銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

フェイスブックを拷問の道具として使われた話(開発チエ、と、梅森伸一、他)

2012-09-29 04:33:18 | Weblog
 さて、これは、続き物としての政治評論『社会の窓が開いているよ』の6となります。9月20日から始まっています。左のカレンダーで、ごらんをいただくとそれが出てきます。ここで、念のためにこれまでのあらすじを、申し上げましょう。それは、副題ゼロに書いています。
 そして、
 今、徹夜の連続で、二万字近く初稿を書きあげてみて、自分でも驚くようなことが書き抜けたことにも気がつきました。
 それは、古村浩三君について、結構な字数で触れることが出来たことです。この人は私の語学の時間の同級生ですが、どうも、パソコンを壊す役目を持っているみたいです。フェイスブックをはじめたら、それを、感じはじめた存在です。
 彼が私にそのようなひどいことをする理由は、寮で、ロックフェラー4世と知り合っているし、石塚雅彦(元日経新聞の論説委員で、現在早稲田大学教授)さんと知り合っているからだと、推察しています。

 しかし、復讐的なことを平気でやる人なので書くことが、イコール自分の大損失へつながる人物で、なかなか、書くことが出来ませんでした。彼について書くことは、私にとっては、ICUという卒業大学(=ひとつのふるさとであり温室でもある)を失う事になると同義でしょう。

 でも、開発チエさんと、その友人梅森伸一氏について書いているうちに、自然にそこへ導入されていきました。これが、進歩なのか、退歩なのかは不明ですが、書くべき事のひとつだったので、やや、ほっとしたと言う面があります。
 世の中には何も無用な物はないのです。今回、開発ちえさんの爆発的なヒステリーへ遭遇してそりゃあ気分は悪かったですよ。だけど、古村浩三について、さらっとですが、触れられた事は、有意義だったので、世の中、何も無駄はない。すべての存在は大切だと言う定義は正しいと改めて、思いました。

副題ゼロ、『29日用の前置き・・・・・いわゆるあらすじ』
副題41、『井上ひさしのボローニャ訪問と、鳩居堂の文房具』
副題42、『鶴岡八幡宮が、諜略に利用をされている可能性について』
副題43、『体重60キロ以上ある女性がどうして、三ヶ月で癌死する?』
副題44、『癌検診を受けるのは、あなたは、おやめなさい。おせっかいですが、それをお勧めいたします』
副題45、『井上ひさしは、どこの病院で死んだのかな?』

副題46、『八幡宮様から出る音による妨害は、相当収まったが?』
副題47、『ボローニャの茶色の景色に、鋭い青で印刷されている鳩居堂の紙袋は合致しませんよ。ひさしさん。あなたって美的・音痴ざあますわね』
副題48、『開発チエと、梅森伸一、の、あつくて固い結びつき』
副題49、『金田佑子さんの明るさと、梅森伸一氏の暗さ』
副題50、『CIAのベイカーさんは、自分の失敗のせいで、私を殺そうとした軽すぎる男です』
副題51、『梅森伸一がやったことの実際を書こう』
副題52、『真夜中に、投稿が、集中する五人は、なぜ、その時間帯を利用するのか。フェイスブックを利用した拷問について』

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副題ゼロ、『29日用の前置き・・・・・いわゆるあらすじ』

 私は2007年以来、目に見えて弾圧を受けているのですが、それは心理学を応用したものが多いのです。ほかに物理的な損失もパソコンが壊れるなどあるのですが、重要なものは、知人を敵に仕立て上げると言うものです。

 だが、本章の主人公は、知人でありながら、その人の本来の姿が、自然と敵になってしまった人であり、仕立て上げられた人ではないのです。つまり、渡辺幸子さんという人物そのものが、他人をいじめたいとか、他人への嫉妬心が抑えられないと言う向きのある人物なのです。

 その後で、電話の盗聴等を利用して、二人の間に、喧嘩があったことを知った敵側が、彼女を最大限に利用をしています。昨日までに書いたことは、ほぼ、10年前の出来事ですが、鎌倉と銀座を利用して、常に彼女を鉄砲玉として利用をしています。

 つまり、彼女に賞を与え、私が望んでいたこと(大きな作品を廃棄するのはつらいから、『どこかの大ビルのロビーに飾ってもらいたい』と言うような望み)を、次から次へと彼女にはかなえさせてあげて、その比較により、『お前は悲しいだろう。だから、つぶれて行け。この世から消えていけ、そうしたら、モノを書けないはずだから』といわれている最大の人物なのです。
 だから、生きていくためには、彼女を分析しておいて、敵方に、『わかっているのですよ。あなた方のたくらみは全部』と言っておかないとだめなのです。
 そうです。高望みをしないで、ごく普通に生きていくためにも、彼女を分析して、ちゃんと『すべての悪企みをわかっていますよ』と、敵に知らせないといけないのですが、なかなかそれが出来なかったのは、一本前のブログの最終章に出てきたB子夫人と言う、無辜の人を傷つける可能性があって、それを、どうするかに悩んでいて書けなかったのでした。

 ただ、この渡辺幸子という閨秀画家が大変重要なのは、この人ほど、酒井忠康氏、伊藤玄二郎氏、石塚雅彦氏、井上ひさし氏等の国際的軍産共同体の、エージェントたちのお互いの結びつきと、そのエージェントとしての役割や、実態(お礼の金銭や、社会的厚遇が与えられている)を明らかにする人物も居ないと言うほどの、好例だからなのです。

 それゆえに書く必要があるのですが、書くのが相当にしんどい対象であり、すでに、五章、8万字を超える字数を消費していても、まだ、肝腎のところへ到達していないのでした。(笑)
 でも、しこしこと、かつ着実に、この山を登って生きたいと思います。

 それが、私が普通に生きていくための尊厳を回復する手段の一つなのです。昨日も文章力が足りなくて、B子夫人を取り巻いたエピソードについても、うまく表現できていないと思いますが、仕方がないので、先へ進みます。
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副題41、『井上ひさしのボローニャ訪問と、鳩居堂の文房具』

 さて、前報は19997文字に成ってしまっています。で、本当は絵画の写真さえ載せたかったのですが、その説明文が、載らないので、あきらめています。また、それは、それで、作業時間が必要ですので、先へ進もうと思っていて。

 昨日の、一部公開の開発さんメールそのものも驚天動地の汚さだと思いますが、それとは別に、開発ちえさんが、私を攻撃した過去の長い時間があるので、私としては、ああいうものを公開しても良心に疚しいところがないのです。

 それでも、パソコンが壊される前までは、かばってあげようと思っておりました。彼女がどんなに威張っていても経験値(笑)が違います。パリやニューヨークへぽんと行って、すぐさま、まるで長年の滞在者であるかのごとく、土日も無く、一日に7時間から、10時間、それ専門のプロ用の版画工房で、制作を出来るのは並大抵の努力でもかなえられないことなのですよ。人間としての実力がないと出来ないことです。そして、個人のお金も必要です。私は三回の滞在時に、自分の貯金から、200万円ずつ消えています。
 特に、大学院へ入ったり(私立の美大は高い)とか、半地下の2DK(だいたい70平米ぐらい)でも安全な一人暮らしが出来るところを、借りるためには前後の無駄を入れますので、(一年間借りる設定で無いと、借りられない)お金に無駄が出ますし。

 反対に、井上ひさしの、NHKBSプレミアムでの、ボローニャ訪問の番組とか、林真理子のニューヨーク訪問の記事など、失礼ながら見ていて恥ずかしくてたまりません。特に井上ひさしが、ボローニャ訪問の際に、手に鳩居堂の小さな青い紙袋を持っていたことには、着目をしています。

 それを見て、・・・・・『ああ、そうか、彼は、2000年、非公開で、メルマガをやっていたころから、私の文章をいちいち、研究していたのだ。敵のハッキングは、そのころから始まっていたのだ。

 となると、クローズアップ現代の、太宰治・称揚・番組の中で、初めて気がついた、警察と彼との緊密な結びつきは、ずっと前に始まっていたのだ。かれが、その番組の中で秋葉原殺傷事件で、犯人の予告に対応できなかった警察を擁護した、のには、びっくり仰天したが、その前に、濃密な協力関係は、始まっていたのだ。彼は、ずっと、ずっと、警察おたくだったのだ。換言すれば、警察への追従者だったのだ』と気がついてくるのです。

 と言うのも私は1998年のパリ滞在中も、その次の1999年や、2000年のニューヨーク滞在中も、鳩居堂の便箋類をお土産に持っていっています。和風なテイストのある文房具類を、1500円、2000円、3000円と、組み合わせて包装をしてもらい、裏に自分だけがわかる、目印をつけておいて、お礼の重要度の応じて、差し上げると言うことを手紙でもメールでも書いています。

 また、出版した本のどこかの行にそれが、記載をされていたかもしれません。ともかく、これは、なかなか、適宜なお土産となります。

 で、井上ひさしが、それを真似しているとは、感じました。ただね。「それって、被害妄想(または、誇大妄想)の一種でしょう」と、おっしゃる向きもあるでしょう。で、『そうではない。その証拠は、この10年間、どうしても、鳩居堂の漢字変換が出来ないことで証明をされている』と、申し上げさせてください。

 あのね。私が文章を書く際に、重要なキーワードはすべて、漢字変換ができない事になっています。単に、重要な人物または事象というだけではなくて、敵が過去にちょうりゃくの対象として使っているから書かれる事に対して、神経を尖らせる対象も、漢字変換が出来ません。

 菅総理大臣、は、かんそうりだいじんと、入力すると、絶対に漢字変換が出来ません。ので、いつも、まず、・す・が・といれて、そこで、変換してから、総理大臣をつけて行きます。 
 成岡庸司君も出来ません。成功といれてから、功の部分を取り去り、分解して組み立てあげていきます。
 キュウキョ堂も出来ない言葉の一つです。で、仕方がないので、必ず、鳩が居るといれて、間の不要なひらがなを抜いていきます。
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副題42、『鶴岡八幡宮が、諜略に利用をされている可能性について』

 鶴岡八幡宮も出来ません。これも、鶴とか岡とか、一字ずつ、丁寧に変換して行って、くみ立て上げます。
 ところで、鶴岡八幡宮がどういう風に、この私の敵である軍産共同体とそのエージェントに利用されているかについて書くのは、結構な字数が必要ですので、本体とは、ずれてわき道に入ることとなりますが、別章を立てて語りたいと思います。

鶴岡八幡宮は、
 不動産や樹木に関して、時制順に古い件から並べれば、私が

*1)「山間の煙」と言うエッセイに書いた、焚き火が大好きな別荘の持ち主から、その瀟洒な書院造り風の和風建築、(坪数は、山も含めれば、1000坪か1500坪か?)をお買い上げになって、そのエッセイが無効になる様に計らっておられます。その建物は、今の名前を鶯吟亭と言います。特別に大切なお客様への接待用に使われているでしょう。たとえば天皇陛下とか、世界遺産の審査員等とかに。

*2)同じく、私が書いた、二人だけの音楽会というエッセイに登場した重要な巨木、アメリカキササゲを伐採してしまわれています。

*3)鎌倉市の放送がよく聞こえるようにと言う名目で、安野家の日当たりが特によくなるように、その前の大木の枝きりをされております。

*4)同じ時期、(2012年の3月中)に我が家と鶴岡八幡宮様の間の崖の大きな樹木が倒れました。それは、留守中におきたのか、音に気がつかなかったので、八幡宮様の警備員がわざわざ主人を呼び止めて、気がつく様に促されています。
 そのころはひどかったですね。フェイスブックを遮断した後なので、ここが、せんど(戦の最前線と言う意味)として、ありとあらゆる攻撃が加えられていたころです。アイデアを八幡宮様ご自身が出したとしたら、『神様が、それほどの、悪意あることを、なさるのだろうか』と考えて、こっちがひっくり返ってしまいますが、アイデアの方は、伊藤玄二郎と、まだ、生きていて地下潜行をしている、井上ひさしが出しているでしょう。そう信じないと生きていられませんね。鎌倉で、最も崇敬の対象である、八幡宮様が、人を脅かすために、・・・・・と言うのも我が家と八幡宮様は、境界を接している地主同志であり、二つ所有者の地境には、直径が、1メートル以上の巨木が二本、後は、4~50センチの中程度の木が20本程度かな? それ以下の直径の木が、これも、30本程度生えている鋭い傾斜の崖になっているのです。

 その崖に生えている木を次から次へと、人工的に、倒壊させられていったら、我が家の土地も崩壊する可能性はあります。それを八幡宮様がなさるとは、信じられませんが、あの警備員が主人に警告をわざとした意味は、それを含んでいると感じます。

 もちろん、八幡宮様は、私の書くモノを気に入らないと言うことはあると気がついていますよ。特に大銀杏が倒壊した原因は、
 八幡宮様が、驚天動地のヒステリー女性である、前田清子さんを、國學院大學の講師に推薦した事に30%の原因があると、書いています。しかも、前田清子さんは、30年前から、2012年の、いまだに、連綿として、引き続いて、攻撃意欲満々で、まあ、いろいろなことを、おやりになるので、どうしても、繰り返して、大銀杏の倒壊について語らないとだめになります。

 それを恨んでいらっしゃるのかなあ。でも、『お前の住んでいる家の下の崖を一本ずつ木を倒壊させる形で、徐々に崩して、お前が、住めないようにさせて、行こう』とは、神様を、庶民に拝ませる神社のトップがお考えになることとも思われませんが・・・・・まあ、私としては、『例のごとく裏から、伊藤玄二郎に教唆をされてしまっておられるのだろうなあ』と考えております。間に神社庁のお役人等が入っているかもしれませんがね。
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副題43、『体重60キロ以上ある女性が、どうして、三ヶ月で癌死するの?』

 それって伊藤玄二郎の彼の下半身の秘密を守るために引き起こされているだけの話なのですよ。本当に恥ずかしいことです。

 彼は大磯に自宅があります。奥さんも子供もそちらに居るはずです。ただ、英雄色を好むと言う形で、いろいろご発展の模様で、我が家の近所にも石川和子と言う、彼の会社名(鎌倉春秋)をもらって陶芸教室を開いていた女性が居ます。

 元愛人だから、鎌倉市に対する売り込みをしてもらうと言う形・他で、優遇をしてもらっていて、「200人を超える弟子が居る」と豪語していた女性です。しかし、そう言う優遇が原因なのか、修行が足りず、60を超えていると思われるのに、無知蒙昧・無教養で、限りなくわがままな女性です。

 30年間、私より上だといって、威張りかえっていましたが、・・・・・それについては気がつかない振りをして、やり過ごして來ました。付き合わないという形をとってきたのです。が・・・・・彼女が、私の猫を好きになったことで、私との接触が始まり、警察を巻き込む大失敗をした女性です。

 で、結局のところ、敵方に暗殺されたのではないかなあ? へまばかりやるし、そのへまが、『警察は、大馬鹿であります』と言うことを証明する事になるので、のっぴきならないものなんです。

 それで、私に、それに関する文章を書かせないがために、癌を、理由に病院で、筋弛緩剤でも用いて(無論、病院への侵入者がやるのですよ。病院が殺人を犯したら、この世も末ですが)暗殺されたのではないかしら。
 そうすると、私が何を書いても、そう言う女性は居ませんでした。となるでしょう。
 だって、死の三ヶ月前には、独活の大木のような堂々たる体形でしたよ。
160センチ以上の背の高さがあり、体重は60キロ以上はあったと思います。盛時には毎晩外へ、現在の夫、柳澤昇と、飲み食いに出かけていましたので、ぼってりと太っていましたから。
 あれが、がん細胞の増殖に邪魔されて、栄養が取れなくなって、やせていくとしても、数年は、貯蓄された栄養で、命を、保持できるはずなのです。

 どうも変です。ですからね。そちらに忠誠を誓って、やるだけのことをやっても、それで、命の保障と、人生の成功が約束をされるわけでもないのですよ。ともかく、普通に道徳を守って生きていくのがベストです。
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副題44、『癌検診を受けるのは、どうか、おやめなさい』

 ただね。石川和子さんが入院していたのが、額田病院なら、なんとなくひらめくものはあります。そこは、2010年の4月5日の、私の銀座の個展初日に脅かし様に使われています。主人が画廊に出かけて、森さんというオーナーに挨拶をしている間に、額田病院から『ご主人の(六ヶ月前の)検診結果を聞きに来てください』と言う電話がかかってきたのです。いやな感じを受けました。幸いに、何も無かったのですが、『がん検診で、がんが発見をされました』と言う事にして、入院させ暗殺をしていくシステムは、すでに構築をされているのではないかしら?

 日本人の二人に一人は癌で死ぬそうですが、嘘、嘘、急に統計が変わっていますが、嘘でしょう。それって、その手の暗殺を、容易に納得をさせるための準備段階としての国民向けの教唆誘導です。乗せられてはだめですよ。

 世界の大富豪の中の知的部分は、シンクタンクで、人口を減らしていくと決めているそうです。特に日本では、中流階級を抹殺していく構想があって、彼らの資産を元、在日とか、元部落とか、現創価学会とか、言う昔なら差別をされていたほうへ与えていくと言うシステムがすでに構築をされている模様ですので、それに利用をされている可能性があります。
 皆様にもお勧めします。がん検診は、体調に不安が無かったら、受けない方がいいです。人口を間引いていく策に利用をされてるのだから、あなたが、政治的には無色透明でも、中流階級の人で、資産を持っているのなら、殺されてしまう可能性はあります。ただ、不調だったら、おうけなさい。

 日本の国家予算って、今赤字なんですよね。それで、どうして、こんな検診を国民全体にさせるのだろう。大人だけがこれを受けても、一人一万円以上の実費はかかっているはずです。それだけで、5兆円にあがります。必要のある人には医療費は出さないといけませんが、人口を間引いていくための予算ですから早急に没にしてほしい予算です。

 私はあれが始まってから、一回だけバリウムを飲みましたが、後は一切無視しています。
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副題45、『井上ひさしの、主治医は誰だったのかな?』

 ところで、終わりのほうで、それに対して詳細に語りますが、開発さんからのメールで最も癇に障ったところは、あの人は井上ひさしが、まだ生きていると言う珍説を唱えているおかしな人だから相手にしない方がいいとフェイスブック友達から言われたという部分です。」
 そのフェイスブック友人と言うのが、梅森伸一さんだったら、大問題が始まるのですが、ここは、井上ひさしにこだわります。

 ところで、今、数百字を書いたのですが消えました。このパソコンは井上上ひさしがじきじきに支配できる仕組みになっているのでしょう。特別なアプリがあって、それが、旧石井亭(まだ、引っ越していった石井さんが保有していて、若いイケメンの男性が一人で住んでいる。我が家から、直線にして、40メートルも離れては居ない)においてある特別なコンバーターとか、ルーターが置いてあって支配が出来るのでしょう。むろん、CIAの要因とか、警察がやっている可能性も感じますが書いたとたん、間髪を入れぬ速度で、消されましたので、井上ひさし本人である可能性は高いです。

 こういうことが何度もあるので、井上ひさし、生存説を確信しています。
で、これから先はしつこくトライしなおしながら書き進めていきましょう。
 井上ひさしは、それまで、こまつ座を運営していた好子夫人との間の長女にかえて、三女・麻矢さんを後継者に指名しました。

 この人が発表することがことごとく笑止千万なのです。ただ、念のために今、グーグルで検索してみると見事にそれらの情報が消えておりました。削除をされておりました。だが、私はどこかに保存をしてあるはずです。
 つまり、嘘をたくさん発表をしたから,引き上げたわけです。が、一年ほど前までは、堂々と、すさまじい嘘を発表していました。

 覚えているもののひとつが、「父は最期まで歩いて病院へ通った」と言うものです。
 あのね、彼のうちは、グーグルの検索でも出てきませんが、佐助と言うところの三丁目に在ります。佐助稲荷と、銭荒い弁天の中間の道路を隔てた対岸(東側)にあります。我が家と同じく切り立った崖に囲まれた要塞のような家です。
 wikipedia にも載っていないゆり夫人との間の息子さんは、その地名を少し変えた名前をつけられています。週刊誌のグラビアにもその豪邸は、載っています。ところが、グーグルの地図(ヤフーやマピオンなど他の地図でも)を検索すると彼の家は建物自体、影も形もありません。ただ緑色のスペースがあるだけです。

 彼がどれほど、秘密主義であり、また、その秘密主義が許されている人間であるかを、この現象は見事に、語っているのです。
 そこは我が家のような石段で上がるわけではありません。その奥に源氏山公園もあるし、道路は広くて、コンクリート舗装をされています。ただ、傾斜が急な道路特有な、滑り止めの丸いアナが、一面に刻印をされている道路です。そこを、「車で病院に通いました」と言うのなら、「まだしも、歩いて病院まで通った」ですって。井上ひさしとは、有名な脚本家だそうですが、そうだとしても、これは、「嘘も休み休み言いなさい」と怒鳴りたくなるような発想です。瀕死の病人を介護した事のある人間だったら、最後の段階では歩けないのも、ご承知だと思います。

 彼の家から一番近いのは、旧名佐藤病院か、清川病院ですが、どちらにしても歩いていくのなら、病人なら、50分ぐらいかかります。歩けるはずがないです。帰りは上り坂ですから特に、肺がんの人には苦しいはず。嘘ばっかりです。
 または、額田病院のシャトルバスが駅近辺まで来ているからそれに乗ったのか? それにしては歩いて通ったと言うのが変ですね。

 しかも、菓子パンがすきで最後の段階まで、それを食べていたですって。あのね、臨終に近い人は、その前の三ヶ月ぐらいは、口からモノを食べられません。栄養補給をイロウとか、点滴でやるかどうかを医者から問い合わせられます。まあ、その手の措置も家庭では出来ません。だから、入院もしないで家で療養をしている際に、菓子パンを最後のときまで食べていたですって、・・・・・やめてください。他人をおちょくるのも。まあね、巨匠と言う言葉に騙されて、尊敬しきっている庶民には、信じられるのかもしれませんが、立った二分程度でも本人に、肩と肩が20センチの距離で、じかに接した私には、その卑怯さがびんびんと伝わってきているので、「嘘ばっかりです」と断言できます。
 そう言う情報を、上智大学はネットで、堂々と公開していたのですよ。しかも今はない。変ですね。

 「やめてください。上智大学さん」といいたいです。
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副題46、『八幡宮様から出る音による妨害は、相当収まったが?』
 
 八幡宮様からは、音による妨害として、大音量を特に、2008年から2011年の夏にかけて、上げてこられました。それなども大木を伐採してしまうことと、同じことですが、徹底的に敵が利用している存在です。

 最近では、鎌倉を世界遺産にという運動があって、先週も24日かな、審査員が訪れると言う報道がありました。それは、単に鎌倉での、えらい人間である伊藤玄二郎のブラッシュアップに役立つだけなのですが・・・・・
 それと、これは、まだ、一切論じていませんが、神奈川県立美術館の本館が、八幡宮の境内から、葉山に移転をされたことも、これら、国際的軍産共同体の諜略行為だったと判断しております。
 確かに、八幡宮様の和風けんちくの中で、あの白い箱は異物ではあります。だけど、そのコンセプトがお互いを高めあってきたのですよ。充分に庭があるので、貯蔵庫の改築などで、この場所で、発展をさせることは可能だったのに、我が家のすぐ近所だから、移転をされたと感じています。
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副題47、『ボローニャの茶色の景色に、鋭い青で印刷されている鳩居堂の紙袋は合致しませんよ。ひさしさん。あなたって美的・音痴ざあますわね』

これは、タイトルどおりです。今回は梅森伸一さんとの関連で、井上ひさしに、触れたということがあるので、ここは、簡単に書いて終えておきます。彼が生きているのだと言う証明はまだ、15%程度しか出来ていないと思いますが、そのままで前へ進みます。
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副題48、『開発チエと、梅森伸一、の、あつくて固い結びつき』

 さて、昨日の中にコピペした開発ちえさんの猛烈にも攻撃的な文章を見て、それ以前に行われた隠々滅々たる攻撃を思い出し、『ああいう開示をしても、天はお許しくださるだろうね』と、私は確信を持っているのです。

 ただし、この世には本当の悪人が居ます。自らの所在を隠し手いろいろな悪事をする人間たち、ホワイトカラーとブルーカラーの別があり、組織として動いています。彼らが、この開発さんの爆発的ヒステリーを利用する可能性はあります。それによって、このブログが閉鎖されたら、皆様はそう言う、悲劇(私にとっての)が、裏にあったということと、開発ちえさんという名前をしかと覚えておいてくださいませ。

 私は大いなる損失の中で、ひたすらこの国と、この国の国民が直面をさせられている不幸と、その原因を追究してきたつもりです。
 しかし、その奉仕が突然にさえぎられ、終わらせられるとしたら、それは、開発千恵さんの恐るべき憎しみが原因です。

 だけど、彼女に関しては、ずっと長く、私の方が損失を与えられてきたのです。それをこれから語ります。

 ただし、事情は複雑怪奇です。開発さん自身やそのおとりまき(追従者)梅森伸一氏が表に出て来てやっているように、私には見えるのですが、別の人間が彼らの名前を使ってやっていることかもしれないのです。

 別の人間とは誰かといえば、この際には、石塚雅彦氏を、ホワイトカラーとして、ブルーカラーとしての古村浩三君あたりかな?と、思ったり、警察の人間かなと思ったりしますが、ともかく、非常につらくていやなことを、そうですね。真夜中に50回ぐらいやられました。

 それをこれから、書きます。

 私は、3月11日にフェイスブック側から、切られる前には、903人のお友達がおりました。これは2011年の11月ごろに、500人を超えたので、そのころから自分のほうからは、申し込まない事にしました。それなのに、これだけ増えたのです。書くものが面白いとみなして、向こうから申し込んで來た方が多かったから。

 デモ、友達の数が、200人に達するまでは、工夫をしました。一人の友達が増えるたびに、その人の特長を書いて他の人にご推奨をするという働きです。金田佑子さんが、瓜南直子さんと友達になったのも梅森伸一さんが、開発チエさんと友達になったのも、実は私のそう言う紹介の働きの結果でした。
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副題49、『金田佑子さんの明るさと、梅森伸一氏の暗さ』

 この梅森伸一氏と、金田佑子さんを比較すると、そりゃア、金田さんの方が人柄がいいと思われます。明るいです。それと、猫が好きだということも、信頼すべき人柄であることを示しています。二人とも子供はいないと思われますが、金田さんの方は結婚をなさっていると思われます。画、梅森さんの方は結婚については不明。もしかすると未婚です。
 それから、経済的にも心理的にも金田さんの方が、余裕があるはずです。
 彼女は、瓜南直子さんが大好きで、その二人で、漫才みたいなトークをフェイスブックで展開しています。
 瓜南さんが、敵の教唆でしょうが、私を友達から切ってはずしてきたので、そのトークが読めなかったのですが、金田さんが、2011年の11月に、私に対する探偵としての役割を割り振られたときから、彼女を研究するために、二人の会話を知ることとなり、それは、つらかったですよ。正直に言ってね。

 そのトラブルは、この世界で書いています。だけど、金田さんはののしりのメールはよこしていません。お品よく、引っ込んでいるだけです。そして、金田佑子さんとのトラブルを梅森伸一氏とのものより、先に書いたのは、彼女とのトラブルは、明瞭に裏に敵が居て諮られたことがわかっているからでした。
 非常に、あからさまに政治の問題として書けるからでした。つまり、私がどこまで、何を知っているかを調べたい敵方が、打ち解けた会話をさせて、本心を探ろうとする目的で、金田さんを使ったのです。彼女から出張の際に川崎さんとデートをしたいと申し込まれて、びっくりしたし、重荷にも感じましたね。友達が裏切り者として行動してくるのですからつらいことです。 私はデートを断りましたが、それに対して、一種のいじめとして、実際には売られていない日本酒(ラベルだけ急遽作った模様)『恋のうぐいすから』をフェイスブックの世界で、公開され、からかわれたわけです。

 特に、その頁が、とても、大きなサイズで、私のパソコンに現れ、しかも、動かないのです。それは、『お前、見ろよ。これを』と言う敵方の悪意の現れであります。ただし、IT技術者としては、素人の、金田さんには操作不能のことですから、敵方のブルーカラーとして、の、IT上達者が影に居ることを証明しています。
 その人物が、1960年代からアメリカにその方面の勉強に行っていて、しかも石塚氏と大変親しい、私の大学時代の同級生、古村浩三君ではないかというのが、その時点からの私の疑いであり、また、確信でもあります。今度、古村浩三君を主人公にする文章を書きます。数ヵ月後の、見込みですが、そこで、詳細に語ります。
 で、この金田さんのペイ自我ずっと固定化されて動かないこと、及び、瓜南直子さんが、IT的に非常に、優遇されていることなども、私をつらい目にあわせるポイントであり、フェイスブックはこりごりだなあと思っている向きがあるわけです。

 古村浩三君がやっていると上に書いていますが、かれは、技術だけを開発し、他のブルーカラーとしてのIT技術者にやらせている可能性は無論あります。と推察しているのですが、・・・・・古村浩三君がこういうことをやるのは、大学時代の量で、ロックフェラー氏と一緒だったからでしょう。
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副題50、『CIAのベイカーさんは、自分の失敗のせいで、私を殺そうとした軽すぎる男です』

 ところで、古村君は、今年度、大学へ100万円の寄付をしました。石塚氏は、慎重にも50万円で抑えていますが、私は引退したサラリーマンが卒業大学へぽんと、100万円寄付するのは、異常なことだと思い、あぶく銭が入りましたね。さっさと使いたいわけでしょう。それって、数々の私いじめ作戦を考案したお礼なのではないですか? 特にフェイスブックの世界であなた、いろいろやりましたねえと思っているわけです。
 だけど、私はね。100%、ロックフェラー氏にいじめられる理由がないのです。打から、非常に怒っています。

 しいて言えば、ひとつだけ、理由があります。それは、当時ICUに在学していたCIAと、みなせる金髪のアメリカ人大学生、ベイカーさんが、私を暗殺しようとして失敗したので、讒言をつげ口した可能性はあるのです。
 ただし、私がベイカーさんに暗殺されるような、落ち度はまったく無くて、彼の方の落ち度で、私が殺されそうに成ったのですから、これは、うべなえない出来事です。

 で、丁寧に説明をいたします。ある日のことです、ベイカーさんから呼び出しを受けて学生会館(ディフェンドルファー館、通称D館と言った)の二階の六畳程度の部室に出かけました。ウォールナットの壁材を使ったきれいな部屋です。
 私はそれ以前にはベイカーさんとはまったく付き合いが無くて、三メートルか四まートルの至近距離に座るのはその日が初めてです。出席者は、日本人が私を含めて、三人とベイカーさんだけ。
その日、主に話したのは、佐藤忠一君と言う日比谷高校出身の男の子で、成岡庸司君とは日比谷高校で同期です。その次の年度で、私の卒業後にすさまじいことが起きるのですが、ここでは、静かな会話だけです。

 佐藤君は、内面が強いのですが、表面は、まだ、大人になりきれていないタイプだと見え、やや、運動をするタイプの大学生からは、小ばかにされがちでした。それは、セックスの問題が絡んでいます。私もそう言う方面は硬いにですが、佐藤君も固くて、運動をする女の子と、恋愛をしていないでしょう。それが、からかわれたり馬鹿にされたりする要因です。ここらあたりの様子は、秋山裕徳大子が、晶文社から出している本を読むとよくわかります。だが、そう言うセックス遊戯にふけった連中に比べると、佐藤君は、誠実なこと限りのない男の子です。
 で、ベイカーさんに促されるままに、佐藤君はとうとうとしゃべり始め、
こ一時間しゃべったかな? で、最後のほうで、はにかみながら、『僕はね。そう言うわけで、すでに学生には期待をしていないのです。僕は社会人というか、若い労働者に期待をしている。入江君みたいな文章じゃあなくてね。もっと判りやすいモノを書いて、それを三鷹・駅前なんかで配りたいのだけれど』といったのです。
 ここで、入江君と言うのは当時の、学生運動の総帥で、新左翼の論客から影響を受けた文章を書いていたのでしょう。私は神奈川県で、13か、14歳では、一番だと言われた人間ですから、つき抜けているのです。すのっびずむなんか、大嫌いです。デ、入江君の文章なんか読んだこともないのですが、がりきりを出来る人で、かっちりとした四角形の字で、漢字が羅列したモノを書いていました。
 で、佐藤君の話を聞いていて、佐藤君らしいわねと思いながら、デモずっと黙ってはいたのですよ。だって、なんとなく、異常なモノを感じていたから。なんで、ベイカーさんが急に呼び出してきたかもわかりませんからね。
 ところがそのベーカーさん自身ははしゃいでね。
 『僕ね。三鷹警察署長とは知り合いだから、その件頼んでおくよ。許可される様に』といったのです。私は、目を丸くしてしまいました。

 そのとたんにベイカーさんは、あっと言う目をしました。私が彼がスパイであることを悟ってしまったのを知ったのです。実はICUでは中国語を取っていました。その先生が大変でね。大陸中国と台湾のハザマにたって、暴力を振るわれるなどの大変な思いをなさっていたので、東京にスパイがうろうろしていることはよくわかっていたのです。先生の同姓を探るのは、第三女子寮に入っていた女子学生で、蒋経国の愛人だと言うことでした。そういえばお風呂に一緒に入ったときに、乳房の先端が真っ黒だったので、変だなあと思っていたのですが、すでに、お子さんがある女性だったのです。そして、同室の人の話では子供が恋しいといつも泣いているんですって。

 デモ、別の日には屈強の音子供を率いて、先生の書庫(見せてもらっているが、4畳半いっぱいのラックがある)の本を全部床にぶちまけて、書類を探しているのだそうです。大陸中国と連絡を取っているかいないかを確認するために。先生は台湾はですが、教科書として、北京大学発行のものなどを用いていらっしゃるので、疑われたのです。
 まあ、ともかく、東京にはスパイがうじゃうじゃしています。だから、原発デモなどには参加しないようにお勧めしています。普通の人生を送ろうとするのなら、おやめなさいと申し上げます。特に誠実な人ほど、目をつけられますので、おやめなさいませ。その後の人生がとんでもない事になりますので。
 で、中国の話からアメリカ人のスパイであるベイカーさんに戻れば、彼は、即座にばれたと感じたのです。そして、後日私をキャンパス内で、後ろから首を絞めて殺そうとしました。私は40年間もそれが、ベイカーさんだったとは思わず、日本人の学生が性的欲求を満たしたい出来心でやったのだと思っていましたから、大学の不名誉になると思って他言をしなかったのですが、2007年以来パソコンの以上がおきて、その件について考えれば、考えるほど、変だとも、おかしいとも思い、あれはベイカーさんだったのだ。恐ろしいことだった。良くぞ助かったと思って天に感謝しています。それ以来、4回ぐらい危険な目に出会っていますが、常に助かっています。

 その助かると言うことこそ、私が天とか、神様に愛されていることの証明ですから、私はますますきれいな方向へ向けてがんばる毎日を送っております。だから、文章の書き方でモ、非常に気をつけております。

 ところで、こういう大きな連関の仲で、それを出世させたほうが言いと選ばれたのが、渡辺幸子さんであり、高村薫さんであり、中野京子さんであり、桜井万理子さんであります。
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副題51、『梅森伸一がやったことの実際を書こう』

 梅森伸一さんのケースはもっと、陰険、極まりない形なのです。それで、今まで書かなかったのですが、今日は開発さんとセットになっている彼をその行動と、性格の両面から分析していきましょう。

 それはほとんど真夜中に起こります。真夜中にはパソコンの破壊現象も数多く起こりました。それから電話のワン切り現象。それをもうひとつ、プリンターをカタカタ鳴らすこと。
 それは、メインテナンスですよとおっしゃった方があるけれど、時刻が決まっていないし、ならない日もあるので、メインテナンスではなくて、脅かしのためでしょう。

 で、真夜中に、フェイスブックからお知らせが入るのです。梅森伸一さんがだれそれとお友達になりました。その仲立ちをしたのはあなたですと。しかし、彼はすでに、2011年の7月ごろに友達関係を切ってきているのです。だから、こういうお知らせが来ると、いらいらしますね。

 それも単にいらいらするのではなくて、彼を引き上げてあげたのが私だから『恩知らずだなあ』とそのたびごとに思わせられるわけですから。
 これは、私のパソコンが四六時中ハッキングをされていると仮定をすると、推察できる現象が最初にありました。 
 私がフェイスブックを始めたのは、2011年の五月からだったのですが、その後、三瀬夏之介さんが、しゃ、しゃ、しゃっと、やったことなんです。一晩に、15人ぐらい。これは、彼自身の作業だったと思います。

 だけど、驚きました。東北芸工大学かな? 教授? そう言う人がこれほど礼儀知らずだと言う事に。醍醐イサムほど小汚くはないです。だけど、礼儀知らずは礼儀知らずのひとつです。私は何でも記録をしていきますから、ご自分の損にはなりませんか?

 で、ちょっと怒ったので、丁寧に彼を追跡しました。その作業をハッキングで、傍見していたら、私の心理状態はわかるはずです。で、そこを悪用されています。非常に感じの悪いお知らせが、その後、梅森伸一に関して、来るわけです。またいい友達を奪われたと知る事になるわけですから。

 私は別にけちな人間ではないから、普通の間柄なら、これは、喜んであげるべき事となります。だけど、彼から、すでに相当に失礼な扱いを受けていて、いやな思いを数々しているわけですから、そう言う人間にいい友達をどんどん奪われるのは、いやな現象です。

 まあ、有名人でもないから、ちょっと特徴を言いましょう。彼は海べりの砂浜に落ちていたキューピーさんの片足をフェイスブックの自分用アイコンに使っている男性です。画家なのか、そうではないのかがわかりません。そしてこれから先はそのアイコンを取り替えるかもしれません。
 まあ、頭はいい人です。そして、カラマーゾフの兄弟の次男と庶子を合わせたような人物でもあります。弱いものには高飛車で、強いものに対してはへりくだるタイプです。
 彼に何十夜、苦しめられたか、判りません。
 ただし、ここが肝腎なことなのですが、最初期にパソコンを壊しているのが本多孝彦さんであるかのごとく偽装をされたように、彼は何にも意識しないで、悪気も持っていないで、ただ、単に開発さんの知人に友達になりたいと申し込んで成立したのだけれど、
 悪人が彼のパソコンも覗いていて、その当該人物が私の友人でもあった場合には、私を苦しめる目的で、ただ、お知らせだけが来るという形だったかもしれないのです。

 デモね、木になって、彼を調べるためにふと、開発さんの頁に入ってみたのです。すると予想は見事に当たって、彼はそこではしゃぎきって、大騒ぎでした。つまり、苫小牧だったかな? 北海道の中規模の都市で、さしたる光も当たらない生活をしているわけです。個展をニューヨークでやったというわけでもないでしょうし、ニューヨークの大学院へ入ったと言うわけでもないでしょう。だから、スノビズムの典型で、自分より書く上の人にあこがれる。開発さんをお姫様だと認識して、その方とお付き合いが出来ることがうれしくてたまらないと言う様子が見えるわけです。

 相手は慶応大学卒の美術評論家で、有名料亭のお嬢様、その上に、さらに言えば取っ掛かりもある人です。どういうことかというと、弱みが見える文章をさらしている人だからです。
 「この人は東京で、エリートサラリーマンと結婚をして奥様稼業をした方がよかったのだろうね。そう言う生活の方が今のものよりもあっているのでしょうと、他人に思わせる日常生活の記録なのです。100%満足している人の文章には弱みが見えません。
 ところで、梅森伸一氏についてここまでこだわったのには理由があります。開発さんからもらったののしりのメールの中に、『あの人はおかしいね。井上久が、まだ生きていると思っているらしい』と、フェイスブックの友人から連絡が来ているという言葉がありました。

 開発さんには100%媚びて、反対に、私の方は、100%けなしている。それは、梅森伸一ならやりそうなことです。
 デモね、皆様井上ひさしは生きています。そして、地下潜行して日本人を支配するための具体的な案を日夜、考えて創出しています。

 中国の尖閣諸島問題も彼ら二人がアイデアを出して、日本人エージェントたちが総力を挙げて、アメリカを通じて実行をさせているでしょう。だから、岡田幹事長のご実家が経営しているイオンは、襲撃をされました。小沢一郎氏にとっては、丸め込めない相手だからです。(笑)

 毒入り餃子事件、大相撲壊滅作戦、口蹄病蔓延、オスプレイ配備と、
全部似たようなパターンです。
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副題52、『真夜中に、投稿が、集中する五人は、なぜ、その時間帯を利用するのか。フェイスブックを利用した拷問について』

 実は上に名前を上げた古村浩三君を守るために、国際基督教大学全体が、種々さまざまな特別な行動をとりました。デモ、それらがあっても、結局は古村君が何をしていたかは書かないと成らないことだったと思います。今日は開発さんという突然に、闖入してきた攻撃者を分析しているうちに、極く自然に、彼について大切なことがかけてしまいました。将来には彼を主役としたもっと丁寧な文章の賞を後生ぐらい書かないとならないと感じていますが、本日は、スラスラっと書けてしまい驚いています。

 本当にいやな人物、梅森伸一氏について書いているうちに自然に古村君についてかけてしまったのが、これが、天のなさる仕組みででしょう。または、天の采配と言ってよいか。とても書きにくかったことをかけたという意味で開発さんも梅森さんも多大な貢献をしてくださったと成ります。
 ありがとう。

 しかし、古村浩三君を守るためには、もっと、大物が動いたのです。それは、小沼純一氏と、山本冬彦さん、および内海信彦さん、ちょっとさがって吹野壱千百さんと、おりひめまきさん。

 彼らは、私が投稿している時間帯をめがけて大量の投稿をしてきました。自分が文章を書くという形ではなくて、他人が書いた(または描いた)モノをリンクシェアをするという形なので、いくらでも投稿が出来るのです。

 デモね、無論のこと感じが悪いので、フェイスブックの世界は最終段階では拷問に等しい世界に変化していました。だけど、これらは自然なことではなくて、誰が使者に立っているのかは、まだ不明ですが、誰かが、使者に立って、そうする様に頼んでいると感じています。

 どんな言葉で、それを頼まれたから、これら、五人は、やすやすとその任務に従ったのかを知りたいと願っています。無論彼らに、それを質問をしても答えてはもらえないでしょう。だけど、このように関心を持っているといつの間にやら、的確な情報が入ってくるのです。

 ご近所様の情報だって、別にこちらは盗聴を仕掛けたりしていませんよ。だけど、タイミングの問題があって、鎌倉市内や、ご近所で聞こえてくる音(特別な意味を持っているものがあって)への判断と、NHKニュース、特に地方ニュース、、また、昔は朝日新聞、今は日経新聞のコラム(ただし、今は忙しくて読んでいないのですが)などを付き合わせると見事に必要なことがすべてわかってくるのです。
 たとえば、柳澤昇さんと石川和子さんの結婚ですが、有機野菜の配達人として現れた彼は意外にも、お見合いの相手として、結婚をするべく送り込まれた人材だったのかもしれません。

 で、成田闘争を、成岡庸司君が仕切っていた(ただし、すでに地下潜行をしていたと思われるので、表舞台には顔を出しては居ないが)と仮定をすれば、そこで、柳澤昇は、闘争をやっていて、早稲田中退程度だったりするわけです。(笑)、ただ、早稲田ではなさそうね。早稲田なら、中退でも、何とか、つぶしがきくはずで、ジャーナリストかなんかをやっているはずです。まあ、どっちでもいいけれど。

 このお見合い相手だったかもしれないと言うのは、ここ、鎌倉市雪ノ下二丁目、○番地と言ういったいが、小市民社会に近いからです。芸術家がいっぱいいるのですよ。デモね、子供を育てたりしているから、六本木や、神宮前、および新宿にたむろしている芸術家とはカラーが違うのです。となると、女の一人暮らしよりは、パートナーが居て夫婦として暮らしている方が、安全で、人の価値判断も高くなると思われたからでしょう。
 彼ら夫婦は背の高さがぴったり合うので、(=大男と大女のカップルでしたが)、この、「最初から結婚をするべく、送り込まれた」という話もあながち見当はずれではないかもしれません。
 こういう部分はすべて、ニュースの分析から行います。何度も言うように盗聴をしたり探偵を雇うなどの、特別なことをしなくても、判断がつくのが私です。ところがこっちはそれをやられているのだから、悔しいし、人権侵害です。と、怒りが増します。

 ともかく、開発さんの最初のブログへのコメントが、『フェイスブックでご返事をくださいとあるのは、そこからすでに深い悪意を、内包しているわけで、誰かから教唆を受けて、こういう激しい感情の盛り上がりが起こったか、それともパソコンのシステムを利用されて、私の昔のブログが彼女の目に付く様に設定されたのかは、わかりませんが、私は収支冷静でありました。そう言う点では自分をほめてやりたいです。
コメント

逢魔が辻を創出した渡辺幸子(10年前の望月画廊)と、 開発ちえ(現在のメールの世界で)△

2012-09-28 03:45:48 | Weblog
 今は初稿を書いてから、12時間後です。文末に加筆を(5千字以上)をしています。全体で、19998字です。推敲も終えましたので、タイトル横に△印を入れておきます。

