銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

梅田耕太郎さん殺しが、謀略だと、主張する私が、厚生事務次官殺しについて書いた過去ブログ

2018-06-29 22:10:42 | 政治

 私は、今、高砂香料の株主総会と、野依良治先生について続報を書こうとしていて、準備中です。しかし、その間に、いろいろ、調べ物をしていたら、過去ブログで、重要なものが見つかりました。四年前に書いたものですが、再度さらします。リンク先を明示させてくださいませ。

厚生事務次官殺しに死刑が下ったが、メディアの報道が少なすぎるのは何故だ?△  2014-06-21 14:01:50 | Weblog

 ところで、「あ、このリンク先は重要ですね」と、思い到ったまま、ポンと放り出して、次にやりたいことをやっておりました。で、30分後に戻って来て、上のリンク先を開いてみたのです。すると、副題7からが、読んでいただきたいところとなっておりました。で、その副題7以降を######罫線以下に再録をして置きます。

 一方、同じ趣旨で過去ブログを探索中に、この厚生事務次官殺し、および、今年、2018年に入ってからの、梅田耕太郎さん殺しに、似ている趣旨の事件がありました。たくさんあるのですが、その一つが、スノーデン氏の亡命問題です。スノーデン氏と言うのは眼鏡をかけたインテリ風なアメリカ人で、CIAで、働いていたのだが、CIAを嫌ってロシアへ亡命すると、言う事で、大ニュースとなったのです。 

スノーデン氏の亡命は今どうなっている。+ 3億円の2013年7月現在の価値  2013-07-15 23:45:55 | 政治

 このブログで、大切な処は、副題2です。それを、今、ここで、$$$$$$$$罫線以下で再録をしたいと、思います。

 私はスノーデン氏と言うのは、一種の二重スパイであって、亡命したのちも、CIA要員をやっており、かつ、ロシア政府のプーチン大統領もそれを、了承のうえで、引き受けたと、見ています。

 スノーデン氏が、思想信条の上で、本当に、CIAを、嫌って亡命をしたのだったら、それこそ、ユニークな人物ですから、メディアは、彼を追いかけるべきです。そして、ずっと、取材を続けるべきです。そしてトランプ大統領の、北朝鮮金ジョンウンとの会談などと言う、重要な政治的ニュースが起きたら、彼の意見を求めるべきでしょう。しかし、杳として行方は、知れません。

 一般の方は、こういう風に単純にお考えになると、思います。『彼は、危険が身に迫っている立場だから、そんな派手なことはできないのだ。それは、大韓航空機事件の、金賢姫と同じでしょう』と。しかし、私は違うと、考えております。ともかく、現代日本において、報道されている事には、嘘が一杯含まれております。

 なお、梅田耕太郎さん殺しについては、最近でも、一、二本書いていますので、そのリンク先は後注1として置いておきます。

 後注1、

 梅田耕太郎さんの顔写真は、三日目まで出てこなかった。何故だ? 竹内啓貴、

何故東北新幹線は、五時間も止まったのか? It is caused to conseal H. Inoue's bad performances. 2018-06-17 21:09:04 | 政治

  なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ、訪問回数は、4734543です。

   2018年6月29日  雨宮舜(本名 川崎 千恵子) 

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 他にも梅田耕太郎さん殺しが、犯人だとされている男が刃物を振るったとしても、報道をされている通りではないと、おもっていて、それを書いたブログは、あります。彼は、命令をされて、この事件を起こしたと、私は、考えております。

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副題7、『日経新聞には、この死刑判決の記事が載っていないが、どうしたの?』

 私は17日の夜と、18日のひるに日経新聞をためつすがめつ、点検をしましたが、この死刑判決の記事は出ておりませんでした。図書館等で、他の新聞を調べてみないといけませんが、gooは、読売新聞の記事の転載が多いです。で、ブラウザ・gooのニュース頁にこの死刑判決の記事が載りませんでしたので、読売にも、記事が、出なかった可能性が大きいです。

 Livedoorは、毎日新聞の記事の転載が多いです。そちらでも気がつきませんでした。いずれにしろ、全体的に、情報がおさえられていると感じています。

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副題8、『小泉毅被告は、保見容疑者と同じく、実際には殺人を犯していないでしょう』

 それは、どうしてかと言うと、あまり詳しく報道をすると、また、私にそれをブログで書かれてしまうからでしょう。何を書かれると、私の敵さんたちが困るかと言うと最大に困るのは、平成の八墓村事件に触れられて、保見容疑者が、実際にはやっていないのだという事を書かれる事です。

 両事件とも、実際に襲撃したのは、いわゆるブルーカラーとしてのエージェントでしょう。それが、練馬光が丘公園内の、トイレを、80基も4月の9日に壊しました。その日に、こちら鎌倉の雪ノ下の山で、数軒の人が連続して、午前中に布団をたたき、異変を感じた私が、外へ出てみると、渡辺賢司氏がたたいているのが見えたといっています。とても小さいことを書いているみたいですが、それらが全部連携をしています。

 だから、中流の上の階層に所属をしていて、インテリ中のインテリでもあり、自由業と言う理想的な環境にあり、しかも週のうちの、3日か~5日はテニスをやりに行く渡辺氏は、ご自分が何をやっているかの自覚もないままに、この現代日本を覆う黒い雲のいったんとして、機能あそばされたのです。

 現代日本を覆う、黒い雲については、その姿が見えません。ですから、その見えるところは、どんなに小さな事でも書いていきます。仕方が無いのです。この2014年6月9日(日)に、小野寺夫人(私の隣人)が、安野家を訪問をして、おスシパーティを開いていたことも、とても小さな事ですし、一般的な現象でありますが、この居住地では、非常に重要な事となってくるのです。

 小泉毅容疑者が、やっていないのに、やったと、発言をしている不思議さには、迷いますが、現在では、精神異常(境界性人格)だということで、片付けられそうです。

 でもね、彼も一人のブルーカラーとしてのエージェントですが、やってもいないのに、やったと言い切るその精神力には敬服をします。信念の人ではあります。でも、誰が説得をしたのだろう。その種の真実が出てくることを願いますが・・・・・出てこないでしょう。

 後付の報道だと思いますが、収入の無い彼が、収入を得た手段は、投資だそうです。そんな嘘は、すぐ、調査できるでしょうに、これら、エージェント達のうちのホワイトカラーとしてのエージェント達は、頭が悪いらしくて、つじつまの合わないことでも、説得力があると思っています。そして、警察は、エージェント達の起こした事件は、捜査をいたしません。しているかのごとく見せかけて、実際にはやらないのです。だから、それでまかり通ってしまいますが、実際には、何らかの手段で、説得をされて、見返りももらっていて、犯人像を引き受けたのだと思います。

 タダシ、私の意見は、否定をされて行く筈なのですし、私の方に、調査能力がないので、ここは、見てきた様な嘘を言いと言う付言を付け加えて置かないとなりません。

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副題9、『その夜、主人が我が家には居なかった。そして、電源の落ちている筈のプリンターが、真夜中に、カタカタ言ったり、ワン切りの電話が真夜中にかかって来ている時期だった』

 あの頃は、暗闇の勢力の攻撃が、最もひどかった時期でした。私の方に攻撃をされる原因がもしあるとすれば、頭がいい事と、表現力があることですが、それでも、当時は実名表記はしていないし、政治についても一般的な問題にしか触れていないので、追撃される理由は判りませんでした。

 ただね、すでに4冊の本を出版していました。自分ひとりでです。自分で、・・・・・と言っても手作りの本を五冊程度作って、銀座の画廊で個展をして売りました・・・・・ということではなくて、工業印刷的に、印刷製本をして、ISBN番号も、バーコードもつけておりますので、書店に並んでいる本とまったく同じ形式の本です。多分これが警戒をされました。

 その頃は真夜中に東電が工事をしてサーチライトを我が家だけに向けて照射したり、真夜中にお隣のベランダから投げ込まれているかのごとくよそおって、石がぶつけられるという被害も発生しました。それを、文章で書いた途端に、アド街っく天国、小町通り版で、なんと、小町通りの二番目の人気者が鎌倉砂岩ですと、報道をされました。

 お隣を装って、投げつけられた石は、鎌倉砂岩で、ぶつかると二つに割れるほど、やわらかいのですが、当時は、古家を買ったままにしておいたので外壁がトタンだったので真夜中に、大音響が私には聞こえてきたものです。そう言う時期だったので、ドキッとはしました。

 で、丁寧に追跡しましたが、小泉被告は、一審で、上告をしなかったと覚えております。

 ところが、ついせんだって、wikipedia(その時はまだあったと思うが、もしかしたら、事件そのものの、名前で報じられていたwikipedia だったかもしれない)では、上告をした事になっていました。不思議だなあと、このブログで、チラッと触れております。

 今、wikipedia が消えていて、彼に関しては無いわけですが、それは、私がブログを書いて以来かもしれないのです。そうすると、私は大物ですね。(笑い)、いや笑い事ではないです。で、高裁判決は、2011年の12月26日に行われたそうです。その時期も世間の人が忙しすぎて注目をしないままに、行われました。そして、13日です。死刑判決を下したのでした。

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副題10、『あの事件は、小泉純一郎・元・首相の、国民の間にある根強い人気を、ぶっ潰そうとして、行われたのではないかしら。もちろん、脚本の元に設定をされた事件でしょう』

 あの事件ですが、小泉毅を真犯人と、認めて、しまうと、矛盾がいっぱいあります。車を持っていないという彼が、埼玉県で、殺人事件を起こしたとしたら、返り血を浴びるでしょう。そのまま、電車に乗れますか? 乗れませんね。で、レンタカーを借りたと仮定をすると、その記録が残っているはずです。だが、それは報道をされていません。また、どこかに返り血を浴びた洋服を隠しているはずですが、それを警察は未だに、見つけていません。

 運転免許証を提示しないとレンタカーは借りられないはずだから、彼はレンタカーを借りていないでしょう。また、借りたら、レンタカー事務所は、警察に届け出るはずです。こんな基本的な事でも、警察は真剣に捜査をしていませんね。どうしてかと言うと、保見容疑者もそうですが、こちらも、「この人間を犯人にしておけ」と言う命令が現場に降りていると、私は推察察しているからです。

 むろんの事、裁判と言うのは、ずっと前から開廷の予定は公開されているとは思います。タダシ、この季節に裁判を持ってくるのには意味があるのです。

 A子夫人とのデートですが、私は内心で嫌がってはいました。しかし、何の理由もないまま、2年2ヶ月強も連絡を絶ったままだった彼女が、このお正月に、私が出した年賀状に応じて、突然に電話をかけてきたときに、「そうですね。お誕生日ごろに、会いましょうか? 一年に一回デートをすることぐらい人間の基本的な権利ですもの」、といってあります。彼女がもし、刑事だったら、そのことはすぐ、暗闇の勢力に上奏をされるでしょう。そうすると五月の末から6月の20日にかけての間です。そこをめがけて、準備をしたら、最高裁判決の出る日をそこらあたりに設定をしておくことは容易です。一月にそう決めているのですから、間に、準備期間が、5か月も有ります。十分です。

 で、ともかく、小泉毅が真犯人ではないから、簡単な裁判で、(論告求刑などを報道しないで)判決を下し、さっさとメディアの目から、離反させ、庶民の心から、この事件の記憶を消し去る事が目的で、さっさと判決を下したと、思っています。

 だって、皆さん、比較をしてみてください。オーム真理教の、菊池直子被告の裁判など、微にいり細にいり、報道をされているではないですか? まあ、一審だからかもしれませんが、今回の死刑判決の唐突さ、厚生事務次官が、夫妻ともども殺されているのですよ。そして、疑惑がいっぱいあるのです。それでも、事前にも事後にもほとんど報道が無い。変ですね。デモ、はっきり言って、これが、エージェントと言う闇の勢力の殺人事件であって、代理の犯人として小泉毅が名乗り出たのだとしたら、できるだけぼろが出ないうちに、収集させてしまいたいのです。

 大メディアが、この判決について、申し訳程度にしか報道をしないということ、それを小泉毅が、真犯人ではないことの傍証としておきたいです。特に紙のメディアに載っていません。これは、毒入り餃子事件の時に使われた手口で、何回も、繰り返されました。終わったと発表されてもまた、蒸し返されました。

 で、小泉純一郎・元・首相の人気をそぐために、この事件が起こされたというのは誰もまだ、言っていないことですが、私は、ここで、日本で初めての人として言っておきたいです。小泉・元・総理大臣は、田中角栄元首相に、引き続いて、割とはっきりと、日本人に、日本人らしさを回復させる行動を取りました。むろんの事、精神的な分野でのみです。経済の分野では、いろいろ、批判がある模様です。

 だがね、一種のやんちゃな人として、自分のやりたい事を貫きました。鹿児島県内の、神風特攻隊の基地・知覧(特攻平和会館)を、訪問したり、靖国参拝を強行(・・・・・この言い方ですが、変な言い方です。強行でもないと思いますけれどね。いいじゃあないでしょうか。本人の自由でしょうに・・・・・)したので、アメリカを中心とする国際的軍産共同体からは、にらまれていると感じていました。そのため脚を引っ張られていること、引っ張られていること、最近の日本の首相は誰でも、そうされる傾向が強いのですが、田中角栄元首相と、小泉純一郎元首相の場合は、その点が突出して目立ちました。本当は小渕首相などもその死に際しては、同じ苦迫害を受けていたという噂もありますし、、野田総理大臣の青あざも同じだったかもしれませんし、菅元総理大臣は、現役でいじめられています。

 それに、A子夫人がしつこく、小泉首相について悪口を言っていました。彼女は総計、5つぐらいのポイントで、私のブログにとって、実際にはマイナスになる事を、実行するように勧めて来たのですが、・・・・・「小泉首相をブログ内で、ほめたら駄目よ」とか、「小泉首相についてのテーマで、文章を書いたら駄目よ」と言うのと、実質的には、同じ事を言っているな・・・・・と、私が感じるぐらいの深いレベルで、小泉さんの悪口を言っていたのです。

  ここで、A夫人とは安藤てる子と、ご自分を名乗った女性で、味方を装って近づいて来た、警察官だと、思います。山田浩二というロリコン犯罪の前歴がある男が、寝屋川駅前のアーケード街を真夜中さまよっていた、量と君という超美形の中一少年と、その遊び仲間を、殺したとされる男が居ます。

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副題2、『スノーデン氏(元CIA職員)のニュースは下火になりましたね』

 さて、私は、最近、ずっと、身辺問題を書き続けております。もっと大きな問題を書くことを読者様から期待をされていると思います。3.11以降書いたものはすべて、今でも、正しいと思っていますし、そちらに、今は何も触れていないからこそ、私が言ったとおりに、報道が、寄り添ってきています。
 ただ、一つ、除染のことだけは、頑固に間違った方向で、行われ続けていますが、これは、論じるには、また、大きすぎる問題なので、今は触れず、

 本日は、軽くやっつけられる話題の一つとしての、スノーデン氏の亡命のニュースへ、ここで、移って行きましょう。

 ところで、軽くやっつけられると言っても、それは、書くのに短くできると言うだけで、問題自体が、軽く済むか軽くすまないかは別問題です。

 それは、わかっていますが、報道されているほど、スノーデン氏の身柄に危険が及ぶことはないはずです。
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 しかし、そういう風に書くと、スノーデン氏が実際に殺されてしまうかもしれません。それで、待っていました。というのも、あのまま、すぐ、香港から、どこかの国へ亡命するという形で、移動をしたと仮定したら、その移動途中、又は移動直後に、殺害されると、それは、誰がやったかが、不明になるからです。

 でも、一応モスクワに滞在中で、そこから、なかなか、動かないという形になり、そして、報道も下火になれば、それは、私が考えている方向を、証明することになるのですから、待っていたわけです。
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 私はこの件に関しても報道をされているのとは、全く方向で、考えており、「それは、正しいはずなのだけれど、敵がスノーデン氏を、これからどう扱うかは、予測が付かないなあ。だから書けない」と考えているわけです。

 私が考えていることがどういうことかというと、これもまた、・・・・・私のパソコンへの侵入が、公のものではなくて、非常に個別のものであり、それをやっていたのが、大学の同級生であるということを隠蔽するために起こされた事件であって、したがって、一種の傍証になるにすぎない・・・・・と思っております。

 ですからスノーデンしが大それたことをやったというよりも、「ハッキングそのものが、もう、現在では、常識の範囲内の事なのだよ」と、言いたいがために、あのニュースは起こされていて、スノーデン氏が、報道をされているほどの、勇気の持ち主かどうかは疑わしい・・・・・ということです。

 スノーデン氏は、アメリカという国家に逆らったと報道をされていますが、それは、上司の企画したお芝居であったとすれば、彼は、反逆者ではなくて、忠誠心の厚い人間だとなります。

 だから、アメリカと真実に対立している国は、亡命を受け入れません。だって、彼が本当はアメリカとかCIAに忠誠心の厚い人間だったら、二重スパイになる疑いがあるからです。以上が、私が考えている、アメリカ側での出来事ですが、一方日本国内での、私の身辺のことは、どうなっているかをも語らせてくださいませ。

 

コメント

野依良治さんが社外取締役をしている高砂香料の、一階まで入った時に、通知書20通が、何故盗まれたかの理由が判った

2018-06-27 20:34:47 | 政治

 すみません。ずっと、更新をして居なかったのは、疲労が蓄積しているのです。株主総会の、出席で疲労をしているのです。もし、通知書が、盗まれて居なかったら、これほどに、真剣に、株主総会へ行く事もなかったのですが、

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副題1、『株主総会で、お土産を出さないようにと言うのは、無論のこと、鎌倉エージェントから出ている指令だと、思う。それは、私をいじめてやろうとする、・・・・・幼いころ、貧乏育ちだった、未だ、生きている・・・・井上ひさしの発想だと、思うが、それを、実行させているのは、もと日経新聞論説委員の、石塚雅彦さんの動きであろう。そして、石塚さんの言葉によって、経団連会長か、堤義明さんが、動かされて各企業に、指令を出しているので、相当な会社が、株主総会へ、出席した人へのお土産を出さなくなったのだった」

 しかし、通知書が盗まれているのはなぜかと言えば、お土産をもらうのを阻止してやろうと、言うちんけな発想を、鎌倉エージェントの誰かが持っているわけですね。で、株主総会のお土産を出すなと言う、通知が経団連会長(?・・・・・または、堤義明さん等)から出ているらしくて、最近、お土産を出さない総会が多くなったのですが、

 毎年ANAホテルで、総会を開き、かつ、洋菓子をお土産として、くださる某商社さんが、(私はその会社の株を持っているのですが、)2017年度は出さないことにしたそうです。すると出席者が激減したのだそうです。

 それが、ネットの記事として出て居ました。どうしてそういう記事を知っているかと言うと、通知書が無くなっているので、20社ぐらいの、株主総会の、期日がいつだったかをネットで、検索して居たのでした。泥棒と言う卑怯、極まりない手段で、出席させないと、言う手法、そういう手法をとる人間たちが、鎌倉エージェントの、面々です。そして、そういう精神構造が、かれらの基本的・精神なのです。だから、抵抗をしないといけません。で、出席しないといけないのです。それが、政治という物です。私が、できる戦いです。やっていい戦いです。株主総会って、株主である限り、出席していいでしょう。だけど、井上ひさしが、細かい、細かい吝嗇精神を発揮して、お土産品を渡して成るモノかと、思って、警察に命令して、盗ませたのでしょう。 

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副題2、『鎌倉エージェントの中の、ブルーカラーとしての部分は、警察の殺人用別働隊だと、思われるのだけれど、彼等は、盗みだけではなくて、多数の、人間を殺すことで、自分達の悪事を隠蔽しようとしている』

 しかも、裏の仕事として大量の殺人事件を起こしています。周南事件が最も目立つものでしたが、

 保見はやって居ませんよ。しかし、何らかの、裏工作があって、彼は、犯人を引き受けていると、思います。そして、簡単に二審まで行って、死刑判決が下っています。その一審の時に、これが、謀略であることを見事に裏付けるべく、前田祝一と言う人が、35年間、一度も、私の方としては、それを、見たことのない和服姿(ただし、唐桟と言う木綿だと思う。一審判決は、7月10日だったので、木綿の単衣でも、構わない。ただし、いつも、冬には、大島紬を家着としていて、夏には浴衣を、家着としていた父を見慣れて居る目には、『あら、威張っているみたいですけれど、安物ですねえ』と、内心で、にやりとしたわけですが・・・・・

 上の写真は、【ドリームハウス】と言うTV東京の、特番に出て来た前田祝一です。彼が立っている場所が、我が家の土地で、35年間、盗まれて花が植えられない土地なのです。他の家はすべての家が花畑を持っていて、花を植えて、手入れしていますけれどね。そういう土地泥棒の、事実を、1億2千万人が見る予定の番組内で、洗浄化し、正当化しようとする悪辣な映像がこれです。しかし、この番組の一年後、彼は、死んでいます。私の妹が他殺として殺された直後(=一か月後)でした。ただし、前田祝一の方は、79歳だから、寿命と言えるのかもしれません。自宅で、亡くなって居たそうです。しかし、我が家に頻繁に泥棒が入る身が、私なので、前田家でも、清子夫人が外出中に、誰かが、侵入して、すでに、癌を患っている祝一氏に、筋弛緩剤あんどを、少量でも、注入すれば、『あっという間に、死亡に至るだろうなあ』と、考えております。

 私はこの人物に対しては、一豪も、同情の余地が無くて、お葬式にも無論行って居ません。

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副題3、『その同じ番組で、西隣の小野寺某夫人が前田祝一と同じ趣旨で、出演をしている。彼女の写真を下に奥が、それは、番組に出演するのは、そういう事だから致し方がない。しかし、前田祝一氏と違って、現在生きている人だから、ちょっと、ためらう感じがあるはあるが、

 今朝の、午前二時ごろ意味ありげに、二階のペンダント灯を、点灯したり、消灯したりしたし、人間が起きていることを示す、動きが、一階で、見られたので、それが、明瞭に私に対する攻撃であるし、かつ、富山の三人死亡事件と関連がある様に感じるので、ここで、彼女の顔写真を曝して置く。特に26日の午後、富山で事件が起こり、かつ、その12時間後にペンダント灯の点滅が、特に午前二時と言う、私がパソコンを閉じた段階で、起きたという事は、非常に大きな意味があるからだ。

 この、安野忠彦・智紗夫妻、前田祝一・清子夫妻、柳沢昇・石川和子夫妻、白井達雄・小野寺某夫妻の、4家族が過去にやったことをなかったことにするために、殺人事件が最近でも、頻発する事頻発する事、

 最近でも、おおももたまきちゃん殺しから始じまって、富山の元自衛隊員が、警官を殺して、かつ、小学校の警備員を殺して、自分も射殺をされたという事件まで、全部裏で、鎌倉エージェントが、関与していると、見ています。浜松の看護師殺し(インターネットで結びついた三人行ったという事件んです、IS国と似て居て、第4の人間が居るでしょう。第三の男は、自殺していたとされていますが、他殺を自殺と警察が発表することなど、手もない事です。

 山口みつ子さんなど、その典型例です。それから、新幹線内での、自殺願望男に拠る、東大大学院卒の、梅田耕太郎さん殺害事件、・・・・・ここまでで、被害者が、三人です。もし、新潟のホテルで、自殺していた第3の男も殺されたと仮定をすると、四人です。その後青森の老婦人が二人殺されています。それから、今度の富山の三人です。これで、9人です。

 私はちらちらっと、これらが、謀略であると書いていますが、今のところ、日大アメフト問題を含めて、その傍証づけを行って居ません。それを、例の連中は、ビビっていると、考えている模様です。で、前田夫人と小野寺夫人に対して、シャルリーエブド事件以来始まった、二階の天井灯(今は、前田家だけは、外の門灯へと移動中、祝一氏が亡くなったのに、二階と一階の両方とも電気をつけていると、どうしても謀略であることが、判ってしまうと考えている模様。

 私はビビっているわけではなくて、ただ、体力が落ちてきたので、無理をしないと、決めているのです。いちいちの攻撃にいちいち抵抗して「真実はこうです」と、書いて居たら、自分が消耗しきってしまうでしょう。だから、説明をしない事としているのです。

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副題4、『株主総会の、通知書が全部盗まれているとして、強いて原因を上げるのなら、それは、柳沢昇に在るのだ』

 「お前が株主総会へ、出席するのを阻止してやるぜ」と、かまくらエージェントが、出てきたからこそ、それは、権利を奪われることですよね。何度も言って居ますが、泥棒は、警察の殺人用別働隊がやっていると、思います。しかし私は彼らに、そういうひどい事をされる理由がありません。しいて言えば、柳沢昇(現在は、かまくら春秋社主宰者を名乗っている=後注1へ)が、私の猫のことで、警官をよんだ事案が、発端だと、思うので、彼については、何度も、しかもさらに深めながら書かないといけないのですが、

 何だか知らないけれどとっても立派な、陶芸教室みたいな、宣伝文句が、グーグル検索で、いっぱい出てきます。

 青い矢印の処を、見てください。星印、五つですって。大笑いです。が、本日も又、柳沢昇について書くのはよして置きます。彼について書く為には、大量の過去分を探さないと、いけないので、あまりに体力を消耗するからです。

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副題5、『私が株主総会へ、2014年から、積極的に出る様になったのは、妹の仕事も関係をしている。妹は、千葉大の薬学部を出て、医家向け製薬会社の、学芸部へ居た。しかし、実験室で、実験を繰り返す仕事ではなくて、・・・・・それは、夫婦そろって同じ会社に勤務した連れ合いがやって居た事であったが、妹の方は、医師へ向けて新薬の説明をする役目を担っていた。メインの仕事は、新薬を説明するパンフレットの制作である。デザイナーや、画家も、利用をしたが、文章を書いたり、全体の構成を考えたりしていて、それを、医師会などへもって行く。その際に、たいていは、ホテルで、それが行われるので、全国のホテルの宴会場を知っていると言っていた。

 で、高給取りであり、バリバリのキャリアーウーマンであり、結婚もしていて、子供もいるので、母の自慢の相談相手であり、私は、父の葬儀でも、つんぼ桟敷に置かれていた。私は別に張り合うつもりはないのだけれど、妹に比較をするとホテルを、利用した回数が圧倒的に少ない。しかも、ホテルの宴会場を利用したのは、20代での、国際会議での仕事以来途絶えている事だ。

 2014年以来の株主総会で、訪問をしたのが、ホテルニューオータニ、パレスホテル、ANAホテル、帝国ホテル、ホテルwestin 、高輪プリンスホテル、品川goos 、シェラトンホテル(横浜駅西口)、ロイヤルパークホテル(みなとみらい)、

 などで、株主総会以外で、大きな宴会場に入ったのは、50年前のホテルオークラ、10年前の、セルリアンホテル(渋谷)、12年前のパンパシフックホテル(みなとみらい)である。

 その次に、貸しホールで開くところがある。それは、妹の経験を踏襲してみるという意味では、ホテルではないので、別問題だが、それなりに、会社の方針が判って、よろしいと思う。地味目だけど、贅沢な会場費を払わない会社なので、立派なものだと感じている。地味でもいいではないかと思う。

 一方で、本社で、行う会社がある。長府製作所、島津製作所、GSユアサ、ノリタケ、NTTデータ、ベネッセ、TDK 、一時期のLixil、そして、本日初めて行って、野依良治さんの実物を見た、高砂香料だ。

 結局のところ、ホテルの宴会場を見たいものだと、言う趣旨で、この行脚が、始まっているし、高砂香料は、同日開催が重なった際に、地下鉄ではしごする、という様な、場所にはないので、後回しになって居た。で、その探索旅行が始まって五年目にして初めて訪問をする事となった。今年は、同じ日に開催をされる別の会社は捨てるつもりになっている。

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副題6、『普通、株主総会のある日は、駅に看板を持った若手社員が、2,3人立っている。そこから、100mごとに、二人ぐらい社員が立っていて、看板を持って居たり、言葉による親切な案内がある。今般のケースだけれど、私は盗まれた封筒群に、すべての開催場所へのアクセスの頁を、事業報告(パンフレットで、32頁ぐらいある厚手の物もある)からちぎって入れて置いた。それが、全部盗まれているので、行きにくくなったのは、事実だ。その二枚=4頁を見ると、駅の何番出口を利用してください等、丁寧に説明をしているのだけれど、それがないので、看板を頼りに出かけることにした。

 今年は19日のみなとみらい(=桜木町)ロイヤルパークホテルから、始まった。ここも飛び地であって、今までは、行かれなかったというか、わざと行って居なかった場所にあたる。で、初めて訪問をする。後から考えると、ここのエレベーターから入ると、一番便利なのだというエレベーターがあるので、そこに、コンコルディア(旧名横浜銀行)の社員を、数人、看板を持たせて立たせておけばいい。ところが、桜木町駅に立っていた男性も、歩く歩道の最終地点に立っていた看板男も、二人とも警察官の偽装らしくて、不親切極まりない教え方をしたので、私は、会場にたどり着くまで、「これは、まるで、映画【インディジョーンズ】の世界では、ないですか?」と、

 ところが、この看板が圧倒的にないのだ。通例の年だと、品川駅などは、真ん中の中央改札口傍で、東口で、開催する会社が、2,3社、立っていて、西側で開催する会社の看板が、4.5社立っているケースが多いのだ。しかし、一本も建っていなかった。そういう現象を見て、『ああ、やはり、泥棒は、警察の殺人用別働隊だったわけですね。だって、泥棒が、普通の泥棒だったら、全企業に向けて、株主総会の案内板を出すなと、言う命令ができるはずもないですね。

 となると、命令者は、栗生警察庁長官であり、という事は、結局のところ、各種の泥棒は、その時期の警察庁長官に、その責任を問うという子tになりますね。なるほど、なるほど、では、国会図書館から、満州の新聞を、無くさせたのも警察庁長官ですか?となります。これは、新聞記事で、マイクロフィルム化された満州時代の新聞が劣化して捨てないといけなくなったと出ていましたので、どの警察庁長官が、焚書坑儒まがいの、恐ろしい事をしたかがわかってくるわけです。

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副題7、『27日の高砂香料の場合、株主総会が開かれているホールにつくまで、どこにも看板を持った、社員が立っていなかった。それで、ますます、泥棒が警察の殺人用別働隊であったと、確信を深める。

 ブルーカラーとしてのその部隊は、鎌倉エージェントの言うなりに動くのだ。となると、高砂香料の社外取締役をしている野依良治さんに、会わせたくないので、株主総会の通知書を盗んだと成る。

::::::::::ここで挿入ですが、最近増えた新しい読者の為に言えば、野依良治さんを私が批判をしているのはスタップ細胞疑惑に関連してです。すなわち、スタップ細胞疑惑が嘘に近いものであることを知って居て、小保方さん、と、彼女の共同研究者、三人に、発表の記者会見をする事を許したと、推察しています。

 私は、このブログを壮大なミステリーを解いて行っているのだと、語っています。で、数千万字を全部読まないと、何が書いてあるのか、本当のところは判らないでしょう。もし、野依さんが、スタップ細胞疑惑の部分だけを、プリントアウトされたものを、手渡されて、そこだけをお読みになると、気分を悪くなさるかもしれません。高砂香料の役員の面々も同じでしょう。

 そして、私をものすごいレベルでの、悪人だと、お考えになるかもしれませんね。しかし、実物の私は、頭脳明晰で明るくて、まったく心配のない人間です。美女ではないけれど、リアルな世界で、悶着を起こす様な人間ではありません。

 しかし、そういう私の姿を、野依さんに、見せることが、また、鎌倉エージェントにとっては、困る事なのですよね。したがって、株主総会へ、行かせないとしたかったわけです。

 私は本日は、エレベーターホールの前と、museumのなかでと、二回ほど、至近距離で、野依良治さんと、遭遇しました。そういう時に、もし、私が「野依さん、私は、カクカクシカジカのモノでございます。スタップ細胞疑惑について、あれこれを書いております。今度、其れをプリントアウトをして、この会社気づけで、送ってもよろしいでしょうか?」なんて、言い出すことを恐れて、株主総会へ、出席させない様にしたのでしょうか?

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 今は、午前二時を過ぎました。今から茶碗等を洗って寝ます。アタ、3時半過ぎに成るでしょうか? 明日も三者の予定があり、その次の日に二社の予定があります。しかし、これから、書くことの予定は、書いておきましょう。スケルトンとして。

 さて、今のところ、一階まで、到達したのでした。後、17階まで上がります。そして、遅れた形で、総会会場へ入ります。すると、既に、質問を受け付ける時間帯となっておりました。

 質問は、相当な長時間を取ってあり、質問者は、すべて、とても、丁寧な対応を、されていました。

 私は質問者として、見事な人間で、私の質問によって、講演の主役の、意図が更にまた生きてくるという形の質問をするのです。OPCと言う組織が、学士会館で、阿刀田さんを招いて、ギリシャ神話に関する講演を催した時に、私が阿刀田さんに向かって、「先生は、ヘクトールとアキレウスの、どちらがお好きなんでしょうか?・・・・イーリアスの場合ですが」と、質問をしたら阿刀田さんが、「こんなところ(一見すると叔母さんばかりが集まって居る会)で、こんなに頭のいい人が居るとは、思わなかった」とおっしゃったのです。(笑い) 

 ただし、本日、特に高砂香料では、何も質問をしないつもりでした。しかし、質問時間があまりに長いのと、他の意図で、科学大好き人間だと、大喜びをしてしまう様な質問をした人が居て、到頭、たまらず、質問に立ってしまいました。ところで、高砂香料の株主総会って、全部で、110人ぐらいしか出席をして居ないのですよ。全部で5000人以上株主が居るのに総会へ来る人は少ないのです。で、会場は、小さいお部屋であり、ファミリアーな雰囲気に満ちているのでした。

 きょう私が質問をした事は「高砂香料は、洗剤メーカーにも、製品を、提供をなさっておられると思いますが、その割合は全生産品のいくらぐらいでしょうか? そして、洗剤部門だけで、結構ですが、提供をなさっている会社名を教えてくださると幸いです。その会社名ですが、どういう会社が含まれていますか? アメリカや欧州にも御社がある模様です。となると、プロクターアンドギャンブルにも? それから、日本ですと、花王にもむろんですか? それから、今まで名前をあげた会社は、消費者が名前を知っている会社ですが、消費者と、直接の接触がない竹本油脂は、どうでしょう? その会社は、界面活性剤を作っているのですけれど」と、

 しかし、見事にはぐらかされました。答えてもらえなかったのです。どうしてはぐらかされたか?

 そして、野依さんと、どうして、二回も至近距離で、遭遇することとなったかについては、続報で、語ります。私が、株主総会通知書の代わりに、見せた、配当金の、通知書が、大いに働かされたと、見ていますが(苦笑)、

コメント

島田章三、森瑤子、杉本正子、大沼嘉津江、佐野研二郎、笹川良一、塩見和子、橋本徹、伊藤玄二郎、川名昭宣

2018-06-24 00:37:05 | 政治

副題1、『デザイナーがもてはやされて居て、商売の、根幹を握り、値段設定まで、行うと、たいてい、その商店はつぶれていく』

 この一文は前報(後注1)の、加筆推敲中に、急に、思い出したエピソードとして書いています。登場人物の一人、嶋田章三さんは、亡くなっているそうですが、氏の実妹大沼嘉津江さんは、存命でしょう。その嘉津江さんと、大の仲良しの、杉本正子夫人と言う人物は、鎌倉エージェントの、一人として、私に対する重要な攻撃を、数々、繰りだしてくる人物です。ので、以下の文章は、まだ、政治的な意味を持っている現役のお話です。

 どういう文脈で、この思い出が、浮かんだかと言うと、品川プリンスホテル内の、バイキングレストラン【ハプナ】で、コーフィーが、機械から提供される様になっているのを、35年ぶりに行ってみて、知り、驚いたと、まず、書いています。その後、このハプナより、1500円は安かった、横浜国際ホテル10階に在った、レストラン【オーク】は、相当に、いいものを提供していたという思い出に入ります。こちらのレストランは、【ハプナ】に比べると、スペースは、三十分の一と狭くて、料理の品数も、二十分のいちと、少ない提供でした。が、おいしかったので、評判が高かったのです。2008年など、神奈川県で、第二位の人気を誇りました。しかも飲み物の、提供の仕方が、ホテル風でした。一方の、ハプナは、お客を、ネズミ扱いをしていて、ただ、ただ、収益を上げることに熱心だと、見えます。久しぶりに行ってみて、がっかりで、「これで、4千円では合わないです」と、思った次第です。

 しかし、「オークは、今も、きちんと営業をしているかしら?」と、念のために、ネット検索をしたところ、そこが、なんと、名前も変え、しかも、場所も同じホテル内ですが、10階から、一階へ、変更されていることを知りました。しかも、売りポイントが、デザイナーズ・レストランになっているという点です。私は、懸念がたかまりました。

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 デザイナーズ、ショップだとかデザイナーズマンションだとか言って、誇示している物件とか、お店は、いがいと不成功です。

 このデザイナーズ・ショップと言うのは、鎌倉小町通りにも何軒かありますが、結構だめなのです。何故かというと、デザイナーと言うのは、はやって居て、人気が高ければ高いほど、収入が高いし、メディアに乗ったりして、付き合う人種が、芸能人だったりします。で、庶民ではなくなっています。で、彼らがブランドイメージを作ると、値段設定が高すぎたりするのです。小町通で、実際にショッピングをする観光客の心理から、外れているケースが多いのです。

 そのデザイナーの華やかさを、思っている処、それは、表参道とか、六本木に、集合するグループの世界であろうと、思い、そこから、急に島田章三さんに入って行き、森瑤子さんにも入って行くこととなります。

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副題2、『デザイナーが、当たった場合には、裏方として、根幹を握るので、マスコミ界で、ちやほやされやすく、従って、高収入を得て、セレブ化していきやすい』

 ここですが、急に、嶋田章三さんへ移らせてくださいませ。島田章三さんが、若いころ、安井かずみさんと、付き合っていることを誇っていたそうです。でも、如何にも立派な事の様に、それを話す、妹さんを見て居ながら、「あれ、油絵を描く人としての、嶋田章三さんが、安井かずみと付き合うことに何の意味があるのだろう?」と、私は思い、「こういう事を自慢げに語るから、嶋田家の、章三さんと、こちらの妹さんが、ご近所から、大きな悪口を言われる一因となっているのだろうなあと、思った次第です。

  ここですが、もし、嘉津江さんが、「兄もあれですわねえ。俗物根性がありましたわね。お、ほ。ほ」とでも、添えごとをすれば、私は、違和感を持たないのです。しかし、繰り返しますが、安井かずみと、付き合う事が、油絵画家としての、深まりに役立つとは思いません。『島田章三さんって、セレブになる事へ向かって、必死ですね。それって、俗物根性の塊です。だから、一種の勲章となる程の、美人の鮎子さんと、結婚をしたのですね。学内で、鮎子さんに、取り入って、迎合したのでしょうね。でも、鮎子さんって、トラップにかかった上で、章三さんの、一種のアクセサリーと化して居て、可哀想』と、内心で、ひそかに思ったのです。でも、私は、自分がどう思っているかなどは、嘉津江さんには告げませんよ。だから、他人とは、怖いものなのです。

 でも、嘉津江さんを持ち上げきっている杉本正子夫人なんて、一方で、他人(=私)を馬鹿にしまくりです。私は正子夫人が横浜・高島屋の靴売り場で、ご主人と出会ったのを、知っていますのでね。『やっぱり、思考の上で、限界があるなあ』と、思ってしまいます。本当の哲学とか、本当の芸術とか、本当の宗教心とかいう物には、無縁の人の一人です。お金と名誉に対する欲望は、非常に強い人ですが。

 安野智紗夫人もそうですね。だから、『教養が低いなあ』と、思ってしまいます。それをご本人たちに向かっては、言いませんよ。だから、他人とは、怖いものなのです。常に、ちょっと、上に置いて、相手の感情を、傷つけない様に、して、置かないといけません。

 島田さんの妹さんは、ご近所から「馬鹿だ。馬鹿だ」と、言われています。私は彼女がそういわれてしまう理由を、お子さんを小さいうちに、亡くしているとか、彼女自身が、高校を、転校をしているとか、いくつか発見をして居ますが、そのうちの一つには、横須賀市から大金が、章三さん二、流入していることも原因になっていると、思っています。その大金が流入した原因と理由ですが、北久里浜における、益山重夫と、瀬島龍三が組んだ、大規模な詐欺事件が、大きな関係があると、見ています。それは、書類上は、整っていますので、私は、それを、地籍変更届を利用した実質的な詐欺事件であると、言って居ますが、それに、関連した、杉本、横須賀市副市長(1978年当時は、横須賀市の土木課長だった。後に大出世を遂げる)と、その妻・正子夫人と、私と、嶋田章三さんの、妹・大沼嘉津恵さんの間柄を正しく理解をしている私には、しっかりと、判るポイントなのですが、今は、その詳細には、言及しないで、置きましょう。と言うのも、このブログが、終わらなくなってしまいますから。でもね、あまりにも大金が島田章三さんに流れるので、一般人が不審を抱いたと言う事も事実なのです。

 でもね、ここで、真に私が語りたいことは、デザイナーと言う人達が、いわゆるセレブ階級を形成して居て、そのグループ内での、感覚で、モノごとを処理すると、それは、成功をしないという事を言いたいのです。安井かずみと言うアイコンが、そのセレブ社会の象徴として思い浮かび、従って、嶋田章三さんに、言及したというわけです。が、音楽の世界って、一つヒットすると、大金が転がり込むのです。

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副題4、『マスコミに乗ったがゆえに、大金を得たセレブの、代表例として、一時期週刊文春に、連載を持っていた、森瑤子さんの、・・・・・庶民には、非公開だった・・・・・えげつない、一面を語りたい』

 ここで、もっと、適切な例を語りましょう。森瑤子が全盛期の時に、そういうセレブ仲間(しかも、女友達)に向かって、「今度、京都旅行をしましょう。その時、若いイケメンを、必ず同伴をする事」と、宣言したそうです。その頃、森瑤子が、実際に、自分の家来分として、支配していたイケメンとは、私の親戚の若い女性の夫でした。それを奪ったのです。

 私は親戚の家で、二人が平和だったころの結婚式の写真を見せてもらっています。相手は、有名企業の社長の甥にあたるそうで、背の高さは、180cmクラスです。私の主人はそのお嬢さんの、家庭教師をしていて、しかも従兄弟の間柄です。だから、衝撃を受ける話でした。お嬢さんの方は、その後、アメリカで、仕事をする生活に入りました。新しい相手を選んで、結婚生活に入ったとは、聞いて居ません

 森瑤子が、はるかに年下の、その青年を奪った力とは、熟れたセックスの魅力? それともお金の力? 

 森瑤子は、癌になった後で、マスコミを避ける生活に入りました。しかも東京を遠く離れた場所で、生活をした模様です。が、それは、そのイケメンと一緒の生活を送りたかったからだと、私は、推察しています。

 森瑤子さんの遺族(特にお嬢さんが)思い出を書いていて、それと、森瑤子の、わりと正直な告白記、【夜ごとの揺り籠、舟、あるいは戦場】も、読んでいますが納得ができません。セラピーにかかっていたことを売り物にする姿勢は、草間彌生と、共通する匂いを感じますし。しかも、今、これを書いたとたんに、消去の運命に至ったので、きわめて、正しい分析だろうと、おもっております。文学賞候補になったことで、いろいろ、苦悩があったにしても、裏側での、計算という物も感じるのです。

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副題5、『佐野研二郎など、その典型例の一つなのだが・・・・・』

 ともかく、表参道とか六本木で遊んでいるセレブと、呼ばれる人の裏側って、ソドムの市と、ゴモラの町の世界です。森瑤子のお嬢さんが本を書いていますが、このエピソードはみじんも出てきませんし、秘匿されていることはいっぱいあります。

 ここで、森瑤子のケースから離れて、それらの、セレブと呼ばれる人たちの生活に戻ります。

 そして、そのマスコミにも乗っているセレブたちですが、自分達でも、自分達が庶民感覚とは別の世界で、暮らしていることをを、知っています。その結果、非常に、内向きの発想に成るのです。オリンピックのエンブレムで、海外のデザインを盗んだうえに、都庁前で、7000万円もの高額のお金を使った発表式を行った、佐野研二郎が、その典型例ですが、デザイナーが、乗り出してきて、ブランドイメージを作ったけーすが、意外と、伸びないというのは、何度も見ています。佐野研二郎は、多摩美と、そこに入学した上で、私に、「がっかりしたの、同級生が、面白くなくて」と、自由が丘駅のホームで、告白をした友人と、その思い出を、大学名を伏せて、エッセイとして書いた私との関係等があって、ああなっているのですが、それは、ここでは、削除しておきましょう。佐野研二郎は、最初から佐野研二郎ありきで、選ばれていたのですよ。だから盗作など、する事になったのです。それも、私のブログへの弾圧狙いだったのですが、世のデザイナーたちの、告発で、あのエンブレムが消えて、それは、よかった事でした。

 デザインは大切な仕事です。しかし、あくまでも、小町通で、商売をする、経営者の感覚を優先しないとだめでしょう。私に相談を仕掛けてくれば値段設定など、極めて適切な、お値段を提供することができますが・・・・・

 「高すぎる、これは、もっとお安くしないとだめですよ」と、売り子さんに言ったケースもあるのですが、それでも、言う事を聞かないので、つぶれて行って居ます。

 預言者は、世に容れられずで、値段一つでも、私が提案した方がいいのですが、言う事を聞かないので、予想通り、つぶれていきます。

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副題6、『雉も鳴かずば撃たれまいに、は、大沼嘉津江さんにも当てはまるのだった。大沼嘉津江さんが、PTA三役に選ばれたのは、無論鎌倉エージェントの働きがあってのことだったと、思う。つまり、これも、私を弾圧する為の、一手法だったのだ。それは、この40年間、ずっとわかって居た事だったが、今の今までは、語っては、来なかった事である』

 大沼嘉津江さんが、バカだ、バカだと、ご近所主婦たちから、言われて居たのは、清泉に入学したのに、急に転校をして、県立高校へ、入ったからでしょう。島田章三さんの、実家がある辺りから、鎌倉の清泉に通うのは、無理があります。ただ、私は、もっと、通学時間が長い、高校やら、大学へ、通いぬいていますが・・・・・彼女は根性が無かったのでしょう。又は、清泉でいじめがあった? ただね、長兄が東大卒、次兄が芸大卒にしては、彼女の転校先は、偏差値が低すぎる、高校でした。しかし、そこで、もし、お母さんが、ご近所から、嫌われて居なかったら、彼女が馬鹿だと、言われることも始まらなかったと、思います。母君は、歌人として名を成した人の様です。

 しかし、あの地域で、母君が歌人として名を成すという事は、相当に、とっぴな事なのです。文京区に住んで居て、ご近所づきあいなどない地帯であり、かつ、周辺は、学者ばかりですと、言う様な、地域で、「歌人です」として、生きるのは、簡単です。だが、横須賀市内で、京急堀之内駅を、最寄り駅とする、地域で、「歌人でございます」と言うのは、相当に、とっぴな事なのです。日本とは、横並びを尊び、突出することを許さない雰囲気の有る社会ですから、この母君は、歌人として成功するにあたって、ご近所を切っていたと、思いますね。それをあの地域では、『嫌な奥さんですね』という風に、周辺が受け止めて居たと、私は考えます。そのとばっちりを嘉津江さんは、受けていたと、見ています。

 しかし、もし、嘉津江さんが、PTA三役の一つ、広報委員長に、就任しなかったら、バカだ馬鹿だと、言われなかったと、思いますよ。PTA三役に就任するという事は、女としては、『周辺のあまたの有象無象に対しては、勝ちました』という事に当たるのです。で、しぶといタイプで、それを利用しきるのなら、そこから、市会議員に打って出たり、挙句の果ては、国会議員にまで、進出することができます。一方で、政治には、顔を出さず、地域社会の中で、文化系統で支配力を強めると、最終的には、家裁の調停委員などで、終わる人生となります。しかし、それだけに有名税と言うのがかかります。

 これから先、書いた2000字ぐらいが、突然に消えてしまいました。それを再現するのは、苦労を伴いますが、しかし、消えたからこそ、真実を書いていると、言う自負もありますので、再現していきましょう。

 嘉津江さんが、ご近所主婦たちに馬鹿だ馬鹿だと、言われてしまうのは「あの人には、PTA三役を引き受けるほどの、実力はないでしょう」と、見做されているからです。実際に、一年間を通して、彼女は、私に、非常に感謝してくれました。仕事上、切り盛りをしたのは、影の実力者である、私です。それで、嘉津江さんは、私には感謝してくれると、同時に、自分が全メンバーよりも、優越していることを示す為に、秋ごろから、しょっちゅうホールケーキを焼いてくる様になりました。フランス風の見事なケーキで、それを、作る能力としては彼女は抜群に優れています。バターや生クリーム、をふんだんに使ってあるもので、40年前の横須賀市内では、売って居ないタイプのモノでした。その20年後、私はパリに行ってみて、嘉津江さんが、当時作って居たのは、フランス風のケーキだったと、判ったのでした。背が低いのです。そして、トッピングは、あまり盛り上がって居ません。しかし、中身が濃い。そういう種類のケーキです。今では、特にフルーツが上にこってりと乗ったタルトと言う形で、そういうフランス風の背が低いケーキが蔓延し始めましたが、40年前には、お店には出て居なかったタイプのケーキです。

 したがって、大沼嘉津江さんが、周辺の、住民よりは、頭、一つか、二つ分、裕福だったという事を証明しています。しかし、しかしなのです。と、同時に、章三さんに大金が流れ込んでいることを知っているご近所主婦たちにとっては、その種のお金持ちぶりも、気に入らなかったと、思いますよ。

 また、40年前の、当時の横須賀市内では、手に入らなかったブルーベリーや、砂糖漬けの、ふきなどの素材は、鎌倉で買うか、横浜の元街で買うか、していた筈なので、材料費もエネルギーも、抜群に高くかかっています。しかし、PTA向け新聞を発行していく仕事は、その中枢を、目配りし、一つ一つの、仕事にも丁寧に、取り組んでいた、私の力が大きかったと、思いますよ。

 しかし、だいたいの組織や、カンパニーでは同じことが起きるのですが、私は、冠を持っておりません。別に東大教授でもないし、弁護士でもないし、芥川賞受賞者でもありません。しかし、ある組織の中で、下っ端の人間として、動き始めても、隠された、実力がありますので、結局はトップの地位に上ってしまいます。それを、許せないという人間が現れるのです。その一例が、渡辺幸子さんです。青木繁大賞展の、大賞受賞者にして、ICU中退者(だけど、卒業資格を既に与えられている存在)です。

