銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

松平定知アナウンサーにお礼と慰労を、申し上げたい

2009-03-31 17:37:48 | Weblog
『ヒストリア』(NHK)が、始まる前に言っておきたいこと

 明日新しい歴史番組が、NHKで始まる前に、絶対に言っておきたい事があります。

 松平定知アナの『その時、歴史が動いた』に対して、私は大ファンだったということです。それが、終わるのはまことに残念です。それを主人に言うと、「9年も続いたのだから、そろそろ、次の人へ変ったほうがよい」と言います。特に渡邉あゆみアナ

(我が家では、彼女を、必ず旧姓を使って、久能木さんと未だに呼びますが)

ずっと、五年ぐらいラヂオの世界で、仕事をなさっていたそうで、(私はラヂオを聞きませんが、主人はよく聞きます)、久しぶりにテレビの世界(特に地上波)へ戻っていらっしゃったことを喜んでいるみたいです。
 
 それは、渡邉アナが、中学が私と同窓→

(しかも教育実習を英語で・・・二人だけが実習生として、・・・一緒にとった仲・・・・・年齢は違うが、そういう事情がある。だから、自分の授業がない時は、同じ長テーブルに座って二週間ほどの間、何回も話し合った。それで、彼女が牧師のお嬢さんであり、ご実家では二番目の子どもであり、鎌倉育ちだが、横浜の中学へいらっしゃったことなども知っている。他にも誕生星座さえ知っている。五年ぐらい前に、鎌倉に関した本を私の方が出したときには、NHKに電話を掛けて、事前に断って贈ったが、彼女は二十年ぶりに連絡をとった私を、覚えていてくださった)

→であるために、ずっとファンとして注目しているからですが・・・・・その担当の『ヒストリア』が始まる前に、・・・・・・

 松平定知アナが、どれほど、強い真情(+心情)を込めて、あの『そのとき、歴史が動いた』内のナレーションやら、コメントをなさっていたかを考えると、本当に涙が出そうなときがあったと・・・・・このメルマガの読者の皆様へ、お伝えして置きたいです。

 松平アナは日本と言う国にとって、とても大切な方だった(別に亡くなっているわけでもないながら、この番組が終わったのは、残念至極で、特に、その大切さを感じるます)と思います。

 これから、オンデマンド放送が始まると、この『そのとき、歴史が動いた』の申し込みはたくさんあるでしょう。それで、私は今まで、それを大切に思うからこそ、秘めていた、この番組の感想を、遅れて、申し上げるかもしれません。将来にです。たとえば、水俣病の原因者であるチッソの嘱託医であった方の章など、他。

 繰り返しになりますが、啓蒙番組としても、道徳・涵養・番組としても、本当にすばらしいもので、松平アナの、この国を心配なさっている、心情を、ひしひしと感じたものでした。尊敬していますし、今日はここで、「長い間、ご苦労様でした」と申し上げ慰労をしたいです。

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 さて、同じようにとても大切な番組があって、それは、『クローズアップ現代』です。村上隆の章以来観なくなったと申し上げた事がありますが、番組そのものは立派なもので、オピニオンが鋭すぎて心配になるぐらい立派なものです。長いお休みがあったので『これが、終わったらさびしいなあ』と思っていたから、昨日から復活して喜んでいます。

 なお、本日火曜日、数時間だけ更新後、公開した文章は、明日、午後6時からもう一回さらさせてくださいませ。

2009年3月31日    雨宮 舜 (川崎 千恵子)
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電車内での喧嘩を目撃して、考えたこと

2009-03-29 10:33:34 | Weblog
・・・・・日本人が、威嚇とか、敵意と言う暴力を使い始めたとき、未来は、どうなるか・・・・・

 今日のは大変長い話です。そして、暗い、しかも込み入った話となるでしょう。しかし、私がこういうものを書くのは、人間とはどういうものであるかを追求したいからです。ひとえに、そこが目的です。考えることの原動力として、人間存在の根本にたどり着きたいとの願いは、捨てた事がありません。

 東京を夜の十時台に出る東海道線は、横浜で急に混んできます。朝のラッシュアワー並みになります。そのとき先頭車両の、一番後ろのドアー付近にいた私は、車内に、突然、異常な気配が漂うのに気がつきました。みんなが一方向を眺めます。次から次へとそれが、連鎖反応を起こします。しかし、誰も声を上げません。そして、みんなが見つめる方向を見ても、何も聞こえず見えません。電車が走る音が聞こえる以外の音は、何も無いのです。車内の誰も声を出しませんが、それが緊迫感をさらに強めます。

 東戸塚から、戸塚まで6分ぐらいその異様な緊迫感が続き、私は戸塚で横須賀線に乗り換えるのですが、ちょうど、電車が、まだ入線していなかったのを幸いと、前の方へ移動して、何事が起こっているのか確かめようとしました。すると、ドアー傍の座席に、眼鏡をかけて、色浅黒い四十代前半の男性が座っていて、その前に、色白で、目がギョロッとしている美形の三十代の男性が立っています。

その二人の視線が、『殺してやる』と言いながら絡み合っていて、しかも立っている男性の足が、がっちりと、その座っている男性を、囲い込み、一種の囚われ人としていて、彼の方が強くなっていて、座っている年上の男性が逃げられない状態になっていて、それが、なんとも言いようのない不気味さをあたりに与えているのでした。

その瞬間、私はさまざまなことを考え抜いたのですが、それは、後回しにして、実際に取った行動を述べましょう。私は、すぐさま、ホームを走って後ろへ向かい駅員さんを探しました。そして、「大変です。喧嘩をしています。今のところ、にらみ合っているだけですが、どうも異様な雰囲気で、暴力沙汰が起こりそうです」といいました。

 すると駅員さんは、すぐ、どれかの柱に近寄りました。そこにマイクがあったのです。「お客様に申し上げます。今、東海道線の車内で、お客様同士のトラブルがありました。少しの間、発車をお待ちくださいませ」と彼は二回繰り返しました。私は、その言い方にびっくりしたり感心したりしました。ちゃんとマニュアルがあるみたいです。あわてて現場に駆けつけるよりも、15両ですか? 小田原行きの長い長い車両に、ほぼ満員状態で乗っているお客様が優先で、そちらに説明をするのが先なのです。

そして、先ほどの現場に駅員さんと私が到着すると、何と、二人とも消えていました。二人はサラリーマンで理性のある人間で、恥を知るタイプだったのです。この放送だけで、いや、車掌さんが車内放送もしたのかもしれませんが、ともかく、この注意と言うか警告だけで、自分たちの事が言われている事を察して、あわてて、身を隠したのでした。たとえばちょうど反対側のホームに入線してきた横須賀線に一人が飛び乗ってしまったとか、そして、二人目は、後ろの方の東海道線に、乗りなおしたとか、判りませんが、駅員さんと私が到着する、二、三分の間に解決をしていたのでした。よかった。

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 しかし、私が、考えたことはもっと、もっと複雑です。まず、二人が何を原因として喧嘩が始まったかですが、電車が揺れて、ひざがぶつかる程度のことだったと思います。それは、不可抗力でしたが、座っている人間が邪険に、押し返したのでしょう。それを、立っているほうが怒ったのです。
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 その気持ちは、私も鎌倉市内のバスで経験しているのでよく判ります。霊園に向かうバスが、「わかれ道」と言うバス停辺りで90度曲がるところがあって、大きく揺れます。そのとき満員だったために、態勢を保てなかった私が目の前に座っている婦人のひざにぶつかったら、邪険にも手で払いのけられたのです。私はそのときに、すぐ、『不可抗力なのに、そういうことをするのは、よくない』と言う趣旨の事を柔らかめに言いました。

 これは、アメリカではすぐ通用する解決策です。つまり、『言葉(論理)でコミュニケーションをとれれば、誤解が解けるはずで、そうしたら仲良くしましょうね』というのが、アメリカです。多民族国家で、普段『他人は敵であるかもしれない』という発想の元で生きているからこそ、丁寧にコミュニケーションをとろうとするのが、良識ある人間の姿です。

 服部君と言う可哀想な少年が、白いタキシードでおめかしをして、ガールフレンドを誘いにいったときに、家を間違えてしまいました。彼が向かった家の家主は、網戸の向こうから「フリーズ(止まれ)」と叫んだのですが、その意味を正しく取れなかった服部君は網戸内が外からは見えないこともあって真直ぐに進み続け、恐怖に震え上がった家主に、射殺されてしまったのです。家主は無罪になったはずで、服部君のご両親は、やるせない思いで一杯でしょうが、アメリカ人の感覚としては、『言葉で注意したのだから、そこで言うことを聞かないのなら、敵だ』と言うことになるのでしょう。

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 ところが、鎌倉のバス内の婦人は仏頂面をしたままで、謝罪をしませんでした。よく見るとものすごく、変な顔、汚い顔の人です。私は週に二回銀座に行っていて、表情がすこぶる清新な人にばかりあっています。現代アートなどと言う、お金に無縁の世界に殉じている人たちは、総じて爽やかなのです。画家も画廊の人々も。つまり美のシャワーを浴び続けているので、その意味できれいになるのです。比較するとその婦人の表情と肌の汚さ、目の汚さには、はっきりと、気がつきました。『は、はーん。この人は、最近引っ越してきたのだな。高い家を買ってしかも鎌倉夫人と言うブランドを手に入れたつもりになって、すごくレベルアップしたつもりになっている野暮天だ』と思いましたので、気が晴れましたよ。別に対抗するべき人間でもないと。確かに彼女は浄明寺と言う、大手不動産会社が最近開発した住宅地のある、バス停で降りていきました。

 だけど、私たちは女ですし、私の方は、一応言葉で説明をしたので、ガス抜きが出来たわけで、相手をにらむなどと言うことはしないし、二人の間に、あの夜の東海道線車内の男性二人ほどの、緊迫感は生まれず、満員状態のバス内の他人からも、注目を受けることもありませんでした。

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 比較すると、本当にあの夜は異常でした。多分、座っているほうが、普通のレベルからは、桁のはずれた意地悪さんだったのですが、それに対して怒った、立っている若い方が、ものすごい迫力、『それこそ、殺人光線があったら、かくあらん』と言う感じで睨んでいたので、もし、二人のどちらかが、事務用品としてのカッターなどをもっていたら、降車後、恐ろしいことになっていたかもしれないのです。おせっかいかもしれないけれど、私が駅員さんに通報したのはよかったと今では思っています。こうなると、『被害と加害の逆転現象は、あに、青少年犯罪のみならずや』と感じます。大人の間でもどっちが加害者か被害者かわからないケースがあります。

 日本は単一民族の国です。だから、銃は規制下にあり、普通の人は持っていません。だから、ちょっとぐらいの喧嘩なら、怖くないと思うその気持ちが怖いです。人々は慢心しすぎていると思いました。そして、平気で敵意を披露しあっています。それもすさまじく強いレベルで。よく女性仲間と話し合うと、今、65歳以上の人と、それ以下の人は、画然と性格やら行動に違いがあるとみんな、いいます。それ以下の、三十代、又は、四十代もまるで、また、違ってきています。

