銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

美術界のヒエラーキーと、美術雑誌、『美術の窓』について(野見山さん登場す)

2012-06-29 04:03:42 | Weblog

 以下の文章は、文化庁の在外研修生(=大人、特に芸術方面の人向けの、留学制度)の同窓会を終えて、爪に幸運の白い印が出てきた話の第三回目です。一、二度、初稿をさらしていますが、どんどん、改変しています。

 本日、金曜日は三回目として、残りを推敲していきましょう。推敲前は、6300字ですが、推敲後は、驚くことに、1万9千字を越しました。しかもそれは、初稿の段階での3千字の部分だけでです。そして、予想通り、また、途中で切ってしまっています。

副題15、『馬越陽子さんは、育ちのよいお嬢様なのだけれど』
副題16、『柳澤紀子さんには、にらまれたかな?』
副題17、『月刊ギャラリーの連載中止後の、私の環境の激変』
副題18、『2007年4月に知った、ネットの悪用事例。無許可で公開されていた私の文章類』
副題19、『TV画面の中の斉藤和義と一緒に、あくびをした(笑)』
副題20、『美術の窓の編集長、一井健二氏とはどういう人か?』
副題21、『美術の窓から、夜6時過ぎにセールスの電話がかかってきた。変だぞ』
副題22、『野見山暁司さんの秘書に、山口千里さんが選出されたのも、私の電話を盗聴した結果でしょう』
副題23、『文化庁の、在外研修生の同窓会が、26日に設定をされていなかったら、これらのことは思い出さなかっただろう』
副題24、『なぜ、馬越陽子さんの自慢に、めげなかったか?』

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副題15、『馬越陽子さんは、育ちのよいお嬢様なのだけれど』

 この一連のシリーズで、相当に重要な人物として登場するのが馬越陽子さんです。その馬越陽子さんについて、私はすでに、このシリーズ以前に、7,8回文章を書いていると思います。それは、このブログないではなくて、あて先のわかっているメルマガ内でです。それは、14年間も続いているわけでして、種々さまざまな文章を書いていますが、

 馬越陽子さんは、私が大体において好きなタイプの画家でした。もっと好きでもっと大きな交流のある、上條陽子さんから、「実は私と対立するライバルとして、馬越陽子さんが設定をされている」と、聞いたことがあるし、「なんとはないいじめの気配を、馬越さんから受けた」と聞いたこともあるので、馬越さんを好きだなんていっては、上條さんに対する忠誠心からも、いけない部分もあるのですが、それでも、なぜ、ここで、好きな方かといってしまうといえば、後々に関連があるからです。どこが、好きかといえば、育ちのよさそうなところがあって、育ちのいい人は大体が、ひどいことはしないというのが、私の、観点でもあります。

 ただ、こんな、ことも、実は、秘密中の秘密の話です。が、私も近々、死んでいくので、この機会に話しておきたいと思うことのひとつです。上條陽子さんも育ちのよい方で、お嬢様気質丸出しの方で、・・・・・実は生来で、放っておかれれば、まさしく同じタイプの・・・・・私は、上條陽子さんのほうが好きですよ。
 人間としても最晩年の今、ご主人の老後を見ていて、外出が、容易でなくなったと伝聞で聞いている上條陽子さんのほうが、人生の送り方としては、馬越陽子さんよりも望ましい。後で、述べるように、馬越陽子さんのご主人は若い日に自殺をなさっておられます。それがどうって言うことはないが、でも、穏やかさとか、神との交流において、上條さんの晩年のほうが、恵まれているような気がします。
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副題16、『柳澤紀子さんには、にらまれたかな?』

 ここだけは、あなた様のほうで、下にスクロールしてくださると出てくる文章へ移動をさせました。というのも全文が、二万字を超えてしまい、公開できませんと、グーブログさんが言うものですから。
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副題17、『月刊ギャラリーの連載中止後の、私の環境の激変』

 私は、2006年度5月から2007年四月まで、月刊ギャラリーで連載をさせてもらったのですが、突然に中止を命令されました。他の連載者が、20年分ぐらい続いているし、スパゲッティがどうのこうのなどという文章でお茶を濁しているので、私の当時の文章のほうが圧倒的に、面白かったという自覚があり、読者からも、銀座で会えば「面白いわねえ。あれ」といわれていたので、中断を『変だなあ。これは』と思いました。

 後で、思えば、裏から手が回って、終わらせられたと思います。誰がそれを望んだかといえば、瀬島隆三と、それに代表をされる国際的軍産共同体のエージェントたちです。このブログの、3月16日のところを、クリックしていただけますと、京急北久里浜駅の東の岡に建っている、ソラヒルズという大マンション群の、建設の裏側に、土地取得に関して、書類上は整っているものの、事実上の詐欺・取得が行われていて、もとは、横須賀市の水道局のものだったものを、地権者の大建産業は、ただで、取得したという秘密を、私が、地境地主として、とんでもない被害を与えられたので、知ってしまったのです。

 大建産業の事実上の社長は、益山某という元海軍参謀ですが、その友人が瀬島隆三です。瀬島のほうはもと陸軍参謀でしたね。益山氏の方は、奥様が米軍の将校にほれて渡米をしてしまったという戦後があり、瀬島氏のほうには、ソ連抑留という戦後の苦労があり、二人は相当に、親密のようでした。ともかく、この件についても、横須賀市の副市長杉本夫妻と、横須賀市立美術館の設立が、ほとんど、島田章三さんの個人美術館の趣があることなどの結びつきとか、まだ、重要なことが全然書けていないのですが、ともかく、偶然にして、重要なことをすべて、知ってしまっている私は、抹殺すべき人間とみなされているようで、進歩すればするほど、足元をさらわれるのです。

 で、ずっと忘れていた、上の件なども、それが今に続いているわけで、書かざるを得なくなります。つまり、五方向から、攻め立てられ、責め立てられるので、人権侵害の極地になっていて、『これだったら、ありとあらゆることを書きますわよ。それでも、天はお許しくださるでしょう』と、感じているわけです。ただし、私も人間ですから、体力やら能力には当然のごとき限界があり、部分的にしか書いて行かれないので、常に、「ここでは、30%で、とどめております」と、読者の皆様には、申し上げることとなります。
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副題18、『2007年4月に知った、ネットの悪用事例。無許可で公開されていた私の文章類』

 副題16で、言っているように、私はお嬢様育ちの馬越陽子さんを、それなりに好きですから、最初のころの文章は、オマージュだらけです。特に月刊ギャラリーの連載が終わって、二年間ぐらいは、我慢、我慢で、常識的な書き方をしています。

 今回、この文章も常識的な書き方にするか、そうしないでおくかは大いに迷いました。最初の初稿には、こういう小さな(いや、大きな世界に関する解析です=笑)部分は、入れ込めていませんでした。それが、パーティ直後の心境です。ただし、今は、4日も過ぎているので、いつもの自分の文章に戻ってしまったというわけです。

 常識的な書き方の中でも、私の心底の文明批評は現れていて、その中心は画家にヒエラーキーを設定することへの疑問です。ヒエラーキーがあるので、絵が高く売れる画家と、そうではない画家が生まれて、画家の中に貧富の差が出ます。それに対する疑問はあります。
 で、馬腰サンに対するオマージュの文章の中にも、『大粒のルビーの指輪が光っていて』とか、『三越の画廊で、号あたり十万円の値がついていました。ということは大作が、1000万円以上で』という書き方をしています。

 こういう書き方は、現代の、日本美術界で横行している文章の中には含まれていない行だと思います。だけど、しかるべき人たち(=頭のよい人たち)には、面白いと思われる部分だと感じています。

 ところが、私には背後霊の様に、私の文章を研究している存在がついています。それの代表例が、井上ひさし氏です。種々さまざまな鎌倉市内の音で、それを確信しています。救急車が走り回るとき、廃品回収業者のマイクが、走り回るとき、長島一由氏の宣伝カーが走り回るとき、鶴岡八幡宮様が午前にも、午後にも、20回以上大太鼓を連打されて、その音が、5分以上続くとき、そして、極めつけは、鎌倉市が、設置している防犯協会が使うスピーカーです。

 各市町村にそなえつけられていて、『津波がきます』とか、言って住民に知らせるものです。最近の鎌倉市では、その発信元が市役所と、警察署が多いのですが、当初は、鎌倉防犯協会でした。その発言が、私が井上ひさし分析を、パソコン内でやっているときに、見事なタイミングで、彼を防衛する放送をしたので、彼が日本きっての、枢要なエージェントであり、警察と密接に結びついていることを確信するにいたりました。

 一方で、共産党系であると、公的には宣言をしている・ぬえ・みたいな存在です。ただし、誰をエージェントに選ぶかについても、お互いの人脈を駆使していますので、浅草フランス座が、大いなる、寄与をしていることもわかってきました。
 井上ひさし氏は、そこの座付き作家であり、北野武監督はそこの司会者だったのですよね。ストリップ劇場ですが・・・・・で、二人とも今では、大エージェントというわけです。どっちかがどっちかを推薦した可能性があります。

 一方で、鎌倉市内に引っ越してきてからは、鎌倉ペンクラブの代表の、伊藤玄二郎氏と緊密に結びついています。そして、NHKを二人で牛耳っていますね。それは、ニュースの作り上げ方のアイデアを、頻繁に出していると感じるので、そこからわかることです。いや、ものすごく大きなことへ入っておりますが、私はいじめられ抜いたので、すべてがわかって來たのです。

 しかし、決定的な始まりは、2007年の4月17日に、私のパソコン内・情報がすべて、世間に、公開をされていたことを知ったときからでした。インターネットをやっていなかった私は、グーグル検索というのをそのときまで、ほとんど、やっていなかったので、そのようになっていることをそのときまで知りませんでした。その日に、ホテルダイコクヤ(現代美術のコレクターとして有名)を、検索したのが、初めてくらいだったのですが、そのときに、銀座のダイコクヤの場所に、私の本用に、特別な、頁設定を施し済みの4冊目の本用の原稿が現れているという現象が、発見をされました。それは、銀座の画廊について書いたわけではなくて、間違って張り付いていたわけですが、ともかく、びっくり仰天をしたものです。今では、インターネットにも習熟してきており、落ち着いて対処できますが、そのころは、メルマガはやっているものの、それに忙しくて、AOLを使うだけだったので、まったく知らない場所に、自分が書いた文章が、無断で、すべて公開をされているというのには、本当に驚きました。
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 なおここで挿入として入れますが、銘記すべきは、私は驚きの余り、個人的に数人に相談をしたものの、その事実を公開はしなかったことです。それゆえに、そのころ(2007年の四月ごろ)には、ウィルスの報告もなく、ネット犯罪の報告もありませんでした。ですから、こと、私のパソコンに起きる被害は、非常に個別的なもので、私を特に狙っておきていると感じています。

 そして、その5ヶ月後、私がそれについて初めてメルマガ内で、書いたときから現在まで、私が被害に触れたときは必ず、公の、ネット犯罪がニュースとして伝わる様になりました。ただし、それが私への攻撃を薄めるために、いかにも大勢を対象にしてやられているかのごとく見せるために、作られたニュースであるから、いつの間にか実体がないことが証明されます。
 その代表例がウィキりークスです。あれこれを、言い放っていましたが、いつの間にか消えています。ただし、2012年6月30日の本日、それについて触れたから、天邪鬼な敵たちは、また、ウィキりークス関連のニュースを起こすかもしれません。だが、日付をどうか、ご銘記くださいませ。それが、2012年6月30日以降の再燃なら、私の発言が正しいと証明されたことになります。

 そして、最近でも、企業の大切な部分を壊す何とかがあるとクローズアップ現代が言っていましたが・・・・・それもいつの間にか消えるでしょう。ボットウィルスみたいに。またはトロイの馬みたいに。
 ああ、私ね、偶然にネットカフェでトロイの馬さんに遭遇しました。が、ノートンの分析でも、脅威度は、中程度(または、軽度)で、ノートンが簡単にかつ必ず、撲滅できる類のウィルスだそうです。
 
 その日から、最近、特に、今日までは、怒涛の日々というほどの、敵との戦いの日々の連続です。だから、柳澤紀子さんに、にらまれようが無視されようが、恐るべき人権侵害の連続を、被害として受け続けているわけですから、まったく、書く事へのためらいはないのです。正当防衛として、当然のことだと考えています。書くことの内容についてもためらいはないのです。
 ここで、挿入から元へ戻ります。
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 以下には、二つ目の挿入が入っています。
 ここで、外出をしないとならなくなりました。副題19以下は初稿です。それとの連絡がまだできていません。

 特に馬越陽子さんを、京橋のギャラリー手まで、導入した人物について、重要な可能性のある人を抜かしておりました。それは、月刊『美術の窓』の一井健二氏です。いままでは、新美術新聞の油井一人氏、月刊ギャラリーの本多隆彦氏を上げております。が、余りに近い場所にある、美術の窓の、一井さんが、京橋のギャラリー手までの、歩いても二分足らずの距離を、車を使うことが想像をできなくて、つい、失念してしまったのです。一井さんは、銀座の画廊めぐりをなさるとして、そのときは、車は使わないと思います。
 しかしあれは、寒い時期でした。で、道路でたって、待っているわけにも行かないので、車は絶対に使われたはずです。

 そこらあたりを丁寧に、書き加えます。では、挿入をここで終わります。
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副題19、『TV画面の中の斉藤和義と一緒に、あくびをした(笑)』

 さて、上の様に書いて、外出し、夜の10時前に帰宅しました。主人がつけていた8ちゃのミステリーを、彼が寝るので、BSプレミアアムにかえて、夕飯にでもしようかと思うと、斉藤和義というロック歌手の特集をしていました。
 その人をまったく知らなかったので、テレビを消さないで、情報を吸収しながら、この推敲を始めようとしていたら、歌手斉藤和義さんが、新しいコマーシャル曲(東京メトロへ提供する)の制作中に、徹夜が四日も連続をしたので、つい、カメラの前にもかかわらず、あくびをしたのです。

 すると、私もあくびをしたのです。あくびはうつるというけれど、テレビ画面からうつるのは、初めての経験でした。(笑)

 それで、電車の中で、思いついたことを、ここで、急いで書き写します。この原稿は、火曜日の深夜から四日目に入り、わき道にそれすぎていますが、そのわき道が、私独自のものであり、そこが、得意なのですから、お許しください。

 ただね。これから書くことは相当に恐ろしいことです。一種のうち幕ものですが、基本線をあらわすので、自分としては得意ですが、またまた、物議をかもし出し、鼻つまみ者になるやも知れません。ただし、例のごとく、毒を食らわば皿までだし、私が常に言っている、「損害が五億に達します」というのは、こういうことも含めてなので、丁寧に、書いていきたいと存じます。それで、急遽タイトルも変更いたします。
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副題20、『美術の窓の編集長、一井健二氏とはどういう人か?』

 私は、この人を見たことがありません。さきほど、あげた二人の人、油井一人サンと、本多隆彦さんは、知っています。が、一井さんについては、うわさはいろいろ聞いています。

 たとえば、『私の肩には、100人の命がかかっている』と常に言っているとか。
 美術の窓は大判です。
これと同じ版型で、読むにたえる雑誌としては、*1)1905年創刊のみづゑ、*2)1950年創刊の、芸術新潮、*3)1963年創刊の、太陽がありますが、芸術新潮を除いては、実質的に、廃刊に追い込まれています。それだけ、社会の中で、人々の経済的余裕がなくなっているといえるでしょう。
 
 が、小さい版型の、*4)美術手帖、*5)月刊ギャラりー、*6)月刊美術等は、生き残っています。それは、贅沢感が、少なくて、読みでがあるとみなされているからでしょう。だが、そちらも、この前言ったとおり、ARTICLEなどという無料・配布の雑誌が出ては、相当に大変だと感じます。
 この六冊に加えて、*7)版画芸術などという、実物の版画が付録としてついている贅沢な雑誌もあります。ただし、季刊です。毎月は出ません。
 上の7つのほかに、*8)一枚の絵というのが本屋では、手に入ります。が、最後のものは、素人向けの雑誌だと画家たちからはみなされているでしょう。

 芸術新潮は、母体が大きいので安泰です。また、美術手帖は、そこに書きたいとか、載せたい人が多いので、そう言う予備軍が買うと思うし、美大を卒業した人を中心に相当な固定客がいるとは思います。雑誌の売価が高いですが、それは、広告に頼っている部分が少ないという点で、信用度を高めているでしょう。月刊美術も母体が、新聞社だと聞いているので、安泰だと思います。また、コレクター向けの編集方針らしいので、それなりに、まっとうな記事を載せないと、やがて、読者に見放されると思います。

 で、これらの雑誌は、母体が大きいので編集長が目立ちません。

 が、月刊ギャラリーと美術の窓は、編集長(兼社長)が、強烈な個性を持っていて、その牽引力で持っているところがあります。で、美術の窓が、先輩として、ありとあらゆる点で、大きいです。たとえば、馬越陽子さんの特集が同じ時期にありましたが、使われている字数が、10~12倍あったと感じています。版型が大きく頁が多いので、余裕があるのです。

 だが、内々のぶっちゃけた話をしてしまえば、ほとんどの頁が、実質的には、広告であるといえましょう。画家の宣伝をしているわけです。無論画家の力が強い頁、たとえば、野見山暁司さんのエッセイなどは、原稿料を出す方の頁でしょうが、巻頭の画家特集、以外の画家の紹介頁は、紹介されているほうの画家から、お金を取っているということがなんとはなく、感じ取られるのです。
 だから、この不況下でも、健全に、運営されている。

 こういう恐ろしい話を言うのは、似たような形式で雨後のたけのこのように、次から次へと新しい雑誌が、出版されて消えていくのですが、それらは、半分はだましの手段なのです。出世欲に毒された画家(特に美大を出ていないタイプ)を、勧誘して、「あなたを紹介する頁を作ります」と誘います。
 上野、(今は、六本木も含まれる)で、公募団体展が開かれます。すると、片端から、作品を撮影していて、同時に、それについて、解説的、ほめ言葉・羅列の、解説を録音しているグループがいます。
 そして、のちほど、名簿を頼りに勧誘のお電話をかけます。「何々先生の解説つきで、雑誌に載せてあげます」といわれると、入選したばかりの画家などは、乗せられてしまいがちです。みんな生活のために必死だといってしまえばそれまでですがね。
 または、展覧会とは、別の機会に、種々の名簿を利用して、そこへ片っ端から電話をかけるという手法です。

 私が銀座で最初の個展をしたのは、1981年だったかな? そこから30年間も画家生活をしているわけですから、一回ほど、そう言う半分詐欺の広告にのせられてしまいました。大手新聞社が関係している様に言われて、30年前に7万円出したのですが、後で見ると完璧な広告頁でした。それ以来、最安値は、7万円、最高値は、46万円で、何度も勧誘されました。
 で、個展の会場で、麗々しく、そう言う雑誌を、ソファーの上においている人を見つけると、『ああ、この人は、まだ、素人の域を脱却していないな』と判断することになりましたが、それは、私以外にもそう見る人はいるでしょう。
 そう言う系統の雑誌の中で、最も信用度が高いのが、『美術の窓』だと、感じています。一方で、月刊ギャラリーは、「作家紹介の頁には、作家からお金を取らないのが、方針だ」とか聞いています。で、それは、作家仲間にはうわさですぐ伝わるので、それだけ、人気が高いわけです。特に若い人にね。
 だが、いまだ、素人さんには知名度が高くないと思われ、全国の本屋で扱っているところが少ないのも事実です。

 ところで、月刊ギャラリーのお株を奪うべく創刊された無料で配っているARTICLEも、とうとう資金源がつきたのか、作家からお金を取って、記事を作ってあげるという宣伝をし始めたそうです。正体見たり枯れ尾花ですね。

 この節の冒頭に紹介した言葉のように、美術の窓は、100人の生活がかかっているそうです。それは、社員総数ではなくて、社員の家族も含むので、四人家族が平均だとしても、25人の社員がいることになります。
 そして、銀座に自社ビルを持っています。となると、社長さんは、成功したビジネスマンといえます。一代で大成功をしたビジネスマンとなります。
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副題21、『美術の窓から、夜6時過ぎにセールスの電話がかかってきた。変だぞ』

 美術の窓は、社員が、25人はいるはずだと、申しています。が、独身の若手を含めれば、総数30人程度を抱えている可能性も高いです。すると、時間が余って遊んでいる人間も出てくるでしょう。そう言う人材を使って、勧誘の電話を掛け捲っています。私にもしょっちゅうかかってきます。
 それは、たいてい午前か、午後の、太陽のかんかん照っている時間帯です。

 つまり、9時から5時までのオフィスアワー以内です。で、元来は、関心はなかったのですが、月刊ギャラリーの連載を自分が始めたときには、比較のために、定期購読をはじめ、2年ぐらい続けました。

 最近ずっとそれに触れている、馬越陽子さんを、私をつぶすために、ギャラリー手に出没させた日に、冬なので、必ず車が利用されたはずだと思い、そのときに、『美術の窓』の関与を疑い、それで、定期購読をやめました。

 それなのに、その後で、勧誘の電話がかかってくることが何度もあって、いやだなあと思っていました。特に夕方の6時過ぎにかかってきたときは、かんかんに怒って、メールで厳重に抗議をしたほどです。どうしてかというと、それは、スパイ用の電話だったからです。

 今はね。それ以外の方法をとっていると感じますが、一時期は、電話がスパイ用の道具だったのです。私が外出したか家にいるかを、セールスの電話で確認されていました。それは、本を作っている時期でした。芸術や心理学や、哲学的な内容の、とても平易なエッセイ集なのに、大変な警戒をされていて、本作りを外でされたら大変だということで、いつ外出するかを、常に追跡をされていて、その新しい本の内容を、100%把握したいと思っている軍団がいたのです。これも人権侵害の最たるものだし、言論弾圧の最たるものです。

 最近は、パソコンが発達して、GPS機能がついているらしいのと、私が外で仕事をしなくなったので、安心したのかな? 一時期ほどの激しい数の電話はかかってこなくなりましたが、昔は、夕方になると、セールスの電話を装って、自宅にいるかどうかを確認する電話がかかって来たものです。
 三時にパソコンを閉じれば、三時半に、4時にパソコンを閉じれば、4時半に、正確にかかってきます。
 相手は三菱UFJ証券鎌倉支店です。ただし、これが今は鎌倉には存在しない。でも、一年前までは、鎌倉にあって、しょっちゅう夕方電話をかけてきます。内容は「ご主人様いらっしゃいますか?」です。主人が、治療院にいることはいってあるし、その番号も知っているはずなのに、しつこく、自宅の方へ電話がかかってくるので、やがて、本当の目的が読めるようになって来ました。それを、主人に家庭内で、言ったからかな?
 セールスの電話をかけてくる相手が、変わってきました。が、目的が、私が自宅へいるかどうかを確認することには変わりはありません。

 あるとき、美術の窓から、その目的の電話が、夜の6時過ぎにかかって來たのです。表向きは雑誌の定期購読の勧誘です。だが、通常なら、遊軍を使うので、若い人が、オフィスアワー以内にかけてくるのに、その日は、年取った男性の声で、しかも6時過ぎですから、「スパイをするのが、あそこの社長さんかな?」と思って、かんかんに怒ったのです。
 何を考えているのだ、一企業の社長のせいなのに。こんなことをしているとお宅の会社がつぶれますよ」と、思って怒りまくりました。
 ご近所の未婚のお嬢さんの携帯を利用して、私の頭に水をぶっ掛けたことをはじめとして、大人気ない方法で、攻撃をする。思いついたら、思いつき次第で、やりたい放題のことをやるのが、伊藤玄二郎、および、二人羽織みたいに、裏からアイデアを提供する、井上ひさしです。
 このときも、美術の窓から、夜電話がかかってきたので、それ以前の、三菱UFJ証券鎌倉支店のそれも、スパイ電話だとわかったし、ありとあらゆる他の重要なことが一緒に解明をされました。
 『うわア、いやだ。二度目として、敵方に利用をされて、こんなことをやってきている』と思ったから、猛然と怒ったのです。二度目だから激怒したのです。
 で、メールで、私がいかにすべての裏側を見抜いているかを書き表して、抗議しておきましたが、ご返事はありません。

 それもまた、怒りの対象だったけれど、あとで、よくよく考えると、メールが途中で、どこかに盗まれて、相手に届かないことも最近では可能みたいです。だから、このアイデアを実際に放った敵様が、『こんなのが、美術の窓に渡ったら大事(おおごと)になる』と考えて、途中で、盗んじゃったのかもしれません。私の個人のパソコンにさまざまな仕掛けができるのですから、ネットのメールに対しても、縦横無尽の仕掛けはできるでしょう。
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副題22、『野見山暁司さんの秘書に、山口千里さんが選出されたのも、私の電話を盗聴した結果でしょう』

 で、謝罪のメールが来なかったのは、仕方がないとあきらめました。が、私が考えたのは、『うーん、もしかしたら、馬越陽子さんにあそこに来てほしいと頼んだのは、美術の窓で連載を持っている野見山暁司さんではないだろうか?』ということなのです。芸大閥の上下関係でね。で、今度は、野見山暁司さんに興味が移ります。
 すると、以前から考えていた、『山口千里さんが、野見山さんの秘書になったのは、私の電話を盗聴していて、そして、私との友情をきるためだわ』と、言うことが正しかったと、わかってくるのです。

 山口千里さんは、国画会の中で出世が遅れていました。それは、野見山サンを好きで、ファンだと公言しているから、本当は聖心卒で、芸大卒ではないのに、芸大派閥とみなされていて、それが、厄介な足かせとなっていたからです。芸大の人は芸大卒だけを推薦するし、他の大学卒の人は、千里さんを自分たちの側とは考えないからです。

 私は誰にも引きがない方で、自分の出世はあきらめていましたが、ありえないほど、汚い手段で出世していく人のことも、横目で見ていたので、千里さんには、大いなる同情をしていて、国画会の中では、相当に気を許していて、電話で長話をする間柄でした。で、野見山さんへの傾倒ぶりは、何度も電話内で、聞かされておりました。
 
 すると、いつの間にやら、山口千里さんは野見山さんの秘書となっていて、私からは、ひどく心が離れた存在となりました。

 が、それだけではなくて、どうも、野見山さんがおかしいのです。九州で、女性なら、山口千里、男性なら、大久保忠春といってもよい、もう一人の秘書役(=私にとっては、中学の同級生)の、大久保忠春さんが、私が送った本を開封もしないで返却をしてきました。これは、ありえないことで、どう考えても野見山さんが、何か、私の悪口を言ったせいなのだと推察されるのです。
 山口千里さん見たいな、若い人の讒言に動かされる立場ではないから、誰か、違う人からの讒言に、野見山さんは乗っかっていて、私の悪口を周辺に言いまくっていると感じました。

 それは、鎌倉エージェント発、伊藤玄二郎と、酒井忠康氏の友情関係で、酒井忠康氏が動いた。または、それ以上の格のエージェント、日本国際交流センター理事長の山本正氏とか、朝日新聞の偉い人だったかも知れません。
 美形で若い千里さんを秘書にすえ、『美術の窓』内の連載で、「千里が、千里が」と、連呼したことは、ずっと野見山さんの個展をただで開催してきて、一種のサポーター兼、ビジネスパートナーを自認していた(と私には、想像できる)山口みつ子さんをひどく傷つけました。
 私は、野見山さんのオープニングで、みつ子さんから、さりげなく、「千里さんって、どういう人?」って問われたときに、それが、はっきり、わかりました。

 千里さんと、野見山さんの間に恋愛関係はありません。また、山口みつ子さんと、野見山さんとの間にも恋愛関係はありません。しかし、慕情というのは両方の女性にあります。尊敬する目上の男性として、慕情を抱くということは、両方にあります。プラトニックラブという面では、両方の山口さんにあります。そして年上の山口さんのほうが純情で、不器用でした。千里さんの方がお顔に似合わずがさつで、男性的で、優しい心遣いを示すなどの、顧慮が足りませんでした。

 野見山さんにとっては、千里さんは、自分とは別の、若い男性の妻であり、若い男の子の母でもあるので、自分に結婚など迫ってくるはずもなく、心の負担が少ない存在だったでしょう。だから、かわいがった。年も離れていて、ほぼ娘世代だし。
 一方で、年齢が自分に、より近くて、しかも独身である、みつ子さんの慕情は責任を負わないといけないたぐい(=結婚を迫られる可能性がある)という意味で重荷だったかもしれないのです。

 だけど、野見山さんを、ここまで有名にしたのは、一種のビジネスパートナーとしての、山口みつ子さんの存在があったからでしょう。そこに、別のビジネスパートナー、または、サポーターとして、ご自分より若い女性が現れてしまったのは、相当な苦悩だったと考えられます。

 で、お金の面ですが、千里さんには給料を与えているという意味で、野見山さんが強い立場でしょう。だが、みつ子さんのほうは、ただで、個展をさせてあげたという点で、野見山さんが、負担を感じないといけない立場なのです。誠実な人だったら、それを恩に感じるはずですが、ずるい人だったら、重荷に感じるのかもしれません。で、山口みつ子さんへの、彼女の債務への金銭的援助等の道義的責任を放棄するために、『千里が、千里が』とエッセイで誇示されたかもしれないのです。

 そして、輪をかけて、恐ろしいのは、最後の段階で、何も面倒を見てあげなかったという雰囲気も濃厚な点です。1月31日の日曜日に関係者で、自発的に、計画された「しのぶ会」が、予定をされておりましたが、つぶれて実際には行われなかったのです。

 だれかが、「中止するように」と命令したから中止になったとのこと。『誰、それは?』と思います。誰もが、『その人がそう言うのなら、仕方がない。しのぶ会はやめよう』とあきらめる存在といえば、野見山さんだけです。

 なんか、ものすごく冷たいですね。恐ろしいほど冷たい。というか、無責任です。やらずぶったくりです。利益を得ても、その相手が苦境にあるときには救わない。それが、恐ろしい。そして、どうしてか、私の前面に野見山さんは立ちはだかります。それが、酒井さんからの讒言だったら、私は死んでも死に切れません・・・・・・というほど、悔しいですが、山口みつ子さんみたいになったら大変ですから、普段はこのことを、忘れるようにしています。

 だって、野見山さんは、年をとりすぎていますので、・・・・・北久里浜のソラヒルズの、土地疑惑とか、・・・・・私の近所に、石川和子というわがままいっぱいの陶芸家がいて、元愛人だったという伊藤玄二郎の推薦で、鎌倉のありとあらゆる公民館とか、公共の施設で、教室を開かせてもらって、200人以上の弟子がいると豪語しているのでしたが、彼女が、私の猫のことで、警官を巻き込む大失敗をしたのが原因で、伊藤玄二郎と、井上ひさしは、ありとあらゆる手段を用いて、私を悪者にしたがっていますし、抹殺をしたいとも願っています。・・・・・といったって、その経緯をとても、理解できないでしょう。複雑に過ぎるから。

 だから、このラインでの、私の損失は、すでに、回復不可能だと考えます。
そして、ここで、成功した、彼らのいじめよう一手法、・・・・・友達を、私から引っ剥がす・・・・は、ありとあらゆる、他の知人や友人に応用をされています。
 「人は石垣、人は城」とよく言うでしょう。それを盾にとって、その反対を目指すのが、伊藤玄二郎と、その支援者である井上ひさしです。
 私は友達を引っ剥がされ続けていて、その点で、深い悲しみに沈んだときもあります。が、そのまま苦しんでいると、敵の思うままになりますので、今は天とか、神様だけを相手にするつもりで、覚悟を決めなおしました。
 だから、馬越さんがどうのこうのも、野見山さんが、どうの、こうのも、ここで、書くことができるのです。常に神様がご支援を下さると信じているから。人間界ではないのです。私はもう、天界に遊ぶ人となっています。(笑)
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副題23、『文化庁の、在外研修生の同窓会が、26日に設定をされていなかったら、これらのことは思い出さなかっただろう』

 このように、鎌倉エージェントたる彼ら二人、もしくは彼ら二人から派生した誰かの小細工の連続で、私は損失をこうむり続けています。
 で、今回は、・・・・・馬越陽子さんが、私に対して、威張りまくったが、私が、内心で、それを、屁とも思っていないのを、陽子さん自身が察して、『疲れたわ』と、連発した、・・・・・という昔日のエピソードを書き表しました。これは何度目かであるのですが、

 もし、文化庁の設定日が、絶対に出席をできないはず(我が家の夫婦間会話で、帝国ホテル大阪の株主総会に出る予定を話し合っていて、ホテルの予約もやっていた)に設定をされなかったら、蒸し返さなかったと思います。

 私は、その悪巧みに対抗するために、ホテルの予約も変更して、その日、無理に無理を重ねて東京へ引返したわけです。
 で、松本楼に実際に入ると、入り口に前回のスナップ写真がたくさんおいてありました。すると、前回も松本楼で行われたことがわかりました。

 すると、前の年、2011年には、確実に招待状が来なかったことが推察されました。というのも松本楼は、親戚の人間の出版記念会が行われた場所であり、それに出席していますので、その名前はしっかりと、頭に認識をされています。だから、それを欠席するのなら、自分のほうで、欠席したという記憶があるはずなのです。
 それに、島谷晃さんが、事務局長だったときに、数年間、一種の助手(または、秘書)を頼まれていたので、松本楼以外の場所で開かれたときは出席をしているから、この総会プラスパーティへの認識はあるし、場所が変更になったのには、私の注目が集中するでしょう。だから、その招待を忘れているはずはないのです。で、こなかったのが確実だと、わかりました。
 おととしもこなかったと思います。それは、映画『TOKYO 』と、映画『靖国』への文化庁の助成金出費を怒っている本を、準備中だったので、それで、招待を受けなかったのだと推察しています。

 招待状を出す同窓会の方には、その本のことは一切言っていないのですが、その情報が、例のエージェントたちから、そこへ入ったと感じます。だって、法務省に入って、死刑場の公開があったぐらいですからね。
 同窓会(正式名は在研の会)の幹部は、文化庁を怒らせるとまずいからと判断をして招待状をくれなかったと、考えます。
 だが、2011年はどうしてだろうと思うと、3.11以降の原発事故に関する文章を、私が大量に書いたということが、ありますね。あれらは、ほとんど正しくて、しかも、有名人のブログより、二ヶ月ぐらい早く、事情をすべて解説しています。四号機が最も危ないこと。排出・放射性物質の総量は、チェルノブイリよりもはるかに多いことなどを述べていますね。

 これもまた、私を制裁の対象にしたい文章でした。また、小沢氏を激しく批判をしています。二週間雲隠れで、しかも背広で現れて、何で、収束できないのだろうねといった、見当はずれ振りを激しく批判をしています。だから、招待を受けなかったと思われます。
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 ところで、ここで、挿入ですが、どうして今原発について書かないのかと問われれば、フェイスブックの世界でね。皆さんが、尊敬している存在が、どこそこ大学の教授という類でね。なんだ。原発反対の人といえどもスノッブで、しかも半分は、そちら(=原子力村)側に足を取られているのだと、わかったからです。つまり、私がフェイスブックに投稿している同時刻に、大量の自分の文章を載せて、私の文章が目立たないようにする役目を、頼まれている人材が数人いて、その中に、原発反対で有名な人が何人もいたから、そのように、判断しました。で、人々が本当のものを見抜く目がないことがわかり、むなしくなったのです。

