銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

村西監督は、原発擁護か・・・・・しかし、私は天の邪鬼を好む△

2011-12-31 06:58:28 | Weblog
副題1、『村西監督は、原発について、あながち悪くないという』
副題2、『村西監督は、反動勢力に、利用されているかどうか?』
副題3、『山本太郎と、高岡蒼甫の扱いの違いに、差を見つけよう』
副題4、『引き続いて、被害が大きい、私だが、今は沈黙している。その理由は?』
副題5、『なぜ、被害を受けるかというと、私の意見が正真正銘の本物だからだが、
      ・・・・・最近、私が、原発事故について触れないのはなぜなのか?』

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副題1、『村西監督は、原発について、あながち悪くないという』

 ポストセブンというサイトがあります。小学館系の週刊誌から選んだ記事をウエブサイトに載せているもの。それの記事のひとつにとして、村西監督の談話、・・・・・特に福島原発について・・・・・が、載っています。

 村西監督の意見を簡単にまとめると、・・・・・

 *1、私はいわき市の出身である。だから
 *2、福島第一原発のあたりのことをよく知っている。
 *3、そこは、農村としても、漁村としてもお金を生まない土地であった。
 *4、で、男性は都会に出稼ぎに出るのが普通であった。
 *5、そこに原発ができて雇用が生まれ、男性は地元で就職するようになり、地域が潤った。
   貧乏から脱出できたということは、その地域の人たちにとっては、重要なことである。
    貧しさから、首をつって死んだ人もいる。
 *6、山本太郎氏が、原発は人が死ぬからいけないというが、遅効性だ。
       一年におもちで死ぬ人が、200人いるし。
 *7、だから、私としては、「一方的に、原発が悪い」とは、言えないのだ。
                ・・・・・と、なります。

 で、これが、紹介をされていた時に、直感として、よい意見だと思いました。
 が、ちょっと弁明をしないといけません。

 というのも、長らく継続をして、このブログを読んでくださった方にしてみたら、『あれ、矛盾をしていませんか?』とお感じになるでしょうから。『あなたは、原発には反対なのでしょう?」っと。

 そうですね。ほぼ、70万字以上、単行本に直すと、7冊以上分も、こちらから、あちらからと、分析し、問いただし、原発がこの日本にあるとどうしていけないかを主張してきたはずです。それと、真っ向から対立する意見ですよね。それをどうして好むかと、問われば・・・・・・その答えは、
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副題2、『村西監督は、反動勢力に、利用されているかどうか』

 ・・・・・・この『原発はあながち、悪いものでもない』という意見が、誰かに教唆されて生まれた意見か、そうでないかを考える・・・・・・と出てきます。今のところだけですが、『村西監督は、利用をされていない』と判断します。これが重要なのは、2011年6月ごろから激しい反動が出てきて、

 *1、国会、特に内閣が総入れ替えとなり、
 *2、情報の開示が突然に止んでしまい、
 *3、文化人たちが、騒ぎ始めて、・・・裏の本当のところはわからないものの、・・・表向きは、総原発反対となった。

 そういう中で、この手の意見を吐くことは、自らの、ビジネスライフにおいても、死命を制することだからです。

 特に第一に、大衆的な、にんきが、必要な立場です。上記のような意見を述べることは、世の人々の反発を招く恐れがあります。が、どうどうと、発表している。それに気圧された・・・・・というわけでもなく、

 判定ポイントが、山本太郎をどう見るかという、点にあり、山本太郎という存在を、肯定していないところに、大いなる信頼を与えたのでした。山本太郎をほめる、または、支援する文化人は、実は、親・原発なのだ・・・・・と、私は見ています。
 それについては、以前から、詳述してきていますが、今、どこにあるかを探している暇がないので、
  これも、簡単に、まとめますと、
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副題3、『山本太郎と、高岡蒼甫の扱いの違いに、差を見つけよう』

 さて、3月11日以来、百家争鳴といっていいほど、意見が出てきたわけですが、その中で、とびぬけて話題になったのが、この山本太郎君と、その後、韓国ドラマが放映されすぎだといって、舌禍を招いた、高岡蒼甫君です。

 両方とも、プロダクションから、放追されたということです。

 だが、起こしたことの軽重を問えば、山本君の原発反対行動の方が、大衆の目に留まる具合も大きく、その後の活動、と展開も派手です。
 一方で、高岡蒼甫君のしでかしたことは、携帯を利用したツィッターで、「フジテレビは韓流ドラマの放映が多すぎる」といったことだとか。より小さいことです。
 が、その後の批判の集中と生活の大変革を見ると、

 高岡蒼甫君の方が、損失が大きいのです。これは、素直に考えるとおかしいことです。が、まかり通っている。どうしてか?。

 それは、山本太郎君の方は、許容された原発反対者として、庶民の不満の、ガス抜きのために利用をされているという向きがあるからです。だから彼の経済活動と役者としての活動は将来ともに保証をされています。

 私はどこかで、彼は北野監督に拾われるはずだと、述べていますが、それを書いた途端に、発表が止んでいますが、終局的には、北野氏の配下に入るタレントとなるでしょう。
 そして、田原総一郎氏とも対談などを行っています。ウエブサイト上では、田原氏に喝を入れられる、山本太郎などという文字が躍っていますが、中身を丁寧に読むと、田原氏が、支援し肯定をしていることがわかります。

 ところで、今日は大みそか。主婦である私は大働きをしないといけないのに、昨夜から、連続26時間、起き続けています。それで、申し訳ありませんが、徹底的に乱暴にまとめると、

 この北野武監督、田原総一郎氏、および小沢一郎氏は、対庶民向け、エージェントとして別格の大きな役割を担っている人材なのです。ここに、死亡したと、発表をされている井上ひさし氏を加えましょう。

 講談社から上下、二巻の『一万歩の男』という小説が、この10月に出ました。死後、これほど、大々的に書籍が出版をされる作家は、いなかったと思います。これこそ、井上氏が、大エージェントとして、表向きは死を装い、地下潜行して、種々様々な、庶民を洗脳するための、アイデアを練っており、それに対する論功行賞として、与えられている名誉だと感じています。
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副題4、『引き続いて、被害が大きい、私だが、今は沈黙している。その理由は?』

 さて、このように、一方(=山本太郎)は持ち上げられ、一方(高岡蒼甫)の方は蹴落とされ、消えようとしているわけですが、その差は、ひとえに、現代の最大の権力者である、国際的軍産共同体のエージェントたちにかわいがられているか、そうでないかの差にすぎないのです。

 で、私自身について言えば、無論のこと、後者です。
 で、2007年から、非常に顕著になった莫大な被害を、こうむり続けている人物の一人です。

 さて、その被害について、私は、この2011年の、10月までは、語り続けてきています。が、突然に、引いて、それを語らなくなりました。11月の初めから。それは、なぜか。

 そのころから、大変に親しい、三人の人が敵方として、また、新たに立ちはだかってきたので、それを、どう対処するかを考えて、じっと、様子を見ながら、待っているところなのです。

 何を待っているかというと、1月21日に開催されるクラス会をです。クラス会が、罠となって大きないじめを受けることは、2009年の一月から明瞭にわかり始めました。すさまじいいじめなのです。それも今のところ、大学と中学がことに、顕著です。高校は、皆さんが、品が良いので、クラス会当日には被害が顕在化しません。が、ほかの日にはいろいろあります。で、1月21日は大学のクラス会です。そこで、どういう罠が待っているかを、じっと、待っているところなのです。

 で、11月中と、12月中に加えられたネット上の被害、および実生活上の被害については一切黙っている私です。じっと耐え忍んで、何が起きるかを待っている私です。

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副題5、『なぜ、被害を受けるかというと、私の意見が正真正銘の本物だからだが、
      ・・・・・最近、私が、原発事故について触れないのはなぜかなのか?』

 これも、虚々実々の目くらまし作戦です。敵もさる者ひっかくものですが、こちらも、対抗上、頭がよくなくては乗り切れません。で、種々様々な路線変更を伴いながら、生きているわけです。

 で、最近、真正面からは、原発事故を取り上げません。

 で、敵様連中がどういう風に考えているかというと、『これは、弾圧策が、成功した。この手で彼女を黙らせてやろうと』いうわけで、ひどい程度で、弾圧策は引き続き行われています。

 が、柔よく剛を制する私のことです。負けっぱなしで終わる人間ではありません。いつかは挽回しようと秘策を練りに練っているわけですが、それでも、今のところ、実際問題としては、負けっぱなしという形をとっているのは、

 一つには、上にあげた、1月21日を待っているということがありますし、

 一つには、『庶民は元気だ』と感じることがあるからです。消費は、引き続き低調でしょう。が、繁華街における人出が多いです。また、中堅インテリも元気です。この場合における中堅インテリとは、まだ、大メディアに拾われてはいないが、活発に意見を述べることのできる人材という意味です。フェイスブックに入ってわかったことは、そういう人材が活発に意見を開示しているということです。で、やや安心をしたのです。孤独を旨として、必死で戦ってきたが、その時節は終わったと感じています。

 私はメルトダウンのことを、次の大爆発と、呼んでいて、『それが来る可能性があるから、皆さん逃げなさい』と必死で、3月から5月にかけて訴え続けてきたわけです。

 でも、何のことはない、すでに、メルトダウンは起きていたのです。だから、福島県一帯の人は、本当は逃げた方がいいのです。だけど、それは、ご自分たちが気が付き始めています。

 最初のころですが、コメントとして、『川崎さんのサイトだけ、信じられる。でも、これを福島の人に送っても、信じないのよ。政府や、東電などの言うことしか信じないの』と読者からご報告をいただいていますが、今では、福島県民そのものが、知事を先頭にして、東電を疑い、政府を疑っているでしょう。

 やっとですが、この核燃料ビジネスの果てしない嘘と洗脳政策に、普通の人、一般の人が、気が付き始めているのです。

 ですから、私は、もう、孤軍奮闘をしなくて良いのです。大勢の人が真実に目覚め始めていますから。皆さんが、自分の身に降りかかる必死のこととして、核物質による被害を、考え始めているからです。それは、目に見えないものである。だから、だれも、その被害を真剣に受け止めていなかったのが、福島県下在住民の最初の反応でした。

 飯館村に、官房副長官が行って、公聴会を開いたときに、フロアーの農民たち、特に牧畜業者、から怒号を浴びました。それを見ていて、『あなた方は税金を使って、今救済されようとしているのですよ。それを怒号を持って、はねつけるとは何事ですか?』と、この頁で、叱りつけていますが、あれも、今は昔のこととなっているでしょう。その人物は、今は、恥を感じているはずです。

 本当は村西監督と、その生き様について、もっと何かを語りたいのですが、例のごとくの寝不足と大みそかであるという特殊な条件が重なっていますので、それを、オミットします。だが、『天邪鬼気質は、非常に高く買います。私も似たような気質を持って、ものを書いていますから』とだけ、ここで、言っておきましょう。
   2011年12月31日   雨宮舜(=本名、川崎 千恵子)
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異母兄弟(1957)反戦、ブルースカイ(1994)反核、の名画

2011-12-27 07:11:58 | Weblog
副題1、『映画・異母兄弟(家城巳代治監督)』

 この映画は、今の方には受けるかどうかがわからないほどの、暗くて重い映画です。が、見事な反戦映画になっています。戦場の場面は一切ありませんが、戦前の軍人がどれほど、威張っていて強圧的だったかがわかる仕組みになっています。映画そのものについての情報が少ないのですが、三国連太郎が14歳年上の、田中絹代と合わせるために、歯を10本抜いたというエピソードは、今でも、wikipedia 内にありました。印象が濃いのは、上記の三国、田中、そして、女中の子として、虐げられ続ける、末っ子を演じた中村嘉つ雄です。

 ところで、この映画自体は傑作ですが、安易な、戦争否定の傾向も困るのです。それはどういうことを指すかというと、今の日本が抱える、『お前は悪い人間だ。従軍慰安婦問題を、思い出せ』という風に、日本人をいじめられる方向へ利用をされるからです。それは、日本人としていじけることであり、その結果は、例の国際的軍産共同体を、大喜びをさせることにつながるからです。
 特に小泉首相の靖国参拝は違憲とする、集団訴訟など、大きな政治的意味を持ち、しかもそれが、日本人が原告となって、提出されていることの忌まわしさは、筆舌に尽くしたいです。

 映画靖国はレンタルDVDが出ていますので、ご覧ください。思いがけない逆効果が出ている映画です。

副題2、『ブルースカイ(アメリカ映画)』

 これは、現在では英語のサイトでの、情報は十分に得られると思いますが、日本語では、ここ三年秘匿されています。
 もしかして、五年程度前から、この映画を、私がほめまくっているからだったりして(笑)だけど、映画『コーヴ』のプログラムも、映画『TOKYO』のプログラムも、我が家からは、盗まれていますので、これは、あながちの勘違いでもないでしょう。

 私は、7冊目の本として、『消された映画』というのを準備していて、後は印刷会社へ向かうばかりになっていますが、
 その内容が、私の初めての政治の本なのです。
 映画とは大衆操作に最も役に立つものです。

 で、私はこの映画については何度も何度も語っていますが、どなたか、新しい読者が算入されているといけないので、また、改めて論じます。

 娯楽映画であり、非常に面白いのですが、一方で、軍隊の内部の恐ろしさ(異分子とか、都合の悪い人間を拷問や、薬で、廃人にしていく)とか、初期・核実験(砂漠で行われ、原住民インディアンに後遺症を残したであろう)の実態などがわかります。

 主演はトミーリージョーンズ+ジェシカラングであり、とてもうまいです。奥さんはデカパイなのですが、バカでかつ、神経症で、かつ旦那の上司と不倫のベッドインをしてしまうという、とんでもない女性として描かれます。が、演じるジェシカラングの方は美大出身の、インテリです。非常に研究した結果の表現だと思うのですが、全く自然に、お馬鹿で転天然で、気のいい女性を演じていて、すごくうまいです。
 で、アカデミー主演女優賞もとりました。

 監督はトニーリチャードソンですが、この『ブルースカイ』があまりにも立派な反戦+反核映画だったので、内々、かつ隠微な形で弾圧を受けていた可能性があります。妻とは離婚ををしたし、映画も、これも他のも、興業的には当たらず儲からないと、されていました。不遇で、人生を終わった人ですが、映画ブルースカイは、まことに傑作です。どうして、秘匿をされているのか、と、問えば?????
 すべて、核に関することは洗脳の対象になっていて、売りつける側が不都合だと考える情報は抑えられるのです。

 ただアメリカ映画らしくおとぎばなしみたいなハッピーエンドで終わります・・・・そこが救いですが。

 トミーリージョーンズは、奥さんには不倫をされ、子供たちは思春期特有の問題を起こします。孤軍奮闘、あっちこっちに気を配らないといけません。中年のお父さんとして、大変にリアリティがあります。脚本がいいのです。女性脚本家は、もしかするとご自分で見聞きした自分の両親について書いたのかしら?・・・・・と、思うほど、脚本はいいです。
 そんなに家庭が大変で、奥さんから目が離せないのに、職場でも大変で・・・・・

 そうなのです。彼を軍隊内の牢屋に入れ、廃人にしていこうとたくらむ上司こそ、奥さんを誘惑した人間で、かつ、インデアンを軽蔑して、その命を無視する人間なのです。が、美しい温和な顔をした俳優を使っていて、そこら辺りはかえって、リアリティが高まっています。
名優、名監督、よい脚本と三拍子そろった娯楽作品です。が、見終わった後で、ものを深く考えさせ、一生忘れられない、好印象を残します。では、

 2011年、12月26日  雨宮舜(川崎千恵子)
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佐野真一は、池田大作を鍵として、雅子様の真実を、究明できるであろうか?△

2011-12-23 12:27:17 | Weblog
副題1、『週刊ポストで、池田大作について、佐野真一が書く』
副題2、『結局、国民への婉曲な洗脳に寄与するのではないかな?』
副題3、『雅子様のご実家は、創価学会を信じている?』
副題4、『池田大作氏は、なぜ、海外の、大物と次から次へと対談ができるのか?』
副題5、『似たような働きをしている、有名人』
副題6、『女性宮家の創設問題と、雅子様の沈黙(=反対)』
副題7、『迷路に入った、皇室が生み出す、ひとつの、しかし大きな閉塞感』
副題8、『平成・天皇陛下が期待以上の名君だったので』
副題9、『国民の総意は、どこに反映をされるのか?』
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副題1、『週刊ポストで、池田大作について、佐野真一が書く』

 最近新聞を読む暇もない私は、

 下の文章がlivedoor のトップ頁で、一行だけ、『池田大作の手は脂べっとりだった』と紹介されていたときには、びっくりして、すぐ全文を開いてみました。というのも、それほどの、表現には、鶴のタブーと言われた閉鎖的、かつ、攻撃的だった時代の創価学会の面影がないからです。『あれ、どうしたのだろう?』と思って丁寧に読むと、それは、何のことはない。創価学会内部の講演の紹介で、話者は、佐野真一氏であり、氏が
  
 新年号の週刊ポストから、池田大作氏について連載をすることの予告的、一種のプロモーション記事でした。このブログの処方では、リンクが利きませんので、以下のURLをコピペしていただけますと、その記事の原文へ入ることができます。

NEWSポストセブン|池田大作氏と握手した作家「がんもどきみたいな感触だった」
www.news-postseven.com
 そちらでの惹句は、無論、『脂ぎった手のひらではなくて、がんもどき見たいな感触』となっていますが、
 livedoorの、ニュースサイトの編集者は、興味本位に、惹句を変更し(もちろん、本文の中から、取ったのでしょうが)たのでしょう。
 だから、私が驚きあわてて、飛びついたわけです。

 私は佐野真一氏の著作については、中内功氏、東電OL、本の衰退、に関するもの(それぞれ、正式なタイトルはここでは挙げていません)は、読みましたが、それ以降はテーマの設定に違和感を感じて、読みません。
 
 というのも、筆誅という言葉がありますが、どうも、一種のそれに近い感覚を受けるのです。その筆先が狙うのは、庶民が筆誅をしてほしいと願っている相手ではなくて、例の国際的軍産共同体が、暗殺してほしい(ただし、抽象的な意味でです)と願っている相手のような気がします。

 もちろんのこと、庶民がその人から損失を与えられていて、それに対する抗議の意味があるのならいいのですが・・・・・うーん、まだよくわからないところがありますが、それでも、『どこか、変だ』と感じています。

 ライターとして、この現代社会をうまく遊泳する手法を、察知されていることは確かですが、それに対して、一種の嫌悪感を持つものなのです。

 もちろんのこと、年を取ってくると省エネを目指すのは当然です。若くて無名のときみたいに、徹底的に足で取材をして歩くという形よりも、出版社が全面的に支援をしてくれて、インタビューのOKまで取ってくれている形式の仕事へ、移行されるのは、人間としてわかりやすい変化です。そして、許容されるべきでしょう。
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副題2、『結局、国民への婉曲な洗脳に寄与するのではないかな?』

 結局のところ、週刊ポストを買って、佐野真一の池田大作氏に関する連載を読んでみても、鶴のタブーには、触れていないと思いますけれど・・・・・

 ここで、私が真に問題にしたいのは佐野真一氏に代表される、売れているライターの生きる姿勢の話なのです。彼らのテーマの持って生き方が、婉曲にも洗脳に役立っていて、最終的には池田大作氏の延命に役立つのではないかと思っています。が、そこをほじくると大騒動になるでしょう。・・・・・でも、日ごろ気にかかっていたことが、ウエブニュースとして、使いやすい形で、出てきたので、それを、問題にしたくて、ココに、このリンクを上げました。

・・・・・ただし、マスコミ有名人ではない私がそれを言っても、世間のひとは、「ふん、いま、目の前を蚊が飛んだ?」といって笑うだけでしょうが。・・・・・自分でも、半分笑っています。が、半分はまじめです。・・・・・原発反対にしろ、なんにしろ、有名人は、片足で、現代日本の特権階級の中に組み込まれています。実生活のうえでは、そうなのです。ので、私たち庶民が彼らを、信じても、信じても、彼らの力では、原発阻止は、できません。限界があります。

 と言うのは有名人サークルのトップを担う人材は、世界の原発ビジネスを牛耳っている大富豪たちへつながっているからです。だから、結局のところ、原発反対はできないでしょう。・・・・・かといって、過激な運動を私が、若い方や皆様へ、勧めるわけでもありません。ただ、直感として感じていることを、私は言うだけなのです。一種の巫女として・・・・・無責任だなんておっしゃらないでくださいませ。人は誰でも、今できることを最善の力を込めてやれば許されると思うのです。

  誰だって生きるためにはお金と、また、それを生み出すための、社会的な立場が必要です。社会的なランクが上だと大量のお金を手に入れることができます。私はすでに、それへの戦いをやめてしまった人間です。69歳だし、或る程度のお金に恵まれているから。だから、非常に特殊な立場ですが、それでも、一種の世捨て人たる、そのとても特殊な立場からこそ、見えるものもあるのです。それが、皆様の共感を得るかどうかは別にして、見えた、それを、常に発信していくのが最近の私の姿勢です。

 あ、自分の考えを発信して行くのも戦いなのですよ。決して安易な道でもないのです。それで、戦いをやめましたと言っても、ふにゃふにゃの、人間ですと言っているわけでもありません。私は私なりのレベルで、上昇していると感じています。自己を自己鍛錬して、強化してもいるのです。
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副題3、『雅子様のご実家が、創価学会の信者だという説があるが?』

私は2010年の3月21日から、27日にかけて、8本の雅子様論をここで、発表しています。あれから、一年たっても、ほとんど、自分の意見を変える必要性を感じません。もし、皆様が特別な興味がおありでしたら、左側のカレンダーをたどって、その日付にアップされているものをお読みいただきたいと存じますが・・・・・

 雅子様の母君の実家が創価学会だという説があります。別に探偵を雇ったわけでもないのですが、状況証拠から考えると、さもありなんと思うことが多いのです。

 まず、象徴的な出来事は、2010年の、歌会始の儀に、雅子様が欠席だったこと。しかも、それに対して、体調に関しては、さしたる説明がなかったこと。つまり、欠席そのものを、問題にせずという、態度をNHKや、朝日新聞などの大マスコミは取ったこと。これは、非常におかしいのです。外で、何か(たとえば愛子様の通学のお付添い)ができる体力が雅子様にはあるのだから、室内で、ただ、たっているだけの、歌会始の儀は、ご出席なさらないといけません。それは、皇太子妃になる前からの、推定される義務のひとつです。

 しかし、体調が悪いという隠れ蓑の中で、確信犯として、歌会始には出ないということが、ご実家と雅子様の間では、取り交わされていて、皇太子さまは、何がなにやらわからないままに事後承諾をさせられていると、したらどうでしょう。

 その欠席の理由が池田大作氏の意向を呈している現象だとしたら、これまた、どうでしょう。

 雅子様のご実家の、母君は、窒素の社長の一族らしいです。窒素は、今は、会社名も変わった(?)し、液晶画面の原料を作っているので、大もうけができているらしいのですが、一時期、水俣病の原因を作ったとして社会から指弾を受けて大変でした。そのころの、精神的な支えを、池田大作氏がやったとしたら、信者になる可能性はあります。
 宗教をビジネスとして捕らえている宗教家は食い込めるところに対する嗅覚は鋭くて、これは、池田大作氏の方から近づいていったと考えられます。
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副題4、『池田大作氏は、なぜ、海外の、大物と次から次へと対談ができるのか?』

 これも、過去にすでに書いているのですが、池田大作氏が、在日出自であるという説があります。ここで、読者の皆様へ向かってお断りをしたいのですが、在日という言葉で悪い方へ差別をしてはいけないのはもちろんのことです。

 が、本当のことを言って、実は、この日本の中で、特権を得て、日本人に対する、洗脳工作を行い、日本を被・植民地国家にとどめておくために、大活躍をしているのが、在日出自のエリートたちなのです。普通の新聞やら、普通の地上波のテレビだけをご覧になっている方は、びっくりされるでしょう。「芸能界やスポーツ界に多いのでしょう? それは、差別があって、普通の一部上場の企業には採用をされないから」というのが一般的な、認識だと思いますが、それを、超えた力が、現在の在日の、特に社会階層的に、エリートになっている人たちには、あるのです。

 どういうことかというと、国際的軍産共同体の、頭脳グループは、相当に日本とか、日本人を恐れています。それで、研究に研究を重ねて、
 戦争責任を、追及するのが、日本人に頭を下げさせる一番よい手だと考えはじめました。

 最近も、従軍慰安婦問題が出てきて、在韓日本大使館の前に、従軍慰安婦にさせられた少女像ができたそうです。
 繰り返し、もちだされるのが、戦争責任の問題で、戦後65年も過ぎているのに、そこをくすぐられるとグーの音も出ないという感覚で押し込まれます。特に気が弱いインテリ青年、が、育ちあがった優等生で、構成されている大マスコミが、そういう責め苦に弱いのです。

 戦争に反対。平和が大切。それから、日教組の、平等教育。
 私、右翼ではないのですよ。言明しますが、芸術を志向する人間なのです。が、丁寧にニュースを分析すると、国際的な包囲網に囲まれている日本という構図が見えてきます。

 韓国を常に上に置くのだという構図。それは、今、国連の事務総長が、韓国出身の紳士ですよね。そこにも象徴的に現れているし、安全保障理事会に、日本はこれほどの、経済大国になっているのに、選任されることもありません。

 ですから、庶民の間・・・・・たとえば映画パッチギの中で描かれたような世界では、昔風の差別や喧嘩があるかもしれないけれど、政治の世界とか、それの実行社会である文化人の世界でも、すべて韓国優勢、または、在日の出自を持つ人を優先させています。