 マスコミがヒステリックなのも困るけれど、普通の人も、気をつける必要があります。誰かが、指導をするべきです。もう少し、他者に対するつつしみとか、礼儀を人々がマスターしないと、日本も危ない国になるでしょう。

 そして、『こういう現象を、もし、策略として使われたら、怖いなあ』とも思いました。ある人をわなにはめるために、あの立っていた青年のように、執拗に追い詰める存在を、ぱしりとして使ったら、落ち度のない男性を破廉恥罪(人を殴るということ)の加害者へと、仕立て上げることが出来ますので・・・・・

 最後になりましたが、誰が何のために、そういう企画を立てる可能性があるかと言う点についての考えは、ここでは、口にチャックとさせてくださいませ。

  2009年3月29日        雨宮舜 (川崎 千恵子)
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60代の元・孤児たちが、『ママちゃま』と呼ぶ澤田美喜

2009-03-28 13:13:00 | Weblog
 これも、遅れた情報ですが、テレビ東京開局45周年記念番組の一つ、『トンネルの向こうは僕らの楽園だった』は、よい番組でした。

 この番組が成功した原因は、二つあって、一つ目は、出身者を主人公にしたことです。、このエリザベス・サンダース・ホームから育ったこども(しかし、今は初老の人たち)を訪ねるという設定にしてあったことです。(詳細は後述)

 もう一つは、番組のナビゲーターが、土屋アンナだったことです。こういう教養番組には案内役として女優さんが選ばれる事が多いのですが、私たちの家庭では満足した事がありません。「邪魔だなあ」とか、「彼女の教養のなさが露呈しているね」などと言ってしまうときもあります。有名なピアニストが、案内役であっても、駄目ですね。最近では、カメラだけが対象を追い、質問者側を映さない旅番組がNHKはじめ、衛星放送内に多く出てきて、「これなら、満足できる。さっぱりしていて、邪魔にならない」とよく言っているのですが、土屋アンナさんは、邪魔にはなりませんでした。

 これは意外でした。私は、彼女主演の『さくらん』(蜷川実花監督)を見ていますが、菅野美穂やら、木村佳乃などの先輩女優を、従える大物ぶりで、『この様な静かな番組に似合うであろうか?』と事前には心配していましたが、言葉は少ないのですが、過不足ない適宜な表情を見せて、充分に番組を支えていました。

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 さて、元に戻りましょう。エリザベス・サンダース・ホーム、および澤田美喜さんに関する番組は今まで多く作られてきていますが、今回ほど、はっきりと、そこの出身者が取材に応じた番組は見た事がありません。

 それだけ、時間がたったということでしょう。彼らも、人生の終盤に差し掛かり、物思うに連れ、澤田さんの偉大さありがたさを、認識していて、カメラの前でそれを、語りたいと、願うようになったし、日本社会での差別の問題が、改善されてきているのを示しています。被差別部落、在日の問題、そして、この混血児の問題、すべて、ほとんど、解消しているでしょう。

 もちろん、このメルマガ(ブログの方は読者であるあなたのお顔やお名前を知りませんが)の読者、および、私自身は、そういう差別の現場にいたことはないのです。そして、差別感情そのものは、この世からなかなか消えなくて、また、別のところで、噴出しいじめの問題を新たに起こしている可能性はあります。

 しかし、親に捨てられた(?)往年の孤児たちが、カメラの前で堂々と、「私たちの育った家庭は、サンダース・ホームであり、澤田さんが、ママ(特に、ママちゃまと呼ばれている。・・・・・そのちゃまというところに、澤田さんが、旧三菱財閥の出身で、外交官夫人であった上流の人である事をうかがわせる)として、どれほど、素晴しい人であり、いま、僕らがどれほど、感謝しているか」を語るのは、別にどっと涙が出たわけでもないのですが、

 じわじわ、じわじわと、後、後までの、感動を与えてくれました。

 だって、人間が一人育つこと、育てること、って、とても大変なことです。それを、二千人も相手にやり遂げた澤田美喜さんは、三菱財閥の初代・岩崎弥太郎の生まれ変わりといわれたほどの、逸材だったのが、ここで、あらためて確認されました。

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 なお、澤田美喜さんについては、グーグルの検索でご覧になると、
http://chinchiko.blog.so-net.ne.jp/2005-12-02 と言うのが何番目かに出てきますが、大変よい文章です。四年前のものですが、お勧めいたします。
 
 それから、wikipedia の最後の方の外部リンク、三菱人物伝、澤田美喜・上、下、があり、それも面白かったです。

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 番組内では出てきませんでしたが、それらの、インターネット上の情報から判った事があります。それは、澤田さんは、実は大変厳しい母でもあったそうです。それに反発した子どもも大勢いて、警察に厄介になったりしたそうですが、きちんと生きていた優等生でも、「ママちゃまには、反発したよね」と同級生から思い出を語られる女性がいて、その厳しさぶりもなんとなく、わかってきます。澤田さんは、スタッフたちには、「子どもには、優しく接するように」と仰っていたが、ご自分は、子供たちが外へ出たときに、その被差別の苦しさに負けないようにと、厳しく接しておられたのでした。

 それが、番組内では、伏せられているものの、そういう過去がありながら、「ママちゃまは、神様だったね」と、今、言う、60代の、昔の混血児たち。当時はもっとひどい差別用語で呼ばれていたと思います。さらっと社会状況の犠牲になった、自分たちの不運やら、不幸のすべてを流し去り、感謝だけを語る60歳以上の大人たち・・・・・

 そこが、この番組の最もすばらしいところでした。

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 今日はいつものような、
私自身が自分の体験をあれこれ語りながら、差別について述べるところは省きます。

そして、結論を言えば、「とてもよい番組だったから、これを、テレビ東京さんは広く世界に広めるように努力なさったらいかがですか?」とも言いたいのですが・・・・・澤田さんが、GHQ(+当時の日本政府)の迫害を受けた事を知り、あれ、難しいかなあ。でも、それほど、世界が今、狭量かなあ・・・・・と考えております。NHKの『延安の娘』が海外で、高い評価を得たそうですし。こちらは、紅衛兵時代の下放の結果、田舎で生まれ田舎の養父母の元に残された娘さんが、実の両親を探す番組で、涙なくしては見られません。が・・・・・

 では、2009年3月28日    雨宮舜 (川崎 千恵子)
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書評を頂きました。

2009-03-27 23:22:43 | Weblog
書評を頂きました。

 個人的な話なのですが、私は本を作るのがすごく好きなのです。
 昨日五冊目の本『黄色いさくらんぼ』へ神奈川新聞で書評を頂きました。今まで五冊作って一冊目は雑誌『月刊ギャラリー』、三冊目は雑誌『月刊美術』、そして、五冊目で初めて新聞です。

 それは、確率、60%だから、こどもみたいに手放しですが嬉しいです。特に書店には全くおろしていない少部数ですので、嬉しいです。ミツバチのようなシゴトです。でも、5冊も作ったのですから、その数千冊を、配り終えるまでの労働も、本を作り上げる前までの労働と同じく強大なものです。すっごい労働を重ねております。また、世の中では結構行われているらしいプロモーション(一種の宣伝)の類を一切しておりませんので、書評が出るたびに、純粋に嬉しいです。

 実際には22日にその書評欄に載ったのですが、昨日新聞の実物が、我が家へ届きました。

 この本は私が、12年近く、続けてきたAOLのメルマガで、飛び飛びに書いてきた話題を、ある一つのテーマだけ選んで一冊の本へと仕上げたものです。

 そのテーマとは、ニューヨークの二〇〇〇年に滞在した版画工房を舞台として、いろいろな人との交流の諸相です。エッセイ集でありながら、小説体で、仕上げたものです。と言うのは際立った、個性を持つ人が多く、しかも重要な登場人物が二人も亡くなってしまうからです。

 でも、心の中では、ここまで来る事ができたのは、AOLで12年続けてきた閉鎖されているメルマガの読者のお陰でもありますので、心の中で、その間、メルマガを読み続けてきてくださった読者に深く感謝しております。

 どうか、こちらの、ブログの読者の皆様にも、こういう飛び飛びの話題を読んでいただくことを、ご面倒でしょうが、宜しくお願いを申し上げます。と言うのも、こちらで、書いたものをまた、新しい一冊へ纏め上げる日が来るはずだからです。


 ところで、その書評を頂いたことに鼓舞されたといってはあまりにも単純ですが、急に新しいシゴトの課題を思いつきました。それは、最近休んでいた、編集の仕事です。と言っても、自分のエッセイを編集するので、お金には何にもなりませんが、新しいものを書くと言うことと同じか、それ以上にこちらにも、頭を使います。

 特に一冊の本を印刷機へかける直前までのパソコン上のデータとする、この世界での技術用語・いわゆる・制作も同時にやってしまうので、それは、本当に頭を使う作業となります。普通の場合は、その部分は、印刷会社のデザイナーがしてくださるシステムになっているのですが、今までの5冊では、すべて、私がやってきました。

 印刷会社の方で、「こちらに、任せなさい」とも仰るのですが、この一冊が、256頁になるかどうかを考えながら、エッセイを選んで行くので、結局は、その制作までやらないと、自分の本がまとまりません。既に手元にあるたくさんのエッセイを、テーマごとに選ぶ作業と、それが、どれほどの頁数になるかは、フォント(字のサイズ)なども含めた、考えたり選んだり、文章を直したりするシゴトとなります。本とは、256頁で仕上げるのが、一番経済効率がよい、印刷が出来るからなのですが。

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 二年ぐらい前までは、鬼神のごとき、意欲があって、同時進行的に、4つぐらいのシゴトが出来ました
 五年ぐらい前までは、さらに絵や版画の仕事も、特に発表と言うこと(これが、神経を使い疲労困憊するシゴトです)もやっていましたので、「躁病じゃあないの?」と皆様から言われましたが、・・・・・そう、疑われても仕方がないよね・・・・・と自分でも思うぐらい、きりきりとした生活をしていました。だけど、急に体力の衰えも感じています。『普通の意味での66歳だなあ、やっぱり』と思ったり、それ以上に『本当の事を言えば、平均以下の体力だったのよね。しばらく忘れていたけれど』と思い出させられたりしています。

 どうしてそうなったかといえば、ありがたいことに、書評を頂く前から、皆様から個人的に、『黄色いさくらんぼ』へ、よい感想を頂いていて、それが、『ほっとした、感じ』を与えてくれて、肩の荷を降ろしたという現象が起こっていたのでしょう。

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 『黄色いさくらんぼ』は、5冊目であるからこそ、随分と、思い切った表現を採用しています。『主人公、百合子は、お金持ちだ』なんていう設定は、嫌われること必定の設定で、そのAOLメルマガの読者(そちらは、このブログとは違って、顔、名前、住所等を知っている相手へ送っている)で、「貰ったけれど、最後までは読んではいない」と仰る方もあるでしょう。いや、そちらの方が多いかもしれません。

 物を書くプロの方が、「あなた、少しぐらいはフィクションを入れなさい。でないと、読者が感情移入できませんよ」とよく仰るのですが、どうしてか、馬鹿みたいに頭の硬い私は、少しでも、フィクションが入ると、書く意欲をなくすので、あの本もそれ以外の4冊もすべて、事実の羅列です。ただ、登場人物の名前だけは、4冊目(銀座の画廊を中心に新しい形の美術評論として書いた)以外は仮名としております。

