銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

鎌倉市の防災無線こそ、私固有の説の、最大の傍証となる。

2012-10-31 05:23:15 | Weblog

 午後三時に突然に気が付いたことをここに入れて、タイトルも一時間半ほど変えておりました。だが、スミダ被告が、どうも、グリコ森永事件にも関係があるらしいと、言う部分を思い出し、その暗闇の深さをかんがみて、そこに入れていた部分を後ろへ回し、いつもの通りの、ブログ(政治もの)へはじめは、入ります。

 最初に書いた前文も、短くして、それも、ここに置きます。
本日の文章も、ツィッター方式で、徐々に公開をさせてくださいませ。二万字の制限いっぱいまで書くつもりです。それで、本日分の初稿は、午後〇時半に完成しました。そこで、因果関係のうちの一つは、完璧に、まとまっています。

 ただし、タイトルをどんどん変えていきますし、細かいエピソードを抜かす恐れもあるので、途中で、お読みいただくのもそれなりに一興なのですが、

 というのも、そこに誇りを抱いてもいるのですが、ここには、ほかのブログの5倍の量とテーマが毎回、包括されていると、自負しております。途中でちんたらしているのは、そういう書き方をしながら、対・敵(パソコンへのバグの入り方やら、ニュースの組み立て方を見る)の状況やら、環境を、勘案し、内容を決めていくからです。

 読者の皆様へのサービスという意味では、欠けておりますが、長年の経験で、こうしたほうが、よいと判断をしております。そして、そういう裏側をさらすことができるようになったのも、相当に、状況が改善をされているということを明かしております。だけど、一瞬の隙もなく、逆襲が行われます。油断も隙もないという感じです。

副題1、『30日のNHK ニュースのトップはニューヨークのハリケーンだったが』
副題2、『鎌倉の防災無線は、諜報行為の在り方に関する、重要な判断材料となる』
副題3、『フィッシングという、IT分野の犯罪について』
副題4、『オスプレイ配備の問題は、どこに消えちゃったのだろうか? 尖閣諸島の方はどうなっていますか?』
副題5、『スミダ被告の写真が間違っていたという報道について』

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副題1、『30日のNHK ニュースのトップはニューヨークのハリケーンだったが』

 私は、文章を書く際の判断材料の一つとして、銀座の画廊巡りで、意地悪をされることを、重要視しています。ところが、酒井忠康氏のとんでもなさについて触れるために、とうとうそれを止めました。
 酒井氏の役割は、この国を支配するために文化人を使うの典型で、かつ美術界の大物であり、鎌倉の住人だから、最大に利用価値があるとみなされていて、陰に陽に攻撃者として建ちまわっている人だから、そこから、この国の解明ができるからです。

 大体似たような存在として使われているのが、井上ひさし、柄谷行人、大江健三郎、坂本龍一、小沢征爾、坂本龍一、野見山暁司、北野武監督などですが、もう少し下の段階で使われているプチ文化人も大勢いて、最近集中して書いているのが、銀座の画廊のオーナー、栗田玲子、画廊るたんのオーナー、柴田悦子さんなどです。

 今、30代や20代の若者の将来性のなさが、大問題になっていて、喫茶店のお隣のアラフォーの女性客さえ、彼らの将来を心配してあげているのですが、最近では学校へ通っているこども世代の中に、絶望的に、貧乏な状況が出現しているそうです。可哀そうな状況の子供たちが大勢出現している模様です。が、そういうものを抜本的に改善していくためには、私がこの世界で開示していく情報が、国民共有の知識となることが必要なのですが、そうなっては大変だから、上のような文化人が抑え役を担うのです。

 でも、その銀座の画廊巡りを止めました。かつ、ご近所を使って、悪さを仕掛けてくると、また、すぐ私がそれを書きますし、したがって、ご近所様も暮らしにくくなりますね。・・・・・このポイントですが,机上の空論として、長い間ご近所を使い切ってきた、瀬島龍三、井上ひさし、伊藤玄二郎、を、ひどく、忌まわしいと私は憎みます。

 が、ともかく、彼らは面白半分で、「新しいいじめ用アイデアが生まれた。実行させてみよう」と次から次へとご近所の住人を利用して、しかけてきていて、かつ、それが、ばれるとさらに恐ろしいことを、遠方で起こします。
 それが、前報で、言った各種の殺人事件です。被害者に何の落ち度もないのですが、殺されるという恐ろしさ。
 だからこそ、2010年の4月9日に、井上ひさしは、自分を急きょ、死んだことにしたのです。 

 その前日に、私は鎌倉春秋社を訪ねて、「自分の個展に来てください」と発言をしています。むろん、その前から、いろいろ彼らの悪を間接的に、におわせていますので、親しいという間柄ではありません。が、それでも、彼らに『来てください』と言いに行ったのは、私のその時点での、個展こそ、最悪の罠であったし、それを、私がちゃんと見破っていますよ』ということを知らせに行ったのです。その同じことを最近では、ブログの文章で、60%までの真実を書くという形をとって、公開しているわけですが、二年前、特に3.11前は、私も慎重の極みであって、できるだけ当事者間で物事を処理したいと思っていました。
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副題2、『鎌倉の防災無線は、諜報行為の在り方に関する、重要な判断材料となる』

 例えば、板橋の資産家夫婦放火殺人事件が、その井上ひさしの死亡の一年前に起こされていて、かつ、そのあとで、大相撲壊滅作戦と、私が呼んでいる忌まわしい一連の報道が、なされ、伊藤滋、奥島孝康、の二人が表に出てきました。両方とも、早稲田の教授です。伊藤滋氏は、東大経由、だが、奥島氏は、早稲田生え抜きの人材です。
 これを見ても、早稲田が、諜略行為の温床となっていることが証明をされます。で、成岡庸司という元早稲田の革○のトップが最大限に重要になってきます。新左翼とは革命主義の存在ではなくて、国際的軍産共同体が、生き延びていくための最大限に役立つ装置となっています。
 埴谷雄高氏だってそうだし、柄谷行人氏などもそうです。

 その二つ両方に、伊藤玄二郎と、井上ひさしは、アイデアの提供者として、噛んでいるでしょう。むろん、実行者ではありません。放火をしたのはブルーカラーとしてのエージェント・・・・(いわゆるスパイのことだが、日本人だったら、革マルの三里塚闘争時などにリクルートをされた特別に乱暴な、人間たちであろうし、

 黒髪のアジア人だったら、韓国や、中国で訓練を受けたプロのアサッシン)・・・・がやっているのです。

 でも、個展の裏側を看破したということは当然のごとく、そちらについても、わかっていると、井上ひさしは、考えて、急きょ、自分を死んだことにしたのでした。死んでいる人間の悪を書き連ねていくことは死者にムチ打つと言って、忌避されるべきことだとされていますよね。だから、私の方が悪者と見えるだろうと、見越して、死んだことにしたのでした。

 成岡庸司君が同じようなことをすでにやっているとすれば、その先例があるわけですから、怖くなかったでしょう。
 だが井上ひさしとは、ずうずうしいことこの上ない人物で、3.11以降、広告が自粛をされた中で、唯一復活した、新潮社の彼の書物の刊行はなんと、13日に日経新聞の最終面に登場しました。あくどさも極まれりです。
 巷間に噂をされている、3,11の大地震は、日本海溝で、人工的に起こされたというのが真実なら、彼はそれを内心で、喜んでいた可能性すらあるのです。だから、この広告を打たせた。

 むろん、死んでいることになっているので、その企画を表社会において、実行したのは別人でしょうが。

 井上ひさしが、まだ、生きていて地下潜行をしているということへの証明はいくらでもできますが、本日はそこには触れません。ただ、彼本人に向けて、『私はわかっているのですよ』という意味で、書けば、鶴岡八幡宮様が、安野家の日当たりをよくするために、数本のタブしいの枝払いをなさったでしょう。「あれも、そのあなたが生きていることの証明の一つでしたね」とここで書いておきましょう。
 この安野夫妻というのは、我が家から10メートル北東に住んでいる住人で、敵方が、私を弾圧するために、もっとも、利用している夫婦です。頭から水をぶっかけてきたり、娘が偽痴漢に襲われて、それを救出するということで点を稼いだり、種々様々な悪いことを私に仕掛けてきているこの山、最大の悪人です。

 日常生活に支障をきたすほどの悪を、25年以上の長きにわたってやって来ています。また、ほかの人間ににらみを利かせるのも上手で、奥さんの方は、いわゆる悪の女王蜂の典型です。旦那の方はよくわかりませんが、実子が三人もいるのに、前の奥さんと離婚をして、今の奥さんを迎えたのですから、酒井忠康氏のところで、『あのひとは、良心を失っている』と判断しているのと同じコンセプトで、語ることのできる人物です。


 表向きの理由は、「鎌倉市の防災無線放送が、この山の人たちに、よく聞こえるように」ということでしたが、それを貫通するためには、むしろ我が家の東南にある大木の枝払いをした方が、ベターです。しかし、神経に触るような嫌がらせだから、安野家を重んじていますよということを見せつけたくて、音に関しては、役にも立たないが、安野家の日当たりがよくなるという意味では有効なる、そこを切ったのですが、

 その鎌倉の防災無線放送こそ、最大限の傍証材料として、井上ひさしが、まだ生きていて、地下潜行をしていて、この日本と日本人を支配する各種の諜報行為のアイデアを出していることの判断材料となっています。最初は鎌倉防犯協会が、発信するという形でしたが、内容が見事に私が下書きとして書いているそれと連動をしていて、その時間差は、15分程度でした。特に井上ひさしについて書いたときにそれが起きたので、確信するようになってきています。
 また、前は「鎌倉防犯協会からのお知らせです」という形でしたが、最近では、『鎌倉市です。鎌倉警察署からのお知らせですと、何々となります』という形へ変更になっていますが、これも、私の文章をチェックしていて、必ず、「文章が間違っているのだ」という方向へ持っていくという作戦がとられていますが、その作戦上、発信者名を変えてきたのだと推理しています。

 ところで、殺人などの行為の実行者は、アジア人、もしくは内ゲバを繰り返したとされている乱暴な、かつ無名のブルーカラーを利用するのですが、それらの人間は、1960年代は、新左翼と呼ばれて学生運動をしていた連中が、含まれている可能性もありますと先ほど述べております。そのトップは、成岡庸司君なのですが、

 当時は犬猿の仲であった共産党系の、論客としてトップであるのが井上ひさしです。ところが、最近のニュースを見ると、彼こそ、この手の諜報行為のアイデアマンとして、トップクラスの働きをしていますので(むろん、コンビとしての、伊藤玄二郎の精神的なサポート(?)も大きいでしょうが)不思議だなあと思っている次第です。

 そこまでが、見抜けてことは、長生きしてきたことの良さです。特に最近五年間、すさまじいレベルで、毎日、24時間苦しめられてきましたが、その見返りで得られた一つの知識なので、皆様にもお伝えしておきたいと願っているわけです。

 それから、こういう知識に基づいて、「原発反対デモには参加なさらないようにね」と、繰り返し言っています。「ああいうところにはスパイがいて、あなたの一生に傷がつきますよ。真面目な人であればあるほど、そうなります。または不真面目で、乱暴な性格を持っていると、リクルートをされて、ブルーカラーとしの駒になります。上から支配される人となります。または、内容がよくわかっていない行動としての悪へ駆り立てられます。おやめなさい」と、繰り返し言っています。

 彼らが、私をいじめたいときは、その原発デモの報道が多量に出ます。だが、最近はとんと、それが報道をされていないでしょう。
 今週の末に、又取り上げられたら、それは、私の文章が正しいということを示しています。
 それを、証明理由として、あげておくだけで先へ急ぎます。
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副題3、『フィッシングという、IT分野の犯罪について』

 さて、私が、ニューヨークのハリケーンについて、冒頭に書いたのはわけがあります。それが、ニュースのトップに来るという日は、珍しくも調略に関する報道がなかったということを指します。

 最近も毎日、そういう種類のニュースが繰り返されました。
 石川和子(=伊藤玄二郎の愛人だったことがあり、我が家の近所で、傲慢という側面で、迷惑の限りを尽くして来る鎌倉春秋窯の先生、今は死亡済み)、柳沢昇の夫婦が猫のことで、警察を巻き込む大失敗をして以来、それが、起こり始め、繰り返し、繰り返し、国民を脅かすニュースが報道をされます。
 特にNHKのニュースは、そのテイストをさらに強め、拡大して、国民を脅かします。

 11日に中国の艦船の、尖閣周辺の、攻撃を報道を辞めたのは台風の接近があったので、中国の艦船が出なかったからですって。嘘ばっかり。

 最近のニュースはすべて、この鎌倉エージェントの二人を助けるために作らたものばかりです。最近のものだけでもざっと列挙すると、

 *1)片桐警察庁長官の謝罪姿が二度テレビに映った、成りすまし脅迫・誤認逮捕事件、・・・・・落合洋司という弁護士が、クローズアップ現代に登場したのですが、完璧にでっち上げでしょう。

 声涙下るという形で、冤罪の怖さを訴えた、父親という人間は、警察の中の人間のうちで、演技が上手な人間が、テレビに、首から下を映させたのです。

 で、この私の推察が、確かだったでしょうから、警察庁は面子をかけて、ほかの事件を掘り起こしてきました。猫が、失敗をした時に毛づくろいをして、気まり悪さを隠すといった体の犯罪です。

 そちらは、フィッシングと言って、アプリをダウンロードすると、こちらの携帯に入っている知人の名前や住所等のデータが、即座に相手方にわたってしまうという犯罪です。それを出会い系サイトのお客勧誘に使ったとのこと。

 こういう犯罪はあるはずです。実態を伴っていて、警察は以前から把握をしていたでしょう。だが、ここで、逮捕という形で、使ってきたのは、例の成りすまし犯罪が見事にも「でっち上げでしょう」と、言われてしまい、それを、無理に真実だと強行すると、さらに、古村浩三君とか、石塚雅彦氏が追い詰められるという判断があって、ほかの事件へと問題を、移行をさせたのです。すり替えたと言ってもよい。

 そして、先ほども言ったように警察の面子もありますからね。
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 ここで、挿入ですが、私は携帯を一切使いません。もっていますが、常に作業台兼食卓として使っている大きなテーブルの上においてあって、外出時は持ち歩きません。しいて言えば主人との買い物用の連絡にのみ使っています。

 現在まで、主人は三回ほど、機種を取り替えていて、そのたびに一応家族として私も携帯の契約をしています。ところがあまりにも使わないので、主人がお金をもったいないと言って、必ず契約を切られてしまうのですが、最近では携帯を持っていないということがマイナスのイメージを持つと判断をし始めたので、改めて、スマホの第四世代で、契約を結んでいます。五年ほど前なら、『私って、文化人ざあますから、携帯は、持っていません。ああいうちゃらちゃらしたもので、自分を支配されたくないのです』が、通用したと思うのです。知人にもそういう雰囲気で、はっきりと「持っていない」という人がありました。
 だが、最近は違います。
 つまり、「この人って、特別に貧乏なのではないかしら?」という誤解を招く恐れもあります。それを恐れて、契約はしていますが、使っていません。
 とても便利なものだとは、知っていますが、一切使っておらず、パソコンの方も、21台分のノートンを総額、10万円近くのお金をかけて持っていますので、万全の防衛態勢を敷いていますので、悪い作用をするバグが入れこめられていても、それは、ウィルスではなくて、特定の人間が、私を狙ってやっているものだと、いつも判断をしております。

 そして、その攻撃も、とても複雑ですから、ウィルスではないことの証明になるので、皆様に、説明をしたいと思いますが、彼らは、「それに困っているのだ」と判断をして、さらに、責めてきますので、どういう被害があるかを語りません。お許しくださいませ。昨日だけ、ポインターが所定の場所から飛んで行ってしまうと申し述べましたが、 
 ほかに、私以外の手で、外から文章の中の数行だけを、青い色の選択をされてしまって、そこの文章が急に飛んで行ってしまうという仕組みも多用されています。

 これは、クラウド(グー=OCN=NTTのスぱパコン)に載せてしまう前にそれが、起きると、文章が、意味不明で、わからないものとなります。最近はすぐ気が付いて直すようにしていますが、こんな複雑なウィルスはありません。

 特に古村浩三君、および、石塚雅彦さんについて、語るときに、それが頻繁に、起きるので、ウィルスではないことは、確かでしょう。この二人は国際基督教大学で、私がキャンパスを同時に使用した間柄ですが、彼らは、一方で、寮の同室者として、ロックフェラー4世とも友達である可能性が強いのです。

 二人とも日本社会における超が付くエリートですが、いろいろなことを、特に、私に対しておやりになって来ています。

 で、私は、IT的には予防を完全にしておりますが、皆様には、警告はしておきたいです。便利なものとしての携帯は、あなたがオピニオンリーダーにでもなったら、一気に、自分に対する凶器となるのだと。

 よく、スカートの下からの、下着の盗撮で、偉い人が捕まるのも、この機能を利用しているでしょう。傍受というらしいのですが、今は写真類は、あなたが、ネットに連絡していなくても、自動的にネットにつながる形式になっています。それから、画像だけではなくて、音声についても、盗聴もできるはずです。それは、電源を落としていても、あなたが誰かと会話をする限り、盗聴をされてしまうでしょう。

 それぐらい高機能だと思われるので、それだけに、凶器となった時の、あなたの不自由さは計り知れません。GPS機能は完璧にあるのは、広く知られるようになっています。どうか、お気を付けくださいませ。
 有名人、特にライターで、自殺をする人がいますが、こういう機能を利用して、どこにいても、脅迫行為にあうので、やがてノイローゼになって行き、うつ病にまで、進展して、自殺をしてしまうのだと感じています。そういう形で、少しでも正しい発想をする人間は、間接的にでも殺されていきます。自滅という形をとっていますが、実質的には、他殺でしょう。

 私も征服のガードマンがどこにも表れるという形で、嫌がらせ(=一種の脅迫)を常に受けております。最近でも、26日の金曜日にもJRのガードマンが大船にも鎌倉駅にもいました。それは、夜の9時前後で、両駅とも、全く安全な場所です。 

 これは、パソコンにバッテリーをつけたままにしておくと、電源を落としていてもGPS機能が効く可能性があるのだと判断をしてます。だから、これほど、タイミングよく追尾されるのですが、携帯はともかくとしてパソコンを持ち歩かない生活は、私にとっては不便極まりないものなので、仕方がなくて、持ち歩いています。まあ、音声だけでも把握をされないであろう、古いタイプを持ち歩いていますが。
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 ここで元に戻ります。
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副題4、『オスプレイ配備の問題は、どこに消えちゃったのだろうか? 尖閣諸島の方はどうなっていますか?』

 ところで、この二日ほど、尖閣諸島の件での中国の艦艇出没についてのニュースがNHKに登場しません。どうしてだかご存知ですか? 

 それは、前報に書いているように、種々の、疑惑の犯罪があって、それは、政治的なものであり、被害者に落ち度はないと言っていますね。
 政治としては何が目的かというと、

 日本、および、日本人の間に、深い絶望感を醸成することにあります。「この国って、悪い国になってしまっているわ」という気分を作り出し、国民の元気を奪うという点にあります。元気な国民に対しては、被植民地化しにくいのです。キュリー夫人がおさなかったころのポーランドもしかりですね。ロシアと、ドイツに挟まれていて、帝国主義の犠牲に長い間なってきているポーランドですが、国民は気概に満ちています。
 そして、大げさで、奇妙な犯罪が起きると、警察の勢力が増します。

 この警察ですが、国民の税金で運営が、賄われています。国民のためになる働きをしてくれればいいのですが、一部の特権階級の方ばかり目が向いています。
 その特権階級とは、天皇陛下でもないし、野田総理大臣でもありません。米倉経団連会長でもないし、岡本商工会議所会頭でもないのです。稲盛さんは、いささか以上に、そちら側の人ですが、・・・・・

 私の見るところでは、現在の日本での最大の特権者は、瀬島龍三と成田豊(両人とも、すでに、死んだことになっています)、それから、鎌倉エージェントである、伊藤玄二郎です。現在生きている人間として、自分のために警察もNTTも東電もNHKも支配下に置いている、伊藤玄二郎ほどの、特権者はいません。彼がどうして、それほどの特権者となっているかというと、その背後に、現代日本の最大の特権者である、アメリカに最も多くの人材が住んでいる、
 大富豪たちがいます。そして、彼らは、自分たちの意志を体現するブルーカラーの労働者として、アメリカ政府高官や、CIAを支配しています。そちらに拾い上げられて、特権を与えられていて、彼からか、別ルートからか、既に、同じような資格を与えられていた井上ひさしと二人で組んで、やりたい放題のことをやっています。
 しかし、彼らの悪人ぶりを次から次へと暴露しているのが私です。

 でね。オスプレイの配備も、尖閣諸島の攻撃も、竹島問題も、従軍慰安婦問題も、すべて、その伊藤玄二郎と、石川和子さんが、元愛人だったということを隠したいという動機から始まっています。

 そんな小さな動機から始まっていますが酒井忠康氏、それから、誰彼と、馬越陽子(油絵の作家)さんとか、山本容子(版画家)さんとか、時田史郎君(元福音館社長)とか、膨大な人間が巻き込まれていますので、かれらは、それらも守らないといけなくなって、必死なのです。

 挙句の果てには、東大卒の建築家同士で結婚をしているらしい西隣さんや、東側の隣人である鶴岡八幡宮様も利用しているし、榊原節子さん(皇后陛下の従姉妹です)も利用しています。

 全部ばれないと思って始めたことらしいのですが、私には、すべてその因果関係は、わかっています。ただ、その時にすぐ瞬間的に描くかというとそうでもないですが・・・・・

 でね。私が最も嫌がることを、やって来ています。

 それが、オスプレイの配備であり、竹島上陸であり、尖閣諸島問題です。それらは、すべて、いじめですから、日本と日本人を脅かし、いやな気分にさせることが目的です。

 で、どうして、最近の数日、それが報道をされていないかというと、とうとう、最悪の部分まで、私が開示し始めたからです。

 世田谷、一家殺人事件、長崎一家殺人事件もひどいものですが、板橋資産家夫婦、放火殺人事件もひどいですね。それから、ギャラリー山口のオーナーの他殺、およびそれに似かよせて起こされた、オリックスの若手投手のキャンプ中の飛び降り自殺など・・・・・

 私は特に板橋の資産家夫婦放火殺人事件が悪質だと思っています。そして、これが、諜報行為として行われた可能性については、さらに傍証があるのです。ただね。書くのに苦しいのと、2010年の秋に、私のこのブログを読んでいらっしゃるか、AOLのメルマガを読んでおられる方は、一部の現象についてはご存じでしょう。

 老人ホームのそばで、急に夜警が始まったのは、我が家の近所で、真夜中の12時すぎでさえ、私がお風呂に入っているのを脅かすために、安野氏が、鈴を鳴らして通るのを、私狙いの特定の、脅かしではないと、言うために起こされたものだとか・・・・・
 だから、ここでは付属の説を開示しませんが、その事件が起こされた経緯って、特に、

 そういうコンセプトって、古村君がアイデアを出している、私のパソコンが使いにくくなること、を、まるで、別世界のウィルスがやっているように、繰り返しウィルスの脅威が、報告されるのと、流れとコンセプト(概念)が、全く同じです。そこが重要です。

 前報を書いたのは、全く持って、死ぬ思いでもあり、例の30%規制を大きく破った内容ですが、さすがに、そこまでわかっているのなら、尖閣の件も竹島の件もオスプレイの件も、そのうち、彼女の筆で、本当に諜略行為であったことがばらされてしまいかねないと、伊藤玄二郎一派が考えたとみなされます。

 その前の、瓜南直子さんとか、酒井忠康氏、渡辺幸子さんとか、栗田玲子さん、柴田悦子さん、画廊るたんについて書いている段階では、彼らは高をくくっていました。美術界の、人間なら、すべて、こちら側の味方にできると思っていた模様です。

 『あいつなんて、一個人にしか過ぎないさ。世田谷美術館と、神奈川県立近代美術館、それから、慶応大学卒の、南條史雄氏が、館長である森美術館の三つを抑えておけば、美術界全般をこちら側に引き寄せることは可能さ』と、高をくくっていたでしょう。
 ところが、鎌倉市内、特に山の内側にある機関(または、組織)についてあれこれ書かれることは、伊藤玄二郎にとっては、身を切られるようにつらいことだと思われます。

 というのも、それらの組織や機関からは、薄々『伊藤玄二郎って嫌な男だねえ』という見込みを得られてしまっているからでしょう。鎌倉市内で暮らしている、ひとかどの人に、「伊藤玄二郎、彼のことを知っているでしょう?」と問い合わせると、みなさん、異口同音に「知っていますが、親しくはありません」と答えます。

 みんな彼が人たらしの天才であることは知っているが、一方で裏から手をまわして恫喝をしてくるやくざめいた恐ろしい部分を持っていることを重々に知っているのです。

 ですから、この文章を、レザンジュ、鎌倉グローブ、覚園寺さんなどが、お読みになったら、震え上がりになるし、そういう人に読まれることを、伊藤玄二郎側も最も恐れているでしょう。どうしてかというと彼は一方では悪人ですが、一方ではかっこつけていい人と呼ばれたいのです。だって、ポルトガル国のエンリケ皇太子勲章を受けているのですよ。そして、関東学院の教授でもある。いい人ではなかったら、両方とも大変なことになります。

 また、企業の経営者としては、上記三つの企業体(まあ、覚園寺様は、始業とは言えないが、本堂を再建したいとお考えならお金は集めないといけません。後の二つは完璧な企業体です。そして、本格的に怒ったり戦ったりすると仮定すると、別に伊藤玄二郎より隠したともいえないのですよ。だけど、蛇ににらまれた蛙状態になっていらっしゃる可能性はあります。

 ここですが、井上ひさしは、『僕は除外して、考えてください」と、うそぶくはずです。
『僕は鎌倉の住人を相手にお金儲けはしていませんから」と。だけど、私は、鎌倉駅ホーム上の喫茶店が閉鎖されたのは、確実に彼のせいだと考えています。 
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副題5、『スミダ被告の写真が間違っていたという報道について』

 午後三時に入れる前置き、
NHKニュースで、朝と、昼に、スミダ被告の顔写真が間違っていました。アナウンサーが、昨日は、どういう風に発言をしたのかを知りません。昨日は夜のニュースを見ておりませんので。

 だけど、これは、NHK側が嘘をついていると感じます。

 スミダ被告の顔写真はたぶん正しかったのです。が、この今回のブログ文の中でも、以前にも、私が『顔を見せない被害者の事件は、でっち上げの嘘の事件の可能性が大だ』と言っています。毒入り餃子事件もそうですし、今回の、お茶大付属幼稚園や、伊勢神宮への脅迫メール送り付け、成りすまし疑惑・誤認逮捕も、でっち上げ事件だと言っています。その私固有の説が正しいからこそ、今回急にスミダ被告の顔をひっこめることにしたのでしょう。
 司法とは、三者の協力で、できています。検察、裁判官、弁護士です。検察に行く前が警察です。

 司法がとてもおかしくなっていることには既に気が付いていますが、
司法の前の段階の捜査の段階で、これほど、警察がおかしいとは、思いもよりませんでした。

 もちろんね。ここで、こういう主張をしていると、警察がまた、再度態度を、変換してくる可能性はあります。これから彼らが、どう出るかはわかりません。ただし、それは、スミダ被告の別の写真を出してきて、最初の方は間違っていましたと、言う言い逃れで、逃げ切るということが考えられるということです。

 が、最悪のケースでは、これから将来、どんな事件でも顔写真が出なくなる可能性があります。これってひどいです。でっち上げ事件と、そうではなくて、本当に起きた事件の判別ができなくなります。

 ただ、最近では、秋田の犬の首輪を使って監禁し、全裸で放置していたので、ある行方不明の御嬢さん、(親は探していたそうですが)が死亡したケースでも、

 で、元に戻ると、成りすまし誤認逮捕の方は、そっちはでっち上げの事件だから、永久に関係者の顔写真は出てきません。で、それを、奇異に感じさせないがために、スミダ被告の写真も出さないことにしたのでしょう。その可能性が大です。ところで、今大急ぎで、そのニュースをライブドアのサイトで確認しました。すると、読売新聞もそれを使っていて、謝罪をしたとのことです。
 しかも、本人は記者会見を、30日にしたそうです。どうしてもっと早くやらなかったのでしょうか? 変ですね。一応正しいように見えますが、どっちとも言えません。本当に間違っていたのなら、その記者会見のユーチューブを見たいものです。

 いずれにしろ、訂正や、抗議に、時間がかかりすぎています。それも、似た顔の人が演技として記者会見をした可能性が強いですね。

 まあ、このタイトルは将来、訂正する可能性もありますが、・・・・・一応の直観として、ここに入れておきます。

 と、書いて、インターネットサーフィンをしました。その間違えた人物の記者会見を、見てみたいと思ったのです。

 ところが、YU TUBEにもその実物がないです。それも変だなあと思っています。
 一億人以上の人に間違えられたのですよ。その記者会見は、YU TUBEに載せるか、NHKがそれを放映するべきでしょう。どこにも見えない。変だ。

 それで、実は、この文章は、上の鎌倉エージェントの部分をもっと、膨らますはずでした。ところが、ここで、突然に、スミダ被告の顔写真が間違っていたという報道に関する、私固有の解釈が入ってきました。

 一般の読者、とか、一般の、人はメディアが悪いという論調で統一をされています。だが、私は全く異なった解釈をここに入れたので、それだけで、さらに疲労したので、この文章は、ここで終わりとさせていただきたいと思います。明日誤変換を直して、署名を入れます。

コメント

世田谷一家殺人事件と、板橋資産家夫婦放火殺人事件の二つの間の、相似点

2012-10-29 03:37:15 | Weblog

 これは、月曜日の早朝に上げた、『実は私は、ある大富豪と親戚の仲です』を改題したものです。とぼけた、かつユーモラスなタイトルをつけておいたのは、無論のこと、この文章が重いからでした。
 この文章の中に書いてあることは、私が過去に書いたものの中で、最大級に大きな謎を含む部分で、しかも大体が悪をなす敵(国際的軍産共同体の支配力を増すために活動をする部分)であっても、この悪は、道徳的にも最悪の部類です。で、当然のごとく、私にとっても、最大級で、書くのも考察するのもしんどい部分でした。

 ですから、わざと、とぼけたタイトルをつけておいたのですが、本質は、ユーモアからははるかに遠いので、より近いタイトルをつけなおします。

副題1、『27日(土)には、我が家からは、近美・鎌倉館には入れなかったのだけれど』
副題2、『世田谷一家殺人事件を、今、読み解こう』
副題3、『ギャラリー山口のオーナーの、死は他殺であるだろう』
副題4、『板橋の資産家は、どれくらいお金持ちだったのか、シュミレーションをしてみましょう』
副題5、『事件の後で、家族間のいさかいだろうという報道がなされているが、それこそ怪しい』
副題6、『渋谷で、映画館を探し迷い、そのために、居酒屋で道を聞いたのが三月だった』
副題7、『実は親戚に大富豪がいます』
副題8、『気持ちをどう立て直すか?』

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副題1、『27日(土)には、我が家からは、近美・鎌倉館には入れなかったのだけれど』

 皆様、私はすでに、26時間起きています。別に悩みはないのですが、前回お約束をしていることをどう描いていくかに、やや、迷いがあります。それで、ずっとパソコンのゲームなどやりながら考えています。

 私と皆様は生活が違うのです。経験も違うのです。

 で、私が考えていることを、60%以上も開示すると、皆様も読むのに、疲労困憊なさるでしょう。書いている私の方も疲労困憊しております。

 あのね、「画廊でお茶が出ませんでした」とか、「有名画家に威張りまくられました」というようなお話は、軽いですね。「猫のことでごたごたしました」というのもね。

 また、そういうのの最新版としては、神奈川県立近代美術館に、今、私の家の方(=ふつうの入り口、で、北鎌倉街道から入る方)は入れません。これも笑っちゃうほどの、私狙いのいじめです。写真を撮ってありますので、後で、ここに入れ込んでもいいのですが・・・・・
 鶴岡八幡宮様のトップがなさっていることか、美術館のトップがなさっていることかはわかりませんが、

 私の方は、そんな、事へ「へでもない」という感じです。そこは、アメリカキササゲという珍しい大木があったのに、エージェントたちの讒言により伐採をされてしまった場所であり、それが30%ぐらいの原因で、天のお怒りを買い、大銀杏が倒壊したと、私が見ている場所です。
 まあ、この大銀杏の件だけは、そういわれると、八幡宮様も痛いでしょうが、あとの、30%は、私のご近所主婦のすごいいじめの影響でしょうし、あとの、20%は銀座などの美術界で、酒井先生が、私をいじめまくっていることの影響でしょうし、

 残りの20%は、尖閣諸島に、中国の艦艇が出没するような、世界的なニュースを使ったいじめによるものだと思います。
 ただね。この比率は正しいものではなくて、天からご覧になったらどうなっているかはわかりませんが・・・・・

 でもそれ
・・・・・特に石川和子と柳沢昇の猫を巡る大失敗を、繰り返し書いているのは、その後ろにすさまじくも悪意ある、政治的な諜略も控えているから、そちらについては書きにくいので、いつも、その手の下世話な話ばかりしているのです。くだらないと、皆様がお考えになるのは、重々知っております。だけど、それ以外の本当のところは、私も息が詰まるほどの、エピソードの連続なのです。
 ほとんど、日本国の総理大臣と同じレベルで、私は狙われているのです。精神を病め、精神を病めとね。

 しかも、最近もパソコンへの攻撃はやみません。今の攻撃の種類はポインターが突然にほかの場所へ飛んでしまうという形です。これはゲームをする時に、困難が生じるバグですが、こういう文章を書いている時も、同じことをやられます。終わりがない攻撃にさらされています。
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副題2、『世田谷一家殺人事件を、今、読み解こう』

 でも、政治的目的で、一種の劇場型で、殺される人は、何人もケースがあって、とても、いやな気分になります。本当に狙い通りに、ノイローゼになりそうで、一生懸命踏ん張っています。だから、そういう自分から比較をすると、あまりにも安易に、ちゃらちゃらしている大原光孝氏やら、彼やほかの大勢を支援し、駒として、使っている酒井忠康氏の軽さにも、反吐が出るほどの、忌まわしさを感じており、
 彼らを軽蔑いたします。
 無論のこと、伊藤玄二郎と、井上ひさしは、入れますよ。最大の悪人が彼らですから。

 この間、渡辺恒三さんが、「あとは小泉進次郎君に任せるしかない』と言ったそうですが、あの坊ちゃんは、関東学院大学の出身ですから関東学院大学の教授をしている伊藤玄二郎は、そこにも『ぺをつけている』というつもりで安心しきっているのでしょう。『自民党が勝っても、民主党が勝っても、私は湘南地方では、安泰さ』とうそぶいていると思います。

 ちなみに、小泉進次郎を、関東学院の出身だからと言って、ばかにする向きがある模様ですが、小学校からの関東学院の生徒ですから別に頭が悪いわけではなくて、受験勉強で、頭が汚されていないというだけの話です。それは、とてもいいことなんですよ。さらに、卒業後、コロンビア大学に学んでいるそうですから、これからも、相当に伸びるでしょう。人気があるのも道理です。

 しかし、悪人伊藤玄二郎は、そっちも抑えているはずです。あ、は、は。私には味方がいないざんすね。まあ、覚悟の上ですが。
  元に戻ります。
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 非常に簡単に言うと、詳細も裏もまだ、わかりませんが、世田谷一家殺人事件は、その手のもので、長崎一家殺人事件もその手のものでしょう。
 長崎の方は、世田谷の事件が、政治的な部分があると、だんだん調べが進み始めたので、「そうではない。両方とも、単なる物取りなんだ」ということで、そっくりな事件が起こされたのだと思います。

 だから、あの中国人ギャングたちは、あの美形の一家で、かわいいお子さんがある4人のご家族から、金品を盗むことが目的だったのではなくて、殺す事だけが目的で、別のところから、たんまりと報酬をもらっていたと思います。だから、遺体を海にまで放り込んだのです。残虐性を示すことが目的だったから。

 当時の社会や、政治に関するニュースを確認していないし、自分が何を書いたかも覚えていませんが、私は、さしたる政治分析はしておりません。
 これから、世界を股にかけて活躍する大芸術家になろうと思っていたので、慎重にものを書いていたから、酒井氏の悪人ぶりも石塚雅彦氏の悪人ぶりも、十分にわかっていましたが、何も触れていないはずです。石塚さんなんかは、メルマガの読者欄に、メルアドが入っていたはずです。古村浩三君もね。当時はそうでした。

 でも、あの二つの事件は、政治的な暗殺だったと思われます。日本人総体をいじめるための脅かしです。

 従軍慰安婦問題とか、竹島問題とか、中国の尖閣諸島問題と同じレベルで語られるべき、諜略でしょう。ですから、世田谷の犯人がどうも韓国系らしいと言われていたり、犯行後も長時間部屋にいてインターネットを開いたと言われるのは、そこで、何かの暗号による指令を見たりした可能性があるのです。そして、『外で、見守っているから大丈夫だ。何かが起きれば、お前の携帯に知らせる』と、言う指令も受けていたでしょう。そういうプロのアサッシンの組織的な支援はあったはずです。
だから、アイスクリームを食べたり脱糞をする余裕があったのでしょう。

 ご主人のお父様が、この理不尽な事件に関して、ひどく怒り、残念がって、犯人追及を行ってきたので、相当に解明が進んでいますが、最終段階まで行くことがあるかどうか。多分、犯人は見つからないでしょう。
 長崎の方は、こういう事件が、政治とは関係がないのだと、示すことが目的ですから、犯人の情報も秘匿されなかったのでしょうね。
 犯人たちの立場に、私の身を片寄せて、語れば、『お金に目がくらんだ、大失敗だった』となります。
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副題3、『ギャラリー山口のオーナーの、死は他殺であろう』

 かわいいお子さんが巻き込まれた二つの事件が世田谷と長崎で起きたころは、私はそういうものの裏側には気が付かなかったのです。だけど、ギャラリー山口のオーナーが自殺をされたという話は、すぐ「おかしい。嘘だ」と気が付きました。

 どうしてかと簡単に言うと、
*1)それを、知らない私に、突然に、個人メールの形でお知らせがあり、(近藤実さんからだ。彼は、どうしてか、何度も使われている。彼に指令を与えているのは誰かは、まだわからないが、彼が調略行為を成功したかどうかを確認しているのは油井一人サンであった)

 それ自体がおかしいのです。私は画廊巡りをする際に、できるだけ、作品論しか話さないように努めているので、画壇の噂話には首を突っ込まないようにしているので、その件を知らなくても、いいのです。が、脅かす目的でわざと知らせたのでしょう。

*2)読売新聞が、わざわざ、画廊の経営は厳しいというインタビュー記事を載せ、語る人川島さん(旧村松画廊のオーナー)は、『不況で自殺をするオーナーがいるのです』と言明しており、その際に、写真がギャラリー山口のものが使われていた。

 同業者として、同情するべき立場なのに、こんなに悪質な攻撃に使われるのは、川島さんの性格も関与しているのだろうが、もしかしたら在日の出自を隠しているのかもしれない。京橋に移転をしてから、韓国系のきれいなものを、付属部屋に飾っておられたので・・・・・

 となると、小沢一郎、直々の指令で、対・私・いじめを行ってきたのかな?
 私は、元来、読売新聞は取っていないので、こちらも知らぬが仏のはずだったのだが、

 森さん(ライブのオーナー)が、わざわざ、その切り抜きを私に見せたので、わかった。

 そして、これは、1月に起こされたのだが、私がそれを書き始めるとそっくりな形で、オリックスの若手投手の自殺事件が起きた。これも他殺であろう。世田谷の殺人事件は、お父様が追及を始めた。するとそっくりな長崎の事件が起こされて、単なる物取りだと、お父様に思わせるように仕向けた。
 ギャラリー山口のオーナーは他殺だったと信じる私が文章まで、書き始めると、そっくりな事件が遠く離れた土地で、起された。これも、『ビルから飛び降り自殺をする人間は、実際にいるのだ』と、カモフラージュをするためであろう。

 この件は突然に、井上ひさしが、2010年の4月9日に自分を死んだことへ持っていくことへつながりますので、ますます、他殺だったと確信をしていますが、そちらへ踏み込むと、さらに、この文章には、終わりが来ないこととなって、私が疲労困憊しますので、ここでは、これぐらいにいたします。
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副題2、『板橋の資産家は、どれくらいお金持ちだったのか、シュミレーションをしてみましょう』

 放火をされて、亡くなったご夫婦は、一晩で、他人にもおごって、100万円を使うこともあったと言われています。

 昔は池袋から、そこのお宅まで、他人の土地を踏まないで、たどり着けるほど広い地所を保有していたとか。

 そして、今でも、家賃をもらえる物件を、80件ほど持っているとか。

 今、東上線の常盤台より、池袋寄りで、マンションかアパートを借りたら、きっと月に10万円は取られます。でも、税金や補修費がかかるので、一件につき五万円の収入があると仮定いたしましょう。

 すると、400万円です。でもこれでは、大したこともないので、80件というのは、マンションやアパートが、80軒あると仮定しなおすと、一つのアパートに平均して10戸の貸間があるでしょう。だから、それで、計算しなおすと、月に4000万円の収入になります。
 こうなると、一晩、他人に100万円おごっても、月に3000万円だから、つじつまが合ってきます。
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副題3、『事件の後で、家族間のいさかいだろうという報道がなされているが、それこそ怪しい』

 長崎の方の事件で、どうして狙われたのかということで、ブティックの経営がうまく行っていないとか、親戚とトラブルがあると、報道をされました。そのあとで、それは、全く間違った予測であって、実際は中国ギャングだったわけです。それで、報道の自粛がなされるようになりました。
 
 ところがそのあとで起きた、この板橋の方の放火ですが、やはり、親族間の争いだろうと、伝えられ、先妻のお子さんと、二度目の奥さんのお子さんとの間に、遺産相続争いがあると、報道をされたりしました。

 これも嘘だと思います。あのね。資産があるうちほど、慎重に行動します。人に後ろ指差されるのは嫌でしょう。今ね。雑誌等では、遺産相続でもめるケースが報道をされています。だが、それは、普通の家の人の話でしょう。親の家、一軒を売るか、それとも、誰か、子供のうちの一人が相続するかでもめるのです。

 資産家のお宅では、銀行とか、弁護士が付いているはずです。で、遺言書も制作済みでしょう。相続って、とても面倒なんですよ。平均化するのが、非常に難しいのです。遺言書があった方がいいです。ちょっと、素人の手におえないところもあるから、そういうプロが付いているはずなのです。

 でね。こういうトラブルがあるのだというのは、それこそ、成田豊さん、または、瀬島龍三などが、懇意の新聞記者に耳打ちすれば、そこは、飛んで行って、そういう記事を書くでしょう。するとほかの新聞社もテレビ局も追随して、ああだ、こうだと書くことになります。

 ところで、長崎の県警は偉かったです。ちゃんと犯人を見つけてね。警視庁は、まだ、こちらの板橋の事件の放火犯を見つけていません。

 これから先は見てきたような嘘を言いの一つですが、警視庁の幹部が、現場の刑事に、見つけなくてもいいよ。と、ささやいている可能性を感じます。その言い方ですが「あちらさんのお子さん方は、先妻のお子さん方も後妻のお子さん方も、それなりに名士だ。あれこれほじくって恥をかかせてもいけない。アリバイもある模様だし、これは、これで、迷宮入りにさせておこう」と。
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副題4、『渋谷で、映画館を探し迷い、そのために、居酒屋で道を聞いたのが三月だった』

 私は香川照之と小泉今日子が、主演した、「トウキョウソナタ」という映画を見たいと思ったのですが、それを上映しているのが、渋谷の小さな映画館で、初めて行くところだったので、見つけられませんでした。それで、井之頭線の近辺にいっぱいある、居酒屋で、教えてもらおうとしたのです。すると、とても品がよかったのですね。それで、2009年の三月に、『居酒屋っていいものだ』という文章を書いています。

 ところが、驚いたことに、「トウキョウソナタ」ではなくて、映画{TOKYO]をやっていたのです。それが、一つのいじめだったかもしれません。

 これは、アメリカ、フランス、韓国の有名監督を招いて作ったオムニバスドラマなのですが、第二話が、めちゃくちゃに悲しくなる反日映画なのです。

 しかも、それをレオスカラックス監督は、十分にわかっていて、「日本の皆様のご親切には驚いていて、感謝しています』と言いながらたった二週間で取り上げて、一切の観光旅行もせず、さっさと帰国しています。その様子は、マイケルムーア監督やら、「ミリキタニの猫」という秀作を撮ったアメリカの若手女流監督とはまるで、違うところです。

 主人公はメルド(くそという意味のフランス語)という名前で、意味不明の言葉しか話せません。しかも映画は、問答無用で、地下水道に、旭日旗の付いた戦車を、登場させます。主人公はホームレスなので、そこに住んでいます。が、まるで、今でも、日本では、本当に、そういう地下水道があり、戦車が隠されているかのごとき、錯覚を世界の人は抱くでしょう。非常に悪辣な映画です。死刑場の前の場面もひどいです。東京裁判を模しています。

 この映画の反日性には、レオスカラックス監督も、それから、日本の文化人と自称する人たちも、国民が気が付かないと思っているらしいのですが、日経新聞には、小さなコラムで、『ひどい映画だ』ときちんと書いてありました。これに、文化庁が800万円出しています。そういうことが書いてあるプログラムが、盗難に遭っていて、一方で、瓜南さんは映画のプログラムについて、急に軽妙洒脱なエッセイを、フェイスブックの中で、展開しはじめました。
 この件についても、それこそ、20万字、以上書かないといけないのですが、既に書いてあるものもあるし、後程、調べてここに付記してもいいし、改めて詳細を書くと、私が疲労困憊をするので、ここでは、簡単にしておきます。

 私ね。自分がまさしくキリストになってしまっているのを感じます。孤立無援だし、先を進みすぎています。これが、300年のちに改良されているかどうかというと、モーツァルトの時代から、フリーメイソンというのはあるそうですから、改善されるかどうかはわかりません。

 だけど、ここまで、苦しみぬきながらも正義の人として、きちんと意見を主張してきたのですから、引き続き主張をしていきます。大変な苦労をさせられて、強くもなっていますからね。

 で、放火の起きたのが、その二か月後です。
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副題5、『実は親戚に大富豪がいます』

 私が、もう一つのポイントで、『参った』と感じたのは、実は親戚に大富豪がいるのです。だから、この件が暗喩としての攻撃に役立っていると、向こうはみなしたなと感じるからです。

 その大富豪とは、創業者社長で、ビジネス上の大富豪です。だから、戦前からの、大地主で、土地持ちだから大富豪になっているわけではありません。そういう意味では放火で、亡くなったあのご夫婦とは違います。
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 ああ、ここで、挿入ですが、私には鎌倉住人としての大富豪の親せきもいるのですよ。上の親せきは、東京に敷地400坪の大邸宅を構えているそうですが、鎌倉の方は普通の敷地坪数の、普通の建坪の家に住んでいます。
 でもね。昔、三菱銀行の金庫を借りていたころ、(今はほかの銀行に借りているが)出っくわすと、そちらは、「○○さま、どうか応接室へお越しくださいませ」と、下へも置かぬもてなしでした。私も総額、3000万円以上の預金をそこに預けていた25年前は、結構、応接室に招き入れられたものですが、今はだめです。三菱銀行だけには集中していないし。
 こちらは創業者社長というわけではなくて、東京の麹町にある戦前からあった実家を売ったから、高額の金融資産を持っているというタイプです。
 両方とも、私とは、血はつながっていなくて、姻戚というものです。私はお金には、疎くて、だめな方です。使うばっかりです。稼げない人です。でも、やっていることは大きいよ。そこには誇りを持っていますがね。お金儲けとか、蓄財という意味ではだめですね。人間、あれこれはできません。
 で、元に戻ります。
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 私の血のつながった姪が、そちらさまの血のつながった甥と結婚をしています。だから、拡大解釈をすれば、義兄弟となります。ご近所に住んでいる人で、自分が一番偉い人となりたいので、なんでも最高に見せびらかしたい、安野夫人という女性がいます。私が、彼女のように、自分の持っているものを、120%に拡大して見せて暮らす人だったら、絶対に、その名前を明かして、見せびらかすと思うのですが、私は見せびらかしません。

 たまたま、その二人が結婚をする時には、私は例の武者修行中で、ニューヨークへ行っていました。で、無論のこと,招かれないし、さらに血が薄い主人も招かれませんでした。が、子供たちは招かれました。従姉妹の結婚式ですからね。私が帰国して来てから、写真を私に見せながら、息子が感心したように言いました。

 「さすが、大金持ちは、顔が違った。オーラがあった。特に息子さんの方が」と言いました。確かに写真を見ると、息子さんの方がきりりとしていて、渋くて古武士風の美形でね。『ああ、これなら、あの会社は、大丈夫でしょう』と思いましたね。大体、二代目は、弱くなるものですが、お顔だけ見ると、しっかりしていました。

 私の姪と結婚した坊やは、お父さんはサラリーマンという普通の家庭の子供ですから、ずっと甘い顔立ちです。でも、どこか、オダギリジョー、または、妻夫木聡に似ています。若夫婦は、婿さんの親と一緒に(まあ、中流の上と言えるのでしょう)豪華な二所帯住宅として建てて住んでいます。でも、敷地は100坪いないでしょうね。

 この大富豪は、金持ちと言っても桁外れのお金持ちなのです。セレブ伝説は数々、聞いています。おせちは10万円のものを使うのですって、今は、当たり前かもしれませんが、その話を聞いたときは、日本橋の三越や高島屋の、最高のレベルのおせちでも、1万円で買える時代だったので、驚いて笑いあったりしましたよ。

 で、暗喩としての脅かしとして、板橋の資産家夫婦が放火で、殺されたのだと感じたので、それを聞いた時は、本当に暗い気持にはなりました。
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副題6、『気持ちをどう立て直すか?』

 世の中の真実に気が付く人は大変です。苦労がよけいあります。実は二月に急にお付き合いが始まって、今は終わっているA子夫人もつくづく同じことを言っていました。彼女も中流の上の階層の人間として、何も気が付かず、平和な生活を送って来たのに突然に、二年か、三年前に、パソコンがおかしくなり、重要な収入源であった、独立しても仕事ができる、○○士という資格の仕事ができなくなったそうです。

 別に私と関係があるからそうなったのではないとおっしゃるから、この現代日本で、中流階級をいじめて、その家屋敷や、資産をのっとって行くシステムは深く進行しているらしいです。そのうえで、無人になった家を某新興宗教(韓国と深いつながりがある団体)の住人に住まわせたりしているらしいのです。

 何重にも悪がはびこっているのですよ。あっちこっちで、泣き寝入りをしている被害者入るはずです。そして、国家全体に対しても、脅かしがかかっています。

 毒入り餃子事件も、口蹄病も、厚生事務次官殺しも、すべて、この手の犯罪です。そして、毒入り餃子事件と、今回の成りすまし誤認逮捕は、でっち上げ事件でしょう。顔と名前が出ない被害者は、必ずそうです。お芝居が上手ですね。

 でも、ともかく、悲惨な死を迎えられた、ご夫妻が、いつも、東上線常盤台駅のそばの飲み屋街で、飲んでおられたというのは、私には、自分が渋谷の飲み屋街で、『ああ、結構、いいじゃあない。老後は、鎌倉の山下に降りて行って鎌倉の小町通り裏にある、飲み屋街に出没しましょう』と、言う文章を書いたことが機縁となっていると感じるから、とてもつらかったですよ。

 尖閣諸島の中国艦艇の出没も同じです。ただ、ああいうものと違って、放火殺人はさらに私がつらいです。『苦しかったでしょう、痛かったでしょう』と思うからね。

 で、むろん祈っております。常に祈っておりますよ。天国での平安をね。
 私はね。パソコンの異常で、精神的にもつらい思いを散々味わっていて、さらに、こういう風にユースでいじめられるから、そのストレスたるや、ひどい重積です。
 友達が、同窓会を利用して、次から次へと奪われてもいますしね。
 
 だけどね、その悪だくみの、構造が裏も表も、すべて見えているから平気なのです。その際に、25年以上にわたる、ここの町内会の特殊性といじめの構造が大変役に立っています。

 ここには、活動している元気な主婦が、10人程度しかいません。安野夫人という略奪婚を果たして乗り込んできて奥さんが、主婦としては、特別に未熟です。自分が上手に立ちたいがために、種々様々な小さな諜略行為を果たします。それは普通に生きている人にとっては迷惑行為以外の何物でもないのですが、

 不思議なことに、蛇ににらまれた蛙状態になる女性が続出しています。スミダ被告と同じような雰囲気と要素を持っているのでしょう。
 そうならない人たちで、安野夫人が、いやな人は、あらかた引っ越して行ってしまいました。そういう意味では、町内会でも、私は孤立無援です。でもね、それでもいいのですよ。普通の主婦として暮らしていると、他人がしょっちゅうやってきて上がって行きますので、時間は取られます。いい人ほど、そうなります。だから、それを避けるためには、ご近所づきあいをしないのも一手なのです。純粋な気持ちで、思考する時間がたっぷりあるから、それがメリットです。

 そして、別に探偵ごっこをしているわけでもないのですが、この山の地形が、ギリシャの円形劇場のような、(長い方が、30メートルぐらいの長円形の谷になっている)構造なので、なんでも音が聞こえてきてしまうのです。

 で、よく観察していると、この町内で起きることが、世界政治の分析へ即座に応用できるのです。安野家がにぎやかに、夫婦で、畑仕事をするときは小沢一郎が優勢の時です。本当に笑っちゃうほど連動しています。その畑仕事こそ、こちらの土地を、コンクリート打ちにしてつかねないようにしておきながら、自分たちは、南も北も使っているという強欲の限りが見えるものですけれどね。

 そのうえで、板橋の老夫婦を考えます。お気の毒です。だけど、それ以前に大金持ち生活を、20年はなさったわね。むろん、いわゆる老齢に達して引退なさる前は、もっと静かに暮らしておられたでしょう。でも、自分たちも『すでにトシだ。お金を残してもあの世に持っていかれるわけではない』とお考えになり始めて、ご主人が60過ぎあたりから豪遊という形で、東上線『ときわだい』そばの飲み屋街で、遊び始めておられるのではないかしら。お金には全く不自由しないので、一晩で、ほかの人に100万円をおごる。それはやはりうれしいことでしょう。

 人間の幸せの量は、どの人も同じだそうです。あまりにも大きな楽しみ(ほかの人にごちそうするというもの)を、味わわれたから、最後が、気の毒になりました。そういう風にお考えいただきたいのです。・・・・・と、天国に向かって、申しあげました。