 ところで、これは、続き物『社会の窓が開いている』の#5に当たります。それで、副題が30から始まります。
 
副題30、『なぜ、このシリーズが大切なのか?』
副題31、『サエグサ画廊の、興亡を、今にして思う』
副題32、『渡辺さんが、どうしてか、激しくおカンムリだ』
副題33、『芳名帖の、コピーがもらえない』
副題34、『そこへ、対する、尊敬度が、二人の間では違ったのだった』
副題35、『あなたが先に裏切ったのだから、こっちだって裏切るわ・・・・・ と言うのが渡辺さんの考えだった、と、今ではわかる』
副題36、『たった12人でも派閥の論理(=数の支配)が、成立する』
副題37、『親切すぎるパソコンの先生は、その奥様をいらいらさせるのだった』
副題38、『二転三転する、心理の綾』
副題39、『それは、東京裁判の仕組みとそっくり同じです』
副題40、『それは、今に続いている・・・・・開発ちえさんのメールで、パソコンが壊れた』
~~~~~

副題30、『なぜ、このシリーズが大切なのか?』

 このシリーズ:渡辺幸子論、『社会の窓が開いていますよ』は、

#1)政治評論・「社会の窓が開いていますよ」・・・#1 (なぜ、反日デモが、ピタッとおさまったのか?)2012-09-20 02:13:41
#2)習近平副主席、パネッタ長官と会う(尖閣デモの行方は?)+新国立美術館、衰亡への予測 2012-09-21 11:47:23
#3)瀬木慎一(手紙)では、無事だったPCが、開発ちえ(メール)を守るためには、壊れた(政治もの)△2012-09-22 20:15:38
#4)瀬木慎一(手紙)では、無事だったPCが、開発ちえ(メール)を守るためには、壊れた(政治もの)△2012-09-22 20:15:38
 
               と、続いているのです。

 私を弾圧している手合いたちは、これを書かせないがために、次々とニュースを作り出しています。中国の大反抗(または、大攻撃と言うべきか?)も、実はこれを書かせないがために、起こされていると私は見ています。しかし、私はそれらのニュースを起こされても左右をされず、すでに、7万字を超える文章を書いているわけで、
 今度は国内に、私を脅かすことが出来ると敵が思っているニュースが、次から次へと起こされています。

 読者の皆様におかれましては、そう言う方について論じた方が、興味がわくとお考えだとも、充分にわかって居ますが、それに触れていると、いつの間にか、本論がうやむやになってしまいます。それは、この3月18日から書き始めている、フェイスブック遮断の文章でもおきたことですし、

 去年、の3月12日から書き始めている原発論についてもおきたことです。去年は菅総理に対する、足を引っ張る、総理大臣不信任案と、松本龍大臣を辞めさせた宮城県庁の、引っ掛け用NHKニュースについて論じているうちに、『どうして、放射能が、体に悪影響を与えるか』について入れないうちに、その論考が、終わってしまったのです。
 ああいうものも、頭を相当に集中させないとかけないので、今、続きを書きましょうと思っても、すでに不可能なことです。2011年3月から5月にかけて、すさまじい集中をしていたからこそ、書くことのできるものでした。

 フェイスブック遮断のシリーズでも、石塚雅彦氏のエージェント説を証明できたはずでしたが、途中で、終わってしまっています。それは、現代日本社会が、被・植民地と化していて、ほとんどの国民は、貧窮にあえぐ方向へ追い込まれているのに、一部の選ばれた(というか、国際的軍産共同体に属するセレブと、交流がある日本人のこと)は、光を浴び、お金を儲けることが出来ると言うことを、さらすことが出来るはずでした。
 ので、今度はしつこく、ここにこだわり続けます。

 このシリーズは一見すると、個人の悪口の羅列みたいに見えるでしょう。それでも、相当に有効なのは、鎌倉と、銀座の両方が舞台となっているお話だからです。鎌倉の銀行二つがこれに関連して動いているし、
 鎌倉の婦人子供会館が関与してきます。
 また、銀座では、ガレリアグラフィカと言う画廊と、シロタ画廊と言う大画廊が、渡辺幸子さんの個展をやっています。

 また、昨日初めて知ったのですが、国際キリスト教大学同窓会が諸手をあげて支援しています。中退の彼女に卒業資格を与えているのは、この2012年に鎌倉婦人子供会館で知りましたが、それ以上の公的な支援を与えています。卒業生代表で,高村薫に匹敵する地位を与えています。

 これらは、表向きの姿ですが、裏側では、彼女を支援するべく、警察まで総動員をされています。で、そこから追求していって、現代日本社会が抱えている闇を解き明かそうとしているのです。
 もちろんのこと、これを書くのは、私にとって大損な事です。ただし、すでに、命を懸けて、一字一字を書いていますので、損失は限りなくあり、そこに顧慮している暇もないのです。
~~~~~
副題31『サエグサ画廊の、興亡を今にして思う』

 ここは、1990年代に渡辺さんより上の地位にいた桜井陽子さんについて語るために、銀座で有名な大画廊として、屹立していたサエグサ画廊について語っていますが、全体が二万字を超えたので、スクロールすると出てくる下方へ移動をさせました。
~~~~~~

副題32、『渡辺さんが、どうしてか、激しくおカンムリだ』

 さて、これが、2012年現在の渡辺幸子さんの現状ですが、時制を戻して、2004(または、2003年の秋だったか、パソコンを壊されているので、AOLのメールが取り出せず正しい期日が明らかになりませんが)年の望月画廊へ入って行きましょう。

 そこでは、メンバーが、3,4人、つめています。お当番二人と、そのほかがお客を待って詰めています。お当番である私が入室して、30分ぐらい経つと、渡辺さんが入ってきて、激しい口調で、「あなた、こんなに散らかしたら、だめじゃあないの」と言って私の荷物をソファーから落とし始めました。

 私は本作りを常にしているので、当時はA4サイズだったパソコンを持ち歩いています。それに完成した本も、10冊程度。で、荷物が多いですが、すべて大切なものです。他人からバーッと床に振り落とされて、それでいいと思える荷物ではありません。

 驚いたし、こちらも無論のこと怒りました。が、表面にはそれを出さないのが私の常です。
 じっと静かに、『何が怒りの原因?』と探ると、本を出版したことはずっと前から、言ってあるし、差し上げてもいるので、それが原因ではありません。

 と、同時に彼女の激しい怒りの根本にあるのが、嫉妬だと言うことは女の直感でわかります。

 『何を彼女は急に嫉妬しはじめたのか?』と、言えば、絵のサイズだったのです。彼女がその週に望月画廊で展示したのは、F30号、私が展示したのは、S100号と言って、比較すると大変大きいものです。

 だけどね。自分より大きな作品を出した私の方が、目立つから、憎らしくて爆発的に怒るという、そう言う行動様式が、私には理解が出来なかったです。こどもっぽすぎるので。唖然茫然として、彼女を見つめて、そのまま、喧嘩もしないで、お当番をやって家に帰りましたが、

 なんとは無く、別の件(後で述べる芳名帖のコピーが来ないこと)も、彼女の意地悪で変更になったのだと言うことがわかりました。
 で、次の日の昼間、電話で、そちらの交渉を始めました。グループの世話人は、5歳以上、上の元大企業の、偉い人だった紳士です。毎回芳名帖のコピーはもらっていました。

 一人頭五万円のグループ展です。12人で60万円の費用で行います。準備段階と打ち上げのお料理とお酒もそこから出すので、そのコピー代はその方のサービスだったとは感じています。だけど、社会制度上は、超・エリートさんです。だから、それ以前の会で、その「コピー代を払いましょう」とか、「切手代を出しましょう」と言う話は出たことがありません。
 それに私の方は、毎週一回ほど、エッセイをコピーしたものを送っていました。そちら様は当時パソコンを使わない方だったので、そうしていたのです。大会社勤務の男性は、そう言う部分は補助事務の女性にやらせるのだといって、パソコンを使わない人が多かった時代です。
~~~~~~~~~~~~~~~

副題33、『芳名帖の、コピーがもらえない』

 前回までは親切だったその世話役さんが、今回だけは、驚くほど硬くて、コピーは出来ないと強調するのです。

 ここで、どうして、私にはコピーが必要で、他の人にはそれほど、必要でないかの区別について、事情を説明します。
 私は何度も言うように、三年ほど、逗子のアトリエで一人暮らしをしています。海外修行がしたかったからですが、それは、それ以前に家族から美術のシゴトをするのを嫌われていて、『はい、今からニューヨークへ美術のシゴト(研修)に行きますよ』と言って、スーツケースをもって自宅を出発することなど不可能だと感じたからでした。

 だが、修行に余りに無理を重ねたので、背中全体に激痛が走る病気になってしまって、それをなんと、主人が治してくれたのです。エンジニアだった主人は、当時国家試験を通って、東洋医学をマスターしていました。で、主人のところに、毎週三回通って、治療を受けたら、三ヵ月後快癒したのです。

 治るとは思わなかったので、驚いて、『これは、天からの・さ・と・し・であろう』と感じました。で、大画家に成るのをあきらめて、家庭に帰ったわけです。
 私は余りにも深く集中するので、家族と一緒ではなかなか、芸術の創作が出来ません。特に美術方面はそうなのです。文章はパソコンで、書くと分離・分断してシゴトが出来ますが、美術、特に版画は、分離・分散した時間では出来ないのです。
 でも、私の場合のよさは、家族に自由に批判をさせることでしょう。こちら側に、弱さとか、負ける気持ちがあるところです。母親だから、子供から批判をされたくないなどとも思っていないのです。だから、子供たちは、きちんと大人になりました。

 恋愛もした模様です。だが、その途中でも、慎重によく考えて行動をした模様です。誰かを傷つけて、妊娠させたとか、堕胎をさせたとかは、無論のこと無くて、反対に、こちらが、ストーカーに追われたというようなこともなかったです。ごめんなさい。はっきりいって自慢げに成ってしまいますが、立派な結婚式を二人とも、自分たちだけの力であげて、その後、子供も育てています。私は今では孫の4人も居るおばあちゃんです。

 一粒の麦、もし、地に落ちて死なずんば、と言う言葉があるように、親に成った限り、自分の方があきらめるほかはないのです。だから、できることは限られるようですね。制限下で、暮らすのも仕方がないのです。で、この2003年の秋か、4年当時は、息子の方が、最も私に対して、厳しい頃でした。娘はすでに結婚をして家を出ていましたが。

 主人が治療院を休む、月曜日と木曜日は何とか、外出が出来ます。だが、土曜日は息子は休みです。家に居ます。銀座に行くのに、朝起きた時の普段着ではいかれないので、着替えるでしょう。すると、「どうしたの? どこへ行くの?」と聞かれるでしょう。「今から、高島屋に買い物に行くのよ」なんていう嘘がつけないタイプなので、困り果てます。それに土曜日の夕方、望月画廊まで行ってしまったら、片付けと、あれこれで、夜の八時ごろ絵を持って鎌倉に帰る事になるし、絶対にだめです。

 で、業者さんに頼んで、運んでもらう事にしていました。100号正方形というのは電車に乗せるべきサイズでもないほど大きいから、これは、おかしいことでもありません。普通のことです。

 だけど、最終日の土曜日に行かないと、芳名帖を最後の頁まで見られないので、どなたがいらしたかがわかりません。
 私はこのころ、ちょうど、公募団体展(女流展と、国展の二つ)をやめようとしていました。だから、そこに変わる場所として、この望月画廊の大学同窓会展を考えており、プロの画家としてのお友達や知人を招いていました。

 参加して三回目となるから、中の様子もわかっている上で、そこを、一種の発表の場とさせていただいたのです。他の人にとっても発表の場なんですよ。だけど、「趣味で描いた小さいサイズの作品を、お友達に見せましょうね」と言う雰囲気です。ただ、渡辺さんと、私だけがプロの画家といってよかったと思います。
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副題34、『そこへ、対する、尊敬度が、二人の間では違ったのだった』

 ところで、時間を、元へ戻します。私は、田沢先生に対する愚痴を渡辺さんから聞いていても、お返しとしては、同情もせず、同調もしませんでした。自分自身の方は、『こういう世界には合わない』とすでに判断をしていて、早晩身を引くつもりでした。

 が、それを、渡辺さんに言ったことはありません。彼女は美術界、いわゆる画壇内での、出世に懸命にまい進している時期だから、何を言っても、「あら、いやだ。それって負けじゃあない」と言うだけでしょう。
 
 でも、国展などの上野での、公募団体展をやめる予定なのだから、たとえ五万円だけの出費のグループ展(それは、飾る壁の面積が横幅2.5メートルぐらいもらえる形)でも、真剣に取り組むつもりで、当時描いていたもっとも素敵な絵を出したのです。
 
 それは、出来具合といい、大きさと言い、確かに渡辺さんの30号を上回っていました。これが、今の私だったら、『ああら、いやだ。渡辺さん、私って、今回は、あなたを、上回っちゃったみたいよ? へら、へら、へら』とか、笑って軽口をいえると思います。

 そう言う風にこちらが、軽く出れば、渡辺さんも、救われてね。「そうね」で終わりだったと思いますよ。だけど、私もあのころは、上品なままの硬いだけの時代だったし、渡辺さんも、まったく余裕がない時代だったのね。お互いにぎっち、ぎちの時代だったのです。

 特に、彼女のほうは、前の週の土曜日の段階で、怒りが始まったのですが、トップのK氏に根回しして、芳名帖のコピーを今回は郵送では、送らないと言うことが決めた後だったので、勝利感に酔っていて、ついあれほどの、乱暴狼藉を銀座の画廊ないで、やったわけです。
 このサイズの件ですが、これが単にサイズの問題だけではなかった事に、今は気がついている私です。
 で、最近の解釈を、以下の副題35に述べます。
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副題35、『あなたが先に裏切ったのだから、こっちだって裏切るわ・・・・・ と言うのが渡辺さんの考えだったと今ではわかる』

 渡辺さんにしてみれば、土曜日に、S100号と言うサイズを見たとたんに、私に『裏切られた』、とか、『出し抜かれた』と感じたのだ、と、今ではわかります。だから激怒したのです。無論、私にはそんなつもりは無いけれど、彼女の心の中の不安や不満が、そう言う誤解を生んだのです。

 どうしてかと言うと、二人はしょっちゅう電話を交わしいて、その中には、田沢先生の悪口も含まれていましたが、同時に彼女の予定表もふくまれていました。冬は、鎌倉美術家協会展に出す30号と50号を作る。その後、神奈川県展に出すか、新制作のどちらにでも通用する、150号を三枚か、四枚程度描く(このサイズ規定は、2000年当時までのもの。今は不況なので、変化している可能性がある)。その後、各種のコンクールを目指すので、それに合致したサイズのものを作る。それは、コンクールの規模によって、30号、50号、100号等の差がある。それらを全部制作し、かつ、アマゾネス軍団とか、田沢先生関連のお付き合いがあるので、非常に忙しい。

 「だからあの、大学同窓会展なんて、本当はどっちでもいいのよ。面倒くさいぐらい」・・・・・と、語られました。

 一方の私ですが、1997年までは、ほとんど同じです。違う所は、出品する団体名が違うだけです。春が、女流展と、国展、夏は神奈川県展、秋は神奈川女流展、(昔は毎日展というのがあったが、それがなくなったので)、上野の森大賞展などに出す。私の場合はほとんどを、100号で制作し、だいたい年に7枚描いていました。
 しかし、ちょうど、渡辺さんと付き合いだしたころ、すれ違いに、油絵より版画、または、文章へ傾斜していくのです。そちらの方へ興味も意欲も移動をしていきます。
 
 無論彼女にもそれを語りたいのですが、彼女は、他人には興味がない人です。自己愛の人で、他人がただ、そこにいるだけでは、大切な存在だとは思えないタイプです。
 自分に役に立つ人間に対しては、最高の笑顔と愛嬌を見せるでしょう。たとえば、後日彼女が付き合うことと成る、シロタ画廊の人々、酒井忠康氏、栗田玲子さん、江見絹子さん、などには最高の忠誠心と尊敬を示すでしょう。  
 が、私のように、対等か、対等以下(?。画家としての行動は、上野の公募団体展への入選も、銀座での個展も、すべて、私の方が先鞭をつけているが、彼女がそれを認めていたかどうかは疑わしい)の存在には、興味も敬意もないのです。

 それは、前にも言ったとおり、毎週一回プリントアウトをした私のエッセイを郵送で送っていても、全然読んでいなくて、「どうして、こんな無駄なお金を使うのよ」と叱ってくるぐらいですから、私にはよくわかっていたのでした。それに、私は、2003年には厚手の表紙の、美しい本を400冊作り上げ、それが、好評だったので、すっかり、そちらへ興味が移っていたのです。でも、平行して油絵も描いているから、それを、望月画廊の大学同窓会展に出したわけです。そこを「素人の展覧会よ」と馬鹿にしては、いないからこそ、堂々たる100号を出したわけです。

 それは、こっちの事情であって、別に渡辺さんを打ち負かそうとして気張ったわけではないのです。だけど、彼女はそうとって、「そっちが先に裏切ったのだから、こっちだって裏切っていいわね。当たり前よ」ともなって、幹事のK氏にとんでもないことを告げ口したのでした。そのとんでもないことが、本当にとんでもないので、

 今まで、この件が、書けませんでした。すでに、8年も経っていて、その間、ここで、成功した事例が他の友達にも次から次へと当てはめられていくので、『早く書いた方がいい。そうしないと友達はすべて失うだろう』と判っていながら、書けなかった挿話なのです。

 つまり、私と喧嘩をした人に賞を与える。それによって、私を苦しめる。そう言う例の端緒だったのです。が、分析した文章をアップできないで居るうちに、すさまじい数の友達が似たような措置を取られて別れていったのでした。

 ここで、くどいぐらいに強調をしておきますが、もし、渡辺さんを打ち負かしたいと思っているのなら、その大学同窓会展を、やめないです。または、国展に出品するのもやめないです。女流展に出品するのもやめないでしょうし、神奈川女流展に出品するのもやめなかったでしょう。画家としての成功をもたらすはずの道はすべて、キープし続けたはずです。

 私は、上下関係には興味がなく、勝負を誰に挑むのも興味が無いのです。勝敗も気にしません。そう言うものにこだわっていたら、この様な長くて、複雑な文章は書けません。

 常に心を透明にしておく。何もかも、きれいに払い流しておく。それでこそ、文章が書けるのです。大きな時間的な流れを俯瞰しながら書くことが出来るのです。
 しかし、渡辺幸子さんは、何事も自分流の物差しではかる人でした。だから、他人は他人であり、違う様式と違う考えで生きているのだと言うことが推察できないし、許容もできない模様です。
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副題36、『たった12人でも派閥の論理(=数の支配)が、成立する』

 ところで、その後、この会は、会員数が増えてきたみたいですが、この挿話の前後は、そこは12人だけの会で、和気藹々で、家族みたいな間柄でした。例の外人記者クラブで会食する日に、私は自分が作った本を持参して皆さんに差し上げながら、「これは、表紙の装丁は、専門のデザイナーにお願いをしたの。作品の図柄は自分の版画を使っているのですが、パソコンでデザインすることが、まだうまく出来ないのです。はがき程度ならできるのだけど、表紙となると複雑で」と言ったのです。

 すると、B子さんが「アラ、それなら、内の主人が教えてあげられるわ。うちに習いに來なさい」と仰ったのです。

 これから先のエピソードが語るに語れない、難しさがあるのです。それで、少しそこから離れて、数の論理と言う事に入らせてくださいませ。永田町ではないが、たった12人の中にも派閥があるのです。

 B子さんは、実は世話役トップのK氏と、同学年です。ICUは、学生数が、一学年200人以内で、その中で、外人も多く含まれているので、日本人同士は、非常に仲良しです。しかも、C子さん、やD子さんという、女性の仲間(同期)も居ます。で、一大勢力をなしています。特に重要なのは、B子さんが、結婚の関係で、C子さんと、義兄弟(本当は姉妹だが)に成っているということですが、それも力として、加えないといけません。

 そして、もうひとつ、もっと大きな派閥があって、それが、渡辺さんのグループです。彼女は、これも同期生の、Fさん(男性)と言う仲良しが居ます。その上ご主人がICU卒です。そこで、すでに三人になります。その上、4人目として、石塚雅彦夫人が居ます。この人が渡辺さんと同期で、その夫、石塚さんは、渡辺幸子さんのご主人と同期です。そして、石塚さんは、もう一人、お医者さんになった男性を引き込んで、いざとなったら、その人と同盟を組むでしょう。

 ああ、なんということだろう。私は、非常に弱い立場です。

 結局のところ、渡辺さんは外縁部も含めれば、合計6人の大グループを形成しているのでした。・・・・・うーん。負けている。はっきり言って負けている。・・・・・戦っても勝ち目はない。

 だけど、もっと問題なのは、非常に感覚が違うことでした。私は渡辺さんを微塵も裏切っていないのに、裏切ったと取られている。そして、さらに困ったことは、渡辺幸子さんが、明瞭に復讐をしてくる人だったことです。
 でね、芳名帖のコピーをもらえないことは、そちらの二つの派閥が合体をしたことであり、総計10人以上の大グループを一人で相手にすることとなります。で、私にはどうしようもない切ない場面が展開するだろうと思いながらも、念のために、K氏に電話をかけたのです。

 一応銀座で、すでに、相当な存在感も示している人として、プロの画家のうち、誰が來てくれたのかは知っておきたいと思いましたから。

 それらが、全部盗聴をされていて、研究され尽くすのですが、この2003年とか、2005年にはまだ、それには私の方が、気がついてはおりません。
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副題37、『親切すぎるパソコンの先生は、その奥様をいらいらさせるのだった』

 さて、とんでもない話と言うのにいよいよ入ります。
 親切なB子さんと連絡を取ってご自宅に訪問をしました。鎌倉でもっとも大きな和菓子店である豊島屋の和菓子をいろいろセットにしたものを、5千円ぐらい買って。
 ところが、アドビ・イラストレーターって、教えるのが大変です。時間がかかります。その間なのですが、奥様のB子さんがそわそわし始めたのです。
 なんとなく理由が判りました。当時で、私が60過ぎ、先生(=ご主人)は、65歳以上のはずです。色事なんか遠い世界ですが、言葉の色事の気配があるのです。

 先生が私をほめすぎます。それが、子供っぽい言葉で、かわいがると言う調子です。それが奥様にはイヤでたまらない。だけど、上品なセレブのご家庭だから、奥様がさばけた調子で、『ちょっとあなた、目に余るわよ。もうちょっと抑えなさい』とは言えないのです。
 
 私のほうも言えません。今ならね。さばけた下町のおばちゃん風に、「ねえ、B子さん、ごめんなさい。今日だけ、ご主人様、貸して。何か、調子よくて、まるで、私の恋愛相手みたいよ」とか、言ってしまえたかもしれません。それで三人で笑いあって・お・し・ま・い・。

 ご主人が大企業の社長一族の出で、お坊ちゃま過ぎるのです。一方で、奥様はさそり座さんだから、こういう事に、目端が利いてしまうほうです。気になって仕方がなくなる方です。普段とは違う経験に、はしゃいでおられるだけです。

 私って、実は全然違うのよ。誰からも、「かわいい人だ」とは言われます。無論天然でそうなのです.演技ではないです。それと、容貌ではないです。(笑)性格の方面です。
 だけど、一方で、こんなに硬くて長い文章を書く人だから、常に冷静で、物事を全体像で見つめる人だから、安心して欲しいです。B子様。

 だけど、無論、その当時のそのお宅と言う現場では、そんなことは、いえず、まるで、針の筵に座ったも同然で、非常に苦しみました。そして、その日以来、その件が気にかかり始めました。問題はB子さんです。大学同窓会展は準備段階では、作品を運んだりするパートナーは来なくて、正メンバーだけです。たった12人が、お食事を一緒にする。そして、B子さんには、義兄弟の、C子さんが居て、同級生のD子さんが居る。となると、私以外の女性のメンバーは、渡辺幸子さんただ一人でした。で、ものすごく難しい関係になりそうでした。

 無論、渡辺さんに相談する前に、B子さんと腹を割って話し合いたいと思いました。が、すでに、そう言う段階ではなくて、彼女は硬化していました。あのころの私は若かったです。今ならひどい経験が重なっているので、無視しておいたでしょう。もし、B子さんや、彼女のお友達が、意地悪な態度を取ったら、『ふん、ご主人が、エッチなのに』とか腹の中だけで、思っていればいいのです。

 だけど、この2007年から始まった、パソコンの破壊行動、それから、偽装した警官らしい人からの追尾や、脅かしなどの、種々さまざまな弾圧に出会う前は、私は「ねんね、ねえ」と別のお友達から言われてしまうほど、純粋で不器用でした。自らの根幹に高いルールがあって、それから外れないで生きたいと願っていました。

 だから、B子さんと真に打ち溶け合って、一種の流すこととか、許しあしが起きて、二人ともに心が開放されることが願いでした。
 この件で、大学グループ展を引いてしまうのは、かえって事を荒立てます。表面では、何事も無かったようにしておくのが、ベターです。

 しかし、思いがけない方向から破綻が起きたのです。それが、渡辺幸子さんの嫉妬心でした。
 彼女は私をやっつけたいと切実に願い、深く考えて『彼女を困らせるためには、芳名帖のコピーを今回から出さない事にすればいい』と気がつき、それを、幹事のK氏に伝えて、変更をさせたと思います。

 そう言う変更をK氏に納得をさせるために、B子さんの件を使ったと推察されます。K氏の態度の硬化ぶりがそれを暗示していました。
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副題38、『二転三転する、心理の綾』

 新制協会会が、戦後、どれほど、その評価の高さを誇っていても、団体展って、変貌するものです。で、1980年代の終わりごろ、私が見るに、国画会の方が面白いと思いました。より自由度があると思いました。そして、私は先生の引きが無いのに国展に入選しました。だから、私は渡辺さんと私との間に、上下関係は無いと思っています。それに、従来から誰に関しても、芸術家には上下関係は無いと思っている人間が私です。

 ただ上記のエピソード以降は渡辺さんは、例の敵さんたち(この場合は、特に酒井忠康氏と、石塚雅彦氏)に、非常にかわいがられる存在になっていくので、青木繁大賞の受賞ほか、大きな差がついてくるのですが、あの2003年、または、2004年に、望月画廊で、渡辺さんが、私の荷物をいすから払い落とした日には、それほどの差はなかったはずです。
 
 それなのに、事前に、『自分は上だ』と言う思い込みがあったので、渡辺さんは、私の100号の絵を見て度を失ったのです。感情を抑え切れなくて、テンパー(この場合はヒステリー)の爆発が見られたのでした。でもね、冷静な私はむしろ、このエピソードで、自分の才能を確信しました。

 『渡辺幸子に、あれほど、嫉妬されるなんて、大物だねえ。私は』と内心で思っています。(笑)

 ただそれは、ここまではっきりと文章で書ける今だから言えることで、私の苦しみは相当長く続き、かつ、大きなものでした。
 この文章は例の30%ルールからは外れていて、60%程度の深さで真実に迫っています。

 で、客間に飾ってある彼女の彼岸花の絵を見ると、激しい魔力にさらされる感じがして、つらくなりました。
 で、花言葉を調べてみました。別離、喧嘩、争い、死などマイナスのイメージが多いのです。「うわー、これって、キープしていたくない」と思いました。だが、さすがに渡辺さん自身へ返すことには思いもよらず、しかも、捨てることも思いもよらないことで、困り抜きました。

 ここで、突然、その適任者として、平野和子さんが浮かぶのです。この人がまた、私にとっては、『逢魔が人』であり、大変な難物なので、本日は詳細について書くのをやめておきたいと感じます。だが、元日本航空の地上勤務で渡辺さんとは親しいのです。
で、平野さんにいったん預けた絵が、平野さんが画廊を引っ越す事になって、「整理に困るので預かることが出来ない」となって、我が家へ帰ってきていたのです。

 それが、警官に追尾されて、敵が、私が銀座で、本作りのために徹夜をしていると、敵様が知っている日に、たぶん私の健康を害してやろうと、願ってでしょうが、渡辺さんに、『あの絵を、近々に返してもらうように、今日電話しなさいよ』と言う電話(またはメール)が、夜、8時過ぎに、栗田さんから、彼女宅へ送られてきたと推察しています。

 特に今思い出したけれど、渡辺さんの坊ちゃんたち二人が上智大学の出身です。それもあって、井上ひさしにとっては、すこぶる大切にしたい弾丸ですね。だから、この真夜中の、追尾と脅かしと、それを利用して、渡辺さんに、私の健康を阻害させようとする企みは、井上ひさしが考え出したことでしょう。特に、彼はその頃はまだ、ぴんぴんして生きていましたし。

 私と喧嘩しているということで、すばらしい名誉とお金が続々と彼女には舞い込みます。
 そして、時間を置けば置くほど、彼女がエホバの塔の信者さえ利用され、浜銀さえ利用されて、保護されまくり、ほめまくられ、光を当てられまくられているのが判ってきます。

 じゃあね。それに比較して、あなたは、不幸ですね。参っているでしょうと、言われるかなあ? うーん。負け惜しみではなくて、私には私の幸福点というのがあるのですが、どうか、それは、語らないで置かせてくださいませ。それを語るとたちまちに奪われ、汚されるからです。

 中国が日本を攻めていますね。繰り返しますが、この渡辺幸子さんのエピソードを私に書かせないがために、起こされたと思います。
 大相撲をめちゃくちゃにした二年前の時から、発想のパターンがすべて同じなのです。日本人の気分を暗くさせるのが川崎千恵子にモノを書かせない方法であると彼らは思い込んでいるから。
 本当は、違うのですけれどね。私は攻撃されればやめると言うタイプではないのです。彼らみたいに、卑怯で弱い人間ではないのです。彼らとは、まったく手法が反対なのですけれど、それは、わかっていないみたいです。
 はっきり言って、悪魔と天使は手法が違うのですが。
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副題39、『それは、東京裁判の仕組みとそっくり同じです』

 今は、初稿を書いた次の日に入っています。それで、10日前のこのパソコンが壊れる前に、書いていたメモ(それは、保存がしっかりとできていなかったので失われてしまっているが、)に書いたことで、上には書いていないことを思い出しました。

 それは、一時期ですが、彼女が、一種の目覚めを私に対して得たということを証明していますので、書きましょう。

 彼女にしてみれば、私がそこから身を引いてしまうことは予想外の出来事だったようです。慰留をされたのは、彼女からではないけれど、彼女が、『あの人には、ここから出て欲しい』と本当に思っていたのなら、K氏からも慰留はされないと思います。
 じゃあ、なぜ、あれほどの乱暴なことをしたかというと、他人(特に私)をひどく弱いと見て見くびる発想があって、何をやっても反発をされないと思っていたからでしょう。でも、自分に電話をかけて責めてくるというような直接的な方法ではないが、やめると言う形で、間接的に、批判を受けてみると、やはり、『あれ、人間って、誰でも、心があるのだ。誰もが同じなのだ』と言う事に初めて気がついたとは思われます。

 そうです。心の問題では、すべての人間は平等です。時々、ヒットラーのような特別な存在が出てきて、特別な権利があるように錯覚をします。だが、死後、その享受した特権に見合うだけの批判を受けます。だから、総体を通じるとすべての人間は平等なのです。

 しかも、ガレリアグラフィカのオーナー栗田玲子さんから、私は直接に、「渡辺さんが、あなたって、怖い人だといっていたわよ」と、鎌倉駅のトイレで聞いているのです。しかも夜の10時半に。このエピソードも神様がいらっしゃることを証明するすばらしいものなので、後で、書き直しますが、

 その言葉を聞いて、渡辺さんが、私を「怖い人だ」という事に驚き、また、それを考え直してみることと成りました。

 すると、判ったことは、彼女の成育歴と私のそれとはまったく違うと言うことです。彼女はお姉さんが居ます。その人と、二歳ぐらいの違いだったら、次女として、きょうだい喧嘩等をしながら育ちあがったと推定されます。私はたまたま、ご近所がまったくない環境で育っています。満鉄の社宅では、私のような小さい子は居なかったのです。日本に帰ってから、一時期寄宿したおじの家にも中学生以上の年齢の子供しか居ないし、その後引っ越した船橋の郊外(塚田)の家は、まるで隣のととろ状態で、誰もご近所が居なかったのでした。それは、東京にしか親戚が居ない人が戦時中に、疎開先として、開拓した場所なので、駅には近いもののご近所などまるでない場所だったのです。同じような家が三軒だけありましたが、そちらも坪数が、千坪を越えるうちで、歩けば五分もかかるような遠さにありました。我が家も周りを松林、畑、田んぼに囲まれて、しかも300坪はあったので、ご近所を意識することは一切無かったのです。

 小学校に入っても、学卒の両親を持っている子供なんか、クラスに居なかったので、まるで、浮き上がっている存在で、・・・・小学校の三年になってやっと、引っ越していった先の横浜の日吉で、友達と、遊ぶことを覚えたのです。だから、57歳のニューヨーク滞在時での経験までは、喧嘩ひとつしたことがない人間で、渡辺さんのほうでは、単なるじゃれあい程度だと思っていても、こちらには、衝撃的な出来事でした。10年後の今でもあの望月画廊での乱暴狼藉は、忘れられません。

 でもね、彼女の方にとっては、それは、単なる、一過性のもので、そのまま、すっと空気の中を通り過ぎる話であるはずだと、タカをくくっていたと思います。
 それなのに、やめると言う反応が出てきたわけですし、後に、彼岸花の絵を返すと言う反応が出てきたわけですから、ひどく驚いたらしいです。

 特に彼女の心を揺さぶったのは、B子さんのエピソードのお互いの取り扱いの違いです。昨日はそこを書いていませんが、私が悲しみ、苦難としてそれを感じたのは、B子さんが親切にしてくれたのに、思いがけない流れになって、苦痛を感じておられることを、私は感じ取り、自分の方では、彼女の心を解き放ちたいと思っているのに、それが、出来ないと言うポイントでした。
 ところが同じエピソードを、渡辺幸子さんは、私を貶めるために使ったのです。「こんな変な人なのよ。あの人って、ご親切にしてもらっているのに、あちら様のご主人を、エッチな人だといっているわけですもの」と言う形でつかったということです。
 それを私がきちんとわかっているということ、それに驚いたのだと思います。驚かないでくださいねと言いたいです。私は何でもわかっています。ただ、口には出さないだけです。(笑)
 
 同じ挿話でも、語り方とか、使い方がまるで違うのです。私は人を救いたいと思って、そのエピソードを渡辺さんに語っているのに、渡辺さんのほうでは、他人を攻撃するために、それを女友達でもない人へ向けて使っています。ここが、非常に大切なところです。私が今まで守られて来たのは、常に大所高所から、モノを考えるように務めてきたわけですが、その大所高所とは、神様を指します。

 ところでね。ここで、それを書いてしまったら、あなたも同罪ではない?と、読者様に言われるかな?
 それは、仮名にしてあると言うことで、ご本人までは、追求できないとさせてください。しかし、ご本人が、指摘をされたり同定をされたりしたら、それこそ、敵の存在を証明することとなります。
 そのグループ展の12人のうちに、石塚雅彦さんが含まれていて、彼は明瞭に敵となっているのを感じますから、そこから外部に出てくる可能性も、そのひとつのルートとして、ここで、書いておきましょう。

 しかし、問題はさらに続きます。その問題の彼岸花の絵を返してくださいと言って、受け取りに来た渡辺さんは鬼のような人でした。すさまじく強くなっていて、さらに深くも強い攻撃意欲を示していました。

 それって、東京裁判をマネージしたアメリカ側が日本を恐れているのととても似ています。流れがそっくり同じです。東京裁判に関して、アメリカ側に心理的な負い目があるからこそ、日本を、常に軍事国家が残っていると攻め立てているのです。
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副題40、『それは、今に続いている・・・・・開発ちえさんのメールで、パソコンが壊れた』

 ところで、そのエピソードが引っかかっているから何も書けなかったのですが、それでも、最近の攻撃がすさまじくて、自分を守る最低線として、渡辺さんについて、きちんと書かないといけないと考えていると、見事に使者が、たって、それを阻止されました。

 それが、開発さんから来た一連の文章です。

 それは、14日から始まっていて、私が五月に書いた文章に噛み付く、このブログの世界へのコメントとして始まっています。
 私は、この件に関しては、真っ向勝負をしたくなかったのです。

 どうしてかと言うと、
*1)、だいたいの方針として、最近は、極く直近の攻撃については書かない事にしていますから。その理由は、書くと事実を変更される向きがあり、こちらの文章が、タイミングから読めば正しくても、グーグル等で、タイトルだけで、惹かれて読む人には、『あれ、間違っている。この記述』となる可能性が出てきたからです。

*2)、フェイスブックでの開発さんの投稿を読んでいると、彼女は、それほど、強い人ではないと思われるから、年上の人間としては守る義務があると考えました。

*3)、
 また、ここで、彼女について書きたくないと思うのは、書くと、彼女は、これから、どんどんどんどん、推奨されることとなって、渡辺さんと、二人して、一種のうっとおしさを、私に感じさせ続ける事になるでしょう。だから、ここでは、相手がどんなに激しい攻撃をしてきても、こちらは応じないと言う大人の対応をした方がいいと感じました。

 ところがね。パソコンが壊れました。これは徹底的に、敵が関与している事を示しています。彼女は個人で、私にかかわってきているわけではないのです。となると応戦しておかないとだめです。敵は開発産という人知というか、一里塚を立ててみて、そこで勝ったと感じて、さらに攻撃を強めてくるからです。

 ただね。五月に発信したブログへ反応すると言う形で始まった今回の攻撃ですが、そこから今へのタイムラグについては、単にパソコン上の操作でも可能です。つまり、最近、急に開発さんの目に、私の文章が派手な形で、とまる様に操作して置けばいいのです。それは、私も何度もやられたのです。2007年度いっぱいは、昔もらった本多隆彦氏からのメールが背景をピンクにしたりして、何度もパソコンを立ち上げたとたんに、開くと言う様な手配をされ、私のパソコンへの異常な破壊は、まるで、本多氏がやっているかの様に偽装をされていたのでした。それには、2007年の4月から12月まで乗せられ、騙されていました。

 だから、「彼女との、この戦端が開いたのが、誰か、個人の教唆であるかと言えば、そうではなかったという可能性もあります」と、ここで、付記しておきましょう。丁寧に、丁寧に、対処しておく必要があります。

 で、彼女のメールを最初の予定とは離れて、飾り罫線÷⇋¤⇋÷以下にさらす事にいたします。ただし一部です。

⇋¤⇋÷⇋¤⇋÷⇋¤⇋÷⇋¤⇋÷⇋¤⇋÷⇋¤⇋÷
あまり威張りたくはないのですが、皇室関係者にも知り合いはおります。
無論、弁護士さんも警察のお偉い方とも親しくさせておりますので、
こういう言い方は失礼ですが、貴女様程度の方でしたら、
余裕で握り潰すことは難しくはあり泙擦鵝実匸碵雹実匸何でしたら、お住まいの神奈川の県知事さんや、鎌倉の市長さんを通して、
貴女様を「攻撃」することも可能です。
敢えて控えさせて頂きますが。

対抗措置としては、最初にFacebookに登録されたメールアドレスとは違うメールアドレスを使って、
もう一度Facebookに登録すれば、新しい「川崎千恵子」様のアカウントが取れます。
それで、私めのページをご覧になって下さい。
貴女様のブログと、最初に頂いたメールを、そのまま転載させて頂きました。
私めのお友達の反応は、やはり貴女様は「狂っている」というようなも里任瓦兇い泙靴拭実匸碵雹実匸お願いですから、一度精神科に行って下さい。
親切心からそう申し上げます。
狂ったままの老後というのは、大変哀れに思われて仕方ありません。
それなりの治療を受けられれば、「世の中の全員に攻撃を受けている」というような妄想も、
無くなると思われますよ。

 上は、2012年9月15日着信のメールです。

 私が、渡辺幸子さんについて、本格的に書き始めたのが、20日です。が、その前に、この開発さんが噛み付いてきたブログでも簡単に触れているし、12日に発信した外人記者クラブのメールでも石塚雅彦と言う名前には触れています。石塚雅彦と言う名前に触れるのなら、この渡辺幸子さんについては触れるだろうと、敵は完全に予測をしています。
 だから、開発チエさんは、それを書くための防波堤として、準備された攻撃用の弾なのです。

 でもね。私は、そう言う政治的な意図がわかっているので、斜め読みで、熱心には読んでいませんでした。が、パソコンが壊れました。

 AOLは、初期に開発されたメール優先ソフトと言うか、プロヴァイダーです。You got a Mail と言う映画も出来たほどで、アメリカ人(万事にラフでもある)が楽にメールができる様に設定をされていて、マイクロソフトのアウトルック機能を通しておりません。

 で、パソコンが壊れると、もう読めないのです。私は、無論防衛上、最初期の部分はワードへ移動をしてありました。だが、彼女が本当の猛攻をかけてきた14日と15日の夜は、外の貸しパソコンを使って、徹夜で、オンデマンド方式で本を作っていたので、
 疲労困憊していて、彼女にかかわりたくありませんでした。それに、なんと、最後のメールなど、私には読めなかったのですよ。16日の時点では、外のパソコンでは、来信の痕跡はあるが、読めないという形でした。で、私はブログで、慶応大学と、共立薬科大学の合併の問題を取り上げてやんわりと彼女をけん制しているつもりです。幸いに、引き続いては来ていません。
 そのことには、いささか以上にほっとしています。
 ところで、味方をしてくださいとまでは言いませんが、

 私の文章と彼女の文章をぜひ比較してみてくださいませ。
私は必ず、政治の問題として書いていて、相手を攻め立てたり脅迫する言葉は書いていません。しかも哲学的考察でしかないので、相手に書いたということも知らせません。また、「自分の損失が莫大になるので仮名では、書けなくなったのだ」と、いつも説明をしているつもりです。

 でも、コピペするに当たって、今日初めて、きちんと読んでみると、想像通り、すでに、欠席裁判を、フェイスブックの世界でやっていると書いてあります。そこに、私からのメールもブログもコピペして使ってあると書いてあります。フェイスブックには彼女の言う方法を、すでに四月に試していますが、入れません。ので、本当に欠席裁判です。

 そして、開発さんへ対しても、それほど、恨んでも居ないのです。でも、欠席裁判がすでに行われていて、フェイスブックの中では、600人以上の人が開発さんの味方だそうですから、こちらも彼女の文章を、
 コピペして使ってもいいでしょうね。その時点から、すでに、2週間は、たっています。それだけ、待てばいいでしょう。

 ただ、もしこのブログが閉鎖されたら、彼女の行動の結果だとは、皆様もおぼえておいてくださいませ。
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副題41、『やりたい放題の、乱暴狼藉をやっても守られる、エージェント側のかわい子チャン』

 ところで、開発さんからのメールを注意深く見てくださいませ。最も重要な攻撃の言葉が文字化けしています。もしコピペされたときに、それが、世間の目にさらされると、お嬢様育ちの彼女のイメージが壊れるとの危惧からそうなっていると思います。その考察は、彼女にも書き送ってあります。
 その上に、さらに、人のパソコンを壊してまで、彼女は守られるのです。

 そして、私がここにその名前をさらしたので、将来そうとうによいご褒美が与えられるでしょう。未婚の彼女には、レベルの高い男性とのお見合いが、セッティングをされていくでしょう。

 それは、パリで知り合った上智大学卒の画家、山内ゆり子さんのケースですでに、見られたことですが、開発さんにもそれが当てはまるはずです。または、著作の出版とか、美術手帖への再登場が用意されるでしょう。

 車で小松空港まで行き、そこから、羽田、銀座へ入り、一週間に一泊する形で東京に入れば、充分に美術評論はやっていかれます。そして、開花亭には、しっかりした長弟さんが、社長をしているそうですから(それは、私は知らなくて、彼女は社長業に疲れているとみなしていました)そこをあけてもかまわないと成れば、東京でずっと住んでもいいですしね。

 それって、実は、渡辺さんのケースとそっくりです。渡辺さんの方はパソコンを使いません。だから現実の世界で、青木繁大賞と言うのをもらって、輝かせてもらっています。私を激しく傷つけた過去のある人だから、
 その人を、持ち上げれば、彼女(=雨宮舜)は悲しむとみなされているからです。確かに、私は相当に、傷口をえぐられました。ただね。大切なことは、こういう受賞が、すべて、原発を押し付けている国際的軍産共同体のさじ加減ひとつで決まると言うことです。

 それは、次の章で、警察と渡辺幸子さんとの関連を語れば、皆様も納得をいただけるでしょう。おまちください。
   2012年9月28日初稿を書き、29日に推敲を終える。
           雨宮舜 (本名川崎千恵子)
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上の記事から、抜き取った部分

2012-09-28 02:30:29 | Weblog
 上においてある記事が長くなったので、抜き取ったものがあります。それが下の文章です。

副題31、『サエグサ画廊の、興亡を、今にして思う』

 さて、上は、ある種の決意表明でありました。今から、本文に入ります。が、昨日までの文章で途中になっている桜井陽子さんのことが気にかかります。
 1990年代までには、桜井陽子さんは、圧倒的なレベルで、鎌倉でも、銀座でも、渡辺幸子さんより上でした。
 まあ、この上という言い方も、私は嫌いで、だれが上か、下かとは、芸術の世界では問うべきではないと思っていますが、

 昨日、国際基督教大学の同窓会の経営しているウエブ頁に入って、渡辺幸子さんが大優遇をされていることを知り、『ふーん。世間と言うものの解釈では、私はそれより、だいぶ、下で、三階級ぐらい下なのだから、何を書いても、ふん、蚊が刺したわと、関係者は思うだけでしょうね』と、感じた次第です。

 それをわきまえながら、書き進むのですが、当面は、その世間的な評価と言う部分も顧慮しながら、書き進めましょう。

 階級と言うものがありとあらゆる世界に設定をされており、それによって、上に立つ人間が得をするという仕組みがこの世界にはあるのです。デ、新制作協会は、1960~1980年代は、日本でトップの展覧会だと自他共に認められていたと思います。
 その団体が、お正月に受賞者記念展を開くのがサエグサ画廊でした。その次の週が、国画会が、受賞者記念展をやっていました。

 だから、とても有名な画廊ですが、画廊を運営している本体が、ややデクラインで、画廊も移転しました。そのことが、強い印象として、今残ります。サエグサ画廊は、本体は洋品店で、銀座に二つのお店がありました。今でも7丁目の子供服の方はきちんと運営されているみたいですが、大人用のお洋服のほうをやめてしまったのです。それは、人々の購買の傾向が推移していったからです。海外ブランドが、簡単に買える様になったので、銀座のブティックの価値がおちてしまったのです。