 それに議会制民主主義の中で、原発を反対していきたい私にとって、野田政権は、まるで、原発のことがわかっていない内閣です。この前、三行記事程度の、小ささで、『平野大臣が、除線(除染)は無駄だといっている』と朝日新聞が書いていましたが、『それを今頃言うなんて、何を考えているのだろう?』と、思いますね。
 今、私が、ひとり、ぎゃあ、ぎゃあ、言っても何もならないと感じます。それよりも、新しいことを書きたいです。というわけで、原発についてはお休みをしています。もっともっと化学の側面から、語りたい、人体への被害がどうして起きるかのポイントなど、中断していますが、意欲がわきません。こちらに関しては、先走ってもむなしいだけだと感じるのみです。
 『消された映画』も、800部程度は出版していないし(ISBN番号と、バーコードをつけて、公刊の形でということですが)、原発についても書くのを中断しています。で、それを、敵様から見れば、『やったー。この形式と方法で、彼女をいじめ続ければ、言論弾圧は成功だ』ということになるのでしょう。そう思われている可能性もわかっていますが、自分が、できる限界いっぱいに、行動をしていますので、まったく悩みはありません。これでいいのだと、感じています。
 挿入から元へ戻ります。
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 文化庁の同窓会が招いていくれなかったと、外部へ公言するのは、馬鹿でもあります。こういうことは、一般的に言えば恥ですしね。普通の人なら明かさないことでしょう。だけど、すべて、裏に政治が絡んでいて、伊藤玄二郎が大エージェントになっているということの証明のひとつになるから、語っています。平気で明らかにしています。

 しかし、会場では、そんなことを疑問にしたり質問をしたりするほどのあほではないです。何度も、「本日は文化庁の方が見えていますので、忌憚ない質問をぶつけてください」と、役員様から、ご教示がありましたが、黙っています。会場では馬越さんに目顔で挨拶しようとして無視されたから、それはそれだけで、受け止めて会話を交わすということでは、静かにしていました。が、お歌に関してはにぎやかにしてしまいました。それを報告するのは、爪に星が出ていたからです。

 その部分の初稿は書いたものの、文脈を整える推敲の段階で、どっといろいろなほかの思い出がよみがえってきているのです。
 そして、年齢のことがありますね。すでに、70です。明日の命がわかりません。別にがんでもないけれど、痴呆症になるかもしれませんしね。だから、今書いておきます。
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副題24、『なぜ、馬越陽子さんの自慢に、めげなかったか?』

 ここは、2500字も使って、論理的に、かつ心理的に丁寧に書いています。それを公開したいと最初は思いました。が、一回書いて家事をしながら時間をかけていると、『あれは、違う。もっと単純だ』と感じて來始めました。

 まず、馬越さんが入ってきて、「この画廊は初めてですが・・・・・」とおっしゃったときから、この訪問が、一種の諜略行為であることがわかりました。勘が鋭いのです。(笑)その後で、自慢が始まったときに、『ああ、これが、上條先生が言っていた、『馬越さんは、いじめる気配があるということだ』と、わかりました。で、『この人って、60過ぎても、そんなことをするのだ。幼いなあ。人間としての心の修行がまったく足りない。お子さんがいないから、わかっていないことが多いのね』と思いました。その時点で、優越感を持ちました。自分のほうがはるかに成熟していると思って。

 その次に、私が彼女の自慢にまったくめげないで、平静なので、彼女が成果が出なくて、がっかりして、急に疲労が襲ってきて、「疲れた。疲れた」を連発したときに、『そうでしょう。こんなつまらない用事に、北京から帰ったばかりで、しかも後刻の三越本店での個展を控えていたら、そりゃあ、こんなばかげた任務を負わされて怒りが深いでしょうね』と思いました。

 ほとんど、内心で笑い出したいぐらいでした。だけど、・・・・・どうして、断れないんだろう。「ばかばかしいことはやれません。私は大作家です」いえ、大作家とおっしゃらなくても、「絵だけ描いていたいのです。その役目はどうか、他の方にお願いします」といって逃げればいいでしょう。どうしてそれができないのかしら?・・・・・と、疑問を持ったときに、馬越さんの弱さが切々と、こちらに伝わってきました。

 この人は見かけよりはずっと弱いのだわ。たとえば、女流展のオープニングのような、装置の中では、自分のほうが格上だから安心して、威張ることができる。だけど、ここでは、誰も女流展での、馬越さんの位置を認める人がいない。ギャラリー手のオーナーは公募展には、興味もないし、知識もない。そして、私も、そこ以外では、人間は誰でも平等だと考えている存在だから、馬越さんという名前だけで、崇め奉るわけでもない。だから、この人は調子が狂っているのだ。かわいそうに。

 こんな形で、この人をライバルとして設定して送り込んできた連中は本当の悪だなあ。だって、私から見れば、彼女のこのような弱さは、過去の例のご主人の自殺から来ていることがわかるもの。

 ということは、比較にならないのだ。決して自慢をしないが、私は家族の中心だ。母からも頼られ、実は決して口に出さないけれど、夫からも、息子からも頼られている。いると安心できる存在だと、考えられている。それは、口げんかをしようがどうしようが、内心、と、内面で、備わっている事実であり、だからこそ、三年も一人暮らしをしていても、帰ろうと思えば帰ることのできる家庭がある。つまり、メーテルリンクの言う青い鳥風の幸せをいえば、それは、私のほうにより多くある。彼女と私はまったく土俵が違うのだ。

 彼女と私を比較することは、実は私にとって残酷なのではなくて、彼女にとって残酷なことなのだ。そして、彼女はどんなに、自己肯定をしても、ご主人が若き日に、自殺をしてしまったことを、内心で解決できてはいない。それは、自分と自分のおとり巻きには、『それがあるから、天才的仕事ができる』とみなされ、ご自分を鼓舞し、推進する動機とはなっているだろう。だが、安心感は与えない。だから永久に何かを追い求める飢餓状態にある。彼女の、仕事への熱心さは、その上昇と成功への希求の、結果として、彼女の目の前に、その行くべき道を作っている。

 だけど、なんと、弱々しく見えることだろう。ともかく、無人島で、二人だけで暮らしたら、彼女はたちまちに私を頼ることになるだろう。灰、それが、結論です。O.K.・・・・・と感じたことでした。

 私は「有名な画家として成功するためには、独身がいい。特に女性は」といつも、言っています。だから、馬越さんが、独身であることに対しては、けなすつもりは毛頭はないのです。ただし、自分の目の前に、いじめるためにたち現れたので、きちんと、分析ができてしまったということです。自動的に、その弱点を感じとってしまったということです。

 彼女を使役した男性たちのあくどさと、幼稚さを、つくづく感じます。人間観察においても、人間心理への洞察力においても、幼稚極まりないです。必ず、四人はかかわっていますね。そう言う人に、特に伊藤玄二郎の、石川和子との、恋愛を秘密にするための道具として、利用されてお気の毒でした。他人の下半身の秘密を守るために、あなたの全存在が、その心の面で、真っ裸になってしまったというわけです。『本当にかわいそうに』と、その日に思ったことでした。もし、馬越さんが、文化庁のざいけんの会の日、つまり、この2012年の6月の26日の松本楼で、私から送った目顔の挨拶に、返礼を返してくださったら、大人への進歩と脱皮を感じて、この部分、について、一切を書かなかったと思います。でも、わざと無視されたし、柳澤紀子さんの、冷たい態度も、関係があると見ましたので、ここまではっきりと書きました。この文章の最初に、今日は、ずいぶんと本音を出しますといっているでしょう。そのひとつです。

 では、本日はここで。

 2012年、6月26日の深夜にこれを書き、30日にその第三部を推敲する。      雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)

コメント

上の章の、副題16だけをここに上げます。

2012-06-29 04:00:28 | Weblog

 そういう秘密中の秘密の話を、もうひとつさらせば、今回のパーティで、私は『柳澤和子さんには、にらまれたかな?』と、感じています。
 このブログの読者は、美術関係者ばかりでもないと、思うので、柳澤和子女子について簡単に述べますと、有名な版画家です。
 1940年生まれで芸大の大学院卒。ということは生家が、大変なお金持ちであったことを示唆しています。

 我が家も大学の入学時に、「あなたは、試験の結果がよくて、奨学金を受ける資格はあるが、お父様が、上から6%の範囲の高額納税者だから、奨学金を与えられません」といわれたほどですが、それでも、父の考え方としては、「絶対に芸術系の大学へ行ってはいけない」でした。まあ、戦時中などは、画家が苦労をしたのを、絵が好きなサラリーマンとして横目にみていたので、「大組織のサラリーマン(官庁づとめか、大会社の勤務)になるか、それとも医者になるかでなければ、学費は出さない」といっていました。これは、日本の中流階級なら、当たり前の発想だと思う。
 で、美大、音大などの、芸術系の学部へ、例のバブル到来以前に進学した人は、生家が資産家である可能性が高いのです。

 柳澤紀子さんは、だんなさんが、自民党の代議士で、大臣もなさった方だから、お見合いで、静岡県の有力者とご結婚をなさったと推定されるわけです。自民党の代議士の奥様なのに、一方で、版画家として、成功をして、武蔵野美大の教授でもあるのだから、絵に描いたような幸福な人生を送っている人です。で、やはり、お嬢様育ちであることがわかる人です。

 ただ、私もそうですが、余り、美形ではない(笑)。上條陽子さんも馬腰陽子さんも美形です。で、スター性があって、ご自分もそれにかなう生き方をなさっておられる。が、柳澤紀子さんは、そう言う点では、売出しをしない。特にマスコミ受けする売出しをしない。だから、ここで、美術界以外の読者に向けて、彼女の解説をする必要があると感じたのです。だけど、実力があり、人間もできているタイプで、むろんのこと、とても望ましいタイプです。で、2007年前までは、私との間もフラットで、個展の会場でなど、きちんと普通に丁寧に、礼儀正しく対応をしてくださったタイプです。

 『しかし、今日は、どうも、冷たい。私を知らないから冷たいというのではなくて、充分に、認識をしているから、かえって、冷たい』と、感じます。『ふむ、ふむ、なるほどね。私が最近書いている文章は、すべて、しかるべき人たちの、耳に入っているのですね。この頁をきちんと読むという形ではなくて、ただ、単に、「怖いことを書くから、気をつけなさい。付き合わないほうがいいですよ」という形で耳に入っているのでしょう』と、感じます。
 これは、無論のこと、私にとって、損な形ですね。だけど、それがわかっていても、書かざるを得ないように、激しい攻撃にさらされている私であって、

 自業自得といわれ様が、なんといわれようが、この路線は始まってしまった限り、毒を食らわば皿までで、突っ走るほかはない路線なのです。ただし、この会場に出席している私にとって、ストレスが、非常に高いのは、一般的な常識からいえば、『確かにそうです』となります。

 ただ、私は、それも、事前に充分に察知していて、覚悟の上だったし、問題は、出席ができないように、この26日に、日にち設定をされていることにあるわけですから、出席することが戦いなので、『何が起こっても平気ですよ』と、どーんと構えているわけです。
 ところで、そのどーんとですが、私は背の高さが、162センチあって、体重が、最近は、太ってきましたよといっても、50キロです。ですから、柳澤紀子さんや、馬越陽子さんの腰周りに比べれば、細くて、風が吹けば吹っ飛ぶ感じだったでしょう。(笑)

 もう一人だけ、見知った顔の人がいました。奥谷博さん。しかし、こちらは私のほうがそちらへは、目を向けもしませんでしたよ。だって、柳澤紀子さんよりも馬越さんに近い人ですから、いろいろなことを聞き及んでおられるでしょう。その三人だけが、既知の人で、後は未知の人ばかりでした。そのほうが、まあ気楽です。
 でも、柳澤紀子さんが、冷たかったのは、ただ、文章を書いている人として、怖がられたり、嫌がられたりしているだけではなくて、馬越陽子さんからも、個人的に、「付き合わないようにして。無視しておいて」と頼まれていると感じました。
コメント

以前、日本を「悪い国だ」と、世界に紹介する映画に、文化庁がお金を出したが?、

2012-06-27 14:30:23 | Weblog
 この章固有のお断り(前置き)

 以下の、副題7で始まる部分は、26日の深夜に初稿を書いた、1万8千字を越す長い文章の後半です。それは、普通の本に直すと、47頁になりますので、一回でお読みいただくのも失礼です。で、半分に切りました。前半は、下にスクロールしていただくか、カレンダーの26日のところをクリックしていただくと出てきますが、そこに書いていることを、まとめますと・・・・・

 私は、26日の夜八時ごろ、爪に幸運の印が出ていることに気がつきます。で、それがどうして出ているかを考え始めます。だけど、まずは、不幸せな部分をおさらいしています。連想がまずそこへ飛びましたのでね。で、前半は苦労話が連綿と続いています。今日は後半の部分で、幸せを感じたポイントがどこだったかを語っています。個人的なことを語りながら、思いがけない立派なことも含まれています。それは、私の隠していた本心を語っていますし、本領も語っていますし、珍しい章となります。これから、推敲を始めます。今、一万字ですが、どんどん増えていくでしょう。その最先端は、例のごとく@@@@@罫線で印をつけてあります。

副題7、『26日と言う期日に意味があると思ったので、出席した』
副題8、『映画TOKYO 第二部は、日本人にとっては、悲しくもひどい内容である』
副題9、『北野武監督の内包する問題点・・・・・その8』
副題10、『暴力を、実際に振るったから、重宝がられているのだ』
副題11、『カラックス監督は、なぜ選ばれたのか?』
副題12、『私の、すでに予定されていた関西旅行の真っ最中に、開催が設定されている』
副題13、『白熱電球の生産中止は? 目に悪いはずだし』
副題14、『その日は、帝国ホテル大阪に、株主総会が、設定をされていて、一ヶ月以上前から、そこに行く予定にしていた』

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副題7、『26日と言う期日に意味があると思ったので、出席した』

 まあ、これは、5年以上前のお話ですが、その馬越さんが必ず出るこの会へは、『私は出席をしにくいであろう』と言う感覚なのでしょう。つまり、馬越さんがなさったことの真実は、私にしてみれば、教唆を受けてやらせられているということであり、それほど悪いことでもないと見えています。特に馬越さん本人が悪い人だと歯、私は思っていませんし。だけど、偉い人の一種の瑕疵(利用されてある人間(=私)をいじめたというのは、考え様によっては、瑕疵に当たります。それ)を文章に書くなんてひどい。だから、さらにいじめてもいいのだ。となれば、彼女は出にくいでしょう。・・・・・と、一般的には考えられるのでしょう。

 でもね、期日が、この日でなかったら、『ア、そう』ぐらいでやり過ごして、馬越さんの件も気にしないで、欠席をしたと思います。

 が、二週間前に往復はがきで、お知らせがあったと言う形式は珍しいです。以前は、必ずA4の茶封筒でした。しかも、私は昨年と一昨年は、招かれていないような気がします。それはね。
 『消された映画』と言う本を準備していて、その中で文化庁が、800万円も、映画『コーヴ』と、映画、『TOKYO 』に出したのはおかしいと書いているからです。その後、文化庁が出したことではなくて、外郭団体が出したことに変更と成り、その外郭団体も、文部科学省のビル内ではなくて、国立劇場の敷地内に置かれているということになりました。

 が、映画、公開時のプログラムには、必ず、そう書いてあるのです。で、その映画のプログラムが大切な証拠となるのですが、それが、盗まれています。恐ろしい泥棒たちですね。
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副題8、『映画TOKYO 第二部は、日本人にとっては、悲しくもひどい内容である』

 で、これが思い過ごしではないことは、そのころ、千葉景子法相が、突然、持論に反して死刑執行をして、死刑場さえ公開すると言う、現象がおきました。それは、映画TOKYOのほうで、第二話が絡んでいます。レオスカラックス監督が作ったのですが、
*ポンヌフの恋人で、準主役(知的障害のある青年)をした男優を、
*メルド(くそ語)しかしゃべらない、意思疎通不可能な男性として描き、
*その男が東京の地下で、旭日旗を貼り付けた戦車を、いまだ、キープしていて、
*しかも、意味不明の暴動を渋谷で起こすという設定もあり、
*その暴動によって、刑務所に入れられ、その後
*東京裁判を模倣した裁判を受けた上で、処刑をされ、
*しかも遺体が消え去ると言う奇想天外に、日本と日本人をおちょくった映画なのです。

 私は、その泥上の汚れで壁が埋め尽くされている地下水道が、実際には日本にはないし、(というのも、そう言う古い形式の地価水道は、数世紀前から地下水道が整備されたフランス、特にパリにはあるでしょう。が、下水道が整備されたのが、近代であり、主に戦後である日本には、そんな類の場所はないのです。主に工業生産された大型のコンクリートパイプが使用されていますので、広さも映画が描くほど広くない模様ですから、戦車が置ける場所などないのです。そこが、もう、奇想天外なほど、間違っているのですが、単に漫画チックというのともまったく違うのです。

 この映画は、暗喩として、世界の人々に日本人がいまだに軍国主義の人間であるし、非常に残酷な人間であるということを示しています。
 この部分が余りにもひどいのですが、それを指摘していたのは日経新聞の小さなコラムだけで、プログラムでは、似非文化人が誉めそやしていました。理解が難しい映画だが、自分だけはわかるという感じの書き方で。

 そう言う批評をする人間とは最悪の存在です。それも正しい名前を覚えてここで書きたいと思っていますが、パンフレットが盗まれているので、今は、それを書けません。だから、我が家の泥棒が、軍産共同体そのものか、それに協力する存在が、行っているとみなされます。だから、セコムなどのセキュリティも頼みません。彼らは、最新の知識を持っているから、そういうIT的措置を利用したものなど、軽く突破してしまうからです。ただ、ただ、被害は与えられっぱなしです。
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副題9、『北野武監督の内包する問題点・・・・・その8』

 さらに言えば、メルドが入っていたとされる監獄も実際にはないと思います。その部分も横浜の北野武監督の講座場所、バンクでセットを組んで撮影されたらしいのですが、そこに北野監督が世界の大富豪・・・・イコール私が常に言っている、軍産共同体にどれほど、かわいがられているかを示す根拠を感じます。
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 ここで、挿入ですが、
 そして、私がそこにこだわるのは、
*問題の伊藤玄二郎氏の出世のパターンが北野監督のそれと、そっくりであり、
*二人とも、政治が裏にあるから出世できた人物であり、
*二人とも実は、日本と日本人を、暗喩的に、無能にさせ白痴化させることに役立ち、
*子宮頸がんのワクチン投与とか、タバコ規制とか、ありとあらゆる国民にとって迷惑な、条例を作り、
*不幸をばら撒いているから、怒りが深い私なのです。

 北野武監督が、年に13億円の収入があるそうですが、それは、彼の才能で生まれるものではありません。井上ひさしが、共産党をバックにその力で、むしろ、国際的軍産共同体に便利だと思われ、重要なエージェント化しているのと同じく、二人は、国民を洗脳誘導させる装置として、双璧をなす、存在なのです。だから、井上ひさしは、NHKに特に優遇をされ、北野監督は、海外で褒章を受けるという形で、優遇をされ、国民に対して目くらましを、粉のように振り掛けられて、立派な人物として、今のテレビ界、および芸能界、果ては、芸大学長、今の宮田さんと組んで、文化界も牛耳ろうとしているわけです。

 北野監督は、健康に関する番組を持っていますでしょう。『四方八方に手を伸ばしていて、才能があるね』というのが一般の人の見方だと思いますが、私は決定的に違います。
 つまり、今の人民支配の世界戦略が、健康問題で、人々をだまして、洗脳して行き、大資本家が得をして、普通の人が汗水たらして働いて、集積した富を高い電気代などで収奪していくと言う方式をとっており、北野監督が、健康番組を持っているのは、その一巻だから、とても忌まわしいことなのです。
 それに、北野監督は、利用されている・・・(ご本人が馬鹿ではなければ、自覚して、利用されていて、自分の利益のために国家や、世界を手玉にとって利用してやれ)・・・ぐらいにうそぶているでしょうが、私なんて、具体的に彼からも、被害を与えられているから、本当に困る存在で、・・・・・・

 よく二重否定という言葉が使われます。北野監督の場合は、二重だましです。大きな局面から考えれば、軍産共同体に重宝がられている彼らの道具にしか過ぎないのに、小さな局面から考えれば、彼は、歯にきぬを着せず、権力に逆らう英雄だとみなされています。ひどい、だましだと私は思っています。
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副題10、『暴力を、実際に振るったから、重宝がられているのだ』

 北野監督が、ご自分の恋愛について書いた、フライデーに対して怒って、編集部へ、手下を連れて乱入した事件を、現代の若者は知らないのではないでしょうか?
 もし、北野監督があの時の謹慎状態のまま、テレビの世界から消えていたのなら、彼の怒りの発露も、いささか許されるのですが、現代のように、英雄となってフランスから勲章が来たなどというと、激しい違和感を持ちます。

 つまり、利用をされているわけです。もし現代の日本で、警官が、ロスアンジェルスの警官みたいに、国民へ暴力を振るったら、きっと大変なことになります。そして、自衛隊なども、国民に暴力を振るったら大変なことになります。だけど、本当の支配者たちは、国民の反乱(または、不満の暴発)を恐れています。それで、大変婉曲な形で、支配と、弾圧、教唆、洗脳が、行われているわけですが、北野監督みたいに、個人が暴力を振るったのは、国民に批判心が生まれないとみられているのです。つまり、政治が絡んでいるわけではないとみなされています。で、大変便利で重宝だと、思われていると思います。

 テレビタックルという番組がテレビ朝日にあります。テレビ朝日は朝日新聞社の系列です。なるほどと思います。つまり、あれは、政治をおちょくっています。まじめであることはダサい、とか、周りの空気を読めないのは、馬鹿だというような、空気が、蔓延していて、物事に集中する人間はおたくと呼ばれて、普通より劣った存在だと、最初はみなされていました。
 おたくだけは、漫画の世界とか、文芸の世界とか、映画の世界とか、秋葉原の世界で、居住権を得て、軽蔑を受けない存在となりましたが、常にいじめ軽蔑する存在を作って、その結果、支配に不都合な人間を排除しようとする、大きな悪巧みに、北野武監督は積極的に貢献しているのです。

 4ちゃんねるで行われていた熱湯風呂、とか、6チャンネルで行われていた風雲たけし城は、そう言ういじめ作法の典型でした。それらに、影響を受けた中学生、高校生は多いでしょう。大人になっても他人をいじめる、現代日本の風潮を助長していると思うし、先ほど言った、健康番組も最近持っているし、美術の番組も持っているしで、・・・・・利用されている典型だと思います。だからこそ、お金が儲かる。

 彼が作った映画、花火も、それ以降もやくざがテーマらしいです。花火だけは見ていますが、それ以降は私は見ていません。だけど、北野武自身も自分で行っているとおり、当たらなかったそうですね。そこですが、どうして当たらなかったかというと、暴力をテーマとしている裏側に、自分の行動を正当化したいという潜在意識はあるでしょう。それが、創作の動機だったら、それは、神様には、めでられません。一本ぐらいはいいとしても連続して、やくざの世界を描くのは、みえみえの自分擁護です。まあ、大杉連と言う俳優が、このシリーズで、大ブレイクしたから、彼などは、北野武監督を非常に尊敬していると思いますけれど。

 彼は誰でもピカソという番組も持っていましたが、あの中の、コンクールというのは、本当に忌まわしい企画だったと思います。芸術は競争で生まれるものでもないし、勝ち進めば、三週間とかいう期限内に、さらに人と競争し手かつ作品を作らないといけないのです。そんな規格を何年も連続して板かれを、NHKが、立派な番組に起用して、それに、芸大学長が花を添えて、権威付けしてあげる野など、見ていて、痛ましくなるほど、みえみえに、政治に利用をされています。

 山本モナという美人でフェロモンいっぱいのタレントさんも自分のところへ抱えていて、そのタレントに、星野大臣を誘惑させて、一種の弱みを握り、思うままに操作できるようにした上で、次から次へと、星野氏に目立つ役職を与えて、どんどん、目立つ様にさせて、今では、巷間のうわさによると、星野氏は、末は総理大臣だそうです。週刊大衆という週刊誌など、北野監督自身が総理大臣に最適だ、などと書いています。もちろん、私は週刊大衆を買ったわけではなくて、電車の中の中吊りで、知っただけですが。(笑)

 こういうことが、北野監督の才覚だけで、かなえられていると、もし国民がお思いになっているとしたら、空恐ろしくなります。
 日本の国民の皆様へ、彼の本質に対して目を覚ましていただきたいと思っています。彼の本性が周知のこととなれば、伊藤玄二郎や、いまだ生きていて、地下潜行して、悪さの限りを尽くしている、井上ひさしの本当の姿もご理解が容易になるでしょうから。
 この副題の横に、番号を8と振っているのは、北野武監督については、過去に何度も触れているからです。
 で、挿入から元へ戻ります。
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副題11、『カラックス監督は、なぜ選ばれたのか?』

 この映画『TOKYO・・・・・第二話、メルドの部分』は、脚本の段階から安易極まりない映画で、しかも、たった、二週間で撮り上げてさっと帰っています。
 レオス・カラックス監督自身が、『日本人スタッフの寛大さに感謝します』と言っていますから、(これもプログラムの中でです)、ご自分で、とんでもない、だましの仕事をやっていると言う意識はあったわけです。

 誰をだますかといえば、世界中の国民をだますし、無論のこと、日本国民をだますわけです。だって、文化庁が出した800万円は、国民の血税の結果です。ひどい映画なのです。どれほど、日本人が馬鹿にされているかをあらわしています。
 そして、短縮版のDVDしか売っていません。ですから、私が書いていることを、国民は検証できません。が、日本では、短縮版を売り、海外では世紀版を公開したら、日本と、日本人は、大ダメージを受けるでしょう。
 映画『コーヴ』も、『靖国』にもそうですが、『パールハーバーのように、外国が作った、日本バッシングの映画もさることながら、これらの映画は、日本人が作った日本発の、純真な文芸映画とみなされると思いますから、だからこそ、サブリミナル効果は大きくて、海外の日本にきたこともない若者などに、『日本って、いまだにあれほど、野蛮なのだ』という印象を与えると思います。
 どうして、彼が選ばれたかと言うと、私が映画ポンヌフの恋人について一文を書いていますので、・・・・・それは、無論褒めているわけですが・・・・・そう言う存在に、日本批判というか、日本バッシングの映画を作らせれば、わがくしいじめに最高の効果があると、考えているのでしょう。特に、私は英語ができます。カラックス監督も英語はわかると思います。もし、インターネット上で、英語の情報として、彼の目に留まって、彼と私が結びついたら大変だというような配慮もあったと思い増す。

 それと、デュポン家の一族らしいので、こういう仕事を頼むルートがあったのです。デュポンというのは化学会社ですが、経営者は、すでに大富豪社会の一員でしょう。

 その私の、『消された映画』という本は、ISBN番号もまだつけていない形で、しかも、本格的な印刷方式(=オフセット印刷)ではなくて、パソコンプリントアウトの、オンデマンド方式で、20冊程度作ってありますが、私のパソコンは常にハッキングを受けておりますので、そう言う仕事をやっていると知られているから、こそ、この文化庁の在外研修生の同窓会には招かれなかったのでしょう。二年間かな。三年間かな? 

 それと、卒業第一回、卒業後の集合展作品展にも招かれてはいません。が、それをいうとさもしくなりますね。で、出世を望んでいるとみなされて、女流画家では最高の出世をした馬越さんを当て馬にえらばれて、その成功と私の現状が、比較されることとなります。そうすると、一般の人は、何で、そんな卑小な存在が、有名人に逆らうの? 麦価みたい』となって、私から離れると、考えられているのです。
 で、作品展(帰国、後の研修成果を疲労する展覧会)には招かれていません。いいたくないが、それも事実ではあります。まあ、いじめられていますね。
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副題12、『私の、すでに予定されていた関西旅行の真っ最中に、開催が設定されている』

 で、今回招待状が來たから、みんなが考えを変えて、歓迎されているかと言うと、全然、そうではありません。実は出席ができない日を選んで、期日が決められたと感じます。

 これはね。母校の同窓会にも、当てはまる、工作です。今回は、25~27日まで、関西旅行をすると決めており、すでに、ホテルの予約をしていました。その予約が、非常に難しかったわけです。で、抑えている同窓会関係の大秘密を、とうとう出さないといけないかな?と思うほど、難しかったのです。

 ホテルの予約がたった一つできるだけで、4時間もかかったのです。ありとあらゆる変なことをされてね。で、できなかった二つのホテルは、ホテル自体のホーム頁に入ったり、東京にある系列店に行って、電話予約をしてもらったりして、やっと、とったのです。そして、それは、パソコンを使ったし、電話を使ったし、夫とも自宅で話し合っています。で、盗聴やハッキングの結果、敵は知るところとなり、それゆえに、絶対に東京にいない日を選んで、この会を開催したと、私は考えました。

 ところで、そういえば、最近書いて、まだ推敲をしていないテーマがありました。似ていますので、ここで、再度取り上げましょう。
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副題13、『白熱電球の生産中止は? 目に悪いはずだし』

 しかも、白熱電球の生産中止が、急に決まったのは、我が家の夫婦間会話で、「LED電球は消費電力が少ないのだよ」と、主人が言ったのに対して、「うん、でも、LEDは目に悪い気がする」と、私が答えたのですが、それを、きっかけとして、決定をされました。
 室内を盗聴されて、それを利用されたのです。
 『政府があんたに反対をしているのだよ。あんたは小沢一郎を嫌っているが、そのあんたがひいきをしているときの内閣は、あんたを捨てているのだ。菅内閣もそうだったし、野田内閣もそうなのだ。決してあんたの見方はしないのだよ』と、嘯いて笑っている連中の姿が目に見えるようです。特に夫婦間で意見が違うことは常に狙われます。

 ただね。このLED電球が目に悪いと言うことは、ほとんどの人が直感でわかっているらしくて、、白熱電球は大型電気店で払底をしているらしいですよ。そのとおりだと思います。だってレイザーメスと言う言葉はご存知でしょう。読書用の伝統などは白熱電球のほうが目にいいでしょう。

 今、皆さんは、原発の後遺症のことで、セシウムがなんとかと大騒ぎですが、あれもセシウムと言う物質が、悪さをするわけではありません。その同位体が、核分裂をする際に出す、放射線が体に悪いのです。放射線と言うの中には光とか、波動ともいわれるものが、ひとつあります。ともかくセシウム自体が、悪さをするわけではなくて、はどうとか、エネルギーという形になっているイオンが、人間の細胞を構成しているたんぱく質などの物質ないの、そのまた最小単位である、炭素や酸素などの、原子核に影響を与えるので、がんなどを誘発するのですから、LED電球を身近に置くこと。特に、就寝時の読書用におくことなど、絶対に、目によくないと思います。
 皆様も、白熱電球と比較して、蛍光灯の方が、目に悪い影響があるのは実感として把握をなさっているでしょう。

 欧米では家庭内では、蛍光灯は使わない模様です。それは、工場で使うものだと考えられています。
 そこから連想しても、そうなるでしょう。だから、この私をいじめている連中が、国民の健康など一切顧慮していない悪魔なのだということはご理解を頂きたいのです。
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副題14、『その日は、帝国ホテル大阪に、株主総会が、設定をされていて、一ヶ月以上前から、そこに行く予定にしていた』

 しかも、この26日に、日にちが設定をされたのは、これもまた、我が家の夫婦間の会話から来ています。それはね。株主総会の通知がたくさん来たわけですが、(母からの遺産によってです)私は、父から遺産を相続したときにも一回も出席をしたことはありません。だが、すでに、70歳になり、ありとあらゆることができなくなるということと、

 高校の全学・同窓会が、霞ヶ関ビルの東海大学同友会かんんを使って、そこにいってから、宴会場探索に、はまっているのです。

 それもあって、私が主人に、「ねえ、あなた、帝国ホテル大阪で、この会社はやるのだわ。こういう機会でもないと、帝国ホテル大阪などには入れないので、行ってみたいわ」と言ったのです。私もスノッブといえばスノッブですが、年が年で、新しい経験ができなくなると思えば、帝国ホテル大阪に入るという小さなことでも、魅力を感じるわけです。そこから、25~27日のホテル予約が始まったわけですね。

 普通の人だったら、ここはリンクをしません。しかし、私の場合は常に、取り囲まれていて、常にこちらの情報が、利用をされます。
 *私が金沢に滞在中にNHKは、お昼の番組で金沢を訪ねていたそうです。テレビを見ない私ですが、大阪で、普通の人から教えてもらいました。
 
 *出発直前には、いやみなことにどこかの市で、子宮頸がん予防ワクチンキャンペーンを兼ねた市民マラソンをやると言い、

 *大阪でも、市立図書館を訪ねたその同じ日に、府知事が市立図書館を訪問すると言うニュースが、6時からのNHK大阪地方版で、流されました。彼女は絶対に、『びょんぶ』を探しに図書館に行くだろうと、想像をされているわけです。

 私は『びょんぶ』は、大阪市立図書館では、探しませんよ。もうあきらめているし、芸大と、国会図書館で、さえ、見つからないのは、日本全国で秘匿をされていると言うことだし、と思っています。
 大阪の市立図書館は、一瞥しただけで、産業の関係の蔵書が多くて、芸術関連の蔵書は少ないとわかりましたし。それにここまで調査の妨害をされるのは、川名昭宣君が編集をしているとの予測が、当たっていると見ていますしね。それがすでに結論であります。

 この夫婦間の「帝国ホテル大阪での、株主総会に出るつもり云々」の会話が、交わされたのは、一ヶ月以上前なので、松本楼に、日にち設定を頼むのは容易だったと思います。そこは、宴会場が、ひとつではないし。

 でね、私はどうするかを考え抜いて、予約をしにくいホテルのキャンセルをして、日時設定をしなおしたのです。そして、午前中は帝国ホテル大阪の五階にいて、夕方には、松本楼の二階にいたわけです。ですから、『馬越陽子さんがそこに、いて、それが、彼女(私)きまりが悪いはずだ』と敵たちが考えようがどうしようが、これほどの・わな・が張られたら、がんばるしかないですよね。(笑)
 つまり、出席しないように、出席できないようにと、二重、三重にわなが張られたら、ここで、出席しないと、それに引っかかったことに成り、将来、また、何度もわなが張られてしまいます。ひとつ、ひとつ、破っていかないとなりません。
 
 この章、最後のお断り。

 初稿は最後まで、あっという間のスピードで書いたのですが、推敲は大変な時間がかかっています。そして、またまた、今日も推敲だけで疲労困憊してしまいました。 
 で、未推敲の部分は先送りとさせてくださいませ。
 ちょうど、ここで、文章の内容ががらっと変わります。それで、私もここできるのが、最適のような気がします。

 ここまでは、私の頭の中にあることです。あまり面白くないお話でした。親身もないかと、思えば恐れ入ります。ただ、私としては、この手の文章を書くことには、相当に大きな意義も感じているのです。
 ここに、書いているようなことは、現代日本では、誰も言っていないことですが、とても重要なことです。