 でも、それでも、そこを乗り越えて読了してくださった方から、好評であった事が、・・・・・生涯で、初めて味わったぐらいの・・・・・安堵感を与えてくれました。・・・・・つまり、どうして、自分の私生活をさらけ出し切ったものを書くかと言う点で、・・・・・登場するニューヨークの版画家・エドゥアルドの悲しさ、秘められた高貴さを、表すためには、それが、避けられない表現方法だったのです。・・・・・・が、その自己犠牲が、何人かの、誠実な読者に通じました。そして書評までいただけました。

 昨日、銀座に行って、懇意な画廊主さんにその書評を、お見せしたところ、「よく書けているじゃあない。こう言う短い文章で、ここまで書くのは大変でしょうね」と言って頂きました。そちらは、私の本も既に読了してくださっておられる方なので、その言葉は私の心に、特に響きました。確かに今まで五種類の本を出して、そのうち、一冊目と三冊目には、既に書評を頂いておりますが、今回のものが、切り口が一番、鋭く、また、文章としての、内容も深かったです。本の方も、一冊目や三冊目に比べれば、より、深みがあったということだと思いますけれど・・・・・

 その喜びが、クリエーターの端くれとして、私に新たなシゴトへ向かう、意欲を掻き立ててくれたのです。

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 最近、このブログでは、非常に長い、しかも政治的な、分野での文章を書いていたと思います。しかし、少しペースを落とします。どうしても、気がついたことは書くのだという形ですが、短くなるでしょう。今までの、特に最近、二ヶ月の、あの見かけは柔らかい、しかし、実体は硬い、文章に我慢をしてくださった皆様には、深く感謝申し上げます。

 なお、今日の図版は、その本の表紙に使ったものの、別ヴァージョンの版画です。ヘイター方式と言うものです。よろしく。

    2009年3月27日     雨宮舜 (川崎 千恵子)
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地獄の沙汰も金次第だけど、お金だけでは、天国へいけない。

2009-03-26 11:09:04 | Weblog
・・・・・ドラマ『春さらば』は、面白かったです。・・・・・

 テレビ東京で、45周年記念番組と言うのをやっています。そのうち、何本かを見ましたが、よいものがありました。特に、昨日25日に放映したドラマ『春さらば』は上品で、しかも面白くて、楽しめました。

 お若い方は嫌だなあとお思いになる話題であるかもしれませんが、<老い>は誰にも避けられません。この前東北で老人ホームが火事になり何人も亡くなりましたが、ああいう段階より前で、ご自分の家で暮らすことが出来る、だけど、少し手助けが必要なタイプの老人が三人登場します。これは、どこの家でもありうる設定です。
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 で、ここで、挿入ですが、私にとっては大切なこと、あの東北の火事について触れましょう。あの事件のすぐ後で、取材カメラに対してご近所様が、「あの老人ホームは入所者への待遇が悪くて、皆さん、外へ逃げ出していたから、鍵をかけていたのではないですか」と答えました。それを見ていて、介護のことも法律的に勉強している主人が「あれは、普通の老人ホームではないんだ」といいました。その後、続報が出てきていますが、入所者は身寄りが無くて、見舞いも少なく、何よりも入所費用が、生活保護費(税金)で支払われているために、施設(経営者)側にどうしても、<世話してやっているんだ>と、自らを上に見る発想があったと思います。

 以前、お話したせつな過ぎるドキュメンタリー『一人と一匹たち』(NHK)で、多摩川河川敷に住むホームレスのおじさんの中でひときわ柔和な顔をして、犬を飼い、ハーモニカを吹き、一坪程度の立方体の小屋を建て、家財道具も工夫して楽しく暮らしている人がいました。しかし、身の上話を聞くと、両親が早死にをしていて、すさまじいくらい気の毒な人生を送った人だったのです。その人が多摩川・河川敷の冬の寒さに耐え切れず、生きるか死ぬかの不安を抱えているときに、そういう人たちを普段は猫と言うキーワードで取材をしているカメラマンの人がお世話をして、施設に引き取るという映像がありました。

「甥などの、身内の人が出てきたのかしら?」と淡い期待を持つ私の前に現れたのは、都(又は、区?)の担当者でした。その人に連れられて施設に入るということでしたが、『どこにあるどういう施設なのだろう。都会では聞いた事が無いなあ』といぶかしんでいた、私の目の前に、具体的な形として現れたのが、田舎にある、あの火事になった施設、(介護も充分ではなく、食事も貧しくて、建物もバラックである)が現れたのです。

 老人ホーム選びは結構大変です。我が家では、妹が主導をしましたが、東上線常盤台と言う至便の地にあるベネッセが経営している施設で、しかも母にはほとんど毎日身内の誰かが交代で見舞いに行っていますので、スタッフさんからとても大切にしてもらえています。ただ、金銭面を言えば、年金だけでは入所費用はまかなえません。『地獄の沙汰も金次第』はある意味で正しいとなります。

 しかし、入所している母は、ぐんぐん元気を回復していて、時には冗談も言うぐらいです。が、ときどきしんみりと人生を回顧するときもあって、「人にとって、大切なことはお金だけではないのよ」などとも言います。
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 昨日の、その上等なドラマは、その「お金だけが大切ではない」が、サブタイトルともなっているドラマでした。脚本がすごくよかったと思います。井上由美子さんと言う脚本家は、14歳で子どもを生む母のドラマなど話題作を書いたり『白い巨頭』などの、高視聴率を稼ぐドラマも書いたりした人の模様です。私はドラマを見ない人なので、今まで知りませんでしたが、テレビ東京が45周年記念番組を依頼するほどの、大器だったようです。

 筋の中で『特にユニークだなあ』と感心したポイントは、主人公の介護士が・・・・・昔勤め先(銀行)の金を横領して、妻子ある男性に貢ぎ、しかもその時に宿した、子どもを出産した未婚の母である・・・・・と言う設定です。昔、滋賀銀行を舞台に、同じような、事件があり、しかも男性が、女性をフィリピンに逃がしていたので、大騒ぎになった事が、私などには思い出させられます。

でも、そういう設定であるから、彼女はひときわ割り切っていて、覚悟も決まっていて、自分が生き抜くために、老人を手玉に取るという人格・設定になっているのです。単純な善意の人ではありません。一種の詐欺まがいのことさえ、つい行ってしまいます。

そして、それがばれそうになるのがスリルになっている一種のミステリー仕立てですが、終わってしまったので、タネをばらさせていただくと、騙したはずの相手の方が、さらに上手を行く、人生のベテランたちで、彼女を手玉に取っていたのです。そこら辺りの微妙な味わいが、このベテラン脚本家の面目躍如たるところでしょう。

そして、手玉に取りながらも、彼女を結局は再教育する孤独な未亡人を、ベテランの市原悦子さんが、演じています。嫁とうまく行かなくて、孫も一緒の同居家族がいるのに、孤独を感じている奥さん(結構お金持ち)です。二番目の原田芳雄は、若いときはバリバリの実業家であって、大金持ちだったのに、一度破産をした人を演じます。自分の借金が係累に及ばないために離婚をしていますから、今は孤独です。息子にも誤解を招いていて、全く、助け手がいない気難しい老人を演じます。そして、山本学は、脳出血の後遺症で半身不随であり、かつ言葉を発せられない元・美術の先生を演じます。しかも奥さんは先に亡くなっていますので、こちらも孤独で暮らしている人です。ただ、こちらは、介護士を純真に支えるだけの人を演じます。持ち味を生かしていて。

訪問介護士として訪れる主役は夏川結衣が演じます。この人はだいぶ前にNHKで売り上げナンバーワンの自動車セールスマンを演じた事があります。そのときは<顔の表情も魅力がないな、きつすぎる>と思ったのですが、最近ウエブ・ニュースで結婚が報じられました。結婚とは普通の人でも大変です。ともかく、女性はひざを屈しなければならないところがありますが、ましてや女優さんだと、普段、ご自分が主役で通しているから、大変だと思いますが、それに踏み切った事が、成長の証なのか、表情が非常に柔らかくなっていて、しかも演技にも余裕が出てきているように感じました。

小泉孝太郎が、育ちがよくて気弱なエリート刑事(しかし、何かで一回挫折をした事がある)を演じます。主人と二人で、「新聞に彼の名前が大きく出ていたので、今日は彼が、この不幸な主役・夏川結衣と恋に陥る設定なのかしら」などと、話し合っていたのですが、脚本がまともで、そんな安易な解決では終わらないのです。そこも非常にリアリティがあって、面白かったです。

よい仕事を成し遂げた、スタッフ・キャストの皆様にお祝いを申し上げたいです。

なお、子世代家族と同居しながらも孤独を感じている老人については、書きたい思いやエピソードが一杯あります。が、今日は長くなるので、それは控えましょう。ただお金(特に家の改築など)のために、親(又は子と)と急に同居を開始することはよくないようで、我が家でも、「それだけは、避けよう」と夫婦で話し合っています。どちらが残されて独り者になるのか、先は読めませんけれど。

          2009年3月26日    雨宮 舜(川崎 千恵子)
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Fedex キンコーズ、OCNニュース

2009-03-24 13:57:38 | Weblog
 昨日23日成田空港の大惨事を起こしたのが、貨物機であったのは不幸中の幸いでした。あれが旅客機だったら、どういうことになったか?

 中国から出発していますので、日本人向けの食料品等を積んであったのだと思いますので、乗員には哀悼の意を表します。また、Fedex も会社として、日本人へ謝罪をしてくださったそうで(出発、到着等、ダイヤが大幅に乱れたことへ対して)、誠実な対応だったと思います。

 ところで、そのFedex は、運輸がメインの会社だと思いますが、資本的に、その傘下に面白い子会社を持っています。キンコーズと言う事務センター(印刷所とネットカフェを兼ねたようなお店で、私は、東京圏にあるそれをよく利用します。他にもいろいろな用途に利用する人がいるお店です。ニューヨークでも利用をしたりします)を経営したり、

 ニューヨークではOCN ニュースと言う邦字新聞を出しているはずです。これは以前は日本橋の丸善にも置いてありましたが、今では、手に入らないはずですが、これが、面白いです。と言うのもコラムが、三つほどあるのですが、思いがけずな素直さで本音を語る人が多いのです。

 日本に住んでいて、日本語で考えるときには、アメリカに対して奥歯に物が挟まったような言い方になってしまいます。それは、例の安保闘争、そして、それに引き続く、学生運動を、傍見していて、『怖いなあ』とか、『嫌だなあ』と言う潜在意識を植え付けられてしまっているからでしょう。

 あれは、今思うと、第二の敗戦だったと思います。つまり、思想、信条の自由、また、その発露に関して、多くの束縛感を、普通の日本人(つまり、真面目で穏やかな、中庸な精神を持っている人間たち)に与えました。『主張をしても無駄なのだ。個人的に損しちゃうだけだ』と言う意識を植え付けました。また、安田講堂へ消防車が放水をする映像などが、繰り返し流されるので、それを、私などの年代では、繰り返し頭に叩き込まれます。