 私ね。wikipedia 等で、どういう画家がどういう個展をそこでやったかを残したほうがいいと思います。が、今は、それほどのきちんとした資料がありません。
 で、桜井陽子さんが過去にどこで個展をしたかがわからなくなったのですが、ここか、みゆき画廊か、スルガ台画廊か、ギャラリーオカベかで、見たことがあるような気がするのです。が、ウエブ上では記録が無いのです。驚きました。反対に、渡辺幸子さんの記録はガレリアグラフィカと、シロタ画廊の中で、立派に残っています。

 となると、1990~2003年ごろまでの、二人の立場は見事に逆転をしたことになるます。ただ、ウエブサイトに無いからだめな画家とはいえません。たとえば、ちょっと年上の芸大出身者で、国画会会員の藤岡怜子さんなど、大変熱心に個展をなさっていたが、ウエブサイト上では記録が無いからです。
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画面が、左側4分の1の位置へ全移動しているぜ・・・桐村茜、竹屋蕎麦、渡辺幸子△

2012-09-26 00:36:50 | Weblog
 今は、27日の午後7時です。2万字を越したので、最後のところで、「強引ですが、終わりとさせていただきます」と、書きました。今から越した部分を推敲で減らします。

副題ゼロ、『27日に挿入する前書き』

 ずっとパソコンの修復をしていました。

 そのパソコンの修復ですが、外付けの液晶画面を買うことで、復帰しました。ところで、最近では非常に小さいサイズで携行できるものがあります。ところが、それを喫茶店で使用しようとすると、なんと、画面の左上,4分の1のところへ画面全体が移動をしているのです。
 私はね。画面のプロパティをあけて、どうにかすると、どうにかなるのではないかと思って、それは、やったのです。それは、後でヨドバシカメラへ行ったときにもサポート担当者が、そうやろうとしたから、正しいのですが、その画面のタブ類も全部左上の、その隠れている部分に移動をしてしまって、どうしようもありません。
 だが、器具そのものが壊れているわけではなくて、外で、シゴトをやらせないという目的で、こういうことをやられるわけです。
 で、ヨドバシカメラで、お話している最中に直るのです。(笑)

 ともかく、私が重要な文章を書くと必ず、足を引っ張る目的で、すったもんだが、パソコンの機能的な世界の破壊として起こって、私はその修復に大エネルギーをとられるという事になります。
 でも嘆きばかりでもないのよ。その手の攻撃を受ければ受けるほど、『ア、そうか、この文章は相当に正しいことを言っているのだ』と言う確信を得て、元気いっぱいと成ります。
 無論、体のほうはめろめろですが、心が元気いっぱいになるのです。

 26日は、寝不足の状態で書いているのでみなおすとラフきわまりない文章でした。
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 ところで、最初の前書きですが、
 これは、前報、『瀬木慎一(手紙)では、無事だったPCが、開発ちえ(メール)を守るためには、壊れた(政治もの)△』2012-09-22 20:15:38発信の続きです。

 それで、副題を、18からはじめます。ところで、これも『社会の窓が開いているよ』の一環なので、その4とさせていただきます。今日は、渡辺幸子さんと警察の密接な結びつき、および渡辺幸子さんの青木繁大賞・受賞がどれほど、大きく政治に左右されたものであったかを語りたいと思います。このシリーズのハイライトですが、書くのに、相当苦労するはずで、あしかけ4日ぐらいかかるかもしれません。それは、どうか、ご容赦くださいませ。途中でタイトルもばんばん、変えていくでしょう。恐れ入ります。ただし、判りやすくするために、随時、進行状況を前書きとして入れます。そして、その進行状況に応じたタイトルをつけておきます。

副題ゼロ、『27日に挿入する前書き』
副題18、『立花隆、VS 田中角栄』
副題19、『美術界のプロトコールとは』
副題20、『院展に挑戦する、障害者と、その先生へ言いたいこと』
副題21、『美大を卒業していないのに、画家になるのが、才能ある人だが、美術の世界のことは何も知らない。それで、発表するときに、不安にもなる』
副題22、『美術評論家と金銭感覚』
副題23、『夢見る夢子さん(私)と、リアリスト(桐村茜)との、落差について』
副題24、『竹屋画廊(竹屋蕎麦)の叔母ちゃんの暴力に、傷つくが?』
副題25、『額縁屋の名前を、教えてくれない渡辺さん』
副題26、『中退だった渡辺幸子さんが、今では卒業資格を持っている。不思議だ』

副題27、『親には、愛されてこなかったと、推察される渡辺幸子さん』
副題28、『秋葉原のワシントンホテルに、8000円で泊まることが出来ました』
副題29、『渡辺さんは、中退。だが、同じく破産した父を持つ別の令嬢は中退しなかった。変だ』
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副題18、『立花隆、VS 田中角栄』

 どんな業界にもそれ特有の儀礼とか定めとか、慣習があります。外交官のそれは、プロトコールと呼ばれ、特に重要視されています。田中角栄元首相が、小学校しか出ておらず(ただし、建築の専門学校は出ている)外務官僚に意地悪をされると、困るので、大金を使ったと言われています。その気持ちは、よくわかります。
 そして、外務省だけを優遇するのもあれだから、官僚の世界全体に対して、盆暮れに高級なネクタイを贈ったとか。
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 ここで、スピンオフとしての挿入ですが、銀座に十一房という高級な喫茶店があります。そこに最初に誘ってくださったのは東大の大学院を出た人(女性)だったのですが、その後、一人で入ったときにも、いかにも東大卒と言う人たちが入って、歓談をしているのに出会いました。ある日、私より、10歳ぐらい年上の人たちが、三次会をそこでやっていました。一人、元官僚みたいな人がいて、しきりに、「僕は田中角栄だけは、大っ嫌いだ」と、力説していました。
 私はそのときに、『東大卒も、だめだなあ』と思いました。ごめんなさい。あなたが東大卒だったら。でも、東大卒も視野が狭い時もあります。そしてその十一房でお茶を飲んでいた紳士は極めて狭量でした。『プライドが高くて挫折を知らないだけに、困ったものです』と成ります。

 ただし、そのジェントルマンの作法や、プロトコールから見たら、田中角栄氏が、めちゃくちゃな人間と見えたのも判ります。
 そして、真紀子さんです。普通は二代目は、器が小さくなり、その代わり上品になるものなのに、まったく下品なままだから、びっくりです。困ったものです。御茶ノ水女子大付属高校卒なのに、どうしちゃったのだろう。それほど、角栄氏への弾圧が激しくて、苦しみが大きい余り、ああなってしまったのだろうか?
 挿入から元へ戻ります。
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 私は、政治家としてのカクエイ氏は、大変な大物だったと思っています。立花隆氏と、偶然にもトルコのエフェソスの、誰も居ない十字路で、二人だけで出会って、10分ぐらい話したことがあるのですが、立花隆氏は、角栄氏に比べれば、はるかに小物だと思います。その小物が大物を訴追して、抹殺をしてしまったわけですが、

 それが、現代日本の真の支配者・・・・・(国際的軍産共同体、=具体的な固有名詞はロックフェラー一族などで、主にアメリカに住んでいる大富豪たち・・・・・だから、国家としてはアメリカとなる)・・・・・
 には都合がよかったので、小物である方の立花隆氏が、大物の方をペンの力で撃ち殺してしまったのです。

 なんともいえないが、日本という国家にとっては損失でした。まあ、こんなことを言っちゃうと、敵を作りすぎる嫌いはあるが、明日死ぬかもしれないので、ここで、そう言いきっておきましょう。
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副題19、『美術界のプロトコールとは』

 ところで、その業界のルールやマナーが一番知れ渡っているのはサラリーマンの世界でしょう。テレビや映画でも繰り返し出てきます。昔は、小林圭樹とか、が主演したおっとりしたものがあったのですが。最近はシヴィアで、小池徹平主演の、『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』などには、非常につらくて厳しいサラリーマン生活が描き出されていました。いじめや過重労働の連続がある世界。

 でも、ともかく、何とかなる世界でもあります。誰か、助けてくれる人がいる世界でもあります。親戚のおじさんや叔母さん、または、年上のいとこなどに、『こういう際はどうやって切り抜けたらいいでしょうか?』と質問をして教えてもらうことが出来ます。また、学校時代のサークルの先輩などがいろいろ教えてくれたり愚痴を聞いたりしてくれるでしょう。

 そして、礼儀そのものが、技術であるお茶の世界などでは、それを教えてくれるしステムが、構築されているので、お金を出せば獲得することが出来ます。しかし、美術界のプロトコールについては微妙なところはわからないことが多いのです。
 月刊ギャラリーを出している会社が、『公募団体展に応募しよう』と、『個展の開き方』と言う本を出したはずで、それは、親切だったと思います。ただし、私は読んでいないので、どの程度深く、かつ正しく書いてあるかどうかがわかりません。どうして読んでいないかと言うとそれが、出版されたころには、その二つは深く経験済みであり、とくに公募団体展は、すれ違いでやめようとしていたときなので、それを買って読む必要がなかったのです。
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副題20、『院展に挑戦する、障害者と、その先生へ言いたいこと』

 ここで、27日に入れる挿入です。NHKの午前11時代の地方ニュースで、50年間も知的障害者に美術教育を行っている女性の方が出てきました。埼玉県でです。
 生徒さんの中に、とても絵がうまくて、すでに、個展を六回とか、7回やっている男性が含まれて居ます。彼の迫力のある絵は、65万円でうれたこともあるとか。

 その男の子を先生が院展に応募させようとしています。私はね。先生が院展の会員だったら、それもいいが、そうでなかったら、院展に、今から応募するのはやめたほうがいいと思います。

 せっかくの才能が、生かされなくなります。院展の中の様子など、その女性の先生そのものが知らないと思われますし、(と言うのは、入選か落選かを上野の都美館まで見に行っていたから、そう感じます。中の人なら、電話連絡で教えてもらえるでしょう)

 院展も、その他の公募団体展も、その実質を知らないで、今は、憧れを持っている段階でしょうが、実際には入ってみると大変です。
 個展でおやりなさい。それで、何にも問題がないと思います。どうしてもお墨付きが欲しかったら、上村家にでもお手紙を書いて、一度見てください』とおっしゃればいいです。そして、一回だけ、注意と言うか、ほめてもらいなさい。
 後は今の先生と、ずっと、描き続ければいいです。院展挑戦は、先生の方が名誉欲を出している雰囲気が見えますが、院展だけが、天国ではないし、そこに関与することがステップアップでもありませんよ。せっかく素直な気持ちで、まい進している青年ですから、そのまま進んだほうがいいと思います。
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 元へ戻ります。

副題21、『美大を卒業していないのに、画家になるのが、才能ある人だが、美術の世界のことは何も知らない。それで、発表するときに、不安にもなる』

 もちろん、美大を卒業していたら、わかりますよ。だけど、中学生のときや、高校生のときにクラスで、五番以内の成績であり、親が普通の収入だと美大には進学しないものなのです。どういう進路をとってもよいだろうと言う学部、男の子なら、法学部や経済学部(商学部)、女の子なら英文科という様な学科のある大学へ進むのが普通のケースです。特殊な技能や才能に目覚めると言うことが、それほど、推奨されていない日本は特にそうなのです。

 ただし、音楽はピアノのレッスンなどを、小さいときから受けている子が多くて、その延長で、音大へすすむということもあるだ労使、スポーツも水泳にしろ野球にしろ、サッカーにしろ、最近では、テニスまで、小学生からクラブがあって、そこで学ぶ子も多いので、そちらのプロになって行ったり、大学も運動学部へ進む子もおおいのでしょうが、美術だけは、それほど、ポピュラーではないのです。

 でも、突然に、40にして立つと言うか、目覚める人もあって、そう言う人には必然性があるので、さすがに才能があった、と言うケースも多いのです。デ、本格的なプロの道へ進んでいくのですが、主に発表の場(特に個展)に関するプロトコールの中に、わからないことが多いのです。デ、不安になります。だから、依存をしたくなって、寄らば大樹の陰となって、日展、院展、二科展などの、庶民にも名前が通っている団体展に挑戦することとなります。

 それこそ、渡辺幸子さんの最初の出発点でしたが、そう言う世界がとても古いことを知り、実際には、その後、出現した在野と呼ばれる団体の公募展の方が、よりモダンな雰囲気を持っていて、そちらの方が会うし、実際には美術界でもプロへは、そう言う在野の団体展に所属している方が、尊敬されると言う事に気がつきます。

 ただ、私がここで、言わんとしていることは、「在野でもだめなんですよ。そこもまた、すでに古い」ということなのです。(笑)進みすぎかな?
 いや、真実を追究しすぎか?
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副題22、『美術評論家と金銭感覚』

 私が人に教えてもらって、最も感謝していることは、「美術評論家に文章を書いてもらったら、金銭的なお礼をしなければいけない」ということと、その相場についての知識です。

 そう言う知識をどうやってもらうかと言うと、私は作品をみる目があります。よい作品について、見事にポイントをついた言葉で語ることが出来ます。そう言うことを一人の画家について三回ぐらい、一年おきに続けて、五年間ぐらい続ければ、相当に信頼されます。そうして、いい人だと思われたから得られた知識です。

 ところで、私のやっているそういうことは一種の美術評論ですが、一切のお金はいただいておりません。だから、素人です。でも、実質的に、人々に感謝をされています。だから、美術評論家たちからねたまれたと感じています。昨日チラッと言っている瀬木慎一さんとの葛藤とか、トラブルなど多少以上にそう言う傾向があったでしょう。無論のこと、裏から瀬木さんは教唆をされて、ああいうことをしたという側面もあるのですが。

 exihibit Live and Moris と言う画廊のオーナー森さんとは、一時期仲良くしていて、そのころ、「川崎さん、2006年度いっぱいだけで、2000万円は稼いだでしょう」と言われたことがありますが、全然です。一銭も稼いでいません。

 ただし、ここが微妙・極まりないところなのですが、「お金を取りません」と言って威張っているだけが、偉いのではなさそうです。お金を取ることがプロとみなされ、どんどん、その人間を強化して行って、それが、プロの世界だと言う事になりそうです。

 だけど、私にはそれが出来ません。たぶんその原因は、過保護でそだったからです。中学生ごろから、金銭的にはひどく甘やかされて育ってきています。で、どうしてもお金を取るとか、もらうと言う点で、びびるのです。と言うか、面倒にも億劫にも感じます。

 それは、直感に基づいた感覚ですが、不自由になるだろうという点では正しいと思います。プロの美術評論家になったらなったで、まず、テーマに制限がかかります。この手の政治論には首を突っ込めません。
 また、本の著者としても出版人(出版社の社長)としても素人です。形だけです。すでに、6冊も印刷所で、印刷製本をしてもらった本を作っていて、そのうちの三種類の本に対しては、公的な書評さえ出ているのに、いまだに売る方面での努力をしていません。

 一冊の本を作り上げるまでに、すごい量の労働時間とお金をかけています。それで、丁寧にかつ誠実におよみいただいた方は皆さん内容の濃さに、びっくりしてほめてくださるが、それでも、出版人として、大きくなる方向へ進みません。
 これが私の一大特徴であり、それが、別の人種(=お金にシヴィアな人)ともめる原因となります。ともかくお互いに、同じ事を語るにしてもコインの表と裏と言うほど、受け止め方やら解釈が違うのです。

 たとえばパリ滞在中の桐村茜さんとの思い出を語りましょう。
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副題23、『夢見る夢子さん(私)と、リアリスト(桐村茜)との、落差について』

 桐村茜さんは、ほぼ、パリに定住済みの作家(美術系)です。ただビジネス的には相当なやり手みたいで、それゆえに、性格については悪口を言われるケースが多くて、「だれそれを、真似している」とか言われていることもありますが、莫大な売り上げを抽象系の作品であげることが出来る明瞭なプロです。そして作品は上品です。

 私は、彼女が鎌倉の竹屋画廊で、個展をしていたときに、惹かれて尊敬し、なついていって、パリの版画・工房・事情について教えてもらいました。鎌倉でご馳走しながら語り合ったのです。

 で、その後1998年の秋にパリについてから、電話で連絡を取ったら、一夕「夕食でも一緒にしましょう。その前に、シテデザール内の、工房を見せてあげる」と言われました。
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 シテ島とは、ノートルダム寺院のあるそばの中島で、閑静な高級住宅街(ただし、一戸建てではなくて、いわゆる中世風ビルだけど)です。その中に芸術家だけを住まわせる大マンションがあって、海外から来た芸術家がアトリエつきで、安く住めるようになっています.800人も受け入れる能力があります。そこには5つの画廊と大きな版画工房が付属しています。

 で、一時間ぐらいその明るい工房(実は戦争中に屋根が吹っ飛んだので、屋根がガラスで作られている)について説明をしてくれた後で、二人で、その優雅な街を歩いていました。お店が無いところをです。静かなところです。
 桐村さんはご機嫌で、パリにおける自分の生活を語っていました。一年に一回ほど、パリのある決まった画廊で、個展をするそうです。その画廊は、桐村さんを世界に通用する版画家として、売り出してくれている大切なところだそうです。

 で、私が、「それ、どこ?」って、画廊の固有名詞を聞いたら、桐村さんは突然に怒り出し、「私がいくらお人よしだと言っても、そこの名前をあなたに、教えるほどの、お人よしではないわ」と言って、そのまま、あっという間のスピードで去っていってしまいました。私はあっけに取られまし
た「。 
  どうして彼女の逆鱗に触れたのかが、判りませんでした。で、相当な時間をかけて、考えて、つまり、そこに私が食い込もうとしていると予測したからこそ、彼女が怒ったと言うことが判りました。つまり、私が彼女の大切な位置を奪うライバルになるだろうと、思ったから彼女は怒ったのです。
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 これを書いたのは、9月26日ですが、その5週間後に下に置いてあるような桐村さんからのコメントが届きました。それで、一部の文章をここから削除をいたしました。が、副題23全部を取り去りなさいという要請には、従えません。というのも、それが届いた日に書いた文章が問題だからです。
 しかし、転んでもただでは起きないのが私です。その時間差の意味するところを熟考して、二つの文章に共通項があるのに気が付きました。それは、酒井忠康氏がエージェントの協力者であることを書いていることです。
 で、そちらのタイトルをここに入れておきます。よかったら探してみてください。
 
浄智寺と、匠の会、(瓜南直子、石原慎太郎、松沢茂文、田口広勝、酒井忠康)△
2012-11-04 02:03:28 | Weblog

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 それ以来絶交状態です。
回復が不可能な誤解だったようです。私はすでに、あきらめております。そう言う過去の経験の上での、今般の開発ちえさんとのトラブルです。そちらも誤解が解ける日は、來ないだろうと思っておりますよ。

 私もずいぶんと変わりました。昔はナイーヴでね。誰かと喧嘩したり誤解をしあったりしたら、それを解こうと努力をしたものです。それだけ気にかかり、ストレスを感じる出来事でした。が、今では、『あ、そうお』ってな具合に、ただ、右から左へながすだけです。放っておきます。気にもかかりません。ただその現象がもつ、政治的な意味合いを考え、ここで、語るだけです。

 で、桐村さんのほうは、竹屋画廊の叔母ちゃんが、彼女のニ度目の鎌倉でのオープニングで、私の胸倉を引っつかんで入れないようにしたと言う驚くべき作法を示したことぐらいが、政治的な意味合いを持つが・・・・・
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副題24、『竹屋画廊(竹屋蕎麦)の叔母ちゃんの暴力に、傷つくが?』

(いえ、そのポイントに関して、もっとはっきり言えば、鎌倉の美術評論家=酒井忠康氏とその仲間が、この画廊に関与していて、私に関する相当なる悪口が、そちらからも入っているから、桐村さんの誤解だけではない、あれほど乱暴な、暴力を振るわれたのだろうとは判っているのですが、女からの暴力、しかも、私より、体格の小さい人からの暴力だったので、本当に驚きました)・・・・・
 
 私が酒井忠康氏のエージェント性を語るのも、竹屋画廊の叔母ちゃんの暴力、の、おかげでもあるのです。小町通りを大勢の人が通っているのに、その目の前で、胸倉つかんで、放り出された屈辱は、絶対に忘れません。死ぬまで忘れません。私はね。江戸時代は、萩藩では、相当な家柄だったし、ICUや、お茶大の付属高校や、1950年代の横浜国立大学付属中学なんて、早々、簡単に入れるところではないから、表面には出さないけれど、内面では、ひどく誇りが高いのです。

 竹屋画廊の叔母ちゃんとは、普段は竹屋蕎麦にいるのでしょうけれど、私は竹屋蕎麦まで、追いかけて、行って、『どうして、あなたは、あんなにひどいことをやったのですか? 誰から、何を聞いたから、ああいうことをやったのですか?』と質問をしに行きたいほどです。無論、まだやったことはありませんが。(笑)

 ただ、その失礼極まりない感じって、見事に、後日に起きた、北鎌倉の、わび助の叔母ちゃんの、失礼極まりない行動と、そっくりでした。あれ、二人は同一人物なの? もしかしたら、両方同じ経営者?って、思ったほどです。だからこそ、酒井忠康氏、もしくは伊藤玄二郎の関与を、こちらは、疑っているわけです。と言うのも二つともお客商売です。しかも私は普段ほとんど出入りせず、トラブルの起こりようのないお店です。

 それなのに、あれほどの、乱暴を大勢の目のある前で、やることが出来るのは、よほどの悪口を聞いているということの証明になるので、どういう言葉で、どういう判断が下せるような言葉だったかは、知りたいと思っております。侘び助をたずねたのは、叔母ちゃんに逢いたくて、それを質問したかったからです。ただ、竹屋蕎麦はまだ、叔母ちゃんまでは訪ねていません。竹屋画廊のそばの甘味どころで、「どういうひとなのか?」とは、質問をしたことがありますが、竹屋蕎麦は、駅までの私の通り道には面していないので、忙しい私には食べに行っている暇がないのです。だけど、死ぬまでには、因果関係をぜひとも、探索をしたい出来事でした。

 私ね。その場では騒がないのですよ。ただ、黙って引き下がります。デモ、追及の手は休めません。だって、これこそ、政治なんですから。そこが最近のかれらの手なのです。いやな思いをさせてノイローゼにさせようと言う手なのです。

 昨、開発さんの、ののしりのメールも復活しましたが、その中で、「精神病院にいけ」と何度も言われています。単に、「フェイスブックが出来ませんから、そちらを通じては、お答えが出来ません』と、弟さんに告げただけで、そこまで言われる。
 無論、弟さんを使用人と間違えた事に激怒したことはわかりますが、そこまで、言われる筋合いはないです。

 それは、開発さんが、そのメールを書く前に、すでに、いろいろ悪口を聞かされていることを示唆しています。そこも彼女に聞いて(笑・・・・・無論答えてくれるはずが無いが)、確かめたいところです。
が、遠いので(笑)、
 鎌倉の方で、侘び助と、竹屋画廊(今はやめているので、竹屋蕎麦に行かないとだめだけど)探索をしたいと思っています。

 ずいぶん、古い話を蒸し返すみたいですが、開発さんのメールを読んでいると、その悪口を回して、人、特に私のような原発反対派を、貶めて欠かせないようにさせるという手法が連綿として続いていることが察せられるので、終わりのない戦いを続けないといけないのです。

 ともかく、酒井忠康氏とだって、竹屋画廊の叔母ちゃんに、失礼極まりないことをやられたとき以前には、正面切って争いごとを起こしたことはないのです。
 だから、不思議極まりないので、考え抜くわけですね。そうすると、伊藤玄二郎、および石塚雅彦氏等と、全部ひっくるめた、エージェント性と、彼らの間にある、連帯と、連絡を感じてしまいます。ただ、それも今は証拠が少なくて、ただ、感じていると言うぐらいですから、それも、真実かどうかを、探索せざるを得ないです。

 『桐村茜さんが、叔母ちゃんに何かを言って、それで、あの叔母ちゃんがああいう反応を示したか?』と言う可能性ですが、それほど、桐村さんは馬鹿じゃあないでしょう。絵描き同士の横の連絡がたくさんあることを知っているはずですよ。春陽会(五月の連休の国画会と同じ時期に開かれる有名な展覧会)にも出品をしていたのですから。

 そんな、間柄で、ちゃらちゃら、悪口を言っていたら、自分で、自分の首を絞めるということと成ります。そのくらいは、彼女ならわかっているはず。竹屋画廊の叔母ちゃんの、超がつくほどの、失礼な態度は、酒井忠康氏ラインで生まれたものだと推察しています。

 さて、この章も、この一文のメインではなくて、無論のこと渡辺幸子さんがメインです。桐村さんのエピソードは、渡辺幸子さんと、私がどれほど、違った価値観とルールで生きていたかを語るための導入でしかありません。
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副題25、『額縁屋の名前を、教えてくれない渡辺さん』

 前報で言った湘南信金の会議室で、彼女が秘密裡に開いた、花がテーマの個展ですが、彼岸花を描いた小品が傑作なので、私が5万円で買ったと申し上げております。

 それを、私が本作りのために銀座、新橋で徹夜をしていた最中に留守宅への電話で「返してくれ」と彼女が言い、どうもそれが、酒井忠康氏宅へ行ったらしいことが、この一文のハイライトなのですが・・・・・、時制を、買った時点に戻せば、それはずいぶんと上等な額へ入っていました。で、私が、「いい額ね。どこのものなの?」って聞いたら、「これ、既製品ではないの」と彼女は答えました。で、「ああ、そうか、世界堂や、三吉(横浜)では、売っていないのね。だけど、どこ?」って再度聞いたのです。

 とても気軽にね。と言うのも、私はすでに、業界で、最大・最高の評判を取っている額縁やサンを知っていました。それは、祐天寺にある小林額縁さんです。ただ、版画額が専門です。紙の作品を入れる額が専門です。でも、そこの額は、どの商店でも売っていません。ただ私の版画界での友人たちは、渡辺さんみたいにけちではありません。よい仕事をする人を教えあい、それで、小林額縁さんがますます繁栄をしていくことを願っています。
 で、渡辺さんが、けちではないということを確認したくて、余計何度も聞いたのです。すると、「埼玉県のほうなの」とは答えてくれるものの、その先にある固有名詞を教えてくれません。

 私は内心で、『ああ、そこは知っている。北側順一郎さんが、言っていたギャラリーアーチストスペースのオーナーでしょう』と思いました。そして、その話が出た2002年ごろは、私への弾圧は始まっておらず、私は銀座中にたくさんの友人を持っていましたから、十分に銀座で、誰かから、教えてもらえるはずでした。だが、教えてもらっても、油絵の額に高いお金を出すつもりは無くて、そこに特注をするわけも無く、三吉で既製品を買い続けたでしょう。
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 ここで、初めてこの世界へ入ってきた方へ簡略に『弾圧とは何か』を説明をさせていただくと、私の住まいの近所に石川和子と言う元伊藤玄二郎(鎌倉春秋社・社長)の愛人が居てわがまま至極な生活をしています。彼女が私の猫を気に入ってしまい、そのことで我が家は、二年以上苦しめられきっていました。が、とうとう彼らが警官を呼ぶ大騒ぎに発展をしてしまいました。
 また、そのときにやってきた警官たちが、だめな人間で、とんでもない法的な違反を犯すと言う大失敗をしたので、私はそれを鎌倉警察署長に抗議をしています。

 ところが、正当なるその行為が、「警察が面子をつぶされた」ということになっているらしくて、警察が私を追い回しているのです。しかも月刊ギャラリーの連載が終わったとたんに、大弾圧が始まったので、ああいう小さな雑誌でも、公的な世界を持っていることは力なのですね。それが判りました。
 だが、今ではひとりぽっちなので、仕方がないから、ひとりぽっちで、ひたすら戦っています。だけど、弾圧が厳しければ厳しいほど、伊藤玄二郎が持つとんでもない特権が明瞭になり、したがって、エージェント化していることも明瞭になり、したがって、日本が、被・植民地国家であることも明瞭になり、私は今では美術界の人間であると言うよりは、政治評論家と言った方が当たっているでしょう。

 で、すさまじい被害があるからこそ、正当防衛の一種として、画家の固有名詞を出してもいいと思っています。だって、彼らは弾圧のための鉄砲玉として使われているのが、明瞭だからです。では、元に戻ります。
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 埼玉県にある額屋の名前を聞いて教えてもらっても、実際にはそこには、注文をしないだろうと言うのは、私は油絵は抽象画を描いているからです。

 それは、具象画(特に売ることを目的とした絵)みたいに、高くて凝った額を装着するべき絵でもないのです。彼岸花の額は、表面に銀粉が浮いていました。そう言う額は、私の絵に合いません。ただ、ただ、しつこく聞いたわけは、渡辺さんが、けちであることを知りたくないし、それを、確認したくなかったからです。

 すでに「渡辺さんが悪女だ」と言う評判は耳に入っていて、付き合わないように勧めてくれている人も居ました。だけど、桜井陽子さんと、私は子供が中学で同期ですし、鎌倉人(びと)としての縁は、二重三重にあり、しかも、大学同窓会が縁ともなっています。彼女は中退をしているので、キャンパスで出会ったことはないのですが、年齢的には一歳年上なのですから、話題も共通するはずですしね。
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副題26、『中退だった渡辺幸子さんが、今では卒業資格を持っている。不思議だ』

 このキャンパスでもみかけたことがないということは後で、卒業資格がどうして与えられたかの問題と、結びついて重要なこととなってきます。出来るだけ覚えておいてくださるとありがたいです。

 だって、昨日、山手学院(現在は、中央大学の付属中学となっている)で、2640人応募して、160人合格すると言うところ、情実合格が一人あったと言う件で、理事長以下、記者会見を開いて謝罪をしましたでしょう。国際基督教大学の授業と研究体制って、ものすごく厳しいのです。打から、渡辺さんみたいに、夜の10時まで絵を描いていたイ人が、どうして、卒業資格を得るほどの、勉強時間を生み出すことが出来たかが不明で、不審極まりないのです。もしかして、情実(?)。

 となると、国際基督教大学は、せっかくの特色を失うことと成りますね。非常にまじめな運営で厳しい授業体制だと言うことで、有名なのに?
 本当に変だ。

 だから袂を分かつことが出来ない縁のひとつなのです。が、以前から種々さまざまな疑問を、女に対して抱いて來ました。それが、このけちぶりを、目撃したときに、一気に解けたのです。それを今から書きます。
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副題27、『親には愛されてこなかった可能性のある渡辺さん』

 まず第一に、1950年代にフェリスに入学することが出来て、しかも1960年にICUに入学することが出来たと言うのは、すこぶるつきで頭脳が優秀だったと推察されます。それなのに、田沢茂先生ごときに、やすやすと従っていて、むしろ振り回されいじめられきっていて、悩み抜いています。主体性があるのなら、とっくに逃げ出すべきです。それが逃げ出せません。

 同じアマゾネス軍団に所属している桜井陽子さんのほうは、しつけのよく出来たお嬢様ですが、余り頭がいいとは思えません。武蔵野美大卒ですが、絵を描くこと以外の分野では、「彼女は切れている」とか、「さえている」と言うほうではないのです。だが、主体性は見事にあります。で、田沢先生も彼女の方を、いじめたりいじくり回したりはしないので、お互いにうまくいきます。

 ここで、桜井陽子さんの両親は親として、普通であったと仮定します。が、私とか、渡辺さんの親は偏愛の人であったと仮定しましょう。愛が少ない親だったと仮定しましょう。

 私自身は他人から見るとすさまじいまでに過保護だったそうです。妹と七つ離れていて、弟とは、13歳離れていて、人間形成が出来る時期にほとんど一人っ子として育ちました。両親は二人とも、中学(高女)時代までは、級長かな、副級長かなというタイプで、やや神経質です。そして、子供が成功をしてくれることを信じていて、かつ願っています。

 そのためには、かしずいてくれていると言うほどの、気遣いで保護してくれるのです。小さいときから、自室の掃除などしたこともなかったのです。お手伝いさんも居るし。だけど、その真綿でくるむような措置が、本当の愛情だったかどうかが疑わしいと思うときもあります。
 で、私自身が主体性のないほうで、桜井陽子さんの稲村ガ崎の家へ上げてもらったころには、桜井さんに押されっぱなしでした。だから、渡辺幸子さんが桜井さんに押されっぱなしで、圧迫感を感じてしまうのもよくわかります。

 だが、私と渡辺さんの違いは哲学的なテーマで考えることがすきか、嫌いかの違いにあります。彼女は好きも嫌いも無く、大体そう言うテーマではモノを考えません。リアリストそのもの。
 現実の課題である。新制作協会の会員になることしか考えていません。だから、人間性の分野で、彼女が抱えている問題点が解決されていません。

 鎌倉で育ったお嬢様で、フェリスからICUへ進学して、夫は外資系企業の社長さんで、お子さんは有名私立一貫教育の学園を卒業して、そのあとで、有名大学へ進学して、これも外資系企業へ勤めています。社会体制的には申し分のないエリートです。

 ところが、これを言うと、また、私の方が、それこそ、悪人だと言われてしまうと思いますが、肝心のところがエリートではないのです。つまり、ノブレスオブリッジの発想がない。先ほどの、額屋の名前を教えてくれないところにも、それが、よく現れていますが、私が過去になかよく付き合った人のなかで、こういうタイプは居なかったなあと思うほど、ふくよかな雰囲気がないのです。エリートほどふくよかでり、他者へ与えないといけないんですが、彼女には、そう言う観点での潤沢さがありません。なんだか、梅干の種とか、桃の種を思わせる彼女の性格です。

 自分にとって、得になる人に対して愛嬌を振りまいて、かわいらしい人だと思わせる技術はある人です。
 だが、本当のエリートとは、誰に対しても平等であり、特に弱い人とか、目下の人に対する心遣いが出来る人です。自分がエリートだから、目下の人と付き合うと時間が損だとか、思う人は、なりあがりものでしかない。その育ちが本当は悪かったと言うことの証明になります。

 桜井陽子さんが、ずっと、単身赴任家庭として、(ただし、絵描きとしてはそれはだんなに振り回されないと言う意味で、好都合なのですが)子育てをして、坊ちゃんは結婚式を無事に挙げるところへこぎつけました。それほど、しっかりと成長したのです。「それをご主人が、式の最後の挨拶の際に、感謝してくれたので、思わず泣いてしまった」と言うエピソードを画塾で聞いたときに、それを形だけでも祝福することが渡辺幸子さんには出来ないのです。いえ、桜井さんに面と向かってはよかったわねといったでしょう。だけど、私に向かって、変だ。変だと言うのも本心だったでしょうからね。私に対しては、形も整えなかったわけです。

 嫉妬心の塊です。ご自分の、ご次男の恋愛に関する優柔不断(結婚式も挙げないし、かといって,別れることも出来ない)には、母親らしい危惧は抱いているが、それでなにかどうか、いずれにしろ、他人の坊ちゃんの成功を喜べないのは、彼女の子供っぽさの現れです。
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副題28、『秋葉原のワシントンホテルに、8000円で泊まることが出来ました』

・・・・・休憩を取ることへのお断り・・・・・
 ここで、24時間程度休憩を取らせてくださいませ。昨日は家を午後零時に出て、壊れたパソコンを修復するために秋葉原のヨドバシに、午後の10時の閉店まで居て、つかれきったので、秋葉原のワシントンホテルに宿泊をしています。ありがたい事に、突然に入ったのですが、8000円で泊まることが出来ました。11階のワンフロアー、ほとんど他のお客は居ないと思われます。音でわかります。シャワーを使っている気配が他の部屋ではないから。
 でね、昨日は一切自分のパソコンを開くことが出来なかったので、読者様に申し訳が無いので、昨夜の11時から午前二時半まで、この一部を書きました。で、うとうとが始まったので、午前三時から、四時半まで、ベッドに横になっていたのですが、ベッドにきちんと入ると目が覚めてしまう問い悪い癖があります(笑)。いすに座っているときは睡魔が襲っているのにベッドに入ると眠たくなくなり、ほとんど眠られず、またおきてこれを書いています。こういうモノ(---他人への悪口と見えるものーーー)を書くときは責任感が強くなり、一応の起承転結がつくまでは眠くも成らないのです。体を壊すでしょうが、ともかく、書き終えようと努力をしています。ただ、何かは、食べないとだめなので、朝食をとりに下へ下りて行きます。恐れ入ります。
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 ここから先は、27日に新しく書く部分になります。
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副題29、『渡辺さんは、中退。だが、同じく破産した父を持つ別の令嬢は中退しなかった。変だ』

 私が不思議極まりないのは、フェリスへ子供を進学させるようなお宅とは、お金持ちのはずで、資産があるはずなのです。家はご自分のものでしょう.たいていの借金は家を売れば、あがないきれるはずです。それで、あがなえないほどの借金だったら、自己破産で、借金をチャラにしてもらえるはずですよね。父親が破産をしたから大学を中退せねばならなくなったというのが不思議で、極まりないのは、ご自分の家を売れば、充分に学費ぐらいは出せるはずだからです。

 不動産は、ずっと、高かったはずです。1950年代から1960年代にかけても、値上がりをしていたはずです。で、ご自宅を売って、ちょっとだけの期間でも、横浜に借家でも借りれば、そのお金で、子供の学費ぐらい出せるはずなのです。と言うのも当時でICUの学費は、一年間で、4万円だったはずで、それは、普通の私学の授業料の四分の一でした。

 で、渡辺さんは、親の偏愛に会っていた人ではないかという推察が可能になってきます。だから、あれほど、けちなのだとか、子供っぽいのだと言うことがいえる様になります。だから、田沢先生にも突っ込まれてしまうのだと言う事になります。
 
 この一文だけは悪口ではないのですよ。救いの文章です。私は常に、そう言う風に考えている人間です。自分なりのバランスポイントとか、落着点を見つけておこうとしている人間です。

と言うのも、私の友達に、やはり、『父が破産をしました』と言う人が居たのですが、本当に品がよいのです。そして、お小遣い帖をきちんとつけるとかそのほかで、少し、私と違うところがありましたが、それ以外は、自主性も主体性も、しっかりとあるひとなのです。お宅に招かれたことがあって、ご両親にもあっているが、ご両親がお子さんを愛していることをびんびんと感じました。

 我が家ですが、大学時代には、たった一人だけ、友達が訪問をしてくれています。その友達の感想は、「あなたの、お母さまって、聡明な方ね」でした。まあ、それは余談で、破産とか、お金とか、と、両親の愛情は関係が無いのです。両親の愛情が、豊かな家庭に育った人は、柔らかな雰囲気と上品さを持っています。自分のことは棚に上げて言えば、渡辺さんの持っている矛盾は、ご両親が、偏愛の人で、お姉さんをかわいがり、幸子さんを看過したとすれば、わかりやすくなってきます。
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副題30、『シロタ画廊での、オープニングパーティで』

 ところで、渡辺幸子さんが、鎌倉の信用金庫の会議室を三室ぶち抜いて、売るための花の個展をした後で、2003年の五月に、初めて銀座へ進出し、個展を開きました。その準備には私は一切関与していないと思いますが、画廊の格とか、評判についてはお話をしてあるかもしれません。

 と言うのも個展と言うのが、仲間に祝福をされているように見えて意外にも、祝福を受けないものなのです。特に初個展の際には、いろいろ難しいことがあります。

 普通だと「先生がお勧めになって、開きました」と言う事になると思います。が、アマゾネス軍団の中の、力関係とか、そのほかを考えると、田沢先生がお勧めになってとは、考えられないのです。

 私が余りに悩んでいる彼女に、できるだけ、独立心を持つように、気にしないようにと、勧めていたから、ひとつの独立心の表れとして、初個展に挑戦をしたとすれば、シロタ画廊の名前を教えてあげたのは、私だったかもしれないのです。

 と言うのも、シロタ画廊が、新制作の人が、常連でやっている画廊とも思えません。お互いに引き合ったり、紹介し合ったりして、ある会派の作家を、ここでよくやりますよという画廊が出来てくるのですが、新制作がシロタ画廊と密接に結びついているとも思えないのです。シロタ画廊は満遍なく偏りもなく、作家を扱うところでしょう。
 だから、彼女はこの個展を、ご自分の交渉力で、開くことへ到達したと思います。

 となると、アマゾネス軍団が祝福して、「全面的にお手伝いしますね」と言うことにもなってはいないと思います。
 私が手伝ってあげる?・・・・・それが出来ないのです。私はね。1998年の暮れから、2001年の春まで、逗子のアトリエで、一人暮らしをしています。2001年の三月に鎌倉の自宅に帰ったのですが、その三年間を子供が正面切ってではないが、心の中では、怒っています。

 で、そう言うことをお母さんが、するのは、美術と言うものがあるからだと思っていますから、美術に関して、何かがあって、夜遅く帰ってくるということができなかったのです。

 個展のオープニングパーティと言うのは、画廊が7時に終わるとしても、楽しんでいるお客を追い出すわけにも行かないので、主催者側は、だいたい7時半ごろまで、開いているものです。それから、料理を片付け、部屋を掃除する。または、二次会が開かれるとなると、夜の9時までは開放されません。

 特に主催者側のお手伝いさんとなると、余計自由が利きません。だから、出来ないのですが、なんとなく気にかかって、「どうなさるの?」と質問をすると、「どうしていいか?、まだ、そこまで考えていないわ」とのことでした。それは判ります。初個展って、非常に忙しいものですから。

 で、私はこういいました。「あのね、おやりになった方がいい。シロタ画廊を目指してくるお客さんの中には、オープニングパーティがあるものだろうと、思ってくる方もあるだろうから」
 (ここで、彼女には説明をしませんでしたが、公募団体展に所属している作家が個展をする際にはたいてい、オープニングパーティを開くものなのです。だから、シロタ画廊でもしょっちゅうオープニングパーティが開かれているのを見ます。特にこの個展のひらかれた2003年はまだ、日本中は、今ほど、経済的に落ち込んでいなくてね。むろん、3.11みたいなことはおきるはずがないとみなされていましたから、パーティは毎週ぐらい開かれていました。私はほとんど、毎週、銀座を回っていますが、渡辺さんは、それをやっていませんので、そういう雰囲気についてはしらないのです)

 さらに、「大ベテランになってね。自分が画廊には、つめていないほどの画家になったら、やらなくてもいい。だけど、今の段階ならおやりになった方がいい。でもね、はがき(案内状)には、それを書かないほうがいい。余り、大げさに見えない方がいいから」と。
 これも、「あっ」というほどのムードで喜んでもらっているのを感じました。この時点では、青木繁大賞をもらっていない渡辺さんは、無論新制作の会員でもありません。となると、スペースの広い大画廊、シロタ画廊で、個展を開くこと自体が、生意気だとみなされる可能性があるのです。出来るだけ控えめにした方がいいというのもあたりです。
 もしそう言うことを一切気遣いしないでいいほど、新制作が、本当にモダンで、近代化しているのなら、渡辺さんは、その2003年の個展から、ガレリアグラフィカで、三回か、四回、シロタでも、もう一回、開いているのですから、2011年の前に、会員になっていて、おかしくはないけれど、2011年までは、会員になっていないです。

 ここで、名前を挙げたガレリアグラフィカとは、シロタ画廊より、『自分のところの方が上です』と、思っているだろうとみなせるほどの有名な画廊です。だから、ここに私が書いていることなど、蚊が刺した程の影響力もないですよ』と彼女は思っていると思いますし、私もこういう文章を書きながら、彼女の足を引っ張るのが目的ではないと言いたいです。目的はずっと、別のところにあります。

 でもここで、パーティの準備についての話に戻ります。さらに、続けて、「お手伝いさんを用意した方がいい。そう言う人はね。美術界の人ではなくて、昔からの友達で、気の置けない人で、あなたの頼みどおりに動いてくれる人がいい。
 そう言う人にお料理を自宅から作ってもらってきてもいいし、デパ地下へ買い物に行ってもらってもいい」とも言いました。パーティのお料理と言うのは定番で決まっています。その手のお料理を作るのは鎌倉夫人、または、フェリス時代、または、JALのスチュワーデス時代の彼女の友人だったら、お茶の子さいさいで、作ることが出来るでしょう。

 その日、五時ごろ顔を出すと、彼女はとても楽しそうでした。パーティは順調に用意されていて、お酒が足りないとか、お料理が足りないと言うこともなさそうでした。

 皆さん、『あなたって、とてもつまらない話をしているわね』とおっしゃいますか? でも、こういう部分もまた、大切な部分であって、悪くすると、自分が浅野匠の守になってしまうのです。もし彼女が、『自分は、初個展だし、えらそうにしていると思われるといけないから、オープニングをいたしますとは、はがきには書かない。だから、パーティもしない』と自分だけで考えて、用意をしていなかったら、後で、後悔する事になったでしょう。そして、そう言う部分ほど、主催者側が一番疲れる部分なのです。
 そして、その時点では、その手の借りを作る相手として、私こそ最適だったでしょう。

 今、大急ぎで具愚って見ましたが、画家・桜井陽子と言う記録がないのです。不思議な事に、美術家連盟にも入っていないし、ホーム頁も持っていません。ずいぶんと早くに、神奈川女流の会員にもなっているし、新制作の会員にもなっているはずですが、絵を売ると言う必要はない人であり、また有名人にもなる必要のない人なのでしょう。それは、ご主人の職業柄からも察せられることです。
 ご主人は有名人を作り出していくほうの側の人ですが、そう言う人こそ、現代のエリートです。有名になることだけがエリートでもありません。

 ただし、画家というものは、名前を世間に通らせた方がいいのです。デで渡辺さんの活動形態が間違っているわけでもないです。
 うーん、2万字を超えました。今日はここで、終わりとさせていただきます。強引ですが、 雨宮舜 (本名、川崎千恵子)
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瀬木慎一(手紙)では、無事だったPCが、開発ちえ(メール)を守るためには、壊れた(政治もの)△

2012-09-22 20:15:38 | Weblog

これも政治評論、『社会の窓が開いていますよ』の一編で、その3といたします。



 今は、火曜日の零時です。本日急にあげた写真の説明をさせてくださいませ。最終部分の、推敲で、大量の加筆をしました。そこに出てくる瀬木慎一さんからの攻撃を込めた激しい手紙です。その件はまだ一度もさらしていませんでした。いずれ、さらすエピソードでしたが、忙しすぎてさらしていません。

