銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

私費出版の価格として、鎌倉春秋社は、高いのか安いのか? (政治モノ)△

2013-06-29 20:21:32 | 政治
 本日は、政治的に重いものを書きます。で、ツィッター方式で書かせてくださいませ。途中でタイトルを変更する予定はあります。初稿を土曜日の真夜中に書いて、今は月曜日の午前5時になっています。これから、残した部分の推敲と加筆を始めます。今4000字加筆したところですが、だいぶ、読むに耐えるものへ、変化したと、自負しています。完成後はタイトルに△印をつけて起きます。それを目印として、再度覗いてやってくださると助かります。ところで、推敲の最前線は、番号つきの@@@罫線で示します。@@@@1から始まって、2,3と、進んだ順に番号をつけていき、今は、6の段階です。そして、申し訳ございませんが、また、中断に入らせてくださいませ。別の用事をいたします。

副題1、『バーゲンが始まりますが』
副題2、『5万円以内のものなら、私たちは、自分の経験だけで、選択ができる』
副題3、『特に、お弁当を、500円で、済ませるサラリーマンが、ほとんどのこの国・日本で、こんなに、無駄な建築ラッシュが続いているのはなぜだ?』
副題4、『情報はただではない。それに気がつかせてくれた、パリでの経験』
副題5、『56歳ごろから、相当な情報を獲得していたが、それは、肩書きが無い限り、社会では通用しない』
副題6、『田中愛子さんに、私の方が、喧嘩を売っていると取られたのはなぜか?』
副題7、『私費出版会社を相手に、訴訟を起こした人たちが居る』
副題8、『田中愛子さんと、石川和子さんは、女性としては、そっくりであり、行動も傲慢なところを含めてそっくりです』
副題9、『1986年の3月に、すでにそれは判っていた。大学付属高校ご入学おめでとう事件があったから』

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副題1、『バーゲンが始まりますが』

 6月28日から、西武デパートが、バーゲンをはじめたそうです。それが、テレビニュースになりました。で、29日(土)に京浜急行に乗ったらバーゲンの広告がいっぱいです。横須賀線では気がつかなかったのですが。・・・・・
 そのポスターを見ると、6月28日にバーゲンをはじめるのは、西武だけではないのです。西武以外にもありました。ただし、ニュースになるのは、西武デパートです。どうしてかと言うと、お正月に、元旦から商売を始めて、それが、ニュースになったので、それ以来のことでしょう。

 それとルミネとか、ウィングとか言う、名店街と比較すると、デパートの方が小売業として、格上なのかと思います。で、それがニュースになる。
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 ここで、挿入ですが、西武が、批判をされた時代を思い出します。税金を払っていなかったとか、開発に向かいすぎ進みすぎて、戦後困窮した華族様から、安くお屋敷を買い叩いたとか。そして、同じく、安く、湘南地方の山林を、戦後買い叩いて住宅団地を造り、大もうけをしたとか。そして、鎌倉霊園にあった堤康次郎さんの他の人、千人分ぐらいの大きなお墓への傲慢だという批判とか。それは、撤去されました。

 だけど、1960年代の東京オリンピックができたのは、堤義明さんが五輪委員会に、大金で接待をした(?)からだったりして。このアンダーラインを引いた最後の部分は、100%の私の憶測ですが、意外なことが、意外に、結実していたりして。

 だけど、今、西武デパートに勤務している人たちは、ひたすら努力を続けている模様です。「家、困窮して、孝子出づ」は、ここにその例を見ました。
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 元に戻ります。バーゲンで、新しい靴を、買おうとあなた、または、私が意識していたと仮定をします。それは、正規のお値段で買えば、1万8千円ぐらいのものですが、バーゲンだと、1万3千円ぐらいになると、普通の人なら知っています。それに、どこのお店で、どういうデザインのものを売っているかも知っています。で、好みのお店に向かいます。バーゲンを期待しているのは、別に日本人だけではありません。パリの人だって、期待をしているそうですよ。
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副題2、『5万円以内のものなら、私たちは、自分の経験だけで、選択ができる』

 ところで、バーゲンで、ものを買うとしても、普通の人の買い物は、一点が、5万円以内でしょう。で、そういうものなら、人は、自分の経験だけで、選択ができます。上に上げた靴だって、最初は、親に買ってもらうとか、親と一緒に買いに行くという形ですが、やがて、一人で、買い物へ行くようになるでしょう。若い女性だと、雑誌の記事の影響を受けたりするでしょうが、40歳を過ぎれば、現場で、商品自体を見ながら、脳内記憶を整理して、買い物をします。

 もう少し高い買い物。たとえば、海外旅行などとなると、人は事前に調査します。ブログやネットで、評判を見たり、すでに、そこへいってきた人に聞いたり、地球の歩き方などの書籍を買ったりします。

 恵まれた収入があり、有給休暇をとることができる人なら、海外旅行も、回を重ねて、「事前に、書物を買うなんて事はしませんよ」と言う人も出てくる可能性があります。鎌倉のある奥様など70歳でも、これから、マダカスガル島へ個人旅行をする予定だそうです。お子様が二人とも医者で、お金には不自由はしない生活で、すでに、世界中のどこも行ってしまったので、リピートでも珍しいところを選んでいるのですって。
 それは、10万円単位、高くても、200万円以内の買い物をする場合です。

 ところで、2千万円を超える商品でも、詳しい情報が開示されているのが、住宅です。それは、ずいぶんといいことですね。中国人が日本の住宅を買い占めていることが問題だそうです。それは、たけしの日本の見方ですでも取り上げていましたが、私はテレビからではなくて、神宮前に住んでいる方から、直接に、聞きました。海外の大富豪が、表参道ヒルズ裏あたりを買い占めて空き家として、持っているので、町が荒れ果ててきたそうです。ふーん。

 ああ、荒れ果ててきたといえば、私の育った町日吉だって、荒れ果ててきましたよ。代替わりをするときに、土地が分割されるのです。そこに、敷地いっぱいに、カラフルな三階建てが建ちます。すると、なんとなくざわついた町になります。かといって、住んでも居ないのに空き家にしてキープしている人が居れば、それは、それで、荒れ果てます。

 規制が強化される事は反対ですが、それでも、日本って、スクラップアンドビルドが激しすぎる国だとは思いますね。そして、それが、国のお金を回転させているところもあるでしょう。だから、意見を言うのが、難しいです。でもね。マンションは作りすぎです。今、空き家が問題になっているけれど、将来は、ゴーストマンションの乱立となるでしょう。特に今幽霊屋敷化している木造の賃貸アパート並みに、コンクリート製のワンルームマンションがなっていくでしょう。

 規制をしろとは言いません。それに、どうしてこうなるかと言うと、資本主義社会であって、儲けるということが、第一義的なことだからでしょうが、それだからといって、私が、共産党を激しく批判をしている事は、皆様も良くご存知のことでしょう。だから言うに難しいこと限りが無い問題だけど、ともかく、建築とか、土簿特と言う分野に、異常に多くのお金が注ぎ込まれているのが日本です。それは、ここで、言っておきたい。海外を歩き、かつ住んでみると、その点で日本が異常だと気がつきます。
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副題3、『特に、お弁当を、500円で、済ませるサラリーマンが、ほとんどのこの国・日本で、こんなに、無駄な建築ラッシュが続いているのはなぜだ?』

 お金が、どこで、どういう風に回っているか? それを、私は丁寧に、知る機会がありません。だけど、日本人一人ひとり、特に若い人には、『自分たちは、金持ちだ』という感覚がありません。世界の中でハ、豊かな国の方に住んでいるのに、自分たちの生活に、満足感やら、安心感を持っておりません。困ったことですが、どういうわけか、建物には、数百億円は軽く支出されているでしょう。
 私は、この二年間、豪華な宴会場を美的な側面から、観察することが目的として、株主総会に出席を続けたのですが、それはそれとして、内心では、『どうも、この国は、変だなあ? 国民一人ひとり、特に若い人に幸福感が無いのが、残念だし、心配だ。この国には頭脳が無いね』とは、思うのです。ただ、安部内閣になって、経済の面だけですが、少しは、企画力が出てきたみたいですね。国家としての、頭脳部分の回復に当たるのかな?

 でも、直感としてですが、住宅を作りすぎていて、その建築費が、もったいないと思われます。建築現場が多すぎるのが、日本社会だなあと思います。それともうひとつ、これほど、馬鹿な無駄遣いは無いと思われるのが、除染です。科学的に言って、家、だけを除染しても放射能被害を防ぐ事はできません。周辺の土地、すべての表面を洗う。そんな事はで着ない相談です。だから、家だけを除染するのは、国民を愚弄するだけの政策です。単に被災地だけを、いいこ、言いこしておいて、原発を再び稼動しましょうという目的だけではなくて、その費用を税金としてまかなっているすべての国民に対する愚弄政策なのです。
 放射能被害とは、目に見えないので、皆さん、除染が役に立つと信じているらしくて、莫大な国費がそちらに注がれています。

 そして、仙台は、復興バブルで、ベンツが日本一売れていて、かつ走っているそうです。
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 さて、上は一般論です。本当はそれだけで終わらせれば無難な文章になります。だが、思い出すことがあって、個別の話題に入っていきましょう。
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副題4、『情報はただではない。それに気がつかせてくれた、パリでの経験』
 
 日本人として、日本人社会の中で、生きていると、情報を得るのにお金がかかるということには、なかなか気がつきません。習うとか、学習をするとか言うことには、日本人はお金を払います。
 大人の学習のためのカルチュアーセンターはおおはやりだし、もっと、気楽に取り組める世界として、公民館を教室とした、社交ダンスのサークルや、合唱のサークルがあり、それらは大きな人気を集めています。

 丸の内あたりでは、大学院レベルの、講座を社会人相手に開いている大学があって、それを受講するのも大流行だとか? 無論、お金を払います。

 しかし、もっと緊急に役立つ情報が有ります。そして、一般的ではなくて、あなただけに役立つ可能性があり、また、切迫している状況を切り開いて、とても、ありがたかった情報を得ることがあります。それは、同時に、少数の人間しか知らない大切な情報だったりします。そういう情報をもらう事は、とてもありがたいことです。そして、それは、たいてい、知人とか友人からもたらされます。

 ここで、大切な事は、日本人は、そういう際にお礼を言うのは言うのですが、金銭でお礼をすることを汚いことだと、思う傾向があるということです。私も典型的な、そういうタイプの人間でした。だが、パリやニューヨークで修行をしていて、同じ日本人で、そちらへ先に移住している人たちが、そういう点では、違った文化の中に居ることに気がついたものです。

 あるときにパリの街を専従の日本人女流アーチストと一緒に歩いていたのです。そのときに、彼女がパリで、普段個展を開いている画廊を、案内してくれないのが不思議でした。普段使っている工房は、案内して見せてくれたのにです。で、気軽に、「あなたは、普段どこで個展をなさるの?」と質問をしたら、「私はあなたに、それを教えるほど、お人よしでは無いわよ」と怒鳴られました。つまり、そここそ、彼女の生活の生命線だったわけです。

 日本より画廊の伝統が深いパリですが、パリの画廊といえでも、パイは小さいです。日本は個展の会期が一週間のところが多いのですが、パリではもっと長いので、紹介する画家の数が、一年間で、多くて20人であり、少なければ、10人となります。ですから、もし、そのオーナーが私の作品を気に入れば、彼女の方が愛顧を失うかもしれません。

 先にパリに住み込んで、芸術家として、作品を売ることで生計を立てている彼女が、そこを追い出されるのかも知れないのですから、危機感を持って、防衛したのも、今では理解できます。。

 しかし、当時の私は情報の大切さを、初めて身をもって知り、それを、集めようと躍起になっていました。たとえば、ニューヨークで、どんな画廊が格が上で、どこで、個展を開くと、どういう効果がでるかなどと言う情報は、私にとっては、と10年前は、大切な情報のひとつでした。

 で、美術の世界を中心にして、散々動き回った挙句に、それなりにランクアップしたらしいのです。そして、その結果、攻撃を受けることを招来してしまいました。日本って、突出して、できる人間に成るというのを許さないムードがあるのです。それは、非植民地国家だから、英雄の出現を忌み嫌われているからです。

 こちらが別に悪いことをしていないのに、間接的に、弾圧をされ、仕事を妨害される。ご近所問題もそこへ帰結いたします。で、ご近所で忌まわしいことを見聞きするたびに、天然自然に生きるのが尊いという心境に達しています。

 何もしないというのが、主義になっています。何もしないことが一番だと思っているのです。
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副題5、『56歳ごろから、相当な情報を獲得していたが、それは、肩書きが無い限り、社会では通用しない』

 『あなたは、実力のある人だ』と、相手も実力のある場合に、そういわれます。それは、単に一人二人ではなかったですよ。ただし、その実力があるということは、別種の人間で、実際は実力が無いのに、コネでのし上がったような人間には、通じないのです。というか、恐れられたり嫌われたりします。

 そのことの最高の例として、鎌倉春秋社内で、田中愛子さん(会社のナンバーツーであり、単行本の発刊は、発刊者が、田中愛子となっているケースが多い)から、怒鳴られた話をしましょう。

 それは、顧客としては、納得がいかない言い方だったので、強烈な思い出として残っているのですが、

 「川崎(雨宮舜の本名)さん、150万円しか出さないのなら、50部しか作れませんよ」といわれた瞬間でした。

 このせりふから、二方向、三方向と、考察が発展して行き、オスプレイ配備も、中国の尖閣諸島への艦船走行問題もすべてが解けてくるのですが、書くのが面倒くさいし、いちいちのエピソードは、それぞれ、分割し、独立して書いているので、それを再現するのも面倒くさいのですが、今から丁寧に取り組みます。それを、やりたくなかったので、ブログをとろとろと休んでいました。
 が、土曜日の夕方、また、前田祝一氏から、ひどい恫喝を何度目かとして受けたし、前田清子夫人からは、ひどく攻撃的な捨て台詞を浴びていますので、書くべきだと、判断をしています。前田氏と、彼を取り巻く連中からは、25日(火)にもひどい恫喝を受けています。野で、書くのにうんざりするほど、汚い内容のことを書くこととなりますが、仕方が無いです。
 
 で、書くか書かないか、心の中で迷っていた2002年の昔の挿話に戻れば、
 そのとき、田中愛子さんに、私費出版をしてもらいたいと持ち込んだ原稿は、最初の本、『主婦が個展をする。しかもニューヨークで』と言うものだったと思います。これはね。タイトルを聞いた友達が絶句して、「あまりにも直接的過ぎる、品が無い」と言ったのですが、実際の中身は、最上級に上品だったのですよ。(笑)

 私としては、謙虚だから、そういう風に、まるで、ノウハウ本みたいな、直裁なタイトルをつけたわけで、事実上は、一種の哲学の本でありました。とても読みやすいのですが、人間如何に生くべきかと言う主題を追求しています。
 これは、私の知人・友人をあっといわせる出来事でした。と言うのも、その本は、充分以上に美しく出来上がったのです。とても、一度も印刷会社にも出版社にも勤めたことの無い素人が作った本とは思えませんでした。

 このまえ、「事務センターでオンデマンド方式で作る本は華奢です」と申し上げたけれど、それは、事務センターでは大型プリンターで、すべてを処理するので、使用できる紙の厚さに制限がかかるからです。
 しかし、この一冊目の本は、オフセット印刷
・・・・・(『普通の本を作るやり方で、印刷機で、大判の紙に32頁を表裏にそれぞれ刷って、一気に64頁分を、一枚に刷り込み、それを折ってから裁断し、製本をしていく形式で作りました。そうすると、紙の使用種類と厚さが自由に選べるのです)・・・・・で、作り上げたので、華奢ではなくて、とても堅牢で持ちやすい形でした。ハードカバー(上製本)で、カバーや帯が無い形で、しっかりしているのです。
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 ところで、ここで挿入ですが、事務センターで、自分で作る場合は、華奢な本となります。だけど、このオンデマンド形式で、本を作る場合にも、会社として引き受けるところでは、厚い紙を使い、華奢でない本を作ってくれるらしいです。自分のところで、手で製本をするらしいので、そういうことが可能です。
 こちらの方の利点は、顧客として支払うべき総額が20万円程度で抑えられるという点です。が、20冊程度しかできませんので、一冊が、1万円程度かかるのです。それは、自分でやっても、印刷と製本だけで、4000~5000円はかかるので、他人の労働時間を使うのですから、仕方が無いわけです。

 でも、20部とか、30部ですと、あまりにも残念だとおもう気持ちが後から起こるでしょう。だけど、この方式だと、どこまで行っても、一冊のお値段が変わりません。だから、100部頼めば、100万円になります。
 でも、そういう会社は、自分のところにプリンターを持っていますので、客の方ではなくて彼ら側の出費は、自分たちでは、2000円ぐらいの原価で、できるのですが、労働を、他人としてやりますので、顧客側では、労働に対価を、支払う必要があります。で、1万円となります。

 だけど、事務センターで、自分で作る場合は、一枚が裏表で、出力に20円かかるので、本文だけで、2560円かかリ、後、表紙の印刷と、製本に費用が別途かかるので、ほぼ、4000円となるのです。自宅に、裏表印刷ができるタイプの中型の大型のプリンターを買いましたが、自宅でプリントアウトをした紙を製本用に運ぶのが、大変です。と言うのも、紙って運ぶと、どこかが痛むものだからです。もし、製本を自分でするのなら、4000円が2000円になりますが、
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 ここで、挿入から元へ戻れば、
 私が田中愛子さんに頼んでいるのは無論オフセット印刷形式で作る普通の本です。そちらは、部数が増えてもそれほど、お金が、増えません。本とは、最初の製版までに、お金がたっぷりかかるもので、紙代、インク代。製本代は大量生産システムの恩恵を受けて、相当に安くなり、最初の50冊と、その次の、2000部は、20万円も違わないのです。だから、あなたに、知識がありさえすれば、2000部を、100万円で手に入れられます。
 ただし、流通経路には乗りません。となると、自分で配るわけで、その手間賃と切手代を考えると、2000部は多いです。だから、私は最高でも800部しかお願いをしません。

 ところで、ここで、あげた値段はすべて、素人としての、私が作る場合のお値段であって、玄人の、鎌倉春秋社が、依頼をする場合は、ずっと、価格が低くなる筈です。一種類の本を、(ほとんど)50万円で、印刷と製本を引き受けてもらえるでしょう。

 ですから、私が、言い出した、「150万円で、500部、作っていただけませんか? ただし、ありとあらゆるデータは、私が用意します」といったのは、別に無理な話ではありません。私が鎌倉春秋社にお願いをしたかったのは、いわゆる名前です、『出版社として、私個人が持っている、TB企画では、小さい』と、思っていたからです。その質問の裏側にあるのは、「名前の貸し料として、100万円ではいかがですか?」という金銭上の、交渉でした。

 事前の私のシュミレーションでは、「我が社では、1頁、1万円と言うルールがありますので、特例は認められません。ので、150万円では、引き受けられません」と言うものでした。ただ、鎌倉春秋社が、本当に商売上手なら、鎌倉の住民である、私の面子を立てて、かつ鎌倉春秋社のプライドも守って、いう別の言い方があるとは思います。種々さまざまなバリエーションが考えられました。

 だが、彼女は、驚くべきことに、お客に対して怒鳴ったのです。
それには、ちょっと、肝が冷えて、仰天して帰宅したのです。△
 初稿では、△から次の△まで、一気に書きました。が、そこへ相当な字数のエピソードを入れ込みたいと思っております。
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副題6、『田中愛子さんに、私の方が、喧嘩を売っていると取られたのはなぜか?』

 私は、想定外のことが起きたときに、種々さまざまなことを一瞬にして考え抜きます。そして、その結果種々さまざまなことがわかります。

 その日も、お金の交渉がどうして、彼女の感情の分野を刺激してしまったのかを、まず考え抜きました。上に上げた怒鳴り声は、彼女が怒ったから出たものであり、彼女をなぜ怒らせたのかを、分析したのです。

 そのときに、彼女が意外にも本の世界に対する勉強が足りない人で、私の方が上に立っているので、それに対していらだったと言う事が見えて来ました。それが真実ですが、読者の皆様におかれましては、私が自分で、自分を褒めて(または、過大評価して)いる様にお取りになって、嫌な感じがするだろうと思って、そこまで、初稿では踏み込まなかったのです。

 ただ、本とは分業で、作り上げるものであって、制作の分野まで、研究している編集者は普通は居ないので、私の方が特殊であるといっても、間違いも無いことです。だから、田中愛子さんにとって、私は恐るべき人物だったわけですが、鎌倉を地盤とする出版社の副代表を務めるのなら、どんなケースにもすばやく順応をして、感情的に成らずに応対をしないといけません。
 だが、彼女は感情的になった。その理由をも、瞬時に悟りました。

 それは、普段から彼女が、過剰に甘やかされているのだということ。それって、社長の伊藤玄二郎さんに責任があるということ。そして、このようにナンバーツーの実力者で、淀君の地位にある人間が、瞬間湯沸かし器であると、社員が大変だということもです。後ほど、・・・・・あの会社では、どうしてか、社員が次々にノイローゼになる・・・・・というブログを読んだときに、「そうでしょう。そうでしょう」と、頷く結果に繋がります。
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副題7、『私費出版会社を相手に、訴訟を起こした人たちが居る』

 それと、これは、ビジネスに関係していることなので、普段なら言わないことですが、今回はご近所の前田清子夫人の捨て台詞に、私は相当に深く怒ったので、そこまで、はっきりと言いますが、鎌倉春秋社が、普段から私費出版に関しては、儲けすぎだという事をもです。
 前田清子夫人は、安野夫人と結託をしていて、その数の力で威張りまくるのですが、その安野夫人は、石川和子さんと結託をしていて、その石川和子さんは、自分から、「私は伊藤玄二郎の、元愛人だから、彼にいろいろよくしてもらっているのよ」と、鎌倉市内の飲み屋街で、喋り捲っているのですから。

 その鎌倉春秋の私費出版の費用が高いということは、いろいろな人から、すでに、口コミで聞いていて、「私費出版をする場合でも、あそこには頼まない方がいいですよ」と言われていました。だが、一生で、10冊は、本を出すつもりだったので、あっちこっちの出版社にお願いをしたくて、まず手始めに地元からと考えたのでした。
 でも、私費出版の費用ひとつをとっても、実力のある人である(と、真に頭の良い人からは言われている)私ですから、事前に調べ抜いて、鎌倉春秋社を訪問をしています。

 だから、「一生で、一冊の本を出しましょう。そのためには、費用は惜しみません。いい本を作ってください」と言いながら同社を訪れる、裕福な、普段の顧客とは、シヴィアーさが違うのです。その私が理路整然と、話を進める。それだけで、彼女はパニクってしまったのでした。それは、数年後、彼女が、「だって、川崎さんって、人を追い詰めるんだもの」と、口をとんがらせながら、言ったことでも、確かです。

 私はほとんどの場合は、感情は表には出しません。いつも、理路整然としています。だから、実はとても怖い人なのです。(笑) 
 生半可な修行で大きな顔をしている人間は、私に負けたと感じるケースが多くて、その際に、どういう反応を見せるかと言う点で、伊藤玄二郎の周辺に居る人間は、みんな共通しているのです。そこから見えて来るものがあります。

 ただ、田中愛子さんみたいな態度を取り続けていたら、早晩、鎌倉春秋社はつぶれます。でも、いまだ、つぶれないで居るのは、私に対する態度が特別なものだったからでしょう。普段の彼女はもっと下手に出るのだろうと、推察しています。
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副題8、『田中愛子さんと、石川和子さんは、女性としては、そっくりであり、行動も傲慢なところを含めてそっくりです』

 私が何度も繰り返して語っている、アジサイ畑欺もう事件は、1984年に起きています。それも、諜略行為でしたが、
 その次の年に、私が、「大学付属高校ご入学おめでとう事件」と名づけていて、きっと、一生忘れられないだろう諜略行為があって、そのときから伊藤玄二郎が、エージェント化しているのは察していました。こっちの方が被害額としては、少ないです。
 でも、心理的なダメージを与えてやろうとする目的においては、込み入った企画であり、相当に奥が深いものです。それを語らないといけません。

 ところで、上の章であげた怒鳴り声を聞いたのは、2001年か2002年のことですから、まだ、パソコンが壊れたり、外交関係(尖閣に中国艦船が出動したり、オーストラリアが商業捕鯨を訴訟の対象として、国際司法裁判所に訴えるということなど、種々さまざまある)が利用されたり、する事は、起きていなかった時期ですが、私の頭の中では、伊藤玄二郎が、エージェントの一人であるということは、すでにわかっていたのです。

 それを書くか書かないかについて、それは考えましたよ。で、書かないという、和解の一種として、2009年かな?
 私の二冊目の本『れすとらん・ろしなんて(鎌倉について、種々さまざまを書いたエッセイ集』を、「拡大出版してほしい。もちろん企画出版で」と、お願いに行っていますが、そのときの田中愛子さんの対応は、普通の大人の社員としての、対応でした。だが、ブログをやっていなかったら相変わらず、威張りまくっていたかもしれません。

 ここらあたり、私の複雑なところです。そういうところが理解できる頭脳の人とは、付き合えるが、そういうところがまったく理解できない人とは付き合えません。
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 ここで、挿入ですが、伊藤玄二郎と言う人は、他人をたらしこむのが上手な人ですが、その影に、女性の人気を得るのもうまいのだという自信がある人なのでしょう。中小企業が発展するためには、奥さんが出て働く必要があります。いわゆる内助の功と言うやつです。だけど、鎌倉春秋社と言う格好つけた会社では、『それは、みっともない』という考えが、彼にはあって、奥様とお子様は大磯に、住まわせて、職住分離を図っていると、朝日新聞のインタビューで答えています。

 だけど、実際には女性を利用するのはお上手です。そのときすでに、石川和子さんが、「私は、伊藤玄二郎の元愛人だから、彼によくしてもらっていて、鎌倉市内の公民館は自由に使えるから、生徒が、200人は居るのよ」と、豪語しているのを聞いているわけですが、(でも、自宅には、木曜日と土曜日の2回あわせても20人前後しか来ていないと見えましたから、200人とは大げさな言い方(=誇張)でもありましょうが・・・・・と言うのも私の猫を引き入れて、返してくれないから、何度も猫を、迎えに行っていますので、土曜日などは、生徒さん・全員の顔を知っているぐらいです)

 で、石川和子さんと、田中愛子さんは、「なんと似ていることだろう」と思いましたよ。太っていて、やや鈍感に見える。こういうのが女性の、本当の花なのです。伊藤玄二郎はそういう意味ではお目が高い。(笑)

 若い女性で、『ダイエットしてでも、やせてやろう。それが、魅力だから』と思っている人は、女性・力・に関しては、考えが浅いです。誤解しています。ロマンローランも言っています。太い腰を持っている女性で無いと駄目だと。(笑)

 二人とも、伊藤玄二郎のことをひどく尊敬していて、一蓮托生と言う感じです。彼が、私を馬鹿に仕切っているので、彼女たちも私を小ばかにしたのでしょう。そのときすでに、伊藤玄二郎は、瀬島龍三から、直接になにやら、かにやら情報を吹き込まれ、頼まれて、行動をしていたと思われます。

 瀬島隆三が、なぜ、私を憎むかと言うと、360度の眺望を誇る、マンション群・ルネ北久里浜が建っている土地は、旧横須賀市の水道山であり、それを、地籍変更届と言うのを利用して、ただ取りをした益山某さんという元海軍参謀と親友だからです。私がいわゆる目撃者として、彼らの悪行動を知っているので、憎んでいるらしいです。
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副題9、『1986年の3月に、すでにそれは判っていた。大学付属高校ご入学おめでとう事件があったから』

 さあ、ここで、一度過去に書いたことを再び取り上げましょう。ここで、見事に連携が整って、読者の皆様には、さらに、ご理解が進む形で提示できると思うからです。結論を言うと、伊藤玄二郎はエージェントであり、彼に関係する人間は、すべて、そちら側に絶つということなのです。

 つまり、原発を導入させ、核燃料と言う始末に困るものを永久に買わせて、日本人が汗水たらして稼いだお金を吸い上げる。その手の国際的軍産共同体に奉仕して、自分ひとりが特権を教授し、お金や名誉を得て、後は知らん振りだという人種に含まれるのです。
 それが、一方では、私の被害につながって行きます。

 今、外出するたびに、小町通の向こう側から、禁煙監視員とか、駐輪違反監視員と言うたすきをかけた老人がやってきます。それが、嫌がらせでもあり、脅かしにも役立つと、彼ら伊藤玄二郎とぐるになっている連中は、考えている模様です。

 でも、私はそれは、我が家が盗聴をされていることの傍証に役立たせています。「外出しますよ」と言う事は、主人には、言って出かけます。特別に、敵との関係が緊迫しているときは、メモで、知らせて外出します。
 最近では、敵連中は、私がパソコンを開いていないだけでも、すでに、外出準備中と考えるらしくて、対抗方向から、タイミングよろしく、そういう老人が歩いて来ます。
 
 しかし、1986年にすでに、我が家が盗聴をされていた可能性を感じる諜略行為がありました。それが、大学付属高校ご入学おめでとう事件です。

 私が外出して、安野家の前を通ったとたんに、石川和子さんが菓子折りを差し出して、「大学付属高校ご入学おめでとうございます」といったのです。ちょっと仰天をしました。

 これから語る事は、私の命がかかっていますし、家族の名誉や財産もかかっているので、正当防衛上、語るわけですが、安野家の三男さんは、御成中学では、「おいちに、おいちにのアヒルさん」と、呼ばれていて、通信簿では、1と、2しかないということで、有名な坊ちゃんでした。いじめられているわけではないが、一種のペット化していて、三歳ぐらい下の弟と、皆がみなして、そう扱っていました。
 それも、あちらのお母さんが、継母であると、私が、感じ始めた動機のひとつです。坊ちゃんは普通の子で、本来なら、そんなに成績が悪いはずが無いのです。だけど、あちらのお母さんは、子育てに必要な事をやっていません。

 子育てとは愛のストロークと言って、大変な心遣いが必要です。上の二人は前の本当のお母さんが、頭脳の、基本が形成される時代を、育てたので、普通だけれど、三男さんは、今のお母さんが育てたのでしょう。演技としての母親ぶりは万全な人ですが、誠実な思いやりと言うのは一切感じられないので、駄目なのです。朝礼暮改の子育てだったので、お子さんが混乱したのだと思います。そういう心遣いをする人だったら、どうして、あれほど、はた迷惑な井戸端会議を続ける時間があるでしょうか? 100%無いはずです。

 そういうお子さんが、1986年当時の大学付属高校に入学できるはずが無いのです。当時の東京圏だったら、男子が入学できるのは、筑波大付属高校と、筑波大付属駒場と、学芸大学付属高校の三校だけです。そこに入学したら、御成学校中が大騒ぎで、当然のこと、情報通の私の耳にも入るはずです。だけど、学校は一切騒ぎません。

 実際は、それは、舞鶴に在る海上保安学校(高校の方)だったのです。だけど、海上保安大学校は、呉にあるし、二つの間に、付属と、付属を支配している大学と言う連携が感じられません。そして何よりも、菓子折りを持ってお祝いに行く、大学付属高校とは、コンセプト上、東京圏では、上記の五校以外は、考えられないのです。

 広島大学の付属高校がありますが、高校時代に、鎌倉の子が、広島に下宿をしてまで、そちらに、通学するなど、考えられないことです。それに海上保安学校って、卒業すれば自動的に海上保安庁に入庁できるでしょう?
 一生を税金で保証をされます。そういう学校に、「おいちにの、おいちにのあひるさん」で入学できるのでしょうか?
 当時はバブル期の破裂する前で、経済は右肩上がりの時代でした。そして、高校とは普通科が人気があって、職業系は人気が無かった時代です。

 でもね。どこと無くおかしいです。まさかと思うけれど、内申書の改ざんを含む、いろいろな裏工作があったりして? これは、エジプトのムバラク政権やモルシ政権よりもたちが悪いです。特権が密かに、行使されている。だから、批判の対象になりえません。

 版画界でも、特別にひいきをされている人が二人居るが、両方とも、伊藤玄二郎や、酒井忠康氏と、直接に、間接に関係があります。山本容子さんと、柄沢斉さんです。そして、酒井忠康氏自身も、半公務員として、神奈川県立近代美術館を、退職した後で、世田谷美術館の館長になりました。それって、特権の乱用だと思いますけれど・・・・・

 と言うのも、安野家に関しては、その後が、さらにおかしいので、そう感じるのです。
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副題9、『映画、海猿の大ヒットは、安野家をサポートするために、マスコミを動員していると、思われる』

 海猿と言う漫画と、映画は、上の事実をさらに、強化して、安野家を私の上に立てる作戦のひとつだったでしょう。

 私が、「安野夫人は、藤田憲子(貴花田の母)に似ている」と書けば、藤田憲子さんは、改名します。そして、貴花田が、大相撲壊滅作戦でも、過剰に大切にされます。藤田憲子さんが改名したのは、私のブログに登場したものや、場所や、人の、名前などは、改名して、証拠隠滅をして行こうと言う趣旨の現われのひとつだと思います。とても神経質に、それが行われます。 こういう傾向は、枚挙に暇が無いほど、見受けられます。

 似たことのひとつとして、安野夫人は、若尾文子を思わせると書くと、若尾文子が、NHKの朝ドラに出演して、彼女だけ、紗がかかって綺麗に画面内で、見えるように気を使ってもらいます。その上脚本上もひどく、大切にされます。相手役の斉藤由貴さんが一時期は主役を張った人なのに、ここでは、気の毒なほど、こっけいなそぶりで、若尾文子を引き立てるように、行動をさせられています。その様に、脚本が、練られています。そして、若尾文子さん本人に戻れば、そのものの言い方は安野夫人にそっくりです。

 そして、若尾文子さんは、NHKの功労賞をもらいました。
 すでに疲れきったので、ここで終わりたいと思います。ただ、ここで終わっては、書く側の身として、惨め過ぎるとは思います。

 だけど、私は、すでに、人間世界を相手にしないというほどの、気分になっていますので、・・・・・ここまでの諜略行為に翻弄されればされるほど、私はそれなりに、天に愛でられ、それなりの幸運に出会っているのをつくづくと感じるのです。

 それは、読者の皆様にはご納得の行かないことでもありましょう。それでも、いいのです。

 ところで、書きにくかったことも確かであり、推敲も異常に体力を消耗しました。

 それでも、これを、書いたのは、汚いことには触れない方がいいという考えもありますが、記録をしておかないといけません。私が、こういう汚い現象を見ていて、めげないのは、汚いものに取り巻かれれば巻かれるほど、反対に、綺麗なものが、訪ねて来るからでもあります。ここで、たずねてくるとは暗喩的な言い方であり、別に我が家にお客があるわけでもないのですが、密かに、幸せな感覚と言うのは、あるのですよ。

 ともかく、気力はまったく衰えておりません。元気、元気です。天は、バランスをお取りになると、確信しますね。
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副題10、『この海猿のヒットと、その利用は、NHKがクイズ100人力で使った手法と、流れは同じです』

 上に書いた流れは、
私が以前に分析した、光明寺で、収録をされたクイズ番組についての考察と同じ趣旨で、運んでいます。念のために、そのタイトルと日付を以下の△罫線に置きます。

 ただ、あちらの方が、文章が書きやすかったです。登場人物がより華やかでしたから。浄智寺さんもお坊ちゃま気質丸出しの明るさと華やかさがあったし、国分太一君は、素直な青年だし、首藤奈知子さんは、しっかりしているのにかわいいし。

 こちらの方が隠々滅々と言う感じです。こんなことは書きたくなかったのですよ。だけど、前田祝一氏の文言と、前田清子夫人の捨て台詞があったので、ここまで書くことにいたしました。では、
△△△△△△△△△△△△△△△△
 クイズ100人力(NHK)ー伊藤玄二郎ー浄智寺さんー瓜南直子ー渡辺幸子△△△
2013-06-23 01:24:54 | 政治

なお、このブログの2010年から数え始めた伸べ訪問回数は、1687491です。

 2013年6月28日深夜から書き始め、7月1日の早朝に推敲を終える。               雨宮舜 (川崎 千恵子)
コメント

出版に関する情報公開が無かったが、知識があれば、騙されないし、馬鹿にはされない。

2013-06-27 23:48:47 | 政治
懸案の続きがたくさん残っています。しかも、私は、疲労困憊しています。でも、今日は突然に、本を作る話をしたくなりました。

副題1、『本を出すと、ねたまれるか、どうかについて』

 焚書坑儒と言う言葉があるし、ヒットラーもまた本を焼いたという事実があります。だからこそ、本って、ひどく大切なものなのです。
 今はネットが盛んであり、電子書籍も盛んです。その時期に紙の本など、時代遅れかな?
 しかし、紙の本は、紙の本で得がたいよさがあります。そして、あなたが、無名のひとだったら、誰かが推薦してくれて、有名人になるのを待つよりもさっさと、ご自分でご自分の本を出した方が、人に自分をアッピールするという意味で、効果があります。
他人に自分をアッピールするというと、『あれ、あの人って、自己顕示欲が強いのね』と思われるかもしれませんが、

 誰もが、勝ちたいとか、お金を儲けたいとか、名誉をほしいと思っているわけでしょう。そういう望みを達成するためには、本もまたひとつのツールです。だけど、ここで、気をつけないといけないのは、本があたってベストセラーになるという事を願うと、落とし穴に落っこちるということです。
 そこまでの成功を願わず、まず、自分の知人や、友人に自分の多面性を知ってもらうというつもりで本を作ったらよいのです。

 高価なお洋服を着るのも、ひとつのアッピールですが、それよりもさらにおしゃれなのが、自分の本をさっと、しかもさりげなくプレゼントするという手法ですよ。

 だけど、本を出すという事はいい事尽くめではありません。あなたが、何かの組織に属していると、その友人や仲間から、抜け駆けをしたと思われて、妬みとか、いじめの対象になることもあります。だから、会社勤めが終わってから、一冊の本を出して、自分が人生で培った友人知人に配るという方法が、もっとも良い方法でしょう。
 『引退したので、暇ができたから、日ごろのエッセイをまとめてみました』と言うような添えごとをしながら、差し上げる。これが、ベストです。

 しかし、もっと若い時期に挑戦してみるのも、一法です。
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副題2、『テーマがまじめすぎると、本が出版できない』

 上に上げた、例は、あなたの文章が無難な類のものだった場合です。そして、私費出版の事は、世間に流布していて、あなたもご存知のことでしょう。だが、あなたがまじめな人であって、何らかの主張を世に問いたいと思った場合、なかなか、本が出版しにくいのです。

 『現代日本は民主主義国家であり、中国に比べると圧倒的に自由だよ』と皆さんは思っておられるでしょうが、実はさにあらずで、とても、隠微な形で言論弾圧が行われています。それはたぶんアメリカも同じです。で、マイケル・ムーア監督の手法が、私にはよく理解ができます。

 彼はテレビ番組を持っていました。レンタルビデオ屋さんに、たくさん置いて在るので、ごらんに成ると面白いです。その番組内で、まず、小手調べをしています。自分が主張したいアイデアを、まず、テレビ番組内で、やってしまいます。その上でそれを拡大主張する形で、映画を作っています。だけど、とても作りにくいテーマのものばかりだから、彼は突撃取材と言う手法をとっています。アポを取ったりしたら、絶対に応じてもらえないようなことを質問をして、答えを引き出すわけですから、すべて、練習はなしの一発勝負です。デモ、非常に疲れたはずです。だから、引退しちゃいました。

 私が、今ブログで書いているようなものが出版をしにくいのなら、それは、よく、わかるのですが、今まで、実際に出版したのは、すべて、政治の話ではなくて、世間話なのですから、非常に不思議ですが、そんな世間話でも、まじめなものは駄目らしいです。

 で、断られる場合、出版社の人は高飛車で、意地悪に見えます。とても、つらい思いをして、ダメージを受けます。それは、銀行マンが、エリートで、給料が高いのと同じく、出版社に入るのも、入社試験が難しいので、出版者の社員が、素人を見下す傾向があるからです。