 非常におかしな政治が行われている日本ですが、それは、このような支えが横から与えられるので、実行可能な話となっております。で、こういう裏側のお話も、皆様には、ぜひ、聞いていただきたいというテーマです。
 では、ここまでは、推敲が終わりましたので、タイトルの横に△印を容れておきます。書名も日付も入れます。
 初稿を、2012年の6月26日に書き、その真ん中の部分を、28日に推敲を終える。     雨宮舜(川崎 千恵子)

さて、ここからは、
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爪の白い星は、幸せを意味する・・・・・△

2012-06-26 21:44:19 | Weblog

 下の原稿は、26日の深夜に書き上げました。今、27日の零時ですが、推敲を始めます。その最先端は例のごとく@@@@罫線で示します。そして、午後三時半までに、半分ほど推敲を終わりましたが、その時点で、二つに分けることにいたしました。二万字に、届きそうなので、後半の推敲ができないからです。で、これは、ここで、一応の完成とさせていただきます。

副題1、『爪に浮かぶ幸福の印』
副題2、『私が、特に、幸せだった50代のころ』
副題3、『幸せは、悪いうわさを、土台にしていて、それと引き換えに訪れた』
副題4、『川島さん(村松画廊のオーナー)に、最近よく会うが、』

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副題1、『爪に浮かぶ幸福の印』

 現在、火曜日26日の夜10時です。久しぶりに鎌倉の家に帰ってきたら激しく喜ぶ猫に迎えられ、私も深い喜びに満たされました。愛し愛される感覚のことです。動物は、猫と言う頭のいい動物といえども、裏切りませんので、ありがたい存在です。愛すれば愛される。ゆるぎない関係が築けます。

 さて、ありとあらゆることが書きかけ中ですが、突然にここでまったく新しい話題が入ってきました。

 それが、惑うのですね。書くのに。だけど、不幸な話ばかり書いていますので、ここで、ひとつ幸せな話を書きましょう。

 どういう幸せかと言うと、芸術に関係がありますが、少しだけ、いや、大いに政治にも関係があるので、書きにくいことおびただしいのですが、
 紆余曲折をしながらも、書いていってみましょう。

 比々谷公園の中に松本楼と言う古いレストランがあります。誰かが「松本楼のカレーライスはすばらしい」とネットの世界で、言っていましたが、最近では、種々のパーティに使われているらしいです。私はそこは親戚の人間の出版記念会で参加したことがあるので、別に珍しい場所ではないのですが、後で述べるような政治的な意味合いがあって、参加しないといけないパーティが開かれたのです。それは、文化庁の在外研修生の同窓会です。それが開かれて、それに出た後で、有楽町から電車に乗り、突然に気がついたのですが、右の親指の爪に、ほぼ、10年ぶりぐらいに、白い点が出ていました。
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 ここで、次の日の推敲中の挿入ですが、別の指にも二個目の白い点を見つけました。これが、小指の端っこなので、昨晩中に出ていたのか、今朝出たのかはわかりませんが、元へ戻ります。
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 皆様ご存知ですか? 爪は体調を反映するのですが、それとともに手相のように、幸福と不幸のサインを出すのです。爪が生えてくる根元に白い三日月状のものが出ているときは健康状態がよいとされています。これは、広く、知られている知識というか情報ですが、こちらの方の、今日私が問題としている、爪のピンクの部分に、直径1ミリ前後の白い点が出ることが、幸運の印であるということは意外と知られていないでしょう。
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副題2、『私が、特に、幸せだった50代のころ』

 私もこの白い点の意味は、長らく知らなくて、『どうしたのかしら? 空気でも入ったのかしら。つまり、健康状態が悪いの?』と思っていましたが、違う模様です。手相の本によると幸運の印だと言うことです。
 だって、昨日までなかったのに、突然に、夜の八時に出て来たのですから、幸運のしるしといってよいでしょう。

 海外に版画の修行に行っていた時期には、しょっちゅうこれが出ていました。弾むように創作に励んでいたので、幸せな時期だったと思います。幸せというのは絵に描いたもちでもなく、他人が認めてくれるものでもなくて、自分自身が、何か、深く納得をするもののようです。非常に主観的なものです。
 だから、他者と比較して勝ったとか、有名になったとかいう種類の勝利感とは別のものです。私の10年以上前は、純粋に一途に美術と文章の創作に励んでいたので、あれは幸せな時期だったのです。

 客観的に見れば不幸な時期だったのでしょう。ご近所様からは、『どうも、川崎さんは離婚をするらしいよ。ほら、人生に負けたよ。その点で。だから、私たちが上だよ』と思われていたらしくて、安野夫人は、私が必要なものを自分の家から持ち出しては、逗子のアトリエへ、タクシーで運ぶのを、『見たわよ。見たわよ』と誇示するべく、例の私の頭へ水をぶっ掛けた高い塀の外へ身を乗り出しては、その姿をさらしていました。あのころから室内盗聴はされていたのかしら。だから、ドアを閉める音に気がついて、ああいう態度をとっていたのでしょうか?(笑)私はね。彼女がいじめのために、そう言う行動をとっているということが、わかっていましたが、彼女に向かって、「あんたがどう思おうと、私は気にしていないのよ」なんていってみたところで、それが、わかる人ではないから、放っておきましたけれどね。

 そして、大原光孝氏は、「川崎さんが、逗子で、一人暮らしをしているのは有名な話ですよ。みんな知っていますよ」と得意そうに、言っていました。上品な言い方ですが、例のごとく、ご自分以外はすべて、あざけりの対象であると言う本心が見え見えな、言い方です。大原さんに通じるか通じないかわからないものの、ここで言いたいのですが、「すべての人はあなたと同じぐらいの頭脳は持っているのですよ。人間を形成する細胞の数は、60兆です。その数から比較すれば、すべての人間は大同小異です。だから、気をつけて、必ず、対等にかつ、礼儀正しく接しておく必要があるのですが、あなたは、会社勤めをしたことがないので、そこがわかっていませんね。形ではないのですよ。心からの問題です」と。

 そのころは、特定の友人に向けて送るメルマガはやっていましたが、誰もが読めるブログはやっていませんので、ご近所に私の内面を知らせたことはないのです。だからこういう彼らの態度はハッキングのおかげでしょう。ハッキングされた内容は伊藤玄二郎を通じて、この山の石川和子女史ほかに入っていたと思いますね。
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副題3、『幸せは、悪いうわさを、土台にしていて、それと引き換えに訪れた』

 そして、極めつけは川名昭宣君(大学時代の同期生にして、河出書房新社の社員だった。男性)です。彼に、「あれ、まだ、離婚をしていなかったの?」と言われたときのことは、皆様にすでに、お話をしてあるでしょうか?
 川名君と言う人は、大学時にも、個人的な会話を交わしたことは一切ない人なのです。

 ただ、私が本を自分で作り始めて、ほんの世界にのめりこみ始めたから、大学卒業後、50年ぶりぐらいの時期に、勤務先の、河出書房新社をたずねて、本のことをいろいろ話し合いたかったのです。その会話のきっかけにするつもりで、子供たちの結婚写真を見せたのです。
 実は、うちの子供たちは、あの内心では、他人をあざけるのが好きな大原さんだって、「川崎さんのお子さんがたは美形ですね」と言ってくださるぐらいだから、結婚式の写真なんて、それこそ、美しいみものなのです。
 上に上げた、「あれ、まだ、離婚をしていなかったの?」は、
 そのときにふっと相手から出た言葉ですが、私からすれば、余りにも、変な発言でした。それほど、親しくないのです。しかも、こちらは女性であり、相手は男性ですから、儀礼的な、挨拶から始まるべきなのです。この場合は、「おや、ずいぶんきれいな花嫁さんですね」ぐらいなモノいいが普通です。

 それなのに、花嫁にも花婿にも触れず、「あれ、まだ、離婚をしていなかったの?」と親の私のプライヴァシーに言及するのは、ないでしょう。(笑)、まあ、私としては、それだけ、幸せな家族であることが、そこに出ていると思いはしました。ええとね、別居を使用が何をし洋画、それは、芸術のためだから、余人の想像するような、一般的な価値基準は我が家には当てはまりません。

 が、そのときに、直感的に、・・・・・もしかして、これらの、安野夫人たち、ご近所様の、『彼女(=私)は、離婚をするはずだ。いや、すでに実質的には離婚をしている』と言う見込みが、伊藤玄二郎氏に「元愛人だったから、彼に強く支援してもらっている」と、自分から言い出している石川和子女史などを通じて、伝わっていて、またそれを、伊藤氏は、この人(=川名君)のにまで伝えたのかな? そして、川名君は、伊藤玄二郎と一緒になって、私を馬鹿にしたり、あざ笑ったりしているの? それも何度も?』などと、推察してしまったほどです。で、『びょんぶ』という、伊藤玄二郎氏が、ポルトガル国の勲章をもらう動機となった、本の編集を、川名さんがやっているのではないかと想像を始めたわけでした。
 一冊の本が完成するまでは、著者と編集者は何度も会うわけでしょう。で、私のことを二人で話題にしているのではないかと考え始めたのです。これは、後に、伊藤玄二郎が、RKさん(銀座の画廊のオーナー)と、夜の10時半に鎌倉駅のトイレに一緒にいるのに(といっても、男女別々ですが、同じ時間帯だったということです)出会ってから、確信に変わりました。RKさんは、葉山の住人でしかも主婦だから、夜の10時半に鎌倉で伊藤玄二郎と会っていてはいけないのです。多分、銀座で私の悪口を言って、彼女を利用する件があったのでしょうが、夜の7時半から、電車の中を含めて、3時間話し合っても、話が終わらなかったのでしょう。

 元に戻ります。川名氏と伊藤玄二郎の結びつきの話です。
 しかし、伊藤玄二郎は、河出書房が不況のときに、辞めています。入社たった、1年目でやめているのですから、ほとんど、同期である川名氏は、普通なら伊藤玄二郎など嫌いなはずなのです。そうです。沈みそうな船から、一人さっさと逃げ出した男など、普通なら残されたほうは嫌うはずなのです。

 でも、強烈なひとたらし術を持っている伊藤玄二郎なら、川名氏が、逆らえないようなほどの、大物を使って、または、金銭的な報酬で釣って、河出書房新社に食い込んだかも知れないのですね。それで、まず、若手の編集者と一緒に、ポルトガルに関して、叢書の一巻である、教科書みたいな本を作ります。これは、国会図書館にまだおいてありますが、極く普通のレベルの本です。さすがに、これで、ポルトガル国の、エンリケ皇太子賞をもらったとは、ホーム頁でも、明かしてはいません。次の著書、『びょんぶ』でもらったと書いてあるのです。
 もしかしたら、その『びょんぶ』のほうの、編集を川名氏が、頼まれて・・・・・当社とは、著者としては、二度目の付き合いだし、昔のいやな思い出を払拭するための、地ならしは、すっかり済みました・・・・・ということで、引き受けてあげたと、推察したものです。で、『岩波ホールの創設で、有名な高野さんと共著にしてあげたのも川名君の力量だったりして』とも、考えたものです。

 どうして、川名君に頼んだかと言えば、・・・・・私の母校に私の悪口を細菌か、ウィルスのように蔓延をさせて、その結果、彼女を自滅させようと、伊藤玄二郎ほかの、例のエージェントたちは考えて、巻き込んだ・・・・・とそのように考えたのです。これは、後からいろいろ小さなエピソードが傍証として、出てきて、どうも本当らしいと思えてきています。

 ここで、長年の読者はすでにご承知の話ですが、最近入ってきた方がわからないといけないので、『私の離婚が云々』と言う話の説明をいたします。それは、海外へ修行へ行くのは、専業主婦であると、難しいので、日本にいるときから、逗子で、アトリエを構えて、一人暮らしをしていたからです。家族と一緒だと、「明日からニューヨークへ三ヶ月行って来ます」と言うのは単なるわがままとしか、聞こえないでしょう。だが、世界的なレベルでの、天才芸術家(笑)になっていくつもりの私には、それはどうしても、今、やるべきことであり、誰がなんといってもやるべきことだったのでした。

 そして、それは、40代に、ただただ、子育てのために自分を押し殺していた私の反動でもありました。・・・・・この時期をおいてほかにないよ。海外に行って長期滞在をしつつ、修行ができるのは・・・・・と思ったのですが、それはあたりであり、あの時をはずしていたら、その後の、私の人生の展開はなかったと思います。

 でも、普通の人には実行をするのは、難しいことだと思いますよ。それを敢行できたのは、それなりの工夫、をするから可能だったのです。または、私の実力があったというべきでしょう。
 どういう工夫かと言えば、悪口を言われることを平気になることです。川名君のジョークをここで、気にしている様に見えるのは、最近でも敵の攻撃があるから、蒸し返すだけです。

 ちょっと、外出する。それが、同窓会関係だと、郵便のチェックで、知られていて、その留守の間に、花の鉢をひっくり返されたりするから、ここで、昔の話を蒸し返すわけです。多分、花の鉢をひっくり返したのは、あの男だろうと、わかっていますが、それは、無論、ご近所の例のアジサイ畑をコンクリートうちにしてしまったり(結局は土地を盗んだのと同じことになります)、また、他人(=我が家)の猫に対して超がつくわがままを通した、女性たちのだんなさんの一人でしょう。このようにして、ご近所を利用した攻撃が続いているから、昔のことを蒸し返すわけです。別に、それほど、気にしたり、考え込んだりしているわけではないのですが、『ああ、今、川名君について語る、チャンスが与えられたのだ。こんなひどいことをされるのだから』と、自分で納得をして、自身を持つわけです。
 川名君一人のジョークで終わるのなら、やがて消えていく話なのですが、ご近所やら美術界が私への弾圧のために、引き続いて、使われるから、私も引き続き、思い出さざるを得なくなります。
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副題4、『川島さん(村松画廊のオーナー)に、最近よく会うが、』

 私ね。本日の松本楼の同窓会では、まったく静かにするつもりでした。全然アッピールを強くしないつもりでした。

 それは、美術界の裏話をいろいろ書いていますでしょう。それらは、すべて、理由があってのことです。たとえば、山口みつ子さんが、自殺であるとする説を、川島さん(昔、村松画廊を経営していた)が、読売新聞のインタビューと言う形で、公開した件については、私は当然に怒って文章を書いています。このブログでね。その川島さんが、最近銀座で、頻繁に私の前に姿を現します。

 黒田さんも同じですが、「川崎をつぶすために、彼女の目の前に現れてください」と頼まれていると、私は推察しています。本日、松本楼で、出会った馬越陽子さんと同じく、私を威圧し、びびらせるためです。つまり、川島さん、どうかにらみを利かせてやってください。『あんた、私について悪いことを書いたでしょう?』と言う感じで・・・・・彼女はびびるはずです。その結果、書かない様になるでしょうと、・・・・・頼まれていると感じます。酒井忠康さんから、直接か、間に誰かを挟んでね。
 その川島さんが、京橋で、無邪気に犬に話しかけているのをみました。

 車の窓ガラスがあいていて、そこから犬が顔を出しているのに、横断歩道を渡りながら川島さんが話しかけている。で、任務を帯びて意地悪をしているときではない、素直な人間性が出ているので、私が好感を持って、後ろから、「川島さん」と、声をかけると、彼女は、きっとにらむ感じで、無視して通り過ぎました。
 彼女にしてみれば、勝ってやった。無視してやったので、『川崎は、これからしばらく、悩むはずだ』となると思います。だが、それがわかっていて、あえて声をかけたのは、彼女の反応を見たかったからです。それによって、政治的な裏がわかるから。
 私にとって、勝利とか敗北は問題ではありません。真実の追究が先です。種々さまざまななぞを解くことが先なのです。

 ここで、存在している一番大きななぞは、山口さんの死の真相です。また、私が、美術界で、不利になるように不利になる様に、悪いうわさを振りまいている人がいるが、その源泉が誰であるかを探ることも必要です。そこに大きな真実が含まれているからです。

 さて、川島さんの、無視の態度には、今の私はまったく傷つきません。しかし、10年ぐらい前までは、今ほどの裏側の真相がわかっていなかったので、ずいぶんと傷ついたものです。で、

 川島さんと言う名前は出さないで、『蛙が銀座を歩いてもだめだよ』と言うエッセイを書いています。AOLのメルマガ時代ですがね。あの時はいまほど、自分が取り囲まれているとは気がつかず、

 川島さんの無礼異常の無礼な態度の意味するものがわからず、非常に大きなダメージを受けて、主人に、新橋から電話をかけて、「本日はアトリエに、寄りますよ。早く帰れない。12時過ぎになります。うちへ帰る気分にはなりません。何か、創作をして、すっきりして帰ります」と言ったものです。すると主人が、「蛙が、銀座を歩いてもだめなんだよ」というので、同情心のないことはなはだしい。何もわかっていないと半分は怒ったものの、半分は、笑い転げて、気分が直り、そのまま、鎌倉へ直行したのです。逗子のアトリエは、一人暮らしをやめても、お金がある時期はキープしていました。版画を作る機械(プレスという)が、重すぎて、自宅へ持ち上がらないからです)

 そのころは、夜は一人暮らしをやめて、夫との家へ帰っていました。世界的なレベルの、大芸術家になるためには、後、7年は一人暮らしと海外修行が必要だと考えていましたが、痛さに耐えられない病気になってしまい、それを治療してくれたのが、なんと主人だったので、かぶとを脱いで、世界的大芸術家になるほうをあきらめて、主婦として、生きることを選んだのでした。

 人生は思いがけない展開を見せます。あのままだったら、私は美術のほうにまい進したと思います。が、主人と一緒に暮らすとどうしてか美術の仕事はできないのです。天才の仕事なんて、そう言うものです。圧倒的なシビアさがあって、そばにいる人間が参ってしまいます。で、家庭生活など一緒に送れません。そう言う意味では、後ほど、出てくる馬越陽子さんの人生は、それを見事に語っています。
 ご主人が自殺をなさったのは有名ですが、
 ご夫婦ともに芸術家だったら、そう言う風になります。ただでさえ強いのが芸術家ですが、そこに『女のほうが動物として、男より強い』が加わると、そう言う結果になりがちです。

 そう言うことは他人の例を見なくても、毎日一緒にいればわかるのです。だから、私は美術、特に版画の世界を捨てて、今、文章を書いているわけです。

 文章の方は、どこまでやっても、世界的な大芸術家にはなれませんよ。(笑)それは、わかっております。そこには才能はありません。ただ、あふれるように書けてしまうというだけの話です。そして、文章を書いているときは、猫が話しかけるのを、遠慮するくらいの厳しさは、私のほうに、無論、ありますが、夫からの話し掛けを拒否するほどの、文章は、夫のいるときには書かないでいいのです。エッセイとは、完成までの時間が短いので、後でやろうとか、夫が帰る前までに、ある程度のところまで書いてしまおうとか、工夫ができます。

 でね、文章を書き始め、本日出会うことになっている馬越陽子さんについてもすでに書いています。三本書いていますが、最初の日本は別にどうって言うことがないでしょう。敵さんたちがとても困っているのは、三本目です。私をつぶすための、ぱしりとして、馬越さんが使われたと言う文章です。
 昔、京橋に、ギャラリー手という画廊がありました。それが今は、そこに、ないので、この話は本当だと思います。
 鎌倉エージェントたちがやることは、『彼女の文章に出てくる、物的証拠をなくせ』ですから、ギャラリー手が、どこかへ引っ越したのも彼らの、命令でしょう。無論、伊藤玄二郎が直接手を下す可能性はないから、美術界の誰かが、動いたのでしょうが。

 で、そのギャラリー手では、たいていの週で、私は、五分以上の長話をします。オーナーが、非常に頭がいいと、見ていて、話すのが面白かったのです。

 そこへ突然に馬越さんが入ってきて、散々に、ご自分の最近の仕事のお話をされたのです。一種の自慢です。ただ、彼女の場合はそれが、頼まれてそうしているわけですから、いやみではない。そこが救いですが、何を聞いても私はぎゃ分とはなりません。負けたとも思いません。
 そもそも、生き方が違うのです。すでに、美術の世界の第一線には立てないね』とわかっている私が、第一線の活躍をしている人の話を利いても、うらやむわけもないし、比較など、もともとやらないタイプですから、まったく気にならないのです。

 で、馬越さんも、馬鹿ではないから、すぐ、私の反応の意味するところがわかった模様です。つぶすために、来たのだけれど、何の効果もなかったと・・・・・  
 「中国で個展をしました。日本人では最初なのよ。国家的な行事でした。帰国したら三越で、個展があります」と話してみたのに、私は、「ああ、そうですか」と、心からうなずくばかりですからね。でね。馬越さんは突然に激しい疲労感に襲われて、「ああ、私って疲れたわ。今も疲労困憊しているの」と何回も疲れたと、発言を続けます。それを聞きながら、私より、20センチは背の低い彼女を見下ろしながら、『なんてかわいい人なんだろう。年上のはずなのに、妹みたいに感じるわ。私は特に、最近、お母さんみたいと、銀座で個展をする若いアーチストから言われるからね。今も、そんな心情になっているのだわ。かわいい。かわいい』と思ってそれを、文章に書いたのです。

 が、裏側では無論のこと、そんなに単純ではなくて、馬越さんを使った人たちを、誰だろうと推察を激しくしていました。ギャラリー手の前に車を止めて、その中で、待っている人間は誰かが大きな問いになりました。
 このたくらみが、酒井さん発のアイデアだとしても、車の中で、私がその路地に現れて、ギャラリー手に入るまで、別の男性が、一緒に待っていたのでしょう、は、油井一人さんか、本多隆彦さんだろうと想像をしましたね。ちょうどそのころ、二人とも馬越さんのインタビュー記事を取って掲載していますので、面識ができたというわけでしょう。
 だけど、こういうことをやりたかったのは二人の、心からの願いではないです。他の人から頼まれたのです。その依頼者は多分、酒井忠康氏でしょう。

 「おやめなさい、伊藤玄二郎氏よ、井上ひさしよ。そして、酒井忠康氏よといいたいです。あなた方が小細工を、やればやるほど、私はそれを、書きますので、終わりがなくなります。しかもとても意味深いときに書きますので、それは、五年後だか、10年後だか、わかりませんしね。小細工を行った直後に、書かないので、ばれないと、思っているとしたら、浅慮のきわみです。

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 まだ、推敲が三分の一しかすんでいません。が、すみませんが、ここで、別のことをやらせていただきたいのです。恐れ入りますが、・・・・・推敲の続きは明日の28日にいたします。・・・・・

そして、今は、これから先の続きはミス以降なので、引っ込めさせていただきます。すでに、1万9千字に達しているので、長くなりすぎますので、明日二つに分けた後半を推敲します。・・・・・幸せの印はなぜ現れたのかという謎解きは明日にずれます。お許しくださいませ。
 2012年6月26日の深夜、初稿を書き、次の日に推敲をする。
     雨宮舜(本名、川崎 千恵子)

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例の特殊な政治問題と、私と、この旅行と。(大阪の6月25日)

2012-06-26 08:42:40 | Weblog
 昨日読者数が少なかったのです。
 で、私は、このように推察しました。

 「ふん、お前、何やっているんだ。苦労している。苦労している。といっている傍らで、遊びほうけていて」と、おっしゃる読者さんがいるのではないかと。

 直前の金沢について書いた文章は、政治問題を避けて、抑えておりますが、

 しかし、しかし、50%までの真実を明かした書き方をすれば、この旅行全体が、戦いの一種なのです。

副題1、「各種の弾圧下での、旅行なので、旅行すること自体が戦いとなる」

1、
 それは、まず、ホテルの予約がインターネットでは、取りにくいという件があって、それが、変だから、回復したいということがあります。これも、まず、パソコン上に、いろいろバグが入ることもあるし、それ以外の要因があるかもしれません。で、今回は三種類のチェーン・ホテルを試してみています。アパホテル、ワシントンホテル、サンルートホテル。
 それらへ実際にとまってみて、裏に何があったから、あれほど、予約がとりにくかったかを後日、さらに、検証して解明していくつもりです。

2、
 やはり、パソコンが使えない。
 6月11日の夜、吉祥寺で、バッテリーが聞きませんでした。吉祥寺のホテルは、無論電話で申し込んであったので、「やられたな」と思いました。

 が、次の週に、ホテルオークラのNTTドコモの株主総会でも、バッテリーが利かないので、これは、相当に意図的ないじめであると感じ始めています。つまり、何が何でも書くことをやめさせると言う例の方針下での、故障でしょう。

 今回旅行してみて、やはり、金沢でも、大阪でも利用できないので、これは、絶対に裏があると思っています。となると、中断している、誰がやっているか、アイデアだけでも誰が出しているかについて、最終的な文章を書かないとだめかな?
 と思ったり、します。しかし、難しいことには、それを、書いたとしても、わなが高度になってきているので、「書かせて、違うだろう。お前、冤罪を生み出すのか?」と、いうことになって、被害者たる私が、その件、一軒だけで、弾劾させられ、書くことができなくなる可能性もあるわけです。だから、やられっぱなしです。
 で、B5のノートパソコンを持ってきていましたが、ブログを書くのに大幅に制限を受けたわけです。
 もし、それがなければ、昼食をとるときにとか東京から金沢までの、4時間半、および、金沢から大阪までの二時間とか、に、さっと、文章を書いたはずです。

 が、それが、できません。

3、
 余裕がだいぶ生まれてきたので、落ち着いて、待っている。

 実は、そういうわけで、部ログを休まないとならなかったのですが、一応事前にそういうことが起きることは予測をしていて、ホテル内で、交流電源を使って、やろうと思っていて、アダプターは持ってきていたのです。が、二つ持ってくる必要があって、絶対に持ってくるつもりだったのに、ひとつを忘れたのでした。

 「とし、だなあ」と思います。電源アダプターは何回か盗まれていて、それで、買おうとすると、たった、一年前までのものがすでに買うことができないことになったとか、いうので、盗まれると大変なので、形式が違うものは、もって出ていたのです。

4、パソコンの電源アダプターは、弾圧のキーポイントである。

 盗まれるということもひどい話ですが、泥棒という形で、彼らは、言論弾圧をしてきます。それらの連中のトップが政治家としては、小沢一郎氏です。ご近所づきあいのストレスを強烈に生み出して、私を苦しめたり、損害を与えたりする、特定の、人物のうち、特に、大きくな形で、しかも多数会の、いじめをしてくるのが、安野忠彦氏と、その奥様ですが、

 その二人がうれしそうに畑仕事をするときこそ、小沢一郎氏が、この日本国家で、でしゃばって、日本をだめにする方向で動くときです。
 その畑仕事とは、自分たちが原因で、25年間にわたって、我が家の花畑をコンクリートうちにしておきながら、(それは、13坪程度ですが、)私が外国へ行っているうちに、彼ら自身の畑は南側にあるにもかかわらず、別に新しく、北側に、斜面を利用して、20坪程度の大きな花と野菜の畑を作りました。
 そこを、いじることは、私に対する挑発的ないじめの意味を持つわけです。
 でその挑発行為が、鎌倉で、激しく行われるときこそ、過去例では、小沢一郎氏が、永田町で、日本国に役に立たないという形で、跳梁跋扈するときだったのです。

 つまり、時の政府が、誰が首相であっても、しっかりした政治ができなくなる方向で、小沢氏は動くわけですし、彼が、激しく動くときには、安野家も畑仕事にせいを出すわけです。こんなわかりやすい図式はないというほど、わかりやすいのです。
 が、何度も、これを書いているので、さすがに、同時進行的に、挑発行為が行われることが少なくなりました。
 
 でね。電源アダプターの、型番がどんどん変わってきて、盗まれると、新しいものが買いにくくなりました。で、金沢や、大阪まで、電源アダプターを持って歩いてきているわけです。二つ持ってくるつもりでした。ところが直前になって、ひとつを忘れてきたわけです。そこが年(=加齢による衰え)ということなのでしょう。

 電源アダプターも、結構複雑な変遷を経てきていて、外径も、変わってきていますが、内径も変わってきていて、複雑なのです。これって、日本のパソコンが売れにくくなる要因ですが、これらの弾圧者は、私ひとり(?)を弾圧するために、パソコンメーカーのfujitsu NEC 東芝などに、そういう風にするように命令しているのでしょう。

 工業用品は、JIS企画というものがあります。ドイツの企画とどちらが世界標準になるかを争っているそうですが、この電源アダプターの差込口の問題ひとつをとってみても、企画化ができないのですから、

 この例の私への弾圧者が、どれほど、この日本という国に迷惑をかけているかが皆様お分かりいただけますか? 特別な人間ではないのですよ。私は。ただ、伊藤玄次郎という男性との、恋愛関係を誇る、石川和子女子と言うのが、めちゃくちゃわがままな女性で、猫のことで、こちらに大迷惑をかけ続けて、最後の最後に、その猫に嫌われて、猫が私のほうを選んだことに逆上して、

 なんと、警官を呼んで、警官に、「あそこのだんなに、奥さんをしかってもらうように、あなたがだんなに命令してください」と言いつけて、

 また、そのあほな警官のうち、特にあほな若い方が、なんと、私を威圧するために、山の上なのに、交通事故の長所をとって脅かしたのです。私はかんかんに怒って、それを取り上げていますが、それを盗まれたのから、盗みが始まっていますので、

 もしかしたら、警察が盗みに入っているとも思われ、それを、書いてほしくないから、これらのパソコンの破壊が起きているかなとも思われ、だけど、どうしても、こちらが正しいのに、こんな理不尽なことをされる覚えがないので、伊藤玄次郎は、もしかしたら、国際的軍産共同体の回し者と、なっているのではないかと推察し始めたわけです。だって、愛人が失敗したら、ご本人が、攻めを追うのは仕方がないでしょう。

 とんでもない優遇措置を鎌倉市から与えられるように、計らってやって、増徴万の限りを尽くす女性として育てたのは、自分なのですから。
 が、ともかく野こととして、電源アダプターはめっ着茶、企画が変わってきていて、それもあって、日本人は、新しいパソコンを買い換えるのを、やめにしたのではないですか?
 つい三年か、五年前は、正式な定価が、20万円を越えるパソコンはざらにあったのに、今は、4万円台がずらり並ぶという状況です。

 悪魔のいうことを聴いていると、商売が上がったりとなりますよ。社長さんたちお気をつけ遊ばせね。それは、JR東日本も同じです。まったく遅延現象がないことがほこりだった、日本の鉄道文化が、この五年間、めっちゃくちゃには会をされていますが・・・・・これも、鎌倉エージェントたちの発案です。

6、液晶画面が横長になっているが・・・・・

 液晶画面が、10年前あたりまでは、黄金分割めいた長方形でした。テレビもそうでしたね。ところが、今のパソコンの画面は、横長です。

 これもね。大きく出るようですが、私への弾圧の結果でしょう。横長であっても、普通の人は困らないのです。が、文章を書く人は、たとえ横書きでも、数十行一緒に見えるほうが楽です。

 ところが、今のB5サイズの、新しいパソコンだと、20行も見えない形となります。私など、一時期マイクロソフトのワードを使うと文章が消える現象が多発して、仕方がなくて、インターネットで、最初から書き始め、途中で、アップして、大本の大型パソコンに入れてしまう・・・・・つまり、クラウドの中に放り込んでしまうという癖がつくほど、マイクロソフトは、私の敵の言うことを聴いたのでした。

 ウィンドーズ98をサポートしないといい始めたのも、「うん、こrは、私への弾圧だな」と思いましたし、XPをもうサポートしないといい始めたのも私への弾圧でしょう。だが、そんなことを、私の実態をも知らないで、言っているうちに、マイクロソフトそのものが衰退してきましたね。

 でも、このパソコンの液晶画面を、横長にするというアイデアが、文章を書いて発表する人間に対する弾圧であるということは、フェイスブックの、タイムライン導入でも証明をされたので、あながち、思い過ごしではないと感じています。

7、フェイスブックの仕様変更

 フェイスブックに今、私は入れないのですが、現在フェイスブックをおやりになっていて、主に、文章を発表することに意義やら、興味を抱いている方は、タイムラインという新仕様が、文章を生かすことにはむいていないということは、ご承知になっているでしょう。その新仕様は、写真は図版、それから、ほかの人の情報を利用するシェアという行動には向いているのですが、文章、そのものに、重きを置く人には向いていなくて、読みにくくなる様式です。

 全員タイムラインへ変更しないといけないと、この2012年の1~2月にかけて大宣伝をされていましたが、今は、どうなっていますか?

