銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

京都という風土、田中幸一さんのノーベル賞

2010-03-31 17:38:42 | Weblog
 前報で述べた島津製作所は京都に本部があります。その京都と言えば、独特な場所です。今は不況で、鎌倉日帰り観光に人気があるといっても、京都に比べれば底が浅いでしょう。今日の一文は京都という単語において、稲盛さんの一環とはなるが、またしても稲盛さんには、言及が発展しない見込みで、だから、タイトルは別のものになっています。

 「京都を爆撃しなかったのは、アメリカにも知識人がいて、京都の文化的意義を説いたからだ」と聞いています。それは、ありがたいことでした。木造文化だから、ドイツと違って、修復が困難だったと思います。西本願寺の改修(大修理)の、模様をNHKハイビジョンで見ましたが、自然素材(壁土まで、数ヶ月間、発酵をさせたものを使う)のつかい方の妙味には、驚き入りました。こういうことは爆撃を受けたら、再現不可能だったと思います。
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 その京都で、エコに関する国際会議が開かれました。そこでも、制限の数字に関して、アメリカのエゴイスティックな動きがでて、それには、日本もほかの国も悩まされましたね。だけど、私が特にいぶかしく思うのは、エコ優先主義は、結局のところ、原発容認につながる発想だから、アメリカ発というか、世界のコングロマリット発の発想だと思うのに、それを反対するということが、大きく矛盾しているということです。

 だけど、この点に関して考察を始めると、また、問題が大きくなるので、ここでは、そのエコの問題には、ストップをかけて、ノーベル賞の方に入りましょう。益川・小林理論という物理学・論文に対して、ノーベル賞が与えられて、益川さんが大いなる人気者になっています。今週では、『ようこそ先輩』(NHK)に出演なさったそうですが、私は残念ながら見ていません。それと、原子物理学の専門家の常として、核兵器廃絶に、努力をなさっておられるようです。

 立派な方のですが、しいていちゃもんをつけるとしたら、「核兵器廃絶運動は、すでに実質的に、力を持っていないのですよ』といいたいです。核兵器とは、もし落としたら、大変な後遺症が出ることがいろいろな側面ですでに証明をされており、したがって、死んだ兵器なのです。劣化ウラン弾という小さな兵器があります。それは、使用阻止されなければいけませんが、核燃料の問題は、別のところが痛切なのです。が、それについて、触れると、危ないのでしょう。だから、そちらも、ここでは、カットとさせていただきます。

 しかし、それらは、誰もが知っていることなので、お若い方がご存じない昔のことを申し上げましょう。湯川博士が戦後初めて、いえ、日本人として初めて、ノーベル賞をもらったときには、日本人は欣喜雀躍をしたものです。
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 ここで、大いに下世話なところに落としてしまいますが、それらの偉人の奥様についてです。

 湯川さんは上品な方でした。でも、奥様は濃い方なのです。お化粧も、それから、発言や態度も。それって、江藤淳さんご夫婦と、組み合わせが似ておられるらしいですね。瀬戸内寂聴さんの思い出によるとそうなります。私は鎌倉郵便局で、養老孟さんの奥様らしき人が、郵便物を出していらっしゃる時にたまたま後ろに並んで『あ、こちらのご夫婦もそのケースだ』と思いました。ものすごくきれいな方で、きちんと髪を結い上げて、高価な和服を召していらっしゃったから、ご主人のかもし出すムードとはまるで、異なった方です。でも、学者とか、知識人の夫へは、こういう妻が似合うのでしょう。

 うちなんか、見かけ上のカラーはそっくりです。中身も同じといったら、主人が怒るでしょうが、大体普通の人で、おしゃれでもない。ごく、普通の人どうしの夫婦ですが、夫が草食系で、奥様は現実世界の、勝ち組型というご夫婦もありえるのでしょう。大昔は「我輩は猫である」内で書かれた、夏目漱石夫妻が有名ですよね。タイプが違う人同士で、夫婦の組み合わせを作る。

 さて、上のことは単なる余談でした。
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 京都にノーベル賞が輩出して、どうして、東大から出ないのかという論が起きたときに、誰かが、「京都は規模が小さい都市だから、飲み会がしやすい町だから、会話の中から新しい発想が湧き出るのだ」といっていて、それにはなるほどと、思いました。
 つまり、午後、7時ごろから飲み会(お酒でもお茶でもよいが)を始めて、三時間程度連続すると、午後10時になります。銀座で、10時まで飲んでいる人は大勢いますが、その後で、帰宅すると、12時になります。猛烈サラリーマンは、五時間程度の睡眠でがんばっているのでしょう。でも、最新の理論を生み出す頭脳は、そういう生活では駄目なのです。