 なら、自分で、本を作ってしまえばいいのです。それなら、誰にも邪魔されません。(笑)
 ただ、私の場合はパソコンが壊れるという形で、散々邪魔はされましたが、そこが芯の強いところで、すべて、戦っては、パソコンを直す方向で、生きてきたのでした。で、皆様がやった場合も、パソコンが使いにくくなるやも知れませんが、それでも、何とか、工夫をして、そこを突破してみてください。
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副題3、『本を出すのに、実際にはいくらかかるのか?』

 非常に小部数(たとえば、30部)でいいのなら、事務センターで、自分で作ってしまえば、一冊、3千円か4千円で、できます。だから、全部で、15万円でできます。、
、しかし、完成した本が華奢です。なんとなく素人っぽいです。で、親戚中に配るのなら、それでも、いいのですが、知人友人に配ると成ると、引け目を感じる外観となります。その上、事務センターは、ほんの編集も、制作(デザイン)も、やってくれませんので、相当に知識が深くないと、難しいことと感じてしまい、投げ出したくなるような手法でもあります。もし、途中で投げ出すことになったら、最初から、私費出版の会社に頼んでしまえばよかったとなります。で、最初の本を事務センターで作る事はあまりお勧めできないです。私の場合は、7冊目から、「それで、いいかな。華奢でも」となりました。(笑)

 で、私費出版の会社に行くことと成りますが、大体いくらくらいで、本を出版できるでしょうか。

 もしあなたに出版に関する知識が豊富で、しかも、出版社に知人が居る場合は、だいたい100万円で、出版できるといわれています。ただし、バーコードもついていないし、流通はしてもらえない。自分で配る。これはあなたが、アドビイラストレーターが駆使できるぐらいのレベルの場合です。私もアドビ・イラストレーターを駆使できるようになっていますので、
 総経費を大体そのくらいかけて、出版をしています。

 美術界の人間は、特に美大出身の人は、アドビ・イラストレーターが駆使できますので、だいたいそのくらいで、出版が可能みたいです。絵本とか、画集は、見かけは豪華ですが、厚い紙ですり、頁数が少なくなるので、100万円でできるみたいです。カラーの本とは、印刷に、一頁につき白黒の、4倍の手数をかけますが(CMYK方式)、本全体で、頁数が、四分の一だったら、それで、つじつまが合うでしょう。ラフな計算ですが、そうなります。

 あなたが、どこの出版社にも個人的なコネが無い場合は目いっぱいお金を取られてしまいます。見積もりを取らないで、表紙他に、いろいろな注文をつけたりしていると、あっという間に300万円になり、しかも本屋において上げますとか、新聞広告を出してあげますといわれて、浮かれているうちにあっという間に、500万円になったというケースも聞いています。

 私費出版で、歌集などを出す場合、たいていは箱入りで、表紙は、無地の布を使ってありますが、それは、所定の形式が出版社側にあって、それにのっとって、やっていくから、たとえあなたの本が、500部だったとしても、一種の大量生産につながるので、それをはずさない方がいいのです。

 で、それは、マンションなどの高いものを買う場合と同じく、あなたの方がかもとなっているケースです。金儲けの対象となってしまっています。それは、嫌ですよね。残念ですよね。そこで、見くびられないがために、自分で、本ができるぐらいの知識を身につけておくと、スムーズに、しかもお値段をぼられないで、本が出版できます。
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副題5、『まず、基本的なルールを覚えよう』

(イ) あなたの原稿は、必ず、テキスト形式で用意すること。

 理由は、印刷機にかけるようなデータにするのは、たいていは、印刷所に所属している専門のデザイナーがやります。そういう人に渡すデータとしては、テキスト形式で無いと駄目なのです。

(ロ) 編集を自分で、やっておくこと。

 誤字脱字が無い事は無論ですが、他に、文章の順序を考えておく。また、市販の好きな本を参考にして、前書き、目次、あとがき、奥付などのデータもきちんと、テキスト形式で、作っておく。


 ・・・・・ここから先が、この文章の肝に当たるのですが・・・・・
(ハ) 市販の好きな本を参考として、ワードの頁設定を駆使して、まるで、本当の本みたいな頁を作ってみること。それは、テキスト形式とは別に作ってみること。

 これをやってみると、全体が、何頁になるかがわかります。市販の本はだいたいが、4×6判と言う形であって、左右の余白が、18ミリで、上が、20ミリ、下が、20ミリ、で、行数が17行ぐらいで、フォントが、9ぐらいです。
 私費出版の会社は、大体、一律、一頁、一万円と標榜をしているところが多い模様なので、自分の心積もりができます。
 こういう作業の過程で、直したいところが見つかったら、最初のテキスト形式のところに、それを反映しておく。

 こういうところが自分で、本を作ってみることのもっとも大切なポイントです。自分の本を手塩にかけるという感覚がまさに生まれます。大切なのものだと言う感覚が生まれます。それが、一種の成功の鍵です。社会的な成功と言うよりも心理的な成功と言う意味で、成功と言えます。
 気持ちの良い本を作る鍵なのです。
 他人任せで、しかもその他人は、手なれたというか、手垢にまみれた、手法で、鼻歌交じりで、作っているだろうという本とは、どこかが、異なってくるところです。私費出版の会社は、お客を小ばかにしているところがあります。そういう精神で手垢にまみれた手法で、作られるとそれなりの本になってしまうでしょう。しかし、お任せするまえに、自分で、できる、ぎりぎりのところまで、煮詰めておく。それが自著を愛するということなのです。


(ニ)、全体を32の倍数で、作り上げると経済効率が高くなる。本とは、裏表にすり、しかも大きな一枚の紙に印刷をした後で、頁の大きさに折る。その後で、裁断をするので、必ず、8または、16の倍数であることが必要ですが、もっとも経済効率が高いのは、64の倍数で、作り上げることです。
 ここも、その数にあわせて、自分の原稿を長くしたり、短くしたりできるところです。

副題6、『その上で、印刷会社に持っていく。すると、大体100万円以下で、1000部程度の、本ができます』

 上まで、一人でできたら、そのラフ設計と、+テキスト形式のデータをすべて、フラッシュメモリーや、CDに保存して、印刷所へ持ち込みます。

 副題に書いたとおり、1000部から、2000部の本が、100万円以内で、手に入ります。ただしこれは流通部門は一切無いので、全部自分で配布するので、配布のための費用はかかります。だけど無名の人の本を全国展開しても売れないと思うので、自分で、いちいち配る方が、無駄にならないです。流通経路に乗せると、売れないと裁断されてしまうそうですし、私費出版の会社が、売るところまで、親切に手配してくれるのは無理だと思ったほうがいいので、こういう形式でも、実質的に、ご自分が持っている望みにかなうのです。

 印刷所ですが、あまり小さいところは、中間マージンを取って、大きなところへまわすので、できるだけ、中規模の会社を選ぶようにしましょう。大会社は、大手の出版社を相手にしなれているので、個人を小ばかにすると思います。で、中規模がいいです。

 私がたまたま、お願いをしたのは、恵友印刷と言う会社で、立派なホーム頁を持っています。大会社のそれより立派です。そして、社員は親切です。

 URLは、http://www.keiyu-printing.jp/ です。グーグルで、日本語入力でも出てきます。

 さらに熱意のある方には、PDF化を利用するという手法もありますが、そこまで、やると、これじゃあ、数年後には、死んでしまうわね』というほど大変なので、データの最終的なIT処理は、印刷所にお任せした方が楽です。

 印刷会社のデザイナーは、アドビイラストレーターよりさらに進んだ、アドビ・イン・デザインと言うソフトを駆使して本を作ります。で、玄人っぽい仕上がりとなります。いや、玄人そのものの仕上がりとなるのでしょう。

 ただし、私は今まで、その最終段階を他人(恵友印刷さんを含む)にお願いをしたことが無いのです。すべてをアドビイラストレーターで、自分で、処理しています。アドビイラストレーターって、それが発展して、インデザインと言うソフトができたので、前段階の(=古典的な)ソフトなのです。だから、手間がかかるが、最終地点としては、インデザイン処理のものに、似通ったものができるわけです。でも、玄人っぽいという段階であって、完璧なくろうと、風ではありません。

 では、今日はこれで。
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恒産無き者に恒心なし・・・・松本清張賞の受賞者、山口恵以子さんを種にして、考えるお金のこと。

2013-06-25 23:04:52 | 政治
 今27日の午前1時です。一応の加筆が終わりました。明日もう一度推敲を加えて、その後タイトルへ△印をつけておきますが。ところで、25日の初稿に比較すると、三倍に増えています。どうかよろしく。

副題1、『松本清張賞の発表があって』
副題2、『私の東上線・常盤台でのひとつの思い出』
副題3、『資産運用として、今ワンルームマンションの所有が勧められているが』
副題4、『政府のルール変更(たとえば税制改正など)を、皆さんはどこで、知り得ますか?』
副題5、『去年から、株主総会に出まくることにしていますが』
副題6、『ここで、ふと思い出す、悲しい出来事』
副題7、『父はきっと、本を出したかったのだ』
副題8、『母が、余りに、株に対して造詣が深いので、私は実は萎えていたのだった』
副題9、『結構株式付けの毎日なので、証券会社のお誘いに乗って、相続税の改変を、教えるセミナーに行って見た』
副題10、『女性が離婚するか、しないかは、実際には、お金に拠るのだ』
副題11、『山口恵似子さんは、独身がいいのですよ。そして、お金がすべてではないのです』
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副題1、『松本清張賞の発表があって』

 24日だったか、松本清張賞の発表がありました。きちんとメイクアップをして、ドレス姿も華やかな女性が、「実は社員食堂のおばちゃんです」と言う意外性があって、話題になっているらしいです。

 NHKニュースが受賞者山口恵以子さんの裏側を丁寧に取材していました。すると、なんと、早稲田大学卒。『おお、ベースは完備していたのですね』と、思います。最近文学賞の受賞者は、早稲田大学卒が多いなあと思います。さすが、在野の雄。

 私はお顔の美醜と言う意味では、化粧っ気もない形で、食堂のおばちゃんの制服のままで、語っている彼女の方が、授賞式の晴れ姿やら、自宅での、装いの決まった姿より、美しいとは思いました。が、ともかく、彼女の語る文言は、『恒産なき者に、恒心なし』をはじめとして、好ましいものです。

 ところで、彼女はこのブログをもちろん、読んでいないと思いますが、私は、2008年から、2010年の間のどこかで、「恒産のある幸せ」と言う、文章をこのブログの中で書いています。
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副題2、『私の東上線・常盤台でのひとつの思い出』

 自分が、主人公ではありません。別の方です。当時は母の見舞いに、東上線常盤台の老人ホームに毎週通っていました。
 東上線の常盤台は、東上線の田園調布といわれていて、北側は高級住宅街です。そこに病院があって、親戚が勤めているので、母の入退院が容易なので、横浜の母の家の近辺ではなくて、わざわざ、そちらの老人ホームを選んだのでした。今、老人の入退院が難しい時代になっている模様です。
 ベネッセが経営する老人ホームが北側にも南側にもありますが、母は、たまたま南側に空室があったので、『まどか南』と言う施設に入ったのです。そこは駅から20分は歩くのですが、その途中で、いろいろな物を観察し、かつ考えたものです。

 南側には、マンションが多いのです。ある赤いレンガの壁のマンションのそばに大邸宅があって、その外壁がマンションと同じ赤いレンガを使ってあるので、その大マンションがその人のものだと思われ、借地料が莫大に入るのだろうなあと思ったりします。昔からの地主らしくて、二棟、100戸近く所有していると思われます。賃貸ではなくて、売り物件として建てたとしても、土地だけは借地にしているケースも多い模様です。

 また、大規模デベロッパーが建てたマンションもあって、それが、欠陥住宅らしかったので、住民ともめているそばを通ったりします。ポスターが張ってあって、係争中(または、闘争中)だとわかります。

 しかし、こういう大型のマンションは、別に私の興味を引きません。私が特に注目をしたのは、小さなマンションなのです。個人、特に普通の人が建てた小さなマンションの話です。50年以上前の分譲地らしくて、敷地が、60坪程度あります。建蔽率は、80%の地区でしょう。そこに一階が店舗となっている、木造の総二階の家があります。それは、結構小さいのです。
そして、店舗はシャッターが下りています。立地条件が常盤台の中でも、駅から遠くて、悪い方だし、池袋が近いので、皆さん、あの華やかな池袋で、ものを買ってしまうからでしょう。で、店舗を閉じてしまってあるので、生活が大丈夫かなあと思ったら、その家を囲む形で、コの字型の小さなマンションが建っているのでした。『あ、そうか。この家の人は家賃収入で生きているのだ。賢いなあ』と、びっくりして納得です。

 しかし、これは誰にでも勧められる話ではありません。マンションとして、借り手のある場所では無いと駄目なのです。東上線常盤台は、池袋まで、10分なので、借り手が充分にあるでしょう。
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副題3、『資産運用として、今ワンルームマンションの所有が勧められているが』

 銀行と言うのは、就職試験が難しいことで有名なところでしょう。そして、給料も高いはずです。つまり、銀行マンとはエリートの代表でもあります。だけど、銀行のお勧めトレンドと言うのが、間違っているなあと思うときが、ままあります。バブルがはじけたときに、それ以前にはお金持ちだったので、かえって破産をしたという話を良く聞きました。

 『資産運用を銀行に勧められたので、借金をしてビルを建てたが、テナント料が思うほど入らない』と言うケースとか、これは、銀行の勧誘では無いと思うのですが、先物取引を勧められたとか? という様なケースで、お金をすってしまったとか。

 小金もちと言う言葉があったのです。そういう層が狙われて、破産へつながったケースが多い模様です。母だって、父の死後、「銀行から7億の借金をして、7階建てのビルを建てなさい」と勧められたのですよ。だけど、家族会議中に、私の目の前で、「私ねえ。70を超えて、7億も借金するの、嫌よ」といったので、助かりました。私も心底ほっとしました。それって、ごく基本的な感性に基づいています。それでいいのです。

 私が、ブログに書いたからこそ、安具楽牧場に捜査の手が入ったみたいですが、それでも、お友達が投資した、800万円が戻ってくるかどうかは怪しいです。でも、お友達が言うには、本当に言葉巧みに誘うんだそうです。儲けたいという本能を刺激してくるのだそうです。

 ところで、その同じ友達が、その前にも、投資話で、500万円をすったときに、たまたま、それを知らない私が彼女に電話をかけて、「お茶のみをしたい」と、申し出でたのですが、私を激しく拒否したのですよ。「あなたは、夢のようなことばかり言っていて、私とは関係が無い」と。当時の彼女が、いらいらしていたのはわかります。
 だけど、『違うんだなあ。私(=雨宮舜)と関係を持つと、天に見守られて、人間としては守られるのに』と、思いますが、それに気がついてくれる人は少ないです。

 私が、今心配しているのはワンルームマンションです。それは、ずいぶんと親しい人間が、自宅とは別に、一棟建ててみて、「決して、儲からない」といっていました。『それは、そうだろうなあ。だって、ちょっと人間的ではないもの』と、私は思っているのです。都心に近鋳物を借りたり勝ったりして、セカンドハウスとして使うとか、事務所用拠点として、使うのなら、いいでしょうが、自分が住むために借りたり買ったリスるのなら、ワンルームマンションは、狭すぎます。いくらインテリアが、古臭くても、一人でも、2DKの広さはほしいですよね。

 そう、私が考えているところに、また、新たに、別の友人が、自宅を改築して、上の階、2階と3階をワンルームマンションにするというので、『止めた方がいいのに。戸数が少なくなっても、2DKぐらいにしたらいいのに』と思っていますが、誰もが銀行マンのいうことの方を大切にして、私の言うことなど、誰も聞いてくれないから、どうしようもないです。『預言者は、世に容れられず』なのです。(笑)

 そして新聞を見れば、『札幌や福岡などの、東京から遠く離れた都市にあるワンルームマンションを、750万円で買いなさい。それを貸すとオーナーとして資産運用に役立ち、利回りが、12%です』などと、麗々しい広告が、出ています。特に今取っている日経新聞に。

 『だめ、だめ、こんな安易な手法に乗っては』と思いますが、誰も耳を貸してくれません。こんなのは、儲けるというよりも、あなた自身がかもになっているだけなのに・・・・・
 たけしの番組で、中国人女性が、こういう投資を東京でやっているという、場面を見ましたが、大金持ちなら、何をやってもいいでしょうが、私が問題にしているのは、普通の日本人の場合の投資先としては、札幌や、福岡では駄目なのです。中国人は、軽く1300万円(売値と、手数料などを加えると、中古のワンルームマンションでも東京ならそうなる)払って家賃収入を得ている模様でした。大富豪の奥さんなのでしょう。
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副題4、『政府のルール変更(たとえば税制改正など)を、皆さんはどこで、知り得ますか?』

 たとえば学生なら学生の特権と言うのがあります。それは、パソコンのテクニックで特に顕著です。学生って把握が早くて、しかも、互いに教えあうので、主婦なんかより抜群に、IT技術が進んでいます。その中から、ホリエモンみたいな人とか、ひろゆきさんみたいな人とか、グリーの創設者とか、ザッカーバーグとかいう人が出てきます。

 ところで、主婦も女子会(または、お茶する、会)を良くやっています。そこで、情報交換をするらしくて、政府のルール変更など、皆さん、よく知っています。年金制度とか、税制の変更についてよく知っています。

 ところで、私は今は、毎週お茶を一緒にするような、主婦同士の友達と言うのを持っていないので、そういう情報が一切入りません。・・・・・あ、ただ、お断りをしますが、私が、孤立していて、仏頂面で、毎日さびしく生きているとお考えになると、それも違うのですよ。不思議な交流に恵まれていて、いつも神様に見守られているというしかないほど、幸運で明るい会話に恵まれている人でもあるのです。だが、どうして、そうなるかは秘密とさせてくださいませ。

 ところで、心理学的には、満たされている私ですが、年金法の改正などにもツンボ桟敷だし、今から、行われる税制改革などに対しても、一切関心が無く何も知らない人です。
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副題5、『去年から、株主総会に出まくることにしていますが』

 今私は長年続けてきた銀座の画廊めぐりを休んでいます。鎌倉が大変なことになっていますのでね。銀座へ行っている余裕が無いです。ここも敵さんたちが馬鹿だなあと思うところなのですが、私に月刊ギャラリーの連載を続けさせておいたら、私は鎌倉のことには気がついていても、それを書く暇が無いし、また、書かなかったでしょう。今書いている事は、最近気がついたことではなくて、それが起きたとたんに気がついているのです。

 だけど、裏の裏の世界の話ですから、一応表の世界に片足を突っ込んでいて世の中に、私の名前だけ知っている人がいたら、書かない話です。それを、目先を追って、いじめたいという短絡的な頭脳で、事を行うから、攻撃者は、自分で自分の首を絞めているのですが、気がつかないみたいなので、放っておきましょう。

 で、重要な仕事であった銀座の画廊めぐりを休んでいますが、その結果、使っていない交通費や、外食費を、不動産物件探しに当てたり、今は株主総会の季節だから、株主総会に出まくる方へまわしています。
 大体千円程度の景品と言うか、お土産が、つきますが、それをもらうのもうれしいのですが、本当の目的は、ホテルの宴会場を見てみたいからです。

 妹なんか医学会で、医家向け新薬の宣伝をするという仕事だったので、全国のホテルの宴会場を、ほとんど全部知っているそうです。だけど、私は、それほど知りません。で、見てみたいのです。レストランなら、お金を出せば入れますが、宴会場は、こういう場合か、結婚式で招かれる時で無いと入れませんので。

 70と言うのは、もうすぐ死ぬわけでしょう。(笑)
 現代日本って、建築と土木に最もお金が注がれている世界なので、建築物と言うのは立派なのです。だから、死ぬ前にできるだけ、多くの立派な建築物と言うものを見てみたいのです。


 去年新しく知ったのは、、ホテルニューオータニと、大阪帝国ホテルの宴会場です。今年は、パレスホテルと、ANAインターコンチネンタルの宴会場を知りました。そして、ホテルではやらず、本社ビルで、開く株主総会でも、そのビルが立派なことに驚きます。一昨年、これは、株主総会ではなくて、美術展の案内があって、行って、その本社ビルの、応接スペースの、広さに驚いたのが、竹中工務店であり、今年は、株主総会で、LIXILと、千代田化工建設の本社を見ました。それなりに、驚かされています。

 Lixilは、特に社員の福利厚生の仕組みが、立派で、社員食堂は、スエヒロが入っています。おいしかった。そして、昼休みの社員休憩用、ロビーが、ひどく立派なソファーと書架の在る図書室になっています。広いスペースで菅、初夏で区切られていて、落ち着きます。すばらしい美術全集と、画集が、棚に、間隔を充分にあけて、しかも、たくさん置いてあって、その充実振りに、うなりました。
 箱根のポーラ美術館に設置してあったコレクター兼、二代目社長・鈴木氏の社長室と、同じような豪華な美術全集がおいてあったのですから、すごいです。・・・・・社長ではなくて、平社員もそれを読めるのですから、すばらしい。ちょっとと真を離れていますが、それだけに、スペースに余裕の在る使い方が見えます。

 千代田化工建設は、みなと未来の横浜美術館のとなりにあります。一階の玄関ホールが豪華です。東京駅近辺に在るホテルシャングリラみたいな黒い大理石が使ってあって。
 日本が、もっとも豊かな時代に、設計施工をされたビルでしょう。会社員なら、こういうものを見ることが別に珍しくは無いでしょうが、専業主婦暮らしが長いので、呆然と言う幹事で、そういう美しいビルを見つめています。ジュースの自動販売機などが、一切置いていなくてね。それも、素敵です。
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副題6、『ここで、ふと思い出す、悲しい出来事』

 私は今、日経CNBCと言う番組を毎日ほとんど見ています。これは、CSですが、有料らしいので、ご存じない方もあるやも知れません。私だって、見始めたのは、この2013年3月以来です。これがいつ、日本でも放送をされるようになったのかは知りませんが、テレビ東京は、株式について、昔から放送をしていたでしょう。私は一切関心が無かったのですけれど・・・・・

 地上波だけだった時代から、テレビ東京は、株式については、いろいろ放送をしていたはずですが、

 その時代のプロデューサー(女性)が、30年前の、私の銀座での、初個展に来てくださって作品も買ってくださったのです。それはうれしかったですよ。だが、その方との仲が15年ぐらいまえから、裂かれている。変だ。おかしい。私はその間何も接触をしていないので、変です。
 これも無論、例のことと全部関係があると、推察しています。鎌倉のいやらしい出来事とすべて関係があるでしょう。
 だけど、本日はその女性プロデューサーも、仲を裂いた人間の、実名も出しません。株主総会に行った先の企業名が出ていますのでね。そちら様におもんぱかって、そういたします。

 でも、こういうことが、「総額五億円に喃々とする被害があります」と、申し上げる所以です。

 ただし、その感じのよいお付き合いが、終わった後でも、5歳年上の、その方が生きていらっしゃるのは、母校に400万円もご寄付をなさったので、わかっていますが・・・・・そして、仲を裂いたのが誰かもわかっていますが、本日は、個人名は出しません。

