銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

日刊現代を糾す。谷垣総裁へ陰々滅々たる攻撃をしているのは、?

2010-12-31 20:17:04 | Weblog
 
 前報に、今朝八時ごろ、いったん4200字ほど、加筆をしました。その後で、ほぼ、10時間家事をして、今、もう一度パソコンを開いています。できれば大晦日のうちに、この文章を完成させたいと思っています。というのも、怒りから始まる文章だからです。元旦から怒りたくないですからね。誰だってそうでしょう。一年最初の心理的な現象が怒りでは、お読みいただく方にも申し訳ないです。で、ぜひ、この大晦日の夜の10時までに完成させたいのですが

  前々報の、『新進、ユリアンナ・アブデーエワ・・・・・』にも、政治的な真実が後半に相当なレベルで含まれておりましたが、今回の方にも大いに真実を含めます。

前報の『死刑研究も・・・・・』に真実が含まれていたからこそか、谷垣自民党総裁に関する、大変、嫌なニュースが、ウエブサイトに登場しました。嫌なニュースという意味は、このニュースは事実を曲げているらしいということと、自民党を、陰々と、斜めから攻撃する手法であり、こういう悪い作法に、気がついたのが、もう何度目かに当たるからです。もちろん、朝日新聞と、NHKが反・自民党で、あるのは、小選挙区制導入のころから、目立ち始めた現象です。

 が、民主党が万全でもないことは、皆様がすでに、お分かりになっていらっしゃることでしょう。特に鳩山政権の時代はひどかったです。というのも表向きは鳩山さんがトップですが、実質的には小沢幹事長が日本のトップでした。そして、何度も繰り返すようですが、国際的軍産共同体が、最も『可愛い政治家だ』と思っている小沢氏が日本のトップである時期は、シーシェパードは跳梁跋扈し、鯨だけではなく、黒マグロさえ、採ってはいけないこととなり、リーマン・ショックが起こされて、年金の基金がごっそり、減ってしまい、国民の資産もごっそり減りました。
○○信託とか□□投資信託という新しい投資の手法に誘われて、500万円から、1000万円分をそちらにまわし、300万円から、500万円の損失を出した個人の家は数知れずあるであろう』と、感じます。

 日本の富裕層は、上から、9%ほどで、それが、日本全体の富の90%を握るとか。アメリカでは、それが、2%であり、富の90%以上を握っているそうです。その9%は、人口として、ほぼ、1000万です。構成が、四人家族か、二人家族として、大体300万所帯が富裕層だと、考えましょう。それらの人たちが、一所帯につき、300万円資産を減らしたら、日本全体では、総額は30兆円になります。それと、会社のお金の目減りを併せて、あっという間に、50兆円~100兆円が奪われた可能性があります。

 今、日本ではDECLINE(長期低落傾向)の時期に入ったといわれています。だけど、その一気に失われた、70兆円があったら、国債が駄目になるとか、若者が、収入が低すぎるという現象もなかったはずです。このリーマン・ショックそのものが小沢氏と関係があるといっているわけではありません。だけど、文化の側面が、政治や経済を後追う形で、または、前触れとして、連動していることは確かなのです。

 また、この間、韓国を日本の上に置き、日本人に、気分的に自身を失わせしめるという現象も続きました。その象徴的がバンクーバーオリンピックでのキム・ヨナ採点疑惑で巣。団長の橋本聖子さんが、帰国した選手たちの会見を邪魔するように長々とテレビで自分のスピーチをしたことでも明らかなように、裏側でそういう諜略をやりながら、国民が怒り始めると、メディアの総力を挙げて、整えます。まるで、正しい現象がおきたかのごとく、整えて行きます。

 そして、その時期に、なんと、NHKは、教養番組のスペシャルで、時間的に70%ぐらいの量で、韓国(または、日韓関係の)特集を組みました。そして、『在日の人々に、選挙権を与えよ』という運動が盛り上がりました。この選挙権の問題など、まったくおかしい措置です。郷に行っては郷に従えで、日本の国に住むのなら、日本国籍をとったらよいでしょう。名前は旧名というか、韓国出身の名前でよいのです。それを、差別してはいけませんが、国籍を元のままで政治に参加するのはよくありません。当たり前のことです。アメリカに住む人々はまず、永住権をほしいと感じ、その次に国籍を取得するのを目指します。
 日本に住み、その自然環境から来るメリットを享受し、その場所で生活費を得る・・・・・・ということは、長い伝統や、インフラの整備を始め、この場所でしか、得られない権利なのですから、国としての単位の中に組み込まれるのは、当然です。
 
 
 こういう現象から、すべてを総合すると、小沢一郎氏が、出自として在日であると言う説も当たっているかと考えます。だから、総理大臣にしてはいけないということではなくて、彼には、裏工作のにおいが紛々とするということが問題なのです。
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 2009年の秋に、NHKは、小泉純一郎と、小沢一郎特集を組みました。私は小沢篇だけを見ましたが、恐るべきサブリミナル効果を持って、『小沢一郎は偉い』という方向で制作をされていました。が、その中でもっとも気の毒な扱いを受けていたのが、谷垣自民党総裁でした。あっけに取られるほどの悪意ある扱いを受けていました。どうして、ご本人は抗議をしないのであろうかと、びっくりしたほどです。だけど、『これは、NHKの、一個人プロデューサーが相手ではなくて、国際的軍産共同体が相手ですから、戦っても無理だと思っておられるのだろう』と推察しました。

 最近のことです。日経か、朝日の第二面下段に、『谷口総裁がアメリカへ行かないことにした』という小さなコラムを見つけました。理由は『アメリカで、会いたい人々と、会えるという約束が取れないから』ということでした。気が弱いことは確かですが、同じような意味で、石原慎太郎・都知事が、横田基地の返還を求めて訪米したときに、成果が上がらなくて、いらいらしていた(はっきり言えば、日本では威張っていても、アメリカでは相当に、弱体であることを示してしまった)過去があります。それは、私などは、『気の毒に』と思ってみていますが、民主党の所属議員などは大喜びをしたことでしょう。
 (ところで、そんなに味方をしてあげたのに、漫画の表現に着いて、とんでもない裏切りをした、矛盾だらけの弱い人石原慎太郎都知事ですが、それは、ここでは詳しくは触れず)
 『その都知事の二の舞になって恥をかくことを、谷垣総裁は避けたのだなあ』と感じました。ところが、私がピアニスト二人の文章(前報)を書いてアップしたとたんに、その中に井上ひさしと、伊藤玄二郎の・あ・く・が具体的に書いてありますから、突然に大反発がいろいろ起きて、鎌倉がうるさかったこと、うるさかったこと。昨日は大騒ぎだったのですよ。

 <<<<<これから先は一般の読者あてではなくて、的中の敵だけに向けて、書く文章となりますが、
 ご近所の安野夫人は、彼女の生活態度こそ、我が家の山や花畑が奪われる原因になったのに、新たに開墾した畑===我が家の盗まれた部分と同じ機能を持つ、始動負担分の崖===)をいじりまくっていますし、(それは、『そうした方が、私がいらいらするはずで、困らせてやる効果があるから、そうやれ』という指示が上から降りてきたからでしょうが)八幡宮様はいろいろな音を大音響でお出しになりました。それは、二人のピアニスト(前々報)の中で、述べている、2008年や、2009年の夏の、そっくり同じ現象のぶり返しでした。

 私は、は、はーん、と納得します。自分の書いたことが、まったく正当であったということが、わかるからです。それが正しかったから、こういう反応が起きるのですね』と思っていて、怒るわけでもないのです。こういう現象はすべて慣れっこになっています。

 だけど、泥ぼう(公安警察か?)が我が家に入って、手紙を盗んでいます。それは、主人に当てた長い長いものです。そこには諜略行動へ対する苦しみを書いています。上に慣れっこになっていますと書いていますが、最初にそれに出会ったときはそれは、驚いて『こんなことをされた、嫌に成る』と、主人に訴えています。それを、公安警察<?>が読んだとすれば、さらに、心理操作をふくめたアイデアを出すでしょう。そして、それらが絶対に効果があると思っているのでしょう。
 それらの主人宛の手紙は、最近ではすべてその日のうちに、焼却処分をしてしまいますが、最初期には、後で、文章として、しっかりと書き直すつもりで、日付が大切なので、すべて保存しておいたのです。本箱に書店がくれるカバーをかけて、買った本のように、偽装をし手差しこんで、とっておいたり、庭に埋めたりして保存をしておきましたが、それらが、全部盗まれてしまいました。厚さは、一回の手紙で、ほぼ、3センチぐらいになることもありましたし。手書きです。パソコンで書いてしまうと一切がハッキングを受けて敵の知るところとなりますからね。

 ところで、ここで、挿入ですが、私は警察から追われるような悪いことは一切していないのですよ。『あなたは殺人を犯したわけではないし、人のものを盗んだわけでもないのだから、何も、心配する必要はない。警察に追われるはずが、ないです』と、高校時代の同期生で友人の弁護士・青山敦子さんがそうおっしゃいました。

 ただ、ただ、この山の傲慢で、わがままな番長主婦たちの一人である、石川和子女史が、伊藤玄二郎氏の愛人であったということを、知っていることから、こんな災いに巻き込まれています。それでも、なお不思議で、『どうして、警察が、彼の味方をするのか』その理由を、探り始めて、とうとう、彼と井上ひさしが、国際的軍産共同体のエージェントと化していることがわかったわけです。

 それでも、警察が脅すとしたら、驚くべき悪い社会と、この日本はすでになっているといえます。そして、その伊藤玄二郎氏が命令して動いているだろう安野夫妻ですが、その活発な動きと、小沢一郎氏の睥睨・威張りかえり・記者会見、または、テレビの世界での露出は、ぴったりと一致するのです。

 過去、三年間、精査した限りでは、すべての場合、合致します。

 今回、2010年12月30日には、小沢氏がテレビに登場したかどうかを寡聞にして知りません。忙しくて、午後零時のNHKニュース以外はNHKのニュースを見ていませんので。

 しかし、その存在を意識させられる、強烈な現象を見聞きしました。これは、一般の方は、ご存じない現象でしょう。今朝、31日の朝刊、朝日にも日経にも出ていませんでした。が、ウエブニュースで配信をされたのです。
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 原初の記事は、日刊現代のものです。それをウエブサイトが転載しました。

 内容は谷垣総裁をいじめることが、主です。論旨はこうです。『アメリカのしかるべき筋が谷垣総裁に会いたいと申し出でたが、谷垣総裁が、行きたくないと断った』と。

 これは、それに先立つ、三、四日前の、日経か朝日の第二面の記事と、相反します。事実が錯綜します。そちらでは、アメリカ側と連絡が取れないので、行っても無駄だから、行かないことにした』と出ていました。で、反対の意味合いを示しています。そして、日刊現代側の後発のニュースでは、『今、民主党がごたごたしていて、アメリカは再び、自民党の価値を見直し始めている。で、アメリカ側の日本通が、会いたいと希望している。それなのに、それに、乗らないで渡航をしない。谷垣総裁は怠け者だから、自民党内でも谷垣総裁へ、がっかりしている人間が多い』とも。

 さあ、どちらが正しいニュースでしょう。私は前の古い情報が正しくて、アメリカサイドが乗り気ではなかったというのが正しいと感じます。しかし、私が今、連続して、諜略の最深部を書き始めています。それが困るので、こういうニュースを流したのではないかと感じています。

 そんな事は、私にとっては大昔から、わかっていたことですが、伊藤玄二郎と、井上ひさしという、文化人が大きな役割を果たして日本と、日本人を裏切っているということは、人口に膾炙していない事実です。
 それを、裏で統括している存在にとっては、それが明かされることは心配な事情でしょう。で、どうしても、自民党を押し込んで、抑えておきたい。復活をさせないようにしたと願っているはずです。

 それが、国際的軍産共同体の真意でしょう。で、日刊現代が、もし真実を言っているのなら、アメリカ側の担当者が、最初は断っておいて、「急に方針を変更して、やはり、来い」といったということになりますから、そちらが、悪辣だと言うこととなります。

 たとえば、日本通として、最近知られている人材は、アーミテージ氏ですが、氏が、いったん、谷垣氏に断っておいて、ここにきて、自分は断っていなかったのに、・・・・と、前言を翻したとしたら、谷垣氏は、踏んだり蹴ったりですね。
 まあ、ここは、アーミテージ氏以外が動いているのかもしれませんが。

 しかし、この記事そのものがいい加減な捏造である可能性もあるのです。ただ、問題は、どうして、谷垣氏はこれほど、おちょくられても抗議をしないのかです。ただ、私には、そこは、わかる気がします。わかっても政治家としてはそれは駄目なのですが、それをちょっと脇に、置いておいて、

 日刊現代は、最近、すこぶるつきで小沢オマージュを繰り返しています。異様な突出振りで小沢アップを狙っています。
 その会社は、講談社本社内には、部署がないそうで、一種の独立プロダクションの形をとっているみたいですが、・・・・・

 編集長の編集方針が、本当に小沢氏を信じて、立派な人であると尊敬しきっていて、一連の記事を企画しているのであろうか。それとも裏から資金が入っていて、お金で支配をされていて、こういう記事を書き連ねているのであろうか?と考えると、
 私は○者であろうと推理しています。

 この○の部分には、前と言う漢字か、後という漢字が入るわけですが、あえて、伏字を
採用させてくださいませ。だって、証拠がないわけですから、うかつなことはいえません。
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 ここで、一気に、小沢氏の政倫審への出席がどうなのかとか、それ以外の方策がどうなのかということへの意見に入らせていただきます。

 私が見るところ、『小沢氏は、どっちでもたいしたことはない。大局に変わりはない』と、内心で思っていて、総理大臣、菅さんの言うことなんか、聞く気はないし、国会もなめきっているでしょう。彼にとって、最大の関心事は、日本国内にいる、国際的軍産共同体の代表と仲良くするというか、その言うことを聞くことであり、アメリカへ渡航する必要はないのです。また、『その真実の姿を隠すためにも、アメリカへ渡航をするのは、マイナスだと自他共に、考えられている』と私は見ます。

 だけど、プロトニュームの輸入に、絶対に反対をしない政治家としての、保障の見返りとして、年間五億円ぐらいの供与があるのではないかと、私は考えています。金丸信氏が亡くなって以降15年間、五億ずつ供与を受けたとしたら、資金は潤沢極まりないです。

 この場合の推察ですが、ちょっと数字を当てはめてみましょう。現在電力が日本でどれだけ生産をされ、どれだけ、消費をされているかがわかりませんが、家庭用だけでも、売り上げ高として20兆円を越すと思います。そこへ、企業の消費も加わります。
 ともかく、30兆円の売り上げの電力があるとして、そのうちの10兆円近くが、プルトニュームの購入代へ当てられたと仮定してみましょう。そのうち、五億円を小沢氏へ、供与しても、一万文の五にしか過ぎません。と成ると、当然のごとく、彼は蓄財し、かつ、政治家として、自らを大きく見せるための運動費を払って生きていくことが可能です。

 メディアを手なづけている、といわれています。また、中国へ渡るときに、100名を越す小沢シンパを連れて行ったと言われていますが、そのチルドレンたちの旅行費は誰が出したのでしょうか? 小沢氏が持ったとして、その資金がどうして出せるかを考えると誰でも、あそこへ行き着きます。
 小沢氏が地方で記者会見を開くとき、よくホテルが使われていましたが、一泊温泉旅行をかねて、取材費が小沢氏側から出れば、記者たちは、一宿一飯の恩義をこうむったこととなります。こういう費用が小沢氏から、出ていないことを信じたいですが、真相は、わかりません。
 ともかく彼は、東京の一等地に五百坪の邸宅を構えており、さらに手持ち不動産が数々あり、かつ新年宴会を派手にすることができるなど、資金が極めて潤沢です。

 そういう行動様式はすでに、あまねく世に知れ渡っています。ので、小沢氏が大金持ちであることを大勢の人が知っており、中には、『どこから、そのお金が入ってくるのだろう』と、不審を抱く向きも出てくるでしょう。

 私もその一人ですが、私は専業主婦でごく普通の人ですから、もっと、しっかりしたタイプの男性たち(会社の社長や重役は部長をしている人たち)が、どれほど、そこら当りについて、考察をめぐらしているかは、誰にでも、容易に推察できる話です。

 私は、そこまで把握して、考察を深めている人が大勢いると信じているし、それが、一種の代表として、ここまで書くことの、バックアップの力にもなっているわけですが、

 小沢氏や、プルトニュームを売りつける側からしてみれば、そういう考えを持つ人が大勢いることは、脅威です。ですから、一方で弾圧、一方で懐柔、一方で、宣撫と、八方手を尽くして、小沢氏を盛り上げ、裏の実態を隠そうと、連中は必死です。が、それでも隠しおおせないと考えて、陸山会とか、西松建設とかを持ち出したのです。

 ですから、この事件そのものが小沢氏を守るという趣旨があり、小沢氏を責め立て上げるものではないのです。警察が訴追しました。一回不起訴になっていますね。そのころ、私が何を書いていたか検証することが今はできませんが、あまりにも真実をうがったことを書いたので、一転小沢氏を守る必要ができたのでしょう。

 だけど、再び、別の形で、一種の起訴を起こされています。警察からではなくて、弁護士からという形です。でもこれも、本質としては小沢氏を守る措置です。だから、彼はいつでも横柄で、世間のこともメディアの反応も、まったく、気にしてはいないのです。
 誰のことも気にしてはいません。国会も首相も警察庁長官のことも一切を気にする必要なないのです。

 それに、天皇陛下だって、気にしてはいません。それよりも、日本の真の支配者たる、国際的軍産共同体の方がえらいのですから。
 天皇陛下にスピーチをさせるかさせないか、また、その発言を、国民に知らせるか、知らせないかも、すべて、影の支配者が決めており、宮内庁長官はそれを、いかに自然に見せるかを腐心すれば、よいのですから・・・・・

 私は常に、「小沢氏が、国際的軍産共同体の最も可愛いと思う存在であり、一方では、警察は、その支配下にある」と申し上げております。西松建設からの献金を追及するのが警察だと、今までは、そこに矛盾があるように、見えました。
 今のところの、大メディアの報道も、警察と小沢氏がぐるであるなどと言う裏話を書いている存在はありません。

 だけど、小沢氏の金権振りが、海外からの秘密の支援金で、潤っていて、『その秘密が漏れそうに成ったから、それが困るから、警察が動いて、西松建設からの献金を見つけ出した』というシナリオがあると推察すると、すべては矛盾がなくなります。
 
 私の直感では『小沢氏に、これ以上の力を与えると、日本と日本人は今以上に、不幸になる』と、言うことです。それだけは、阻止したいと思っています。

 ただし、小沢氏を抑えるに当たって、それができるのは、私ではなく、さし当って、最も身近にいるのは、自民党です。だが、残念なことに、今の自民党は、あまりにもおばかさんです。今、総裁になっても苦労をするだけだと思って、谷垣さんに押し付けたのでしょうが、お坊ちゃん過ぎて、喧嘩や(悪質なニュースに抗議をすること)戦いもできない人で、政治家ともいえないところもあるので、自民党じたいに、一致団結する力が生まれません。そして、谷垣氏より年上の人が、総理大臣になる眼がなくなったといって、みんな外へ出てしまいました。それで、大損をしています。ここで、中川秀直氏ぐらいの真の政治化を表に持ってこなければいけないのに、それができないところが駄目なところです。その上、誰も、政治的な策略ひとつ立てられません。そこは小沢氏に比べて、劣っています。ただ、忌まわしさとか、暗さが、比較的に少ないという意味で、信頼しているだけです。谷垣氏は、本当の意味では、頭脳も優秀で小品もよい人ですが、現状ではただただ、いじめられ役に堕して、しまっていますね。どうにか改善し、方向転換をしないと駄目でしょう。

 谷垣さんは、下世話な言葉で言えば、今回も、いじめられているのですから、いちいち、戦わなくては駄目なのです。が、ウエブサイトも見ないし、日刊現代も研究しないのでしょうね。でも、これは、秘書や自民党本部の人間を使って日夜研究をして、戦うべきところです。そこを丁寧に、戦わないと明日はないです。
中学校で、いじめに合い、自殺してしまう優等生に似ています。頑張ってください。乱世の対象ではない気もしますが、ここは、ひたすらそこにあわせて頑張るほかはないのです。

 わかります。育ちがよくて、けんかをしたことがないタイプだとは。でも、この任務にあるかぎり、一生懸命戦わなくてはなりません。泥をかぶって戦わないと駄目です。
 でっきるかな?

 では、ここで、2010年は、お別れしましょう。なお、この文は、下にある前報、『死刑研究も諜略です。レオスカラックス監督には、裏切られた』を書く原動力が、どこから生まれたかという説明の文章です。

 私としては、前報、または、前々報の方が、書くのに力が必要でしたし、よりいっそう、正しいことを示していると感じています。どうか、そちらも読んでくださるよう、よろしくお願いをいたします。
                      2010年、12月31日  雨宮舜
コメント

死刑論議も諜略なのです。レオス・カラックス監督の大裏切り。

2010-12-30 22:53:59 | Weblog
 本日、2010年の12月30日は夕刊がありません。で、NHK総合(一)チャンネルのお昼のニュースが、明日の朝刊に載るかどうかはわかりませんが、私は、そこで、仙石官房長官が出て、「死刑の論議を進める会議を実体化する」と発表をしたときに、『自分がニュースを作って行く』ということを、再び、三度として、確信いたしました。

 昨日上げた、一報前の二人のピアニストが表題となっている文章は、一見すると政治に関係がないように見えます。しかし、きわめて政治的な文章で、しかも真実をうがっています。と、私も主張したいのですが、それでは、説得力がありません。

 が、直後のニュースが証明してくれます。実は、前の文章が正しいとして、敵方が最も気にしているのが、私が作る本なのです。今までは、本を作るだけで、どうしてか、敵方は、大騒ぎで、本を作り度に大妨害をします。その大騒ぎに関するエピソードはそれぞれ、短編小説にできるほどですが、今までの六冊よりも最近、私がデータを作っている本の方が、より、恐ろしいと考えているらしくて、これから、いろいろ妨害が起きてくるでしょう。

 さらにです。今夏、大相撲がごちゃごちゃしましたが、あれは、ひとえに、私に、『消された映画』という、本を出版させないがためでした。

 まったく無関係に見えるところで、脅かして、びびりあがらせ、行動力をそいで行こうと企画されています。今、実際に七冊目を印刷製本をしていないので、敵方は、自分たちが成功していると考えているかもしれません。
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 そこを、私側はどう考えているかですが、別に負けたとも思っていません。ただ、自分のペースで事を行うと決めているだけです。ところが、敵たちは、私が大相撲壊滅作戦の裏側をどんどん、分析して行ったので、いつの間にやら、ホコを収めました。つまり、私一人を脅かすためのことが、どんどん、抜き差しならない形で発展をして行って、国民大多数の大反発を招きかねないと判断したからです。

 というのも、私は決して特殊な人間ではありません。ごく普通の生活をしているごく普通の中産階級の人間です。都会の学校を出ていて、ある意味で、冒険をしないほうです。

 政治運動をやるタイプではありません。都会育ちの人は、野暮を嫌っていて、洗練をされていて、しかし、弱いといえば弱いです。が、そこで言う、強弱は目に見える形で言えばです。内容は同かな。ないようについては強弱の運別は簡単ではありません。が、ともかく、毛沢東にも金正日にも絶対になれない人種です。そして、自らも、『私は、チェ・ゲバラでもないし』と常に繰り返しています。

 ですから、私の意見を大いに参考にして動いている可能性すらあるのです。うっとおしいですが、いつの間にやら、大相撲が、日常的な段階へ戻ったのも、私の意見を参考にせざるを得なかったということでしょう。ただし、異常な日々に、天皇賜杯が渡されず、それを、天皇陛下自身が悲しまれて、後で、お手紙を白鵬にお送りになりました。

 あの、大騒ぎはいつに、朝青龍を、細木和子女史がサポートしているから排除したかったし、その排除を輪島大士氏が、「横綱の品格は、強いことではないか?」と疑問を呈したので、内館牧子女史を使ってさらに、朝青竜を追い出したその諜略がばれることをおそれた、敵方の二重、三重に重なった、大騒ぎの諜略でした。

 その影に、伊藤玄二郎と、井上ひさしの二人が暗躍をしたのは、確かです。それは、伊藤滋という最初の座長、(突然に設定された委員会、まるで、権威があるかのごとく、国民をだまそうとした組織のトップ)が伊藤整氏の息子であることでも明らかです。元東大教授、現在早稲田の教授というと、権威があるように見えますが、相撲の世界では、たんなるファンのひとりにしか過ぎません。

 文学者仲間の付き合いがあって、かつぎ出されたと感じます。しかし、私がその矛盾を激しく突いたので、奥島孝康氏という、元、早稲田の総長が担ぎ出されましたが、それによって、私は、フランスがどれほど、今、国際的軍産共同体の諜略に使われているかの筋道がわかり、大きく助かりました。

 というのも、奥島氏は、高校野球連盟を通じて、朝日新聞の顧問だったこともあり、朝日新聞を、もっとも大きな礎として活躍している、国際的、軍産共同体の意思を、庶民社会へ、伝達する、キーパーソンの一人であることを推察させたからです。
@@@@@5、
 今は、アメリカは使われません。「日本人が、自分たちが露骨に、奴隷的に支配をされていることについて、ぴんと来てしまう」と真の日本の支配者(日本人かな?)が考えているからでしょう。ビートたけし氏に、カンヌ映画祭でよい賞を上げること、パリで個展を開かせてあげること、フランスの勲章を授けること、こういうことを裏で、交渉したり、連絡したりした人が奥島氏である可能性も出てきたのです。

 で、あの異常事態は大勢の犠牲者も出ましたが、とても悲しいことでした。が、同時に、どういう諜略が、どういう風に行われるかの実践例を、国民に開示したという意義があったのです。それを、私のように文章に書く人は少ないでしょうが、黙っている静かな人々の中に、そういう本質がわかっている人間は大勢いるでしょう。
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 さて、本日29日の仙石長官(法相を兼任だとか)の「死刑の論議を深めたい」という発言が、私の前報を受けていることが確かなので、私は、自らに誇りを持ちました。それが、堂々と発言ができる論拠です。毎回一万字の制限があるので、全部を繰り返すことができませんが、映画というのは、思想宣伝のために大いに力があるものです。

 最近、三作ほど、立て続けに「日本人が残虐だ」と、世界に向けて・あ・く・宣伝をする映画が、作られました。そのうち、映画『靖国』と、映画『TOKYO』は文化庁のお金を使って作られていますので、より悪質です。映画『コーヴ』には、日本のお金は使ってはいません。

 上の二つの映画のうち、後者の方がより悪質です。三本の短編が集まった、オムニバス映画なので、一話目と、三話目が傑作なので、見過ごしがちですが、間に挟まった、レオス・カラックス監督の部分が極めて悪質なのです。それは、暗喩に満ちているので、一見すると政治プロパガンダには、見えません。そうです。上等なフランス菓子を味わったといった風情で、評論をしている、映画評論家がたくさんいました。

 これは、本当に悪質なのですが、どうしてかというと、主人公はメルド語という世界で三人しか理解できない言葉を話すという設定になっており、彼に対して、日本人は論理でもって、コミュニケーションをとることができないという事になっています。そのメルド(くそというフランス語)は東京の地下・下水道に棲んでいて、そこには、旧日本軍の旭日旗を付けた戦車が保存されています。

 メルドは、天皇を、象徴する一文字菊(造花)を銀座で食い散らしながら、走るという狂騒をまず最初に見せます。ここは、天皇制を意識させるという設定だそうです。その次に渋谷で、爆弾を多数破裂させる暴動を起こします。で、裁判にかけられることとなります。

 その法廷の様子は東京裁判をおちょくった設定となっていて、その次に、彼は死刑にさせられます。その後で、死体が忽然と消えるという支離滅裂な筋ですが、その中で大切なことは、未だに、日本人が残虐性を保持していて、戦争を好む民族であると言う、認識を、サブリミナル効果として観客に与えることなのです。

 これらは、すべて、横浜の芸大大学院(北野武監督のために作られた校舎)で、セットを組み、撮影をされたそうです。「その際、俳優をはじめ、日本人スタッフが協力的だったので、「その寛容さに、恐縮をした」と、カラックス監督はいい、それは、プログラムの中に採録をされています。

 ところが、私がブログの世界でその映画の批判をはじめ、後日、その原文を、紙の本へと直そうとし始めると、猛烈に、パソコンは壊れるは、大相撲壊滅作戦などという、間接的な脅かしを受けるわと、いう形で、妨害を受け始めました。

 レオスカラックス監督は、今、大いに利用をされている蜷川幸雄氏などと同じく、
繊細で上品な人でしょう。蜷川氏は、ご自分が利用をされているかどうかがわかっていらっしゃらないと思いますが、私は氏が鶴田真由さんと、ベニサンピット(有名な練習場つきの小劇場)のロビーで談笑していた様子を、文章に書いています。するとその後で、ベニサンピットがつぶされて、跡地が更地になったそうで、それゆえに、政治的に国際的軍産共同体に、利用をされていらっしゃるのを感じます。

 となると、「なにを目的に?」と、皆さんはご質問なさるでしょうか。その答えは、ずばり、井上ひさし氏のロンダリングです。井上ひさし氏の政治的な悪について、私は2008年ごろから、自分のパソコン内に書き落としています。それは、まず、鎌倉ドメスティックの段階で、ばかげた攻撃をやめさせることが目的でした。たしかに、みえみえのばかげた攻撃は止みました。

 だが、「幼稚だ。幼稚だ」といっているこの、国際的軍産共同体の発想も、この蜷川幸雄氏の利用とか、高橋氏(詩人)の利用(今、突出して露出の多い人です。この人も、伊藤玄二郎氏と関係があります。酒井忠康氏を間に挟んでいますが)とか、あいまって、文化が政治のロンダリングに利用されている程度は、それはそれは、目覚しく、そのアイデアの次から次へと生まれる、または、生み出す力については、ちょっと、瞠目しているところです。

 そこでは、敵が幼稚ではないといっておきましょう。ただし、それを誰がやっているのか、は、今のところ、あの例の二人組みだけとは限らず、奥島氏もコアの一人かもしれないし、朝日新聞社にいるのかもしれないし、電通顧問といわれる成田豊氏かもしれないし、国際交流基金の理事長かもしれないし、私の友人で元革まるの委員長だった、成岡庸司君(一応死亡ということになっているが、地下潜行中だと考えられる)かもしれないし。今のところ、私には、誰が真の発案者であるかは特定できません。で、今までそこまでは言及しませんでしたが、いつか、証拠がつかめるかもしれません。

 大相撲壊滅作戦や、仙石長官の動きなども大いに参考となります。鎌倉在住の二人については、そこから、派生する芥川賞受賞者、藤沢周氏のテレビでの露出の多さも含めて、音による証拠で、いろいろ、はっきり書くことができるのですが。
 
 ただですね。もし、パソコンを壊しているのが、公安警察(パトカーがしょっちゅう、目の前に現れるので、警察が関与していることは確かです)だったら、日本の警察は、国際的軍産共同体の支配下に置かれているということが確実になります。

 それを私のパソコン内で、何度、示唆しても、恥知らずにも何度も同じ事を、やってくるから、狂騒的な発想は、根が深いです。
 だから、日比谷野外音楽堂で、佐高信氏らが、下品きわまりない行動で、天皇制や自民党政治を批判して、一般人から抗議を受けたと聞いても、何も驚きません。

 私が2007年から、今までやられてきたこと、および、あじさい畑欺もう事件という形で、住まいの近所でやられてきたことを総合的に勘案すれば、連中は、ほとんど、きちがいと、言っていいほど、幼稚な発想で動きます。

 それがどうしてそうなるかというと、大元締めがそういう発想を持っているからです。イラン、イラクへの侵攻、アフガニスタンへの侵攻、パレスチナ問題、そして、最近では、尖閣諸島近辺での体当たりとか、延坪島への攻撃、などを考えると、ほとんど理由も名分もない戦争が、繰り返されてきました。驚くべき幼稚さです。

 しかも、この問題の映画「TOKYO 」のプログラムが、我が家から盗まれてしまいました。その盗みを誰がやったのか? 
 それが国際的軍産共同体だったとしたら、彼らは、下山総裁を轢死させたような、闇の勢力を未だに日本に温存をしているとなります。それとも、そういう部隊は引き上げてしまって、今では、公安警察がやっているのか?