 「最近、あなたは、随分、難しい文章を書いていますね」と言われるのですが、ちょっと、個人的な事情から自然にそういう流れになっていますが、そういうテーマで書けば書くほど、言論の自由のあり方を考え抜きます。

 で、私なんか、これでも、抑えに抑えているつもりです。アメリカの方針、特に1945年以降を見てみると、批判すべきところは大いにあります。特に戦争に関して。しかし、本質的な問題には手を出せないという感じですね。それが、日本に住んでいるときの日常的なスタンスです。

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 で、アメリカに行ってしまうと、驚くことに、在住日本人の政治意識が高い。そして、発言が自由です。ただし、この際、大手企業の駐在員は除きます。

 発言が自由で考え方も自由なのは、アメリカに永住をしようと考えていて、ほぼ、アメリカ人と化している日本人たちのことです。特にアーチストなど自由ですが、当時、ゴア副大統領が、大統領選に出る前で、「絶対ゴアでないと駄目よ」なんて、断言するのなど、普通のことでした。その後で私は日本へ帰ってしまったのですが、その同じ人たちが、フロリダのケースを聞いたら、どんなに怒ったことでしょう。

 これは、お茶のみ話・程度の段階でのことですが、週刊・新聞であるOCNニュース内でも名のあるライターが、結構はっきりしたアメリカ政府の、政策批判をしているので驚いたのです。

 と、以上のように褒めて書こうとしたら、そのとき、背中の衛星第一放送(NHK・・・・3月24日11時45分)がとんでもないニュースを流しました。

 アメリカのABCのラヂオのアンカー(記者兼司会者、ジョージ・某氏)が殺されたというニュースです。非常に人格のよい、また、有能な人であったといわれます。ブルックリンに住んでいたそうです。ブルックリンは今では地価がそうとうあがってきていて、特にブルックリンハイツと呼ばれる北側の丘には、連棟住宅を利用して、ライターとか、文化人が住んでいるのです。そこで、殺されたのだと私は感じます。映像を見てそう感じました。

 どうかなあ? ブルックリンには、低所得者の住宅もあるから、そういうところから出てきた強盗のしわざだったかもしれません。しかし、一種の暗殺だったかもしれません。
 もし、そうだったら、マーチー・ルーサー・キング事件以来の、嫌な傾向だなあと感じます。それで、私は彼の正式な名前を知ろうとトライしました。顔写真は何度も出ましたが、苗字の方があまり出てこなかったのです。アメリカ発のニュースとしては珍しいくらいの長い間、友人の哀悼の言葉が続きました。が、その友人は、「ジョージ、ジョージ」と、ファーストネームで呼ぶので、そのアンカーの正式な苗字がわかりません。

 で、私は相当苦労をして、(と言うのも、グーグルの検索で、abcと入れただけでは、ABCのホーム頁が現れなかったので)最終的には、American Broadcasting Companyといれてみて、やっとabcのホーム頁に入ったのですが、そのアンカー殺人のニュースには、触れていないのです。一切。

 どういうことなのだろう。何日のことだったのでしょうか? それで、NHKの衛星第一放送の海外ニュースを12時台、一時間張り付いてみていましたが、すでに、内容が変っていて、その殺人事件は二度とは、現れませんでした。

 まあ、世の中には話題が一杯ありますが、私にはこれは、気になるニュースです。こういう事件で、言論の自由が弾圧されることとなりますから・・・・・

 言論の自由が弾圧されると、知らない間に生活が悪くなってしまうのです。非常に巧妙な仕組みが、この世界には、動いておりますので・・・・・庶民の眼で判断したことを発信しないと、個人の生活が悪くなってしまいます。

 昔のことですが、炭鉱にカナリアを持って入る習慣があったそうです。カナリアは、敏感なので、悪いガスが出たら人間より早く反応を示すからだそうです。で、私は、この現実の人間が構築する社会の中でカナリア足らんと、望んでおりますので、ニュースの選び方が独自です。では、・・・・・

    2009年3月24日     雨宮舜 (川崎 千恵子)
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断る力の実践・・・・・・真夜中に英語で、473ドル請求されて

2009-03-24 00:18:18 | Weblog
 私はおしゃべりが大げさです。特に初めて経験したことは、面白いと感じてすぐ書き落とします。今回は英語で断ったという経験です。騙されたのか、騙されなかったのかは判然としませんが、ともかく、「473ドルを払わない」と英語で主張しました。

 今、大当たりの勝間和代さんが、『断る力』と言うご本をお出しになったそうですが、それは読んでいないものの、私も断る力が不足しています。若い頃からよき知友に囲まれてきたセイだと考えております。ただ、お金のことに関しては、それが、出来ます。最近、特に。

 勧誘の電話はすべて断っています。特に金融関連の会社のものは断っています。しかし、今回のものは、グリーンカードの申し込みの代行組織からのものでしたので、・・・・・しかも二時間前にメールも着ていたので、ちょっと、戸惑いました。

 払うべきお金なのか、払わないでもよいお金なのかが、わからなかったのです。一週間ぐらい前に、突然パソコンの中に、『グリーンカード(アメリカの永住権)の申し込みの代行をしてあげます』というお知らせが舞い込みました。今、66歳ですから、いまさら、アメリカへ行っても、稼げるほどの、シゴトにつけるわけはないのですが、でも、観光ビザ限度一杯で帰らなければならないのには、過去のいつの滞在でも懲りていますし、アーチストだって、稼ぎは少ないものの労働はしているわけですから、ワーキングビザ風な永住権をいただけるのなら頂きたいです。

 今は審査が、なくて、くじ引きの制度もあるのですよね。それに応募しようと言うわけですが、日本にいると、そんなことは普段は忘れています。ニューヨークにいてこそ、帰りたくない(仕事が、三ヶ月ごろにちょうど盛り上がってくるので)わけで、『グリーンカードが欲しいなあ』と切望をするわけですが、それが、日本にいて申し込めるとなるとそれは、嬉しいことで、早速に申し込みました。

 ちょっと、おっちょこちょいではありますが、パソコン内に現れた、お得な情報って、スグ対処しないと消えてしまうのです。それで、後から損をしたなと思うことも過去にありましたので、これは、すぐ、インターネット上の書類を作って送りました。

 すると、一週間後の今日、電話番号が間違っているが、確かめたいというメールが来ました。後で思えば、これも、テクニックの一つではなかったかしら。私が自分の電話番号を書き間違えるわけはなくて、もう一回電話番号を教え直すことによって、グリーンカードを欲しがる気持ちが本物であるかどうかを、確認する目的があったのかもしれません。
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 そのメールが来たのが、18時でパソコンを開けて確かめたのが23時です。そして、電話が来たのが真夜中(つまり、次の日と言うわけです。それ)の2時ちょっと前。もしニューヨーク(ないし、東海岸)からかけてきているのなら、かけている方の人間にとっては、 お昼ちょっと前。

 適切な質問も続きました。アメリカに来て何をするつもりか。子どもはどうするのか等々。それにはきちんと答えていると、突然、「あなたをVIP待遇にする。それは、このくじに当たるまで、永久に申し込みを代行してあげるし、アメリカに実際に移民をしてきた場合にも住宅を探すことの援助等をしてあげる』といわれ、しかし、それには、338ユーロ必要なのだそうです。

 それで、私は質問に丁寧に答えていきました。すると、「あなたを、VIP席にすわらせて上げます。それは、1000倍ぐらいくじに当たる確立が高くなります。くじに当たるまで、永久に申し込みを代行してあげるし、アメリカに実際に移民をしてきた場合にも住宅を探すことの援助等をしてあげる」と言うのです。あれっと思いました。審査が無くて、くじ引きで、グリーンカードが当たるというのも、結構いい加減な話ですが、しかし、そちらは本当の話のはずです。10年ぐらい前からそうなっているはずです。

 でも、お金をたくさん出すとくじに当たる確立が高くなるとは聞いた事がありません。そこまでアメリカ政府が、さもしくなったかな? 『ちょっと変だぞ』と思います。しかもユーロでお金を請求されました。ユーロは普段ほとんど接触のない通貨なので、338ユーロといわれてもぴんときません。それで、ドルに直してみてくださいというと、473ドルですって。大体100円で換算して、5万円弱です。

 どうしようかなあと思いました。手続きをずっと代行してくれる費用として、5万円弱なら安いとも思います。しかし、真夜中です。で、「ちょっと待ってください。主人に相談するから」といいました。すると、「駄目です。今すぐ返答をしてもらわないと得典は消えます」と言うのです。そこで、二度目の不信感を抱きました。こういう申し出では、騙す場合よく遣られる措置です。今、日本で、大騒ぎをしている、振り込め詐欺も時間をおかず振り込ませるところに、引っ掛けがあるわけですね。

 それでね。最近ではしぶとくなっている私が、「せっかく親切にしてくださっているのに礼儀知らずで申し訳ございませんが、あなたの所属している組織は政府機関ですか? それとも、民間のものですか?」と質問をすると、「民間です」と彼女は答えました。で、結果として、私は、『怪しい』と最終判断をして、たった5万円ですが、払わないことに決めました。これは、アメリカの金銭感覚としては小口でしょう。でも、ちりも積もれば山となるですし、最初にユーロを持ち出してきたところを勘案しても、

 ヨーロッパで、政治的に追い詰められていて、アメリカへ逃げたいと考えている人が多いのかもしれません。だから、最初にユーロで、金銭を請求されたわけでしょう。弱者の弱点を狙っているわけです。そして、官の名前を利用しているところは、

 日本における漢字検定協会の大金儲け主義などにも通じますね。
それから、移民への永住権の与え方ですが、日本の狭隘な、情け容赦のない遣り方(たとえば、親子を引き裂くというケース島)に比べれば、随分と鷹揚な措置でもあります。と言うのも、日本以外の国では、相当数の違法滞在者がいるのでしょう。だから、こういうのんびりした、くじなどと言う発想が出てくるのだと思います。

    2009年3月23日     雨宮舜(川崎 千恵子)
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やはり、オバマ夫妻を支援しよう

2009-03-22 12:33:51 | Weblog
 私はAOLのブログ内では、五年ぐらい前までは、話題を先取りして分析をする事を誇りにしておりました。それは極小のシゴトだけど、だからこその自由があるわけで、それを、120%生かすためにそうしておりました。

 だけど、最近は反対です。このブログでもそうですが、とても慎重になって、自分の誇りよりも、書く対象に対する尊敬と保護(まあ、でかく出て申し訳ございませんが)のために、遅れて書くということに務めております。

 で、オバマ大統領の出現にはもちろん驚きました。が、それについてほとんど何も書かなかったと思います。以前も言ったとおり、予測より50年は早かったと思いますが、それについても何も書きませんでした。が、先日申し上げたNBCの夜の番組のインタビューでも、「59日目ですね」と司会者から言われているとおり、二ヶ月が経ちました。で、ようやっと腰を上げてオバマ大統領について書こうと思っている次第です。

 それで、日本のウエブ・ニュースを見ると、『オバマ大統領の支持率が下がった』(毎日新聞発)それは、『AIGの幹部が160億円にも上るボーナスを出して、それ以前に出した政府援助が無駄になっていることを、国民(アメリカでは市民というが)が怒っている事が主因だ』そうです。タックス・ペイヤー(国民一人ひとりが税金を払って国が運営をされている)という意識の強いアメリカ人ならではの発想かもしれません。

