銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

男性刑事の変装、

2018-09-30 20:38:39 | 政治

そして、横浜から、東横線に乗り換えた。すると、日吉駅入線直前に、「不審なもの、および不審な人を見かけたら駅員に、つげ口をしてください」と、言う音声が流れた。

 是は、シャルリーエブドが、起きた時から始まった現象だった。その意味合いだが、本日ははっきりと、かつ要約して語ろう。シャルリーエブド事件とか、そのほかのさまざまな、テロリスト活動を起こして、テロが怖いのだと、言う洗脳を、日本人および、全世界に施して置き、私が繁華街を歩いているときに、急に、『あいつはテロリストだ』と、本当の悪人が、「私を指差すことが生起し、、関東大震災のときの、朝鮮人大虐殺の、再現が起きて、私が群集によって、謀殺されることを、狙っている現象だ。

 それに、前田清子さんと、生きていた時期の祝一氏は、率先して、協力をしていたのだった。 

 そのことを思い出している私が歯医者さんに行こうとして、東急バス、日吉・サンヴァリエ間のバス(普通の大きさ)に乗ろうとしても、バスが来ない。タクシー乗り場にも、車がいない。

 是は、鎌倉駅発で、歌舞伎座に行くときも起きる現象だし、足が悪いときに、鎌倉・表駅前ロータリーに、タクシーが一台もいなかったこととも共通する現象であって、『また、意地悪をされていますね』と、考える。ベンチに多数待っているお客さんに、「何分待っていらっしゃいますか?」と、聞こうかと思ったけれど、それを、聞いても、いじめが終わるわけでもないので、私は路線を変えることとした。

 さくら台行きというバスも出ていて、それは、マイクロバスを車体としては、使っている。そのバスは、私が使いたいバスの、北側の、丘の上を通り、井田病院前で、降りると、歯医者さんに、行くまで、倍以上の距離を歩かないといけないが、仕方がない。で、そちらの乗り場へ移動をした。すると、乗車賃が、値上がりしていた。4駅で、220円ですって。

 しかし、横浜市は、高齢者の無料乗車バスを出しているので、誰からも文句は出ないらしい。ところで、そちらのバスの運転手が、恐ろしい剣幕だし、不親切極まりない。顔つきも恐ろしい。だから、『ああ是は、刑事が変装していますね』と、思った。一日前に、目医者さんに行って、「白内障の手術の予定日ですが、今、歯が悪いので』といっているので、そこに王朝がかかっていたのかしらと、思う。それで、絶対に歯医者さんに行くと、見込みが立てられていて、こういう準備が、なされていたのだった。が、仕方がないので、無愛想極まりないし、不親切極まりないのだけれど、乗った。

  しかし、それに乗ったとたんに、私が本当は、そちらを使いたかったバスが、急に進入してきた。私は、思わず、恐ろしい顔の刑事が変装した運転手に「あちらに乗りますよ」と、言った。「乗車賃は、どうしますか?」と、彼は、質問さえしなかった。ルーティンワークさえ、のみこんでは、いない変装者(刑事)だった。ともかく、私は、今足が悪いので、本当はタクシーを使いたかったぐらいだったけど、タクシーを使わせないと、言う形なので、それもあって、事前の準備が周到になされていると感じた。

 急いでマイクロバスから降りて、普通型車両を使っているバスのほうへ向かった。お金は、捨てるつもりだった。向こうから言い出さないし、あんな無愛想な運転手に向かって、こちらが文句めいた、ことを言ったら、何をされるかわからないという権幕だったし。

 二つの、乗り場は、正式に歩くと、50メートルは離れている。しかし、是は、いじめだから、私がその50メートルを歩いている間に、乗りたかった方のバスは、発車してしまうと、思った。そうなると、今度は、両方とも来なくて、また、15分か、20分は待たされるであろう。11時までに到着したいので、後、15分しか余裕がない時間帯だった。で、両方逃したら、これは、大変困ることになる。

 ので、私はバスレーンの中を走った。本当には、人が歩いてはいけない場所を走った。結果として、乗りたい方のバスの、前を横切るかたちになる。だから、こそ、そのバスを、発車させないで、済み、乗れることが可能なのだ。

 しかし、あまりにも車体に近寄りすぎたので、当然のごとく、乗り込んだ後で、運転手には、しかられた。私は、それも、想定内で、飲み込んでいるし、是が、総体としての意地わるなので、運賃も、もう一度取られるだろうと覚悟をして、それを運転手に質問をした。すると、先ほどのマイクロバスの、運転手よりは、柔和な顔をした運転手は、「ああ、いいですよ」といった。払わないで、よいということだった。

 東急バスは前払いシステムなので、さくら台行きのマイクロバスに乗ったこと自体が、運賃を支払わないと、乗れないので、サンヴァリエ行きのバスの運転手が、取った態度は、まことに、普通のことだった。

 しかし、後で、彼が、・・・・・是を読んだ、警察の殺人用・別働隊から、東急バスの上司に、連絡が入り、そして、『上司から、しかられるのではないか?・・・・・・と、心配になる。こういうことにまで、神経を使うので、このブログの書き方も、不自由極まりないものに、なるっていうのが最近だった。

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副題5、『歯医者さんの、治療が終わった後で、バス停(=常盤台)で、待っていた、新しい、はかりごとで、私は、更に、苦しめられる。孫が自閉症であることがからかわれたのだった。が、相手方の悪辣さを、記録するために、それも、丁寧に、ここに、書いておこう』

 歯医者さんも実家も、丘の上にあります。私が使いたいバス、日吉駅・サンヴァリエ間は、丘の南側のしたの、平地を通ります。  二報前(後注1)の、副題7で、私は、実家の写真を使っています。それを、もう一度ここで、つかわせていただきたいです。

 いや、今表出しなかったので、残念ながら、切り取りました。

  左側に道があります。それの右側の石垣が、斜めになっているので、その道路が坂になっていることは、ご理解がいただけるでしょう。この坂をぐんぐん下っていくと、常盤台バス停に、到着します。

 そのバス停ですが、同じ横浜市内でも、東戸塚など、きれいなものが設置されています。アクリル板で、作った美しい体裁のバス停です。しかし、この[ときわだい]のバス停は、誰か、ボランティアか、町内会の役員さんが、手作りをしたと、思われる粗末なものです。で、ベニヤ板とか、波板合板が、使われているので、坂の方向には開いていますが、駅方向へ、閉じていて、見えません。

 是が、非常に重要です。私から見えない、もの影に、ある青年が隠れていたのです。演技者です。結構、演技は、上手でした。コマツ座の座員ですか? 何を演技したかというと、自閉症の若者の真似です。

 私は、スマホを持っていると、そのGPS機能を使って、ピンポイントで、いじめられるので、もち歩きたくないのです。で、普段は、ほとんど家において出ていて、カメラ機能を使うだけなのでした。しかし、アイ・パッドを含めて全部で五台あるパソコンが全て、インターネットが、読めないとなると、さすがの私も困り果てて、電車の中で、スマホから、情報をとりたいと願ったのでした。たとえば、歌舞伎座の五階で、レクチュアーがあります。それは聞きたいと思っています。 この次の回は、歌昇だそうです。その情報を電車の中で得たのは、いいことでした。しかし、坂を下りきったった、とたんに、忽然と私の目の前に、現れた若者が、示したものは、ひどく激しい形での、私へのいじめでした。つまり、自閉症の、傾向をもつ、孫が、大人になった時には、こういう風になるんだよ。お前、困るだろうと、言われているのでした。

 そして、自宅で、パソコンが使えない今は、そんな複雑なことは、書き表すことが出来ないだろうと、推察されて、行われた攻撃でした。GPS機能を利用してドンぴしゃりの、タイミングで現れたその若い青年は、自閉症固有の表情と、態度と、声音で、私の前で、待っていた男性に、ののしりかかったのでした。その男性は小太りの、70代の男性です。彼がののしられたのは、椅子に、自分のバッグを置いていたことでした。全く理不尽というか、意味不明の攻撃でした。

@@@@@@済みませんが、ここから先は、未推敲です。いったん寝ます。お許しくださいませ。

 青年は、顔はきれいで、どこにも問題がない様に見えました。無論そうでしょう。後で、考えてみても、完璧な演技ですから。それから、彼は続けてこういいいました。「僕がそこに座るわけではないのですよ。でも、そこに、物を置いてはいけないのです」と。言葉の羅列はあっていますが、老人が重い荷物を持っていた場合、ベンチにそれを置くのは、当たり前のことです。それを、「ぼくが座るわけではないが、そこにおいてはいけない」と、言うのは、本当に意味不明です。そして、彼はそういい捨てて、向かい側のバス停に、向かい、そこで、駅とは、反対側に行くバスを、待っていました。そちらは、屋根がないので、雨にぬれながら、そこで、まっていました。

 ここから先は、二重の説明になります。つまり、それが、おきたときは、午後零時半ごろでした。その時点では、私は、40%は、是は、はかりごとで、あろうは、思いながらも、常に、性善説の人ですから、両方の男性を、両方とも、気の毒な人として扱いました。60%は、目の前の減少を自然発生的で、真実の出来事だと、して、受け取ったのです。それで、最も、気の毒な人は、その小太りの、中年男性ですから、まず、その人への同情として、「いまはね。お母さんが、おかしいから、お子さんもおかしくなりますよね」と、そして、どんどん、子育て論に向かっていって、「今はね。あの年齢のお子さんのお母さんだったら、四大卒でしょうからね」と、言ったのです。すると、今までは、黙っていたその小太りさんが、突然、答えてきて、「そんなことはないでしょう」といったのです。

 その瞬間に、その人がサクラであり、こちらも、また、刑事の変装であるということがわかったのでした。どうしてかというと警察でも、刑事という役職の人は、四大卒ではないはずなのです。テレビの二時間ドラマミステリーを見ていると、それが、わかります。そして、彼ら、刑事さんは、それを受容しながらも、悔しいこととして、受け止める紐覆いのでしょう。だから、この近辺では、お母さんは、きっと、本大卒だからと、言った私の言葉に、反発をしたのです。

 そこで、カチンときてしまったのでしょう。そうなってから、考えると、彼は、服装が、常盤台バス停を利用するタイプの人ではなかったのです。それから、筋肉のつき方とか、歩き方も違うのです。刑事を馬鹿にしているわけではないのですよ。しかし、この日、相当数の刑事を動員して、はかりごとが、数多く、潜められていたから、私も怒っているので、真実を語っているのです。

 もし、この小太りさんが、刑事でなかったら、彼は怒って、青年の理不尽なののしりに、怒って、110番するかもしれないではないですか? そうするとそれに対応出来ない二人なのではないでしょうかね。青年の方も、また、小太りの、被害者の方も。上の方で、サクラ台行きのマイクロバスのの運転手は刑事の変装だったといっています。だから、ルーティンワークである、乗らなかった人には、運賃を返すということも出来ませんでした。彼ら、また、彼女たちには、応用力はないのです。命令されたとおりには動けるけれど、応用力はないのです。それは、6月30日に足に大怪我をして、7月8日に無理に外出しないといけなかった火に、行きは、刑事の変装したたくしーたちに、乗車拒否され、帰りは、駅員に化けたブスメス刑事に、いじめられたと語っている[後注2)のでも、わかっているでしょうに、繰り返し、同じレベルの謀略に引っ掛けてくるのでした。

 しかし、今般のはかりごとは、私の孫の将来像を示したというわけで、概念としては、計り知れないほど、残酷なものだったのです。

 私は、バス停で、その青年が大声で、理不尽なののしり声を上げたとたんに、40%は、それが、わかったのです。デモね、それが、いじめであっても、めげていて、どうするのですか? 私だって馬鹿ではないです。攻撃されたときに、それにめげないで、いる方法は、まず、第一に気がつかない振りをすること。です。だから、一般論、教育論として、語りはじめました。被害者としての男性に向かってです。それに対して、真向かい、7メートルのところにいるくだんの、青年には、全てが聞こえているはずです。そして、自閉症のお子さんというのは馬鹿ではないです。感性は鋭いですよ。だから、自分のことが語られているということはわかるのではないでしょうか? そして、お母さんの、悪口を言われているということもわかるのではないでしょうか? となると、当然に、向こうから、また、ののしって、くるはずですよ。しかし、第二の策は、落とされていなかったらしくて、じっと、こちらの会話を聞いているだけでした。その道路には、車は全く通らず、かつ、商店もないので、辺りは静かです。で、今思い返してみて、100%、あれは、演技であって、残酷ないじめであったと、判断をしています。こういうことをされても、私は自宅で、ブログを書くことが出来ないのです。そして、今、3000円以上を、かけて、外で、貸しパソコンを使って書いています。生きるために、お金を塚雲母は仕方がないです。

 一方で、伊藤源次郎たちは、税金を使って、自分たちを守るということをやっています。それが、高枝きり事案です。富沢家が注文を出したとされている高枝きり事案です。[後注3)

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 さて、実態としては、日吉の町内で、更に苦しめられたのです。しかし、すでに、貸しパソコンの料金が、3000円を越えているので、それを語るの葉、やめにして、ともかく、本日もできるだけのことをして、ブログを一本書こうと決意をします。で、新しいテー間で新しい文章を書くのは無理だと判断をしたのです。

 

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仏女性が日光で行方不明になったとは、嘘であろう。米軍機を使って、出国した筈・・VS・・・R.Blackman殺害犯の、劣等感

2018-09-29 14:44:11 | 政治

 以下の文章には、書き連ねるままに、三つのテーマが入って居ました。それを分離して、いきます。

副題1、『非常に長い論文がネットに出てきた。*****罫線以下に置くが、フランス人が書いたとされる文章だ・・・・・行方不明になったフランス人女性について書いたものである。・・・・・・私は気になって、それを、こぴぺして、このブログの世界の、下書きに入れておいた』 

これは、9月4日にパソコンのネットニュースから採録をしたものです。その時点で、すでに、いっかげつが経っているとの事ですが、NHKニュースが繰り返し報道をしたものでした。******罫線以下にその原文を起きます。フランス人が書いたと成っていますね。そして、丁寧に、読みましたが、この一文のどこにも違和感はないです。

 しかし、私は、NHKニュースの報道振りを見ていて、したたかな違和感を持ちました。

 どういうことかというと、ああ、これも、うそが内包されているニュースであろうと、言うことです。どうして、そう考えるかですが、NHKが、報道をし始めた時点で、すでに、失踪後、相当な時間がたっています。

 そして、当該の、女性の兄弟が、来日しています。これは、ですね。一般の日本人にこれが、大事件であるかのごとき、想像を与えます。そして、大事件、特に、外国人の女性が巻き込まれた事件が、過去にあり、それを、想定してしまいます。

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副題2、『ここで、過去に起きたルーシーブラックマン事件を復習しておこう』

 田園調布に、独身で住んでいて、逗子にも、マンションを持っていた、大金持ちの、男が、ルーシーブラックマンさんという女性を殺して、葉山の先の、海岸べりにある洞窟に遺棄した、事件が、ありました。それとどこか、似ている様に思います。本当は違うのですが、そういう風に感じてしまうでしょう。

 この独身の男性ですが、大阪地方の、大金持ちのお子さんで、慶応高校に、入学するために、親が田園調布に、お屋敷を構えて住まわせていました。お手伝いさんと二人で、住んでいて、日吉の慶応高校に通い、慶応大学にも通ったはずの男性です。実は中学は、大阪地方の、付属中学に通い、今、名古屋大学付属高校に、通学している藤井そう太君ではないが、賢い男の子だったと、思います。だから、親が大喜びをして、日本の中心で、何か大仕事をする、人物にするべく、田園調布に住まわせたのです。

 しかし、彼には、色々な、マイナスポイントが付隋していました。まず、背が小さいこと。これはね。小さいころから、お受験に、熱心すぎると、こうなるケースが、多くて、お母さんは、お受験大好きママだった、可能性があります。

 次に、名前が、不詳です。本名がよくわからないのです。それが、どうも、親が在日の出自があって。、それで、犯罪者であっても、色々、保護をされている可能性があります。在日の出自を持つ人を、普通の日本人の上におくというのが、CIAの政治手法の根幹ですから。で、私もいまだに名前をしっかりとは、把握できてはいないのです。

 しかし、ここで、問題とするのは、彼が、慶応高校時代、劣等感にまみれたであろうと、言うことです。孤独感にもさいなまれたであろうということです。田園調布と、日吉は、至近距離です。昔から、東横線の急行が両方の駅を止まるので、至近距離といっていいでしょう。で、友達も最初は、遊びに来たはずです。しかし、がらんとした豪邸に、何も入っていないお宅です。親は、ソファーとか本箱とか、テレビは、備えたでしょう。しかし、慶応高校に通う一般的な男の子は、中流以上の経済的事情の家庭に住んでいます。そういう家に、あるだろう、文化的な、豊かさは、何もない家であって・・・・(というのも親には、そういうところまで、気がまわらなかったでしょうし、そういう雰囲気というのは、作り上げて出来るものでもないからです)・・・・友達は、やがて、『変な家だねと』、思い初めて、来なくなったと、推察しています。または、本人も賢くて呼ばなかったと、考えられます。

 大きな家で、一人で、暮らしている。お手伝いさんは、愛情ある監視とか、しつけをする人間ではないでしょう。すると子供はセックスに興味を持ち、それに耽溺する様になります。是は、一ノ瀬智恵乎さんと、そのお嬢さん、すずきさあやちゃんのところで、詳述をしていますが、そういう風になるのです。お母さんが、子供の面倒を見ないケースでも、・・・・・家が貧しくて、それが、理由で、お母さんが働いているから・・・・・と、言うことが子供の方が、わかっていれば、子供は、かろうじて、まともに育ちます。しかし、富裕な家なのに、お母さんの目がゆき届かないと、子供は、セックスにおぼれる様になるのです。で、進路などがぐちゃぐちゃに成ってきます。このルーシブラックマンさんを殺した男も、慶応大学を卒業した後で、会社勤めなどをした形跡がない模様です。もしかすると、卒業さえ、していないかも知れません。

 親が手広く大阪で、パチンコ店、カラオケ店、ラブホテル、ネットカフェなどを経営していたら、その男性に、つきに、100万から、150万円程度、仕送りをするのなど、楽なことだったと、推察されますし。職業に貴賎はないと言っても、濡れ手で粟で、大金が入る家は、どうしても、感覚が普通ではなくなってくるのです。その中で、六本木等で、遊びまくっていた、可能性がある背の低い男でした。加害者の方は、そういうことです。そういう男が、日光に住んでいるかどうかなのです。いないと思います。

 また、逗子のリビエラほど、お金持ちの階級の、遊びが、満載している施設・・・・・(ヨットなどと、レストランなどのことを指す)・・・・・を利用できる集合住宅地も(マンション+ホテル)も、日光にはないと思います。そして逗子は、暖かく、日光は寒いです。すると、この時点で、フランス人女性を、誘拐した日本人男性は、住む場所も隠れ家もないのだと、言うことと成ります。そこが、こちらの事件と、ルーシーブラックマンさん事件が、大きく違う点です。

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 ここで、逗子というキーワードから、スピンオフしてしまったのですが、その部分を、別章に、移動をさせます。

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副題3、『その29日(土)は、歯医者に行く予定があったが、私の生活のすべてを研究し、そこから、攻撃用の種を、見出す、鎌倉エージェントは、自らの私兵である、警察を使って、すさまじい、攻撃をしてきた。その諸相を、3200円をかけて、外で、書いて、ひとまずの、自己防衛を果たした』

 しかも、もうひとつ、警察が、恐ろしい攻撃をしてきた話を書いています。インターネットが不通にされていたので、私が、何も書けないと、見て、すさまじい、攻撃をしてきたのでした。東急バス、日吉駅・サンヴァリエ間(A路線)と、同じく、東急バス、日吉駅・さくらだい間(B路線)の、二つを、警察が支配をしていたのです。また、日吉駅で、待機するタクシーの数も制限していました。

 これは、7月の初めに、足が悪かった時期に行われた攻撃の再現であり、もっと、複雑化したものでした。ばれないだろうと、見て、行われたわけでしょうが、結局は、見破っています。

 特に、障害(自閉症気味)のある私の孫をからかってきている、お芝居が、上にあげた二つの路線のうち、A路線の、駅から、3つ目のバス停、【ときわ台】で、仕組まれておりました。

 こういうあくどいことが行われては、生きていかれないので、自宅で、ブログを書けないのなら、外で、貸しパソコンを使って、書きましょうと、決意をして、横浜駅周辺で、3200円をかけて、この章の初稿を書いたわけです。それは、私にとっては、大切な事ですが、フランス人女性が行方不明になった話とは、かけ離れていると、一般の方は、思うでしょうから、分離をさせました。しかし、3200円をかけても、普段のブログほどの長いものを書くことができるとは、思わなかったのです。あれは、いろいろな、調べものを、しながら書くものであって、外では、書けない種類のものです。 

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副題4、『で、一種の次善の策として、過去に、注目をしているニュースを、取り出してきた。そこに、なぞや、嘘が含まれている事件は、ブログ文章として、書くことができなくても、注目をして、コピペしておく。非公開だった、ニュースに、自分の文章を添えて、ブログ化することを、思いついた。その日選び取った事件とは、フランス人女性が、日光で、行方不明になったという事件だった』

 で、過去に取り上げたかったテーマが、下書きとして入っていますので、9月4日に、注目した案件を取り上げることとしました。フランス人女性が、日光で、行方不明になったという事件です。是ですが、私は、うそが含まれていると、見ています。是もまた、日本に、異常な事件が多いのだと、見せて、・・・・・警察が、人々の生活への関与することを世論が、肯定する様に、もっていを促すために作り上げられた事件でしょう。

 そう言うフランス人女性が、本当にいたとしたら、彼女は、すでにこっそりと米軍機等で、日本を脱出していて、フランスへ帰っているはずです。

 しかし、日本国内が、異常であるという事を、際立たせるために、犠牲になったら、気の毒だと、日本人が思うほどの、人を選んでいます。行方不明になったとされている女性は、日本びいきで、しかも、癲癇の発作を起こしやすいそうです。そういう人が、行方不明になって、見つからないと、『いかにも気の毒なことだなあ』と、一般の、日本人は、思うでしょう。そして、兄弟が、探しに来ています。そこが、また、おかしいのです。本当に心配なら、もっと早く来るべきでしょう。

 この事件は、その当時、私が何を書いていたかを後で、検討しないといけませんが、ともかく、私にブログのテーマを移動させたくて、企画され、NHKニュース内で、提示させた、事件だと、推察しています。今は、時間がないので、丁寧に、検証することが出きません。ただ、ただ、このフランス人女性は、生きているはずだと、申し上げましょう。もう、フランスに帰国しているはずです。というのも日本のニュースなんて、フランスでは、ほとんど放映をされませんから。しかし、フランスでも、大事件扱いを受けているのなら、移動先をフランス語が、通じる、カナダなどへ、変更して、そこへ移動をして生きていると、見ます。出国の方法は、ほかの事件と同じく米軍機を利用する形です。日光から、CIAエージェントの、助けを得て、車で、横田基地等へ、移動をして、その後、米軍機で、グァム島などへ、移動をします。グァム島からは、シンガポールか、そのほか、エア・フランスが、定期便を、送っている空港へ、いったん、移動をして、その後、フランスへ帰国をします。そういう裏側が、あったはずですよ。

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 なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、4925027です。

2018年9月29日、午後二時から、八時にかけて、是を書く。雨宮舜(本名、川崎智恵子)

 後注1,2,3は、機会があったら、整えておきます。

***********以下は、フランス人が書いた、行方不明事件に関する論文の原文です。

 

日光で消えたフランス人女性を知りませんか 失踪から約1カ月、ベロンさんの素顔と足取り

 
レジス・アルノー
2018/09/04 08:00
日光を訪れていたフランス人女性、ティフェヌ・ベロンさんが行方不明になってから約1カ月。いまだに所在についての手掛かりはない(写真:Kazuhiro Nogi/AFP) © 東洋経済オンライン 日光を訪れていたフランス人女性、ティフェヌ・ベロンさんが行方不明になってから約1カ月。いまだに所在についての手掛かりはない(写真:Kazuhiro Nogi/AFP)

 ティフェヌ・ベロンさんと会ったことのある日本人はほとんどいないだろう。

 フランスのポワチエ在住のベロンさんは36歳のフランスの小学校教員補助で、障害のある子どもの世話をしている。特に1人の自閉症の少年のことを気にかけていて、彼女の助けを借りて少年の症状は劇的に改善した。ベロンさんはまた、著名なオーストラリア画家と同じ名前の「ココシュカ」というネコを飼っている。

着いた翌日の朝にこつぜんと消えた

 彼女にはもう1つ情熱を傾けているものがある。日本だ。多くのフランス人同様、彼女は日本という国に恋をしている。彼女は町の静けさや、人々の間にある尊敬の念、そして洗練された文化に。2013年に初めて来日した際は東京しか訪れなかったが、そこで彼女の人生は変わった。

 そして、2018年7月27日。ベロンさんは2度目の日本への旅に出た。8月18日まで約3週間訪れるため、旅支度は慎重にした。今度は日本の田舎を知りたいと思っていた。彼女は大きな紙に、滞在中に行きたいと思っている場所をリストアップした。礼儀正しい日本人のように、滞在予定の各ホテルへのお土産も用意していた。

 最初の目的地は日光東照宮だった。日本に到着した7月27日に両親にメッセージを送った。この国ではいつでもそうであるように、すべては完璧だ、と。

 翌日、ベロンさんは姿を消した。その日の朝以来、彼女がどこにいるのかまったく手掛かりがなく、家族やジャーナリスト、外交官、そして日本の警察などの捜査隊は絶望に陥っている。フランスでは、エマニュエル・マクロン大統領官邸が捜索を行っている。「彼女がどこにいるのかまったくわからない。何の手掛かりもない」と、あるフランスの外交官は嘆く。

 ベロンさんは失踪前夜、同じホテルに宿泊したフランス人観光客と会った。翌日の朝食で、彼女は2組の別のフランス人とドイツ人のカップルに会って、訪問予定の場所について話した。彼女の予定に特別なものは何もなかった――中禅寺湖、東照宮など日光で旅行者がみな訪れるルートをまわる計画だった。

 ホテルのマネジャーによると、彼女は29日午前10時にホテルを出発した。パスポートとスーツケースを部屋に置いたままだった。携帯電話を持って出掛けたが、位置情報は午前中ホテル周辺で止まっている。

 フランスでは、彼女が行方不明になったと聞いた家族は最悪の事態を想定した。彼女の兄弟のダミアンさんとスタニスラスさん、そして妹のシビルさんは大急ぎで荷物をまとめて、8月4日、彼らにとってはまったく未知の国である日本へやって来た。8月18日には母親のアンヌ・デゼーさんも来日した。

 【9月4日8時35分追記】来日した家族について正確に表記をしました。

「秘密を持つような生活はできない」

 彼らには心配する特別な理由があった。ベロンさんはてんかんの持病があるのだ。学生時代に発症してからというもの、規則正しく薬を飲まなければならない状態にあった。そのため、家族とも頻繁に連絡をとっていたのだ。

 「ティフェヌはおそらく1年に1度けいれんの発作を起こす。それよりも短い発作を頻繁に起こすようにもなっている。ただ彼女は危機的な状況のとき、反射的に身を守り、自分の体を傷つけないようにしている」と、ダミアンさんは話す。

 「彼女は病気のせいで、秘密を持つような生活はできない」と、ベロンさんの母、アンヌ・デゼーさんは語る。「彼女が思いつきで失踪したなんて想像できない」とシビルさんも話す。

 警察はベロンさんの失踪の話を聞いてすぐに動き始めた。日光の森林はあまりに広大なので、どこを捜索するか選択しなければならなかった。そこで、まずベロンさんが訪れる予定だった場所の周辺地域を2キロにわたり、くまなく捜索した。ベロンさんにはトレッキングの趣味はない。それに、自然ではなく、どちらかといえば文化に興味があって日本を訪れたため、道を外れて歩くことはないだろうと考えられる。

 さらに警察は、日光の社寺周辺の41台のカメラのデータで何千時間もの記録を確認。近隣住民への聞き取り調査も数回行った。宅配業者や郵便局員など、その地域で頻繁に業務を行う会社の従業員にも取り調べを行った。住民の間でも相互に確認を取り合った。しかし、何の手掛かりも得られなかった。

 警察とベロンさんの家族が協力し、目撃者を求めてパンフレットを配布したところ、電話で80件の情報が寄せられた。すべて調べたが、ここでも手掛かりは得られなかった。8月10日、失踪当日に欧米人を目撃した人の証言内容に基づいて、警察官と救助隊60人が捜索犬を伴い、ドローンやヘリコプターの援助を受けて鳴虫山の一部を捜索したが、この捜索活動でも何も収穫はなかった。

 また、警察は日光山中を流れる大谷(だいや)川に点在するダムを管理する東京電力にも聴取を実施した。7月28日には、日光市内で大雨が降っており、気象庁は24時間の降水量2445ミリを記録している(1974年以降2番目の降水量)。この雨によって、地面は滑りやすくなっていたうえに、川の流れも激しくなっていた。

行方不明当日は相当疲れていた可能性も

 ベロンさんは2日前に来日したばかりで時差ボケも残っていた。そのうえ、危険と言われるほどの暑さや湿気によって、行方不明になった当日は相当の疲れがあったと見られている。体に厳しい環境下で、持病のてんかんを発症したおそれも考えられる。誤って大谷川に落ちたとすれば、そのままダムを通り抜けて下流へと流されていき、およそ400キロ下流の海にまで到達した可能性も十分ありうる。

 しかし、警察がこれをふまえて下流域をヘリコプターで捜索しても、手掛かりは見つからなかった。ベロンさんの家族も、限られた条件の中で独自に捜索を行っており、8月4日に来日したベロンさんの兄弟と妹は、日光の山中や大谷川沿いを、手掛かりを求めてくまなく捜索している。

 【9月4日8時35分追記】記事初出時に「8月20日に来日した」と記述していましたが上記に訂正しました。

 シビルさんは「救急車の音を聞くたび、ティフェヌなんじゃないのかと考えてしまう」と話す。捜索をしていたある日、ダミアンさんが川底にベロンさんの携帯電話とおぼしき白い物体を発見した。警察に伝えたうえですぐさま木の枝を使ってカギ棒を作り、その先端に防水カメラと取り付けてその物体を撮影したが、2日後に警察が水から引き上げたところ、残念ながら小さな飲み物を入れるボトルだった。

 地元の人々はベロン一家に起こった悲劇に心配りを持って対応した。封筒にお金を入れ、匿名で彼らが滞在していたホテルに預けた人たちもいた。そのうちの1人は、ベロン一家を自宅に招待して滞在させた。日光の行方不明者の情報提供を呼びかけるパンフレットが置かれた場所の下に、人々は折り鶴を置いていった。

 中には、時間があるときに、ベロンさんか、少なくとも彼女に関係する何かを探そうと、その地域を歩く人もいた。「お店にパンフレットを配るたびに店主たちは、自分のビジネスに与えるイメージなど考えずに、すぐさまパンフレットを店先に貼ってくれた」と、スタニスラスさんは目を細めて言う。SNSを通じて、家族への励ましのメッセージも続々ときている。しかし、中には悪意のあるメッセージや貴重な時間を無駄にすることになった虚偽の情報も含まれていたという。

 これまで日光ではこうした行方不明事件は発生したことがなかったため、警察は早い段階で何かを見つけられるだろうと考えていた。しかし、捜査が長引くにつれ、緊張感といらだちが増している。

 そのうえ、国際的な事件であることから、栃木県警は異例な注目を集めることとなっている。ベロンさんの家族は、本能的に警察や日本のマスコミを信頼するだろう一般的な日本人家族に比べて、要求も多い。ベロンさんにはてんかんの持病があるので、忍耐強く待っていることはできないのだ。だから、日本の警察の「お役所仕事」にも憤慨した。一生懸命働いているが、無用な仕事でエネルギーを無駄使いしているのではないか、と。

日本の警察は複雑な犯罪を扱った経験が少ない

 これに対して、警察はその「余計な圧力」に怒りを隠していない。この事件はベロンさんの母親、アンヌさんが必死の思いでマクロン大統領に、娘の捜査に「すべての手段が使われていない」と主張する公開書簡を書いたときから、外交問題に発展している。

 地元警察は、自分たちの取り組みを外国人がきちんと理解していない、と感じている。「この事件は彼らにとって非常に重要であり、近しい人たちには捜査について説明している」と関係者は話す。現場捜査に同行したフランス人の立会人は、このような事件ではフランスの警察も日本の警察と同じように捜査するだろうと結論付けている。

 「日本ではほぼ犯罪が起こらないため、日本の警察には複雑な犯罪を扱った経験がほとんどないし、それを把握する能力にも欠けている。彼らは非常に厳格で、官僚的で、何かを変えたり、改善したりすることはない。それをするだけの独立性を与えられていないからだ」と、2007年に日本で殺害されたイギリス人女性、ルーシー・ブラックマンさんの事件に関する著書『People Who Eat Darkness』を書いたベテランジャーナリストのリチャード・ロイド・ペリー氏は日本の警察についてこう書いている。

 スタニスラスさん、ダミアンさん、シビルさん、そしてアンヌさんは8月19日にフランスへ戻った。日本の警察は引き続き捜査している。ベロンさんが暮らす町、ポワチエでは休暇が終わり、9月3日には子どもたちが学校へ戻ってきた。ベロンさんが世話をしていた、障害のある子どもたちも。しかし、ベロンさんが子どもたちを迎えることはできなかった。

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Windows が開かないのですがね。石塚雅彦、古村浩三、中山詔子、渡辺幸子△

2018-09-28 01:32:07 | 政治

いや、そうきましたか。・・・・・と、三時間前は、呻きました。Windows が開かないのです。で、仕方がなくて、スマホで、メモだけ書いて、12時間、誤変換だらけのままで、ほうっておき、夕方の、5時半から、外の貸しパソコンを使って、推敲をしました。大体完成したので、恒例の記しである、三角を総タイトル右横につけておきます。