 ところで、ホテルのチェックアウトの時間が迫ってきました。途中ですが、ここで、中断をさせてくださいませ。
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金沢から大阪に回っています。(金沢21世紀美術館の、おばちゃんたち)

2012-06-24 22:32:57 | Weblog

副題1、「本日の導入と、菅首相の叱責は妥当だと思うこと」

 23日の土曜日は、金沢に泊まり、24日の夜である今は、大阪に泊まっています。
 このブログの世界で、珍しく、ことっとも、音もさせずに、

 二兎を追うものは、一兎をも得ずという言葉があります。23日も24日もここをパスして過ごしたのは、それが理由でした。

 私は実は二兎も三兎も追う人間で、それが、わが得意ポイントでしたが、無理に無理を重ねてきていたのです。とうとう、無理の利かない段階になってきています。体力の面でね。

 それが、自分でわかるので、普段とまったく違った行動をした23日と24日の、この二日間は、パソコン特にこのブログにタッチしませんでした。恐れ入ります。テレビも見ませんでした。NHKニュースも点検せず、・・・・・

 ただ、菅首相が、ツィッターかブログで、小沢派の議員に、呼びかけて、「小沢氏の駒となるのはよしなさい。目覚めなさい」とおっしゃったのは、ウエブサイトニュースで、知りました。

 そのとおりだと思います。でも、その小沢ガールズというのを選挙で落っことせばいいのでしょう。と、私は思いますが、鎌倉の選挙区には谷亮子さんも、そのほかも、小沢ガールズはいない模様です。また、ガールズとはいえない議員たち、男性で壮年でありながら、小沢氏にべったりな議員がいるのは、どういう神経と頭脳を持っている人種なのだろうと、不思議でなりません。

 それで今日も、そのこと以外は、何も意味あることを書かないで、おかせてくださいませ。

 自分のパソコンではないので、キーの場所が違うことと、体力的に疲れきっていて、こう言うときは何もいいものは書けないと感じますので。恐れ入ります。

副題2、最近加わった新しいバイキング料理、批評。

 追伸、くだらない小さな話ですが、例のバイキングの続きを。

 最近、レストラン・スカイ(新しい三井アーバンホテルの16階)のお昼のランチバイキングを食べて、「見事です」と、うなりました。

一食だけ、メインの料理を、選ばせて、後、前菜とデザートを、ビュッフェ形式で多数出すという形式です。

 インテリアと食器、は、イタリアの有名デザイナーの監修だそうで、シックで大人っぽいのです。そして、お料理もきれい、きれい。

 本日ね。金沢21世紀美術館にいってみて、建物には、満足ができなかったけれど、スタッフの教育がよくできていて、皆さんが親切なことに感心しました。

 そして、何よりもレストランがすばらしい。最高ランクのランチでも、2100円です。前菜の材料がいいし、メインのお食事も銀座だったら、6000円のランチコースの主料理ぐらいだなと感心しました。

 公共の施設なので、土地代が、安く、テナント料が、小さいと思いますが、それでも、よく研究していて、謙虚です。人気がとても高いみたいです。

 美術館の食堂で、これほど、おいしいところは世界にもないなと、感じました。オルセー美術館だって、10年前の当時4800円ぐらいのランチを頼んだけれど、おいしくなかったです。もちろん、メトロポリタン美術館も、リンカーンセンター(メトロポリタンオペラのお客が食べるところで、なかなか入れないので、同じ料理を普通の人は立って食べる形式になっている。だけど、おいしくない。

 私は、まだ、葉山の美術館(日陰茶屋のフランス料理部門が経営していると聞いている)とか、芸大美術館の中二階のカフェ(ホテルオークラが経営していると聞いている)とか、と美術館のレストラン(前は、精養軒が経営していて庶民的だったけれど、改築後どうなっているかしら。行ってみたことがまだない)などは、

 東京のというか、自分の地元の美術館なので、贅沢すぎるような気がして、そこで、2000円以上は払う気がしないのです。今は、美術館も、交通費と切符代をあわせれば、行くこと自体が、とても贅沢な場所となっています。

 だから、お食事は美術館内ではしない。ところが、金沢21世紀美術館は、私にとっては、一生で、初めて訪れた場所で、晴れの席ですから、最高ランクのランチを頼んでみて、大満足をしました。

副題3、「金沢21世紀美術館のスタッフ教育がすばらしい」

小さな話を書いているうちに元気が出てきました。
で、金沢21世紀美術館のスタッフの話を、さらに続けさせてくださいませ。
 金沢市って、おもてなしの心がいっぱいです。
 スタッフといっても、美術館(市立)の公務員の枠に入ってはいないらしいのですが、案内の女性スタッフに中年、または、熟年の主婦らしい人を雇っているのですが、これは、とてもよいことなのです。

 金沢というところは、工業生産があまりなさそうなので、女性にはよい仕事がないのでしょうね。で、意欲的な人が、この案内係に応募してきているのだと思いますが、とても感じがよいのです。親切で明るくてフランクで。

冬が寒い金沢なので、制服は、化繊でできたスモックという形式で、ゆったりとしています。中にカシミヤのセーターでも着れば、暖かいことでしょう。しかもカラフルです。だから、官僚的には見えないし、実際に官僚的ではないのです。

 昔のことですが、上野の西洋美術館のラトゥーヤ展で、込んでいるから気が立っているのはわかるけれど、こういう立場の女性スタッフが、(無論、正式な国家公務員ではなくて派遣会社の社員ですが)、大変意地悪で失礼で、参りました。せっかくの名画も気品がうせます。

 今回は、雲泥の差というほどでした。全員がきびきびしていて、誇りを持って、喜んで仕事に取り組んでいることがわかります。つまりたとえてみれば、幼稚園の先生みたいなのです。そして、私たちお客は、先生に見守られている幼稚園児みたいです。が、それが、まったくいやみではないのです。馬鹿にされているなどとは、微塵も感じなくて、ただ、ただ、気持ちがよい。

 その意気込みの高さは、徳川美術館のサポートスタッフに似ています。が、そちらは、ビジネススーツを着こんだ、紳士が多く、女性も、ややけんだかい。

 比べると、金沢21世紀美術館のスタッフさんは、とても、愛らしくて、(おばちゃんたちがなのですよ)、フレンドリーで、こちらも気分がよくなります。

 美術館の人気が高くて、お客さんがいっぱいいる秘密がわかったような気がしました。

 東京近辺の美術館では、この種のスタッフさんは、すべて、お若いお嬢さんで、きちんとした黒か紺のリクルートスーツを決め込んでいて、お客ににこっともしないで、ただ、「泥棒はいないかなあ? 急に強盗に、はやがわりして、美術品を傷つけるお客がいるはずだから、それを、見つけるのが任務なのよ」と言う風情で、緊張しきっているので、見ていて、「つまらない仕事だなあ。よく、8時間近くも同じ姿勢で、我慢ができますね。つらいでしょう」と、話しかけたくなってしまいます。だけど、金沢では、皆さんが歩き回っていて、いろいろな説明をしていて、生き生きとしていました。

 美術館のほうで、人材を生かす教育をしていると感じました。ハラショー、または、スプレンディッドといいたいです。

副題4、「しかし、建物には異議がある。特に県立美術館周辺の落ち着きを考えに入れれば」

 しかし、人はいいのです。ソフトはいい。だが、ハードがだめだと思う。話題の建築らしいのです。ガラスが多用されているということと、円形であるということが、ユニークもユニークです。

 キッズルームが備えられていて、24日の日曜日も、ワークショップに参加したお子さんは多いみたいです。「未来は子供たちのものです。だから、それだけがターゲットです」とおっしゃるのなら仕方がない。

 だけど、私のように常に美とは何かを考えているものにとっては、肝心の作品そのものが、まるで、記憶に残らないのです。どうしてかというと、色が氾濫しすぎているからです。

 落ち着かない。片付いていない。そういう感覚を受けます。入り口に、缶ジュースの自販機を置いている民家があります。営業権だから許すべきかも知れないけれど、県立美術館周辺の見事に上品なたたずまいを思えば、館側が、「どうか撤去してください」とお願いしたって、おかしくはないでしょう。

 レストランを上で、馬鹿にほめています。それはね。食べる前までは、「どうせ、市役所のお偉いさんの伝か何かで、入店していて官僚的に運営しているのでしょうから、おいしくないでしょう?」との予測を持って入ったのに、驚くべき差として、よいほうに裏切られたから、びっくりしたのです。

 どうして、事前にたいしたことはないだろうと尾も立ったかですが、兼六園側から見ると、レストランもまた、ごったご谷見えるのです。お客の衣装、お料理の色彩。ワインの棚の鏡がきらきらと、また、外部の色を反映して、細切れの色ばかり見せられます。それはたとえて見れば新聞の付録として週末に特にたくさん入ってくるチラシ等が、じゅうたんの上に散らかっている状態に似ています。いかにも、整理されていない片付いていないという印象。

上はレストランについて述べていますが、メインの展示室も同じです。どの廊下を曲がっても、外の景色と観客の動きと衣服が見えます。高校生の修学旅行だけが見物客」ではないのだから、ありとあらゆる色彩の氾濫があります。

 私みたいに、物事を丁寧に緻密に見ようとする訓練を長年続けてきたものに、これだけ、多量の色彩の情報が入ってしまうと、脳がある部分で、拒否反応を起こしてしまい、作品を見ても何も感動しないのです。

 「ええ、この美術館って、もっとも肝心なところで、失敗している建物を使っているわ」と、・・・・・・

 厳しい言い方ですが、この建物(市立です)を訪れる二時間ほど前に訪れた、県立美術館の、すべてを思えば、差がありすぎると感じます。

 県立美術館あたりで、新幹線から飲み続けたいた、水のペットボトルが空になったので、別のお茶を買いたいと思っても、まったく自販機が見つからなかったのです。spれには本当に感心しました。そこから能楽堂と、成巽閣にかけての、環境は真に美しくてすばらしいものです。

 その後で、兼六園内の茶店によりました。それがまた、汚いことこの上ない施設なのです。でも、私はそこで、抹茶(お薄)と、和菓子をいただきました。運営しているおばちゃんに言ったって、私の言っていることの意味はわからないだろうと思うから、何も失礼なことも意地悪なことも言いませんでしたけれど、あの茶店類は撤去すべきだと思う。そして、数寄屋造りの、小さな東屋を立てて、その中に水のみ場でも、一箇所作ればそれでよい。

 カキ氷などというちゃちでかつ原色の旗が、ひらひら待っていて、壊れそうな汚い小屋が、園内の中心にあるなんて、許すべからざる光景です。殿様たちが、園を少しずつ向上させ改善して行ったときに、こんなこじき小屋を設計に入れていましたか? ありえないです。どうして、どこの誰が許可したのですか? その人間はとんでもない無責任人間です。管轄はどこにあるの?

 そういう風に、元からはないもので、色の強烈なものがおいてあることは、大いなる美への破壊行為なのです。

 私が何を言っても変更はない見込みです。そして、その方が自由に発言できるからそれでいいのです。いつも、美とは何だ。真実とは何なのだと、考え続けることが私の日常なのです。別に改革者でも、予算執行者でもないのだから。

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誰も寝てはならぬ・・・・チャネリングの・ひと・私です(笑)、・・・半分政治で、半分芸術の話

2012-06-22 21:53:31 | Weblog
 昨日は、「これ(=前報)を、あさっての日曜日に推敲をします」と前回に言いました。が、テレビを見ていたら、有名なアリアが出てきて、急遽お約束を破って、本日の新しい文章を上げさせていただくことにしました。どうか、ご容赦のほどを。
 そして、この文章自体もまだ推敲ができていませんが、旅行の準備に入りますので、ここで、途中までの推敲でお許しくださいませ。

副題1、『勘違いも、多い最近。が、それを生かして』
副題2、『この12日に、前段階の調査をしていて』
副題3、『びょんぶは、国会図書館にもない。変だぞ。怪しい』
副題4、『芸大図書館にも、一橋大学の図書館にも、びょんぶは、無いのだった』

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副題1、『勘違いも、多い最近。が、それを生かして』

 今日も外出して遅く帰ってきました。朝の9時半に出たのに、夜の八時半に帰宅してきました。それは、3年前の、母が生きていたころのスケデュールと同じです。
 ずっと、体力が落ちているのに、久しぶりに、あっちへ行ったりこっちへいったりしました。

 最初は東急の株主総会へ行くつもりだったのです。オーチャードホールを使うと言うのなら、1000人近く出席すると言うことでしょう。それは、この間出席したNTTより少ないと言うことですね。その差とか、を確かめたかったのです。「お土産が、ありません』と書いてあると言うことは、この間もらった五枚のリーフパイが、NTTのお土産だったと言うわけですか?

 東急電鉄は、株主優待券と言うのをくれますから、それを差し引いて、お土産がないのだと思えば、それでいいです。

 ところが、あにはからんや、日にちが間違っていました。(笑)

 で、午前中から東京に居るのは、非常に珍しいことですから、前からやりたかったことをやりましょうと、決意しなおします。

 やりたかったことは、芸大図書館に行って、楽譜をコピーすること。芸大図書館には何度もいっているのに、どうしてか、今まではそれができなかったのです。でも、今回は、最後までやってみるつもりでした。
 何事もこちらの気力がしっかりしていて、目的もしっかりしていると、最後まで、できるものですね。
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副題2、『この12日に、前段階の調査をしていて』

 実は、母校で、学長招待の同窓会がありました。それが、図書館がテーマです。それはね。もし、100%書いていいのなら、深い政治的なテーマが隠されています。
 敵のトップと、私にはそれがわかっています。だが、それを、今書くと七面倒なことが起こりますので、いつものとおり、30%だけ書きます。

 私はね。『あ、そうですか? そう言うことですか?』とは思いましたが、それと同時に、それはそれとして、『私は、私で、この機会を生かすわ』と、考えたわけです。

 そのひとつは母校の図書館と言う蔵書の多い立派な図書館で、『びょんぶ』という本を探すことなのです。これは、伊藤玄二郎氏が、ポルトガル国の、勲章をもらう動機となった本なのですが、
 私にとって重要なのは、河出書房新社で、出版されていることなのです。

 伊藤玄二郎氏は、1966年か、1967年に中央大学を卒業した後で、旧河出書房に入社しているのですが、本人のホーム頁によると、たった一年で、退社したこととなっています。

 河出書房は、売れている大衆的な雑誌、特に週刊誌を持っていません。白水社とか、みすず書房も持っていません。比較すると、小学館は持っています。それゆえか、小学館って、ものすごいビルを持っていて、スピンオフした祥伝社も豪壮なビルです。さすがに、岩波書店は、大衆的な雑誌と週刊誌を持っていなくても、大ビルですが・・・・・

 読者からみると、とてもよい本を出していると見える出版社が、経営的には、苦しいらしいのです。だけど、経営的に苦しいと、いうまさにそのときに逃げ出すとは、・・・・・特に入社したばかりで、逃げ出したのなら、元から居た、長年の社員には嫌われるのではないでしょうか?

 そういう伊藤玄二郎氏が、どうして、河出書房新社から、出版できるのでしょうか? いや、普通なら、違う出版社を選ぶはずです。今の河出では、すでに、当時の社員はすべて、退職していると言っても、でも、依頼するほうが、恥ずかしくて、依頼しないはずです。特に伊藤玄二郎氏は、井上ひさし氏と鎌倉で、ひどく仲良しなのですから、そちらからの紹介で、どこの出版社からだって、本を出版することは可能でしょう。
 また、自分自身が出版社の社長なのですから、自社から出せばよいでしょう。しかし、河出書房新車から出しています。

 不思議ではあるが、一点だけ、河出で出版すると、彼には得になり、私には損になる点があります。
 つまり、その本を編集した人物が、もし、私の旧来の友人だったら、そこで、その人が、私から離反をさせられ、私が孤立化するからです。

 河出には、伊藤玄二郎と、同期入社の川名昭宣氏がいて、その人に本を編集してもらえば、その際に、私の母校、ICUに大きな楔を打ち込めると、伊藤玄二郎氏が考えたとしたら、それは、『いいですねえ。うまい考えですね』と、言うアイデアのひとつでしょう。

 そして、『もしそうだったら、あれも、納得できるな。これもなぞが解けるな』と言うことが、たくさんあるのです。が、それを、文章として公開する前に、川名氏が、その本の編集者であったかどうかを、知りたいと思っていました。
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副題3、『国会図書館にもない。変だぞ。怪しい』

 で、国会図書館に行って、その本を調べました。が、ないのです。河出書房新社で、出版した本なら、ISBN番号もついているだろうし、書店で売るための整理記号であるバーコードもついているでしょう。それが、どうして、国会図書館にないのでしょう。無論、似たような本はありました。でも、題名はポルトガルであり、『びょんぶ』ではないし、共著者も高野女史ではないのです。
 そして、そちらは、叢書の一冊で、一種の教科書ですね。これで、エンリケ皇太子賞という勲章が出るのはおかしいです。きっと別に、『びょんぶ』と言う豪華本があるはずなのです。
 国会図書館は、私はすでに深い疑問を持っています。

 第一に、父の記事がない。マイクロフィルム化によって、満州の新聞の文化面が、すべて、抹殺されてしまった。我が家には紙の切抜きがあったが、すべて、盗まれている。

 それが、前歴としてあるので、このびょんぶの方も抹殺したと言うか、便宜的に隠したと、私は、推察しました。これが、20年前だったら、私のほうがスピード感にあふれていて、先回りして、調査して、必要なことはすべて把握しました。調査完了と言えるところだったのですが、あれから20年のうちに敵も進歩したみたいです。
 敵さまたちも、さるもので、今回は、ずいぶん頭を使っていて、私が、ちょっとでも、ヒントを与えたことは先回りして、傍証をつぶしてかかるのです。川名君が編集していたのではないかと言うヒントは前々から与えているので、すべての図書館から、その図書を引き上げるか? または、そのタイトルの検索機能だけ、つぶしたのか?

 でもね。びょんぶ(日本語の屏風から派生したポルトガル語)というタイトルがついている本を出版したことが、原因で、勲章をもらえるぐらいですから、美術書の体裁はとっているはずで、そう言う本には政治的な意味合いは、表向きはありません。

 だけど、国会図書館がそれを、隠すのなら、伊藤玄二郎は、それこそ、現代日本を真に支配している、国際的軍産共同体のエージェントであり、自分を守るためなら、国会図書館さえ左右するほどの権力を握っていると言うことになります。つまり、何を彼が恐れているかと言うと、種々さまざまな言論弾圧を私に対してすでに行っているのですが、それらは、証拠がないことだから、いつでも逃げられると思っているわけです。が、紙の本は、そこだけ、頁を切り取るわけにもいきません。
 まあ、そのうち、編集しなおして、再度配布するかもしれませんがね・・・・・この2012年、6月22日まではインターネット上の伊藤玄二郎の経歴の文章の中では、あるのだけれど、実物の本は、見つからなかったと、申し上げておきましょう。

 それで、いいのだろうか? だって、表向きは彼は、一私人ですよ。関東学院大学の教授ではある。だけど、彼の経営する出版社・鎌倉春秋社より、大手の出版社は、いくらでもある。どうして、これほど、厚遇をされるのです。
 自分の悪さの物的証拠となるから、いったん納本した本がないことにしたいというのはどういうことなのだろう? 自分で自分の著書に対して行う焚書ですね。驚いた。(苦笑)

 大学教授になれた。『天国の本屋』と言う大衆小説が当たって、何らかの賞をもらっている。そして、岩波ホールで有名な高野女史と組んで、あらわした、豪華本らしい、『びょんぶ』で、ポルトガル国の勲章を得た。

 そこまではいいといたしましょう。だが、電車の遅延現象が多発するようになったり、NHKの番組を私物化したり、とんでもない恣意の発露が多すぎます。それと、彼の企画や、絵図によって、動かされる、石川和子・柳沢昇夫婦の、おぞましい行為の数々。また、それらに迎合する、主体性のない主婦連中による、大きすぎる迷惑行為を、数々受ける私が、その被害総額は五億円に喃々としている今、その、攻撃のもっとも大いなるキーパーソンが、どういう手法でいじめや弾圧を行っているかの、証拠固めができる、びょんぶという本を、私が、探しまくるのは、当然のことだと考えます。

@@@@@@@@ここが、推敲後の最先端です。
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副題4、『芸大図書館にも、一橋大学の図書館にもないのだった』

 こういうことは普通はないのです。国会図書館は、本当はそうであってはいけないのに、父の資料がうせた(石油を研究する技師としての傍ら、油絵を書いていて、ある種のスターであった。それは、満蒙融和、語族協和の象徴でもあった。というのも父の絵はすべて、テーマが中国の遺跡だったからです。

 しかし、甘粕総裁の部屋、理事長の部屋、などを飾っていた絵はすべて、中国人によって、切り裂かれていたそうです。まるで、フォンタナの絵のよう荷。そして、無論のこと、ラストエンペラーの宮殿を飾っていた大同の洞窟内石仏の絵も、今はないでしょう。焼かれたか、破かれたかで。

 で、ね、私は我が家から映画のプログラムも盗まれているし、ともかく、身辺に、データの盗みも大きな出来事(被害)として、出来しているわけです。その根本原因は、ご近所の安野夫妻、石川和子・柳沢昇夫妻、前田祝一・清子夫妻などの、このたこ部屋的地形の中であることを利用した、わがままな生活態度から生まれていますので、昨日のような激しい、分析が出てくるわけです。
 今日は、本を隠されたことについて述べていますが、登記簿謄本も、原簿の記載が、過去、一代前までしか、入手できないとか、まるで、調査不能の状態にさせられていて、悪者はのさばりかえります。
 現代のジャーナリズムは甘すぎるでしょう。

 小沢離党についても、『暗闇の』金が、海外から、流入するから、お金に困らないので、平気で離党ができるのです。私は民主党を好きではありませんが、時の内閣は支持することにしていますが、民主党の議員数を減らせば、国庫から出る、党員用のお金が少なくなるわけですね。それを脅かしの道具として今使っていますね。そう言う部分について、きちんとわかりやすく報道するメディアがありません。
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副題6、『今、本の検索は、全部インターネット経由ですね』

 私は、国会図書館、国際基督教大学図書館、一橋大学図書館、芸大図書館の順で、探しまくっているのですが、現在、ほんの検索は必ず、インターネット経由で行うこととなっています。
 それで、研究の自由が保障されていません。

 書くことの自由も保障をされていませんが、研究の自由も保障をされていません。このように、あとがきに、「編集者としての、川名昭宣氏に感謝します」と言う言葉が書いてあるかどうかを、調査したい私の目の前から、一切の実物が消えてしまっていると言うのは、本当にあくどいことです。

 ところが、恥の感覚に訴えて正していこうと思っていた私にとって、敵は日本人ではないらしくて、・・・・・国会図書館の館長は日本人ですよね。一橋大学の図書館には、びょんぶが、最初からなかった可能性は高いです。そして、国際基督教大学にもなかったといたしましょう。

 だが、芸大図書館と、国会図書館には絶対にあるはずなのです。それがないし、本の検索はすべて、インターネットですから、「びょんぶ」と言う書物が検索をされたかどうかを調べるのは簡単です。すでに、4回検索調査をされており、すべて、検討すると、私だと言うことになります。と言うのも今は国会図書館も、館内閲覧だけでも、身分証明書が必要ですから。
 すると、伊藤玄二郎は、ますます、警戒して、隠すでしょう。

 しかし、私はこういう現象を見るにつけ、その本の編集に川名君はかかわったと、みています。だが、もう少し、確証を得るのを待って、これから先の部分を書きましょう。どうして、それが、大切かと言うと、伊藤玄二郎が、どういう風に、私の友達を奪っていき、裏切るようにさせていったかが、よくわかるからです。
 ひとたらしの天才は、昔、自分の方が『おぼれる船である、河出を去ると言う形で、裏切っていて、いやな思いをさせた相手さえ、協力者として仕立て上げるから、
 小、中、高などの他の学校の、同窓会が、どういう風に侵食をされ、どういう風にして友達が奪われたかが類推できるようになるからです。

 そう言う確証を得たら、それ以降は、私がどういう被害をそこから受けているかをも、一種の傍証つきで語ることができるからです。
 その点は待っていてくださいませ。心理的に、かつ哲学的に小説より面白いお話が展開するはずです。
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副題5、『しかし、政治とともに芸術だア』

 私はね。本当は、芸術のこと、一本で進みたいのです。だが、とんでもない妨害を受けます。最近も園芸への破壊行動と、室内への侵入があります。
 だから、芸術に専念ができません。

 でも、非常に強い決意を持って、そこから離れないように、気をつけているし、生活を常に引き締めています。園芸に凝っているのも体調を整えるためです。30時間徹夜でパソコンを打っているという生活では、早晩死ぬよ」という生活に他ならないですから。

 私はそれだけの集中こそ、大きくて、質の高い仕事を生み出す、土壌だと思っているのです。パリで、1998年、ニューヨークで、1999年、と、2000年に修行したときは、週のうちの三日はほぼ、3時間程度しか寝なかったし、合致勝ちにやせていましたが、アドレナリンが出るのか、三ヶ月程度なら、人間死ぬものでもないのです。
 が、日本に居ると、三ヶ月とか、何ヶ月と言う期限がないものですから、つい、数ヶ月から、一年間丸まるという形で、体を酷使してしまいます。
 これでは早死には当たり前ですね。

 で、挿入から元へ戻れば、芸大図書館にいけば、「びょんぶ」と言う本を探すとともに、長年、ほしかった楽譜も探すと言うわけです。
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副題7、『予備調査も、利いたし、カウンターにあった音楽辞典にもサポートをされた』

 この6月12日に、母校で楽譜を探すときに、母校にはないということがわかり、国立音大にあるということも教えてもらいました。

 その際に楽譜は、意外にも、ピアノなどと違って、オペラ一曲全部が最初から最後まで、載っているものが少ないと言うことには気がつきました。スコアと言って、オーケストラ用の楽譜は最初から最後まで、順序良く一冊の楽譜として、構成をされているのですが、

 有名なアリアは、ソプラノ用の、有名なアリア全集とか、テノール用のアリア全集と言う、わりとポピュラーな形で、本となっているケースが多いと言うこと・・・・・そこまでが、予備調査の段階でわかっていたことでした。
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 ここで、挿入ですが、私が真実ほしがっていたような種類の楽譜は、書く、お教室のほうにすでに移動をしていたみたいです。つまり学生を教える教授の元においてあること。そして、その研究室では、ただ、信用をして、何もチェックしないで貸し出すのか? それとも、誰か、秘書とか司書とかがいて、管理をしていて、ノート記載等で、貸し出すのかは、わかりません。
 ともかく、音楽を自習しようとするのは、なかなかに、門戸が狭いものではあります。
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 そう言う知識を踏まえて、やっと、本日になって、以前から、ほしかった二曲の楽譜を手に入れられました。

 それは、2曲ともプッチーニの作曲したアリアです。
 一曲は、ジャンニ・スキッキから、『私のお父さん』で、5年ぐらい前に、テレビ東京の美術番組のタイトル音楽として使われていたので、覚えてしまった曲です。だが、耳からだけではなくて、正式に楽譜をさらってみたいのでした。でないと安心できないのです。これはソプラノ用。

 次が、トゥランドットから、『誰も寝てはならぬ』、テノール用。こちらは荒川静香さんが、トリノ・オリンピックで使いましたが、私も、それとそっくりな衣装を着て、カラフ王子(ただし、太った中年だった)が歌うのを、メトロポリタンオペラで、ニューヨークで聞いています。
 こちらも耳からうろ覚えはしていますが、きちんと楽譜をさらってみたいです。
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副題7、『フジテレビの今日のドラマは、そのネッスン・ドルマがキーだった』
 
 さて、帰宅後、30分以内で、まだ、夕食も食べていないときに、主人が、恒例のミステリーを見始めました。本日は森村誠一原作で、V6の坂本君が準主役の、捜査線上のアリアです。

 バッハの有名なバイオリン曲、G線上のアリアをもじっているわけですが、主役の若村真由美さんが、きれいで、筋も大体、違和感がなくて楽しめました。

 私は無論、見るつもりはなかったのです。今日も買ってきた、花の苗を、鉢に植える必要があったし、明日から旅行に出かけます。その前に同窓会もあります。準備が大変ですから。

 ところが、のっけから、この有名なアリア、特に上に上げた二曲のうちの、『誰も寝てはならぬ』が、出てくるではありませんか?

 意やあ、自慢しちゃあいけませんが、余りにも鋭く高いチャネリング能力だと思いますよ。われながら。われながら、驚きました。テレビは、地上には、ほとんど関心がなくて、特に、二時間ミステリーは関心がないほうです。

 だけど、本当に驚いたのは、熱すんどるマと言う、単語が、V6の坂本君から、始まって、30分ぐらいで出てきたことです。昨日までだったら、とても小さな活字で、CDについている本のタイトル欄で、それを見たかもしれませんが、頭には入っていませんでした。

 だが、今日コピーしたコピー元の本はイタリアで、出版をされた名曲集(Anthology)で、日本語がどこにもないので、しっかりと、誰も寝てはならぬ野現代が、ネッスン ドルマだったことが頭に入ったのです。スペルは、Nessun dormaです。

 まあ、いってみれば、小さなお話です。しかし、毎日、毎晩、毎昼間も、一瞬の隙も緩みもなく、四方・八方に神経を注いで、書き調べて、かつ、家事をしながらものを考えている私に、とって、
 こんな些細な事でさえ、純粋な喜びなのです。ああ、なんて、私は勘が鋭くて、引き寄せるのだろう。・・・・・と、思えば、ニコニコしてしまいます。

 フジテレビは相当な準備期間をかけて、このドラマを撮影したのであろうに、私はまさに、その放映日というジャストタイミングで、この楽譜を手に入れ、ネッスン ドルマという単語も頭に入れたのだから・・・・・と、ほほが緩む感覚を覚えるのでした。

 昨日の文章も、前のものもまた、推敲してアップしなおします。では。
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思春期の娘の、母であることの難しさ・・・・・(仲道郁代のイギリス旅行から)

2012-06-21 22:46:47 | Weblog
副題1、『私の懸念を解いて、助けてくれたNHKの番組』

 実は前報、気にかかるところがいっぱい残っています。二度目、および、三度目の推敲をしないといけないと思っておりました。
 が、すでに、1万8千字を越えており、しかも、三日目を越えております。だいたい、3回ぐらい、お一人の読者が一日につき、あけてくださるという回数で、数字がこちらに現れて知らされます。それを知っていますので、3日も置いておくと、読者に失礼だと感じてきます。

 で、どうしようかなあと思っていたところ、たまたま見たNHK『旅のチカラ』と言う番組内で、仲道郁代さんが、私の書くことへ助けになることをおっしゃったので、それを、導入にしたいと思います。

 この番組『旅のチカラ』(BSプレミアム)は、若い女優さんが出るケースが多いので、仲道さんほどのベテランが出ること自体が、珍しいと思っていたら、仲道さんの方に、『この企画にのってみたい』と言う動機があったのでした。

 それが、途中で、記者の中の独白という形で、語られましたが、15歳のお嬢さんとの関係が難しいとのこと。
 それで、子供を相手にするイギリスの、ワークショップに参加してみようと言う企画だったのです。

 さて、仲道さんが、これをお読みになるとは思わないのですが、私のこのブログを、観察している人は必ず当該人物に、『こういうことを書かれていましたよ』と知らせるみたいなので、最初に申し上げておきますが、

 『そのポイントに気がついた、仲道さんは、母としてまともです』と、・・・・・

 しかし、私の推察するところでは、仲道さんの、これから、10年は相当にしんどいであろうと。それを、世間に公開されるかどうかはわかりません。
 しかし、渦中では、公開されないでしょう。そして、終わった後で、お嬢さんが結婚をして、お子さんができたころに、再び、内面の吐露があるかもしれません。

 ところで、ピアニストとしての仲道さんの、私はファンではありません。だから、歯に衣着せぬ言い方になる矢も知れませんが・・・・・
 今日の番組から見ただけでも、これからが、難しかろうし、

 一般的な、ケースに照らし合わせた原則的な意味で言っても難しかろうし、と、申し上げておきましょう。
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副題2、『フロイドの言う、エディプス・コンプレックスは正しい』

 お子さんが、二人以上居て、男の子と、女の子両方が居る家庭では、ほとんどの冷静な親が気がついていると思いますが、フロイドの言っている、異性同士の親子は仲がよく、同姓同士の親子は、反発をしやすいと言う件は、いまだに、真実のようです。

 音楽家の親子としては、辻井君と、母も有名です。あちらでは、母は悩み事を発しておられないようですね。いや、何かは、おっしゃっているかもしれないが、そのときの顔つきは、平静でしょう。だから、悩みが深刻ではない。

 しかし、坊ちゃんのほうが、「母との関係から、離脱したい」とおっしゃっています。目が見えないために、サポートは当然必要で、それが、今まではお母さんだったが、これからは、「お母さんとではなく、演奏旅行をしたい」と、坊ちゃんはおっしゃっています。

 それは、成長の証ですが、そう言うことを坊ちゃん側が素直に言えることは、今までの、親子関係に、深刻な亀裂とか葛藤がなかったことを、示唆しています。自然にスムーズに、母と別れたいと、彼は願っているのです。

 それは、今まで発露されてこなかった、性の問題で、お若い女性との交際をするにあたって、お母さんが、そばに居ては、当然、束縛を感じて、自由がないわけです。で、目の見える少年たちと同じように、母親から離脱をしたいとおっしゃっています。

 が、仲道さんのケースは、お嬢さんです。これは、母である仲道さんに、非常に難しい問題を突きつけるでしょう。しかも一人っ子です。しかも、お母さんに仕事があります。その仕事は、一種のスター性があって、お母さんは『きれいな人。女性らしくて、女性の中の女性として、魅力もある人』で、いままで、売ってきた人なので、さらに、難しい問題を含んでいます。
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副題3、『思春期の、子供の前では、親はいったん死なないといけない』

 上の一行は、極端な誇張をしていますが、子供が肉体的にも精神的にも両面で、大人になっていくためには、親のほうが、いったん死なないといけないのです。つまり、道をあけてやると言う姿勢が必要です。

 「今まで、主役は、私たちのほうだったが、今度はあなたが、主役なのよ」と言ってやる・・・・・それを、子供に、信じさせる必要があるのです。

 戦前の日本では、電化製品も普及しておらず、風呂は薪で、沸かしたりしました。幸田文さんが、父、露伴から、まきの割り方を、厳しくしつけられたと書いておられますが、

 激しい労働がいっぱいあったので、女も、40を過ぎると、手にしわがいっぱいよった、おばさんと、変化してしまい、『もうすぐ死ぬのだ』と言う感じで、お化粧もせず、衣服も地味なものを着て、『ハイ、私は、もう後ろへ引き下がりますよ』と言うことが自然に言える雰囲気がありました。

 が、戦後、特に、今、40代~50代に差し掛かっている世代の女性は、その親世代が、高度経済成長期にあたり、安定して豊かな生活を送ってきたので、四年制大学を出た女性がいっぱい居ます。短大を出た女性とか、高卒の女性は、一般的に言えば、子育てが上手です。
 それは、自分に対して、過剰な自信を持っていないから、謙虚さがあるからです。が、4年制大学を出た女性は、子供からみれば、モンスターみたいに威張っていると、見えたり、

 または、乗り超えがたい山と見えたりするのです。行く手を阻む障害と見えたりします。そして、お若いお母さんは、娘と姉妹に見えるのがうれしいなどと言って、おしゃれをして、若作りをし続けますので、ますます、枯れて、後ろに引っ込んでいますと言う動物の一種である人間・本来の姿からは、ひどく遠い姿で、子供の眼前に立ちふさがってしまうのです。

 特に大学受験の際に、現在、30から、40で、子世代である人たちは、親世代より、大学受験が難しくて、親世代より、悪い大学に進学せねばならなかったなどと言うこともあり、それもまた、引きこもりなどの原因となっているでしょう。
 つまり、こどもは、親に負けていては、成長ができないのに、負けっぱなしなのです。勝つことができません。だから、きちんと成長ができなくて、引きこもったりします。
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副題4、『親が仕事を持っている時に、子供をせかせてはいけない』

 親が仕事を持っているケースでは、どうしても、親のほうが時間が足りません。で、意図して、子供を大切にしないと、いちいち命令口調でせかせると言うことになります。

 親の仕事が立派だと、子供は反抗をしません。

 だけど、思いがけないことに、30代とか、40代になって問題が出てきます。現在、55歳以上の女性は、これもまた、高度経済成長期の影響で、子育て後に、再び、仕事に就いた女性も多いのです。健康でやる気があり、家を買うなどして、近所のスーパーのレジうちでもいいわ」と言う形で、再就職をして、その世界で認められて、ぐんぐん出世した人もいるはずです。
 また、小さい商店でも、企画などをまかされて、生き生きと活躍をしている女性も多いでしょう。

 が、元気なお母さんは、つい、こどもを叱り飛ばしやすいのです。待ってあげることができません。その極端な例は、子供が犯罪を起こします。靴紐を結ぶのを、何度もやらせた、母の子が、バスハイジャック事件を起こして、日本刀で、乗客に切りつけました。

 でも、そこまで行かなくても、どうしても、せかせる形とか、命令口調をとりがちです。それが、意外にも、よくないのですが、そのことに気がつかないお母さんは、ひどく多いと思います。

 仲道さんは、イギリスグラスゴーで、現地で、音楽のワークショップをしている、大人の人たちと混ざって、あるグループを指導するのですが、総計5日間にうちに、三日目だかに、すでに、指導調、命令調で、せかせる授業形態をとってしまいます。

 それは、普段の生活でも、仲道さんが、同じ手法をお嬢さんに対して取っていることを私にはうかがわせました。『うーん。これは、これからが大変ですよ』と思ったことです。

 仲道さんは、ご自分が、子供に接する態度に、なんらかの問題がある問いことを気がついておられるから、そこは救いなのですが、実践として、それを体得するのは、難しいことなのです。