 日本映画監督協会の会長が、崔洋一氏であり、その崔氏が、映画『コーヴ』の上映推進派だったのは、まだ、耳新しいニュースです。崔氏は、カミングアウトをしている人ですが、まだ、やっていないが、強烈に日本人をうらみ、日本人を支配したいと思っている権力志向の人間が、10人程度でも、この日本に居たら、日本は完璧に支配をされてしまいます。
 その10人の中に池田大作氏がいることは、ほとんど、事実であろうと推察します。

 だから、池田氏は、世界の有名人と会うことができるし、文鮮明統一教会会長とも時々、会合を持つのです。統一教会の文鮮明氏が、合同結婚式というのを派手に日本で展開した時期があります。

 あれも、北朝鮮に、帰国した在日の家族の一部子弟の、日本人妻がたいへんな苦労をしているのと発想は似ています。つまり、労働力としてしか見られていないのを、如実に察せられるでしょう。

 非常にシャイで、まじめで晩生な女性が、命じられるままに、韓国の男性と集団見合いをして、嫁ぐという形式。それは、結局のところ労働力として一種の奴隷にさせられたというに等しいのです。

 本当に踏んだり蹴ったりで、馬鹿にされきっていますが、どうして当時の政府要人や大マスコミはもっと、統一教会をたたいて、あれを阻止できなかったのでしょうか? 結局のところ、国民を守りきれて居なかったということです。
 今、横田めぐみさんの両親をはじめとして、北朝鮮の拉致被害者についてはマスコミも報道をして、国民のコンセンサスができています。救おうとみんなが願っています。が、それと、境遇的には似ていて、絶望状態にあるだろう、より多数である、帰国者たちが救われていません。
 日本から帰国した人たちは、絶対に『早く日本へ帰りたい』と思っているはずです。
 そして、同じく奴隷に近い状態で、意見をいうこともできない形で、囚われの身になっている、統一教会の、集団結婚の、日本人女性たちも救われていません。私はそういう大切な問題にふたをするために、北朝鮮拉致被害者問題が大きく取り上げられ、かつ、それが、長期にわたるようにさせられているのではないかという陰謀説さえ採るほどです。

 ここいら辺、旧約聖書のモーゼの、出エジプト記を思い出してしまいます。奴隷の民とさせられた、同胞を、英雄が救出すると言う伝説。あれは、実際に、起きていた、支配、被支配の関係の象徴的な表現だったと思います。政治家足らんと願うもの。そして、責任を持って英雄足らんと願うものは、こういうところにセンスを発揮して、救い出さないといけません。それを誰も手をつけず、ほうっかむりをしています。
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副題5、『似たような働きをしている、有名人』

 私は、佐野真一氏が、その新しく始まる連載中に、上に述べたところまでインタビューで追求しえるかどうかをお手並み拝見として見守っていくつもりではありますが・・・・・『そこまでは行かないでしょうね』とすでに、感じています。

 『プロである。お金を稼ぎたい』ということは連載が中断してはだめなので、取材対象がお冠になるのは避けるべきであり、相手が嫌がることは当然のごとく、聞くことはできないとなるわけでしょう。だから、私はこの連載には期待をしていません。

 それよりも、骨格的な解説で、面白みがなくて恐れ入りますが、大切なことを次から次へとはっきり言いましょう。

 それは、ココで言う、池田大作氏と同じような役目をしている、有名人が、日本には数々いるということです。フリーメイソンに加入をしていて世界でのグローバル的な、安全と名誉が保障をされているから、この日本という国など、どうなってもいいじゃあないかと思っている人間たち。

 その中で、この韓国や在日の人材を日本支配に利用すると言う人物の、筆頭が、稲盛和夫、小沢一郎、米倉経団連会長、故、成田豊氏等の、何らかの形で、韓国にシンパシーを感じている人たちです。よくアメリカを動かすためにロビイストを雇うべきだと言ったりするでしょう。あれと同じ伝で言えば、これらの人たちは、韓国のロビイストだということです。

 いえ、もっとはっきり言えば、日本が真の独立国家になるのを阻止するために働いている尖兵だということになるでしょう。(これを書いたのは23日ですが、そのあとで小沢一郎はまた、分派活動をしましたね。子分たちに、民主党を、離党をさせました。日本の政治が混乱するように、混乱するように動いています)

 国民に対する影響力はより少ないが、同じような作用をしている存在が、田原総一郎氏、奥島孝康氏、故(?)井上ひさし氏、北野武監督、大江健三郎氏などなど、陸続と続くのです。
 これらの有名人は、トップクラスの意向を、実行すると言う側面で各界で、にらみを利かせて、国民の意見が自由に発露できないように仕組む人材です。第二軍と言って良いですね。または、第二線で活動しているといっても良いか。で、こちらの人材は韓国とはそれほど、関係が深くはありません。が、大相撲を壊滅させる作戦を取ったりして、国民への影響が大きいのです。
 そして、私への個人的な弾圧も行います。その実例を二時間ほど、さらしてここで書いていましたが、今、移動をさせました。ここに入れないと決意しなおしました。
 そういうわけで、私の周辺に、戦いがあれば、当然結果として、私が、強くなります。それだけの訓練を受け続けているからです。その裏側があるゆえに、この章でも、雅子様について、あれこれを、書くわけです。どうしてかというと、雅子様の病気も、その通底に、結婚前にご実家で受けた悪い教育の影響を強く感じるからです。そして、それは、教育問題や、哲学の問題、そして、心理学の問題となります。そして、それは、私が常に注目をしている項目だからです。

 悪い教育とは、「天皇なんてたいしたことないんだよ」という言葉でしょう。それを、そのまま、雅子様は、外に見せているから、『もしかしたら、彼女は、おばかさんなのではないかと、みんなが思うわけですね。だんなさん一人だけでも尊敬できない人間が、どうして、天皇陛下、皇后陛下、ましてや、自分より身分が低い国民のことを尊敬できるでしょう。
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副題6、『女性宮家の創設問題と、雅子様の沈黙(=反対)』

 愛子様の成長が非常に心配になって来ました。あの母親がついていてはだめだというのがベテランの心理学者や、教育者の見る当然の帰結です。それで、平成天皇は万一の場合を考えて、選択肢が多くなるように、女性宮家の創設を考え出されました。まだ、天皇の意向であるということについては、公にされていない模様ですが、
 誰にでも、その理由が、推察できる応急の措置です。

 そして、たまたま、誕生日をお迎えになった秋篠宮様は、はっきりと決意を表明になったとも新聞は報道しています。

 ところが、なんとも、進展しません。ごたごた、困難をあげつらっていて、内閣も動かないし、なんとも、へんてこりんな形で、雲散霧消しかねないことになりそうです。

 どうしてか? それは、皇太子家側から、一切のご意見が出ていないからだそうです。

 世間にかまびすしいのが、雅子様は馬鹿か利口かという、疑問です。どっちの答えが正しいのか? みんな迷っているわけですが、こと、女性宮家の創設問題に関しては、雅子様は利口です。

 この件が秋篠宮様一家のご威光を強め、自分たち皇太子一家の権威を、低めることはちゃんとわかっていらっしゃる。だから、婉曲なる拒否として、何も意見を言わない。『なるほど、そういう女だったのですか。あなた様は』と国民側にしてみれば、そう、なりますね。

 今、大マスコミには、国民のまっとうな意見が反映しません。で、雅子様のこの無礼な態度を、誰も批判をしません。ただ、小さな話題として、・・・・・・昔、雅子様が天皇にたてついたことがあって、それを聞いていた場の人間はみんな凍りついたというエピソードがひそやかに公開されただけです。
 週刊誌によると、天皇陛下が雅子様に、「そろそろ、お二人もお子さんを考えたら、どうお?」とおっしゃったら、雅子様が猛然と抗議をして、「そんな(ひどい)ことを言う人間は、私の周辺にはおりません」と言われたのだそうです。まあ、普通の家庭でも、こういわれては、お嫁さんはつらいです。だが、ココでは、黙って舅の言うことを聞いておいて、うちへ帰ってから、夫に愚痴を言うというのが普通でしょうが、なんと、この場合は、お嫁さんが、舅をしかりつけたわけです。しかも、その舅とは、普通の人ではなくて、天皇さまですから、場に居た人間は、みんな凍りついたわけです。

 雅子様が、天皇家の人間を目下に見る姿勢は、結婚パレード直後の初めての、公式記者会見でも見られたもので、国民をがっかりさせたものです。一般的に言えば、自分よりはるかに目上の人を、自分より下に置いて、見下した発言が多いのですが、この際だけは、天皇をしかりつけたも、同然の発言だったから、周りの人々は凍りついたわけです。

 そして、雅子様に対して、『これはとんでもないおばかさんだ。公的な場所で発言をさせてはいけないのだ』という概念が、皇室内に出来上がったと思います。で、『公務、特に海外へ出せない』ということになったと思います。
 私は、KY(空気を読む)という言葉は嫌いです。が、雅子様は、一種の職業婦人なのです。求められている態度というのがあります。だから、それに従わないとだめです。だけど、従うことができません。不思議な人です。ただ、わがままでしつけができていないだけなのか? それとも?

 ここで、この節の最初に戻ります。雅子様が馬鹿かりこうかの設問に対して、・・・・・馬鹿ではない。なぜなら、女性宮家が創設されると、自分たち皇太子一家が、落ち目になると考えて、反対しておられるから。・・・・・ということが、回答となります。

 しかし、だからといって、皇太子様一家が、十分に外交手腕を発揮できるとは誰も思っていないでしょう。場の空気を読めず、余裕を持って発言することもできず、他人を尊重する態度も涵養をされていない雅子様は、ありとあらゆる場で、失敗ばかり繰り返すはずですから。

 これは、平成天皇としては、本当に頭が痛い問題となっておられるでしょう。で、おちおち病にも陥っていられないとおなりになって、誕生日には、元気にお立ち台に、立たれるということとなります。驚いたことにそこに雅子様がおられる。歌会始には出ないとされる雅子様が、そこにおられる。これでは、国民は判断に迷いますね。だけど、たった一回の、ニコニコ振りで、すべてが、解決するわけでもないです。お気の毒だが信用がない。
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副題7、『迷路に入った、皇室が生み出す、ひとつの、しかし大きな閉塞感』

 普通なら、あそこまで、天皇陛下がご心配になっておられるのだから、『それを進めていただきましょう』と夫たる皇太子様が雅子様を説得をして、女性宮家の創設を願うのでしょうが、雅子様は、すぐむきになり意固地にもなるひとだから、「又、天皇様が、私に不利なことをお勧めになる』と実家の父君や、母君に訴えて、すぐそれが、池田大作氏に伝わったとしたら、

 かねて言っているように、もし、『池田大作氏が、在日で、日本を支配して、苦しめ暗鬱な気分にさせておくための目的として、雅子様に、反抗をし続けるように、影で、アドヴァイスをしていた』としたら、どうでしょう?

 そうです。国民が、明るい気分でいると、元気はつらつとしてきて、反抗の気分も高まります。『どうして、私たちの生活は経済的に恵まれず苦しいのだ?』とか『どうして、安全神話などというもので、たぶらかされて、又、今度は、終息宣言というようなものでたぶらかされて、原発の死の灰を浴び続けなくてはいけないのだ』と、言うようなまっとうな疑問を持ち、それを解決しようとして、立ち上がるなどという気力が出てしまうだろうと、彼らはみなしているからです。

 ここで言う彼らとは、大本を言えば白人です。いわゆるロックフェラー四世とか、そのほかの大資本家です。だが、彼らが直接手を出すとたちまちに支配・被支配の構図が、この日本人の目に見えてしまうだろうとも推理されていて、そこで、エージェントとして、日本人が使われます。

 上に名前を挙げた、有名人は本人が頼まれた自覚があろうがあるまいが、実質的にエージェント化した働きを続けている人物たちです。

 で、池田大作という人は、担当部署を、庶民と、今では雅子様の上下両極端を引き受けて、この日本を支配しているわけです。

 しかし、雅子様も、天皇陛下に面と向かって、口で、「私には池田大作が後ろについています。その池田大作の後ろには、ロックフェラー4世がついています」と、宣言するほどの馬鹿ではないと思いますから、雅子様のバックに、池田大作がいるというようなことはいまだに、週刊誌レベルではもれ出ていません。ネット社会では、すでに相当なレベルで、出回っているとは、思いますが。

 で、ここで、さらに明瞭に骨格化して申し上げれば、雅子様というのは皇室を破壊するために送り込まれたインヴェーダーだということになります。ご本人には自覚があるのかないのかは、わかりませんが、
    天皇陛下が特別は存在だとは思っていない。そして、対等だと思っている。それは、一応ですが、奇妙であり、職業婦人としては義務放棄ですから、わざと崩壊をさせる方向で、行動していると、いうことができます。どんなにご本人が否定しても、結果としてそうなるわけですから、・・・・・裏をかんぐらないといけません。
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副題8、『平成・天皇陛下が、期待以上の名君だったので』

 さて、どうして、インヴェーダーたる雅子様が、皇室に送り込まれたかですが、実は意外にも平成天皇が、予想以上の名君だったからです。

 この方は、終戦時、9歳で、それ以降ヴァイニング夫人という方が家庭教師について、国際関係等の帝王教育を受けた方ですが、それは、言ってみれば、国際的軍産共同体へ、順応した反抗しない天皇を生み出すための帝王・教育だったわけです。
 
 しかも、新聞を開けば、昭和天皇の戦争責任を問う声も上がっている。となると、考え込むのは道理です。でも、それが良かったのか、とても完成度の高い人間として、今、皇居内に住んでおられるわけです。

 昭和天皇は、最後にパーキンソン氏病にかかられたこともあって、相当に不明瞭なところもある方です。一種の二重性の感じられる方です。それは、戦時中の決断に関しても言われていますよね。もう少し早い終戦を受け入れていれば広島と長崎のぴかドンはなかったと。

 また、A級戦犯、およびB,C級戦犯の処刑ということがあるわけです。まあ、B、C級戦犯については、現地で処刑された方が多いので、直接的な憎しみを浴び、一種の復讐の的となったわけです。そちらも大変気の毒ですが、敗戦という大事の前では、お互いに殺しあったのだから、その延長で、仕方がないという考えがあって、問題にされることが余りありません。

 ところがA級戦犯の処刑が大問題なのです。このA級戦犯という言葉は常に靖国神社への、合祀問題とセットで語られますが、それはごく一部をさしていて、それもまた、目くらましなのです。ところで再びお断りをしますが、私は右翼ではありません。だから天皇制を、100%擁護するものでもないのです。是々非々に考えています。A級戦犯が、あれほどの、不名誉を得たのに比較をすると、昭和天皇はあまりに、能天気に後半生を送られたように見えます。つまり、そこでも、昭和天皇は誠実ではないと感じられるのです。
 でね、時々ですが、因果応報という言葉が頭をよぎるのです。『昭和天皇があまりにも自分勝手なことをなさり続けたので、天が怒って平成天皇に、大きな重荷を背負わせた。それが、モンスターたる雅子様が、天皇家に入ってきたことだ』とかね。

 しかし、そんな童話みたいなことを言っていても仕方がありません。もっと理性的に考えましょう。幸いなことといっては、申し訳ないが、平成天皇陛下は、抜群のハイレベルな人間として成熟をされ、そばには、これまた賢夫人たる美智子皇后陛下がついておられる。その一組のカップルは、庶民の生活上の、理想像と、なっている。それは、金銭優先の、規範やルールの少ない現在、日本社会にとって、一種のよき重石になっていると考える私ですが、
 それと同じことは、当然のごとく、この現代世界を支配している国際的軍産共同体も把握しているわけです。そして、平成天皇に対して、脅威を感じているでしょう。この人を中心に、この国の国民庶民がまとまったら大変だと思っているはずです。

 これは、逆説的ですが、身分があった方が社会はある程度安定します。で、士農工商という四区分がなくなった終戦時、進駐軍幹部は、二つに分裂していたと感じます。中堅陣営と、秘匿されている主部分に分かれていて、中堅陣営は理想郷としての民主主義社会を作りたいと願ったことでしょう。しかし、それなら天皇制も破棄すればよかったのです。華族制度もなくなり、全部同じ高さになったのですから、天皇制もなくなればよかったのです。そうしたら雅子様の悲劇(?)はない。しかし、進駐軍のトップレベルは、この国に真の平等と民主主義を与えたら、この国から新しい英雄が出てきて、それこそ、モーゼのようにエクソダス(脱出)を、図ってしまうのではないかと恐れて、天皇制度を残したのだと思います。
つまり、革命の出現を恐れて旧態依然たる大権力者、天皇家を残したのです。

 ところがそこにまたまた、思惑違いが起きたのです。それは、平成天皇が、自己鍛錬の効いた立派な人物となり、かつ国民の敬愛を集めていらっしゃるという現象です。『参ったなあ』とうめいたはずです。で、内部から遅効性を持って崩壊させる、生物兵器として雅子様を送り込んだ・・・・・という考えを、時々、抱きますよ。そう考えると、あの雅子様の、皇室をないがしろにする態度も、何もかも、不思議もなく、理解可能になってきます。
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副題9、『国民の総意は、どこに反映をされるのか?』

 今、2011年12月26日現在、上のような分析をしている、日本人はまだ居ないと思います。まあ、一種の私固有の表現である、例の『見てきたような嘘をいい』のひとつですが、・・・・・それでも、マスコミの論調より、国民の真意は、私の考察の方が近いでしょうね。
 で、国民は雅子様に、お一人か、ご一家で、皇室から離れてほしいと思っています。ところが、既成マスコミの中で、それを言っている人間が居ないし、それを載せている紙面もありません。

 で、大マスコミには、国民の意見はまったく反映をされていないと感じます。かろうじて反映しているかと思われるのがネットの世界で、特に2チャンネルというところで、出てくる意見が相当に、国民の本意を表しているでしょう。すると、今度は2チャンネルを閉鎖するですって。
 おや、おや、若者の皆様、抗議をなさっておいてくださいませ。

 さて、それ以外ですが ツイッターがどうなのかを私は知らないのですが、フェイスブックは、今、相当に弾圧体制に入っています。技術的な側面で改悪、改悪が進んでいます。文章が読みにくくなってきて、写真が優勢になり、かつ、できるだけ社交的なテーマに抑えましょうという運動が起こされています。

 アラブの春は、フェイスブックが起爆剤になったと聞いていますが、私は、結構疑っています。アラブの春そのものも陰謀だったのではないかと思って居ます。もちろん独裁者の存在はあったわけですね。だけど、それが、突然に、連鎖的に倒されるのは、それを、例の世界の支配者が望んでいたから、可能だったと思われるからです。

 フェイスブックの創設者、マーク・ザッカーバーグを表現した映画を見ましたが、火元となる人物を教唆しておけば、そのあとは、燎原の火のごとく広まるでしょう。だが、例の富裕層、抗議デモでも、下火になっていますでしょう。私が、ココで、やはり思っていたとおりと書けば、明日、または、週末から大騒ぎが始める可能性は、ありますが、あれも、フェイク(誰かが意図的に扇動し太。自然発生的なものではない)と、私は見ています。
 アメリカの資本主義が、ここに来て、急に大・批判をされるのはおかしいです。彼らが、本当にそれをやりたかったら、マイケル・ムーア監督がアカデミー賞授賞式に呼ばれたころ、盛り上がればよかったのです。

   2011-12月23~26日    雨宮舜( 川崎 千恵子)
コメント

英国紳士、・・・・・銀座と、パリでの、想い出。

2011-12-20 10:41:29 | Weblog

副題1、『銀座のマクドナルド、あれこれ』
副題2、『あのレディの、仕事は、何なのだ?』
副題3、『お店を、離れる前に、私が、その、英国紳士と話したこと』
副題4、『パリ・サンジェルマン辺りで出会った英国人ご夫婦を思い出す』
副題5、『野心とは、何なのか?』
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副題1、『銀座のマクドナルド、あれこれ』

 今日は非常に軽いお話を書きましょう。が、例のごとく、ちょっとした批評心(=観察する心)は発揮していきます。

 月曜日の午後一時ごろ、銀座のマクドナルドで、モカラテをすすりながら、ちょこっとPCを開けておりました。色々と自宅ではできないことがあり、それを、外でやりますので。で、隣に、最近のショーンコネリーみたいな紳士が座っているのには気が付いていました。

 私はとても活発な人で、特に海外から帰ったばかりの2003年から2005年までは、鎌倉でも、ほかでも、相当に高いレベルで外人との接触は有りました。特に原宿のバーバッコアで、ヨーロッパから来た日本滞在中の白人系ハイレベルビジネスマンから、『ヨーロッパではほとんど、原発は使っていない』という話を聞いたのは、2002年だったと思います。結構、重要な話をします。

 ところで、少し後戻りしますが、マクドナルドを、わたくしは長らく好きではなかったのです。味がくどいと思っていました。または、健康的ではない。が、パソコンを使う環境を提供している場所としては、もっとも進んでいるのが、マクドナルドなので、使い始めたのです。で、銀座には二つマクドナルドがあって、最初は有楽町の高速道路下を使っていたのですが、なんとも、環境が悪い。そのブランド名を信頼して訪れる人が多いせいか、いつも混んでいます。が、そのせいか、さらに客席を詰めてあり、通路も狭いのです。しかも周りは若い人ばかり。そこに、もうすぐ70歳になる私が入って落ち着いて、仕事をしようと思っても、なかなかできません。

 ある日、銀座の奥の方、メルキュールホテルそばの、目立たない場所に二軒目のマクドナルドが、あることに気が付きました。昨日初めて、そこへ入ってみて『おー、意外と、落ち着いている。周りは、30歳以上のビジネスマンばかりだ』と思ったことです。駅から遠いので、銀座の住人しか気が付かないところなのです。

 さて、その際に、左隣に、最初に言った白髪の外国紳士が座っていたわけですが、あえて、話しかけはしませんでした。というのも、また、徹夜明けだったからです。金曜日から土曜日にかけて珍しく、12時間寝たので、土曜日から日曜日にかけて眠くない。で、またまた、完全徹夜です。それでは、完璧な頭脳と、完璧な人間的な感性は発揮できません。二流の活動の一日です。が、自分で決めている月曜日は銀座の画廊めぐりというスケデュールは動かさない私なのです。そして、そういう風に三十年にわたって慣れていることだと、ピーンと、頭は張ってきて、画廊では、きちんとした、かつ見事な(笑)会話はできるのですよ。そして、最高の判断力も発揮できるのです。柔軟に行動できます。

 が、新しいことはやりたくない。だから、たった、15センチの距離で、隣に、上品な外人がいても、この日は話しかけませんでした。それに、この時点で、画廊めぐりは三分の一が終わっただけです。後、三分の二は残っています。だから、体力も頭脳も温存をしておきたい。
 で、パソコンに、ひとつ、仕事をさせて、黙って液晶画面に向かい集中していました。

 すると、隣の白髪の外人の、私とは反対側に座ってい男性が立ち上がりました。そして、そこが空席となりました。その店は特に、お客のプライバシーを厳密に保つためか、カウンター席には三人ごとに、衝立がしつらえてあり、一つの衝立の中に、右端に、わたくしが座り、真ん中に、外人・紳士が座り、左側が空席となりました。
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副題2、『あのレディの、仕事は、何なのだ?』

 すると、突然、左側から英語が聞こえてきました。つややかな女性の声で、結構ボリュームが高い。で、思わず見やると、敷居を乗り越えて、紳士に向かって左側から、話しかけている日本人女性がいるのです。彼女のその声はお店中の人の注目を集めました。そして、みんな、40代だと見える彼女が、すごくきれいなので、圧倒をされた感じがありました。

 その女性は、日本人には珍しく、気おくれというものを一切見せないのです。堂々として、艶もあり、そして明るく、自信満々。あっと驚くほど珍しいタイプ。だって、十年前の原宿のわたくしだって、こんな大声では話しませんでした。フロアー・スタッフは注目をしたとは思いますが、それ以外の人は別に、わたくしたち二人を、注目をしませんでしたよ。

 お互いに一人用のテーブルに座っている私たちは、頭が1m30cmぐらい離れているというまことに適宜な距離だったので、別に声を張り上げる必要はなかったのです。
 それに、わたくしは、相手がハイソサイエティの人だと感じており、こちらは、アーチスト特有の黒いセーターと、黒いウールのパンツだけですから、いわゆる商売のおんな・・・(だけど、顔は、すっぴんだし、誤解をされる恐れはないかな、あ、は、は)・・・と、誤解をされることを恐れて、最初は、メモ用紙を渡して、「実は、英語を使いたいので、食べる間、会話を交わしませんか?」と、用心深くお断りをしてあるのです。そこから始まった静かな会話で、だれも、こちらを注目してはいませんでした。

 道であった場合は笑顔だけで通じるのですが、同じ方向を向いて、テーブルに座っているので、相手の顔が普通にしていたら見えない形なので。

 そういう風にいつも、気を使っている私から見ると、今回の銀座の女性の方は、驚天動地のあっけらかんさ・・・・・だけど、上品は上品ですよ・・・・・です。彼女は引き続いて、お店の二階にあるスペース全体に、聞こえるような大きな声で、流ちょうに話し続けます。間に、スペースが2mぐらいあるので、大声を出さないといけないと思っている模様です。

 話題はすごくきれいです。どういう資格で来日しているか、どういう仕事をしているのかを紳士に聞いていて、先生であることを引きだし、あとインターナショナルスクールがなんとか、かんとかと、進んでいきました。唯一聞こえてきた日本語は青葉町(青葉台のこと?)でした。

 『やじ馬にはなりませんよ。だって、インテり(笑)だもの』と、ひそかに自負している私も思わず、彼女の方を見つめてしまうほど、自信満々な明るさ。私は、しばし、彼女は何者だろうと、考え込みました。普段なら、会話に加わって英語で、2.5m越しに、「あなたは、どういう仕事をしているんですか?」と質問するのですが、その日は何せ、徹夜明けが足かせになっていて、元気が出ません。

 ただ、元気はないものの、興味を失ったわけでもないので、引き続き、考え続けます。・・・・・ブログだけにしても、ライターであるということは、好奇心の塊でないとできないことです。・・・・彼女は何者だろう? マスコミ有名人ではなさそうだ。今、午後4時のマクドナルドで、お茶をしているということは、この近所(たとえば、京橋や、新富町)にマンションを持っているわけではない。そこに住んでいたら、マクドナルドでお茶はしない。たぶん住人ではない。が、銀座で、仕事をしている人だ。生粋の東京っ子? 

