銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

明文化はされていないが、実際には存在するカーストが・・・・・

2009-04-30 07:39:16 | Weblog
 犯罪とは心が引き起こすものです。一般的に見られる現象が、種々の原因が重なって突出した場合には犯罪となって帰結しますが、そのスケルトンと言うか、骨格は、普通の人にもありがちな心理的・機序でもあります。で、そういう心理状態に立ち至る前に、いろいろあって、その部分については社会のあり方が大きく反映を致します。

 前報で申し上げた、ベランダでこどもを締め出すお母さんですが、一部の読者に<彼女が働いていたところがお肉屋さんだった>と、書いてしまい、一種の職業差別感に基づいて理解をされるのではないかと心配になって、弁明をしたのです。が、どうして、それが問題だったかと言うと、そのお肉屋さんは、ショーウインドーが、高いのです。それで、その残酷なお母さんは、上から見下ろす形で、お客の注文をとるので、それも、後から思えば、非常に意味があったわけなのでした。

 ところで、そのお母さんの分析に入る前に、どうして、そのお肉屋さんのショーケースが特別に高かったかを述べましょう。

 それは今で言うモール(商業集積場所)に存在していたのですが、その場所でお肉屋さんが借りられるスペースの間口が狭かったのです。二間ぐらいでした。それで、各種の商品を展開するために、縦長のショーケースを用いていたので、とても高くなっていたのでした。

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 その商業施設ですが、今はつぶれています。シャッター商店街が、全国的規模で展開しており、小規模経営者のものは、すべて、経営が立ち行かなくなっているのですが、そのスーパーは当時はなかなか、繁盛していたのです。

 とても広いスペースで、がっちりした体格の、元・お百姓さんといかにもわかる経営者が、乾物と野菜の大きなスーパーを経営して、そこに、必要な他の種類の食料品として、魚屋と、肉屋を招いて出店をさせるという形でした。これは気働きの活発な、意欲的な方の経営者です。

東京近郊の地主は、1960年代から1970年代にかけて、人々が住宅を求めたので、莫大な、土地売上金が入ったはずです。それを、どう使うかですが、その人の、予備知識、好みに応じて、さまざまな投資がなされたでしょう。戦前からの大地主で、品格を重んじる人は、テニスコートとか、ゴルフの練習場などを経営に乗り出したはずですし、もっと静かに楽に暮らしたいと思った人は、貸家を建てたでしょう。それは、今でも、マンションの経営とか、駐車場の経営とかで、連綿として引き続いているのです。

 でね、それらの人々は、莫大な資産を形成しました。それゆえに、その子女が働かないでよくなっていて、それで、そういう子女が問題を起こしたケースもあるでしょう。そういう事件は神奈川県とか、埼玉県とか、千葉県でよく起こりました。

少年リンチ事件などは、親が貧乏でほうったらかしにしているから、道徳観が育たなかったというケースもあるでしょうが、リーダーになる子などは、相当わがままにお金持ちで育ちあがった人が多いと、私は想像しております。そして、親の方も急にお金持ちになったので、男がする典型的な遊び、たとえば女遊びとか、賭け事などに、のめりこんで、没落していくというケースもあるみたいです。

 そして、今は一段落をして、東京近郊のお百姓さんが、土地を売らないで、ご自分で野菜を作り、それが、いわゆる有機農法による、お高いブランド野菜として人気を集めているケースもあるようです。つい、2、3日前もテレビで、鎌倉野菜と言う特集があって、そこに青山・六本木辺りのシェフが買いに来るという話が放映されました。


 だから、社会が少し、落ち着いてきたのです。実はそのベランダ締め出し事件のお母さんが勤めていたスーパーも、働き者の、女主人(いかにも地味で、質素な感じの人だったし、だんなさんは女遊びをしていると有名だった)が、亡くなった後でつぶれたような感じです。

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 ところで、今現代の日本で、お金を稼ぐ手段としては、大会社又は官庁に勤めて、ホワイトカラーとしてのサラリーマンになるのが、一番安全で確かな道です、し、でした。それなのに、生涯雇用制度とか、年功序列制度が、なくなり、そこが、不安定になっているわけですが、それでも、福利厚生の面から考えても、あらゆる意味で、そういう階層に所属するのが楽なのです。古いかもしれないが、実際はそうです。

 でもね、一族の間に、誰かが商売をしていたり、起業をしていたりすると、そこはお金持ちなので、一種の個人的な保険(セーフティ・ネット)となっていたのです。アラブの発想では、分かち合う精神があるそうですが、日本でだって、裕福な親戚を頼る発想はあったのでした。

 ところが、その裕福な親戚と言うのがほとんど、現代日本では、いなくなってしまったのです。あのサンダース・ホームの経営者は、ご自分の元のお屋敷を、当時の400万円と言う莫大な金額を投じて買い戻さなければなりませんでした。

 華族や財閥もなくなり、小金もちはいるが、大金持ちがいなくなったといわれています。そこに、セレブと言う名の、新しい大金持ちが出来ているらしいのですが、私は身近にその手の存在がいないので、よくは知りません。

 そして、日本では表面上は、大金持ちはいないことになっているし、カーストも無いことになっています。しかし、何らかの形での競争意識は、残っていて、それが、暗黙のうちの戦いを生んでいるところがあるのです。それが、日本社会の意外と厄介なところです。

 他の国では、明文化はされてはいないものの、実際にはカーストが残っているのですよね。それは、ロシアや、中国などの旧、共産圏でも存在するわけです。しかし、日本では一応すべての人は平等だという観念がある。しかも、人々は、あわよくば、実質的には存在するカーストの、上位に行こうとして、深い競争意識にさらされている。これが、今の日本で、相当な心理的な緊張感を生み、また、犯罪へ繋がったりしていると、私は感じています。

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 さて、その私が見た、ベランダ締め出しをするお母さんについて戻れば、バスの中でも、恐ろしい勢いでこどもを叱っていました。愛と言うものが家族には一切向いていなかったのです。ちいさいこどもがいるのに、和服の洗い張りをするくらいのお洒落さんでしたし、こどもを虐待するお母さんに共通する労働をしたくないという怠け者ではない人です。

 働き者と言ってよいでしょう。それに、頭もよい人。ただ、彼女が近所のお肉屋さんに勤めるのは、あのぶんぶんした蜂の巣みたいな時代の、競争意識の強い団地の中では、ご主人には迷惑なことだったでしょう。

 みんな、・中流の・上・意識が強かったのです。間取りが広いマンションを、買ってきた人たちだから、特に、そういう意識が強かったのです。まあ、今、草食系男子、とか、肉食系女子とか言う言葉が出来ました。彼女は肌がきれいで、つやつやしていました。が、どうしてか、その奥が緑色がかっているように見えました。だから、爬虫類系女子といえるかな。全体の印象も冷たいのです。

 ただ、彼女が何で家を出たのかの理由は、ここでは、口にチャックとして、言いません。

                          2009年4月30日       雨宮 舜
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和歌山のカレー事件を、私なりに考える

2009-04-29 12:22:16 | Weblog
 今日は昭和の日(旧、天皇誕生日)で全国的に晴れの模様で、皆様もゆったりとお過ごしでしょう。しかし、今朝、私は突然に、35年以上前の光景を思い出し、さまざまな思いに囚われました。それを、どうか、描かせてくださいませ。それは、ベランダ締め出しを、私が目撃したことから起こりました。最近、ひどい事件が起こりましたね。それに関連して思い出したのでしょう。その際のあれこれを、思い出しているうちに、当時の新興住宅地の暮らし向きを考察するように、心が向いてきて、その中で、例の和歌山砒素入りカレー事件に思いが及んで行きました。それに、ついて、今日は書かせてくださいませ。

 当時は、日本中いたるところで、新興住宅地ができて、それゆえに、近隣闘争が頻発をしていた時代です。アエラでママ間のカースト闘争と言う特集があって、私は未だにコピーを保存していますが、専業主婦同士と言うのは、激しく、上下を競い合っている、なかなかにして、大変な世界を構築しているのです。特にいっぺんに入居者が集まるこういう形式の、自治会では、自治会のルールを乗り越えて、激しい、主婦間闘争が起こります。会社に勤めている女性の間でも、大変なことはあるでしょう。しかし、ビジネス社会以上の陰湿な事が、頻繁に起きているのが、主婦社会、特に新興住宅地の三十年前での話でした。

 今はマンション生活をはじめとして、ルールが確立されたみたいで、他人に干渉をしないし、誰が、上だの下だのを、おもんぱかる雰囲気は減ったとは思っています。

 あの和歌山の砒素入りカレー事件も背景に、そういう問題が隠されているでしょう。だから、だんなさんが犯人とされている女性を、ひたすらかばうのでしょうね。彼女は、強気で活発な女性で、働き者でリーダーシップを取れるタイプで、しかし、ヒステリー性格は確実にあるタイプでしょう。事件当時は、そのヒステリー性格の部分が<化けの皮がはがれるという形で>露呈をしてしまい、町内から浮き上がっている存在になっていたと思われます。引っ越してきてから、十年間ぐらいは人気者で、町内会の催し物では、主役を張っていた方でしょう。それが、だんだん、住宅地全体が落ち着いてくると、そちらの方が排除されるようになるのです。彼女はそれを回復したかったと言うか、意趣返しをしたかったのだと思います。

 それから先なのですが、夫婦揃って化学科出身の我が家では、彼女が、砒素をカレーに入れた事が、あの犯罪を大きくしたと考えています。カレーと言うのは溶液ではありません。化学の用語で言えば、ゲルなので、無機物である砒素が解けにくいのです。で、彼女としては、みんなを懲らしめるために、中毒と言っても、腹くだし程度で、収まるはずだと思って、あの混入をしたのでしょう。しかし、混ざりませんので、固まりが入っている部分を食べた人は亡くなりました。