 でもね、これほど、株について、詳しくなると、あの女性プロデューサーと、30年後の、今、お茶して見たいなあと思いますよ。本当にそう思います。
~~~~~~~~~~~~~~

副題7、『父はきっと、本を出したかったのだ』

 私は、26年前に父が死んだときも株を遺産で、たくさんもらったのです。東電も何千株もありました。だけど、ちょこちょこっと、2年か、3年やっただけで、それを結局は全部換金して、海外修行に賭けたのです。

 お金と言う意味では、とても甘い人間でした。ただね。馬鹿でもないのですよ。その時代は、美術の方が大切だし、人間として、修行をすることの方が大切だったのです。

 最近の私は昔を知っておられる方、または、動いている実像を知っている方から見れば、『ずいぶんと、大きな顔をしているな』と言うことと成るのでしょう。だけど、情報や知識を得るのには、お金もかかるのです。私は実は大正時代の言葉で言えば、一種の高等遊民でもあります。

 でもね。そのお金をくれた父は、許容しているとか、喜んでくれているという確信があります。
 父もまた、考えるのが大好きな人でした。しかし、パーキンソン氏病にかかり、リハビリのために社交ダンスを、週に、5回も行っていたのです。公共の施設のクラブに三回。私塾に二回。そのうち、2回は母と一緒でした。デモ、パーキンソン氏病があるために、駅で転んだときに、とっさに手が前に出なかったのです。そして、全体重を額で受け止めたために脳挫傷を患いました。

 それで、口が利けなくなったのですが、よれよれとした字で、文章を書いていました。それは、母や、私たちに告げる、言葉と言うよりも、自分の思考を書き留めたいという願いだったでしょう。もしあのころ、まなざしだけで、キー入力ができる、ホーキンス氏が使用していたようなパソコンがすでにあって、父がそれを買っていたら、父は思いをいろいろ、エッセイとして残したと思います。

 しかし、家庭裁判所で、開いた遺言書(不動産があるので、正確に3分割できないので、長男優先と言う遺言書を書いていた)を書くのだけは、やっと間に合ったと母が行っていましたが、思いを文章に残す事はできませんでした。

 世の中には2種類の人間が居ると思います。心理学的なこと、および哲学的なことを考えるのが好きな人と、同じレベルの脳みそを、違う方向で使う人と。専門分野の考察で、忙しい人はいっぱい居るでしょう。たとえば、コンペに向かう建築家など、とても、忙しいはずです。

 新しいゲームを創作中の、青年だって、忙しい。脳を酷使しています。でも、そういう人がお風呂に入っているときに、人間関係の損得だけを考えているか。それとも、「人間って何のために生きているのだろうか?」と考えているかで、二種類に分けられるのです。この2種類の人間はお互いに相容れないところがあります。近隣トラブルなども、においとして、そういう差を感じ取って毛嫌いするところがあったり、馬鹿にしたりするところから、発生する可能性はあります。親族の中でも、差や違いができたりします。とても難しい問題です。

 デモ、父と私の間には、似ている人間として、私の方が父を理解している部分がありました。それを、父が生きているときには言葉で表明してあげていないのが、申し訳ないというか、残念ではあります。だけど、自分は必死になって、父のレベルより、自分をテクニック的に上に持っていっています。本を自分で出版できたり、ブログを書いたりするのも、技術がないとできないことであり、

 また、読者の方に、読んでもらえるような話題で、書くためには、人生経験が豊富でないと、いけません。資料をあさって書くという道もあるでしょうが、私はそんな事はまだるっこしくてやっていられないのです。ただ、脳の中にある記憶だけで、書いています。で、記憶が豊富でないと駄目です。その記憶を豊かにするために、父からもらったものを使ってしまいました。
 しかし、両親のうちで、残った母からもらったお金は、その後が無いので、とても大切です。
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副題8、『母が、余りに、株に対して造詣が深いので、私は実は萎えていたのだった』

 父から遺産としてもらった株も、実際には母が運用管理していたものでした。母は女学校を出ただけの人でしたが、その父親や兄や叔父がすべて、高商(今の商学部とか経済学部にあたるのだろう)出身なので、その種の才能があったみたいです。株は趣味でしたが、それでも毎日三時前後には、短波放送を聞き、方眼紙に自分でチャートを書いていました。その方眼紙のファイフが厚さ五センチになると新しいファイルを作っていましたが、大体4冊を、こねくり回していました。で、勉強を重ねていて、当時は、女性には許されていなかった信用取引を許されていました。

 私の連れ合いの事は、非常に好きで、気を許していて、「また、株で損しちゃったのよ」とか言っていたそうですが、本当の子供である私に対しては、そんな弱気は見せず、常に強気の格言ばかり振り回していました。以前も書いたと思うのですが、「私がたとえ、大根一本腐らせたとしても、その間に、頭を使えば、100万円は違うのよと、豪語をしていました。

 で、そういう母を19歳ごろまで見て育った私は、株とはとても時間とエネルギーを必要とするものだと思い込んでいて、ちゃんとやるつもりが無かったのです。だから、株とはお金に簡単に換えることのできる資産だというぐらいのものでしかなかったのです。

 ところが、その母が老人ホームに入って、とても弱い姿を私に見せたりして、私にとっての、プレッシャーがだいぶ解き放たれてきました。その上、私はパソコンを利用してエッセイを発表をする生活をすでに、14年続けています。最初はメルマガだけで、2008年からブログも始めたのですが、そこで、書いているうちに、『あれ、自分は先が読めるぞ』と気がついてきたのです。

 その上、他に収入の無い私には母がくれた株は最後の資金です。大切に使わないといけないなあと言う思いもあります。で、急に株に対して真剣に取り組み、2013年が始まってからもすでに、20回以上売り買いをしているでしょう。で、証券会社と、結構連絡をし合っています。

 その中で、セミナーに誘われました。
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副題9、『結構株式付けの毎日なので、証券会社のお誘いに乗って、相続税の改変を、教えるセミナーに行って見た』

 証券会社が主催する相続に関するセミナーなんて、2年前だったら絶対に行かなかったと思います。ところが、上に書いたようないろいろが重なって、私は行くことを決意します。

 そこで、非常にびっくりしたことがあります。それは、知識としての税制改変に関することではないのです。

 今までは、日本の家庭で、96%が相続税を払わないで、済んでいたのですが、これからは、ぐっと違ってきて、多くの家庭で、申告をして、相続税を払わないといけなくなるとのことです。そして、そういう風に増税したお金を、韓国の外貨の信用を支えるために、100億ドル、実質一兆円をプールして日本人は使えないのです、ひどい話ですが・・・・・そういうことに驚いたわけではありません。

 驚いたのは例題として扱われたケースが、3億円の資産を持っている男性(または、女性)で、子供が二人居るケースだったことです。この三億円と言うのが、味噌中の味噌なのです。

 無論、わが夫(男性)と、私が、三億円を持っているわけではありません。だけど、以前から、日本の中流の上の家庭は、3億円を持っているのではないかと考えていたことが、見事に証券会社のセミナーに現れたのでした。だって、あまりにもはずした金額では、聞く人が、身を入れ込めないでしょう。聞く人が、『ああ、私にも当てはまるわ。これは』と思うような金額設定として、三億が設定されているかもしれないということに驚いたのです。その額が高いか、高くないかと言う問題ではなくて、以前から、そうでは無いかと思っていたことが目の前で、あたっているらしいと、わかったことが衝撃でした。
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副題9、『女性が離婚するかしないかは、お金にかかっている』

 尚、上で書いている海外修行の時代は、海外へ自由に行くために、日本に居るときも、逗子で一人暮らしをしていました。すると、夜が自由です。自分でも友達へ電話をかけましたが、向こうからも頻繁にかかってきました。
 そのころは敵の存在などには気がついておらず、何もかも自由でした。

 そして、私自身が輝くように張り切っていて、他人にも忠告もできるという事を疑わなかった時代です。

 今はぜんぜん違います。忠告などできませんし、実際にしても、他人がいう事を聞きません。それだけ、あのころはオーラがあったということでしょう。しかも、14年ぐらいまえだったので、私も若かったけれど、私の友達たちも当然若かったのです。それで、皆さん、まだ、人生の残りの時間が多くあって、それゆえに、離婚を考えている人も何人も居ました。私が一人暮らしをしているので、離婚予備軍だとみなされていたこともあったと思います。

 私自身のあのころを思い出すと、ただ、ただ、大芸術家になるつもりであって、そのためには専業主婦と言うか、夫や子供の居る身では駄目でした。だから、男性でも女性でも、何らかの道で、一流に成ろうと決意している人なら、別に結婚をする必要はありません。独身でいいのです。ただし、お金に、確かなルートがあって、キャッシュフローがあることが必要です。
 必ず、収入があることが必要です。毎月、決まった収入があることが必要です。
 ただ、それを説明するのが難しいです。聞き手のプライドを傷つけないで、どれほど、収入が流れていることが大切かを説明するのが難しいです。

 で、その説明のために、三億円を持ち出していました。「あのね。今普通に暮らしているあの人、この人を思い浮かべてみましょう。彼らは、資産として、3億円を持っているのよ。そして、ごく普通の生活がそういうお金の支えで成り立っているの。あなたが離婚をすると、その3億円で、支えられていた、あなたを見る目と言うのが失われるのよ。そうすると、今までよりも低く見られる。それに耐えられますか?」と、言うのが普通でした。
 デモ、そのころ、たとえ話として、また、忠告の効果を挙げるために出した、3億円と言う金額が、現実の社会で、本当は普通の金額らしいと知った事は、本当に大きな驚きだったのです。

 それじゃあ、「孫の養育資金は1500万円までは無税にします」と麻生さんが言うのも効果が在るのでしょう。なるほど。驚いた。
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副題11、『山口恵似子さんは、独身がいいのですよ。そして、お金がすべてではないのです』

 ここで、冒頭に戻ります。松本清張賞、受賞者、山口恵以子さんが、NHKテレビで私生活を取材させていたのを見ると、どうも独身のようです。だけど、これから小説家として生きていくおつもりなら、独身でいいのです。将来大金持ちになったら、秘書とか、マネージャーの役目をする、人間と、一緒に共同生活をする可能性はあるし、
 恋に落ちて、結婚にいたることもあるでしょう。だけど、今は、これでいいのです。

 たとえ、社員食堂のおばちゃんと言う、見栄えの良くない勤務でも、正社員に採用されて、毎月のキャッシュフローができたのは、彼女でなくても、・・・・・そうですね。この私にも・・・・・どんなに、うれしいことだったか、よく理解できます。

 そして当たり前のことですが、お金をたくさん持っていることが幸せにはつながらず、彼女のように、松本清張賞を受賞と言うハレの場面に遭遇することは、普通の人には、なかなか訪れることが無い幸運なので、大金を出しても買えない幸せと言うものがここにあったと、人々に知らせたという意味でも、大変、良いお話として聞きました。

 ああ、三億円。たかが3億円。されど、三億円。もし、あなたが平凡な人生を望むのなら、それを、普通に持っているはずらしい金額です。ただし、それを持っていてもラッキーな現象に出会えるかどうかはわからず、幸福感に満たされるとも限りません。
 デモ、平凡な人間にとっては、結婚は老後に向かう一種の保障だし、お金も一種の保障ではありますね。

 実は、この文章は最初にタイトルにあげた親孝行の問題にまで、進むつもりでしたが、3億円と言う数字がでてきたここで、一応終わりとさせていただきます。
 尚、これは、まだ未完成ですが、恒例にしたがって、このブログへの伸べ訪問者数を入れておきます。2010年度から数え始めた数は、1682690回です。

 誤変換が残っているとは思いますが、一応署名と日付を入れておきます。

 2013年6月25日から書き始め、27日の早朝に書き終える。
                  雨宮舜 (本名 川崎千恵子)
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韓国へ、30億ドルを上げないというが、裏に秘密裏の取引(実際の贈与)が有るのでは無いかな?△

2013-06-25 01:05:35 | 政治
副題1、『韓国へ援助をするか、しないか?』

ライヴドアーのトップ頁に、****罫線以下の記事を見つけました。それはロイター発の記事を、産経新聞が書き、それを、ライヴドアーがネットニュース化したものです。テキスト形式で、コピペしておきます。
 
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日韓、30億ドルの通貨スワップ協定の延長見送りで合意
ロイター

ロイター
2013年06月24日18時50分

日韓、30億ドルの通貨スワップ協定の延長見送りで合意

写真拡大

[ソウル/東京 24日 ロイター] - 日本の財務省と韓国銀行(中央銀行)は24日夕、7月3日に期限を迎える30億ドル規模の通貨スワップ協定を延長しないことで合意したと発表した。

日本の財務省は延長見送りの理由を「両国の経済情勢を踏まえ、両国がそれぞれ必要ないと結論づけた」と説明している。韓国側から延長要請がなかったためとみられ、菅義偉官房長官も今月21日の会見で「必要なら延長するし、必要でないならそう判断する」と述べていた。

延長を見送ったのは、日韓2国間の通貨スワップ協定の一部。見送り後の枠組みは総額100億ドルへ減額される。

(ロイターニュース 基太村真司:編集 内田慎一)

*日本側から詳細を追加しました。

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 一見すると、日本にとって有利みたいです。それと、私が常に主張をしている、従軍慰安婦問題を持ち出して、ごたごたと、日本たたきをする、韓国は、援助する必要がないという主張に寄り添っているように見えます。

 しかし、30億ドルと言う数字が変です。民主党時代に、城島財務大臣が、韓国に行って、約束したのは、700億円だったはずです。30億ドルと言うのは、どうしてか、その3倍以上です。その数字そのものがおかしいです。

 と言うのは、裏でからくりがあって、30億ドルまでは出さないが、700億円は引き続いて出すということではないかしら?

 これって、テレビニュースには出ていませんでしょう。それと、スワップといったら、普通の日本人には、ほとんど、どういうお金なのかが、わからないと思います。こういう事は普通の日本語に直して説明をしないといけません。

 私なりに、はっきり言うと、日本人は、その3000億円を使えなくなるというわけです。もし、韓国の貨幣が価値がなくなったときに、韓国の貿易支払いを日本が、保証してあげるというわけです。つまり、立て替えてあげるというわけです。

 これって、個人の場合では、連帯保証人になるということです。

 皆さん、よくお聞きになるケースだと思うのですが、誰かが破産をした場合、その本人の責任であるケースもあるが、連帯保証人を頼まれて、その頼んだ人間の方が、浪費家だったり、経営感覚が、おかしかったりして、会社経営に失敗して、多額の借金を作ったので、その人物(=他人)のせいで、自分が破産をしたというケースがあります。

 それと、そっくりなケースです。
 そして、見直し後も、総額の枠組み100億ドルは、キープされるですって。本当におかしい取り決めです。一種のだましでは無いかな? それって一兆円ですよ。どうして踏んだりけったりして来る国に、それほどの援助をしないといけないのですか? 馬鹿らしい。ありえないことですよ。

 これは、以下の方向へ伸びていく予定、または、つもりがあります。だけど、今は書けません。時間もないし、体力にも余裕が無いです。
 それに、どうも、変だ。うかつなことを、この、韓国関連の問題に関しては、書かないほうがいいと思われます。橋下氏が、どうして、ああいう事を言い出したのかも今は不明だし・・・・・引っ掛けのニュースの可能性も大きいから。

 で、皆様個人、個人で、よくお考えをいただきたいのです。

副題2、『民主党政権のときには、政治の裏側が良く見えた。むろん、良い政治ではなかったが。韓国やその他の外国へ、お金をむしりとられているのが、国民の目に、良く見えて、そのからくりが良く、わかった。

 比較して、自民党は、本当のところ、どうなんだろうか? 海外からの要請で出しているとは見えないが、引き続き大金を海外へ出している。それが、経済効果を挙げるためなのか? それとも、実際は、引き続き、アメリカないし、国際的軍産共同体の、奴隷状態だから、引き続き援助金を出しているのか?』

副題3、『安部さんは、美しい日本を回復するといっている。
 韓国の従軍慰安婦問題を、繰り返し出されて、攻め立てられている日本は、美しく、かつ誇り有る国とは、とてもいえない。

 しからば、韓国と、敵対するのだろうか? お金を出す必要は無論無いが、総額を、高く設定して、それだけは出せないが、去年と同じ程度の額は、出してあげる・・・・・では、一種のだましであるから、私としては、とても、困るが、実際はどうなのだろう? 
 だって、韓国がもらわないでいいと、了承したというのがおかしい。実際には、韓国経済は、破綻に近いと、某・韓国通から、聞いている』

副題4、『都議会選挙で、維新の会は、後退した。橋下氏の一連の発言のせいだとしたら、日本国民は、全体として、甘くて、かつ、政治に無関心だといえる。デモ、それが直、自分たちの首を絞めることになるのに。

 ただし、橋下氏が、どうして、あれほど、選挙民対策を無視するに等しい発言を繰り返すのかが、私にはわからない。それも、裏が有るのかな? 徹底的な本音主義に見えて、誰かから踊らされていたりして・・・・・ともかく、最近の橋下氏は、変だ。その上、こういう風に敗北を喫しても、責任を問われない。これは、とても微妙な問題だ。ともかく、観察を続けるしかないが、疑問がいっぱいだ』

副題5、『中流の上の日本人は、いまだに政治に無関心だ。そのうちに、韓国やら在日の人たちに、自らの財産も名誉も奪われるのに、危機感がまるで無い。都議会議員選挙の投票率が低いのは、とても残念だ』

副題6、『嫌韓デモで、被害にあった人が、訴訟をするという。これは、何重にも伏線、伏層がある、一種のためにするニュースだろう。実際に訴訟が行われるとしても、その裏側の複雑怪奇なこと。
 ・・・・・私は嫌韓デモこそ、諜略行為だと思っている。普通の日本人がやっていることではない。昔は左翼の中にスパイと言うか、ブルーカラーとしてのエージェント(当時は、スパイと呼ばれていた)が居たが、今では右翼のデモの中に、それが入っているらしい』

 鎌倉問題の続きは、後日、また改めて、語ります。そっちを書くほうが政治を糾せるのですが、今日は久しぶりに、ニュースを種に、懸念する材料がどれであるかを語ってみました。時間と体力が無かったからです。またまた、脚立の無いところで、チェーンソーを振り回して、剪定をしてきましたから。

 尚、このブログの2010年より数え始めた伸べ訪問回数は、1681288です。
  2013年6月25日 雨宮舜(本名、川崎 千恵子)

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クイズ100人力(NHK)ー伊藤玄二郎ー浄智寺さんー瓜南直子ー渡辺幸子△△△

2013-06-23 01:24:54 | 政治

 今は、24日の午後3時です。いったん、中断していた推敲をやっと終わりました。この文章では、浄智寺さんと言う北鎌倉の名刹の悪口を言っているように、一見すると、見えます。だから、尚のこと、慎重に推敲をしました。初稿は、思考の概略を、妨害を潜り抜けながら、さっと、さらすのが恒例ですから、急いでラフに書きますが、タイトル横に△印をつけるころには、相当に、整理推敲して、まとめておかないといけないのです。それが、義務でしょう。ところで、今回は、行きつ戻りつして、三回ぐらい推敲を重ねましたので、タイトル横の△は、三つつけさせて頂きます。
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 まず、最初に、下に表れる二枚の写真の簡単な説明をさせてくださいませ。今朝五時ごろ、我が家近辺を歩く、こじゅけいのツガイです。「ちょっと来い。ちょっと来い」というなき声は良く聞いていますが、生きて道を歩いている番(夫婦)は、初めてみました。地味な色だし、無音で歩いているのに、それでも、居るのに気がついたのは、私のそばに居る私の猫が、不思議な、とても、かわいい啼き方で威嚇の音(声)を出したからです。猫同士で、優劣を競い合ったり、蛇を、狙ったりするときの音ではなかったのでした。
 猫としても、初めて見る鳥で、しかも、番(夫婦)ですし、結構大きいので、自分が攻撃しても、勝てるかどうかが、不安だったのでしょう。とても不思議な威嚇の声でした。かわいいもので、ねえ、友達になりたいんだけどとも聞こえました。だけど、本当は「自分は、ここに居るのよ。あなた方、私のテリトリーを犯しているのでは無いですか。出て行ってほしいのだけれどー」と言いたかったのでしょう。猫の方は、そのくらいの軽い意識だから、すぐなきやみました。
 
 鳥の方は猫の威嚇など気にせずに、悠然としたものでしたよ。私が家に帰って、主人に「カメラを持って撮影して来て」と頼んでも、その間、10分以上は、逃げなかったのですからね。
 日曜日の私は午前1時に起きて、午前五時から花を世話していましたが、そういう早起きの余得でした。こういう現象に出会うと、心が清められます。生きていることの喜びを味わう瞬間です。
 


 ところで、この写真は、大きな政治的意味を内包をしているのですが、それは、最後に一文として付け加えます。

副題1、『昨日夕方のNHK、クイズ100人力は、鎌倉検定でし
副題2、『そのクイズで、浄智寺さんを表に立てた。ので、瓜南直子さんを、今、思い出す』
たね』
副題3、『そのクイズ番組を見ながら、痛切に思い出す、瓜南直子さんのことと、その死』
副題4、『伊藤玄二郎の支配が、婦人子供会館にも及んでいますね』
副題5、『鎌倉婦人子供会館の、成り立ちと、機能』
副題6、『渡辺幸子さんの大学中退の件と、その後の、卒業資格の付与の件』
副題7、『山崎直子さんの二回目の講演は、婦人子供会館で、やるべきではなかったのに?』
副題8、『昨日、安野忠彦氏が、また、こちょこちょと、小細工を仕掛けて来たので、これを語るわけですが・・・・・』

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副題1、『昨日夕方のNHK、クイズ100人力は、鎌倉検定でしたね』

 2013年の6月23日(土)の夕方NHKの総合チャンネルで、国分太一君が司会をする、クイズ100人力、鎌倉検定が、放映をされました。『おー、伊藤玄二郎は、ここまで、堂々と、でしゃばって来たか?』と感慨が深かったです。

 私が常日頃、言っている「五億円の被害があります」のもっとも大きな加害用案の、企画者は、伊藤玄二郎でしょう。どうしてかは、過去にも書き、今日も書くこととなりますが、この鎌倉検定も彼の会社が主催者として行っていて、今では、彼の重要な収入源のひとつとなっているはずです。
 NHKは、ひごろ起業の宣伝はしないといっていますが、その道の通が見れば、これは、明々白々の私企業の宣伝番組となっています。特にその会社、鎌倉春秋社の金儲けにやくだつ番組となっています。ここまで、直接的な行動に出てきたかと、感慨が無料ですが、私が、ここにこう書けば、そのうち鎌倉検定の主宰者が、ダミーに変更になるでしょう。この事実は、2011年までのこととさせてくださいませ。今は、私はそれを、確認しては居ません。だが、名前はどう変わっても、その受験料が、伊藤玄二郎の懐に入ることには変わりは無いです。

 NHKが番組を制作して、編集し、放送するまえに、どれだけの時間をかけるのかは、私には、わかりませんが、この番組の場合、企画して、人を集め、撮影し、編集して放送するまえに、少なくとも、一ヶ月は必要であり、それは、同時進行的に、豊島屋の社長さんを引っ張り出して、由比ガ浜の命名権を、1200万円で買わせたとか、

 まだ、これは、ブログではまだ、一切書いていませんが、・・・・・世界遺産の将来の再登録を目指して、鎌倉市が、いったん推薦を取り下げるよう、文化庁にお願いをしたというNHKニュースがありました。その中で、記者会見を取り仕切ったのは、鎌倉市長ではなくて、神奈川県知事、+、横浜市長だった点・・・・・などと同じく、

 したたかに、かつ鋭く、伊藤玄二郎(または、その影に居る、まだ、実際には生きていて、地下潜行をしている井上ひさし)が、攻撃用原案を練り続けて居ることの表象のひとつだったでしょう。

 そして、一般の方は、まるで、ご存じない出来事だと思いますが、ご近所の住人・前田祝一(元駒澤大学教授)が、「あんたを刑事訴訟にかけてやる」と恫喝してきた(5月28日であった)のも、すべて、伊藤玄二郎の発案だと思われます。

 最後の件に関しては、今のところ、そこまでは、まだブログ内では、分析結果を、書いていませんでしたが、これも無論、伊藤玄二郎の教唆によるタイミングだったと思われます。

 前田祝一氏が、似たような行動を取った前回(2010年だったか、2011年だったかは忘れたが、ともかく、メトロポリタンオペラが、NHKホールで、開催されたころ)も、私のブログが、伊藤玄二郎の悪巧みに、急迫をしていたころでした。
 彼(伊藤玄二郎)は、身を守るために、いつも他人を使います。自分は表に現れないように、努めるのです。それは、いつも、言っているように、現代日本を、真実に支配している、国際的軍産共同体のエージェント化していますので、大きな権力を振るうことができ、NHKも支配をしていますが、それを表向きに出すことができないからです。
 だって、一(地方)タウン誌の発行者が、どうして、NHK会長より、機敏に番組編成に支配力を振るえるのですか? 鎌倉は東京に近いですが、鎌倉春秋(雑誌)は、どんなに、レベルを高くしても、所詮、タウン誌です。

 その真の支配力が表に出たら、国民から税金に等しい視聴料を取っているNHKは、大批判をされるでしょう。だから、彼は、すべてを裏から行います。

 ただし、クイズ100人力のタイトルを「鎌倉検定」としたのは、「ずい分と直接的な手法をとりましたね」と、言うところです。
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副題2、『そのクイズで、浄智寺さんを表に立てた。ので、瓜南直子さんを、今、思い出す』


 写真は、コジュケイの二枚目です。きじ科の鳥である事は細めの首と、ほっぺたがオレンジ色である事で、雉に似ている事が、わかります。で、本文に戻ります。

 クイズ100人力、鎌倉検定篇に登場した人物は、ほとんどが、彼(伊藤玄二郎)の人脈で、集めた人でしょう。タウン誌『鎌倉春秋』で付き合っている商店街の人脈、それから、ロータリークラブと、医師会に食い込んでいますので、そちらからも、「鎌倉のすべての名士とは、交流がすでにあるんだ。お前とは圧倒的に力の差があるんだよ」と、言いたい、一種の間接的な恫喝に、役立つ番組だったのですが、
 その番組内で、
 司会者の国分太一君より目立ったのが、浄智寺さんでした。浄智寺とは、北鎌倉にある、鎌倉五山のひとつですが、寺の規模としては、建長寺や、円覚寺より小さいです。でも、私としては、ひどく、ぴーんと来るところがあります。

まず、最近、書いた鎌倉市長選の事がありますね。現在仙台市の副市長をしている渡辺光子さんの選挙カーが異常にうるさくて、私もそれは、うんざりして、選挙そのものに行かなかったほどだと書いていますが、その渡辺光子さんと出会った場所が浄智寺なのです。

 それは、匠の会というプチ文化人の集まりです。みなさん、とても楽しそうに参加されていますが、結局のところ、私が行かなくなったのは、主宰者の斉藤英子さんに、裏から手が回ったなあと、思ったからですが、・・・・・したがって、彼女にいじめられ始めたからですが・・・・・もうひとつ理由があって、それは、その会議の内容が、私にとっては、進行がとろとろしていて、まだるっこしくて、出席していること自体に、忍耐を要するからでした。(笑)

 ごめんなさい。えらそうに言って。(笑) 私は、そこに集うメンバーに比較して、思考のスピードが五倍くらい速いので、会議の流れを、待っていられないのです。北鎌倉の浄智寺とは、距離的には、我が家から、2キロぐらいしか離れておらず、歩いていかれるのですが、それでも、ほぼ、一晩無駄になるので、やがて、行くのをやめてしまいました。いや、渡辺光子さんも、3回ぐらいしか来なかったのですよ。彼女にとっても、ある部分では、私と同じ感覚があったと思われます。または、『ここは、こういう場所ですね』とわかったら、エネルギーをそこへは注がない主義なのかもしれません。

 伊藤玄二郎たち、攻撃者にとっては、私がそこを辞めてしまったのは『ああ、いじめれば、彼女は去っていく。だから、そうやって居場所が少なくなる。人は石垣、人は城と言うではないか。彼女の味方をそうやって少なくしていってやれ』と思っていると思います。で、斉藤英子(北鎌倉のお肉やさんの家付き娘)さんに用いた手法を、あっち、こっちで、何度も多用しているわけですが、
 私としては、むしろ、その当時より元気になっているのです。生活がすっきりとして、文章を書く力も増していますし。
 だから、伊藤玄二郎の攻撃は、常に的外れで、彼が勝っているように見えても、(または、彼が勝ったと自認をしていたとしても)、実質的には、彼は、別に勝っているわけではないのですが、

 ともかく、匠の会が、浄智寺を舞台として行われていたので、内部の風情(部屋の中)を知っている、お寺となっています。鎌倉で、俳句をやっていたので、吟行の際に、その寺苑を知っているお寺は、鎌倉市内(山の中)にある御寺は、ほとんど含まれて居ますが、内部を知っているのは、鎌倉市内では、浄智寺さんだけです。

 しかも、もうひとつあるのです。浄智寺さんが、主役となって鎌倉五山のお偉いさんをすべて招き、北鎌倉には、存在しない覚園寺さんまで招いて、瓜南直子さんを、主役に、一席設けた・・・・・という投稿が、フェイスブックに、瓜南直子さんからあって、特別に印象が深いのです。当夜は、ラーメンが主題だったとか?
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副題3、『そのクイズ番組を見ながら、痛切に思い出す、瓜南直子さんのことと、その死』

 私は、2011年の5月から、2012年の3月まで、フェイスブックをやっていましたが、そこで、6月ごろに、瓜南直子さんと、友達になりました。それ以前に、柴田悦子画廊で、個展の案内カードなどもらっていて、個展も見ているはずの画家です。ただし、<<<<<日本画なので、私はタッチせず>>>>>、の日ごろの習慣を守り、彼女の絵を深く鑑賞したこともないし、印象も画廊では、強くは残っておりません。しかし、フェイスブック誌上で、彼女の作品を見たときに、無論、デジャブーはありました。

 瓜南直子さんは、文章が面白い人で、私は、それを楽しみに読んでいました。私のパソコンはいつもハッキングを受けておりますので、その事が注目を受けた事と、彼女が、美人であること、また、芸大卒であること、私よりは個展の数が多い事、などで、この人を鉄砲玉として、雨宮舜(=本名、川崎千恵子)をぶっ潰してやろうと、伊藤玄二郎、もしくは、彼のもう一人の、盟友で、美術界の重鎮として機能している酒井忠康氏が考えたのかどうかは、知りませんが、
 
 ともかく、突然に、瓜南直子さんが、攻撃者として、私の目の前に立ちはだかり、全日本、あすはが連の立ち上げやら、映画のプログラムの投稿やら、いろいろな、いじめ行為を開始なさり始めたのです。

 ここで、私のブログへ初めてお入りになった方、および、瓜南直子さんと、親しくて、彼女を大切だと思う人々に告げておきますが、実は、瓜南直子さんは、この半年間(2011年の8月から2012年の2月ごろまで)の伊藤玄二郎らの、引っ張りまわしによって、前から悪くしていた(・・・と私が推察している・・・)肝臓の機能が急速に衰え、4月に、哀切きわまるツイッターを残して、6月に、急死なさるのです。

 私は、フェイスブックに急に入れなくなったり、銀座でも、人の噂話など、自分からもやらないし、他人からも聞く事もない方なので、彼女の死を10月まで知らずに居ました。

 教えてもらったのは先ほど言ったように、このブログへのコメントと言う形でした。
 それは、伊藤玄二郎の悪人振りを記載するために、彼女と、広島在住の同志社大学卒のキャリアーウーマン金田祐子さん、が、組んで行ったひどいいじめを、2012年の10月ごろ書いていたころです。売ってもいない日本酒『恋のうぐいすから』というラベルだけを印刷し、それをフェイスブック誌上に載せて、「私の大好きな銀座のうぐいすから、様にあげます』ですって。それが、私の寝室に、留守中に『美脚 アンド 美尻』という偽物のラベルを、置いておく事へつながって行くのですが、・・・・・ああ、浄智寺さん、あなたは、朝比奈という名字から推察しても、2代目か3代目のおぼっちゃまだと推察できますが、こういう恫喝をする人たちの仲間として、今ご自分が機能なさっている事を御存じなのでしょうか・・・・・本当にお問い合わせをしたいところです。電話でもかけたいところですが、電話では、この長い長いエピソードを全部は、語れませんので、やめておきましょう。

 読者様から、『その人はたぶん、もう亡くなっていますよ』と言うご注意があって、あわてて、ネット上にある、彼女関連の文章を集めまくり、4月分の、哀切きわまる文章を、ツィッターとして見つけ、

 急に許し、かつ、同情するようになったのですが、

 しかし、2012年の秋に、浄智寺さんが、主役となって、ラーメンが話題となる会が、開かれ、そこに主役として、瓜南直子さんが招かれていたというのは、忘れる事はできません。
 ・・・・それも、敵様たちにとっては、私への威圧に役立つことだと思ってやっているのでしょうが、・・・・

 そこに、覚園寺さん(二階堂の奥にあるし、禅宗では無いので、浄智寺さんが、普段招いている鎌倉五山のグループ内とは、思われない、方である。実際にその日も早退されたと瓜南直子さんが書いている)が、地域外から招かれていることを知って、瓜南さんが、激しく体力を消耗したと思われる、京都泉湧寺の夏のグループ展なども、すべて、伊藤玄二郎たちの発案であったと、わかってくるのです。そんな記述が秘密をばらしてしまうなどとは、関係者のうち、誰も気がつかないでいて、覚園寺さんを、招く方が、瓜南さんをさらに、書く上に見せるだろうと思って、伊藤玄二郎が提案して、上智寺さんが、お誘いになったのだと思いますが、そんな些細なポイントから、大きな秘密が漏れてくるのでした。
 伊藤玄二郎としては、ただ、ただ、私に悲しい思いをさせるために、瓜南さんを鉄砲玉として、引っ張りまわしたことがわかったのでした。
 それが、明瞭にその仕組みに気がついた三度目の事でした。
 その浄智寺さんが、今回のNHKクイズ100人力にでて、しかも、主役であるという事は、それが、陽気な展開をする番組だけに、余計に、瓜南さんのことが、無残に思われ、そのラーメンの会が、強烈に思い出されたのでした。
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副題4、『伊藤玄二郎の支配が、婦人子供会館にも及んでいますね』

 さて、ここまでで、すでに、4300字(推敲後は加筆もあって、6200字)です。だが、これでも、現在書いている主題、山崎直子さんへの導入にしか過ぎません。

 たまたま、画家の瓜南さんも、宇宙飛行士の山崎さんも、直子と言う名前でしたね。それは、奇遇と言うものですが。

 今書いている文章は、この14日に、日経新聞に、山崎直子さんへのインタビュー記事が出て、その前の日に、私が肉声で、宇宙飛行士の直子さんの講演を、鎌倉の婦人子供会館で聞いているということを問題としているのです。

 そこから、政治が、見事に浮かんで来るからです。

 ところで、ここで言う政治とは、高度な解釈で、使っています。政治は、素人にとっては、公のものに見えます。だが、それを俯瞰的に見る玄人中の玄人にとっては、それは、きわめて私的なことを、あたかも、公であるかのごとく、見せるものだそうです。なるほどと思います。

 山崎直子さんは、その講演も人生も、圧倒的に科学の人です。専攻は宇宙工学、だが、彼女が、鎌倉の婦人子供会館で、二回も、講演をするということには、きわめて大きな政治的な意図が隠されているのです。

 それを、分析していくまえに、婦人子供会館に、すでに、伊藤玄二郎の手が及んでいることを語らないといけません。

 彼は男性です。だから、一般的には、婦人子供会館に手を伸ばす資格がありません。特に、自宅が大磯に在ると、諸所で、発表しているので、奥さんの関係で、そこに入り込む事はできないのです。

 で、彼の手法は何かと言うと、鎌倉春秋社を、経営していて、そこに短歌の雑誌があります。それを、基盤にするか、鎌倉ペンクラブを、基盤にするかです。という手も、あるでしょうが、医師会とか、ロータリークラブに入っている男性会員の奥様を紹介してもらうという手もあるでしょう。

 また、主に婦人子供会館で活躍しているご夫人たちの、文集を作ったりしています。本を出すという事は誰にとってもうれしいことです。名流婦人にとって、エッセイを、一冊の本として出すのは、はばかられるという向きがあるやも知れません。『目立ちすぎる事は、夫の手前まずい』という発想も有るのです。が、集団で、一冊の本を出すのは目立たないことでもあり、心の負担も少ないことであり、喜びの方が大きいでしょう。だから、彼に感謝して、彼からの他の面での依頼を断らない、ということになると思います。

 私は、2012年に、そこで、渡辺幸子さんの絵画教室が開かれていることを知り、は、はーんと、思ったしだいです。「手が及んでいますね」という事を、はっきりと知りました。
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副題5、『鎌倉婦人子供会館の、成り立ちと、機能』
 
 で、それを語るためには、婦人子供会館とは何だと言うことも、まず語らないといけません。
 今年、婦人子供会館は、創立60周年を迎え、建て替に動いています。それで、寄付金を募っています。一口一万円です。今は、主婦専門の、カルチュアーセンターとして、機能していますが、もともとは、戦争未亡人の救済と、未亡人でも無くても、夫が軍人であった主婦の救済を、目的として、設立をされました。

 今、日本社会が豊かになり、特に、老人族が豊かです。鎌倉には、観光客が多いので、目立ちませんが、実は、老人の占める割合が多い町です。土曜日のお昼の山下飯点など、ランチを食べる地元民のご夫婦でいっぱいであって、観光客など、ほとんど目立ちません。

 それは、ホテルmoriという小さなホテルの食堂もかねている中華料理店で、地下に在るので観光客が知らないらしくて、そういうことになっていますが、江ノ電駅の上にある銀座アスターも似たり寄ったりの客層です。で、全体に、豊かな街に見えます。
 ただ、敗戦の、憂き目にあって、日本全体が、超が、つくほど、貧しかったころ、パージ(公職追放)と言う目にあった軍人の奥さんや、戦争未亡人となった、もと、名士夫人は、その貧乏が余計こたえたとは、容易に想像ができます。大ヒットドラマ、おしんに出てくるようなたくましい女性だったら、「それは、それ」っと、覚悟を定めて、うまく立ち回って、どうにか成ったかもしれませんが、ほとんどの人は、「風と共に去りぬ」の中に出てくる、メラニーみたいに、おしとやかで、生活力の無い女性だったと思われます。だから、会社員になるとか、店員になるとかいう転進はできず、かつ子供も居れば、一日のうちの数時間を、特技を生かして、お教室を開くという道が一番、手っ取り早く向いています。

 今、シロガネーゼといって、主婦が家庭内で、お教室を開くのがおおやはりですが、あれは豊かな時代で、夫とか、実家が豊かな人にはできる形式ですが、貧乏な時代で、収入が低いご家庭には、とりえないシステムなのです。だって、女性って、目がシヴィアで、意地悪なところもあるので、カーテンひとつ、お茶碗ひとつに、批判の目を持っているものだからです。
 で、駅近くに場所があって、ほかのお教室も開かれている婦人子供会館は、その口コミ宣伝力もあって、大きな救済場所となったのでした。

 そういう運動を実際に起こしたのが、旧制の女子高等師範学校の付属高等女学校出身の、Hさんで、その人脈が集まって、会館を作ったので、旧制の女学校の同窓会、鎌倉支部を、そのメンバーとして、機能している会館なのです。
 今、人数として、最も、多いのが、学習院の女子高等学校卒業の人たちでしょう。そして、フェリスも含まれて居ますから、

 フェリス出身の、渡辺幸子さん(国際キリスト教、大学出身の画家で、青木繁大賞を取った)が、そこで、油絵の先生をしていても不思議は無いのですが、彼女に個展の場所を提供している、栗田玲子さん(ガレリアグラフィカのオーナー)と、酒井忠康氏と、伊藤玄二郎との、四つ巴の関係を知っている私には、『ああ、そうですか』と、頷けるポイントが有るのでした。

 私は大学同窓会展で、渡辺幸子さんと一緒だった歳月があって、割と、深く彼女を知っているのですが、女性だけの会には向いていない人です。男性が入っていないと、うまくいかない可能性が強いので、いずれ、彼女の側から、「ここで先生をするのは、負担が重いなあ」と言う愚痴が出てくるでしょう。

 どういうことかと言うと、元スチュワーデスなので、女性同士だと、すぐいじめたり、いじめられたりの関係が起こりやすい人なのです。画家の世界って、もともとパイが小さいので、それが起こりやすいのですが、下手に出るか、鈍感を装うか、あまり付き合いをしないで孤高を保つのかと言う、三種類のいずれかを選ばないと、心理的な負担が強すぎて、参ってしまうところが有るのですが、彼女はいろんなところに、頭や足を突っ込んでいるので、すでに、相当に負担が大きいのです。そういうところへ持ってきて、地元の主婦相手の、お教室なんて、絶対に、大きなストレスになるはずです。鎌倉在住の主婦なんて、非常に扱いが難しいですよ(笑)。

 だって、その愚痴の聞き役立った時期もある私から見れば、本質的には強くない女性なので、やがて、ごたごたし始めると、思いますよ。主婦って、一般的に言っても、小ばかにできない強さと鋭さを持っているからです。一般的に言うと、キャリアーウーマンの方が役職が付いているので、えらく見えますね。だけど、どうして、どうして、何の特権もない中で、子育てというやや難しい仕事をやり抜いた主婦のたくましさと賢さを、軽んじ過ぎては、いけません。

 だから、美貌にほれて男性がちやほやしてくれる世界では、渡辺幸子さんの優秀さ(?)は、機能するけれど、女性だけの世界には、入らないほうがベターです。言い過ぎみたいだけれど、本当の事ですよ。だけど、酒井忠康氏とか、伊藤玄二郎のプッシュがあって、入り込むことができました。そのとき、ご自分の本質とか特質の事は、考慮に入れなかったのでしょう。特に、先生と呼ばれるのは快感だから、ずっと、継続はなさるでしょうけれどね。第二の石川和子化です。
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副題6、『渡辺幸子さんの大学中退の件と、その後の、卒業資格の付与の件』

 ここで、後からの加筆ですが、彼女は、実は大学を中退しています。彼女自身の責任というよりも、父君の破産という事があったからです。それをご本人から、私は聞いています。だけど、その件から私に推察できるのは、次女である彼女は、どうも、お姉さんよりは、偏愛の対象として、下であったと思われる事なのです。だから、性格に難しいところが残っています。だって、たとえ、JALのスチュアーデスの入社試験に、高卒の資格で、合格して、それは、華やかで、優秀であることを証明するとしても、親である限り、娘の収入に頼るというよりは、できるだけ自助努力して、親側は親側で問題を解決して、子供には、好きな道に進ませ、また、せっかく既に、当時は大人気だった、大学に入学しているのですから、そのまま大学卒の資格を与えようと、望むのが普通だと思われるからです。
 たとえば、鎌倉の実家を、当時でも売れば、彼女にJALに勤務をさせ、大学を中退させる必要はないからです。鎌倉駅から歩いて行かれる場所で、車も入る御屋敷だったら、売れば、現在の貨幣価値に直して、5000万円以上は手に入るはずです。そこから、逗子や、横須賀、藤沢、葉山、などに引っ越しをすれば、すぐ、壱〇〇〇〇〇〇〇円ぐらいはうくはずで、娘の学費など、軽くねん出できるからです。

 そこらあたりに、親の愛の少なさを感じるのです。それが、性格上の問題を生み、彼女を悪女だと言う人があるのも頷けます。私も一度も、二度も、驚天動地の経験をしています。

 ここまでのことを、書くのは、100号の油絵(・・・・これは、彼女が普段そこに出品する10号よりは大きい・・・・したがって絵で、競争をする彼女にしてみたら、抜け駆けをしたという事になるのかもしれない・・・・)を彼女と同じグループ展に出したと言うだけで、すさまじいいじめを受けた過去があるからです。問題が起きなければ気がつかないポイントですが、いじめられたから、気がついたし、ここでも、それを申し上げます。だって、号数に制限があるわけでもない大学同窓会展ですよ。しかも、別に彼女を、負かせてやろうと思って、それをそこに出したわけではなくて、そろそろ、国画会の国展に出品するのをやめようと考えていたから、そこへ出しただけですから、望月画廊で、とんでもないいじめを受けて、ただ、ただ、仰天をしました。
 そんな小さなポイントで、他人をいじめる人が、鎌倉の賢い主婦たちを、束ねて行かれるかなあ?(苦笑)もう一つあるのですが、それは昔一回書いているので、本日は書きません。

 そして、ここに、政治に関する、もう一つ大きなポイントが隠されているのです。
 彼女は本当は大学中退なのに、いつの間にか卒業の資格を与えられているのです。そんな資格を付与していいという場合のルールなど、いつ決まったのでしょうか?
 彼女は絵の部門で、激しい上昇志向を持っているので、油絵の世界で、時間を惜しんで描きつづけ、また、その目的のために、私には愚痴を言いながらも、あっち、こっち顔を出し、社交的な時間(というのは、自分より格上だと思われる人間の、弔問に行くとか、オープニングパーティに行くとかいう事です。私の個展には、格下だと思っているからきません。だけど、もし着ていたら、私がすごく実力が高いという事がわかって、あの望月画廊での乱暴狼藉は怒らなかったでしょう。そこに時間をケチする、彼女の、惜しむらくの、性格の汚さが表れています。その上、彼女は当時は、新制作展への、一般入選者であり、私の方は、国展の一般入選者でした。ここら辺りは、ほとんど、互角ですよ。特に当時は。そんなことも頭に入っていないのです。ものすごく、時間をケチっていて、一つの事、すなわち、絵の世界で、出世することしかやっていません。
 国際基督教大学は、授業内容が緻密なことで有名です。全く怠けられません。
 それなのに、あれだけ、時間にけちけちしている人が、三鷹駅からさらにバスで、通学するあそこまで、通うはずがないです。

 すると、これは、授業も受けずに、授業料も払わずに、与えられた資格となります。
 すごいお手盛りですね。

 でも、その情報から、石塚雅彦氏(日経新聞の元論説委員にして奥様が、渡辺幸子さんと同期生である。現在は早稲田大学の教授である)と、伊藤玄二郎あたりが既に、結びついているという事もわかって来て、なるほど、なるほどともわかってくるのです。そして、日経新聞が大支援をして、柄沢斉の個展を開いたり、柄沢斉の弟子である大原光孝さん(この章の末尾に重要な人物として登場をします)が、私に対してひどい攻撃をしてくる事の裏側もわかってくるのです。

 だって、彼のお嬢さんが、神奈川県立近代美術館にお勤めをしていますしね。どこもかしこも、お手盛り主義で、まるで、共産党一党独裁の、現代中国とそっくりです。鎌倉は、戦後の民主主義国家、日本の明るさをすっかり失っています。税金を、自分勝手に使っています。はい、はい、そういう事の連続です。ここで、スピンオフとしての渡辺幸子さんから、元へ戻ります。今は山崎直子さんの講演について語るのが本流です。
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副題7、『山崎直子さんの二回目の講演は、婦人子供会館で、やるべきではなかったのに?』

 で、婦人子供会館とは、旧制女学校の卒業生が運営をしている世界だから、別に年会費を取るわけでもなくて、ただ、バザーで、協力する限り、その種の女学校を卒業した人には出入りする資格があるわけです。また、習い事をするだけなら、誰にでも門戸が開いている場所です。
 私は鎌倉に引っ越して来るまえから、バザーの協力は頼まれていて、吉野直子さん(ハーピスト)の祖母の家で、落雁を作っていたわけでした。

 で、ここで、やっと、山崎直子さんへ、入っていきましょう。
 山崎直子さんは、話者としても聴衆としても、二週に一回の教室の先生としても、出入りする資格が有るわけです。御茶ノ水女子大付属高校の卒業生ですから、ここに自由に出入りすることが可能な人です。
 だけど、私にとって、6月の方の講演会は、ここで開くよりも、二階堂の付属小学校の講堂で開くべきであろうと思われるもので、こちらで開くのは、裏に当然のごとく、伊藤玄二郎の采配が及んでいるなと、推察できることでした。

 むろん、反論もありえます。ここに、こういう風に書けば、彼らは理論武装して、「付属小学校のご父兄とは、公立と違って、別に二階堂と言う地域だけに住んでいるわけではない」というでしょう。逗子や大船、または、横須賀や藤沢からも、通学させている可能性があり、付属の講堂で、その講演を行うよりも婦人子供会館で行う方が、「駅に近いから、便利で、ありがたいと思ってもらえるはずです」と言う可能性があります。だけど、いくらその理由が後付として、あっても、普通の場合、学校の行事とは、遠足と修学旅行を除けば、学校内で、やるものです。

 この山崎さんの6月の方の講演は、その点で、開催場所としての疑惑があり、したがって、裏に伊藤玄二郎たちエージェントがかかわっていると、私はみなしています。
 だけど、「空席がありますから、どうぞ」と言う方に、わざわざ、そこまで語ってお断りをしますか? 普通はしませんよね。私は特に、常にしなやかに振舞って、喧嘩をしない主義です。

 「あんたを、刑事訴訟にかけてやる」というひどい恫喝にも、何も答えていませんよ。内心で、馬鹿にしているけれど、そういうことも一切声には出しません。ただ、委細はすべてわかっていますので、お隣の奥様の行動を観察することに、すべてを集中したわけです。
 ここらあたりは、連続してお読みいただいている方には、すぐお分かりになるところで、急にここへ入った方は、カレンダーで、過去にさかのぼっていただきたいところですが、2013年6月11日をクリックしていただくか、下のタイトルへお入りになっていただけますと、助かります。

前田祝一様、貴君に行動の自由があるのなら、私にも、その行為を記録する自由はあるでしょう?△
2013-06-11 15:31:49 | 政治