 OLとしても、ヒラではない。部長以上の立場だろう。職種は、商社か?、それとも、ホテルマン?、でも、ちがうだろうなあ? その二つの職業だったら、普段英語を使い慣れているから、あえて、ここで、話しかける必要を感じないだろう。

 ただ、素晴らしいレベルの英語だから、元キャビンアテンダント?、または、帰国子女?、で、今の身分は、きっと、銀座でお店を開いている人、本人か、その妻? もし、レストランだったら、時間的には当たっている。今午後四時だからシェフたちに、仕込み(準備)を任せて、お茶タイムを取っているわけだ。それはあり・・・・・と、そんなところまで、到達しました。

 というのも、服装がね。使われている女性の、スーツ姿ではないからです。最近のわたくしは、着るのをやめてしまったた黒のセーターを着ている人だったからです。私は年取りすぎて、黒を切ると地味になりすぎるのですが、働く女性・・・・・・特に、少しは自由のある立場の女性にとって、上等な黒のセーターは定番です。もっとも応用が利くからです。普段着にもなり、ゴージャスにもなる。

 ともかく『彼女は銀座に買い物に来ている主婦、ではない』それもわかります。その威厳というか、張りのある緊張感は並々ではありません。銀座をあるく、主婦専業の人は、どんなに高価なものを着ていても、あたりを払う威厳というものを感じたことはないのです。やさしい普通の人ですなと感じたことはあっても。が、彼女の放つものは、結構強烈です。

 最後の段階で、わたくしは、『これほど、実力があって格の高い女性が、ごく普通の人として、この日本に存在していることは、うれしいことである』という結論に達して、やっと彼女から、目を離すことができました。
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副題3、『お店を、離れる前に、わたくしが、その、英国紳士と話したこと』

 さて、そのうちに、わたくしがパソコンで、やりたかったことは終わりました。で、ここで、今度は私がその紳士に話しかけました。「わたくしも実は英語ができるんですよ」と。すると、彼はまず、驚いた顔をしましたが、わたくしがにっこりと笑うと、すぐその意味が分かって、にっこりと返してくれました。つまり、『さっき二人が話していた内容は、すべてわかっていましたよ』といういたずらっぽい心が秘められているからです。それにすぐ反応してくれるこの白髪の人は、素直なうえに、ユーモアのわかる人です。ここが、わたくしが外人を好きな理由です。素朴なのです。これと同じことを、海外で、日本人を相手にやってごらんなさい。絶対に受け入れてもらえません。

 非常に意地悪に、さっと、睨み返すだけです。『日本人って、どこまで島国根性なのだろう』と、残念に思いますが、ちゃんとしたところ、たとえばメトロポリタンオペラのキャフェテラスとか、ルーブル美術館の入り口ブースなどでも同じです。知り合い同士でだけしか打ち解けません。

 これは、残念なことなのです。日本人同士だって、打ち解けて、柔らかく助け合ったらいいのです。が、未知の人を阻害すし警戒するバリアーは高いですね。で、そのあとで、彼には、「アメリカ人ではないでしょう?」とか、聞いて、英国だと答えてもらった後で、「英国のどこの都市の出身ですか?}など、や、「お子さん帯同で日本にいるか?」、「将来は、何年先までいるか?」とか、聞いていきました。答えは、いつ帰るか、わからないほど滞在する予定であること。そして、福島の灰とか汚染は、気にしていないこと。だから、東京から逃げたりする可能性はないこと。お子さんはまだ少年であること。その子は、日英の懸け橋になる可能性があること・・・・・などでした。それらを、三分ぐらい話して、ありがとうと、握手をしてそこを離れました。

 かれは、相当に親日家だと思いました。特に「福島のことは納得しているが、離日はしない」ことのくだりで、わたくしは思わず手を差し伸べて、握手したのです。ところで、この文章は、ここで終わっても、めでたし、めでたしとなって、まとめはついています。

 が、その場で、わたくしははるか遠い情景も思い出していたのです。
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副題4、『パリ・サンジェルマン辺りで出会った英国人ご夫婦を思い出す』

 この銀座で出会った英国紳士はとてもいい人です。が、遠い国日本まで出てきているので、それは、冒険の一つでもあり、現代人の典型です。が、イギリス人といえば、わたくしには深い思い出が、もうふたつ、ほど、余計にあります。
 そして、その二つのケースでは、純真無垢な心に触れました。

 一つ目は、鎌倉の三菱銀行の前で、土曜か日曜に、困っていたご夫妻を、郵便局まで案内して、かつ、「お金をもっとおろしておいた方がいい」と忠告したケースです。もう一つは、パリのサンジェルマンで、出会ったご夫婦です。

 今日はパリの方の思い出を語らせてくださいませ。

 私は海外にいるときは版画一筋で、毎日工房に通い、スケッチとか、写真を撮りに出かけるということを一切いたしません。が、サンポールというところから、シテという中之島を、とおって渡ったセーヌの対岸に、サンジェルマンデプレがあり、そこに版画インクの専門店(シャルボネ)があったので、そこまでは歩いて、よく出かけました。版画工房で、先生が留守をされて、使えないとき
・・・・・薬品を使うので、最初は、心配されていたのです。最後の方は、こちらが、結構、熟練をしていることがわかってもらえて、十分に自由にしてもらっていましたけれど、最初期は、わたくしの態度がどうも、子供っぽく見えて====よく、日本でも、「かわいい人だね」と、言われるんですけれどね(笑)====過剰に心配をされてしまうのです。そういう日・・・・・ は工房に行かないで、お散歩に出て、そこからセーヌ川沿いに、オルセー美術館辺りまでよく歩いたものです。

 さて、歩けば疲れます。で、キャフェに入ります。パリではテーブルが小さいせいか、ギャルソンは相席を勧めません。で、卓がふさがると「もう、入れません」と断ります。私は目の前で、断られている、夫婦に注目をしました。夫妻とも痩せていて、小柄で、白髪です。そして、疲労困憊しています。それは、すぐ理解でき、どうにかして助けてあげたいものだと思いました。私はつと立っていて、「席はありますよ」と英語で言って、ギャルソンには、笑顔だけで、「私、相席するつもりなのよ」と告げました。

 私の方は、フランス語の会話は自由ではないのです。そして、ギャルソンみたいなレベルのひと=ー=店員さん階級=-=は、英語を使いません。だから、ウィンクとは言わないまでも、精一杯にこにこして、その笑顔・ボディラングエッジで、済ませます。

 普通の場合は一つの卓につき、二つしか椅子がないので、一人で座っている人のテーブルから、わたくしが椅子を借りてきて、二人に「どうぞ」といいました。二人は英語が自由自在なので、「あれ、どこからいらしたのですか?」と聞くと「スコットランドから」ということでした。この文章では最初の方で、イギリスでまとめますと言っているので、順序が逆になりましたが、わたくしは二人を最初に見たときは、フランスの田舎から上京してきた観光客かと思っていたのです。

 職業は先生で、今、引退したところで、今回の旅行は、海外旅行としては、初めてのものだそうです。

 生涯で、あれほど、美しい笑顔は、見たこともないと思う二人でした。体格や性格がご夫婦ともぴったりで、そっくりです。謙虚でつつましくて。9月の太陽が放つ逆光に照らされて、彼らの銀髪もキラキラ輝いていました。それが後光みたいに見えたのも不思議なことです。

 特に敗戦国の日本にいると、外国人というのは体が大きくて、派手な人たちというイメージでとらえてしまいます。それは、米軍(最初は、進駐軍という名前だった)と、アメリカ映画などの影響だと思うのですが。そういう既成のイメージとは全く違って、威圧的なところがみじんもない二人だったのです。二人は日本人以上に謙虚で、日本人以上に優しかったのです。

 最近、あの3.11の直後での話として、東北旅行中の外人(ドイツ人)に親切にしてあげた日本人がいると報道をされていて、それは、ありがたいことでした。だけど、海外旅行中、または、海外滞在型日本人の中にまま見られる、仲間内だけで固まってしまう、傲慢さに、接することが多いので、そういう際の、日本人女性の顔と比較すると、この美しさが、際立ちました。
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副題5、『野心とは、何なのか?』

 私はふと、この二人に比べたら、『わたくしの方が悪相といえるのではないか』と、内心で恥じ入りました。

 どうして、それが問題かというと、わたくしは不思議なことに、善人オーラを周りに発散をしているらしくて、鎌倉駅頭のごった返す広場で、じっと、ベンチ風の石に座って、人の様子を見ていたオーストリアから来た学生二人組に、「あなたが、一番素敵な人だったから、あなたに道を聞くことにした」と言われたことさえあります。あまりに、その言葉がうれしかったので、その日は、妙本寺(観光化されていない、静かな場所)へ、一緒に散歩した後で、山下飯店(駅そばのプチホテルの中にある中華料理店で、お値段や味に、よく工夫がしてあるところ)で、お昼をご馳走してあげたほどです。

 そして、パリのような人種のるつぼで、しかもバスティーユ駅の地下構内という人の多いところでも、わたくしが選ばれて、白人のきれいでお金持ちそうな女性から道を聞かれたことさえありますから、あながち見当はずれでもないでしょう。遺伝的な顔は美しくはないのですよ。ごく普通のアジア人のおばさんです。目も小さくてさえません。ただ、だれでも、気の持ちようで、人に好かれる人になることはできます。

 母が「あんたが、心配ごとを抱えていると、すぐ顔に出るから、わかるわ。でも、今日は大丈夫ね。いい顔しているから」と、よく言っていましたから、プレッシャーや、心配ごとを抱えると当然、顔は悪くなりますね。それは、どなたでも同じでしょう。

 しかし、その陽光きらめく秋の午後、銀髪を後光のように輝かせながら、メガネをかけた顔をはにかませている二人を見ていると、『本当に、わたくしは恥ずかしいなあ。穴があったら入りたいなあ』と、思うのでした。どうしてかというと、野心と、希望が満々であり、ある種の不思議な強さを漂わせていたからです。善人オーラではなくて、欲望オーラかな?

 パリで、様々なものを見ていました。シテでザールという、芸術家だけが、800人近く逗留しているマンションがあります。その中に、画廊だけでできている棟があって、そこの画廊群で、最新の作品も見ていました。だけど、『そうか』というぐらいで、『これは、斬新だ』とは思いませんでした。それに、わたくしは斬新であることよりも、色の調和とか、センスを誇るものなので、その色のセンスに関しては、絶対に劣らないと、それを確信したからです。

 だから、『世界に通用するアーチストには、なれる』と感じていました。それは、恥じ入ることでもなんでもなく、わたくしが銀座で、その作品を常に見ている、五千人ぐらいのアーチストだって、誰もが、あわよくばそうなりたいと願っていることなのです。画家であるかかぎり当たり前のことなのです。

 でも、階級が上昇するとか、名声が積み重なっていくという意味では、それほど大きな変化が見えない教師という仕事を、コツコツとやってきて無事に引退まで達して、心置きなく海外旅行をしている、仲良しの初老の夫婦を見たときに、

 その二人を包む、浄らかな雰囲気に、心が打たれきってしまったのです。つつましく、つつましく、まっとうに生きてきた人たちの、純真な美しい笑顔。それに向かうと私は負けたような気がしたのです。
 今でも、あの笑顔を思い出すことができます。あの美しさに出会ったのは、人生における一種の宝物体験でした。

 蛇足ながら付け加えれば、銀座で出会った人も、パリで出会った人も、英国内では階級的には、紳士と呼ばれる階級ではないかもしれません。現地の人に聞いたら、「彼らは、中産階級なのだ。あれは、英国では紳士とはみなさない」となるのかもしれません。だが、上品で、他者を傷つけず、礼儀を守るという意味で、紳士的という言葉が生まれたとしたら、この二人の白髪の英国人は、まさに紳士でした。
                   2011年12月19日、   雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)
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メディアを利用した最初の文化人、・・・・・夏目漱石(+瀬戸内寂聴)

2011-12-19 03:16:05 | Weblog
副題1、『本日の導入の文章』
副題2、『瀬戸内寂聴を好きか、嫌いか』
副題3、『漱石の、転職は、上昇だったのか、挫折だったのか』
副題4、『漱石の収入はいくらだったか?』

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副題1、『本日の導入の文章』

 前章でお約束をした部分の続きを書かないといけないです。それは、わかっているのですが、あの続きを書くのは非常に体力がいることなのです。しかも気力も必要で、過去の私が書いたものの調査も必要です。それが、今はまったくできません。それで、逃げといっては読んでいただく方に失礼ですが、最近フェイスブックで書いたもののうち、『やや、私独自の観点がこめられているかな』と思うものを、ココに転載をさせてくださいませ。

 しかも、言ってみればメディアが生んだ有名人に対する批判という趣きがあり、それを言えば、又、それは現在の政治につながるのです。だから、これも、突拍子もないレベルで、普段書いているものから、ずれているわけでもありません。

 なお、以下のような文章の流れになっているのは、間にコメントという部分が入るから対論となっているからです。ディベートの典型です。が、私は最近、自分の仕事に他人を巻き込まないという決意を硬くしているので、そのコメントを原文で入れることはいたしません。そして、今回もお二人から、随時長いコメントをいただいていますが、瀬戸内寂聴さんに関して、いただいたコメントの方は、誰もが感じている内容なので、対論にはなっていません。ので、そちらは、入れてありません。後半、夏目漱石に関していただいたコメントはそれを抜かすと文脈が成り立たないので、要約しておいてあります。つまり、漱石は、挫折として、東大を辞めた・・・・Sさんの説・・・・・VS・・・・・そうではなくて、それを望んで、喜んで辞めた・・・・・・私の説と、なります。
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副題2、『瀬戸内寂聴を好きか、嫌いか』

普段テレビ嫌いで、芸術系の番組を録画しておいて聞くという傾向の私が珍しく、同時進行的に、今(18日の日曜日の午後)、一チャンネルをつけています。瀬戸内寂聴さんの9月に行われた東北行脚を放映しています。
上記の番組内で、寂聴さんがおっしゃっている、『今を、生きるのだ』という教えは、私も、この日ごろ実践しています。40ごろまでは、大学時代の、教授の教えてくださった「五年、十年というロングスパンでみたマクロな計画を立てて生きなさい」というのを大切に思っていましたけれど。年のせいもあるかもしれないし、経験の積み重ねのせいかもしれないけれど、今は今を生きるという形で、将来をおもんぱかったりはしません。

 =*:*=*:*=二人の方からの寂聴さんへの異論がここで入る*:*=*:*=

そうね。S様、今日は意見が合いますね。実は、私も瀬戸内寂聴さんは嫌いな文化人の方です。それは、何をどうおっしゃろうと、普通の人ならやらないことを、若い日に、おやりになった方ですからね。ただ、是々非々で言えば、今日の番組はよかったのです。S様、意見は素直に交換しましょう。そして、ある程度以上のレベルの少数意見は、とても貴重です。時に思いがけない、真実が含まれていて貴重なものです。ただね、そこに至る前までは、一般の方がほめていることに沿ってみるのも大切だと、本日、こと、瀬戸内寂聴さんに、関しては感じました。今日見た映像では、素直に、『いいことをなさっておられますね』と、いえます。そして、大勢の、善男善女が、信じてその言葉を聴いていますね。それが、『過去の・・・・ご自分をスターとして扱わせるための、奮闘の時期の・・・・結果だ』とすれば、『それも、あり』だろうなあ、と思います。

人間って、過去の蓄積があるものです。だが、過去で、すべてを規定しては、いけないとも思います。瀬戸内寂聴さんの、得度前の生活は、普通の人には許容できないものの連続ですよね。恋愛の相手の中に、彼女の行動ゆえに、苦痛を感じた人が、何人かいて、中には、・・・・・彼女が原因ではないとしても、・・・・・自殺をした人もいる。だけど、それゆえに、得度したいというところまで、たっしたわけでしょうし、ともかく、彼女の言葉に耳を傾ける人が、大勢居ることは、評価しないといけないなと、本日は感じました。

 Sさんや、私が、何かを講演してもあれほどの、人数が聞いてくれるかといえば、それはないです。(笑)それがあります。『人を集められる人が、悪い教唆を与えると困るけれど、いい教唆を与えるのなら、尊敬をしないとだめだ』と、本日は感じました。だが、日本のマスコミが、自分で、新しい逸材を発見しようとしないで、既成のスターを繰り返し使うという姿勢は、問題があるとは思います。これは、全分野についていえると思います。

 *:*=*:*=ココで、再び二人の人から、瀬戸内寂聴さんへの疑念がコメントとして入る*:*=*:*=
お若い方は、瀬戸内寂聴さんの若いころの武勇伝を、ご存じないのですね。当時4歳という、小さいお嬢さんを置いて、家を出られたのです。私なら絶対にできないことです。そのお嬢様は、元・ご主人の後妻によって育てられ、得度のころ、横浜から、結婚相手と一緒に、船でアメリカへ渡航をされたのです。お婿さんは学者かな。その結婚式に実母としては出られなくても、その横浜出港の、ときに成長したお嬢様にお会いになった。それが、安心につながり、そこまで、してくれた他者そのほかのもろもろに、感謝されて、得度をなさったとテレビ内で告白をされています。
瀬戸内寂聴さんは、小説を書いていらっしゃるでしょう。そこの中でさらけ出してあるはずなのです。だが、私は、それは読んでいません。場所というエッセイは読みました。それも、買ってではなくです。自分がいろいろ、転居されたその場所での思い出です。
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副題3、『漱石の、転職は、上昇だったのか、挫折だったのか』

 ココで、瀬戸内寂聴は、嫌いだが、夏目漱石を好きだというご意見がSさんから入ります。そこで、急カーブを切って、瀬戸内寂聴から、夏目漱石へ私のこころが入っていきます。

 しかも、このディベートの最大の論点である、朝日新聞の嘱託になったことが、漱石にとっての挫折であるか、成功であるかという対立点が、浮かび上がってきます。Sさんは、朝日新聞嘱託になったのは、当時の東大教授の権威を考えると、一種の挫折であったというご意見です。私の方はそうは思わないのです。その自分側の意見をこれから開示します。

 Sさん、ごめんなさい。夏目漱石は、私は好きではありません。そこはまた、あなたと意見が違いますね。もちろん、夏目漱石には、苦悩もあったとは思いますが、作家として、名望があって、一応成功した方です。その自宅はサロンであり、俊秀に囲まれてしあわせな方でした。往年の帝国大学卒、特に東大卒の、メリットを最大限活用された方です。

 東大教授の席を蹴ったと、あなたは、おっしゃいますが、1960年代に、東大に勤務していた身としては、東大の教授って、それなりに、大変だということがわかっています。外から見ているほどの、天国でもないのです。
 実は東大教授というのは、競争の競争の果ての果ての世界です。常に一番であったひとがたどり着く世界です。だから、そこに残った人が、素敵な人格者だということもないのです。競争に敗れ去って、地方の大学へ赴任なさった方の方が、ずっと、人間味のあふれる誠実な方だなと思うこともあります。あなた様こそ、そういう誠実な方だと思うので、これは、相手をねじ伏せるつもりはなくて、相互理解へ到達するための、自分の気持の表明です。
 で、漱石が、頭がよければよいほど、この生活は自分には向いていないとなったと思います。で、本当に好きな生活ができて、かつ、生活費を稼げるのなら、そちらの方がいいですね。それが、朝日新聞の嘱託ではあるが・・・(というのは一定の給料も出るが、時間は自由だ)・・・という、そちらの身分の方が素敵だと、判断をした理由なのだと思います。そういう意味で、勝ち組として、小説家になったのだと思います。漱石は、ロンドンでのノイローゼの件が有名ですが、決して、弱い人ではないでしょう。若き日の小説『坊ちゃん』に出ているとおりの、喧嘩っ早い江戸っ子です。負けるのなんかだいっ嫌いだったはずです。

 *:*=*:*=間に漱石への、尊敬を語る反論がココで、何回目かとして、入る*:*=*:*=

 そうですね。人物評にしろ、歴史観にしろ、一人一人違って当たり前です。ただ、40年以上の昔ですが、昔から『落ちた偶像』といいますでしょう。と言うか、なんと言うか、寺社仏閣でも、内部に入ると思いがけないことを見聞きするということを、三島由紀夫や、水上勉が、書きました。それは、学者の世界でも同じなのです。なかなか、それは外へ出ずに居て、山崎豊子の『白い巨塔』までは、象牙の塔は、すばらしいものとして外部へ、宣伝をされて來ています。そういう現象は明治時代から、顕著にあったと思いますよ。勝負の果てに勝って、教授の地位にまで上り詰めた人は、威張りかえっているのです。
 そういう同僚たちを、『ばかめ。井の中の蛙め』と思って、漱石が嫌ったとしたら、彼の性格にフィットして、いませんでしょうか。

 今、ポスドク問題とか、アカハラとか問題になっていますが、東大の、教授の苦しさというのは、職場にローテーションがないことなのです。そして、全国を統一する立場ですから、雑用がいっぱいあります。政治的な要素を含む会議がいっぱいあります。それは、まともな芸術家、または、クリエーターなら、うんざりする世界です。クリエーターは、頭を自由にするためには、のんびりしたいのです。人に会うのに、時間を決められていて、しかもそれが、週に何回もある、授業は、同じことの繰り返しで面白くない。
 となれば、小説家になるために、給料さえ保証してくれる、朝日新聞の嘱託になるのは御の字だったはずです。絶対にその方を喜んだはずです。
 だから、漱石は負けたという気持ちで、小説家になったわけではないのです。それが、すべての小説に出ていますね、源氏物語とは違いますが、やはり、エリートの世界でのお話です。長塚節の『土』などとはまったく違った世界です。
 *:*=*:*=
Sさんから、ここで、貴重な意見が入り、それは大切なのですが、上に書いたとおり、相手の文章は使わない主義なので、私の応答で、それをご推察ください。
 それは、私の文章の最後に反映してきます。*:*=*:*=
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副題4、『漱石の収入はいくらだったか?』

 漱石のサロンとは、本当にゴージャスで、豊かで、贅沢なところだったのです。明治時代に、すでに書くことで、苦悩の生活に入った人として、しいてあげれば、寺田寅彦が考えられます。寺田の方は、給料だけで暮らす東大教授ですね。エッセイはすばらしいが、エッセイを出版するだけでは、朝日新聞は嘱託として雇うわけもないです。エッセイはもうかりません。

 で、寺田寅彦の方は、宮仕えを続けるわけです。その間に同僚にいじめられる。挑発をされ続けていやな思いをするのです。それは、エッセイストとして本業の理工学ではない別の方面で、或る種の成功をして、頭角を現した寺田に対する、その敵対する人物の、嫉妬から来ている現象でしょう。それを、めずらしくも下品にも、エッセイに書いてしまっています。だから、復習を文章でしなければ耐えられない程度のいじめだったのです。ほぼ、100年後を生きている私たちには、実名が書いていないので、そのいじめをした人物を特定することはできません。でも、当時の東大の内部では大きな話題となり、寺田寅彦は、やっとその相手から自由になることができたでしょう。

 その寺田寅彦が仮に、東大教授を辞めたとしたら、その辞職は、ある意味での負けを指し、深い苦悩を表すのですが、漱石が、東大教授を、辞めたのが、何らかの、苦悩の果てだったとは、私は思いません。

 そして、寺田寅彦は、生活のためを考えてでしょう。辞めないで、最後まで東大教授を続けますね。

 そして、今気が付きました。漱石をどうして私が嫌いなのかを。それは、日本で始めてメディアを利用したというか、メディアにサポートされた文化人だからです。
 当時は中小企業だったと、Sさんが、言っておられていて、だから、漱石がそこへ転職する前に苦悩があったはずだと、言われている朝日新聞ですが、それでも、それをバックに、何かを書けば、必ずそこで発表をすることができて、一ヶ月に、今のお金に直して、70万円ぐらいは、必ずもらうという形式の生活、これは本当に天国です。新聞小説が、昔は、活字が小さかったので、原稿用紙二枚分として、一枚一万円に換算すると原稿料だけで、60万円になります。それ以外に、何か、エッセイを書いたり講演をしたり、前の小説が単行本化して売れるという収入があれば、月に今のお金にして、100万円の収入は祐に確保できます。

 女中が居て、夕食など、すっとなべの用意などを、弟子たちのためにしてあげる・・・・・それは、100万円の月収がないとできないし、又、反対に言えば、100万円の収入があればそれが、できるということになります。
 今フェイスブックやツィッターでの人気者が居ます。画、明治の時代には、それが、ありませんでした。で、現代のことですが、誰かがものを書いたと仮定をします。人気者はFB友達が五千人もいます。ツィッターでの制限はない模様です。で、数万人のふぉろわーが居る人もあるでしょう。が、多分それは短い文章です。

 で、原稿料をすでに取ることのできる人は、ネットの世界特にフェイスブックなどでは、あまり長い文章を書きません。私とか、Sさんは、字に対して原稿料をまだ、もらえない人だから、ここで、ぼんぼん書きます。(笑)

 で、そういう私のような人間に比べて、『書けば、常に、数万人の人に情報がわたり、読んでもらえて、安定した収入が確保できる』というのは、夢のようにありがたい形式です。そのありがたさと、メリットを十分にわかって、漱石は、転職をしたと思います。

 だから、漱石は今の文化人のハシリなのです。メディアを、利用して、有名になっている文化人のハシリなのです。だから、私は、嫌いなのです。それに比べると、宮沢賢治など、親のお金と、自分のお金だけで生きていた人です。普通です。だから、好ましく思えます。石川啄木も、特殊な収入はなかった人です。特に親からの援助はなかった。だから、好ましく思えます。そういう点では親からの援助を公言している私は嫌われてしまいますね。だけど、どうしてこれほど、大量に物をかけるかを説明するためには、海外体験は、はずすことのできない経験であり、それができたのは親からの援助(遺産という形)ですから、それがあることは説明をしないと、自分で、自分を不誠実だと感じてしまいます。だから、嫌われても、それを明かします。

 元に戻ります。漱石の収入は、現在の貨幣価値にして、100万円を優に超えているでしょう。だから、サロンを運営できたのです。もしかすると当時の東大教授の給料が、手取り60万円だったとして、二倍の、120万円ぐらいは入っていたと推察されます。

 今だとレッスン料とか、お月謝とか、いう形でお互いにかかったものを負担するというのが普通ですが、戦前のことです。俳句の世界にしろなんにしろ、江戸時代のお大尽・遊びの延長です。だから、当然のこと、主催者(または主宰者)側がお料理を振舞うものでしょう。

 漱石も無論、考えていたはずです。東大教授を辞めて、単に一小説家になるのは危険だと。芥川の自殺も、太宰の自殺も、遠慮して誰も、それに触れないが、経済的な不安要素もあったと思います。特に最近、自殺したといわれるテレビコメンテーターの場合は遠慮なく、経済的な不安からだったと皆さん言っていますね。独立して会社勤めをしていない人の生活は、不安だらけです。だから、漱石はその経済的不安からは、自由になったのです。が、漱石は、勧誘があったから乗ったとばかりはいえないでしょう。小説の注文を受けている時に、雑談として、「仕事があるから、そのペースでは書けねーよ」と江戸ベンで、断ったら、ひょうたんから駒として、『先生、それなら、一種の原稿料前渡しの形として、終身お給料を、100万円払いますから、朝日の嘱託社員になってください。以降他社には書かないで』と頼まれたのではないでしょうか? 