 警察が、国民へ本来の姿で奉仕をしていないことは、桶川ストーカー事件を防げなかったし、秋葉原殺傷事件も防げなかった一方で、我が家に、『あんたをあんたのだんなに、叱ってもらわなければいけないんだ』などというとんでもない形で、脅かしに来るというばかげた姿を見せるのですから、本当に信じられません。

 しかもそもそもの発端は、石川和子と、その夫柳沢某が、私の猫にそむかれて、自尊心を傷つけられたことなのです。お互いにトラブルになりきっているので、我が家では、庭に木戸を作って、敷地ないから出さないようにしているのですが、今から五年以上前の幼いころは、彼女は好奇心がいっぱいな段階で、何でも見て歩きたい模様で、よその家で歓迎されれば、それが嬉しいというおきゃんなところがあったのです。で、どこかへ行ったみたいだと探しに行ったら、彼女宅で、隠しながらも、それが良心にやましいということは、わかっていたので、猫が家の中にいることを、知られたくないがために、大声で怒鳴ったのですよ。大の男である柳沢某が、か細い女である私に向かって。

 私が柳沢某の嘘(猫はいないというもの)を見破って、しかも女性を相手に怒鳴るという、弱さを見抜いて一歩も引かずに、怒鳴り返し続けたら、私の猫が私を心配して外へ出てきたのです。それを、石井夫人という方が、抱きとめて、「ほら、川崎(雨宮の本名)さん、猫が心配しているから、抱いて帰ったら、」と救いの手を差し伸べてくださったから、折り合いがついて、私は帰ったのでした。
 
 つまり、石井夫人が助けたのは、私ではなくて、柳沢某と、その影にいて、幼稚そのもので、自分のわがままが一切抑えられない石川和子だったのです。が、その後、石井夫人も引越しをさせられました。
 この家より、よい条件の家は提示させられたとは、思いますが、
ともかくとして、柳沢某は、自分の気恥ずかしさを、自分で処理することができなくて、なんと、警察を呼び、それらに、私を叱ってもらうという暴挙に出たのでした。

・・・でも法的にそれをするわけにもいかず、自分にも何の力もないので、警官という一種の暴力装置を利用して、私を私のだんなにしかってもらう・・・・・という要請を出したのです。が、ここで、警官の方に職務に相応の知識や良識があったら、こんなばかげた要請には乗らなかったでしょうが、二重三重に間違いが重なりまして、のこのこ、それにしたがって、この家にやってきたのでした。信じがたい片手落ちです。だから、こそ、公安警察まででしゃばって、私を脅かしているのだろうと、感じます。で、誰がやっているか、証拠はまだつかめないものの、プログラムをはじめとしていろいろ重要なものが盗まれました。ほかにも父の写真とか、そのほか、たくさんの資料が盗まれています。

 国会図書館の前に、朝の六時に、機動隊のバスを二台、待機させていて、それが、脅かしに役に立つと言う発想も含めて(そのときは徹夜明けだったので、九時まで待てなくて帰りましたが、別に脅かされて帰ったわけでもないのですが、国会図書館前から私が消え去ったので、成功したと判断したと思いますが・・・・・
 ともかくも、プログラムの泥棒が推定はできるものの、最終的には、不明だと、ここでは、しておきましょう。

 で、元へ戻れば、とうとう、レオス・カラックス監督まで動員されて、敵は私とか、日本人全体を、押さえつけようとしたのです。しかも、娯楽仕立てで、かつ、三本のオムニバスとも、世界の有名監督に制作させていますから、世界中で公開する予定(または、実際に公開をされた)という悪質さです。

 その映画に、文化庁の資金、800万円が供出をさせられているということも問題にしていって再調査してみると、いつの間にやら、その部門には、民間資金もファンドへ導入をされ、官立の姿勢が薄められているのでした。つまり、国家はそこでも、ほうっかむりをしているのです。2008年度時の文化庁長官が、最高責任者ですけれどもね。誰だったのだろう。みんな、無責任です。

 レオス・カラックス監督は、もし私と会話を英語で交わすことでもあったら、恥じ入られるはずです。一日本人であるしかも無名の専業主婦である私が、持っている知性を正しく感じとられれば、『あれ、日本人も賢いんだ』と、お思いになってね。

 そうです。自分のなさった悪巧みを、瞬時で見破る人間がいるということを知って、恥ずかしくお思いになるでしょう。確かに、一億二千万人の日本人を、こんな形で、傷つければ、芸術の神様だって、お怒りになるはずです。これ以降、よい作品をカラックス監督は生み出せないはずです。きっと生み出せないでしょう。だから、内実に忌まわしいものを含む仕事を、創作するものは、引き受けてはいけません。

 カラックス監督がこんな悪意ある仕事を引き受けたのは、デュポンの一族の出身らしいので、そういう関係の人的コネで勧められたのしょう。贅沢なサロンで『日本人をからかう必要があるのですか。わかりました。うまくやりましょう。やれる自信はあります』と言われた利して、最後には、引き受けることと成ったと感じています。

 私にとって、非常に残念だったのは、この映画を内密(後で、雑誌等では、撮影の様子が公開されましたが、セットが芸大内部で構築されたとあっては、同時進行的には、一般人がそれを見ることは不可能でした)に、しかも、大急ぎで、二週間で撮影してすぐさま、何も日本を見物せず、日本のマスコミとも、一般人ともほとんど接せずに帰国してしまったことです。

 それは、この映画が内包する真実の忌まわしさは自覚をしていて、内々では後ろめたさがあったので、それが、発覚して、襲われることなどを危惧されたのでしょう。日本人は真に温和ですが、先入観で動かれたのです。となると、本当の日本に接して、その謝った先入観を、修正するチャンスがなかったということとなります。

 こういう点では、ジュリアロバーツの来日の演出も、賢いといえば賢いです。神戸牛だけ誉めそやして、あっという間に帰国してしまったらしいのですが、その来日は、私が『消された映画』という、2010年度中をかけて準備していた、本の中で、彼女の日本嫌いについて、言及をしているので、その部分を、嘘にさせるための措置でしょう。となると、『おー、私は、こんな芸能の部分でもニュースを作り出す人間となっているのですね。と、感無量です。いじめられ、脅かされるという側面とともに、誇りも大いに抱くのです。

 しかも、この私の意見を大勢の人に、再確認をしてもらいたいと思えば、驚くべきことに、インターネット上から、一切のこの映画に関する記録が一時消え増した。それほど、駅は私が発信する情報をおそれているということです。

 ここら辺では、敵は幼稚ではなかったです。今は、短縮されたDVDが販売をされています。つまり、『国民がこの映画の真の意図に気がつき、騒ぎ始めたら、危険だ』と向こう様が思う部分を、削除したDVDが、販売されている模様ですが、プログラムを作った、会社(日本ヘラルドだったと覚えている)も、閉鎖されており、また、渋谷で私がそれをみた映画館、渋谷アンジェリカも閉鎖されています。

 前報で言った、喫茶店『映画館』の閉鎖と同じで、私の文章に出てきた場所は徹底的にその足跡を、消し去ると言う方針を立てているのわけでしょう。

 しかも、ご丁寧に、普段は死刑廃止論者であるらしい千葉景子法相(当時)が突然数件の死刑執行をして、かつ、死刑場をマスコミに公開しました。これは、私が、その『消された映画』という自分の本を用意していて、どんなに脅かしてもやめないので、困りきった敵が脅しの一種としてやり始めたことです。それでも、本の編集をやめないので、大相撲壊滅作戦で脅かそうとしたが、それもうまくいかないので、みえみえに、直接的な方法で脅してきたのです。だけど、裏側がわかっているので、自分がどれほど、正しいことを言っていて、かつ、強い立場であるかということをも、きづかさせられました。

 ニュースは作られます。特にこの件は、私を目当てに急遽実行をされた事象を、追認したニュースでした。このようにして、不思議な形で、ついに、私は日本でも有数なレベルで、国際的、軍産共同体の行動を抑止するようになってきたのです。それが、誇りです。
映画『TOKYO』を、彼らが隠そうとするだけでも、私の功績は大です。一個人でやっていることですから、それは、大きな事となります。

 仙石長官(兼、法相)の本日、30日正午NHKで放映された『死刑について、勉強を始める』というニュースは、まさしくそこをさしています。ただ、その発言自体からは、脅かしとも受け取れないし、本の出版に対して、抑止力があるとも思えません。

 ほかにもいろいろありますが、本日はいったんここで、
  2010年12月29日に書き、31日にやっと清書しました。
                    雨宮舜
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新進ユリアンナ・アグデーエワと、先輩アルゲリッチ、二人の賢さ

2010-12-29 15:01:46 | Weblog
 いよいよ、2010年もあと3日を残すのみになりました。

 この10年間はずっと臨戦態勢でやってきました。自分がブログで書いてきた事を紙の本にする。それも、たった、一人でつくる事は、へヴィな仕事だったし、「母が、いつ、どうなるかな」と言う心配もあったし。でも、2010年は、印刷製本を工業的にしあげることはしませんでした。一応、5冊だけ(一種類の本を五冊です)試験的に、オンデマンド方式で作っただけで中断しています。一種の見本ですが、推察どおり、誤変換を、入れこめられているので、大変ですが、それにも慌てずに、おっとりと、休んでいるのです。で、余裕を持って過ごしています。

 『敵様もバカだねえ』と、ここでいいたいところです。自由に本を作らせることを、過去の六冊で示していれば、芸術の本をまた作って、それを、配るのに忙しくしていて、こんなに、長いブログなど書かなかったでしょうから。いつも、相手を幼稚だと言うのは、そういうポイントをさします。近視眼的に攻撃をして来るので、こちらにも、マイナスと共に、結果としてのプラスも生まれるからです。

 毎年、夏には、すさまじいレベルで、騒音に悩まされてきました。これは、私がパソコンでやっている本作りが、とても特殊なやり方なので、ハッキングをしていれば、それが、どれほど、苦しい仕事か、敵様が判るから、『それを、妨害してやれば、彼女は壊れるはずだ』と、推測され、音の洪水にさらされてきたのです。

 普通の本の場合、まず、著者が、文章を作ります。それを、編集者が磨きます。その後で、印刷所の制作部と言うデザイナーが、頁デザインをして、目次や奥付のデザインもします。

 売れる本だったら、表紙も凝りますね。私はそれらを、全部一人でしますが、頁デザインをしながら、文章を足したり引いたりしますので、すごく面倒な事になります。そばで、主人が見ていて、「出版社に頼んでしまえばいいのに」とよく言いますが、それほど、面倒な仕事をしているので音が妨害に役立つだろうと推察されています。

 その騒音の中に、鶴岡八幡宮様も入っていました。今は、すでに静まっていますが、大音量を、特に夏に出すことを2007年から三年ほど、繰り返されたのです。どういう音が、問題だったかというと、音楽会が、何回か、開かれるのですが、その準備段階の仲間内の連絡の音が、午前中から、バンバンという大音量で響き渡ります。暑いさなかですから、ご近所は音を上げていて、「早朝の時刻を告げる太鼓の音だけは、小さくしてください」と、要望があったそうです。その際の音楽会は葉加瀬太郎さんのもので、その後、彼は、大きな位置を占めるようになっています。論功行賞のひとつでしょう。

 また、騒音を出すことを目的とするために、我が家の東側の駐車場を有料になさいました。工事用の車が大音量を上げるのが、目的で有料駐車場になさったと思っています。また、もうひとつ理由があるはずです。先代の白井宮司さまのときは、そこは、地境地主である私など、ただで、使わせていただけました。また、八幡宮へお宮参りに来た、七、五、三の一家など、ただで、使うことができました。
 
 電話で来客に、それを、告げていますので、意地悪をそこでもやりたいと考えて、伊藤玄二郎、原発で、何らかのルートで八幡宮様へ「有料化されますように」という教唆が入ったことも考えられます。銀行からでもいいでしょう。

 でも、これらをそばから見ている私にしてみたら、『本当の理由はどうあれ、結果としては、ぎすぎすしているなあ。八幡宮さまほど、参拝客の多い、神社が、お金には不自由をなさってはいないだろうに。どうして、こんな措置をとられるの』と内心で悲しんでいたのです。

 それも含めて、悲しさとパソコンが壊れ続けるという被害にたまりかねて『大銀杏がなぜ、倒れたか』という文章を今夏あげています。そして、3日ほど前に、荒い文章として、それを、再録しています。これから、それもさらにブラッシュアップをするはずですが、そういう批判をせねば成らぬほど、私のパソコンが壊れること、ほかの、私の個人的な、被害は甚大でした。

 そして、もちろんのこと、それを書いたゆえに、雪洞祭りの献灯は控えさせて頂いています。でも、年末に牡丹園の入場切符はお送りを頂きました。それは、申し訳ないのですが、返しに行くのもなんですから、頂いておきました。事務的な措置でしょうと思うし。

 八幡宮様に悪い教唆をしているのが、どこからかは、知りませんが、それでも、源発のアイデアは、伊藤玄二郎と、井上ひさしの二人組みです。その論功行賞として、NHKは井上ひさし氏へのオマージュを連続して流しています。もし彼が今なお、私の推定どおり、生きているとしたら、なんとあざとい悪人ぶりでしょう。

 それと、彼の現在の秘蔵っ子であろう宮沢りえさんも大活躍です。2009年、篠山紀信さんのアトリエの家宅捜索という大騒ぎがあったのですが、その際に、連絡係だったと思われる、りえママ、(または宮沢りえさんご自身?)のおかげか、彼女が、今年の大河ドラマに出演です。

 まあ、りえちゃんはお品がよくて、演技も優れているし、お顔もきれいですから、彼女の露出が多い事については、何も文句はつけられませんが・・・

 そして、八幡宮様の上げる大音響についても、すべての諜略活動の裏側がわかっていたから、心頭滅却すれば、火もまたすずし、負けないで仕事だけは致しました。

 だけど、あのぎりぎりの状態で、母の死を、迎えたら、私からかかっていく形で、兄弟げんかをしたと思います。一般的に、疲労すると、人は、寛容ではなくなりますが、私ももちろん例外ではありません。

 このペースダウンは、負けたとか、参りましたということではなくて、ひとえに、母の終焉時に、みっともないことをしないがためでした。徹夜、徹夜の連続だと葬儀の日でも、誰かと喧嘩でもしかねませんし、遺産相続のこと、とくに、配分のことでも、いろいろ、不満を持ちやすくなります。そこでの争いごとを、一切起こさないがために、ペースダウンをしたのです。

 それは、結構お勧めです。婦人公論などを読むと遺産相続でごたごたしたというようなエピソードが載っていますが、ともかく、誰だって最愛の人がなくなる際には、疲労困憊しています。だから、心身に余裕がないので、争いに入りがちなのです。そこで、余裕を持っていると、落ち着いて、考えたり、話を聞いたりできますから、何でもよい方向へ向かいます。
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 ともかく、母がまだ、元気いっぱいであったら、きっと、七冊目の本を印刷製本に回していたでしょうから、お正月が来ることがどんなに、うっとおしく感じたでしょう。また、両方をこなさないといけないので、追い詰められたと思います。いらいらすることと成ったでしょう。
 若いうちは、追い詰められてもいいのです。いらいらしてもいいのです。でも、老人になって、追い詰められたり、いらいらすると、そのたんびに、さらに老化が進むような気がします。そして、老化が進むと、もう回復をしないようにも感じます。脳細胞も回復が遅いし。悪くすると、認知症になりかねませんね。だから、常に、ゆとりを持つように努力をしています。

 ただ、こんな結論に達すること自体が、思いがけないことでした。50代には、こういう心境になるとは、想像もしていなくて、どんどんどんどん、やるべきことが増えて、ずっと、忙しくしていて、追い詰められきっていて、でも、ステップアップは必ずして行くと、思っていたのですから、こんなにゆとりある年末など、迎えているはずがなかったのでした。
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 そんな余裕の中で夜、録画しておいた、N饗アワーを見ました。今年はショパン誕生200年なので、ショパン関連の番組が多いのですが、この間放映された、4時間番組は最悪でした。せっかくの黒崎さん司会なのに、くだらない企画が目白押しに入れ込まれていて、うんざりするバカ番組と成ってしまっていました。制作の統括者は、誰だったのでしょう。

 今回見たのは、第16回ショパンコンクールの覇者、ユリアンナ・アヴデーエワが、シャルル・デュトワ指揮のN饗と競演する番組です。番組の作り方はいつもと同じなので安心していられたし、主人公に対する紹介も豊富で満足できました。

 この一文を書くために、インターネットサーフィンをしたら、まだ、wikipedia もできていないほどの新人です。しかし、菅野恵理子さんという上智大学出身のかたが、すでに、このユリアンナ・アヴデーエワにインタビューをしていて、長い文章を書いていらっしゃるので、それは、大いに参考になりました。一番驚いたのは、すでに、学友と結婚をしていることが記載されていた点です。

 NHKでは、それは、紹介をされませんでした。

 私は、演奏そのものには、・・・申し訳ありませんが、・・・さして、感動しませんでした。それは、まず、テレビ視聴が音楽の鑑賞には向かない、ということがあります。一番なのは、生で聴くことで、その次がCDでしょう。

 それと、ショパンの曲そのものが、私の肌合いにフィットしないということがあります。一枚のCDでも、シューベルトだったら、何回も同じものをかけたくなって、一日に、6時間ぐらいかけっぱなしにしますが、ショパンだと、一回聞くと、その芳醇さに、満腹に成ってしまって、二度目をかけようとは思いません。メロディラインが複雑すぎて、かつ華やかすぎるところが、敬遠をする由縁です。

 10代から好きだった、シューベルトはいまだに飽きることがないのです。もちろん、ピアノ曲に限ってです。シューベルトのお歌(リード)は、聞くのがつらいです。これもまた、肌合いに合わないのです。

 お歌の類はイタリアを中心とした南欧系のもの、または、オペラの中の曲なら、モーツァルトもベートーヴェンもOKですが、シューベルトのリードは暗く感じて、切ないので、聴きません。

 もちろんのこと、楽曲を離れれば、ショパンは大好きです。ショパンは繊細で病弱な人なのに、政治にもきちんと向き合った国際人だし、立派なものだと感じます。それに創作者としては、短い人生の中で、最高の楽曲を数々、世に送り出したのですから、最高の人生でした。尊敬に値する人です。ジョルジュ・サンドのご長男とあれこれ、トラブルがあったと聞いていますが、それは、自然なことです。誰だってああいう立場だったら、もめるでしょう。

 だから、ユリアンナ・アヴデーエワのショパンにそれほど、感銘を受けなかったというのは、彼女が悪いわけではありません。ひとえに、受けての私側の問題です。
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 でも、何よりも驚いたのは、その人物像です。そして、特に、その賢さに驚かされました。美貌の女性だから、小さいころからちやほやをされていて、テクニックだけのおバカさんに成ってしまうお嬢さんも多いでしょうに、賢明な人です。それも、ごく上等なレベルでの賢さです。ずるさもないし、私利私欲の追求を目指している賢さでもないのです。

 まず、そのステージ衣装ですが、パンツスーツなのです。髪型はボーイッシュでもなくて、ヴェルサイユの薔薇状態なのですが、ハイヒールのすぐ上は、細身のパンツ(おズボン)なのです。これは独特であり、個性横溢です。

 ヨーロッパ系の白人、特にロシア出身としては、恐るべきほど、やせている人ですが、目が大きくて、少女漫画の主人公みたいな雰囲気が、上半身だけにはあるのです。が、全体像としては、驚くべき革新性のあるステージ衣装なのです。

 これは、彼女の頭の片隅にジョルジョ・サンドの生き方などが、残っているのかもしれないし、ココ・シャネルなどの、生き方への共感があるのかもしれません。

 でもね、ともかく、このスタイルには、彼女が、バランスを求める人であることを感じさせます。あの大きな目で、膨らんだピンクのサテンのスカートなどはいて御覧なさい。派手すぎで、聴衆は、その美貌に目を奪われて、音楽に集中できなくなるでしょう。それを潜在意識の中で察知していると推察しました。

 だから、この地味さがぴったりなのです。もちろん、布地は絹を使っていると思いますから、人前で主役を張ることに必要な贅沢さは、きちんと保持してあるのですけれど。

 次に驚いたのが、公式記者会見での質疑応答でした。

 彼女は今回の優勝で、日本に招待をされ、N饗と共演する資格を得たそうです。それがNHKが提供したサービスなのか、それともヤマハの提供した賞なのかが、私にはわかりません。が、上に上げた菅原恵理子さんの文章によると、ユリアンナは、ヤマハのCFXというのを選んでコンクールでは、演奏したそうですから、ヤマハのご招待だったかもしれないと感じているのです。この『ピアノの音色如何』については、思いがいろいろあるのですが、ココでは、煩瑣に成るので、述べません。

 それが、また、たいそうに、大切にされるご招待で、ポーランド大使館が、彼女を中心にして、ショパン生誕200年を記念する大・パーティを開いて、演奏会もお食事も着席で提供された模様ですが、その際に、公式記者会見があったのです。

 壇上の出席者は、ユリアンナを入れて、4,5人です。そこで、なんと、ユリアンナは、自分の左側、同じ壇上の人であった、アルゲリッチに質問をしたのです。

 マルタ・アルゲリッチは、同じくきれいな女性です。ユリアンナとはタイプが違うが、きれいな人です。仕事に自信があり、すでに有名だから、髪も染めないでいる現状ですが、ますます上品さが増しているひとです。

 ユリアンナが『芸術家としての、時間を生み出すことと、それを支える生活の部分の時間の折り合いを、どうつけたらよいのでしょう(要旨)』と質問をしたら、マルタが、「それは、本当に難しいことで、私だって、未だに追及している課題です」と答えたのです。本当に、ユリアンナの賢さには、驚嘆させられました。

 この時点では、私は、ユリアンナがすでに、結婚をしていることは知りませんでした。上に上げた、菅野さんの文章を読むと、『おや、おや、そういう側面でもこれからの人生大変でしょうね』と思わせられます。夫が、音大の同級生だったらしいから。夫婦間に知名度や、収入のアンバランスが生まれると、大変だからです。特に男性の方が下になると、現代でもまだまだ難しいところがあるでしょう。

 この公式記者会見の場以外の発言でも、「賞を受けたから、といって、自分を失いたくない」というような発言があり、舞い上がっていないことをうかがわせました。ほかにも、ユリアンナの姿勢には、好感の持てるものがいっぱいです。ブログの世界でも人気がありそうですが、それは、彼女の生きる姿勢が招くものでしょう。
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 上の文章から派生して、これから、政治の問題へ入って行かせてくださいませ。

 三日後の大晦日の深夜から、鎌倉へいらっしゃる方が多いと思いますが、小町通りの美しい御影石の敷石ははがされたまま、三年弱が経過していて、リピーターは通りながら、怒り心頭です。「行政の怠慢よ」と声を上げながら通っています。これも私の未発表のエッセイ、『敷石を磨く男』が、きっかけとなっているのですが、その前に、ともかくの事として、石川和子夫婦が、とんでもない失敗をしなければ、このような、無残な道路状態ではないのはずなのだとは、言明をさせていただきたいです。

 一般的に言って、共同溝工事だって、もしそれがまともなものだったら、一部分だけでもすでに、電柱が取り払われているはずですが、未だに一本もとりはずされてはいません。どうしてかというと、この工事が私を脅迫することが目的で進行しており、計画など何もないからです。私が外出しないときには、行われない日々が多いのです。外出すると、夜の11時ごろの帰宅時に、『彼女が、嫌いなガードマンが、たくさんいることになるから、びびるだろう。したがって自滅して行って、政治についての真実を書くことができなくなるはずだ』という推察のもとに、延々と工事が続いています。

 私は確かに、そこを避けて別の道を通って帰ったことは、この三年間に、何度もあります。敵はパソコンのGPS機能でそれを、つぶさに知っていたわけですから、この工事が、脅かしとして役に立つと、判断をし続けたのでしょう。

 その陽に工事現場を避けて帰ってきた日でも、誰もいない静かな場所で、突然にガードマンが現れて、待ち伏せをされていたことが続くので、敵方の発想や真意も判ってはいたのです。が、工事を見ると、怒り心頭で、帰宅してから冷静になれず、ブログでよい文章が書けないので、『見んこと、きよし』という諺に倣って、別の道を辿って帰ってきたのです。が、敵はすっかり誤解をしていたと見えます。引続き各種の幼稚な脅かし作戦は、取られていますから。

 この年末には、さすがに、そのままではいけないと考えたのか、一応、偽装的に修繕をしました。表面を幅4メートルぐらいアスファルトで覆い直したのです。それも証拠隠しです。写真として、すでに撮ってある、240箇所にも及ぶ、無駄にして無意味な工事指標を消し去る野が、目的でしょう。

 まだ、40%ぐらいしか成り行きを説明し切れていませんが、これらがすべて、石川和子女史夫婦の大失敗にその初因があるということです。それが恐ろしいのです。

 鎌倉駅そばの線路の西側沿いに、レザンジュと言う知る人ぞ知る洋菓子店があります。その近所に、映画館という喫茶店がありました。そこら辺りが、2007年度中に建物一切が取り払われて、更地と化していますが、映画館の店主は引越しをしたくなかった模様です。今大船にありますが客層が違うでしょうし。無理に引越しをさせられたのは、彼女が、聞いた話として「石川和子は、自分は伊藤玄二郎の元愛人だったから、優遇をされていると、言っていたわよ」と教えてくれたからです。それは、私が、すでに、大迷惑を受けていて、「どうして、彼女はあれほど、威張っているのかしら。芸術家としては、とんでもないほど下品な人物なのに」と質問をしたから得られ田答えでした。

 当時、喫茶店『映画館』のオーナーは私の知人の離れに住まいを定めていて、その関係で、彼女の自宅にも上げてもらえる付き合いだったので、そこまで教えて貰えたのです。ここいら辺が神様が常に、私に味方してくださると言うポイントです。しかし、その後、その大家さんとの、関係も壊されていますので、敵はすさまじいまでに、心理操作をやってきています。で、これらの被害をも含めて、20億円に達するというわけです。

 ところで、その喫茶店の跡地ですが、未だに更地のままです。一戸だけ、新築物件ができましたが、敷地が極小なので、残り150坪程度、あいています。昔は利益を生んだ土地を、遊休地として遊ばせている持ち主は誰なんでしょう。

 昔からの持ち主は変わらず、ただ、相応の家賃分だけを誰かがあがなっているとも考えられますが、それこそ、不動産好きな小沢一郎氏(または、その関連会社)の所有と、今ではなっていたりして・・・・
 この想像は、法務局に行って、不動産の登記簿・台帳を見れば、すぐ真贋がわかるのですが、なんと、今は、一般の人は、台帳の閲覧ができないそうです。これもきわめて政治的な措置であり、瀬島隆三が裏から画策をしたのでしょう。このようにして、特権階級は、自分たちの悪を守って貰っているのです。

 ところで、私が20億円の被害をこうむっている影で、伊藤玄二郎の押し込みとサポートで、鎌倉市内の公民館を中心に、週に6日ほど陶芸教室を持っていた石川和子女史は、私に「200人からの生徒がいる」と豪語していました。話半分として考えても、一人につき、三千円は純利益として上がるでしょうから、つきに三十万円は遊ぶお金にまわせるわけです。夫の柳沢某には、夜勤があるみたいですから、それがない週は、飲み歩いていたとしても、二人で1万五千円も払えば、おすし屋さんだって、焼き鳥やさんだって、鎌倉なら大丈夫です。だから、二人が遊び歩いた結果として、喫茶店映画館は鎌倉から撤退せざるを得ませんでした。恐ろしいことです。大柄な太った体格でしたが、しまりがない顔立ちで、作品もしまりがないものでした。大きい事は大きいがというだけの、ものです。そんな壷を、一年に二回焼いて、先生面をして威張っている人生でした。
 でも、そういう風に飲んで歩いているからこそ、墓穴を掘ったともいえます。世間とはよくしたものです。
 今思えば、その裏には、瀬島隆三がいて、伊藤玄二郎を次から次へと出世させたのも、石川和子女史に次から次へと、いい目を見させたのも、対・私としての、押さえに役立ち、私がいらいらして、自滅するのが目的だったと、はっきりしています。

 かわいそうに、今では死亡している石川和子女子は、人生の大半を、国際的軍産的共同体の道具として使われたこととなります。私は、最初期から、彼女をそういう眼で、(内心では、かわいそうだなと思いながら)見ていたのです。

 『この山では一番お人よしかもしれない。それに、だんなは、よく彼女に奉仕しているなあ。伊藤玄二郎に就職も世話をして貰って、そちらとも、和気藹々で仲良くやっているのだろう。割り切りが早いわね。伊藤玄二郎も大磯には、普通の家庭があるのかしら? だから、一種の厄介払いになったと思っているのでしょうね』と思ってはおりました。

 だから、猫のことで、200回以上我慢のならない、傲慢振りを見せ付けられても、ほかの迷惑についても、ずっと耐えて黙っていたのです。私はね。自慢じゃあないが、すっごく優しい人なのです。しかし、「お母さんが切れたら怖い」と子供たちに言われていますが、優しさとは、我慢の力であり、我慢とは、体力も気力も必要なのですから、その力がいったん正面切って、正の方向に発揮されると、莫大なものとなります。

 今、大銀杏倒壊の事で、大・八幡宮さまの吉田宮司を批判してしまうのも、その強さが、正面切って現れているという例のひとつです。

 鎌倉には、年間、二千万人の観光客が訪れるといわれています。その人達はJRの切符代を含めて、一人につき、五千円は落とすでしょう。彼、彼女たちは、この二年と十ヶ月間、味わうべき、きれいな石畳を味わえませんでした。それが、一人につき、100円の損失だと仮定しても58億円の損失になります。それが、石川和子女子とその夫の、増長マンの限りを尽くした日常生活から生まれたとすれば、私が、すでに20億円の損害をこうむっていますというのも、この面からだけでも正しいです。もし、彼女が内省の人であって、芸術の追求と人間としての、自分の生活との両立の難しさを考えたら、こんなばかげたいきさつは起こらなかったでしょうに。
 
 人の上にたつ人は、それが鎌倉ドメスティックであれ、当然のこと、自分を磨かなくては駄目です。それを忘れていた彼女は、鈍感きわまりない日銭稼ぎおばさんの典型です。

 猫の事で私との間がトラぶっているのだから、それを避けるために、ご自分の猫を飼うべきでした。昔は黒猫を飼っていたのですから、新しい猫を飼う事は、慣れている範疇の事で簡単だったはずです。

 それにしても、マルタアルゲリッチは、ユリアンナをかわいがっています。それが、目に見えて判ります。が、まだ、25歳程度で、これほど、慎重で賢かったら、45年ぶりに自分の後をついで、ショパンコンクールに女性として、二人目としての首位を取ったという以上の、思い入れが生まれたのも、必然でしょう。

  では、今日はここで。        2010年12月29日  雨宮舜
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公安(警察)は、一種の別件謝罪をしたのかな?、

2010-12-27 20:34:52 | Weblog
 今、思うと、1999年、パソコンを使い始めてから、すぐに、敵の攻撃は始まっていたのです。が、2002年ごろまでは、私は敵の攻撃には気がつきませんでした。2006年ごろも、月刊ギャラリーの連載が好評で、希望に燃えていました。ところが、その次の年2007年に、その連載が終わったとたんに、突然に毎日という頻度で、パソコンがめちゃくちゃに、なり始めました。そこで、連載がおわったからこそ『ここで、一気に彼女をぶっ潰してしまおう。これ以上大きくなったら大変だ』という意思を持った人間がいるのだろう、そういう手合いがこれをやっているのだろうと推察しました。

