたものだが、百合子の言葉を聞く人が少ないのだ。で、百合子は、カッサンドラの故事を思い出す。預言は世に容れられずとも、換言されるが、正しい事を言っても、聞き入れてもらえない人間がこの世に居るにはいるのだった。

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第七章、『大船バスセンター 2015年9月22日(火)』

 百合子は孫の慎也については、『きっと、自分と合うポイントがあるだろう』と信じていた。そしてそれは、2014年に入って証明をされた。誠が紗良ちゃんに休養を取らせるために、休日に慎也だけを連れて遊びに来ていた時だった。浩二と、誠が、いろいろ話をしている間に、百合子は、慎也を外へ連れ出した。百合子の家は、公簿上は、88坪あるが、実際に利用できる平地は、40坪程度しかない。山があり、私道部分があるからだ。だが、普段マンション住まいの慎也にとって、庭とか、崖とか、土とか、花とかいうものは珍しいはずだった。

 「探検しよう」というと、早速乗って来て、『あれ、三歳なのに、探検と言う言葉の意味が解るのだ』と、百合子は感慨が深かった。慎也は、その小さな小さな手で、しっかりと、百合子の手を握って、百合子の家を三周もした。そして、今度は門から外へ出て、道路を探検した。充分に心が繋がった。あれほど、困る、困ると言っていた大泣き現象もなかった。

 時間は下る。2015年の9月22日、誠一家と、百合子・浩二一家は会食をすることと成った。場所は大船である。紗良ちゃんが用事があると言い、ラビ(ヤマダ電機)の中に入って行った。百合子の目の前で、浩二と誠はベンチに座って話している。慎也は、所在なさそうだ。百合子は二人に断らず、慎也に、「探検しよう」と声をかけた。「どこ行くの?」と聞くので、「バスを見に行こう」と、続けると、ついてくる。二人は再び手を握り合った。百合子の心づもりでは、小さな男の子は、乗り物が好きなはずだった、だから、バスを見に行ったのだ。バスセンターには、普通の形と、小型のバスと、塗装が違う種類などが居た。あまり強い興味は示さなかった。既に、年齢的に、その時期が過ぎたのかと思った。それで、「ひらがな知っている?」と、聞いて車体の横に書いてある言葉を読ませたりしてみた。ちゃんとひらがなが解った。そして、驚いたことにカタカナも読めるのだった。まだ、4歳なのにと驚いた。NHKの、ETVの、土曜日に【地球ドラマチック】と言う番組がある。その中で、赤ちゃんと言う特集があって、赤ちゃんが、何でも分かっているということを示してくれたが、改めて、子供の発達の速さには驚いた。

 『もう何も心配することはない。後は、若夫婦二人もそれを自覚をしているが、一人っ子であるということと、初期段階で、発達障害ではないかと、感じて、異常に気を使っていて、今でも、それが、残っていて、わがままになるのではないかと言う部分が、心配として残っているが、最も心配をしていた部分は消え去った』と、感じた。本当にほっとした。

 二人の男性が居る場所へ戻ると、誠が、百合子の顔を見ながら、「猫ばあば、だけには、似ないでね」と言った。『憎まれ口を聞いているなあ。私と慎也がどれほど、仲良しなのかを知らないで。ああいういい方は、慎也を混乱させるので、よくない。でも、私はカッサンドラだから、私が注意しても誠は聞かないだろう』と、百合子は、思い、息子の嫌味を、さらっと受け流して置くことにした。

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第8章、『みたび目として、京橋一丁目 2012年3月14日に戻る』

 慎也と百合子が、70歳ほどの年の差を乗り越えて、友達になって行ったのは、2014年を過ぎてからだ。しかし、2012年は、まったく様子が異なっていた。慎也には将来が見えないと誠は思い込んでいた。そして絶望に駆られていた。ここでみたび、京橋一丁目の、2012年3月14日に戻ろう。長電話がやっと終わった。午後二時半の京橋には、人がほとんどいなかった。オフィスアワーだからだ。

 百合子は不審を抱いた。『誠はどこから電話をかけているのだろう?』と。『トイレかなあ?』とも思った。最近大川油脂は、激しいノルマを、社員にかけていた。そのうえ、上司が、いわゆる体罰系教師に似た性格の人間だった。また、構造的にも大きな不平等主義を貫いていた。合併企業でもないのに、会社内の、給与体系が、二重になっていて、大手商社から乗り込んできた人間は、元の大手商社並の給料をもらい生え抜きの社員は、大川油脂が、小企業だったころの名残りの、低い賃金で押さえられていた。

 誠は最初の10年間は、たいへん恵まれた社員生活を送っていた。有名大学の出身ではないのにもかかわらず、本社の中枢機能を任されていた。テレビコマーシャルを担当したり、雑誌コマーシャルを企画したりしていた。タレントのところへ出入りしているうちに、そこの家で、フリーター同然で、暮らしていた息子さんと仲良くなって、その子がタレントになっていく道を付けてあげたりしていた。つまり、或る母子家庭の中で、母親がタレントであったために、子供に充分に目が行かず、子供が成長しきれていなくて、どこにも勤めに出て居ないご家庭を救ったのだった。

 紗良ちゃんとは、自分が大学生のころ、まだ高校生だった彼女と出会って、その後9年間もの長い春を過ごした後で、二人だけで、資金も計画もあつらえて、みなとみらいのホテルで、立派な式を挙げた。会社の上司も来てくださって、楽しくて立派な祝辞をくださった。だが、そういう上司が、みなさん、追い出されていったそうだ。経営上の覇権争いがあって、そうなったらしい。誠の周辺には暖かい気分で見守ってくれる存在が居なくなった。そして、体罰系教師と共通する態度や、性格を持った上司が大手商社から乗り込んできて、ビシビシと激しいノルマを課すので、大勢の若手社員がうつ病にかかって辞めるか、入院をしていった。『そんな会社で、たとえトイレの中であっても、これほど、長時間私用の電話、しかも、一種の愚痴を話していて大丈夫だろうか』と、心配した。大川油脂は、誠が勤め始めたころとは違ってきていて、弱肉強食の世界になっていたし、ほとんど、ブラック企業化していたのだから。カンブリア宮殿に出てくるような人情味あふれる社長の居る会社ではなくなっていたのだ。

 そんなことを考えているうちに、もう一度電話がかかって来た、むろん誠からだった。そして、今度は短くして切れた。終わった後の、浩二の様子が変だった。先ほどまで、何を聞いても自信ありげに、明るい態度であり、かつ毅然としていたのに、今度は、しょんぼりしているみたいだった。百合子は心配になって、「どうしたの?」と声をかけた。すると、「誠が会社を辞めたみたいだ」と言う答えが返って来た。

 『間に合わなかったのだ』と言う、胸に迫る悲しさがあった。

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第九章、『ペンは剣よりも強し。されど、武器と言うものは両刃を持つものだ。他者をさばけば返す刀で、自分が切られる。しかし、自分の代わりに、その息子を狙うとは、卑怯な奴らだ。だが、どうして、彼らを制裁できる? その行動が、目に見えないのに?』

 大川油脂がブラック企業化していったのは、自然なことではなかった。それは、間接的な手法であるが、息子を追い出す仕組みの一つであって、真心があり、優しさがある息子には、すでに、社風が合わない会社にはなっていたのだった。そこへもってきて、子供の将来へ関する不安が生じた。二重の不安で体力が続かなかったのだった。だけど、日本の企業とは、余力が十分あって、社員が、たとえ病気になってもかばってくれるのが普通ではなかったのか?

 百合子が学生のころ卒業生が帰って来て大学の講堂で講演をした。新聞社に勤務している先輩であって、『ペンは剣よりも強し』と言っていた。百合子は自分のペン先が、意外な強さを持っているのを、知っていた。既に知っていた。たとえばおお相撲壊滅作戦と百合子が言っている、野球賭博問題である。おお相撲には、横綱審議委員会と言うのがある。そこが、問題を処理すべきなのに、突然、伊藤滋氏を座長とする委員会が作られて、おお相撲の世界を引っ掻き回し始めた。

 これは、なにゆえに、行われているかと言うと、百合子が国家と言う単位が大切だというから右翼とみなされているからだった。右翼 とは、日本文化を大切にする人たちだ。では、日本文化の中で、もっとも、分かりやすいのは何だ。そして、最も多数の大衆を巻き込むことができるのは何だ。と、なって、おお相撲が狙われたのだった。

 目的は百合子をからかうことにあるのだったから、組織として、おお相撲の横綱審議委員会を使うわけにはいかなかった。それほどの、大問題ではないからだ。だが、百合子はすぐ本質を見抜き、対応するブログを書いた。すると、かえってことは悪い方に進行をした。一年間も続いたのだった。ただ、伊藤滋座長の弱点などを指摘すると、すぐ、別の委員会が、相撲には全く関係がない奥島隆康氏を座長に据えて、作り上げられたので、百合子は、自分のペンの威力を自覚し始めた。ブログ内では、それを、書くと読者に嫌われると思い、書くことはなかったが、自分のブログは、非常に大きな力を持っているのだった。

 それなのに、息子誠を救うことはできなかった。

 百合子は、国際基督教大学の出身であって、英語が得意である。この時、胸の底から、英単語が一つ、浮かんできた。Alas! 悲しい。なんと悲しい事だろう。自分には、充分に力がある。だが、ペンの力で、息子を救うことができなかったのだ。アラース、悲しい。なんと悲しい事だろう。

 予感はあった。大川油脂が、ブラック企業化していた事。M物産から乗り込んできた、重役が、ヒステリー性格の持ち主であって、元の本社でも嫌われていた人材である事。これらは、意図して、計画をされたことであり、そのことには、数年前から気が付いていた。

 だけど、具体的な形としては、まだ、何も現れていない時期に、それをブログの中で、どういう風に表現をしたらいいだろう。そして、表現をした結果、何が起きるだろうか? プラスの方向へ転換して、息子が会社を辞めないで済む。反対に、マイナスの方向へ作用して、息子が、退職に追い込まれる?

 歌舞伎の世界の枢要なテーマはディレンマである。二つの方向へ身が引き裂かれるということが、主要なテーマである脚本が多い。百合子は、2015年9月の夜の部で、玉三郎が、主演する【名物伽羅先代萩】を見たが、これも、乳母(めのと)政岡の、若殿への忠義と同世代の子供である我が子への愛の、ディレンマを描いている。忠義の概念は、現代日本では、ほとんど失われていて、脚本が古いなあとは、思う。だが、身が引き裂かれる様な、ディレンマは、今なお、日常的に転がっているのだった。

 百合子には、収入はない。だが、すでに、ひとかどの人間になっているのだ。力を、それなりに持っている。だが、息子を救えない。しかも、その息子の苦境とは、自分が力を得たから、発生した事態である。なんというディレンマ、なんという苦しみ。だが、「ここで、自分が、パニックに陥って、どうする?」と、自問自答をする。それこそが、敵の、真の狙いではないか。自殺をしてほしいと願われている。その最も大きな弾丸として、息子が兵糧攻めにあっている。悲しい。悲しい。だが、だからこそ、自殺をしてはならないし、日常生活を明るく送らないとならない。
 『弱体化してはいけない。ここで、引いてはいけない』と、百合子は固く決意して、彼ら、CIAと、そのエージェントが繰り出す、闇の世界で起こされている犯罪を、次から次へとブログの世界で、分析していくことと成る。そして、あいま、あいまに、「今の自分は、自分にできることだけを、やっていくだけです」と言う言葉を挟む。深い悲しみを胸に秘めながら、表向きだけは毅然として。

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第十章、『最後にすがるのは、神様である。神様だけは、不当な苦難に出会うものを、見守っていてくださるのだった』

 著者敬白

 ここには大量に書くことがあるのです。しかし、それに取り組み始めると、本日の大半を費やすことと成るでしょう。それは、脳の使い方としては、もったいない事です。しかもすでに、19000字を超えているので、ここにつぎ足すことができません。

 それに、その大部分は、すでに、ブログの中で、実名ノンフィクションとして、書いていますので、こちらで、小説の形で繰り返すことはなく、次へ進みたいと思います。将来余裕ができた時に、ここに、つぎ足すかもしれませんが。なお、この一文ですが、まだ、初稿として、書き終わったばかりで、推敲をしておりません。だが、発想が、次から次へと浮かんでいるので、この文章の総タイトルに、「初稿がここで、終わります」というしるしに、よく使う☐印を入れておき、次へ進みます。
  なお、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3115685です。

 2015年9月26日から27日にかけてこれを書く。雨宮舜(本名、川崎 千恵子) 

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山口みつ子さんが殺されたころ、私も外人に、暗殺されそうになっていた

2015-09-26 13:04:08 | 政治

 今は、土曜日の午後5時ですが、やっと完成をしました。こんな、短い文章でも、長時間がかかりました。内容が、重くて、濃いので、整理するだけでも、疲労困憊するという感じです。でも、曽根原さんの文章一つでも、突っ込みを入れ、ふくらましたいところですが、今日は我慢をして、軽く過ごしておきましょう。

副題1、『今、調査ちゅうに、偶然、昔書いた重要なものを見つけたが・・・・それが、山口みつ子さんの他殺説の補強に繋がるので、ここで、再録をしておきたい』

 この一文の、********罫線以下に置いた7本のリンク先は、【CIA(?)が、うちへ来る】と言う総タイトルで書いた、日本での、私を暗殺しようとする試みの、1965年に続く、二度目の暗殺未遂事件の詳細です。パリのバスティーユでも、拉致されそうになっていますが(そちらは、1998年の事です)。なお、念のために申しておきますが、私は誰からラ殺されなければならない様な、悪いことは一切していないのですよ。だが、現在最高の特権階級である瀬島龍三の悪業を知っているので、こういう事になるのです。

  それは、フォルクスワーゲン問題を書く為の調査をしていた間に、見つけたシリーズです。これは、私としては、総タイトルに、『CIAが、うちへ来る』と言うシリーズで書いているのですが、6年前の事なので、そりゃあ、恐る恐るであって、清水の舞台から飛び下りる心境で書いたものです。で、できるだけ、温和に見せるために、各章のトップに、美しい写真を原文では入れてあります。

 実はこれを書いている裏側で、山口みつ子さんが、殺されていたのでした。彼女の方はマンションに住んでいるので、意識不明の状態にして、窓から突き落とされて殺された、のだと思います。私の方は、以下のごとくで、行われ、無事に突破できています。

 で、これを書いていた時分には、

 山口みつ子さんは、すでに、亡くなっているのですが、私は、知らせを受けてはおりません。銀座の画廊には、多数に、寄るのですが、うわさ話をしない人なので、知りませんでした。

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副題2、『ここで、近藤実(奇魔々美術館・館長が登場する。それで、山口みつ子さんが他殺だと、確信をしたのだった』

  本当に暗澹たる時期でした。ところで、ここで、重要な登場人物がいます。こちらの、【CIA(?)が、うちへ来る】シリーズに、たいして、「なんだ。大げさなタイトルをつけているけれど、たいしたことないじゃあないですか」と、コメントを、よせてきた人物がいます。それが、近藤実さんです。

 この人は、一時期、心底親しかった人です。しかし、そういう人物程、敵に寝取られるの、たとえ通りで、敵さんは、重要な戦略武器として、彼を私から引き離し、すでに、敵のスナイパーとして使っている時期でしたから、同情のかけらもないひどい感じのコメント、をもらっても、「別にー」と言う形で、やり過ごしました。礼儀は常に尽くしているつもりです。

 しかし、それと同時にか、その前後に、個人的なメールをもらって、「山口みつ子さんが、自殺をしたのに、知らないのですか?」と言ってきたのです。その原文メールは消えております。私はプロヴァイダーとしては、AOLを長らく使ってきたのですが、それは、マイクロソフトが、発展する前に、商売を開始したらしくて、マイクロソフトの、システムを使っていなかったので、パソコンが壊れると、ハードディスクにも残っておらず、すでに、消えています。

 しかし、内容は覚えております。『知らないのー?』と、一種のからかいを込めて、『親切に、知らせてあげましょう』と言う文面です。しかし、その他の場面での、状況から考えて、すでに、敵と化している人物から親切ごかしの、文章をもらっても、気色が悪いだけです。

 しかも、彼が、自発的に、こんなことをしてくるほどの、交友関係ではないのに、送ってくる。それ故に、近藤さんは、誰かに依頼をされて、これを、書いていると、感じ取り、そんな裏側を持つ、情報は、ためにする情報であり、

 では、このメールの真実の目的は何か?と、考え始めるのでした。で、分かったことは、これは脅かし用のメールであり、山口みつ子さんは、他殺であるということです。しかし、ここでは、十分な説明をいたしません。近藤実さんに関しては、こんな簡単な文章で追われる間柄ではなくて、10万字以上を書かないと、真実が語れませんので。

 私は最近でも、自分は、聖書の中の言葉、野の花を見よ、空の鳥を見よ。彼らは、耕さず、紡がないと、書いてあるのを実践をしていて、自らは、たくらみごとをいたしません。しかし、相手が仕掛けてきたときは、瞬間的に分かるのですよ。近藤さんの場合も瞬間的に、それが、分かり、したがって、みつ子さんは、殺害をされたのだと、確信をしました。

 今、山口みつ子さんの、死の時期をもう一度年度として確認する為に、グーグル検索をしていたところ、

mmpoloの日記 の日記と言うのを見つけました。これは、ある種の問題があるので後で、丁寧に検討しないといけません。

 だが、それを読むと、日時、年度が、間違っていなかったことがわかります。ただし、グーグルで、検索を掛けると、私の文章が多数出てきたのに、今は出てきません。それほど、真実に迫っているという事でしょうね。上の、曽根原さんのブログなど、非常に表面的で短いものだから、生きているというか、生かされているわけです。別に曽根原さんを、敵に回す気はないが・・・・・彼は、誰に勧められてブログを始めたのだろう。

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副題3、『しかし、はるばる来つるものかは、とは、自分自身でも、驚くが・・・・・』

 この【CIA(?)が、うちへ来る】シリーズを、今思い返し、読み直してみて、感慨が深いのは、どれほどのレベルで、まだ、真実を書くことに対して、及び腰だったかと言う事です。