 つまり、もし、500ccぐらいの大カップにお湯を入れ、そこに少量の砒素をおとしいれ、よくかき混ぜた上で、その溶液を大なべの中で、さらに念入りにかき混ぜれば、彼女の意図通りに、腹下し、程度で終わったはずです。

 しかし、悪い事を隠れてやるという根本問題があるから、薬の扱いに慣れている夫に相談をする事も無いし、自分でも、大急ぎですべてを、こそこそっとやったから、ああいう結果になりました。

 単なるちょっとしたいたずらのつもりが、大事件になってしまいました。だけど、彼女は否定をしています。冤罪事件として主張をしています。これは、彼女には強いヒステリー性格があることを示しています。強いヒステリー性格のある人間は、自分のやった事を、結構な程度で、忘れてしまうのです。

 だから、本心から、「自分はやっていない」と思い込む事ができるのです。また、だんなさんがかばうのは、彼女はヒステリー性格の常として、強いものには従うので、だんなさんにとっては可愛い女性でもあったでしょう。あの丸顔は、若いときは美人だった相です。

 今、電車の中吊りで、NEWTON(化学系の雑誌)の特集が有機化学だと出ています。この砒素は有機ではないです。でも、「化学(または、科学)の基礎的な知識が、あの犯人にあったら、この、毒入りカレー事件は防げただろう」と主人は言いますし、私も賛成です。そして、神のレベルから言えば、それほどの悪人ではないだろう(*)、あの被告も、現在の法の元では、この裁きの結果も仕方がないのでしょう。

 と言うのは、すべての加害者は、その直前まで被害者であったという私の、常の考察からすれば、その町内で、陰湿な主婦間闘争が繰り広げられてきた歳月の、瑣末な事が表面には出てこずに、その部分への勘案が無いからです。その主婦同士の闘争と言うのは、さまざまな女性を悩ませるところがあるのですよ。

 私は既に、66歳で、こどもも成長して家を出ていますので、脱・主婦で済ませていられるので、楽なのですが、お子さんが、小学生以内のお母さんは、なかなかに大変な生活を送っているのです。そういう側面を、夫たるものはある程度理解をしてあげなければなりませんね。

 それから、働く主婦が多くなったのは、<その種の・・・・・不毛な・・・・・問題から逃れたい>という側面も多いでしょう。

 では、そのベランダ締め出し事件の主婦の方については、また、後日に。

   2009年4月29日           雨宮 舜
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未熟者同士が、結婚をすると・・・・・コンカツの9

2009-04-28 11:12:11 | Weblog
 いえね。人間だったら、誰もが未熟です。一生が修養の道であるとも言えます。でもね、結婚に際して、今は判りませんが、昔は、家風が似ている同士がすると言う側面もあり、その家柄に沿ったお相手と結婚をするというケースもありました。

 まあ、超古い発想かな?
ただ。今朝の朝日新聞にプラチナと映画(60ラブレター)の連合で広告が出ていましたが、日本の今現在最も活発で人口が多いでもあろう、60歳代は、以下の文章のような結婚をしていて、そして、なかなか、の問題が発生をしていたのです。ただ、今日の文章の骨格は、どんな、結婚にも当てはまると思いますので、ここにさらさせてくださいませ。面白くは無いけれど、・・・・・

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 その際(と言うのは、結婚相手を選ぶときのこと)ですが、都会では『地主で、どうのこうの』と言うことはもう言わず、かわりに本人の学歴とか職種、および、親の学歴とか職種が問題になったものです。

 で、恋愛ではないので、つりあった同士で結婚をして、家もたて、車も買い、こどももできて、傍目には、何の不自由もないように見える家庭で、少なからぬ深層心理的な問題が起きるケースもあるのです。

 その不満とは(ケースが)いろいろあると思います。が、あるときに、「日曜日の夫が、家でごろごろしているのが、たまらなく嫌なの」と言う奥さんと出会って、ちょっと、ご主人がかわいそうだなあと思った事があります。特別に品のよい美人で、私なんか、女が女に惚れるケースが多いのですが、その筆頭候補の一人でした。

 だけど、彼女みたいなことを言ってしまうと、男どもは立つ瀬がないでしょう。私が結婚をするころは、「男は外に七人の敵がいるのだから、それをおもんぱかって妻は奉仕をするように」と教えられたものですが、それは死語になったのかしら?

 だけど、男が一人で、妻子を養いきれるほどの給料が出る社会でなくてはならないとも思います。女性が働くことは、自分自身のお金を持つことで、自立と言うことですばらしいことではありますが、一生を自分で養い続ける覚悟なら、それなりの職業を持たないと駄目で、それなら、こどもを持つ事が犠牲になる場合が多いのです。こどもを育てながらかつ、立派な職業人としてやっていっている女性は、格別に優秀だといえます。

 が、私(1940年代生まれ)の世代では、ほとんどの優秀なキャリアー・ウーマンはお子さんを持っていません。両立が、無理だったのです。

 でね、こういう不満は夫婦で、喧嘩になってもよいからきちんと話し合って、おとしどころを見つけるべきですが、夫婦喧嘩もまた、なかなか、できるものでもないのです。私だって出来なかった方です。離婚さえ覚悟をする程度になって、初めて夫婦喧嘩が出来るようになって、『あ、そうだったのか』と二人がお互いに、理解できる側面も深まりました。

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 今ね、退社後のサラリーマン、特に三十代の人が、都心のきれいなネットカフェで夜の七時ごろ、休憩を取って、帰宅する姿をよく見ます。女性だって、女性専門の漫画喫茶で休憩しているのを見ますが、これは、結構よいシステムです。団塊の世代から上の、年齢層は、居酒屋へ寄って帰るという習慣だったでしょうが、車が発達して以降の男性たちは、飲まない人も多いようで、漫画カフェで、お茶を自由に飲みながら、漫画でも読んで、リラックスをしてから家へ帰るというケースがあるみたいです。

 これは、一種の息抜きのためにはとてもよいシステムです。今の若い人は、実家で個室があった人が多いでしょう。それが、結婚後最初の小さなアパートで、いつも誰か(いえ、結婚相手)と鼻をつき合わせて暮らさなければならないのは、相当に、負担がかかるはずです。そういう風にごまかしているうちに、こどもができて、夫婦で、協力をしなければならなくなったりして、やっと結婚の本質と言うのかが、両者にわかってきたりします。

 特に思春期にこどもが差し掛かると、隠された夫婦間の問題が露呈します。子供の成長が阻害されます。だから、そこが第一回目の修養のチャンスでもあります。

 それから、夫の定年退職後も、第二回目の修養のしなおしの機会でしょう。そこまでには、家にいる時間に大きく、差があったので、うまく行っていた問題も、急に深刻化する事もあるはずです。でも、経済の側面で言えば、長らく一緒に暮らしてきたことの、実りを、やっと迎える時期ですから、ここで、破綻をきたしては、もったいないですよね。それまでのお互いの犠牲が、水の泡と帰してしまいます。

 ともかく、疲労が重なると喧嘩をしやすいです。疲労を回復するためのシステムとして、漫画喫茶とは、うまい発明でした。世界のほかの国にはあるのかなあ? 無いような気がしますがいかがでしょう。

  2009年4月25日                雨宮 舜
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娘を、海外に本部のある新興宗教に盗られて・・・・・コンカツ8

2009-04-26 13:26:06 | Weblog
 今日登場する主役は、娘を海外の新興宗教に取られてしまって、強制的に結婚をさせられて、娘さんが日本に住んでいない方のお話です。

 その日、私はとても疲れていました。しかし既に夕方の六時過ぎで、電車〔東上線〕は混んでいます。だらしなく座っている人たちがいて、彼らに声を掛けて反省させれば、席を詰めて貰えるはずでしたが、そう言う行動をとるのさえ億劫な感じでした。でも、立ってもいられなくて、ドアのそばにしゃがみ込こんだのです。そんな時には老々介護と言う言葉を思い出します。母の見舞いに、これから常盤台の駅まで行く自分も既に若くはないのです。ぎりぎりの体力で、しかもあれこれやっているので、実際は毎日くたくたで骨皮筋エ門になっている。

 そのとき古いものですが、珍しくも質の良いカシミアの黒いコートを着ていましたので、お葬式帰りみたいにも見えるでしょうから、ドアの傍にしゃがむなど特別に奇妙に見える事は自覚をしていました。でも、それでも耐えられなくて、裾をちょっと丁寧にお尻の下に畳み込んでしゃがんだのです。

 すると斜め前から、「ねえ、そこを詰めてもらえば座れますよ」と言う声がしました。顔を上げると、庶民的な明るい顔の、ほとんど私と同い年くらいの女性が、私を心配そうに見つめていました。それで私は「あ、いいんです。すぐですから」と言いました。本当にそう思っていました。『十分以内で到着する常盤台の駅に降りたら、セブンイレブンで何か甘いものでも買えばよいのだ』と思っていました。ソフトクリームでも買って、それをなめながら母の老人ホームへ向かえば、それで疲労は一時的に回復するはずでした。

 しかし、そのやり取りを聞いていた、ドア傍の席の別の女性がつと立って、席を譲ってくれたのです。私はそれをいったんは固辞しました。確かに体が弱くて疲れ易いたちです。その原因もきちんと説明をできます。だけど、自分は会社に勤めているわけではない。本をつくろうとか絵を描こうとか、私の仕事は、夜昼ないせめぎあいはありますが、その時間の使い方には自由度があります。その自由度があるところが、贅沢と言えば贅沢なのです。