 私は今、大変な苦労をしています。きっと、子供の時(というのは、中学時代を中心にして)にあまりにも楽で幸せだったからでしょう。勉強ができる子、しつけのいい子として、どこのご家庭にも歓迎される子で、面はゆいほど、日吉の町でも有名な子でした。当時は町の規模も小さかったし。その感情は武蔵の中学高校へ埼玉県から通っていたころの蜷川幸雄さんのそれに似ています

 みんなが、同じ量の幸せの量を持っていると考えると、やっと落ち着きますよ。

 もって瞑目をいたします。
 2012年10月29日  
  次の日に入れるお断り、
   上の中で、写真で補強したいと思う部分がありました。
 が、自宅で、夫婦の会話で話し合っただけで、改善された(驚くべきほど大げさな入苑阻止の塀が、一部解放されていたので、やめます。  まあ、私の文章が、一定の効果を上げたと見えますので、それ以上は彼らを追い詰めない方がいいでしょう。と判断します。
                                                 雨宮舜 (川崎 千恵子)

コメント

五嶋みどりについての小論、ファンと芸術家の間柄について、

2012-10-28 08:35:34 | Weblog
 以下の文章は、下にある文章、初稿時のタイトルを、『板橋資産家夫妻、放火殺人事件を今読み解く(それは、レオスカラックスを守るため?)』を、推敲中に、生み出された小論です。ちょっと独立させてここにおいておきます。

副題1、『芸術家とファンとの関係、対等か、上に立つか』
副題2、『五嶋みどりの、最近の成長について』
副題3、『五嶋みどりは、お化粧をしない』
副題4、『五嶋みどりは、自分の荷物は、自分で持って歩く』
副題5、『五嶋みどりは、自分のお金を、日米の子供たちのために使っている』
副題6、『実父との交流を再開したほうがいいなあ。みどりさん』
副題7、『五嶋みどりにある、優しいところとまじめなところは、実父からの遺伝でしょう』
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副題1、『芸術家とファンとの関係、対等か、上に立つか』

 さて、土曜日の、2012年10月27日に外出した先で、出会った三つの素晴らしい会話を採録したいのですが、最近の私は相手が特定されることをひどく恐れています。それで、勢いがある、しっかりした書き方ができなくなります。が、それでも、書かせてくださいませネ。

 ただ、この3つの会話の素晴らしさは、『私が、常に神様に見守られている』という証拠の一つとなります。そのうちの一つは若い女性が相手であって、しかも芸術家が相手です。彼女の専攻している分野については伏せます。名前も伏せます。ただ、20代かな?。そこが、残念ながら、今、敵がいる私の書き方となります。その人の宣伝の役目は果たせません。

 明るい感じの美人です。しかも向こうから話しかけてきた人ですよ。彼女の方に見える私の人物像は『この人は、音楽の教師(高校ぐらい)であろう』ということでした。それで、その言葉に乗っかって、トゥランドットの中のアリアの一節歌ったら、「やはり、そうだったのですね」と言われました。

 ああ、それもありがたいことですが、いつでもどこでも、しかも70歳にしても、美しい声で、しかもアカペラで歌えるのです。で、「違うわ。音楽は単に好きなだけですよ」と断ったうえで、芸術家とファンとの交流とか、関係について語り合いました。

 今の私は、このブログでもファンのことを顧慮していませんね。それで、若い人に説教をするのもなんですが、敵がいない人が伸びていくためには、ファンの存在を大切にすることが大事です。

 その際、対等であるという心構えで接するか、『こちらは、お姫様なんです。あなたより上なんですよ』という態度で接するか、二つの道があるのです。それは、衣装の選び方や、ブログの書き方など、すべてに、あらわれる思想なので、自分の姿勢を、きっちりと見極めて確立しておくことは必要です。

 彼女は、とても素直で、実態は謙虚な女性です。私のことも尊敬しまくって、くれて、なついて来ています。それは単に私の外見を見ただけでそうなのですよ。それはありがたいことでした。

 ところが、ファンの前に見せる自分は、お姫様として、ふるまうのだそうです。それが好きなんだそうです。そのポイントで、あれこれを、歩きながらですが、15分程度話し合いました。結論が出ないまま、お別れしましたが、私が提示した、「ファンと対等の姿勢も意味があるということを、忘れないでね』という言葉が彼女の心の中に残ることを願います。
~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『五嶋みどりの、最近の成長について』

 そういえば、テレビ朝日だったか、NHKだったか忘れましたが、最近五嶋みどりが、日本縦断コンサートを開いた、そうで、その裏側の密着取材番組が、放映をされていました。バッハのシャコンヌだったと思いますが、それを長崎の隠れキリシタンの里にある御御堂を最初の回として、函館まで北上していくのでした。
 で、それを見ました。往年の天才少女、五嶋みどりは、体型が、ややおばちゃんチックになっていました。が、素晴らしい程度で、人間的な成長を遂げていました。

 かわいそうなほど、お母さんに支配をされているというか、振り回されてきた彼女は、その大切なお母さんに別のお父さんができてしまい(もちろん、本当のお父さんとお母さんは離婚をなさっているのですが、)弟も生まれました。

 一時期、彼女が拒食症だったのは、誰もそれを、言わないけれど、お母さんの生きる姿勢が、大いに関与していたでしょう。実のお父さんとお母さんが別れてしまったのも、もし、我が家程度に子供を自由に育てていたら、反対したでしょうね。我が家では、引っ越しをすることだって、相当に抵抗されましたよ。

 まあ、五嶋みどりさんの母が実の父と別居を開始したころ、彼女は3歳だったかな? うちの子が、引っ越しに抵抗したのは、12歳ですから、まるで年齢が違いますが。でも、彼女のご両親が、法的な離婚に踏み切るころは、彼女はニューヨークで、すでに、12歳程度の年齢に達していました。母の選択に、抵抗できなかったことは、悲しみとして、心の内に秘められているでしょう。
 
 天才少女五嶋みどりが生まれるためには、お父さんと一緒の生活を嫌い、ニューヨークに逃げて行ってしまったお母さんの存在は、絶対的に必要だったのですが、それでも、それは、プラスでもあり、かつマイナスでもあったのです。

 その番組のプロデューサーと思しき男性が、しつこく、質問をするのが、この現在私がそれを問題としている、みどりさんが、ファンへ見せる自分の、像についての、彼の違和感です。プロデューサー側は、ほかの日本人の多くがそうであるように、どうしてお姫様風の生活をしないのだと、問い合わせます。
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副題3、『五嶋みどりは、お化粧をしない』

 というのも、カリフォルニア大学の教授だとか言って、若い人との交流も十分にあり、ほかの人たちから必要とされていることを、知り、自足している現在の彼女は、普段、お化粧をしません。これは、ニューヨークなどに住んでいる女性の、芸術家はみんなこうなのです。
 学者もそうですね。お化粧をばっちりやっているのは、スーパーの店員さんクラスが多いです。インテリとか、誇りを持っている人は、濃いお化粧をしていないし、キャリアーウーマンでもファンデーションを使っている雰囲気はないですよ。口紅は使っているかもしれませんが。
 靴も通勤時は、スニーカーとして、オフィスだけ、ハイヒールとなっていると思います。ナチュラルということが大切にされています。生きやすい姿勢も大切にされていると思います。インテリであるほど、そうなっています。

 例外は若い女性でも、韓国系です。学生でもばっちり濃いめにファンデーションを塗っていて、素肌は見えません。アイシャドウも、ぎっしり塗り、つけまつげもつけているかもしれません。これが、韓国本国で、美容整形が盛んだと聞いた時に、『ああ、そうでしょうね』と、私が考える根拠となりました。
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副題4、『五嶋みどりは、自分の荷物は、自分で持って歩く』

 もう一つ、それは、番組側が驚いて、数ショットの映像を見せましたが、五嶋みどりは自分の荷物をすべて、自分で持って移動をします。
 それは、お化粧をしない、かつ、最近ではやや小太りにさえ見えるようになった彼女が、普段着の、Tシャツ程度を着ているので、お姫様スタイルとは無縁中の無縁となります。

 また、移動にはバスがあるところはバスを使います。そして宿泊するところはビジネスホテルです。そのビジネスホテルのカウンターが映像として映ったのですが、『おや、これはドーミトリーインという、ホテルではないかしら?』と私は、思ったことです。そこは一回も私は利用をしたことはないのですが、
 金沢に行ったときに、駅前にあったので、入って、チラシだけはもらって来ました。これは、ネットで予約するととても安い形式のビジネスホテルです。名前からして、国際的に展開しているホテルなのかもしれません。つまり、寮という意味の英語を使っていますからね。

 それから、彼女は自分でお洗濯をします。ホテルの洗濯機を使って、やっています。私も日本では短期の旅行しかしませんが、たとえ一晩でも下着はお洗濯をして、部屋で乾かします。バスタオルで、水気を吸い取っておけば、朝までには乾きます。下着を洗うついでにバスタブも、バスタオルで丁寧に拭いてしまいます。そうするととてもきれいな感じで浴室を後にできます。みどりさんもきっと同じことをしているでしょう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題5、『五嶋みどりは、自分のお金を、日米の子供たちのために使っている』

 グーグルで検索をしていただけると、五嶋みどり財団に関する記事がいろいろ出ています。以下のURLは、外人の記者が書いたものを日本語に訳してありますが、非常にわかりやすいです。
 
http://www.gotomidori.com/japan/cms/news.php?itemid=17

 こういう立派な活動をするために、陰に、非常に質素な生活をする、日常があるのです。お姫様としてではなく、普通のおばさんとして暮らす、日々があるのです。ちょっと涙が出そうな映像でした。

 あの番組は、日本にいるファンには、不満を与えて、損失になったとか、日本の音楽事務所は考えているのかもしれません。でも、再放送はしてほしいなあ。あれは、五嶋みどりを別の側面から理解するのに、最適な番組です。

 神との交流を果たしている人の、現実の姿を見ます。

 日本でも、昔は、放浪する貧しい人(それは、和算を教える学者とか、歌詠みとか、俳諧師だったわけです)を、神の顕現者として大切にする発想があったのですよ。それが、現代によみがえったような感覚を得ました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題6、『実父との交流を再開したほうがいいなあ。みどりさん』

 私は自分の文章を、書く前には、グーグルの検索をしないこととしています。だけど、今回は五嶋みどり財団のことを正確に伝える文章を見つけたくて検索をしているうちに、五嶋みどりの父という項目があって、

 あるブログに行きつきました。それはURLが超、長いので、
ブログの、その章のタイトルを申し上げます。

 『マッドサイエンティストの手帳』80 ●奥田昭則「母と神童 五嶋節物語」
            ひばりの親父に似た男のこと・・・・・・
    です。それは書評の形式をとっています。

 その本の中には、以下の記述があって、
「兵庫県姫路市の資産家の次男坊で、大阪大学基礎工学部を出て会社に勤め、船舶用エンジンの開発をしている。節より四つ年上だった」それが引用されているうえで、

ブログの書き手の文章として、
 『これでは、中学・高校・大学と十年以上同じ道を進んだ同窓生(あえて友人というほど親しくはなかったが)が浮かばれまい。……あ、まだ生きてはりまっせ。
』という文章が続いています。
 そのうえ、美空ひばりの父が飲んだくれたという記述があるので、それが暗喩となって、五嶋みどりの実父が、零落しているとの予測を読み手側に抱かせます。

 でもね、この文章を読んで、大いに腑に落ちるところがありました。それは、後で書きますが、ともかく、みどりさんは、実父との交流を再開したほうがいいです。絶対にそうです。「収入の一部を、他人の子供たちのために使うのではなくて、実の父のために使いなさい。そして、大いなる慰めをお父様に与えなさい」と勧めたいです。
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副題7、『五嶋みどりにある、優しいところとまじめなところは、実父からの遺伝でしょう』

 私には、前からわかっていたのですが、みどりさんには、母からの遺伝では理解し得ないところがあるのです。

 あの優しさや、控えめなところ。そして、お金を浪費しない真面目さ。これらは、実の父からの遺伝だと思います。今、実の父親が乱れた生活を送っているとしても、それは、仕方がないですね。あれほど、強烈な生活を送っている母親に手ひどく拒絶をされているのです。それも何度もです。

 でも、普通の女性なら、ここは我慢をして添い遂げるところです。何らかの齟齬があっても、収入や、将来の道への不安から、抑えるところです。
 普通の女性だと思って、しかも、もしかしたらですが、お見合いで、結婚をしたのだとしたら、実父には、節夫人の振る舞いは理解のほかだったと思います。

 ちゃんとニューヨークまで追いかけて行っているのです。普通の人だったら、すり合わせられる落としどころを決めて、妥協をしあって、日米で別居生活を送るが、みどりさんと実父との交流は断たれないという形を取ると思います。

 ところが節夫人は娘をジュリアードに通わせるにあたって、その時の先生の秘書をしていた、龍君の実父と知り合っているのですね。通訳をしてもらったり、そのほかのいろいろをサポートしてもらったはずです。だから、そちらの方が大切に思えたのです。デビューコンサートもそちらが、手配をしてくれたのかもしれません。
 だから、節夫人と金城氏は、すでに、30年以上のお付き合いがあるということとなります。
 そうなると賢いみどりさんは、母親を責められません。抵抗できません。だけど、内に積もるものはあるでしょう。これがのちの摂食障害を起こした原因だと考えられます。

 五嶋龍君は、実の父、金城を使ってデビューしたほうがよかったですね。すでに存在していた姉の名声には頼らない方が、よかったです。『最初から、異父弟であることを明かしながら、活動をしていったらよかったのに』と思います。

 これは、まだ、まだ、続く予定がありますが、今日も外出をしないといけません。恐れ入りますが、ここで一応の止めとさせていただきます。
 前報も後で、続きを加筆し、推敲後の文章として、公開をさせていただきますが、本日は、この文章、6000字じゃくを書いたということで、ご放免をいただきたく。

   後程、推敲して署名と日付を入れます。ただし、公開日を後で変更して、過去に戻しておく可能性はあります。どうか、それもよろしく。

 
コメント

これを書いている途中で、ソニーの新・社長(=同窓生)が登場したが、

2012-10-27 04:24:07 | Weblog
今日のブログは現在は書きかけ中です。
しかも、暫時タイトルを変更しておきます。
 
元のタイトルは、

板橋・資産家夫妻・放火殺人事件を、今読み解く、(レオス・カラックスを守るため?)
2012-10-27 04:24:07 | Weblog

 という文章ですが、今、ちょっとスピンオフの文章を新しく上げている最中です。そちらを書きすすめさせてくださいませ。

副題1、『太田光代が、スタヂオパークに出演した』
副題2、『NHKのあさいち(26日の金曜日)に、沢口靖子さんが出演したが』
副題3、『銀座吉乃翔で、クラス会が開かれるが、その直前に、中央大学で、殺人事件が起きて?』
副題4、『政治が関与している、劇場型殺人事件』
副題5、『特に問題があるのは、板橋の資産家夫妻、放火殺人事件です』
副題6、『板橋、資産家夫妻・放火殺人事件と、酒井忠康氏との関連性
・・・・・・特に栗田玲子さんの応接間が、せまくなったわけは? これでしょうね。・・・・・』
副題7、『幻冬舎さんが、盛んにお誘いをかけてきたころ・・・・・そして、大ヒット本、阪急電車について』
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副題1、『太田光代が、スタヂオパークに出演した』

 私の読者の中には、現役のお勤め人も多いと思います。で、NHKにスタヂオパークという番組があるのをご存じではない人も多いと思いますが、午後1時五分から始まるトーク番組で、時の人、特にNHKの番組に出演中、または、出演の予定がある人を招いて、その人を褒めまくる番組です。

 これが、対・私用に使われる時があるのです。内館牧子さんが登場した日など、まさにそれです。彼女は特別な開始番組があるわけでもなく、単に著書がヒットしているという段階でしたが、そのヒットは、ずいぶん前からだそうで、出演するタイミングそのものが、徹底的に私のブログの内容と対応していました。

 さて太田光代さんですが、過去に彼女について触れたことはありません。大体において爆笑問題に関しては私は好感を持っているので、悪口を書いたはずがないし、ましてやその後ろ側にいる光代さんについて、悪意も持つはずもないのです。
 ただ、直観として、ほかの日の出演者より、私のブログとの、関連性があると感じて、いました。

 ただね。内館牧子さんよりは、タイミングとしては、蓋然性があります。それは、彼女はETVの仕事学のススメに出演しているそうで、その当夜、11時から彼女が出演するそうですし。
 本日土曜日の朝、新聞をひっくり返して、『それが二日前だったとは思うが、正式には、何日だったのかな。それから、番組の正式なタイトルはなんだったっけ』と、調べているうちに、やはり、彼女の出演は私に関係があると感じ始めました。
 だって、その日、25日の番組には、最終回の知らせである、丸がこいで、終という漢字が付いているのですから。常に番組の開始とともに、ここへ出演者が招かれるという法則とは反しています。
 また、ETV(3チャンネル)の番組のゲスト出演者がスタジオパークに招かれることも少ない現象です。それは、間接的も間接的になりますから。同じころ出演した薄桜記の山本耕一とは露出の量とレベルが違います。
 そして、太田光代さんは、マネージャーというか、裏方の一種なのですから、本当なら光の当たる場面に登場する人ではないのです。

 ただし、彼女は瓜南直子さんにお顔がそっくりなのです。それで、選任されて急きょ出演することとなったのでしょう。瓜南さんはツィッターでは、横顔の写真を使っています。だが、フェイスブックでは、真正面からの顔写真です。死亡のケースで、その後がどうなるのかを、知りませんが、このブログの読者は、フェイスブックとかぶっておられる方もあるでしょうから、あのアイコンを覚えておられるでしょう。二人は本当にそっくりです。
 太田光代さんについては、また、後で語るとして、美形ということについて、話を進めます。
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 ところで、ここで、言わずもがなのお断りをしておきますが、私が*1)性格がいいが、顔がぶすだという女性と、*2)性格は悪いが顔は美形だという女性のどちらを高く評価しているかと言えば、むろんのこと、前者です。私だって、それをセールスポイントとして、この70年間生きてきたわけですからね。

 ただ、そういう私が美形に結構こだわるのが意外性があって、面白かったらしくて、『美形好きの川崎さん』と形容詞が付いたことがあって、それもまた面白いので、美形については、いろいろ、観察やら分析を深めているところです。

 もしかしたら、『女は見た目が10割という本が出版されたのは、私が開示したコンセプトが、大手出版社に利用をされているものの一つだったかもしれません。そういう編集者は、私の閉鎖されたメルマガ時代の読者ではなく、無論のこと、既に、公開をされているこの頁『銀座のうぐいすから』も知らないでしょう。でも、業界の誰か、を通じて、アイデアを提供されていて、それを使った可能性もあります。
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副題2、『NHKのあさいち(26日の金曜日)に、沢口靖子さんが出演したが』

 NHKのあさいちの、特に金曜日は、このスタジオパークと同じ傾向で、番組が作られます。世間で話題になっている人とか、NHKの番組で活躍している人を招きます。こちらで、『私と関係がある』と強烈に感じたのは、オノ・ヨーコさんが出た時です。その時は司会者が、黒崎アナと、内田アナだったと思いますが、それでも、タイミングとしては、そうでした。ただし、今は、その関連性が、どこにあったかの、詳細には触れません。わきに流れすぎますので。

 さて、沢口靖子さんは、それほど、私とは関連がありません。しかも、これから、新番組が始まります。だから、蓋然性が高いです。

 ただし、その物語は、シングルマザーで、夫の暴力から逃れたという設定です。で、これなんですが、私の知人に、そっくりな設定を、経験した人があります。その人のことを、ご本人からではなくて、共通の知人から聞いています。私の電話が盗聴をされているとすれば、その設定は利用された可能性はあります。
 
 その沢口靖子さんが演じる、物語のモデルにあたる人は、東大出身で、テレビ界のドラマの種になったことは、過去に何度もある、一種の有名人なので、今回もそれが利用された可能性は大きいです。

 さらに、関係性を言えば、私の知人や友人はどんどん出世させるということで、彼女は著作が有名出版社から数点出ていて、そのお知らせは封書型の年賀状という形で、彼女自身から、10年以上、我が家へ届いていました。

 ところが最近は来ていません。それは、私の方が、例の30%主義を超えて、諜略行為について、政治分析を始めたころとぴったり一致しているので、『ああ、やはり、彼女の栄光(出世)は、私と関係がありますね』と、思ったことでした。後ろ側から、「もう連絡を取らない方がいいですよ」という教唆があったのでしょう。威圧をするために、彼女を利用していても、その裏側を書かれてしまえば、逆効果で、そちらや、彼女を指摘している存在が、損をする可能性が出てきたからでしょう。

 しかも彼女が本を出した、その大手出版社の各種の雑誌を、鯉の滝登りのように、渡り歩きながら、出世していった有名編集者は女性の鏡というほどの出世を遂げた人ですが、その出世の裏には、やはり、私の存在が関与しています。それと瀬島龍三も。こちらの方のお話は、また、将来に詳細を展開いたします。ここでは、沢口靖子さんに戻ります。
 
 「沢口靖子さんは、私とは、あまり関係がないのですよ」と言っても、別の方向から、『おや、おや』というほど、私の文章と関連がありました。ただし、これは、意図して設定をされたものというよりは、偶然でしょうが。

 今、瓜南直子(芸大出身の日本画家)さんについて連続して書いているわけですが、彼女が公的な個展をやった最後の画廊が、鎌倉ドゥローイングギャラリーらしいのです。私は彼女について、この10月18日にその逝去の事実を初めて知って、それから急にいろいろなことを、調べ始めています。。すると、彼女のツィッターの中に、ドゥローイングギャラリーでの個展のことが、たくさん書いてありました。
 最初はそれを、この2012年のことかと誤解をして、『かわいそうに、彼女は、亡くなるたった二か月前に個展をするという形で、体を酷使したのだわ』と思っていたのですが、それは、誤解で、どうも、それは、2011年の四月末の話だったらしいです。一年前のことです。が、一年後に亡くなるぐらいに肝硬変が進んでいたとすれば、この個展もひどく体を痛めたと思われます。
 オープニングには鎌倉中のセレブが『ひぐらし文庫(飲み屋)』に集まったと書いていらっしゃるけれど、その対応も重荷ではあったでしょうね。

 で、そのドゥローイングギャラリーですが、とてもいい画廊です。小さいけれど展示している作品のレベルが高いのです。場所としては、鎌倉、御成小学校正門前を通って、海へ向かう道の左側の途中にあります。どうか、皆様もご訪問をください。

 ところで、そこの奥さんが美人であること、美人であること。私は彼女の美しさ、特に画廊内ではなくて、駅前広場で、夕方、出あった時の美しさに、衝撃を受けて、一回文章を書いています。そのころは私もいろいろ、気を使っていて、常識の範囲で生きていこうとしていたので、「鎌倉ドゥローイングギャラリーの奥様です」とは明記していません。が、例の、・・・・・私の文章を、常に研究している井上ひさしやほかの人材はすぐ調べぬいて、気が付いたらしくて、その当人に、それを知らせて、かつ、「雨宮舜(=川崎千恵子)とは、なかよくしないように」と、勧めた(実際には命令した)らしくて、町であってもその文章を書いた以降は、素知らぬ顔をされるようになりました。
 こういうことも私が文章を自由に書けなくなることにつながっていくので、「五億円の被害があります」と、常にいうこととなって行きます。

 その奥様が、美形の種類としては、沢口靖子さんに似ているのです。まるで、子供なんか、産んだこともないというような清潔感がある人です。だから、金曜日の朝から、その関連を考え始めています。

 瓜南さんの個展を開くのは、柴田悦子画廊でもいいだろうし、そのほか、彼女が前からかかわりを持っていた銀座か京橋か、日本橋の画廊でもいいわけでしょう。

 鎌倉ドゥローイングギャラリーは、彼女の格としては、とても似つかわしいが、別に日本画専門ではありません。何となく、ドゥローイングギャラリーとの、関連を切ってやろうという趣が感じられますね。私は、別に特に親しいというわけではないのですが、その瓜南さんの企画が成立した前後だと思われる時期に、母の遺品を整理する必要があって、山口蓬春の掛け軸の相場をそこに聞きに行っています。ほかにも(贋作だとはっきりしたが、いろいろありましたので、父の死亡時に売ったのは、全部本物だったらしいのですが、今回残っていたものの中には、贋作が多かったみたいです)あったので、「東京美術クラブ」へ行きなさいという助言をもらっています。
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副題3、『銀座吉乃翔で、クラス会が開かれるが、その直前に、中央大学で、殺人事件が起きて?』

 ところで、そのドゥローイングギャラリーの奥様についての文章の中で、・凛とした・美しさ・という言葉を使っています。この・凛とした・は、『秋葉原の車いす』でも使っています。エッセイ『秋葉原の車いす』は、出来がよかったらしくて他の方向からも何度も使われたと自覚をしています。文章の出版というわけではなくて、警察の決定としてです。そして、クローズアップ現代で、井上ひさしが太宰治について語った時にそれが決定的に私には、わかりました。
 その30分間の目的は、最後の一瞬で、秋葉原殺人事件における警察を擁護することばが井上ひさしから出たので、『ああ、そういうわけですか、大きな装置(その日は朗読者も呼ばれていた)を使っているが、羊頭狗肉も極まれりですね』というか、『見かけは、ほかのことを主題にして、最後の部分を、強烈なレベルで、サブリミナル効果として使いましたね』と感じたことです。

 で、そのエッセイと、鎌倉が舞台だから文章の出来はさしたることはなくても、彼らの意識に残った、ドゥローイングギャラリーの奥様の章の、言葉として、凛としてがあって、それは、PHPの編集部を通じて、榊原節子さんに、『それを使ったらいかがですか?』とのおすすめも入った可能性もあって、榊原さんは、『凛としたシニア』という本をPHPから出版していて、また、この本が、ライバル本として、見事に、私への攻撃やら弾圧用に、使われてきています。

 それが思い過ごしではないことは、2010年の1月17日のことで、証明されるでしょう。古村浩三君という、この10年、クラス会を常に行う幹事役の人が、珍しくも、「銀座で、クラス会を行う」と言って来ました。有楽町近所にある吉乃翔という大型の飲み屋です。個室がたくさんあります。しかし、彼は常に新宿を使う人なのです。でも、こちらに移動をしたのは、『ああ、私狙いなのだなあ。私が必ず、出席するように願って、これは、設定をされている。何が起きるのだろう』と、それこそ、警戒しながら、でも、今とは違って、出席はするつもりでした。そして予想通り、見事に罠が張られていたのです。
 そのころの私はとても疲れていて、しかも、その会が始まる直前に、中央大学工学部教授殺人事件も起きたので、吉乃翔にも緊張しきって向いました。
 というのも、このころ、種々様々な驚くべき殺人事件が起こされていてそれに対して、私は確かにおびえていたからです。それを、以下に羅列をしておきます。
 今はおびえていませんよ。そういうものが起きたら必ず、文章に書くことに対して、自信を持っていますから。ただ、直後だと、今回の成りすまし疑惑誤認逮捕事件でも、敵が、次から次へと新しい項目を紡ぎ出して、事件がさらに拡大して行くので、直後は語らないと思いますが。
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副題4、『政治が関与している、劇場型殺人事件』

 殺人事件というのは、もし、政治が関与していないとすれば、前もっての因果関係があります。奈良のお医者さんの母子三人、放火殺人事件でもそうですが、それ以前には、犯人は、愛情薄い家庭で、誰からも顧みられることなく、反対に、父からいじめに近いほどの、暴力を振るわれていたのでした。
 まあ、それ以外にも精神に異常をきたしている人間がサディズムやら、ヒステリーが亢進して行う事件もあります。
 最近報道をされている

 1)秋田の犬の首輪をかけて、全裸で、死亡していた女性(よくぞ遺体を、病院へ知らせたと思います。あれで、バラバラ事件として、どこかにまかれてしまったら、永久に見つからなかったでしょうね。)とか、
 2)岡山県の、週刊誌のタイトルによると、黒い女王蜂、スミダ被告による事件、
 3)大阪市内で、大学生同士がもめて、2人を、数人がかりで、生き埋めにしたリンチ殺人事件
 4)北九州で、松永という洗脳の達人が、遺体が全く残らない形で、次から次へと妻の実家の一家族、および別の家族を殺して行った事件、しかもマンションで、殺害した。現代の闇を象徴する事件。

 などは、私としては、言いようもない事件と言えます。ただし、犯人の成育歴に、必ずと言ってよいほど、親との関係がまともではなかったと思われるポイントはあったはずで、それは、心理学者などが詳細に研究すれば、後で探し出されるでしょう。スミダ被告も、兄弟間で差別を受けて、愛を与えられなかった側である可能性は強いです。あの冷酷さと同じ一家の姉妹の間で、差別してそれを周辺に見せつけることで、周りの人間を支配したと言われますね。それは自分の幼い日々の、復元である可能性が強いです。

 で、私が、報道をされた当時は、気が付かなくても、今では、その関連を気が付き始めている、いわゆる、CIAまたは、日本でのそれにあたる、瀬島機関とか、革マルが起こしたのではないかと思われる事件を、下に列挙しておきましょう。犯人が表れても、それらは、洗脳されたアサッシン(暗殺者)だった可能性は、大きいです。

 1)、世田谷一家4人殺人事件、2000年、12月の深夜、お子さんは小学生で、特にかわいくて、奥さんは美人です。ちらっとですが、『海外のことをご主人がやっていた。某国のために翻訳をしてあげていた』、と、どこかで読んだことがあります。犯人は韓国人と、南欧系のハーフだという遺留血液の遺伝子による解析もあるそうですね。
 または、姉一家が、海外にいたとか、叔母がライターであるとか、いろいろあって、そこから、狙われたのかもしれません。

 私のように詳細にブログを書いていますと、もし、私自身とか、子供や孫が狙われたら、すぐみなさんも、その因果関係にお気づきになるでしょう。だから、死を迎える直前になったら、息子の名前も、娘の名前(それは、苗字が川崎ではない)も、ここに公開しておく可能性はあります。本当は今だって、写真等を公開しておきたい気持ちもあります。が、それがプラスかマイナスか、どっちへ転ぶかわからないので、控えています。とても幸せそうに暮らしていますが。

 2)、福岡の一家4人殺人事件、2003年、6月の深夜、こちらもお子さんは小さくて特にいい子で、奥さんも旦那さんも美形です。これは、犯人は中国系のギャングでした。つかまっています。が、ギャングたちが、ここからものを盗んだというよりも、犯行を行うことによって、別のところから多額の報酬を得ていた可能性もあり、これも、事件1)と、酷似をしています。一家中の家族が、全部、美形で、インテリで、楽しく暮らしているご家庭を襲う理不尽な殺人事件
 という共通項があります。だから、不安を醸成させるための、国際的軍産共同体主導の犯罪である可能性はあります。

 3)、2008年11月17日深夜、厚生省事務次官殺し。
   これは、冤罪だとも言われていて、私も一晩で、杉並区と埼玉県を、殺人事件を起こして歩くのは不可能だと思っていますが、ともかく、動機が『愛犬を保険所に連れて行かれた』からとは、おかしいと、世間の人が思う事件でした。
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副題5、『特に問題があるのは、板橋の資産家夫妻、放火殺人事件です』

 4)、板橋資産家夫婦放火殺人事件、
 東上線常盤台の、南側線路沿いに、飲み屋街があります。細い道沿いにずらっと飲み屋やバーがあるのです。池袋にも、無論、飲み屋街はあるでしょう。が、そこから、ここまでは、ほとんどそれがなくて、この駅で、集中してある模様です。北側は、東上線の田園調布というほど、高級な住宅街なのに、不思議なことですが、私は、母の見舞いに老人ホームへ、毎週二回通っていて、その帰り道によくここを通り、エッセイを一つ、ものしました。
 内容は、『年を取って、独り者になったら、居酒屋で過ごすのもいいかもしれない。そこで会話をするのはいいことかもしれない』というものです。我が家は主人が飲まない人で、しかも夜の外出を嫌がります。早寝早起きの人なのです。

 で、飲み屋というのは全く行ったことがないのです。学生時代は、非常に勉強に忙しい大学だったので、夜の外出なんかしないし、勤め先は東大であり、同僚と仕事の帰りに一杯やるというようなムードはまるでない場所です。

 前報で、初稿の段階では、こだわったのだが、結局は主流とは外れるわ。と判断して抜いて行き、別章をたてて語った話の中に、新制作協会に所属する画家たちの話があります。熊沢淑、馬緤(つなぎ)紀子、桜井陽子、渡辺幸子、高橋裕子(この人は作家よりも美術評論の方が強いが)、田沢茂という画家たちについて、語ったのは、ひとえに、この板橋の資産家夫妻殺人事件に触れる前段階として、小関利雄先生と鎌倉の飲み屋に出かけた話を語りたかったからでした。
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 一種のスピンオフとなりますが、小関先生とは、逗子の小料理屋の二階で、夕食を取り、それが、夕方の六時から九時まで続きます。そこは、小関先生が県立川崎高校に勤務をされていた時代の、教え子の経営するお店なので、追い出されることもなくて、延々と宴会が続くのです。ただ、日曜なので、次の予約が入っていて、今日は早めに切り上げないといけないという日もあって、そういう日には逗子から鎌倉へ電車で移動をして、お茶、または、お酒となるわけです。

 注文するのは、コーフィーいっぱいとか、ハイボールいっぱいにしか過ぎないのですが、ともかく、小関先生が『僕はまだ、気分がよいね。みんなと一緒に話していても大丈夫だよ』と思っておられる時間帯は、全部の人間が一緒にお付き合いをするわけです。時には夜の十時までね。
 27年前当時に有名だったのは、駅前のスーパー投球の地階にある『ふみ』とか、小町通りをちょっと入ったところにある『野菊』などでした。それは、有名な作家がほとんど死亡してしまっており、ほとんど残渣と言ってよいものでしたが、それでも、名残りはあったのです。

 私が衝撃を受けたのは野菊では、完熟トマトがお料理の一皿になるということでした。今はよくそれが、イタリアンでも、どこでも提供されますが、当時は何も手を加えていない冷えたトマトが、お料理(酒の肴)として使われることが、理解できなったですね。最近、同窓会で使う料理屋で、キャベツをポンと、大きく切ったものが出る時があって、それも驚きですが、昔のトマトにも衝撃を受けました。でも、それ以外は楽しくなかったのです。いつも、熊沢さんの目が光っていて、話題にも自由がないし。
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 ここで挿入から元へも度rます。
 でも、その24年後に東上線常盤台の周辺を歩いていると開いている店の、のれんの影で、楽しそうな、幾組かのお客が見えます。同僚同士で来ている人は、テーブルに座り、一人で来ている人はカウンターに座っています。それを見て、『ああ、いいかもしれない。未亡人になったら、こういう風に鎌倉の夜の街を徘徊しよう。飲み歩こう。私はアルコールが大丈夫だし、個展を止めたり、本の出版を止めれば、十分にお小遣いはあるでしょうと、思ったのです。
  今、一時間以上どこで、その文章を書いたかを検索していました。
 当時の記憶では、私の文章と、この放火殺人事件が関係があると考えていましたので・・・・・
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副題6、『板橋、資産家夫妻・放火殺人事件と、酒井忠康氏との関連性
・・・・・・特に栗田玲子さんの応接間が、せまくなったわけは? これでしょうね。・・・・・』

 私は前報やら、最近の文章で、特に酒井忠康氏に心を集中しています。それに対して、美術畑の人間は目をむいてびっくりしていると思います。『あなたねえ。あなたの格って、酒井先生と比較をすれば、ものすごく下でしょう。どうして、こんなにバリバリと酒井先生について書くのよ?』って、柴田悦子さんとか、画廊るたんのオーナー、また、ギャルリー志門のオーナーには言われるでしょう。

 問題の人、最も酒井さんと関係が深い画廊のオーナーとして、最近、それを見せびらかしている栗田玲子さんなど、偽名(仮名)ですが、堂々と、このブログの世界にコメントを寄せて、私をバカに仕切ってきました。彼女から来たというのはすぐわかりました。一応保留としてありますが、後で、原文をここにコピーアンドペーストしてもいいです。

 酒井氏と、渡辺幸子さんと、栗田玲子さんは、私の目の前で、彼女の画廊の二階の応接間で、ガチンコで、出会ったことがあります。それは、その三人と私が顔を合わせることが、こちらに対する威圧として役に立つと考えられているわけでしょう。それは、前報で、語っているように、高橋裕子さんを画廊るたんで、わざと出会うような時間帯を設定して訪問させ、お茶を出すなどの高橋裕子さんへの厚遇を、私の目の前で、展開し、それで、気鬱にさせようというテクニックと同じ伝です。

 ところがね。一瞬にしてなんでも見抜く私は、『は、ハーン、そういうことですか。これは、ありがたい。将来これを書きましょう。そうすると、渡辺幸子さんがどれほどの悪女だったかも言えますし、気分が清々しますわ』と思っただけで、何のダメージも、その応接間の情景からは、受けていないのです。でも、常に、繰り返されるこういう現象は、この一年間の、西隣の奥様、小野寺夫人の行動にも、同種のものが表れているように、鎌倉発のアイデアでありましょうから、伊藤玄二郎発でありましょう。
 彼と栗田玲子さんは、鎌倉駅のトイレで、夜の10時半という、主婦でもある栗田さんにとっては、ありえない時間帯にいっしょで、さらに夜の鎌倉の町へ、一緒に出て行ったのですから、重要な関係があるのです。

 そして、『書くはずもない』と高をくくっている上記の三者+伊藤玄二郎の思惑に反して、私は、2010年から、酒井先生の悪については書き始めていますね。
 そうなった後で、栗田さんは例の彼女+渡辺幸子さん、+酒井忠康氏が、であった応接間を狭くして、私の文章が当たっていないような措置を取りました。今の狭い部屋では三人が落ち着いてお茶を飲んでいる暇はありません。だが、これも、鎌倉エージェント発のアイデアである可能性は大きいです。
 いつも威圧を、誰かを使って、やるが、それを文章に、こちらが書けば、その人物やら場所を消していくというのは繰り返されてきています。
 その、・・・・・彼らが、この人物は、川崎千恵子より上である・・・・・と判断している人間を、私の目の前に出現をさせて、いやな思いをさせるのは、
 鎌倉でも、繰り返されています。
 単に顔を見せるだけ以上のことをやられています。

 ご近所の前田夫妻、安野夫妻、そして、石川和子の夫で、まだ生存している(この表現は奇妙ですが、石川和子さんが死んでいますので、こう書きます)柳沢昇、などのやっていることのすさまじさ、特に大原光孝氏のやったことのすさまじさを勘案すると、酒井氏やら、栗田さんについて黙っているわけにはいかないのです。彼らは、手下が多ければ勝てると思っているみたいですが、こちらでは、一人で対応するわけですから、

 どこかで、『これは、だめだ。書くことの内容を、ステップアップをしないとダメだ』というきっかけがあるわけで、それは大原光孝さんが作ったのでした。
 彼は何回も形を変えて、攻撃をしてきています。
 すでに文章をいくつも書いていますが、その一つは、

パンドラの箱をあけた、特別な音。『ワインが割れてー2』
2010-09-22 16:09:08 | Weblog  であります。

 これは、今、2012年の10月27日の午後1時半に確認したところでは、タイトルを入れれば、グーグルの検索で出てきます。お暇のある方はお読みください。

 大原さんの姿勢の中には、子供がいて、孫がいるという自分の生活を忘れた攻撃意欲が見えます。不思議なことだと長らく思っていました。特に家庭の中で、女性陣が甘やかしているから、勤めに出たことがない人で、そこに原因があるのだと考えてきています。ところが、去年、ふとしたきっかけで、かれがご養子さんであることを知り、『謎が解けたなあ』と思っています。

 世の中の人に申しあげます。養子に出す、又とる場合は、できるだけお気を付けください。資産家が、老後の面倒を見てもらいたくて養子をとる場合には、30過ぎで、十分に人格が固まるまで待った方がいいです。小さい時にもらって、かわいがることで、実子と同じくらい、自分を大切にしてもらおうと思うのは、養子本人にとっては最悪の結果をもたらす、可能性があります。「遺産を相続させますよ。また、資産で学費も出してあげます。それで、老後の面倒を見てくださいね」とはっきり言って、育つのは実の両親のもとで、と、なさった方がいいです。

 大原光孝さんから離れて、開発ちえさんに向かいましょう。
 ここへの、コメント+個人的なメールのやり取りで、開発ちえさんは、『あなたは、きちがいだ。精神病院に行け』と言ってきています。

 そういう言葉は、わからないでもないです。ただね。皆さんが、上の文章まであけてお読みになることがない場合を勘案して、もう一度簡略に書きますが、大原光孝さんのやっていることや捨て台詞の数々は、(彼は、柄沢斉と、卒業大学が同窓なので、深い関係がある)を勘案し、かつ、この板橋の資産家夫妻、放火殺人事件が、私の文章から起きたことだとすれば、私が、酒井氏を、こちら側から徹底的にバカにするのも仕方がないのです。

 だって、彼は、伊藤玄二郎というキーパーソンのところで、徹底的に、例の軍産共同体にからめ捕られているエージェントであることは、私にしてみれば確かなことですから。
 酒井氏本人が、板橋の、うっそうたる森状態になっているという、かつ、四か所も施錠された門があるという資産家の家に侵入して放火をしたと言っているのではないのです。例のブルーカラーとしての、革マル、もしくは、瀬島機関、または、CIAの人間がやったのでしょう。だけど、概念としては、・・・・・私からみれば、・・・・・酒井氏も、この放火犯も同じ陣営にいるのです。

 大原光孝氏がひどい文言と行動をとるのは、彼にしてみれば、『こちらが上だ、勝っているのだ』という判断があるからでしょうが、そういう意識は、酒井さんが館長時代に、彼の御嬢さんを近代美術館に雇ってあげたことなどを、背景にしているでしょう。それに、中目黒の大原さんという、元製紙会社重役の殺害事件は、「大原光孝さんについて、これ以上は書くな」という警告の一種として行われたと感じています。その前が、この板橋の資産家夫妻・放火殺人事件なのです。

 ですから、三段論法の結果として、私は酒井忠康氏の、良心の脆弱性を書くこととなるのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~


 上の副題6に書いたことを検証するためには、例の放火事件と私が書いた、『居酒屋っていいね』という文章との間の、時間的・連絡密度を計量する必要があります。
 それをこのブログの過去記事、30本かける、68頁分を検索するのに時間がとられたうえに、私は外出しないといけない予定があります。で、ここで、本日は終止とさせていただきます。後、以下の三章は、この分中で、書くべきことですが、続きは今夜の、深夜になるか、アスになるかはわかりません。何か不遜な言い方に見えてしまって、恐縮ですが、私も体力が衰えておりますので。

 と、言うお断りをして外出しました。今は日曜日の朝八時で続きを書き始めています。
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副題7、『幻冬舎さんが、盛んにお誘いをかけてきたころ・・・・・そして、大ヒット本、阪急電車について』

 というわけで、外出した後で、外出先で、三つの重要な会話に恵まれます。私は『電車の中で』という本を出しています。そのコンセプトは、『阪急電車』という書物(大ヒット中、120万部以上とか)に利用をされているという指摘もいただいていますが、出版元が幻冬舎だと聞くと、なるほどと、頷けるものがあります。泥棒が頻繁に入っていたころ、幻冬舎から、『セミナー』のお知らせが頻繁に来ていました。これって、泥棒が入りやすくするためのお知らせではないかと判断してたいていは無視していたのですが、

 あんまり何度も来るので、とうとう横浜会場ではない、東京本社に出かけてみたのです。すると、ガラスががっちりと閉まっていて、中に出版セミナーという看板だけがあるのですが、入れません。それで、私はやはり、これが、ひっかけであることを知るのです。

 2000年より前ごろは、私も自分が、狙われていることなど夢にも気づかず、大きく羽ばたけると思っていて、一般の出版社から、公刊されることを願っていました。それを願う場所は、筑摩書房、PHP,大和書房、草思社などで、それをフォルダーとして、デスクトップに保管をし、そこに、そこ向けのエッセイを分類して入れておいたのです。その名前の出版社はすべて、敵様方に利用をされています。

 本日も予告的に書いている、榊原節子さんの、『凛としたシニア』に最後には到達するはずですが、それは、PHPから出ています。そして、それのお披露目が、2010年1月17日のクラス会で行われることとなります。
 ただね。どうしても、折衝が、うまく行きません。
 とても偉い紹介者があってもうまく行きません。それで、仕方がないから私費出版をお願いしようかなと思い始めます。

 自分の会社(ちいさい)で出版すると、すべての費用がだいたい、100万円で済みます。ただ、外部に頼むと、あっという間に、500万円だと聞いていました。その値段は、2000年頃の相場です。今は下がっていて、外部に頼んでも、そして厚手の本を作っても、300万円ぐらいでしょう。ちょっとしたコネがあれば、150万円だと聞いていますし、もっと、しっかりしたコネがあれば、100万円で作ってくれますが、その際は、大手出版社の名前は使えず、ISBN番号やバーコードもつかない形になり、販売網にも乗りません。

 私が自分で出版すれば、ISBN番号もバーコードも、つけられますから、結局は自分で、出版することへ戻るのですが、それでも、幻冬舎に、原稿を持ち込んだことはあるのです。それは、4冊目を作った後で、断られても、別にどうっていうことはないという時点です。

 そのころはまだ、井上ひさしは、生きていましたし、伊藤玄二郎の協力者として、盛んな動きをしていたころです。その二人のうちのどちらが動いたのかは知りませんが、幻冬舎は、たちまちにその二人に取り込まれ、一種の敵として機能をし始めたのでしょう。
 それが、阪急電車という大ヒット本を生み出すこととなって行くのです。
 もし、私に、敵がいなけれ場、既に、自分で出版をしていた、美麗本、電車の中では、普及版として、しかも中身を少し変えて、幻冬舎から出版をされていた可能性はありますが、全く反対の方向で、幻冬舎は動き始めます。
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副題8、『芸術家とファンとの関係、対等か、上に立つか』

 さて、三つの素晴らしい会話を採録したいのですが、最近の私は相手が特定されることをひどく恐れています。それで、勢いがある、しっかりした書き方ができなくなります。が、それでも、書かせてくださいませネ。

 ただ、常に神様に見守られているという証拠の一つとなります。そのうちの一つは若い女性が相手であって、しかも芸術家が相手です。20代。

 明るい感じの美人です。しかも向こうから話しかけてきた人ですよ。彼女の方に見える私の人物像は『この人は、音楽の教師(高校ぐらい)であろう』ということでした。それで、その言葉に乗っかって、トゥランドットの中のアリアの一節歌ったら、「やはり、そうだったのですね」と言われました。で、「違うわ。音楽は単に好きなだけですよ」と断ったうえで、芸術家とファンとの交流とか、関係について語り合いました。今の私はこのブログでもファンのことを顧慮していませんね。それで、若い人に説教をするのもなんですが、敵がいない人が伸びていくためには、ファンの存在を大切にすることが大事です。

その際、対等であるという心構えで接するか、『こちらは、お姫様なんです。あなたより上なんですよ』という態度で接するか、二つに道があるのです。
 彼女は、とても素直で、実態は謙虚な女性です。私のことも尊敬しまくって、なついてきています。

 ところが、ファンの前に見せる自分は、お姫様として、ふるまうのだそうです。それが好きなんです。そのポイントで、あれこれ、歩きながら、15分程度話し合いました。結論が出ないまま、お別れしましたが、私が提示した、「ファンと対等の姿勢も意味があるということを、を忘れないでね』という言葉が彼女の心の中に残ることを願います。

 そういえば、テレビ朝日だったか、NHKだったか忘れましたが、最近五嶋みどりが、日本縦断コンサートを開いた、そうで、その裏側の密着取材番組が、放映をされていました。それを見ました。往年の天才少女、五嶋みどりは、体型が、ややおばちゃんチックになっていましたが、素晴らしい程度で、人間的な成長を遂げていました。

 かわいそうなほど、お母さんに支配をされているというか、振り回されてきた彼女は、その大切なお母さんに別のお父さんができてしまい(もちろん、本当のお父さんとお母さんは離婚をなさっているのですが、)弟も生まれました。一時期彼女が拒食症だったのは、誰もそれを、言わないけれど、お母さんの生きる姿勢が大いに関与していたでしょう。
 天才少女五嶋みどりが生まれるためには、お母さんの存在は絶対的に必要だったのですが、それでも、それは、プラスでもあり、かつマイナスでもあったのです。ここが、推敲加筆中の最先端ですが、この章だけは独立させて新たな文章とさせてくださいませ。

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 今上のところまで書いたのですが、この章を独立させた方がいいと判断をしています。それで、新規のブログを書き始めていますので、こちらの推敲と完成はお待ちくださいませ。

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その居酒屋を称揚する文章と、板橋の資産家夫妻・放火事件の時間差は、どれくらいだったのか?』

副題8、『その事件は、は、レオス・カラックス監督を守るために行われた可能性がある』

副題9、『<凛としたシニア>(PHP刊)が、同級生に披露された日に、モズクの酢の物が、私の新刊本のうえに、ああ、それは、悲劇か!!!!!喜劇か』

 
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日銀、短観は、なぜ、この(2012年10月)24日に、発表をされたのか?△

2012-10-24 08:49:48 | Weblog
 今、金曜日の午後4二時です。やっと推敲が完成しました。タイトル右横に参画印を付けておきます。

副題ゼロ、『日銀、短観は、なぜ、この(2012年10月)24日に、発表をされたのか?・・・・・この、描くのに大変苦労した一文を、苦労を乗り越えて書いた理由と目的』

 最近の中国の尖閣諸島をめぐる脅かしと嫌がらせに私は当然怒っていますが、その理由が一般の日本社会の特にメディアとは、圧倒的に違うでしょう。それはあれが単なる、自然な外交的事件ではなくて、ただ、ただ、単純に、鎌倉エージェントと私が呼んでいる三人、特に、伊藤玄二郎と、酒井忠康氏を救うために起こされた、非常に個人的な色彩の強いものだという判断です。

 で、無視しておけばいいほどの小さな事件ですが、私の主張を覆し否定させるために、次から次へとでっち上げ情報が、繰り広げられ、報道をされます。
 伊勢神宮等を脅かしたと言われる成りすまし疑惑、誤認逮捕問題もそうですが、

 この2012年、10月24日に発表された日銀短観もその一つです。

 いかにも正当なもののように見えます。そして、白川日銀総裁と、各理事たちが、関与して練り上げた(?)ものであることも確かでしょう。

 ところが、『ああ、これも、例の鎌倉エージェントを救済する一環の、作られた情報ですね』と思うところがあります。
 どうしてそう思うかというと、
 まず全体の基調が長期デクライン(下降傾向)にあり、デフレの意味合いが強いと発表されています。
 これは、最近の発表では珍しい傾向のものだそうです。それで、国民の耳目を引きます。その発表に対して注意が特別に払われます。
 ところが、短観そのものの、見通しが暗いので、国民の気持ちも暗くなります。

 そこは、まあ、良しとしましょう。だって、国民の皆さんも、だいたいそうだとご納得されているでしょうから。

 そして、その理由としてヨーロッパ圏の経済不況が挙げられています。
 そこも、まあ、良しとしましょう。
ギリシャ政府の経済破たんから始まってスペインが危ないとか、いろいろ、報道もされています。

 そんな中IMF総会が開かれて、『野田総理大臣は、600億ドルをユーロ圏救済へ拠出する』と発表をされました。だが、その情報はすぐにひっこめられました。これは国民にとって嫌な傾向です。国民が損をする大切な情報が、きちんと報道をされないという事実は無視できません。

 しかし、そこも看過いたします。というのも、私一人がのろしを上げても、だれもついてこなかったら、なんの力も生み出さないからです。
 自分がドンキホーテとなっている。または、トリックスターとなっているのは、重々に承知しております。でもね、自爆は避けなければなりません。主張しても何の効果も表れないことは、仕方がないので無視しておきましょう。
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 しかし、一つだけ、引っかかるポイントがあります。それは、ここで、きちんと主張をして、皆様にお伝えしておきましょう。

 それは、上の長期低落傾向は、対中国貿易が落ち込む可能性があり、そこに原因があるというポイントです。
 ということは、中国の尖閣諸島をめぐる一連の抗議行動が、大きなものであり、国民にとっては無視できないという主張をサポートするものです。これは、私の判断とは、真っ向から対立をするものです。

 ・・・・・なんだ、日銀さえも、鎌倉エージェント救済へ動くのか。白川総裁は、中川経産相の酩酊記者会見を、演出した側と協力して、追い落とすことをサポートした人だが、この短観の発表で、二度目として、国際的軍産共同体(または、フリーメイソン)の言うなりに動く人物だ・・・・・・ということがわかりました。
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 そういう政治状況の中で描いた(または、書いた)のが、下の文章です。
一読すると、単なる美術界の裏話、または、噂話の類とみなされるでしょう。

 しかし、違うのです。最近、数年間の政治状況は、見事に、この三人(私がまだ彼は生きており、地下潜行をしていると判断をしている井上ひさしをふくむ)の救済を最大の目的としているとみなされるところがあります。特に彼らの失敗を救済し、修正していくことが目的となっているとみなされます。

 しかし、なにぶんにも長いです。それは、思い出に任せていろいろなエピソードを詰め込みすぎているところがあるからです。これから、主流から外れているエピソードはどんどん、次(というか、真下に出てくる)
 
上の文章から抜いた部分、
2012-10-24 01:43:53 | Weblog
 へ、移動をさせていきます。

副題1、『瓜南直子さんと渡辺幸子さんの差』
副題2、『日傘雅水さんが、キーパーソンの一人として選任される』
副題3、『画廊・るたん・のオーナーがシカといじめて来るのだが』
副題4、『父は、嫉妬されないようにすることが、人生の要諦だと言っていたが』
副題5、『小関先生との別れの日』
副題6、『読者の、この文章に対する不満を推察し、おもんぱかり始めた私』
副題7、『それは、場所(=舞台)が、鎌倉のグローブだったから、語れないことが多かったのだ』
副題8、『酒井先生の奥様について、真実に触れることはグローブを使えなくなるということだが、その決心はついた』
副題9、『私には、最初から分かっていたのだ。その淑女が酒井先生の奥様だっていうことを』
副題10、『根は善良だが、いまだ、鎧を脱げない酒井夫人』
副題11、『馬越陽子さんが、任務を失敗した徒労感を呟いた日』
副題12、『画廊るたんの態度に怒っているから、私は酒井忠康氏の夫としての態度に疑問を呈したのだった』