前報は、相当な自信があったのですが、まさしく、それ故に、パソコンが、使えないと、言う攻撃を、今、受けています。インターネットに、つながらないのです。

   どうして、そう言う事と、なったかというと、それは、前報の副題8が、一番、問題だったでしょう。で、それを、######罫線に挟んで、ふたたび、ここに置きます。

#################

副題8、『弟が、1978年の10月アルハンブラ宮殿を訪ねた時に、休みで入れなかったと、言って居た。これも、私への嫌がらせである。だから、大谷石の崖を直せというのも、今住んでいる、弟へのいじめではなくて私へのいじめである。

 ここは、プラド美術館の、デ・キリコの絵を見た感想エッセイと、それに関連して悪徳の限りを尽くしている、鎌倉エージェントの面々について語らないといけない。それをブログでは、語っていないからこそ、後年、さくらいよし子さんを使って、全く同じことが起きて来るし、それを、証拠立てるパソコンが、19台も壊されている。

 石塚雅彦、古村浩三、お杏さん、しょうこさん、などと、鎌倉エージェントのメインの連中が絡んでくる事案だけど、ここでは、それについては触れないで置こう。10万字ぐらい必要だし、フィールドが、ちょっと、違うので。

#################

そこに引用した文章の最後で、詳しくは、書かないで置きます。 と、言って居ます。だから、先を書かせないためにパソコンをねっとに繋がないで、置いたのでしょう。どうして、そこまでしたかというと、石塚さんは、以下に起きた現象の企画者であるはずですが、これがおきた当時は、未だ現役の日経新聞論説委員でした。そうなると、当然のこととして、創作のオリジナリティを大切にしなければならないです。それは自明の理として、彼には、わかっているはずなのです。しかし、見破られないと思っていたのでしょうね。こむら君と一緒になって、下に書いている様な、恐ろしくも、陰鬱なことをやってきているのです。そういう攻撃を、やってきていたのです

  つまり、【しょうこさん] という大学時代の友達が、わたくしがかいたメルマガエッセイと、コンセプトが、同じ文章を書いて、国際基督教大学の10期卒業生向けのメルアドに送ってきたのでした。それは、2005年以降の事だったと、思うのですが、パソコンが20台くらい壊されて居るので、正確な日付は判らないものの、私が、プラド美術館の思い出を書いた後である事は、確かなのです。

プラド美術館における文章と言うのは、1998年間の秋に、プラド美術館を訪問した私は、膨大な、作品が有るので、疲労困憊をするのです。が、受胎告知の絵だけが、出品してあるへやでは、驚嘆すべき鑑賞の喜びを味わう事が出来たのでした。

  受胎告知の絵だけでも、膨大なかずがあるのですが、ある小さな部屋に、四号から六号程度の小品だけがズラッと横ならびに、展示されていたのです。それは富裕な商人などが自宅でお祈りをする際の手だすけとなるような用途があったと見え、当時はたいりょうに製作されたと.推察をされました。

  で、六十点ぐらいあるわけなので、日本では名前が、知られていない人が多かったのです。しかし、ある一点だけ、輝いて居ました。それで興味をいだいて近寄って見ると制作者名に、デ・キリコとあったのです。

  今、28日の午後六時ですが、ここを、加筆し、充実をさせます。

 部屋には、60点bぐらいがあり、作者名だけで、20人は超えると、思いますが、その中で、絵が、生き生きとしているのと、凡庸で、「ああ、例の図柄ですね」と、こちらが判断して、その前を軽く通り過ぎてしまう作品とは、まるで、違うのでした。

 デ・キリコの名前は、日本にも伝わって、おり、ちょっと、美術に詳しい人なら、頭に残っている名前です。

 で、私は、個展を開いている画廊を、銀座で経巡っているわけですが、やはり、ぴかっと光っている作品と、凡庸だなあと、思う作品があるわけです。で、これは、傑作だと、思う作品を制作した作家が、画廊につめていると、質問をするわけです。

  ここで、〔蛇足1〕として、あとで、現在横浜高島屋・美術画廊で、中程度の力作の個展、および、8階の特設会場で、入場料大作の展覧会を開いている、入江明日香さんについて触れたいと思います。

  そして、その後、どういう行動をとるかについて、丁寧に、書いているわけですが、それと、

・・・・・概念がまったく同じ文章を、〔しょうこ〕さんに書かせて、しかも、私がそれを読めるように、計らったわけです。もし、しょうこさんという人物が、私と同じ程度の、頻度と、本数で、メルマガエッセイを発表しているタイプだったら、問題はありません。しかし、普段は、まったく外部に、メルマガエッセイを送っていない人が、私と概念が同じ文章を、書いて、同じ相手に、贈ったわけです。

 私のほうは、当時は、【しょうこ】さんより、さらに、広い範囲に送っていますので、もし、しょうこさんが、同じ送信相手に、その文章を送ったら、類似に気がつく人も出てきて、「これは、同工異曲ですね」と、知らせてくれる人も出てきたかもしれないのです。

 当時は、美術系作家の名前、および、マスコミ有名人の名前以外は、表出させていませんでしたから、このブログの世界は、後ろ指差されることは、一点もなかったのですよ。だから、いろいろな人がいろいろなことを教えてくれていたのです。だから、その【しょうこさん】の文章は、ICU10期生、二だけ送ったと、見ています。もしくは、私にだけ送ったのかもしれません。相手先が、CCやBCCでメールに、付記されていたとしてもですよ。実際には、届かない様にするぐらい、古村浩三君には、お茶の子さいさいだからです。

   しかし、石塚さんと、古村君が、組んでやったことは、これ以外にもあるのです。二人が、組んでやったこと、もしくは石塚さんが、ほかの人と組んでやったことがあまりにも、多く、かつ、残酷極まりないので、私は、やむを得ず、実名で、こうこう、こういうことがあったと、書いています。現象が起きた直後ではないですよ。だいぶ、時間を置いてですが、書いています。だって、法事をめちゃくちゃ、ひどい、低レベルにされて、その直後に、そんなことをかけますか? 悲しみいっぱいだから、かけません。それは、別の章【後中)で、詳細に書いていますが、伊藤げんじろうと、浄智寺さん、そして、堤義明さん、と、鎌倉霊園と、宗興寺さんの、六者を、使って、法事を、めちゃくちゃにしていったのでした。また、大前勇介、大前研一両氏と、三国屋善五郎の社長と、西理恵子さんを使って、息子の職を奪っていった件、その前に、塩見和子さんと、長谷川智恵子さんを利用して、(もしかしたら、そこに、栗田玲子さんも入っていたかな?)・・・・・起案した茨城県知事への、教育委員としての助言【障碍児は、妊娠中診断で、堕胎をすべきだ】との発言・・・・・まだ、まだ、あるのですよ。

 しかし、アイパッドも、windows 10 8~12giga, 三台、および、windows 7の五台が、 破壊されるほどに、彼ら悪人たちが、震撼したであろう今度の、問題は、以上の、案件とどこが違うかを語りましょう。

 あのね、関係者は、少数です。しょうこさん(旧姓、末広、現在名、中山詔子)が、エッセイを送ったのが、全員に、届いたと、仮定しても、200人しかいません。しかも、テーマも小さいです。美術展における鑑賞者の態度というものです。現代日本政治の中枢を揺るがす様な問題ではありません。しかし、いきさつと、流れが大変あくどいです。私は、1998年ごろから、ICU同窓回転に参加していたと、覚えております。そこに、私が、詔子さんを誘いました。だが、彼女は、気後れしているとのことで、なかなか、参加しなかったのです。ところが、2002年、私は内心で、国展への出品をやめようと決意して、国展用に作っていた、100号を、このICU同窓会展に、出品しました。それが出来がよかったので、渡辺幸子さんが、猛然と、いじめてきたのでした。彼女は、事前に、「自分にとって、ICU展なんか負担でしかないのよ。だから、鎌倉美術か協会展【いわゆる、地方展】に出した、小品を、ここに、まわすわ」と、いっていました。私は、それは、そうですかと、聞き流していましたが、国展をやめようというのは、一大決意が、必要なことで、誰にも黙っていたのです。というのも、ああいう公募団体展って、一種のやくざめいた閉鎖・組織でもあって、自分たち内部では、相当に、ほめあいますが、外部の、人間は、ほめないし、ましてや、やめていった人など、大悪口の対象だからです。とても、ではないけれど、・・・・・自分から他人に、それを離脱するつもりだなどと、を語る様な、ことをしたら、脱出もできない、ままに、いじめられていくという結果になるでしょう。すでに、目立つ人として、いじめられているのにさらにいじめられたら大変ですからね。

 しかし、渡辺幸子さんは、大誤解をしたのでした。私が裏切ったと。で、裏で、電話を回して、散々な、悪口を言い合ったみたいです。それで、私は身を引きました。すると、それ以降、渡辺幸子さんは、抜群に出世していきます。青木繁大賞展の、大賞を取るしICUは、卒業をしていないのに、卒業資格は与えられるし、同窓会の、サイトで、卒業した有名人として、渡辺真理さんと野、対談頁が、設置されています。

 これは、相当なことだと、思うのですが、しかし、こういうことを書いても、パソコンがネットに、つながらなくなると、という現象はなかったのでした。しかし、

 ところで、今般、なぜ、ネットに、つながらなくなったかですが、理由は、私が、詳細に、委細を書くと、石塚雅彦さんと、古村浩三君の、同義的あくどさが、あぶりだされてくるからです。

 旧姓・末広、現在の名前、中山詔子さんは、私と入れ替わりに、グループICU展に参入しました。そして、小品だけを制作していて、公募団体展には、応募しないものの、才能があって、いい絵を、作り続けています。

 そうなると、こういうことが言える様になります。私が言うのではなくて、彼らが言うのですが・・・・・

 「お前さあ、発表の場がどこにもなくなっちゃったじゃあないか。ひいきしてくれた、山口みつ子さんは、殺してやったぜ。だから、誰も、ひいきしてくれないのだよ。一方さあ、中山詔子さんは、こつこつと、発表を続けているのだぜ。いい絵を作っているんだよ。どっちが勝ちなんだよ。かんがえたことあるのかよ」と、嘲り笑いながら、いっているわけです。そして、詔子さんの、勝利度をさらに、確定させるために、私が、過去に書いたエッセイの、うち、「これは、と思うほどの、傑作を、同じコンセプトで、プラド美術館と、デキリコの、固有名詞を抜かして、書かせたのでした。私が

イライラする様に、仕向けたのです。私は、真面目ですから、当然の如く、しょうこさんに問い合わせをしました。今だったら、問い合わせをしても、しなくても、結果は同じですから、何も問い合わせはせずに、瞬時に、・・・・・・こういう悪どい引っ掛けをして来た連中は、誰の誰がしで、この現象には、こういう狙いがあるのです。・・・・・と、きちんとブログ内で書くと思います。でも、あの頃は今よりずっとないーぶだったので、まさかそれほどの悪だくみに自分が巻き込まれているとは思いも寄らなかったのです。で、詔子さんに問い合わせて、二人ともが、非常にいやな気分で、別れたことによって、詔子さんと、私が含まれている10人前後の、グループから、私は追放をされることとなりました。ですから、このたくらみは、一石三鳥の効果を挙げたわけです。

 この  イライラさせて、その後 更に苦しみに、あわせられてしまうというのは、梅森伸一になりすまして毎晩、私を苦しめていた、第一次フェイスブック時代のこうげきと全く同じ流れですえ。

  こういう事を平気でやるのは、みやぶられる事は、ないと信じているからできるのでしょうが、見破られるとパソコンを壊したり、ネットに繋げない様にできるのが、古村浩三君です。第一次フェイスブック時代にも、安藤照子さんという刑事が、返送したトモ立ちが、うちへきて、私が彼女を助けるために、いろいろ、真実を語ったことで、2012年2月11日をシオに、アカウントを停止されましたしね。私は確かに絵の実作はしておりません。しかし、文章を書いているし、それを、時々まとめて本に直していくことを楽しみと、生きがいとしております。しかし、自宅で、ネットが、つながらないとなると、今も、そうしているわけですが、外の貸しパソコンを使うこと隣、お金は、かかるし、主人は怒るしと、いう状況に陥ります。まあ、また、10年ぶりぐらいに、激しい苦難の時代に、突入したかなあと、いう感じですね。

  そういうわけなので、石塚雅彦。古村浩三の、二人がコンビを組んでいるこうげきには、打つ手がないというのが、実情です。

  私にできることは、ただただ丁寧に、かつ、しょうさいに、神様に向かってご報告をしておくだけなのです。しかし、神様は、きちんと、見ておられますよ。私は、他人には、言いませんが、神様に、見守られている自分というものをあっちこっちで、実感をしているのです。そういう意味では、昨晩も、別にパニックには、陥っていませんよ。自分は、見守られていると、言う実感は、ひしひしと、感じていますので・・・・・・

 なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、4923653です。

   2018年9月28の、深夜【=早朝】にメモを須磨穂で書き、それを貸しパソコンを使って、28日の夕方、5時半から、8時にかけ手遂行をした。雨宮舜(本名 川崎 千恵子)

 後注1

2018-09-25 04:14:39 | 政治

 

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貴乃花親方引退(貴の岩騒動の蒸し返しであった)・・・ブラタモリ大谷石採掘跡地へ・・・旧鎌倉近美の外壁・・・アルハンブラ宮殿

2018-09-25 04:14:39 | 政治

 今は、26日の午後2時ですが、下の文章の推敲やら加筆を始めます。途中で新しく加筆をした部分には、アンダーラインを敷いておきます。

 上野の西洋美術館を、設計した坂倉準三のジュンが誤変換されて居たりしていたのを直しました。なお、坂倉の建物として、眼に触れやすいのは、品川の、旧名、パンパシフィックホテルです。現在名、SHINAGAWA GOOSですが、ここにも私が、goo blogを、使っている事への、からかい兼、嫌がらせが見られます。京急は例の北久里浜の、地籍変更届に際して、悪人たち側に、大きく協力をしているので、未だに、対・私への攻撃の最先端に立っています。

 このからかい兼、嫌がらせですが、本日も浜銀、鎌倉支店で、私が通帳を使うと、莫大な音量で、ピンポーンとなります。ほかの人とは、まるで違うのです。私がカード類を使うと、即座にGPS機能を用いた脅かしを、受けるのですが・・・・・それは主に、制服のガードマンがあっちこっちに現れるという形で、出来するのですが、それ以外に、銀行の内部で、脅かされる様になったのです。

 これは、私が横浜国立大学付属中学校の出身なので、横浜は、特に支配を受けていると、言う事があります。特に伊藤玄二郎が、平沼高校の出身です。平沼は、旧制・横浜地区の第一高女です。出身者の結婚相手に名士が多いので、侮るべからぬ力を持っているでしょうし。

 もう、一日中、そういう脅かし用、措置を取られて居ます。そして、それらを考案している伊藤玄二郎達鎌倉エージェントたちは、自分達は、頭がいいと、言って、悦に入っているみたいです。しかし、徐々に、徐々にですが、彼らが本当に頭がいいかどうかを、このブログの世界の中で、検証していきたいと、おもっておりますよ。いつも、40%までしか書いて居なかった・・・・・ありと、あらゆる事象をこれから、深めて語りますので・・・・・

副題0、『貴乃花親方 日本相撲協会に退職届を提出』

 私は、午前四時から、下の文章を書き始めました。しかし、いったん閉じて、非公開へと、もっていったのです。それは、リンク先を多数、探さないといけなくて、其れに手間取りそうだったからです。しかし、午前10時ごろから、貴乃花親方 引退というニュースが駆け巡りました。それで、・・・・・それは、下の文章を公開したり、書き進めたりすることへの妨害である可能性をも考えました。

 そして、25日の、ニュースウォッチを見た限りにおいて、貴ノ岩騒動が、蒸し返されていることを知り、50%以上は、私が推察したポイントが当たっていると、見做し始めています。ういうことかというと、そのニュースは、莫大な人数の記者があつまる大ニュースです。したがって読者様が、「なんだ。そんなこと(=大谷石というキーワードで、思い出されて来る過去の数々の、CIA側の攻撃と、それから來る私側の被害)を、今頃書いていて。つまらないぞ」と、お思いになることが狙いで、裏で、CIAが、今まで通り、糸を引いているのではないか?・・・・・と、も、考えました。しかし、今回だけは、彼本人の意思で、動いていると、見たいです。前者だったら、彼は、相変わらず、例の連中に振り回されているどうしようもない存在となるし、後者だったら、彼もまた、利用されきって、その上で、大損をしている人間だと、なります。どっちなのでしょう。しばらく静観して、その後を見たいと、思っております。

 で、相当、重いことを含む、以下の文章を書き始めましょう。

副題1、『大谷石の採掘現場には前から行きたかったのだ』

 この一章ですが、2018年9月18日と19日の私の旅行を問題とします。その行程のうち、最初の訪問先は、大谷資料館でした。 私は名前から、それは、博物館だと、思っていたのですが、実は、その主なものは、旧・採掘場・跡地であって、その広い洞窟状空間を外部の一般人が、無事に歩ける様に、種々の装置(ライトや、手すりなど)を施したものでした。

 これは、写真Aと、私が名づけるもので、入り口の切符です。スキャナーで、再録して居ないので、てかてかしていますが、お許しを。

 下の写真Bは、宇都宮美術館発行のプログラムを、大谷資料館で、買いました。その一頁であり、大谷石の質感が、よく出ているものだと、思うので、ここで、再録をさせていただきます。素人のスマホ写真では、こうは、行かないだろうと、思った私は、洞窟内でも外でも、写真を撮って居ませんので。

  写真Cは、確かにそこへ行きましたよと、言う証拠写真でしょうか(苦笑)主人がとってくれたものです。

 洞窟内には、いくつかの部屋があります。補強のために、柱風のものを残しているので、各部分がへやの如く区切られているのです。そのうちの一部屋が、この写真Cで、背後に、額に入った同じ大きさの写真が、展示されています。それは、この洞窟内で過去に撮影された映画とか、テレビ番組の撮影風景やら、各種の、お披露目会とか、パーティの写真です。私が、その名前を知っていたものでは、映画【るろうに剣心】(たまたま、映画の方の主役、佐藤健が、朝ドラ【半分青い】の主役を、今、やっている処ですね)だけでした。

 新商品のお披露目会ですが、ロールスロイスの8000万円ヴァージョンのモノとか、ドンペリニョンの〇〇年特別ヴァージョンのお披露目会とか、特にヨーロッパの高級品の、お披露目に使われている模様です。尚、上に挙げたものは、その業界の記者とか、ライターを呼んでの、プレゼンだったわけですが、オメガだけは、着席のパーティも行っています。100人以上が、白いテーブルクロスが、掛かった長いテーブル二連に、座って、飲んで、食ったのでしょう。わざわざ東京から、または、ヨーロッパから、来ていただくのですから、一人頭、十万円ぐらいの予算は、ここで、使ったと思います。他のケースでは、宇都宮か東京でのホテルでの、立食パーティぐらいは、設定されていたと、思いますけれど、オメガは、洞窟の内部での着席の宴会を提供していたのでした。

 それは、ここが、三年ぐらい前までは、一般には、解放されて居なかったので、自由自在にスケデュールが組めたという事も大きいのでしょう。しかし、それが、もし、ダイヤモンドの広告で当てた、小池玲子さんの、プロデュースだったら、妹を巻き込んだ、闇の世界の話を思い出す事となります。

 小池玲子さんは、私の高校時代の、大切な友達の一人ですが、芸大に進んだ後で、広告人として・大・成功をしました。しかしこれもまた、同期生(ただし、大学の方の)である野々村君と組んで鎌倉エージェント側に、取りこまれてしまった、二人なのです。私の身辺は、研究しつくされています。そして、友人や妹を、一種の攻撃者として仕立て上げてくるのです。敵さんたちは、そういう形で、人間を利用してくるのです。恐ろしい、恐ろしい人間たちです。

 妹の、死が、2017年に訪れて、其れにも疑問がいっぱいある私は、この野々村・小池コンビについて、2017年以来触れ始めているのですが。すると、不思議極まりないことに、歌舞伎座の、一階、5列16番という微妙にもいい席が、当日のしかも、開幕20分前という普通仏ならあり得ない時間で、私の手に入り、しかも、これも、不思議極まりない事に、左隣の、15番さんが、野々村君と家族ぐるみ付き合っているエリート・駐在員・夫人でした。しかも、逗子の住人であり、私は帰途、一時間近く、・・・・・どれほどに、野々村君一家がエリートであるか・・・・・を、彼女から、聞かされたものです。konoエピソードは、歌舞伎座の一階の、切符代が、高い(1万8千円な)ので領収書が保存をしてありますし、現金出納簿にも、記帳がしてありますので、日にちが特定できるので、後で、ブログを探して、リンク先を、一本だけ(あと注1)でも、提示しておきます。

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『大谷資料館とは、洞窟なのであって、しかも、入り口が狭い。石工たちが利用した広い出入り口も、ほかに、あるにはあるのだけれど、有料として、中に、人を入れるのだから、石工たちが、作業の際に出入りした広いものを使わず、観客の入場用に新たに作った、通路(全部階段)であろうと、思われた。

 その狭い入り口は、帰途も、そこから出入りする形になっている。その帰途に、突然、気が付いたのだが、ブラタモリ【宇都宮篇】というお知らせが、奇妙な形で、置かれていた。インフォメーションとして、不十分な形で、置かれており、それが、「大・NHKと、しては、ぬかりが、いっぱい、あるざんすよ」と、言うほどのものだった。で、直観として、『あれ、急に取材が来て、急に番組が放映されるのではないかな?』と、思い至った。

 それは、本当に見事にその通りであって、私達が、大谷にいたのが、18日(火)であって、放映が、行われたのが、23日(土)であった。事前の準備だが、「たった5日間では、収録も編集もできないでしょう」と、皆さんは、おっしゃるだろう。しかし、今回の旅行の案は、すくなくとも、9月初めには出ていて、弟は、「那須に行きましょう」と、提案をしてくれた。それで、私は、「栃木県なら、大谷によりたい」と、言って居たのだった。そこから、準備をすれば、十分に、3週間はあるので、23日、放映をできることになる。そして、私にそれを見せないがために、放映の、予告はしておきながら、放映日を、添付事項として、大切な放映日時が、大谷資料館の入口には、置いていなかったのだろう。そして、私が去ったのちは、添付事項として、23日に放映をしますと、書いた可能性が高い。

 特に「絶対に、あいつには、見られない様にしてやるぜ」と、言う措置が、取られ、それが、仙台の交番襲撃事件だった。「あいつはね。その事件が、あいつ狙いだと、いう事には、絶対に、気が付くさ。そうしたら、対応上、ブログを書き始める。水曜日に、書き始めて、土曜日は、ちょうど、二本目を描き始める。最近、あいつは、ブラタモリは、見ていないので、土曜日の、夜に、大谷石に、ついて、放映があるなどと、いう事には、気が付かないさあ。新聞も読んでいないみたいだし」と、鎌倉エージェントの、伊藤玄二郎と、未だ生きてこういう事案を考案し続けている、井上ひさしは、考えたのでしょう。というのも大谷というのは、かれらにとっては、悪辣な過去の、私に対する、いじめ事案が隠れている場所なので、それを私に、蒸し返されると、困ると、思っているからです。

 そうなのです。私は、大谷石一つから、やまゆり園事件の嘘とか、黒岩神奈川県知事の、軽すぎる、しかも、悪い方向への、利用のされ方とか林文子横浜市長の、悪い方向への、軽すぎる、利用の、されかたに、触れていくことができるからです。しかも、此処でも、また、税金の、大量の無駄遣いが隠されているはずです。旧中谷共二家の、東側の崖、高さ20メートルぐらいを、草を取り、灌木を切り取って、簡易な、崖を作ったのですが、数年後の、今では、すっかり元の自然へ戻っています。つまり、100%無駄だったわけです。

 しかも、中谷家は、もう何十年も、無住です。ただ、お前が中谷知二の悪を書くから、死んだ後で、しかも、その家が無住であるのに、税金を使って守られているのだ。「ざまあーみろ、お前って、負け組なのだよ。肝に銘じろよ」と、言われているわけです。

 ところで、此処が、また、税金を使って、私をいじめる策謀の典型なのですが、中谷さんの、東の崖を、補修したのも、申込者は、下に存在するカフェ・アーミッシュなのだそうですね。一見すると、アジサイ畑欺罔事件とは、関係がないみたいに見えます。しかし、カフェ・アーミッシュの、人々は、それ以前には、私に対して親切だったのに、その工事の時期以降、急に不親切になっているので、例の連中にリクルートをされてしまったことがわかります。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題3、『ここで、既に、時刻が、25日(火)の、夜10時を過ぎようとしている。それで、此処で、一気に、文案を飛ばすが、今夜、そのブラタモリ、宇都宮篇の再放送がある。深夜の11時55分からだ。あと一時間を切っている。しかし、もしかしたら、急に、放映がキャンセルになるのかもしれない。そうしたら、私が読者に対してのうそを教えたことになる。それは、彼ら、鎌倉エージェントにとっては、とてもうれしいことだ。彼らは、それほどに、単純である。

 そして、そのために、うまい、言い逃れを、最初から、提示している。

 これを写真Dとしよう。右下に、タモリをアイコンとして、特色づけた影絵風の、人物像が出ている。その上なのだけれど、火曜日の深夜、再放送があります。*急に時間が変更になったり、中止になる場合もあります・・・・・と、書いています。

 私ね、数か月前に、旧友からお電話をもらいました。その中で、「川崎さんは、今歌舞伎を見ているのね。私の方は、バレーを見るのが好きになりましたよ」と、聞きました。それで、「日曜日の深夜に、プレミアムシアターというのがBS3で、ありますが、知っていますか?」と、聞きました。彼女は、知らないと、答えました。で、私は、「その番組は、内外の、良い舞台を録画して見せてくれるのよ。特にバレーは、いいものを見せてくれます。この前にオネーギンをバレー化したものを、二本、同じ夜に見せてくれたのなんか、良かったですよ。2017年に採録された方は、オーソドックスな演出ですが、2015年に放映された、方は、衣装は、もだんで、音楽もチャイコフスキー作曲のものを使わないものでしたが」

 と、言ったとたんに、二週続けて、プレミアムシアターが、番組としては、消えていて、別の番組が入っていたのを、知ることとなるのでした。ドキュメンタリーか何かでした。私は向こうから掛かって来た、電話には、応対をするのですが、こちらからは、掛けない主義と今はなっています。で、その友人が、・・・・・あれ、川崎さんって、まちがったことをおしえたのかしら?と、・・・・・疑問に思う事は、重々、知りながらも、仕方がないと、放っておきました。仕方がないけれど、ありと、あらゆる場合に、私は振りをこうむっているので、それを、挽回しようとしたら体が、いくらあっても足りないからです。

 したがって、それが、ブラタモリにも、反映するかもしれません。ここに、予告をしたからこそ、今夜、ブラタモリの再放送がないケースもありうるのでした』

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題4、『ブラタモリ、大谷を訪ねるが、・・・・番組ないでは、大谷石は、高級石材として扱われていた・・・・・と、言って居る・・・・・らしい』

 ここに、写真Eを置きましょう。私は、たまたま、後半の、あと、20分の時点で、タモリが、大谷を訪ねていることを、23日の土曜日に、知ったのでした。今は、25日(火曜日)の10時50分だから、再放送は、始まっておらず、したがって、番組を文字化したものを、NHKおんらいんde、読んでみたのをここにおいておきたいと、思います。

::::::::::::さて、今は番組を見ながらあれこれを語っているのだけれど、タモリ一行が入っていった場所は、一般人は入れない処でした。最初に訪れた露天掘りのケースも一般人は入れない場所であり、次に訪れた地下採掘場の方も、一般の人は入れない場所でした。一般の人は、ボートには乗れないのです。ともかくタモリ一行は入り口が、はば10メートルは、あるであろう、普段は、門が閉じてある場所から入っていったし。NHK様だから、特権があるわけです。:::::::::::

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題5、『鎌倉・八幡宮様は、旧・近美・本館を、ご自分の博物館となさる予定だが、その外壁が、大谷石から、プラスティックが含有された新建材へと、変更になさっている。それには、すこぶる大きな意味がある』

 この章は、最初は、文化の話から始まりました。しかし、項目の分野を、引きつづき、政治に置いているのには、意味があります。大谷石がすこぶる大きく政治的な意味で、使われているという事と、私が大谷を訪問をした、12時間後に、仙台交番襲撃と言う、異様な事件が起きて居て、いるから、更に、意味が濃くなります。NHK他一般メディアでは、その交番襲撃事件を、普通の、事件として表現をしている様ですが、私に言わせると、まったく違っていて、それは、対・私狙いの、ごく政治的な事案となるからです。

 その様に言明する理由の大部分は、前報(後注2)に書いてあります。しかも、それを書いた直後の日曜日と、月曜日には、そのニュースが、NHKでは、もうでなくなりました。したがって、私の言う事は正しいのですが、ブラタモリのファンが、初めて、ここを訪れたと仮定をすると、びっくりなさるでしょう。しかし、このブログの世界は、誇大妄想でも、被害妄想でもないのですよ。日本の政治の、ごく、根本のところを、うがっている世界です。それを、抽象的な論文として書くと、私の被害が、莫大に大きくなるので、具体的な事例で、書くのですが、この章では、特に大谷石を問題とします。

 画家として、別の方から『すでに、世に出ていらっしゃるから』と、言っていただいた私が、さらに発展をすることを阻害するために、

 1980年には、神奈川県立近代美術館本館(一時期、その名称を鎌倉館としていた)の移転が、計画をされていたと、判断をしますその頃より、並行して、・・・・・私を北久里浜、根岸町2-27ー34から、こちら、雪ノ下2丁目に転居させ、実動者が、たった15軒しかない現住地域で、・・・・・周辺を利用して、あいつを苛め抜いて、殺してやろう・・・・・と、考えたのが、北久里浜の方で、地籍変更届を利用して、旧水道山を中心として、2400坪をもタダで、手に入れた益山重夫・智恵子夫妻と瀬島隆三であり、それを、私が電話で、教えているのにも関わらず、看過して、悪人たちに成功をさせた杉本俊一・正子・元横須賀市土木課長・・・・・その後出世して、事務方トップの副市長に上り詰めた夫と妻であり、かつ、京急の某重役(今のところ、実名はwakaranaiga)などでしょう

 その鎌倉館ですが、今般、鶴岡八幡宮へ、神奈川県から、無償で、提供され、それをリフォームして鶴岡はちまんぐう様運営の博物館とする計画が起きています。そして、今、工事用ネットに、長期間覆われていた、旧鎌倉館がネットを外して外壁を見せ始めました。新建材で、覆われた外壁を、表し始めたところです。

 すると、心配していた通りに、1951年竣工の、坂倉準三が、設計した、大谷石の外壁が、失われており、其れよりも、五倍から、6倍は、大きなサイズの、プラスチックで固めたであろうパネル製外壁で、覆われているのでした。以前とはまるで、質感ががいます。

 これが、100%政治的意味を持つ、私への攻撃なのですよ。それを、順次説明して行こうというのが、この章の、大きな目的です。

 そのきっかけとなっているのが、ブラタモリが、大谷を訪ねた番組なので、sこへ戻ります。その番組の宣伝文句というか、惹句(写真え)の中に、

 高級石材という言葉があります。白いブラシラインで、上下を囲んでいます。

  今は、26日の夜10時ですが、新しい文章を加筆し始めます。従って、これから先は、アンダーラインを敷きません。ブラタモリの中で、1960年代に、「外車を見たかったら、大谷へ行けという言葉が、全国で流行をした」と、地元側から、出てきました。ありと、あらゆる外車が、大谷には、集まっていたそうです。それほどに、石で、もうかった町だそうです。

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副題7、『私へのいじめのために、1951年設置した、実家の大谷石の崖を・・・・作り直せ・・・・と、横浜市から、命令されている。林文子横浜市長と、神奈川県知事、黒岩氏を、伊藤玄二郎と、未だ生きている井上ひさしが、教唆・説得をした結果だと、思われる。いじめを行うのに、税金を使っているが、一方で、私は搾取されるばかりなのである。そういう悪いことを思いつくのが、鎌倉エージェントである。私は何も悪いことは、していない。ただ、ただ、彼らの過去の悪業を、すべて、知っているので、こういう風にいじめられる。深い怒りを持っている』

  父は石油が専門の技術屋です。技術や=エンジニアとは学者ではないです。そこのランク付けには、わきまえは持っていたが、明治生まれの学卒だから、プライドは高いし、能力もある程度以上に高かったのです。で、この横浜日吉の家を建てた、時期は、まだ、船橋市塚田という場所に住んで居るわけですが、この家を建てるにあたっては、全国的規模で、素材を集めまわっています。つまり、一種のプロデューサー兼、工務店の役目を果たしているのです。建築確認申請も、自分で図面を書いて、横浜市から、とっています。これは、その23年後の、私の北久里浜のいえに際しても同じです。さすがに流通がすでに発達していたので、北久里浜のいえの為に、木曽の営林署に出かけるという事は無かったけれど、日吉の家の材木は、木曽の営林署に分けてもらったヒノキを多用しています。また、大工さんについても、木曽の営林署に出入りして、ヒノキを使う統領の、弟子数人に泊りがけで来てもらって、建てたと、言って居ました。低いランクの材木を使うつもりはないといっていました。

 石垣(写真F)は無論、大谷に出かけて、しっかりした仕事をする石材店を見つけて、そこのスタッフに、泊りがけで、来てもらって、作ったと、言って居ました。うちの父って、頭を使うという事が好きだったのでしょうね。業者さんに頼むべきところを、すべて、自分でやる事で浮いたお金を、別の場所にある土地を買う事に投資をしたのです。その買い方だって、日経新聞に投資用マンションが出ているから、一つ買いましたなどいう安易な買い方ではないのです。

 昔は、インターネットは、無かったから、役所で、開発用、図面を見て、その上で、自分が、「この町は、発展するだろう」と、思っている地域の、駅前不動産屋に出かけて、探索しているわけです。そういう性格の父が、手塩にかけて、当時は、もっとも、美しい石だとしてもてはやされていた大谷石を使って、しかも、相当いい石工を使って、しっかりと垂直な、支え石も入れて、作り上げた崖であって70年間びくともしないのですよ。それを作り直せというのです。ひどいいじめです。