 毎日きちんと八時間以上を、会社に束縛されている女性に甘えてはいけない。席を譲ってくれた女性は知的なモダンな顔立ちで、どうみても会社や学校などの組織にお勤めのはずでした。で、申し訳ないと固辞したのですが、辺りみんなが『座るべきだ』と言う顔でしたので、座らせて貰いました。その立って下さった女性は目を閉じていて、私たちの会話に入りたくないようすでした。

 しかし、私と最初の方の女性との会話は、引き続き、しかも驚くべきところへ発展したのでした。

 彼女は私に向かって、長女がなんとか教会と言う新興宗教の団体に入っていて、韓国で結婚式を挙げたと言いました。「○田淳子(昔タレントとして一世を風靡した女性)が入っているでしょう。あれ」とも続けました

・・・《私は、実はその宗教一派には、賛成ではないのです》・・・もし、自分の娘がそう言う事態になったら、動揺をするでしょうし、その事実を他人には言わないでしょう。だけど、どうしてか、その女性はそんな大事な事を私に言うのです。
私は、瞬間的にこう思いました。『自分は今、ミダス王になっている。私の指先が相手を金塊に変えるわけではない。ただ、あらゆる人が、本音で向き合う人と、自分はなってしまったのだ。恐ろしい力と責任を天から与えられたようだ。一人の小さな、弱点も迷いもある人間として、あまりにも重い責任』。 

 しかし、私はその時はその責任から逃げ出さず、ただ話を聞き続けます。

 その明るい性格の女性は、「長女の結婚を喜んでいるの」と言いました。「長女は幸せだ」とも言いました。だけど、それを、まったくの他人である私に言わざるを得ない、その心の奥底を考えれば、同情に耐えませんでした。それで思わずバッグの中を探しました。可愛らしい猫と子どもの絵が、コピー版画の一種として誰に上げても良いような形で入っていました。私はそれを彼女に上げました。何かをお返しに上げないとたまらなかったのです。

 するとそのプレゼントを見て、彼女はパス入れの中から、自分の猫の写真を取り出したのです。

 その猫は、彼女が病気だった時に、ずっと、枕の傍で付き添って、見つめてくれたそうです。それゆえに「命拾いをしたのよ。その猫が私を救ってくれたの」と彼女は力説をしました。が、それを見ていると、彼女自身が、まるで十五才の少女のようでした。可愛いと言うか、素直と言うか、・・・・・


 でもね、それが深い悲しみを表した言葉である事が理解できない私でもないのです。新興宗教に娘さんを取られて外国へ娘さんがいってしまったのは、本当に悲しかったでしょう。深く、深く、同情しました。
2009年4月27日、              雨宮舜
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最先端企業に、お勤めをする女性

2009-04-25 11:06:41 | Weblog
 今度は、その一時間半後ぐらいの湘南新宿ラインの中です。やはり美女に出会いました。今度の女性は先ほどの女性ほど、清潔感に溢れていると言うわけでもありません。と言うのも薄化粧の施されているのが、私にはわかりましたのでね。素肌美、しかも痛々しいほどの、つまり、一種の尼寺へ入っている人の清潔感はないわけですが、こちらの方はそのアクセサリーの使い方に抜群の個性があったのです。 
 まず後でブランドを聞いて判った、黒のフェミニンな袖が軽くパフしているドレスはイッセー・ミヤケのものだそうです。だから素材がまず良いので、黒にもしっとりした落ち着きがある。今は、化繊のレースがついた下着風のブラウス(2004年ごろ)を着ている若い女性が多い中で、素材だけでも、抜群の個性となっています。

 そして、首には南国風の天然真珠のチョーカー。この粒が大きくて、大き目の襟ぐりを、美しく上品に、彩っています。そして何よりもまして目立つのは、ベルトでした。二本の細い丸紐風の皮を腰に巻いているのですが、その中心をすこし離れた右寄りに、直径が十センチ以上と思われる、大きなマーガレットの花が飾りとしてついているのです。その花には、白からベージュっぽいグラデーションで薄く色づけされているのですが、さらに真珠色の輝きも加えられていますので、首元との調和がすばらしいのです。

 私は彼女の衣装にお金が掛かっていることが判りましたので、プライドの高いことも理解をされ、簡単には質問を受け付けてくれないだろうと思いました。ただ、一つだけ、突破口がありました。それは、これほどのおしゃれなのに、バッグがパーティ用ではなく、日常の通勤用だったことです。それが、私の好奇心を否が応でも掻き立てましたし、その手の熱情がこちらにあるときには、必ず、チャンネルが開くのです。

 で、案の定チャンネルが開いて、彼女がIT産業に従事していて、しかも、そのキャリアーやら技量が積み重なって行く職種だと判りました。働いている女性のうち、職種としても最先端であり、ペイとしても、非常に高いことを知り始めます。それでこれほど豊かな装いを、普段の通勤着として、着こなす事ができるわけでした。背も高く性格も落ち着いている人でした。この人と前の人とは同じ日に出会ったわけです。一種の対照例として考えると、多分こちらの女性の方が普通であり、世間一般からは幸福なひととみなされていると思います。ただ私には、前者の全く化粧っ気のない顔も得がたいと思えたのでした。

 ところで、ここで、女性の姿の美しさ、特に顔について述べたりしたのは、そのときに、「女は見た目が10割」(平凡社)という本を、読んでいたからです。

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 ただね。この短い一文は、次に二つの方向へ流れていきます。男性に対して申し上げたいのですが、結婚とは、顔の美醜だけでは決められません。もちろん現代の若い女性はほとんどが美形です。しかし、顔だけで結婚を決めてはいけません。それは、未熟な発想です。そして、未熟な発想のもとで結婚をしてしまうと失敗します。

 それと、こういう素晴しい、何も欠点がないように見えるお嬢様でも、突然に新興宗教にからめとられるケースがあると言うことです。『この、IT技術者であるお嬢様が』と言うわけではなくて、全く別の方ですが、素晴しい性格の人ほど、宗教団体、特に集金システムを影で持つ、団体に絡めとられやすいということを述べたいのです。次をお待ちくださいませ。

    2009年4月25日      雨宮 舜




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新興(?)宗教団体 に絡めとられた女性  コンカツの7

2009-04-24 08:39:07 | Weblog
 私は、若い女性の生き方を、ずっと心配してきて、幸せになってもらいたいなあと考えてきました。それは娘がいるせいもあります。で、外へでるといろいろなことに目が行くわけです。今日から数回、『若い女性が、宗教に囚われすぎる時には、損をしているのではないか』と感じた話を続けましょう。そのくくりをコンカツと言う話題で、まとめて・・・・・

これは二〇〇六年のある日のことです。

午後七時半・池袋発東上線、普通電車内での見聞です。目の前に、ろうたけた皮膚をもつ眼の大きな若い女性が座りました。顔の造作もさることながら、その言うに言われない品の良さに、惹かれてずっと注目したのですが、電車が特急の通過待ちをする、ちょっとした隙間に話しかけてみたのです。「あなたには、もしかすると、白系ロシア人の血が流れていませんか?」と。

 すると、彼女は思いがけないほどの素直さで「ええ」と頷いてくれました。この素直さの拠って来たるところはあとで、彼女が宗教を修行中だからとわかるのですが、これほどの美貌なのに、いわゆるファウンデーションの類を全く皮膚につけていないのです。そこがすばらしかったのです。

 私は実は化学科の出身なので、化粧品には疑問を持っている人間です。できるなら、厚化粧はしないほうがよく、・・・・・と思っていて、それが、私自身ではつい五年前くらいまでは、成功していたほうでした。肌が若いといわれたものです。しかし、今はさすがに駄目ですが・・・・・

 彼女は大きな会社の事務職をするOLだそうですが、普段住んでいるところは親元ではなくて、宗教団体の修養施設なんだそうです。それで私はびっくりして、いわゆるオーム真理教ではないが、一種の新興宗教に利用をされているのではないかと心配をしました。

 新興宗教って次から次へと現れるでしょう。そして、あたら若い命を浪費させるのです。普通なら、結婚とか恋愛に向ける時間を、阻害してしまうのです。ですから、将来に向けて、蓄財(時間とか、環境の側面までさすわけですが)をさせないのですね。

 それを心配すると、そう言う宗教団体ではないとパンフレットを見せてくれましたが、一切社会的に問題になっていないし、仏教のある一宗派のようなので、まあまあ、安全かなと思ってそれ以上はおせっかいを焼きませんでした。親もついていることですし、彼女のためにこれが損だと考えれば親も救済をするでしょう。

 それに、ある大会社へ毎日出勤しているわけですから、牢獄に閉じ込められているわけでもないし、何よりも彼女の気品のある清潔感に、まあそれ以上のおせっかいは焼かず引き下がったわけです。(しかし、後日、「あれは、やはり新興宗教ですよ」と仰る方があって心配になりましたが、親も放っておく問題を、他人の私がとやかく言うわけにも行きませんね。

 だけど、彼女の若さや純真さが、ある種の頭の良いトップのひとたちに利用されているのではないかと言う懸念は消えません。


 2009年4月24日             雨宮 舜
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続、足長おじさん、育英基金の恋

2009-04-23 01:08:39 | Weblog
 私は、この少女が、眼鏡を掛けているし、この同じ日の午前中に鎌倉駅で出会ってその人生を心配してしまった若い女性(六回前の、4月16日に登場した女性と)と同じく、全く、化粧っ気がないので、最初は、ものすごい学問を専攻している、天才的な頭脳の持ち主かとも思いました。

 二人は東大で、最先端の遺伝子研究等をしている同級生だったりして。それも、ありうる話です。東大に入れるぐらいだから、上のはみだしとして頭脳優先で、そこに自信があるから、服装なんか「流行を追いませんよ」と言う姿勢。そしてエリートだからこそ、人目もはばからず、いちゃいちゃくっついている。