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副題1、『瓜南直子さんと渡辺幸子さんの差』

 ここは前からの引きずりであり、この章の主題からはずれますので、下へ移動をさせました。
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副題2、『日傘雅水さんが、キーパーソンの一人として選任される』

 ここも副題1と同じく、助走期間であって、主題とは直接に関係がないので、下へ回します。
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副題3、『画廊・るたん・のオーナーが・シ・カ・といじめて来るのだが』

 私は副題1、と、副題2の中で、手相によればやわらかいところがある人間なのだが、鎌倉へ引っ越してきたのをよい機会として、一切の社交を断ち、内面を磨く修業時代へ入ったと書いています。絵を描くこと、文章を書くことなどに凝ることとなります。
 ところが、これも、美術のお付き合いの一つなのですが、小関利雄先生の画塾に招かれていて参加をしていた時期があるのです。そこでは、毎月一回、飲み会が開かれていました。

 これは、ほぼ25年前の話なのですが、いまだに尾を引いています。というのは、この2012年に、画廊るたんで、高橋裕子さんという女性と頻繁に出会い、画廊るたんのオーナー中島さんが、私より、そちらをはるかに大事にして差をつけるという話があるからです。

 この小関利雄先生(芸大卒、横浜国立大学教授、新制作協会会員・・・・・だが、既に亡くなっている)の画塾時代の情報が掘り起こされて、その当時、2人の活発な弟子として、先生との対話を、牛耳っていたのが、私と、私より、10歳は年下であろう、高橋裕子さんでした。

 彼女は、私からみると、日本経済が裕福な時代に、裕福な親元で暮らす、お嬢様の典型で、甘えていてわがままなところがあり、『今は、この人は幸せであろう。だけど、こんなに努力の必要がない生活をしていて大丈夫かな?』と当時から思っていた人物です。
 画廊るたんで、中島さんが、差別的にちやほやしているので、あえてはっきりと申し上げますが、25年ぶりに遭う裕子さんは、やせすぎていて、年齢にふさわしい肉体ではありませんでした。 こんな人を対私の対抗馬として、使ってくる例の敵様連中の、おぞましさを強く感じました。
 それこそ、瓜南さんよりも先にこちらが、亡くなってしまいそうなほど、やせておられるのです。昔はそうではなかったのです。ふくよかで、きゃぴきゃぴとまでは言わないが、才気煥発なお嬢様でした。

 中島さんは、蝶よ花よともてなして、お茶ひとつ出してこない私との差別を見せつけて、裕子さんを気分良くさせているみたいです。
 
 彼女は、私と別れていた25年の間に、どうも、サントリー学芸賞受賞をしたみたいです。分野は、美術評論。

 彼女は、お嬢様育ちだし、今では昔のわがままぶりも影をひそめていて、やや、客観性を増していらっしゃいました。私への態度も成熟度を増したものでした。

 メディアも含めた形での、名誉という意味では、彼女は勝ちました。(?)
ただ、幸せの形という意味では、私の対抗馬として、彼女を仕立てあげるのは、本当に気の毒だというようなものです。私の予測では、こんなことに使われていると、神様の『ご加護から、さらに見放されますよ』ということでした。

 でも、彼女にそれを教えてあげることもありません。ここで、これを思い出して記載をしているのは、この画廊『るたん』のオーナー中島さんが、気が強い形で、ひどく攻撃をしてくる陰に誰がいるのかを知りたいから書いているだけです。

 中島さんだって、根は悪い人ではないのですよ。ある時に私が着物で銀座へ出かけて画廊るたんのあたりでは、着付けてから五時間以上たっていて、ゆるゆるになっていたら、彼女は「貴女ったら、こんな着方をしてー』と言いながら、歩道で、ぐっと、しめなおしてくれたのです。すごく姉御肌な感じで、親切でした。年下なのに、頼りがいのある感じを見せてね。だからこそ、裏にあるものを知りたいのです。

 特に、その上の階で画廊を開いているギャルリー志門のオーナーが、これまた、大変化をしていて、いじめて来るので、それも裏側を知りたいと思っています。こちらのオーナーは中島さんより若くて、私の知る限り「処女さんではないか」と思うほど、上品で、そそとしていて細身でした。が、最近太っていらして、そのうえふてぶてしいまでの態度でいじめてきます。
 銀座の画廊街では、増田きよみさんと、双璧をなすほどの、大変化です。『いったい裏に何があるのだろう』と、思っています。誰が、使者として立って「雨宮舜をいじめなさい」と教唆しているのだろうと深い疑問と興味を持っています。
 そして、彼女がもらった見返りはなんだろうとも思っています。

 再度繰り返しますが、高橋裕子さんは、サントリー学芸賞をもらっています。
 だが、その一ポイントを捕まえて、例の渡辺幸子論(それの実際のテーマは、酒井忠康論ですが)を書かせないがために、選ばれて、画廊るたんに出没するようになったと思われます。特に同じ時間帯に出没するように謀られていたと、感じます。それも一回だけではありません。

 この際に同じ小関利雄グループに所属をしていた馬ツナギ(横浜国大卒、新制作協会会員)さんとか、熊沢淑(神奈川女流、#2、新制作協会会員)さんを使うと、その構造と意図が明瞭に見えてしまうので、年齢が離れているということと、公募団体展に関係がないという点で、私との縁が、新制作の会員である、上記の二人より縁の薄いYTさんが選ばれたのだと思います。

 が、見ていて、本当に気の毒な感じを受けました。
もしかするとサントリー学芸賞という名誉が、これほどの、激やせを招いたかとも思われました。期待を受けると人間は頑張るものですが、それが、かえって、心身のバランスを崩す場合もあるでしょう。
 
 それはそうとして、瓜南直子さんの方に戻ります。彼女の方は、生前の姿も性格もまるで知らないのに、フェイスブックでの、活発な投稿状態(それは、2011年の11月までは、そうであった)を知っているので、まさか、2012年の6月に亡くなるとは、夢にも思いませんでした。
 その死因が、肝硬変であると聞いて、思い出すことがあります。
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副題4、『父は、嫉妬されないようにすることが、人生の要諦だと言っていたが』

 ここと、副題5、『小関利雄先生と別れた日』は、小関利雄(新制作協会会員、元横浜国立大学教授、故人)先生にまつわる思い出です。そして、それは、高橋裕子さんを語る際に、二人が出会った機縁が小関先生なので思い出した部分です。が、本論とはやや離れているし、全体が二万字を超えたので、削除をして、すぐ下へ移動をさせます。恐れ入りますが、そうさせてくださいませ。
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副題6、『読者の、この文章に対する不満を推察し、おもんぱかり始めた私』

 副題1~5までの1万字はほんの前置きにしか過ぎないのです。いよいよ、本日のメインテーマにして、恐ろしい話へ入ろうと思うのですが、その前に、あれ、このポイントにつき、読者は疑問や不満を持っておられるのではないだろうかということに気が付いたので、そちらの手当てを先にいたします。

 数日前に瓜南さんの死を読者からご注意という形で知らされる前まで、私は読者におもねるということは一切ありませんでした。おもねらないばかりではなくて、顧慮さえしておりませんでした。それは、文章を書くことへ妨害を多数受けているので、ともかく、脳からアイデアが、パソコンの世界へ移ったら即座に公開するということにしています。

 まとまったものを公開しているわけではありません。それで、読者をおもんぱかることができないのです。ばかにしているわけではありません。いつも、ぎりぎりのところで、初稿を書いているからです。

 だから、ここは、駄文でしょうね。この間10月12日に数通のコメントが、(たぶん、伊藤玄二郎だろうか、その二人羽織の井上ひさしからだと思われますが)きて、
 『死ぬほど的外れじゃあねえか』とか、『駄文の極みだ』とか、『もはや、頭がいかれていますね』と書いてきたのがあります。

 そのコメントが寄せられたのは、私がその日に書いた文章ではなくて、ずっと前に書いた文章に対してきたもので、見事に、『立派な文章だと思われるもの』を狙ってけなしています。自分で「立派な」というのも変ですが、その根拠は、読者が、その時点で急激に増えたり、読み返していただける回数が増えたりしたものを指します。そこで、判断ができることなのです。

 だから、これらの攻撃は、「そういう優れたエッセイを、紙の本で出版するな」というメッセージだと受け止めております。だけど、それが真の目的であろうとも、20%ぐらいは、彼らの言うことも当っているだろうと認識しています。
 それは残念なことですが、成功も30%しか求めていないという人生上の心情を持っているので、それを使って、乗り越えているのですが。
 そして、常に、神様を相手にして書くという心構えも持って、そこを乗り越えているわけです。

 でも、この前に、瓜南さんの逝去を知らせてくださったコメントが入ったのは衝撃でした。それは、読者様が、『この文章って変だなあ』とお思いになったことを示しています。でも、瓜南さんは、死亡があったので、読者様が、ご注意をくださったのですが、そこまでの、間違いがない場合は、ご注意は来ないでしょう。
 となると、自分で、考察やら、点検をしないといけません。
 この文章で皆様が不満や、腐心をお感じになるポイントはどこにあるかというと、副題三にあると思われます。それは、わかっているのですが、その陰にメディアを利用する連中に対する嫌悪感があって、そのまま残してあります。ただ、相当に、改良しました。

 でも、瓜南直子さんが、死亡しているのだということを注意してあげたいというほどの、緊急性もないが、やはり、ここが引っ掛かるねと、皆様がお感じになるであろうポイントがもう一つあります。

 それはね。「画廊るたんに、その受賞した美術評論家高橋裕子さんが表れた時に、それを謀略であると、なぜ、考えたのですか? 理由はなんですか?』というものです。「偶然に出くわすということもあるでしょう。あなたの思い込みが強すぎるのではないですか?」というものです。

 その点についてなのですが、この手法は繰り返しつかわれる弾圧用道具で、以前に使われた例として、馬越陽子さんが、ギャラリー手に現れて、「私は、北京で、個展をました」だの、「それは、日本人としては初のものです」とか、自慢しまくったエピソードを書いています。それも何度もです、だから固定読者さんの中には、それは聞き飽きたとおっしゃる向きがあるでしょう。
 あれは、その後、ギャラリー手が廃止されてしまったので、やはり、謀略だったと考えています。ギャラリー手さんは、突然に舞台として使われてしかもせっかくの聖地・京橋への出店を閉じなければならなくなったのですから、お気の毒です。例のごとく悪人たちの、軽くて、単純な頭脳の犠牲者となっておられます。

 特に山本美香さんと、瓜南直子さんという名前にひかれて、新しく、このブログを読み始めてくださった方には、そのエピソードは初耳だと思います。とてもコンパクトにまとまっていて、しかもスケールも大きく、しかも単純ですから、語りやすいお話です。瓜南さんを語るよりもずっと語りやすいです。

 しかも結論としていえば、私は馬越陽子さんをかわいい人だと感じているのです。恨んでもいません。激しい攻撃をされたわけですが、恨んでもいません。それゆえに読後感もいいエピソードになるでしょう。

 しかし、本日、私の頭に降りてきているエピソードは、別のもの(=酒井忠康氏の奥様に関するもの)なのです。そちらの方が、微に入り、細に入り、文章がすでにできています。で、それを語らせてくださいませ。
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副題7、『それは、場所(=舞台)が、鎌倉のグローブだったから、語れないことが多かったのだ』

 酒井忠康氏の奥様については一度述べております。
 ・・・・・「水も滴るいい女だ」と。だけど、「そういういい女を、二度目の奥様として迎えた酒井氏を、私は嫌な男だと思う」・・・・・と書いています。
 「離婚をして再婚をする場合、以前より顔は不細工でも、性格はいいという女性を選ぶ男性なら許容できるが、反対に、いい女を選んだ人は信用できない」と語っています。

 しかし、その文章は本当は正しくはありません。そんなにどぎつく、他人のご家庭をけなすようなことを書くことが、本来の目的ではなかったのです。だが、いわゆる30%規制の中で書いているので、本当に正しいこととか、言いたいことが表現をされていない文章となってしまいました。

 この場合の規制とは、私が自分で自分を縛るものです。で、どうして、それほどの強い規制がかかったかというと、奥様と出会った場所が、鎌倉のグローブという事務センターだったからなのです。事務センターとは何かというと、家庭ではできない事務仕事を、自分の代わりにやってもらうところで、多数の支店を日本全国に、また、世界に展開しているフェデックス・キンコーズが、一番の大手だと思います。

 東京の繁華街には、ほかの名前を持つ会社が数社あります。ただ、それらの会社名を私は、今は頭脳内に、憶えてはおりません。
 で、それらは、貸しパソコンを備えています。というのも、自宅でやって来た仕事をUSBに入れて持ってきて、そちらの貸しパソコンに入れて、プリントアウトを依頼したりしますのでね。

 鎌倉のグローブさんが東京のそれらの会社と違うポイントは、インテリアが、きれいなことと、家庭的なことです。スタッフは常勤で、アルバイトの人はいません。深夜もやっていません。で、貸すだけではなくてパソコン教室もやっています。その教室が終わると、お茶やお菓子も出ます。それもあるのか、お客と、スタッフは顔見知りで個人名で呼び合います。
 ワードやメールの使い方を教える基本的なコースもありますが、さすが鎌倉と思われるのは、一時間半の自由レッスンがあることです。
 その自由レッスンで相当に高度なことを、私は、教えてもらっています。特にアドビ・イラストレーターは特に複雑ですので、教えてもらっています。取説や、教習本を読んでもわからなくて、困ったところだけ教えてもらっています。それは本当にありがたいことです。

 私は、そこで、2000年に始まって今まで、20回ぐらい自由レッスンで、教えてもらっているかなあ? しかし、その例の、レッスン後のお茶が出ない時があるのです。むろん、出る時もあるのです。

 その差は、伊藤玄二郎が、こちらを攻撃したいと思っている時には出ないし、別に特に攻撃をしないでもいいと思っているときは出るという差です。そして、それは、見事にこのブログ(以前は閉鎖されたメルマガだった)と連動をしています。彼の名前を出した文章の時にグローブが変になるだけではなくて、日本政治に対して正しい分析をした時もグローブさんが変になります。お茶もお菓子も出ません。先生方(女性スタッフ)も緊張しきっていて、不親切になります。

 私はこちらが教えていただく弱者の立場ですから、下手に出ます。どんな仕打ちを受けても我慢をします。でもね、そういうことをされるたびに、考えることは考えます。どうしてこうなるのだと。

 その結果わかったことは、伊藤玄二郎は、大きな権力を持っていて、時にはヒットラーのごとく、鎌倉を支配していること。それに対して、おびえきっている鎌倉びとが大勢いること。その一人がグローブさんであること。グローブさんは、チラシを作ってあげたりプログラムを作ってあげたりして、伊藤玄二郎以外の、普通の鎌倉市民(および商店街)の中に深い根を下ろしているのだから、自信を持って、自主的に動いても大丈夫だろうに、おびえきって従っていること。

 それは伊藤玄二郎の、強者には下手に出て、弱者には威張りまくるという性格も関与しているでしょう。以前、それを書いているホーム頁を見たことがありますが、鎌倉春秋社って社員がノイローゼになる率がとても高いのだそうです。

 だけど、それだけでは、推し測れない部分があります。だって、グローブさんは、伊藤玄二郎の雇人ではありません。近代社会の住人なら対等なはずです。でも、違う。

 こういうことを突き詰めていくと、私が日ごろ語っている真実に到達するのです。つまり、この日本の真の支配者は、日本の首相でも天皇でもなくて、例の核燃料を売りつけてきている大資本家グループで、国際的軍産共同体と呼ばれるもので、伊藤玄二郎はその陣営内に囲われているから、特権を持っているのだという真実です。そして、彼が鎌倉ペンクラブ会長であり、一方日本ペンクラブ会長である井上ひさしも、同じことであり、いわゆるエージェントなのだと、わかってくるのでした。
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副題8、『酒井先生の奥様について、真実に触れることはグローブを使えなくなるということだが、その決心はついた』

 その鎌倉グローヴで私は、酒井忠康氏の奥様と、机を並べて、1時間半一緒にいたのです。その時に、私は酒井忠康氏自身がどういう人であるか、そして、どういう生活をしている人かが、ものすごく高いレベルで分かったのでした。

 そのことを丁寧に明らかにすると高橋裕子さんが、私と同じ時刻に画廊るたんに、しかも、数回繰り返して現れたことが、弾圧の一種であったという自説を、証明してくれます。が、今まで、それができなかったのは、酒井先生の奥様に出会ったのが、グローヴだったからです。
 これから先もそこで、アドビイラストレーターを教えてもらいたいと思ったり、コピー機を外から壊された時に、そこで、プリントアウトをしたいとおもっても、それを、することができなくなります。今までだって、神経質な関係だったのです。それが、これから先、ますます、神経質な度合いが深まるし、そんなところで、楽しく仕事もできるわけもないので、結局は行かないこととなるでしょう。それで、いいのかどうか?

 相当に悩みましたよ。だけど、尖閣周辺で、日本領土内に、中国の艦船が、また侵入したと今朝のニュースで言っていましたでしょう。それから、私からみれば、単なるでっち上げ事件にしか過ぎない、成りすまし脅迫事件と、誤認逮捕事件が、2週間近くNHKで、取り上げられました。サキドリ、あさいち、クローズアップ現代、ゆうどきネットワーク、ほかで、何度も、それが取り上げられました。

 こういうことはすべて、私に物を書かせないようにするための諜略行為ですから、こういうときに黙っていてはだめなのです。
 しかも、普通の形で、政治論評をしていても、彼らはやめません。このように伊藤玄二郎が、『それを、書かれると痛いなあ』と思っていることを書かないとダメなのです。だから、日本政治に関する本質的なことを説明するために、グローヴを捨てました。そこにはいかないと決めたのです。本来は親切な人たちなのですよ。ただ、ただ、伊藤玄二郎におびえて、ああいう風に変な緊張感に満ちてこちらに、差別をしてくる場所となってしまいました。
 私はぎりぎりのところまで、待ってあげております。
 これは、相手方にとってはこれから何を書く予定であるかは十分にわかるはずです。で、大切な手当はどういうことなのかもわかっているはずです。しかし、それをやってくるどころか、全く正反対のことをやってくるのです。

 24日の水曜日も東京へ外出して、夜の10時に鎌倉へ帰ってきたのですが、例の通り、小町通りで、工事をやっていました。こういうことで、私は自分が書いていいのだと判断をします。相手方は、私にものを書かせないがための、最もいい方法を取らないのですから。
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副題9、『私には、最初から分かっていたのだ。その淑女が酒井先生の奥様だっていうことを』

 ある夜に、自由レッスン(=正式名を個人レッスンという)の予約を取って、出かけました。が、その夜は、どこか変なのです。いつもと違う雰囲気があります。私は勘が鋭いので、何か罠が仕掛けられていて、いやなことがあるのではないかと推察しました。

 静かなのは、いつもは、2,3人いるスタッフが一人しか残っておらず、私以外の先客が、普通のお客さんとはまるで違っていたからです。
 鎌倉はブランド住宅地で、お金持ちが多いと言っても、パソコン教室に来るお客さんは、地味で真面目な雰囲気の人が多くて、しかも老人であり、おしゃれはしていません。ところが当夜のお客さんは、水も滴るいい女という感じで、優雅できれいなのです。
 しかも、後ろを通った時に、彼女の画面が、個展の案内状だったのは、わかりました。この件だけで、既に、立って歩いてお教室の私の机まで進入してくる時から、私はその女性が、酒井忠康氏の奥様だとわかったのです。

 丁寧に理由を言います。個展の案内状を作るのは、画家本人か画廊のオーナーです。私は鎌倉の画廊のオーナーは、そのお顔をほとんど全部知っています。ただ、酒井忠康氏の奥様の画廊だけは、逗子にあり、しかもバスを利用しないとならない場所で、交通が不便なので、過去に行ったことがなかったから、顔を知りません。画廊のオーナーだとしたら、酒井忠康氏の奥様しか残っていないのでした。

 一方で、作家である可能性も考えないといけません。でも、そのレディが、作家ではないだろうというのも、すぐ、わかりました。酒井忠康氏の奥様は武蔵野美大を出た方で、絵も描けるでしょう。だけど、奥様業と絵かきであることは両立しません。私が若いころ、お見合いで、二度も東大出身のエリートさんと出会ったのに自分からお断りを受けるように不愛想にしたりしたのは、名士夫人というものがどれほど、不自由であるかを想像できたからでした。

 亭主(旦那とか、連れ合いとも呼ばれているもの)が、エリートであることは女性にとって、勲章の一つです。人生が成功であり、人間として勝ち組に所属をしている証です。ただし、その代償として、自由を失います。種々様々な気遣いをしないと、名士夫人は、勤まりません。

 酒井夫人は画廊を経営しています。それは、働く婦人であり、収入もあるわけでしょうから、いかにも自由を謳歌しているように見えます。しかしその仕事は、格好良すぎます。実際には、収入など、それほど見込めず、ただ、ただ、彼女の人生のお飾りに過ぎないとも思われます。それに、それなりの、苦労もあるでしょうが、作家(美術系)本人として活動するほどの、苦労はないでしょう。つまり、画廊のオーナー、特に夫が酒井忠康であるなどという立場は、甘いものなのです。「個展を今度やりませんか?」と画家たちに声をかけたら、誰も断らないでしょうから。

 銀座の月曜日は個展の初日で、たいていの画廊で、主役の作家本人が在室しています。で、男女を問わず、50過ぎの作家はたいてい、疲労困憊した顔をしています。
 髪の毛からも肌からも、あぶらっ気が、すべて抜け落ちてしまったような、顔でお客さんを迎えています。銀座の晴れ舞台でもそうなのですから、ましてや自宅では、おしゃれとは無縁の生活をしています。それは、大体が作業であり、衣服が汚れるし、しかも一種の重労働であるから、余裕が全くないのです。お化粧をしている余裕も、買いものを楽しむ余裕もないのです。
 もし、その先客が、画家として現役だったら、もっとやつれていて当然であり、酒井夫人ほど、潤沢でリッチな感じを醸し出しているのは、変なのです。しかも、私は鎌倉近辺に住んでいる画家のほとんどの顔を知っています。たまたま、瓜南さんの顔を知らなかったのは、彼女が日本画を専門としていたからです。私は日本画には、ほとんどタッチをしていませんので。鑑賞もしていない方です。時間があれば、創画会を見るぐらいかな?

 で、私の席ですが、左に先生、右に酒井夫人という布陣で、用意されていました。で、質問をして教えてもらい始めますが、先生と対話している、あいま合間に、10分とか5分ほど空白の時間が生まれます。それは、教えてもらったことを確認したり、練習して見たりしている時間です。で、私は右の酒井夫人を気づかって、『先生、私ばかり面倒を見ないで、どうか、こちらの方の面倒も見てあげて』と酒井夫人を指しました。すると先生が、『いいの、その方はレッスンではないから』と言いました。
 その途端、ここに張られている罠がなんであるかを、私は正しく理解をしました。
 『ああ、そういうわけだったのですね。この右隣のいい女が、酒井忠康氏夫人で、お前なんか、この人には相当に負けているだろう。だから、おとなしくしろよと言われているわけですね』と。

 美術界に生きている限り、武蔵野美大と、国際基督教大学を比べれば、武蔵野美大の方が上です。数を利用した力関係としても、圧倒的に差があります。そして、こここそ、渡辺幸子さんが、桜井陽子さんを、本音のところで、嫌いであるポイントでした。桜井陽子さんの方は、武蔵野美大の同窓会の力が幸いしたのか、早めに若くして会員になれたのに、自分の方は、なかなか、会員になれない。それは、実力の問題ではない。と渡辺さんは感じるので、イライラとしていたのです。

 元に戻ります。この頃には、私は相当にさばけた人間へと変化をしておりました。ニューヨークで生涯に初めての喧嘩をして勝ったという経験が、自信を与えていたのです。それは、1999年に、25歳の日本人女性を相手にして起こり、2000年には、40代の日本人女性を相手にして、起こりました。両方とも三か月しかいられないので、仕事の邪魔をされるのが嫌で、はっきりと、あなたはこういう点でおかしいとか、間違っていると指摘をしたのです、すると相手はへなへなになりました。驚きましたね。

 いつも我慢をしていて、自分の意志や考えを口に出さないので、とても弱いと他人からみなされている私は、実際には、非常に強い人だったのです。喧嘩をすれば連戦連勝となる人だったのです。

 これがどうしてそうなるかというと、人って、驚くほど、自分を知らないのでした。自分のことをきちんと見つめていないのです。人が何か、相手に対してイライラするときには、その陰に、自分の方に、ちゃんとした理由があるものです。いわゆる当たるという現象は、他人にやってはいけませんが、それをやるときは、なんで自分がそういう状態になっているかを、それをきちんと見つめていないといけませんよ。それを、何も自覚をしていないところへ、私から解説をされると顔面蒼白になってへらへらと崩れ落ちるのでした。
 その様子は、まるでわら小屋が崩れるようなものでしたよ。

 ただし、こう言う喧嘩のやり方は、日本では通用をしません。日本人はつるむから一たい一の正義というものが、通用しないのです。こちらで負けると、別の人を糾合して勝とうとします。だから、いつの間にか、集団の力で、正義の側が負けてしまっています。でも、ニューヨークだと、私は、三か月しか滞在しないので、一気の勝負です。だから勝てるのでした。だから、日本ではめったに喧嘩をしないと心に決めていますが、それでも、人間関係に、自信を持ったことは大きいです。

 で、ありとあらゆるところで、知らない人にでも声をかけ、自由で充実した会話を繰り返しているのです。自分の旧来の友人は敵にとられて、奪われています。だけど、一期一会の人と、楽しく充実した会話の時を過ごしています。

 でも、それほどにさばけて来ていて自由自在にふるまえる私も、この時のグローヴでの三者の、共有の時間において、酒井夫人に、話しかける気には、なれませんでした。
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副題10、『根は善良だが、いまだ、鎧を脱げない酒井夫人』

 ところが、30分ぐらいたった時に、酒井夫人の方から、私に声がかかったのです。『ずいぶん、難しい仕事をなさっているみたいね。何をなさっているの」と。

 それを聞いた途端に、酒井夫人が、とても善良であること。および、育ちがいい人であることを、絶妙と言っていいぐらい完璧に、私は、察しました。で、彼女が、自分の家のパソコンで、十分にできることを、わざわざ、ここの貸しパソコンを使ってやっているということの当初の目的が、私を威圧することであったとしても、一切を許したのです。
 で、気軽に謙虚に、「本を作っているのです。でも、あなたもすごい仕事をなさっているでありませんか。それ、個展の案内状でしょう」と言いました。

 彼女は受け取って、『いいえ、いいえ、あなたのお仕事の方がすごいわ』と再び言いました。その時に、私は態度には何も示さず、声でも何も言わないないものの、例の馬越陽子さんに感じたのと同じ感想を持ちました。『なんて、この人って、かわいい人なんだろう』と。
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 皆様、私がよく言う、神様はいらっしゃるというのがここなのです。酒井夫人は当初、いじめるために、(いえ、換言すれば、弾圧するために、)現れたのです。むろん、ご自分の意志ではなくて、例の連中の勧めでです。だけど、好奇心に負けて、ご自分の素地が出てしまった。そこがかわいいのです。

 この際の好奇心というのは画面のことではありません。先生と私の会話に対して耳がそばだってしまったということです。先生と私は一般の人が全く知らない領域を問題にして、教えあって、います。それに、興味を抱かれたというのは、とてもいいことなのです。好奇心が旺盛な人はいつまでも若いと言いますでしょう。それに頭がいいという証拠です。確かに、酒井夫人はとても若く見えます。

 そして、鉄砲玉としてのご自分の役割よりも、ご自分の好奇心の方を優先なさったのです。そこも主体性を感じるので素敵です。
 そして、私は彼女を恨むというよりもかわいいという感想を持ったのでした。
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副題11、『馬越陽子さんが、任務を失敗した徒労感を呟いた日』

 馬越さんも全く同じです。彼女は京橋に止めてあったどこかの美術系出版社(たぶん、油井一人さん)の車の中で、私がギャラリー手に入るまで待っていたのです。全く初めての画廊だと、彼女自身ギャラリー手のオーナー杉山さんに言っていました。その言葉を聞いただけで、彼女の目的がわかりましたし。

 で、彼女が唐突と言ってよいほど一方的に、「私は北京で個展をして帰って来たばかりで、その凱旋個展を三越でするのですよ」と言っても、パニックにも陥らず、嫉妬もせずに淡々と聞いていたのです。

 すると、突然に馬越さんは、自分が任務を完遂できなかったことを悟りました。『あいつをやっつける必要があるのです。あいつをノイローゼにする必要があるのです。だから、協力してください。威張れるだけ、いばってやってください』と頼まれていたと思いますが、それがだめだったとわかった時にすさまじい徒労感に彼女は襲われたのです。

 もとより、こんなことを自分がやらないとならないということが解せなかったでしょう。どうしてだか、わからなかったと思います。本当の目的は伊藤玄二郎の下半身を守るためです。そんなことは一豪だに知らされておらず、自分でも思いもよらず、夢にも知らず。ただ、何かわからないけれど、大事なことらしいからするけれど、本当の気持ちやいやいややるのよと最初から思っておられたでしょう。

 そのうえ、その育ちの良さから考えれば、『そんなに、単純に他人に向かって威張るのは、幼いことだわね。私は東京女子大と芸大大学院を出たインテリですよ。そんなことはやりたくないわ』と思っていたであろう、もう一つの、本音の方も、突然噴出し、『疲れた、つかれたー、つかれたわー』の連発となったのです。

 それを、私はかわいいと、言っています。真実かわいいなとかんじました。

 こうして、酒井夫人、馬越陽子さんと、2人で失敗しているわけですね。私はこの二人に威圧されようと何をされようと、全然ひるまず、文章を書くのを止めません。それなのに、あらためて、高橋裕子さんを使ってきました。そのことに私は怒っているのです。画廊るたんには、いぜんから何度も通っているのに、高橋裕子さんとそこで出くわしたことは過去にはありません。それが起きたのは、つい最近、この2012年に入ってからです。しかも、連続しておきましたから、意図的なものでしょう。

 高橋さんは、25年前は、「自分の方が上です」という意味のニュアンスをぶつけてきた人です。だけど、25年後の今は、穏やかになっていて、成熟しておられて、私は別に威圧されませんでした。ただ、ここで問題なのは、彼女が病み衰えた状態にあったことです。特に何かの病名がついてはいないのかもしれませんが、幽鬼みたいに痩せていて、それが、例の悪人たちの悪意を、恐ろしいまでに、感じさせたのです。こういう状態で、束縛の多い任務を与えられているのも気の毒だと思い、こういうアイデアを練っている例の連中に対する深い怒りにとらわれるのです。私が家を出ると、それを監視しているご近所様からしかるべきところに連絡が入り、それから、彼女の自宅に連絡が入り、彼女はえっちらおっちら銀座へ出かけてきます。もし、自宅が今でも藤沢市にあるのなら、彼女は、藤沢から上京するということになります。

 私は銀座の画廊巡りの順路として、画廊るたんを最後の方においてあります。だから、裕子さんは、余裕をもって準備ができます。でもね。こんな状態の裕子さんを道具として、使うことそのものが、例の鎌倉エージェントたちの大悪人ぶりを示しています。
 ほかにも画廊のオーナーが使われています。特にやめた画廊のオーナーが使われています。川島某女史、黒田悠子さん、平野和子さん、そして、まだやめていない画廊のオーナー栗田玲子さん。ただし、この4人は、上の三人とは全九、雰囲気が違います。こちらは、素地や素顔を見せません。それだけしたたかな人たちです。だから、ここでは、パススルーといたしましょう。
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副題12、『画廊るたんの態度に怒っているから、私は酒井忠康氏の夫としての態度に疑問を呈したのだった』

 この間、酒井忠康氏の精神について、一回、大きな疑問を呈しています。良心というものがないのではないかと。酒井氏に対しては、もう一つ疑問があります『あの人には精神の骨格、つまり、良心というものがないのではないかと。

 それは審査員として機能することが多い人ですが、審査の基準に対して、感情や情実が入るのではないかという点です。その実例は、ニューヨークに滞在しているときに目の前で、展開した事実で、はっきり感じ取ったことです。が、その実例はまた、これも何万字にもなるので、別章で、後で述べます。

 で、そちらの大問題は置いておいて、どうして、氏がこういう調略の世界に入って行ってしまったかと問えば、この前は「一度離婚をされているから、その時に良心は、離婚届の中へ、落っことしてきたのだ」。・・・・・と推論をしています。

 ただ、そのほかにもそういう風にみる根拠があるのです。その一つが例の鎌倉グローヴの室内に、酒井先生の奥様が先に来ていて、レッスンではない形で案内状を作っていらした日に分かったことでした。

 それは、彼女の発音の中に、強いコケットリーを感じたからです。甘いのです。『これは、甘すぎる。50代の主婦であり、画廊のオーナーである人の声にしては、子供っぽ過ぎる。かわいすぎる。極言すれば、かまととと言ってもよいぐらいだ』と感じたからです。

 それは、主婦として妻として、50代に達した女性としては不自然だと感じたからです。なぜか新婚当初のかわいらしくて魅力的な女性であるという鎧をまだ、脱げない酒井夫人というものを感じました。

 それは、気構えが取れない姿です。余所行きの姿です。そういう姿を妻がとらないといけないのは、夫に責任があると考えます。
 つまり、結婚後数年たっているのに、まだ、地金を出して安心して、どでーんとクジラが横たわるような形にはなれない妻としての酒井夫人は警戒心を捨てきれないほど、安心できないという形です。身構えとしてのよそいきな姿をいつまでも捨てられない妻としての酒井夫人の姿勢の不自由さのことです。

 それは、私の単なる想像ですから当たってはいないかもしれません。だけど、人を威圧するために妻の身柄を提供した(だって、奥様が伊藤玄二郎あたりに直接命令されて、それを夫に黙って実行するはずがないですから)、酒井氏の失敗だと感じているのです。人をいじめるために大切な妻を提供する。それによって、軽蔑しているはずの相手に、ぐいぐいと、すべてを観察されてしまう。「それってご損なのではないですか?」って、言っているのです。軽すぎます。そんなことはしてはいけないのです。

 2012年10月24日に書き始め、26日に推敲を終わる。
    雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)

 こういうところこそ、私が神様のご支援を感じる一番のポイントです。人を陥れようとするとき、ご自分も陥穽に陥るということです。
コメント

上の文章から抜いた部分、

2012-10-24 01:43:53 | Weblog
 これは、このすぐ上にある、
より規制緩和して語ろう、・・・・・酒井忠康氏のかわいすぎる奥様について、(政治もの)
が、二万字を超えたので、そこから抜き取って独立をさせたものです。
 
まえおき、

 高橋裕子さんという痩せ衰えた美術評論家を、調略に使ってきた、例の連中(日本が実質的に、被・植民地国家である時に、それを、推進続行させるために存在しているエージェントたち、とくに鎌倉エージェントと、私が呼ぶ、伊藤玄二郎、井上ひさし、酒井忠康氏と、それに連なる協力者たちを指す)に対して怒っている文書の中に出てくる一部です。

 その文章の中で、大きなテーマは何かというと、

 ところで、この章で、一番問題にしたいことは、現代の言論弾圧が、精神病(特にうつ病)へと追い込んで入院をさせる手であることなのです。この文章は一見すると個人の悪口の羅列のように見えるでしょう。だが、共通項があります。礼儀上の差別を駆使するというポイントです。

 それから、『あなたより上の人物もいるんだよ』という形で、社会階層的に上の人物を、私にぶつけてきて、『ひるみなさいよ。それで頭を低くしなさいよ。偉そうにするんじゃあない』というのも二つ目の手として、非常に多く使われるのです。
 

副題1、『瓜南直子さんと渡辺幸子さんの差』
 
 継続してお読みいただいている読者に申しあげます。現在書いているシリーズ、瓜南さんの逝去というシリーズからも、社会の窓(渡辺幸子さん)について書いているシリーズからもちょっと外れます。

 だが、どことはない形で、いつものテイストは残しておくでしょう。
 つまり、現代日本政治の闇に迫るというニュアンスです。そして、いつも主文を書きながら、これは、描けなかったという、残滓というか、なんというか、小さなお話もここに込めておきたいと思います。

 まず、それを感じていながら書けなかったこととして、瓜南さんは、たった、一年間程度使われたにすぎないのに、そして、2011年の12月以降は、私が彼女の情報・・・フェイスブックも画廊での世間話とか、それ以外のルートも含めて・・・へは、一切接触を断ったので、攻撃用弾丸としては、使えなくなったので、使われてはいなかったと思うのに、あっという間のはかなさで亡くなってしまいました。
 
 それは、彼女がお酒が好きで、また、習慣としても、飲み屋に顔を出すことが好きで肝臓が痛んでいたということもあるでしょう。しかし、同じような役目を担わさせられながら、馬越陽子さんと、渡辺幸子さんは丈夫ですね。(笑)

 渡辺さんは鎌倉の住民であるということもあって、10年近い敵対者とか、ライバルとして、使われてきています。ごく最近でもそれを感じました。
 だから、私へ、被害を与えたという程度においては、渡辺さんの量の方が、圧倒的に多いのに、渡辺さんはいまだ健全です。湘南の女流画家の間では、有名なアマゾネス軍団の一員として、高い背ときちんとした体重を保持しています。それは、若い時に国際線のスチュワーデスとして、労働を経験しておられるのと、子供を二人産み育てたという過去の日常のたまものでしょう。が、それとともに、『悪人だよね。彼女』と思っている人が大勢いるほど、一種のふてぶてしさも同時に、身に持っておられるので、こういう風に健全で、健康なのだと思います。

 瓜南さんの方は、使役をされた期間が本当に短いのに、あっという間に亡くなっています。これは、瓜南さんが、若いころに激しい労働を経験しておられないということもあるが、『本質的に、いい人だった』ということも加味しているでしょう。悪魔とつるむタイプではないのです。そこに無理がかかっていたと、私は、概念的には、見ています。

 高橋裕子さんと出会った場所としての小関利雄(大人のための絵画)教室を、説明したいと思っているうちに思い出したエピソードです。


副題2、『日傘雅水さんが、キーパーソンの一人として選任される』

 ところで、瓜南さんは、鎌倉を中心とした、飲み屋に出入りしていて、『ひぐらし文庫』という名前は、何度も出てきます。しかし、対私狙いという意味では、北鎌倉の『侘助』も出てきました。

 私はね。日傘雅水さんという有名な手相鑑定師に『あなたは芸術家でよかった。もし、あなたが、普通の主婦だったら事件を起こします』と言われるほど、実は、恋愛に達者だそうです。いわゆるモテル女の手相を持っているそうです。顔はだめなのですよ。だけど、雰囲気とか会話が、面白い人ではあります。

 日傘さんには、六回ぐらい見てもらっています。その最初の回は1998年です。このルートも敵方に利用をされていて、それは、フェイスブックの世界では、小沼純一氏が、いじめてくるという形で現れるし、
 一般社会では、坂本龍一氏が、大きくちやほやされていて露出が多いという形で現れるし、
 銀座では、ギャラリーアーチストスペースの対応がおかしくなるという形で表れてきています。それは、赤瀬川原平さんと、秋山祐徳太子さんが親しいからです。秋山祐徳太子さんと、ギャラリーアーチストスペースはとても親しいのです。
まあ、五億円の損失のいったんは、本当なら親切な人のはずの日傘雅水さんをキーパーソンとして起こりました。
 それは、日傘雅水さんが、YMOのマネージャーをしていたということもあるし、赤瀬川原平さんが、不遇の時に励ましたという縁があるからです。それらのことをメルマガ時代に私が書いているので、すべてを利用されました。

 これらの損失についても膨大な文章を書くことができますが、ここでは、実は固い、硬い文章を書いている雨宮舜には、柔らかいところもあって、もし、本気になって、鎌倉のバーや飲み屋に出入りをすれば、たちまちに存在感を獲得するだろうと、言う予測を述べているにすぎません。瓜南さんに匹敵するほど、鎌倉での有名人になれたかもしれないということを述べているにすぎません。

 しかし、実際のところは、私は、鎌倉に引っ越してきた1985年から、ありとあらゆる社交を断っていて、ひたすら内にこもって絵を描き、版画を制作し、文章を書いているので、飲み屋とか、バーに出入りしたことはないのです。本当は十分にやわらかい遊び人にもなれる私は、そういう点を一切封印しています。

 芸術とか創作というのは肉体を使う喜びではありません。頭の中だけの問題ですが、ドーパミンが大量に出るそうで、それで、ほかの楽しみを必要としないのでしょう。

 特に、自分が主体となって開くパーティの類は、ほとんど封印してしまっています。で、飲む機会としては各種同窓会、および、美術関係のパーティ、友人(故。新堀真知子さん=芸大出身、ドイツのフライブルグで、教授をしていた)のチェンバロの演奏会の打ち上げの席というものしかありません。すべて大人数が一緒です。なまめかしい雰囲気も起こりえない場所です。

副題4、『父は、嫉妬されないようにすることが、人生の要諦だと言っていたが』

 私は、若いころから劣等感の塊で、決して人の上には立っていないと、感じていました。ところが、そんなに控えめにしているのにもかかわらず、女性のグループでは特に不利になることが多いのです。それを長らく不思議なことだと思っていましたが、日傘雅水さんの手相判定を聞いて納得をしました。私は美人でもないし、外見上フェロモン旺盛ともいえないのですが、本質的にはモテル女だったのです。それが、女性にはわかるらしくて、嫌われたのでしょう。

 今では、70を過ぎたので、はっきり言えます。あれらのいじめって一種の、嫉妬からくるいじめだったと思います。そう思うのですが、それが、自分では、どうにも逆転ができない厄介極まりないことでした。で、長らく悩んできました。

 そういえば、と、思い出すのが父が私を諭した二つの言葉です。それは、

『平凡に生きるのが難しいし、それが、一番大切なことなんだよ』というものと。
『人に嫉妬されない様にすることが、人生の要諦だ』と、の、二つです。

 70歳の今になってみると、それは両方を達成できていますが、40歳から60歳ごろまで、とても大変でした。

 25年前の小関先生のグループで、今日の主役のYTさんと出会ったころが、まだ、40代です。本当に大変でした。

 だからね。私は開発ちえさんがテンパってきて、最大級の悪口を連続して言ってきても、割と気にしていないのです。彼女って、まだ、40台だと思いますからね。未熟、未熟の最中なのです。大騒ぎが起こりやすい世代です。私だってそうだったのだから、それでいいのです。
 でも、1985年ごろは、それが、問題となって、私は、その小関先生の会を出ないとならなくなります。ただ、そこにいたからこそ、田沢先生の性格もその支配する会のこともよくわかっていて、渡辺幸子さんがどういう人なのかもわかるわけですけれど。田沢先生と小関先生は神奈川県の段階では新制作の会員の中での、特別に偉い人として、良く共同歩調を取っておられたので、両グループが一緒にお茶のみをしたり、お食事会をすることはあったのです。人生には、何も無駄なことはないのです。
 話を小関先生の会に戻します。
 他のメンバーがみんな女性ですし、中にははっきりと、小関先生と過去に恋愛関係だったと思われる人(多分、熊沢淑さんが、そうですね。それはびんびんと感じました)も含まれていたから、小関先生との会話が、充実しすぎていることで、嫉妬された時点で、やめないといけなかったのです。ただ、プラトニックなものでしょう。それは確かなのですが、私が先生に愛されていたと言うのも、いわゆるプラトニックなものですから、どっちもこっちも同じといえば同じなので、他のメンバーにねたまれたり憎まれたりしたのです。

 でもね、新制作協会に出品する気は、もともとなかったから、それでもかまわないのです。私としては、国画会の方が、表現において自由度が高い、と思っていたので、それで、十分なのです。小関先生の引きや、コネとか、ひいきとかを、まったく期待をしていなかったので、その会を出ることは耐えられました。