 私の資産減らしを狙って、高槻市で、中一の児童二人が殺されました。あれって、遼斗君という、可愛い男の子の顔写真をお母さんが、フェイスブックに載せて居たそうなので、スパコンで、それを見つけて狙われたと推察していますが、山田浩二というロリコン犯罪の前科がある、男性が殺したとされていますが、まったく違うでしょう。駐車場が本通りに面して居ない事。それから、その形状だって、センコーの駐車場です。最初から、連呼されていた高槻市の駐車場というのは、徹底的な嘘なんです。寝屋川市にあるセンコーと言う会社の駐車場ですよ。センコーの株を私が持っているから起こされた事件です。その同じ連中が、数年後の、本日も浜銀、鎌倉支店のATMを、使って脅かしてきています。JALも、東芝も、旭化成も、親族が株を持っている会社です。弟の家の、石垣を作り直せという散財と、株価を下げてやれとか、夫婦間の、会話を盗聴して居て、鎌倉へ、買い物へ行くわよと、言えば、必ず、浜銀による筈だから、そこを使って脅かしてやれっと、なるるわけですが、それって、すべて、根っこは、一つであり、鎌倉エージェントが関係しています。

 一方で、杉本俊一・雅子夫妻など莫大な金銭と名誉を得ていますよね。仲野通巳吉一族も同じです。ただ、本日は、そこには踏み込みません。

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 副題8、『弟が、1978年の10月アルハンブラ宮殿を訪ねた時に、休みで入れなかったと、言って居た。これも、私への嫌がらせである。だから、大谷石の崖を直せというのも、今住んでいる、弟へのいじめではなくて私へのいじめである。

 ここは、プラド美術館の、デ・キリコの絵を見た感想エッセイと、それに関連して悪徳の限りを尽くしている、鎌倉エージェントの面々について語らないといけない。それをブログでは、語っていないからこそ、後年、さくらいよし子さんを使って、全く同じことが起きて来るし、それを、証拠立てるパソコンが、19台も壊されている。

 石塚雅彦、古村浩三、お杏さん、しょうこさん、などと、鎌倉エージェントのメインの連中が絡んでくる事案だけど、ここでは、それについては触れないで置こう。10万字ぐらい必要だし、フィールドが、ちょっと、違うので。 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題9、『私は、2010年の四月6日着で、有名な美術評論家の、瀬木慎一さんから、あんたを訴訟に掛けるぞという脅かしが、書かれた手紙を受け取った。これを私が・・・・・おとがいと言う語彙一つで、撃退した事が、多分最大の、要因で、井上ひさしは、自分を死んだことにしたのである」

 

井上ひさしが、なぜ、2010年4月9日に、突然に、自分を死んだことにしたかというと、その前日の、8日に私が、当時、銀座7丁目にあったexiibit Live and Morisでの、自分の個展の案内状を、伊藤江玄二郎が社長をしている、かまくら春秋社に、もっていって、「社長さんに、どうか、来てください」と、言ったので、彼と、井上ひさしの二人が、『すべてが、ばれているのだ』と、やっと,わかって、しかも、その結果、震撼したから、死んだことにしたのでした。

 その個展に関しては、20個ぐらい恐ろしい攻撃が、ひそませてありました。まず、有名人が登場する罠としては、山本容子が、筆頭の、人間として攻撃談となりました。最初は、三月に企画展としてやりましょうと、Moris のオーナー森さんから言われて居たのですが、急に四月に延期をされ、その週に、山本容子展(ガレリアグラフィカ)が、ぶつけてきてあって、評判としては、そちらの方が高くて、お客もいっぱいだったと、言う形で、私が辱めを受けるのです。まあ、有名人度gが違うので、それは、致し方がないとしても、どうしてか、画廊の、オーナーが全員来なかったのです。たまたま、着た人が有ったら、森さんが、見ないでいいといって、私の目の前で、Uターンをさせたのですよ。森さんが、行ったことはギャルリーユマニテの、面々が行ったことに匹敵するほどの悪辣さですが、また、いつかかける日が着たら、書きましょう。これも、本日、取り組む事ではないとして、先へ進みます。

 その次に、悪利用をされた大物は瀬木慎一さんで、市は、中央大学の法学部、政治学科出身ですから、伊藤玄二郎とは、先輩、後輩の間柄に当たります。

 きょうは既に、11時半になりました。私は、いろいろ、やるべきことがあるので、すみませんが、ここで、中断をします。瀬木さんは死亡くなっていますが、私を訴訟に掛けるなどとは、100年早い言い草です。

そして、瀬木さんの言葉や手紙は、単なる脅かしであって、個展で、疲れているだろうから、さらにストレスを与えて、殺してやろうと、する、井上ひさしと伊藤玄二郎の悪巧みですから、「そういう事は、全部わかって居ますよ」という意思表示を兼ねて、4月8日の木曜日に、かまくら春秋社に、個展の案内状をもって行ったのでした。

 それに震撼した二人のうち、伊藤玄二郎は、会社がありますので、急に、自分を死んだことにするわけにも行きません。その上、実は、彼は、私のブログを、読んでいないと、思います。特に、2010年当時は、読んでいないでしょう。彼は、一応ですが、かまくら春秋社という会社を経営していますし、あれこれ、対応もしているので、私のブログなど、読んでいる時間はない人間だと、思います。そして、代わりに読んでくれている井上ひさしは、正しい解釈など、伊藤玄二郎には、伝えて居ません。だから、伊藤玄二郎は、私をなめきっています。だからこそ、鎌倉市役所の、深沢への移転などという案件を持ち出すし、それを持ち出さざるを得なくなった、高枝切事案(冨澤家が、注文主だとされているモノであって阪中英夫が、対応等している案件)を、準備する段階でも、私の能力など、低い低いものとして、なめきって企画を立てています。

 しかも、自分が利用しきって来た谷垣禎一さんが亡くなっているのにもかかわらず、引き続き、安倍晋三総理大臣を、引きまわして居ますので、この国は、バカが支配する国になってしまったのです。

 本日も、石井国土交通大臣が、スズキを、いじめていますよね。伊藤玄二郎と、井上ひさしは、自分達の事を頭がいいと、自負している模様ですが、全然ですよ。それを、丁寧に説明して行っているのが、このブログの世界です。二人は、頭が悪いのだと、言明する論拠ですが、まず、とくいがって、企画を立てているだろう、炎上型、または、劇場型ニュースですが、全部、私に裏側が見破られているでしょう。私なんて、判断する、種は、NHKニュースだけですよ。そして、友人もいないです。今はね。奪われ切っていますので。しかし、すべてを見破る事が出来ます。それは、立案者が、どれほどに頭が悪いかを証明し絵居る事に、直結します。

 ところで、2010年4月5日から、9日に向けての、私の個展前後に、20個ぐらいの悪辣極まりない攻撃を仕掛けてきたので、それを、即座にブログに書かれるだろうと、推察したから、井上ひさしは、自分を死んだことにしたのですよ。死人に唾を吐きかけるのは、この国の文化にはありませんからね。

 私は、彼のそういう意図が、即座にわかるので、いったん停止いたしました。しかし、

 彼が、自分を死んだ事にしたのは、もう一つ、理由や、目的があって、それは、私のブログを読むことなのです。丁寧に、読むという任務が与えられていると、思いますが、その任務と、直木賞審査員の言う社交的生活が、両立しなくなったからでしょう。彼は、ただ、単純に読み下すわけではなくて、そこから攻撃の種を拾い上げています。

 弟の、家の石垣を直せというのも、私が、その美しさを過去に書いたからです。そして、仙台交番襲撃事件も、能登町にある祖父の空き家内で、高1の女子を殺したのちに、隣町で交通事故死したと、されているsン州大学の学生の事件を見破られたので、リメイク用に、起こしたのでした。あの時もそれを、するべきではないと、行って居る、信州大学の記者会見がありました。今般も東北学院大学の記者会見がありました。それらは、事件が、100%、本当の事だよと、一般庶民を洗脳していくために使われる常とう手段なのです。

 両方とも、学生は、殺されています。死人に口なしです。

 井上ひさしに、してみれば、こういう風に彼女の過去ブログから、事件の種を見つければ、やがて、彼女は書くことに行き詰る里、思っている筈です。で、私は、その二重、三重の罠の中をかいくぐって、書き続けているのです。

 

 

後注1、

 

後注2、

 

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仙台交番襲撃に疑問ありー2・・・・・交番とは、普通、17PM以降は無人である。Why there is four person in kohban at 4AM

2018-09-23 13:46:40 | 政治

  この一文は、23日の夜の九時半から、&&&&&&&&罫線以下を加筆中です。そして、総タイトルも、少し変更しました。・・・・・罫線以下は、最初は、黒岩・神奈川県知事が連動して動いている可能性があるので、これも例の連中企画の謀略のはずです。・・・・・としておりました。しかし、15分で変えました。その次が、・・・・・栗生長官と、小此木副大臣は、記者会見をするが、宮城県警または、管轄警察署長が記者会見をしない。変だぞ・・・・・でした。今は、三番目のものです。

 これは、前々報(あと注1)の続きです。しかし、入口は、少し、変わったポイントで、始まります。主に、NHKニュースを点検することで、この事件が、・・・・・やはり、おかしいのだ。別の目的で、作り上げられた謀略である・・・・・と、推察していきます。

 このブログは、この現代日本を、覆う、異様な黒い雲について、その本当の姿を解明していく目的を持っていますが、この仙台交番襲撃事件も、最大級の、もめごとであって、やまゆり園事件に次ぐ、嘘がいっぱいの事案でありましょう。それを、解明していきます。

~~~~~~~~~~~~~~

副題1、『私は、午後零時、夕方7時、夜九時のNHKニュースをすべて録画していて、事件後、5日目の現在、この仙台交番襲撃事件については、全部、見終わったところである。一方、NHKオンラインというサイトがあって、そこで、文字化されたニュースが、展開している。驚くべきことに、その内容と、テレビニュースが、全く異なるものがあるのだ。これは、この事件を謀略として、編み出した連中が、映像の方は、消え去るが、オンラインで、文字化されたものは、もし、私がコピペとして、こちらへ移すと、消えなくなり、証拠として残るので、そちらでは、例の悪人連中は、慎重であり、危ないことは、消し去ってあると、考えられる』

 画像の方では、19日に、栗生警察庁長官が出て、安全策を講じると、言った。しかし、オンラインニュースの方では、22日の時点では、それは、掲載されておらず、小此木副大臣が、安全策を講じると、言ったというニュースが出ている。

 これは、万一、真実が外へ漏れ出た際に、栗生長官に、は、できるだけ、責任を負わせないで、置こうという、鎌倉エージェントの配慮だと、思い至る。彼らは、(特に伊藤玄二郎か石塚雅彦氏か、成岡康司君は)、栗生長官と会食等をすでに果たしている筈で、個人的な、友人関係を構築しており、感情移入が生じているので、傷つけたくないと、思っているのだろう。

 だから、其れだけでも、・・・・・ああこれは、例の鎌倉エージェントの面々が考案した(または、企画した)謀略事案ですね・・・・・・という事が私にはわかってくるのだ。

 それと、もう一つある。小此木副大臣には、表側のニュースしか伝えていない。したがって、小此木氏は、正々堂々と、「安全策を講じます」と主張するだろう。したがって、その言葉には、説得力があり、もし、私が、その発言を問題にした時が来るのなら、直接対決させても、絶対に、自分達の方が勝てると、鎌倉エージェントに、思われているので、そちらのニュースは文字化されてもかまわないオンラインニュースに乗せた。しかし、栗生長官の方には、裏の真実も伝えてあるはずだ。警察の暗殺用、特殊部隊が行っていることも、伝えてあるはずだ。だって、それらの連中も、国家の税金で、養っているわけだから、警察庁長官が、知らないで、いる可能性は、低い。

 となると、この事件ha,urano警察が、表の警察を、犠牲にしたという事となる。非常におぞましい事件だ。内部で、殺しあうのだが、清野巡査長とは、徹底的なる犠牲者であって、鎌倉エージェントの悪事を隠すために殺されたと、見ている。気の毒な事限りがない。昨日、前田清子さんと、引き続いて、渡辺賢司と、すれ違ったが、何となく、「勝っているわよ。私達」という気配があった。

 ・・・・・なるほどねえ。なるほどねえ。それも、この仙台襲撃事件が、鎌倉で企画した謀略ですねと、という事を証明するのだった。もっと、下手に出るのならわかる。しかし、上手に出ている。

 ここなのですが、少し、説明のために、夜10時に加筆をします。土曜日の、夜8時45分karanoNHKnyu-suが、

 ・・・・・藤沢市では、過去に、アスベストをむき出しで、壁に使っていた保育園があって、そこに通っていた、児童の両親に、一律、一万円の見舞金を出すことにした・・・・・というニュースがあったからです。これは、後日、別の章で、詳しく語らないといけませんが、後注1に置いた、前々報の、副題αに対する復讐行為です。あの副題αは、主に前田清子さんについて書いている章で、しかも、・・・・・アスベスト問題とは、本当は何なのか?・・・・・という事を書いている部分です。それを、否定するために藤沢市に、裁判も起きていないし、健康被害も証明をされていない、児童たちの両親に対して、過去アスベストを使った壁材を使った、保育所があったので、一万円ずつ、お見舞いを出しますと、言うのは、例のごとく、自分達個人の復讐を公のお金を使って行う、鎌倉エージェントの、恒例の、好例なのです。しかも、土曜日に発表ですよ。馬鹿じゃあなかろうか? 普通役所は、土曜日には動きません。住民票を取る希望者への対応とか、結婚の、記録などに訪れる人への対応だけしかしないはずです。見え見えの謀略です。そして、私は、夜の8時45分に、それを、NHKニュースで、知りましたが、前田夫人と渡辺賢治司は、伊藤玄二郎からの連絡等で、ずいぶん前から知っていたのだと、思いますよ。なお、この件は、プレ五輪のセーリング選手たちにイルカのショーを見せたことと、からめて、別の章で丁寧に語ります。

 だから、本当は、もっと先に、この青字の部分を描こうと、思っていたのだが、22日の、前田夫人と、渡辺賢司の二人の態度で、今、・・・・ちょっと、勇み足気味ではあるが、・・・・・この、仙台交番襲撃事件が謀略であったという結論部分を書くのである。そして、この章の、副題2から、例証やら、傍証を挙げて、証明をしていこう。特に副題6からは、驚くべきことを書いていくはずである。私が、読者の皆様へ向けて、良くお断りの種として使う、「見てきた様なうそをいい」のたぐいであって、換言すれば、一種の創作であるが、当たらずとも言えず、遠からずであろう。

~~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『新潟で、小二の女の子、大桃たまきちゃんが、死後轢断死体となって、線路ないで、発見された事件があった。小林遼という、これも美形の青年が、行ったことと、設定をされている事件だ。それは、このブログ内で、すでに、書いているが、あの事件も、今度の仙台交番襲撃事件と、ほとんどの、性格が同じ事案であって、鎌倉エージェントが、企画した謀略である。

 ただ、あの時は、新潟県警本坊は、記者会見を行った。眼鏡をかけた真面目そうな、白髪頭の、男性があれこれを、説明をしたのだった。しかし、こちらの方がグッと、大きな事件なのに警察は、記者会見を行わない。宮城県警本部も行わないし、仙台警察署長も行わない。

 もしかしたら、行っているのかもしれないが、NHKは、それを画像でも、公開しないし、オンラインでも、22日までは、触れていない。したがって、なかったのだろうと、推察している。

 では、なぜ、なかったのだろうか? それは、その映像を、私が、みると、アリと、あらゆる裏側を、私が解明してしまうからだ。「嘘が、此処にある」とか、「あそこにある」と、言うポイントを指摘してしまい。このブログの読者様に、向けて、この【仙台、交番襲撃事件】が、謀略であり、清野巡査長は、学生に殺されたというよりも、裏側に隠れていた、二人の警察官(名前が公開をされていない)に、殺されたと、私は推察している。

 つまり、鎌倉エージェントは、栗生長官に命令して、「自分の部下を犠牲にしなさい。特に善人で、評判がよくて、かつ、顔が美形の、警官を選びなさい」と、提案した可能性がある。そういう人間を選び、そういう人間が、異常な若者に、殺されたことにすれば、警察の、人気が上ります。その上、この現代日本に、異様な、事件型は宇していることにもなって、警察の、必要性が高まります。一挙両得というものです。やりましょう」と、提案したと、仮定している私だ。そして、この推察が、もし、当たっていたと、かていすると、この仙台交番襲撃事件とは、とても、おぞましい事件である。

 ところで、すでに、5日目に入っている。しかし、清野巡査長の、葬儀というのをマスコミは、報道しない。普通なら、宮城県警本部長が、弔辞を読むとか、仙台警察署・署長が、弔辞を読むという形で,eizougadeてくるはずなのに、出てこない。という事は、清野巡査長は、因果を含められていて、米軍機などで、海外脱出をしている可能性がある。そして、・・・・・フィリッピン社会等で、生きていきなさいと、放免されて、3000万円程度渡されて、生きていく・・・・可能性もある。しかし、彼が、本当に善人だったら、いずれ、フィリピンで、裏社会の、人間に殺されるだろう。将来、真実を語る可能性があるからだ。しかし、マフィア(やくざ)の世界等へ、入るのなら、かえって安全に生きていかれる可能性がある。警察と橋渡しをする役目を担うという向きで、生きていかれる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題3、『この事案は、仙台が舞台となって起きている。したがって、私は、例のごとく、井上ひさしが、発案したものだということがわかる。井上ひさしは、公的には、自分を死んだことにしているが、実際には、まだ、生きていて、最近、立て続けに、この種の悪辣な事案を創作して居る。sosite,koremomata,彼が発案した謀略の特徴である、瑕疵がみられるのだ。だから、謀略であり、自然発生的な事案ではないという事がわかる』

 井上ひさしは、もしかしたら、この交番の前を通ったことがあるのかもしれない。それで、此処を舞台として選んだ。次に行うのは、犠牲者として、射殺される学生を探す方だが、これは、常に、言って居る通り、スパコンで、メール等に、検索をかければ、すぐ見つかる。

::::::::ここで、重要な挿入に入る。・・・・・・ tokorode,itumo言っている通り、私のパソコンは、同時進行的に、世界中で、20人ぐらいの人数が、ハッキングをしていると、推察している。その中で、システム的には、アイコンをクリックするだけで、可能な様に、簡易化した破壊アプリを与えられている人間もいる様だが、井上ひさしも、その一人であろう。そして、彼が、自分を死んだことにしたのは、私のパソコンをハッキングする任務に、あまりにも疲労困憊して(というのは,2008年当時は、時間を選ばず、しかも大量に文章を書いていたからだが)、それに、専従するために、自分を死んだことにしたのだった。・・・・・ところで、彼の特長とは、ユーモア作家だと、自称することであり、特に言葉遊びが、好きな模様である。

 上の節で、アンダーラインを敷いたところがある。そこに、赤い文字で、しかも大きなフォントを使って、探すという単語が出てくる。その最初の、Sを、入力したとたんに、以下の節が、続いて出てくるのだった。・・・・・・世界大戦ウスターソースルコント通った・・・・・これは、彼が事前に、用意した、変換規定であって、Sを私が入力したとたんに、彼の自宅のパソコンのあるアイコンをクリックすると、黒字の、部分が入力されることとなっている模様だ。

 しかし、此処で、【世界大戦】と、【ウスターソース】を、くっつけるところが、彼の真骨頂なのだ。意味不明になる、しかし、意味不明だが、「どうだ、これは、面白いだろう?」と思って、彼は、大得意なのだ。そして、こういうポイントで、自分は栗生警察庁長官よりも、警察内部の。ほかの誰よりも、頭がいいと、自認をしていて、それを、伊藤玄二郎などを通じて、安倍さん似,上奏し、安倍さんから、各時期の警察庁長官に、「自分=井上ひさしを、丁寧に、扱う様に、伝言が行って居るのだろう」と、推察している。それで、徴用をされている。しかし、私に言わせると、とんでもなく頭が悪い人間だ。装置(=日本ペンクラブとか、直木賞)を利用して、ほかの人間に目くらましをかけているだけで、圧倒的に頭が悪い。その頭の悪さは、次の次の章(=副題5)で語る。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題4、『ソフトバンクが、メール、1030万通を、誤って削除をしたと、謝罪をしたそうだ。しかし、なぜか、孫社長は、記者会見を行わず、しかも、メディアは、これが大変なことだとは、たたかない。どうして、たたかないかというと、これは、ためにするニュースであり、ためにする削除だからだ。どういうことかというと、あのピストルで、射殺をされた学生が、使っていたメール機能がソフトbannkunomonodeあったと仮定をすると、削除をしたという形で、証拠隠滅を図ったと、なる。事故が、生起した、日時は、17日だそうだ。となると、事件直前である。なるほどと、思われる。その日時設定等に、彼ら、鎌倉エージェントは、得意満面なのであろう。そのニュースは、この直前に、公開をしてあり、そのリンク先は、後注2で示す。』

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副題5、非常に重要なことは、交番とは、午後五時で、閉鎖されるのだ。特ににぎやかな街、渋谷八公広場前とか、数寄屋橋交差点前とか、横浜駅西口高島屋前とかには、遅い時間まで、警官が詰めている可能性があるが、画像で、出てきたあの仙台の、交番には、夕方の、五時過ぎに警官が詰めている場所とは、思われない。

 こここそ、井上ひさしの瑕疵が、最も顕著に出ている個所だ。彼は、東京中を外出してあるきまわったいる回数が、私の一万分の一か、十万分の一しかない。したがって、こういうポイントで、見事に、間違える。

 事件の日の朝に、あの交番に、四人もの警官が詰めていたというのが本当なら、それは、清野巡査長を殺すためであり、清野巡査長を、殺したことにする、学生の方をも、殺すためであろう。そこが、きちんと見えている人間と、見えていない人間の違いが、私と井上ひさしの違いである』

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 警察庁もサラリーマン組織なのだ。午後五時で、交番勤務が終わることなど、全国的展開事項だと、思う、しかし、2018年9月23日以降、全国の交番で、夕方の五時過ぎにも警官が詰めていることとなったら,sorekoso、私が言って居ることが正しいことの、証明である。

 NHKニュース映像によると、あの交番は、仙台駅前ではなさそうだ。という事は、例の五時過ぎには、人がいなくなる交番だと、思われる。私はそれこそ、落し物の件で、東京の中心、中央区・京橋の、交番を訪ねたことがある。昼間は、人員が多く詰めている交番だけど、五時過ぎには、人がいなかった。鎌倉も、同じ。

 あんな、人通りが少ない場所にある交番で、夕方五時過ぎ、特に事件のあった、午前4時7分ごろに、四人もの警官が詰めているという事が、異常なのだ。それは、殺人を行うのに、必要な人数だったのだけれど、その企画が例のごとく、井上ひさしから出ていると、思うので、典型的に、彼の瑕疵が、出ている事案なのだ。つまり、現実を知らない。ただ、机上の空論として、企画を立てる。だから、すべてに、瑕疵が見つかって、これは50%以上を、嘘で固められた事件ですねと、私に見破られてしまう。

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題6、『刑事コロンボか、シャーロックフォームズに、なって、この不思議な点が、いっぱいある事件を紐解いていこう。真実は、こうであると、ほぼ、断言したい気持でもある。ただし、すべて、例のごとく、見てきた様なうそを言いの類であって、どの新聞にも、どのテレビにも、また、グーグルでも、2チャンネルでも、出て来ない事実だろうけれど』

 不思議なことに、ピストルで、犯人を撃ったとされている警官の名前は、出てこない。まあ、それは、こういう際には、仕方がないのだろうと、看過しようが、仮眠中だった、ほかの二人、それは、三番目の、警官と、四番目の警官のことだが、全くその動静が、伝えられない。何か、この事件の際には、大声を上げたningenngaitarい、争いがおこったみたいな様子があったと、証言している人もいるのに,okinakattanodarouか? それは、ありえない。人というのは簡単には死なない。報道をされている通りだとすると、清野巡査長と、犯人とされる学生は、相当の、時間格闘をしたと、推察される。それを隣で、事務の、仕事をしていた、同僚が、清野巡査長が、息絶えるまでの、15分間以上、気が付かなかった? それは、ありえない。

 ここらあたりに、大きな嘘がある。というのも交番というのは、外のお客に対応するスペースは、とても狭いのだ。しかも、机がある。本当に襲われたのなら、机を挟んで、警棒を、持って対応をするはずなので、簡単に、巡査部長が殺されるはずはない。

 二対一で、格闘をして、ピストルで、致命傷を、与えないと、自分達が助からないというほどの、傷を、犯人が、二人に、与えられる、筈がない。私が見破ったと、いう事を、前々報(あと注1)の総タイトルで、気が付いた、鎌倉エージェントは,急にエアガンを持ち出した。そして、交番室内に、エアガンの弾が多数落ちていたと、発表をしたり、犯人の自宅にはエアガンが、数丁、保存をされていたと、発表をしたりしている。この自宅のエアガンについては、まだ、何とも語りたくないが、もっと大切な事を語り終えたら、語り始めよう。

 ここらあたりが、井上ひさしが,atamagawaruitoiutenだ。ち密さが足りない。ただ、ただ、『こうすれば、真実らしく見える』と、思うところの計画を立てているが、現実とは程遠い。だから、すぐ、嘘だと,miyaburuことができる。

 ところで、私は、この二人は、暗殺要員であって、清野巡査長を、殺したのだと、思うのだけれど、先程来言って居る様に、やまゆり園事件の時に、【19の命】といって、植松が殺していない、被害者がいたと、散々死んでいない人を殺されたと、喧伝をしているので、この清野巡査長も、殺されていないのかもしれない。

 すると、清野巡査長は、犯人(学生)が死んだと、見定めた時点で、覆面パトカー、もしくは、自分の車で、宮城県警本部の、指定された部屋に入り、その後、車で、米軍基地まで、サポートつきで、移動をして、米軍機で、韓国経由で、フィリピンなどへ、逃されたと、いう事になるだろう。新しいnamaenoパスポートを、もってだ。交番はブルーシートで囲まれている。それは、死傷者が、47人出たとされる、直後のやまゆり園事件の正門前と、全く同じ現象だ。

 しかし、この事件をまっとうに紐解くと、清野巡査長は、殺されていると、考えられ、その犯人は、名前を明かされていない、ほかの二人の警官だっただろうと、思う。

 もしかすると、その二人と、それから、ピストルを犯人(学生)に向けて撃ったと、報道をされている、ももう一人の警官の、三人が、一緒になって、清野巡査長と、学生の二人を同時に、ナイフで刺した可能性がある。学生の遺体も、清野巡査長の、遺体も、報道陣に公開をされていない。学生の遺体に、ナイフの切傷が、ピストルの弾以外にも、あったと仮定すれば、私の想像は、正しいこととなるだろう。

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題7、『今は、車社会である。特に地方は、一人に、一台の、車がある時代であると、2013年、静岡県で、不動産物件を探している最中に、女性の社長さんから、それを聞いた。仙台でも似た様なものだと思う。そうなると、8時間勤務のシフトは、午前、1時から始まることとなる。前日のオフィスアワーである、午前9時から午後五時までなど、鎌倉では、いかにも結婚をしていますよ。という年代(アラフィフ)の婦人警官が詰めていたりする。午後五時過ぎには、交番に詰めている警官はいないのが普通なのだが、100歩譲って、そこに、午前、1時まで、勤務シフトだった二人の警官がいて、彼らが車で、自宅へ帰宅しないで、仮眠室にいたと仮定をしよう。でも、死者が出るほどの、格闘があったときに、仮眠から目が覚めないというのは、おかしい。

 それから、午前九時からのシフトで、勤務する次のパーティは、車社会の仙台では、自宅から、午前九時に、此処に到着するという形で、出勤をしてくると、思われる。となると、仮眠室にいたとされる二人の警官は、次のシフトの、勤務者ではない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題8、『ここに二つの疑問が生じてくる』

 学生が、本当に、落し物を見つけたと、言って訪ねてきたかどうかは、わからない。死人に口なしだからだ。

 それから、清野巡査長本人にまつわる疑問もいっぱいあるし、ほかの三人の警官にまつわる割るなぞもいっぱい残っている。しかし、私は、たった、一人で、謎解きに挑んでいるのだから、本日は、この二人に、関しては、程度の、なぞの解明で、お許しをいただきたい。ペンディングにしておこうと、思う課題だ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題9、『NHKニュース内では、この事件の様子を語る,takusiー会社の社長という人物が、顔を隠してインタビューに応じていた。しかし、彼の語る、部下の運転手の、話にも、懐疑点がいっぱいある。kokoni,daihongaありますから、この脚本通り、語ってくださいと、警察から事前に、頼まれていて、その通りに<取材カメラに向かって、語っている可能性もある』

 社長が言うのには、・・・・・社員からの、伝聞だけれど、「朝の4時ごろ、ものすごい音がするので、交番の裏手に回てみたけれど、何もなかった」と、言って居ました。・・・・・だそうです。

 これも、井上ひさし初の、脚本に基づいているのでしょうけれど、大きな瑕疵がある発言です。

 今、たいていの、交番は、入り口が引き戸形式になっていて、上半分は素通しのガラスになっています。どうして、表に回らなかったのでしょうかね。しかもドアは、其れこそ、24時間いつでも開いています。

 今のところのNHK報道だと、班員の学生は、一番目の部屋で、反抗を起こしたことになります。そうすると、その床で、遺体として、転がっていることとなります。その周囲に、一人、もしくは三人の警官が建っているという構造になります。それを、素通しのガラス越しに、誰だって見ることが可能です。

 なのに、タクシーの運転手は、どうして、裏に回って、見たが、何もなかったので、会社へ帰ったと、言うのでしょう。??????????

~~~~~~~~~~~~~~~

副題10、『大メディアの記者たちは、一対何を考え、何を質問をしているのだろう。一寸の虫にもご部の魂という言葉がある。この犯人に、致命傷を与えた警官は、失敗者である。無論、鎌倉エージェントの、脚本道理、行動いたしましたという意味では、成功者ではあるが、

 それが内包する嘘を、こんなに簡単に、私なら、見破られるのに、偏差値優秀大学を卒業したであろう、記者たちは、どうして、見抜けず、栗生長官に、質問ができないのだろう。あえて、致死の形で、ピストルを発射したのは、過剰防衛ではなかったのですか?と、質問をできなかったのだろうか?

 むろん、私には、それが、一番のポイントだが、彼の口封じが必要だったから、致命傷を与えたのである。どうして、東大卒の、栗生長官は、こんな簡単なウソを、世間に、さらすのだろう。どうして、井上ひさし発のアイデアを、今まで通り採用するのだろう。ここまで、私が彼はダメ人間ですよ。彼のアイデアを採用すると、警察は、地に落ちますよと、何度も言って居るのに、採用をするのだろう?

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題11、『NHKは、富山で、6月に、交番が襲撃されました。類似事件ですと、言う。しかし、私に言わせると、違う。これは、能登町の空き家で起きた、信州大学の学生が、近辺の、ブラスバンドの部活動をしていた、美形の、女子高生をさらって、監禁し、殺して、その後、隣町で、交通事故を装って、自殺をした。・・・・・と、されている事件の、そっくりそのままのリメイクである。したがって、信州大学の学生も濡れ衣だった可能性が高くて、今般も、東北学院大学の学生は、濡れ衣だった可能性が高い。

 別に、そんな、記者会見を開く必要はないと、私が言って居るのに、信州大学は謝罪の記者会見を開いたし、東北学院大学も謝罪の記者会見を開いた。そっくりそこが同じなのだ』

 この副題11の部分が特に、重要なのですよ。しかし、このポイントについては、

 この続きは、間に一本、【ブラタモリ、宇都宮(特に大矢資料館)を訪問】という総タイトルのブログを一本挟んで、次の次の章で、書きます。

 誤変換を直したら、署名と書いた日付を入れます。

後注1、

仙台交番襲撃に疑問有り・・・・・・その1・・・・・アスベスト裁判で二億円とでたが?  2018-09-22 00:53:33 | 政治

後注2、 

ソフトバンク、メールを、を、1030万通を、削除した。それも、また、仙台交番襲撃事件と関係があるだろう。 2018-09-22 15:47:04 | 政治 

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ソフトバンク、メールを、を、1030万通を、削除した。それも、また、仙台交番襲撃事件と関係があるだろう。

2018-09-22 15:47:04 | 政治

以下のニュースは、私のブログ、2018年9月23日版に必要なニュースなので、コピペして、22日に、送信したことにして、公開をさせていただきます。 

 

ソフトバンクが誤って約1030万通のメールを削除、迷惑メールフィルターの不具合

 

 ソフトバンクは、携帯電話のメールサービスで提供している迷惑メールフィルターに不具合が発生し、約436万人を対象に、約1030万通のメールを誤って削除していたことを明らかにした。

 不具合の発生期間は9月17日10時48分~9月18日9時16分。不具合の内容は、「.co.jp」を含むドメインからのメールが、迷惑メールフィルターの不具合により消失したというもの。

 消失したメールは復元できないほか、迷惑メールフィルターが誤って判定したメールの送信元は参照できないとしている。このため、不具合の対象になったユーザーにとっては、消失したことはソフトバンクから個別に連絡されるものの、どこからのメールが消失したかは、確認する手段がない状況になっている。

 対象サービスは、ソフトバンクの「S!メール(MMS)」「Eメール(i)」、ディズニースタイルのメール、ワイモバイルの「MMS」「EMメール-S(MMS)」、ケータイ(PHS)用のメールで、迷惑メールフィルターを利用しているユーザー。

 影響を受けるのは約436万人で、約1030万通のメールが受信されずに消失した。

 原因は、迷惑メールフィルターのデータベースへ反映するパターンファイルの自動生成時の不具合。不具合は修正済みで、対象のユーザーには個別にお詫びの連絡がなされる。同社では運用監視体制を強化し再発防止策を図るとしている。

 
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仙台交番襲撃に疑問有り・・・・・・その1・・・・・アスベスト裁判で二億円とでたが? 