 だけど、私はこれについても『おや、おや、おや』と、不満と異議を唱えるものです。よその国のことですから、私にその権利はないといっても、ウエブ・ニュース上では日本語でそれが配信をされ、オバマ大統領を傷つけておりますから、それは、困ると思います。日本のトップが、常軌を逸してにからかわれる現象と同じです。と言うのも同じ、ウエブ・ニュースが先日の、インタビューで、オバマ大統領が、ボーリングの点数が低いことを、ジョークとしてまるで、パラリンピックの選手みたいだと、仰ったことを、スグ、誰かがとがめて謝罪をなさったそうですが、それを、日本のウエブ・ニュースが、大きなことであるかのごとく、取り上げるのは本末転倒と言うか、重箱の隅をつつくがごとき、つまらない低級な発想です。

 私はあのインタビューを二回半ほど、見た段階です。最初の日には疲れて帰ってきた上に後ろで主人がテレビを見ていたので、集中できませんでした。二回目には相当きちんとみて、70%は理解をしたと思いますが、非常な激務の中で、あれだけ、スマートに、さらっと頭脳回転が出来ることに驚いたし、(演説については草稿があるそうですし、草稿ライターの存在まで、さらされてお気の毒ですが・・・・・インタビューは、テーマについては事前の打ち合わせがあったとしても、一、センテンス、ごとに脚本があるわけでもありません。

 もちろん、失言があるかも知れず、それが、とがめられる可能性も当然・予測されるわけで、以前の大統領、(たとえば、ニクソン、とか、レーガン)だったら、こういう席に出ないでしょう。

 しかし、彼は若い。そして、新しい手法(インターネットの駆使、および、こういうテレビ界の司会者、オプラ・ウィンフリー=アフリカンで、しかも女性、そして、大の人気者で大金持ち=の支援も受けたそうですし)を使って、当選した新しいタイプの大統領なのですから、これを、引き受けたのでした。そして、草稿なしで、話が出来る、頭の良さを見せ付けたわけです。立派じゃあありませんか。日本のトップで、これほど早い回転で会話が出来る人がいるとも思えません。

 私自身についてですが、「極端なほど無防備だ」と主人に言われております。しゃべりすぎだと。だけど、そういう一方で、警戒すべき場合だなあと考えれば、ほとんど、口を利かないのです。いや、信頼すべき間柄では立て板に水と言うか、袋口が開くというほど、しゃべるのですよ。2、3時間はあっという間に過ぎてしまうほど、話したいことは一杯あります。

 だけど、翻って大統領の場合を考えて見ましょう。数百万人、または、数千万人が見る可能性のある番組内で、あれほど、自由に話せるのは、才能(タレント性)があると言うことです。つまり、主役を張るだけの花があると言うことです。ケネディ大統領だって、裏側を書いた本を読めばひどい事が一杯です。ニクソン大統領、も、裏側が大衆的なレベルで表に出始めていますね。

 でも反対に、匙加減一つで、誇り高き、善良な大統領の役目を、担うことが出来ます。そういう風に国民(アメリカ市民)が育てなければいけません。その際に、重箱の隅をつつくような瑣末なことで、貶めるのはよくありませんし、ましてや日本のウエブ・ニュースが、全体の文章ではなくて、そこだけを取り上げるのなど、失礼千万な、動きです。いや、毎日新聞はその野生ぶり(と言うか、お料理をしていない天然・ニュースを配信する態度)が面白いと思っていましたが、こういう措置をとられるのなら、好きではないメディアとなります。

 まあ、『売らんかな』ゆえの弊害だといってしまえばそれまでですが、政治など、非常に重いニュースなので、もっと、尊敬した扱いを、他国のトップに対してもとるべきです。<これから、イラク戦争を、終結する>という重い任務がある大統領です。大切に扱うべきです。

 ここで、奥様についても書くはずでしたが、長くなるので、いったん切りましょう。

2009年3月22日      雨宮舜 (川崎 千恵子)
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アメリカの銀行には通帳がない(続、オバマ大統領)

2009-03-21 21:59:17 | Weblog
 私は海外へ滞在型として行ったときに、どこでも、現金を手に入れられるようにするために、一応シティバンクに口座を作ったのです。12,3年前なので、数百万円を入れました。いまはすっからかんですが、その際に、通帳が無いのを不思議に思いました。現金をたくさん持って行って、口座を作ると、日本でもアメリカでも、ブース内でとても大切にしてもらえます。

 しかし、通帳がないと、顧客側は不便です。どうも、頭の良さを信じてもらえないような気がしてきます。なんとなく、馬鹿にされているような気がしたり、騙されてもこれではわからないだろうなあと考えたりします。

 その後で、『汝の父の罪』(文春刊)・・・・・ケネディ一家のこと、特に父親の蓄財の課程を書いている・・・・・を読み、結局頭のよい人間が、うまいシステムを作り上げ、それによって大衆のお金を巻き上げ、いつの間にやら、富がケネディの父に集中していて、そのシステムについては誰も判らないと、書いてあったので、

 『なるほど、なるほど』と思った次第です。サブプライム・ローンなども、『日本人ですと、そんな危ないことには手を出さないでしょうに』と思いますけれど、自分の財産がいくらあるかを、せめて銀行の通帳を見ることによって、把握でもすれば、そのローンを組む事が自分にとって、どれだけ、破滅的なことであるかを理解できるでしょうに・・・・・

 私は5300万の遺産(ただし、相続税と、家族に使ったものを抜けば、2400万円)が今ではすっからかんになってしまっているので、一種の禁治産者並みに扱われております。しかし、それは、自分が現代アートの世界で、一流になってやろうと考えたせいで、その欲望がない時代はほとんどお金など、使わない人で、小遣い帖(または、家計簿)など、つけなくても自然に、いつも、収支が合う人でした。マクロに物を考えるのですね。

 それは、通帳を見れば、勘でわかっておりました。
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 しかし、今朝、NHKハイビジョンで一冊の本として、雨宮処凛(かりんと読むらしい)の「生きさせてください」と言う本の紹介があったときに、現代の若者はずっと、状況が悪い事も知りました。これの遠因はもしかしたら、小選挙区制にあります。日本の政治家は粒が小粒すぎる人がなっております。大局観をもって政治を担う人がいません。

 非常に日本の政治が悪くなっております。そして、以前から申しているように、あらゆることで、連合と言うか、単一性が進んでしまい、いろいろ異なった意見を発表する機会が無くなっており、それゆえに、人々が苦しんでおります。

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 日本人はもっと頭のよい国民のはずです。それなのに、基本的なことで、随分と頭を悪くさせられています。「円周率は、3.14ですよ」と教えるなんてひどいです。実際に使うとき、たとえば、工作や手芸に使うためなら、4以下の数を省略してもよいのですが、真実は4以下、ずっと数が続いているのだと教えなくてはなりません。

 東京の東側で、インド人経営の幼稚園があるそうですが、日本人の親も入れたがっているそうです。教育に対して不安があるのです。

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株券が電子化されるともいいます。私は株も全部処分してしまったので、口を挟む余地もないのですが、これも、預り証と言う形で、眼に見えなくなると、自分の財産がどこへ行ったやら判らないという形になると思います。私が口をすっぱくするというほど、朝日新聞を批判したのは、朝日新聞とテレビ朝日は総力を挙げて、小選挙区制を推進したからです。あれが、メルク・マールだったと思っております。日本の政治が極端に悪くなるターニング・ポイントだったと思っております。

そして、政治が悪くなると国民が苦しみます。今の国民の苦しみはその当時に予想が出来たことでした。あのときに、小選挙区制に賛成した政治家を、私は一つも信じておりません。政権交代とよく言われます。主人もそれを賛成しております。自民党に利権が集中しているからとも・・・・・

でも、小選挙区制を、最も先頭になって推進したのは、小沢・民主党・党首です。

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 ともかく、日本は、今とても切ない状況です。そういう中でオバマ大統領と言うアイドル(それは、昨日拝見したインタビューでオバマ大統領自身が、ジョークとして、仰ったのですが)を迎えたアメリカはやはり祝したいです。

 そのインタビューは逐一翻訳されて、日本のどこかのメディアにも載ると思いますが、
最初に「59日経っていますが、どう変化しましたか」、と問われて、「空港(?)で庶民とは、750ヤード(700m)はなれたところに飛行機がつく。それで、車列を従えて、五分も前より余計な時間を掛けて、外へ出る」と言う話から、「技術革新への資本投下(これは、ハイブリッドカーに言及されたときですが)をする。それは、日本のやったことでもある」と、言う話で締めくくられ、「犬が近々、ホワイトハウスに来る、サイズは小さいものを」と言うところで終わったのですが、その口跡の切れの良さは、演説よりも、さらに、彼の頭の良さを知らしめて、なんとも、羨ましかったのですよ。

 私たちは、誰を頭に抱けば、自分たちの生活がよくなるのか、いまのところ、さっぱり、目処が立っておりませんね。困りましたね。

   2009年3月21日    雨宮舜 (川崎 千恵子)
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「オバマ大統領の30分間の肉声をPC内で、聞く喜び、他」

2009-03-20 23:44:50 | Weblog
 今日はほやほやのニュースです。今日、AOLを開いて、それから、ウエブニュースサーフィンをしていたら、どこかの頁で、オバマ大統領が、NBCの深夜ショウに出て、お話をなさったのを拝見しました。

 でね。建築についてお話をし続けますと、申し上げた昨日の約束を破って、そのオバマ大統領インタビュー番組関連のニュースをここにさらします。

 どうしてか、30分近く聞いているうちに、その案内がウエブ・ニュース上から消えてしまいましたが、そのURLは、以下です。
http://www.nbc.com/The_Tonight_Show_with_Jay_Leno/video/clips/president-obama-319/1067541/

   もし出なければ、最後の数字が間違っていて、それ以前の、319/までは、正しいでしょう。私は、DVDへPC内の動画を落とすことをやった事が無くて、出来たかどうかがわからず、後で、数回見るつもりです。番組そのものは、アメリカ時間の夜10時半から11時半までのようで、そのうち、音楽等もあって、インタビューだけは30分ぐらいでしょう。私はすべて聞きましたが、すべてが正しく理解できたわけではありません。モーゲージとかサブプライムローンとか、AIGのボーナスとか、いろいろ、単語と、慣用句みたいな流れはわかっているのですが、数十回近く、観客が笑ったジョークがしっかりとは、理解できず、何回も見直すつもりです。疲れていないときに。

 たまたま、テリー伊藤さんが、NHKで、麻生総理大臣に質問をする場面を見ておりましたが、その密度の違いはすさまじいです。どちらがよいというわけでもないが、論理の国のアメリカのスピード感と、交換される単語の多さ、

 私は、『消費者庁、が、できるの、できないの』の審議委員会もたまたまNHKで放映を見たわけで、それも、おっとりして、麻生さんを大切にするという趣でした。ヒステリックに叩くのも嫌だが、あんまり予定調和的であるのもつまらないですね。