 渡辺幸子さんは、若い時、父君が破産をしたので、ICUも中退せねばならず、JALの最初期のスチュワーデスをした人なので、きりきりしているところがあって、電話等を駆使して、私をいじめてきたのでした。その時のカンパニーは、ICU同窓会展という組織でした。その中には石塚雅彦さんと言う、鎌倉エージェントの重要人物もいるので、私の損害が更に拡大をしたのだと、見ていますが、大沼嘉津江さんは、お顔も渡辺幸子さんとは、まるで、違うし、物腰もまるで違うので、おっとりとしていて、私をいじめてきたことは有りません。問題は兄の章三さんなのです。

 これは、今日初めて語り始めるのですが、章三さんも、私のライバルとして、設定をされており、それゆえに、大金が流れ込むことになったと、私は見ています。ただね、冠の側面で、「違うでしょう。それって、誇大妄想にしか過ぎないでしょう」と、言われると、思って、今まで、その点については、黙って居たのですよ。

@@@@@ここが、25日に推敲した最前線。

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副題7、『笹川良一氏の元へ、塩見和子さんが、参入したのは、1978年だったと、最近知ったのだが、私のライバルとして設定をされた人間として、塩見和子さんが、最も大物でもあり、かつ、相当な被害を与えてきた人でもある。尚、塩見和子とは、私と同時期に、ICUで学んでいた、帰国子女の走りであって、私は、同じ講義を一緒に受けた事はない。で、お互いに、個人的な知遇はない』

 地籍変更届が関東法務局横須賀支所に、大建産業の名前で提出されたのは、1978年だったと、思います。その年の、10月11日から、13日の間に、もっとも、大きな立場で、主役を担っていた、益山重夫氏が、急死しました。自殺か、循環器系の、急病かは知りませんが、急死しました。益山重夫と言う人物は、旧海軍参謀であり、横須賀の地形に、熟知して居る存在だと、思います。軍の参謀と言うのは、とても高い立場であり、かつ、智恵がある人物だと、見做されている存在です。

 で、非常に高い山であり(もしかすると、三浦半島・いち・高かったかな?)敗戦時まで、重要な場所として、軍(または、国家)所有のモノだった、横須賀市の水道山に目をつけました。その裏に、敗戦による旧軍人へのパージ(職に就けないという事。で、商売などで、生きていくほかはなかった)を、屈辱として感じたり、妻が米軍基地内で、働いている最中に、米軍将校と、恋に落ちて、アメリカへ、逃げて行ってしまったことなども、大きな、要因として、あったとは、思いますが、庶民には考えつかないほどの、大規模な詐欺事件を計画しました。尚、益山氏は、妻逐電後の歳月で、不動産会社を経営していました。その中で、ある時点で、部下だった、若い女性と、再婚しました。そちらの女性は、原節子似の近代的な美女で、かつ、都立大学(=現在の名前、首都大学)の土木課卒のインテリです。二人は、非常に熱々で、いい夫婦でしたが、大きな秘密を抱えて居て、高さ5mの、木の塀で、自宅を囲み、かつ、大型のシェパードを放し飼いにしていて、絶対に他人が、自宅の敷地内に入らない様にしていました。それも、悪事の、計略のうちの一つだったのです。しかも、その妻たる、智恵子夫人は、私を白いセドリックハードトップで、轢き殺そうとしたのですよ。美人でインテリなのに、そこまでの、事をするのですよ。信じがたい経験でした。お茶なども一緒にした相手、しかも女性から殺されそうになったのですから。

 それが、午後4時半ごろで、その日のうちに、夫の重夫氏は、急死しました。劇的な事がいっぱいある事件でした。その中で、ストレスフリーで、努力も何もしないで、大金を得ている人物が、嶋田章三と、杉本夫妻です。

 この杉本夫妻への、大金の流入については、まだ、何も書いていないという部分です。

 ここで、元の地籍変更届の話に戻ります。それは、横須賀いち高い山である水道山を、中心として、その近辺の場所に、2400坪ほどを、私有化したいと、言う望みです。その為に彼は、まず、530平米(170坪)ほどの、土地を、買いました。山林と言う区分けで、あった時期だったと、思いますから、非常に安い土地だったと、思います。合計で、10万円程度だったと、思います。または、それ以下だったでしょう。

  うーん、この問題は、非常に複雑なので、過去のリンク先を探すのも大変で、ここで、新しく書くことも大変なのですが、益山重夫氏が死んだことで、彼の親友だと言われる、しかも、戦後最大の、CIAエージェントでもある瀬島龍三が乗り出してきたのでした。で、彼が警察まで、手下として、攻撃をしてくるのですが、そのことは、私は夢にも知りません。しかも、私は被害者として、巻き込まれたので、自分の被害を防ぐ行動をしただけですから、彼等から攻撃をされるとか、復讐をされるなどと言う事は、夢にも気が付かないでいたのです。しかし、最近の様に激しく、また、明瞭にご近所と、銀座の画廊のあれこれが、使役をされて来ると、事情をはっきりと、知覚することとなります。

 悪辣な彼らの、隠々滅々足る攻撃に、気が付く様になります。

 しかし、大建産業と言うのは、伊藤忠の前名ですし、この地籍変更届(実質的な詐欺事件)は京急が大きく協力をしていますので、瀬島龍三は、非常に初期(たとえば、1960年代)から、関わって居たのかもしれないのです。

 彼は、伊藤忠のトップとして表社会では、機能して居て、顔が非常に広いので、ボート(賭け事の対象としての)で大金持ちになった、笹川良一氏とは、無論親しいでしょう。そして、ありとあらゆる調査力を備えているので、私が笹川良一氏の処へ、泣きついたら大変だと、想像をしたらしいのです。

 なぜ、私が、笹川良一氏に泣きつく可能性があるかですが、それは、私が右翼的論客だからではありませんよ。そうではなくて、私が東大に勤務していた頃の上司様が、旧制高校時代、笹川良一氏と、親しかったという縁があるのです。・・・・・・その縁を頼って、私が、笹川良一氏に結びつく可能性があり、そうなたら大変だ・・・・・と、瀬島龍三は、考えたのですね。私は、そういう工作をする人間ではないのです。コチョコ著とか動きません。調べる事には熱心ですよ。しかも、調べていい部分だけ、熱心に調べます。膨大なお金を使っていますねと、法務局の偉い人(?)にも言われました。そうです。法務局では、大建産業(益山氏の会社)の、登記などを、閲覧したり、謄本(コピーの事)をとったりしました。

 彼は、自社の事業の一つとして果樹園の経営を上げて居ました。なるほどなあと、思います。水道山へどんどん蚕食して、そこに、栗の苗でも植える。そういう形で、公的な土地を「自分のものです」と主張をする。そういう風に、調べていい事だけを調べても、これが、詐欺事件であるという全貌が判ったのですよ。

 だから、日本のトップクラスの人間(=瀬島龍三など)には、私が頭がいい事が判るのです。しかし、渡辺賢司とか安野智紗夫人などにはわかりません。だから、私に失礼な態度をとるだけで、その人物たちがどれほどに、低レベルかを、私の方が、判断してしまうほどです。

 で、表向きは、1992年から、元サザビーの日本史社長だった、塩見和子さんが、突然に、笹川氏と、協力することとなったと大喧伝をされるのですが、どこかで、塩見さんが、笹川と組んだのは、実質的には、1978年だったと出て居たのです。こういう小さな真実でもどんどん曲げられます。

::::::::::ここで、挿入に入ります。今般、【英雄たちの選択】(NHK BSプレミアム)は、再放送だったらしくて、主役は、高田や嘉兵衛でした。そこで、資料を探す場面が出てきたのですが、嘉兵衛直筆の日記みたいなものがあるのが、大阪、中の島の府立図書館だと、画面上、出てきました。しかしね。中の島には、一つしか図書館はないはずで、それは大阪市立だった筈なのですよ。2013年の、5月か6月の末、間では、底は市立図書館だった筈です。それが、いつの間にか、府立図書館へと変更になっています。是こそ、私のブログが原因です。そして、橋本徹氏が、政治から手を引いてしまった、一因ともなっているでしょう。

 実はその同じ日に、大阪城北詰口駅で、尾行者に、ビデオカメラを盗まれてしまったのです。その中には、どうしようもないほどに、怯懦な、醍醐イサムの映像が映写されて居て、それを、CIA連中は、警察の別働隊を使って、取り戻したいと、思っていたのでしょう。

 ただし、私は、切符売り場で一種の置き引きの手法を利用して、それが、盗まれてしまった事には、午後の、二時から、6時半まで、気が付かなかったのです。その間、大阪城北詰口駅には、戻れない様に電車が、二時間も停車していたのですが、それでも、気が付きませんでした。しかし、図書館を含む観光を終えてホテルに帰り、ホテルで、NHKニュースを見て居た際に、突然にビデオカメラが、無くなっている事に気が付いたのでした。

 なぜ、気が付いたかと言うと、夕方六時からの地方ニュース内で大阪府知事、松井氏が、大阪市立図書館を訪問をしたと、言うニュースが流れたからです。このころ、図書館が、二つのポイントから、大問題になって居たのです。で、本来なら、橋本徹市長を訪問させるべきところですが、橋本氏が自分一人の考えで、松井氏を代理で派遣をさせたのか? それとも、東京(実際にはかまくら)からの指示で、少しずらして置いた方がいいので、橋本氏では、無くて、松井氏をはけんせよと命令を受けたので、松井氏を派遣したのでしょうか。それは、判りません。ただ、それが、脅かし兼、嫌がらせであることを、私にはわからせたいのです。しかし、ブログに委細を書かれると、橋本徹氏が困るので、両天秤に掛けたというか、弁明の余地を残して置いたと、言う事なのでした。

 「このピント外れのずれは、私狙いですね」と言う事だけは、ピンと来て、『そうか、金沢でも、京都でも、異常な事が多々あったけれど、今の自分は、CIAエージェントたちに総力を挙げて監視をされているわけなのですね。政治の渦中も渦中、真っただ中にいるわけです』と、思い当たるのでした。

 で、突然にビデオカメラが紛失している事にも気が付いて、その後、4時間もかけてありとあらゆる通貨ポイントを探すこととなるのですが、見つかりませんでした。現代日本って、とても、まじめな人が多くて、この手の政治が絡んだ泥棒ではないケースでは、たいていものが出てくるのですが、出てきていません。そして、醍醐イサムは、自分のみっともなさすぎる姿が、記録をされている動画が、この世から失われたと、知っている模様で、私に会うたびにニヤニヤしています。しかし、私の方では、彼の根本的姿を知ってしまっていますので、いつかそれを、書き表すこともできると、おもっておりますよ。政治的大事件と結び付けて。

 ところで、2008年ごろから図書館が二つのポイントで、大きな、注目ポイントとなって居たのでした。

 二つのポイントの、うちの一つと言うのは、我が家から、父母の写真と、父がサラリーマンながら、中国の遺跡を油絵で描く名手であって、愛新覚羅溥儀(ラストエンペラーとして映画化された方)の、宮殿に絵が飾られているという様な新聞記事の、切り抜きが、11枚もあったのに、それが、盗まれているのですが、その同じものが、国会図書館にはある筈だと安心しきって居たのですね。ところが、国会図書館では、満州関連の資料は、マイクロフィルム化されているとの事で、それが、新聞に何度も出てきました。そこで、訪問をしてみると、驚いたことに、文化面が削除されているので、父の業績は、見当たらなくなっていたのです。新聞や本とは、紙を折りたたんで、作るものなので、必ず、宮数頁で、終わるモノなのに、国会図書館では、奇数頁で、マイクロフィルムが終わっているのでした。しかも、それをひどいと指摘をすると、何と、マイクロフィルムが劣化しましたと言う事になり、満州時代の新聞は、一切見ることができなくなったのですよ。しかも、国会図書館を訪問するたびに、警察車両によって私は、脅かされたので、父母の写真や、新聞の切り抜きを盗んだのが、警察だと確信をする様に成るのです。で図書館とは、とても、重要になっているのでした。

 もう一つのポイントとは、伊藤玄二郎・かまくら春秋社・社長がポルトガル国からエンリケ航海王子勲章をもらっているのですが、そのきっかけは、彼が共同著者の一人となっている【びょんぶ】と言う書物なのです。で、その後書きに、もし、「河出書房新社の、川名昭宣氏に感謝します」という文言が有ったら、この壮大なミステリーの解明が、一気に進むのですね。それで、その書物を探しています。伊藤玄二郎が、献呈した相手は無論、わかって居て、二十数名をたちまちに数えることができますが、・・・・・例えば、養老孟司氏を訪問して、見せていただけますかと、今試してみるほどに、自分の方が、エネルギーをそこに注ぎたくはないです。いや、本当に真剣になったら、ポルトガル国の大使館に行きます。そして、それを見せてくださいと頼みます。そこに行けば拒否される理由はないです。公にはないです。しかし、国会図書館でさえ、【びょんぶ】が、秘匿されているという事は、ほとんど、私の推測が当たって居て、その書物は、川名昭宣さんが、編集した筈です。と、考えるとスタップ細胞疑惑についても、その他についても、真実の究明が、非常に容易になってくるのです。

 で、私はありとあらゆる案件について、今、自分が書いているk戸が正しいのだと、言う点では、揺るぎが無いのですよ。

 しかし、大阪市立図書館がいつの間にか府立図書館になっているというのには驚きました。それが、塩見和子さんがいつ、笹川良一氏の、手下になったのかの時期について、諸説が、横行していることを、説明するキエンになっています。

 :::::::ところで、ここで、二つ目の挿入を入れます。あれほど元気だった橋本徹氏が何で、急に脱力をしてしまったかについていえば、この件が大きな影響を与えているでしょう。橋本氏は、・・・・・如何に日本の政治意が難しい状況下に在るか!・・・・・が、この図書館の件で、わかってしまったのです。

 普段の彼は、CIA側にいじめられきっています。週刊誌の、攻撃で、激しく消耗をしている筈です。しかし、この大阪市立図書館の件についていえば、彼は逆らえない、人物からの命令で、CIA側陣営の、小道具とされてしまっているのでした。これほどの屈辱は有りませんよね。こういう国で、まともなことが通じるはずがないという事が彼にはわかってしまったのです。

 私は、橋本氏に対しても松井氏に対しても、怒っては、居ませんよ。ただ、橋下徹氏みたいな、まっすぐな人が、引っ込んでしまうのは、残念だなあとは、思っています。:::::::ここで、挿入から元へ戻ります。

 塩見和子さんが、いつ、笹川良一氏と、密接な関係を築いたかですが、本当のところは、瀬島龍三の、手配で、1978年には、すでに、築かれていたと、考えます。ただ、公益財団法人に成るとかいう形を整えたのは、2012年かもしれません。そして、1994年に、塩見さんが、週刊朝日で、大きな記事となったのは、その年に、私が生涯で、二度目の個展を、銀座で、しかも、とても派手な形で、行うのです。後年、美術9条の会が、できてからは、私をいじめることになる渡辺豊重さんが、「こんなに派手なオープニングは、久しぶりですよ」と、言ってくれたほどの、人気ぶりでした。

 だから、こそ、「お前、頭に乗るな、お前より、ずっと、塩見和子の方が大物なのだよ」という記事を週刊朝日に載せたのでしょう。無論、私だって、自分より、社会的な身分として塩見和子の方が上であることは認めます。

 容貌の点では、10倍ぐらい彼女の方が上で、

 収入の点では、1000倍ぐらい彼女の方が上で、

 知名度の点では、10万倍ぐらい彼女の方が上でしょう。

 となると、知名度の点では、10万倍ぐらい、彼の方が上である、嶋田章三が、1970年代から、ライバルとして設定をされて居て、どんどん、出世していくというのも瀬島龍三と、バッティングをする前に、すでに、ベイカーさんから、頭の良い人間だと、認められてしまっている私に対しては、起こりうることなのでした。

 そして、一番大きな問題点は、嶋田章三が、国画会内部で、「あいつ(=私の事)は、弾圧しなさい」と、言う暗喩的な指示を出していただろうと、言う事なのです。

 それを分析していくために、大沼嘉津江さんの、種々の言動が、役立つのです。

 キジも鳴かずば撃たれまいにと言うのは、広報委員長に彼女が選任をされたのを引き受けたという点にあるのです。広報委員と言うのは、一年を通じてもっとも、作業時間が多い部署です。私と嘉津江さんは、一年間に、160時間以上を一緒に過ごしています。そして、嘉津江さんは、周辺の人が馬鹿だ、バカだと言う通りで、単純な価値観を持っている人なのです。で、兄を偉い人だと信じ切って居て、兄の思い出を語るときに、どうしても自慢毛な、口調になってしまうのです。

 しかし嘉津江さんより百倍は多くの書物を読んできた私からすると、それらの自慢話とは、すべて、嶋田章三の、人格上の欠点をさらけ出しているのに過ぎないのでした。だから、これも、また、悪人は悪人同士で、殺し合うの一典型なのです。瀬島龍三がアイデアを全部出していたのか、それとも、その頃から既に、井上ひさしがリクルートをされて居て、アイデアを出していたのかはわかりませんが、嘉津江さんを、私の上に置いて、圧迫するつもりであって、意外にも、自分達にとって、大事なタマである筈の、嶋田章三の欠点をすべて、私に知らしむる結果となって居たのです。

 この青の太字の部分が初出なのです。それから、三土井色の字の部分も、その中で述べている理由付けや、因果関係の説明においては、初出の事が多いです。

 塩見和子さんが、週刊誌に登場したのは、1994年以降の話(後注2)であって、彼女が、1978年から、笹川良一のもとで、日本財団の仕事をしていたなどと言うのは別のところで、見つけた話です。しかし、75歳になった脳味噌の弱さゆえ、どこに出ていたかが思い出せません。でも、真実の期日がいつであろうと、彼等、鎌倉エージェントは、自分たちに都合の良いように事実を曲げてきますので、さして、重要ではないのです。

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副題8、『この章の結語』

 私は自分の頭脳の優秀さに自信を持っている。しかし、その頭脳は哲学的考察に、主に向かっていて、現世的利益の追求には向かわない。自らの周辺に、違和感を感じることを見出したり、NHKニュースの中に、違和感を感じることを見出したりすれば、その時、塩見和子の不思議な選択(サザビーの日本支社長という役職から、笹川良一の右腕となる選択の事)も醍醐イサム(突然に不親切になり、その原因を追究しようとする私の前で、メロメロに、醜態をさらけ出してくる)も重要になってくる。日本の政治が、CIAエージェントの、井のままに動かされている現状の下では、同じく、動かされているある個人を通して、それらの、より大きな現象を分析すると、非常に分かりやすくなるからだ。

 しかし、現世的な、利益を、求めないタイプだから、笹川良一に近づくはずもない。お金の動かし方にしても桁が違うので、近づくはずがない。1978年とは、小さな子供を育てている最中でもあり、最も大きな望みは、芸術家として大物になる事であった。そういう私が、笹川良一に、すがって行くことはあり得ない。しかし、現世的利益を最優先にするてあいが、瀬島隆三たち、鎌倉エージェントの面々だったので、自分達と似た穴を掘ると、言う風に私が誤解を受けたという事だ。

 いや、最近もつくづく、思い当たる事があった。鎌倉に、最良の物件が売りに出ている。税金も含めると、一億三千万円を超す物件だ。それなのに広さは、45坪程度しかない。しかし、75年の生涯を通じて望めば必ず、願いが叶ってきた人間が私なのである。100%の形で成功したとは言わないけれど、30%程度の充実度で、かなってきた人間が私である。

 で、大芸術家になる夢を捨てたのだから、代わりに、もう一度、家を新築する夢をかなえたいと思っている。資金はない。だけど、そういう夢を持っている。で、家を新築する為には土地が必要だから探している。追浜に、駅まで徒歩四分の、建蔽率80%で、容積率400%の地域で、28坪と言う土地を見つけてある。こちら、かまくらの方は駅まで徒歩7分だけれど、敷地45坪で建蔽率40%だ。両方ともに、設計図は、考えるのが楽しい土地だ。お金はないけれど、夢を大切にしようと思って、ある晴れた日に、鎌倉の方の現地を訪問をした。

 すると、東隣に最近、ここの売地を買った人が、新築をしていた。シートで覆われているので、建築確認申請の看板を見て、いくらぐらいの広さの家だろうと、推察して居たら、工事の、責任者らしい人が近寄って来て、いろいろ説明をしてくれた。それによると、その家は、本格木造建築で、しかも平屋で、しかも、総建坪は、100坪であり、坪単価は、300万円とは利かないという話だった。敷地は三百坪を超えると思う。彼は手に銅板を持っていて、これは、葺くとすぐに緑青が出て、緑色になるのですよと、言って居た。

 そこまで聞いただけで、私は、表面は冷静だけど、内心で笑い転げてしまった。・・・・・この家って秋篠宮さまの邸宅よりも豪華なのではないかしら。そうなると、ここは、お金が手に入っても、買ってはいけない土地ですね・・・・という事がはっきりとわかったからだ。桁が違い過ぎる収入の人の隣で、暮らすのは、幸せな事ではないと、思う。

 鎌倉では、将来ともに、出ては、来ないと、思われるほどに、環境の良い土地だったが、『これから先は、ここには、ノータッチですね』と、思った事だった。人は人、自分は自分だ。常に、平静であるためには、人と自分を比較してはいけない。でも、お正月に、三百人ぐらいのお客が、お隣を、訪問をするのを横目で見て居たら、自分の方が貧乏だとは、どうしても見えてしまう。そういうところに住むのは、幸せではない。いや、実際には、社員が700人もいる人の別荘だそうだ。だから、年始客は千人を超えるかな? しかも、登り龍の、威勢を持つ人の別荘だと、思う。工事人は、何も説明しなかったけれど、私の直感がそういう。すぐ近所にコナカの社長さんの家もあるし。

 どうして、こういう事を言うかと言うと、間に、立派な紹介者が居たとしても、私が、笹川良一と、付き合う筈は、ないと言いたいからなのだ。「瀬島龍三様、誤解をしてくださって光栄です」と、言っておこう。 

  ここで、後注2のリンク先として挙げた文章は私の文章ではないのですが、週刊朝日の記事をほとんどなぞっていると、思われるので、採用させていただきます。

 

 

後注1、

油揚げに髪の毛が入って居た話を、アランの幸福論風に書いている最中に、警察の殺人用別働隊が、轟音で脅かしてきた。why?  2018-06-22 21:52:25 | 政治

後注2、

http://kikuchi-blogger.blogspot.com/2008/06/16part1.html 

16億円の楽器を買う笹川財団の女性大物画商『週刊朝日』Part1



コメント

油揚げに髪の毛が入って居た話を、アランの幸福論風に書いている最中に、警察の殺人用別働隊が、轟音で脅かしてきた。why?

2018-06-22 21:52:25 | 政治

 下の文章ですが、22日の夜11時ごろいったん閉めたのですよ。しかし、その後で、大量に加筆をし始めています。この章の中では、口の中が、大変、気持ちが悪くなった話を二つと、口ではなくて、脳が気分が悪くなった話の、三つを並べているのですが、口の中が、気持ちが悪くなった部分が加筆なのです。小さな話です。しかも全部、私個人が経験した話です。世間の大勢の人が経験した話ではありません。

 しかし、フランスの哲学者アランが【幸福論】の中で、こういっています。・・・・・あなたが、政治的に怒りを持っている時に、もしかしたら、あなたは、虫歯が痛かったのかもしれませんよ・・・・・と。50年前に読んだので、大意だけで、語っていますが 

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副題1、『株主総会の通知書が、20通以上盗まれているので、却って頑張って、総会へ出かけている。でないと、妨害に負けて自由を奪われたことになるので。で、普段よりも疲れているので、株主総会が行われているホテル、または、その近辺でお昼を取る様にしている。久しぶりに品川のプリンスホテルの、ビュッフェバイキング【ハプナ】へも入った』

 今、私は政治について、語っています。特にNHKニュース内に、大量の嘘が含まれている事に対して怒りながら分析を続けています。しかし、それは、もしかすると、口の中で、噛んで居た油揚げに、髪の毛が、含まれていた事に、気が付いた気持ち悪さが、原因だったりして(苦笑)。と、考えたので、この一文の、初稿を書いた後で、最初には、それには触れて居なかった食品トラブル(加筆部分)を書き始めた次第です。

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 本日、私はある人と、会話を交わしていたら、バイキング(ビュッフェ形式)のレストランの話に入って行きました。以前書いていたので、それを、皆様は、覚えておいででしょうか? 2002年ごろから2012年ごろにかけて、東京中のバイキングレストランを試したのを。いつも、一人で行って居たのですが、隣に、山口みつ子さんと言う今は亡き、画廊のオーナーが座っていると、思って、彼女と一緒に食べているつもりで、試していました。

 そのあとで、ずっと行って居ないので、状況が変わっているかもしれません。特に最近外資系ホテルが、たくさんできているでしょう。そういう処には一切行って居ませんので、ちょっと、判りかねる部分があります。

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 しかし、30年ぶりか、それ以上の間隔を開けて、品川のプリンスホテル内、【ハプナ】に今週、行ってみて、割とがっかりしました。コーフィーが機械から出てくるのです。もちろんネットカフェなどに置いてあるの、より、高級に見える機械ですが、でもねえ。機械から出るコーフィーですって。参ったなあ。ティーバッグは、置いてありますが? それもね。スーパーで、売っているランクのものです。参ったなあ。

 鎌倉駅って、二階建てです。そんな小さな駅舎なのに、CIALができたのです。その一角にパン屋さんがあります。それは、山崎製パンが経営しているチェーン店ですが、それでも、最高級なのだそうです。Vie de France というのも山崎製パンの経営だそうですが、それ以上のランクであり、最上級クラスなのだそうです。表参道駅と、新橋駅と、丸の内のどこかにも同じ名前=delifranceの支店があると、聞きました。外人の口コミでも有名らしいので、外人客がいっぱい入って居るお店ですが、ここのコーフィーがおいしいです。3畳程度の広さの小さなカフェですが、私は、お買い物に出ると、必ず、寄ります。鎌倉いち、おいしいと思っているほどです。高いところでは、今は、コーフィーが一杯900円しますが、それよりも、おいしいです。

 私は、どこでもアメリカンとして、薄めてもらうのですが、ここのは、薄めても、おいしいのです。見ていると、ひとりずつサイフォンで入れてくれます。美しくて健康そのものに見える女性たち(昼間は主婦達、夜は学生たち)が、ひとりぶんずつ目の前で、サイフォンで入れてくれます。270円のコーフィーでもサイフォンで入れてくれます。ああ、それなのに、プリンスホテルって、ホテルを名乗りながら、機械からコーフィーが出てくるのでした。参りました。久しぶりに、産業の発達を、呪いたくなりました。それを、歓迎したくない気分になります。だって、おもてなし精神皆無ですから。参った。参った。

 プリンスホテルって、場所によってランクを分けているみたいですが、この品川駅前が、一番、庶民向けなのでしょう。しかし、何故か、お客である私は、庶民ですが、庶民以下の、ねずみみたいな扱いを受けていると感じます。こ馬鹿にされているという感じ。つまり、「あんたらは、単に、もうけの対象だから、早く出て行ってね。回転率を上げたいから。お皿は早く下げますよ。だけど、コーフィーなんか、入れてやんないからね」と、言われている感じがします。・・・・・・

 ただね。ここで、次の日の朝、何度目かの推敲中の、何度目かの加筆をいたします。それは、ですね。たぶん、ハプナについて触れたので、22日の深夜、11時50分から、午前零時半まで、外で、莫大な騒音を上げて、警察の殺人用別働隊が、大型バイクで、走りまくったのですよ。

 多分ですが、【ハプナ】について触れたからです。私が、普段書いている、ブログに、登場する人物たちは、一般社会では、有名ではありません。だけど、ハプナとなると、300万人以上の人が、一回は、そこへ行ったことがあるというレストランです。となると、私の文章が与えるイメージが明瞭になり、この文章が解りやすくなります。それを阻止したいという事があったのだと、思っています。ブログを書くのは、自由でしょう? そして、ハプナで、機械で、コーフィーを出しているのも、2018年6月22日の金曜日までは、確かな事実です。「それを書いてはいけない」と言っているの、どこのは誰ですか?

 ほかにも、理由はあるでしょうが、非常にうるさかったです。この警察の殺人用別働隊については、後で、丁寧に、語ります。

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副題2、『デザイナーズ、ショップだとかデザイナーズマンションだとか言って、誇示している物件とか、お店は、いがいと不成功です・・・・・そして島田章三さんの内包する問題点と、北久里浜の2400坪をめぐる実質的な詐欺事件について』

 このデザイナーズ・ショップと言うのが、結構、だめなのです。鎌倉小町通りにも何軒かありますが、結構だめなのです。何故かというと、デザイナーと言うのは、はやって居て、人気が高ければ高いほど、収入が高いし、メディアに乗ったりして、付き合う人種が、芸能人だったりします。

 横浜駅西口に国際ホテルと言うのがあって、そこの10階にあるレストラン【オーク】と言うのが、非常に評判がよかったのです。2008年度など、神奈川県内、2位と言う位置だったそうです。が、今日久しぶりに、ネット検索をしたら、ホテルの名前も変わっているし、レストランの名前も変わっているし、10階から、一階へ移っているので、以前と同じぐらいにおいしいかどうかがわかりません。特にデザイナーズレストランとなっています。

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 上で、ハプナの対象例として、いいレストランですよと、推奨するつもりだった、【オーク】は、ハプナよりも1500円は安いのですが、飲み物など、圧倒的に、上等でした。ジュース類は、ガラスのピッチャーに入って居るし、コーフィーも、10人分は入る容器でしたが、ドリップ形式で、作って居ましたし。

 しかし、デザイナーズレストランになった上に、名前まで、pan wak という日本語としては、意味のない言葉にかえたので、味が悪くなったのではないかしら。オークとは、樫であって、それは、すでに、日本人には、なじんでいる解りやすい名前だったのに、残念ですね。

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副題3、『初めから、バイキング用レストランとして、設計をされたものと比較をすると、もともとは、ホテルの宿泊者向けのバーとかレストランとして、設計をされた部分を、ビュッフェ形式が流行っているので、転用したというケースでは、おいしいものが出てくる割合が、大きい』 

 ここが、【ハプナ】よりもお値段が1500円ぐらい安いのに上等だったのは、もともとは、ばいきんぐを、目指していなくて、小さなホテルの、バー風なところを、ばいきんぐへ、転用していたので、良心的だったのです。数で、儲けるという発想が元から無かったからです。特に飲み物が圧倒的に、きちんとしていました。しかし、名前他が、大きく変わっていたので、その原因が不明で、ある点で、政治的に変化したのかと思い、急に他の処も、実名で推奨できないなあと、思う様になりました。

 品川に在る京急が経営するホテルは、パンパシフックと言う名前でした。しかし、それが、gooという名前に変化しています。それは、私をからかいおどかすためでしょう。北久里浜の、実質的詐欺、事件(=2400坪の、の、横須賀市所有の、土地の、只での、私有化)も、京急が池田分譲地を造成するという立で、協力したのが、今では、明瞭ですし、

 その上、ほら、例の政治的動きも、あるでしょう。そのせいかもしれないので。

 昔、言って居ますでしょう。(後注1)私を弾圧する為に、私が高く評価している天才的画家KNさんを代理でいじめるために、社会派を装って、恐ろしい個人虐めよう番組【空き家特集、杉並区、篇】(NHKスペシャル、鎌田靖キャスター篇)が、制作されたと。それほどなので、敵として作用する人以外の、実名は曝しにくくなりました。→へ続く。

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 ただね。それと同じテーストだったのが、新橋の、第一ホテルのどこか(本館か、アネックスだったか? はっきりとは、覚えて居ないのですが、)に、バーを転用した、ばいきんぐレストランがあったのですが、今、どうだろう。二階だったのですよ。良心的でした。そして、おいしいので、退職した紳士たちが一杯集って、交流を深めていました。しかし、今は、無くなっているのかもしれません。去年、探したら、外の案内板にはなかったです。で、無くなったのかもしれないと思って、ホテル内にまでは、探索を市には、入らなかったので、判りません。

 で、すべて、世の中が挙げて、効率を優先して、利益を上げることを優先するので、そうなると、大きな部屋を作って、大量のお客さんを入れた方が儲かるでしょうからね。バーを転用した小さなレストランで、良心的なビュッフェを提供する仕組みは無くなって行くのかもしれません。

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 しかしねえ。皆さん、ばいきんぐをビジネスとしてやっているあるチェーン店に入ったら、切り干し大根の煮物が、腐っていたことがあるのです。私はね、行列するのが嫌だから、11時台に行くか、午後1時台に行くことにしています。その日は、早い時間帯に入ったのだと、思います。で、瞬間的に、前日に余ったものを提供しているのだと、感じました。切り干し大根の煮物って、ばいきんぐの料理の中では、人気が無いのでしょう。それで、余るのだと、思います。しかし、京都風に、味付けすると薄味です。で、室温が、25度に設定をされていたとしても、4時間ぐらいの間に、腐ってしまうのです。それを、次の日にまで、使ったのでしょう。それで、げっというほどに、気持ちの悪い腐敗臭、および、腐敗味が口の中に、ひろがったのです。私は、すぐ吐き出しました。それで、すぐそこを去る事にしました。それでね。この件で、レストランと喧嘩は、しませんよ。だって、他のお客さんが、切り干し大根を選ばない限り、腐敗には気が付かず。楽しんで、デートをしている模様ですからね。

 しかし、別の事で、文句を言っておきました。アイスクリームのトングが、水につかっているのですが、その水が、もう、白く、ミルクで濁っているのです。切り干し大根は野菜が原料です。したがって、食中毒を起こしても、それほど、恐ろしい事にはならないでしょう。ところが、アイスクリームは、一応乳製品の筈です。と、成ると、たんぱく質が入って居ますね。タンパク質関連の食中毒は、恐ろしいです。でもね、まだ、くさっている段階ではないので、注意をしやすかったのです。

 あの時は、『このお店は、スタッフ全体が、なんて気が緩んでいるのだろう』と、思いました。しかし、今では、『お給料が安くて、モーチヴェーションが高まらないのだろうなあ』と、思います。だから、この日本は何かがおかしいのです。

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 さて、食品のトラブルを一つ書いたので、もう一つ、今週にあじわった、awfulな事を書かせてくださいませ。これも相手とは、喧嘩をして居ませんよ。大体、リアルな世界では、喧嘩をしない主義だし、今、私が対峙している大きな敵を、考えると、食品(この場合は、手上げ風油揚げ、Vマーク)に、髪の毛が入って居たなどと言うちっぽけな事で、喧嘩をしている場合ではないのです。しかし、気持ちが悪かったですよ。だって、口の中に入れて、噛んでいる最中に気が付いたのですから。

 状況はこうです。私は、昔風の、からからに、あげて、中身が空洞であるタイプの油揚げが好きなのです。あの方が腐敗しにくいと、思っています。しかし、ある地方で、厚いタイプの油揚げがおいしいと名物になっているそうです。それを模倣して、【手上げ風油揚げ】と言う商品が最近出回っているのです。しかし、その地方名産品が鎌倉のスーパーで、売っているわけではなくて、八社共同開発のVマーク商品として、模倣品が出ているのです。私はね。腐敗を恐れる人だから、本当はそれを嫌いなのに、テレビ番組で、その或る地方で、有名な厚い名物油揚げと言うのが、出てきたのです。その影響だったのでしょう。ついにそれを買ったのでした。初めてね。

 ところで、私は二週間に一回か、10日に一回、お煮しめと言うのを作ります。でね、生揚げが冷蔵庫に有ったら、それを使うのですが、もしなかった場合は、油揚げを、縦長に、7本ぐらいに切り分けて、幅1センチぐらいで、長さ15cmぐらいの帯、一本ずつを、結んで、小さなリボンにして、お煮しめの最終段階で入れるのです。そうすると、煮汁を吸い込んでくれて水っぽくないお煮しめとしてしあがります。ところが、その問題の、てあげ風油揚げのセロファン袋を開けてみると、それではリボン風な結びができないことがわかりました。間に白いお豆腐部分が、7ミリぐらいの厚さで残って居て、従って、厚くて硬くて、結べないのです。で、だし汁を吸う方は、高野豆腐に任せることにして、こちらの手上げ風油揚げは、生揚げ風に使う事にして、一枚を台形の八片に分けたのです。それを使ったお煮しめを、日曜日に作って、実際には、日曜日にはちがうおかずを食べて、お煮しめの方は、画廊巡りをする月曜日用の副菜として、置いて出かけました。その日は、高野豆腐も入れたので、お煮しめは、ほとんど、水気がない形で、仕上がりました。上等、上等、仕上げは上等と思い、と安心して外出したのです。

 そして、主人には、夕方五時半ごろ、お魚の粕漬を焼いてもらって、常備菜と、味噌汁で、夕食を、一人で、食べてもらったのです。で、私の方は、主人が寝入った後で、9時40分ごろ、帰宅をして、まず、ブログを手当てして、その後、夜の12時ごろ、一人で、遅い夕食をとっていました。

  で、件の油揚げを食べ、ていると、何か、口の中で、もしゃもしゃするのです。『糸が入って居るのだわ。何故だろう?』と、思って、口の中の物を全部、お皿に、吐き出して、みました。すると、台形に、切り分けられた厚手の油揚げが更に、2分割されているのですが、その間に、細いものが出ているのです。細さから考えると、糸ではなくて、髪の毛だと、思いました。その一方の端が、すでに、油揚げの中から出ているので、それを引っ張ってみると、もう一方は、完璧に、油揚げの中に入って居るのです。そして、シュルシュルっと全体が、出てきました。色を見ると、一部分が茶色で、一部分が白いのです。そして、長さは、12cmぐらい。『参ったなあ。これを作った人は髪の毛を茶色に染めて居る人ですね。下の方が染まらなくて、白く残って居たのかしら? それとも、煮ている間に脱色しましたか?』と、考えていくと、ぞっとしました。髪の毛、一本の、しかも、12cmぐらいを染める染料って、ミクロン単位の量でしょう。しかし、科学が専門の私には「色素って、だいたいが、口に入れると、悪い影響の有る重金属類で、できている」ことがわかって居るので、更にぞっとしたのです。

 でもね、嫌なことはすぐ払いのけたい主義だから、それらを全部すぐ捨てて、写真に撮る事も致しませんでした。NHKニュースから、よく写真を撮って、採用させていただくのですが、ああいう写真よりももっと嫌悪感を催すものでした。

 ここは赤津侃さんの、ファックス文と、中島三枝子さんの、私への、いじめの理由や、伝達者の、解明へと、続くのだけれど、それは、後で、蛇足の部分で語ります。

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 ところで、6000円以上だから、おいしいとも限らないのですよね。特に、はとバスや、他の旅行会社の、団体客が送り込まれる様に、コースに組み込まれでいる様な、レストランは、どうも堕落をするみたいです。『お料理の、気合が、入って居ないなあ』と、思います。だから、高ければいいのだというわけでもないのです。6000円以上でも、駄目な場合はだめなのです。儲かる仕組みと、おいしさは、両立しがたい模様です。

 ここで、上の矢印から、続くとなります。→ それでね。実名を挙げて、推奨できなくなったのですが、横浜の、中華街のお店が、ミシュランで、一軒も選ばれなかったというのも道理だろうなあと、おもっております。

 横浜の中華街って、世界一きれいな場所だろうと、思います。特に中国本土や台湾や、香港や、マカオを除いた、海外に存在する中華街としては、最高ランクで、きれいな場所だと、思っております。ニューヨークのチャイナタウンより全然きれいで、範囲も広いので。パリのチャイナタウンって、あったのかなあ? 気が付かなかったけれど。

 しかし、あまりにも建物が豪華であると、会社組織になっているでしょう。すると、シェフは、サラリーマンですよね。すると、気合が薄れますよね。自分のお店でもないし、働いても、給料が倍増するわけでもないしと、思うでしょう。そうすると、気合が落ちますよね。ただ、私は見つけております。非常においしい中華料理店を。ただ、そういうお店は、建物にお金をかけて居ないです。ビルを借りている場合もテナント料の高いところに出店をして居ません。

 ただし、例の政治的問題から、それらのお店の、実名を語る事が出来ません。ただ、休日は、満員だし、お昼時は満員だとは、言いましょう。行列はできて居ません。行列ができるのは、テレビの取材が来たりして、マスコミが関連して来るので、却って、お店の力が衰えますよね。

 私は、2000年からは、週に4、5回は、東京へ行く様になりました。母の見舞いやら、自宅で、うまくパソコンが使えないという事の両方が重なってです。で、母が亡くなる、前は、一回の外出で、11時間は外に居たので、外食はよくしました。ある町の、どこにおいしいレストランがあるかは、決めて置いて、そこに行くようにしましたが、一回の外食のうち、二回目は、あっちこっち、新しいところを、選び歩いて試したものです。

 でね。おいしいところは、いっぱい見つけました。すなわち、800円から1500円の間で、おいしいところはどこか? という様な知識は莫大に持っていて、或る時など、コンビニに入って、B級グルメと言う本を見つけたら、そのトップ頁に、第一位で、私が、すでに、10回以上お昼を食べたレストランが、載っていました。ふむ、ふむ、なるほどと、思った次第です。

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 夜の、11時半ごろに、下のアンダーラインを敷いた部分を書きました。すると窓の外で、→

 あのね、皆様、今の私は、こんなことを書いている場合ではないのですよ。でも、ちょっと、疲労困憊気味なので、ふだん通りの文章は、書けないのです。で、今日は逃げていると、いろいろな、方面から、思われても仕方がない文章ですが、・・・・・まあ、体に相談しつづ、この程度で、本日は、ここから去る事をお許しいただきたく。

 → 大騒音が起こりました。単純に考える人は、それを、湘南地方にまで、遠征して来る暴走族だと、考えるでしょう。しかし、私は、それが、警察が、偽装した暴走族だと、知っているのです

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 いつだったか、私は何故だか、勘が冴えて居て、いつもそこを通って帰宅をする小町通りではなくて、若宮大路を通って、帰って居ました。夜の11時過ぎです。その頃、かまくら警察署は、今の由比ガ浜二丁目ではなくて、もっと北の、地価の高い場所に在りました、二の鳥居前で、灰色の武骨な建物だった時期です。入り口は、道路より、10段ぐらい階段を上がらないと、入れないという形で権威を誇示して居ました。

 その日の私は、本当に感が冴えて居て、普段は、そちらを見つめないのに、丁寧に、そちらを見つめていたのです。これもまあ、一つの天のお助けだったと、思うのですが、プロテスタントの方の、雪ノ下教会と、当時の警察署の間の道に真っ黒い服装で、真っ黒い大型バイクにまたがっている男性が、三人、微動だにしないで、塀沿いに、待機をしていたのです。私は、すぐピンと、来て、『ああ、この人たちは、偽装暴走族なのだわ』と、思いました。

 当時の私は今よりも、健康だったので、歩くのが早くて、11時5分には、家にたどり着き、12時過ぎに、パソコンを開いてみました。すると案の定、先ほど、三人が待機して居たあたりから、北へ向かって、大音量で、オートバイが走って来て、小袋谷のトンネルをくぐって、建長寺辺りで、引き返してきて、今度は、若宮大路を、南へ向かいました。そして下馬四つ角あたりで、引き返してきて、今度は、また、北へ向かい、トンネルを越えずその手前辺りで、Uターンして、今度は南へ向かいました。途中で、八幡宮の前では、東へ向かい分かれ道辺りまで、言って、夕ターンをしてくる瞬間もありました。

 このころ、鎌倉エージェントの面々は、私が音に弱いと判断をしていて、それもあって、こういう騒音を立てることが、弾圧に役立つと考えて居たのです。これは、それ以降も何度も繰り返されます。

 これが、一応暴走族を装っているみたいですが、まるで、違うのです。まず、走る日にちが、暴走族の方は、土曜日が多いです。横浜で終結して、ここにまで、300台から、それ以上の数で、隊列を組んでやって来て、やがて稲村ケ崎から西へ抜け出て、、音が消えますが長い時で、15分は、続きます。しかし、Uターン擦ることは有りません。だが、こういう風に書くと、昼間隊列を組んでやって来て、しかも、南から、北へ抜けたこともあるので、私のブログを潰す為に、警察は、暴走族にまで、英霊を下している模様です。

 しかし、本物の暴走族と、警察が、偽装した暴走族は、決定的に違うところがあります。それは、音なのです。マッスが醸し出す音とは、重層的で、図太く、たとえて見れば濁音の音です。一方警察が偽装で行う暴走族は、台数が少ないので、音の移動が素早いです。それと、切れのある清音と言っていいかな。そして、走る進路が全く違います。本日は川喜多記念館の前を西に向かい、寿福寺および、井上ひさし邸下あたりまで、言って、引き返してきた模様です。

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 私は前節のアンダーラインを敷いたところで、こんな小さな話題を取り上げて申し訳ございませんと、言っております。しかし、これは、どうも、小さな話題ではなかったもようですよ。だって、我が家の真下の、鶯吟邸、専用駐車場で、あれほどの大きな音を発生させるのは、よほどのことですから。

 これは、まだ、まだ、書き足さないといけませんが、すでに、午前、2時半になったので、寝ます。

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従兄弟が私を捨てる様になったのは、羽毛田・元・宮内庁長官が動いたからかな?・・+・・青森の老婦人ふたり殺人事件

2018-06-20 22:59:21 | 政治

 私は、本日は、新しい文章を書かないで居ようと思っておりました。

 どうしてかと言うと、前報(後注1)は、ある意味で、画期的な文章だからです。しかし、まだ、後注が付いておりませんが、そちらは、柳沢昇について探さないといけないので、莫大な、量に成るので、ゆっくりとやろうと思っておりました。

 しかし、またまた、盗まれているものを発見しました。住所録です。まあ、住所録が全部盗まれているわけではないのですが、横須賀時代の、モノと、最近のものが二冊盗まれておりました。

 私は、今、75歳です。と言う事は、何冊も住所録があるという事です。それぞれ、環境が変わると、同時に、友人が変わりますので。横須賀時代の住所録が盗まれていることは痛いです。私は、この鎌倉雪ノ下で、終焉を迎えたいと、おもっておりますが、主人は、まえに住んで居た北久里浜の家で、終焉を迎えたいと、思っている模様です。

 その件は、まだ、夫婦ですり合わせが済んで居ない問題ですが、・・・・・それでも、例えば、杉本・横須賀市・副市長の、下の名前等が、そこに書いてあったので、確認をしたいと、思って居ながら、つい忙しくてやって居ない事案だったのです。それが、盗まれているのは痛いです。ほかにも重要な知人が一杯載っている住所録でしたから。

 この様にして、私が頭脳を使って、文章を書くことに役立つはずの資料が、多数盗まれていますが、住所録まで、持って外出するわけにもいかないのですね。特に横須賀時代は、45年から35年以上前の話ですから、24穴のファイルそのものが厚紙でできている重いものです。だから、泥棒よけに、それをアテンダントバッグに入れて、もってでるお荷物としては、選択できません。

 そして盗まれてから、使う時にまで、時間があります。いつ盗まれたかは、判らないのです。たとえば、ニューヨークの地下鉄路線図(それは、立派な地図なのですよ。折りたたんでありますが、広げると、B全版みたいな大きさになり、カラー印刷で、マンハッタン島と、クィーンズと、ブルックリンが含まれている本物の、地図です。駅名だけではなくて道路名なども、印刷してあります。

 この地図を見ていると、日本と言うのは、如何に庶民に対して、冷たい国かと、思いますね。アメリカでは、庶民が、楽に暮らせます。生活費が安くて済むのです。無論、最底辺の人もいて、その人たちは大変です。また、大金持ちもいて、貧富の差に悩むのなら、それは、それで、大変です。しかし、日本人は、今、文化に使うお金などないという状況ですよね。断捨離が大流行ですが、モノが無いと文化も発展をしません。代々続く家に、保管をされているものが、文化を作って行くのに、相続税だとか、生活費の高いことなどで、文化が、まったく衰退しています。

  それに禁煙ファッショの横行です。私はたまたますいませんが、ものを考えるインテリとか、創作をする人にとって、たばこは必需品ですよ。したがって、受動喫煙運動は、日本の文化を衰退させていくものです。

 それに株主総会のお土産廃止、それも私狙いから始まっていますが・・・・・ぎすぎすしきった社会になってきています。

 しかし、アメリカでは、中流家庭の人にとって、生活の基本的な部分が安く済むのです。食料品だって、日本でいう紀ノ國屋程度の、高級食料品店でも、日本のイオン、東急、西友等の普通のスーパーと同じ値段です。そして、それほどに、高級なスーパーでは無い、普通のランクの庶民向けスーパーではほぼ、値段が三分の一なのです。ブドウだって、3房で、500円程度です。お肉だって、ひき肉だったら、1キロで、400円ぐらいです。

 ニューヨークでは、市営の地下鉄とバスが主な交通手段ですが、運賃は、非常に安いです。20年前ですが、一週間どこでも、自由に乗り放題カードが、17ドル(日本円に直すと、ほぼ、2000円)です。私なんて、銀座の画廊巡りをする習慣があるのですが、それだけで、2000円を、たった、一日で、使ってしまいます。ニューヨークでは、壱日に何回乗り降りしても、しかも、どこまで、行って帰って来ても、壱週間で、弐〇〇〇円ですから、交通費があるかどうかを確認するために、おさいふを点検する必要など、ほとんどないのです。今、NHKは、弐度目のロンドンとか、言って、お金持ち階級に寄り添った番組ばかり作っていますが、誰も批判をしないのですよね。如何に、一般国民の、知的能力とか、意志力が衰えたかを示しています。

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 さて、住所録を盗まれているのを発見したので、これも語ろうと、思うのですが、実は横浜みなとみらいに立っているランドマークタワーの、建設時の財務担当役員は、私の、従兄弟です。それを本日か明日書こうとして居たら、早速、「書かせないぞ」と言うサインがありました。

 従兄弟本人から「書かないで」、という電話があったわけではありません。そうではなくて、如何にも、彼等らしいやり方で、暗喩的に人を使って、書くなと言われたのです。

 あのね、「あいつを、威張らせないようにさせろ」という意味で、書くなと言うのではないのですよ。以前の話をここで蒸し返します。私の両親の写真を盗んだのは、上に言った傾向が現れた盗みでした。その結婚式の写真等を見れば、(それは、三日目のものだそうで、母は、「高島田が、もう崩れているでしょう」と、言って居ましたが、たしかにそうでした)が、三日間、連続して宴会が開かれるというほどの、結婚式を、あの昭和初期の時代に、あげられるのは、相当に、階級がいいわけで、それを、ブログで、書かせないがために、写真や、新聞記事を盗んだと、思います。

 しかし、今度の、仕掛けは、相当に違うのです。それほどに、単純ではありません。つまり、大切な従兄弟がすでに、敵側にリクルートをされているという事を、私が書くはずだから、それは、誰が読んでも、『発案者は、不道徳極まりないねえ』と、思う話だから、それを、書かせない様・・・・そういう話なのです。

 ものすごく嫌な話ですが、これを放っておくと際限なく攻撃が発展してしまうので、従兄弟の実名を曝さない形で、かつ、詳細な、部分を書かないという形で、さらしました。あまりにもあくどいのでね。

  ところで、いったん閉じてから戻ってきました。これも直感で語るのですが、羽毛田宮内庁長官が、キーパーソンだったのではないかと、思っています。三菱の関係で、従兄弟の上に立っている人物で、しかも伊藤玄二郎一派と親しい人物を、思い出せないのですね。従兄弟よりも若い人ならいますけれど、そういう若い人材を使う筈もないのです。

 だけど、羽毛田宮内庁長官だと、従兄弟を動かせるのです。数歳年上で、学歴的には、高校も大学も同じなので。では、羽毛田長官を動かしたのは誰かと言うと谷垣禎一さんでしょう。では、谷垣さんに、依頼を発したのは誰かと言うと、伊藤玄二郎ですね。それで、つじつまが合います。

 羽毛田長官と従兄弟は、結構なレベルで、親しいと感じました。電話の中での話ですが。そして、電話が盗聴されているので、『これは、羽毛田長官を動かせば、あいつの従兄弟が、あいつを捨てるだろう』と、伊藤玄二郎とか、彼に連なる、例の鎌倉エージェント一派が考えたのだと、思います。

 電話の盗聴は、人権侵害の極みですが、強引にやっていますね。私は、もし、従兄弟と将来、ふたたび、打ち解けて会話を、交せる様に成ったら、聞いてみようと思っていました。だけど、お互いに高齢なので、もうチャンスは無いと、思って、ここで、それを書きました。

 従兄弟は、主人側の親戚が動かされる場合と違って私と北摂に血がつながって居ます。しかも、10歳ぐらい若い私の事は、相当にかわいがってくれて居たのですよ。それを捨てるのだから、羽毛田宮内庁長官ぐらいの大物が出馬しないと、従兄弟も、動かない筈です。

 同じ様なことは、ご近所の住民を使って、この十年間に、何度も、繰り返されている事ですが、血がつながっている従兄弟ですよ。それを、自分達が助かるための道具として、使うのです。しかも、数年前からね。それほどに、不道徳な事を平気でするやからなのです。鎌倉エージェントと言うのはね。そのいきさつを、書かせない様にする為の、策略を本日新たに、彼等は用いてきました。深い怒りがあります。

 まあ、これは、文章としては、面白くないです。一種のメモです。ふだんだったら、こういう事を書かないというか、さらさないのですが、あまりに連続して、細かい作業をやってきているので、怒り切っているのです。それで、今まで、実名を曝していなかった、ご近所マダム(〇輪女史)などについても、詳細な仕組みを、さらしながら、彼らが採用している、あくどすぎる仕組みを書いて行くかもしれません。

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 でもね、皆様を救済するために、一つだけ、いいことを語りましょう。それは、プラスとマイナスは、表裏一体だと、言う事です。私の方ですが、勘がさえわたって居て、ありと、あらゆる現象の裏が見えます。本日のニュースに出て来た・・・・・青森県で、二人の老女が殺された・・・・・という案件も、おおももたまきちゃん殺しとか、梅田耕太郎さん殺しと、同じ手合いが、やっているでしょう。しかし、こういう風に書くと,【遼】とか【一朗】とかいう名前の、「これが、真犯人だ」とされる人間が、浮上するので、青森の方でも、如何にもやりそうな、境遇にある、犯人が、浮上してくるのかもしれません。

 だけど、真相を言えば、意味がない事件です。ただ、目的は有ります。日本という国が、いかにも悪い国で、悪人が、右往左往しているがごとき、印象を国民に植え付けるためにあえて、起こされた殺人事件です。こういう殺人事件を起こして、過去の謀略として起こされた、案件も「自然な、形で起きたものであって、それで、殺された人が居ても、仕方がなかった」と、言う風に国民に思わせることが狙いです。

 二つ目のいい事とは、常に、或る・・恵=めぐみ・・があるという事です。しかし、どういう・・恵=めぐみ・・かを語ると、また、それを奪われるので、語りませんが、世の中は、見事にバランスが取れているという事です。

 三つ目は、事の処理が上手になっているという事です。上の従兄弟の問題も悩みません。・・・・・そうですか。従兄弟とは切れたのですね。仕方がない。・・・・・という風に、さっと心をきめられる様になったという点です。

 心の、働きをスムーズにさせて、消耗を少なくすることを目指します。さすがに従兄弟の実名は曝しませんが、その代わり、銀座や、雪ノ下で、悪い事をしてくる人の実名は、さらしてその悪い事の詳細を語ります。

 はい、きょうは書かないつもりだったところを、書いたので、簡単に、30分だけ使って書きました。これで、本日は終わりとさせておいてくださいませ。

 ところで、今、部屋中に、いい梅の香りが満ちています。あさって、二度目の梅干をつけるつもりです。せんだっては、小梅だったのですが、今週、生協から届いたのは、青梅部分が残っている状態で、届いた南高梅で、四日目の、本日辺りで、熟れてきたのです。非常にいい匂いが、部屋中に満ちています。一キロ単位で、作るのですが、これで、漬ければ、本当においしい梅干しができるだろうな確信するほどの、いい匂いです。

 私は被害が大きいのですよ。しかし、被害が大きければ、大きいほど、神様の、おん見守りも大きいという事です。別に梅の香りが部屋に満ちているのが紙様の恩愛の証拠ではないですよ。もっと違う事で、いろいろいい事があるのですが、まあ、語らないで、置かせておいてくださいませ。

 2018-6-20の深夜これを書く。 なおこのブログの、2010年より数え始めた延べ、訪問回数は、4731712です。  雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)

 後注1、

株主総会の招請状が盗まれて+日銀のマイナス金利とは何なのか? Lixilをはじめとする企業騒乱は、なぜ起きる?  2018-06-19 01:51:10 | 歌舞伎

 

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株主総会の招請状が盗まれて +日銀のマイナス金利とは何なのか? + Lixilをはじめとする企業騒乱は、なぜ起きる?