 判りますよ。一応はその突然、見せる悲しみも・・・・・恋愛なんて最高潮の時でさえ、明日を考えればその終わりを予期して、寂しくて悲しいものかも知れない。だけど、ふっと、それでも、『この悲しげな感じは、尋常ではない』と、私は、感じました。

 彼女の、今時の恋愛中の少女にしては、考えられない貧しい服装は、彼女の育ちが貧しかった事を、もしかして、反映していて、その貧しさの原因は、親に経済力がなかった事だったりして・・・・・・と思った途端、不思議な想像の世界に、私は、入って行きました。

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 『ああ、この子は、もしかしたら、お父さんが自殺した子供たちのサークルである、足長育英基金のサークルに所属している少女だったりして』と。そして、『相手の男の子も、その、サークルの子だったりして』とも。彼の方は、両親が健在なのだけど、やさしい性格で、昔の時代のセッツルメント感覚、今の言葉で言うボランティア感覚で、そこへ、援助指導に行っているうちに、この少女(多分、高校生ではないだろうか?)と恋に落ちた。

 少女は、この出会いに本当に感謝して、この恋に一途である。そして、下半身の方は、総てをこの日の為に新調したのだ。ジーンズもスニーカーも、もしかしたら下穿きも、出来るだけのお小遣いで。そして、彼に感謝を深くしているから、電車内で他人から好奇の目で見られるという、恥の感覚さえも捨てて、彼のすべてを受け入れ尽くしている。

 一途で、一途で、それ以外何もない恋。計算も何もない恋。将来の結婚なども、視野にも入れていない恋。

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 以上の事は、私の全くの想像です。でも、私はその日の午前中に、鎌倉駅で出会った「離婚をするつもりです」と断言した若い女性(前述のとおり、六回前に登場する)と同じく、この少女の、事も、いとしくて、いとしくて、たまりませんでした。同じ日に二人も、切ないほどいとしい人に出会うなんて、不思議な事でしたけれども。

 人の恋なんて、順調に育つ、場合だけではありません。ましてや、結婚にまで到った純愛でさえ、さきほど述べた女性のように、壊れる日が来る。でも、今、そんな未来の事は何も考えず、ただ、男の子を、その頭を、全身で抱こうとしている。その姿は恋愛ドラマの定番の、ロミオとジュリエットとか、その他の最上の芸術品を思わせました。

 そう言えば、その夜、NHKの教育チャンネルで、ローザンヌの、バレーのコンクールで入賞したソリスト(今は、プリンシパルと言うらしいのですが)たちの情感溢れる、見事なパ・ド・ドゥ(二人で踊る愛の情景)が放映をされていて、それを見て、私は、その日の昼間、鎌倉と東京でであった、二人の若い、そして、いとしい女性たちのかなしさと切なさを、しみじみとあらためて思い出していたのです。なんと深く、それらの踊りは、心に訴えたでしょうか。
     二〇〇四十月十日、台風の次の日に、
  その日の初稿を、今回、書き直しました。  09-4-22深夜、
                       雨宮 舜
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「足長おじさん・育英基金・の恋」

2009-04-21 12:22:43 | Weblog
 コンカツ、コンカツと言うと、すごく興ざめだなと、思う方もあるでしょう。特に私の言い方は経済生活優先ですから、・・・・・若い女性の将来を心配した言い方ですから・・・・・

 そういう私だって、純愛は素敵だなと思います。自分自身がどうのこうのと言う年代は過ぎてしまいましたが、他の人の恋愛なら素敵だなと思います。

 今日のは、超がつくほど、純粋な恋愛の話です。しかし、これも、どうも女性の方が真剣で、将来傷つく可能性もある・・・・・それでも、身を挺して打ち込んでいる姿を見て、感動したという話です。では、どうか、よろしく・・・・・

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 こんどの主役である、夕方の東上線の車内で出会ったカップルは、日本人としては破格なほど、いちゃいちゃしていました。ぴったりと体をくっつけ合いキスまでしていて、それが、第一に人々の目を引いてしまったのですが、他にもいろいろ、私の、格別な注意を引いてしまう特徴がありました。

 まず、女性の体の小さい事。真剣すぎる恋愛をしているのは、目の前の座席での二人の様子で、こちらの知るところですが、女性の方が華奢で華奢で「電車内でキスしあうほどの恋に落ちても大丈夫なの? あなた、本当はまだ中学生ではないの?」と言ってしまいたいほど、小柄な体格なのです。

 それから、もうひとつ違和感がありました。お金の問題です。今時(2004)の若い女性で、電車内で人目もはばからずいちゃいちゃするにしては、あまりにも地味な風体でした。紺のスニーカーは、飾りが何もついていなくて・・・・・もしかしたら、小学生向けのものかも知れない。でもどこにも汚れがついていなくて真新しいものである。それは確かで、彼女の、このデートを大切なものと考える意気込みと、心遣いは感じられますけれど。はっきり言えば安物過ぎる。スーパーで、一四八〇円ぐらいで売っているもの。
 
 そして、ジーンズも、まっさらで色は真っ紺なのですが、どこにもウォッシュアウトの糸のほつれなどが入っていないもので、定番の安いものでしょう。人の恋路の邪魔をするためにけなしているのではないのですが、どうしても気に掛かる違和感があります。その上着もまたこんなに恋する気持ちが盛り上がっているデートをするにしては、あまりにも地味。中は白いワイシャツですが、それは、デザイナーのカットしたブラウスではなく、中学生時代の制服だと思われ? その上に、薄いブルーの長いワイシャツをパーカー代わりに着ている。

 ごめんなさい。決して軽蔑をするわけではないと繰り返すのですが、本当に全身に安物をまとっていて、それが現代少女というか、既におとなめいた女性にしては、ことさらに不思議に思いました。

 他の少女たちのケースですが、それが、親から出ているお金かそれとも、自分でバイトで稼いだお金かはわかりませんが、少女向けのブランド(キティちゃんでしょうか、GAPでしょうか?)には、バッグや携帯の紐として、プラスティックの飾りがジャラジャついています。ですから、全身にいろいろな色が散らばっているものです。決して、それがきれいだとは言えません。むしろ、今目の前にいる女性の方が、ブルー系統で頭から足のつま先まで統一しているから、よりきれいなぐらいです。質素だがきれいです。 

 でも、時代の雰囲気からかけ離れたベーシックさは 「あなたの服ってダサすぎるのではないの? あなたは、よく、こんな格好の良い男の子を捕まえられたわね?」と、自分がまるで、意地悪な同級生になったみたいに、ひとこと、言ってしまいたくなるほど、安いものであるのを、示しています。

 一方、男の子の方は、ナイキのスニーカーをはじめ、総ての装着品が、定番のブランドと高い品質のもので「ああきっと、親が大会社の、課長か部長でしょうね」と言うような服装であり、それなりの満たされた甘い雰囲気を身につけているのですが、彼女は違う。雰囲気がまったく違う。

 二人は、東武東上線の先にある、どこかの観光スポットに行って、今、帰ってきたところでしょう。夕方六時ぐらいに池袋に着く、真面目な恋愛、・・・・・だけど、先ほども言ったように、体を寄せあいすぎ、目を見つめあいすぎ、肌を触れあいすぎで、周りの人々の心臓をどきどきさせるのです。

 
しかし、時々、男の子の方が眠る場合があるのです。遊びすぎて疲れているのでしょう。安心しきっているのか、彼女の肩と首に、自分の首を総て預けて。すると、その途端、彼女のあどけないはしゃぎっぷりが消え去り、口をへの字に結んで、そのはじは下に下がって、寂しそうな、悲しそうな表情になるのです。彼が目を開けている時には決して見せないような、暗い表情。

 この三番目の特徴ほど、私を考え込ませたものはありません。恋愛とは特別な女性(たとえば、クレオパトラ)などを除けば、大体女性が不利なものです。どんなケースでも、社会的に見れば、女性が不利で終わります。まあ、心理的に言えば男性が傷つくケースもあるのでしょうけれど・・・・・

 でも、この目の前の女性の大人び方、そして、男性より、はるかに・・・・・何か、人生の真実を知っていると思われる感じは、・・・・・不思議な謎として、私の心へ訴えました。彼女はどうして、こういう不思議な存在であるのでしょう。
 明日は、そこへ、私が投げかけた、一つの推理について述べたいと思っています。どうか、続きをお待ちくださいませ。
    2009年4月22日           雨宮 舜

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図書館の、生パイナップルの香り・・・・・コンカツー5

2009-04-21 05:00:38 | Weblog
 社会の風潮が、極く普通の人を犯罪に追い立てる例もあるのです。それゆえに、逆説的ですが、経済的な不況となり、人々が質素になることもまた、実は身を救うという話ともなります。渡辺淳一さんの最新刊が、30代の人に読まれていると、聞いて『ほほえましい』と思います。つまり、不倫の関係のための指南書としてではなく、コンカツのために利用をされているのなら、それは、ほほえましいのです。

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 うちの子が大学受験のころです。図書館を利用しました。図書館の学習室は席の数が限られています。それで、朝早く行って席取りをしなければなりません。自分のうちで勉強するより、群集の中の孤独、しかも、回りがすべて勉強をしているということは、能率が上がるからです。

 その席取りのために、生パイナップルを置いている男の子がいたそうです。今では生パイナップルはちっとも珍しいものではなくなりました。スーパーではプラスチックのいれものに、きったものが毎日売っております。しかし、二十年ぐらい前は、缶詰しかパイナップルは手に入りにくいもので、生パイナップルは珍しい時代でした。高価なものだったのです。しかも香りが強いものです。それで、その印はとても目立ちました。