2018-09-22 00:53:33 | 政治

 副題1、『NHKニュースウォッチは、22日に、冒頭から、仙台交番襲撃事件を、取り上げた。と、同時に、北海道の停電に関して、また、詳細に報道。それぞれに、何分を割いたかを、検証中に、突然、録画してあったニュースウォッチが消えてしまった。こういうところが鎌倉エージェントが企画した謀略の特徴である』

 私は、NHKニュース全般が、鎌倉エージェント(=CIA)側に、屈していると、見ています。昨日は安倍総理大臣をニュースウォッチに呼びました。私は安倍総理大臣は、戦後最悪の総理大臣だと、見ているわけです。だが、自民党の、総裁選期間中は、あれこれを書きませんでした。後注1他

 どうしてそういう態度を取ったかというと、自民党総裁選の最中に、・・・・・・あべそうりだいじんとは、

とんでもない人間であり、それは、戦後、もっとも、頻度高く、かつ忠実に、鎌倉エージェントの、いう事を聞く総理大臣だからだ・・・・・・

と、いう事を、もし、過去ブログのリンク先を全部提示して、述べた・・・・・

と仮定すると、それは、喧嘩を売るの典型であり、戦う姿勢の典型であり、そういう事をすると、6~9年後に、自らに激しい復讐行為が、及ぶからです。現時点でも、すさまじいレベルで、誤変換を起こされていて、書きにくいこと、書きにくいこと、たまらないレベルです。しかもブログを書く上のパソコン上に被害だけではありません。

~~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『旅行中にも、帰宅後の、東京への、20日、及び、21日の外出中にも電車の遅延そのほかの、いやがらせ行為で、いじめられ続けているが、いじめ用に、常に用いられる典型的ニュースが二つあって、その一つはアスベスト訴訟で、国に二億円の損害賠償をせよという、判決を大阪高裁が行ったと、いう、19日(あと注2)のニュースである』

 このアスベスト裁判というのは、私が住んでいる鎌倉雪ノ下二丁目の、住宅の東北部の崖を中谷共二氏という人物が、許可なく崩したと、言う明瞭な悪がここに存在しているのを、どうにかするために、起こされている事案です。その悪は、どうしても避けられない、瀬島隆三たちの北久里浜から始まっているの悪の、謀略行為の一種の波及効果であり、しかも物的証拠が数多く残っているものです。それを、私は、ときに応じて、少しずつ、どこがいけないかを書いていますが、それが、かれらにとって、最大に困ったことなので、どうしても、私を殺すか、その事案の証拠を、すべてつぶしていくかのどちらかしか、ないと、なっていて、

 両方とも、しつこく、実行をされています。

 その一つが、北隣の住民、石井秀樹・あずさ夫妻の前の住民、藤本禎子夫人と、前田夫妻が争った事案があって、その争いの際に、藤本夫人が道路につけた、二本の電動のこぎりの跡が、大問題だったのです。それを消し去ることが大切だと、思い当たった、かれら、CIAの日本側エージェントは、その二本の、傷跡を消し去るために、・・・・・上水道管が、アスベストで、巻かれているので、それは、健康被害をもたらすから、取り換えましょう・・・・・と、2007年の秋に神奈川県の名前で、町内会へ、提案をしてきて、それの工事が、実際に始まったのが、2008年の3月です。私は多勢に無勢で、その証拠隠滅を、防げなかったのでした。でも、それなりに、ブログで仔細を、書いていこうと、思っているので、それなりに、自己救済を果たしているわけですけれどね。

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題3、『北隣の石井秀樹・あずさ夫妻が、もしかすると、石井国土交通大臣の、親戚ではないかと、思うときがある私だった。顔は、似ていないけれど、永田町において、異様に、露出が多い大臣であるし、その決定は、すべて、国民や、企業を萎えさせる方向であるので、とても悪辣な政治家だと、思っているので、批判をしているのに、安倍総理大臣は、やめさせる気配がない。石井国土交通大臣は、旭化成建材の傾きマンションに始まって、軽井沢バスツァー事故とか、各種、検査データ検査改ざん問題で、企業をいじめぬいてる。そういうトップがいるからこそ、日本には、天災地変が、引き続いて頻発している。そして、ダム放流問題だ。それこそ、トップが出てきて謝罪をすべきなのに、ほうっかむりで、逃げているし‥…一方、鎌倉雪の下では?』

:::::::::ここで、挿入として、過去ブログを一つとり上げると、安倍内閣の最大の悪は、石井国土交通大臣にあると、言って居ます。(あと注1)私はね、どうも、石井秀樹・あずさ夫妻が、daijinto同じ名前だし、優遇されている程度が同じなので、sinsekiではないかと思っているのですよ。というのも、その夫妻には、連続的に、ハッピーなことが起きているので、それは、何らかのバーター取引が裏にあると、みているからです。まず、土地の値段が異様に安かったのです。相当高い値段で、売ってもいい、鎌倉駅徒歩圏内(交称8分)の、実質40坪、公簿上は、60坪以上は、あるだろう、ひろさの、敷地が、広告なしで、しかも、三菱銀行の仲介で、1000万円で、石井秀樹・あずさ夫妻にわたっているのです。普通のルートを通って、しかるべき不動産やに扱わせれば、石井秀樹・あずさ夫妻よりも先に、誰かが、見つけて買ってしまう可能性がありますね。しかも、は、買いては、3000万円は出したでしょう。「うちこそ、買いたかった」と、主人が言います。(苦笑) だからこそ、非公開で、安く藤本夫人が売りました。

 藤本夫人は、駅近辺(公称一分圏内)に、実家系統の、親から相続した、300坪程度の土地があるので、そこから、駐車場収入が入るので、お金の額は問題としていないのです。彼女の駐車場は、【みずほ銀行】が使っていると、覚えておりますが、【三菱銀行】が土地の売買を、仲介したのは、ICUラインが動いた可能性があります。こういうところが、新出の、事案です。そして、私は、繰り返し同じことを書いている様に見えるでしょうが、以前より、さらに深めて書いておりますので、非常に分かり易くなっていると、思います。

 しかも、藤本夫人は私に大犠牲を強いて、大迷惑を与えているのに、darekakara,chiyahoyato,甘い言葉で誘われると、すっかり、相好を崩して、安野家などと、仲良くしているので、『おや、おや、これは、天に、逆らう行為ですね』と、驚きながら、思って居たら、いつの間にか、亡くなっていた模様です。まあ、ご高齢だったから、自然死といっていいでしょうが・・・・・お子様が二人とも、配偶者がいないという形ですよね。未婚と離婚です。そう言うところに天の配剤が、表れているかなあ。ともかくお孫さんはいません。だから、あの家は、断絶しますね。おお金持ちなのに。・・・・・まあ、藤本真澄さんと、義理の、兄弟だと、思うので、藤本真澄さんの子孫が、相続することとなるのでしょうが。私に対して二度も裏切ってこられたのですから、そういう結果になっても仕方がないでしょうと、言っておきましょう。長生きをすると,そういう結果を見ることとなります。

~~~~~~~~~~~~~~~

副題4、『藤本夫人が道路に堀った二本の線というのは、そこに、自分の家専門のフェンスを作りたかったからみたいだった。しかし、当時は、北側(藤本家側)に、高さ4メートルぐらいのマサキほかの植栽があり、南側(我が家側)には、アジサイが、植えられていたので、間は、一メートルしか無くて、二軒を除いて、誰も、道を、通れなくなるのだった』

 先ほどから出ている中谷氏というのも私を大きく裏切った人ですが、最初の内は、下へも置かぬ親切さで、藤本夫人の悪口を私に言いまくったのでした。中谷氏が指摘した、藤本夫人の異様さが表れているのが下の、写真です。角がとがっていますね。このブロック塀を藤本夫人は、自分で作ったそうです。あまりにきれいにできているので、業者が作ったのかもしれませんが、中谷氏に言わせると、こういう風に角を鋭角にとんがらせる住宅地はないのですと、言いました。写真A

 「この山は、車が入ってこないので、これでもいいが、平地の住宅だと、とんでもないことになるものだ」という話でした。
 このとんがらせた裏は、更地になっていますが、それは、私がこの写真を撮った時点では、既に、藤本家は、壊されていたからです。同じ場所を我が家から撮った写真が以下です。  写真B

 

 上の写真の左上に、先程の、三角形に尖った部分が見えます。そして奥が暗くなっています。八幡宮様の林が、あるので大木があって、暗くなっています。そこに小さく白い四角が二つ見えますね。左側が藤本夫人が勝手に入れた地境石の場所であり、それに基づいて、石井秀樹・あずさ夫妻は、土地を買ってきていますので、ものすごい得をしているわけです。だって、3.6m(=二軒幅)の道路のほぼ、3分の2を占めているのですよ。まあ、それも驚くべきことですが、もし、石井国土交通大臣の親戚だと、仕方がないという事になるのでしょうか? ともかく、CIAの魔手が、ぐんぐん伸びている一帯です。ここは。

 右側のしろい四角は、中谷氏が無許可で、崩した山の土留めを我が家側がしなくてはならなかったわけで、その土留め用のブロック塀がある場所です。というわけで、単純な目視でも圧倒的に我が家が損をしているという事が、皆様にも見えると、思います。

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副題5、『ところで、渡辺賢司家と、大原光孝家の間は、目視で見ても、2,5メートルほどもない。しかも、大原家は、この大問題に遠慮をして、植栽を植えない様にしているのに、渡辺賢司家は、堂々と植えている。なんというずるさというか、我がままというか、ただ、ただ、驚きの三十年間だ。一度も向こうから挨拶をしなかったばかりか、三原橋交差点で、交通事故にあって徹夜で、kyoubasiのホテルで、ブログを一本買いて、帰った次の日に午前10時半に布団をたたいて起こしたのだったし、睡眠妨害は、私への暗殺未遂の一助だから、本当に恐ろしい夫婦である』

写真C

  実は本当に丁寧に計測したら、部分的には、二メートルもないと、思いますよ。特に渡辺家の北側なんて、二メートルぐらいしかないと、思います。そして、前田家の前なんて、1メートル程度しかありません。驚くべき偏波です。この場所ですが、写真Bの白い四角から、chokusennkyorinisite、30メートルも離れてはいないのですよ。道なりにたどっても、50メートル程度の至近距離です。この真ん中にフェンスを作ったらどうなります。これと同じことが我が家と、藤本家の間に起きたのです。原因は、前田家特に前田清子さんにあったわけですが。 ⇒へ、続く。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題6、『安倍総理大臣こそ、鎌倉エージェントのいうなりであって、konogendainihontoiu、世の中を真っ暗にしている存在だ。鎌倉エージェントの、アイデアを出すという意味での、実質的トップは、未だ、実際には、生きている井上ひさしだと、私は見ているので、安倍総理大臣とは、共産党の、走狗となっていると、言ってもいいのだった。表面上は、右翼的にふるまっていて、それで、閉塞感に満ちた若者の支持を得て、選挙(2012年)に勝ったのに、2013年の三月ごろから、朝日新聞側の呼びかけに応じて、変身してしまっているのだった』

 どうして、こういう偏波があるのですか? そして、30年間、ただ、ただ、我慢をしている私に対して、どうして、警察が雇っているらしいガードマンが、鎌倉の画廊【ジアース】のオーナー若宮さんの電話によって、急に、【八十小路(豊島屋の経営する喫茶店)】の前を、6人も通るのでしょうね。

写真E・・・・・これは、銀座でのそのおなじ、職務のガードマンです。鎌倉の若宮さんの電話であらわれた人間たちは、不意打ちだったので、写真をとっていませんが、同じ種族の人間です。

 そういう世の中にしているのが安倍総理大臣なので、本当に恐ろしいことです。今般石破派に対する締め付けも陰惨無比だったそうですね。恐ろしい内閣です。日本をどす黒い形で、暗くしている、永田町です。第一次安倍内閣の時にはメディアは、「お友達内閣だ」と、揶揄したのに、今は、鳴りを潜めています。それは、大臣を辞任させろといったのと同じでんで、マスコミの人間に、「発表の場を与えないぞ」、と恫喝をしているからです。安倍内閣とは、ひじょうにスケールの小さい人たちの集まりです。自分でものを考えられない人たちの集まりです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題7、『証拠隠滅と、残っている証拠群について、書きたくないけれど、書いておかないといけないだろう。私も高齢ですからね(苦笑)』 

 ところで、マサキが、4~6メートルの高さで、藤本邸の、南側にあったという話ですが、その切り株の、写真が下のFです。

 

 藤本夫人というのは、やはり、ちょっと、変だったですね。道路に電動のこぎりで、切れ目を入れるなどという事は、本当におかしかったです。ただ、私は、それほど、いじめられているのだと、同情をして、自分側の土地を提供したのに、道路幅が、4メートルないといけないのだというポイントで、前田夫妻を責めた、余波で、我が家との、地境について、異様な境界石を勝手に入れていて、それに、実情を合わせるために、我が家の山を、中谷氏に命令して、崩させたのですよ。絶対に許さないと言っているのに、崩したのです。だから、それ以降,我が家の私道部分を提供する案は、取り下げていますので、30年間以上にわたって、中谷氏とか、前田家は、我が家の土地を盗んでいるという事となります。盗んでいる土地をシャーシャーと使って家を建てたのに、あいさつ一つ、そちら側から、やってこない、渡辺賢司家とは、次の節で問題とする前田家の異様な土地占拠問題に絡んでkoudouwosuruので、とても、ひどい人間だと、言うこととなります。30年以上にわたって、自分が得をしているのにあいさつ一つそちらからしないとなったら、バリバリと、その悪を私に、書かれます。しかたがないんことです』

 藤本夫人が前田家を追い詰めたのは、前田家が、異常な土地の使い方をしていて、私道部分をも、自らの庭として、使っていて、提供をしていないからなのです。藤本夫人は、そこらあたりを責めたのですが、その言い分がまた、特殊で、・・・・・道で滑って転んで骨折をした人が出てきて、訴訟問題となると困るので、我が家で、私道の境目にフェンスを作り、それを手すり代わりにします・・・・・・と、出てきたのですね。

 つまり、藤本家よりも奥にある、前田夫妻たちに、道路を通させないという目的で、そういうことを言い出して、しかも、そういう仕事を引き受ける業者がいないものですから、自分で、道路に溝を掘って、フェンスを埋め込むつもりだったらしいのです。

 ここで、写真Bを、もう一度使わないといけません。 

 

 道路が広いですね。そこに、三種類の色をしたコンクリートがあります。いちばんひダリの、白いところは、この章で、問題としているアスベストの健康被害を、欺罔として用いて、藤本富士通学校急った、いろポイントんです目のラインを消したところです。次に、黒いコンクリートが幅一メートルぐらいであります。それが、それが、私が引っ越してきた当時に、みんなが通っていた道です。その右側に、中間的色合いグレーのコンクリートがあって、そこが、アジサイが植わっていた我が家の私道部分です。

 そして、黒いコンクリートと、我が家の白いコンクリートの間に、草が生えています。これは、ど根性三つ葉とか、ど根性オオバコです。そして、柳沢昇が、石川和子さん亡き後、くわえ込んでいる女性のひとりが、朝の味噌汁の種にしようと外へ出てきて摘んでいた三つ葉です。じゃらんが五つ星をつけているみたいですが、鎌倉春秋窯に出入りすると、柳沢昇が、下半身に手を出しますよ。私は、猫を、迎えに行く際に、二人に、いじめられきっていて、しかも二人が、自分達の夜の生活の性欲亢進のために、私をいじめているとわかった日があって、こういうことをはっきりといいます。彼は、成田闘争をくぐってきた人間でしょうが、秋山祐徳太子氏も、安保闘争時期に内部では、乱交状態だと、言って居ますでしょう。

 それが、藤本夫人がいれた二本目の線なのです。其れの証拠隠滅を図ったのが、石春産業nodouro補修工事です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題8、『石春産業の工事中(あと注3)に、私は断言している、これは、将来、無辜の人の中に、死者が出ますよと、それがダム放流事故の死者であり、北海道の、40人であり、東北の老人ホームの死者であり・・・・・・だから、医師春産業の社長、専務、其れから、私に対して生意気な態度をとった若手社員の三人に対しては、石井大臣と両輪となって、2018年nihaitteから、数多い天災の死者に対する引き金を引いたと、言うべきだろう。普段なら、悪い予兆を口には出さないでいる私が、あれほど、断言をしたのには訳がある。この工事で、被害者たる私のいう事を一切、聞かないという医師春産業専務の態度は、工事人としては、突出して、異常である。工事人として、本当に、異常である。だから、天の采配が下った。

 ただし、石春産業一味は、こんなことを閉塞感気でするのだから、相当な、悪人らしいので、したがって、彼ら本人は死なない。遠くに住んでいる無辜の人たちが死ぬ。

 善人たちであり、この鎌倉雪ノ下とは、無関係な人々が多数死んでいった。それは、この雪ノ下で行われている異常なことに原因が在る。鶴岡八幡宮の大イチョウが倒壊したのも、彼らが真因であるといっているのに、全く反省をしない、異様な、精神の持ち主が前田一派であり、伊藤玄二郎一派である。そして、警察の特殊部隊である。今般の交番襲撃も死人に口なしで、東北学院大学の学生が、真犯人で、はないと私は思っている。野都庁で、信州大学の学生が、高校一年生の女子生徒と殺して自殺したという案件とそっくりである』

 @@@@@@ここが、第一の書きかけ中の最先端です。ikaha ,memodesu. 徹夜明けで、しかも6時になったので、寝ます。これ以降は、次の章で、書くかもしれませんが、

後で補充していきます。

副題9、『なぜ、道路の証拠を隠滅するといけないのka?]

 どうして、安野家と仲良くしたらいけないのかというと、藤本夫人と前田家が大きな争いに発展した本当の原因が安野夫人が主催する、井戸端会議にあったからです。その主婦連中の話声は、大体においてうるさいのですが、特に前田夫人の声がうるさいのです。我が家など、藤本邸から、比べると、水平距離にして二倍であり、垂直距離にして五倍程度離れているのに、前田夫人が話すことは、その内容すべてがわかるという形で、聞こえてしまうのですよ。ものすごい大声なのです。彼女は、ここに引っ越してくる前には、どういう地域で、また、どういう形態で、主婦として暮らしていたのだろうと、不思議で、ならないのですが、ともかく、大声の人なのです。特にここに引っ越してしてきてから誰かのご推薦で、鶴岡八幡宮さまのサポートを受けて、國學院大學の講師になっていますので、意気軒高なわけです。もともと、学歴としては、自分は大学院卒だから、この山ではトップだと、言う気分があるみたいですが、その上、職業上も一番だと、言う思いがあるので、すさまじいレベルで、温度を取って、いじめまくるのですよ。ほかの、人間で、特に手下にはならない人間をですね。

 この井戸端会議を嫌って、大勢の人が引っこして、いきました。たった、実働15軒、静かに暮らして、近隣とは、かかわらない、別荘など、五軒ですから、この井戸端会議の、中学校の、いじめ的、威力はすさまじいものだったのです。そして、1980年代は、私ではなくて、藤本夫人が白眼視,および、村八部の対象だったのですよ。 

 

@@@@@@@@ここがdaini no書きかけ中の最先端です。

 しかし、これは、証拠隠滅が目的で、一種の欺罔(言葉巧みなウソ)ですから、健康被害をもたらすはずの上水道管は、掘り起こされず、ただ、ただ、新しい水道管を埋めるという形で、道路につけられるている溝を消し去ったのでした。

 しかし、鎌倉エージェントというのは、非常に頭が悪いので、アスベスト被害を、全国的に大問題にすれば、私が書いていることを、このブログの読者の皆様が、誤解をなさって、私の方が悪人だと思うだろうとしていて、それで、何か所も訴訟を起こしています。小泉首相の靖国参拝が違憲だと、言って居る集団訴訟と、同じメンバーが原告になっているのでしょう。特に伊藤玄二郎が、中央大学の法学部出身なので、死刑場を公開した千葉景子元法務大臣をはじめ、法曹界をも手名付けていますか羅、アスベスト裁判をいつ起こすかなど、お茶の子さいさいで、決定できるのでしょう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題10、『なぜ、大阪高裁が、今般、2018年9月19日に国家に、二億円払えという判決を下したかを、推理しよう。それが、安倍総理大臣が、なぜ、三選できたかをも解明する、一つの、原動力になるからだ』

 

 

 

 

後注1、

北海道地震、これも、石井国土相のせいで起きた。任命責任がある安倍首相の三選など、国民を苦しめ続けるだけだ△        2018-09-06 06:33:48 | 政治

後注2、

アスベスト訴訟で国に2億円余の賠償命令 大阪高裁

アスベスト訴訟で国に2億円余の賠償命令 大阪高裁

かつて建設現場で働きアスベストを吸い込んで健康被害を受けた人たちが国などの安全対策の遅れを訴えた裁判で、大阪高等裁判所は、2億円余りの賠償を国に命じました。一連の裁判で国の責任を認める司法判断は10件連続となり、国に救済を迫る声がさらに高まるものとみられます。

続きを読む

この裁判は、かつてアスベストを扱う建設現場で働き、肺がんや中皮腫などになった関西や四国に住む大工や塗装工など19人について本人や遺族が安全対策が遅れた責任を訴え、国などに賠償を求めたものです。

後注3、

石春産業の常務と安野智紗夫人は、見つめ合い、ウィンクさえしあったが?・・・・・三菱銀行、鎌倉市、神奈川県・・・・・雪の下黒物語の8

2018-02-27 21:37:18 | 政治

有楽町駅の禿頭・高橋某が、100%の嘘をついて、運賃を二重に取ったので、鎌倉の安野夫人(=CIA)の悪辣さがますます明瞭に!

2018-03-01 20:48:19 | 政治

証拠写真を公開します。有楽町の嘘つき駅員が、刑事の変装だった事と、私が、理不尽な被害を、日頃24時間に亘って、被っている事を語る為に△

2018-03-02 23:50:26 | 政治

 

有楽町駅の二日前にも、浜銀のスパコンにバグが入れられ1万円札が一枚少なく出て来た。其が私に、JRのスパコンへのバグの投入を確信させたのだった

2018-03-03 01:54:05 | 歌舞伎

 

but Anyway, I am happy and optimistic・・・西部邁さんは、何故死んだのか?・・・this theme include deep inside△.

2018-03-06 22:53:09 | 政治

 

安倍総理、呉へ行く。その二

2018-03-27 12:35:44 | 政治

伊調選手救われる・・・私は、今夕20分だけだったが大運動をした。wrestling並み? しかし、私の方は救われない(大苦笑)

2018-04-06 22:35:50 | Weblog

 

大原光孝と暴力論・・・・・・何が、暴力なのだ? そして、その量を考えないといけないと、私は信じているのだが

2018-04-08 22:51:37 | 政治

石春産業は、又も、大きくだまして来たぞ、・・・・・・・現在書きかけ中

2018-04-27 23:25:42 | 政治

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【マツコ会議】で、ふと、私に見えてしまった・・・・・残酷なほどの、・お・ん・な・を巡る貧富の差

2018-09-19 20:37:19 | 政治

 今旅行から帰ってきました。ルートは、久喜(埼玉県)駅で、弟の、車に拾ってもらって、東北自動車道を、北上して、大谷石の採掘場(大谷石資料館)により、その後、那須に入り温泉のあるホテル、松川屋に泊まったのです。

  ここに、二日目に、ひとこと添えます。美的センスがいホテルだと、特に夕食の時に感じたので、仲居さんに「誰か、専属デザイナーがいるのですか?」と質問をすると、「いいえ、たぶん、おかみさんのセンスですよ」という答えでした。私はね。美術が、専門だから、『ここは、夕食の際に使ってある和紙製のランチョンマット一つでも、センスがいいなあ』と、思ったのです。他に、ロビーのソファーの布地の色、絨毯の色、あれこれ、極端を廃して、かつ、飾りがないところ、各・きゃしつ・階に、普通は置いてある自販機の類がないこと、あれこれの、案内用ビラが、あっちこっちに、貼っていないこと、ロビーの図書の類が、レベルが高いことと、きれいに整理されていること、などなどで、すっかり気に入りました。

 お風呂場なども、結構でした。個室用お風呂は、後から作ったと、思われ、そこが、特にデザインセンスがいいので、写真を撮ったほどです。後で、処理してアップします。次の日のチェックアウトの際に、初めておかみさんに出会ったので、(ただし、普通の洋服姿だったが?)「あなたは、どこかの美大卒業ですか?」と、質問をしたいと、思ったほどです。でも、それは、やめて、ともかく、「デザインセンスがいいですね」というと、「まあ、シンプル・イズ・ベストだけは、心がけています」ですって。過剰に愛嬌がないところも、気に入っちゃいました。床柱に北山杉が用いてあること、ふすま紙に絵が描いていないこと。畳のヘリの、金襴が、できるだけ目立たないものを用いてあること。いちいちが父が65年前に主張していたことと同じなので、非常に感じがよい、空間で、半日を過ごすことができました。

 その次の日に、ブリティッシュヒルズ、まで、行って、また東北自動車道を南下して、久喜駅で、おろしてもらったという旅行です。いろいろ、感想はありますが、今、頭に降りている文章は、【マツコ会議】に関するのものなので、それに、取り組みたいと思います。

副題1、『私は、【マツコ会議】という番組については、一切を知らなかった。2018年9月15日までは』

 ありていに言って、私は【マツコ会議】という番組を一切知らないのだった。たまたま、大坂なおみ選手の帰国直後のニュースを、多数録画をしていたのを、早送りして見ていた時だった。私は、民放のニュースショーは、ほとんど見ないのだけれど、大阪なおみ選手のあれこれに関しては、知りたいと思って、6チャンネル(TBS)をライブで見て、4チャンネルと、5チャンネルを、録画しておいたのだった。

 4チャンネルのニュースショーを点検するのが、特にあとまわしになっていて、やっと15日になって、4チャンネルのニュースショーを、早送りしながら見ていた。

 ところで、すべての家で、そうなるのかどうかを、私は知らないのだけれど、録画番組と同じチャンネルに、自動的に、録画用レコーダーは、チャンネル合わせをしてしまう。したがって、私が早送りをしながら、数本分の、4チャンネルの録画ニュースショーを消費していると、その合間に、現在放映中の、4チャンネル(=日本テレビ)の番組が表れてしまうのだった。たまたま、その時、マツコデラックスが画面に現れた。
 私は彼については、TBSの【マツコの知らない世界】を、五、六回、見たことがあって、『とても、頭の良い人だ』と思っている。
 「でも、自分は、時間がない人間であって、あれこれ、手を伸ばしてはいけないでしょう」と、自分に言い聞かせて、さらに、rokugabangumiを、早送りする作業を続けていた。しかし、二度目に、【マツコ会議】が、あらわれた時に、ふと感じたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
副題2、『【マツコ会議】には、日本テレビスタッフが、相当力を入れているし、マツコ自身も力を入れている。それが、・・・・・後日、19日には、グーグル検索などで、はっきりと、私にも、わかってくるのだけれど、・・・・・直観で、既に、15日に把握されたのだった。録画ニュースを消費中、二度目に、【マツコ会議】が、ライブのものとして、私の目の前に現れた時に、それを、私自身が感じて、思わず、録画番組の消費をやめて、ライブで、マツコ会議に見入っていった』
 
 あのね。ここで、老婆心ながら、【マツコ会議】という番組を、私なりに解説をさせてくださいませ。
 というのも、私のブログの読者様と、【マツコ会議】を見ている人が重なっているとも思えないからです。
 そちらは、若い人が見ている番組で、こちらは、主に高齢者が、読んでいる頁でしょう。(苦笑)すみわけがみごとにできている世界だと、思うからです。
 
 私は、この前、・・・・・テレビを全く見ない・・・・・という素敵な女性に出会ったのですが、私こそ、20年前までは、ほとんど、テレビを見なかった女性なのですよ。しかし、2007年以来、テレビを利用して、国民を洗脳していくことがあり、それが、自分と、見事に、連動をしていて、しかも、それを、敵さんたちが、私への攻撃の手段としていることに気が付いてしまってからは、テレビを、仕方がなくて、見ているのです。
 しかし、此処では、私のブログの読者様が、20年前の私と似た様な生活様式の方だと、仮定をして、まず、マツコデラックスという、タレントについて、語らせてください。
 私なりの切り口で、語らせてくださいませ。
 彼は、裏表、いろ色、違った風に、経歴を披露していますが、私が、聞いているのは、往年、音に鳴らした徳光アナの親戚だという事で、どの時期から入学したのかは知りませんが、慶応大学を出ているそうです。そして、特徴は、超肥満体であることと、女装をしているという事です。お化粧も、濃くしています。
 ですから、20年以上前だったら、表の世界には出られない人だったと、思います。しかし、彼のすごいところは、そのゲテモノ感を、最大限に、うまい形で、利用しているところなのです。
 
 ・・・・・私はねえ。異形の世界の人間なのよ。ゲテモノなのよ。まともではないのよ。それが、売りなのよ・・・・・と、居直っていて、それを免罪符として、今、おびえきっている各方面の、タレントや、有名ライターが、言えないことを言って居るのです。
 sokogaすごいのです。また、最大の特徴です。同じことを、乙武さんが言ったら、乙武さんは、別の問題(下半身の問題)で、たたかれて、テレビに出られなくなります。一応復活してよかったけれど。本田圭佑選手が、なにかを、言っても同じです。本田選手は、海外で、評価が高くて、今回、どこかの国の監督を頼まれるという形で、救われました。しかし、日本のテレビ界では、冷遇をされています。いうことなすこと、本当のことを言うからです。
 ホリエモンが、似たようなことを、言っても同じです。ホリエモンは、税務申告toiu,honsituとは、離れたことでたたかれて、ひと財産を失いましたね。また、名誉も失って、大変だったでのす
 
 爆笑問題も、割と、はっきり言う事で、有名です。しかし、一回、干されているそうですね。そこから、やっと、這い上がってきた人たちなので、慎重のうえにも慎重です。そして、ビートたけし・・・・・この人は、全身が、すでに、CIA側の人です。しかし、賢いので、高須院長ほど、露骨にそれを出しませんけれどね。
 というわけで、『今、マツコデラックスほど、面白い発言をするタレントは、ほかには、いないでしょう』と、私が思っている存在です。
 ~~~~~~~~~~~~~
 
副題3、『その日、主役とは、別の種類の人間が一人、別室(=日本テレビの、スタジオ側)で待機をしていた。私は、全部を見ていないので、その女性が、どうしてそこに座っているかは、わからなかったが、主役たちより、劣位の人であることは、一瞥をしただけで、分かった。つまり、舞台の上の主役と、その一ファンという関係で、最初から、優劣のついている、劣位側の、人物だったのだが?』
 
 その日は、雑誌、POPTEENの特集でした。あるレストランに、雑誌で、昔、モデルとして、活躍をしていた女性たちが、10年~15年後という姿で、集合して、同窓会を開いています。
 美形であり、かつフェロモンも旺盛だという事が、彼女たちの、セールスポイントなので、結婚をしている人が多くて、お子さんを連れてきたりして、ともかく幸せそうで、輝いています。
 肌もつやつや、髪の毛も、つやつや、洋服もブランド品か何かは知りませんが、銀座か、表参道か、青山で、買ったものでしょう。なにも、かも、ピカピカです。
 
 彼女たちは、どこかの、レストランで、五千円~二万円程度のディナーを、食べているわけですが、日本テレビ内では、マツコを中心にした、局側の、ディレクターなどが、6人程度、円卓風にした(というのは、長方形のテーブルだけど、全員がお互いの顔を見ることができるという意味で、円卓風と、私が言って居るのだが)テーブルに、座っていて、本日の主役たちの発言を整理したり、編集したりしていると、見えました。この二か所の間には、中継車を出していて、映像・音声とも、お互いに、はっきりと見聞きできるので、質疑応答は、瞬間的に可能であるという形です。
 
 普通なら、全部撮影をし終わってから、編集して、放映をするのですが、これは、ライブで、放映をしていると,感じられました。そこが売りなのでしょう。
 その円卓風にしつらえた、長方形のテーブルに、俯瞰する形で、カメラが、向かうと、二列目の椅子も用意されていて、そこに、一人の女性が座っていました。
 その女性は、別室に集まっているPOPTEENの紙面に昔登場した女性たちとは、まるで、違って、つやがない、タイプでした。全体にそそけだっていると、いう感じでした。
 