2018-06-19 01:51:10 | 政治

 これは、普通なら非公開にするはずのメモです。しかし、我が家に入る泥棒があまりにもあくどいので、このメモを曝します。ところで、初稿を書いた40時間後の、20日の午前八時から、推敲加筆を始めます。

 株主総会が19日から始まって、28日までの分がある。筈でした。しかし、盗まれています。ほぼ、20枚以上重ねて居ました。大阪や、名古屋、岡山、下関などは、別として。

  ここで、添付した写真の説明をさせてくださいませ。これは、「行かない方だ」と、決めている招請状です。大阪とか、その他東京では、行われない株主総会の招請状です。だから、盗まれたものとは、別にして置いてありました。それを盗まなかったのは、お利巧と言えましょう。それは、ほめてつかわす。敵ながらあっぱれ(苦笑)

 「大阪で行われる株主総会には、行かない」と言うのは、昔、嫌な思いをした事があるからです。・・・【嶋精機】と言う編み物の機械を製造する会社の、株主総会が大阪の帝国ホテルである・・・と知って、そのホールを見たくて行ってみたら、玄関前に、韓国旗が日章旗と並んで、立っているので、「なにかしら?」と、いぶかしく思ったのです。中に入ると「嶋精機が、韓国の企業と業務合併をした」という、内容の報告があって、それに連動しての韓国旗らしかったのです。ほかには、その日には、韓国に関する何の会合も大阪帝国ホテルで、行われていなかったから。で、ずいぶん嫌な思いをしました。何故かというと、

 あの韓国旗は・・・・・日本や日本人よりも、CIAは、韓国や在日を上に置いて、そういう形で、日本人を支配している・・・・と、常に書いている私へのからかいであろうと判ったからです。わざわざ旅費を使ってまで、行って、その上で、からかわれたわけですね。『是では、絶対に、大阪へは、行く必要はないですね』と、言う答えになりました。 

 その旅行では、旧安宅コレクションを観るという楽しみもあったし、倉敷の大原美術館にまで足を延ばしたので、それは、それで、学びと楽しみが得られたわけで、旅費がすべて、無駄になるという事ではなかったのですが、

 しかし、東京近辺の株主総会にのは、行くわけです。行くと会社の雰囲気が判ります。特に本社で行うタイプだと、明瞭に分かります。私は書物からではなくて、現場から知識を得るタイプです。だから、株主総会は、結構面白い見ものでもあると、思っています。

 ここですが、私に頭の中には、文案として、石井国土交通大臣が災禍を引き寄せる悪の代表例だと、言うものが今、浮かんでおります。大阪の自信ですが、別章を立てて、タイトルだけ、付けておきましょう。そして、後で、展開するはずです。どうして、今書かないかといと、それは、リンク先を大量に見つけないと書けないもののなので、ここでは、挿入加筆といたしません。が、石井国土交通大臣とは、企業を過剰に傷つけ、それに対する天からのお叱りとして、熊本大地震を始め、常総市の洪水、どこやらの地滑り、大阪大地震など、数々の天災地異をおびき寄せている魔性の大臣だと、言える結果となっています。どうしてそうなるかいうと、彼ほど、鎌倉エージェントの言うなりになっている大臣は居ないからです。

 アルプススキーバス事故も彼が、初因です。旭化成建材疑惑に始まる、神戸製鋼所、宇部興産、などの、彼が行った事案は、私を傷つけ、弾圧する為に過剰に演出、炎上させているものです。この間も、日産自動車が、彼からの要請に応じて、3000万円強を支払わされました。私が最近書いている事への復讐的ニュースですが、彼が国土交通大臣を続ける限り、この国は天変地異に、見舞われ続けるはずです。

 どうしてここで、そういう事案を挿入するかと言うと、lixilの株主総会に行って、その会社が、いい会社だと、このブログの世界で褒めたら、急に、600億円の損失を出したという記事が出てきました。半分まやかしの記事ですが、社長が交代せざるを得なくなりました。

 lixilは、五社が合併してできた会社だそうです。私もその五社の一つである、川島織物の株を持っていたので、自動的に、lixilの株を持つことになりました。その五社の融和を図るために、本社には、見事な図書室があります。その図書室のすごいところは、本棚が、一種の壁の役目を果たしていて、本を読んでいる人が何を読んでも、どんな姿勢をとっても他者には、見えないという形になっている事です。だから大きな椅子の上に乗って、正座、もしくは胡坐で、本を読んでも他者から、奇異の眼では、見られないという形で整備されていました。しかも、そのソファ^と、本棚の色が素敵なのです。灰色や、白では無くて、濃い茶色や、えんじ色。非常に豪華で、癒しの時間に役立つでしょう。また、プチ博物館も併設をされております。この会社の社長は、名君であり、一種の英傑だと、思いました。で、このブログで、それを書きました。(後注1)しかし、だからこそ、このブログを否定していくために、

・・・・・合併による、失敗で、損失が600億円出た・・・・・という記事が、世間を揺るがせたのです。これは、中国の会社が、損失を出したのを、lixilが、補てんをしないといけないという不思議なニュースでした。lixilは、ドイツの会社と合併をした筈です。そのドイツの会社が、中国の会社とも合併をして、そのドイツの会社が、中国の会社が、出した損失をこうむって、それをLixilが補てんをしないといけないというニュースでした。なんだ、これは、と、思いましたが、ニュースが出てしまっては、非力な私が、それは、嘘でしょうと、言っても、覆るわけもないので、ただ、黙って見ていましたよ。

 私は「すべて、わかって居ます」と、皆様には、申しあげてあります。しかし、ブログで、書く事は、今のところは、何故、そういう現象が起きて来るのかというその根本原因を語る段階で、終始しています。鎌倉雪ノ下で、主婦連中が、CIA・・・・・・(=伊藤玄二郎に代表されている。伊藤玄二郎は、激しい時期には、週に二回も小野寺夫人や、前田夫人を呼び出してあれこれ、指示を与えている)・・・・・・・動かされて居て、数々の悪事を既に行っていることを、解明する段階で、今のところ、終始せざるを得ないという形になっています。

 この章の後半に出てくる柳沢昇という男も、その戸籍上の妻が、石川和子と言う女性なので、大問題の人物と、なっています。石川和子は、自ら、「自分は伊藤玄二郎の元愛人だったので、未だに、彼に、よくしてもらっている」と、語り出す様な女性で、わがまま一杯です。

 横浜駅、近傍に、神奈川県立・平沼高校という学校があります。旧制第一高女なので、岸恵子や、横浜や、鎌倉の名士夫人などが、卒業した学校ですが、・・・・そこの陸上部で、彼女と、伊藤玄二郎は、先輩・後輩の間柄だったのではないか?・・・・と、私は、推察しています。が、正確なところは、まだ、判りません。その戸籍上の夫の柳沢昇ですが、こちらは、成田闘争の、経験者と、見做しています。それは、彼について書くと、その一か月後ぐらいに、NHKに、加藤登紀子さんが、必ず、しかも相当に、グレートな形で、登場するので、確実です。

 私は彼に抜群の迷惑を掛けられたので、それが、自然に分かってしまったのですが、下半身(=セックス)の方面に強くて、かつ、女性に手を出すのが早い人間であります。しかし、内ゲバを、経験している男性ですので、どう考えても粗野で、無教養だと、見えますね。だから、私が大切にしている花の鉢を、ひっくり返したり、花そのものを、枝ごと、ちぎったりするのも、平気でできる男なのです。『そういう本性なのだろうなあ』と、思ってあきらめています。ただ、彼が、そういう行動をとるウラガワに、【おおももたまきちゃん殺し】とか、【梅田耕太郎さん殺し】があって、それらの事件に対して、私が分析している方向が正しいので、こう成るだろうと、思っていて、

 それは、一種の傍証づけに役立つので、黙って、放任をしているのです。リアルな世界で、喧嘩をしない主義なのは、粗野な彼には、関わりたくないという事もあるのですが、自由奔放に、その乱暴さを、発揮させると、彼本人の後ろにいる、伊藤玄二郎たちの、本当の気分と言うのもわかるからです。 それによって、自分が書いている、おおももたまきちゃん殺しが、謀略であり、日大アメフト事案も謀略であり、かつ、梅田耕太郎さんを殺した、新幹線殺傷事件も謀略であると、言う事が証明をされるからです。『やって頂戴よ。昇ちゃん、おバカなことを、今よりも、一層激しく』と、内心で思って居たら、五回も連続して、破壊行為を行いました。大きく役立ちました。自分が書いていることがどれほどに正しいのか、確信を持てましたので。

::::::::::::::というような挿入分を二日目、三日目に入れて、初稿へ戻ります。 

 で、それらの遠くの都市は、除去して、東京を中心に、北は、所沢から、南は横浜【みなとみらいまで】の、招請分を、まとめて居ました。20枚以上はあったと思います。それが盗まれています。すぐ理由は判りました。

 四月ごろ、株主総会のお知らせを発行する会社に、別の事で、電話を掛けたからです。その時のメインの質問は、「配当金のお知らせの封筒は、そういう種類の証券代行会社から、情報が来るのか、それとも、各企業から個別に発送をされるのか、どちらですか?」と、言う質問でした。それへの応対の時に、ついでに、「株主総会への招請状は、どこから発送をされるのですか?」とも、質問をしました。それで、例のすべてを盗聴している鎌倉エージェントが、『ああ、彼女は、株主総会に興味を持っているのだ。それなら、盗んでやれ』と、成ったのでしょう。電話の盗聴が、ここでも、悪い方へ寄与しています。

 で、これらの招請状を彼等(鎌倉エージェントのブルーカラーとしての部門)が、スマホを盗んだ日と、同じ日に盗んだ可能性が高いのです。

 但し、株主総会自体は、招請状が無くても、行っても大丈夫なはずです。他の人が忘れている際に、大丈夫だったケースを知っています。それはですね。受付に数台のノートパソコンが置かれて居て、すぐさま、氏名、または、株主番号を照会すると、本人かどうかが特定できるからなのです。

 もし駄目だと言われたら、招請状を、盗んだ泥棒が、決定的に、警察もしくは、CIAだと、言う事が証明されるから、それは、それで、私にとっては、ブログを書く際の、大きな傍証づけに役立つので、お金には代えられない、メリットとなります。だから、本日、19日を手始めに、いろいろな会社の、株主総会へ行ってみないといけません。

  ところで、一般人が合い鍵を持っているわけもないです。普通ならそうですね。しかし、この山なら、普通の人(=一般人)も持っています。今般、他にも、お金になるものが盗まれている可能性が高いです。たとえば、東急の全線切符(優待券)とかが、無くなっていますし。あまりにもちんけな、盗み様なので、例の数人の、合いかぎを持っている連中(ご近所様)が盗みに入ったのではないかと、思うほどですよ。まあ、彼らが、この招請状を盗む意味は、分からないでしょうから、もし、彼らが盗んだとしたら、上層部からの指令がでていたからでしょうがね。

 それが、一般人ではなくて、警察の特殊部隊なら、できるという事は以前から書いています。ただし、私の方に、・・・・・警察さんから、何十回も、盗みに入られないといけない・・・・・という理由がありません。

 しかし、実際に数多くの物が盗まれています。この間、ニューヨークの詩人の話を描こうとして、二人がどの駅で乗り、どの駅で降りたかについて、正確を期そうとしたら、6本以上はあった、ニューヨークの地下鉄路線図がありません。ニューヨークの地下鉄って、切符代は安いのに、立派な地図状の路線図を只で、配布しているのですよ。

 これも一例ですが、他に、絶対に大切な両親の、写真とか、いろいろ、盗まれています。それらは、戦前の満州で、撮影をされたものなので、復元が不可能なものです。

 もし、警察が泥棒に入って居るとなると、それは、柳沢昇のせいだから、結局は彼の後ろにいる伊藤玄二郎のせいだと成ります。ここは、後で、詳述します。大量のリンク先が必要になる処です。したがって、もし、株主総会に行って、「入場は駄目だ」と言われると、泥棒の、主体は、伊藤玄二郎だという事に成るのです。

 柳沢昇の方は、この、二か月の間に、植木や花に対して、五回も破壊行為をしたから、ここで、私によって、彼のあれこれを、書かれても仕方がないのです。彼が、どれほどに、伊藤玄二郎と、密接であるかは、高枝切り事案の時にもはっきりとわかって居る(後注2)のだから。

 まあ、今日は、時間がないので、柳沢昇が何をやったかを、ここでは、丁寧に書かないでおきますが、もし、この株主総会の招請状を盗んだ連中が、株主総会の受付で、会社に命令をしてその結果、私を拒否することがあれば、自分が、ここで、言って居ることが正しいと成ります。

 まあ、他の事をも含めて、すべては、正しいのですよ。昔から、変わらず、私の言っていることは、一から十までただしいのです。ただね、井上ひさしを直木賞審査員なので、偉いのだと、考えている様な読者は、離れて行ったでしょう。だけど、私の方でも、そういう単純なおつむの人は、どうぞ、去ってくださいと、言う、はっきりとした、意志があるのです。

 まあ、下の写真は、たまたま、抜きだしていた中身です。会社の事業報告とか役員選任の件が書いてあるパンフレットです。それも、もっていって、補強をしてみるつもりですが、それでもだめだと成ったら、我が家に入って居る泥棒のすべてが警察がやっているのだと、明々白々になります。

 なお、このパンフレットは、外側の一枚が、切り外してあります。会場へのアクセスを、説明した地図が載っているので、盗まれた封筒の方へ、それを移動をしてあります。普通は、カラフルな表紙がついて居るのですが、それを、ほとんど切り取ってあるので、字だけ残っているのですが・・・・・・

 というのも一般的には、株主番号だけで、会場には、入れるはずですから。それが、駄目だとされると、それは、泥棒がそういう命令を会社に送った事となるからです。そして、一部上場の大企業が、そういう命令を、唯々諾々と聞くと仮定したら、相手とは、警察庁しかない筈です。しかも、緊急なる命令で、聞くことになるからですね。泥棒は、日曜日の早朝に入ったと、推察しています。たった、数時間で、こうせよと言われて、その言う事を聞くのは相手が、警察であるしかないですね。

 で、もし、株主総会に入れないとなると、それは、最近書いている【おおももたまきちゃん殺し=新潟】、および、【日大アメフト問題】及び、【東北新幹線の故障等】が、決定的に、井上ひさし(等?)が案出したという事が証明をされるから、却ってうれしいぐらいです。それは、どうしてそういう事が起きるかと言うと、雪ノ下の安野智紗夫人、および、前田清子さん等の、井戸端会議に、依って、藤本悌子夫人と、彼女たちの間に、騒動が起こり、結果として、前田家等が、道路を通れなくなるので、私が犠牲になったという過去があるからです。つまり、私の土地だけが他人のわがまま一杯の行動によって、盗まれてしまったのです。そこへもってきて、柳沢昇が、とんでもないバカげた事件を起こして、警察を巻き込んで、警察の大恥を、私に、見せ付けることとなっています。

 その前に、北久里浜の、横須賀市根岸町二丁目と、池田町5丁目と6丁目にまたがる、2400坪に及ぶ、土地の、只での、私有化があります。元軍の参謀二人と、横須賀市、及び京急の幹部が、提携して行った一種の詐欺事件です。しかし、関東法務局横須賀支所の、吏員な、「書類上は、整っているので、それを通さざるを得ない」と、私に説明をしました。地籍変更届と言う書類上の仕組みを利用したものですが、その知的には、すこぶる高等な詐欺事件の、いきさつをすべて正しく把握して居る、私に対する不当、不条理な、攻撃なのですよ、この泥棒も。私は、他人の私事に頭を突っ込むほどの、バカでも、暇人でもないのですが、向こうから、巻き込んできたから、すべてを、知る事となりました。

 銀座の画廊街で、私をいじめる人間、例えば醍醐イサム。渡辺豊重、中島三枝子、金成悠子、黒田悠子なども、すべて、ここに起因して、動かされている連中です。だから、自分の事を正しいなどと、思い込んで居ても、最終的には、悪の、手先となっているちんけな、人物だと、証明をされるでしょう。

  まあ、上は、スケルトンばかりの、文章です。来週に成ったら、株主総会がすべて終わるので、丁寧で、長い文章を書くことができるでしょう。お待ちくださいませ。

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 ところで、もう一枚盗まれたものがあります。それは、旧横浜銀行(現在名、コンコルディア)から、来た一枚の紙であり、それをもっていくと定期預金の金利が高くなるそうです。

  そして、それは、一か月以上前に、ものの、見事に盗まれているのでした。警察が泥棒をしていると、何度も書いているので、もうやらないだろうと、思っていたのに、おおももたまきちゃん殺しの裏側がばれたので、こういう動きがまた始まったのでしょうか? 日本の警察は井上ひさしの・し・も・べ・らしいです。おおもも棚木ちゃん事件も、梅田耕太郎さんが、殺された新幹線の事件も、両方とも井上ひさし案出でしょう。

 日銀がゼロ金利政策と言うのを打ち出しましたね。あれ、経済学的に言うと、何の、意味もないのですよ。ただ偏に、私の資産とか、収入を減らすという事が、目的なのです。どうせ、これも、未だ、実際には、生きている井上ひさしの原案でしょう。千円でも、500円でも、儲けさせてやるものか!という、いじましい事限りがないほどの、いじめ案なのです。彼が、今は、大金持ちであっても、小さいころ、孤児院育ちで、お小遣いが自由ではなかったと、言う事の反映でしょう。

 当初から、それはわかって居ました。旭化成建材の杭うち疑惑も、株価を下げさせてやろうとするアイデアに基づいて大騒ぎを起こしたのです。山田浩二が、リョウト君とその遊び友達の二人の中一生徒を殺したとされている事件も、センコーと言う会社の株価を下げることが目的だったでしょう。東芝もずたずたにされていますね。

 で、ゼロ金利またはマイナス金利ですって。如何にも世間を何もも知らない、井上ひさしが、机上の空論で、組み立てたという事が解ります。それを日銀総裁は受け売りをしているだけなのです。恥ずかしいです。東大出身のエリートなのでしょうが、上の言う事を聞く、いわゆるパペット人生を送って来た人間です。ただし、日銀と言う小さな集団の内部では、にらみを利かせることができる、特権者の一人なのでしょうね。

 谷垣禎一氏が、鎌倉と永田町の、連絡係だったので、谷垣さんは、天の怒りを買って、2016年7月18日に、亡くなりました。しかし、お葬式さえ出してもらえません。逝去を公表すると、私が「それ見た事か。伊藤玄二郎たちに協力すると、こうなるのですよ。特にあなたが善人なら死が訪れるのです」と、言う筈だと、思っているから、発表をさせないのです。

 瓜南直子さんも全く同じですが、彼女は、美術界の、それも、一部にだけ知られて居た存在だから、まだ、良かったのです。正式に死が公表されました。でも、早い死でしたね。誰も、あの時点で、彼女が死ぬなどとは、思っていなかったでしょう。私もです。ただ、ただ、びっくり仰天でした。ただ、彼女はフェイスブック紙上で、2011年の、夏から秋にかけて、大量に私をいじめたので、あれほどに早い死が訪れたのです。お互いに、顔も見たこともない間柄ですが、ただ、ただ、鎌倉の住民だという、観点から、悪利用された、人物でした。

 でね。元へ戻ります。マイナス金利ですって、あほらしくて、あほらしくて、笑うだけです。

 夜八時を過ぎると、三菱銀行・鎌倉支店なんて、入金するのにも108円取られるのです。恥も外聞もなく、それを通していらっしゃる様ですが。まあ、妙本寺様みたいな大金持ちは、三菱銀行の方から、三時前にお金を、とりに来るのだと、推察しています野で、どこからも、文句は出ませんよと、支店長や上層部は、考えているのでしょうが、このブログで、神様へご報告を、されてしまいました。恥ずかしい所業です。そしてお金は持っていないが、ペンの力を持っている、私の方を馬鹿に仕切っていることが、蚊が刺したほどの影響もないと、お考えみたいですが、本当にそうだろうか?

 しかし、何事も裏道はあって、どうも、ゼロ金利で、預金をしている人間は、いないらしいですよ。100万円預けて、56円だとか、78円だとかを、期末にもらう私は、お金に関しては、極端に、バカな方らしくて、ほとんどのお金持ちは、違う方法で、救済をされていたと、感じています。二つの大手銀行から、「個人的にご相談をしましょう」と、言われました。セールス担当の、相当に賢そうな女子行員とお話を個人的に交わしました。しかし、生命保険とか、投資信託とかと、組み合わされている、形の定期預金だと聞いて、お断りをしました。

 その二つには、手を出さない方がいいと、母から言われていますので。

 ここで、母が言わなかったことを、私が理解した部分があり、それを、語ります。「もし、あなたがね。非力で、頭が弱いのなら、そういう金融商品に頼りなさい。しかし、自分で考える力があるのなら、株を、ひとつひとつ銘柄を研究したうえで、選んで買う方がいいわよ」です。

 この件から派生する、雪ノ下のご近所が抱えている問題へ戻ります。安野夫人は、一番山ノ下に住んで居ます。そして、門の外の道路で、花をいじりながら待って居ます。まるで、蜘蛛ですが、そこが隘路なので、食料品を買いに出る女性達は、みんな捕まってしまいます。特に彼女と同じ世代は、そこから逃げられない模様です。

 私は、ここに引っ越してくる前から、ここには大きな問題が秘められていて、引っ越しが多発していると、知って居ました。で、何が問題なのかなあと、考えながら、見て居て、二週間以内に、安野夫人が最大の癌であることを、発見しました。で、自分はその、井戸端会議に参加しないことにしているので、「お砂糖を貸してください」と、言うカマを掛けられて、危うく、参加させられそうになったので、彼女がどれほどに、策略の人であるかを知ったのです。

 ところで、午後は、株をやっている人にとっては大切な時間帯です。で、この山でも、実働15人前後の、うち、中谷夫人という方だけは、株をやっていることが確かでした。駅前の、大和証券のロビーで、よく会いましたから。だから、彼女はその井戸端会議から、逃げているのでした。ただ、彼女は世代が異なるので、それを許容をされていました。しかし、安野夫人と上下、10歳程度で似通った年齢の人にとって、そこから自由になるのは、なかなか、大変でした。それで、大勢の人が逃げ出して、入れ替えが激しかったのです。しかし、私が見る処、仕方がなくて、従って居ると、言う人間が大多数なのに、前田清子さんだけは、相当に、深入りをしているので、不思議でしたね。シンパシーをもって、付き合っているみたいでした。

 私なんて、二週間か、三週間で、彼女が、いわゆる略奪婚の人であることを見抜いていました。あまりにも勝ち気であり、それは、中学生や、高校生を持つ母親なら、絶対に外へ見せない筈の、性格と、態度だからです。子育てをして、5年以上たって居たら、そういう態度では、周辺と、うまくいかないのは、学びます。

 彼女には、そういう学びの跡が、見えないので、・・・・・『ああ、まえの奥さんを追い出した勝利感、と、同じものをこのご近所からも、得たいのですね。と言う事は、主婦経験も、ここに引っ越してくる前はないというわけであり、それは、彼女が略奪婚で、急に主婦になったからでしょう』・・・・・と、判断をしていました。

 ともかく、安野夫人と、その井戸端会議に参加する人間たちは、株をやって居ない事だけは確かでした。あの時間帯に、ちゃらちゃら無駄な会話を外でやるなんて言う事は、株をやっている人間にはできない事だからです。それに、そこへ参加をさせ様として、それ以前には、何にも、付き合っていないのに、「お砂糖を貸してください」なんて言う粉をかけてくるのにも激怒しました。『なんてマナーを知らない人なのだ。こんな、ブランド住宅街で、暮らすマナーを一切知らないのですね。みんなそれぞれ、あなたとは、違う生活をしているのですよ。何故、あなたに従わないといけないのですか?」と、思ってです。

 今般の主要なテーマである、泥棒の話も、すべて、彼女の井戸端会議から、起きていますので、これを、ここに明記しておきます。

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何故東北新幹線は、五時間も止まったのか? It is caused to conseal H. Inoue's bad performances.

2018-06-17 21:09:04 | 政治

これは、まったく前報(後注1)の続きです。ところで、いつも写真をトップに置く人間が私ですが、本日は、2018年6月14日のNHK7時のニュースから取り出した写真を置かせていただきます。

 いかにも品の良い人です。そして、話していることも一般の人にとっては、ミミ触りの良い事でしょう。しかし、この映像には、多大な問題があるのです。これは14日のニュースから再録をしていますが、その二日前にも同じ映像が出たと思います。その時点では、事件が起きてから、四日目です、非常に手回しが良すぎると思うのですね。それって、山本美香(アレッポで銃撃された戦場取材ライター、都留文科大学出身)さんが、殺された時とそっくりです。この人にまつわる問題点は、この章の後半、副題βで詳述します。

副題〇、『久しぶりに、ニュース(*****罫線以下に置いた東北新幹線の遅延事故)によって、動かされる私が、今、ここに居る。したがって、彼ら、鎌倉エージェントは、わーい、引っかかったぞ。我々は頭がいいと、大喜びをするだろう・・・・しかし、この文章が完成した暁には、彼等も、私が、彼らが、欣喜雀躍をするほどには、単純でもない事に気が付くこととなるだろう』

 私は、前報の続きとして、柳沢昇と鎌倉春秋窯に入るつもりでした。それは、何を説明したいから、そこへ向かうかと言うと、恐るべき、闇の攻撃として、私の友達がPCを使って嬲り殺された話へ入るつもりで、その準備段階の文章のつもりでした。そ地らの方は、本当にぞっとする話ですが、特に、関係者が、実名で、書くことのできる話なので、私としては難しい課題ながら、書くつもりがあったのです。特に、それを、スケルトンとしては、この6月9日の午前三時から四時まで、一回書いているのです。だから、その恐ろしい作業を行った連中は、私がどこまで、真実をわかって居るかを知っているわけですね。しかし、あまりにも怖ろしい話なので、彼等が、それを、私のこのグーブログのボックスから盗んだのです。つまり、一晩寝ているうちにその文章が消えて居たのでした。どうしてそういう事が可能かと言うと、その部分をクラウドに挙げないという措置などを行ったうえで、選択し、デリートキーか、ESCキーが、作動する様に、バグを入れて置けば、簡単に、できる作業でしょう。

 こういう攻撃を私は、今まで、何十回となく受けておりますので、別にパニックにも陥って居ないのですが、詳細な部分は、一回書き落とすと安心してしまって忘れるので、復活させるのは、なかなかの、大仕事でもあります。

 で、彼等は、絶対にそれを書かせたくないのです。で、なにをするか? もういろいろ、やりますが、昨日16日など、この雪ノ下へ夕方帰ってくると前田清子さんという主役の一人を始め、大原光孝、小野寺夫人、柳沢昇、他、二人ほどがうごきました。もう、総動員で、攻撃をして来たのです。

  いや、ここですが、どっちが先だか、はっきりしませんが、東北新幹線を、停止させた連中は、我が家からスマホを盗んで行ったらしいです。冒頭の写真をテレビ画面から、再録しようとしたら無いです。と言う事は、ここで、名前を挙げている四人は、数々の謀略的殺人事案、・・・・・最近の物は、梅田耕太郎さんですが・・・・・を実行する連中の陣営の一味であり、かつ、我が家に何度も入ってくる泥棒とも、連帯をしている・・・・・という事となります。鎌倉エージェントと言うのは、そういう組織なのです。栗田玲子さん! あなたは普段は、このブログを読まない人なのでしょうが、それでも念のためにお問い合わせをしておきましょう。あなたは、伊藤玄二郎と、鎌倉駅のトイレで、ご一緒だったみたいですが、それは、すなわち、この種の連中と同陣営に居るという事を証明するのですよ。あなたも、この雪ノ下の連中と同じく、そういう風に、殺人や泥棒をする仲間(というか手下)が自分たちの陣営内に、いる事に、誇りをもって、生きていらっしゃるのですか? 信じがたいですが・・・・・

 スマホが盗まれている事に気が付いたのは、18日のごぜん一時ごろだったかなあ? 冒頭に置いている写真を撮ろうとして無い事に気が付きました。いつも台所に置いていて、充電をさせているのですが、無いです。 GPS機能で、探すことができるはずですが・・・・・どこで、見つかるんでしょうね?????

 なぜ、そういう事(=憂き目?)に出会うのかについては、誤解をなさらないでくださいね。私が悪を即座に見破るからですよ。現在の日本には、嘘と悪が蔓延をしています。それを即座に分析できるから、これほどの、損害を受けるのですよ。したがって、ここに書いてあることは、すべて真実です。梅田耕太郎さんは、狙われて殺されました。小島一朗が、100%一人で行ったとは、言えないでしょうね。

 さて、この話ですが、書いてから18時間後に、見つかったと、既に寝てしまっている主人からの置手紙で、知りました。しかし、『うーむ。なるほどなあ』と、思う場所から見つかった次第です。それでですが、実際にてもとに入ってから、続報を述べます。

 私自身は、スマホが無くなっても、まったく動揺をしておらず、本日は、以前からの予定通り、国立劇場に行き、その後で、画廊巡りをして帰宅をしました。むしろ相手に、返す手配をする余裕を与えようとしたのです。そしてもし見つからなかったら、見つからなかったで、お金を払って、再度、新品を手に入れます。その上で、いろいろこの件の、分析をする文章を書いて行くでしょう。すべては、プラスとマイナスがあるのです。

 そして、次の日の夜、10時に、見つかったと、知ったわけですが、委細は、実物を手に入れてから、水曜日に、かたります。

 スマホの紛失と言う挿入を入れる前に戻ります。この雪ノ下で、6人の人間が動いたので、『あ、そうですか。それならあれを書きましょうね」と、思って、前報を、書き始めるのですが、そこに書いていることは、ほとんど、真実だと、おもっております。で、真実だからこそ、さらに新しい攻撃をして来たというのが、東北新幹線の、不思議な故障です。前報は、新幹線内殺人事件を扱っています。梅田耕太郎さんと、言う人物が殺された事件を軽く扱っています。しかし、その前に、とても似ている事件として、NHK記者が同乗をしていた、新幹線焼身自殺事件に入って居ます。そして、最近の事件よりもそちらに重きを置いて書いています。

 「おや、その二つは、あなたの小学校時代の友人が嬲り殺された事件とは、関係がないでしょう」と、皆さんはお考えに成るでしょうか? 前田清子さんなどは、そういう風に考えているのでしょうね。16日も17日も、攻撃をしてきているので、そう考えているのだと、思います。となると、伊藤玄二郎、および、井上ひさし(彼は、まだ、実際には生きていますよ)、及び、成岡庸司君などの、CIAエージェントの中枢を担う人間も、そう見ているのでしょうか? 

 で、ここでは、大勢の人が前報は、今の連続しているテーマから離れている・・・・・と、考えていると、言う方向に、ついて語ります。この件について、本音を語りたいと、感じて居ます。違うのですよ。離れて居ないのです。前報も、また、PCを使った小学生時代の、友人をなぶり殺した事案の、説明に役立つための文章なのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『前報の、最終節(=副題8)は、たった4行で終わって居る。しかし、これが、東北新幹線の、故障を引き起こした原因でしょう』

 前報の副題8は、二重ガッコの中に、以下の如く、説明をしていて、それ以上の展開をしておりません。で、その二重ガッコの中をコピペで、こちらに置いておきます。

:::::::::副題8、『井上ひさしが、まったく新しい形式で、しかも大量のコメントをよこし始めたのは、この第二の新幹線殺人事件で、梅田耕太郎さんが、死んだと、知らされた直後だと、思う。それで、ああそうですか>と、感じて、こちらの事件が、まったくもって、以前の事件のリメイクとして、作り上げられたことが分かった」::::::::::

 ここですが、二日目に、よりはっきりとさせる為の説明を加えます。井上ひさしのコメントは、引っ付ける元の文章が、過去の古いものであるのが特徴でした。彼は、意外と臆病な人間なのです。おぜん立てができて居て、周辺が味方ばかりだと、信じられるときは、堂々と振舞う事が出来るけれど、一人だけで、物事を実行するときは、怖がりであり、自分が安全であることを、願う人物なのです。したがって、コメントも、一般人が気が付かないであろうふるい文章に引っ付けてくるのが一大特徴でした。

 そういう古い文章につけられても、私自身は気が付くのです。実は、不思議な事ですが、グーブログは、OCN=NTTが管理する場所なのに、AOLに、このブログへ、コメントが来ると、お知らせがあるのです。で、私一人を相手にしての、やっつけ、かつ、うつ病になるだろうと、彼が、信じているだろう各種の、呪いの言葉の羅列の、の、コメントを送ってくるのです。特に、私が、階段状に、くっきりと、真実を開示した時に、攻撃が激しくなり、彼本人が乗り出してきて、罵りと脅かしを、満載したコメントをよこすのです。

 しかし、今回だけは、今書いている、新しいブログへ、引っ付いてきたので、何らかの、心境の変化があったのだろうなあと、思っておりました。特に、一般人にも気が付かれてしまう場所に、彼が、コメントを、よこすことなど、初めてのことだったからです。それが、土曜日の朝になって、『なるほど、これに影響をされてああなったのか』とわかるニュースが、NHKに出てきました。それが、梅田耕太郎さんが、新幹線車内で、殺されたというニュースであり、どびょうびの朝には、梅田さんの顔写真も名前も出ない段階でした。が、井上ひさしは、自分が企画した事案だからこそ、特別にお知らせをもらっていたのです。そして、自分が案出した事件で、人が死んだからこそ、大喜びをしたのでした。新幹線焼身自殺事件では、ある部分で、失敗したと、思ったでしょう。私は、これは、報道をされている通りではない。違う。謀略だと、述べて居て、それには、彼は、負けたなあと、思ったはずです。しかし、今度の、梅田耕太郎さん殺しについては、遺漏は無いと、確信をしているらしくて、

 『これで、日本国民全部を洗脳しきったら、過去の事案で、あいつ(=私=雨宮舜)が「これは、謀略です」と、語っているすべての事件について、あいつ(=私、雨宮舜)の方が間違っていて、NHKの方が正しいと、していけるのだ。どうだ、勝ったぞ、勝ったぞ。どうだ!』と思い、はしゃぎきって、コネントをたはつしたのです。

 ここまで、推敲をしました。18日の、夜11時45分にです。これ以降は、明日推敲をいたします。

 上の様に書いたこと、それが、真実であったので、東北新幹線の故障が起こされたのです。誰が起こしたのか? 他の事案では、確実に、警察の、殺人用別働隊が行っていると、判るものが多いのですが、

 この様に、高速で動いて行くものに対する外部からの遠隔操作の夜破壊工作については、、・・・・・世界の中枢にいる、CIA本部がやっていると、考えております。しかし、規模が小さいものに関しては、JR東日本自身、もしくは、警察の殺人用特殊部隊がやって居るものもあると、思います。

 上の青字の部分で、私は、梅田耕太郎さんが、死んだ事件も、もし、無職で、メガネをかけた、自殺願望の有る、青年がやったとしても、陰から、教唆命令をされてやったと、考えますし、彼も、暴力をふるって、梅田さんを傷つけたかもしれないが、同時に他の複数の人間もいた可能性があるのです。つまりサクラとして乗って居た殺人集団です。

~~~~~~~~~~~~~~~

副題3、『梅田耕太郎さんは、塾で教えていたことがあるらしい。その時代の、友人と言う人間が現れた、堂々と、かつシャーシャーと、言う形で、しかも自分の名前まで、公開しながら語っている・・・・・梅田さんが、どれほどに、正義感が強かったか・・・・・と語っているが、この人間には、裏がある筈だ』

 梅田耕太郎さんは、最初から、選ばれた、被害者だったのです。だって、事件後一週間以内(たぶん火曜日には、すでに、この映像が、撮影をされたので、それは、たった4日目である)に、知人だという人間が登場して、あれこれ、しゃべっています。しかも公園らしいところのベンチ風の場所で、座って、語っています。落ち着いて、語っています。普通、こういう映像は撮れない筈です。まず、こういう関係者が居るということ自体をNHKが把握するのは難しいです。

 梅田さんの、現在の職場の人に、取材するのならわかります。しかし、現在の職場の同僚は、心底びっくりしてしまうし、また、道義的に考えても、NHKのカメラに向かって何かを言うのは、避けるはずです。

 梅田耕太郎さんが、victim として、どうして選ばれてしまったのかと言うと、この知人が居たからです。最初に、こちらが見つけられて、居て、彼に、事件の前に、梅田さんについて、語ってもらっていて、是なら、使えると、考えられて、それ以降に、梅田さんが、選ばれたと、考えています。

 私は、この動画を取り出すべきだと考えた14日には、ブログに、この事案を書き留めることは、意図しておりませんでした。今、現在と、同じ事を既に、気がついて居ましたが、今、自分が書いている事から、引き離すことが目的で、この事件が起こされたと、考えたので、わざと触れなかったのです。こういう風に急に劇的な事件が起こされて、それについて、触れないといけなくなって、テーマの追求が中途半端になる事が過去にも何度も起きているからです。

 まず、今の、職場の友人でさえ、撮影に応じていただくことは、難しいはずです。なのに、この人は堂々と、語る。顔もさらして語る。それは、普通の日本人としては、異常です。

 同じ事が、新潟で死後轢断したいとして発見されたおおももたまきちゃん殺しでも、行われました。その事件を、特に謀略であると、説明する文章は、後注2に置いてありますが、その中で出てくるのが以下の写真の女性です。

 

 

  この女性の役割は、この町にロリータ犯罪を犯す人間が、多数いるという主張を繰り広げる事です。それによって、・・・・・小林遼が、本当に、おおももたまきちゃんを使って、死後轢断と言う恐ろしい事件を起こしたのだ・・・・・と、言う印象を国民に植え付けるのが目的です。同じ事は、にちだいアメフト部の、反則選手問題にも、出てきています。こちらも立派な記者会見を行った販促青年が、先にリクルートをされて居て、その上で、あの事件が計画をされ、実行をされたのです。5日に画像が撮影をされ、事件は、二週間後に、炎上し始めました。以下にもです。

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題4、『東北新幹線の、遅延事故は、私が、前報の、副題8で、ちょうど、新幹線の小田原付近で、児嶋一郎と、言う人間が、梅田耕太郎さん殺害の、一報(成功した)が届いたので、嬉しくなった、井上ひさしが、その時点から始まって大量のコメントをよこしたので、その時点が、大切であり、次の日にこの新幹線内殺人事件が、報道をされたのだが、日曜日まで被害者の名前が出なかったので、確信をしたのだった。謀略であるという。しかも、これは、新幹線焼身自殺の、リメイクだから、そちらも謀略であったと、傍証づけられると、思い到った。

 で、特に井上ひさしがどれほどにはしゃいだかが、判る。それは、その成功(?=梅田耕太郎さんが死亡した時点・・・・・NHKは、未だ報道をしていない)から、猛然と言う勢いで、この銀座のうぐいすからにコメントが張り付けられる様になったからだ。それをここで、再録をして置こう、全部で、6本あるが、事件が、起きて、世間の人が何も知らない時点で、始まった、その日だけの三本は、ここに置いておきたい。

  なお、それは、解説付きで、後注3の文章内で、登場するのだが、その副題3を、ここに再び、コピペで、置いておく。

・・・・・・・ここから先は、コピペで、移動をしてきた部分です。したがって、そちらでのナンバリングである、副題3がここでも、そのまま、採用をされます。

 ・・・・・・副題3、『井上ひさしは、今までの例だと、今書いている文章とはかけ離れた時点に書いた古い文章に、コメントを引っ付けてくるのだった。あくどい文章の時があって、そういう際には、非公開に成る様な後処理をしてある。しかし、よほど、熱心な読者でない限り、古い文書に引っ付いているコメントを、読んでくれる人はいないと、思う。

 だけど、この際は、微妙極まりなく、いったんは無視して置いて大丈夫だと、思ったものも、もう一度、きちんとした形で、読者の皆様に、お見せする必要を感じたので、ここで、お返しと言う、私側のコメントを、このブログで、公開したい』

お返し (amemiya syun)
2018-06-09 23:39:57
公的には、自分を死んだことにしているが、実際には、まだ生きて居て、地下潜行をして、あれこれの、謀略の原案を立てている、井上ひさしが、18-6-9の夜に三本立て続けに、この【銀座のうぐいす】という世界に、コメントをよこす。それは、2018-6-9の、夜10時45分から55分の間の10分間の事である。

以前と異なっている特徴は、・・・・時間的に、とても、新しいブログへコメントをよこしている・・・・・という事だ。しかし、この三つの原文とも、鎌倉エージェントがかかわっているモノであり、コメントの書きてが、・・・・・・・・・・これらの事件の裏側が、ばれてしまっていることに対して、・・・・・潜在意識の中で、大きく気にしている・・・・・と、言う事を、明らかにしている。それはどうしてかと言うと、これらの謀略は、彼本人が、案出して、警察の特殊部隊(日大の場合は,関西学院大学へ裏から、あれこれ教唆する問い形であろうが、実行を、させたものであり、それが、ここで、ばれているからであろう。

三本あるが、

時間的に最初なのは、

日大びとよ。怒れ、内田監督に対してではなくて、伊藤玄二郎と、安野智紗夫人に対して  2018-05-23 01:01:57 | 政治

 に対して引っ付いて来た、

はじめまして。 (永福寺跡の新参者)
2018-06-09 22:45:42
鎌倉永福寺近所に新参してから三年、スーパーのレジに並んで、後ろからいきなり、買い物カートぶつけ。しかも、おなじ背中のおなじ場所。計5回はあり、腕が上がらない障害がでました。一年ほどでだいぶ治癒。あのひとらが、雪の下の魔女連ですか?
~~~~~~~~~~~~~~
であり、
次に彼が書いたのは、

雪ノ下住まいの画家にして、柄沢斉と師弟関係を結ぶ大原光孝が、新潟小二殺し、及び引き続くアメフト事案の起因者である  2018-05-23 21:56:23 | 政治

 に対して引っ付いて来た、

たしか本屋さんで (永福寺跡の新参者)
2018-06-09 22:53:12
いちど、鎌倉のほんやさんに、ご著書を見せていらっしゃるのを偶然お見かけしたと思います。なんのことか、固有名詞はわかりかねますが、あの、意地悪団体にはキリキリ腹をたてています。(*゚▽゚*)わあ、ほかにも、立腹なかたがいるんですね
~~~~~~~~~~~~~
であり
次に彼が書いたのは、
後注1に置いたのと同じ文章に、引っ付いてきたものです。年の為にそのリンク先をここでも置くと、

私の友人に、夫の女遊びに苦しむ妻がいて、悶絶死に至ったが、PCを使った執拗ないじめを行ったのが誰かは、榊原節子さんの書物の出版社が、   2018-06-09 00:16:08 | 政治

 に対して引っ付いて来た、

(*゚▽゚*)わあ、先生、ながく耐えてますね (永福寺跡の新参者)
2018-06-09 23:01:49
うちは、薩摩から名古屋、長野と青森て、また、違う分野のたくさんの嫌がらせはなしがありますよ。固有名詞はわかりかねますが、最近安曇野や鎌倉でみる老婆らは、上海デモで黄色カッパがBBCにTweet写メされていましたが、ひどいやつらです
~~~~~~~~~~~~~~
です。
彼が、梅田耕太郎さんが、死亡したと、聞いてどれほどにはしゃいだかがわかります。どうしてはしゃいだかと言うと、これですべての過去の謀略事件は、本当のモノだったと、国民を納得させられると、信じてい居たからです。上に置いた証言者も、立派な顔をしていますし、国民は、この人が、言うのだから、真実だろうと、信じるだろうと、見做しています。もちろん、梅田耕太郎さんの性格について、この人が語っていることは正しいのです。しかし、この時点で、こんなに平静な顔をして、こういう事を語るという現象がおかしいのです。
しかし、それほどに、はしゃいで喜んでいたのに、がしっという形で、私に真実が見破られてしまいました。で、むかっ腹を立てて、東北新幹線に故障を起こしたのです。無論のこと、井上ひさし自身が、その故障を起こす装置のスィッチを入れたわけではありません。彼らは、CIAと言う大組織に属しているので、そういう悪戯は、それ専門の技術者が行います。しかし命令ゲンは、井上ひさしでしょう。
 