 小関先生には優しすぎるところがあって、それゆえに女性の弟子には、囲まれやすく、それゆえに奥様は嫉妬して大変だったそうです。小関先生のグループはつきに一回、午後零時から午後22時ごろまで一緒に過ごしますので、大量のお話が、ご自身の口から出てきたので、それを、私が、知っているのですけれどもね。
~~~~~~~~~~~~~~~~

副題5、『小関先生との別れの日』

 ずいぶんと思い切った表現が続きますが、私も死期が迫っていると思いますので、このぐらいの事は書いておきましょう。菊枕の話と言うのが俳句の世界にあります。虚子と、その女性の弟子(九州にいる教師の妻)との間の愛憎を語るエピソードです。それから、北原白秋と童謡詩人、金子みすずの関係も有名です。師と女性の弟子の間にはいろいろがあります。渡辺幸子さんも田沢茂先生との間で、長らく思い惑う気持ちを抱いていて、私はその愚痴の聞き役だったのでした。

 私が小関利雄先生のグループを出た数年後に、小関先生は癌を患い、横浜市大病院へご入院中だと聞きました。絶対にお見舞いに行ってはいけないと言う話でしたが、それは熊沢淑さんの独占欲も加味された発表であろうと考えていましたし。

 ここなんですが、熊沢さんは、お怒りになるでしょう。こう言う言い方をしたらね。ご自分の方がずっと上だとお考えだろうから。だけど、私は、常に、人間が作った装置は信じない方なのです。熊沢さんが新制作の会員にすでになっておられて、自分はまだ当時は上野の公募展にはどこにも入選をした事がない段階でも、人間の素とか、根本を見る人なので、あの方を偉いとは思わない人が、私なのです。

 たとえば、熊沢さんは、神奈川女流展の会場で、作品批評をして回る江見絹子先生の後を、先生用のビールの缶を、それが、ビールである事が他の人の目に触れないように、白いガーゼのハンカチで巻いて、恭しく捧げもって、ついて回るのです。それを、見ると、それだけで、駄目なんですよね。『これって、ばかばかしすぎる』と思ってしまうのです。『これって、私の理想の姿ではない。だって、江見先生って、東京の公募団体展に疑問を持ったからこれをお始めになったのでしょう。その疑問とは、激しい上下関係があって、平等とか構成というものが特に審査のレベルで通らないことに対する怒りがあったのでしょう。でも、このお殿様の大名行列というか、大学病院の部長回診みたいな、批評会って、江見先生の権力誇示みたいですし、現代アートの世界には似つかわしくないです。本当にできた助手とかナンバーツーなら、ここで、先生、そういうことは、お控えくださいと言わないといけません。

 それをしない人だから、『熊沢さん。あなたも装置の一員として、見事すぎる歯車になっていますよ。それって、あなたが、他人の上にたち、威張るのに役立つから、そうしているんでしょう』と思ってしまいます。だから、『なんか、ひどく違うなあ』と言う感じを受けるわけです。一方で、私のことなんか絶対に大事には、なさらないでしょう。その差別的な態度が、嫌いなのです。
 で、熊沢先生に対する内心の批判があるから、その命令は聞きません。と言うわけで、
 病院にお訪ねすると小関先生はお元気でした。ベッドから立ち上がって、別の場所で、短い会話を交わす事が出来ました。東京の女流展や、国展に入選していますと、近況をお話しすると、とても喜んでもらえました。無論、先生のお顔には、死相など出ていなくて、それ以前に、グループで教えてもらっていた当時と同じお顔でしたよ。
 先生は、そのときに、赤とグレイの縞のパジャマを着ていらっしゃって、それは、熊沢先生のご選定だと思われ、『年取った人が、華やかなおしゃれをしておられるのを、いいことだ』と思いながら、さっと五分も病院にはいないで、帰りました
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瓜南直子の急逝の3、・・・・この章は西部すすむさんが主役です。

2012-10-21 16:23:14 | Weblog
 火曜日、23日に入れる添え言ですが、今朝の午前三時から推敲を始めています。そして、午後一時にやっとそれが終わりました。途中で、成りすまし事件(片桐警察庁長官が、その誤認逮捕を記者会見を開いて謝罪をしたもの)に触れたので、とても大変でした。完成したしるしとして、例のごとくタイトルの右わきに、△印を入れておきます。

副題1、『母堂を、おかあたまと、よんだ直子さん』
副題2、『一方で、我が家からは、重要なプログラムが盗まれている』
副題3、『死ぬ前に、人は別れを言うべきだ。挨拶文を書くべきだ』
副題4、『西部すすむさんと、瓜南直子さんの関係』
副題5、『私と西部すすむさんを比較してみよう』
副題6、『現在報道をされている、なりすまし疑惑は、私の同級生KK君をかばうためでしょう』
副題7、『真犯人がメールで犯行を告白したという、相手の弁護士とは誰でしょう? 紀藤弁護士かな? でなければ、架空か? でなければそれこそ、成りすまし弁護士か、私と過去に関係があった4人の東大卒の弁護士か?』

副題8、『片桐警察庁長官は、なぜ、謝罪をしたのか?』
副題9、『成りすまし疑惑を、どう描いていくかについて、悩むということもないのだが、表現については、考えあぐね、それで、実は、疲労困憊をしていた』

副題10、『瓜南さんにとって、テレビに出るのは、相当に負担だったはず』
副題11、『期待されたり、注文を受けて絵を描くのは、実はあまり楽しくない』
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副題1、『母堂を、おかあたまと、よんだ直子さん』

 瓜南さんの父君が軍人だったのは、どことはない記憶で覚えています。彼女のフェイスブックを読む前からわかっていました。どうしてかというと、鎌倉に親戚がいて、元海軍軍人(大尉か、中尉で、敗戦になったはず)です。そういうあたりから入った情報かも知れません。正確にはどうだったかは、既に忘れています。今、グーグルで検索しても出てきません。
 そして、私は過去のどこかに、父君は大将だっただろうと書いていますが、それは、間違いだったかもしれません。お子さんである直子さんの年齢から考えると、順当な出世としては、中尉ぐらいかな? ただ、最終場面では戦死者が多かったので、急速な出世があったかもしれません。

 ともかく、瓜南直子さんは、てらいもなく、父をお父様、母をお母様と呼ぶご家庭に育ちました。それも、幼児期に、なまって音便化され、母は、おかあたまと、なっています。
 そのおかあたまと一緒に行った映画館の思い出あたりから始まって、私が、見て『これはたまらないなあ。嫌だなあ』と思った映画のプログラムについてのつぶやきがありました。

 前に瓜南さんは、フェイスブックでIT的に優遇されていると語っていますが、プログラムの写真つきで、その同じ投稿が何度も、シェアされてフェイスブック紙上に何度も現れるという形にもなりました。

 そして、大体がレトロなもの、および和風テイストが、好きな人でしたが、映画の話題も、古い映画が多くて、古い映画のプログラムが多数出てきました。
 そして、その話題も人気を博していて、コメントが多数寄せられていました。

 それは、無論のこと、政治には関係がありません。
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副題2、『一方で、我が家からは、重要なプログラムが盗まれている』

 反対に我が家からは、重要なプログラムが盗まれているのです。特に重要な映画は、『靖国』と、『TOKYO』です。両方とも文化庁が、800万円の支援金を出しています。
 これがどうして盗まれたかと言うと、両者ともに、驚くべきレベルで反戦映画なので、それを論じる本を用意していたからです。
 『この二つの映画を、外国の若者が見たら、こってこての、反日青年になるでしょう』というほどの、嫌味な映画なのです。特に後者の第二話、レオス・カラックス監督の部分で、旭日旗が、効果的に使われています。南アフリカのサッカー場で、帝国海軍の旭日旗を、取り出して、日本に抗議した若者(たぶん、韓国の青年だった)がいましたが、そうやりたくなるような映画なのです。

 で、私は、その『消された映画』という本を200年の初夏に準備中でした。その準備中の、外出している間に盗まれたのです。だいたい、本が出来上がり資料を確認する段階で、プログラムがないことに気が付きました。そして、私が盗まれたことに気が付いて、それを、パソコン内下書きメモか(これは、対泥棒へ気が付いていることを警告するために書いているもの)とか、主人との会話か(これは、室内を盗聴されているので、それを逆利用している)か、または、このブログ内で、ラット、それを書いた途端に、直子さんの、その映画のプログラムの話が始まったのでした。で、当然のこと、これは、関連があると思います。この件については、さらにどうしてそれが可能だったかという側面で、話がありますので、別の機会に述べます。

 それは、自分の7冊目として出版する予定稿のひとつです。ほかにもパリ修業時代の話。雅子様を中心とする、皇室と日本政治の問題点、・・・・・特に、韓国を日本の上にする流れ・・・・・を論評するものとか、数点を同時進行的に準備していました。
 そのうえで、最終的に、『消された映画』に決定して、表紙も作り、オンデマンド方式で、10冊程度作っています。それは、見本というか、試し刷りといったもので、ISBN番号やバーコードもつけず、また、オフセット方式での次の段階にも入っておりません。つまり、大型の機械を利用する印刷をせず、工業的な製本も頼まず、事実上、とん挫、中絶しています。

 それ以前に、2003年から、毎年一冊ずつ、丁寧に、本を出版し続けてきた私にとっては、挫折と言っていいかな?

 そのあきらめて、実際には正式な出版まで持ち込んではいない理由は、8月20日に試し刷りを、10冊作ったものの、

 *1) 母が八月から、ものを食べなくなっていて、最終段階に達していたことが大きいのです。

 敵が考えるほど、音による攻撃に参っていたというわけでもないのですが、このころ、八幡宮の夏の催し、鎌倉市長選の渡辺夫人の宣伝カー、ご近所の安野夫人の楽器練習(チターらしいが、ハノンという音階練習だけなので、音楽が好きな私には苦痛以外の何物でもない)、など、すさまじいまでの、音の攻撃には出会っていました。そのほかに、出先で、警察手動らしい制服の駐車違反監視員、駐輪違反監視員等に出会う。これらを彼らは、私が嫌がるだろう。脅かしに役に立つと考えています。野口屋という、チャルメラで、豆腐を売る、りャカー利用した店、廃品回収業者、消防自動車等の徹底的に利用されていました。
 それらに参って本作りを止めたと敵様は考えたでしょうが、違うのです。最も大きな理由は、母をきちんと送り出し、かつ、遺産相続を無事に終えることにあったのです。

 本を作るのは、大変にへヴィーな労働で、母の見舞いとの両方をやると、何かの破たんが自分の方に起きて、兄弟げんかでもしそうでした。ほかの兄弟も疲れ切っていましたしね。

 父は母を大切にしたフェミニストだったので、母は父と同額の資産を持っていました。急にもらったというわけではなくて、若い時から常にそうして、蓄財をしていたのです。だから、父の死の時には、遺言書相続であり、母は何ももらわずに、子供たちだけが、遺言書に従って、長男優先でもらいました。

 今度の遺産相続では、その時の長男(事実上は弟)が、主役です。彼は、冷静でかつ礼儀正しい人ですが、それでも、お互いに疲れていると喧嘩になりやすいですね。特に、母の資産には、株式と不動産が多く含まれていて、正確に三分の一ずつに分けられるわけもないと予測をしていました。
 しかも、27年前の父の死の時も、少し、でこぼこがあったので、それを今回修正しないといけないでしょう。とても難しい分配になるはずです。

 で、疲労困憊していると、ぎすぎすしやすいです。最終日は、朝の7時だったのですが、前夜、10時半まで、私が、たまたま老人ホームにいましたが、兄弟全部、既にへとへとでした。
 母は8月から、自分ではものを食べなくなっていて、スプーンで持って行っても嫌がりました。エリザベス一世みたいに、一種の自殺だったというわけではなくて、90過ぎでも白内障の手術を受けるほど、生きることには意欲的でした。
 が、それでも、92歳の夏に、自然に、食べ物を拒否するようになったのです。ただ、食べなくても、老人ホームの居間で、洗濯物たたみをしていたし、ありとあらゆることは平静にやり続けていました。が、胃瘻などを選択しなかった、子供たちにとっては、実際の死を迎えるまでは、とても、きつい毎日でもありました。ほら徐々に衰弱していく母を見守り続けないといけないわけです。あれが、自宅だったら、相当に待ってしまうところです。老人ホームでよかった。母に資産があるので、十分に、その費用も手当てできましたし。
 
 10月13日の死は、食べなくなってから、ほぼ、3か月後であり、「お母さんは、子孝行だったね」と兄弟で言い合うほど、ぎりぎりのところで、子供たちの健康が保たれました。実際に見聞きしていますが、親が亡くなった数か月後に亡くなる子が、世間には、いるのですよ。親世代は昭和の苦難気を乗り越えてきたので、気丈で、かつ健康で、有り、長寿が多いので、子の方が、既に、50代の後半とか、60代に達しています。そういう老々介護の場合は、こどもが『ああ、私は義務をちゃんと果たしたわ』と安心した途端に、ことっと、死んでしまう。そういうことは頻繁に起きるのです。

 母の死因は、大往生というものでしたが、86歳ごろから、超低調であり、それゆえに、一人暮らしは危ないとなって、老人ホームへ入れたのですから、6年間、低調でも生き続けたわけです。となると、死の前に、死の準備期間として、六年間も、普通の人ならあるわけです。
 
 で、ここから、先のこの文章ですすが、
 *1)7冊目の本の準備を止めた話を、続けないで、
 *2)かつ、泥棒の話も中途にして、
 *3)瓜南さんが、映画のプログラムの話を展開したことが私に対する攻撃であることの証明もここではやらないで、

 次の章、瓜南さんの最後の段階への分析に入って行きます。
実はこの章を最後まで書いてみて、上の三つの中座した項目はこの章でも次の章でも、書けないことを知るのですが(笑)まあ、ともかくのこととして、次の章へ向かいます。
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副題3、『死ぬ前に、人は別れを言うべきだ。挨拶文を書くべきだ。人生を哲学的に俯瞰をするべきだ』

 飲み屋で、人と会うことが好きだった瓜南さんが、肝臓に負担がかかったことは確かですが、そのケースで、どこまでをふつうと言い、どこから先を病人というのかは非常に難しいのです。

 2012年の4月に、絶筆となった、『億劫です』という文章を書いた直子さんは、その時点で、自らの肝臓がとても悪くて、後、2か月弱しか、命が残っていないということはまるで、知らなかったと思われます。

 もし、それしか、余命がないと知っていたら、『絵を描くのが億劫です』というような言葉を書いていないで、『皆さん、お別れの日が近づいて来ました。ありがとう。これを、読んでくださって』と、ブログの世界で書かないといけません。
 パソコンがアップルのはずで、ノートではなかったとして、病室には持ち込めなかったのだろうと推察しています。
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 ところで、最後の日々は入院をなさったのでしょうね。もし、この章や前報で、書いているように、実質的に一人暮らしで(これは、画家としては最高なのですよ)、しかも伴さんの方に、保護者意識が薄かったとすれば(これも、画家同士の結婚だったら、かえってありがたいほどのものです)、入院期間はとても、短かったはずです。
 母のように、6年間も老人ホームで一種の予後(途中で、何回も誤嚥性肺炎他で、入院しました。東上線・常盤台の老人ホームへ入れたのは、その町に孫が勤めている病院があるからです)を、過ごし、ありとあらゆる意味で手厚い介護を受けていたのと比較すると、気の毒としか言いようのない最終場面です。
 ただ、芸術家にはレジェンド(伝説)が、付随していた方がいいので、この急逝も将来的には、プラスになるかもしれませんよ。

 結局、ご自分の人生を哲学的に振り返り、俯瞰をするというような文章を書けないまま、あの世に旅立ってしまったのは、残念でしたね。

 文章を書ける人でした。頭もいいです。そして、斜に構えたジョークばかりではなくて、追い詰められたら、まじめな文章も書ける人でした。死期を悟れなかったのは、本人にとっては、苦痛や恐れが少なくて、よかったとも思えますが、彼女を愛する人にとっては、たまらない・惜・し・さ・です。

 ところで、私も絵描きの端くれなので、それがとてもよく想像できるのですが、前年に突然、大いなる光が当たって、『自分が期待をされている』と自覚をした直子さんは、一方で、悪く言えば、餓鬼道へ入って行ってしまったのです。

 終わりなき出世を望む道です。日本画家の瓜南さんにとっては、最終的には、文化勲章を受章することへ向かう道です。芸大出身なのですから、上手に生きていけば可能です。
 そういう風に期待をされているとすれば、どんなに体が苦しくても、絵を描かねばならぬ、(一日に数時間は絵を描かねばならぬ)という義務感は強かったと思われます。
 美しい人生ですよ。志半ばで、ぼきっと折れた、美しいひとです。

 今、母がよく言っていた『明日に紅顔の美少年なれど、夕べには、○○のしゃれこうべとなる』という言葉を、○○のところがなんだったかと調べたのですが、グーグルの検索では見つからず、似ている文章としては蓮如上人の、白骨のご文章がありました。だから、あれは和歌が好きな母が、五,七、五語調で、白骨のご文章を翻案したのものだったかもしれません。瓜南さんの死はまさしくそういうものでした。

 だけど、現実のことを言えば、2011年の夏の引っ張り回しが、かの女を、意外な速さで、死に向かわせたのです。
 その点で、泉湧寺での、グループ展の最中でさえ、テレビ出演で、東京へ呼び戻されるということも、大きくマイナスに作用したと思われます。
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副題4、『西部すすむさんと、瓜南直子さんとの関係』

 西部すすむさんという評論家を、私はよく知りません。ただし、有名人であり、東大卒であるとか、週刊誌で、コラムを連載しているのだという程度のことは知っています。で、今回も誕生日をネットで、調べたら、私より4歳上でした。

 そして、それ以上に、驚いたのは、左翼系の活動家であったが、今は、ほぼ右翼系文化人と言ってよく、『表現者』という雑誌を運営しているとのこと。

 この説明自身には驚きません。安保条約改定のころはだれでも左翼だったのです。そのあとで、右翼系になったという。それも驚かないし批判をしません。今の日本では、まじめであればあるほど、右翼的にならざるを得ないからです。

 ただし、その右翼的という言葉は、例の朝日新聞で代表される陣営が決めつける枠組みであり、その陣営が、いなかったら、別に、差別されて貶められる方ではなくて、それが、普通だったりするのです。いや、それが普通だと思います。
 私も自分が普通だと思っていますが、佐々木俊尚氏に、『ねとうよ』と規定をされているらしいのですから。

 そして、その雑誌『表現者』に、瓜南さんの絵を表紙として提供してくださいと頼んでおられるとのこと。何回分(または、何年分)がそうなのかは知りませんが。だから、2人は昔から関係があるので、MTVの西部さんの番組に、泉湧寺のグループ展の最中に、東京に急きょ呼び戻されて、出演したとなったのは別に不思議でもなんでもないのです。

 ところが私は、この時に、『とても、変だ』とか、『やはり瓜南さんは、諜略に利用をされている。私への攻撃用弾丸として利用をされている』という印象を持ったのです。

 それは、その知らせがフェイスブックの情報として表れて来る二週間ぐらい前に、私は、自分のパソコンに初めてコピペとして、西部さんの文章を保存したのでした。
 それが関係があり、『急きょ、お前が西部さんと結びつきたくても、それは、だめだぞ』というサインとして、瓜南さんとのトーク番組が企画をされたと思います。

 その時には、まだ、西部さんの最近の傾向が、右翼的だということを知りませんでした。だが、有名人です。私は何の妨害も受けなければ、有名人であろうと、どんな偉い人であろうと、たちまちに、自分の魅力・・・・・(女性としてではない。ある種の賢さというか、頭の良さで)・・・・で虜にしてしまいます。それを知っている伊藤玄二郎と、彼を取り巻くエージェントたちは、瓜南直子さんを、西部さんの番組に出すように、急きょ手配をしたと考えています。『これで、おまえは、もう、西部さんに自著を、送ることはできなくなったのだぞ』ということを言いたくて、こういう設定を作ったと、感じています。

 特に放送後の懇談の席に、伊藤玄二郎が、一種のマネージャーとして直子さんに付き添っていったとしたら、彼からの讒言が、西部さんの耳に入るでしょうから。 そうですね。伊藤玄二郎が、宴席に招待するという形で、出演者やプロデューサーを含めてレストランの予約を取ったとしたら、それは、彼にとって、利用すべき最大のチャンスです。
 それはあとで、石原慎太郎氏と、(+、猪瀬直樹氏)が、いかに彼らの陣営に取り込まれたかとか、橋下徹・現大阪市長が、そちら側に取り込まれたかを語りますので、それで、説得力が持てるでしょう。

 でも、いまは、まだ、西部さんに、固着して説明を進めます。
 それは、最近、開発ちえさんの罵詈雑言のメールを私に利用させないがために壊されたパソコンには、保存をされていたものですので、そこから取り出したハードディスクを精査すれば出てくるはずですが、今、このブログの原稿を書いているこのパソコンには保存をしてありません。だから、私の口で説明をしますと、西部さんが珍しくlivedoorのサイトで、紹介をされていたのです。

 内容は、西部さんの主張が貴重であるということです。その主張とは、『小選挙区制度ほど、日本の政治をダメにしたものはない』というものです。

 私は有名人であるというだけで、軽く見ていた西部さんを見直してしまい、その情報をコピペして、自分の常用のパソコンに保存をしたのでした。
 ただし、それを今のところ、一切利用をしておりません。
 それは、その意見が貴重だと思うので、それを尊重したくて、それを種にブログを書くなどということはやっていないのです。

 ところが、私のパソコンは常にハッキングを受けており、どういう作業をしているかが例の敵たちから覗かれています。で、すぐさま、西部さんの文章をコピペしたことが、どういう意味を持つかが検討をされ、すぐさま、私と西部さんが交誼を開始すると大変だと判断をしたのでしょう。で、それを、させないようにするための策が講じられます。
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副題5、『西部さんと私との違い』

 西部さんと、私は全く違います。差がありすぎるほど差があります。なら、『別に気にしないでもいいではないですか? 自由に交流をさせたらいいでしょうに』と、私は思いますが、彼らは決して、そうは思いません。

 彼らの強みは、人的資源、つまり、人脈を駆使することにあります。それと、同じことを私にやられたら、自分たちは負けます。それをきちんと自覚をしているのです。というのも、根柢にある『行動へ至る動機』やら、『コンセプト』が、彼らのは低劣です。汚いです。だから、正面切って戦えば、こちらが負けるということは、しっかりと自覚をしているのです。しかも、一回ほど、瀬島龍三の一派を私はやっつけています。(三〇年前のこと)実践の結果が出ています。

 すべての諜略行為の裏側に、大きな三つの動機がありますが、すべて、低劣です。

1)、京浜急行北久里浜の東に、旧名ソラヒルズ、(現在の名前をルネ北久里浜)という大マンション群がありますが、それは、横須賀市の水道山を、元海軍参謀益山某と、元陸軍参謀の、瀬島龍三が、地籍変更届という一種の詐欺を利用して、ただどりした,旧、横須賀市の水道山の上に建っている。その悪事の目撃者が私だから抹殺をしたい。

2)、猫のことで、伊藤玄二郎の昔の愛人石川和子が大失敗したから、それを書かせないがために、弾圧し、抹殺しようとか、

3)、伊藤玄二郎は鎌倉を中心として、すさまじいまでの、多数の人材を自分たちの手駒として利用したが、それらは、『絶対にばれては、いるまい』として、行われたことだ。
 が、私には、その裏側がほとんどばれており、あまりにも、被害が大きいので、それを、順次書き始めている。
 それが、非常に困るので、さらに弾圧してくる。

 が、私の方の書く動機は全く違います。

 2003年ごろから、心理学的なテーマや哲学的なテーマの中に混ぜて、原発のリスクについて語ってきている。すると、2007年に、自分のデータが世間にばらまかれていたり、失われたりする様な、パソコンを中心とする明瞭な被害に遭い始め、それをまた書くと、今度は大相撲壊滅作戦とか、電車遅延事故の多発のような一般の日本国民が迷惑をこうむる現象が生起させられる。

 で、正当防衛のために、そういう現象についても分析を始めると、この日本が巧妙にも支配されている新しい形の、被植民地国であることがわかり、多大な金銭が海外へ送金をされているという真実に突き当たった。

 今度はそれを書くこととなる。ただし、問題が大きすぎるので、直にロックフェラー四世等を批判しないといけなくなるので、下世話な世間話風にあっちこっち寄り道をして、さりげない風を装っている。まるで、政治評論とは見えないだろうが、そこが狙いである。だから、政治評論家としては、大きくもないし有名でもない。

 ただし、・・・・・その真剣さは、現代日本で随一と言っていいだろう。書く量も多いし・・・・・となります。

 そして、生い立ち等も、西部氏とは正反対です。長万部に育ち、兄弟が多い中の下の方だという西部氏。長万部および、その町が所属する地方の故郷のスターとなっていて、それだけでも、人は石垣人は城という意味では、強固な地盤があります。帰郷すれば市長や有力者たちが大歓迎してくれるでしょう。
 しかし、横浜日吉に育ち、長女であり、過保護の典型だったらしいのです。そして、子供のころはとても優秀で、当時まだ、人口の少なかった日吉の町の一種の有名人でしたが、それ以降、その後結婚をしてほかの町へ住み、しかも何十年も主婦として、家事、育児に専念してきた私には、そういう知名度は、有りません。それに、横浜や東京となると、そこの出身者を支援するという形もありません。横須賀となると島田章三(画家)さんやら、野島稔(ピアニスト)さんを、支援していく動きはありますが。

 で、暖かい支援というのがないので、西部さんよりはずっと、脆弱です。で、きりきりしがちでもあり、そこを、『あんたはノイローゼですよ」と、中学の同級生にして、もと、週刊朝日の編集長である、飯田隆君に、ホテルの宴会場で言われることとなります。彼は、別に私のメルマガの読者でもないので、この発言は確定的に頼まれて言っているとみなされ、したがって、伊藤玄二郎たちの方針が、・・・・・どこにも落ち度がなく、どこにも悪いところがない、しかも、被害が多重に重積している私を、・・・・・ノイローゼとして、精神病院へ収容してしまい、そういう形で物を書かせないようにすることが、主たる方針となっていることを推察させます。

 この2012年9月に、開発ちえさんという、慶応大学出身のもと、美術手帖のライターが、鋭すぎる言辞で、大量のコメントやらメールを送り込んできたのですが、一貫して、「あなたは、きちがいだ。精神病院へ入りなさい」という書き方でした。

 だが、読んでいて、『あれ、開発さんの方がヒステリーの発作を起こしていますね』としか、感じとられない書き方だったので、このブログでも取り上げなかったほど、無視していたのに、パソコンを壊されるという形で、彼女が防衛をされてきたので、びっくりして、書き始めています。彼女のメールはすべて、ワードに変換して、コピペしてあります。あまりにもひどい文言なので、法的な闘争に発展すれば、使わないといけません。パソコンが壊れても、その前に別の場所に保存をしてありますし、また、壊れたパソコンからも、そのデータは取り出してあるハードディスクを通じて、取り出せます。

 ただ、私の方があまり騒がないのは、どうせ、これも教唆をされて行動をしているだけで、頼んだ方がびっくりしているぐらいの勇み足にしかすぎず、こういう風にすぐテンパってしまう開発さんは、東京で、美術評論家をしている時にもいろいろ失敗はあったであろうとみていて、それゆえに、心理的に、こちらが優越感を持ち、余裕綽々であるということがあります。

 彼女が言うには、フェイスブック友達、600人に9月中に、私の悪口は流したそうですが・・・・・
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副題6、『2012年、10月に報道された成りすまし疑惑について
   ・・・・・その件に対する私の推理と判断』
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 ここで、重要な割り込みを入れます。

 私はこの10日間とか、2週間、お騒ぎになっている成りすまし誤認逮捕事件を、でっち上げではないかと、推理していました。それを6時間程度さらしていました。
 その論拠は、犯人が犯行を告白した相手の弁護士が一切取材に応じていないということと、その名前が公開をされていないということです。それを、最大の論拠にしています。

 ほかに四つぐらいあるのですが、本日は、それだけを、論拠として論理を展開しています。
 ところが、2012年10月23日19時からのクローズアップ現代で、その弁護士、落合洋司氏が初めて登場しました。一瞬ですが、・・・・・

 これをどう考えるかですが、
 一つには、私が書いてから、そこまで、8時間がたっているので、急きょ落合弁護士に、「あなたが、その真犯人から、自白のメールを送りつけられた弁護士として、顔をさらしてくださいと、頼んだ可能性。
 二つ目には、
 本当に、真犯人がいて、落合洋司弁護士のところに、本当にメールを送りつけたということ。そちらを信じるか?

 さて、私は、どちらともいえないと思うし、自分が書いている問題から考えれば、ほかの三つの原因を書けば、ある部分の人は私の発言を、信じてくれるけれど、ある部分の人は、こういうアイデアを生み出した勢力の予想した通り、

 『ネットとは怖いものだね』とか、『あの人あんなこと言っているけれど。変よ』と、思う可能性があるので、ここでは、でっち上げ説の部分を引いて非公開にしておきます。

 それは、一種の負けですが、相手は相当の人数が絡んでいて、私は一人です。ですから負けるのも当然ありです。いつもいつも勝てるわけでもないです。
 で、副題の6と、7を急きょ、引いたので、文章のつじつまが合わなくなるかもしれませんが、・・・・・先ほど、8時ごろ突然に眠くなって、そのまま放っておいて眠るつもりでした。それは、この日頃改築用の労働が続いていて、珍しく肉体的な疲労から眠くなるという毎日が続いているのです。
 気力はあるのですが、文章を完成しきれないまま眠るつもりでした。が、5分程度椅子に座ったまま眠ることができて、このお断りだけを書くことができています。
 副題8を引くか残すかを迷いますが残しておきます。
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 ところで、私はノートンのCDを三枚持っていて合計21台のパソコンを、安全対策できる体制を整えています。どういうことかというと、三台分を、二枚買いました。その次に、五台分を、一枚買っています。そのあとで、念のために(というのは、CDがどこへ行ったか探せない時があるので、次の新しいノートンCDを買ったのです。それは10台を防衛できるタイプです。三台分より、五台分が高くて、さらに10台分の方が高いのですが、値段として、10台だから、一直線で、10倍というわけではないのです。数が増えるほどお得感が深まります。で、複数台分のノートンを買うのが好きになっているのです。
 マイクロソフトも、そういう形式を、売り出してくれればいいと思っています。それは余談ですが、ノートンのことに戻れば、何枚ものCDを買っているのは、泥棒予防で隠しすぎる時があるのです。(笑) よくリスとかトンビが、冬のために、餌を貯蓄したのに、後で、取り出すのを忘れてしまうときがあるでしょう。それで、木の芽が出てくるという話を聞きますが、私もリス並みの記憶力で、『ええと、どこに隠したんだっけ?』と思うときはあります。(笑)私は、自分のデータを保存したCDや、各種のソフトが入っているCDで、大切なCDが、数百枚あるのです)で、隠し場所を忘れて思い出せない時のために、次に買ったのが、10台分を防衛できるノートンです。それは、常にバッグに入れてどんな外出にももって歩いています。
 常に最新版で防衛をしています。でもね、あのニュースでいちいち否定されるのも嫌だから、ここでそれは、引いておきます。だけど、私が引いた後で、さらに燃え盛るようでしたら、私の考えの方が正しいと判断をしておきます。
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副題8、『片桐警察庁長官は、なぜ、謝罪をしたのか?』

 副題6、と、副題7を引いたのですが、副題8は残しますと言った文章です。それは、警察庁長官について述べているので、そのパソコンのテクニックとは離れるからです。

 私がパソコンもおかしいが、身辺の周辺もおかしい。泥棒もどうも、日経新聞のコラム(警察特集)を読むと、警察がやっているらしいとなって、気にし始めた2007年から、現在まで、3人の警察庁長官が変わっています。

第21代、吉村博人、(1971年生まれ)2007年8月16日~ 
第22代、安藤隆春、 (1972年生まれ)2009年6月26日~
第23代、片桐裕 (1975年生まれ) 2011年10月17日~

 でね。私が、自分を大物だと規定をするわけの一つは、警察庁長官が直接テレビに顔をさらしたことが、二度あり、そのどちらも私に関係があったからです。
 吉村博人氏の時代には、敵は、私を見くびりきっていて、かつ、井上ひさしなどのエージェントからのサジェスチョンを、金科玉条のように信じているために、私の被害は膨大でした。陰険な攻撃やら妨害を数々やられています。

 次の安藤隆春長官は、より明るくてやんちゃで、向こうっ気が強かったです。だからやられていることが、非常にわかりやすかったです。すぐわかる。前に書いたかな。野口屋というチャルメラを利用する豆腐屋は、警官(または、刑事)が、変装しているもので、任務は私を脅かすためであろうと、は、すぐわかりました。

 そのころは私も30%主義を守り、警察については何も書いていないので、相手方は、高をくくっていたということもあるでしょう。
 でも、そのような被害を受けるからこそ、国際的軍産共同体は、日本を植民地国として支配するために警察を支配下に置いている。日本の警察とは、日本人が払う税金で養われているが、日本人を守るものではないと、発言をし始めています。

 さて、今回です。警察庁長官が、誤認逮捕について謝罪をしました。その後、各部署の警官も謝罪を繰り返しました。これですが、普通の人は、『日本の警察って、素晴らしいわ。民主主義的ですね』と思ったでしょう。
 ところが私は違います。

 『なるほど、これもまた、真犯人はどこにもいないというでっち上げ事件であったことの証拠ですね』と思うだけです。たとえ、謝罪をしても、その先に踏み込んできて、事を紛糾させ、警察を責める本当の、被害者は、実際にはいないのです。だから、安心して謝罪をすることができます。
 だって、私側の、山の上に住んでいるのに、交通事故の調書を取られるという形で脅された件では、何度、鎌倉警察署に、「当の警官たちを謝罪によこしてください」と言っても、絶対に謝罪には、来ないのですから、警察が下手に出て謝罪をすることなどありえません。

 では、どうして片桐長官が謝罪をしたかというと、もう一つ大きな理由があって、それは、事件がとても大きいもののように見せかける必要があったからです。その理由は、どのエピソードよりもKK君という私の同級生が、私のパソコンに悪いバグを次から次へと入れ込んだというエピソードが、道徳的に、忌まわしいことだからです。

 で、その男性が、やっているのではないのだということに、将来、持っていきたいので、この事件を大騒ぎで、NHKが取り上げているのです。
 この件はまた、再度も三度も取り上げないといけませんが、ここは、西部さんのテレビ番組に瓜南さんが出たことが主要なテーマなので、そちらへ話を、ここで、戻します。
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副題9、『成りすまし疑惑を、どう描いていくかについて、悩むということもないのだが、表現については、考えあぐね、それで、実は、疲労困憊をしていた』

 この瓜南さんのシリーズを書いている最中に、上記の成りすまし疑惑による、大騒動が起きたわけです。瓜南さんが、対・私用の鉄砲玉として使われたことを書くのも大変でした。それは、2人とも鎌倉の住人だから、四方八方に広がって行くからです。しかも、それを説明するためには、2011年の五月に私がフェイスブックを始めて瓜南さんと付き合い始めたわけですが、それ以前のあれや、これやも解説をしないとダメなのです。

 で、ずいぶんと間を開けて、書き続けています。でも、苦労をすればするものですね。これで、伊藤玄二郎と、石塚雅彦氏との関連が、ずいぶんと証明をされることとなりました。まだ、皆様にご納得をいただけるほどの、証明用文章は書けていないと思いますが、渡辺幸子さんに次いで、証明をされるルートです。
 そこから、国際的ニュースを利用する仕組み、(ロンドン発のニュースで支援されながら、私をいじめてきた藤田千彩さんへの分析やらは、さらに推進するでしょう) さて、藤田さんが私への攻撃を開始する一か月前に同じように利用をされたいちばゆみさんについて、考察を及ぼしていくうちに、
・・・・・
 まあ、そんなことまで行って、元へ戻します。
 
 西部すすむさんと、私を比較している最中に、成りすまし疑惑のニュースへ筆が移動をしたのでした。

 上の方で、西部さんには確かで豊かな友人関係があるだろうと述べています。それに比較して、私は脆弱だと述べていて、今、友達がどんどん、奪われているとも書いています。で、やっと初稿のその場所へ戻ることが、できました。以下は21日発の初稿の部分であり、これから、漢字変換ミスを探していきます。

 ただ、自分で作った友達や知人は、一生を通じれば五千人は超えると思いますが、今、それが、次から次へと引っ剥がされている時期です。で、西部さんは、私とは、真っ反対の位置にいるわけですが、もし、2人が結びついたら、私の地盤は相当に強化されます。
 それを恐れて、既に、明瞭に敵側についていると、私が知っている瓜南さんを利用して、西部さんと私が結びつかないようにさせたというのが真相でしょう。

 私はそれなりに、人の好意を得やすい人間なのですよ。それは、文章を読んだり銀座での様子を検討すればすぐわかることです。

 それで思い立ったら吉日と、言うほど、すぐ動く伊藤玄二郎が・・・・・どういうテクニックを使ったか、また、間に誰が入ったかは不明だが・・・・・この瓜南直子さんが、西部さんの番組に出演する番組の、企画を出し、手はずを整えたのです。
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副題9、『瓜南さんにとって、テレビに出るのは、相当に負担だったはず』

 上の判断は、2011年の8月の当時、すぐわかりましたが、このブログでは、何も述べてはおりません。だって、誤解を受ける可能性が大だからです。
 単純に、『あなたも、テレビに出たいのでしょう。単に瓜南さんをねたんでいるのではない?』と言われかねないからです。

 でもね、グループ展の開催期間中に京都と鎌倉をトンボ返りの形で、往復して、かつテレビに出るのは、相当の負担であったはずです。

 絵を描くためには、私がブログを書くために守っているような生活パターンが必要なのです。私は絵と文章の両方をやり、瓜南さんもそうでした。
 私の方は、今は、文章に傾斜していて、しかも、本の編集もしているので、パソコンの前に座る時間が毎日、12時間以上に達していますが、瓜南さんは、携帯で、フェイスブックを投稿していて、軽くそれは済ませ、後の主要な時間を絵を描くことへ費やしていたと思われます。

 毎日、毎日、同じパターンでの決まりきった生活。たとえ飲み屋に出かけるにしても、それは、週に三度ぐらいある、ある程度の、習慣化している行動だったと考えられます。

 絵を描くのは重労働です。日本画は、相当に冷静に、構築をしないといけない分野の絵画ですが、それでも、五時間も描いたら疲労困憊するはずです。そして、絵を描くとは、準備や片付けにも時間がかかるものです。瓜南さんも、高い日本画の絵具を、次の日も使えるように保存するとか、筆が痛まないように丁寧に洗うとかいう時間を入れれば、全部で八時間画質にいたとしても絵筆をふるうのは、実際には、最長でも、5時間程度だったと思います。

 テレビ出演の後では、さらに疲れて、三時間程度だったのではないかしら。そして、それに、イライラしておられたとも思いますよ。

 瓜南さんはしし座の女です。この前開発さんの返事に、ついそれを書いてしまって『違いますよ』と怒られて、『あれ、でも、誰か、フェイスブック友達の中で、とても、重要な人物がしし座だったはずですよ』と丁寧に、思い返せば、瓜南さんがしし座だったのです。
 しし座っていうのは、ナポレオンとか、ココ・シャネルという有名人がいて、派手に見えます。が、不動の星座とも言って、固着性が強く、飛んだり跳ねたりが苦手です。
 京都のグループ展というのがすでに非日常的だから疲れるのに、さらにテレビに出る。

 ここですが、女性の画家として、同じしし座の私も結構似た生活をしていたのではないかと思うのですが、お金に制限がある場合、一点豪華主義で暮らします。私の場合は版画の制作と発表、それから、本を作ることに。

 瓜南さんも日本画の制作と発表にお金はかけます。が、グループ展行われる場合、会場を使う経費は、ただとなりますし、ポスターやチラシや案内状などの印刷も相手方がやってくれます。だけど、ホテルの滞在費とか、旅費は出してもらえないでしょう。今、絵が売れません。すると、京都のグループ展そのものが瓜南さんには、損失を与えた可能性もあるのです。

 「あれ、でもテレビ出演があるでしょう』とおっしゃる方があるかしら。だけどね。先ほど来、言っているように画家って一点豪華主義ですから、しかも、発表には多大のお金がかかる人間ですから、お洋服はあまり買わない主義の人が多いのです。
 それが突然のテレビ出演の申し出でに応じて、新しい服を買いに行く。ここでは、そうなったと仮定をします。それって、ストレスになり、疲れるのですよ。結構に。健康で体力が満々にあふれているような人だと、「どうして、買い物程度で疲れるのですか」と言われると思いますが、繁華街って音がうるさく、空気は汚れています。そういう環境に身を置くだけで、体力の落ちた人にはこたえるのです。

 ここまで書いていくだけでも、その10か月後に急死をなさるのだから、既に、肝臓の機能は非常に低くて彼女の負担がどれほど、大きかったかを推察させます。
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副題10、『期待されたり、注文を受けて絵を描くのは、実はあまり楽しくない』

 さて、上までに書いたことはスケデュール的な問題です。それとお金の問題です。ここまでだけでも、伊藤玄二郎や、酒井忠康氏、それからもしかすると芸大の学長か、または、柴田悦子さんが、勧めた企画は、彼女にとって決してプラスではなかったということが、皆様にもご想像がいただけるでしょう。いただけませんか?

 しかし問題は精神の分野にあります。瓜南さんんが、泉湧寺へ上る坂で、伴さんが、自分がつかっているタクシーに、直子さんを拾ってくれなかったことを愚痴っている文章を、私が前に解説しましたね。そこに事実上は別居結婚であろうと書いています。それは、別に悪いことではありません。そのぐらいにしないと絵は描けないのです。
 つまり、自律性や、主体性がきちんと確立しているということです。

 そういう女性に対して、伊藤玄二郎やら、酒井忠康氏が、『あなたは素晴らしい。今度ガレリアグラフィカで、企画展をやらせてあげます。頑張って制作をしてください』と、ささやいたとします。

 さて、これから書く真実ですが、それは、本当に、通というか、本当の画家しかわからないところだと思うのです。
 実は、期待をされて絵を描くとか、注文を受けて絵を描くというのは楽しくないということがここで語る真実となります。

 伊藤玄二郎は、そういうところは全くわかっていなかったと思います。酒井忠康氏は一応専門家ですが、その専門は文章を書く美術評論家、または、学芸員という分野です。

 骨身を削って、制作をする画家本来の、本当の気持ちはわからなかったと思います。
 無論のこと、画家は単純ではありません。画家だって、社会に生きているので、純粋でもありながら、不純な部分も心中に持ち込んでいます。つまり、発表をするための、社交術とか、ビジネス感覚です。

 私は、63歳ごろまで、このブログの中で、「同時進行的に、5つぐらいの仕事をやっています」と書いています。瓜南さんも無論そうで、絵を描くこと、発表のために、伊藤玄二郎郎や酒井忠康氏と、連絡を取ること。最も親しい人としての伴さんとの共同の時間。それから、昔からの友達と交流する飲み屋の世界。そして、フェイスブックやツィッターの世界。

 その複雑さと重複が、プライドの源泉です。自分は普通の人以上に、働いていると、思うことが、自意識というか、エリートとしての自覚を生み、さらに、自分を駆り立て、高揚させます。

 ところがね。それは、心身ともに、健康で、すべてに対して無理をできる時の話です。
 少し不調になったり、低調になったりすると、そういう突っ走り方はできません。

 それで、私みたいに、体力の下降線のことやら、死のことを、常に考える人間は、少しずつ、やることを整理して少なくして行っています。6つの仕事を同時にこなしていたと思いますが、まず、母の介護が無くなりました。残った、5つを、4つにし、やがて、3つにしと、単純化して行っています。

 しかし、瓜南さんは、まだ50代だったと思われます。または、40代後半だったかな? となると、死を予測しません。それは、はるかに遠いことと、予測しておられるでしょう。

 すると、私のように縮小するという考え方がないでしょう。いろいろなことを相変わらず、並行してやるという生活。
 そんな中で、急激に体力が衰えてきて、なぜか信じられないぐらいに物事の完成時間が遅れてくる。

 不思議な感覚だったと思います。

 そんなときに最も助けとなるのは、清明な境地と明るい気持ち、そして、自分自身や生活の在り方に対する安心感です、それがあれば、ぽきっと、亡くなるというようなことはなかったでしょう。
 あのね、皆様、画家が生まれる動機ですが、最も主要なものは絵を描くのが好きだ。楽しいと感じるから画家になるのだと思います。
 だけど、伊藤玄二郎から、「雨宮舜(本名、川崎千恵子)より上の存在としてのあなたが必要だ」と言われ、さらに「協力してください。そうしたら、もっと、楽が上の芸術家として成長ができるように、これからも応援してあげます』、彼女から、絵を描くことがもたらす、原初にして、純粋な楽しみを奪ったのではないかと思うのです。

 個展などを依頼された時には、たいてい、日ごろ作りためたもので対応ができるものです。そういうストック用の作品を作る段階では、自発性も、自律性も発揮されて楽しいのですが、

 切迫した個展で、何月何日まで、何点作ってほしいなどと頼まれると、ちっとも楽しくないのです。

 それは、とても緩慢なストレスで、病気とも言えず、誰も気が付かなかったと思われますが、実は最後の6か月は、そういう縛りに、圧迫されておられたのではないのかなあ?

 非常に気の毒な存在だと思います。でも、繰り返しますが若くして死ぬことは伝説となることであり、芸術家としては、損失ばかりともいえないのですが。

   2012年10月21日にこれを書き始め、23日に推敲と加筆を終わる。
            雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)
コメント

瓜南直子さんの急死から、思い出される事、・・・その2、(この章は、覚園寺を主舞台として)△

2012-10-19 13:31:17 | Weblog
 今回は、瓜南直子さんの死亡という厳粛な事実に接して、いつもの30%主義をかなぐり捨てて、相当に踏み込んだ書き方をしています。今は、日曜日(21日)の午後4時ですが、二度目の推敲に入っています。さらに加筆してあります。19968文字で終わっています。ぎりぎりもぎりぎりですが。

副題ゼロ、『本稿の大意と、書くことの主たる目的・・・・・和解も提案しているのだが』
副題1、『アエラがwikipediaを、攻撃したが、そのわけは』
副題2、『グーグルさんが、邪魔してくれて、かえって助かった』
副題3、『日本画って、紙(または、絹地)ですが、額装すると重いのですよ』
副題4、『芸術家同士の、結婚は、実質的には、別居結婚であるケースが多いだろう』
副題5、『鎌倉・覚園寺さんと、私との間の、この30年間』
副題6、『樋口恵子さんは、高校の先輩であり、ずっと親切だったが』
副題7、『覚園寺の、新旧の、素晴らしい建物』
副題8、『それは、レザンジュのケーキが未配達となった件と同じだった』
副題9、『泉湧寺でのグループ展は覚園寺さんが、設定したのかな?』
副題10、『鎌倉・二階堂という土地柄』

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副題ゼロ、『本稿の大意と、書くことの主たる目的』

 この文章は、相当に重い書き方となっています。しかも、「あら、いやだ。また、偉い人(ここでは覚園寺)の悪口を書いているわ。あの人、やはり、頭がおかしいわね」と思われがちな主題から始まっています。私だって実は書きたくないです。で、書くのをやらないために、今まで、4回も伊藤玄二郎へ和解を提案しています。が、彼は非常に頭が悪いらしくて、乗ってきません。和解とは私を救うだけではなくて、彼の方をも救うのですが、そこが理解できないらしいのです。
 で私は古いことから、書くこととなるわけですが、ここに書いてあることは、インテリたちと、セレブ達が起こしているある暴力の、発露と実行の話です。その経緯と、大綱は、岡山県他で、突然見つかった大量殺人(洗脳と、集団暴力を用いた)と同じことなのです。主役は伊藤玄二郎です。鎌倉を舞台として起きることはすべて、彼発で動いています。または、彼より上のエージェントたちの発意で。

 そして、広範囲の人々(インテリやセレブ)が使われています。本日小沢一郎氏がドイツへ行き、脱原発を宣言しました。「嘘」って、叫びたいほどの、選挙対策です。本心はまるで違います。それに彼には実行力はありません。だが、だまされる、ある層ある種の日本人はいるでしょう。その小沢一郎氏と、伊藤玄二郎は、どっちが階級が上かはわかりませんが、同じ穴のムジナです。
 
 でも、本稿は、主題を瓜南直子さんという、芸大出身の美貌の芸術家が、若くして突然に死去した、その不思議さと、原因を追究して行くところに置きます。
 セレブとか、インテリがやることは、合力であれ、礼儀と、場所を選び、しかも、一見すると瓜南さんを助けているみたいです。

 彼女は自分が『魔弾の射手』として仕上げられてしまっていることを知らなかったでしょう。『よかった。自分には、いい仕事の企画が、このごろ、次から次へと訪れて来た』と思っているだけだったと思います。
 ただ、私からみると、これほど、見事に、『魔物に利用されると、不幸になりますよ』という概念が表れた例はないのです。いのちの、最終場面、特に、2011年に鎌倉セレブたちに利用されて、引っ張りまわされたことが、現実にどれほど、負担だったかが、私の目には見事に見えており、それを、これから語って行きます。しかし、相当に寄り道をする予定です。それをしないと正しくは語れません。なお、前稿

 『瓜南直子の死を10月17日に初めて知った私が、偶然にも、その前日に書いた宗教観△△』    2012-10-15 20:48:20 | Weblog

 は、この文章と双子の関係となります。そちらは同じことの美しい部分を書き、こちらは同じ現象のもっと恐ろしい裏側を書いていきます。登場人物はセレブばかりですが・・・・・
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副題1、『アエラがwikipediaを、攻撃したが、そのわけは』

 ここに初稿では、2686文字の説明を入れております。だが、本筋とは関係がないものが多いので、2000文字取り去り、後で、独立した文章として、公開をさせていただきます。その目的は瓜南さんについての説明をさらに加筆するためです。

 そこで詳細に理由を語り、ここではそれを語りませんが、で、アエラの、「ウィキペディアを使う人を馬鹿にする記事』も、鎌倉エージェント発で生まれた可能性は大きいです。
 そして、読者数がいまだ少なく、・・・・・ただし、177万人のグーブログの書き手のうち、私の地位は、200位前後(時には100位以内)であるという数の読者は居るのですが、
・・・・・大手出版社よりの、出版点数もない私を、小ばかにしていて、自分たちが支配をできるNHKや、朝日新聞社、および日経新聞社を通じて、できるだけ、私の文章が世に広まらないような記事やニュースを作り出し、継続的に流しているのです。
 でも、これに、私が全然、ダメージを受けなかった理由は、『それは、わかりましたよ。だけど、神様が見ていらっしゃいます。私は文章を書く際に、99%を自分の頭の中からひねり出しており、ウィキペディアを調べるのは主に生年月日だけなのですから』と、思っているから、平気なのです。
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副題2、『グーグルさんが、邪魔してくれて、かえって助かった』

 しかし、今回は、グーグルの検索で瓜南直子さんの死を確認したいと思いました。だって、それを、四か月間全く知らなかったのです。ここの、読者から、ご注意という簡単な形で知らされて、あっと思い、これは、確認したいと思うのも当然です。瓜南さんは、二つの住居を持っていて、そのうちの一つは、我が家から、高低差があるので歩けば三分、しかし直線距離にして測れば、100mほどの近さです。だから、お葬式の雰囲気とは、何かの気配は、感じられると思うのに、それも、全く感じられなかったので、急いで確かめたいと思ったのです。

 実は鎌倉市内にも銀座にも、私と瓜南さんの両方に、付き合いがあって、瓜南さんの、生死を電話で問い合わせることにできる先は、いくつもありました。が、これから書く複雑な内容の文章を考えると、知人こそ、巻き込みたくなくて、もっとも、間接的な方法であるネット検索に取り組んだのです。
 この際は、「ウィキペディアを利用しませんよ」といきがったり強がったりしている場合でもないでしょう。

 ところが17日の段階では、グーグルの検索では、瓜南さんご自身が書いた文章類はたくさん出てくるのですが、他人が書いた哀悼を示す文章は、一切出てこなかったのです。この副題2には、グーグルさんが、と主語に会社名を入れておりますが、本当は誰がやっているかは、わかりません。ともかく、私のパソコンには引っ付き虫がいますからね。相当に動きが不自由です。

 で、そこから先の選択ですが、知人に問い合わせる方に戻るか、別のルート特に泉湧寺に電話をかけるか、二者択一となるわけですが、私は、より間接的な方を選びたく、京都まで電話を掛けたわけです。

 その際、最高の情報を得ました。それは、いまだどなたにも公開していない秘密ですが、京都・泉湧寺と、鎌倉・覚園寺には、密接な関係があったのです。つまり、真言宗・泉湧寺派・総本山としての泉湧寺とその末寺としての鎌倉覚園寺という兄弟関係というか、師弟関係というか、親子関係というかがあったのです。

 そのことで、さらに大きく、瓜南さんを死に追いやった企画の裏側にあるものも見えてきたのですが、それを語る前に、なぜ、他人がグループ展を行ったに過ぎない泉湧寺という名前を強烈に覚えていたかを、語らせてくださいませ。それは、画家・瓜南直子へ捧げる、一種の追悼文となるからです。
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副題3、『日本画って、紙(または、絹地)ですが、額装すると重いのですよ』

 私は京都・泉湧寺には行ったことがありません。しかし、京都泉湧寺の名前がしっかりと頭に入り、地図まで調べて、どこにあるかを確認したのは、瓜南直子さんのフェイスブック紙上への投稿の、
 「伴さんが、右側を、タクシーで追い抜いて行った。拾ってくれればよかったのに」という一文に深い感銘と共感を覚えたからです。

 ここの読者の方は、ご自宅に油絵の一枚や二枚は飾っておられるでしょう。それを移動させようとすると、それほど、重くありませんね。だから、この文章の切実さがお分かりになるかどうかは不明ですが、実は日本画を額装するととても重いのです。紙であり、本当は軽いはずなのですが、紙であるがゆえに重いのです。

 というのは紙(または、絹)が弱いものであるがゆえに、前面にガラス、背面にべニアで補強をしてあるからです。実は版画も同じで、同じ補強をされているので、紙なのに額装すると大変重いのです。そして美術系作家というものは、個展の際は、それ専門の運版業者に依頼するのですが、グループ展の場合はたいてい、自分が会場まで作品を、運びます。私も何度も死ぬ思いをしました。ただ、銀座なら新橋からタクシーを使いますが、駅の階段を上下するだけでも死ぬ思いをするのです。それほど重いものを、3~5点持っていると、『どうして、タクシーに乗っているのに、私を拾ってくれなかったの?』と恨みがましくなるのも当然です。

 いつもは、ユーモアのある文章ばかり載せている瓜南さんが、これほど、素朴に愚痴を言っているのだから、どれほど遠いのかと思って、地図で調べました。すると、清水(きよみず)坂より長いみたいです。可哀そうにと思いました。酷暑の八月ですし。

 そう思ったときにはまだ伴さんと瓜南さんが実質上の夫婦であることを知りませんでした。が、『グループ展では一緒なのだから、そのぐらいの親しさはあるのだから、拾ってあげたらよかったのに』と思いましたね。
 しかも、その後、たった、10か月以内で、亡くなるのですから、この時も体調は相当に悪くて、その坂は、やっと登れるという状態だったと考えられます。
 『可哀そうに』と思います。
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副題4、『芸術家同士の、結婚は、実質的には、別居結婚であるケースが多いだろう』

 瓜南さんが、この苦痛を、タクシーの利用で、避けることをしなかったのを、『ああ、タクシーを見つけられなかったのね』というぐらいに軽く考えていた私は、例の絶筆としての、最後のブログの中に、ひそかに、経済的ひっ迫が語られているのを見て、さらに切なくなるのです。

 泉湧寺にタクシーで行くのには、バスの終点ではなくて、その相当前にタクシーを拾わないと、確実には乗れません。となると、タクシー代は高くなるはずです。しかも、鎌倉在住の瓜南さんは、京都の地理には明るくないはずなので、タクシーだまりとしては京都駅前しか、思い当たらないでしょう。そこからタクシーを拾っては、相当に高額になります。だから、バスで行き、降りてからは歩いたのです。

 伴さんがどうして、瓜南さんを拾わなかったのかは不思議でしたが、伴さんは伴さんで、メーターがぼんぼん上がって行くのを気にして、そればかり見つめていたのではないかしら。だから、左側を歩いている瓜南さんに気が付かなかったのです。