 それが毎朝、出社して机に付く形なのなら、東大と同じであり、Sさんのおっしゃるとおり、『苦悩の果てに東大を逃げ出した』ということになるのかもしれません。が、出社はないのです。一日中うちに居ていいのです。もし、漱石が夜型人間だったら、それだけで、天国だと感じるはずです。朝七時に起きなくていいからです。で、御の字で、引き受けたと感じます。
だけど、ココで、大切になってくるのが、Sさん。あなたのご意見です。あなたもおっしゃっているとおり、『晩年の作品には疑問があるというか、すきではない』と。私は、『我輩は猫である』と『坊ちゃん』しか読んでいないので、晩年の作品は、語る資格がありません。で、比較の仕様がないのですが、Sさんの他の部分での、感性は正しいと、今まで感じてきましたので、この判断も、正しいであろうと思います。

 そこが『芸術の女神の不思議なところであろう』とも推察します。生活のうえで、ある程度の不自由があり、ある程度の苦悩があった方がいい作品ができる。これは、真実でありましょう。ただ、絵画の場合は、ある程度の材料費とか、環境が必要で、あまりにも貧窮すると大変です。貧窮過ぎて苦労がありすぎるのも、いけないのですが、反対に、豊か過ぎて、安寧がありすぎるのもよくないのですね。
     2011年12月18日、  雨宮舜(本名・川崎千恵子)
コメント

007の、世界は日本にも在るのだ(革マル委員長成岡庸司論)

2011-12-14 14:52:10 | Weblog
副題1、『最近では、徳川幕府方を、ひいきする私である』
副題2、『龍馬、フリーメイソン説』
副題3、『現代にも生きている、二重の支配構造』
副題4、『成岡庸司という人物を、ここで再び、分析しておく』
副題5.『川本三郎氏を、代替のスターとして、使ったかな?』
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副題1、『最近では、徳川幕府方を、ひいきする私である』

 BS日本で、13日の夜だったか、大倉集古館をたずねるという番組がありました。それの録画をPCの処理をいろいろやりながら見ています。で、よく頭に入らないので、二回見ています。が、一回目に慶喜公の書が出てきた途端。それが、慶喜公のものであると、すぐ、わかりました。 
 複雑な性格であり、かつ、全部を語らず、負ける方を選択した徳川慶喜公の筆跡を、すでに私は理解し、ほかの書を見ても、大体『あの人の手だ』と、わかるということが、感慨深くて、ちらっと、申し上げます。
 私は、負け組みというか、不遇であったというか、・・・・・その手の、人物がすきなのですよ。

 もっと、明瞭に言えば、私は、龍馬より、誰よりもあの時代の人なら慶喜公のファンだということです。私って、平易なことばかり書いていますが、実は複雑な人なんですよ(笑) NHK大河ドラマ龍馬伝が大当たりをしました。主演の魅力もあったのですが、明治時代の日本人の前向きにしてはつらつな様子が、現代日本人に、風穴を開ける気分となり、受けたのでしょう。
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副題2、『龍馬、フリーメイソン説』

   ところで、話は脇にそれますが、
   龍馬は、フリーメーソンであった? という説があります。

   これは、若くて元気なライター、====「ハローバイバイ、関」という名前で活躍しているひと ====関暁夫氏が展開している説ですが、私はテレビ朝日のやりすぎコージーという、映像つきの番組で、その説が紹介をされてから、そちらを信じています。

   二回ほど、連続してあって、毎週ではないということでした。特集として放映するということでした。が、学芸的番組として体裁を取らず、いわゆる、お笑い系の芸能人が多数出て、コメントをする番組内で、しかも、数本目に出てきた情報なので、
   日本の真実のインテリ層が見なかったのではないかと心配ですが、非常によくできていて、真実を語っていると感じます。

   あのNHK大河ドラマ、『龍馬伝』では、日本の外交史の一面の真実、を語っていましたが、現在の日本の状況では真実を語るものは何らかの弾圧を受け、似たようなレベルのものは出回っていますが、本当の真実を語るものは少ないのです。

   もし龍馬が、本当の志士であれば、NHKがその人生を英雄的に描くことすら、できないはずなのですが、ぎりぎりのところまでは真実を出して、それ以降の本当のところは、秘匿する形だと、この現代日本にも通用するのです。
   しかも、明治維新以降、引き続きこの現代日本を牛耳っているフリーメイソン一派にしてみれば、『ここで、ちょこっと、われわれの実力を示しておくか。わかる人間にはわかるであろう。この現代日本で、真実を語る手合いに対する、ちょっとした歯止めになるぜ』という気持ちだったと思われます。
   特にフリーメイソンに入っている日本人が、連続して日銀総裁となり、この日本を牛耳っているという説は、正しいでしょう。お札の顔も、不思議なことに、文化人として、日本を代表する人物ではありません。

  本日の私の投稿は、テーマとしては、下にある小沢・橋本の結びつきという大変重要なものを、皆様の耳目を、集中をしていただきたいと思いながら、つい、この小さなエピソード(徳川慶喜公の筆跡)にも触れてしまいました。しかし、龍馬・フリーメイソン説に触れることができましたので、少しは意義が深くなったかな?
  ハローバイバイ関氏の説によれば、スコットランドに、隠されたフリーメイソンの拠点があり、そこに龍馬は住み、明治の元勲たちが洋行の際は訪れていたとのこと。なるほどと思います。

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副題3、『現代にも生きている、二重の支配構造』

 ケネディ大統領の暗殺以来、庶民の間でも、意識の高い人の間で大体に知れ渡ってきたことは、この現代世界の政治は、二重構造になっているということです。ドイツが原発を、廃棄する方向へ決定しています。首相はメルケル女史。この頃はご苦労もあるのか、年取って見えるようになったなあとは思いますが、一般的な概念からすれば、『えーっ。経済大国・ドイツの首相が女性ですか?』というくらいに軽くも見えます。そして、フランスの大統領は移民系のサルコジ氏です。白人ではない。それは、アメリカの大統領オバマ氏も同じです。

 最近、イギリスでは若い首相が何か、OECDのユーロ問題で、微妙な発言をしたのを国内からとがめだてをされていると報道をされています。そのイギリスですが、首相は相当に若返っています。だけど、それで、いいと思われているのは、実際の指導者が別にいるからです。

 世界を牛耳っているのがフリーメイソンだとすると、いろいろ納得がいくことは多くあります。

 ところで、野田総理大臣がどうかですが、もちろんのこと、裏構造があります。菅首相がどうして首相になれたかですが、あれは、民主党内のドメスティックな方向性で、選ばれました。

 鳩山由紀夫首相があまりにも、優柔不断で、能力がない。それで、もっと、しっかりした人物にしないとだめだと、民主党内で、議員たちが思い、それを、その大指導者たちが追認した形となりました。というのも彼らが首相にしたいと考えている小沢一郎氏は、徹底的に永田町で嫌われているからです。で、まっとうなやり方では、首相になる目がないのですが、

 本人もそれを、自覚しているはずなのに、菅首相選任の際には、対立候補として立候補したはずです。ということは菅首相は、比較的に自律的な首相だといえます。瓢箪から駒という形で、生まれた首相は、国民の側に立ちやすい。一番の好例は、戦後の日本では、田中角栄、小泉純一郎、菅直人の、三人はそれにあたると思います。

 で、たまたま3.11が起きてしまったので、菅首相は、事前に定められていたお人形という立場を、乗り越えた決定を、次から次へと出し始めました。『彼は、最終的には、全国的な廃炉へ、持っていきそうだ』と、みなされたので、種々の、方法、を用いて、また、種々の方向から責め立てられ、結局野田総理へ、譲渡せざるを得なくなりました。

 明治維新政府は、明治天皇に支配をされたように見えて、実際にはスコットランドにいる、生きている坂本龍馬の頭脳的プランによって支配をされていたとすれば、今現在は誰によって支配をされているのでしょう。

 つまり、007の世界とは、フィクションではなくて、実際の日本にも在るのです。だれがジェームスボンドかはわかりません。つまり、正義の味方がどこにいるかはわかりません。が、悪の総本山はあるのです。
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副題4、『成岡庸司という人物を、ここで再び、分析しておく』

 ここで、私が独自の説を展開します。今現在の日本も、本人がどこに住んでいるかはわからないものの、成岡庸司という人物によって牛耳られているはずです。明治の時代からスコットランドからの支配だったとすれば成岡庸司君が、アメリカかヨーロッパか日本にはいないことも十分に考えられます。

 が、最近の調略的ニュースの作られ方を見ていると、非常に敏感にして、細かいので、彼は、この日本に住んでいるかもしれません。
 連続して、お読みいただいている方は、よくお判りでしょうが、

 彼は1942年生まれ、しし座の人間で、川崎で育ったはずです。
 はっきり言えば、もしかすると、在日の出身である可能性もあります。すると、私の従来の説、この日本を植民地国家として支配をするためには、黄色い肌を持ち、黒い髪をした人間に支配をさせるのが適当である。

 在日に出自を持つ者は、日本語が確実に使えるし、風体は日本人そのものである。かつ、複雑な心境と歴史的背景があって日本とか日本人を恨んでいるので、日本を支配するということに後ろめたさを感じません。どんなに、残酷なことをやっても、それを、自省する精神がありません。それで、最適な人間だとみなされています。

 で、川崎市内の公立小学校で、優秀な成績を上げ、当時はエリート校であった、横浜国大付属中学校へ、入学しました。実は私はそこで彼と出会っています。非常に活発で、劇的なことが好きな少年で、マテオ・ファルコーネを上演しています。

 ところで、ここで、ちょっとしたお断りですが、(特に連続してお読みいただいている方々へ向けて)マテオ・ファアルコーネを時々間違えて、マノン・レスコーと記述しています。それは、恐れ入ります。

 その学校はよい教育をするところであり、子供たちは、100人しか在籍しておらず、一種のユートピアでした。そういうユートピアで、一緒だった学友を、===現在の日本を、実際に支配している、黒幕のたぶんトップであり、現在の坂本龍馬(スコットランドから遠隔支配をしていたと思われる)だ===と、これほど、はっきりと言ってしまうのは、私の被害があまりにも大きいからです。

 最近の、一か月、私は、自分の個人的な被害について語っていません。が、終わっているわけではありません。むしろ、増えています。が、私のほうが、ある種の考えのもとに、それを白日の下にはさらさないでいるだけなのです。

 ですから、元の友達であろうが、どうしようが、一応のこと、死んでいるということになっていて、この現在の日本では表向きは存在しないひとですから、ここまで、書くわけです。

 彼は、横浜国大の付属中学から、これも、当時はエリート校であった、都立日比谷高校へ進学しました。そこでは東大を目指していたと感じます。一浪ののちに、早稲田の政経学部へ、進学しました。

 彼は、1962年か、1963年の初めに、三鷹駅バス停で、私と会っています。それが、今の私の苦境につながるのですが・・・・・
それをここで語ると長くなりすぎますので、ここでは省いて・・・・・

 1963年の夏あたりから、急に活動を活発にし始め、四年時の、1965年には、早稲田の革○の委員長になっていました。
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副題5.『川本三郎氏を、代替のスターとして、使ったかな?』

 ここで、皆様にもわかりやすい話へ持っていきます。
 最近、電車の遅延現象が頻発しています。これのうち、10分の8は、どうでもいい理由というか、わざと、作られた遅延だと感じていますが、それを、起こすのは、動労を支配したという革○を、成岡君が自由に動かせるからです。なぜ、遅延現象が作られるのかも、理由があるのですが、それも、ここでは省きます。

 が、もう一つ、映画の世界が、これらの、諜報部分と密接に連動している話を、申しあげましょう。川本三郎という人がいます。私とは何も関係がない(と思います)し、ここで、名前をあげたくもないのですが・・・・・

 この人が著作を出版し、それが映画になりました。著作と映画の宣伝のために公開された情報によれば、川本三郎氏とは、誠実極まりない人物の模様です。この人と、もう一人、早稲田の革○に所属していた人物が最近、著書を出しています。そちらは朝日新聞の書評欄に取り上げられたことは確かですが、今、著者名を忘れています。このタイミングで、革○が大きな話題になるのはどうしてなのか? ほぼ45年間(それは大学紛争時から見ればですが、三里塚逃走後から見れば40年間)も、うずめられていたことがどうして今、これほど表に出てくるかです。

 それが、私にとっては大問題なのです。

 なぜか、といえば、私がパソコンの中で、成岡君について、下書きを書いた頃に、彼、および彼の家来として動くマスコミ人に、以下のように命令を下せばこのような現象が起きるからです。
 『革○を、代表するほかの人間に光を当てよ』と、命令すれば、このようになるからです。その企画としては、典型です。つまり、1965年当時に、この日本では、成岡庸司という名前を頭の中にたたきこんだ人間は、10万人は居るということです。彼の名前は一般紙、および週刊朝日にさえ登場しましたから。当時早稲田に所属している教職員および学生の頭に叩き込まれたと思うし、同時代的に明治や、日大で、闘争をしていた学生たちにも叩き込まれたでしょう。また、1950~60年代にかけて早稲田を卒業した多くの社会人にもその名前は浸透していたはずです。

 が、1966年ごろからとんと、名前が出なくなりました。わたくしはそれを、「いったん死んだことにして、フリーメイソン側の人間として働かないか」、と、巧妙にもリクルートをされ、その日以来、『この日本国を、陰から操ることを、最大のプライドとして、生きている』と感じています。私が、それらのことを書き始めたので、革○を代表する人物を、早稲田側から、自分以外に二人を選んで、脚光を浴びさせていて、そちらへ現在の国民の目が集中するように図っていると、感じます。

 それは、彼、および、国際的軍産共同体、および、フリーメイソン側が、考えたと、みなしているわけです。・・・・・だから、川本氏の存在に光が当たり、その著作による映画が、現在の若手名優、松山ケンイチ(2012年度のNHK大河ドラマの主役です)と、2009年度の映画の主演賞を悪人で総なめにした妻夫木聡を使って、制作され、発表されたのも、私にはうなずけることで、『自分の説の正しさを、裏づける傍証の一つなのです。本当なら左翼映画に、これほどの、大物は出ません。後後のマイナスイメージができるからです。が、革○は、左翼ではないのです。どうしてか、そのトップ、成岡庸司君が、国際的軍産共同体のトップエージェントになっているからです。だから、現在の日本での若手トップ俳優とみなされる二人を使うことができます。
 その映画は、「マイ・バックページ』です。

 実はこの後を、信仰としておこします。
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副題5、『お金持ちが、没落をした時の象徴的作品としての泰正名画図屏風』

 ここで、諜略のことから離れて、トップの話題へ戻ります。つまり、私が負け組が好きで、複雑な人間であるという部分に戻ります。
 そこからの連想で、泰正名画図屏風の、所有者の県へ入っていきます。

 最近、サントリー美術館で、泰正名画図屏風を初めて左右両方一対にして展示をしました。旧譜代のお殿様松平家で、江戸時代は、一対のものをして、飾られていた可能性はあるものの、一般庶民が見ることのできる展示品としては、初めてのことだったのです。それで、大きな、話題になりました。

 それですが、左右そろいのもののうち、ひとつは、松平家から、維新の戦争の際に、萩の士族・前原一誠が持ち出した(またはもらった)物だったそうです。その前原一誠は、萩で、明治政府に反乱を起こしました。前原一誠にとっては明治政府といっても、元同僚で、しかも、自分自身の名誉や富を追及するずるい人たちでしかなかったのです。
 それで、結果として負けて、前原家が没落をした(?)ので、屏風は売り出され、実業家池長氏へ渡理ました。この人が、真実の美術愛好家・・・・・特に日本初期洋画の愛好家(プラス研究家)であって、大切にされ、その後神戸市に寄付されました。
 一方、松平家に残ったものは、サントリー美術館が買い求めた(?)のです。

 屏風は数奇な運命をたどっています。

 特に制作時の意図が、最近明らかにされてきつつあります。それは、上の流転史を抜きにしては語れないでしょう。

 で、研究者たちはいろいろ遠慮がまだあります。それは、江戸時代までの正式な所有者であった、松平家に対する遠慮です。また、前原家、池長家なども、経済的な没落という点で、マイナスの事実があったことが庶民に明らかになってしまいますからね。

 そして、今の段階では、たくさんのたぶんを含んでいますが、相当な程度に研究が進んでいます。
 (たぶん)イエズス会が(多分)狩野派に描かせて(多分)、徳川家康に献呈したであろう、この見事な屏風は、その役目(禁教を解除させたい)を果たさず、本来なら焼き捨てられたりするべきところを、当時の松平家の祖先(家康公の息子?)がもらったのでしょうか?
大変ドラマチックな由来を持つ屏風です。屏風の図柄は、ヨーロッパで印刷されたカレンダーの周囲を飾っていた、版画からの模写であるらしいのですが、画材といい、全体の大きさといい、丁寧な、描き方と製法(表装)といい、まさしく、圧巻の名作です。いや、宝物というべきか。
   15日に書き、17日に前半部分として、ここで、一応の終わりとする。
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橋本徹大阪市長と、小沢一郎氏が結託をする? その意図と、真実の裏側は?

2011-12-13 15:37:36 | Weblog

 本日2011年12月13日にウエブサイトニュースに、日刊現代初のウエブサイト記事として、橋本徹大阪市長と、小沢一郎氏が、結びつきつつあり、それは、本当のところ、どうなっているのだと、言う記事が出ていました。

 これは、これから先、どういう風に流れていくのかを注目しないといけません。私としては、『小沢氏側がちょっかいを出した。人気者にはすぐ、すがるのね。または、利用する』と思っていますが、
 それに対して、橋下氏がどう出るのか。それによって、この問題から、橋下氏の器と思想のあり方が露呈してきます。こういうところをきちんと抑えることが、原発などを廃棄する要諦です。日刊現代が、この記事をネットに載せるのは、今までの流れから見ると小沢氏サイドに立っているという、基盤があります。小沢氏は、反米的・カツ・愛国的なな発言も繰り返していますが、実質的には最も親米です。この場合のアメリカとは、一般庶民ではなくて、GEなどの、コングロマリットを指し、原発用の核燃料を売りつけている側が、構成するアメリカを指します。

 一週間前は、週刊大衆に、この問題が出ていました。次に日刊現代です。こちらは、宅配がない新聞です。が、サラリーマンがキオスクで買って帰途電車の中で読んでいます。だから、影響力があるとみなさないといけません。で、使うメディアがより大きくなっています。そろりそろりと、既成事実を作り上げて、橋下氏を自分の陣営に引き込もうというのが小沢氏サイドの意向でしょう。

 私に言わせれば、日本は被・植民地国家なので、英雄を作らせないと、言う手法がとられています。英雄になりそうな人物は、ことごとく、その芽を摘み取られてきていました。が、橋下氏は、かいくぐり、かいくぐり生きき続けてきていて、大阪維新の会というものを作り上げ、小さな英雄となっています。
 で、現状に不満を強く抱く、この現在の日本国家のある層の、人気を得ています。『うまくすると、首相になるのではないか』という期待をもたれています。そこに、早速乗っかろうとする小沢氏サイドの汚さ。

 いままで、テレビ朝日の動向を丁寧にチェックしている私には、まず、盗聴を仕掛けたというフェイクのユースで、コングロマリット側がどれだけ、橋下氏を警戒しているかを知りました。ずいぶん前の話ですが、大阪の教育委員会が、わざわざ盗聴器を指し示しながら、記者会見を行いました。あんなの、『盗聴器を仕掛けておいて、あるよ』と、告げれば、すぐ出来上がる類のニュースです。

 だから、私は盗聴器を仕掛けた側、および、盗聴器があるよと誰かにちくった人物たちすべてを通じての行動の裏側を推察し、これ自体を、例の『人気者を追い落とすために作られているフェイクなニュースだった』と見ています。

 しかし、どんなに、橋下氏を警戒して、フェイクのニュースを作ったり、過去の生育暦を暴いて、いじめたり(?)しても、彼には支援層が厚くあるのです。それに彼自体が、無鉄砲なほど、元気がよくてつぶれません。

 で、『つぶせないのなら、ここで仲良くして、俺の配下にして骨抜きにしてしまおう』というのが、小沢サイドの考えです。こういうところ、(=最高のだましのテクニック)を見破らないと、原発廃棄などできません。

 日本の、国民一人一人が賢くなること、それが、原発廃棄を進める最上の手法です。

この件で、最大の注目ポイントは、『橋下氏が、これから、どうでるのか?』です。すでに、50%以上のレベルで、たらしこまれているのか? 