 いやあ、昔ひどいホーム頁があって、森元総理も鬼、小泉元総理も鬼だったのですよ。ひどい汚い地色で出来たホーム頁で、見たくもないのですが、友人が「見るべきだ」と言われたので無理して見たのですが、あれが、検索エンジンを通るのなら、(つまり、他人から教えられたURLのアルファベットを入れると見られるのなら)、私のグーブログのURLのアルファベットを入れても出ないとは、いったい、どうなっているのですかと、怒りたくなります。

 ま、それは、ともかくとして、日本の総理大臣も、一国の総理として、プライドを誇るのなら、少しは、この滑舌のよさ、口跡のよさを見習って欲しいです。

 そして、日本のメディアもそのNBCの『大統領を大切にして、ちゃんと、しゃべらせて、でも、おべんちゃらではなさそうな』。。。映像を見て、それだけは、まねして欲しいです。日本もしっかりして欲しいです。
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 さて、これだけでは、今日の文章があんまり、短いですので、
3日前の17日にあげた『雀が大変』の後日談を、加えさせてくださいませ。

 その後で09-3-19日のNifty の表紙で、ご推薦のニュースとして R25から取った、「最近では、雀が減っている。
http://news.nifty.com/cs/topics/detail/090319121301/1.htm

と言う記事を見つけました。立教大学の研究員三上修さんと言う方の研究によれば、
50年前の、10分の一だそうです。

 私は研究者ではないけれど、直感として、そう思っておりました。

 ニフティのウエブサイトでは、時々、このR25からの記事が出ます。
R25 とは、フリーペーパーのはずです。つまり、無料の週刊誌。リクルート社で出しているはずです。ニューヨークでは、週刊誌の形ではなく、分厚いタブロイド型新聞として、多種が、キオスクとか、街角の専用ボックス内においてありました。

 私は、R25については、読んでいる暇がないので、取り上げた事がないのですが、よい記事も載せているのですね。花マル、花マル、と、その努力を賛嘆したいです。


  がんばっている人の姿は素敵です。どんな分野でも・・・・・

  2009年3月20日   雨宮 舜 (川崎 千恵子)
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晴天の霹靂のニュース・・・・・1(あるビジネスホテルの社長のケース)

2009-03-19 13:36:23 | Weblog
 今、2009年3月19日のお昼のNHKニュースは平和です。私はそれを、ほっとする思いで見つめております。ヒステリックな取材が集中して、まるで、魔女狩りみたいに、当事者(責任者)が叩かれる映像は見るに忍びないところです。でも、そういうニュースが一杯あります。

 このブログで、一時期は海外のほほえましいエピソード、そして、一時期は、映画に関してのあれこれを、書きました。しかし、今日は、建築違反事件、(それが、最近ですか、判決が出た模様ですが)に関連して書いた一文を、数本、連続してお送りをさせてくださいませ。

 ところで、今日の文章は、ある個人(ニュースで叩かれきった、私と同年代の社長)さんに触れるので、客観性を保ちたくて、例のプソイド(偽体)小説風に書いております。それは、お許しくださいませね。そして、主人公を百合子としております。
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 最近(2006の1月ごろ)の日本では、建築違反の事がかまびすしい。数週前(または数ヶ月)前の耐震疑惑騒動は『悪質極まりない』と百合子は思ったが、最近のT.Y.インと言うビジネス・ホテルの設計変更事件は、『やや、ほほえましい』と感じる。『どうして、こんな事件が世に出たのだろう。内部告発として、誰かに刺されたのだろうか?』と、さえ思うほどだ。と言うのも、その日本大通り(横浜の中区にある太い道路)のその会社の本社(多分)ビルには、一階に画廊が付随していて、そこには何回も見に行った事があるのだ。だから、一種のなじみの会社なのだ。つまり、大金持ちの社長がメセナを行っている会社だから、よい会社とも言えるのだ。ある一面では褒めてあげたいほどの会社なのだ。

 だけど、昨日だったか、NHKがこのニュースを放映したときに、説明文として、テロップにT.Y.インを東急インとつけたものだから、すぐ抗議が来たらしくて、アナウンサーが訂正をした。で、百合子が「そりゃあ、東急は怒るでしょう」と言うと夫が怪訝な顔をしたので、「あのね、この会社って東急グループではないのよ」と言うと、さらに驚いた顔をしたので、

「もしかしたら、パチンコで大きくなった会社なのよ。各駅の周辺にT.Y.何番館って言うパチンコ屋が何軒もあるでしょう。電車から広告が見えるじゃあない? あれの経営者があの社長じゃあないかなあ?」と言った。これはもちろん、精査したわけではなく、百合子の単なる憶測だ。

 だけど、この推測が百合子の家で、特別意味を持つのは、理由がある。先日、この社長が失言をした。それは、ホテルとして出した設計図の中の、身障者用の施設(多分、車椅子で入る事ができる広いトイレなどのことだと思うが、)を実際には設計変更をして、普通の客用の施設を作ったことへの、弁解をする際、「一年に、一回か二回しかお客が泊まらないのに、(又は使用をしないのに)作っても、しょうがない。実際は物置になっているケースが多い」とのたまわってしまったのだ。

 百合子はその記者会見の同時放映を見ていないが、夫は「今どき珍しい社長だ。社会的に守るべきモラルと言うのが無い」と笑った。いや、夫は彼を責めているわけではない。普通なら社長族は、企業の顔として、『こういう事を言っちゃあいけない』とか、『ああいう事を言っちゃあいけない』とか、しばりを自分に掛けて、あまり、劇的でない、面白くない、しかもありきたりの記者会見をするものなのに、非常に素直すぎる本音を言ったから、「珍しいタイプだ」と、思ったらしいのだ。

 夫はその記者会見を思い出すたびにおかしくなるらしい。笑いながら言ったのだ。「それに、珍しいことに、企画部長が女だ」とこれも笑いながら言う。企画部長が女だろうと男だろうと能力さえあればよいので、女性差別はいけないが、夫の予想通り、社長は世間から糾弾をされ、ホームページで間接的な形で謝罪をしたそうだ。つまり、本音の人だから、テレビカメラの前に出ないほうが良いと誰かが進言をしたのだろう。
**********

 こういうニュースをテレビで見ると『運のよしあしって、やっぱりあるんじゃあないかしら』と百合子は思う。昨日までこの社長は安穏と、立派なギャラリーが一階にある豪壮な、本社ビルの最高の部屋でふんぞり返っていたのだ。東急グループではないとすると、自分は創業者、又は、経営者としてトップだから、怖いもの知らずで、殿様暮らしをしていたのだと思われる。それが一転、百合子の夫みたいな無縁の他人にまで、「おかしいね」と笑われたりする。そして、同じく社長にとっては単なる他人にしか過ぎない百合子は、その夫の疑問を解くために、「もしかしたら、東急線沿線駅周辺のパチンコやさんが源流かもしれないわよ」と、夫に言う始末だ。『きっとたたき上げなのよ。だから、あれだけ、本音で語るし、社会的なモラル云々って言ったって、求めるのが無理よ』とも内心では思っている。


 あとで、それ以上のプライヴァシーがテレビ画面で出た。すると、700坪以上と言う豪邸にお住まいの模様。本社ビルも立派であり、ご自宅も立派なら、やはり、正当な利益還元が社会になされていない創業社長であるわけで、そこが恨まれたのかなあ。嫉妬の対象になったのだろうか。ただ、百合子はこの社長が自分と同世代であり、しかも彼の高校・通学の関係から当時、百合子と同じく東急系列の電車を多用していた人である事を知り、会社の命名の由来については納得をした。


 社長にしてみれば、他人に言って欲しくないだろう事を、まったくの他人である百合子夫婦に言われてしまう。しかし、そう言う世間からの軽蔑やら指弾を浴びることなど、社長にとっては、晴天の霹靂とも言うべき諸相だろう。昨日までは夢にも思わなかった、苦労の数々をしょってしまった。気の毒でもあるけれど、ややほほえましくもあるのだ。
 
 だって、こんな苦労を負ったのは、多分内部事情が絡んでいるわけで、これは、例の耐震疑惑騒動とはまるで、異なる種類の悪なのだ。耐震疑惑騒動はよくない。まあ、建て替えるほどでは、無いのかもしれないとは思うが、あっちこっちの無責任が、小市民の生活を大きく動かしたのだから、本当に困ったもので、日本の道徳も落ちたものだと思われる。

 ただ、こちらのTYイン(ビジネスホテル)は小さな部屋をたくさん作って、よりたくさん儲けようとして設計を行ったのは、一種の悪なのは、確かだけど、人の命まで左右をしようとしているわけではない。だからはっきり言って、この社長が、これほどの指弾をあびるほどの悪人であるとは、とても思えない百合子だった。ちょっと気の毒に感じた。

 時々、ニュースがヒステリックになるときがある。社会的な糾弾が必要だといっても、まるで魔女狩り裁判のごとき様相を呈したり、紅衛兵のつるし上げ同然のニュースとなる事がある。これは、とてもよくない。マスコミの発達の悪弊の一つだと思う。この場合の青天霹靂とは、社長側から言っている。それで、最初は、固有名詞を出したが、そのうち、人の噂も75日でいろいろ収まると思われるので、ここでは、イニシャルだけにした。では。
  2009年3月19日  雨宮舜(川崎 千恵子)
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インゲン豆と、すしの話(インパリ)

2009-03-19 00:20:43 | Weblog
 ある日、ぱりで、サン・ポール寺院の前をバスティーユへ向かって歩いていました。八百屋があってその店先に、インゲン豆がピラミッド状に積んでありました。秋ですから普通ですと北半球ではインゲンはできない季節で、この商品は温室で栽培をされたか、どこやらから輸入をされたものと思われます。細くて上品です。いかにも上等で、しかもおいしそう。私は二ヶ月目くらいから余裕が出て、お料理も作り始めましたから、このインゲンを買いたいと思いました。それでね、ピラミッドを崩さないように、裾の広がっている地帯から、ひとすくい取り出したのです。ピラミッドは崩れませんでした。

 ところが別のお客の応対をしていた女主人からすごい剣幕で怒鳴られました。「いじらないで」といわれたんだと思います。しかし、そういう基本的な単語はまったく覚えておりませんでした。以前の海外旅行の経験から、パリへ入ってから覚えるはずでした。暮らしの中の慣れで、獲得できるはずでしたが、先生との間が英語でコミュニケーションが取れるために、すっかりフランス語がお留守になっていたのです。その時、五十六歳でした。版画のことも大変でした。だから、考えることがいっぱいあって、不必要なことには触れないで、置いたのです。せっかくパリに住んでいるのに、フランス語をマスターしなかったのは残念でしたが、でも、三ヶ月で帰るのでは、早々は身につかないとも思っておりました。ただ、外国で特に愛嬌豊かになる私は、トルコでもイランでもギリシャでも、イタリアでも、スペインでも、二、三目には旅行案内書に出ているくらいの挨拶なら、自由自在に使えるようにはなるんですが、このパリではオーヴォアー(さよなら)ぐらいしか、覚えられなかったのです。