 どうして、彼女がそこにいるかという事ですが、事前に、街頭インタビューなどをした際に、熱烈な読者だと、いう事がわかって、「じゃあ、来て御覧なさいよ」という形で誘われたのだと、思います。
 彼女の方が、何を考えて、日本テレビのスタジオにやってきたかですが、
 テレビに出るという事に希望やら、優越感を感じて、やってきたのだと、思います。この番組が夜の11時からライブで、放映されるとして、夜の、八時から、九時ごろ、渋谷で、見つけられて、車で、引っ張ってこられた模様です。彼女は意気軒昂で、傲岸不遜な雰囲気さえありました。しかし、しかしなのです。
 
~~~~~~~~~~~~~~~~
副題4、『レストランの方では、3歳から、6歳ぐらいの男の子達が遊んでいた。それは、正式な結婚で生まれた健康な男の子たちであり、幸せという事の象徴だった。それで、会議室側が、自分たちの方の部屋に、一緒にいる、ファンである方の、女の子に、「結婚をしたいのよね」と、事前に確かめておいたらしくて、しかも、彼女が、30歳を優に超えているという事で、
 
 「この人、今、婚活中なのですが、成功するためには、何が足りないと、思いますか?」と、レストラン側にいる、成功者たちにむかって、質問をした。すると、「髪の毛が、だめでしょう」と、彼女たちは、異口同音に答えた。
 
 会議室側の男たちの一人が、「金髪であるということ?」と質問をすると、「いえ、違うのよ。つやがなさすぎる」とレストラン側の成功者たちが、一斉に、いった。中の一人で、顔も髪も美しい女性が、
 「あのね、月に二回は、美容院で、トリートメントをしてもらわないとだめよ」と、自らのセミロングの髪をなでながら、言った。
 
 すると、ファン側の勝気な女の子は、衝撃を受けた模様で、無言だった。明らかに、自分と彼女たちとの違いに気が付いて、ショックを受けていた。それを、見て、勝者側の女性も、また、何か大切なことに気が付いたらしく、訂正をしてきた。さすが、人生の勝者側に立つあの子だ。優雅で、かつ、気づかいが、ある。美しい気働きがある。すなわち、このファン側の、女の子が、貧乏だと、いう事に気が付いたのだった。
 
 つまり、彼女は、そちらの、負け組に立っている女の子が、お金がなくて、月に二回など、美容院には行かれないひとでも、ある・・・かもしれない・・・と、気が付いたのだった。ご立派。ご立派。
 そうだ。モデル組の方は、渋谷、表参道などの、カリスマ美容師に
、髪をカットしてもらって、かつ、お手入れ作業も同時に行ってもらえる立場だ。一万円以上のお金を、一回に支払って、月に五万円程度、美容院へ支払うことができる立場だ。そして、それは、現在日本では、数少ない立場の方なのだった。
 
 で、「ああ、自宅のお風呂でもいいのです。しばらくの間(洗い流さずに、)トリートメントを、髪に、なじませておいてね」といった。すると、スタジオ側にいる女の子が、間髪を入れず、こう答えた。
 「私のうち、おふろ、無いんです」と。
 
 あまりにもかわいそうだった。しかし、彼女の勝気さが表れきっていて、私としたことが、思わず、笑いだしそうになってきた。究極の悲しみとは、笑いに通じるのだ。
 
 そういえば、最初から、こちらの、女の子には、気丈さが見えたし、しっかり感は、あった。彼女はエロ系の仕事ではなくて、何か、現場で、労働作業を含む様な仕事をやっているので、心理的な意味での、誇りは高いのだった。しかし、現場作業では、粉じんも浴びるかもしれないので、髪はさらに傷むのだった。
 彼女の住まいだが、都心でも、2万円とか、3万円で、借りられる木造アパートの、個室貸し形態の、古いアパートかもしれなかった。なか廊下という形で、そのうちの、一間だけ、使うタイプだろうか。そして、公衆浴場に、行く時間も、お金もないのだろうか。
 それとも、お台所の湯沸かし器で、洗面器にお湯をためて、お風呂代わりに、体を洗う、そういう生活なのだろうか?
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
副題5、『ともかく、この女の子がバカではないことは、確かだった。彼女は、この番組に来た自分が、自分の想像とは、違う使われ方をしているのに、既に、気が付いていて、ある種の、怒りさえ、感じていたのだろう。つまり、ファンとして、往年のスターたちをほめそやすという役目のために、やってきたつもりが、自分の方が劣位にあって、相手方の優位さを引き立てる役目を、果させられていることに、気が付いたしまったのだ。しかし、最初から、日本テレビ側、またハ、マツコ側が、それを狙っていたとも思われない。この番組は、あくまで、エンタメの一種だからだ。
 たまたま出席した彼女が、この場にいる全員の予想をはるかに裏切るほどに、貧乏だったわけだ。
 この女性は、賢いし、勝気だから、自分としては、円卓を囲む男性スタッフやら、マツコに文句を言ってはいけないとわかっている。また、此処から急遽逃げ出すのもいけないという事もわかっている。
 ただ、ただ、予想外の展開になってしまった。そういう想像ができなかった、自分があほだったという事には、気が付いているのだから、身じろぎもしない。
 
 しかし、なんとも気の毒ではあった。彼女が、生まれながらの美形ではないと、いう事は、彼女の責任ではない。しかし、ともかくのこととして、彼女が、金銭的には、余裕のない実家で、育ったことは確かだった。もし、お金持ちの家に育ったのなら、私学などに入れてもらって、もっと、世間知に長けていただろう。で、相手の、余裕ある態度変換に対して、こちらも、余裕をもって、「そうしますね」といっておけば、あそこまで、視聴者に、衝撃を与えなかったと、思う。あまりと、言えば余りだった。その優劣の差が、単に、ある化粧法の問題ではなくて、
 現在の日本にある社会的構造にまで、あぶり出し効果を上げてしまったからだ。
私は今まで、「日本の男性が、苦力(クーリー)化することを心配してきていた。しかし、女性も激しい貧富の差に見舞われている状況下にあったのだった。
 この章は、続きます。特にマツコデラックスが、どういう風に、事態を、収拾をしたかは、かたらないといけませんしね。しかし、今夜は、此処で、終わりとさせておいてくださいませ。
 
【蛇足】
 
トリートメントとはなになのか? と問うと、蝋の一種です。柔らかいワックスというべきか?
 だから、私は使いません。化学屋だから、ファウンデーションの類も使いません。常にすっぴんであり、時々、髪には、椿油を塗ったり、オリーヴオイルを塗ったりするだけです。
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本日(17日の月曜日)、私は、北久里浜に呼び出されましてね。

2018-09-17 22:59:27 | 政治

 今は下の文章を書いた次の日、18日の深夜です。那須のホテルで、これを書いています。下の文章は、一般の読者様が、お読みになると、ちんぷんかんぷんだと、思います。しかし、今のところは、この程度nisaseていおいてくださいませ。非常に大きなことに取り掛かるはずですし、まだ、まだ、国際キリスト教大学が舞台として、行われた諸事を、書いておかないといけないので、意味不明であっても、これで、いいのです。CIAの中枢には、意味がきちんと通るはずなので、これで、いいのです。恐れ入りますが、この程度で、この一文は、良しとさせてくださいませ。

 本日=17日は、休日でした。で、新しいものを書けば、余裕をもって、読者様がお読みいただけるわけです。しかし、できませんでした。理由は、北久里浜へ呼び出されたからです。

副題1、『北久里浜に、急遽呼び出されて』

 非常に個人的なことを語っている様ですが、これもまた、例の敵さんたちと、私との指呼の距離にある様な対応について述べる文章なので、語らせてくださいませ。

 前の日の、日曜日の、夜、8時ごろ住友不動産逗子支店から、電話が来て、「北久里浜の家を買いたいと、言って居る人がいますが?」といいます。

 私は、その瞬間、『ああ、これって、罠ですね。でもね。以前(というのは、20年ぐらい前の事)に比べると、ずいぶん上品になったものですね』と、思い至りました。

 まず、電話の相手が、大企業です。そこに入社した、若手社員ですから、物腰も電話越しながら、丁寧で、お品がよいです。

 以前は、見るからにやくざみたいな男性が売買交渉のために我が家を訪れました。所属する会社名も言わず、名刺も出しませんでした。そして、恫喝しながら、「売れっ」と、言ったのです。風体も態度もやくざ、そのものでした。ただね、私が、そういう脅かしに屈するかというと、全く違うのですよ。私は、何も叫ばないし、唯、黙って、相手にいいたい放題を言わせた上で、「売らないわよ」といっただけでした。その、20年前の、値段ですが、まだ、まだ、土地が高かったころですが、それなのに、「2600万円で売れ」といったのです。それは、低価格すぎるのですが、ほぼ命令でした。または、恫喝でした。

 当該の物件とは、日当たりがよくて、北久里浜駅へむって、降りる際は、徒歩六分です。坪数は、60坪で、東南角地です。それは、ルネ北久里浜(または、そらひるず)への、着工が始まる直前だったので、彼ら、悪人は焦っていたのでしょう。私の方は、慌てず騒がず、ただ、「売らないわよ」といっただけでした。

 当時は、空き家の多増もなかったし、家・あまり・現象もなかった時期なので、これは、恐るべき安さというものでした。その後、時代と流行が全く異なってきていますが、今日の査定では、2400万円でした。すこぶる、上等です。この、現代日本、つまり、空き家が、二軒に一軒はあるといわれている、時期に、20年前から、たった、200万円しか下がっていないとは。

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副題2、『しかし、真意は別のところにあるだろう。・・・・・これは、こちら鎌倉雪ノ下に於ける石春産業の道路改修工事と同じく、私がブログで、書いていることを、証拠隠滅していこうとする案でしょうね・・・・・と、思うので、私の方には売る気はなくて、ただ、どういう風に、20年前とは、変化しているかを知りたかったので、出かけていった。御要請どおりに、12時に、到着する様にして、わざわざ鎌倉から出かけていった。すこぶる素直に相手側に従ってみた』

 実は、その家のある一帯、2400坪を、微妙にして巧妙なやり方で、益山重夫・元・海軍参謀と、瀬島隆三・元・陸軍参謀が、京浜急行と横須賀市とも、結託をして、お金を払わないで、自分のものにしたのでした。1960年代から計画が進行していたと、推察しています。または、1950年代からか?

 そして、我が家の、南側部分に、ルネ北久里浜(元の名前を空ヒルズ)という、豪華な四棟のマンションを設定して、北側には、敷地30坪程度の建売住宅を10数棟を、建てて、売り出しているのです。40年前から、金銭に変えていっている土地なのです。非常に大規模な悪事なのですが、その真相を、詳細に知っているのは、私だけでしょう。

 そして、証拠となる、当時の、内容証明書や、当時の、公図の写しなど、すべて、盗まれています。泥棒が、頻繁に入るのは、狙いが明瞭にあるからですよ。しかし、紙の証拠が盗まれても、物的、証拠は、いっぱい残っているのです。それは、鎌倉雪ノ下のケースと全く同じです。もし裁判になれば、徹底的に戦います。

 紙の証拠ではなくて、現場に、ものとしての証拠がたくさん残っているのです。

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副題3、『17日も午後五時過ぎから、定例の嫌がらせが、3個、続いたので、このブログを書くことを決意したのだった』

 で、悪人たちは、私を殺したくて、仕方がありません。それで、京急に乗ると、横浜駅に入る直前に、北から乗って向かう場合でも、南から向かう場合でも、ホーム到着、直前に「不審なものとか、不審な人を見かけたら、駅員に、告げてください」と、私を狙って、放送をするのです。その本当の、意味は『お前を、いつかは、群衆を使って、殺してやる。関東大震災の時の朝鮮人みたいに、・・・・・あそこにテロリストがいるぞ・・・・・と、叫ぶという形で、群衆に、殺させてやるぞ』と、脅かしです。それを一般庶民に納得をさせていくために、パリで、シャルリーエブド事件が起こされ、また、イスラム国が大活躍をする様になり、後藤健二さん事件が起こされています。そして、後者ですが、川名昭宣さんが、健二さんの東大卒no女性との結婚という部分では、相当にかかわっているでしょう。

 そういう形で、脅かされ続けているのです。

 京急の車内放送が起きたのは、五時、40分ごろでした。その後、ヨドバシカメラ横浜店により、外付けハードディスクを一台買いました。その後、横浜駅を、6時半ごろ出発する、横須賀線・久里浜行きに、乗ったのですが、保土ヶ谷駅へ進入する直前に、急停車して、「今、踏切に人が立ち入ったという知らせが入りました。確認中なので、お待ちください」と、車掌が言います。

 これも、私が重要な真実をブログで、書いた場合の定番です。

 私は、こう考えます。『ヨドバシカメラ横浜店で、クレジットカードを使ったからですね。それに、今、スマホを持っています。これは、そのGPS機能を使って、私がどこで何をしているかをすべて、チェックされるわけですが、久里浜駅周辺だけは、駅のロッカーにスマホを入れて、不動産やへ、物件を探しに行っていたのです。不動産屋内で、何を話すかを盗聴されたくなかったからでした。

 で、CIAの私兵と化している、警察庁の殺人用別動隊は、その30分の空白を、「生意気な野郎目。逃げおおせると、思っているのか、俺たちは、逃がさないぞ」と、いいたくて、新たに、その夜は、保土ヶ谷駅、直前で、電車を急停車させたのでした。これも定例の脅かしですが、外出のたびに起きるわけではなくて、彼らの側に、大きな攻撃意欲があるときだけ起きる現象です。

 そして、鎌倉駅まで、到着すると、イッコーのガードマンが待っています。これも定番中の定番です。(苦笑)

 さて、ここから先は、18日の午前五時から入力をしている部分です。私は、今から、3時間後に旅行に出る予定が、ありますので、いつも通りの、詳しい文章を書いている時間がありません。で、書きたかった部分のメモを描いておきます。電車に乗っている間に、スマホで、入力できるかどうか? それは、わかりませんが、ともかく、どうか、お待ちいただきたく。

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副題4、『korega、わなである事は、見え見えですよ。一か月以上前から、青地の調査をしますと、測量士A氏が言ってきていますのでね』

 地籍変更届が、今では、更生(または、校正)届と、・言・葉・が・え・をなされているらしい。例の、鎌倉エージェント固有の方式である。この青地という単語こそ、彼らが、1978年を中心に行った大悪事(実質的な詐欺事件)を、私が知るゆえんとなった語彙である。それを、此処で、持ち出して、あんたの方が間違っているのだよと、言いたいらしい罠(特に伏線)であることは見え見えだった。しかも、この住友不動産との、会合の、たった2日前に、さらに、プッシュする、動きが、測量士A氏側から出ている

15日(金曜日)に彼は、我が家(雪ノ下)を、訪問してきているのだったから。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題5、『杉本正子夫人が、今焦っている可能性がある。稲田恭子夫人について、あれこれを書く予定があるという、私の本心を知ってから・・・・・私は,自分自身、命を狙われているし、大切な友人、山口みつ子さんが、殺されているわけだし、・・・・・sarani、彼らが新たな殺人事件を起こしている可能性があるからだ。

 実は横須賀市での友人、佐久間操夫人の死にも疑問があるからだ。2013年に出会った彼女には、病の陰さえなかった。元気、いっぱいだった。どうして、その2,3年後に急逝してしまうのか? しかも、それをどうして、私は夜、ルネ北久里浜の入口・・・・・・で、稲田恭子夫人から、聞かされることになるのだ????? 大いに疑問があるところだ。

 ・・・・・・その場所とは、益山智恵子夫人の姪が、事件の三十年後の今では、豪邸を建てている場所である。1978年に、私に悪事がばれてしまって、追い詰められた益山智恵子夫人が、私を、彼女のセドリックで、ひき殺そうとしたのだが、その当時は、子供だった姪が、その30年後に、ただで取得した元水道山の部分に大豪邸を建てて住んでいる。その見事な建築でできた家の、特に、立派な、勝手口が、そこにある。そこで、稲田夫人は、待っていた。こういう手法は、雪ノ下でも散々使われた手段(あと注1)である。したがって、稲田夫人が、CIAの手先としてつかわれていることは確かである。したがって、1984年からの、稲田夫人の行動を詳細に書く予定が、今、私の方に、ある.sorede、杉本夫人が、今はとても、焦っていると、私は推定している。しかし、私の敵たる鎌倉エージェントたちは、もともと、頭がトカゲの脳みそ状態なので、自分たち自身が過去に何を行ったかさえ忘れているらしい。私の方は絶対に忘れない。

 杉本正子夫人というのは、マクベス夫人に比すべき・大・悪女だが、彼らは、すべて、人的コネを使って、謀略を行う。稲田恭子夫人と杉本夫人が気が合うとは思えないが、稲田恭子夫人と私は、手仕事が好きだとか、美に対する感性が高いというポイントで、あの地域で、一番親しい、関係を持っていた。したがって、稲田恭子夫人を、ぼうりゃく用に、使うのだが、さすがの杉本夫人も、稲田恭子夫人に対しては、enryogaあるらしい。

 もし、自分が、教唆している事の、裏側が、ばれてしまって、彼女(=私)に、全貌を書かれると、稲田夫人に対して、申し訳ないという気分があるのだろう。というのもCIAエージェントがとして、特権を保持している杉本夫人も、社会的な、公の立場を言えば、稲田夫人とは対等の立場である。だから、稲田夫人から抗議を受ければ謝罪をするしかない。だから、ビビっているのだろう。

 大堤防も、稲田恭子夫人という蟻の穴から決壊する可能性もあるのだ。まさか、稲田夫人を、がん検診を利用して暗殺しないでしょうね。皆様も、この件は、ぜひ、ご注目をくださいませ』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題5、『私は、東側半分を、1800万円なら、売りますよと、言った。不動産会社の社員は、本当は、目をむいて、私を怒鳴りつけたかったであろう。「今時、此処をそんな値段では、売れませんよ」といいたかったはずだ。しかし、・・・・・彼女(=私)を怒らせてはいけませんよ・・・・・と、事前に言い聞かせられていたらしくて、彼は平静な様子で、さらに協議を続けた。

 私は(お互いのスマホを利用して盗聴をされている。または、)既に、この家全体に盗聴網がかかっているのを知っていて、それを利用したのだった。わざと高すぎる価格を主張をしたのだった。つまり、・・・・・あなた方がわなを仕掛けてきているのは、とっくにわかっていますよ。おバカさんたち目・・・・・と、しかりつけたい本心を、その・・・・・半分で、1800万円、お出しいただけるのなら、売ります・・・・・という発言で、明らかにしたところだった。

 それで、じゅうぶんであり、このブログの世界で、この売買交渉のことを描くつもりはなかった。ところが、その帰り道に、副題4に描いたようないやがらせを、受けたのだ。こうなると、ものの見事にCIA側が乗り出してきたという事になるので、杉本夫人と稲田恭子さんの関係を描くこととした。

 2018年9月17日から、18日にかけて、これを描く、雨宮舜(本名 川崎千恵子)

 なお、このブログの、2010年より、数え始めた延べ訪問回数は、4907762です。

後注1、

前田祝一様、貴君に行動の自由があるのなら、私にも、その行為を記録する自由はあるでしょう?△  2013-06-11 15:31:49 | 政治

 

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佐藤健と中村倫也の歌唱力・・・秋篠宮家が心配だー2・・・イルカのショーを海外選手に見せるなどとは、何という無神経さだろう

2018-09-16 21:15:05 | 政治

 この章は、ツィッター方式で、書かせていただき、総タイトルは、順次変えていく可能性があります。それは、お許しください。

副題1、『9月11日、佐藤健と、中村倫也が、朝ドラ【半分青い(140話)】の中で、二重唱をした。たった、8小節か12小節という短さなのに、私は、ものすごい感銘を受けて、夜11時半からの、NHKBSプレミアムの再放送を録画して、何度も聞いてみた。どちらが低音部を担い、どちらが高音部を担っているのかを確かめるために』

 低音部は、二人の、青年の地声でしょう。しかし、高音部が素晴らしい。ふくらみのある、それこそ、横隔膜を使った声です。相当に、音楽に詳しい、青年である歌い方です。私は、それが、どちらであるかを確認したかったのです。これは、絶対に公開してあると、思いましたよ。でも、その情報を得る前に、自分の耳で、回答を得たかったのです。しかし、10回ぐらい繰り返し聞いてもわかりませんでした。それで、とうとう、公開されている情報に頼ることにしたのです。

 ところが、どこを検索しても出てこないのです。『え、それはないでしょう。あの高音部の素晴らしさが、今は、俳優をメインにしている二人の若者のどちらかの発声だとしたら、日本人も捨てたものではない』と、思い得るのに、どうして、公開をされていないのだと、憤懣やるかたない思いで散々探したのですよ。

 結局、「あれは、私の若い日の思い出を使いました」という北川悦吏子さんの、エピソードしか出て来なくて、佐藤健と、中村倫也のどちらが、高音部をになったのかは、いまだにわかりません。と、言いながら、その日から、一週間たっている本日=9月16日)、中村倫也のwikipedia を見ていて、趣味がクラシックと、ジャズだと、知り、たぶん、高音部を担ったのは、中村倫也だろうと、思う様になりました。

 しかし、9月11日の深夜には、中村倫也のwikipediaを、開くことには、思いが及ばず、二時間ぐらい、【半分青い】の側から、どちらが、高音部を担ったのかを、探っていたのです。合計3時間です。それほど、私は、音として、いいものには、それを、になった人の名前を知りたいのです。

 別に音大を出ていません。しかし、お歌を歌うと天与の声を持っているといわれるし、したがって、例の敵さんたちから、音によって、攻撃を受けております。警察が、代わりにやっていると思われる、鶴岡はちまん宮の大太鼓連打・それから、富沢夫妻が、注文をしたとされている高枝切り事案、(11人のとび職が、朝の7時から、電動工具を鳴らしまくった)、布団たたき(三原橋交差点で、交通事故に出会って、京橋のホテルで徹夜で、一本ブログを書いて、鎌倉へ、帰宅したとたんに、午前10時半に、大音量で、布団をたたく音で、目を覚まさせられたのですが、私が実際にその姿を見たのは、真北に、存在する渡辺賢司宅のベランダで、布団をたたく、彼の姿でした。(後注1)そしてその前は、数年にわたる、安野家での、窓を開けた音階練習(たぶんチターで、行っている。チターとは映画【第三の男】のテーマソングに用いられた楽器だが、安野家の演奏では、意外と、音がよくない)に、ずいぶんと悩まされたものです。(苦笑)今は、笛に変わっていて、そちらは、まだ、いい音ですよ。それに笛は、音階練習ではなくて、メロディだから、ずいぶんと助かっています。ともかく、私はいい音に対しては目がなくて(いや、耳がなくてというべきか)、最近(というのは、この10日間に)こちら、雪ノ下のご近所で、誰か、クラシック系のお歌を歌う人がいるので、誰だろうと、思っています。北久里浜で、【ケルヴィーノのアリア】をうたった女性とは、違う声の女性です。誰だろう?

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副題2、『しかし、3時間の、ネットサーフィンによって、私は思いがけないものを発見してしまった。其れが、佳子様の英語力に対する批判記事だった。驚くべき、世情の変化である。30年前だったら、考えられないことだった』

 私自身、ICUの出身だから、佳子様と、眞子様には、関心を持っております。しかし、ミーハー的関心というよりも、・・・・あれ、このお二人が、入学なさることによって、かえって、学校の評価が低くなってしまうのではないか?・・・・・と、言う意味で、関心を持っていたのです。もともとICUって女子大風に、みなされるところがあったのです。だいたい、一般社会には、知名度が低くて、その上、私学、特にミッション系の高校出身の、お嬢様が入学してくる事が多い大学だから、女性に人気のある大学だけれど、女子大ではないのですよ。しかし、眞子様、佳子様のご入学によって、さらに、女子大系ムードが、高まったのではないかと、危惧していました。tada、ご卒業後、立派な態度で、ご公務をこなされるのなら、大学のランクアップにつながるわけですから、佳子様のスピーチには、大いに注目をしたのですが、「あれ、あれれっ」という感じです。メモをご覧になっていたのですが、ICUでは、A4の紙に、フォント9で、びっしりとプリントされた、会話を、200頁ぐらい、一年間で、暗記して、会話するのが、私達の時代の、一年時の、教育ですから、佳子様は、三分程度のスピーチならご自分の血肉として、発声ができるはずなのです。

 ICUの英語教育スタッフは、相手が皇族だからといって、眞子様と、佳子様の英語教育において、甘やかしているのかしら?と、心配になったものです。

 だけど、これほど、多数の批判が、氾濫していることには、驚き入りましたね。30年前だったら、考えられないことでした。菊のカーテンといって、メディアも、皇室については、遠慮した、態度で、報道をするし、・・・・・しかし、ネットとは、そういうものかとも思いましたよ。

 私はただ、ただ、佐藤健と、中村倫也の二重唱に感銘を受けて、どちらが高音部を歌っているのですか?と、それだけを知りたくて、ネットサーフィンをした次第ですが、本当に思いがけないものに接してしまったわけです。

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副題3、『対照例として、高円宮妃殿下の英語が、ほめまくられていた。私は、グーグル側が、意図的な操作をしているのではないかと悪意を感じたほどだった』

 あのね、早世なさった高円宮とは、非常に素敵な方でした。天皇家の中でも、一、二を争う素敵な方だったと、思います。そして、妃殿下も素敵な方です。そう明であるという事はまごう方なき方です。

 しかし、悪い噂もある方でもあります。それをどうして知ったかというと、私は、FIFA ワールドカップ2002年がどうして、急に日韓共催になり、かつ、開会式を韓国にもっていかれたのかが不思議で、あそれに関して、ネットサーフィンをした事があるのです。しかも、それは、2008年以降です。2002年の開催当時は、私は,mada、インターネットは、開いていません。AOLは、独立した方式であり、しかも、とても簡単なやり方であって、AOLだけマスターすればメルマガが配信出来たのです。

 で、2008年ごろに、ネットサーフィンをしたので、意外にもたくさんの情報が出ていたのでした。その時に久子様に関する悪い噂も、見聞きしました。また、お子様方に関する悪い噂も、見聞きしました。

 それは、いいんですよ。誰だって、いろいろあるのだから。しかし、今般、佳子様の英語力に対する批判として、その対照例として、高円宮妃殿下の英語が、ほめまくられていて、それには、一種の政治的な意図があるのではないかと、感じ始めています。ちょっと大変だなあと、思っております。

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副題4、『私は小室圭君に関して、世間の、誰も、言って居ないことを言ったはずだ。それは、小室圭君の母方の祖父が、日吉の製缶工場に努めていたと、いうネットjyouhouwomite、思わず、書きだした、文章だった』

 今、それを繰り返さないが、現在のところグーグルなどの地図で、ニチモ第五ハウスというマンション群が建っている場所に、昔、花村組という会社があって、廃品回収業をしていた。そこに、一斗缶というのが多数集まっていた可能性がある。昔は、プラスチック容器というものがなかったから一斗缶は、食用油、灯油、などの容器として多数使われていて、また、廃品としても回収されていたのだった。

 たまたま、花村組の社長の坊やというのが、(もう、亡くなっていると聞いているが、)クラスメートだった。そして、乱暴なところのある子だった。ただ、愛人に産ませた子を社長夫人が引き取って、育てているといううわさもあったので、その子の、乱暴をだれも、矯正することができなかったのだ。ただ、年がら年中叩かれたり、けられたりしていた(=被害者になっていた)、きゃしゃな体格で、顔が、きれいな男の子は、大変だったと、思う。花村君側からの嫉妬なのだと、わかっていた。私は、二人ともが、かわいそうで、胸を痛めていた。

 でも、日吉には、製缶工場にあたるものが他にはないので、そこに小室圭君の祖父は、勤務していたと、考えられるのだった。

 花村君が乱暴で乱暴で困ったが、けた違いの収入があるという事で、継母にあたる社長夫人がしょっちゅう学校に顔を出していた。で、とても目立つおばさんなので、いろいろ、噂も立っていて、社長が、在日の出自を持つ人だとは、クラスメートのほとんどが知っていた。

 その60年後の話となるが、私は、日本は、実質的な被・shokuminchikokkadearuto、ひごろ、言う様になって居る。そして、日本人が働いて、蓄積したお金が、原発の燃料を買うとか、為替差損が、生じるなどの、形で、海外へtairyouninagareteiruto、言って居る。そういうnihonnshakaide、日本人が、半悪をすrことを曲線案に恐れている、海外の、真実の支配者は、日本人の中で、実力のある人間とか,atamanoよい人間は、どうにかして、つぶしていこうとたくらんでいて、それが、反体制運動の、真実である。新左翼系にしろ、共産党系にしろ、反体制運動の中で、見つかってしまった、誠実で頭の良い人間は、つぶされて行ってしまう。

 嘘とずるさを内部に持っている人間が、些少生き残る。たとえば高橋源一郎みたいな、タイプだと,ikinokoreるが。

 でも、真実の支配者側は、日本人の優秀さをひどく恐れているので、ピックアップした少数を,e-jentoとしえt、国民をsennnousiテイク先兵として、使っているが、それとともに、日本社会の上位に立つ人間として、在日に出自を隠し持つ、または、カミングアウトをしている人間を上に置く。そういうシステムがある。崔洋一監督が、日本映画監督協会の会長だというのなど、その典型例だ。

 で、日本の皇室を、在日の出自を持つものに支配をさせるために、小室圭君をおくりこんだと、見ていた。

 ともかく、最初の記者会見の時に、発表された眞子様と圭君の出会いの様子は、私がこのブログ内で、書いている四谷の駿台予備校における1961年時の、主人と私の出会いのエピソードをそっくりそのまま使っているので、私の言って居ることは間違いがない。

 駿台予備校で、二学期から入学する生徒は、試験なしで、入れる。しかし、数百人に及ぶので、前の日から徹夜で並ばせる。ただし、外で待たせるのではなくて、教室に、二人ずつ、座らせて、すうひゃくにんを一晩待たせるのだ。私は前の席の人たちと四人で話し合った。その中で前の席にいて、721番だったのが、主人で、722番だったのが私だった。たまたま、二人とも成績がよくて、模擬試験の際に、大きな数字で、番号が張り出される仲なので、お互いに意識をしたし、ほかにも偶然が重なって、友達になった。

 しかし、ICUみたいな少人数の大学で、海外留学の説明会に出るのに、二人ずつnarabasete,choujiknanまた説などと、いう事はありえない。で、私は、この婚約は政治的謀略で

あって、皇室に、在日の出自を持つ人間を送り込むために、小室君は、背後から、サポートを受けて、不自然なほどに、積極的に、眞子様に近づいたので、あろうと、書いている。眞子様は、わなに落ちたのだと、書いている。

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副題5、『しかし、今般の佳子様の英語力をけなし、返す刀で、高円宮久子様の英語力をほめそやす、ネットの記事の氾濫を見ていると、小室圭君の存在は、もっと、ほかの意味を持っていたのではないかと、思われてきた。つまり、皇室全体を、韓国より下に置くために、送り込まれるというよりも、

 秋篠宮家そのものを瓦解させるために、使われたのではないかと、思われる筋である。非常に恐ろしいが、そういう目的もあったと、考えられる様になってきた。

 いや、私は、それには、既に、週刊誌が、かまびすしいのでできるだけ触れたくないのだが、小室圭君の母親には、困った傾向がたくさんある模様だ。それに、二人がお付き合いしているのを、スクープとして漏らしたのが朝日新聞だったと、今日知って、そういう意味合いもあったのだと、今は、感じている。朝日新聞は、その真実の日本の支配者に最も近い新聞である。したがって、朝日新聞が、小室圭君に問題があることを子王室が調べる以前に漏らしたのは、そういう意図(=秋篠宮家を壊滅させる)があったと、思われても仕方がない。

 それは、どういうことを意味するかというと、雅子妃が、皇后さまになり、愛子様が次期天皇になられることを、意味しており、したがって、秋篠宮家のメンバーは公務、公務に追い回される、単なる、家来の役目を果たすという事なのだ。

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 これから、先、私は急に明日に予定が入って、人と会わないといけなくなりました。それで、就寝しないといけないので、簡単にメモだけおいておきます。

*6、

 私は、一時期秋篠宮様は、相当賢いと、思っていた。また、毎日新聞の記者が、同傾向の書物を出していて、『おお、同じ考えを持っている人もいるのだ』と、考えた。どうして、そういう風に考えたのかというと、秋篠宮は、ご結婚に際して、非常に評判が悪くて、「遊んでばかりいる人だ」というイメージが強かったからだ。しかし、内実は違うと、思い当たった。ただ、それを、もしかすると、メルマガか、ブログで書いたかもしれない。すると、私の評価が高い存在は、必ず、鎌倉エージェントが手を出し、自分の陣営にいれる。それは谷垣禎一さんしかりだ。

 *7、

 秋篠宮は、WAZAの世界大会で、スピーチとして、太地町で、捕獲した、イルカを動物園や水族館が、購入することを、禁じる方向をお示しになった。これは、日本にとっては、大問題であり、特に皇族が発言するべきではないと思うが、それだけ、鎌倉エージェントが、秋篠宮様を、支配をしてしまったことを知った。

 しかし、私が、此処で、大問題としたいことは、秋篠宮は、その時、日本人を裏切って、鎌倉エージェントの支配に屈せられたのに、同じ、連中に、今度は、最愛の娘を蹂躙されていると、言う側面でも、非常にお気の毒な立場である。ご家庭まで、不安定にさせられている事だ。

 私も鎌倉エージェントの面々に大変残酷な仕打ちを受けているが、秋篠宮家も、とても、大変な状況下にある。そして、彼らに誠実を誓っても何の得にもならないという事がここでも、証明をされたという事だ。

*8、

 私なんか、イルカの問題には、相当に神経を払っているのに、セーリングの(東京五輪)の予備大会で、藤沢市は、選手や、役員への歓迎行事として、江ノ島水族館で、イルカショーを見せたらしい。

 これも本当に大問題なのだが、単純ではない形かもしれない。たとえば、藤沢市の関係者が、黒岩知事の命令で、そうした可能性もある。

 黒岩神奈川県知事は、山murein事件の際に、徹底して、鎌倉えーじぇ⒥んとの謀略に協力した人である。そして、鎌倉エージェントとは、相手に、ものを考えさせないで、人間関係の濃さで、しはいをするので伊藤玄二郎は、黒岩知事と定期的に飲んで、交友を温めていると、考えられる。