 それに、これは、例の井上ひさしが、2010年に突然に、自分を死んだことに設定した、私の個展の際に付随して起きた攻撃なので、そちらで書こうと思っていたという事情もあります。

 ただ、今般、開発ちえさんという元美術手帖のライターだった女性から、激しい内容の攻撃的なメールが来て、どうも、それを私に読ませない、または、こぴぺさせないがために、パソコンが壊された可能性があって、それに言及するために対照例として挙げさせていただきました。

 これも激しい攻撃だったのですが、それでは、私のパソコンは壊されませんでした。『手紙(文章)として来たからでしょう』と、みなさんはおっしゃると思いますが、電話は盗聴をされているし、瀬木さんはパソコンでこの手紙を打っているわけですから、今回とほとんど同じ現象です。でも、開発さんのメールは保護するために、私のパソコンが壊されたが、瀬木さんを保護するためには、壊されなかったのです。

 それほど、彼女の文章が悪意に満ちていた罵詈雑言の羅列だったという証拠です。そこを、特に、お読みいただきたく。どうかよろしく。

副題ハ、『公の政治の方面の考察、続報』
副題12、『公募団体展生活は、お金がかかるのだ』
副題13、『花の絵で、お金を稼ぐわ、という渡辺幸子さん』
副題14、『いい加減な気持ちとテクニックで描いても、数多く描くうちに、いくつかは傑作となる』
副題15、『開発チエと、渡辺幸子を守るために、私のパソコンが壊れた』
副題16、『開発チエさんは、私自身も、このブログも抹殺する予定だそうです』
副題17、『開発さんは、最初から、随時進行的に文字化けで守られていた』


副題ハ、『公の政治の方面の考察、続報』

 中国の尖閣デモは、本日の土曜日にはありませんでした。予測通りです。それから、オスプレイ配備の予行飛行、ですが、21日時点では、発表をされていなかった日本全国展開をやはりするそうです。アメリカはだめですねえ。反米感情を日本中のインテリ層にまで植え付けますよ。マスメディアは、報じていませんが、現在、反韓、反中の機運は、高まっていると思います。それが、反米へと盛り上がっていくでしょう。
ただし、私の経験上では、こういう諜略に関連するニュースはどんどん変わるという傾向があります。ですから、これから先がどうなるかはわかりません。

 そして、重要なことは、私自身が、100%の勝利など望んでいないということです。いつも、書き方を抑えていますと言っています。と、同時に、なぜ書くかと言えば、すさまじい被害があるから書くわけですが、それでも、100%被害を食い止めたり、100%の補償をされることは、もうないだろうとみなしていて、そこそこで、いいなあと、思い及んでいるからです。

 で、このオスプレイの飛行も、鎌倉エージェントたちが生み出した私への個人的な意味合いの強い脅かしの一種ですから、『あ、そうざんすか』と言って、やり過ごしておきましょう。そういうことを、おやりになれば、アメリカがとんでもない損をするということざんすよと言っておきます。鎌倉エージェントにしろ、どこの地方に住んでいるどんな階級のエージェントにしろアメリカに飼われているというか、アメリカから報酬をもらっているのに、アメリカを最終的には裏切っているのです。

 そして、まともな日本人として、しっかりと生きている私などの方がずっと、アメリカを守ってあげているのに、それには、アメリカさんは気が付きません。

 だから、リア王のお話は、概念として、どこにも通じる基本的な真理に基づいています。だけど、あなたの身近に置く人はできるだけ、誠実な人が望ましいですよ。

 さて、この文章は、総タイトルを、『社会の窓が開いていますよの3』とつけるべきお話なので、前々報に続きます。それで、副題の11で終わっていますので、12から本章を、はじめさせてくださいませ。
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副題12、『公募団体展生活は、お金がかかるのだ』

 おととい、非常に疲れたと、申し上げました。一時期親しかった人が、敵に回ったとしても、そのひとの欠点や、悪意の実態について書くことは、疲れるのでした。しかし、彼女こそ、利用された最大のアイコンであり、それを分析しないと、数々の諜略行為は収まらないのです。彼女について分析して書くことが、非常に役に立つのです。私という個人にとっても、日本という国にとっても。

 で、特に書くのが辛かった理由は、単に親しかったというだけではなくて、私のほうでは保護者的な感覚があったので、余計突き放すという気持ちが生まれるのでした。愛した時間とか、愛した記憶を捨てるのは相当に辛いことなのです。実際の年齢は、私のほうが一才下なのです。だが、人生をどう生きるかというそういうポイントにおいて、私のほうが成熟しており、一種のカウンセラーの赴きも果たしていたのでした。

 彼女はフェリスから国際基督教大学へ進学したのですから無論、頭はいい人です。脳も活発に使っています。だが、今のところ、脳のシナプスが動くのは、主に絵をどう描くか、また発表に際して、どういう風に発表をするかという方面に、使われきっていて、それ以外には、使われていないのでした。

 ところで、前報でいったように、公募団体展というのがあって、その仕組みは、一種の家元制度に似せて作ってあるので、階級が中にあります。新制作協会はもっともモダンなほうだと、自ら任じていると思いますが、外から見れば、その階級制度と、そこを上がっていくには労力と時間が必要だということが、他の団体と同じように、あります。

 戦後すぐには、会員になることが容易でした。その当時は、元気な若い人が、雨後のたけのこのように、この手の新しい団体を作ったし、男性は、戦争で、命を失ったほうが多く、また、一般的に、生活が困窮している状況があって、油絵なんか描いている場合ではないということで、そこに参加しているメンバーが少なかったのです。で、若い画家がさっと会員になることができました。

 ところが、日本経済が右肩上がりに成長してくると、サラリーマン家庭で、経済的に余裕が生まれて、サラリーマン本人も油絵を描く余裕ができたし、また、妻の方が夫の給料を使って、油絵を描く余裕ができました。そして、それらの、ご家庭では、子供を、子ども自身が好きな学校へ入学をさせることもできました。美大が好きなら、美大へ行ってもいいよという感じ。で、1980年代から90年代にかけて膨大な画家人口が生まれ、それらの人が上野の公募団体展を目指すこととなりました。

 地方都市の公民館のギャラリーで開かれる各種、コンクールや、地方展で、力をつけた人たちが、中央を目指すようになったのです。で、上野に応募する人があふれかえってしまって、会員になるのが難しい状況が生まれてきました。
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 ここで、挿入となりますが、「私は独立(公募団体展のひとつ)での、生活を維持するために、1200万円をつかったわ」と豪語した奥様がいたそうですが、私は別にそれをおかしいことだとは思いません。出世するためには、偉い先生の弟子となることが、日展以外の、在野といわれる団体でも必要不可欠の条件となってきました。

 その偉い先生が、弟子を会員にしていく作業をやってくれるわけですが、その先生が定期的にお教室を開いているケースだと、そこに参加するのがひとつの道ですが、えらすぎて、お教室を開いていなかったと仮定してみましょう。すると、その先生に気に入ってもらうためには、先生の絵を買うということになります。それに対して、一年に、30万円ぐらい出費して、15年となればそれだけで、450万円です。

 さらに、自分が絵を描かないといけません。下っ端だと審査の対象になるので、最低でも二枚描くのが普通で、まともな人なら、5枚から7枚ぐらい描きます。その材料費が、30から50万円となります。それが、15年間で400万から500万円です。
 後、発表をするために、絵を運んでもらう費用、審査を受ける費用、展覧会で、パーティや、会費などを払う金額・・・・、これも一年で、20万円はかかりますので、300万円ですね。後、お付き合いで他人の作品を見に行く費用があって、その際に交通費と、二次会など、飲むお金がかかります。

 だから、1200万円かかったと豪語している人の話は、おかしくも変でもないのです。私は他人の作品は、自分が現役だと思う時期には買いませんでした。が、その代わり個展を、9回もやったので、その人と同じように、お金をかけています。

 となると、ありと、あらゆる意味で、会員になることが望まれるし、必要不可欠となってきます。
 ところが、全体構造として、なりにくい状況が誰の上にものしかかっています。特に、1990年代以降に、こういう世界に入ってきた人にとっては、とても厳しい状況があります。
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 で、渡辺幸子さんは、非常にあせっていました。そこに対して、いろいろ精神的なサポートをしたのが私です。彼女は忘れていると思いますよ。だけど、私は、決して意地悪な人ではないので、サポートをいたしました。
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副題13、『花の絵で、お金を稼ぐわ、という渡辺幸子さん』

 で、彼女は150号の大作を描いて、それを新制作協会で発表をして、出世を目指していく傍ら、花の絵を描いて、それを売り、お金を稼ごうとしました。これは、いいことでしょう、別に遠慮も何もすることはないはずです。ただ、彼女はその個展を開くことを非常におびえていました。というのも描き方が、いわゆる日展系です。ごくまともな描写で、バラの花を描くのがメインです。30号以下サムホールまで50点ぐらい、出品して、鎌倉裏駅(=西口のこと)そばの湘南信金の三階で行いました。広い会議室を三室ぶっ通しで使ったので、銀座の普通の画廊の三倍のスペースです。
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 ここで、後刻の挿入を入れます。湘南信金は画廊ではありません。だから、常に訪れてくるお客がいないのです。ただし、それは、作品を研究発表する場として、見せるためには損であるが、売るためには、いい場所です。個展というものに慣れていない場所の方が売れるというのは、画家側はよく知っていることです。
 そして、
彼女が育った地元ですし、もし、湘南信金が、宣伝用チラシの郵送の際に、この個展の案内をしてくれれば、鎌倉でお店をしている実質的なお金持ちに宣伝を、してもらえます。

 そして、実はずっと昔から、彼女は警察に支援をされていたことをうかがわせるのも湘南信金という名前です。昔青山で、湘南信金のカードで、4000円を下ろそうとしたらできなかったが、7000円に変えたら、できたのでした。
 それは、湘南信金のスパコンにバグを入れればできるわけですが、だれがそういうことをやって、許可されます?。普通なら大騒ぎで報道され、バグが撤去される話でしょう。だから、ずいぶん前=10年ぐらい前から湘南信金は、敵方の狙撃隊として行動しているとみなされます。そして、ありとあらゆる便宜を渡辺幸子さんのため図ってあげているわけです。

 ともかく、こういうことを内面に抱えながら、30%しか書かない主義の私は、青山でのエピソードを単なる笑い話として数年前に、ここか、メルマガで、書いているわけです。そして、渡辺幸子さんが、警察に、まるで、二人羽織の様に保護されて、かばわれていることを、ブログ内で分析することはありませんでした。といことで、元へ戻ります。
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 ところで、渡辺さんが、この個展を開くことをプロの画家の世界に知られることを、ひどくおびえていたのは、
 すでに、田沢先生の弟子となっていて、新制作風の絵を描いている最中に、後戻りをしたと捕らえかねない描法で、古典的な、絵画として、花を描くことが、批判をされるか可能性があるからです。絵は、銀行の一枚もののカレンダーにあるような絵です。
 なぜ、過剰にもおびえたかというと、

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 それほど、公募団体展で、美大を出ていない、しかも、50過ぎのおばさんが、出世(=会員になっていくこと)することが難しいのです。で、私もお若い方には、それを勧めていますし、お若い方自身も、今は公募団体店には、かかわらないという風潮が出てきています。ただし、美大を出ていないと、絵描きとして芽を出す道がわからないということはいえるので、皆さんが、公募団体展に引き続き、応募する可能性は残されています。特に地方に住んでいると、それに、巻き込まれがちですね。また、美大を出ていないと、情報を集めたり、人を知り合った利するのは、そこしかないので、その点で、ジレンマには陥りやすいですね。

 そして、実は公募団体展の方も、若い人が参入しては来ないという流れに危機感を覚えているのです。つまり、一種の家元制度ですから、その下の方を支えてくれる、一般入選者という最下部の階層の人間がたくさんいないと運営がうまく行かないのです。

 六本木の、新国立美術館に移動をした団体展は、「あ、勝ったぞ、こっちが一流さ」と思った可能性があるのですが、実際にはお客数が激減したでしょう。そして応募者も少なくなった見込みを、私は持っています。あの建物は、熟年の美術愛好家には、ひどく評判が悪いのです。ムードがない。ニュアンスが深くないと言われていて。

 となると重要な収入源であった、審査料が入らなくなりますね。入場者数も減るはずです。あれは、一般入選した人が必死になって案内状をばらまくので、素人のお客さんがたくさん来てくれるようになるのですが、初入選する人が少なくなれば当然のごとく、賃貸していきます。

 それらの(美大を卒業していない)美術愛好家の憧れの気持ちを利用して、階級的に、上の人が特に得をする・・・・・それが、公募団体展の仕組みです。が、団体そのものが、お金がなくなると外部への宣伝もできにくくなります。ポスター等の印刷やら、地方展の運営が難しくなるのです。
 地方では、審査料は入りませんので、会員の作品を美術品搬送用、トラックで運んだり、地方の美術館を借りる費用だけがかかりますが、それを捻出できないと言う形になります。

 で、私なんか、国画会を辞めたあとで、ひどく脅かされました。それはね。途中で急に決まった・・・『五年間連続入選すると一階級上がるという』・・・システムの結果、やっと得た(笑)下から二番目の地位を、「5年間か休むと失いますよ」(笑)という警告です。でも、したから二番目の地位を持っていても、一番下と同じ待遇なのですから、いいことは何もないのです。(笑)その上、こちらは覚悟をしてやめているのだから、再開するわけもないのに、去年の暮れも応募用紙が送ってきました。やめてから9年も送ってきています。郵便代も、印刷代ももったいないし、ルールに照らし合わせれば、送ってこないはずなのに、送ってきます。
 それは、国画会側の経済的な危機感の現われだと思いますし、すべての団体で同じことでしょう。でも、それって、芸術とは全く関係のないことです。芸術はスケデュールに管理されて、傑作ができる世界ではありません。全く不自然極まりない形です。ただ、ただ、日本に昔からあった家元制度が、この世界に入り込んだから、できている制度です。
俯瞰して見ていると、そんな制度に悩んでいる、渡辺さんは無駄なことに縛られている、幼い人だとなってしまいます。その幼さを支えてきてあげたという気持ちがあるから、そういう人を突き放すことへの、ストレスも私の方に、あるわけです。
 元に戻ります。
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 それほど、上の人に気を使わないとならないのが、公募団体展の仕組みですが、田沢先生は、通称、アマゾネス軍団と呼ばれる、自分の弟子のうちでも、渡辺幸子さんを、もっとも、振り回し、いじくり回していました。もっとも大切にしていたのが、前々報で出てきた桜井陽子さんでしょう。桜井さんは隙のない人間です。面白みもないんですよ。だけど、武蔵野美大卒です。いい加減なことをしたら、そちらで、悪いうわさが広がる可能性があります。だから、大切にされています。
 だけど、渡辺幸子さんは、やりたい放題に、振り回されています。どうしてか? 彼女は頭を哲学的な分野に使いません。絵をどう描くかという瑣末なところに、100%使っていて、人間どう生きるべきかというところに使いません。

 もし、そういうところが正しく機能していたら、田沢先生の下を去るか、それとも、小さな抗議(顔色を変えるとか、ジョークを言って、先生をたしなめるとか、いろいろ手法はあるでしょうが、一回日展系から、新制作(在野と呼ばれる団体)へ、方向転換した彼女は、あとがもうないのです。だから、必死にしがみついていて、田沢先生に悪い意味で利用をされています。

 というのも、先生から独立したがる人がほかにいたと仮定をすると、それを逃さないすべてとして、彼女を一種のいじめの対象としているのです。コーラスでもそうです。40人の女性がいるとする。先生は、いじめても団体を出ない、または、いじめてもいやな顔をしない人間を、ぎりぎるのところまで、追い詰めます。「あなた、ビブラートがかかっていますよ」とか、「ちょっと、音程低いみたい」とかいって追い詰めます。田沢先生も、美術特有の言葉を使って、渡辺幸子さんを追い詰めていました。

 で、渡辺さんは、桜井さんを嫌いみたいでした。それはそうでしょう。田沢先生が心理的に、大きな差別をして対照例として、つかっているのだから。比較するといつも自分のほうが惨めです。その件について、どういう言葉を発したかはすでに、私の方が忘れていますが、
 この『湘南信金での、花の個展を、遠慮しないといけないのだ』という彼女のおびえについては、きちんとサポートをして、「大丈夫、やってもいいわよ。大丈夫よ」と励ましておきました。

 ただ、この個展には、彼女は、私以外は、画家という人間類は招かなかった模様です。作品を、買ってくれる可能性のある、絵描きではない友人と知人を招いて、これをやり遂げました。200万円ぐらいの収入はあったのではないかしら。もっと売れたかもしれません。そこに私一人絵描きとして招かれたのは、歩いて15分のところに私が住んでいるからですが、それとともに、絶対に裏切らない友人として、彼女が信頼してくれていたのも感じます。

 私は前からいっているように、いろいろな知人はいるのです。2007年以来パソコンに以上が発生して、ずいぶんと行動を抑えていますが、一時期(=2002年ごろ)は、『知人が5000人以上いるなあ。個展の案内を出そうと思えば、そのくらいはがきを印刷してもいいなあ』と思うほどでした。そして、桜井陽子さんなど、渡辺さんと知り合う前から、知っているのですから、告げ口しようと思えば、間接的なルートを使ってでもいくらでもできたのです。だが、そういうことは一切いたしませんでした。

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 この間、だいたい12時間、夜中に置き続けて、本のデータを作るというしんどい作業を続けました。
 で、また、徹夜したために、頭はメロメロです。昨日の午後3時から6時までに書いた上の部分より、今から書く、下の部分ははるかに劣ったものとなるでしょう。ただ、製本ができる間(オンデマンドは、その日にできます)待っている間、続きを書いてみます。それに、起承転結が整っていない文章を、公開するのは、失礼でありますので、起承転結が、本日なりに整うようにがんばってみます。
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副題14、『いい加減な気持ちとテクニックで描いても、数多く描くうちに、いくつかは傑作となる』

 その個展を先生や、同僚(あまぞネス軍団の女流画家たち)に隠してやらないといけないのは、新制作などの、一流団体展に出す人は、学問の世界で言えば、学会誌に論文を発表するようなもので、相当にレベルが高くてかつ新しいコンセプトか、技法とか、ともかく括目すべきところがないとだめなので、お花の絵で、19世紀にさんざん描き古されたようなものを発表すると、『その時間帯は、怠けていた』ということになるわけです。研究心が足りないといわれるのです。

 ともかく、上の人は下の人を苛め抜くのが公募団体展の世界です。最近では、財政的には、苦境に陥っているはずなので、ずいぶんと状況が変わっていると思いますが、1990年代はそうでした。だから、わたくしも一時きその被害にがんじがらめでしたが、一挙手、一投足、ビビりながら行動するということとなります。

 それでも、渡辺さんが花の絵を描いたのは、画材が抜群に余るからです。研究発表の絵は、150号ですから大量に絵具を解きます。特に渡辺さんはうす塗りを何度も重ねる手法の人(これは、わたくしと付き合っていた時代のことですが)ですから、油をたくさん入れてチューブの絵の具を溶きます。すると、それらは、ふたのしっかり閉まる容器に入れておけば、1っか月ぐらいは、柔らかいままであって、絵筆で、キャンバスに塗ることができる状態です。それを捨ててしまうのはあまりにももったいないです。油絵具は、カドミウム系など、特に高いですからね。

 でも、渡辺さんの頭は新制作用の、大作をどう作り上げるかで、いっぱいになっていて、小品を自分本来の作風で、作る余裕がないのでしょう。また、抽象画はあまり売れません。わたくしは色がすごくきれいなので、非常に高度な美術愛好家が買ってくださるけれど、それで、材料費が賄えるというものでもないのです。

 だから、花の絵を描くのはピッタリです。一種の余暇にもなるでしょう。無心に描けるはずです。彼女は日展系で出発した人だから、目に見えたとおりに写実的に描くのは得意だし、フェリス出身だから、当時のお友達で、今、名士夫人になっていて、大金持ちのセレブになっている人に向かって「お宅の応接間に飾って」というのに、まことにピッタリです。

 わたくしは、すでに、1994年には上野の公募団体展を離れようと決意していましたから、『こういう個展を開くことで、見つかって叱られるのではないかとか、批判をされるのではないかと、恐れる必要はないわ、いい、いい』と励ましました。

 そこに展開しているのは、衒いのない絵です。無心で描いた楽しいお花ばかりです。あまりにも平凡だといえば、そうもいえる。だけど、中には傑作が数点ありました。といいたいところですが、一点だけです。ただし、『神様が恵んでくださったから、これができたのですね』というような、すこぶるつきの傑作となっているのがありました。

 それは曼珠沙華の絵でした。彼岸花ともいわれるもの。細い花弁の花が無数に固まって咲くものです。ただし写実的に描こうとすると、時間がかかるものです。だから、彼女は省エネで、ただ、丸をポンと中央に描きました。だって、お花の絵そのものが、余暇の仕事です。第一義の仕事は新制作に出す大作なのですから。

 で、簡単に描いています。そして、その下に茎をすっきりと一本。あのね、理論的に言えば、抽象画の場合、左右対称に、真ん中に図形を置くのは、幼稚なことで、さけないといけません。だけど、全体が、『考えは、無しよ。コンセプト抜きよ』という気楽な作風で統一をされているのですから、真ん中に丸が一つでも構わないのです。

 わたくしは、こういうことが、いわゆる花伝書の世界に通底する面白さだと思います。意図せざるものが生まれる面白さ。そして、それが、目利きをうならせる傑作になっている。

 特にサムホールという小さなサイズなので、そのサイズの点もあいまって、見事に傑作となっているのです。

 で、私は「それを買うわ」と、申し出でました。すると5万円とのこと。これは、友達、特に絵描きに売るにしては高いです。私ならその値段は付けはない。だってね。地塗りに一分ぐらい、その後で、一週間乾かす。そして、はなの絵を描くのに、15分、絵そのものには、15分もかけたか、かけないか・・・・・という作品です。まあ、お金にシヴィアな渡辺さんだから・・・・(というのも、私はしょっちゅう、彼女に怒られていましたからね。無駄なお金の使い方をすると。例えば、プリントアウトで、エッセイを送ることなどを。「何で、こんな無駄なことをするのよ」っていわれていました。だから、お金にシヴィアだと判断をしています)・・・・しかたがないといえましょう。個展のそのものでも、労働時間は、100時間はとられます。それを、画家としての時給三千円で計算しても、30万円です。私なんかそれは、制作の段階もこめて、すべて・た・だ・働きだけど、彼女はがんばる人なのです。そして、リアリストでもある。

 だけど、これが、数年後、大変なトラブルを、招くのですから、どうか、重要な伏線のひとつとして、記憶にとどめておいてください。とても小さな絵で、あまった絵の具で、しかも本業の余暇の気晴らしの時間の、お遊びの15分ぐらいで描いた絵が、5万円です。曼珠沙華の、複雑で細い花弁の代わりに、それを全部まとめていっしょくたにした、大きいまると、芯をあらわす小さいまる、その二つだけ、そして、茎として、線が一本だけ、描かれた絵が、5万円です。
 私という友達に対して、そういうお値段でした。内心で驚きました。『渡辺さんを悪女だと言った人がいるけれど、うわ、本当だ。私なら画家に対しては、絶対に、こんなお値段は取れないわ」と思いました。作品を買うときのやり取りでまず、気分は悪かったのです。

 というのもね。無償の行為というのを考え合わせると、こういうお値段を、私に対してとってはだめなのです。心理的なサポートは、専門のカウンセラーなら、一時間一万円を取られるし。それで、ご自分が元気を回復するのですから、結構重要なものなのですよ。

 まあ、それでも、私は『傑作だ』と、それを思っているから、いいのですけれどね。

副題15、『開発チエと、渡辺幸子を守るために、私のパソコンが壊れた』

 一週間前にパソコンが壊れました。すると、AOLの過去の記録が一切なくなります。無論、メルマガを復活させることはできます。ただし、過去の保存文書の部分が、消えます。AOLは、メールを特化して始まったプロヴァイダーなので、マイクロソフトのワード機能を通していません。で、ウィンドーズ版のパソコンでAOLを見ると、ハードディスクにも保存がなされていないのです。これはアウトルックを通す、ほかのプロヴァイダーとはまるで違うところです。
 そのパソコンが壊れたことこそ、
 こんな女流画家の噂話みたいなものが、きわめて政治的な論文となるという・・・・・ことの、それが、証拠なのです。
 で、私がそれにこだわって、延々と書き続けるということとなります。

 今までも何度もパソコンが壊されてきました。『なるほどなあ。こういうことだったのだ』と、思っています。

 二人の共通点というのは、『酒井忠康氏が、この人たちを、かわいいと思う人だ』というところです。開発さんの方は慶応大学の後輩です。慶応大学の美学を出ても世の中で、これはという働きをして有名人になっている人は少ないです。10人ぐらいでしょう。無名だからって無能だというわけでもないのですが、それ相応に有名だったら、年齢を超えて、知り合っていると思われます。
 一方で渡辺幸子さんは、慶応の卒業ではありませんが、この文章で書いている時期のずっと後で、酒井氏の審査によって青木繁大賞を取りました。だから、子飼いの作家というわけで、かわいいはずです。酒井氏と同世代でもね。かわいいと思う人の一人でしょう。
 その二人の、落ち度について、これから、私が書く予定であることはパソコンのメモ類やら、下書きを見たら、わかります。で、酒井氏としては無論、そんなことは書いてほしくないです。開発さんの方は娘ほども年下です。そして、渡辺幸子さんは、鎌倉の人間です。まわりまわってどんな火の粉が、自分に降りかかってくるやもしれません。だから、書いてほしくない。それを、パソコンを壊すという形で、実行をしています。

 無論、技術的には酒井氏にそういう能力はないでしょう。しかも、壊れたのは大船の喫茶店で、仕事をした後で、戸塚の喫茶店へ移動した間です。
 現在は、電源プラグで、インターネットができるそうですから、電源プラグを使ったとたんに、外から、命令系統が下って壊れたのでしょう。だから、やっている人間は、例のCIAというか、瀬島機関の連中というか、それとも、警察か? それとも、ITの勉強を1960年代からやって来たと言われる、KK君か? KK君は私の友人だから厄介ですが、最近たびたび名前の挙がる石塚雅彦氏とか、ロックフェラー四世と直接親しいので、こういうことをやる可能性はあるのです。

 酒井氏が、直接には、パソコンの破壊に、関与していなくても、この戦いのすべてを貫通して、上から眺めている人間にとっては、ここで、こうやったほうがいいという判断はできるでしょう。そして、破壊してしまう。

 パソコンって脳の出先機関みたいなものですから、極限をすれば、これは、一種の殺人事件です。私は過去に何度もこれをやられているから、いつも用心のために、数台のパソコンをキープしています。が、最近では特に本作りがあるので、外の貸しパソコンを使うケースが多いです。すさまじいまでに、お金がかかっていますが、こういう苦しみは、過去数年間、ずっと味わい続けてきたのです。仕方がないですね。

 渡辺さんなら、もし、この文章を目にしたら、こういってあざ笑うでしょう。「ああら、いやだわ。ばっかみたい。だから、用心してセレブの世界にとどまればよかったのに、あなたの方から出たのではないの」と。ここで、彼女のいうセレブの世界とは、例の外人記者クラブの食堂(一般の人は入れない)で、食事をするグループ展(ICU同窓会展を指します。

 それから、開発さんは、すでに、フェイスブックの世界で、私を欠席裁判にかけたらしいのです。その上、個人的に、メールでもそれから、その前に、このブログのコメントとしても、すさまじい文章を送りつけてきています。それは、怒涛のごとき、罵りとなって押し寄せてきています。

 その文言は、後で、記憶に基づいて丁寧に書きますが、・・・・・・

 ともかく先に、今は、渡辺さんの方のエピソードを、処理しないといけません。ただし、ここ、外の貸しパソコン(新橋で本の仕事をしていた・・・・・日曜日の話です)では、メモもありません。そのメモは壊れたパソコンに入っていたのです。

 で、一回書いたことがなくなってしまったので、それを書き直さないといけません。が、それを再現するのは非常につらいことです。いったんパソコンに預けたので、これで安心と言って、脳が、それらの文章と、挿話を、削除してしまったからです。それを、再現するのは、脳がびんびんに元気なときではないとだめなので、今日は中途半端ですが、傑作を五万円で買ったところまで、書いておきましょう。

 その絵を返してほしいと、私が留守の間に、彼女は主人に言ってきたのです。それが、この『社会の窓が開いていますよ』という一連のシリーズの文章を書く動機となっています。

 大切なことは、真夜中に新橋のネットカフェで、私が、仕事をしている最中に、夜、自宅へ電話がかかって来たということです。それは渡辺さんというアイコンを、100%警察(それは、国際的軍産共同体の言うなりの組織です)が利用していることを証左しているのです。それは、丁寧に書きますよ。次か、その次のブログにです。

副題16、『開発チエさんは、私自身も、このブログも抹殺する予定だそうです』

 このブログへのコメントと開発チエさんから、もらったものと、それから、個人的なやり取りとしてもらったものをあわせると、8千字を越すと思います。

 その内容がすさまじいのです。「あなたは、精神病だ」とか、「すぐ入院をした方がいい」とか、すさまじい罵詈雑言の連続です。

 だけど、開発さんが突然、私に近づいてきたこと自体が、自然な現象ではないことは、明々白々です。
 このブログ内で、「フェイスブックに入っていない。だけど、それなりのメリットもあります」と、書いたとたんに、

 「フェイスブック・だ・け。でご返事をください」と、言うコメントがこのブログへ入っていたので(今は保留にしてありますので、一般の方はそれを読めないが)、フェイスブックを種にからかってやろうという手合いから、示唆、教唆されて、突然に絡んできたと思われます。

 そのコメントが引っ付けられた原文が、その直前にアップされたものなら、その行動が自然だとも推察できますが、

 私はフェイスブックには入れないから、そちら様の住所である福井市の開花亭の電話番号をインターネットで調べて、電話で、その『ご返事ができない』という旨を告げました。

 その電話に出たのは男性だったのです。で、てっきり、従業員だと思い込んでしまいました。そして、従業員という言葉も古いのですが、さらに、古い使用人という言葉をつかってしまったのです。
 ところがなんと、その男性は彼女の実弟で、しかも社長なんですって。

 開花亭は、旧館が、和風の料亭だと思われますが、新館もあって、それは、隈研吾の設計の超モダンな建築です。その新館は、sou anという別名になっています。が、電話番号はグーグルの検索では、そちらが上になっていました。

 それが大変な、怒りを喚起してしまったらしいのです。
 この怒りですが、丁寧に分析すれば慶応大学卒業の彼女のブランド意識と階級意識が反映しているのでしょう。潜在意識の中での判断です。だから、表にはそれは、意識されていないと思いますが、日吉で育った私には非常によくそれが推察できます。つまり、戦後社会の日本での階級意識の中では、大会社とか、大組織に所属して、部長以上に昇進するのがエリートなのだという認識があるのです。どんなにお金持ちでも、中小企業だと弱いという認識があります。そして、大企業なら、その従業員を使用人という言葉は絶対に使いません。だから、彼女が激怒したのは、わかります。

 だけどね。この交流の全体構造を考えてみましょう。そこが大切です。彼女が、コメントを引っ付けてきた文章は、本年2012年の、5月13日の午前五時にアップされています。彼女がコメントを引っ付けてきた日時は、2012年の9月14日の午後二時です。大きなタイムラグがあります。そして、話題は侘助という北鎌倉の、飲み屋に関する部分があります。最近、一か月以内に、そこに敵情視察に言っています。以前よりずっと、環境が改善されていましたが、すぐ、主人からしかるべき人物に、情報が入ったのでしょう。そして、私が弱気になったいるとみなされたと推察ができます。
 どうしてかというとそこに別のお客がいて、話が弾んだので、お歌を歌っています。非常に驚かれました。ともかく、隠された実力の大きい人物が私ですから、何の事前準備がなくても、伴奏がなくても、すぐお歌を歌って、人を感動させる(?、または、驚かせる)とができます。しかし、そういう場をほしがっているとみなされて、そのために、侘助にしょっちゅう行きたがっているとみなされたでしょう。それが、私の弱みにあたると敵は推察したと思われます。

 で、そこの文章に焦点が当たり、福井市に在住で、侘助のことは何にも知らない、開発千恵さんが、すさまじい攻撃的な文章をコメントとして引っ付けてきたのです。ただ、実名を明かしていますので、井上ひさしか、伊藤玄二郎が、田代大師さんに、似せて書くときのずるさは、ないですよ。また、ペンネームもかられは、げろが出て、ウンチが出て、屁も出るという、のを改良した、うんちょーす何度かというのを使いますが、開発さんは、そこまでの下品さはありません。素直なお嬢様です。

 で、全体構造のことに戻りますと、最初から激しい攻撃欲と、蔑みの感情に満ちた文章となっています。天からみれば、『私の方は、フェイスブックに入れないのに、フェイスブックでご返事を下さい』ということ、その物が究極のいじめであることが明白になります。そういう風ないじめ用の弾丸として彼女を使ったのは、本当は誰でしょうか?

 だけどね。ここで、話は元の、『使用人』というキーワードへ戻ります。私はね。フェイスブックを読んでいるでしょう。すると、わかるものがあります。私のことも皆さんお分かりになると思いますが、チエさんが、わがままなお嬢様だということがひしひしとわかります。だから、従業員は大変だろうなあと、常日頃から思っていたので、つい、使用人という言葉が出てしまいました。笑い事じゃあないけれど笑い事に近いです。

 それに、ちえさんは弟さんのこともよくフェイスブックで書いています。
 しかし、そこに出てくる弟さんは遠くに住んでいるらしくて、しかも別業種に所属しているサラリーマンと思しき存在です。で、てっきり私は開発ちえさんが、社長をしているとみなしていました。私の電話を取った、現実に開花亭、総体の社長をしている、上の弟さんは、一切登場しなかったからです。

 ところがね。彼女はフェイスブックごと期の付き合いなのに、実業界に生きている弟(社長)にまで、電話をかけてと、そのことに、怒ってのですが、先ほども言ったように、最初のきっかけは彼女が、私がふぇいすっブックを使えないことをあざ笑い、嘲笑する目的で、このブログへコメントを入れたのですから、悪意は彼女から始まっているのです。そこを一切無視して、一方的に精神病院へ入るべきだとか、いろいろいってくるのは、恐ろしい言いぐさです。

副題17、『開発さんは、最初から、随時進行的に文字化けで守られていた』

 特にブログを閉鎖してやるとか、私を県知事とか、警察に頼んで生きていかれないようにしてやるとか、ものすごい言葉と文章の羅列なのです。それも、すごいことですが、その文章の中の、ハイライト部分が意味不明の漢字で、変換されていて、私には読めないようになっています。

 つまり、彼女のヒステリックな文章は、もし、のちに、コピペで使われたら、すべての文化人特に、美術手帖を格の高い美術雑誌だと、信奉している人たちにとっては、唖然茫然と、するような内容でしょう。それが、例の敵連中、特にパソコンを随時、監視しているプロの連中にとっては、さすがに、『だめだ。こりゃあ』ということになったと思います。で、伊藤玄二郎、井上ひさし(この人はいまだ生きていて地下潜行をしているはずです)、酒井忠康の、三人を守ることが彼らの役目ですから、

 開発さんの、個人メール、(7本だっただろうか?)には、最初から文字化け部分が含まれておりました。つまり、彼女が劇場に駆られて、自分が思うままに書いた部分は、最初から文字化けをしていたのです。15日から16日にかけてもらった大量の文章の肝心のところはすべて文字化けをしていたのです。

 コピペしても効果が上がらないようにお手当てがなされていたのです。そして最終的には、16日付のメール(ただし、私の方では、18日まで読めなかった)で、『あなたとはかかわるなと、大勢の人が言うから、ここで終わりです。絶対に返事はよこさないでね。そうしたら、このメルアドも封鎖するように、手配します』という文章で終わりました。で、私は傷つけられきって終わったわけですが、それでもいいと当初は思っていたのですよ。というのも、私の70年間の、人生において、時々、とんでもない狙撃兵として表れる、攻撃用弾丸の一つでしかないのです。

 ちょっと思い出してみても、実名であり、かつ字(または、文章)を使った攻撃者としては、高橋典夫(ギャラリーT.boxのオーナー)、赤津ただし(既報)、瀬木慎一(有名な美術評論家です。すでに故人)高橋真樹(岩手県、盛岡市で、女性向けのタウン誌を発行し、ヤングママなどを糾合している、中学生の子供を持つ、女性・・・・・ただし、不思議なことに、6か月前まで、グーグル検索で読めた彼女に関する情報がすでに読めないことになっている)、と、この開発ちえさんの5人ですが、その攻撃性の強さにおいて、瀬木慎一とどっちか、こっちかというものでした。

 赤津さんは、お互いのやり取りに、合理的な理由があるので、本当はここでは意味合いが違うのですが、瀬木慎一氏と、開発千恵さんは、どちらも利用された弾丸または、狙撃兵です。
 でも、このブログが、
 実際に閉鎖になるかもしれません。そうしたら、渡辺さんと同じように、花の油絵でも描いて残りの一生をすごしましょうかね。(笑)

 今、これを、渡辺さんが、警察丸抱えの攻撃者、つまり、私を体の面からつぶすために、電話をかけてきて『絵を返して」といった、その当夜使っていた新橋の同じネットカフェで、書いています。偶然です。東京で本を作っているから。いつも本を作る際は徹夜になり、東京にいます。たいていは都心にいますから。

 では、ここで、脳みそを使い切ったので、本日は終わりとさせてくださいませ。この二人のセレブな女性、生まれも上等で、お顔もきれいで、お金持ちでもある。そういう人にめちゃくちゃに攻め立てられている私から、20時間ぐらいのお別れを申し上げます。その間に少しは寝ましょう。

 でもね、私は平気なのよ。透明で、静かな気持ちでいます。でないと、膨大な仕事があるので、それができないでしょう。本作りって、とても大変なのです。大体、10にんぐらいのプロフェッショナルが、半年以上はかかる仕事を、一気に三ヶ月ぐらいで、ひとりで、やってしまうのですから、鬼神もかくやという集中振りです。

 そして、冷静ですよ。だって、頁デザインも装丁も、中扉を作ること、奥付を作ること、すべて、基本は拡大やら移動などの、0.1ミリ単位の、算数なのですから、冷静でないと計算が合わなくて、だめなのです。では、伏線のみ書き表している中途半端ですが、お許しくださいませ。
 それでも、エピソードは、満載だと自負しております。

コメント

習近平副主席、パネッタ長官と会う(尖閣デモの行方は?)+新国立美術館、衰亡への予測

2012-09-21 11:47:23 | Weblog
 この一文は、実は、政治評論、社会の窓が開いていますよー2と、そうタイトルをつけたいところです。が、間に重要なニュースが入り、それについて、多数の字を割かないとならないので、タイトルを、ちょっと変えております。

 そして、前報の続きですから、副題11からはじめないといけません。が、ニュースは渡辺女史の嫉妬とは、やや無関係ですので、番号を、カタカナのイから、始めたいと思います。

 渡辺幸子(鎌倉在住の女流画家で、青木繁大賞を取った人)について書くことも、実は、敵陣にとっては、すこぶる大きな政治的な意味があり、したがって、すさまじいレベルで、私(=ひとりの日本人でもある)目当てに、日本人全体を悲しませるニュースが連続してきています。

 それは、実は、8月27日に新国立美術館について下稿(未公開だったが、本日公開してある)を作った時点で、『この件について、書く予定であろう』と、敵様たちが判断したから、起きたと、感じています。
 なお、本日の文章の中で、その新国立美術館に関する論もコピペして入れるつもりになっています。というのもカレンダーで、そこを探していただくのも面倒だとお感じになるだろうと推察していますし、
 
 で、本当はまだ、触れたくなかった、渡辺女史について、19日から、その一部を公開し始めたのですが、その結果、ある部分、その敵方の日本全体への攻撃が沈静化しました。それはよかったことです。戦えば一定の、効果は得られます。

 つまり、渡辺幸子さんについて書くことは、政治的な戦いの一つなのです。この国をいい方向へ向かわせる里程票の一つなのです。決して個人的な恨みを晴らそうとしているわけではありません。しかし彼女とは、一時期には、相当に親しかったので、心理的に、タガがかかりやすくなり、書くのに疲労困憊をしています。(笑)
 公のことを書く方が、よほど楽でもあります。で、その公のニュースから大切なことを二つ拾います。

副題イ、『オスプレイは飛ぶには、飛んだが・・・・・危険ではないそうで(笑)』

 オスプレイ配備は、鎌倉エージェントというのを守るためだと、私は前に言っています。(どこで言っているかを探すのが難しいのですが、確かにそういっています) それは、絶対に正しいのですが、振り上げたこぶしを、簡単には、下ろすわけも行かないですね。日米両国政府のメンツがかかっていますから。だけど、自国の軍・装備に欠点があると、アメリカ側が大きく発表をするのなんて、面妖なニュースです。普通なら、ありえないニュースで、『アメリカは、鎌倉エージェントごときに、小人物たちに、配慮していて、世界にばか面をさらしている。関係者は全員、なんという幼稚な頭脳の持ち主たちだ』とはっきり言っています。

 だけど、私だって大人です。書くのも30%に抑えていると常に言っているし、勝敗の達成感も、すべて30%に抑えております。だから、それ以上はこの件については、書きませんでした。むしろ書けば書くほど、彼らも落としどころを見つけにくいからです。そして、ばかげた方向で燃え上がるだけでしょうから。

 で、一回それを書いただけで、ずっと放っておいたら、やっと、以下のように決着をしました。日本人を脅かしまくる、日本全国での、飛行訓練の予定の廃棄が、有りました。それは、集団訴訟で、小泉・靖国参拝・違憲判決等を勝ち取った、共産党の、力の強い地方であり、そこで、デモ隊が、反対活動をすることで、さらに、オスプレイの危険性を、声高に言う予定だったでしょう。が、それが、まずなくなってよかったですね。鎌倉エージェントの代表が、まだ生きていて、地下潜行している井上ひさしですから、彼のアイデアが、ここで、少し引いたというわけです。

 だが、100%、彼(+大勢の、日本国内エージェントたち)が負けるわけにもいかないので、渡辺幸子論を展開した途端に飛行訓練に入ったというわけです。だけど、危険ではないと、強調していますね。脅かしのための最大のポイントについては、彼らの方が、矛を収めたわけです。
 で、私も、その程度で、矛を収めましょう。おたがいさまです。

 それほど、危険なものに大金を出して、装備し続けるというのは、アメリカ側が『自分たちアメリカ人は、大変に、ばかな政府のある国家に住んでいる、大馬鹿な国民である』と世界に、公言するのと同じことなのですよ。そんな程度の判断もできないのが、現在の日本のエージェントたちの頭脳レベルです。恥ずかしいし、それにすぐ乗っかってしまうアメリカの最高レベルのCIA(ホワイトカラー)も、幼くて恥ずかしいですねえ。両方ともに対して、見ているこちらが、穴に入りたいほどの恥ずかしさを感じます。

副題ロ、『習近平副主席、パネッタ国防長官と北京で会う』

 尖閣諸島に対する大騒ぎの、中国国内のデモですが、むろん、教唆扇動された、中国の若者がやっているわけですが、何のためにやっているかというと、これも、誇大妄想狂みたいですが、私が文章を書くことを困っている、鎌倉エージェントたちを助けるためなのです。

 だからこそ、それを一回書いた後では、私の方は、一切騒ぎませんでしたでしょう。二度目とか、三度目としては書いていません。そして、日本全国が一触即発(もしかしたら、今週の週刊文春の電車の中吊りで見た言葉だったかも)だと、言って、盛り上がるのに、背を向けて、渡辺幸子論を書いていたわけです。頭の中は、醍醐イサム論の続きも浮かんでいるし、増田きよみ論の続きも、浮かんでいます。それらの人物について、種々様々銀座で感じ取ったいやなことも、『これも、政治の、一表現だから書かないといけませんね』と考えながらね。

 でも、あまりにひどいので、
*1)『観光事業が、激し値引きを迫られていて、日本側には、全く儲かっていないので、来ない方がいいのだ』
*2)『中国から、日本企業は引き上げたほうがいいのだ。これも潮時だ』

*3)『アメリカは、日本の友人ではない。大金を思いやり予算として、払い続けているのに、今回も、助けてくれないでしょう。それが証拠です。ほら、高みの見物を決め込んでいますね。こうなるのは、鎌倉エージェントが、これを提案していて、その鎌倉エージェントをアメリカは支援しないといけないからです』と、

 言い始めています。この第三番目が、アメリカには、特に、こたえたと思いますよ。アメリカは、最近、異常に視野が狭くなっています。それは、ジェイソンロックフェラーと、寮で同室だったであろう、石塚雅彦氏と、古村浩三君を助けたいと思っていて、彼らが過去にやったこと(=いじめという言葉以上の私に対する、いじめ・・・・・一般の人が知れば、何と不道徳な恐ろしいことだろうと思うはず)を、私に書かせないためなら、なりふり構わない、行動をとってきたわけですが、

 その結果、真実がボロボロと、露呈して来てしまっています。
つまり、その真実とは、
*1)アメリカは決して日本とか、日本人を信じていないということ。
   a)上に上げた石塚さんと古村君、それから渡辺幸子さん、そして、過去のこの文章内に登場した、国際的軍産共同体側とみなされている文化人や、政治家や芸能人は、別ですが
   b)それは、東京裁判に対する心の負い目の、心理学的な用語でいう投影でもあります。
   c)また、日本という国は、国民の粒がそろっています。民度が非常に高いのです。そのうえ、教育程度が高いので、いざ、目覚めて、本気になったら大変だと思われているからです。
*2)無論のこと、まっすとしての日本人は大っ嫌いで、豚とか、犬とみなしている。
   だから、危険だ、危険だというオスプレイを日本に配備しても平気だ。