 私は、もちろん抗議をしたいと思いました。だって、ピラミッドはぜんぜん崩れていないのです。私は、そんなに、乱暴な人間ではない。むしろ、この繊細なピラミッドとか、繊細な品質のインゲン豆を褒めてあげたいと思っているのです。しかし、言葉ができないと、単純なるあほにしか過ぎなくて、一方的に怒鳴られっぱなしです。でも、その怒鳴られ方の度が過ぎています。で、どうしてなんだろうと、私は考え始めます。アジア人、特に熟年のおばさんだから馬鹿にされるのか、それとも、別の理由があるのか・・・・・と。

 ひとつ、わかりました。それは、女主人が神経質なタイプであり、もともと、怒りっぽい人だということです。万国共通の基準があります。全体にやせていて、小柄で、口がへの字に下へ向かって下がり、目がきつい。そそけた金髪をきつく、ポニーテールにして、結わえあげている。日本人でも外国人でも、ふっくらとして、余裕のあるタイプと、ぎすぎすして余裕のないタイプはあるのです。『仕方がない。ここは退散しよう』と私は思いました。

 しかし、一九九八年のそのときから、数年たっている今現在、この思い出を書いたのは悔しいからではありません。復讐のためでもありません。あの女主人がどれほど、まじめに商売に取り組んでいたかを思い出すからです。パリ市内でも相当優秀な、そして、有名な八百屋さんなのではないかしら。

 その数軒、バスティーユよりに日本型のすし屋がありました。そこで、一折を食べたときのことですが、『うっ』とあげそうになるほど、タネが古かったのです。はまちか何かだったのですが、『うわー、気持ちが悪い』と叫びたいぐらいのひどさでした。それで、お店の四十才ぐらいの、それこそ、ふっくらした女主人に向かって、日本語で「これ、タネが古いわよ。腐っている」というと、彼女はきょとんとしています。で、白を切るつもりなのかと思って繰り返すと、なんと、韓国語で返事をしました。彼女はフランス語はできるみたいですが、私ができないし、彼女の方は英語はだめみたいなので、お互いにちんぷんかんぷんで、意思疎通のできないまま、店をでましたが、『困ったことだなあ。日本人の店主なら、絶対に、あんな古いタネを使うことはないのに、韓国人だから、すし、そのものの精神を知らないんだ。生きのよい、魚をつかってこその・す・し・なのに、困ったことだなあ。あれを、日本の・す・し・だと思われると、本当に困る』と、つぶやいたものです。
 こんなひどくてだらしない商売をする人間に比べれば、あの八百屋の女主人ははるかに上等な人間でした。デモね、あれから、日本のお寿司は、もっとポピュラーになったみたいです。だから、世界基準ではやっていれば、あれほど、ふるいネタで握ったお寿司を出していることも無くなっているでしょう。それを願っています。
                2009年3月18日、1998年ごろの思い出に基づいてこれを書く、   雨宮舜 (川崎 千恵子)
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「雀が大変(鎌倉駅で)」

2009-03-18 00:01:49 | Weblog
 鎌倉駅の周りを夕方とおると、何か鳥の声が非常にやかましいのです。世田谷あたりで、インコが、また、秋田県あたりでヒヨドリが、集団でねぐらを求めるのが、ふん等の問題で、話題になっていますが、今のところ、この鎌倉駅の小鳥の集団を問題にする人がいないらしいのは、救いでした。

 ところが、今日夕方帰宅した主人が「雀が大変だ。急に『いちょう』の枝を大きく払い落としをしたものだから、雀が、ビルや電線にとまって、『どうしようか、どうしようか』と、大騒ぎだった」といいます。

 私はその日の昼間は馬鹿に仕事がはかどりました。で、それだけ、まとまった仕事をすると、
『夜は、ゆっくりしようね』と言う気にもなって、うん、うんと、丁寧に主人の言葉を聞いていました。

 「で、どうして、妙本寺の方へ、行かないのかしら? あそこには、木がたくさんあるのに」と言いますと、「雀は明るいところでないと、駄目なんだ。カラスに襲われるから。それから、
段かずらの櫻なんかも駄目なんだ。それも、落ち葉の間から透けてしまって、自分を守れない。

 あんなに、急に枝おとしをするのは、駄目だ。自然のサイクルで、落ち葉が始まれば、
違うところに移動をするのに。急には駄目だ。雀が本当に、困惑していた。何千羽も。かわいそうに」と、答えました。

こういう弱いものに対する会話を交わすと心が柔軟になります。それで、人間のいろいろについても、ふっと、落ちるというか、悟りに達することが出来ます。それは、素敵な時間ですよね。

なお、雀が大変だったのは、2006年の10月17日ですが、その後も、駅前広場の『いちょう』の剪定は続いている模様で、雀は相変わらず大変みたいです。今は田んぼもありませんしね。そういえば、すずめと言う小鳥に接する機会も前ほどありません。あれは、本当に身近な鳥だったのに。では、今日は短く、

 本当は宮島の鹿の事が心配ですが・・・・・今日はそれに触れている体力が無くて・・・・・ここで、失礼を致します。   2009年3月17日   雨宮舜(川崎 千恵子)
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聖地『アトス』から考える、男女の深淵

2009-03-17 00:33:40 | Weblog
 この09-3-10に、NHKハイビジョンが、再放送としてですが、ギリシャの聖地アトスを、取り上げました。オンデマンド放送を、利用なさる方のためにタイトルをあげると『秘められた聖地、アトス』となります。

 そこは、海抜二千メートルを越えるアトス山を中心とする峻険な地域で、全盛期(ビザンチン帝国とか、ロシア宮廷の経済的な保護があった時期)には、110を越える修道院があり、それが、途絶えた今でも21の修道院があり、そのほかにひとりで洞窟などを使って修行をしている人間もいる島だそうです。フェリーボートで巡礼者を受け入れていますが、女性は未だに禁制の島であります。

 番組を見た感想では、予測ほど感動を与えられなかったというのが正直なところです。と言うのもマリア信仰を主として修行を重ねる修道士たちが、得られた、最高のものが欲望の昇捨だという発言がありました。そこが、女性である私には、ぴんとこなかったからです。
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 以前、NHKの『男と女のミステリー』と言う科学番組を推奨しました。あれは、相当なレベルでよく出来ています。しかし、科学とは別の分野、いわゆる心理学の問題で考えると、男と女の違いは大きく、そこに横たわる深淵を踏み間違えると、普通の言葉で言う大不幸に陥ります。

 でね、そのことを平明にかつ丁寧に説明している人が少ないと思います。普通の女性が性愛について触れることは、タブーでありましょうが、敢えてそこに踏み込んでみましょう。
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 アトスの修道士たちが、「それが大きな勝利でした」と発言する限り、男性には性衝動と言うものが、抑えられないくらいに沸き起こるものだということを証明しています。そして、シゴトがよく出来る男性ほど、それを、平気で社会へも表現していてそれを、社会も許している風潮があります。ときどき、アメリカのトップ為政者や、日本でも有力な政治家がその下半身の問題で、失脚をしたり、叩かれたりしますが、それは、別の要素が絡んでいます。

 平和主義への政策移行をしようとしたりすると、それを阻止したい勢力が、別方向からその政治家の政治生命を絶とうとして行われる漏洩であったりします。フランスのミッテラン大統領が、記者陣のその手の質問に対して、「それが、どうしたの」と身を交わしたそうですが、『さすが、文明の重なりの長いフランスですね』と感じますが、アメリカでは政治家の方が、まだ弱いです。

 日本では、政策がどうしたこうしたよりも、基本的なレベルで、強さを持ち、国民にとって有望な政治家がそれを遣られて、同じように、政治生命を、絶たれたりします。文化人、ライターなども同じ手法を使ってつぶされたりします。つまり、全うなiken(opinion)を言ったりすると、危ないのが日本でもアメリカでも起こりうるリスクと成ります。

 だけど、スケープゴートとして上がる小数の例外を除けば、世間では、『力のある男性は、複数の恋愛をしてもよいのだ』と言う通念があり、それは、実践をされており、許されていると感じます。

 ですから、前報で申し上げた気の毒な正妻も、それに負けているからこそ、戦えなかったわけです。ずるずると、敵方のわなにはまり、少しずつ、気弱にさせられ、うつ病に近くなっていって、生きる気力を失っていったのでした。
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 比較して女性はどうなのだろう?と思います。女性には、肉体的に性衝動が起きることは少ないと思います。でも、女性にとって必要にして、大切なものは、精神的な意味での、『保護される』という感覚です。西欧文明における『レディ・ファースト』と言うエチケットはそれを、形として表したもので、うまく出来ていると思います。が、日本男子でそれを、実践したり、表現する人が少なくて、長年亭主関白を続けてきた挙句に、突然、熟年離婚を突きつけられるという現実が起きたりします。しかも例が多いらしい。

 つまり、社長になれるほどの、器量が無くて、サラリーを獲得することで一生を送ってきた普通の男性が、退職金を貰った途端に妻に見切りを付けられて、まだ若くて、未来を信じている妻の再出発の邪魔者とみなされるケースです。幸いにして、私は身近には、こういう例を知りません。が、世間のニュースを見聞きすると、それも多いようです。

 ものすごくエゴイスティックに人々が変化してきています。昔の日本人なら考えられないようにエゴイスティックに日本人が変化をしてきています。

 でも、すべての現象の基盤には、お金が横たわっています。お金回りが充分だからの発想です。社長が正妻を捨て、新しいパートナーを選ぶのも、その人に若い女性を惹き付ける財力があるからです。そして、正妻が無念の涙を飲み、我慢をし続けたのも彼女には、普通のレベルの生活を維持できるだけの、収入が離婚をした後には見込めないからです。

 日常生活と言うのは継続しているものです。クラス会へのお誘いがあるとします。そこに何を着ていくかも、普通の女性には大問題でしょう。私なんか、忙しすぎて、ココ十年ぐらいその手当てを一切しておりませんでした。そして、洋服を買わないで、惨めになりがちな精神を補う手段として、唄を歌わせていただくという手法を取ってまいりました。

 この2009年に入ってからやっと、シゴトをセーブする心境に達して、やっと、今年から同窓会向けに洋服を買ったり時計を買いなおしたりしました。それで、唄の方は抑制するようになりました。(ただ、他の方が歌うと、釣られて、歌いたくなってしまって未だ修行が足りませんが)

 あの気の毒な正妻の方も、親戚の眼、ご近所様の眼、そして、昔からの友人の眼を考えると、生活を激変させることが出来ず、したがって、ずるずると、悪意のわなに落ち込んでいったのです。つまり収入を落としてもよい。プライドを優先させたいという母君が昔選び取った道のわだちを踏みたくないという心境も加味して、彼女は生活を改善する事(離婚)ができず、緩慢にですが、生命力を失っていったのでした。

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 彼女が私に託した無念の思いは、「チエコちゃん、書く事で彼らをやっつけて」と言う代理の復讐の役目を私に負わせました。しかし、私は本名でそれを書くわけではなく、だんなさんについても社長と表現するだけで、具体的な職種の分野さえ書きませんから、役に立つわけでもありません。
 
 ただ、こういう現象の影に、『お金がたくさんある事がいいことだ』と言う基本線が隠されていることには異議を唱えたいです。そして、不況感が蔓延しているのも良いことでもあります。熟年離婚を企画していた主婦層も、<アルバイトが出来ない、かつ、正式な就労もできない>となれば、諦めるでしょう。生活とは費用がかかるものなのです。税金や家の補修費なども含めれば相当な費用が生きている限り、自らにかかっていくものなのです。