 そのころの敵は、ずるいもずるいことに、まるで、直前まで関係のあった月刊ギャラリーの編集長がやっているかのごとく、偽装をしていました。そこらから来たビジネスメールが、背景をピンクに色を変えて頁設定も変えて、デスクトップにワード文書として浮かび上がったりして、『どうしてこういう作業ができるのだろう』と不思議でなりませんでした。が、あまりにも巧妙な偽装をされていたので、2007年の4月から12月までの八か月間は、だまされ続けていたのです。
 ここで、今は秘めたい秘話はいっぱいありますが・・・・・それを書いていたら、一万字制限に触れることになるはずですから、今は書きません。
 
 ただ、一方では『これは、作業としては、個人ではできない業だ。特に、一人が突出していて超がつくほど忙しい、あの編集長にはできない。だって24時間体制で監視されているもの』と思いましたから、怪訝であり、大組織の関与ももちろん、平行して疑っていたのです。で、2007年の12月26日に横浜東口にあるポパイというネットカフェで、マイクロソフト社のワードを使っていたときに、フリーズを激しくしますので、『これはおかしい。これは、CIAが後ろにいますね』と感じたのです。

 フリーズは2000年ごろに一時期繰り返して、起きていた現象で、そのころ重い腱鞘炎に罹ったので、キーボードの打ち方を変えて、前よりも遅くしていました。ので、その日のフリーズの連続がおかしいということにはすぐ気がついたのです。

 今では、CIAというより、それこそ、警察組織ではないかと考えています。どうして、警察がこんなことをするかというポイントについては、長らく書いてきました。が、最初期には、不審で、不審で信じがたい思いでした。

 でも、異変に気がついてから、3年半以上たった今では、警察が、ハッキングをしていたのは、確かだと考えています。また、泥棒も入ってきていたのですが、それも、一部は警察だったと思います。これも日経新聞のコラムを読んでいて『そうだろうね』との推察にいたりました。

 警察の部下が上司の命令で、ある家に入ったら、「すごい台数のパソコンがあって、驚いた」と、上司に報告をするという記述がまずあります。それって我が家のことみたいだなと思います。だって、敵がいて、パソコンが壊されて行くから仕方がなくて、数台、常時準備してあります。で、部下に、警察の上司が、『ACアダプターの数だけ、パソコンがあると思わないといけない。だから、二つの同じACアダプターがあれば、同じ機種が二台あるのだ』と説明をしたという記述がありました。ちょうど、そのころ、私は外出時に持ち歩く、バックパックの中に常に東芝の薄型パソコンのACアダプターを、一個入れていました。その機種こそ、二台持っていて、バッテリーだけ2本、外へ、もって出る生活を続けていました。そのACアダプターが一個、行方不明になり、主人に『おかしいわ。泥棒が入った』と、訴えたら、数日後に「お前が間違っている。廊下にあったよ」と見つけてくれたことがありました。

 あのころは、今思えば、逆説的ですが、のどかでしたね。泥棒たちは、場合によっては、盗んだものを、返してくれたものです。室内盗聴をされていますので、夫婦喧嘩をすれば、そのときに、『夫が疑問に思うと、かえってマイナスだ。この泥棒は、ひとえに、彼女をノイローゼにすることが目的だから、夫が彼女の味方をしたら、元も子もないではないか。ここでは返した方がよい』と判断したのだと思います。がそれ以降は、返されないものも、あります。そして、何回も盗まれ続けています。

 非常に神経を使う生活を、強いられています。八幡宮さまの選択の失敗を年始の初詣が始まる前に書くのは、偶然とはいえ、意地悪みたいで気が引けますが、私の方の被害があまりにも大きいので、こうするほかはないのです。そして、日本のほかの分野の指導者にもご注意申し上げたい。今は橋本聖子さんです。「あなたは、ちょっと危ない選択をしていませんか? 悪い教唆にのせられていませんか?」と。

 でも、パンツを引き出しから、別の引き出しへ移動したのが、警察だったとは信じがたいです。それから、額を必ず、左だけ、三センチ下げて帰る泥棒も、それが、警察だったとは、信じがたいです。以前は我が家内全部の額、数十枚を、すべて左側だけを下げて、泥棒が、帰りましたが、今では、私の寝室のものだけを、左側三センチだけ、斜めに下げて帰りますが、それも警察がやっているのだろうか? 不思議ですよね。まったく不思議ですが、警察のキャンペーンが、井上ひさしと、密接に結びついているのも、鎌倉防犯協会の放送で知っているので、この線の疑惑が捨てられないのです。

 でも無辜の人間たる私へ、パトカーを待機させたりして脅かすのは、納得ができないので、理由を考察し続けます。すると、諸般の事情の最初から考えて、『あ、そうか、伊藤玄二郎と、井上ひさしが協力して、アイデアを出し、それを、警察へ上奏しているのだ。でも、それを警察がすぐ鵜呑みにするのはなぜだ?』となります。で、思考を重ねているうちに、彼ら二人が、国際的軍産共同体の重要なエージェント化していることに、結論がいたったのです。もちろん、全部の異常現象のアイデアを出しているわけではないでしょうが、そのうちの、30%は、彼ら二人がアイデアを出しています。

 一回、NHKのクローズアップ現代が、利用されていて、それで、一種の傍証になっていると書きましたが、もうひとつ傍証があって、それは、鎌倉駅裏にある、湘南信金がしょっちゅう利用をされることです。湘南信金は、私が普段使いをする銀行で、本を作っていた最初期は、ほかに使うお金を倹約しようとしていて、外出する日は、一回に、必ず4000円をそこから下ろす生活を続けたので、家を出たとたんに、そこへ寄ることが敵方に把握をされていたからです。

 ただし、湘南信金さんが莫大なケースで、利用をされていると書いても、そちらの銀行さんが、直接被害を与えてくるわけではなくて、そこが場所的に利用をされるのです。先週もALSOKの現金回収マンが、所在投げに遊びながら待っていて、私が通り過ぎると、所定の仕事を始めましたので、『あ、また、ばかばかしいアイデア、つまり、ガードマン嫌いの、私にこの二人の屈強な大男を見せることによって、また、お前がどこにいるかを、われわれは常に把握をしているのだぞと脅迫をしたいわけでしょう』と推察しました。もちろん、こちらはすでに慣れっこになっていて、笑っているのですが。もっといやみな経験があって、それ以来、井上ひさしの、この件への深い貢献(?)というか、関与を確信したのです。

 それは、パソコンのGPS機能を利用して、私が、そこへ、何時何分に、達するかを計っていて、それを狙ってデモ隊を、そこへ向けて歩かせたのでした。それは、このブログ内で、集団訴訟について、『忌まわしい』と書いていて、『その裏に、共産党が動いているはずだ』と書いた日々だったので、『デモ隊まで使って、私を脅かしたい』と井上ひさしは思ったのでしょう。私はその結論を内部に秘めたまま、デモ隊の一人に、あなたはどこからいらっしゃったの?と聞くと、千葉ですって。本当かなあ。午前11時半ごろだったと覚えていますが、千葉から歩き始めて、鎌倉へ午前11時半に到着するって無理でしょう。時間的に合わないです。おかしな策動です。だけど、動員される人たちはたまらないですね。
 仮に、万が一、本当のデモ隊だったとして、どうして、より多くの人が群れている表駅側で、示威行動をしないのかが不思議です。もちろん、湘南信金の前で、私を脅かすことが目的だから、裏駅でデモをしているのです。暑いさなかそのために動因をされている人たちの気の毒なこと。青白い顔をして不幸せそうでした。

 で、次の異常現象、2007年の12月末に横浜のネットカフェで、マイクロソフトが動かなくなった日に戻ります。この日に、初めて、伊藤玄二郎とその仲良し組みの井上ひさしが、国際的軍産共同体の高度なエージェントになっているのだということに気がつきました。で、表向きでは、単なる一個人にしか過ぎない二人を強力に支援する形で、警察が動く。また、さらに『ということは、日本の警察というのは、国際的軍産共同体の支配下にあるのですね』と感じたのです。

 マイクロソフト社がアメリカの会社だからです。で、瀬島隆三氏の関与にも思い至りました。ここで、急に最近、このブログの世界へ入ってこられた方には、後で、トラックバックか、カレンダーで瀬島隆三氏と私との関係について、詳細に書いた過去ブログの日付を入れておきます。が、今は、これからの新しい文を書くことに専念をさせてくださいませ。

 その後、敵様に向かって言えば、『この日がメルクマールでしたね』というほど、ばかげた、かつ目覚しくも演出の加わった攻撃を受けた日があって、より深い真相に近づいていったわけです。

 2008年の3月31日は、丸の内の中央郵便局を舞台として、一幕の芝居と言ってもよいほどの演出に見舞われました。(それは、後で、詳細に書きます)次の日の朝、6時、誰もいないし、車も通っていない京橋の集英社前に、パトカーが二台とまっていたのを見て、さらに真相に近づきました。

 つまり、伊藤玄二郎氏は、私に対して、あまりにも大きく失敗を重ねました。
普通なら正当な謝罪という形で収めるのが、妥当な線でしょう。が、まったく反対に進み、脅迫し、いじめ、ノイローゼにして自滅をさせようという作戦に出てきたのです。
 それが、私が何も悪いことをしていないのに、パトカー待ち伏せされたり、パソコンの異常な動きが次から次へと起こることに表現をされました。ノート型パソコンを閉じてお買い物に行ったのに、一時間後帰ってくると、3ミリぐらいふたが開いていて、光が漏れていて、私がもっとも危険だと考えている、自分の未発表の小説が、画面にひろがっているなどということが、頻繁にくりかえされました。今なら裏側が、技術的にも、政治学上にも、すべて解明をされているので、なんでもないのですが、三年前には、相当にこたえました。

 これは、最初期の猫騒動で、警察が大失敗しているのを、警察が謝りたくなかったから、こういうやり方で逃げようと考えたし、また逃げ切れるはずだと、考えたから、ハッキングもしてきたと、私は考えます。また、警察の大失敗を誘う、きっかけとなった石川和子女史が、伊藤玄二郎氏の元愛人であったということも、大きいでしょう。今では関東学院大学の教授までに上り詰めている伊藤玄二郎氏は、愛人がいたということは、隠したいわけでしょう。だって関東学院って、ミッション系の大学ですよね。キリスト教では愛人はごはっとなはずです。それに女子学生も多いし。そりゃあ、イメージダウンもはなはだしいです。それで、両者の願いが一致したので、警察が伊藤伊藤玄二郎の、思いのままに動いたということをあらわしています。
 
 そして、警察庁のこの件の担当者は非常に幼稚です。で、幼稚極まりない発想で、尻尾が見える形で、脅かしてくるものですから、おかしくて笑っちゃうぐらいであり、

 次から次へと、
私が、そのいきさつをエッセイに書きます。

 で、それが相手にとっては、追い詰められるということになっているみたいで→

 →それは、鎌倉春秋社の重要にして、筆頭編集者らしい田中愛子女史は、面と向かって私にそういいました。この人は、その盛名を、『天国の本屋』の大ヒット(これこそ、作られたニュースの典型だと感じていますが)関連で世にとどろき渡っている人ですが、何度、出会い会話を交わしても、女であることは感じるが、ビジネスレディとしての面影を感じたことのない人です。

 たとえば、最初の出会いで、彼女はぶんむくれて、「川崎(雨宮の本名)さん、150万円しか出さないのなら、50部しかできませんよ」とどなったのです。まあ、オンデマンド方式で、こちょコチョコ、小部数ずつ作ると、一冊三千円ぐらいかかります。ので、それもいえるかもしれませんが、その後、六冊の本をオフセット印刷(?????、いえ、ただ、普通の方式で印刷製本し本をて作るやり方のことですが、)で作った私の経験からすると、一冊の本は、専門家、特に連続して注文を出す会社から、印刷所へデータが向かえば、2000部、50万円からできます。

 ここで、挿入と成りますが、私は、もちろん、もっとお金をかけています。本の郵送費やら、ソフトを買うこと、パソコンに障害が起きるので、自宅でできない仕事が多いから、ネットカフェやら、喫茶店を多用する・・・・等々の費用をすべて合わせれば、優に一種類の本に百万円以上はかけています。
 特に自らを専業主婦から実質的なライターへと変化させる基盤となった海外修行の費用を入れれば、元手は一冊3000円ぐらいは優にかかっていますね。だから、確かに高い本にはなっている。だけど、本を作る際に、業者としての相手に払うお金は、それほどではありません。私以外でも、ちょっと、物事をわかっている人間だと、だいたい、150万円でできるといわれています。鎌倉春秋社とか、幻冬社インターナショナル等は、一頁一万円と公称していますが、いろいろなルートを通じて、出版界にコネがあれば、一種類の本が2000部、100万円で作ってもらえるのは、常識です。

 で、10年以上前に、田中愛子女史に提案をした文章だけの本は実質の費用が、50万円でできる類の本だったのです。内々の私の気持ちとしては、『御社に、50万円は、表向きの利益として差し上げます。だけど、一般の人とは違って、表紙も中身(頁デザインのこと)もデザインまではすべて、私側でいたしますので、お宅が払うのは、印刷と製本代だけでいいわけで、しかも、500部で結構ですといっているのですから、お宅の実質的な利益は、100万円になるわけですから、おんの字ではないですか』と、いいたいわけですが、初対面なので、礼節を尽くして丁寧に、かつ冷静に、説明をしているのに、まったくヒステリックな怒鳴り返されるという対応を受けたので、ただ、ただ、あっけにとられて、引き下がってきました。

 しかし、納得がしがたいわけです。その後、多分井上ひさしと誰かが組んで覆面作家として書いた『天国の本屋』の成功(?????)で、毎日新聞社の佐藤由紀記者のインタビューを彼女は受けていますが、そのときの応対やら、会話が、こういうヒステリックなものだったかどうかは、知りたいところです。もちろんちがうでしょう。

 その後、私は、この鎌倉雪ノ下二丁目、『うぐいすがやつ(谷)』における、あじさい畑欺もう事件の不自然さを内々にはっきり気づきはじめます。その事案の原因となっていた、横暴な主婦たちの行動の影に、それを、あおっている瀬島隆三の教唆力をも感じました。→鎌倉春秋釜という看板を掲げている石川和子女史の、裏側のきな臭さをも、感じ取っていくこととなります。

 それを、ブログで公開をするわけでもないのです。が、真実は、把握しました。だから、柳沢某と石川和子夫婦が呼んだ警官が横暴な言動を弄しても、まったく動揺しませんでした。「あんたのだんなに、あんたを叱ってもらわないといけないんだよ」といいながら、使っていない玄関のノブを乱暴にガチャガチャしていても、『ああら、飛んで火にいる夏の虫だわ。これって、あじさい畑欺もう事件を世に出す得がたいチャンスではないの』と感じて、こちらは、悠々としたものでした。そして、最後には、真相を知った警官二人とも、尻尾をまいて逃げ帰ったのです。

 その後で、アジサイ畑欺もう事件の証拠かくしは工費の工事として行われています。その間、どういう風に公費を使って、自分たちの失敗の修復を重ねて行ったかは、ここでは、触れないで置きます。一万字制限を越えますので。

 だけど、田中愛子女史に関しては、引き続き、納得はできません。うすうすですが、『こりゃあ、一種の九の一としての、石川和子女子から間違った情報が、伊藤玄二郎氏に入っているな』と、感じました。それは、たまらないとも感じました。石川和子女子は、まったく私とは違ったタイプですから、彼女に私の全体像などわかるはずがありません。

 ともかく、これほど安易に警察を私的に利用して、そこから、大銀杏が倒れるまでにいたったり、それから、抜群の頻度で、交通遅延事故がおきるようになったり、愛煙家が(関東圏では)自由と尊厳を奪われることとなって行ったという件でも、自分たちの行動が発端であったのですが、そこまでの見通しも何もない、おっちょこちょいな人間たちなのです。先生などと呼ばれてふんぞり返っていますが、生活態度も作品も、尊敬に値するひとたちではありません。

 この人は幼稚園年齢の子供がいるわけでもいないのに、毎日道路でうるさすぎる、いどばた会議をして、音により他人の生活に踏み込んでくるのです。家の中にいても、ぐんぐん土足で踏み込んでくるという形です。で、結果として彼女の人格やら能力を20年以上にわたって観察をさせられ続けています。見たくもないのに、そのレベルの低さを知らされ続けてきました。

 そんな人からの情報だけで田中愛子女子にバカにされてはたまりません。そうじゃあなくて、私の実像を知らせたいと考えたのです。彼は、音による攻撃という形(特に鶴岡八幡宮を使った)をはじめ、まったく見当はずれなことをやってきては、自縄自縛に陥っています。そのことは、瞬間的にわかります。
 で、それを正すためにはどうしたら、よいかを考えたのです。

 彼の好みの女性は、石川和子女子にしろ、田中愛子女子にしろ、体格的には、太っていて、かつ性格的には、唯々諾々として言うことを聞くタイプです。こういう女性なら、自家薬籠中のもので、すぐ教唆してしまいます。いうなりに動かすことができるのでしょう。ガレリア・グラフィカのオーナー栗田女史(ふくよかです)が、奥様なのに、夜の10時半に鎌倉駅に下車して、伊藤玄二郎の後について行ったのは、別にセクシュアルな意味はないけれど、すぐ、たらしこまれて、言うなりに言うことを聞く人であるタイプだということを表していますし。
 ここで、こういうどぎつい表現をするのは、栗田女史からも、大変な迷惑をこうむっているからです。

 でも、私は違うタイプです。まずやせているし。そして、自分でものを考え、自分で決断して、自分で選択するタイプです。そういうタイプの女性を、特にその内面を、彼、伊藤玄二郎は、見たこともないと、感じました。

 で、私に勝とうとして、幼稚なアイデアばかり出していると、私は判断しています。この八幡宮の大銀杏が倒れたことも、吉田宮司にご迷惑をかけたというポイントでは、伊藤言二郎の失敗のひとつです。それから、ガレリア・グラフィカへ接触したのも、酒井忠康氏の真の役割に、私が気がついて行く端緒になったわけですから、実質的な失敗だったといってよいでしょう。

 成功したたくらみもあります。崔洋一監督を、鎌倉市立の川喜多記念館で講演をさせたのも、彼の手腕でしょう。そうやって、崔監督の悪質さを洗浄させ、お金をもうけさせていくわけです。また、NHKを使いたい放題に使っています。そちらについては、また別項で書きます。

 でもね、八幡宮様ほか、思いがけないところに迷惑をかけています。彼が威張っているのは、軍産共同体の手下であるがゆえですが、私は彼から迷惑をかけられるたびに、小沢一郎氏の裏側を分析するから、組織として守るべき最大の宝であろう小沢一郎氏に大迷惑をかけているわけです。じっと観察を続けていると、手のひらから水が漏れるように、失敗を重ねています。

 この件では井上ひさし、の方がさらに悪辣ですし、失敗度も大きいのですが、井上ひさし・私邸は開放をされている場所ではありません。だから訪問ができません。ただ、井上ひさしには、鎌倉駅で二回ほど出会ったことがあり、そのうち、一回は短くですが、言葉を交わしていますので、彼には私の実像はわかっていると思います。それは、駅のホームの喫茶店でしたが、今はその喫茶店も撤去されているので、井上ひさしと言う人が私の文章のモデルとなった指標(特に場所)を消そうと、どれだけ、努力しているかがわかります。そして、周りがすぐ言うことを聞くということも。それが、彼がエージェントとして高位だと言うことの証明です。

で、訪問できない方は放って置いて、訪問が可能なほうである、鎌倉春秋社を訪ねました。さあ、その交渉がどうなったかについては、一万字制限に引っかかりましたので、書きぬけません。デモ、将来は書きます。
 今、誤変換を直した直しました。タイトルとこの一文との関連付けは、この文章内では明瞭に書いてあるわけではありませんが、この一文を考える背景として、そのニュースが心に浮かんでいたことも確かなのです。

 では、2010年12月27日    雨宮舜
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ジャックと豆の木、大切な豆科の木が切り倒されて。

2010-12-26 00:26:58 | Weblog
 これは、金曜日からほとんど一日の間上げておいた文章が、一万字を
超えたので、前のほうを別立てで、進行としてあげました。そちらのタイトルは、『年末に、大銀杏が倒れたことを、考える』と成っています。
 その続きですが、スクロールして、こちらへ、お入りになっていただくことを希望して下においておきます。

 子供のころ、誰もが読む童話に、ジャックと豆の木』というものがあります。あれを皆様は、誇張と思っていらっしゃるでしょう。私も長らくそう思っておりました。

 家庭菜園をなさっておられる方でしたら、まめといったら、枝豆(大豆)、そら豆、えんどう豆、などをお考えでしょうし、庭で花を作っている人ならスイートピーなどがすぐ思い浮かぶでしょう。えんどう豆、や、スィートピーは竹の格子仕立てだったら、二メートルぐらいの高さにはなりますが、茎の直径は太くて一センチです。

で、『子供が登れるほどのしっかりした豆なんて、この世には、ないでしょう』と思っていました。ところが、実際に、それがあるのです。鶴岡八幡宮の境内、神奈川県立近代美術館・鎌倉館(旧本館)の庭内にそれがあるのです。

 私が鎌倉へ引っ越してきたのは、27年前ですが、その前から八幡宮とその中にある美術館にはよく遊びに来ていましたので、そのひときわ異彩を放つ、豆科(?)の大木には、強い印象を受けてきました。

 その名前は、メキシコ(あめりか)キササゲとも呼ばれるらしくて、切り口は新しいときには黄色です。だから、き・ささげというのでしょう。豆科とも思えぬ大木で、伐採後の切り口は直径が50センチはありました。もちろん、硬くて、人が乗っても倒れない序も区です。ジャックと豆の木は、その生長が一夜だったという天は童話特有のフィクションでしょうが、木の高さという点では嘘でもないと思わせる木です。鎌倉のも、樹高は30メートルはありましたが、横倒しの形になっており、臥龍ということばは、まさにこのことを指すと言った風情でした。


 もしかしたら、豆科ではないのかもしれませんが、幹がくねくねと、龍のように曲がるので、ささげというまめ科の名前がついているのです。大好きな木だったといってもよいでしょう。
 それで、何回もそれについてエッセイを書いています。それらはAOLのメルマガ(閉鎖されているが)で、書いてきました。
 この木が大問題なのは、すでに伐採をされてしまっていることです。それも、影からの悪い教唆によってでしょう。

 八幡宮さまは、その歴史が800年もあるのに、最近65年間だけ、この日本を支配している国際的軍産共同体のエージェントである井上ひさしと伊藤玄二郎のあいであによって、伐採をされてしまわれました。
 私はもちろん悲しみました。というのも、その伐採は、私を悲しませることが目的だということはすぐわかったからです。下にスクロールしていただきますと、広告を三権間に挟んで『ジャックと豆の木』というエッセイがあります。そのエッセイが与える感動をそぎたい、殺してやりたい、その気をどくしゃには、見せてやるものか』という憎しみで伐採されたのが、瞬間的にわかったからです。

 特に大昔の文章だから、上の文章の続きですが、日付を前にして、うえから続いてお読みいただけるように手配をしています。では、どうか、よろしく。

 ところで、もうひとつの、大結論へはいらせていただきます。

それは、伊藤玄二郎という人が、まったく見当はずれな選択ばかりしているということです。で、その結果、お気の毒に、八幡宮さまでは大銀杏が倒れるということとなりました。大銀杏を倒したのは、自然現象でしたが、私は前の年に、アメリカ(または、メキシコ)キササゲが、元気なのにもかかわらず、伐採をされたときに、予感として、あの大銀杏の倒れるのを察知していました。

天網恢々、疎にしてもらさずとは、まさに、このことなり』と感じ入ってしまいました。きささげを伐採なさったのは、どういうルートで何を考えて相なさったのかは八幡宮様に問い合わせたことはありません。が、以下の文章が、井上ひさしの目に留まり、この文章の力をそぐために、伐採をされたのでしょう。つまり、その跡地を訪ねる愛読者(といっても、私はその本を市販していないわけですが)が出てくると困るからです。

 私は、無論のこと、古い現象は忘れてあげたいですよ。恨みを残したくないです。ただし、井上ひさしが、死亡という隠れ蓑の影で、次から次へと、この日本全国へ及ぼす悪辣な、諜略行為を重ね続け、また、それによる論功行賞で、えらそうに都出を繰り返すのに、は、怒りを禁じえませんね。

もちろん、八幡宮様は利用をされただけだだから、あまりはっきりと書いては、お気の毒だとは思いますが、昨日も柳沢某のえばったらしい、雰囲気に5分間以上、石段で、さらされ続けたし、本日も、堂々と、崖の私有地で農作業をしている安野氏の姿を見つけましたので、「あ、そうですか。これは、書いてもよいと、天がお許しくださっていますね。そのサインでしょう。二人のまったく、無反省な姿に接すると言うことは」と考え付きました。
だって、そのふた家族は、大いなる原因者なのです。
私だけではない被害を、この日本へ与え続けている存在なのですから。関東圏の愛煙家、数百人が自由と尊厳を奪われていること、および、電車の遅延により、重大な損失をこうむっているかもしれないということ。などなど、枚挙に暇がないほど、この鎌倉の、この山から発信された現象は、深くて、大きいのです。


『プロの朗読者と私と、二人だけの音楽会』

私は、夜遅く小町通りを通る時、あたりに誰も人がいなくて、しかも気分が高揚している時には、歌を歌う事があるのです。今日はね。それほど、気分が高揚しているわけではありませんでしたが、それでもほっとしたというか、なんとないやわらかい気分であったのです。     
すると、対抗方向から、すごく良い声が聞こえて来ました。割と大きな声で、歌っている男性が歩いて来ます。すれ違う時に観察すると若くは無い。(実際には五十三才だと後で聞きますが)それが驚きでしたが、すれ違って数メートルしてから「もし、もし」と、こちらから声を掛けて呼びかけました。すごく良い声だし声量が只者ではない大きさで、あとで、プロの朗読者であり、鎌倉の喫茶店でお金を取るパフォーマンス『芥川龍之介の、奉教人の死』をやって来たばかりだという事が判るのですが、それを全然知らない時点から、私には感覚として、特別な人だと判ったのです。

 それで「あなたは、音楽がとても好きそうね。私も大好きだから、二人だけの音楽会をしません。どこか人のいないところで」と提案をしたのです。で、そういう場所として、八幡宮へ向かいました。彼は、源氏池の傍にベンチがあるといいましたが、私は最初から、鎌倉近代美術館(鎌倉館)の庭にあるアメリカ・きささげの傍を考えていました。私にとっては、その美術館はほとんど、我が家の庭みたいなもので、朝な夕なに横切るし、そのアメリカ・きささげは、こどもと一緒に三十年以上前に記念写真を撮った事があるのですが、その頃は、ほとんど、ベンチ代わりにできる高さで、臥龍のごとく横たわっていたのです。

そこに一人が座って、もう一人が美術館の玄関(これは、普通は内部のスタッフだけが使うものですが、ちょうど、高めの三段の階段になっているので、舞台としては、とても、適当です)で歌おうと考えたのです。
 しかし、まったく成長をしていないように見えたアメリカ・きささげは、意外にも結構成長をしており、とてもベンチとしては使えず、反対に、電気がついている玄関の方を観客席として使い、電気がついておらず暗いきささげ側に歌い手側が立って、パフォーマンスをする事になりました。
*******
 最初に彼は、おおたか静流(しずる)の歌を二曲歌いました。私は、今までは名前も声も知らなかった歌手ですが、コマーシャルソングの女王として、その声は日本中の人が知っているそうです。そのあとで、私が最近凝っているピアチェ・ダモールと、例の荒川静香のトリノオリンピック優勝時の音楽『誰も寝てはならぬ』を歌って、その後でお互いの音楽人生を語りながら、
 彼が、杜甫の、『春望』(漢詩)・・・・・・これは、作曲者がおらず、中国語の四声(イントネーション)を、生かしたものだそうです・・・・・を歌いました。
 このあたりで、彼を只者では無いと確信した私が問いただすと、プロの朗読者である事がわかりました。ただ、とても純粋な人のようで、私と同じく、その芸術だけでは、とても食っては行けないそうです。

 その後で、私は、今まで聴衆に一番受けた(PTAの宴会でしたが)歌として、春日八郎の『長崎の女』とか、他人の前では、高音部が出るかどうかに自信が無いので歌った事が無いが、四十代では最も好きだった歌として、トスカから、『歌に生き、恋に生き』を歌いました。が、どちらの曲でも、さすがに二十年が過ぎていて、最高音部は出ませんでした。
 春日八郎をこっちが歌ったので、彼も安心をしたのでしょうか? 天才以上の人として彼が思う、しかもその死によって、彼が突然歌に目覚めたという、美空ひばりを四曲歌いました。彼は美空ひばりについての音楽評論を何本も書いたそうです。インテリにして芸術家だったわけです。だけど、まだ無名だし純粋そうで、だから生活は苦しそうです。私とそっくり、・・・・・それに、後で、彼のビラを見せてもらったら、『風狂の朗読者』と書いてあったので、私がいつも、社会現象(および政治)について書く時には『風狂の歌い手』という呼称を使っているのとも、ぴったり合致するわけですね。

 ただ、歌い手としては、本当に驚くべき、表現力のある人で、すばらしい歌唱でした。私は、普段は美空ひばりを嫌いなのに、ねじ伏せられてしまいました。
********

 このあたりで美術館の内部から、警備員さんが二人出て来ました。私が、断りを言うと、「どうぞ、どうぞ、ご自由になさってください」といわれましたので、ふたりの、パフォーマンスが、相当、レベルが高かったと皆様にも、お考えをいただきたいのです。

 その後で、私は、カタリ(これは、パバロッティの持ち歌)とか、ハバネラ(カルメンより)とかを、全力でしかも、身振りを付けて歌いました。聞き手のレベルを信頼できるし、環境がすこぶる良いのです。誰も邪魔者は、聞いてはいない。セミだけはうるさいが、さすが鎌倉です。八幡宮を参拝か、帰宅のために通る人たちも、別に私たちの方へ近寄って来るわけでもない。そうです。こういう真に文化的な事を、突然にやっても、きちがい
(差別用語? でも、私は使いたい・・・・・誰かを指しているわけでもないし)だと思われない街だと、私は信じているのです。最後に、私がグノーのアヴェ・マリアを歌って、その後で、打ち止めにしようと提案をしました。

 で、二人とも静かになったわけですが、私が引き続いておしゃべりをしたのです。つまり、「グノーのアヴェ・マリアが、普段より低いキーになったわ。これは、あなたの影響だと思う。あなたは、男性としては声のキーが高いのではありませんか。だから女性の私が影響を受けて、このアヴェ・マリアを、元のキーで歌いました。普通はもっと、高いキーで歌うのです」と・・・・・・・

 すると、静かになったのをいぶかしんで、中から警備員のうちのお一人がもう一度出て来られたのです。そして、「もう、おしまいですか?」といわれました。「すごく良い声で、リクエストをしたいぐらいです」とも。私が、「こちらの男の方はお上手ですが、私は駄目だったでしょう?」というと、「いえ、リクエストしたいぐらいですよ」といって下さったのです。で、私が、「ではお言葉に甘えてトライして見ましょう。何か、歌のタイトルを仰ってください」と促すと、「では、青葉の笛を」と仰るのです。で、「あーおばしーげれる、さーくらいのー」と、楠正成の歌を歌いだすと、「それでは、ありません」と仰るのです。
 「そうではなくて、敦盛、ただのり、兄弟の話です」と仰って、平家物語の中の、その段の説明を始められたのです。すると、それを聞いていた朗読者の方が『僕、平家物語の朗読をしましょうか」といい出したんですよ。
 それで、多分、六十才代であろう、その教養のある警備員さんと、同じく六十才代である私のたった二人だけで、そのご本人が言うに、総計二十分は掛かるという「義仲の最後」の段を聞いたのです。

 ああ、それは、たった三分ほどに感じられました。

 皆様、今日の文章はどこといっておとしどころのない話です。山場も無い、逐一の状況説明のお話です。でもね。私が言いたい事は、最高で、かつ良質なものは、意外なところに在るという事なのです。テレビでもない、新聞でも無い。全く、違うところに、ひそやかに在るという事なのです。それが、ご理解を頂きたくて、これを、書きました。                  二〇〇六年八月二十九日   