 このように、週刊大衆よりは権威も高く、読者層も多い、より大きな世界==Livedoorのウエブサイト==に、ニュースとして紹介をされた)というのは、小沢氏サイドの、勝利感を証明しているのかも知れず、私としては無論のこと、残念です。

 選挙前、一ヶ月の近時差で、放たれた週刊新潮と、週刊文春を舞台とした、紙爆弾に、抗議してあげた私としては、橋本氏に、「裏切られましたね」と思うばかりですが、いろいろなニュースを通じて、裏切り(=国際的軍産共同体側からの、ゆりもどし)に出会うのは、これが初めてではないので、そうですかと、思って、精神的には普通の状態ですけれどね。怒っても居ないし、参っても居ないし。

 つまり、これは、菅首相不信任案が出て以来の、小沢氏主導の大きなゆり戻しなのです。つまり、原発を廃棄させないがための一里塚のひとつです。

 原発を廃棄させる方の、一里塚も進んでいると感じますが、反動の方の一里塚も、決して歩を緩めず、進んでいるのです。
 
 ただ、日本国民が、このニュースにどう対応するか。それが、私にとっての大問題です。

   2011年12月13日 雨宮舜(本名 川崎千恵子)

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鎌倉駅の地下道で・・・・・(+、山口さんのレジ袋)

2011-12-12 00:30:40 | Weblog
 まず最初に置きますエッセイは、私のものとしては珍しく、完成形に近いエッセイとして書いていて、自分の三冊目の本に第21章として採用してあります。その中では、私と思しき女性は百合子と呼ばれる突き放した形で登場します。

 もし、このブログの読者が昔からの友人だけであれば、再度登場させたとして失礼なのですが、最近、新しい読者もご参入になっていると信じて、ココに採録をさせていただきます。

 それが、終わった後で、京橋の画廊、山口みつ子さんについてのまったく新しいエピソードをさらします。これは、初めて語るものです。両方とも高齢の未婚(非婚)の女性への私の思いを語っています。二つは文体さえも違いますが、テーマが同じです。高齢の、独身女性の切なさを語るというポイントでです。これを書いた当時は、私自身が、ニューヨークで孤独死で終わってもよいから、100%のアーチストでありたいと思っていたので、決して他人事ではないエピソードでした。どうか、読んでいただきたいと思います。
~~~~~~~~~~~~~

副題1、「鎌倉駅の地下道で」
・・・・・夢の中の白馬の騎士に話し掛ける、孤独な女性・・・・・  

 鎌倉の公民館で夜の九時半頃、非常に派手な主婦たちが大勢出て来たのを目撃した事がある。最初は単なる聴衆だと思い、派手派手しさは今日の主役に対するオマージュとしてのファン気質の表れかと思って、それほど主婦たちを動かす力を持つ、歌手は誰なんだろうと不思議に思った。で、そこら辺りにいる、大きな花模様のワンピースを着た、でも顔からは六十代だと推察される女性に話し掛けると、「いえ、私たちはフラダンスの発表会の帰りなんです」と応えた。「えっ。では、あなたが踊られたの?」と聞くと「ええ、そうですよ」との事。そう言えば彼女たちは、パフォーマンスを終えた達成感からか、大いに高揚をしていて、顔も上気した感じでうきうきしていて、お色気もたっぷりだった。それを見て、百合子は「あ、こう言う生活も良いものだなあ」と思った事がある。

 この最初の段で夜の九時半頃と書いた。実は百合子は、結構夜の鎌倉へ出掛けて行く。家族へは、「市役所へ腐葉土を貰いに行ってくるわ」と断って、九時半から、十時ちょっとすぎまで、ウォーキングをする事が有るのだ。昔、ラヂオ体操で、首の神経を傷めた事があって、百合子にできる運動は、今のところウォーキングだけに成り、『昼間あたまだけ使っちゃったなあ。これじゃあ熟睡できないよ』と思う時はビニール袋を二つ持ち、腐葉土を取りに行くかたがた、若宮大路から、御成り通り、小町通りを歩く。
 
 さて、鎌倉駅の傍に、地下道が有る。とてもレトロな連絡通路。そこに、ショー・ウィンドーが設置してあって、市役所関連の催し、が使っていて、作品が良く展示をしてあり、一種の画廊に成っている。

 ある夜の九時半頃、そこで、絵を見ながら、大声で話をしている女性がいて、「誰を相手に?」、と周りを見回しても誰もいない。『まあ、ちょっと変った人ね。でも、私の事をも、他人はこう思っているのかな』などと、思いながら傍を通り過ぎて、市役所で、備え付けの大きなスコップを使って腐葉土を掬い上げ、さらに、コンビニで、アイスクリームを買って、十分後ぐらいに、また、地下道を通ると、さっきの女性が先ほどより、さらに大声で話をしている。百合子は、『ああ、良かった。私の思い違いだったわ。誰か連れの人がいるんだ』と遠くからは、一旦は思った。そのトンネルへの市役所側からの進入路はカーブを描いているので、彼女の姿は見えず声が聞こえるだけだったから。が、直線に入ってみると、十二メートルぐらいの長さのトンネルの中に、他には誰もいなかったのだ。

 先ほどと同じく、彼女はたった一人で、鑑賞し、その結果把握した事を、誰か、この場所には実在をしていない人に向かって、話し掛けているのだった。行きには、彼女のすぐ傍で、瞬間的に、『独り言が、大声過ぎるなあ』と、気がついただけだったが、帰りは意識をしていたので、トンネルに入る前、とか、出たあとでも彼女の声は追いかけて来て、その孤独の風情は胸に迫った。

 先ほど、前段で取り上げたフラダンスの発表会に向かう主婦とは、たくましさと、明るさの面で、なんと違う風情の女性だっただろう。七十歳を超えていると思われる、上品な洋服と、同じく上品で、しかも知的な横顔の女性。静かで寂しげで、そして繊細で孤独で。
*******

 百合子は帰り道、想像にふけった。『彼女はきっと、戦時中に女学校に通った世代よ。あの世代は男性が戦死した人が多くて、彼女自身の、恋人(白馬の騎士)も、きっと戦死したのだわ。だから、今は孤独なひとなの。子どもがいたり、孫がいたりしたら、おばあちゃんが、こんなに夜遅く、帰って来ないなんて、心配するもの。普通ならそれが理由で、出歩けない時間だもの。そして、鎌倉のお嬢様だから、先生か、大会社の経理事務などの、給料が多い良い仕事を、一生に渡って続けて、今は年金暮らしで、経済的には安定している。でも、『今時のテレビなんか、見ても意味が判らない。ばかばかしい騒がしさで、疲れるばかりだ』と思っている筈だ。テレビを見るくらいなら、きちんと服装を整えて外出して、このショー・ウインドーを見る方が、彼女の趣味には合うのだ。きっとそうなのだ。昼間は出歩かない人なのだ。現代の鎌倉の喧騒が会わない人なのだ。

 この地下道で、中学生の絵とか、(その日は実際の展示物は市の歴史とか、博物誌だったのだけど)毎週、変る催しを楽しみにして、夜正装して出かけて来る。

 そして、その楽しみ方は噛み砕き、噛み砕き、繰り返し、繰り返し、読み、味わい尽くす。そうだろう。だって十分以上もそこにとどまり、そこで、感想を話し続けているのだから。
 
 その自分がわかったポイントを、誰かに話したい、告げたい。その相手は、きっと、大昔の白馬の騎士、そうよ。きっとそうよ』と、
延々と想像を重ねたのだった。そして切なくて、涙が出そうだった。もしこの想像通りだったら、この人も戦争の犠牲者の一人だ。あのフラダンスの主婦族は五十代だった。戦後の世代だ。よりあっけらかんとしていて、物質文明の豊かさも味わい、現代の自らの生活に疑問が無い。この孤独な女性とは、まるで、ムードが違う。
 
 でも他方で、なんと、「本物の作品は力を持つのだろう」とも思い到った。そこは、画廊が多く集積している銀座でもなんでも無い。ただの地下道で、電気は煌々と明るいけれど、冬なんて、風がふきっさらしの地下道で、見せているものも、鎌倉市が提供するあまり程度の高くない作品群なのだ。
 百合子のような見巧者だと、「ふん」と言って通り過ぎたりする時もある。だけど、この女性は、それを白馬の騎士(?)と共に味わい尽くすために、誰もいない夜遅くに、きちんとおしゃれをして、ここに来る。
 
 何と言う事だろう。ある人の最晩年の孤独を、こんな世界が、慰めていたとは。

 「美術教育を無くしたりしてはいけない」と声を大きくして言いたい。絶対にそれは、大切なのだ。アートとは、一人の人の晩年を支えるほどの、力があるのだ。全ての人の、鑑賞能力を高めるためにも、絶対に美術は、そして美術教育は大切で、それをないがしろにしては成らない。彼女は育ちが良く、鑑賞する能力を家庭か、往時の学校で、つけて貰ったのだろう。でも、今、政治の世界で『経費を削減するために、美術教育を廃止しよう』などと言う、暴論が出ている。それは、絶対にいけない。 
                                  二〇〇五年七月二十一日、 
 
副題2、『山口みつ子さんのレジ袋』


   私は、2010年の一月に突然死なさった、ギャラリー山口のオーナーに、ブログで、何万字も費やして、・・・(六回ぐらいに分けて)・・・書いています。今日は今まで、一回も書いていないエピソードを。・・・・霊前にささげるつもりで今から書きます。
   あるとき、京橋の美々卯の脇の路地で、山口さんと、すれ違いましたが、彼女は小さなレジ袋を持っていました。お昼だと直感しました。大好きな女性でしたが、ある程度の礼儀をいつも守っていたので、「ああら、今日はコンビに弁当ですか?」と、ぶっちゃけた話をするのはためらわれました。
   彼女は、さばけた女傑として、外部にはご自分を演出して見せていましたが、本当は繊細で、殻を破れない人だとも私はしっていました。お嬢様育ちであり、戦後女性解放の時代の最先端の概念をご自分で体現しておられましたが、それゆえに、矜持も高くてふざけた会話ができませんでした。 


  しかし、そのときにはっしとまなざしを交わしながら、私は『山口さん、私にコンビに弁当(またはおにぎりを二つぐらい)を買ったことを見られても大丈夫よ。私誰にもそれを、山口さんが、経済的に大変だという話としては明かさないからね』と、のべ、彼女は、それを感じながら必死で、何かに耐えていました。なんと悲しい思い出でしょう。私はお金の件では彼女ととても似ていました。経済的に恵まれて育っていて、それゆえに、お金の計算ができない人です。彼女と付き合っていた、2007年ごろは本を六冊も作るために、しかもそれを売らないで献呈し続けているために、お金が底をついていて、大変な倹約をしていました。だから、霊波のように、彼女が何を考えているかがわかり、それに対して、いとしくて気の毒でたまりませんでした。
  たまたま、私の方は、彼女の死後、10ヶ月目に、母がなくなり、母からの遺産が入りました。で、急にお小遣いに不自由しないようになりました。

  で、旅行をしたり、外食をしたりすることが自由になりました。でも、ほとんどのケースで、そういう楽しみを一人で、やっています。それは、非婚(未婚)だった、そして、画廊のオーナーとして忙しかった、山口みつ子さんと、すべて、を、一緒にやっているつもりがあるからです。「みつ子さん、これ一緒に食べよう」といつも心の中で、話しかけています。それは、一種の祈りの行動です。両親の仏壇を作り、その前でも祈りますが、町の食堂、特にホテルのバイキングなどを、試しているときには、彼女・山口みつ子さんのために、祈っています。

 これは、物理的には何の効果も挙げません。だが、一種の兄弟というか、家族を形成しているともいえます。抽象的なレベルでは、常に一緒にいる双子のきょうだいみたいなもの。本当に写真もないし、お墓も知らないし、しのぶ会さえ行われなかった、彼女の魂をいつも身近に、引き寄せて、町を歩いています。六本木の光麺で、水餃子を食べているときも、「みつ子さん、あなたの、殻を破って、こんな庶民的なものを、一緒に食べられるとよかったね。これ結構おいしいしね」と話しかけています。常に。、

       2011年12月12日  雨宮舜(川崎 千恵子)

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Human Error の歌詞

2011-12-11 22:13:28 | Weblog
以下は一種の詩です。元は、歌です。ラップミュージックみたいなものです。フェイスブックの世界で、大変な話題を呼んでいる歌です。長いものをある方が歌詞を、起こしをしてくださいました。ご存知だったかもしれませんが、ここに展開をします。前報、詩作との関連で。

Human ERROR (by Frying dutchman) の歌詞 文字おこし
作成: YO女史。 日時: 2011年12月1日 15:20

人類は遥か昔

本当の時を奪われたせいで五感が低下し

テレパシーだとか

想念の力とか

今とは想像を遥かに超えた別の次元のクリエイティブなテクノロジーを失ってしまったんだよ

いつの時代も毒を持った悪い奴らがいて

その能力を独占するために偽物の時間を作り出し

物質に頼る文明を発達させるために破壊という科学を生み出して

戸惑う人々に対して自分たちの身勝手な屁理屈を定義づけるために宗教を操り

その裏でエネルギーを牛耳って

経済というお金のシステムを構築してきた代わりに偉大な能力を失ってしまった

何千年もかけて遺伝子的に記憶障害が起こり

何度も何度も生まれかわって完全にその能力を忘れてしまった俺たちは

記憶喪失なのだ

四次元の科学や哲学の話で

ファンタジーに興味のない人には面倒臭がられるけど

まあ要するにお金を儲けるためにメディアを駆使し

人々をコントロールし

騙して

自然を破壊し

無責任に危ないものをいっぱい作ってきた奴らが

自然を愛し

自然を育んで

自然と共に生活してきた人たちに

長年に渡ってものすごい苦痛を与えてきた事実が明らかになってくると

犠牲になってきた人たちの上に 電気っていう暮らしがあるんだよ

そして

パンドラの箱の底をのぞくと

太陽光発電だとか

無限エネルギーだとか

自然を壊さなくても自然を利用した技術が発達してて

今は原発がなくても十分電気が賄える時代なんだよ

しかも低コストで

今ある原発をすべて止めても水力火力をフル稼働するだけで賄えるんだよ

それを隠して騙す理由は

ものすごい利権が絡んでるのさ

金だよ 金

末期的に気が狂ってるよコイツらは

原発一基作るのに1兆円ほどの援助金が国から電力会社におりて

電力会社はターゲットを決めてその土地の人たちに近づいて

金をばら撒くんだよ

おっさんをキャバクラに連れてって

お年寄りを温泉旅行

接待 接待 接待

街が復興するよなんて子供だましな嘘ついて

反対派 推進派に 人々の心をお金で引き裂いてくマニュアルがあって

海を売った漁師に莫大な漁業権を支払って

安全対策やら

危ない秘密の実験やら

プロパガンダの広告費で莫大にかかってるそのお金は みんなの税金だよ

そうやって59基ある日本の原発は作られてきたんだよ

身体に50個以上の時限爆弾をつけて生活してるのと同じで

1個でも爆発したら そこにはもう人が住めなくなるし

なんにも生息できなくなって じわじわと汚染が広がってく恐ろしいものが59個あるんだよ

嫌なイメージだけど

核の平和利用の名の下に 日本は核兵器を持ちたいがために

これだけ強行して作ってきたんだよ

中国電力は

山口県上関町の田ノ浦の美しい海岸を埋め立てて

これから日本最大級の原発を2基作ろうとしてて

その対岸に住む祝島の人たちは 30年も反対してやめてくれって言って

生活をほっぽり出して必死に食い止めてきてるんだよ

豊かな自然と共に みんなそこにずっと住んで生活してるんだぜ

歴史もあって

広大な自然が残っている素晴らしいとこなんだぜ

そんなの全部無視して強行しようとしてるんだぜ

この期に及んで「福島原発とはうちは関係ありません」って言って

毎日工事してるよ

愚かだよね

この前地震があった静岡の浜岡原発も大丈夫っていまだに止めてないし

何が大丈夫?はあ?お前の頭が大丈夫なのかよ?

末期的に気が狂ってるし 宗教よりもキツい洗脳されてるっていうか

自分たちで安全安全ってほざいてきたその呪縛にかかってるよね

ほんとにバカ

でもそんなバカヤロウに騙されてきた俺達もバカヤロウだし

完全に罠にハマってるよね

ツイッターやネットで原発を反対している人のあげ足を取るようなレス多いけど

そんな奴ほど薄っぺらく 何にも実態わかってないし

情けなくなるぜ

そんな君達も原発を推進するなら

応援するなら

広島 長崎の原爆

第五福竜丸の被曝

1953年国連で核の平和利用のキャンペーンが始まり

その裏でソビエトとアメリカが冷戦下で核開発を競い合って

読売新聞

読売テレビの正力松太郎を介して

アメリカから日本に原発計画が進められ

ウランが渡ってきたとこから日本に原発が誕生し

今に至るまで知ってから話してくれよ

気持ちは変わると思うぜ

原発によって社会全体に影響している負の連鎖なんて見えてきたら

吐き気がしちゃうよ

まともな心を持っていればね

テレビや新聞は騙すために使われてるよ

特に日本はひどいよ

今もテレビの報道機関はひど過ぎるね

プルトニウムのプの字がやっと出てきたね

この世で一番危険な物質だよ

福島の3号機は関西電力の星野監督が出てるCMでもお馴染みのプルサーマルだよ

プルトニウムで発電してるやつさ

星野さんも反省してるかな

あれが爆発してるんだぜ

なのに次の日の新聞の一面は

計画停電

プロパガンダだぜ

自分たちの悪事を隠すためにいったいどれだけの人を犠牲にするんだよ

ふざけるなバカヤロウ

プルトニウムは放射線とは比べちゃいけないよ

この物質を少しでも吸い込んだらすべての細胞やられちゃって

遺伝子もぶっ壊されて再生もできなくなるんだぜ

それが漏れてるにもかかわらず長い間プの字に触れない奴らの口癖は

ただちに人体に影響はない

ただちに人体に影響はない

ただちに人体に影響はない

今年の流行語大賞だぜまったく

一大殺人集団

組織犯罪だよ

原発に関してだけじゃなくてもしっかり情報が公開されていれば救えた命はもっとあったはずだよ

テレビ局イコール原発

このシステムがイカれてるぜ

人の命をなんや思てんねん あほんだらボケカス

まぁそうやって嘘つきまくって人々騙してきた奴らが

今は何をやってるかっていうと

国民のことよりも責任を逃れるために頭フル回転させて必死で言い訳を考えてるよ

それが奴らの仕事さ

おかしいよね

Human ERRORだぜ

もうバレバレだよ

全世界が見てるよ

今 世界中がこの日本に襲ってきた痛みを日本人がどう乗り越えるか注目してるよ

日本の若者がどう行動するか

アーティストやミュージシャンがこの痛みをどうアートにして訴えて想いを込めて乗り越えるのか

世界中のみんなが見てるぜ

日本は一大事なんだよ

あげ足の取り合いしてる場合じゃねえんだよ

もう寝てる場合じゃねえんだよ

原発なんてもう時代遅れ

スウェーデンなんて原発は破滅に向かってるから原発をやめますかって

やめたら初めのうちは苦労しますけどって国民に真実を話したら

国民はやめようっていってすでに原発なしでやっていこうとしてるぜ

日本もとっくに自然エネルギーだけでやっていけるだけの技術は持ってるんだよ

それを騙して

脅して

隠してるだけ

お金のために

早く気づいておくれよ

どうしてそんな無関心でいてられるのさBaby

青森県六ケ所村の核の再処理工場には

核の廃棄物用の3千トンのプールがあって

核の廃棄物がそこにあふれてて

埋め切れないから廃液を海に捨ててるんだぜ

信じられないだろ

それをみんなに黙ってるんだぜ

隠してるんだぜ

その工場が爆発したら日本どころじゃなくて地球がつぶれるほどの核がそこにはあるんだよ

原発に関してだけでも隠してることはたっぷりあるんだよ

まだ騙そうとしてる現実がこの前の計画停電さ

あれは国民に原発がなかったら不便だとか困るとかって植えつけて

原発をこれからも維持するためにわざとやってるんだよ

そんなことやったせいで死人まで出たんだぜ

そんなことしなくてもオール電化が流行ってるぐらい日本の電力はあり余ってるんだよ

みんな

普通に考えてくれ

日本は温泉大国でそこら中に温泉があるだろ

温泉掘って地熱発電もできるんだよ

フィンランドの人たちはなんで日本は地熱発電しないんだって首をかしげてるよ

日本は島国だから潮の満ち引きを利用した無限エネルギーも有効で開発は進んでるんだよ

送電線一つにしても

今使ってる電線は発電所からそれぞれの家庭や施設やビルに届くまでにものすごい電気を垂れ流してるんだぜ

君の家に届くまでにものすごいロスがあるんだよ

今は電気が殆どもれない送電線がすでに日本にはあるんだよ

日本人の技術はすごいんだぜ

1兆円あったら太陽光どんだけ作れるんだよ

なぜそうしないかって?

核兵器と金だよ

薄汚い金

ものすごい利権が絡んでるのさ

それにみんなたかってるの

日本の電気は独占企業でそれ自体が法律違反してるよ

みんな何のために税金払ってるんだよ

金 金 金 金 金

お金も大事だけどもっと大事なもの あるよね

そこを忘れちゃいけないよ

お金があっても家は買えるけどhomeは買えない

時計を変えても時間は買えないし

本を買えても知識は買えない

Bedを買えても眠りは買えない

医者に診てもらうことはできても病は治らない

電気を買ったら自然が壊れちまったよ

なにかしてあげたいけどお金しか出せなくてモヤモヤしてる人 いっぱいると思う

お金を出すことは善意でいいことだけど

自分が出したお金がその出したところに どういう風に使われて どう人の役に立つのかってまで考えて義援金を出してる人は少ないね

ただモヤモヤした気持ちをお金ですっきりさせているだけで

無関心な人多いね

その会社が儲かってるだけかも知れないよ

だから例えばライバル電力会社とか作って

京都でいうと京都中の屋根を太陽光にして

京都なんて100メートルも掘ればどこでも温泉出てくるし

一家に一風呂なんて粋じゃない?

それで地熱発電にして

地熱は弊害もあるしそこはみんなで考えてバランスとって

京都はダムもあるし

曇ったって大丈夫

雨なら今ある水力でこれ以上自然を壊さなくても電力供給できると思わない?

もちろんそれをするには資本がいるし

支援金を募集してそのお金を具体的にどう使って具現化していくか

プロセスもしっかり公開してみんなでやっていけたらいいよね

使い道がしっかり公表されて有意義ならお金を出す価値があると思うよ

義援金詐欺があるくらいだし

大企業だからって信用しちゃいけないよ

大企業だからこそ上手く誤魔化せるんだよ

こんなこと言いたくないけど

今の日本じゃ情けないけど信用できないね



原発は今まで俺たちの暮らしを支えてくれました

今まで実態を知らずにそれを許してきました

本気で原発を設計してきたその危険性を一番わかってる技術者の人も

俺たちが遊んでいる間も 高い給料もらって必死に設計してくれたんじゃないかな

百歩譲って原発に感謝しようって気持ちはあるんだけど

騙されてきたんだし

やっぱり感謝できないよね

そして

後の何世代にも渡って禍根を残す汚れたものを この国に無責任に作ってきた

電力会社

原子力安全保安院

官僚

政府

財界のお偉いさん

大企業

マスメディア

御用学者

そして それらに関係する奴らのお金という名の悲劇をこれ以上見るのは悲し過ぎますが

この確信犯たちに目を背けずに

真実の目でしっかりと追求し

これからどこへ向かっていくべきなのか

真実を知ろうとする気持ちがあれば

クリエイティブなイメージが生まれ

具体的な提案を示すことができるし

何千年かけて失ったものをまた何千年かけて取り戻せるきっかけにもなるはずだよ

とにかくもう

原発は必要ない

これ以上無関心で騙され続けたら破滅するぞ

電気が足りる足りないの問題じゃねぇんだよ

電気がなくても生きていけるけど

自然がなかったら生きてけないだろ

取り返しのつかないことがもうすでに起こってるんだぜ

人間のエゴに巻き込まれた動物や植物たちにも迷惑どころの話じゃねぇし

何が一番可哀想かって?

子どもが一番可哀想だろ

俺たちの未来なんだぞ

守ってやれなくてどうすんだよ

50年100年200年後の世代に

今の俺達のこの時代を

ヒットラーと呼ばれてもおかしくないぜ

みんなが事実の裏に隠された真実を見れば

武器なんて物騒なもん持たなくても

一撃で世の中ひっくり返るんだよ

どんなに遠回りしたって

何度生まれかわったって目指すところは1つさ

愛だろ

愛だろ 愛

綺麗事でもねぇし照れてる場合じゃねぇんだよ

Loveなんだよ

愛なんだよ

Loveって言ってみろよ

愛って言ってみろよ

愛って言ってみろバカヤロウ

だからバカヤロウって叫ぶんだ

バカヤロウ

バカヤロウ

バカヤロウ

バカヤロウ

バカヤロウ

バカヤロウ

さあ立ち上がれ

声を上げろ

原発絶対反対

原発絶対反対

原発絶対反対

原発絶対反対

ただちに撤廃せよ

※間違いがあったらごめんなさい。よろしければご連絡ください。
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詩作と、時代性(+、六本木・私考)

2011-12-11 10:23:03 | Weblog
副題1,『詩と散文との違い』

  SさんというFBフレンドがいます。彼女は時たま長い文章を投稿します。それが、心理的な分野のものです。で、何回かそれに接したあとで、ふと、「詩作に入ったらドウですか」と提案しました。そのあとで、決して喧嘩ではないが、長いコメントのやり取りがあったのですが・・・・・30分ぐらいのうちに、『彼女には今のままのほうがいいのだ。この文章を詩に直す必要はないし、むしろ、無理であろう。角を矯めて、牛を殺すことになるだろう』と感じ始めました。

  それは、『彼女を取り巻く、時代と環境が詩作には向いていないのだ』と、わかったからです。しかし、その結論を言う前に、どうして、彼女に詩作をすすめたかを述べさせてくださいませ。
  彼女が書いているものは、心理的な葛藤とか、感動とかそこから何を自分が把握したかという分野のものです。ほかの種類もあるが、それらのものは必ず、彼女が涙した日に書かれています。私は自分も生々しいものを書く人間ですから、そういうものに接してもたじろぎません。そして、年をとっていますので、保護者めいた目線で、そういうものを読み、保護者めいたコメントを出すことを任務だと感じています。だから、私はかまわないのですが、
  いいものなのに、来ているコメントの数が少ないのです。それがどうしてかというと、現代ではみんな忙しくて、かつ『他人のことなんか、知っちゃあいないよ。・・・・・あんたが泣こうが笑おうが、わしゃあ、知らんけんね』という感覚があるやも知れません。それは、Sさんも覚悟をして投稿なさっていると思いますが、一方で、非常に優しい心情の人が、生々しいものを読むと、『あ、読んではいけなかったのかな?』と思ってしまって、コメントを寄せることをやめてしまうケースもあると思うのです。

 でね。詩として書くと、一枚ヴェールがかかるので、読者に気恥ずかしさがなくなるのですね。生の心の発露に接しても、それは、着衣のマハとなり、大丈夫なものとして受け止められやすい。というのが一点であり、
  もう一点は、散文よりも詩のほうが命が永らえやすいという点です。

~~~~~~~~~~
  しかし、それが無理だと思ったのは、詩を作る心情とは結構硬いというか、厳しいというか、自らを突き放したものであろうと思われるのです。そういう環境に彼女はいない。お若い彼女は、少女時代から今まで、経済的には苦労をしたことはないであろう。そこだけでも、詩作からは遠いかなと思います。これは、決してけなしているわけではなくて、本当のことが、どこにあるかを突き止めるためであり、ほんとうであることがもっとも大切だからです。
  今、90歳を越える詩人として有名な、柴田とよさんがいます。彼女は、戦前、戦中、戦後の、日本が貧しくて、厳しい生活を余儀なくされた時代の生き証人です。だから、今の時代に人々を励ましたいという欲求が結露してくる。

  私が、Sさんに詩作を勧めたのも、彼女が散文に書いているものは、やはり、同じように、心の結露だからです。が、Sさんから受けるのはマシュマロみたいに柔らない感じです。それは若い女性としては、悪くない。現代の都会に生きる若い女性としては決してけなされる資質ではない。しかし、過去の記録を見ても、マシュマロみたいに柔らかな人生を送った詩人はいないでしょう。山頭火にしろ、誰にしろ、実家がドウあれ、貧しく、さまよう人生を送ったのです。
  もちろん、経済的に豊かな人だって、詩人になれる可能性はあります。だけど、裏に修羅があるはず。何らかの決壊点があったはずなのです。(児島百代詩集 etc)

副題2、『豊かになった日本』

 また、職業の問題があります。芸術家たらんとすれば、なにか、分野を選んで、創作していきます。

  私の場合は絵や版画が専門ですが、環境として、それは、(私の場合は)一人暮らしでないとできないという感覚があって、パソコンを使った散文を書いているわけです。それは次善のものだけど、それでいいという納得があります。また、ものを書き人に見せはじめて、すでに、エッセイを、9000本近く書いています。それゆえに、一応のスタイルとか、書き方も確立しています。

 個人的な生の体験を書きながら、どういう風に、その・・・・・読者と自らの間に横たわる・・・・・、気恥ずかしい感じを取り去るかといえば、非常に長い文章にして、どこかに論理的なものとか、評論チックな部分も入れるのが策といえば策略です。言葉は全体に平易なのです。だが、どこかに硬い部分も入れておいて、互いの間に横たわる気恥ずかしさを乗り越えさせるわけです。

  ただし、これは、69歳の老獪さというべきものであり、
  まだ、お若いSさんに対して、「他者に気はずかしさを抱かせるから、書き方を変えなさい」といってはいけない部分だったのです。というのもSさんの職業はラボといって、子供たちに英語を教えていく教室です。しかも絵本を読み聞かせたり、お芝居をやらせたりする実践を通してでしょう。となると、子供に好かれる明るさと、やわらかさは必要であり、芸術家になってはいけないのです。芸術家って、無骨で、愛想がないのが普通なのですよ。個展のときは愛想を振りまきますが、それは、普段はやりなれていないことだから、ぐったりと疲れ切って終わるのです。

  今のところ、Sさんは芸術家になってはいけない人なのですが、いつか目覚めて変身するかもしれません。がその前に痛みを伴う大きな挫折があるはずなのです。そんな苦しい道へ、わたくしが、幸せな普通のひとを導いてはいけません。

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副題3,『詩作ができる、または、はやる時代がまた来るのか?』

  私は実は三十代や、四十代に膨大な数の詩を作りました。が、防湿効果のある箱に入れず、段ボール箱に入れて押入れに保存をしていたために、鎌倉の深い山の中に住んでいるという湿気のために、すさまじいカビが発生していて、あまりにも怖くて全部焼いてしまいました。はたきではたけば飛んでいく、粉のようなカビではなくて、海に浮かぶ海草のように、茎(=軸)があって、そこから多方向に発展していく枝葉まであるような、かびです。紙にもべったりとついていて、はがれませんので。

  しかし、今はまったく詩作をしていません。それは、パソコンがあって、散文を書くのが容易であり、また、それを、『他者に読んでもらいましょう』という手はずも簡単に設定できるからです。きっとそうでしょう。メール(メルマガ)、ブログ、フェイスブックの三つをやっていますが、そこはかとはない相手の存在を感じて、います。それは、架空というか、ヴァーチュアルというかであっても、交流を感じ、発散をすることができるからでしょう。ためがないとよく言われますが、日常的に放散をしているのです。

  それは、私以外の一般の日本人にも当てはまることです。

  ただし、福島第一の災禍に出会った人の中に、大詩人が出ているそうです。
なるほど、なるほどと思いますが、この一週間のうちで、三回ほど訪問したミッドタウンや六本木ヒルズの中には、それらの苦難とはまるで、縁遠い世界が、展開しています。

   これからの日本はどちらに転ぶのでしょうね。詩作の盛んな国か、詩作が消えていく国か?