 ここまで、ひどく恵まれてきたのに、思わぬ、障害が現れるのが、人生における子育ての問題です。そこで、どれほど、我慢をすることが必要か。それを覚えるから、子供が居る人と、居ない人では各膳と差が出ます。で、お子さんがない方は、そうとうに気をつけたほうがいいです。ご自分では、すべて、丁寧に謙虚にやっているつもりでも、普通のおばさんに、内心で馬鹿にされていることがあるかもしれません。
 その我慢をして、待つということが修行であって、その修行を、お子さんがない方々はしないでいいからです。

 職業という場面では、これほど、我慢をして待つということは少ないでしょう。もちろん、いやな上司の下で働かないといけないことになった場合は、自分の部署か相手の部署が変更になるまで、ただ、ひたすら我慢をすることになるわけですが、それでも、それは、会社だけのものだと、思えば、一種の機能です。が、子供との関係は、機能ではないので、そこに、子供が居なくても、悩み始めると、それは、消えません。一日中、そのことで悩んでいることになりかねないのです。

 が、上手に対処すれば、やがて、待てば海路の日よりありで、落ち着いて、普通の状況が訪れます。そして、やがて、子供は伴侶を見つけて、親元から巣立っていきます。そして、親は再び、親自身の生活を取り戻すことができます。
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副題5、『子供が、アクセサリーだったり、勲章だったりするケースではないか、気をつけよう』

 ところでね。仲道さんが、ワークショップで、待てない人であることをさらしてしまい、イギリス人の子供たちを萎縮してしまいます。が、彼女は、そのこと自体に気がつきません。そこらあたりはナレーションが説明します。
 そして、萎縮して來なくなってしまった子供たちとの、連絡も取る場面も設定をされます。
 私の主人が、『脚本ができているのだよ』と言いましたが、しかし、私の見るところ、

 仲道さんは、それが、彼女の個性でもあるのでしょうが、

 深刻に悩んでいるように見えて、深刻に悩んでおらず、したがって、その大切なポイントを把握できたかどうかが、疑わしいと見えました。

 特に日本に帰って、NHKのカメラもないご家庭内で、お父さんの居ない時間帯に、お嬢さんと二人だけになったときに、
 この、「せかす・命令する・指導しすぎる」という態度が出てしまうことは大いにあると思われました。

 そのときに、小学生ぐらいまでは、母が優越していて、言うなりに動きますが、中学生になると、反発が出てきます。その反発が出てきたときの前までに、充分に親子の間に、愛情の交流ができているといいのだけれど、一人っ子で、かつ、女の子だった場合に、意外に、愛情の絡み合いができておらず、食空疎に育ったりする場合があるのです。母に取っては同性の子供ですね。だから、自然にしていたら、生まれないのです。

 それが、男の子も居ると、男の子の方が、自然にかわいくて、自然に、愛情の交流が生まれるので、フロイトの理論を知っている場合は、理性的に、母親側が、自己コントロールをしますが、それでも、難しいです。

 世の中には、兄弟が数人居て、親が偏愛をして、その結果、愛されなかったほうの子供だった、内面の、苦しみを抱えたまま大人になった人はいっぱい居ます。

 しかし、上は、お子さんが純情で繊細な場合で、かつ親より性格的に弱かった場合ですが、

 中には、生き物として親よりも強いお子さんも生まれるのです。それは、隔世遺伝で、強い遺伝子をもらったとか、強い人が所属する星座に生まれたからとか、いろいろあって、決して論理だけでは割り切れない、ケースもあります。そう言う場合は、お子さんが親を捨てます。

 親を徹底的に拒否するお子さんというのも世の中にはあるのです。そうなると、親が悩みます。私はふとですが、『仲道さんのお宅ではすでに、そうなっているのではないかしら?』と感じました。

 父親とお嬢さんと言うのはフロイトの、言うところの、惹かれあう関係です。もし、ご家庭が、核家族であると、3人のうちで、郁代さんがはじかれて疎外をされると言う関係になります。

 今まで、宝物だった、子供が、突然に、敵とか、支配者、とか、独裁者の様に思え、自分の精神にとって、重いストレスを与えます。いつも、頭の上に何か、重いものが乗っかっているような状態になります。
 ともかく、子供を育てるのはいろいろな意味で大変です。

 ですから、仕事とは、本当は両立がしがたいものなのです。私はお若い女性アーチストには、結婚をしないで、恋愛で、パートナーを見つけて、ご自分は生きるためのお金を稼ぐ仕事と、もうひとつの美術品の創作の仕事を、するだけにしたほうがいいと勧めた時期もあります。

 立派な仕事を持っていて、かつ、結婚をしていて、お子さんもあると言う形は、一種の勝利者です。が、その勝利に酔って、お子さんを一種の心理的なアクセサリーと考えていたり、または、心理的な勲章だと考えていると、突然に反対のものとなってしまいます。足かせとか、くびきと言うものになります。

 よくお若いお嬢さんが、「あなたなんか居なかったほうがよかった」と、親に言われたと、思い出を語っていますが、それは、上のようなケースもあるだろうし、夫との関係が悪くなった場合に、『子供が居なかったら、すぐに離婚ができたのに』と思うから、出てしまう言葉でしょうが、芸術を仕事とする人は、本当はお子さんを持たないほうがいいです。

 デモね、今まで、夫とか、父親について触れなかったけれど、夫はこういう思春期の娘との関係に悩むストレスの強い時期の妻を支えないといけません。
だけど、ただ、呆然として、傍観したり、または、娘といちゃいちゃして、娘を特に強くかわいがるそぶりを見せたりすると、妻はさらに孤立化します。
 週刊誌によれば、三笠宮家では、そうなっていた可能性があります。奥様は、娘さんたちとも疎遠だったとか。

 本当に一流の仕事師になり、死後でもいいから名声を得ようと思うのなら、こどもが、いない方がいいです。

副題6、『母親が、きれいで若すぎると、子供は育たない・・・・・その例を数々見て來た』

 ここで、問題なのは、母親がきれいで、若すぎると、子供を押しつぶすケースがあると言うことです。そして、後になって、子供がうまく育っていないと言うことを発見するのです。

 子供が小さいときは具体的に世話が必要です。そのもっとも大きなものは、友達を見つけて、友達と遊ばせると言う行動です。
 そして、子供は、自分ひとりでは電車に乗って出かけたりできませんので、ご近所で遊ばせると言うこととなり、ご近所づきあいが緊密になります。

 これ、なかなか、厄介です。そして、学校時代の友達とは違って、競争心が、親側にあるので、それが、なおさらの大変さを生みます。最近ではドラマで、そう言うものが放映されたり、また、今週の20日(水)の朝いち(NHK)でも、それを取り上げていたみたいですが、とても大変です。

 が、幼稚園や小学校へ入学するようになると、だいぶ広い範囲から、友達を、子供も親も選べるようになるので、ずいぶんと救われます。
 個人的なおしゃべりもたくさんします。そして、そこから学ぶことが多いです。そこで学ぶことは、教育心理学の本なんかにはまだまとめられていない最先端の事情が現れています。
 また、公的な会合でも、おしゃべりをしあいます。町内会を母体とした母親クラブとか、PTAなどです。特に役員をして、広報委員などをすると、会合が多いので、たくさん、おしゃべりをして情報交換をします。

 その結果、わかったことは、母親が活発すぎると子供が育たないと言うことです。きれいで活発で、やり手で、PTAの副会長をしていますとか、母親クラブの何々役員です」と言うような人の家で、思いがけないことが起こります。「え、そうだったの、へー、驚いた。そんなことあり?」というような話を聞きます。

 それは、自分の子が中学になって意味がわかりました。実は、中学時代が、子育てで、一番大切です。そして、一番大変です。子供が変化する時期で、親はサポートしないといけないのです。だが、なんでも一人でできる様になっているので、すっかり手が離れたかと誤解してしまいます。

 で、反抗をそのときにしないお子さんは後で、問題が出てくるのだとわかりました。お母さんが忙しくて、PTA活動などを活発にやっていると、反抗もできないし(親は偉い人だから、子供は不満があっても我慢をしてしまいます。それが後々の大問題となります)会話もできないので、欠ける部分が生まれるのです。

 その時期は見守ることがひどく大切です。うちの上の子は中一で反抗をして来たので、私は、『ああ、これだったのか?』と、どこに問題があるのかが、わかって、それ以来、非常におとなしくして、裏方に徹するようにしたのです。つまり、いったん死ぬを実践したのでした。

 と言うのは、反抗に充分に正しく対処するためには、親に、心身に余裕がないとだめなのです。その余裕がないと待ったり、死んだり(笑)が、できないのですよ。どうしてかと言うとそれは、後ろ向きに見える仕事だからです。停滞し、マイナス方向へ向く仕事だからです。そう言う仕事は楽しくありません。ただ、ひたすら忍耐をするだけですから。

 すでに、神奈川県内では、展覧会に入選していたから、そのまま、突っ走れば、40代のうちに、相当な場所にまで進めたかもしれないのですが、二人の子供が、大学へ合格するまで、まるまる、8年ぐらい、アートを休みました。
 と言うのも、一日に子供が学校へ行っている間だけ、三時間だけ、絵を描きましょうと言うのはできない相談なのでした。

 描いていないときも、芸術の仕事は、休みがなくて、心も頭も、上の空になってしまうのです。そして、それを、こどもが、嫌うのですから、やめざるを得ません。

 しかし、この点ですが、仲道さんは、ピアニストであることを、中断することができないでしょう。で、少々心配ですね。大変だと思う。

 ただ、ここで、子供のほうがおとなしくて、親に何の負担も与えないと、実は後が、大変なのですよ。東大を出て、一流企業に勤めました。だけど、急にやめて引きこもっています。などというケースは、きっと、中学時代に反抗を見せなかったお子さんです。
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副題8、『私の懸念とはなんだったのか?』

 実は前報で、『ご近所の奥様が、不倫の略奪婚だ』と言うのは引っ越してきてから、一ヶ月以内にわかったと述べていて、その理由を書いては、ありません。 
 それで、皆様が、「よく言うよ。どうして、そこまで簡単に断言できるのだよ」と、お笑いになるような気がして、それが、心配だったのです。

 そこには書いてはありませんが、理論的に数々証明できることがあります。

 そのうちのひとつは、「子供が中学や高校にまでなるくらいの年齢のお母さんだったら、あれほどしつこく、井戸端会議を、しないわね」と言うことがあります。

 私の近所(直線距離にして、10メートル以内)に住んでいて私に数々の悪さを仕掛けてくる、お宅は毎日、外の道路で、井戸端会議を開くのです。もし、本当のお母さんだったら、そう言うことをしたら、最後にどうなるかがわかっているので、絶対にやらないでしょう。

 つまり、1歳から始まるお遊びの過程で、ありと、あらゆるタイプの主婦と付き合ってきているので、種々さまざまなことを学んでいるのです。その学びのひとつに、『それほど、ご近所と、仲良くすると早晩、にっちもさっちも行かなくなる。特にこの山は、活発に活動をしている主婦が、10人前後と、少ないのだから』と言うことは、この山から、引っ越していった人は、全部知っているでしょう。

 それは、プレ幼稚園から、幼稚園時代に、ご近所主婦様と、充分に付き合いきってきていて、その過程で、獲得した知恵です。こどもがご近所友達が必要でなくなった年齢では、ご近所はさりげなくする。友達は趣味のサークルとか、同窓会で求める。と言うのが、40台を過ぎた主婦の暗黙の了解なのです。

 彼女のやっていることはまさに、こどもが、幼稚園時代の行動マナーであり、それを、上の子が高校生にもなっているのに、今、やっているということは、幼稚園バスのそばで、送り迎えをしながら井戸端会議をしている主婦たちと同じ経験をしてみたいというに、他ならないのでした。

 幼稚園時代も、小学校時代も、彼女はPTAを経験してないから、それをやってみたいと言うことでもあるでしょう。と、なると、本当のお母さんではないのだ』となります。
 しかも、その井戸端会議は、幼稚園に通わせるママたちが、形成して、やっているような、15分程度の単純なものではなくて、この山の主婦を序列化して、自分が実質的に、裏側の一番をとりたいからだというのが、見えみえなのです。

 この山の主婦連中を支配したいからだと言うことが見えみえなのです。それを内心で嫌がっている主婦が大勢いるのにやめないと言うことは、今まで、主婦として、また、母として、何もやっていなかったと言うことを証明しています。というのも、PTAや、町内会活動って、結構シビアーなんですよ。道徳的に、間違ったことをすると、最初はよくても最終的には、外へ、はじかれるものなのです。それで、上の子が高校生などと言うお母さんなら、決して、ああいう活動はやりません。つまり、15年間ももまれてきているのですから、目立つことなんかやったら大変だと、身にしみてわかっているのです。

 で、それをやりたいのなら、「外で、フラダンスを習います」とか、「社交ダンスを習います」とか、「よいお勤め口を紹介されたから、派遣で、働くのよ」と言う形で、自己実現を求めるのが普通なのです。

 そして、さらにいえば、仲道山河、期せずして吐露してしまったように、14歳から、19歳の子供が三人も居たら、思春期の問題やら、高校やら大学の受験の問題が重なってきていて、母親は青息吐息で、苦労をしている最中で、ご近所の力関係など、気にしている暇はないのです。
 そんなくだらない遊びめいたことには、かかわっては居られないのが普通の時期なのです。

 しかし、彼女は、そこにご執心です。それで、わかったのです。・・・・・勝気なのだなあ。ともかく、勝ちたいし、それを、他者に見せびらかしたいのだ。どうして、それほど、勝気なの? あ、そうか、不倫の略奪婚であり、前の奥様に買ったという過去があり、それ以降、かつということが彼女にとっての一代命題なのだ。常に、勝ち続けないと、安心できないのだろ・・・・・と。
 つまり、仲道さんが、おもわず、眉をひそめて、「心配なのです」と言ったこどもの思春期の問題が、一切ないと見える生活だから、それも不審で、どうして、子供が気にならないのだろうと、となって、『ア、そうか、彼女にとって、三人の子の母でございますというのは、一種の勲章なのだ。だから、いかにもやさしそうなお母さんの役を演じているが、お子さん方が反抗したり、問題を起こしたりしていない様に見える。

 ということは、よほど、怖いお母さんなのだ』と、なります。それで、後妻として、男やもめのところへ入った奥様ではないとわかってきます。五歳として入ってきた人なら責任感を感じて、髪振り乱して、子育てをするから、当然やつれ果てるはずですし、子供だって3人のうち、一人ぐらいは、当然、反抗するでしょう。そう言う時期なのだから。だけど、中間試験が終わった後で、書店で、漫画を読んでいただけで、「先生、誘拐されたかもしれないから、探してください』と、学校へ電話をかけたのですが、自分が本当の母親だったら、まず、自分で、心当たりを探します。で、そんな電話を学校へ掛けること自体が、おかしいし。いかにも子供をかわいがっているように見えて、漫画を立ち読みしていることすら想像をできないのは、よほど、子供に普段無関心なのだろうと、どんどん、どんどん、わかってくるものがあるのです。
 その後で、お子さんが、反抗したり、母親を怒鳴りつけたりする気配がまったくないのも、ひどくおかしいと、なって行くのでした。まあ、彼女夫婦から、ひどい迷惑を掛けられ続けているから、私も、ここまで、考え込むわけですがね。

 この文章の推敲は、後でいたします。
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鳩山由紀夫氏から、カリフォルニアの、特殊な、ブラックホール化が見える△

2012-06-19 21:02:39 | Weblog
 今、21日(木)の午前7時ですが、やっと完成しました。で、タイトル横に例のごとく、△印をつけておきます。

副題ー1、『なぜ、私は、頭に水をぶっ掛けられるのか?』
副題ゼロ、『火曜日に書いた前置き』
副題1、『NTTドコモの、株主総会で』
副題2、『トヨタと、ソニーの凋落のきっかけは、あそこにあったぞ』
副題3、『ホテル・ニューオータニ内で、100%=10時間充電されているはずの、バッテリーが利かない』
副題4、『株主総会の途中で、赤坂見附から新宿に移動をして、ヨドバシカメラへ向かう』

副題5、『小沢一郎が、威張って活躍をするときに、この鎌倉の我が家の、ご近所で、ある特殊な行動が出来する』
副題6、『私が、新型・泥棒についての文章を引っ込めたので、勢いづきましたね』
副題7、『鳩山由紀夫氏が、新党を結成するとか。ここで、私も立ち上がる』

副題8、『ご近所で、水をぶっ掛けられそうになったことの復習をしよう。
 ・・・・・現場中継もどきで、やります。説明するのに慣れてきたから』
副題9、『カリフォルニアという場所が、鳩山由紀夫と、A嬢の共通項だ』
副題10、『前田夫妻の、お互いの性格の違いと、前田氏が利用をされている特殊な行動?』
副題11、『民主党地方議員の早稲田悠季さんは、早稲田大学の出身で』

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副題ー1、『なぜ、私は頭に水をぶっ掛けられるのか?』

 私って、どうしても、優しすぎるところがあるらしいのです。それでね。とても大切なところでも、書かれたら彼らが困るであろうと言うところを抜かしてしまいます。それで、文章が成り立たないケースが多いのです。

 この文章でも、なぜ、私が、頭に水をぶっ掛けられないといけないのかの理由が書いてありません。で、まるで、私に欠陥があるように見える書き方になっています。
 しかし、真実はまっはんたいです。私の家の土地が、他人によって、盗まれてしまっているのが、主原因です。土地は移動はできません。だから『盗むなんて、変ですね。何か、間違ったことを言っているのでしょう?』と、読者の皆様はおっしゃるでしょう。

 そのとおりです。土地は移動ができません。が、元来は花畑だったところを、コンクリートうちにして、花が植えられなくなってしまったら、そこは、つかえません。だから、盗まれたと、同義語なのです。
 どうしてコンクリーうちにされたかと言うと、

 ここに出てくる前田夫人宅が、土地の不正使用をしているのです。そして、その上、他人に大迷惑をかける人なので、怒った藤本夫人と言う人が、彼女に制裁を与えるために、道路を狭くして、通れないようにする提案をしたので、道路を広く確保するために、我が家のアジサイ畑を、コンクリートうちにして、道路幅を確保した上で、実行されてしまうと、見掛けが非常に悪い、藤本夫人の提案を、実行をさせないようにしたのです。

 そのために、もうひとつも、大犠牲を払うこととなりました。それは、自然な山を削られると言う大犠牲です。恐ろしい、恐ろしいことが平気で行われているのが、この地域なのです。

 そして、主たる原因となった、前田夫人、安野夫人、石川和子女史などは、一切無反省です。で、27年間も我が家は盗まれっぱなしで、その部分をつかえません。
 でも、彼女たちは平気の平左でさらに被害を与え続けていた(それが、猫のいわゆる窃盗・・・・苦笑・・・・ですが)のですが、私がとうとう堪忍袋の尾を切らして、委細をかき始めると、今度は私を追い出せば、ことは済むと考えて、ありとあらゆるいやみな攻撃をしてくるわけです。

 それが、ことの本質です。そして、彼女たちの裏側には、この日本に核燃料を入れ込んで、莫大な儲けをする、国際的軍産共同体の、日本人代理人たちが、控えていて、援助し、サポートをしていますので、私はパソコンが壊れることをはじめとして、種々さまざまな被害にあっていると言うわけです。
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副題ゼロ、『火曜日に書いた前置き』

 本日はサロメの三回目を書くはずでした。だが、小沢氏の例の、『時の政府(=内閣総理大臣)をいじめる行動が、目に余るので、久しぶりにストレートに政治について触れます。
 ただし、そう言う思考にいたった実例としてのご近所のごたごたは書きますよ。長年の読者は、「またか?」とおっしゃるでしょうが、私が国際政治の根幹に気がついたのはご近所様から与えられる、とんでもない迷惑行為の数々を、『どうして、こうなるの?』と、分析し続けた結果なのです。最近ではご近所様だけに限らず、同窓会出会う面々、銀座で会う面々も利用をされていますが、『どうしてこういうことがおきるの?』と不思議極まりないので、それを分析していくと、政治の根幹に突き当たるのです。
 それを付記しないと、皆様の目に、私が怪物として、映ってしまうでしょう。または、ピエロとして。
 つまり、鎌倉の八幡宮横の森に住んでいる半分、版画家、半分専業主婦の私が、

 <<<鳩山由紀夫氏は、『・・・・・小沢一郎氏につぐ地位にある、
 国際的軍産共同体のかわい子チャンで、ロックフェラーだか、なんだかは知りませんが、・・・・・海外に居て、高度な形での、植民地支配をしている、連中の・・・・・』言うなりになっている>>>などと言えば、それは、言い過ぎで、こっけいになるでしょうから。
 
 しかし、日常的に加えられているすさまじい迷惑行為や、いじめ行為を、分析すれば、ここまでの考察へと、自然に到達するのです。ですから筋道込みで、書かせてくださいませ。
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副題1、『NTTドコモの、株主総会で』

 本日はNTTの株主総会へ行って来ました。会場(ホテルニューオータニ)を探索したいと言うか見たいと言う意味もありましたが、
 <<<クロッシーと言う外付けUSBによる、インターネット(いわゆるモバイル)と言うのができないので、それを、直すために、技術系の社員も來ている可能性があるから、その人たちに相談すれば、どうにか改善できるのではないか>>>と言う点が主で出かけたのです。
 実は横浜駅西口のNTTドコモショップでも直らず、秋葉原ワシントンホテル一階のNTTどこもショップでも治らず、私は10ケ月以上、外付けモバイル装置クロッシーを使えなかったのでした。
 
 しかし、それを目的に行ったのですが、それ以外の障害も発生したのです。
 先般のブログ文書で、

 「吉祥寺の東急インで、インターネットができなかった」とチラッとですが言っていると思います。ホテルのラインを利用した有線でもできないし、自分の無線機能を利用してもできなかったのです。が、我慢をしてホテルには何も問い合わせをせずに、おきました。ただ、これが思い過ごしではないことは帰宅してからノートンが、・・・・・深刻なエラーから回復しました・・・・・と言いましたので、ちょっと環境を変えただけで、例の敵どもが、仕事ができない様に、あれこれやって、いじめてくるわけです。
~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『トヨタと、ソニーの凋落のきっかけは、あそこにあったぞ』

 そしてこういう現象を皆様に報告をすると、必ず、それは、私に固有の現象ではないと言うニュースをNHKが流すのです。昔はトロイの木馬とか、『ボット・ウィルス』などという名前を挙げて、ウィルスのせいにされました。

 その次に、それが違うと、私が主張し続けたので、ハッカーのせいにされ、ホワイトハウスや、韓国政府のパソコンにまでハッカーが入ったとか?、NHKが言いました。 
 まさかでしょう。そんな脆弱なシステムであるはずがない。それは、ただ、ただ、私のパソコンの異常が、<<<自分たちがやっているのではないのだ>>>と言いたい連中が、そう言うアイデアを出すだけなのです。特にボットウィルスなど、国谷さんが、クローズアップ現代に取り上げて、何それット言うほどに、大騒ぎになったウィルスでしたが、私が動揺しないと、いつの間にか下火になって話が消えて行きます。

 私がPCトラブルについて何かを発言すると、必ず、間髪を入れずに、なにかIT事故が、世界中を舞台に、おきたことになります。ソニーの個人情報が漏れたとかもれないとか。これもただ単に、ご協力をいたしましたと言うだけの、ほとんどの部分が嘘でしょう。社長が外人だし。だけど、そちら様に協力すると神様ににらまれるから、他の点で損になりますよ。

 豊田の社長も、2010年の2月のバンクーバーオリンピックのときに国民の目をフィギュアーからそらすために、何かのニュース(=回収騒ぎ)を起こされて、ニュースステーションに、真央ちゃんの帰国日に、50分もインタビューを受けるという協力をしていましたが、あれを期にトヨタも斜陽になっていますよね。それからソニーも。経営者は、自分の会社をおもちゃにしてはいけません。神様に叱られます。高をくくっていたらだめなのですよ。

 今JRが遅延事故を多発させていますが、これも、社長が、『自分の会社をおもちゃにしている』という例です。誰に頼まれてやっているかは知りませんが、嘘を重ねると必ず大変なことが起きます。気をつけてください。特に、新橋やら川崎の操車場の跡地を売って、大もうけをしているでしょう。それだけだって、今の社長が買った土地ではないのだから、道義的的にすでに相当に、おかしいのに、駅中商店街とか、ルミネだとか、金儲けの算段ばかりしています。国民へのサービスを旨として、起こされた会社であることを忘れてはなりません。

 私のパソコンの異常に連動して、世界で、IT関連の事故のニュースが配信されると言う件では、
 特にこの11日の夜の吉祥寺でインターネットができなかったことに、連動しては、13日のお昼にNHKで、クリントン米国・国務長官と韓国の担当大臣が、ハッキングへ対する会議を開いたとか言うニュースを出しました。『おお、予測したとおりですね』と笑っちゃったぐらいです。そのうちに種がなくなるのではないですか?
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 この部分を書いて、それからあとで、Livedoor のウエブサイトニュースの頁を見てみました。すると、有料の番組を無料で見られるカードを偽造したと言う産経新聞の記事が、引き写されていました。

 最近のホテルでは、廊下にカード販売機が設営されていて、一枚1000円のカードを買い、それを、部屋に帰って、どこかに挿入すると、各種の配信される映画を、見られる様になっています。映画の種類は、邦画、洋画、アダルト系、など、100品目ぐらいあるらしい。だが、いつも目いっぱい、何かの仕事(主にパソコンを使った整理)をする必要のある私は、映画を見たいとは思いませんので、使ったことがないのです。映画は内で、家事をしながら、または、食事をしながら録画してあるのをながら視聴をします。それでも、目が痛くなるので、録画はするが、15分見て雰囲気だけを味わって削除、削除の連続です。ケーブルテレビのコンバーターが変わった直後はずいぶん見たのですけれど・・・・・

 上の記事ではその偽造者が、警察に逮捕されたと出ていました。これも広義の意味では、IT関連のニュースです。だが、スケールが小さくなって來つつありますね。
 ホワイトハウスにハッカーが侵入したというのは、驚くべきスケールですが嘘だとすぐわかります。こちらの、無料カードの偽造は、本当のニュースかもしれません。だが、この時点で逮捕は、タイミングとして、意味があるかもしれません。
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副題3、『ホテル・ニューオータニ内で、100%=10時間充電されているはずの、バッテリーが利かない』

 そして、本日、19日、ほぼ、一週間たっているのに、ホテルニューオータニの五階(バンケットエリア内)で、同じようなトラブルが起こりました。後で、ノートンが深刻なエラーから回復しましたと言うようなトラブル(=いじめ)です。

 充分に通電していて、生きているはずのバッテリーが機能せず、パソコンが立ち上がらないのです。NTTドコモの説明用ブースには、プラグが用意していなくて、バッテリーが利かないと仕事が先へ進みません。
 しかし、自然なことではなくて、バッテリーから電流がPCに伝わる過程に何らかのバグが入って、閉ざされた、わけです。

 こういう現象を目の前に突きつけられると、「NTTのモバイル用USBクロッシーが長期間、機能しなかったのも、例の諜略行為ですね。敵がやりましたね」となります。誰がやっているかは皆様には明言できないものの、そのすぐそばまで私は、近づいたのですが、
 それを言わせないがために、母校で、突然に学長招待の、同窓会が開かれたのです。この件に関して、もっともっと、追求をしたいところがありますが、それをすると、ある意味で、にっちもさっちも行かなくなる人間が、私を含めて、何人も出てくるので、わかっているけれど、今は、申し上げません。

 と言うのは、こちらの件は、後ほど出てくる、水をぶっ掛けたと言う事件ほど、単純ではなくて、腹黒さとか、罪深さが、ずっと深いからです。今のところIT事故とか、IT的な攻撃は、法整備も整っておらず、やったが勝ちという無法地帯だから、やった人は責任を負わなく定員だと、高をくくっていると思いますが、その構造は、泥棒とか、恐喝矢と同じことだから、誰がやったとか、誰の意図だったかということは、名前を出すと非常に深刻になるのです。

 その実名だけではなくて、どうして、そう言うことが行われるかの状況証拠とか、そのほかの心理的なあやとか、いろいろありまして、それらも、すべて、つかんでいますが、今はそちらには触れません。

 ホテルニューオータニまで追いかけてきて、バッテリーが利かない状態にされたのですが、それは、自分たちがいじめてきていた、何ヶ月間も、お金だけ払って、モバイルUSBクロッシーの機能が不可能だったことを証明させないがためだったでしょう。

 本日の段階で、100%回復できたわけでもないのですが、少し、前進をしました。この件に関して、NTTドコモの社員の中には横柄で、石頭の人間も居るが、親切で頭のよい人間も居るとわかったことです。
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副題4、『株主総会の途中で、赤坂見附から新宿に移動をして、ヨドバシカメラへ向かう』

 その横柄な人間のせいで、私は株主総会の最中に、1時間半をかけて、新宿のヨドバシカメラまで出かけていって、ACアダプターの変電部分とプラグの間をつなぐそれをつなぐケーブルを買いに行かないとならなくなりました。念のためにACアダプターは持ってきていたのです。それは助かりました。が、変電部分から先の、抜くことのできる部分を持ってきていなかったのです。

 それは、どのパソコンでも、同じ仕様のものを使うので、どこかに、ノートパソコンがおいてあれば、それを借りればいいのでス。ノートパソコンには、最近は高性能バッテリーがついていますので、私がそれを頼んだときから、株主総会がすべて終わるまでの、午後二時までの三時間程度なら、まったくへいきなのです。

 NTTドコモの株主総会は、3千人からの投資家が来るのだそうです。で、派遣社員も臨時にたくさん雇って、いるそうです。が、それらは、ノートパソコンを持ってきているとは思いません。でも、総務部を中心に、本社、社員も枢要な場所にはいて、大変たくさんのノートパソコンがホテルニューオータニの会場にあるはずでした。

 特に、私が貸してほしいと願いだした午前11時には、受付用の、それは、すでに使用していない状態でした。ブースにナンバー1~9までの番号が振ってあった第一会場という場所は、すべて、閉鎖されていて、誰も人が居ませんでした。私が頼んだ相手は、第二会場用受付と言う、赤坂見附側(新棟、=タワー)に近い場所で、仕事をしている女性の傍らに立っていた男性です。で、その部門のリーダーだと思われます。めがねをかけた、30代後半か、40代前半の男性です。
 そこは、まだ開いていましたが、すでに、お客が来る状態ではなくて、残りのすべての仕事は、バッテリーだけで、充分にできる状態だったでしょう。

 そのバッテリーですが、今のものは、すべて、3時間以上は利きますので、
会社に帰って、継続して、出席者管理・・・・・大株主が來たかどうかは大切なことだろうとは、私だって推察できます。また、メディアの記者の誰が来たか? また、いわゆる総会屋の誰が来たかなどを把握するのも大切な仕事でしょう。それら・・・・・の仕事をするにしても ACアダプターのプラグから、変圧器までのケーブルをはずして貸してくれても、何も問題がないと、私は信じています。
 そして、それを、説明しているのに、想像力が皆無らしくて、しかも、頭も回らないらしくて、こちらが何を言っているのかが理解できない、らしいのでした。

 NTTドコモって、サービスを旨とする会社なのに、本当にだめな社員も抱えているのです。たぶん、上の人におべっかだけは、うまく使える人間でしょう。ああいう風に、困っていてお願いをする人間を、『弱いから嫌いだ』と、突き放す人間は、力関係に目ざといので、自分より上の人間には過剰にぺこぺこするはずです。
 受付業務は、総務部が担当しているそうです。私は別に総会屋でもないけれど、『こういう社員を抱えていてはだめですねえ』と思いました・こ・と・よ。『八幡製鉄と言う、鉄は国家なりと豪語していた基幹産業も衰退しました。NTT(ドコモ)は、通信業務の大旗艦産業なのに、衰退の芽を感じましたよ。社員が、自分をお殿様扱いしているから。特に株主総会という日に。それって、彼に哲学がないことを示していますから。
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副題5、『小沢一郎が、威張って活躍をするときに、この鎌倉の我が家の、ご近所で、ある特殊な行動が出来する』

 ところで、私は最近外出ばかりして、ブログを更新する間隔をあけています。その間に、小沢氏が大活躍(?)のようです。だが、そこについて、このブログの世界で触れませんでした。理由のひとつは、大勢の人が触れている現象には触れないと言うことがあります。

 もう、ひとつは、「水に落ちた犬は叩かない」と言う主義があります。
 小沢一郎氏が、奥さんに三行半を突きつけられたと言う記事が出て、『ああ、やっと神様のご判断が出ましたね。よかった、ああいう忌まわしい人間が衰退してくれて』と思っては、いますが、そこで、それを口外すれば、それは水に落ちた犬を叩くことになりますから、やめておきました。

 このブログは、恐ろしく下品な事も書きます。たとえば、私がもらったコメントの恐るべき、愚劣さと下等さ、それらを、今、下稿として、準備していますが、それを、私は皆様へのテストとして、用いたいぐらいです。つまり、それを書いた人が誰か、推察して、答えを出してくださいと言うクイズを出したいぐらいです。
 それほど、汚いことを書かないとならないのは、私が汚いわけではなくて、周りの人間が汚いからです。特にいじめ用(=言論弾圧用)のアイデアは、出しているのに、自分の責任にはならないように、うまく立ち回っている、エージェントたち、特に、いまだ生きていて地下潜行をしていると、みなされる井上ひさしと、彼と、緊密に連携をしている伊藤玄二郎の二人の行動と、心構えの汚さと言ったら、驚くべきほどです。

 しかし、水に落ちた犬となった小沢氏は、どうしてか、突然に強気になって、新党を作ると言い出し、かつ、それに、鳩山由紀夫氏が加担をすると、報道をされました。
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副題6、『私が、新型・泥棒についての文章を引っ込めたので、勢いづきましたね』

 私は、この一週間、新型の泥棒・・・・・それは、大切にしている花を八ごとひっくり返したりする・・・・・について、書いては引っ込めていますね。それに『勝った』との、誤解を感じて、この様に勢いづいているのだと思います。私が、新型泥棒のことについて、数時間ずつ、書きながら、さらしはしたが、最終稿には残さなかったのは、

 それについて丁寧に考察して、しっかりした文章を書いる時間がないと言うだけなのです。決して、おびえたから引っ込めたとか、読者が私を、嫌ったり、馬鹿にしたりするだろうから、引っ込めたと言うような計算の結果ではないのです。

 それは、私にとっては、実はおいしい種の一つです。一ヶ月以上前から気がついていますが、オープンハウスをしたときの状況とぴったり同じなので、それをやっているのが、誰であるかがほとんど、100%の確立でわかっているからです。となると、パンツのいたずらをした泥棒も誰かがわかるし、額を、斜めにしては、脅かす泥棒も誰かがわかるからです。

 これは、すさまじくもありがたい現象なのです。幼稚な彼らの発想では、こういうことをすると、私はダメージを受けるはずだと考えているでしょう。特に大学同窓会の件で、引いているので、こちらも引いている。となると、彼女は攻撃に対する反撃の手段を、失ったことになる。大丈夫、これからは安心して攻撃ができる。となると、小沢一郎氏も大活躍をしていいのだ。