 で、各章の最初に、美しい写真を載せて、ブログの中身の、恐ろしさを緩和させております。

 しかし、今、その六年後の今の様に、別の方で、私を苦しめぬいている鎌倉雪ノ下の部分をも、書いて、居る時期に、なってから、全体を俯瞰をしてみると、当時は、どれほど、直接的に、私に対して、殺してしまおうかと、たくらまれていたのが、分かります。しかし、それを、なかなか、書くことができませんでした。この、シリーズが、なんとも、懐かしいのは、一段階を超えた文章だからです。それ以前に比べると、思い切って書いた、一段階ステップアップをした文章だからです。上手になっているというわけではないのですよ。そうではなくて、この壮大なミステリーの謎解きにとって、文章化するという点で、ステップアップした文章だからです。いつも35%ぐらい曝していますと、書いていますが、その35%まで達したのが、この文章群だったからです。

 銀座の画廊るたんの入っているビルの一階で、この外人と出会ったのでした。そんな人間が、この鎌倉雪ノ下と関係があるなどとは、普通は思わないですね。だけど、私は勘が鋭いから、分かっていたのです。

 私を暗殺したがっているのは、元駒澤大学教授である、前田祝一氏と、その奥様清子さん(國學院大學講師でもある)と、安野忠彦氏と、智紗夫人たちです。安野夫人宅のベランダから、10mの高低差を利用して、水をぶっかけられましたね。あれは、石か何かに、変更すれば簡単に、私を殺せると、思った予行演習だったでしょう。この山の悪人連中は、ゲームとか遊びと言う形で、あとから来た連中で、よく事情を呑み込んでいない人間を巻き込んで、徐々に、徐々にと言う形で、人殺しをやっていくつもりなのですよ。

 どうして、彼らがそうしたいかと言うと、彼らが、行ったアジサイ畑欺罔事件と言うのを、書いているからです。それは、普通の人たちが行ったとしては、恐ろしすぎる一種の犯罪ですよね。それをどうして行ったかについては、裏に瀬島龍三が居たと、思うのですが、それを、私が解っているからこそ、殺してやれと、出てきたのです。

 それが、雪の下で起きていた現象ですが、一方で、銀座(実際には、京橋)で、起きていたのが、山口みつ子さん殺害の、企画です。私と山口さんとは、お互いに認め合い敬愛しあっていたのです。画廊るたんの、中島さんなどとは雲泥の差のある、品格の高さでした。みつ子さんは、文房具メーカーの社長さんのお嬢さんだそうです。

 彼女を殺した理由や目的が、鎌倉エージェントと私が呼んでいる、バカげた頭脳と、行動の持ち主たち、を助けるためだから恐ろしいです。何度も繰り返しますが、加害者どもは、普通の市民なのですよ。2008年に、お隣が、家を新築し始めたのですが、その真っ最中にも嫌なことをされています。その家は夫婦そろって東大卒の、建築家で、明瞭な作品としては、横浜銀行、鎌倉支店を作ったと、聞いていますし、数寄屋橋阪急も彼の作品ではないと思うが、同じ会社のモノです。そして、ザハハディド女史の再復活案も手掛けるところだったとか?

 そこに最近では、渡辺賢司と言う人をも加えています。9月の第一から二週にかけて、頻繁に目の前を彼が行き来していましたが、これは、自然なことではないでしょう。彼らの常とう手段なのです。『おまえが書いた文章の登場人物を目の前に歩かせてやる。それは、ストレスになるだろう』と、思っているのでしょう。だが、私は、すぐ、それを傍証に使います。

 逆手にとってと言うのは、よくない言葉遣いですが、理不尽な原因と、理不尽な理由で、追い詰められているわけですから、私は、生きるのに必死ですし。 

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画商を装って、CIA(?)が、うちへ来る

2010-01-19 11:01:47 | Weblog

 

CIAがうちへ来るー2、本当に来るが、名前を明かさない

2010-01-19 12:47:02 | Weblog

 最初にお断りをしますが、本日は、たった三時間で更新しました。で、下に、『画商を装って、CIAがうちへ来る』が、ありますので、それをもごらんをいただきたいと

 

 

C・I・A君の、真の狙いは、セックス、それとも暗殺

2010-01-19 16:22:21 | Weblog

 

CIAが、うちへ来るー4、絶体絶命(?)

2010-01-19 23:24:43 | Weblog

 

CIAが、うちへ来るー5(因縁の玄関から)

2010-01-20 22:00:06 | Weblog

 

CIAが、うちへ来るー6(胸に秘めたるピストルが?)

2010-01-21 22:31:30 | Weblog

 

CIAが、うちに来る7(皆様のご批判に応えて)

2010-01-22 16:56:43 | Weblog

 

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VW問題。NOガス規制を、日産でクリアーしたのは、我が主人のチームだった、現在推敲中

2015-09-26 00:55:33 | 政治

  この一文は、午後零時から夜の9時半まで、総タイトルを、『VWの排ガス規制用アプリに、嘘があったという問題こそ、IS国の裏側に、CIAが、居ることの傍証となる』としておりました。でも、夜の7時のNHKニュースを見たら、フォルクスワーゲンの排気ガスに、大量の窒素酸化物が含まれていたという文言があったので、総タイトルを『フォルクスワーゲン問題。NOガス規制を、日産で、クリアーしたのは、我が主人のチームだったが・・・・・』へと変更しました。

 と書いて、初稿を終わらせ、現在は次の日で、推敲を始めようとしています。したところで、すでに、2万字に近いです。で推敲をしていくと、二万字を、超える可能性が強いので、後半部分を独立させて、二つに分割をいたします。で、総タイトルも前半を象徴する、二番目のものへと戻します

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副題1、『謀略が後ろにある問題へ、早すぎる取り組みをすると、私自身が、窮地に陥る過去例がたくさんあるが・・・・・しかし、三日目にして、取り上げざるを得ないと、思い入るVW問題』

 私は、現在、謀略の事を専門に書く様になっています。日本の一般庶民を欺くニュースが多すぎるし、それによって誰が守られるかとか、そのずるい処理で、処罰を受けないで、済んでいるのは、だれなのかとかが、ものの見事に見えているからです。

 しかし、私の73歳の人生の中で、出会ってしまった何人かが、日本の、エージェント界の、もっとも大物であったが故に、25歳ごろから、足を引っ張られ続けてきていて、まだ、大出版社で、公刊の書物が出せていません。それが、弱点となっているでしょう。で、そこを、いまだ生きている井上ひさし(彼こそ、現在の日本では、大物中の大物エージェントとなっていますよ)から、このブログへのコメントの形をとって、『あんた、負け組』とののしられている所以でもあり、

 また、佐野研二郎のエンブレム問題で、私が何を考えているかを推察し、それを書かせない様にするために、一般社会に、よく名前を知られている香山リカさんに、文章を書かせて(→spa online)、私の機先を制して、やっつけようなどと、されているわけです。香山リカさんの文章は、非常によくできていました。しかし、重要なポイントで、問題が、2,3あって、それは、「将来、書きます」とお約束をしていながらも、まだ、取り組めていません(後注1)。次から次へと、対応をしなければならない問題が出てきていますので、・・・・・・

 今、春日井市で、ラーメン店が襲われました。これも、もしかしたら寝屋川事件とか、周南事件とか、熊谷市のペルー人事件と同じ流れで、行われているものかもしれません。日本人を脅かすために、事件前の犯人と被害者の間に、何の感情的いきさつもない人間を殺すところが似ています。そして、熊谷事件の方で、追い詰められたと感じた真犯人側が、熊谷事件では、お金を取ってくるのを忘れたので、今度は、お金は取らないといけないということで、今後は強盗だとなっています。この真犯人を、愛知県警が捕まえてくれるといいのですが。

ところで、25日の午前二時に、その熊谷事件に関する新しいものを、書いています。その副題3に、

また、嘘が発表をされた、熊谷6人殺し。  2015-09-24 23:33:12 | 政治

また、また、嘘を発見しましたよ。NHKニュースウォッチ内で)を、書いています。それを、ご覧いただきたくは、存じます。今章も、完成までには、相当に、時間がかかる見込みなので、そちらを先にお読みいただいておくと助かります。それは、午前二時に書いたので、ほとんどの、読者は、睡眠中でいらっしゃったと、思うので、そちらを先に、お読みいただいておくと助かります。

 今章も、文章を書く前に、多大な調査を必要とします。主に自分の書いた過去ブログの検討ですが、これが、5000本以上あり、かつ、総タイトルに、本音とか、本当のテーマとかを入れていない場合が多いので、見つけるのが至難の業なのです。

 私は、1999年から、パソコンを利用して文章を書き始めたのですが、多大な妨害を、パソコンに受けてきていて、すでに、新品と中古を、合わせて、20台も買ったという始末です。そういう激しい攻撃を潜り抜けるためには、いかにも庶民が書いた下世話な文章と見える書き方も重要だったと思いますし、総タイトルに、真実のテーマを入れないという手法も、役に立ったでしょう。それから、完成を待たず、思考が脳から出た途端に、公開してしまうという手法も助けになったと思っています。しかし、結果として、誤変換が多数残る形になり、かつ、下世話なエピソードが多数挿入されているという形になり、プロっぽくないのです。政治評論としては、プロの書いたものとは思わせない手法を取ってきました。

 それ故に、総タイトルの工夫もあって、いつも、さりげない総タイトルをつけております。それに騙されて、このブログを読まない人は、『ああ、それで、けっこうで、ございますよ』と、思っているわけで、そのことを、私は、「歴史の証言の為に書いている」と、言ってみたり、「神様への貢物として、これを書いています」と、言ってみたりするわけです。

 しかし、VWの、排ガス規制の問題を書くにしても、過去の膨大な、ブログを再検討する必要があるので、長時間がかかる見込みです。これは、IS国の本質を表す事件だし、それゆえに、アルプス激突事件とも無論の事、関わりがあるからです。

 なお、一つだけ、関連文章を見つけていますので、それを、あと注2として置いておきます。その文章も最初に自分が作ったケーキの写真などが出てきますので、『え、こんなの。なんですか。いわゆる閑話休題の類でしょうね』と、お思いになって、読まなかった読者も多い事でしょう。たとえば、鶴岡八幡宮様とか、私の西隣の小野寺夫人等は、読まなかった可能性があります。それは、そちら様の勝手ですが、読まないで、ただ、ただ、誰か悪人たちの教唆通りに動いていらっしゃると、そちら様が、神様からの叱責を受けるということと成ります。そして、災禍が続くということと成ります。

 それを書いたのは、9月4日であり、しかも同じ日に、2本のブログを書いていて、あと注2に、上げた文章が、下の方に、隠れている形になっておりますから、無理もないのです。が、そこに、今章に、つながる、問題がすでに、取り上げられています。特に副題3以降に。つまり、株価の下落がどうして起きるかと言う事。

 そこから、VW問題も、その真実が読めてくるのでした。

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副題2、『北京には、パレードブルーと言う言葉があるそうだが、私の主人は、日産自動車時代、排ガス規制の実効的発明をした人間である』

 この間、北京で、戦勝70周年記念パレードが行われました。その際には、北京の空が真っ青で、いわゆる秋天の典型を表していて、PM2.5など、どこへ行ったのかしらと言う様な映像が、放映をされました。しかし、北京市民に言わせると、「これは、政府当局が、個人に対して、車を使わない様な規制をかけているので、こうなるのだ。これは、パレードブルーです」と言っているそうです。きっとそうなんでしょう。

 ところで、重油を温めると最初に出てくるのがプロパンや、ベンゼンなどの揮発性物質です。トルエンも入っているでしょう。その次の段階がガソリンです。その次の段階が軽油です。その次の段階が灯油で、さらに、進んで、最終段階の、経済価値のある生産物が、ピッチ(=アスファルト)です。最初のガス段階でC(炭素)と、H(水素)の混合物だけですが、次のガソリンの段階で、不純物が含まれ始めます。

 うちの主人は、日産自動車の研究所勤務時代に、ノックスガス(窒素が、含まれているもの NO,とか、NO₂他)を、白金を使った、触媒装置で、取り除く発明をいたしました。だから、社会への貢献度は多大な人間です。それなのに、一家が、石川和子さんとか、安野家とか、前田家より、下手に置かれて、苦しめられるのは、本当に存外なことなのですよ。弟かは息子に、不当な損失が与えられている可能性すらあって、私の怒りは深いです。海よりも深いというほどです。 たとえば弟は、アルハンブラ宮殿を1998年に、訪ねましたが、休館で入れなかったそうです。

 スペイン人と友達になる機会は、それ以降も多かったのですが、アルハンブラ宮殿が休館になることは絶対にないそうです。香山リカさんが、・・・・・大物ぶっている人間が居て、何とか、癇とか、と、バカにする様なことを、おっしゃっているが、そういうケースから考えると、私は、確かに大物に違いないのですよ。

 また、三国屋善五郎と言うお茶のお店(チェーン展開をしている)があるのですが、その大船ルミネウィング店が、閉店になるそうで、今、商品の50%引きセールをしています。これも、将来、私がそこに関して、息子への被害を丁寧に語る可能性があるので、閉店をするのだと思います。私の文章に現れた物的証拠を、なくしていくの例の、典型でしょう。京浜急行から派遣をされて来る、ルミネウィングの支店長が、昔、何かを、したのです。わかっていますよ。三国屋善五郎の現社長も何か、悪いことを息子に対して、やっています。京浜急行から派遣をされている支店長に対しては、杉本横須賀市副市長夫妻から何かが入った可能性があるし、反対に、そこが、現在はJR東日本から派遣をされてきた支店長が牛耳っている部門であれば、鎌倉エージェント特に、伊藤玄二郎とか、成岡庸司君が動かした可能性はあります。

 そういうわけで、現代社会の中で、『勝ち組です』などと言って誇っている人も、裏を返せば、さじ加減一つなのです。現代の最高権力者とは、安倍総理大臣でも谷垣自民党総裁でも、なんでもなくて、鎌倉エージェントと私が括っていて、実名をさらしている連中なのですよ。伊藤玄二郎をはじめとする人間たちの事です。東京に住んでいる石塚雅彦さんなども含みますが。そして、そのうちの、誰かとコネを持っていると、お金も名誉もじゃぶじゃぶと懐に入って来ます。

 で、こういう事を書くと、私達一家はみじめすぎることを吐露する事と成りますね。ところが、ここに神様の存在がある。そして、神様は、こういう不当な苦難に見舞われている存在に対して、大きく手をさし伸べてくださってもいるのです。しかし、そちらの方の詳細については、今も、将来も、語りません。語れば、その恩寵がまた、悪魔たちに、奪われていくから。ただ、この地球上に起きていることは、すべて、バランスが取れているのだと、いう事だけを語らせていただいて、先へ進みます。

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副題3、『なぜ、今まで、排ガスの排出量の嘘が問題になっていなかったのか?』

 今まで、この問題が、取り上げられることがなかったのは、欧米では、人口密度が小さい(少ない)のだということがあります。ここで、自慢ではなくて、実感として語らせていただきたいのですが、1999年に、私が行った、ニュージャージー州への小旅行の話です。紹介をして貰った、ニューヨーク在住の音楽家に、約束500ドル+遅く帰宅するためのお礼100ドル(当時のレートで、7万5千円に相当する)のお礼を支払って、プリンストン大学等へ連れて行ってもらったことがあるのです。

 最終目的地は、レンブラントです。そこには、1.6ミリの厚さで、しかも裏面が、しっかりしたプラスチックで補強をされている銅板の、大サイズのものが売っているはずでした。ニューヨークには、キャナル・ストリーと言う中国人街があって、そこに、パールペイントと言う世界堂に似たお店があります。珠江・画材店と言う中国語の、翻訳がパールペイントになるのだろうと、推察していますが。
 そこか、もう少し、高級な画材店で、ニューヨークセントラルと言うところも、ニューヨーク大学の近辺に、あって、両方に、その銅版が置いてあるのですが、サイズは小さいものだけです。

 私は版画家としては、深彫りのヘイター方式と言うのをやっていますので、その銅版が使うのに、適切であり、かつ、まだ、国展と言うところに出品をしている時代だったので、大型サイズの版画を作る必要があったのでした。

 で、その小旅行の間中、前後左右に、一台の車もいないのですよ。アメリカは広いです。人口密度は、小さいのでした。

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副題4、『じゃあ、パリやニューヨークはどうなっている?』

 アメリカは広かったです。しかし、都会がありますね。ニューヨークはどうなっているのだと、質問を受けるでしょう。そこですが、またまた、自慢げになって申し訳ございませんが、ニューヨークひとり暮らし、3回をこなしています。90日間か×二回、および三回目として、11日間。

 で、東西に、渡る道路ですが、車の通行量は少ないです。南北に通る大きな通りですが、早朝は静かです。八階に2週間ほど、住んでいたのですが、下の大通り、8th Ave を、早朝騎馬警官がパトロールするのですが、蹄のパカパカいう音で目が覚めて、急いで下を見下ろすと、車が全くいない通りを、騎馬警官が一騎、ぱかぱかと、通っているだけだったのです。
 その場所で、東西を交差する通りは、53丁目であって、いわゆるタイムズスクエアーには、五分で行かれる場所ですから、如何に、現地の人が、車は使わないかと言うことがわかります。マンハッタン島内部に住んでいる人はバスを使うのですね。地下鉄も使いますが、バスの方が安全だと、みなされていて、ほとんどの人がバスを使います。

 それから、自転車もよく使われます。地下鉄に自転車を乗せてもいいのですよ。だから、芸術家などはラッシュアワーを避けて移動をするので、自転車で、最寄り駅まで、行って、目的地の近くの最寄り駅で、自転車を下すのです。ただ、地下駅への進入がほとんど、階段だけなので、自転車を使う人も、健康な人でないとだめですが・・・・・

 そういえば、日本の駅って、ほとんどの駅に、エレベーターとか、エスカレーターが常備されています。日光に行った時にJR東日本の、日光駅にその種の設備が何もなかったのには、仰天をしましたが、収益にかかわらず、作るべきでしょう。世界遺産なのだから。だけど、あまりにも過剰にそういう施設を作ることによって、無駄な電気を使っていますし、子孫に対して、破壊された原発と言う恐ろしい負の遺産を積み上げているのが、現在の日本でもあるのですが。こういうポイントでも、日本人が劣化したということをまざまざと見せつけられてしまいます。