 それを2010年に再録する、そして、このブログを書いているのは、2010年の12月25日(土曜日)の深夜です。上の文章を、さらに、手を入れて、署名を入れるのは、月曜日(27日)の早朝二時、に。   雨宮舜
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天皇・喜寿の、記者会見に、朝日新聞、改稿後

2010-12-23 23:53:35 | Weblog
 以下に、天皇会見記について述べますが、そのほかにも今日など、検討すべきニュースはほかにもいろいろあります。尖閣諸島ビデオを流した、海保職員の停職とか、秋田の弁護士殺害時のありえない警官の行動は、単にバカだったことであるのか、それとも、諜略行為だったのかとか、さまざま検討しなければならないニュースはあります。だが、私は頭に詳細な全文が降りてきた文章しか、書かないことに決めております。

 ただ、石原都知事分析などのように、頭の中を駆け巡る文章がありながら、このブログ一回の字数が一万字と決められていて、それを、オーヴァーしたために、その夜のうちにパソコン内に落とさなかった考察は、再び想起するのが、相当難しいことにもなります。
でもね、あまり無理をしないことに決めております。

 10年前はあせりました。どうして、自分には時間がないのだろうとか、制限の中で生きているのだろうかとか、悩みました。若いときからそこへ突進した人には、すでに会社があったり、秘書がいたりしていますが、遅く出発した身では、書くことだけで精一杯で、書くために環境を整備することなど、無理な相談で、ただ、ただ、書くだけなのです。

 が、『それでもいい。敵がいて、さまざまなストレスを浴びている現在なら、怒るとか、悩むとか、あせるとか、していたら、大いなる陥穽に落ち込むぞ』と、用心していて、それゆえに、何ごとでも、満足するすべを獲得いたしました。で、ゆったりと構えているわけです。これはわれながら思いがけない展開です。驚くべき展開です。災いを転じて福となすの典型でしょう。

 さて、こういう気持ちの下で、何をどう書くかですが ニュースの重要性如何よりも、『これを、書きたい。書きたくて、眠れない』と思うようなことだけを書いていくつもりです。そのことは、恐れ入ります。

 さて、
 本日のメインディッシュです。

 天皇誕生日の記者会見の様子が、ウエブニュースで展開しています。すると朝日新聞の中には、「会見全文」と書いてあるのに、読売新聞と内容が違う部分がありました。特に問題なのは、天皇の記者懇談が、三年ぶりに再会されたが、ご健康を勘案して、すべてを再開する可能性はないと言う記述です。

 そこを特化、強調して、ウエブニュースへあげていることが重要です。天皇のお言葉が、出てこなくなったのは、表向きはご健康を配慮してですが、実際には、私が、『カタール皇太子との会見で、江戸時代の平和の重要性に触れていらっしゃるのは、意味があることだ。明治維新の経緯を考えると、感無量のことがある』と書いた直後から、おきた現象でした。

  また、天皇家の秘宝が、国立博物館(平成館)で、開かれていた時期に、午後五時15分の閉館直後に、天皇、皇后両陛下がいらっしゃって、それの警備のすさまじさに驚いたという一文を、このブログにも載せたことがあります。が、(後で、トラックバック機能を足します)

 そのときに、どうしてか、それを察知した一般の人で、博物館を出てきたばかりらしい若い人を中心のグループがじっと待っていました。通りがかった私(芸大美術館か、芸大図書館を利用した帰途だったと覚えている)が一緒に待っていると、・・・・・その中から、突然に「天皇陛下ばんざーい」と言う哀切な声が聞こえ、それが右翼でもなさそうなので、平成天皇のお気の毒さと、日本国民両方の気の毒さが、その声に現れている・・・・・と書いたことも、天皇の記者会見を中止させる動機となったでしょう。

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 つまり、私がブログで、天皇陛下のお言葉に感嘆したと書いたから、『あ、日本国民は、天皇を中心として、再び、まとまってしまうかもしれない』と恐れた、国際的軍産共同体が宮内庁にまで、何らかの指令を出して、病気を理由にお発言を取りやめるように仕向けたのです。宮内庁も完璧に、国際的軍産共同体に支配をされているということです。そして、庶民に対して感化力を、天皇がお持ちならば、それは、そがなければならないとなります。
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 ところで、ここで挿入ですが、小沢一郎氏の習近原氏との会見は、9月の半ばに書いた私の文章からアイデアを汲み取ったはずです。『そうか。天皇って、意外と利用できるのだ』と考えた手合いがあって、「小沢氏が立派な政治家だ」と言うイメージを国民に植え付けるために企画をされたのでしょう。

 デモね。そのアイデアは大反対の方向へ進みました。小沢氏の新聞記者相手の睥睨目線には『私は関係ない』と思って我慢をしていた、大勢の日本人が、『え、天皇まで利用をするの? 驚いたなあ。これは、たまらん。嫌なやつだ』となってしまったわけです。天皇が国民の象徴だからこそ、小沢氏にたぶらかされ、利用をされているのは、まさに自分たちだとわかってしまったのです。

 こういうところが『天網恢々粗にしてもらさず』の典型で、私がいつも、天を恃むといっているところです。ところで、ここでもっとも大切なことは、小沢氏が何か、表に出ているときは、騒乱が世界中からやってきて、日本を襲うということです。不安を掻き立てられて、英雄が現れてほしいなあと国民が思ってしまいます。その日に向けて、用意周到に『小沢が偉い』というコンセンサスを作っておけば、小沢氏が首相になれると、彼を裏で繰っている組織は思っています。

 その一例が、普段の10倍の大きさの『小沢は偉い』という巻頭記事を載せている週刊ポストの大広告となっていったわけです。

 そして、日本人が働いたお金はすべてすい取り上げられ、奴隷の国と、さらに化すでしょう。JALに今起きていることが、日本の隅々まで起きるということです。または、トヨタにおきているリコール運動がまたしても、再燃すると言うことです。真央ちゃんはさらに泣き顔を見せ、国民は全体に、灰色の精神状態に陥れられ、人を疑い、いじめあうようにさらになっていくでしょう。

 さて、今二十四日に入り、推敲を重ねようとしているところですが、・・・・朝五時に寝たので、外出は急遽、取りやめたのです。・・・・で、午後零時からパソコンを開くとアマゾンから来たメルマガ内に「監視と密告の国アメリカ」という本の広告がありました。私なんか、この日本に住んでいても、監視と密告の中に、24時間暮らしていますが・・・・・

 その手の不自由が全日本人に及ぶのが、小沢体制下の日本でしょう。

 悪の権化のリーダーが支配をはじめようとしているとき、その危険性に気がつき、警鐘を鳴らす人間は、いつの時代でも弾圧されます。私のこうむっている被害はその典型でもあります。
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ここで、挿入から元に戻らせてください。

 この天皇の会見中止という発表は、カナダご訪問の直前に行われたので、その奇妙さが余計に目立ちました。ジェット機にお乗りになっても、11時間はかかるでしょう。それが大丈夫でいらっしゃるのに、お言葉を発することができないなどとは、普通なら考えられません。

 昨日2010年12月23日のNHKニュースでもお立ち台での天皇は明るい表情でいらっしゃったから3年前にはもっとお元気だったはずで、スピーチをなさるなどなんでもないことだったでしょう。ただ、私のほうもこの三年間に相当しぶとくなりました。で、こういう諜略行為が裏にあるニュースには眉唾を付けながら接するようになりました。

たとえば、宝くじですが、我が家で夫婦で何かをそれについて話したとたんに、宝くじを売り出さないこととなりました。それ以来派手な広告が朝日新聞に載ることはなくなりました。でも、そのうち、いつの間にやら、実際には復活していて、今年など、また、ニュースとして年末ジャンボの有楽町での、列が、流されています。以前ほど沸騰はしていませんが、それでも、売り出していることは確かなので、私をびびらせる事が目的のニュースは、実態はどうなっているかは、わからないと考えています。

で、平成天皇のお言葉も、カナダでは返礼として、やはり、披露をされはずだと、今では思っています。それから、日本の宮中で内外の賓客を迎えたときは必ずお言葉を発して折られるでしょう。ただ、それが、外へはいしんされなかっただけでしょう。そういう風なからくりで、行われていると今では、感じています。

で、外国の人々に対して失礼はないと感じていますが、でも、日本国民は、貴重なお話を聞くことができないわけで、『なるほど、そういうことですか』と思っているわけですが、その22日のasahi・comは、書きようが、ひどかったですね。

 ところで、紙の新聞のほうでは、それほど、あくどい工作は見られませんでした。

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 ここで、第二の挿入ですが、朝日新聞が無料で配達をされることは、とうとう終わりました。12月のはじめから来なくなったのです。で、コンビに等で買ったりしました。どうしてかというと、あのけたたましい操作力を見せ付けさせられる生活から、逃れた方が静かに暮らせるから、老後の人生が安泰でしょうと、感じましてね。『それも一興よね。何が得になるか、人生はわかりませんよ』と思っていました。

 だけど、今までの、書きようがありますね。読者に対する私なりの責任というものがあります。それに、ちょうど、天からの報酬と私がみなしている遺産も母から入りはじめましたので、少しは余裕ができましたから、この16日から朝日新聞をお金を出して読み始めたのです。のっけから、重要な事案・・・・週刊ポストの広告がいつもの、5倍の大きさになっていて、それは、いつもの4倍である、週刊現代より、はるかに衝撃的なサイズの活字を生むという現象を発見しました。その裏に、小沢一郎氏を、国民に『立派な人物である』と売り込み洗脳させる目的があると気がついて、前報を書いたわけです。

 『よかった。よかった』と思っています。間一髪で、お金を出した購読開始が役にたちました。こういう些細な現象にも、天からのお助けを感じる次第です。
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 ここで、第二の挿入から離れ、天皇は体力的には十分にスピーチをできるはずだという私論へ再び入ります。
 オバマ大統領の演説ほど、それは、長くはありません。それに、オバマ大統領ほど、対立相手を説得する必要性もないのです。平成天皇は、いわゆる身の丈にあった自然な発想でお言葉を発せられているのですから、無理に背伸びなさっているわけでもないので、それほどのストレスを感じてはおられないでしょう。むしろ、気晴らしになるのではないかとかんじます。愛子様の不登校や雅子のご病気と言った心配ごとを吹っ飛ばしてしまうほどの達成感を、お感じになるはずです。

 ストレスがあるであろうなどと推察するのは、下種のかんぐりといった種類のものです。

 で、朝日新聞に代表される、国際的、軍産共同体に近い連中は、私がブログで言った点を気にしていて、「今回は特別だが、これからも、記者会見があるわけでもない」と、添えごとをする形で書いています。しかも、天皇陛下自らのご意思で、そうなさっているというニュアンスで発表されています。

 またまた、しょっていると皆様に言われて、しかられてしまうかもしれませんが、上の部分で、見事に私の前の発言が気にかかっていて、一種の偵察用アドヴァルーンがあげられたなと感じています。

 それは、まさしく、あの秋葉原のホコ天再開の手法と同じです。1月23日に再開予定だというものを、12月初旬に発表する。そして、私がどう出るかを様子見している。

 読売のウエブサイトにはそんなことは書いてはありません。このようにニュアンスが違う記事のもっていき方があるのに、「あらたにす」というウエブサイトを作って、その三社が協力するというのは、本当に忌まわしいことです。戦時中の大政翼賛会を思い出させます。そして、産経新聞と毎日新聞を阻害し、排除しています。

 まるで、中学校のいじめスタイルと同じです。番長はだれだ?
 しかもそれを作り上げたのが、例の、人的コネを利用した浅はかで、薄っぺらな少数陣(人)の、連絡の交し合いで、あっという間にきまったことであろうから、非常に残念です。し、怒りもわきます。また、「あらたにす」の開始時期を丁寧に検討すれば、私がブログを始めたり、そこで、重要な発言を始めた時期と、関係があるでしょう。

 ただね、この「あらたにす」を丁寧に読んでいる人物が実際にいるかどうかは疑問です。でも、テレビの視聴率と同じで、この記事が人気があるなどという報道がやがて出てやがて出てくるでしょう。ここで、予言をしておきましょう。ともかく『あらたにす』というアイコンの紙面上の大小さえ、記録となって残っていくでしょう。それこそ、私のブログの内容と国際的ぐんさん共同体との攻防の記録となっているはずです。

 ここで第三の挿入に入ります。
 また、また、文句で恐れ入りますが、

 朝日新聞とNHKが、天皇に対して敬語を使わないのも、違和感があります。それは、幼児性丸出しといってよいほど、普通の感覚とずれています。そして、佐高信氏が、週刊朝日に連載を持っていることと類推を作動させれば、朝日新聞の首脳陣は日比谷野外音楽堂で、下品極まりない言動で、天皇や政府を批判した、在日に縁がある人たちと、ぴったりと癒着していると、見えます。

 で、ここからも、国際的軍産共同体は、在日の出自を隠している政治家に、日本を支配させるように、企図していると言う結論が出てきます。また、文化面でも同じこと、スポーツ面でも同じことです。

 「発言をなさった」と書くのが普通のところを、動詞部分を必ず、「発言をした」と書きます。以前、私以外の誰かに、すでに、批判を受けていると思いますが、のど元過ぎればあつさ忘れるで、すぐ元へ戻ります。私など、一応ですが、お茶大の付属高校の出身ですから、(不、不、不、超いやみですが)国語の基本から考えても、お尻がこそばゆいという以上の違和感があります。

 ただ、読売新聞は敬語に関しては、普通です。違和感がない形で記事が書かれています。

 ところで、天皇陛下が国民に向けてメッセージを発するか、発しないかについて、自由がなくて、しかもあたかもご自分から「会見を控えている」と、おっしゃらなければならないところに、象徴も象徴としての、日本人の不自由さが現れています。

 そして、ここに漫画の表現の自由を制限した東京都条例を発した石原都知事に見られるディレンマが同じ形で見られます。石原都知事は「横田基地を返してもらおう」と発言したりして、日本人はアメリカ人と対等であるはずだと信じている人です。

 それから、天皇も純粋に日本人の代表なはずですよね。そのお二人が、私が普段言っていることとは、反対の方向で、お話をされたり、条例を出したりする・・・・・『お前には味方は誰もいないのだよ』と、この日本を真意支配をしている側の人間たちはいいたいのでしょう。

 石原都知事など、『四男に甘かった。公費を四男のために使っている』と責め立てられているのに、本質にそむいてあの都条例を発したのです。天皇陛下だって、「私にとって、メッセージを出すことは,今のところは、負担ではありません」と軽くおっしゃりたいところだと感じますのに、まわりから「こうしてくださいませ」と勧められて、ああおっしゃる。

 私はすさまじい形での言論弾圧を受けてきました。でも、別に理由があるわけでもないのです。この現在の日本では国際的軍産共同体側についた人間には、大特権があり、それ以外の人間は、それだけ不当に、権利や自由を奪われているということです。

 こう書くと『惨めそのものである』といった日常を皆様はご想像をなさいますか?
 それが、そうでもないのです。不思議なことですが、常に感じるのは、天がこちらにお味方をして下さっているということです。

 皆様は、お正月に鶴岡八幡宮に初詣にいらっしゃるでしょうか。800年から生きてきた大銀杏は、今年の春たおれました。
 それは、境内の美術館の職員用玄関の前にあった臥龍のごときアメリカキササゲを、悪人たちの讒言により切ってしまわれたからです。

 それは、私が書いたエッセイ、『二人だけの音楽会』の最寄の場所の証拠を消すという目的があったわけですが、そのエッセイの再録を含めて

 これから先は、書くのが大変難しいし、時間がかかるので、いったんここで、この文章は終わりとさせてくださいませ。音楽会については、別稿を立てます。とお断りばかりしているうちにも、またまた、微妙な心理操作が始まっていると感じます。ウエブサイト、ライブドアーの目次に、昭和天皇に関する幻冬社の『小林よしのりさんの本』が取り上げられていて、それと、この文章を連動させられると、私は困ることとなります。でも、敵方の狙いは、それと連動させ、『あいつは右翼だ』と決め付けたいのでしょう。それも、喝破し打破しないといけませんので・・・・・大変です。私は右翼でも左翼でもない、ごく普通の人間です。そして、喫茶店などで、隣の主婦グループがほとんど同じ傾向で、皆さん、お話が弾んでいますので、私の観点は一般庶民代表です。
 
 もちろん、みなさんが、打ち解けて話し言葉ではないのですが、    では、

   2010年12月23日から、25日にかけて書く、雨宮舜
コメント

週刊ポストの、朝日新聞紙上の大広告、と、その意味・・・・加筆推敲後、

2010-12-20 10:59:37 | Weblog
 今、水曜日の深夜です。むしろ木曜日の早朝です。午前零時から四時にかけて、相当に推敲を重ねました。たどたどしかった所を直し、2500字程度増やしましたので、読んで頂けますと幸いです。

 下にある、前報をやっと丁寧に書き直しておりますので、そちらをできるだけ、お読みいただきたく、こちらをアップするのは、本当は後にしたいのですが、月曜日に見逃せない現象を発見しまたので・・・また、新しい文章に取り組みましょう。

 本当は今は毎夜、幸田文と、青木玉のものを読んでおります。それについて書きたいですね。そういう文章の方が私自身、出来がよくなると思っております。そして、政治ものより命ながらえるでしょう。むかし、「絵をやりなさい。文章は命が短いですよ」と忠告をしていただいたことを、しみじみと思い出しますが、戦争中、特に、戦地や、東京大空襲、そして、満州の地、および、原爆などで亡くなった方を思えば、今の私は恵まれているともいえます。それで、乗りかかった船で政治について、しんどい分析を続けているわけですが、

 政治に関する文章など、結果が出てしまえば、すっと、捨て去られるものなのです。ただし、ある程度の貢献の結果は出てきていると、ひそかに感じるところもあり、莫大な時間をとられることにも、悲しみも文句もないのです。そして、身辺はいつも、健全であるように、そして、美しいものを周りに、置くように勤めていますよ。表現することは、どぎついかもしれないけれど、それは、やってくる方が悪いと感じています。

 次から次へと、策略がとられてきます。皆様もご覧になれる証拠は、12月20日、朝日新聞・朝刊下段の広告です。22と23面に週刊ポストの広告がありますが、かつて見なかったような大広告です。しかも、その前においてある、週刊現代より、1.5倍です。ここに、私はさまざまな意味を感じ取り、推論を挙げていくのですが、念のために、事前に、週刊現代と、日経新聞(広告部門)に確認を取りました。

 どうして、そんなことをしたかというと、日経新聞紙上では、週刊現代と週刊ポストの間に大きさの差があるかどうかを確認するため、が、端緒です。すると、なんと、日経新聞には週刊現代の広告が載っていないので、それには、疑問符を大いに感じましたから、二つの会社に問い合わせたわけです。

 が、日経新聞側と話し合っているうちに、『まあ、読者層を勘案して費用対効果が生み出せないということでしょう』というところに、私の結論は、落ち着きました。週刊現代からは、『どうして、日経新聞に広告を載せないか』の、理由については、「担当者がいない」ということで、不明のまま終わっていますが・・・・・

 私が特に気になったのは、巻頭の記事のニュアンスが正反対だと言う点です。週刊ポストは小沢擁護、または、褒め上げる流れで、巻頭記事を作っています。しかし、週刊現代は、仙石、菅ライン優位な記事で、一般的な国民が感じ取っている現状を反映した記事を巻頭においています。

 さあて、一般的には、・・・週刊ポスト側が、より、高い広告料を払い、この大広告記事を掲載した・・・というだけで終わるでしょう。が、『もしかしたら、朝日新聞側のサービスだったりして』と思ったりして、そこを私の物と同じ疑問をもっておられるかどうかを、確認したくて、週刊現代の編集部へ、電話を入れたわけです。

 すると、この大きさの差を、週刊現代の編集部で、電話を取った女性は、気がついていないのか、問題にしていない模様でした。気がついていないということは、13版(鎌倉に配達される版だけ、この大きさの差が生じた?)可能性もあるので、そのめんでも質問をしたのですが、『週刊現代側が、広告料をケチっている』と私が責めているとでも、曲解をなさったのか、あまり、親切な対応ではなくなったので、『週刊現代の広告が、どうして、ポストより小さくて、その影に、朝日新聞側のサービスがあったかどうか』は、ここでは、確認ができませんでした。

 しかし、過去に、北野武、監督の批判を、皆様には内緒で、ただ、自分のパソコン内でしますと、監督に関する全面の大広告が、朝日新聞に載ったことがあります。そのときは、『これは、サービスですね。意図的なものでしょう』と感じました。内容は『アキレスと亀』のDVD発売ですが、最初、映画館でも当たらなかったといわれる作品のDVDに朝日新聞の全面を使った広告を出すなんて、それこそ、費用対効果をまったく無視したバカげた行動です。でも、朝日新聞側が思想的なキャンペーンとして、その広告を無料、または非常に安く載せてあげた可能性はあります。

 北野監督が、芸大に大学院まで作ってもらって、過去の暴力イメージを払拭してもらった。(つまり、洗浄化されて)その『講談社の編集部へ消火器などを持って殴りこみに行った』という経過が、青白きインテリである、物書きたちやら、編集者への、一種の恫喝となって、言論弾圧に役立っているから、そこまで優遇されるのだ・・・・・と、そういう論を、自分のパソコン内で、張っている私の、大向こうを張って、

 『違うんだよ。かれは、本当に、えらいんだよ』という流れを作り出し、さらにえらそうに見させる大広告でした。

 その流れは、この全面大広告だけではなく、フランスさえ巻き込んで生じています。勲章をもらったり企画のこてんをしてもらったり。でも、私は、このポイント(広告料は値引きされていたであろう)については、自分が間違っているとは思っておりません。今度、NHKハイビジョンで、何か、彼の特集番組があるそうですが、それも、同じの流れの中にあります。

 で、週刊ポストの大広告には、それと同じテーストがあり、相当な意味があると、みなします。が、それゆえに週刊ポスト側、と、朝日新聞側には、この文を書く前には、何も問い合わせはしませんでした。諜略に関することに対して、相手側当人に質問をしても、まっとうな答えがえられるはずがないからです。

 で、これから、私固有の推論をあげていきます。

 ここまでかんぐってしまうのも、過去に似た例があるからです。小選挙区制移行時期に、テレビ朝日が、どれほど、小沢擁護であったかを思い出し、かつ、最近の流れも見るからです。いつもの繰り返しに近くなりますが、国際的軍産共同体、朝日新聞、小沢一郎氏、の結びつき、およびテレビ朝日における、たけしの突出振り、その番組内で、登場した原口一博氏(元総務相)の最近のメディアでの重用などを、全部勘案すると、『それぐらいの裏はありそうね』となってきてしまうのです。

 私は2007年、4月17日に発見した、私のパソコン内へのハッキング以来、ずっと『誰が、それをやっているか』というミステリーを解いているわけです。そのハッキングは、誰にも未公開のはずの、頁設定済みの出版用のデータが、まったく関係のない、銀座の大黒屋ギャラリーの、グーグルでの検索欄に登場したことを初めての経験として、圧倒的な回数、いやな現象に見舞われ続けています。これは、精神を支配する役目を果たすので、怒り心頭です。ずるいです。攻撃者は、自分は姿を現さないで、ある無辜の一個人を抹殺しようとするたくらみですから。絶対に最後まで追及すると決めています。

 でもね。本日は愉快です。だって、あの大活字の大広告で、朝日新聞の読者800万Xα人の人に『大物として、アッピールをした』小沢一郎氏と、そうさせてやりたいとバックアップした背後の連中の動機は、私たった一人にあったからです。
 それは、数十行後に解明しますが、ハッキングだけに戻れば、

 途中ではいわゆる、示談に入る可能性も示唆していて、それこそ、暗喩として鎌倉春秋社を訪ねています。この10年間に合計五回ぐらい。が、伊藤玄二郎という人間は、まったくといってよいほど、ぴんと来ない人間でした。むしろ、井上ひさしの方がある意味で的を得ています。この2010年4月9日に鎌倉春秋社を訪ねて「個展に来てください」といったとたんに、彼の死亡(ただし、偽装だと私は思っている)が発表されたので、より敏感でしょう。

 ここで、初めてこのブログをお読みいただく方のために、短い解説を入れますと、その個展は私を悲しませ、自滅させるためのわなだったのですが、発案をして、それを仕掛けてきたふたりのうち、会社を経営している伊藤玄二郎を訪ねただけで、『私が裏側をすべて見抜いている』事を知り、責任を追及されたくなくて、悪事を発案し続ける二人のうち、井上ひさしの方は、自らを死亡したと発表をしたのです。


 で、大体の所、常に「20億円を超えます」と豪語(?)している私の被害が、どうしておきてくるかのミステリーの真相に近づいてきているのですが、今までいろいろ書いてきた鎌倉のご近所の人々が利用されることもさることながら、密接に小沢氏の動向と関連がついている事も、わかってきています。ので、小沢一郎氏のことは、大変に気にしているわけです。
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 で、お正月合併号という、金色を表紙に使った週刊ポストも週刊現代も買って来ました。読後感は、面白くはないのです。この二誌は男性若手サラリーマン向けですから、68歳の専業主婦である、私の好みではないのです。その上、最近では、週刊誌の記事にはまったく満足できませんし。

 ところで、パーンと、二誌を一度に買ったわけではなくて、まず、週刊ポストから買いました。そのときに、売り場で、週刊ポストの方が残りが多いと感じましたね。大広告にもかかわらず、その巻頭記事は国民には訴えていません。好まれていないのです。せっかく孫正義伝(佐野真一)が始まったというのに、売れていない模様です。

 私はその二誌を、見比べながら瞬時躊躇して、「ああ、こっちはいやなんだけど、勉強のために買うわ」とポストを選んだら、売り子さんたちが笑っていました。
 みんなわかっています。普通の国民って賢いですよ。わかっていないのは、大メディアに就職した偏差値だけ優等生である記者とライターと編集者だけです。『社会の木鐸足らん』と威張っている連中より、無名の庶民の方が、よっぽど賢いです。もちろん、それら、大メディアの記者にちやほやされる代議士たちよりも、庶民の方が賢いです。
 
 そして、その週刊ポストを、月曜日の東京からの帰りの車中で読んで、その後で、鎌倉で、比較のために、週刊現代も買ったのです。若いサラリーマン向けであるという意味では、どっちもどっちですが、

 週刊ポストからは、重要な情報が手に入りました。

さあ、ここからが、今日の文章の本論です。腕によりをかけて書きますが、きっとパソコンのスピードは落ちていくでしょう。
 まさに、そうで、火曜日書くのが大変でした。今は、水曜日の深夜で、大体のことは言い終わっていますので、キーは通常通りのスピードで動きますが・・・・・

 週刊ポストは、ジャーナリスト渡辺乾介(???私は今までまったく知らない人ではある)氏のインタビューおよび、小沢氏の過去・活動・履歴を入れて、写真と広告が少ない形での、全10頁です。週刊誌としては、すごいボリューム。

 2009年の秋のNHKを思い出します。これまた、冷静な目で見ると、信じがたいほど偏ったオマージュ番組を作ったところです。
 
 しかし、私は『ポストの記事』に、別に影響を受けず、洗脳をされません。そして、さまざまなことを考えますが、

 『まずは、日本国民の中の、若い人たちに、依拠しようとしている小沢氏のもくろみは何か』と、考えます。それは、私などの世代には、彼のあくどいイメージが定着しているので、それらを、排除して、彼の昔を知らない人間たちを糾合し、味方に付けようとしているということでしょう。

 ネットの世界で人気があるそうで、ウエブサイトで、呼びかけると、1000人ぐらいが集まり、デモ行進が行われるそうです。『うーん、本当かな? ともかく狙いはわかりますが』となります。

 つまり、今の日本を支えている会社の社長、部長、次長クラスの人々はネットには、無関心だと、戦略家の彼からは、みなされており、これから、世の中を支えていく若い人にターゲットを絞って、攻略し、人気を得ていこうという案です。

 私は思います。『あれっ。それって、紅衛兵を利用した毛沢東と、同じではないの』と。毛沢東の文化大革命によって、どれほど数多くの、中産階級、または、インテリ層が、いじめられ破壊させられたかを、みなさん、忘れないでください。

 小沢一郎とは、永田町では嫌いぬかれている人でもあります。そして、接触した人は必ず、彼の独裁的手法を恐れます。つまり、『ナチズムと同じだ』とよく言われています。

 鳩山内閣の幹事長時代『官僚はぶっ潰す』とか、『地方からの陳情は一本化せよ』とか、JALに対して、めちゃくちゃで、かつ急激な改革案を出してきました。

 その時代に、世界にはどういうことがあったのでしょう。トヨタが徹底的にいじめられました。リコールにつぐ、リコールで、技術立国、日本のイメージはずたずたに引き裂かれました。

 世界を見渡せば、シーシェパードは跳梁跋扈し、映画『コーヴ』は世界中に公開され(日本人は残虐な民族だと宣伝をされた)、黒マグロまで、とっちゃあ、いけないこととなりました。牛の・と殺・など、すさまじい残虐性があるのにです。中国からは南京逆去る事件で責め立てられ、韓国からはひょっとした隙に、従軍慰安婦問題が蒸し返されるのは、変わりはありません。

 そして、韓国を日本の上に置く発想は隅から隅まで世界中でいきわたり、二月には、その典型としての、浅田真央・キムヨナ対決があり、圧倒的な大差を付けて、キムヨナ選手が勝ちました。

 そういう時代こそ、小沢一郎氏が、実質的に政治の権力を握っていた時代なのです。この裏側にどういうことが隠されているかというと、

 ここから先は私の推理ですが、田中角栄失墜の際に、恐れおののいた、かつ利口な金丸信氏は、向こう側(国際的軍産共同体側)に『絶対に逆らいません。特にプルトニュームの輸入に関しては、反対しません』と誓い、その継承者たる、小沢一郎氏は、徹底的に信頼をされていて、崇め奉られていると感じています。

 その忠誠心の確認手段は、フリーメーソンの会員になるとか、いろいろ、方法はあるとは思いますが、朝日新聞等が、徹底的に支援し、擁護するのでも明らかです。
 かつ、もうひとつあります。

 彼には、在日の出自があるといわれています。となると、日本人をどことなく、その優秀性で恐れている諸外国は、『この男なら、こちらを裏切る可能性はない。特に被害の記憶があり、ハン(恨み)の発想があるはずだから』となります。

 2008年にクリントン国務長官が来日された際に、小沢一郎氏は、アドバルーンを揚げました。「日本から、米軍基地を撤退させた方がよい」と。これは、『彼こそ、国際的軍産共同体のかわい子チャンである』ことの、証明となっています。日本人として少しでも、日本人を大切にして、将来を伸ばそうと発言をした人のうちで、無事だった政治家は過去には、いないのですから。
 小沢一郎がトップである限り、日本人は絶対に歯向かっては来ないと、みなされていて、彼らが安心しきっているから、映画『コーヴ』などが作られてしまうのです。
 小沢一郎がトップでいる限り、日本人は心理的にも文化的にも経済的にも追い詰められ続けるでしょう。

 今、地方選で民主党が苦戦をしています。で、菅首相・他がいけないということとなっていますが、国民は上に書いたポイントぐらい、すでに、わかっていると思います。

 で、小沢氏主導で、何が行われたかというと、目に見えるのは、禁煙運動です。それ以外は、誰かの足を引っ張るという形で、策動を繰り返してきただけです。じゃによって、あの民主党の不人気は、その悪政にあるのです。だけど、こういっても、菅首相がどれほどの、人材であるかも、まだ確認できませんが、少なくとも、ナチスのヒットラーとか、紅衛兵の毛沢東へは変身しないと思います。

 さて、この10頁で、もっとも大切な条項は、最後の最後に置かれた小さな活字です。そこには、インタビューは12月13日、都内で行われたという記述があります。これは、週刊ポストサイドが、「たった5日でこの記事を纏め上げたのだ。自分たちは頑張った」と言うことを証明したくて、ここにおいたのだと思いますが、タイミングに意味があります。