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副題8、『昨日、安野忠彦氏が、また、こちょこちょと、小細工を仕掛けて来たので、これを語るわけですが・・・・・』

 ただ、私は山崎さんの講演を聞いても、それをブログに書くつもりはありませんでした。
 その場所を選んだ、伊藤玄二郎の意味合いは、わかりますよ。(尚、それは、後日別のブログで書きます)だけど、山崎直子さんは、私に挑んできたわけではありません。どこにもいじめの要素はありませんでした。彼女の講演は、ごく当たり前の科学と人間に関する報告であって、聴衆は大いに楽しんだのです。
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 ここで、挿入となりますが、京橋のギャラリー手と言うところに突然、現れて、私に対して、ご自分の自慢をしまくった挙句、私がただ、物柔らかに見つめているだけなので、・・・・・つまり、敵の攻撃意図に反して、悲しんだり、喧嘩を売り込んだりしないので、・・・・・突然に、自分の任務のばかばかしさに目覚めて、『なんで、こんなことを、私はやらないといけないのかしら』と、本当は言いたくなったのだけれど、さすがに弁護士の娘だという、頭がよい女性なので、それは言わず、ただ、「疲れた。つかれた」と、
 連発をした馬越陽子さんのケースに比べると、はるかに、その本来の意図を隠そうとしている(その)レベルは高度に成って来ていますね。(笑)、とここで、言わないといけないほど、彼らの案は、おばかさんです。常に、常に、幼稚です。すぐ意図を見抜ける程度に幼稚です。で、元に戻ります。
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 だから、この超、政治的な意味合いを持つブログに巻き込みたくはありませんでした。、政治的なという意味は、ごく私的なことを、まるで、公のことのように語るという意味でです。
 それは、立派な仕事をしてきた、そして、その飛行のまえに、9年間も、種々の意味で、忍耐のあった彼女を、巻き込みたくなかったからです。伊藤玄二郎と、井上ひさしが、常に発案して、それがとうとう、日揮社員が、アルジェリアで襲撃されるところまで発展をしている恐ろしい世界が、私がいう政治です。
 馬越陽子さんも北京で、日本人初の個展をして帰国したばかりだそうで、それは、画家としては輝かしい勝利ですが、だから、私に比較をすれば上なので、利用されたわけです。だが、私にとって彼女は同窓生ではありません。むかし、女流展に絵を出していたころは、彼女は審査員で、私は審査を受ける方でしたから、上下関係はありました。だから、バンバン書くことができます。何の遠慮もいらない関係です。
 もし、ここで、月刊ギャラリーの連載が続いていたら、遠慮しないといけなかったでしょうね。だから、そういう側面でも、彼らは幼稚です。月刊ギャラリーの連載が説明もない形で、一年間だけで終わってしまったのは、無論裏で、彼らエージェントが動いていたからでしょう。そこにはまだ触れてはいませんでしたが、いずれ、丁寧に書くつもりです。

 が、山崎直子さんとは、上下関係は無く、しかも、同窓生で、ほぼ、30歳違うという、親密度がすでにある上に、子供より若いのだと知れば、かわいいと思い、さらに、それを増したい間柄です。だから、巻き込みたくは無いです。

 で、ブログに取り上げなかったのに、14日(金)に日経新聞に意味ありげな記事がでて、
 しかも、22日(土)に、NHK総合テレビは、伊藤玄二郎の金づるの一環である鎌倉検定を取り上げて、大宣伝をしてあげました。

 それにも、相当に腹を立てていますが、さらに、22日の午前中にご近所のいじめ用、または、攻撃用キーパーソンである安野忠彦氏が、こちょ、こちょと、小細工を仕掛けて来たのです。

 で、私は、こういう一章を付け加えることにいたしました。

 「こういう悪事の源泉は、すべて、30年も前に、彼(=安野氏)が、3人もの子供をなした、前の奥様に隠れて、こっそりと、現夫人に手を出して、ホテルで逢引をした日から、始まっているのですよ」と。

 そのときの相手は、非常に勝気であって、本当の子供を生まない代わりに、主婦としての座を勝ち取る事に乗り出しました(と推察しています)。その何年か、あとで、彼女と、直線距離で、7mの近さに引っ越してきた私は、彼女が前妻の居場所だけでは無くて、ご近所に対してもテリトリーを広げ、見える限りに存在する、他人に優越し、支配する立場になりたいと望むのを知りました。

 こういう願いを持つのは、本当の教養と実力が無い事を示しています。だから、目に見える直接的な勝利を求めるのです。で、そこからすべてが始まって、上に上げたように、浄智寺さんと言う鎌倉の名刹のトップでさえ、いまでは、彼女に、奉仕を余儀なくされています。

 どうしてかと言うと、安野夫人は、石川和子さんと仲良しであって、石川和子さんは、伊藤玄二郎の元愛人だからです。また、安野夫人は、もう一人の旗頭である前田清子夫人も懐に入れ、大騒動を起こしている結果、我が家の土地が盗まれています。コンクリートうちをされて、実質上使えないこととなっています。また、山も無許可で、崩されています。反対に安野家など、私がアメリカへ行っている間に、北側の私道部分を開墾をして、20坪くらい増やしています。で、差が30坪はあるでしょう。

 そういう過去の悪事を、私に書かせないがために、さらに大騒動を起こしているのが、警察を巻き込んだ話です。

 その警察ですが、全うな方向で、私に謝罪をする方向で動かず、まるで、反対方向に動いています。馬越陽子さんなど、いやな仕事を頼まれて、一時間程度まえから京橋の道路に止めた車の中で、待機していたと思いますが、その行動の真の目的がこんなところにあったということを、知っていらっしゃるかしら?

 セックス、特に、不倫の世界のことなどを書くと、この文章が汚くなります。だから、なかなか、そこに触れませんでしたが、浄智寺さんが、振り回されているのを見て、

 ・・・・・・『浄智寺さん、あなたは、衆生済度のお役目が有るのに、テレビのしかもエンタメ(娯楽)番組に出てはしゃぐなど、なんで、そんな事をなさるのですか? ただでさえ、恥ずかしくて見ていられません。その上、そういう行動も、安野夫妻という他人のために、要請をされているのですよ。
 自分よりもっとずっと、生活レベルが低い無名の人の不倫から、起きたごたごたの修復のために利用をされておられるのですよ。

ああ、そして、この番組全体が、伊藤玄二郎の金儲けに、奉仕しているという、影のコンセプトが有るのですよ。どうして、そんな物に、ご協力をなさるのです。
 しかも、一夕とはいえ、ラーメンの会を開いて、五山のトップを全員集め、瓜南さんの主役の座を与えたのは、瓜南さんの命を縮める一環だったのですよ。その責任も感じていないように見えて、かえって無残です』と、
・・・・・・私は言いたくなってしまいます。

、・・・・・まあ、テレビの画面と言う間接的な形ではありましたが、・・・・・そういう無残な恥ずかしい姿を、見ていると、ここでこそ、安野夫妻の小汚さと言うか、いぎたなさと言うかを、はっきりと、記しておくべきだと思いました。セックスの事など、夜のひそかな話です。だが、昼間の土曜日の午後の、NHK総合チャンネルというところを伊藤玄二郎が、占領しているから、表に出さないといけません。
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副題9、『コジュケイ(雉の一種)が歩く道に車は入りません』

 上の写真の説明を、やっとここで、いたします。場所は井上(ペンネーム、岸田淳平)さんの家の前です。シダ類がそばにあるのですが、その大きさと比べても、道幅が、1mしかない事はお分かりいただけますでしょう。しかも山なので、階段が、ありますね。

 それなのに、石川和子さんが、呼んだ警官は、交通事故の調書を取って、私を脅かしたのですよ。驚天動地の人権侵害です。そして、幅が、1mだから、両側に植物の生えている部分がありますね。ところが、我が家だけ、コンクリート打ちをされています。
 その自然を好んで、ここに引っ越してきたのに、それを奪われてしまいました。
 その原因は、無礼きわまる、かつうるさい、前田夫人、安野夫人、石川和子さんなどの、井戸端会議に怒った藤本夫人の怒りの発露だったのです。40過ぎで、中学生とか、高校生の母親が、あれほどの、毎日、毎日、井戸端会議をするという異常さ。そんな場所は、横須賀にさえありませんよ。みんな、もっと賢いです。親しみを見せるのは、それなりにお金と時間をかけた場所で、自宅へあげるとか、喫茶店に行くとか、公民館の趣味のサークルを一緒にするとか、工夫を重ねたうえで、行います。

 そうしないと、にっちもさっちも行かないことになるのを、みんな良くわかっているからです。朝から夜まで、そばに住む地域社会では、ほどほどという事が非常に大切なのです。ところが、我が家の土地が、実質的に、(崖の人工的な崩壊も入れれば、20坪程度。それも、ほぼ、30年間にわたって)、使用不可能という形にさせられた、恐ろしい事件まで生起しているのですよ。

 そこから考えても、それらの、すべての源泉である、安野夫人の『鎌倉夫人ぶり』が、いかに偽者かがわかるのですが、それを見破ることができる主婦も居れば、見破ることのできない前田夫人みたいな、・・・・・大学院卒という触れ込みですが、その、実際の頭脳レベルを疑ってしまうような、・・・・・女性も居ます。しかもそのごたごたは、私が引越しをしてくる前に起きています。

 どうして、その件を、山崎直子さんの講演を記すブログの中にいれたのか? それは、それを実行した、中谷共二氏のご長男が、東大宇宙工学研究所の所長だと、ご近所の大原光孝さんが言うので、

 山崎直子さんと、そこで、結びつくからです。それは、後日にでも語りましょう。
 やっと誤変換直し(それは、23日のうちでしたが、)と、文章の推敲(24日の午後3時)が終わりました。
 
 尚、このブログの、2010年度から数え始めた伸べ訪問回数は、
1676847です。
  2013年6月19日から、一部を書き始め、24日にやっと全文を完成とする。
                    雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)

コメント

山崎直子(宇宙飛行士)さんは、山羊座生まれです。・・・・・加筆、推敲済み

2013-06-19 14:39:48 | 政治
副題1、『山崎直子さんのインタビュー記事が日経にありました』
副題2、『なぜ、直子さん、直子さんと、私が、なれなれしく呼ぶのか?』
副題3、『山崎直子さんは、鎌倉市内では、リラックスしている模様だ』
副題4、『売るつもりの元の家で、チェーンソーを振り回したので、睡魔が、ここで襲ってきた』
副題5、『山崎直子さんに、誕生星座を質問してみる。彼女は、山羊座生まれです』
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副題1、『山崎直子さんのインタビュー記事が日経にありました』

 2913年6月14日の日経新聞朝刊に、山崎直子さんへインタビューした署名入りの記事が、ありました。残念ながら、それは、すでに、古新聞回収に出してしまってあるので、インタビューアーの名前は今は、わからないのです。だが、そこにはある秘話が入っていて、今、政府から委嘱された講師として、全国で、講演行脚をしている直子さんの『普段の講演では、披露をされない話だろう』と推察しています。

 その秘話の内容は後で語りますが、その記事を読んだときに、ふと、かんぐりました。『あれ、これって、私がすぐ、直子さんの講演について、ブログを書くと、予測をされていて、先回りをして、私のブログより、高度で、読み甲斐のある文章として、これが、セッティングをされたのではないか』と。

 いや、『それは、ひねくれすぎていますね」と、お考えの向きもあろうかと存じますが、私はたまたま、その記事の前日、直子さんの講演を鎌倉で、聞いているのです。むろん、肉声でです。会場は婦人子供会館で、聴衆は、100人前後です。


 文章が短いので、サービスに写真をつけます。鎌倉の我が家のベランダにまとわり着く、むべ(小さい種類のあけび)の花です。去年のものです。

 で、例の敵さんたちが、てぐすね引いて、待っていて、『彼女(=雨宮舜)の書く文章の鼻を明かしてやろう』と、考えたとすれば、この秘話が、日経新聞にだけ、出て来てもおかしくないと感じました。

 今、私は日経新聞を取っています。これは、緩やかな攻撃ではありますが、NHKニュースを用いて、脅かしや弾圧が行われるのと同一の手法です。それが今日経新聞で、主に行われるのは、朝日新聞が我が家に来ないからでしょう。
 2年ぐらいまえまで、4年間ほど、朝日新聞がただで、配布されていました。平行して、お金を出して、日経新聞は取っていました。そのころは、主に朝日新聞に同種の傾向を持つ記事が出ていましたが、今は、朝日新聞が無料で配布されることが無いので、朝日新聞の内容は、私は知りません。


 だが、直子さんの講演を聴いて帰ってきた直後に、私が、書いたのは講演会の記録ではなくて、、
『鳩サブレーで有名な、豊島屋さんが、1200万円で、由比ヶ浜の命名権を買ったですと?』  2013-06-14 17:56:16 | 政治

 であって、高度に政治的な文章でした。次もそうでした。もしかしたら、例の敵さんたちは、私が、直子さんの日経新聞の記事を読んで、負けたと感じたから、その講演をブログに記録しなかったと考えるかしら?

 うーん、それについて、読者の皆様ではなくて、例の敵さんたちに向かってご返事をいたします。

 私は、日経新聞の記事については、「何もしりませんでした」と、こたえましょう。「それを知ったのは、18日過ぎに、主人に注意された後でした」とも答えておきましょう。
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副題2、『なぜ、直子さん、直子さんと、私が、なれなれしく呼ぶのか?』

 というわけで、今、我が家では、日経新聞を取るのは取っているのですが、私の方は、忙しくて、まったく読んでいる暇が無いのです。NHKニュースとネットニュースが、主に、弾圧用に使われますので、そちらを点検するのに忙しくて、新聞を読む暇が無いのです。
 その種のニュースとは、たとえば最近では子宮頸がんワクチンが、一例として挙げられます。いったん勧奨をやめると発表をされ、『良かった。自分が鎌倉近辺問題について、深い内容で、重い文章を書いていることが、別の方向で、国政を正した』とこのブログで書くと、再び、あこれこれ、ワクチン投与を、再開したい旨のニュースが、NHKに、出てきます。

 で、日経新聞の記事の事は何も知らないで、18日ごろ、主人に向かって、「ねえ、あなた、直子さんがね。どうして、こうして」と、話しかけていたら、{直子さんって、だれ?」と主人が言うのでした。そういえば直子さんと言う知人は、我が家にはいろいろ有って、彼がどの直子さんについて、私が話しているか、迷ったのもわかります。

 でも、私は13日の外出前に、ちゃんと、「山崎直子さんの講演を聴きに行きますよ」と、断って出たので、結構驚いて、「あら、いやだ。直子さんって、宇宙飛行士の山崎直子さんのことよ」と答えました。が、すぐ、『ああ、そうか、外部の人には、このなれなれしさは、違和感があるのだな』と気がついたのです。実は山崎直子さんと、私は高校が一緒です。

 御茶ノ水女子大付属高校の先輩と後輩の関係です。その高校は、規模が小さくて、かつ卒業生が、鎌倉にはたくさん住んでいます。それで、同窓会活動が鎌倉支部では、盛んであって、直子さんは、私以外の卒業生からも「直子さん」と呼ばれる存在なので、つい、その癖が自宅でも出ました。それを聞いた後で、主人が、「そうか。お前の言った事はそっくり、同じことが日経新聞に出ているよ」と言うので、やっと、四日後にその記事を読んだのでした。そして、直後の古新聞回収にすでに、出してしまってあります。

 読むと確かに、違う話もありました。中学校時代の先生との交流は、鎌倉の講演会には出なかった部分です。山崎直子さんは、中学時代の先生に大きな影響を受け、またその先生が、すでに亡くなっているので、余計に思い出が美しく感じられるようでした。
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副題3、『山崎直子さんは、鎌倉市内では、リラックスしている模様だ』

 13日の方ですが、山崎直子さんは、とても、リラックスして話を進めました。今、彼女はJAXAをやめ、政府の宇宙専門の広報担当者として、全国を講演をし歩いているみたいなので、お話にはなれていると思われました。が、それ以外にも理由があって、、彼女は今は、鎌倉市民なのでした。それは、私は、今までは、知りませんでした。

 特にお子さんが二人有って、小さい方は、保育園に行っていて、大きい方は、横浜国立大学の付属小学校に、通っているとの事です。

 鎌倉にすむ女性にとっては、生活する上で、二つの依存すべきと言うか、そこに集合すべきと言うかの柱があります。ひとつが婦人子供会館であって、もうひとつが、横浜国立大学の付属・鎌倉・小学校と付属・鎌倉・中学校です。私のおじは、そこを、戦前に出ていますが、私は、最近の30年間で、鎌倉市民になった人間なので、子供も、自分も付属、鎌倉小学校とか、付属鎌倉中学校とは、縁がありません。尚、私のブログに良く出てくる藤本夫人も、この付属鎌倉小学校、または、中学校で、PTAの会長をしていたそうです。

 神奈川県には、旧制の師範学校が、男子と女子と二つあり、それぞれ、所在地が分かれていて、男子が鎌倉、女子は、横浜本牧の方にあったのです。私は女子の方の付属中学を卒業しています。だが、そちらの中学校も本牧の立野から、弘明寺(旧制でいう工学部があったところ)に引っ越しています。
 ところで、ちょっと話は変わりますが、鶴岡八幡宮の東隣に、旧制時代から建っている寮があって、そこで、高歌放吟する男子学生が、私が引っ越してきた直後1980年代から、1990年代までには、まだ居て、それが、真夜中、八幡宮を通り越して、聞こえてきたものですが、今は、取り壊されています。

 そういうわけで、山崎直子さんは、この鎌倉に、たくさんの、ママともが居るわけでした。で、それもあって、とてもリラックスした話しぶりだったのです。
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副題4、『売るつもりの元の家で、チェーンソーを振り回したので、睡魔が、ここで襲ってきた』

 ここで、2300字です。ところで、これではあまりにもつまらない文章ですよね。すこし加筆をする予定がありますが、今は、できず、お待ちくださいませ。昨日北久里浜で、植木の剪定と言う重労働をしてきたので、その疲れが、今頃出てきています。恐れ入りますが、お待ちくださいませ。

そこは、30年前まで住んでいた家で、今から売ろうとしているのですが、30年間、そこに賃貸物件として住んでいた人たちが、植木の手入れをしてくれていないので、まるで眠り姫の城状態になっています。

 しかし、私にとっては、今住んでいる場所では無いので、脚立が無いのです。チェーンソーは、鎌倉から、リュックサックに入れて、もって行ったのですが、脚立が無い。それで、割れたブロックを二つ積み上げて、足場を作ったりして、その上で、チェーンソーを振り回したのですよ。チェーンソーって、普通でも、危ないものなのです。それを足場の不安定な場所で振り回すわけですから、信じがたいほど、疲労してしまいました。

 なぜ、主人に任せないかと言うと、主人は「その剪定は、買った人に任せればいい」という考えです。そこは、きれいな形の60坪なので、建売物件を作る目的で、買う人(不動産会社か、工務店)が居たら、植木類はたとえ、5mの高さがあろうとも、すべて、ブルドーザーで、古家とともに伐採をされてしまうのだから、今、持ち主側が切る必要は無い」という考えです。だが、私は売る側として、できるだけきれいに、見えるようにしたいのです。

 だからがんばっています。もちろん、業者に任せれば簡単ですね。だが、木持邸を買い損ねた、件で、小額とはいえない違約金をとられていますので、ここは20から30万円は、節約しようと、決意しているのです。
 この間まで、その物件を含めて、合計40件の物件を見続けてきたわけですからね。そのシヴィアな目から、見ても、美しく見えるように整えたいのです。

 ブログを、2300字で中断するなどめったに無いことですが、今日は、ここで、恐れ入ります。
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 で、10時間寝て、以下を加筆をさせていただきました。

副題5、『山崎直子さんに、誕生星座を質問してみる。彼女は、山羊座生まれです』

 婦人子供会館に、山崎直子さんが、所属する資格があると、私は、言っていますが、直子さんは、今のところ、JAXAは、辞めたものの、政府の広報マンとして、100%のキャリアウーマンらしくて、実際のところ、婦人子供会館に足を運ぶのは、講演者としてスピーチをする場合だけでしょう。それが、この2013年は、4月と、6月と二回あったわけです。
 一回目の4月は、お茶大付属高校の卒業生の資格で、お話をして、二回目の6月は、付属小学校PTAの会員の資格で、お話をされたのです。両方重なって出た人は少ないはずです。が、お話の内容は同じだったと思います。
 私は4月の方に出席の資格があったので、申し込んでいたのですが、実際には、出席できなくて、ほとんどあきらめていたのですが、「二回目のほうに、まだ少しあきがあるので、どうぞ」と、言うお話があり、二回目に参加させていただきました。

 私は講演と言うものは、聞いていないように他者には、見せていながら、非常に深く聞く人間で、主役を恐れ入らせるほど、内容を深く把握した上で、質問をするのを趣味としていました。いえ、趣味と言うのは語弊があります。むしろ、本当のことを言って、生きがいとしていたといったほうが正しいです。

 それは、いつも言っているように、鑑賞するよりも、創作する方が、よいと言う信念があり、聴衆として、講演を聴く場合は、鋭い質問をするのが、創作に当たると考えていたからです。
 ところが、これが女性だけの集まりでは、なかなか、厄介な事らしいのです。目立ちすぎるとかあってね。それで、先輩たちに、疎まれた過去もあります。ここで、先輩と言うのは、学校時代の先輩も含まれるが、ある組織とか、団体があった場合、先にメンバーだった人と言うのも含まれます。

 団体展を構成する美術団体など、特にそうでした。あ、大変な苦労をそこでもいたしましたね。ただ、こういう苦労は、学ぶことを大切に思う、ある一定以上のレベルの女性にとっては、誰にでも訪れる苦労のひとつです。

 だけど、疎まれても、嫉妬されても、私は、講演を聞くというのは、そういう風にしたほうがいいという信念があって、長らく鋭い質問を放つ人ではありました。

 ところが、今回の山崎直子さんの講演に関してだけは、そういう従来の方法を取りませんでした。これには政治的な深いわけがあるのですが、それとともに、年を取ってきたということもあります。

 まだ、40代の直子さんは、本当にぴちぴちとしていて、若いです。それに比べれば、70歳の私は、残念ながら、見かけも中身も、本当におばあさんです。で、功を譲るという気持ちが深く沸いて、

 いつもの信念をはずした、すっとぼけた質問をしました。まるで、馬鹿みたいな質問です。

 「直子さんは、星座はなんですか?」と。山崎直子さんは、東大の宇宙工学科を卒業して大学院も、同じ科目で、研究を続けた、科学者です。占いなど信じない人でしょう。そういう人に向かって、西洋星占いで言う、星座を聞いてみるとは、本当にばかげた質問です。

 でもね。『それを聞いて、彼女が眉をひそめることは無いだろう』という、確信を持っていました。それ以前の、一時間の話から、彼女が相当に多面的な人であり、いわゆる練れた人であることを知り始め、この質問を馬鹿にすることは無いだろうという、確信があったのです。ただ、聴衆はどよめきました。『ちょっと、はずしすぎではないの』と言う無言の批判は感じましたね。

 しかし、彼女は、私の予想通り、嫌がることも無く、すぐ、「山羊座です」と答えてくれました。で、私も瞬間的にフォローをして、「そうですね。準備期間のことを考えると、山羊座さんで、なるほどと思いました」と、一種のほめ言葉をささげました。

 と言うのも華やかに見える、成功(宇宙へ実際に飛び立って、しかも、無事に帰還をした)の影に、9年間の待機の期間をはじめとして、種々の不安や懸念を持ちながら、ただ、ひたすら耐える時間もあったというお話でしたから。

 東大を受験するという勉強方法も忍耐の塊が、必要だと、皆様ご存知でしょうし。
 さて、この文章は、次の、文章、
山崎直子 → 宇宙工学 → 中谷家 → 私のアジサイ畑欺もう事件被害 
 へ、続きます。今、そちらの方を、整理推敲中です。で、そちらは、いったん引っ込めておきました。と言うのもそちらは、大変に内容が重いものとなっています。だが、自分にとっては、書くことの必然性がありますので、書きました。そして、それは、従来では、書いたり公開する時に、邪魔されるはずの文章なので、一気呵成に初稿を書き、妨害をされないことを目的にして、すぐ、公開してます。だが、それだけに、整理推敲するのに、時間がかかります。
 後刻(または、後日)の再アップをお待ちくださいませ。
   2013年6月19日に初稿を書き、22日に推敲を終える。

      雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)

 なお、このブログの2010年から数え始めた延べ訪問回数は、1674119です。
コメント

小栗上野介。幕末の緊張度は、03年で40代だった鄭義信には、解らないだろうし、語って欲しくもない△

2013-06-16 19:14:26 | 政治

 今は、19日(水)の午前二時です。推敲を終わりました。ので、高齢の△印をタイトル右側につけ、署名と日付も入れて置きます。

 ところで、軽い逃避のつもりで書き始めたNHKドラマ批判が、大変大きな政治問題に発展してしまいました。それは、当該のドラマが、2003年の一月三日にお正月特番として、放映をされたことを、次の日に知って、かえって問題が大きくなってしまったからです。私に言わせれば、そのドラマは、その日に放映をされたがゆえに、大きく政治問題化したのでした。

 本日のタイトルは、相当に戦闘的ですが、理由は、そのドラマで、ハウステンボス内の、オランダ屋敷がロケ地として、多用されているのに、違和感を持ったせいでもあります。小栗上野介が、そんなお屋敷で、設計をしたり、思考をしていたはずが無いのです。

 それは、日本に居ても、オンドルで、育った鄭義信(チョン・ウィ・シン)氏の知らない世界であり、だからこそ、こういう脚本を作って、その国籍不明性に、逃げたわけでしょうが、毛利藩の上士の家の子孫として育った私には、まったくいただけないところでありました。そのほか、ロケ地の問題以外にも、精神面の描き方に、徹底的に受け入れがたい、部分があり、それを、これから問題にしていきたいと思います。

 小栗上野介と、鄭義信(チョンウィシン)氏の関係者で、このブログに初めて入った方は、このブログには誤変換が大変多いということに驚かれると思います。それは、私が妨害を受けながら書いているがために、メモ部分が書けた段階で、すぐ公開(アップ)する主義であるからだと、お断りをしたいと思います。夜10時までに前半部分の推敲を果たしてあり、加筆はすべて終えました。が、その後半部分にはまだ、誤変換が残っているかもしれません。お許しくださいませ。
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副題1、『鎌倉懸案を脇においておきたくなるわけは?』
副題2、『幕末の江戸政府の官僚は、能吏が多かったが? 気の毒な人生を終えた人物が多い』
副題3、『だんだん、時間が経つにつれて、私には、腹がたってくるNHKBSプレミアム内のドラマ・・・・・またもやめたか、亭主殿!』
副題4、『この時点で、このドラマが再放送であることを知る。初めて。・・・・・驚愕するが・・・・・』
副題5、『そういえば、今朝の鎌倉は、うるさかったね』
副題6、『土地を探している事は、敵には把握されきっていた。それは、わかっています』
副題7、『02年といえば、瀬島龍三も、山本正氏も、成田豊氏も生きていたでしょう?』
副題8、『崔洋一監督と、伊藤玄二郎、井上ひさしの関係は深い模様だ』
副題9、『2003年とは、このころから、確実に、勧告やら、在日を日本やら、日本人の上に置くというコンセンサスができていたことを、このドラマは、証明している』
副題10、『映画、<月はどっちに出ている>に出てくる、朝鮮総連系・青年の家のインテリアは、上流武士の家のインテリアとはまるで違う』
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副題1、『鎌倉懸案を脇においておきたくなるわけは?』

 私にとって、書くことして、
 鎌倉懸案が残っております。だが先週からNHKBSプレミアムで、小栗上野(こうずけノ)介を主役にした岸谷五朗のドラマが始まっています。
 
 今は、豊島屋の社長が、由比ガ浜の命名権を1200万円で買ったという問題の続きを書かないといけないのですが、それが、エネルギーを必要とするのです。どこまでのパーセンテージで、わかっている事を曝すかの、塩梅を考えると頭が痛いですね。人権侵害、盗聴、手紙も盗まれている・・・・・そういう事と、今書いている事はすべて連動しています。非常に暗い話なので、書く方も疲労困憊してしまいます。
 
 私が暗い性格なのでは、ないのですよ。じゃあなくて、こういう謀議を、企画する、伊藤玄二郎と、井上ひさし(まだ生きています。表向きは死んだことにして、実際は、地下潜行しています)の、『絶対、裏側は、ばれないはずだ』と、信じながら、自分たちが、頭がいいと、思って、作りだす、その真実の性格が暗いのです。

 そう言えば、私は、二人がどんなに、暗い性格であるかというホーム頁の文章を読んだ事がありますよ。伊藤玄二郎については、『どうしてか、鎌倉春秋社に勤務している人の間に、ノイローゼが多発する』というのを読んだ事があるし、井上ひさしについては、『前夫人(通称、西舘好子で、タレント活動をしていた時期がある)を、離婚に追い込む際に、相当の工夫をして、そちらに、財産分与をしない方法<<<<<若い部下と、いわゆるセクシャルな関係が、できる様に、陰ながらのおぜん立てと言うか、追い込みをしたらしい。その一助としてDVもあったはず>>>>>を考案した。やはり、作家とは、恐ろしいところがある』と、書いているホーム頁を見た事があります。

 それらを、コピペして、今、ここに、提示する事は出来ないものの、私の周辺に起きる事象の心理的な概念というか、基本コンセプトは、すべて、その様な、表向きには、いつも逃げられるような体制が整っているが、裏に回って、その本質に迫れば、持って回った隠微な形である事が常であり、その裏側には、暗い悪意が秘められた形なので、すぐ、彼らの案であることが、ピーンと来るのです。それらを、鎌倉だけで、500回以上、日本全国合わせて、NHKニュースで知らされる、諜略的ニュースが、500回以上というぐらい経験しており、パターンは見え見えに読めるのです。

 しかし、それらを解説して行くと、こちらが、ただ、ひたすらに疲れまくります。

 そこにおあつらえ向きにこのドラマが、放映をされ、それを、逃げ口上に、今夜も軽く、ジョブだけで、済ませておかせてくださいませ。
””””””””””””””
 といっても、一般の人のブログに比べれば、徹底的に重たいとは思います。相当な深さで、在日の文化人が映画界、およびテレビ界を牛耳っていることの忌まわしさに触れていきます。と言うお断りを入れて、元へ戻ります。
””””””””””””””」
 と言うのも、そのドラマの妻役が、女優の中でも、大好きな方の稲盛いづみさんが、演じていますので、ブログを書くと言う、義務を、放り投げて、そのドラマを見たりしています。それについて書き、そして、例の横須賀米軍(現在はそうなっているが、旧日本海軍の基地でもあった)の真上にある、危うく買いかけた木持邸について、再び、思いをはせるのです。
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副題2、『幕末の江戸政府の官僚は、能吏が多かったが? 気の毒な人生を終えた人物が多い』

 さて、幕末の幕臣の中には、相当に洗練をされていて、政治的な義務感も強い、優秀な官僚が何人も生まれたのですが、みなさん、不幸な結果に終わっています。とても気の毒で理不尽な事です。

 ただ、その中で、小栗上野介だけは、公園の名前として、今、横須賀に、残っています。と、言っても、グーグルの地図では、ヴェル二ー公園として現れています。別に小栗上野介公園とは、名づけられていないのです。ヴェル二ーとは、小栗と共同で、横須賀第一ドッグを作った、フランス人技術者です。

 ただ、ヴェルニー公園のバラが植わっているプロムナードを、南に向かって300mぐらい行ったところに、小栗上野介の胸像があります。

 今丁寧に、小栗上野介・胸像と言うキーワードで、グーグル検索をしたところ、小栗上野介の胸像の初代作は、朝倉文夫が、作っていて、戦前は、横須賀市民に、とても大切にされたそうです。ただ、それは鉄製であったために、戦争で、供出せざるを得なかったそうです。気の毒な事ですね。
 ただ、一つだけの救いは、残念に思った、誰かが、その、型をとって、セメントで、複製を作っていたそうです。それは、群馬県、倉渕町権田の東善寺に移動をして据え付けられているそうです。

 とても、やわらかな、やさしい顔をした胸像です。

 それを再現すればいいでしょうが、横須賀の方は、新たに、芸大教授N氏にお願いをしたそうです。戦後は、数十年間、軍国主義の再現をはばかって、忘れられた存在だったでしょう。別に小栗上野介は、第二次大戦には関連していないのですが、・・・・・

 でも、ひそやかにもバラに囲まれて、横須賀の海沿いの公園で、対岸の米軍基地を見守っている事と、今はなっているようです。そこに、彼の建設した横須賀ドッグ、第一号が存在しているからです。でも、米軍基地の開放日しか、そこを訪れる事は出来ないことと、今はなっています。

 悲劇の人は、東郷元帥に、日露戦争時に、「日本海海戦の勝利は、小栗上野介のおかげである」と言わしめたのに、第二次大戦の敗戦で、また、もう一回大衆から忘れ去られる、憂き目にあい、また、世情が落ち着いてきて、とても、ひそかな形ですが、2度目として、復活しています。

 そして、その胸像を、真下に見る丘の上にあるのが、660万円で売り出されていた木持邸です。

 そこには、さらに後日開発をされた浦賀ドックへ向かう、黒船来航以来開かれた浦賀古道という街道があります。幅2m以下。だが、車の発展していないころの日本人にとって、それが、適切な道だったのでしょう。
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副題3、『だんだん、時間が経つにつれて、私には、腹がたってくるNHKBSプレミアム内のドラマ・・・・・またもやめたか、亭主殿!』

 そのドラマですが、岸谷吾朗が、主演して、脚本家が、鄭善信(チョン・ウィ・シン)です。その岸谷吾朗ですが、最近改名したのか、それとも、wikipedia は、正しくないときもあるのか、名前が五と、数字の漢字に、なっています。

 で、このメンバーは、崔洋一監督が『月はどっちに出ている』を制作した時のメンバーなのです。すると、政治的に、非常に深い部分で、推察できることがあります。

 ただし、それが本文の独自にして、深いところなのですが、初めて訪れた方があるといけないので、それを述べる先に、映画『月はどっちに出ている』への、クリティークと北朝鮮帰還者を身内に持つ、朝鮮総連系の在日の人々の苦悩を述べましょう。
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副題4、『この時点で、このドラマが再放送であることを知る。初めて。・・・・・驚愕するが・・・・・』

 ここまで、書いて、このブログは、3500字です。この時点で、推敲中に、一応、鄭義信氏のwikipedia を2度目として、確認しました。一度目は、彼が、実際は何歳であるかを知りたかったからです。現在57歳の鄭義信氏に幕末の、緊張感を語る資格は無いと思って、それゆえに、年齢を確認したかったのでした。

 そして、私はwikipediaを、あまり読まないほうなのです。実はトルコのエフェソスと言う大きな遺跡の中で、立花隆と、たった二人だけの人として出会ったことがあり、

 彼がトルコ人をあまりにも、馬鹿にしてののしるので、驚いて、「あなた、ここには、マリアの墓があるとの伝説があるのですが、知っていますか? その程度の勉強をしておいてから、トルコに入らないと、何も見えないでしょう」とたしなめ気味に言ったら、彼が、「僕はライターだから、先入観は排除したいのだ」と怒鳴ったのです。そして、スケッチをしている私を置いて、彼のほうが先に出口に向かったのですが、そこに、私を迎えに来た、わが夫がさしかかりました。立花隆は、今度は口を極めて、「生意気な日本人の女が居た」と、今度は私のことを、私の亭主に向かって、きわめて強く、ののしったそうです。(笑)

 そのときは、海外旅行をするのに、地球の歩き方を読みなさい』と言う意味で言っているわけではなくて、「APOSTLE」(12使徒伝説にまつわる小説、未翻訳、)とか、イーリアスを読了している私には、トルコは、きわめて興味を引く文明豊かな国家であり、毎日が楽しくてならないたびだったのに、立花隆にとっては、軽蔑だけを、もよおした国家だそうです。

 これが、最近の猪瀬知事の、トルコのイスタンブールを、けなす発言などにつながっていくのでしょう。二人が友達だか、どうかは知りませんが、文化人、特にライターとは、日本国内においても、庶民を小ばかに仕切っているし、後進国(それは、現在における経済状況をさすだけで、2000年前は、トルコもイランも、日本よりも米国よりもはるかに高い文明度を誇っていたわけですが・・・・・)に対しても、きっと、馬鹿に仕切っているわけです。

 で、お金が儲かっているライターとは、威張っているものだと思いましたが、お金が儲かっていない私も、wikipediaは、事前には、読みたくないものだと思っているわけです。
 で、誕生日だけを見て、一回目は終わったのですが、NHKオンラインが、このドラマの詳細をすでに載せていないのです。これには困りました。石橋蓮司氏について、彼の思想性(と言うのもレオスカラックスの驚愕すべき反日映画、TOKYOの第二部に、かれが出ているからですが)確認したいことがありますので、彼がこちらのドラマにも、出演していたかどうかを確認したかったからです。

 ところが、放映が済んでしまっているからか、それとも、私が批判を開始しているからかはわかりませんが、NHKオンラインに、このドラマの、情報が一切無いのです。それで、仕方が無くて、今度は、鄭義信ではなくて、このドラマのwikipediaに入ってみました。
 すると、驚いたことに、これは、2003年の1月3日に放映をされたお正月特番だったのです。

 それで、ひときわ甘かったのでした。痛切な悲劇の人小栗上野介をテーマにしながら、ひたすら甘かったのです。そこも、許容できない展ですが、さあ、どっちへ向かおう。言いたい事は山ほどあるが・・・・・
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副題5、『そういえば、今朝の鎌倉は、うるさかったね』

 で、私が、「このドラマが再放送であること」を知らずに居たことも間違いでした。が、一番の間違いは、今回、ちょうど、この近辺で、土地を買おうとしていて、買えなかった悲嘆にくれている(笑)時期を狙って、さらに、悲しい思いをさせるように、急遽制作をされたという文言です。ただし、再放送は、そういう向きがありますね。それは、確かでしょう。

 しかも、間違った部分を入れ込んでいる、初稿を書き上げてから、15時間も気がつかなかったわけです。それを敵陣は、大喜びをしているわけです。その大喜びが、山ノ下から伝わってくるのです。音として。

 今までの経験上、どういう意味を成すかが、すでに、わかっている音と言うのがあって、そのうちの数種類は、『彼らが勝利の雄たけびを上げている』と私が密かに命名している、種類の音であり、それが、午前中、三回ぐらい聞こえたのでした。

 彼らが、『自分は負けた。すごい真実を雨宮舜にばらされてしまった』と思っているときは、鎌倉市内は静かです。が、ここに、こういう風に書くと、やがて、勝っているときも、負けているときも騒音が激しくなって、松尾たかし市長は市長職を失うこととなるやも知れません。まあ、それもまた、一興ではありますが・・・・・
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副題6、『土地を探している事は、敵には把握されきっていた。それは、わかっています』

 私が、横須賀で土地を探すつもりなのは、自宅で、at home とか、Homes と言う、ネットの住宅検索頁を開いているので、彼ら、敵陣はわかりますね。
 
 また、外出する際には、禁煙監視員というのが、小町通りを、向こうから歩いてきます。まさしく、タイミングを狙って。
 それは、自宅が盗聴をされているので、夫に向かって「外出しますね」と言う断りを入れますね。それから、こちょ、こちょ、支度があって、実際には30分後ぐらいに外出します。だから、どこか、たまり場を用意して飼っている、そういうシルバー世代の男性を、タイミングよく、駅方向から、小町通を北に向かって、歩かせるわけです。彼らが、『自分たちは今勝っている。ここで、さらに勝ちたい』と思っているときは、その老人たちが、4人も動員をされて、しかも、必ず、一列横隊で行進することと命令をされているみたいです。敵様は、道幅いっぱいに広がっている制服の老人たちに、脅かしの効果があると、みなしているみたいですが、私は、今自分が書いているものが、正しかったとみなすこととしています。彼らは、私が正しいことを書けば書くほど、恐怖感にさらされるらしくて、

 そういう時期もまた、しゃにむに、ガードマンを配置するのです。
 まあ、安野氏が、通告をするのだろうと推察をするわけは、昔、夜ですが、その下を通る私の頭の上に、水をぶっ掛けたからです。しかも、タイミングよく成功するように、別の家の、素朴極まりない、お嬢さんをスパイに仕立て上げて、彼女の携帯を使って連絡をさせたのでした。その、同じベランダから安野夫妻が、監視していて私の外出をしかるべきところに上奏をしているのかもしれません。
 または、鶴岡八幡宮の駐車場の、監視員に偽装した、ブルーカラーとしてのエージェントが、我が家がある山の下で、私が外出するのを、見ているのだというケースがあるのも感じます。

 どちらかでしょう。だから、禁煙監視員が、800mはある小町通りを向こう側から、実にタイミングよく、歩いてくる。

 また、京急を利用して土地探しをした後で、その久里浜駅から、JR横須賀駅に、移動をする際に、必ず、JR横須賀駅に、JRのガードマンがいるのです。これも、「お前の、居所を知っているぞ」というサインです。鎌倉駅でさんざん過去に、使われてきています。または、横浜駅や、大船駅で、使われてきています。
 また、日によっては、京急汐入駅から、JR衣笠駅へ向かうバスを使いました。

 すると、そういう日は、JR衣笠駅に、JRのガードマンが待っているのです。(苦笑)

 だからこそ、熱海市長の異常な杭が、熱海市の下多賀と言う農地に、埋められていて、110坪で、380万円と言う土地であっても、買っても、何の家も建てられないという事を知るのでした。
 その土地は、美的センスの高い、世田谷区の不動産会社の社長さん(立教大学卒だという)の持ち物だったので、『は、ハーン、裏で、伊藤玄二郎たちが、酒井忠康氏のコネを利用した可能性はありますね』と思ったことです。

 と言うのも、美術館のオープニング・パーティと言うのは、現代の社交場なのです。中流の上のクラスの人、または文化人が集まる場で、世田谷区なら、そこのパーティこそ、世田谷区のセレブが集合する場所だからです。田園調布だけは、世田谷区ではないものの、下北沢、用賀、等々力などの、高級住宅街に住むセレブが集まる場が、世田谷美術館のオープニングパーティでしょう。その土地は三方に他人の家が無い風光明媚な土地でしたが、もし買ったら、激しいストレスに見舞われて、ほぼ、死ぬところだったでしょう。だって、農地の宅地転用はせねばならず、その直後に家を建てねばならず、しかも、その家は、熱海市長の異常な杭のために、立たないわけですから、悶絶せんばかりの苦しみを味わわされたはずなのです。

 つまり、常に脅かされていたわけです。

 何度も言うように、私は何も悪い事をしていません。ただ、アジサイ畑欺もう事件という形で、10坪以上の土地を近隣の3人の主婦、安野夫人や、故、石川和子さん、前田清子夫人に奪われています。三人が、藤本夫人という方と大ゲンカをした結果として、引っ越してきたばかりの私が、土地を、盗まれてしまったのです。理不尽極まりない形です。
 しかも、石川和子さんは、元愛人だと自ら言う、伊藤玄二郎の虎の威を借りている人間で、断っても、断っても、子猫だったがゆえに好奇心が、旺盛な我が家の猫(これは、雑種なのですが、不思議なほど、頭の良い、魅力満載の猫ではあるのですが、)を、自宅に入れ、

 そのトラブルの挙句、猫に嫌われてしまいました。自分たちが、大声で怒鳴るために、我が家の猫がびっくりして隠しているつもりなのに、その家から逃げ出してきて、大恥を書いたのです。

 私の猫が、私の方をより慕った事に、逆上して、警官を呼んだのです。私は、何も悪い事をしていないので、警官には、「あそこの旦那に、奥さんを叱ってもらうように、旦那に、頼んでください」と命令したのでした。全国で、大事件を見逃し続けている警察が、こんな簡単なことで、出動して、しかも、被害者の私をそのだんなにしかってもらうために、だんなに会いにやってきたのです。

 自分の方が猫を盗み続けている側の味方をして。そんなばかげたテーマで、しかも、法律用語を使うのが大好きな石川和子さん並みに言えば、窃盗を、土地と猫の二重にわたって、28年間、猫については、数百回、また、土地については、毎日、数回そこを見ますので、30000回以上嫌な気分にさせられるという経験を押しつけている加害者側の見方をして、警官が、被害者側を脅かしに来たのですよ。

 しかも、私は車の運転免許も持っていないし、車そのものも持っていないし、この山には絶対に、車など入ってこないのに、警官は交通事故の調書を取ってまで、やって、脅かし続けたのです。なんという忌まわしさ。そして、低級さ。

 そんな山(=ご近所)の状況にもかかわらず、

 安野家は、『警察官立ち寄り所』云々という青い看板を門前に、つけ、前田家も同じものを門前に置いて、威張っているのです。安野家など、門の真ん中にそれを張り付けている時期の写真がこちらには、あります。探せば出てくるけれど。でも、さすがに最近は、その青い看板を、左の隅に寄せて、植木で見えないようにしていますが・・・・・

 こんなおかしい事は、伊藤玄二郎が、国際的軍産共同体のエージェントであり、警察庁は、その手下となっているのだと、仮定すると、つじつまが合ってくるのです。

 だから、私が鎌倉近隣被害について、口を酸っぱくして語る事となります。そういう事によって、やっと、この国の政治を真っ当な方向に、戻すことができるのです。ほんの少しですが、全うな方向へ戻すことができます。繰り返し出てくる安野夫人、前田夫人、そして、故石川和子さんは、非常に大切な、日本・政治・分析用、キーワードなのです。
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副題7、『02年といえば、瀬島龍三も、山本正氏も生きていたでしょう? 成田豊氏も生きていたでしょう』

 鄭善信(チョン・ウィ・シン)と言う脚本家が、ユーモアを理解する人である事は知っています。だが、従軍慰安婦問題で、在米韓国人が、アメリカで、散々日本人の悪口を言っている現在です。

 そして、日本でも、日本人を軽蔑しまくっている、あの韓国と、(もしかすると、北朝鮮をも)大切に思う在日の人間です。鄭義信氏が、非常に演技が上手であることも認めます。顔が美形ではないので、天は頭の良さと、演技の才能を彼に与えたのだと思います。

 だけど、名前の上でもカミングアウトしているし、母国を裏切る事は無いでしょう。だったら、そういう人に、日本海軍の根本的礎を築いた、ひとの、ドラマを作って欲しくは無いです。

 しかも、これがお正月番組だったと知っては、それも驚天動地のことです。小栗上野介の人生はお正月に語るべきものとは思えません。新政府軍から、その有能さを嫌われて、死罪を賜っているのです。それ以前も苦労の連続です。その人生とは哀切極まりないものです。それをお正月に放映するとは、何たる冒涜でしょう。日本人にとって、お正月とは、すべてを一新して、明るい気持ちになる日です。

 気の毒な人生である人を、おめでたいお正月に語るなど、言語道断です。日本をのろい、日本人をのろう発想から、この主題が選ばれたと見てもいいのです。

 いくら部分的にユーモアが含まれていたとしても、このテーマで、お正月の特番を作るとはひどい発想です。

 主人公の描き方も、勝海舟の描き方も、斜に構え過ぎています。ひどいなあと思います。地上波で、これが放映されたら、必ず、反発する人が出てくるでしょう。待っていましょうね。
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 この部分が、大間違いでしたね。つまり、これは、2003年のお正月にすでに、地上波で、放映をされていたのでした。
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 ただ、日本のお若い方が、小栗上野介の名前そのものを知らないという可能性があるので、それが情報として広まる事は、日本人の文化的レベルが上がる事なので、それはいいことですから、このドラマが制作されて、放映された事はマイナスだけではないのです。
 で、目くじらを立てる事もないのですが、

 ちょうど、それが、出来上がり、放映が決まったころ(この部分が特に、間違っていたわけですね。2013年にできたわけでは無いから)を狙って、パソコンを壊し、
・・・・・・その破壊方法ですが、非常に高度なやり方です。昔は、右下隅に、画面の6分の一ぐらいの、小さな画面で、パソコンが脆弱になっていますという警告画面が出て、文章を砂金進めなくさせるという作戦だったのが、
 画面全体にまっかな、△印の警告が英語で出るという形です。その目的が分かるから無視をし始めていますが、それでも、一回ブログを完成する間に、50回程度それが出て、しかも出るたびにダウンロードを求められるので、2分か、3分中断させられます。でも、見え透いた、妨害です。本当に笑っちゃうほどで、近々、また片山容疑者の件を蒸し返さないといけませんね。

 片山容疑者とは、私がパソコンの被害を訴え、それを、起案している人間の固有名詞を推察としてあげた後で、逮捕され始めた人間です。不思議な事件です。だから、裏に司法取引があって、彼は無実なのに、わざと逮捕されたのではないかと思ったほどで今の様な被害も、その同じ人間(なんと、大学時代の同級生である可能性が強いです)が、アプリを考え出している可能性が高いですから、もう一回そこを繰り返さないといけないかもしれません。・・・・・

 そして、このドラマの陰に、起案者として、井上ひさしと、伊藤玄二郎がいて、「お前が、横須賀のどこかを買おうとしている。その木持邸の真下にあるヴェルニー公園に関するドラマを放映してやるさ。そうしたら、また、お前は、私たちの威力を知るだろう。逆らうなよ。お前、われわれは権力を握っているのさ」と、言っているのでしょう。

 ここに書いている直近の4行も間違っていましたね。ただ、今再放送をした動機は、上のようなものだったと推察しています。
~~~~~~~~~~~~~