 もちろんのこと、マンハッタン島の、東側にかかる大きな橋・三本には、朝夕のラッシュアワーには、大量の車の、往来があるのでしょう。それがよく写真に撮影をされていますよね。だけど、昼間のマンハッタン島の内部では、鎌倉の我が家の下程も、車が通っていないのです。夕方五時ぐらいなどに、紀伊国屋書店から旭屋書店へ移動をしようと東へ向かって歩いていたりすると、車には、一台も出会わなかったりします。

 パリの状況へ移動をしましょう。シャルリーエブド事件で、110万人がデモを、そこから出発させたと言われる、共和国広場と、そこから、南へバスティーユ広場に繋がる通りなど、相当に幅が広いのです。ところが、こちらも雨の日の夕方なんて、人も通っていなければ、車も通っていません。パリ在住の人は、こちらもバスや地下鉄を使うのです。または、歩く。そして、観光客も庶民は同じです。みんな歩いて移動をしています。または、地下鉄で、移動をしています。車を使いません。だから、排気ガスが充満をしていないのです。レンタカーのオフィスなど、ニューヨークやパリ市内では、ほとんど見たことがありませんし。だから、今まで、フォルクスワーゲンの、軽油エンジンが、排ガスを大量に排出していることが問題にならなかったと思われます。

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副題5、『日本では、このポイントでは、石原慎太郎都知事が功績を上げている』

 石原慎太郎氏と言うのは右翼的とみなされている人です。しかし、安倍晋三曽織と同じく、決して、私のみかたではない人です。特に、私がブログで、謀図かづおの紅白だんだら屋敷と、【洗礼】と言う漫画を論じた途端に、表現の自由規制をする、都条例を発令しました。これは、徹底的に、鎌倉エージェントからの働きかけによるものでしょうから、そこでは私の敵にあたります。そのうえ、都立、または、区立図書館の電源プラグを閉鎖したことも、鎌倉エージェントからの働きかけによるものでしょうから、それも、私に敵対する措置です。自宅で本の編集をしていると、40m離れた場所に置いてあるルーターの働きかけによるものらしくて、あまりに激しい妨害を受けるので、外で、編集の仕事をしようとするのですが、図書館に、自分のノートパソコンを持ち込んで、仕事をするのが一番健康的な仕事場所です。ところが、すべての図書館で、電源プラグが閉鎖されたのでした。『おお、私はなんと、大物である事か!』と、感動するほどのものです。

 しかし、
氏の、「ディーゼルエンジンは、排ガスが、大量なので、東京都内に、侵入させない」という宣言は、日本の都市の空気を清浄化させるのに、大いに、役立った宣言だったと思いますね。そこに功績はありました。

 で、日本では、ディーゼルエンジン車は、あまり多数は生産をされていません。デザインが美しいマツダが、結構作っているみたいですが、海外向けを意識しているのでしょう。または、人口密度の少ない九州、四国、山陽、山陰地方に、優先的に売るから、排ガスが大量に出ても構わないのだと言えるのかもしれません。

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副題6、『日本では、ディーゼル車をあまり大量には、作っていないのだ。だが、日本株が大暴落ですって。おかしい。そこに、このニュースが謀略である可能性を見出す私だった』

 さて、先ほど、外出から帰宅して、夕方7時のNHKニュースを見たところです。そこで、書くべきことが出て来て、さらに書き進める意欲がわきました。で、続きを明日書きますと、書いていましたが、さらに25日以内に、書き進めます。

 連休が明けたのは、日本では、24日でしたが、そこで、日本株が急落しました。そのニュースに対してNHKは、この様に説明をしています。それは、NHKの記者団がまとめたのか、外部の、しかるべき組織(=経済問題を研究するシンクタンク)が、まとめたのかは、聞き漏らしましたが、ドイツの会社が、窮地に陥ったのに、なぜ、日本株が暴落をしたかと言うと、「部品メーカーなどが、この問題で、不況に陥ることが懸念をされて、日本株が暴落をした」そうです。

 『また、嘘ばっかり言っている』と思いました。どうして、フォルクスワーゲンが、墜落したら、日本株が急落するのですか?

 本日(と言うことは次の日の、25日にあたる)は、早速、日本株は、回復基調に入っています。そして、NHKのニュースウォッチの鈴木菜穂子アナウンサーは、「フォルクスワーゲンと、トヨタは、中国市場で、激しい競争体制にあったが、これからどうなるか?」と言っていました。それは、昨日の段階から、一般の日本人で、少し頭のよい人ならわかっていたことでしょう? 私は、今、余裕資金を持っていません。だから株には興味が無くて、株価を検討したりはしませんでした。だが、機関投資家などは、『しめた。チャンスだ』と感じて、トヨタ株や関連自動車部品メーカー株を買ったのではないですか。特に暴落をしたのだから、全般的に安値で、買えたので、ウハウハの筈です。

 で、NHKが、24日に発表した、解説は嘘八百であり、真相は、下の、あと注2に書いたのと同じ発想で流れたのでしょう。どういうことかと言うと、外人が、これをきっかけにしてえ、日本株を大量に売りさばいたのです。彼らは短期決戦で、この前も、大暴落を引き起こして、大量に勝ち進み、利ザヤを稼いだのですが、その後、買い戻していて、また、値上がりをしたからこそ、また、売りさばいて、大金を利ザヤ稼ぎをしたはずです。

 つまり、世界的規模の大資本家たちが、日本を舞台として、金もうけをするために、口実としてフォルクスワーゲン問題が選ばれたのではないかと、思い至るのです。こういう風な庶民を巻き込み、庶民を洗脳し、庶民を煽り立て、メディアで、炎上させ、大問題だと、思わせている間に、少数の特権者が大儲けをする仕組みは、私にとっては、日常茶飯事で、目にしているモノなので、そこが、分かってしまうのです。ただし、私の説が、この問題の、100%の開設にあたると主張するつもりはありません。だが、15~20%の割合で、それもまた、真実であろうと、見ています。

~後注1、

後注2、 

先週の株価急落は、外人売りが原因だと。其も、日本が、欧米の植民地である証拠である。△△

2015-09-04 11:25:53 | 政治

後注3

フォルクスワーゲンの、不正発覚のきっかけは? NHKオンラインより、コピペしたニュース 2015-09-25 22:42:05 | 政治 

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フォルクスワーゲンの、不正発覚のきっかけは? NHKオンラインより、コピペしたニュース

2015-09-25 22:42:05 | 政治

 以下のニュースは、NHKオンラインから、抜粋してコピペしただけのものです。しかし、私が書いているブログ

 

フォルクスワーゲン問題。それは免震装置の数値改ざんと比較して、よりおお騒ぎをする問題だろうか?

2015-09-25 11:54:06 | 政治

  の傍証に役立つので、公開をさせていただきます。


フォルクスワーゲン不正 発覚のきっかけ

9月25日 18時34分
フォルクスワーゲン不正 発覚のきっかけ
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フォルクスワーゲンのディーゼル車の不正が発覚するきっかけとなったのは、世界各地で活動する「国際クリーン交通委員会」という環境関連のNPOの委託を受けアメリカのウエストバージニア大学が行った調査でした。
このNPOによりますと、調査は2013年から去年にかけて、不正なソフトウエアの搭載が指摘されているフォルクスワーゲンの「ジェッタ」と「パサート」、それにBMWのディーゼル車の3つの乗用車を対象に行われました。
調査では、高速道路や市街地、登り坂などを走行して排ガスの数値を測定しました。その結果、BMWの乗用車が、おおむね基準並みの数値だったのに対し、フォルクスワーゲンの「ジェッタ」は窒素酸化物の排出量が基準の15倍から35倍、「パサート」は基準の5倍から20倍だったということです。
排ガス試験の際の、フォルクスワーゲンの車の数値は基準をクリアしているのに、実際に路上を走行しているときの数値が大きく基準を超え、あまりにかけ離れた結果となったことを受けて、このNPOは、アメリカの環境保護局など規制当局に連絡することにしたと説明していて、これが今回の不正の発覚につながりました。

専門家「耐久性と燃費高めるねらいか」

フォルクスワーゲンのディーゼル車の不正が発覚するきっかけとなった調査を委託したNPO「国際クリーン交通委員会」のメンバーで、自動車工学を専門とする早稲田大学大学院の大聖泰弘教授は、「フォルクスワーゲンのディーゼル車の排ガスに問題があるという指摘を受けて、実際の車で調べた結果、基準の数倍から30倍以上の窒素酸化物の濃度が検出された。
さらに調査を進めた結果、意図的にプログラムで操作しているのが実態ではないかという認識に至った」と話しました。
そのうえで大聖教授は、「不正なソフトウエアを使えば排ガスの処理システムが長持ちし、燃費もよくなるので、車の耐久性と燃費を高めるねらいがあったのではないか。また、コストをかければ排ガスの処理はできるが、フォルクスワーゲンは、比較的価格の安い中小型の車が多いので、コストが大きくなるのを嫌ったのではないか」と指摘しました。

世界でトヨタとトップ争い

フォルクスワーゲンは、世界での新車販売でトヨタ自動車と激しいトップ争いを繰り広げています。グループ全体の販売台数は、去年、トヨタのグループに次いで2位でしたが、ことし6月までの上半期ではおよそ504万台とトヨタを僅かに上回り、初めてトップに立ちました。
ディーゼル車をエコカーの柱と位置づけるヨーロッパでは高いシェアを維持しつつ、世界最大の市場に成長した中国ではいち早く現地生産に乗り出し販売台数トップを続けています。
さらに、買収を通じて、高級車や商用車まで幅広いブランドを傘下に収めたことも規模拡大の原動力となりました。その一方、今回の問題が発覚したアメリカでは、ビッグスリーと呼ばれる地元の3大メーカーや、日本メーカーなどとの激しい競争のなか、1980年代後半に現地生産から一時撤退するなど苦戦しています。
4年前にアメリカでの販売拡大を目指して現地生産を再開しましたが、グループのシェアは3%程度と伸び悩んでいて、地元のGM=ゼネラル・モーターズやフォードに次いで14%程度のシェアを持つトヨタグループとの差を縮めることができない状況が続いています。
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また、嘘が発表をされた、熊谷6人殺し。

2015-09-24 23:33:12 | 政治

副題1、『上條陽子展に行ってきたのだけれど・・・・・』

 本日、私は前報の、続きを書かないといけないなあと、思っておりました。ところが、上條陽子展(横須賀美術館)のご招待状をいただいているので、見に行かないといけません。特に、9月27日までなので、本日当たり行っておかないと、何が、わが家の方に、起きるかわからないので、リスキーなので、そちらを優先しました。

 横須賀市立美術館は、島田章三さんとか、杉本横須賀市副市長夫妻とか、画廊るたんに、関して、何度も、ブログで書いているからこそ、行きたくないというか、おもっ苦しい場所となっています。でね。だからこそ、私としては、ずっと、仲良かった、上條陽子さんの個展がそこで開かれて、私に「そこをちゃんと、見なさいよ」と、言われていると感じました。

 しかし、私と親しかった人は、すべて、敵さん方に利用をされていて、上條さんも、先週秋山裕徳太子さんと、一緒に三人展を銀座でやっていましたね。これは、何回目かであって、もう、以前ほど、すっと、真心全開で、おつきあいできる間柄でもないと、思っているわけです。でも、だからこそ、行かないといけないと、思っておりました。まっすぐの楽しみで行くわけではない。上條さんの個展だって、池田20世紀美術館で開かれたものなど、とても楽しみに、純粋な気持ちで出かけていますけれど、今回はだいぶ違う。

 ただし、作品は、非常に洗練をされていて、入り口のブリッジの左側の、吹き抜けを上手に利用した白のペーパーワークなど、素晴らしいものでしたよ。堪能しました。

 そして、珍しく、オープニングパーティにもお誘いがあり、出欠をファックスで、知らせる様に、封筒内に、用紙が入っておりました。この封筒で、美術館のオープニングパーティのご招待を受けると、たいていカタログをお土産にいただけます。美術展のカタログって、大体、2000円以上で売っていますし、ワインやビールおつまみ等をいただけるし、で、美術界のセレブになった気分を味わえます。

 私は、2003年ごろから、2005年にかけて、実際にご招待を受ける立場でした。ところが、月刊ギャラリーの連載を始めると、それは、タウン誌(一種の商業的宣伝誌)だということで、かえって、見下げられたと思います。でも、美術誌って、業界全体を見渡せば、他社のものも、ほとんどの、記事がお金を取って書いているのですよ。月刊ギャラリーは、本文の記事に関してはお金を取らないという方で、もっとも、誠実な方なのです。ただ、余白に広告が入っていますけれど。そして、月刊ギャラリーもどんどん発展していて、今、元毎日新聞の記者であった三田晴夫さんが、美術評論を書いているので、あのお値段だと、とても、お買い得な美術雑誌となっていると思います。ただし、こちらも、競合する、フリーペーパー等が、次から次へと、出てきていますので、経営は、大変でしょう。

 芸術新潮や、みづゑは、出版社・本体が、余裕があったので、そちらから、潤沢なお金が出て居るので、画家から、お金を取らないで、運営できていたかもしれませんが、すでに、つぶれているはずです。美術手帖は、美術館や、図書館の定期購読で、生きているのかな?

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副題2、『午後三時半に家を出て、夜10時半に、帰宅したのだが、その間、スマホのGPS機能で、すべての行動を把握されていたと思う。したがって、鬼の居ぬ間の洗濯が行われたはずだった』

 横須賀美術館のコレクションの中に、宮脇愛子の作品がありました。今、銀座のせいほうと言う画廊で、個展も開かれています。灰色一色で、作られたその作品の前で、とどまって、しばし、感慨にふけりました。自らの人生が、これでよかったのかどうかと言う点でね。私は、真に、主体的に生きているのかどうかとかも、考えながら・・・・・・

 特に何ともやるせない、雨が降っていて、しんみりとせざるを得ない、夕方だったのです。横須賀市立美術館は、観音崎にあります。そして、同じ三浦半島の、もっと南側に、城ケ島がありますね。その城ケ島を舞台に、作られた、北原白秋詩、山田耕作作曲の城ケ島の雨と言う曲があります。・・・・・りきゅーねずーみのー、あめーがふるー、・・・・・・と言うあれですが、本日の雨って、まさにその種の雨でした。傘をささないでも濡れはしないが、千葉県は見えないという雨。

 その雨の中をバスがなかなか来ないので、さらに、考え込みましたよ。しかし、その自問自答の答えは、ここにはさらさないで、置かせてくださいませ。このブログは、今は、政治の問題を書いている場所となっていますから。

 で、やっときた、京急ホテル前のバスストップから乗りながら、今、スマホを持っているから、そのGPS機能を利用して、私がどこにいるかは敵さんたちに、把握をされている。となると、今夜のNHKニュースには、きっと悪い知らせが入っているはずですよ。どうしようかなあと、迷いに迷いながらも、馬堀海岸駅と言うバスストップで、途中下車して、京浜急行に乗り換え、結局、北久里浜の、旧宅へ向かったのでした。

 じりじり、しながらも、以前よりは、ずっと、落ち着いて、余裕をもって、10時半に帰宅をしたのでした。そして、きっとやられたぞ、何か、また、嫌な方向で嘘が報告されるか、それとも、前報だけでも、参りました。あまり、嘘を重ねると、銀座の画廊街の人に被害が及びますね。ここで、寝屋川事件と同じく、または、周南事件と同じく、パタッと、情報を落とすか? ほかのニュースも世の中には、次から次へと起こっていることだし。と、両面を想像しながら、見ていくと、

 悪い方へ、ニュースは、作り上げられていました。だが、相変わらず、笑っちゃうほど、ずさんな頭脳で、考えられたことであって、早速に矛盾が出てきています。

 と言うのも映像でも、その家が映り、鈴木菜穂子アナも、それを、言明したのですが、夫婦が殺された家って、最初の犯行現場ですよ。

 そこで、頭蓋骨陥没をしてしまったら、続く、2件の、殺人は行えませんよ。しかも、車の中に、隠れていて、200m先で、乗り捨てることもできません。

 すみませんが、この続きは明日書きます。

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副題3、『録画をしておいた、NHKニュースウォッチを見て驚いた・・・・・また、嘘を警察が発表をしたからだ。シャーシャーとして嘘をつくのは、上層部がアホだからかな?』

 ペルー人は、意識が戻ったそうです。それは、それで、いいのです。本当は、嘘かもしれなくても、病院に、見まいにいくことはできない筈なので、名前を自分で、言うことができたという事が、どういう方向へ進んでいくかは、さっぱりわかりませんし。

 ただし、明瞭な嘘が、発見をされてしまいました。

 それはね。このペルー人が頭蓋骨陥没の、けがを負った家と言うのが、最初の事件の家だと、言葉でも映像でも、発表をされたことです。最初の事件とは、夫婦二人ともが遺体で、発見をされた家の事です。

 奥様の方が、近所の別の女性をランニングに誘っていたので、その女性が訪れてみたところ、対応が無いので、帰宅をした。その時、ペルー人が車の中にいたのが見えたと、証言をした家です。2階のベランダ部分に、黒い直方体型の、でっぱりのある家です。

 その車は、げんばから、200m離れた場所に乗り捨てられてあったという家です。私は、その事案では、矛盾があると、言っています。

その矛盾点は、あと注2内に、詳しく語っています。

後注1、

海上保安大学校の、練習船が新潟で、内部を9人の高校生へ公開する。

2015-09-23 10:37:48 | 政治

 後注2、

やはり、矛盾があるぞ、熊谷市の、六人殺害・・・・・ペルー人は、私の想像通り、真犯人ではない筈

2015-09-21 13:49:49 | 政治

 

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海上保安大学校の、練習船が新潟で、内部を9人の高校生へ公開する。

2015-09-23 10:37:48 | 政治

 今は、24日の午前五時です。前日の初稿に、ほぼ二倍に近い字数で、加筆をしております。で、今回は、相当に、複雑なことを書いていますので、目次を建てたいと思います。 

副題1、『連休の中でも、美しい朝が続いているが、私もある程度は楽しんだ』

副題2、『いつも、そうなのだが、ちょっと、気を許すと、早速に狙われてしまう。今朝、2015年9月23日の朝も、新しいニュースで、そこへ、話題を、変更して行かないといけないニュースが、報道をされた』