 二人は実質上の夫婦であると、ずっと後で、私は(例の柴田悦子画廊の中で)知ることとなるのですが、画家の生活の実態を知っている私は、2人は事実上の別居結婚であったと考えています。
 それは、作品の制作をする時に、真夜中を選ぶ人がいると、お互いに、寝不足になるし、作品制作中に、「おーい、おちゃ」なんて直子さんの方が呼ばれたら、直子さんの方が、怒りの発作に襲われるものだからです。
 
 で、別のアトリエで制作をした作品を、自分で額装をして、2人は別々に、鎌倉を出発して泉湧寺へ出発したのだと思うのです。あのね、芸術家って、「外出の出発時間を夫婦で、合わせましょうね。仲良しなんだから」などと言っていると、かえって面倒になるのです。で、『一時間ぐらい後に鎌倉を出発した伴さんは、集合時間に間に合わないので、京都駅からタクシーを拾った』と考えると、この不思議な文章が『なるほど、起こりうる現象だ』となって来ます。

 芸術家の結婚としては瓜南さんのものは、ある点で理想形です。女子美についてそれを語ったことがあるのですが、割り切りの早い女性は、お見合いで、さっさと高収入の旦那さんを見つけて結婚をしてしまいます。お医者様と科弁護士とか、生来出世しそうな東大出のエリートとかを選んで。
 夫が収入の高い男性であると、女流画家は安心して、制作やら発表をすることができます。が、精神の上でも、なまぬるくなってしまったり、夫および夫側の親族が、子供を産み育てることを当然のこととして、要求するでしょうから、そういう妻とか、母としての生活をやっているうちに、とげとげしい集中ぶりが失われて、甘い作家になってしまうのは当然ありうる、末路(または、未来)です。
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一日数時間をパートナーと共にして、夜10時前にはわかれて、別々の家へ帰る。多分そういう形だったと思われます。その方が孤独な制作時間が取れるからです。

 「夕食と会話と、時には、セックスを一緒にする。だが、後は自由だ」というのは本当に理想形です。ただし、そういう生活だと、相手のすべてを見るわけではないので、瓜南さんの体調がひどく悪かったということは伴さんには、わかっていなかったかもしれません。そのうえしょっちゅう外から呼び出しがかかって、例の鎌倉五山の管長さんたちとの会合をはじめ、飲み屋での、伊藤玄二郎との会合などがある瓜南さんに対しては、その独立性を尊重はするが、と、同時に保護者意識もないというところがあったかもしれないのです。

 それに最後の一年間、伊藤玄二郎が特別に利用をして、光が当たっていたことも、実は芸術家同士の嫉妬心というのを、刺激してしまったかもしれませんね。そうなると、ますます、伴さんは瓜南さんへ、愛情のこもった目を向けなくなります。だって、普通の家庭なら、一ミリも絵を描く気力がないという状態にパートんーが陥ったら、たちまちに相手が『事態が変だ。危ない』と察します。4月のその日の一か月か二か月前に察するでしょう。

 最上級の善意に解釈をすれば、瓜南さんと伴さんは、二、三時間だけ、しかも週に二、三回しか夕食を共にすることはなく、それゆえに、瓜南さんは張り切って、おいしいものを作ったし、・・・・それをフェイスブックに公開したので、人気を博したのだし、・・・・・その間、気丈にも大丈夫そうにふるまったので、伴さんは何も気が付かなかったとなります。

 最悪の想像をすれば、実は伴さんの心はすでに瓜南さんを離れていたともなります。別の女性ができたとかそういうことではなくて、『やはり、平凡な女性を妻にするべきだったかなあ』というような迷いにとらわれていたと。それを瓜南さんは察して、引っ越した?

 最後の段階で、「引っ越した新しいうちが何とか」、という記述があるので、引っかかるのです。その引っ越しの目的はなんだったのかと。
 夫婦っていうのは長い間かけて関係を構築するというか深めていくものなのですが、その目的は何かというと、安上がりなセックスの享受でも、世間へ向けて、『一人前なんですよ』と宣言をすることでもなくて、

 『子供を産み育てること』と、『晩年を支え合う』という二点があると思われるのです。お子さんがなくても、晩年を支え合うは、目標となり得ます。例えばお風呂場の電球が切れたとしましょう。一人だとすでに、バランスを取るのが難しくなっているかもしれない。だけど、2人いれば、そこで足を支え合って、電球を取り替えるという一つの仕事を完成できます。

 これ以上の詮索はやめましょう。ただ、2011年の夏、体調の悪い瓜南さんが重い額を抱えて、泉湧寺への坂を上るのがどれほど、つらかったかが、同じように重い重い版画額をグループ展まで何度も持ち込んだ私には、手に取るようにわかり、そんな瓜南さんに、深い共感と愛情を寄せていたのでした。

 それなのに、どうして秋に金田佑子さんと組んで、2人で、豊島屋の源平巻きを種にいじめてきたのか、映画のプログラムを種にいじめてきたのか、それからアスはが連のことでいじめてきたのか?

 「そういうことは天意に逆らうよ。自分に対して、本当に優しい人をいじめていくのは、天意に逆らうよ」とは言いたいです。だけど、裏があったのですね。だからそうなった。
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副題5、『鎌倉・覚園寺さんと、私との間の、この30年間』

 上に述べたように、京都・泉湧寺と、鎌倉・覚園寺さんが、直通の上下関係にあり、しかも、真言宗・泉湧寺派には、所属・末寺の数が少ないので、さらに密な関係があるということがグーグルが邪魔してくれたおかげで、突然に、知覚させられました。

 覚園寺は大衆的ではなくて、知る人ぞ知るお寺ですが、とてもいいお寺です。32年前に初めて訪れて『こんなお寺が日本にもあったのだ』と、夢のようなその美しさに酔いました。

 で、何度も訪れております。お友達が鎌倉へ遊びに行きたいと言えば、必ず覚園寺へ一緒に行きました。だけど、ごく最初期から、出口近くで、お札をお売りになるのは、いやだなあと思っておりました。それも、最近ではひどくしつこく勧められるのがです。鎌倉のほかのお寺では、こういうムードに接したことがありません。最近、レストランを地域内に、設定して、それを、一種のビジネスとしているお寺は、三つぐらい気がついてはいます。長谷寺が最も大衆的で、誰でも入れます。
 浄妙寺は奥様が、パンとか、ピッツァが、好きで、『石釜』を開かれた模様ですね。報国寺は、抹茶を提供していますが、これは、儲けというよりもお客様を慰労するという向きが強いです。

 これらは、入るも入らないのも自由だから、それでいいのです。だけど、覚園寺さんのお札(黒地蔵)の買い物への強要に近いおすすめは、ほかのお寺にはないものです。日光にはあります。だけど、鎌倉にはないです。しかも、最終段階出口に近いところでそれが行われているために、一気に興ざめという感覚を得ます。
 で、私は覚園寺を褒めるメールを閉鎖されたメルマガで、何度も書きました。だが、2010年の1月6日には、その前に、日光詣でをした直後だったので、とうとう疑問になっていたそのお札の売りつけをこのブログ内で、批判をしました。日光でも、うんざりするぐらい、あっちこっちでお札を売りつけられます。これは、よくないなあと思っております。お金、お金で汚染をされきっている日光の神域です。市長、または、輪王寺様のトップ、東照宮様のトップ、二荒山神社のトップは、しもじもの実情を探索して、よくないことは是正なさらないといけません。

 私は一人で神様に対峙している人間ですから、宗教に対しては真面目な考え方をしているので、日光の現状には唖然とするほど、いやな感じを受けるし、鎌倉に帰えれば、長谷寺の水子地蔵の林立(これは、15年前に見たのですが、今も残っていますか?)もうなずけないし、覚園寺の最終場面での黒地蔵の前での、お札のお買い上げのおすすめも、興ざめ以外の何物でもないと、思っているのです。

 それも、私が参拝したこの20年間、同じ人が行っているのですが、だんだんしつこさが増していると感じています。
 その同じ人とは、昔の言葉でいえば寺男、現代の言葉でいえば執事とか、スタッフという人でしょう。覚園寺様をしたい、そこに奉仕している人材だと思います。別に、覚園寺の御坊様や、その一族ではないのですよ。だから、かえって熱心にそのお金集めができるのですが、全体の美しい雰囲気を、そこで、あっというほど汚してしまい、壊してしまうのです。
 だから、こういう方法よりも、お高い拝観料、(例えば、千円)を取ってくださる方が、ずっといいと考えています。それから、案内人を二人にして、30分ごとに観客を入れる。そうすれば観光客の数が増えますね。それが、入場料の増収につながります。新しい案内人は、鎌倉市内のボランティアを使えばいいのです。覚園寺の説明ができるとなれば、大勢の退職したインテリが応募してくるでしょう。

 ただね。私は覚園寺様への味方のつもりであり、こういう意見も尊重していただきたいと思っているし、明治政府が覚園寺様をいじめた経緯もよく理解しているつもりです。だから、お気の毒だと同情しているぐらいです。
 そして、こういう悪いところを直言してくれる部下とか、秘書を持っている上司は、非常に心強いのですよ。経営姿勢を正していかれるからです。

 だが、伊藤玄二郎と、井上ひさしが、ここにからむと、事は単純ではなくなります。二人は、私の文章の隅々にまで目を凝らし、どこかに突っ込みどころがないかとにらんでいます。この<黒地蔵のお札を買いなさいのおすすめがしつこい>という部分をとらえて、覚園寺さんに讒言をした疑いがあります。

 それがわかる出来事が、後程、起こりました。
 覚園寺さんが、名誉挽回を狙って、すごく大きな催し(樋口恵子さんの講演会・・・・・主催は鎌倉ロータリークラブ)を企画され、それに私が招かれたのです。ただし、覚園寺様直接にではなくて、講演会の話者・樋口恵子様からです。
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副題6、『樋口恵子さんは、高校の先輩であり、ずっと親切だったが』

 私は中学時代までは、輝かしい成績を誇っていました。で、当時の統一テストでは、「神奈川県一、成績がいい。それは、全教科満点だから」と、先生からいっていただいたほどです。で、当時はエリート校であった、お茶大の付属高校へ、神奈川県からは、ただ一人の生徒として編入試験に受かりました。

 ただ、高1の時に、AFS試験を受験したかったのですが、その時に、担任の先生から受験用の書類をもらえないということがあり、そのうちに試験が終わってしまうという不思議ないじめを受け、その日以来、虚無的になってしまいます。よくぞ登校拒否を起こさなかったものだというほど、激しいいじめだったと思います。
多分、発音が先生より良かったし、子供心にも、この先生は努力をしていないなあと思っていたので、それが顔に出ていて、先生から憎まれていたのでしょう。

 が、その日以来、成績をよくするという意味では、もう、どっちでもよくなって、好きなことしか勉強しない子となってしまうのです。で、受験用の暗記、つめこみ勉強などはつまらないと馬鹿にしていて、やらないので、東大などの受験は無理になります。だが、国際基督教大学は、一種の・地頭・テスト(ただし英語はよくできないとダメだし、大量の質問に猛スピードで、答える柔軟性も必要)なので、合格をしました。

 しかし、面白いもので、なんとなくですが、それが、今幸いしていると感じています。その、つめこみ的・暗記・勉強をしていないので、脳が疲労をしていないのです。で、70歳の今でも、みずみずしい脳みそを活発に動かすことができるわけですが。だから、これほど大量の文章を、ほとんど毎日10時間程度、書いたり推敲したりできるわけですが・・・・・(笑)

 で、輝かしい先輩の一人である、樋口恵子さん(=東大出身で、都知事選挙にも出て、お子さんもお医者さんにした)とは、お付き合いも不可能なほど目立たない卒業生でもあったのです。が、本を作り始めてから、突然に、自信を持ち始めました。6冊ほど、あるのですが、少部数、(400,600,800部)しか作っていないし、本屋で、売ってもいないのに、公的な書評をもらったりしました。

 それに、普通の人(でも、インテリだったり真面目な生活をしている人)が「びっくりするほど面白い」という感想を送ってくださるのです。「こんな本を、待っていた」とも言ってくださるのです。その中には有名人も含まれていて、だんだん私は自信を深めていくのです。
 で、それ以前に1度、講演会を聞いている先輩の樋口恵子さんにも、堂々と送っています。きちんと礼状ももらっていました。これは、お茶大の付属高校では普通の礼儀ですが・・・・・
 その樋口さんが、覚園寺で講演会をなさることとなり、私はそれに入場できるおはがきを、樋口さんからいただきました。全文字手書きで、一般的な入場券ではなくて、「私の個人的なお友達としていらっしゃい。会はロータリークラブの主催ですが、これを入り口で示せば入れます」と書いてありました。

 とても親切なはがきです。しかし、なんとなく億劫で、行きたくありませんでした。それは、これが、樋口さんを使った罠であるような気がしたのです。それは、樋口さんが悪い人だというよりも、それ以前から種々の罠やひっかけに出会っていて、非常に不快であり、警戒心いっぱいだったからです。

 結果として言えばやはり罠だったのですが、私は当時は、そんな裏側は書かず、丁寧に、樋口恵子さんの講演をまとめております。このブログでも、それを発表しております。
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 そのタイトルは、以下です。

 樋口恵子さんの講演、「体重が軽い方が、老後は歓迎をされる」
2010-05-01 20:57:07 | Weblog

 この文章は、本日(=2012-10-19)にはタイトルをグーグルで検索しますと出てきます。よかったらご覧ください。テイストが最近の文章とどれほど違うかをお確かめ頂けるでしょう。
 
 つまり、事の、裏側については、触れていない文章です。今は、特にこの一文は、事の裏側に、70%ぐらい迫っている文章です。二つはニュアンスが、まるで違うでしょう。
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 で、元に戻ります。罠とはそれほど、嫌味なものでもないのです。それは、覚園寺様の、一般の人には入れない新しい信徒会館(いや、正式名をなんというかは知りませんが)をごらんなさいませネ』ということだったのです。

 樋口さんのはがきには、講演会の開催場所が書いていなかったので、私の方は、覚園寺の中にある、移築された田舎家で行われるものとばかり思っておりました。
 それは、廊下で囲まれた10畳が二つあるような古い農家で、川喜多邸にも似たような家が移築をされており、故・川喜多かしこさんは海外のセレブを招いて、そこで接待していたのです。覚園寺の田舎家の押入れに、もし大量のお座布団が用意されていれば、そこで集会を開くことは可能です。廊下や土間にも立ち見客が入れば、100人以上の聴衆の収容は可能でしょう。

 しかし、樋口恵子さんの講演会は、予測に反して、今まで、一切外周も、内部も見たことがない大きな建物の中で行われました。
 その建物の用途は、一種の信徒会館で今回の鎌倉ロータリークラブのように、鎌倉のセレブを招いて、講演会を開いたり、懇親会を開いたりする新しい講堂を含むものです。

 その講堂は、グランドピアノも置いてある、27mX18mぐらいのとても大きいお部屋なのですが、見たことのない作風の建築で、非常に重厚なものです。
 
 『なんだ、そうだったのか。覚園寺様は、これを私に見せるために、(私を確実に来させるために、)樋口さんに手書きのはがきを書くようにお頼みになったのだ』とわかりました。

 覚園寺さんの、黒地蔵のお札を買いなさいというお勧めは、いささかきついと思っていましたが、この新しい信徒会館を建てるためだったら、無理もないと思われました。
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副題6、『覚園寺の、新旧の、素晴らしい建物』

 覚園寺様は、明治政府に異常にいじめられました。それは、足利尊氏の尊敬やら、支援があったからです。足利尊氏は第二次大戦の終戦時まで、長らく逆賊としてとらえられてきたのです。
 
 私の想像では、今、鎌倉宮のあるあたりは、覚園寺の旧領地だったのではないかと思っております。で、その時に、覚園寺様は、いわゆる本堂というのを失われたのではないかしら? 無論、正当な対価も支払われずに。

 比較すると、比企がやつの妙本時は、寺領が広くて、借地が多いらしくて、とても豊かです。駅にちかい大町一帯は、妙本寺様の所有地であると聞いています。 

 ところで、ここでいうお寺の本堂とは、本願寺などで、立派で大きなものに接することができますが、一般的に、
 正面に祭壇があって、その前に、信徒が集まって、御坊様のお経を聞く広間です。真言宗なら、護摩をたく護摩壇も真ん中にありますね。そういうお寺本来の大切な建物を失われた。
 それをはっきりということは、明治政府、明治天皇、大正天皇、昭和天皇を批判することとなります。特に戦前には昭和天皇は、現人神(あらひとがみ)でした。絶対に批判ができない対象でした。

 で、ものを言えない長い年月を、我慢に我慢を重ねてこられた。と、すると、この信徒会館は、長年の、夢、本堂再建への第一歩かもしれません。
 これをまず東側の山すその、端っこに建設して、その後、今、田舎家があるあたり近辺の広い平地に、本堂をお建てになる・・・・・そういう計画が秘められているのかもしれません。となると、まだ、まだ、集金の必要はあります。

 そうなったら、ここらあたりで、『本堂再建のための入場料です』と、はっきりおっしゃって、入場料を、千円にお上げになればいいのです。そして、30分に一回の入場に制限を緩和なさればいいです。その方がずっと美しいマナーとなります。そして、本願寺風に、『寺院再建の、講を募っております。ご寄附ください』と、明言をなさって、お寺の社務所で、何千円とかを、寄付してもらう制度もお作りになったら、いい。

 その方が相手をだまさない手法となります。覚園寺まで歩いて訪れる観光客は研究熱心な人が多いので、今のやり方は、内心の失望を生んでいると思います。

 明治政府にいじめられて、迷い、迷い、ねじれた、臆病な、経営をなさってこられたと思われるが、「ここらあたりで、明治体制や、戦前を忘れましょう」と覚園寺様には提言をしたいです。

 私はね。この信徒会館(?)の設計コンセプトには、大きな好意を抱きました。覚園寺様の当代が、頭がとてもよいかたで、よく考えた設計だと思われたからです。

 覚園寺様は、本堂は失わされたわけでしょうが、薬師堂だけが残っています。そこには数種類の重要文化財(仏像)が安置されています。ろうそくだけの照明に照らされたお堂の中は、一間ほどの入り口の開口部だけで、照らされて、最初は目が暗さに、慣れず、よく見えません。だがやがて慣れてきて、きちんと見ることができるようになると、その荘厳さに打たれます。

 その建物で私が最も好きなところは実は仏像ではなくて、入り口の敷居です。年月を経たむくの木が、木目もあらわにボンと置かれている。それをまたいで入るのですが、それが、とても美しい。そのニュアンスが信徒会館にも繰り返されています。

 信徒会館のホールは、松本城の天守閣を広くしたようなムードです。27x18mぐらいの広い部屋は、主に黒の無垢の木と白壁で、できています。柱も床も黒。松本城よりもずっと太い柱と太い床材を使って。しかも、ピカピカに磨き上げられ、樋口さんのそばには、素晴らしい大壺のいけばなも飾られています。小屋裏機構を利用した天井は低く、窓も床から、立ち上がり、人間の腰あたりまでに設定されており、覚園寺の新緑を見下ろす形式になっています。つまり、一般の住宅でいえば、一種のロフトの利用となっています。が、新建材を一切使っていないので、不思議な美しさに満ちています。

 講演の後で、下の階で、立食パーティがあり、私は素朴なアメリカカントリー風ケーキ(どこのお店のものだろうか?)をいただきました。ロータリークラブの婦人部の方が親切に接待してくださったし。そのケーキは後程、銀座のホテルモントレーのパーティで、供されたものと似ていました。
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副題7、『それは、レザンジュのケーキが未配達となった件と同じだった』

 その樋口さんの講演会は2010年の4月29日の昭和の日の開催だったでしょうか。素晴らしい快晴の日で、寺苑ないの新緑も美しく、車の往来が少ない二階堂の道筋も歩きやすく、かつ鎌倉セレブの接待を受け、普通なら入れない、特別な建物に入れたのです。大威張りで、楽しそうにしてもいいのに、私は自分が暗雲に覆われているのを感じ、暗い気持ちにならざるを得ませんでした。

 それは、「伊藤玄二郎が、ここにも手を入れたのだ」とわかったからです。その経過はレザンジュのソフトクッキーが届かなかった経緯とそっくりでした。

 最高裁判所判事夫人という、インテリでもあり、セレブ夫人でもある方から、私が献呈した本に対して返礼として送られたものですが、我が家に到着をしなかったのです。お年賀状の返礼として、彼女から「どうして、年賀状をくださるのに、クッキーの礼状をくださらないのですか?」とご返事をいただいて、初めて、せっかくの好意が、到着していないことで、暗転をして、反対の効果を生んだことを知ったのです。

 本当に、つらい思い出でした。だから、今度は樋口恵子さんにあれこれ説明をするのを止めました。また問い合わせをするのも、やめました。ただ、講演が終わった後で、ご挨拶に行ったときに、以前ほど明るい声で対応してくださらず、顔もこわばっていたんで、私の推察が当たっていることやら、そのほかの、委細を飲み込みましたし。ただし、これで、縁が切れたとは感じました。『ひどいなあ。伊藤玄二郎は』と、思いましたよ。

 だって、彼の元愛人であって、彼が、自分の会社名さえ与えて保護し続けて、私より上の存在として、25年近く威張りかえってきた石川和子と、柳沢昇は、自分の猫を飼うなどの、普通の人が当り前にやっている工夫をしたら、我が家との間の猫を巡るトラブルは発展をしなかったのです。新しい猫を飼うことを、私がすすめても、『だって、旅行に行けなくなるんだもの』とふくれっ面で、言うことを聞かず、トラブルをどんどん拡大して行って、挙句の果ては自分の方が追い詰められて、警官を呼んで、「あそこの奥さんを、あそこの旦那に叱ってもらうように、あそこの旦那に頼んでください」と、命令して、

 また、また、その警官たちがお馬鹿さんで、言うなりに言うことを聞いて、罵詈雑言を含む対応をして、しかも、私をさらに、威嚇し脅かすために交通事故の調書を取ったのですよ。我が家は山の上にあり、絶対に交通事故は起こらないところなのです。そこまで、石川和子と、柳沢昇が、増長慢なのは、伊藤玄二郎の元愛人だということで、日ごろから、鎌倉市を利用した過剰な優遇を受けているからです。

 そしてその時の二人の失敗のあとで伊藤玄二郎は、石川和子との過去の関係を隠すために大勢の人を巻き込んで、私が憂鬱になるように責め込んでいるのです。

 私がよく五億円の損害があるというのは、・・・・・・ここで、もし、伊藤玄二郎が動かなかったら、樋口恵子さんと私の間柄が壊れなかったであろう・・・・・この覚園寺のエピソードをも含んでいます。私は彼発のアイデアで、いやな苦しい思いをかずかずしています。

 覚園寺さんだって、それを、伊藤玄二郎から讒言としてお聞きにならなければ、「黒地蔵のお札を買うようにというお勧めが、しつこすぎる』という私のブログも、「世の中大勢の人がいるから、いろいろ悪口を言うやつもいるね。だけど、こっちは明治政府に奪われた本堂を再建するという大義名分があるのだから、あれは無視しておいていい」でおしまいだったと思います。

 そして、この時に、レザンジュのケーキが届かなかったのも事故ではないと確信をしました。伊藤玄二郎がレザンジュに、讒言をしたのです。「彼女はお宅の悪口を書いているよ」と。当時はレザンジュの方は、仮名で書きました。が、私をいじめて抹殺さえしたいと思っている伊藤玄二郎と、当時はまだ生きていた(?)瀬島龍三は、「雨宮舜(本名川崎千恵子)がお宅の悪口を書いていますよ」と告げ口をして、そのあとで、「最高裁判所判事夫人からのプレゼントを届けないのはどうでしょう。彼女がそんなセレブとさらに仲良くなったら、増長しますからね。それを避けましょう」と、提案したのだと思います。または、悪口の方を先に言っておいたので、レザンジュ側が、そういう措置を取ったのだと考えても、いいですね。

 特に小町通りのお店で、私がアラフォーの女店員に向かって質問をしています。「1500円買ったら、1500円あげますというのぼりが外にたっていますが、どうして、サービス品をいただけないのですか? 私は二回もトライしていますが、いただけませんよ」と。その時に、店員がマニュアル通りではなくて、すぐ「わかりました。先ほどは、ちょっと気がそれていて」とでも対応して宣伝通りの、プレゼントをくれれば、私も文章を書かなかったでしょう。

 でも、素直な、謝罪ではなくて、裏側が見え見えの、言い逃れをするから私はよけいに、怒ったのです。

 「3000円以上、買った人にはさしあげているのです」などと変なことを言うからこちらは怒ったのです。最初に試した時に、こちらはそのパイを、三千円以上買っています。だから、最初からのぼりは、だましの一種で、全部の人にプレゼントは、上げないで、済ませるつもりだったのでしょう。 だって、誰もが、ずいぶん、過剰なブレゼントだなあと、事前に思っています。だから、もらえなくても、それを請求すること自体が、自分が低位の人間になったみたいに思え、恥ずかしくて、誰も言い出さないのです。それを利用してのぼりだけは、たっている。が、お店は、閑散としていましたよ。早速に口コミで、伝わっていたのでしょう。

 しかも中身的には、豊島屋の鳩サブレーより、ずっと原材料が少なくて済む、何とかパイを大衆的な人気商品にして、鳩サブレーに対抗しようとはあさはかです。

 だけど、私の想像通りに、伊藤玄二郎が悪口を言ったと仮定をしましょう。その讒言を聞いた後で、この商法の発案者が、女店員たちに検問をして、実際に私に対応した女店員が見つけ出された、呼ばれて、叱られたとしましょう。その女性は、責任者として、小町通りと若宮大路の支店を任されていたのだが、この、へんてこりんな商売が、とん挫して、その二つの支店を、閉鎖して、引き上げることとなった時に、本店に戻ってレジ打ちを担当していたとも仮定します。

 頭にしっかりと、雨宮舜(=本名川崎千恵子)が入っていれば、上司にこのプレゼントのことを、報告して、

 上司が「おくるな」と命令したのかもしれません。だって、とんでもないだまし商法を考え出す、誰か(私は当初は、それは、二代目のボンボンであろうと、推察しています)が、あのレザンジュには存在しているのですから、その人はまっとうな批判に対しても恨んだりする可能性もありますからね。

 でも、それは、それで、ほかが忙しいのですっかり忘れていました。
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副題9、『泉湧寺でのグループ展は覚園寺さんが、設定したのかな?』

 クッキーが届かなかった件は、2003年か2004年に起こりました。それから、五年後に、覚園寺での、樋口恵子さんの講演会が起こりました。そして、さらに、その一年半後、瓜南直子さんが、『北鎌倉の浄智寺で、鎌倉五山の管長さんたちと会いました。そこには、覚園寺さんも見えました』とフェイスブックで書いたのです。それを見た時に、本当にぞっとしました。

 何にぞっとしたかというと、瓜南直子さんの、私へのいじめの影に、やはり伊藤玄二郎がいるのだと確信をしたからです。なんと嫌な男だろう。そして、しつっこく、そして、どんなチャンスも見逃さずいじめてくるのだと思ったことでした。

 その催しは、瓜南さんのエリート化をさらに進め、そして、それをいつかは、私に誇示することが目的でした。たまたま、どうしてかその日にその投稿を、見てしまったので、いつか将来ではなくて、その日に、直子さんの鎌倉でのエリートぶりを知ってしまったのですが・・・・・
 特に嫌な部分が『覚園寺さんも、おいでになりました』という部分です。

 鎌倉五山と覚園寺さんでは、まず仏教の宗派がまるで違います。そのうえ、場所も確定的に離れています。だから同席すること自体があり得ないのです。

 ただ、覚園寺さんにとっては、鎌倉市内で、唯一、自分だけが円覚寺や建長寺の管長さんと同席する場に招かれたということは楽しいことだったでしょう。確かに覚園寺とは、独特のムードと美しさのあるお寺です。初めて拝観した人は驚くと思います。だから、あのお札のおすすめさえなければ鎌倉市内(特に山の内側では)、随一の人気を誇るお寺と言ってもいいでしょう。だから、招かれた?

 だけど、違うでしょう。そうではなくて、覚園寺さんは、瓜南さんに恩義を売っていらしたから招かれたのです。ただ、瓜南さんにというよりも、この会を設定した主役の伊藤玄二郎にです。

 瓜南直子さんにとっても、この会は、無論のこと楽しかったでしょうね。だけど、好事魔多しで、伴さんが、瓜南さんから心を放していく結果につながったのかもしれないのです。

 そのたった半年後、あれほど苦しい絶筆をパソコンでブログ紙上に書いた瓜南直子さんのそばに、パートナーの伴さんはいなかったと推察できます。一緒にいたら、「お前、どこか、苦しそうだなあ。パソコンなんか打つのはやめて、横になりなさい」というはずです。それが何回も言うように、夫婦というものでしょう。年取って来て若い人とは違う健康状態になった時に助け合う。それが夫婦というものなのですから。

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副題10、『鎌倉・二階堂という土地柄』

 ところで、覚園寺さんが、泉湧寺さんに、瓜南さんとそのパートナー伴さんを中心とするグループ展を提案したと、これから、仮定をしていくわけですが、その前に鎌倉二階堂という土地柄について説明をさせてください。

 川端康成に、『山の音』という小説があるのです。子供の頃に読んで、別にという感想でした。が、自然の描写には、関心があり、頭にイメージを浮かべる私にとって、山の音の舞台はまさに、ここらあたりであろうと思うほど、美しい一帯です。

 特に、北に山を抱え、南側に結構な広さの平野(または盆地があって、そこから海の間に、一回山脈で、さえぎられるので、海風(潮風)が、とどめられるので、風もそよそよと、柔らかに樹木の枝先を震わせるのです。ここには名所としては、駅に近い順にいえば、鎌倉宮(薪能で、有名です)、覚園寺、瑞泉寺があります。戦後すぐには、水仙の瑞泉寺はとても有名な観光名所でした。が、最近のはやりは、アジサイですね。
 そして、どうも三つのはやっているレストランがあるらしい。
瑞泉寺の奥にあるのが、創作中華の、凛林で、鎌倉宮の前にあるのが、和そばを中心にしたお店、覚園寺の近所にはイタリアンの有名なお店があるらしいのです。 
 で、凛林ほど有名になると駅からタクシーでぼんぼんお客さんが来るのですが、一般の住人は、ここから駅までは遠いです。

 で、駅へ15分以内に行くことのできる地域とは、住人が、異なっていて、文化人が多いのです。ここの住人には私の方は、何人もの知人がいて、それがそれぞれ、最近では私にとっては、大問題になって来ています。それは、ここに酒井忠康氏のお宅があるからです。で、氏が動いている可能性を強く感じます。

 酒井氏は、一時期から、外部へ発表する住所を逗子になさっています。それは、奥様の画廊が開かれている住所であり、実際には引き続き二階堂に住んでおられると推定しています。

 で、上に書いた住所変更こそ、酒井先生が、対・私用にいろいろなことをなさっていることの証明だと思っております。「そう言うことに怒った、私が、酒井先生に会いに行くために、自宅まで訪問をしてくる可能性も考えておられて、それは、困るので、住所変更をした」と推定しています。もちろん行きませんよ。安心してください。(笑)

 で、本日は覚園寺さんと泉湧寺の関係がわかったので、あのグループ展も、伊藤玄二郎発のアイデアだったと確信をしていますが、使者として動いたのは、酒井忠康氏だったかもしれないと思っていてそれをかきましょう。
 酒井先生は、鎌倉市内では、上位10位以内のセレブ(有名人)です。覚園寺さんのランキングはわからないし、その決め方の基準はは複雑ですが、江戸時代より前の寺としての格の高さを考えれば、大きな存在となります。それに、鎌倉宮の方は、宮内庁の管轄下にあり、宮司様はサラリーマン化していると推察しますが、覚園寺さんは、だいだいの管長が歴代で、変わらないお寺でしょう。だから、存在感は強いです。

 で、これから先は見てきたような嘘を言いの一つですが、

 酒井先生が歩いて、(電話アポの上で)覚園寺を訪ね、「覚園寺自体か、泉湧寺で、展覧会ができませんでしょうかね」とお話になる。

 または、伊藤玄二郎が、直接訪問をして、より詳細な目的を示し、覚園寺さんものって来て、「私のところより、泉湧寺さんの方が観光客が多いし、立派な展示場もすでに持っておられますので、より適切でしょう」と、提言をして、泉湧寺に対して、折衝を買って出てこられたという案もあります。後者は、一度、ロータリークラブの会合、樋口恵子さんの講演会で、折衝済みの間柄だし、自分自身も、鎌倉ロータリークラブの会員である可能性の強い伊藤玄二郎のことです。ひとたらしの天才として、たちまちに、京都の泉湧寺さんをも巻き込んだと思われます。
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 それが、酷暑の時期だったので、しかも、地元でもなく慣れている東京でもなかったことが、瓜南さんに、大いなる消耗をさせたと、私は見るわけです。

 この章は、まだまだ、書きこまないといけないことがいっぱいありますが、なんと字数制限、ぎりぎりに達してしまいましたので、ここで、急にという形ですが、止めたいと思います。
 今日の主役は覚園寺様ということになりますかな?
 いいお寺なのですよ。だけどあの説明人はそろそろやめさせた方がいいです。最初は朴訥で、誠実な感じでしたが、最近ではお金儲けに熱心ないやみな男性という印象を受けます。同じ人を同じ部署に、何十年も置くのは経営者として間違っています。
 淀みますから。
 脇道へそれますが、我が家の所属する町内会なんて、安野氏という人が、副会長を、28年以上連続してやっています。それで、すさまじくも悪いことがいろいろ起こっていますが、私もあっちこっちに火の粉をばらまくつもりもないので、『ああ、そうですか』という感じで放っておいてあります。
 ともかく、創業者社長とか、創業者会長が、20年以上同じ地位に存在するのは、仕方がないでしょう。それに、きちんと前向きにやって行かないと企業はつぶれますから努力や勉強もするでしょうしね。

 でも、それほど、重要ではない地位、ただし、お金や、小さくても権力が絡む地位に同じ人間を20年以上、つけさせておくと弊害が必ず起こります。覚園寺様は説明人を鎌倉市内の退職して、何かをやりたがっている老人ボランティアにお変えになった方がいいです。一時間、千円程度の謝礼で、喜んでやってくれる人物はいっぱいいると思います。そして、今までの説明者は、寺男としてか、なにか、ほかの仕事を与えて、一生の生活費を保証してあげらればいいでしょう。
 2012年10月19日の午前中から書き始め、21日に推敲を終わる。
      雨宮 舜 (本名、川崎 千恵子)
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ポールルイスと、王子ホール

2012-10-17 18:50:48 | Weblog


副題1、『銀座の王子ホール一押しの、ポールルイスについて』

 銀座を歩いていると王子ホールの玄関にお人形さんのような顔写真があって、それは、近寄って見ると、ギター演奏会のポスターでした。

 パクキュヒ(朴 葵姫)という若いギタリストです。で、私は、その日かな、『無理すれば、これを聞くことができるな』とは思いました。銀座の画廊巡りは、早めに始めたので、7時からそれを、聞くことは可能です。
 実は王子ホールの会員には既になっているので、予約して音楽会に行きたいとは思うのですが、これも邪魔されている可能性があります。

 どういうことかというと、イギリスの若手ピアニストで、ポールルイスという人がいます。イケメンです。スタインウェイ推薦アーチスト、1000人目に選ばれるなどというエピソードも加味していて、世界中で大人気です。ある程度以上にシンデレラボーイ扱いを受けている人ですが、「彼が表舞台に登場して光が当たったのはブレンデルに見いだされたからだ」と王子ホールの事前のチラシにはかいてりました。

 ここで、ポールルイスというピアニストについて説明をしたいのですが、グーグル検索の中で出てくる王子ホールインタビューというのが秀逸です。このブログ内URLはリンクが効かない形となりますが、あなた様がコピペしてその記事を読んでくださる場合を考えて書いておきましょう。
 http://www.ojihall.jp/topics/interview/paul_int.html

 それは家がお金持ちではなくてピアノも家にはない音楽好きの少年が、どうして、プロのピアニストに、なることができたかかを説明していて、本当に秀逸なインタビューです。
 ポールは8歳ごろから図書館で、交響曲のレコードを借りまくっていたそうです。
 「親が、音楽の専門家ではなかったという環境が返ってよかった」とポールは言っていますが、ありえます。親がすでに専門家だと、家庭的な環境はよくなるがプレッシャーも大きいです。が、愛情豊かで、子供を支援するご両親だったみたいで、心理的なサポートは十分しています。それは、幸せな少年と言えるでしょう。
で、地元の普通の学校に掛け合って学校で音楽の専門教育を受けられるように取り計らってもらいました。
 で、チェロが好きな先生のもとで、学校のオーケストラで、チェロを担当していたのですが、同時に学校のピアノを使わせてもらって、自学自習で、どんどん弾いていったらしいのです。これも海外の特徴です。
 日本って、いろいろな規制があって、学校のピアノも無論鍵がかかっているでしょう。放課後に、子供が自由にさわれるものでもありません。『時々熱心な先生がいて、子供にピアノを指導してくれるとか。だが、実際にはエッチなことが目的だった』などというニュースが日本では起こります。
 だから、日本でクラシック音楽の教育を受ける場合は、親がある程度以上に経済的な豊かさがあり、先生について、個人レッスンを幼少期から受けるということになります。

 ポールはずっと自学自習でやって来てて、12歳からピアノをはじめ、普通学級の級友から「ダサいなあ」と言われていたそうです。が、14歳で、やっとチェルトナムの音楽学校へ入りました。その後ロンドンへ転校しています。
 ともかく、海外では、純粋に、レッスンをしたい子供は、自由に学校のピアノを触れる可能性はあるのです。親と先生との関係がいいのですね。信頼し合っている。

 それが日本にはないのです。規制ばかり強くて、本当に子供、または、志の高い大人が自由に学べる環境は日本には、なかなかないのです。お金をかければなんとかなりますが、それでもどのレッスンも、二時間とかう制限をかけられていて、プロの仕事ができるわけでもないし、プロになる修行ができるわけでもありません。カルチュアセンターはおおはやりですが、2時間以上レッスン可能なお教室って少ないでしょう。版画工房なども同じです。
 それが、私が無理をしてでも、海外へ行きたいと願った本当の理由でした。三回ほど、三か月ずつ滞在した理由でした。私の仕事とは一仕事でも、10時間ぐらいはかかるものですから。

 で、ポールに戻れば、いつも自由に学校でピアノを弾いていました。それも楽譜を買ったわけでもなくて、図書館のレコードから曲そのものを耳で覚えて。そこがすごいですね。素晴らしいです。でも親に半強制的に勧められているわけでもないし、先生の料簡が狭くて、小さいことを注意し続けたということもない、主体的な勉強だから、非常に楽しい勉強時間だったと思います。だから、生き生きとした表現ができるので、王子ホールが一押しだというのもわかります。
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副題2、『ブレンデルについて、少し書きたいです』

 ここでポールルイスについてのまとめが終わっていないし、この文章の目的も展開していないのですが、でも、ポールから、離れて、ブレンデルについて語らせてくださいませ。彼については何度も書いているので、名前の変換がおかしくなります。ブレまでは、カタカナで変換されますが、ンデルという後半部分がひらがなで変換されます。つまり、バグを入れられているわけですね。
 そこが、政治を感じるところですが、ブレンデルそのものは、政治にはまるで、関係がありません。まあ、ご本人は第二次大戦とその前後でご苦労はなさっているでしょう。1931年生まれだから、その時期は10歳前後で、記憶も定かです。ただ、対私という意味では、利用をされたこともありません。
 
 ポールルイスは、イギリス人で、ブレンデルはチェコ生まれ、クロアチア育ちで、オーストリア国籍の人です。国籍はともかくとして、音楽の印象が、だいたいがドイツ系で地味ですが、1980年代かな、私がそのころに、必ず聞いていたN饗アワーでは、際立った印象を残したピアニストで、同じく際立った印象を受けた野島稔とともに、私としては、大好きなピアニストです。
 で、そのブレンデルに、イギリスの若者が見いだされたとなりますと、ヨーロッパに住んでいる人たちの地形的な有利さを感じますね。日本とはまるで違うところです。飛行機が飛んでいる時代でも、誰か、ピアニストがブレンデル会いたいと思えば、アポを取って、スケデュールを調整して、オオゴトになります。ところが、ポールルイスとブレンデルの間柄は、それほど、オオゴトではなくて、自然な形で始まったと思います。そのころ、ポールはまだ無名だったわけですから、これは、大幸運でした。もし、ちょっとした演奏会を聴いてもらうか、CDを聞いてもらうことで、「いい才能を持っている」となって見いだされたのなら、本当に幸せでした。
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 今、丁寧に先ほど皆様にお勧めしたインタビュー記事を読むと、ポールが18歳ごろ学んでいたギルドフォード音楽演劇学院(ロンドン市立で、有名な俳優が数多く出ている)の特別クラスにブレンデルが講師として招かれていて、その後、自宅でレッスンを受けてみないかとブレンデルの方からお誘いがあったそうです。
 そして、音楽表現の魂みたいなものを教わったそうです。
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 本日の主題のひとつは、ブルジョワでなくても音楽の才能は発揮できるし、プロの演奏家になるわけではなくて、ただ鑑賞者としてなら、十分に、その才能の開花は可能だということです。CDを買う。また、私は持っていませんが、(というのも音楽が好きなだけにわざと買わないで、敬遠をしている)i-pad などを利用する。または、ポールみたいに、図書館の音楽蔵書(CDや、ヴィデオ、DVD)を利用する。それで、可能だと思います。
 ただ、プロの演奏家になるとか、なってから成功への道をたどれるかどうかは、私には、何も言えない分野となります。
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副題3、『ポールルイスの演奏会に、NHKが来ていない。変だ』

 そういう輝かしいスターが、シューベルトのピアノ曲の全曲演奏に取り組み、それを、世界ツァーで、披露すると言います。しかも、王子ホール一押しという形で、やるとのことです。これは、行きたいですね。それで、第一回目に行きました。私も入れ込んでいてね。珍しく、主人も誘いました。本当は東京まで行くのをひどく嫌がる人で、しかも夜外出するのを嫌がる人なのにです。

 申し込んだのが、1月でしたが、すでに満員で、2人でもバラバラに座り、しかも、一人は最前列です。それは、かまわないのですが、演奏会は、例の3.11のほぼ一か月後でした。

 会場は大盛り上がりです。フランス大使館および、アメリカ大使館が、自国の長期滞在者、および旅行者に、日本から脱出して自国へ帰るように勧めていた時期ですから、ちゃんと予定通り来てくれたポール・ルイスに対する感謝の気持ちもあってね。お隣の人は名古屋から来ていて、しかも、本日中に家へ帰るという音楽好き。

 ただし、ここで、しれっと言ってしまうと、私はポール・ルイスはだめですね。世界中の人がきゃあーきゃあ、言っていると聞くほど感動できません。ただし、曲目が、知らない曲だったということもあるし、私が年取って来ていて、感性が鈍くなっているかもしれませんから、ここの読者は、そんな私の評価は受け止めないでくださいませ。
 そして、ここで、この2行を書くと、朝日新聞をはじめとする日本のメディアが、盛んにポールルイスを取りあげて、大ブレイクをするかもしれません。(笑)待ちましょう。それも書いておかないと、彼女(=雨宮舜)の批評はだめだということになりかねないので、期日を記しておきます。ポールルイスのシューベルトを聞いたのは、2011年の4月17日です。
 これは、福島第一原発の爆発の一か月後であり、
 私が、このブログで、原発燃料について科学的なことを書き続けていたころです。
 ですから、読者に、申しわけない気持ちがして、このブログではあれこれを書いていませんが、その日に、『やられている』と感じた敵の攻撃はありました。
 
 それを、一年半後の今、書いておきましょう。それは、王子ホール一押しであるのに、NHKカメラが来ていないことでした。私がBSプレミアムないにクラシック倶楽部という番組があることに気が付いたのは王子ホールの音楽会を聞き始めてからです。よくNHKのカメラが入っていて、その放送日時などの案内がホールないに出ていました。それほど、熱を入れている音楽会にNHKが来ていないのはおかしいです。クラシック倶楽部では、王子ホールは常連です。
 その時に、ふと、王子ホールのパソコンに敵は侵入しているのだ。それで、私が会員であることも、今回のポールルイスの切符を買ったことも敵は知っている。で、わざとブログを書かせないがために、NHKクラシック倶楽部が、録画には来なかったと感じています。

 このブログが存在しているのが、困るのは、伊藤玄二郎だけではありません。なら、何もやらなければいいのに、総額五億円にも上る被害を与えられているから、次から次へと書きますね。でも、種々様々な手法を用いて、このブログの人気が上がらないように工夫をされています。その一つが、種になりそうなことを予防するです。王子ホールのお客さんはクラシックが大好きな通です。
 もし私がポールについて書くとクラシック好きな新しい読者がここへ参入してくることとなります。そういうケースはほかにもありました。菊池選手の西武入団前後のことです。菊池選手について書くのを阻害する目的なのか、ウエブサイトで展開する、菊池選手に関する情報がぶるぶる震えて読みにくい日や、別の日には紗がかかったように半透明で同じく読みにくいとか。
 そして、NHKクラシック倶楽部は、ポールルイスを、一回収録していて、ごく最近それを放映しました。それは、シューベルトのチクルスツアーとしては、第四回目のもので実際の演奏会は



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瓜南直子の死を10月17日に初めて知った私が、偶然にも、その前日に書いた宗教観△△

2012-10-15 20:48:20 | Weblog
 いまは、19日(金)の朝の7時です。二度目、(部分的には五度目)の推敲を午前三時から今まで、4時間ほどかけて、いたしました。で、△印を二つにしておきます。6か所ぐらいで、加筆をしてあります。どうか、よろしく。また、二万字を超えたので、引き取って、抜いた部分もあります。自分の写真は抜きました。

副題1、『瓜南直子さんの死を、その4か月後に初めて知る』
副題2、『泉湧寺に問い合わせをしたが、微妙に変だった』
副題3、『伊藤玄二郎と、酒井忠康氏は、瓜南さんを利用しきって、その命を縮めたのだった』
副題4、『瓜南直子さんは、フェイスブックの世界でIT的に厚遇を受けていた』
副題5、『瓜南直子さんと、小町通りの共同溝工事と、全日本アスはが連』
副題6、『2012年10月16日はことさら、工事が派手だった。彼らは、・・・・・瓜南さんの死を知らない雨宮舜が、また、悪口を書いたぞ。これで、瓜南直子ファンをさらに、引っ剥がし、こっちサイドへ立たせられるぞ。勝った勝った・・・・・と、大喜びをしたのだった』

副題7、『ここで、気が付く、ユーロ圏危機への600億ドル拠出』

副題8、『瓜南直子さんと、鎌倉五山の管長たち』
副題9、『西洋的神と、禅宗の教えを考えてみよう』
副題10、『栗田玲子さんと柴田悦子さんは、伊藤玄二郎を、いい人だと信じているらしい?』
副題11、『色即是空、空即是色』
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副題1、『瓜南直子さんの死を、その4か月後に初めて知る』

 最初に、申しあげます。2012年10月17日の午後一時に、このブログへコメントとして入った短い文章を読みました。それで、初めて瓜南直子さんの死を知りました。
 が、2011年の11月まで金田佑子さんとコンビを組んで、豊島屋の源平巻きを種にして、活発なやり取りで、私をいじめまくっていた彼女が、
 肝硬変ですか? たった、七か月後に亡くなるなど、夢にも信じられません。こんな速さで亡くなったことには唖然とする私です。

 二人は液晶画面の上で、・・・・・そのやり取りを見ている私の目の前で、・・・・・間の時間を10秒も開けずに、・・・・・執事金田佑子が、お嬢様瓜南直子に対して、崇め奉りながら、・・・・・微妙にも私をいじめることに役に立つ、会話を活発にやり取りをしていたのです。まるで漫才みたいだったと下に書いていますが、
 豊島屋の源平巻きの赤い包装紙を、剥いていくのを、女性の赤い袴・・・(よく神社の巫女さんが穿いていますね)・・・を脱がせることに例えたりして。
 心理的に言えば、狂喜乱舞するという形でした。

 「そんなことがどうして、重要なのですか?」とおっしゃる向きもあるでしょうがその前の2011年の10月の末から金田さんと二人で、めちゃくちゃなことをなさっているのです。金田さんの11月初旬の東京出張を機縁にした二人のお酒を飲む会も含んだであろう大騒ぎ(=私に対するいじめ)をここに書いていませんので、誤解を招くことは承知で、以上を書いていますが、下の初稿にも、『この源平巻きを種にしたジョークほど残酷なものはないと感じた』と書いています。

 そのころ、私が『何を根拠にしてそのいじめに耐え、平静を保ち、ブログを書き続けたか』というと、聖書の中にあった、ある言葉でした。お子さんのない女性に対しては大変残酷な表現なので、ここに引用をすることは避けますが、

 『子供を産まなかったとか、育てて来なかった女性に固有の未熟さが、上記の二人にはある』と、感じました。まだ60には達していない年齢の二人がこれほど、熱中して、真夜中にフェイスブックで遊んでいられるのは、お子さんがいないからでしょう。子供が二人でもいれば、高校受験、大学受験、就職活動、結婚、もしくは離婚と、課題が次から次へと起こります。それは子供にとっては人生の関所であって、無事にそれを乗り越えられるかどうか、親は口出しも手出しもできず、ただ、見守るだけですが、その見守りの愛情がないと、子供はだめになります。ところで、その、ただ見守って待つだけって、超が付くほど疲れるのです。その疲労感が頭の上に重くのしかかっていると、とてもではないが、はしゃげません。

 で、私は、その日以来、二人に接触することを止めたのです。だから、瓜南さんが「肉体的な、疲労がたまっているのか、不調なのか、わからないが、絵を描くのが、1ミリもできない感じがする。それほど体を動かすのが億劫だ」という意味の文章を4月にブログで、公開したことは、まるでしりませんでした。
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副題2『泉湧寺に問い合わせをしたが、微妙に変だった』

 ともかくのこととして、2011年の11月末以来、瓜南直子さんにはリアルは無論のこと、ネット上でも、接触をしておらず、・・・・・しかも、何かを書くときには、事前にネットの調査をしない主義なので、逝去のことは何も知りませんでした。コメントを読んでからあわてて、ネットで、彼女のことを調べましたが、どうしてか、最初には、項目が全部は出て来ないのです。これは、いつものことであり、『私のパソコンを常に支配していて、やりたいことを邪魔する人間がいるからだ』と、感じて、方向を変えて泉湧寺にお電話をかけてみました。

 どうしてかというと、下にも書いていますが、瓜南さんが、私より上の存在であるということを見せつけるために、瓜南さんに対して、逝去の前に、数々の企画が持ち込まれていて、その一つが泉湧寺のグループ展だったからです。しかも、8月で、暑い盛りでした。瓜南さんは、暑いさなか、たまたま、横を通り抜けたパ-トナーの伴さんのタクシーが自分を拾ってくれなかったことを、上品な疑問を呈するという形で、嘆いておられますが、その10か月後に肝硬変で亡くなるのだったら、「タクシーに同乗させてよ」とお願いしたくなるのは気持ちは非常によくわかります。作品を2,3点持って東山に上る道は、日がカンカン照りったら、ただでさえつらいだろうに、その10か月後に亡くなるほど、肝臓が弱っていたのですから。

 私も、とても体調の悪い人間です。どうしてかというと、卒業実験の担当教授が、東大卒・ハーヴァードとMITで、研修を続けたという偉すぎる方だったのが災いをしたのです。NASAに使うような耐熱性樹脂を作り出したくて、トルエン類を使う実験を命令なさったのですが、その際、突然の沸騰というのが頻繁に起きて、大量のトルエン類を吸っているので、骨も肉もボロボロなのです。

 人間ドックでは、40代で、「すでに、90代の骨と肉体となっています」と言われていて、その三十年後の今は、100歳を超える骨と肉体になってしまっているでしょう。心臓をはじめとする全身の血管にある弁がうまく閉まらないので、血圧が下がりすぎて、ショック状態にはよく陥っています。そのうちのトルコ・イスタンブールのケースは特に重篤で、二時間以上無意識だったのです。蘇生術を、講じられたあとでも、下が40、上が60でした。だから、低体調状態の連続で、しかも、週に2,3度は徹夜するという無理を続けていますが、気持ちを時々リラックスさせて、上手な選択をして、生き続けているわけです。その上手な選択の一つに、タクシーの利用があって、それは、母から遺産が入ったので、最近、急に可能になった話でした。瓜南さんの最後のブログを読むと経済的な困窮にも触れておられて、そのあたりが、痛々しくて、つらいですね。芸術専攻だとそうであり、夫も、芸術家で、サラリーマンではないケースであったことも、さらに経済的には無理がかかります。

 ところで、そんなに、リラックスして、自分だけの世界で生きていることができる私とは反対に、瓜南直子さんの最終段階は、怒涛の日々と言っていいほど、企画が重なっている日々でした。他者からお話を持ち込まれ、他者との接触の多い日々でした。2011年初夏には、鎌倉ドゥロ-イングギャラリー(非常に上品ないい画廊です。ご主人は吉井画廊にいたベテランだし・・・・後注1へ続く)で、
 「鎌倉のセレブがオープニングにすべて集まった」と書いてありました。よかったですね。

 だけど、それを知っても、私が文章の大意を書きなおすことはありません。私の文章は政治を語るものです。政治に直子さんが利用されたことは事実です。この日本と日本人を守ろうとする人間を追い詰めて、『お前、死ねよ』と言っている連中に利用をされたのは事実です。
 人間関係上断れなかったとしても、はしゃぎながら人をいじめてはいけません。

 そのセレブという連中の中心には酒井忠康氏と伊藤玄二郎は当然のごとく含まれているから、私には彼女の個展の情報は表側からは、何も入ってきません。それでいいのです。例えば、今、我が家の真下の、神奈川県立近代美術館・鎌倉館で、個展を開いている現代彫刻の作家さんは個展のたびに案内状をくださっている方でしたが、今回は来ていません。で、それが再び来るように願って、書き方の方針を変える? そんな小さな欲得に左右されて私が動くはずもありません。
 で、泉湧寺に戻ります。

 微妙に返答が変でした。むろん、私の質問は、「瓜南さんは逝去なさっているのですか?」などというぶしつけなものではなくて、「去年の八月にそちらで展覧会をなさっておられますが、ご交流はいまだ盛んにありますか?」というものでした。が、「プライバシーに関する質問には答えられません」ですって。お寺って衆生済度を願うところだから、ありとあらゆる人へ親切なはずなのに、違うので、『ああ、これは、死亡が真実なのだ』と思い直し、このパソコンへ向かって、逝去のことに触れはじめたのです。そうすると急にグーグルさんが瓜南直子逝去に関する項目を開示し始めました。

 ところで、非常に意味深いことが二つあって、一つはブログの最後の文章の副題が、「いずみは湧き続ける」だったことです。私が、鎌倉のどの画廊にも、どの作家にも電話をかけず、京都までたどって電話を掛けたのは意味があったのでした。彼女は、去年の八月、泉が湧くという名前のお寺に招かれたことに大いなる意味を感じていたのでしょう。ブログの最後の文章は、痛々しいものですが(一種の絶筆と言っていいだろう。パソコンを使ったという意味ではこれが最後だったと思われる)そのタイトルは、赤字で「いずみは湧き続ける」とつけられていました。
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副題3、『伊藤玄二郎と、酒井忠康氏は、瓜南直子さんを利用しきって、その命を縮めたのだった』

 もう一つは、金田佑子さんの情報が私の目の前では消えているということです。同じ説明文(この人物はフェイスブックをやっています)が付いてるもので、梅森伸一さんの紹介は今も存在していて、キューピーの片足が砂浜に転がっているアイコンだけは見ることができます。が、同志社大学卒業の若奥様(ただし、40は超えているだろう)で白地の和服を召した金田佑子さんのアイコンは見当たりません。説明文だけは残っているのに。

 もしそれが、彼女の瓜南さんへの哀悼のしるしだったら、それでよしとしましょう。二人で一緒にやったことが、瓜南さんの命を縮めたという解釈が表れているから。でもね、例の敵たちに「抑えなさい。しばらくフェイスブックはやめなさい」と言われてやめているのなら、それは、何とも嫌味なことです。
 ただ、私にとっては、それが、瓜南さんが、教唆をされていじめて来たということの証拠になるから、それでもいいのですけれどね。

 もう一つ、そういう例を加えておきましょう。瓜南さんから離れることとなりますが、政治という意味では重要なので。
 岩手県盛岡市で、タウン誌を発行している50前後だと思われる活発なママ、高橋真樹さんが、伊藤玄二郎(または、アイデアを提供したであろう井上ひさし)に勧められてでしょうが、私に対して、2012年の1月と2月に、ひどくて、しかもぴんとはずれな攻撃を二度ほど、フェイスブック内で、やって来ています。が、彼女に関する情報が、グーグルでは、今、すべて読めません。以前はたくさんあったのですよ。ただし、外のパソコンを借りて探索すれば読めるのかもしれませんので、いまだ、断言ができませんが、

 伊藤玄二郎が、どれほど、あっち、こっちに粉をかけて扇動しまくって、私を苛め抜いているかが、これで、わかります。でもね、ここが最大に重要なことですが、
 そろそろ彼の手法も破綻が見えて来たということです。自分が利用した駒が、疲労困憊のあまり、予想外に早く死んでしまって、どうして、安寧の境地に立てますか?