 国民がどう思おうと関係がない。日本国民なんか屁でもない。が、川崎千恵子は、実名で、悪さをやっている人間について書いてしまう。これは恐ろしい。しかも、水をぶっ掛けたとか、花の鉢を転がしたとか、パソコンの動きを変にしたというのは、証拠がないのだ。しかも、すべて、法には触れない。だから、彼女が何を書こうと、こちらには被害は及ばない・・・・・と考えた、第一レベルのエージェントが、小沢一郎氏に、『ゴー発進。強く出ろ』と、命令をしていると私は考えます。
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副題7、『鳩山由紀夫氏が、新党を結成するとか。ここで、私も立ち上がる』

 もう一度繰り返します。
 我が家に、新型泥棒として、園芸の作業結果を破壊する泥棒が入っていますが、これらが活発に動くときは、小沢氏が活発です。鎌倉で、ご近所を利用して敵方が活発に動くときは、小沢一郎氏の活動が盛んです。

 だから、国際的軍産共同体の・あ・く・が、私には正しく分析できるのですが、本日は特に、カリフォルニアと言う地名に焦点を当てましょう。
 そのカリフォルニアに焦点を当てるためには、まず、我が家の近所のお嬢さんが、カリフォルニアに留学をたびたびするという問題から入らないといけません。

 それは、私をいじめる作業に彼女が役に立ったので、ご褒美というわけらしいのです。
 しかし、カリフォルニアこそ、鳩山由紀夫氏が若い日に留学をした地点であり、しかも、今なお、民主党、または、民主党びいきの論客たちへの、洗脳と教育の基地となっている可能性があります。
 上杉隆氏もカリフォルニアに留学をしていますし。

 上杉隆氏が作った自由報道協会と言うのは、主に、小沢氏の言動を報告する会派です。なるほど、なるほどと言うぐらいに、カリフォルニアは、日本国を植民地国家として、行動する様に努力をする日本人を、作る場所です。そう言う風に洗脳をしていく、場所です。一種のプロ的なエージェントを涵養する地域です。状況判断からすればそうなります。
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副題8、『ご近所で、水をぶっ掛けられそうになったことの復習をしよう。
 ・・・・・現場中継もどきで、やります。説明するのに慣れてきたから。』

 このよくカリフォルニアに留学するお嬢さんの方は、ある夜に、山ノ下で、遅く帰ってくる私を待っていたのです。そのころは、本を作る仕事で遅くなってもいたし、

 母の見舞いもしていたので、相当に遅くなる日が多かったのです。ただ、彼女が待っていたのは、私のパソコンに入れ込まれたGPS機能で、湘南新宿ラインのどこに乗っていて、何時に帰ってくるかを知っていて、それを教えられて(伊藤玄二郎等から安野家か、石川和子家に情報が入り)、それによって、そのお嬢さんは山ノ下で待っていたと言うわけです。

 この山で上に上がる石段の途中で携帯を見ているお嬢様は、藤本家の令嬢と言う実例を他にも見ているので、最初は何も疑いませんでした。藤本家も親が強すぎて、お嬢さんは50に才に近いし、自宅に個室があるのに、自宅では携帯をチェックすることができないらしくて、自宅から、30メートルぐらいはなれた下の、石段にとどまって携帯を見ているのです。

 今回の20代前半のA家のお嬢さんも、似たようなものであろうと、最初は思いました。が、藤本家のお嬢様と違って、携帯に集中していないで、私の後から意味ありげについてきます。つまり、ボーイフレンドからのメールを親に見られたくなくて石段の途中に居るのだという推察が、あっていないみたいだと、私は気がつき始めます。

 しかも、問題の、安野家に近くなるに連れて、二人の間の距離を縮めてきます。で、『変だなあ』と思いました。
 私は、ものすごく勘が鋭くて、彼女の、スパイがもつ特有の緊張感がすっと、こちらに伝わるので、『変だ。何かのわなが仕掛けられている』と、すぐわかったのです。
 
 で、安野家が、ベランダから、大型のバケツいっぱいの水を私の頭めがけて、降り注ぐ直前に、歩を止めたのです。水はざーっと、私の目の前を落ちていきました。ただ、安野家で、水をぶっ掛けてくるとは事前には予測ができず、場所をそこに定めて、歩を止めたのは、ただ、ただ、神様のお助けであったと、感じています。
 私は常に冷静で、その現象の意味や原因を考えるし、安野家が、どういう人間であるかも、決定的に理解しているから、『あんた、何をするのよ』なんていう下品な質問を、下から、7メートル上に向かって、するわけもないです。

 そして、後ろに居る、お嬢さんの役割もしっかりと、見抜きましたが、彼女に向かって、「あなた、スパイをしているのね。それが、どういうことなのか、意味がわかっていますか?」と言うわけもないです。ただ、ただ、黙っています。

 ところで、安野家の水が落ちてきたところから、14メートルぐらい離れた場所に我が家の門があります。夜ですから、そこら当たりはひどく暗いのです。だが、安野家からすぐA家に、「成功したわよ」と言う電話が入ったのでしょう。
 で、ものすごくおっちょこちょいのA夫人は、30メートルも向こうから、「成功したア?」ってお嬢さんに、大声で質問をしたのですよ。それも天の助けでしたね。これを聞いちゃったら、あれは、安野家だけの、一人の行動だったとはいえなくなります。

 大掛かりな、わなだったと言うことになります。ただ、今回の花を攻撃する件をすぐに、言ったり書いたりしないように、そちらのケースもすぐには何も書きませんよ。それほどの、おっちょこちょいではないです。

 そして、そのA嬢は、私の1メートルほどの後ろに居て、水が、私にかからなかったのをみているはずなのに、母に向かって「失敗した」とはこたえられないのです。そのときに、三つのことを感じました。

 『ああ、この子はまともなものを内包している。今、どんなに恥ずかしく思っているかが、こちらに伝わってくる』ということがひとつ。
 二つ目は、
 『そんな普通の子、素直な普通の子に、こんな恐ろしいことを命令する両親の居る、そちらの家庭に、ものすごい問題が潜んでいるな』ということがわかった。それは、収穫だ』と感じたことでした。つまり、子供をきちんと普通には育てていないと言うこと。愛している様に見えて、本当は愛していない。だから、子供がはっきりと、本当のことを親に言えない。
 デモね、どこのご家庭だって、問題はあります。だから、普通は謙虚に生きていて、こんな恐ろしいことには手を出しません。後後を、考えたら、とても恐ろしいことをやっているわけです。そこに直感が働くから、誰かから命令されたり頼まれたりしても、踏みとどまるのが普通です。

 それにうちの子だったら、「いやだ。そんなこと、どうしてお母さん、命令するの?」って言うでしょうね。それくらいは、本人の主体性が育っていると思います。「そのお嬢さんは学校でいじめられていたそうです。いじめられる子って、実は親にもいじめられているケースが多いのです。
 別に叩いたり、ひねったりするのではないのですよ。極く、極く、心理的な分野での問題です。

 それは、ここでは書きません。だって、そのお嬢さんは、素の姿としてはかわいい女性です。だから、ご家庭に潜んでいる大問題については触れません。私は子供は好きなタイプですから。だけどね。そのお嬢さんは、そう言うスパイ活動をしたご褒美に、カリフォルニアに留学ができることとなったそうです。
 で、お母さまがね。だいぶ私に対して冷静になって、おっしゃるのには、「アメリカ留学などしていないで、さっさと結婚でもしてくれればいいとも、思っているのですよ」ですって。
 だから、『あら、まあ、こんな言葉を出す彼女は普通の人ですねえ。だけど、石川和子女史が生きていたころの、この人は普通ではありませんでしたね。道徳観と言う意味で。それほど、石川和子と言う女性を中心として、この山の主婦たちは頭も心もおかしくなっていましたね』と、私は感じたものです。
 一番の悪女は常にいっているとおりに、安野夫人でしょう。平気で悪を実行できるタイプです。また、電話が利用されているから、夫である安野忠彦氏も当然のごとく噛んで居ますね。すると、どっちがより悪い人物かがわからなくなります。このお宅では、夫側に三人もお子さんがありながら、不倫の結果、現在の奥さんを迎え入れたと、私は、感じています。

 お子さんに対する態度を見ていて、私にはすぐそれがわかりました。かわいがっている様に演技していますが、本質的には、まったくかわいがって居ないのです。だから、今回(と言っても、四年以上は前ですが)でも、他人の子を平気でスパイ役に仕立て上げることができるのです。

 その演技が余りにも、うそ寒いので、引っ越して來てから一ヶ月以内にその経緯が、わかりました。あなた、人間の目って節穴ではないのですよ。どんなに芝居をしていても不誠実で、嘘のある現象はすぐわかります。まともな人なら、だまされる可能性はないです。
 この件は何度も書いているので、だんだん、書き方が大胆になってきて、微に入り細に入る様になりました。汚い話なので、書きたくない思いは大きかったのですが、何度も書いているうちにだんだん慣れてきましたね。(笑)で、今回は現場中継・なみに書きました。どうかよろしく(笑)

 私はちょうりゃく行為はすぐわかります。そして、すぐには書き表しませんが、被害が、他の方面で、おきたりすると、すっと昔の事を思い出して書きます。今回はお花に悪さをされたので、昔の話を出しました。

 特にね。この18日の日曜日のことです。安野夫人と、その花への悪さをしていると思われる人間が、わざと私の目の前で、その高いがけを超えて、井戸端会議をしたから、『これは、おかしい。ああそうか、この男が花への和ッル差をしているのだ』と気がついたので、『誰が、花へ悪さをしているかも、明瞭にわかった』のでありがたいほどです。

 安野夫人の行動はつねに、ちょうりゃくに満ちています。大昔、その継子が、職業訓練校に入ったのを、「国立大学付属・高校ご入学おめでとうございます」と、わざわざ、私に聞かせる様に菓子折りを、ささげ持った石川和子女史の件から始まって、種々さまざまに見せびらかしたいとか、聞かせたいというちょうりゃくは経験済みですから。どうも、我が家の室内の盗聴をされていて、外出をするときを狙って、彼女は演技をしますね。面白いです。

 そのエピソードのときにわかったことは、国立大学の付属高校と言うのは、だいたい、70%が大学へ進学する高校を指します。また学校制度の改革で、できた制度ですが、石川和子女史も安野夫人も、こういう方面について何の知識もないということもわかったことです。よほど、偏差値の低い高校でもご卒業でしょうか? つまり、基本的な教養がない。ここでは、皮肉をひとつ言い放ちますけれどね。あんまり、いやなかつ、軽いちょうりゃくを仕掛けてくるからです。

 この件27年前のことでしたが、私が国立大学付属高校の出身だから、からかうべく計画をされた模様です。

 今日は、そのスパイ活動をしたお嬢さんの本名を書きませんが、書こうと思えば、すぐ、書けますから、被害がさらに、おきたら、すぐに、このお嬢さんの実名を書くでしょう。

 自分が携帯を利用して、『川崎さんが、今石段をあがっています。お宅に近づいています。ああ、後、5メートルになりました』と言うようなことを、水を実際にまいた、安野家に報告することが、どれほど、汚いことか? とか、「そう言う汚いことはやらない様にね」と、教えられないA家の両親は、どういう教養の人だか、不思議極まりないです。両親ともに、大学を出ていると考えられるけれど。そう言う人間として、ごくごく、まともな判断を、子供に教えることができない家庭、A家も恐ろしいでしょう。未婚のお嬢さんの将来のために、ここで、A家だけは、イニシャルにしますが、時々、興信所が調査に来ますから、これ以上、この山で失礼なことが、他の家でも起こされ低増すので、すでに、書いてもいい事態だと思っていますよ。

 ところで、ここで、このふるい話を入れたのは、鳩山由紀夫氏がばかげたことをやっているからです。新党結成だそうです。
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副題9、『カリフォルニアという場所が、鳩山由紀夫と、A嬢の共通項だ』

 つまり、鳩山由紀夫という人が首相になったのは、彼がカリフォルニアに留学して、この国際的軍産共同体の、日本人洗脳システムに、すっかり絡めとられていて、『日本政治をスムーズには、進捗させないように』という使命を帯びていて、しかも、そちら様が、最もかわいがっている『小沢一郎氏を必ず支援するように』とも、命令をされていて、それを忠実に実行をする人間だからだと感じています。
 今回の行動は、まさに、その典型です。

 つまり、カリフォルニアが、大拠点地域なのです。日本を植民地化して、日本人の働いたお金を、吸い上げる仕組みの、もっとも、基本的なアイデアを、生み出す人たちがそこに居て、日本人を、エージェントを養成しているのです。または、日本人に見えるようなアジア人でもいいですが、知識階級で、エージェントとなれるほどの、日本語能力の高さを持つ韓国人やら、中国人を見つけるのは難しいでしょうから、
 日本人が選ばれます。金髪碧眼の白人が、支配を直接行っては、露骨過ぎるから、日本人を使って、日本人を支配しているわけです。

 あの、「未婚のお嬢さんで、私としては、素直でかわいい子だ」と普段好意的に、思っている人を、そうだからこそ、使ったのです。彼女を使えば、川崎千恵子は信じ込んでいるので、油断をするはずだと、思って使ったのでしょう。そんなことはあの日にすでにわかりました。

 その後、彼女がカリフォルニアに留学したので、この、私の頭に水を、ぶっ掛けようとした件のアイデアは無論のこと、井上ひさしと、伊藤玄二郎から出たことであり、それが、石川和子・柳沢昇夫婦に伝わって、そこから、実行者としての安野家に命令が伝わって、
 実行をされたわけです。

・・・・・私が、直感としての異常を感じて、ちょっと、歩みを止めた目の前を・・・・・安野家が、10メートル上のベランダから流した水が、ざーっと流れていったと言うわけです。(笑)

 繰り返しになりますが、まあ、伊藤玄二郎と、井上ひさしは関与せず、ただ、安野家と、A家だけが、計画したことかと思っておりましたが、お嬢さんがカリフォルニアに留学すると聞いて、『ああ、あれは、例のエージェント、二人、井上ひさしと、伊藤玄二郎の二人によって、計画が練られたちょうりゃく行為だったのですね』と納得をした次第です。

 そして、それは、実際には失敗をしたのにもかかわらず、
そして、『成功したア』と大声で問い合わせをしてきた、武蔵野美大出身の、A夫人から、『失敗したと正直にいえないお嬢さんの言葉を信じた軽はずみなご注進、ご注進という、大騒ぎの電話によって、安野家・他の山中のしかるべき存在・・・・・それは、アジサイ畑欺もう事件の原因者となった主婦たち、自分勝手でわがままを貫き通す人たちですがね。・・・・・に、伝わったわけでした。
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 そして、未婚のお嬢さんをスパイに仕立てて、タイミングよく私の頭に水をぶっ掛けようとした仕組み(それは、失敗はしたのですよ。だけど、その未婚のお嬢さんの、お母さんは、30メートルも向こうから、「成功したあ?」と、大声で問いかけてきて、そのお嬢さんが、答えるに、答えられず、黙っていたら、そのまま成功したことにしたらしいのです。


副題10、『前田夫妻の、お互いの性格の違いと、前田氏が利用をされている特殊な行動?』
 
 で、前田夫人が、それを聞いて大喜びをしました。ともかくこの山は音が通々に伝わる、ギリシャの円形劇場のような地形でできていますので、彼女が大喜びをしている気配はわかりました。

 彼女がどうして喜んだかと言うと、アジサイ畑欺もう事件のことを私はパソコン内文書として、当時すでに書いていました。ハッカーたち(それは、伊藤玄二郎も含むであろう)から、それを聞いていた前田夫人は、やはり、その文書を恐れていたのです。だから、現在も彼らがそうしているように、心理的に、私を苛め抜いてノイローゼにさせて、物を書けなくさせれば、自分は助かると思っているから、喜んだのでした。
 しかしね。そばからご主人が、『やめなさい。そんな、はしたないことは』とおっしゃっている気配も伝わって來ましたよ。

 まあ、この前田夫婦が、これだけでは終わらないのです。すさまじいことが連続していて、それも、まだ、全部は書いておりません。
 だけど、どんないやみなことをされても、私がまったく平気なのは、神様が結局のところは、すべてを平坦に正しいところへ戻してくださると信じているからです。

 前田夫人の傲慢さが、八幡宮の大銀杏を神様が倒す原因のひとつとは成ったと思いますよ。だって、彼女の傲慢さと言うのは八幡宮様が推薦してくださって國學院大學の講師になったと言うところに負っているからです。

 こんなことは古いことで、忘れてあげたいのですが、

 鳩山由紀夫氏が新党を結成してなんとやら、で、また、日本の国政をごたごたさせていますね。いつまでも、劣等で弱体国家であるのを、さらに、許すような足の引っ張り合いを見せていますね。
 だから書きました。

 井上ひさしは、この水撒き事件のときは無論生きていました。そして、自分が絶対に、追求されないと信じているらしくて、これ以外にも、あれこれ、ちょうりゃく行為を、私に対してもこの日本国全体に対しても仕掛けてきています。

 でも、考え付くことは、非常に『おさない』というか、ばかげたものばかりです。だから、やられたことを記憶しておいて、政治的に必要なときに、それを引っ張り出して書き表します。

 すると、この山の人が困ることになるらしいです。
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副題11、『民主党地方議員の早稲田悠季さんは、早稲田大学の出身で』

 でね。A家のお嬢さんをカリフォルニアに留学をさせるだけでは足りないらしくて、今度は当時、市会議員だった早稲田悠季さんを引っ張り出しました。
そしてね。早稲田さんが、我が家に訪ねてきてあれこれを説明したときがあるのです。

 そのときに、前田夫人が、例の嬌声をあげて、「あさ○(A家の苗字)さーん。よかったわねー」と叫んだのですよ。我が家の土地が盗まれたのは、その嬌声が原因だったのです。その例の大声で、当時の市会議員(現在の県会議員)後始末をやりに来るのです。

 そのときに、わかったのですが、民主党って、本当に、エージェントたちに奉仕しているのだなあ。そして、アメリカが日本を高度に支配する、現在の植民地支配を、実行しているのだなあと。我が家の土地が突然理不尽に盗まれたことも、我が家の猫が、私たちが嫌がっているのにもかかわらず、200回以上も窃盗(?)されると言う憂き目にあったのも、伊藤玄二郎が、重要なエージェントだから、起きていることだと。
 この窃盗と言う言葉ですが、柳沢昇は、中央大学法学部卒業の伊藤玄二郎の影響を受けているのか、ご近所づきあい・・・・・特に猫を探しにいくだけで、「住居侵入で訴えるぞ」と、大げさに言うものですから、こちらもまねをして似非法律用語として、使いました。

 普通の感覚を持っている常識ある市民だったら、他人が嫌がっているのなら、他人の猫にはかかわらないのが普通だと思うのですが、石川和子・柳沢昇は、違うのです。
 それが、現在最高の権力者に連なっていると言う、安心感からくる傲慢さです。同じ、日本人でも、エージェントたちだけは特権を持っていて、普通の人は、それらに理不尽な支配を、される・・・・・それが、現在の日本です。

 すこし誇張はありますが、この鎌倉市雪ノ下二丁目に28年間住んでいて、きわめて明瞭にわかったことです。憲法も何もここでは、まったく守られていません。日本の現状を反映する最先端の場所なのです。

 そして、彼らは、自分がやった不始末の尻拭いを、税金で生活をしている議員さえ使って、やってもらうのです。つまり、A家のお嬢さんの、不始末は、早稲田悠季さんという、代議士まで動員して解決をされたのです。(?)

 彼らはそう思っています。彼らにとっては装置としての政治とか、装置としての数が問題であり、数が多ければ、力はそっちにあり、そっちが勝ちであり、勝てば、そちらが正義です。特に前田夫人にとっては。

 しかし、私にとっては違います。正義とは神様の考えにあります。だから、汚いことをして、数を利用して解決しようとしても、『あ、そうですか? で、私が負けたことになるのですか? じゃあ書くのをやめないといけないのですか?』と、なるが、『では、書くのをやめましょう』とは、絶対に、なりません。私が、この文書でも、A家の本名を伏せたのは、そのお嬢さんが、単に気の毒だからであり、私が過剰にやさしい人だからです。

 でも、今回のように、花の鉢をひっくり返すまでのことをやられれば、「あ、そう、四回目にそんなことをしたら、このA家の本名をここに出しますよ」と、宣言しておきましょう。
 そして、前田夫人がやったもっと悪いことも新たに、ここに、書き直しましょう。
 A家のお嬢さんのことですが、これから結婚をして、子供を生み、その子を育てる若さなのですよ。その子育てをするときに、自分が、昔、携帯を利用してスパイをして、人の頭に水をぶっ掛けたという思い出が、どういう風に作用しますか? ここで、実名表記をしたら、やはり、傷は大きいでしょう。

 『どうして、そう言うことを子供にやらせるのだろう。あの家は?』と不思議でならないです。しかし、答えはわかっています。石川和子と柳沢昇夫婦と仲良くすると、そう言う行いをせざるを得ない羽目になるのです。
 
 そして、石川和子女史の、あの傲慢さと、威張る姿勢は、安野夫人によって、日常的に支えられていたのです。

 だから、前田・安野両夫人と、仲良くすると、自然にそういうあくどい風習に染まると言うことです。石川和子女史は、すでに、なくなっていて、この世に存在していませんが・・・・・・

 この文書は、書くのも読み直すのも、推敲するのも、相当に億劫で、しんどい文章でしたが、実際に書き始めると、すごいスピードで入力(=タイピング)ができるのです。ひどい怒りが私の体の中にあり、それが、アドレナリンをたくさん出すらしいのでした。
 2012年6月19日の火曜日に書き始め、21日の木曜日に書き終わる。
    雨宮舜 (本名  川崎 千恵子)

 
 と、書いて寝た後ですが、たった、二時間しか寝ていません。で、こういう複雑な部分の推敲は、こういうときにはやらないほうがいいのです。後でいたします。
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NHK朝ドラ『つばさ』は、政治につぶされた。その理不尽さを、償うサロメか?△

2012-06-17 23:50:53 | Weblog

 今月曜日18日の夜11時ですが、外出から帰宅をして、誤変換だけは最後まで直しました。

 これは、前日推敲を終えた、16日の日付で初稿をあげた、『多部未華子のサロメ・・・・・O.ワイルドは、割と倫理的だったと、平野啓一郎は、言う』の続きです。

副題1、『サロメは、日本人には、向かない戯曲です』
副題2、『なぜ、今、サロメを日本でやるのかも、わからない』
副題3、『多部未華子さんの筆おろしのために、企画されたかな?』
副題4、『NHK朝ドラ、つばさは、最高傑作であった』
副題5、『出演者たちも、大盛り上がりを見せて熱演をしていた、つばさ』
副題6、『視聴率とは、政治に左右されるものだ』
副題7、『だれが、この日本を真に支配しているかがわかる』
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副題1、『サロメは、日本人には、向かない戯曲です』

 皆様だって、大評判の書物、(特に芥川賞をとったとか、直木賞をとったとか言うもの)を、読んだ後で『変だな。自分はちっとも感動をしなかった』と思われたときはあるでしょう。

 映画も同じです。『新聞評がひどくよかったのに、自分にとっては、それほど面白くなかった』と、お感じになることもあるでしょう。

 私は、実のところ、今回のサロメを、見て、別に感動を受けなかったです。演劇は何度も見に行って、だいたい、感動を与えられないほうです。だが、演技者の中で、この人はすばらしいと思う人物は過去の観劇・体験の中ではありました。
 今回の場合、しいて言えば、『預言者ヨカナーン役の青年の声がよかった』と言う感想は持っていますが、それ以外の感想がないのです。

 でもね、上演前に、この演目の人気がすごく高いのもわかりましたし、新国立劇場側が、力を入れているのもわかりました。そして、終わったあとの拍手もすごかったです。だが、ちら、ちらっと、この3日間で、述べている様に、それは、『私は余裕がございます。こういうヨーロッパ初発の、高度に難しい演劇を理解し楽しむ立場です』と本心を訪ねれば、言うであろう、上流階級の奥様向けの芝居であるような気がするのです。あの大拍手は、いわゆるスノビズムの典型としての現れであるような気がします。映画でもそうですが、本当にお客が感動したときは、終わったときに意外にも静かです。涙を流しながら、静かにしています。それは、ベニサンピットと言う、小さな劇場で、何回か経験しました。

 それで、どうして、今回、感動をしなかったかですが、だいたいにおいて、筋が、感動を呼ばない筋ですね。そう言う史実が聖書の中に書かれているとおりに、伝説としてあるとしても、『その女って、いやな女だ』と言うのが大方の見るところでしょう。サロメは悪女だとする解釈が、長い間、順当だったと思います。

 しかし、そこに、天才にして、少数派のオスカーワイルドが、独自の解釈と光を当てたのです。サロメは、単なる子供であり、子供だから残酷だったと言う解釈です。

 その上、サロメが、そう言う異常なお願い===預言者・ヨカナーンと言う、ある意味で恐れられていて、かつ、尊敬も受けている人物の首をほしいと言うもの===をするまでの、因果関係を丁寧に描いています。
 サロメは若い娘(しかも、生娘)でありながら、魅力たっぷりなので、母親を、奪ったおじである、ヘロデ王にも、興味をもたれています。好色なおじは、あわよくば『俺と寝てほしい』と思っていて、それを、『私のためにダンスを踊ってくれ」と言う言葉で表しますが、それは、オスカーワイルドの生きた時代の表現であり、直裁にいえば、私が言ったような「俺とベッドをともにしてほしい」という表現となります。

 常にねめ回すように、または、ねぶる様に、継父であり、おじであるヘロデ王から、見つめられることで、自分が女性として、大きな魅力を持っていると信じているサロメは、預言者ヨカナーンが、自分を『おんな』としては、見ないことに納得が行かず、また、生来のわがままと、継父をからかう意識から、ヨカナーンの首を所望します。そして、実際に得てしまう。
 その前におじの権力を利用し支配するために、誘惑の踊りを踊ります。これは、演技としては、上等でしたよ。ダンスは、渾身にして、捨て身の演技ではありました。

 が、かといって、『多部未華子さんは、確かに、サロメであったね』と、心から納得するにはいたりませんでした。

 ともかく、日本人の通念として、若くて、生娘であるような少女っぽい女性が、それほど、お色気が満々で、継父を誘惑してしまうと言うことが、許せない感じがあり、サロメ自体、また、この物語自体に、感情移入をしにくいのです。
 
 これが、外人が演じるオペラだと、虚構の世界だと納得してみるので、受け入れやすいのです。私もNHKBSで、それが、放映されているときは、衣装が現代風なのを、嫌がりましたが、毒々しいメイキャップをした、サロメの母役の、迫力には打たれました。そして、違和感なく筋を受け止めました。しかし、演劇、特に日本語で上映されるのを見ていると、いくら衣装や、せりふで説明を受けても、納得をしがたいのです。

 奥田エイジさんが演じるヘロデ王だと、『奥さんが安藤かずさんで、コメンテーターとして有名人であり、お嬢様もいらっしゃるのよね』となってしまい、この際のヘロデ王と言う、好色で、強欲な人物と言うイメージがわいてきません。
 また、ヘロディアスと言う淫蕩な母も、麻実れいさんだと『宝塚出身で、上品で背が高いなあ』と言うイメージです。幸いヨカナーンだけは、テレビで余り見たことのない男優で、そこだけは『そうかな?』とは思いましたが、ヨカナーンは、戯曲上はそれほど、出番はない人物なのです。

 そして、主役の多部未華子さん。これが、現在東京女子大在学中で、父親が、芸能界の裏方(企画をする人物)の方で、大物である。だから、彼女は中流の上、または、上流階級の二代目であり、『お金を稼ぐ必要もなければ、名声を上げる必要もないのだ。さすがに、お嬢様だ。上品ですねえ』で終わりです。
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副題2、『なぜ、今、サロメを日本でやるのかも、わからない』

 私が前報で、『よくできている』と言った、プログラムを見てみましょう。三頁に、このパフォーマンス全体を総括する言葉が、8行ほど載っています。その最後の行に、『21世紀のいま、時代の息吹と出会って、新たなドラマが生まれる』と書いてあります。

 ここが疑問なのです。日本は、閉塞状況にあります。だから、19世紀末のデカダンスの時代と、息吹があっていると、見るのが正しいか?

 いえ、私は正しくないと見ます。デカダンスと耽美主義は、平和であり、お金がある程度以上にある時代にこそ、生まれる状態だと思います。働かなくても食っていかれる人間が多数あることで、生まれる気配でしょう。

 私は、前報の初稿で、すばらしいオーダースーツを着た女性が、観劇に来ていて、私が目が合ったので、目礼で挨拶をしたと言っています。そう言う余裕のある階層の人間にとっては、現在の状況はウィーンとかパリで、デカダンス、または、世紀末文化が花開いた19世紀末と同じなのかもしれません。

 それを直感したから、その上流夫人に着目したのでした。

 が、それ以外の、または、あの新国立劇場の中ホールを、今回埋め尽くす観衆以外の、人間、特に3.11を経験して、その被害を深刻に受け止めているまじめな現在の日本人にとっては、『サロメ』と言う演目は、時代の息吹に沿っているとはとても思えないのです。
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副題3、『多部未華子さんの筆おろしのために、企画されたかな?』

 多部未華子さんという女優さんは、上品ですが、育ちがよくて苦労も知らず、したがって恋愛も、肉欲を伴うものは 未体験の様に思われます。

 前報でも言いましたが、そんな彼女の、『脱皮のために企画されたかな?』と思われるところもあるのです。つまり根本的にお色気のあるタイプと、そうでないタイプの女優さんがいて、松下奈緒さんとか、この多部未華子さんもそう言う種類の、基本的にはお色気のない方の女優サンなのです。

 そんな彼女の脱皮、を目指し、この戯曲が選ばれたかな? つまり、人生経験で、お色気を加算させたいところだが、東京女子大在学中で、お見合いをするわけにもいかず、かつ、芸能界で、恋愛をするほどの、勇気もないし、気持ちも動かない彼女に、架空の世界での情欲を体験させてお色気をつけてあげる・・・・・そう言う目的のために、この演目が設定された?
 お父さんが大変な実力者だそうです。だから、これほど、大掛かりな設定が可能で、これほどの大物が協力するのかな?
 だが、お父さんの実像に関する情報はほとんど、外へ出ていません。藤純子さんは、お父さんが東映の重役でした。それは、世間一般に流布しています。が、多部未華子さんの父に関する情報は大物であると言うだけで、それ以上は一切が出ていません。
 それもまた、『父親が、有力者であり、かつ上流階級の人であること』をさらに、補強します。
 しかし、そんな目的のために、これほどの、カンパニーが結成され、これほど、大勢の人が喜んで協力をするでしょうか?