 つまり、私が、8日と、12日に非常に重要な真実を、このグーブログの世界でアップしています。それへの対応です。

 つまり、その二回では、国際的軍産共同体が、どういう仕組みで、国民の言論弾圧を行うかの具体例が書いてあります。しかも、やっているメンバー(発案者と技術者)の固有名詞が書かれています。彼らだけではないし、技術者については、組織名を示唆するにとどめています。だけど、『え、そんな裏側があるの。ひどいわね』と国民、および世界中の人が思うはずでしょう。これでも、三分の一ほどしか、さらしていないのですが、被害は陸続です。
 この「世界中」という言葉ですが、私がアメリカへ行くと、不思議と英単語を自由に思い出し、すばやく長い英文を書くことができるのも、大きく弾圧を受ける一因でしょう。2002年の7月ニューヨークから個展の案内を送ったのですが、それが、英文であったために、えらい目にあってしまいました。

 で、すごい真実が、このブログ内で12日にでてきたからこそ、早急に立て直す必要があって『13日に急遽この対談を組み、後は突貫工事で纏め上げた』というのが、この記事です。

 その12日の分は、具体例が秋葉原というわかり易いキーワードで書いてあります。それで、相手方は震撼したと思います。
 私の方だって、パソコンの液晶画面がまっ逆さまになり、ファンクションキーのうち、いくつかは反対方向へ進むのを発見して、『ふむ、ふむ、今日書いたことは、こちらには、当たり前の真実だけど、相手方はそこまで、こちらが判っているとは、思っていなかったのですね』ということが判りました。

 私は常に思うのですが、ハーバードのサンデル教授だって、日本ペンクラブの会長、井上ひさし氏だって、人間ですから、60兆の細胞でできているわけです。この数については、市川団十郎さんの白血病の闘病記から、知りえた事実ですが。

 その細胞を駆使して、真剣に考えれば、誰だって、ほとんど、同じ程度の能力を発揮できるわけです。で、私は、自分のパソコンに対するひどい、被害を発見した当初の2007年の4月から、一、二か月のうちに、おぼろげながら、小沢一郎氏が関与しているとは、知っていたのです。

 最近は少し変化してきた模様ですが、報道陣のカメラに向かって、睥睨目線で、尊大ぶった発言をすること。その精神構造の中には、「やっちぇれ、やっちゃれ、」というイケイケ精神で、それは、日比谷野外音楽堂で、佐高信氏とか、中山千夏氏などが、大騒ぎをして、天皇批判などをして、見ていた一般人に驚かれ批判をされたという発想と、まるで同じなのです。つまり、国際的軍産共同体に、保護され、援助され、見守られていると信じる人材は上から下まで、同じで、極端にわがままであり、横柄なのです。それは、この山のご近所の石川和子女史とその現在の夫、柳沢卓にも、すっかり同じテーストが通じる特徴なのです。

 日本人とは、三すくみの世界だと言われます。AさんはBさんに強い。Bさんは、Cさんより上だ。そのCさんは、Aさんより強い。となって、回りまわれば、誰も平等だとなります。それから、名君と呼ばれた藩主とか、会社社長は決してこのように野蛮な威張り方をしなかったのです。

 小沢氏に見られる発想は、黄色人種といって、日本人や中国人を長らく軽蔑してきた白人系の発想があります。だけど、面白いですね。自分たちも黄色人種なのに。ただ、かわいがられることによって、同化したつもりになっているのでしょう。

 で、ともかくのこととして、12日にアップした『秋葉原のホコ天再開、その裏の真実』という文章に大急ぎで対抗するために、私がそれを怖がっていると、推定されている、小沢一郎氏を、再び持ち上げる案が、国際的軍産共同体の中に浮かんだのです。週刊ポストはそれに利用され、乗せられただけです。編集長にはどういう筋から、この記事の案が入ったのだろう。

 インタビューアーの渡辺乾介氏は、「なんと、小沢一郎氏の方が、菅首相より上だった」と驚いて見せますが、そんなことは、裏側の真実、つまり、日本はいまだに被・植民地であり、敗戦国として、国民の労働を掠め取られている』事を知っている私などから見ると、決して目新しい真実でもなんでもないのです。

 まあ、ね。小沢氏が、普通の精神構造の人間で、かつ、高邁な人物だったらよかったのですが、金丸信氏とべったりなあたりから、ずっと、何も修行をしてこなかったし、その前も、サラリーマンの経験すらないのですから、どこにも、人間修行の場がない育ちなのです。そういう人間を、代表として、日本を支配している側も、幼稚な発想を持っているなあと、いつも感じていますけれど、私がリーダーではないので、変更してはもらえません。

 ところで、小沢一郎氏がネットで、集めた若者の支援という話に戻ります。今の若者は困窮しています。就職がなかったり、給料が低かったりしていて。特に40代は将来の年金等も保証をされていないと感じていて、結婚もできないという有様です。結婚をしないと、食などの分野で、大切な栄養を安くとることもできず、悪循環に陥ります。少子化もさらに進みます。

 その上の世代だって大変です。普通なら年金の基金などが、補証されていて、少々の少子化傾向にも耐えられるはずです。日本は、1980年代までは、外貨準備高が世界で、2位だったはずです。だけど、リーマンショックをはじめ、さまざまな、からくり(一種のだましですね)で、日本にあったお金は吸い上げられ、貧乏になっていて、

 国民の士気があがりません。ここで、士気などというと、すぐ、好戦的だとか、右翼とか言われるでしょうから、意気と直しましょう。で、ジリ貧に陥ってしまっています。

 その原凶こそ、国際的軍産共同体です。それを、戦後すぐに、教育を受け、書物を読み、世の中のことを考えている連中は、察しています。しかし、若者は、何が何やら、判っていないでしょう。そういう若者を、小沢氏が糾合するとは、二重三重のだましなのです。裏切りなのです。そこが忌まわしいことですね。

 最後になりました。週刊ポスト側では、それこそ、「こちらの言論の自由ですよ」とおっしゃると思うけれど、あなた方は、その一冊の合併号を、400円でお売りになるのですよね。50万部売れて、二億です。そのうち、純利益が、一億円でしょうか?
 でも、結果として、若者に悪い洗脳を与え続ける記事に、さらにお金を取って、売りつけると言うのは、あこぎな商法ですね。そちら様に、小沢一郎氏を取材して、お正月、第一冊目に載せる必然性が、本当にあったのだろうか?

 本当にあったのなら、そのインタビューを、12月13日に行うなんて、おかしいですね。もっと早い時期に行っているはずです。

 前報の都条例の漫画の表現規制に関して、タイトルとして、しばらくの間、石原都知事という言葉を入れておきました。今日はそこへ入ろうと、書き始めましたが、すでに、7800字を超えましたので、そちらは、別の機会にまわします。

 では、2010年12月21日 23日の早朝に追加分を入れる。                  雨宮舜
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漫画という分野での言論規制、改稿後

2010-12-19 23:19:26 | Weblog
 漫画の表現規制が都条例として可決されました。今これから書くのですが、それは、あとの祭りという段階です。が、それでも書くのは、きちんと気がついていますよ。というサインを、この現象の裏にいて、糸を引いた人たちに知らせたいからです。
 
 非常に気にかかっていながら、今まで触れなかったのは、漫画を読んではいないからです。それに、ここは、その筋の専門家に任せていても、うまく解決できるだろうと、思っていたからです。

 昔から、PTAが悪書追放運動を起こしていた模様です。が、今回は、まったく違う流れ、すなわち、上からの命令で行われているということが重要だとなります。石原都知事主導(?)で、都議会に諮られ、それが、民主党の賛成で、可決をしたという、条例です。

 この、法律ではなくて、条例を使って、国民の自由を事実上かつ強権的に奪うという、形式が、神奈川県の『禁煙条例の可決、施行の経過』とそっくりです。

 で、これは、大きなくくりでは、例の日本全体を支配している、真の支配者と、その配下にいる、警察、伊藤玄次郎、井上ひさし、一派の発案で、それに、石原都知事がうなずいて、それゆえに、実行をされた・・・・・と感じています。

 ただ、大問題なのは、これで、石原都知事の数々の発言が、『あれは、何だったのだ? 彼は何者なんだ?』ということになるから、それを、国民は銘記しておかないと駄目です。ここでは、「都条例だから、都民だけを縛るのでは?」、おっしゃる読者の方もおられるでしょうが、実際には、国民すべてを縛るものとなるでしょう。

 禁煙運動もそうです。神奈川県発ですが、JR東日本の車両や駅を中心として、ついに、東京都心でも、自由にタバコはすえないようになりました。それで、私なんかが、激しくこれは、人間の自由の規制であると、発言をすると、今度は問題を摺りかえて、受動喫煙の害を喧伝し始めました。この受動喫煙を持ち出されると誰も反対ができません。

 で、私自身はタバコを吸いませんが、タバコを吸う人は、非常に肩身の狭い思いをしている現象をあっちこっちで見ます。人間を幸せにしない政治の典型です。

 さて、神奈川県のタバコの規制は、私の『一本のタバコが落ちていて』というエッセイがメルマガで、発表をされたとたんに、激しく沸き起こりましたので、『は、はーん。これも、秋葉原のホコ天規制と同じく、井上ひさし(そこに、成田豊氏とか、瀬島隆三氏とか、・・・・・この人も死亡が偽装である可能性もある。そのほか、証拠はないが、成岡庸司君とか、さまざまな国際的軍産共同体のエージェントとして働いている人が加味しているかもしれませんが)、が私の文章を見て発案をした策だと感じています。

 そのエッセイもいずれ、余裕があったら、再録しますが、

 今回は何を初発としているかというと、謀図カズオ氏の漫画を褒めた、私の記述に基づいているでしょう。
 それは、今年の9月25日にアップしています。タイトルは<<<謀図カズオの紅白だんだら屋敷と、傑作???『洗礼』>>>となっていて、トラックバック欄にそのピンがおいてあります。左のカレンダーをクリックしていただいて、前月(11月)、前月(10月)、前月(9月)、25日でも出てきます。

 それは、謀図氏が、吉祥寺に建てたという紅白だんだら屋敷への批判ですが、と、同時に、単純に謀図氏を断罪するのではなくて、非常に複雑に、彼を擁護もしているのです。『一種の天才肌の人で、実際に彼を天才としてあがめている、人も多いのだ』と、インターネットを調べているうちに知りましたし。
 で、母娘間の葛藤を描いた、『洗礼』というのは、戦慄すべき内容なのだけれど、哲学的に深いという漫画だと知りました。

 特に俗にネタばれといわれるところまで言及すると、最後にどんでん返しがあり、そのどんでん返しまで到達すると大傑作となるのですが、途中では、戦慄すべき、エロチックな表現があるといわれています。

 となると、この都条例で、一番困るのは、謀図氏であり、彼の編集者だと言うことになります。しかし、反対していた漫画家集団のなかに、氏は入っていませんでした。

 この反対運動をしたのは、ごくごく、健全な漫画を描いている大家たちでした。
 さて、私ですが、すぐ、ぴんと来ました。この条例が起案された、真の目的とするところは、『私=雨宮舜への脅迫ですね』と。ずいぶんなレベルで、何もかもを、しょい込んでいるようですが、これは、過去に何度も繰り返されてきたパターンですので、そう、読めるわけです。
 青山霊園のそばを通って、広尾から表参道へ出たというエッセイを書けば、篠山紀信氏が青山霊園でヌードを撮影した件で、家宅捜索を受けます。あの時も大騒ぎで、篠山氏に同情して警察へ抗議しようとするアーチストがいたはずです。
 しかし、ご本人の篠山氏は超然としているというのか、一切、この件では表に出ず、お静かでした。
 この件は2009年に『広尾から青山へ』のエッセイを、二度目のさらしとして、AOLのメルマガからグーブログへ再録したのが、初秋か夏でしたが、それに敵たちが機敏に反応したと考えています。その後の篠山氏には、何のトラブルも損失もなく、堂々と2010年度一月号のカメラアサヒに特集記事を寄せています。雑誌は取材期間も入れれば、二ヶ月以上前から企画が立てられますから、あの家宅捜索がなんの影響もなかったということが明瞭になります。 

 この件については、すでにいきさつをここに書いていますが、井上ひさし → 宮沢りえ(またはりえママ)→ 篠山氏のラインか、他のラインで、事前に『何にも実害がありませんよ。ただ、ただ、別の目的があるから、ニュースとして流すだけですから』と、通達を出しておいた可能性を、強く感じます。

 今回も同じだとすると、タイミングがまさしく時宜を得ています。私は12月8日皆様がお読みになる形で、相当深い真実に触れました。
 『人は誰でも死ぬ。どう死ぬかが問題だ』の中で、「国際的軍産共同体はエージェントとして井上ひさし氏と伊藤玄二郎氏を重用している。そして、彼らのアイデアを、実行するのが警察か、革○か、CIAかであり、その実際の手法はこうですよ」と明かしたわけです。

 これには、彼らは相当に困ったと思います。で、『彼女自身が早くノイローゼに罹って自滅してくれるのが、一番だ』と謀議で決着し、都条例として、この規制案が考案されたのでしょう。
 もっと前からそれが出ていたとしたら、もっと前の私の文章が原因です。最近ではずっと続けて、彼らにとっては、怖い文章を書いていますから。この都条例が、私への抑止力に役立つと考えたのでしょう。ともかく、8日過ぎにマスコミが大騒ぎを始めたので、タイミングとしては、上の分析がぴったりです。

 となると、
 そこで、私が何かを語れば、『お、やっぱり乗って来たぞ。彼女はこれが脅しだとわかっているのだ。となると、この手法は有効だ』となります。こういう時には、彼らの策には乗らないことが大切です。そして、彼らの真の目的を粉砕することが大切です。
 で、私は引き続いての、大・真実・暴露・文である『秋葉原ホコ天再開の、裏側にある真実』という新しいブログ文を、今月の12日にアップしました。
 すると、すぐその次の日に、都条例は可決しました。

 なるほど、なるほど、と納得仕切りです。

 私はそこでも、反応を示さず、無視してやり過ごしたわけですが、液晶画面がまっさかさまになるという障害をパソコンに起こされました。

 そのパソコンの障害を公開したときに、今回だけは、昔ほど、脇にそらすためのニュースが作られませんでした。昔は、自分たちの悪事とは、見せないがために、ウィルスのせいにされました。トロイの木馬については、たまたまネットカフェで詳細に調査できる機会があり、・・・・・インターネットではなくて、私のファイルから、入ることができて・・・・・そのもたらす障害がほとんど、なんでもないものであり、しかも、世界で、その当時でも47例しか報告をされていないと知り、マスコミで喧伝しているほど、脅威を与えるものでもないと理解をしました。その後、NHKクローズアップ現代で、ボットウィルスについて、報告がありましたが、あれも眉唾ものだと感じています。

 そのころ、NHKは、多量なレベルで、敵方に利用をされていました。まだ、それについては分析していませんが、いずれいたします。

 で、その次には、韓国政府や、ホワイトハウス、それから、ノーベル賞委員会のパソコンへ侵入が行われたというニュースが出来しました。これも、もし本当だったら、それらの国や機関の大変な弱みになります。アメリカが仮想敵とみなしている北朝鮮とか、中国、リビア、キューバからの攻撃を恐れないといけないことになります。が、その後のフォローの報道(特に、被害については)がないところを見ると、嘘だった(または、作られたニュースだった)となります。
 今回は、私が、これらのバグを入れられる仕組みを、完璧に解明しきっているので、偽装用ニュースは、製作されませんでした。このバグ製作者には、思考回路に特徴があるので、バグだということが、すぐわかるのです。ファンクション(機能)を、必ず、さかさまにするという特徴です。右へ90度回転させようとすれば、左へ90度曲がります(これは、図形ソフトのアドビで起きた)し、次の日は、右へ数行文字を、進めようとすれば、左に進みます(これは、文字ソフトのマイクロソフト・ワードで起きた)。今日はこれ、その次の日はあれ、と、2007年の4月から、2010年の今へかけて、さまざまに壊されましたが、すべて、機能キーへの命令が、反対の結果を生み出すような障害という点で、共通しています。ただ、ここまで内実を明らかにすると、担当者が変更になり、別の障害が起きるかもしれないので、今まで、こういう特徴を挙げなかったのですが。また、強烈な破壊は、すべて、アメリカと関係があるソフトに起きるのも推理を確かなものとさせていきます。しかも、アドビをはじめ、2007年以来は、急にヴァージョンアップのスピードが進み、古いヴァージョンのサポートをしないと宣言していることです。

で、CIAというか、アメリカが元で、こういう障害が起きると考えています。
 が、グーブログにもおきますし、それは、NTTが運営しているものですから、「おや、おや、警察だけではなくて、NTTも支配をされているのですか」と判明してくるわけです。

 これらのバグを作る人間は、警察庁内部に雇われているのか、それとも、CIAに雇われていて、海外からバグを送り込んでくる仕組みかはわかりませんが、大型無線ラン(もしくはサーヴァー機能を持つもの)を私の家の東と南に展開する山(または林)におく。または、北側に3軒はある、無住のお宅の屋根裏だとか、床下に置く。または、別荘に使われていて、毎日はそこに人が住んでいない場所に置くという形で、据え付けられている可能性はあります。または、急に引越しがあって、後から来た人がありますが、それが、その筋の人だったり、または、この山で、警察に協力することを門柱に堂々と掲示している(青いエナメルのたて看板を貼り付ける)お宅もあります。それが、たった、18戸の町内会に、二戸もあるのですから、警察さんはこの山では、何事をも自由自在にできますね。その無線ラン機器は、50メートルの範囲で有効だと、日経新聞に出ていましたが、それは2007年の報道ですから、今ではさらに機能を高くしているでしょうし。また、この山の18個の家には我が家以外にもパソコンを使っているお宅は多いでしょうが、我が家だけに障害が起きるのは、パソコン本体のシリアルナンバー(製造番号)等が鍵となって侵入できるのだと推定しています。そういえば笑っちゃうことに、新しいパソコンを買ったら、向こう様から12番という番号をつけてくれたことがあって、壊されては新しいパソコン(主に最近では中古ですが)を買わなければいけない私を、完全におちょくっているのが推察されました。『泣かないよ。絶対に。落ち着いて、落ち着いて』と自らに命令して、その危機を潜り抜けますがね。
 
 今回も、書き始めてから、30行ぐらいは、スムーズに書くことができたのに、3000字を超えたことから、急に書きにくくなりました。

 特に月曜日の午前二時ごろ、『インターネットを突然に落とします』という警告が画面に出たときに、『は、はーん。今書いているのは、真実ですね』と感じました。常時24時間このパソコンを監視している手合いは、相当丁寧に言い含められているか、そばにおいてある二台目のパソコンで、上司、または、発案者サイドから、「今、こちらにとっては、困ること(それは、イコール重要な真実ですが)を書いているから、こういう風に困らせて中断させてくれ」という命令を受けているのでしょう。この手の技術については、それ用の専門家が雇われていると感じています。

 さて、ここからは、「では、松本零児氏や、里中満知子さんは、どういうスタンスでいたのか?」が問題になってきます。特にその本心がどこにあったかが問題になってきます。それは書くのが、うっとおしい問題でした。推理すれば結論が出て来ますが、その二人が鎌倉の住人ではないために、音による証拠(傍証)が私の耳までは、届きません。で、次の日、また、その次の日、の二人の対応、およびウエブニュースのあり方を検討します。

でね。本当に反対なら、都条例が可決された後でも、運動を続けるはずです。街頭にたって署名を集めることでも、ほかの手法でも何でもいいが、ここは一気呵成にさらに追求を激しくしないと駄目です。ところが、シュンとして、音沙汰なしです。
『反対運動をしても、それが実らなかったので、ここで、挫折をして、シュンとして、黙ってしまった』というのが大方(または、一般)の観測でしょうが、私は「違うでしょう」と、ここで言って置きたいです。

 つまり、『二人は言い含められて動いた』と見ています。「この都条例は、実質的には、機能をいたしません。漫画における表現の自由は保証を、され続けます。ただ、悪辣な人間(雨宮舜のこと?)をやっつけるために必要な措置ですから、協力をしてください」と言い含められたのでしょう。ここで、いうまでもないが、私は悪辣な人間でも何でもありません。鎌倉をはじめとして、損害を受け続けている被害者です。その被害総額は20億円を超えます。だけど、松本零児さんも里中満知子さんも私の実像を知りませんので、乗せられてしまうわけです。これが池田理代子さんだと、教育大学出身というラインで、『あ、は、ハーン。ガレリア・グラフィカのオーナーが動いたのね。その前には、朝日新聞の誰かがいて、間に挟まっていますね』と、私がすぐ、裏側にある真実に気がついてしまうので、池田理代子さんは、使われなかったと見ます。また、池田理代子さんは、貴族趣味ですから、街頭にたって、署名を集めるなどという実働には、向きませんし。里中満知子さんと松本零児さんは、比較すれば、好人物というタイプでもあるのでしょう。

でね、さらに分析を極めると、二人がテレビ映像としてまで、反対運動をしたのは、篠山紀信氏が利用されたケースをすでに、詳細に分析していて、かつ、このブログの世界で公開しているので、より演出力を強めて、二人の映像を流したと推理します。
ただ、篠山氏の場合と違って、二人へ因果を含めた人物が誰かを、個人名としてここで、記すことはできません。想像はできます。『あの人かな?』と推察できる人物が二人います。両方とも私の知人であり、漫画を出版する会社の社長を経験した人物です。知人だから、すでに定年過ぎであります。しかし「かくかくしかじかの件で、こう動いてください」と、人的コネを利用して頼まれれば、必要な動きはされたのでしょう。
他のラインを利用した可能性ですが、それも、あるでしょう。朝日新聞社→、漫画を出版している編集部(講談社とか、小学館とか、いろいろありますね)→、松本零児氏→里中満知子さん、かも知れないし、このラインでの、朝日新聞社のところが、NHKと変更になっての流れも、あるかもしれません。

さて、かくのごとく、一種、あしざまに、二人をあげつらうまでになったのは、なぜかと言う理由を、これから、いわせていただきましょう。日曜日の夜には、それが億劫で億劫で、なりませんでした。よくは人物像を知らない人たちを、この一点でだけですが、『政治に利用されている軽薄な人たちである。その行動は、結局は軍産共同体へ奉仕することへつながるのだから、その名声と富は国民の人気に頼っているのに、国民を裏切っていることになるのだ』ということと、同義のことを、発言することは億劫です。が、そうすることに、まで言及すると、決意したのは、なぜでしょう。
 昨夜は、パソコンはうまく動かないし、これほどの大きなことを発言する体力が残っていませんでしたので、午前、二時に読者にお断りをして、いったん寝たのです。

が、本日月曜日に入って、二つ、三つ、傍証に役立つニュースが報道をされ、『なるほど、こうなれば、上の現象を、きちんと分析してもよいなあ』との信念を与えられたので、元気いっぱいで、この都条例の裏側を、発言しぬく気持ちになっているのです。

 それは、月曜日午前11時から正午までの、TVニュース番組で提供された情報ですが、関西または、中国地方のどこかの市で、条例として、「カラスのえさやり禁止令」が議会を通ったというニュースです。
 NHKか、民法かは覚えていませんが、ともかく東京圏の人間にとっては圧倒的に小さいニュースを、長時間流す必要性は、これもまた、諜略活動であることの典型です。だから今度はそちらの分析に向かいます。その中で「荒川区でも、猫のえさやり禁止条例が出たことがあるが、カラスへのえさ槍条例は初めてだ」と解説されました。

 そうなんです。その過去の荒川区の条例ですが、タイミングから考えると、まさに、私を狙って行われました。私が、猫好きなのは、常にこのブログ(または、AOLのメルマガ)で、公言しています。
で、その荒川区の条例が出たときには、皆様には言わないが、パソコン内で、
* これは、井上ひさしの発案であろう。(当時は、マスコミ発表的にも彼はまだ生きていました)
* 彼は、猫を焼き殺して食ったと小説内で発表をしているそうだから、猫嫌いなのだ。
* で、猫好きな私をいじめるためにこのニュースを発案した。
* なぜ、いじめるかというと、彼こそ、国際的軍産共同体に、最高にめでられているエージェントであるからだ。
それが、鎌倉参入(引っ越してきた)で、伊藤玄二郎と結びついた結果、こと、私に関しては、私の文章を分析して、そこから、いじめ案を見つけ出すのが、井上ひさしの分担で、しかるべき筋に連絡して、その案を実現をさせるのが、伊藤玄二郎である。→ → →

と、規定しているのですが、その再現なのです。

 その猫のえさやり、おじさんの情報を、どこから彼らがつかむのかは、知りません。が、共産党の組織を利用したりして、そういう情報を把握する可能性もありますし、野良猫保護団体のメルマガに侵入して、情報を把握するという手もあるでしょう。

 ともかく、親切なおじさんや、おばさんが、地域猫を保護しようとしているところで、もし、反対者がいれば、しめたものと、なります。さっそくそれは、諜略行為として、使われます。で、この「カラスのえさやり反対条例」の一件からも、井上ひさしは、いまだに生き続けていると、推定できます。一種の傍証となります。ところで、そのニュースは、本日月曜日に放映されましたが、そのタイミングから図ると、都条例の可決を、「効果あり」と、認識している彼らが、フォロー策として、構築した可能性は大いにあります。

 だって、奇妙奇天烈な、ニュースです。誰だって、カラスにえさをやる人間などいません。報道するテレビ側もコメントとして、「実際には、猫へのえさやリが問題なのだ」と明白に添えごとをしています。でも、ここで、カラスにしたのは、なぜでしょう。

 『猫にすると、彼女(=雨宮舜)が瞬間的に、その裏側の仕組みに気がついてしまい、裏側を分析しかねないから、猫という言葉は使うまい』と彼らが考えた可能性はあります。今まで行われたすべての減少は幼稚さを伴っていますので、このくらいの幼稚な発想で、この地方都市の条例が、製作され、それが、放映された可能性は高いのです。
その目的は、ここで、さらに、国民へのしめつけを図ろうということです。『一般国民に、条例というものが、力を持つことを浸透させてやろう。ついでに、もし、雨宮舜が気がつけば、脅しになるであろうし、その際に、彼女が何らかの文章を書いても、揚げ足を取られないように、条文のタイトルはカラスだけにしておく。カラスを撲滅するのは、どこにも反対されないすばらしい、項目だ』となります。

 ここまで考え及ぶことが、井上ひさし、伊藤玄二郎の二人だけで、可能かどうかは疑いますが、ともかく、第一次として現れた、昔施行された荒川区の条例は、井上ひさしの原案です。この『猫というキーワードを使って私をビビらせようと言う案は何度も、繰り返し使われていて、LATEST(最近)では、<<<八王子の連棟マンションで、加藤一二三氏が猫のえさやりをしていて、ご近所様から訴えられる>>>とかなんとかいうニュースさえ、ありました。
そのときは、私はしばらく静観した上で、フォロー情報を聞きたくて、八王子在住の猫好きの友達に電話をかけて、問い合わせました。大事件のように、テレビや新聞では報道をされましたが、八王子ではまったく問題になっておらず、彼女は、何も知りませんでした。そして、その後のフォロー記事は目にしたこともありません。

 こんなケースでは、猫好きな作家(一杯いる)は何かを発言すべきですが、一切発言が聞こえてきません。となると、この加藤一二三さん関連のニュースそのものが、諜略であったということが証明されると感じます。琴光喜とか、若嶋津(旧名)親方と同じように、諜略活動の犠牲になった人たちです。

その影に、(伊藤玄二郎氏の愛人だったことがあると自分で言っている)、石川和子女史とその夫のとんでもない無軌道な失敗が、秘めた主因として隠されていると、相撲関係二人、および加藤一二三氏の三人が知ったら、どう、おっしゃるでしょう。悔しいでしょうね。日本全体から見れば、石川和子、+その夫の二人など、ほかの三人に比べれば、実績も何もない小物です。が、伊藤玄二郎がCIAのエージェントとして、最上級であり、その盟友井上ひさしが、さらに上級のエージェントだと仮定をすると、すべてはつじつまがあってきます。二人がエージェントだからこそ、こんな無法なニュースが、次から次へと捏造されて行きます。
 そして、二人が呵呵大笑をしている影で、映画『コーヴさえ製作され、アカデミー賞ドキュメンタリー部門賞をとるなどというひどい辱めを日本人全体はこうむることとなります。あのころ、映画『コーヴ』をすばらしいものと大喧伝した人間たちは、一切今、沈黙をしていますが、再び、それが公開されたら、皆様もその裏に、井上ひさしと、伊藤玄二郎が、大きな作用を及ぼしていることを、ご銘記くださいませ。二人は隠れ切って悪いことをしています。逃げおおせると思っているのです。卑怯なこと、この上ない人たちです。

 今日も、一万字制限がありますので、いい足りないところが、いっぱいありますが、これで、2010年12月20日       雨宮舜
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青木玉(幸田文の娘)の、父(駄目パパ)への愛に、涙して

2010-12-18 09:04:32 | Weblog
副題『遺族の心構えに違いあり、・・・・・向田邦子、VS 幸田文』

 前報は、膨らまし方ではさまざまな方向へ進みます。たとえば、そこから、発展してウィキりークスへ思いをはせることさえできます。が、今日は昨日頭に浮かんでいた文脈を追及させてくださいませ。

 ただ、また、徹夜なので、今日いったん上げますが、修正する可能性はあります。微妙なところを追求するのは、体力満々でないとできないものです。でも、ブログは、更新するのもまた、それなりの価値のあることですので、番組批評の続編を書かせてくださいませ。これは、心理学的問題とか、哲学的問題へ入っていくこととなる話です。

 敬して遠ざけてきた青木玉さんのエッセイ(小説といってよいのかもしれない)に、とうとう取り組み、昨晩で一冊読み上げたところです。その結果、私は相当に、青木玉さんは見直しました。テレビ映像がどうしてああ見えたかがぴったりとわかったからです。

 そして、『あの一族で、一番才能が充実していたのは、幸田文だ』という私の観点は変わらないし、もんだいであった、文さんのご主人に対するなぞが解けて、そこには、大いに満足をしました。そして、どうして、番組があんなに中途半端な追求で終わったのかも、はっきりと理解をしました。

 幸田文さんの作品は主に、新潮文庫で読めます。そして、古本としても大いに出回っています。青木玉さんの方は、主に講談社文庫で、出回っています。しかし、新刊は八重洲ブックセンターにはありませんでした。丸善にも回ったけれど、時間が8時半を過ぎていて、探索不可能でした。講談社刊の目録を見ると、講談社内在庫としても、1,6,7しか残っていない模様です。でも、幸いにして、秋葉原のブックオフで、2~5を見つけ、今、2である『帰りたかった家』を読了したところです。

 『本の出回り数が少ないから、母親である文さんより下だ』というわけではないのですが、ご本人にも、『文さんより、自分の方が劣っている』と言う認識がある模様です。それは、当然です。文さんとは、あに文学のみならず、一女性としても、すさまじい方ですからね。あの方にかなう人は早々見つけられません。

 (次の日、19日に加えた補遺1あり、それは文末へ置く)

 青木玉さんの講談社文庫ですが、1は、『小石川の家』というタイトルで、幸田露伴と、幸田文の思い出をつづったもののようです。で、世間の評価が大変高かったもののようですが、私が知りたかったのは、お父様のことなので、この2『帰りたかった家』の方が、大切だったのです。ここに、子供から見たお父様と、お母様との、描写があります。特にお父様に対して同情的です。

 そのことこそ、最大にほっとした点です。
 幸田文の小説内では、夫の記述が少ないのです。ごく簡単に、頼りなかったという程度で記されています。まだ、「自伝的要素が濃い」と松岡正剛氏が言っている「きもの」を読破していないので、間違っているかもしれませんが、どうも、心理的には切り捨てられているという感じを受けます。『それが100%なのだろうか? それ以外にはないのだろうか?』と長らく疑問に思っていました。