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 さて、時代のある局面を表す六本木に泰西名が図屏風を見に行ってから一週間に三回通っています。その件についての一文を添えさせてくださいませ。


副題4,『今、六本木で外人に道を教えている』

 私は上野や銀座に慣れている人で、美術の新センターとしての六本木はあまり好きではない方です。ところが、一週間前にサントリー美術館に泰西名画図屏風を見に来てから、この一週間で、三回連続して、六本木に来ています。三回連続してくると地下道の有様をはじめ地上の様子も相当に頭に入りました。
 ところで、こういう新しい街を散策する場合、どこで、何を食べるかは重要です。一人で入っても、落ち着けるところ、そして、値段や味がリーズナブルなところ。で、偶然に入った光麺というラーメン店が、気に入って、三回連続そこで食べています。本日は自分で選んだ入り口近くのカウンターに座っていたら、外人がスタッフさんに道を聞いていたのです。
 だが、何となく、私の方が適任だと感じて、さっと教えてあげたのです。お店の人も隣のカウンターにいた、外人カップルも、あたりの人が、オ、オーッという感じ。

 つまり、私は英語は、イントネーションが、とても滑らかなのです。外見がいつも言っているようにおばちゃんですから、そのギャップには、どこでも、ひどく驚かれます。隣の外人カップルも、それ以降何もしゃべらなくなってしまいました。誰にもわからないと思っていた会話がつうつうだとわかっちゃって。(笑)

 感無量です。六本木という街の特性や、歴史(占領下の繁華街という特性を持っていた)を考えたりすると・・・・

  皇居前のGHQの本部、それから、虎の門のアメリカ大使館、そのふたつに近かったので、急に戦後にぎやかになったのでしょう。
  でも、まだ、昭和30年代の初めの大昔、東洋英和の文化祭にお友達のご一家に連れて行ってもらったころは、ラーメン店が一件ぐらいしかなかったのですよ。隔世の感も、隔世の感ありで。 今日はね。光麺でエビの水餃子と、焼き餃子を、食べました。『まだ、これから仕事しなくちゃあ』と思いながらも、餃子がおいしそうなので、ビール小ジョッキも頼んで。ところがスタッフさんが調理場に、「水餃子3つ」って伝えるのです。女性客はたいてい、三つの小さいスケールで頼むのでしょう。だけど、私の想像するところ、三つとは、非常に小量なはずです。それで、台所の人に聞こえるところまで歩いて行って、「5つですよ」と、確認をしておきました。体がだめになっているのに、この年にしては、大変な無理をする人(木曜日から土曜日にかけて、40時間以上連続して起きていた)ですが、それをおぎなっているのは、ともかく、家でも外でも、おいしいものをバンバン食べることなのでしょう。たべます、たべますです。(笑)

  光麺での食事の後で秋葉原のマクドナルドで、いろいろ、我が家ではできないことをやっていたのです。海老のサンドを食べながら。さて、絶対に家に帰るつもりだったのに、なんだか、間に合わなくて、しかも始発で家に帰るつもりなのに、どうしてか、マクドナルドが12時半に閉じたのです。変だなあと思いながら、あわてて、池袋へ移動して(母の見舞いを6年間、常盤台の老人ホームへ通ったので、池袋は周知の街となっていて)に移動して、サイゼリアで、リブステーキを頼みながら、このパソコンを打っています。

  なんと、今日(土曜日)は日が暮れた後で、三回も外食です。(笑)
  で、一日にしては四回食です。12年ぐらい前から大体、四回食になっています。痩せの大食いの典型です。
  ところで、東京で夜をすごぐ場合は池袋が安全だと思っています。大きな町だと何とかなります。もちろんホテルに泊まりたいのですが、このごろ、突然に行って頼むと必ず、9000円以上取られるので、「それじゃあ、簡単には泊まれないわ」と、なりました。母からもらった株の株主優待券が、3つの鉄道会社分であるので、それらの、うちの、どれかを使えば、4000円ぐらいで泊まれるだろうと思っていたのに、それを、使っても、9000円ですって。割引券を使う場合は正規の料金を取るのだそうです。すると、正規の料金は一万三千円ぐらいらしいです。ずいぶんとデフレの世の中にこうしていますね。変なの?

 こういう生活形式は、24時間起きているニューヨーク時代に身についてしまいました。あの頃も寝られなくて、ほぼ、毎日三時間だったので。殆ど、一日中活動をしているという感じで。ただ、体重が減って大変でした。今は、50キロを超すがあのころは、40キロを切っていたでしょう。

   2011年12月10日   雨宮舜 (川崎 千恵子)
コメント

ダルビッシュ投手、よかったね。

2011-12-09 07:28:48 | Weblog
 私はひそかに、ダルビッシュ投手がどうなるかを大変に心配していました。以下のものは、12月4日にあげているもので、紗江子夫人に話題を集中して終わらせていますが、その根底には、ダルビッシュ投手に対する、「気の毒だなあ。いろいろあって」という思いがあります。

 ところで、ダルビッシュ投手、自身はブログで、ポスティングシステムを利用して、アメリカへ渡ると決意表明をした模様です。しかも、NHKニュース9日の金曜日朝によれば、アメリカ側は、歓迎しているという。よかった。よかった。

 が、つい昨日までは、以下の、私が書いたことが事実だったのです。人気者というのは一気にいろいろなことを改変してしまうものです。アメリカで人気があるのなら、終わりよければすべてよしで、ダルビッシュ投手にとっては、ラッキーな展開です。そして、意外にもアメリカ人の中にある、・・・(洗脳された)・・・嫌・イラン感を払拭できるかもしれません。一人の英雄で、そういうことが可能かもしれません。

 でも、ここで、私は以下の文章を、より広範囲の友達に読んでもらいたくて、また、こちらに引っ付けておきます。
 なお、副題4から始まっているのは、以下のように、厳しく重い書き方をする理由を、副題1~3につけているからですが、今回はそちらを抜かします。

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副題4,『ダルビッシュ投手は、アメリカに、行くのか行かないのか?』
副題5,『イラ、イラ戦争の、現在の総括と、サダムフセインの、憤死の影響』
副題6、『イランの学生が、イギリス大使館を襲ったというニュース』
副題7,『スタックス・ネットという新しいウィルスが、イランの核施設を攻撃した?』
副題8,『別れさせ屋、という商売』
副題9,『日本では、英雄は育たない。または、育たせない』
副題10、『紗江子さんを、現代日本社会の勝ち組にしてはならない』

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副題4,『ダルビッシュ投手は、アメリカに、行くのか行かないのか?』

 現在の、日本の野球界において、ダルビッシュ有投手は、他の人に、一段も二段も差をつけて、優れているそうです。特に2011年の、進歩と実績はすばらしいとは、夏の終わり頃からウエブサイトで、論じられてきました。

 私は野球に詳しくはないのですが、メジャーリーグに挑戦するためには、いろいろな縛りをクリアーしないといけない模様です。日本の野球選手で、平均以上に優れた人材はみんなアメリカへ行きたがるので、日本の野球を守るためか、入団して、10年間はアメリカへ行くのは、無理らしいです。

 その権利の行使は、すでに去年の段階で可能でした。が、ダルビッシュ投手は、言を左右にして、権利を行使しなかったと言われていて、本年もまた、今のところ、マスコミは、おとなしの構えです。
 これが、後で、触れる紗江子夫人との、離婚問題が原因かもしれません。

 が、違う原因を考えてみましょう。ダルビッシュ投手は、日本で生まれ日本で育ちました。小学校時代、大阪で育ったのかな? インターナショナルスクールに通ったわけではないので、日本人から、いじめとまでは言わなくても、なんらかの「おまえは違うんだ」と言う差別の表現は受けているでしょう。ですから、当然のこと、ニュース、特にイランが関係しているニュースには敏感になっているはずです。

私が覚えているのは、代々木公園に、イラン人がたくさん集結しているから、それが、いけないというニュースで、警察が取り締まったというモノです。日本人がそれを望んでいるというニュースです。

 今思うと、あれも、一種のためにする作られたニュースだったのかもしれません。確かに、ダルビッシュのお父さんなど、イランからたくさんの人が日本へ働きに来ていました。当時の日本は、経済的に好調で、世界で、嫌われているというほど、金満家でした。

 その頃、主人が自動車会社のサラリーマンだったので、ボーナスもあり、イランへ夫婦で個人旅行をしています。いい国だと思いました。ホメイニ氏は、近隣諸国、および、ユダヤ圏諸国から、ひどく警戒されていましたが、国民一人一人は、充分に自由であり、弾圧の陰もなく、8月という暑い季節だったので、人々は夕方、公園に繰り出し、サッカーをしたり、花の観賞を楽しんだりしていました。そういう国民性が反映しただけの代々木公園での集結なのに、何らかの反政府行動であるかのごとく見なされるのは、それこそ、アメリカの教唆によるモノで、在日イラン人は相当に傷ついたであろうと思います。

 それがダルビッシュ投手にアメリカに行くことをためらわせていると感じるのです。特に、その後、9.11も起こりましたね。アメリカで、アラブ系であること、特にイラン系であることは、相当に厳しい生き様になるでしょう。 そこを、ダルビッシュ投手は、本能的に悟っていて、躊躇している可能性があると、私は見ています。

 それで、今年は、どうなのかですが、私もなんと言ってあげてよいかがわかりません。いわゆる斡旋屋が、高額の報酬を取って、それで、ダルビッシュが、高額の買い取り選手となったら、それだけでも、悪口を言われる可能性があります。高校野球時代からこの日本で生きているのですから、ファンも多くて、この日本には、彼の生存権が保障されているところがあります。スターとしての扱いも充分です。「だから、彼は日本にいた方が幸せでしょう」と言いたい気持ちもあります。

 だけど、あれほどの、美貌の青年です。 しかも、体型も、ギリシャ彫刻のように美しい。世界を魅了するスターとなってもおかしくはありません。そして、アメリカの一般市民に、イラン人を理解させる役目を果たすのなら、それも、大きな意義があります。つまり、日本人でさえ、作られたニュースで、誤解をしてイラン人をいじめたのですが、アメリカの一般人がどれほど、イラン人、およびアラブ世界の人間に嫌悪感を抱かされているかを考えると、彼は、そういう意味で、ペルシャ時代から、4000年の歴史を持つイランという国にとって、新しい救世主となる可能性はあります。 あれほどの、美貌と身体能力に恵まれたのは、そういう使命を課せられているからかもしれないのです。

 ここは、まだ、起きていないい未来のことなので、私にもさっぱり、わかりません。が、ダルビッシュ有君の幸せを祈るのみです。
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 と、いっていたら、下書きの原稿を書いていた6日後に、よいほうに転がりました。よかった。よかった。
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副題5,『イラ、イラ戦争の、現在の総括と、サダムフセインの、憤死の影響』

 私の長男が、小学校の一年生のとき、あることから、横須賀米軍基地内の将校夫人、ヘレンさんと知り合いました。彼女は繊細で、感受性も、強く、頭もよい女性でした。ご主人は米軍横須賀基地内で、五位以内に入る高級将校でした。日本の各地を旅行して、わびさびの境地も理解するほど、教養も高かったのです。かつ猫を愛する人で、短尾の日本猫を、アメリカに連れ帰ることを夢見ている、とてもすてきな女性でした。私が、38歳頃、彼女は、45歳ぐらいで、終戦時、8歳ぐらいだったと思います。

 彼女はお子さんがないので、その日本文化研究の旅行をしょっちゅうしていて、家を空けます。彼女は基地内には住んでおらず、旧、日本海軍の将校宿舎を、借りて、個人的に、日本人の中に溶け込み、日本人とよくつきあっていましたので、留守中は猫の世話をご近所に頼んで、出かけていました。彼女のあの教養の高さと、慎み深さと、控えめさは、米軍基地内での、純粋アメリカ人奥さん連中とは合わなかったのでしょう。彼女は戦後アメリカに移住したユダヤ系元ドイツ人だったのです。

 しかし、彼女が、旅行中にその大事な大事な短尾の猫が死んでしまいました。預かった奥さんは、ヘレンさんの愛と執着を恐れて、猫を解剖してもらい、病理片として、癌にかかった肝臓を保存しておいてもらったのです。
 私たちは、もう一人津田塾出身のママともを加えて三人で、よく一緒に過ごしていましたので、私が、そちらに、「ヘレンさんは、猫にDDT(殺虫剤)を、振りかけすぎるんだもの。 あれじゃあ、猫も癌にかかるわ」と言ったら、「仕方がないのよ。だって、ヘレンさんは、アウシュビッツ生き残りなのだもの」と、先に友達になっていた彼女に言われて、仰天したことがあります。
 皆さんはアウシュヴィッツに関する映像をご覧になったことがありますか。誰もが思想が浮かんでいるほど、弱弱しいのですが、それは食べ物が十分でなかった飢えとともに、しらみやのみを殺すための殺虫剤DDTが大量意にまかれたからだというのは私ぐらいの年齢では、周知の事実なのです。私はヘレンさんのアウシュヴィッツ体験を、猫の死で、初めて知ったわけです。

 今、思うと、私は意外にも出会いに恵まれています。たった、十年の横須賀時代に、(現在か、一代前の)横須賀副市長夫人、杉本さんとも知り合っているし、ヘレンさんです。スノッブで「偉い人とつきあっていました」と言うのではないのです。が、アメリカ軍内部の高級将校夫人の本当の姿を知ったことが、後の日に、映画ブルースカイ内での、ジェシカラング演じる将校夫人の悩みに対する理解と共感を養いました。

 さて、そのヘレンさんが、ホメイニを嫌うこと、嫌うこと、まなじりを決してと言うぐらいです。彼女は「クメイニ」と発音するので、最初は誰のことを言っているのかわからなかったのですが、これも、その津田塾出身のママ友が解説してくれました。

 日本人には、理解不可能な、ユダヤ教と、イスラム教の間の憎悪です。ヘレンさんみたいによくできた人がどうして、これほど、単純に他人を憎悪できるのだろうと、不思議でしたが、そういう部分は、イライラ戦争、もしくは湾岸戦争についてのwikipediaを、ごらんにいただくと、丁寧に出ています。

 ところで、それを、読むと、ユダヤ人を大切にするアメリカがホメイニを過剰に警戒したのです。が、思いがけずアラブ諸国も、王制を敷いているがゆえにホメイニを警戒していたのでした。その風向きを、先取りして、自らが、漁夫の利を占め、このエリアで、アレキサンダー大王並の、支配力を持ちたいとでも願ったのでしょうか。それとも、ユダヤ系の多い、アメリカに裏から教唆され踊らされたのでしょうか。

 サダム・フセインは、突如、イラク側から侵攻したそうです。奇襲に近いものだったとのこと。

 第一次大戦とか、第二次大戦のように、どちら側にも、生死をかけた、必然性があった戦争ではなくて、一種の賭に似た、「おっちょこちょいの行動だった」ともとれる開戦時の模様です。

 そうすると、サダム・フセインの、最後も因果応報と、見なすことができます。これ一つで、あの結果が出たわけではないでしょうし、私自身、決して、万全の選択を過去にしてきたとも思わないのですが、それでも、賢く、正しく、あることは、非常に大切であるように思われます。
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副題6、『イランの学生が、イギリス大使館を襲ったというニュース』

 湾岸戦争時から、最近へ移動します。ごく、最近、テヘランにあるイギリス大使館を、イランの学生が襲って、イギリス国旗を焼いたと言う映像が目に飛び込んできました。私はあれを、眉唾物・ニュースだと思っています。今、それをする必然は、イランの学生にはないでしょう。ですから、一部の、国際的扇動や、(つまり、プロの諜報マン)が、中に含まれていると考えます。

 私は主人と二人で、飛行機や長距離バス・またはタクシーを利用して、イラン国内を移動したわけですが、20年前でも、学生は本音ではアメリカと仲良くしたっていました。学生は、世界とつながりたいのです。だから、政府は政府。自分たちは自分たちと言うほど、冷静です。面従腹背です。

 今、アメリカととことんに、対立してしまったので、逃げ道はヨーロッパになりました。そのヨーロッパの中で、大いなる頼り先である成熟した国、イギリスに刃向かう可能性はないと、思います。

 どうもうさんくさいニュースです。この「大使館へ、学生が襲撃がおそう」というのは、中国でよく起こります。それが、アメリカ側の策謀かどうかはわかりません。あれは、中国学生の、本当のところかもしれません。

 だけど、私自身は、ニュースはことごとく疑います。

 常に本質を見るからです。今、アメリカという国家が、一番警戒をして仮想敵国と見なしているのが、一に、イラン、二に日本です。まさかと、皆さん、お疑いになるでしょうか? イランを警戒しているのは、皆様もご納得がいくでしょう。 では、なぜ、裏側では、日本が警戒されていて、仮想敵国と見なされているかですが、

 それは、アメリカが傲慢にも過剰に日本を支配していて、それを、心理学的に後ろめたく思っているから、それを反映しているのです。私は今、鎌倉を中心とするエージェントたちに、「金額に換算すれば、総額五億にもならんとする」と、断言できるほどの、心理的、または、物質的損害を与えられています。が、私の方は、一種のガンジー主義で、無抵抗です。それがまた、彼らは、怖くて、怖くて仕方がないのです。だから、『最後までたたきのめしておいて、ものを、書くことが、できなくさせてやろう』という心理的ないじめの方策が次から次へと生み出されるのです。

 フェイスブックでも動画が読めなかったりするので、外の貸しパソコンで読んだりします。伊達は道楽で、ネットカフェに言っているわけでもありません。妨害を受けるので、仕方なく外のパソコンを使うことになります。それが、しっかりした本当のことを言う人間の特徴(いえ、勲章)なのです。

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副題7,『スタックス・ネットという新しいウィルスが、イランの核施設を攻撃した?』

 さて、ここで、NHKBS1が、四日の、18時から、兵器ともいえる新しいウィルスが、イランの核施設を攻撃しているという情報を流しました。これにも、私の頭は敏感に対応しています。特にイランの核兵器作りがこれで字汁上頓挫sh田となれば、ほくそ笑むのはどこかを考えると、ハッカーが個人であるははずもないですしね。が、ここで、それについて、私の考えを書き始めると、この一文は、またまた終わりが来ないです。だから、心を鬼にして、今書きたいことを、書かないで、おいておきます。ただ、私のこのニュースへの分析は、このウィルスが、ニュースが定義しているようなものではなくて、非常に独自なモノであると、申し上げさせて下さいませ。

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副題8,『別れさせ屋、という商売』

 さて、ダルビッシュ有という、超絶的な技巧を持ち、身体能力も優れ、顔も体も美形に生まれた青年に、次のステップへ、昇ろうか昇らないかと言う大切な決断の時期が訪れました。

 しかし、その非常に大切な時期に、彼にとっては、苦悩があります。「どうして、別かれちゃわないの?」と、彼の周辺の、彼を愛する人間たちは思っているのでしょうが、意外にも、ダルビッシュ投手の方が、紗江子さんに、未練があるのかもしれません。

 このどうしようもない感じは、皇太子様と雅子様の関係をどことなく連想させます。周りの人間は、『あの奥様は、悪妻で、どうしようもない』と思っていても、皇太子様は、雅子様を愛しているし、ダルビッシュ有君は、紗江子さんを愛しているのかもしれません。

 もし、この世の中に、二人だけが生きているのなら、やがて、妥協の時期などが訪れて、愛でたし、愛でたしとなります。しかし、皇太子様には、天皇がた、および皇族方の願いが、かかっているし、雅子様には、小和田家がついています。そして、国民はその二つの家族の間に、融和のムードがないことも感じています。

 いっぽうで ダルビッシュ投手の場合は、家族が、割とマスコミに取り上げられますが、紗江子夫人の場合は、両親や兄弟などの、家族が全く表に出てきません。これが大変に不思議です。小さいお子さんがいて、芸能活動をしたり、ビジネスを展開しているのだそうです。

 しかし、ごく最近、ウエブサイトで、驚くべきニュースが出てきました。ダルビッシュ有投手の次男は、子守とそっくりな顔をしているのだそうです。普通ベイビーシッターは女性ですから、これは何を意味しているのだろうと思っていたら、別の日に、ベイビー・シッターは、金銭的な不義理事件を起こして行方不明だと出ていました。
 そちらのニュースによると、ベイビーシッターとは、この場合は、若い男性らしいです。

 うーん、何とも参りました。おぞましい想像をしないといけない事態になりました。まるで金瓶梅の世界になってきました。つまり、遠征があって、家を留守にしがちな野球選手の世界ですから、奥様は孤独な夜を過ごすこともあります。

 これが、ダルビッシュ家か、ご自分の実家に寄宿しているのなら、大家族主義の中で、溶け込んで、自由がないですから、あり得ないこととなるのですが、核家族だったら、自由に男性を夫の留守に引き入れることができます。

 特に、離婚を言い出して、別居をすれば、その新しい住まいでは、紗江子さんは、自由自在となります。これは、本当に困ったことになりました。この一文は主に、政治論を展開するはずだったのに、なんだか、飛んでもない悪女の不始末で、幕引きとなりそうです。竜頭蛇尾もいいところとなります。立派な楼閣で始まったご招待が、最後は、旧式・便所の壺の中に落とされたという感じでしょう。皆様も。

 このブログの世界を大切にする私も、これには、非常に困りました。しかし、ここで、一生懸命足を踏ん張って、立て直しましょう。これは、政治について書いている文章なのです。100%を政治について満たしましょう。
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副題9,『日本では、英雄は育たない。または、育たせない』

 結婚が、政治に利用をされるのは、政略結婚という言葉もあるとおり、皆様よくご存じのことだと思います。政略結婚は、何かを生み出そうとか、何かを構築しようと思うときに行われます。1945年以前の日本は支配下にある朝鮮と、満州のそれぞれの皇族と、日本の皇族(または、華族)の令嬢をくみあわせて、融和のメッセージをうちだそうとしました。それは、なんと、五〇年後ぐらいに不思議な形で実を結ぶのですが、それは、二人の姫君の大変な努力と、美しい心映えがあってこそ、可能なことでした。

 しかし、紗江子さんを見ていて、誰も、美しい心映えというモノは感じないと思います。普通なら子育てに、重労働が必要な時代で、たとえ、小さな不満を夫に対して感じていても、忙しくて、不満について深く考えている暇もないという時代です。つまり、ちいさな子って、大概はとてもかわいいので、たいていの母親は慈しみたいと考えるし、慈しむ道程で、子供が何を欲しているかがわかりますから、それをかなえようとすれば、身を粉にして、子育てに励まないといけない、そういう年齢のお子さんがあるのに、離婚をしたいという。とても不思議です。

 でも、これが、悪い意味での政略結婚で、ダルビッシュ投手を打ちのめし、つぶすための結婚だったら、今のような行動はありです。いや、この結婚が報道をされた最初の時から『変だ』とは、感じたのです。ダルビッシュ投手にとっては早すぎる結婚です。普通なら、それを説得して待ってもらえるはずなのです。

 よく有名人どうしの対談というのが雑誌であるでしょう。あれがお見合いを兼ねているケースはあるのだそうです。そこで、登場した紗江子さんは、最初から何らかの教唆を受けていて、その通りに行動して、今日に至る』と、そのように考えられなくもないです。・・・・・???