 直子さんは、2011年の4月末の鎌倉ドゥローイングギャラリーの個展。夏に鎌倉観光展、そのすぐ後に泉湧寺のグループ展、その直後に東京テレビの、西部さんを司会者とする番組への出演、その後に、下に出てきますが、鎌倉五山の管長+覚園寺の管長さんと、一緒の懇談。そのすべては、伊藤玄二郎と、酒井忠康氏の発案であろうから、引っ張りまわしたということが、最適な表現で当たり、彼女を疲労困憊させたのです。
 目的は、『お前より、この人の方が偉いんだから、お前は、下手に出ろよ。もう、文章を書くな』ということであり、彼女が偉い人であることを証明するためでした。
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 ここで初稿では、音楽の話を入れています。それを、柱にしてまとめるつもりでした。が、急きょその部分は削除をさせていただきます。
 が、その中の最後で、『王子ホールの出演者がハイレベルな音楽家なら、必ずNHKの収録車が来るのに、2011年の4月12日は来なかったのは、なぜか?』ということを問題にしていて、そこから、例の政治のごたごたと、鎌倉エージェントの存在へ入っていくことになります。で、その初稿を書いた2012年10月16日は、数々の嫌な思い出の中で、金田佑子さんと、瓜南直子さんのエピソードが特に頭に浮かんだのでした。
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副題3、『瓜南直子さんは、フェイスブックの世界でIT的な優遇を受けていた』

 ところで、上の王子ホールのパソコンへ侵入をされている可能性を、『あなたの思いこみが強すぎる話でしょう』とおっしゃる向きがあるといけないので、これから、脇道へずれることになりますが、2011年秋の、京都旅行中の出来事を語らせてくださいませ。
 その前に私への攻撃がいかに多方面から行われているかについて、瓜南直子さんという鎌倉在住の日本画家のフェイスブック紙上の投稿について述べないといけません。瓜南直子さんは、ご自分のホーム頁も持っておられるし、ツィッターもやっておられるので、もし、知らない方がいたら、それをご覧ください。
 ユーモアのある人で人気が高いでしょう。
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 ここから先は無論のこと、彼女の死亡を知らずに、書いているわけで、死を知っている人から見たら、死者にムチ打つと文章ということになるでしょう。
ただ、いつも神様に見守られていると感じる私が、この瓜南直子さんだけには、『どう戦っていいかの糸口がなかなか見つからず、相当に苦しめられた』ということがあるので、この原文の調子のまま、ところどころを直す程度で先へ進みます。
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 この人がどうして、伊藤玄二郎側にリクルートをされたかというと、銀座の柴田悦子画廊とか鎌倉の夢松洞を通じてだと思います。ともかく旧軍人(大将だったかな?)の子女で、かつ芸大出身で美人です。鎌倉市内に二つの住居を持っているし、女性としては、ランクの高い人です。顔の実物を見たことはないが、同じいい女でも、酒井忠康夫人よりはこの日本社会においても鎌倉市内においても、存在感が強いでしょう。

 フェイスブックの世界で、IT的なサポートを抜群に受けていて、反対の方角で、攻撃を受けている私は、やはり、それを気にしました。だから、さらにIT的いじめを、私が、フェイスブック内でやられることとなったわけですが、
 ある時に彼女が紹介をしているホーム頁を見て、「これ、あなたがおつくりになったのですか?」とフェイスブック内の個人的なやり取り(一種のメール)を通じて問い合わせたら、「いえ、ほかの人(ITデザイナー)が作ってくれました」との答えでしたから、筆で描くアナログの人で、IT技術は、基本的なものを使える程度の人だったと思います。しかし、抜群の、高性能で、フェイスブックを駆使していて、シェアなども、ほかの人ができないことが、巧妙にも、希望通りにもできるらしいのです。
 このIT的なレベルでの私との差ですが、例の古村浩三君がやっているのか、警察がやっているのかはわかりませんが、ともかく、『あんたとは差があるよ』ということを『これでもか?』というほど、常に見せつけられて来る存在です。

 この人の私に対するフェイスブック紙上での、いじめを始める時期が、また、間髪をいれず、このブログに対応をしています。ブログが日本国民には隠されている政治の真実に迫るたびに、瓜南直子さんが、私をいじめて来るのです。ただ、『両者の文章を読み比べても、普通の人にはピンと来ないでしょうね』というほど、巧妙な攻撃です。
 つまり、頭がいいので、呑み込みが早くて、「こうしてください」と頼まれたら、それを、オブラートに包んで、さらに一回か二回のメタモルフォーゼをかけて表現をすることができるので、ほとんどの人はその関連には、気が付かなかったと思います。

 が、瓜南さんを攻撃用弾丸として使っている存在、およびIT的にサポート・・・(むろん、陰でやっているので、瓜南さんに自覚はないでしょう。金品を払ったなどという思い出もないはず)・・・している存在、および、警察などには、わかっていたでしょうし、何よりも、攻撃をされる私の方は、それを明瞭にわかっておりました。
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副題5、『瓜南直子さんと、鎌倉小町通りの共同溝工事』

 だが、高度に知的に、ユーモアをまぶしてあるので、私との関係性の説明が容易ではなく、仕方がなく、こちら『銀座のうぐいすから』の読者様には、あまりそれを、説明してはおりません。
 でも、今日は相当に腰を入れてそれに取り組みましょう。

*1)、鎌倉小町通りの共同溝工事(私) VS 全日本アスはが連(瓜南)

 鎌倉小町通りに美しい敷石のプロムナードがありました。それは、現在では、伊勢神宮のおかげ通り、横浜元町プロムナード、辻堂の湘南モールから法務局を通って、第一国道までと、多方面で採用されているものですが、相当以前に、小町通りにもつくられたものです。ところが、私が敷石を磨く男という哲学を主題にしたエッセイ(未発表・月刊ギャラリーで使う予定があった。それは、編集長が、うむ、これなら連載を持たせても、よいだろうと判断したほど出来が良い文章だった)を書いたことで、つぶされるようになったと感じています。
 私の文章がよいと、そこに登場する人物や物をすべて、なくしていこうとするのが井上ひさしと、伊藤玄二郎です。

すでにその時までに、
 *鎌倉駅ホームに在った喫茶店。それから、
 *ホームに沿って走る線路西側の道沿いにあって、小さいながら人気があった映画館という喫茶店、
 *鎌倉八幡宮境内にあって、その珍しい姿勢に、私が、30年以上注目をしてきた、アメリカキササゲの木。
 *京橋にあったギャラリー手、
 *渋谷、銀座、京橋にあったオフィスデポという文房具店、なども消えております。

 かれらに着目をされると、閉店を迫られたりするのです。で、私の素晴らしい文章(?)の中にあるその敷石をつぶし去り、復活させないがために、延々と工事が行われているのです。そして、大看板にある説明を読むと、次の道路はカラーアスファルトだとか。敷石は絶対に復活をさせない模様です。だから、この道路工事は彼らの、おもちゃであり、彼らの権力の誇示が、目的であることが明瞭です。

 そして、2008年の2月に始まったそれは、四年もかかっているのにまだ終わらず、目的を、敷石を復活させないということから、私への単なる脅かし用作戦に利用されているだけと変更になっています。例えば、銀座に出かけない・・・(監視カメラや、画廊への問い合わせに引っかからない)・・・日にはやっていないとか、
 反対に、敵さんたちが、『自分たちは今、有利だ』と判断をした日には、鎌倉市内へ買い物に行こうとして、山を降りていくだけでも工事が始まります。

 私はすでに脅かされてはおりませんがそれを見るたびにこれが、石川和子女史と、柳沢昇氏の私の猫を巡る大失敗から来ていて、伊藤玄二郎のエージェントとしての、権力を見せつけるものだから、怒りは起こりますね。それも狙われています。びくびくはしないが怒る。そこで、エネルギーが消耗をされるだろうと狙われています。
 それをここのブログに書くと、某所(某人物)から、瓜南さんへ、「こういう向きで文章を書いてくださいませんか?」という依頼が行くのだと推察しています。

 瓜南さんが書いた攻撃とは、「全日本アスはが連というのを作った。この指とまれという形で、会員募集をする」ということです。そのホーム頁があって、盛田隆二という人が、事務局長をやっています。
 全日本アスはが連というのは、全国の道路のアスファルトをはがしていくことを好きなのか、または、目的としている団体だそうです。
 ということは彼女は工事を肯定しているというわけですから、伊藤玄二郎に味方をしているということになります。

 ただね。これを私が嫌がるのは、瓜南さんの二つの家のうち、北にあるものは、我が家から、200メートルぐらいの距離であり、石段を降りるのに手間取っても、三分以内でいかれる場所にあるからです。したがって、彼女は小町通りを通る人となります。ごく最近開店した京都発の油であげた饅頭のお店についても言及しておられたので、それは、確かなことでしょう。

 その彼女が、このまったく無駄であり、嘘がたくさん含まれている工事を、肯定しているとなると、私の方がおかしいとなりますね。私も毎日小町通りますけれど、比較すれば、彼女の方が有名人だから、彼女の方が正しいと思う人が多いでしょう。特にネットの世界でだけ、彼女の文章を見ていて、小町通りの工事の実態を知らない人ならそうなります。それを狙われて、この笑いのめした、全日本アスはが連というのを作ったのです。教唆は無論、伊藤玄二郎から来ているでしょう。
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副題6、『2012年10月16日はことさら、工事が派手だった。彼らは、・・・・・瓜南さんの死を知らない雨宮舜が、また、悪口を書いたぞ。これで、瓜南直子ファンをさらに、引っ剥がし、こっちサイドへ立たせられるぞ。勝った勝った・・・・・と、大喜びをしたのだった』

 この文章の初稿を書いた2012年の10月16日(火)など、夜の八時半に、鎌倉市内のユニオンか、東急へ行こうと外出したら、八幡宮前で工事はやっていました。半分準備中という感じ。それから、豊島屋の本店前には、車がついたばかり。

 主人との室内の会話を盗聴されているとか、『そろそろ彼女は、夫が買わない種類の乾物製品を買いに出るわけだろう』と、私の行動パターンが研究され尽くしているからです。しかし、小町通りには工事はやっておりませんでした。そこはまっくらで森閑としていたのです。鎌倉の我が家周辺(雪の下2丁目)は夜の6時以降は人通りさえなく、夜の八時半ごろは、北鎌倉街道でさえ、車が通らないほど静かないったいです。

 その後、私は魚民(居酒屋チェーン)の個室で、夜の9時から、11時までパソコンを使って仕事をしました。鎌倉には夜も開いている喫茶店がマクドナルドしかなくて、そこは、最大限にネット環境が整っていますので、ネットができないように設定をされているパソコンでも内容が把握されると思います。昔から保存ができないとか、文章が白閃化して消えるとか、種々様々な妨害を受けてきている私はネット環境については肌で、ここがどういう条件下で、把握網に入っているかどうかはわかります。で、できるだけ、マクドナルド、スターバックス、エクセルシオーネ、ルノアールは避けたいのです。

 私は別におどろおどろしいものを書いているわけではなくて、ただ、既に書いてあるものを、本の編集用に整理をしているだけなのですが、これが、邪魔をされるものの中で、最大の仕事なのです。
 それで、外でやろうとするのですが、鎌倉ですと、夜遅くは、『魚民』程度しか思い当りません。大きくて、個室があるところでないとだめなのです。居酒屋のカウンターで、パソコンを打っていたりすると辺りの雰囲気を壊しますからね。

 で、そこで、夜の9時から11時まで仕事をして、帰途についたら、小町通りで三か所、我が家のすぐそば、神奈川県立近代美術館の前でも、やっていましたので、鎌倉全体で、七か所も工事をやっていることとなります。それは、タクシーを使っても、徒歩で帰宅しても、工事現場を目視することになるという設定であり、・・・・・それほど、派手に彼らが脅かし行為をする日は、負けたと思っているより、勝ったと思っている場合の方が多いのです。
 で、『何を根拠に、今日勝ったと思っているのだろう』と頭を巡らせても、わからないのです。

 だが、次の日に、この文章に、コメントとして、瓜南さんの逝去のお知らせが入っていて、やっとあの派手な工事が設定された理由がわかりました。かれらは、その4,5時間前に大喜びをしたのです。『雨宮舜(本名川崎千恵子)が、また、瓜南直子の悪口を書いたぞ。これで、芸大出身者を中心にして、大勢の人間をさらに、こちら側に立たせられるぞ』と思ったからでした。彼らにとって、金貨玉条と言っていい概念は、『人は石垣、人は城』というものらしくて、私から友人、知人や、ブログ読者、およびフェイスブック読者などを引っ剥がすことなのです。
 『なるほど。なるほど。そういうことでしたか』と、今もしみじみと納得をしています。

 彼女はほかの件でも、徹底的に、おちょくって来ます。大切なことを語っている私を笑いのめして来ています。ただし、すべて、メタモルフォーゼをされているので、それを、私への攻撃だと証明するのは容易ではありません。

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副題7、『ここで、気が付く、ユーロ圏危機への600億ドル拠出』

 さて、敵たちは自分たちで瓜南直子さんを使役していながら、それを、私が気が付いたということも、気が付いたらしくて、さっそくに瓜南直子さんを守る方策を考え出しました。それは、開発ちえさんを守るために私のパソコンを壊したのとコンセプトは同じです。
 ただ、瓜南さんのケースでは私がフェイスブックを一生懸命、維持していた最中でもあり、そちらでの読者も多かった(900人を超えていたのですよ。自然にまかせて努力をしないでも増え続けていました。なので、もしパソコンを壊したら、すぐ外のパソコンで事態を読者様にお知らせをすることが予測をされたのでしょう。敵も当時は、パソコンを壊しては来ませんでした。その前には、何回も壊され、フェイスブックをオン出された後では、一回壊されたので、フェイスブックはパソコンの破壊を予防するという意味では、有効でした。が、この瓜南さんをはじめとして、大勢の人材を使って、神経を痛めつけることをやられて来ていたから、『そこをおん出されたのも、神の庇護であり、順当なことであったなあ』と、今では、納得をしています。自虐的に苦笑しながらですが。

 パソコンを壊す代り、瓜南さんを、できるだけ高く持ち上げて私との差をつけるという方策を彼ら(敵たち)は取りました。京都の名刹で展覧会を行うよう企画を持ち上げたり、テレビで、西部さんと一緒の上品なトーク番組に出演するような企画も立てたり。
 後で、大問題になる金田佑子さんとの仲良しぶりを強調させたりする。・・・・・それは、瓜南さんが、鎌倉名物を彼女に送るという形で、証明された・・・・・フェイスブック紙上で、私の紹介で、2人は友達になったのだから、これは、私の神経を痛めつける。特にラベルだけを張り替えた実際には売り出されてもいない日本酒『恋のうぐいすから』を使って、金田さんの方が私をからかいきってきた後だから、これが私の身に堪える。しかも、そのからかいの前に盗聴を目的としたデートのお誘いがあった。それを断るのがオオゴトだったが、断ることへの復讐として、そのからかいがあったのだから、余計に神経にこたえる・・・・

 でも、繰り返しになりますが、このいじめほど戦いにくいものもありませんでした。ユーモアの連続ですから、攻め込む、とっかかりもない。でね、仕方がないので、根本的な解決を目指しました。
 それは、政治についての分析を続けるということであり、その点では、決して萎えるることはないという形で、自分を整えて、コントロールして、瓜南・金田連合軍のいじめは、気にしないようにしたのです。
 そのためには、瓜南さんについては、見ざる聞かざるを貫くと、心を決めました。ので、逝去を知らなかったわけです。

 そして、自分でいうのもなんですが、見事に真実をついた分析をつづけたと思います。
ここで、最近開かれたIMF総会の中で、野田総理が、ユーロ危機に対して、600億ドル拠出したことを論じていますが、2万字を超えたので、削除をいたします。特にニュースが17日の早朝以来消えているので、ある程度以上にリスキーというか、おかしいところがありますので、もっと、よく見えてから書きます。
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副題8、『瓜南直子さんと、鎌倉五山の管長たち』

 ある日、瓜南直子さんが「昨日鎌倉五山の管長さんと一緒に食事をしました。料理はラーメンです。場所は浄智寺でした。途中でお帰りになったけれど、覚園寺さんも見えました」と、フェイスブックに投稿をしたのです。

 これは、意識せざるを得ない高級ないじめでした。まず、お料理がラーメンだったというのも一種のユーモアですから、いちゃもんのつけようがありません。円覚寺や建長寺も含む五山の管長が全部集まって、女性客は、瓜南さんただ一人。そして、彼女は主役として扱われています。彼女はお料理が上手で、一種のお料理研究家でもあります。彼女のお話を六人の、社会的な地位としては世の尊敬を受ける偉い男性たちは、笑いながら拝聴をしたと推察されます。

 これは、普通の人にはできません。また、瓜南直子さん本人が、動いてもここまでスムーズにはことは運ばず、ほかの人が企画したと思われます。普通の人にもできないことを私ができるわけもありません。だから、数段のレベルの差がついて彼女の方が上であるとなります。しかも、覚園寺さんと、浄智寺さんが、ここに名前がでているということもこれが、重要ないじめであることを示しています。
 そのどちらも、名刹のトップですから、上品で、直接に、いじめられたことはありません。だが、エージェントたちの企画には、乗られたことがあり、その企画ゆえに間接的にいじめられたことが過去にあるので、その二つの名前が重要なのです。特に浄智寺さんは、お部屋をご提供なさることは知っていてそこを何度も私も使っていますが、一応五山の中のおひとりです。が、覚園寺さんは、遠く離れていて違います。でも、こちらも伊藤玄二郎たちの企画にお乗りになっているのです。それは、レザンジュを利用して、最高裁判事夫人からの贈り物が届かなかった県都コンセプトは同じです。それを私の方は知っています。それを詳しく書くとまた、何万字も必要なので、『瓜南さんと、差がついていることを、したたかに味わわされた』と、ここでは記しただけで先へ進ませてくださいませ。

 ともかく、『それはわかりました』として、それでも、私は健康を維持し、毎日新しい考察に入り、それを書き表し続け、この国を守るべく奮闘を続けます。
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副題9、『西洋的神と、禅宗の教えを考えてみよう』

 その元気さを維持するために、考え方を変えていきます。それが私の言う哲学ということなのです。

 まず、一般の人が信じている社会階層を考証しぬき、それが、人間の作った装置に依存をしていることに気が付き始めます。すると、『なんだ、そういう意味では、恐れるに足らず』と考え始めます。瓜南さんがどれほど、私より上に存在していようとも、その装置から外れれば、影響力はないのです。
 フェイスブックで情報を見ないようにすれば、日本画家である彼女と接触する場所はどこにもないのでした。
 一方で私は、神様に庇護されていて、愛されていて、そのまなざしのもとに、自分が生かされていることにも気が付いています。
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 上の「神に愛されています」の二行は自分が弱い立場に立っていると思っての発言です。しかし、瓜南さんが亡くなっているとなると、この二行の言い方は、強すぎますね。
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 人間とは究極の側面に立てば、誰もが平等のところに立っています。裸で生まれ、何も持たずに死にます。人間の作った葬式では棺は祭壇に飾っていた花で満たし個人が好きだったものも入れます。しかし、一時間後に、焼却炉から滑り出てきた金属板の上には、それらは残っておりません。

 私がいう神様とは西洋式発想で出てきています。だけど、この上の数行は、禅宗にも通じる発想ではないかなとも思っています。

 私は神に見守られる幸せというのも知っていますが、人間が、如何に、はかない存在であり、本日持っているものをあす失うかもしれないことをも知っています。
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 これは、16日に、瓜南さんの死亡を知らないで書いています。自分に向けて書いています。ところが、驚くべきことに、今の18日になって見て、冷静に事態を見つめると、私より、15歳は若いであろう、瓜南さんの方が先に亡くなりました。今、大変に疲労をしているのは、その事実に『やはり』と言っていいほど、心が揺さぶられているからです。『やはりねえ。彼女は悪人にからめ捕られていて、一種の魔弾の射手となっていたから、こんなに早く命を落としたのだわ』と感じるから、そこに怖れさえ抱きます。絶対的な力を持つ神への畏怖心を感じます。

 と、同時に『なんとはかないのだろう。人間の命なんて』とも思います。自分の上に高い壁の様にそそり立ち、ユーモア満載で、もし、私が何かの抗議や、怒りを書いても『あーら、私、あなた様など、眼中にござんせんよ。何を・お・ほざきになっているん・ざんしょ』と笑いのめしたであろうと、思われる、強くて、りりしい彼女は、現実の世界には、もういないのです。遺骨遺灰となって、立派であろう、瓜南家の墓所に眠っていると推察されます。それは私にとっては一種の勝利であろうが、
 <<<<お互いに、根柢の真実に触れて語り合い、和解するチャンスが無くなった>>>>ということで、2人ともにとって、悲劇ではあります。

 特に、4月の12日に書かれた絶筆と言っていいブログが、非常に切ないです。そこには、ユーモアで仮装したいつもの彼女はおらず、素顔の彼女がいて、苦痛をはっきりと、しかし詩的に述べています。一ミリも、絵を描いたり、身を動かしたりできない感じがあると。
 私も、『ああ、自分はここで、費えるのかなあと、おもったことが、二度か、三度、もしくは四度ほど、あります。蒼白な顔になって、ほとんど死相が表れるという状態でしょう。横須賀共済病院では、周りの患者さんが、先生に告げてくれまし田。先生が、私があまりに我慢強い人なので、実は麻酔を使わないで、手術をされたのだそうです。謝罪を受けました。
 その次に、顔に眼鏡が刺さって、手術をしてもらった後で、入院もせずに、電車で帰宅をしたら、品川駅で、長時間電車が止まりました。あれも、嫌がらせだったと思います。今ではそう思います。その待ち時間に例のショック状態がやってきて顔面も蒼白だったと思います。
 ただ、顔に大きな包帯をしていて、内出血が、顎のあたりまで、降りてきていたので、誰も(なにかの事件に巻き込まれた人だろうと考えたのか、恐れて)、近寄ってきませんでしたが、貧血によるショック状態特有の、死にそうな苦しみを味わいました。むかむかとして、いてもたっていられない程度の、異様な感じ。だけど、回復しています。
 瓜南さんも、そういう異様な苦しみ(痛みとは違うのですよ。だけど、自分で、これが、異常なものだとはわかります)をパソコンで書き記しながら、でも、回復を信じていらっしゃったのだと思います。だから余計に無残で、切ないです。
 本当に死を予測したら、もっと違うことをお書きになったでしょう。

 例えば、私だったら、家族に頼んで、「すべての人に感謝します」とまず言って、それに添えて、特別な献辞として、瓜南さんの名前も挙げるとか。

 最初のうちはツィッターをさらに、お書きになっていたのかと思っていましたが、そうではなくて、
 ツィッターの方は、前年度、2011年の7月まで、書かれたものでした。その2011年の6月に、全日本アスはが連が始まっているので、そのころ、伊藤玄二郎と、接触が始まったと思われます。つまり、伊藤玄二郎が、柴田悦子さんなどを通じて、いろいろな企画を持ちかけて、そのついでに、飲み屋でくつろいで話したりする形式で、いろいろ頼んだり、私への讒言を聞かせたりしたのでしょう。
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副題10、『栗田玲子さんと柴田悦子さんは、伊藤玄二郎を、いい人だと信じているらしい?』 

 それは、その前に鎌倉駅のトイレで、栗田玲子さんと出会った時に、彼女がなかなか、出てこなかったので、その理由を推理して、『なるほど、東京からここまで、伊藤玄二郎と一緒で、私の悪口を聞かされて来たのですね。東京でもレストラン棟で、二時間ぐらいは話したのだけれど、まだ終わらなくて、一緒に鎌倉で飲もうとなったのでしょう。奥様であり、葉山在住なのに、栗田さん、こんな時間に鎌倉にいていいのですか?』と、思い当たった日が役に立っています。

 栗田さんとトイレでばったり出会ったのは、本当に偶然ですが、これがよく言う私の『神様に見守られている』ということの現実に現れる例です。その現象がその後の、伊藤玄二郎と、酒井忠康、栗田玲子の三人の行動とその目的、および、そういうことをやるときの心理状態への、解釈に非常に役立ってきます。

 ところで、栗田玲子さんは、私をさんざん待たせたうえで、やっと出てきて、口紅を塗りなおしたのです。これって、私をどれだけ、ばかにしているかを表しています。だって、返答もまともにしないで、口紅を塗りなおしているのですから。これは、女性特有のテクニックでしょうが、私がテクニックに惑わされるような、単純な人間だと思うのは浅はかです。何冊も本を差し上げているのだから読まないとダメですよ。読んでいないから、間違った方向へ走るのです。

 やがて、ここでも、栗田玲子篇を書くつもりですから、そこで、もう一回、書き表しますが、本当に失礼な女性です。お金と名誉だけで人間を判断する浅はかな女性です。教育大学の史学科を出ているのに、自分自身が保有している哲学がなっていない。

 それと似たやり方で、柴田悦子さんも、伊藤玄二郎にからめ捕られたのでしょう。彼女は、朝日新聞の編集者などに対しては、下へも置かぬもてなしで接するでしょうが、私に対してはひどい態度を取る女性です。それは、哲学や、信仰の問題から、常に現象を考える私にとっては、『大学卒の画廊のオーナーとして銀座では威張っている人だが、本当の意味での教養は、高くないなあ』と考えてしまう存在です。

 瓜南さんのように、その人自身の表現作品を知っていれば、まだしも、すくわれます。ただ、画廊での接客態度だけを見せつけられるので、この手の判断は変更される可能性がありません。社会階層的な上下関係で考えれば、彼女は「安泰よ。私って。雨宮舜(=本名川崎千恵子)ごときに何を言われても」と思っているでしょうが、本当はそうでもないかもしれませんよ。瓜南さんと私の上下関係が、こういう形で終わったとみれば。

 ただ、物故作家として、瓜南さんがこれから、ブレイクして行く可能性もあります。NHK日曜美術館で特集される可能性もありますし。その際に作品を買うことができる場所の一つとして、柴田悦子画廊が生きてくるので、悪口もこの程度で納めておきましょう。それは、瓜南さんの過剰な消耗による死が、お気の毒だと感じているからです。

 で、柴田悦子さんから、栗田玲子さんのトイレの場面に戻ります。特に、笑っちゃうのは、彼女の化粧直しを待って、やっと一緒にトイレを出たら、それを察した伊藤玄二郎があわてて、男子トイレから、先へ走って逃げたのです。その時まで、誰が栗田さんに声をかけたかがわからなかったけれど、栗田さんの失礼な対応を壁越しに聞いて、相手が私だと察したのだと思います。

 彼の麻のスーツの上着の裾がひらひらするほどのスピードで、逃げ去っていきました。顔を見られたくなかったのでしょう。私の方は、写真で彼を知っていますが、絶対に顔を見られたくなかったと思われます。私が観察の鋭い人で、一瞥するだけで、事態を、正しく察することを知っているのです。それで、男子トイレを出て、すごいスピードで、向こうへ、さーっと走って逃げました。栗田さんと私の二人が、たどり着いた改札口あたりでは、どこにも彼の姿は見えませんでした。意地悪して物陰で、2人が再び、会話を交わすのはどこか、確かめて見たいとも、一瞬は思いましたよ(笑) が、そこまでするのは下品だと思ってやめました。

 このことを一つとっても、彼が、どれほど、自分だけが大切な人間で、その時に仲間として組んでいる女性でさえ裏切り、先に一人で逃げていくほどの、臆病な存在だとわかります。

 そんな人間の下半身の秘密を守るために、右往左往させられて、瓜南さんは、命果てたのです。お気の毒ですね。

 勝っている存在として、はしゃぎ切っていた彼女の、ネット上での姿を、つい昨日のことのように思い出します。
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副題11、『色即是空、空即是色』

 しかし、上の説の最後の2行を書くのは18日に入ってからであって、16日の私は、あくまでも勝っている人として、そしていじめてくる人として、瓜南さんをとらえていました。神山明という芸大出身で、東海大学の教授(?)が何のお断りもなく、FB上の友達関係を切ってきたのも芸大ルートがあるから、彼女からの讒言が原因だったかもしれないと思ったりして、そりゃあ、プレッシャーを感じていましたよ。
 ついでにここで、申しあげたいが「神山さん、東海大学の教授程の、社会的な地位があるのなら、こういう礼儀知らずのやり方はだめですよ。社会階層だけで、世の中は動いているわけでもないからです。こういう文章が残るわけですから、どうか、ご慎重に行動をしてください。常に礼儀正しくあってください」と。

 ドゥローイングギャラリーのオープニング(それは、急死の一年前です)で、『鎌倉中のセレブが来てくれた』とはしゃぎ、
 いじめ用の文章ではしゃぎ、特に映画のプログラムの件もありましたしね。鎌倉五山の管長(それは、有名な円覚寺や、建長寺を含むのですよ)との、懇談をはしゃいで報告する彼女には死の影すらありませんでした。

 で、彼女のいじめに対抗するためにこちらはどういう工夫をしているかを書いているのです。
 それは、徹底的に捨てることです。

 物は捨てられない私が、人間関係や、団体への所属を捨てる傾向があることを、ここで、報告しています。

 そこあたりは、推敲の過程で、18日になって、非公開として、隠しました。
 それは、ある種の決意表明で大切なものですが、瓜南さんが、大きな存在であったからこそ、書いたことで、彼女が亡くなってしまうと、そこまで、他者にさらす必要が無くなったのです。

 特に敵の多い私には、その情報が悪用される恐れがありますので。24時間以上さらした後なので、もう今では、実際には防衛には、間に合いませんが(笑)、ここでは、一応ですが、引き下げます。

 しかしその原文を16日に書いた私は、その時点で、自分が何も持っていないことを知ったのです。改めて、自覚したのです。肉体はありますよ。まだ、相当期間生きそうです(笑)。ゆるゆるとですが、生きていくでしょう。
 だけどね。人生の途上で、努力によって獲得をしたものを、失っているのです。

 その時に、この10月10日に法事があり、その席で、聞いた般若心経の言葉が、身に染みて浮かびました。その場所は、鎌倉二階堂にある、凛林という創作中華の家で、木々は家に覆いかぶさるが、東と南が開けている明るい家の中です。
 お話をしてくださる方は、とても美しい顔をした御坊様で、曹洞宗で、偉い立場を持っておられる方です。

 我が家は、祖父の代までは、浄土真宗でしたが、山口県の萩にあるお墓へは、子供や孫はお参りに行かないだろうと考えた父が、鎌倉霊園に新しいお墓を作り、宗旨も変更しました。横浜とか、東京の偉い御坊様を招いて、グループでお話を聞いたりして、その結果、選んだ御坊様です。東京圏には大きな葬祭場がたくさんあって、焼却場が20ぐらいある場所では、ほかのお葬式の組にも出くわしますが、この御坊様ほど、きれいな顔をした方はいないというほどでした。特にお若い時にはね。今は、相当に大人のお顔をしておられますけれど。

 私は毎月鎌倉霊園に父母のお墓参りに行っていますが、嫁に行った人間で、姓も変わっているから、そこへは入らないでしょう。それに、普段考えている神様とは、西洋的な教養から生まれてきたもので、非常に高いところから、私を見守ってくださっている大きな力のある方です。
 だけど、対瓜南直子という、何もかもメタモルフォーズ(=変換)してつかみどころのない形で軽蔑してくる人間が、いじめてくることに対しては、どうにも戦いようがないからこそ、非常にはかない存在(=敗者)として自らをとらえたのでした。

 <<<<<私は、空も空。何も持っていないよ。ひどい終焉ですね。でも、それでも、幸せです。それって、お釈迦様が、最後にお考えになったというか、たどり着かれた境地とにているのではないかしら? やはり、私もアジア人なのですね。肉食系じゃあないですね。>>>>>と考えたことでした。

 それが、瓜南さんの死をコメントとして、教えてもらう同じ一日内の、数時間前の思考ですから、またしても、自分の勘の鋭さに驚き入るのです。

 直子さんが、私にそういう考えを抱かせたのではないかしら?

 彼女はいじめるという形ではない別の形で、私と再度接触したいと思っているのではないかしら? 天国でそう思っているのではないかしら?

 2012年、10月16日に初稿を書き、18日に推敲を終える。
                   雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)
コメント (1)

中国の尖閣諸島、襲撃(?)は、酒井忠康氏をかばうためだった模様ですね。

2012-10-13 22:11:36 | Weblog
今は月曜日の午前三時ですが、今から推敲へ入ります。 
 この一文は、重いというか、内容が濃いというか、いつもの30%をはるかに乗り越えて、60%ぐらいに言及していますので、丁寧に推敲をしておかないといけません。その推敲済みの最先端は、@@@@@罫線で示します。

副題ゼロ、『この章への説明的まえがき」
副題10、『稲盛さんはなぜ、JALの社長になれたのか?』
副題11、『中国はどうして、韓国みたいに柔軟ではないのか?』
副題12、『どうして、岡本日本商工会議所・会頭が、中国におもねるのか?』
副題13、『12日に重要な手紙が来たので、さらに確信をした』
副題14、『日本人は豚化しているので、アメリカも中国も安心しきっている
副題15、『オスプレイの訓練を尖閣の周辺でやればと、主人はいうが』
副題16、『日本人は豚化しているので、アメリカも中国も安心しきっている』
副題17、『鎌倉の有名人の序列を考えてみよう』
副題18、『酒井忠康さんとは、心の中のある部分を麻痺させている人だ』

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副題ゼロ『この章の固有のまえがき』

 さて、当初のタイトルを11日のブログ、現在書きかけ中として、書き始めた前報は、結論が出ないまま、2万字に達してしまいました。

 最終的なタイトルを、『韓国ロビイストと、李明博大統領の柔軟性、+レザンジュ(鎌倉の菓子店)(政治もの)』と午前三時に改題をしました。

 その内容をまとめると、レザンジュという鎌倉の高級な菓子店の、ソフトクッキーという知る人ぞ知る高級なお菓子が、私からの本の献呈に対する御礼として、最高裁判所・判事の奥様から送られているはずなのに、我が家へ届かなかった事件です。
 そこから、現代日本社会の闇がまた、種々様々に解明できるのです。それを解明しつつあるところです。で、前報には、副題が、1~9まで書いてあります。
 本章では、副題10から再開をいたします。これはシリーズとして書いている『社会の窓が開いていますよ』からは相当に離れますが、尖閣諸島近辺でうろうろする中国の存在も日本人にとっては煩わしいことなので、そちらについて解説している一節となります。

 土曜日に、一時期、したしたかった方が手書きで丁寧な手紙をくださって、『ぜひ酒井忠康氏については書かないでください』と婉曲に命令してきたのですが、その態度は非常に礼儀正しいものであっても、私はテーマとか、書き方については他人の指図は受けません。

 こういう特別に嫌な命令を受けるのは、二度目であって、東大名誉教授から、2009年の1月6日に電話で強引にも、命令をされたこともあったのです。
 その人の電話よりは、今回の手紙の方がずっと上品であり、礼儀も尽くしてありますが、趣旨は同じですから、「あ、そうですか。あなたと私は、裏でも表でも交誼を切りましょう」で私の気持ちの方は、終わりです。

 ところで、今日、書いた一文は、たとえ酒井忠康氏が、酒井抱一の4代目の子孫であるなどという事情が公開されても、ひるんで内容を訂正したりすることはありません。
 もし、そういう家柄の人だったら、今の態度や行動はもっと問題視されないといけませんもの。心理学的にも哲学的にもどうして、ああなるのかを研究しないといけません。だから、今日の一文よりもっと詳しくて深いものを書かないとならなくなります。まあ、そちらはさておき、政治分析に入ります。
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副題10、『稲盛さんはなぜ、JALの社長になれたのか?』

 稲森和夫さんについては、以前にも丁寧に書いています。私のブログにはトラックバック機能が効かないみたいなので、そのタイトルと日付を書きます。これとは別にダイヤモンドシンジケートと稲盛さんというタイトルの文章も書いているはずですが、今は、その日付をチェックするのを忘れました。

稲盛和夫さんと、京都賞(競馬ではない)+禹長春博士
2010-04-01 16:55:16 | Weblog

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 上の文章に稲盛さんは、最大の韓国ロビイストであり、それが、JALの社長になった理由であると、言うことが、丁寧に書いてあります。ほら、これも、韓国を日本より上の地位に置くという既定路線の傍証となりますね。日本人はしっかりとそれに気が付いて、これはいけないとか、だめだという声をしっかりとあげないといけません。
 しかも、稲盛さんは、この件で個人的にも、大儲けをしたと言われるし、JALとANAが極端に差が付くようになってしまったそうです。恐ろしい仕組みです。
 で、その内容を、まとめると

*1)『稲盛さんの奥さんは、禹長春博士という韓国での、白菜の栽培を根付かせた有名な育種家の娘さんだということです。それで、現在の日本の真実の支配者側から、重い信用を預けられていて、重要な役職に就くことができる』
*2)また、京セラという会社は、人工ダイヤモンドも作っているので、ダイヤモンドシンジケートにも加入済みであろうから、世界中のセレブとツーカーの間柄であろう。その面からも、信用があって、JALの再建を一任された。

 それから、『ノーベル賞まがいの京都賞というのも設定して受賞者に金品を、与えておられるが、それほどの大きなことを、普通の日本人がやったら、足を引っ張られ、いじめられて大変だろうに、氏が、できるのは、上のような理由があり、一般的な日本人とは別の世界に住んでいるからだ』とも。

 で、今回、稲盛さんが電話をかけて李明博大統領を説得したかどうかはわかりませんが、ともかく、誰か日本側の人間が大統領に『あんまり、飛んだり跳ねたりすると、嫌韓運動が高まりすぎるから、もうこれ以上はやめなさい』と説得をしたと想像しています。それに李明博大統領は素直に従ったわけです。

 米倉・経団連・会長も、稲盛さんと同じく、重要な韓国のロビイストで菅、こちらがそうである理由は、氏の父君が韓国で、1945年より前には、ゴム工場を経営していたからでしょう。ともかく日韓双方で、大金持ちの世界では、仲良し、仲良しで、通々カーカーの間柄なのです。喧嘩しあっているのは庶民だけでしょう。利用されているのは、いつの時代でも、庶民だけです。特に文鮮明氏の統一教会の集団結婚式は、日本人女性が奴隷化されている装置です。
 そちらは、現代の従軍慰安婦と言っていい女性たちです。お気の毒です。朝日新聞は日本語で書かれていて、日本人が読む新聞です。自国民を保護するために、こちらの方のキャンペーンやらないといけません。
 
 で、私もちらっと、大金持ちのまねをして、韓国となかよくしたいと思っているのですが、ひどいことをされ続けるとうんざりして、仲良くできませんね。で、今の嫌韓運動は仕方がないことで、長い時間をかけて、よりを戻していくほかないでしょう。もう、従軍慰安婦問題など出しても、日本人は屁とも思いませんよ。下手に出ることはないと思います。

 というわけで、エージェントたちが右往左往した結果、韓国を日本の上にして、日本を支配する案が実質的に、無効になってしまったのです。面白いですね。これが、神様が存在するという現象です。思いがけない結果が出て、隠ぺいされ、抑圧されていた、本当のことも顕現し、通るようになります。いくら朝日新聞が動いても、そのような結果となります。
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副題11、『中国はどうして、韓国みたいに柔軟ではないのか?』

 一方で、私からみれば同工異曲として起こされた尖閣諸島の問題では、中国は韓国ほど、柔軟ではなくて、略奪行為までする暴徒化した、デモ隊をどうも官製で作り上げたらしい上に、いまだに尖閣諸島近辺で、公艦がうろうろしているらしいのです。日本人としては嫌なことです。
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 なお、この一文は11日に書き始めています。この12日までは、毎日尖閣諸島のニュースがあふれていました。
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 そして、対・韓国と違って、NHKも、民放もニュースを抑えません。竹島問題には、もう触れないようにと、電通が通達を出すという動きが、尖閣諸島に関しては行われないのです。

 電通がどうしてそういう通達を出したかというと、韓国を守りたいからです。日本での、嫌韓運動が、あまりに加熱すると、やはり韓国は弱体化しますから。

 で、韓国の変化は、柔軟で、それでいいと思うのですが、一方の中国は全く柔軟ではありません。白く塗装をされた駆逐艦か、何かは、わかりませんが、右往左往しています。一方の日本は自衛隊ではなくて、海上保安庁の船です。

 その映像を、NHKは、これでもかというほどしつこく流します。

 そして、また、国民も、内心では嫌がっているのに、反中の動きはそれほど、顕著ではありません。どうしてかな?と思いますが、10億の民という数に威圧されているのか?、メディアの誘導があるのか?

 どちらかと言えば、後者でしょう。で、中国は、ますます居丈高に、なって、公艦の数が増えているそうです。
 ところで、私は右翼ではないので、これで、戦争をおっぱじめろなどとは思わない方ですが、

 自民党の党大会で、愛国的な論調の、石破さんが、相当に票を集めたので、田原総一郎氏が早速、自民党をけなした、論調を出しています。それは、インタビューをライブドアが、お願いしたという形式ですが、無論のこと反対で、田原氏側が、仕掛けたと思います。このようにして、日本側のメディアが本質とは離れた弱腰外交をして、鎌倉エージェントの仕掛けが有効になるように動くのです。それだけ、中国は、政治が単純で、かつ、硬化していると見えます。

 20年ぐらい前までは、愛新覚羅溥傑さんと、その奥様、浩(ひろ)さんが、二つの国の和合の象徴として活躍をされました。お二人は、政略結婚ですが、浩夫人の性格がよいことと、溥傑氏も立派な人格の方だったので、お互いの感化力が大きかったのです。それで、真実、うちとけた、いいご夫婦となって、晩年を過ごされました。
 ただそのお二人は、元・中国・皇族と、元・日本・華族の結びつきであって、共産党独裁の現在の中国政府にものを言える立場でもなくて、単に、文化的に仲良しであるということの象徴であられたのでした。

 で、交渉をしたり、説得をしたりする人材が、もともと、日中間にはいなかったと推察します。もし、日本が真の独立国なら外務省に人材がうようよしているはずですが、被・植民地国家なので、外務省は、腕の振るいようがない場所であり、きちんとした、意見を持つ人間は排除されているでしょう。言うなりになる人間ばかり残っていると思います。礼儀は守るが気概はない人たちの集団でしょう。

 その点では在日の人が数多くいて、両国間の橋渡しともなっている日韓の間とは違うのです。まるで違うのです。その上中国には、中華思想がありますね。だから、なおさら日本向けの、剣呑さを捨てません。
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副題12、『どうして、岡本日本商工会議所・会頭が、中国におもねるのか?』

 そのうえ、いやなことに日本側がビビッていることを中国に見えるような形で、公開しています。それは、岡村日本商工会議所の会頭が、中国びいきな発言をしたとの報道でも明らかです。

 最近、米倉さんは、コメントを発表することに使われていません。私が米倉さんが発言をするたびに、「氏は、韓国のロビイストで、韓国を日本の上に置く、国際軍産共同体の意を呈した発言をする」と、繰り返し書いているので、温存をするというか、後ろに隠し始めました。ご本人は相変わらず強気でいらっしゃると思いますが、日本社会とメディアを支配している、大支配者(野田総理でも天皇でもない。まして安部晋三氏でも、石原慎太郎氏でも、橋本徹氏でもない)が、『ちょっと、引っ込ませておこう』と考えているからでしょう。

 で、手垢のついていない岡本正さんが使われています。私は経済のことに明るくないので、岡本さんって誰だろうと、グーグルで検索をしました。すると東芝の会長だとのこと。東芝とは、創業者一族が社長をしているところではないはずなので、この人はサラリーマン社長であり、現代日本のエリートとして一生を歩み続けてきた人です。

 そういうお顔をしていらっしゃいます。だけど、あの「中国を大切にすべきだ。早く解決するために政府は何とかしてください」という発言が本心だろうか?

 岡本正商工会議所会頭に言いたいのですが、政府が何とかしなくても、13日には収まっていますね。どうしてかというと、あの大騒動は、鎌倉エージェントが、私を脅かすために仕組んで、アメリカを動かし、そのアメリカにそそのかされて、中国が動いているだけだからです。

 どうして、13日に収まったかというと、私はどんな脅かしにも、屈しないで、その鎌倉エージェントがびっくりして、ひっくりかえるようなエピソード、
・・・・・・レザンジュが一時期抱いた、であろう大型菓子店(=豊島屋、源吉兆庵、または、不二家レベル)へ発展するという夢と、それに焦って、商道徳に違反した、宣伝を行い、それを、無記名で書いた私に、そこから来たのか?、私へのプレゼントが届かなかった話を展開させているからです。その事故はレザンジュで、発生したのかもしれませんが、伊藤玄二郎と、当時はぴんぴんで生きていた、井上ひさしの発案で、どこかで滞った可能性が高いのです。

 彼らは、大阪府警の成りすましウィルスとか、森口某という、偽のips 細胞をアメリカで、患者に投与したという実験結果を発表した、人間を表に出して、私の文章を、攻撃して、『その内容は嘘ですよ』と言いこめるつもりだったでしょうが、私は、『ああ、そうですか』と、それはそれなりに、右や左へ交わしておいて

 鎌倉エージェントの伊藤玄二郎が最も困るエピソードをさらしました。
 彼は、編集者から出発した出版社・社長ですが、その根本的な収入は鎌倉春秋というタウン誌に依拠しています。タウン誌とは、地域の商店街と連携しています。レザンジュは、その経営規模が、収入や、納税額において、鎌倉春秋社と、どっちが大きいか、わからないほどの規模で、運営をされているお菓子屋さんです。

 これは、源吉兆庵とは違って、鎌倉で、出発した純粋に鎌倉のお菓子屋さんです。伊藤玄二郎と、井上ひさしは、ばれないと信じて、裏からいろいろなことをやっています。だが、全部ばれています。そして、とうとう、どうしてか、レザンジュから、最高裁判事夫人が買って送ってくださったソフトクッキーが届かなかったというエピソードまで語りました。

 すると、見事にNHKは、尖閣諸島のニュースをひっこめましたね。どうしてか? それで、脅かしても私が屈しないことが、伊藤玄二郎や、そのほかのエージェントたちに、分かったからでしょう。

 で、NHKが報道をしないということもあるでしょうが、中国が、尖閣の周辺で、公艦をうろうろさせなくなったということもあるでしょう。

 もちろん、のこと、私がここで、こういう文章を書くと、『勝ち誇ったように見える』から、あの二人はさらに激怒して、再び、中国に出動するように頼んで、また、NHKが、尖閣の周辺で、中国の公艦がうろうろしています』というニュースを流すかもしれません。

 だが、そういうニュースはためにするニュースですから無視しておいていいのです。

 もしかすると、みなさんは、私が、こういう下世話な話を展開するのを嫌がっておられるかもしれませんが、この手の下世話な話こそ、世界が動く、根本のダイナモなのですよ。それは、エージェントを多用し尊重する、その全世界を支配する側の、習性なのです。

 最近、五年間にわたる、おどろおどろしいニュースは、大相撲のごたごたをはじめ、ほとんどが、鎌倉エージェントが発しています。そして、本当の意味で成功しているかどうかはすこぶるあやしいです。
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副題13、『12日に重要な手紙が来たので、さらに確信をした』

 鎌倉エージェントの二人羽織は、絶対に自分たちのやっていることがばれないと信じていて、裏から、いろいろ忌まわしい工作をやっています。特にNHKを使って、あれこれをやっています。そのほとんどは私には、ばれていますが、このブログの読者様を説得できるかどうかについては、自信がないので、全部を書き表してはおりません。

 それで、常に、「私は物事を書くにあたって、語る内容を、30%で押さえております」ということになります。だけど、伊藤玄二郎が、依頼をして動かしている部分が50~60%程度、朝日新聞側が動かしている部分が30%程度であろう、酒井忠康氏に関しては、私は50~60%程度を語り始めています。

 酒井氏が、美術畑の人間であるために、私の被害が甚大だからです。私は今、渡辺幸子さんというアイコンを中心に、ほぼ、10年前のことを語り始めているわけですが、
 ほかにも大原光孝氏のラインとは、栗田玲子さんのラインとか、すごいことがあるのです。最近、特に動いているのが、ギャルリー志門です。美人で育ちのよさそうなオーナーを昔褒めたことがあるので、使役されています。間に立っているのが誰かはわかりませんが。

 酒井氏のやっていることを書かれることが、彼らにとっても、恐ろしいことであることは、両刃の剣として、私が、そういう分を書くことのリスクと同じ深さなのです。
 特に伊藤玄二郎は、エージェントとしては、自分の方が上であっても、・・・・・それは、私のすぐそばに住んでいる、石川和子を攻撃用ミサイルとして、つかえたからですが、・・・・・社会通念上は酒井氏の方が上ですから、酒井氏に迷惑をかけることを心苦しく思っているはずです。
 特に、私が、『彼の動機は、石川和子と、元愛人であったことを隠したくて、それに役立つと思った酒井氏に、あれこれと、いじめ案を実行するように頼んだから、酒井氏が、軽い気持ちで動き始めた』と語っていますね。
 それを世間に公開されることは酒井氏の信用問題につながるでしょう。

 もし、伊藤玄二郎が、普通の心を持っているなら、その部分で、心いたいというか、「ご迷惑をおかけしていて、申し訳ございません」と酒井氏に言わないといけない部分です。

 ところが、この人たちは普通の心を持っていないのです。如何しても、謝罪という形を取ることができません。それで、どういう風にこの難局を逃れるかというと、私に物を書かせないようにさせるという方法を取るしかないと思っている模様です。

 そのために、銀行はこき使うわ、NTTも支配下におくわ、警察も手下として使うわ。NHKは、言いように動かすわ、はては、韓国も中国も意のままに動かすわという風に拡大をしています。

 本当の原点は、石川和子さん(伊藤玄二郎の元愛人)が、極端にわがままで、傲慢で、また現金収入が多いので、その現在の夫、柳沢昇が、おもねって、いいように甘やかしているがために、猫を巡って、どうしようもないほどの失敗を警察を巻き込んでやってしまっていることを、修復したくて、あれこれの、工作を、2007年から始めたことにあります。
 神奈川県の名前を使ったり、警察をさらに使役したりしていますので、私はかんかんに怒っていて、こういう文章を書いているわけです。

 そのほかの人も巻き込んでいますが、特に酒井氏の部分を書かれることが、酒井氏にとっては、痛いし、それが、直接に伊藤玄二郎の心を、暗くするのでしょう。 だから、激しい攻撃が来ています。

 特に本の出版に関して大きな妨害が来ています。それは、伊藤玄二郎の、持っている出版社、の、ナンバーツウらしい田中愛子さんに、私が『データは、IT的に機械にかける処理を、私側がいたしますから、150万円で、500部作ってくださいませんか?』と言ったら、驚くことに、『川崎さん、150万円しか出さないのなら、50部しか作れませんよ』と言ったのですが、それを公開されることを極端に恐れているからでもありましょう。

 しかし、一人だけで動いても、それは不可能ですから、警察を使役したり、郵便局を使役したりして、妨害をしたり阻止したりしています。だけど、一般的に考えてみても、タウン誌と、私費出版を柱とする一地方出版社の社長にそれほどの、権力があるはずもありませんね。だから、『ああ、そうか。彼は、原発の燃料を売り込んでいる国際的軍産共同体の手下なのだ。だから特別な権力があるのだ』とわかってきたのです。酒井氏も、朝日新聞社の顧問ということは、似たようなものですから、意気に感じて協力しているのだと思いますが、えげつないやり方ですよ。本当に汚い連中です。ばれないと信じてやっているらしいのですが、全部ばれています。それで、書く種が尽きないというほど、いろいろ悪さをやられています。

 ところで本当の値段ですが、画家などの、アドビイラストレーターが使える、専門家の間では、友人が印刷所か、出版社にいたら、100万円で本ができるのは、周知の話です。私自身はデータ作りや、文章を書く部分の自分の労働に関しては一切報酬を取りません。自分の本ですからね。だから、本当なら、100万円より安くできるはずですが、実際には外の貸しパソコンを使う費用とか、のちの献呈用郵送料とか、すべてを合わせると、100万円はかかります。

 だけど、大手にしろ、鎌倉春秋社レベルの規模の出版社にしろ、連続して出版点数を誇る会社なら、印刷所は製本を含めて、一種類の本を大体50万円で作ってくれるはずなのです。
 初版3000部ならそれで、十分できるはずです。もし、初版一万部でも二万部でも、本とは、最初の部分が高いものであり、部数が増えることは、それほど、重要ではありません。五万円程度の増額で、部数を増やすことができるはずです。
 ただ、この50万円の中には、著者への原稿料や、出版社の社員の給料は含まれていませんので、「それを入れれば、三〇〇〇部の本が、総額で150万円かかるかな?」と言ったところです。その部分を全部私がう章でするのですから、その一つの注文で鎌倉春秋社は、何の手間もかけずに、100万円が儲かるのです。それって、不合理な話でもないでしょう。
 ただ、田中愛子女史が焦ったのは、無名の人間がそれほど、実力があるということへの想像力がまるでなかったということにつき利のです。つまり、装置の中で生きているから、顔所自身に肩書があります。他人に対しても、そこに依拠した判断で考えます。あれば尊敬するが、肩書がないと頭から馬鹿にしてかかるから、私の話を聞いているうちに、流れとか勢いが、変化してしまい、私の知識の豊富さにびっくりして『あれ、自分の方が上のはずなのに、どう知っちゃったのだろう』と、度を失って焦っただけなのですが、焦ったとしてもあの言いぐさはないです。失礼なんて言うものでもないです。
 鎌倉春秋社は、私費出版をメインとする会社ですが、一頁一万円の予算を標榜しているので、普通の厚さの本を出すのに、260万円かかる勘定になり、表紙の装丁などを凝った感じにしてくださいなどと、頼めば、最終的な支払は、軽く300万円に上るでしょう。

 鎌倉には、エリートが多いです。ひとかどの人というか、しかるべき存在は多いです。そして、今は本が売れず、出版社の倒産が多いので、自分側がお金を出すべきだ」という考えは広く浸透していて、「300万円ぐらい、自分の方で、出します。相手に損失を与えるのは心苦しいから」という人が多いでしょう。だから、あの会社は、儲けが重なっていて、驚くほど、急速に出世しています。(笑)ビルがどんどん大きくなります。(笑)

 でも、私は、一生で一冊の本で、いいというタイプではないのです。このブログは、メルマガ時代を加えると、14年間も書き続けていたので、エッセイは5千本を超えると思います。で、紙の本へと、変換をしておきたい内容はたくさんあって、一生で、本当なら二〇冊ぐらい本を作りたい人間です。だから毎回300万円出しているわけにはいかないのです。
 その方式でやったら、6千万円かかってしまいますもの。それはできません。だから、出版社と印刷所がやる仕事のうち、「機械にかける直前までの仕事は、自分側がやりますので、お名前だけ貸してくださればいいのですよ」と、言っているわけですが、それで、『五〇部しか出せませんよ』と怒鳴られるのは間尺に合わないです。
 だって、三波春夫ではないが、『お客様は神様です』。私にどなったりしてはいけません。

 田中愛子さんは、のちに毎日新聞の署名記者、佐藤由紀さんのインタビューを受けることとなるのですが、そういう場合に、どういうマナーで接するのか、後で、聞いてみたい気もします。(笑)

 ともかく、伊藤玄二郎はずるいというか、陰険というか、何とも言えない、諜略を次から次へと考えつき、実行をする人間ですが、

 十二日に来た手紙を読んでいるうちに、『また、彼が、動いたな』とわかりました。今度使われた舞台は、ギャルリー志門です。間を取り持ったのが、酒井氏か、栗田玲子さんか、それとも、赤津さんか、それとも、柴田悦子さんか、それとも、油井一人さんか、それとも野見山暁司さんかは、わかりませんが、・・・・・・

 このタイミングで、こういう種類の手紙が来たことで、酒井氏について書くのが伊藤玄二郎にとって、どれほどの痛手であるかがここからもわかります。ただ、私は総額五億円に達する被害を受けております。
 それは、レザンジュのソフトクッキーが送られてこなかったために、最高裁判事夫人という友人を失ったことを、慶事と考えたであろう、伊藤玄二郎一派から、次から次へと友達を奪われるという現象につながって行ったことも含まれます。

 『覆水盆に返らず』ですから、失われたものは、特に心の問題で失われたものは回復しません。そのようなすさまじい攻撃を多方面から受けていて、損失が多大なのに、大ポイントであり、
 かつ美術界の人間だからこそ、その動きもほとんど明瞭にこちらに見えている酒井忠康氏について書くのを、どうしてやめられましょう。
 やめられませんね。それは人間として当たり前のことです。
 「それが嫌なら、酒井氏を使役するのをおやめなさい」と、伊藤玄二郎に言っておきましょう。