 すると、彼らは、本質よりも、人間関係の濃さで、支配をするので、知事に、藤沢市Nigel対象例て、いろりkashaうっを見せたらいかがですか?と、提案した可能性がある。 その上で、買いがい選手が反発をしてきたら、『そういう音もあったのですね。びっくりです。しかし、どうか、私がアドバイスをしたとは、おっしゃらないで、くださいね。東京五輪が失敗に終わりますので」といっておけば、口止めになる。

 そして、こういうニュースを通じて、捕鯨はいけない。及びイルカ量はいけないという傾向を、国民全体になる飲み込ませていく。つまり、洗脳をしていく。

 大変なレベルで、誤変換が続いています。それは、後日直します。明日は、ともかく、用事ができましたので、此処はこれだけで、終わらせておいてくださいませ。

後注1、

後注2、

佳子様の、英語力?・・・・西部さんの自殺ほう助をした男性に、裁判が、行われ?・・・テリー、入江多喜雄・川名昭宣     2018-09-14 22:23:54 | 政治 

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佳子様の、英語力?・・・・西部さんの自殺ほう助をした男性に、裁判が、行われ?・・・テリー、入江多喜雄・川名昭宣

2018-09-14 22:23:54 | 政治

 久しぶりに、テーマとして、今、書いていることの連続性を離れます。秋篠宮家への心配や、天皇陛下のご退位と、雅子妃の問題点へ、触れていきます。しかし、秋篠宮佳子様がICUへご入学なさっているので、引き続き前報(あと注1)の続きから始めます。特にICUの英語教育について触れないと話が始まらないので。

 1960年代、荒れに荒れたICUでの大学紛争時に戻ります。そこに、新左翼系列の反体制運動の、本質が見えるからです。しかし共産党系が、反体制だというわけでもないのですよ。共産党は、今では、警察と、両輪の輪として、CIAの私兵化しています。現代日本とは、複雑怪奇な世界です。

副題1、『テリー(=旧姓・岩槻輝子さん)は、AFS留学を経験しているので英語は、よく、できる。しかし、不必要な英語学習を、一年時に、200時間ほどとったのだった。なぜ? しかも卒業も遅らせた。留年して、五年間もICUにいた。それは、女性の、25歳・適齢期説のあるあの時代には、とても、不思議なことだった

 書きたいこと、書かねばならない事、たくさんの事案がある中で、大勢の方が、関心を持っておられることについて、今日は、語りはじめましょう。それはですね。入江多喜雄+川名昭宣の話が、あまりに込み入っていて、大きな水脈であり、ほとんど書くつもりもなかったことへ、足を踏み入れてしまったと、言う自らの戸惑いもあるからです。ひとえに、テリー(岩槻輝子さん)というICU1962年入学組の女性が、どれほどに、私を、残虐な苦しみの中へ陥れたかという話を語りたいと、思っている流れの中で、浮かんだ事案でした。テリーというのは、20歳(AFS留学組は、浪人と同じく、一年遅れて、大学へ進学する)に似合わず、おばさんチックなところのある女性でしたが、非常によくできている人間なのだと、周辺からみなされていたと、思うし、今も、そういう風に他人からは、思われているでしょう。温和で感情を乱さないひとです。

 しかし、AFS留学組には、免除されている英語学習(ほぼ、一年時の、ほとんどを費やす)を、彼女は、受けています。これが、今、思うと、変なことですよね。不必要なことをやっている。しかし、アメリカで、CIAのエージェントになる様に、訓練と教育を受けて帰国して、・・・・・日本人の中で、気骨のある、しかも、頭の良い人間を探して、つぶしていくという使命を持っていた・・・・・としたら、普通の日本人の中に入ってくるのもわかることでした。副題4で、それを、語って、いますが、テリーは、五年間ICUに在籍しています。それも、大学紛争を観察する役目があったのではないかと、私は、今では、考えているのっですし。

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副題2、『秋篠宮佳子様は、かわいいプリンセスとして大人気だ。だが、最近、NHKニュース内で、ご公務内での、英語のスピーチが公開されたが、英語のFの発音の時に、下唇を噛んでおられなかった?????』

 ところで、眞子様が、ICUにご入学になったときには、それほどには、騒がれなかったのです。しかし、佳子様が、学習院を中退なさって、ICUにご入学なさったときは、大騒ぎでした。ところで、私は、政治を分析するためにNHKニュースは、丁寧に丁寧に、見ている方ですが、最近、佳子様の、ご公務内での、スピーチ映像が出てきて、『あれ、佳子様って、Fを発音するときに、下唇を噛んで、おられない」と、発見をしてしまうのでした。これは、まいりましたねえ。となると、thとsの区別もできないで、いらっしゃるし、r(アール)とl(エル)の区別もまだ、できないで、いらっしゃるのではないかと、心配になりました。

 しかし、そういう事をこのブログ内で、書くのは、失礼だとか、または、自分が意地悪ばあさんそのものになることだから、やめておこうと、思ったのです。

 しかしですね。ふと、別の用事でネットサーフィンを、3時間ぐらいしたことがあるのですよ。すると、見つけてしまいました。佳子様に対して、英語が、へただと、言う投稿が、ものすごく多いのです。しかし、こういう投稿は、意図して、お金をもらってやっている人間もいると、聞いていますので、もし、そうだとしたら、何か、危うい気配を感じ始めました。

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副題3、『・・・高円宮妃の英語が素晴らしい・・・という、投稿が、佳子様の英語をけなすことへの反対例として多数ネットに出ていた。・・・・・たまたま最近.高円宮家の、お姫様が円満な、ご婚約を、適切なお家柄の、おぼっちゃまと、なさって、それは、祝福ムードの中に在るだけに、佳子様の英語が下手だという多数の投稿と、その、対照例として、高円宮妃の英語が、ほめられていることが、気にかかってくる。実は、当然のこととして、眞子様のご婚約が祝福されていないことが、大勢の人の頭に浮かぶからだ・・・・・そして、雅子様側のお子様である愛子様が、優秀であるというネットニュースも出回っているし』

 私はね。今の天皇陛下が、大変に人気のある方だと、言うのは、上野の国立博物館の門前で、【天皇家の秘宝展】が開かれていた会期中のある日の午後、5時15分に知ったのです。最前列に待っていた男性が哀切極まりない声で、「天皇陛下ばんざーい」と、叫んだのですよ。

 私の方は芸大美術館で、開かれていた【尊厳の芸術】展の帰りに偶然、国立博物館の前を通って、その情景に出会ったのでした。芸大まで、上野駅から、往復したわけですが、行きには、噴水池の周りに警察の車両がたくさん来ていて、『なんだろう?』と、いぶかしく思い、帰り道では、この「天皇陛下ばんざーい」の声を聴き、かつ、たくさんの警官が、屯をしていて、その中で、皇宮警察と、一般警察の、違いがあることなどを知りました。それを、丁寧に、ブログに書いている筈なので、暇なときに、見つかったら、リンク先を探して後注2として、置いて、おきます。

 ところで、私は、右翼でも何でもないのですよ。もちろん左翼でもない。ほんとうは、世界的アーチストになろうとして、努力をしていたのだが、出発が遅かったので、挫折をしているという人間です。そして、天皇陛下家ファンでもないのです。しかし、なんとはない形で、秋篠宮家が、心配になってきました。また、天皇家そのものも、瓦解しそうな雰囲気も感じてきて、そうなると、日本は、これまた、弱体化するだろうと、思っていて、一般の、日本人は、象徴天皇制度を、信じているわけでしょうが、そういう側から、弱体化していく可能性もあると、推察しているのです。「預言者は、世に入れられず」と、言われている私の予感が、まっとうにあたることが、ない様に願いますが、

 佳子様は、英語のお勉強において、ご自分を甘やかしてはいけないし、ICUの教育スタッフも、どうしたのだろうと、私はいぶかしく思っている次第です。私が学んでいた時代のICUでは、A4の紙にフォント9ぐらいで、びっしりと印字された会話を、一週間に、4頁暗記してマスターしないといけなかったと、言う記憶があります。そして、一日に二回に分けて、ブースに入って機械(ソニーのテープレコーダー)を相手にして、会話をするのですが、別に、人間の教授を相手にして、リアルな会話もするのです。の、それは、たった、18人で行うのです。

 その時にちゃんとできないと、教授に叱られますよ。佳子様は、それをどういう風にクリアーなさったのだろう。もしかして、教授陣は甘やかしましたか。大急ぎで、修正あそばせと、言っておきたいです。ご自分に負荷をかけて、fとhの区別、thと、s の区別、rと、lの区別は、それをマスターなさいませと、言っておきたいです。大人になってからは、苦しいとは、思いますが、ぜひ、努力して身に、つけておかれないと、「どうしたの? イギリスに留学まで、したのに」と、国民から投稿をされてしまいます。

 なお、この1962年時の、たった18人程度の、会話練習時にも、このブログででて来る重要人物は、みんな私と一緒だったのですよ。岩槻輝子さん、古村浩三君。そして、入江多喜雄君。ああ、何をか、いわんや。ところで、その時の入江君ですが、佳子様どころではないほど、できなかったのです。英語の発音も、イントネーションもだめでした。しかしICUでは、授業をエスケープするなんて言う事は、できません。

 ここで、1000字以上、主に川名昭宣君と、入江君との関係について書いたら、全文が、消えたのです。したがって、川名昭宣君に書いていることは、すべてを正しいのですが、仕方がないので、頭の中から再度、考察を、引っ張り出して来ましょう。

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副題4、『ここで、いったん、秋篠宮家から、離れるが、・・・・・川名君に関して、グーグル検索から消えた項目があることと、今、書いた直後の、1000字前後が、消えたこと・・・・・の二つを合わせると、川名昭宣とは、大物としての、CIAエージェントであるか、または、伊藤玄二郎にとって、非常に大切な存在であることが、私に、わかってくる』

 ところで、川名君と入江君との、関係に入る前に、上の節の最後で言って居る通り、入江君の英語が、からっきしダメだったことは言わねばならない。彼は、埼玉大学に入学して、既に、学習を始めているのに、転学をしてきたという話だったが、どうして、ICUに入学したのだろうと、いぶかしく思うほどに英語、特に会話が、だめだった。

 私が想像するに、入江君というのは、受験勉強は好きではないが、自分に対する深い誇りは、持っていて、40代には、埴谷尾高とか、吉本隆明級の、大物文筆家になるという目標は、持っていたと、思う。それにしては、埼玉大学の、名前が小さすぎると考えたので、当時は、大人気校であって、東大に入るより難しいといわれていた(東大の学生新聞がそう書いた)ICUへ、転学したのだろうと、思う。その入学試験が特殊で、暗記的、受験勉強は、必要ではないので、楽だから、ICUへ、鞍替えをしようとして、入学をしたのではないだろうか?

 当時のICUの入学試験というのは、英語による知能テストみたいなものであって(ただし、設問は大量である。処理能力は高くないといけない)、入江君は、英語を読む力はあったのだと、私は、考える。または、別の大学からの、転入生は、別の試験(小論文だけとか)で、入学できた? または、彼は、ICUをぶっ壊すつもりで、入学してきた? だから、英語なんかできないのにICUへ入学してきた? いろいろ推理できるが、→

 ・・・・・彼の大活躍の、結果として、1967年の入学試験が行われず、一気に人気が下がり、ランクも急降下で、下がっているのだけれど、・・・・→ そこまで、複雑な、心境で入学してきたのではないと、私は考えている。ただ、唯、あの英会話、授業での、ほかの、17人の学生から、「なんて、発音とか、イントネーションができないの、または、へたなの?」と、思われていた、その恥の集積に対する怨念が、彼を突き動かして、「ICUなんか、破壊をしてやろう」と、思わせたのではないだろうか?

 だって、「かく、すれば、かく、なる」という事は、だれにでも、想像ができることであろうし、そういう事を彼は、やっていたのだから。だけど、テリーは、この時代の目撃者であるが、川名君は、フランスへ行っていて、入江君の、1966年度中の大暴走については、何も、知らないそうである。フーンと、言うしかないのだが・・・・・・

 ところで、これから先、もっと、もっと言いたいことがあるが、此処では、入江君から離れて、川名君に、固執したい。川名君は、大物編集者だと、思うので、ウィキペディアが、立っているだろうと、思って、2007年から、2012年にかけて何回も、ググったが、出てこなかった。それも、大きな政治的意味がある。ので、それを、問題にした文章を、数回、あっちこっちで、書いている。

 ところが、この2018年9月7日に久しぶりに、彼の名前をググると、多くの項目が出てきた。まだ、wikipedia は出てこなかったが、私が書いた文章が、最初の項目として、4本も出てきた。その時に、『う、これを、リンク先として、利用すべきだなあ。自分で、探すと大変だけど、四本も、見つかったので、ありがたい』と思った。しかし、そうは思ったが、ブログの方の本文を書くことで忙しくて、実行をしなかった。疲労困憊して、途中で、やⓍⓧⓍx得ないほどで、入眠して、次の日には、すぐ、家事に入るので、その時点では、昨晩抱いたアイデアは、忘れているので、結局はアイデアだけで、実行をしなかった。本日は、久しぶりに余裕があったので、それをやってみようと思った。すると、既に、二本が、消えていた。たった、一週間以内に消えていた。ここらあたりなのだけれど、私と敵さん(=鎌倉エージェントと、私が呼ぶ人たち)との間には、指呼の距離での、コミュニケーションが、とれている。(苦笑)

 私は彼らのことをトカゲの脳みその持ち主だと、よく言う。しかし、彼らは、反対に、思っているのだろう。「我々は頭がいい」と。で、「お前の行動様式は、読んでいる。それで、先回りをして、準備しておくのだ。ざまあ見やがれ、もう、お前の意図は、つぶれたぞ。四本も浮かんでいた、川名昭宣に関する、過去ブログは、もう、2本しか残っていないのだ。かんら、かんら」と、笑っていることでしょう。

 この先回りをして、準備をしておくというのが、まさに、次の副題6で語る、西部邁・自殺ほう助裁判です。

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副題5、『西部邁氏が多摩川で、入水自殺をしたとされているが、不思議なところがいっぱいある事案でもある。ただし、・・・・・深層を語ると、私の前報(あと注1)と、関連がある事案でもあった』

 私が、この西部氏の、多磨川への入水の一報を聞いたときに直感として「変だ」と、思いました。そして、二つの方向で、その時点の、一か月以内に書いたブログと関係があるだろうと思いました。私は毎日ではないが、二つのテーマで、文章を書くときは、西部さんを思い出しています。まず、瓜南直子さんについて、書く時です。

 瓜南さんが、西部さんの番組に呼ばれたのは、むろん、伊藤玄二郎等らのお願いで西部さんが、行った事であろうと、思います。だから、それをこのブログで、描いた直後、西部さんがなくなるのなら、自殺にしろ他殺にしろ、私のブログに現れて、しかも、伊藤玄二郎達に使役をされた人物は、証拠隠滅を図るために殺されるという趣があるのです。しかし、彼らは、自分達が、それを、起こしたとは、けっして、言いません。必ず、事故とか、自殺というくくりで、報道をします。有名人の場合は、そうです。一般人と呼ばれるレベルの人は、その人がどれほど、重要な人であろうと、ガン死という形で、知らされます。

 だからこそ、「日本では、二人に一人が癌に、かかるのだ」と、いう報道が、テレビコマーシャルとしてさえ出され、流されるのだと、思います。そして、ガンを理由に、目を付けた人を、次から次へと、殺していく。私は、石川和子さんは、そういう例の一人だと、思っています。彼女は三月に、死んだという事にされていますが、その三か月前の、年末の、時点では、しっかりと、太っていて、しかも、どこにもよれよれしたところが、ない形で、小町通りを知人と一緒に歩いていたのですよ。母が、大往生として死んでいますし、猫を老衰死として、二回、見送っている私にとって、人間の死って、なかなか、訪れないものだと、わかっています。病気ではないので、自宅もしくは、老人ホームに住んでいるわけですが、筋肉が、段々衰えてきて、固化して、歩けなくなります。特に猫で、その変化が、良く感じられます。その後、トイレにもいかれnakuなって、垂れ流し状態になります。人間だと介護という形で、おむつを当てるのですが、私は、猫におむつを当てるなど、考えられなくて、お掃除が大変ですが、数か月は、我慢をしましたよ。自然なことですから。

 しかし、二匹目の場合は、すべてが、短期間でした。垂れ流しの時間も、一匹は、半年ぐらいで、二匹目は、一週間ぐらいでした。体が、全く動かなくなって、香箱を作ったままで、前の猫は、一週間、固まっていましたが、次の猫は、最後の日まで、姿勢は変えて、寝ている状態でした。つまり、私が言いたいことは、ほ乳類というのは、魚と違って、なかなか死なないというわけです。テレビミステリーで、岩で、頭を打たれたとたんに、意識を失って死ぬとか、ナイフで刺されたととたんに死ぬとか、いうのは、簡単な勉強しか脚本家も、演出家もしていないという事です。絵空事で、かまわないのだと、視聴者を、小ばかにしている設定です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題6.最近、西部邁さんの、自殺をほう助したとされる男性が、裁判で、有罪となった。執行ゆうひょ付きだったと、覚えているが、裁判が、このタイミングで行われたからこそ、西部さんも、他殺であり、入江多喜雄君も他殺であると、確信をしている。

 私は、もうひとつ、の流れからも、西部さんの、死が入水自殺とされているのも、変だと、感じているのです。他殺ではないかと、感じているのです。どうしてかというと、その事件が起きる直前の、三か月以内に、自分の記憶では、上にあげた、テリー、ベイカーさん、川名昭宣、入江多喜雄問題を簡便に書いているのですね。主に、川名君が、私の掌をつねったと、いう形で。それから先をかかせないために、脅かしの一種として、起きている現象として、西部さんが、殺されたのではないかと、見ているのです。

 私がかすかな噂話として聞いたことによると、入江君の方は、あくまでも、ご本人が足を踏み外して、側溝へ落ちた、事故としての水死という形で、は、処理されています。しかし、川名君は、そういう単純な問題ではなくて、あくまでも、私の方に原因が在って、入江君が、自殺、もしくは、他殺で、水死をしたと、見ているわけでしょう。

 私は、川名君が、血がにじむほどの、強さで、ちびりちびりと、手のひらを爪で、ひねり上げているときに、そこまで、瞬時に悟りましたよ。川名君に、以下の、$$$$線で挟まれた部分を、はっきり言っておこう。それから、池内紀さんにも、おなじことを、言っておこう。

$$$$$$$$$$$$$$$$$$$

 あなたは、栄太郎の、ご主人を「おかし屋さん」などといって、馬鹿にしていますが、鎌倉エージェントの一味として、ものすごい人数が殺されている、そういうケースの、殺した方の、一味なんですよと、・・・・・ひどい、ひどいレベルで、あなたは、傲慢ですね。天の、ご処罰を受けなさいませ。日曜美術館内で、栄太郎のご主人を、おかしや、などと、けいべつするなど、もってのほかです・・・・・「特にへらへら笑いながらそれを言って居ますね」とも。

$$$$$$$$$$$$$$$$$$$

 ところで、鎌倉エージェントと、私の、距離感で、ですが、時によっては、指呼の間であると、感じることがあります。川名昭宣君に関する文章は、伊藤玄二郎が神経をとがらせ切って見守っている類の、文章ですから、西原理恵子さんの、東京女子大での、【最後の授業】の、準備をしていた時期、今から、2.3か月前に、既に、こちらの西部邁さんに対する、ある男性を、叱る、自殺ほう助の罪に、関する、法廷は、開く、準備を始められていたと、信じています。

 これから先、秋篠宮一家へ戻ろうと思っておりました。しかし、それは、後回しにするとして、この一文は、此処で、閉めといたします。後程、誤変換を直し、推敲をします。それが、できたら、書いた日付と署名を入れます。


後注1、

川名昭宣君のツネリのせいで I forgot my skirf in a restaurant. But that taugut me later all about CIA   2018-09-13 02:44:54 | 政治

 


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川名昭宣君のツネリのせいで I forgot my skirf in a restaurant. But that taugut me later all about CIA

2018-09-13 02:44:54 | 政治

副題1、『古村浩三君と、ベイカーさんと、石塚雅彦さんと、ロックフェラー四世は、国際基督教大学の男子寮に住んでいたと、私は、考えている。そこで、固い絆をはぐくんだと、見ている』

 私は後から考えると、既に、パリで殺されそうになっているし、次の年のニューヨークで、9階に住んでいるのに引っ越しの日にエレベーターが壊れるという憂き目に出会って(あと注1)・・・・段々に、ベイカーさんの真実やら、北久里浜の地籍変更届を実行した、瀬島隆三などの真実と、その悪意に、しっかりと、目覚めていくこととなります。彼らは、底流に生きていて、しかも、悪いことばかりしているので、決して表から、自分達の姿を、見せようとは、しません。必ず、誰か、身代わりの【ぱぺっと】を立ててを、それを、利用しますので、その因果関係を、解明していくのは、直、に、大部なミステリー小説を解いていくかのごとき様相を呈します。

 なお、ベイカーさんが、1960年当時の言葉でいえば、スパイ(CIAの)となったのは、かれがアメリカ人としては、小柄だったので、その劣等感からなったのではないかと、私は考えております。また、東部アイヴィーリーグの名門大学で、日本に来る前には、学んでいたとしても、出身が、中流家庭だったとすると、そこで、出自にまつわる悲哀とか劣等感に見舞われたかもしれないのです。アメリカの私立大学って、ものすごい学費がかかるので、普通は、富裕層しか行かないのです。しかし、何らかの、形で、異分子が混じると、異分子は、劣等感を、覆すために、CIAのエージェントとなるという形で、劣等感を逆転させ、他人を支配する喜びを手に入れられるわけですね。アメリカでも、本当の上流階級は、スレンダーで、背が高いです。180cm以上です。ベイカーさんは、162cmぐらいだし、それは、絶対に劣等感を持つ、背の高さです。ただ、顔はメルファーラーのごときか、もっと美形です。金髪碧眼で、金髪を際立たせる、紫色の、コーデユロイのジャケットを着て、いつも自転車で、走り回っていました。ただ、私は、突然にテリーから、ベイカーさんに会うように、言われて、あった最初の日に、この人は、CIAのスパイだわと、思ったし、また、それを目を見張るという形で、ベイカーさんに、知らせてしまったので、すぐさま、後ろから狙われて殺されそうになったので、彼とは、一切の接触をその後しておりません。彼とは、その日の前にも、一切の接触がないし、その日のあとにも一切の接触がないのでした。彼は、さすがに、私を避けたのだと、思います。でも、1960年代には、こういう真実には、私の方が、気が付いていなかったので、それは、幸いをしました。

 さて、ベイカーさんがどの寮に住んでいたかは知らないのですが、古村浩三君は第一男子ryouに住んでいて、かつ、石塚雅彦さんも同じだったと、思います。ロックフェラー四世が、住んでいたのも四人部屋で、石塚雅彦さんとは、一緒だったと、思いますよ。というのも石塚雅彦さんは、最近に、なって、私の方が気が付いたのですが、堤義明さんと、いとこでしょう。と、なると、ロックフェラー四世は、バックグラウンドを当然のごとく調べるでしょうから、石塚雅彦さんを特別に大切にしたと、思います。

 古村浩三君がどういう出自の人かはさっぱりわかりません。ただ、クラスに、別の、男子で、富裕層の、お坊ちゃんが、数人居たので、そういう人と比べるとエピソードが少ない人でしたね。まあ、驚くべきことに佐野ぬいさん(女子美の学長)の、弟さんもたった、23人のうちの一人でした。でも、威張らなかったですよ。ああ、ねえ。誰も知らなかったでしょうが、私は、「上位6%の税金を父親が納めているから、入学試験上位者がもらえる奨学金が出ない」と、事務室から、言われたのです。しかし、私の実家が、金持ちという事とか、美術的に言って、きれいな家に住んでいるというのは、一人を除いて、誰も知らないことでしたね。私は、ひどく目立たない、下手(したて)に出る方のおんなのこでしたから。

 けれど、石塚さんに言いたいです。麻布の出身でしょう。すると、東京都内の名門校ですよね。私は、お茶大付属高校出身です。今は東大合格者数で、名門校を決めるみたいなので、お茶大付属高校はランクが落ちちゃっていますが、入学しているお子さんの、実家の、民度を考えると、名門ですよ。

 少しは、私のことを、・・・・警戒するというか、もっと、大切にしてくださったらいいのに、どうして、あれほど、連続的にひどいことをなさっているのですか?・・・・と、言いたいです。古村浩三君が私をまるで、理解しないのは、仕方がないです。彼は、松本深志高校の出身だから、東京都内の高校のランクなど知らないし、文章を描いたり、絵を描いたりすることには、興味がないみたいだから、私の能力など、全くわからないので、足蹴にしてもかまわないと、思っているのでしょうね。

 それにね。彼らは、行動を起こすにあたって、正邪の判定とか、原理とか。論理とかは、尺度として使わないのです。人間関係の、濃さだけです。親密度だけなのです。私は、人と、親密な関係をあまり作ろうとしないのです。お酒を飲むこと、カラオケに行く事、それから、おしゃべりをすること、セックスを気軽にすること、そういう事をほとんどやらないのです。お喋りだけは、しますが、それも、よほど相手を信頼している場合だけであって、ほとんどのケースは、一人で、ポツンと、していると、見えるのでしょうね。

 ポツンとしているのが、好きなのは、常に何かを考えているからです。頭の中は芳醇ですよ。それに、実は、日傘雅水さんが、kounenn教えて、くれたのですが、手相の中に、金星帯というのが、右手にも左手にも、2本ずつあるので、本当は水もしたらるいい女の類だったのです。もてる類の女だったのです。ちいとも、しらなかったけれどね。本当は、市原悦子さんみたいになるのが、向いていたのでしょう。若き日に、歯を、なおしておけば、そういうながれもあったかもしれない。

 ともかく、私は作品として物事を発表するのは好きなのです。他人との関係を、そういうものを通して、間接的に行うのが好きなのです。絵を描き、版画を制作して、個展をする。パーティがあると、そこでお歌を歌う。そういう形で、他人と接触するのが好きなのに、リアルな世界で、誰かと、対面して、あれこれ、親密度を深めたり、親密度を示すというのは、好きではないのです。

 ここで、話していることはすべて、繰り言というたぐいのものです。だけど、石塚雅彦さんは、どうして、ああいう態度をとるのだろうね。(表に見えない裏のことですがね)と、不思議には、思っているのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『渋谷駅から、山手線沿いに、岸体育館へ向かう途中に、イタリアンレストランがあった。今は無くなっているみたいだ。グーグル検索をすると、そこには、既に、イタリアンレストランはない。もし、私のパソコンが20台以上も、壊されるという事がなかったら、そのレストランの名前もはっきりと書けるのだが』

 ところで、古村浩三君は、一年時の同級生だが、エピソードの少ない人で、目立たない人だった。しかし、今思うとバックにロックフェラー四世を持っているので、自信たっぷりであったらしい。10期生全部の上に立てると、思っていたのだろう。従って、彼が音頭を取って、毎年、クラス会が開かれていて、私は、そこに、来なさいというメールをもらうこととなった。

 彼が主催するクラス会は、主に、居酒屋風の、レストランの個室で開かれていて、サラリーマンである彼が、友人や知人と過去に使った、場所、特に新宿が多かった。金曜日の夜に開かれており、サラリーマン社会の、勝ち組の出席が多かった。私は、そういう人達とは、カラーが違う方なのだけれど、画家とは、名前を売らないといけないものだから、世界的アーチストになるためにと、思って、毎回出かけていて、みんなと、お話し合いをしていた。

 2008年までは、平和な会だった。ところで、たぶん、2007年か2008年のことだったが、渋谷の、その今はなくなっているイタリアンレストランを、借り切って、行われた。とても、珍しい形式だった。いつもは、和風のインテリアで、内部が暗い感じの場所だったのに、その日だけは、明るい室内で、やや、さびれている、傾向がある、レストランであって、なんとはなく、私には、いつもほどの楽しさは、なかった。

 しかも、この日、私と川名昭宣君の間には、恐るべきことがあった。たぶん、それは、同期生の一人である、入江多喜雄君の死が他殺であることを意味しているのだろうと、思ったので、それで、私は、あまりに驚いたので、自分の、スカーフを忘れて来て、しまった。この節では、川名君の方は、後回しにして、スカーフに、だけ、まず、こだわりたい。

 そのレストランは、岸体育館そばなので、さびれている地域にあった。そこから、みんなが、渋谷駅の方に、降りてきたので・・・・・、一部の人は、二次会に、流れるみたいだった。私はその日は、川名君の態度に衝撃を受け、しかも、その意味合いが、たぶん、CIAが入江多喜雄君を殺した点にあるだろうと、思ったので、二次会には、行く気にもなれず、渋谷駅で、改札を入ろうとした。ところが、スカーフがない。私のスカーフはすべて、母が買ってくれたもので、忘れたのは、ポリエステル製なので、安い方だった。しかし、テキスタイル(繊維)を美大で、学んだ人が言って居たが、最近は、何でも値段を下げるために、生地を薄くしているとのこと。そのスカーフだけは、ポリエステルだから、生地が扱った。母には、何枚ものスカーフをもらって居たが、絹のものは薄いのだった。それで、友人が、殺されているのではないかと、思いながらもスカーフも大切なので、(苦笑)どうにかして、手元に戻したいと、思った。

 それで、古村浩三家に電話をかけることにした。ところで、此処で、ガラ軽とか、スマホの問題が出てくる。一般の人は、そこに、友人の連絡先を入れておいて,katu、最近もらったメール等も入れているだろう。だから、それを持っていれば、今、渋谷kennnaide、二次会を行っているだろう、古村浩三君と、連絡が取れるはずだ。しかし、私には敵がいて、CIAが暗殺をしてやろうとしている存在なので、スマホを持って出ると、そのGPS機能を利用して、行く先々で、いやがらせを受ける。だから、スマホには、誰の住所も電話番号も入れていないし、スマホで、メールを開けることもないので、古村君の、連絡先は手元にはなかった。しかし、個展の案内状をいつも各人間だ。彼の、住所は大体のところで、知っていた。田無か、保谷だったと思う。その二つの町は、市町村合併で、西東京市になっていた。風情のない名前で、古村君はそれをクラス会で、嘆いていた。それで、私も彼が、その時点で、西東京市に住んでいることは頭にしっかり入っているので、104で問い合わせて、番号を知り、家に連絡を入れた。

 その時点で、奥様が塾を経営していることは知っていた。で、塾を経営している女性は、夜が遅いはずで、10時近くなっていたが、電話をかけ、その失礼を詫びながら、委細を言うと、非常にのみ込みの早い、頭の良い奥様で、私は後日、無事に、当日渋谷のレストランにいた、女性の出席者から、郵送で、スカーフを受け取ることとなった。

  非常に短いやり取りだったが、『奥様は、古村君よりもしっかりしていますね。落ち着いた人だ』と、思った。声は、メゾソプラノ系で、しっかりしていて、声だけで、相手の、様子がわかる感じがした。したがって、塾は繁栄をしていると、思った。それが、宮川紗江選手と、奥様が、知り合いであるとの、結論に達したゆえんだ。10年前に渋谷で、スカーフを忘れたことが、宮川紗江選手問題の、本質を解き明かすこととなった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題3、『宮川紗江選手の、訴えというのは、日大アメフト問題が内包している悪と、毒素を、薄めていく目的で、似た様な形で、選手側に記者会見を行わせたのだった。日大アメフト問題で、記者会見をした宮川泰介選手と、紗江選手は同じ苗字なので、親戚か、もしくは兄弟だと、思われる。

 無論のこと、石塚雅彦(日経新聞元論説委員)さんとか、飯田隆(元朝日新聞社勤務、一時期週刊朝日の編集長をしていた)君などの陰の力があって、ああいう目下のものが、めうえのものを訴える記者会見を開くことが可能だったわけだけれど、・・・・・ともかく、日大アメフト問題で、やられにやられた内田直人監督は、気の毒な人だった。財務事務次官と同じ。

 そして、日大も、気の毒な事だった。日本であh、真に実力のある人は生きていくことを許されない。細木数子とか、このうちだなおと監督とか、ホリエモンなど、みんな、同じだ。特に日大は、鎌倉エージェントのメンバーが早稲田。ICU,上智、中央大学等で、構成されているので、小ばかにされている。そういう事で、ああいう事件を起こされた。宮川泰介選手に、焦点を当てた動画が、繰り返し放映をされているのを見てもの、わかる通り、最初から、組み立てられていた、謀略だったのだ。ところで、それが、確定的に分かったのは、宮川紗江選手の方には、wikipedia が立っていて、紗江さんが西東京市の出身だと、出ていたことだった。

 スカーフを忘れた日に、声だけを聞いた古村浩三夫人の、奥様のしっかりした様子、塾が繁栄しているという推理から、何だ。宮川紗江、泰介両選手は、古村浩三、一家が、リクルートをした人材だったのだと、わかってきたのだった。それは、スカーフ一枚が機縁だったが。

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題4、『しかし、今まで、書いたことは、これから、先に描くことの導入でしかない。私が、スカーフを、忘れたのは、それほど、驚かされた出来事が、渋谷の、イタリアンレストランで起きたからだ。

 それは、大氷山へ取り組むこととなる複雑な事案だけれど、主な登場人物は、テリー、川名昭信君、入江多喜雄君。渡辺某元朝日新聞記者(すでに、ガンで、死亡)と、私と、1967年に、千鳥ヶ淵で、飛び込み自殺を図ったが、助かった、S君と、成岡康司君の、七人だけである。しかも、入江君は、水死という事故で、渡辺君はがんで、既に、死亡なので、生きているのは、5人だけだ.soreha,く知っているのは、成岡康司君と、私だろうと、思っている。その次のレベルで、知っているのは、川名君。テリーは、入江君の死について、どこまで、知っているかは、わからないが、1967年の、ICU時代の、入江君の、行動を私に教えたという点で、もし、入江君が、他殺だったら、テリーが重要な人物となるのだ。

 ここに、こういう事を描き始めるのは、テリーが、私に対して行った悪とはベイカーさんに、私を引き合わせたことだけだと、後注1や2で言って居る。しかし、それは、違うのだ。もと。ある。

 しかし、一つだけといったのは、ほかのものが、難しすぎて、他人に説明しうる自信がなかったからだ。」それは、私が、これから、書き始める重要な案件をブログで、書き表す自信がないので、一つだけといっただけで、テリーがオブラートに包みながらも、対、私に対して行った悪とは、ひとつではない。いくつもある。この。入江多喜男君の死にまつわるエピソードなど、その最たるものなのだ。テリーには罪の意識がないかもしれない。しかし、彼女が、1999年か、2000年に、私に電話で、私に教えた内容が、入江君の死を招いたと、確信をするので、私は、本日、この、難しい話題に、取り組むことを、午後、2時ごろに決意をした。しかし、12時間ぐらいたっているのにやっと、導入部分のスカーフを忘れてしまったというところに到達しただけである。