副題8、『崔洋一監督と、伊藤玄二郎、井上ひさしの関係は深い模様だ』

 崔洋一監督は、NHKの番組内で、お若い日本人に暴言を吐いて恫喝した後で、伊藤玄二郎と組んで、鎌倉市、川喜多映画記念館で、講演をすることなどで、自分をマネーロンダリングしてもらっているので、伊藤玄二郎とは、非常に親しい間柄だと言えるでしょう。

 伊藤玄二郎は、私のパソコンを然るべき組織やら、人材を使って、壊してもらったという事を聞き、それにのっとって、種々様々な、さらに悪辣な仕組みを考え出したと推察できます。

 私が、木持邸(=所有者は、娘の木村光子さんであって、番地は汐入、5-53-27)に、気持が動きかけたのは、3月の下旬であって、契約の日は、4月12日でした。以下の4行のアンダーラインつきの文章はあれが、最放映であったとすれば、成り立たない文章と成りますが、あえて、残しておきます。

 その頃から、突貫工事でこのドラマの制作に取り掛かれば、十分に、6月の初めに放映をすることができます。レオス・カラックス監督が、映画「TOKYO」の第二部を撮影し終わったのは来日後、たった2週目だったそうです。銀座とか、渋谷という通行の多い場所でも、ロケしています。

 こちらのドラマ、『またも、辞めたか亭主殿!』には、重要なロケ場所としてハウステンボスが使われていますが、そちらは、相手がNHKなら、全面的に協力したと思われます。ここですが、大きな問題があります。その上、真剣さも熱情も見られないのです。

 どうしても、そのドラマから、香華は、感じられないのです。真っ当に作ったら、涙しとどとなる上野介の人生だったはずですが・・・・・ああ、・・・・・

 もしかして、「脚本の中に使いなさいよ。これを」と、鄭善信(チョン・ウィ・シン)に、当時は正式にも、生きている、井上ひさしがアイデアを提供していたとさえ、想像をしてしまいます。」だって、勝海舟が女好きであったという部分など、小栗上野介の悲劇を語るのに、1時間半以内で、入れるべきではないと思いますけれど・・・・・

 ともかく、日本人とか、日本文化をおちょくりまくっているから、普通の日本人、特に小栗を深く理解している、いわゆる青白い、インテリたちには、絶対に許容できないドラマでしょう。

 ところで、このドラマの制作の裏側については、すべては私の推察です。

  で、もし間違っていて、昨年中の、私がまだ、不動産に興味を持っていなかった時代に、計画が始まったと、したら、今度は、こういう風に言いたいです。

 私って、本当に巫女みたいに吸い寄せるんですよ。NHKのテレビドラマでさえ、引き寄せるのですから。
・・・・と、言って周辺を煙に巻いておく(笑)
 
~~~~~~~~~~~~~

副題9、『2003年放映とは、このころから、確実に、韓国やら、在日を日本やら、日本人の上に置くというコンセンサスができていたことを、このドラマは、証明している』

 いや、私は、このドラマがお正月ドラマとして放映をされたと聞いて、震撼しました。私は小栗上野介のファンです。私だって、今迫害をされていますが、その原因は頭が良いことだけです。それ以外は何もしていません。小栗上野介も、々種類の人間です。
 毛利藩の上級職だったから、新政府側の人間だといっても、萩に残された人間たちは、明治政府の、良い部分の恩恵は何も無く、かつ、小栗上野介を、殺害した人間でもありません。

 だから、心から、小栗上野介のファンだということができますが、どう考えても、それから、どのようにユーモアをまぶそうとも、小栗上野介のドラマを、お正月に放映すべきではありません。それは、非常に暗いお話であり、おめでたさとは無縁の話なのです。切ない話ですし。
 こんなあくどい企画を通した当時のNHK会長は、もしかしたら海老沢氏でしたか? あの人は、退任のとき、職員たちに、花束を持って送り出された人物ですが、人当たりは良くても、NHKと言うものを、とんでもない組織に仕立て上げた人物ですね。困った人です。

 今何をしているのだろう。そして、氏を動かしたのは、
成田豊氏とか、瀬島龍三などの、私が今鎌倉エージェントと呼んでいる人物たちではなく、東京に在住しているエージェントたちでしょう。

~~~~~~~~~~~~~

副題10、『映画、<月はどっちに出ている>に出てくる、朝鮮総連系・青年の家のインテリアは、上流武士の家のインテリアとはまるで違う』

 このNHKの2003年放映のドラマ『またも、辞めたか亭主殿!』には、ハウステンボスで、ロケしたと思われる西洋風お屋敷が多数回でて来ます。それに、大きな違和感があります。和洋折衷の家に住んでいたかもしれませんが、それは、いすやじゅうたんの導入程度の、家具によるものレベルであったはずで、窓まで、洋風のインテリアである家に小栗上野介が住んでいたとは思われないのです。

 また、彼が示した各行動の、いちいちには、岸谷五郎が、演じた、武士の行動とは、まるで、違った側面があったはずです。岸谷五郎は、現代の日本の男優の中では、気骨を示しうる男性的な要素を持っている人間の方ですが、・・・・・でも、どうしても違和感が残る。ましてや勝海舟の描き方には大きな違和感が残る。

 でね。鄭義信が、大成功をして、日本全国的な規模の有名人となった、映画『月はどっちに出ている』の中の、朝鮮総連系の、青年の家のインテリアを思い出しましょう。それは、ずいぶん前の映画ですが、レンタルDVDはあるはずですし。鄭義信は、その映画の中での脇役と、脚本を担当しています。主役のその青年は、岸谷五郎が演じています。

 その青年を、どうして朝鮮総連系だと規定をするかと言うと、身内に、北朝鮮に帰還をした人間が居て、物を送ったり金銭を送ったりしないといけないという場面があるからです。

 彼が住んでいる家は、オンドルがあります。オンドルの上に敷いてあるのは無論畳ではありません。で、オンドルの向こう側の壁は、ブルーに塗られていて、(たぶん、素材はペンキであろう)、その壁についている窓は、小さくて、腰高のレベルが、日本の普通の民家よりはるかに高いです。
 それは、朝鮮半島が、日本より寒冷地であり、また、湿気が少ない場所であることを示唆しています。そこで、培ったインテリアや建築様式を日本に居ても、朝鮮総連系の若者は守っているのです。

 そして、身の回りに置く色ですが、多彩で、原色系が多いです。わびさびが優勢だった、江戸期の文化とは、色彩感覚が違います。

 美的な意味で、朝鮮系の文化の中で、育ち、学校(朝鮮学校)では、反日教育を叩き込まれる。
 鄭義信氏自身は、小、中学校は、どうなっているかは知りませんが、高校と大学は、日本人向けの学校を出ている人です。大学は同志社を中退との事。

 個性があって、頭がいいのですし、演劇が好きなら、大学の中退は問題がありません。

 彼について書かれた多数のネット上の文章を読むと、梁石日氏、崔洋一監督、鄭義信の三人が対談をしたときのエピソードが出ています。それを読むまでも無く、三人の中では、一番頭が良くて、かつ、個性も強くて、かつ演技もできる。才能豊かな人間です。

 ただし、知名度と容貌は、ヤンソギル、崔監督、チョンウィシンの順で日本人の間では、順番がついているでしょう。

 したがって、私は彼を嫌いでも何でもありません。むしろ、崔洋一監督などと比較をすると、ずっと、上等な人間だと考えています。

だけど、この人が、小栗上野介を正しく描く事は、できないと思っているし、お正月のNHKドラマとして、小栗上野介を選ぶ、周辺(特にNHK幹部)の悪意への批判も捨てきれず、種々さまざまな恐ろしいことが、現代日本に起きていることの、このドラマは、ひとつの証明であろうと、見ています。

 なお、このブログの2010年から数え始めた伸べ訪問者数は、1669135です。
 2013年6月16日に書き始め、19日に推敲を終わる。
 雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)

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子宮けいがんワクチンの、勧奨をやめるそうです。

2013-06-15 22:06:42 | 政治
 私は、本日、15日の土曜日は、読者様にサービスをせず、そのご推察に反して、全くパソコンには、接しませんでした。どうしてかというと、書き続けたことで、政治的に、一定の成果が上がったと思ったからです。



 それ見たことかと言ったり、ほら見た通りと、単純な雄叫びをあげる事は、好きではないのですが、

 それでも、子宮けいがんのワクチンの勧奨をやめるという成果が出てきたのは、嬉しい事でした。
 あのワクチンは、副作用が激しいという事で、反対して来ましたが、反対が、なかなか、実を結びませんでした。でも、忘れたように、何も発言をせず、ずっと、他の事、ただし、鎌倉の自宅周辺のことを、書き続けることで、このような日本全国に悪い影響を及ぼす悪策が、消えることとなったのは、うれしい事です。

 政府が勧めると言う事が無くなったのです。

 でも、ニュースとして発表された当時は、ほぼ、強制的と言う趣でしたよ。

 あのワクチンの大問題点は、不妊をもたらす可能性があるという事です。それなのに、数年前から政治の道具として、使われてきています。

 田村憲久、厚生労働大臣は、今回は出てこないで、別の女性(あまり、責任がなさそうでしたね)が、その嬌声投与をやめると言う事を述べました。しかも、前々から強制投与ではないという趣で。

 私はずっと、鎌倉近辺の、自分自身の周辺の事だけを、この数カ月書き続けていたわけですが、その陰で、子宮けいがんワクチンという、恐ろしいものの悪魔力はそがれたわけです。

 本当に良かった。それで、静かにしておりました。一日中。
なお、このブログの2010年度から数え始めた伸べ訪問回数は、1669135です。
   2013年6月15日   雨宮舜 (本名川崎千恵子)
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鳩サブレーで有名な、豊島屋さんが、1200万円で、由比ヶ浜の命名権を買ったですと?

2013-06-14 17:56:16 | 政治

 本日もツィッター方式で書かせてくださいませ。なお、これは、加筆をお約束していた、前報・・・・・
材木座海岸と、由比ヶ浜の命名権を、4800万円で売るのですって?
2013-06-13 03:14:43 | 政治 ・・・・・

 の後半部分を新しく、ブログを起こして書くものです。内容が書き抜けた順番に、タイトルを変えていくつもりです。

 最初の総タイトルは、「鎌倉・由比ヶ浜海岸の命名権を、4800万円で売るという39歳の市長は、何者?」としておきます。

副題1、『命名権というあやしい商売を、信じていない私』
副題2、『今季の鎌倉市長選では、筆頭人気は渡辺光子さんだったと思っているが、彼女はなぜ、落選をしてしまったのか。その原因をここで推察をしたい』
副題3、『え、39歳の市長が、由比ヶ浜の命名権を4800万円で売るのですか? その人物は何者ですか?』
副題4、『それを豊島屋(鳩サブレーで有名です)さんが、1200万円で買ったそうです』
副題5、『豊島屋の、前社長はとてもい方ですが、私は、別に、頼るつもりはありません。でも、それを、信じていないのが、伊藤玄二郎一派なのでしょう』
副題6、『その頃の私は、実は、オーラに満ちていたのです。それを言ってはおしまいですがね(笑)』

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副題1、『命名権というあやしい商売を、信じていない私』

 私は、昔から、広告というものをあまり信じていません。それから、商売の中で、実体のある商品を売っていない商売というものも信じていないのです。その最もひどいものは、炭酸ガス商法です。これって、一種のだましであり、それによって、また、日本からお金を吸い上げようという悪だくみだと思っています。

 そんな、壮大な仕組みは無いものの、最近、商売のタネになっている命名権というのも、いやらしい仕組みだと思って信じておりません。ただ、野球場で、ホームとして、そこを、使っている球団の親会社が、命名権を買って、その球場に、自分の球団の名前を付けるのは仕方がないかなあ?
 とは、思っています。

 しかし、ある日、NHKの地方ニュースで、鎌倉市では、由比ヶ浜、材木座海岸、もうひとつどこだかの命名権を4800万円で売ると、知らされてびっくり仰天です。

 「なんですか? それって」と、怒りに震えました。どうして怒ったかというと、それは、太古からそこに存在している自然物であって、そこに、新たな名前、特に企業名を付けるなど、言語道断の発想だからです。
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副題2、『今季の鎌倉市長選では、筆頭人気は渡辺光子さんだったと思っているが、彼女はなぜ、落選をしてしまったのか。その原因をここで推察をしたい』

 私は現在の鎌倉市長、松尾たかしという人物について、その日までは、一切を知りませんでした。年齢さえ知りませんでした。どうしてかというと、その人物は、江田憲司氏の秘書をしていたそうですが、別に、鎌倉駅頭で、、街頭演説をしているのを、聞いたこともないし、普段から街宣車を流すという事もなかったからです。反対に、長島一由という元テレビマンと言う青年は、常に、街頭宣伝車を流していて、知名度とか、露出度があります。

 その期の鎌倉市長選ですが、一般人の見るところ、市民ネットを母体としていて、法政大学の大学院を出ていて、かつ、仙台市で、市行政実務の経験がある、渡辺光子さんが当選するだろうと、大方の市民は思っていたでありましょう。私もそう思っておりました。

 私は、北鎌倉の浄智時を、活動拠点としている、匠の会(夜、二時間ぐらい会合があって、そのあとで、飲み会のあるプチ文化人の集い)で、渡辺光子さんとは既に、接していて、ちょっと、気張ったり意地を張ったりするところもあるが、女性とは、きわめて珍しい公明正大さを持っていて、好ましい人物だと思っておりました。

 この、女性としては珍しいと言っているのは、いつもご近所問題に悩まされているからです。活発に活動している主婦が、10人もいない地域(=せまい谷)に、住んでいるのですが、そこで、ボス顔をしている数人の主婦の、まるで、中学校のいじめ社会と同じような生活手法に悩まされきっていて、経済的な損失にまで、それが発展をしていたからです。

 で、本来なら、渡辺光子さんに票を入れるはずでしたが、彼女の選挙カーが数多いし、一瞬の休みも無く、この鎌倉中で、がなり立て、それがあまりにもうるさいので、つい、嫌悪感を持ってしまい、投票所に行きませんでした。で、まさか私一人の票が失われただけで、落選したとは思いませんが、多くの鎌倉市民が、彼女の選挙カーのあまりにもうるさいのに、私と同じように嫌気がさして、票を入れなかった可能性は高いです。で、落選をしました。

 これは、伊藤玄二郎一派(+、その頃は表向きにも生きていた井上ひさし)が、私が本を出版することに関して、すさまじいレベルで、音による妨害を続けていて、その一環として、そうするように、裏から、勧められていたと推察しています。渡辺光子さん陣営では、選挙カーのうぐいす嬢などが、その真の目的は、知らされていたかどうかを知りません。

 だが、人員やお金の援助も受けていたでしょう。で、結果として落選したら、すぐ、仙台市の副市長に横滑りのいすが用意されていました。生きている時代の井上ひさしは、仙台市に関しては、帝王と言ってよいほど、強い影響力を持っていて、仙台市も宮城県の、彼の言うなりに動いていたと思います。無論、渡辺光子さんには、能力はあります。だけど、一時期、市行政から離れていたそうです。

 北鎌倉で、地域市民活動に参加することができるし、その会に、おべべで、参加なさるほど優美な主婦でもいらっしゃるのですから、その時期は仙台にはいなかったわけですね。また、鎌倉市長選の時期、+その準備時期には、必ず、鎌倉市に住んでおられたわけですから、仙台からは、絶対に離れていたのです。それが、急に、仙台市の副市長となるという事は、仙台市役所内では、違和感を持っている人も多かったと思いますよ。男性の課長や部長の中には、『え、どうして、そんな人事に、なるの?』と思った人物もいるでしょう。

 私は、別に渡辺光子さんに、個人的な恨みはありません。が、そういう特権をすぐ示す、井上ひさしに対する深い嫌悪感から、これを書いています。最近私の身辺で起きている、異常な事態、====被害者であるこちら側が、加害者である側の前田祝一氏から、「刑事訴訟を起こしてやる」と恫喝されたのも、

 お隣の奥様を巻き込んだ壮麗な芝居の一つであって、例のごとく、いまだ、実際には生きていて、地下潜行をしている井上ひさしの案(脚本)に基づいているのではないかと思っているので、そういう人物であるという事で、渡辺光子さんの仙台市、副市長就任を、ここで取り上げております。
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副題3、『え、39歳の市長が、由比ヶ浜の命名権を4800万円で売るのですか? その人物は何者ですか?』

 私としては、松尾たかし、現市長は、「どうして、市長に選任されたのだろう?」と思うほど、知名度の低い人と見えました。
 今般、そんな、ひとが、NHKニュース(ただし、地方ニュースではあったが)に突然出て来て、「由比ヶ浜の命名権を、4800万円で売ります」と言ったので、びっくり仰天をして、

 初めてグーグル検索をしてみました。すると、非常に驚いたことに、2チャンネルのまとめがあって、このときの選挙について、裏側を暴いたものがありました。
 それは、グーグルで、鎌倉市長と入力をして検索を開始すると、7番目に出てくるもので、URLを
 http://www.logsoku.com/r/mayor/1254018014/  
 と、しているものです。
いや、それだけを信じては、いけませんが、私が偶然、その期の鎌倉市長選に投票に行かなかったのは正解だったらしくて、渡辺光子さんも、松尾たかしさんも、評判の悪い事、悪い事。驚くほどの悪口を言われています。そしてそこにある事実も「そうだったのですか? それは知りませんでした」という事ばかりです。驚きました。渡辺さんも、県議の経験がありと公称していたそうですが、大変短い期間だったそうです。松尾さんに至っては、市民を徹底的に、こ馬鹿にしている日常が、暴露されています。
 で、それを再現する事はやらないで置きますが、

 39歳の松尾たかし市長は、それを読む以前から軽い感じがしています。そんな人が突然に、市民税を注いだ過去もない、しかも、建物でもない、由比ヶ浜・他・三か所の名所の命名権を売るなどと発言をしていたとは、微塵も知らず、本当に仰天をしました。

 私はご近所では静かにしていますが、これでも、結構顔が広いのです。その私に、この件の、批判が入ってきていないのはおかしいですね。

 でね、きちんと考えて行って、これもまた、伊藤玄二郎たちの発案である、一種の作られたニュースであろうと思いました。
 何が目的か?

 無論のこと、私に、ブログを書くのを、止めさせる事が目的ですが、相当に間接的なものです。だが、確信はあります。そして、そこで、書く事はまさしく、正解でしょう。
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副題4、『それを豊島屋(鳩サブレーで有名です)さんが、1200万円で買ったそうです』

 結局、このニュースの眼目は、『豊島屋さんが、それを4800万円ではなく、1200万円で買い、海岸の清掃などの費用に充てる事になった』と言う後半の部分を強調する事でした。で、それを表に出すために、「4800万円の命名権を売り出していた」というニュースの方も後付けに近い形で、作り出されたと感じています。

 NHKに言わせると、・・・・・4800万円でオークションに近い形で、入札を募集していたが、4800万円で、買った人はおらず、結局のところ、豊島屋さんが、1200万円出して、命名権を買った。だが、豊島屋さんは、由比ヶ浜の命名権を、執行する事は無く、もとのまま、由比ヶ浜と、材木座海岸として残し、その清掃用の費用として、1200万円を拠出するとの事で、現在の豊島屋さんの社長が登場しました。

 その人は、私の知っている豊島屋の社長さんではありませんでした。私の知っている社長さんの、弟さんか、息子さんだと思われました。

 で、私に、すぐ分かった事は、・・・・・は、はーん。これは鎌倉市長、松尾たかし氏に、院政を敷いている、伊藤玄二郎が、私に、「お前、豊島屋の社長を頼っても駄目だぞ。豊島屋の社長は、こっちの味方なんだ」と言いたいわけですね・・・・・と、理解したわけです。
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副題5、『豊島屋の、前社長はとてもい方ですが、私は、別に、頼るつもりはありません。でも、それを、信じていないのが、伊藤玄二郎一派なのでしょう』

 私が豊島屋の前社長に、初めて出会い、感銘深いお話を聞いたのは、2003年の3月16日の事でした。場所は、現在、その名前をきららというビルの中です。それは、旧名を中央公民館と言い、駅から、一分の距離にある、カルチューセンター兼、音楽ホール(500人収容)と、ギャラリーを兼ねたビルです。

 今は大船の旧松竹撮影所跡地に、芸術館という、より、大きなホール(大ホールは、1500人収容。ほかに、小ホールがある)と付属のギャラリーができたので、こちらが中央公民館と、呼ばれる事が無くなったのですが、アクセスはこちらの方が便利なので、こちらで、開かれている催し物は多いのです。
 そして、一階のロビーが広いので、そこで、バザーや物産展も開かれます。その日は屋内に、豊島屋が、ホテルの宴会場のパーティでよく見る、屋台を出していて、和菓子作りの実演をしていました。その職人に、指導をしておられる様子に驚いたので、私の方から話しかけたのです。
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副題6、『その頃の私は、実は、オーラに満ちていたのです。それを言ってはおしまいですがね(笑)』

 その頃の私と言ったら、パリで、三カ月芸術修行をしていて(1998年)、その後、ニューヨークの三か月の修行を2回(1999年、と、2000年)を経ていました。しかも、2001年には、短期ですが、また、ニューヨークへ行って個展をして来ました。また、メルマガも、非常に評判が良くて、あたりを幸いなぎ倒すという感じで、ありとあらゆる人を惹き付けていたのです。
 その頃も、今書いているような嫌な事、安野夫人や、前田夫人のいじめとか、は、あったのですよ。自宅付近では、大変な時期でもありましたが、そんな事は一切気にも止めませんでした。前向き、前向きで、美しい事ばかり身近においていました。
 それで、麻布十番で、夜、六本木ヒルズを探そうとして、わからないので、あたりにいる人に聞いたら、その人は麻布十番でお店を経営している都会人中の都会人でしたが、「あなた、外人?」と、質問をしてくれたあとで、大いなる好意を示してくれて、麻布十番から、15分を掛けてわざわざ六本木ヒルズまで、連れて行ってくれたほどです。

 これは、夜だったから、私が美人ではない事が見えなかったとしても、後日、山手線の車中(それは明るい場所です)で、若い日本人女性から、「あなたは、フランス人ですか?」と質問をされた事があります。まったく扁平な顔をしているのですよ(笑)。彫りは深くないです。
 それを言ってはおしまいだと思いますが、その頃の私は自分がだれの事をも、引きつけると言う事を信じて疑いませんでした。

 実はマスコミ有名人からも、軒並み、おほめの言葉をいただいていました。だが、今回の、豊島屋の社長さんのケースと同じく、陰惨な方法で、仲を割かれると思うので、語りません。それに、自分から、自分が他人を引き付けるところがあるのだと言ってはおしまいですが、手相には、その手のしるし、星とか、超愛線とか、人気がある事を示す線とかが、出ているのです。

 そういうわけで、その2003年3月16日、私は、豊島屋の社長さんと、大変意味のある会話を交わしたのでした。
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副題7、『豊島屋の社長さんは、複雑な多重な生活をしている人で、実は私も、そうです。それゆえ、琴線があったのでしょう』

 主人が一回、紀伊国屋と言う、高い値段で、いいものを売っている事で、有名なスーパーの中で、「豊島屋の社長が、お供を連れて、買い物をしていらしたが、まったく物の選別(=お金の事)を、気にしていないみたいだった」といった事があります。

 引き比べて、私たち夫婦は、本日子供に招かれて辻堂に入って来たのですが、そこに、最近とても元気だと言われている、アール元気というスーパーがあります。そこで、いろいろ買い物をしたのですが、四千円以内で済んだので、びっくりしました。

 同じ量を鎌倉のユニオンというスーパーで買えば、八千円を超えると思うし、紀伊国屋で買えば、一万五千円を超えるでしょう。もし、紀伊国屋で、一匹ものの、鮮魚でも、かごに入れれば、二万円を軽く超えると思います。
 そういう場所で、何も気遣わず、お供に、あれこれ、無言で指示を出しておられる、豊島屋の前社長さんが、どんなに権威に満ちていることか?

 それは、上にあげた、旧中央公民館での、屋内用飾り屋台の中で、職人に指示を出している豊島屋の社長さんの姿に、はっきりと、見てとる事が出来ました。
 しかし、普通のお客に向かう姿勢は、非常に低いです。低姿勢です。一方で、鎌倉を離れてアメリカで、イサム野口とお食事を一緒にする時の、前社長は、おぼっちゃまそのものです。ともかく、悪い意味ではないが、複雑で、多重なペルソナを持っているのが、豊島屋の前社長です。

 一方の私ですが、実は豊島屋の前社長と同じく、複雑で、多重な生活態度をとる人間です。そこが、ぴったりと合って、いわゆる琴線が合うという状態になり、非常に重要な会話を交わす事が出来ました。

 すみませんが、ここで、本日、14日は書くのを終りとさせていただきたいと存じます。実は、その時の会話を記録した文書データが、パソコンが、最近壊れたので、探すのが大変で、続きは、あすから再開をさせていただきたいと思います。恐れ入りますが、よろしく。
ここが、今書いている最先端です。

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材木座海岸と、由比ヶ浜の命名権を、4800万円で売るのですって?

2013-06-13 03:14:43 | 政治

 本日もツィッター方式で書かせてくださいませ。で、タイトルも書き抜けた順番に、変更をさせていただきます。一番最初は、『山本一力さんが、破産をした話』とさせていただきます。ところで、午前11時にここを離れて今、夜の10時に戻ってきました。これから加筆をいたします。夜10時15分以降のタイトルは、『材木座海岸と、由比ヶ浜の命名権を4800万円で売るですって?』と、させていただきます。

副題1、『山本一力さんが、直木賞をとったころの、私の方のあれこれ』

 芥川賞ほど、それを取った人の、その後の人生がランクアップする賞もないと思います。その芥川賞が、純文学の、主に新人と呼ばれる人に与えられる賞であり、作家として、すでにプロになった人に与えられるのが、直木賞だという事は、大勢の人の共通する知識となっていると思われます。特に後者は、売れる小説(エンタメとも呼ばれる)を書く人に与えられる賞だという事もよく知られているでしょう。

 ただ、私は、2000年ごろまでは、そういう方面には疎くて、直木賞と芥川賞の違いすらわかりませんでした。(笑)美術に専念していたからです。今、あの時期に、やっておいてよかったと思われるのは、海外へ武者修行に行った事です。それを実行するために、逗子で、一人暮らしをしていました。家族と一緒にいたら、絶対に許してもらえないからです。

 ところで、ここで、スピンオフ的に語る事を許していただければ、逗子で、一人暮らしをしたのは、ひとえに、海外に行く事を目指したからであって、それは、また、他人に、依ってランクアップする事を、待つのでは無くて、自分で、道を切り開きたいと思ったわけで、無論のこと、自分としては、非常に前向きな選択でした。
 ところが、この雪の下二丁目の、特に安野夫人などにとっては、それは、敗北を意味したらしくて、それをきっかけに猛然たる、いじめがさらに昂進したと推察できるところがあります。

 私は無論、それは、わかっていましたが、別に気にもしませんでした。何度も言うようですが、我々はご近所を気にして、人生を送っているわけではないのです。自分には自分の人生があります。今、こういう文章を書くのは、ご近所の方から関わってくるからですね。彼らのやる事(=攻撃)を記録する(そうしないと、とんでもない事になって行くので、正当防衛の一つとして、それを常にやっておかないといけない)のに、エネルギーを取られ過ぎていますが、仕方がないとあきらめて、専心しています。

 ただ、逗子の一人暮らしを、実行できたのは、父の遺産を、家族のために使った残り、2400万円が手元にあったからでもあります。でも、その頃はブログはやっていませんので、自分の意識やら、志向などは世の中には開示していませんでした。メルマガを始めていましたが、それは、よく知っている人を相手でした。
 そして、エッセイはすべて、美術家としての、自分の日常から生まれる感動を種にしており、政治は、はるかに遠い世界でした。そして、美術に専心するために、テレビは見ないし、新聞も読みませんでした。インターネットもやっていませんでした。ただ、AOLというブラウザを使っていて、それで、メルマガの配信をしていました。

 そのメルマガは評判が高くて、2006年ごろには、総勢600人に達するほどの配信先がありました。そして、私は自信満々で、前向き一方であり、ご近所の事など、ほとんど、気にもしていませんでした。

 ただ、本当に少数の人たちから懸念を示されていました。それは、主にお茶大の付属高校の先輩たちで、「あなた、芥川賞でもとるつもり?」とからかわれていました。お茶大の付属高校を卒業した一種の上流社会の人たちにとっては、ことばをあつかうにしても、詩歌(短歌や俳句など)とか、西洋文学の翻訳などが、許容範囲と言えるようでした。

 私の書くエッセイは、赤裸々過ぎるというか痛々しいという分野の話題であって、そんな事は書かない方がいいのにという、忠告を込めてのからかいだったと思います。
 だが、私は全く気にしませんでした。というのも、これは、本音で語るのですが、私は総体として、考える事が好きで、美術に専念しているときも、繰り返しの労働をしていて、頭に美術の図形の発想が浮かんでいないときは、エッセイの種になるような事を考えており、

 考える事は、すなわち、文章を書く事なのです。書かないと脳がパンクします。だから、書いては、脳とは別の場所に保存をして、新たな発想を脳内に入れます。
 しかし、このころ、からかわれたがゆえに、芥川賞と、それと同時に発表をされる直木賞に興味を持ったのです。それ以前は、一切そういうものには、興味がなかったのにですよ。

 その頃の修行は、お金をバンバン使う形式で、思いがけずも早く、残金が少なくなってしまいました。残金が、600万円になった時点で、重い病気二つにかかり、肺炎の方は西洋医学で、治ったわけですが、左半身の背中に激痛を伴う病気(西洋医学では、頚椎内神経の損傷と診断をされている)は、けん引や投薬では治らず、驚いたことに主人の施療(東洋医学)では、痛みが消えることとなり、それが、もう一度雪の下二丁目で、専業主婦をする事へつながって行きます。
 私は矛を収めたわけです。ただ、その頃は、お金ができたら、再び、同じ生活をしたいと思っていたのに、今、母からの遺産が入っても、その気が起こりません。それは、無論体力の差なのです。で、一応挫折をしたわけですが、その三年間が、私を鍛えに鍛えたので、恫喝などには、びくともしない現在の私があるわけでした。

 しかし、そういう種類の内面の変化というのは外には見えないわけですから、芥川賞をもらったわけでもない私は、ご近所さまにとっては、危うく離婚をしかかった、一人の、だめ主婦とみなされているのでしょう。それは、彼、彼女らよりも一段低い存在であり、それで、前田祝一氏が、恫喝をしてきたこの28日も起きたわけですし、その前の、17日の天城高原へ旅行へ行った間からの10日間で、周到な準備をされてしまい、それに、協力した人が多かったのも、私を一段低く考えているからできた事でしょう。
 元へ戻ります。
 逗子で、修業をしていた孤独の時代を止めて、アトリエは、引き続きキープをしながら、鎌倉の家で、専業主婦暮らしを再開したころ、家族は、私が自室で、孤独で、濃密な仕事をすることを嫌がりました。つまり、お母さんが家出をしてしまったのは、芸術の仕事という魔物があるからだと、みなしていたからでしょう。それは、私にもよくわかっていて、朝八時に、アトリエに向かい、午後五時にそこから帰宅するという、まるで、サラリーマンの様な生活をしながら、家族と一緒の時間は、必ず、居間にいて一緒にテレビを見るという生活を送りました。

 三年間、全くテレビを見ていなかったので、見るのを再開した時のテレビには、相当に、強烈な印象がありました。その時期、最も印象に残ったのが、山本一力氏の直木賞受賞のニュースです。
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副題2、『山本一力さんは、破産をした事があるとか?』

 芥川賞受賞者とか、直木賞受賞者というのは、ニュースの素材としてとても、おいしい対象らしくて、よく、長時間の放映がありますが、この山本一力さんが、受賞したころの、氏への取材ほど、大量なものはかつて、見た事がありません。それ以降も見た事がありません。

 それは、氏本人、および、奥さまと子供たちのキャラにあるわけですが、もう一つ、山本氏が破産をして、四億の借金を抱えている身であって、それは、一種の敗残者であるのに、直木賞の受賞によって、人生の挽回を遂げたという美談があるからでした。

 そして、もう一つ意味があるでしょう。それは、読者の皆様を放っておいて、ハッキングをしている例の敵さまにのみ、伝えたくていうのですが、このころ、600万円の活動資金では、足りないと思い始めた私が、ひそかに、美術と文章の両面で、コンクールの応募の準備を始めた事への、だめ押し的な、やゆであったとも思われるのです。「お前には、将来とも絶対に、賞など、やんねーからな」という決意表明が、裏にあると、推察しています。

 <<<「賞など、絶対に貰えないのだ」という絶望感を与え、さらに、それを、強く味わわせるためには、それ以前に、賞、特に芥川賞と、直木賞が、すばらしい賞であるという事を、示しておく必要がある。そうすれば、ダメージを与えるための効果がより高くなる>>>と、彼らが考えると、この年の、直木賞受賞者、山本一力さんの背後の事情が、特別に高いテレビ露出度だったのが、うなずけるのです。

 まあ、一般の読者の方は、また、誇大妄想にふけっているとお笑い召されるでしょうが、気にせずに、これを書いておきます。たぶん、敵陣の中枢にある人間には、何かが、つたわるでしょうから。
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副題3、『それが、誇大妄想ではない事が、本日2013年6月13日に突然に分かった』

 この節、副題3は、朝、これを書いて、外出し、外出先で見た事を基にして、夜加筆しているところなのですが、・・・・・

 ある銀行の二階の照明器具が変更されているのを知って、決して誇大妄想ではない事を知りました。
 その銀行は、新築後3年以内であって、照明器具が劣化して古びたという事は絶対にないのです。
 美しいシャンデリアが垂れ下がっている優美な空間だったのに、行灯型のシーリングライト数個にとりかえられていて、優美さは、すっかりと失われているのでした。

 『おや、おや、私がこのブログの世界で、そのシャンデリアを問題にしたので、取り去ったのですね』と思い当たります。それは、この3月末以降に書いた文章の中にあります。連続してお読みいただいている方には、どういう文章だったかを、記憶しておられるかもしれません。しかし、それのリンクをここには示しません。お隣と関係があるからです。お隣の奥様に花一輪もらっている一宿一飯の恩義に感じ入って、その文章をここに、示しませんが、最近の私の書いている文章が、全部正しかった事を、さらに、確認するに至りました。
 そして、この種の現象は、鎌倉においては、小町通りの美しい御影石のプロムナードが失われたり、神奈川県立近代美術館の、職員用玄関の前に植えられていた、アメリカきささげの大木が切り倒されたりと、何度も繰り返し行われた事なので、敵さまと私の間では、ピーンと糸を張ったように呼応する出来事なのです。

 敵さまの中に、日本ペンクラブ元会長だった井上ひさしと、鎌倉ペンクラブ会長だった、伊藤玄二郎が、含まれているので、「直木賞について、今回は、テレビ露出を多くせよ」などという指令を出せば、NHKや、テレビ朝日は、すぐ言う事を聞くでしょう。その二人は、エージェントなので、テレビ局より上に位置していて、いわゆる強者中の強者なのです。特に山本一力氏が、直木賞をとったのは、2002年なので、井上ひさしは正式にも生きていた時期でした。

 今年ですか? 早稲田大学出身の70歳を超えた女性が、芥川賞をとりました。その時に、再び露出が多かったのですが、それでも、山本一力氏ほどではありませんでしたね。それは、どうしてかというと、私の方が、自宅へ帰れば、専業主婦ですから、生活費は、あるわけで、お金がまあ、まあ、間に合う状態になったので、コンクールには応募していないからです。

 2004年以来、ほぼ、10年間もコンクールには応募していません。だから、直木賞や芥川賞を賛美して、そのうえで、与えないでおく事が、彼女を、悲しませるだろうという推察が当らなくなったからです。

 で、その当時の山本一力氏は、莫大な露出量があったので、この私にも、山本一力氏の破産の詳細が分かりました。奥様の実家が銀座にビルを持っているそうです。その屋上に広告塔を建てたのだけれど、借り手がいなかったそうですが、四億円とは、単に、広告塔の、建設費だけではないと思われます。借金をしたその利子も含まれているのでしょう。企画をした段階では、まだ、バブルの真っ最中だったと思われますが、いざ、開業したら、景気が落ち込んでいて、借り手がいなかったというわけです。
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副題4、『公共施設(野球場)の、命名権という、収入は?』

 ところで、山本一力氏の破産は、直木賞受賞後という成功の裏打ちがあって語られるので、批判ごころがわく事もないのですが、私が前から嫌な話だなあと思っているのが、公共の施設の命名権を売り出している事です。

 野球場などで、そこを地元としているプロのチームの、親会社が、買うケースなどは、許される方だと思うのですが、

 それ以外の、ほぼ、税金で作られた施設の命名権を売るという、仕組みはどうもいただけません。ひどいなあと思っています。それにそういう提案は、ほぼ、お役所仕事でなされるので、そんな提案をしなくても、少し、労働内容を厳しくすれば、十分に採算が合うだろう、予算なのにと、民間会社に勤務している人間たちは思いますからね。

 しかし、この鎌倉では、もっと、驚くべきことが起こりました。なんと、施行した建物類ではなくて、太古の昔から、そこにあった自然の命名権を売るのだとか?
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副題5、『現・鎌倉市長、松尾たかし(=崇)とは、何者なのだ?
    VS 渡辺光子、現、仙台市、副市長』

 私は、今住んでいる鎌倉市の現在の市長、松尾たかしさんについて、一切を知らないのです。それはどうしてかというと、その人が当選した期の市長選は、現代における極限のやかましさだったので、すっかり嫌気がさして、選挙には行かなかったからです。
 どうしてそれほど、やかましかったかと言うと、ちょうど、私が六冊目の本を制作中でした。私が本作りを始める、三月から、八月まで、敵さまたちは、種々様々な妨害を繰り出すのですが、

 パソコンの動きが変になるということがまず大きいです。最初はマイクロソフトのワードが変だったのですが、それにもめげず、4冊を出版したころから今度は、アドビ関連のソフトが、動かなくなるという事が起こり始めました。それは、何とか、クリアーしたのですが、同時進行的に、自宅周辺で、音による妨害が、頻繁に起こり始めたのです。