 なお、このぶろぐの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、4720511です。推敲と加筆が終わったら書いた日付と署名を入れます。 

 後注1、

梅田耕太郎さんの顔写真は、三日目まで出てこなかった。何故だ? 竹内啓貴、井上ひさし、角野栄子  2018-06-15 21:46:57 | 政治

後注2、 

新潟女児、死後轢断は・・・無論、CIA(特に、そのブルーカラーとしての殺人用特殊部隊)がやった謀略でしょう。目的は大小あります  2018-05-09 22:11:37 | 政治

後注3、

 

宮本和雄と、秋山裕徳太子が、目配せを交した際に、悩めるmy friendの、PCを使ったなぶり殺しが証明された   2018-06-10 15:40:44 | 歌舞伎 

**************

5時間不通 運転再開の東北新幹線 停電で不具合か

東北新幹線は17日午後、宮城県内を走行していた列車の非常ブレーキが作動し、車両の点検を行った影響で東京と新青森の間の上下線で運転を見合わせて、5時間以上たった午後7時半すぎに運転を再開しました。停電のために非常ブレーキが作動し、車両の電気系統に不具合が起きたと見られるということで、JR東日本がトラブルの原因をさらに調べています。

続きを読む

JR東日本によりますと、17日午後2時前、東北新幹線で午後0時20分に東京を出発し、新函館北斗に向かっていたはやぶさ21号と秋田に向かっていたこまち21号が、宮城県の仙台と古川の間を走行中に非常ブレーキが作動し、緊急停車しました。

このためJR東日本は東京と新青森の間の上下線で運転を見合わせて車両の点検を行い、止まった下りの列車には上りの列車を横づけして、乗っていた乗客およそ800人を移して、いったん仙台に運ぶ対応を取りました。乗客にけが人はいないということです。

運転の見合わせは5時間以上に及び、午後7時半すぎに運転を再開しましたがダイヤは終日乱れが続く見通しだということです。

またJR東日本によりますと停電のために非常ブレーキが作動し、車両の電気系統に不具合が起きたと見られるということで、トラブルの原因をさらに調べています。

運転再開を待った人たちは

JR盛岡駅の新幹線の改札口には運転再開を待つ人たちの姿が多くみられました。

東京の女性は「あすから仕事があり、娘も学校があるので帰れないと困ります。早く運転が再開してほしい」と話していました。

福島県郡山市から仕事で訪れていた男性は「あすも仕事ですが、これから新幹線が動いてもその先の交通の便が悪いので盛岡市でホテルをとりました」と話していました。

仙台駅では混雑続く

JR仙台駅では新幹線の運転が再開されたあとも混雑が続き、改札口の前では集まった人たちが運転の状況を掲示板で確認したり駅員に尋ねたりしていました。

仕事で東京に向かうという50代の男性は「何時の新幹線に乗ることができて、何時に東京に着くのかが分からないので不安です」と話していました。

また青森に戻るという高校2年の男子生徒は「何時間も待って疲れました。運転が再開しても乗ることができる新幹線があって家に帰れるのか心配です」と話していました。

仕事で仙台を訪れ、東京に戻るという40代の女性は「最近、新幹線でいろいろな事故が起きているので、遅れても安全第一で対応することが大事だと思います」と話していました。

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梅田耕太郎さんの顔写真は、三日目まで出てこなかった。何故だ? 竹内啓貴、井上ひさし、角野栄子

2018-06-15 21:46:57 | 政治

 これは、完璧に前報(後注1)の続きです。そちらで、起承転結が完成して居ないのですが、大変込み入った話なので、こちらで新しい章を起こして、続きを書きます。尚、今16日の夜23時ですが、引き続き文末に、書き進めます。家事の方は後回しにしましょう。

副題1、『まず最初に、私の住むの山の、西側3軒目が大問題なのだ。間に二軒の家を挟みこむ形で入れた3軒目に、住んで居ることになっている、武内啓貴、NHK記者についてあれこれを語らないといけない』

 最初に置いた写真の説明をさせてください。

  NHKニュースから切り取った画像ですが、この人物がNHK画面に登場したのは、2度目です。私は、この人物が我が家で預かっている外人客二人を取りに来た時に、新しい玄関の方から、がけ下7mの処に立っている実物を見ました。そこは、エアビエンビー(アメリカ初の民宿会社)の、ひとつkamakura cottageと、されていますが、実際には、警察の梁山泊です。そして、私のパソコンを破壊できるルーター等の、特殊な設備が置いてあると、思います。そう二階、で、建坪24坪で、6部屋ありますから、外人客が一部屋か二部屋、使っても、機材を置いておく部屋は、充分に確保できるのです。

 ところで、この男性について、私は、五月7日発の、ブログ(後注1)いろいろ書いているわけですが、その時の、この写真への説明を、ここで、再び、入れましょう。その前に、町内会名簿を、置きます。

 

二番目の物は画像処理が下手ですが、町内会名簿です。竹内君の次に矢印が走って居ないのは、彼が、この山には、住んで居ないことを証明しています。かれがもし住んで居たら、会長の次の番なら当然、回すべき他の人が居るはずなのです。だって、20軒の家があるわけでしょう。上の方で、彼と同じく、電話番号を黄色で、塗りつぶしているのが我が家です。但し、名前だけは、残してあります。両者が、近所だという証にです。ところで、彼の前には、当番が居ません。と言うのは、重要な情報をほとんど上げないでいいという事を示しています。どうしてかと言うと、実際には、住んで居ないのだから、住人として、の、必要な情報(たとえば、防災訓練に参加しますか?)などと言う情報を回さないで、いいわけです。この名簿には、苗字だけしか浮かんで居ませんが、古い時代には、下の名前も付記されていたので、竹内啓貴だとは、私は、知っています。 

 そして、上の写真では、以前より太っていますね。以前、新幹線焼身自殺事件で、NHKニュース画面に登場した時よりも太っているし、私が、彼が不在なために、彼の代わりに、2時間も、外人を家に挙げて、もてなしているのにもかかわらず、まったくお礼を言わなかった日と比べても太っています。

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副題2、『小保方晴子(スタップ細胞疑惑)・・・父親は三菱商事、  片山祐輔(なりすまし疑惑)・・・父親は、卒業大学を私が知らないものの、IBM勤務、  この竹内啓貴が、父親は、元鎌倉市長にして、その前の職業は、朝日新聞記者  

  竹内啓貴の父親が竹内力氏だと、仮定すると、そちらと、伊藤玄二郎は、親しいので、そちらに、頼み込んで、借家人として、名義を貸して貰ったと、思われる。で、実際には住んで居ないので、下の名前が必要無いとこちらの名簿を作った人物は考え、前の名簿を作った、人物は権威づけるためにそれが必要だと、考えたみたいです。しかし、この名簿一つからでも、彼等鎌倉エージェントが、子供世代を利用する前に、父親世代を利用するかという事が解ります。

 鎌倉エージェントとして、特に私を弾圧する機能を実行している連中は、すべて、70過ぎであるので、現役が少ない。それで、親世代に頼んで、その子供を利用するという形になる。この節の二重ガッコ内に挙げた二人、小保方さんと、片山君には、特にそれが顕著だ。大宅健一郎という、ライターが居て、彼も大宅映子さんの子供か甥だと、思うが、このケースでは、彼よりも大宅映子さん自身が使われていた。(後注3)

 さて、私がこのブログを構成するにあたっての基本方針として、写真をトップに置くというのがあります。今般、使った写真二枚は、副題3~6までの4つの節を書いた後で、使う事を決意したので、今回のブログ文は、書き始めた時は、下の副題4から、始まっています。

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副題4、『梅田耕太郎さんの新幹線での殺害事件について、今、短く語って置こう』

 梅田耕太郎さんと言う東大大学院卒の立派な方が、新幹線車内殺傷事件で、殺されました。私はね。これも謀略だったと、見ています。しかし、今は、その分析の詳細には、ふれません。それよりも前の事件が、重要です。そこに、竹内啓貴と言うNHK記者が出て来て、その同じ男が、私の近所の家を名議上借りているという事が、非常に重要なのです。その同じ名前の男は、最近も登場したので、このブログで、取り上げております。(後注2) その人物は、元鎌倉市長、武内力氏の息子か甥だと、感じています。ところで、綱島で働いている整体師で、ブルガリア旅行を経験して居て、画像がある、女性が、以前の事件の時に、道連れで死にました。

 焼身自殺をしたと、される貧乏を嘆く男性の道連れになって亡くなりました。

 そちらは、100%謀略です。東北の田舎に住んで居る姉と言う人が出てきたが、シャーシャーとしてTV画面に出ていたし、ネットで、「何億円の賠償金があの姉(二人いる)に請求されるのだろうね」と、噂になっていたのに何も続報が出ません。実は私は、相当な情報ツウであって、あの新幹線車両を、洗浄したり椅子を取り換えたりするだけで、1両6000万円以上かかっているのを知っています。その上、大勢の人に迷惑を掛けたり、代替手段を用意して、その運賃をJR東海は、支払っているわけです。もし最近先頭車両に飛び込んで、自殺したとされる男性の遺族とか関係者に、賠償請求が行ったという続報が出てきたら、さらに、小田原での、焼身自殺が謀略であったと、証明できます。

 しかし、賠償請求が行って居ない。と言う事は謀略だったので、もしかすると、あの男自身、死んでいなくて、どこかへこっそりと、逃げる措置を取られて(それは、米軍機を使えば、簡単にできるのですよ。その中は、治外法権ですから)その上で、タイなどに送り込まれ、そこで、秘密裏に殺されているとみています。(後注3)

 その時にNHK記者が乗っていると、言われました。今般も岐阜支局所属のNHK記者、永楽女史が同乗をしていると画面に出てきました。もし、その時点で、「これは、謀略である。以前私が書いたことが正しかったので、リメイクをして来て、「こちらが謀略であることが、確かになったので、昔の物も謀略ったのだろう」と、私が書いたら、例の連中は、大喜びをして、

 「あっかんベー、これは、本当の話だったのだよ」と、報道を変化させていくはずだと、思ったので、何も触れませんでした。金曜日の夜に事件が起きた筈です。その後、梅田幸太郎さんの名前は、わかって居るはずなのに、なかなか、報道をされませんでした。日曜日の七時まで、NHKは、その名前を出しませんでした。

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副題5、『なぜ、NHKは、梅田耕太郎さんの名前を、48時間も秘匿をしていたのか?』

 被害者は、運転免許証などを帯同して居た筈なので、土曜日の朝には、氏名も顔写真も公開をされてもいいはずなのです。しかし、日曜日の、7時のニュースまで、秘匿をされておりました。私はそれ以外のニュースを録画しておりませんから、私に取ってはそうなります。

 その理由は何かが、皆様には、お分かりになりますか?

 私には、二つの理由がすぐさまわかりました。それはですね。「私がこの事件に飛びつくと、今書いている、小学校時代の友人が、パソコンを使って嬲り殺されたという話が、途中で、中断してしまいます。それが一つ目の狙いなので、わざと私が飛びつく様な餌として、秘匿をされたのでしょう。財務相の吏員が自殺をしたとされているが、氏名が公開されて居ないので、それは、嘘だろうと、すでに書いていますね(後注5)。それを使ってきています。応用編です。

  それもさることながら、今書いていることは、彼等鎌倉エージェントにとっては、総べて困る事なのです。おおももたまきちゃん殺しにしろ、日大アメフト反則騒動にしろ、すべて、私の言っていることが正しいので、どこかで、遮断をしてやれと、彼等は、思っているわけです。それには、私が飛びつく様な餌を与えないと、文章のテーマを変えません。だから、これが謀略だったと、言わせるために、わざとなまえを秘匿しました。

 それが、薄々分かったので、土曜日と日曜日は、違う事を書いていて、これを表には、取り上げて居ませんね。

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副題6、『やまゆり園事件で死んだとされている、19人は、やはりいないのだった。それは、抽象的な殺人であって、従って、あの日もそれ以降も記者連中が、やまゆり園内部に入る事が、一切できない事となっている。ルミノール反応などを記者が試したら、それが、出ないことが明瞭だからだ。または、その日夜勤をしていた、職員を取材したら、その表情等で、いろいろ、判ってくる。それなので、一切取材を許していない。

 で、死亡者が、居ないという風に、見破っている私に対して、私の事を、彼等の方が論ぱくしたり、「私の方が間違っていました」と、私に、言わせることがもう無理なので、一般国民を、自分たち側に、引き寄せ、引き続き、洗脳して行こうと、やまゆり園事件にかかわった連中は、思ったはずだ。・・・・・井上ひさしと、伊藤玄二郎は、確実に原案を練ったり、黒岩知事や、入倉かおる園長と、事前に面談をし、委細を、飲み込ませている筈だ・・・・・それで、やまゆり園事件の、19人の氏名が出て居ないのを、国民全体が、不審だと、考えない方向で、役立つのなら、何でもやるという、気分になって居て、この梅田耕太郎さんの、名前を秘匿したと、思う』

 私はすんでのところで、もう我慢が出来ず、「これは、謀略だ」と、言い始めるはずでした。そして、「大騒ぎをしているが、死者は、居ない筈だ」と、書くつもりでした。それをもし、やったら、「引っかかったぜ、引っかかったぜ」と、彼等は大喜びをした筈です。しかし、私は我慢をしました。そして、今まで、書いていること(友だちがPCを使って嬲り殺された話)を引き続き取り組んでいたのです。

 するとですね。月曜日の、夜7時のニュースから梅田耕太郎さんの、画像が出てきました。それから、東大の大学院卒だとか、外資系の会社に勤務しているだとか出てきました。『お、思った通りだ』と、感じた次第です。

 梅田さんは、普段は、関西に住んで居て、この日は新横浜で、社内から講師来るのか、社外から、来るタイプなのかは、判りませんが、営業活動用の、セミナーが、新横浜で、あって、其れに出席した帰りであると出てきました。それは、月曜日ではなかったかもしれません。でも、『あー、あー、案の定だ』と、感じた次第です。

 月曜日は、私は銀座の画廊巡りをします。で、ブログを書くことができません。そこで、梅田耕太郎さんの、姿を始めて曝す。となると、私が即座には対応できません。

 土曜日と、日曜日の時点では私は引っかからなかったわけです。そうなると、もし、ずっと、引っかからないかもしれないと、彼等、鎌倉エージェントは、考えて、少しばかりは、普通の事件風な、報道へもって行って置いた方がいい。その際には、ド指と、日曜日に、わざと情報を秘匿した理由を、彼女が書けない日である月曜日にさらした方がいいのだと、考えて、月曜日に、詳細な、事情が開示された始めたのです。

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副題6、『月曜日は、平成の八墓村事件と当初は呼ばれていた、周南事件(保見が死刑囚となって、一審と二審が終わっているモノ)、ダッカ襲撃事件、やまゆり園事件、ダッカ襲撃事件、高枝切事案、

 そして、最近では、同窓会が、月曜日に開かれるケースがあるのです。

 榊原節子さんの、PHP刊行の【凛としたシニア】出版記念会も月曜日に、しかも、普段クラス会が催される新宿ではなくて、有楽町で行われたし(後注6)、高校のクラス会も以前は、終末の土曜日だったのに、ごく最近は、月曜日に開かれました。優しい感じのおばあちゃんで、まるで絵本の中に登場するみたいな、フジ子さんが、出て来たクラス会というのも月曜日に行われました。(後注7)そのフジ子さんをあえて、有名人と例えるのなら、角野栄子さんと、似ていますが、角野さんは、さすがにマスコミ界を遊泳して居る人であって、きつい感じで、フジ子さんの、優しさ一辺倒とは、違うのです。実物に新橋駅で、あっているけれど・・・・・と書いています。すると、ですね。2018年6月14日の金曜日角野栄子さんが、NHK一チャンネルのあさいちに登場しました。録画してありますが、まだ、全部は見ておりません。しかし、少し見ただけで、私のブログ狙いだったことが、明瞭に分かりました。つまり、『お前さあ、貧乏人だろう。角野栄子さんの生活を見ろよ。だから、どれほどに、お前の方が、下っ端で、つまらない人間であるかを自覚しろよ。早くノイローゼになって自殺してしまえ』と、言われていると感じました。

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副題7、『ここで、スピンオフとなるが、その日、角野さんが、着て来た洋服について、検証をしてみよう。それが、逆張りの発想でいえば、まさしく、私狙いのアイテムであって、従って、逆張りの発想が重要となって、使うことの必要性を、私が、今、感じ始めたのだった。したがって、梅田耕太郎さんが、新幹線で殺されたのも、やはり謀略だと確信をするのだった』 

 角野さんが登場した【あさいち】を見て、一番びっくりしたのは、角野さんの年齢が、私より七歳も上だと、言う事です。それは知りませんでした。ファンではなかったので、wikipediaなどを弾いたことが無かったのです。

 新橋駅で、実物の角野さんと出会ったのは、半年以上は前だったと、思います。真っ赤なロングコートだったのです。それが、イチゴ色のコートだったとは、この金曜日に初めて知りました。角野さんは赤が好きだそうですが、その赤でも、相当に、殺した赤です。で、それは、普通の既製服にはない色なので、布地の段階から、特注で染めてもらうのだと、思います。それを、注文する際に、イチゴ色と指定すると、だいたいイメージ通りに出来上がるのだそうです。彼女は、私より、10cmは、背が低くて、体重は、38キロぐらいかなあと、思いました。太り過ぎでも、やせ過ぎでもない。そして、姿勢がしゃんとしている。しかし、どちらかと言うと体重が無いせいで、小柄に感じます。したがって、イチゴ色のコートが、いやみに見えないのです。膨張色には見えない。ただね、私として残念なのは、その材質が何だったかを今は、覚えて居ない事です。皮だったのか、ウールだったのかを覚えておりません。私は、角野さんが将来、ライバルとして、私を、威圧すために、NHKのあさいちの画面に登場するなんて、夢にも知らないわけですから、強く注目はしなかったのです。そして自分の方は、75歳です。最近の事、特に攻撃を意味して居ない事には、注目をしないという部分が、ここにも出て来て、その材質を覚えて居ないのです。

 ただね。もし、私が角野さんほど、お金持ちだったら、子羊のウラガワ(セーム皮)を、イチゴ色で染めて、専門家に、ロングコートとして、仕立ててもらう筈です。100万円ぐらいかかっちゃうかもしれないけれど、着ていて自分にも、感じが良くて、かつ、人に、実質的に、徹底的に、優越するお洋服に成ると思います。ヴィトンでなくてもシャネルでなくても、優越する洋服となるでしょう。

 あ、今、もうひとつ、思い出した。角野さんに話しかけた時に、角野さんであるという事を、私の方は、知らなかったかもしれませんよ。もしかしたら、「あなたのお仕事は何ですか? 素敵なお洋服を着ていらっしゃるので、しりたいのです?」と、質問をしたかもしれない。(苦笑)

 もう一つ洋服が重要なアイテムとなって、この番組が、私狙いで、作り上げられたと、思う現象を語りましょう。それは、その日、角野さんが着ていたお洋服がこれまた、素晴らしい特注品だったのです。角野さんの絵本の中の、登場人物(絵本の中では、緑色系統の、洋服を着ている)を取り出して、それを、生地全体にプリントします。かつ、色は、ピンク系統へ、変更します。生地は、木綿100%のニット見たいに、感じました。やや、厚手で、しっかりとしている生地です。

 こういう記事とそっくりなもので、起毛風な冬用の生地が20年前から買ってあるのに、自分で作る時間がないし、人に頼むほど、お金がないので、そのまま、しまい込んであるのですが。

 こういう生地は、すべての人にとって、フィットするのです。特に痩せているか、きゃしゃな人にとっては、体型をカバーしてくれる素晴らしい生地なのです。しかも白時と言うのは、洗濯が大変なので、それだけ贅沢なものとなります。それに、ピンク系統で、特注のプリントを依頼する。普通の人が頼むと、急がせても、3週間はまたされるでしょう。しかし、角野さんは、既に、いろいろな関係者と知り合いなので、NHKに14日に出る予定ですと、言えば、三日で染めてもらえるだろうし、お洋服への下ても、3日で、やってもらえると思います。

 で、後注7に置いたブログを、読んで、例の連中が角野さんに、出演依頼をする様にNHKを動かしたとして、たった2週間しかないわけです。で、井上ひさし達は、絶対に、こんな短い期間で、特注の服ができるとは、一般の意図は思わないぜ、従って、雨宮舜は、思い込みが強すぎて、すべてを自分の方へ引き寄せる人間だと、思って、彼女のブログを、軽蔑する様に成るぜ。それは、大成功の筈だと、思っているでしょう。で、それもあって、勝った勝ったと、思っているのでしょうね。急にですが、井上ひさしが、大量のコメントをよこし始めました。

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副題8、『井上ひさしが、まったく新しい形式で、しかも大量のコメントをよこし始めたのは、この第二の新幹線殺人事件で、梅田耕太郎さんが、死んだと、知らされた直後だと、思う。それで、ああそうですか>と、感じて、こちらの事件が、まったくもって、以前の事件のリメイクとして、作り上げられたことが分かった」

 これから、先は、別の章で、語ります。

(蛇足)下は、角野さんに、対抗する(苦笑)私の姿です。上下とも既製品です。2万円以内のものです。だから、色は、単純な、まっ赤、赤です。しかも、弾圧にあえいでいて、しわが寄っている顔になっています。ザーんねん。唯ね。何事も順応していくことが大事だと、思っているので、制限のあるつつましい金額の中で、工夫をして生きていくのが大好きですよ。これは手作りの部分が一切ない洋服ですが、刺繍を加えたりするのは大好きです。時間があれば、そういう事をして行きたいが、時間がないです。

 でも、幸せだなあと、思う日もあって、そういう日は穏やかな顔になっています。

 この章は、梅田耕太郎さん、殺害が、企画されたものだったというにしては、不充分ですが、充実させるのは別の章でとして、これは、ここで、終わりとさせてくださいませ。楽な気分の文章を書けたところで、終わって置きたいです。

【蛇足の2)角野さんの番組でこれは私と同じだと、考えたのは、縦書きで、手書きで、書く時に、マス目を無視して、書いておられることです。それは、ご自分の発想と、手書きのスピードが合致する為だそうで、確かにます目を気にしない方がすらすらと書けるのです。ただ、角野さんの、筆記用具が、何だろう?。油性ボールペンだろうか? 私はパイロットの製図ペン(水性)と言うのが、好きです。今はあまり出回って居ません。ただ、パソコンで書くのも自由にできる様になったので、パソコンで書いています。それは、頭と、入力のスピードが、相当に、合致する世界であり、その点では、いいかなあと、おもっております。

 

後注1、 

歌舞伎座で、日本現代史を語っている間に、やまゆり園が解体をされ始める。NHK記者竹内啓貴が、登場したので、私狙いだと、判って来る   2018-05-07 21:15:05 | 政治

後注2、

結愛ちゃんは鉛筆とNoteで、殺されたが、PCで殺されるcaseもあるのだ + もぐらで死亡日時が判るし、株主総会で、お土産が出ないのも  2018-06-13

 

後注7

青春は遠く過ぎ去りのIII + 国展や女流展での怖い思い出とNYでのぼろ服の詩人との切ない思い出△   2018-06-01 03:34:24 | 歌舞伎

 

 

コメント

結愛ちゃんは鉛筆とNoteで、殺されたが、PCで殺されるcaseもあるのだ + もぐらで死亡日時が判るし、株主総会で、お土産が出ないのも

2018-06-13 14:15:14 | 政治

 今は、15日の夜の、9時半ですが、下の文章の加筆を始めます。途中にも文末にも。

 最初に置いた写真の説明をさせてくださいませ。本日の文章は、とても暗いお話なのです。しかし、途中でモグラ(ヒミズと言う小さな種類)が出てきます。それが、友達が亡くなったのが、いつだったかを特定する重要なアイテムとなっています。昔使っていたパソコンが総べて壊されているので、そういうアイテムで、ものを思い出すのです。ヒミズは、40年前、まえの猫のちびちゃんも取ってきたのですが、14年前に、次の猫のさびちゃんも取ってきたのでした。それで、【さび】の写真をここに置きます。

  撮影者の私の方が、ネコ写真の撮り方が、ちびちゃんの時代よりも上手になっています。

 以下の文章ですが、最初の総タイトルを、『信州松本大歌舞伎、切られの与三、なりすまし疑惑、古村浩三、松竹、衛星劇場、巡業、  2018-06-13 14:15:14 | 政治」としておりました。ところが、途中で、加筆をしているうちに、主に、古村浩三君と言う人物と、伊藤玄二郎、及び、井上ひさし等、かまくらエージェントへの分析が、大量になって来て、歌舞伎まで、到達できない見込みが出てきたので、総タイトルを変更させていただきます。

 ところで以下の文章ですが、12日にいったん少しの間さらしていて、完成できないと判断をして、ひっこめました。とても複雑な事を書いて行くので、いつもの五倍以上の力量とエネルギーが必要です。ただ、前報(後注1)というり同じものを、あまりにも長時間、曝しているのも失礼だと、感じて、本章を、14日の午後1時に再び、公開しました。が、その後で、7時間ほど、放っておいて、失礼をいたしました。外に居ましたので。今、夜の八時から、入力を再開しています。この文章は、途中にも加筆し、文末にも加筆する予定で、作業を始めています。

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副題0、『人は、どういうもので、殺され得るのか。大体大きく分けて、5種類の、殺傷道具が思い浮かべられるが、第6の殺傷用道具として、パソコンを上げて置きたい。或るターゲットを選び出し、その人間の持っているパソコンのデスクトップに、種々様々な工作を外部から、侵入して施すと、人間は死ぬのである。

 *1、紐や、手によって、首を絞める事、*2、刃物、または、手、または、道具によって、肉体に傷をつけ、大量出血によるショック死、*3、銃、一般的には、猟銃が考えられるが、ピストルなども日本国内に、流通していると、考えられる。*4.薬、この間、麻薬の大量摂取に寄る殺人と言うのがあったのですが、一般的に言うと、青酸カリ、ヒ素、タリウム、サリン、他が、考えられます。

 しかし、ここで、まったく新しい手法の、殺人事件が起こりました。ノートと鉛筆が凶器になったケースです。目黒の賃貸アパートに住んで居た、ゆあちゃん(結愛)は、たった、五歳で、文章を構築できました。ところがそれがまた、父親の、新たな癇癪を、誘発し、更にさらに追いつめられることとなったのです。

 このケースは、ゆあちゃん自身に、ゆあちゃんを殺させるものであって、北九州の、松永太とか、尼崎の、角田美代子と、同じ背景があると、思います。心理学的操作による殺人です。

 今から語る、パソコンを使った、殺人も同じです。・・・・・パソコンが火を噴いて、やけどをしました・・・・・と、言う風なものではないのですよ。

  そこに現れる、隠しファイルとか暗号に満ちた、夫と愛人との、メールのやり取り等が、妻を苦しめるのです。

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副題2、『しかし、私が深く怒っているのは、夫側は、そういう文書を、自宅のパソコンに保管をするはずがないという事。で、誰がやっているかが問題なのだ』

 このケースですが、夫は社長です。当然の事会社にデスクトップ型とノート型のパソコンを持っているでしょう。社長室が、社員の部屋とは分離されて居たら、社長室で愛人とのやりとりするのなど、自由自在です。もうすでに二重生活に入って居て、妻のもとには、遅く帰って来て、食事もちゃんとはとらないぐらいです。それなのに、どうして、妻にばれては困る愛人とのやり取りを自宅で処理して、しかも、目立つ様に、自分側のデスクトップに家れておきますか? このケースでは、夫側は、自宅では、パソコンを開きもしないと、思いますよ。ただ、ただ、妻を苦しめて、私のカウンセリングが不成功に終わる様に、あれこれの悪さが外部から行われていたと、私は信じているのです。しかも後日、秋山裕徳太子と、宮本和雄の目配せ(後注3)がありましたね。だから、この推察は、100%当たっているでしょう。

 私の友達は、夫からの12月26日に届いた年賀欠礼によると、その年の10月に死んでいます。病名は腹膜炎と言う事でした。しかし、彼女は、7月か8月に私に電話をかけて来ていて、グァムに行きたいと言っています。

 私と彼女の個人的な交流はすべて、電話でしたが、リアルな世界では、一年に一回、クラス会で、ほぼ、8~10時間一緒に過ごしていました。今年だって、女子だけが一緒に過ごした、二次会がおわったのは7時であり、12時から始まっているので、一緒に居たのが、7時間です。彼女が亡くなったのは、10年は前なので、みんなが今より元気だったころです。

 で、腹膜炎など、掛かる筈がないのです。しかし、割腹自殺を試みて、その上で、予後が悪くて、腹膜炎で亡くなったと、仮定すると、それは、ありなのです。

 で、もしグァムのホテルで、割腹自殺を試みたと、家庭をすると、皆さんは、それって、事件となるではない?と、思いでしょう。たしかに、だから、日本に帰ってから、割腹自殺未遂を起こしたと、考えるのが普通です。

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副題3、『しかし、米軍機を自由自在に使える、木村某という元電通マンが居る。彼女がグァムで、割腹自殺未遂を起こした際には、米軍機を使って、日本へ運べば、メディアの目を逃れて、この件が事件化することがない。それは、大変嫌な事だけれど、私が大物過ぎるので、

 私をやっつけるために、彼女のパソコンへ、異常な作用を起こしていたと、仮定をすると、彼女にも尾行がついて居て、彼女が割腹自殺などをすれば、すぐさま、米軍機が手配された可能性は高いのだ。そして信濃町の慶応病院へ運ばれる。

 そこで、現代日本で、最高に治療を受けるのだけれど、結局は保護が悪くて、亡くなったとする。

 まあ、しかし、それは、見てきた様な嘘を言いの類であって、普通のレベルで、飛行機で、日本へ帰って来てから割腹自殺未遂を起こしたと、仮定しましょう。彼女は、カウンセラーが、「夜叉になっています」と言うぐらいだから、遺書は、残していたと、仮定します。

 しかし、お嬢様育ちです。割腹自殺も、リストカット程度の深さだったかもしれません。そうすると死ねないです。で、誰かに救いを求めて電話を掛ける。相手は、お子様でしょう。お子様は二人いて、二人とも当時は未婚だった筈ですが、家を出て自立をしていました。しかし、傷からは、血が出ている。自分としては痛い。しかし、死ねない。『是から何時間もこの状態で、苦しむのかしら?』と、思ったら誰だって、恐怖に駆られます。で、その日に亡くなるという事は無くて、相当後に亡くなったと、見るのが、順当のような気がします。

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副題4、『今、突然しっかりと、思い出した。彼女が亡くなったのは、2003年か、2004年の10月だったろうという事を。それは、モグラが関係をしている』

 私はちびちゃんと言う猫と、さびちゃんと言う猫を、順次飼いました。ちびちゃん(下の写真・・・・これは、最晩年の姿、死の直前)が、

  

北久里浜のいえで、モグラを取って来て、私に生きたまま、くれたのは、子供が幼稚園の頃でした。今から40年前です。さびちゃんが、モグラを取って来て、すでに、殺したうえで、私に渡したのが、件の友達が、最後に電話をかけてきた日だったのです。鎌倉エージェントの面々が、嘘をついて居ると言うといけないので、その頃には、我が家には、ピアノも革張りのソファーもあったと、申しあげさせてください。主人が場所をとるだけだと、言って両方とも捨てさせたので、今は無いのです。私は泣くなく、でも、『将来、画廊を開くのなら、空いているスペースが広い方がいいわね』と、思って捨てたのでした。

 でも、彼女から、グァムに行きたいという電話がかかってきた時には、私はソファに腰かけて、右手で、子機を握って対応をしていたのです。と言うのも、彼女からの電話は、いつも堂々巡りで、解決が付かないことが多くて、長電話に成るのでした。で、立ち話など、無理であって、ソファにがっちりと座って、覚悟を決めて対応をしていたのです。そういう姿勢で、長電話をしている時に、猫がプレゼントとしてモグラを持ってきたのです。

  この時のモグラですが、ヒミズと言う種類で、とても小さくてかわいいのです。しかも死んでいるわけなので、私は右手で、子機、左手で、ヒミズを持ちながら、長い話をしていたわけです。

 ::::::::ところで、今、75歳になっている哀しさ、ヒミズと言う名前がただしいか、どうかが、不安だったのですね。それで、wikipedia を引きました。すると、名前については、記憶が確かでした。が、思いがけない知識を得て、なるほどと、思った次第です。それは、です。ヒミズは、トンネルを掘らないのだそうです。落ち葉の下を歩いていることが多い、半地下生活者なんですって。だから、猫が良く取ってくるのだと、納得をしました。

  上の写真の白い家が我が家ですが、大木に囲まれているので、落ち葉はいっぱいです。したがって、ヒミズもいっぱいいるのでしょう。ところで、猫ってハンターです。そして、音にも非常に敏感です。落ち葉が、カサコソっというだけで、「ヒミズが居るぞ」と、成って、狩りをするわけですね。だから、しょっちゅうプレゼントされます。ところで、それが、wikipediaには、書いて居なかったのですが、ヒミズって、大変良いにおいがします。ヴァニラと、ジャスミンを合わせたような上品な、良いにおいがします。その日のヒミズは、死んでいたのですが、電話が終わった後では、手のひらに、その芳香が残って居ました。

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副題5、『猫がモグラを取ってくることができたのは、上の様に、大きな山に住んで居ても、2004年の晩秋までであり、それ以降は、室内飼いとするので、モグラなど、取ってくることができなくなる生活に、私達一家が入る。したがって、PCで嬲り殺された友人の死は、2004年か、2003年の、10月だと特定できる。どうしてそれほど、はっきりとしているかと言うと、柳沢昇+石川和子の夫婦が警察を巻き込む大騒動を起こしたのが、2005年8月第四週の日曜日であり、その半年前から、私はかんかんにその二人に対して、怒って居て、猫を外へ出さない様になったからだった。

 柳沢昇と、石川和子と言うのは、だいの大人である、私をいじめることで、性欲の高揚を諮って居たのだった。それを目の前で、見せ付けられたので、二人の人格の、あまりの汚さに、おどろきいって、それ以来さすがに猫好きで、猫優先であり、ヒミズを取ってくる自由を確保するために、自由に外へ、出していたのだったが、出すのを止めることにしたのだった。入り口を閉じて、中にトイレを置くことにした。これが、ゆあ(結愛)ちゃん殺しにも通底する、いじめ問題の根本である。

 あらゆるいじめ事件は、子供への虐待を含めて、やっている方が、性欲の高まりを覚える。それで、快感を得るので、いじめることを止められなくなる』

  この夫婦については、今までも書いています。しかし、どんどん、深めて、より真実に、近い物を、皆様に、開示しましょう。もっと、もっと詳しく書きます。

  このカップルが、伊藤玄二郎のCIAエージェントとしての威勢と特権をかさに着て、私の猫のことで、警察を巻き込む大騒動を起こす。したがって、そこの記憶が確かなので、そこから、モグラを取って来た時期や、年度が、特定できることになり、お友達が、殺された時期も特定できることとなる。柳沢昇については、このブログを読んでおられる方は、<それって古い古い話でしょう?>とおっしゃるかもしれない。

 しかし、まったく古くない。彼は、本日も私のカラー唐辛子を引っこ抜いていたし。リアルな世界で、攻撃を繰り返してくる人間だし、・・・・・それは、最近では、四回ほど気がついて居る現象だ・・・・・今般、話題が、集中している、小学校時代の友達が、殺されたのも彼が関与していると、言っていいからだ

 というのも、警察が絡んできて、ひどい事をやり始めたのは、この柳沢昇と、石川和子の二人が、警察を呼んで、・・・・・あそこの奥さんを旦那に叱ってもらってください・・・・・と言うとんでもないお願いをした日から始まっている事だから・・・・・で、私の友達が、パソコンを使って、嬲り殺されたのも、遠因の一つには、石川和子と、柳沢昇の、犯した失敗を・・・・・糊塗したがっている、警察が、からんでいる話となる。

 一般の日本人としては、柳沢昇+石川和子夫婦と、私はまったく対等なはずなので、そんなことを警察からやられるはずがないというか、やられてはならないのだ。しかし、私があまりにも頭が良くて、かつ、真実を書く人間から、核燃料を売りつける国際的軍産共同体にとっては、困る人間だから、秘密裏に殺したい人間もいる。したがって、すべては、表向きにはできない事として警察の、殺人用別働隊の、実行事項として、秘密裏に行われる。

 したがって、私は、このブログで、常に・・・・・ミステリーを解いているのです・・・・・と、言う事となる。繰り返して言おう。私と柳沢昇は、対等である。しかし、彼は、自分を上だと、思っているらしい。その矛盾を書くことは必要である。しかも、行動形態も、丁寧に、書く必要がある。それが、どんなに汚い現象であっても、書く必要はある。

 大原光孝夫妻よりも、もっと原始的で、もっと、・・・・・性欲、または、コンジュゲーションの一致を、むき出しにする夫婦である。コンジュゲーションとは、ペニスとワギナの接合の事。

 二人は、50過ぎの、一般人としてというか、大人としては、信じがたいほどの、幼稚さとわがままである。私の小学校時代の友人がパソコンで嬲り殺されたのも、30%は、その二人と、その二人が犯した警察を巻き込む失敗に原因があると言ってもよい。彼らは、おおももたまきちゃん殺しに至るまで、数十人を殺してもらって、自分達の至らなさと失敗を糊塗してもらおうとしている。恐るべき、夫婦である』

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副題6、『石川和子さんが私の猫を抱いて、我が家の玄関先にまで、返してくれた日もあった。これは、ご近所づきあいとしては、ごく普通の形であり、それが続けば、今の様な異様な状態には、陥らないで、済んだであろう。

 しかし、我が家の電話も盗聴をされているが、家の内外も盗聴をされており、玄関の外で、門までの、スペースで交わされた会話は盗聴をされ、録音をされ、その後、例の鎌倉エージェント連中に、検討をされ、私を暗殺する方向で、悪利用をされる。西隣の小野寺夫人は、転居する前から、異様ではあったが、転居後は、一応、お隣同士として上品なお付き合いを、する間柄でもあった。

 一部上場企業の、重役の娘として育ったらしい、彼女と、一時期は霞が関の官僚でもあった、家に育った私だと、会話の進め方、その論理の建て方、お互いの理解力、その他、ある程度合うところがあるのだ。ただし、建築中におかしい事もあり、また、転居後、そちらからを装って、真夜中に、我が家の壁に石がぶつけられるという現象があり、・・・・・この石をぶつける行動は、お隣ではないことは確かである・・・・・・お隣が、やっているかの如く、成り済ます、攻撃者が、行っている。

 だから内心では、40%の警戒心を持っていて、狐と狸のバカし合めいたところもあるにはあるが、その程度の演技力は、私にもあるし、彼女にもあるので、一応無事な数年間を過ごしていたのだった。しかし、私は我が家の周辺も盗聴をされているのが確かなので、いずれ、彼女との仲も切れるだろうと、予測をしていて、それは、周南事件の起きる、数か月前の、火曜日に、実際に起きたのである。(後注1)

 そして、小野寺夫人は、明確な敵として、機能をしてくることとなる。

 これは、生協や、クロネコヤマト、の配達人に、ジュースを上げるかどうかの、問題、冨澤夫妻と、高枝切り問題。中島三枝子と、長瀬いずみが結託して行った事案から始まる、

 

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紀州のドンファンの実態を知って、今、私が思う事・・・・・友人がPCを使って嬲り殺された話ー2

2018-06-11 00:46:14 | 政治

   最初に三つのお断りをさせていただきます。12日には、12時間ぐらい、オペラと、歌舞伎についての文章を未完のまま、さらさせていただきました。それは、上質な芝居である、【切られの与三】が、本日12日から、松本で、公演が行われるので、お知らせをしたかったと、言う事情があります。切符ですが、ホテルが、持っている一等席込み宿泊券が手に入るかもしれませんが、それを使うと、二日がかりで、五万円は、必要です。もっと、早く渋谷の段階で、お勧めすればよかったと、思いますが、シネマ歌舞伎に成る事を信じていたので、やって居ませんでした。恐れ入ります。シネマ歌舞伎にならないそうで、そこに政治的弾圧を感じていますので、そちらの文章も完成させようとすると、長大な時間がかかるので、ここで、いったん引き上げて、今取り掛かっているテーマを、引き続いて追及して行こうと、おもっております。

 ところで、今、女中さんが、父に色目を使った頃の我が家の写真を見つけようとしていたのですが、見つかりませんでした。代わりにこんなものが見つかったので、懐かしくて置いておきます。私と主人が日曜日に、横須賀市の武山と言う低い山に、子供を連れてトレッキングに行った日の写真です。こういう風に手間暇かけて・・・・・特に私の場合は、ウィークディはご近所様のお子さん方の面倒も見て居て、実質保育所状態であって、大変な労働でしたが・・・・・して家族を作って行くのだから、大切なものなのですよね。改めて思います・・・・・・75歳にもなってですよ。あ、は、は、もう間に合わないかもしれないけれど。

 ただね、この章の主人公である、私の小学校時代の友人が願っていたことが、・・・・・こういう風に、手間暇かけて、やっと、作り上げた自分の家族=巣を他人(20歳も年下の夫の愛人)に奪われたくない・・・・・という事だったのは、よく、判ります。だけど、家庭(=巣)という物は、妻と夫で、協力して作り上げるものだから、夫が、どう考えているかが、重要なのですよね。夫が、別のメス鳥と、新しい巣を作りたがっている時に、妻は、どうしたらいいのか? ただ、「自分には、夫と暮らす権利がある」と、主張するだけでは、夫は、戻ってこないのです。難しい課題です。そこにさらに別の他人(CIAの悪人たち)が入って来て、引っ掻き回すので、悲劇性がさらに高まります。

 もう一つ見つかってしまいました。哀し気な顔をしているのが何故なのか、気になりますが、この写真を見ると、

 三歳以下の子どもだって、ものを、きちんと、考えているのだと、言う事が解ります。BBCが制作して、NHK ETVで放映をしている、【地球ドラマチック】と言う番組があります。あれのなかで出てきたのですが、人間って赤ちゃんの時から、すでに、とても賢くて、周辺の事が、総べてわかって居るそうです。虐待をする親って、そういう側面にふと気が付いて焦るのだと、思います。ゆあ(結愛)ちゃん殺しと言うのは、恐ろしかったですね。あの父親って悪循環に入ってしまった人間の典型でした。唯、ゆあちゃんの賢かった事、賢かった事、もったいない命が奪われましたね。

 処で、こちらの写真の、撮影場所は、43年前の横浜駅、京浜東北線ホームです。この写真がどうして撮影をされたのかがわからないのですが、妹の方が、そばにいないという事は、年子で、生まれた妹がまだ、小さくて、父親と、2人だけで外出したのかな? ただ、撮影者は、このふくれっ面を面白いと思ったのかなあ? 今では、もう、どういう状況だったのか、正確なことは、判らないです。そういう挿入を入れて、元の、文章へ戻ります。

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 尚、前報(後注1)が11日の午前零時半ごろやっと完成をしているのです。しかし、すぐさま、こちらを書き始めたので、そちらの完成した姿を、お読みになっておられない方も多いと、思います。そちらも、読んでやっておいてくださると助かりますが? この文章は、無論そこに、引き続いた文章ですので。

副題1、『紀州のドンファンの実態が、10日にMSNというサイトに出て来た。そこで、示された最後の日々の本当の姿こそ、私が友人に忠告した・・・・・彼女のご主人の未来の姿だったのだ。だから、彼女がもし、未だ生きて居て、この事件を私と同じ時間に、同じ局で、同じ画面を、見て居たのだったら、・・・・・ほら、私が言ったことが確かだったでしょう。どんな色男でも、70を過ぎたら、入れ歯が臭いとか言われて、年下の、愛人からは、嫌われるのです。そして、妻の元へ戻ってくるのだから、待って居たらいいのよ・・・・・と、言う事ができるだろう。しかし、友人はすでに、死んでしまっている。60代で亡くなった。それは、未だ、セックスにおいて、現役の世代の男女の話になるので、なかなか、割り切れないところはある』

 愛犬もご本人も覚せい剤を大量に投与されたらしくて、急死した、紀州のドンファンという人のニュースがNHKでもたびたび出てきます。民放では、さぞにぎやかな事でしょう。

 さて、本日になって、実は裏があって、それほどには、美しい人生でもなかったと、報道をされていて、・・・・・・あれ、こういう姿って、私が17年以上前に、友人に説得しようとした、彼女の夫の未来像と、ぴったり当てはまるわ・・・・・・と、思い当たった事でした。裏とは、貸し金業を行っていて、えげつない回収を行っていたとか、大小便が垂れ流し状態だったとか、報道をされている事をさします。

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副題2、『私の友人は、高級官僚の娘で、きれいな女性だった。しかもご主人は、慶応卒の、社長だから、その奥様として、何不自由がない生活を送っている・・・・様に、見えた。しかし、ある日、・・・・・千恵子ちゃん、同伴に誘われたのだけれど、どういう服を着て行ったらいいかしら?・・・・・という、質問を受けて、その日以来、秘匿されていた彼女の苦しみを知る事となった。そして、彼女の人生と、その悩みに、大きく、巻き込まれることとなった。

 同伴とは、テレビドラマの世界でしか知らない単語でしたが、クラブに勤めている女性が、お客との絆を強めるために、会社勤めが終わった男性とお食事を一緒にした後で、クラブに出向き、そこで、お酒を飲むことを指します。

 彼女は夫と、その愛人から、「自分達の同伴の席に、来なさい」と、誘われて、本当に、行くつもりだったみたいです。びっくり仰天をしました。彼女よりは20歳ぐらい若い愛人とされている女性は、元OLで、非常に賢いのだそうです。それに対抗するために、どういう種類の服で、レストランに行ったらいいのかという質問でした。いったんは、「あなたは、奥様なのだから、高島屋で、買った質が良くて、上品な、スーツか、ツーピース程度のお洋服で行きなさい」と、答えて電話を切りました。

 これは、17年以上前の話なので、中年の女性、特に専業主婦が、バシッと決める勝負服はスーツだった時代です。和服に普段から慣れている女性だったら、高価だが、地味な紬などが、いいのですが、彼女は、キモノ通ではない模様でしたので、「20万円ぐらいのスーツを買いなさい」と、勧めたのです。20万円と言っても、30万円でもいいのですよ。高いものといういみで言って居ます。

 しかし、電話を切ってから、変だぞと、思いました。・・・・・同伴で、レストランで、三人で、食事をする。→ そのあとで、クラブへ彼女もいっしょに行く? → いや、レストランで、ご主人から、「お前は帰りなさい」と言われる? それって、何ですか? おかしいでしょう?となります。

 で、こちらから、電話をかけなおして、行ってはダメよと、止めて置きました。しかし、彼女と濃密な二年間の交際(主に電話による会話、或る晩など、合計四時間も話した。徹夜で)をすべて振り返ってみると、もしかしたら、彼女のこの話は、一部分が嘘だったのかもしれないのです。可哀想に、血迷って居て、ご主人のポケットから、領収書などを見つけて、探偵みたいな気持ちになってしまい、『ああ、夫は、このレストランで、彼女と食事をするのだわ。このレシートの金額も一万二千円だから2人分ですよ。日付けも、金曜日であり、金曜日は必ず、遅くなるから、きっとここで、一緒に食事をするのよ。

 ・・・・・先回りをして、そこに行って置く。その上で、偶然出会ったみたいな形で、二人に近づき、二人を詰問をして、夫を家に、連れ帰ろう。それで二人の仲を終わりにさせよう・・・・・と、思って、そういう計画を練っていたので、その上で、そういう場合に勝つために、「愛人に負けない服は、何かしら?」と、パリやニューヨークで生活して来て、銀座にも毎週行って居て、世間が広い、私に、、質問をして来たと、思われるのです。今、他の分野の事でも、さらに深い真実に向かって、あれこれ、思考を重ねている私には、そういう風にも思われるのです。

 彼女が嘘を言って居なくて、実情は、私に言った通りだとすると、それに乗る彼女は馬鹿でしかないので、やはり、嘘をついて居たと、考える方が正しいでしょう。彼女が私には秘匿して居た、誘われてなどいないのだけれど、底へ先回りをして置いて、二人の仲を、裂こう。と、思った方が、正しかったと、思われます。

 と、言うのも、その頃、私は逗子に、一人暮らしをしていたので、いつ、どんな、時間帯に、電話がかかっても対応ができました。しかし、何時間かけて、忠告しても堂々巡りで、らちが明かないので、到頭、「専門家にかかりなさい」と、勧めました。その専門家の判断は、彼女を、被害者だとは、認めて居なかったのですから。彼女の方が悪いという判断でしたから。意外と攻撃性があったのかもしれません。

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副題2への加筆として、2-B『ここで、専門のカウンセラーが登場するが・・・・・その結果は、思いがけないものであって、私は、想定していた専門家へのバトンタッチができず、さらに困った状況に、直面をさせられることになった・・・・・』

 彼女はいろいろ、調べて、NHKで、番組を持っている有名なカウンセラーにアポを取りました。それで、予定が、決まると、「千恵子ちゃん、一時間、一万円を取られるのよ」と、半分怒りながら、言ってきました。私は、「そういうものなのよ」と、言いました。しかし、彼女が、相当に、重体な状態で、混乱状態に陥っていて、自分が全く見えて、いないとは思いました。

 というのも、友達である私からは、暗喩的にしか言われて居ないけれど、事実上は、もう、放りだされてしまったわけです。優しい言い方で、言っているけれど、「もう、私は、あなたの、相手はできないわよ」と言われているわけです。と、成ると、カウンセラーが、これからは、一番頼りにするべき、相手となるので、その料金について文句を言っている場合ではないのです。

 しかも、実態としては、「もう、あなたは手に余るから、電話の応対を止めたい」と、言って居る私に向かって、カウンセラーの料金へ、文句を言うのなど、私に対して甘え過ぎなのです。

 ここでは、彼女はこういう風に言うべきでした。「千恵子ちゃん、カウンセリングって、一時間、一万円ですって、ごめんね。30万円以上、迷惑をかけたわね」と。もし彼女が、本当に、そういう風に言ったら、私は、「あ、は、は。やっとわかった。今度の一時間を大切にしなさいね。準備をして行ったらいいわよ。 <主人と、愛人は、こういう風です。それに対して、自分は、こう考えています>とか、まとめて、紙に書いて行きなさい」と。