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題5、『川名昭宣君がどういう人物かをまず語ろう。表向きのは、河出書房新社の、編集者である。そこに入社する前に、フランス留学住だと、彼から、最近、聞いた。父君は、満州で、官吏もしくは大企業に勤めていたと、私は、推察している』

 今、NHKは、ドイツ文学者、池内紀氏を、ドイツに派遣をして、池内」氏が好きなSLの探訪をさせたり、日曜美術館に出演をさせたりして、大優遇をしています。それは、川名昭宣君を、私より、有利だと、見せつけたいと願っている伊藤玄二郎の発案でしょう。または、発案は、井上ひさし(公的には,jibunnwo死んだ事にしていますが、実際には、まだ生きていますよ)かもしれませんが、NHKに働きかけたのは、伊藤玄二郎でしょう。そして、伊藤玄二郎と、川名昭宣は、とても、親しいのだと、思っています。

 二人は、同期で河出書房へ入社しています。

 さて、上のところまで、13日の午前3時までで書き、その後、入眠をして、今、起きて、パソコンに再び向かっています。時刻は、午前八時です。続きの文章は、私の頭の中では、完成しております。しかし、それを、この章内で、書こうと、トライすると、確実に自分は死ぬでしょう。体力を消耗しきって自滅するという形です。

 秘匿されている殺人事案というのは、もし私が、このブログ内で、それの因果関係を、書けば山脈のごとき、大部なミステリーになるだろうと、思う事案を、5つぐらい抱えています。

 簡単に、被害者の方の、実名を挙げると、既に、因果関係を描きぬいてある、山口みつ子さんが殺された2010年の一月の一件、

 今まで、ブログでは、触れて来なかった(ただし、電話で、いろいろ、友人に話しているので,CIA側は、私が真相を知っていると、わかっているだろう)、この入江多喜雄君殺し、(2004年から、2008年の間のどこかで、行われた事案である。水死とされているが無論、他殺である)

 そして、父君が、文化勲章受章の数学者高木貞三氏であり、ご本人も文学博士である、高木きよ子先生、そして、古村浩三君の、おくさまと、おなじく、成功した塾経営者である、佐久間操さん(こちらは、2014年から、2017年の間のどこかでに、なくなっていると、不思議な形で、私は情報を、与えられている)など、などがあるのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題6、『入江多喜雄君の水死に疑問があると、見ている川名君は、その原因が、私にあると考えていた模様だ。そして、私に対して、復讐するために、その渋谷のレストランに現れたと、私は推察している。そして、彼は、実際に、私に復讐した。私の手を、彼の腕で、がっしりとテーブルに押し付けて、動かせない様にしたまま、手のひらを爪で、ちびりちびりと、つねり上げたのだった。いたかった。もちろん痛かった。

 普通だったら、「あら、何をするのよ」と、声を上げるところだろう。しかし、裏側にあるものを瞬時に悟った私は、声も上げなかった。しかし、驚きのあまり、スカーフを忘れて帰ってしまったのだ』

 その渋谷のレストランは、広さが、12畳程度の一間だけしかない、レストランであり、全部で、五個のテーブルが置いてあった。カウンターに近い四個に、ほとんどの人が群れていた。親し気に話し合っていた。

 川名君は、ドア近いテーブルに一人で座っていた。私は、1960年代の学生時代には、川名君とは、親しくなかった。

 会話すら交わしたことがない。しかし、自分で,本を、制作・出版する様になると、川名君をはじめ、出版業界にいる学友に積極的に近づいて行って、学びを得ようとしていた。

 それもあるし、

 テリーから、聞いている、

・・・・・・1966年にICU内部(ディッフェンドルファー記念館)の講堂で、起きたとされている、一種の、ことばによるしかも多人数による、たった、一人に対するリンチ事件と、その犠牲者が、千鳥ヶ淵で、入水自殺を図って、その後、救われて、精神病院内での、強制的、長期間・睡眠により、苦痛から回復したと、言う話の、主役(加害者の方)が入江多喜雄君であるので、・・・・・

 その件に関して、1998年ごろに、川名君に電話をかけて、あれこれを聞いている。というのも、川名君が主催して、大きな同窓会を、開いた。そして、その主意は、入江多喜雄君の復活を願う会だとも、聞いていたからだった。

 電話内で、直接川名君から聞いたことだが、彼は、入江君を高く評価をしており、入江君が退学、もしくは中退者として、ICU内部に市民権がないのは、かわいそうだから、入江君の復活を願い かつそれを祝す、同期会だと、言う。

 私は大変不思議なことだと、思った。入江多喜雄君は、埴谷尾高、もしくは、吉本隆明になりたいと、思っていたgakuseiであって、1965年から、1967年にかけて、ICU内で、起きた大学紛争の首領様だ。つまり、今の金正恩にあたる存在だ。しかも、彼のせいで、1968年、2月の入試が中止になってしまって、1967年度新入生というものが、秋に、入学した帰国子女以外は、いないはずなのだ。それで、その時点で、ICUは、急速にランクダウンをして、今では、上智の後塵を拝している。1968年より前は、ICUの方が格段に上だったのですよ。しかし・・・・・

 というわけで、入江君の裏に、ベイカーさんがいようが、どうしようが、入江君の復活を同じレベルの、学生である、川名君が行うというのは、おかしいことなのです。というわけで、川名君が、CIAエージェントの、一人であるという事は、私は、1998年から、見破っていると、言ってよいでしょう。

 彼については、wikipedia 等が、全く立っていないのですが、北野武監督の、フランスでの、勲章受章などの手配を裏で、行っていた可能性をも感じています。したがって、北野監督よりも、上位の、存在です。

 川名君は、それ以降も、後藤健二さん事件、スタップ細胞事件などに,kansite、ある程度の関与をしていると、思いますよ。

 しかし、それらの活動の陰には、ベイカーさんがいて、ベイカーさんが操っていたに、過ぎない哀れな存在だとも言えます。

 そう、あわれな、存在だから、復活させて、市民権を与えようと、しているのが川名昭宣君でありますね。

 ここいら辺は、100万字ぐらい使ってて、複雑な真相を描きたいところですが、本日は、さらっと進みます。

 繰り返しますが、私は、その電話内で、既に、1998年に、川名君は、CIAと、関係があると、見破っていたのですよ。しかし、リアルな世界では、喧嘩をしない主義の私だから、川名君との電話のやり取りで、すべてを私がわかっていたとは、彼は、考えていなかったと、思います。私がこれだけの、筆力をもって、真相を描きぬく人間であると、知っていたら、あのレストランで、ちびり、ちびりと、爪で、私の掌をひねり上げる。または、つねり続けるなどという事はしなかったでしょう。

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題7、『川名君は、入江君が、死んだのは、自殺だと、考えていたのか? それとも、他殺だと、考えていたのか? それは、わからない。私は、入江君の死が、…・・・・散歩中、側溝に落ちて水死した・・・・・と、伝えられたが、そんなことは、ありえないと、思っている。

 今なら、大雨被害が多いので、そういう事案もありうると、考える人もいるだろう。だけど、このケースは、2004年から、2008年の間に起きていたので、土浦市に、大雨被害は、なかった。そして、散歩好きの入江君が、たとえ、思考が深くて、注意不足だったとしても、土浦市内の側溝で、人間が、窒息死するほどに、深い側溝があるとも思わないし、ガードレールがそこになかったとも思われない。・・・・・彼は、どこかで、後ろから、突き落とされたのだろう・・・・・と、私は思っている。その衝撃で、思わず、水を飲み込んで、窒息死したと、私は考えている。そして、その後、もう少し広い川に流れていって、発見をされたと、見ている。発見者自体がCIAの、ブルーカラーとしてのエージェントであったとも考えている。

 ICUキャンパス内で、既に、1965年に、後ろから首を絞められて殺されそうになった私には、そこら辺に

 しかし、川名君がそこまで、察知していて、私に復讐したとすると、それは、おかしい。彼だって、怒りの先は、CIAと、そのブルーカラー部門だというぐらい、わからないはずはない。

 でも、実際には、私に対して、怒りを向けて復讐をしてきている。

 ともかく、1966年の、ICUディッフェンドルファー記念館内での、言葉による、リンチ事件が重要だ。それにはベイカーさんと、テリーが深く、かかわっている。裏側での、日本支配の、エポックメーキングな出来事だった。

 そして、お堀に飛び込んだと、されている被害者が、なぜ、救い上げられたのか? むろん、尾行がついていたのだと、思われるけれど、その少年が、日比谷高校の出身者なので、同じく、日比谷高校に、進学した成岡康司君が助けたのではないかと、私は考えている。

 そして、実のことを言うと、この入江君の死が他殺であると、推察していたがゆえに、その数年後に、起きた、山口みつ子さんの死も喧伝をされているような、自殺ではなくて他殺だと、瞬時に分かったのだった。彼らは、無辜の人々(例えば、熊谷氏の六人ほか、)も、軽々と、殺していくが、有名な、人物(メディアには載らないが、その世界では、相当な、人物たち)をも軽々と、殺していくのだから。

 kokode,honjituは、閉めとしておきます。でないと、私は、死んでしまいます。疲労が濃くてね。

なお、このブログの、2010年より数え始めた、のベ訪問回数は、4899538です。推敲を終えたら、書いた日付と署名を入れます。リンク先や、写真も入れたらです。どうか、お待ちください。 

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18-9-12、16:35に、八幡宮の大太鼓が、長くなったので、テリー(輝子さん)について書いたことが正しかったことがわかった。

2018-09-12 16:14:52 | 政治

これは、前報(あと注1)の副題5以降に関連して書くものです。

副題1、『18-9-12、16:35 鶴岡八幡宮の大太鼓が、大音量で、五分以上ならされたが、その意味や目的は、後注1や、後注2で、ICUで、1965年にであったベイカーさんが、CIAのエージェントであったと、いう事や、そのベイカーさんへ、私を引き合わせた、1962年から、同級生で会ったテリー(旧姓、岩槻 輝子さん)も、CIAのエージェントであったという事を書いている私への、復讐・兼・脅かしであろう。したがって、テリーと、ベイカーさんが、CIAであるという記述は正しいのだと、私は今確信をしている』

 前報の、副題5で、1999年のニューヨークで、既に『すでに、身辺がおかしいと、思った』と書いています。実は、1998年9月4日、パリバスティーユ駅でも、拉致されそうになるのですが、それも、後では、CIAの一味が仕組んだことだと、わかってくるのです。でもね、最初は、臓器提供用の拉致事件の、犠牲者になるのだったろうかと、書いています。その当時は、ブログも、メルマガもやっていなかったのですが、手書き、お手紙のコピーとして、元週刊朝日の編集長にして、私の中学時代の、三年時の同級生飯田隆君に、郵便で、送っておりますので、週刊朝日が、エロチックな目的で、日本人女性が拉致されるという記事を頻発したのでした。飯田隆君は、成岡康司君とは早稲田大学でも一緒で、とても親しいのです。

 ところで、成岡康司君というのは、同じく、私の横浜国立大学時代の同期生ですが、早稲田大学の革〇の委員長をした後、秋山豊寛さん(ICU1966年卒で、TBSへ入社、ソ連のスプートニクで、民間人ながら宇宙へ飛んだ)と、ベイカーさんの力で、CIAへ、リクルートをされた人間だと、今では、わかってきています。ただ、飯田隆君の名前も出しにくいのですよ。彼も、またテリー以上に礼儀正しい人間ですからね。だけど、2009年の、3月10日の、ホテルニューグランドでの、同期会で、まあ、ひどいことをなさったので、此処で、こういう事を描いてもいいでしょう。

 しかし、2010年の一月に、有名な画廊の、オーナー山口みつ子さんが殺され、かつ、3月に、鶴岡八幡宮の、大イチョウが倒壊するという現象が、起きる前までは、そういう事をブログ内で、書くことはありませんでした。ただ、夫に対しては、手紙で、いろいろ、知らせておりましたけれどね。それを、夫が始末しないで、本箱にポンと突っ込んでいたりしていて、それを、旅行中にどろぼうが、見たりしていて、その結果、・・・・・鎌倉エージェント(警察の特殊部隊をも配下に置いている)が、行う攻撃を、・・・・・・私の方が、怖がっている・・・・・と、彼ら、悪辣なことをやっている連中は・・・・・考えた模様です。

 今(18-9-12、16:35)も、下から大音量で、鶴岡八幡宮様の大太鼓の音が、五分以上鳴り、最後の、ドドどーと、言う音もなりました。それから昨夜、夜、10時10分ごろ、鉄(くろがね)の井(井戸、と、此処では読む)のところで、「扇ガ谷二丁目で、工事をしているので、迂回してください」という看板が立っていました。これらは、すべて、対私への嫌がらせ、及び脅かし行為で、特に、2008年2月から始まっている、アジサイ畑欺罔事件の証拠隠滅用、工事(第一期は、上水道管の取り換えを、アスベストの健康被害を口実にして行うという形だったが)以来、繰り返されている、言う事案です。

 アスベストの健康被害など、この雪ノ下では、嘘ばかりですよ。だって、古い管を、掘り起こして、取り換えたわけではないのです。ひとえに、藤本禎子夫人という人が、道路にいれた電動のこぎりの切込みを、失わせるためでした。そして、そういう事を描いている私に対して、いじめる(=いらいらさせる)ために、アスベスト訴訟が全国で起こされており、国家とか、民間企業が、莫大な、金額の保障をするという現象が繰り返されています。

 また、本日三菱マテリアルのどなたかが在学基礎をされたというニュースが五時に、NHKで、お相撲の間に報道をされましたが、これも、対私への嫌がらせ行為です。多重的に、いやがらせ行為が、行われているのですが、それだけ、彼らにとって、テリーが、AFS留学中に、CIA要因としてリクルートをされたのであろうと、言う、文言は、危険だと、言うか、伏せたい事実なのでしょう。だって、喜びをもって留学する高校生が、CIA要員として、リクルートをされ訓練を受けて帰ってくるなんて言う真実が、公開されては、良いご家庭で、育った、お子様方が、AFSに応募をするのを、両親がsekitomeruかもしれません。それは、アメリカ側に取って、おお損ですからね。

 まあ、高校時代に、アメリカに留学できるAFSの制度も、白いスーツを着ておしゃれをして、パーティに向かう途中の、服部くんが、単に「フリーズ!」」という!」英語の意味を、知らなかっただけで、泥棒かと、誤解をした、夫婦に、ピストルで射殺されて以来、人気が落ちていると、思いますけれど、私自身は、既に、76歳なので、現在の、高校内でのAFS制度の人気度を知りませんが・・・・

  さて、上は、八幡宮の大太鼓が鳴らされたので、挿入した最初の予定にはなかった部分です。以下が、本日の、本文です。さて、既に、夜の10時になっていますが、書き進めましょう。

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後注1、

外人との結婚によって、一発逆転を、狙う? 大坂環夫人 VS ニューヨーク、シェアルームの、私の友人達△

2018-09-10 20:14:35 | 政治 

洗脳と共産党と創価学会とCIAとAFSについて・・・・テリー、三輪喜久代、塩見和子、高田弘子、十束某

 副題2、『古村浩三君と、ベイカーさんと、石塚雅彦さんと、ロックフェラー四世は、国際基督教大学の男子寮に住んでいたと、私は、考えている。そこで、固い絆をはぐくんだと、見ている』

 私は後から考えると、既に、パリで殺されそうになっているし、次の年のニューヨークで、9階に住んでいるのに引っ越しの日にエレベーターが壊れるという憂き目に出会って(あと注1)・・・・段々に、ベイカーさんの真実やら、北久里浜の地籍変更届を実行した、瀬島隆三などの真実と、その悪意に、しっかりと、目覚めていくこととなります。彼らは、底流に生きていて、しかも、悪いことばかりしているので、決して表から、自分達の姿を、見せようとは、しません。必ず、誰か、身代わりの【ぱぺっと】を立ててを、それを、利用しますので、その因果関係を、解明していくのは、直、に、大部なミステリー小説を解いていくかのごとき様相を呈します。

 なお、ベイカーさんが、1960年当時の言葉でいえば、スパイ(CIAの)となったのは、かれがアメリカ人としては、小柄だったので、その劣等感からなったのではないかと、私は考えております。また、東部アイヴィーリーグの名門大学で、日本に来る前には、学んでいたとしても、出身が、中流家庭だったとすると、そこで、出自にまつわる悲哀とか劣等感に見舞われたかもしれないのです。アメリカの私立大学って、ものすごい学費がかかるので、普通は、富裕層しか行かないのです。しかし、何らかの、形で、異分子が混じると、異分子は、劣等感を、覆すために、CIAのエージェントとなるという形で、劣等感を逆転させ、他人を支配する喜びを手に入れられるわけですね。アメリカでも、本当の上流階級は、スレンダーで、背が高いです。180cm以上です。ベイカーさんは、162cmぐらいだし、それは、絶対に劣等感を持つ、背の高さです。ただ、顔はメルファーラーのごときか、もっと美形です。金髪碧眼で、金髪を際立たせる、紫色の、コーデユロイのジャケットを着て、いつも自転車で、走り回っていました。ただ、私は、突然にテリーから、ベイカーさんに会うように、言われて、あった最初の日に、この人は、CIAのスパイだわと、思ったし、また、それを目を見張るという形で、ベイカーさんに、知らせてしまったので、すぐさま、後ろから狙われて殺されそうになったので、彼とは、一切の接触をその後しておりません。彼とは、その日の前にも、一切の接触がないし、その日のあとにも一切の接触がないのでした。彼は、さすがに、私を避けたのだと、思います。でも、1960年代には、こういう真実には、私の方が、気が付いていなかったので、それは、幸いをしました。

 さて、ベイカーさんがどの寮に住んでいたかは知らないのですが、古村浩三君は第一弾資料に住んでいて、かつ、石塚雅彦さんも同じだったと、思います。ロックフェラー四世が、住んでいたのも四人部屋で、石塚雅彦さんとは、一緒だったと、思いますよ。というのも石塚雅彦さんは、最近に、なって、私の方が気が付いたのですが、堤義明さんと、いとこでしょう。と、なると、ロックフェラー四世は、バックグラウンドを当然のごとく調べるでしょうから、石塚雅彦さんを特別に大切にしたと、思います。

 古村浩三君がどういう出自の人かはさっぱりわかりません。ただ、クラスに、別の、男子で、富裕層の、お坊ちゃんが、数人居たので、そういう人と比べるとエピソードが少ない人でしたね。まあ、驚くべきことに佐野ぬいさん(女子美の学長)の、弟さんもたった、23人のうちの一人でした。でも、威張らなかったですよ。ああ、ねえ。誰も知らなかったでしょうが、私は、「上位6%の税金を父親が納めているから、入学試験上位者がもらえる奨学金が出ない」と、事務室から、言われたのです。しかし、私の実家が、金持ちという事とか、美術的に言って、きれいな家に住んでいるというのは、一人を除いて、誰も知らないことでしたね。私は、ひどく目立たない、下手(したて)に出る方のおんなのこでしたから。

 けれど、石塚さんに言いたいです。麻布の出身でしょう。すると、東京都内の名門校ですよね。私は、お茶大付属高校出身です。今は東大合格者数で、名門校を決めるみたいなので、お茶大付属高校はランクが落ちちゃっていますが、入学しているお子さんの、実家の、民度を考えると、名門ですよ。

 少しは、私のことを、・・・・警戒するというか、もっと、大切にしてくださったらいいのに、どうして、あれほど、連続的にひどいことをなさっているのですか?・・・・と、言いたいです。古村浩三君が私をまるで、理解しないのは、仕方がないです。彼は、松本深志高校の出身だから、東京都内の高校のランクなど知らないし、文章を描いたり、絵を描いたりすることには、興味がないみたいだから、私の能力など、全くわからないので、足蹴にしてもかまわないと、思っているのでしょうね。

 それにね。彼らは、行動を起こすにあたって、正邪の判定とか、原理とか。論理とかは、尺度として使わないのです。人間関係の、濃さだけです。親密度だけなのです。私は、人と、親密な関係をあまり作ろうとしないのです。お酒を飲むこと、カラオケに行く事、それから、おしゃべりをすること、セックスを気軽にすること、そういう事をほとんどやらないのです。お喋りだけは、しますが、それも、よほど相手を信頼している場合だけであって、ほとんどのケースは、一人で、ポツンと、していると、見えるのでしょうね。

 ポツンとしているのが、好きなのは、常に何かを考えているからです。頭の中は芳醇ですよ。それに、実は、日傘雅水さんが、kounenn教えて、くれたのですが、手相の中に、金星帯というのが、右手にも左手にも、2本ずつあるので、本当は水もしたらるいい女の類だったのです。もてる類の女だったのです。ちいとも、しらなかったけれどね。本当は、市原悦子さんみたいになるのが、向いていたのでしょう。若き日に、歯を、なおしておけば、そういうながれもあったかもしれない。

 ともかく、私は作品として物事を発表するのは好きなのです。他人との関係を、そういうものを通して、間接的に行うのが好きなのです。絵を描き、版画を制作して、個展をする。パーティがあると、そこでお歌を歌う。そういう形で、他人と接触するのが好きなのに、リアルな世界で、誰かと、対面して、あれこれ、親密度を深めたり、親密度を示すというのは、好きではないのです。

 ここで、話していることはすべて、繰り言というたぐいのものです。だけど、石塚雅彦さんは、どうして、ああいう態度をとるのだろうね。(表に見えない裏のことですがね)と、不思議には、思っているのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題3、『渋谷駅から、山手線沿いに、岸体育館へ向かう途中に、イタリアンレストランがあった。今は無くなっているみたいだ。グーグル検索をすると、そこには、既に、イタリアンレストランはない。もし、私のパソコンが20台以上も、壊されるという事がなかったら、そのレストランの名前もはっきりと書けるのだが』

 ところで、古村浩三君は、一年時の同級生だが、エピソードの少ない人で、目立たない人だった。しかし、今思うとバックにロックフェラー四世を持っているので、自信たっぷりであったらしい。10期生全部の上に立てると、思っていたのだろう。従って、彼が音頭を取って、毎年、クラス会が開かれていて、私は、そこに、来なさいというメールをもらうこととなった。

 彼が主催するクラス会は、主に、居酒屋風の、レストランの個室で開かれていて、サラリーマンである彼が、友人や知人と過去に使った、場所、特に新宿が多かった。金曜日の夜に開かれており、サラリーマン社会の、勝ち組の出席が多かった。私は、そういう人達とは、カラーが違う方なのだけれど、画家とは、名前を売らないといけないものだから、世界的アーチストになるためにと、思って、毎回出かけていて、みんなと、お話し合いをしていた。

 2008年までは、平和な会だった。ところで、たぶん、2007年か2008年のことだったが、渋谷の、その今はなくなっているイタリアンレストランを、借り切って、行われた。とても、珍しい形式だった。いつもは、和風のインテリアで、内部が暗い感じの場所だったのに、その日だけは、明るい室内で、やや、さびれている、傾向がある、レストランであって、なんとはなく、私には、いつもほどの楽しさは、なかった。

 しかも、この日、私と川名昭宣君の間には、恐るべきことがあった。たぶん、それは、同期生の一人である、入江多喜雄君の死が他殺であることを意味しているのだろうと、思ったので、それで、私は、あまりに驚いたので、自分の、スカーフを忘れて来て、しまった。この節では、川名君の方は、後回しにして、スカーフに、だけ、まず、こだわりたい。

 そのレストランは、岸体育館そばなので、さびれている地域にあった。そこから、みんなが、渋谷駅の方に、降りてきたので・・・・・、一部の人は、二次会に、流れるみたいだった。私はその日は、川名君の態度に衝撃を受け、しかも、その意味合いが、たぶん、CIAが入江多喜雄君を殺した点にあるだろうと、思ったので、二次会には、行く気にもなれず、渋谷駅で、改札を入ろうとした。ところが、スカーフがない。私のスカーフはすべて、母が買ってくれたもので、忘れたのは、ポリエステル製なので、安い方だった。しかし、テキスタイル(繊維)を美大で、学んだ人が言って居たが、最近は、何でも値段を下げるために、生地を薄くしているとのこと。そのスカーフだけは、ポリエステルだから、生地が扱った。母には、何枚ものスカーフをもらって居たが、絹のものは薄いのだった。それで、友人が、殺されているのではないかと、思いながらもスカーフも大切なので、(苦笑)どうにかして、手元に戻したいと、思った。

 それで、古村浩三家に電話をかけることにした。ところで、此処で、ガラ軽とか、スマホの問題が出てくる。一般の人は、そこに、友人の連絡先を入れておいて,katu、最近もらったメール等も入れているだろう。だから、それを持っていれば、今、渋谷kennnaide、二次会を行っているだろう、古村浩三君と、連絡が取れるはずだ。しかし、私には敵がいて、CIAが暗殺をしてやろうとしている存在なので、スマホを持って出ると、そのGPS機能を利用して、行く先々で、いやがらせを受ける。だから、スマホには、誰の住所も電話番号も入れていないし、スマホで、メールを開けることもないので、古村君の、連絡先は手元にはなかった。しかし、個展の案内状をいつも各人間だ。彼の、住所は大体のところで、知っていた。田無か、保谷だったと思う。その二つの町は、市町村合併で、西東京市になっていた。風情のない名前で、古村君はそれをクラス会で、嘆いていた。それで、私も彼が、その時点で、西東京市に住んでいることは頭にしっかり入っているので、104で問い合わせて、番号を知り、家に連絡を入れた。

 その時点で、奥様が塾を経営していることは知っていた。で、塾を経営している女性は、夜が遅いはずで、10時近くなっていたが、電話をかけ、その失礼を詫びながら、委細を言うと、非常にのみ込みの早い、頭の良い奥様で、私は後日、無事に、当日渋谷のレストランにいた、女性の出席者から、郵送で、スカーフを受け取ることとなった。

  非常に短いやり取りだったが、『奥様は、古村君よりもしっかりしていますね。落ち着いた人だ』と、思った。声は、メゾソプラノ系で、しっかりしていて、声だけで、相手の、様子がわかる感じがした。したがって、塾は繁栄をしていると、思った。それが、宮川紗江選手と、奥様が、知り合いであるとの、結論に達したゆえんだ。10年前に渋谷で、スカーフを忘れたことが、宮川紗江選手問題の、本質を解き明かすこととなった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題4、『宮川紗江選手の、訴えというのは、日大アメフト問題が内包している悪と、毒素を、薄めていく目的で、似た様な形で、選手側に記者会見を行わせたのだった。日大アメフト問題で、記者会見をした宮川泰介選手と、紗江選手は同じ苗字なので、親戚か、もしくは兄弟だと、思われる。

 無論のこと、石塚雅彦(日経新聞元論説委員)さんとか、飯田隆(元朝日新聞社勤務、一時期週刊朝日の編集長をしていた)君などの陰の力があって、ああいう目下のものが、めうえのものを訴える記者会見を開くことが可能だったわけだけれど、・・・・・ともかく、日大アメフト問題で、やられにやられた内田直人監督は、気の毒な人だった。財務事務次官と同じ。

 そして、日大も、気の毒な事だった。日本であh、真に実力のある人は生きていくことを許されない。細木数子とか、このうちだなおと監督とか、ホリエモンなど、みんな、同じだ。特に日大は、鎌倉エージェントのメンバーが早稲田。ICU,上智、中央大学等で、構成されているので、小ばかにされている。そういう事で、ああいう事件を起こされた。宮川泰介選手に、焦点を当てた動画が、繰り返し放映をされているのを見てもの、わかる通り、最初から、組み立てられていた、謀略だったのだ。ところで、それが、確定的に分かったのは、宮川紗江選手の方には、wikipedia が立っていて、紗江さんが西東京市の出身だと、出ていたことだった。

 スカーフを忘れた日に、声だけを聞いた古村浩三夫人の、奥様のしっかりした様子、塾が繁栄しているという推理から、何だ。宮川紗江、泰介両選手は、古村浩三、一家が、リクルートをした人材だったのだと、わかってきたのだった。それは、スカーフ一枚が機縁だったが。

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題5、『しかし、今まで、書いたことは、これから、先に描くことの導入でしかない。私が、スカーフを、忘れたのは、それほど、驚かされた出来事が、渋谷の、イタリアンレストランで起きたからだ。

 それは、大氷山へ取り組むこととなる複雑な事案だけれど、主な登場人物は、テリー、川名昭信君、入江多喜雄君。渡辺某元朝日新聞記者(すでに、ガンで、死亡)と、私と、1967年に、千鳥ヶ淵で、飛び込み自殺を図ったが、助かった、S君と、成岡康司君の、七人だけである。しかも、入江君は、水死という事故で、渡辺君はがんで、既に、死亡なので、生きているのは、5人だけだ.soreha,く知っているのは、成岡康司君と、私だろうと、思っている。その次のレベルで、知っているのは、川名君。テリーは、入江君の死について、どこまで、知っているかは、わからないが、1967年の、ICU時代の、入江君の、行動を私に教えたという点で、もし、入江君が、他殺だったら、テリーが重要な人物となるのだ。

 ここに、こういう事を描き始めるのは、テリーが、私に対して行った悪とはベイカーさんに、私を引き合わせたことだけだと、後注1や2で言って居る。しかし、それは、違うのだ。もと。ある。

 しかし、一つだけといったのは、ほかのものが、難しすぎて、他人に説明しうる自信がなかったからだ。」それは、私が、これから、書き始める重要な案件をブログで、書き表す自信がないので、一つだけといっただけで、テリーがオブラートに包みながらも、対、私に対して行った悪とは、ひとつではない。いくつもある。この。入江多喜男君の死にまつわるエピソードなど、その最たるものなのだ。テリーには罪の意識がないかもしれない。しかし、彼女が、1999年か、2000年に、私に電話で、私に教えた内容が、入江君の死を招いたと、確信をするので、私は、本日、この、難しい話題に、取り組むことを、午後、2時ごろに決意をした。しかし、12時間ぐらいたっているのにやっと、導入部分のスカーフを忘れてしまったというところに到達しただけである。

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題6、『川名昭宣君がどういう人物かをまず語ろう。表向きのは、河出書房新社の、編集者である。そこに入社する前に、フランス留学住だと、彼から、最近、聞いた。父君は、満州で、官吏もしくは大企業に勤めていたと、私は、推察している』

 今、NHKは、ドイツ文学者、池内紀氏を、ドイツに派遣をして、死が好きなSLの探訪をさせたり、日曜美術館に出演をさせたりして、大優遇をしています。それは、川名昭宣君を、私より、有利だと、見せつけたいと願っている伊藤玄二郎の発案でしょう。または、発案は、井上ひさし(公的には,jibunnwo死んだ事にしていますが、実際には、まだ生きていますよ)かもしれませんが、NHKに働きかけたのは、伊藤玄二郎でしょう。そして、伊藤玄二郎と、川名昭宣は、とても、親しいのだと、思っています。

 二人は、同期で河出書房へ入社しています。

 ここで、二度目の、中断します。恐れ入りますが、入眠します。 

後注1、

外人との結婚によって、一発逆転を、狙う? 大坂環夫人 VS ニューヨーク、シェアルームの、私の友人達△

2018-09-10 20:14:35 | 政治 

洗脳と共産党と創価学会とCIAとAFSについて・・・・テリー、三輪喜久代、塩見和子、高田弘子、十束某

2018-09-08 20:55:24 | 政治

後注3

 

宮川紗江は、日大アメフト事件での、宮川泰介選手と、同じ趣旨で動くCIAのパペットであろう  2018-08-31 22:29:55 | 政治 

 

宮川紗選手は、西東京市出身だ。成りすまし疑惑で、身代わりの片山君を犠牲にした古村浩三君の家も、その町に在る   2018-09-01 21:39:51 | 政治 

 

宮川紗江-3・・・・・湯川有紀子、石塚雅彦、古村浩三、川名昭宣、伊藤玄二郎、三輪喜久代、大宅映子   2018-09-03 21:09:16 | 政治

 

 


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外人との結婚によって、一発逆転を、狙う? 大坂環夫人 VS ニューヨーク、シェアルームの、私の友人達△

2018-09-10 20:14:35 | 政治

 今、2018年の、9月11日の、昼間ですが、下の文章に、アンダーライン部分の加筆を加えます。特に、

・・・・・・ただ、2010年一月に、山口みつ子さん(京橋の有名画廊のオーナー。読売新聞で自殺を示唆されていて、それを、読売を取っていない私に、対して、exibit Live and Morisのオーナーが、わざと見せたが、だからこそ他殺であるが、殺されてからは、・・・・・心の中では、すべてを、実名で書くこととなった。・・・・・

 などの部分は、この文章で、書いている諸事を、さらに、鮮明に分かり易くさせる部分だと、思っております。そういう事は、過去に一回描いていますが、前後左右の、関係性をもって書くと、また、違って、見えますしね。で、その程度の、深さを、与えるべく、加筆、推敲をしております。なお、午後三時に、出来上がったので、恒例の三角印を総タイトル横に付けておきます。それで、完成したことを、皆様にお知らせします。昨日よりも、5千字増えていて、そして、グッと、わかりやすくなっていると、信じています。

副題1、『本日も、あっちこっちの、ニュースショーが大坂なおみ選手を追いかけている。私が注目している点は、以下の二つだ・・・・・まず、第一はアメリカでの最初の居住地だ?』

 *1、母方の祖父が、柔道の選手だったとのこと。遺伝子内に、・・・・運動神経がよい・・・・・という項目が、まず、半分あったのだった。父親は、プロスポーツ選手ではなかった模様だが、アメリカンフットボールとバスケットボールをやってきたと、ある。アマチュアでも、ハイチでは、人気のあるスポーツだと、思われるので、やはり、運動神経が高いと思われる。二つの流れから入ってきた、抜群の、良い運動神経が、なおみ選手の中で、合体した。祝福すべき才能だ。人気者といってもメディアが作った人気者が多い中で、本当の実力者だから、心から祝福したい。

 なお、祖父鉄夫氏のお宅は、植木の手入れが行き届いた庭が、300坪以上はあるだろう、お屋敷で、なおみ選手の母・環さんが、経済的には、豊かに育ったお嬢様である事がわかる。

 なおみ選手の育ちの中で、テレビ映像では、、・・・・貧乏だったので、お父さんが、独学で、テニスを指導した・・・・ふすまを外して、それをネット代わりにして・・・・と、繰り返し語られているが、それは、核家族で、生きていこうとしているから貧乏だったわけで、日本社会の中で、特別にびんぼうな方だったというわけではない。ただ、東京あたりで、学校の部活ではなくて、それ以外で(特に名門テニスクラブで)、テニスを、やろうとしたら、お金がかかるので、普通だと、「プロテニスプレーヤー、に、子供をしていこう」というような家は、お金持ちではある。松岡修三家しかり。