副題3、『ここで、過去のこの種の事件を振り返ってみよう。それらが、如何にドラマチックなものと言う形で、報道されたかを』

副題4、『最大に、恐ろしいことは、熊谷事件は、周南事件の補強策として起こされたという点である』

副題5、『大切なことを書いている最中に、必ず、それを妨害する為のニュースがNHKで、流されるのだが、2015年9月23日の朝に、私が発見した、その種のものは、<<<<<海上保安大学校の、練習船が、新潟港に、寄港をして、そこで、船内を公開した>>>>>というニュースだった』

副題6、『ザハ・ハディド女史の、日建設計と組んだ、再浮揚は、結局はつぶれて行ったみたいだが、これも、見事に鎌倉・雪ノ下と、関係があるのだった』

副題7、『今朝すべての、グーグル検索をやってみた。海上保安大学校と言う項目と、そのニュースと言う項目で。しかし、11時現在何も記録が無い・・・・・したがって、新潟港の、ニュースが、CIA(または、鎌倉エージェントと関係があることが、明瞭に、わかる』

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副題1、『連休の中でも、美しい朝が続いているが、私もある程度は楽しんだ』 

 皆様、寝屋川事件に続いて熊谷事件も、私は、想定されている犯人、が、やっているのではない。これは、プロの殺人集団がやっているのだという説を取っています。特に、山田浩二容疑者が逮捕(再逮捕もあった)されている、寝屋川の事件の方は、警察に、所属する殺人用別働隊がやったのであろうと、示唆さえしております。ただし、私が言っているこういう考察が、証明されることは、この30年以内には、ないでしょう。

  2043年ごろまでに、第三次世界大戦でも起きて、ありとあらゆるレジームが変わったら、その時に、未だ生存中だった警察の最高幹部、とか、NHKの、最高幹部とか、JR東日本の最高幹部から、真実が漏れ出でる可能性はありますが、第三次世界大戦とは、核兵器を使用されるでしょうし、その限り、人類の滅亡だろうから、起きないでしょうね。となると、私の言っていることは未来永劫に、証明されないとなります。ただ、今現在でも、いろいろな、傍証が起きていますので、それを、語らせてくださいませ。

 ただし、過去ブログを探求しないと語れないことばかりであって、それが、大量の時間を必要といたします。それ故に、なかなか、進行をいたしません。特に連休中は、私にもそれなりのデート(ただし、親戚の集まりですよ)があったので、非日常生活が訪れてしまい、このブログも、なかなか、書けないという体たらくであって、だからこそ、短い文章で、一つの事(前報は、ペルー人を真犯人とするには矛盾があるという点で、かつ、例としては、一点だけを、取り上げている)を書く様に、気を付けました。

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副題2、『いつも、そうなのだが、ちょっと、気を許すと、早速に狙われてしまう。今朝、2015年9月23日の朝も、新しいニュースで、そこへ、話題を、変更して行かないといけないニュースが、報道をされた』

 私が今取り組んでいることは、熊谷市の、犯人だと目されているペルー人が二階から飛び降りたのにもかかわらず、頭蓋骨陥没をしていて、意識が無いという問題です。

 そこから、・・・・・・京橋の有名な画廊・・・・・(一般庶民には、知られていないが、現代アートの世界の人には、ごく有名な画廊だった)・・・・・のオーナーである、山口みつ子さん(享年65歳から68歳の間だと思われる)の死が、自殺と喧伝をされているが、違うであろう。他殺なのだ。・・・・・と言うことを証明しようとしているわけです。これは、6年前の、2010年、1月17日に起きた事であって、私は今までも、ポツリ、ぽつりとは、書いてきています。

 しかし、今般、他殺の方法として、先に、頭蓋骨陥没に至る損傷を与えて置いて、マンションの窓から、意識不明の山口さんを、頭を下にして落としたら、確実に絶命するということを発見いたしました。

 今までは、マンションに、先に侵入していた、殺人用別働隊が、クロロフォルムなどを使って、彼女の意識を失わせ、マンションの窓から、落としたのだと、言い続けていました。が、先に、頭蓋骨陥没にさせて置いた方が、圧倒的に、確実ですね。彼らは、同じ手法を取るのだから、このペルー人を犯人として使った一味と、山口みつ子さんを殺した連中は同じ手法を取ったはずなのです。

 ペルー人の方は二階から落ちたとされています。それも、ベランダさえあるのに、巾40cmの窓を使っています。それが、変です。さらに言えば、民家なので、彼が落ちた場所は植木があったか、土だった可能性さえあるのです。そこへ落ちても意識不明とは、絶対にないはずで、これは、落ちる前に、鈍器で、頭を殴られているはずです。それが、真犯人集団が、今般の、被害者である日本人たちにも、集団で、やった事であり、犯人と目されているペルー人にもやったことでしょう。

 ただ、私は山口みつ子さんのマンションの周辺は、コンクリートの筈です。実際の住所は知らないのですが、銀座にごく近い場所に、存在したと聞いています。となると、銀座(=京橋)の近くとは、東側の筈で、新富町、築地、清澄白河あたりまでとなるでしょうね。すると、ビルの周りに植え込みなどが無い形式のマンションが多くて、道路、または、駐車場のコンクリートが、周辺を囲んでいると、推定していたので、事前に、頭蓋骨が、陥没するほどの、傷を与えていたという事には思いが及ばなかったのでした。

 それから、私がブログで、山口さんは他殺であると、2010年度内に書いたら、直後に、沖縄でキャンプを張っていたオリックスの若手投手が、ホテルの窓から、飛び降り自殺をしました。これも、他殺だろうと、思っております。こちらも、非常におかしい事件でした。ただ、劇的ではありましたね。赤ちゃんが生まれたばかりでしたから。この劇的と言うのが、こういう犯罪に共通する事項です。次の副題3で、それを語ります。

 日本人全体の、携帯のメールもしくは、警察用語によると、傍受と言われる盗聴を仕掛けます。その際に、先に検索をかけておきます。「悩んでいる」という言葉で、検索を掛けると、日本人全体の中から、その投手や、他の人が引っかかったでしょう。さらに、「相談をしたいのですが」とか「辞めたいと思っています」と言う検索ワードを、三重に、掛ければ、彼を選任しえたと思います。で、普段から悩んでいたのだから、自殺に見せかけたとしても、とおるだろうと考えられたと、思います。そういうわけで、ある、一人の人間を殺してみたい時に、犠牲者を、選び出すのは容易なはずなのです。このオリックスの投手は、私のブログ(特に山口みつ子さんは他殺ですと言う章)を否定する為に、殺された可能性さえあるのです。岡田監督とか、コーチ陣は、自分が、いじめたみたいに、世間からとられて、とても、お気の毒でしたが・・・・・

 しかし、なかなか、そんなことは書けませんよ。だから、ある意味で、いつも、私は、「ここでは、自分の、知っていることの、35%まで、開示します」という様なお断りを付けては語ってきているのでした。

 2012年までは、私も結構体力があって、こういう問題でも、一気に書けたかもしれません。高槻事件と、最初に称されていて、いつの間にか寝屋川事件と呼び名が変わっている、中一の二人、奈津美さんと、凌斗君の、事件の真相を書いた8月30日(後注1)以降9月の第一週、以内に、このみつ子さん殺害の件も、書き終わっていたかもしれません。だが、第4週目まで、かかっています。ともかく、体力も落ちた事は、確かです。が、その件を書き表すのは、非常に大きな困難を伴うのです。

 で、ゆっくりとやっているうちに、熊谷事件も、起こされて、さらに、6人の無辜の人たちが殺されたわけですが、一方で、別のニュース(総タイトルに、入れ込めた海上保安庁云々)でも、『それを、書くな』と言うサインが出て居るわけです。

 どうしてそれを書かせないと、言う様に、鎌倉エージェントたちが頑張るかと言うと、野見山暁ジの、文化勲章も、何もかも、恐ろしい裏側があったということになり、いわゆる「秩序が乱される」ということと成るのでしょう。しかし、秩序なんて、私から見ると、この雪ノ下で、陶芸教室を開いていた、石川和子さんと言う、女性が、私の猫の事で、警察警邏隊の、警官2人を呼び、「あそこの奥さんを、旦那さんに叱ってもらう様に、旦那に頼んでほしい」と、依頼をした、2005年8月27日、以来、めちゃくちゃに、崩壊しているのですよ。どうしてそうなったかと言うと、その警官二人がとんでもない大失敗を犯しているのと、同時に、石川和子さんが、そういう手配をした裏側に、大権力者、伊藤玄二郎の名前を出したはずだからです。

 そして、その伊藤玄二郎、鎌倉春秋社社長が、どうして大権力を握っているかと言うと、戦後の一大権力者、瀬島龍三が、彼を取り立てて、大権力を与えたからです。それが、どうして起きたかと言うと、北久里浜にあった、横須賀市の水道山をめぐる一種の詐欺事件(地籍変更届を利用したもの)の、裏側を、私がはっきりと、知っていることが、彼らにとっての脅威であり、私を殺したいのが、彼らの本音だからです。けれど、私が、ある意味で、圧倒的に頭が良くて、ありと、あらゆる暗殺の手はずをくぐりぬけてしまい、かつ、そのいきさつを文章で書く人間だから、単純な暗殺が、行えず、したがって、ノイローゼにさせて自滅をさせることを狙っていて、

 わざと、この雪ノ下2丁目にある小さな谷戸に、30年前に、誘い込んで、ご近所主婦を使って、苛め抜く作戦に出たのでしょう。と言うのも、タコ部屋的環境なので、数の論理が通る処だからです。そして、その主婦連中の中で、伊藤玄二郎の、元愛人を自称する、石川和子さんが、住んでいたことが、最大の、目的と言うか狙いにかなうメリットだったので、そういう事にさせられたらしいのです。B5の紙に、こちらの、物件だけを印刷したチラシが、・・・・・電車の移動には、1時間半もかかる・・・・・北久里浜の我が家のポストに、数年間、連続して、入れ込められたのは、そういう話だったのでしょう。で、それに、一回目の、この雪ノ下訪問では乗らないで、過ごしたのに、二回目の、1985年の訪問では乗ってしまったのでした。それ以来、30年間に、渡って、私はいじめを、ご近所様から受け続けているわけです。それは、すこぶる付きの政治的なものだったのです。そして、それを、私は今解明しつつあるというところです。

 そのいじめ用主婦軍団の、筆頭が、石川和子さんだったのですが、彼女の愛人だからこそ、伊藤玄二郎は多大な権力を手にすることが出きたのです。今章で、後半の方で語る、安倍総理大臣が、2013年の、8月1日に、海上保安庁長官に、現場出身の佐藤氏を、選んだのも、誰が間に入った伝達者だったかはわかりませんが、この伊藤玄二郎を中心とした、鎌倉エージェントが、発案したアイデアだったと思います。そこからの依頼だったと、推察しています。

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副題3、『ここで、過去のこの種の事件を振り返ってみよう。それらが、如何にドラマチックなものと言う形で、報道されたかを』

 ここで、挿入と言うか、脇にそれることになってしまいますが、過去にも、CIA、もしくは鎌倉エージェントが起こした事件があります。非常に派手に炎上をさせられます。

 *1)、最も目立ったのが、山本美香さん殺しです。彼女が亡くなった直後、各テレビ局が、独自取材をした(だから、彼女の服装が全部違う)インタビュー映像が一斉に流されました。それで、すぐ異常な謀略だったと、分かったのです。

 *2)、後藤健二さんの一件でも、母と称する、石堂夫人が、私が、北久里浜に行っていて、ブログも書けず、テレビニュースも見ることができない水曜日に、おしゃれをいっぱいして外人記者クラブで、記者会見をしました。その前に、母子で、記念写真を撮っています。

 上の二つは、思想的な問題とか、政治的な部分が絡んでいる問題ですが、私は過激派イスラム勢力の裏側に、CIAが居るという説を取っていますので、この二つの事件は、何重にも嘘が込められた複雑な、嫌なものだったと、思っています。特に後藤健二さんは、生きて、別名で海外で、活動をしているのではないかとさえ、思っております。新しい仕事は、対日、CIA要員としてです。

 しかし、こういう事件でも『すぐ裏側がばれてしまう。これは、役立たなかった。駄目だ』と、なって、もっと、泥臭い、事件も起こされました。一見すると、政治には、何も関係が無い様に、見える事件も起こされました。しかし、派手に派手に、炎上をされるので、やはり、謀略だと、分かってくるのです。

 *3)、一時期は平成の八墓事件と称されて、週刊誌を、席捲した。周南市の山間、金峰での、保見容疑者の、老人5人殺しです。現在では、周南事件と称されて、この2015年の、7月28日に、一審が死刑として結審をしました。これも、言葉の変換が行われている事、および、事件当時、派手に派手に炎上をされたことなどから、すぐ謀略だと判ったうえに、ご近所様が、大喜びをしたので、普通の人である前田夫妻と、安野夫妻が、すでに、CIAの高級エージェントと化しているのではないかと、私が、疑い始めた事件です。胴長を、穿いた、若い警官6人ぐらいが、狭い川を一列横隊になって、さかのぼっていく映像を、テレビで何度見せつけられたことか。それと、窓に貼った保見の川柳、『付け火して、○○喜ぶ、田舎者』も何度見せつけられたことか?

 この周南事件は、私が、諄々と、相当数の、ブログを書いて、嘘だと、傍証づけているので、とんと、沈静化して、世の中の人が忘れ去ろうとしていました。しかし、さらに、ありとあらゆる、政治的現象と結び付けて語るものですから、

~~~~~~~~~~~

副題4、『最大に、恐ろしいことは、熊谷事件は、周南事件の補強策として起こされたという点である』

 *4)、今度は、淡路島で、40歳代の、引きこもり青年平野某が居るのを利用して、親戚の平野一族を、また、五人とか、6人殺しましたね。しかし、こちらを起こされても、私は一切、ひるみませんので、こちらの方も、沈静化しています。とんと、続報が出ません。そして、こちらでも、逮捕された平野某は、「弁護士を呼んでくれ」と言う一点張りで、自白をしたとも聞いておりません。

 で、周南事件は、ご近所の前田夫妻や、安野夫妻、および、大原光孝さんを助けるために起こされたと、見ていますが、それが、うまくいかなかったので、起こされた淡路島の方の、事件も、すぐさま、私が、これは、周南事件があたかも、保見がやった本当の犯罪に、見せかけるための補強用の、事件だと、ブログで書いたために、沈静化したのでしょう。続報をあれこれ出して、炎上化させても、無駄だとなったのです。

 実は最大に、恐ろしいことは、今度の、熊谷市の、6人殺害事件も、この周南市の、事件の補強策として、わざと起こされているという事なのです。しかも、そちらで、失敗した点を、見事に、カバーをしています。犯人を日本人ではなくて、外人にしている上に、半殺しにして、口をきけなくさせています。まともに向かい合うと、暗澹たる気分にさせられますが、仕方がないので、コツコツと、私にできることだけをやっているというわけです。
~~~~~~~~~~~~

@@@@@@これから先については、さらに、推敲し、加筆する予定があります。

副題5、『大切なことを書いている最中に、必ず、それを妨害する為のニュースがNHKで、流されるのだが、2015年9月23日の朝に、私が発見した、その種のものは、<<<<<海上保安大学校の、練習船が、新潟港に、寄港をして、そこで、船内を公開した>>>>>というニュースだった』

 今朝発見したそれは、副題3の、二重ガッコ内に書いた通りですが、さらに、詳細を付け加えると、9人の高校生(受験する可能性があるのだろう)が、招かれて乗船し、なかを見学したという映像で、利発そうな男の子とたちが、NHKカメラの前で、「3年次に、○○実習があり、4年次に、三か月かけて、世界一周旅行をする、研修(実習)がある」事の、魅力を語っていました。

 それは、一見すると何の問題もないニュースの様です。しかし、海上保安庁に関するすべてのニュースは、我がご近所主婦、安野智紗さんをサポートをするニュースなのです。安野智紗夫人は、勝ち気な事この上なくて、その人が毎日、自分を主役にして、この山で、女王になるための手立ての一つとして、井戸端会議を開いていたことが、遠因となって、わが家の土地が、多大に盗まれていることがありますし、東北の崖が無断で壊されたことがありますし、・・・・・大変な猛者なのです。それは、30年前の出来事でしたが、2012年にも、今度は、東南の崖が、崩れるかもしれないという倒木事件が、3月18日に、午後にわざと、起こされたのでした。

 で、安野夫人と言うのは、大問題の、女性だと、私は認識しているのですが、中学と、高校生の、3人のお子さんが居るのに、ちゃらちゃらと、外で、他人を支配しようとするのです。そういう生活態度があり得ないものなので、『ああ、これは、不倫の略奪婚で、最近、主婦となったばかりなのですね。それ以前は、日陰の身として我慢をして来たのでしょう』とすぐわかったわけです。それが、分かったのは、1985年ですから、30年以上も前の事ですよ。と言うのも三人もの子供を育てると、それぞれに、ママ友が、できるわけです。そして、接触があるわけですね。そうなると、彼女の様なタイプは排除されます。徹底的に、嫌われます。自分の事だけを考えていて、自分が勝つことだけを考えているからです。みなさん、バカではありませんよ、子育ての最中に、そんな道徳観で居たら、周りと会いませんから。すぐ見破ります。ところが、ここは、20軒しか家が無い。そして、年齢層が高い女性たちは、加わらないから、10軒程度で、優劣を競うことと成るので、彼女のやり方が、生きてしまうのです。まず、二人寄れば勝ちだし、それに、意図的に石川和子さんが組んでいますから、すぐできます。

 で、それが、分かっていて、嫌な人は、まだ、ライフサイクルの中で、自らの経済状況が良い時期に、みんな引っ越していきました。または、現役のサラリーマンで、退職金が入る予定があったり、ボーナスが高い人は、引っ越していきました。非常に入れ替わりの多い場所なのです。