 しかし、紗江子さんの行動が、ただのわがままではなくて、美人局の反対で、男性をつぶすために行われたものだったら、現在の彼女の悪妻ぶりも納得です。最近本をだしたそうで、その内容に批判を浴びているそうですが、彼女自身は一般の予測に反して
 モンスター的強さをもって、前に進んでいます。これがある一人の20代の女性の性質や、よくぼうにだけ、帰せられる問題であろうか?

 私がサファリング(被害をこうむっているような)している敵方は、執拗であり、かつ、心理学的特性を駆使します。

 では、どうして、ダルビッシュ投手がターゲットになって、いじめられるのでしょうか? それは、この日本が被・植民地だからです。この国の民は想像以上に苦しめられ、搾取をされています。が、それに、ちっとも気が付いていません。
 ガンジーが生きていた時代のインド人、そして、キュリー夫人が少女時代を過ごしたポーランドでは、人々は自らが虐げられていることを知っていて、なんとかして、この窮状を脱出したいと願っていました。
 ところが、現在の日本では、国民は眠らされています。それに、文化人の間に強固なネットワークが張られていて、文化人が、そちら側にそっくり、組み込まれています。で、抵抗勢力が生まれません。また、一般的には革命とか、ストというものがそれに役立つとみなされていると思いますが、この国では巧妙にも、それらは、骨抜きにされていて、かつ、そこで、見つかってしまった、真実のアジテーター等は、別のやり方でつぶされていきます。
 で、残るは高額納税者、特に国民から人気を得ることで、高収入を得ている人材から、生まれる(可能性のある)英雄を事前につぶしておく
ことなのです。 
 最近でも、連続して、こういう形でつぶされたのは、ホリエモン、朝青龍、草なぎ剛、と、枚挙にいとまがありません。幸いにして、ダルビッシュ投手は、ファンが多いので、彼本人の破廉恥罪という形では、おとしいれられません。だけど、微妙にして微妙な形で、おとしいれられつつあるとみると、この結婚の、新たな様相がはっきりしてきます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題10、『紗江子さんを、現代日本社会の勝ち組にしてはならない』

 さて、一章前に『別れさせ屋の存在』という項目を入れてあります。
 この『別れさせ屋』というのはネットで出会った単語です。ネットニュースとして出てきたのですが、これも、政治的諜略と考えると、「なるほど」と思う手法です。
 これらの組織が、つぶしたいと思うターゲットを選び、男性なら美人局という形で、縛りを入れ、相手が女性なら、
 別れさせ屋を、入れ込んで、夫婦関係を壊していく。非常に複雑で新しい攻撃手法です。

 私は紗江子さんが雇ったベイビーシッターが男性であり、しかも、何らかの金銭トラブルを起こして、行方不明と聞き、『おや、おや、驚いた。例の別れさせ屋の典型が、ここに見られるのだ』と思ったものです。
 すると、紗江子さんは、結婚前に教唆を受けてダルビッシュに近づいたわけではなく、ただ、単に、ダルビッシュを好きな勝気な御嬢さんだったとなり、その次の段階として、手練手管にたけた美形の男性を送り込まれたとなるわけです。そして、すっかり、紗江子さんを教唆しぬいて、二人の夫婦関係を断ち、さらに、金銭的に、慰謝料問題で、ダルビッシュ投手を追い詰め、ダメージを与えていくわけです。

 とても、暗い話になって恐れ入ります。が、こういう部分に目を向け、正しい批判をして、その悪事をつぶしていくことこそ、この国を明るく、よい方向へ導いていくことなのです。
 暗い、いやなことを書いていますが、これは、明るい方向へ向かう一歩なのです。年末になり、第九の演奏が各所で行われます。あの中で、ベートーヴェンは『オーともよ。光は来る』と、私たちに呼びかけています。

 光は来ると、私も信じています。だが、夢だけ見ていては、光は来ません。今回、『紗江子夫人は悪人である』という声をさらに上げ、彼女が、この日本から、勝ち組としては、消えてくれることを目指さないといけません。です。ある結婚に失敗したおばさんとして、町で、何かの賃仕事をしつつ、子供を育てていくおばさんとして、静かに生きる人へ、追い落としていくことが、必要です。こういう不道徳な人間が、一種の成功者として、あがめたてられることは、絶対に阻止すべき現象なのです。

 その悪影響は計り知れないでしょう。特に中流家庭を形成する大人たちが、しっかりしていないとだめです。家庭でこういう話題を出して、判断の基準を探るべく、子供たちと会話を交わして、そのご家庭、ご家庭の落着点を見つけておくべきなのです。こういう小さく見えることから、日本という国は、どんどん浸食されていって、滅亡に向かうのです。
 ローマが滅亡したのもよそ事ではありません。

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  さて、ずいぶん暗いものを、一万字も読んでいただいて、申し訳ございませんが、ここに書いたことは、冒頭に書いたとおり、昨日までは、ほとんど、事実だったのです。

  紗江子夫人は、厳しいアメリカ生活には向かないと思いますが、それだけはどうなることやら。急に計算をし直して、有君と仲良くしたりして。

   2011年12月9日   雨宮俊 (本名   川崎 千恵子)
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歌舞伎町をこのままにしておこう。・・・・・過剰に浄化をしないで。

2011-12-08 12:33:43 | Weblog
  私は主人といつも、「どこの繁華街の売り上げが大きいか」と、話し合います。私の見るところ、地域一平米あたりの売り上げ単価が一番大きい場所は、横浜駅周辺ではないかと思っています。銀座がそうなのかもしれませんが、人出という意味では、横浜駅周辺は、地下街とビルが主なので、全天候型であり、人出の密集度も高いのです。これが、渋谷や新宿池袋は、地下街の充実度で、異なります。
  又、渋谷や、新宿は、若い人が多いですね。すると、買い物の単価がどうなのだろう? 今は中年は買わないで、30代の働く女性が一番買い物をする客層なのかなあ?
  私は絵描きとしては、上野や、銀座(+京橋)びいきなので、六本木はあまり行きません。この間サントリー美術館に行って、ついでに、夜遅くまで開館している森美術館にも行くつもりになって、久しぶりに六本木散策もしたのです。ここは、ミッドタウンと、森ビルの二つが、全天候型ショッピングタウンになっているし、人出(土曜日だったからかな)も、多いので驚きました。夜10時ぐらいまで、お店も開いていますしね。 

 そして、六本木ですが、お店が、庶民むけブランド店が多くて、一店舗あたりの売り上げ単価も大きそうですしね。あ、そういえば、この間のアートフェアをきっかけにしてひさしぶりに青山の裏通りを散策しましたが、例のプラダビルをはじめとして豪華な最高ランクブランド店が密集しています。人出は少ないのですが、売り上げ単価は高いのかもしれません。

  しかし、問題は都の、新宿歌舞伎町、浄化作戦なのです。私は新宿はキンコーズという貸しパソコンを使えるところ(西側の線路際高層ビル)以外はほとんど、よらない場所なのですが、イメージとか、日本全体の文化の問題として、歌舞伎町が非常にユニークな地位を占めていて、その特徴を、生かす必要があるとは、思っているのです。この歌舞伎町浄化作戦は、すでに終わっているのかしら?それから、こま劇場も閉鎖されているので、あの近辺に夜に行くと、とても、傷んでいて、寂れた感じがします。ごみ(レジ袋とか、チラシのたぐい)が風に舞っていたりして?   

 だから、すでに間に合わないことなのかもしれませんが、歌舞伎町は、歌舞伎町で、そのままにしておいた方がいいのではないかしら。ニューヨークでも真夜中に中央郵便局に行こうとして、日本で言うピンク街に出くわして、ちょっとドキッとしました。そして、危険だということで、有名なブロンクスなどは昼も夜も、歩いたことはありません。

 だけど、日本の暗黒街=歌舞伎町といっても、タカが知れているでしょう。悪のイメージばかり先走っていると思います。横浜中華街なども、テレビ番組に拠っては悪の巣窟みたいに描かれていて、「あれ、そうお? 違うでしょうに。本当はごく普通の町でしょう」と思っています。

 今の日本って、ヒステリー気味なのです。ある程度は、余裕を持って、「いいじゃあないの、それぐらい」と普通の二人の間柄なら、通ってしまうようなことが社会的に目くじらを立てて、お上が取り締まると言う形になっています。これは、とてもいやなことなのですよ。もし、あなたの友人がそういう態度に出てきたらとても、感じが悪くて、困るでしょう。「もう少し、おっとりと行きましょうよ」と、言いたいです。

   2011年12月7日  雨宮舜(本名、川崎 千恵子)
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内柴事件と、NHKニュース(11-12-6)への批判、又、惑わされる私

2011-12-07 19:29:50 | Weblog
柔道オリンピック、金メダル受賞者、内柴選手の逮捕ほど、私を驚かせたニュースもありませ。最初、ヤフーニュースで見たときには、副題1として、火曜日の夕方のうちに、内柴選手への擁護を始めています。
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副題1、『引き続き、におう怪しさ20%・・・・・』

 この件に関して、私が、内柴選手を、弁護してあげても、さして、何の効果もないとは思います。が、私が、このFBの世界で、ブラックスワンのことを書く前、ブラックスワンのレンタルDVDを見たとたんに、この事件が公になったこと、および、ヤフーがこのニュースを推薦的に公開するにあたって、『少女暴行で、逮捕』と書いたことに、きわめて、異常なもの(=政治性)を感じます。というのも大学生というのは、たとえ、その年齢が、18歳であろうが、19歳で、あろうが、大人という認識が、世間一般には、あると思います。
 この政治性という意味ですが、内柴選手という男性が美形であることも含みます。日本では、スターと人気者は、結構なレベルで、たたかれます。それは、彼らが英雄として祭り上げられ、発言者として、影響力を持つことになるのを恐れている勢力があるからです。
 この日本人が元気であることは、非常に恐れられているのです。反抗を開始するのではないかと予測をされて、恐れられているのです。

   この件を、公の場にシェアすることは、自分にとっては不利かもしれません。大いなる誤解を招く可能性はあります。だが、いろいろな意味で懸念があるニュースです。たとえ、内柴さんが、残虐なこと(?)をしたとしても、実際には、八月に起きたこの事件を、どうして今になって? それは、大すもうの事件の際の流れに似ていますし。ともかく、こういう事件はその女学生を守るためにも、内々で、和解とか、和議に持っていくのが、普通だと思いますので、何かがおかしいです。

   又、現在の日本がありと、あらゆる意味で、非常にヒステリックになっていて、それを、テレビ等が取り上げすぎです。大げさな言い方といわれると思いますが、そういう状況って、国が、滅ぶ方向へ役立つだけです。
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副題2、『金メダルと、一夜のセックスと、どちらが重いのですか?』

 内柴選手の事件(?)の報道形式を見ていると、これが、フェイクに近いニュースであることが推察されます。この経過は、朝青龍を、叩きのめし(今でも、場所に入るなとか、彼に、意地悪の限りを尽くしている)、その後、野球賭博とか、八百長と発展して、相撲界を苛め抜いた経過にそっくりです。
 火曜日(6日)の19時と、21時のNHKニュースで、これが一番最初に来たので、さらに、おかしいと感じています。国民の皆様、または、フェイスブックの世界の皆様、金メダルを、オリンピックで、二回もとった英雄ですよ。その人が「合意だった」と言っている、ホテルでの、一夜と、国民が熱狂して喜んだ、オリンピックの金メダルとどちらが重いのですか?
  これは、まさしく、作られたニュースで、この日本という国を辱め、日本人を、激しい自己嫌悪に追い込む策謀的ニュースです。

 どうして、これほど、日本人は頭が悪くなったのでしょうか? 特に柔道界を代表して、何事かを述べた人間は、自らがそれに、依拠し、自らが収入や名誉を、そこから受けている柔道界を、どういう風に考えているのでしょうか? これが、柔道界壊滅の始まりかもしれませんよ。もっとも大衆的に人気のあるタマ(人物)を狙うのが、国際駅軍産共同体のエージェントたちのやり口なのです。彼らは日本人でありながら、国際駅特権の中で胡坐をかいているので、日本文化など、ちっとも大切ではないのです。

 これが政治的な一種の策謀だと仮定をすると、これを、今夜、トップに持って来たNHKの報道部の人間は、すこぶるつきの悪人で、しかも、これらの悪事に加担をするのは、初めてではないですね。大相撲の事件の時にもニュースの持って行き方には大きな脚色がありましたが、松本龍大臣の宮城県庁訪問時の、威張った映像(隠し撮り)と、同じ手法をとっていて、小さなことを、大衆の一部へのインタビューで既成事実にして流れを作る手法で、ずるいこと限りがないです。

 しっかりして下さい。日本人としてのあなた。頭を正常に働かせてください。自分たちを歓喜の輪に包んでくれた内柴君の存在は、今のナデシコジャパンと同じぐらい、あなたを歓喜させたはずですよ。もちろん、私の友達の中に多い、現代アートの作家さんたち、は、柔道にも大相撲にも関心がないと思います。私だって関心はありません。
 だけど、こういうところで、国際的軍産共同体の策謀に負けてしまうと、原発反対も絶対にできません。日本人はこういうところで、付和雷同して、すぐニュースの指導する方向へ流れるとみなされているので、次から次へと、洗脳と策謀用のフェイクなニュースが作られて報道をされていくのです。
  ともかく、どうして、九州にある女子の、しかも福祉の専門である大学が、東京で、合宿をするのですか? 強いて、『講道館とか、代々木体育館で、大会があって、それに連動をして合宿をした』と、仮定をしましょう。
  でも、そんな小さな大学が、どうして、10代の女子選手に、ホテルの個室をあてがえる能力と資金力があるのでしょうか? オリンピック選手だって選手村では、相部屋であるケースが多いのですよ。どうして、一年生に、そういう高待遇ができるのだろう。それに、大学側は、一方的に、女子学生側の言い分だけを聞き、また、NHKは、一方的に、まるで、確定した犯人であるかのごとく、内柴選手の映像を流すのですか? おかしいです。私はミステリー小説はイギリスの、元競馬騎手のディック・フランシスのものを五、六作読んだだけですが、そんなミステリー小説初心者だって、見破ることのできる、内柴君の方が罠に、はめられたケースでしょう。  

 先生と、女子生徒が好意を、持ち合って、セックスにまで至るというのは、週刊文春にある淑女の頁(それは、ほかの雑誌から転載したという形式をとっているセックス情報満載の一頁)を見ると、たくさん出ています。そして、渋谷でも、3.11より前には、たくさんの女子高生が、援助交際を求めて、誰かを待っているという番組が報道されました。書物でも、出たと思います。それは、実際にあった現象だと思います。

 そういう風な一般の人の恋愛は看過されて、有名人である内柴選手の場合に、極端に、いじめられている。これを容認するような柔道関係者は、事前に、電話等で、内示を受けていて、こういう方向で、発言をしないとあなたの立場が危ないのだと、言われているのでしょう。ともかく、一九歳の女子学生が、ホテルの個室を与えられたのが怪しいのですが、大学側の部長(教授クラスが就任のはず)は、どういう風に管理納得をしていたのであろう。
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副題3、『義を見て、せざるは、勇なきなり』

 柔道界の偉い人が、また、山下選手が、内柴選手を切って捨てたことは、これも大きな問題です。山下選手は東海大学の教授(?)かな。もし、松前重義氏が、生存だったら、どうこの問題の裁定をなさったでしょうか?きっと山下選手をお叱りになったはずです。
 柔道家は勝つだけが能ではないと、ご承知のはずです。「窮鳥、懐に入らずんば、これを扶く」というお心も示されるはずです。
 ところで、この際、窮鳥とはどちらでしょうか。もちろんのこと、失うものの大きい、内柴選手の方です。少女(嘘でしょう。柔道などやっている一九才だったら体格は大きくて、十分に成熟している『女である』感じを、外部に漂わせているはずです。それだけで、誘惑(蠱惑)している可能性はあります)には、まだ、金メダルはありません。しかも少年法によって、姓名を明かすことも必要ありません。 2へ
   この場合、窮鳥は、内柴選手の方なのに、突然に、解雇という断罪を受け、また、こんな件で、逮捕など、なかなか、成立しないはずなのに、突然に逮捕だそうです。これは、どういうことかというと、内柴選手がブログを持っているそうですから、そこで、発言をさせないがためでしょう。つまり、言論の弾圧の一変形です。だから、私が敏感に反応するわけです。これは、このフェイスブックをはじめとするネット社会へ対する挑戦なのです。警察の弾圧のいちヴァリエーションです。

   ところで、私はこの件に関して、もっと、大きいもの。すなわち、日本文化への軽蔑と恐れと、それを弾圧しようとする意図をも感じます。大相撲事件とそっくりですから。大局観からみると、まるで、おかしな些細なこと・・・・しかも、数人の告発者を、利用して、事件を立ち上げる・・・・・そして、世界中の人が楽しんでいた、済もう文化へ壊滅的打撃を与える・・・・3へ。

    野球賭博をやっていると告発した三人の派手な服装の元相撲取りは何らかの司法取引(アメリカ風)で、コーチャン氏(田中角栄首相に、五個のピーナツと暗号で呼ばれた五億円を自分が挙げたのだと贈賄を、証言した。証言したことと引き換えに、無罪である)みたいに、軽い罪で済んだはずです。
  今回の少女は無論のこと、被害者(?)なので一切の責任を取らないで済みます。ただ、これが、政治の絡んでいないまともな事件だったら、彼女は、大学を退学して、よその大学へ編入するなどの措置を取って、防衛するはずです。一般的には、親にも相談し、高校の先生などにも相談をして、そのような措置を取るのが、最も賢明な手法だとみなされます。
  ホテルでことが起きたのですよ。ドアを開けてフロントまで駈け込めばいいではないですか? 
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副題3、『母は聖女だが、おんなは、夜叉だ』

  事前に、メールとか、電話、またはメモ用紙の類で、連絡を取り合っているはずです。本当に嫌なことで、後からセクハラ訴訟を起こすぐらいだったら、鍵は絶対に開けないはずだし、開けるかどうかを、瞬間的に誰かに相談するはずです。親に電話をかければいいではないですか?
  それを逃げなかったのだから、もしそれが、おびえから来たのだったら、最後までおびえる手法(つまり、転学)を取るのが普通の判断ですよね。これは、本当におかしい。初歩ミステリー愛好者でも謎が、軽々と解ける『罠にはめられたケース』でしょう。
  しかし、世の多くの人は、『ばかだなあ。職場で生徒に手を出せばセクハラと呼ばれるのに』と、みなすでしょう。確かに、内柴選手は、ばかなところもあったのですが、金メダルを取るほど柔道一筋に訓練を重ねてきたとしたら、世間智に疎いところも大いにあるでしょう。

  さて、この分析のいよいよ核心へ入ります。内柴選手は、セックスが初めてではないと考えられます。経験が豊富で、女性に対する好みや、欲望も高かったと仮定をしましょう。遠征先の合宿で、女子学生から誘われたら、簡単に『据え膳、くわぬは、男の恥』と、みなして乗りました。単に一回だけの遊びの感覚であり、東京に本当の、結婚を希望する相手がいたと仮定します。それは、九月の一か月以内に、明瞭に外へ現れて、誘いかけた一九歳の女子学生を優遇しなかったと仮定をしてみます。
  一方で女子学生の方は田舎の純朴な女性で、もしかしたらヴァージンだったかもしれません。だけど、動物的な勘はするどく、「あわよくば、ここで、自分を賭けて金メダル取得の有名人の奥さんになろう」と欲したらどうでしょう。九月に、自分は特別な存在になったのだ(=内柴選手とホテルで寝た)と、周りに話した可能性はあります。 

  二人の思惑の違いは二学期の柔道のレッスンが開始早々に明らかになったと仮定をします。内柴選手は、一夜の遊びの相手が、結婚を迫ってきそうな勢いや流れに恐れをなして、避けるようになり始めたと、これも仮定をしてみます。8月中にホテルでの一件を友達に自慢でもしてしまった女性の方にとっては、これは、面目丸つぶれの話です。でも、女性が賢かったら、『これは、初めての挫折』として経験をされるはずですが、賢くなかったら、怨念が爆発的怒りへと転化され、セクハラ騒ぎへと発展をします。そこまで、発展をさせてしまった内柴選手にとっても、これは、初の挫折です。
  二人の未婚の男女の、個人的な体験に帰着せられるはずの問題が突如、全国的な規模に発展をして、訴訟だの逮捕だということになりました。そして、NHKで、二度もトップニュースとして扱われました。そこが異常です。それゆえに、そこに大きな政治性を感じて、私がここで、それを大問題としているのです。

   政治という意味は、これが、大相撲、捕鯨、に続く、日本の伝統文化の壊滅へつながる可能性があるからです。今、日本人は閉塞感に打ちひしがれているとよく言われます。そして、何をやっても、改革は来ないと、みなさん、考えていて、絶望的になっています。それは、勇気や前進する気力を奪われているからですが、それは、このようなフェイク、もしくは洗脳用に誘導されたニュースで、常に、悪いストロークを与えられているからです。
   で、私たちがすべきことは、これが、ごく、個人的な失敗であり、そこに金メダルを取った時の映像をかぶせる必要はなくて、内柴選手は悪くないと言ってあげることなのです。そして、忘れてあげること。今まで、ちょっと、有頂天になりすぎていて、女心を理解していなかったという自分を反省してください。だが、逮捕だとか、解雇だという問題ではないです。すぐ別の大学へ拾ってもらいなさい。そして、男子学生を指導しなさい。しばらく、遊ぶのはやめること。内柴君。それで終わりです。国民は、団結をすることを忘れてはいけません。でないと、『核燃料は、もういらないから、輸入をしない」という決定がいつまでたっても発効をしません。
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副題4、『水曜日になっての展開。産経新聞を中心に』

 水曜日になってLivedoor で、続報がでました。
 
  「他にも被害がある?」準強姦で逮捕の内柴正人容疑者 大学周辺に隠ぺい工作の形跡も(日刊サイゾー)とか、
   詳しいものとして、カラオケ店から、個人的に連れ出されて、部屋は、彼の部屋を使ったらしいとか、

   となると、上に私が展開した、『鍵を自ら開けたのだから、合意出るとは、まったく通用しない考えとなります。

   こちらの情報が、もし、本当だったら、私が、昨日の深夜、抜群のエネルギーを注いで、擁護してあげたことが、まるで、恥になるわけです。

   しかし、映像として、NHKが火曜日の夜に、金メダルの受賞映像と重ねて、このニュースを夜の7時と、9時にトップで報道した、姿勢には引き続き大いなる疑問を持っています。今のところ、朝の水曜日の朝の6時のニュースではトップはおろか30分以内にも登場していませんが、引き続き録画をしておいたNHKニュースを追跡するつもりです。

   おや、おや、とんでもないことに、足や首を突っ込んじゃったのだと、自分の勇み足を、今は、反省しています。だけど、そういう人間へと金メダルが育てていくのだろうか? これは、人間存在の不思議さへの研究材料ではあります。やけっぱちで、こう、語っている向きもありますけれど。

  ともかく、NHKはニュースの作り方を、センセーショナリズムには、してほしくはないです。

副題6、『木曜日のお昼のニュースでは・・・・・おんぶと言う』

 さて、この一文ですが、修正を待っていて、署名も入れませんでした。すると、木曜日になって、カラオケ点で、泥酔をさせて、おんぶしてそこからホテルにまでつれて帰ったそうです。『ええ、本当なのですか? 都心で、そういうことをやっていて誰も、警察等へ連絡を入れなかったのかしら?

 誰だって、それを見れば、『ア、怪しいケースだ』と思うでしょうにね。それから、ホテルのフロントマンはどうして、そのへんてこりんな姿を見過ごしたのでしょう。「お客様、どうなさったのですか。医者を呼びましょうか?」と、声をかけなかったのでしょうか?