 このご夫婦は、ご主人の方も他人や、親から、しっかりと叱られたことがないタイプだし、奥様の方も同じなのです。そして、過去に、本当に困った経験がない。または、本当の苦労が無かったらしくて、じっと、一人で耐えるとか、じっと我慢をしてみるという姿勢が無いのでした。なかなか、真実に向き合えないのでした。

 で、カウンセリングが終わった後で、彼女はこういいました。「ねえ、千恵子ちゃん、びっくりする様な事を、あの人は言うのよ。私の顔が夜叉になっているって。だから、もう、行くのは嫌なの。やはり、千恵子ちゃんの方がいいわ」と。

 その時に、私は、「〇子ちゃん、それって、正しいわよ。私も、そう思う。だから、その先生には、引き続き通いなさいね。それに、私には、もう電話は、掛けないでね」と言いたかったほどです。しかし、現実には、何も言えませんでした。

 私は、もともと、リアルな世界では、喧嘩をしない主義です。その上、相手は、50年以上にわたる友達です。で、この日以降、彼女の悩みに、ずっと、付き合う事ともなるのです。それ以前の濃密な時間を合わせると、逗子で、一人暮らしをして居た間、もっとも、大きな人物として彼女との、深い交流は有ったのですよ。

:::::::::ここで、三日目に挿入を入れます。鎌倉雪ノ下の方に、荷物を取りに帰ってきた時かな? 大原光孝が、「みんなが、川崎さんは、離婚をするよと、言っているよ」と、からかってきました。私は、黙って、流して置きました。が、彼に、今、私が受けて、関わっているほど、重い人生相談を仕掛ける人など、誰もいないと、思いました。私は、その時点(ほぼ、17年前)でも、彼の事を、・・・・・なんて、薄っぺらい男なのだろう。この男って、誰の役にも立っていないくせに・・・・・と、内心で思った事でした。

 でね、もう間に合わないですが、彼には言っておきたいです。他人の私生活など、はかり知ることはできません。したがって、他人をからかうなど、論外の事なのです。自分が馬鹿な人間ほど、他人のこともバカで、軽いのだと、見做すのでしょう。しかし、人間一人ひとりみんな違っていて、東京のブランド住宅街に住んで居る人なんて、相当に賢いのですよ。だから、相手をからかっていればいる程、逆転をした時には、自分が傷つくのです。仕方がない事です。

 東京圏のブランド住宅街に棲めば、そんなことは子供のころから、おのずと身に付く事です。だから、ご近所づきあいにおいては、対等か、ちょっと相手を上に置いて、しかも、ごあいさつをする程度で押さえておかないといけません。それ以上の事をやってはいけません。しかし、たった、20軒しか住居がないこの山では、それが、わかって居ない人間が、数人いて、かつ、そういう人間が、上に立ちたいと、思っているので、大混乱が起きるのです。それが、30年前に、我が家の土地が盗まれたころの状況でした。:::::::::::::

 

  二年間のうちの最初のころは、逗子のアトリエ内で、私が夜寝る形だったので、何時間でも対応ができました。しかし、この最後の電話の、ころは鎌倉にすでに帰って居たので、再度、こちらから電話をし直すなどが無理でした。彼女は特にご主人が帰宅をしない夜に、悩みが深くなるのです。しかし、私は、すでに、夜には、よりそってあげられない事情になって居ました。

 逗子でのお付き合いですが、この悩める小学生時代の友人の他に、斎藤敏江さん(高校の先輩で。アメリカ大使館勤務だった方。私の精神的、母親代わりでもあった。欧米でいう、洗礼母みたいな形であった)、それと、渡辺幸子さん、・・・・・大きな学びを、人間の、生き様から得る機会でもあったのです。その間、大金を使いましたが、でも、驚くべき収穫があった時期ではありました。とても不思議な事ですが、人間関係が豊富になるのですよ。電話だけでですが、他人との関係が、ベールが一枚はがれたみたいに、直接的になって、深くなるのです。これは、事前の予測とは、まるで異なっている事でした。ただし、お金に余裕がない場合は、絶対に、夫婦で、暮らした方がいいのです。夫婦で助け合って暮らしてこそ、乗り越えられる収入の壁と言うのもあるのです。

  ところで、友人が、同伴の、件で、嘘をついて居たのではないかと、思った理由を語りましょう。

 というのも、その数か月後の、最後の電話が、「主人がグァムに、研修旅行に行くのだけれど、愛人と一緒だと、思うの。私はね、行きたいのだけれど、主人の母の介護があるの。それを、捨ててグァムに行くと、親戚から、叱られる。だから、行かれない」と言う電話でした。しかし、その日、彼女が私から聞きたかった本当の答えは、「そう、じゃあ、お姑さんの方は、病院にお任せして、ほうっておいていいわ。グァムに行きなさい」だったでしょう。

 しかし、私がその日、答えたことは、やはり、「行かない方がいい」でした。行ったら、彼女が大変、哀しい思いをするだろうと、思いました。しかし、相変わらず、彼女が私の真意を理解したとは、思えませんでした。彼女は、一人で、切符を手に入れてグァムに行ったのではないかしら。そして、決定的な屈辱を二人から浴びせられたのではないかしら? それ以降の連絡は無いのですよ。そして、その旅行の三か月後に亡くなったらしいのですが、葬儀の知らせは無くて、年末に届いた、年賀欠礼で,知ったのでした。

 これほどに、後味の悪いことは有りませんでした。特に彼女が悩んでいる最中に、彼女が使っているパソコンを利用してさらに、悩みを深める様な措置が、ご主人に成りすまして、例の連中(=鎌倉エージェントと私が言って居る連中・・・・・特に古村浩三君辺り)から、入れ込められたと、今では、確信をしているので、これほどにつらいと、思うことは有りません。墓へもって行くべき程の真実です。

 この部分は、別の章で、詳細に語ります。ここでは、紀州のドンファンの、最終段階で、大小便が、垂れ流しだったと、言う問題へこだわります。

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副題3、『彼女の話に嘘が一部分あったかもしれない。だけど、80%は、真実だと、仮定をすると、ご主人とは、ヌエみたいな人だった。一方の彼女は、人間として、とても、未熟なところがあった。それってダイアナ妃と、カミラ夫人の関係にも似て居た。若い愛人は、ご主人を精神的に、母の様に抱擁し、したがって、きずなが深くなる。一方で、正妻の方は甘えながら、しかも、夫を、束縛をする。それでは、妻の方に、勝ち目がない』

 私は彼女から頼まれているわけだし、救いたいわけだから、相当に、突っ込んだ質問もしました。たとえばセックスの事。ご主人は、奥様と、今でも、セックスをするのだそうです。それから、生活費の事。彼女は、離婚をしたくないそうです。それは、両親が離婚をしているので、自分は、したくないのだそうです。

 両親の離婚とは、戦争が関係して居ました。家が焼けたので、親戚同士が、一緒に暮らしたのです。そうすると、年若い、姪と、お父さんができてしまったのですね。セックスの関係ができたという事。それでね。お母さんは、怒って、離婚を、自分から言いだして、離婚をしてしまいました。戦後すぐは、女性解放が叫ばれていた頃です。お父さんは、高給取りだし、その後再婚した、その親戚の女性は、医者になったそうです。だから二人から、生活費は、ずっと、送ってもらえる生活です。

 しかし、働かないで済むお母さんは、だんだん人間として、とくに精神が衰えていきました。うつろになって行ったのです。対外的な、人間としての交渉が少ないです。また、家庭内でも大人同士の会話が、無いです。世の中にはセックスレスの夫婦も多いと思うけれど、結婚をして配偶者がいるという事は、セックスだけが、重要なことでもないのです。結婚とは、会話だけでも、曰く言い難いエネルギーを与えてくれるものです。その上、家を作る。または、買う。子供の大学進学費をどうしようか? まだ、結婚をしていない子供の将来をどうするべきか? などと、二人で取り組むプロジェクトが有ったりして、それが、エネルギー源になるのです。

 が、そういう、お金を払わないでも会える。それから、取り決めをしないでも会える。という意味で、配偶者とは、最も便利な友達なのですが、そういう対象がないと、言う生活は空虚なものです。もし、ずっと、非婚で一人暮らしだったら却って、しっかりするでしょう。職業もあるだろうし、そこでの、人間関係も生まれるでしょうから。しかし、上流階級の人として、楽しい結婚生活を、五年ぐらい送り、突然に、それが、無くなって、しかも、生活費を、夫と、その新しい妻である女医にしてかつ姪であった人から、もらうという形は、お母さんを生ける・し・か・ば・ね・にしたのでした。

 もちろん、良い仕事があればいいのですよ。私は、美術界で生きる女性には結婚を、勧めて居ない程です。しかし、このお友達の様に、実家も、母子家庭ではあったが、経済的には、裕福であり、かつ、婚家先も、裕福な上流階級である人にとっては、母も働いて居なかったし、自分もむろん、働くという意思がないのです。

 しかも、お母さんは、いいところのお嬢様育ちだから、今でいう居酒屋とかカラオケに行くとか、の種類の遊びも、しません。また、趣味のサークルに所属して、そこで、人間関係を発展させるということも致しません。ただ、家に引きこもって居て、うつろになっている。それでは、子供が育ちません。体は大きくなり、学問も学校で身に着けることができます。

 しかし、愛のストローク(=充実した会話で自分が愛されていることを知る経験の事)が、無いか、少なかった人には、どこか、致命的な欠落はあるのです。それは、誰も見て居ない場所、しかも、誰も評価を与えてくれない場所、指導もしてくれない場所で現れます。つまり、学校みたいな場所では、顕現をしないで、無事に過ごせるのですが、他人の目が無い場所だとだめなのです。たとえば、夫婦二人だけの空間になった時に、その空間の中で、配偶者に対して、かれが、

 *1、ここは、快適ない場所だと、思わせる力とか

 *2、ここでは、僕は安心だと、思わせる力とか、

 *3、ここで、妻と会話をしていると明日の活力がわいてくると思う事ができる様な、雰囲気を、作り出せるかどうか?

これは、反対に妻を主役にすれば、夫が、そういう部分を示してくれるかどうか?・・・・・それがあるかどうかが、重要なのです。

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副題4、『ここで、読者に向けて、それを、明言しておきたいのだが、私は彼女から、・・・・・千恵子ちゃん、私の事を書いて・・・・・・と、頼まれている。彼女は無念の死を迎えていると確信しているし、さらに、彼女を追い詰めた集団が、あって、その人物たちは、彼女のパソコンに対して、異様な操作をいろいろ行ったと、私は確信をしているので、彼女の事を書く権利があると、思っている。

 しかし、しかしなのだ。私自身は、彼女が「こうであろう」と、見て居たほどに、やわな、人間でもない。彼女の予想外の、経験と訓練を積んでいる。したがって、彼女が想定していたであろう、一女性の、悲劇として、美化して、書くだけでは終わらない。

 ある現象に違和感があれば、それを徹底的に、かつ、客観的に分析しようと努力はする。そうなると、この件でも、彼女を美化して、主人公化するだけでは、終わらない。上の方でも、すでに、・・・・・彼女と愛人との関係は、夫を間に挟んだ、ダイアナ妃と、カミラ夫人との間と似ていると、思われる・・・・・と、言って居る様に、女とか、男にとって、セックスの部分が合うとか合わないという部分も大切だと、思うけれど、それと、同時と言うか、それ以上に、精神的満足を与えあえるかどうかが、非常に大きな部分を占めて居て・・・・・

 この際、カミラ夫人が、私の友人の方だったらいいのだけれど、反対に、彼女がダイアナ妃の方なのだ。ダイアナ妃も、やはり、両親が離婚をしていて、彼女は、父方で育ち、後妻(日本語でいえば、継母だ)の、もとで、しかも下の子の方として育った。これは、愛のストロークが少なくなる典型的なケースだ。しかも庶民の家なら、両親同士の、会話とか親の一人が、自分の兄弟へ話しかけている様子などを、聞いて、そこから、人間の情の交換という事を、自然に学ぶという事もできるだろうが、貴族は、あまりにも大きなお屋敷に住んで居て、しかも、召使い経由で、伝達が行われたと思う。是では、精神の部分が育たない。

 ダイアナ妃は、処女だったと、思うし、純真だったとも、思うけれど、中身があまりにも単純でスケスケだったのだと、思う。地雷除去活動とか、エイズを救済する運動とかは、他人の眼のある中でのお仕事だ。人間は、他人の目があると、『しっかり行動しなければならない』と、成って、頑張れる。だから、そういうお仕事がいくらできても、ダイアナ妃が、妻として適切な行動をとれていたかどうかは、判らない。ダイアナ妃にとっては、まことに、お気の毒だが、カミラ夫人なんて、容貌の点では、圧倒的に、ダイアナ妃よりも劣るのに、チャールズ皇太子が、カミラを選んだのは、ダイアナ妃の、あずかり知らぬところでの、幼い時点での、両親の不和の結果が、齎したものなのだ。

 私の友人の場合、これで、夫が、素朴で、バカだったら、夫婦関係は壊れずに、持っただろう。しかし、都会育ちで、慶応卒だ。お金持ちで背が高くて、美形だ。結婚前だって、いろいろな女性と一夜限りの関係があったと、推察される。それは、結婚後も続いて居て、「夫の女遊びは、ずっとあったのよ。だけど、今度だけは胸騒ぎがするの」と、友人は言う。

 そういう中で、私へ、「同伴の洋服は何がいい?」と、言う質問が飛んできた。 

 夫が領収書をわざとポケットに置いて置いたとして、それは、策略だったかどうかなのだけれど、彼女は二人が結託をして、自分を追い出そうとしていると疑心暗鬼だった。そういう疑心暗鬼に陥らせたのが、pcへの攻撃だったのだ。

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副題5、『彼女の方にも裕福に育ったが故の油断と言うか、空疎さがあったのだけれど、夫の方にも優柔不断と言う欠点があった。それは、夫の実家が、同じく裕福だったという事と、彼女とは異なって、両親双方に、愛されるというか、甘やかされて育ったので、・・・・・トラブルが起きても、それを解決する能力がない・・・・・という点に現れて居た。スポイルド・チャイルドの典型みたいだった。自分が責任を取る気持ちがない。ただ、ただ、曖昧模糊とさせて置く。そして、悲劇を先送りにする。しかし、妻を愛しなおしたり、彼女の気持ちに寄り添って、彼女をかばうという様な側面は、みじんもない。

 そういう風に精神的な面では、未完成で、未熟で、空疎だった夫婦関係の中に、より階層が低い家庭で育ったらしい、愛人が現れた。既に、40代になっている愛人の方は、普通の結婚はあきらめていたと、推察され、だからこそ、クラブに勤めるホステスになって居たのだけれど、そこに最高のレベルの結婚相手(=鴨)が現れたのだった。そして、愛人の方はリアリストで、現実を良く知っているからこそ、この機会を逃すまいと、カモに、飛びついたのだと、思う。その上、彼女が見つけた、その、鴨さんは、バカではなかった。決断はできないけれど、思考能力においては、バカではなかった。愛人の方もバカではない。で、二人は、賢さを用いた・・・・・正妻に対する、追い出すための罠を、考案する・・・・・という意味で、気持ちが合うという喜びを感じたのだろう。セックスもあうし、将来設計などの上でも、気持ちもあう。やがて、二人は、結託をして、危険な遊びに手を出す。

 ・・・・・ 妻をノイローゼにさせて、精神病院へ入れよう・・・・・と計画をする。

 それは、慰謝料を与えないで、妻を追い出すという形にもっていく。どこやらの大先生が、弟子と、妻が出来ちゃう様に手配をしたうえで、慰謝料もなく、家も与えずに、放りだしたケースと、そっくりである。

 私は友人を突き放した言い方をしている。死亡後に、この世界をさまよっている魂が、知れば、「いやだ、千恵子ちゃんたら、私を裏切っているわ」と、いいかねないほど、冷静にとらえているのだ。何が問題かと言うと、かの女には、暖かく、かつ濃密な人間関係を作る能力がない点が、夫から避けられ、このもっとも、危険な相手(40代のクラブホステス)に走らせた原因だと、思っている。しかし、それは、育ちの上で、そうなってしまっただけで、頭脳本体においては、彼女は、バカではない。

 したがって、夫と愛人が結託をして、・・・・・自分をノイローゼにさせようとしている・・・・・のは判る。だから、その罠には、引っかからない様にしようと決意はしている。

 しかし、事、夫と、自分との仲については、正しい判断ができていない。未だ、・・・・・こうあってほしい・・・・という希望上の、姿にこだわって居て、従って、正しい方向へ進みだせない。

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副題6、『私は専門のカウンセラーではない。専門のカウンセラーとは、自分からは、意見を言わず、ただ、相手からの、話しを一方的に聞くものだと、本を読んで知っている。しかし、逗子の一人暮らしだから、それを聞いて居られると言っても、毎晩、数時間を掛けて、同じ事を聞いているほどには、私は暇ではない。だから、結論もつけて、その上で、助言をした。結論とは、・・・・・夫のこころは、もう、愛人のものだ。で、奪い返す作戦は無理だから、形は正妻、しかし、実質的には家政婦として、これからは、生きて行きなさい。正妻なのだから、そこには誇りをもって、社長夫人にふさわしい、趣味を持ち、その世界に没頭をしなさい・・・・・というものである。

 何が好きなの?とは、聞いてみた、書道が好きだそうだ。それで、「じゃあ、コンクールにでも出すという気概を持って、取り組みなさい」と言ってみた。

 それから、「そういう風にしているうちに、ご主人はあなたの方に戻って来るから」とも、言って置いた。それは、テレビやマスコミの世界で見る例としては、田中角栄夫人が居た。また、私の身近には、父と母が居た。

 

 

 父の写真がすべて盗まれているので、上は、たった、一枚、スキャンしてあった画像だけが、残っているもので、23歳の時のものだけれど、明治生まれの人間としては、背が高かった。その上今でいう陸上の大学選手権に走高跳びで、出場したぐらいだったので、筋肉がしっかりしている男性だった。また、フェミニストであり、中学時代の親友が藤本真澄東宝重役だったので、おしゃれでもあった。それで、女中さんが、父に色目を使い始めたのだった。母は、父の仕事を手伝っていたので、非常に忙しくて、消耗しきって居て、女としてのフェロモンなど、干からびているという状態だった。

 だから、1950年代から我が家では、女中さん(または、家政婦さん)を雇っていたのだけれど、産業界が発達してきていて、中卒の人間は、男も女も、金の卵と言われて、引っ張りだこだった。で、戦前の様に、若い娘さんが女中奉公に出るという時代ではもうなくなっていたのだ。で、すでに、40代だと、見える女性が女中さんとして、来ていた。特に、住み込みで、一緒の家に、24時間、住んでいながら働いて居たのだった。

 その女性は、ある実業団チーム(ただし、日本のトップファイヴでもある)に所属している元バレーボール選手だった。しかも一回、離婚をして居て、子供を静岡県に残してきているという人だった。静岡県の大工さんや、木曽のヒノキを、日吉の、家を建てる際に使ったので、その関係の紹介で、来てくれた人だったらしい。

  で、その離婚の原因だけど、彼女は、上昇志向が強くて、静岡で主婦として終わるのが嫌であって、東京で、お金持ちで大卒の男性と結婚をして、社長夫人に成るのなどを、夢見ていたと、推定される。

 実業団バレーボールチームの選手だったわけだから、東北の貧しい家庭で育った、おしんみたいなタイプではなくて、派手で、勝ち気な精神の持ち主でもあった。その女中さんと、父はアスリート同志として、肉体的にひかれあうところもあったと思うけれど、母は、抗議できないみたいだった。私は、彼女の眼が、たいへん、こすからくて、嫌な目つきだったので、もともと嫌いだったが、父にモーションをかけ始めてからは、たまらなくて、父に「あの人を辞めさせて頂戴」と頼んだ。父は、それを聞いてくれた。まだ、中一か、中二という年齢だったが、横浜国立大学の付属中学校に、他の生徒とは、50点もの差をつけて、一番で入ったという娘の、将来の出世に、家の名誉の、再興を賭けていた向きもあって、私の言う事を聞いて呉れた。セックスへの欲求より家の名誉の方が大切だという、そういう種類の男性だった。で、却って、うまくいった。

 その後、我が家では、年をとった人で、歩いて通える距離に住んで居る人を、通いで、来てもらう事にした。そういう人を探す際には、母が、女医さんに、紹介をお願いをした。女医さんの家には、看護婦さんとかお手伝いさんが何人も来ているケースが多くて、結婚をして、勤務を、やめた人や、女医さん自身が、容貌が、ばばあ風でありすぎて、気に入らなくて、やめて、もらった人などがあって、そういう人を、紹介をして貰った。それは、1950年代という昔では、日吉という裕福な人が住んで居る地域社会で、働きたいという女性を見つけるのが難しかったからだが、『女医さんの家のお手伝いなら、やってもいいなあ』と、思う人は多かったからだ。多くの人が女医さんの家で、お手伝いさんとして働きたいと、申し出でているのだった。で、家政婦紹介所とか、職業安定所に頼んだケースは無い。すべて、ご近所の女医さんにお願いした。そういう人にお手伝いさんとして来てもらっていた。相手の人柄が安心できるタイプの人を雇い続けることができる筋道を選んでいて、両親は賢かったと思うし、やりてでもあったと思う。

 この、子供心に非常に嫌な思いをした住み込みの女中さんが絡んだ、エピソードは、私の、子供ながらにきっぱりとした、物言いで、割と早い段階で、解消させ得て、無事な、姿へ、父と母は、戻った。「いざとなると、お母さんはやるのね」と、娘に言われたこともある。大晦日近辺、の、三日で、家の内外を全部、きれいにした時だった。ほかの面でも、同じなのだけれど、虫も殺せぬ程におとなしいと見られている私だが、本当に必要なときは、きちんと物も言うし、働きもする。

 しかし、もう一度似た様な事があったらしいのだ。そちらの方のケースを、この悩める小学校時代の、友人にもまねして、実行をして貰いたかった。こちらのケースでは、同居している女中さんが相手ではなくて、外の世界の女性(彼女のケースと同じくクラブのホステス)相手の話だったので、しかも、私自身が、遠くの大学の寮に入って居たりしたので、何も気が付かなかった。母は、年が私より、7歳も下の妹に、打ち明けるはずもなくて、ただ、ただ、一人で耐えて居たのだった。

 父がよその女性に、気持ちを移していた、間、母を助けて、父に、思いとどまらせたりする人間は、だれも、いなかった模様だったが、母はひたすら楽器の練習をして、その時間を耐えたのだった。そのころ、NHKで、ギターのレッスンが始まったのに、飛びついて、ギターを習い始め、日吉のヤマハにも通って、リアルな世界でも手取り足取り教えてもらったらしい。【アルハンブラ宮殿の思い出】までは弾ける様になった。【ソル】が、どうしたとか、【タレーガ】が、好きだとか嫌いだとか、言う母の話を傍で、聞いて、ギター局の、作曲家の名前を、知ったのも母からだった。ギターは、途中で、大量生産のモノから、職人手作りの、いいものに買い替えたのだった。私も、その良い方を弾かせてもらったが、指の当たり方、音の出方、の、両方が、安い方とは、まるっきり違うのだった。母はその時期、子供にも何も言わず、ただただ、ギター弾いて、耐えて居たのだった。母の仕事とは、家に居ながらできる、父の会社の経理なのだが、それもきちんとこなしながら、他人には、悩みを見せなかった。

 ただ、父もバカではないので、遊び相手から、離婚をしてほしいと言われて、眼がさめたそうだった。それで、落ち着いた状況に二人は、治って来た。その例を鑑みると、夫の女遊びに悩む友人が採るべき道も、それしかないと思われた。それで、友人に、「書道に打ち込みなさいね。そのうち、ご主人は、70を超えるでしょう。するとね、入れ歯がどうのこうのと言う時期に差し掛かるのよ。そうなると口臭が臭いと愛人が思ったりして、その女性とは、自然解消になるわ。そうなったら、ご主人は、自然に、あなたの処へ帰って来るわ」と忠告をした。

 この件は、二日目とか、三日目の加筆中に、上の方でも、言い始めている様に、私宅(逗子でも、行われた居たと、感じている)の電話の盗聴。それから、彼女のご主人に成りすまして、彼女のパソコンを使って、彼女を追い詰める、隠々滅々足る、作業を行ったCIA(ただし、誰がやったのかの個人名は、後に私のパソコンへの侵入などからだいたいわかって居る)の存在、他、大量の字数を使って、解説を、続けないといけない話なのです。

 しかし、ここで、急に紀州のドンファンと言う男性の急死事件が起こりました。

 この人は田舎の人だから、慶応大学卒と言う事でもないらしいのです。中卒で、世に出て、不動産業および、貸金業で儲けたらしい。しかし、まあ、賢いのでしょうね。デヴィ夫人と付き合ったりして派手な生活を送っていたらしい人です。

 しかし、もし、私の友人がまだ、存命だったら、横浜駅そばのシェラトンホテル辺りに誘い出して、お茶をしながら、彼女と、この男性について、いろいろ、話し合ったと、思います。

 その場合、もし彼女が耐える生活を選んで居て、そこへ、私の予想通り、ご主人が帰って来ていた、と、仮定をします。

 「ああ、あの15年前の修羅の日々を思い出すわね」と、二人で笑い合って、「このドンファンと呼ばれている男性は、きっと、最初の奥さんとは、離婚を、既にしているのよ。今の奥さんって、22歳なんですって。財産目当ての人なのでしょうね。お世話など、してもらえなかったらしいわよ。最後の姿って、下半身裸だったらしいわよ。それも、腹上死と言う形ではなくて、ただ、ただ、

  大小便・垂れ流し状態で、よごれたおむつを外してあったけれど、次のおむつが間に合わなかっただけみたいよ。ああ。よかった、この人に比べれば、私達って、まだ、幸せな方ね」と、語り合ったでしょう。

 しかし、もう一つの道に、言及しましょう。彼女は、私の忠告、および、専門の(お金を取る)カウンセラーの、両方の忠告を受け入れて、正妻の立場は捨てないものの、夫に心理的なパートナーとしての役割を、期待をするのは止めて、書道に打ち込んでいると仮定します。籍を抜いたかもしれないけれど、夫側も慶応大学卒の矜持に鑑みて、経済的な支援は、引き続いて、担当していると、仮定をします。つまり、そうなる事を、非常に、嫌っていた、昔の母の生活と、同じ生活形態に入って居たと仮定します。

 そういう状況の彼女と私がお茶を一緒にしたと仮定をします。彼女は相変わらずの、お嬢さんっぽい口調で「ねえ、千恵子ちゃん、今度、M新聞のコンクールに出そうと思うの。先生も大丈夫っておっしゃるのよ。もしかすると、賞レベルですって。私ね、久しぶりに、父のもとで生活をした日々を思い出しているの。ああいう感じよ。・・・・・先生に、背中から、見守られて居る・・・・・という感じを受けるの。心理的に抱かれてい居るとも感じるのよ。とても幸せよ。

 でもね、千恵子ちゃん、こんなに先生との関係が良くても、大丈夫よ。私はね。絶対に不倫になど、陥らないから。私ね。母がとても寂しそうで、哀しそうにしていたのを見ているでしょう。だから、・・・・・先生の奥様に、そういう思いをさせたら、だめだ・・・・・って、思っているの。だから、大丈夫よ。先生とはホテルになどいかないから。でもね。そういう風に、我慢をしながら、限定的にお付き合いするのって、とても、素敵なの。

 ・・・自分は、いい人だ・・・と、信じることができるから。ほら、千恵子ちゃん覚えて居る。カウンセラーの先生に、「夜叉になっていますよ」と言われた話。あの時ほど悲しかったことは無いわ。惨めだった。

 でもね、千恵子ちゃんが、叱咤激励をしてくれたから、主人から離れることができたわ。実際に、離れてみると、全然、不幸せではなかったわ。なんで、あんなに、一人になる事を、恐れていたのか、今では、判らない程よ。それに、世の中って、いろいろな人が居るのね。善良っていう言葉も、しっかりわかったわよ。千恵子ちゃん、私って、今は、いい顔をしているでしょう」・・・・・と、

 私は思いっきり頷いて、「そう、そう、子供の時から、かわいいお顔だったけれど、今も、とてもかわいい。75だなんて言っても誰も信じないわよ。50代だと言っても通るわよ」と、答えます。

 彼女は続けて、「今度、もし、コンクールに入選したら、先生が、弟子のうち、小学生を私に任せてくださるとおっしゃっているの。そうするとお月謝を、月に10万円ぐらい分けていただけるの。お教室を自宅のマンションで開かないで済むので、それもうれしいし。

 ねえ、千恵子ちゃん、それって、私が人生で初めて自分で稼ぐお金なの。それも、嬉しいし、でもね、引き続いて、主人からの送金は受け取ろうと思っているの。どう思う。千恵子ちゃん?」

「ああ、いいんじゃあないの」「でもね、きっと、慈善事業に支払ってるという感覚で、出していると思うけれど」

「あ、もしかすると、それって、反対かもよ。〇子ちゃん、あなたが、慈善事業を施しているのかもしれない。あ、は、は。

 ほら、潜在意識の中では、心苦しいと思っている彼を、許す形になるから・・・・・」

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副題7、『上の話は、夢物語であって、彼女は、すでに、14年前に死んでいる。その死に、PCの異常が、絶対に関係があると思う。ご主人に成りすまして、彼女宅のパソコンをいじり、愛人の存在を強調した輩が居るのだ。

 それが、榊原節子さんの著書が、PHPから出ている事と、秋山裕徳太子の著書が、晶文社から出ている事と、さらに、秋山裕徳太子が、わざと、その書物【ブリキ男】を私に紹介し、かつ、宮本和雄と言う人物が、それを目で、とがめた、時に、確信をした。そして、2011年の、末には、私自身が、梅森伸一に成りすました人物によって、毎晩毎晩、苦しめられるという事となるのだった。

 エッセイストとして、読者に向かうのなら、この副題7は、添えたくない。しかし、私は政治の現況を語る人と、今はなっている。この手法(友人を苦しめ、死に至らしめた心理学を駆使した手法)は、今でも引き続いて、私の身に迫っている。しかし、今起きていることは、やまゆり園事件にしろ、他の物にしろ、正しい事を書いても、後から、それを否定するためのニュースがNHKで流れるので、直近の攻撃については、書かないで、居る方に、方向転換をしている。

 この章に、一部分を描いた、友人を苦しめる手法は、さらに、どろどろした部分に入って行き、それを、私は、いつかは書くつもりはあるのだ。それに、土曜日の午前3時から、4時までに、一気にそれを書いたのにもかかわらず、消滅しているので、絶対に、もう一回、書いて公開をした方がいいし。でないと、『そういう段階まで、真実を知っているのだったら、更に彼女は、迫害した方がいい。殺そう』と敵さんは思っていて、最近も、一メートルの高さまで育ったカスミソウ(三年目)の、一株がへしおられ、捻じ曲げられたほどだったし、本日も、この章の一部分が消えたし。

 なお、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、  4705045です。

 後注1、

宮本和雄と、秋山裕徳太子が、目配せを交した際に、悩めるmy friendの、PCを使ったなぶり殺しが証明された  2018-06-10 15:40:44 | 歌舞伎

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宮本和雄と、秋山裕徳太子が、目配せを交した際に、悩めるmy friendの、PCを使ったなぶり殺しが証明された

2018-06-10 15:40:44 | 歌舞伎

 最初に置いた写真の説明をさせてくださいませ。この写真は、この章ではなくて、後注1に置いてある前報に、使いたい

 

 ものですが、前報を、わざわざ引っ張り出して、再読してくださる方が、少ないと、思うので、そちらにもこちらにも張り付けておきます。

左が、私が自分一人で、造った二冊目の本で、右が三冊目です。この二冊を、国際基督教大学・1966年卒の、同期生に、それぞれ、2004年から2005年にかけてと、2007年から、2008年にかけて、献呈をしているので、

 それを、読んでいてくれる、友人は、私の本が面白いという事は知って居て、それで、榊原節子さん、一辺倒の会の中でも、私の本を受け取ってくれたのでした。今、新幹線内殺人事件についての、調べ物をしている最中にふと、これが、見つかったので、ここに置きます。

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副題1、『非常に重要な文章が消えて居て、それについて、私は、今、心底、ドキッとしている。しかし、努力をして、復活に取り組もう・・・・・その前に、敵がそれを消滅させて、従って、・・・・・やったぜ、勝った・・・・・と、思い込んでいるそういう状況についても説明をさせていただきたい』

 今は、日曜日の午後五時です。前報(後注1)の推敲を行い、やっと完成に持ち込みました。それで、読者におかれましては、そちらを、読んでいていただきたいところです。

 しかし、前報を推敲中に、非常に重要な部分、副題9が消失していることに、午後4時半ごろに、気が付きました。それを、書いたのは、土曜日の早朝、4時から、5時の間でした。で、書いてから、36時間後に、初めて、消失に気が付いたのです。消えた文章には、私の悩める友人が殺された・・・・・真の、いきさつ・・・・・が書いてありました。

 後注1に、置いた前報の中の副題8の最後で、「それについて語るのは後、10年かかります」と、言っています。だから、敵さんたちが何らかの方法で、それを消去させても、読者にとっては、文書には、矛盾がないわけです。そのうえ、それを書いたのが、午前4時から5時の間ですから、dいっぱんの読者様が、読んでいる時間帯ではなかったわけです。

 私ね、今、結構、ドキドキしているのは、いったん書いてしまうと、微細な処は忘れてしまうからなのです。そこに、保存したよね』と、脳内で、思うので、安心して、その部分消えてしまうのです。

 現象は覚えているのですよ。しかし、それを、他人が読んで、意味が通る文章にして、しかも、読んでいる人が気分が悪くならない内容の、文章に仕上げることは、非常に難しい事なのです。書いてあることが、恐ろしい事である場合は、文章の構成力とか、使う語彙とかが、難しくて、昨日早朝、それが書けたのは、稀有の幸運と言ったものでした。自分の力ではなくて、他者の力が、加味して居たと、考えます。

 ここで、言う他者とは、いうなれば神様と言う様なものですが、しかし、そこに逃げはせず、末尾にも、どうして、この文章が書けたのかを、理性的に分析しています。

 「時々、徹夜明けで、文章を書いている時にこういう事が起こります」と。「しかも、間に、労働をしていると、こういう風に、フッと、と言う形で、書けることがあるのです」とも。

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副題2、『私は土曜日には、安心しきって居た。で、心が穏やかだったので、夜11時には、眠くなったのだった。それに、素直に従ったのだった。・・・・・早朝に、重いものを書いたので、こう成っても、それは、致し方がない・・・・・と、思っていた。全体を通してみれば成果は、12分以上に上がっていると、思った。

 しかし、敵は、大きな、勝利感に酔っていたらしい。夜の、10時45分から、井上ひさしと、見られる人物から立て続けにコメントが届いた。が、重要な文章を書き抜けたと、思い込んでいる私は、さして動揺をせずに、居た。ほとんど相手にせずと、言う感じだった。それを発見する前にも、点検すればいいのに、あれほど、重いものを書いた後だから、少し、自分を休めようと感じて居て、税務申告他、ブログに関係のない事ばかりやっていたのだった。・・・・・しかも、夕方六時半から、三時間も鎌倉を、買い物を兼ねて散策して歩いていたのだった。敵方にしてみれば、・・・・あいつ、何も知らないで、居やがんの。面白い、面白い・・・・・・と、ウハウハの境地だったと、推察される』

 昨晩、井上ひさしからと、思われるコメントが三本連続して、届きました。で、私はすこぶる冷静に、それを処理しました。こちらのブログで、それを取り上げず、ただ、お返しと言う別のコメントを書いて、居ただけです。そして、彼だけが読めばいいと、思っておりました。そして、このブログの下書きに、・・・・・やはり、出版界を悪利用した、攻撃は、彼(=いのうえひさし)が大きく絡んでいるなあ。特に、私の小学校時代の友達が死んだ頃には、彼は、公的には、自分を、死んだことには、まだしていなかったわけだし・・・・・と言う事を書こうとして居たのです。それは、眠たくなって寝てしまったので、未だ書き込んでいないのですが、

 頭の中では、・・・・・やはり、自分が書いたことは正しくて、彼は、衝撃を受けて、必死に、防衛に走り始めていますね。本日のブログは、今までとは、まったく異なった特徴がありますから、そこを検証すると、そうなります。・・・・・とも。また、

 ・・・・・彼が、コメントをよこした文章全部が、私が書いている方向が、真実で、かつ、彼が発案した謀略だったわけだし、それが、露顕を、しましたね・・・・とも、考えて居たのです。

 これは、半分は正しくて、半分は間違っています。彼らが、私が書いた文章に参って居たのは、真実です。しかし、彼らが、それを盗み取って居て、一般の読者に届いては、居なかったわけなので、余裕を持っていて、全文を点検しなかった私を見て、相手方は、笑っていたでしょう。ですから、どちらが勝利感に酔って居たと、言えば、向こうだったのですね。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題3、『井上ひさしは、今までの例だと、今書いている文章とはかけ離れた時点に書いた古い文章に、コメントを引っ付けてくるのだった。あくどい文章の時があって、そういう際には、非公開に成る様な後処理をしてある。しかし、よほど、熱心な読者でない限り、古い文書に引っ付いているコメントを、読んでくれる人はいないと、思う。

 だけど、この際は、微妙極まりなく、いったんは無視して置いて大丈夫だと、思ったものも、もう一度、きちんとした形で、読者の皆様に、お見せする必要を感じたので、ここで、お返しと言う、私側のコメントを、このブログで、公開したい』

お返し (amemiya syun)
2018-06-09 23:39:57
公的には、自分を死んだことにしているが、実際には、まだ生きて居て、地下潜行をして、あれこれの、謀略の原案を立てている、井上ひさしが、18-6-9の夜に三本立て続けに、この【銀座のうぐいす】という世界に、コメントをよこす。それは、2018-6-9の、夜10時45分から55分の間の10分間の事である。

以前と異なっている特徴は、・・・・時間的に、とても、新しいブログへコメントをよこしている・・・・・という事だ。しかし、この三つの原文とも、鎌倉エージェントがかかわっているモノであり、コメントの書きてが、・・・・・・・・・・これらの事件の裏側が、ばれてしまっていることに対して、・・・・・潜在意識の中で、大きく気にしている・・・・・と、言う事を、明らかにしている。それはどうしてかと言うと、これらの謀略は、彼本人が、案出して、警察の特殊部隊(日大の場合は,関西学院大学へ裏から、あれこれ教唆する問い形であろうが、実行を、させたものであり、それが、ここで、ばれているからであろう。

三本あるが、

時間的に最初なのは、

日大びとよ。怒れ、内田監督に対してではなくて、伊藤玄二郎と、安野智紗夫人に対して  2018-05-23 01:01:57 | 政治

 に対して引っ付いて来た、

はじめまして。 (永福寺跡の新参者)
2018-06-09 22:45:42
鎌倉永福寺近所に新参してから三年、スーパーのレジに並んで、後ろからいきなり、買い物カートぶつけ。しかも、おなじ背中のおなじ場所。計5回はあり、腕が上がらない障害がでました。一年ほどでだいぶ治癒。あのひとらが、雪の下の魔女連ですか?
~~~~~~~~~~~~~~
であり、
次に彼が書いたのは、

雪ノ下住まいの画家にして、柄沢斉と師弟関係を結ぶ大原光孝が、新潟小二殺し、及び引き続くアメフト事案の起因者である  2018-05-23 21:56:23 | 政治

 に対して引っ付いて来た、

たしか本屋さんで (永福寺跡の新参者)
2018-06-09 22:53:12
いちど、鎌倉のほんやさんに、ご著書を見せていらっしゃるのを偶然お見かけしたと思います。なんのことか、固有名詞はわかりかねますが、あの、意地悪団体にはキリキリ腹をたてています。(*゚▽゚*)わあ、ほかにも、立腹なかたがいるんですね
~~~~~~~~~~~~~
であり
次に彼が書いたのは、
後注1に置いたのと同じ文章に、引っ付いてきたものです。年の為にそのリンク先をここでも置くと、

私の友人に、夫の女遊びに苦しむ妻がいて、悶絶死に至ったが、PCを使った執拗ないじめを行ったのが誰かは、榊原節子さんの書物の出版社が、   2018-06-09 00:16:08 | 政治

 に対して引っ付いて来た、

(*゚▽゚*)わあ、先生、ながく耐えてますね (永福寺跡の新参者)
2018-06-09 23:01:49
うちは、薩摩から名古屋、長野と青森て、また、違う分野のたくさんの嫌がらせはなしがありますよ。固有名詞はわかりかねますが、最近安曇野や鎌倉でみる老婆らは、上海デモで黄色カッパがBBCにTweet写メされていましたが、ひどいやつらです
~~~~~~~~~~~~~~
です。

 ~~~~~~~~~~~~~~~

副題4、『どうして、この大切な文章が消えてしまったかと言うと、最近の文章は、古村浩三君と、榊原節子さん二、ついて特化して書いているので、システムエンジニアである古村浩三君が、私のパソコン画面に引っ付いて点検をしていた可能性を感じるし、私の小学生時代に、悩みの多い友達を、パソコンを使って、嬲り殺したのも、井上ひさしのアイデアにのっとって、技術的なポイントについては、古村浩三君が、設置したと、思われるので、二人が、土曜日の、昼間の間に、私が、別の事で、パソコンを開いて居たりこのグーブログを開いて、別の賞を見ている暇に、保存は、アプの、仕組みを応用して、削除して行ったと、考えている・・・・・こういう風にした方がいいと、言う原案は、井上ひさしが考案し、パソコンのシステム支配で、実際に文章を、削除したのは、古村浩三君である様な気がしている。これは、現場を見たわけではないが、ありと、あらゆるポイントから考えて、そういう風に思われて来る』

 今、ワードの保存にも、種々の悪意ある、工作がなされていて、種々の文書が消えているところです。したがって、これは、相当に、私の事を知っている人間でないとできない仕事と言えるでしょう。

 ここで、しばらく、家事他をいたします。税務申告も、今、記帳をしないといけないことがたくさんありますし。吸江に近い形で、ものすごい文章が書けたのは、充分に、間合いを取った上で、徹夜をした事、その後、かように家事等に、労働をして居得る地に、気力が満ちて来て、一基に書けたのでした。だから、心底びっくりしたし、いったん書いたら、微妙なところは、忘れてしまっているので、再現は、難しいですが、トライは、トライするつもりです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題5、『まだ、消滅に気が付かない段階では、余裕綽々で、前報(後注1)の前半や、中ごろ、部分などを整えて居た。その際、ギャルリーユマニテに関するリンク先を点検する必要もあった。あの画廊で、最も大きな問題は、秋山裕徳太子と、コンビを組んで、山口みつ子さんが殺されてしまう重要な動機となった保坂涼子(最近では、航子と名乗っている)さんの個展を二回もすでに、やってあげている事だった。で、ギャルリーユマニテを、考察する時には、必然的に秋山裕徳太子も、考察することになるので、ギャルリーユマニテの点検の際に、思いがけない、文書を見つけるという事になった』・・・・・それが、リンク先を、後注2に置いた、ギャラリーアーチストスペース内における、宮本和雄、と、秋山裕徳太子の目配せの話なのだった。 

 それが、ほぼ10年前から、確信をしている、小学校時代の友達が、CIAエージェントの、パソコンへの侵入で、追い詰められ、殺されたのだと、言う事の傍証づけになったのだった。

 それについて、一応軽く、後注2の中で書いている。その副題1を、ここにコピペで置きたい。それは、2017年の、6月の末に書いているので、ちょうど一年前なのだけれど、真実の、20%も、開示できていないので、ここで、加筆をして、整えていきたいのだ。一応まず、一年前に搔いた文章を置いてみよう。::::::罫線に挟まれた部分です。

::::::::私は、宮本和雄(美術系作家にして、秋山裕徳太子氏と、一緒に、浅草での軽演劇公演への出演者にして、画廊のスタッフでもある)に言いたいことがある。

 宮本和雄さん、あなたは、美術系作家でありながら、一種の収入の糧として、画廊に勤めておりますね。そこで、私をいじめきっております。あなたからの、失礼な態度で嫌な感じを受ける事に、中島三枝子さんと、同じくらいの量、で、こうむり、出あっております。

 私は、それに対して、「あなた、失礼じゃアないの」と、たしなめたり、注意したりすることは、今までありませんでした。そして、後、三年ぐらいは、依然として、無いかもしれません。しかし、私が、何も言わないで甘んじているから、私の事を弱いとか、バカだと、思って居るのだとしたら、それは、大変な間違いですよ。

 あなたが、晶文社発行の、【ブリキ男】に関して、画廊内で、秋山裕徳太子氏と目くばせを交わしただけで、・・・・・ああ、是こそ、私の大切な友人が、自殺とされて居るが、本当は、他殺だったことの証明に当たる・・・・・・と、思った事でした。あなたには、その真相は、まだ、全然わかっていないでしょう。

 秋山裕徳太子氏にも、まだ、その真相に関しては、特に詳細な、内実については、知らせが届いていないであろうと、思います。それほど、深い闇に包まれた殺人・事件があるのです。

 ここで、殺されたとされるのは、山口みつ子さんではありません。私が、63年以上の長さにわたって付き合ってきた小学校時代の、友人です。

 彼女の自宅内に、強盗が押し入ったわけではありません。そうではなくて、じわじわと、二年間にわたって、パソコンのデスクトップ画面を通じて、なぶり殺しにされたのです。じわじわとです。

 今の私が、異様なサイレン音で、じわじわと、なぶり殺しをされようとしているのと、同工異曲です。異様なサイレン音とは、すでに、10年以上にわたって、間歇的に、山ノ下(時には、安野忠彦邸)から聞こえてくるものですが、それは、・・・・・お前の孫に危害を加えるぞ・・・・・または、・・・・・お前の子供たちに危害を加えるぞ・・・・・と、言うわードへい暗喩に当たっています。

 それと、同工異曲なのです。そういう手法で、友達が殺されており、私は、そのことに、すでに、10年以上の、長きにわたって、気が付いているのです。

:::::::::::::::で、是だけでは、私以外の人間には、ちんぷんかんぷんだと、思います。だからここで、丁寧に展開します。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題6、『ある日、ギャラリ-アーチストスペースと言う、画廊に入ると、いつも月曜日には、画廊に詰めている秋山裕徳太子氏がそこに居て、しかも、私に氏の著書、【ブリキ男】示した。その出版元を見ると、晶文社と有ったので、すぐさま、秋山裕徳太子が、何故、その本を私に、示したのかが分かった。それは、私が、出版元として、交渉を開始したいと、思っていた出版社なのだった。で、私が、その悪口を既に、いろいろ、書いている、秋山裕徳太子が、自分の陣地として、すでに、取り込んだのだから、・・・・・あんたが交渉しても、もう、駄目だよ。あんたの本はここからは、出版できないよ・・・・・と、言うサインであると、感じた。

 私は、2000年から、非常に知的レベルが高いと、見ている相手を選んで、メルマガを配信して居た。それが、読者たちから、ほめそやされていたので、自信を持ち、紙の本へ、直して出版したいと思っていた。その出版元なのだけれど、12個ぐらいの会社を選び、12個の出版社名をつけたフォルダーとして、パソコンのデスクトップに置いていて、いいものが書けたときには、その文書が、12の出版社のどこに交渉を開始したら、出版が可能かを、考えつつ、分類して、フォルダーに入れて居た。

 ここが、小学校時代の友達の、死の真相を書きにくい最大のポイントだ。敵さんの攻撃があまりにも激しくなってきていて、その12の出版社すべてが、無理になっているみたいなので、それこそ、井上ひさし達が、大笑いして、私を軽蔑するであろう。だからこそ、書きにくいところだった。それに、一般の読者のひとも大笑いをするかもしれないではないか。だから、今、このエピソードを開示すると、自分がみじめになるので、開示したくなかったのだ。 

 その12の出版社のうち、筑摩書房も、山本冬彦さんの、画廊巡りの本を、2006年か、7年ぐらいに出版すると、言う形で、すでに、無理になって居た。PHPが無理になってしまったのは、前報で、書いている、有楽町、吉乃翔での、榊原節子さんを主役に据える、出版祝賀会のいきさつで、駄目になったことを悟って居た。

 で、秋山裕徳太子としては、・・・・・おまえさあ、晶文社も駄目なんだよ・・・・・と、言いたくて、その【ブリキ男】を、私に見せたのだった。そうする様に誰かから、頼まれていたと、推察している。

 私は、ちらっと、その本の出版社名を見て、晶文社だったので、委細をすべて察した。正しく察した。

 しかし、宮本和雄と言う人物は、そこまでのことはわかって居ない。で、彼は、目配せで、こういう風に、注意をしてあげているつもりだったろう。『自分は秋山裕徳太子の味方なんだと、確信して、居ます。で、秋山さんは、常日頃、仰っていたではないですか? ・・・・・雨宮舜と言うのは、困った人間だ。潰さないといけない人間だ・・・・・と。だから、僕だって、彼女を潰す方向で動いていますよ。それなのに、何で、彼女に、この大切な本の情報を教えてしまうのですか? ここには秋山さんの一生が書いてありますよね。彼女がそれを悪い方向で利用したらどうするんですか? 2500円の本代を、得たとしても、反対に、損失は大きいはずですよ。教えるのは止めなさい』と。

 ここなのだけれど、少し、時制を後へ移動をさせて、その後、私が銀座で、注文を出して、その本を買い求め、その内容を、確実に、利用をしていることは、言わないといけない。「たぶん母親は芸者です」とか、「父親と一緒に生活して育ちあがって居ないので、どこか、芯が抜けている」とか、書いている筈だ。それだけを取り上げると、宮本和雄の方が絶対に正しかったと、なる。

 しかし、ここで、ものすごく大切なことがある。CIAに追われている私は、まったくわるい人ではないのだ。私のブログを丁寧に読んでいる人には、それは、わかって居るはずだ。しかも、彼等は、自分達が助かるために、謀略としての数々の事件を起こしている。だから、無関係な、しかも、無辜の人たちが大ぜい殺されている。だから、秋山裕徳太子は、そういう殺人集団の身内となる人間だ。そういうわけで、宮本和雄も、また、そちらの陣営の人なのである。