 ただ、これは、本当に余計なことだけれど、あの最上級に手入れの行き届いた植木(柘植・類がいっぱいある)の、持ち主である鉄夫氏は、環さんが、外人と結婚をすることを最初は、許さなかった可能性がある。レオナルドフランソワ氏との、環さんの結婚を反対した可能性はある。しかし、昔、昔の話だ。そして、そんな過去は、なおみ選手の活躍で、どこかに吹っ飛んでいる。

 ともかく、なおみ選手は、中学か、高校を飛び級で進み、(という事はとても頭がよいという事だ)すでに、大学を卒業しているそうで、それは、本当によかったと、おもう。大騒ぎされる前に、普通の少女として、大学へ通ったことは、良かった。フロリダ大学だそうだ。6月が卒業式だから、今年だったか、去年だったかは知らないけれど、これほどの、大騒ぎになる前に、大学を卒業してしまったのは、本当にいいことだった。友達が、特別扱いをしないでくれるだろうから。

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『フォレストヒルズ・・・・・クイーンズ。そこに、あの、テニスコートはあるのだけれど、』

 私は、1999年アメリカへ行き、OCNニュースという、邦字新聞の案内で、タイムズスクエア、すぐそばの日本人宅でシェアルームを、保持した。ひと月、800ドル。邦貨にして、9万円ほど。しかし、問題は、ママが、幼いお子さんを放ったらかしにして、テレビゲームばかりやっている事だった。それなので、猫と赤ちゃんに、まとわりつかれることだった。ママとも、話をしたが、日本では、裕福な家の出身で、この家も買ってもらったそうだ。彼女自身は、ブロードウェイで、ダンサーとして活躍することを夢見てNYに来ていて、妊娠は想定外だった模様。夢破れた空虚さをゲームで埋めているらしい。

 しかし、女性は、普通なら、子供を目の前にしたら、母性愛に目覚めるものだが、彼女には、それが、生まれなかったみたいだった。同居している日本人の夫(正式な入籍後で、しかも子供のパパ)という背の高くて美形の男性がいたが、その人物も、また、理想の、結婚相手ではないらしくて、妻である部分とか、母である部分は目覚めない模様だった。お料理の後始末もしないし、洗濯後の、衣類をたたむこともしない。

 さらに、話を聞いていくと、彼女の実母が偏愛の人で、妹ばかりかわいがったそうである。それで、妹さんの方は、家事もできるし、育児もできるのだが、自分はできないという。日本の様に隣近所を気にして、右へ倣え主義も、私には息が詰まるが、タイムズスクエアーそばのオフィスビル、ワンフロアーを買ってもらって、誰とも、近所づきあいをしない生活も、困ったもんだった。ガラスの窓には、すべて、厚いカーテンを下ろしていて、昼間も暗い。

 『このお母さんを、変革することは無理だ。ここにいては、taisetuna三か月を、子守だけで、終わってしまう』と、考えた私は、9月6日頃から、別のアパート特に、自分一人で、暮らせる空間を探した。こういう際の、いちいちに、びっくりすること、感動することがあって、それを、文章で書くのが、私のメルマガの始まりだった。

 美大の大学院には、すでに、入学許可を取ってあったが、それは、ブルックリンハイツというところにあり、後日、【イカとクジラ】というアメリカの文芸・映画を見て納得をするのだけれど、高級住宅街であって、クリントン大統領の私邸(ほとんど、無人状態)を、ふくむ、お屋敷向け住宅街(300坪程度の敷地を、20軒ほどまとめている)もある一帯だった。で、『此処、ブルックリンハイツ周辺に間借りをするのは、無理でしょう』と思い、今般、テニスの全米オープンが開かれた会場である、ビリージーンキングナショナルスポーツセンターや、さらに東に行くと、メッツ球場もあるクィーンズ(マンハッタン島の東北部にあたる半島部分)が、良かろうと思って、そこを探索しに出かけた。

 フォレストヒルズという駅で降りて、北へ向かって、4キロ近く、歩いて、ジャクソンブールヴァールという駅まで、たどり着いたのだが、その際に、側に長く続いている築地塀の中で、その日の昼頃に、あの喧噪の全米オープン1999年度が行われていたのだった。その途中で、何組かの日本人や、アメリカ人夫妻と、知りあったりして、おいしいものをごちそうになったりした。ちなみにその時(=1999年)の優勝者は、セリーナ・ウィリアムズ(初優勝)だった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題3、『大坂環夫人は、五嶋節さんの著書【雨の歌】を、読んだのではないかな? または、大阪というコミュニティ内で、五嶋節さんのうわさを聞いたのではないかな? 節さんとは、みどりさんと、龍さんという、有名ヴァイオリニストを育てた・母じゃびと・だけれど』

 五嶋節さんの本【雨の歌】を読むと、日本から出て、ニューヨークで、最初に住んだ家は、フォレストヒルズの、知人の半地下を借りたと、あります。この半地下ですが、別に、みじめなアパートでもないのですよ。

 パリは、道路から、ビルの入り口が、階段抜きで、まっすぐに入れます。しかし、伝統的に一階は、ゼロ階と数えます。二階が、一階と、数えます。たぶん、セーヌ川が氾濫した時期の影響でしょう。その伝統の反映か、どうかは知りませんが、アメリカの住居の一階は、道路から、階段、10段ぐらい上がったところが入り口になっていて、一方で、10段下がったところに、一階と、同じスペースで、同じ天井の高さの、居住部分があります。映画【グラントリノ】では、地方の一戸建て住宅でも、そうなっていましたね。中産階級でも、余裕のある人(あの映画ではクリントイーストウッドが演じている)は、そこを一種のアトリエとか、工房とか、作業室にしていて、工具が、いっぱい、保存をしてあります。ただ、50年ぐらい前にアメリカに移住をしてきた新移民は、そこを、アパートにして他人に貸し、賃貸料を稼ぐ人もいます。それで、家のローンを支払ったり、さらに格上の家へ、引っ越していく資金とするためです。クィーンズには、そういう人がいっぱいいて、貸しアパートはいっぱいあるのです。

 私はこの間、「断捨離はよくないですよ」といいました。日本には相続税の問題もあって、家の中に、しっかりと、道具とか、物品が、保存をされている家が少ないです。しかし、お若い方に勧めたいです。「子供のお受験にこだわるのなら、あえて、地の利の良い、マンションもいいでしょう。しかし、安い古家、特に、いまは、非常に安くなっている空き家でも、いいですから、一戸だてを買って、ご自分で、いろいろ、手を入れてごらんなさい。理想の生活ができますよ。というか、マスコミに踊らされない真の文化的生活ができますよ」と。

 で、私はクィーンズ内、最北端にあるディトマス・アストリアという駅・もより・に、1999年は、半地下のアパートを借りて、住み始めます。特に付記すると、2000年には、同じクィーンズでももっと、南に住むのですが。そう言う私の勘では、大阪環さん、一家も、クィーンズで、住み、はじめ、なおみさんと、姉に、テニスプレーヤーとしての才能があることを見定めてから、フロリダへ、引っ越したのだと、推察しています。錦織君もそこに通った、養成センターがありますからね

 まりさんや、なおみさんに、テニスの才能があると、わかってからは、あの、北海道にいる、鉄夫さんも、経済的支援を行ったかもしれません。スポンサーが付くまでは。

 なおみさんが、「性格がかわいい」と、言われるのは、両親がそろっていて、しかも、あねがいるせいだといると思いますよ。五嶋みどりさんも、すでに、13歳で、タングルウッド音楽祭でデビューして、弦が、三回も切れたのに、演奏をやめなかったという事で、スターダムに上がり、アメリカの、教科書にエピソードが載っているそうです。しかし、大人になった彼女を見ていると、とても痛々しいです。「ぜひ、本当のお父さんと、お会いなさい。そして、いろいろ、お話し合いをなさい。それで、きっと安心なさいますよ。そして、結婚もできるでしょう」と、勧めたいです。

 一方で、なおみさんの方は、お茶目で、天然で、キュートだと、言われています。これは、ひとえに、両親が、そろっていて、ちゃんと、愛情をもって育てられているせいだと、思います。その上、お姉さんがいて、学校でもテニスの世界でも、一歩、先に、ルートを作ってくれていますので、ストレスが、すくなくなるので、ラッキーです。

 ただ、繊細で、内気なところもあるといわれるのは、頭が、いいせいでしょうね。相手が、どう思うだろうと、自分で、先に考えてしまうところがあるからでしょう。飛び級の、エピソードを知って、そうかんがえます。私も、内気で、繊細だと、ずっと、他人に思われてきました。最近ですよ。強くなっているのは。

 「一将、功なって、万骨枯る」という、ことばが、あります。今、私は、いったん書いて下書きにいれている西原理恵子さんについて書いている文章の中で、それを語っているのですが、西原さんの様に、自分のために夫が犠牲になる、そういうケースよりも、親が犠牲になって、子供を生かそうとするのは、どこか、許せることであり、ほほえましいこととなります。

 なお、五嶋節さんと、電通のパワハラ問題で、女を挙げた(?)高橋まつりさんの母は、どこか、似たところがあるやもしれません。目的のためには、子供の父親の方は、捨てるという。そういう点で、似ている様な気がします。まつりさんの母は・・・・・sorega,報道をされていないけれど・・・・・、若い日に自分から夫と離婚をしている(=自分の方から夫を捨てた)女性だと、思います。で、かわいそうなまつりさんは、単身親・家庭というコンプレックスを追い払うために、頑張って、頑張って東大まで行ったけれど、並行して獲得をしておくべき、多様性への、適応能力を持っていなかったのでした。父親の靴下が臭いと、言う事を、許容する様な家庭で育ったら、上司のパワハラとかセクハラとかを、右や左へ、やり過ごす事が、できた可能性がありますが、できなかったのでしょうね。男性特に中年男性に対しては、無菌状態で、育ってきたから。・・・・・かわいそうに・・・・・。

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副題4、『今、日本では、引っ越しのトラックの助手席に、委託者側は、乗ってはいけないこととなっているそうだ。私は、もしかしたら、20年前に、マンハッタン島からクィーンズへの、引っ越しを、楽しいこととして、書いたからこそ、そうなったのではないかと、ひそかに、考える。1998年のパリ時代から、私は、明瞭に海外で、命を狙われ始めているのだから』

 さて、ビル一階、ほぼ、100坪を占拠しているお宅の部屋からは、お馬がバカバカ、言う蹄の音さえも聞こえました。早朝、ニューヨークでは、騎馬警官がパトロールをするのです。8th Ave と、言う大通りからは,50mは引っ込んでいましたが、早朝は、車が通らないので、蹄の音が聞こえるのでした。その家のお子様は、私に、なついていて、別れるのもつらかったのですが、私は、ニューヨークへ版画を作りに来ているのです。そして、夜は、哲学者としての、思考を重ねるつもりでしたから、パリでの、1998年の三か月と比べると、全くプライバシーがない、その家では、どうしようもないのでした。

 自室のドアは、無論のこと、閉めてありますよ。

 でも、坊やが「あけてー」と、言う限り、それを無視する様な神経は、他人である私の方は持ち合わせていませんので。お母さんは、子供を頭っから、無視しているのですよ。きっと、ドラクエか、ファイナルファンタジーをやっていたのでしょうが。実母とは、かえって、こういう風に無神経になれるものだろうかと、も、考えましたよ。他人とか、継母だと、もっと、気を使うでしょうが。

 猫の方も別れがたく、かわいそうでした。その家は、100平米はあるだろう広い家ですが、もともと、ビジネス用ビルですから、部屋を後から、作っているので、それ以外の余地は、広い廊下風スペースになっています。そこに、高さ一メートルぐらいの、衣類の山が、五個ぐらいできています。そのどこかで、おしっこや、うんちをしてしまうのでしょう。そして、時々、見つかって、ママから、大叱られをしてしまうのです。だから、ビビりまくっています。でも、実の子の面倒も見ないお母さんだから、猫トイレなど、用意しているはずもなくて、拷問に出会っているみたいな毎日で、かわいそうでした。

 日本からは、日通で、荷物を送っていましたので、ニューヨーク市内の、引っ越しも、この時は、日通に頼みました。運転手だけは日本人ではなくて、ジャマイカ人という事でした。屈強な青年で、チップを100ドル(=一万円強)上げて、急に止まったエレベーターの代わりに階段を利用して、荷物を運んでもらいました。9階に、住んでいるのに、そして、引っ越しをしようというのに、急にエレベーターが止まったというのは、それこそ、この時点からすでに、CIAのいじめが始まっているわけです。しかし、それは、後で、語ることとして、この時の引っ越しの楽しさをまず、語りましょう。ジャマイカ人であるという事は、後発の移民だから、引っ越しをする運転手というブルーカラーの仕事をしているわけですが、日系企業に勤務しているのですから、まじめで、頭のよい青年だと、思います。そして、根っから陽気です。

 普段使われていない階段は、ワインの瓶が割れていたりして、とても危険な場所だったのに、文句も言わず、二回か、三回ぐらい往復して、手で運んでくれました。私も二回ぐらい運びましたけれどね。その年、ニューヨークには大型の台風(ハリケーン)が来ていて、引っ越し先では、プラタナスが、根こそぎ、倒れるほど、ひどい風雨だったのに、引っ越しの当日は、快晴で、すこし、日本より気温の低いニューヨークは、この上なく快適でした。タイムズスクエアーの西側からマンハッタン島を横切って、東の半島、クィーンズへ向かうのです。ロックフェラーセンターを左に見て、セントパトリック大聖堂の前を北へ向かい、トランプタワーの、横で、東へ折れてクィーンズ・ボロ橋を渡る。橋は、二階建てで、上の階を通るので、さらに快適です。トラックの運転席はとても高くて、これは、第一級の味わいのあるドライブでした。

 なお、なおみ選手がハイヒールを履いて、白い、袖が、かわいいドレスで、ロックフェラーセンターを訪問をしたそうですが、大人気者を、認知済みエリートとして認めるのは、ロックフェラー家の、認知が、必要だったのでしょう。なるほど、なるほど。

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副題5、『私は、潜在意識の中では、この引っ越しの日に、自分が狙われている存在であることを、知った。エレベーターが止まったのは、自然なことではなかった。そして、今書いている様なことの全貌も、潜在意識の中では、わかっていたのだった。しかし、・・・・まさか、そんなことはあるまい・・・・と思って居たので、勇猛果敢に、諸事に挑戦をしていた。ただ、2010年一月に、山口みつ子さん(京橋の有名画廊のオーナー。読売新聞で自殺を示唆されていて、それを、読売を取っていない私に、対して、exibit Live and Morisのオーナーが、わざと見せたが、だからこそ他殺である)が、殺されてからは、・・・・・心の中では、すべてを、実名で書くこととなった。

 そして、しんどいなあと、考えながらも、

・・・・・・外に向かっては、勇猛果敢に戦う人となったのである。そこらあたりから、実名ですべてを書き始めたと、思う。特に「私を攻撃する側に立つ限り、瞬時に実名で、一切を書きます」と、宣言をしておこう。

 しかし、それなのに、前々報(あと注1)でも、副題αで、取り上げている、テリーの実名には、なかなか、触れて来なかった。テリーこと、岩槻輝子(てること読む)さんだけは、実名を挙げていない。今でも、苗字は、あげていない。岩槻は、旧姓である。だから、こういう名前の、ひとは、この日本には、実際には、生存をしていない。

 テリー、テリーと、アメリカ人みたいな呼び方で、このブログ内でも、私が読んでいるし、また、ICU・1962年入学組内部でも、みんながそう呼んでいるが、彼女は、完ぺきな日本人である。ただ、AFSで、就学中にアメリカでは、テリーと呼ばれていたそうで、それを、日本でも、呼び名として使いたいと、言って居たので、周辺は、みんな、テリーと呼んでいる。

 今まで、テリーというあいまいな名前で、この人を表記していたのは、いくつもの理由があるが、彼女は、失礼なことを一切しない人だからだ。礼儀正しい。しかも、人懐っこい。決して威張らない。ただ、あまりにも、下手に出すぎるのが、『不愉快だなあ。ちょっと不自然ですよ』と感じてはいた。無論、それを彼女に直接、言ったことはないが、そういう風に感じていた。

 それとか、彼女と接していると、いつも『隔靴掻痒の感があるなあ』とも、感じていた。というような、部分が微妙にして、かつ、確かに、テリーが、国際キリスト教大学に在学中は、アメリカの、CIAのエージェントであったことを、私に、教唆するのだ。

 テリーが私に対してとった、もっとも、ひどい仕打ちは、私をベイカーさんに引き合わせたことだった。だけど、それ以外には、無いので、テリー自身は、こういう事を、このブログ内で、書かれては、憤慨するはずだ。そして、1962年ICU入学組の中で、彼女は、まだ、市民権を保持していて、私の方は、古村浩三君の成りすまし疑惑問題を書いていて、すでに、市民権を失っているので、彼女のいう事の方に、大勢の、友人が耳を傾けると思う。

 ので、もし、全員相手のメルマガを使って、・・・・・カクカくシカジカで、あの人はひどい・・・・・という、ものを流されたら、私はアウトである。しかも、それを古村君が文章を書いてテリー擁護の一文として流したら、さらに信ぴょう性が高まり、hitoびとは、私を避けるだろう。というか、もう、避けられているので、これからは、さらに、いじめられる事となるだろう。いじめるのに際して、免罪符とか、正当性を得たと、テリーを信頼し続ける人は、考えるだろうから。

 それは、私にとって損失であろうか? 損失であろう。しかし、そういうことを考えて、行動規範を修正したり、計算したりする私は、すでに、10年前に、この世から消えている。いまの、私にあるのは、・・・・・この一瞬に、自分は生きているのだ・・・・・という意識だけである。その自分に対して、神様は、文案を下ろしてくださっている。だから、それを計算なしに、・・・・・ただ、順に入力をしていくだけである。

 昨日は文案が浮かばなかった。懸案はたくさんあって、修正や、推敲をすれば、すぐアップできるものはたくさんある。しかし、パソコンをあけて入力をしたくなかった。こういう時は無理をしない。単純なパソコンゲーム、free cellをして、眠気が訪れてくるのを待つ。特に前々報(あと注1)のようなものを書くと、その後、パソコンの、キーボードさえ見たくない。

 それに、前々報だけでも、推敲と加筆をすれば、読者に対して、親切なこととなり、それは、自分にとっても得だと、わかっていてもやりたくない。そういうときは自然な、気持ちのままに、自分をゆだねておく。

 一気にその日のうちに書ければ良かったが、最近では体力が持たない。アイデアは、あって、頭の中では、最後まで、完結をしているのだけれど、入力を最後まで行う体力がなくなっている。

 なぜ、こんな愚痴を言うかというと、ベイカーさんについて、書きたくないからだ。今まで、5回は、書いて居る。もっと書いているかな? しかし、リンク先を見つけるのが大変だ。ベイカーさんは、新聞に載る様なへまはしないので、私の方が、自分が、其れを描いた時期を特定できないからだ。

 で、いやいやながら、もう一回書く。ベイカーさんが、行った悪事とは、1965年に、ICUキャンパス内で、後ろから、首を絞めて私を殺そうとしたことが発端だ。その殺そうとした理由が、彼の、ある発言だった。で、その発言で、彼が、CIA、スパイで、あることが、私にわかってしまったからだ。私は、ただ、目を見張っただけだったが、彼の方が、自分が失敗したことを悟って、その失敗の挽回のために、私を殺そうとしたのだった。

 わたくしを、びっくりさせた彼の発言とは「あ、それね。ぼく、三鷹警察署の署長と親しいから、許可を取っておいてあげますよ」といったものなのだが、『どうして、アメリカ人留学生が、三鷹警察署の署長としたしいのかしら?』と、疑問に思った。その彼の発言だが、別の学生が、「僕、ICUの学生を、覚醒させるのは無理だと、思うんですよ。だから、労働者階級を覚醒させたい。三鷹駅前で、ビラを撒くことを考えているのです」といったのだが、それに間髪を入れぬ、対応として,上の言葉が出てきたのだった。

 それ以来、53年以上にわたって、私は命を狙われ続けている。特にICUキャンパス内で、後ろから首を絞められて、殺されそうになったのに、偶然が重なって、私は逃げおおせた。そして其れ以来、ずっと、命を狙われている。

 お隣が、騒音を利用して、私を寝かせないために、自分が、頼んだのでもないし、お金を支払うわけでもないのに、高枝切り事案を、「今日、工事をしますので、ご迷惑をおかけしますが、よろしく」と、朝の七時に、私の主人に電話をかけてくるのも、間接的に言えば、その暗殺へ向けての第一歩なのだ。

 だから、超・大変です。特にベイカーさんが、自分の落ち度(彼は、おっちょこちょいである。東部アイヴィーリーグの名門大学を出ていたとしても、おっちょこちょいであることは、変わりはない)を棚に上げて、私が悪人だと、ロックフェラー四世に告げ口をしていると仮定をすると、石塚雅彦さんやら、古村浩三君が恐ろしい、いじめを行ってくるのも、つじつまがあってくるのだ。

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 さて、上の青の太字で書いた部分は、本当に書きたくないことです。でも、無理に無理を押して書いたので、もう、疲れ切ってしまいます。それを今やっと、突破したので、本日描く予定だったことへ取り組みましょう。それは、引っ越しの前に、契約したシェアルームでの出来事です。それが、意外と、実りある会話だったと、言う話なのです。

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副題6、『キャベツが腐っただけで、猛烈な悪臭がする。もし、人間が孤独死をしたら、どうなるかを、考えると、戦慄すべき悪臭が、周辺に、漂うだろうと、想像が及ぶ』

 私は、1999年の秋に三か月、2000年の秋に三か月、ニューヨークへ版画修行に行くわけです。それは、私が取り組んでいた工法が、特殊で、いったん始めたら、7時間か、10時間続けないといけない手法であり、そういう風に長時間使わせてくれる、工房が日本にはないからでした。もちろん、逗子のアトリエに、プレスというものを買って備え付けたのですが、まだ、一人で、制作をしているのでは足りないと思ったのです。世界を見てみたい。世界の中での、自分の立ち位置を確かめたいと、思っていたのでした。

 あの時、もう少し、お金の使い方が上手だったら、2400万円も持っていたわけだし、その7年後に母から、また、動産を、3600万円をもらうのですから、一生アーチストとして、ニューヨークと日本を掛け持ちで、生きていかれたかもしれないのですよ。でもね、お金の使い方については、全くの赤ちゃんでした。苦労知らずだったのです。その上、凝り性で、激しい集中をする人間だから、体も壊してしまって、それを、主人に治癒してもらったので、世界的なアーチストになるのをあきらめてしまったのです。私は妻とか母という立場と、アーチストを両立できる、タイプではないからです。

 特に逗子のアトリエ内で、重い肺炎にかかって、お台所仕事をしない、日数が、三日ぐらいあったのです。そのたった三日間で、密閉性の高い、マンションですから、24畳に、温風暖房の、風がすべて行き渡り、買ってきたまま、冷蔵庫に入れておかなかった、キャベツが腐ったのでした。アトリエは、ものがいっぱいで、レジ袋に入っていたキャベツは外の皮が、黒くなっていたのですが、レジ袋の中なので、見つけにくかったのです。最終的に、わかったときには、衝撃でした。それ以前には、母が心配して、「どうするの? 離婚しちゃあだめよ」と電話でいって来ているのにも、「うん、だいじょうぶ、覚悟はできている。私は森茉莉さんになるから」と、答えていたのですよ。

 森茉莉さんは、父親の森鴎外に、慈しみ抜かれて育ったお嬢様なので、女中に、夫も子供も家庭も奪われてしまったのです。tada、森茉莉さんは、亡くなったときには、既に、高齢だったので、からだが、ミイラ化していたと仮定して、かつ、冬で、暖房が入ったいなかったと、仮定すると、それほど、悪臭は出なかったかもしれません。特に最終段階は、体の自由が利かず、買い物にも出ず、お台所仕事もしなかったと、考えると、東北地方の高僧の様に、餓死状態であり、かつ、ミイラ化した、遺体だったかもしれないのです。だから、悪臭が出なかったかも知れません。

 しかし、私の方は、葉っぱが、二三枚黒くなっただけで、これほどの、悪臭を放つキャベツを目の前にして、唯、唯、震撼してしまったのです。一人暮らし用のキャベツなので、小さいです。重さは、400グラム程度。それと、私の体重を比較すると、ほぼ、100倍のボリュームを私は持っています。sikamo,キャベツって、植物ですから、炭素、水素、酸素の、三元素以外は、含まれていません。一方、人間には、脂肪や、たんぱく質や、骨があって、カルシウムCa、リンP、サルファS(硫黄)などが含まれています。そうなると、どれほどに、いやなにおいになるだろうと、思い至って、戦慄をしたのです。

 その時すでに、樹門幸宰の姓名判断の本を読んでいたと、思います。彼が規定する幸福とは、晩年まで、経済的に不安なく生きて来ていて、子や孫があることだそうです。「平凡な、考え方かもしれないけれど、占いをするにあたって、幸福とは、そういうものだと、考えます」と彼は言って居ます。

 私は目の前の黒いキャベツを見ながら、『自分は、そういうものをすべて持っている。これ以上望むのは、欲張りかもしれない』と思ったのでした。しかし、この時点ではまだ、あきらめておりません。本当にあきらめたのは、背なかが猛烈にいたくなって、どうしようもない状況に陥ったのを主人が、三か月かけて治してくれたからでした。その時点で、大アーチストになる夢はあきらめたのです。

 しかし、未練たらしく、言いますと、樹門幸宰の論にてらし合わせて、検証すると、雨宮舜というペンネームは、物書きとしては、いい様ですよ。で、それを信じて、唯、唯、流れる様に、何の工夫もせず、文章を書いているのです。ライターとしては、天才的なペンネームの持ち主なので、『大丈夫、すべては、上出来なはずですよ』と、信じて、神様が指先を動かしてくださるままに入力をしているのです。それだけですね。(苦笑) 「念のために付け加えますが,樹門幸宰の本に出合う前に、自分一人で、つけていたのですよ。発音的に、これが、いいと信じて。しかし、彼が、姓名判断的に言うと、ライターとしては、天才的な、名前であると、いう事になるらしいのです。それを、後で、知って、喜びました。

 まあ、この節で、私が言いたいことは、私は一発逆転を狙って、ニューヨークへいったわけではないという点です。

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副題7、『私は、1999年と、2000年のニューヨーク版画修行で、印象的な、6人の日本女性にであう。それもまた、日本社会の分析に役立つので、きちんと記録をしておこう』

 さて、疲れてきました。それで、メモ書きをします。1999年の赤ちゃんにまとわりつかれた家で、別の部屋に暮らしていた女性は、日本の、一部上場企業の社長さんのお嬢さんでした。彼女は、ニューヨークに一発逆転を狙ってきているわけではないのです。日本では、上流階級びとですから。しかし、日本の若い男性に、失望をしているのは確かみたいでした。

 ここで、二日目に加筆をします。彼女は、スレンダーで、上品で、感じの良い人で、どこにも欠点がないのでした。そして、この家の特殊な状況にも目をつぶることができるし、お子さんにも、まとわりつかれないし、猫にもなつかれないで、生きていかれる女性でした。ただ、お風呂場が汚いことには、我慢がならないそうで、ご自分で、掃除をするのだそうです。髪の毛一本落ちていても、気になるタイプで、したがって、この家では、お風呂場は、六畳ぐらいの広さであって、しかも清潔なのでした。お台所は彼女が外食主義なので、お皿類が汚れた水の中に使ったままであって、悪臭ふんぷんであり、したがって、強力な換気扇が24時間回っているのでしたが、気にしないそうです。

 1980年代から、1990年代にかけて、日本では男性は、慎重主義に陥っていて、留学さえ、しないという風潮が強かったのに、女性の方は、ずっと、自由で元気だったのです。

 で、彼女は、そうでもないと、私は思いますが、一方で、日本では、いい結婚が、できなかった女性が、一発逆転を狙って、ニューヨークにきているケースは、多くて、2000年には、そういう女性に数多く出会います。

 ここで、本日は書くのをやめますが、ニューヨークに住んでいるから、結婚によって、一発逆転が可能か? というと、そうでもないのです。一方、大坂環夫人は、日本で結婚をしていますね。それは、とてもよかったと、思います。縁があっての選択だから。

 というか、日本で、・・・・・普通の日本人女性には、負けたから、外人と結婚した・・・・・というわけでもないでしょう。非常に若いときに、ご主人と、出会って、それから、好きになって、結婚をしたと、考えられますからね。怨念による、・・・・・復讐としての外人選択・・・・・ではないからです。

 外人と結婚をすると、丈夫な子供ができる。また、外人だと、女性を大切にしてくれる。体格もよくて、日本の男性みたいに、草食系でもないし、という様な理想が、1980年代から、1990年代の、日本の女性には、あったでしょう。しかし、それだけを最初において、ニューヨークに来ても、その裏に、自分の方の、性格がよいこととか、英語ができることとかいう基盤がないと、うまくいかないのですよね。それは、結婚が計算だけで、できるものでもないからです。ニューヨークへ行く前のある程度の、準備は、必要ですよ。ニューヨークでアラフォーになって、独身で、アーチストをしている日本人女性を見ると、心配で、たまらなくなります。『もっと、平凡な進路を選べばよかったのに』と、思って。大坂環夫人は、100人に一人、または、千人に一人の成功者です。

 では、2018年9月10から11日にかけてこれを描く。雨宮舜(本名、川崎 千恵子)

 なお、このブログの、2010年より、数え始めた延べ訪問回数は、4896099です。

後注1、

洗脳と共産党と創価学会とCIAとAFSについて・・・・テリー、三輪喜久代、塩見和子、高田弘子、十束某

2018-09-08 20:55:24 | 政治

ブルガリアウローラアワード、2018 林真理子

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いやあ、さすがに、大阪なおみ選手・・・・・・ベーチェチョル、輪嶋東太郎

2018-09-10 01:10:31 | Weblog

 いやあ、東京五輪が来ても、普段のペースを崩さないはずの私ですが、大阪なおみ選手の快挙には、大いに、揺さぶられました。歌舞伎を見るためni,有料の衛星放送は、とっているのですが、テニスをやらない、私は、wowowに、申し込む気はなくて、したがって、NHKニュース内で、1分以内の映像を見るだけですが、

 雰囲気として、ちゃんと、丁寧に健やかに、育てられていて、いいお嬢様と、いい、ご家族です。お父さんが、運動をやっていたが、その種目がテニスでは、なかったのもよかったですね。お母さんもテニスの選手ではなかったらしい。したがって、ステージママとかステージパパにはならなかったみたいです。

 だから、親が壁になるなどという事がなかったので、彼女には、反抗時代もなかったのでしょう。だから、小学生みたいに、純真です。

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 私は、20年ぐらい前に、特にNHKで、特集をされて放映をされた第二次大戦中の、マンザナールなど、のキャンプ収容を経験した、元、日本人(=二世)が、毅然としていて、いいお顔なのには、気が付いていました。そういう人は、現在の日本には、もういません。そして、映像に出てきた人たちも亡くなったでしょうから、もう世界中にいません。

 大阪なおみ選手は、日本国籍だけれど、アメリカで育っているから、被・植民地国家・固有の、わいしょう化、されたところがないので、さらに良かったですね。日本だったら、いじめに、であったりして、あそこまで、すなおな、ままで、20歳を迎えるのは難しかったかもしれない。

 心理面を言うと、繊細らしい彼女は、のびのびは、できなかったと、思います。そして、母親としての、経験上いえるのですが、何か、突出したお稽古事を、一生懸命にやることが、日本の、右へ倣え主義社会の中では、実行が難しかったと、思います。

 天才型人間として、日本で生きるのは難しいです。

 これから、結婚の問題とか、恋愛の問題とかも、起きると思うので、それなりに、紆余曲折はあると思うけれど、

 こういう風に素朴な、そして、愛情豊かで、センスのあるお子様、(繊細でもある、お子様)が、日本の、普通の家庭でも、育つような、そういう社会になってほしいと思います。私が前報で、問題としたのは、家庭が、家庭として機能をしていないケースが多い日本という事でした。

 アメリカへ行けば、何でもうまくいくというわけではないです。大谷翔平君みたいな、特別な立場ではない立場で、アメリカへ行く場合は、英語が、マスター出来ていることは、必要だと、思います。でも、行ってからマスターできるという向きもあるとは、思うけれど。安全で、しかも、無駄のない行動ができるかどうかは、やはり、言葉ですから。NHKのラジオ講座でいいから、ある程度以上の耳と、口を確保していった方がいいでしょう。

 大坂選手のお父さんと、お母さんは、英会話スクールで出会ったらしいです。先生と生徒というよりも、なおみさんのお母さんも、同じ学校の、講師だったのではないかなあ?

 それなら、一家でアメリカへわたっても、大丈夫ですね。

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 もう、一つ美しいもの。

 BSプレミアムで、2007年に放送をした、番組wo,sarani,再放送を、していました。

 韓国出身の、テノール歌手、【べーちぇちょる】さんの、病気と、回復過程の物語です。

 日本人の、音楽プロデューサー、輪嶋東太郎さんが、ずっと、支援してあげている道程なのですが・・・・・

 輪嶋さんの、支援が素晴らしくてね。。特に二人は、イタリア語で、会話するのです。留学した先がイタリアで、二人とも、イタリア語をマスターしている。それで、微妙なところの意思疎通ができます。

 ベーちぇちょるさんの、物語は、NHKへ再放送を願うという形で、触れてください。声を失う前までは、本当に、美声で、素晴らしいテノールです。

 わたくしが、超簡単にまとめると、甲状せんがんの手術をした際に、声帯を動かす神経と、右の、横隔膜を動かす神経の、二つを、切断をしてしまったらしいのです。ドイツでの手術だったらしいのですが・・・・・その結果、アジア最大級、100年に一人の、美声と言われた、りりコテノールの声が出なくなりました。

 それをどういう風に再生していくか。医学的、および、科学的な説明も行き届いていて、とても、丁寧で、わかりやすかったですし、

 非常に苦しいだろうに、感情を表に出さない、べーちぇちょるさんの、態度も、美しいですが、

 できるだけの支援を、知的に、頭を使って、そして、足を使って、適切な治療者を探して、連れて行ってあげている

輪嶋東太郎さんの姿も、美しいですよ。すこぶる、うつくしいです。

 2010年9月10日早朝に、これを書く。雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)

 なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、4892493です。

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