 この井戸端会議ですが、私が、ブログを書き始めてからは、相当に収まってきています。しかし、おとといだったかな、私がウォッシュレットに、ついて書いた日は、私が、テーマの上で、怯えて、引いたと、思ったのか、相当長時間の井戸端会議をまた、やっていましたね。『彼女(=雨宮舜)が、一瞬でも、逃げたら、私の勝ちよ』と、思っているのでしょう。すぐ井戸端会議が、復活をします。物事の本質がまるでわかって居ない女性です。

 <<<<<この女性の欲望過多の性格が起こしている諸悪を、消し去り、彼女を助けるために、警察の殺人用別働隊が、動いて、いったい、何人、いや、何十人、いや、何百人の人が殺されだろうか>>>>>と、思うと、「本当に悪魔の化身ですね」と、思うばかりです。

 しかし、読者の中には、『あなた、古い事ばかり書いているじゃあない。聞き飽きたわよ』と言う人もいるでしょう。

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副題6、『ザハ・ハディド女史の、日建設計と組んだ、再浮揚は、結局はつぶれて行ったみたいですが、これも、見事に鎌倉・雪ノ下と、関係があるのですよ』

 2014年6月9日に安野夫妻は、私の西隣の夫婦、夫婦別姓の白井・小野寺夫妻を招いて6時間に及ぶお寿司パーティをしていました。その前の、6月2日に、私は、警察の殺人用別働隊の、さらに下部組織らしい別働隊によって、京橋のペンステーションで拉致されそうになっているし、(トカゲの脳味噌シリーズとして、それを詳細に、書いています。後で、まとめましょう)

 6月12日には、保土ヶ谷のネットカフェげらげら内で、今度は、もっと、若い、それこそ、殺人用別働隊そのものと思われる男性たちに、危うく拉致されそうになっています。つまり、私へ対する、暗殺・未遂事件、二つの間に、勝利の乾杯を上げるべく、安野家は、お寿司パーティを行っていて、西隣さんは、それに協力をしているのでした。

 これが、私が西隣の小野寺夫人を悪女と公的にも、呼び始めたきっかけです。内心では、そのお宅が建設中の、2008年度以来、彼女が一種の悪女であることは知っておりましたが、外部(たとえば、このブログでも)へ向かって、そういう風に言い始めた、きっかけでした。

 一方で、私の方は、そんな、西隣を一刀両断にできるほどの、情報を、手に入れているのでしたが・・・・・それが、神様のくださった奇跡と言うものの一つなのですが、・・・・・・慎重にして、使っていないので、安野夫妻とか、前田夫妻は、週末になると、西隣を誘って、外で、飲食・懇談会を行い、私をやっつける手法を考え出し続けているらしいです。

 私は艱難辛苦を耐えて、我慢をして来たわけですが、ザハハディド案の再浮上に、際して、普通は、企業名を言わないNHKが、ザハ・ハディド女史は、日建設計と組んでいて、と、言ったので、初めて、『静かにしなさい。おバカさんたちよ』と、お隣の、白井・小野寺夫妻を叱る文章を書き始めているわけです。しかし、その文章は、まだ、20%も書いていないので、それを書かせないために、種々の脅かしが行われていますが、熊谷事件も、寝屋川事件も、それの、一環である可能性は強いです。

 しかし、相変わらずの、トカゲの脳味噌さんたちですね。東大出身者なのにと、思うことは、白井・小野寺夫妻は、一昨夜(と言うのは、22日と、23日の間の事ですが)、午前三時ごろに、また、二階のペンダント灯を赤々と点けていて、しかも、それを、私がトレイに行くために、起きて、気が付いたとみると、消しました。何度も同じことをやっていますが、22日の深夜(事実上は、23日の早朝)に、それをやるということは、このブログをかかせないと言うがためだということになります。これですが、もし、二人が、起きて、やっていたと仮定をすると、あまりにも幼稚で、ばかばかしいのです。で、時には、他者、が、あそこの電気をコントロールしているのではないかとさえ思う時があるのです。それは、ですね。昔、お隣が投げているかのごとくを装って、石を何度も投げつけられたことがあり、それを、実験で確かめて、お隣がやっていないという事が、分かっていますので。

 で、もし、そういう事で、本当は、この二階のペンダント灯を使った脅かしもお隣がやっていないということと成ると、お隣は、配電盤のところで、ブレーカーを落としてから、懐中電灯を使って寝室まで、歩いて就寝なさった方がいいですよと、言っておきたいです。

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副題7、『今朝すべての、グーグル検索をやってみた。海上保安大学校と言う項目と、そのニュースと言う項目で。しかし、11時現在何も記録が無い・・・・・したがって、新潟港の、ニュースが、CIA(または、鎌倉エージェントと関係があることが、明瞭に、わかる』

 ところで、今朝発見したこの海上保安大学校の練習船が、新潟港へ寄港し、勝つ、そこへ、入学を希望する高校生9人が、乗船してみたというニュースが、CIA(=鎌倉エージェント)が、企画をしたものであることを確認する為に、グーグル検索をかけたが、午前11時現在、NHKオンラインでも出てこないし、海上保安大学校サイドからも出てこなかった。こういう、嘘ではないが、私を、殺していこうとするために、作られるニュースの際は、関係者に迷惑のかかることを恐れて、そのニュースを紙の、新聞紙には載せないし、ネットでも、早急に消え去らせるということが分かった。ただし、どこからか、見つかるものである。

 同じ様にして、坂本龍一が、井上ひさし案(嘘でしょう。未だ生きているから、脚本をほとんど、完成させたはずですよ。彼本人が)の映画、【母と暮らせば】の音楽を担当するというニュースは、9月20日は一切消えておりました。8月の6日と、7日には、大いにテレビ界およびネット界を席巻したのに、・・・・

 PV 3108287

後注1、

女児が遺棄されたのは、一部上場企業センコーの物流センターの筈 △△△

2015-08-30 14:42:29 | 政治


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やはり、矛盾があるぞ、熊谷市の、六人殺害・・・・・ペルー人は、私の想像通り、真犯人ではない筈

2015-09-21 13:49:49 | 政治

 私は、寝屋川の事件に関して、山田浩二と言う男性は、やっていないと、思っております。で、それを主張し続けております。それが、終わらないうちに、埼玉県、熊谷市で、六人の、普通の市民が殺されました。こちらですが、ペルー人の犯人と目される男が、身柄確保されたときに、頭蓋骨陥没であって、意識不明だと聞いて、『ああ、これも、六人を殺したのは、プロの殺人集団であって、ペルー人は、お金で雇われた犯人像を演じていただけでしょうねと、思いいたっています。

 そして、2、3、自分の、想像を裏付ける事実を、つかみました。それを、ここに展開していきます。

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副題1、『被害者のうち、最後の二組は、地主通りと呼ばれる路地に面していたそうだが?・・・・』 

 特に、お金持ちの家が狙われた模様です。

 私ね。実家が、65年前に売り出した東急の分譲地で、60戸の町内会ですが、父が、特に、日当たりの良い場所を買いました。で、家の北側の通りが、社長通りと呼ばれています。実際には、社長さんが住んでいるか、どうかはわからないのですが、大きな敷地(二区画とか、三区画を買った人がいる)に、五〇年以上も前に、すでに竹中工務店に、私的なお宅を建築してもらった人も住んでいましたので、社長通りと呼ばれるのも郁子なるかなと、思っています。竹中工務店とは、今回、新国立競技場の建設に名乗りを上げた、高額の建築物を作ることで、有名な、会社です。特に、最近では、ハリウッドで活躍する真田宏之さんが、一時、ピンクの外壁の家を新築し、手塚理美さんと、お子さんを育てていましたし。

 だが、それは、その六〇戸の町内会の中だけで、からかい気味に言われている話であって、遠くの人などは、まったく知らない呼び方です。しかも、遠くの人には、そこに、サラリーマンとしては、出世をした人(大会社の重役たち)が住んでいるなどと言うことは、知らないでしょう。外見からでは、相続の結果、分割された土地もあるし、別の区画に後から別の土地を買った人が、豪邸を建ててもいるから、その路地に面した家が、特に金持ちかどうかは、分からない筈です。

 でね、何故、こういう話を出すかと言うと、今回、被害者が出た、最後の、二つの家は、地主通りと呼ばれる通りに面していたそうで、お金持ちではあるでしょう。だけど、事件前に、ここには住んではいなかった、ペルー人(30歳)が、地主通りと言う名前を、知っていたか、どうかと言うと、知らなかったという方が、正しいと思います。

 しかし、彼が犯人である場合は、動機がないといけませんね。で、お金をほしがっていたという動機を作り出す必要があります。で、今回の、事件も、・・・・・お金をほしがっていたのだから、お金持ちの家を狙う筈だ・・・・という論理を、真犯人側は組み立てて、お金持ちの家を狙わせています。しかし、私は相変わらず、ペルー人は犯人ではないという説を取ります。

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副題2、『オカネ、オカネと、言いながら、外人が、家の前を通って行ったと、証言する人が居るが?・・・・・嘘が、内包されている事件を報道する際には、NHKは、必ず、庶民を証言者として使うのだった』

 この事件の最初期の報道ですが、私の家の前に、誰か人が、たたずんでいたので、どうしたのかと、外へ出てみたら、『オカネ、お金と言いながら、こういう風に、歩いて行った』と、証言した人が居ました。

 それは、本当に最初期の報道であって、しかも、証言者が、顔を隠しているので、『変だ』と思いました。

 2011年の初夏、福島第一の原発事故が起きた直後、菅直人総理大臣は、浜岡原発の再稼働を、するかどうかと、追い込まれていて、危うく、『原発廃棄』を言い出しそうでした。それで、菅直人首相を追い落とす策が、あれこれ、練られたのですが、宮城県庁で、松本龍大臣を、罠に嵌めたNHKの映像など、ひどいものであって、村井宮城県知事、ともども、一般国民をだます措置を堂々と展開しているのに、あっけにとられたことがあります。しかも、恥知らずなことに、自分たちが嵌めた画像で、松本龍大臣が怒っている映像を見せた上で、庶民が、「こういう人は嫌ですね」と言う映像を何度も見せました。こういう風にして日本国民は、心理的な操作を受け正しい判断ができなくなっていっています。

 その後も、菅直人、元、総理大臣は、ありとあらゆる側面で、苛め抜かれていますが、それは、総理大臣の鶴の一声で、原発廃棄を宣言しかねなかったからですよ。その方が、原発反対デモより実際には、廃棄に向けては、有効だから、それで、ああいう展開になっております。で、原発反対デモも、安保関連法案反対デモも、すべて、国民の意思のガス抜きであって、実効性は、ほとんどないのです。そして、そういう風に、日本人を持っていく機能として、共産党が、大活躍をしていますので、共産党とは、現代では、事実上の、エージェント化しています。

 昔からトップはそうだったのでしょうが、今では、街の共産党員一人一人が、結局のところ、安保関連法案反対デモに、参加することによって、『自分たちはハイブラウなのだから、寝屋川の、事件など、触れもしませ如と、一て、だまされる一組の人間となってしまっており、それによって、悪人たちは、着々と、さらに強く、この日本を支配しようとしているのです。

 でね、現在、日本で発表をされている公的な、ニュースと言うのは、非常に嘘が多いのです。山田浩二が、例の寝屋川の、商店街の監視カメラに映っていた、二人の中学生を殺したということになっていますが、そのうちの一人、平田奈津美さんの遺体が、遺棄されていた場所が、NHKの最初の報道では、寝屋川市の遥か、北側の、高槻市であったみたいな、地図(事件現場としての、星マークが入っていた)を、示していましたが、

 事件後だいぶたってから、私がグーグル地図、グーグルアース、の両方を使って調べたところ、センコーの物流センターであることが、確認をされました。それって、寝屋川市内にあって、子供たちが遊んでいた場所から、東南へ、2kmいないです。

 これについて書いた私の一文(後注1)、は、鎌倉エージェントにとっては、ズドーンと言うほどの、爆弾の筈です。真犯人と言うのは、寝屋川事件の場合は、警察の殺人別働隊であると、私は、すでに何度も言っています。その警察の殺人別働隊と、鎌倉エージェントの思惑が微妙にミックスして、あの事件は起こされました。で、私のブログ文(後注1)は、彼らを追い詰めた事になるでしょう。その一文の中では、遺体遺棄現場であるセンコーの株を私が持っているということが決め手になって、それ以前には、テレビ画面を賑わわせていた、山田浩二に関するニュースが消えさって行きました。

 ここで、鎌倉エージェントと言う名前が出てきましたね。それ故に、はっきり言いますが、そのトップ構造を閉めている、二人の人物、井上ひさし(公的には、自分を死んだことにしていますが、実際には、まだ生きています・・・・・・ここが、問題となって、急に副題3の挿入となります。)と、前田祝一氏は、警察と、共産党の二またをかけて、そのどちらとも関係が密なのです。大いに、ツウツウであります。

 でね。この熊谷市の、6人殺害の、事件の方でも、最初期に、証言をした男性の、顔が出てこなかったので、その人間は、共産党いうんであって、言うなりになる人物であるから、わざと、その前で、ペルー人に、そういわせたのだろう。それで、その日本人男性は、顔を見せないで、証言をしていると、考えました。

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副題3、『坂本龍一が、母と暮らせばと言う山田洋二監督の新作映画の音楽を担当するという、8月7日(または、6日付)のニュースが消えている。そして、私のブログが、その件に関する文章へ、リンク先が飛ばない』

 いえね、今、長時間続きを掛けなかったのは、過去のブログ文を検討していたからです。で、井上ひさしが現在でも、実際には、生きている、証拠として、保見容疑者の死刑判決が出た後で、坂本龍一を、ニューヨークから呼び戻し、自分が原作を書いている、新作映画、『母と暮らせば』の音楽を担当させることにいたしました。

  そのニュースをコピペして、使う必要が出てきたのですが、驚いたことに、その上にべらぼうな数のアルファベットが出て来て重なってしまい、文章が読めません。そして、リンク先をここに提示しようとしても飛びません。

 井上ひさしと言う人間がいかにずるい人間であるかがわかります。自宅を今警察に守ってもらっています。それについても書こうと思っていたのですが、単なる一個人の住宅を、警察に守ってもらっています。それは、彼が、どれほどの、悪いことをやっているかの証明になりますね。彼が、自己宣伝をしている通りの巨匠なら、何を恐れる必要がありますか? しかし、実態は、絶歌を代筆したり、寝屋川事件とか、周南事件の台本の、一部を書いているでしょうし、・・・・・ともかく、アルプス激突が、ルビッツ副操縦士の自殺願望で、起きたものだという嘘は、彼の発案でしょう。そういう悪を積み重ねすぎているから、怖くて、怖くて仕方がないのだと思いますよ。

 で、仕方がないので、原文をグーグルで探そうとしたら、グーグル検索で、このニュースが出てきません。何にも問題がないと思いますよね。坂本龍一は、映画音楽は、これが初めてでもないので、別に珍しい現象でもないし。

 だから、如何に、私が書いていることが図星なのかと言うことが、こういう小さな現象を見てもわかります。で、探して探してやっと見つけました。NAVERまとめと言うサイトの中の、56番目に見つけました。ここにそれをこぴペしておきます。

フォローする映画『母と暮せば』山田洋次監督 音楽 坂本龍一 公式ツイッター @hahato_kuraseba 公式フェイスブック facebook.com/hahatokuraseba HP hahatokuraseba.jp #skmtnews

返信 リツイート お気に入りに登録 2015.08.03 21:47

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副題4、『共産党の、威力(?)と言うか、なんというか、蛇の様な、寝返り状態を、きちんとここに示して置こう』

 ここで、三時間ほど、中断しました。その間に、上の副題3で書いたことが、治っているかどうかを確認しました。治っていませんでした。左にあるカレンダーで、8月7日のところを、クリックしていただけますと現物を見ることができます。これによって、坂本龍一も、井上ひさしも両者ともに、CIAのかわいこちゃんであることがわかります。先生のお気に入りと言うわけです。

 私は最近、銀座の画廊街においては、美術9条の会と、青木繁の海の幸を、顕彰する会の両者が、相まって、私への言論弾圧の道具的組織として機能していると、書いています。どこで書いたかは、忘れましたが、最近書いています。で、あとで、リンク先でも見つけておきたいですが、一次会(講演会だと思われる)などで、私の悪口が語られるわけではないが、二次会とか、三次会で、こっそりと、耳打ちされるという形で、悪口が言われていて、それが、大きな効果を上げていると、見ています。それが、美術界で行われている事ですが、地域としては、主に、銀座や京橋で、それが、行われているということと成ります。

 で、鎌倉では、私が住んでいる谷戸の、二〇戸以外の場所では、共産党、および、JRのガードマン、および工事作業人などが、同じ機能を果たしています。それらは、構造的には、すべて、鎌倉エージェントの、伊藤玄二郎発だとおもいますが、いろいろな、人が協力をしています。

 組織としては、NHKと、共産党と、JR東日本、警察庁、などが、協力をしています。14日か15日も浜銀鎌倉支店前で、デモをしていました。今度から演説している人間の顔を覚えないといけません。2015年の1月5日の早朝、鎌倉駅表口、広場で、演説していた男と、同じ男が動員をされて主役を張っているはずですから。

 もし、彼らの出現をどこで、何日の何時であったと、もしメモでも取っていたら、彼らの狙い通り、私もうっとおしくて、ノイローゼになってしまいかねないので、すべて、無視して、はい、右から左へね』と、処理しているのですが、こういう風にして、CIAと、共産党はべったりと、表裏一体の活動をしています。だから、週刊朝日が、または、ネットのニュースが、『現代政党の中では、共産党が、一人勝ちだ」と言うことと成ります。

  このペルー人が起こしたとされる6人の殺害ですが、殺された方は、事実でも、殺した方は、ペルー人ではないと思っております。ただ、周南事件とか、寝屋川事件ほど、脚本が練られていない様に、見えます。一見すると、そう見えます。 しかし、それは、この事件が、先に起きている、上の二つの事件のリメイク版であったと仮定をしたら、そちらで、私が、ここがポイントだと、指摘をした部分を、修正してくる筈ですよね。