 ミステリー初心者でも、怪しいことが、なお、いっぱいです。

 が、100%私が折れて、『これには政治性はない。内柴選手という個人の問題である』と、しましょう。ここは、そうしておきましょう。で、『柔道界にはイメージダウンがない』と、仮定をしておきましょうと、ココまで來ると、

 『やはり、それはないでしょうね。柔道界は大きなダメージを受けまし 』となります。で、それを助長したのが、あのNHK火曜日のニュースです。NHKって、日本国内で税金に等しい視聴料をとって、一方で、『坂の上の雲』などという、私なんかが見ると、『大丈夫かなあ。プーチンさんどう思うだろうか?』というような、愛国的なドラマも作っています。

 報道部所とドラマ部所が、八幡のおろちみたいに、多頭性になっているみたいですね。

 うーん。なんともいいようがありません。その、なんとも言いようがないというところで、これを、終わっておきましょう。
   2011年12月 8日  雨宮舜(本名、川崎 千恵子)
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一川防衛大臣は、うわさどおりの不勉強な人だった。

2011-12-07 18:29:53 | Weblog

驚きました。今、PCをあけてブログ等の処理をしながらテレビ(衆議院予算委員会)の中継を見ているのです。質問者は、片山さつきさん。恐ろしいほど、一川防衛相が、何も知らない(自衛隊についても、各国との防衛事情についても、技術的な進歩=それは、次期戦闘機をどうして、導入するかにかかわる問題であった==についても、一切が不勉強であることを知りました。外交儀礼を、欠席してかわりに出席した仲間の政治パーティで、リップサービスで、「国王夫妻歓迎パーティを欠席してこちらに出席したと言ったそうですが、さすがの私(いわゆる評判のわるい人物を擁護し続けている)でさえ、擁護できないほどの、不勉強振りでした。これは、国民の一人として、困ります。
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フェイスブックから・おちょくり・ゲームを仕掛けられて・・・(100%政治の文章です)

2011-12-06 17:25:37 | Weblog
 この文章も100%政治に関する文章です。今日は8000字より先を書いています。今、そこを、書きかけ中ですが、それは、ツィッター方式で書かせて下さいませ。

 今、私は、以下の文章に添えて、動画をアップする予定でした。ところが、グーブログでは、動画のアップは、2011年11月29日をもって、サービスを停止したそうです。本当に笑ってしまうぐらいに、私狙いの決定です。というのも私はそのころ、京都を中心とした旅行をしており、動画をいずれ、アップしたいと、ここではありませんが、フェイスブックで言っております。
 それを、こちらでは、やらせてやらないということです。たいていのことは予測をして防衛をしている私もこれだけは、相手方に一本取られましたね。というわけです。

 私は、しばらくの間、政治の問題を離れておりました。が、それは、敵たちに負けたということではなくて、さして、論じるべき重要問題がないとみていたからです。しかし、本日は久しぶりに、それに戻っております。前半、7500文字は、昨日まで、さらしていた、ダルビッシュ夫人への批判の前半部分です。それを推敲し、1000字ほど加え、さらに、わかりやすくしたつもりです。
 今回の中には、ダルビッシュ夫妻に関しては一切を含んでおりません。

 同じもの? と、ご不審もおありましょうが、でも、久しぶりの相当に厳しい(それは、私にとっても、相手方にとっても)の文章ですので、恐れ入りますが、三日連続で、さらさせてくださいませ。

 そして、8000字から先には、本日特有の文章が続きます。

副題1,『本日の導入の文章』
副題2,『この4人目はすこぶる、書きあらわすのが、難しい。
       情念の世界を利用しているが、本人には情念がまるでないのだから』
副題3,『最初は、<有名人に、おまえは負けろ>と、言われる』
副題4,『これでは、逃げ出したくなりますね。それは普通でしょう』

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副題1,『本日の導入の文章』

 今、このブログを書くに当たって、相当に頭を悩ませています。以前は文章を書くことが楽しくて仕方がなく、まとめ上げると、いつも、達成感を感じていました。が、今の私は、読者のターゲットをどこに置くのか、それから、テーマをどこに置くのかを相当に迷っています。それは、良くも悪くも偶然に、この五月に始めてしまったフェイスブックに原因があります。
 2007年から、現実のリアルな生活の中でも、ブログの世界でも、攻撃があるのを知っていて、対抗措置を執るべく、いろいろ、政治的なモノを書いて来ました。攻撃は些末なところに行われるケースが多いのですが、なぜ、攻撃が行われるかという根本をカナガエルと、それは、現代日本の矛盾に突き当たり、この日本が植民地として事実上、アメリカの支配下にあることに突き当たるからです。が、そのことに、気が付いていない人は多いので、ここまでのことを書いている人は珍しいと言われるほどの、奥の院中の奥の院の話を書き続けて来たわけです。
 が、一般の人がまるで気がついていないであろう、政治の裏側を書き、説得性を強めるためには、いちいち、具体的な事実を、実名を使って書かないとなりませんでした。

 「両刃の剣ですよ」と自分で、言ってみたり、「30%しか触れていませんよ」と言ったりしていますが、ここに表現している限りにおいては、その部分については揺るぎない自信を持っておりました。ところが、フェイスブックの世界は実名の世界です。

 もし、そちらへ、そっくり、この世界の文章を移動されたら、本当に困ると考えた手合いがいるのです。で、このブログはある程度の、歴史があり、読者層が確立している世界の模様なので、『こっちをつぶすことはできないだろう。 なら、フェイスブックにおける川崎千恵子の存在を消してやろう』というわけで、これまた、すさまじい攻撃が、行われて来ているのです。

 そのフェイスブックの世界での事案も、自分一人の中では、どうして起きるかをほとんど、分析し抜いています。 特に、技術的な仕組みを作り出したり、実行したりする人物(アイデアだけ担当して、実務はほかの人間にやらせている可能性もありますが)は、特定できています。

 コメント欄に、字を入力するときに、ダブってしまって見えにくいことをはじめとして、動きが遅いとか、シェア(情報を移動させること)ができないとか、他者の意見をコメントとして、もらうことができないとか、種々様々な障害が、起こりました。私にも他の人にも。

 しかし、もし、その人物を特定してここに書いたら、私が追い詰められることとなるでしょう。つまり、100%の証拠を、私はつかんではおりません。
 私は個人であり、普通のノートパソコンを使っているだけですから、圧倒的に相手より力が弱いのです。で、もし個人名を出したら、『おまえは嘘を言っている』と言うことになり、私のライター生命が絶たれることとなるでしょう。で、その人物に関しては、何も言えないのです。

 ただね、ありとあらゆる現象が今のところ、その人物を基軸として、動いているので、すぐその人物名をタイトルにした一篇を書きたくなってしまうのです。

 今までの、私はそういう場合、常に、今、頭に浮かんでいることを優先して書いて来ました。で、こちらの件も、真実はかくかくしかじかでと、一万字以上を、四回分ぐらい使って、書けば説明は可能でしょう。だが、大変困ったことにその人物は、ひどく身近な人間でした。 長時間、一緒にいたことのある人物だったのです。300時間を超える長時間を過去に一緒に過ごしたことのある人物。

 ですから、この真実を明かすと、二人が一緒に過ごしたコミュニティ全体を敵に回す可能性があるのです。そのコミュニティとは、同窓会の一種なのですが、そこを失うと言うことは、当然にフェイスブックにも多大な影響を与えます。

 今まで、私は、このように敵方に取り込まれてしまって、私を裏切ってしまった人については、大物3人について断腸の思いで、そのいきさつを書いています。一人は親戚の人間であり、もう一人は現代アートの世界の人間で、両方ともマスコミにも手が出せる立場の大物です。そして、最後の人物はその人自身がマスコミの人材です。

ほかの人の場合なら、そうも大きなダメージも受けないのですが、支援者だと信じていた人物から裏切られるというのは、非常につらいことであります。が、それでも書いて来ました。 それは、いきさつを、丁寧に美化(?)して書くことができて、それらの人物への評価が、別に私の文章に依って、落ちることがないのを、はっきりと、私自身が、知っているからです。

 そして、その三人とも、別に抗議はしてきておりません。
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副題2,『この4人目はすこぶる、書きあらわすのが、難しい。
   情念の世界を利用しているが、本人には情念がまるでないのだから』

 しかし、今回のこの4人目は、人間としての魅力が、以前の三人に比べると、足りないのです。つまり、芸術の世界には一切関係がない人間なので、恐ろしいことをやっているくせに、「ノー(イコール、やっていませんよ)」と断言する時に、恥じらい一つ見せない人間なので、『やむを得ず、こういうことをやっているのだ』と美化することが、まず、私の方で、できないのです。

 しかも、前の三人の場合、それぞれ、礼儀のこもった対応があります。まず、一番目の美術の世界の人は、『忙しくなりましたので、メルマガの配信を、お断りをさせていただきます』という丁寧な言葉付きです。が、手法こそ、政治の世界での、核燃料を売りつけてきている側と、そのエージェントたちが、常用する手段なのです。
この忙しく、かつ名誉のある仕事を与えて、私との間柄をさくというのは、ほかの例でも、種々見られたことなので、「なるほど、今回も起こったのか。それは、パソコンをハッキングされていると、アイデアを、生み出すことが容易ですね」と、納得をしています。

第二の例も似たようなモノですが、さすがに親戚だから、親戚のつきあいは守ってもらえていますから、それは、ありがたい人物です。

 三人目のマスコミ界の人物は、クラス会で、『川崎さん。あなたはノイローゼですよ』と、攻撃的な言辞を漏らしたひとですが、誰も聞いていない場所で、それを言ったし、ぶるぶる震えながら言ったし、何も食べないで、そそくさと帰っていって、二次会にも来なかったので、『そんないやな命令を受けて、ストレス大きかったでしょう。気の毒に』と思って、その人物の本質については、許せる部分があるのです。

 『三人とも根はいい人だね。これは本当に政治が悪いんだ』という風に私は受け取っていて、悩みも嘆きも、恨みも少ないのです。ただ、そのことを発見したあと、一ヶ月ぐらいは悩みましたが・・・・・それは当たり前でしょう。信じ切っていた、サポーターが裏切ってきたのだからショックを受けるのは当たり前でしょう。

 それでも、はっきり言えるのは、『人物はよい人たちだ。 三人とも』です。が、この四人目はそうも、言えないのです。だって、彼のやっていることは、フェイスブックの世界の大勢の人に、大迷惑をかけたことは確かですから。 携帯が、動かなくなったとか、フェイスブックでシェアが利かなくなったとか。文字入力がダブってしまって、表現がしにくくなったとかは、多くの証言が、上がってきています。

 これは、五月頃から、ずっと、私一人には、起こっていたことですが、『○ば○○さんという女性ライターが、<ご自分の、19歳の横浜市大に学ぶ坊やが家出しました。そして、フェイスブックで、それを公表し、さらに、「この情報を、拡散してください」と世間に願ったときに、すぐ、『これは、フェイク(にせもの)です』と、弾劾した私は、その頃から、自分に起きていた障害とそっくりなモノが、

 フェイスブック域内の、大勢の人から報告されているのにも気がつき始めます。

 で、私はますます、この第四の人物が、この悪事を行っていることを確信します。もちろん、彼を陰で支援し、教唆している人物も含めて、この悪事(ただし、法律が完備していない今は、まだ、迷惑行為でしかない)が、推進されています。その裏にいる人物も真心がないことは、同じです。

 しかし、そういう真心がない人間が、いわゆる心理学の手法を駆使し、情念の働きを利用して来るので、さらにやっかいです。これは、CIAなど、国際的軍産共同体を内部で、支える諜報機関が、熟知していて、彼に教えたのか、それとも何度も繰り返して申し上げている鎌倉市内のエージェント三人、特に井上ひさし氏が、考え出したことかもしれません。

 今日のタイトルロール(主役)のダルビッシュ投手とその(元?、現?)夫人紗江子さんに、興味を持って、入ってきた方は、こんな話になって仰天をなさると思いますが、それでも、こういう世界のニュースに機敏な私には、この瀬島隆三、井上ひさし、成田豊氏の三人の死は、怪しい節があると考えています。 成田豊氏と、瀬島隆三氏の二人の生死は、想像の範囲だけですが、井上ひさし氏は、様々な観察から言って、確定的に『生きているでしょう。彼は地下に潜ってアイデアを、練っているのです』と。

 そのアイデアで、情念の部分ができている可能性はあると。

 で、まるでサイボーグのように、元々、情念がない人間が、情念をおもちゃみたいに利用しながら、技術的な攻撃をするわけです。それは、嫌なことですよ。それを友人がやってくるのですから、私も大変なのですよ。神経をすり減らします。だけど、その結果、似たような構図のもとで、苦しんでいる被害者については、さっと、その全容がわかります。それで、本日は後半でダルビッシュ投手の苦境について分析させていただきます。で、ここでは元に戻って、私への攻撃の復習をさせてくださいませ。
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副題3,『最初は、<有名人に、おまえは負けろ>と、言われる』

 実はお子さんが家出をしたというライターは、すばらしい美女です。しかし、彼女の前に、もう一人、使われた人がいて、その人がフェイスブックの世界以外でも、対抗馬というか、ライバルとして使われているので、このいじめというか、弾圧の構造がすっと読めるのでした。そちら様は、リアルな友達です。しかも素晴らしい美女であり、家柄もいいのです。で、その人について書いたら、お前も終わりだといわれているのは、ひしひしと感じます。
 でもね、非常に丁寧に、裏側を考えると、人間はそんなに、上下関係はないのですよ。だから、彼女を、鉄砲玉として使ってきている、敵側のエージェントクラス、(前に言った、瀬島隆三、成田豊、井上ひさしの次のクラスとして、さらに衛星状にくっついている人物たち)の、面々には、「そうですか。どうか、ご随意に勝ったつもりでいてください」と、内心で言っていて、神様の前では、堂々と、全くひるむことのない私です。

 ところで、第四の攻撃者と、この美女にして、書く力がある、○ば○○さんの前後に、フェイスブックの世界で、ライバルとして使われた人物と私の間では、合計六年間も場を共有しています。ある学校と、別の学校の二つが、共有するのです。両方とも、一学年に、200人いないの学生しかいませんので、相当に深い知り合いでは、有りません。が、フェイスブックの世界で、友達になってくださいと、リクエストを出しても、承認してくれていません。 一回ぐらいトライしてみましたが、『どうも、裏がありますね。これは、この第四の人物、Kさんが、からんでいる裏でしょう。その陰にはさらに、別の、人物がいて』となって行き、結局は友達リクエストを引き下げました。 

 が、彼女が友達リクエストを断ってきたことこそ、重要な証拠でもあるのです。
それは、徹底的に不思議な形で、彼女の投稿が、連続して、私のパソコン画面に現れたことがあって、これも、彼女自身が、工作したことではなくて、上に上げた、第四の人物が、工夫をして、実現したことでしょう。

 これは、どういう仕組みかというと、ある人が、閉鎖された世界で、自分のともだち、50人にしか読ませたくないとして、ある情報(フェイスブックでは、400字以内という制限があるが)を、次から次へと、時間を空けて、投稿したと仮定をします。それらは、時間を空けて投稿をされているので、私のように、一日に、数時間だけパソコンの画面上として、そちらへ入る、人間には、ほとんど、気が付かない投稿となります。しかし、それらの情報を、ある人物がシャアの形で、私だけを相手に、一分で一文を、公開すれば、私の画面が、その美女の投稿で、選挙されることとなります。IT技術に熟達した人間だったら、30秒で一つ処理できるかもしれません。

 彼女がライバルとして、私を押させるために使われていることは、彼女自身、知っていると思われ、どうせ、申し込んでもだめだと感じています。だけど、本当のところ、決して対立したり、喧嘩をするたぐいの人物でも彼女も私も、ないし、ただ、ただ、ひとえに、悪巧みに、彼女が踊らされていると言うことに過ぎないです。

 この美女Sさんがフェイスブックでは、一番目に使われた有名人で、次が、例の、家出少年の母です。三番目は、フェイクのニュースまで作り出されて攻撃者として、使われた、美術評論家の、○田千○さんです。イギリス発でした。ゴッホは、カウボーイ好きの少年による他殺ですって。それを、大きく取り上げることによって、過去の私の文章を、否定し、人気を失わせてやろうと、文章を突然にフェイスブックの世界に、載せたのでした。これらの人たちと対立していると、知れば、フェイスブックに加入している文化人は、川崎千恵子を見捨てるであろうと言う魂胆による、仕組みです。

 私の方から、これらの人々に喧嘩を売ってはおりませんよ。何が行われても、たいていは我慢、我慢の人です。特にリアルな世界での、友達である、美女Sさんの件に関しては、4か月近く、だまっています。それから、彼女は、リアルな世界でも対抗馬として表れていて、それも、2年近く、我慢、我慢で黙っています。

 ところで、ここで、言う有名人ですが、ライターとして、澤地久枝とか、林真理子というほどの、有名人ではないのです。というのは、彼女らはフェイスブックをやっていませんしね。こと、私へ対立者として使われるのなら、この程度でいいだろうと彼ら、アイデアマンが考える程度のライターです。

 しかし、誰が、どう攻撃してこようとも私は全くひるみません。それで、今度は違う作戦に出てきました。すでに友達である人が、いつの間にか、友達関係を切ってくると言う作戦です。

 それは、びっくりしますよ。最初にそれを発見したときはどきっとします。そういうときを狙うかのごとくに、IT的攻撃が、さらに追い打ちをかけて来るのです。
 おわかりになりますか? ここで、やっと、第四の攻撃者、S君へ戻ってきます。かれは、大変に冷酷です。

 数十年前には、絶対に仲良しで、親しかったはずの人物が、いつの間にか、それほど、冷酷な人物に変身していると、突然に知って、しかも、パソコンが動かないというのは、相当に大きなストレスです。デモ、私はそれにもひるみません。天を信じているのです。神を信じているのです。

 ここで、私を友達として切ってきた人物たちは、その人がどんなに主観的に、自らを善人として、信じようとも、原発の推進派の、一味なのです。私の友達は、すでに、600人を超えましたので、いつ、その人が裏切ったかをチェックするのは、非常に大変です。

 でも、不思議なことに、何らかの直勘が働いて、不思議と、そういう裏切りをしてきた人の行動が、私に伝わるのです。で、そのたびに『ふーん』と思います。
で、今はそこについては、あえて触れません。

でも、風雲急を告げて、私の被害が、さらに大きくなったら、そこまで踏み込んでいくかもしれません。だけど、私は、喧嘩はしたくない人間です。どんな不利なこと、不審なこと、どんな不測のこと、が、起きても、この六ヶ月間、ひたすら我慢をしてきたのです。

 その上、ここに書いた以上のひどいことも、まだまだ、あるのですよ。私の方が事実を把握しているという点において、圧倒的なレベルで、優勢、優越していて、情報の貯蔵・ボリュームが大きいのです。どうしてかというと、相手・・・(攻撃に利用された人、結果として、被害を私に与えた)・・・方は、それぞれの、個人が、全体構造の、一部分しか知らされていません。が、こちらは被害が、この身、一身に降り注いでいるので、すべての構造を分析し抜いているからです。
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副題4、『これでは、ある程度は逃げ出したくなります』

 ともかく、7月のすえに、○ば○○さんの息子の家出、うんぬんが、一種の噴火山となったのですが、それから休む暇もなく、フェイスブック紙上で、あれやら、これやら、間接的な攻撃を受け続けていたのです。

 これでは、逃げ出したくなるのも道理でしょう。で、私は一回フェイスブックからの脱退を決意しています。
しかし、それは、このグーブログの世界を守るためでした。

 意識や神経を引っ掻き回されると、ここでいいものを書けないと、感じて、いったんフェイスブックを出たのですが、敵のおぞましいこと。今度はすぐ、グーブログに対する攻撃が始まったのです。落ち着いて仕事をしたいという姿勢をすぐ、敗北に結びつけるかれらの幼稚さに接しては、彼らが思う、敗北は、してはいけません。すぐさまフェイスブックを再開しました。

 そして我慢をしながら戦い続けたわけですが、上に書いた四人目の刺客が表れた時には、処理に困りました。同窓会と、敵がリンクしてしまった。これは、大問題です。どうするか、まだ、結論が出ていません。その四人目の刺客の名前をここにさらしていないことも、この問題が途中であり、ペンディングであることを示しています。
 そのことを考える必要があって、ホテル逃げたわけです。それは旅のことではありません。東京でホテルに逃げたわけです。秋葉原のワシントンホテルと、桜木町のワシントンホテルの二回です。
 秋葉原のワシントンホテルは、たまたまよく秋葉原に出かける上に、昼間法事があって、疲労困憊していたので、銀座の画廊めぐりの帰りに、『鎌倉まで、帰りたくないな。というか、帰れないな』と、感じたからでした。そして、一階にNTTドコモのショップがあるからでした。携帯を持っていない私も外で、インターネットができるようなシステムを申し込んでいますので、それに、毎月、5000円ぐらい払っていますが、それの調子が悪いのです。それの相談もしていて、そのショップの上にあるこの秋葉原のワシントンホテルに気が付きました。

 それで、10月10日に初めて投宿したのですが・・・・・
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副題5、『あのボーイは、やっぱり怪しいな』

 ところで、その10月10日に秋葉原のワシントンホテルに投宿するにあたって、もちろん、実名で投宿します。その前の一階のNTTドコモでの、相談の際、インターネットを開いています。だから、私がどこにいるかは敵にはわかっています。

 そのことは、半分以上覚悟の上で、泊まっています。攻撃を受ける可能性はないと判断しているわけです。ところが、指定された7階に上がると見覚えのある顔に出会いました。

 その顔は、2007年の10月27日の早朝、渋谷郵便局で、大音響の異常警報が鳴り、その時に、私が、使っているテーブルの周りを、何回も集会した男性と同じ顔なのです。背が高くて、ぎょろめ、一種の美形なのですが、斜に構えている冷徹な様子が特徴です。

 ちらっと、「変だな」とは思いましたが、疲労困憊しているので、スーパーで買ってきたブドウを食べ(午後の法事で、豪華なフレンチを鎌倉ですでに食べているので食欲はなかったのですが)、シャワーを浴び、パジャマに着かえ、ホテルで借りたノートパソコンを開け、AOLのメルマガ、このグーブログ、フェイスブックの順でチェックをしていきます。しかし、この時、フェイスブックができません。だけど、それならそれは、放っておいて、グーブログの整理とか、いろいろ、そちらで、仕事はありますので。

 さて、午前二時ごろのことです。いよいよ、印刷したいものが出てきました。このホテルでは、印刷は、部屋で、ポータブルなプリンターを使うのだということは、フロントで、知らされています。午前二時ですからホテル内でも、誰にも遭わないだろうと思うものの、さすがに、パジャマでフロントには行きたくないです。で、フロントに聞くと持って行ってあげますということなので、部屋で、パジャマのままで、待っているとさきほど、面識が、すでにあるなと思っているぎょろめの大男のイケメンが持ってきました。
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副題6、『フェイスブックから、おちょくり型・ゲームを仕掛けられる』

 お互いに、たった10秒ほどの、まなざしの交換で、種々様々なことを交わします。相手は、『僕のことを覚えているかな?』という顔をして、じっと斜めに見つめます。私は、半分わかっていて、でも、半分は、まさかとも思うし、『いや、面白いなあ。この現象」とも思うから、気が付かないような何でもないような顔をして、『ありがとう』と言って、プリンターを受け取ります。

 さて、グーブログ関係の印刷も終え、いよいよ、最後のネットチェック、フェイスブックに入ります。さきほど、ログインができないのは、わかっていましたが、それは、すでに、数万回も経験しているいじめです。ちょっと環境が変わったら、いじめられるのです。ネットカフェや事務センターのパソコンを使う場合には、ログインができるのですが、ホテルのパソコンというように、ちょっと味付けが変わったパソコンだとできない。

 でも、そこに入れ込められている妨害を突破していくにも、面白いことなのです。バグというものを入れ込められるので、普通ならできるはずの作業ができなくなる。それを、わきまえておけば、バグを破っていけばよいわけです。

 今回のバグは、相当にメルヘンチックなものでした。以下の写真から、その写真をフェイスブックにアップロードしている会員の名前を言いなさいというものです。これは、相当に難しいゲームでした。というのも、すべて集合写真だったからです。『ヴァーチュアルな友達が、パーティとか、教室で、10人もの、ほかの知らない人と一緒にいる写真が、五枚ぐらい提示されて、その中から、この五枚に共通する主役の人物は、だれか』を当てるわけです。とても難しくて、二回ほど、タイムアウトで、ダメと言われました。または、「3人以上間違えたから駄目だったかな?」

 ともかく、クリアーして、無事に次の段階へ行き、フェイスブック関連のことを処理し終えて、寝たのが朝の五時です。そのころからずっと、朝の五時に寝るという習慣になってしまいました。が、ホテルのベッドへ入りながらも、いったい誰が、こんな落ち繰り言をやってきていて、そして、どうしてやることが可能なのかを考え込みます。この、人を小ばかにした態度。それこそ、最近のK君の態度、そのものです。

 これも、5%ぐらいの状況証拠として、K君が、フェイスブック紙上では、IT的障害を私に対してやっているのはK君なのだと、確信し始めた動機の一つです。

 ここで、大切なことは、この核燃料を売りつけてくる側に加担して、エージェント化している連中は、自分たちのことだけを、頭がよいと確信していて、睥睨目線で、他人を見下ろしているということです。他人など、彼らにとっては、虫けらほどの価値も、持ちません。自分たちのサークル内に入っている特権階級(と、彼らが思っている手合い)のことは大切にしますが、それ以外の人々に関しては、それこそ、冷酷無残な仕打ちをしても一切を恥じないのです。それこそ、サイボーグと同じです。

 しかも、言説を馬苦労するので、そちら側が主流派と、いつの間にかなっています。そして、こういう風に真実を明らかにする私の方が、いつの間にか、悪人扱いを受けています。
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副題7、『同窓会を、どう処理するか、10月中に考える。それもホテルで』

 しかも、損失が重大なことには、K君は、同窓会の機軸を担っているのです。それで、ヴァーチュアルな世界だけではなくて、リアルな世界でも、悪口をばらまいている可能性はあります。その被害も、陸続と目に見えています。さて、どうするかですが、難問中の難問です。

 で、私は、もう一日、10月中にホテルに投宿することになります。ありとあらゆる場合を、シュミレーションを立てて、対策を考えておくためです。

 同窓会をぎゅーじっている彼は、何らかの方法で、そこを利用して攻撃をかけてくるはずだ。しかも、相当に派手なやり方で・・・・・と、覚悟をしました。それは、案の定という形で、実現をしましたがね。

 事前に、シュミレーションをしていた私には、心理的な意味での、動揺はありませんでした。それが二回目のワシントンホテルの利用日、・・・・・・


 ここで、ちょっと中断をさせてくださいませ。この文章には結論がまだ、来ておりません。が、あることを調べないといけなくなりました。午前2時ごろから再開する見込みで、完成は、明日の午後6時ごろを見込んでおります。お待ちくださいませ。

  ところで上にメモを書いた後で、それから6時間ほど、内柴選手のセクハラ疑惑につぃてメモを5000字以上書いていて疲労困憊したので、ここでさらに10時間以上の休息を取らせてくださいませ。それも後日推敲してここに載せます。

 さて、さらに長時間離れていて、申し訳ございません。
 今、水曜日の午後五時ですが、最後のまとめに入ります。
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