 まず、安野家で、チターの音階練習を毎日、二時間行うこと。(これは、音楽ともなっていないもの)、鶴岡八幡宮で、音楽会を開くのだけれど、夜の7時から始まるのに、朝の九時から、その「マイクの練習です」と言う連呼が、大音響で始まる事。しかも、ひと夏に二回も太鼓の音楽会が開かれ、音楽会が総計4回もあった年もある事。同時に土木工事も行われる事。
 などで、相当に、「参ったか?」と言われているところに、この市長選です。本当に一瞬の休みも啼く選挙カーの轟音が響きました。大音量を出して、数台同時に、活動をしているらしいので、鎌倉駅を中心にして、山の内側はそれこそ、騒音であふれかえったのです。

 特に松尾現市長の対抗馬、渡辺光子さんの選挙カーには悩まされました。渡辺光子さんとは、私は北鎌倉の浄智寺で、5,6回、二時間程度一緒にいて、結構良く知っていて、このPC内でも、・・・・・女性には珍しく、公明正大なところはある。ちょっと意地を張るところはあるけれど・・・・・と書いたのですが、ちょっとでも、私と知遇のある人間は、敵方のスナイパーとして利用され始めるの典型で、騒音を出す人として、彼女はこの時期、機能したのでした。
 これが思いすごしでは無いわけは、彼女はのちほど、仙台市の副市長になります。仙台こそ、井上ひさしの牙城です。闇の世界の大権力者である彼のさじ加減ひとつで、仙台市の人事など、どうにでもなるのでしょう。以前にも仙台市役所で勤務をしていて、課長をしていたとのことですが、その後、北鎌倉へ住んだ期間というブランクがあるのに、それは無視して、副市長就任ですから、当然のこと、裏からのサポートはあると思います。
 ともかく、心の中で、評価の高い人物が敵方のスナイパーとして利用をされているという事実に、下そっと言うほど、嫌気がさして、選挙には行かなかったのです。無論のこと、渡辺光子陣営からは、「入れるだろう」とみなされていましたが、音(=大騒音)への嫌悪感から行きませんでした。

 選挙に行かないと、だいぶ前から決めていたので、他の候補者の検討をすることもなくて、その時、当選した現市長、松尾たかしさんについても一切を知らないのです。
 ところで、ここで、今となっては、どっちでもいいこととなってしまいましたが、開票前には、渡辺光子さんの方が優勢だとみなされていました。それなのに、彼女が落選したのは、あの選挙カーの暴力的騒音に、大勢の人がまいってしまって、彼女に票を入れるのを中止したのではないかしら?
 で、彼女もまた伊藤玄二郎の命令に従うと、天運を失うの典型だと思うのですが、ただ、仙台市の副市長の方が名前は大きくないものの、仕事の内容が大きいかもしれませんね。ほんとうに、行政というモノが好きなのなら、そちらの方が働き甲斐があるかもしれません。

 ただ、私はかねてより、彼女ほど、長期に、家族以外の事に、集中をし過ぎていると、ご家庭の方が大丈夫かなとか、あれほど、長期に、家を空けていると、お子さん方に何かの矛盾が現れないだろうかと、は、思っていて、そういう面では、鎌倉市長に当選した方が良かったでしょうと、思っています。でも、ともかくの事として、
 その時に選挙に行かなかったので、公報も読まず、したがって、渡辺光子さん以外の候補の事も一切知らないでいて、松尾さんというひとが当選したと聞いても、「へえ、そうですか?」と思うばかりで、引き続いて関心を持つ事はありませんでした。
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副題7、『松尾たかし現・鎌倉市長って、わが子よりも若いのです。それは驚いた』

 なんにも関心のなかった現在の鎌倉市長ですが、この2013年の五月に二回もNHKニュースに登場して、しかも、その裏に伊藤玄二郎がいる事が見え見えだったので、急に関心を寄せることとなりました。

 ただし、NHKニュースと言っても地方ニュースです。午前11時から、それから、夕方六時から、そして、8時45分から放映される、一都六県という地方ニュースの中ですから、関東以外の人は、その姿を見た事は無いと思います。

 その二つとも驚くべき内容ですが、特に驚いたのは、由比ヶ浜とか、材木座海岸という太古からそこにある自然の景色に命名権を設定して,それを、4800万円で売ることにしたというニュースです。

 これを問題としたいので、冒頭に、山本一力氏の話を入れたのです。氏が破産をしたのは広告塔です。それは、銀座でも、お菓子を作って売るとか、パスタを作って売るとかいう製造の実態を伴わない商売です。氏が直木賞をとったから、だれも批判をしませんが、「そんな、あぶく銭稼ぎに手を出して、と周辺は、借金が発生した時に言ったはずですし、彼本人も悔いたはずです。

 その広告塔より、さらに、「あぶく銭」感が強いのが命名権です。しかも、鎌倉市の場合は、税金で、作り上げた施設ではない、海岸というものに対する命名権を売ると主張をするのですが、その主役(?)が、第21代市長の松尾たかし君です。

 私は驚いて、wikipediaを引いてみました。すると、1973年9月生まれで、現在39サイとの事です。『え、それって、わが子よりも若いですよ』と、さらに驚くのでした。たまたま彼の育った土地が、西鎌倉という、鎌倉としては、新開地の方で、山の外なので、さらに、何も知らないのでしたが、ともかく、わが子よりも若い男性に、市長面をされる時代になっていたのでした。びっくりしました。むろん、完璧な市長なら、それでもいいのですが、4800万円で、由比ヶ浜の命名権を売るのだそうです。

 ここで、また、猛烈な睡魔の襲われました。この続きはあす書きましょう。お待ちくださいませ。

 いや、はや、驚きました。

コメント

前田祝一様、貴君に行動の自由があるのなら、私にも、その行為を記録する自由はあるでしょう?△

2013-06-11 15:31:49 | 政治

 今、12日の夜10時ですが、やっと、推敲も加筆も終わりました。なお、この一文は、
 最初のタイトルを、
 『ボディ・ラングェッジについて ・・・・・・前田氏の恫喝、その4』とし、三千字を超えたところで、『和三盆と落雁、云々』としましたが、五千字を超えたところで、『本当の母親とは、他人に、自分の母性愛を、誇示する事は無い』にタイトルを変更しています。そして、1万4千字を超えたところからは、

『前田祝一様、貴君に行動の自由があるのなら、私にもその行為を記録する自由もあるでしょう?』と、変更をしています。この一行は、本当は、『前田祝一様、お問い合わせをいたします。あなたに、私を攻撃し、損失を与える自由があるのなら、私の方にも、そのあなたの行為を記録して、書く行為が許されるでしょう。違いますか?』と、言いたいところですが、タイトルは、五十字以内と制限がある模様なので、短縮形を用いています。

 なお、この文章は、前報『売主は、私が支払った132万円を値引いて、別の人に売った? そちらの方が、真の違約ではないのかな?△』2013-06-09 15:33:26 | 政治の続きです。そちらで、副題1~4は、そちらにあります。

副題5、『猫もすなるボディ・ラングェッジ』
副題6、『ハーピスト、吉野さんの祖母の和三盆』
副題7、『鎌倉ニュージャーマンの、星砂の様なグラニュー糖』
副題8、『安野夫人がお砂糖がないという。・・・・・それって、ウソでしょう』
副題9、『復讐としての疎外を経験して、彼女が略奪婚の人だと、わかってくる』
副題10、『安野夫人が、ネコを、15分間も、悲しそうに、啼かせていたが?・・・・・それは、仲直りを求める誘い水?』
副題11、『お隣の奥様が、誘い水を掛けて来ている。乗るか乗らないか? 迷うが、乗った』
副題12、『前田氏が、お隣の奥様の前で、突然に現れ、あんたに、刑事訴訟を掛けると脅かしてくる』
副題13、『それは、お隣の奥様に聞かせるためだったのだ』
副題14、『お隣の奥様とは、事前に、十分に示し合わせてあったのだろう』

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副題5、『猫もすなるボディ・ラングェッジ』

 人間は時として言葉ではなく、態度で、意思を表明する事があります。これは、猿も犬も同じですが、猫は不思議な賢さを持っているので、それを解明するべく猫のボディラングェッジを研究した学者があります。耳を寝かせるのは、恐怖の表れであるとか、体を低くするのは、攻撃する手前であるとか、いろいろ、解明をされています。

 その中で、面白いと思ったのは、気恥しさを紛らわすために、体をなめるという動作を、することがあるそうです。気恥しさとは、何かというと、えさがあると思ってお皿に首を突っ込んでみたら、無かったなどと言うときは、猫は自分の思い違いが、恥ずかしいわけです。それで、「えさなんか気にしていなかったのよ」と言う風に、そっと顔を、手でなでてみたりするというような類です。無論、毛づくろいを、目的としてなめる行動もあります。たとえば両足をバーンとおっぴろげて、股の間を、毛づくろいしているのは、人間と同じで、皮膚が重なっているところは、風が入らないので、特別に、きれいにしておきたいのでしょう。
 でも、総じて、猫や犬のボディラングェッジは、人間にとっては、微笑ましいものです。そしてそれだけの事で終わりです。

 しかし、人間は違います。ほほえましくないボディラングェッジも使います。たとえば、ギャングの世界を、想像してみましょう。ボスが顎をしゃくるだけで、裏切った部下を、他の部下たちにリンチさせることだって、できるでしょう。だから、人間とは、万物の霊長であると言っても、一方で、相当恐ろしい生き物でもあるのです。

 今、私は、前田祝一氏の恫喝(=「あんたに刑事訴訟を掛けるぞ」という言葉で、2週間前の、この5月28日に発せられたモノ)を、大問題として、それを1週間ほど寝かせて、3日からは、ずっと、それについての文章を、書き続けているわけですが、こういう恐ろしい事も原初をたどれば、安野夫人のボディラングェッジにたどりつくのです。

 彼女は私の見るところ、この山で、一番ボディラングェッジを多用する女性で、しかも、それを、他者への威圧とか、いじめの道具として使います。非常にしんどいタイプです。一般的な言葉でいえば、怖い人です。だけど、表面だけを見れば、若尾文子のように優美にふるまっていますので、ころっとだまされる人間も多いみたいですよ。彼女を善人だと信じている人は多いみたいで、前田氏もそうであろうし、お隣の奥様もそうでありましょう。

 今回の恫喝には、お隣の奥様が一役絡んでいたと当初から推察していますが、2週間たっても、その疑惑が消えないので、これは確かな事と言うか、当たっている推察でしょう。
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副題6、『ハーピスト、吉野さんの祖母の和三盆』

 ところで、そこの検証に入る前に、今、どうしてもこだわっていて、文章が頭に降りて来て仕方がない。お砂糖について、先に話をさせてくださいませ。特に和三盆という種類のお砂糖のことが。

 40年前ごろで、まだ北久里浜にいたころに、ハーピストの吉野さんの、祖母の家(鎌倉)で、落雁を、バザー用に何回も作った事を思い出しているのですが、その祖母の娘で、吉野さんの母に当たるひとの家は、日吉でした。たぶん私の実家のすぐ近所です。旧番地で言うと、うちが一番地で、吉野さんが二番地です。ただし、新形式で言うと、私の家が、一丁目で、吉野さんの実家が、二丁目です。

 孫世代の吉野直子さんとは、私は大学が一緒で、母君と私は高校が一緒であり、祖母君とも、私は、高校が一緒です。でないと、そちらのお宅に伺って、落雁を作るはずがないです。それは、お菓子教室ではなくて、バザー出品用の商品として落雁を作るという一種の奉仕活動なので、同窓生だから、招かれて、お手伝いをしたという記憶があります。それも、一回や二回ではなくて、数回お伺いして、お手伝いをしました。鎌倉に引っ越してくる前の話です。
 吉野さんの祖母(鎌倉)のお宅には、ひろ縁付き、床の間付き、次の間付きの、離れがあって、そこで、粉だらけになりながら、落雁を、数百個作り、それを10個ぐらいずつ、プラスチックケースへ箱詰めにして、ひと箱500円で売りました。茶道をなさる方にとっては、上等な落雁は、お稽古にもってこいのお菓子なのです。

 吉野さんの祖母宅には、使いこまれた落雁用の木型が数種類あって、それを覚えている私は、断舎利など嫌いなのです。物が捨てられません。だって、落雁用の、木型を持っておられるほど、物心両面の余裕があるから、お嬢様もハープを習うほどの、経済的な余裕があったわけですし、そのお嬢様のご結婚相手も、優れた方なので、孫の直子さんが、これまた、優秀なハーピストに、なる事が出来たわけでしょう。で、『文化とは、やはり、物があってこその側面もある、と思っていて、物を捨てないためには、やはり、一戸建てがいいでしょう。その方が、物を保管しておく場所は、やっぱり、多いし、広いし』と思って、やはり、思いは、買えなかった78坪の横須賀の高台にある、木持邸へ向かうのです。(苦笑)
 が、ここでは、その思い出はバシッと切って捨てて、一般論へ入りましょう。

 現在の、世の中の流れは異なって来ていて、マンションに住む方がトレンドとして優勢ですし、断舎利は、おおはやりです。

 ところで、話は家の事から元へ戻りますが、その時に、落雁を作るためには、特別なお砂糖、和三盆が必要だという事を、初めて知りました。味の方から、はったい粉とか、黄粉などが、必要だという事は、知っていましたが、お砂糖が特別な種類のものではないとできないというのは、初めて知りました。

 落雁というのは、粉と、お砂糖を、木型の中で、圧迫するだけで、作る単純な製法のお菓子なのですが、和三盆が、吸着剤となって、粉がまとまるのです。どうしてかというと、和三盆の精白状態が、大変微妙で、そこに含まれる微量な湿気が、粉と、お砂糖を、がっちりと結び付けるのでした。
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副題7、『鎌倉ニュージャーマンの、星砂の様なグラニュー糖』

 鎌倉駅前に、ニュージャーマンという、人気の高い洋菓子店があって、そこの喫茶部門で、久しぶりにコーフィーを飲んだら、出てきたお砂糖が、星砂のような形で、小さくて、しかも、ぴかぴか光っているものだったので、びっくりしました。この喫茶店よりお高いケーキセットを、提供するお店が、他に二軒ありますが、そちらでは、これほど、珍しいお砂糖は提供していないでしょう。神経が細やかだなあと、感心しました。

 良く不定形な角砂糖を提供している喫茶店はありますが、この星砂の様なグラニュー糖、(しかも、部分的に着色がしてある)は、初めて見ました。
 ところで、これより、上の節で出た和三盆のように、『特殊な経路でないと、手に入らないだろうなあ』と言うお砂糖以外で、普通のスーパーで、手に入るものだけでも、お砂糖って、10種類はあるのですよ。男の方は、よくご存じないでしょうが、三井製糖や、名糖、日新製糖のホーム頁に入るだけでも、7,8種類を、見つける事が出来ます。

 そして、普通の家で、専業主婦が待機している家なら、五、六種類は備えてあるものなのです。常時です。
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副題8、『安野夫人がお砂糖がないという。・・・・・それって、ウソでしょう』

 ところが、びっくりした事に、引っ越してきた直後のある日、安野夫人が訪ねて来て、「こどもの友達が、訪ねてきたのだけれど、お砂糖がないから貸して」というのです。上白糖とかグラニュー糖とか、常時、5,6種類は備えているのが普通なのに、どれもきらしているなんて、ありえない事だから、それで、びっくり仰天したのです。

 で、すぐ、『ウソだ。これは単なる口実であって、例の井戸端会議に、参加をしない私に、参加するように、誘い水を掛けに来たんでしょう?』と思いました。
 安野夫人とは、人間の素直な行動よりも、芝居っ気が好き、というかなんというか、素直ではない人なのです。しかも、その生活の理想郷は、概念としては、テレビのホームドラマの再現であって、いかにもな、仲よし風が好きなのです。
 が、実際には、彼女がボスとして、君臨するために、さまざまな工夫や画策をする人でした。その策の一つとして、自分の目の前の道路で、毎日、井戸端会議を主催しているのでした。

 ところが、これが、他者を選別して、いじめたり排除したりをするもので、それを嫌がって、引っ越しをして行った人が多数いるのです。
 
 特に横須賀に住んでいるときに、総勢20戸しかないこの山で、売り家が、何度もチラシとして、入るのです。その一件に引っ越し以前に、見に来た事があって、この山に、非常に陰険なムードが満ちているので、上品な奥様がノイローゼになったのを知りました。それが、安野夫人の井戸端会議である事は、引っ越してきてから、一週間で、わかりました。で、自分は、絶対に参加しないと心を決めました。
 私は、子供が幼稚園の時に、すでに、PTAの会長をしていて、主婦の典型例をいろいろ知っていて、安野夫人の様な主婦がいる事はしっていました。が、そういう人にひっかきまわされると、とんでもない生活になる事をよく知っていました。だから、絶対に、その井戸端会議には参加しないと決めていました。
 が、それが、気に入らないのです。独立した行動をとる人間がいると、自分の支配力の効果が薄まるからです。

 そして、何度も言うようですが、私はたくらみというのが大っきらいなのです。だから、「申し訳ないけれど、そういうおつきあいはしたくありません」と答え、お砂糖を貸しませんでした。で、どうも、それに、傷ついたらしくて、復讐をされ始めました。

 で、それで、本当の母親ではないと、すぐわかったのです。三人ものこどもの本当の母親だったら、それ以前の、PTA活動他を通じて、いろいろ既に学んでいるはずで、しかも、高校生などが、自宅にいたら、進路のことなどで、他人の頭の蠅を追っている暇はない時期です。そして、人格も既に、陶冶されていて、はた迷惑な行為は、自然に避けるという時期であります。

 それがまったく見えず、しかも、中学生にもなった子供にお客が来たという事を、まるで、鬼の首でも取ったように自慢をしています。それが、また、変です。

 井戸端会議の主催の件で、すでに、本当の母親ではないのだろうと思っているところへ、「子供にお客が来たので、お茶を出そうと思うのだけれど、お砂糖がないから貸して」、と言われれば、『やはりね。この人は、本当の母親ではないのだ』と、確信を持つに至ります。

 だってね。本当の母親なら、自分でお砂糖を買いに行くはずなのです。30分で往復できるところにお砂糖は売っているのですから。
 子供が本当に大切だったら、自分の体を使います。他人の私生活をわずらわせたりしません。それに、子供が本当にいとしかったら、お砂糖数種類だけではなくて、お菓子も常備してあるはずで、お菓子があれば、別に紅茶を出さなくてもいいのです。日本茶で十分です。

 彼女はいつも、「自分は、すごく愛情深い母親だ」と言いたいみたいですが、それも嘘ばっかりだと思っています。だって、中学の二年にもなって、子供に友達が遊びに来た事が、他人に、お砂糖を借りたいという嘘の口実まで、作って、自慢をしたいというのが、そもそも変なのです。

 子供に、友達が遊びに来るのは二歳ごろから始まって、中学生になるころには、すでに、何千回も経験している事なので、自慢をするほどの事ではありません。特に安野家では、お子さんが三人もいて、一番上は、高校生です。本当のお母さんなら、何千回かける、三倍ですから、万の数ほど、経験している事なのです。

 それなのに、他人を自分の私事に巻き込む。他人とは、彼女の玄関とは、別のドアの中で、彼女とは、別のスケデュールで動いています。でも、お砂糖を貸したり借りたりする関係に陥ると、彼女に徹底的に、時間を支配されるようになるでしょう。そんな事は、私は、まっぴらごめんです。
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副題9、『復讐としての疎外を経験して、彼女が略奪婚の人だと、わかってくる』

 幼稚園時期のヤングママが、情報交換と、友達作りのために、幼稚園バスの送迎を、きっかけにして井戸端会議を始めるというのは理解できます。「ねえ、下の子が熱を出したの。病院へ連れて行くから、上の子を預かって」などという関係の友達を作る必要があるからです。私自身もそれをやって来た人間だから。
 だけど、やがて、子供が成長するにつれて、母親の方は自然に、地域社会から独立して行きます。地域社会にべったりと、はりついていると、やがて、にっちもさっちもいかない事になるのは、主婦体験が多いと、よくわかっている真実だからです。

 私は転居後すぐに、あの井戸端会議には、絶対に参加をしないと決めています。それなのに、わざわざ、呼び鈴を押して、「お砂糖を貸してください」というのは、井戸端会議に私が参加しない事が目ざわりなので、誘いに来たのでしょう。それもまたわかるので、余計に嫌なのです。

 だが、断った途端に、復讐をされました。我が家が煙を出してもいないのに、信じ難くも失礼な、言い方で、「川崎さん。たき火を止めて」と言われたり、獣医さんからもらってきたので、健康そのものの猫を、体重が重いから「病気よ。病気よ」と、言われたりしたのは、すべて安野夫人が、私を嫌う事に依る、一種の復讐の反映でしょう。

 ところで、「それほど、強い人なのだから、長いものには巻かれろで、従ったらいいじゃあない?」と言われれば、「それは、違うわ。できません」と答えておきましょう。私は見かけは弱そうでしょうが、芯は強いのです。個性も自主性もありますので、あんなに、考え方の違う人の風下には、立てません。

 でもね、私をスケープゴートに仕立て上げて、そこまで、やって何が手に入るかというと、たった15軒の家が、作り上げる社会の中でのトップの位置です。そんな物と、笑ってしまいますが、それでも、それにこだわって、ぜったいに譲らず、それをキープするために、東京から深夜帰ってくる私の頭に水をぶっかける。しかも、それを、狙ったタイミングで行うために、ご近所の未婚のお嬢様の携帯さえ利用して、お嬢さんをスパイとして利用する。ご自分の継子にも愛情が見えませんが、他人の御子さんだと、さらに、愛情が見えません。

 そういうところまである人物だと思うと、彼女のいかにも上品そうな外見やら、親切そうな態度とは、まるで違った、側面が見えてきます。執拗なまでに、勝ちたいという内部にある本心を見せつけられるのです。鎌倉夫人と他人に呼ばせたいほどの、中流夫人が、どうして、それほど、他人に勝ちたいのですか? 変ではないですか? 何か、隠された劣等感があるはずです。または、異常に勝気なところ。その二つが交差するところにあるのは、不倫による略奪婚でしょう。こうして、私は、彼女の行動の、裏側にあるものを、彼女自身の言動、特に私との、かかわりの部分を通じて、察して行くのでした。
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副題10、『安野夫人が、ネコを、15分間も、悲しそうに、啼かせていたが?・・・・・それは、仲直りを求める誘い水?』

 ところで、前田家には、ひどい事をされているのに、その性格やら、人物像は、非常に分かりやすくて、手に取るようにわかるのです。そして『普通の人なんだけど、選択が間違っているのだなあ。もしかすると、極端に弱いところがあるのではないかしら? 特に奥さんの方がね。私は、よく彼女御めんどり時を告げて、国滅ぶと言って形容するけれど、もしかすると、弱い犬ほど良く吠えるということかもしれないわね。だから、ご主人はあんなに真剣になって、この問題に間違った方向で、対処する。特に今般、訴訟をするなんて、恫喝して、頭が狂ったかと思ったけれど、奥さんの不始末を身を体して、守りたいというわけかしら』と思ったりしています。

 ところが、安野家に関してはそうはいかないのです。

 こちらもいろいろな事がすぐわかります。だが、やり過ぎだと思うところが多くて、天然であって、普通である事を好む私には、すべてが、頂けないのです。それと、格好をつけすぎる事。すぐ裏がわかるのに、策略を用いる事です。そこが気に入らない。

 それでも、安野家は、30年前当時の、私が引っ越し後の、最初の段階では犬派だったのに、15年目ぐらいから、猫派に変わっていて、そこだけは、『それで、いいんではないですか』と思って肯定しているところです。犬派には、本当に悪いのですが、犬派は、その人間性の、深みに関して、私の方が、信じていないところがあるので・・・・・
 で、この安野家の猫も美猫なのです。ただ、性格と頭の良さでは我が家の猫が一番すぐれていて、その魅力はすごいのですよ。だから、猫好きの石川和子さんが手放したがらなかったのでした。そして大トラブルに発展していくのですが。ただ、美的なところを言えば、下町おキャン娘といったタイプで、美猫とは言えません。上に言及した2匹には負けるでしょう。そんな事を言ったら彼女にはすぐわかるから、「あなたは性格がものすごくいいので、そこが救いよ」と言っておきましょう。
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 ああ、ここで、思い出した事があります。今まで、一度も文章化した事のない思い出です。

 あれは、石川和子さんが、まだ生きていたころのエピソードですが、「この猫が、性格がいいのは、川崎さんの家族が、いい人だから、なのかもしれないと、思う時がある」とつぶやいたことをです。

 既に、わかってはいましたが、この時さらに、わかってしまったのは、私がこの山では、どれほどの、悪口を言われていて、スケープゴート化していて、孤立化しているかという事でした。とんでもない悪人として仕立て上げられているという事です。

 それを今まで、ブログで、書いた事はありませんが、猫を共有すると、そういうところまでわかるのです。もし石川和子さんと、柳沢昇夫婦が、もう少し、常識と礼儀を備えていたら、あの警官を呼ぶほどの、大トラブルにはならなかったと思いますが、彼らは、私の猫が、彼らではなくて、より、私の方を好きだとわかった途端に、逆上したというか、パニックに陥ったとかいう形で、前後の見境もなくなったのでした。初めてお読みになる方のために、簡単な説明をすると、彼らは警官を呼び、「あそこの奥さんを、旦那に叱ってくださいと、旦那に頼んでクダサい」と頼んだのです。逗子でストーカーに、女の人が殺されている時代に、『猫については、窃盗(彼らは、すぐ法律用語を使いたがるので、彼らのまねをすれば、許可をしていないのに、猫を自分の家にとりこむのは、まさしく窃盗でしょう? これは大げさですが、ともかく、あの二人は大げさなのです)を二〇〇回以上繰り返している二人を守るために、警官が、我が家の主人に会いに来たのでした。たまたま主人は不在でしたが、なんと、山の中に住んでいて、車など、絶対に入ってこないここで、警官は、私から、交通事故の調書を取って、私を、脅かしたのですよ。全く偽物の調書を取ったのです。私は運転免許さえ持っていないのにです。驚きますね。
 
 でもね、こんなに、やさしく、石川和子さんのつぶやきの思い出を書いていても、電車の遅延現象は、彼らの事を書いた途端に起きていますので、生易しい現象ではないのです。で、ここで、彼女の賢げな面も、一回だけですが見ましたよ、というエピソードの挿入から離れて、元へ戻りましょう。
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 ところで、私が門の外の道で、草取りなどしていると、安野家の猫が近寄って来て、ごろんと横になって腹を撫でさせる事があるのです。親同士は抜き差しならない喧嘩をしている(笑)のにです。それほど、私は動物に好かれるタイプなのです。無論、幼いこどもにも好かれます。が、この山では、そういう素地は見せません。油断ならない事ばかり起きるので、素顔はほとんど、見せない人間となってしまっているのです。まるでサイボーグのごとく、無表情で、歩いています。

 最近、その安野家で、猫が「入れて、入れて。おうちの中に入れて頂戴」と悲しそうに、しかも、大声で15分も啼く現象がありました。私は、気になってね。思わず、安野家の門前に行って、猫を呼び出し、道で遊んでやろうかと思ったほどです。嘆きの原因を聞いてあげてね。

 ただね。もしかすると、それが、誘い水であって、それを、きっかけに会話を求められると困るので、やめておきました。というのは、上の方で、ちらっと言っている前田氏の恫喝を、修正しておきたいと、前田氏も安野氏も思っているのには、気が付いていましたからね。次の日に起きた彼ら二人の行動でね。前田氏は、道の掃除をしていました。前日の夕方と同じく、怒鳴りつけられて、脅迫をされるのかと思いましたけれど、違って、静かであって、どうも、私から声を掛けられるのを待っているような背中に見えました。しかも、その次の日には、今度は、安野氏が目の前を何度もとおって、こちらも敵意は無かったと思います。
 だけど、どうも、そういう腹の探り合いというのが、大っきらいな私なのです。『あなたのご希望は、わかるのだけれど、決して乗りたくない。・・・・・それが、私の気持ちです。それに、私の被害は、総計五億円を超えるのですよ。ちょっとした会話をきっかけとして仲直りができるレベルではないです』と、ここで告げておきましょう。
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副題11、『お隣の奥様が、誘い水を掛けて来ている。乗るか乗らないか? 迷うが、乗った』

 上の方で述べた猫と同じように、人間にも、こういうサインを出すと、こういう行動が始まるという暗黙の了解事項があります。今のところ、ひどく仏頂面で、愛想がなくて、空気が読めない女だとみなされていると思われる私ですが、親しい人の間では、かわいい人だねで通っており、実はすべての、ボディラングエッジは、正確にわかっています。 ただ、ここに引っ越してきて以来、あまりにもだまされて、ひどい事をされ続けて来たので、すでに、心を許す気にはなれなくて、全部、気がつかないふりをしているだけです。

 ところで、お隣の奥様が道路に出て、何か園芸の仕事をしているときがあります。または、道路掃除。それが長引くときがある。とても長引くときがある。そういう際に、直感として感じる事があるのですが、『話し合いたいな』という誘い水を掛けられていると思う時が。

 それに乗るか乗らないか。大いに迷う時があります。どうしてかというと、お隣が、完璧に、敵側の人だとわかっているからです。だから、話し合った結果が、後味が悪い。だけど、一方で、自由に話し合える、そういう環境は残しておきたい。それは、友達が欲しいというか仲間が欲しいという、そういうレベルの問題ではなくて、お隣同士では、やはり、小さな軋轢が起きる事があり、それを知らないでいる事が、災いを大きくする事があるからです。

 さて、自分としては誘い水に覚悟をして乗ったつもりで、30分以上道路で、話し合ったと思います。彼女は、礼儀は万全で、理性も満点です。だが肝心の内容が、決して、満足ができるものではありませんでした。むしろ大変後味の悪いものでした。だが、お花を一本もらっています。その一宿一飯の恩義に感じ入って、ここでは実名を曝しません。

 一番感じが悪かったのは、彼女の口から漏電と言う言葉が、四回か、五回出て来た事でした。ここにきて前報の、最初の三つの章が、意味をなしてきます。私は京都葵祭りの山鉾の漏電チェックをする午前11時からのNHKニュースを見ながら、ある事を思い出していました。自分の家で、ガス温風暖房機が、初夏なのに、留守中につけられていて、驚いて、電源コードを抜こうとすると感電をした事があるのです。びっくりして、プラグを良く点検すると、コードの被膜が破られていて、漏電を狙われている事がわかりました。つまり、過去に、一回ほどですが、漏電を種に、暗殺してやるぞという脅かしを受けています。

 それを思い出させるので、暗澹たる気持ちにさせられる恐ろしい会話でした。やはり、彼女は完璧に敵方の人間だと、その会話中に思ったのですが、それを声に出したり、態度に示す私ではありません。そんな事を口に出しても「私は、実際に出会った火事のケースを話しているだけで、あなたを脅かすつもりなんかありません」と、否定をされるだけでしょうから。

 そのあとです。驚嘆すべき出来事が起こりました。それが、おおごとだし、今からそれを書かないといけないで、ここで、お隣の奥様との会話に触れるのは終わりとさせていただきます。
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副題12、『前田氏が、お隣の奥様の前で、突然に現れ、あんたに、刑事訴訟を掛けると脅かしてくる』

 お隣の奥様に、いやな思いをさせられたのは、これが初めてではありません。で、修業を積んだ私は、ほとんど顔にそれを出さずにお別れをして、たぶん、彼女からは、6mぐらい離れたときに、突然に、音も無くと言った形で、前田氏があらわれ、「あんたのブログには大迷惑を被っているのだ。こちらは刑事訴訟も考えているのだぞ」と、怒鳴り始めました。

 その瞬間、私は、ほとんど、10個ぐらいの事を、重複して考えました。だが、口には何も出さず、ただ、その獰猛さをいやがって、彼のそばにいる事をせず、家の中の方へ向かいました。相手の顔もきちんと見ず、かつ、何も反論をしなかったので、前田氏が、『あいつは、逃げた』とか、『あいつは負けたのだ』と思ったとは、推察をしましたが、それは、私にはどっちでもいいことなのです。

 で、これから、その時、一瞬で考えた数々の事のうち、二、三を語って行きましょう。

*1、彼が、なぜ、その時点で、突然に、そういう事を言い出したのか?
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副題13、『それは、お隣の奥様に聞かせるためだったのだ』

 前田氏とは、普段は下駄を愛用しています。往年の寮生を気取っているのです。だから、彼が外出して行くときに、この山の中で、彼が今、どこを歩いているかは、すぐわかります。ところが、この日は下からあがって来たにしては、50m向こうから無音でした。その無音である事が、まさしく、その場を狙って、やって来たと思われました。どういう目的でと言えば、お隣の奥様にそのセリフを聞かせるのが目的だったでしょう。
タイミングとしてはまたしても、誰かの携帯が利用をされました。合図が送られたので、そのグッドタイミングで、前田氏は現れたのです。
 つまり、私がお隣の奥さんと、会話をしている最中か、それが終わった途端に、お隣の奥さんに、聞かせるために、そういう乱暴な言葉を発してきたと。

 お隣の奥様は、すでに裏では、もう、彼らの仲間です。私としては親しさという意味では、何も期待をしていません。ただ、こちらも礼儀正しいし、彼女も礼儀正しいから、会話が長時間続きますが、心の交流はそれほどないのです。だが、裏側がそうであっても、表側は、今までは、そういう風にはできてはいません。私がブログで、お隣が、前田氏や安野氏の味方をする事の汚い裏側を書いてしまっているので、もし、大ぴらに、彼らと仲良くしたら、私が将来何を書くか、わからないからです。

 だけど、私が刑事訴訟の対象になるほどの悪人だったら、これから先は、大っぴらに、前田氏や、安野家側の組の人となる事ができますね。ですから、この恐るべき脅かしの言葉は、それを狙った例のごとくの小細工でしかないのでした。いつも、こちょこちょ、おやりになる(笑)、小細工の一つなのです。

 だが、小細工の一つとしても、そこまでの恫喝をされる立場の、私ではありません。刑事訴訟をしたいのは、二十七年前から、こちらの方ですよ。アジサイ畑欺もう事件で、土地も実際に使用できない形にされていて、訴訟を起こす権利は、私の方にあるのに、ただ、穏やかに穏和に構えているのです。それは、この山のすべての人が、自分を含めて、普通の生活を、送る事が出来るようにするためです。自分の勝利とか、自分だけの幸せを願っても、それはかなえられないのは、哲理ですし、それがわかっていますから。

 そういうわけで、私の方に訴訟を起こす権利があるのに、それを我慢してあげているのに、あべこべもいいところです。大笑いです。
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副題14、『お隣の奥様とは、事前に、十分に示し合わせてあったのだろう』
 
 ところで、前田祝一氏がひどい言葉を投げつけてきた後で、私は目を彼から話して、すぐ、ずっと、お隣の奥さんを見つめていました。そこに、謎解きのカギがあると思ったのです。

 そしてみごとに謎が解けました。彼女は地べたに近く、座って、相変わらず剪定ばさみを動かしながら、こちらを見ないのでした。まるで、何事もなかったかのように平静であり、私の方も前田氏の方をも、見ないのでした。
 これがおかしいのです。変なのです。前田氏の恫喝は、大変大きな声で、しかもいわゆるドスの効いている声で、普通の人、特に女性なら、びっくりするタイプのどなり声なのです。

 それを平静で、無視できる。もしかしたら彼女は極端に豪胆なのかな? いえ、それはありません。前田氏のその時の声は、無視できるほどの平和さは微塵もありませんでした。誰だって震えあがるほどのものだったのです。

 『そういうわけでしたか? 事前に知っていたのですね。そういうわけですか? この人=お隣の奥様)は、これからは、100%のレベルで、信頼してはいけない人間だ』と、判定がつきました。

 それでも、『性急になってはいけない。もう少し待ってみよう』と思いました。前田氏が、恫喝の叫び声をあげた後で、7歩も歩けば、三差路に達します。そこからは、お隣の奥さんのいるところは通らないのです。その時に二人の間は、3mぐらいです。

 二人は親しいのです。だから、「やあ、こんにちわ」と、前田氏が声をかけるはずです。だけど、前田氏は、その2013年5月28日の夕方だけは、声をかけず、しかも、お隣の奥さんの方も、前田氏の方を向きませんでした。これは不自然です。
 善意に考えれば、あまりにひどい言葉の発露にびっくりして委縮しているとも思われます。でも、それは無いと思われました。

 もし、その恫喝のおどろおどろしさに、驚愕して彼女が恐怖のあまり、委縮しているのなら、前田氏は、当然、それがわかって「いやあ、すみませんね。ちょっといろいろ事情がありましてね」というはずです。

 二人の間には、さしたる緊張感も見られず、だが、普通の反応も見られず、ただ、淡々と分かれて行きました。『そうだったのですか? 二人はグルなんですね。やはり、直感は正しかった。お隣の奥様は、誘い水を掛けてきたのでしたね。私と路上談義をして、そのわかれた直後、前田氏が乗り出してきて、恫喝をする。すると、当然のごとく、お隣の奥さんは、それを聞く。それが目的だったのです。
 
 ・・・・・『そういう場面があれば、裏側で、いろいろ既に言っている悪口を、そこで、一気にお隣の奥さんの、既知のこととして、私に、受け止めてもらえる。

 いや、ここでの、もらえるは、彼女に向けた可能性を言っているのではない。彼女はずいぶん前から、そちら側に立っている。ここで、可能性の対象は、彼女ではなくて、私だ。これから、すべての場面で、彼女が前田・安野連合軍側にたっても、それを、お前は、理解できるだろう。そういう事だ。お前って、私たちから訴訟を起こされても仕方がないほどの、悪人だからな』・・・・・

 と、言いたかった事が、わかってくるのです。
 私は、手の中にある、お隣の奥さんがくれた一輪の、甘草の花を、じょうろの中に入れました。家の中に入って、花瓶に生け、「お隣の奥さんがくれたのよ」と、その夜に、主人に言う気には、とてものこと、なれなかったからです。

 だって、その花は、何重かの意味での、汚さにあふれていましたから。花に当たっても仕方がないので、次の日には、きちんと花瓶に生けて、主人にも「お隣の奥さんにもらったのよ」と、言いました。家の中ではね。だけど、その3日後、二人で一緒に外出したときには、この前田さんの恫喝の夜のことも、委細をきちんと説明しておきました。

 主人は、「こちらが上に立たないとだめだよ」と言いました。「そうだわね」と答えました。策略ばかりの人たちなのです。汚い汚い策略ばかりの人たちなのです。こちらが上に立って、「あ、そう。あんた、相変わらずバカねえ」ぐらいで受け流しておかないと生きていけませんから。この「バカねえ」という表現に、あい変わらず、子供っぽいあなたがた、特に奥さん連中は、むくれたり、怒ったりなさるでしょうが、副題15以下に、どうしても、そうとしか思えないあなたの過去の選択を羅列しておきますので、読者ともどもに、そこを、読んでください。12日にそれは、書く予定です。
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 ところで、ここで、挿入的お断りを入れますが、ここでいう上とは、無論、神の摂理に照らし合わせて、上だと言っているのです。人間が作った社会階層上の階級として、こちらが上だと言っているわけではありません。
 神の摂理の上で、上だというのは、策略を弄さないという事と同じです。だから、平凡に生き、普通の暮らしをするという事を指します。あなたが今なさっている事は、この25年間、普通ではありません。とてもじゃあないが、普通の考え方に基づいているとは言えません。

 そして、12日にさらに加筆を加えます。そこまで、言ったらおしまいで、きりが無くなると思っていて、今まで黙っていましたが、1960年代の新卒大学生にとって、一部上場の大企業に入る方が、男としては、魅力のある存在で、将来が海のものとも、山のものとも分からない都立大学の大学院へ入るのは、魅力がないというのと同義語でした。もし、お見合いで結婚をするつもりだったら、釣り書き交換の段階で、お嬢様側から蹴られたでしょう。だから、私の主人や、我が家よりお宅の方が上だと思い込むのは間違っています。