 まあ、彼女のために言えば、「もう少し、大人になって、だんなさんを包むような側面を涵養していたらよかったわね。その若い女性には多分、そういう側面があったので、だんなさんは彼女を選んだのだと思う」といいたいです。主婦だって大変です。修行を重ねなければ成らないのですが、子育てとか、善良であるという事がくびきに成っていて、社会的な勉強ができず、独身で、その方面で自分を磨いてきた女性に負けることはあるのです。

 そして、男性的な要素が強い男性ほど、妻には、「家にこもって静かに暮らして欲しい」などと言う要望があるので、大矛盾をきたします。子育ても大きなエネルギーを必要とします。女性が、外で働くことと結婚生活を両立をさせるのは、本当の意味では容易ではありません。絵描きの仕事は家の中で出来ると言っても、精神的に、別世界に入ってしまうので、これも、夫や子どもと仲良くすることとの、両立については、とても難しい仕事です。

 男と女の間には未だに、深淵が横たわっていると思います。ただ、共同生活をする限り、相手を信じて、思いやりをもって生きる事ができれば、それで、充分に幸せだと感じないといけないでしょう。私は、夫には『出世をして欲しい』とか、『金銭欲を満たして欲しい』と願うのは、やめています。随分前からですよ。それは、やめています。自分についても無欲になるように努めていますが、配偶者に対しても無欲であるように努めています。

 なお、今日のブログパーツ写真は、私がデルフォイの神殿破風の『ライオンが子牛をほふる図』(実際には美術館にある)、を写生してきて、さらにそれを、簡略なエッチングと化したものです。アトスからの連想です。アトスと言う島には、こういうヘレニズム遺跡はありません。中世風、ギリシャ正教の、寺院の装飾はイコンが主なようです。と言っても、写生など許されるはずもなく、しかも、女人禁制です。だから、ただ、ギリシャと言うワードに固執してこれを、添えました。テンプレートが地味な上に、ブログパーツも無彩色では、冴えないことおびただしいですが、今日はこれで、お許しを頂きたく。
   2009年3月16日   雨宮舜(川崎 千恵子)
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モグラの芳香にまつわる、悲しいお話

2009-03-16 00:04:51 | Weblog
 ある秋の一日、私が結婚後、二匹目として飼っている猫がまた、モグラをとってきました。ヒミズ(又は、ヒメヒミズ)と言う種類らしくて、素晴しい毛並みです。毛一本一本の長さが短く、しかもつやつやした赤茶色、・・・・・ その種類は、トンネルを掘らず、落ち葉の下で暮らしているそうです。

 私はまだ、生きているらしいそれを、左手に持ったまま、右手に、電話の子機を取って、話をしていました。秋の日で、木漏れ日を浴びながら、静かに話し合っていました。そのお相手は、長らく悩みを抱えている人でした。私は、自分ができる限りのご相談には乗ったつもりでした。真夜中に、延々、4時間ほど、コーフィータイム(実はトイレに行きたくなったほどの長時間だった)を入れて、話し合ったことさえあります。

 愛の問題でした。奥様が、ご主人を愛しているのに、愛を返してくれないという悩みでした。心理学的な段階を過ぎていて、ご主人は具体的に、ある女性を選び、奥様の方を追い出そうとしていました。しかも、暗喩を用いて、奥様を精神的に追い詰めて、廃人にしようとしていました。そのご主人は、超がつくほど、頭のよい方でした。

 その陰険な手法が、私には、すべて裏も表も読めるので、随分突っ込んだ忠告もしました。「あなたは離婚をするつもりがありますか?」とも質問をしてあります。彼女は「それは、ない」と答えます。その理由は、親の代からの引き続いた問題があり、それゆえに、離婚をする気が無いのでした。これは、彼女から「チエコちゃん、書いていい、書いて頂戴」と頼まれているので、そこまで書きますが、ご両親が、非常に立派な男女のペアーなのに、離婚をなさっておられるのです。それも、戦争がもたらした悲劇でした。

 社会的に身分の高い立派な男性が、疎開をして、親戚の家に大家族の一員として同居をする。社会的な立場も人格も立派な男性だから、周りの人の注目を浴びる。当時は、戦死者が多くて、男性が不足していた時代です。だから、親戚のとても若い女性が、お父様に惹かれて惚れてしまった。そして、彼女は今で言う略奪婚を果たしてしまったのです。本当は、ロマンローラン描く小説『魅せられたる魂』の主人公のように、結婚はせず・・・・・のつもりだったのでしょう。その若い女性の方は、お医者様になったぐらいなのですから。

 でも、お母様の方は、プライドが許さず、離婚に踏み切ってしまわれました。もちろん、慰謝料や生活費は、経済力のある父方から出ていると思われますが、お母様は離婚後、気の抜けたような(つまり、お勤めにでるほどの、気概もないし、階層でもないわけで)お人形のような女性となってしまったのです。友人の方は、親戚の人等の大家族の中で暮らし、また、ごきょうだいもいらしたので、普通のお嬢様として成人をなさったが、そこの課程に、ある心理的な欠落があったのです。

 つまり、全うな普通の家庭と言うものは、愛があるからこその、悪も内包されていて、、結構、いたずらも起こったり、からかいも起こったりするものなのです。それが、人間性をはぐくみ豊かな、ちょっと、ワルな要素も含む人間を育てます。免疫力の強い人間を生み出します。そして、そういうちょいワルな人の方が日常的に接していて面白いのです。あまりにも優等生であると、他者は面白くありません。私は本当の両親に育てられていますが、長い間一人っ子みたいなものだったし、両親が、心理的には未熟な人だったので、ある意味で、その手の優等生の一人であり、友人からはつまらない人と、何度も言われました。だからこそ、この渦中にある社長夫人の苦しさもよく判っていたのです。

 ご主人が、OLから、サロンづとめへ転職をした賢くてやり手の女性に惹かれてしまって、また、その女性も社長夫人の座を奪うつもりであるのは、明々白々に彼女にも私にも判っておりました。その女性とご主人が組んだ、悪い仕掛けのひとつとして、お店に出る前の、食事=同伴とテクニカルタームでは言うらしい=に、「奥様にもそこへ、出ていらっしゃい」などと言う、恐ろしい提案がうまれ、また、私の友人の方が、「そういうときには、何を着て行ったらいいのかしら、チエコちゃん」などと言う、無垢で世間知らずなところのある女性なので、どうにも太刀打ちできなかったのです。それに、三角関係で、自分の方が一人・の・け・者の立場になるなんて、どんなに、悲しくてつらかったでしょうか。
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 私は、渾身の忠告として、こう勧めていました。「この場合は、あなたは、もう、実質は家政婦としての位置に徹して、しばらく我慢をなさい。体面は以前どおり、社長夫人であり、母です。それでも、振り切れない心の悩みは専門のカウンセラーに掛かったほうがよい。三十歳の年の差があるので、いずれ、女性の方がだんなさんを捨てますよ。ね、入れ歯が嫌だとか、セックスに物足りないとか、女性の方に不満が出てくるはずです。離婚をしないつもりなら、その日まで、じっと我慢をなさい。十年掛かっても二十年掛かっても」と。

 モグラを左手に抱えた日にも「主人がセミナーと称して、グゥアムへ旅行へ行くの。例の彼女も一緒よ。私は、彼女との、間柄を阻止したいから、一緒に行きたいの。どう思う。チエコちゃん。ただ、親戚からはね。姑の介護を休んで、何を遣っているのかしら、あのお嫁さんと、批判をされると思う。そこが迷っているポイントなの。どっちにしたらよいかしら」と切迫した様子です。

 私はどうしても、彼女が、この問題を、消化できていないのを悟りました。昇華して、いったんは降りるべきなのです。相手方にはいったん、負けたという形を見せてよいと覚悟をしてしまうのです。それで、その込み入りすぎた環境から逃げ出すのです。それ以外ないと私は考えておりました。

 しかし、その日も説得を仕切れず、「グゥアム旅行を、自分はしない。了承したわ」と言う彼女の明るい声では、終わりませんでした。彼女は心の中で、グゥアムに行くつもりだったのです。

 このお話はまずい方向で、終わりました。この日の三ヵ月後、彼女は病没なさったのです。ご主人からのお知らせは、ひどい遣り方で届きました。つまり、12月27日に届いた年賀欠礼で・・・・・まるで、お姑さんが亡くなったかのごとき、文面で・・・・・よく読まなければ、体が健康だった彼女が、急に亡くなったなどと誰も気がつかないほどのさりげなさで・・・・・知らされました。

 読者には、「ごめんなさい。こんな話を読ませて」と、申し上げます。人にはそれぞれの生活があります。だから、ご主人とその新妻との、新家庭に向かっては、何も言う言葉はありません。だけど、だけど、私の双肩には、重いものが掛かってきましたよ。それが、長く生きてきたという証でもありましょうが、・・・・・

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 長い、長い、電話でした。その間にヒミズは、ぐったりしていて、私は、「死んでしまったのかしら」と思いながら、落ち葉の中に、返しました。そして、その後です。左手に芳香が残ったのは。ジャコウネズミとよく言うでしょう。ヒミズ(小さめのもぐら)は、毛皮も美しいが、そのにおいもすばらしいものを発するのです。猫が、やたらと顔をあっちこっちに擦り付けているのも分泌液を、そこにマーキングしているそうですが、それは、人間には感じられない程度の香りです。雄猫のおしっこは、強烈で誰でも参りますけれどね。

 ヒミズの場合ですが、私の手のひらに、その小さな体のどこかを、こすり付けられたわけでもありません。それなのに、ものすごい芳香が何時間も残り香として続きました。

 幻想的な話となりますが、私は、友人の悲しい思いが、あの芳香と化して私にまとわりついていたような気もしております。10年前から5年ぐらい前に掛けての、私にとって、忘れられなくなっているお話を、今日させて頂きました。

・・・・・・「チエコちゃん、私の事を書いてね」と彼女が言っていた事も思い出しますし・・・・・その本意は察するにこうなります。世の中に恋愛の小説は多い。そして、情報としても多い。だけど、それって、恋愛に勝った方の視点からばかり書かれていない? 勝った人もいれば負けた人もいるのよ。そして、負けた人の事を代弁してくれる人がいないでしょう。・・・・・と、確かにそうです。どうしてそうなるかというと、人はマイナスの事に触れたがらないという傾向を持っていて、特に貧乏だとか、失敗したとか、失恋をしたとか言う話には乗りたくないからでしょう。でも、人間である限り、プラスの時期もあれば、マイナスの時期もあり、マイナスの時期への所作とか、学びも絶対に必要なのです。

 そして、私が今しみじみと理解ができるのは、彼女の『どうして、私は悪いことをしていないのに、この安定した生活を奪われなくてはならないの?』と言う恋愛の勝敗からもたらされた不条理へたいする怒りです。本当に気の毒なことでありました。世の中には、恋愛に関する情報が一杯溢れていて、大勢の人が恋愛に勝利しているように見えます。でも、その影に、「どうしてなの?」と声にならない叫び声を上げている負け去った(?)人もいるのです。
    2009年3月15日     雨宮舜(川崎 千恵子)
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