 『一将、功こうなって万骨枯る』という言葉があります。露伴の影で、文さん自身が偉大な父に振り回されたことはあったし、それについては、感じ取られる文章が多々あります。しかし、文さんとご主人との間にもそれがあったのではないかと思っていたのです。ただし、二人が結婚していた時代には、文さんは、単なる専業主婦であり、別に社会的というか、世間体とすれば、夫を立てて暮らしていらっしゃったわけですが、内実としては、『一種の、後家相の人であった、のではないか』と思っていました。ここで後家相という言葉について解説しますと、それは、手相の一つで、女性なのに、立派な手相を持っていすぎると、ご主人が早くな死亡すると言うものです。

 青木玉さんは、そんなに、簡単な言葉で、母を断罪しているわけではないが、小さなことの積み重ねの描写の中に、それは、くっきりと浮かび上がってくる真実です。二人はご夫婦としては圧倒的に、反対の人でした。似たもの夫婦とは正反対の、異なったタイプの組み合わせです。でもね、青木玉さんが、この『帰りたかった家』という一巻の書物を著すことができたのは、『お母さまは、お父様を好きであった』と信じることができたときだったのです。『特にお父様には、露伴にはなかった優しさがあったからだ』と信じたときに、それが心の開放となったのでした。

 これを読んで、私も心からほっとしました。人にはそれぞれ、持分があります。幸田文さんは大物として、日本文化に貢献するべき使命がありました。だけど、無名な、かつ不幸な人で終わったご主人の人生も、命も無駄なものではなかったのです。と信じたいですし、この『帰りたかった家』(それはお父様と家族三人が仲良く暮らしていたころの家)を読むと、それを確実に信じられるのです。

 この本にはさらに二つほど、私が知りたかった大きな情報があらわされていました。それから、知りたいとは思わなかったのに、知りえてしまって、『あ、そうだったのか』と納得をした事実もありました。

 最後の知るつもりでもなかったのに、知ってしまった事実とは、『青木玉さんが、結婚に何を求めていたのか。また、求めていたものが獲得できたかどうか』というポイントです。
 青木玉さんは母をそばで見ていて、『かなわない』という思いが強くて、『専業主婦ぐらいなら、できるわ』と思って、結婚なさったのです。『これって、あり』です。決して敗北でも、逃避でもないです。すばらしい選択でした。ご自分にあった選択だったのです。

 結婚とは挫折を経験して、人生にある程度のあきらめをもたないと、できないものなのです。一種ひざを屈することなのだから。幸田文さんの時代には、結婚することが当たり前だったから、自己分析などはしないうちに、結婚することが当然だったのですが、戦後の教育の洗礼を受けた女性にとって、そうは、簡単にいきません。

 また、これは結果オーライともいえますが、ご主人が、家族を形成する人としては、すばらしい人間だった模様です。職業は研究医(もしかしたら、大学勤務かな?)です。しかも、ご主人のご両親は円満で優しい人たちでした。ご主人のご兄弟も、普通の人で、暖かい交流ができたのです。この優れた縁組は、幸田露伴の盛名が、効いたところがあるかもしれません。

 しかし、この結婚がすばらしい結果をもたらし、二人のお子さんができたことこそが、あのNHK特番をつまらないものにしてしまったし、比較して、向田邦子さんの特番が印象濃く成功したものとして、思い出されることにさせたのです。家族は時として、芸術家の足を引っ張るの典型でもありました。

 また、それこそが、私にして青木玉さんを、長らく敬遠させた理由ででもあるのです。

 高校の先輩ですから、内輪向けの情報が伝わってきます。和服をぴちっと着こなしたきれいな奥様としての、情報が、伝わっています。すると私はこう考えます。『何だ。良妻賢母じゃあないの。そんな人には、情熱のこもった文章など、書けるはずがない。インテリにはエッセイは書けても、小説は書けないはずよ。大体お茶大の付属高校から、芸術家など出ないわよ。大学はトン女ですって。そちらも同じ。理性が勝ちすぎて駄目よ』と。

 戦後宮本百合子さんと言う女流作家がそこから出て、私は『播州平野』とか、たくさん読みました。が、ぜんぜん感動せず、その方が若いころ大変な美人だったということを写真で知り、また、夫が宮本顕治であることが、評判を高くしているのだと、感じて、『駄目だ。この学校からは、文学者は出ない』と感じたのです。

 何がいけないかというと、半分以上は良家の子女なのです。そうなると、そのお嬢様方は、破綻をすることが許されません。で、ほかの生徒も影響を当然受けます。で、人生の節々で、選択上、破綻をしないような選択を繰り返します。

 私だって、もしお茶大の付属高校には行かないで、神奈川県立のどこかの高校へ入学していたら、もっとたくましかっただろうし、大胆な選択をしたと思います。で、結果としてどうなったかというと、シューベルト級の芸術家になっていたかもしれません。音楽の分野ではありません。だけど、美術の分野に進んでいても、文章の世界に進んでいても、資質として、シューベルトみたいなところは大いにあるのです。健康を害することなどいとわず、打ち込むところがあります。好きなことに対する集中力は、ものすごく深いです。
 だから、早死にしていたかもしれないが、なんらかの傑作をものしていたかもしれません。

 だけど、常に、創作バカとか、芸術バカには、徹しられないところがあるのです。ここでは、『右に進んだ方が、自分を生かすよ』と、どこかでささやく声がしても、反対の耳では、『違う。そっちへ進んだら危ない』という風にきこえて来ます。だから、時々、「ヒット数だけを上げれば、松岡正剛さんに迫るというか、上回る勢いでこのブログは伸びています」と自慢をしたって、ぜんぜん満足をしているわけではありません。自分の生き方に対する疑問は常にあって、『熱いトタン屋根の上の猫』という状態に陥るときは多々あります。

 だけど、子供や孫がすでにいるから、破綻をすることができないのです。孤独死してもいいから、翻然と自分の本質を生かすなどということは、もう、できないのです。それで68歳にまでなっちゃいました。

 そういうときに、65歳から(ということは、未亡人になったから?)書き始めて抜群の記憶力を生かして、父君を、真に追悼する文章を書き上げた、青木玉さんは推奨に値すると感じました。しかし、娘の奈緒さんも言っているように、「四代が下に行くほど小粒になるのは仕方がないです。でも、それって、世間の人も同じではないですか」はあたっていて、どうしても、幸田文には、青木玉さんは、追いつけません。そして、それで、よいと思っていらっしゃいます。そこは潔いです。

 ご自分を父君に似て優柔不断な人と規定をなさっているが、なかなかどうして、できることを立派にやり遂げていらっしゃいます。見直しました。でも、どちらも未読の若い方に勧めるのなら、青木玉さんより、やはり、幸田文が上です。文化勲章をもらっているので、この一族の中では、露伴が最上のように見えますが、感動を与える力は、文さんの文章の方が上だと思います。

 でも、幸田文の傑作小説『闘』の背景を探るためには、この青木玉さんの『帰りたかった家』が大きく役に立ったのです。

 『闘』は結核病棟が、舞台のグランドホテル形式の小説です。主人公は健康なら、野性的で男性的な魅力がいっぱいのはずの中年男です。それが結核によって、シニカルにならざるを得なくなっていますが、ある種の英雄でもあります。戦う人なのです。

 ここに幸田文さんは、ひとつの理想(男性としての)像を造形したのです。アイデアルな形。再婚をせず、創作一本で人生を送った幸田文さんの、架空の恋愛が、この小説に込められています。かといって、小説の舞台上では、何も恋愛は起こらないのですよ。とくに幸田文さんと思しき存在は登場しません。

 でも、玉さんの父君が結核で亡くなっていることを知ると、あの小説の主人公が、『私の主人には、本当は、こういう態度をとってほしかったのだ』という文さんの思いが、結実していることがわかってくるのです。弟さんも結核で亡くなっている。そして、ご主人も結核でなくなった。その多数回の見舞いの際に、実際に出会った男性をモデルに使ったことも考えられます。

 が、今の私には、『これは完璧な創作であり、文さんの、<やさしすぎて優柔不断で、戦わない人であったがために、離婚に至った>ご主人に対する一種の恨みが、浄化されて、理想的な対照例を作り出すことで、癒されたことを感じ取らせるのです。この二つの本は、抱き合わせで読むと、補強しあいます。補完しあいます。

 そして、『文学者青木玉を産んだのは、実はお父様だった』ということがわかってきます。父を13歳で、亡くした悲しみ、自分が病弱なゆえに、感染をおそれて、父とは、引き裂かれたまま、六年を過ごしてしまった悲しみなどが、小説家青木玉さんのモーチヴェーションでしょう。彼女はインテリだったから、書き出したわけではなくて、書かざるを得ないほどの、悲しみの記憶があったから、書き出した人だったのです。そのあたりを想像すると、泣けてきます。

 ただ、彼女に書き手としての元気(または体力と自信)を与えたのは、そのお医者様と作り上げた暖かい普通の家庭だったわけです。だけど、NHKの特番に限っていえば、矛盾極まりないことに、その暖かい家庭で二人のお子様ができたからこそ、彼女は、あの番組の中では、父については深くは触れませんでした。というのも現在の日本社会では、お金が優先です。慶応の幼稚舎から、プリンストン大学(補追2)にまで、戦前に遊学できるほどの恵まれた経済状態から、結婚後は、破産、離婚、結核による死に至ったお父様の人生は、いわゆる『負け組みである』との印象を与えかねません。

 「あの番組は奈緒さんのお見合い用ビデオであった」とまでは言わないが、どうしても、奈緒さんを生かすという方向性があり、それゆえに、その父君の部分はほとんどが伏せられていました。それは、親としての玉さんにとっては、当然のことでしょうが、テレビの特番が、特別に期待はずれの、つまらないものとなってしまったのです。

 比較して向田邦子さんの方は、番組が緊迫感に満ちていました。同じクルーで制作をされたのなら、「今回は、腰が引けていましたね」といいたいです。違うクルーなら、正面から「せっかくの大量な経費を使うのなら、もう少ししっかりした作り方をしてください。情報量不足でした。あれでは、幸田家の本を読む人の数を、減らしたはずですよ」といいたいです。

 二つの番組の違いは、向田邦子さんにお子さんがなかった点に帰するでしょう。で、主たる語り部の妹さんは、遠慮する部分が少なくなったと感じられます。で、覚悟が決まっていて、腹が据わっていました。つまり、世間には伏せられていた、恋愛と同棲と相手への看病(癌だったかな?)の事実を公表したのです。『向田邦子さんが人生の機微をえがきだしえたのは、単に創作力だけではなかったのだ。裏打ちがあったのだ』という新事実の公開です。だから、向田邦子の文学研究にはひときわ役立つし、はらはらどきどきはさせました。

 というのも、向田邦子さんがその人と付き合い始めたころには、その相手にはすでに妻子があったからです。でね、その番組が放映されることは、新聞や予告篇で、多数の人の知るところですから、『相手の遺族は、この放映をどう考えるだろう。もちろん、やめてほしいと思っているだろうなあ』とか、思うと、私ははらはらどきどきしました。

 でね、番組が終わってから、『あ、私って、どこか、向田邦子を好きではなかったけれど、こういう裏側があることを予知していたのかしら?』と不思議な感覚を抱きました。世間的な評価が高くても、一度も好きにはなれなかった人なのです。

 青木玉さんや、幸田文さんには懸念がありました。上に言ったようなポイントでです。だけど、一度も嫌いになったことはないのです。不思議なことでした。評価が交錯することがです。番組の成功云々と、作家としての主役への、好悪や評価は互い違いの組み合わせになるのです。

 (次の日、19日に加えた補遺1)・・・・・・この一文を書いたあとで、『きもの』と、『流れる』を読みましたが、『流れる』の中で、百戦錬磨の経験を積んだ花柳界のくろうとより、しろうとのご自分の方が強いのを感じるし、相手方にも それが悟られてしまう場面が、 何度もあります。生活技術としは、幸田文さんの獲得したものは抜群に高いのです。


 さて、ここで、挿入へ入ってしまいますが、幸田文さんは、花柳界を全否定するわけでもないのですよ。特におかみ(美しい年増芸者)のしなや容姿へ賞賛は、聞いていて心地よいものです。そして、生活態度全般への二人の文明批評部分が完璧に現代へ通じてしまっているのにも驚きました。 

 そして、小さいが未来予測に当たっている部分がひどくたくさんあるのです。せいかつ態度がこの小説の中では ありえないだらしなさだと既定しているレベルが、普通のこととして蔓延していると感じます。

 病気になりかかっている子供の面倒もみないで、夫婦雑誌(多分エロいもの)を読んでいる母親なんて、車の中に用事を寝かせつけたままパチンコをやっていて、熱中症で死なせてしまったというのとおなじです。

 そして、現在、コンビニがオオはやりになっている原因の、少量を気兼ねなく買えるその買い物形式を、推奨しておられます。当時の花柳界(花街)には、芸者が個人営業主であるからこそ、りんごをひとつだけでも気兼ねなく買える文化があった模様です。

(補遺2)今回の一文につけるタイトルに「パパ」とつけたように、戦前にプリンストン大学へ留学できるとは、本当のエリートだったのです。AOLのメルマガの中で繰り返し書いていますが、1999年の秋、プリンストン大学へ音楽の講座の事を調べたくて寄った私はその自然美しさを知っているし、広さも広いことをしている知っているからです。
 では、2010年12月18日                   雨宮舜
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幸田文の特番、それから、ダビンチの鏡面文字を私が使うこと

2010-12-17 09:37:07 | Weblog
副題「実は液晶画面がひっくり返ってしまって、ダビンチ並みに、逆さ文字を使う必要ができたのでした」


 ところで、その「秋葉原の車椅子」が原因となって、私がいろいろ苦労をしている話が、前報ですが、
 それは、大変な真実を書いていたらしくて、パソコンがまったく新しい形で壊れました。なんと、液晶画面がひっくり返ってしまったのです。つまりキーボードを普通の形で利用しようとすると、画面がまったくひっくり返っているというわけです。でも、なんとか、4時間かかって文章の校正だけは、済ませました。

 文章を書くこと自体も、二日かかって、10時間近くかかっていると思います。が、まっさかさまの画面を見ながらの、キーボードうちも大変です。レオナルド・ダヴィンチは他人にはまったく読めない、鏡面文字を書いたそうです。文法はどうなっていたのかしら?

 たとえば、英語ですと、I am a boy. という文章を、boy a am I と鏡面文字で書いていくのか、ことばの順序は正しくおいて、ただ、文字だけ、左右対称にひっくり返すのか、それが、わかりません。

 が、ともかくのこととして、私は、左右対称と上下反対の二方向を考え合わせながら、校正をしました。それが、ほとんど朝の六時までかかってしまって、そのあとで、午前10時から二時間かかって、それを直していったわけです。非常に難しかったです。初めて出会った現象ですし、徹夜していて、頭がぜんぜん柔軟じゃあないです。そして、こういう破壊は必ず、バグでなされるので、一箇所だけではなくて、あっちこっちに罠が張られているので、それを、ひとつひとつ開放していかなくてはなりません。

 「無理かなあ?」と考えながら、でも、昔に比べれば、ほとんど不安はありません。落ち着いて直していきます。いままで、ありとあらゆる妨害を突破してきたことが、自分に安心感を与えています。でも、今回だけは、まっさかさまが何度やっても直らないので、「念力を出せ」と、自分に命令をしました。もちろん、パソコンは念力で動くものではありません。伝記の信号がどういう風に流れるのかを創造して、それを、正しい道のりへ直していくわけです。だから、システムエンジニアー並みの、頭脳を獲得してしまったというわけです。まったくの素人だし、どこにも習いに行っていないのですが、理科系の頭も少しはあるというか、「つねに、冷静であろうと、決めている」ことが最後の救いになります。

 こういう機械(工業的生産品)でも、最後の段階には、直感と、信仰が助けとなって直っていきます。特に敵がいるから、こうなるわけですから、気力の充実も大切なのです。敵だって、今回の、今回のものなど考え出して、しかもソフト(または、バグ)の形に直すのに、きっと五時間ぐらいかかったのでしょうし。だから、解くのだって、時間がかかるわけです。あ、は、は。
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 その仕事をしながら、脇でついていた、NHKハイビジョン再放送としての「幸田家の人々」を見ていました。原田美枝子と中村梅雀が再現ドラマの主人公です。豪華きわまりない。が、結果として不満が残る、番組の作り方でした。

 それは、曾孫の青木奈緒さんのプロモーション・ビデオみたいなつくりに、結果としてなってしまっていたからです。そう言う越野引田甘い作風に出してしまった原因は、奈緒さんの母の青木玉さんを話し手として、重要視していたことにあります。こういうことを書くこと自体、私にとっては、実は損なのです。青木玉さんは、御茶ノ水女子大付属高校の先輩で、同窓会内部では、有名な方です。そういう方に向かって、「あなたが主役だったので、番組がつまらなくなっていました」というのは、失礼ですし、「お後が怖い」ことともなるでしょう。だけど、生きている人(特に、名流夫人として扱われている人)を主役にすえると、どうしても、遠慮が生じます。彼、彼女らの生活を傷つけてはいけないからです。

 幸田文さんも露伴も、現代風に言ったら、傷がない人でした。でも、継母の性格、弟さんの結核への罹患などは、幸田文さんの文章に大きな動機付けを与えています。彼女にはもうひとつ、夫への、思い(ふがいない人としての夫)も秘めた底流にあったと思いますが、露伴だけが、文さんを作ったわけでもないのです。

 それに、私が感じているところ、四代で、最も優れた文学者(小説家)は文さんです。だから、まだ、まだ、ひよっ子である、奈緒さんに、あれほど、時間を割くなら、その二人、ないしは三人についても詳細に触れるべきでした。代わりに、奈緒さんが、将来お嫁に行く際に、勲章となるような、成功したおば(音楽家)などが、番組上詳しく報告をされました。それも文さんの、ファンとしては、うれしいにはうれしいのですが、これほど、お金をかけて、準備もされている番組なら、「マイナスだと思われているのか、弟さんを抜かしているのは、片手落ちだなあ」と思いました。

 一番残念だったことは、いままで幸田文を一度も呼んだことのない人が誤解をする可能性です。「あ、私、幸田文はパスだわ」と言う40代、50代の女性が続出することなのです。三十代は、大正・昭和は遠いわ」と敬遠しても仕方がないが、それ以上の年齢の特に働いたり、苦労をしたりしている人は読むと力を与えられると思うのに、恵まれたお嬢様二人の世界に接すると、「あら、私の生きている世界とは違うわ」とみなされてしまうでそう。
 特に奈緒さんが、「崩れる」と言う現象を、幸田文に引き続いて、きわめて行くと、出たのが最大の難物でした。幸田文の最もいいものは、そういうところに存在するのではありません。深い洞察力と人間観察に基づいた人間記録の数々なのです。彼女は自然現象より、人間社会に最大の力点を置き、興味を抱いていた人なのです。
 4代の人生にそれぞれ、30分ずつを当てて、二時間番組にするなどという発想をディレクターが持っていたら、間違っていると申し上げたいです。

 四人の中で最高の存在は幸田文です。

 ただね。番組を見たことが無駄ではなかったのは、幸田文を身近で見ていた玉さんが、「書くことがどんなに、苦しいことであるか」をおっ射程他のには、ありがたいほどの感銘を受けました。私なんか、無名であり、どこからも注文が来る人間ではありません。が、書く人間だから、今の苦しみを負っています。

 奥さんなんだから、別に文章を書かなくてもいいでしょう。そんなに、苦しむのなら」とよく言われますが、奥さんだから、といって家事だけをしていたら、それこそ、最後の日に家族に恨みがでて、認知症になるでしょう。露伴もそういっていますが、自己実現をできるだけ、することが大切なのです。「わがままだ」とか、「恐ろしい人だ」と悪口を言われても結構です。創作にとらわれてしまった人間は、創作をせざるを得ないほど、内部から沸き起こってくるのです。

 たまたま、幸田文さんの晩年には、夫というものがいなかったのです。だから、相手にサービス(サポート)をする必要がなかった。ので、時間の配分は自由でしたが、それでも、苦しみぬいて創作をされていたそうです。

 私は、皆様から注文を受けて書いているわけではありません。だから、読んでいただくという立場です。だからこそ、苦しいなんていってはいられないのです。今日のパソコンの液晶画面がまっさかさまになってしまった話でさえ、解決したから、一種の結うモア段として書いているわけですが、もし解決しなかったら、どんなに、新しいパソコンに買い換えても、数日以内に同じバグを入れられて、結局はかけない人となったでしょう。

 なお、松岡正剛氏の千夜千冊の中に、幸田文の「きもの」についての書評文がありました。「きもの」は私は未読でしたが、実質的には、自伝だそうです。死後発表をされたそうです。で、私はこれから、読んでみるつもりです。
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 この前、某有名大学(しかも法学部)を出た、インテリの女性とお話が弾んでいたのです。政治的なことについてはほとんど同じ意見でした。ただ、驚くべきことに、その方は、なんと、手かざしの医療技術があるそうで、私はいつも痛い、肩を見てもらいました。向こうから善意でただで「治療をしてあげる」とおっしゃったのです。
 10年ぐらい前に、まだ、なれていないパソコンで、キーうちだけは馬鹿に早いので、パソコンが、フリーズを繰り返し、文章が消えてしまう中、一日14時間ぐらい打ち続けて重い腱鞘炎になって以来、腕と肩には、慢性通があります。それを治してくださりながらいわれたのは、「あなたの背中って、非常に重いものを抱えている」という言葉でした。

 敵がいるということでしょう。真実を話す、書く、人固有の現象だと思います。馴れ合いで、人をほめておけば楽です。また、きれいな話だけを書いていればそれも楽です。

 だけど、この世には汚いことも大いにあることに気がついてしまった人のひとりである私は、「皆さん、気をつけて、ここに、あなた、もしくはこの国が落ち込んでしまう罠が用意されていますよ」と言わざるを得ないのです。

 以前、「私は炭鉱内に、飼われているカナリアです」と申し上げました。社会の中で危険な兆候が出てきたら、「危険だよ。危険だよ」と知らせる役目の人なのです。
 どうしてそういうことができるかというと、鎌倉市内にいると、音が聞こえます。それで、相当な判断ができます。敵が「ここで、勝ってやれ。こっちが勝てる」と思っているときは種々さまざまな異常な音のサインが、かつ、頻繁に聞こえてきます。
 また、ニュースですが、私が極上の真実に触れたときは、小沢一郎氏がでしゃばってきます。「大変だ。日本国民を抑えなければ」と大資本家グループが思うからでしょう。ところが、中くらいのレベルの真実に触れたときは小沢一郎氏は、引っ込みます。
 というのは、中くらいの真実というのは、気がついている人が大勢いるのです。たとえば、宮崎県の口蹄病の蔓延とか、中川経済産業相の酩酊事件の裏側とかは、大勢の人が「こうではないかなあ?」とすでに真実に近づいています。

 そういう現象に触れたときには、小沢氏が、でしゃばってマスコミに露出をすると国民総意として、彼って、怪しいよね。国際的大資本家の派ペットじゃあない」と言うせりふが出てきて、それが、コンセンサスとなる可能性があります。となると、彼らにとっては、かえって損ですね。だから、小沢氏は、雲隠れします。また、政治から離れた文章を書いているときも、それが、流れとして、一週間とか、二週間続けば、小沢一郎氏は、「鬼のいぬ間の洗濯」と言う風に、でしゃばってきます。

 そのほかにも、自分が真実を書いたかどうかの判断材料は、パソコンが壊れること、工事がまとわりつくように出先で行われること。ほか、いろいろあります。が、今、まだ、誰にも秘密にしておきたいファクター(測量単位)も、もちろんあります。

 では、2010年12月16日   雨宮 舜
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秋葉原のホコ天再開 とその真実の意味、完成後

2010-12-16 01:04:48 | Weblog
 ノーベル賞の話題と、海老蔵殴打事件で、先週は過ぎました。ありがたい事に、日本はこの2010年のノーベル賞では平和でした。尖閣諸島で、すっかり日本人から嫌われてしまった中国は、このノーベル賞の件では苦しんでいます。他の問題だったり相手が個人だったら、「やはり、天はご照覧ある」というところですが、ここでは、そうもいえないだろうと感じ、口にチャックとさせてくださいませ。

 式典の進行などに、面映いほど日本人が(特に根岸博士が)大切にされました。
 同じ年の二月にキムヨナ採点・疑惑があり、夏には映画『コーヴ』の公開もあり、秋には尖閣問題が起こりました。『それらの日々に比べればなんと平和なのだろう』と感無量です。

 その間に、オバマ大統領は富裕層の減税を二年間、延長しました。最初はアメリカのことだと思って関心は無かったのです。が、直後に菅首相が、企業への税率を5%下げると出てきて、『あれ、全く、関心が無かった経済の方面で、非常に大きな枠組みで、鬼のいぬ間の洗濯をやられちゃったかしら?』と、思い始めました。

 『鬼の居ぬ間』とは、ここでは、8日の昼間さらした政治に関する文章から、次に海老蔵君へぽんと移動したことをさします。『人は誰でも、死んでいくのだ・・・・・』というタイトルの、文章の前半に<<<バスから始まって東急日吉駅周辺では、私へのいじめが頻繁に起きていて、それは、弟の家や歯医者さんへの用事だから、そういう事でさえ、弾圧をされるのは、人権の侵害もきわまれりだ>>>と書いています。

 一般の読者にとっては、「それが、どうしたの?」という程度の文章ですが、警察にとっては大問題の文章だったらしいのです。つまり、警察が私をいじめるために、電話連絡(?)をして、JRを遅延させたり、東急を遅延させたりしている事を被害者の私がみぬいていて、しかもそれを書き始めたからです。いや、前からその可能性を考えていました。ただ、常に断定はせず、その8日の文章の中でも、CIA,革○、けいさつと三者を対等に扱い、その「どれかがやっている」と書いています。誣告罪になったら大変ですから、丁寧に用心して書いています。

 そういえば、13日の月曜日に銀座の画廊めぐりを終えて、新橋から東海道線に乗った時、また、品川駅で、五分遅延し、さらに、大船駅では、鉄道警備隊が、要所要所を占めて待構えていました。つまり、最上級の警戒態勢(=いじめ日)が敷かれていたという事で、これは8日に書いた事が図星だから、そうなるといえます。

 が、全国区として、もっと大きな問題が出てきました。秋葉原のホコ天再開のニュースです。

 それは、言論弾圧の諜略について、さらに真相(または、裏側)を書かれると困るとして、大急ぎで、警察が『もっとも恥ずかしいと思っている秋葉原の』事件に関連して、先回りし、かつ大急ぎで、国民を慰撫した宣言なのです。

 警察は、ホコ天の再開を以前も、発表をしたはずですが、実現をしていません。今回は2011年の1月23日から始まるそうです。以前より200メートル短縮して、かつ、土曜日はなしという形で行われるそうです。皆さん、ぜひ、覚えて置いてください。NHKもこれを発表をしたし、日経新聞にも出ていました。しかし、ずいぶんと変な決定ですね。二ヶ月も先の事を今、発表をするとは。今発表するのなら、来週ぐらいに再開してもよいはずです。

 どうして、二ヶ月も先のことを発表するかというと、様子見をしているわけなのです。彼らにとって一番大切なことは、日吉で見聞きした事の次に、続いて鎌倉市内、および、自宅周辺で抜群の被害にあっていることの詳細を、私が書くか、どうかなのです。それを探るために9日にウエブ上で発表し、私が何も書かないので安心して<縮刷版へ証拠が残っていく>新聞へも発表をしたと思われます。

 数日間やり過ごしていて今日、ついにそれを書くわけですが、その結果、もし、1月23日から再開をされなかったら、私が今日のこのブログで真実を書いてしまったからです。そして、私が書いている事は、総て正しいとなります。ずいぶん大仰な言い方ですが、『ニュースを、私が作る』とよく言っている現象の一つの例です。ただし、『警察さんも、そこまで馬鹿ではあるまい』と思いますから、1月23日に、歩行者天国は、必ず再開をされるでしょう。

 以前に再開を発表されたときも私は同じことを内心では考えたのですが、ブログとしては何も書かなかったのは、ここで、書いたら、また、歩行者天国の再開がなくなるだろうと考え、常に、多数が幸せになるべきだと考える私は、自分の被害については、その時には何も述べなかったのです。
 しかし、そんな優しさを踏みにじって、仏の顔も三度というほど、再開、再開と、ほのめかされては、実際には閉鎖が続いていますので、ここではっきりと、内情を述べましょう。

 石田衣良(作家)がどこかに、『僕は秋葉原が好きで、よく出かけます』と、発表していましたが、私も、秋葉原には(パソコンを明白に壊される事が多いので)、しょっちゅう、行っています。東芝サテライトの同型を二台、NEC Versa Proの同型を三台買っているのも、研究の結果です。この手のパソコンは、企業向けですから、質実剛健で丈夫です。ただ、中古は電池が消耗しているので、電池だけ欲しく買うのですが、普通はたくさん置いてあるその機種が、一台も売っていない時があったり、その電池に、わざわざ一本ずつ、パソコン打ちのお店固有の手製のラベルで、「保障の限りではありません」と書いた紙が張ってあったりして、『お、これは、私を狙った嫌味ですね。実際に電池が消耗しきっていたら、買っても無駄だし』と、思わされた事もありました。それと、我が家のパソコン破壊という被害が連動をしているので、私が大変な大物として、その生活全般を観察され抜いていている事が推察されました。つまり、ブログへ書いている内容に世界中が震撼しているというわけです。

 『ともかく文章を書かせないようにするためには、ありとあらゆるチャンスを利用するべきだから、秋葉原に行く日まで、予測し、よく利用するソフマップの回りには、鎌倉小町通りになされているのと同じ、工事(水道管取替えが名目ですが)を行おう。それを嫌がるはずだ。自分を狙っていると知るから、それで、おびえるはずだ』と敵はお互いに確認しあっています。

 こういう工事用には緊急呼び出し対応用、工事会社というのが、あって、一種の当番製で請け負っているみたいです。そして、ブログで小沢批判をすると、てきめんにこういう脅かし工事が増えます。
 
 それでも、私が書く事を止めないと、警官が多数出動するというかたちで脅かします。APECなどの行事ではなくても、特別警戒という形で、10メートルおきに、機動隊の服装をした若い警官が、5,6人待機している事もありましたが、それは、東芝のA4の3(本当は三台あるうちの一つ)が、USBを認識しなくなったので、東芝の修理センターへ向かう時でした。それを敵様が予測し、東芝にも事前に何かを言ったらしくて、スタッフが不親切でした。東芝のサービスセンターは1999年以来利用をしていますがこんなに不親切だった事はかつてありません

 『ここまでやってくるものだ。伊藤玄二郎と井上ひさしとは、どこまでしつこいのだ』と思っていますが、それは、いまだに、鎌倉を舞台として繰り返されている現象です。たとえば、パソコン教室へ行けば、以前とは格段にサービスが悪くなっています。裏から手が回っているのでしょう。

 あほらしい。私は何事も被害者なのですよ。25年前に、正当な地所である山を取り崩され花畑をコンクリート打ちにされ、あじさい畑欺もう事件と私側は呼んでいるほか、どんなに断っても我が家の猫を、夜遅くまで返してくれないし、それはいうなれば、窃盗とか誘拐という段階ですが、こっちは常識を守る人間ですから26年間ただ、ただ我慢をしてきたのです。

 ところが伊藤玄二郎の元愛人の方は、たった一日の事でも我慢ができないのでした。
その幼稚さは驚くべきですが、その後の 私の猫に裏切られた恥ずかしさを追い払うために彼女と現在の夫、憂さ晴らしとして警官を呼んで、「あそこの奥さんを、だんなに叱って貰うように」と頼んで、その警官が、やって来た事自体が馬鹿ですが、さらに馬鹿げた事に、私を脅すために、ありえない交通事故(ここは石段100段を使ってあがる山の上です)の調書をとって、さらに脅かした事が一つの水源なのです。

 そのとき、二人をたしなめるために、私がひたすら我慢をしてきたアジサイ畑欺もう事件を説明したのです。これは猫どころではない重要な犯罪です。さすがに警官です。この山にはすさまじい悪が過去から堆積しており自分たちはなんと、加害者側の味方をしてしまったという事をすぐ理解し、青ざめながら尻尾をまいて帰っていきました。