 で、こちらも、私が渡辺幸子論を書き始めてから、急展開しました。
 21日に北京で、習近平副主席とパネッタ国防長官が会談しました。それで、「アメリカは尖閣諸島を、日本領とみなしている」と、伝えたそうです。それほど、渡辺幸子という画家は大切な女性なのです。どういう風に大切かと言えば、上に言った石塚雅彦氏と直接に結びつくからです。石塚氏の奥さんと渡辺さんは、同期生として、国際基督教大学で学んでいます。だから、彼女に卒業の資格を与えたのも、石塚さんだと思いますし。
 そしてこの件で、収支が出てきたのにも大きな意味がありますが、
 このニュースの分析については、ここでは、30%に抑えさせてください。でないと、また、事実を変更されますので。

 で、このくらいにして、19日発の文章の続きを書かないといけませんが、その前に、これがあるから、敵様たちは、渡辺幸子論に入っていくなと悟った、8月27日付の、下書き(しかし本日は公開してある。だけど、この文章よりはるかに後ろにあって、探すのが難しい)文章を、□罫線以下にコピペして、示します。

 それは、濃密で、ごたごたと、曲がりくねっている渡辺幸子論よりはずっと爽やかに書いてあるでしょう。少しの箸休めとして、味わっていただきたくて、ここに置きます。
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新国立美術館+公募団体展・・・・・問題点と、そこから来る衰亡への予測。
2012-08-27 23:54:24 | Weblog
副題1、『本日用の前書き』
副題2、『美大の繁栄は、景気動向に左右されるはずだ』
副題3、『公募団体展の、隆盛と、消滅していくだろう未来への予測』
副題4、『新国立(六本木)の建築が、団体展の衰亡へ拍車をかけるだろう』
副題5、『裏があるでしょう。新国立美術館には、いろいろと』
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副題1、『本日用の前書き』

 前報の最後の推敲も済んでおらず、また、この続きをいつか、書きますとお約束をすでにしてあるテーマの続きも放っておいて、今、頭に浮かんでいることを、書かせていただきたいと思います。ところが、これが、結語までに、10万字以上かかりそうで、山本美香さんのところでは、わかりやすかった私の文章がまるで、ちんぷんかんぷんです』と言われかねない恐れもあるのですが、ブログの人気云々よりも、神様が書かせてくださることを書くと言うのが大方針なので、突然に、話題がすっ飛びます。

 ただし、政治の問題からは、外れることはありません。最近ではずっと現代日本政治の複雑さ、その嘘と隠蔽にあり方について、述べ続けております。強より書きたい問題も、それから外れることはありません。

 でも、こと私に関しては、私が、美術の畑の人間なので、美術の世界が弾圧陽に使われます。それで、美術の世界以外の方に、最初に、美術の世界への入門としての全体像把握用の文章を書かせてくださいませ。
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副題2、『美大の繁栄は、景気動向に左右されるはずだ』

 芸大の志望者数と、合格者数は、そこが、国立大学であるがゆえに、景気の動向には左右をされないでしょう。ガ、私立の美大の志望者数は、景気の動向に左右されるはずです。

 戦後67年目になるのですが、1945年から1975年まで私立の美大へ進学する人は、相当、裕福な家庭の出身であったと目されます。今、現在70歳以上の画家は、ほとんど、医者や弁護士、または、オーナー社長の一族などという、実家をバックグラウンドとして持っているはずです。

 しかし、右肩上がりの経済成長期には、サラリーマンで、父親が課長です』と言うぐらいのおうちでも、『娘や息子が美大へ行く』と言うことを許すようになったと思います。それは、2005年ぐらいまで続いたでしょう。ガ、最近、急にまた、変化がおきていると感じます。
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 ここで、挿入として、用語についてお断りをさせてくださいませ。今、銀座あたりで、画家を指す場合、作家と言う言葉を使います。しかし、それ以外の世界の方にとっては、作家と言うと、小説家を指すことになると思いますので、私はいかにも素人くさいのですが、画家と言う言葉を使います。
 アーチストと言う言葉が好きだった時代もあるのですが、今その言葉は、ミュージシャンに向けてささげられていますので、それも使いにくいですし。
 芸術家と言う言葉が好きだった日もあるのですが、『なに、気取って、大物ぶっているのよ』と笑われたこともあるので、古典的な画家と言う言葉を使います。象徴として使う画家と言う言葉に、版画家や、彫刻家、および陶芸や染色の分野の人も含めます。写真と建築は、用途があり、売れるので、ちょっと別に分けてもいいのですが、儲け抜きの、芸術的傾向のものを作る場合には、含めてもいいでしょう。
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 で、マスコミに乗って特別に有名になっている人は、ここでは抜かして論じていきます。芸大出身の日本画家はたいてい有名になっていますね。だから除きたいし、洋画家でも、中川一政、横尾忠則、村上隆等は、除きます。

 で、1945年から1975年までに大学を卒業した、2012年現在で、55歳以上の人たちは、画家であっても美大卒ではないケースが多いのです。

 社会が裕福になると、自分の給料生活にも余裕があり、また、夫が、大企業の部長クラスになった人の妻も、生活費に余裕ができてきたので、画家になる人がどっと増えてきたからです。趣味が発展したと言う形ですが、『毎月、その趣味のために、3万円から5万円を拠出するのなど、なんでもないわ』と言う人がたくさん出て來たのです。『ゴルフに使ったり、車に凝ったりする人に比較しても、別に贅沢ではない』と思う人が増えて、どっと画家の数が増えたのです。

 私もそんななかの一人なのですが、そう言う人は、自分の才能に対する何らかの査定とか、保証がほしいわけですね。それが無いと、なんとも、お尻がこそばゆかったりして、個展など開く勇気が出ませんし。
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副題3、『公募団体展の、隆盛と、消滅していくだろう未来への予測』

 そう言う人は、自分の自信欠如を、公募団体展に入選することで、解消したのです。公募団体展としては、日展がもっとも有名で、次に二科展が続きます。日展の版画部門に、ジュディオングさんが出していて、二科展の洋画部門に、工藤静香さんが出しているのは、マスコミも取り上げている有名な話です。
 ジュディオングさんは、意外にも古民家と言うか、日本のふるい町並みを写実的に、描写した木版画で、斉藤清もかくやと言うほどの高いレベルを見せている人で、日展関連のパーティなどでは、和服を召した姿も見せておられるようです。もう、プロ中のプロ。

 でも、上に画家として述べたような、純粋に絵が好きで、そして、自分の才能にひそかに自信を持つ男女にとって、日展と、二科展は、すでに、魅力の無い団体となっています。
 
 日展は永田町と似ていて、日本全国の公民館などで、開かれるお教室から始まるヒエラーキーが、厳しくて、どぶ板選挙から始まって、市会議員、県会議員、国会議員と長い年月をかけて地位を上げていく、自民党議員みたいな感触で、見られていて、企業などで、働いた過去のある人にとっては、『なんて古臭いマナーで運営をされているのだろう』と言う感想を与えるのだと思います。また、二科展は、在野と言う分野の団体で、普通なら、魅力のある受け皿となるはずですが、『芸能人をちやほやする傾向が、受容できないなあ』と思う階層、また確かに存在して居るのです。

 で、1945年まで官展と呼ばれていて、国の税金で、諸費用をまかなわれていた、日展を嫌ってできた在野の団体と言うのが魅力を持ち始めました。戦前から、生まれていた二科会、春陽会、国画会などのうち、戦後、めきめき有名になって行ったのが、新制作、独立、ニ紀、モダンアート、水彩連盟、版画協会などです。

 ここで、森羅万象、常に流動すると言うのは真実で、大昔の官展が、無い干していた弊害が、これらの在野の団体にも顕現し始めました。権威主義の発生と、審査の不透明さとか、不平等さとか、改革を目指して結成をされたはずなのに、すっかり、腐敗して来ているのです。で、その次の時期に生まれた団体が、種々の改革路線を生み出しているので、新たな人気を得ていますが、私は、それらの団体については、詳しくは無いので、ここではその名前を挙げません。
 そして、公募団体展が内包する忌まわしさについては、美大を中心に口コミで伝わっているらしくて、現在50歳以下の人たちの中には、『個展を中心にやって行きましょう』と思っている人は多いでしょう。それは、公募団体展の衰亡へつながる理由のひとつです。
 また、不況が浸透してくると、一種の趣味の世界として、毎月五万円ぐらいの出費ならかまわないと思っていた人たちが、撤退していきますので、画家人口も、絶対数が減っていくと思いますし。
~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題4、『新国立(六本木)の建築が、団体展の衰亡へ拍車をかけるだろう』

 さて、その様に衰退へ向かいつつある公募団体展の、衰亡へのスピードに拍車をかけるのが、新国立美術館(六本木)の建設と、その利用に関してのくじ引きの話です。

 現在の霞ヶ関の各省庁は、私が敵とみなしている、例の国際的軍産共同体のエージェントにすべて支配をされているでしょう.小沢一郎氏が『官僚をぶっ潰せ』と言っていましたが、すでに、ぶっ潰されていると、感じています。

 で、外務省などがへな猪口で特別におかしいのは、国民全体が気がついているところでしょうが、私は、特に文部科学省と、文化庁に問題点を見出しています。
 得に映画制作費の件で、批判を強くしていますが、この新国立美術館も、文部科学省が、担当だと思うので、そろそろ、批判の刃を向けないといけないかなあと思っております。実は、新国立美術館は、美術の世界そのものからも激しく批判をされていますが、私はそれに輪をかけて、いつも述べている特別な政治の方向から、これを批判的に、考えて行きたいです。

 常に30%で抑えていますと言ってきた私ですが、この章では美術界が抱えている問題についても、相当に突っ込んだ、分析をいたします。それは、口では、文章を書くなと、知人や友人を通じて、私に命令し続ける敵方が、実は、美術の世界からも、私を実質追い出していますから、それを生かせばできることなのです。今、もし、月刊ギャラリーの連載が続いていたら、ここまでのことは書かないし、国画会で、とっくに会員にされていたら、ここまでのことは書きません。

 だけど、誰が『文章じゃあなくて、絵を描けばいいのに。そっちに才能があるのに』と言っても、生活のありとあらゆる側面で弾圧を受けているので(それは、四月中にお隣から、玄関引き戸を異常な、しかも大きな音で、びシャーと開け閉めされたときもそうですが、いつもある現象で、27日の夜、帰宅途中でも、発見しましたので)、絶対にやめられない、ブログなどの文章を書き、発表をすることです。
 そう言うマクロな意味での、上手な弾圧もできないので、彼らを幼稚な頭脳だと言っているのです。とっても、マッチポンプで思いついたら、そこに矛盾があろうが、なんとしてでも、すぐやってしまうのが彼らです。
 ですから、山本美香さんの父君が下朝日新聞の記者で、彼らにとって、大切な貢献者であろうが無かろうが、美香さんが、美形で、貴種(記者として二代目なので、貴種と言えるのです)であることから、得に選ばれて、劇場型暗殺の的となったわけです。

 中川元経済産業大臣は、戦場取材をしませんね。だから、弾丸で狙撃をする機会は無いです。だから、対・私と同じ手法で、精神的に病ませて、自殺へ追い込もうとしたのです。世界を相手に大恥を掻いた。そして、自分が何がなにやらわからぬうちに世界に配信をされてしまって、事実としてそれが伝えられてしまい、弁明のチャンスがどこにも残っていなかったわけです。

 デモ、山本美香さんは、戦場取材者ですから、ずどんと打ち抜くチャンスがあったので、利用しようと、二ヶ月ぐらい前の思いついた手合いが居たのでしょう。前報、2012年8月25日付で、詳細に語っていますので、もう繰り返しませんが、
 エージェントと呼ばれるホワイトカラー族にしろ、CIAと呼ばれるブルーカラー族にしろ、彼らは、自分たちがやったことについて記録をとっていません。すべて、秘密裏で、行っていることだから、記録なんかとったら大変ですね。また、フリーメーソン組織などとも重なっているはずですが、そちらも、前メンバーがお互いに、交流することは避けられていて、自分は、大きな組織の上下のメンバー数人と交流できるだけのようです。スパイ組織もそうでしょう。だから全体像が見えません。

 ところが被害者としての私は全体像が見えます。すると、大きな矛盾を平気で、乗り越えてしまう組織だとわかります。でもね。その矛盾点から、彼らがやったことだと言うことも判明をしやすいのです。

 私は実際には大損をしているわけですが、それだからこそ、資格があると思うのです。嘘と隠蔽に囲まれている現代の日本人、皆様に対して、ここに嘘がありますよと、お教えする義務と権利があると思っているのです。

 で、新国立美術館に移った、公募団体展は当初の目論見からは外れていずれ、衰退していくでしょう。
*一つ目の理由は、
 交通(アクセス)が上野に比較すると、圧倒的に不便です。また、公募団体展は、構成メンバーもお客も老人が多いのです。上で解説していますでしょう。その様に、1975年に大学を卒業した人が主体となって運営している団体ですから、新しい習慣が身につきません。私も上野の都美館には、刻展だけではなくて、主要な団体展はすべて見に行っていましたが、2007年以降は上野が改修でしまったこともあって、一切、それらの団体展を見に行ったことが無いのです。
*二つ目の理由は、
 風情がないという大評判です。お若い人向けかもしれないのですがあの設計が好きでないという人が多いのです。カフェ類も、値段が高いし、雰囲気がガラス張りで落ち着かないと言う人が多いのです。

 パリなんか、古い建物を大切に残して、使って居ます。ニューヨークでも古い建物を大切に残して使っています。それに比較すると、東京の浅さを感じさせる建物です。そして行かなくなっても、ちっとも苦痛ではないです。『あそこに、本当は行きたいのに、我が家に、泥棒が入るから、行かれない』と言う悲しみやストレスを感じたことがありません。

副題5、『裏があるでしょう。新国立美術館には、いろいろと』

 この文章は無論続きますが、ここで、午前二時半になって、21時間連続して起きていることになったので、いったん中断して眠らせてくださいませ。この猛暑の中で、一日おきに徹夜をするのは、健康に悪いですから、恐れ入りますが、そうさせてくださいませ。

 まだ、この文章は、因果関係が閉じておりません。まだ、最後には達しておりません。
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 と、最後の一行をあげているのは、そこから渡辺幸子論へ入っていくはずだったからです。では、今日はこれで、後で、誤変換直しと推敲へ入ります。

コメント

政治評論・「社会の窓が開いていますよ」・・・#1 (なぜ、反日デモが、ピタッとおさまったのか?)

2012-09-20 02:13:41 | Weblog
 今、午後の五時です。少し、休ませてくださいませ。午後、8時まで再開をしません。慎重に書かないといけないことなので。で、何度も二万字を超えそうになっていて、一部の章を移動しております。現在推敲中の最先端は、*****罫線で示します。

 ええと、皆様は、誤解をなさっておられますよ。特に普段の読者様は。・・・・・
 この一文を、個人的な復讐の文章と、おとりになっておられる可能性があります。または、単なる美術の世界の噂話だと。だが、違うのです。これは、すこぶるつきの政治評論です。非常に壮大な世界を描いている政治評論なのです。ただし、今日の部分は、一部ですが。

副題0、『中国の反日デモはなぜ、収まったのか?』

 だって、見てごらんなさい。これを、さらしたのが、水曜日です。その後、ピタッと反日デモのニュースが静まっています。だから、この文章が重要なのです。中国のデモは、鎌倉エージェントたちの失敗を、国際的軍産共同体が、糊塗してやろうと思って、作り出した諜略行為です。むろん動いているのは中国人です。だが、そういう方向へ指導・誘致した人物は、教唆を受けています。

 焼打ちに遭った企業様はお気の毒です。が、これも方向転換するには、いい機会です。
中国に企業が進出しているのは、安い労働力を求めてですが、それと同時に技術を盗まれていることもあるのです。そして、日本国内を空洞化しています。だから、ここで、日本へ企業が帰ってくるのは、その方がいいのです。ユニクロの社長さんが最近批判をされ始めていますが、私に言わせると、この一年間の彼の発言は、ひどかったです。考え方が金儲けだけなのです。ああいう人物に追随しては、損をすることもあるという例が、イオンの焼き討ちなどです。お気の毒ですが、引き揚げればいいのです。
 もし、今週末(=というのは明日ですが)、また、反日デモが復活すれば、その際は、この文章を大きく拡散してください。この文章が正しいことが証明をされます。そうしたら、鎌倉エージェントたちも、少しは、静かになるでしょう。あまりにいろいろやりすぎています。

 オスプレイも、いったんあげたこぶしを下ろせないので、本日から、訓練飛行が始まるそうですが、危険、危険と大宣伝した傾向は収まっています。

 では、本日は、三回目の推敲へ入ります。その最先端は、*****罫線で示します。

 本日の文章も、実はそれに似ていて、書く方にとっては、最高難易度に満ちた、エピソードの一つです。鎌倉在住の人ばかり登場しますしね。だけど、私は美術界を捨てて、負けた形をとっているからこそ、書くことのできるエピソードの一つです。
 新制作協会の重鎮を、先生と呼ばず、さん付けで、書くことができる自由さが、自分の方にあります。ここに登場する田沢茂さん、や、桜井陽子さんは、公募団体展の、最高峰、新制作協会の、会員です。相手にしてみれば、「なんで、川崎千恵子に、自分がとりあげられるの?」という気持ちでしょう。
 だけど、渡辺幸子さんが関与している部分の政治を書くためには、対照例として、桜井さんに登場してもらわなければならないし、田沢茂さんが、どんなに嫌味なところのある人かも書かないとダメなのです。でないと、渡辺幸子さんがどうして、青木繁大賞を取ったのかの説明ができないのです。
 そして、鎌倉在住の人物について書くことこそ、極めて重要なのです。その理由は後で述べます。
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副題0、『中国の反日デモはなぜ、収まったのか?』
副題1、『全・ホテルは、今は、警察に支配をされている』
副題2、『全・ネットカフェは、今、警察に支配をされている』
副題3、『渡辺幸子さんから、留守中に電話が来る』
副題4、『渡辺幸子さんから、彼岸花の絵を、返せと徹夜明けに言われるが』
副題5、『仲間から、いじめで追い出されて、田沢茂氏に、拾われた渡辺幸子さん』
副題6、『美術とお金、赤津ただしと、渡辺幸子の場合』
副題7、『ものを考えない渡辺幸子さんは、ご自分の強烈な嫉妬心を、ときには、隠せない』
副題8、『ご長男に対する偏愛があり、ご次男に対する軽いネグレクトがあるのでは?』
副題9、『親子喧嘩をできる親子が、健全だと、私は、信じている』
副題10、『子供を愛するということは、時間やエネルギーをそこへ注ぐことです』
副題11、『渡辺さんの嫉妬心が、私に向かって驚く。しかも原因が作品の大きさだったから、さらに驚く』


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副題1、『全・ホテルは、今は、警察に支配をされている』

 皆様、19日水曜日の私は、午前九時に家を出て、次の日の木曜日の午前一時に帰ってきました。ここまで長時間外にいると、疲れ切るから、鎌倉の山の上にある自宅までは、帰りたくなくて、東京圏で、ホテルに泊まりたいのですが、どうも公衆電話からのお客は断るように、首都圏では設定されている模様です。常に「満室だ」と言って断られます。
 そんなことを命令できるのは、警視庁とか、警察庁だけですね。だから、私の敵は警察庁らしいということがますます、明らかになってきます。警察に、追いかけられる理由がないから、本当に怒っています。
 だから、ホテルの予約を優先するためなら、携帯を持ち歩けばいいのですが、それを携行すると、行く先々で工事をやっていたり、制服のガードマンがいるという脅かしをかけられるので、それも嫌だから、i-phone は、家において出て、公衆電話を使うのですが、どこのホテルも満室だ断られます。それは、おかしいです。

 どうしてもと、押しかけて泊まった秋葉原のワシントンホテルだって、すけすけでしたよ。決して満室のホテルなんかありません。どこがが空いているものです。不況だし、東京にはホテルはあふれるほどあるのですから。ただし、強引に押しかけると、お値段が高く取られます。一万円前後は取られます。ビジネスホテルでも、そうです。ネットで事前に予約をすると、安いのですが、そのネット予約もできない時期がありました。それは、急に予約なしで、ホテルに泊まると、そこで、当然のごとく、本の編集をします。
 ホテルに宿泊するのは、本の編集に疲れるからゆえですから、で、当然、そうなります。ホテルで仕事をすると、敵様たちにとっては、ハッキングの準備ができないから、困ります。で、ホテルに宿泊をさせないために、公衆電話から申し込むと、一律で断るように警察は手配をしたと思われます。敵は本当に、私の本作りを恐れています。

 で、ネットカフェが安いので、そこで、仕事をしながら、仮眠をとるというのも手です。ところがね。ネットカフェに泊まることで、私が、悪口に使われていることに、最近では、気が付きました。そんなことは気にしませんよ。本を作るためなら・・・・・というのも一つの筋なんですが、一方で、急に体力も衰えてきて、外で徹夜するのも疲れ切ることだから、あまり、やらなくなりました。ネットカフェに入るのは、ノートパソコンのバッテリーの電源補充のためだけという感じです。

 でもね、今から五年ぐらい前は、私も体力がありましたし、本作りにも慣れてはいなかったので膨大な時間がかかるから、一冊の本を作り上げるまで、何度もネットカフェで徹夜をしました。
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副題2、『全・ネットカフェは、今、警察に支配をされている』

 これから先に述べるエピソードは、渡辺幸子さん、酒井忠康氏、および、栗田玲子さん、および、伊藤玄二郎および当時は、公的にも生きていた、井上ひさしの悪辣さを語る目的に、見事にかなうエピソードです。本当のことを言うと、ここでは渡辺幸子さんについては、まだ、語りたくないのです。醍醐イサムや、増田きよみ論が中途半端です。国画会についても中途半端です。そちらを先にしたいです。

 が、警視総監と、警察庁長官の固定化した頭脳について、語りたいので、ここで、彼女に関する私が関与したエピソードをさらします。

 それは、2007年の話であります。

 で、私が当時、使っていたのは、新橋交差点の角にある大きいネットカフェで、主にサラリーマンが使う場所です。それらは、お客があまり入っていません。それでも経営が成り立っているのは、経営者が別のビジネスで儲けているからでしょう。余裕の別業としてネットカフェを経営しているから、お客が入っていなくても大丈夫なのです。ここで、ネットカフェにもカラーや、種類があることを語っています。それが、重要な伏線なのですが、読者の皆様には、煩雑だと思われかねないところがあるので、下へスクロールしてくださると出てくる新しい一文に移動をさせてあります。

 ところで、今は、ネットカフェを使っても意味がない時代になりました。大型のチェーン店ほど、全スペースが、ワイファイで支配されていて、我が家が、支配されているのと、そっくり同じ環境になってしまっているからでもあります。技術の革新は、数年間ですさまじい進歩でもありました。
 だから、喫茶店を使うのですが、ルノワールもエクセルシオーネも、もう手が入っていて、電源プラグが使えません。ですから今は充電はおうちでやって、二台のパソコンを持って出かける体制にしています。それでも、敵に支配をされていて同じなのです。それは、知っているのですが、過去に、自宅でかけられたすさまじい妨害の記憶が残っていて、外でやる方が、少しでも安心感があるので、引き続き、外でやっています。

 しかし、この流れは都立図書館、または、区立図書館のコンセントが一切使えなくなったときに似ています。石原新太郎という人と、猪瀬直樹という人は、文化人ではありませんね。残念ながら。自分たちだけは文章の力を利用していても、他人がそれをするのは許さないという横柄さを示していますから。または、警察の言うなりなのか、井上ひさしか、伊藤玄二郎のいうなりなのか?
 
 しかし、五年前の、2007年ごろは、そこは敵には、支配をされていないと思っていたのです。だから、ネットカフェで、有線のラン・ケーブルを外せば、仕事が把握されないで、自由にできると思っていました。仕事が把握されるとどういうことが起きるかというと、・・・・・本当はそれを語りたいのですが、普通の人なら、『あ、ばれたか。恥ずかしいからやめよう。だって、それは、だれが考えても、不道徳なことだから』と言ってやめるはずですが、この攻撃者はやめないのです。それで、もっと攻撃してきますので、攻撃策、その物を詳細に語ることができません。で、100種類ぐらいの妨害策で、責め立てられ、苦しめられてきていますが、
 その一例を、下にスクロールしていただくと出てくる文章に移動をさせて書いておきました。

 このように相手をだましたり、ひっかけたり、後戻りをさせたりするような仕組みを、バグというらしいのですが、本作りを始めると、我が家なら、一日に50回はそれを入れられるので、到底仕事にならないのです。時間がかかるし、エネルギーの消耗も激しくなりますので。

 しかも、我が家では、泥棒が入ります。だから、主人とすれ違いで外出しますから、外で徹夜で本作りをします。それも、可能なのは、月曜日の、深夜と、木曜日の深夜だけです。

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副題3、『渡辺幸子さんから、留守中に電話が来る』

 その、留守中に、電話が頻繁にかかってくるのです。主人は私の状況をすべて正しく理解をしているわけではありませんので、身内よりは他人を大切にします。で、渡辺さんに対しても、『はい、わかりました』と答えます。
 この渡辺さんという人が、どういう人なのかを、まだ、みなさんに説明をしていませんが、私に激しい意地悪を仕掛けてきた大学の先輩です。で、そのことが、同じく大学の先輩であり、ジェイソンロックフェアー氏と、親友でもあるらしい、元、日経新聞論説委員である石塚雅彦氏を通じて、敵に知られているので、たいそう大切にされている人で、

 美術の世界で青木繁大賞を取りました。つまり、私の友達にはすべて、賞や、よい仕事を与えて私との関係を切らせるという意味でも、その典型であります。一時期親しかったのに、2005年ごろ彼女から激しい攻撃を受けて、すでに、2人は敵同士になっているし、喧嘩をしているのだから、渡辺幸子は、いい鉄砲玉として使えるぞ』と、みなされたと思います。

 だから、渡辺幸子さんを優遇をしてあげましょう。そうすれば、川崎千恵子は悲しんでダメージをさらに、受けるはずだから』という発想のもとに、美術界で大優遇を受けている人です。

 その青木繁大賞の、審査員は酒井忠康氏です。これだけを言うと、まだ、何が何やらお分かりいただけないと思うし、むしろ、私の方が嫉妬しているように、読者はお感じになると思うのです。が、・・・・・このシリーズが全部終わったら、皆様にも相当に正しく、文意を取って頂けると確信をしておりますので、ここでは、その誤解を気にしないで、先へ進みます。
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副題4、『渡辺幸子さんから、彼岸花の絵を、返せと徹夜明けに言われるが』

 警察の関与は、渡辺さんが、『絵を返してください』とその、私が留守をしている当夜に、我が家に電話をしてきたので、わかったことです。徹夜をしているので、私が自宅へいないその留守の間に、とても言いにくくて、意地悪きわまりないことを、言ってきたのです。その絵は大変な悶着のある絵でした。しかも前の夜に徹夜している日に、そんないやな行動(=買った絵を返す)をとらないといけないことは、私に激しいダメージを与えるので、わざとその日が選ばれたのです。

 その絵はたぶんですが、酒井忠康さんにプレゼントをされたものでしょう。私がその絵を、まだ喧嘩をしていない時期には、褒めちぎっているのですが、それは電話の盗聴で、敵の知るところですからね。そして、

 私も、『それだけは、悔しいな』思うことは、私がその絵を褒めたたことがどれほど、渡辺幸子さんを救ったか、程度が知れないほどだと思うからです。渡辺さんは、一時期、田沢先生とのことで、ノイローゼ寸前になるほど悩んでいましたから、そこから脱出できる、一つの希望を与えられたと思うのです。ちょっと、言い過ぎの部分もありますが、神様を信じている私には、これは、真実だと感じられるエピソードです。

 だからこそ、その絵は酒井忠康氏か、井上ひさし氏か、伊藤玄二郎氏へ、プレゼントをされたと思います。

 最大の可能性は、酒井さんへのプレゼントとなったという話であり、それは、栗田さんからの連絡で、そうしなさいと言われたことになり、その前には、伊藤玄二郎が栗田さんに、『今夜、渡辺幸子に、そういう電話を川崎千恵子にかけさせてください」と依頼が行ったのでしょう。鍵は、その前に警察から、伊藤玄二郎に、「川崎千恵子は新橋と銀座で、今夜は徹夜をしているから、いじめるのには好機です」という電話が入っていたという点にあります。それらの憶測は、きっと当たっていると思います。そしてこれからそれを証明していきます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題5、『仲間から、いじめで追い出されて、田沢茂氏に、拾われた渡辺幸子さん』

 で、その悶着について語る前に、渡辺さんの先生である田沢茂さんが、どういう人かを語らないといけません。田沢茂さんは、新制作協会の会員です。だが、たぶん、有名・美大を出ておらず、そのことを、コンプレックスとも、また、撥ね返すバネとしても、使って、のし上がった人であり、それゆえに、性格の中に大きな癖のある人でした。プライドの高さと上品さを売り物にしている新制作協会の中では、異色の存在でしょう。

 そしてそういう、ご自分のコンプレックスをカバーするために、上流階級(または、中流の上)の女性を弟子にして、支配をするのが好きでした。いわゆる閨秀作家とか、鎌倉マダムと世間で呼ばれている女性たちを支配していて、そこを、ご自分のプライドの立脚点としている人です。
 私自身がリクルートをされそうになったり、田沢先生と小関俊夫先生との合同会食界にも何度も出ていますので、伝聞だけではなくて、私自身の直接の感想として、それは、わかっております。

 たまたま、弟子がみんな背が高かったので、そのグループは『アマゾネス軍団』と呼ばれて、湘南地方では有名で、肩で風を切る勢いがありました。

 渡辺さんは、私と同じく国際基督教大学を出ていて(?、中退のはずなのだが、いつの間にか、卒業の資格が付与されています。そちらについても、政治的に大問題なので、別の章で詳しく語ります)

 その後、日本航空のスチュワーデスになった人です。だから、美貌の人でもある。そして、最初は主婦のたしなみとして書道に凝っていたが、そのうちに、絵に興味がうつり、鎌倉美術家協会に出品を始めました。そちらの主流派は、日展系です。ところがそちらの人たちに渡辺さんはいじめられて、苦労が果てしが、なかったようです。