 その男の子が何で、それほど、目立つ事をしたかと言うと、素敵な他校(特に有名な私立・女子高)の生徒の気を引きたかったらしいのですって。そして、それはうまく行きそうでしたが、結局は女の子の方の父親の反対で、実らなかったそうです。

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 さて、その二十年後、その男の子はものすごい事件を起こしました。うちの子が言うのには「追い詰められたんだろう」とのこと。つまり悪人ではなく、ごく普通の人間だし、立派な家庭も築いているのに、殺人事件を起こしてしまったのです。不倫の清算でした。

 その殺人事件の詳細は省きます。と言うのも、控訴とかは、無かったらしく続報が出ませんので、それなりに、関係者は、この件を静かにおさめたいと願っていると感じます。
 人の噂も75日、早く、この事件を人々が忘れて欲しいと、当事者(殺した方、殺された方、両方の家族、親族)がそう思っていると、感じますので、どこのどの事件だったかを特定されないようにいたしましょう。
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 ただね、その女性の方は、地方から上京している人で、一人暮らしでした。だから、妻子持ちと、恋愛をしたり、嘆いたりする親が身近にいなかったわけですね。だから、深みにはまってしまいました。妊娠をしてしまったのです。そして、彼女は「一人で育てる」といいました。「略奪婚をしない」とも、言いました。けなげなのですね。いい子なのです。だけど、それもまた心理的には男性を追い詰めたのでしょう。

 男性側にとって遊びだった事が、女性には真剣な純愛だった。その懸隔が、殺人事件となってしまいました。だから、山手線の中でさえ、友達に相談をしなければならないあの、前報で述べた、若い・若い<花の盛りの>お嬢さんの事を、私は、心配したのです。上述の妊娠した被害者と同じように一人暮らしをしていて、その自宅をラブホテル代わりに四十代の男性に使われて、たんなる肉欲の対象として、あたら大切な時間を、無駄に消耗させられているのではないか・・・・・と思って。

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 結婚を前提としない肉体関係にすっと入って行ってしまう、社会の風潮ってよくなかったと思います。西欧には結構、キリスト教精神が残っていて、相手をいたわる思いがありますが、儒教的精神を失ってしまった日本では、強者・弱者の関係しかありません。

 普通の場合は女性の方が弱いです。だけど、籍を入れていようがいまいが、母となった女性は強いです。殺人事件が起こったのは、弱者と強者の関係が逆転してしまったからでしょう。男性は、手もなく、女性を、あしらえると・・・・・彼女の妊娠前までは、・・・・・思っていたのに、女性は言う事を聞きませんでした。つまり、妊娠を告げられたとき、「堕胎してくれ」と言うことは当然言ったはずですが、それを女性側が拒否したときに、殺人の動機が成立したのです。「男性側が、追い詰められたのだろう」というのはそういうことで、急に、男性側が弱くなったからこそ、思い余って殺害をしたのです。

 この事件はもっと、もっと、裏側(心理的な分析と言う意味で)を知っておりますが、詳細に書くと、誰のことかが特定をされてしまうので、ここで、止めておきましょう。私が、前報の、『大量の塩で、死体を埋める』で描出したお嬢さんの事をどれほど、心配したかをお知らせしたいために、書いただけです。その事件について、いろいろ考えた事が、予備知識となっていたから、その見知らぬお嬢さんにおせっかいを焼いたわけです。では。

   2009年4月21日                雨宮 舜
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大量の塩で死体を埋める(ブログ版)

2009-04-18 13:59:52 | Weblog
 これからお話をするのは、現代では普通の話。普通の恋の話です。しかし、結末はちょっと恐ろしい。驚くべき事件が、ひょいと隣で起きる現代です。そんな、時代を彷彿とさせるエピソードなのですが、一種のコンカツの話としてお聞きいただきたいのです。

 と言うのもこの話を拾ったころ(2005年6月)には、まだコンカツと言う言葉は無くて、若い女性が結婚を前提としない肉体関係に、やすやすと入ってしまい損をしていた時代です。男性はともかくとして、女性は、まだ、若さが問題とされるこの国では、実りのない恋愛、特に肉体関係だけを目標とする男性の餌食となると損をしてしまいます。

 『その手の話ではないかなあ?』と、私が心配して見知らぬ若い人へ声を掛けたという話です。山手線の車内でした。

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 内回り線を利用して、東京駅を池袋に向かって過ぎたあたりで、目の前に二人の若い女性が立ちました。その顔と体格のいたいけで、可愛らしいこと、まさに昔の言葉で言う『番茶も出花』の年頃です。二十才前後でさわやかです。ただ、今時(二〇〇五年)の典型的なお嬢さんで、白い木綿のカーディガンの下は、ヨーロッパのヒトが「日本人は下着で歩いている」とよく言うらしい、キャミソールと言う形のブラウスで・・・・・

 下は、ジーンズ、普通のヒト、普通の階級のお嬢さん。大学生ではありません。大学生だと、もっと遊んでいる傲慢な感じを受けます。既に働き始めた人たち、それも、スーツをびしっと決めてはたらく大企業のひとたちではない。ブティックでお洋服を売っていたりする、そう言う感じのお嬢さんたち。

 しかし、乗ってきてつり革につかまった途端、カレシ(恋人)のパンツの話です。それが、先ほどから繰り返し説明をしているように、決してすれっからしではない、しかもお化粧も濃くはない、普通の純情そうなお嬢さんが話すのですから『いかに今の若者が、手早くセックスの段階まで入ってしまうのか』と言う点に、まず驚いちゃったのですが・・・・・

 「カレシは、クレヨンしんちゃんのキャラクターが一番好きなのだけど、パンツが、すべて、キャラクターデザインのもので、・・・・・・でも、それって、前の彼女がすべて、買ったんだって」と右の子が言います。

 左側の子は、いじわるでもなく、嫉妬するでもなく、たんたんと、相槌を打ってあげています。

 右側の子は、結構、自己分析の能力もある子で「その日は、喧嘩っぽくなく、別れたんだけど、後で、だんだん腹がたって『捨てて。全部捨てて』って、電話で言ったの」とか、なんとか・・・・・延々と、その手の話題が続くのです。

 で、何回かセックスをした後で、段々身元調査にも入って行ったらしいのですが、そのカレシは、「マンションを三つ持っていて、両親は父、母、別々に会社を経営していて、そこからも幽霊社員として、カレシには給料が出ていて、だから金持ちで、でも、ご本人はギター教室の先生で、土日もないほど、忙しいんだ」とのこと。

 すると、今まで、ほとんど相槌だけだった左側の女の子が「結婚願望はどうなの?」と質問をしました。すると右側の子が「ないみたい。でも、四十才でしょう。だから、『今までどれだけのひとと、付き合ってきたか、人数を教えて?』と、言うと『待ってて、よく考えてみるから』なんて言うの」と応えます。

 ここまで聞いただけだって、私としては相当心配で『このお嬢さんの親は、この交際を知ってるのだろうか? 知らないんだろうな? 大丈夫かしら?』なんて、心の中で考えていたのですよ。

 ところがね、私がとうとう、口を挟まざるを得ないエピソードが出てきました。心底ぞっとするようなエピソードが。なんと、カレシは、「大量の塩を買ってきた」と彼女に言うんだそうです。「カレシは医者じゃあないんだ。だから何に使うんだろうって、思うの。だから、聞いているんだけれど、使う目的を言ってくれないんだ」そうです。

 その用途を、ある時とうとう、じれた彼女が問うと「あ、しまった。塩を買った事を言うんじゃあなかった」と言う顔をするのだそうです。彼女自身、非常に、不審に思い怪訝に思っていて、だからこそ、この件を友達に話したかったようです。普通なら恋愛の話を電車の中でしないですよね。せめて、ドトールかスターバックスに入ってから話す話題でしょう。
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 私は、ここに来てたまらず、口を挟みました。「あなた、その男の人と、これから先も付き合うのなら、彼の実家に行ってみて、彼の両親を見ないと駄目よ。もしかしたら、その塩で、死体を漬けるのかも知れないから、用心をなさい」と言いました。

 いえ、まさかと思うけれど、三つもマンションを持っているなんて、普通の若い人ならできない生活です。それに、会社を両親が経営をしていると言ったって、まともなビジネスなら、この不況(二〇〇五年の六月の話だから)下、たとえ息子と言えども、幽霊社員用の給料など払っていられない筈なのです。

 どう考えても『カレシと言うのが、非常におかしい人物である』事を、この話は示唆しています。もし、彼の言う三つのマンションが、今まで付き合ってきた女性を殺しては、手に入れたものだったりしたら、どうなります? 