 こういうポイントについては、他にも種々様々言いたい事がありますが、常に、都会に暮らすのなら、必ず相手と自分を対等の位置において、少し相手を上として暮らすという主是に私は従っていて、それをブログにも書いていますが、そこはお読みにはならなかったのでしょうね。だから、常に、我が家の方が上ですと、言いたいらしいお宅の奥を見ていると、「田舎者だなあ」と、思ってしまいます。そう、思わざるを得ないほど、行動において、都会人ではないですね。22歳まで、静岡市にいた事はたし中のだけれど、そのあとで、この東京圏のどこで、どういう暮らしをしていたら、ああいうマナーになるのだろうと思うほど、洗練が足りない人です。
 きっと、収入の面で、教授職を拝命する前までは、奥さんが、家計の足しになるような仕事をしていたので、ご主人としては、そういう面でも、奥さんに頭が上がらないのだとは思いますが、奥さんを、甘やかす程度が、目に余ります。(苦笑)
 で、そういう若い時期には、奥さまはご主人に向かって「私、疲れているのよ。それに、これから、夕飯作らなくちゃあいけないし、あなた、おむつ代えておいて。それから泣きやまないみたいだから、外へお散歩に連れて行って」という具合に命令していて、お母さんとして、手抜き育児をしてきたと思われます。

 子宮と胎盤を使って、生んだ、本当の子供であるはずなのに、不思議な事に愛情が少ないのですよね。いえ、本人にはあるつもりらしいが、はたから見ていると、「ただ、ご自分の利益のために、利用をしているわね」と思われるところが大なのです。それが、ちよこれーと遊びというエッセイで、すでに私の方が、書いている部分ですが、孫に対しても同じだし、他人のお子様に対しても同じです。
 形としては、じじばば・孫という形をとっていますよ。だけど、ふくよかで、芳醇な本当の愛の交流が感じられないのです。とくに、ちよこれーと、あそびをしていた時には。だって、それを夜、しかも、私の家の前の大トラブルの的になっている石段で、するのですよ。みえみえに、子供を使って、アジサイ畑欺もう事件の風化というか、無力化というか、劣化というかを狙っているのです。又は、私が外へ出て、「やめなさい」というのを狙っている。そして「あの奥さんは、トラブルメ-カーです」とご近所さまに宣伝をして歩くのを狙っている。それは、ご主人が企画をしたペンキ塗り御当番とそっくりです。困った御夫婦と言うか、とんでもないご夫婦と言うか。そういう過去の恐ろしいいじめをまるで忘れているみたいで、刑事訴訟を起こすですって。

 でも、それほどの、とんでもない行動に出られると、かえってこっちが、有利になるのです。それは、その瞬間にわかりました。

 何が有利になるかというと、その裏にある策略について、その汚さを書く事が、非常にスムーズにできるようになるからです。「今回の、訴訟をしてやる、云々」をまず、お隣の奥様に聞かせ、そこで、公化(パブリック化・・・・・つまり立派な事であるかのような欺もう・・・・・すなわち、言葉による、たらしこみ効果、または、信じ込ませ効果を狙っているのです。・・・・・それを、堂々と書くことができることになります。

 それって、総合的にいえば、前田さんが、お隣の奥さんを苦しめている事になり、それは、もっと、俯瞰的にいえば、「ほらね。安野夫人と仲良くすると、あなたに天のご加護が、下りなくなりますよ」のまたもやの証明となるのです。安野夫人は、誇示的に、前田家とか、お隣さんご夫婦と仲良しだと、示していて、それは、すでに、その通りだと思っておりますが、それゆえに、こういう混乱が起きるでしょう。

 そのたくらみが失敗した後で、前田祝一さんが、哀れっぽくも、ちょっと曲がった腰やら、ちょっと曲がった背中を見せて、私の方が話しかけるのを待つがごとく、石段掃除をしていたって、「引っかかるものですか。あなた方が、今まで、やって来た、汚い事の総合ポイントを考えれば、こんな簡単なひっかけに乗って堪りますか? それにこの期に及んでもまだ、素直に謝罪をしないのですもの。25年前とちっとも変っていないじゃあないですか。そうなると、私の書いている事はすべて正しいとなりますよ」と言いたくなります。

 もう一度ちよこレート、遊びに戻りますが、そのときだって、全山に響く大声で、しかも、夜、それを奥さんがやっているわけだから、ご主人、祝一氏には、当然に聞こえているのだろうに、その不自然な行為を、止めさせる事は出来るでしょう。でも、止めませんので、彼も、それが、役に立つと思っているのでしょう。信じがたいほど、恐ろしい心を持ったじーじ、ばーばです。
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 さて、今は、12日の夜10時です。今までのところも二回目、三回目の推敲をしておりました。または、加筆をしていました。
 でも、これから、さらに、度々、どっという感じで、総合的なまとめをしていきます。
 彼らの悪辣さが、どこにあったかを皿にくっきりと明らかにしていきましょう。

 天城高原へ、旅行へ行った時からパソコンが調子が悪くなって、ブログを書けないようにして、・・・・・つまり、技術的に書けないようにして、

 かつ、睡魔が襲うように謀って、体力的にも、ブログが書けないように謀って・・・・ただし、睡魔を襲わせたのは、前田、安野連合軍の力ではありませんが・・・・・もっと別の組織がやっている、複雑で大掛かりな部分ですが、しかし、こういう動きをそういう組織がやるという事は、前田、安野夫妻を助けるためです。彼らがアジサイ畑欺もう事件を起こしたそもそもの最初の段階から、瀬島隆三が絡んでいますので・・・・・

 そして、この山中のどのご家庭にも、招集を掛けて、自分たちの味方をするように仕向けて、その集団(=多数)の力で、正義が自分側にあるように見せかけて、・・・・・ここですが、こういう時期は、この山全体が熱を持った蜂の巣状態になってうるさいのです。又は夕方の銭湯と例えたらいいかな。なんとなく、うわーんという音が響くように感じる、様な、うるささが生まれるので、すぐわかって『うーん、今、陰で何か、悪さが計画をされていますね。用心、用心、引っかからないようにしないと』と。

 お隣の奥様を、たらしこんで、新たな九の一(又は、精神的な意味でのスナイパー)に仕立て上げて、

 電話の盗聴等を利用して、そちらも、自分たちの味方に引き込んだ、横須賀市、汐入五丁目53-27番地の通称木持邸の持ちぬし、木村光子さんに、私に対する、意地悪の限りを示させて、結局はその土地を買うのを、私にあきらめさせ、しかも、解約金は、正当に目いっぱい、132万円を分捕り
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 なお、ここで、挿入ですが、木村光子さんの方は、普通は、解約の際でも両方が払うらしい、不動産会社への謝礼金(私側と同じく、27万900円です。私はそれを支払っています)を、支払わないとわがままを言っているそうですが、・・・・・(苦笑)・・・・・元へ戻ります。
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 その件で、ダメージを受けている、まさしく、そのタイミングを狙って、声と態度に依る恫喝を、狙い撃ちの様に発砲して、

 その際に、私が表面上は仲良くして、その日も1輪の甘草の花をもらって帰った、お隣の奥様が、これから、先へ徹底的に、前田・安野連合軍の味方になるように、誇示しておいて、
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 と言う事が、この「訴訟をおこしてやる」と言う恫喝のすべてなのです。きたない。汚い。いつもながらに汚い手を使う連中です。

 だから、前田夫人(たぶんですが、彼女が国学院大学の講師になる事が出来たのは、八幡宮さまの推薦のおかげのはずなので)の汚い行動を、嫌がって、天は、鶴岡八幡宮の、おお公孫樹を倒壊させたのです・・・・・と、書けば、

 朝鮮日報の記者が、『日本に原爆が落とされたのは、天罰だ』と主張をして、私の、その、おお公孫樹倒壊への言及を、劣化させ、・・・・・彼らは、それで、十分に私を気落ちさせえたと推察していたでしょうが・・・・・

 それでも、全然気落ちをせずに、ブログを、書きやめないでいるものですから、今度は、千葉県の中学校を襲わせ、その学校の蛇口を全部、根元から、削り取って、水浸しにしました。

 その悪行を、本当に生徒か、卒業生がやったと信じ込む、その中学校の在校生および、卒業生、および父兄に、そして、そういうニュースを聞かされる、日本人全体に、気恥しさと、悲しみを与え、

 そういう策略のすべての集合の上で、
 ありと、あらゆる、過去に自分たちが行った悪事(私側から見れば、純粋に悪事です)のすべてをチャラにして消し去ろうとしている、彼らですが、

 それをなさる事は自由です。お宅たちがなさることに対して、いつ、妨害を、私がいたしましたか? だけど、あなたの方に、行動をして、行為をする自由があるのなら、

 私にも思考をする自由はあり、
 思考の結果を文章にする自由はあるでしょう?
 違いますか?

 都立大学の大学院を出ていて、駒沢大学の教授をしていたと言われる、前田祝一様、あなたに、その是非を、お問い合わせをいたします。知的職業についていらっしゃるのなら、こういう質問の意味は無論、おわかりんあるでしょうね。

 清子夫人と、安野夫妻に関しては、一切を期待をしていないので、問い合わせ、そのものもいたしません。 

 2013年6月10日から書き始め、12日にやっと推敲を終わる。雨宮舜(本名、川崎 千恵子)
なお、このブログの、2010年から数え始めた伸べ訪問回数は、1664158です。

コメント

売主は、私が支払った132万円を値引いて、別の人に売った? そちらの方が、真の違約ではないのかな?△

2013-06-09 15:33:26 | 政治
 今は、2013年6月11日の午前7時です。この章の推敲を終わりましたので、恒例の△印を、タイトル横につけておきます。なお、この章は、ツィッター方式で書き、書けた順番に、タイトルを変えさせていただきます。一番最初のタイトルは、『スターと、スケープゴートは、仮面の裏表。紙一重の差しかないさ』でした。それは、随分と哲学的な問題であり、私としては得意なものでしたが、印象的には、二番目のタイトル、として、使っている、『売主は、私が支払った132万円を値引いて、別の人に売った? そちらの方が違約ではないのかな?』の方が強いかな? 

副題1、『たった15軒程度が住む、小さな社会でも、スターは作り出される。しかも、移動をしていく』
副題2、『スターと、スケープゴートは、仮面の裏表、紙一重の差しかないさ』
副題3、『売主は、なぜ、売れなかったのに、ネット広告を出さないのだろう?』
副題4、『タイミングから考えると、どん、ぴしゃで、駒沢大学の元教授、前田祝一氏は、悪人側の味方であると証明できる』
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副題1、『たった15軒程度が住む、小さな社会でも、スターは作り出される。しかも、移動をしていく』

 私が、この5月28日の夕方、前田祝一氏から受けた、「刑事訴訟をしてやる」という恐ろしい恫喝について、ものを書く際に、一番、奇妙な事と言うか、気にとまった事は、・・・・・どうも、これは、お隣の奥様を巻き込み、その協力のもとに、一切を企図したな・・・・・と見える事でした。無論、そちらさまお一人ではなくて、この山の住人全体を巻き込んで、企画をされていると思いますが、矢面に立って、目に見える形で、前田さんに、協力をしたのは、お隣の奥様です。

 前田夫妻と、安野夫妻は、次から次へと、人を変えて、協力者を作り出し、それらとの、合算力で、私より、上に立とうとするわけですが、今回、その手の人材として、お隣の奥様が選ばれたわけは、彼女が、今現在の、この山の、一番のスターだからでしょう。

 ご主人が素敵な人であり、社会階層的に、勝ち組の一人であり、若いという事が、理由です。特に私が御夫婦ともに東大卒だろうと、一回このブログの世界で、書いています。以前は、この山にも何人か東大卒の人が住んでいましたが、今では、みんな引っ越してしまい、この二人、もしくは、同じくお子さんのいない、もう一軒の家のご夫妻の、四人だけになっています。そちらは、我が家のお隣ではないので、会話が少ないので、東大卒だか、そうではないのかは、よくわかりませんが、知的職業の、従事者である事は確かです。

 今般、たまたま、お隣の奥様から花一輪をもらっているので、実名を曝していません。だけど、その方がはっきりと書ける場合もあると、気が付きました。で、ずんずん書いていきましょう。
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副題2、『スターと、スケープゴートは、仮面の裏表、紙一重の差しかないさ』

 スターというのは芸能界や、スポーツの世界に、よく生まれるものですが、ビジネス界にも時の人としてスターは生まれます。ところが、どちらでも、「いたこ一枚下は、地獄(=)海」が、当たっていて、昨日のスターは、今日の蔑み相手となっている事があります。ちょっと前は、占い師に支配されている元お笑い芸人(女性)と言うのが集中攻撃の対象となっていましたが、今は、不倫をしたとかいう、かわいい顔のタレントが、大変な事になっているらしい。

 でもね、しょせんは、パンとサーカスの世界の話です。で、どちらの存在も、大衆の慰み者として機能をしているわけです。そして、スターやら、スケープゴートを作り出すことによって、さらに大衆の、意識や興味をそこに集中をさせて、大衆への支配を容易にします。つまり、ある少数の人間が、別の多数の人間を支配するときの道具として使っている構図があるわけです。

 この山には、日本人、一億人に、その名前を知られているようなマスコミ有名人はいませんが、なかなか多彩な、人物の集まりであり、私の被害の問題がなければ、一種の天国となりうる場所でもあります。それは、鎌倉駅にあるいて、15分という適切な距離にありながら、車が入って来ないというマイナスポイントがあるからです。もし、ここに、車が入れるという条件があったら、大金持ちの住人が羅列をしており、それは、それで、つまらない世界となっていたでしょう。だが、ここには、「カーポートが無くてもいい」という人種が住んでいるから、大変ユニークな環境となっています。自然の面から考えてもそうですが、人的資源という意味から考えても、そうであり、うまく機能して行けば、理想郷となるはずです。
 「車がなくても、いいです」という人は、知的な職業とか、芸術を本業とする人が多くて、その人たちは、上下関係を作ったり、他人に支配をされる事は、本来は好きではありません。

 だけど、安野夫人と言う人物だけが、異常なほど、支配欲が強くて、しかも、彼女の裏側に、国際的軍産共同体がぺったりと、ひっついていますので、みんなの生活から、自由が奪われています。

 そして、その中で、最高に自由を奪われているのが、私です。私がここでは、スケープゴートの立場に立たされています。そして、スケープゴートをやっつけるためには対抗するスターが必要で、それが、見ている限り、3人ほど、選ばれ、時間とともに、推移して行きました。

 しかも、さらに、問題なのは、この山の住民の自主性が大きく侵犯をされている事です。前田氏があれほど、恐ろしい恫喝を、今やって来たというのは、「横須賀の土地を買えなかったから、彼女はダメージを受け、弱っているはずだ。今攻撃をした方がいいのだ」という忠告がどこやらから入ったからの、はずなのです。
 でないと、元、駒沢大学の教授と言う、一般的な判定によれば、バカではないはずの人物が、「あれほどの、恫喝をすれば、当然のこと、自分の首を絞める結果になる」という事がわからないはずはないです。『それがわかっていても、やったのは、裏から強力なプッシュがあったからだ』と、推察しています。そして、表からは、はっきりと、見える形で、我が家のお隣の奥様の、サポートがある。

 ところで、誰から「今、攻撃をせよ」との忠告を受けたかと言えば、伊藤玄二郎、直々か、安野氏を通じて、彼か他の人からかでしょう。ただね、その言葉って、ものすごい人権侵害です。おわかりかな? 関係者様、盗聴の結果を利用しているし、私は、アジサイ畑欺もう事件をはじめとして、ありとあらゆる意味で、被害者でしかなくて、そんな、言葉を投げつけられること自体が、侮蔑などという言葉では済まない人権侵害なのです。その上、

 横須賀の土地の持ち主、木村光子さんを、動かして、買う気を失わさせるほど、意地悪な、申しいでをさせた上で、一方で、この鎌倉雪の下の住居地域で、いじめ抜いてやろうとするわけですから、壮大な脚本にのっとっているわけです。ひどい話ですね。だから、この委細を、書くことに意義があります。誰にとっても、ピンチは、チャンスでもあるというのは真実です。
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副題3、『売主は、なぜ、売れなかったのに、ネット広告を出さないのだろう?』

 これから、木村光子さん(売主側)の裏側を、さらに分析しないといけないのですが、映画アフタースクールみたいに、売主さんの応接間に、私の敵側が、機材を持ち込んで、待機していて、電話の内容を拡大していたと仮定をしてみましょう。
 私が過去に不動産屋で、話した希望やら、意見を、いちいち取り次ぐ、不動産屋に、「ああ、答えろ」、「こう答えろ」と、後ろで指図した可能性があります。で、結局は、それを察した私が、「買わない」という手に出ました。それは私にとっては、一種の妙手です。だって、買わなかったからこそ、今書いているような事を、堂々と書くことができるわけですから。もし、買っていたらさらに、いろいろな事で恫喝をされ、意地悪をされた可能性があり、精神を消耗して、疲労困憊していた可能性が高いです。

 しかし、それは無論私の心の中にだけあった判断であって、表側から見れば、ある種の損失です。欲しがっていたものを買えなかったわけですから。で、向こう側は勝利したと大喜びだったでしょう。
 後で、詳しく書きますが、それが、前田祝一氏の恫喝という形で、結びを見せました。

 だがね。今、この行では、これから、売主さんが、通称を親の名前で、木持邸というあの古い家を、誰に、どういう形で売るのかを問題にします。9日にネットで、検索をした結果、その家は、ネットでは、売り出しが出ていません。変ですね。売れなかったのに、どうして、今ネットで、広告が出ていないのでしょうか? 

 売主を支配した、私の敵側は、売主に、『もしかしたら、この、欠点をおおいに含む土地が、将来は、売れない事になる』という損失を与えています。

 あの土地の、欠点は、今までは礼儀を守って言いませんでしたが、今は、とうとう申し上げます。転売が難しいという事です。そこに、自分が住むつもりで買う人以外には、その土地の価値が低いという事です。買うときには、いろいろな手数料や税金がかかるので、売値が、660万円でも、もっと、お金が必要で、買う場合は、9%程度、お金は増さないと買えません。だから、実質では、702万円になります。さらに、売るときには売るときで、新しい経費や、不動産屋へのお礼が必要なので、私がもし、売ろうとしても、今回、買わなかった場合と、同じく、200万円近くの損失が出ます。

 でも、30年前までは、土地とは右肩上がりで、値上がりして行くものであって、ただ、買っておくだけで、大きな資産となるものでした。でも、今は違います。横須賀は特に人気がなくて、空き家率が高く、しかも、人口は、私たちが住んでいたころの40万人台を頂点として、10万人を超えて、減っています。しかも、その土地には、車が入りません。建築費も何もかも、余計に金銭がかかり、かつ、今は簡単な土留め形式で済ませてある今の擁壁を作り直す場合は、セットバックと言って、50センチも道路へ、土地を拠出しないといけないのです。

 主人が言う、「あれは、木村光子さんが、手放したがっている大きなお荷物であり、ババ抜きゲームのババを、今度は、お前が、つかむこととなる。木村光子さんは、65歳で、お前は70歳だ。何を考えているのだ」も、当たっている土地でもあります。

 だから、あの土地にほれ込んだ私は、得難いお客なのに、19日ごろ、急に売主側としては、ありえないほどの、失礼な言い分で、私を怒らせました。私は言葉や感情としてはそれを、表には、出しませんが、21日に、相手の言うなりに、132万円=20%の違約金を支払って、解約したというのは、私側の木村光子さん側に対する深い軽蔑の表明なのです。わかっていらっしゃるかなあ? 

 そして、軽蔑をしているからこそ、この件をブログに書くときには、解約した後では、はっきりと実名を曝しています。そんな、道徳的な損失を受けてまで、私に失礼な言い分をぶつけるというのは、夫妻の実物を知っている私たち夫婦には、理解しがたい行動です。夫妻は、本当はいい人なのですよ。善人なのです。だから、「この態度の急変には、必ず、裏があるはずだ」と、私は推察しています。だが、彼女たちに命令した組織とか、人物は、自分たちのしっぽをつかまれたら大変だと、怯えている卑怯な存在なので、これから先は、木村さん夫婦を脅していくはずなので、木村さん夫婦が、正しい証言をする事は、将来ともないでしょう。

 ここで、さらに新たな推察を加えます。「実際には裏側で、秘密裏に売買されていた」としたらどうでしょう?

 その応接間に待機していた私の敵側の忠告に従って、132万円を、私からせしめた後で、その待機していて、忠告を繰り返した連中自体か、その仲間の誰かに、660万円引く、132万円=528万円という安い値段で、、売ったと仮定したらどうでしょう。だから、ネットで、広告が出ていないと、言う推論が成り立ちます。

 ほとんど、これが当たりではないかな? でも、もし、そうだったら、それって、実質的には、違約ではないでしょうか。むしろ、本当の意味では、買い主側(=私)の違約ではなくて、売主側の違約でしょう。
 私は132万円を支払う人ではなくて、もらう側でないといけません。そこを、支払わされたのですから、合計264万円を損したことになります。いじめを目的とする側にとって、これほど、おいしいお話は無いと思われます。だけど、ブログにチャンと実名入りで、この件を書きました。だから、私には敵陣たちの心の汚さを、語る一里程標ともなり得ます。

 その権利と自由を獲得するために、132万円、(実際には、諸費用を全部合わせると、187万900円になった)を支払ったわけです。ただ、表向きは、違う理由が彼らからは、述べたてられています。私のほうは例のごとく、最初の段階では、全部を申し上げてはおりませんが、だんだん、真実を申し始めます。

 その中で、気になったのは、今までの当該不動産会社に、これから先は、売る事を任せないそうです。で、どこの不動産屋へ、変わったのかと探すうちに、物件そのものが、ネットの地図上でも出ていないことを発見しました。たまたま、値段による検索と言う項目で出てきたのです。が、そこに、専売業者として名前が出ている追浜のミカサホームと言う不動産屋の、事務処理部分が、単に処理し切れていなくて、残っていたみたいでした。だから、ミカサホームに問い合わせても買えないでしょう。私はここで、いったん書いたことの中で、木村光子さんに関する部分は、ひっこめてもいいから、最初の通りのお値段で、売っていただけますか?と、問い合わせるつもりであったのですが、どうも、売りに出ていないみたいなのです。

 これは、一節上で述べたように、裏では、すでに、売れているとすれば、当該不動産会社に、さらにこれから先を任せる必要はないわけですね。なるほどと、なります。

 恐ろしい犯罪者が、木村光子さんの陰にいる可能性を感じています。

 私は、今までは、ここまでの言及をしていませんでした。が、むろん、心の中では、それも、推察をしていました。でも、ブログで、それを、書くと、彼らが書類上は嘘の登記をしたりしますので、書かないで待っていたのです。しかし、本日、それを書いたのは、『まあ、法務局を将来、調査しないでもいいわね。ほとんど、あたりでしょうから』と思っているわけです。
 そして、その買い手が横須賀市や、神奈川県だったら、またまた、壮大な悪が、噴出することになるので、それもまた、書く人間としては、傍証を得られたという事になります。ので、テーマが増えたという事となります。犯人側は、自分たちの悪意を隠すためにすでに、神奈川県のお金やら、鎌倉市のお金を大量に無駄遣いしていますが、さらに、ここに、売値を660万円という土地があり、それを、わたくしをいじめ、前田祝一氏から、「刑事訴訟を起こしてやる」という恫喝の言葉を放つように仕向ける、ことのために、使ったとなり、本当に大きな証拠となるからです。
 その土地は、2013年現在の家屋番号が、横須賀市、汐入五丁目53番地の24です。ここまで、はっきり書くのは、これが、見事に、前田氏の恫喝と連動しているからです。
 これから先、100歳まで生きてその土地の行方を追及しないといけません。それは、通称を木持邸といい、番地は、横須賀市

 だけど、養父母・木持夫妻を大切にするあまり、その死後も、30年間も、賃貸にもせず、保持していて、かつ、今は実母を引き取って介護しているという、清潔で、誠実そうな木村光子さんが、これほどの悪辣さを見せるとは、普通ならあり得ない事です。これは、ひとえに、裏側に存在している、妨害者の、あくどさを証明するものです。
 そして、『やはり、彼らは馬鹿だなあ』と思います。いずれ、あの土地の真の購入者は、正体がばれるのに、姑息な手段をとるからです。その上、私がそれを買わなかった事によって、私は、時間が十分にできたので、こういう事実を文章に書くことができるようになりました。
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副題4、『タイミングから考えると、どん、ぴしゃで、駒沢大学の元教授、前田祝一氏は、悪人側の味方であると証明できます』

 私が直感するどく、裏側を推察して、木村光子さんや、その背後にいて、画策をした人物たちに対する軽蔑の証明として、回薬用に要求されているお金を支払ったのが、5月21日です。しかし、なんとは無い、雰囲気として、28日までは、逆転もありうると、関係者がみなしていました。
 それは、最初の契約時、残金の支払いは、28日ときちんと定められており、鍵の受け渡しについては、口約束でm残金を支払った日とは別の日、多分30日ごろに、行うと、決められているからです。

 私はあまりにも癪だから、あの土地に建築する事が可能な2軒の家のうち、通称、東側の家と、自分が呼んでいる、25坪程度の家の建築確認を自分でとりたいと不動産屋に告げており、「金銭的には、この21日に、解約したが、それを出す期日として、28日までは、権利を認めてほしい」と言ってあります。

 さて、ここから先が山なのです。その手の書類を出すところは、半分公的な機関ですから、午後5時が締切りです。前田氏が、恫喝をしてきたのは、まさしく、5月28日の、午後5時過ぎでした。すべては、計画通りですね。悪の脚本ができています。そしてお隣の奥さんの、ひっかけというか、誘い水というかが、重なっています。恐ろしい人たちですね。本当に恐ろしい人たちです。

 前田氏など、お子さんも孫もいるのに、こういう挙に出るのです。人をいじめ抜く形で、自分たちの事実上の、窃盗に近い、だまし打ち(=あじさい畑欺もう事件)を、だまらせる。そういう攻撃を、具体的にやって来たのです。 恐ろしい人たちです。

 だけど、これで、かえっていろいろ書き易くなりました。道徳的には、こっちが勝っていますので、書き易いのです。

 お隣の奥さんの方は、子供もいないので、こういう深さにまでなってくると、道徳的な規範がどこにあるかが、判明できないのでしょう。そして、安野夫人にべったりと支配をされていますので、こういう事を平気でやるのです。ああ、驚いた。でも、その手の悪を正面からかぶったので、かえって、私は、勇気凛凛となり、前よりもさらに進歩しているのです。この件の分析において、かつアジサイ畑欺もう事件の分析において、かつ朝鮮日報の、「原爆が落とされたのは、天罰だ」という論調やら、
 「中学校の、水道の蛇口が、全部もぎ取られた事件」の犯人像に対してなど、はっきりと、これからいろいろ書き抜く事が出来るでしょう。

 ところで、午前3時から午前7時にかけて、ここまで推敲をしました。これから加筆しないといけないのですが、あまりにも疲れたのでこの章は、ここで、終わっておいて、別章で、前田氏の恫喝があった28日(火)の夕べを再現したいと思います。

 2013年6月9日から書き始め、11日の午前7時に完成とする。
          雨宮舜 (川崎 千恵子)
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最初の通信簿に、2が、あった私。・・・・・それを、母が、大いにはやした。△

2013-06-08 22:38:47 | 政治
 この一文は、6000字という短さで、いったん終わりと、させていただきます。推敲を終えましたので、タイトルの右横に、△印を付けておきます。

副題1、『最初の通信簿で、労働を尊ぶという項目が、2だった私』
副題2、『しかし、母が、面白がって、はやすので、労働が嫌いでもいいんだ、と思い込んだ私』
副題3、『学芸会の、主役は、常に地域の有力者の子供です』
副題4、『転校の際、母を呼んで、ご注意を下さった担任』
副題5、『やがて、日吉の街のスターになって行った私』
副題6、『私には、引き立て線が、一本、8センチの長さで、立っている』
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副題1、『最初の通信簿で、労働を尊ぶという項目が、2だった私』

 今の通信簿の書式がどうなっているかを、私は知りません。だが、戦前は、優、良、可(または、優、秀、良、可、不可)という段階で、評価された形式が、戦後は、五段階評価になっていると思います。ただ、私が、1950年に小学校の一年生として初めて貰った通信簿は、五段階評価が数字ではなくて、言葉で、表記されていました。1が、「劣る」であって、2が、「やや劣る」であり、3が「普通」だったと思います。最初に貰った通信簿を見た母が、びっくり仰天して、「うわ、この子、<労働を尊ぶ>が、やや劣るですって」と、父に話し掛けました。

 通信簿には、学業成績の部分と、行動のさまざまを観察し、先生が評価を下す、道徳や、心理的な発達を記載する別の欄があって、そちらの方で、2がついたのです。つまり、お掃除が始まると、極端に木偶の坊になる私を、先生は、そう評価したのでした。私は、自宅ではお掃除など、やらせられた事がなくて、本を読むことぐらいしかしたことがなかったので、もたもたしていたのです。

 当時の船橋市立、塚田小学校って、生徒の90%が農家の子供でした。そして、当時の船橋市の農家って、当たるべからざる勢いのある時代でした。まだ、土地を宅地として売るという事は活発ではなかったと思われますが、野菜が、高く売れる時代でした。戦後の食糧難の時期に、農家から、オート三輪で、直接東京の市場へ、入荷することのできる船橋市の農家など、現金と言う意味では、高収入の時代で、サラリーマン家庭などとは、比較にならない豊かさがある時期だったのです。オート三輪だって、庭に数台は停めてありましたし。

 ある日、お庭で、ゆでた貝を、ごちそうになった事があるのですが、食器がたらいなのです。たらいとは、直径が、90センチぐらいの桶で、そこに、つぶ貝とか、にしと言うアサリやハマグリ以外の貝が、てんこ盛りで、入れてあったのでした。アサリや、ハマグリは、台所で、鍋でゆでたと思われます。だが、にしや、つぶ貝は、お料理に使う貝ではなくて、雑多ものですから、たらいに入れてあったのでしょう。ところで、お若い方は、たらいを何に使うのか、ご存じないと思いますが、昔、自宅のお風呂が一般的でなかった時代に、行水と言って、夏に一種のシャワーを浴びる道具だったし、夏以外は、洗濯をする道具だったのです。
 だから、私にとっては、たらいが食器になっているというだけで、びっくり仰天ですが、それほど、何もかも大量に、提供され、食されていたのが、当時の船橋の農家でした。

 今、がっつり食べるという言葉があります。今の私はその傾向が強くて、一日、四回食だし、一回の食事も量が多くて、茶道などをたしなむ友達から、「見かけ(事実上は、やせている)によらず、ずいぶん、食べるのね」と、あきれられていますが、1950年当時の私は、食が細くて、腺病質で、大量の貝も、それが、たらいに入っているというだけで、食欲を無くしていたものです。いまだったら、7個ぐらいが、ひとパックに入っていて、500円はするもので、珍しいものなのに、もったいない事でした。(笑)

 で、当時の船橋市、塚田の友達は、みんな、エネルギーが満々で、しかも、お手伝いもさせられていたから、体を動かすという意味では、敏捷だったのです。それに比べれば、ひときわトロイ子が私でした。
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副題2、『しかし、母が、面白がって、はやすので、労働が嫌いでもいいんだ、と思い込んだ私』

 母や父にとって、級長である事など当たり前のことで、したがって、自分の子が、学業優秀である事など、疑いようもない事なので、この2がついたというのが、大変な珍事であり、面白がって、後々まで、語り草にしました。親戚の人が来るたびに話題にしたりして。

 エーリッヒ・ケストナーの「私が子どもだったころ」という作品の中で、<子供も、チャンと、ものを、考えるのだ>という事が書かれてありますが、それは、あたりで、私は、こどもごころに、『ああ、私は、労働は苦手でもいいんだわ。学業成績さえ良ければ』と、思い込んだ事でした。だって、母の言い草って、心配している人のそれではありませんでした。ただ、ただ、面白がっているというそれでしたから。

 私が労働の喜びに目覚めるのは、50歳過ぎてからです。取り組んで、好きになったヘイター方式という版画は、重労働を伴います。30キログラムぐらいの重さのローラーという道具を、一日に500回程度手で、回転をさせるのです。それに、片付けも厄介で、版画を、5枚程度摺ろうと思ったら、10時間ほど、連続して、立って動かないとだめです。だが、予想外の色彩効果が生まれることが面白くて、そこに熱中しているうちに、いつの間にか、労働を嫌いではなくなっている私なのでした。しかし、劇的な創作の喜びを、味わう事の出来ない家事労働、特に掃除や片付けには相変わらず、魅力を感じず、つい後回しになるのでした。
 それらが、『面白いし、いいなあ』と、感じ始めたのは、ごく、ごく、最近の事です。

 大いなる矛盾でもありますが、頭脳労働の頂点にある、このブログを書くことのしんどさが、肉体労働の楽しさを教えてくれたのでした。単純に美しくなる行為。これは、しんどくて、汚い事を書き続けているからこそ、その美を、味わう事のできる、正反対の行動様式なのです。
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副題3、『学芸会の、主役は、常に地域の有力者の子供です』

 ところで、上の章で、子供は、結構物を考えているのだと、書いていますが、私が当時、不思議に思ったのは、学芸会の主役が、毎年決まっている事です。顔のきれいなお嬢さんに充てられるのですが、その子は、おっとりしているお嬢様なのですが、劇の才能は無いと、見えました。だから、今一種の瓜ティークになっている私から見ると、劇がつまらないものになってしまいます。2年の時も、その子が主役だったので、『おかしい。変だ』と感じました。しかし、その子は、塚田からひと駅程、離れた馬込沢という地域に住んでいるので、自宅へ遊びに行った事がなくて、どうしてそういう事になるのかの本当の理由を知りませんでした。

 が、どうしてか、一回だけ、お招きを受けた事があって、クラス全員で訪問したのですが、私が以前から、豊かだなと思っていた、ご近所の農家より、格上の感じがしました。騒がしくないし、エネルギーも少ないのですが、立派な木の門柱が建っていて、もしかしたら、江戸時代から代官様とかいうクラスで、生きてきた家ではないかと思います。又は、大地主という身分の家庭。

 当時の私の担任の先生は、お若い戦争未亡人であって、民主主義教育を実践なさろうとしていました。先生が千葉大の付属小学校を見学に行った感想は、理想的な教育が行われている千葉大付属小学校への賛美だったと、記憶をしています。

 それなのに、学芸会の主役は、地域の有力者の娘と決まっています。矛盾です。だが、大人になったあるとき、昔の、記念・集合・写真を見ていて、『ああ、あれは、校長先生の発案だったのだろう』と思い至りました。担任の先生は、吉永さゆり風の、清潔で、穏和な顔をされていますが、校長先生は如才のない策士と言った風情ですので、たぶん、そうだったのです。

 こういう事をここで、書くのは、地域によって、住民のカラーや民度に差があるという事を言いたいのです。民度の高い所に住めば、自動的に幸せになるというものでもありません。だが、就職先がブラック企業と名高い、ワタミみたいなところよりも、社員食堂が充実しているタニタみたいな会社に就職した方が、幸せそうですよね。そういう意味でも、誰にとっても大切な事だと思いますが、自分が今住んでいる、鎌倉雪の下の近辺が、驚くほど、古い発想で、支配され、運営をされている事が、私の被害を拡大していますので、その土地の持つカラーとは、大切なものなのだと、考える次第です。

 なお、船橋市の塚田駅近辺を離れて、ほぼ、60年がたちます。グーグルマップの写真で見ると、私が住んでいたあたりに、大マンションが数棟建っていますので、町のカラーも激変していると思います。今では、学芸会の主役が、地域の有力者のこどもだと決まっているという事もないでしょう。
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副題4、『転校の際、母を呼んで、ご注意を下さった担任の先生』

 塚田小学校での私の担任は、一年から三年まで同じ人で、石綿先生という方だったと記憶しています。私が、横浜市立日吉台小学校へ、転校することになったときに、先生は、母を呼んで、こういう風にご注意をくださいました。

 「お宅のお嬢さんは、ここでは、何でも一番です。だけど、ちょっと慢心している気味があります。で、手抜きが多いし、雑に暮らしています。だけど、今度の小学校では、お宅のお嬢さんクラスの子供がうじゃうじゃいるでしょう。で、油断をしていると、すぐ、成績も下落するでしょう。それが、挫折感につながると、まずいですよ。
 ぜひ、教え諭してあげてください。慢心を戒め、謙虚になり、努力をする様にと」

 母は、ひどく感銘を受けたらしくて、帰宅してから、私をまじめに教え諭しました。「良くできる友達が、今度は多数いるのよ。増長して、なんでも簡単にできるわと、油断していたらだめよ」と。その50年後、日吉台小学校時代の友達が、「ねえ、読売新聞に出ていたけれど、日吉台小学校って、日本一私学進学率が高いんですって」と、教えてくれました。そういうわけで、日吉とは、民度として、レベルの高い地域では、ある模様です。
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副題5、『やがて、日吉の街のスターになって行った私』

 転校とは、ひとつの転機です。そして、それを、得難い好機として、私は一回、羽化をします。だらしなく、自分を肯定していた、慢心していた自分から、謙虚に自己観察をする子へと、変化して行きます。それは、他の子よりも、大人の自覚を持っているという事になったのかな? やがて、日吉の街で、どの家にも歓迎をされる子となって行きます。誕生会パーティや、クリスマスパーティには必ず、招かれる子となって行きます。それは、友達自身よりも、友達のお母さんに、好まれたからです。『きちんとしつけができていて、しかも自発的に、よく勉強する子だから、あの子の影響を自然に受けてほしい』と願われる子へと、変化して行きます。

 実はそれは、友達にとっては、はた迷惑な子供だという事になった可能性はありますが(苦笑)

 今の日吉の街は、人口が増えてしまいました。そして、昔一軒だった家を、三分割にして、三階建てを建てたりしているので、一種の荒れた状態を招いています。が、当時は、5000人ぐらいの人口で、小学校の行事とか、PTAを中心として、「ちょっとした家同士は、知り合いです」と言うような関係を持っていました。その中で、街の小さなスターとしての人生を、20歳ごろまで送る事が出来ました。特にサラリーマン家庭が多いので、ブランド名の高い学校に進学するのは、勝利とみなされていて、私も兄弟も、そういう学校に進学している我が家は、信用の高い家庭の一つとなって行きました。あれが、私の人生で、花の時期でしたね。(笑)

 誰にも、総量としては等量の幸せと、不幸せがあるのだという説を見聞した事がありますが、あのころ、幸せだったので、今、苦労をするのも、仕方がないのかもしれません。(笑)
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副題6、『私には、引き立て線が、一本、8センチの長さで、立っている』

 私の手相は線がすべて、細いのです。だが、2重線が多くて、かつ、意味のあるしるしが多数あるので、芸術家を目指すのには、ぴったりだと言われた事があります。しかし、6回は訪問した、そちらからも解説がなく、
 どんな手相の本にも出ていない、とても目立つ線が、手のひらの外側にあります。

 それは、財運線であろうと誤解され、25歳のときに、「あなたは、一生、お金には苦労をしない」と言われたこともあります。また、多くの本には健康線という名前で出ていて、体にどこか、不調を抱えていると解説してあります。確かに、体に不調はあります。バリバリと仕事をする事はできません。でも、主人に言わせると、「低空飛行ながらも、70歳になるまで、体にメスを入れた事もなく、ガンを身体の中に抱えてもいないで、かつ、下血も吐血も経験したことがなく、かつ、連れ合いも、健康だという家庭なんて、他に、ないよ」と言いますので、たぶん、健康運はいい方ですから、不調を示すという健康線ではありません。

 長らく、いったいこれは何を意味するのだろうと、不思議でしたが、ある一冊の本にだけは、引き立て線という言葉があって、なるほどと、納得をしました。学校時代の先生や、社会に出てからの年長者たちに、取り立て、引き立ててもらい、援護されたり、ほめてもらたりした事が、今の自分を作っていると思います。

 しかし、ランクの差がある人だとそれが、うまく機能するのですが、ランクが同レベルの人とか、年が同じとなると、嫉妬を招き易いという弊害につながります。
~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題7、『この山のスターは、変化して行く』