 ともかく、多部未華子のありていの立ち位置とレベルから比較すれば、破格の優遇となっている劇です。芝居です。その主目的が、彼女の脱皮を目指すものだったら、共演者たちは納得ができるでしょうか?
 まとまるでしょうか? そして、パフォーマンスが成功するでしょうか?
 これらの問いのすべてに対する答えは、ノーであると思われます。

 もっと、別の理由があるはずなのです。そちらを探っていきましょう。
 まず、第一に、多部未華子さんが、これだけの成功を彼女一人で、実際に招いたとすれば、彼女に実力と人気が本当にあるのだということになります。その人気とは、NHKの朝ドラ『つばさ』で、培われたものでしょう。
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副題4、『NHK朝ドラ、つばさは、最高傑作であった』

 NHKの朝ドラ、つばさは、最高傑作であったと思います。過去やその後の朝ドラ全部と、他の民放のドラマ全部合わせても。最高レベルに位置している成功作だと、私は思います。

 しかし、新聞評によれば、賛否両論が起こったドラマだとのこと。

 その批判的な人の中には、朝方出勤前で忙しくて、ながら視聴をしている、お勤めのある主婦の方などが含まれていた可能性が大きいです。

 現在の、大河ドラマ、平清盛は、我が家では大好評です。主人が広島出身なので、最初のうちのごたごたした派手な立ち回りの場面なども我慢をして、見ているうちに、朝廷の人間模様が見事に描き出されていて「すごいね。よくここまで描けるようになったものだ」と夫婦で言い合っています。
 しかし、主人が言うには、視聴率が低いのは、この複雑さに、ついていかれない人が多いのだろうと言うことです。特にお若い方など、日本史をよく知っていない。だから、この時期の帝、院、上皇などの、複雑な関係はとても、理解ができないはずだと言います。
 それも、人気が上がらず、視聴率が低い原因だと言います。

 それから、登場するのが、すべて、実在の人物ですから、生涯にわたる書く選択の過程では、矛盾がいっぱいで、清盛の行動にも、他の登場人物の行動にも、納得がいかない視聴者が居ることも理解できます。が、部分的にはそうであっても、当時の朝廷が、どういう風になっていたかは、相当に上手に描かれています。
 これも、今上天皇、が、とても、民主的な方であるから、ここまでの自由が国民側に許されていると言うことなのでしょう。
 日本国民は、その点では、幸せな国民です。

 で、朝ドラ『つばさ』に話を戻すと、そちらも筋が非常に複雑でした。そして登場人物も多く、かつ、進行のテンポが速く、また、実験的な手法が多く取り入れられていたので、ついていかれない人も多かったと思います。で、評判が悪かったと言われる場合もあったでしょう。

 しかし、普段は朝ドラなど見ないであろう層をひきつけ、熱狂的なファンを増やしていたとも思われます。その証拠は、この朝ドラだけで、独立したホーム頁が二つも作られていたことです。一つは、番組宣伝と言うか広報ですから、通常のものです。が、もうひとつ作られていて、そちらは書き込みができる掲示板であり、視聴者が書いて、プロデューサーや演出家・他が、時々は、お答えも書き入れるというものでした。

 こんなことはNHKの番組では過去にはなかったことなのです。
 そちらの盛り上がりがすごかったです。

 そして、相当に頭がよくて(笑)、鑑賞能力が高くて、普段はテレビの連続ドラマなど、ほとんど見ない私(笑)が、はまってしまい(笑)、その掲示板もとても楽しみにする様になりました。
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副題5、『出演者たちも、大盛り上がりを見せて熱演をしていた、つばさ』

 その朝ドラつばさの主人公が、多部未華子さんです。貫地谷しおりさんが朝ドラから大ブレイクしましたが、多部未華子さんも、そこから大ブレイクしても、よかったでしょう。
 しかし、突然に、冷水を浴びせられる出来事が起こりました。それは、視聴率が低いと言う発表が、突然に、なされたからです。そんなはずはナイト関係者は全部思ったはずです。また視聴者もそう思ったでしょう。しかし、スピンオフドラマの制作の予定などが突然につぶれていきました。

 それは、どうも不自然でした。非常に不自然でした。
 その数値に嘘があると思いました。

 なぜ、そう思うかですが、ともかく出演者たちが、みんな乗りに乗っていてはっきりといって、最高レベルのテンションで演技をしていました。

 舞台は川越のコミュニティ放送局。鎌倉にも、グローブと言うパソコン教室があり、その雰囲気はあのドラマつばさの舞台より、ずっと、上品で静かですが、数人の社員が家族的に仲良く経営していて、そこに地域の人が出入りすると言う構造は同じです。そう言うコミュニティはある意味で、麗しいし、現代の理想郷のひとつだと言えます。着眼点は非常に新しい。

 そして、ドラマですから、ローリー演じる、非常に気弱な青年とか、井上和香が演じる、お色気がある小料理屋の女将とか、どうしても奥さんに頭の上がらない梅雀演じる婿養子とか、きりりとしたキャリアーウーマンの山本未来とか、多士済々で、みんなが生き生きと最高に楽しみながら演技をしているのが、視聴者側にもまざまざと感じ取られました。

 このドラマが大成功だったのは、山本未来さんが結婚してしまい、出産子育て中で、すっかりテレビの世界から身を引いてしまったことでも、察することができます。山本未来さんは、父親が有名人の二代目ですから、名声やお金はすでに必要ではない人種です。
 でも、表現意欲があって、テレビタレントをしていたが、ここで、これほどの役をやったら、他にこれ以上の役は来ないだろうと思えば、テレビの世界から去るのもやぶさかではないでしょう。
 それほど、いいドラマだったのです。

 そう言う大カンパニー(これは、ある戯曲を演じる集団などを指す)を棟梁として率いる、多部未華子さんは、その役柄上もあって、控えめなお嬢さんに見えました。それゆえに、アンサンブルが非常にうまくいって、ドラマは成功したのだと思います。
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副題6、『視聴率とは、政治に左右されるものだ』

 ところが、私が面白いと思って、5編ぐらいエッセイを書いたら、突然に、視聴率が悪いと言う発表がなされました。

 どういうことかというと、私をいじめるために、嘘の発表をしたのでしょう。と言うのは、敵方は、私の性格を熟知していて、『彼女は、とても、控えめで誠実だから、もし、自分が原因で、この低視聴率が発表をされたと知れば、うつ病になるだろう』とみなされるからです。
 確かに、私は、冷水を浴びせられる思いはいたしました。
 
 だが、その後、大相撲壊滅作戦などを見聞きするにつけ、常に、同じパターンが採用されているのを知り、これは、戦わないとだめだと知り、すぐに、分析をして、発表をすることにいたしました。
 しかし、つばさの放映時は、今ほど、強くなくて、この件を分析はしていません。でも、今は違います。非常に強くなってきています。

 だから、多部未華子サンの芝居をみてきた直後に、この『サロメ』についても触れています。それは、帰宅後の深夜にすぐ着手しています。

 つまり、私が、大勢の人の知っている話題に触れると、このブログの読者数が増えると、敵方は見ていて、それは困ると思っているわけです。時に葉、150万人中の千万居ないになりますが、その勢いでドンドン伸びていったら、大変だと、敵は思っているわけです。
 そう言う話題を取り上げさせたくないと考えています。私の言うことがすべて真実だから、つぶしたくて仕方がないのです。

 それほど、現代の日本人は真実から遠ざけられており、眠らされている豚状態にあると言えましょう。
~~~~~~~~~~~~~~~~

副題7、『だれが、この日本を真に支配しているかがわかる』

 で、私はそれがわかっていましたが、あの当時、それを言っても、『誇大妄想狂だ』と皆様から言われるのが落ちですから、黙っていました。
 だが、その嘘の視聴率によって、露見したことが二つあります。

 そのひとつは上に上げたように、私がどれほど、敵に注目されている大物かということ(笑)と、

 電通の成田豊氏というのが、視聴率を支配していますので、それゆえに彼が、エージェントの一人であり、そこから連鎖して、鎌倉のファンドマネージャー、木村某氏もエージェントの一人であり、私をいじめ弾圧をするアイデアを練っていることが、想像されると言うこと。
 また、成田豊氏が、大変な韓国びいきなので、インターネットで、巷間、言われている創氏改名後の日本人であり隠れ在日の可能性があるという、説明文を信じはじめました。

 それゆえに、成りという漢字が、もと韓国系の人をあらわす可能性があること。
 で、そこから成岡庸司君の役割に気がついたこと。
 成岡君は、死んだことになっていますが、どうも、重要な政治シーンで見え隠れしているなあと感じていました。かれは、中学の同期生にして、早稲田大学の元革○の委員長ですが、隠れ在日である可能性が強いことに気がついたのです。そして、彼は、今はエージェント化していて、この日本と、日本人を裏から操作する役目を果たしている可能性があること。彼の立ち位置は、表に出ている井上ひさし、とか、伊藤玄二郎よりは上であろうと言うこと。
   ・・・・・などが、わかってきたのです。

 大変、いやな思いはしました。が、我慢をしたこの件で、真実をつかんだからこそ、後に、3.11に遭遇して、この日本がどうして、これほど、諜略行為の戦場になってしまうかの分析ができるようになったわけです。
 それは、さらに敵の攻撃を招いたと言えば言えるのですが、

 『これほどの、被害を、一個人として与えられていて、しかも黙り続けているのは損失が大きすぎる。もう、黙っていることもないなあ』と思い、序々に序々に真実を述べ始める様になりました。

 よおく、『30%に抑えておきます』とはいっておりますが、そこまで書くだけでも勘の鋭い人だったら、それ以上の40%目とか、50%目が何を指すかはお分かりいただけるでしょう。だから、ずいぶんと真実を書き表しています。特に実名を挙げて語る部分は、ほとんどが真実だと思います。

 やめてくれれば、書きませんよ。だけど、何度「幼稚な頭脳だ」と言っても、同じような攻撃を繰り返します。

 このつばさの様に、テレビは、最大に利用をされて、攻撃用弾丸となりますが、新聞記事もそうです。

 ところで、やっと、誤変換を直すことだけが終わりました。で、結論が出ていませんし、私が何のために、この一文を書いたかが、しっかりとは、表現をされていませんが、これは、これで、終わりとし、続きは、この3で、述べたいと思います。どうかよろしく。  雨宮舜(本名、川崎 千恵子)

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多部未華子のサロメ・・・O.ワイルドって、割と倫理的だと、平野啓一郎は言う△

2012-06-16 19:07:18 | Weblog
 下の文章、8時間ほど、麻実れいサンを、真矢みきさんと誤記していました。済みませんでした。今、18日の午前零時半ですが、修正しておきます。
それは、続報を書いているうちに気がつきました。この文章で言いたいことの、主要なポイントが、そこになかったので、ついうっかりしてしまいました。が、続篇を書いているうちに気がつきました。恐れ入ります。
 で、そのお断りを入れて、この文章の、最初へ、戻ります。今直すまでの時点で、コメントとしてご注意を頂いていないので、私の普段の読者が、サロメには、ほとんど関心がないと言うのもわかりました。(笑)が・・・・・
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 前報、『山本太郎の結婚と小沢一郎の離婚』は、「土曜日に推敲をいたします」と、申し上げております。が、土曜日の16日には、一種の同窓会として、観劇会に行ってきました。同窓会の中の一環ですから、自分がみたいと思った演目ではないのです。誰か、役員が選んだ、演目として、新国立劇場の、『サロメ』です。それを見てきた、たった、それだけで、つかれきってしまっています。ので、上に上げたお約束を守れなくなりました。

 それで、今日は極く簡単なメモ(としての、サロメについて)を上げるだけにして置くことをお許しくださいませ。・・・・・と、土曜日の深夜書いて、
 しかし、誠実さにおいて、オスカーワイルドに負けず劣らず(笑)な、私は、
 日曜日の午後2時から、そのメモというものの推敲を始め、午後4時に、この一文だけの推敲が完成しました。それで、タイトル横に例のごとく、△印をつけておきます。

副題1、『誰に負うのかはわからないが、すごい人気だった』
副題2、『プログラムは、なかなかに改善をされていた。
・・・・・O.ワイルドって、割と倫理的だと、平野啓一郎は言う』
副題3、『多部未華子さんについて』
副題4、『しかし、なぜ、今、サロメなのか?』
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副題1、『誰に負うのかはわからないが、すごい人気だった』

 すごい人気でした。クロークに荷物を預けるときに、当日売りを狙っている人が居て、その人たちの<<<直前まで待たされている様子>>>から、もしかしたら、キャンセル待ちかなあと思ったので、そこからも、人気の程がわかっていただけるでしょう。

 それは、主演三人(継父を奥田エイジ、母を麻実れい)にも、魅力があるのでしょうが、宮本亜門(演出)、平野啓一郎(翻訳)と言うスタッフの中の二人の有名人にも、依存した人気だったでしょう。また預言ヨカナーンを、演じた俳優『成河=ソンハ』は、私はそのときまでを、一切知りませんでしたが、
 声が非常によい男性なので、その男優を目指すファンが來ているのかもしれません。
 私は、ここ10年ほどは、知人が出演したり、知人が、薦めるものをみるだけで、若いころのように、自分で選んで観劇をするわけでもありません。

 ただ、その『他人のお勧めとお招き』により、新橋演舞場の、例の猿之助歌舞伎も、10年以上前の、猿之助が元気なころに、見ています。そのころに、(元)亀次郎が、何をやっていたのは、記憶がないのですが、猿之助の宙乗りと、音楽がオーケストラ風のものを使うこと、
 水を使うこと、
 市川右近が、大スターなのだと言うことなどを、知りました。

 香川照之のことについては、別稿で述べます。ここでは詳しくは、触れません。

 私は演劇には詳しくはないのですが、それでも、幸四郎(ラ・マンチャの男)も、滝沢修も、太地喜和子も、実物を見ていますよ。
~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『プログラムは、なかなかに改善をされていた
・・・・・O.ワイルドって、割と倫理的だと、平野啓一郎は言う』

 さて、昔、この劇場で、三田和代さんも出ている何かを見たのです。
 今、グーグルで検索をしたところ、『夜への長い旅路』だったことをも、思い出しました。そして、ついでに、思わぬことでしたが、三田和代さんが私と同い年だということも初めて知りました。

 彼女は本日下に出てくる多部未華子さんと同じく、育ちのよいお嬢様です。が、「両親が事業に忙しくて、祖母に育てられたことなどが、一種の陰影を生み、表現者として、際立つ個性や優秀さ(この部分はご自分でおっしゃったわけではないが)を獲得した」と、ご自分からその繊細さが生まれてきた弱点(?)を公開しておられます。ご主人の岸田森さんがなくなったあとでは、すこし、活動が、控えめですが、常に『お上手だ。何をやらせても』と思っています。
 私の、三ヶ月後の生まれですって。おや。おや。

 私は日本の劇場で買う、映画や演劇のプログラムには満足したことがないのですが、今回のプログラムはずいぶん向上していると言うか、充実していました。
 字がいっぱいあって、読むところがいっぱいありました。

 その中で、この脚本の原作者が、オスカー・ワイルドであるにもかかわらず、最初からフランス語で書かれていた、ということは初めて知りました。それを翻訳したのが、平野啓一郎さんですが、

 その平野さんの文章、特に、7頁、三段目が、秀逸だと思いました。
 コピペすると厄介なことになりそうなので、

 もともと、骨格しかない文章を、さらに、簡略化してまとめますと、オスカーワイルドって、言われているほどの悪ではないと言うことです。

 これが、平野さんの言葉だと、「発想がすごく倫理的」となります。

 ある一人の作家が抱える複雑さと矛盾。

 それが、主役のサロメにも投影していると言うのが、文章を寄せている、宮本亜門氏ほかの、主要スタッフの感慨です。
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副題3、『多部未華子さんについて』

 芸術監督、宮田慶子さん、オスカーワイルドの研究家、湯原かの子さん、上に上げた翻訳家平野啓一郎さん、そして、演出家、宮本亜門さん、・・・・・の共通の認識としてのサロメ像は、

 子供であり、純粋なのだけれど、こども固有の残酷さがあると言う点です。

 そこで、やっと多部未華子さんが、主役として選ばれたことの妥当性が出てきます。 
 衣装はだんだん脱いでいって、最後は、シュミーズドレスと言う一種の下着になります。やわらかい生地でできていて、シャーリングと言うか、タックと言うか、ひだが胸の部分で寄せられています。

 その中の未華子さんは華奢です。登場人物の中で、ひときわ小柄です。で、『子供』と言う意味合いが、強く、表現されます。丸い小さな肩、柔らかそうな二の腕、大根足とはとてもいえないスマートなふくらはぎ。

 ただね、惜しむらくは、どうして、継父が、彼女に惹かれるのかが、観客には納得をされません。その理由であるお色気が、まだ足りない。子供であっても、すでに、フェロモンたっぷりだったからこそ、預言者ヨカナーンの唇を求めるために、生首を所望したという大ポイントで、主要な要素となる、お色気が、まだ、足りない。
 ごめんなさい。はっきり言って。
 私は、演劇には素人です。だけど、素人で、お金を儲ける必要もなく、演劇界に何の負い目もないので、はっきりと言います。

 そして、人間としては、多部未華子さんに、まだ、お色気が足りないことは、悪いことではない。育ちがよくて、大切にされてきていて、挫折も知らない人に、お色気が足りないのは当たり前です。

 浅田真央ちゃんのその点について、ラサール石井氏が何かを言って、世間からとがめられたそうですが、別に悪いことではありません。
 言うほうも悪くないし、言われるほうもそれが悪いわけではありません。
 そして、お色気とは、自然に元からある人も居れば、訓練や人生経験で獲得をする人もいるのでしょう。

 上に上げた太地喜和子さんや、吉田日出子さんや、淡島千影さんとか、京マチコさんには、それが生まれながらにして、あると言うことだと思います。
~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題4、『しかし、なぜ、今、サロメなのか?』

 しかし、今、なぜ、サロメなのか? それを分析しようとしている、これから先の部分が、大問題で、政治に触れていきますが、本日は、そこに触れないで、これで、終わりとさせていただきます。

 きちんと、ものを書く人間であると言うことで、オスカー・ワイルドが、割と倫理的であったという平野さんの発想は、貴重だし、そのとおりだと思います。

 毎日、きちんと何かを創作し続けていく、そう言う日常をキープするためにも、倫理観を、高くして、身の回りを整えると言うことは、必要でしょう。むしろ、悪を書き表す人間ほど、自分は誠実であったりするものです。

 ところで、その部分も、明日か別の日に書きますが、読者の皆様の誤解を招いている可能性もあり、そこについての、詳細な文章もまた別の日にアップさせていただきます。誤解とは、『政治問題を離れすぎていますよ』と言う点です。私の政治モノは微に入り、細に入り、息が詰まるようで、読んでいて苦しいと、お考えの方も多いでしょう。

 だけど、『それに付き合って来てあげたのに、どうしたの? 最近、遊んでばかりでしょう。
 変よ。あなたが、批判している、山本太郎君と同じで、転んだの?』と、言われかねないですね。

 そうです。最近の10年間など、むしろ、観劇や観劇をする余裕のある人を、敵視していました。(笑)
 自分は観劇をするタイプの、奥様ではない。自分個人のことを必死でやっている、クリエーターだから。・・・・・と思っているのです。

 そう言う主張と、ここでは、矛盾をしていますよと言う言葉が、皆様から出てきそう。

 それに対しても、『続・多部未華子の、サロメ』と言う形で、別の日に書かせていただきます。
~~~~~~~~~~~~~


 最後に、多部未華子のひたむきさをあらわすよい写真はプログラムになかったし、もしあったとしても、使ってはいけないので、

 我が家の猫のひたむきな表情をここに置かせてくださいませ。では。
2012年6月17日  雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)
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山本太郎君の結婚と、小沢一郎氏の離婚・・・・・・初稿は、まとまるが

2012-06-14 23:19:21 | Weblog
副題1、『本日の前置き』

 実は、自分が勝ったことは余り言いたくないのです。

 常に神様が見守ってくださっていると、申し上げておりますが、どんな苦しいときも割と平気なのは、すべてはバランスが取れていて、私にも、ひそかな喜びはあるからだと、申し上げておきましょう。

 負けたり、弾圧を受けたり、損失を受けたりもしますが、一方で、それと同じくらいに、楽しいこともあるわけです。

 その楽しいことのひとつに、予言が当たることです。
 私は、『預言者は、世に容れられず』といわれたくらいに、他の人がまだ、それに触れていないときに、大切なことに触れており、それが、世に露見したり、喧伝をされたりすることがあるのです。

 現在の日本で、もっとも問題なのはプルトニウムです。それを私は、2003年ごろから問題にしていました。そしてストロンチウムもです。

 が、このようによく知られている放射性物質の名前は、最近では、ほとんど、使われません。

 それは、どうしてかというと、<<<<<庶民が、『え、原発って、そう言う恐ろしいものが、そこから出てくる可能性があるのだ』と気がついてしまうから、それを使うな>>>>>という指令がどこからか、出ているからでしょう。

 庶民の一人である私が、政治の分析をするのは、こういうところから始まります。ストロンチウムは骨にたまり、ビキニ環礁の水爆実験で、被爆した漁師さんたちの、治療時におおいに、問題となりました。
 ストロンチウムも、プルトニウムも出ているのに、セシウムのことだけが報道をされています。

 すべては脚色、脚本のもとのニュースです。
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副題2、『白熱電球の製造中止が、決まる?』

 私は、もっと、おおらかであるべきだということを、極く普通の人として言うわけですが、ある日、横浜駅西口の、喫煙施設をみて、その非人間的な扱いに、驚き入ってしまったのです。そして、もっと、おおらかでいいのではないか? 喫煙の習慣は、500年近く続いているものなのに』と書いたとたんに、
 そこから、世界的な受動喫煙の、被害という話が起きたのです。つまり、私の発言をすべてつぶしてやろうという動きは、常にあるわけです。
 それを、知っていますので、
この一週間に問題となっている、白熱電球の製造禁止に、ついても、実はやり過ごして、何も言わないでおこうと思ったぐらいです。

 あれですが、先週我が家で、電球を取り替える際に、「白熱電球が、このごろ、売っていないのよ。でも、LEDより、白熱電球のほうが、いいわ」と、我が家で、私が言ったのです。

 すると、主人が、「LEDの方が消費電力が少ない」というのです。
「はい、はい。そうですね。でもね、LEDは、光線がきつい感じがする」と私が答えました。

 ところで、我が家は、すべてが盗聴をされています。そして、会話のすべてが利用をされています。
 特に、主人と私が違う意見であることは、重要な攻撃ポイントとなるみたいです。そこをつけば、夫婦喧嘩になる。彼女は離婚をする。すると、体も悪くなるだろうし、心理的にも、いろいろ弱くなる。ここはねらい目だと、狙われて、この決定がなされ、しかも朝日新聞の第一面で、報道されました。『おお、見事に、鬼のいぬまの洗濯をやられたな?』と感じました。
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副題3、『鬼のいぬまの洗濯とは、記念式典の中で、X氏とY氏と対決する必要があったので、12日には、特別に緊張したことを指す』

 というのも、重要な外出が、あった、12日に、見事、狙ってこの決定が、行われたからです。11日の夜は吉祥寺に宿泊しました。パソコンを二台持って行きましたが、インターネットができません。

 これは、2002年のニューヨークで、ホテルチェルシーでも起きたことで、いつも何らかの形で、いじめられます。今回は、どうしてかというと、パソコンの変調が起きるとき、そのアイデアを提供したのは、同窓生のX氏という人物ではないかと、以前から、私は推察していて、そのX氏に12日には、会わないといけないからです。

 AOLのメルマガを書くとき、ブログを書くとき、本を作るとき、常に大変な変調が起きていて、それを、やっているのが、・・・・・特に、その技法を発明したのが、・・・・・X氏ではないかというのが、最近の、主張です。それは、フェイスブックをやっているときに現れた種々さまざまな変化で、確定的に、気がついたことでした。フェイスブックは実名性があるので、より信実の裏側に、気がつきやすいことがいっぱいあります。
 クラス会に出るのに前夜から、ホテルに泊まるとは大げさですが、一種の敵と面会するわけですから、そりゃア、緊張しますよね。

 しかし、舞台は晴れやかな、祝宴の日です。悶着を起こすことができるだろうか? できませんね。ですから、ひたすら、我慢をして、忍術、水遁の術を使っていました。ちょうど雨が降っていました。小雨です。水分がいっぱいです。ですから、水遁の術です。(笑)
 実際には、九の一として、忍者の衣装を着るわけでもなく、ただ、ただ、精神的に、目立たない形で、存在することです。衣装は白を多用したので、ひどく目立つものでしたが、心のあり方として、ひたすら空気みたいにおとなしくしていました。

 でも、三つほど、自分の推定が正しいと、思われることがありました。しかし、それの詳細をここで、書くと、本当に、切迫して、その人を特定してしまうこととなり、お互いに、にっちも、さっちも行かなくなるので、「自分としては、傍証を三つ把握しました」とだけ言っておき、その中身はここでは公開をいたしません。

 が、11日の夜に、東急イン吉祥寺で、インターネットができなかったときに、「おお、前哨戦としての、いじめがすでに始まりましたね」とは思いましたよ。これは、思い過ごしではなくて、あとで、グーグルか、アドビからか、なにからか、『インターネットができなかったけれど、回復をしました』というお知らせが来ましたから、実際に、できなかったのです。が、最近では、こういういじめに対しては、騒がないのです。もし、どうしてもやりたいのなら、ネットカフェを利用すればいいのです。

 また、フェイスブックをやっていると、順次、同時進行的に、他の人があげた情報を見る必要がありますが(みていないと、流れて見えなくなるから)、それを今はやっていません。ので、それほど、時間・間隔を狭くして、パソコンを開けなくてもいいのです。携帯で、フェイスブックをやっている人、特に、自分が経営者で、人から責められない人や、アーチストは、フェイスブックを、24時間チェックすることができるでしょうが、それって、かえって、頭脳を、駆使しすぎる傾向をもたらしますね。まとまった仕事ができるかなあと心配してしまいますが、それは、典型的な老婆心というものでしょう。(笑)

 フェイスブックが、メリットももたらすので、やめなさいなどとはいうつもりはないのですが、こと、私に関して言えば、ツィッターもやっていないし、フェイスブックも今は、やっていないと、それほど、時間には追われる感覚が今は、ありません。嵐の後というか、なんと言うか、とてものんびりしています。
 それが、損かな? とは思いますが・・・・・自分の年齢のこともありますね。体力との相談をすれば、この、今のペースのほうが、のんびりしていて、よろしいです。フェイスブックをやっていた当時は、一週間に二回程度、完全徹夜で、連続30時間起きていました。
 今はそれほど、忙しくないので、園芸などする時間ができてきて、それは、体を健康にしてくれます。カレル・チャペックではないが、100%、意見を発表できないし、100%やりたいこと(本の出版のことです)もできない今は、園芸などを、やって、ちんたら、生きていくのも適当であり、適宜なのです。

 さて、白熱電球の問題は、『同窓会に、緊張が走る問題が内包していて、『私がストレスいっぱいであろう。そう言うときに、お前の家の会話を盗聴していて、それにリンクした、決定・・・・・特にお前の、意見とは反対のほうへ、政府が、決定を下すという話・・・・・は、ダメージを与えるだろう。やっちゃれ、やっちゃれ。ちょっと、こちらが負け気味だったが、ここで、挽回してやろう』ということで、12日、いっぱいに、その決定が行われ、
 朝日新聞の夕刊、第一面にその記事が載っていました。

 敵の狙いは、わかっていましたが、わざとやり過ごして、違う話題で、文章を書いています。が、急に敵からの攻撃が収まったわけでもないし、私が、急に方向転換をしたわけでもありません。

 常に言っているように、頭に降りてきた文章を書くという手法をとっているだけです。
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副題4、『Y氏との、遭遇は、青い火花が散ったけれど』

 こういう姑息(?)な、忌まわしさは、ずっと、私の身辺に漂っているわけです。パソコンがおかしくなって、それに気がついたのが、2007年でしたが、幽霊が壊しているわけではないです。ですから誰がやっているのかを確かめる必要があって、ミステリー小説を紐解くように、なぞを解き続けているわけです。

 12日が、ほんとうに、緊張の走る日でありましたが、K氏と私は和気藹々と、挨拶を交わしましたよ。ただし、K氏と、組んで、より大きな絵図を描いている、Y氏との遭遇には緊張感がいっぱいでした。
 小説『赤毛のアン』の中で、作者は、登場人物が、怒っているときは目に青い光が、宿ったと、書いています。

 私は、本当はK氏に対しても、Y氏に対しても、怒っていいのです。不当なことをされていますから。だけど、満座の中で(特に晴れの日に)そう言うことを言い出しても、今は、こちらに勝ち目はなく、こちらが、異常者とみなされるだけですから、ひたすら我慢です。

 ただね。同窓会館から席を移して、教会へ移動したところで、X氏より、より年上で、より大きな絵図を描いているY氏が、参加したのです。
 そのこと自体は、おかしくありません。
 記念礼拝というのは、卒業生すべてに、ご招待が、あり、誰にでも、参加してよい会なのですから・・・・・

 でも、入り口の玄関で、お茶の接待があったときに、ふと、Y氏と目があったのです。ほんの一瞬、そのときに、青い火花がY氏の目に浮かびました。
 それは、ここで、問題になっているLED電球より鋭い光でした。

 それに対して、私の感じたことは、『私のほうこそ、怒りたいところです。そして、神様からみれば、怒っていいのですよ。そして、より鋭い、青い光を放ってもいいのですよ。だけど、世俗の地位や、権力のことを考えると、あなたのほうが上ですから、今は、より強い者です。死んで、500年へたらわかりませんけれどね。今は違います。だから、あなたは強者の立場で、ことの理非曲直を、ただせる(?)と思っているから、私に対して怒る権利があると思っているわけですね。

 そうですね。だけど、私は、そのあなたの今の顔を見るために、本日ここへ來たのです。あなたよりずっと、大きな苦労をさせられ、損失を大いにこうむりました。それで、修行ができていて、私のほうはあなたに対して、怒る度合いが、より小さいです。だけど、來てよかった。あなたの目の中の青い火を見て。私の過去の推察がすべて当たっていたことを証明していますね、・・・・・と、感じたことがよかったのです。ホテル代・朝食込みで、9000円強・をかけて、來た甲斐があったと感じたことでした。

 ここらあたりは余りにも、生々しいので、個人が特定される可能性のあるイニシャルを用いません。X氏、Y氏と書いていますが、これは、無論、イニシャルではありません。

 しかし、これらの、敵対行為は、すべて、原発のことが関係しています。そして、原発を推進し、それを、日本で永続的に、機能させ、核燃料を売りつけて、高い電気代として、一種の税金の形で、有無を言わせず、国民からお金を収奪するために、働く、エージェントが数々いて、それらは、共同で、ことに当たっています。

 で、私の家の室内の会話を盗聴して、そこから、私を責めたり、苦しめたりするアイデアを練っている連中は、この好機を狙ったのです。それで、白熱電球廃止の政府案を持ち出しました。
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副題6、『なぜ、井上家は、三女を後継者にしたか?』

 一方で、ひたすら、井上ひさしを、持ち上げることに熱心です。
 でも、余りにも、私が激しく、ここを、糾弾していて、彼が生きていて、地下潜行生活をしていると、言い続けるものですから、娘の井上麻矢さんを、最近では、前面に押し立てて來ています。

 ありとあらゆるところで、今、彼女が露出をしていますが、本日14日の朝日新聞の朝刊にも第35面に、彼女の記事が出ています。

 それは、自分が後継者に選ばれたということの説明です。それ以前は、こまつ座は、長女さんが、維持していました。三女の麻矢さんは、別の仕事をしていて、しかも結婚をして、子育てをしているので、父の仕事には、タッチしていなかったのです。

 井上ひさし氏は、肺がんになったときに、確かに、麻矢さんに、後継者をたくすべく、彼女を選び教育をしたでしょう。しかし、その死の期日、2010年4月9日は、予定外に、早められ、架空(または、化装)の死となったのです。

 それは、地下潜行をして、日本社会と、日本国民の真実の支配をするアイデアの創出、および、私の弾圧用のアイデアの創出に、専念をするためだったでしょう。(笑)

 どうして、三女が選ばれたか。再婚したゆり婦人との間に、男の子がいます。この嫡男は、とてもかわいいので、現在の、自分のやっていることとはまったく別の世界で、活動をさせたいと思っているし、十分に、その席は、取れると思っているでしょう。
 それは、どこかというと、国際連合などで、働くこととか、外交官になることとか、メディアの貴族(新聞者なら記者、テレビなら企画者、出版社なら編集者)になる形で、生きていかせたいのです。

 彼自身、大変な有名人となり成功者となったわけですが、自分自身の人生やら、仕事の内容に、世間が与えている評価よりも、ずっと低い評価を与えているでしょう。大体、社会一般の通念としては、顔がテレビで売れることは、決して、上流でもないし、えらいということでもないのです。
 『ア、あの人たちって、なりあがりものですね』といわれるのが落ちであり、それを知っていると思われます。

 だから、息子は温存して取っておく。外国にでも遊学させるつもりでしょう。北朝鮮の、キム一族と同じです。
 となると、今まで築き上げたものを継承するのは、前夫人との間の娘さんです。こまつ座は長らく、長女さんが、仕切ってきたのです。

 それを追い出す(?)、ご長女さんの生活費等はどうなるのでしょうか? インターネット上の情報では、次女さんは、父から看過されており、生活費も稼げない人なので、大変悲惨な状態にあると出ていましたが、三女の麻矢さんから、生活費が渡る様に変更になっているのでしょうか?

 ともかく、井上ひさしが、生きているとしたら、その中で、その嘘に絶え、指導どおりに動く必要があり、それには、ある程度以上のしたたかさが必要であるとして、麻矢さんが選ばれたと感じます。

 どうして、したたかになるかというと、三女というのは、親が親として、やや、成熟して生まれます。ほんの些細な違いですが、毎日、24時間が、20年間も続くと大きな違いとなってきます。

 つまり、親に愛される度合いが他の兄弟より大きいので、勇敢で、自己主張ができる人間となるのです。長女は、長女なりの、弱さがありますし、このケースでは、親からの愛情が最もかけていたであろう、次女さんは、愛情不足ゆえの、自信喪失状態ですから、こういう複雑な任務は任せられません。

 と、私は見ていますが、この部分は、ほんの挿入に過ぎません。
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副題7、『LEDで、倹約される電力など、ほんのわずかなことなのに』

 我が家でも、ほとんどの部屋は、蛍光灯を使っています。白熱伝統風の型をした、黄色い蛍光灯もありますし。

 ただ、私は目を酷使していますので、非常に目が敏感になっています。その私からみると、寝るときぐらいは、白熱灯の下で寝たいです。それは、なんともやわらかい雰囲気がしますので。

 そして、一家族の中で、電球の形で、消費される電力よりもテレビとかパソコン、および、冷蔵庫や、洗濯機、掃除機などで、消費される電気量のほうがずっと大きいでしょう。しかも、一家で、一箇所とか二箇所しか残っていない白熱電球を生産まで、やめさせるなどというのは、やりすぎです。

 しかしね。それはまったく科学的ではない、情緒纏綿たる決定だから、またしても、例のごとき連中の誰かの発案でしょう。
 しかし、それなら、それで、返す刀で、言っておきましょう。

 家庭の中で消費されるのは、東電の場合は、40%だそうです。しかし、利益は、その4割で、90%を生み出すそうです。恐るべき欺瞞が、すでにそこであります。政府とか、国家は、そこをただし、追及し最大多数の利益を図らないといけません。

 我が家の会話を盗聴した結果、それが、私へのいじめに役立つから、白熱電球の生産をやめろですって?