  これは、渡辺さんに、いわゆる平均的な日本人以上の、個性があるからでしょう。主婦上がりの、画家は、嫉妬深いからね。だけどそれだけでもなくて、渡辺さんにはどことない形で、まっすぐではないところがあるのです。悪女という評判もあるし、青木繁大賞展を取った凱旋個展の初日の夕方でも、だれもお客が来ていなかったことでも証明されます。青木繁大賞を取ったことを祝福する友達が誰もいなかったのです。中央に小さなテーブルを置いてワインを並べていましたが、知人や友人は、誰もそばにいませんでした。ただ一人を除いて。その日、総ガラス張りで、道路から全部が見えるガレリアグラフィカの一階で、彼女のそばにいたのは赤津ただしさん、ただ一人でしたよ。
~~~~~~~~~~~~~~~

副題6、『美術とお金、赤津ただしと、渡辺幸子の場合』

 赤津ただしさん。うーむ。・・・・・・問題の人。この人の名前を知らない可能性のある世間に人へ向けて簡単に、紹介をすると、元朝日新聞の記者だった美術評論家です。
 12年前の2000年に、「川崎さん、一文字100円で、500文字の評論を書いてあげるから、僕の企画で、個展をしない」と声をかけてきた人。だけど、その文章が案内状印刷申込みの要諦日までに、どうしても、できない(理由は、「僕は時々、うつ病になるから」)とのことで、おおもめにもめた相手です。私はあまりのだらしなさというか、約束違反に、驚いて、『先生、先生が企画をされた個展はやめることにして、前からの予定通り、9月から、アメリカへ勉強に行きます』と言ったら、驚くほどの罵詈雑言を浴びせてきた人です。ファックスでね。

 ところで、今の赤津さんは元気らしくて、主に、画廊るたんとギャルリー志門に張り付いておられます。そこへ行くと「赤津ただしの推薦文つきの個展」をよくやっています。まあ、これは、余談中の余談です。ただし、画廊るたんと、ギャルリー志門が、ここ数年、私に対して、相当に意地悪なのはなぜだったでしょうね。赤津さんの讒言によるもの、それとも、別方向から?

 ところで、その青木繁大賞展での、赤津さんの会話は、当然に、この明瞭に値段が決まっている美術評論へのお誘いだったと推察します。
 ところが、渡辺幸子さんは、乗りません。にやにや笑いながら、顔だけはそっぽを向いています。それは青木繁大賞の賞金が100万円ほどあってね。それで、二回ぐらい個展ができるから、『それで、次もガレリアグラフィカで、やりましょう』と、渡辺さんが内心で思っているので、赤津さんの言うことを聞く耳がないのです。

 渡辺幸子さんの金銭感覚は相当にシビアです。それは、実はお父さんが破産をして、大学を中退せねばならなくて、そこから、相当にシビアな感覚を身に着けた人のようです。で、その反発からか、ロールスロイスを買っていて、それが何度も絵のテーマとして登場しています。
 で、彼女は生きたお金、または、生きるお金しか使いません。ということは、出世に役立つ方向でしかお金を使いません。新制作協会の入選や、受賞に関して命運を握っている先生である田沢茂さんに関するお金は使います。
 だけど、私のように、自分の出世ではなく、主張を開示するために、本を作ること、または、その前段階として、パソコンを使わない彼女のために、プリントアウトで、エッセイを送ることなどには、一切の関心がなくて、送られても一頁も読まなかったと思います。その後、本も差し上げているけれど、読まなかったでしょう。

 そちらの件ですが、赤津さんは読んでくださっていると思います。そういう言葉を銀座の路上でかけてもらっています。文章を書くプロだから、他人の文章に対する姿勢にも、誠実さがあります。それはありがたいことですね。それに、最後までは、朝日新聞にいなかった人だから、それだけ、謙虚でもあるということ。そして、12年前よりも成熟して、おられます。
 だけど、渡辺さんの方からは、度々、『なんで、こんな無駄なことをするの?』と、叱られております。(笑)彼女にとっては、理解不可能な私の行動の一つらしいです。

 だが、私にとっては、考えるということは、息をするのと同じぐらいに、いつもやっていることであり、思考とは文章へ直さないと、次へ進めないものだから、文章を書くことも息をするのと同じぐらいに、必然であり、自然なことなのです。一方で、渡辺幸子さんはものを考えません。行動はします。だが、ものを考えません。フェリス出身で、頭はいいはずですが、それでも、思考をすることには、興味がない模様です。
 それが一番出たのは、桜井陽子さんへの嫉妬心の表出です。

副題7、『ものを考えない渡辺幸子さんは、ご自分の強烈な嫉妬心を、ときには、隠せない』

 それは、2001年から、2003年の間でのことだったと思います。当時、私はたびたび名前の出てくる石塚雅彦さんがトップである、大学同窓会展と言うのに出品をしており、例の外人記者クラブで、打ち上げや、準備会をする、12人のメンバーの一人でした。それは、現代日本社会ではエリート中のエリートの集まりでした。その中に渡辺さんより、6歳ほど年上の紳士がいました。最初は大銀行へ入行し、その後、系列会社の社長になった人です。
 その人を渡辺さんは、嫌いで、嫌いで、批判を私にも平気でいうのです。だが、理由がとても小さい、変な理由です。

 その人が画廊の応接間に部下を呼んで仕事上の打ち合わせをしたのが気に入らないらしいのです。つまり、地位を見せびらかしたのが同窓会展のマナーから外れるのだそうです。
 これはね。一聞すると正しいことを言っているみたいです。だが、今は引退していて、東京からは当いところに住んでいるその紳士が、久しぶりに東京へ出て来て、お当番で、5時間程度画廊に滞在する間、部下を呼んで、打ち合わせをすることぐらいは、寛容になっていいのではないですか?
 驚くべき狭量です。そのグループ内では、新制作協会にすでに入選している自分が、一番でないと、すべてが、気に入らないらしいのです。でもね、彼女自身は、こ知らの大学同窓会展など、遊びみなしていました。というか、「お付き合いでやっているだけなのよ」と、何度も私に公言しています。
 で、画家としては素人であるその社長さんを、本当なら美術界に対する理解深い紳士になってもらうためにも、大切にしないといけないのに、そんな度量はまるでないのです。そのの貫録や、恰幅のいい体格も気に入らないらしいです。それは、不思議な感性ですが、結局は追い出したみたいですよ。元、スチュワーデス特有の女の意地悪で、じわじわと、一緒にいたくなくなる様ないじめをやったのでしょう。6歳も年上の紳士に対して、平気で、そういうことができる人です。

 でもね。今、深い謎解きに挑んでみると、ご主人と比較をして嫉妬したのだと思います。だけど、ものを考えないタイプの彼女は、それにさえ気が付いていないし、決して反省をしないでしょう。だから、青木繁大賞をもらっても、美術のすそ野の広がりには何も寄与しないと思います。100万円を自分で使えることには喜んでいるはずですが・・・・・
 ご主人と比較して嫉妬したとは、渡辺さんのご主人も同じ国際キリスト今日大学の出身者で、社長なのです。だが、はるかに会社の規模が小さいです。ゴルフボールか何かを扱っている会社で、日本全国での売上高で上述の紳士の会社とは、破格の差があるはずです。

副題8、『アマゾネスの同僚の、桜井陽子さんへも、嫉妬心が隠せない』

 ところで、田沢先生の弟子たちって、お金持ちの奥様が多くて、いい洋服などを着て歩いているので、大変目立つのですが、その中でも桜井陽子さんは、その美貌において、最も目立つ人でしょう。原田美枝子を太めに、かつ、より大型にしたようなタイプです。

 私は、渡辺さんと付き合う前に、桜井さんとは、長時間一緒に過ごしています。ぐるーぷとしてのつきあいですが。それは、桜井さんが、30年以上前から田沢先生の弟子になっているので、同じく新制作協会の会員であった小関先生の弟子であった私とは、神奈川県内の団体展が終わった後の打ち上げを兼ねた合同食事会を、何度もやっているということが、まずあります。

 そのうえ、子供が同じ御成中学の同じ学年で、同じ塾に通っていたとか、ほかのポイントでも、いろいろありまして。
 だから、稲村ケ崎の桜井陽子さんのお宅にも上がらせてもらってあります。総二階形式のプレハブで、一室を完璧なるアトリエになさっていたわね。あの頃彼女は室内で、特殊なスミレを20株以上栽培をしていました。今は、もう、人気がないみたいですが、当時は、おおはやりの、外国種のスミレでした。

 その桜井さんは、たぶん、子供が小学校に上がるとすぐに絵(特に公募団体展用の大作)を描き始めたでしょう。そして、武蔵野美大卒だし、若くてきれいだから、新制作でもとんとん拍子の出世をして、2011年現在、既に、会員です。会員とは審査を受けないで済むので、大作を何枚も作る必要がなくなって、金銭的にもエネルギーの上でも、ぐっと楽になるので、公募団体展に所属する限り、会員にはなりたいと誰でも思っています。

 ところが渡辺さんは、条件が違います。同じく美貌の人だけど、清潔感という意味では、桜井さんに劣ります。時によっては、いかにも憎々しげな顔に見える時があります。この章のハイライトの彼岸花の絵を受け渡す際でも、鬼みたいな顔をしていましたよ。後で(たぶん次の日に別のブログで、その詳細を)、書きますが、本当に、鬼そのものだった。
 だから、ほかの人からは、好きになってもらえないでしょう。
 ここに、これだけの文章を書いたので、これから先はわかりません。裏から手が回って、今年は会員になれるのかもしれません。

 渡辺さんは美大卒でもないし、なかなか出世ができません。そのことは何回も愚痴として、聞かされました。それについては同情をします。だけど、その堂々巡りを、私にぶつけないで、ご自分でどうするかは、考えてほしいです。私の方もそっくりな条件を、国画会で、感じました。が、私の方は公募団体展を引きました。やめました。だから、もう、愚痴は言いません。でも、この問題は、相当数の人がすでに悩んでいることだから、まだ、許せるのです。

副題9、『桜井さんの、子供の結婚に嫉妬する渡辺さんの、深層心理は、どうなっている』

その桜井陽子さんが、息子さんの結婚式で泣いたそうです。それを渡辺さんは笑うのです。私に、「おかしいわね、泣くなんて」というのです。私は内心で、『ああ、渡辺さんって、相当に嫉妬深いのだなあ。自分の方がずっと年上なのに、まだ、2人の坊ちゃんたちが、相手はいるのに、正式な結婚式を挙げていないから、それで、こういう風に桜井さんをけなすのだ。ダメねえ。渡辺さんたら、子供っぽくて』と思いましたよ。

 相手がどうあれ、私の方は勘が鋭いので、桜井さんが、どういう人であるかをよく知っているので、そういう風に感じました。幸いなことに我が家では、2人の子供が、ふたりとも、立派な結婚式を、しかも、自力で挙げてくれました。それも、神様の恩沢の一つだと思っていますが。

 だって、桜井さんの泣いた理由は『ご主人・・・(長らく単身赴任状態だった。職場が激務だったからだが、勤務場所は東京だから、奥様は放っておかれたといってもよい)・・・が、「よく一人で、息子を育てあげてくれました」と自分へ、感謝してくれた言葉がありがたくて』でしたから、

 桜井さん特有の、まっとうでまっすぐな、素直極まりない告白であり『アマゾネス軍団で、長年一緒に行動している同僚なら、喜んであげるのが筋であり、たとえ私(=川崎千恵子)が、桜井さんより、人が良くて、渡辺さんの方が、ずっと、陽子さんより気を許せる間柄であっても、『変ねえ』とか、言ってけなすのは、ご自分の心の汚さを、外へ表すことと同義語だからです。「渡辺さん、油断が過ぎるよ」とここでは、言っておきましょう。他人は、表面切っては逆らいませんが、見事に正しく判断をしているものです。

 ところで、ここで、今日は触れたくなかった主部分にまで、とうとう踏み込まざるを得なくなりました。上の問題は、渡辺さんの画家としての生き方に、弱点があることを見事に反映をしているのです。
 彼女はまるで、飢えた人のように、出世を望んでいます。

 それは、国際キリスト教大学卒の女性の中にはありがちな発想です。アメリカ式達成主義があるから。そして出世のために、膨大な時間を注いでいます。

 私は渡辺さんからそれらの桜井陽子をけなす言葉を聞きながら、『この人は、心の中で、家族をどうとらえているのだろう』と不思議でなりませんでした。ほとんど関心がないのではないかしら?』とも考えていました。

 それが証明されたのは、夕食が夜の10時過ぎだという点でした。むろんのこと、ご主人の帰りが遅いのだと思います。社長ですから。しかし、もう一人同じく社長をご主人に持つ別の知人は、ご主人は、職場近辺で夕食を済ませてくるので、自宅では遅くには、食べません。まあ、そこら辺りはそれで、いいのですが、メニューが問題です。その夜はミネストロネスープだそうです。これってただ材料を入れておけば、勝手に完成してくれる料理です。
 しかも彼女は、私との電話対応を左手の子機でしながら右手ではさらに絵筆を捨てません。しゃっシャット音がするので問い合わせると「その通り、今(夜の10時過ぎ)にも描いている」とのこと。それって、ご主人だけではなく、私という60兆の細胞を持つ、一人のれっきとした他人を、ばかに仕切った態度です。でも、普通なら気を使うはずの他人に対して、これほど、無神経な態度を取れる人なら、より親しく手短な家族に対しては、どれほど、乱暴で、乱雑な接し方でありましょうぞ。

 「おや、おや、それで、ご家族が納得ですか、すごいご家族ですね。できたご家族ですね。私には、信じ難いです。それほど、渡辺さんって、物事が通じない人なのではないかしら。感情も通じない人なのではないかしら?」と思いました。

 無論、私だって丁寧に書けば、家族に迷惑をかけた人間です。ただ、「私が一人暮らしをしたのは、同居していて仕事を熱心にすると家族が嫌がるからですが。つまり、私は、そこにいればいろいろなことを家族から期待をされる人間ですが」・・・・・と、私は思いました。そして満三年で海外修行を終えて、家へ戻っています。まあ、詳しく言うと海外は三か月で、のこりの9か月は、その反芻的修行(日本国内)でしたけれどもね。

 彼女の方は、「勝ち続けて、出世をする」という目的には、かなった生活ですが、なんとなく、ほかの家族が、こころの中では、捨てられきっているように思います。それを抗議する隙もないほど、彼女は鉄面皮に見えます。または、非常に弱いので、家族全員でかばっているのかな?
ただね。まるで鉄仮面かサイボーグみたいです。
 
副題8、『ご長男に対する偏愛があり、ご次男に対する軽いネグレクトがあるのでは?』

 ところで、その渡辺さんのそそけ立つような、荒々しさ、が、性格の中に見えるときに、私は常に、このように想像をしていました。
 『渡辺さんって、子供の時に、親に愛されていなかったのではないかしら?』と。お姉さんがいます。そちらを偏愛して、次女の渡辺さんを看過する。そういう傾向がご両親のどちらかにあったのではないかしらと。『特にお母さんが、無感動なタイプで、愛情のなんたるかがわかっていなかったタイプではないかしら』とも。

 別のお友達で、やはり、お父さんが社長だったのだけれど、破産をしたと聞いたケースがあります。だけど、おうちを売って、貸家住まいに環境を変更して、お子さんは大学を出しています。昔のいいおうちは母親が働くという発想がありません。だけど、愛情豊かだと、そういう選択もありです。
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 まあ、余談ですが、わが実家は、明治生まれと大正生まれのカップルとしては、非常に特殊でした。父が、モダン極まりないタイプで、女性を対等に扱いました。が、対等だからこそ、働くべきだとも考えていて、結婚式を挙げてから、母は勤めに、出ました。さすがに、私が生まれた後は、外で勤無するのは辞めましたが、家の中では、やはり働きました。特に戦後は頑張りました。

 パートとか、アルバイトというのではなくて、正式な社員としてです。最初は大銀行、だけど、帰りが遅いので、そこは、やめて次は自動車会社のOLをしました。母は子供を三人産みましたが、いつも、お手伝いさんが家にいて家事はそちらがやって、母の方は、家の中で家族には背を向けてデスクに座り、仕事をしていました。で、よく『私が、大根一本腐らせたとしても、その間に、頭を使えば、100万円は違うのよ』と言っていました。夫婦げんかもよくしましたが、危機に際しては、夫婦で、よく話し合っていたと思います。

 私が、このブログでも男ではないかと誤解をされるほど、きちんと、書き続けることができるのは両親の、その、ものすごく勤勉で、かつ、民主的な家庭運営と、その中で、独立自尊の精神を持っていた母を見習っているからです。だから、どんな苦労があっても、このブログを継続することができています。
 ただ、母には、普通のご家庭のお母さんほどの、素朴な愛情はなかったと思います。怜悧すぎる人でもありました。
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 だけど、渡辺幸子さんが、大学を中 退しなければいけなくなった日々を考えると、『どうも変だなあ。ご両親が』と、思わざるを得ないのです。ともかく、『お母さんは、働く気はなさそうだし、お父さんは、家を売るとかいう手立てを考える気力もなかったみたいだ。変だなあ?』と思うのです。というのも当時の国際基督教大学は学費が、とても安かったのです。アメリカから大金が寄付として寄贈されていたし、日本の財界からも寄付金が来ていたと考えます。
 国立大学よりは無論高いが、一般的な私立の大学の四分の一ぐらいの学費だったでしょう。
だから、ちょっと、工夫すれば、元社長というご家庭なら、何とかなるはずです。

 ご両親は、お姉さんを偏愛していたのではないかしら?

 そして、今度は渡辺さんを主役にして、そのお子さんとの関係を考えます。私は割と図太くて、無神経な彼女は、『お子さん、特に、ご次男に対しては、幾分かの看過(ネグレクト)があったのではないかしら?』・・・・・無論とても軽いものです。親の方も子供の方もそれに気が付かない程度の軽いもの。

 だけど、愛されていない子は親に文句を言いません。そして我慢をします。だけど、愛されていないことが無気力を生みます。渡辺さんのご次男の無気力って、とても軽いものです。だけど、渡辺さんは、それの改善方法を知りません。だから、ご次男はずっと、そういう調子で、生きていくでしょう。
 どこが問題かというと、引っ越しをする時に、自分で荷物を整理できません。また、片付けができません。それと、私もあったことのある、お嫁さん候補を愛せません。だけど、関係を切ることもできません。
 渡辺さんは、そのご次男が、女性に対して、優柔不断であることは、まともなお母さんのひとりとして、悩んではいます。だけど、改善の方法に気が付きません。

副題9、『親子喧嘩をできる親子が、健全だと、私は、信じている』

 私だって、子育てに万全であるわけもありません。問題が山積みであり、それを、渡辺さん以上に無防備な私は、いろいろな人に相談をかけたりしてしまっています。だけど、私は考えることが大好きです。『どうして、こうなるの?』とか、『どうしたら改善できるの?』と考えます。

 で、結論が出ると、自分の生活を軌道修正します。自分が変わるように努めます。つまり、私も渡辺さんと、そっくりで、仕事の鬼であり、家族を見捨てていたところがあるのです。

 家にいるのですよ。ちゃんと家事をしています。お料理は、一週間に、三六品目は使うように気を付けていました。だから、わが子たちは、両方とも背が高いです。そして、別に肥満体でもありません。見事に、すっきりとした体格はしております。痩せすぎでもないし。それは、小さい時から栄養には気を付けているからでしょう。そこには自信があります。(笑)
 だけど、「料理がまずい」と、長男の方にさんざんに叱られました。特に「餃子とか、みそ汁とかが、よそで食べるとおいしいのに、内ではおいしくない。お母さんが、だめなのだ。料理しているときに、心が集中していないから」と、叱られました。

 そして、子供も考える方だから、子供からもお母さんの生活に改善案を示してきました。ごく最近の、十年間の彼の要請は、「パソコンなんか使うな。文章を書くな。夜は早く寝ろ」などです。つまり、子供の方も、問題点をしっかりと把握してるのです。『お母さんの問題点は、お母さんがインテリすぎるところにある。いつも、ものを考えていて、まるで、夢遊病みたいなのだ』と思っているわけです。(笑)
 これは、彼が社会人になって、自分でお金を稼げるようになって、そのポイントで母を上回ったという自信に裏打ちされた発した言葉ですが。
 しかし、息子からだけではなくて、自分でも気が付いて、ちゃんと軌道修正をしているのです。実は一九八九年にすでに銀座で個展をしています。その時毎日新聞の個展の案内ランに、七つぐらいの個展が紹介をされていましたが、上條陽子先生と同時期でした。だから、あそこから一直線に進んでいれば、今、上條陽子か、馬越陽子かというところにいたでしょう。あ、は、は。

 しかし、どうも、自分は集中が激しすぎる。それで、両立が難しいと判断をして、個展をするほどの集中的画家生活を、一〇年も休んだのです。神奈川県では、団体展に参加したり、それこそ、湘南での女流画家さんとのお付き合いはありましたけれどね。銀座には無関係でした。
 だが、その一〇年間の逼塞があったからこそ、子供が大学へ進学した後では爆発的に、集中しました。ところが、またもや、子供たちの批判の対象となります。で、別居してしまったのです。彼らと、一緒にいながら、集中生活をすると、まずいのです。
 でもね、病気になってしまって、それを主人が直してくれたことをきっかけに帰ってきたら、今度は、あきらめやすくなりました。
 どうしてかというと、その猛烈な三年間に、創作と時間のけじめについて見通しを得たからです。ただし、文章をパソコンで書くことについてだけですけれど。
 だから、落ち着いていて、家族が家にいて、嫌がる時間帯は、仕事をやらないと、決めて、我慢をしても、欲求不満には陥りません。

 そのうちに子供たちは結婚をして出てしまいました。だから、部屋が空きました。となると、仕事をする部屋も寝る部屋も、たくさんあって、主人と、時間差で、行動をしてもなんとかなるようになって、真夜中にパソコンを開いて打ったりできるようになりました。

 で、ブログなんかでも継続できるわけですが、それでも、絵画方面は休んでいます。欲求を100%追及できているわけでもないです。ある程度の妥協と、ある程度のあきらめの混合した生活です。それでも平静で、明るく生きることは大切です。

 そして、うちの子たちは二人とも、どなたともストーカーだとか、失恋だとかの問題を起こさず、むろん中絶などの問題も起こさず、普通の形の、しかし、結構に豪華な結婚式を自力で挙げ、その後、自分たちだけで、普通に子供を育てています。ごく普通ですが、親としては安心です。そして、女の側は娘も息子の家も専業主婦です。落ち着いた家庭が、喜ばしいと思っているみたいです。『よかったあ、あそこで我慢をして、自分を捨てて』と思います。

副題10、『子供を愛するということは、時間やエネルギーをそこへ注ぐことです』

 あのね。待つということも愛です。何もしないのも愛です。ただし、そういう目立たない形の愛こそ、ひどく大切なものだと気が付きます。

 その時に、傍にいて、相手に集中しているのだけれど、押しつけがましくなく、穏やかでいる時間が大切です。私は夜主人がテレビを見ている、7時から、10時までは、できるだけ簡単なことをやります。パソコンを開いていても、あまり思考が必要ではないことをやります。
 それでも、文章が途中で、しかもある人間を批判している最中だったりすると、入力を続けないといけませんが、誤るという形を取ります。必ず、謝罪の気持ちを持って、入力します。で、なるべく同じ部屋にいるように努めています。
 渡辺さんが、夜の10時過ぎにも絵筆を握っているのは、家族に我慢を強いている姿勢です。
そして、家族が不満を漏らさないとか、喧嘩を持ちかけてこないというのは、非常に楽な姿勢ですが、相手方に、負担や、成長の不備をもたらしている可能性があります。

 しかも渡辺さんは、精神的に田沢先生のことを考えすぎています。これは、恋愛の話ではありません。が、いつも田沢先生のことを考えていました。これでは家の中は、もぬけの殻です。主婦がいないおうちです。そうなると家族にエネルギーが沸き起こりません。

 坊ちゃんたちは、結婚ではなくて、仕事のため、会社の近くに住むという形で家を出ておられます。だけど、その前に、こういう風に空洞化していたら、ご次男には、気力がわきません。そのうえ、度ことはない形で、両親の姿に対する疑問や不満があったら、結婚生活に魅力を感じないでしょう。だって、ご次男からみれば、お父様は、100%奉仕するだけです。

 そこに魅力を感じないとすれば、または、今、自分に、「お嫁さんにしてくださいね」と迫ってきている女性にも似たにおいを感じれば、逃げたくなるのも道理です。だけど、形の上では、社長さんが父、芸術家が母、鎌倉に実家がありと、続いていて、これ以上はない、よいお婿さん候補ですから、御嬢さんの方は必至で、坊ちゃんがお母さんの個展の会場に来れば、一緒についてきます。そして、打ち上げにも同席するのだそうです。だから、午後五時ごろ、私はその御嬢さんにお会いしました。

 でもね。それほど、しつこくされても二人が将来幸せになれるかどうかについて、渡辺幸子さんの方には確信がないのです。そういう潜在意識のある時期に、桜井さんの坊ちゃんの結婚式のエピソードを聞きました。そこには『ああそれって、愛情の交換が示されたエピソードですね』と確かに言える言葉が出てきています。

 『僕は東京にいて、ほとんど家には帰っていないので、一人で息子を立派に育て上げてくれた妻に感謝します』という言葉が。・・・・・

 渡辺さん、それをけなしている場合ではないでしょう。子供を育てるのは母しかいない。適切な時期に適切な愛情を与えていない場合は、もう一回育てなおす必要があるのです。だけど、会社勤務があって、夜とか、休日はがるフレンドと過ごすご次男と、育てなおすために、愛情の交換をしている暇は、もうないですね。だけど、ともかくはっきり言えることは「桜井さんを笑っている場合ではないですよ」ということ。

副題11、『渡辺さんの嫉妬心が、私に向かって驚く。しかも原因が作品の大きさだったから、さらに驚く』


 その渡辺さんの強烈な嫉妬心こそ、私に大きな苦難を与え、かつ、彼女に、青木繁大賞をもたらしたものだったのです。世の中は不条理に満ちています。が、それでも、私が平気で元気で、本作りに励み続けているのは、私の方が、心の安寧を、彼女より多く持っているということには確信があるからです。それと、自分が自分の心身に対する主人公であるという側面でも、地震があります。ので、平気なのですが、これから、彼女の嫉妬心の激発について、委細を語らせてくださいませ。

 で、展覧会の方は、小松ストアーの別館三階にある、望月画廊で、展示をするのを常としていました。

 私はたいていの場合は、三号か、4号の、小品(楽しみを旨として描いた小さな絵)を出していたのですが、そのころ、そろそろ、国画会とか、女流展を辞めたいと思っていて、そちら用に作ってあった、100号の絵を、その同窓会展に回して出しました。それは、画家としての全力投球をした絵であり、優れていた(?)模様です。
 おとなしい絵ですよ。ほとんどが白で、砂や貝殻の粉を混ぜているので、つやもない絵です。が、上品なことと清潔なことは確かな絵でした。多分成功している作品の一つです。

 一方で渡辺幸子さんは、まだ、画壇での出世にこだわっている真っ最中であり、(しかも、71歳を超えた今でも、そこを目指して一直線のはずです)本格的な発表の場を、新制作協会においていました。だから、大学同窓会展は手抜きの場所・・・(と、彼女は電話内で、私に何度も公言していました)・・・であり、たいていは、鎌倉美術家協会に春に出品をしたものを、そちら(秋)に、繰り回すという形の出品をつづけていました。そこへ、私が本格的な絵を出品したので、彼女は度肝を抜かれたらしいのです。しかも余裕を失って、大きないじめを仕掛けてきたのでした。

 ここで、本日の文章を終わりとさせていただきたいと存じます。このサイズの件も最後まで書くと20000字を超しますので、次に続くとさせてくださいませ。

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政治評論・「社会の窓が開いていますよ」・・・#1 から、抜き取った部分、

2012-09-19 09:34:38 | Weblog
下の文章は上にスクロールしてくださると現れる文章から抜き取った部分です。

副題2、『全・ネットカフェは、今、警察に支配をされている』

 から抜いてこちらへ移動した部分。


*1、ネットカフェの種類が多いことについて。

 無論違うカラーのところもあります。華やかな形で繁華街で営業しているところは若い男女がある特殊な目的のために利用するのです。私はスペックの良いパソコン(動きが速いパソコン)を借りるのですが、そういうパソコンは冷遇されていて、非常に場所が狭かったり、いろいろ、損失もあるのですが、その別の目的で入っている人たちには、広いスペースが与えられているのでした。(笑)
 そういうのに、初めて気が付いたのは、横浜駅東口にある大きな店舗ででした。『ホテルの地階にあるし、従業員のマナーは、よいし、インテリアはきれいだし』という意味で、ずっと使い続けていたのですが、ある時、そういう利用者がいることにも、変な声が聞こえてきて(笑)、気が付いたので、それ以降は、気を付けて、そういう類のお店には行かないように図っています。

 で、反対に、立地条件が悪いところにあって、しかもチェーン店化(たぶんフランチャイズシステムでしょう・・・・・ゲームソフトの共同購入、漫画本の共同購入などのノウハウを、大手チェーン店は、頒布していると思います)、していないところは、いわゆるホームレスに近いすれすれの人を引き受けてあげているみたいで、『就職のための住所を貸してあげます』などと、張り紙がしてあります。

 そういうお店は、そういうお店で、社会に役立っていると思います。ある種の受け皿というか、クッションになっているのね。そして、広いタイル張りのお風呂場が在ったり、これもタイル張りの共同便所みたいな仕組みが在ったりして、ああ、そうか、ここの経営者って、もとは宿屋だったのかもしれないなと思ったりします。
 50年前なら、大きな駅の周辺に生存していた商人宿とか、木賃宿というものが、今は大型チェーンホテルに押されて、成り立たなくなっているのでしょう。で、ネットカフェに商売替えをしているというわけです。

 一方で、パチンコであてた大金持ちが、立地条件の良いところに、ビルを建てて、その上の方にネットカフェを開いているところも多いのです。特に二代目とか、三代目が東京の良い大学を出て、教養も積むと、上品な形で、経営をします。で、私は、2007年から、そういうところを選んで使っていたのです。

*2)本作りへの妨害策の一例
 
 それは、写真を、挿絵として使うときに、拡大をしたり、移動をしたり、回転をしたりする必要が出てきます。フェイスブックなどでは、管理者が、自動的にそれをやってくれるみたいですが、本を作る場合は、編集者・兼・デザイナーである私が、それらを、すべてを自分でこなさないと、いけません。その時に、必ず命令した動作の、反対にパソコンが動くのです。例えば写真が最初から逆転して画面に現れます。これも意地悪をされているわけです。
 が、上下をまっとうな位置に直そうとして、「時計回りに、90度回転」と命令すると、反時計回りに回ったりします。こういうのは、『ああそうか、反対に命令すればいいのだ』と、解読が簡単ですが、ついに、気が付かないでいて、印刷と製本がすんでから、やっと気が付いた、瑕疵も、有って、妨害対策は神経を使いぬきます。で、そういうひっかけやだましや、策謀に、いちいち、気が付いて対応していく過程は、まるで、麻雀ソリティアを、解いていく、過程とそっくりなのです。だから、あのゲームが好きなんでしょう。
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F.ロット・・・セルソ・アルベロ・・・三宮正満・・・吉川隆弘 +、ドラクエを破壊されて、新決意△△△

2012-09-18 15:53:37 | Weblog
 今は19日(水)の午前2時ですが、推敲を終わりました。前日より、四倍の長さに文字数が増えており、例の、自分固有の書き方に戻っております。で、推敲がすんだしるしとして、右肩に例の三角印をつけておきます。


副題1、『一日目の前置き』
副題2、『二日目の挿入・・・・・ゲームと政治』
副題3、『ドラクエVが、外から壊される』
副題4、『フェリシティ・ロット(イギリスのソプラノ)の優しさと優雅さ』
副題5、『セルソ・アルベロは、すごい才能の持ち主だ』
副題6、『三宮正満と、オーボエ・アンサンブル』
副題7、『吉川隆弘の、美しい音・・・・・久しぶりにテレビの、音楽番組に満足する』
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副題1、『一日目の前置き』

今、私は本当に緊急状態にあって、ちょっと、寝て、すぐに(3時間程度で)目が覚めるほどです。ただし、これは、よくない傾向です。10年前に、体を壊して、三か月間,居ても立っても居られないほどの激痛に襲われたころと、同じ趨勢です。『こりゃあ、まずい』と思い直して、貴重な時間なのに本作りをせず、リラックスするために(なんと、お金を払いつつある)外の貸しパソコンで、単純なゲームを何時間もやって、宇宙遊泳をしてきました。

 『心持を変える日もあるさ』というわけです。集中は絶対に大切ですが、時には、自己解放も必要です。単純なゲームとは『まあジャンそりてぃあ』というものですが、これは、頭のラジオ体操と言った感じで、どんなにつかれているときでもすっきりします。(笑)で、帰宅して、録画ニュースを見ようとしたら残念。昨日は急いで外出したので、録画準備がしてないのでした。
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副題2、『二日目の挿入・・・・・ゲームと政治』

 ところで、そんな単純なゲームでもそれだけを選んで私がやるのは、理由が二つあります。そのゲームは色彩感覚が美しいのです。マージャンのパイを使っていますので、ほかの単純なゲームに比較すると画面が美しいのです。色彩が大人向けです。
 それとね。ソフトを作った人と、そのゲームをやる人との間に、それなりの頭脳レベルの競争があるのです。
 それと同じものは、私のようにテレビゲームは旧バージョンのドラクエを、Vまで、やっただけの人間にも、ドラクエにもあったと感じています。だけど、ドラクエをするのは、頭のラジオ体操にはなりません。複雑すぎるから。

 でも、マージャンソリテリアの作り手の、こっちへの引っ掛けは、頭のクリアーにとって、とても適切なのです。だましたり引っ掛けられたりするのを予測しながら、引っかからないようにしていくのは作り手の脳を、推理していくことにもなります。

 ところで、本当のことを言うと、お若い方が帰宅時の電車の中でゲームをやっているのは、体力の消耗につながるので、とても、もったいないとは思うのですよ。
 昨日電車の中で、ラインというのですか。大画面の携帯に、緑色の、ウィンドーが浮かぶ新しいSNS(?)を夢中でやっている人がいましたが、そのほうがまだ、健全だと感じます。

 でも、これほど、日本にゲームが蔓延しているということ。それは、もしかしたら、世界中で同じですが、でも、日本人が一番やっているような気がしますが、それは、被・植民地国家だから、若者をだめにしていく方向でなされていると思います。で、本当はゲームの横行には反対をしたいのですが、その手の大局的な発想からは離れて、ごく個人的に私が・・・ゲームに対して、感じた政治・・・というものを、語らせてくださいませ。

 私へのすさまじい弾圧は、まずパソコンが壊れるという形で始まったのです。昨日,2012年9月18日も一台、最も常用しているのが破壊されました。で、それに気がついた後で、そんな苦境下にあるのに、外の貸しパソコンで、五時間(2000円を越える金額)マージャンソリテリアをやっている私の大物振りを、皆様には、知っていただきたいと思います。(苦笑)

 それ以外のものもあわせると五億円の被害だと常にいうことになるわけですが、今は、相当に落ち着いていて、『あ、そうですか』というぐらいなのですが、最初にパソコンへの被害を発見した2007年は、相当に迷いました。また、ダメージも大きかったのです。今は誰がやっているかが、明瞭にわかっているので、『あ、そうですか。では、戦いましょう』で、終わりなのですが、最初は誰がやっているかもわからないし、どういう風に防衛していいかもわからないので、相当に疲労したし、パニックにも何回も陥りました。特に真夜中に起きるケースが多くてね。

 で、もっともきつかったのが、2008年です。で、夫婦で、クロアチアに移住しようかとか(そこなら現代のIT文明からは遠そうで、しかも古いヨーロッパ文明は残っているはずの好ましい地域ですから)いろいろ話し合ったものです。今では、室内の会話もすべて盗聴されている(しかも、庭まで、盗聴が可能らしい)のは、はっきりわかっているので、そんな会話を交わしたら、敵が大喜びをして、さらに攻撃を強く加えてくるのがわかっています。だから、引越しなどいたしません。が、
 以前は、そこまで、の、気づきには、達していなかったので、主人が私の健康維持のために提案を各種してくれました。

 そのひとつが、ゲームでもやって、楽しく暮らそうという案でした。

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副題3、『ドラクエVが、外から壊される』

 で、子供がおいていった古い機械を引っ張り出し、ドラクエを始めたのです。画面が、1センチ間隔で動いていくものです。ピコピコと主人公たち一行が、たてや横へ進むと、突然に、1センチ角(そう見える)のメタルスライムが現れてとかいうもの。まず、IIIを終わりました。それは一回経験ずみなので、あっという間に進みます。ところがVになると、ピラミッドの中が、どうしても突破できません。25年前ですが、それは経験ずみなので、自分のやり方が間違っているとは思えません。

 で、今となっては明瞭に、外からソフトそのものを破壊をされたとわかっているのですが、2008年当時は、意味がよくわかりませんでした。ただなんとなく、そういう可能性は感じて、ソフトを、何回も買いなおしたものです。無論、すでに販売中止のものですから中古のものを探しまくってね。ただそちらの何個目かとして、買いなおした方は、まだ、トライしていません。忙しいし、ほかのポイント、たとえば、このグーブログだって、2009年ごろを頂点として、すさまじい破壊工作を受けていたのです。だから、『ドラクエをやっても同じでしょう』と思っていますので。

 グーブログの方ですが、入力が非常に遅くなるとか、漢字変換ができないとか、いろいろありましたから。

 でもね、常に私は言っています。『相手方が、頭が悪すぎる』と。その2008年当時は、15%ぐらいしか私の方は、自分の頭脳内を、開示していませんでした。ブログもやっていませんでした。すべての活動を、非常に小さな世界の中だけで、行っていたのです。酒井忠康とか、瓜南直子とか、いう、固有名詞を出すこともない時代でした。

 そのまま、ドラクエでもやらせておいたらよかったのです。だけど、「ドラクエ程度でも、自在には動かない」となると、私の怒りは当然、亢進します。「こんなことをやられていて、人間として、生きていけますか? これじゃあ、戦いますよ」となっていきます。そうさせているのは相手方です。相手方の頭脳レベルが幼稚すぎるからです。

 で、今の私は、局所的な詳細さで、政治を分析し続けています。でも、2007年の3月までは、時々、原発の怖さと問題点については触れたが、大概の文章を芸術とか、心理学とか、哲学の分野に限っていたのです。
 で、引き続き、そういう生活は続けているのですよ。だから、そういう方面の、私の文章だけを研究していれば、私は、超・繊細な人間の方ではありましょう。だから、「どうにかしたら、やっつけきれるだろう」と敵は思っているのでしょう。引き続き、攻撃があるということは。
 人間が鉄砲玉として使われることは引きも切らずですし、物理的な環境で言っても、昨日も一台パソコンが壊されたわけですから。

 その破壊された原因ですが、『それは、本作りに必要なアドビイラストレーターか、ほかのアドビ社のソフトが、何かを工作されていて、異常な負荷がかかったのだろう』と思っています。アドビ社ってアメリカの会社でしょう。だから、徹底的に私を狙ってきています。

 こういうことをいうと、皆様は、「あなたは、誇大妄想狂ですね」とおっしゃるとおもいます。が、私が、アドビ・イン・デザインの、CSIIを、16万円以上出して買った直後に、突然、ヴァージョンアップの速度を速めて、今では、CS6にまで改変されており、そのIIヴァージョンはサポートもしてくれないそうです。ひどいひどい措置です。それ以前には、ヴァージョンアップは、二年か、三年に一回でしたよ。

 しかも、昨日も相当におかしいことがあって、パソコンが作業命令どおりには、動かないということが続いた上で、とうとう起動しなくなって、が壊れましたのでね。相当な大容量の負荷をかけられたのでしょう。

 「まさか、ケイケイ君」と、こういう方面に携わっている可能性のある知人にここで呼びかけておきます。『あなたが、これを、やったのではないでしょうね』と。

 で、そとの貸しパソコンを使って、『まあジャンソリテリアを五時間程度やって、頭のラジオ体操をした』ところから、急に思い出した、敵の攻撃手法の分析は、ここで、終わります。

 で、挿入として書いた、局所的政治論から元へ戻ります。
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 2012年9月18日にめちゃくちゃに、疲れたのですが、頭だけは頭のラジオ体操のおかげで、何とか持ちながら家に帰り着きました。ただ、前々夜の火曜日は、夜の11時直前に目覚めて、(就眠したのは、夜の8時ですが、三時間で、目覚めたのです)鎌倉発ののぼり電車が、11時半までなのをしっているので、あわてて、勝たんな着替えだけをして外へ出たので、ニュースの予約録画を、するのを忘れていました。

 が、毎週決まって録画する、クラシック倶楽部は録画されてありました。

 それが、朝の六時から、BSプレミアムで、放映されるものですから、事前の検討など一切していないで、全部録画します。
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副題4、『フェリシティ・ロット(イギリスのソプラノ)の優しさと優雅さ』

 18日放映されたものは、

 実際の演奏は、2011年4月15日の王子ホールのものです。歌い手はイギリスで、オペレッタ等を、専門にしているかた。薔薇の騎士の元帥夫人が日本公演済みだとか。

 で、その来日は、3.11の直後ですから、非常に優しくて、気の毒におもってくれている、メッセージが、会場でも聴衆に向かって語られ、また、NHKがホテルでも彼女の言葉を収録しています。気遣いに満ちた人、そして、彼女のメッセージを聞いているこちらまで、涙ぐんでしまいそうです。

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 ただ、また、ここで、局所的政治論としての挿入ですが、

 『まさか、前報で、書いたNHKがホテルで、番組を制作することへの批判に対する対抗策として、これを、本日放映したわけではないでしょうね』とも思ったりします。・・・・・それは、アガサクリスティへのオマージュの番組でした。日本人が五人で語るのですが、その中で、山本容子さんが、「私、イタリアから帰ったばかりだから、時差があるので、疲れました。ここで、寝かせてくださいね」といったのです。ホテルで、収録されていたので、そういう発言をすることが可能でした。

 それで、私は、「彼女が、イタリアがえりであることを強調したいがために、NHKは、わざわざホテルに出向いて収録した可能性がある。それは、とんでもないことであり、そういうNHKは、恐ろしいです」と批判しているのです。山本容子さんは、わがままいっぱいに、振舞ったのですが、そんなにつかれているのが本当なら、収録の開始直前に「体調が悪いので。急遽、出演はキャンセルさせてくださいませ」と言って、出るべきではないです。そう、書いたから、同じくホテルでのインタビューを収録している、このフェリシティの番組を、今朝、放映したとも、邪推しますが、フェリシティそのものは、全身が美しい人です。心も。そして、フェリシティは、イギリス人ですから、ホテルの収録は無論ありです」と、言っておきます。
 ただ、読者の中には、
 昨日の今日では、NHKだって、準備ができないでしょうとおっしゃる向きもあるでしょう。が、その文章は、以前から何回も触れていることですから、こういう反応がとれるはずです。
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 で、邪推から彼女そのものに戻りますと、NHKが、「薔薇の騎士のコウシャク夫人を演じている」と解説したので、『うん? コウシャクって、侯爵、それとも公爵?』と、疑問を抱いてwikipedia を探りました。

 すると驚くべきことを発見したのです。彼女はなんと、1947年生まれだったのです。御年65歳。そんなには見えません。舞台では、40代に見えました。

 非常に知的で美しい人です。ソプラノ界のグレースケーリーと言ってもいいぐらいです。
ただ、プロにしては、『声量が足りないなあ』と思っていましたが、65歳では無理もないです。

 特に彼女はお洋服にも気を使ってくれていました。普通ならソプラノ歌手は足が隠れるドレスで歌うものです。大体が、パステルカラーで、シフォンとかタフタとかいう各種の絹でできたドレスを着用して舞台に立ちます。

 ところが、彼女は、非常に硬い布(しかし、絹であることも確かでしょう)で、できたかっちりとしたラインのワンピースで現れたのです。足を30センチぐらい見せるスタイルです。

 しかも、色は、紺か、黒か、深い緑です。3,11の結果、大勢の人がなくなってしまったことを悼んで、そういう色のお洋服を着てくれたのだと、女性ならすぐわかる選択でした。

 しかも、複雑な縫製で、十分以上にぜいたく感もあるものです。女性なら、『これは、見かけは地味目だが、実は、高価な、紬の着物の良さを思い浮かべることのできるお洋服だ』と、すぐ感じるものでした。かの女の発想はそういう婉曲な同情を示す微妙なニュアンスの含まれたものでした。

 背が高意です。また、外人としては、太ってはいる法ではありません。が、やせすぎでもない。そういう人が、プリンセスラインの、しっかりとした布のワンピースを着ていて、しかもハイヒールですから、非常に優雅でした。

 wikipediaによると、5歳から音楽の才能を表したのに、大学は語学(フランス語他)を学びに、ロンドン大学へ行ったそうです。だが、やはり、音楽も学びたいとなってフランスへ留学したのだとか。
 これって、どこか、ジェシカ・ラングを思わせます。彼女はアメリカでは美大へ通っていたのだが、パリへも留学をしています。ジェシカ・ラングもとても知的で、演技もうまい人です。あほ役や、ノイローゼ役をやっても、悪女をやってもそれなりに、すべて、そう見えますから。日本で言えば、杉村春子とか、高峰秀子とか、級ですよ。あまり美人ではないが、すばらしい。
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副題5、『セルソ・アルベロは、すごい才能の持ち主だ』

 ところで、私がこのNHKBSプレミアムで、朝の六時から、放映されている、クラシック倶楽部のあるのに、気が付いたのは、今年になってからでした。
 日曜日の夜九時から、今、石田衣良さんが司会をしている、らららクラシック(=昔のN饗アワー)は、池辺晋一郎さんの寒いジョークがなくなって、それはそれで、楽しみなんですが、それでも、軽すぎて物足りないところがあるのです。大衆へのクラシック音楽の啓蒙を、それとはわからない形で、いやみがなく、軽めにやっていることはわかるのですが、「音楽そのものを、静かに集中して聞きたい。解説はテロップ程度でいいですよ」と思っている身には、ある種の物足りなさも感じていて、どうして無くなったのだろうと思っていたら、こっちへそういう正統なる音楽放送は移動をしていたのでした。
ウィークデイは、室内楽を放映して、日曜日に、旧N饗アワーに該当するものをやっています。

 ところで、ちょうどタイミングがよく、ケーブルテレビのコンヴァーターを変えて、録画容量が増えたので、クラシック倶楽部を録画するようになったのです。

 8っか月ぐらい、すでに聞いていますが、そこで、一番素敵だと思ったのは、セルソ・アルベロというテノールです。7回ぐらい繰り返し聞いたのですがまったく飽きないし、いつもそのたびに、『素晴らしいなあと』思って、彼が歌うとき、よく知っている歌だと一緒に歌ってしまうほどです。

 音楽好きな人は、すでに目をつけていて、いいブログがいっぱいあります。

 あと、伴奏の浅野菜生子さんには、初めて気が付いたのですが、素晴らしい人ですね。余裕があってにこやかで。彼女について調べてみると、内外のソリストの伴奏をしてあげているらしいプロでした。ソリストたちは海外で、彼女の録画を見て、「あ、この人で、いいです」と伴奏を承諾するのかしら? アルベロ君が、彼女に、敬意を払っているので、この人に注目をしました。アルべロの性格が非常に、よいということにも気がつきました。
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副題6、『三宮正満と、オーボエ・アンサンブル』

 ところで、もう一つ、音楽的にも美的にも美しかったのは、三宮正満さんというオーボエ奏者を主役とした回でした。リサイタルではなくて、スタディオ録画です。装置が、美しいものでした。

 BS4チャンネルの、月曜日夜10時から、(ただし、10月1日からは、夜九時から始まるそうです)フォレスタというグループの歌番組があります。クラシック歌手で、若手の方の人たちが、男女合わせて、12人のグループを作って、種々さまざまな分野のお歌を、過剰な演出はない形で、歌ってくれるものです。

 これも私は好きなほうの番組であり、録画しておいては聞くほうですが、それに似せたつくりになっています。が、日テレのほうは歌で、こちらは、古楽です。そして、日テレのほうは毎週あり、こちらは、この日だけの、独立したつくりでした。
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副題7、『吉川隆弘の、美しい音・・・・・久しぶりにテレビの、音楽番組に満足する』

 あと、名前の通り方という意味では地味な方ですが(というのも普段欧米で活躍しているそうですから)
 吉川隆弘さんという人の、音色の美しいピアノには、感銘を受けました。

 本当に、久しぶりに、テレビの音楽放送から、純粋に音楽的な感動を味わったといえます。上に上げた4つは、この吉川さんに、接したときほどの驚きはないのです。
 最初の曲は、巡礼の年、第三年、第4曲、エステ○○の噴水』という、今まで、聞いたことも内局でした。すでに年を取ってきているので、新しい曲に取り組むのは、たとえ聞くだけでも億劫なのに、今回ばかりは、演奏が始まって、数秒のうちに、引き込まれました。

 ぶっちゃけた言い方をするのを許していただければ、『現在、どういう名前の音楽家が活躍しているのかなあ。情報を知りたいなあ』という程度の姿勢で、この番組の録画を普段、聞いています。しかし、吉川隆弘さんの場合だけは、『あっ』という感じで耳がそばだちました。ながら視聴では終わりたくない、音楽でした。三回程度聞きなおしました。

  では、今日はこれで、2012年、9月18日に書き始め、19日に終わる。雨宮舜(本名、川崎千恵子)
コメント

青森、大間原発は、チェルノブイリで爆発したのと同じ手法の実験型だそうですが? △△△

2012-09-17 14:41:22 | Weblog
 今は、火曜日18日の午前5時半です。推敲を終えました。加筆もたくさんしています。特に最後の方に。ずいぶんとわかりやすくなったと思います。よろしくお願いします。で、タイトルの横に三角を三つつけておきます。
 
 ところで、最初に写真の説明をさせてくださいませ。写真が16日にアップできなかったと言うことも政治そのものの作用なのです。で、本日17日にトライをして見ましょう。下は17日の朝6時ごろ撮影したバラです。昨日の大雨が水滴としてついています。
 

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副題1、『ニュースは録画をしておくと、面白い結果になる』
副題2、『官邸で、9月2日に仙石氏を含む重要閣僚の会議が開かれた』
副題3、『工事会社は、今、困っています。ガードマンを増やすような条例(?)が出来て』
副題4、『まさか、官房機密費で、私を脅かしている?ことはないでしょうね? 民主党さん?』
副題5、『2030年に、原発を、停止の方向へもっていくというニュースは無論当てにならないので、最初から、ここでは取り上げませんでしたが』
副題6、『工事中の、大間原発の、工事を継続すると、野田内閣の枝野さんは言うが』
副題7、『日本人って、やっぱり、実験動物なのですね』
副題8、『北海道新聞が社説で、大間の原発の工事再開を反対していたが』

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副題1、『ニュースは録画をしておくと、面白い結果になる』