 私は鎌倉警察署に電話を掛け、署長に謝って欲しいといいました。この時(2005年の八月)には全く気がつきませんでしたが、すでにCIAが電話盗聴をしていて、警察幹部を動かし、その二人の警官に詳しい状況を告白させたと感じます。で、彼らと私との会話のうちもっとも重要な部分が、あじさい畑欺もう事件にある事に気がつきました。これこそ、言い逃れのできない泥棒なのです。そういう事が起きてしまったのは、26年前に瀬島龍三が、そのころも電話盗聴をしていて、この山が一種のタコ部屋状態になっていて、主婦同士にどうしようもない喧嘩状態があるのに、気がつき、それを、利用して私一人にしわ寄せが来るように画策をしたのでした。理不尽な泥棒を、(息子が後に、東大教授になるほどの紳士である)中谷氏が行い、その時分には誰も知らなかったそのどろぼうが、いつの間にやら、町内会が了承して行ったかのごとく、結論が変更しているのも、すべて、瀬島龍三が画策した事だったのです。

 1980年 横須賀で、その親友と言われる益山某、元海軍参謀が、私に詐欺事件を仕掛けてきた際、益山氏が、ばかげた対応ばかりしていて、謝罪をしないので、私が法務局と財務局へ内容証明を出して、自分を守ったときに、益山夫妻は狂ったのでした。単なる経済的な事件にしか過ぎず、しかも私は被害者なのに、私を夫人が車でひき殺そうとしたのでした。私は弁護士さんに電話で委細を報告しましたが、その夜益山氏は急死したのです。電話を盗聴しているからこそ、自らの悪を正面切って受け止めなくてはならなくなったのです。しかも最後まで正しい措置をとる事のできないまま、その夜に急死したのです。脳溢血か自殺かはわかりませんが死去です。

 その益山氏の復讐をするつもりで、瀬島龍三は、鎌倉でも、このあじさい畑欺もう事件を起こしたのでした。自分が関係が無いかのごとく、装いつつ、やったのです。

 横須賀での地籍変更届を利用した益山氏の失敗から何にも学んでいないのです。つまり、私のような相手には理性と礼儀をもって交渉する。そして、案件に関わる情報は、総て互恵的にかつ対等に開示する。それができないときは、案件を引っ込めるしかないのです。

 しかし、彼らは、横須賀での地籍変更届を利用した益山氏の失敗から何にも学んでいないようです。つまり、私のような相手には理性と礼儀をもって交渉する。そして、案件に関わる情報は、総て互恵的にかつ対等に開示する。それができないときは、案件を引っ込めるしかないのです。

 しかし、その横須賀の事件を始め、関係者総ては、大げさな悪をなすにしては、あまりにも幼稚であり、単純です。総ては見破られていて、中には、前田夫妻のように、子供たちを学者にしていきたい人間も含まれていて、その名誉の破壊もはなはだしいのに、それでも、強行してくるので、驚いてしまいます。長年、音による被害を与え続けてきた安野夫妻は、お子さんへの愛が無いみたいで、だからこそ、不道徳な事に手を染めても、異彩釜らないのでしょうが、前田夫妻など、驚き入りますと言うほか無い、この25年間でした。さらに、銀座や、秋葉原、また、鎌倉市内を含めて、やる事、やる事というほどの、一種のたくらみを繰り返してきていますが、こちらには、総て、裏側が見えていますので、やればやるほど、悪辣さが、目に付く事になるのに、それでもやってくるのですから、その発案者たちの頭脳レベルの幼稚さには、ただただ驚嘆するほかは無いといえます。

 で、元に戻りますと、警官二人の話から、この山での最も問題なのは、あじさい畑議欺もう事件であると気がついたようです。

 で、そこの証拠を隠滅させる事が彼らの急務となりました。2005年に石川和子女史とそのばかげた現在の夫柳沢某がばかげた騒ぎを起こしてからその機会を狙ってきましたが、主役は伊藤玄二郎です。

 石川和子たちが警官を読んだ際に、自分たちは伊藤玄二郎と親しいのだという話はしたはずですから。この失敗の責任者は伊藤玄二郎です。警官がうかうかと乗った事からも、彼が、鎌倉市内でどれほど威勢をはっているかが伺えます。

 で、その証拠をつぶすために、上水道管を、アスベスト被害を口実にして取り替える工事を思いつきました。
~~~~~~
 公費でおこない(これは、個人を助けるためだけの無駄遣いでした。だって、アスベストでくるまれている古い水道管は掘り出さなかったのですよ)さらに、それを、正当なものであるかのごとく装うために、小町通の共同溝工事も始めたが、すでに、三年も経っているのにそちらは完成をしない。どうしてかというと、夜帰宅するたびに、私が嫌がる工事をやっていれば、私を脅かす事ができると言う考えがあるのでしょう。だから、外出しない日には工事はやっていない。・・・・・

 そうですね。秋葉原の犯人が午前、朝の五時から携帯で、「自分はこれから、大事件を起こす」と宣言をしていたらしいのですが、それを、七時間も見逃しているのに、一方ではこんなばかげたことで、出動しているのです。
 しかも、一番彼らがいけないのは、多分、私のパソコンをハッキングしているのも警察だからでしょう。ハッキングとは一応泥棒の変形です。それを、警察がやっている。それも相手は、芸術のことだけを書いている人間です。(確かに、2007年の4月までは芸術のことしか書いていないはずです。政治についても書きましたが、極く、極く、一般論で、普通の国民なら誰でも、話としてはお互いに語り合っているような内容です。

 でもね、ハッキングを、警察がやったのは、あまりにも私人である私を馬鹿にしていた結果です。ばれないだろうと、小ばかにしているからやったのです。微細な現象としての、アイデアマンは伊藤玄二郎と井上ひさしとか、成岡庸司君とか、あれこれあるでしょうが、大型無線ランなどの施設を準備し、二十四時間態勢で、対応し、アドビやワードを動かさないようにして邪魔をしたり、落としたはずの電源が自然に入っていたりするさまざまな怪奇(?)現象を起こしたのが、警察です。

 となると、夜中の三時でも私を、監視しているのに、真昼間、朝の五時から、午前11時まで、垂れ流し状態で、事件の予告をしていた犯人を予防できない警察ってナンなのだと怒りたくなりますよね。当然でしょう。

 ところが、私はあまりにも脅かされていたので、最初は黙っていたのです。まるで、何も批判をしませんでした。今日はじめて批判を口にしたのです。桶川ストーカー事件でも犯人のなすがままにさせてしまった警察が、個人である、石川和子とその夫柳沢某の2人を特別の味方をして、悪人でもなんでもない私を、そのだんなに叱ってもらうように説得に来るというばかげた行動を、一方では起こしているのですよ。これは、変だと世間のどなたもお思いにはなりませんか?

 ちょっとここで、余談になりますが、松岡正剛氏の有名な『千夜千冊』の訪問回
数が、2001年から現在まで、延べ45万回程度のようです。私は2008年の秋からはじめて、すでに、延べヒット数33万回を越えています。書く事は面白いと自負しています。ヒット回数を数えてもらえないAOLのメルマガは、その5倍程度の長さで連続していますから、読まれた回数を総計すれば、軽く100万回は越えているでしょう。それが、怖いのかな? ともかく、伊藤玄二郎氏と、その盟友井上ひさし氏には、極端に気を使っていただいています。

 たとえば、私が『秋葉原の車椅子』という文章を書いた後で、クローズアップ現代に出た井上ひさし氏は、太宰治をほめる三十分の最後に、突然に秋葉原の殺傷犯にふれ、『彼の文章は、悪いから、誰の心も打たなかった』とのたまわったのです。つまり、暗喩として、『だから、気がつかなかった警察は、悪くない』といっているわけです。

 私の『秋葉原の車椅子』という文章は後で、一万字の制限に引っかからなければここで、採録をしますが、叙情的なもので、なんら、警察の批判をしては居ません。だけど、もし、警察がハッキングをしていたら、『ナンですか。こんなに平和な生活を守っている、専業主婦のパソコンを、<<<<<自分の部下がへまをしたことを書かれると困ると言う目的で>>>>>、四、六時中監視をしているのに、あんなに重要な犯人をとりにがして』と、当然言われると、自分で自分にたいする恐怖を感じるのだと思います。

 私は、このクローズアップ現代(2009年の6月第四週の水曜日だったと思う)を見たときは何も書きませんでした。特に公開するものとしては。しかし、自らのパソコンないメモとしては、いきさつを、後日書きました。すると、15分以内に、鎌倉防犯協会の放送として、「鎌倉市は子供を守りましょう、キャンペーンをしています」というのが、大声で、この山まで届いたのです。

 あっけにとられるほどの癒着でした。その日、井上ひさし分析の最後に、『どうして、この人はこれほど、悪いことを平気でするのであろう。ばれないと信じているのだろうか。あきれるほど、単純だ。ともかく、カソリックの孤児院で育ち、上智大学を出ているにしては、良心というものが微塵も無い。子供も居るのに。前夫人との間のお嬢さんとはうまく行っていない模様だけど、現夫人との間の坊ちゃんはかわいいだろうに、一緒にお散歩をしているのも見たことがあるのに』と書いた途端でしたから。・・・・・ところで、この後で、氏は三女といわれている方と急に仲直りをして劇団を任せました。それ以前その仕事をしていたご長女さまはどうなさったのだろう。

 この鎌倉防犯協会の『子供を守りましょう、キャンペーンについては、・・・・・その携帯を利用して、私の頭に水をぶっ掛けようとした20歳を当に越えている、お嬢さん・・・・・についても、その無作法な口癖、「なんですか」を、鸚鵡返しにまねして言った途端に。同じ放送がありましたので、その「未婚の娘さんの携帯まで利用して、人の頭に水をぶっ掛ける」のも、『井上ひさし、伊藤玄二郎の二人の案かな?』と思うほどです。それ以外にもさまざまにあります。
 が、日本国民全体に関係のある事は、

 警察とは、大切なことは、重大なjikenの犯人を取り押さえることでしょう。殺人は最も大きな犯罪です。それには、意を尽くさず、自分たちの部下が大失敗をしたことだけをmokutekiとする事に懸命な集団です。

 そして、井上ひさし氏は、2009年の11月の婦人公論で三女との和解を、公開しました。そのころにはすでに、八幡宮境内の『アメリカきささげ』は切り倒されていて、それ以外にもさまざまな、私を自滅させる作戦を練り、実行していた模様です。アメリカきささげは、『二人だけの音楽会』という文章がよかったから、その跡地を、読者が訪ねてくると、私の人気が上がってしまうので、その木を伐採しておこうと言うことでしょう。まめ科なので、斜めに生えていますが、生きていて、なんら問題のない木を切ったのです。そのときも何も言いませんでしたが。

 その次にこの春、4月5日からの私の個展を、種々さまざまな陰謀の場所として、これも、『自滅をする役に立つはずだ』と設定をして、おやりになりましたこと、こと、枚挙に暇が無いとは、まさにこの事という体たらくでした。それを見破っていると感じた途端に、死亡宣言をしたのでした。それは、4月9日の午前中に伊藤玄二郎氏を会社に訪ね、「個展に来てくださいね」と頼んだだけで、起きた現象でした。井上ひさし氏とは、ご本人こそが、大変な弱虫だったのです。で、彼が信じる『これは怖い』ということを総て、勘案・起案して、私にぶつけてきていたのでした。
 
 この秋葉原のホコ天再開の件でも「1月の23日に再開するが、来年の六月まで」というところに、彼がまだ生きている証拠を見つける事ができます。
 
 今までこの警察イオ彼とのすさなじいまでの癒着の件を,世間に向かっては言わないであげていました。けれど、来年の六月に桜桃忌が着ます。『そのときには、きっと雨宮舜は、上記の文章を書くだろう。その際には、もう一回、秋葉原の歩行者天国を止めてやれ。そうすれば彼女は悲しむはずだ。自分のことよりの他人(PUBLIC)を大事にするやつのことだから、きっとダメージを受けるさ』というかたちをとりたかったので、
「ホコ天は、六月まで」といっているのでしょう。幼稚な発案です。そしてそこには自分をここまで支え、祭り上げてくれた一般大衆への気遣いなど、微塵も含まれてはいないのです。

さて、では、2008年度中に書いた原文を以下に。

『秋葉原の車椅子』
    ・・・・・事件の後も、優しい人たち・・・・・

 私の母は老人ホームで車椅子を使っています。それで、私は、車椅子にはちょっと詳しいのですが、動輪が二つあるのを、皆様はご存知でしたか? つまり、実際に人間を運ぶ動輪とは別に、乗っている本人が動かす動輪(より直径の小さいもの)が外側に、二つ目としてついているのです。ですから左右で四つの動輪がついています。
つまり、使っている本人の手を汚さないで、進めるようになっているのです。老人ホームは床がきれいです。でも、外に出たときに、一組の動輪しかなければ、土で手が汚れます。それを防ぐシステムです。で、幅が結構広くて80センチ近くあると思います。

 バリアーフリーというのは、段差を無くす事も指すのだけれど、ドアーの幅も広げる事なのでは無いかと、私は考えているのです。

 ところで、JRは、ほとんどの駅に自動改札機を導入しました。その通り抜けの幅ですが、結構狭い。私の感覚的認識では、幅が60センチ以内だと思います。親がこどもを、横に手を繋いで、ただで、通り抜けるのを防止するためなのだろうと、私は想像しております。
 でね。車椅子は通れないはずなのです。ところが夜の九時近くの秋葉原駅で、誰かが車椅子でそこを通り抜けようとしていました。私は親切という事では、躊躇した事がありません。すぐ近寄って、彼の車を導き、自動改札機のそばに、大きな駅ではたいていは設置されている、有人改札口へ押して行こうとしました。

 すると、まだ、その改札口へ入ってはいない青年は、私の
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 ここから、さらに続いていきます。が、最後まで入れると、グーブログの規定である一万字制限を越えてしまいますので、ここで無理やりに切って、下にそのその全文を、新たな項目(=15日付新ブログを作って、そこに、おきます。

 ここで一度休憩に入らせてください。今夜10じごろ、内容を再確認した後で。署名を入れます。
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秋葉原の車椅子

2010-12-15 02:25:57 | Weblog
 以下は、今から二年半前の2008年七月に書いた文です。その中では、一切警察を批判をしていないのに、井上ひさし氏はこれから、警察擁護をする必要を感じた模様で、次の年、2009年度の桜桃忌、直前にNHKクローズアップ現代で、加藤被告の文章をけなしました。

 そのいきさつすはスクロールすると上にある、『秋葉原のホコ天再開の裏側』に詳しいのですが、それが「一万字以内にせよ」というグーブログ規定に引っかかり、最後まで書きぬけませんでしたので、別項としてこれを挙げました。

 最初の部分は重なって投稿しています。それは『こちらだけをお読みになる方もあるだろう』と推測したゆえです。これ一本でも、叙情的なエッセイとしては完結していると思いますが、秋葉原のホコ天の再開がどうして、何度も延びたのかを含めて、現代日本政治の裏側を探っている、上の文章と併せてお読みいただければ幸いです。では。

『秋葉原の車椅子』
    ・・・・・事件の後も、優しい人たち・・・・・

 私の母は老人ホームで車椅子を使っています。それで、私は、車椅子にはちょっと詳しいのですが、動輪が二つあるのを、皆様はご存知でしたか? つまり、実際に人間を運ぶ動輪とは別に、乗っている本人が動かす動輪(より直径の小さいもの)が外側に、二つ目としてついているのです。ですから左右で四つの動輪がついています。
つまり、使っている本人の手を汚さないで、進めるようになっているのです。老人ホームは床がきれいです。でも、外に出たときに、一組の動輪しかなければ、土で手が汚れます。それを防ぐシステムです。で、幅が結構広くて80センチ近くあると思います。

 バリアーフリーというのは、段差を無くす事も指すのだけれど、ドアーの幅も広げる事なのでは無いかと、私は考えているのです。

 ところで、JRは、ほとんどの駅に自動改札機を導入しました。その通り抜けの幅ですが、結構狭い。私の感覚的認識では、幅が60センチ以内だと思います。親がこどもを、横に手を繋いで、ただで、通り抜けるのを防止するためなのだろうと、私は想像しております。
 でね。車椅子は通れないはずなのです。ところが夜の九時近くの秋葉原駅で、誰かが車椅子でそこを通り抜けようとしていました。私は親切という事では、躊躇した事がありません。すぐ近寄って、彼の車を導き、自動改札機のそばに、大きな駅ではたいていは設置されている、有人改札口へ押して行こうとしました。

 すると、まだ、その改札口へ入ってはいない青年は、私の行動を右手で払いのけるように制止しました。そして、方向転換に、二、三度、苦労をした後で、自動改札機へ入って行きました。このたった、二、三分の間に、私は多くの事を考えさせられたのです。

 彼が言葉もなく、つまり、声を出さずに、私を振り払ったのは、・・・・・やはり、彼の障害が、相当な重荷として、彼にのしかかっており、彼はそれを覆すために、人間として大きな修行を積んでいる・・・・・甘くない人間である。・・・・・・という事が、第一番に察せられた事でした。

 二つ目は、昔の鎌倉駅の情景です。鎌倉駅には最近、エレベーターとエスカレーターが設置されましたが、それができる前の話です。階段に、車椅子を運ぶ機械が据え付けられていた頃の話です。その機械は、車椅子の乗り手本人では、操作不可能なもので、駅員さんが三人ぐらい出て来て手伝うものでした。

 そして、その日の主役は、高齢者で、それゆえに車椅子使用者になった人で、太っていて裕福そうで、娘さんか、お嫁さんか、お手伝いさんかは、わかりませんが、付き添いの人もいます。まるで、大名行列のような大騒ぎです。それを批判するのは意地悪になるだろうから、批判はしませんし、もう、エレベーターができたので、ああいう大騒ぎに接する事がないけれど、「中年のおばさん族のあつかましさ」という事がちょうど、週刊誌のテーマとして、ブームとなっていた頃だから、私は、その主役の婦人に対して、・・・・・ずいぶん、鈍感な人だなあ。『済みませんねえ』という表情が浮かんでいないもの。当然の事として、周りの人を振り回している・・・・・すごいわねえ。世の中にはこういう人もいるんだ・・・・・と悪い意味で、感心したのです。

 その婦人に比べれば、この秋葉原の若い人は、加齢によって歩けなくなったわけでは無く、何かの事故(特に頚椎損傷)か、サリドマイド禍、か、小児麻痺系統の病気の結果であるように見え、下半身が発達していなくて、車椅子を使っていても、全体の高さが無かったのです。


 それは、彼が通路に入ってから、証明をされました。まず、スイカを機械に当てるのだけでも、彼の体(座高)が低いために、相当大変でした。その上、この車椅子は特別仕様で、例の外側の動輪がないのです。でも、手が汚れても良いから、内側の動輪で、進むのだろうと思っていると、なんと、幅がぎりぎりで、左右の動輪と、通路の壁面の間は、二ミリか、三ミリしかありません。となると、彼の指が入りません。


 『どうするのだろう、大丈夫かしら』と心配しながら後ろから眺めていると、彼は「えいやっ」という感じで、左右の手を可能な限り伸ばして、左右の機械の上端を捉えました。簡単にはつかめず、そうですね。機械の高さは一メートルを超えているように見えるし、彼には、骨盤あたりのお肉が発達していないように見えましたから。
 それで少しだけ、車椅子を進めて、機械の上端を握りなおし、また、『えいやっ』という感じで両手を、大きく後ろへ流し、車椅子を、60~80センチほど前へ進めました。
 
 彼を見守り続ける、私の左側に、すっと寄り添った若い女性がいて、彼女も「お助けしましょうか」と最初は言いました。が、その人も彼が、えいやっと、手で自動改札機の間を、漕ぎ抜き始めると安心して去って行きました。

 

それは、新しくできた東口の方で、照明は明るく、歩道は広いのです。きちんとしたスーツを身につけた、その青年は、ヨドバシカメラの方へ消えて行きました。私はしばし、呆然として、その青年を見送りました。
 体にハンディがある。しかし、気力も充実していて、『自分は、できる事は、できるだけ、自分でやる。誰にも援助を請わないのだ』という姿勢が明敏です。『もしかしたら、あれは、乙武君だったのでは無いかしら』と思うほどの、毅然とした姿勢。誰にも甘えない雄々しい姿勢。文字通りの意味で凛とした姿勢。

 私はさらにいろいろな事を考えました。ハンディがある人も、頭脳を使えば、人と互角の生活ができる。パソコンなどを使って、インターネット上などで意見を交換するなどの、シゴトなら。そのためには、秋葉原は、拠点となる街なのだ・・・・・という事。そして、陰惨な事件が起こったのに、彼のそばに寄り添って、私と一緒に助けようとした、若い女性がいる事・・・・・そういう事にも感心しました。

 私は、六十五才(この文章を最初に書いた当時)の女性としては、秋葉原に頻繁に出入りしている方でしょう。そして、東口にヨドバシカメラができたために、西側の本拠地が、沈んでいると思ったり、他、さまざまな観察を重ねております。
 その日も、電車から広告が見えたBOOK OFFを夜の八時過ぎにたずねようとしていました。今まで一度もたずねた事がない上、私は、夜は方向感覚がつかめない方です。自分だけで探すのは、あっさりと諦めて、おのぼりさんと誤解をされる事を恐れず、人に聞いたのです。

 そういえば、数年前に、麻布十番で、「六本木ヒルズは、どこにあるのでしょう」とモダンな女性(ブティックのオーナーだとのコト)に訊ねて、「あなた、外人?」といわれてしまった時を思い出しました。彼女は私をいたわるがごとく、その夜三十分以上を私のために、費やしてくれたのです。で、この秋葉原でも、まず、女性に質問をしました。

 すると、その若い人は、「あ、私、この辺りの人間ではないので」と断りましたが、それでも、言葉は邪険では無く、不親切だとは感じませんでした。その次に、小太りの四十代前半の優しそうな、男性に聞きましたら、「そこを曲がると、すぐですよ」と教えてくれました。もちろん、私は質問をする前に、人を選びます。彼は、ネクタイは取っていたが、きちんとした人間だと感じましたからね。秋葉原近辺に勤めている男性でしょう。
 でも、そんなきちんとした人だって、あの凄惨な事件のあった後だから、硬くなって、人を警戒する事もあるでしょう。でも、そうでは無かったのです。私は、たった、三十分程度の間に、秋葉原の人々が普通の感覚で、・・・・・例の親切な日本人として、・・・・・以前とかわりが無い雰囲気で暮らしている事を知ったのでした。良かった。良かった。                     
二〇〇八年七月三日

 というわけで、AOLの閉鎖されたメルマガ内で発表した古いものを二年半後に再録をしました。日付は15にちになっていますが、16日付の文章の続きとしてお読みいただくためにあげましたので、実際の公開は16日の未明です。
  では、2010年12月 16日(または、15日)  雨宮舜
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続、伊藤リオン君、(中学は公立へ行ったのかな?、それが出発点かな?)

2010-12-13 15:16:27 | Weblog
 以下を下書きのひづけ午後三時(月)、公開を、夜の11時(月)にした後で、火曜日の夜六時に、些少ですが加筆いたしました。どうか、よろしく。
~~~~~~~~~
 最初にお断りをしなければならないのは、伊藤リオンと書いても、「それ、誰?」と仰る方が、読者の中に多かったのではないかと思う点です。特に海外にいらっしゃる方で、日本のテレビをご覧にならない方に向けて、念のために再説明をさせて頂きます。

 歌舞伎界の名跡、成田屋の御曹司、海老蔵(33歳)が麻布のバーで泥酔して、暴走族のリーダーとされる人物とトラブルになり、全治二ヶ月という大怪我を負い、自宅へ帰宅後、妻の真央さんが、警察に被害届けを出して、いる件で、ほぼ、2週間後に「僕が殴りました」と警察に出頭をしてきた、ハーフ(アフリカンとの)26歳の青年の名前です。

 私は、この事件を最初から少年の混沌期、特有のものだと捉えています。心理学的に言えば、海老蔵は、まだ、少年期に当たるのです。それは、松竹とか、両親とか、マスコミとかいうビジネス上の相手にたいして、はっきりと、自己主張ができない段階にあるという点です。演技は上手でしょうし、顔も姿形も美しいのでしょうが、最初から決められた路線を、強制的に選らばさせられていて、少年から大人への通過儀礼ができていない事に、大問題があると、・・・・・そういう主張で、論を展開しています。

 それを、書きながら、こちらの加害者と言われる青年が、浮上し始めたころから、こちらにも気の毒な成長過程が含まれているはずだと考えていたわけです。

 その後、テレビの映像を一回見て、ウエブ上で出回った写真を見ましたが、ワルといわれているにしては、口元以外には、問題の無い顔だと感じました。また、あっち、こっちから「いい子だったのに」という声も上がってきています。
 小さいころの杉並のご近所様、おとなになってから麻布界隈で遊泳していたころの、遊び仲間の女性などから、ですが、「礼儀正しかった」とか、「忠誠心が強いから、誰かをかばっているはずだ」と。

 すると、こちらにも、成長が未発達であるゆえの、いい子過ぎる子の問題点が含まれているとなります。
~~~~~~~~~~~
 で、平和な日本に起きた、ある少年(心理学的に言えば、の話ですが)たちの喧嘩に登場した人物たちが、現代日本社会の『どんな人間をも、未熟なままに、おいて置きたい』という<<<真実の支配者側>>>の傾向を、見事に反映しているので、そこにこだわりたいのです。そこへ戻っていきましょう。現代の日本は高度な演出の下で運営をされている被・植民地であると私は考えていますが、<<<若者が幸せではない>>>。または、<<<若者が立派な大人になれない>>>のは、本当に国を滅ぼすことだからです。

 私自身は、すでに、68歳であり、自らの子供には影響を与えられません。で、次の世代とか、次の次の世代とか、さらにまた次の世代へ向けてお話をするのですが・・・・・

 ほんの些細な事が、ある一人の少年の進路を曲げてしまうことの恐ろしさについてなのです。

 小さな芸能ニュースに拠れば、小学校時代の友達の思い出が出てきています。「シャイな少年だった」とか、「サッカーの選手になると思っていた。ワルとなったと聞いて驚いた」とか。それらは、いいんです。あのどんぐり眼は、そのまま、上手に育ったら、かわいい少年から美青年に変化して行ったはずです。だけど、中学時代の同級生の反応が出てきていません。

 ここから、私は想像をたくましゅうします。それは、例の見てきたような嘘を言いの類で実証性はまるでありません。だけど、以外にも小さな事が、きっかけとなって、普通ではない道へ入る事があるという例証だと考えると、彼は公立の中学校へ進学したのではないかと考えられます。
 
 ミッション系の私立小学校へ通っていた少年が、公立中学校へ転向する。理由は些細なことだったと思います。子供のころ、その小学校の近所に住んでいたが、途中で引っ越したので、今度の近所の公立中学校へ通う。

 だけど、その裏に、これも、親には歯向かえない、いい子の心を傷つけた条件があったかもしれないのです。たとえば、『小学校が、○レジオ学園だったと仮定して、その近所、通学可能な場所、たとえば南林間に瀟洒な一戸建てを借りて、両親そろって三人で暮らし、通学していたのだけれど、両親が離婚して、母は杉並にある実家に身を寄せた。または、実家の近所に引っ越した。で、○レジオ学園には通いにくくなったので、転校をした。その際に、私学の学費が高いこともきっかけとなって転校した』と考えると、『かわいそうだなあ』となります。

 お父さんがアメリカ人であるという事は、離婚は起こりやすい条件です。どちらかの国に移動をするということを、どちらかが妥協できなければ、離婚となります。離婚は少年にとってつらいことでしょう。特に一人っ子だったら。そこに、小学校時代の友達と別れると言う事が重なると、とても悲しい条件となります。もし、伊藤リオン君が、繊細でシャイだったら余計に、切ない状況となります。

 そして、転校先の杉並区の中学校ですが、その地域に私立の学園が多い事が問題です。これを言ってしまうと弊害が大きいのですが、中学受験が盛んな地域で、公立中学校へ行くとき、伊藤リオン君以外の子も、一種の『取り残された感覚』を持っているものなのです。もし、受験に失敗したら、それもありだし、中学・受験というサポートを親からしてもらえなかった子達も、それを自己表現はしないけれど、内々に、「僕は大切にされなかった」という感覚を抱いているのです。

 あ、ここで、とても大切なわき道へそれます。言明をしておきたいのは、中学受験をしたから幸せとは限らないということです。人生の最終段階で、それがどう生きて来るかはわからないということです。
~~~~~~
 ここで、昨日、月曜日には公開しなかった個人的な事情を述べましょう。私自身はこどもに中学受験をさせませんでした。それが盛んではない、三浦半島に住んでいたので、ときどき、塾へ生かせましたけれど、公立の中学へ行く方が普通だったのです。

 こどもの友達のほとんどが、公立中学へ行く地域だったから、そこで、浮き上がらないためには、受験をしない方がよかったのです。ただ、すこし、KY風でありすぎたかなとは、反省しています。男の子にはピアノを習わせないとか、日曜日には遠出をしないで、「三角・ベースをやっているから、あれでいいね」とか思って放っておきました。でも、そのころの、公立中学校と、県立高校って、ある意味で、荒れていたのです。教室で、みんなが前を向いて授業を受けると言う事が、本当にしっかりとできていたかというと、ちょっと、疑問があります。

 それは、他人に責任転嫁をするわけではないのですが、都心に住んでいるお友達が、悠々と、有名大学へ子供を進学させたのを見ると、「まずかったかなあ」とも思いました。が、とても、大切なことは、親である私自身の世代とは違った方式で子供を育てたいと思っていたことです。私は地域社会の影響で、最先端の中学・受験世代なのです。
そして、成功して、らくらくと、いい学校へ入学できたのですが、極最近まで、『他人に比べて、弱いかなあ?』と感じていました。
 
 中学受験という形での、小学校時代の親のサポートですが、これも、子供にとってはマイナスとなる場合もあります。子供が弱くなってしまうのです。私は別に親からどうの恋宇野とお知りをひっぱたかれたわけではないのですが、お友達の影響で、中学受験をして、行ったのです。

 でも、今の若者って、ほとんどが、往時の私と似たような環境で育ち、本当に、どの子もいい子で、だから、おとなしすぎるのです。

 だから、中学受験が100%、いい訳ではありません。

 しかし、こと、リオン君一人に限って言えば、12歳だったころに、もしミッション系小学校から、そこの中学校へ進学しないで、杉並の公立に入学したのだったら、彼にとっては、それは、野獣の群れに放たれた、羊一匹となった感じがした可能性はあります。言葉遣い一つをとっても、私立小学校は丁寧な言葉を使うでしょうし、公立小学校ではそれは、「カッコウつけて」とからかわれる可能性はあります。そして、リオン君は他の面でも、孤独です。一種の転校生ですから、小さいころからの同級生とか、仲間がいません。孤立化している事が原因で、いじめられた可能性はあります。

 いじめられたからこそ、そこからの逃避として、番長的少年にこびたり、下手に出た可能性はあります。悪になったとか、不良になったとか、暴走族へ入ったとか言われるのは、そこからの始まりではないかしら。

 それと、サッカーも少年期には、一種のお稽古事ではあります。才能がある子で、高件代表になるぐらいの高校へ入学できるころになると、違うかもしれませんが、中学ごろまでは、練習参加費用や、用具代等にお金が掛かります。「それが必要になったから、学費の方を削りましょうね。もう、私立には通えないよ」とお母さんや、祖父母から言われていたら、リオン君には、中学校へ行っていじめられているといって、母親のふところに逃げ込む事ができません。

 <<<そして、どこからと、はっきり決まった時期や形ではなく、いつの間にか、不登校になって、高校も受験せず、ずるずると、それしかない形で暴走族に参加をする。それを回りはとめられない。引き止められない。そして、どんどん、どんどん、闇の世界へ入っていく>>>。うーん、以上は総て、例の見てきたような嘘をいいですが、わかりますね。登場人物の総ての思いが。というのも性善説に基づいている私には、伊藤リオンという青年が、根元からの悪人ではないと思われるからです。だからこそ、こんな小さなきっかけでも、彼が曲がってしまったのが想像をできてかわいそうです。