 しかも、しかもなのだ。この、出版社の、名前を利用した弾圧は、即座に、私の小学校時代の、友人が実質的に他殺であったことを証明するのである。これからそれを書くわけだけど、それを描くと古村浩三君は、非常に困る事となるだろう。そうなると、鎌倉エージェントに、宮本和夫と、古村浩三の、どちらが近いかと言うと、または、どちらが大切かと言うと、秋山裕徳太子ではなくて、古村浩三君だから、秋山裕徳太子も宮本和雄も切り捨てられることとなるだろう。

 鎌倉エージェントとは、自分だけが大切な集団だ。自分に責任追及の刃が及ばない様にするために、他人を道具として使う。このケースでは、宮本和雄は、使われている道具の方であり、しかも、最末端の道具である。秋山裕徳太子は、もうちょっと、上の存在だと、思うけれど、それでも、もし、ギャラリーアーチストスペースが閉鎖されるのだったら、

 秋山裕徳太子は、さんざん、あーちすとすぺーすをりようした挙句、抵抗もせず、鎌倉エージェントの、言うなりになって三人のスタッフと、オーナーの社会的な、実績を潰すのです。・・・・・悪人は悪人と共食いをするという典型がここでも、見られる。

 なお、この章は、ここで終わって置きましょう。小学生時代の、友人が殺されたというのが、何故、晶文社の言う出版社名で、判ったのかのついては、もっと、もっと、詳述をしないといけないからです。

  ある一人の人間をパソコンを利用して殺していくという話なのです。紐でもないし、刃物でもない。猟銃でもない。毒薬でも、麻薬でもない。それで、殺すことができるのですよ。それが、昨日の午前4時から五時までには、書けたのに、消えたのです。しかし、再度書くのは容易ではない事ですから、お待ちいただきたく。 

後注1、

私の友人に、夫の女遊びに苦しむ妻がいて、悶絶死に至ったが、PCを使った執拗ないじめを行ったのが誰かは、榊原節子さんの書物の出版社が、   2018-06-09 00:16:08 | 政治

後注2、

秋山裕徳太子の晶文社刊【ブリキ男】に関しての、宮本和雄氏の目配せから、私の友人へのPCを使ったなぶり殺しが判明した

2017-06-29 08:59:41 | 政治

 後注3、

京橋に60階建てのビルが建つー1 Pen Stationを舞台にした拉致未遂が2014年にあったからこそ、その情報が今までNHKには出なかったのだろう

2017-06-24 02:57:09 | 政治

 

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私の友人に、夫の女遊びに苦しむ妻がいて、悶絶死に至ったが、PCを使った執拗ないじめを行ったのが誰かは、榊原節子さんの書物の出版社が、

2018-06-09 00:16:08 | 政治

  この章の総タイトルは、24時間以上、【今、レイヤーの勉強をしているのだが、妨害を受けているので、2009-1-17の榊原節子さんを使った屈辱を語りたくなってくる】でした。しかし、9日の深夜に上のモノへと、変更をします。しかし、その総タイトルが、書こうとしても、書こうとしても妨害に出会って、なかなか、書けません。それで、尻切れトンボになっています。その続きは、・・・・・ PHPであったことで、明瞭になった。・・・・・と、成る予定でした。

 この章には、初出の重大問題が出てきますので、また、3日ぐらいかけて、完成へと向かうつもりです。それは、山口みつ子さん他殺説よりも、恐ろしい話です。昨日一切のスケルトンが書けてしまうなどとは、まったく予想すらしていなかったほど、書くのが難しいテーマでした。ここでも、じっくりと時間をかけて書くつもりです。しかし総タイトルを変更し、より本文の内容に近づけるだけでも、そんな短い作業時間内にでも、多大な妨害行動に出会っていますので、脳内から出てきた思考は推敲無しで、瞬時に、クラウドに載せ、公開をさせていただきます。ですから、誤変換だらけでしょうが、そうでもしないと、書けないのです。

 最初に置いた写真の説明をさせてください。私は結婚後は、二匹の猫しか飼っていないのです。最初の猫は、ちびちゃんと言って、19歳まで生きました。二匹目も、そのくらい長生きだと、思っているのですが、子供は、17歳だったと、言います。

副題1、『パソコンで仕事をする場合、何をするにも妨害を受ける私だった』

 今、二匹目の方のさびちゃんの写真を加工するついでに、レイヤーの勉強をしています。

 私はアドビフォトショップと、イラストレーターを、夢中で勉強したのが、2006年ぐらいの事でした。12年も前です。その数年前に アドビインデザイン CSIIを買ってあります。14万円だったかなあ? ひどい弾圧を受けてはいるのですが、勉強するのは大好きで、インプット用の時間を、こういう勉強で、消費しているのです。

 ところで、こんな単純な文章を書くにしても、分野を政治にしているのは、この画像処理を、8日の夜23時45分に始めたのですが、いちいち、妨害を受けて、選択範囲が、120%ぐらいに拡大したり、いろいろあって、普通の人なら、10分でできるところに30分は掛かっています。こういう妨害を、ワードについても画像処理についても、2006年ごろから、受け始め、2017年まで、確実に続きました。今でも、起きていますね。昔ほどに、頻度は高くないですが・・・・・

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副題2、「アドビのソフト(アプリ)だけではなくて、コーレルにも魔手を伸ばしてきている人物がいる」

 しかし、パソコンが18台以上壊されているので、事実上、アドビインデザイン(画像処理及び、本の編集ができるソフト)が使えないのです。それは、二台限定と言われていますし。

 で、新しいパソコンを買うと、Corel というのが自動的に入って来るので、それを使って、上の画像処理をいたしました。ところがです。こちらもバグがすでに、入って居て、まず、上の写真ですが、周辺がぼやけているでしょう。

 これは、私がやったのではないのですよ。私はフォトショップなら、これを、やる方法を知っていますが、Corelでは、まだ、どこをどうクリックしたら、こう成るかを探って居ません。ただ、Corel で、トリミングをすると、自然に、こういう風に周辺がぼやける様になったのです。

 今週からです。最近も最近です。つまり、国際基督教大学の、出身者を舞台にした、具体的な弾圧の仕組みを、文章化し始めてからなのです。

 となると、1966年からパソコンのシステムを、ニューヨークで学んできたという古村浩三君の関与は、どうしても、言及せざるを得ない事となるのです。特に榊原節子さんと言う個人名と連動して。

 第一次フェイスブック時代にそれが判ったのですが、榊原節子さんの、文章とか画像とかが、散々に、対私への弾圧用に、利用をされたのです。そして、それ以降、7年も過ぎて居るでも今、同じ事が続いています。前報(後注1)の冒頭に置いた写真をご覧になると、それが、明瞭にも明瞭です。だが、榊原さん自身がシステムをいじることはできないと思いますよ。

 たとえばワードを開くたびに最近使った文書として、榊原節子さんの名前が付いた文書がトップに来る・・・・・こういう仕組みを、節子さん本人は、作る事が出来ない筈です。それは、失礼ながら、言う事ができるのは、彼女のフェイスブックの投稿とか、ホーム頁のあり様を見ると判るのです。他人が作ったシステムの上で、文字入力をしているだけみたいに見えますので。パソコンの能力を最大限に生かす方向での勉強には、取り組んでいないと、言う事が判るのです。その面については、一般の人と、同等です。

 ではね、誰が彼女のデータを勝手にいじる事が出来るでしょうか? 皇后美智子様の、本当の従姉妹さんですよ。警察の誰かが、いじる事が出来ますか? 警察って、皇室を敬っているのではないですか? 昔で言ったら、一種の不敬罪に当たりますよ。

 となると、同期生で、しかも、最近15年間のクラス会において、親し気に振舞っている古村浩三君しか考えられないのですよ。

 前報の中で、古村君が開く同窓会があり、それは、主に新宿の居酒屋の、宴会用個室で、開かれると言っています。砕けた形式なので、席を移動するのは、自由です。一時間半の、宴会ちゅう、古村君は、必ず、15分は榊原節子さんの隣に座って、彼女と親し気に、会話を交わしています。その様子は、私に対する態度とは、雲泥の差があります。(苦笑)

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副題3、『2018年1月17日の銀座の居酒屋での、クラス会は、・・・・・あいつ(=私の事)をうつ病にさせてしまおう・・・・・という趣旨が、明瞭にある、・・・・・罠で、一杯の、・・・・・クラス会だった』

 ところで、その差別化が、際立ち切ったのが、2009年1月17日の有楽町傍、吉乃翔での、クラス会でした。普段は、金曜日の夜、新宿で行われるのが通例なのに、その時だけ、月曜日に、行なわれました。しかも有楽町でです。今から10年前であり、ほとんどの人間は、64歳で、一部が、65歳と言う時期でした。国際基督教大学の人間は、1940年代生まれなのに、英語が完璧にできるという事で、企業社会で、引く手あまたですから、その年で、引退している人は、まだ、居ません。ですから、月曜日に開くのは、明瞭に私狙いだったのです。と言う事は、銀座の画廊巡りを、月曜日に、するのが確かなことになっている、私をその会へ出席をさせるために、そういう風な日時設定になっていたのです。

 だから、私自身が、出席する前に、そこに罠が張られているだろう事には、充分に、予測をしていました。

 しかし、まことに見事な事に、又は、幸運な事に、私は、罠から逃れたのです。わざとではなくて、画廊巡りをその頃は、今より数多い画廊を相手にやって居ましたので、努力をしても、そこに付いたのが、7時半でした。6時か6時半から始まっていたので、一人3分から5分用意されているスピーチは、すべての出世医者がしゃべり終えた段階だったのです。

 罠と言うのは何かというと、その会は、私にだけは知らされていなかったけれど、榊原節子さんの、以下の本の出版記念パーティだったのです。

  本と言うのは重いものなので、誰かが手伝って運ばないと、出席者全員にいきわたる程の冊数を一人では持てません。この日榊原さんの本を出席者全員が買ったので、相当数の、人員が手伝っていたのです。

 まあ、それが、最善の幸運とは言わないけれど、私は、すべての出席者が、ことほぐ、節子さんへのお祝いの言葉を一切聞いていないわけです。40人以上が繰り返し、褒める彼女、および、彼女の著書の好評を聞いて、それが、自分の著書【黄色いさくらんぼ】への大きな弾圧行為であることに気が付かないわけもありませんよ。バカではないのだから。だから、正当な開始時刻について居たら、めげきっていたと、思います。

 遅刻した私は最後の話し手としてスピーチをする様に、求められました。ところで、私の本の内容は、前報の、副題3、と、副題4で書いた、ニューヨークの非婚の芸術家の老後と死を、中心にして、ニューヨークいち、古い版画工房に、集う人達の様子を描いたもので、節子さんの、上記の本とは、内容が全く異なるものです。

 もし、忌憚ない心で、読み比べたら、私の本は、一生手元に置いておきたいと、思う本でしょうが、榊原さんの本の方は、お金の、使い方のノウハウを、獲得してしまえば、捨てても構わない種類の本なのです。だから、PHPから、刊行をさせたのでしょうね。一方、秋山裕徳太子の本の方が晶文社です。晶文社の方が、PHPより格上だとはだれもが知っている話です。

 しかし、人間の格を比べると榊原節子さんの方が圧倒的に上です。皇后美智子さまの、従姉妹であり、東大教授のお嬢さんであり、その後、父君は、八幡製鉄所の研究所の所長になられましたし。

 また、その研究所って、私の日吉の実家から北へ向かって歩いて、20分ぐらいの場所で、実家と同じ高さの、同じ、丘の上に作られたのですよ。まあ、研究所は、その場所からは、撤去され、今では一戸建ての、住宅街へと変化していますけれど。

 一方、秋山裕徳太子氏は、母一人子一人で、新富町の、甘味処の、お子さんとして、そだちました。私はお母さんは、元芸者だったと、思います。芸術を専攻するのなら、親の社会階層は問いません。だけど、これは、一般的に言えば、榊原節子さんを、晶文社へ紹介し、秋山裕徳太子を、PHPへ紹介するのが普通でしょうね。同じ時期に出発するのだったら。

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副題4、『もし、私が、自分がその時、もって行って居た、【黄色いさくらんぼ】を自慢気に、紹介でも、して居たら、大恥をかくところだった。ところが、私はその本が、美術界向けの本だったので、国際基督教大学卒業の人にとっては、情報を役立てるという趣は無くて、ただ、哲学的、心理学的な、美しさを、伝えという本だったので、ひそやかに差し上げようとしていて、従って、一切、その本については、触れなかった。宣伝の言葉を、スピーチ内で、一切吐かなかった。それが、後で、思うと幸運だったのだ。

 その内容には、ひそかな自信を持っていたので、何かを説明する必要を感じて居なかった。実際に読んでもらえれば、気高さは、判ってもらえる・・・・と信じていた』

 さて、私のスピーチが終わったら、最後の話し手として、榊原節子さんが立ちました。彼女はこの日の主役なので、御礼の意味で、最後に話をするのでした。彼女のスピーチが始まった途端に、私は事態を正しく把握をして、『ああ、よかった』と、胸をなでおろしました。もし、自分の本について言及をしていたら、大恥をかいたでしょう。で、これは、自覚的に知った、一番目の、幸運だったのです。最初の幸運、とは、この日出席した友人の、誰のスピーチも聞いて居なかったと、言う事です。しかし、榊原さんを祝う言葉を全く聞いて居なかったというのは、わざとそうしたわけではなくて、まったくの偶然だから、それで、後から考えて見て、『幸運だったなあ』と、思ったのです。そういう風に、後で、考えて思い知った、不随意の幸運でした。

 しかし、二個目の幸運の方は、何とはなしに『本日には、罠が張られている筈だから、地味目に行動をして置きましょうね』と考えたから起きました。しかし、地味にふるまう事が、その日は、正解で、自分の、役に立ったのでした。パーティが、榊原節子さんを、祝う会だったのですから、主役とは認められていない私が派手にふるまったら、滑稽の極みだと、成るわけです。  

 いやね、派手な動きをする事もあるのですよ。大きなホール風の部屋で、マイクを使ってオペラ・カルメンから、【ハバネラ】を歌ったほどに元気いっぱいで派手にふるまった時もあるのですから、それに比較をすると、とても控えめなスピーチでした。

 この日の皆の判定は、結局中身ではなくて、出版社が、ゆうめいであるか、無いかに、掛かって居て、私の方は、自分一人で、運営しているTB企画で、出版しているのに、節子さんの方は、PHPと言う松下幸之助の、系列の出版社なので、大衆的度が知名度が高く、従って、圧倒的優位で榊原さんの方に、軍配が上がって居ました。後で、お金を払う段でそれが、判りました。

 だから、もし、スピーチの段階で、自分が【黄色いさくらんぼ】に、言及して居たら、みんなが、私を、鼻でせせら笑ったでしょう。国際基督教大学の当時の学生は、いいとこのお子さんが多かったので、表面では、笑わなくても、腹のなかでは、笑った筈です。

 『良かったあ。これで、今日の、二つの、関所は無事に超えた』と、思いました。この時は、まだ、八幡宮の、大銀杏は倒壊しておらず、したがって、神様のご支援を、今ほどに信じてはいなかった時期で、ありました。だが、何となく、『最大の窮地を脱した』という事は判りました。他人がどう思おうと、私自身は、めげないし、鬱にもならず、怒ってもおらず、パニックにもなって居なかったのです。

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副題5、『ここだけは、ミステリーには、あるまじき倒置法で、語ります。先に結論を開示してから、語ります。・・・・・

 榊原節子さんの本は、みんながお金を出して買ってあげていたのだが、その同じ時間に、私の本が入って居る紙袋に、モズクの酢の物をたらしこんで、さらに、恥ずかしい思いをさせ、パニックに陥らせてやろうとした人間が居た。その日だけ参加した、ドイツ人の男性が、それをやったと、感じている。彼は同期生ではない。奥様の方が、同期生であって、私はドイツに住む彼女にも、メルマガを送って居た。その時代に、私にドイツから「強者の恣意って、なあに?」と、質問をして来た人なので、今まで、そのモズクによる妨害を外部に、きちんと、語る事が出来なかった。20代で、ドイツに渡った、日本人女性だし、弾圧を受けたことなどないので、「強者の恣意」と言う熟語を、その人が知らなかったのだ。そのドイツ住まいの、同期生=日本人女性=からは、プレゼント(名曲アンソロジーの、CD)さえ、ヨーロッパからわざわざ送ってもらっているし』

 ここで、二日目に挿入します。日本人のいいところのお嬢様で、有名大学を出ている人が、外人と結婚をするケースでは、相手は、意図して潜り込んでくるCIA要員であるケースが多いのです。この様にして、自分の顔を見せながら、私の命まで奪おうとしたCIA要員を、私は、五人も、見つけています。一人など、わざと一緒に写真を撮っています。と言うのもわざわざ我が家まで乗り込んできたからです。主人に家に居てもらって防衛をしました。(後注2)

 で、彼がそうだと、確信をしていますが、危険な事には、手も、足もできるだけ突っ込みたくないので、彼の顔を公開することは、致しません。他の四人を含め、どの、五人の外人についても、相手の方は、・・・・・見破られたはずはない・・・・・と、思い込んでいるみたいですが、私は必ず、気がついて居ます。

 今は、10日の午後二時半ですが、ここまでを、二重に推敲しました。アンダーラインを敷いている処は、10日の日曜日に、二度目として推敲をしたところです。

 で、遅れてきたために、ひとり、お料理を食べて居たのです。最近では、普通なら、対価を支払った結果の、提供されるべき、お料理とか、おやつを、遅刻・他の理由で、あげないというか、もらえないという仕組みが、弾圧(いじめ)の一つとして、頻繁に、使われていますが、(この一か月で、四回も発見している)その2009年は、そこまで、いじましく、敵さんも虐め用の、考察は、及ばなかったらしくて、私は全コースを、15分ぐらいで、そそくさと食べ終えました。その間、他の人とは誰とも会話をしなかったので、部屋全体を見回すことができました。すると、人数分よりはるかに小さい部屋しかなかったらしくて、ぎゅう詰めに座っているので、通路という物がほとんど確保されておらず、

 私は、・・・・・自分の荷物を、自分の席まで、持ってくることができなかった・・・・・と、言う事があります。一番奥の席に案内されたのですが、荷物は、人の間を抜けることができず、本が入った、紙袋は、部屋の入り口に置いたままだったのです。その大型の、二つの紙袋のうちの一つに、誰かがモズクの酢の物をこぼして、たらし込んでいました。本が汚れて、誰にも差し上げられない様にする為だったでしょう。本当にひどい事が、この日は、脚本として、準備されていたのでありました。でも、そのモズクに気が付いたのは、帰りの電車の中でだったので、宴会場では、それに気が付かず、従って、私はその件で騒ぐことが無かったのです。また、最大に幸運だったのは、そのモズクの酢の物は、二重にされた紙袋の、内側と外側の間に落ち込んでいて、私が準備して持って行った本は、一切汚れて居なかったのでした。

 この、・・・・・現場では何も気が付かず、従って騒がなかった・・・・・というのが、第三の幸運でした。で、もずくについては何も知らぬまま、部屋を見渡すと、四人ぐらいのサポーターが居て、榊原さんの、本の、売価相当のお金を集めて居ました。もしかすると、二割引き、くらいだったかな。無論、私も買いました。

 反対に、節子さんには、「差し上げます」と言っているのに、「要らない」と言いました。それは、一生で初めて見た節子さんの、意地悪な顔でした。

 むろん最初に節子さんに接したわけではありません。この2009年ごろは、実名で古村浩三君の事を書いているわけでもなくて、従って、私が面白い文章を書く人だという事は、出席者のほとんどが知っていたのです。メルマガや、それを紙の本に移した著書は、すでに、4種類刊行して居て、そのうちの二種類を、あげている人が多かったのです。

 ICUと言うのは、1965年ごろには、ほぼすべての人が、英文タイプを、両手打ち、しかも猛スピードで、入力できる人が多くて、従って、パソコンを使い始めるのも早いのでした。で、この日の出席者、ほぼ、全員が、私のメルマガの読者だったのです。

 なんと、古村浩三君にも送っていたし、榊原節子さんにも送っていたのですよ。外部から手が入らない限り、私達の間には、何の悶着もトラブルも起きない筈でした。そして、この出席者、ほぼ全員に、二冊目の本、【れすとらん・ろしなんて】と、三冊目の本、【電車の中で】を、あげているのでした。それを既に、読んで居る人達は、私の文章が面白いという事は、既知の事なので、受け取ってくれたのです。

つけさせていただきましょう。

 最初に写真の説明をさせてくださいませ。左が二冊目、右が三冊目の私が一人で、作った本で

 無論のこと大いなる差ですよ。榊原さんの方は、全員がお金を出して買ってあげて、しかも手伝うサポーターが何人もいます。一方の私は、へりくだって、へりくだって、やっと、受け取ってもらっているのです。

 しかし、この話は、それだけでは終わらないのです。彼女の本が、PHPから出版されている事で、私は恐ろしい事、・・・・・すなわち、私の小学校時代の友達が、連中(=鎌倉エージェント)に嬲り殺されたのではないか?・・・・・と、言う事にその、宴会で、気が付いてしまったのでした。

 それは、あまりにも怖ろしい話なので、未だに、5%ぐらいしか書けないのです。しかし昨晩、8日の夜10時半から前報の副題8で、それについて、二千字ぐらいかけて、説明をしております。最後の最後に、少しだけ、それについて書いているのです。しかし、前報は、4日間、連続してさらしているので、読者の皆様が気が付かないで、読んでいらっしゃらない可能性が高いので、念のために、こちらでも、再録をさせていただきます。

~~~~~~~~~~~~~~~

副題6、『PHPと、晶文社と言う出版社名が、敵さんに弾圧用に使われたので、その時から、私は恐ろしい真実に気が付き始めたのだった』

 超簡単に言うと、この、黄色い表紙の本を使って、私がとことんいじめられたという事なのですが、しかし、そんな単純な話だけでは終わらない、恐ろしいステリーが裏に隠れているのです。したがって、この本については、将来秋山裕徳太子氏の著書【ブリキ男(晶文社刊)】と絡めて、詳細に語るつもりです。

 こういう風に後日へ、ペンディングとして残す話題は、この章では、二つ目ですね。川名昭宣君と、入江多喜雄君に関しては、まだ書けないと言っています。榊原節子さんの背景は、すでに書きました。上流階級の人です。しかし、こちらの本については、まだ、しっかりとは書けないのです。

 私の小学校時代のお友達の死と関係があるので、とてもではないが、まだ、しっかりとは書けないのです。

 パソコンへのハッキング及び、他人のパソコンを操作できるシステムを利用した、・・・・および、電話の盗聴も、重層的に利用した・・・・・非常に悪意ある、仕組みが、お友達のパソコンにも行われた可能性があるのです。

 もちろんのこと、榊原節子さんが、それをやっているのではないのですよ。しかし、PHP刊行となると、そこへ行きつくのです。山口みつ子さんの死を、書き表すのに、7年間かかっています。私は、最近は、相当強くなっているし、このブログ内で、相当に深い真実を書いています。しかし、

 このPHPと、晶文社を利用した恐ろしい仕組みについては、まだ、まだ、絶対に書けないのです。小学校時代のお友達は、山口みつ子さんよりもさらに身近ですからね。書けないです。まだ、まだ、書けないです。

 すべてはわかって居るのですよ。ただし、脳内から外へ出して、言語化することは全くできない段階です。こういう事がいっぱいあります。だから、五年ぐらい前には、いつも、「本日は、45%の開示です」などと、言っていたわけです。まあ、お待ちいただきたく、存じます。・・・・・大原光孝、及び柄沢斉、及びシロタ画廊の件など、こちらに比べると、ずっと、軽いお話です。だから書いているわけです。・・・・

 ところで、難しい現象を、書けるかどうかについては、私の意志だけではなくて、他者の動きというダイナミズムも、影響してきます。

 山口みつ子さんの死が、やっとこさっとこ、書けたのは、ギャルリーユマニテが、引っ越しさえ教えてくれなかったというほどに、私をバカにして来たから、推進力が出ました。トイレを使わせませんよと、言う形で、目の前でわざと鍵を閉めるとか、その他種々の、いじめ行為を行われ続けてきたのです。秋山裕徳太子、および、黒田悠子、および、宮崎進の、三人は、そういう方向へ動けと言って、ユマニテに、命令を下していたと、推察していますが、それでもね。その命令をどう使うかは、ユマニテ側の自由でしょう。私は、女性スタッフの金成悠子さんと、佃さんの性格が悪いので、ああいう風になっていると判断をしてオーナーの十束さんの、人格を信じて我慢をしていたのですが、引っ越しをめぐる事案の際に、十束さん、も、同じ穴の狢だと、判ったので、塔が崩れたほどの、衝撃を受けました。それ以来、自然な状態====向こうがこちらを捨てるのなら、こちらも相手を捨てますよ====へと、移行したのです。

 その手のダイナミズムも、影響しますが、ともかく、今は、小学校時代の友人の死については、それが、一種の暗黙裡の、他殺であるとは、わかっては、居るが、まだ、書けません。それは、パソコンいじりを、行った人々にとっては、わかって居る事でしょうね。PHPと、晶文社が、大きなヒントですから。

 この章は、一般の方は、面白くも何ともないと、お思いでしょうが、国際基督教を舞台とした言論弾圧の実態に触れる章なので、私としては、丁寧に書きたい部分なのです。

 しかも、ここで、用いられている手法は、CIA特有の、手法ですから、美術界でも、同じ現象がみられるし、かまくら雪ノ下の、ご近所様でも同じ現象が、みられるので、ここをきちんと分析しておく必要は大きいのです。絶対に取り組んでおかないといけない部分です。

 さらに、重要なことは、この様な慰撫行為が、行われても、結局のところ、得をするのは、古村君であって、私の方には、イチモンの得もないという事です。むしろ、損失に対する賠償にもなって居ません。その時点(2012年の初夏だったかな?)で、書き止めれば、彼等の工作に、私はまたも、踊らされた・・・・・に過ぎない事となるのでした。相変わらずの、虫けら扱いなのです。

~~~~~~~~~~~~~~~

副題7.『横須賀線の車中で、例のモズクの酢の物が一冊の本も汚していないのを発見して、私は、自分の上に、神様の、御手がある事を知った。何故か、それは、二重になっている紙袋の二枚の間柄に落ちていたのである』 

副題8、『この様に、2009年にひどい侮辱を与えてきた二人が、二年後の新宿へ戻った、クラス会で、突然融和の態度を示すのです。どうして融和の態度を示したかと言うと、私に真実を書かれると、困るからでした。その件は、後注1の最後に書いてあります。

 そちらでの、主役は、、横浜上大岡で、社長業をしているA君であり、非婚の外交官である、友人B君の老後の面倒を見ると、宣言をしています。その二次会ではあるが、榊原節子さんが、右側に座り、左側に古村君が座るとなると、もう何を信じていいかわからないねと言うほどに、彼等は、朝令暮改の人なのです。その時点では、私と融和した方が得だと考えたからでしょう。それは、古村君が個人一人で、行動をしていないことをを暗示しています。また、榊原節子さんも、自分一人の考えで、動いていない事を証明しています。
 それは、鎌倉雪ノ下で、最近、いや、この30年間ずっと、激しい攻撃を加えて来た、安野忠彦・智紗夫妻、及び、前田祝一・清子夫妻、小野寺夫人等の、姿と、まったく同じ行動様式なのです。
 したがって、そこにCIAの支配を、見事に感じ取っている私なのでした。

  ここで、午前3時になったので、寝ます。死ぬわけにはいかない尾で、睡眠をとらないといけません。その前に茶碗を洗わないと、・・・・・

 なお、このブログの、2010年より数え始めた、延べ訪問回数は、4702949です。

2018年6月9日の午前1時から、三時ごろまでにかけてこれを、書き、10日に完成をさせる。

 雨宮舜 (本名 川崎 千恵子) 

後注1、

非婚の男性の老後と死・・・・・榊原節子、橋本真理、川名昭宣、入江多喜雄、伊藤玄二郎、池内紀、古村浩三△  2018-06-06 09:44:58 | 歌舞伎

後注2、  

画商を装って、CIA(?)が、うちへ来る  2010-01-19 11:01:47 | Weblog

CIAがうちへ来るー2、本当に来るが、名前を明かさない  2010-01-19 12:47:02 | Weblog 

C・I・A君の、真の狙いは、セックス、それとも暗殺   2010-01-19 16:22:21 | Weblog

CIAが、うちへ来るー4、絶体絶命(?)   2010-01-19 23:24:43 | Weblog

CIAが、うちへ来るー5(因縁の玄関から)  2010-01-20 22:00:06 | Weblog

CIAが、うちへ来るー6(胸に秘めたるピストルが?)   2010-01-21 22:31:30 | Weblo

CIAが、うちに来る7(皆様のご批判に応えて)  2010-01-22 16:56:43 | Weblog

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非婚の男性の老後と死・・・・・榊原節子、橋本真理、川名昭宣、入江多喜雄、伊藤玄二郎、池内紀、古村浩三△

2018-06-06 09:44:58 | 政治

 今は、8日の深夜です。夜11時から、副題8に、2000字ぐらい加筆して、この章が、3万字制限に、引っかかりそうになったので、ここで、終了とさせていただきます。そこは青の太字で、しかもアンダーラインを敷くという形で、差別化してあります。というお断りを8日の深夜に入れて、7日に加筆した、二度目の冒頭部分に入ります。

 これは、100%前報(後注1)の続きです。特に蛇足と言う部分の続きです。本日は書き始めてから三日目ですが、写真を新しく、挿入させてくださいませ。これは、私のパソコンの・・・・ワード文書を開く・・・・という画面をスマホで、撮影をしたものです。赤い矢印の先をご注目ください。そこに榊原節子と言う名前が見えます。

 赤い矢印で、強調している、文書を、私は、最近、開いておりません。この写真を撮影したのは、今年2018年の、3月22日ですが、6月7日の午後2時にも同じ画面でした。という事は。・・・・・榊原節子を思い出せ・・・・・と言う、攻撃だと、感じています。榊原節子さんと言う方は、皇后陛下、美智子さまの、お従姉妹です。水島三一郎東大名誉教授と言う方のお嬢様です。母君が、正田英三郎氏と、きょうだいの間柄だと、記憶してます。なお、ここ、を、14時間ぐらい、英一郎氏と誤記していました。すみません。75歳と言うのは、そういう頭になってしまうのですね。残念ですが・・・・・

  今、8日の午前2時ですが、寝室にいったん入ったのに、また戻ってきました。あれを言わないといけないと気が付いたからです。それは、私はこれらの膨大な文章を全部、自分が、見た事、聞いたことから、自分の頭の中だけで、紡ぎ出しているという事です。だから、最先端の事情を書いていると、言う事です。ここに書いてある様なことは、どんな印刷物にもまだ、書いては、ないでしょう。資料を読んで書くのだと、得意になっている某・大作家様(公的には、死んだことにしているが、未だ、実際には、生きて居て、地下潜行をしていて、種々の忌まわしい謀略を紡ぎ出している、某大作家を指す。皮肉一杯に語っているのですよ)などには、やったことが無い手法で書いているのです。しかし、その一点には強い誇りがあります。そういう点で、「ここに書いてあるほど、貴重なことは無いのだ」とも、誇りを持っているわけですが、やはり加齢とともに記憶が衰えているのです。50代では、よく母に電話をかけて、教えてもらっていました。母は、90頃まで、記憶力はよかったです。

 で、今は誰も頼れないのです。が、それは、それなりに、自分の頭がひそかに注意をしてくれるのです。先ほども、お風呂の中で、どこか、間違えて居る様な気がして、念のために、書いた、14時間後に、ぐぐってみると、正田氏の方の、お名前が、間違っていました。英三郎とするべきところを、英一郎と、していました。節子さんの、父君の方に、三が使われているので、正田さんの方には、三が使われていないと、思ってしまったのですね。でも、お風呂の中で、違和感を感じたので、まだ、正確に直せますが、将来は?????です。

 ところで、美智子さまと、明仁親王の、ご成婚(一般の言葉でいえばご婚約)が、発表をされたときに、節子さんの方は、お茶大付属高校へ、高校から編入なさった、非常に優秀な方と、言う形で、在籍中でした。(私も分類分けとしては、同じなのですが・・・・苦笑)

 新聞やテレビの報道で、大騒ぎになり、同級生が、「二階の〇組だから、見に行きましょう」と騒いでいました。が、私は、後年になって、も、大阪万博にもいかないし、愛知花博にもいかないタイプですから、無論のこと、二階に降りて、節子さんの、高校時代の姿を確認することは有りませんでした。

 ところが、何としたことでしょうね。私が一浪して、国際基督教大学に入学してみると、節子さんが、同期生として入学して居ました。一学年全体が、300人弱であり、それが、一緒に、講義を受ける時間も、一週間に、3回は有ったし、四年時には、たった40人しか在籍して居ない、第三女子寮で、一緒だったので、節子さんのことは、しっかりと、認識しています。ICUは、美女がうじょ、うじょ、居る大学ですが、トップテンに入って居る美女です。今は、彼女は太ってしまっています。しかし、若い日にはスリムで、背も高く、家柄もいいので、良縁を得ました。東京女子医大で、心臓外科の名医として有名だった、榊原仟学長の、坊ちゃんと、結婚をされました。お舅さんが亡くなった後、お姑さんと、ご自分の核家族四人と、全部で、五人合わせて、撮った家族写真が、3年間ぐらい年賀状に使われていたので、坊ちゃま方が、大変かわいいお顔である事は、知っています。しかし、坊ちゃま方も、今はすでに40代でしょうが? (後注2)へ

 私はどこかで、書いていますが、自分には、男性的気質もあって、女性に対して嫉妬心を持っていません。だけど、・・・・・林真理子風に活躍できたら、いいなあと、表参道のとんかつや、『まい泉』のカウンターで、絹のスーツを着ている男性を見た時に感じた・・・・・と、言う文章を一度書いているので、常にライバルが設定されます。そちらに対して、嫉妬心を抱けよ。という目的で、ライバルが、浮上し、マスコミの世界で、大変に大切にされ、出世します。

 林真理子が、2004年だったかな? 朝日新聞の一面で、大量の字数を使って、ほめそやされ切って居ました。

 さて、他にもライバル設定をされて、相手が、大出世したが、私の方は、取り残されていると、言う人間が、大量にいます。それぞれ、エピソード込みで、語る事ができるのですが(そして、それぞれ、リンク先があるのですが、)ここでは、名前だけられるつすれば、美術界においては、女性作家なら、馬越陽子、山本容子、渡辺幸子、一ノ瀬智恵子、瓜南直子さんが、居て、美術評論家なら、山本冬彦、開発チエ、藤田千彩がいます。最近では、山本舞子(京都大学卒)と言う女性が使われています。 

 いやもっと激しく使われているのは、橋本真理です。この人は、永青文庫に勤務している女性ですが、国際基督教大学卒で、しかも、高橋源一郎のお嬢さんだから、石春産業の、証拠隠滅工事が始まって以来、2,3度、NHKの画面で見ました。

 一方で、同窓生も使われているのですが、2009年1月17日のクラス会(有楽町の𠮷乃翔でのことでしたが)で、榊原節子さんが大きく使われてきました。それを、この2018年6月7日に入ってから、副題8のなかで、語ろうとしています。しかし、それ以外にも毎日、開くmicrosoft word の画面でも、彼女が、脅かし用の、アイコンとして使われているのです。それが冒頭に置いた写真です。榊原節子さんに関する文章など、いつ開いたかしらと、言うほど最近はいじって居ないのです。しかし、毎日、彼女の名前を画面のトップに見つけます。

 実際の私は、こういう様な措置で、ビビる事は無くて、逆張りの発想で、これを将来、使おうと、思って、写真は撮ります。それは、3月22日でした。この写真は、3月に撮って置いたのですが、本日、それを使う機会を得ました。念のために確認をすると、6日、も、同じ画面でしたよ。それが、かれらCIAの手法なので、ここで、語る必要を感じているのです。という冒頭の写真の説明を二日目に加えて、初日(=5日の深夜)書いた初稿に頭に、ここで戻って行きます。

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副題1、『60過ぎた男性の顔は、自分に責任があるという』

 前報の文末に置いた【蛇足】と言う部分は、相当に、冷たい表現だったかと思います。ただ、それは、5月28日(水曜日)の考察であり、ほぼ、一週間前の思いです。それ以降、また、さまざまに考えております。

 しかし、ここでは、その【蛇足】内で、英二と言う私の夫の名前をはっきりと書いていることを、主に取り上げて物を語りたいと、考えております。ところで、その英二(えいじ)と言う名前で、親戚の人間は彼を呼びません。私の事を、私の実家側の親戚の人が、老若男女そろって【ちっちゃん】と、呼ぶように、私の主人のことは、すべての主人側の親戚が、【えっ君】と、呼びます。60近くになってもそう呼ばれます。彼より若い人だって、親の呼び方に倣って、そう呼びます。

  ある日のお葬式内で、親戚の女性(血はつながって居ないが、叔母に当たる)が、「千恵子さん、って、おとこ選びが上手ね。えっ君、本当に、いい顔になって来たではないの」と、言いました。これは、15年ぐらい前のことで、57歳で、転職して始めた鍼灸医の仕事で、人々を助け、奉仕していましたから、そういういいお顔になっていたのです。患者さんは、少数ですが、立派な人達ばかりで、しかも感謝されていました。患者ではない、ある人が、「私はお宅のご主人に、治療してもらっている人と知り合いだけど、そのひとが、お宅のご主人を、名医だと、言っているよ」と、教えてくれました。その時はそれほどに、いいお顔だったのですが、今は、それを辞めているし、健康の面でも、衰えていて、それほどは、いいお顔ではありません。

 ::::::ところで、また、ここで、挿入として、嫌な政治の問題に入ってしまいますが、何気なく書いた上のエピソードによって、その親戚の女性は、敵さんに取り込まれてしまいました。。それがこちらに判ってしまうのは、彼女が美術界に所属をしている人間だからです。美術系作家だからです。こういう事も敵さんたちは、自分達が頭がいいと、自認して行っている事でしょうが、私は深い怒りをもって、見ています。彼女本人には何も言いませんが、それが、依って来る原因が、この雪ノ下に在るので、それで、雪ノ下の、人間に対して、厳しい文章を書くという事にもなります。それに、それ以来、ものを書くのが相当に、不自由になったのも事実です。::::::::

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副題2、『しかし、或る時に、若い時期とは、くらべもののならないぐらいに、立派な体格へと、変化した友人(男性)に出会って、いささか、妻としての、自分を反省したのも事実だった』

 ただ、主人がどういう男性よりも、見かけの面で、優れているとは言いませんよ。2008年から、2014年における、どこかの時点での、大学のクラス会で、本当に珍しい人物が、出席して居ました。A君とB君ですが、ふたりとも、古村浩三君と、たった、23人しかいなかった、1962年時の国際基督教大学での、同級生(という事は私とも同級生)です。とくにA君は、卒業以来初めて、しかも何十年ぶりかで、出会うひとでした。驚いたことに、ものすごく、大きくなっていたのです。前後も、左右も。決して肥満体と言うのではないのですが、昔のスリムな、詩人風とは、まったく異なって居ました。いわゆる胸板の厚いアメリカ人の体格に近いという感じ。アメリカの中流家庭の男性って、日本人とは、比べ物にならないくらい、立派な体格を持っているのです。トランプ大統領を見てごらんなさいよ。日本人の四倍以上あるでしょう。A君は、オバマ大統領ぐらいの、スリムさですが、近寄って見ると胸板の厚い事、厚い事、それには驚かされました。

 彼は、社長をしています。創業者社長です。会社の固有の名前は、知りませんが、結構、はやって居る商品を、庶民相手に売り出している庶民相手の会社です。IT関連ではないので、信用が高い雰囲気を受けます。『うーん。社長として、かれは、きっと、食事の上で、ぜいたくをしているのだろうなあ。それに奥さんが賢くて、バランスが良い食べものを食べさせる様にしているのだろう』と、思いました。しかし、高級な牛肉の、ステーキばかり食べているので、大腸がんとか結腸癌にかかる人もいるのですが、彼は、罹患をしていない模様です。すこぶる健康そうでした。そしてかれの方を仮にA君呼ぶと、同じく同級生だった別の男の子B君を、近所に住まわせて、老後の面倒を見てあげるつもりらしいのです。

 もともと、とても優しかった男性ですが、今でも優しいのでした。他人の老後を引き受けてあげるというのは、会社、社長として、社員の面倒を見てあげているのの延長線だと、思いました。非婚者の老後とか死は、なかなかの問題です。それを理解して手助けしてあげようとしているのでした。

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副題3、『ニューヨークで出会った二人の、有色人種の版画家と、その死の模様は、私に深い印象を与えた』

 私が、自分で発刊をした6種類の本のうち、本屋で、売ってもいないのに、アマゾンで、10800円の値が、長い時間ついて居た、【黄色いさくらんぼ】には、こういう非婚の男性が二人登場します。ニューヨークでの芸術家二人です。その死のあり様を語っているのですが、非常に対照的な、人生と死だったのです。ただ一点の共通点は、二人とも、独身だったという事です。それは、二人が、有色人種なので、結婚が、難しかったのでしょう。芸術家で、優れたところをも持っているのに、有色人種であるという差別される方の、階層です。これは、何重の意味でも、結婚が難しいのです。

 その二人が、まったく正反対な、形の、死を迎えるというお話です。一人はペルー出身で、もしかすると、不法滞在で、長くニューヨークで暮らしている版画家です。本名ホアレスと、言います。彼は、露悪家で、しかも、私の想像外と言うほどに、貧し恣意日常だったらしく、61歳で、食べるものも無くなったらしくて、孤独死します。でも、相当以上に悪ぶって居ましたが、意外にも、長い時間で付き合ってきた、芸術家仲間には、理解をされていて、愛されていたらしくて、その死をメールで、私に知らせてくれた、若い女流芸術家(外人)が居ました。

 その死には、日本人版画家ミミ(仮名・・・・・ただし、実存のひと、当時、40~45歳の間だった。いまでは、60さいをこえているだろう。賢いが自分勝手な人物ではある。そして、意地が悪い)に、責任があると、感じています。彼女が、自分が、ただで、工房を使えるシステム(モニター制度)を作ったので、まず、有力な版画家、12人の使用料が、無料化されてしまいました。私は毎月六万円を支払っていました。百坪ぐらいの部屋の賃貸料は、古い契約なので、11万円だそうです。私の6万円も大きく寄与していたと、推察しています。しかし、ミミのせいで、すべてがルーズになり、他の人もお金を支払わなくなってしまい私の帰国直後、工房がつぶれます。するとホアレスにとっては、工房が、家庭であり、そこで、稼ぐ、摺り師としての収入が、唯一のものだったので、工房がつぶれた、その8っ月後に、彼は死ぬのでした。そこが、その一冊のドラマチックな処なのです。一種のドキュメンタリーエッセイ集ですが、そういう悲劇性が、込められているので、面白いと、思っていただけたのでしょう。

 特に「私が、自分が在籍していた当時、彼が非常に貧しい事には、気が付かなかった」という点もドラマ性を高めていると推察しています。彼は、昔、縁があった日本人女性から教わったらしい、一センチサイズで、角切りをしたサツマイモ入りの蒸しパンだけを、朝、昼、晩食べて暮らしていたらしいのですが、私の方は、彼が友達にそれを分けてあげているのを見て、それをおやつだと、考えて居て、主食であったことには、まったく気が、付かず、自分の方は、一食8ドルから、10ドルかけた昼食をデリで、買ってきて、工房で、食べて居た事の・・・・・済まなさ・・・・も書いています。私にとって、それほどの貧しさを、持つ人が、普通の感じで、誇りをもって、芸術家として生きている事は、想定外の事だったからです。私は大勢の死者の魂を、慰安しないといけない立場になりました。山口みつ子さんもその一人ですし、ホアレスもそのひとりです。

 また、ホアレスと、対照的に、いい人だと、尊敬をされていて、ホテルチェルシー(芸術家に、宿泊代の上で、援助をして来た、一種のワンルームマンション形式のホテル・・・・ニューヨークでは一種の文化遺産として扱われている。階段ホールに多くの芸術家が寄贈した宿代代わりの作品が飾ってある、アールヌーボー様式の古い建物)で、パーキンソン氏病を患いながら最後まで、支援されながら、立派なお葬式を上げてもらった、黒人の、ロバートブラックバーン氏の、死をも、あげています。

 私は、ロバートブラックバーン氏が、誰にも見せてこなかった、秘密をも知ってしまったのです。彼は、まったくの善人で、天然ぶりを発揮し続けてきたのですが、・・・・・その陰で、彼が、どれほどに、他者に気を使って生きて来たか?・・・・・つまり、天然ぶりは、一種の演技だった事・・・・・を、知ってしまい、その事に、深く感銘を受けかつ、同情をしたのでした。それを私の方は、言葉ではなくて、ただ、顔の表情の変化だけで、示したのですが、賢い彼は、私がどれほどに、深く彼を理解したかに気が付いたのです。彼の死の直前に、彼から、「ニューヨークに来てほしい」と両者の共通の友人(日本人女性版画家)を通じて頼まれたほどです。しかし、もう、鎌倉の自宅で、夜寝る生活形態に戻っていたので、とても、ニューヨークには、行かれませんでした。家族が自由を許しませんので。

 ロバートブラックバーン氏の、秘めた、注意深さと、慎重さが判ったのは、2002年8月10日の午前中と、夜の、二回のほうもんの時でした。訪問と言うよりは、お見舞いです。そこで、わかった事でした。午前中は、部屋には、看護婦さんが居ました。若い女性で、私服でしたが、介護、及び、看護をしている女性です。彼女は、私(昔から知遇があり、しかもその作品をブラックバーン氏が高く評価をしている人物)が訪問をしてくると、言うので、彼(ボブとみんなが呼でいた)の、上下を、新しい真っ白な、下着へ取り換えて迎えてくれたのです。しかし、パンツに、あなが開いていたので、私は、非常に悲しく思いました。・・・・・肉親がそばに、居ないとは、こういう事なのか・・・・・と、思って、部屋を早々に、辞去して、その後で、自室で泣きました。この時、私は個展をする為にニューヨークへ行って居て、しかも、同じホテル・チェルシーに泊まっていたのでした。しかし、もしそれをボブに告げると、「毎日、来てください」と、言われると、思いました。それ以前の訪問でもボブが、既に、体が不自由で、しかも、とても、さびしがっていることを知って居ましたので。

 貧しいからパンツが、切れていたのではなくて、介護の為、おしっこをさせやすくするためだと、数か月後に判ってくるのですが、それでも、それを見た時の衝撃は忘れられません。ボブの方も、私がショックを受けたことは判ったみたいで、夜に再訪をした時には、パンツの上にバスタオルを置いて隠していましたので。

 私は、その穴を見た途端に涙が出そうになったので、そうそうに辞去するのですが、予定外に、短い時間で、退出するので、「夜、もう一回きますので、何を欲しいですか?」と、質問をしました。すると「全粒小麦パンを」と言いました。子供時代の懐かしい味なのでしょう。でも、そんな簡単なものでも、看護婦さんにもお手伝いさんにも、彼は頼んでいないのでした。お金が無いのか? そうは思いません。彼は、ただ、余計な手間をかけることを避けているのでした。それが、他人には、嫌われない様にするための、もっとも、基本的な姿勢だと、知っているのでしょう。とても、かわいそうだなあと、心底、思いました。私なんて、神経質だと、他人からは、思われているでしょうが、ボブ程、細かく、他人に気を使ったことは無いと思います。

 ところがボブに同乗しているのにもかかわらず、忙しすぎる私は、閉店時間までに、スーパーに行くことができず、約束の全粒小麦パンを買えなかったのです。むろん、他の物も買えません。で、どうしようかと迷いに迷って、冷蔵庫に在った、黄色いさくらんぶをもっていくことにしました。尚、アメリカの場合、異性の部屋を訪問するのは、特に夜には、同じホテル内でも、きついルールがあって、ホテルのスタッフを呼んで手伝ってもらい、立ち会ってもらいます。スタッフの方は、私とボブが、旧知の間柄で、しかも、なかなか、大切な話があるだろうとは、推察して居て、ボブをベッドから、椅子へ移した後では、退室しました。そしてもう一回、寝かせるために来てくれるのだと、思います。ボブが膝の上に、バスタオルをたたんで置いていたので、それは、スタッフが手伝って、そうしたのだと、思いました。

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副題4、『アメリカでは、サクランボの扱いが、日本とは全く違っていたのだった。佐藤錦のピカピカな様子とは、100%違っていて、すでに、つやが無くて、しわしわになって居た。五月に収穫をされるとして、私が買おうとした時点で、三か月後の、8月なのだから仕方がない』

 ホテルチェルシーの隣には、ヨーロッパ風を装った高級なスーパーがありました。ZAGAT(ミシュランみたいなもの)で、高い評価を得ています。お惣菜は、ひどくおいしいし、果物も、完熟した上で、売っているので、非常においしいのです。こういう点で、アメリカは、まだ、素朴です。却って素朴な販売システムが生きています。ただし、くだものですが、味はいいが、見かけは悪いです。日本では、果物は、見かけはいいが、未熟な段階で、出荷をされるので、おいしくないです。

 10日間の滞在中、そのスーパーで、いろいろな種類の果物を試したうえで、最後の買い物として、黄色いさくらんぼを買いました。それがびっくりする売り方でした、台湾にいらっしゃったことがありますか? あの国の市場では、干しシイタケを五キロか、10キロかの単位で、ものすごく、大きな袋へ入れて売っています。あれに似ています。その大きな麻袋から、お客としての私は、ひとつかみ、12粒ぐらいを、取り出して、透明なプラスチック容器に入れてレジで重さを量ってもらい、買って帰りました。帰宅して食べてみると、推察通り、おいしいのです。しかも大粒なので、4粒で、食べやめて、後は、残して置きました。

 それしかボブにプレゼントするものがないので、それをもって行きました。「約束のパンを買ってこられなくてごめんなさいね」と、断る私の言葉をスムーズに、受け入れてくれた上で、ボブも一粒食べてみたのです。すると、おいしい事を感じたらしくて、突然に、「これは、エレンにあげよう」と、言いました。エレンとは、数年前の訪問の際に、私も見かけたことがあるお手伝いさんです。台所で、自宅で作ったらしい、チコリのつけもの(ピクルスでは無い発酵臭の有るもの)を、バットに入れ替えて、冷蔵庫に入れて居ました。自分の工夫も入れてお世話をしてあげている、賢そうな50代の、ボブと同じ、アフリカンの女性でした。その人に・・・・・たった、8粒の、しかも、しわしわの、さくらんぼを、・・・・・あげようというボブの、言葉に、再び涙があふれそうになったのでまた、そうそうに辞去したのでした。天然ボケみたいに振舞っているボブは、常に、他者に対する感謝を忘れないのでした。