犯罪が遠いことだった昔の日本ではないのです。日本はとても、変わってしまいました。

 私は、その一瞬に、カレシが本当にやりたい事を想像しました。目の前にいる、さわやかで可愛い(しかも自分・・・・・と言うのはその塩を買った男性のこと・・・・を信じている)彼女を殺し、死体の一部を塩漬けにして腐敗をしないように押入れに隠し、別の一部分を冷蔵庫に入れ少しずつ、少しずつ、生ごみとして、ごみ収集日に捨てて行ったら、誰にも気が付かれないで死体を処理できます。

 猟奇的な事件って、その発見をされる当日まではだれにもわからない形で、進行するのです。最近は数々、そういうものが報道をされています。

 でも、その数秒後に、電車は池袋駅に着いてしまいました。が、私は、自分の忠告が、二人に受け入れられたのを感じました。

 普通、こう言う若い女性が私の事を『変なおばさん。おせっかいめ』と思った時は、お互いに目配せなどをして、私を排除するものなのです。それが全くなくて、唖然として私を見つめながら、二人とも声もなく、でも、決して嫌がってはいない顔で、私を見つめていました。

 本当は、右側の彼女は、この男性(カレシ)に、既に相当な胡散臭さを感じていて、「ちょっと、変だな」と既に思っていたところでしょう。昔なら、こう言う男は結婚詐欺師として、警察につかまるところでしょうが、今の女性と言うか(社会全体の風潮が)簡単にセックスまで走ってしまって、それが結婚とは結びつかなくても、それで、良いと言う感覚があるために、あぶない、あぶない、話が出てくるのだと思います。

 そして、最初に言ったように、この年齢では女性の方が損をしてしまいます。あたら、若い花の時間を、たいせつなパートナーを見つられず、無駄に時間を過すので、それが一生を考えると、損になります。まともな男性と、誠実な恋愛をするのなら、結構です。

 いずれにしろ、本当に、会社経営をしている両親が揃っているのなら、息子が四十才になっているのに、結婚をしないなどと言う事を、心配しないわけはないのです。で、当然、恋愛か見合いのどちらかで身を固めているはずなのです。男の話はすべて嘘でしょう。が、まるで、アガサ・クリスティか、ポワロの世界を山手線の車内で、聞くとは思いませんでした。

 でも、この華奢で細身で現代風な女性が、その三時間前に、東横線の車中で出会ったような、たくましくも上品で、かつ、安定した60代の女性になるまでは、前途遼遠だと考えたものです。あぶない、あぶない、
・・・・・お嬢さん、どうか、青春真っ盛りの、御身を大切にして・・・・・。
             では、二〇〇五年、六月二十五日
  にメールとして初稿を書き、今、一種のコンカツの話として、これを皆様にお送りさせて頂きます。2009年4月18日、    雨宮 舜
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47歳の新人歌手、世界を席捲する

2009-04-16 13:53:19 | Weblog
 今日、ウエブ・ニュースを点検していたところ、思いがけない形で、U-tubeに入る事になり、人生で4回目ぐらいの、ことしてU-tubeの映像を丁寧に見たのですよ。それは、英国のものでしたが、涙が出そうなほど、よい映像でした。

 このサイトの読者は、パソコンが上手な人が多く、それから、英語が上手な人も多いのです。で、
 「自分で、翻訳するわ、その映像を直接見るわ」と仰る方のために、その映像に最も安定して入ることの出来る、ファンサイト(急に出来たし、一杯あるらしいが、そのうちの一つで、OCN=goo news が推奨しているもの)のURLを以下に記します。

http://www.susan-boyle.com/

 その最初の画面の中に、彼女の写真が出ていますので、それをクリックすると動く映像が出てきます。私は普段は夜遅くまで仕事をするので、主人のために、スピーカーの音量を下げて、シゴトをするのですが、こういう時は音量を上げます。

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 さて元に戻って、「私は、あなたほどには、その手の芸能ニュースには、興味が無いわ」とおっしゃるかたのために、どうして、このニュースがすばらしいのかを、私の視点から申し上げさせてくださいませ。

 この女性は、はっきり言えば、お顔がよくありません。眉が濃く、目は小さく、あとで彼女自身が、司会者の質問に答えて、「今まで、男性とはキスもした事がない」と言うのですが、それは誇張ではなくて、本当のことだと思います。でも、彼女の体型はすばらしいものですよ。背が高くて、痩せすぎず太りすぎぬ歌い手としては、ぴったりの体型です。しかも背筋がピンと伸びている。

 日本人は、外人は自由自在に恋愛をしているように、感じがちですが、外人でも、シャイな人はシャイであり、慎ましく謙虚に生きているものです。だから、この手のお面相の彼女が、今まで恋愛に恵まれなかったのは、よく判ります。

 ただ念のためにいえば、「47歳なのに無職」と言うところが(親がお金持ちでないのなら)ちょっと変で、もしかしたら実際には、結婚をしている主婦かもしれませんが・・・・・特に、背筋がピンと伸びているところから考えて、音大出身で、学校やら、地域で音楽の先生をして生計を立てている人かもしれません。・・・・・でも、彼女の本当の姿がなんであれ、騙されてあげてもよいと思うほど、彼女は、歌う前は、芸能界などとは、別世界に生きている、普通の控えめな人のように見えました。

 そして、会場全体のスタンディング・オベーションを受けた後では、スターとしての落ち着きやら、堂々とした態度も出てきたのです。

 映像は、・・・・・彼女の歌がいかにすばらしいかを強調するためでしょうが、・・・・・導入部分から始まります。英国の、Britain Got Talent と言うこのタレント発掘番組では、舞台袖で、日本で言うお笑いタレントみたいな二人組みが、登場者にいろいろと事前質問をします。彼女はびくびくしていることをはっきりと告白するのです。

 やっと舞台に立ち、今度は審査員が、公的な質問をすると、それに答える彼女の答え、特に某スターの名前を挙げて、「その人になりたい」と言ったときに、カメラは聴衆に向かいます。みんな『呆れたわ。こんな女性が、そんな大それた望みを抱くなんて』としかめっ面をしています。審査員は、プロですからやや抑えていますが、内心の、馬鹿にしている感覚はどうしても、外へ見えてしまい、それもカメラは写し取ります。

 そして、唄が始まります。本田美奈子さんで同じものを聞いた事がありますが、もう、少し、やわらかい感じです。それは、彼女の体型(とても大柄で、健康そう)から、来てもいるのでしょう。3分ぐらい歌う場面が流れるのですが、私も感動。そして、会場も大騒ぎです。スタンディング・オベーションと、拍手が惜しみなく与えられます。

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 私としては涙が出そうなほどの感動でした。と言うのも、『神様は見ているわ。今まで地味で、ちっとも幸福でなかったように見える彼女の人生に、こんな輝かしいスポットライトを当てて、幸福感を恵んであげられた・・・・・彼女の幸福感の総量、は、ここで、プラスマイナスがゼロになった』と感じたからです。

 西遊記でも全く同じ事を言っていますが、私たち、人間は必死で生きています。そして、ある種の計画を立てて、それを、実行します。今の私は、六冊目の本を作ろうと必死です。彼女の方は、その大人気番組、しかも公開番組に出ようと決意しました。でも、47歳なのですから、いままでずっと、そんな派手なことをするつもりは無くて、今回は清水の舞台から飛び降りるような決意が必要だったはずです。でも、結果として、美しいものが与えられました。私たちの人生は、より大きな力によって、動かされているところがあります。

 彼女に対してプロの音楽会社が、「CDを出しましょう」と言う申し出でをしたわけではないそうですが、それでも、このように、インターネットを通じて、世界中にその姿を公開できたのですから、・・・・・

 最後になりました。私は既に66歳です。七年前の五十代とはまるで、違ってしまいました。でもね、これから、古いビデオカメラか、携帯で、自分の動く映像をとって、U-tubeに載せる・夢・を持ちました。残念ながら歯が悪い、それと、肌がしわしわになっているし、しみも出来ている、濃い目のファウンデーションでそれを隠す(?)、・・・・・と、いうようなさまざまな点で、映像としては、醜悪になるでしょう。

 ただ、肝心の唄の方ですが、2週間前に、銀座の画廊で、・・・・・ちょっとした紹介と言うか、導入をしてくださる方があって、そのもとで・・・・・歌ったら、美術家としてお互い知りあっている有名な女流・版画家が、「え、川崎さん(美術家としての本名)って、唄もできるの?」って驚いてくださったので、まあ、ある程度のレベルには達しているのでしょう。あのね、昔、それを聴いてくださったことのある方に申し上げますが、どんどん、より自然な形で歌えるようになってはおります。緊張しなくなってはおります。つまり、より洗練をされてきていて、聞き易い形になっております。

 ただし、歌詞を覚えている時間が無くて、自然に身についたメロディを歌うだけです。銀座の画廊街で、歌わせていただくのは、今は、トリノ・オリンピックで、荒川静香選手が使った、『誰も寝てはならぬ(オペラ、トゥランドットの中のアリア)』です。クラス会・等では、グノーの『アヴェマリア』を。

 ともかく、画家が歌うんですから、やはり、ハイカラ(?)なものがいいでしょう。春日八郎の「長崎の女(ひと)」だって歌えますが、たいていは、イタリア系の古謡が口をついて出てきます。器楽曲のモチーフ(動機とも呼ばれる基本のメロディ)が、数百曲程度、頭の中に入っていて、その雰囲気と環境にふさわしいものが、自然に出てきます。準備の心構えをする必要も無くなりました。本当に自然のこととして、それが、できるようになったのです。

 では、今日は、ここで。人の幸せにあずかって、自分の夢も膨らんだという話でした。・
                 2009年4月16日     雨宮 舜
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離婚をするつもりです。・・・・・・でも、資格が無くては駄目でしょう

2009-04-15 15:48:59 | Weblog
 以下の文章は、三回前のこのブログの記事に続くものです。評論としてではなくて、(一種の短編小説風の)エッセイとして書いています。と言うのも全く知らない女性から、「離婚をするつもりです」と告白されて、驚いたのですが、彼女を材料に文章を書く事にためらいがあり、誰かが同定(identify)されないように書いているからです。それゆえに、長くなっていますが、よかったら、お読み頂きたいと思います。けなげな女性と、ふとしたことで触れ合ってしまった話です。なお、私の三冊目の本『電車の中で』をお持ちの方は、その中の46頁からのエピソードの再録です。その点は宜しくお願いを致します。

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 2004年九月二十六日の日曜日は、事のほか学ぶ事の多い日でした。それを、少しずつ、書いて行きたいのですが、最初に午前中に、鎌倉駅であった事をお話しましょう。