 だから、彼を悪人と、規定して、マスコミが総力を挙げて、悪人とさらに仕立てていくのが、起これば悲しいし、つらいからです。彼を、一般人へと戻していくのはできないことなのでしょう。が、ともかく、弁護士がついたと聞くのはよかったです。これは、単に喧嘩なのですから、示談に持ち込むのがいいでしょう。そういう過程では、二人をそっと見守っていればよいのです。

 小さいこと、とくに最後の『公立中学校へ、私立小学校からの転校がまずかったのではないか』と、言う文章は、仮定に基づいた説ですから、説得性も小さいでしょう。

 デモ、一応、述べたいという、ダイナモが働きましたので、書いてみました。

 最後に、申し上げます。

 不思議なことですが、海老蔵君もあのきれいな着物姿であり、美しい顔をしていても、ベテランの人間から見れば、『ああ、彼は本当に大切なところでは、自己主張ができていた無い子供なのだ。こんなに幸せに見えても、どこかに、負担があって、逃避が必要だったのだ』と思わされますが、こちらのリオン君も同じように、成長過程が、恵まれていなかったことを感じさせるのです。

 どうしたら、幸せに普通の大人になれるのかはなかなか、わからないところがありますが、ともかく、特別に変わった道を通ると、難しい事が起こりやすいのは確かですから、他人を羨む事はないわけで、・・・・・
 
   2010年12月13日  雨宮舜
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伊藤リオン、ハーフ、差別、から、K-pop(NHK) へ。

2010-12-11 10:44:02 | Weblog
 海老蔵殴打事件には、影に忌まわしい写真があるといわれています。それで、健全なるインテリがご訪問を下さっているであろうこのブログの世界には、似つかわしくない案件ともなるとは思いますが、その件についてはあとで、間に簡単にはさませていただく事にして、あくまでも少年期から、青年期への成長の問題として、捉えたいのです。

 これは、海老蔵君から起こした事件の模様ですが、彼が、少年でしかないと規定をすれば、少年特有の喧嘩ともいえる事件です。で、皆様にもお読みいただきたいテーマとして、これを取り上げ続けます。というのは、『実年齢に比して、実際には、未だ子供だよ』といわれるタイプの人間は日本にはとても多いからです。特に男性の方に多いかな。だから、この問題は誰にでも当てはまる問題だからです。

 有名人が起こした事件という形の中から、本質だけを取り出させていただきましょう。

 特に、8日に警察に出頭した加害者といわれる青年、『伊藤リオン君も、顔がそのときには、お岩さん状態ではなかった』となると、私みたいに、自分から転んだだけでも、三週間はぷくぷくにはれたし、青あざもくっきりだった人間から見ると、『あら、あら、これは、本当に、少年同士の喧嘩ですね。じゃあ、海老蔵君の奥様が、110番へ、通報ををしなかった方がよかった。と言う側面もありですね』となっていきます。

 忌まわしい写真を撮られたのは、これだけの騒動になるのを、暴走族がわが予防して、チクらせない(警察へ通報をさせない)が為だと推定もされてきますから。

 ただし、奥様が、110番通報をしたときに、その写真の事は、海老蔵君が、彼女には、何も告げていなかったとは、感じます。だから、血の量から見て、『これは、大事件だ』と彼女が感じてしまったのは、むべなるかなです。

 グー・ニュース経由、産経新聞元ダネに寄れば、双方が、加害・被害の相互・関係で、泥仕合になっているとあります。『金持ち喧嘩せず』のことわざで照らし合わせれば、あくまでも有名人の海老蔵君の方が、上(すなわち、金持ち)なのですから、彼側が我慢をするべきだったとなります。そのニュースに入っていかれるように最後の行にHTML方式のタイトルを入れておきます。

 だけど、もし、警察沙汰にならなかったら、彼は、このいきさつを総て隠して、一月公演に臨む事となりました。顔は例のごとくきれいですから、やりぬけます。そして、ひそかに、自重するようになり、飲酒を控えるというパターンになったとも考えられます。

 しかし、『天は無駄なことを、なさらない』という私の信じる箴言からすれば、こういう風に事件が公開されたのは、双方にとって、後々のためには、よかったという事となるのでしょう。
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 先ず、海老蔵君に関してです。「海外へ、一人で、行きなさい」と何度も言っていますが、よくよく考えてみると、今までの甘い生活の積み重ねによって、相当、甘やかされているとすれば、海外、一人暮らしをする実力は、無いかもしれないのです。お金が無いので、自炊をした方がよいのですが、できないでしょうし、アパートを捜したり、バイト先を探したりする能力も無いかもしれません。奥様がついて行って、セレブとしての海外逃避行をするなど、何の役にも立たないので、

 芸能界で言えば、綾戸チエ、宮本亜門、池畑慎之介、稲盛いずみ、等の『海外での勉強が、あなたの一生にとって大いに栄養となっていますね』というところまでの、到達ができなくて、そちらでまた、挫折を味わうかもしれません。
 そうすると、虻蜂取らずになりますね。だから、私も強くは勧められません。こういう事は、本人が必要性を感じてこそ、達成できる冒険ですから。
 となると、その写真をどう始末するかの騒動(相手方との、警察を間にはさんだ、裁判や示談という交渉、および、報道陣との、『どこまで報道をさせるか、させないかの攻防』)を、経験する事によって、それが、海老蔵君の修練に役立ち、彼が、ここで、本当の大人になっていくという流れを引き寄せるのかもしれません。

 心理学的に言う、本当の大人への脱皮は、これだけでは不可能だと感じます。それに、そこを鍛えるためには、いじめられたり損害を与えられる事はマイナスでこそあれ、プラスにはならなりません。ちやほやされるという意味ではなくて、優れた人々と交わる事が必要なのです。それから、優しくて自然なマナーを示す人々の中で、もう一回、少年期を生き直す必要があるのです。忌まわしい写真の公開から身を守る過程で、それが可能かどうかはわかりません。

 でもね。忌まわしい写真の流出を、恐れる事はないのです。世間の人は、バランス感覚があるので、『気の毒だ』とか、『かわいそうだ』という反応を引き寄せるからです。

 今まで「プリンスだ」とか、「国宝級の才能だ」と崇敬されきってきたイメージは破壊をされますが、映画の世界へシフトしてもよいではないですか。もともとの顔がよい上に、演技の才能もあるみたいです。試練を経て、人間性への深い理解へ到達して、名・映画俳優へと変化できるかも知れません。そして、将来望まれてハリウッドへ進出するという形もあるかもしれませんし、そうなるのも、悪いことではないです。

 あの顔なら、うまくすれば、ショーン・コネリーとか、オマー・シャリフ級の美形だとみなされ、世界中のファンをとりこにするかもしれません。まだ、33歳ですから、ありとあらゆる可能性は残っています。
 『がんばれ、少年よ。今までは、混沌の中に在った少年よ。これをきっかけに、使命へ目醒めた青年へと羽ばたいて行け』と、申し上げておきたいです。だけど、修行の過程では、相当なものをそぎ落としていかないと駄目です。お金で買える快楽は、ここで、相当量抑える必要があります。もし、クスリなどを試しているのだったら、もってのほかだし、飲酒についても、この事件以前と、同じ姿勢の、同じ種類の行動が、あっちこっちで、見聞されたとしたら、誰からも救いとか、好意の手が差し伸べられなくなるでしょう。

 それらの、日本国内におけるマスコミやら、警察を巻き込んだ修行の道程で、奥様の存在が、どういう意味を持って行くのか、または来るのかは、今の私には、いちごうも、推察できません。
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 さて、『人間は平等だ』と信じる私にとって、加害者といわれる伊藤リオン君ももちろん考察の糧となります。特にその成長過程を推察する事が、大きな課題となって行きます。結論を言えば、この事件が発覚して、彼がマスコミに顔をさらさなければならなくなったのも、結果として彼の人生にとっては、よかったのではないですか?
 
 彼に関しての情報は少ないです。ただ『サッカー少年が、高校時代に挫折をした』という事が、不良少年と化していった、最も大きな動機だといわれています。サッカーって、フィギュアー・スケートとか、野球と同じくスター選手になると、その人気ゆえに、選手の顔が、テレビの世界で報道をされる競技です。陸上他のもっと、(金儲けという意味では)マイナーな世界の選手ですと、違います。サッカーを目指した動機のひとつに、それらのスター扱いへの渇望があったとすれば、おかしな意味でですが、今回全国区になって、その顔がさらされたのは、一瞬でもあれ、満足感を得られたでしょう。

 彼にとっては、この出頭は、その程度の意味しか持たないと感じられます。それほど、悪い事をしたとも思っていないはずですし、・・・・・

 ただ、どうして、この12年間、不良青年へのコースへ入ったのかとか、これから、どうするつもりなのかということには興味があります。サッカーは、中学生までは順調に推移していたのに、高校時代から、プロにはなれないという、自覚へ達して、絶望をして、不良化したとなるわけですが、その際に、実家、は、お金持ちだったと推定されます。
 論語では『家、貧(しゅー)シテ孝子出ズ』といわれています。家が貧しいと、不良には、なりません。その実家への、世間からのまなざしは緩やかな差別を浴びる事と同じですから、それを挽回しようと子供は自覚を深くするのです。そして、明治時代以降の日本では、高学歴を得る事が出世へ繋がるというわかり易さもありましたから、そこへ大勢の少年たちは殺到をしたのでした。

 現代の事情ですが、小さいころから、何らかのお稽古事に励む場合、お母さんには、時間とお金がないとできません。羽生義治氏(君)だって、お母さんが週末ごとに電車に乗って、あらゆる小学生向きの大会へ連れて行ったといわれています。辻井伸行君だって同じことです。中学のお受験も同じです。親が送り迎え(自動車で)とか、お弁当の差し入れとか、ありとあらゆる手立てで支援してこそ、東大へ入る事が、やっと可能かなと言われる時代になってきました。

 中国の一人っ子政策とは異なるけれど、現代日本では、金銭的にいって、似てきていて、超過密な子育てに入ってもいます。で、親に負担が掛かることも多いのです。

 一方で、40代のお給料が引き下げられているので、小学生以下のお子さんを抱えて、お母さんが、仕事を再開したいとして、四苦八苦している状況も生まれているそうですが、この伊藤リオン君が少年時代である1990年代には、それほどの経済的な苦境は、日本社会には無かったと、感じられます。

 実家が杉並にあるそうですが、祖父母が、お店または、会社を経営していたら、お母さんは、そこで、同業者一族として働区事ができます。お母さんがそういう形で働いていると仮定をすると、お金持ちです。お父さんに関する情報が出ていないので、母一人・子一人である可能性もありますが、いずれにしろ、『お金は、十分にあるおうちに育った』と感じられます。

 ただね。高校中退かもしれないから、一般的な意味で言って、つぶしが利きません。いまさら、サラリーマン社会へ入っていくわけにも行きません。ただ、ここで、何かを彼も考え、それによって、人生をリセットして、杉並に帰り、小さな会社に勤めるとか、誰かの援助を仰いで、何かの『れすとらん』を始めるのもありだと感じます。お母さんの家はあるのでしょう。そこの土地または、家を拠点に、イタリアンのお店を開き、おいしいものを出して評判となるとか。手っ取り早くは、出入りした回数が多くて、場所に慣れているであろうバーとか、居酒屋でもいいかなあ。ともかく、何らかのガッツをここで示して、普通の生活へ入り、結婚をして、子供が生まれるという人生へ入っていかれることを、私は老婆心ながら、望みます。

 ハーフとしてでも、白人とのハーフより、アフリカンとのハーフの方が日本では不利だと感じます。で、彼はスポーツの世界(それは、能力主義で、人種差別とか、肌の色に拠る差別は無い)に大いなる夢を持っていたのです。が、それが、高校時代に、ついえた時にお父さんがいなかった事が、うまい人生教育へと、繋がらなかった原因だと思われます。

 お父さんが、普通の生活をしている少年たちは、こういう際は有利です。たとえば、石川遼君とか、錦織選手とかは、お父さんはサラリーマンですよね。彼らは、同じく小学時代に、学び始めて、すでに頭角を現したわけですが、ご両親にとっても、お子さん方にとっても、『駄目だったら他の、普通の道がある』というコンセプトはあったと思います。でも、伊藤リオン君のお父さんが、アメリカにいて、もし音信普通だったとすれば、彼には安全な生き方の見本が無いわけです。

 一時の慰みとして、サッカー挫折の時期にはじめたオートバイから、どんどん交友が広がり、今に繋がっている。そこなら、安心できる居場所がある。・・・・・というわけでしょうが、新聞に報道されている自分の記事を読み、杉並の実家のご近所様が「礼儀正しい、いい子だった」と言ってくれているのを知り、何らかの回心(転換点)が、その人生に、訪れてくるのを期待します。

 ここで、一種の武勲を挙げて、さらにやくざの世界へどっぷりとつかって行き、「用心棒として、優秀だ」と認められるようになるのかなあ。そうだとしたら、私なんかは、「それから、先は、知ったこっちゃあ、無いね」と、言う事になりますが。

 この一回分の文章としての、結論を言えば、『差別はやはりいけないね』という命題が導き出されるのです。が、それに関して、なかなか、いい番組を見ましたので、ここからは、それについてお話をさせてくださいませ。
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 11日にNHK衛星第二放送で、放映されたK-pop の番組です。最初は別のチャンネルを見ていて、後半しか見ていないのですが、明るい希望へ向かう番組でした。

 『戦前、戦中、戦後、日本と韓国の間には、音楽についても弾圧があって、相当にギクシャクしているわけですが、最近では映画や、ドラマや、音楽の世界で韓(はん)流文化の力が、日本・社会を席巻しているわけです。それが、日韓双方に、『相当によい関係をもたらしている』という結論です。で、差別感など吹っ飛んでしまったという話です。

 確かに最近では、日韓の間に、差別は全く無くなったと見えます。ただし、戦後すぐに、日本に来たパティ・キム(後注1)さんと言う歌手は、言うにいえないレベルで、差別があったと仰っています。

 その「差別とそれから来るいじめ」のことですが、いまだ、なお、イジメの問題が深く、日本から消えません。今日宝塚音楽学校という閉鎖された小さな社会で、いろいろあったという記事をウエブニュースで見ました。あらゆるところに蔓延し始めています。これは、肌の色とか、国籍とかいう原因だけが、問題なのではなくて、日本人、自身が、本当の主体性を確保できていないからでしょう。そして、誇りも無いですね。誇りがあり、自尊心があり、満足をしていたら、他人をいじめたりしません。優しくなるはずなのです。

 海老蔵君の威張りたい放題の威張りようも、彼に真の自信やら、満足が無いから、ああなっています。でね。社会全体をどうにか、する必要があるとは思いますが・・・・・それから先は口にチャックとさせてくださいませ。事が大きくなりすぎますから。

後注1、72歳だそうですが、現役です。すばらしい脚線美で、マレーネ・ディートリッヒもかくやと思わせるレディでした。 では、2010年12月12日         雨宮 舜

海老蔵さん殴打事件 暴行どちらが先…“泥仕合”の始まり(産経新聞) - goo ニュース
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銀座レーシック手術の問題点 +海老蔵会見

2010-12-10 09:34:06 | Weblog
 私は前報(スクロールしていただけると下にある、または左のカレンダーで、8日をクリックしてたいただけると読める)『人は誰でも死ぬ。どう死ぬかが問題だ』を読んでいただきたいのです。だから、更新をしたくないほどです。ところが、その文章の中で、一箇所とか、二箇所問題がありました。今は直しましたが、6時間から、8時間それを、ご覧になった方もあると感じます。それで、急遽次の文章を書いて、訂正しておこうと思いました。

 第一に訂正しなければならないのは、海老蔵君が入院している病院が、慶応病院であると、8時間ぐらい書いておいた事です。テレビ映像を見ると一瞬そう見えました。が、AOLの報道によると、港区内にある病院だそうです。すると、慈恵医大だったりして。ふ、ふ、ふ。『値段による、差別があったよ。私は、三万円だったから、うっ血の内側からの吸引など、してもらえなかったので、顔がお岩さんみたいになったのに』、と書いた同じ病院が、最高級の手術を海老蔵君に対してはしたとなります。それは面白い現象でした。

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 次に、これも、8時間程度さらした言葉ですが、街医者という用語を使いました。話し言葉としては絶対に使った事は無い言葉です。それでも、いったん、このブログ内で使ったのは、ひとえに、字数制限の事を考えたからです。三文字で、大病院との差を示す言葉として適宜だと考えました。しかし、私は昔から、大病院より、地域社会で評判のよい、個人クリニックの先生の方が、はるかに技術が上のような気がしています。たまたま、京橋での顔の怪我に関しては、お上手な手術であって、今では、細い目の十文字の線がそこに残っていますが、自分自身は劣等感など、すっかり消え去っていて、安心して暮らす事ができますので、新進の頭のよさそうな、あの先生がお上手だったのを感謝していますが、大病院には時々、大変なミスが生まれるのです。それは、皆様も新聞記事を読んでご理解をしておられる事だと感じます。

 そんなミスが生まれると、個人病院は立ち行かないので、技術的にもインフォームドコンセントという意味でも、立派なお医者さんがおられます。で、人生の要点の一つとして、よい個人クリニックを見つけて置く事も大切です。そのよいクリニックですが、地域社会と結びついていた方が、さらに安心です。

 今回銀座で、目の手術で、失明しかけた人がたくさん出たという事で、お医者さんが逮捕されました。この件ですが、銀座というのは、地域社会ではありません。ほとんど、住人がいません。で、クリニックはありますが、働いている人が通う事となるでしょう。でも、レーシック手術は繰り返して受ける手術ではありません。で、一見のお客として、患者は通います。そこに関してお医者さんも、自らの姿勢を、正す必要を感じなかったのでしょう。内科の先生など、患者が何回も通う対象です。ですから、あれほどの、ずさんさは、評判の悪さへ繋がるから、消毒など、きちんとなさるはずだからです。

 ただし、この件は患者も悪いです。今、苦しんでいらっしゃる患者さんたちに追い討ちを掛けるようになってはいけないとは思いますが、それでも、「あなたたちって、考えなしだったわね」とは言いたいです。

 一つ目の問題点は、銀座というブランド名に、踊らされたという事です。それから、レーシック手術そのものに、踊らされたという事です。その背後には落ち着いた生活とか、年長者の知恵の反映が見えません。残念な事です。
 
 そこに、患者として通い、もし、失明をした人がいるのなら、その人は、きっと、一人暮らしの若者でしょう。というのも、手術で近眼が治るなんて、ちょっとした、年長の人で、自然の摂理を知っている人間だと、傲慢な発想だとして、「それは、ちょっと変な手術だから、止めなさい」というはずです。ただ、内の母なんか、股関節の手術と、白内障の手術を、老人ホームに入ってから受けたみたいで、その気力と、体力には驚きますが、私は手術なんかできるだけしたくない方です。
 
 股関節なんか、10年以上前からおかしくて、右足を全部、直角に近いほど真横に曲げて、はめ直したりしたのですが、今では、その直角に曲げる事ができなくなったので、だましだまし、生きています。まあ、その直角にはめ直す作業だって、外ではできないので、大変でしたけれど。股関節に関しては、名医が、丹沢のふもとの病院にいらっしゃると聴いていますが、『手術なんてとんでもない』と思っています。

 白内障の方は、母以外の知人でも、いろいろな人が経験している手術です。でも、詳しく聞くと、水晶体の代わりに、プラスチックを入れるらしいです。異物を体内に入れるという事です。これが目という繊細な部所だけに、心配ですね。

 『薔薇の名前』という映画があって、そこに登場する、高齢な神父たちが、白濁した目(たぶんコンタクトを使っている)で演技をしていました。『あのくらいになったら、プラスチックの水晶体を入れるのも、仕方がないかもしれないけれど、今は、まだ、見えるからいいわ』という感じです。その水晶体を入れると、近視も治るそうですが、でも、やらないつもりです。なんていうのかな、人工のものですから、ピントは短いか遠いか、ある一定の距離にしか対応しないそうですし。

 また『身体髪膚これ親に受く』ですから、そのままだけでも感謝すべきだし、白内障という老いも、従容として受け入れるという気持ちも大切だと思っています。とはいっても、歯に関しては、相当人工物を使っていますから、ただ、自分が、無知なだけかもしれません。

 でも、レーシック手術で、不潔だったから失明したとなれば、それは、慎重であれば防げた災いですから、『賢さとはナンだ』と、言いたいところです。

 私なんか、視力がすでに、0.01なんていう段階ですが、それでも、一日に10時間以上パソコンに接しているので、そりゃあ、馬鹿の典型ですから、他人様の事は、あれこれは、いえませんが、・・・・・
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 ところで、上のところまで水曜日に書いて、そのまま、放って置いて、木曜日に銀座へ出かけました。すると、よく通る道に、この眼科があったのです。京橋口(他の駅で言うと北口)の有楽町駅から、銀座へ向かうと、交差点の対岸の二階の窓に、驚くほどの、大宣伝をしているのです。それなのに、今まで、視野には入りませんでした。不思議な事です。ただし、その医院を見ると、『確かにお金儲け主義であろうなあ』という感じがしました。

 ただ、もし、間違えたらいけないので、その医院のエントランス側に存在する画廊で、「目の前の医院が、例のうわさの医院ですか?」と質問をするかどうかを、よっぽど迷いましたよ。で、『下品な質問だから止めよう』と思って画廊内に入ると、パリ在住の日本人版画家が個展をしていたので、パリの版画工房、コントル・ポアン、シテ・デザール、アトリエ・ボーなど、よく日本人が利用するところについて、話がはずんで、その下品な金儲け主義医院についての会話をする事は、ありませんでした。

 それに画廊とは、窓がないものですから、逮捕劇などは見ていないと感じますし。そうです。世間の喧騒とは無縁の場所です。

 でね。私はこのブログの世界で、相当えぐいことや汚い事を書いているわけですが、すごく清冽な精神も保持しえているのは、やはりベースに現代アートがあるからだと感じています。自画自賛ですが、今、絵を描かないでいても、版画を制作しないでいても、主軸はそこに在る自分を、『人間としてしっかりしているはずだ。バランスは取れているよ』と信じています。

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 ここで、話題を変えて、海老蔵君の会見の中身について、書きましょう。あれは、火曜日には見ておらず、次の日の朝のモーニングショーで見たわけですが、私が以前言った事を訂正する必要があるのは、一点しかありませんでした。

 それは、奥様の実家が大金持ちで、成田屋の借金を助けたという点だけでした。

 奥様の実家とは、お姑さんに言わせると「もっといいおうちから(お嫁さんを)貰いたかったけれど・・・・」だそうです。その発言は、内々の親しい間柄で交わされたものだと感じますが、外へ出たのは、大問題ですね。

 が、お父さんの職業は銀行員だそうです。特に信託銀行の在籍で、金融の事がわかっているので、助言ができたのかもしれません。で、昔から抱えていた借金は、すでに清算をされているそうです。

 週刊誌によると(といっても、私はまだ、読んでいませんが)、嫁姑の確執があるそうです。これは、お姑さんの方が、実年齢的にも心理学的年齢からいっても、若いような気がします。そして、もし、お姑さんが、梨園のファン層を味方につけて、お嫁さんを批判するのなら、それは、キャリアーウーマンであった雅子様を、批判したと報道されている20年前の皇室と同じです。

 まあ、嫁姑、二人ともお嬢様育ちでしょうから、大変ですね。一人の美形の青年を、取り合ったり、張り合ったりして、・・・・・

 これは、深い問題を含んでいます。海老蔵君が、いまだ、少年であって、結婚にふさわしくない人格の段階であるのに、彼の人生を助け、まとめ、教育するために周りが用意した結婚のようだと感じますから、実存的に言って、奥様は、幸せではないのです。

 これは、深いところに在る問題だから、彼女自身が自覚をしていないかもしれません。でも、自己責任ではあります。『海老蔵君との結婚が、人生の勝利だ』と彼女が感じて選び取った結果でしょうから。

 でもね、経験をつんだ目から見ると、この結婚は『彼女にとっては、実存的には満たされない結婚でもあり、しかも彼女自身に、結婚前の挫折が少ないと見えるので、非常に危ない結婚だなあ』となります。結婚とは『割れ鍋にとじぶた』という側面があって、結婚する同士とも、ある程度の諦めを人生に感じているときに、やっとできるもので、それでこそ、持つのです。

 男性の場合は、実存的な挫折を経験した後に、結婚するかどうかは、わからないところもあります。が、過去の失恋の経験などはあった方がよいでしょう。その方が妻を大切にすると思います。

 余談ですが、内のだんなはそれこそ、少年みたいな人で、過去に失恋の経験など無かった人です。だから、私は彼から、唯一無二の存在として、大切にされる事はありません。

 だけど、彼は、家庭とは、何かがわかっているところはあって、家庭が大切だと考えている人です。お姑さんは、後年は、「四人の息子の家の中で、あそこが一番落ち着く」と、言ってくれたみたいです。そして、長居をしました。が、最初はお見合いを考えていた私以外の娘さんもあって、大切にはされませんでした。

 だから、私は、自分のケースでは『絶対に、お嫁さんをいじめたりはしないようにしよう』と考えています。が、どんなに、優しくしても、『ちょっと怖がられているんではないかなあ』とは感じます。それは、動物的な部分ではなくて、社会的な経験の差でしょう。

 ともかく、だんなとしてはあんな事件を起こしたら失格です。それを機縁として、この結婚は解消した方がよかったのに』と感じました。のに、突然に良妻スタイルへと、ご自分を変えられたので、『本当の意味での、信念がある人とも、インテリだともいえないのかなあ』とも思います。ともかく、若い時期には、誰だって未熟です。だけど、婚家先に味方がいないと見えますので、心配をしてあげているのです。

 ただし、こういう言い方をしても、海老蔵君にたいして敵対したり、いじめようとしているわけでもありません。彼は、本質的にはまだ少年であって、妻を娶る資格も、意思もない段階だと見えますし。婚家先の義父母が冷静ではなくて、お嫁さんを批判をしているのなら、真央さんには、救いは無いです。ただね。これから先は仮定の問題ですが、もし、彼女の人格の中に(本質的に)計算高いところがあって、それが周辺から嫌われているのなら、問題はまた、変わってきます。

 本当に難しい問題です。
 で、あの会見では、問題はちっとも片付いていないのです。それは、対暴走族よりも、海老蔵君自身の成長のことです。彼は、悪がきとして、相当長い時間を生き直し、それによって、心理学的な真の自立に達し、結婚が可能なほどの、成熟をしないと駄目な若者なのです。彼にとって、必要なのは、暴走族に自己主張をすることではなくて、親や、松竹、はたまた、奥さんに直接面と向かって、「これは、嫌だ」とか、「これは、できない」と主張をすることなのです。利害関係がある、日常的に接する人間に対して、きちんと自己主張をできる大人には、まだなっていないのです。裏では「真央にはもう飽きた」といっていても奥さんの前ではいい顔をしてしまう少年でしょう。そして、擬似的に悪い子となるために、がール・ハントを繰り返し大酒を飲む。

 33歳にもなって、お母さんがでしゃばっているのは、変ではありますが、その再成長の過程を一緒にやれるのは妻ではなく、親なのです。母親は、姑としては、でしゃばる未熟なお母さんで駄目な人ですが、もし、海老蔵君が『まだ、こどもだ』と本能的に推察しておられるのなら、ここは、出しゃばりたくも、なるところでしょう。

 お嫁さんはそこで、張り合っては駄目です。これは、非常に実存的な問題だから、あるかっこうのよい男の『女同士での、とり合い』という側面はお捨てになること。

 でも、世間体と言うものがあります。33歳にもなっていて、背も高く、肉体的にも偉丈夫になっているのに、母親とべたべたはできないと思われるのであったら、一人で海外修行をなさいませ。特にその際に奥さんの手を借りてはいけません。

 ただね。海外で、修行をするといっても、NYの札幌―ラーメンの店員程度のアルバイトから始めないといけません。それができるかどうか? もしできないのだとしたら、一般的な、『こういう方向で、日本国内で、復権して行こうと言う事となります。
 そういう意味で、彼周辺の誰もが、納得をするおとしどころが、あの会見だったのでしょう。私は当事者ではないので、踏み込んだ忠告などできるはずが無いのです。 

 デモ、自分が忠告をしたポイントは間違っていなかったと感じています。海老蔵君は、結局はいい子なのです。男の子の喧嘩として、負けたわけですが、本質的には、反抗すべき対象に対して、きちんと反抗をできない少年です。立派なことを言っていますが、自分の人生を、非常に早い時期から決められてしまったかわいそうな少年です。

 そして、実は加害者たちだって、成長の過程に問題があるのかもしれません。

 記者会見を冒頭から、全部を見ていないのでわかりませんが、両脇に控えていた年長のサラリーマンが松竹の社員だったら、「これから、先、海老蔵君を座長にすえないように」と要望したいです。一番大切なことは、彼には、お金に絡む大きな責任を負わせてはいけない事です。
 天分はあるので、役柄上では、大きな責任を負わせても、ビジネス上の責任を負わせてはいけないタイプなのです。一応、ここで、それを言っておきます。

 ただ上の意見は私固有のもので、世間一般には、違う意見があるでしょう。このまま、ここで、幕引きが順当ということになるでしょう。夫にも、ここで、挫折が訪れたし、妻も世間の批判を浴びた(あの美しい顔を見ると、「その程度の怪我なら、警察に被害届けを出すべきではなかった」とも言えますので、「これは、大騒ぎをしてしまった妻の方の失敗だ」と言う報道が当たっているともいえますかな?)ので、二人とも傷を負ったので、割れ鍋にとじぶたとなって、二人で出直しますというのもありえる発想で、そこらあたりで一件落着となるのでしょう。で、人の噂も75日だし、ともかく彼は痛い思いをした上に、大いなる恐怖にさらされたのだから、それで、贖罪は済んでいるともなります。

~~~~~~~~~~
 ともかく、私のような年齢の人と、海老蔵君や、その奥さんなどの、三十代の人では勧めることも違います。私のような世代(60歳以上)では、「結婚は、最終的な保障制度ですよ」といって、それを、壊さないようにとすすめたりしています。

 でも、30代では、まず自分を確立する事が大切です。それが未だだったとあらゆる人の前に見えてしまった二人ですから、これから大変ですねと、言うしかないです。

 デモ、二人に限らず、一生未熟である人もあるのです。普通ならそれで、一生を無事に送る事ができたのですが、認知症の発症多発をしると、その前の何十年間の、こころの中の低層に横たわってきた問題に、ふたをしてきた歳月は、結局は、爆発すると言う事がわかるわけです。

 だったら、問題が起きたご家庭では、「思い切って根本的な解決に向かいなさいませ」といいたいのです。

 この件では、池上彰さんとか、ビートたけし氏が「何も、言わない」と発言をされています。それなのに、私があれこれ、何回も述べたのは、これが、心理学的に言って、誰にでも共通する問題だからです。成長していない若者の問題は大きな現象です。それは、私にも当てはまる問題です。だから、ここまで考え続けているわけで、面白がっているわけではありません。

 たまたま、彼が美形であり、スターだったので、いわゆるパンとサーカスの対象となっていますが、ある程度は仕方が無いし・・・・・

 です。が、ここで、週刊誌は、これ以上、あっちこっちを、ほじくるのは、止めてあげて欲しいです。たまたま玉三郎に秋があったからよかったですね。

 ま、私の意見など、どこにも採用されないでしょうが、それでも書いてみました。この件で想起させられた自分の事は、今日は20時間ぐらいあげておりましたが、起承転結を完成させるためには、字数が足りないと、ここで、判断しました。恐れ入ります。

 追伸、ここまで書いたら、相手の暴走族の男の子が逮捕されたというニュースが入りました。私はそれを聞いてもちっとも喜べません。問題はまったく別のところにあると思うからです。相手の男が一方的に悪人にされるのは、少年同士の喧嘩としては解決がまずいと思うし、裏で示談金が動いたとか、言われているのも、うんざりですね。
        2010年12月10日                雨宮 舜
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