 とても、いい性格です。みんなが褒めます。しかし、私は、そのいい性格でさえ、哀しくて、哀しくて、成らなかったのです。既婚者であって、しかも、男性だったら、これほどに、細やかな、神経を他者に向けることなどは、考えられないので、・・・・・・

 これが非婚である事の実態であり、2011年に私が、それを、悟った事実です。そして、私は、自分が結婚をしていることを、ああよかったなあと、感じたのでした。たしかに、私の方は、ホアレスよりも、15年は、長生きしています。ボブが幾つだったかを知らないのですが、それでも、ボブが亡くなったのは、70歳代前半だった筈です。私は、今は、75歳で、見かけ上は、健康ですから。結婚が、すべてではないが、非婚だと、他人に頭を下げる度合いが増えるという事です。気を遣う度合いが増えるという事です。

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副題5、『日本の話に戻ろう。A君が立派な体格に、変化しており、かつ、同級生の老後も見てあげるつもりだと、聞いて驚いたが、すこしB君について語りたい』

 B君は体格はきゃしゃでした。これは、彼本人から、小さいころ、結核系の病気を患ったからだと、聞いています。そして、それは、私の主人も同じです。戦前の生まれの人は、劣悪な食生活を経験しているので、小さいころ結核系の病気を患った人が多いというか、そういう人が、居るのです。そして、やや、きゃしゃな感じなので、女々しい感じもあります。うちの主人も一見するとそうなので、終生「えっ君」と親戚から呼ばれることになるのですが、実際には、男性性・優位の人であり、一種の、言葉によるパワハラの人でもあったのですよ。ただ、ここでも、主人には向かわず、B君にこだわります。

 A君が、かくもB君に親切なのは、若いころ、二人が、ホモセクシュアルな関係にあったかどうかですが、私は、一応それは、無かったと、考えております。ただ、ただ、A君が、もともと優しい人であるうえに、B君ともども、詩や、小説が好きなので、気が合う友達であって、それが、50年以上続いていると、考えています。

 特にB君に海外駐在の経験が長いですね。外交官ですから。で、二人がホモセクシュアルな関係ではないと、断言しましょう。

 ただ、ただ、友情の発露と、A君の経済的余裕がなせる業だと、思っています。A君の家には、お手伝いさんなども、居るでしょうから、そのひとか、別の、そういうタイプの働きをしている女性を、B君の家に向かわせて、洗濯やら、掃除をしてあげるように頼んであげるんは、充分に可能な事なのでしょう。私は母がそういうタイプだったので、その手の、気働きの活発なおくさまを、A君は、持っているのだと、推察もしました。

 そして、このケースを思うと、1960年代に、国際基督教大学を選んで入学した少年少女に固有の、独特の、ありかたを、感じるのです。どこか、優しい、そして、どこかで、無償の愛とか、神様の愛とかを信奉しているところがあるのです。全員ではないですよ。でも、40%の学生は、そういう他者尊重・他者への無償の愛の実践の、姿勢を持っていたのでした。これは日吉と縁があり、慶応の学生の、会話をレストランなどで、そば聴きする事のある私の、心からの実感です。

 私は、最近では、スタップ細胞疑惑にソーピーと言う、1965年時に同級生だった女性が深く絡んでいるだろうと、言ったり、古村浩三君がわたくしのパソコン内に侵入していると言ったり、川名昭宣君が、伊藤玄二郎と親しくて、私の手のひらを爪で、ひねりあげた・・・・・などと言う、ひどく、汚い話を描き続けていますが、それは、ベイカーさんとか、テリーとかが、原因であった、私への1965年時における殺人未遂事件とか、

 北久里浜における、地籍変更届を利用した、2400坪の、広さの山林の、無償での、私有地化(こちらは瀬島龍三と、彼の帝国軍人時代の、軍の参謀同士での親友、益山重夫と、京急、及び横須賀市の幹部が組んで行った実質的な、大犯罪・・・・・ただし、書類と言う形は整っているので、犯罪として、裁判に持ち込むことは不可能である)の、真実を語り始めているから、すべて、対私への弾圧要員として、動員をされ始めた、人員たちであると、考えており、全体的に見れば、いい人が多いのですよ。

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副題6、『A君の方についてもう少し語りたい。彼は、若い日に私に向かって、小さんの落語を聞きなさいとか、空を見上げてごらんなさい。空は青いですよと、言ったのだった。それを、どこかで、最近、語っているので、利用された感じがあると、思っている』

 さて、以前どこかで、ちらっと語っている入江多喜雄君と言う人物がいます。この人も大変重要な人物です。が、変死(川に落ちた事故とされている)したと、言われていて、それも・・・・おかしいなあ?・・・・と、私は、思っていて、したがって、まだ、語り始める事さえ、出来ない人物の一人です。その入江君の死亡を、私は、心配して、川名君ではない、別の人物に、「事故の詳細な真相を知っていますか?」と、悩む形で、電話をかけております。いや、川名君に、手のひらを痛めつけられた後に、別の人物に電話で問い合わせたのかもしれません。

 今、この・・・・・入江君の水死事故はおかしい・・・・・と書いた時点で、久しぶりに、パソコンにシステム異常が起きました。したがって、この推察は真実であり、・・・・・入江君も、例の連中に、殺されたのだ。理由は真実を語り出しかねないからだ・・・・・笹井芳樹さんと同じ流れだろうなあ・・・・・と、推察しています。そして、その裏側(=真相)を、熟知して居る川名君が、私が原因だと、考えて、私の手のひらに、他の出席者が、誰も気が付かない形での拷問的痛みを加えたのだと、思っています。

 これが、きっと正しいのですよ。したがって、河出書房新社の編集者としての川名君と知己の間柄にある、池内紀氏が、BSプレミアムとか、NHK-ETVに、最近、頻繁に、登場するのは、私に対する脅かし(または、威圧をもってする嫌がらせ)の一種だと、推察しています。最近、池内紀氏は、私が録画をして置いて、必ず、見る筈の日曜美術館に、登場しましたし、BSプレミアムでヨ-ロッパを、氏が、蒸気機関車を訪ねて歩く、特別番組が制作され、放映をされています。彼等鎌倉エージェント(CIA)は、メディアを私物化し、駆使しています。上等な文筆家であるという自信はあるし、一方で、あまり、お顔がきれいでもなくて、それを自覚をしている客観性は、持って居る人であろうから、今までは、テレビの世界には出なかった池内氏が、最近、頻繁にテレビの世界に出るのは、偏に、川名昭宣を、かばおうとしている動きの一つなのです。それを内々で了承し、池内氏は、テレビに出ているのだと、思います。

 しかし、ここで、私が語りたいことは、青字の部分ではなくて、これから書き始める黒字の部分なのです。A君についての、続きです。その為に入江君が必要だったのです。入江君は、1962年の秋に、謄写版刷り(今でいう、シルクスクリーン)で、クラス全員の、お互いを紹介するパンフレットを作りました。そこには自己紹介を自分で書く、部分もあったのですが、他人が、その主役に対して、どう感じているかを書く頁もあったのです。入江君は、他の学生より、三つぐらい年上なのと、英語が、からっきし駄目だったので、こういう形で挽回して、三歳も年上である自分が、クラスのリーダーシップを取りたかったのだと、思います。

 そこに、A君が、この節の二重ガッコ内に書いた、感想を私に対して向けてきたのです。私はその文言にも、あっけに取られて、恥ずかしいなあとは思いました。今は前歯を、直していて、白い歯に変化していますが、前歯に金冠をはめているというのは、一種の身体的障害に近くて、大きな負担を私に、与えていたのです。劣等感があり、ガッチガチに、緊張をしていて硬かったのだと、思います。

 しかし、今の私は、あの頃から見ると弾圧のせいで、すさまじい鍛錬を受けて居て、圧倒的に変化をしているので、はっきりと、それを言いますが、「A君の観察眼も、成って居ないなあ。あなたは、表層的に、私を見ていますよ」となります。私はバスの中で、入江君にショックを与えた様に、すでに、主人と手紙の交換をしているプラトニックラブに陥って居て、それをだれにも隠すほどの、慎重なる、しかし、非常に乙女チックで、夢見る夢子さんの、代表例だったのです。子供のころから、考え事をするのが大好きだったので、若い日には、運転免許を取るのを、母から禁じられています。「きっと、事故を起こすから、免許を問ったらだめよ」と言われています。そして、私も、自分でも、『きっと目の前の現象に対する集中力が途切れ、別の事を考え出す瞬間があるだろう』と、思っているので、免許は取りませんでした。

 A君はこのブログを読んでいないと思います。しかし、もし、このブログで時々書く、歌舞伎とか、クラシック音楽に関する評論を読めば、きっと、思い直してくれるでしょう。それらは、実は専門家もうなる程の、深いレベルに達していると、思いますよ。あまりに、弾圧が激しいので、美術評論を文章で書くのは止めてしまっていますが、それも、もし書かせたら、2006年までのものに、引き続いて、すごい内容のものを書くと思います。

 ただね、A君は、1962年には詩人に見えましたが、2000年頃にはすでに確実に社長になっているでしょうから、起業家であり、実業家なのです。

 それにね、A君が売っている商品を、脇からサポートするための、映画がシリーズ化されても居て、その監督(しかし、第一作だけだけど)も、国際基督教大学卒ですから、『なあんだ!』と、言うほどに、いろいろつじつまが合ってくるのです。慶応大学も三田会を通じて、卒業生同士が助け合っているそうですが、ICUも規模は、一万分のいちぐらいでも、お互いの助け合い精神はバッチリと豊かなのです。

 シリーズ化されている映画作品としては【寅さん・シリーズ】が有名ですが、似たような作品です。こんど、DVDでも、借りて来て、エンディングロールに、A君の経営している会社の名前が、支援企業として、出ているかどうかを確かめておきましょう。

 だから、A君は、実態としては、見かけほど、詩人ではなかったのです。実業家として成功するほどですから、太っ腹だったのでしょう。割と鈍感かな? で、私に関して、正しい理解ができなかったというか、誤解をしたのは、仕方がないでしょう。で、この観察類と比較をすると、・・・・・私が、自分に懸想をしていると、誤解をした・・・・・しかも、具体的にグサッと、切ってしまうと、彼女は深く傷つくだろうと考えて、迂遠な方法をとった館野君の方が、・・・・・私の内面に、ロマンチックなものが満ちているのを見破っているわけで、・・・・・・人間観察が鋭い・・・・・と、言えるほどです。・・・・・さすが、日本橋の御曹司ですね。祖先から歌舞伎など、ずっと見てきているだろうしと、思います。ただし、A君も、とても優しいのですよ。非婚で、独身であるB君の、老後を、引き受けてあげると、言っているのですから、一般の日本人と比較すると、繊細で、優しい情感を持っている、男性なのです。

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副題7、『しかし、A君の、・・・・・卒業以来、初めての同窓会出席・・・・・には、大いなる政治的意味があったのだった。それを当時から推察していたが、書き表す=言語化する≒のは、本日が初めてである』

 あのね、同窓会は、ずっと、開かれておりませんでした。しかし、或る時に川名君が、音頭をとって、大きな同窓会が開かれました。これは、その詳細はまだ語れないのです。どうしてかと言うと、川名君を分析し、入江君のあれこれを語るのは、ずっと後にしたいからです。A君やB君の話よりも、複雑で、政治的意味も高いので、もっと、地平を固めて、しっかりさせてから語りたいのです。そこまで、取って置く話ですが、この種の行動をとる事ができるのも、・・・・・・川名君の裏に、伊藤玄二郎が、居て、二人がすでに、二十年以上前からツウツウであったので、可能なのではないか?・・・・・・と、感じているところです。それが、CIA関係者の大特権と言う話に繋がるので、川名昭宣と言う人物が、とても、重要になります。ただ、ここでは、読者の皆様におかれましては、『今は、ちんぷんかんだけど、ずっと、読んでいると、いつかは続きが出てくるのだね』と、思って、今の不備を見逃して置いていただきたいのです。

 さて、川名君は、もう一つ桜井真理子さんが、東大教授になる前の、まだ、学芸大学の教授だった時代に、彼女の学術発表会を催しています。が、それも、川名君が、自身CIAエージェント化しているか、または、伊藤玄二郎と、その頃から、非常に親しかったことを暗示しています。ところで、川名昭宣君に関しては、かように、不十分な文章だてなのに、総タイトルにその名前を入れています。その理由は、彼が明瞭に、私への被害を与える側の人間だから、名前を入れているわけであって、この章の主人公は、本当は、A君です。引き続き、彼と古村浩三君が主人公です。

  同窓会の開催問題へ戻ります。川名君は、その二回だけ開催して、その後、古村浩三君が開催する様になりました。何故、古村浩三君がそれほどに大きな力を持っているかですが、それもむろん、政治的裏があります。しかし、煩雑になりすぎるので、ここでは、そのあたりは省きます。

 同窓会そのものの形式に入ります。川名君と、古村君の同窓会は、形が非常に違っていました。川名君は、学術関係のホール等に出入りしている経験が多いので、大きなホールで、たくさんの人を集める形での、同窓会を開き、食事の方は、おろそかですが、古村君の方は、日本ユニシスで、大学、及び大学院・新卒時の勤務め始めたサラリーマンなので、サラリーマンの忘年会風の、クラス会を催すのでした。彼は、中央線を利用するので、主に新宿の、宴会用・個室・座敷を持っている居酒屋が使われました。

 A君(起業家にして、大社長にすでになっている)が初めて同窓会に出席した日も、新宿の居酒屋で、開催されたと、覚えております。が、いつもより、出席者が多かったと、覚えております。と言う事は、古村君が頑張って、いろいろな筋に電話を掛けたり、メールを送ったりして、勧誘を強く行ったのだと、考えております。

 しかし、古村君がそれほどに頑張ったのは、幹事としての自分の優秀さを誇示したかったからではなくて、A君を誘い出すのが、主な目的だったと、思われます。そして、A君みたいな、普段全く顔を出さない人間が出席して居ても、それが、不自然に見えない様にするために、古村君は、日ごろは出席しない連中も誘って、大きな会にしたて上げていたのでした。それを当時から、私の方は、推察して居ました。

 理由は二つあって、A君に関して上の、「空をごらんなさい」と、若い日に私の方が、言われたという、ブログを、すでに、私が、書いているから、彼に対しては、私が、好意を持っていて、胸襟を開き、彼の、言う事なら聞くだろうと、言う思惑があったという事。

 もう一つは、2011年の暮れから、私は古村君の裏側の仕事===(私のパソコンへのハッキングと、私のパソコンのシステムを、いちいち、破壊していく作業)===に気が付き始め、それを、もしかすると、既にブログで、実名こそは上げて居なくても、友人が行っているという風に書いていた事。それに対する、一種の・・・お撫で・・・・行為だと、思っていました。つまり、上品な形で、「もう、それについては書くなよ」と言う命令だったと、思います。

 私はね、3.11後、急にブログの読者が増えておりました。と言うのもその頃、それについて書いていた、ブロガーなどのうちで、科学的にも、政治的にも、最も正しい文章を書いていたと、自認をしております。3月16日の時点で、すでに、『メルトダウンであり、水素爆発ではない」と、発言をしております。したがって、読者数は急激に増え、訪問回数も・・・・・敵が油断をしていたのか、正しい数が、出てきていて、・・・・・2011年の12月には、717万回を数えて居ました。だから、今の正しい訪問回数は、三千万回を超えていると、感じています。しかし、違う数字が知らされていますので、仕方がないので、そちらを利用していますけれど。

 今、私が文末に添えている数字は、実態数より、はるかに低い数だと、おもっております。

 しかし、いよいよ、実力を発揮でき始めた、そのころこそ、四方八方から弾圧を受ける事が始まりました。岩手の女性からも、FBでは、直接の攻撃を受けるという始末であり、FBでやり取りをしたうえで、段ボール一杯の毛糸を送ったのに、電話で応対した時点では、親切だったのに、モノがついても、お礼一つ来ないという様に、変化していくのです。岩手の方は、タウン誌を発行している女性なので、その縁で、伊藤玄二郎が、いじめの手配を行ったと、思っています。

 また、疲労困憊をしておりました。安藤てる子さんと言う女性刑事が変装した友人が、急に、近づいてきて、振り回され切ったのもこのころでした。ただ、今よりもに、体力があったので、なんとかブログを書くという点では、無事に乗り越えられたのだと、思いますが、クラス会に、出席をするにしても、ブログとか、フェイスブックの投稿の方が優先事項であり、遅刻をしてしまうのが常であり、このA君が珍しくも出席した日も、私が遅刻して、到着した途端に、一次会は終わりました。 

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副題8、『この会の前に、暗示的に、古村君が行っているパソコン内侵入について、すでに書いていたと、記憶している。だから、一次会にせよ、気分の良い応対を受けるはずがないと、考えていたので、遅刻をして、ゼロの、収穫でも仕方がないと、事前には、考えていた。

*メモの1 二次会への出席が、請われた。そこで、私の右側に、榊原節子さん、左側に古村浩三君、対面にA君、その向かって左側にB君が座った。後、二人ぐらいいたが、覚えて居ない。しかし、この出席者だけで、私には、古村君が、この会を開き、そこに私を導入した目的が解りました。榊原節子さんは、素の人物としては、とてもいい人です。本当にいい人です。私は心臓病の事で、お世話になったことがあります。だから、個人的に電話を数回交わしています。しかし、個人的にお茶する様な関係ではなくて、たった、7人ぐらいが残る、二次会で、たった、二人だけの女性のひとりとして彼女が、残り、私の、右隣に座る程には、親しくは無いのでした。

 『これは、非常に上品な形ではあるが、本質的に言うとやはり、脅かしですね。または、いやがらせと言うか、何かですね』と、感じた次第です。しかし、リアルな世界での、喧嘩をしない、タイプの私は、古村君が、『こう、もって行きたい』と思っている通りに動いて、一応、和気あいあいとして、過ごし、横浜駅まで、A君ともB君とも一緒に帰ってきたのでした。

 ここから先は、9日に書きますと、お約束を午前中にして外出しました。さて、夜帰宅して、よく考えて見ると、後、制限字数としては,2500字しか残っておりません。その字数で、この本と、その2009年1月17日に起きたことを正確に語るのは無理です。超簡単に言うと、この、黄色い表紙の本を使って、私がとことんいじめられたという事なのですが、しかし、そんな単純な話だけでは終わらない、恐ろしいステリーが裏に隠れているのです。したがって、この本については、将来秋山裕徳太子氏の著書【ブリキ男(晶文社刊)】と絡めて、詳細に語るつもりです。

 こういう風に後日へ、ペンディングとして残す話題は、この章では、二つ目ですね。川名昭宣君と、入江多喜雄君に関しては、まだ書けないと言っています。榊原節子さんの背景は、すでに書きました。上流階級の人です。しかし、こちらの本については、まだ、しっかりとは書けないのです。

 私の小学校時代のお友達の死と関係があるので、とてもではないが、まだ、しっかりとは書けないのです。

 パソコンへのハッキング及び、他人のパソコンを操作できるシステムを利用した、非常に悪意ある、仕組みが、お友達のパソコンにも行われた可能性があるのです。もちろんのこと、榊原節子さんが、それをやっているのではないのですよ。しかし、PHP刊行となると、そこへ行きつくのです。山口みつ子さんの死を、書き表すのに、7年間かかっています。私は、最近は、相当強くなっているし、このブログ内で、相当に深い真実を書いています。しかし、

 このPHPと、晶文社を利用した恐ろしい仕組みについては、まだ、まだ、絶対に書けないのです。小学校時代のお友達は、山口みつ子さんよりもさらに身近ですからね。書けないです。まだ、まだ、書けないです。

 すべてはわかって居るのですよ。ただし、脳内から外へ出して、言語化することは全くできない段階です。こういう事がいっぱいあります。だから、五年ぐらい前には、いつも、「本日は、45%の開示です」などと、言っていたわけです。まあ、お待ちいただきたく、存じます。・・・・・大原光孝、及び柄沢斉、及びシロタ画廊の件など、こちらに比べると、ずっと、軽いお話です。だから書いているわけです。・・・・難しい現象を、書けるかどうかについては私の意志だけではなくて、他者の動きというダイナミズムも、影響してきます。

 山口みつ子さんの死が、やっとこさっとこ、書けたのは、ギャルリーユマニテが、引っ越しさえ教えてくれなかったというほどに、バカにして来たから、推進力が出ました。その手のダイナミズムも、影響しますが、ともかく、今は、小学校時代の友人の死については、それが、一種の暗黙裡の、他殺であるとは、わかっては、居るが、まだ、書けません。それは、パソコンいじりを、行った人々にとっては、わかって居る事でしょうね。PHPと、晶文社が、大きなヒントですから。

 この章は、一般の方は、面白くも何ともないと、お思いでしょうが、国際基督教を舞台とした言論弾圧の実態に触れる章なので、私としては、丁寧に書きたい部分なのです。

 しかも、ここで、用いられている手法は、CIA特有の、手法ですから、美術界でも、同じ現象がみられるし、かまくら雪ノ下の、ご近所様でも同じ現象が、みられるので、ここをきちんと分析しておく必要は大きいのです。絶対に取り組んでおかないといけない部分です。

 さらに、重要なことは、この様な慰撫行為が、行われても、結局のところ、得をするのは、古村君であって、私の方には、イチモンの得もないという事です。むしろ、損失に対する賠償にもなって居ません。その時点(2012年の初夏だったかな?)で、書き止めれば、彼等の工作に、私はまたも、踊らされた・・・・・に過ぎない事となるのでした。相変わらずの、虫けら扱いなのです。

 これ以降は、メモですが、政治的には、非常に重要なものなので、お読みいただいておくと助かります。

 私は、私のパソコンに侵入して、一種の破壊行為とか、梅森伸一と言う、北海道在住の画家に、なりすまして、毎晩、私を苦しめている存在が、古村浩三君である事、や、すでに東大教授になって居た桜井真理子さんから、一月六日と言う、時点で、電話で怒鳴り込まれたことがあって(後注3)、その事案の裏にも古村浩三君が居ることを確信をしたのだった。

 A君が久しぶりに出席をしたのは、====「ほら、覚えている。A君って、あなたにやさしかったでしょう。その彼が、こんなに立派になって、上大岡に住んで居るのですよ。あなたが、古村浩三君について、書くと、A君はあなたを捨てるでしょう。そして、彼と仲良しのB君も捨てるでしょう。たった、23人が在籍していた、セクションFで、未だに、大きな動きをしている、この二人+古村浩三君を敵に回したら、セクションFだけではなくて、ICU1966年度卒業生、もしくは、1967年度卒業生すべてを敵に回すのですよ。そして、彼等はあなたを捨て去るのですよ。あなたは、それが判らないほどのバカですか?」====と、言われている事と同じなのだった。

 私は無論のこと、その意味が分かった。しかし、シャルリーエブド事件が起きて、西隣の白井小野寺邸と、と前田祝一清子宅から、激しい形で、天井灯を使った、いじめ行為が起きて居た。それと似たケースでの弾圧行為は、全部で、20方向ぐらいから来ていた。もし古村浩三君の、私のパソコンへの、攻撃(それが、どうして可能なのかは、kamakura cottageに、置いてあるルーターを経由して可能になるとは、何度もかたってきている)を、一つだけ、角野を辞めにしても、それで、他の方向が、収まって、縮小する可能性は、無かった。むしろ、あ、勝ったぞ、勝ったtぞ、と思われて、さらに、攻撃が深くなることを、信じた。

 それで、古村君がフェイスブックを利用して行ってきている破壊行為・他を、描き続けたら、片山祐輔君のなりすまし疑惑が起きて、来た。これも、無論謀略の一つである。片山祐輔君の父はIBMに勤務していたそうで、どこかで、古村君の、威令が利く間柄だったと、思われる。

*2、メモの二、・・・・・A君とB君は横浜の、上大岡に住んで居る。この地名は、京急切っての高級住宅街である。そこで、24時間も運転をし続けたという88歳老人が、暴走事故を起こして、小学一年生の男の子が亡くなった。しかも、老人は、書類送検で終わったそうだ。碑文谷で、いけに、80歳の老女が投げ込まれて死亡をした。それは、近所だが、東横線ではない路線を使う、20代の、男性が逮捕されたが、こちらも謀略行為だと、思っている。

 明日、9日に嫌な事ですが、メモを膨らませます。

 ただね、今までよりも、私は精神的に、余裕があるので、深い形で、物事を書き始めているのです。上大岡に住んで居て、起業家にして、ものを実際に作り売って、利益を上げて居る会社の社長をしているA君は、一度も、同窓会に出席したことがないのに、なぜ、私と、たった、7人ぐらいのお茶飲みを一緒にやったのか? こういうことは大事件とは、関係がないので、今までは、語る余裕がなかった事です。でも、今、心に余裕があるので、語り始めた事なのですよ。

 昨日から、おおももたまきちゃん事件が再燃して居ます。それは、私が、日大アメフト問題の続きを書いていないので、逃げている弱気になっていると、見て、再開された悪の仕組みです。でも、私は昔ほど、焦らないのです。彼らは、すさまじい人数の人員を使って悪事を行うのですから、勝負に出たって勝ち目はありません。・・・・『負けたぜ、あいつ』、と思うのなら、そう思わせておきましょう・・・・と、覚悟を決めているのです。いつか、さらにひどい事が、私の身の上に、起きたら、または、子供や孫の身の上に起きたら、この社長(A君)と外交官(B君)の、実名もさらします。

 彼ら二人は悪人ではありません。しかし、彼等を巻き込んで、利用する、鎌倉エージェントの手法には激しい怒りを感じて居て彼等を、叱り、たしなめるために、その実名を曝す可能性はあるのです。大原光孝に対して、あなたの実名は、シロタ画廊と関係があるからさらしませんよ。合い鍵をもらっていて、額を斜めにする嫌がらせを繰り返しているみたいですが・・・・・と書いているのに、さらにひどい事をやってきているので、到頭、柄沢斉と、シロタ画廊にも実名で、言及することとなりました。

 ここでは、彼等と、私のどちらが、頭が良いかの戦いとなっています。私は、何度も、「すべてはわかって居ますよ」と、言ってきているのに、さらにバカげたこと、・・・・・最近では、新潟小2殺害事件とか、日大アメフト問題・・・・・を起こしてくるからです。

 なお、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、4696965です。完成したら、書いた日付と、署名を入れます。

  2018年6月5日の深夜から、9日に書けてこれを書く。雨宮舜(本名 川崎 千恵子)

注1

青春は遠く過ぎ去りー4、・・・・・従軍慰安婦問題、林真理子インNY、大原光孝、働き方改革、妙本寺  2018-06-04 21:09:28 | 政治

後注2

榊原節子さんは、何故、中学時代のお子様方を四国へ?+ 川名昭宣、渡辺幸子、栗田玲子、山本容子、三輪喜久代、おきょうさん、テリー。   2017-09-30 10:34:46 | 政治

後注3、

桜井万里子(当時は東大教授)さんから、書くのを禁じられたことを思い出す。▲ 2012-07-28 02:30:44 | Weblog


コメント

青春は遠く過ぎ去りー4、・・・・・従軍慰安婦問題、林真理子インNY、大原光孝、働き方改革、妙本寺

2018-06-04 21:09:28 | 政治

 前報から、スピンオフをして来た話です。前報に比べると、書いて居る内容の範囲が小さいというか、狭いです。でも、あの、ニューヨークで、出会った青年は、非常に気にかかるし、また、どうして彼を注目し始めたかを語るうちに、私自身を説明することが可能だと、思うので、ここで、再び、語ることをお許しください。

 当時(正しくは、2000年の秋だった)の私は、ケネディ空港からマンハッタンに向かう地下鉄の、マンハッタン島へ向かって後3つぐらいの駅に住んでおりました。となりが、ルーズヴェルトアヴェニューという結構、大きな駅で、そこでは、四路線ぐらい走っているので、いわゆる日本の私鉄でいうと、急行が停まるという感じで、その一つ西側にある私が利用する駅の方は、普通だけが停まるという駅です。だから、四本も地下鉄が通っているのにもかかわらず、15分に一本ぐらい電車が通るという駅です。東隣の駅は、三分に一本電車が停まる駅です。

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副題1、『こんなに穏やかな事を書いているのに、ひしひしと、政治的弾圧を感じてしまう。怒りが大きい』 

 私はやはり、自分が乗った駅と、彼と一緒に降りた駅の、固有名詞を書きたいと、思いました。するとニューヨークを良く知っている人は、乗った駅も、降りた駅も、その環境が判るからです。

 ところが、地下鉄路線図がありません。それは、駅で、ただでもらえるものなので、私は、六枚ぐらい持っていた筈です。しかし、パリの地図が盗まれています。これは、困っています。八重洲ブックセンターで、結構高いお値段で買った、日本語で、駅名地名が書いてあり、かつ、パリ市内が、一枚の地図に入って居るものなので、非常に分かりやすいのです。

 で、ここから、ざざざっと、鎌倉雪ノ下を含む政治的現況に入って行って、それをある程度まで書いてから外出をしたのです。しかし、そこから先、3つほど、狙いすましたような妨害に出会ったので、警察や、CIA方面に、さらに、つっ込んで行かないと、いけなくなりました。それも、現時点での、今日の攻撃という物をです。それをすると、それだけで、大量の字数と、時間を必要としてしまい、本日書きたかったことが書けないのです。で、本日、本当に書きたかったことへ戻りたいと思います。シャルリーエブド事件とか、山本美香さん事件については、後ほど、別の章で語ります。

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副題2、『ニューヨークで、後日、従軍慰安婦が、問題となって居たが?????』

 私が乗り込んだ駅は、ほこりっぽい町に在った。それは、最下層と言うわけではないが、ニューヨークに、1980年以降に、入って来た、人間たちが住んでいる一帯であって、建国以前に、移民として来訪した、イギリス系とか、フランス系の、新教(プロテスタントで、白人)のひとたちというわけではない。また、

 ここでも政治的思い出に入るが、

 東京でも、ニューヨークでも地下鉄は、どうろの下に建設されることが多い。この町には、メイン道路として、ルーズヴェルトアヴェニューと言うのが通って居た。それは、ケネディ空港から、メッツ球場の傍を通り、フォレストヒルズと言う、五嶋節・みどり母子が、最初に寄寓を求めた一家が、住んで居る、中流の人々の町も、通る幹線道路である。

 もしかしたら、テニスの四大大会、アメリカ篇は、その近辺で、ひらかれるのではないだろうか? 町を散歩して長い塀があったので、その内側が、スポーツセンターである様に感じて、その後、そういう風に感じた。

 ところが、ある年、このルーズヴェルトアヴェニューが、従軍慰安婦通りと、命名されるというニュースが、NHKに登場した。2008年から2012年の間で報道をされた。こういうニュースからも、自分(雨宮舜=本名 川崎千恵子)が常に狙われている、人物であると、理解する原因となっている。しかし、それを逆手にとって、”ものすごい大物だぞ”と、自分を自認しているのだ。 

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副題3、『林真理子さんが、1999年の秋にニューヨークへ来たことがあったのだが?!?!?』

 しかも、ちょうど、私が滞在している最中に、林真理子さんがニューヨークにやって来て、一週間か、二週間滞在して、ニューヨークについてあれこれ、書いていた。また、紀伊國屋書店、ニューヨークの、カフェみたいなところで講演をしたと、週刊朝日(紀伊國屋書店、ニューヨークとか旭屋書店ニューヨークで日本語で、印刷されている雑誌類を、立ち読みをすると)に、書いてあった。

 しかし、私はこういいたい。彼女は有名人だから、ビジネスクラス以上の飛行機に乗って来るだろう。そうすると、機内で、隣の人と話すチャンスがない。それから、ニューヨークでもコーオーディネーターとか通訳と常に一緒だろう。さらに、日本から秘書もつれて来ていたかもしれない。

 そうすると、私の様に、機内で、となりの医療用器材や、機械を東芝と共同で開発しているビジネスマンから、9.11の時の遺体の捜索隊長が自宅の隣の人だったというような、重要な話を聞き、学びを得るとか、渡航をしてから、アメリカの美大の大学院で、いろいろな学生と素で、話し合うとか、一緒に研究しあう・・・・・という経験はない。・・・・・その様な機会は無い。また私の方は、次の年には、専門家が所属するニューヨークいち、古い版画工房で、大人の作家たち(美術系と言う事、日本では、版画家と言った方が通りが良いかな? ただ、画家も来ていましたよ)と、種々様々な接触の経験がある。

 そして、私は、アメリカに入ってしまって、二か月後ぐらいには、若い日にマスターしている英語を思い出して来て、一応自由自在に意思疎通ができる様になる。今、NHK・ETVで、夜遅くに、ぶっちゃけたスラング的、会話、を教えている。ああいうのは、身について居なくて、その手の会話をするのは、無理だけど、言いたいことを言い、相手の言っていることを正しく理解することができる。で、バス停、地下鉄の駅等の、ありとあらゆる機会を利用して、これはと思う相手を選んで、会話を始める。

 私は、それらをメルマガで送って居た。今、パソコンが18台は壊されたので、それらを失ってしまったが、2000年のニューヨーク経験だけは、一冊の本にまとめている。【黄色いさくらんぼ】と言う。それは、780冊ぐらいを相手に手渡し、で、配って歩いただけなのだが、アマゾンで、一時期、10800円の値がついて居た。もしかしたら、林真理子さんが、鵜の眼、鷹の眼で、探していたのではないかな?

 それを原資料として、ニューヨークを舞台の小説を書く為に。今、【せごどん】が、放映をされているので、林真理子さんが、抜群のレベルで、ちやほやされている。其れも加味して、彼女は大金と名誉の両方を手にしているだろう。一方で、私の方は、このブログで、お知らせされて来る数の10倍は、読者数が居るはずだと考えているが、アフリエイトの収入は無い。と言うのも、2012年に、すでに、717万回の訪問回数を誇っていたのだから。しかし、それをここで描いたとたんに、36万回に減らされて、本日も50万回であるそうな。しかし、一応知らせがあるので(たぶん、一桁少なく知らされているが)それを積み重ねて、文末に数字として入れている。特に2010年以来の数字だと、知らせてくる側は言うので、それを断りとして入れた上で、文末に記してる。今の段階で、@@@@

 しかし、こういう風に書くと、鎌倉エージェントに所属する人たちは、「ざまあ、見やがれ。おまえが書いていることが悪い事だからだよ」と言うだろう。

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副題4、『館野弘雄君の脳梗塞だが、彼が善人であったという証拠だと、思っている。死ななくてよかった。しかし、生きて居ても施設に入って居て、お嬢さんとか、奥さんが見舞いに行かないのだと、なんだか、死んでいるのと同じ様な気がする。

 私は、今、例の悪人連中からの弾圧によって、大変な苦労はしているが、反対に、世の中の神羅万象は、すべて、平衡状態に達するものだから、悪魔たちにも攻撃をされるが、神様にも見守られていて、一種の宗教人となっているので、・・・・見まいに行ってあげたいものだなあ・・・・と、思っている。私は別に教祖様ではない。鎌倉のおばあちゃんで、神様と、呼ばれる人が居て、美輪明宏さんが、皮革製のパンツをはいて、来訪して居た。美輪さんご本人から、それを聞いたことがある。一車両に二人しか乗って居ないグリーン車の中で、それを聞いた。繰り返しになるが、私は、教祖様ではない。真光教の教祖様ではない。だから、館野君が寝ているベッドわきに立って、手をかざしたら、急に彼が、立ち上がり、口が利ける様になりましたと、言うわけではない。

 しかし、お医者様から、「非常に悪いです。覚悟をしてください」と言われた主人は、一見すると、今は普通である。そして、一週間に、五、六回外出している。みなとみらいへパレードさえ見に行った。一人で。

 私には、ここでは、比較対象例といて、主人を上げて見たい。主人は、心筋梗塞と、脳梗塞の二つを、3016年の四月に発症をしてしまったのだけれど、それも大変な重傷だったのだけど、今は、一見すると、普通人として、自宅で、暮らしている。その主人の治癒家庭が、すべて、私の貢献だと、言ったら、語弊があるだろう。しかし、どうも、素手に気が付いてしまったのだけれど、その様に、人を癒したり、輝かせたりする力が、私には、ある。2001年か2002年ごろ、本格的な創作活動に入る修行をしていて、逗子で、一人暮らしをしていた時期に、娘がこういった。「お母さん、早く家(=鎌倉)に帰って。お母さんが家にいないと、お父さんがだめになっちゃう」と。

 それに従って、帰ったわけではない。左の背中が、24時間激痛に見舞われる様になって、それを治癒してくれたのが、主人だったので、人生で、何度目かの、運命的な啓示を、感じて、『自分の側の望みを捨てて、この人の妻として生きるべきだ』と、覚悟をしたのだった。

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副題5、『私達夫婦は、口げんかを激しくする。室内が100%盗聴をされているために、それを、聞いている人間が、単純な頭脳の持ち主だと、・・・・・あそこは、非常に危ない夫婦だ・・・・・と、思うだろう。しかし、これは、私の意図的な戦略なのだ。病気になって、ある程度、弱気に主人が成っていることを利用して、真実、対等な関係にもって行きたい。で、病後回復中の彼には、その任務は重いかもしれなくて、お気のではあるのだけど、今、主人を再教育している処なのだ。(苦笑)

 私の父は明治生まれ、士族として、上級の方だった。しかし明治以降は貧乏になっている。母は、大正生まれ、士族階級ではなかったが、お金持ちの家の子だった。それで、お見合い結婚をしたらしい。で、出発点は、功利的なものだったのだけれど、二人は、徹底的に対等だった。対等だから、介護をしないのかと言うとそうではない。父がパーキンソン氏病と脳梗塞を併発して、寝たきりになり、しかも話せなくなってからは、非常に深い愛情をもって母はお世話をしていた。

 しかし、主人と私との間は、対等ではない。ここは、後で、蛇足にとして、書き足す予定がある。それが、困るのだ。これから、体力がなくなった私はお手伝いさん(時間給で、派遣されるタイプ。生協でも、京急とか、東急でもあっせんをしている。様々なタイプがあるらしい)などをお願いしたいのだけれど、主人が頑として、要らないと言う。また、今二つの家を保持しているのだけれど、逗子のアトリエを保持していた時期から、20年は過ぎているので、その頃、以上に、体力が衰えて来ている私には、ヘビー・デューティである。しかも逗子に行く場合より北久里浜に行くのは、片道だけで、一時間以上余計な時間がかかる。全く参ってしまう。

 しかも借り手が、家賃を支払わなくなったのは、例の鎌倉エージェントの、謀略的弾圧の一つだと、思うから、「もう一度、貸しましょう」と言っているのだけれど、全くいう事を聞いてくれない。彼にとっては、・・・・・お金は、さして必要がないし、そちらの二階で、リハビリ、兼、日光浴を兼ねて、軽くベッドで昼寝をする・・・・・のが、無上の喜びみたいで、その喜びを手放したくないみたいだ。鎌倉も最近では、静かだが、そちらも、鎌倉よりも、静かで、しかも、日当たりがいい家なので、野菜や、植木は、ぼんぼん、育っている。しかし、私は、鎌倉の家だけで、精一杯になってきたのだった。三年前は「別荘ができた」なんて思って、喜んでいたが、急に、体力も衰えてきたので、そこに、手間が、掛かるのが、玉に瑕で重荷になって来た。

  この間、彼の入院中に、長兄が、「あれも、思い込みが激しいので、千恵子さんは大変でしょう」と言われたので、大いに心が、慰んだ。また、続けて、「だけど、千恵子が心配だとも、言っていましたよ。あれが心配だから、死ねない」とも・・・・・と。其れにも大いに心が慰んだ。これは、心臓に大きな血栓ができて、それをカテーテル手術で、散らした後で、そのかけらのうちの一つが、脳にまで運ばれてしまい、そこの血管を詰まらせて、心筋梗塞に引き続いて、脳梗塞を起こしたのだけれど、その間の一週間以内に、主人が長兄に語ってくれたことなのだ。

 しかし、抽象的な部分ではそうであっても、日常生活では、パワハラの連続だった。だから、58歳から、60まで、逗子で、一人暮らしをして、海外修業に行ったのはよかった。一人暮らしをしなければ、絶対に海外になど、行かれなかったと、思う。ただ、周辺からは私の方だけが、わがまま一杯に行動をした様に見えたであろう。でも、それを気にしなかった。そして、今では、『あれがあるので、よかった』と、思っている。あれが、あったので、今、落ち着いて居られる。

 妻は不満を抱いたままで、老後を迎えてはいけないのだ。それは、激しい形での認知症につながる可能性があるからだ。

 昔電車の中で、隣の人が、人品骨柄いやしからずの、典型なのだけれど、どうしてか、幽霊みたいに力が無いのに気が付いた。そそけだって居て、存在感がない。それで、不思議に思って、思わず話しかけた処、奥様が認知症で家事一切が、自分にかかってきているのだけれど、それだけではなくて、奥様が「自分の、腕を、噛んだりするので、つらい」とおっしゃる。「先憂後楽の反対です」と、仰った。

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副題6、『私は、上の話を聞いて、ああ、お見合い結婚をしなくてよかったと、思った。私のお見合い相手は、超のつくエリート様で、無論東大卒。あの頃は三十代だったが、その男性が、60過ぎになったら、大会社の重役になって、会社四季報に名前が載っているだろうと言う様な人たちだった。私は、結婚前も結婚後も、ほとんどの場合で、いい子ちゃんで過ごしたのだから、そういうエリート家庭の主婦も、できないことはなかったであろう。しかし、上のケースと、似た結果になりそうな予感が、自分側に、20代にして、すでに、あったのだ。上のケースでは、奥様は、閉経とか、体力の衰えを感じて、しかも、死が近いと感じた時に、今までの、人生に、実存的嘘があった事に、急に、気が付いたのだろう。それを夫に説明をして、再度、生きなおすなどと言う、会話を作り上げる、可能性が無かったのだ。あまりにも形だけ整えすぎてきたので、真実を語りあうために、喧嘩もいとわないという経験が過去になかったのであろう。

 で、何故か、人生に疑問を抱いた時に、それが、本能として、一発逆転して、夫を恨んで噛むという形で暴発をしている模様だった。突然に、理性の人から野獣に移行をしてしまった。自分が抱える悩みとか矛盾を言語化する訓練が無かった女性なのだ。それまでの、ほぼ、40年間は、・・・・・女性は、考える必要などない。奉仕のだ・・・・・という価値観に、自分も夫も浸りきって来たと、思われた。

 私が今般、大原光孝と言う人間に対して、コテンパーに分析しているのは、15年前に似た様な事があり、その時も怒って、・・・・・あの家庭には、嘘がいっぱいあって、実存的仮面夫婦だと、言っている。其れなのに、その経験からは、何も学んでいない・・・・・から、余計、激怒したのだった。

 つまり、電車の中でであった、7000万円程度の退職金を、官庁や会社から、などももらった、大エリートさんの、30年前の、30代、とか、40代の姿を、大原一家に見ていたのだった。整えられすぎている家庭。「上流階級でありますわよ」と、言う、というただ、一点で、まわっている家庭。しかし、内実を言うと、誰かが、我慢をしている人間関係があって、大人同士の間柄が、対等ではない家庭だった。そして、対等ではないうえに、心の交流が無かった。心情的な結びつきが、お子さんを中心として、扇状に、発展は、しているのだが、うちわの、要近くに、横に渡してある糸があるが、ああいうものが無かったのだ。

 別に盗聴をしているわけではない。また、特に激しく、注目をしているわけでもない。しかし、彼は、いわゆるおっちょこちょいであって、しかも、会社勤めが無くて、人間関係が薄くて、この山の主婦連中とお付き合いをするのが大好きだから、山を登ったり降りたりする際に、きゃあ、きゃあ、と、ご近所主婦と、話しながら、登ったり降りたりしているので、それが判ってしまったのだが、

 お子様に対して異様なレベルでの執着があるのだ。「もう中学生になっているのだから、そこまでしたら、お子さん側にとっては、迷惑ですよ」と言うぐらいの形で、べたべたしている。それで、気が付いたのだけれど、・・・・・大原家にいる大人三人の、唯一の結びつきが、一人っ子の、お子様に目を向け、愛を注ぐことなのだ・・・・・と。

 それは、一見すると悪い事ではない。しかし、そこまで、お子さんに集中しないと、一家がばらばらになってしまうほど、大人三人の間が、空疎なのだ。大人三人の間に、心情の交流が見られない。

 かれは、この山の町内会を【うぐいす村】と呼び、・・・・・みんなが仲良くしている・・・・・と、思い込んでいる。しかし、NHKニュースが家庭内まで、飛び込んできている現代だ。また、山を下りれば、至近距離、およそ100mの処に小町通りがあり、年間、2000万人が訪れるというが、その手の、一般の日本人と出会う事となる。そうすると、現代日本社会の潮流とも、無縁では生きられない。で、現代日本社会の潮流とは何かというと、政府でさえ、働き方改革を推進して、1070万円以上の人を線引きして、エリートとして、社会的に認めようとしているのだ。安倍内閣がそれをやっている。永田町で、それを通している。で、結果としてどうなるかと言うと、二極・分離化の、進捗だ。それは、庶民のまなざしとか、ボディらんぐぇっじに反映をしてくる。

 この間、【探検バクモン】が、GINZA6を訪問をした。それについても書くつもりがあったが、まだ、取り組んでいない。その番組内で、フランクミューラーと言う時計店が出て来た。その時計店が、新しい顧客を開拓するために、テーブルウエアを、開発して、それを若い人に買ってもらいたいそうだ。テーブルウエアなら、時計より安いので、とっつきやすいと、言う事らしい。しかし、いっきゃく分が、大倉陶苑とか、ノリタケよりも高そうだった。番組の方向性が、100%、年収一千万円以上の人向けに作ってあった。

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副題7、『1998年、1999年、2000年と秋の三か月間だけ、欧米で過ごしてみて、ひしひしと感じたのは、欧米の庶民(特に中流階級)の底流には、まだ、キリスト教が色濃く残っている事だった。で、・・・・・神が、自分のすべてを、・・・・・見ているという規範があり、・・・・・神の愛を求めるためには、やっていけない事とか、やっていい事の二つがあり、それに、従っていると、感じた。・・・・・西隣の、以前の、住民が、毎日、庭ごみを、我が家に掃き落とした・・・・・などと言う事も、キリスト者だったら、やってはいけない事となる。ところで、あそこの家では犬を飼っていたが、日当たりの悪い庭に、つなぎっぱなしで、一度も、散歩に連れて行っては、居なかった。

 もし糞を、あの犬が庭の中にしていて、それをあの奥さんが、我が家に、毎日、履きこんでいたとなると、『これは、ひどいですね』と、言うほかはない。ありとあらゆる意味で、骨惜しみの人だった。だからなのか?、この前、駅前ロータリーの一角を占める不二家の前で久しぶりに出あったら、今では、小錦以上に太っていた。が、お嬢さんが、妙本寺のお嫁さんになったそうだ。不思議な話だけど、無論、裏に鎌倉エージェントの術策があるだろう。あの骨惜しみの遺伝が、数代後、妙本寺さんに、出現する?????

 しかし、アメリカでは、貧しい層には、大いなる乱れはある。いたずら描きの横行とか、その他、教育も受けておらず、日がな一日、道路ッパタに座って時を過ごす階級(カラードが多い)も、居る。

@@@@@@ここまで、推敲が済んでいます。以下は、本日の夜か、明日行います。今は、5日の午後三時半ですが、用事をし始めますので。

 一方で、日本における、宗教観とは何だろう。仏教があり、神道がある。この間殺人事件が起きた神社があった。ああいう神社ではなくて、ちゃんとしたお寺さんとか、神社が、何を教えてくれるのかを語ろう。現世利益というものは、もちろんある。しかし、最も大きいのは、死を迎える準備なのではないかしら? 死ぬときに、右往左往、みっともない形をとって死にたくない。慫慂として乱れず、死にたい。滝業にしろ、座禅にしろ、そういう事が目的だと、思います。それは、他者への同情などとは、違った世界であり、峻厳なせかいです。カンブリア宮殿に出てくる様な社長さんは、社員を家族同然に愛しているケースがありますが、一般の日本人は、真実の愛情など、他人に対して持っておりません。

 その代わり、他人に負けてはいけないという、恥の感覚は有ります。で、経済的にも年収の高い側、お金のある側は、気にしないが、無い方は、ひしひしと感じて防衛をします。大原光孝さんも、ひしひしと、それを感じて居て、たくさんのケースで繕っています。実情よりも、飾り立てて、真実を隠しています。ただし、その具体例は書けません。それを描いたら、私の方が・・・・残酷な人・・・・となりますから。

 だけど、ご近所とは、そういう事が判ってしまう間柄だから、気を付けないといけないと、いつも言っているところに落ち付きます。どうして、彼には、それが判らないのか、本当に不思議です。何度も行って居ますが、盗聴などしていないのです。ただ、お子さんに対する態度で、すべてがわかってしまいます。家族が繕って上流社会を演じているがお互いの間がスケスケであると言う事がです。

 館野弘雄君の奥様が軽井沢に引っ越してしまい、東京の施設に入って居る館野君を、もし、見毎に来て居ないのだとしたら、館野君の40年間の結婚生活は、スケスケだったという事となります。??????