 だから、脚本が目立たない様に、ブラッシュアップをされているのです。芝居っ気たっぷりな、保見死刑囚(川柳がポイントとなっていた・・・・・・それから、山へ、逃げ込んだこととした)、とか、山田浩二の場合の、フェイスブックを多用しているとか、直前に、大阪ではなくて、秋葉原で、警察の職務質問を受けているとか、犯行当日、大阪刑務所に面会に行ったり、コンビニで、監視カメラにうつったりしている・・・・・と言うばたばた、し過ぎペルー人には、ないのです。並行しては、報道をされていません。

 しかし、嘘の事件を立ち上げるのですよ。まったくのやみくも流で、進行しているとは、思ってはおりません。やはり、脚本はあるのです。この事件の真実の姿は、平成の八墓村事件と呼ばれた、周南事件と同じく、プロの殺人集団が組織的に行った犯罪ですが、一人の、代役を立てて、そちらには、大金などを与えるとの約束をしたうえで、納得をさせて犯人像を引き受けさせているわけです。

 だが、今回だけは、犯人よりも、証言者が、主役となって、お芝居が進行をしています。ペルー人が実際にナイフを突き立てたとか、包丁を突き立てたという現場を見た商人は居ないわけです。

 それ以外の、二つの証言が、ペルー人がやったということを傍証する重要な手立てとなっています。で、私は、今回の証言者は、すべてサクラであって、共産党員か警察庁職員の親戚等だと、思っております。そのどちらかでしょう。だから、テレビカメラの前に顔を出さないのだと、信じます。

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副題5、『中野の、演劇修習中の女性が殺されたケースでは、階下の男性が顔をさらして、証言したし、大阪寝屋川事件では、コンビニ前で、二人の子供がカップヌードルを食べているのを見たと証言した男性も顔をさらしたが・・・・・今回の、特に、殺された夫人から、散歩に誘われていたという女性は、顔をさらしていない。大いに怪しい』

 大阪で、寝屋川市のコンビニ付近を徘徊中の、二児童を見た男性が、テレビカメラの前で、「12時ごろ、二人を見た。平田さんの方は、カップヌードルをすすっていた」と証言をしました。もちろん、顔をさらしてです。で、その後、この男性は、猫じいと呼ばれて有名人になり、生活保護をもらっていることまで、明らかになってしまいました。

 その後、中野のマンションに、一人暮らしをしている、短歌が、上手で、かつ演劇を修業中の、女性が全裸で、殺害された事件では、階下の男性が、物音を聞いたということで、顔をさらして証言をしました。同じ寝屋川事件でも、千葉県に家があるという女性の同僚は、山田浩二についての、証言を多々いたしましたが、顔をさらしていません。 

 ここに重要な秘密があります。つまり、こういう風に、政治が絡んでいて、嘘が多量に内包をされている事件の場合には、証言者は、顔を出さないということです。

 すみませんが、どうしても就寝しないといけない事情がありますので、この続きは明日午前中に書く予定です。ここで、中断をすることをお許しくださいませ。ただ、書くべきことをメモとしておきます。

副題6、『証言者二人のうち、特に女性の方が大問題だ。お散歩に行きましょうと言うメールが嘘めーうであって、わざと、運転台に、居たペルー人を目撃する様に招かれていた可能性を感じる。もし彼女が、筋金入りの、くのいち系だったら、ペルー人ではなくて、警察の殺人別働隊が、返送していた男だって、ペルー人だったと、証言する可能性はある。または、ペルー人の男は、大金をやると、約束をさせられていて、そこに、わざと座っていろと、命令をされた可能性がある。

 寝屋川だって、いまだにあいまいになっているラインへの投稿の問題が論議の的だったではないか? 平田さんの携帯から発信されたラインの会話が彼女のものでは無いと言われている。

 だから、このお散歩を誘うメールも殺害をされてから、犯人が、証言者に、車の中を見せるために、打たれた可能性が高い。

 特に、

 こういう発表があった、この夫婦のうちに、夫が先に殺され、そのあとで、ペルー人は身をひそめて、家の中で、待っていて、奥さんを殺したと、発表をされた。私が、人間を殺すのは大変なはずで、近所の人が叫び声を聞いていないのに、二人が殺されたのは、ペルー人一人だけではおかしいと書いたのちにそうなっている。

 私は一度書いたものを、一回ひっこめている部分があるが、確かに、ペルー人一人で、この6人を殺せるはずがないのだ。

 ただし、ここが、また、大矛盾なのだ。奥さんが外出をして居たとする。主婦が外出をしていたとして、夕方帰宅したら、大忙しであって、ランニングなど、行かれない。と言うか、外出先で、ランニングの、約束をすることはない。帰宅してから、用事を一応済ませてから、メールなどの連絡をするはずだ。だけど帰宅をしてすぐ、殺されたのなら、メールを打っている暇はない。

 ここに、大きなミスが生まれている。どうせ、トカゲの脳味噌が考え出すことだ。あり得ましたね。

 このランニングを一緒にやるという友達自体、本当の友達ではなくて、この事件の為に、急きょ用意された女性である可能性は強い。

 だって、私の母なんて、真田さんと、手塚さんが離婚まじかだということで、テレビ局がわんさか、訪問をして来たそうだが、一切対応をしなかった。普通のそだちをしていて、普通の生活を送っている人間が、テレビカメラの前に立つ可能性はない。また、週刊誌の取材に応じることはない。それは、パンとサーカスの世界に、身を投じることだから、非常に恥ずかしい事なのだ。絶対にやらない。特に取材対象に憐憫の情がある場合は、しない。母は、真田さんと手塚さんから、七五三などの、行事ごとに頂き物をして、感謝をしていた。そして、その一家四人の事を好きだった。「やはり、洗練をされているのよ。オーラがあるのよ」と、いつも褒めていたし。 

  だから、親しいと言いながら、テレビ取材に応じて、かつ、顔を隠している今回の熊谷市の、ランニング仲間は、非常におかしい存在だ。『何よりも、殺された被害者は、ランニングを誘う筈がなかった。特にそのゆうべは』と、繰り返しにはなるが、私は思う。だから、これは、使命感を持って、嘘を言っているサクラか、または、犯人側が、嘘のメールを、それなりの人物に、送った可能性が高いとなる。運転席に乗っているペルー人をわざと見せつけるために。

 そのくらいの脚本は、事前に、できていた筈だ。そして、もしかしたら、運転席にいたのは本当に、ペルー人だろう。だが、自分が殺されかかるとは、夢にも思っていなくて、言うことを聞いていたと、考えられる。 ハンドルに血がついていたと、今日になって、発表をされているが、意識不明になっているペルー人の腕などから、渉猟の血を注射器で、採取し、ハンドルに点けるのなど、彼等なら、お茶の子さいさいだろうから。

 ところで、こういう事件の分析を、それこそ、興味本位に、私がやっているとお思いになりますか。まったく違います。この事件が、周南事件の、嘘がばれてしまった、鎌倉エージェント(その中には、警察庁も含むのだが)が、

 リメイクをした事件だと思うので、最大の、政治的課題だからです。社会面に載せるべき記事ではなくて、政治面に載せるべき事件だからです。

 そして、異常な日本には、テロリストが居るのだという方向に、国民を洗脳していくからです。それが、困るので、こういう文章を書いています。

 なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3106790です。

後注1、

女児が遺棄されたのは、一部上場企業センコーの物流センターの筈 △△△

2015-08-30 14:42:29 | 政治
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ウォッシュレットが、日本上げの重要なツールだけど、節電のムーブメントは、どこへ行ったのだろう△

2015-09-18 23:22:18 | 政治

 さて、昨晩は、あまりにも難しい事へ取り組みすぎてしまいました。ちょっと、あとで、もっと、書きこんでから、再度、アップしたいと思います。で、今からは真夜中、午前三時に、しかも、2本目として書くので、超簡単な話題を。

 その超簡単な文章ですが、それを、二日目に、それなりに拡大をいたしました。それで、それなりに、一つの主張が提示されております。で、完成とさせていただきたく、そのしるしとして、恒例の、△印を、総タイトル右横につけておきます。

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 日本で発明されたウォッシュレットが、大評判をとっているとは、数年前から聞いています。だがね。よく考えると、あってもなくてもいいものですよね。我が家には古いタイプがあるが、ほとんど使いません。皆様はどうですか? トイレットペーパーだって、日本製のものは、相当に質がいいですよね。

 痔とか、大腸がんとか、前立腺癌とか、肛門近辺に、病気を抱えていて、特に清潔にしないといけない人が、存在をしていたとして、それなら、お風呂場で、半日に、一回ぐらいシャワー等で、そこを洗うという予防線を張れば、いいのではないかな? ともかく、手があるのだから、手を使えばいいでしょう。なんでも、かんでも、薬や、器具にお任せして、最上級の楽をして生きようとすると、そこから、復讐を受けます。あまりに楽をしているので、その結果、日本人は今、昔にはありえないほどの高齢に達しても、死ねないと言う状況になっています。緩やかに、だけど、重労働のない日々を過ごしていると、万善ではない状態だが、死ねないという、長期低空飛行を続けないといけません。自分も快適ではないし、子供や、福祉に大迷惑をかけていく状態に、陥ります。

 なるべく、手を使って、原始的に生きる方が、健康的ですよね。私はそう思っております。『洗わないでも磨かないでも、ピカピカになります』と言う洗剤など、恐るべきレベルで、海を汚しています。だから、使うべきではないです。ただ、単に、海を汚すというだけではなくて、セクシャルな意味の奇形が、魚などに、生まれているのですよね。それを人間が食べると・・・・・どうなるか?、一時期議論が盛んだったのに、今は、消えています。どうしてなのでしょうか?

 でね、あれは、電気で動きます。いつもスイッチを入れておかないとだめだから、相当に電気を食うと思います。それが無かったら、どれだけの節電になるだろう。

 営業用に、多数のものが作動をしています。最近の商業ビルおよびオフィスびり内は、ほとんどがウォッシュレット化しています。競争原理が働いているから、あるデパートだけが、その使用を、止めたら、そこが負けるのでしょうね。