 最近、政府が、生レバーの流通を禁じると言う措置をとり、業者から反発があがっていると出ていました。「白熱電球が、あったほうがいいね」という意見は出てこないでしょうね。だから、今まで黙っていましたが、余りしつこく、ニュースとして繰り返されたので、
 ・・・・・・ただし、私が普段見ていないほかのチャンネルのニュースで、是が、繰り返されたかは、不明ですが・・・・・・

副題8、『山本太郎氏の、原発反対は、無論命令されてやっていたのです』

 私は去年、原発事故について大量に文章を書いています。それのどこで書いているかは、今は見つけられていませんが、

 山本太郎君は、最初から疑っています。例の国際的軍産共同体が、庶民の反原発運動の流れを、上手に、指導、誘導するために、放った、一種のスパイというか、犬の一人だと思っています。

 彼は、芸能界に居られなくなったということで、プロダクションを辞めさせられたのですが、北野武監督が拾うと言う話でした。
 北野監督は、芸大での自分の講座を、横浜に作ってもらっています。

 横浜は、横浜トリエンナーレを始めたことからもわかるように、どうも、一種の基地となっていますね。それは、アメリカのカリフォルニアが、日本人、洗脳用基地となっているのと似ています。

 山本太郎君は、横浜で会社員になっているそうです。芸能界に居られないから負けとはいえないのです。本当に、芸能が好きなら忙しくて、かつ、自分の立場を守るために、反原発運動などしないでしょう。

 でも、裏から、命令されてああいう反対運動をしました。が、功労によって、会社員になった。上に言っているようにテレビに出るよりも目立たない形で、収入が高くなり、世間の見る目が、尊敬の念が含まれているのなら、そのほうが、社会通念としては上なのですから、彼は、一段と上に上げてもらったのです。

 そして、実際はお見合いかもしれない、よい奥さんも与えられて、つい、海外移住の案などを、ブログで、明かしてしまったようです。油断した模様ですが、本音が出たということでしょう。特に赤ちゃんが生まれる予定があったりすると、移住をしたくなる心理はわかります。

副題10、『小沢一郎氏の離婚?』

 上智大学出身の奥様がついに、離反ののろしを上げられたそうです。ただし、小沢氏が折れて出れば、元の鞘に納まる可能性もあります。

 だが、ここで、問題としたいのは、小沢氏が、二週間雲隠れして、やっと出てきたときに、背広姿で、「どうして、いまだに、収束ができないのだろうね」といったときに、私は、『彼は、原発に関しては、まったく無知である。また、今まで、海外か、どこかへ、逃げていたのだろう』と、文章を書いていますが、それもあたりましたね。

 ただ、勝ち誇った言い草は、したくないですよ。でも、私は、ほとんど、自分のいっているとおりに、現象が展開していくなあと、ますます、自分の頭脳には自信を抱きます。普段も同じですが、ほとんど、口外したことはないのです。でも、11日から、すでに、15日になった本日まで、引き続いて、あれや、是や、被害が重なっているものですから、最後の二つを書き添えました。

 私の場合、敵が、ありとあらゆる人を糾合して、大人数で、じゅうたん爆撃的に、責めて(または、攻めて)くるので、大変ですが、このように、丁寧に、暮らしていると、中には、へまをする人間も出てくるので、そこに政治のダイナミズムを感じるのです。大きな堤防も、小さな蟻の穴から決壊するようにどこかに、何かが起きて、国民が真実に目覚める日も来るのだと信じています。

 私ね。半歩先を歩めば、人気が出るのだろうけれど、自分の頭に文章が浮かんだ火に、すぐそれを書いてしまうので、数歩先へ行ってしまうことになり、ブログの人気が出ませんね(笑)。

副題10、『読者の皆様へのお断り』

 実は、『吉祥寺に宿泊する外人とは?』という文章を前々報としてあげております。それも、同じ日の描写です。

 そして、そちらもあたっています。私の母校は自然環境もすばらしくて、そこで、一緒に学んだ人も、紳士であり、淑女です。が、その日に書いたことは、表側だけです。

 私の場合は、今は裏側の生活もあります。そこで、本音を言えば、裏側を丁寧に書きたいところです。しかし、それをすると、ある個人を数人ほど、「ひどいいじめをしましたよ。それは、例の言論弾圧の一環としてですね」と、言う形で、特定することとなります。

 今は、終わったばかりで、記憶が、余りにも生々しいです。それに、現場で何も悶着を起こさなかった自分をほめてやりたいです。お御堂で、ある先輩おひとりに、校歌を歌って聞かせたときに、すばらしい声が出たことも事実です。
 私は声楽のプロではないので、声が毎回、同じレベルで、質がよく、出るわけでもないのです。だから、いい声が出るときは、神様が身近にいらっしゃると感じます。
 音楽ほど、天の高みに一気に近づける芸術は、ないそうですが、
私も、その意見に賛成します。私は12日に、ひどいいじめや、わなが、いつもと同じように仕掛けられていることを発見しました。

 それは、インターネットができないとか、電車が遅延するとかをもふくみます。そして、白熱電球の生産中止のニュースです。朝日新聞の夕刊第一面で、それを見たときは、『ああ、また、やってきましたね』と、軽く笑った程度で済ませました。

 で、12日の、表向きの文章を書いたわけです。そこには、Y氏と、視線が絡み合い、火花が散ったなどとは書いてありません。
 デモね、14日の朝のニュースでも白熱電球の生産中止が、流されたので、とうとう、怒って、これらの、裏側を書いたわけです。
 私は文章を書くときに、神様が書かせてくださるとおりに書くわけですが、被害が大きければ、危険なものを書いていいと、神様もおっしゃる用に、感じています。あいみたがいです。
  16日(土)に推敲をします。その後で、名前を入れます。
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お勧めできるバイキング 2000円前後 『オーク』『トラックス』『観悟雲』『ラ・ヴェッラ』『バリハイ』

2012-06-14 11:33:38 | Weblog
以下は前報の一部を抜き出しました。私の文章は非常に長くて、いろいろ入っておりますので、慣れていらっしゃる方は別にして、なれない方は途中で、読みやめてしまわれるでしょう。今回だけは、一般的な情報が入っているので、その部分を、一部ですが、抜き出しました。そして、さらにお店も文章もくわえてあります。

1、東急イン吉祥寺の朝食バイキング

 午前9時過ぎに、朝食バイキングをとりに降りて行きました。
 珍しいことにシェフさんが、料理をおいてあるそばにいて、お料理の解説をしてくれました。ギリシャ料理がどうしたこうしたとか、中華粥がどうしたこうしたとか。

 で、「謝甜記(横浜の中華街で、おかゆで、有名)のおかゆを食べているから、中華粥の食べ方は知っています」といったのです。つまり、トッピングを乗せるのです。すると、シェフさんが、「中華街には劣りますが・・・・・」といったのです。それには、笑いました。上品で感じのよいシェフさんでした。
 野菜は鎌倉の、契約農家からとっているそうです。確かにズッキーニほかの蒸し物はおいしかったです。鎌倉の野菜市場は、東京の有名シェフさんが買いにくることで有名です。鎌倉の農家って、西洋野菜の栽培研究に熱心らしいのです。

2、第一ホテルのバー2F『トラットリア』

 ありていのことを申すと、実は東急インの朝食バイキングではなくて、第一ホテル吉祥寺の、朝食バイキングを試すつもりだったのです。理由は、新橋から歩く第一ホテルのバー『トラックス』が開いている、お昼のバイキングがおいしいのです。1680円(?お値段は時々変わります)にしてはお買いどくです。それで、吉祥寺は比較するとどうかな?と、それを、試してみるつもりでした。
 同じ系列でも、シェフさんの個性が出るでしょう。それを見るつもりでした。

3、横浜国際ホテルの10Fレストラン『オーク』

 あ、ここで、わき道のさらにわき道へ入りますが、ホテルのバーがお昼のバイキングをしている形式のところは、たいていおいしいです。広い部屋を作って、最初からバイキングを狙って設定したお店よりも、おいしいです。
 
 横浜国際ホテルのバー『オーク』も昼間はバイキングをしていますが、お料理も飲み物も、品数は少ないが、丁寧に作ってあっておいしいです。お客さんはよく知っていて、いつも満員です。入り口に2008年度かな? 神奈川県で、特によいレストランだと表彰をされたという案内がありますが、そうでしょうねと思います。

 特に、満員過ぎて、別の静かなお部屋を開放してくれるときがあって、スペースが十分で特別に静かな、そこで頂く、サービスつきのローストビーフなど絶品です。お値段が2000円ですから、人気が高いです。私も何度も行っています。

4、『シリウス』は研究・不足ですよ。

 ローストビーフといえば、みなとみらいのロイヤルパークホテルの、70階のレストラン『シリウス』は、ビーフではなくて豚がでたのです。(笑)
山百合ポークとか言って、いいものはいいものらしいのですが、一般庶民としては、3600円(シニア料金です)を出すのなら、何らかの形で牛肉が出てほしいです。
 昔、風邪を引いたときに、医院で、診察を受けました。そのときに、このシリウスの名前が、女医先生の方から出たのです。ですから、お医者さんにとっては、日常的なお店だとしても、庶民にとっては、3600円は結構、勇気を出して出すお値段です。だから、晴れの席だから、ビーフは出してほしいです。(笑)ステーキか何か別の形でもいいから。(笑)支配人は、眺望のよさに安住していて、怠けているのかな?

 特にいけなかったのは、眺望もともかくとして、現代アート風の壁画があるのです。私としては、作風から野見山暁司さんのものだと思うけれど、緊迫が一部に使ってあって、それは、普段見続けている作品の中にはないタイプだから、作家は誰だろうと、疑問を持つわけですね。

 だけど、その日、お店にいたスタッフの誰も、その壁画の作家名を知らなかったのです。これは、だめでしょう。支配人さん、スタッフ教育がなっていないと見えますよ。ここは三菱系統だから、銀行か何かから、民間内天下りで、やってきた人が支配人をしちるのかなあ?
 それで、ピントが合った指導ができていないのかな?

5、『インターコンチネンタル(みなとみらい)には、満足できるバイキングがあります』

 眺望はないが、横浜のインターコンチネンタル一階の『オーシャンテラス』は、スイーツの種類が豊富です。3600円だったと思うが、まあ、庶民向けのほうでしょう。そして、私のような、庶民様なら、このスイーツの豊富さには満足できます。
 二階のイタリアン『ラ・ヴェッラ』は、結構よい眺望に恵まれていて、家族ない、パーティをやっている人がいました。親世代が、お婿さんやらお嫁さんなどの、新入りの家族で、地のつながっていない人と親睦を図るのにはいい場所かもしれません。いすの間が、十分に余裕のあるタイプのインテリアですから。ただ、お味として、くどいものが多くて、さっぱりしたものがほしいです。サラダとか、フルーツが、どうだったかな?

 が、2000円台のバイキングとしては、雰囲気も、味もよいところです。駅から遠いだけに、サービスをよくしてあります。

6、掘り出し物が、『観悟雲』

 横浜駅に地口から、8分程度歩く場所にある観悟雲は、掘り出し物といってよいでしょう。2000円ですが、素朴にして量が多く、中華街の同じ値段のバイキングよりは、おいしいです。
 支配人は一代で、このお店を築いた若い人で、大陸から來たらしい。でも、今はつぶれてしまった、初期の駅ビルシャル内のお惣菜売り場二で店を持っていたぐらいですから、味はいいのです。
 お店は中国の民芸品などが、ごたごた置いてあって、きたないです。(笑)が、『本場中国の庶民向けレストランって、こんな感じなのだろうなあ』と思いながら食べれば、OKでしょう。むろん、本場よりきれいでしょう。日本ですから、日本に適応していてね。ただ、上に上げているホテルのバイキングに比べれば、そりゃあ、庶民的です。

 バイキングの専門店ではないので、お昼など、700円以下でも、とてもおいしそうなランチが出ているのをみます。それを取っている、地元の人でいっぱいです。

7、『懐かしい山口みつ子さん』

 あっち、こっちはなしが飛びました。私は別に食通を気取るつもりは毛頭なくて、京橋の画廊のオーナー、故・山口みつ子サンと、いつも一緒に食べているつもりで、バイキングを試し続けています。忙しい一生を送ったまま、突然に、亡くなった、同い年の彼女と、もっとも無難な娯楽である食べ歩きを一緒にしているつもりで、バイキングを試し続けているのです。彼女のお葬式の案内もなかったし、友人たちが企画をしたらしい『送る会』もつぶれたし、お墓の案内も聞かないので、こうして慰霊をつづけています。

 無論、バイキング評論家になるつもりもありません。が、ひどいところもあります。お店の名前は言わないが、ひじきの煮物が腐っていたことがありました。『昨日の余りを、再度使ったな? 夏だから、こうなる。ここの支配人は、だめねえ。デパートの中なので、デパートの信用にも影響するわね』と思ったことがあります。
 で、あれこれを、試し続けているので、いろいろおもしろいです。

8、『川崎駅前のホテル日航は、サービス値段の設定がある』

 川崎駅前のホテル日航は、お値段の設定に、よく考察が行き届いています。さっさと食べて出る人は安いのですって。それには、感心しました。ご近所のサラリーマンがランチを食べるのに向いている設定でしょう。
 そこで、健康的できれいな若者(外人)たちが、お昼を取っていたので、おせっかいですが、ラーメンの食べ方を説明したりしました。

 そして、外で、再びであった彼らに、「あなた方は、どういう人なのですか?」と、質問をすると、陸上競技の大会に出るためにやってきたニュージーランドの若者なんですって。だから、きれいだったのです。非常に健やかな感じのする若者たちでした。

9、柿安の、バイキング(横浜ベイ・イクォーター)

 そういえば、バイキング内で、ラーメンを出しているのは、横浜米クォーター内にある、柿安経営の、上海ダイニングというところです。

 これは、デパ地下によくお惣菜を並べている柿安の経営するバイキングで、和風のお店と、中華風のお店の二つがあったのですが、今は合体していて、名前も、変わっているのかな?

10『有楽町のバリハイと、リプトンコーナー』

 これはね。有楽町の高速道路の下で、インズ3というところの二回にあったと思います。エスニック調のデザート(つまり、台湾で食べるような、豪華なカキ氷を、自分で作ることができる)のが特徴です。

 そちらは、山手線より東側にあるわけですが、西側にリプトンコーナーというのがあります。お料理は、女性向けです。ただ、テーブルが狭いです。

11、

 で、飛んだ話を元の吉祥寺へ戻します。

 第一ホテル吉祥寺の方にまで、朝食バイキングの浮気をしに、出張しないでいて、よかったです。姫路に行ったときは泊まっているホテルに、朝食バイキングがなかったので、ご当地、第一位のホテルへ、出張しましたけれど。

 それは、多分、ANAホテル(姫路)で、白魚と、アナゴが、出たのが、『ああ珍しい。瀬戸内海の感じがする』と、びっくりした記憶があります。

 今回は、上品なシェフさんがいて、親切にしてもらったので、東急イン吉祥寺で、食べて正解でした。時間が足りないことが幸いしました。(笑)
 
 では、初稿を、2012年6月12日に書き、13日にブラッシュアップする。さらに、補遺を、追加して、14日に新ブログとして、アップする。
              雨宮舜 (川崎 千恵子)
     
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吉祥寺に宿泊する外人とは? (三鷹から、国立まで)△△

2012-06-12 23:06:59 | Weblog
 今、12日の火曜日の真夜中に書いてアップしたものを、もう一回推敲をさせていただきます。で、終わりましたら、△印を二つにしておきます。小さなお話ですが、昨夜は疲れすぎていて、相当に内容を、はしょっているので、いい足りないところがいっぱいあります。こういうものを丁寧に起承転結をつけて行って、因果関係を明らかにするのが、私のもっとも得意とするところなのです。妨害や弾圧がなければ、こういう些細な話題で、哲学の実践をしたいと思っているのですが、妨害や弾圧が降りてくるので、つい、政治の世界を大上段に分析することとなります。

 で、苦労がいっぱいなので、二日も何も書かないでいると、皆様が、『何か、身辺にいやなことが起きたのではないかな?』と、お考えになるといけないので簡単に書きました。いや、メールで「死んじゃったのかな?と、思っていたよ。生きていたのですね」と、いってくださった方があったので、いつもこの身の安全なことは、ご報告をしたいと思っています。自殺と想像されたのか、暗殺と想像をされたのかはわかりませんが、ともかく、ブログを書かないと、死んだと、みなされる可能性はある立場らしいです。(笑) 政治を離れても、年もとっているし、なので、そう心配されても仕方がないでしょう。

 で、昨晩は簡略なものを書いて寝たのですが、寝ている間に補足すべきところがいろいろ見つかりました。で、今から2回目の推敲へ取り組みます。
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 と、前フリを打って、今、2回目の推敲が、完成しました。二倍の字数になっています。どうかよろしく。

副題1、『バイキングの、評論家(笑)になる、資格ありかな?』
副題2、『親切なアメリカ人に出会って、躊躇が消える』
副題3、『図書館の最新システムを見るが、それは、自動車会社の発展の結果生まれたシステムらしい』
副題4、『神様は、確かにいらっしゃるし、12日も、見つかりました』
~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題1、『バイキングの、評論家(笑)になる、資格ありかな?』

 外出が続いていると申し上げましたが、火曜日は、珍しい形の同窓会だったのです。普通、夜の6時からが定例のクラス会(大学のときのもの)が、学長招待の記念日ということで、朝の10時15分に集合だということでした。

 これは、私にとっては絶対に無理な話なのです。で、主人に断って前夜から出始めて、大学の近所の吉祥寺に一泊しました。

 それなのに、明け方、パソコンの整理をホテル内でやっていたので、やはり、30分も遅刻をしたのですよ。だめですねえ。(笑)
 14年間書き続けているので、エッセイが、5000本ぐらい、たまっています。それを分類しないといけないのですが、ホテルなんていう隔絶した世界は、その作業に、ぴったりなのです。
 新しいものを創作するのは面白いことなのですが、古いものを整理していくと言う作業は面白くありません。で、たいてい後回しにされます。しかし、ホテルとは、そばにテレビもない・・・(いえ、あるのですが、リモコンも、何もかもが自宅とは違うので、よくわからなくて、みる気がしないのです)・・・ラジカセもないし、家族もいない。そういえば、普段、よく話しかけてくれる猫もいないです。(笑)

 こういうときは、浮世離れした仕事に向いています。で、エッセイ類を分類する仕事に、午前6時から、3時間をかけて、午前9時過ぎに、朝食バイキングをとりに降りて行きました。
 珍しいことにシェフさんが、料理をおいてあるそばにいて、お料理の解説をしてくれました。ギリシャ料理がどうしたこうしたとか、中華粥がどうしたこうしたとか。

 で、「謝甜記(横浜の中華街で、おかゆで、有名)のおかゆを食べているから、中華粥の食べ方は知っています」といったのです。つまり、トッピングを乗せるのです。すると、シェフさんが、「中華街には劣りますが・・・・・」といったのです。それには、笑いました。上品で感じのよいシェフさんでした。
 野菜は鎌倉の、契約農家からとっているそうです。確かにズッキーニほかの蒸し物はおいしかったです。鎌倉の野菜市場は、東京の有名シェフさんが買いにくることで有名です。鎌倉の農家って、西洋野菜の栽培研究に熱心らしいのです。
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 ありていのことを申すと、実は東急インの朝食バイキングではなくて、第一ホテル吉祥寺の、朝食バイキングを試すつもりだったのです。理由は、新橋から歩く第一ホテルのバー『トラックス』が開いている、お昼のバイキングがおいしいのです。1680円にしてはお買いどくです。それで、吉祥寺は比較するとどうかな?と、それを、試してみるつもりでした。
 同じ系列でも、シェフさんの個性が出るでしょう。それを見るつもりでした。
 ア、ここで、わき道のさらにわき道へ入りますが、ホテルのバーがお昼のバイキングをしている形式のところは、たいていおいしいです。広い部屋を作って、最初からバイキングを狙って設定したお店よりも、おいしいです。
 横浜国際ホテルのバー『オーク』も昼間はバイキングをしていますが、お料理も飲み物も、品数は少ないが、丁寧に作ってあっておいしいです。お客さんはよく知っていて、いつも満員です。特に、別の静かなお部屋を開放してくれるときがあって、そこで頂く、サービスつきのローストビーフなど絶品です。お値段が2000円ですから、人気が高いです。私も何度も行っています。

 ローストビーフといえば、みなとみらいのロイヤルパークホテルの、70階のレストラン『シリウス』は、ビーフではなくて豚がでたのです。(笑)
 医院で、診察を受けているときに、このシリウスの名前が、女医先生の方から出たので、お医者さんにとっては、日常的なお店だとしても、庶民にとっては、3600円は晴れの席だから、ビーフは出してほしいです。ステーキか何か別の形でもいいから。(笑)支配人は、眺望のよさに安住していて、怠けているのかな?

 眺望はないが、横浜のインターコンチネンタル一階の『オーシャンテラス』は、スイーツの種類が豊富です。二階のイタリアン『ラ・ヴェラ』のバイキングもおいしい。

 特に掘り出し物が、横浜駅西口から、結構歩く場所にある『観悟雲』です。2000円ですが、素朴にして量が多く、中華街の同じ値段のバイキングよりはおいしいです。支配人は一代で、このお店を築いた若い人で、大陸から來たらしい。で、お店はきたないです。が、『本場中国の庶民向けレストランって、こんな感じなのだろうなあ』と思いながら食べれば、OKでしょう。
 バイキングの専門店ではないので、お昼など、700円でも、おいしそうなランチが出ているのをみます。それを取っている、地元の人でいっぱいです。

 あっち、こっちはなしが飛びました。私は別に食通を気取るつもりは毛頭なくて、京橋の画廊のオーナー、故・山口みつ子サンと、いつも一緒に食べているつもりで、バイキングを試し続けています。忙しい一生を送ったまま、突然に、亡くなった、同い年の彼女と、もっとも無難な娯楽である食べ歩きを一緒にしているつもりで、バイキングを試し続けているのです。彼女のお葬式の案内もなかったし、友人たちが企画をしたらしい『送る会』もつぶれたし、お墓の案内も聞かないので、こうして慰霊をつづけています。

 無論、バイキング評論家になるつもりもありません。が、ひどいところもあります。お店の名前は言わないが、ひじきの煮物が腐っていたことがありました。『昨日の余りを、再度使ったな? 夏だから、こうなる。ここの支配人は、だめねえ。デパートの中なので、デパートの信用にも影響するわね』と思ったことがあります。
 で、あれこれを、試し続けているので、いろいろおもしろいです。

 川崎駅前のホテル日航は、お値段の設定に、よく考察が行き届いています。さっさと食べて出る人は安いのですって。それには、感心しました。そこで、健康的できれいな若者(外人)たちが、お昼を取っていたので、ラーメンの食べ方を説明したりしました。

 そして、外で再びであった彼らに、「あなた方は、どういう人なのですか?」と、質問をすると、陸上競技の大会に出るためにやってきたニュージーランドの若者なんですって。だから、きれいだったのです。非常に健やかな感じのする若者たちでした。
 で、飛んだ話を元の吉祥寺へ戻します。

 第一ホテル吉祥寺の方にまで、朝食バイキングの浮気をしに、出張しないでいて、よかったです。姫路に行ったときは泊まっているホテルに、朝食バイキングがなかったので、ご当地、第一位のホテルへ、出張しましたけれど。
 今回は、上品なシェフさんがいて、親切にしてもらったので、東急インで、食べて正解でした。時間が足りないことが幸いしました。(笑)
 
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副題2、『親切なアメリカ人に出会って、躊躇が消える』

 さて、『ああ、遅れそう』と思いながらも、食後は、必ず、歯磨きをしたいので、もう一回自室に戻ろうとして、エレベーターに乗ると、非常に親切な外人がいたので、「どうして、このホテルを選んだのですか?」と質問をしました。だって、東急イン吉祥寺は、外資系でもないし、都心でもないから。

 すると、以前、6年間も、吉祥寺に住んでいたそうです。それ以降、毎年、来日して、吉祥寺のこのホテルに泊まるそうです。なるほど、と思いながら、『もしかして、この人は、私の母校(三鷹にある、国際基督教大学)の先生だった人ではないかしら?』などと思ったものです。

 そのときに、これをよい兆しだと、思いました。『おお、きっと、今日のクラス会は楽しいものとなる』と感じました。出る前に、『今日はつらいことがありそうだなあ』と覚悟したのです。それは、このブログともちろん関係があります。

 私の身辺には、いやなことがいっぱい起こります。それが、不自然です。で一種のミステリーをとくつもりで、文章を書いていますが、
 それが、自分を守るためであっても、両刃の剣ですから、自分を傷つける場合もあるのです。こんな矛盾した人生を与えられて、怒りはいっぱいですが、ともかく、2009年ごろから、各学校の、同窓会に手が伸びていて、どうしてか、私と親しい人ほど、離反をしています。で、とうとう、痺れを切らして、事情を書き始めていますが、それは、自らに帰ってくるのです。

 もうねえ、こんなつらいことはないと言うほどのことを、隠れてアイデアを練り、いろいろ裏工作をしてくる人たちがいる訳です。が、
 そう言う人の数人にも、会わないといけないと感じるから、出席する前に、躊躇も迷いもあるわけです。

 しかしね。大変明るいムードのアメリカ人に出会って、母校のよい面を再確認をさせられました。アメリカのよい部分を、いっぱい教えてくれた部分もある大学でした。ですから、『ああ、この先、きっとうまくいくのだわ。これは、神様がお示しくださった、吉兆でしょう』と、その明るくて、親切なアメリカ人との短い会話を、感謝して受け止めました。

 私は、アメリカの普通の人は大好きです。事情が許したら、向こうへ行きっぱなしにしたいと思っているほどです。

 勇気りんりんとまでは行きませんが、でも、青菜に塩というムードではない形で、母校へ向かいました。

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 また、挿入に入ります。
 吉祥寺に宿泊した癖に、また遅刻しそうなので、武蔵境からタクシーで母校向かいました。三鷹が最寄り駅で、そこからは、バスもあるのですが、タクシーを使うつもりなら、武蔵境が、より近いのです。

 それで、びっくりしたのは、武蔵境の発展ぶりでした。50年ぶりに、訪れた駅ですので、驚きもひとしおです。これはあとで、国立まで行く途中の、東小金井や、花小金井ほかの、駅やら街にも感じたことです。
 中央線が高架になっていることと、駅舎が立派になっていることに驚きます。
 すさまじい変化です。まあ、神奈川県も、同じように変化しているわけですが、毎日見ているのと、50年ぶりにそれを見るのでは、まったく感慨が違います。
 ところで、また、さらにわき道に話題がそれますが、JR日光駅は余りにもお粗末ですよ。エスカレーターもなければ、エレベーターもない。また、新橋駅の横須賀線も、おかしいです。スペースが十分あると思うので、エレベーターや、くだりのエスカレーターを作って、最終的には、ホームまで届く形に設計すべきです。
 こういうことは、最近の国鉄の総裁(今は社長と呼ぶのかな?)の人間が小さいことを示しています。昔は、もっと、大物が、大きな感覚と公共性を優先して、経営をしていたでしょう。今は駅中商売ばかりで、近隣の商店街をシャッター商店街に変えてしまっています。
 『いつか、大変なことが起きるよ』と、感じています。

 悪い心ばえで、経営をすると、必ず大事故が起こります。ぜひ、気をつけてください。金儲けばかり優先している気配が、今は、強いですよ。

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副題3、『図書館の最新システムを見るが、それは、自動車会社の発展の結果生まれたシステムらしい』

 ところで、今回だけは、学長招待という珍しい形式で、卒業後、50年目だから招かれるのだそうです。ただ、お食事を頂くだけではなくて、講義もありました。それが、図書館のこと。
 図書館の最新式のシステムの説明です。わが母校の図書館は全国一、学生が借り出した本の、冊数が多いのだそうです。無論、厳密に言うと、今年だけは、国立音大に、抜かれたそうですが、音大の方は、楽譜を借りるケースが多くて、2週間に、1曲ぐらいで、練習をマスターすると仮定すると、数科目取っていて、取り掛かる曲が、数曲ある場合は、借りる楽譜は、一週間に数冊となるので、借りる総数は多くなりますね。楽譜は買っていたら高いから。だから、そこと比較してもしょうがない。わが母校は年間50冊平均だそうで、全国平均は、年間八冊だそうです。

 また、自動的に機械が本を取り出してくる仕組みも、解説してもらえました。それは、日本ではすでに、27校に設置をされたそうですが、わが母校に、最初に設置されたそうで、公称、4億円だそうです。
 最初だから、研究をかねて(だから試行錯誤もかねて、)少し安くしてもらったそうです。ふーん! また、システム全体の、見学通路もできているのでした。

 それが、とても面白いことに、自動車工場などで、部品を管理する仕組みを本の検索へ応用しているのだそうです。何十万冊が、正確に仕分けされていて、そして求められたものだけが、すとんと、ラインの最終地点に落ちてくるのです。

 まず、自動車会社などで、基礎部分が、できているシステムを、さらに改良して、後半部分を造ったと見ました。それで、なくてはできないほど、複雑なシステムであると、私は感じました。

 そう言う最先端のシステムを見た後で、
 夕方、一橋大学の図書館も訪れました。カード式の検索システムが残っていて、ものすごい数の、木製の引き出しを見ました。現在70歳の私は、それをなんと、いとしく思ったことでしょう。でも、それを一橋大学の図書館・スタッフさんに言うと、若い女性の方が、「そうですかー。私は検索用カードは、一回も利用したことがないのですよ」といっていました。世代の違いを如実に感じる。(笑)

 検索カードとか、開架式って、類書を見つけるのに楽なのです。
捨てないでほしいシステムですが、どんどんなくなっているシステムです。
 パソコンを利用するOPACという検索システムだと、本のタイトルか著者のどちらかを知っていないと、ほしい本を、見つけにくいですね。

 ともかく、ホテルにまで、泊まって、三多摩へ行ったのだから、人生最後の時として、一橋大学と、武蔵野美術大学と、多摩美術大学と、できれば、国立音大と、桐朋学園を訪れたいものだと、と、非常に欲張った予定を立てておいたのですが、

 結局は母校と、一橋大学だけしか訪問することができませんでした。

 ここで、もうひとつの余談ですが、
 一橋大学は、むろん、一ツ橋に残ったほうが、便利な場所であり、相当に、得だったでしょうが、それでも、移転後の、樹木の成長振りには、天の祝福を感じました。すごい太さで、しかもうっそうと茂っています。本郷の東大などは、下草がないので、うっそうと言う感じがしませんが、一橋大学はうっそうという感じです。そして、JR中央線の主要な駅・国立から歩いて五分というのも、相当に、ラッキーだったと感じます。

 わが母校も樹木がうっそうとしていることは、ほとんど、同じですが、少しだけ、樹齢が若くて、幹が細いです。そして駅からは歩いては行かれません。それは、横浜国立大学も同じです。最寄り駅からは、歩いては行かれません。

 このように郊外型キャンパスって、自然が、豊かです。
 でも、大学って、都心にあると、人気が高まりますよね。是は、学生アルバイトに便利だからだと思います。昔の学生アルバイトって、主に、家庭教師だったけれど、今は、コンビニとかレストランで働くケースが多いでしょう。となると、繁華街の近所の大学に通学するのは便利です。

 でも、現実世界と隔絶して、寮や下宿で、暮らすのは、会話が充実するので、それで、大きな勉強になります。私って、よくレストランで、パソコンを開いて、一時間以上、仕事をすることがあるのだけれど、それは母校の近所ではなくて、六大学のある都心です。で、聞くともなく聞いていると、現代の大学生の会話が、恋愛のことばかりなのです。それを、とても、残念だと思っています。嘆いています。

 でも、今日は、常識の世界から帰還したばかりだから、「現代の学生が甘すぎるのは、被・植民地国家だからです」という例の持論を、ここで吐くのはやめておきましょう。(笑)
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 以前、各大学の同窓会館について、お話をしているでしょう。霞ヶ関ビルの35階にある東海大学の同友会会館を利用させてもらったことをきっかけにして。

 あのときに触れるのを、忘れていたのが、余りにも有名な同窓会館である学士会館のことです。私は東大卒ではないのですが、高校の同窓会(特に支部の会OPC)の関係でよく使わせてもらっているのです。学士会館も、立食で、一万円の会費をとる場合には、実質7000円だと思うのですが・・・・・(というのも、記念品として、たいてい書物がつくケースがおおいので、それが、3000円はするでしょう)・・・・とてもよいお料理が出ます。

 そう言う点では、大学本体が、国立だから、営利主義ではないのだなあと思います。土地代だってただだったでしょうしね。

 ところで、これからは、バイキングではなくて、宴会料理の評論に入ります。(笑) 一万円の立食パーティというと、私の場合は上野の精養軒の、美術団体のパーティが、すぐ頭に思い浮かびます。これは、総人数が数百人なので、総予算が高くなるので、豪華でした。立食としては、定番のてんぷらの屋台。おそばの屋台。ローストビーフを切り分ける屋台もありました。コーフィーは、入れたてをもらいに行くシステムです。お酒類は、五種類ぐらいだけど、量がふんだんに出る。

 本日は、自分の母校の同窓会館を訪れたわけですが『いすが上等だなあ』と何度目かとして、思いました。アメリカの、中流の上の家庭の、居間とか客間をイメージしたインテリアです。
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 小学校(公立です)は、同窓会館など、ないので、レストランを使います。東横線の日吉近辺はホテルがないので、『オークラ』という結婚式場を兼ねたレストランを使います。最寄り駅は綱島駅ですが、そこから歩いては、遠いので(日吉駅から送迎バスがあります)、サービスがいいので、(つまり、追い出されない)ので、三年連続して使う予定です。以前は担任の先生のご近所ということで、町田を使い、そこも、5回以上かな、連続で使いました。

 場所が変わるのも、同じなのも、両方よいものだと思います。
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副題4、『神様は、確かにいらっしゃるし、12日も、見つかりました』

 ところで、私は、よく「神様がいらっしゃるけれど、それは言いません」と言うでしょう。ところがね。本日はどうしてか、数歳年上の女性の方から、お声がかかって、非常によいプレゼントを頂きました。
 モノではなくて言葉です。

 「あなたは、神様から、賜物をもらっていらっしゃるわね」と。声だそうです。まったく面識がない方だったので、驚きましたが、うれしかったです。教会の中で賛美歌を歌ったのを、聞いていらっしゃったのかしら?

 最近、確かに心の修行を重ねていて、さらに自意識を捨て去っていますので、いい声が出るようになりました。
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 実は、この最後の章こそ、つかれのせいで最もはしょった部分です。それで、簡単なうそが入っています。それを、ここで、書き直させてくださいませ。それは、賛美歌を歌ったのを聞いて、私の声がいいのに気がついてくださったのだろうと書いていますが、それが嘘なんです。

 賛美歌とは、目立つ形で歌うものではありません。まわりとの唱和が大切なもので、それが、目立つはずはないのです。
 そうではなくて、校歌を、一人で歌ってお聞かせしたのです。

 実はその方が、熱心に話しかけてくださったので、私は、そう言う人の右肩には、天使がとまっていると思っています。または、言い方を変えると、神様が、人間の姿をとって、目の前に現れたと感じます。

 で、信頼しきって、「私は声がいいと、よく言われるのですよ」と、自分から言ったのです。それは、その先輩が音楽のことだけを話題になさったから。
 すると、『変な人ね』という顔もされないので、私はさらに、素直になって、目の前の、<<<人がすべて、去った>>>カラのお御堂にお招きして、そこで、一人で校歌を、うたったのです。
 私の母校の校歌って、非常に明るい、元気な曲なのです。そして、私の声域にぴったりです。
 また、直前の、建学記念礼拝も、よかったのです。大パイプ・オルガンの演奏を入れても、一時間ぴったりで、終わって、コンパクトで感銘が深いものでした。私はね。たいていは、会議とか、式というのに我慢ができないタイプです。
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 ここで、またまた、挿入になりますが、私に限らず、芸術家って、そう言うものには我慢がならないのですよ。

 この前、美術家連盟の、総会があったのですが、終わったときに、質問兼意見を述べた女流画家がいて、「こういう説明のしかたは、生気がなくて、つまらない」といっていました。アーチストって、全身神経というほど、感受性が強いものだから、だらだらした説明なんて、受け入れがたいのです。
 ただ、美術家連盟側の、弁明も付記します。総額、一億円以上のお金を動かす、財団法人としては、こういう形式をとるほかはないそうです。

 私も、その質問者と同じで、つまらない式とか、会議は我慢ができないタイプでした。が、是も、人生最後の時期の個人・企画として、株主総会というのに、これから、参加してみるつもりでもあるのですよ。(笑)忍耐力をチェックしてみます。

 デモね、昨日のその礼拝は、全然、スムーズで、聞きやすいお話が、あって、奏楽も、唱和も、楽しくも健やかでした。そのときのテーマは『神様からの賜物』というお話でした。
 それは、こころが伸びやかになるお話でした。

 で、私はまったく、素直になって、「自分は、声がよいといわれています。どうか、聞いてください」と、何にも悪びれずに、申し出でて、その先輩も、ちゃんと、聞いてくださったのですよ。その条件と環境がよかったのか、数年ぶりというほど、よい声が出ました。

 それで、その先輩が、「あなたは、神様から賜物をもらっていらっしゃる。それが、声です」と、言って下さったのです。これは、日本社会のほかの世界ではだめな、話でしょう。でも、母校の、しかもチャペル内では、まったくおかしくない話として、通じ合うのですよ。これが、真実でした。
 では、
   2012年6月12日の深夜、初稿を書き、水曜日の13日の午前中に、二回目の推敲をした。 雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)
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スーツを手作りしていたんですが・・・・・質素だった私が?!?!?

2012-06-12 22:44:30 | Weblog
すみません。外出が続いていて、長くてしっかりしたものが書けません。是は、数時間さらして引っ込めたもので、しかも、本来の写真を変えております。35年前の私と家族たちの写真から、私だけに変えております。で、意味がつうじないところがありますが、ともかく、本日も今帰宅したばかりで、新しいものを書く気力も、以前、これから推敲しますと言って放っておいてあるものを推敲する気力もないので、中途半端なものをさらしておくのをお許しくださいませ。ただ、元気で生きておりますという報告代わりです。おそれいります。



 2日の土曜日は、整理整理で、時間をすごしました。パソコンやフラッシュメモリーやハードディスクの整理もいたしました。
 そうすると、珍しい写真類が出てきました。
 
 35年前の私です。自分のスーツ、帽子、娘のスカートを手作りしていました。生地は母がくれた、非常にあつい、起毛地で、オレンジです。純粋なウールです。他人のことなどには踏み込まず、一生懸命、家事などしておりました。そう言う時代の私です。
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 ところで、これは、35年前のことです。今、もうすぐ70歳になるところなので、ちょうど、人生の半分ほどの前ですね。あ、は、は。
こんな日があったというのが、意外性が、ありませんでしょうか?

 ただ、写真のスキャンでさえ、裏でね。例の敵様たちの、弾圧があった結果でしょうか? ぼんやりとした形でしかスキャンできません。で、二枚目はさらにぼんやりした映像です。上の写真のときより、さらに、二年前です。



 2012年6月9日 雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)
 6月12日に改めて、さらしなおす。
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