 皆様、昨日の午後、お話をしていた様に本を作っていたので、最近の私は、実際のところ、死に物狂いの忙しさでした。この件ですが、私の敵たち(=鎌倉エージェントの二人)は、本作り(鎌倉春秋社)とか、作家(直木賞審査員)が中心ですから、非常に怖がっていて嫌がっているらしくて、今は、8冊目ですが、当初の一冊目からすさまじい妨害を受けて來ていました。

 最初はパソコンやアプリ(=ソフト)が変になるという形でしたので、「いったい、誰がやっているのだろう?」と思っていました。作業をするのはブルーカラーのスタッフでしょうが、アイデアを出してお願いをしたのは、最初からその二人だった可能性は強いです。ずっと、誰かなあ? まさか、社長とか、審査員とか言う名望のある人がたとえアイデアだけでも、出すわけがないと、思っていましたが、最近では、『明瞭にすべてがわかっていますよ』と言う感じです。でも、ともかく、死に物狂いの毎日で、しかもニュースと言う形でいじめられるので、外出中でも、ニュースを録画しておかないとなりません。それを見ている時間が、それもないのですと、いう、いわば羽交い絞め状態の毎日です。

 でも、苦労はしてみるものですね。録画しておいたニュースを、ずっと後になってからみるのって、政治を分析するためには、非常に役に立つという事を発見しました。もちろん、面白くないですよ。全部知っていることを、再び見るのですから。

 でも、現代の様に作られたニュースが多くて、それによって国民を一定の方向へ教唆・誘導して行こうと言う傾向が強い場合には、その検証には、録画しておいたものを纏めてみることが、大変役に立ちます。
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副題2、『官邸で、9月2日に仙石氏を含む重要閣僚の会議が開かれた』

 山本美香さんの件が何度も繰り返された問題ですが、ほかに、ちょっと引っかかったのは、9月2日に、官邸で、仙石氏を含む重要閣僚の会議が開かれて、云々と言うテレビ朝日のニュースです。短いものですが、NHKで、放映されなかった事に意味があると見ます。

 仙石氏が含まれると、いわゆる戦略会議と言うものとなります。戦略会議と言うものはどこの国でも、どこの政党でもやっているでしょうが、それをニュースとして公開すると言うことが大きな意味があります。(笑)

 普通なら開いたことすら公開すべきではないものでしょう。それなのに、ニュースとして公開する。そう言う場合は、脅かしであったり、諜略の前段階であるケースがあるのです。

 それはね。ずいぶん前のことでした。鳩山内閣のときだったと思います。「鎌倉小町通りの、共同溝工事が、単なる、脅かし(特に私に対する)で、ものすごく無駄なことをやっている問題性のある工事だ」とここで、書いたとたんに、

 急にこの『戦略会議と言うのが、民主党内閣で、開かれる』と報道をされたのです。それを聞いたとたんに、はっきりと民主党内閣と言うものが、アメリカの第一のお気に入りであり、どうあっても、日本を支配させたい内閣であると感じました。
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副題3、『工事会社は、今、困っています。ガードマンを増やすような条例が出来て』

 と言うのも、鎌倉・小町通りの工事とは、延々完成しない・怪・工事なのです。あるときに担当している『大明工事』の主任に、今日は何をやっているのですか?と質問をしたら、「残渣探索です」ですって。「それはなんですか?」と再度質問をすると、「泥の中に、コンクリートとか、石が入っているかどうかを、確かめている」のだそうです。そんなことは、本当に管を入れたり、出したりするときにやればいいでしょう。わざわざ石ががあるかどうかだけを調べるために、アスファルトを掘り返して、また、埋めなおしている。

 あほらしくて、あほらしくて、笑う気にもなれません。
 つまり、
@1)、我が家には泥棒が入ります。で、主人と入れ替わりに私が外出します。
 すると当然に、夜遅く帰宅することとなります。それで、通り道で、工事を行っている男性が、いっぱい居ますね。そう言う人間は、過去に、JRをはじめとして、銀座でも、目の前に、たくさんの制服があらわれて、それで、脅かされたと書いているので、私をさらに、脅かすことに役立つだろうと考えているのです。

@2)、一方でパソコンに妨害が入って、我が家でシゴトがしにくいので外出をしないとなりません。
 だから、鎌倉小町通りで、工事をしていることは私を脅かすためですが、その工事用の、ガードマンが、駅から、何人も何人も居るのですよ。工事をやっていない場所にも立っているのです。だから、脅かしと、連絡のためでしょう。
 小町通りは長さが、800メートルぐらいあります。駅から、覗くと真っ暗で、『ああ、今日は工事をやっていないな』と思いながら入ると、500メートル入った先で、急に大型ランタンの明かりがつき、轟音を上げて工事が始まります。

 母が亡くなる前までは、本を作っていたので(それは一冊・だいたい100万円かかるが売らないので、金銭的には、損失だけです)倹約していて、タクシーなど使っていませんから、そう言う形で脅かされれば、そりゃあ、いやですね。

 ただし、最近はすっかりなれていますよ。そう言う形で、どんなに脅かされても、きちんとこのブログを書き続けていますでしょう。だから、そう言うアイデアを出している人間は、あほなんです。進化と対応能力の塊である私のことは、一切正しくは知っておりません。こちらとしては笑ってしまいます。

 だけど、石っころ、ひとつ拾うために、大型工事車輌が、6台ぐらい動員をされ、作業員が、10人ぐらい、ガードマンが8人以上、動員をされます。

 私が、伊藤玄二郎と、井上ひさしのあくどさについて書いた後で、彼らが危機感を感じると、我が家の山に上がる、その真下(=共同溝とはまるで関係のない場所)で、工事をやっています。二人がお願いをしていて、二人を助けるためであることが、これほど明瞭な工事もない、というぐらいのものです。

 だが、皆さん、どうか、以下に書いてある、ガードマンの数についての、知識だけは拡散してください。

 今、鎌倉の、または、全関東圏の、工事会社には、「工事が行われるに際して、必ず、大勢のガードマンをつけよ」という命令が下されているらしいです。受注価格の単位あたりの工事に比較して、以前より大勢を。これも、私が書いているこのブログを否定するために、単に私を脅かすために鎌倉の工事に大勢のガードマンを使うことが、あたかも正当であるかのごとく見せるためなのです。

 それで、費用がかかりすぎて利益が上がらず、工事会社が大迷惑を、こうむっているそうです。こういう政治を行っているのが、民主党特に小沢一郎氏です。彼の支配している時代に起きたことですが、今でも手法は継続をされています。自民党は、ここまで、国民に対する支配力を持っていません。そこがほっとする政党です。

 伊藤玄二郎と、井上ひさしは、隠れおおせると思っていて、次から次へと、ひどいアイデアを出し続けています。私はすでになれてしまっていて、工事がやられていても平気ですが。以前とおなじままに、大勢の人に大迷惑をかけ続けています。今度は零細工事会社です。不況で、公共工事が減っている中で、さらに過酷な出費を強いられています。

 これは、神奈川県で受動喫煙のことが大問題になっていて、タバコを吸う人が大迷惑をこうむっていて、それが、全日本に拡大をしていますが、それと、同じ流れであり、二人から始まったアイデアです。
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副題4、『まさか、官房機密費を使って、私を脅かしては居ないでしょうね? 民主党さん』

 ところで、小町通りから離れた場所でも、大変たくさんの工事が、この2007年から、鎌倉市内では行われています。それは、共同溝とは名乗れないので、東電(関電工が担当している)とか、NTT(NTTの子会社)の名前が使われます。それらは、その親会社から、出費が出ると思うから、気の毒ではないのですが、

 小町通りの工事は、一応、見かけでは、鎌倉市か、神奈川県が払っていると思われます。余りにも無駄遣いが多いので、それは、税金の無駄遣いですから、困るし、そちら側から、伊藤玄二郎の化けの皮をはがしてやろうと思って、この道路の管理者が誰であるかを、探しているのですが、誰であるかが、今のところわからないのです。神奈川県に電話をかけても答えがはっきりしないし、鎌倉市にかけてもはっきりしません。
 今日、ここで、このように書いたら、きっと、ニュースで、明らかになると思いますが、どちらの誰が出しているにしても、ものすごい無駄遣いがなされています。

 そして、この「共同溝工事が無駄だ」と書いたときは必ず、深夜まで大音響をあげて、工事が行われます。午前三時ごろまではざらです。私を脅かすためですから、迷惑を避けようという発想は、元からないのです。『午後の7時から、12時まで、5時間だけやって終わらせましょう』ではなくて、私が家に帰ってくる、夜の12時ごろから始めて、午前、4時ごろまで轟音の連続です。毎日ではないのです。毎日やって、でも、一年間で、電柱がなくなれば正当な工事だったといえますが、すでに、4年は半は、過ぎているのに、ほとんどの、電柱が残っています。私が生きている限り継続するのではないでしょうか?

 北鎌倉街道の東側には八幡宮があり、西側の山の上には、我が家が在るわけですが、道路ッぱたにお住まいの川合さんなど、大迷惑でしょう。ここの奥様は、川口順子、元外務大臣のご親戚筋に当たるのですが、伊藤玄二郎は、早速に手を伸ばしていて、一巻のエッセイ集に彼女をお誘いしてあります。だから、それもあってでしょう。非常に変な顔をなさっていた時期もありましたね。私を悪ものだと、聞いておられるのだと思います。

 だけど、あの轟音を上げている大工事は、猫のことで、大変な迷惑を私にかけた石川和子と言う、陶芸家が、伊藤玄二郎の愛人だったから、行われている事なのですよ。伊藤玄二郎というのは、そう言う人間なのです。

 もし、川口順子外務大臣か、川合さんご本人とお付き合いのあるかたは、このブログの存在を彼女にお知らせをください。そして、「どうか、過去文をお読みください」と伝えてください。気の毒に、大変な安眠妨害ですが、どうしてそうなるのかの真実がここに書いてありますからとも添えごとをしながら。

 ・・・・・やらなくてもいい工事を、やらなくてもいい時間帯にやっている。それは、本当におばかさんな、柳澤昇と、石川和子を助けるのためでもあり、彼らを利用し続けて、使っていた伊藤玄二郎を守るためでもあり、そして、伊藤玄二郎が、いわゆるエージェントとして、起用をされたためでもあり、その結果、彼は、民主党を、どうにでも動かせる、または、NHKをどうにでも動かせるほどの、大きな立場にのし上がったためです。・・・・・と。
 
 ところで、私は、この偽(?・・・・・ちっとも進展せず、電柱がとりさられることがない。そして、偽ブランドの日本酒、『恋のうぐいすから』とか、偽ブランドの、パンツのラベル『美肌 と、美尻に役立つ』を、印刷したのと、同工異曲で、この工事についても、説明だけは立派なポスターが出来ています。印刷だけなら。超簡単に出来ますからね)・・・・・

 工事について何回も書いていますが、あるときに、『予算を誰が使っているのか? または、誰がお金を出しているのかが問題だ』と、ここで書いたことがあります。するとNHKニュースが、・・・・・官房機密費というものがあるのだ・・・・・という問題を出して来たのです。

 『ア、そう言うことですか?』と納得をしました。無論、小町通りの、工事の主要な部分は、県か? 市か、または国庫助成金でまかなわれていると思いますよ。

 だけど、建設業界を、協力する様に、納得させるための接待費等は、そこから出ているでしょう。突然に、護国寺の近辺で工事が行われて居たり、下北沢で行われているのは、すべて、私が出かける予定に応じてなされていることですから。・・・・・護国寺についてはまた、後で、丁寧に書かないといけません。例のペンディングになっている大来三郎外務大臣の、未亡人が関係してきます。ただ彼女が、斉藤敏江さん(元、アメリカ大使館館員)と、同い年だと書いたのは間違いで、斉藤さんより、三つはお若い模様です。

 よくニュースの中では、小さい件で、賄賂が、問題になっていますが、官房機密費だって税金です。まったくのお馬鹿さんである柳澤昇と、石川和子を助けるために、莫大な額の税金が、無駄に使われている可能性は強いのです。だから、こういう些細なニュースをチェックすることが欠かせません。

 『そうだったのか、あの無駄遣いの主要部分は、官房機密費が使われて、構築されたシステムだったのか』と、判ってきますし、『民主党がどういう政党であるか』も、はっきりとして來ましたからね。

 野田総理大臣は、現在の総理大臣候補、9人の中では、もっとも誠実な人物だと思います。だけど、民主党と言う組織の中に、根深く巣くってしまった、こういうエージェントたちの働きを考えると、『うーむ。困ったものだなあ』と私は思っていますが・・・・・自民党時代にはここまで、精神的な締め付けを国民に押し付けることはなかったのです。
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副題5、『2030年に、原発を、停止の方向へもっていくというニュースは、無論当てにならないので、最初から、ここでは取り上げませんでしたが』

 ところで、このブログは、非常に熱心に研究をされていて、片言双句を、否定しておこうと言う動きは強いのです。

 私は長い間、原発反対デモには参加しないようにと、お若い方に勧めています。それは、ネット右翼だから、そういっているのではなくて、ああいう団体の中にスパイが紛れ込んであって、悪くすると、それ以降のあなたの生活がめちゃくちゃになるからです。

 ああいうものに参加する人は、誠実な人が多いでしょう。すると、そう言う人は共産党にまずリクルートをされます。そこに入ってしまうと後は、一直線に奴隷状態へと成ります。もちろん、生活上は優雅だったり、お金持ちだったりして、果てはマスコミセレブだったりする可能性もありますが、真実の意味での個性的な生活は出来なくなります。これは、創価学会も同じです。ただ、創価学会は、積極的には、反原発運動には参加していないと見えます。

 また、いきがっていたり、おしゃれな若者ですと、新左翼に誘われて、その中で、見所のある人間は、ここで、私が言っているエージェント格にまで、リクートをされてあがっていく可能性があります。そちらは、とても華やかで、成功への道であるとも見えるでしょう。が、やはり、精神的には奴隷状態であることはかわりがないです。普通の人であること。大組織とは、かかわりが無いことが、もっとも自由なことで、高貴なことなのです。

 ではね。「あなたは、どうしたら、原発が停止をさせられるのですか?』と、問い合わせが来たら、それについては、『ここでは、本音は口をつぐみます』と言わせておいてくださいませ。だけど、誰が考えても、同じですが、特別な方法はないです。となると、政治家が決断するのが好ましいということになります。

 驚いた事に、民主党の、『野田内閣は、2030年までに、原発を停止する方向へ、向かう』と言いました。廃棄ではないし、廃止でもないと思います。停止です。でも、停止でも第一歩です。これは、非常に望ましい方向です。(だけど?)
 本当のことを言うと、本当に国民を代表する政府が出来て、その首班が原発を否定していくのが望ましいのです。ドイツは、メルケル首相が、原発廃棄を宣言しましたね。国民投票も行われましたしね。

 あれが、私の望んでいることです。ドイツの方がアメリカの支配が少ないのでしょう。だから、被・植民地国家である度合いが、にほんにより少ないのでしょう。
 無論、ドイツだって敗戦の憂き目は見ています。欧米の諸国にいるユダヤ人、またはそのシンパから繰り返し、ヒットラーの悪行を、映画にされて、世界中の若い人へ叩き込まれます。それは、ドイツ国民にとっては、充分にいやなことだし、悪い刺激を常にもらっているわけですが、それでも大人の対応をして、備えているし、浅田真央ちゃんに対する屈辱的な採点などを、国民が、見つめさせられている悲劇もないと、私は思います。

 ところが、その野田総理が、「原発を、2030年までに、停止をさせる」と言いました。すばらしい意見で、すぐ、飛びつかないといけません。大・原発反対の私としては、そうしないといけません。

 だけど、『おっかしいなあ。本当かしら?』と言う懸念と、疑惑がぬぐえないのです。ですから、このブログの世界では一切黙っていました。ただ、主人に、「不思議ね」と言うと、「選挙が近いから」と彼が答えるので、「え、日本国民って、それほど、あほだったの?」と言うと、「○○○」と答えました。この『○○○』の伏字は、主人のためを思って、そうさせていただいてあります。

 で、飛びつかなかったわけですが、考えることは考えましたよ。劇的に忙しい最中でしたが、考えました。そして、結論としては、『これは、嘘だ。実行するつもりも実体もないだろう』となり、そのまま忘れていました。国民全体も、同じだったらしくて、今、その発表日の、正確な日付を見るために、午前中には、あっちこっちのウエブサイトを見ていましたが、どこにも保管されていないのです。

 で、ほとんど、嘘だったと言うことがわかりましたので、国民の皆様、そう言う政党だと思いながら選挙に臨んでくださいませ。と言う反対に、自民党にも魅力がありませんね。今回の候補は、誰にも魅力を感じません。まあ、林さんと言うのが、次か、次を狙っていると言うのだけはわかりますが、安部さんは、総理大臣をなさらない方がいいですよ。
 谷垣さんも、政治家はやらない方がいい方です。人間としては立派な人でも、今、現在の永田町には向いていないです。

 ただ、ずいぶんと誠実そうな野田総理が、これほどの、小細工を仕掛けてくるのには驚きますが、私のブログを否定するためだけに、

 『いったん、原発反対と、その種の意見を言っておきました。雨宮舜のブログは読んではいませんが、有名なものらしくて、しかも否定する必要があるものらしくて、あれをつぶすという方向に、協力するのは、仕方がないことですから』

 と言うのが、裏側の本音だと思っています。
 特に、その前に、反原発デモの代表と会談をしたでしょう。あれも、長い間私が言い続けてきたことへの反対の行動です。でも、そう言う代表にあっても、それで、どうって、言うこともないですよね。と言うことは野田総理大臣って、相当に不誠実だと言うこととなります。
 
 デモには参加しないようにという私の若い人に対する親ごころが、否定され続けているのです。2011年の、9月10日の、柄谷行人氏の、デモへの参加のお勧めも、その一手でした。それ以来、深く否定され続けている私の主張のひとつです。ところで、柄谷行人氏は、それ以来使われていませんね。もし、氏が表に再び出てきたら、私が新左翼とは何だと言うことを、丁寧に話し始めるはずだからです。・・・・・と、ここに、書くと、今度はそれを否定するために、再び柄谷氏が出てくる可能性はあります。もう、いたちごっこのきわみです。

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副題6、『舌の根も乾かぬうちに、大間の工事再開です、と』

 2030年までに、原発を総停止すると言っておきながら、まっ反対の方向である停止中だった大間の原発の建設工事を再開ですと。それに対しても、私は何も言いませんでした。だって、そちらの方が、本音でしょうからね。野田総理って言うのは、誠実そうに見えて、落ち着きもあるのですが、「おや、おや、これは何ですか?」と言うことが、対外的にはひどくおおいのです。だから、まともに意見を言う必要を感じません。ああ、またですか』という調子で、軽く、右や左へ放り投げておきます。

 アメリカの言うなりの総理大臣です。「大金の拠出をアフリカとか、アフガニスタンにいたします」と海外の首脳には、約束をしていて、その反対に、国内の国民に向けては、消費税を導入する。自民党以上に、ご誠実にアメリカの言うなりです。

 さて、だから、どうしようもないので、それに対しても発言をいたしません。だが、日本という国が弱体化すると、それもとても困るので、引き続き、大声では批判をしないでおきます。

 だって、昨年の秋までは、自民党をずいぶん、ひいきしていたのですが、谷垣さんが、ピンとはずれで、細かいことばかりやるので、「もう、結構でございます」といいたくなって、いたところです。谷垣さんは紳士ですよ。立派な人ですが、日本の政治を任せるべき人ではないです。そして、小沢氏など、最もとんでもないのですが、大アメリカというか、軍産共同体が後ろに控えていますので、ゾンビみたいに復活する人間です。かなしいことに、命運を託せる政治家がどこにも見当たらない、日本国の現状です。

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副題7、『会議があったそうだから、そこで、決定をされていたのかな?』

 ところで、本日の文章を書き出した動機は、古いニュースの中に保管されていた、9月2日に、重要閣僚を集めて野田内閣が、勉強会を官邸でやったというところに、注目をしたところにあります。

 それは、別に悪いことではありません。重要なことは、5人ぐらいで決定するのが一番です。12,3人も居たら、話がまとまりません。ただ、日本の閣議なんて、なあ、なあだと思いますから、すぐ決定されるのでしょうけれどね。で、その9月2日の会議と言うニュースを、見た後で、2030年の原発の総停止がいつ発表をされたかを知りたいと思ったのです。

 原発の総停止と言う大問題を、野田内閣が、会議により決めたのだったら、それは、大変望ましいやり方ですからね。それだけでも、ほめてあげたいと思ったわけです。

 その録画してあって、今日見たニュースの、時には、それは、まだ、発表以前なのですから、国民の目には、それほど、重大な会議が行われたとも判らないわけです。そして、NHKは、それを放映しなかったのに、テレビ朝日はそれを報道する。そこに何かの秘密もあるかもしれないでしょう。
 で、会議で決まった、で、あろう、2030年、総停止が、いつだったのかが、問題になってきました。

 それが、ネットニュースではどこにも見当たらないのです。それほど、『そんなの、嘘だ』と、日本国民全体が思っていたわけです。(笑)

 で、仕方がないので、大間町の、原発再開(工事)は、いつだったかなと、それを調べる方向へ、変換をしました。
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副題7、『日本人って、やっぱり、実験動物なのですね』

 そうしたら、そちらもニュースがないのです。NHKオンラインでもヤフーでも見つかりません。で、『うっ』と思うほど、びっくりして、大間というキーワードで、検索したら、北海道新聞の社説だけが、グーグルの検索で、引っかかりました。

 そこに驚くべきことが書いてありました。大間の原発は、新しい方法で、運転されるものだったのです。

 MCX燃料と言って、プルトニウムと、ウラニウムを両方を一緒に使う原発だそうです。驚いたねえ。これってチェルノブイリが爆発した原因なのですよ。驚きました。

 日本人って、徹底的に馬鹿にされています。特に青森県がね。気の毒にも、そうなっています。六ヶ所村があるでしょう。住民やそこに賛成する人たちから、大反対をされたものです。で、しっかりと、反原発運動が根付いているのかと思ったのに、いつの間にか大間に、原発ができているのでした。

 ところで、その原発は、チェルノブイリが実験に失敗したシステムで運転されるのですよ。それって、いわゆる実験動物扱いです。

 青森県の県民、および、日本国民全体が、実験動物扱いを受けているということです。そういえば、2011年に、イギリスから、そこに帰ってくる、使用済み核燃料が報道されました。日本国内の原発で使われた使用済み核燃料は、イギリスで処理されます。その処理済みとは、還言すると、プルトニウムを取り出巣ということでした。その後の残りは、それこそ、ゴミ中のゴミだったのです。しかも人間に害を与えるごみです。

 プルトニウムだけは、核兵器へ使われるものですから、高価で売れるものでしょう。そのほうだけは外国に奪われてしまうのです。しかもプルトニウムは、原発を稼動させないと出来ないものですから、日本にこれほど、原発があるのも世界の核兵器の製造工場であるようなものなのです。
 しかも、もっと驚いたことは、大間の原発は、そのプルトニウムと、ウラニウムの混合燃料を使うものなのでした。

 それって、今の段階では、言葉としては、使用済み核燃料といわれているものです。別に、わざと混合してできたものでもないのです。

 これはどういうことかというと、すでに、使用済み核燃料が、飽和状態になっていて、困るからです。
プルトニウムの方もあまっているでしょう。核兵器というのは脅かしようには、もっていたいものですが、それを、実際に使える場所は、もう地球上ではどこにもないのです。
 それを使うと、どこで使っても探索を完璧に成されます。となると、その使った国とか、人間は世界中から責任を問われます。

 そういうわけで、プルトニウムは、それを、分離して取り出しても、買ってくれるところが無いわけです。だから、今は使用済みと称して、核燃料プールに入れてあるものを、これから、使っていきましょうと言うわけです。それをMCXというよくわかりにくい、しかも普通の日本人にとっては、耳新しい用語に置き換えているだけなのです。

 ただし、それは、チェルノブイリでやっていたことなのですよ。

 去年の段階で、私はこのブログ内で、すでに書いていますが、今まで、使用済みと称して捨ててきたものを、経済効率がある様に使うわけですから、今までより、炉内の、温度を上げたりするわけです。
 だから、それなりに危ないものです。
 が、行きづまっている核燃料ビジネスにとっては、廃棄する場所がもうないわけですから、こちらの方向へ逃げていかないといけません。

 でも、そう言うことを実験したいのなら、これほどの、被害を受けた青森(=日本)ではやらないで、アメリカでやってもらいたいものですね。
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副題8、『北海道新聞が社説で、大間の原発の工事再開を反対していたが』

 そのやっと見つけた記事は、北海道新聞の社説でした。そして、非常に丁寧に、書いてあったので、上のことが初めて、私にわかったのです。でも、私だけが格別とろかったわけでもなくて、日本人、一億一千万人のすべてが正しくわかっていたとは思えません。

 それで抱いた感想ですが、『おや、おや、おや。やはり野田内閣は、非常に無責任ですね。そして、原発やら核燃料のことは一切勉強をしておりません。チェルノブイリがどういう理由でおきたかも、プルトニウムとの混合燃料と言うものが何を指すのかも知っていませんね』というものです。

 比較すると北海道新聞はジャーなリズムとしてまっとうです。だが、対岸であり、地方交付金が下りないですね。だから、ここまではっきりと書くことが出来たと言えるのかもしれません。お金に左右される論調あるこの国の道徳って、恐ろしいところまでおちています。

 恐るべき程度で、おちていますね。では、
  2012年9月17日の午後に書き始め、18日の午前五時に推敲を終える。雨宮舜( 本名、川崎千恵子)
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最近は、本を作っていて、超忙しかったのですが

2012-09-16 14:46:23 | Weblog
 
 で、パソコンに対して激しい攻撃を受ける中で仕事をするので、2004年ごろから外で、本作りのシゴトをする様に成りました。それも私の本作りにお金がかかってしまう原因のひとつですが、仕方がない。戦いなのですから、お金の問題は後回しです。
 

の二日は、新しい本の表紙のデザインをしていました。
アドビ、イラストレーターというソフトとフォトショップというソフトを使います。

 いつも大変な妨害をどこかから、受けるので、外でいたします。それで、一気呵成にしますので、たいてい徹夜をします。

 銀座の画廊街にも、顔を出しません。すぐそばの新橋まで来ていても、東京まで来ていても、画廊には、顔を出さないで、アドビだ、アドビだと、やっています。

 デモね。相当に、IT的にデザインをやることに慣れてきました。
それをご報告したいのですが、どうやら、いじわるさんが、すさまじい裏工作をやっているらしくて、グーブログの写真がアップできません。

 それで、テキストで、・・・・・=言葉で、惹句を申し上げます。

 8冊目に当たります。7冊目はオンデマンド方式で、作りました。オフセット印刷機へかけていないので、一冊3千円以上になってしまい、どなたにも今のところお配りしていないのです。いや、外の貸しパソコンを使うお金を入れると、一冊、7千円ぐらいかかってしまいます。本って最初の段階がお金がかかるものなので。

 そんなにかけても、オンデマンドでは、わたくしの場合は、非常に少部数しか作らないので、世の中にそれが出まわっては、いないのですが、気にしていません。本を作るたびに、自分が、相当にしっかりしてきます。

 頭が整理されきってきて、ぐんぐん世の中のことがわかるようになりました。それが自分に対するご褒美です。

 8冊目も、お配りするというポイントでは、どうなるかはわかりませんが、ともかく、データを作ることはつくっておくこと。そう、心に決めております。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 裏表紙に入れた、惹句は、かくのごとくです。

 3.11以来、日本人は、ひどく息苦しく思いながら、生きています。
 
 中学生は、お互いに、いじめ合い、
 大学生は、就職できるかどうかを迷い、
 若い男性は、結婚できるかどうかを迷い、

 中年の人は、子供のことで迷い、
 老人は、最後まで、安全で、幸せに暮らせるだろうかと迷い、

 出口は、どこにあるのだろうかと、
 みんなが探しています。

 本当に、本当に、出口は、どこにあるのだろうか?

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 で、本の総タイトルも、「出口はどこに?」と、つけました。



ところで、二日目には可能ではないかと思ってトライしたのですが、やはり、可能で、出来ました。ところで、このデザインの右側の裏表紙の真ん中に、ピンクのマルが浮かんでいます。これは、私が入れたものではありません。四冊目から、よくやられる妨害で、一番ひどいのは、非常に大きな○(しかも黒だから、ボリュームが大きいもの)をアドビイラストレーターの、ずっと他のエリアに入れられたことがあります。すると、そのために、ボリュームが、当時で、500メガぐらいになったのでしょうね。印刷所のパソコンが動かなくなりました。その同じ事をやられています。

 今、私には、セロ引きのゴーシュみたいに、いろいろな人が絡んできていますが、それの中の一人がフェイスブックの世界で、私の悪口を回しているそうです。なるほど、それも、本作りの妨害のひとつですね。

 ところで、その人がこのブログをつぶしてやると言っています。それから、私を人間としてもつぶしてやると言っています。ですから、このブログがつぶれたら、その人のせいでしょう。まだ、名前をさらしていませんが、そう言うことが裏で起きています。

 でもね、私にとって、大切なことは、現在は、本作りです。それに対する妨害としておきていることだから、それに、左右されてはいけません。

 でも、完成品ではないが(と言うのは、本文にもっと入れて厚くする予定があります。製本も上製本といって、厚手の表紙に変える予定もあります)作り上げたことは、ほっとしています。
 なんとも、うれしい自分への、ご褒美を受けた気分です。

 他にも、1時間かけて作った図案の保存が出来ないとか、
 ありとあらゆる種類の妨害が、私へと、突きつけられてきています。

 それでも、その激しい攻撃の中で、作り上げるのは、自分自身への信頼を再確認できる出来事です。ところで、今回のセールスポイントは、見返しを自分でデザインして利用したことです。たまたま使いたい色の紙が、保存をされていなかったと言うのが動悸でしたが、それは、成功だったと思います。それが、アップできるかどうかを確かめたかったのですが、朝の6時です。

 我が家は鎌倉八幡宮のすぐ左側の山の中です。大木がうっそうとしていて、朝は暗い。で、庭に下りて行き、そこで新しい本の見返しの写真を撮りました。ついでに、バラもとったというわけです。



 本屋で売るわけではないので、カバーとか、帯をつけませんが、一種のデザインの一環として、

 帯風の言葉をつけております。

 私家版、
 2012年、諜略下の日本で、必死に生きていくわたくし。
 謀殺をされた、山本美香さん。

~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 そして、まえがきは、こうです。

まえがき

3.11以来、日本人はひどく息苦しく思いながら、生きています。

中学生は、お互いにいじめ合い、
大学生は、就職できるかどうかを疑い、
若い男性は、結婚できるかどうかを心配し、
若い女性は、自分が子供を持てるかどうかを心配しています。

若い時だけではありません。40代なら、子供が学校で幸せに暮らしているかが心配であり、
50代なら、子供が結婚するかどうかが心配であり、
60代なら、自分が孤独死するか、どうかが心配です。

幸せそうな人もいます。
だけど、心の中に不安を持っている人は
たくさんいます。
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そして、そういうことを
本音で語るチャンスがあまりありません。
人となかよくしたいとか、連帯したいと思っても、
KYだとか言われそうで、積極的に前に出ることが、
ためらわれる現代の日本です。

「あのひと、変わっているわねえ」と言われてしまうのは、
悪いレッテルを張られるのと、同じことです。
だから、みんながそうならないように、びくびくしていて、
元気がありません。
どうして、こうなってしまったのでしょう。
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私も、皆様と同じく、『変だなあ。こんなはずではなかったのに』と思うことが続きました。
特に、2007年以来、パソコンの使用時に、種々様々な異常なことが起こり、それがどうして起きるのかを考え抜いているうちに
はっと、悟ったことがあります。
それを丁寧に、しかも、諄々と語らせていただいています。

私の個人的な苦労を経て、到達した、現代日本社会が抱える問題点と、それが、どうして、そうなってしまうかを、
語らせていただいております。

真理は、結構なレベルで、恐ろしいお話かもしれません。
で、このまえがきの中では、
それは、さらさないで、おかせてくださいませ。

2012年8月20日、  雨宮舜 (本名 川崎 千恵子

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本当は前書きの中にも、結論を入れたかったぐらいですが、

それだけは、控えて、そこから目次やら、本文が続き、さらにあとがきに続きます。

 あとがき
驚くべき発想が展開したと思います。こういうものを書くのは、非常に危険というか、なんというか、妨害が多いのです。
それで、100%の完璧さで、本を作っている余裕がありません。
誤変換も残っていると思います。
 また、「縦書きにした方がよかった」とか、「図を間に入れたほうがよかった」とか、いろいろ問題が残っておりますが、
 ともかく、この本を作り上げるのだけでも、死に物狂いの戦いでございますので、この程度の仕上げで、どうか、ご容赦下さいませ。
 甘えているわけでもありませんが、70歳の老骨にムチ打って(笑)文章から、頁設定から、装丁から、すべてを一人でこなしています。企画も販売も。
 ただし、最初から、『売らんかな』という闘争心はないのです。
だが、過去6冊の本がすべて、一種の剽窃(コンセプトが、大変似ている本が出ている・・・・・とお知らせをいただいていて、そちらは、100万部を超えるヒットとなっている・・・・・)に出会っていても、それを苦にせず、ただ、ただ、天を信じ神を信じて、自分ができることだけを必死で、やり通している私でございます。
 過去に制作した、6冊の本の経験があるので、それは、相当な補助になりました。特に、いわゆる、コツをつかんだ状態に達していて、時間や労働量の短縮という意味で、助かっています。
その六冊は、すべて川崎千恵子名義で出しておりますが、今般は初めて、雨宮舜(グーブログ、『銀座のうぐいすから』で使っている名前です))を、前に押し出しました。

 ところで、このあとがきは、いささか、さえないですね。仕方がないです。ほら、一ミリ右へ行かないと、いや、行き過ぎた、0.6ミリ左へ戻さないと、なんていうことをやっていると、ものすごく疲れてね。頭も、働かなくなります


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野中訪中団・受け入れ拒否・他、非礼を重ねる中国の真実は?+慶応と、共立(薬)の合併の裏は?△△△

2012-09-13 03:13:07 | Weblog
 以下は完成まで三日もかかっています。だが、ニ、三。新事実も、書き加え、さらに読みやすく、判りやすくしたと感じていますので、どうか、再度お付き合いくださいませ。三回も推敲を重ねた、ことを示すために、タイトル横に、△印を三つ入れておきます。どうかよろしく。

副題1、『野中、古賀、仙石氏らの訪中団、受け入れ拒否だと?』
副題2、『与謝野馨氏の、政治的遺言』
副題3、『スマップに対する中国側の非礼について、今、書けること』
副題4、『中国政府が、日本へ、観光へ行かせないと言っているが』
副題5、『スーザンボイルの、紅白出場時のキムタクに対する非礼を、今、解析する』
副題6、『ロンドン、五輪、日本選手団・誤・誘導事件は、意図してなされたものだっただろう』
副題7、『橋本聖子団長は、徹底的な政治音痴です。だめだ。これでは』
副題8、『日本の警察は、日本人の税金で養われているのに、日本人を守っていない。反対に動いている』
副題9、『鎌倉・雪ノ下から見ていると、警察の秘密もよくわかる』
副題10、『ご近所に住むイケメンの工作員(?=または、刑事?)に、監視とか、操作をされている可能性のある、私』
副題11、『慶応大学も、すでに、この件で巻き込まれている』
副題12、『警察が、JR東日本とか、NTTを動かして居るかな。銀行もね』
副題13、『それを、港区・神谷町の青山敦子弁護士に送ってあるが』
副題14、『泥棒は誰なのか?』
副題15、『本日のまとめ』


副題1、『野中、古賀、仙石氏らの訪中団、受け入れ拒否だと?』

 普段なら、『この問題には触れません』と思う主題ですが、触れましょう。このニュース、表向きは無論、中国側の決定とみなされていると思います。

 お断りを受けた当該の政治家たちも、その様にとって居るでしょう。古っぽい人たちですが、昔からの日本人のマナーを守り、中国へ対して文句をつけません。中国の若者(?)の乱暴さとは、対照的です。

 その尖閣諸島に上陸した香港の活動家については、テレビ朝日の夕方の番組でさえ、職業的活動家であり、その行動には矛盾が見られると、報道をしていました。そちらについては、裏があり、日本人のエージェント(原発核燃料を売りつけている国際的大資本家の手先)が、要請して行っていると言う説を、私は上げております。

 野中広務氏の名前に関心があって、このブログの世界へ初めてお入りになった方には、驚天動地の説だと思いますが、ここには、その詳述を再録はいたしません。

 その説の裏づけのために、後半で、スマップの訪中について触れますが、その前に、この訪中団が、誰によって企画をされたかを、問題にしたいと感じます。
 団長の野中氏に、中国側からお声がかかって、それで、野中氏が選んだと見る説が一番まっとうでしょう。これが本当なら、中国も用意周到であり、頭がいいとなります。

 が、私は、仙石氏あたりが企画をしたような気もするのです。今、仙石氏は、マスメディア的に言えば、存在感がありません。しかし、民主党の中では、もっともプロ意識の高い政治家でしょう。週刊誌等で、悪口を書かれている模様ですが、それが、より力があることの証明であるような気もします。

 この企画が一ヶ月前程度、またはそれ以前に、起こされたと仮定をします。外交的なセレモニーに出席するのですから、それぐらいの余裕は必要でしょう。しかし、その後の一ヶ月の間に、民主党の代表戦の件が起こりました。
 自民党の方にも同じ問題が起きているのですが、

 現代政治の本当の実力者としては、仙石氏は、『現在の自分は不遇である』と言う思いがあって、マスコミ(特にテレビカメラの前に、ご自分が映るとに役立つと考えて)対応のひとつとして企画をしたと、仮定をして見ます。
 無論、こちらのほうは当たっていなくて、

 野中氏にお声がかかったか、野中氏が企画をしたと見る方が、より正しいでしょう。と言うのも日中友好を企画して実行をしたのが田中角栄で、野中氏は、田中角栄の七本槍の一人だったはず。

 ちょうど昨日、外人記者クラブ(正式名称を、日本記者クラブ。ただし、外国通信社がおおく入っている場所)で、民主党の代表戦の4候補への取材が行われていましたね。原口一博氏(私は、今、その名前が思い出せなかったほど、政治家としては重要ではない人物。それでも、びーとたけしのテレビタックル出身だから、例の国際的軍産共同体が押している、最も軽い政治家の一人)が、緑の緞帳の前に座っていましたので、なるほど、なるほどと思い至った次第です。

 ところで、金曜日の挿入ですが、その外人記者クラブで、民主党の代表選・出馬4氏に対して、記者会見が行われたわけですが、自民党の候補が、5人出揃った木曜日の時点とか、その次の金曜日の時点で、外人記者クラブ(本当の名前は日本記者クラブ)へその五人が、呼ばれたでしょうか?
 もし、呼ばれていないとすれば、あの記者会見は、例の私の言うところの、国際的軍産共同体が一押しの、人物にハナを持たせる場所であって、公平なジャーナリズムの場所ではないとなります。
 また、日本の真の大権力者が、いかに、民主党をひいきにしているかが、わかります。


副題2、『与謝野馨氏の、政治的遺言』

 この間、ネットの世界で、今、入院中の与謝野馨氏を訪問した記者が居て、政治的遺言を聞いてきたと書いていました。

 その中身ですが、『小選挙区制をすぐやめないといけない。あれで、政治がだめになった』です。

 私が政治的発言をする様になったのも、それ以来です。テレビ朝日は総力を挙げて、それを推進しました。その最先鋒が久米宏です。彼も早稲田大学の出身者です。
 TBSで、歌番組を司会していたのに、突然に引き抜かれて、テレビ朝日が総力を挙げて展開した大きな政治ショー(ニュースステーション)を任されたのは、ひとえに、早稲田出身だったからでしょう。
 これも、成岡庸司という、もと革○の委員長にして、私の中学時代の同期生が、現代日本の、最高の政治エージェントであると言う(私固有の)説を裏付ける事実です。


副題3、『スマップに対する中国側の非礼について、今、書けること』
 
 ところで、中国が外交的な非礼を繰り返すことについて、思い出されるのは、上海万博の時のスマップの扱いについてです。

 招くとか、招かないとか、スマップ側が振り回されていた件です。
 当時はジャニーズ事務所とスマップが気の毒だと感じたので、一切申し上げませんでしたが、これも、実は日本側エージェントの要請によって、左右されていると感じていました。中国側が非礼に見せている様に見えて、意外と違うのです。ですから、尖閣問題も、意外にも日本側エージェント(=裏で糸を引く、アメリカ側)が要請していることかもしれません。どんどん、拡大していっていますが、それは、

 オスプレイ配備の時期とそっくりですね。危ない、戦闘機だと、何度も、繰り返して放映されることが、2ヶ月以上続きました。このオスプレイ配備については、日本側、特に鎌倉エージェントが要請していることは確かです。それに、大国アメリカが従って、「自国の軍隊の装備がだめだ。だめだ」と、大宣伝をしています。「恥ずかしい国家、アメリカよ。見ていていたたまれないです」と、以前に言っています。

 が、この中国の強引さも同じ伝です。
 本日は、中国・国家の船舶が六艘も来たといっていますが、今日の後半でも述べる猫の一件が、原因で起こされています。

 鎌倉エージェントの伊藤玄二郎と、井上ひさしは、追い詰められきっていて、それを助ける、大資本家側も総力を挙げて、一種の捏造ニュース(やっても、やらなくてもいいことで、単に命令をされてやっているだけのこと)を、作り出し、報道をしています。

 つまり、核燃料を売りつけている側は、巧妙に日本を支配するべく、

*1) 永田町、*2) 文化人、*3) 芸能人、*4) スポーツ界、(悲劇の人朝青龍を見て御覧なさい。先週、日経新聞が大きなコラムを作って、内館牧子を称揚し、持論を展開させていましたが、ばかばかしい。そのうちに日経の人気が落ちますよ) と、支配をしてきました。特に東大の教授を中心とした人脈が駆使されているし、残間里江子さんのプロダクションの、力も大きいでしょう。電通の支配力も、無論、大きいはずです。

 しかし、ジャニーズ事務所だけは、簡単に支配することが出来なかったのだと思います。ジャニー喜多川氏は、独特の生活スタイルを築いている人で、個性満杯です。もともと、芸能人なんて、『河原者で、はずれモノさ』という自覚もあるでしょう。だからこそ、政治的支配にしろ、人脈を使った支配にしろ、鋭い嗅覚で、避けとおしたのだと、推察しています。

 で、報復もあって、たくさん、叩かれました。週刊文春を中心として、ジャニーズ事務所はひどい叩かれようでした。
 それに関しては、いっぱいエピソードがありますが、この上海万博に来てくださいの、イヤだめだの、繰り返しは、その一つの現れであり、事実上は、日本側の事情だったのです。
 中国側の事情ではありませんでした。

 それを、外部には発言をしないものの、つぶさに検討をして、知っている私には、今回の招いておきながら断ってくる中国側の、非礼は、ひとえに、日本人エージェントの企画したことであり、それが、国際的軍産共同体を通じて、伝わるので、断れないのだと感じています。

副題4、『中国政府が、日本へ、観光へ行かせないと言っているが』

 そういえば、中国は、最近では、日本国内向けの観光を規制したそうです。
これも、日本人へ対する嫌がらせでもあり、また、毎週銀座へ行っていて、銀座にあふれかえっている中国人観光客について、何回か書いている私への嫌がらせの可能性もあります。

 ただし、これが、実効性を発揮したらどうなるかを、ここで、丁寧に検証してみましょう。『おや、ラッキーだったざーあますね。中国人観光は今、値引きの攻勢に出会っていて、何の儲けも無かったのです。忙しいだけだったのです。ほっと一息、継ぐことができます』と、言う日本側業者さんがおおいと思いますよ。

 例の高速道路でのバスが、縦長に、ガードレールに、串刺しになった事件を覚えておいでですか? あの運転手は、驚いたことに、中国人だったのです。しかも、単なる労働者ではなくて、計画を立てる手配師、いえ、言葉を変えれば、観光業の社長さんだったそうで、忙しすぎたのでした。忙しければ当然に睡眠不足になります。
 日本政府もびっくりして高速バスに対して、いろいろ規制をかけて、來始めました。

 で、安い高速バスは運転できなくなり、実際問題のところ、中国人観光は一種の行き詰まりに達していたのです。ですから、この小休止はよい機会です。正当な利益の回復を目指す再編成のいい機会なのです。

 それって、日本人が、戦後しばらくの間、外貨の持ち出しが500ドルまでに規制をされていて、海外旅行は自由ではなかった時期を、思い出せばいいでしょう。その当時は、兌換率は、一ドルが、360円と決められていたから、500ドルと言うのは15万円に相当します。無論、今より物価が、一桁安い時期でしたから、実質的には、150万円程度の価値はありましたが、規制、の時代があったのでした。そして、規制がかかっているからこそ、海外旅行に魅力があって、行きたいとか、行くべきだと、日本人が考えていた時代です。

 それを、中国側で、味わってもらえばいいです。そして、規制がかかって、行きにくい国に日本がなると、後は口コミが力を発揮します。実際に行った人の言葉を他の人が信じる様に成るでしょう。今は日本を見たことも行ったこともない人が、日本を嫌って、あれこれ言っていますが、それは無論、宣伝や、教育(いわゆる反日・洗脳教育)の結果で、それに惑わされない人が、実際の日本を経験した層に出てきているのです。そう言う人たちの口コミが力を発揮する様になるでしょう。それで、いいのです。

 日本人は温和なので、ビジネスの現場でも中国側に、引っ張りまわされる気配が濃厚です。安く、安くと迫られて、利益がまったくでないような観光ビジネスをやらされていたのでした。ここで、小休止が、効果が上がるでしょう。
 これは勿怪の幸いといったところです。

副題5、『スーザンボイルの、紅白出場時のキムタクに対する非礼を、今、解析する』

 急に本日朝、入ってきた旅行のニュースへの対応から元へ戻ります。

 そのジャニーズいじめの頂点だと感じたのが、スーザンボイルが、来日して、紅白歌合戦に出た時のキムタクの起用でした。
 ホストとして対応した、キムタクがせっかく英語で対応したのに、スーザンが、一切、無視したのです。恐ろしく非礼でした。ちょっと、会場がフリーズするぐらいに非礼でした。

 その後、ネットの世界で、『キムタクの英語がたいしたことはないんだ。日本人として、恥をかいた』と言う論調が出ましたが、どうして、どうして、彼の英語は立派なものでした。

 私ね。1953年から、学校(横浜国立大学の付属中学)にフルブライトの交換教授枠で、アメリカ人の先生が來ていたので、
 50年前から、米会話を頭に叩き込んでいる人間です。今でも、ニューヨークなんかで、話かけると、皆さん、びっくりします。アジア人の叔母さんが、きれいな英語を話すから。大学院へ行ったって、教授も同級生もびびるほどですよ。特に英文を、パソコンでも手書きでも、辞書も使わずに、すごいスピードで書くことができるから。本当にみんな目を丸くします。(笑)
 日本で、道案内をすると、個人で来日している人は、みんなそれ相応の文化人と言うかインテリですが、皆さん、びっくりされます。必ず、どこで英語を習得したのですか?と、質問を受けます。

 実はね。1960年代の国際基督教大学の出身者など、大新聞の外信部を、総なめと言うぐらいに、占めているのですよ。卒業生の数が、非常に少ないので、日本社会に知られておらず、『フーン、それって、どこかの女子大でしょう』ぐらいに思う人も多いのですが、その当時は、日本で、最も、上手に英語を叩き込んでくれる大学だったし、卒業生で、アメリカの大学院へ進んだ人は多いのです。

 入学試験も難しい(一種の知能テストだけですが、全問英語で出るし、大変なスピードで解釈しないと解けないので)ので、有名でした。

 その、私が、丁寧に聞いていて、まったく問題がないレベルの会話でした。キムタクは、奥さんの工藤静香が、NHKの『英語で、しゃべらナイト』にも出ていたそうですから、英語は夫婦で完璧なはずです。

 ところがスーザンがキムタクを無視して、しかも、ネットでキムタクを馬鹿にする発言が続いたわけですが、その裏にあった真実を2012年の、9月である今、開示しましょう。

 スーザンは、事前に命令をされていて、ああいう態度を取ったのだと。その裏には、高度に政治的な部分があったと。つまり、日本人は常にさげすみ、いじめておく必要があると考えられていて、そのシンボルとして、事前の脚本の元に、あれが設定されていたのでした。


副題6、『ロンドン五輪、日本選手団・誤・誘導事件は、意図してなされたものだっただろう』

 ところで、上のような結論は、当時から、抱いていましたが、他言することはありませんでした。それが、『いつも、30%で抑えています』と言う発言の裏側と言うか、実態です。

 『自分なら、こう思うのですが』という説を、展開しても、他人に理解してもらえるかどうかが、不明な時は、その解釈を出さないのです。

 ところが、「ロンドン五輪で、日本選手団(の、旗手以外の部分)が、誤誘導をされ、しかも誤った出口から外へ出た後で、扉が閉められてしまい、日本選手団は、開会式には参加できなかった」と言う事件がおきて、キムタク侮蔑も、偶然に起きたことではないと判断が出来る様になりました。

 ロンドン五輪の、開会式の演出者は、ダニーボイルと言う監督です。彼が当てた映画『スラムドッグミリオネア』は、クイズに出てお金を稼ぎたい私が、「だから、あなたに手伝ってほしい」と知人と電話で話し合った後で、企画をされました。

 そこから類推すると、スーザンの大ブレイクも、事前に、周到に計画をされていたことだろうと、思い当たるのです。

 二人は、苗字が同じです。今のところ、対外的には、一切、その血縁関係が明かされていませんが、いとこ、または、はとこ程度の関係で、親戚である可能性が高いです。彼女はお歌の勝ち抜き戦で勝ってブレイクしたことになっていて現代のシンデレラですが、本当に芸能界で成功したかったかどうかが怪しくて、「芸能人として、人気を稼ぎながら生きていく」という覚悟が見られません。その後、ご近所での評判が芳しくありません。うるさいとか、変人だとか、言われていると伝わってきます。また、日本でも大ブレイクをしたのに、一過性であって、次に招聘されると言ううわさも聞きません。

 私が、ここで、こういう裏側をさらせば、やがて御用済みになり、五年後にの2017年ごろは、マスコミ界から消えていると思います。