 これから、神田に行こうと駅のベンチに座っていた時の事です。左側から大変美しい英語が聞こえたので、思わず注目をすると、若いアジア系の背の高い女性が、携帯で話しているのでした。その横顔を見ると、私が二冊目のエッセイ集の中で描いた台湾人医学生とそっくりで、思わず、彼女がまた日本へ来たのかと思って、英語でそう質問をすると、彼女も英語で「いえ、私は日本人です。今、サーフィンをやりに来たのだけど中止になったので、外人の友達に連絡をしていたのです」と応えました。余りにそれがスムーズだったので、相手が日本人であるのにも関わらず、しばらく英語で二人とも話し続けたのですよ。それで、日本人相手としてはめずらしく、ずいぶん深いところまで話が進みました。英語だと、結構、直截な事を、また、理論的に話せる感じがあります。

 私が、一番、興味を引かれたと言うか、謎に感じたポイントは、彼女の薄化粧と言うか、全く、化粧をしていない感じです。でも、充分に女らしいと言うか、がちがちの粗野な感じはないのです。それが疑問だったので「あなたは学生さん?」と先ず一番に聞きました。すると、「いえ、お勤めをしています」との事。

 それで、『ああ、幸せな人は、自己顕示欲がないから、それでお化粧をしないのか』と思って、「充分に幸せなのね」と言うと、「いえ、今、悩みがあります」と、彼女は言うのです。これも英語ゆえに入れた話題ではありますが・・・・・

 それで、今(と言うのもこの話は2004年のことなので)流行の『負け犬の遠吠え』を思い出し、「ああ、結婚をするか、しないか悩んでいるのでしょう」と言うと、「いえ、離婚をしようか、しまいか、悩んでいるのです」と応えるのです。「既に、五年も結婚をしているのですけれど」とも言います。

 その時に、私は、「あっ」と言うような、思いに囚われ、急に日本語で話を始めました。彼女と東京まで一緒の席に座るつもりはありませんでした。そんな無神経な事をする人間でも、私はありません。私は深い集中をするけれど、それを過剰にならない程度に抑えるすべと言うか、エチケットは知っているつもりです。

 で、今、ここのベンチだけの、たったのこり三分程度の接触しかないわけですから、あせったのです。

 「彼女を救いたい」と言うか「幸せになってもらう道は何かを伝えたい」と言う思いであせったのです。で、思わず『資格がなければ、離婚しちゃあ駄目よ』と強く言ってしまいました。

 実は、先生とか、弁護士とか、看護士とか、薬剤師を既にしている女性なら、何も悩まないと思います。離婚の件で、一番の要諦は経済力です。経済的に充分一人でやって行かれるのなら、若い人なら、一度離婚をしたって、どうと言う事でもないはずです。でも、一生を自分で、稼いで生きて行かなければならないとすると、女性の場合相当難しいのです。この若い女性の場合、その離婚をしたいと言う発言の前に、超一流私大を出ている事は既に聞いて知っていました。でも、一流大学を出ていたとしても、職種によっては、一生は勤められないのです。

 若い女性の方が、容姿も良いし、給料は安いし、と言う事で、年配になって、退職を迫られるケースも出てくるでしょう。単なる事務職、(商社では、バックオフィスと言うらしいのですが)では、首のすげ替えが起こる可能性もあります。今、女性は、派遣社員と言う美名の元に働いている人が多いのですが、これは、私には非常に心配です。

・・・・・この原文は、2004年に書いています。その時は派遣の問題は女性だけが割りを食う制度だと思っていました。女性は結局は結婚をして、それが、永久就職の一つと考えられるから、派遣と言う弱い立場でも構わないというか、甘んじさせられていると、私は思っておりました。ところが、2009年の今では、男性社員が大変なことになっています。世の中は流動しますが、派遣と言う名目では、どれほど、身分が不安定なのか、あの制度が始まった頃に問題にして置けばよかったですね。・・・・・さて、元の、2004年の文書に戻りますと・・・・・


その派遣制度を、「大丈夫かなあ」といつも考えています。
 この人の場合、英語だけでも自由自在なのは、わかりましたけれど、今、英語が出来るだけではお金にはならない筈で、やはり何か、かくとした資格がないと、一生の経済力は賄えないでしょう。

 いや、アーチストはいいんですよ。気力とか、気概があるので、なんとかなるのです。それに、通り一遍の価値観を持ってはいないから、そしてお金の使い方も普通ではないから、そう贅沢な生活を出来なくても、気にしないタイプですからね。だけど、そう言う強い個性と言うか、欲望のない人は、何か、一度つまづいたりすると、危ない事になるとは、私は常々考えているし、他の人も同じ考えでしょう。
 私は更に、「こう言う事は、女性雑誌ではあまり言わないけれど、最初の結婚と言うのは、お互いに努力をするものですから、もつところがあるけれど・・・・・」とも、付け加えました。

 だけど、そう言いながら、彼女が、離婚を決意しているのは、知っていました。だからこそ、全く知らない人である私にさえ、そう言ったのは、判っていました。
 でも、その支えとなる経済力の面で、彼女に成算があるのかどうかが、非常に気に掛かったのです。心配だったのです。

 彼女は黙っていました。そこへ電車が入ってきたので、私は「では、さようなら」と言って、別の遠い車両に乗り込みました。一人で座って、例の如く、車内をオフィスにして、事務的な事をあれこれしているうち、私は、あの若い女性へのいとしさで、堪らなくなってきました。

 彼女の、女を売り物にしない化粧っ気のない顔は、本当は、悩みの果ての顔だったのかと思えば、援助をしたいと言う思いに囚われました。転職先を示唆するとか何か、何も具体的な事は、今の私にはできません。それで、例の本に、「あなたの毎日が輝きますように」と献呈の添え書きをして、彼女に上げようと、後ろの車両に向かいました。

 その時に、今現在自分が座っている席の、右隣に座っている先ほどの人とは違う別の若い女性に、つかの間の荷物番を頼みました。

 こちらは、なんと、今風だったでしょう。柔らかなドレスを着て、お化粧もばっちりやっています。長い髪の幸せそうな未婚の女性・・・・・普通の人。それを、目の端に入れながら、どんどん後ろに下がって行くと、電車は前の方の車両より混んでいて、例の「離婚をするつもりです」と言った女性は、左右の人に挟まれるような窮屈な姿勢で座っています。

 その目は、膝の上に置いた本の上にそそがれていて、
目の前に立った、私にしばらく気が付きません。
 それで、私は、そっと、彼女の膝の上の本を覗き込みました。

 ああ、なんとしたことでしょう。それは、問題集でした。

 彼女は、サーフィンに行くと言う時にも、バックパックの中に、資格試験の問題集を入れているのでした。私が、忠告をするまでもなく、ちゃんと判っているのでした。

 「離婚をするなら、ちゃんとした資格をもち、一生の経済力を確保しなければならないのだ」と言う事を。私は、更なるいとしさに、胸が震えました。ちゃんと、勉強できるかしら、今の夫が甘えん坊タイプで『夜は一緒にテレビでも見ようよ』なんて言うタイプだったら、お勤めをしている女性が、別の勉強などできません。そこが大変な矛盾ですが、どうにかして乗り越えなくてはいけないのです。

 結婚五年目で、離婚を決意するのですから、やはり、何かはあるわけで。大丈夫かしら、と思いながらも、私には何もできないのです。
 ただ、「これを、あげるわ」と彼女に向かって言い、驚く彼女の問題集の上に、そっと、私の本を置きました。
 それが、私の、「がんばって」のサインでした。

 普通、若い女性は、近視でもコンタクトを使うものですが、彼女は眼鏡を掛けて、必死に勉強をしていました。ああ、がんばれ、がんばれ・・・・・と、心の中で思うのみだったのです。                  
二〇〇四年十月七日  ここ2009年で書き直したのは、最初に言ったとおりです。       2009年4月16日  雨宮舜
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社員を幸せにする会社、伊那食品工業

2009-04-14 14:43:52 | Weblog
私は、今、このブログで、コンカツ、リカツについて述べていきたいと思っていました。私が書く文章は、すべて、お若い方に、幸せになっていただきたいという気持ちから書いております。しかし、何をするにも、経済的な基盤は大切で、今現在の普通の日本人にとって、もっとも安全にお金を稼ぐ方法は、会社に勤めることでしょう。

その会社の一つとして、NHKの経済羅針盤と言う番組(この四月から残念ながら終わってしまったが、オンデマンド放送にはふさわしい番組でした。)最終回の一回前に、登場された伊那食品工業の社長は素晴しい方でした。たまたま、本日ウエブ・ニュースでもその会社を取り上げておりましたので、私も再び思い出した次第です。その会社についての詳報は下をご覧くださいませ。
    2009年4月14日            雨宮舜

この国のゆくえ 社員の幸せを露骨に追求する会社 年功序列、終身雇用、低成長 伊那食品工業が問う「会社とは何か」(日経ビジネスオンライン) - goo ニュース

http://news.goo.ne.jp/topstories/business/20090414/33e40b95742f24a1295314ae615e78ec.html?isp=00002  が、AOLから入る、そのグーニュース入るURLでした。記事は写真入で長いものです。が、幸せな社員のリポートですので、読んでいて楽しいと思います。そして、ほっと致します。原文は日経オンラインビジネスに載ったものらしいので、

nbo,日経オンラインビジネスからも、この会社に関する記事を見ることが出来るでしょう。

なお、おととい、48時間ぐらい、更新をせず、空けましたので、今朝、11時ごろ、短い文章を書いて載せてあります。よかったら、ご覧くださいませ。
ぶきっちょな男性を惜しむハナしの次の話の、前置きです。では、
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離婚? 資格がなくては駄目よ-1

2009-04-14 10:55:39 | Weblog
 この間、朝日新聞で、結婚をしたものの、相手に満足が出来ていない夫婦が多いと書いてありました。でも、その調査は団塊の世代に対して行ったものの結果だそうです。若い頃から経済的な苦労を知らない人たちです。でも、今の三十代とか、二十代はそういうことを言っていられないのではないかなあ。