 ただ、私は激流に浮かぶ笹舟というか、何というかというほど、翻弄をされていますが、大体の流れはすべて、共通していますので、パニックに陥ることもなく、このブログも流麗に(?)書き続けているわけです。

 で、手紙の話から元へ戻りますと、こういう下世話な話こそ、私が現代政治について、確信をもって語ることのできる傍証なので、どうか、この形式で語らせてくださいませと、お願いをしておきましょう。その手紙の差出人にも個人的に二通手紙(=ご返事)を書いていますが、ここでも、そのようにお答えをしておきましょう。
 ところで、その手紙(ご返事の方)はまだ、投函をしておりません。恐れ入りますが、この二日間は、外出していないので。山の上に住んでいるので、外出はエッチラコ、オッチラコという感じでオオゴトになります(笑)特に外出の前には泥棒対策をしないといけないので、オオゴトになります。(笑)
 その手紙の中にセコム等に頼めばとか、監視カメラ等を入れればと書いてありましたが、どちらもIT的技術を使うと思うので、無駄になります。この泥棒は侵入する際にIT網は、切って入ってくるはずですから。

 こういう手紙が、傍証になると上に書いていますが、根っこになると言ってもよいでしょう。特にそのタイミングを考えます。

 というわけで、中国の尖閣諸島問題は、伊藤玄二郎の下半身の秘密と、出版事業における右腕である、田中愛子女史の不始末を隠したいところに源泉がある小さな件ですから、

 岡本、日本商工会議所会頭が、「日本政府が何とかしてほしい」と声明を出すのはおかしいのです。日本政府が何とかしても治りません。
 伊藤玄二郎が反省して、「こういう手法は彼女(=雨宮舜)には通じないのだ」と、観念するしかないのです。そうしたら終わります。

 または、伊藤玄二郎の影にいて、常に彼をサポートして、『平気だ。平気だ。この手法で結局は勝てるはずだ』と励ましている・・・・・いまだ生きて地下潜行している井上ひさしの存在が、消えないとダメでしょう。こちらの方は全く反省をしないと思います。だって、自分は死んでいるはずだから、絶対に責任を問われないと高をくくっているからでもあり、
 また、心底から普通の人ではないからです。普通の心を持っている人ではないからです。その原因は親との関係にあります。が、ここではそれも詳細は語りません。

 今回は鎌倉のレザンジュについて触れたので、尖閣のニュースがピタッとなくなりました。一三日のNHKニュースは、一言もそれには触れていませんよ。ここで、こう書くと、「何を勝ち誇りやがっているのだ」とむくれて、あすの14日にふたたび、中国の公艦が、尖閣周辺をうろちょろするかもしれませんが、そうなったら、ますます、私が書く文章が真実だとなります。
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副題15、『オスプレイの訓練を尖閣の周辺でやればと、主人はいうが』

 ところで、上のような解釈は五億円の被害があって、常に突き詰めてものを考えている私だからこそ見える現象で、普通の人には違って見えるでしょう。

 で、普通の人に見える感覚で、主人が面白いジョークを言ったので、それを再現しますと、「オスプレイの訓練を尖閣の周辺でやればいい」というものです。

 米軍は、6月ごろから退役軍人へのインタビューという形で、幾度も「オスプレイは危険だ。不安定なところがあって、墜落しやすい」と宣伝してきました。
 これも本当におかしい話です。伊藤玄二郎を助けるために、私に物を書かせないがために、より、脅かしと嫌がらせの効果を高めるために、そういう風に言っているわけですが、
 アメリカ、および、米軍があほみたいに見えますよ。だって、退役軍人だとはいえ、重要な機密事項を、明かす人間を野放しにしているなんて、なんてやわで、脆弱な軍なのだろうと思います。それにそんな性能の低い不安定なものに大金をかけているアメリカ国家が、ばかみたいに見えます。結果としてアメリカ人がばかに見えます。
 その馬鹿を強調するために、軍服の人間が六人程度あらわれて官邸に入って行きました。何を考えているのだろう。

 まあ、理性的に考えると、宣伝をされているほどには、墜落をしない機種だろうと推察します。で、その訓練を、沖縄でやることもいやがらせですが、沖縄県民が嫌がっているので、海上でやればいいのです。
 落ちても途中でパイロットはパラシュートで脱出すればいいのです。

 その会場ですが、尖閣周辺でやり、時には威嚇射撃をして、中国公艦を追い払ってもらいたいものですね。

 だって、日米安保条約のおかげで、莫大な金額を米軍を日本で、養うために払っているのですよ。やってもらっても構わないでしょう。それが当り前でしょう。

 ところが絶対に米軍はそれをやりません。どうしてかというとそもそも、この尖閣諸島を守るデモ隊の横行やら、尖閣周辺に公艦が出没すること自体がアメリカが要請したことだからです。

 そのうえで、中国をアメリカが攻撃する。それほど、複雑なことを、中国側、特に暴徒化して、商店を襲ったり、車を破壊したりするような大衆が呑み込めません。だから、中国側の大衆が、本気になって、『戦争をしよう』と言い出す可能性はあります。

 じゃあ、アメリカはなぜ、そういうお願いを中国へ対してやったかというと、それは、鎌倉エージェントから、そうしていただくと、雨宮舜の筆が折れる可能性があります。ぜひお願いしますと頼まれているからです。
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副題16、『日本人は豚化しているので、アメリカも中国も安心しきっている』

 お金だけは、日本から収奪していて、日本を助けるという意味では、実際には何の役にも立っていない米軍ですが、それでも大丈夫だとアメリカが高をくくっているのは、日本人をバカに仕切っているからです。

 特に安保反対闘争や学生運動をうまく抑え込んだ成果に大満足をしています。その世代は、すっかり政治嫌いになっています。そして、適宜に経済状況がよくて、自分たち自身は、ぜいたくな暮らしができる状況に達しています。

 で、うすぼんやりと、子供や孫の世代では生活が苦しくなっているのを感じていますが、どうしていいかわかりません。
 どうしてそうなっているかというと、アメリカが高度な新しい方法で、植民地・支配を敷いているからです。いままでの歴史教科書に載っていたような、昔風のやり方ではないので、日本人は自分たちが支配をされていることに気が付きません。

 新しい槍化とは、どういう方法かというと、文化と教育を支配して、その分野で選ばれた人間しか、自由がないように計らっていて、それは才能の差だと、日本人に思い込ませるようにしているからです。

 「お前は才能がなくて頭が悪いから、そうではない選ばれた人の言うことを聞きなさい。そちらになれるように努力をしなさい」という形で、日本人の一人一人に、劣等感を植え付けられ、幸せになれないのには、自己責任があると考えるように仕向けられ、仕込まれているので、まっとうな思考方法を取れなくなっているのです。
 そして、その支配の道具として使われる文化人は朝日新聞が大いに支援して、『あなたは、エリートである』と吹き込んでいます。

 その中で、具体的に方策を考え出すホワイトカラー的人材をエージェントと私は呼んでいます。その下に、アメリカ側から重用をされているが、日本国民を支配するための具体的な方策を考え出すことまではやらない人材もいます。私は、それを、区別して考えていて、後者についてはなるべく触れないように(書かないように)努めています。が、どちらもアメリカにとっては大切なので、

 彼らが不名誉をこうむったり、不利をこうむったりする場合にはアメリカは動くのです。だけど、それは、一億人の、日本人総体にとっては、ありがたいという方向ではありません。
 酒井忠康氏は、朝日新聞の顧問ですから、そういう人材の中で最も重要な人物なのです。
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副題17、『鎌倉の有名人の序列を考えてみよう』

 ところで、『酒井氏については、書かないで』と頼まれたのは、それこそ、日本人総体を傷つける方向に、その方が組み込まれたということを指していますので、『ああそうですか』というほかはないのですが、自分を守るためには、次から次へと酒井氏について書かないとダメで、『社会の窓が開いていますよ』シリーズは、いったん中断してこれを書いていますが、芸術家を審査するという問題に関する考察の一部と、酒井忠康氏のある部分の欠落というか麻痺については触れ得たので、これは、意外な果報を味わった文章となります。『社会の窓が開いていますよ』でも、8合目あたりで、そのポイントについては触れるつもりでした」でも、3合目から一気にスピードアップして希望のところへたどり着いたに等しいこととなりました。
 それも、神様の采配というものでしょう。で、自分としては、『おお、また、神様のご支援があった』と思うわけですが、社会の窓シリーズも、いずれその続きに取り組みます。

 で、今日は鎌倉、逗子、葉山を含んだ地域に住むエリートたちの中での酒井氏のランクを考えて見ましょう。

「この地域で一番偉い人は、だれか?」と考えてみましょう。それは、私自身の判断ではなくて、ごく一般的な考えに基づいて考えてみます。

 衆目の一致するところ、鶴岡八幡宮の宮司さんでしょう。で、次に位置するのが、豊島屋の社長さんか、酒井忠康さんかというところだと思います。
 ただ別に、時代の寵児というのがあります。例えば、南アフリカでサッカーのワールドカップが行われたころの岡田武史監督とか、三部作を発表したころの柳美里さんとか、ヒット作を連発したころの養老孟司さんとか、朝ドラカーネーションが放映されていたころのコシノジュンコさんとか。そのクラスの有名人が1000人はいたとして、それを加えた人数の中で、酒井忠康氏が、どこに位置しているかというと、大衆的知名度はないものの、上位10以内内に位置していると思います。

 だから、朝日新聞社の顧問でもあるわけですが、
 鶴岡八幡宮内の、神奈川県立美術館、本館は、とてもユニークなそして、上品で知的な場所として、日本屈指の場所だと、思われてきたのです。そこの館長だから、偉い! だけど、移転に抗議をしなかった館長でもあり、それには大いなる疑問を感じていますが。

 と、同時に怖い人だというイメージもあるので、みんなが敬遠するというか、敬ってたてまつっておくのです。どうしてかというと彼は審査をする人だからです。
 美術系作家というのは、世に広く知られないといけません。自己顕示欲が強いというわけではなくて、仕事の性質上、そうしないと生きていかれない職業です。その際に、審査や評価という形で、作家に対して酒井さんは、生殺与奪の件を握っているとみなされています。

 そのような剣呑でこわもての表情を見せる時もあれば、ふにゃーっとして自信がなさそうに見える時もあります。それは、知的レベルが高いから、ふとという感じで、相対的な価値を考えたり、ご自分の人生が、これでよかったかと考えられるときもあるからでしょう。

 実は私もその典型で外から見たら、ふにゃーっとして迫力なんかまるでない人間です。社会的地位もないし、鎌倉におけるランクも1000人のランク外であることは確かでしょうし。(笑)

 一方、酒井氏の方は、種々様々な条件を総合的に勘案すると、ナンバーツーぐらいの高さかもしれないのです。で、上に上げた考察からすると伊藤玄二郎よりはるかに上だと、思われます。特に1980年代頃は、圧倒的に差があったと思われま
 私が困る存在だからから、伊藤玄二郎は、この中国の尖閣諸島問題を起こすように、まず、諜略の部門のトップに頼みこんで、その人が外交筋のトップをまた動かしたと、私は見ています。

 酒井忠康氏が、それほど怖い人で、かつ偉い人だというのに、バンバンと批判をして、おります。
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副題18、『酒井忠康さんとは、心の中のある部分を麻痺させている人だ』

 酒井さんをバリバリと、批判的に分析するのは、あまりにも私の被害が大きいからです。正当防衛としてやっています。

 そちらが先にあくどいことを種々おやりになっています。あれほど、地位の高い人がこういうことをやるの? というほどの不思議な現象です。それを考えているうちに、気が付いたことがあります。
 酒井氏には、良心というものがないのだということです。昔の素朴な人の言葉でいえば、「おてんとうさまに恥じません」という部分がないのです。そこに対する踏ん張りのきかない人です。もっと気取った言い方をすれば、西洋文化圏では、いまだに根強く残っている原罪の意識と、『神様が自分の行動をいつもチェックしておられるのだ』という考え方がないのです。

 これが一番大切なところですが、心の中のある部分を麻痺させていて、昨日やったことをすでに今日は忘れているというところもあるでしょう。

 それは、お酒が好きだという面も影響があるでしょうが、どこかで、踏ん張れない人だと感じています。
 もちろん、慶応大学を地方の高校から受験して合格をなさっているという点、そして、卒業をなさって、よい就職先にお勤めを開始された点。その勤務生活が終わっても、今度は世田谷美術館の館長をするということとか、朝日新聞顧問になるほど、如才がない点。すべてを総合すれば、人生において休みなく努力をお続けになってきているとみなされます。

 で、落ち度も欠点もないように見えます。
 だけど、私は人間としては高い評価は与えていないのです。この山のご近所でも、数人、特に男性によくできた、高い人格の人がいますが、そういう紳士よりは下だと考えています。

 どうしてかというと、酒井氏の心の中には空洞があるのです。またはある部分を麻痺させていると言ってもよいか。

 それは、例の罵詈雑言メールを送ってきた開発ちえさんが、私に投げつけた、『あなたはきちがいだから、精神病院へ行きなさい』というような意味でけなしているわけではありません。
 そうじゃあなくて、離婚をなさっていることから判断してそういうのです。

 二度目の奥様と偶然でしょうが、一時間半ほど一緒に過ごしたことがあります。隣の机のパソコンで、彼女は自分が経営する画廊の案内状を作っていて、私は自分の本を作っていました。二人ともアドビイラストレーターというアプリ(またはソフト)を使って、図形処理の仕事をしていたのです。
 素晴らしい女性です。全体を言えば美形なのだけれど、一方で、かわいくて声が美しくて、そして、フェロモンもある人。コケティッシュな会話ぶりだけど、実際はインテリです。

 彼女を実際に見たことのない人のために、たとえると、類型としては、中村紘子さんや残間理恵子さんと同じと言えます。ゴージャスな雰囲気があります。ただ、大勢の人を相手にしている前記の二人に比べれば、もっと素朴できゃしゃで、地味です。奥様らしさという点では、このくらいに抑えた感じの方が適切です。

 作家でもあり、画廊経営者でもある。
 しかも何より大きな特徴はいわゆる水も滴るいい女という類の女性だということです。

 しかし、そこが大問題なのです。これでは前の奥様より、この方の方が優れているのは確かでしょう。
 でもね、結婚とか離婚という問題は、『最初の結婚相手より、こちらの方が優れた女性だから取り換えるという』ものでもないのです。そしてそれをやってしまう男性のことは、私のように慧眼の(笑)女性からみるといやしくも、さもしくも見えてしまうのです。

 それはどういうことかというと、前の奥様を悲しませた過去があるだろうと思われるからです。もし、今の奥様がこれほど、美人でもフェロモンたっぷりでもなくて、地味で、誠実そうなふつうのおばさんだったら、

 『ああそうか。やむを得ない離婚だったのでしょうね』となります。優れた男性には、将来性があると女性は見ます。ので、実は非常に若い時期に結婚相手が決まります。
 中学時代に決まります。

 私は横浜国大の付属中学で、たった100人しか同期生がいないのに、二組もカップルができていますが、女性も男性も美形で優れている人材です。
 それから、現在光が当たっている山中教授も同じですね。二人は中学時代に知り合ったが、2人とも美形で、かつお医者さんになっています。

 私は酒井先生の最初の奥様も、お見合いで結婚されたのではなくて、美術館時代か、大学時代か、高校時代か、中学時代に、一緒に過ごした方だったのではないかと思っています。恋愛で始まっただろうその最初の奥様に対して酒井さんは、心を注いで関係を育てるということをなさらなかったのではないかしら。

 奥様だけではなくて、ご主人の方とも、着席型パーティで、一時間半ほど円卓を同じくして隣の席だったことがあるのですが、優しさとか、暖かさを感じなかったのです。
 奥様の方は、『いい女だなあ』と感じましたが、ご主人の方は、『いい男だなあ』とも感じなかったし、『紳士だなあ』とも感じなかったのです。
 大体人って、いつも同じです。私に対して冷たくて、心が上の空の人間が、ほかの場所では熱意を込めて、優しいということはありえないです。特に家庭とは地金が出るところであって、態度をつくろうことはできませんからね。

 私はいろいろな人から、ものすごく勘がいいとか、観察能力が優れていると言われます。私はその人が道路を歩いているだけで、または、電車の座席に座っているだけで、どういう人であるかがだいたいわかります。

 ここで、どういう人かという分類は、会社とか、学歴を指すのではなくて、誠実で、愛情豊かで、生き生きとしているか、そうではないかというような分類で語っています。
 私は鎌倉プリンスホテルの宴会場の円卓でお隣に座りながら、『酒井さんの肉体は感じる。だけど、心を全く感じないなあ。したがって、何の魅力も感じないなあ』と思っていたことでした。

 なぜ、そういう風な分析が大切かというと酒井さんは、心がないから、私に害を平気で与えられるのだとみているからです。また『そういう人だから、伊藤玄二郎に容易に、使役をされてしまうのだ』とも見ています。

 でもね。ここで、私は大矛盾を感じるのです。それは、芸術とは、お金とか、エネルギーも創作に必要ですが、何のために創作をするかというと、鑑賞者の心を潤して、心を感動させるために作ることを指すはずです、が、美術評論家として各種のコンクールの審査にあたる酒井氏には、ご本人には、心がないのです。

 それなのに、怖い人として、芸術家たち(特に現代美術の人たち)に対して生殺与奪の件を握るので、おそれられ仰ぎ見られている酒井忠康氏には、心がないのです。心が空洞なのです。
 それなのに、審査という名目で、上下関係をつけて、その結果、選ばれた人が、お金がもうかるシステムになっているらしいです。そして名誉もどんどん積み重なっていくらしいです。

 で、こんな大矛盾がどうして許されているかというと、それは、人間が作った装置の中で氏が動いているからです。公称800万部という朝日新聞は確かな力です。それと、世田谷美術館も神奈川県立美術館もそれなりに存在感があります。というわけで、氏は安心して大鉈を振るうことができます。

 『だけど、だけど、変だなあ』と思う私は酒井さんからは、既に遠い場所にいますので、自由に疑問を提出します。損害がなければ、ここまでのことは書きません。

 もし、
*1) 月刊ギャラリーの連載が終わらせられていなかったら、
*2) 水沢勉氏(酒井氏の元部下で、現在、神奈川県・立・美術館、館長)との縁が切られていなかったら。
*3) ぎゃらりーKの宇留野さんが失礼な態度を取ることがなかったら、
*4) ギャルリー志門のオーナーが失礼な態度を取ることがなかったら、
*5) 開発さんが恐ろしい攻撃目的のメールを何通もよこすことがなかったら、
*6) 12日に「酒井忠康氏について書くのはやめてほしい」というお手紙が来なかったら、
*7) 栗田玲子さんが、ひどい裏工作としてのいじめをやらなかったら、
 銀座の画廊だけではなく、北鎌倉のポラリスまで、手を伸ばしましたね。すぐあなたがやったということは、わかります。
   または、無記名で、ひどいコメントをよこさなかったら、
*8) 渡辺幸子さんが恐ろしいいじめをやることがなかったら、
*9) ご近所の大原光孝氏が何度もパンドラの箱を開けることがなかったら。
*10) 大原氏→中村氏(創形美術学校の同窓)→市川氏(藤沢東美での、同僚)が、ひどいことをやらなかったら、
*11) その市川氏から入った噂に踊らされたのか、はたまた別ルートからかはわかりませんが、おためごかしの手紙を高橋典夫さんが、本多隆彦氏に送らなかったら、私は酒井氏については何も書かなかったと思います。
 まだまだ、ほかに上の100倍ぐらい恐ろしいことを連続してやられていますが、上の部分だけは、既に一回はこのブログで示唆をしている問題です。
 2012年10月12日に初校を書き、15日に推敲をした。
                   雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)
コメント

韓国ロビイストと、李明博大統領の柔軟性、+レザンジュ(鎌倉の菓子店)(政治もの)

2012-10-12 19:02:41 | Weblog
 12日の夜10時に19919文字で一応の完成といたしました。
初稿です。後で推敲をしますが、次の話、この続編を時間的には、先に書きます。恐れ入りますが。
ところで、前報内で、
 銀座に行っていないので、悪い刺激がないと、申しあげましたが、本日2012年の10月12日の午前0時過ぎに、猛烈な罵詈雑言が、コメントとして多数入っていました。昔からここに、その手のコメントを入れているウンチが何とかというペンネームと同じ人間でしょう。多分、ここにすでに名前を挙げている、エージェントの一人だと思います。ともかく、私は猛然たる気力が奮起されてしまって、家の整理整頓は後回しにして、ここを丁寧に書き連ねていくはずです。
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副題1、『前報の最後をどうして推敲をしなかったか?』
副題2、『尖閣周辺で、威圧行動を繰り返す、現在の中国をどう考えるべきか?』
副題3、『レザンジュがおかしかったころ、』
副題4、『名流夫人からのプレゼントが届かない(これも政治だ)』
副題5、『裏から手が回ったのは確かだが、
     どこで、せき止められたのかな? それが問題だ』
副題6、『韓国や中国とはいったん縁を切った方がいいのです。
 どうしてかというと、商道徳がない彼らに、技術が盗まれっぱなしだからです』
副題7、『対・韓国・政策と、電通・・・・・成田豊、稲盛和夫、米倉会長』
副題8、『韓国ロビーと、創始改名に関する考証・・・・・成岡庸司君(早稲田の革○委員長)が、もし在日出自なりせば、すべては落着するが』
副題9『米倉会長は、最近使われない。し、稲盛さんの、京都賞は、いったいどこへ消えたのかな?』

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副題1、『前報の最後をどうして推敲をしなかったか?』

 前報の最後は、『リーウーファンの作品が、飾られた部屋で、李明博大統領は、麻生元総理をもてなした』という話を加えております。
 しかし、そこを推敲をする点で、滞ってしまっています。なぜかというと、『そこに北村充子さんというキーパーソンを持ち出して、諄々と委細を説きたい』という思いがあり、『しかし、それをすると疲れるなあ』という思いもあるからです。

 そこをやれば自説を強化して、皆様にも『そうだったのか』と思っていただけるでしょう。
 しかし、私は今回は、李明博大統領の対応に、それなりに満足しており『それで、いいんじゃあないですか』と思っている次第です。李明博大統領は柔軟な政治家です。
 そこへ、民主党が、『麻生さんが行ったとしても、ウォン建て韓国の国際の補償の拡大はしない』と声明を発表をしました。民主党と、自民党の確執が出てきたところです。ただし、韓国は昨年に、120億ドルから、700億ドルへ増やしているそうですから、もう十分でしょう。日本人のお金が韓国のために、8兆円も、死に金となっていて使えないのです。そういう恩恵を受けておきながら、
 サッカー場で、ある選手をからかって、猿のまねをしたり、こちらの国旗を侮辱したり、自分が勝った時は、自国旗を振りかざしたり、

 いつまでも、いつまでも、従軍慰安婦問題を持ち出したり、
 金妍児(キムヨナ)選手に莫大な高得点を与えて、真央ちゃんを8点も低く点をつけたり、

 国際連合の、事務総長がハンさんという韓国人であったり・・・・・
 すごい、レベルの辱めを日本と、日本人に与えている国です。

 それらのすべてのことは、別に韓国が一国としてやっていることではなくて、国際的軍産共同体が、日本の国力の増大化を恐れて、常に、韓国が日本の上に立つように図っているから、平気で、できることですが、・・・・・

 それらの現象に、すでに、日本人はうんざりしているのです。
 『今までは、自分の意志を素直に表明することができず、ただただ、一方的に、黙らされてきたが、もう我慢ができない』というのが、ほとんどの人の感覚でしょう。戦後も67年たっています。「もうお互いに、腐れ縁は切って、別かれよう」と言ってもいいのです。だから、ウォン建ての韓国国債の補償用に、700ドル(=実質8兆円)も日本人のお金を死に金として、準備することなどないのです。
 「いやだよ。韓国も北朝鮮も。だから、保障などやめればいいのさ」というのが、日本人の本当の気持ちでしょう。そうなると、在日で、日本を好きで、日本人として、生きている人たちも大弱りですね。

 そういうものを握っているので、自分たちが特権階級だと自認することができており、そこで、悪い作用をもたらす、諜略行為を考え出して、日本人自身や、この国を傷つけても、自分たちだけは、特権階級として最終的には外国へ逃げていけばいいのだから・・・・・と、考えて安心しているはずです。
 こういうことを緻密に証明するためには、北村充子さんを再び取り出して、丁寧に、そのしたたかさと、優雅さ(?この場合は悪女であることの証明になる。スケール的に、悪女度が深いほど、優雅にふるまうことが多い)を論考しないといけないのですが、それが、面倒くさかったのです。
 ブログに関しては、たいていのことは面倒とは感じないのですが、突然に横入りしてきた家を整理整頓するという仕事に、やはり肉体的に疲れているのでしょう。

 だけど、繰り返しますが、韓国に対しては、これで、よかったと思っています。日本人の本音が噴出したので、それは、ガス抜きにはなりました。それに、例のエージェントたちがどれほど、自分たちの上に立っている国際的軍産共同体本体に、対して、本当は迷惑をかけているかの証明になったので、満足がしきりです。
 だって、韓国を日本の上に立てたいという、策略は今回で無効になったのです。これが、神様の存在を証明する出来事です。
 そういう流れになるものなのですよ。思想と道徳を高く持っていない人たちを周辺に侍らせても何のメリットもないのです。歴史は必ずそれを証明しています。

 原発の危険性が、目の前で、明らかになるのは、私が死んだあとで、70年後、すなわち、2080年ごろだと推察していましたが、2011年にそれが目の前で展開したのです。予想は覆りました。
 時計は早く進んでいます。
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副題2、『尖閣周辺で、威圧行動を繰り返す、現在の中国をどう考えるべきか?』

 こちらも韓国の竹島問題と全く構造は同じです。それも、私に文章を書かせないがために、弾圧用につく出されたニュースです。それは、毒いり餃子事件のころから明瞭になりました。
 ずいぶん大きく出ているようで、誇大妄想も極まれりと、お思いでしょうが、それほど、日本人が働いたお金が吸い取り上げられているということです。しかも歴史上類を見ない形で、支配をされております。

 それは、国民各個人間の落差が少なくて、平均化されているこの国で、もし、反発が起きたら、すごいことになる。また、第二次大戦のような地獄の苦しみを、今度は他国が味わわされるに違いないと、彼らが思いこんでいるために、

 現在の、日本人が、おかれている本当の状況を語るものは極端に警戒されいじめられ弾圧をされます。しかし、私は不思議な人間であり、弾圧をされても、されても、てんで、かわりません。彼らとは違って、信念とか、信仰とか、思想というものがあるから、ひるみません。
 
 それで、五方向ぐらいから責め立てられます。NHKニュースを利用するのは、最も間接的なものですが、そのニュースの中で、外国が動くというのはさらに、間接度が高くなるのです。

 で、ご近所が効かない、銀座ほかの美術界を利用するいじめも効果がないと、なると、海外が利用されるのです。

 ところで、竹島で騒いだ韓国に比較すると中国は、強硬に見えますね。そして、方針変換をなかなか行いません。それが、どうしてかというと、
 指導体制が、李明博体制ほど、単純ではないからでしょう。
 それと、彼らは年齢から考えると、毛沢東時代をしっかりと、覚えているわけです。内心では、絶対に、逆らいませんが、毛沢東が、ひどい政治を行い、自分だけが特権を過剰に享受した独裁者であることを、しっかりと知っています。

 だから、独裁的政治を行うことを内心で、忌避しています。それゆえにはっきりとした明快な指針を国民には示し得ません。
 無論のこと、日本の政治家だって、示し得ませんよ。同じか、それ以下です。現在の中国は独立国ですから、日本より数段自由です。

 しかし、共産党独裁であるとか、それも、いささか以上に固定化していて、共産党員が新たな貴族階級化(または、ブルジョワ化というか富豪化というか)社会の中で、階級間差別が、拡大している模様です。
 権利的には、成文法では、平等でも、実際には、戸籍などは、都市に昔から住んでいる中産階級や文化人に比べて、農民工と呼ばれて、差別があるとか、聞いています。
 そういうものが爆発的に表に出ることを恐れていて、その不満を抑制するために政府が国民とともに戦う敵として、日本が使われています。
 そこへ、政府の方へ、国際的軍産共同体から、『かく、かく、しかじかで、こうしてほしいと、頼まれれば、二重に正当化する理由が生まれ、

 尖閣半島の、日本国政府・国有化に反対する大デモが、官製であったとテレビ朝日でさえ、報じたことです。

 済みませんが、ここで、休ませてくださいませ。
 昨日は大変な睡魔に襲われました。それゆえに、早く寝ましたね。そこを狙われて6本ぐらいの罵詈雑言コメントが入っていました。
 現在、心に、十分、余裕のある私は、朝、5時前に起きても、そういうチェック作業をいたしません。どんなコメントが入っているかなと、チェックをしないのです。で、園芸を中心とした、整理家事を、4時間やってから、ここへ入って、それを、発見して、非常に元気りんりんとなったところです。冒頭に書いた通りに、鎌倉エージェント、もしくは、YNか、HAがそれを書いたと感じていて、なるほど、委細が読めましたねと思っていますから。

 ここで、少し、韓国と中国に対する論を離れます。そこに戻ってきますが、私の最近の論はすべて、調略の分析に終始しています。で、調略という意味では、10日が私にとって、非常に重要でした。それを述べないといけません。
 とろとろと、身辺雑記を語りつつ進みますので、『あれ、そんなの政治ではないですね』とおっしゃる読者があるかもしれませんが、身辺をすべて、監視されている私としては、とても重要な話となりますので、恐れいりますが、お付き合いくださいませ。
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副題3、『レザンジュがおかしかったころの話』
 
・・・・・鎌倉のお菓子屋、あれこれ、
  豊島屋、ニュージャーマン、レザンジュ、鎌倉五郎本店、源吉兆庵』・・・・・
 
 鎌倉の大手のお菓子屋としては、豊島屋と、紅谷がありました。この二つはどちらかというと、和菓子系です。もともと、洋菓子系として、設立をされたのが、ニュージャーマンとレザンジュです。最近、鎌倉五郎本店と、源吉兆庵本店ができましたが、それぞれに長所と短所があります。

 今まで、褒めて書いたことがあるのが、豊島屋と、ニュージャーマンです。ただし閉鎖されたメルマガ内で、ですが。

*1) 豊島屋は、さすがの大手で、見事な開発能力で、本店に行くと、いろいろな和菓子があります。それは、郵送できないそうですが、・・・・・(たとえばちりとりの形をしたおひがしなどは、壊れるので)・・・・・持参するのなら構わないので、相当長い年月、ご進物として使いました。鎌倉市内、大船、葉山あたりまでは、車で、生菓子でも、その塵取り風お干菓子でも、配達してもらえるので、それも便利なのです。

*2) ニュージャーマンは、アンが入ったカステラとして、鎌倉カスターが有名です。ただし、私が褒めたのは、今は出ていないチョコレートケーキです。これが、ワンホール(丸い形)で、1400円で抜群においしくて、どんな名家に持参しても喜ばれるお品でしたが、採算が合わないのでしょう。最近は売っていません。

*3) レザンジュ・・・・・豊島屋と同時並行として使ったのが、レザンジュです。ここのソフトクッキーというのはおいしいです。

 しかし、レザンジュはいろいろあるのです。ここから政治に入っていきますが、本当は印刷屋さんなのだそうです。で、包み紙が素晴らしいです。
 ただし、パティシェは、むろん素人ではなくて、チョコレートも、製造しているし、各種ケーキもお高いがおいしいです。

 ところが、二代目がそうしたのか、どうなったのかがわかりませんが、ひどい商売を本店ではなくて、若宮大路と、小町通り・・・・・(の、たぶんですが、借り店を使って)・・・・・で展開したのです。それは、2003年ごろですが、1500円のパイを買うと、もう一本サービスでついてくるという旗を立てて、大宣伝をした話です。
 レザンジュというのは知る人ぞ知る名店ですから、これは、大サービスです。鎌倉に何度も来ているリピーターなら喜んで入店するでしょう。
 
 ところが、サービスはないのです。それが、私だけではなくて、ほかの人にもないのです。私はね、日本人を相手には喧嘩をしないことと決めていましたが、何人もがだましに引っかかるので、とうとう、もう一回行って、問い合わせました。すると、『3000円以上買った人には、そのサービスをいたします』ですって。変ですね。前に、行った時には無論、私も、ほかの人も、3000円以上は買っています。ご進物に使うのですから、たいていは、一個でも、3000円以上のものを買います。
 結局、この旗(または、のぼり、)を数本立てて、大宣伝をした作戦は、高級路線では、お客が少なくなる予測を持った、経営陣の誰かが、大衆路線へと変更しようとして、その際に、売上を上げようとして取った作戦でしょうが、実際には、そのサービスを受けたお客はほとんどいないと思われます。
 観光客相手なら、一見の客ですから、それで、十分です。と、彼らは考えたのでしょう。ただし、それは、十分ではありません。
 鎌倉が世界遺産へ登録を願い出ているそうですが、あんな商売を引き続いてやられていたら、世界遺産どころの話ではなくなります。

 私はひどく憤慨して、閉鎖されているメルマガで、この件を書きました。ただし、レザンジュの名前は伏せてです。それが、2003年の3月1日です。
 ちなみに、今その二つの借り店(らしい?)は閉鎖されていて、あの派手なのぼりも見当たりません。レザンジュは本店で、従来通りの高級路線を敷いています。横浜高島屋などにも出店しているはずです。
 一時の気の迷いと言って笑っておけば済む話の一つです。

 が、そうは、ならないエピソードが、2004年か、2005年に起こりました。
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副題4、『名流夫人からのプレゼントが届かない(これも政治だ)』

 私はそのエピソードを、店名を伏せて、二冊目のエッセイに入れました。『れすとらん・ろしなんて』というもので、その第五章に、「鎌倉に住んでいると有名人によく出会う。例えば内橋克人さんは、背が高く、井上ひさしは、背が低い」という問題の個所があると、今まで何度も書いてきていますが、今点検をしてみると、なんと、その部分は、削除してありました。(笑)

 私は紙の本を作る際には相当に慎重だったということが、これでも、わかります。レザンジュの実名も伏せているし、内橋勝人さんと、井上ひさしの背の高さを比較した文章も削っています。それは、どうしてかというと階層、または、階級の問題を論じた部分で、現代日本で最も上位の地位にいるのが、文筆家を中心としたテレビに出る有名人なのです。そこで、2人の名前が出るのですが、なんと、紙の本に直す際には丁寧に、気を使っているのでした。8年前のことですが。

 それなのに妨害を受けるわけですから、怒りは猛然とおこります。

 で、それが、出来上がると並み装ですが、非常に美しい本となりました。私費出版の会社で、頼むと布装で、箱入りの本にするか、または、情勢本と言って、紙で、くるんだハードカバーの本を作ってくれますが、私は、6冊作った内で、ハードカバーは、二冊だけで、このれすとらん・ろしなんては、市販の本風の作りです。が、それでも、美しい仕上げで、特に女性が見せられるような作り上げ方をしています。それは、ピンクの薄紙が、表紙の上にかかっているということが、有ります。そこと、下の表紙に、ダブって、字が印刷されていて、一部の字が透けて見える形となっているので、まるで、歌集か詩集のように美しいと言われました。

 ところで、私は六種類の本を作り、それをほとんど売らないで、差し上げてきているのですが、お礼を、いただけるのが、不思議と名流夫人からなのです。それは、そちらさまの生活レベルが高くて余裕があるということもあるし、その上に、ご自分や、ご親戚に本を出版した人がすでにいて、大量生産品ではない本が、どれほど、高くつくかをご存じなのだと推察しています。

 外注すれば、だいたい1冊に5000円はかかります。私はすべてを自分でやっていて、自分の労賃はタダですが、外部の人へ払うお金だけで、一冊3000円かかります。
 ですから、2001年に、私費出版で有名な鎌倉春秋社を訪ねて、ナンバーツーの田中愛子さんから、『川崎さん、150万円しか出さないのなら、50部しかできませんよ』と怒鳴られながら追い払われたのも、無理もないのかもしれません。(笑)後で、彼女から直接に聞きましたが、どうしてあんなことを言ったのかの理由は、『だって、川崎さんの本って、注文が多いんだもの』だそうです。

 確かに美術が専門だから、それなりに凝ります。一冊ずつ、命を懸けて作り上げます。文章も長い時間をかけて書いたものの中から選ぶので、今までの六種類に関しては、おおむね好評です。

 で、鎌倉の名流夫人(2004年当時で、ご主人はすでに、最高裁判事であった)に送ったところ、例のごとく、高級なお礼として、レザンジュのソフトクッキーを送ってくださった・ら・し・い・のです。ところが、それは、我が家には届いていません。私の方も当時、『おかしいなあ。あの方から、はがき一本礼状が届かないのは。おかしい』と思いましたし、お相手も、私がソフトクッキーのお礼を言わないのをおかしいとお感じになって、数か月を過ごしたのです。家は歩くと、30分以上かかる場所なので、お互いに郵便とか、宅急便を使う間柄です。
 となると、自分でやるしかないではないですか?

 で、数か月後に、年賀状の季節が来て、私は『どうしたのかしら、誰かが悪い風評でも入れていて、既に絶交したいと思っていらっしゃるのかしら?』と、いささかの疑念を持ちながらも、年賀状は出したのです。すると、ご返事が来て、『あなたは、私がレザンジュのクッキーをお礼に送っているのに、どうして、それに対して、おはがき一本でもくださらないのですか?」と書いてありました。

 びっくりしました。この時点でも、逗子のアトリエはキープしていましたが、夜は必ず、鎌倉雪ノ下の自宅へ帰るシステムに変えていて、レザンジュから宅急便が届いたら、それに気が付かないという形はあり得ず、これは、届いていないという形になります。家族の誰かが、私に無断で、開封したとしてもこってりしたレザンジュのお菓子が、一日で、無くなるはずはないのです。

 これには相当に悩みました。一番いい解決方法は、すぐ、おはがきつきで、豊島屋の生菓子を、3000円ぐらい配達してもらうという案でしたね。だけど、それは一種の嘘に基づいている解決策だし、そういう解決策をとっても、一度、いやな感じを抱いた、そちらさまの気分が治る可能性もなくて、私は、一週間のちぐらいのタイミングで、「レザンジュのソフトクッキーをいただいたのでしょうか。実は事故があったみたいで、まだ届いていません」と知らせました。

 すると彼女は激怒したらしくて、すぐ折り返しに、レザンジュのソフトクッキーがもう一回、改めて送られてきたのです。ただ、その包装形式が乱暴で、その乱暴ぶりが、すさまじかったです。

  一応レザンジュは御用達の、宅急便会社を持っていますよね。クロネコだったと覚えておりますが。
 が、そこを使うと、もう一回事故が起きたら大変だと思う、そちらの考えが反映していて、郵便局の宅急便が使われていたと思います。ともかく、普段のレザンジュ製品の配達とはまるで違った形式で、単に菓子袋の上側をガムテープで三か所止めただけの包装で、我が家に配達をされました。乱暴な乱暴なその止め方に、彼女の深い怒りが込められていました。
 で、無論のこと絶交です。年賀状の交換もありません。

 だが、今にして思うと、これは、事故ではありません。徹底的に意図的な裏があるでしょう。それをこれから推理していきます。
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副題5、『裏から手が回ったのは確かだが、
     どこで、せき止められたのかな? それが問題だ』

 さて、2004年とか、2005年は、まだ、パソコンの明瞭な変調は、それほど、起きてはいませんでした。保存ができないとか、AOLがしょっちゅうメインテナンスという形で、使えないとなっているとか、(それは私のパソコンだけに向けてのお知らせだったのかもしれません。ひどい時は、一か月に一回AOLのサービス停止がありましたから)、有りましたが、忌まわしい形で、ぞっとするようなパソコン内攻撃が始まったのは、月刊ギャラリーの連載が終わった時点からです。
 しかも、月間ギャラリー側からいじめられているような偽装も伴っていたので、悪質極まりないのですが、ともかく、この名流夫人との間で、レザンジュのクッキーでもめ事が起きた時点では、私は自分が狙われているなどとは夢にも思いませんでした。

 で、クロネコあたりが、事故ったのだろうと思っていましたが、今では明瞭に違うだろうと思っております。
 で、後程、2007年以降は郵便局もクロネコもおかしくなるのです。ですから、この件は徹底的に検証しないとダメです。
 ネットのメールがはじかれるとか、言って、届いていなかったりするのは、しょっちゅうらしいのですが、
 ・・・・・または、ごみ箱に直通しているらしかったり、・・・・・

 郵便局と、クロネコや、佐川急便がおかしくなったら、日本も終わりですね。それが、例の国際的軍産共同体に支配をされていることがあるのなら、それは、明文化されないとダメなのです。そして、鎌倉エージェントたちの悪も、きちんと明文化されないとダメなのです。

 まず、レザンジュ自身が品物の発送をしなかったケースを考えてみましょう。
 どうしてそうなるかというと、伊藤玄二郎などから、例のれすとらん・ろしなんてで書いた文章が伝わっていたとすれば、レザンジュ側は、損失を受けたと考えて恨んでいた可能性はあります。

 私は原文内では、二代目社長か何かは知らないが、ボンボンで世間知らずの人が考案したのだろうと、言っていますが、もしかしたら、社長さんが狙った路線だったのかもしれないのです。鎌倉土産としては、圧倒的に有名な豊島屋の鳩さぶれーの路線にかなうもので、いずれ、その地位を奪っていこうとして、発案をされたものかもしれないのです。あの一五〇〇円買えば、同党の商品をさービスしますという大宣伝も、社運を賭けた路線変更への、ロケット弾だったのかもしれません。

 どうして、そこまで考えるかというと、パイって、サブレートほとんど、同等の原材料を使うのですが、機械で、折り曲げていくと、最終的には、空気を大量に含んで、かさばる形に仕上がります。そうなると、バターの消費量として、1500円の商品に含まれる量が圧倒的に、少なくて済むのです。当たれば、大儲けになるところでした。それを結局はやめています。となると、怒っている可能性は強いですね。特に、小町通りの支店で、私と直接に対応した女性が後で、叱られていたと仮定してみましょう。その時には、彼女は私の名前を知りません。だけど、伊藤玄二郎等から、はいってきた情報で、しっかりと覚えていたとすれば、発送の段階で、差し止めようと、命令をされていて、すぐ気がついて、発送を止めた可能性はあります。
 個人的な復讐心の発露としてですね。そして、社長の思いにかなう動作としてです。

 でも、それは、なかったと信じたいです。そこまで、レザンジュ側が汚いとしたら、鎌倉とは、夢も希望もない世界となります。世界遺産をお願いしますどころの話ではありません。
 ただね。豊島屋さんから聞いたのですが、機械メーカーに豊島屋さんのサブレート同じものができる機械を作ってくださいと、注文が入った時に、同時に、豊島屋のレシピも教えてくださいと頼まれたそうです。
 それは、「まず、原材料をミックスするタンクに、どれだけの小麦粉を入れる、と、同時にどれだけの卵を入れるのか、どれだけのバターを入れるのかを教えてください」と。機械メーカーは、絞り出し機から、あの鳩サブレート同じ厚さになるように、練られた原料を絞り出す調節はできるでしょう。

 形は無論ハトは使いません。別の形を使います。それから、焼き上がりの時間等は、ニクロム線の配置等で、同じものを作り出すことは可能です。だけど、レシピを教えていいかどうかは迷うでしょう。それは、小道徳に違反します。だから、豊島屋にその情報も返ってきたというわけです。

 そういう風に、甘いはずのお菓子業界にも汚い話がいっぱいあるのです。それは、美しいものを作り出しているはずの、美術界に忌まわしくも汚い話がいっぱいあるのと同じことです。内々に入り込むと、いろいろあるのです。だから、レザンジュ側自身が発想をしなかった可能性も、0.5%ぐらいはあるのですが、それは、まさか、まさかの部分です。それ以降も相当にレザンジュは使っていて、私の名前で、買い求めていますが、問題はありません。だから、上の発想はパイの、1500円買えば、1500円分、プレゼントされると、店頭ののぼりはいうが、実際には何ももらえなかったという件以外は、ありえない疑いの一つとなります。
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副題6、『韓国や中国とはいったん縁を切った方がいいのです。
 どうしてかというと、商道徳がない彼らに、技術が盗まれっぱなしだからです』

 上に書いたように、豊島屋さんが、長年かけて培ってきたノウハウが、別のお菓子屋さんにスムーズに盗まれてしまう話がありました。むろん、鎌倉のお菓子屋さんではないと信じています。日本全国ではサブレーをお持ち帰り商品としての、売り物にしているお菓子屋さんは他にもいっぱいあるので、そこから、申し込まれた話だと信じています。

 韓国が従軍慰安婦問題を引っ張り出してきては、日本いじめをするのならいったん韓国とは縁を切った方がいいのです。すべて、技術は盗まれていて、自動車も、白物家電も、お家芸を奪われそうになっています。造船もそうですね。そちらの方が売上高が多いかもしれません。

 そういう形で、日本の若者が苦しめられています。ウハ、ウハ、言っているのは、鎌倉エージェントのお三人、とか東京のユニクロの社長とか、京都人ながら、今では東京人と言ってよいだろう、稲盛さんぐらいのものでしょう。それと、テレビの世界に出る有名人たち。

 そういう人たちもひとたび、この日本というのが本当に沈没したら、自分たちのセレブ生活も失われるのに、そのことについての想像力がありません。だから、住居さえ海外にキープしていたら、日本という国家など、どっちでもよくて、後は、自分が儲けるだけなのです。それをグローバリズムとか言って、マスコミがちやほやしているだけです。

 その陰で、今回ニュースという形で公開されましたが、現在でも、8兆円のお金が韓国を助けるために、日本国内で凍結されているのです。
 そして過去に、どれほどのお金が、中国へ借款としてばらまかれ投入をされたか、一度、きちんと総額を国民に提示してもらいたいものです。

 そして、そういう知識を、あの暴動を起こしたデモ隊の人間たちは持ってはいないでしょう。幸いにして韓国ではあれほどの、暴動は起こりませんでした。韓国の方が中国より民度が高いのです。それは、国土が狭くて、また、日本植民地支配時に、国民総義務教育制度も行われたし、それ以降も、国民の教育に関する関心は高くて、中流階級が育っている社会だからです。

 でも、総人口が、少ないゆえに、日本人は、韓国を恐れずなめるぐらいで、今回の李明博大統領の、竹島訪問によって、あふれかえるほどの、嫌韓運動、または反韓運動が起こりました。
 私はそれで、よかったと思っています。日本人として、さげすまれいじめられる傾向も、いずれ沸騰点に達するから、大爆発を起こすはずです。それが、今、小噴火を起こしたところですが、この20年間に、ものすごい勢いで、技術移転(言葉を返せば、盗まれたのだ)が進んだのですから、それによって、損をしている日本は、ここで、縁が切れるのも結構なのです。向こうが嫌ってくれるのなら結構なことなのです。
 避けましょう。離れましょう。そして、日本国内で、再び雇用が復活するように、経済の仕組みを変えればいいのです。
 グローバリズムの美名に踊らされて、収奪を、アメリカから金銭的に行われ、技術の側面や、精神の側面で韓国や中国から、奪われている日本は、相手国から嫌われるという形で、一種のモンロー主義へ入ればいいのです。鎖国主義です。開放経済という形で、普通の日本人が損をしていて、若い人が就労もできない形になっているのを改良するためには、いったん、韓国と中国からは手を引いた方がいいのです。

 で、私だけではなくて、一般の日本国民も同じ程度の感情に達しているのですが、対中国としては、相当に違います。
 例えば、韓国の竹島問題に関しては、報道をしないように、日本国内で、規制が引かれたそうです。電通からの要望としてですって。
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副題7、『対・韓国・政策と、電通』

 電通の元顧問だった、成田豊氏は、FIFAサッカーの運営において、韓国有利に、手配したので、もしかしたら、元韓国人で、創始改名を迫られた人材ではないかという説もあるそうですが、ありえる説です。

 浅田真央選手に関する誹謗(親の職業について)記事を、女性週刊誌に書かせたという過去もあるそうです。成田豊氏は、一応死亡したこととなっています。その直前に、日経新聞の私の履歴書の連載があったのですし、有名人だから、葬儀を行わなかったはずもないし、その葬儀が、嘘だったはずもないので、井上ひさしとは違って、地下潜行をするために、偽の死亡を発表したということはないと考えますが、相当な策士であり、かつ、自分の意のままになる子分を電通の中に養っておいたことは想像に難くないです。
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副題8、『韓国ロビーと、創始改名に関する考証
・・・・・・成岡庸司君(早稲田の革○委員長)が、もし在日出自なりせば、すべては落着するが・・・・・』

 この成田豊氏が、最大にして最高の韓国ロビーストだと思いますが、国民の目に触れる存在としては、米倉経団連会長もあり、京セラ(および、今では、日本航空の)稲盛和夫さんも、大物としての韓国ロビーストです。

 ところで、成田さん以外は、純粋の日本人ですが、それぞれに深い縁が韓国に対してあります。それで、こういうロビーストがいるから、李明博大統領も気軽に、竹島上陸もしてしまうし、
 また、反対に、路線変更も容易にできるということになります。
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 ところで、ここで、音に関する判断について挿入を入れます。今は午後1時半ですが、15分ぐらい前に、不思議なサイレンめいた音が、斜め左下、安野家あたりから聞こえました。この音を敵方は、現在最大の脅かし用音として使っているみたいです。確かに意味がある音なのですが、今では、それを、私は敵方の恐れの反映であり、自分が大変に意味あることを書いている証明として、使っています。敵方の狙い通りにビビるのではなくて、かえって意気軒昂になる音として使っています。ですから、今から書くことは最大級に重要なことでしょう。
 で、挿入から元へ戻ります。
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 成田豊氏が本当は韓国で生まれた韓国人ではないかという件ですが、
 まず、成功の成は、創始改名の際によく使われたのではないかという想像が私側に、あることが根底にあります。
 韓国では、家の歴史が非常に大切だそうです。で、意外と苗字の種類が、少ないみたいです。金、李、姜、白、などは、すべて、有名なものですが、その一つに、発音をチョンという、成功の成の字もあったのではないかと想像しています。
 で、連続してお読みいただいている方々には、すでに、なじみの深い名前となっているだろう、成岡庸司君も元在日という出自があると仮定すると、すべては、納得のいく落着点に収まるのです。

 まず、ICU在学当時にはぶりを聞かせていた秋山豊寛さんと、ベイカーさんが親しかったということがあり、私が秋山さんに、バスの中で、(彼があまりに上手=うわて=いばること=に出るものですから、ちょっとからかいたくなって)

 「早稲田の成岡庸司君と中学が同期生なのよ」と言ったことから敷衍しての想像です。それは、お若い方には知られていないだろう、1965年の話ですが、秋山さんは東大教授の息子だということで、学生運動をしているのにもかかわらず、悠々とTBSに入社していきました。それは、一方で、新左翼系の学生運動がどういうものだったかを明らかにしていると思いますし、そこに、ベイカーさんなどの、CIA要員だと思われる存在が、深くかかわっていますので、大丈夫なのです。左翼でも、ノンポリ扱い化、時には、かえって優遇されるほどなのです。

 で、秋山さんからベイカーさんに、「彼女は成岡庸司と親しいのだ」と伝わって、成岡君が、CIA側にリクルートをされ、
 『一生を地下潜行者として暮らさないとならないが、その代り、この日本を実質的に支配してよろしい』というお墨付きを、この日本を実質的に支配している勢力(たとえば、固有名詞としてはロックフェラー四世など)から、もらったのではないかと考えている次第です。
 
 というのも、彼は、1965年次に週刊朝日にその特集が載るほどの有名人でした。そして、インタビューは彼本人に代わってお姉さんが応じています。だから、彼にお姉さんがいることは確かなのです。それも聡明で、活発な女性としてのお姉さんです。

 その後、パタッという形で、成岡君の行方は不明となります。そして、1980年代に、中学も同期生であり、私が進学しなかった早稲田(特に政経学部)では、成岡君と同窓となる、飯田隆君(のちに週刊朝日の編集長となる)から、「成岡は、もう死んでいるのでしょう」と、聞かされます。

 そういえば、1960年代後半から、1970年代にかけて学生運動は荒れに荒れ(あさま山荘、事件や連合赤軍事件が起こり、内ゲバで、人が多数死んでいるとも報道をされています)成岡君がそういう中に巻き込まれて死んでいる可能性も無きにしも非ずですが、
 それを聞かされた1980年代から、『ウソ、それ』と私は思っていました。あれほど、活発なお姉さんがいて、それで、行方不明の弟について黙っているはずがないと信じます。どうにかして探すでしょう。または、お葬式などやって、友人知人に、死亡の事実を知らせると思います。単に行方不明になったまま、放っておくはずがないです。
 家庭によっては学生運動にはしった子供を嫌がって勘当したりしていますが、成岡家では、そうではなくて、かえって誇りにしていたからです。

 しかも、そのさらに20年後の、2010年にふたたび、飯田隆君が重要なことを私に向かって言います。

 それは、3月10日で、場所は横浜ニューグランドホテルの宴会場の中でした。その宴会場は南北に長い部屋で、友達はほとんどが、演台がしつらえてある北側にたむろしていました。で、ほとんど誰もいない南側に飯田君は、私を呼び込んで、2人だけで座ることになりました。

 最初はちょっとうれしかったのですよ。中学時代は、相当に優秀だった私(入学式総代+卒業式総代)も、社会人となっては専業主婦が表看板で、鳴かず飛ばずです。それが、ジャーナリストとして功なり名を遂げた飯田君に、特別扱いをされたのですからね。100人の同期生(出席は、70名前後だったはず)の中で、特別に一人呼び出された扱いですから。

 で、にこにことして会話を交わしていました。だが、どうも変なのです。それ以前よりは。
 しかも、突然に飯田君が、『あんたはノイローゼですよ』と言ったのです。それが、今回も開発ちえさんのメール内でも使われていた、敵方の殺し文句のようですね。ノイローゼとか、精神病として、『おかしなことを言っているのだから、すべて彼女の言っていることは、嘘なのだ』と、決めつけられているのです。
 そうしたほうが、日本が、被植民地国家であるという事実を伏せることができます。で、支配者たちにとっては便利です。

 まあね、言ってみれば、飯田君というのはヒステリーではありません。こういうひどいことを言う際にも、上品に紳士的に言うので、前田清子夫人が目を吊り上らせて何かを言うのとはまるで違うのです。私は優雅で、上品な態度には、大体、弱いので、相当なレベルまで追い詰められないと、このこと自体を他者には言わないのですが。・・・・・・で、さらに言えば、優雅な物腰ながら、氷以上に冷たい目で、恐ろしいことを企み続ける安野夫人から、攻撃を受けるのなどとは、まるで、違う飯田君の雰囲気なので、私はこのエピソードを温存し続けていたのです。

 だが、2011年の6月16日に鎌倉警察署の、生活安全課の職員が、前田祝一氏の要請により、我が家を訪問をするとの電話をくれた時から、猛然と、このエピソードを披歴し始めております。

 前田祝一氏のひどい形のペンキ塗りお当番の話は、20年前に実際に行われている私への最大の攻撃であり、その文章を書いたのは正当防衛です。もちろん、環t櫛は先制攻撃はいたしません。やられたことを、書くだけです。だから、常に言っているように、悪いことをしないでくださいと。普通の人が近隣トラブルを起こす場合には、自分の持っている権利以上の特権を主張するケースが多いです。この近隣トラブルの最初の発生源は、安野夫人という、主婦としては未熟な女性が、一番という地位をほしくて道路を使って、毎日井戸端会議を開いたから起きたことでした。近隣で、おつき意をしたいのなら、ご自分の家へほかの人を招き入れて、お話をなされば、だれも文句を言わないのに、彼女は簡便にして、かつ、だれもを支配できる方法として、道路を使って井戸端会議をする方法を取っていたのです。しかも参加しない人ににらみを利かしたり。それで、私が常に言うのは、それを簡略に説明するために、「いばらないでください」と。また、「あなたが、いばるから、近隣トラブルが起きるのです」とも。

 しかも特にペンキ塗りお当番として話題を特定して書いたのは、2010年の9月です。それなのに、

 どうして、書いた9か月後に、前田氏は抗議に来たのでしょう。それは、当時、私がこのブログの世界で、書いていた、原発解説文が、あまりにも真実に迫っているので、影響力が大きすぎると考えた敵方が、ブログを閉鎖させようとして、近隣トラブル方面を利用して、それで、閉鎖させようと願ったから、9か月後に、前田氏が訪ねてきたのです。しかも、それを、私に歯言わずに、主人を呼び出して頼んできたのでした。でも、私がやめないので、警察を巻き込んだのです。もし、あのまま、警察が前田氏の見方をしたら、それ以前に、柳沢+、石川和子夫婦の見方をして大失敗を起こしているのと、二重になって、さらに、その忌まわしさを諄々と私が書くことになったでしょう。ともかく、書かれるような原因を起こさないでほしいです。