 でね、ロンドン五輪の入場式での、日本人選手団・誤・誘導事件は、意図して計画をされたものであり、
 その問題が、世界のマスコミでは、大きくならないように、インド選手団の先頭に、赤と緑のお洋服を着た一般人の女性をひとり紛れ込ませて、彼女に委細を言い含めて、納得をさせて、あれほど、堂々と振舞わせたわけだったのでしょう。
 インド選手団がそれを問題にする様に、わざと計らったのです。インド選手団の団長には、あらかじめ、これも言い含めておいて、騒がない様に頼んでいたと推察します。「ある程度は騒いでください。だけど、本当は別の目的があるのだから、本格的には怒ったりはしないでくださいね」と、頼んでおいたと思われます。こういうところに、昔の宗主国イギリスと、今は、本当に独立したインドとの、対日関係とはまるで、違った新たな親しみの展開を見る私です。

 北朝鮮のサッカー選手の紹介に、韓国旗が間違って使われたと言うのなども、全部、カモフラージュであり、『間違いだって、あるのですよ』と言い逃れるためだったでしょう。

 暗い気持ちにもなります。特に私は、彼らの狙いと悪どさが、それが、テレビ画面に現れた瞬間に、びんびんと、わかる人だから。

 だけど、一般の日本人は、この誤誘導を問題にしませんでした。日本人は常に控えめで温和です。それは、いいのですが、トップに気概がないのは、大問題です。

 まず、オリンピック選手団の団長が、そちら側にすでに、くみ、敷かれています。蛇に飲まれた蛙状態です。今般、室伏選手の当選が無効になった件などは、抗議した模様ですが、将来の裁定がどうなるか?
 彼はハーフですが、それでも、こんないじめに逢います。それは、フジモリ大統領がいじめにあっているのと同系列です。

副題7、『橋本聖子団長は、徹底的な政治音痴です。だめだ。これでは』

ここは、全体が二万字を超えそうに成ったので、そっくり切り取り下へ移動をさせております。スクロールすると出てきます。

副題8、『日本の警察は、日本人の税金で養われているのに、日本人を守っていない。反対に動いている』

 ヤマダ電機の大船支店が、こういう風に動いたと言うことは、伊藤玄二郎か、井上ひさしが、動いたわけはないですから、警察庁が、本部へ電話したか、神奈川県警のどこかの署長が命令したと言うこととなるはずです。

 多分、警察庁がヤマダ電気の社長を巻き込んでいます。
 となると、警察庁って、日本人の意識とは反対に、浅田真央ちゃんではなくて、キムヨナ選手をひいきして居るのです。そう言うことになります。

 それからね。私は、ショートプログラムの採点に、余りに驚いて、初めて2ちゃんねるを同時進行的に見たのです。その時はまだフェイスブックに入っていませんでしたし、ツィッターも幽霊状態で放ってあるから。
 すると、2ちゃんねるで、燃え盛るように、若い人が怒っています。

 で、初めてブログの世界でも、2ちゃんねると言う言葉を使いました。すると、それ以降、2ちゃんねるが封鎖されるのだとか、何とかという話題が、頻繁に起きる様になりました。しかもそれは警察が主導しているとのことです。

 ここにも日本の警察って、日本人のものではなくて、国際的大資本家たちの傭兵、または、私兵であると言う証拠を見ることが出来ます。

 それって、日米安保条約で、米軍が、日本を守るために(?)日本に駐留することになっていますが、そのお金を、日本人の税金からまかなっていると言うのと同じ原理です。
 ただ、米軍の方の思いやり予算については、報道をすでに公開されていますね。国民に事実が開示をされています。で、一定の部分の日本人は、それを、批判していると言うか、嘆いています。

 ところが、「警察も同じだ。日本人を守らないで、アメリカさんとか、そちらに媚びている。日本人支配の方法へのアイデア提供者(=日本人でありながら、裏切っている人たち)の方を大切にしていて、それらの一部(=または、セレブと言われる人たち)だけを守っている」ということは、一切、公表をされていません。それが大問題です。

 おまわりさんは、国民のためになっているという方向では、大宣伝が行われています。振り込めさぎの大キャンペーンも行われていますが、反対方向の、大人向けの真実は、報道がゼロなのです。

 私は、ずいぶん前から、それに気がついていますが、それは、なかなか、発言しにくいことでした。それも、『いつも、30%で抑えています』と言う発言につながっています。

副題9、『鎌倉・雪ノ下から見ていると、警察の秘密もよくわかる』

 あのね、警察がどうして、そう言う風に変化したかが、鎌倉の雪ノ下2丁目の我が家に住んでいると、見事に謎解きが出来るのです。

 10メートルほど西側に、柳澤昇と、(故)石川和子と言う人間がカップルを形成して、住んでいます。女性の方は、鎌倉春秋社社長の、伊藤玄二郎の元愛人だったそうで、彼の会社と同じ名前の鎌倉春秋窯というのを開いています。伊藤玄二郎の、助けによって、鎌倉市の、数箇所の公民館で、教室を開いています。それで、日銭がばかばか入るので、傲慢極まりない夫婦となっています。
 その石川和子が、猫好きで、私の猫を気に入ってしまいました。そして、返してくれないのです。毎日迎えに行かないとだめだし、寒い中を、私が行くのを判っているのに、ドアベルを叩いても、五分も待たせるほどの、わがままな態度を取るので、とうとう猫を家から出さないことに決めたのでした。

 ところが、今は、10歳ぐらいになって、落ち着いている私の猫が、小さいときは活発で活発で、この山中を支配したいと言うタイプで、ちょっとしたすきに逃げ出して、そこにまた、行ってしまったのです。

 迎えに行くと、その日に、家の中に入れてしまったことは、さすがに、道徳的にまずいと思ったのか、猫が居ることを隠すために、怒鳴るのですね。

 つまり、きまり悪さを、覆す行動として、怒鳴るのです。よく猫が、そうするでしょう。猫は、決まりが悪いときには、毛づくろいをして、時間稼ぎをするわけですが、それと同じでした。まるで、動物化して、大声で怒鳴るのです。内容は、「猫を探しに、庭を含む、この家の中にお前が入ってくると、住居侵入在で訴える」です。
 それ以前には、何回も、探しに入った家です。陶芸教室を開いているので、
普通の家とは構造が違います。登り窯こそありませんが、人が自由に出入りできる構造となっています。で、いつも自由に出入りしていて、私が私の猫を呼んでいたのです。ところが、その日は、自分が不道徳なこと、(人間としてはやっていけないこと)をやっているということはわかっていて、却って、隠すために強気に出ていたのでした。

 彼は、伊藤玄二郎が中央大学法学部の出身(ただし、司法試験は通っていないタイプ)だから、受け売りに法律用語をすぐ使って、それで脅かせると思っているのです。

 本当に馬鹿みたいです。私の方は、名弁護士から、『あなたほど、頭のよい人間は見たいことがない』と言われているのですから、彼ら夫婦なんて赤子の手をひねるみたいに、あしらえるのですが、それを知らないのです。
 教養のある人とか、階層が高いレベルの出身者は、こちらが、「国際基督教大学を出ている」と、言っただけで、引くと言うかなんというか、ある程度以上に尊敬の態度を取るから、トラブルにはならないのに、彼ら夫婦は、無知蒙昧、無教養なので、だめでトラブルに発展をします。

 国際基督教大学の19960年代当時のレベルの高さも知っては居ないでしょう。これは、他にも種々さまざまなエピソードが重なっていて、確信を持って、宣言できることでもありますが。

 もちろんのこと、こんなことをいえば、私の方が、下品にも見えるでしょう。自分を立派にも、立てすぎているように聞こえもするでしょう。だが、損害が五億円以上に達していると思うので、その一因となった彼女たちの問題点は明らかにしておきたいです。
 その夫婦の、わがままが、警察(=警察庁の安藤隆春氏)を巻き込む大騒動を招いた主因です。

 まあ、無知と言うのは、それだけで、却って、幸せなのかも知れません。私が大っ嫌いな言い方である、先生と呼ばれて、喜んで、ふんぞり返っていることひとつをもってしても、井の中の蛙で、世界を知らないといえますし。そこについては、徹底的に幸せな人でした。(笑)

 ともかく、怒鳴るので、私はそっくりその言葉を返しました。これは、心理学的・治療法です。頭が切れて狂人になっている相手を、沈静化させていく方法のひとつです。相手が、「住居侵入罪で訴える」と言っているのですから、それと100%同じせりふを返します。
 しかも、大声で、怒鳴って來ているので、こちらも大声で怒鳴り返します。
それで、人間としての恥ずかしさの感覚を呼び覚まし、冷静にさせるのです。
ところが、彼が冷静になる前に、

 その家の中に隠れていた、私の猫がびっくりして外へ出て來て、私を呼んだのです。「お母さん、帰ろう。早く帰ろう」と、啼いたのです。
 それは、彼にとっては奇想天外のことでした。つまり、常に、猫が自分の家に来ることが、大変な優越感をもたらし、そこに依存をして威張っていたのです。だが、その大元のコンセプトが崩れてしまいます。それゆえに、さらにパニックに陥った模様です。
 私も、自分の猫を拾って、我が家に帰りたいのも山々なんですが、余りにも乱暴な柳澤昇の様子から、後ろを振り返ると、背中でも殴られそうで、それを避けるために、逃げ出せず、同じ、鸚鵡返しを繰り返していました。

 すると、その異常さを見かねて、石井夫人が出て来たのです。彼女は、猫を抱き上げて、『ほら、川崎さん、猫が心配しているわよ。もって帰りなさいよ』と言ったのです。で、やっと、私も、『目の前で、見ている人がいるから、大丈夫だろう。殴られないだろう』と判断をして、柳澤昇の目の前、1メートルの距離から離れて、彼女から、自分の猫を受け取り、帰りました。

 これは、結果としては、柳澤昇を助けることになったのです。彼は図体は大きいけれど、非常に気弱なタイプです。ともかく、夫婦そろって、人間としての、熟練が足りない・こ・ど・も・である、程度の低い人間です。多分三里塚闘争をやって居て、大学も中退しているでしょう。そんなことは三十年、近所に住んでいると、何を特別なことを、調査しなくても、道路を歩いているのを見るだけで、自然にわかるものなのですよ。ご近所と逆らったり、喧嘩をしたりすると、そこまでのことが相手には、わかるものなのです。
 
 で、猫が、自分に背いたこと・・・・・(つまり、彼ら夫婦より、私を選んだこと)・・・・・に、逆上したらしいのです。

 無論、大恥をかいたわけです。だけど、いつもが冷静で礼儀正しかったら、こういう対応を取らないで、「ああ、すみませんね。久しぶりに遊びに来たから、つい懐かしくて家に上げてしまいました。もって帰ってください」と、普通の対応を取れるでしょう。そうすれば何でもない事なのです。だけど、それ以前に、数百回にわたる非礼なことをしている後ろめたさがあるので、普通の対応が取れないのです。

 そして、石井夫人がでしゃばって出てきたことは、実は、自分を助けてくれたと言うことにも気がつかないのです。

副題10、『ご近所に住むイケメンの工作員(?=または、刑事?)に、監視とか、操作をされている可能性のある、私』

 ここで、石井夫人の引越しと言うことを上げないといけません。それが、この件が如何に、政治的に扱われたかを証明しています。法務局で確かめたら想像通り、売ってはおられません。

 意図的に引越しをさせられたのです。石井夫人が、とてもまともな人だから、私の味方をする可能性があり、そう言う方向で証言をしたら大変だからでしょう。
 法的な争いになったら、証言者として、呼ばれると予測をして、彼らの住所を私に知らせないようにするのが、引越しの目的です。そのために、家を売らないで、一時的に、この山から、引越しをさせたのです。

 これは、国際的軍産共同体の、大エージェント瀬島龍三のやり方です。いわゆる、CIAのやり方です。で、後に、その家に、イケメンの独身の男性が引っ越して來ています。これが、警察の公安部か、それとも、CIAか、瀬島機関かの、人間だと私は推察しています。

 大変なイケメンです。真夜中へコンビニにコピーをとりに行こうとして、彼が一人で引越しをしているのに出会い顔を見ました。ましたが、プリンターが数台だめにされているので、コピーはコンビニまでとりに行くのです。その真夜中の外出で、この山の住人について、思いがけないほど、重要な情報を得たことが何回かあって、それも、私が、『常に神様に見守られている』と豪語するひとつの・よ・す・が・になっています。敵は種々さまざまな攻撃を加えてきます。が、それが却って幸運をもたらすこともあるのです。(笑)

 そして、彼が昼間出かけるときには、必ず、男の日傘(?)で、目深に顔を隠して出かけます。

 彼のやったことで、ひとつ可能性のあることは、今年の3月10日の午後23時ごろ、我が家の一階から、数十枚の手書きメモが、盗まれたのですが、そのイケメンの青年かもしれないという疑惑です。
 そして、それをきっかけとして、
 フェイスブックに入れなくなったのですから、大損害を与えられています。

 この、石井夫人の引越し(無論ご主人を含めて、ご一家三世代全部ですよ)が、柳沢昇擁護のためですから、それは、ひいては、伊藤玄二郎と、井上ひさしを、擁護するためとなり、したがって、泥棒は、彼である可能性を、大いに感じます。
 それから、彼の家に、大型ルーター等の機材を持ち込んであれば、私のパソコンを彼だけではなくて、遠くに住んでいる人材も動かしたり、破壊したりすることが可能になります。それ相応のシステムやアプリや、ソフトを構築すれば簡単です。そういう技術を持っている人間が、支配できますが、その当該人物については、今日は触れません。
 まあ、そう言う可能性もあげて置きましょう。断定はしませんよ。

 ただ、日経新聞がことさらに、警察の技術力を、誇示する記事を連載した季節(2007年ごろ)があって、その当時の記事によれば、50メートルぐらい離れていても、傍受とか、ハッキングとか、可能だそうです。その青年の住んでいる家と我が家との距離は、直線にして、40メートルです。電波とか、電磁波は、間に、家が二軒あっても透き通るでしょう。
 その男が警察庁の職員だとは断定しません。だけど、このばかばかしい問題に、警察庁が首を突っ込んできて、伊藤玄二郎を助けようとしているエピソードは、劇的で面白いモノをあげるだけでも、単行本、3冊は作り上げることができます。それほど、伊藤玄二郎は大切にされています。それで、彼が大エージェントだと規定しているわけです。そして盟友井上ひさしと、酒井忠康氏は、極く軽い気持ちで、いろいろな工作を手伝ってしまって、今、にっちもさっちも行かなくなっているところですが、絶対に反省をせず、さらに新たな攻撃を加えて來ています。

副題11、『慶応大学も、すでに、この件で巻き込まれている』

 昨日、このブログの文章の推敲に、大きな時間がかかってしまったのは新たな敵が、現れてきたからです。長い攻撃的なコメントやら、メールをもらっています。

 こちらは、今それにかかわると、懸案を書き続けることが出来なくなるので、・・・・・また、それこそが、狙いだと思われるので、・・・・・個人的な処理だけにとどめておいて、後で、しっかりとした処理をするつもりで、一応放ってありますが、その役割を担ったのは、慶応大学の出身者です。慶応大学も、使われていることは以前から察知はしておりましたよ。

 酒井忠康氏をトップとして、慶応大学出身の美術評論家も、美術界では、一大勢力をなしています。芸大も、東大も、しかと使役をされて、私は満身創痍で、四面楚歌で、包囲網で囲まれきっていますよ(笑)実は多摩美術大学も、武蔵野美術大学も、女子美大も使われています。なんと、選挙のたびに立候補をする泡沫候補の代表、秋山裕徳大子さんは、武蔵野美大出身の、美術評論家兼作家でもあったのです。今度も出るかな? 注目をしておきましょう。これも、日本の政治を悪くする大きな役割を担っています。反対給付として、いろいろな、特権を得ています。

 それから、佐野ぬいさんは、私としては、気楽に鎌倉でも銀座でも、声を掛けられる間柄だった(弟さんと大学で同級生だから)のに、突然に変心をされております。大変だー。私にとっては、「芸術は爆発だア」では無くて、「芸術は、大変だア」です。

 かすかですが、東北芸術工科大学も使われているし、そのうちに、京都市立芸大や、愛知県立芸大のラインも、使役されることとなるでしょう。本当に忙しいです。(笑)

 共立薬科大学が慶応大学の中に併合され、慶応大学の薬学部になったのは、多分、この私が引き起こしたことでしょう。友人を引き剥がしていくためです。つまり、共立薬科大学の格を挙げることが、大切だとか、効果があると、彼らがみなしているのです。

 だが、とても、微妙なことには、その助けてもらったはずの友人が決して、それを歓迎しているわけでもないのです。

 「研究や指導体制、それから、文部科学省からの、助成金に関しても合併が、100%得だったわけでもない」と言っています。それに、愛校精神があるので、共立薬科大学の校名が消えたことも残念に思っているのです。
 こういう点も、私が常に言う、天はみそなわすの一事例です。

副題12、『警察が、JR東日本とか、NTTを動かして居るかな。銀行もね』

 ところでね。柳澤昇はさらに、大失敗をしているのです。その日も、石井夫人の助けだけで我慢をしておけばいいのに、警察に電話をかけて來てくれと頼んだのでした。

 そして、依頼内容は、「あそこの奥さんをだんなさんに、叱ってもらってくれ」です。そんなことを普通の場合、警察が聞きますか?

 おかしいです。本当におかしいです。だから、彼は伊藤玄二郎の名前を出したのだと推察しています。私たち二人は、鎌倉の有力者と縁が深いのだから、警察も、私たちの見方をしてくれても当然でしょうと言う発想だと思います。

 二人の警官は交通警邏隊だと言うことで、こんな問題に首を突っ込んではいけないのですが、よほど、神奈川県警の教育が悪かったと思われます。
********
 で、我が家で散々に乱暴で失礼なことをいたしました。私は冷静に、見守りながらやらせておいたのです。そして、石川和子と、柳澤昇が、「あそこは夫婦仲が悪くて、家庭内別居だから、古い玄関のブザーを押してください」と言いつけたことも推察しました。

 そちらの方は猫トイレが置いてあるので、最近、10年間は、一切開けません。しかも、泥棒が頻繁に入るので、内側から、針金(鋼線)で、固定をしています。夫婦二人とも同じ玄関を使っているのです。(笑)

 それなのに、そこをガチャガチャ開けようとしながら、『あんたに用は、ねえんだよ。だんなに用があるんだよ」というので、そこまで察せられたのですが、本当にとんでもないです。千葉県の警察がストーカー事件で、助けを求められていたのに、署内旅行で放っておいた時に、長崎で、二人が殺されました。神奈川県警も、この二人の警察官に、おいては、同レベルで、同類です。

 ただね。年上の方は最後の段階では、自分たちが失敗をした事が判っていて、柳澤昇を叱ったそうですよ。「こんな問題で、自分たちを呼び出しては困る」と彼が、後で、言われたそうです。

 でも、柳沢昇は、『だから、失礼をしました』と謝罪をするわけではないのね。『あんたとかかわると大変だ。そこは失敗した』ですって。

 ともかく、そこから先へ進みます。私は警官たちにやりたい放題をやらせながら年上の方に、アジサイ畑欺網事件を説明をし始めたのです。すると、警官も真っ青です。現場で、説明を受けると、明瞭も、明瞭に、これが、一種の犯罪でしかないことは誰にでも、判るのです。

 「その原因となったひとりが、石川和子ですよ」と言うと、警官もさらに、真っ青です。で、年上の方は、急に青菜に塩となったのですが、若い方が頭を全然使わないタイプで、その話を聞きながらも、私を依然として、犯人扱いをして、調書(交通事故の用紙形式)を書き込んでいるから、ころあいを見て、

 『私ね。こんなことをされるいわれはないので、このカミは弁護士に見せないといけません。だからコピーをして來るから、ちょっと預からせてね』と言うと、初めて、若い方も、事態が、自分たちの思っている方向とは違うと言う事に目覚めて、それを死守するために、引っ張ったので、半分に切れたのですよ。(笑)
 だけど、そこに名前等が書いてあったので、充分に証拠なると見て、私はそれを我が家のプリンターでコピーをとって、返そうと思ったら、彼らはすでに逐電をしていました。(笑)

副題13、『それを、港区・神谷町の青山敦子弁護士に送ってあるが』

 そのコピーを港区、神谷町のマンション内にオフィスを構えている高校の同期生、そして、東大出身の弁護士、青山敦子さんの送ってあることを語るのは、ブログでは、今日が初めてです。

 この青山弁護士の事務所が、警察に徹底的に支配をされています。私がこういう件で相談に行こうとすると、神谷町に向かうために、中目黒を通るだけで、行き先が察せられるらしくて、木造の、急な守衛事務所が出来ていて、「内部の人と、連絡を取っていて、アポがすでにある人しか入れません」といったりね。
 彼女のオフィスに、すでに、盗聴器が仕掛けられている可能性があるので、廊下で、話したくて、しかも、その内容をお手紙に書いておきたいと思っていたら、
 まさしく盗聴器が仕掛けられていると言う証拠に、

 廊下の先端に、よく見知っている顔の刑事がチョコッと顔を出して、はっと驚いたように、身を翻して帰っていったのです。つまり、マンションの玄関からエレベーターを使って、彼女の部屋に入ったとみなされる時刻になっても二人が会話を開始しないので、『変だな。どうなっているのだろう』と、その若い刑事が、顔を出してみたのでしょう。(笑)

 つまり、入り口の守衛も警察だったという証拠がこれです。ただし、守衛は、下の階級の人でしょう。そう言う顔をしています。だが、廊下に現れたほうは、公安とか何とか言うほうで、インテリの顔をしています。この連中は四人組で行動をします。いかにも、それなりのインテリ階級らしく振舞って、居て、2008年の三月27日か28日に新潮社を訪問した時も、一階に、四人で談笑をしていたし、ときえだひろこさんと言う先輩と、千駄ヶ谷の能楽堂を訪ねたときも門傍で、待機していました。

 脅かしのつもりなのかどうか、わかりませんが、彼らが考える重要なときには、いつも、目の前に出没をします。最近では、蒲田に住んでいる知人が本を作るときに手伝ったのですが、その日の夜など、そのイケメンで、知的階級らしい刑事たちが、八幡宮近辺に潜んでいて、携帯で、連絡を取り合っていました。夜の12時前後に。ともかく、繊細に見えるイケメンな連中です。
で、彼らの顔を見ると、この四人に限れば、とてもきれいです。だから、ご近所の一人住まいの、イケメンの若い男性も、そう言う上層部の一員ではないかと感じています。

 一方でデブッと太っていて、日焼けしていて、汚いスニーカーをはいているような『如何にも現場の刑事です』と言うような存在が目の前に現れて、電車の中で、私を凝視すると言う形で脅かしたこともあります。

 そう言うことがすべて、上の石川和子と、柳澤昇のわがままから発生をしているのですから、本当にどうしようもない二人なのです。電車の遅延現象も彼らを守るために発生し始めました。

 ただし、石川和子の方はすでに死んでいます。もしかしたら、足手まといとして、殺されたかな? 病院でがんで死んだ事になっているけれど、その三ヶ月前にはまだ、独活の大木みたいに太っていたから、それが、がんで死ぬにしては三ヶ月は、早すぎますから。ヒポクラテス顔貌(やせ細った形)へと変化してさえ、数年間は、生き延びるケースさえあるのですよ。おかしい、あのふっくら顔が急に死ぬなんて。特にがんで死ぬのはおかしいです。
 ともかく、彼ら(=国際的軍産共同体)の怖さは、道徳感など皆無だと言うこと。

副題13、『泥棒は誰なのか?』

 殺人など、平気で起こします。まさか、警察そのものが殺人事件を起こしているとは思いませんが、
 殺人事件を起こしている犯人を、助ける方向で動いています。だけど、石川和子が死んでいるのは象徴的です。神様の存在を大きく感じさせます。

 自然死なら、彼女が起因している、日本人全体にかかっている大迷惑に関して、懲罰を天がお与えになったとい事だし、

 暗殺なら、『ほらね。いくら尽くしても悪人に尽くすのは幸せとは遠い形なのですよ』と言う証明になりますから。

 ところで、上の警官が作った交通事故の調書ですが、我が家からはすでに盗まれています。それから、ルネ北久里浜が、道徳的に言えば完璧なる犯罪で取得をされた土地の上に立っている件の証拠となる書類も盗まれています。

 どちらも警察が盗んだ可能性は大きいです。
 そう言うことを書く私を弾圧したい気持ちは判りますが、

 その書類が青山敦子弁護士のところにも無いとすると、それは、大問題ですね。でも、すでに、無い事をも想定して、私はすべての行動を取っているのです。
 で、はっきり言えば我が家に入っている泥棒は警察だった可能性が高いです。だから、ときえださんが「警察に、それを届けなさいよ」とよくおっしゃるが、絶対に警察には頼みません。
 その支配力の強さですが、この山には20軒の建物があって、実際に人が住んでいるのが、15軒です。そんな中で密度が、13%の割合で、「警察に協力しています」と言う青い看板が門前に立っています。それなのに、泥棒が頻繁に入ります。(笑)

 その二軒とは、前田祝一(元駒澤大学教授)と、清子(元國學院大學の講師)夫妻の家で、もう一軒は安野夫妻の家です。私はブログで以前に、『1960年代は、警察に協力するのなど、インテリとしては、考えられない話だ。前田夫妻は、都立大学の大学院を出ているはずなのに、どうしちゃったのだろう』と書いたのです。すると今はその看板は前田家の門柱からは下ろされていて、しかも白い文字は、たわしでこすったのか、消されていました。『おお、さすがに、恥を知る人だ』と、それは、喜んだのですが、その私のブログの結果、全戸に、今度は、別の看板が警察から配られるようになりました。
 前よりも、ずっと小さくて、紙で出来たものですが、(だから一枚の制作費が五円もかかっていないものです)が、配られました。で、この山は、全戸が、警察さんの協力者と言うわけです。我が家も含めてです。(笑)
 でも、泥棒は相変わらず、減りません。(笑)

副題13、『この章のまとめ』

 キムタクが、紅白歌合戦で、スーザンボイルに恥をかかされた話に戻ります。それは、私が表参道のB2出口で彼とすれ違ったと言う文章を書いたあとで、起こりました。井上ひさしか、伊藤玄二郎は、そう言う風にして、私のいじめを行って來ているのです。

 そう言う土台の上で、大相撲を壊滅させるのなど、お茶の子さいさいで、編出できる案だったでしょう。彼らのおつむの中には、自分たちを守りたいという一行しかありません。

 最初は伊藤玄二郎と石川和子の結びつきを否定する目的で、あれこれを行いました。だが、私はすぐ、瞬時にその裏側がわかるから、やられた日ではなくて、後日に、それを書きます。特に隠れている彼らではなくて、末端で使役をされている人物を固有名詞つきで書きます。
 すると、彼らは、困ってしまいます。

 時間がたてば、以前に、『大丈夫だろう』と高をくくって、巻き込んでしまった鶴岡八幡宮様や、栗田玲子サン等を守らないといけなくなります。

 自分たちが道具として利用をしておいてから、やはり、具体的な人間だから、利用した迷惑の後始末は大変です。伊藤玄二郎は鶴岡八幡宮様にどういう風な謝罪をしているのだろう。世界遺産登録はその謝罪の意味も含有してあるのかな?

 自分と石川和子の間に、下半身の結びつきが過去にあって、それゆえに、石川和子を大支援して、鎌倉の深沢公民館ほか、ありとあらゆるところで、お教室を開く様に押し込めていながら、彼女が大失敗をした後では、急に『関係を隠したい』となって、

 間接的に私が、ノイローゼになることを目指して、八幡宮様に、大音響をあげるように勧めたのです。この四年間の夏の八幡宮様は、ひどかった。

 彼ら二人は、やりたい放題のあくを尽くしておいて、
 ばれそうに成ったら、さらに、悪を追加するのです。

 特に伊藤玄二郎の方にとっては、酒井忠康氏に対する、恐れと、済みませんでしたと言う気持ちはあると思う。

 井上ひさしの方はこれから、将来書いていくはずの東京カテドラルの信者さんとか、神父さんのことを書かれると弱いと思っているでしょう。
 しかし、昨日、石川公章土地家屋調査士、から、電話があったのを見ると、
 彼らが悪の遂行と、実践をあきらめていないことがわかります。
******
 つまり、12日にあっぷした、恩師のご子息との邂逅の文章

「外人記者クラブと同じビル内の、弁護士(=恩師のご子息)からデートを提案されるが」の中で、今は、法的には争わないと言っています。そこに目をつけて、今は好機だぞと、見て、石川公章氏に、電話をかけさせた手合いが居ると言うわけです。

 良くぞかけてくるよとも思いますが、かけてきました。(笑)

 さらにどんどん追求して書いていくつもりです。ただ、この最後の一件ルネ北久里浜の疑惑については、本日は詳細には触れません。

追記; 以下は、二年目から、統計を取っている、ここへの訪問者数です。

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 2012年9月13日に書き始め、15日にやっと完成をする。
                   雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)
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橋本聖子さんの、政治音痴振りと、2ちゃんねるの封鎖

2012-09-13 02:19:34 | Weblog

 これは、同じ日に書いた文章が長くなりすぎたので、取り出して独立をさせたものです。
副題7、『橋本聖子団長は、徹底的な政治音痴です。だめだ。これでは』

 バンクーヴァー五輪の選手団長は橋本聖子さんでした。自民党の代議士ですが、まったくの政治音痴です。世界のことも日本の状況も研究していないし、考えても居ないでしょう。だから、浅田真央ちゃんが、空港について、午後六時からホテルで記者会見をしたときに、延々と自分が話をして、真央ちゃんの話す時間が、民放内ではなくなりました。誰かから、命令をされて、そのとおりに動いたとみなされます。だけどそれって、日本人選手をも守らないし、日本人そのものも、世界から、特に韓国からの侮辱から守っていないということになります。

 民主党の代議士なら仕方がないです。だって、世界中の大資本家は、組んで、このように決めています。日本は、韓国とか、在日出身の人間に支配をさせる。で、その支配を民主党に行わせると。

 だから、民主党の代議士が、このような作業を行っても仕方がないです。
 だけど、橋本さんは、自民党の代議士ですよ。しっかりと国民を守る方向で、真央ちゃんを、支えるべく立ちい振る舞いを行わないと、いけません。それがまッ反対なのですから、何おか、いわんやです。

 自民党は、今、その大権力者である、国際的軍産共同体には、今は、見放されています。だけど、それを好機として、国民の不満を吸い上げて、国民を代表する政党になればいいのです。橋本聖子さんは、冬季五輪、選手団団長なのですから、自民党のイメージを上げるためにも『真央ちゃん、どうか、お話くださいませ』と、できるだけ、時間を与えて、しかも、フォローの言葉を添えるぐらいでないといけません。

 まったく正反対の行動を取り、命令されたとおりに、国民が聞きたくもない自分のスピーチを延々としたのです。こういうおばかさんが、日本社会の要所・要所のトップを占めているのですね。

 だから、日本人の生活が悪くなってしまうのです。お金の面でも文化の面でも。中学校社会では、いじめが行われているそうですが、真央ちゃんへの採点など、世界中の人の面前で行われた、ひどいいじめです。日本人全体に対するひどいいじめです。それに対して、五輪選手団代表なら、橋本聖子さんは、頭を使った、生きた人間としての対応を見せないといけません。

 比較して、ロンドン、五輪の代表・竹田恒和氏は、比較的、しっかりしておられました。明治天皇のひい孫に当たる方だと思うから、少しは日本史が頭に入っておられるし、日本のエリートとして、または、エリートと言うものが、どういう風に振舞わないといけないのかをご存知です。

 橋本聖子女史は、本当の役立たずで、でくのぼうです。

 帰国時の記者会見の後で、浅田真央ちゃんは、新聞予告では、報道ステーションでも、出るとされていましたが、そちらでも、思いがけないほど大きな、妨害が行われました。
 延々と豊田社長のインタビューを50分間も取り、真央ちゃんを、画面にさらしませんでした。

 あのときのバンクーヴァーでの採点にも、その日本での放映の仕方にもいちいち、大疑惑があるから、それについて、国民の関心を喚起させてはならないということで、おさえに、抑えられていました。気の毒な真央ちゃんです。お母さんは、私にわかることぐらいはお分かりになると思うので、心労で、その後、若くしてなくなりましたね。さらにお気の毒です。

 そして、帰国の前の、数日へ戻ります。我が家のテレビは、フリーの演技のときに映らなかったのです。普段テレビを昼間はつけない私も、そのときは30分ぐらい前につけてみて、映らないことを発見して、

 すぐさま大船へ移動しました。すると、ヤマダ電機が、異常な状態になっています。普通なら売り物のすべてのテレビが、テレビ番組を放映していて、NHKと民放を合わせて、数ちゃんねる分を放映しています。で、このように、お客さんのすべてが一局に集中しているときは、NHKにちゃんねるをあわせて置けばいいのです。

 だが、反対に、二台しか浅田真央ちゃんのフリーの演技を、映しませんと言うことで、ほかはすべて、スイッチが切られていて、映りませんでした。

 驚きます。つまり、私に見せないと言う形です。お客さんはすでにいっぱいで、コーナーを囲んでいますので、後から来た私にはもう、見えません。
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副題8、『日本の警察は、日本人の税金で養われているのに、日本人を守っていない。反対に動いている』

 ヤマダ電機の大船支店が、こういう風に動いたと言うことは、伊藤玄二郎か、井上ひさしが、動いたわけはないですから、警察庁が、本部へ電話したか、神奈川県警のどこかの署長が命令したと言うこととなるはずです。あそこは横浜市の栄区だと思いますから栄署?、または、港南署?の所長が命令した?

 これは、意図したものだったと思います。

 そこで、明言しないといけません。多分、警察庁が山田電気の社長を巻き込んでいます。
 となると、警察庁って、日本人の意識とは反対に、浅田真央ちゃんではなくて、キムヨナ選手をひいきして居るのです。そう言うことになります。

 それからね。私は、ショートプログラムの採点に、余りに驚いて、初めて2ちゃんねるを同時進行的に見たのです。そのときはまだフェイスブックに入っていませんでしたから。すると、2ちゃんねるで、燃え盛るように、若い人が怒っています。

 で、初めてブログの世界でも、2ちゃんねると言う言葉を使いました。すると、それ以降、2ちゃんねるが封鎖されるのだとか、何とかという話題が、頻繁に起きる様になりました。しかもそれは警察が主導しているとのことです。

 ここにも日本の警察って、日本人のものではなくて、国際的大資本家たちの傭兵、または、私兵であると言うことが出来ます。

 それって、日米安保条約で、米軍が、日本を守るために(?)日本に駐留することになっていますが、そのお金を、日本人の税金からまかなっていると言うのと同じ原理です。ただ、米軍の方の思いやり予算については、報道をすでにされていますね。国民に事実が開示をされています。

 ところが、「警察も同じだ。日本人を守らないで、アメリカさんとか、そちらにこびて、日本人支配の方法へのアイデア提供者(=日本人でありながら、裏切っている人たち)の方を大切にしていて、それらの一部(=または、セレブと言われる人たち)だけを守っています。

 そして、そういうことは、一切、公表をされていません。それが大問題です。おまわりさんは、国民のためになっているという方向では、大宣伝が行われていますが、反対方向の、大人向けの真実は報道が無しなのです。
 私は、ずいぶん前から、それに気がついていますが、それは、なかなか、発言しにくいことでした。それも、『いつも、30%で抑えています』と言う発言につながっています。
 2013年に初稿を書き、14日に推敲済み。雨宮舜(本名、川崎千恵子)
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外人記者クラブと同じビル内の、弁護士(=恩師のご子息)からデートを提案されるが。

2012-09-12 02:18:03 | Weblog
 本日はきわどいことを連続して書いていきますので、2行か、3行ごとにあっぷするのをお許しくださいませ。

副題1、『本日の前書き』

 昨日は午前五時に起きたのに、午後の三時には品川プリンスホテル内のビュッフェですでに睡魔に見舞われると言うほど、異常に疲れたのですが、疲労しながら、その理由は、きちんと自分でもわかっておりました。それは、恩師のご子息から逢いたいといわれても『ありがたい申し出でながら、もしかすると、これは、一種のわなだ』とも感じていて、それに対してどう対応するかが、悩みの種だったからです。
 
 2011年の11月に広島在住のフェイスブック友達である金田佑子さんが、「東京へ出張がありますから、川崎さん、逢いましょう」と言ってきたときと同じ感覚を受けました。恩師の奥様、つまり、ご子息の母君には常に連絡を取っているので、このご子息から、ブログへのコメントという形で、ご連絡をいただくのが、不思議でもありました。つまり、お母様にお問い合わせになれば、私の住所と電話番号はすぐ手に入るのですから。そちらのルートをお使いになった方がいいのです。本当に逢いたいのなら、電話で連絡を下さるとか、母君や妹君を交えたご一家で、鎌倉観光をなさってね。そのとき、我が家でもご訪問くださればいいのでした。

副題2、『外人記者クラブは、私にとっては、鬼門です』

 二つ目の、疑問は、その方のオフィスが有楽町の高層ビル内にあるのですが、同じビル内に、外人記者クラブ(正式名称は、日本記者クラブ)があるのです。
 NHKのニュース内で、金糸で、刺繍が入った緑色の緞帳の前で、時の人が、外人から質問を受ける映像がよく流されます。今般も、大混乱した自民党と、民主党の代表戦出馬候補が確定したら、きっと、そこに呼ばれて、考えを質問されるでしょう。

 しかし、そこは私にとっては鬼門なのです。そこの理事長を一時期にしていた日経新聞元論説委員・石塚雅彦氏の権限で、そこで、グループで、お食事を一緒にした事が何度もあります。大学同窓会展でご一緒した人たちとともに。とても楽しかったという記憶があります。ところが、そのときにご一緒した、渡辺幸子さんと言う鎌倉在住の女流画家から、その後、大変ないじめに出会い、そこから、

 栗田玲子さんの銀座での暗躍とか、それが、北鎌倉のポラリスと言う画廊にさえ累を及ぼす件とか、山本容子さんのNHKにおける過剰な優遇とか、電車の遅延現象とか、井上ひさしの仮装の死が、始まっているので、

 わが人生にとって、最悪の思い出のある場所となってしまっているのです。恩師のご子息とは、そのビル内にオフィスを構える弁護士先生です。

 参ったなあと言う感じです。特にそのビル内の、「その因縁の場所である外人記者クラブのレストランで、お茶しましょう」などと、提案をされたら、どう断ったらいいかしらと、それが、悩みの種でした。

副題3、『16時間たって、やはり、わなだったのだろうと思う』

 特に、そのレストランの、近所のテーブルに、石塚雅彦氏が、たまたまと言う形で、食事を取っていたら、面倒なことになります。私は石塚氏が、ロックフェラー四世と、寮で、ご一緒だった可能性は、すでに察していて、それゆえに、種々様々な、怪異現象が、身辺に起きるのだと判断していて、

 それを書くのを、3年は我慢をしていたのですが、昨年から、余りにもご近所の攻撃が強いので、それを防ぐために書き始めています。ご近所と大学同窓会は無関係なのですが、酒井忠康氏を通じて、伊藤玄二郎とつながるので、全部関連がつく話となります。

 つまり、24時間、生活の中で、緊張の続く立場となっています。
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 この・・・・・私が、その人の行った悪を書いた後で、その当該の人物を、私の目の前に現す作戦・・・・・と言うのは、彼らは、効果があると見ているらしくて、気がついただけでも、200回を越える例が見られます。で、私はすっかり慣れっこになっていますが、・・・・・そして、ダメージを受けるよりも、敵方の真意を解釈するのに役立てていますが・・・・・
 
 敵への連絡事項として、最近目立ったものをあげておきたいと思います。
 これは、現代史の記録ですから、面白くない部分が含まれてもご容赦くださいませ。

*1)最近前田さんの坊ちゃんに、この山でよく会うこと。ご挨拶をいただけるので、感じが悪くはないが、遠くに住んでいるはずの人だから、不思議である。そういえば、だいたいにおいて、男性は、感じがよい人が多い。性格が素直だ。ただ、『こういう素直なお子さんのあるお宅について、お母さんの悪行を書くのは、お前の良心が、疚しくないかな?』と言うことを問われている可能性を感じている。そのために、今は臨時に、ご実家に今住んでいるとしたら、それは無視しないといけない。

*2)8月の第三週に、前田夫人が目の前をうろちょろして、挨拶なしだった。それと、同時に、LEDへ町内の外灯をすべて、変更すると言う町内総会が開かれたので、それ(=明瞭なる私へのいじめである)を強化する目的があったのだろう。

 この「外灯をLED化する」というのは石原電気と伊藤玄二郎の強い結びつきをあらわしていて、いろいろ、問題がありますので、このタイトル文の最後に、さらに新しい副題を挙げて、さらに、丁寧にお話しましょう。

 同じころ、安野夫人も同じことをする。これは最悪のメッセージだから、私は無論のこと却って硬化する。


*3) それに先立つ、数ヶ月、西隣の小野寺夫人も同じことをする。一応仲良しを装っている間柄だから、いじめの効果があるとみなされているのだろう。一時期までは、そのとおり。だけど、はっきりと『アガペーと言う種類の愛情の側面から言えば、あなたを、捨てます』とこのブログ内で、はっきりと宣言してしまったので、それ以来、私は平静ですが。
 しかし、小野寺夫人が東大卒だと成ると、今回のメインの主題である、恩師のご子息も東大卒である可能性が強いので、何らかの関連さえ感じ取られる。つまり、小野寺夫人の救済の策の趣もあるかな?

 上はすべて、住まいの近所でおきた、悪い意味のある邂逅の例ですが、銀座でも、非常に悪い意味のある邂逅が繰り返されています。それもすべて、真意には、気がついていますが、そちらは余りにも字数が多くなるので、別の機会に書きましょう。で、元に戻ります。
 これから先に記したい人物名は別の機会に詳細に語りましょう。
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 で、元へ戻ります。

副題4、『朝、9時半に、私は、以下のメールを、送信した』
 
 で、元に戻りますと、M弁護士のオフィスのある場所から考察すると、石塚雅彦氏にレストランで、出っくわす可能性があるのです。
 連続して、ここをお読みいただいている方なら、金田佑子さんが、その後、市販されていない日本酒銘柄「恋のうぐいすから」(ラベルだけ印刷して貼ったのでしょう)を小道具として使って散々に、からかってきたことを覚えておいででしょう。
 この金田佑子さんは、フェイスブック内では、コメントのやり取り相手として、鎌倉在住の画家瓜南直子さんと、丁々発止のやり取りをする大の仲良しです。
 二人の間の仲を取り持ったのが、私ですから、まるで平家物語の世界ですね。私が昔のままのナイーヴさをキープしていたら、とてもやっていかれないほど、残酷な処置ですが、『ああ、そう言うことですか。判りましたわ』と右から左へ流しています。

 この瓜南直子さんは、瓜南直子さんで、独立した数章を立てて、論じないといけないほど、金田さんとの件とは別に、ひどいことを私に対して、なさっているのですが、それには、ここでは触れず、強制的に、元へ戻します。

 ともかく、経験上、私にデートを向こうから申し込んでくる親切な人が、それが、一種のわなを仕掛けてきたケースが多くて、この恩師のご子息の件も、それを、考えないといけないことは、感じています。

 しかし、それがあっても、申し出でには、今回は、素直に乗りたいとも思いました。金田佑子さんより、より自然な、関係であり、申し出でです。でも、私にとっては損になる可能性の高い非常に重い任務ですから、早く片付けたいと感じました。で、朝の9時半に送信したメールの中で、以下の様に提案しています。
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 ところで、「父の思い出を聞かせてください」という件ですが、

 本日東京へ出かけます。そんなにお話ができることはありませんが、
もし、お昼休みに、お時間があられましたら、あのビルの近辺で、お茶しながら、
12時から、12時50分ぐらい、お話ができるかと思います。

 私は、携帯を使わない主義なので、11時半ごろ、公衆電話から、
事務所の番号、0120-XXXーXXX  へ、かけてみますので、

 秘書さん、または、事務員さんに、ご都合の程をお知らせなさっておいてくださいませ。

 面会できるとでも、できないとでも、どちらでも、結構です。
 
 いや、日本的な感覚ですと、すこし、余韻を持たせた方がいいのですが、
 もう一つ、本日がいいなと思う理由がほかにあって、それは、体調が『今日は安定しているが、ほかの日は、予測がつかないというほど、日常的に不安定だということがあります。

 私はそれこそ拙速主義です(笑)。これも一種のアメリカナイズかもしれませんが。
 ぱっ、ぱっと、懸案を処理してしまいたい方です。

 しょっちゅう徹夜していますので、徹夜明けに人と会うのが苦手です。
したがって、アポを取って、デートの日付を決めておくというのが、苦手です。

 そういうことですので、もし、本日の昼休みに、お会いできれば幸いです。
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 今ね。コピペしますと、書いてから10分ぐらいぼんやりしていたのです。それは、この一文に入ってくるテーマが多種多様にあるので、その順番について考えていたのでした。そのたった10分の間に、AOLが大変なことになっていました。
 そちらとの、通信は切られているし、やっと、通信を復活しても今度は、保存メールが出てこないし、
 それを、やっと復活をさせて、メールを出してきても、今度は、コピーアンドペーストが出来ないしで、
 普通なら、10分で出来る簡単な作業が、一時間かかってしまいました。

 で、その件から、さらに、この申し出での影にさまざまなからくりがある可能性をも感じるのですが、

 昨日の朝、8時から9時の間には、それほどの疑惑を持っては居なくて、私は以下のようなとても、謙虚な心構えで居たのです。

副題5、『優秀な弁護士と新たに知り合えたが、この縁を、利用はしないと心に決める』

 私は今、種々の被害にあっています。そのうちのいくつかは、法的に戦えるはずなのです。32年前なら、今抱えている案件のうちの五つは、戦って、法的に勝っているはずです。

 ただ、それを今、やっていないのは、それが、なかなかのエネルギーを必要とするはずで、それをはじめると、三ヶ月はブログを休まないと成らないでしょう。どちらを取るかと考えて、ブログを書くほうを選択して、一応負けっぱなしで放ってあるのです。

 もうひとつ、理由があって、今、私が生涯を通じて、知り合った弁護士たちに、裏から手が回っている可能性を感じています。男性が一人、女性が三人もの、東大出身の弁護士を知っていますが、どの人の裏にも、すでに、手が回っていて、『昔ほど、誠実な対応をしてもらえないだろう』と見ています。
 で、私は、どれが、法的に勝てる問題かを判っているのに、戦っていないのです。だが、最終的には戦う、という、つもりもあります。ただし、いつ、どの問題で戦うかなどは、このブログの世界で明かすつもりは、ありません。

 だから、素直に考えれば『なんとうれしいことだろう。ここに新しいお知り合いが出来た、キッと、東大出身ですよ。50代で、これほど、大きな事務所を構えているのですから。やはり、神様は、この世にいるね』となって、すぐ、相談を仕掛けると思います。

 ところが、違うのです。簡単に、お父様についての情報交換をして、一回だけお会いするだけで終わらせるつもりでした。とても、謙虚で欲張りではないのです。この欲張らないと言うことが、私を助けてくれている一種の語法日だと思っているから、いつも、右へ行くか、左へ行くか野選択を迫られた際は、損をする方を選択しています。

 ところで、皆様、上は、11日火曜日の午前、10時までの私の心です。その後で、周辺の環境が変わってきて、どんどん、思考が変化してきて、しかも、疲労困憊していきます。それを書かないといけないのですが、

 とても難しくて、本日12日の水曜日も、朝6時前なのに、疲労困憊しています。昨夜は、三時間だけ寝て、午前二時からこれを書き始め、たった4時間だけ集中しただけですが、また、また、疲労困憊しています。
 この文章は終わっていませんが、休憩に入らせてくださいませ。

ところで、お約束を破って申し訳ございませんが、午前九時から眠るつもりがまったく眠られず、午後六時まで、「睡魔よ、どうか、訪れてくれ」と願いながら、マージャンソリティアという単純なパソコンゲームをずっとやっていたのです。そう言うことでもやらないと、また、いろいろ考え出して、絶対に寝られないから。脳を、ある単純な思考で満たしておかないと、脳が燃え盛るものですから。寝るためのゲームなのです。一種の睡眠導入在です。が、まったく、だめでした。全然眠たくなくて、でも、全体に億劫で、何かしっかりしたシゴトは出来ませんと言う感じです。さすがに後期高齢者(?)かもしれないと、残念ですが・・・・・

 でもやはり眠られず、六時に主人がつけたテレビを見たら、野田総理大臣が、まさしく上に書いた、緑色の緞帳の前で、記者会見をしていました。

 その上、先週長い文章を書いている、秋葉原殺傷事件の東京高裁の判決が今日出たそうです。

 私は裁判の予定など一切知らないで、文章を書いているのですが、どうして、こんなにタイミングがいいのだろうと、自分でも驚いています。

 シャーマンチックな(預言者的な)傾向はますます強まっていますね。(笑)
 今、側で、猫が『あ、お母さん、こんなに早く寝るんだ。うれしいなあと。はしゃいでいます。私と一緒に寝るのが大好きな猫だから。主人と練るのもすきなんですよ。だから、上手に両方に、時間差で付き合っているみたいです。

 では、申し訳ございませんが。この商に関しては、これ以上は何も書きません。では、
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小(赤)蟻に襲われて、

2012-09-11 19:27:34 | Weblog
 本日は朝の五時前に、気分よく目覚めました。

 しかし、朝の6時から8時までに、小さな蟻の大群を始末せねばならず。それが、緊張を要してどっと疲れた感じです。どこに居たかは後で、語ります。

 で、いつもは、午前中いっぱい園芸の仕事をするのですが、二時間で切り上げて、パソコンを開きました。

 驚いたことに、35年前にそのお葬式に出席したHM先生のご子息からコメントが入っていました。
 当時の坊ちゃま(ご次男の方)は、父君に似たがっしりとした体格に、母君に似た、くりくりした目の、健康そうな少年でした。

 今は立派な弁護士さんで、イソ弁(若手で、指導して一人前にしてあげる人たち)が、8人も居る事務所を経営されております。事務スタッフもいると思うので、「立派な会社です(?)」と言ってもいいほどでしょう。

 五分程度目が、しばしばしました。

 HM先生は、47歳で亡くなっていますが、それで、70歳ぐらい生きたほどの、研究成果を残されました。今ご存命なら、82歳のはずです。ただ化学は日進月歩であり、画家の東山魁夷とか、田中一村と言うほどお名前が残っているわけではありません。だけど、日本社会の進歩を下支えした、エリート中のエリートです。

 で、コメントとして、『今、父が懐かしくなっています。よかったら、父のことを、教えてください』と書いてありました。

 それにお応えしたいのですが、実は、予定が先に延びることに対して、とても弱いのです。特に今は弱いのです。新しい刺激には弱いのです。
 どうしてかと言うと、このブログの文章と言うのが、常にニュースと連動しています。緊張が多分にあります。ピーンと張った糸みたいな毎日の生活です。

 だから、たとえ、いいことであっても、三週間先か、一ヶ月先かわからないことが、負担でならないのです。わがままみたいと見えるでしょう。でも、出来ることと出来ないことを、明瞭に自分で知っているから、

 『済みませんが、今日、お目にかかれませんでしょうが』とメールで書いて、急ぎ東京へ向かいました。で、最終的に午後の五時に面談することになったのに、午後の三時に、もう、眠くて眠くてかったるくって仕方がないのです。今これがかろうじて書けるのは、帰途、電車の中で、10分程度仮眠をとったからでした。
 と、言いながらやはりだめで、蟻がどこに出たかは「ベランダにキープしていて7年間空けていなかったビニールの包みからだ」とだけ、申し上げて寝かせてくださいませ。恐れ入ります。
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