 これは、江戸時代から続く言葉だと思いますが、「一人ぶちは食えないが、二人扶持は食える」・・・・・一人で暮らすと、15万円では食えないが、二人で暮らせば、25万でも暮らせるということです。一人ですと、家賃や税金、それから、食事などでも、無駄が出る部分が多く、また、誰かと一緒に食べるとか、誰かに食べさせる喜びが無いので、つい買ってきたものを食べるので、割高になるのです。お弁当などは、野菜も少ないですしね。

 人間の基本的な生き方としては、結婚をしてこどもを作るのが、安全パイなのです。ただね、アーチスト、特に女性アーチストは、これまた、違うのですけれど・・・・・

 だってね、中国ではクーリー、とか、農奴と言って、生涯独身だった男性は多いのですよ。レッドクリフの世界で、昔から王権と言うか、帝国主義と言うか、皇帝に絶大な権力が集中したあの国では、トップの財力はすさまじいし、そこに依存している人たちの富と余得もすさまじいのですが、そういう富者に奉仕するというか、搾取される側は、結婚だって出来なかったのです。

 それは、財産が無いからだそうです。

 日本では、それほどの、貧しさは、ありません。国が小さくて、帝王とか、国王の権力もそれほど、比例すれば、大きくないので、上と、下の富とその他の利益の差があの大国ほどには、隔たっていないのです。

 だから、『結婚なんて、しなくてもいい』と言う意識もある国です。贅沢だからこそ、それが、ある国です。フランスなどとも似ていますね。フランス人も独身が多いそうです。

 でも、結婚を目標にするからこそ、若者も20代、30代で、蓄財(預貯金)をはじめます。うまい人は、マンションを買ったりしますでしょう。そういう目的の中で、一生の財産を築いていく、最初の一歩となります。だから、それをしないでいると、後で困るような気がします。

 ま、「人の事なんかおせっかいを焼いている立場ではないでしょう」と、誰かさんから言われそうですが・・・・・ともかく、少し、経済状況が悪くなったうゆえに、結婚することの真の価値が見直され始めているのも、それなりに、よいと思います。一種の災いを転じて福となすの類でしょうか?
 
 今日はね。申し訳ございませんが、私側に忙しすぎる事情があるので、前置きだけで本文を書かないで、置かせてくださいませ。恐れ入ります。
では、

           2009年4月14日   雨宮 舜
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ぶきっちょな、三十代独身男・・・・・婚活の2

2009-04-12 11:50:37 | Weblog
(中華街の健全男と、奈良の犯人を対比して)

 以下の原文は、二〇〇五年の一月に書いたものです。でも、コンカツの2として、ここに再録をさせてくださいませ。評論的ではなくて、一種の短編小説風に書いております。その頃、小太りの男性が、小学生を誘拐して殺害し、前歯を抜くという事件があり、その犯人と、今日の主役のお顔が似ていたので、さまざまなことを思い至っております。

 その三十代の男性と、アラフォーに見える女性は、遠くから横浜へ、わざわざホテルを取って遊びに来ている模様です。うまく行けば婚約にいたるデートだったはずです。お正月休みを利用したようですね。男性にとっては、大切な大切なデートだったみたいですが、うまく行っていないみたいな様子から、私がさまざまなことを考えた話です。では、どうか、よろしく。


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 海外にいらっしゃる方のために念のために言うと、昨年くれ、逮捕された36歳のぼんやりした顔の男が居ます。この男は、小学一年生の女の子を殺害したあと、その前歯をペンチか何かで抜いて、しかも、親元へ、携帯の映像メールでそれを送りつけたと言うすこぶる怖い、犯人でした。しかし、育ちを見ると、私が総ての犯罪者に共通する、要素だと考えている・・・・・愛情不足で育った人間の一人で、・・・・・ありました。

 彼は、実母を、小学4年生頃に弟の出産が原因で亡くしていて、その後、殆ど養育忌避の状態で、育ち上がった男だったのです。その犯人に連動して、二つ大きく考えました。それのうち、今日は、軽い方を、先に申し述べさせてください。

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 それは、女性には、異性の友達が居なくても大丈夫だけど、男性には異性の友達が居なくては駄目だと言う事です。女性の方が、本質的には動物として強いのでしょう。男性の方が生き物として、多分、ずっと弱いのです。で、その点について、例のごとく、実例をもって考えて見ましょう。私は別に評論家ではないのですから。

・・・・・昨日みなと未来に行った帰り道、中華街に寄りました。この文章を、書いたのは、2005年ですが、中華ランチ・バイキングに入りました。私たちは質素な生活を好む60歳の夫婦です。だから、それで、いいんですが・・・・・

 が、結構はやっているお店で、午後の三時ぐらいなのに、全ての席が満席でした。ただ、どうも隣の様子が変なのです。会話が弾まない程度が激しすぎるのです。いや、私たちだって静かなものです。あの例の(北朝鮮の)工作船(それがみなとみらいに係留されている)の事は隣で、誰が聞いているかわからないし、中国語が飛び交う店内では政治の事はご法度でしょう。だから、会話と言ったら、「このタピオカ、粒が小さいわね。だけど、ココナッツミルクの方はちゃんと濃いわ」ぐらいなものです。

 でも、途中で時計を見た私が、「え、もう45分も経っているわ。そんなに時間が過ぎているなんて知っていた? ただ、食べるだけで、45分も過ぎたのよ」と言ったら主人も小さく笑っていました。それで、実は最後には二人で、中皿を七枚も空にして、「まるで、回転寿司みたい」とコレも小さく笑いあったものです。

 ところが、お隣のテーブルはほとんど同じ時間いたのに、たった四さらしか汚れて居ないのです。三十歳台のカップルにしては恐るべき小さな食欲です。二人は楽しく無さそうです。

 最初に男性の方が「これって、薬膳みたいだね。いろいろ香料が入っていて」と言ったときに、女性がうんとも、スンとも答えなかった時に、「変だな」と思ったのですが、それ以来、ずっと、二人の会話はかみ合わないのです。『倦怠期に入った夫婦なのかなあ』とさえ思ったのですが、途中で、男性の方が「君は明日はワシントン・ホテル? 僕も明日はワシントン・ホテル。でも、君は僕の部屋に来ない。寂しいなあ。孤独だなあ」と言ったので、『あれ、独身同士なのだ』と驚きました。

 でもね、『ははああん、コレじゃ駄目よね』とわけがわかりました。途中で「君は昔お母さんに、お土産を買って帰ったでしょう。今日も買って帰るの?」と男性が聞いても、女性はうんでも、スンでもないのです。相当長い付き合いみたいなのに、楽しい会話が無い。

 恋愛に慣れていない男性にとっては、難しいことかも知れないのですが、恋愛の最初の段階では男の方に演出が必要なのです。恋愛の初期にはもっと豪華なレストランに誘って行かなければだめなのです。周りが充分広くて、誰にも二人の会話を聞き取られる事が無い。お値段も5000円以上のところに行かなければ。・・・・・そう言う場所で、夢のような甘い言葉をかけて貰う。そういう夢が無いと、女性は駄目なのです。

 それは私の主人がそう言う駄目な方のタイプだったから、(いや、その後の四年間で抜群に変ってくれましたが)私だって一生、残念に思っているポイントです。でも、私は昔風のところもある人間だから、我慢の程度が深いから、夫婦が四十年以上もっているわけで、現代の女性だとそれが、通じないと思います。彼女がずっと黙って居るのは不満の塊に成っているからで、だから、何も食べる気がしなくて、最初からデザートを取っているぐらいです。

 でも、男性は彼女の不満やら、不機嫌に気が付きません。それで、私は声だけではなくて、彼の体型やらをちょっと観察をしました。すると、例の奈良の犯人にそっくりです。小太りで、メガネを掛けていて、『うわっ。若さを感じない』というタイプです。でも、彼は一生懸命だし、帰りにレジで、『何とか世界』と言う中華街随一の娯楽施設の在りかを尋ねていたぐらいですから、彼なりに積極的にがんばって居るわけで、「成功してね」と心の中で祈りましたけれど、・・・・・

 このもてるとか、もてないと言う事は、男性にとっては本当に重要な事なのだなあと、思います。特に犯罪が起こったときにしきりと、かつ特別に、思います。

 だからもてるためのちょっとしたマナーとかエチケットとかを教育する場が日本には無いのを、私は悲しみますね。これも家庭教育だと思うのだけど、そう言う部分まで教育する家庭ってあまり無いでしょう。もちろん、思いやりが有る事が一番です。でも、それプラス、洗練とか、夢を与える振る舞いとかは、絶対にあるわけで、それを、映画などから、さえ、全く学ぼうとしない、日本の男性文化って、女性にとっても不幸ですよね。

 だから、ちょっと、若くて勝気で才気煥発な女性は、どんどん、ニューヨークに逃げてしまっているのです。ずいぶんたくさんの、そう言う女性たちにあちらで出会いましたよ。元日本人でも「外人と結婚をするつもりだ」と彼女たちは明言をしていました。

 まあ、ともかく、犯罪防止のためにも、男性たちに、学校の勉強以外の事をいろいろ、学んで欲しいです。
 2005年1月5日 初稿 

ところで、グーブログ開示は、2009年4月12日ですが、その時点では、コンカツと言う事が今の日本で大流行で、言葉も概念も広まっているし、テレビのドラマでも、NHKがものすごくリアリティのある設定で物語を展開しています。だから、上に述べたような男性も、がんばっていて洗練をされてきているかもしれません。それなら、よいのですが・・・・・
                        雨宮 舜
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