 日本人って、いろいろ、矛盾をしていると、思いますよね。

~~~~~~~~~~~~~

 ところで、メディア(大マスコミ)は、空き家特集と、少子化の事ばかりを、未来予測の中に取り込んでいるけれど、一般の、日本国民である皆さまに、お聞きしたいです。

 皆様は、「原発が、地震が無くても、津波が無くても、それが、金属疲労等で、必ず壊れていく、30年後と、40年後の日本を、どう、予測なさっておられるのだろう?」と。

 私ね、今の日本人て、ものすごく馬鹿になっていると思いますよ。非常に劣化していると思います。大局的にものを考えられないです。経済がどうなっているか、全く予測のつかない将来に、禍根を残しつつ、バカげた東京五輪などと言う、これも、やらなくてもいいことに、うつつを抜かしています。ものすごく、バカだなあと、思ってしまいます。

 こんな、ばかげた日本人に対して、海外の人が素敵だと言ってくれているのですか? ただ、それに乗っかって、うかうかしていて、将来は、どうなるのだろう。そういう事をまじめに考え始めると、日本上げどころではないのが、私です。ほかの普通の日本人は、今何を考え、何をやっているのだろう?

 2015年9月19日の深夜これを書く。(ただ、著者側の整理の都合上、アップの日付だけを、18日発のブログとさせてくださいませ)  なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3103058です。

   雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)

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熊谷6人殺害事件の1 二階から飛び降りたのに、頭蓋骨陥没とは変だ。ペルー人は、犯人ではない筈☐

2015-09-17 21:16:02 | 政治

 今は、18日の夜10時です。一応初稿はここで、閉めとしたいと思います。で、そのしるしの、四角を総タイトル右横につけておきます。

副題0、『埼玉・熊谷市、六人殺害事件は、考えれば考えるほど、謀略だと、思われて来る』

 今、三時間寝て、起きてから、雑事をいろいろやった後です。3時間とは、寝不足の方であり、ブログにタッチしたくはないところですが、この一文を軽く書き流して、寝た後で、寝ながらも、思考が継続していたみたいで、『あれは、やはり、謀略だ。自然の事件ではない』と、思われて来るのでした。

 軽く書き流す予定でしたが、書き流せない事件となりました。

 事件とは、こうです。最近、埼玉県の、熊谷市で、6人もの普通の人が、加害者との間に、何の因果関係もないのに、殺されました。それが、報道されたときに、直感として、寝屋川事件の報道に嘘が一杯あると、私に解明されてしまったので、リメイクの為に起こされた事件だが、これも、犯人はCIA関連だろうと、思っておりました。すると、ペルー人の男が身柄を確保されたという報道が次に有って、『やはり、思ったとおりだ。今度は山田浩二のような前科者ではなくて、外国人を使いましたね』と、思いました。

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副題1、『しかし、想像通りに、兄が凶悪犯だという報道が、次に出てきた』

 しかし、副題0に、軽く触れている様に、私は、これは、嘘の報道がたくさん含まれている事件だと思っております。殺害された被害者が居るのは、確実です。たぶんそうでしょうね。親戚等が訪れて葬儀が行われて、それが、報道されれば、本当でしょう。特に、小さなお子さんが通っていた小学校の校長がテレビの前で、悼みの言葉を述べたので、本当でしょう。しかし、犯人は、報道されている通りではないと、思っています。

 今回の犯人とされているペルー人は、単独犯みたいに、見えるし、そう、報道をされています。が、真犯人ではないでしょう。

 だけど、リクルートをされた人間であって、彼が、どこで、何を根拠に、使える人間としてピックアップされたかは、重要です。すると、案の定、重要な続報が出てきました。

熊谷事件の犯人(?)の『兄は、25人殺害の、凶悪犯』と、毎日新聞が発表した?    2015-09-17 06:37:28 | 政治

 こちらのリンク先に飛んで、これを、皆様に、お読みいただく必要はないのですが、重要な傍証の一つであって、彼が、犯人としてリクルートされたのは、これが有ったからなのだと、思わせられます。CIAが関与している事件は、巨大な組織が協力しをしているので、世界中の、警察のスパコンに侵入するのは容易でしょうし、世界中の殺人事件の、ファイルも積み重なっているから、このペルー人の男がピックアップされるのは、容易だったでしょう。

 彼が、いつ日本にやって来たのかが、重要ですが、それは、このブログ文を書いてしまったら、発表をされないでしょうね。

 ただ、このニュースが、昨日(17日)に公開されたことが重要です。これで、彼も、容易に検索に引っかかるタイプの人物だったということがわかります。

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副題2、『そのペルー人が、いつ、採用されて、何年間、飼われていたかが問題だ。小保方晴子さんなどは、2014年よりさかのぼって、それ以前の、8年間にわたって、将来、大切なポイントで、使役するべき存在として、飼われていたと、推察される』

 スタップ細胞疑惑についての続報が最近はとんと出ませんね。私はあれこそ、謀略だと思って、しかも科学の世界なので、大喜びで分析を、書いていました。殺人から起因していませんので。ところが、驚いたことに、笹井芳樹さんが、殺されてしまいました。理研の、二つの棟の間にある、一種の渡り廊下と言う、最も目立つ場所で、縊死したと発表をされています。脱糞まであったと、誰かがネットで、書いていました。が、自殺とは、嘘の死因でしょう。首つり死体として発見されたのは、事実でしょうが、自分で、縊死した筈はないです。

 これも、数人がかりで、セッティングをした殺人事件であって、クロロフォルム等が、駆使された事件だと思っています。遺族は大変にお気の毒です。自殺と言うことになると、真犯人追及もできず、しかも、スタップ細胞疑惑と相まって、二重の蔑みをまともな学者からは、受けないといけません。気の毒なこと限りがありません。ただし、最初に、ノーベル賞か何かを餌にして、つられてしまったのは、笹井さんも、いけないですね。常に、私達は、餌が与えられたときこそ、慎重に、行動をする必要があります。

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副題3、『早稲田大学の大学院の様に、名称変更がある場所は、必ずもって、鎌倉エージェントが関係をしている場所である』

 今、早稲田大学の大学院は、理工系学術院と言う名前に変更をされています。それこそ、この小保方事件が、CIA主導で起こされたことがはっきりわかる根拠の一つです。彼らは、何かを起こして、それがばれると、必ず、名称変更をしていきますから。それが、なかったことにするために、まず舞台の名前から変えて行ってしまいます。早稲田の大学院が亡くなって、そのうち小保方さんの、卒業者名簿から消え去ることと成るでしょう。こういう風に名前の変更された他の例としては、首都大学があります。

 前田祝一・清子夫妻は、都立大学の大学院卒ですが、そこは首都大学と名称変更になりました。あの夫婦はお子さんや孫まで平気で道具として、使うので、それをまた書くと、坊ちゃんが学んでいた獣医学部が、生物環境学科と言う名称に変更になりました。それは、坊ちゃんが学んでいた日大だけではなくて、全国的な応用が行われました。

 スタップ細胞疑惑の若山照彦先生は、東大の旧獣医学部卒業ではないかな? だから、鼠を処理して、その細胞を、小保方さんに、提供していたのです。

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副題4、『前田清子さんは、静岡大学の法学部出身で、伊藤玄二郎は、中央大学の法学部の出身だ』

 前田夫妻に戻ると、他人(=私)を、婉曲的、かつ、間接的にですが、殺すための武器として子供や孫までを、平気で使うのです。ちよこれーとと言う遊びを問題の我が家の前の私道でやるのです。アジサイ畑欺罔事件と私が称して、そこは、泥棒された土地なのですが、後刻、鎌倉市の道路位置指定条例と言うのを作って、自分たちが救われたからこそ、お前の土地を使ってやれ。バカにしてやれ』と言う発想です。その条例でしょうが、・・・・・多分、伊藤玄二郎が、鎌倉市長に働きかけたので、できた事でしょう。彼は、中央大学法学部政治学科の卒業生なので、そういうだまし討ちはお手の物らしいですね。ただね。前田清子さんは、静岡大学の法学部を、学部生としては、卒業しています。そういう国家の税金で方角を学んだ人間が、こういう恐ろしい改変を法律に付け加えて、それによって、自分たちが救われたから、からかう為に、わが家の前で、ちよこれーと遊びをしたり、平木さんと言う、あとから引っ越してきたせいで、正しい状況を何も知らない、ご家庭の、坊やたちに、「そこで、お父さんと一緒にキャッチボールをしなさいと命令しているみたい」なのには、本当に驚きますよ。

 ほかにも枚挙にいとまがないほど、恐ろしいことをやる人です。本当に、子どもを産んだ、本当の、お母さんだろうに、どうして、ああいう事ができるのだろうと、ただ、ただ、驚き入っています。

 どうして、この土地が大問題かと言うと、安野夫人と前田夫人などが、中心となって、うるさいうるさい、井戸端会議が開かれていました。30年前の事ですが、それに、癇を立てた、藤本夫人と言う方が、「道路の真ん中に、自分宅のフェンスを作ります」と、言い出したのです。表向きは、雪の日に誰かが、そこで、転んで、訴訟沙汰になると困るからと言うものでしたが、それは、上手な、転換策であって、本音は、前田夫人みたいな礼儀知らずなものに、自分の土地を通らせたくないという事だったのです。本当に、前田清子さん、安野智紗さん、石川和子さんを中心とする1985年当時は、40代だったいじめ主婦軍団の、はた迷惑行為の続いた日々でした。

 東京圏の、一戸建て住宅街にある行動マナーからは、遠く外れた行為の横行でした。どうして、そういう事が発生したかと言うと、安野夫人が不倫の略奪婚を成功させて、ここに引っ越してきた人なので、「女を相手にするのなら、どんな女にも勝ちたい」という強烈な欲望を持っているからです。

 最大の、問題であるアジサイ畑欺罔事件とは、わが家の私道部分が、実質的に盗まれたことです。土地を盗むとは、コンクリート打ちにされて使えなくなったことを指します。ほかの人は、全員土のままで、そこを残していて、花などを植えています。が、その遠因は、前田家が、道路として、提供しないといけない部分を、道路として提供していない事にあるのです。私道として、提供しないといけない道路部分を、自宅として、使っています。

 我が家の被害とは、犠牲になって、前田さんの、罪や損失を肩代わりをしてあげたのに、その原因たる彼女たちから、お礼を言われるどころか反対に、踏んだり蹴ったりの処置を受けているので、その不思議さを、ミステリーとして、私は追及しているところです。野見山暁じさん、こういう事情を知っていますか? それから、弁護士のお嬢様だという馬越陽子さんも、こういう裏側を知っていますか。また、ご近所主婦がこういう風に動く皿に裏側に、北久里浜で、瀬島龍三たちが行ったことを知っていますか? 知らないでしょう。ただ、利用をされて動かされているだけですよね。そして、その結果、野見山さんは、文化勲章をもらい、馬越さんは、日本人として最初の人として北京で個展を開くことができて、毎年、三越本店で、個展を開くことができます。私には何も来ないです。お金や名誉に結びつくことは何も来ないです。

 ただ、ただ、この30年間、前田清子さんは、私に対して、不倫の略奪婚からくる、意欲ではないものの、勝つ、勝つ、勝つ、事を目指しました。だから、安野智さ夫人と仲良くできるのです。勝つという目的のためには数が大切で、連合軍を組むことは最初の一歩だからです。

 ただ、彼女が勝つためには、私を抹殺しないといけないので、私を、いじめることによって、自分たちの生活の平安を守ってきた模様です。ところで、安野夫人が不倫の略奪婚だということが分かったという話も、まったく調査などしていないし、何も調べていませんよ。ただ、ただ、彼女の、生活態度を見ていると、普通の母ではないということが分かってきます。で、それが、どうして、そうなるかと、分析していくと、結果として、『不倫の略奪婚なのだろうなあ。だからあれほど、勝ちたがるのだろうなあ』と、分かっていくのです。

 そういう行動様式を、彼女が自分でとるから、分かってくるのですよ。安野夫人に言っておきたいが、「あなた以外のほかの人は、けっして、あなたが、そう思っているほど、バカではないですよ」と。続けて、「ただ、みんなですね。あなたに道を開けて通しているのは、あなたがやっていることは、他人の世界の事だから、すべてをわかっていても、リアルな世界で、喧嘩を売ったりしませんよ。ただ、黙ってみているだけですけれど。だから、30年前から、あなたの隠しているつもりになっているだろうしっぽは、見えていたのですよ」と。

  ここらあたりは、崖を無断で崩された話とか、まだ、まだ、語りつくせない話があるのですが、ペルー人が六人を殺した話に入らないといけないので、簡単に言いますと、この前田夫妻は、自分の子供や孫さえ、謀略に使うけれど、他人も無論のこと使います。他人だったら、大人も使うし、子供も使います。平気なのです。自分たちが助かるためになら、誰を犠牲にしても平気なのです。

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副題5、『前田夫人が左腕を三角巾でつりさげていたけれど、やっと、神様のお怒りの、御(み)しるしが、現れたかな?・・・・・となると、これで、みっつめですね。大銀杏の倒壊、町内会回覧板の、破損と、続いて』

 いやあ、前田夫妻が、主導をして、この近隣で、私に対して行われている攻撃とは、すさまじいです。で、まわりまわって、そのいじめの一つとして、京橋の名画廊のオーナー、山口みつ子さんが、他殺・・・・・(だが、発表は自殺となっている。変だ)・・・・されたのでした。が、それこそが、鶴岡八幡宮の、大銀杏の倒壊を招いたと、思っております。鎌倉エージェント特に、伊藤玄二郎(プラス井上ひさし)のところで、すべてが集約していきますから。

 私は今まで、『鶴岡八幡宮の、大銀杏の倒壊は、八幡宮様が、前田清子さんを國學院大學の講師に、推薦なさったから、それが、30%の原因で、起きている』と、語ってきています。だけど、八幡宮様は、『何を言っているんだろう。そんなことって、関係ないでしょう』と思っておられたでしょう。『まあ、そういう風に思われても、いいですよ』と言うか、『仕方がない』として、そういう言葉で語ってきていました。

 しかしですね。それは、このブログの世界で、よく言う「30%で押さえておきます」の、一例であって、私が内心で考えていたことは、・・・・・山口みつ子さんが、殺されたから、天がお怒りになって、日本国民のほとんどが、その存在を知っている鶴岡八幡宮の大銀杏と言うものを倒壊をさせて、鎌倉エージェントに対する、お怒りを示されたのだと、成ります。山口みつ子さんが、現代アートの世界に、為したことは消えないほど、重要な事だったからです。何が重要かと言うと、彼女はお金とか、権力とか権威と言うものに左右されないで、画家を扱った、きわめて、性格のきれいな女性だからです。そういう人間は、画廊の経営と言うきれいな職業にも少ないのですよ。私は銀座の画廊のオーナーの、そのほとんどの行動様式と性格を知っていますが、純粋に美術を大切にしている人は少ないのです。

 非常にハイブラウな方でした。私だけではなくて、大勢の人から慕われていたと思います。2010年1月17日に自殺をしたとなっても、31日に自然発生的に、偲ぶ会(=お葬式)が、画廊で、行われることと成っていたのに、誰かからの、電話でそれが、中止になったそうです。無論のこと、野見山さんか、秋山裕徳太子さんからでしょう。その二人は、鎌倉エージェントと相当なつながりがありますから。彼女には夫が居ないし、子供もいないから、それが、唯一の正式なお葬式だったのに、誰かからの差し金で、つぶされました。

 が、今思うと、電話で、それを中止させた人間とは、山口さんが、他殺であることを知っていた可能性があります。ところで、私の方は、どういう流れになっているかと言うと、今、ここで、書いている様な事は、一切、分かっていましたよ。2010年当時からわかっていました。、

 自殺と言う報道ですが、村松画廊の、オーナーだった川島良子さんが、特に強くそれを、主張していました。だから、飼えって嘘だと、思っている次第です。ただ、人柄がよすぎて、きれいな女性だから、経済的に行き詰っていたとは、分かりますよ。だけど、それで、画廊を、あと2週間で閉鎖する予定の、2010年1月17日に自殺をする・・・・・・そんな、人ではありません。絶対に違う。

  ・・・・・そして、鶴岡八幡宮の、大銀杏が倒壊したのは、その直後の、3月4日でした。

  いや、名称変更が、起きると・・・・・と言うところから、一気に上の部分が書けてしまいました。ギャラリー山口のオーナーは決して自殺ではありません。そのことを考え抜いているから、笹井芳樹さんの、自殺も違うと、断言できます。他殺です。現在の日本の、ニュース報道が、いかに、画一的であって、上からの命令通りの、事象しか伝えていないかがわかります。真実なんて、まったく伝えられていません。

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副題6、『小保方さんが、発見をされ、リクルーをされ、訓練を受けた、スナイパーであることを、早稲田大学の路線で、語ると、保見容疑者の、逮捕時の映像もまた、理解ができて来る』

 都立大学が、首都大学へと、悪人とか、悪女がそこを卒業をしたために、名称変更をさせられてしまった話から、最近になって、早稲田大学理工学部の大学院が、早稲田大学理工系学術院と言う名称に変更になったことに気が、ついた話に入っています。で、その小保方さんが、どうして、そういう風に選任をされたかですが、

 小保方さんの父親が、もし、早稲田大学卒業なら、すべてのつじつまが合うのです。で、早稲田卒業後、三菱商事に入って、韓国支店長だったという情報があって、その二つをつなぎ合わせると『なるほど、なるほど、じゃあ、成岡庸司君は、子供のころからの小保方さんを知っていた可能性がありますね』と、思っている次第です。

 成岡庸司君と言う人物は、横浜国立大学付属中学校時代の、私の、同期生ですが、その後、日比谷高校へ進み、一浪後、早稲田の政経学部に進み、革マルの委員長をした人間です。そして、秋山豊寛氏(国際キリスト教大学卒で、元、TBS記者)などの、導きで、そうなったと、私は判断をしているのですが、現代エージェントのトップに君臨してる人物です。瀬島龍三亡き後は、彼が、現代日本の、隅々まで、目を光らせて、事を行っています。

 安倍総理大臣よりも偉いし、金高警察庁長官よりも偉いし、日本経団連会長よりも、偉いのです。

 最近、安保関連法案の、デモが盛んですね。それも、これも、彼が、裏で、糸を引いている現象だと思います。寝屋川事件の真相を書いている私のブログを、インテリを自認している人たちに読ませないために、そういう大騒ぎを起こしていると、私は見ています。

 また、その小保方さんをあれほどの、大弾に仕立て上げるために、東京女子医大の、基礎医学研究部門を早稲田大学は買収しています。ここが、ICUの私の関係者(旧来は、学友として、たった200人しかいない同期生だったのに、現在では敵として機能をしている人物たち・・・・・現在では、秋山豊寛氏もその一人)が、大いに動いたところでしょう。

 だから、小保方さんとは、鎌倉エージェントが作り上げたスナイパーだったというわけです。

 ここらあたりは、過去に書いてある文章を総合すると、そうなるのですが、ここでは、その説明は、繰り返しません。ただ、この事件にかかわったトップ連中に、私が「すべてをわかっているのですよ」と、示すことができれば、それでいいからです。

 ところで、小保方さんが、世間を賑わわせたのは、2014年でした。その前の年に、この日本を賑わわせていたのは、周南事件(当時は、平静の八墓村事件と呼ばれていた)でした。その犯人とされている、保見容疑者が、逮捕された日のニュースですが、顔を、ゆがめた一瞬の静止画が、配信されて、それ以外の、一切は、配信されませんでした。それが、次の章へ繋がっていきます。

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副題7、『そのペルー人は使い捨ての、弾として、殺された(今のところ、生死は不明。意識はないと、報告をされている)と思われる。誰が、やった? それは、寝屋川事件で、子供二人を殺したのと同じ集団だろう』

 ところで、それは、小保方さんの方です。こちらのペルー人の方ですが、彼が、何年間、温存をされて、飼われていたかは、知りません。でも、小保方さんと比較すると、圧倒的な短期間でしょうし、手間もお金もかけてもらっていないでしょう。

 しかも日本語ができません。だから、最終的に、何を言いだすか、はっきりと予測がつきません。洗脳の成果に関して、彼を使う真犯人側は、自信が持てないのです。

  17日の夜7時のニュースだったか、あとで、録画で見たのですが、その男は、頭に、大きな陥没があって、意識不明の状態だそうです。

 それを聞いたとたんに、『ああ、この事件は、寝屋川事件の、失敗を糊塗する為に起こされましたね。その男は、いわゆるブルーカラーとしてのエージェントなのだけれど、最後の、最後の場面で、口封じをされましたね』と感じた事でした。

 だってね。警察が、そのペルー人の男の身柄を確保したのは、親子三人が殺された家の、二階の窓から飛び降りたところだったそうです。

 不思議な話です。二階の窓から飛び降りて、どうして、頭に陥没が起きるのだろう。誰だって、意識がある状態だったら、足から、着地しようとして、飛び降りるでしょうに。

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副題8、、『相手は、女性三人で、外へ向かって、助けてーっと、叫びもしなかったらしいのに、どうして、ペルー人の方は、頭に瀕死の重傷を負ったのだ?』

 しかも、そのペルー人が身柄を確保されたとする場所ですが、被害者の、いえの庭です。

 その被害者の家の中には、殺された母と、小学生のお嬢さんしかいなかったのです。しかも、その三人は、叫び声さえ、周囲には、聞こえなかったとされる瞬時の犯罪で、殺されたのです。

 どうして、そういう風に瞬時に殺されたと、見える被害者が、ペルー人、一人から殺される際に、ペルー人の頭が陥没するほど、の、攻撃を、加害者に与えることができます。普通ならできないでしょう。

 変な話です。そんなに、大きな、抵抗をできたのだったら、殺されずに済んだでしょうに。単純に殺されています。じゃあ、誰が、ペルー人の頭の骨を、陥没させたのですか?

  そこですが、逮捕時の、疑惑を招かないために、逮捕時の映像が世に流れない様に、するという目的もあったと思います。上にあげた、彼が、何を言いだすか、分からないから、殺したというのも、一つの理由ですが、もう一つの理由として、犯人を逮捕交流した時の映像がいかに、大切かを、彼ら悪人たちは、やっと悟ったからなのです。

 周南市の山間である、金峰と言う山中で、五人の老人を殺したとされる、保見容疑者は、前科はありません。ただ、読売新聞のインタビューを以前に、受けていたそうです。それが、彼が発見をされ、利用されるきっかけだったと信じています。

そして、窓に貼った、『付け火して、〇〇喜ぶ、田舎者』と言う川柳が劇的に、ニュース画面を賑わわせました。その保見容疑者の、顔をしかめていかにも異常者らしい静止画を逮捕時のものとして、配信させたのに、私は一切騙されず、