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副題8、『最初はブログで書かない筈だった、フジ子さんが、教えてくれた館野ヒロオ君の闘病生活も、夫婦って、何なのだというポイントで考え始めると、彼に若き日に、ソーピーと2人でプソイド恋愛遊戯を、見せ付けられているからこそ、

 あれ、それって、エフゲーニオネーギンの世界ではないですかと、成る。館野君が、あんたは、妻としてはだめなんだからと、婉曲にでも、言ったのは、前歯に金冠をはめていたから、仕方がなかったとしても、私は、一般的には見えない形で、夫を守り、包んでいるのだから。警察を、中心として、モノを盗まれるほどの、被害に遭いながらも、

 常に、いいことを行いたいという、宗教心が、夫を包み込んでいるからだと、思っている。

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副題9、「ぶっちゃけた話、私は、5月30日(水曜日)の深夜、以下の様にメモ書きして置いた。読者の皆様が、「あなたは、きついわね。心が冷たいわね」とおっしゃっても構わない。私は、いったんは、以下の様に、書いている。

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クラス会で、全く珍しい人である、林不二子さんが来ていた。ふっくらとした感じで、良いご家庭の奥様であると、感じる。彼女は館野家と親しいそうだ。今は、館野兄の息子さんが社長を、しているそうである。竹本油脂の事。

 館野ヒロオ君は、五・六年前に脳梗塞を患い、施設に、入所中との事、不二子さんは、言う。奥様は、軽井沢に引っ込んだとの事。フーム? 私は、英二さんを施設に入れてはいない。日吉の、ミエ子母の父・介護への、頑張りを見ているし、「病の時こそ、相手を大切にする」という、神様の教えを、実践的に、ははから、見せられているから。相当に頑張るつもりだ。英二さんより私の方が先へ行くだろうと、思っているほど、彼を大切にしている。それは、この家を盗聴している連中にはとてもわかるまい。この山で、胡乱な、夫婦愛の中で、生きている連中にも、とてもわからない境地だと、思う。だけど、数軒だが、本当の夫婦愛に満ちて、一生を送り、その結果、相手が亡くなっているご家庭もある。

 ひろおちゃんとソーピーに手ひどくからかわれた、1965年があるが、私の方が奥さんとしては、上等だ。もし、ひろおちゃんと、結婚をしていたらと言う仮定の事ではなくて、一般論として、いうが、私の方が、人間として、素晴らしく深いレベルで基本ができているのだ。こういう人間を見つけて結婚をしないといけないのに、・・・・・ヒロオちゃんの奥様は、お嬢様育ちであって、耐える力が弱いのだろうか? ソーピーなんか、結婚もしていないと聞く。子供もむろんいないのであろう。どんなに、偉い人とパーティをしていても、結局のところ、あだ花の人生だ。

 私は、別に自分をえらい人とは思わないけれど、私と結婚した人は愛や、幸せや天国への道が用意されている。日吉の母が最期に、それを認めてくれた通りだ。ひろおちゃんが、施設で死を迎えるのではなくて、リハビリの結果、家庭にもどり、おく様とかお嬢さんと一緒に暮らせる様に、祈って置こう。本当は私が見舞いに行ったら、ぐっと大きな、幸運が、天から下りて来るのに、病院名を、知る由もない。ここらあたりは、両者にとって、悲劇だと、思う。たとえ、榊原節子さん(美智子さまの従姉妹)が、3万円の花束を持って見舞いに行ったとしても、私が行くケースと比較をすると、五分の一にもならない、レベルでの、支援だろう。

  ソーピーは昔も今も、私よりも自分をえらいと思っているだろう。だが、私に言わせると、彼女は、「女子と小人は養い難し」の典型だ。ただ、善人が、悪人と共調して、行動をすると、死が訪れるの典型と、ひろおちゃんがなって行くと、それは、かわいそうだけど、誰が、ひろおちゃんを悪の道へと、協力せよと、説得したのかな? 誰が使者となって、巻き込んだのかな? ソーピー? それとも節子さん? それとも、康彦君? だれだ? それとも、じょりパスタの経営者? 高須クリニックの院長? 

 こうなると、竹本油脂が、特殊にして高価な、化粧品を作っているという事が、確かになるかな? 昔だったか、最近だったか、時期は覚えていないが、ひろおちゃんから、50cmぐらいの近さで、面と向かって、しかし、あまり意地悪では無い感じで、「あなたは思い込みが強いからね」と言われた。しかし、私が見る処、ソーピーとか、古村君の方が、はるかに思い込みが強い。凝り固まって居る。私に言わせると、「みんな、真実を知らないのだ。ただ、神様だけは、真実を、ご存じだ」となる。 

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副題10、『ひろおちゃんを、巻き込んで、自分達が助かるための道具として、使役をしたのは誰なんだ?』

@@@@@@@すみませんが、ここから先は、後で、書きます。5日の深夜は、ここで、寝ます。

 さて、私が、何故、弾圧を受けるかと言うと、それは、すでに書いているが、重要人物としては、1960年代ICUに留学をしていた、ベイカーさんと、私の少学校と、大学の両方で、先輩にあたる、石塚雅彦さんと、最近使われ始めた、大宅映子さんと、大前勇介さんなどの年上のひとと、年齢は如何か、知らないが、同期卒業生である、秋山豊寛、川名昭宣、古村浩三、などが、非常に大きなことをやってきているのだが、

  二次的に、瞬間的に、悪・利用をされたのが、野々村康彦君tか、館野弘雄君なのだ。

コメント

青春は遠く過ぎ去りのIII + 国展や女流展での怖い思い出とNYでのぼろ服の詩人との切ない思い出△

2018-06-01 03:34:24 | 歌舞伎

 最初に挙げた写真の説明をさせていただきたい。私は、東大勤務時代の写真をスキャンしていると思うのだけれど、パソコンが、18台ぐらい壊されているので、今は、見当たらない。で、ここでは、その二年前の、大学時代の写真を置きたい。教授は湊宏先生ではなくて、欧陽可亮先生だ。写真を撮って居る学生と、全部で、四人だけが、中国語を、学んでいる。教授は王義之の子孫だと、聞いている。お嬢様の肌のろうたけている事、それを見ると、その先祖の話も本当だと、思う。

 この章では、東大時代にも私が4歳年上の、美形の青年に、こちらがそちら様に、惚れていると、そちら様から誤解を受けた話を初出として書いている。とても、恥ずかしい話として、それを語っている。別に誇って、それを言っているわけでは無くて、館野弘雄君が脳梗塞を患っていると、聞いたので、初出として、それも上げている。彼への慰め用の、プレゼントとして、それを上げて置く。

  前歯に、金冠をはめていることがこの写真でもちらっと見えている。ただ、恥多いお話を二つも上げているが、私には、最上級の男性を相手のお見合いも持ち込まれており、それほどに、低レベルの女の子でもなかったとは、思うけれど。下はお見合い用スナップだ。小顔なことは確かであり、八頭身を誇っていたと、は、思うが。

 ところで、ここで、二つの恥多い話をしているからこそ、下の、無事に結婚式に至った写真を披露したい。私達夫婦は同い年であり、主人が大学を転学、転科しているので、収入的にも社会人としても、準備が整って居なくて、こぎつけるまでが、大変だった。

 普段、お化粧を全くしない人間が、私なので、お化粧をすると、きれいに見えると、出席者が、スピーチで、口々に言ってくれた。それと、この写真はアルバムからはがさず、スマホで、再録をしているので、主人が斜めになってしまっているし、主人の顔が、普段通りの美形には、写って居ない。きっと緊張をしているのだろう。当時の、彼の実物は、とても、さわやかな美少年だった。

 初恋の人と結婚をして、万々歳の筈だったが、結婚生活と言うのは、絵にかいた餅ではない。お若い方には、「数十年間は、我慢が必要ですよ」と、は、お伝えしておきたい。だが、もうひとつ、「生きていくためには、必要な手段です」とも、言っておきたい。

************と、言う挿入を冒頭に入れて、この章の、本文に入って行こう。

 これは、前報、と前々報の続きです。思いがけない知らせ・・・・・友人が脳梗塞で倒れて、施設に入って居る・・・・・という情報を聞いて、たじろぎ、そして感慨が深かったという話です。ひろおちゃんと言う同級生は、たった、三人だけが所属しているゼミで一緒で、そして、皇后美智子さまと、同一のソサイエティに所属していると聞いていたので、テニスなど、上得意で、健康的には満点の、男性だと、思い込んでいました。

副題1、『施設に入って居るという言葉が驚きで・・・・・きっと、高級な老人ホームを指すのだろうが、昔、NTT所属の104番担当の女性が母の老人ホームの電話番号を問い合わせている私に対して、何度も、「施設ですね」と、オウム返しに答えたので、非常に嫌な気分になった事を思い出した。可哀想にひろおちゃんは、と、思う』

 脳梗塞を患った人が入る施設とは、どういう物かと思います。75歳以上だから、老人ホームだと思うのですが、それでも、上の二重ガッコ内で書いた昔の、エピソードの、嫌な気分を思い出し施設に入って居るというのが、気の毒でならないのです。母はずいぶんいい老人ホームに入って居て、しかも三人の子供が分担して、毎日誰かが見舞いに来る状況だったので、大変丁寧な扱いを受けていたと、思います。そして、前夜11時まで、私が居た次の朝、大往生という診断で、ほぼ、何も苦しまず、あおむけに寝たまま、事切れて居たそうです。後、一週間で、93歳を迎えるという時期でした。

  ただね。本当の事を言うと、母は、その三か月前から、自分の意志で、ものを食べなくなっていました。匙で、与えようとするなどの、他人からの介助も拒否して居ました。で、家族(=こども)は、本人に問い合わせをせずに、延命措置をおこなわないという決断をしました。で、胃ろう、及び点滴による栄養補給は行わなかったのですが、それでも、三か月延命し、一種のミイラ状になり、やせ細るという形で、亡くなったのです。意志は、普通でしたよ。話と言うか、会話は成立していました。だから、自然に任せて居ても、人間が一人死ぬと言うプロセスは、大変なものです。しかし、飼い猫の老後(垂れ流しになって半年後だったか?な)と、その死を、すでに見て居た、私は、・・・・・猫よりも体重が多い人間が、死に至るまで、どれほどに大変になるか・・・・・は、悟っていたのです。

 施設に入ったと聞いた、ひろおちゃんのその施設が、老人ホームであると仮定して、老人ホームがどういう場所かを語ります。母は、上に言った通り、そんなにいい環境で世話をして貰っているのに、家に帰りたがっていました。老人ホームと自分の家の違いは、モノが置けるかどうかです。家なら手芸の道具、お琴、ギター、そして、パソコン(株の情報を見るために、80過ぎにパソコンの使い方を覚えた)と、母が、長年携わってきた、趣味の道具があります。で、私自身は、母の思いを、聞いているので、老人ホームに入るという設計図は持っておりません。孤独死でも、ごみ屋敷になってもいいから、自分の家で最後まで、頑張りたいと、おもっております。このご近所でも、病院で最期を迎えましたと、言う人は多いですが、老人ホームで最期を迎えましたと言う人は、私が知る限り、ひとりだけです。

 老人ホームの場合ですが、見舞いが多い方が大切にされると思います。母は毎日誰かが見舞いに来ているし、他者へ、奉仕の気持ちが大きかったので、老人ホームでも毎夜、他の人たちの洗濯ものをたたんでいましたので、大切にしてもらえました。ひろおちゃんの、心配をするよりも自分の心配をするべきですが、一つだけ気がかりだったのは、奥様が、軽井沢に転居したという話でした。

 老人ホームが、どこにあるかがわかりませんが、もし東京近辺にあるのだったら、奥様は、軽井沢に居るわけなので、あまり、頻繁には見まいにいけません。そうなると、施設のスタッフが、ひろおちゃんを大切にしてくれるかどうかが、心配になります。また、軽井沢にある施設に入って居るのなら、お嬢さん方が見舞いに行けません。。

 さて、今度は、そのお話をしてくれたフジ子さんへ、入って行きましょう。例の二つの疑問、その知らせは、天使のお知らせだったのか、悪魔からのお知らせだったのかを検討する為です。

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副題2、『私は着席後、たった15分ぐらいで、立つように迫られたのだけれど、それでも、誰が、出席をしているかは判別がついた。ただ、一人だけ、『誰だったかなあ?』と、言う人物がいた。それが、分からなくて、隣の人に聞くと、「フジ子さんよ」と答える。『フジ子さんって誰だったかなあ?』と、疑問の面持ちで居ると、その友達が、「ほら、AFSでアメリカに行った人よ」と答えてくれた。AFSを体験した人は、一学年下がって、あらためて、日本の高校の勉強をする。だから、私は、短い期間しか、同じ学年として過ごしていないし、その上、彼女と同じクラスになったことがないので、まったく疎遠な間柄だった。だから、顔が、判らなかったのだ。ただし、AFSと聞いた、その途端、昔の姿を思い出した。そして、圧倒的に、女っぷり、または、人間っぷりが、上がって居るので、それには驚いた。

 彼女は以前と比べると、二倍ぐらい体重が増えているのではないかと思う程、ふっくらとしていて、他の人が七頭身か、八頭身である中で、只一人、六頭身ぐらいに見えた。でも、白いお洋服、白い肌。白い髪の全体が、不思議な調和を見せて、まるで、雪だるまみたいにかわいかった。そして、もっとはっきり言うと、絵本の中に出て来る優しいおばあちゃんと言う感じだった。

  彼女はもしかしたら、英語を教えたりしているのかな? お化粧っ気のない、白いお顔に、銀縁の満丸い眼鏡をかけて居た。それも、全体の丸っこさと、調和して居て、或る種の独特の美しさを醸し出していた。テレビや映画では見たことのない顔。でも、童話とか、絵本の中には出て来る美しくて優しいおばあちゃん。

  ここで、二日目に加筆をする。敢えて、有名人の中で、似ている人を探してみると、童話作家【魔女の宅急便】の角野栄子さんと似ている。でも、私が、横須賀線新橋駅で、出会った角野さんは、『ああ、やはり、マスコミに出ている人は、こういう顔なのか? 童話作家でも』と、思う程、キツイ表情の人であった。しかし、この5月28日の、フジ子さんは、角野栄子さんより、二回りぐらいふっくらして居て、本当に、優しい顔をしていた。

  私は、フェロモン的に言うと、女っぽい人らしいのだけれど、考え方の上では、まったく女っぽくは無くて、嫉妬心という物を持たないのだ。そして美しいものが大好きだ。で、ぼんやりとフジ子さんに見惚れていたので、彼女がそれに気が付いて、彼女の方から、話しかけて来たのだったろうか?

 それとも好奇心いっぱいで、自由自在な、私が、『こういう幸せそうなお顔は、どういう生活から生み出されるのか?』と思い、それが、不思議で、こちらから、話しかけたのか?

 それが、どっちだったかが、木曜日辺りになってしまったら、どうしても思い出せないのだ。

 だけど、それがどちらかだったかが、この館野弘雄氏の脳梗塞・罹患のニュースが、悪魔の知らせだったのか、天使の知らせだったのかを分ける重要なポイントなので、私は、実は、今、困り切っているのだった。 

 ただ、傍証的に考えていくと、彼女はこの学年のクラス会には、ほとんど出席せず、上の学年の、クラス会に出席する人だから、その日に、急にというか、珍しく、出席していたのは、やはり、私に、ひろおちゃんの、罹病を知らせ、私を、暗示的に、責める役目を担って、この会に、出席をしたと、推察もされるのだった。という事は、80%は、悪魔からのお知らせとなる。

 ただ、フジ子さんの表情の中には悪意という物とか、・き・つ・さ・という物は見られなかった。本当に透明でさわやかだったので、彼女が、敵からの使者だったのか、それとも、ひろおちゃんの罹患を知らせ、『これから、彼について書くときは、それをわきまえて、書いてね』と、教える天使だったのか? 本当は、どちらだったか? それが、今もって、判らない。

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副題3、『全体で、三分間程度の短い会話だったが、話したのは、もっぱら彼女の方だった。で、任務をもって、出席をしたとも考えられるのだけれど、彼女の言葉を逐一たどると、以下の様に成る』

 「私はね。お茶大の付属高校を卒業した後でICUへ行ったのよ」と、言う。まったく知らなかった。私が浪人をしたせいでもあるが、あの小さな学校で、一学年上に、フジ子さんがいたなんて、覚えがなかった。大学時代のフジ子さんは、結構目立たない感じで、暮らしていたと、推察された。塩見和子さんなど、圧倒的に目立っていたのだけれど、フジ子さんは目立たない感じで生きていたのだろう。

 しかし、一学年上だと、聞くと、・・・・・豊田淑子さんと言う女性と、彼女が親しいかどうか?・・・・・を聞きたくなった。豊田嬢は、ICUでは、ジャズクラブのキーボード奏者だったので、舞台姿は覚えているが、それ以上に、懐かしいと思うのは、私とは中学時代の同級生だからなのだ。中学時代には、同級生の女の子は、15人しかいなかったので、特に懐かしい。淑子さんに関しては・・・・・若い日に、マレーシアに行き、日本語教師として一生を終え、そちらで亡くなっている・・・・・と、聞いている。しかし、結婚をされたのか? お子さんがあったのか? そういう事を私は知りたい。と言うのも、淑子さんの家は、1950年代は、本牧の丘の上に在り、お招きを受けて、私は、そこを、訪問をしている。母君は、当時は、最先端の、輸入花であったジャーマンアイリスを育てておられた。今、私もそれを育てているので、あのお庭が懐かしいのだ。母上は、無論、亡くなっているだろうが、兄上が、あの家を継いでいるのだろうか。兄上も亡くなっているとすると、兄上のお子さんが、淑子さんの、状況を知って居るかなあ?

 で、私がすでに、知っている事以上の情報を持っている人が居たら、それを聞きたかった。で、フジ子さんに「あなたは、ICUで、どういう人達と付き合ったの?」と質問をすると、「館野君よ」と、彼女は答える。「ほら、奥さんもICUでしょう。だから、彼とは、今でも、よく行き来しているの」と、答える。私は怪訝な面持ちに成る。ひろおちゃんの、奥さんは、ICU卒ではなかったから。すると、フジ子さんは、私の疑問をすぐさま察知して、「ほら、お兄さんの方よ」と、答える。

 で、納得をする。兄弟は、顔が似て居なかった。そして、『きっと、性格も違う』と、思う。ひろおちゃんの方が複雑で、幅が広い性格だろう。お兄さんの方とは、一度も会話を交わした事が、無いが、私に言わせると、『ひろおちゃんよりは、単純な人だろう』と、なる。

 私は瞬時に、10年ぐらい前に、館野弘雄君と交わした、お嬢さんについての話を思い出した。お嬢さんが、キティちゃんを好きだと、言う話だ。60歳近くなって、クラス会で、隣り合わせの席になった時に語っていた。「いい大人が、あんなものをすきなんですよ。驚きますね」と言っていた。これは、その10年後の今になってみると、まったくおかしくはない。アメリカのセレブとか、女優でさえ、キティちゃんが大好きなのだ。

 しかし私は、それを聞きながら、『もしかしたら、お嬢さんはまだ結婚をしていないのだろう』と感じた。しかし、それを質問をするのは、避けた。むかし、ひどい屈辱を与えられているからこそ、何かを語って、それが、復讐の臭いを放つことを避けたいと思っていた。

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副題4、『ここでも、何度目かのこととして、オネーギンからのアリア【青春は、遠く過ぎ去り】に戻って行きたい』

 ああしかし、似た様な話は、職場でも起きているので、私は、どうも、非自覚的に、常に、フェロモンを発揮しているみたいだ。職場の方の、思い出も、非常にドラマチックで、掌編小説が書けるほどだ。ちょっと触れよう。

 数歳年上の、上司に、家柄も、超ハイで、かつ、能力も高い東大の、助手様がいらした。教授は、そのひとを、後継者にしたいと、思っていらした。何人かいるポスドクの中で、そのひとを抜きんでて、重く用い、ちょっと、早めに、そのひとを、出世させたいと、思っておられた。その後で、院政を敷く為に、お嫁さんを世話したいと、思っておられた。普通だと、お見合い写真を渡して、お見合いをするという形になるが、教授は、もし、それで、不成功だった場合を恐れて、その若いお嬢さんを東大の、臨時職員として採用なさった。大変な美女で、助手さんの方も美形だから、お似合いのカップルだと、思われた。

 ここで、そのお嬢さんの為に、かばって、言えば、・・・・・彼女は結局は別の人で、同じく美形の青年と結婚をした・・・・・と、種明かしを先にしておこう。でないと、彼女がかわいそうなので・・・・・

 そういう状況下にあることは、すべての人が知って居て、二年が過ぎた。昼休みには、お嬢さんの方が、助手様の、研究室を訪問して、なにかのおてつだいをしながら、きゃ、きゃっと、笑い声をあげて居た。

 しかし、私が、勤務をし始めて、二年強の事だったが、突然に、その助手様が、結婚を発表をした。その時には、みんながびっくりをしたと、思う。そして、私達、若い人は、本番の、結婚式にも披露宴にも招かれなかった。でも、私たち、若手は、ご自宅で、2週間後ぐらいに開かれた、うちうちの披露宴には招かれた。 

 人気のある住宅街の、駅から、10分以内の場所に、広いお庭の有る、大正時代に建てられたと、思しき、平屋建てが展開しているお屋敷だった。その離れ風の和室で、箱膳が運ばれてくるという形での、披露宴であり、お嫁さんは、洋服だったと、思う。そう勢、7人ぐらいのお客であり、出席者は、みんな例のお若いお嬢さんの、心中を察して、やや、緊張気味だったと、思う。

 私は、この電光石火にして、驚天動地の結婚で、助手様が選んだ女性とは、どういう人なんだろうと、興味津々で、観察していた。すると、お嫁さんは、中肉中背で、メガネをかけており、お化粧っ気もない人だった。だけど、学問の世界の人ではなくて、親が、学者なのであり、ご本人は、専業主婦で、これから、やって行くというつもりのご結婚らしかった。

 お嫁さんが最初に出席者に紹介をされたが、ほとんど名前ぐらいのご紹介だった。その後で、出席者を、年長から順番にお嫁さんに向かって、名前とか仕事内容について、助手様が、紹介をした。

 その頃の私はまだ、結婚前であって、旧姓、いそべ(礒部)で」通って居た。助手様が、私について説明を始めると、奥様が突然、「あら、あなたが・・・いそべ・・・さんなの。ああ、よかった。あなたで」と、言った。誠実そうで、落ち着いた感じの女性だったが、その時だけは、素っ頓狂な声をあげたと言ってよかった。

 私は、その瞬間に、顔から火の出る様な、恥ずかしさを味わった。『ああ、是って、例のソーピーと、館野君が、演じたプソイド恋愛の、繰り返しだわ』と、思い到って。この時の出席者の中で、この奥様の発言の意味が分かった人が居たかどうかを、私は知らない。その上、その頃の私は、全然にさばけていなかった。単なる、うぶな人だったので、奥様のその台詞に対して、瞬時に、「あら、いやだ。奥様、それって、大いなる失言、ざーますわよ」なんていう種類の、切り返しが出きる筈もなかった。

 ただ、ただ、下を向いてもじもじしているだけだった。

 この時の出席者で、奥様の言葉の意味が分かった人が居たかどうかを知らない。しかし、主人公のお婿さん(助手様)と、私には、意味がきちんと分かった。それを、読者様に教えよう。どうしてそうするかと言うと、館野弘雄君が脳梗塞を患って、施設に入って居ると聞いたからだ。彼へのプレゼントとして、これを語る。

 つまり、このエピソードの裏側の真相は、助手様は、私が助手様に、惚れていると、感じていて、私から去るためと、教授が持ち込んでいる、院政を敷く為の美形のお嬢様との結婚の、二つから逃れるために、急いで、まったく別の世界の人を選んで、結婚を決めたのだった。その困ったちゃん二人の事を、奥様に、事前に語っておられたので、奥様は、その二人の若い女性に対して、興味津々で、待っておられたのだった。

 そして、助手様が、より、厄介に思っておられたのが、私の方だったと、推察された。それは、例のきゃ、きゃっと、はしゃぐ、美形のお嬢様より私の方が年上で、先に紹介をされたので、判った事だった。助手様が、心配していた相手とは、例の美形のお嬢様の方では、なかったのだ。で、奥様は・・・・いそべ・・・・という名前を聞いたとたんに、『あら、この人なら、自分は、まけないわ。全然、大丈夫』と安心をなさったのだった。それが、「ああ、よかった」という発言に繋がって居た。

 もし、美形のお嬢様の方に、助手様が困っていらしたのだったら、先に紹介をされた、いそべという女を見ても、聞いても、奥様はさらっと、見逃して、つぎにしょうかいされる、若くて美形の、女性の方に、意識を集中されて、居たと思う。そしてそちらの女性の美形っぷりには驚いて、・・・・・そのひとには、容貌においては、自分の方は、負けるからと、自覚をされるであろうからこそ、何もおっしゃらなかった・・・・・と、思われる。しかし、助手様は、私の方に、より重点を置き「彼女には、惚れられちゃってねえ。とても困っているのだ。だが、彼女は人柄は、いい」し、「頭もいい。だけど、奥さん業には向かない」とも、伝えておられたので、奥様は、私の、「人柄がよい」という評価の部分に安心して、私に対する警戒心が、まるでなかったのだった。

 その日、未婚の二人の女性は、それぞれに、針の筵に座っていた。教授が、選んだお嬢さんと、実際のお嫁さんの違いがどこにあるかと言うと、卒業大学が違うのだろうと、私には、推察された。お嫁さんは、東京女子大か、津田塾の出身だと、思われた。東大勤務の、お嬢さんの方は、短大卒だったのだ。兄弟姉妹が多いご家庭の、しかも、下の方だから、いい大学に行くという気概がなかったと、思われる。これが、長女とか、長男だと、親が帝大卒なら、子供も偏差値の高い大学に進まないといけないという気分になるが、三番目のお嬢さんとか、四番目のお嬢さんとなると、親の方も、自分も、「いいよ、どこでも、好きなところで」と、言う感じに成るだろう。彼女は、この日、とてもつらかったと、思う。だけど、あっという間に、別の美形の青年と結婚をした。たくましい。記憶をたどれば、彼女は、七人兄弟の、末っ子だった。なるほど、私とは、違う。7つになるまで、ほぼ、一人っ子として育った私にはたくましさが、無かった。

 ともかく、このケースでも、誤解が、50%以上はあると思う。東大内部で、私は常に助手様とは、別の部屋に居て、しかも、その助手様とは、まったく違う仕事をしていた。だから、接触がない。どうして・・惚れている・・と誤解を受けたのだろうと、思うが、ソーピー・館野弘雄・連合軍に辱めを受けて以来、二度目の事だったので、この時は、理由は深くは、詮索しないで、水に流して置いた。一度目の館野君の場合も、二度目の東大での経験でも、こちらとしては、「いわゆる告白なんかしたことがない」のに、そういう風に相手に思われているのだった。恥ずかしい。

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副題5、『国画会での思い出-その1・・・・・女性の、顔の、小さな・生まれながらの障害、そして、心配と、安心』

 この、こちらは、告白なんか、していないのに、相手が『彼女は、自分に惚れている』と、感じ取ったり、奥様の方が、『あの人は、私の主人に惚れている』と、誤解をするケースが、その後、40を過ぎてから、国画会を舞台として、何度も、起きるようになる。

 私は国画会では、不当にいじめられていると感じたし・・・・・(それが、今では、嶋田章三の真実とか、北久里浜の、大詐欺事件という大政治的案件に結びついて行くので、思い過ごしではないのだけれど)、・・・・・・1990年代には、今ほどの、深い真実には気がついて居なかったので・・・・・どうして、そういう風になるのかの、真実を知りたかった。ので、いろいろな人に電話をかけて、情報を探って居た。その中で、そういう、フェロモン系の誤解をする、男の会員がいたり、会員が男で、その奥様が誤解をしたりするケースもあったが、まったく誤解の起こりえない冷静で、静謐なご家庭もあって、その時電話を掛けた相手が、持つ、人間性の、高さとか、低くさとか、を、そのポイントからも学ぶことが多かった。人を見る目を養うのに、大きく役に立った。

 私は、国画会の、洋画部に、1991年から、入選をし始め、2002年まで、出品をしたと、覚えている。1998年からは、版画部にも入選した。で、そこへの出品を、停止した後で、本を作り始めた。その本を、自分が人生で知り合った、人で、人柄がよくて、知的だと、思われる相手に、郵便で、送って居た。または、画廊で渡していた。ところが、編集中から、ハッキングによって、大変な妨害を受ける様に成る。本の内容は、心理学や、哲学、芸術の分野に限っているので、妨害を受けるはずもないのに、妨害を受ける。したがって、今の様な文章を書き始める。

 だから、伊藤玄二郎を中心とする鎌倉エージェントと言うのは、ある意味で、自分で、自分の首を絞めていると、思うのだけれど、トカゲの脳味噌の持ち主なので、まったく反省をしないし、方針転換をしてこない。

 で、何冊目かの時点で、妨害行為の一つとして、郵便が相手に届かないと、言う事を感じたので、自分で、配って歩くことにした。準備段階のハッキング中に、・・・・内容が面白過ぎて、高度だ・・・・と、鎌倉エージェントの、連中が感じ取ったので、郵便が相手に届かないという形での、妨害を受け始めたのだった。それで、配って歩く際に、切符代とか、交通費の節約を、したくて、ある路線のある駅を選ぶと、そこの町に住んで居る小・中・高校・大学・時代の友達も、ピックアップするが、と、同時に、絵の世界での、知り合いもピックアップをして、地図上に、印をつけて、訪問をして渡して歩いた。そういう時期がある。

 そんな時節の、ある日、大学時代の友達の家に続いて、同じ最寄り駅を利用する国画会の会員のお宅を訪問をした。その時の話をしたい。電話を掛けたことがあって、非常に声のきれいな奥様だった。その奥様が、私に、警戒心を持っておられるのを、私は、以前から、感じていた。私も声がいいので、それで、嫌われていると感じていた。同類を人は嫌うのだった。しかし、実際に訪問をして、或ることを発見して、ひどく驚き、それ以来、奥様を許す方向へ移行をした。実は、奥様には、お顔に生まれながらの障害があった。しかし、結婚・相手として、素晴らしい画家(紳士でもあるし、収入も高い人)と結婚をされて居たので、頭が良い方だと、思われた。でも、夫を信頼しつつも、ひそかに、心配し続けておられたのだった。夫を奪う別の女性が出てくることを。それは、奥様の、ご自分の身体的障害からくる、劣等感が生み出した、被害妄想だっただろうが、そうなるのも自然な事だろうと、感じ入った。

 で、私の方は、次の本を、そこへもって行くことは、やめにした。余計な、心配を与えないためだった。反対に、その時の、奥様の方の、表情なのだが、これが、東大勤務時代の、あの、助手様の、お嫁さんと、全く同じだったのだ。実際の私をご覧になった奥様の、表情には、「安心したわ」とか、「この人なら、私の夫が、よろめくはずもない」と、書いてあった。(大笑)

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副題6、『国画会での、思いでーその2・・・・私は国画会内部では、出世できなかったので、一般出品者の作品の合否を決定する審査会場には、出席出来ない。しかし、ある時に、どうしても、1993年度の審査風景を、調査し、確認する必要が出てきた。それで、ある男性会員に電話を掛けたのだ。けれど・・・・・そこで、驚くべき反応に出会って、そこから、NHKを利用した大いなる政治的謀略が生まれてくるのだけれど・・・・・』

 この、・・・・・私が、相手に惚れていると、誤解を受ける話の中で、最も劇的であって、私が憤慨したケースがあり、それを、これから、語りたい。或る日、国画会の会員、W氏に電話を掛けた。それは、1993年か、1994年の、国画会の審査風景を、教えてもらいたかったからだ。私の方は、その時点(=2008年から、2014年間でのどこかの時点でのこと)では、国画会への出品を、停止している。したがって、相手にはこたえる義務はない。

 でも、私の方に、絶対に真実を知りたい事案があった。それは、・・・・・NKさんと言う天才肌の女流画家の作品を、・・・・・国画会が、1993年か、1994年に落選にさせたのは、どういう経緯だったのか?・・・・・という案件だった。

 すると、その時の相手は、「あんなの駄目だよ。だって、新聞沙汰にさえ、成ったのだぜ」と答えた。私は、びっくりした。その新聞報道については、何も知らなかったから。

 私は、文化庁の在外研修生で、パリへ行くことができることが分かって以来、まったく新聞を読んでいなかった。それで新聞沙汰になったという件が何を指すかがわからなかった。

 このNKさんは、普段は、女流展に出品をしていた。会員だったと、思う。しかし、後から知るのだが、薬科大学を卒業して、画壇に入ってきた人なので、いわゆる学閥(ムサビとか、多摩美とか、芸大とか、女子美と言う種類のもの)を持っていなかった。しかし、草間彌生と、一緒に五人展を都美館で、大規模な形で開くというほどの、特別な才能も持っていて、それなりに有名美術評論家から認められていたので、私は、自分が女流展に出品しながら、顔も見たことのないNKさんの作品には、注目をしていた。

 一方NKさんの方も、私のうわさを聞いていて・・・・・(というのも、私は、地味にふるまっているつもりなのだけれど、どうしてか、とても目立つところがあるらしいので、女性たちの間でも、すぐ、注目の的となってしまうのだった。また、絵にも力があったと、思う)・・・・・私には、注目をしていたのだと、思う。で、1990年に、私が女流展に初入選をして、すぐ次の年に、国画会運営の、国展に入選をした事にも気が付いてくれたのだと、推察している。・・・・・女流展より国展の方が上だ・・・・・と、一般的には、評価をされていて、NKさんは、自分が女流展内部での、生きざまに行き詰っていたので、国画会に、活路を見出そうと、考えたのだと、推察している。私の様な、誰も他の人の引きがない一匹狼が、さっささっさと、自由自在な選択をして生きていくのも、『いい方法だわ』と、彼女は考えたのだと、思う。彼女が、その頃、自分の、いきざまに、行き詰っていたというのは、女流展と言う、おんなの世界での、足の引っ張り合いなども、見聞きして、それを、嫌がっていた可能性もある。・・・・・其れと、これは、後から、上條陽子さんに、あれこれを聞いて、知るのだが、離婚をしたそうで、それで、行き詰って来た面もあると、推察している。・・・・・そういうわけで、私は、顔を見たこともないし、話しをした事もないNKさんと、ひそかな心の交流を持っていた。

 ところが、そのNKさんが、画壇から姿を消してしまった。それで、その事に気が付いてから、数年が経ってから、私は、上條陽子さんに、NKさんの現在を電話で質問をしてみた。すると、上條陽子さんは、「あのひとは、ハイジンになったのよ」と教えてくれた。私は、1985年ごろから、1997年まで、鎌倉で俳句会に所属していたので、ハイジンという電話内での、音声に対して、「俳人」を当てはめた。その上で、上條さんに、「へえ、俳句の世界に行ったの?」と、応じた。すると、上條さんが、「違うわよ。入院したのよ、精神病院へ」と、教えてくれた。ものすごく驚いた。

 その理由なのだけれど、私はひそかに、・・・・・1992年の初入選に引き続いて、1993年にもNKさんが一般出品者として、国展に応募して居て、落選をしたのがメインの理由だろうと、推察した。

  後から、離婚をしたと、聞いてそれが、納得されるのだが、NKさんが、国展1993年度に応募した作品は、材料費が、掛かって居ない、しかも、小さめの作品だった。それは、国展で、落選をした同じものを、次の周期で、行われる女流展に出し、そちらでは、審査がないので、合格して、上野の都美館で、展示をされるので、私は実物を見たから、知っているのだけれど、材料費としては、総計2000円程度でできるものだった。NKさんは、離婚をした結果、金銭的に不自由になり、そういう作品を作って出したのだった。ベニヤ製のパネルで、100cmX80cmぐらいのものに、週刊誌を一頁ずつに剥がしたものを、びっしりと貼って居た。

 しかし、これは、別の面から見れば、許されるものだったのだ。いわゆるコンセプチュアルアートという意味で、許されるのだった。草間彌生について、読者の皆様は、明るいポップ調のかぼちゃを、思い浮かべられるだろうが、草間の、1998年までの、全作品・全資料を、アメリカの美大pratt institute の大学院で、研究をした事のある、私は、今の草間は、商業主義にのめり込んでいて、専属画廊の、意のままであろうし、それをまた、楽しんでいるので、前衛芸術家としては、化けの皮がはがれたとも思っている。『まあ、としだから、それも仕方がないですね。老人は、円満になり、角が取れるものだから』と、思っているが、NKさんの方は、前衛芸術家として真っ盛りの時に、突然画壇から、消えてしまったので、研究することが好きな私にとっては、絶対に真相を知りたい研究対象となったのだった。

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副題7、『国画会の思い出ーその3・・・・・さて、私は国画会と縁を切って既に、10年は過ぎていたので、相手から、そちら様の、・・・・・付き合い上の、義務感を感じるであろう、それを利用して教えてもらう事は、出来ない・・・・・と感じている。

 で、誰に質問するかは、難しい問題だった。私は、その時点で、国画会内部に、50人を超える知己を既に、持っていたが、これは、東京の審査会場に出席した人でないと、教えられない情報だったし。頭がいい人だとは、知っている山口千里さんは、まだ、準会員だったし。地方に住んで居る人だと、どんなに人格が高潔でも、審査には、来ないケースが多いので、質問ができない。それと、高齢を理由に審査会場に来ない人もいて、そういう人にも質問ができない。

 その上、私の事を熟知して居る人にも聞きにくい問題だった。私が何の為に、それを知りたがっているかを、微妙に察知してしまうと、思う。で、教えてくれないに決まっている。それで、私としては、相手を『あまり好きではないが、正直な人だなあ』と、思っている男性を選んだ。年上の人だった。

 その人が、正直で、純真な人だと、言う判断は当たっているらしい。私は彼の、「駄目だよ。あいつ(=NK女史)なんか、新聞沙汰になったんだぜ」という答えに怒って、別の女性会員で、非常に親切で、人格も高い人に、愚痴を言ったら、「あら、でも、あの人って、国画会切っての、純真な人なのですけれどね」と言う答えだった。ので、私が、その男性を選んで、質問をしたのは、当たっては、居たのだった。私はできるだけ善人と付き合いたいとは、思っているし。

 どうして彼を選んだかと言うと、一番最初の彼からの質問が、1991年の二次会という宴席における「どうして、ビールをつがないの?」だったから。「私は、非自覚的ながら、フェロモン横溢の人だ」と、この章では自分の事を、語っている。が、私の、もっとも、大きな特徴とは、・・・・常にものを考えている・・・・という事だ。それで、一種の白昼夢の人だと、見えるらしい。それは、そういう傾向を持たない人には、奇妙に感じられて、結果、単なる、なまけものだ、見做される。または、まったくのバカだと、思われる。それが館野君に、拒否されたり、東大での、助手様に、奥さんにするにはふさわしくないと、思われる理由のひとつだったと、思う。奥様に向いている女性とは、常に、旦那様に注目をして居て、そのひとのために、精一杯の、奉仕をする人が好ましいからだ。白昼夢にふけっている様に外部から見える私は、ホテルマンとか、旅館の女将とかとは、正反対の、性格と行動の、人間なのだ。

 その上、私の身近には、お酒を好む人が居なかった。父も飲まないし、夫も飲まないし、唯一の勤務先であった東大では、「帰りに、いっぱいやって帰りましょう」と言う様な文化が無かった。だから、その二次会で、その会員に、「どうしてビールを注がないの、他の人に?」と、言われたときは、鳩が豆鉄砲を食った様に、ただ、ただ驚いた。

 その時点(夜の八時頃)までに、午前中から、8時間ぐらい、上野で、初めて・・・・観客ではないという形で、参加した、国画会が、内包する、諸特徴(諸矛盾)について考え続けていたのだった。『これから先、ここで、やって行かれるだろうか?』と感じて居て、それを、考え続けていたのだった。初日から心配事がいっぱいあった。が・・・・・ビール云々という話で、白昼夢を破られた。

 でも、初めて参入した国画会で、一応だが、注意をしてくれた人だ。だから、印象に残った。それで、例の国画会の裏側にあるもの・・・・・・例の北久里浜の件で、「彼女(=私の事)を絶対に会員にするな」と、嶋田章三さんは、裏から言われていたと推察しているが・・・・・を探りたくて、二、三度、同じ人に、電話を掛けた。すると、電話内でも、思いがけない答えが返ってきた。「あなたねえ。僕を恋人としては、選ばないでください。それからね。もう少し、落ち着いて、おんならしい事をやったらどうお? 例えば、花を飾ったりとか」と。

 非常に驚いた。そして無論内心では、怒ったが、例のごとく、リアルな世界では、喧嘩をしない主義の人が、私だから、黙って受け止めた。が、そういう失礼な応対をする人だから、私としては、・・・・・彼に対しては、貸しがある・・・・・という関係だと、思ったのだ。それで、NKさんの、落選時の審査風景を教えてくれる人として、彼を選んだ。その時に、想定内の答えとしては、コンセプチュアルアートに対して、国画会の会員たちは、どう評価しているのか? 低くだろうが、それでNKさんが落選をしたのかどうか・・・・を、一番に、知りたかった。それから、NKさんには、既に大きな実績がある事を、国画会審査会場では、どういう風に考えたのか? 山寺重子さんは、女流展で、NKさんと、いっしょだから、その事を熟知して居るはずであるが、そういうNKさんの、国画会以外での活躍の模様を、審査会場で、他の審査員に教えたかどうか?をも、二番目の事として、知りたかった。

 その二点を聞きたかったのに、帰って来た答えは、今度も私の想定を超えるものだった。「あんなの、駄目だよ。だって、新聞沙汰になったんだぜ」だったから。是では、審査会場がうんぬんかんぬんと言う段階でもない。それで、新聞沙汰とは、何であるかを知りたくなって、また、上條陽子さんに電話を掛けた。

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副題8、『上條陽子さんは、自身、とても優しい人だと、思うが、NKさんに対しては、厳しかった。それを知った日から、上條さんには、電話をかけて居ない・・・・と、思う』

 上條さんの答えでは、こういう事となる。

 上條さんの、妹さんがNKさんの家の近所に住んで居て、・・・・・事件が発覚をした日は、消防自動車等が、出動して大変だった・・・・と、妹さんは、言うそうだ。消防自動車と聞いたが、救急車が何台も来たという事かもしれない。問題点は、こうだ。・・・・・NKさんは、母親が死んだのに、遺体を放置したまま、葬儀をしなかった。それが、新聞沙汰と言う話になるらしい。

 これは、一般的な事件としては、母親のもらっている遺族年金を引き続いて、もらいたくて、死亡を、秘密にするという話がある。そういう新聞記事に成る。私はNKさんが、母親の遺体を、放棄していた事件がいつ起きたのかを知らないので、新聞の縮刷版を読んだことが無くて、実際のニュース報道の、文章を知らない。

 上條陽子さんがニュアンスとして、NKさんに批判的なのは、そういう・・・・・金銭面で、秘匿した・・・・・と、言う記事が出ていたからかもしれない。また、女流展に出した、総計2000円でできる作品を見て、彼女が金銭的に窮迫していると、考えていた人も多かったと、考えるのも一つの手だ。国画会の男性会員が、にべもない形で、NKさんを切り捨てたのも、そういう報道があったからかもしれない。

 しかし、私の考えは、まったく違うのだった。彼女は、すでに、うつ病にかかって居て、葬儀を行うというほどの、処理能力がなくて、ただ、茫然自失をしていたから、そうなって居たと、考える。その上、彼女がうつ病になってしまった最大の原因が、国画会での落選という屈辱に在ったと、考えるからだ。

 また、その年で、薬学部を出ているとは、実家は、お金持ちの筈で、彼女は豪邸に住んで居ると、推察して居た。皆様は、上野毛の、五島美術館の前にある邸宅をご存じだろうか? 敷地三千坪はあると推察され、うっそうたる林に囲まれている。あそこまで敷地が広くは無くても、敷地が、300坪は有って、中に昭和初期、もしくは大正時代に建てられたと、思しき平屋の、木造建築が経っているという種類の邸宅を、彼女の家として、想像をしていた。私は、そういう邸宅を、6棟知っており、そのすべてにお招きを受けて、上がって、お茶をした事がある。

 それは、60年前から、30年前にかけての事であって、現在では、そのすべては建て直されていると、思うが、そのうちの一つが、うえに挙げた東大就職中の上司(=助手様)の家であり、高浜虚子の鎌倉の旧宅であった。で、私はNKさんの自宅としてそういうものを思い浮かべて、だから、遺体を放置したのだと、考えた。『臭いが、近隣に漂う事もないし、仕方がないから放置しよう』と、ぼんやりと考えていたのだろうと、思って、そういうブログ文も書いた。

 しかし、それは、私の方が間違って居た。彼女は敷地面積が、35坪程度で、建蔽率50%ぐらいの地域で、総二階建てのいわゆる建売住宅に住んで居たのだった。隣の家との間には、植木さえ見えなかった。是では、臭気があたりに漂う。それで、・・・・大騒ぎになった・・・・・というのもうなずけた。

 どうして私がNKさんの家の、実物を知って居るかと言うと、それが、NHK特集に、画面として、出てきたからだった。【NHKスペシャル空き家特集・・・・杉並篇】と言う社会派番組を装った、恐るべき、私いじめの作品だった。2009年の一月か、二月の放映だったと、思っている。その時の司会者(現地訪問者)は、今、(特に最近に)、テレビ東京の人気番組【ジパング】の司会をしている。

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副題9、『ジパング司会者、鎌田某氏、杉並区を舞台とした、NHKスペシャル【空き家特集】北側順一郎、ギャラリーアーチストスペース・・・・・そして国画会会員、某氏』

 これから先は、別の章を立てて語ります。

【蛇足・・・・・というか、ユーリーカ!】

 私ね、今日の文章の中に二つの、語彙があって、それが館野君と、東大の助手様に、「あの人は、僕に惚れて居るのだ」と、思わせた現象を生んだと、判りました。ほかにもあるでしょうが、大きな理由としては、私は・・・・・美しいものを見るのが大好きだ・・・・・と言うものです。館野君って、美智子さまの弟君とそっくりです。それから、東大の助手様は、お雛様みたいなお顔です。

 それが、大きな原因でしょう。ニューヨークでも地下鉄の駅で、ものすごく貧乏だが、育ちは良さそうな青年を見つけて、じっと見つめていたらしいのです。それは、クィーンズと言う場所なのですが、マンハッタン島に入ったら、その青年が下りたので、私もおりて、お茶に彼を誘って、どういう人間であるかを質問をしました。

 思った通りの上流階級出身らしいのです。ただ、エジプト人であり、親元からは、生活費は、仕送りとしては、今は、もらっていないと、見えました。自分ではほとんど稼げない青年だったのです。それで、超貧乏らしいのです。しかし、貧乏だからこそ、たった、1ドル50セントのコーフィーもおごられるのを拒否して水だけを飲んでいるのでした。誇り高いのです。携わっている分野は詩だそうで、私が、「もう、詩集を出したの?」と、聞いたら非常に怒りました。

 「詩集を出していないと、詩人ではないと言うのか?」と、言って怒りました。

 で、修復するために、「私は、あなたが、とても、育ちがいい人だと、思ったから、いろいろ質問をしたかったのよ」と告げました。それで、少し機嫌を直してくれたので、お別れしました。

 ただ、その時の、私側の真実を言うと、彼が、着ているものがミステリー満載だったから、興味を抱いたのです。非常に素材の良いスーツを着ていたのです。夏ものでサマーウールと言う種類の生地でできています。しかも、5センチ角ペイン格子という珍しい、生地でした。白地に、焦げ茶色の細い線でガラス窓風に、格子が入って居て、それだけを見ても、ものすごく上等な生地だと判ります。しかも大柄な、彼のサイズにぴったりでした。つまり、注文仕立てだという事。

 しかし、驚くべきことには、ぼろぼろなのでした。「ほとんど、こじきです」と言う程にボロボロなのでした。しかし、汚れは全くないのです。白地なのに、どこにも汚れがついて居ないのでした。・・・・・という事は、この青年は、三日に一回、コインランドリーで、このスーツを洗っていますね。コインランドリーで洗うから、こういう風にボロボロになったのだわ。・・・・と、推察しました。で、アメリカとは、中古を使う文化ですから、中古品のお店に行けば、これほど、ぼろぼろには、なっては、居ない、Tシャツとかセーターが手に入るでしょう。でも、彼にとって、そういう洋服は、低レベルに見えるのだと、思います。色合いが全然違うから。真っ白な生地のペイン格子とは、もし、ぼろぼろではなかったら、ぜいたくそのものの生地なのです。

 私は、もし彼が怒らなかったら、もっと聞きたいことがありました。たとえば、「あなたって、外交官になるための勉強をしに、アメリカに来たのではないの」とか。「しかし、詩の世界に移動をしたのは、なぜ?」とか。

 そして何よりもそのぼろぼろのスーツを手縫いで治してあげたいと、思いました。しかし、1ドル50セントのコーフィーさえ拒否する彼が、そんな申し出でを受け入れるはずもなくて、黙って見送りました。

 その短い会話の最中に、彼が、「僕は、あなたがずっと、僕のことを見つめていたのには、気がついて居ましたよ」と、言いました。是こそ、館野君や、東大の助手様を見ている時と、同じ眼付なのだと、思いますよ。しかも、同時に頭の中では、高速回転で、ものを考えているのです。・・・・・彼が抱えているアンバランスの、秘密を知りたい。それを知るためには、どういう風に何を質問したら、わかるかしら?・・・・・と、たった、10分程度の間に、激しく、思考を続けているのです。

 つまり、白昼夢の世界に入って居るわけで、従って顔の、表情などとろんとしていると、思いますよ。それが、「彼女は、自分に対しては、激しく惚れて居て、困るなあ」と言う、結果になるのでしょう。

 ただ、ニューヨークに居る時の私は非常に活発です。英語を使っているときは、別人のように活発になります。ですから、地下鉄を下りた彼を即座に追いかけて、地上に出たら、すぐ、近所に在った喫茶店に誘い、お話をし始めたのです。会話をしてみると、私が知的好奇心の塊であり、

 しかも、・・・・・一種の世捨て人になって、社会から疎外感を味わっているだろう、彼を、・・・・・・否定的ではなくて、・・・・・肯定的に、受け止めて、会話をするので、・・・・・最初はうれしかった・・・・・と、思います。

 しかし、詩集と言う語彙が彼を激怒させたのは、それがお金がかかるモノであり、

 また、社交術が必要な世界だからです。パーティに積極的に出て、セレブ階級と付き合ったりして、その過程で、出版界の、誰かと知り合いになるとか、批評家に認められることが必要です。しかし、今の洋服では、そういう場所に出られません。彼は、閉塞状況下に在ったのです。しかし、たった、30分間でも、彼を見つめて、称揚の気配を伝えた、私の存在は、彼にとって、ひとつのなぐさめには、成ったと、思いますが・・・・・生活費の足しと言う意味では何の役にも立たなかったで、それは、切ないですね。特に彼に出会ったのが、1999年の10月か、11月だったのです。もう、冬に入って居ます。それなのに、サマーウールのスーツです。それは、エジプトは暑くて、ニューヨークの冬に使う様なウールを売って居ないからでしょう。それも、見て居て非常に切なかったです。

 なお、このブログの2010年から数え始めた延べ訪問回数は、4684718です。

 6月1日に非公開の文章として書き始め、2日に公開をし始めて、3日までかかって完成をさせた。

                                雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)

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