 皆様、上に書いた事は、この章の導入だったのですが、肝心のところで、睡魔に襲われています。で、パソコンから、いったん、離れます。
 のちほど、加筆をしますと、約束をしていましたが、加筆部分は、恐れ入りますが、別章建てをいたします。
なお、このブログの2010年より数え始めた伸べ訪問回数は1658054です。
  2013年6月8日の深夜書き始め、9日の深夜に推敲を終える。
              雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)
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岩合光昭氏は、体重の重い猫が好きだと言うが、(前田祝一氏の恫喝、-1)△

2013-06-04 23:34:42 | 政治

 今は、8日の午前零時半です。全文の推敲を終わりました。で、恒例の通り、タイトルに、△印を付けておきます。ところで、この一文は、ツィッター方式で書き、書き抜けた順番にタイトルを変えていきました。最初のタイトルは、『この頃火事が多い。変だ』であって、次に、変更したタイトルは、『安野家が、15分も猫を悲しげに、啼かせていた。それは、仲直りを目指す誘い水だったかな?』であり、三回目のタイトルは、『訴訟を起こしてやると恫喝をされる。駒沢大学の元教授から』でした。だが、推敲中に、その大切な部分の前で、二万字に達してしまいましたので、その最も大切な部分を、次回に回し、こちらでは前田家の猫の体重が重そうだという部分で終わりとしました。で、タイトルが、4度目として変わっています。恐れ入りますが、よろしく。

副題ゼロ、『二日目に置く前書き』

副題1、『北の国からの中での、印象的な火事』
副題2、『最近、火事のニュースがとても多いが、変だなあ?』
副題3、『漏電と言う言葉が、強調されていますね。その意味は、脅迫ですが、人間が実際に死んでいる?』
副題4、『ここで、思い出そう。一昨年だか、孤独死が連続した話を』
副題5、『そういえば、初夏、我が家のストーヴが泥棒に、点火されていた事がある』

副題6、『私が、箱根、天城を旅行中の二日間に、重要な謀議が、2か所で、行われた可能性が強いぞ』

副題7、『京都、葵祭りの、漏電を点検する映像が、NHKニュースで、出たが、その意味は?』
副題8、『トイレのドアに、黒いマジックで、矢印が書かれ、パンツは盗まれ放題だった』

副題9、『問題はアジサイ畑欺もう事件にあり、それを追及されるとどうしようもない連中が、私を、引っ越しさせたかったわけだ』
副題10、『特に真夜中に、お隣からを装って、投げつけられる石には、参った』
副題11、『投石の件を、上手に解決した後で、アド街っく天国で、鎌倉小町通りの、名物第二位は、鎌倉砂岩だという放送があった。馬鹿にするのもいい加減にしなさい。愛川欣也さん』
副題12、『前田家は、今は、美猫の三毛猫を飼っている。それは進歩だ』
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副題ゼロ、『二日目に置く前書き』

 初日には、『猫が何とか、かんとかした』というタイトルで、一日中を過ごしました。それで、『なんだ。例のごとくの、閑話休題の類ですね』と、お考えになって、この章をパスなさった方もおありでしょう。実はそこが狙いでもありました。初日は、見過ごされる方がいい、と思っていました。未完で、誤変換が残っているタイミングでは、お読みいただきたく無いと、思っていました。
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 ここで、6日夜は、見事に睡魔に襲われ、(笑)誤変換だらけのお断りをして、寝入ったのでした。隣に置いてあるパソコン内で、自動的に、へんてこりんなゲームが始まっているのも知らず、ただ、ただ、こん睡状態へ陥ったのです。だが、心の中で、お断りが未完成であり、また、本文そのものも未完成である事に対する責任感があったらしくて、3時間半後の、2時には目覚めました。
 しかし、午前二時と言う時間に、ブログを書く事に取り組むと、7日(金)の昼間、体内時計がくるって、使えない、一日になるとは思いますが、責任感を優先して、再び眠くなるまで、この文章の前半、15、000字部分の推敲と、それ以降の加筆に取り組みます。で、これは、挿入中の挿入であり、お断りの部分へ戻ります。
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 この一文は、一度目のタイトルも、二度目のタイトルもわざとポイントをずらしたところに置き、どぎつさが目立たないように整えておきました。しかも、一日目は、もっとも、恐ろしい部分には踏み込まず、途中で、わざと終わらせておき、「あとで、加筆します」とお断りをしておきました。そう言いながら、ほぼ、16時間もパソコンには、触れないで、いました。睡眠時間を入れれば、20時間近く、約束違反をしていたとなります。5日から6日にかけて、誠実に全文を読んでくださった方には、待ちきれない思いがあったと思いますが、わざと、パソコンに触れないで置きました。
 それは、無論、私のやさしさの、発露です。

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副題1、『TVドラマ、北の国からの中での、印象的な火事』

 全体の字数が制限の二万字を超えそうになったので、ここに初稿では、書いたをものを、下へスクロールすると出てくる別の文章として独立をさせました。だが、その一章の結論は、アンダーラインをつけて、残しておきます。それが次の文章への導入となっていますので。

 そして、寒い冬の話だから、部屋の中で、暖房を入れる必要があるわけです。

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副題2、『最近、火事のニュースがとても多いが、変だなあ?』
 
 内容的には、さして重いものでもないと思われるのに、繰り返し報道するという形で、強調をされるニュースは極めて政治的なニュースであると、私は見ています。毒入り餃子事件も死者が出たわけでもないのに、1年半も長引きました。
 そして、おお相撲八百長事件です。これも、非常に長引きました。
 オスプレイ配備も長引きました。 
 尖閣諸島への、中国艦船の出撃問題も長引いています。

 従軍慰安婦問題など、いったい何年間、問題になっているのだと思うほど、長引いています。

 こういうニュースはすべて、日本の真の支配者(=国際的軍産共同体本部か、もしくはその支部、特に日本人エージェント)が、流します。自然発生的なニュースではないと、私はみています。

 しかし、それほど、おおげさではないが、『これらも諜略的な事件ですね。それを報道することによって、ある目的を果たすための、作られた事件を報道していますね』というものもあります。そういうもので、今、気にかかっているものが、2,3あります。風疹の流行を、喧伝されているのも、その一つですが、本日は、そちらには、触れません。分析したり解説したりいたしません。

 それよりも火事のニュースです。火事のニュースが報道される事が、最近大変多いのです。それを変だと思っているのが私です。しかも、冬ではないです。冬だと暖房器具を入れていて、それらの中には、直火を使うものもあって、火事が起こりやすいのですが、今は、初夏です。おかしい。
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副題3、『漏電と言う言葉が、強調されていますね。その真実の意味あいは、脅迫ですが、人間が実際に死んでいる?』

 そして、原因が漏電だそうです。

 この漏電という言葉を、強調する必要が、例の国際的軍産共同体にはあると、私はみています。
 特に俳優、宍戸錠さんの自宅が留守中に火事になりました。この時をかわぎりに、漏電による火事が、頻発していて、ご老人が、死んでいる。

 ここ、20年ぐらいの新聞の切り抜きを見て数値を比較検討する必要がありますが、これほどの、短期間に、これほど多数の、漏電による火事が報告された年はないと記憶をしています。東電は3.11以前は、潤沢な資金を誇る優良会社と、みなされていました。漏電対策(検査)も定期的にきちんとやっています。で、これは、作られた漏電ではないかと、見ているのが私です。

 日揮の社員をアルジェリアで、襲撃をさせた例を見てもわかるとおり、彼らは、日本人の命など屁とも思っていません。3.11人工生起説さえあります。あれが、本当に、人工的に起こされたのだったら、彼らは、数十万人の日本人を殺すのなど、屁とも思っていないとなりますね。
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副題4、『ここで、思い出そう。一昨年だか、孤独死が連続した話を』

 ここで、思い出しましょう。新聞でもテレビでも、孤独死のニュースが連続して報道をされたころを。あれも、最初の一件は、本当のものだったかもしれません。だが、一か月に、3つ、か、4つ、報告をされ、50代の姉妹が、なすすべもなく孤独死したなどというケースを見聞すると、「これは、ウソでしょう」と思います。

 今、普通の人に向けては、プライバシーの保護がやかましく言われていて、ネットワークを作る事が、拒否されています。学校のクラスの名簿さえ作ってはいけないそうで、外国人(欧米人)のご父兄が、これは、変だと言ったそうです。

 これは、真実が伝播し、本当の意味での連帯が生まれる事を、恐れている側が、こういう規制を課しているのですが、一方で、見事に、組織名簿を作っていて、それを利用しまくっている存在もあるのです。
 どういう組織がそれをなし、利用をしているかというと、宗教団体も、そうですし、政党の中でも、その束縛力が、強い組織もあれば、緩やかな縛りを課している組織もあります。束縛力が強いところほど、きちんとした名簿を作っていて、最上部がそれを、利用しているでしょう。共産党とか、フリーメイソンと言うのは、そういう組織です。宗教団体も、新しいものであればあるほど、そういう側面を持っているはずです。で、急に全国的に一票の格差違憲判決が出たり、小泉首相の靖国参拝は、違憲であるなどと言う判決が、頻出することとなります。
 それは、組織の最上部が名簿を使って、全国的規模で、ことを起こすからです。

 その事を、強く現場で感じたのが、今回の土地探しの旅でした。驚いたことに、他人の土地を奪っていく集団があるという事です。戦後すぐの混乱期ではないのですよ。平和な時期でも、他人の土地に侵入して、そこに、物置などを立てて、境界トラブルを起こし、組織だって、次から次へと、別の人を送り込んで戦う集団があるそうです。すると、正当な地境を主張する持ち主の方が、数の力に押されて、負けてしまって、しかも、トラブル続きに嫌気がさして、結局は引っ越していってしまう。そして、お安く売ろうとするが、実際には、環境が悪く見えるので、買い手がいない。したがって、悪賢い隣人に、実際には、占拠されてしまうというケースがあるのです。

 そういう家を実際に、二軒ぐらい見ましたが、台所あたりとか、裏口が滅茶苦茶に汚いです。違法な、物置みたいなものを作りまくり、しかも、整理整頓の発想がまるでない家です。そこにあるのは、日本人の文化ではありません。なるほどなあと、思い当たることしきりです。
 朝日新聞などは、従軍慰安婦問題で、しきりに、在日の人たちを大切にしていて、かつ、韓国や、北朝鮮を大切にしていますが、横須賀の旧市街地で、起きている事を見聞すると、「そんな、説を唱えている場合ではないです」と言いたいです。ひどい事がまかり通っています。それは、在日の人たちの立派な名簿による組織力による、地べたを這う形の戦争が起こっていて、それで、普通の日本人の、普通の生活が脅かされているのです。

 で、漏電で燃える家とか、孤独死という形で、事実上暗殺をされてしまった、姉妹の家などは、近隣で、スパイ的に監視をしている組織に、『弱い人間だ』とか、『弱い家族だ』とみなされて、狙われた可能性があります。その隣人が、殺人を起こすわけではないのですよ。それを実行するのは、また、別の組織です。だけど、どこに、狙ってもいいターゲットが住んでいるかの報告をするのは、末端で、組織化されている存在です。
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 私がここまでの、ことを、はっきりと言うのは、私がサファリング(襲われている)被害の構図が、そっくりだからです。今回の「訴訟を起こしてやる。云々」という恫喝の件で、主役を果たしたのは、前田家と、安野家だ、と、はっきりとわかっています。その二家族が在日だと、ここで、言明しているわけではありません。だけど、近隣トラブルを利用して、ある特定の家族だけ、特権を得るという、この鎌倉雪の下2丁目の谷戸で、成功した概念を、別の場所で、応用しているのではないかと思われるのが、横須賀で、見聞きした数例の、ぼろ家のケースです。
 持ち主は、すっかり嫌気がさして、引っ越し済みです。荒れ果てているその家は、安く売りに出ていますが、明らかに魅力がないです。周りが、ごたごたしていて、超汚いのが、誰の目にも、明らかに見えるからです。そのうち隣の家に蚕食されてしまうでしょう。その点、今回私が買おうとした、660万円の古家は、来歴と、持ち主がきれいなもので、安心が出来る物件でした。
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副題5、『そういえば、初夏、我が家のストーヴがついていた事がある』

 私は4年前の2010年の夏までは、本を作ろうとしていました。2009年までには、毎年、一冊のエッセイ集を発刊していました。これが、文章を書くのも自分であれば、頁デザインや、表紙のデザインも、二冊目三冊目からは、すべてを、自分一人で手掛けるようになり、いわゆる編集と、制作の仕事をたった一人で、両方をやるようになったので、いつも死に物狂いに忙しくて、部屋の掃除をしている暇もなければ、片づけている暇もなくて、自分が寝室にしている六畳間は、多くのものがごったごたに、置いてあったのです。普通の本だと、源流から川下まで、分業で、10人ぐらいの人が一冊を手掛けるのです。それを一人で、やるのですから、2月から、11月ごろまで、殺人的な忙しさに見舞われます。主婦らしい事に取り組むのはお正月前後だけと言うありさまでした。

 ガス温風暖風機も、ガス線を外して押し入れにしまうなどと言う事はせず、夏も、部屋にそのまま置いてありました。だが、夏だから、スイッチを入れる事は致しません。そして、ストーヴの方も温度が、自動設定をされています。室温が、常に、20度を超えているので、作動を開始しません。だから、私はストーヴが留守中に泥棒(?)によって、点火されている事には一切気が付きませんでした。
 でも、ある日、真夜中に目を覚ますと、天井が、緑色に明るいのです。

 『なにこれ、』っと、びっくりして、布団から跳ね起きると、ストーブの液晶画面の光が、天井に向かって、投影をされているのでした。『えーっ。3月ごろスイッチを切って以来、ストーヴのスイッチは入れていないはずなのに、どうした事だろうと思って、『ともかく、電源を抜いておきましょう』と、エクステンションコードの先のプラグからコンセントを抜こうとすると、手がびりびりびりっと来ました。あっと思いましたね。よく点検をしてみると、コードの被膜が、プラグの根元で、目立たないように二ミリ程度、鋭利な刃物で剥かれていて『漏電による火事を起こし、私の命を狙っているのだなあ』という事がわかりましたから。

 ずいぶん暗い話ですが、それをブログで一回ほど、書いた覚えがあります。書くか書かないかには迷いますよ。だけど、やはり、命は大切で、それを守るためには、正当防衛の一種として、書きます。すると、見事な反応が敵方から、もたらされました。
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副題6、『私が、箱根、天城を旅行中の二日間に、重要な謀議が、2か所で、行われた可能性が強いぞ』

 今回、それが、非常に重要なのは、前田祝一氏の、「刑事訴訟を起こしてやる」と言う恫喝を成功させる役目を半分、担ったのが、お隣の奥様なのです。その奥様が、前田氏の恫喝が起きる直前、30分ぐらい、私と道端で会話を交わしたのですが、その内容が漏電だったのです。そうなると、心理学的にいえば、非常に恐ろしい事件です。何も物理的な変化は起きていませんよ。だけど、この5月17日に、天城高原に親族と一緒に旅行に行く事は、電話が盗聴をされているので、敵の知るところでありました。

 その夜に、天城の東急ハーベストホテル内で、私のパソコンが、急に壊れて、散々な苦労をさせられたのですが、その間に、鎌倉雪の下2丁目では、私を、訴訟という言葉で脅かす案(謀議)が、こらされており、しかも、もう一つの謀議も行われていたのでした。
 横須賀の汐入駅と、田浦の丘の上を中心として、私が欲しがっている木村光子さん所有の土地は、買わさせないという二つ目の謀議が、行われていた事を、示唆するからです。それは、2013年の五月末から、6月にかけて起きた心理学を利用した攻撃ですが、2008年から、2010年にかけては、実際的な暴力行為が、数々行われていたのでした。暗い話ですが、丁寧に書いていきます。せっかく、前田氏から、『訴訟を起こしてやる』などと言う最終兵器が、発射されたのですから、この好機を生かさないという手はありません。

 人を傷つけるという事は、傷つけられた相手にとっては、逆襲する好機なのです。天はすべてをバランスをとってくださるのです。そして、私は、絶対に、先制攻撃は致しません。ただ、やられている事を文章で記録をするだけです。それは、インテリなら良く分かる行動様式でしょう。都立大学の大学院を出て、駒沢大学の教授をしていたという前田祝一氏と、今は、専業主婦だけれど、たぶん、東大の建築学科卒だと思われるお隣の奥様はインテリの一員だと思われますが、どうして、インテリの行動様式を読めないのでしょうか? 不思議です。だから、こういう謀議は、この山以外で練られていて、彼ら、彼女らは、単に利用をされているだけだという発想も成り立ちます。
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副題7、『京都、葵祭りの、漏電を点検する映像が、NHKニュースで、出ましたが、その意味は?』

 NHKの地方ニュースは、根本的に、この敵方に利用をされています。それは、すでに申し上げていますが、この漏電によって、命を狙われたころ、・・・・・京都、葵祭の、山鉾の電源コード類を点検し、漏電を調べるという・・・・・映像が、午前11時台の、関東の地方ニュースの時間で放映をされました。これがおかしいのです。

 この地方ニュースの時間ですが、関東地方では、一都六県と言って、関東地方のニュースだけを流します。そして、京阪と言うか、阪神というか、近畿という地方では、この山鉾の電源コード点検と漏電の防止用チェックの映像は、毎年、流されるでしょう。

 だけど、関東では、毎年は、こういう映像は流されません。で、私は、これは、私狙いであろうと思い当たりました。どういう目的があったかというと、留守中にストーブを点火しておいて、コードの被膜を剥いておいたという脅しを、さらに強化するためです。非常に直接的であり、獰猛な脅かしです。
 しかし、心に余裕を持って、文章を、スピンオフすれば、最近では、私のブログにより、修正を施すためのニュースが流されます。

 たとえば、風疹の大流行を、何度も繰り返し報道をされるのは、子宮けいがんワクチン接種と関連があります。どうして風疹のワクチンを強調するかというと、以前、田村憲久厚生労働大臣が、子宮けいがんワクチンを、強制的に、中学生に投与をすると発表したので、私が激しく抗議をしています。その件の忌まわしさを国民に対して、薄めていこうとする措置でしょう。必要なワクチンもあるのだと、強調しています。だから、こちらのケースでは、少しですが、私の立場が向上しています。

 ところが、その漏電による暗殺を、企画されたころは、私の方が、本当にひどい状態に置かれていました。上の、葵祭りの、漏電を点検する映像も、それによって、私の恐怖感をさらにあおってやれという企らみだったと思います。だから、私の立場は、本当に弱かったのです。
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副題8、『トイレのドアに、黒いマジックで、矢印が書かれ、パンツは盗まれ放題だった』
 
 その頃のひどい状態と言ったらなかったです。留守をすると、実印とか、銀行のカードが盗まれました。特に電話で、本の印刷や製本をお願いしている印刷所と、アポを取って相手方に出かけた日の、留守に盗まれました。だから、電話が盗聴をされているのは確かです。今回の横須賀の土地の件でも、電話が盗聴をされている事は確かで、後で、それを述べますが、こんな人権侵害はないです。そういう連中の味方を、お隣の奥様がなさっているという事が、とても、重要なのです。そこが、今回の恫喝の、目玉なのですよ。数の力を頼んで、不正義側を正義にしてしまう恐ろしいたくらみが、今回の前田氏の、「訴訟を起こしてやる」という言葉に結実した裏側の謀議なのです。

 印刷所は、板橋区にあり、巣鴨から、地下鉄で、行きますので、交通所要時間だけでも、4時間かかりますし、そこで、交渉をしたり、データのチェックをしたりするのには、最低でも二時間はかかります。途中で、食事をとったりすると、合計8時間は家にはいません。だから、やりたい放題です。

 また、下着類の入っている引き出しからパンツがたびたび、行方不明になりました。

 トイレがどうしてか、詰まりました。30年弱詰まった事がないのに詰まりました。それを、Do it yourself 主義の主人が直しました。それを、我が家で、いろいろ、声による会話で、「あなたは偉いわね」などと、夫婦で、話し合っています。すると、室内盗聴に依るのか、トイレのドアに、黒いマジックで、矢印が書かれていました。その目的は無論、トイレみたいな汚いところを、おまえんちは、自分で直したのかよ』と、嘲笑いたいのでしょう。そして、その嘲笑を、前田家や、安野家が、もしかすると大原家も共有をしているわけです。人権侵害の極みでしょう。だけど、それを平気でするのが安野家です。だって、目に見える形での前例がありますから、確かな事です。

 ほら、私の頭にご近所の未婚のお嬢さんをスパイに仕立てて、彼女の携帯を、利用して、水をぶっかけようとした日に、『成功した(実際には成功していなかったのですよ。私は勘が鋭いので、直前で、歩を止めましたので)』という電話連絡が回ったので、おお喜びしたのが、大原家と前田夫人だったのです。夏だったから、よく聞こえました。水をぶっかけたのは安野家のベランダにいた人物です。夜の10時過ぎにそこに、人がいたのです。

 そのほかですが、留守の間に、家の中に多数かかっている額が、すべて、左側だけ三センチ下がっている事が、数度続きました。また、クロームメッキのテースプーンセットに数度にわたりいたずらが、くわえられ、一方で、ニュースが、クロームメッキ製品は、これからは製造禁止になったと言いました。
 この額と、スプーン類ですが、大原氏が、オープンハウスに来た時に、ちらっとそれらに、眼を走らせたのです。が、その直後から始まった事なので、もしかしたら、ご近所の安野家には、カギが渡されていて、それを、大原氏も自由に使えるのではないかと思ったほどです。
 まあ、そうではなくて、大原家が盗聴をされていて、彼が奥さんに、「川崎さんの家は、今回初めて二回にも挙がったのだけれど、廊下を始め、額がありとあらゆるところにかかっていて、30個ぐらいあったよ」と、言ったり、それから、「ティースプーンのデザインのいいのがあった」と言ったりしたのを、例の泥棒の専門家が記憶していて、脅かし用の情報として利用したとも考えられるのです。

 ただし、専門家が飾る額と言うのは壁にぴったりとついていて、しかも紐には、結び目があるので、素人には、3センチだけ、左側を下げておくのは難しいのですよ。画家とか、版画家と言う、専門家でないと、できない技なのです。
 と、そこまで、言うのも、「ワインが割れて」というエッセイで、既に、大原氏の軽さと、おっちょこちょいぶりを書いているので、彼が我が家のオープンハウスに来ること自体がおかしいのです。その頃、石川和子家(=鎌倉春秋窯)では、三人展を初めて開き、大勢のお客を招いて、大騒ぎをしていて、私のオープンハウスをつぶそうとしていましたし。

 そして、オープンハウスの前日、夜遅く帰って来た私は、我が家の門前に、竹ぼうきが立てかけられているのを発見しました。お客が来たときに早く帰ってほしい場合は、はき掃除をして、ほうきの音を立てると、それが、暗黙の了解事項となって、お客は帰らないといけないのだと、言われています。それを狙って、オープンハウスの邪魔と妨害をしようとしたのでした。
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副題9、『問題はアジサイ畑欺もう事件にあり、それを追及されるとどうしようもない連中が、私を、引っ越しさせたかったわけだ』

 この様な悪さは、まだ、まだ、ひどい事が連続して起きるのですが、ここで、どうして、それほど、私がいじめられるのかの理由を明らかにしないといけません。でないと、私の方に落ち度とか、原因があると、読者さんから、誤解をされます。

 すべては、アジサイ畑欺もう事件にあります。それは、安野夫人と前田夫人というマナー知らず、礼儀知らずの、ハタ迷惑行為(毎日、40代の主婦が大声で井戸端会議をする。それは、この山で、安野夫人を、筆頭にするヒエラーキーを作るためだから、内容がくだらない上に、誇示的で、大声で話が交わされるので、インテリの人たちの総すかんを食っていたが、安野夫人と、石川和子さんが、インテリとは程遠い、教養の持ち主で、しかも、動物的に強いので、私が実名で、その事情を、ブログに書き始める前まで、ずっと、行われていた。

 そういう井戸端会議に怒った、藤本夫人と言う女傑が、前田夫人に、道路を通させないという事を実行したくて起こした提案が、道(当時は幅が1mであった。それ以外は、大木や、アジサイが植わっていて、通れない状態であった)の真ん中にフェンスを作りたい。そうしないと雪が降った日に転倒者が出て、骨折する人が出て、訴訟が起きたら、私が困る』という提案をした。それが、藤本夫人が道路を電動のこで、切り開き始めて、ぐんぐん、実行され始めたので、困った会長は、私の家の花畑を犠牲にして、道路を拡張したのである。だけど、犠牲になっている私が、拒否していない東北の山部分も、損壊したので、怒った私は全体の工事を許可していない。その工事は、中谷氏、個人が勝手にやった一種の泥棒である。

 その藤本夫人の女性が一人で行っていく、工事を、止めさせるために、引っ越してきた直後の私が、犠牲になったわけであった。安野夫人と前田夫人の犠牲になったのに、最近(2013年5月22日の夕方)でも前田祝一氏に、さらに、ひどい恫喝を受けているほど、それは、ひどい話なのである。本当にひどい話なのだ。本日もそこまで書き抜きたいが、できるかな?
 特に、上に書いたように、山の損壊が行われた当夜、全戸を回って問い合わせたが、山の損壊を持ち主の私に無許可で行っていいと、賛同した人間は、一人もいなかった。恐ろしい事である。だから、これは、どうしようもない犯罪となる。もし、私が、原告となって訴訟を起こせば、そういうことになって、この山の特に前田氏は、単に恥をかく、という部分では済まないこととなる。それが、怖くて堪らないので、こういう集団いじめが行われる。
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副題10、『特に真夜中に、お隣からを装って、投げつけられる石には、参った』

 我が家にはお隣と言うと、西側一軒しかありません。東側は、八幡宮さまの駐車場にいたる山であり、南側が、川喜多映画記念館に至る山です。北側は、旧藤本邸ですが、そちらは、大きな高低差があるので、ほとんど、目が合わない関係です。
 で、お隣に、のちに、日本で、三指に入る設計事務所の横浜支店長で、横浜銀行鎌倉支店を、設計したインテリが引っ越してくるのだが、そちらだけが、お隣として意識する関係です。

 ところで、私たち夫婦は、ほとんど、そのお隣とは関係のない、東南の部分を使っていて、お隣との境には、押し入れ等を置いていたので、ずっとその存在を意識した事はなかったが、引っ越してくる前、建築中から、疑問点があって、すでに、前田家や、安野家から、一方的な悪口を、わが家に関してきいている事は、予測ができたのです。

 そして、インテリだから、夜が遅いらしくて、夜の、二時、三時まで、明かりがついている家でした。

 その午前二時か、三時に、お隣からを装って、石を投げつけられるのでした。これが、大変な問題でした。そこは、私たちが普請をした場所ではなくて、前の持ち主が、作った家で、したがって、安普請で、トタンで、外壁をおおってありました。そこに、石をぶつけられると、真夜中、家の中にいる人間には、大音響で響くのです。

 問い合わせをしたいが、やるはずのない人に、疑いをかけるわけですから、当然のごとく、大きなトラブルになるでしょう。困り果てました。それは、2か月ぐらいの間隔をおいて、二年は続いたでしょう。

 ここで、参考としたいのは、安野氏が、真夜中、お風呂に入っている私へ嫌がらせのために、夜警を装って、鈴を鳴らして、通る日々があったという事です。12時過ぎてもやるので、ある日、お風呂場へ電気をつけて、水も流しておいて、鈴の音が我が家を通り過ぎた後で、外へ出てみると、鈴を鳴らしていたのは、安野氏でした。彼は、それ以外にも、井戸端会議に文句をつけるのなら音が嫌なんだろうという感じで、毎日、チターという楽器の音階練習をしていたのです。音が良くない上に、メロディーがないので、音楽好きな私には当然の苦痛ですが、文句をつけた事はありません。
 それを書いた上で、お隣からを装って、投げつけられた石の問題に戻ります。
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副題11、『上手に解決した後で、アド街っく天国で、鎌倉小町通りの、名物第二位は、鎌倉砂岩ですって。馬鹿にするのもいい加減にしなさい。愛川欣也さん』

 その石は、道路からは、10m近く入った位置で、壁にぶつけられています。そこは、お隣からは真夜中じゅう、明かりがついている、居間から、見える位置だから、随分大胆な泥棒ですが、ともかく、そこにある大きな木のベランダから投げつければまさしく、そこに当たるだろうという位置で、壁にぶつかり、やわらかいので、2,3個に分解して真下に落ちているのでした。壁にはトタンに、凹みができていて、しかも、下はコンクリートで打ってあり、時々は、はき掃除をするので、普段はまっ平らにきれいなところなのです。そこに、凹みから直下という形で、砂岩が落ちています。

 さんざん悩んだ末に、我が家の、そこから、5メートルは離れた位置から斜めに向けて、砂岩を投げつけてみました。その事件を、一回に付き、石五、六個、使い、間に時間をあけて、4回繰り返しました。合計二時間ぐらいかかったのですが、さすがに異常だと思ったお隣からベランダ越しに声がかかったので、『ああ、お隣がやったのでは無かったのだ』とわかってよかったです。あのとき、お隣が、私に関する悪口を信じていて、三回目までは黙っていたでしょう。そのまま、ああ、やはり、お隣がやっていたのだ。だから、恥ずかしがって、無視していると考えてもよかったのですよ。だけど、頑張って、頑張って、待ったかいがありました。真夜中に石をぶつけてきたのは、有名な設計家であるお隣ではなかったのです。別の人物が、私とお隣が仲たがいをすることをねらって、やったのでした。本当に気の休まる暇もないです。

 ところが、これで、よかったと安心したら、・・・・・・しかし、いやな事がまたまた起きるので、この件をもう一回書いたところ、・・・・・・アド街っく天国で、鎌倉小町通りの特集というのがあって、愛川欣也さんが、鎌倉小町通りの、名物のナンバーツーは、鎌倉砂岩ですって。愛川欣也さん、あなた、鎌倉小町通りを通った事がないのですか? お店の連続で、どこにも、鎌倉砂岩が、むき出しのところなんてありませんよ。もし岩谷堂を言うのなら、それは、小町通りではありません。馬鹿にするのもいい加減にしてください。

まあ、司会者に頼んだわけではなくて、プロデューサーとか演出家に、そうしてくださいと、誰かが頼んだのでしょうが、

 こういうアイデアを考え出す人物は誰でしょう。今まで、名前を挙げた中の一人である事は確かでしょうが、今のところは傍証しかありません。それから、この件で、私を制服でいじめる、警察庁内の誰かさんかもしれませんよ。どうして警察が、前田家側の見方をするかというと、彼らの一味の故・石川和子さんと、その現在の夫、
柳沢昇が、私の猫が、彼らより、私を慕った事にパニックを起こして、警官を呼び、警官に、あそこの奥さんを旦那にし買ってもらってくださいと頼んだのですが、その警官がおバカさんな事に交通事故の調書を取って、私を、脅かしたという最悪の失態があるからです。

 ここは山中ですから、車など、絶対に進入してこないところなのです。それなのに、失礼極まりない事をしたわけですね。そもそも逗子や、長崎の、ストーカー事件などで、犯人を泳がせて、被害者が死んでしまう様な失敗を警察が、繰り返す時代に、猫の事で、「お隣のご主人に、奥さんを叱ってもらってください」というようなお願いに、のこのこと、警察が出動すること自体が、どうかと思いますよ。なんて、ばかげた警察であろう。
 それを私に書かれると困るので、彼らも、私を謀殺しようとしていますね。
 ああ、大変だ。
 この間の27年間、前田家も、夫婦そろって、ひどい事をやってきているのですよ。ただ、それは、本日は文章が長くなるので、書きませんが。

 今までの事は、やや、繰り返しが多かったですね。これからは、全く新しい事に入ります。
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副題12、『前田家は、どうも、三毛の美猫を飼っているらしい』

 さて、今は、横須賀の土地を買うか、買わないかの話をしている最中でしたね。この話は、本日中にそこに戻る予定です(笑)。今、ほぼ、1万字目ですが、それでも、ここまでは、前書きの一種なのです。(笑)しかも、繰り返し書いている事なので、抒情も何もないほどの、すっ飛ばし方で、ここまでやって来ました。これからは、私本来の、ゆったりと、あっちこっち、より道をしながら、かつ、さりけなくも、重要な事を文章の中にはさんでいくという書き方に戻りましょう。

 1月から不動産物件を探していて、とうとう、3カ月目の4月に、横須賀の木村光子さん所有の汐入5丁目の土地を選択することにしました。その行動の裏には、上にあげたような汚い汚い、この手の敵の攻撃に対抗する深い意味合いがあったのです。

 と言うのも、一番最初に接触をした、富士市のスズラン不動産の段階から、『変だ。おかしい。邪魔をされているぞ』と感じる事があって、それに対する戦いというか抵抗の一種として、ずっと不動産を探し求め、最終的には、その築70年の古い家、通称、木持家にたどりついたのでした。

 それが、また、こちら鎌倉の我が家の、リフォームを無事進行させる一つの手立てでもあったのです。リフォームの方も相当に怪しい部分がありました。ここで、怪しいというのは裏から手が伸びていて、大工さんが、落ち着いて、この仕事に専念ができないように、とりはから割れたという事です。
 井上ひさしを大工さんが称揚を、したりとか、サインは、いろいろあったのです。だが、今は、こちらには触れません。本日は、非常に重要な事、前田氏の恫喝を書かないといけないのですから、先を急ぎます。大工さんが、どういう裏側を、命令されていたかというのは脇道の一つで、文章を和ませるとしても字数を要しすぎますので。

 で、出来上がった我が家を見るために、前田さんの家の前まで行ってみました。我が家の全体像は、そこからしか見えないからです。特に玄関の感じをブラケット(電灯)を入れて、見てみたかったので、夜に行ってみました。じっと我が家を見ていると、ふーっと言うか、シャーっと言う猫の怒る声がします。その声がする方向を見てみると、エジプトの猫みたいな体型の三毛猫がいました。体全体が短毛で、白くて、頭のてっぺんに、まるで、中学生の、おかっぱの、髪の毛見たいに、茶色と黒い毛がある、美猫でした。『おや、おや、前田家は、犬派だと思っていたが、今は猫を飼っているのかな? この子は体重が重そうだし、何よりもプライドが高そうだ。前の黒い猫、ノエミちゃんは、虐待に近い処遇を受けていたから、他人の私でも誰にでも、ともかく、人がいれば、なついて、なついてくる猫だったけれど、私に対して、シャーっと怒るぐらいだったら、大丈夫。十分にかわいがられているのでしょう。それだけは、前田家の、進歩ですね』と思いました。

 私は前田祝一、清子夫妻に相当に、ひどい事をされていますが、感情的に憎む事は、それほどないのです。それはね。この体重の重そうな猫を見て、強烈に思い出した事ですが、我が家の猫が、体重が重いと言って、集団でいじめられた事があるからです。8年以上前ですが、この山に住む主婦たちに何人からも、「病気ではないの?」と言われた事があります。

 毎日、私の猫を、がめていて返してくれない石川和子さんからも言われたし、東京の双葉の卒業生で、礼儀正しい事で有名な中谷夫人からも言われました。また、最も誠実で、正しい観点を持っているがゆえに引っ越しをさせられてしまった石井夫人からもそれを言われました。

 無論、前田夫人が、主体となって、いじめているわけです。それは乃恵美ちゃんの体重が極端に軽い事への、劣等感の裏返しだったでしょうね。前だけでは、シバ犬を優先していて、そちらを南側の居間で飼い、猫は、北側の、トイレや、洗面所の部分で、飼われていたのでした。

 主人もそれを言うのですが、「上に立て」と。「ばかげた事をする人には、こちらが上に立て」と。ご主人が、元駒澤大学の教授であり、奥さまが、元、国学院の講師であっても、この猫の体重の事で、中学校のいじめの様な、ばかげたことを、なさった事をはじめとして、そういうでたらめないじめを、数々なさるご夫婦です。たぶん、ひどい嫉妬心が、誰かさん(?)に対してあるから、こういう態度が出るのでしょう。

 今般、最もひどいのは、「あんたに対して、刑事訴訟を起こしてやる」という恫喝を、2013年、5月22日(火)の夕方、私に対して、やって来た事です。

 内心で、『反対でしょう。こっちに、その権利があるのに』と思いますが、それは、これから、丁寧においおい語って行きましょう。
いつも余裕を持って観察しています。私が最も好む事は、考える事であり、考える事は、感情的になっていると、できない事なのです。ただ、書くスピードは、怒っているときは速くなりますね。それは、確かですが。

 そして、私の観察に依れば、ペットは飼っていないよりも飼っている人の方が成熟しているし、それも、犬よりも猫を飼っている人の方が、人間的に、レベル高い位置にいます(笑)。それは、犬派には悪いのですが、犬派は単純で威張りたがる人間が多いので、どうしても、私にはなじめません。今、真剣なものを書いているので、それがわかるのか、正座をしている私の太ももにぴったりと寄り添って、私の猫が、そばに寄り添っていてくれます。しっぽを振り振りしているので、添い寝するのが楽しいわけでもないのですが、書いているものの内容が、心配で、そばを離れられないというわけでしょう。(笑)、私の猫は、大変に感情が豊かで、その上、私の気持ちや、現況が、よく、わかっています。もっと、真剣さが少ない時だったら、お母さん、どうして、お父さんと一緒に居間にいないの?と言って、うるさく、そちらへ行くように誘うのですが、今は、それをやりません。
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 さて、ここまでで、16670字です。実は全部、この章の前振りです。本日、本当に書きたかった事は、残りの、3330字ではとても書けません。それで、次の章へ回します。悪しからず、ご了承をいただきたく存じます。次の章もツィッター方式で書きますが、

  現状では、タイトルを、『お隣の奥様は、漏電という言葉が、私に及ぼす特殊な意味を知っていたかな?・・・・前田祝一氏の恫喝ー2)』と、よ抵抗を入れております。そちらも、一万字を超えるところまでかけたら、公開いたします。本日は、前振りと言うか、導入部分だけで、終わっていますが、お許しくださいませ。

   2013年6月4日から書き始め、8日の午前零時半に推敲を・・・・やっと・・・・終える。
                雨宮舜 (本名、川崎千恵子)
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北の国からの、印象的な火事の場面と、2013年に、漏電による火災が頻発するわけについて、

2013-06-04 04:13:02 | 政治

 以下の文章はスクロールすると、この上に出てくる、ブログ、
の字数が多くなったので、スピンオフとして、独立をさせた一文です。

副題1、『TVドラマ、北の国からの中での、印象的な火事』

 『北の国から』と言う名作ドラマがあります。子供たちが見ていたので知っているのですが、一時間ドラマとして、一年間放映をされた後で、夏休みと、冬休みごろに、2時間の特集が何年にも、わたって制作され放映をされました。
 名作ドラマですが、ただ一つ残念なのは、この撮影中に大友柳太郎氏が、自殺をしてしまった事です。映画やドラマという集団で製作される芸術作品には、スケープゴートが、作られるのではないかと、心配をしています。

 が、それでも、名作である事は確かで、印象深いシーンがいくつもありますが、最も印象深いのは、火事の件です。お父さんが、せっかく作った丸太小屋が、ストーブの上に、洗濯物を干したせいで、消失してしまいます。その責任は主人公にあります。安易な、干し方をしたので、洗濯物が落ちて燃えた事が火事の発端でしたから。
 ところが、その責任の重さに、主人公は打ちのめされて、「自分のいい加減な行動の結果です」と、いう告白ができません。それは、主人公が東京で生まれた子で、小さくても、都会的であり、一種のインテリでもあって、したがって、気が弱いのです。あれこれ、考えるので、かえって勇気が出ません。そこを、さっと隣の少年(=田舎育ちで、素朴だという設定がなされている)が、罪をかぶってくれます。大変印象的な映像でした。
 画面も、今までロケで、ずっと使ってきた丸太小屋を、実際に燃やした模様で、迫力がありました。

 ところで、この火事は、とてもわかりやすい形です。燃えやすい木綿の布が、マキ・ストーヴの炎の焼かれている鉄板の上に落ちたから、加熱して燃えだして、そこから、さらに上に干してあった、別の洗濯物に燃え移り、天井にも燃え移り、大きな火事となって行ったわけですから。

 そして、寒い冬の話だから、部屋の中で、暖房を入れる必要があるわけです。

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