 保見は、やっていないと、言い続けています。

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副題9、『保見の逮捕時の、様子でも、私をだますことはできなかったが山田浩二容疑者の、逮捕時の映像でも、私は騙されなかった。山田浩二容疑者は、中一の二児童は殺害していないはずだ』

 保見の時は、たった一枚の静止画が、配信をされただけでした。だが、私は、その悪相めいた瞬間の、絵を見ても、まったく動じることは無くて、保見は、やっていないと言い続けています。それを覆すために、この、2015年7月28日に、保見への死刑判決が、出ましたが、

 私は、以下の二つの理由から、保見はやはり、殺人事件はやっていない。ただ、犯人像を引き受けているだけだと、確信をし続けています。

 *1)、夜九時のニュースナインでは、NHKは、その判決について、一切触れませんでした。おかしいですね。重要な事件だったはずですよ。どうして、触れなかったかと言うと、事件その者が嘘だからです。五人の無辜の老人は、確かに殺されましたよ。だが、殺した人間が保見ではないからでしょう。詳細に報道すると、私がまた、大量に過去文章を繰り返して、開示するからです。それは避けたいが、そろそろ、裁判で、死刑判決でも、下しておかないと、雨宮舜のブログに、攻め込まれっぱなしになる。反論すべきだと、なって、急に保見が、死刑になったのでした。刑事側は、死刑を求刑し、弁護団側は、無罪を主張したのですって、弁護団も、グルですね。正しくまっとうに闘う気力を示していません。

*2)、で、保見で失敗をしたと考えたので、山田浩二容疑者の、逮捕時には、数分間の動画を、記者たちに、自由に撮影をさせた。山田浩二の顔を隠さず、撮影をさせた。

 ところが、こちらでも、私は種々の不審ポイントを上げて、山田浩二は、真犯人ではないという説を唱え続けています。

 だから、今回は、逮捕時の映像が、一切ない形にしたのです。それが、犯人の、映像が一切ないという結果につながっています。そうしたら、嘘が、ばれないと、彼ら真実の悪人たちは、思い込んでいるのです。改良に改良を重ねて、今度こそばれないで、行ったと、自信を深めている事でしょう。だが、・・・・・・

 これから先は、この事件の2として、書きます。その1は、ここで終わりとさせてくださいませ。

 

尚、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3099229です。

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熊谷事件の犯人(?)の『兄は、25人殺害の、凶悪犯』と、毎日新聞が発表した?△

2015-09-17 06:37:28 | 政治

 *****罫線以下に、コピペしたニュースは、私が、報道に気が付いて、コピペしてアップしたのが、実際には、2015-09-18 06:37:28 です。その7時間前と言うことは、9月17日の深夜に外部へ発表をされたニュースだということと成ります。

 それは、私が、この熊谷市の、連続殺人事件について自分のブログ 

熊谷6人殺害事件・・・・・・二階から飛び降りたのに、頭蓋骨陥没とは、おかしいペルー人

2015-09-17 21:16:02 | 政治

  を書き始めた直後に、出てきたものです。

  それで、そちらの文章の傍証づけにこれを使いたく、そちらの下に、これが、現れる様にするために、アップの日付だけを、24時間前にしておいてあります。その件はどうかよろしく。

 なお、この文章は短くて、推敲の必要もないので、署名を入れ、総タイトル横に完成したしるしである、恒例の、△印を、ておきます。

 ところで、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3099229です。

   雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)

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熊谷6人殺害:10人きょうだい 兄の1人「25人殺害」

7 時間前
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 地元メディアの当時の報道などによると、ナカダ容疑者の兄とされる男はペルーで05〜06年に、拳銃で17人を殺害した容疑で逮捕、起訴された。実際には25人を殺害したと供述していた。

 男は動機について「罪人に制裁を与えよと神に告げられた」と証言、裁判では責任能力の有無が争われた。09年以降は刑務所を出て医療施設に収容されている。ナカダ容疑者は10人きょうだい。【イグアス(パラグアイ東部)朴鐘珠】

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ザハハディドと、組む日建設計って、数寄屋橋・阪急を担当した筈ですね・・・・私の慎重さとは?

2015-09-15 21:56:17 | 政治

 これはまったくもって、前報(後注1)の続きです。だから、副題4から始まります。ただ、加筆をします。そして、そこはアンダーラインを引いておきます。

  それから、これは、非常に大切なことですが、アップの日付如何にかかわらず、『ここに書いてある事実は、2015年9月7日まで有効だ』とさせてください。と言うのも、彼ら、CIAの事ですから、【日建設計】と言う会社名、そのものを変更させてしまう可能性があります。大蔵省を財務省に、蛙人物たちですから、容易にそういう事をするでしょう。

 非常に少数の人(=建築界のトップレベルの人たち)にしか知られていない会社だから、名前を変えたって大したことはないのです。または、白井さんだけ、または、白井さんが組んでいるチームだけ、他の会社、に吸収してしまうという手もあります。その程度の事を、彼らは、やるでしょうね。・・・・・とお断りをしておいて、先を書きます。ただし、ゆっくりと仕上げます。リンク先を見つけながら、仕上げていきますので、17日の夜までお待ちいただきたく。

副題4、『知能犯と戦うのは、非常に大変ですが、ふと、気が付くと、神様が、私の傍らにいらしたのでした』 

副題5、『建築家は、その設計した建物を、大勢の人が使うので、その顧客たちの安全を守るためにも、自分の私生活も、清らかにしておかないといけないと、私は思うのだが・・・・・』

副題6、『ザハ・ハディドと組む日建設計は、数寄屋橋・阪急を、担当した筈ですよね』

副題7、『そろそろ、銀杏の季節です。本郷の東大って、一大生産地なのですよ』

副題8、『NHKって、普通は業者の名前を入れないのですよね。だけど、ザハハディド女史の案が、再浮上するにあたって、日建設計と言う名前を入れましたね・・・・・そこもNHKが、如何にCIAに支配をされているかを語っています』

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副題4、『知能犯と戦うのは、非常に大変ですが、ふと、気が付くと、神様が私の傍らにいらしたのでした』

 と言うわけで、彼らの悪事(北久里浜における大規模な、土地の実質的な搾取)の詳細 を、100%、知っていて、かつ、文章を書くことができて、それを世間に、知らせることができる私の事を、彼ら悪人は、非常に恐れています。ただし、かれらは、知能犯です、しかも、書類が整っていると、法務局は、それが、実際には、泥棒であっても、許可しないといけないそうで、したがって、ルネ北久里浜を買って、そこに住んでいる人々は、別に違法な土地に住んでいるわけではありません。

 ところで、ルネ北久里浜は、そういう、よこしまなものを内包しているので、最初の名前を、360度眺望が可能な【そらヒルズ】と言ったのに、総合的な名前を【ルネ北久里浜】へと変更しています。また、現地では、総合ゲートに、【旧そらヒルズ】と小さく名前が入っている、現在の名前の、【ルネ北久里浜】の看板が立っています。が、驚いたことに、数年間、グーグルの地図にもヤフーの地図にも、その所在が載っていませんでした。それほど、私の文章の力が大木と言うことになります。

 別に威張っているわけではなくて、自分が書いていることが、すべて真実だということを言いたいだけですが。今は、数年たっているので、載せないと、かえって、私のいう事が正しいとなってしまうので、建物の形がきちんと正しく載っています。ただし、マンションの名前が【ルネ北久里浜】ではなくて、一棟ごとの固有名詞で、載っています。フェアリーコートとか、ブリーズコートとか。そして、マンションのエレベーター(地上から、5階まで、垂直に上がるもので、磯子の、旧プリンスホテル跡地にたった、大マンション群にも備わっているモノと同じタイプのものが、在りますが)を、近隣住民にも、一か月1500円で使わせるのです。が、それが、最初は無料だったのです。ほぼ、1年半も無料だったのですよ。

 近隣住民の中の一人が、杉本横須賀市・副市長だからです。杉本氏が、このマンションに対して、どれほどの、重要なサポートを過去(1970年代)にしたか、何度も書いているので、ここでは、繰り返しません。 

 で、元に戻れば、その大マンション群は、書類上は瑕疵が無いが、道義的な意味での悪人と言うのが陰に、居て、それは、益山夫妻も、瀬島龍三も死んだ今では、生き残っている人間としては、杉本夫妻と、益山夫妻の義弟、仲野通巳吉氏の三人(詳しく言えば、一組の夫婦と、一人)となります。杉本氏は、のちに、横須賀市の副 市長になっていきますし、70を超えた今でも、そうなのかもしれませんよ。彼ら(=CIAにサポートをされた強大な特権者)の人事なんて、ご都合主義の最たるものですから。そして、『どうして、それが、可能だったのでしょうかねえ?』と言うほどの、豪邸に、杉本氏は、転居しています。ここらあたりも過去に詳細に書いているので、それのリンク先を探さないといけませんが・・・・・待っていてください。

 その人たちは、真実が世に広まることを、非常に恐れているはずです。

 でも、私は悪人ではありません。どこにも瑕疵がありません。だから逮捕などできません。で、

*1)、陰湿ないじめによって、ノイローゼにさせ、自殺に追い込もうとされています。

*2)、一方で、殺されそうになった事(=他殺未遂)にも何度も出会っていますし、

*3)、テロリスト騒動に巻き込んで、大杉栄みたいに殺してしまおうとも、狙われていると、感じています。

  シャルリーエブド事件から、始まって、寝屋川事件に至る、本年度は、最後の、*3)が、開始した年であって、テロリストが居ると、言う大宣伝をされている 年です。だから、異様な事件が次から次へと起こされて、無辜の人が殺されています。寝屋川事件など、子供が犠牲者ですから、本当にかわいそうです。

 しかし、ご近所の前田祝一氏夫妻は、今年度の、主要な事件が起きるたびに勝った、勝ったと大喜びで、さらにノイローゼにさせる度合いを強めようとして、二階の、天井灯を赤々と付けています。ところで、前田家って、わが家より、30~40m離れています。で、毎日ではないのですが、その悪意ある行動を、さらに近い場所で、他の人間にやらせようとも、します。12時に前田家は消灯をして、それ以降は、たった、6mしか離れていない西隣に、バトンタッチをして、午前二時ごろそちらが、二階にだれもいないのに、天井灯を点けたり、それに私が気がついたら消したりします。

 こちらはシーリングライトではなくて、ペンダント灯ですが、それを意味ありげに、突然に点けたり、また、五分後に、消したりしています。二階のそこには、午前二時には、誰もいないのに、点いていたりするので、おかしいなあと思うわけです。なお、この近辺は、山の緑に囲まれていて、意外と他者の視線を感じないところなので、カーテンを付けていない窓が多いのです。ブラインドはついているのですが、それが、上空からの日差しをさえぎる形で、ついているので、高低差の関係で、1m低い、私の方からみると、まったく役に立っていなくて、全部素通しで、部屋の中が見えるのでした。(苦笑)

 西隣の、特におくさまの、小野寺夫人が、ある目的と意図のもとに、ちゃらちゃらと動くのは、周南事件の時も、マルハニチロの、農薬混入事件の時も、くりかえされたパターンなので、非常によく解明できます。つまり、小野寺夫人の動きによって、事件の謎が解明できるのです。

  しかし、神様と言うのは居るもので、お隣が、2008年の建築中から行ってきたいじめに対して、とんでもない方法で、たしなめることができる情報が手に入りました。お隣の生殺与奪の権を握る様な情報が、私の手に入ってきたのでした。最近ではないのですよ。二年か、三年前です。探偵を雇ったわけでもないし、 東大の工学部事務室に行って、そちらの勤務先を、聞いたわけでもないです。こういうところに神様の存在を感じます。奇跡だと、思いましたね。

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副題5、『建築家は、その設計した建物を、大勢の人が使うので、自分の私生活も、清らかにしておかないといけないと、私は思うのだが・・・・・』

 副題5の二重ガッコ内に書いた通りで、建築家は、相当に、私生活もきれいにしておかないといけないのですよね。不倫に陥るなんてもってのほかです。

 お隣もご主人の白井さんは、上品で人がいいです。そして、ケヤキのうすを買って、とうとう椅子にしてしまいました。趣味で、単純作業(のみで、うすを削っていく)を、する姿は、きれいだと思います。ところが、そういう姿と相反する行動が、時にはご夫婦一緒で、時には奥様単独で、行われるのですね。大きなもので、7個ぐらい、小さなもので、30個ぐらいあり、それは、悩みの種でした。

 途中で、ずいぶんと、たしなめたつもりです。暗喩的にですが、たしなめたつもりです。方向転換をしてほしいと思っていました。だって、24時間通じてお隣なんですよ。安野家とか前田家とは距離が違うし、指呼の距離で息吹が伝わります。こちらが苦しめば、神様は、当然のごとく、お隣を叱るはずだからです。

 今、8年間、お隣同士で、暮らしているのですが、2013年から特にひどくなって、『これは、たまらない』となって、ブログでも丁寧に委細を、書いているのですが、直りません。

 理由をあれこれ、推察します。

*1)、実名をなかなか、曝さないので、タカをくくっている。特に、お隣を使役し、利用しようとしている前田夫妻と、安野夫妻が、【銀座のうぐいす】(=私のブログ)なーんて、いずれ、つぶせるはずだと、タカをくくっている・・・・・そういう可能性はある。

*2)、自分の実態を隠しているつもりになっている。もし、実態を、曝して、批判をされたら大変なことをおやりになっているのに、知られていないと、信じて、平気で、やっている。

*3)、東大出身だから、ここの二代目、町内会長だった、中谷共二氏の長男(東大の宇宙工学研究所長)とは、すでに知り合いで、そこから何かを頼まれている?

 実は中谷氏こそ、瀬島龍三から依頼を受けて、わが家の北東の崖を無断で、崩した人間です。すごい事だと思いますよね。で、すでに亡くなっている、中谷氏のご長男から、『そこを、書かれると困るので、彼女がノイローゼになって、精神病院に、入院をしてくれると助かります。だから、それに役立つ方向で動いてください』と、依頼をされている? その可能性はある?

*4)、実はここに引っ越してくる前に、すでに、瀬島龍三と接触があった? たとえば、問題の、ルネヒルズ(売り出し中は、そらヒルズ)を設計したのが、お隣のご主人で? と、思う時もありました。

 *1~*4の原因のうち、どれが、真相かは、分からないものの、あの夫婦のやってきていることは、普通ではなかったです。高度で、非常に複雑な形での、面従腹背と言うもの。

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副題6、『お隣のひどい仕打ちに接するたびに、アメリカの古い民謡、on top of old smoky を、思い出すのだった』

 この副題6に、アルファベットで入れた曲は、YU TUBE で、出てきます。アメリカ東部に横たわるアパラチア山脈の中の山を見上げながら、誰かが作った歌でしょう。これを、私は、中学時代に友達から教わりました。60年前に教わりました。おしえてくれた人は日本人の女の子ですが、のちに、国谷裕子さんと同じブラウン大学へ進学します。
 60年前に習ったのでしたが、三つ子の魂百までのたとえ通り、絶対に忘れない歌となっています。

 その最も感動的な部分の歌詞が、YU Tube でも、表紙になっていますが、日本語に翻訳すると、

 ・・・・・泥棒はさ、あんたの、ものを盗むだけさ。

 だけど、偽りの恋人は、あんたを墓場に送り込むのだよ・・・・・と、なります。

 私はこの山の人が、すでに、ナチス投資配下の、ドイツ人と同じく、前田家や、安野家の支配下にあって、精神の自由をすでに、奪われているので、誰とも、付き合っていません。だから、誰とも会話を交わしません。だけど、お隣のご主人が作った最初の挨拶状を見た時に、顔色を変えてしまいました。デザインも、使用してある色も、素晴らしかったからです。私も実はレベルが高いのですよ。(笑い) 美術家としてはね。だから、他人のレベルがすぐわかる。上級な人は、すぐわかります。
 で、それは、相手にも伝わって、『あれ、この人は意外に、ハイレベルだな』と分かってもらったり、この8年間の、途中で、お隣からを装って、真夜中に、わが家の外壁に、石を投げつけられる問題が起きて、それの解決方法に、関しても、私が、相当に頭がいいということは、お隣には、はっきりとわかっているはずです。

 で、紆余曲折があった挙句に、お隣の奥様だけは、この山の、たった20軒しかない家の奥様の中で、最近では、長話をする唯一の相手と、なりました。昔は結構、いろいろな人と長話をしていましたが、最近では、それをしていないので、唯一、お隣が、親密な人だと、他人にはみなされる間柄となっていました。それが、見えるから、それを、てこにしてやろうとして、あとから利用をされはじめたのか、それとも、最初から、覚悟と使命感を持って、彼女がスナイパーだったのか、どちらかは、分かりませんが、8年間にわたって、『なんと、嫌な思いをさせられたことか』と言うほど、苦しめられましたね。

 その長話の間に、ふと、気が付いたセリフがありました。「なになにが無かったら、こんなところに引っ越しては、来ないわ」と言うもので、それを聞いた時に、『なるほど、誰かから、教唆されて、ここを買いましたね』と、思った次第です。渡辺篤史の【たてもの探訪】の中では、「自然に、充ち溢れている処だから、好きで、ここに、引っ越してきた」となっていますが、それと、並行して、誰かから、頼まれて、私のお隣に、引っ越して来た、可能性のある人たちなのです。

 すみませんが、ここで、就寝します。数寄屋橋・阪急がどうしたか、とか、まだ、具体的な話は、何も書いていませんが、どうも、うっとおしい話なので、少しずつ、書きたいです。全部を一気に書くのは、止めておきます。待っていてください。

 

@@@@ここが、加筆中の最先端です。

 伝家の宝刀の事ですが、それを手に入れても、すぐには使わないですよ。私はおっちょこちょいではないし、慎重だし、神様のご愛顧を得るためにも、よほどの時でないと伝家の宝刀は抜かないのです。

  ところが、今回ザハハディド女史の案を再浮上するという、策が出てきました。ザハ事務所は、日本の、日建設計と組むそうです。だから、「それは、お隣の白 井・小野寺夫妻(夫婦別姓)を救おうとして、例の鎌倉エージェントが出した案だろう」と、このブログの世界で書きました。白井氏が、日建設計に勤めてい て、浜銀鎌倉支店を設計したのだと聞いています。だから、上の様に言えるのですが、それをこのブログの世界で書きました。

 すると、突然に、そのニュースが消えましたね。また、浮上する様だったら、もう、一段進んで、小野寺夫人がやったあくどい事を、書くことができます。そういう風にして物事って進むのですよ。

  と書いていたら、北久里浜に行っていて、ブログを書けない時期(日曜日から月曜日にかけて)に、また、それが、復活をしていました。ところで、パソコンを 開けて一番最初に出会う頁が、msnに、私は、設定をしています。で、そこが、私へのメッセージとして利用をされているのですが、

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 そこに、朝日新聞の、7日発の記事として、この件が、載っておりました。

ハディド氏、新国立の再公募に参加へ 日建設計とチーム

@@@@@ここも、あとで、加筆をしないとならないところです。と言うのも7日に発表をされたものが、13日か、14日と言う非常に遅い日時に、しかも、MSNで、発表をされたのです。まさしく、私狙いでしょう。北久里浜に泊まっていて、このニュースを見ることができない時間帯を狙われています。即座に対応ができないから。

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 彼女はアジサイ畑欺罔事件が起きた時には、ここに住んでいなかったので、真実を何も知らないのです。ただ、教唆されて、私の方が悪いと思い込んでしまい、あくどい方向に、役立つ様に、動いているだけです。そして、悪人たちが得をします。

  東大卒なのに、地頭が悪いなあと、思っていて、内心で軽蔑していますが、リアルな世界では喧嘩を売らないので、彼女の方は、彼女の方で、私の事を馬鹿にし ているのでしょう。あ、は、は。笑っちゃいます。面白い事です。しかし、気分の悪い時には、笑ってもいられなくて、『これって、ナチスが、進撃したころと 同じ流れだろうなあ。絶対に、研究しぬかないといけないなあ』と、思っています。

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副題5、『そろそろ、銀杏の季節です。本郷の東大って、一大生産地なのですよ』

  あ、ところで、そろそろ銀杏の季節ですね。本郷の東大って、銀杏の一大生産地なのですよ。東大生は拾いませんので、ご近所の主婦が拾いに行っています。銀杏は商品としてはきれいに洗ったものを売っていますが、木から落ちた直後は、柔らかい果肉が、外側に、ついていて、それが、臭いのです。 だから、よほど、手間をかけるつもりの暇な専業主婦ではないと、拾いません。学生なんか、気にも留めずに通り過ぎます。

 大型のレジ袋を二つを、満杯にして帰宅をしています。私、うらやましいなあと、思っていましたが、たまたま、パソコンを持って居たり、自分が出版した本を 持っていたりした時だったので、そちらが重いので、拾えませんでした。

 それと、軍手と炭挟み、と、丈夫なレジ袋を何枚も用意しないといけ ませんね。果肉は臭いだけではなくて、手を荒らす、成分を含んでいるのです。外に匂いが漏れない様に、頑丈に放送しないと電車などには乗れません。そういう準備は、何もしていなかったので、今までは、あきらめていたのです。

 ところで、急に政治の問題へ入っていきます。私の後ろで、尾行をしている人に、言っておきますよ。「絶対に、それは、探偵をしたいから、行くのではありません。銀杏をひろいに行くだけですよ」と。午前五時に家を出て、拾い終わって、その後、午前8時50分までに、本郷三丁目の駅についていないといけませんね。李下に冠を正さずと言います。午前、8時半に東大のイチョウ並木を離れて、丸の内線に乗り込 んでいれば、絶対に、東大図書館にも、工学部事務室にも訪れてはいないというわけですから。(苦笑)

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後注1、

少年Aが、週刊誌の世界を席巻している。理由は何故か?

2015-09-15 00:26:29 | 政治

 

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