 もしかしたら、こちらが気が付かないで、そのうちに自分たちだけが有利になるとでも思っているのかなあ? そうとしか考えられませんが。私は、気が付かないということはありません。すぐ因果関係を察知できます。

 それで、すぐ防衛上は、前田祝一氏よりも敵方(それは、日本を全国的に考えた時には、より上位のエージェントを指す)にとっては大切であろう、飯田隆君やら、時田史郎(福音館・元・社長)についてのエピソードを書き始めたら、やっとハッキングをしていたと思われる、警察から、変更のお知らせがありました。

 「警察は、近隣トラブルにおいては、どちらの味方もしません』ということに急きょ変更になって、この家に、来ないことになったのです。そういう風に警察を動かす必要性のある最大の人物は伊藤玄二郎と、彼の二人羽織として、この件では、常に行動を共にする、
 井上ひさしの二人しか考えられません。前田祝一氏は、奥さんよりは温和でできた人ですが、おおもとのアジサイ畑欺もう事件を丁寧に誠実に解決できなかったという意味で、最上のインテリとは言えないなあと考えています。私はちゃんと前田家にも、この工事を、こちらは許可していないので、やめてほしいと言いに行っていますし、その当夜、には、彼は何も知らなくて中谷氏と古沢氏の二人しか関与していなかったのですから、『中谷さん、どうか、おやめください。持ち主が許可しないと言っていますので、将来大問題になります』と、忠告しに行けばいいのに、無責任に何も行動をしなかったのです。そして、その悪い事実(使えないという形で、実質上は土地を盗んだ)を既成事実と化すために、ペンキ塗りお当番などを、後日行うこととなります。
 で、前田氏の攻撃をかわすために、書き始めた飯田君のエピソードですが、
 この三人は、私の中学の同期生にして、早稲田へ進学した男の子という意味で共通項があり、特に時田史郎君がひどい行動をとっています。それは、彼が葉山に住んでいて、葉山が、伊藤玄二郎や、井上ひさしの支配下にあることも関連しているのでしょう。そういうわけで、成岡庸司という存在は、日本で一・二を争うエージェントであると私はみなしていて、しかも在日の出自があるとも、みなしていて、それゆえに、韓国がありとあらゆることで、日本より上の地位におかれているのだとも、みなしているわけです。
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副題9『米倉会長は、最近使われない。し、稲盛さんの、京都賞は、いったいどこへ消えたのかな?』

 ところで、上の記述は、成田豊氏が、電通に残した存在たちが、日韓関係が真に危うくなったら、止めに入ったということを示唆しています。

 私はいつも、この竹島問題も、尖閣諸島問題も、鎌倉エージェントが追い詰められていて、それで、助けを求めて、海外の総本山へ、「雨宮舜(=本名川崎千恵子)のこころが、暗くなるようなニュースを作ってください。彼女は愛国者ですから、愛国者が、悲しくなるようなニュースがいいです」とお願いした結果、起されたニュースだと思っていますから、「喧嘩する必要はない。無視しておけばいい」と、繰り返し語っています。

 佐々木俊尚氏によれば、どうも私は「ねとうよ」と呼ばれる存在だそうですが、本当の右翼だったら、既に怒り狂って、戦端を開くべきだと主張するはずですね。私は第二次大戦の本質について、解説をしたり、東京裁判の忌まわしさについて解説をしたりするのはやっていますが、決して好戦的な人間ではなくて、しかも、「この一連の騒動は、一部のお馬鹿さんが扇動をされて起こしていることですから、無視しておけばいい」と繰り返して述べています。

 ともかく、鎌倉エージェントがどうして、これほど、重用をされるかというと、我が家のご近所主婦の中に伊藤玄二郎の元愛人だという女性がいて、彼女を、私の上の芸術家の位置に置き、彼女(または、彼女の親友らしき安野夫人)を通じて、種々様々ないじめ行動を起こすのに便利だから、なのです。
 つまり、石川和子というその愛人は、田中愛子女史と同じく、特権の享受者・伊藤玄二郎の感化を受けているせいか、すこぶるつきのわがままもので、私の猫のことで、警察を巻き込んだ、にっちもさっちもいかない騒動を起こしているのです。

 そのことが原因で、私は『彼女自身も、癌を理由にして暗殺をされた』とみているほどですが、関東学院大学の教授にして、ポルトガル国のエンリケ皇太子勲章をもらってもいる伊藤玄二郎は、最初期の、二〇〇七年ごろには、非常に、軽く考えて、私を、その件ひとつで抹殺しようと図って、大勢の人を巻き込んで策略を弄し始めたのです。ところが、彼とはまるで違う種類の人間である私は、そんな悪辣なことに負けるはずがありません。それで、きちんと文章を書き続けていますので、彼も弾圧をさらに、続けています。そしてさらに大勢の人を巻き込んでは、自縄自縛に陥っています。

 警察やNHKは、まだしも、鎌倉市在住の普通の人、特に北鎌倉の飲み屋・兼・喫茶店である『侘助』について書かれるのなど、彼にとっては相当に痛手であるでしょう。それは、彼が悪人であることの見事な証明になっているからです。しかも彼の商売の基本部分(=収入の大基本部分)においてある鎌倉春秋(タウン誌)の最大の顧客層に迷惑をかけることとなりますね。
だから、そういう人に、迷惑をかけることになるのだから、そういう人を動かさなければいいのに、動かすのです。ちょっとでも、有利そうだとすぐそれをやります。とても単純な頭脳の持ち主です。

 本日はレザンジュについて語っています。レザンジュは侘助さんなどに比較すると、数段大きな企業体ですが、そちらが巻き込まれていることを語るのは、鎌倉で地歩を築いているつもりになっている彼には、相当な痛手でしょう。だけど、おやりになるからいけないのよ。今朝の早朝も早朝、午前、一時前後に入れられたコメントもあなたが、書かなければ、または、あなたが、誰かに書かせなければ、私もここまで明瞭には今日のブログは、書きませんでしたがね。

 つまり、石川和子とは元愛人だから、優遇したとなると、私費出版社として有名な鎌倉春秋社のイメージダウンにつながると考えて、種々様々な諜略行為を繰り返したのです。その最大のものが、中国が最近、尖閣諸島の周りに、公艦を出動させているという尖閣諸島のごたごたです。

 が、韓国の方は、実情に見合って、解決してきました。つまり、李明博大統領が、前言を翻してきたのです。「天皇の謝罪を要求したり、訪問を要請したことはない」と言ってきています。実際には行ったのでしょう。でも、それは、例の韓国ロビーストからの、進言が李明博大統領に届いているので、前言を翻した方がいいということが大統領に分かったのです。そして、それに従ったということです。柔軟なのです。君子は豹変するの典型です。
 今、10時直前ですが、すでに、上で、4千字加筆して、二万字に4文字残すだけになったので、急きょここで終わります。続きは別の章で。雨宮舜
コメント

崔洋一監督はどうして、又、誰に依り、映画監督協会の会長に選ばれたの?

2012-10-12 12:12:01 | Weblog

 2010年10月11日付発信として、日韓の間を取り持つ、日本人側のロビイストの分析をしています。それが、推敲中に2万字を超えたので、内容的に、独立している部分を取り出して、新たな一章を作りました。
 
 今回の(それは、2010年の8月のこと)李明博大統領の竹島上陸によって、誠実に暮らしている在日の人は、実際は、おお迷惑をこうむっていると思います。

 が、特殊な在日の人もいて、彼らは、大喜びをしている可能性があります。その一人が、崔洋一監督です。
 この章では、『どうして、崔洋一監督が、日本映画監督協会の会長なのか』が解せないので、それを、疑問として提出いたします。

 崔洋一監督は、「月はどっちに出ている」一本しかヒットした映画がない人です。そのような人が、今、日本映画監督協会の会長であり、NHKの特番内で、若い人を、問答無用で、どなりつけるような傲慢な姿勢で生きています。

 それは、本当に嫌なことです。そういう姿勢を生んでいるのが、韓国や在日の人を日本や、日本人の上に置くという国際的軍産共同体の姿勢です。

 ですから、ちょっとぐらい、『おおいやだ。韓国人よ。すこし、引っ込んでいてくれ』というのもいいことなのです。

 単に彼を利用する価値があるから、自分の立場を高められているのに過ぎないのに、自分に実力があると勘違いして舞い上がる崔監督は、この山のご近所主婦と構図はそっくりです。今朝も威張りん坊さんちの猫が、我が家の玄関内にまで、我が家の猫を追いかけてきました。これが、どうして、そうなるかは、もう、本日は繰り返しませんが。

 しかも、川喜多記念館という鎌倉市の公民館で、その大失敗の後で、自分をマネーロンダリングをする講演会を開いてもらったのですが、同時に出演したのが伊藤玄二郎です。そういう些細なポイントでも、彼らがどれほど、人脈を通じて助け合っていて、お金や名誉を自分たちで独占しているかがわかります。

 ここで、ウォン建て韓国国債を、日本円で保障するために、700ドル(実際には、6~8兆円)を、死に金として、日本が用意しないといけないことなどを、はっきりと、いやだと言明してもいいでしょう。

 2012年10月12日に初校を書き、13日に推敲を兼ねて独立させた。ただし、航海の日付だけは、12日にしておきます。雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)
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山中教授の受賞+佐々木俊尚・分析+・歴・女・の発生+リー・ウー・ファン

2012-10-08 23:06:27 | Weblog
副題1、『本日の前置き、・・・・・ただし、8日に書いています』
副題2、『佐々木俊尚氏は、ねとうよ(ネット右翼)の研究家だそうですが?』
副題3、『日本が法治国家である限り、私は安全です』
副題4、『オピニオンリーダー、または、政治評論家でありながら、単なる一鉄砲玉として利用をされている、佐々木俊尚氏』
副題5、『数で、考えてみる佐々木俊尚の実力・対・私+対・伊藤玄二郎』
副題6、『山中教授のスピーチにあった、日本を大切にする言葉群』
副題7、『山中教授の発言は、海外暮らしをした人には共通するものだ』
副題8、『歴女の発生は、必然だったか』


副題10、『リーウーファンの絵が李明博大統領の後ろにあった』
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副題1、『本日の前置き、・・・・・ただし、8日に書いています』

 皆様、私は日曜日から月曜日にかけて、ほぼ、20時間も、パソコンにタッチしていませんでした。どうして、それほど、間を開けたかというと、法事があったのと、久しぶりの肉体労働で、お昼寝をしたからです。思いがけず頭と体のバランスが取れていて、眠いと感じたら、寝られたという状態でした。

 肉体労働とは、築40年という古家部分を改築しようとしていて、その18坪に入っているもの類を、改築しない新家部分、15坪に移動をしようとしていたからです。膨大なもの、特に絵とか、書類など、自分が作ったものは、整理に時間がかかるはずなので、本とか、衣服など、買ったものの移動に、最初に取り組もうと考えました。が、本は意外に重いです。
 ついでに、はば60センチの簡易な本棚を一階から二階へ一人で移動をさせたりしたので、疲れました。ただし睡眠にむけては適宜な状況です。

 でもね。これほど、長時間パソコンを開かないでいられるというのも、私自身が相当に余裕を持ってきたことを証明しております。

 大体、似たようなことは繰り返されています。大阪府警が発表した『成りすまし、ウィルス感染』の問題も、私が一週間(10月2日)前に、書いたことを、打ち消すために、作られた現象です。ただし、府警側は起きたのが、8月ごろと言っていますが、それこそ、作られた期日のはずです。
 大相撲壊滅作戦の時も、NHK記者が捜査情報を漏えいしたと言って、叱られました。名前が明らかにはされませんでした。顔写真も出なかったです。あのときも7月に発生したものを、9月か、10月に究明するといっていまう。これら、調略として作られた事件や事象は、期日については見え見えの嘘が含まれています。
 特に、顔写真および名前が出ないという点では、毒いり餃子事件等とも同じです。期日が、前倒しにされているのは、

 トロイの木馬、ボッツウィルス、など、国谷裕子さんが、解説した大騒ぎめいたウィルスが過去にありましたが、また、国谷さんが、クローズアップ現代で、これを取り上げるようだと、ほぼ、100%、私のブログと対応をしていて、それを否定するための現象だといえましょう。

 で、そのように、私の文章を打ち消すための、NHKニュースおよびその前段階での警察の発表という攻撃があっても、おっとりと構えて、『ああ、そうですか』と言っていられる自分が、いま、ここにいます。それも、これも、すさまじい過去の経験から、生まれた余裕です。もし、そのニュースによって、私が書いたことが否定をされるのなら、また、次の問題で、その新しく発見をされたあくどさを書くだけとなります。

 で、前報を、改善推敲、加筆をしないで、24時間たっているうちに、山中教授のノーベル賞受賞というニュースが飛び込んできました。で、ここで、お約束をしていた前報群を、推敲することを後回しにして、その朗報を聞いて感じることを書きたいと思います。
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副題2、『佐々木俊尚氏は、ねとうよ(ネット右翼)の研究家だそうですが?』

 私は自分が不当な形と、不当な理由で、弾圧を受けていて、五億円に近い損害を被っていると思っています。その一つに、「ねとうよ」と規定をされていて、朝日新聞を中心とした論壇にいる論客から馬鹿にされていることも、含まれています。
 その証拠の一つは、2010年の初夏に、『消された映画』という本を準備していた最中に起こりました。

 朝日新聞に『売れている本』というコラムがあります。そこに佐々木俊尚氏が、堤みかさんの新書を取り上げたいたのですが、その中に突然、文脈を外して、マイケルムーア監督に対する否定と批判の言葉が出てきたのです。

 朝日新聞の編集サイドから頼まれたのか、彼本人の、意識下から生まれた言葉かは不明ですが、誰か、いわゆるCIAのエージェント化している人間から、・・・・・私(=雨宮舜)が今、マイケル・ムーア監督を、称揚する文章が入った書物を編集中だ(・・・・・とは聞いていて)、それをつぶすために、そういう文言が、おかしな場所に入った文章を書いたのだ・・・・・と、それは、直感をしました。
 その当時は、千葉景子法務大臣が、持論に反して死刑執行を行い、死刑場を公開した件もありました。それも、私が編集しつつあった、レオス・カラックス監督の映画、{TOKYO}の部分をつぶすために、行われたと直感をしています。

 私は、本を編集する際には、妨害が果てしがないので、編集作業を今行っているとは、このブログや、AOLのメルマガの読者様にはお知らせをしないで、秘密裡に行います。最初はのんきに、今はそれで、忙しいのです』などと、報告をしていましたが、渡辺幸子さんが、『絵を返してくださいと』電話をくれたころには、本の編集の真っ最中で、それゆえ妨害をするための電話だと思いましたし、その妨害を乗り越えながら作業を、自宅でしていると、普通の日の、10倍の時間と労力がかかるからです。
 ですから、読者に、目撃者となって頂くことができません。

 それを利用して、現場で私のパソコンに直接バグを入れこめるだけではなくて、同時並行的に、すごいレベルで、高度な(笑)いじめるためのニュースが作り出されるのです。そのニュースを聞いたり接したりすると、気がめいるはずだと思われて、そういうニュースが創出をされます。

 はたまた、誰か、彼らが考える有名人が使役されて攻撃者として登場します。
 上の千葉景子さんもその一人ですが、佐々木俊尚氏も、その一人であり、最近猛烈なメールをくれた開発ちえさんも、その一人です。 
 後で、整理しておきますが、お互いのやり取りを逐一、テキスト形式に直して、全部総合させると、一万五千字以上になるはずです。そのうちの4分の3が彼女の文章であり、罵りの連続です。

 開発さんがどういう風に、それをお考えになろうとも、こちらからみれば、『ああ、佐々木俊尚氏と同じレベルで、使われましたね。あちらは、早稲田卒、こちらは慶応卒ですが』と思うだけですね。だから、私は冷静であって、あのまま、だれにも言わないで終わらせてもよかったのですが、パソコンを壊されるほど、敵方の陣営に深い形で、大切にされていたわけで、驚いて、ブログで、文章化したのでした。

 敵方は、私がAOLのメールはパソコンを壊されるとたとえハードディスクを取り出しても、すでに読めない形になると言い続けていますので、パソコンを壊して彼女を守ったのです。しかし、私は常に予測の人ですから、それも勘案して、もらったとたんにすべてをコピペして保管をしてあります。
 彼女は、その10日以上前に、ご自分の方は、既にフェイスブックで、私のメールを公開なさっているそうですから、互角というか、お相子というか、こちらは正当防衛となります。

 30年前に瀬島龍三(その友人)に、北久里浜の横須賀市の水道タンク山を彼らがただどりした際の法的闘争(訴訟という大げさな形にはしていないが)に勝っていて、弁護士さんが、舌を巻きながら「あなたって、あたまがいいですね」とおっしゃってくださった、そういう人間が、私です。法を守る行動と、法で、守られるという行動様式は、きちんと身についています。決してヒステリーは起こさないし、感情的にもなりません。
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副題3、『日本が法治国家である限り、私は安全です』

 日本が法治国家である限り、私は安全です。私を攻撃してくる人を、一種の虫けらとしてみなしているのも、豊富な、実地経験があるからです。私の言葉は、机上の空論でもなく、かつ言葉のブラフでもありません。

 そして、「100%勝てるわね」と思っても絶対に深追いをいたしません。相手が逃げられる余地を残しておく。人生は長いのです。それに法律とは、自分を守るのが本義なのです。正義がこちらにあるときに、自分を守るものが法律です。
 
 ある時期に、一気に勝っても、結局のところ、復讐をされたりしますから、100%の勝利は取らないように、気を付けています。55%の勝利ぐらいしか求めておりません。
 武士の情け、相手に逃げる余地を残しておきます。

 しかし、素人は、そういう法律の本義を知りません。で、感情まみれになります。今回の開発ちえさんのメールも全文を公開すれば、みなさんは、あるインテリ標榜する人間が示した目を覆う惨状(または、破たん)を、実際にご覧になることとなるでしょう。それは、ちえさんが、法律に関しては、素人だからです。だから、私はほほえましく思って、本当に、たとえ一部でも、非公開のままにしておきたかったぐらいですが。

 この山の住人も、私からみれば法律に関しては、素人ばかりです。前田清子夫人は静岡大学の法学部出身だそうですが、アジさい畑欺罔事件・・・・・・前田家は造成上、違反な指導分担をしているのに、私の指導分担へは、コンクリート打ちをするという形で、事実上盗んだ。その裏側にはすさまじいまでの、女社会のいじめがあった。対・私ではなくて、対・藤本夫人という形ではあったが・・・・・
 
 では自分がもっとも、主要な原因者であるにもかかわらず、平気な顔で、24年を過ごし、「私(雨宮舜が、きちんと法的な被害と加害の関係には、気が付いていて、理論的に、それを再構築できるのですよ」ということを示した途端に、初めて恐ろしくなったのでしょうね。

 急に追い出したくなって、私の猫さえ脅かすのです。真昼間なのに、雨戸をキー、ががががーっと、開け閉めして、ご主人からたしなめられるほどです。それを書いた日から、引き戸を、がーと開け閉めするのが、攻撃策として有効だとみなされ、数か月おいては使われました。30メートル離れている大原光孝氏もそれをやり、5メートルも離れていない小野寺夫人もそれをやりました。
 で、常にそれらを書き留めながら、「何んて法律に対して、無知なのだろう」とあきれかえっている私です。静岡大学って、どなたもご存じのように、国立大学でしょう。税金で法律の勉強をさせてもらったのに、実生活の中では、法律的思考が身についていないのです。違法なことを平気でやっている。まず、ご自分のうちの崖の設置場所は、なんですか?と言いたいです。恐るべき無知蒙昧無教養というべき態度です。『ごめんなさいね。いつも、ご迷惑をおかけして、あなたが我慢をしてくださって、譲ってくださっているので、とても、助かっていますわ』という態度ならまだ許せるけれど。
 それが、28年も続いて、もっといろいろあるのですから、彼女を国学院大学の講師へ推薦なさった、八幡宮の大銀杏も倒れるというものです。神様はちゃんとご覧になっています。別に法律だけが人間を守るものでもありません。
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副題4、『オピニオンリーダー、または、政治評論家でありながら、単なる一鉄砲玉として利用をされている、佐々木俊尚氏』

 ところで、前田夫人からも、開発ちえさんからも、離れて、俊尚氏に戻ります。
 私はその佐々木俊尚氏の文章にびっくりして、グーグル検索だけですが、彼を調べてみると、

 早稲田大学出身で、私より若い。
 そうすると、私の中学の同級生で、元朝日新聞社記者、週刊朝日編集長だった、飯田隆君などが、引き揚げてあげることができますね。ほかにも朝日新聞社には、早稲田大学出身者は、たくさんいるはずです。
 で、朝日新聞に署名入りで、コラムを書くことは、自分の権威をあげ、ほかの仕事を、もらう可能性が広がりますので、お金にも名誉にもつながります。となると、朝日新聞の大方針である、『右翼的傾向の人間をつぶせ』ということには、従順なはずです。

 だけど、タイミングから考えると、一方で、絶対に、「私を狙った、文章」であるそれが、あり、かつ別方向で、「ねとうよ」の研究家だという記述があると、それを重ね合わせると、当然のごとく、私が「ねとうよ」ということになります。

 『え、それはないでしょう』とびっくり仰天です。昔よく、『ギョエテとは、俺のことかとゲーテいい』という文言がもてはやされました。

 これは明治期から、大正期にかけて、日本語表記に、まだ不備があって、ゲーテを、ウムラウト表記などがない日本語であらわすのが難しくて、ギョエテと、翻訳してあったのをからかった文言です。
 それに倣えば、『ねとうよとは、おれのことかと、舜はいい」となります。
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 ここで、2,3わき道にそれますが、まず第一に、雨宮舜は、女性ですと、お断りをしておきます。
 また、ギョエテの笑い話が生まれたのは、『デカンショ、デカンショーで、はんとしくーらーす」というデカンショ節が、生まれたころの、優雅な旧制高校のはやり言葉の一種です。
 お若い方のために、念のためにおせっかいな解説をさせていただくと、デカンショとは、
 デカルト、カント、ショーペンハウエルを、三つ合わせて短縮形にした言葉で、いわゆる高等遊民生活を送っていた、戦前、特に、大正期の旧制高校生や、帝大生が産んだ言葉でしょう。
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 私は本当に佐々木俊尚氏とか、彼を、そのように使役をしている存在に対して、怒っています。特に、私が編集中の本は、ほとんどが、ブログ等でさらしていますから、その本文そのものがハッキングをされようがどうしようが構わないのですが、
 紙の本に直すとなると、最大の妨害を受けます。ということはいまだに紙の本が大いなる力を持っていることを示しています。で、私が小さな仕事である、自分の本の編集を始めると、それが、大警戒心を敵ども(=原発の燃料を送り込んでいる世界の大資本とそれに連なって大小のエージェントとして、動いている日本人)
に抱かせるみたいで、激しい攻撃用ニュースが作り出されるのです。

 だけど、「ねとうよ」なんていないのですよ。ごく当たり前の日本人として、ごく当たり前の発言を、私はしているだけです。そして、私が喫茶店や、レストランでパソコンを開けて本の編集の仕事をしていると、隣のテ-ブルで、話し合われていることが聞こえてきますが、それらは、まさしく、私がここで書いているような話題で、私がここに書いているような結論に達しています。だから、佐々木俊尚氏の方が、そのうちに裸の王様になる可能性は強いです。朝日新聞自体はすでに、ジャーナリズムとしてはそうであって、ただ、映画、演劇などのエンタメ系および、展覧会等の情報が乗っていますね。番組表もカラーで見やすいしという形で惰性で、撮っている人たちが多いが、世代が、新しくなればなるほど、衰退に向かう形式のメディアでしょう。だから、ご自分たちが自認しているほどの、力や権威はすでにないはずであり、かつ、どんどん、下落していくと思います。

 早く山中教授へ入りたいのですが、もう少し佐々木俊尚氏にこだわります。
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副題5、『数で、考えてみる佐々木俊尚の実力・対・私+対・伊藤玄二郎』

 佐々木俊尚という名前を知っている人間が、日本中には、500万人はいるでしょう。朝日新聞は、公称、800万部売れているそうです。家族もともに読む、とか、図書館で読む人もいると仮定すると、2000万人ぐらいに、佐々木俊尚という名前が知られている可能性はあります。
 しかし、まだ、本田靖春、佐木隆三、佐野真一のレベルではないと思われます。
 それに、私もそうなのですが、忙しくて新聞を読んでいる暇がないとか、若い人で、新聞なんかとっていないよという人も多いでしょうから、
 その文章の実際を知っている人間を、500万人と仮にですが、想定をしておきましょう。
 比較して、私の方がどれだけの数の人間に、知られているかと言えば、5000人ぐらいだと思われます。と、なると、力関係上は、0.1%の数量差があります。
 そこをどう処理するかです。相手方は総力を挙げて、私をつぶそうとしています。それも、常に心理学的な処理で行おうとしています。
 この数で、または、数に基づいた力関係で、考えると『負けているのだ』となり、それを、真正面から受け止めると、そりゃあ、気分がめいりますね。当たり前のことです。ですから、そういう時は、『自分は神様に向かって書く』とこころに決め、臍下丹田に力を入れるのです。

 朝日新聞は、人間が作った組織です。また、ロックフェラー四世も人間であることには変わりはないです。アメリカが国家としては、主役となり、国際的軍産共同体が、自分たちの人間としての利益を得るために、日本を事実上の被・植民地化していると言っても、それも人間が決めたことです。だが、神様の存在は人間を超えています。そこに依拠してものを考えると、心が自由になり、筆も自由になります。
 そのような自由な姿勢でものを書くときに、ものを書くことが喜びとなります。佐々木俊尚氏にとって、ものを書くことが喜びであろうか? 例えば朝日新聞の記者であった赤津ただしさんは、うつ病になって、定年前に退職したそうです。それは、ものを書くことが負担になっていたことを想像させますが、朝日新聞の記者だったからこそ、負担が大きくて、そうなったともいえます。
 1000万人の読者がいて、種々様々な不文律で、縛られてもいる。しかも字数に制限がある。これって、私だって、容易に想像できる書きにくさがあります。

 佐々木俊尚氏は、外部の、フリーのライターで、記者でもない。特にサラリーマンではありません。だから、ずっと自由だと言っても、種々様々な規制が文章にかかっていることには変わりはないのです。

 例えば、ですが、選挙区制度の問題を考えてみましょう。小選挙区制を総力をあげて推進したのは朝日新聞です。しかし、あれが大きく日本政治をダメにしたのは、衆目の一致する意見です。となると、まず、その一点で、自分の脳みそや心を、麻痺させないとダメです。もし、『麻痺させないでも大丈夫だ。自分は心から小選挙区制は正しかったと思っている』となるなら、私は、その点で、氏を軽蔑しますね。特に判断力において。

 しかし、ここで、何を書いても佐々木氏の方では、絶対に自分が上だ。一千倍以上の力でと思っているでしょう。だけど、もう一つあります。

 対、私ではなくて、対・伊藤玄二郎で考えてみると、こちらでも、佐々木氏の方が下なのですよ。著名度においては、伊藤玄二郎は、十分の一、である、50万人程度の人間にしかその名前を知られていないと思います。だけど、この国を支配する案を紡ぎだし、それを実行させるべく、NHKや、朝日新聞を動かすことができる人材としては、伊藤玄二郎の方が上なのです。
 しかし、佐々木俊尚氏のためを思えば、そういう立場の方がいいのですよ。そういう風な、国民に隠れて行う悪にまで、手を染めると、自分自身が絶対に、伸びられないです。天とか、神様という存在の好意も失うからです。
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副題6、『山中教授のスピーチにあった、日本を大切にする言葉群』

 山中教授がノーベル賞をもらうこととなりました。それに関して記者会見が開かれて、教授の思いが語られました。

 そのスピーチの中に、日本を大切に思う気持ちがあふれていました。
例えば、日本に感謝するとか、日本を代表してもらったとか。
 今、ノーベル賞をありがたがっている日本人で、山中教授を右翼だという人間はいないでしょう。この際の右翼とは、軽蔑の趣で語られる言葉としての右翼です。

 佐々木俊尚氏が上で語ったエピソードに関連して使った「ねとうよ」という言葉を使った時には、軽蔑のニュアンスが確かに込められていました。

 いま、ここで、佐々木俊尚氏に呼びかけたいです。一種の公開質問状としてね。
 あなたは、明日[=2012年10月9日]にでも、「山中教授は右翼的だ。危険な人物だ」という評論をブログで、でも、つぃったーででも、フェイスブックででも発表できますか?
 今度の標的人物は大きいです。幼児と、認知症に陥ったご老人以外の、一億人の人が知っている人物です。

 日本に対して、愛国的言辞を弄した人間がすべて右翼だ、という私に対して示した考察が、本当にあなたの信念に基づいたものだったら、これは、好機ですよ。あなたの心情を一億人の心に届かせることができます。

 これから、一か月ぐらい、ネットの世界で検索したり、新聞の雑誌広告や電車の中吊りを検討します。待っています。ぜひ、記事か、エッセイか、論文を拝読するのを楽しみにしています。その主張は、『山中教授はけしからん人物だという方向性を持っていること、それを望みますよ。いったん濡れ衣というか、欠席裁判にかかけられた経験をしている人間としては、絶対にそれを要望します。
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副題7、『山中教授の発言は、海外暮らしをした人には共通するものだ』

 山中教授は海外で、仕事をする人間です。日本でもするが、アメリカでもそれをする。となると、アメリカできちんと仕事をする人間としては、弱気でもなえていてもだめだと気が付きます。ところが、日本人というのは相対的(または総体的)に、弱気であり、まっすぐではないのです。

 一方で国籍はどこであれ、パリやニューヨークなどの多国籍国家で暮らしている多数の外国人は総じて、元気なのです。
 行動の様式、思考の在り方。それから、種々様々な面で、まるで元気で、日本のように、KYだとか、足を引っ張られるとか、目立つといじめられるという発想がありません。
 そういう中で、よい仕事をしていくためには、同じように元気でまっすぐでないとダメなのです。

 『じゃあね、他人を見習えばいいのね。そっくりな行動様式を取ればいいのね。ほら、日本人って猿まねの国だって言われるでしょう。だから、すぐできるわ。私だって、実際にアメリカにわたってしまえば』となるかというとそうでもないのです。
 アメリカで暮らす場合でも、パリで暮らす場合でも、日本人としてのアイデンティティを確立したうえでの元気さでないとダメなのです。

 現地の言葉ができないと、それは、だめです。が、言語は別にして、行動用式、マナー、ふるまい、思考の在り方、そういうものすべてに、日本人としての、誇りを、付記した、アイデンティティがないと、外国人と互角の仕事はできません。仕事の場さえ確保できません。例えば、実験室なら、スペースすら確保できないでしょう。大学なら器具を後で洗ってくれる助手すら確保できないはずです。

 たとえ、予算や地位を与えられても相手が、丁寧に仕事をしてくれなくて、実験がうまく行かないなどという弊害が起きるはずです。
 最先端の学問を共同研究するという目的をかなえるためには、まず、明治時代の日本人が一般的にもっていたであろう、武士道精神に基づいた毅然としたマナーと、上品な強気さがないとダメなのです。

 それを、戦後の教育を受けた日本人がぽんと外国へ放り出されて、どうしたら、獲得できるかというと、歴史を正しく認識しないとダメなのです。

 その歴史ですが、別に厚い教科書を読むことで学べるものでもないのです。自学自習というか、気持ちがそれを欲していることが大切です。山中教授は両親の言葉や愛の大切さを語っておられますが、それが歴史です。

 まず、家族が大切です。そのの中に継承をされた正しい歴史ととか、歴史観があると、それが基礎になります。そのうえで、新聞を読むとか、テレビニュースをちらっと見るでもいいのです。

 しかし、海外では、そういう風に個人的に、人々は努力をして現地生活に対応するようになります。特に観光で渡ったわけではなくて、現地で仕事をしようとする人間は、ちゃんと適応するように、努力をします。それぐらいの気概は自然に生まれます。
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副題8、『歴女の発生は、必然だったか』

 現代日本で、最もお金を使えるのは、熟年で、65歳以上、だと言われ始めました。だが、数年前までは、OLをやっていて、親元から会社に通勤をしているアラサーとか、アラフォーの女性が一番お金を使うと言われたものです。

 で、そういう年代の女性に関心を向けられた現象はニュースショーにもたびたび登場します。最近で、注目をされたのは、山ガールでしょう。『登山用・スカートが山小屋で、下ばき(=パンツ)を取り替えるのに便利だ』という知識を、私も得ました。ただ、私にはそれを実行する体力は、もう残っていないでしょうが(笑)
 大部屋で、男性が一緒にいる場所でも、スカートなら下着を取り替えることができて、それは、ヨーロッパアルプスでは、よく見られる光景で、日本でもだんだん普及をしてきたという話です。『なるほどなあ』と思いながら聞いています。

 しかし、もう一つの流行現象、歴女の出現には、考察を要します。そういえば銀座の東急ハンズで、武将グッズを売っていて、それが今はやっているというのをスタッフから聞きましたが、これも、歴女と関係があるのかしら。

 歴女というのは、戦国時代の武将をただ一人選びだし、そのファンになって、そこから歴史をいろいろ調べ出した女性の群れを指すのだそうです。
 テレビに、その特別番組があって、出演した女性たちが驚くべき深さで、知識を語り出しました。

 それを見ていた私は、『まあ、これでもいいか。ここを糸口にして歴史は学べるから』と思いました。それ以前には男の子を中心とした三国志ブームがありました。あれも役には立っているはずだと思います。だけど、本当に学ばないといけないのは、日本の戦後史です。その次に大切なのは、徳川末期から現代にいたる、150年間の歴史です。

 それを、学ばせないような措置が種々とられています。大体、授業時間が無くなって、そこにはざっと触れるという程度で、学校教育は中学でも、高校でも終わってしまいます。
 大人になった人々の中には、まじめな人々もいて、歴史を学びたいと思っている人もいるでしょう。

 中央公論から、日本歴史という叢書が出て、大ヒット商品となったと覚えて居ります。ただし、そのあとで、中央公論社は、つぶされ(?)中央公論新社となりました。勘ぐりたくはないけれど・・・・・関係があったかもしれません。
 そして、私の文章に出てきたものや店、それから、時には人物、が、次から次へと消されていく(一応表向きは癌だったり、自殺だったりして、不思議はないという形ですが、感染病でもない癌が、それほど、蔓延するのもおかしいです。)のと、似て、歴史上のキーワードが次から次へと消されています。

 大蔵省が、財務省になり、建設省が、国土省になったのです。これでは、池田勇人首相を語るとか、田中角栄首相を語るときに、正しいイメージが、わきません。それらの人の実際を知っている私でさえ、そうなるのですから、ましてやお若い方はさらに、正しいイメージを持てないでしょう。となると、どうなるかというと、羅針盤も持たないで、航海している船のごとき状態になります。こうして、日本の歴史やら、文化が破壊をされていきます。それが、被・植民地化の最たるものなのです。
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副題9、『幸運な研究者と、悲劇に見舞われた研究者』

 山中教授は、そんな中で、極めて希少な人材として、きちんと自分を確立して、互角の研究をアメリカで行うことができました。それがあったので、よけいに、ノーベル賞に近くなったでしょう。それは、よかったです。おめでとうございます。心から敬意を表します。

 ただし、同じような基礎医学の研究をしながら、実験素材を持ち出したとして、アメリカで、刑事告訴まで受けた気の毒なお医者様のことを同時に、思い出す私です。

 その方は、同僚との意思疎通がうまく行かなかった模様で、邪推されやすい性格だったようです。英語がだめだったのか、いわゆる日本人的な控えめさと、内向性があって、積極的な会話を交わせなかったという可能性はあります。
 研究者は研究だけできてもだめで、しっかりした自分を持って、余裕をもって、アメリカ人の中に積極的に入って行かないとダメなのです。社交性も必要だと思いますし、特に英語は、しっかりしていないとダメです。

 でも、その方は、今は、僻村で、実際の医療行為をなさっていて、いいお医者様だと、周りの人々から感謝されているそうです。
 メーテルリンクの語る青い鳥の世界は、そちらのお医者様の周辺に展開しているのかもしれません。
 ちょうど、そのころ、すれ違いに、山中教授は臨床医を辞めて、基礎医学の研究に入って行ったのでした。そして、山中教授のノーベル賞受賞は、日本の国としては、そちらのお医者様がもし、一種の冤罪だったら、名誉回復という意味での、リベンジに当たります。または、慰藉と言ってもよいかなあ。
 政府は山中さんを、ちやほやしていますが、前のケースのお医者様の時にこそ、救済の交渉をアメリカ側に対して行わないといけません。

 あちらの先生が有罪になったのは、それこそ、弱腰中の弱腰外交を見せる、被植民地国家日本の典型です。もし、それが、加藤日本プロ野球コミッショナーが、駐米大使だった時代のことだったら、あの美形の紳士は、とんでもない無能は人と言えます。顔だけで、仕事をつつがなくこなしたつもりになっているのかな?

 前のお医者さんのケースがおきた際にアメリカにいたので、私も事件の推移が無罪へ向かいますようにと、一喜一憂をしました。ので、今回の受賞に、ことさらに、不思議なドラマ性を感じます。

副題13、『リーウーファンの絵が李明博大統領の後ろにあった』

 さて、これは、追記として書きます。李明博大統領が、麻生元総理を招いて、会合を開きました。これは、一種の懐柔策でありましょう。腰が軽い人です。ただ、私は政治家としては、両者とも結構できている人物だと思っています。どうしてかというと、批判を許す政治家はいい政治家だからです。ヒットラーもスターリンも毛沢東も、在任当時は、崇敬の対象でした。また、それを本人も求めて演出を敷いた政治家です。ただ、実力とメディアの評価が合致するわけでもありません。不運というか、不遇な人もいるものだとみています。

 で、2人が会合したのは、何かというと、天皇に対しては失礼な言葉は出していないという弁明だった模様です。
 金融の円とウォンの関係で、韓国国債を買わないというか、支えないといったそうです。それに対して、結局は恐れを抱いたらしいのです。ただ、私は経済のことにはあまり詳しくないのです。ほとんど、ニュースを点検していないので。
 ただ、これを挙げたのは、会見場の後ろに遭った絵が問題なのです。
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 ところでここで、挿入を入れます。火曜日のお昼に、NHKニュースを見ていたら、韓国国債の、肩代わり信用資金を、今までの700億どまりで、増やさないそうです。その前ですが、120億ドルだったのに、突然に、700ドルと、五倍以上に増えています。なるほど、と、思わせる展開です。それは、ちょうど小沢一郎氏が、やんや、やんやで、菅首相を追い落とした時期です。野田総理が誕生して、ポンポン、お金をあげる傾向の表れの一つだったと思います。

 でもね。路線を敷いたのは、小沢一郎氏でしょう。習金平氏の天皇会見を約束してきたときに、中国へ100人以上のチルドレンを連れて行きました。が、それは、カモフラージュで、韓国が目当てだったと思います。その時に大盤振る舞いで、五倍以上の増額をしたのです。それでは、もう、お金をそちら向けに用意する必要はないですね。だけど、日本と、日本人にとっては、7兆円(=7億ドル・・・・・12時間以上、7億円と誤記していました。恐れ入ります)・・・・・・が、自由には使えないこととなったのです。
 それが、小沢一郎という政治家の本質です。で、元に戻ります。
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 あれ見たことがあるというのが、月曜日の深夜フジテレビのニュースを見た時の感想で、次の日の火曜日、NHKのニュースを見ているときに、『ああ、リーウーファン』だとわかったのでした。

 これは、何を意味するのか?

 そこにこだわって考え込む私でした。中国は外交に、部屋の装飾で、大きく差別をつけます。
 背景が豪華、または、花瓶が豪華、または、そこに生けてある花が豪華かどうかで、客人がどの程度の待遇で扱われているかの、物差しとなります。

 韓国の外交儀礼の様子が映ることは早々はないのです。日本の偉い人が公式に韓国を訪問することがないし。で、判断のしようがないのですが、今回、用いられたのは、それら中国の会見場と比較すると、質素でした。

 だが、懐柔の気持ちがリーウーファンを飾ってあることに出ていると感じています。リーウーファンが、どちらの国で生まれたのかを知りません。ただ、1960年代からずっと、日本で活躍しているのではないかなあ。?

 そして、扱い画廊(リーウーファンの作品を買うことのできる画廊のこと)はシロタ画廊です。となると、もしかすると、例の『社会の窓が開いていますよ』シリーズの渡辺幸子さんを『書くな』というサインかな?とさえ、勘ぐってしまう私です。
 それが、正しい予測かどうかは、例の銀座の画廊巡りを続けていれば、すぐわかる問題ですが、9月に入ってから、その渡辺幸子論を展開するために行っていないのです。行くとそれなりに、刺激があって・・・・・(というのは、書くモノ次第でいじめられるということですが)・・・・・それもまた、私の判断材料になるので、美術の勉強+、純粋な楽しみ+、ブログを書くための指針を得るために行っていたのでした。それを、9月の初旬から、5週か、6週休んでいます。

 でね、質素な部屋を選んで会見をしたのが、その部屋には常時飾ってあるリーウーファンを大切にしていることを、日本人に見せるのが目的だったら、あそこでいいわけですね。麻生さんには、「この人は、日韓友好のシンボル的な芸術家です」と言えば、麻生さんなら、納得をして、その質素な会議場でも、気を悪くしないでしょうから。

 まあ、この件は私がもし、50代だったら、ひどくこだわるはずですが、今は、70を過ぎたので、何が真実であったとしても、『ああ、そうですか』とか、『ああ、そうざんしたか』というだけですが・・・・・・
   2012年10月8日の深夜に書き、9日の深夜に推敲を終わる。
       雨宮舜(本名 川崎千恵子)
コメント

森山開次の良い感性、日曜美術館さえ、政治に奉仕させられたのだった(姜尚中氏と私との隠された対立点)

2012-10-07 12:40:38 | Weblog
すみません。午前中に非公開で書いたはずで、そのあと、ずっと家事をしていました。すみません。今から、すぐ続きを書き始めます。ある種の心の余裕があって、ブログから離れる機会をわざと作っています。というのもすごい内容なのです。だから、こそ間を開ける。本日(日曜日)の7時のNHKニュースも、また、私の文章に対応した、成りすましのウィルスとかいうのは大阪府警察が挙げたというニュースを流していましたが、私は、ふん、と鼻先で笑っただけど、
 自分がどれほど、世界を動かしているかを、再び感じ取っただけでした。
 で、落ち着いているのですよ。さて、

副題ゼロ、『森山開次の豊島訪問(日曜美術館)』

 本日、日曜美術館は、森山開示君が豊島美術館を訪問する番組を再放送しました。私は、ずっと前に見た記憶があって、それがいつだったかを確かめたくなり、
 今、ググって見たら、最初の放送が、7月29日だったそうです。ほぼ、3か月前でした。だが、私はこの番組は、ここ数年来のNHK日曜美術館の中で、突出して出来が良いものだったと感じています。

 それが気に入ってしまって削除する前まで、三回ほど、丁寧に見ました。本日再放送があるのなど、全く気が付かず、皆様におすすめいたしませんでしたが、オンデマンド放送を、申し込んでいる方で、ご興味のある方は見てください。
 
 私は最近忙しくて、以前は、毎週見ていた、この番組を、今年に入ってから、五本くらいしか見ていないのです。だけど、偶然7月の末に、見たこの番組には、非常に惹かれました。

 静かでね。美しいです。森山開次という男性の人格、が、今回登場した作品と、とてもあっているし、脚本に基づいた言葉ではない彼本人の言葉が素晴らしいものでした。・・・・・・と、夜8時から9時までに感じたことをあげて朝に戻ります。
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副題1、『流鏑馬の観戦券の話』

 なお、本日は鎌倉は、小雨交じりの曇りですが、流鏑馬の当日です。ご案内の放送が、声と言い、音量と言い、この注意やご案内の放送が始まった時間帯と言い、すべてが、10年前ぐらいの落ち着いた普通のものになっていたので、ほっとしています。この10年間、特に、2007年から、2011年までの、すさまじい、嵐は、やっと過ぎ去ったかな?

 ただ内容が観戦券の説明に終始しています。それを持っている人は優遇をされるということの説明に終始しています。これって、事情通なら怒こりません。ただね、普通の人は内心で怒っていると思います。だって、15分おきに、三回ぐらい放送をするのなら普通ですが、始まって、15分以内に、5,6回すでにあります。
 すると、境内にいる人で、観戦券を持っていない人は、自分は持っていない。これって、悪い方に、差別されているのだなあ」と、感じると思います。今は、一般の人でも、特に社会大衆に向けては無名の人でも、立派な仕事をしている存在は多いので、とても、嫌味な放送と言えます。声はいい人を使っているんですよ。このくもり空に、似つかわしい、マット(艶なし)で中音の人です。

 だけど、上質で、有名な神社なら、こういう風に放送するべきです。15分に一回ほど、放送して、矢来で囲まれた特別席には、入り口に担当者を置き、個別に説明をさせるのがよいでしょう。それから、庶民向けに、新しい制度を作って、「往復はがきでお申し込みをいただいたら、来年は、抽選の結果をお知らせします」と、言って、その特別席に、座りたいへ向けて、一部の席を開放するべきでしょう。庶民も要望をかなえてあげるべきなのです。有名な歴史遺跡建築物等は、すべて、そのような制度を取っています。桂離宮しかり、京都御所の一部がしかり。

 ところで、そのパイプ製の椅子へ座ったことのある経験者として、申しあげますが、椅子が地面の上においてあるのですが、どうも前に傾斜気味であり、座りにくいのです。それももさることながら、一番の問題点は、待たされることです。いったん囲いの中に入ってしまうと出にくいのです。数人で、一緒なら、「あなた私の荷物見ておいて」とか頼んで外へ行かれますし、その数人が一緒だという数の論理に基づいた図々しさも加わるので、「お願いします。出してください」と入り口で、主張できるかもしれません。

 だけど、それで、外へ出ても、できるとこはせいぜいトイレに行くぐらいですね。『駅前の繁華街まで、戻って、お茶しましょうよ。はじまるまでは、まだ一時間はあるわ。席は取ってあるし』というわけにもいかないのです。神様へ奉納する流鏑馬ですから、そういう自分本位の楽しみにふけることは失礼にあたるでしょう。(笑)

 私の記憶では、10年以上前の白井宮司の時代は、八幡宮様は誠におっとりとなさっていて、こういうマイクの放送などには、気が付いたことがないというほどでした。唯一の例外は、大みそかの、警察の「歩行規制用の放送」です。それが聞こえたものです。

 「ロープをあげます。通ってください」とか、「ロープを下げます。止まってください。押さないで、待っていてください」というもので、それが、明け方まで続き、鎌倉の市内全体が、うわーんという何とも言えない騒音で、囲まれていました。空も真夜中からピンク色でね。

 で、私は、特別席に入ってしまうと自由がきかないことに気が付いてしまい、次の年からは、それを持っていても、使いませんでした。自宅で待っていると、始まった気配は無論わかりますので、ちょこちょこちょこっと降りて行って、普通席で、他人の頭から、ちょっとのぞきます。射る若者は、たいてい、6,7人で,その試射を三回ぐらい通してみると、小一時間です。それで、最後まで残っていないで、自宅へ帰ってきます。

 でも、最近は見に行っていないのですよ。自宅に重要な書類を盗みに入ってくる泥棒がいるので、常にそれを持って出ないといけないでしょう。そんな大荷物を持っていたら、機動力が損なわれます。だから、見ないのですが、お客さんがどっと言って喜ぶ声が聞こえるので、『おお、その若者は、三の的を当てましたね」と、判断して、その試射をした若者ために喜びます。
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副題2、『徳川18代様の日光参拝、と、奥様の美貌』

 徳川家の18代目当主は、徳川恒孝さんと言って、祖父の代に、男子は絶えて、父が御養子さんだそうです。たまたま最近、日光を、祭事の式次第の代表として、訪問をされる映像が出てきて、初めて奥様を拝見しました。元華族様なのですが、同時に、当時は、大人気だった、スチュワーデスでもあったと書いてあって、まさしく、それ相応のお品の良さと美しさのある方でした。

 ただ、ひとつ気にかかったのは、ちょっとつまらなそうにしていらっしゃったことです。でも、徳川宗家って、大変なレベルで、お忙しそうで、有給休暇は、祭事の主役として出席することに、すべて当ていらっしゃるのだそうです。天皇家よりも、お忙しいかもしれないそうです。それでは、慣れておられて、つまらなそうなお顔になってしまうのも無理がないかな?
 でも、そんなことは、脇道で、本題は、

 本当に偉い方は、どんな能力が高くてもテレビなどには出ないという典型だったと思いました。ご夫妻とも、非常に能力が高いし、敗訴差イエティの代表みたいですが、別にコメンテーターをしたり、司会業に取り組むというわけではなさそうです。でも、あの奥様だったら、華やかで、最短時間で、人気者になられたでしょうね。特に50代で、テレビ界に進出なさったらと思った次第です。

 でも、本筋で、言いたいのは、そのことではなくて、徳川宗家様が、流鏑馬をご覧になるときには、その矢来の中の、例のスチールパイプの椅子だったのです。

 その様子が、鶴岡八幡宮での、流鏑馬見物の特等席と同じだったので、ふとそのNHKの映像を、思い出したのでした。

 でも、徳川様が日光・東照宮の流鏑馬を、見物なさる場合は、左右に、柳えい会という、旗本直参の、家の子孫が、並んで、座るのです。
 私は文章を書く前には、絶対、グーグルでは調べないという主義なのですが、徳川さんについて書くのが今日の主題でもないし、流えい会という組織について調べたいのだからグーグルを見てもいいだろうと、思って、そこを見て、なんと、奥様への記述に、とらわれてしまったのでした。

 だけど、徳川宗家を考えるときに、この流えい会というのは、重要です。いまだに上様と、恒孝氏を呼び、崇敬の念をあらわにする老紳士を見ていると、なんだか、涙が出そうです。本来なら、同じテーブルに着くこともできないのにと、いう言葉も、『そうでしょうね』というのみです。

 さて、ここから、二手に分かれます。一つは、その特等席が、最初から、開けてあって、徳川様は、流鏑馬が始まる直前まで、控えの部屋で、お茶でも飲みながら、穏やかにお過ごしになるということです。それで、一時間も待たないでいいということです。鶴岡八幡宮も同じでしょう。
 私が実物をみた五回ぐらいのうちの最大、最高の来賓は、三船敏郎さんでした。それって、何年前だろう(笑)

 だから、三船敏郎さんは、直会殿(なおらいでん)等で、お休みになっているというわけです。もしこれが、天皇陛下とか、エリザベス女王だったら、ちょっと遠いけれど、最近八幡宮様がお買い求めになった、鶯吟亭に、お休み場所が設定されるでしょう。そこは、私の山間の煙というエッセイに出てきた、たき火好きの、持ち主が、持っていて、私がその煙の原因者だと疑われたという場所です。

 さて、ここから本当は、流鏑馬見物の特等席の問題に入りたいのですが、ちょっと、スピンオフをして、姜尚中氏に入ります。
 前報で、石田衣良さんに触れて、その際に、『姜尚中氏も同じです』と書いていますから、ちょうどいいですし。
 ところで、またまた、スピンオフですが、このパソコンを打ちながら横目で、ついている『らららクラシック』を見ていたら、司会の石田衣良さんが、本日はバレースタヂオを訪れて、バレーのレッスンを受けました。軽い人ですが、嫌味はないです。嫌味は全然ないです。それだけは、好ましい。やさしさにあふれている。

 だけど、ご本人にとって、これが、得なのか、損なのかが、私にはわからないです。
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副題3、『姜尚中氏と週刊文春の、中吊り広告』

 さて、姜尚中氏が、突然に、NHKの新日曜美術館に選ばれた時には、これは、私のブログと関係があると直感しました。その直前の司会陣を、とても褒めた後だったからです。ただし、丁寧に語るとブログではなかったかもしれません。閉鎖されたAOLのメルマガの方で、語ったかもしれません。ブログは、2008年の秋に始まっていて、姜尚中氏の司会は、2008年度からとあるので、四月からでしょうし。

 しかしこの人選も、私いじめだったと考えています。どういうことかというと、私は前任者の、黒沢保裕穴を褒めたことがあるのです。その直後だったと感じています。

 NHKは、石沢典夫,アナと、斉藤季アナは、相当に優遇していて、五年ほど、担当をさせています。山根清アナは、四年。

 石沢アナは、第一回目として、田中一村を紹介した時には、感動おく阿田和図といった風情ですが、それ以外は、冷静極まりなかった司会ぶりです。斉藤さんもそう。山根さんは、佐藤忠良氏の帽子の女のモデルになったほどの、美術通ですが、福祉会というか、キャスターというか、のはなさんとのコンビが、うまくできず、(どちらが悪かったのかは、あえて言いません)いつも後味が悪かったです。

 それらに比較すると黒沢アナ+壇ふみさんの司会は、とてもよかったです。血が通っていて。特に桜井浜江さんの会が、素晴らしかったです。ちなみに桜井浜江さんとは、太宰治の『饗応夫人』のモデルです。

 桜井さんは、その小説の中では、大きく気を使う人として、登場するのですが、私が女流展に、入選し始めて形骸に接し始めたころは、絵は骨太な感じで、老木をテーマになさっていました。その会での、黒沢アナの感動ぶりは、こちらも感動をもらい(よくもらい泣きというでしょう。あれに、似て、もらい感動というもの)をしてしまいました。桜井さんの絵はよく知っているのに、また、改めて感動をしました。

 しかし、その黒沢アナが、一年で、交代となったのです。そして、次の司会者が、姜尚中氏です。
 私はこれも、私の文章を詳細に点検している、井上ひさしと、伊藤玄二郎の二人羽織が提言した案だと直感しました。

 だからこそ、私から、『なぜ、変えたのかしら。絶対に黒沢アナの方がよかったのに』とは、言われない大物として、白刃の矢が立ったのが、姜尚中氏です。

 確かに姜尚中氏はうまくやりました。とても、人気が高くなって、それ以降の『主に』という小説をヒットさせる原動力がこの番組への出演だったと思います。

 それは、氏に関する一つの経歴(政治学者で、在日の二世であり)を、上回る大きな力を氏に与えたのです。

 しかし、反対に、私へは、大被害を与えました。よく、五億円の被害がありますと言っていますが、これもその一つだったのです。

 つまり、書くことに際しての制限がかかってしまいました。テーマに自由度が失われたのです。
 黒沢保裕アナを褒めた途端に、彼は、日曜美術館から降ろされたのです。こうなると私は、もう誰も褒められなくなります。

 だから、最近の私の文章に、この人は良かったとか、立派だという記述が大変少なかったと、思います。

 それは、2007年か、2008年の早期に決まったことだったのですが、あのころの敵のほかの面での攻撃のすさまじさも勘案すれば、この人事は決して思い過ごしではありません。

 しかし、それほど、遠慮をしているのに、被害が収まりません。ひどい被害が続きます。ですから、私もかんかんに怒って、ひどいことをしている連中を、実名で書くようになりました。『それは、ひどく品が悪く見えるのだ』ということをも知っていますし、

 それが、『自分を傷つけることもある』とは知っています。で、両刃の剣の最たるものなのですが、当面は、それを貫かないと、やって行かれないのです。生きていくという基本的なところさえ守られません。

 で、そういう点でも敵は、幼稚だなあと思っている次第です。

 ところで、姜尚中氏に対しても、もっと分析を続けないといけませんし、

 鶴岡八幡宮の流鏑馬の特等席に関する情報を、しつこく案内放送が、説明した嫌についても触れないといけませんし、あれこれ、書くべきことはいっぱいあるのですが、どうも、今は、気が進まず、天が、詳細な文案を頭に卸してくださらないので、ここで、今日は中断として、続きは明日の夕方から再開をさせていただきます。 恐れ入りますが、今日はよく寝た後で、体調も良く、体力もあるのです。だが、丁寧で、詳細な、文案が頭に降りてきていませんので、そうさせてくださいませ。スケルトンはあるのです。相変わらずいじましく、汚い心の人物たちの汚さを書けばいいのです。それは、わかっているのですが、読者がそれを、読んで面白かったと思ってもらえるだろう、文案ができていません。

 まだ、6千字しか書いておらず、文章の起承転結もまとまっておりませんけれどね。

 ただ、ここまでの深さで、自分の損失部分を、書くのも私が相当に回復をしていて、何も恐れなくなったからだということはお知らせをさせてくださいませ。冒頭に挙げたニュースは、急きょ、作られたものでしょう。目的は一本前かな。大学が、調略にそっくり巻き込まれているという章をできるだけ、否定をしておこうというものです。では、お待ちくださいませ。
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