 やはり、きちんと、7時間程度寝る生活でないと駄目なのだと思います。私は一般的なレベルより、今は睡眠時間が少ないほうですが、前の日の睡眠によって、次の日の好調不調がはっきり分かれるので、睡眠時間は非常に大切だと思います。京都の中心街で、夜の10時まで飲んでも、電車やバスを使っても40分ぐらいで家へ帰り着く。タクシーを使えば、15分以内で、千円以内だというのは、暮らしやすいパターンです。パリだって、そういう感じですね。中心で飲んでも、地下鉄で、三十分で自宅まで帰りつけるでしょう。
 東京は違う。大きすぎます。特に住宅街が、周辺に広がっていますので、大変です。それで、山手線内側で、マンションに住むというのも一種の理想でもあります。特に働く夫婦には。

 その京都に島津製作所はあります。一種の精密機械の会社ですが、精密機械中の精密機械といってよいでしょう。これから先は例の私固有の見てきたようなうそをいいの類ですが、島津藩の中で、小ざかしい動きができなかった、士族階級が起こした会社のような気がするのです。京都にあった、島津藩の藩邸あたりを利用して始まった会社のような気がするのです。明治政府の元勲になれた人々はラッキーでした。そして、賢かったのは、確かですが、それ以前の生活が豊かだった人々は危機意識が少なく、動きも活発ではなくて、乗り遅れた可能性はあります。つまり、江戸時代は上士と呼ばれた人たちです。

 そういう人は同じ程度の頭脳を持っていても、動きが鈍いです。特に政治的に動くことが出来なかったかもしれません。したがって、いつの間にやら、廃藩置県となって、禄(つまり、月給)がもらえなくなっていたと仮定しましょう。それでも、食べて行かなくては成らないのですが、すでに政府へは、人材・満杯で入れません。別の道で生きて行かなければ成らないわけですが、『誇りのある人たちだから、単なる機械製作の工場では満足できなかった』と考えると島津製作所の成り立ちがうなずけます。以上は社史等には当たっていない考察なので、間違っているかもしれませんが、結構あたっていたりして・・・・・

 ともかく、結論を言えば、『私から見れば、とても素敵な会社だ』となります。そして、その会社が、仕手筋から狙われる投機の対象となるなど、失礼極まりない話だとなります。
 しかし、天はごらんになっていたと思われます。この地味な会社が突然の脚光を浴びることとなりました。
 そこに勤務する若い平社員である、田中幸一さんに突然にノーベル賞が授与されたのです。研究課題は、私には分かりませんが、ともかく、サラリーマンの星とうたわれ、会社も突然に大衆的に有名になりました。

 会社にとっての驚くべき、孝行息子です。もちろん、その年度2002年のノーベル賞を、『私がもらうはずだ』と思っていた、日本人の学者もほかに、おられるでしょう。だから、日本人のすべてが、納得して祝福をしたわけでも無いと思っています。ただ、北里柴三郎博士が、・・・・・同じ課題を、やっていた、しかも一種の部下として研究していた・・・・・外国の人へは、授与されたノーベル賞が、戦前には強い差別があって、『黄色人種だということでもらえなかった』・・・・・と聞いている、普通の日本人には、あっけにとられる快挙です。

 そして、うれしかったわけですが、ここで、またまた、下世話なポイントへ入ります。我が家って、だいたいが、エンジニアー系統なんです。それで、田中幸一さんのこともよくわかる雰囲気があるのですが、「あの人って、出世が出来ないタイプだろうなあ。他人を使役できないタイプだ。命令できないタイプだ。一生平社員か、部下の居ない課長だろう。それに、奥さんはきっと、うちのだんなの、どこが偉いのだろう、と思っているよ」と、主人が言いました。
 が、それは、あたっているかなあ。ただ、あれから、8年経っていますから、部下の居ない、役員にすでになっていらっしゃったりして(ふ、ふ、ふ)

 ただね。出世がどうあれ、田中さんにはノーベル財団から年金が出るのです。年間600万円程度と、どこかで小耳に挟みました。それは、派手に使えば、あっという間に無くなってしまう、月に当たって、50万円です。でも、死ぬときまで出るのですから、うれしい賞金ですよね。

 さて、さて、やっと、稲盛さんに戻って来ました。稲盛さんが創設して運営されている、京都賞は、年金が1000万円だそうです。ここにも大いに、こだわる私ですが、その件についての考察は、また、別の日にさせてくださいませ。では、2010年3月31日   雨宮 舜
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島津製作所って、仕手株なのかな?

2010-03-30 15:51:39 | Weblog
 今日の文章も発想は、稲盛さん関連の一環の中で沸き起こったものです。だけど、文章の長さから稲盛さんには触れられないので、今日は、今日の主人公の、名前をタイトルに挙げさせていただきました。

 前日、「母から株のことをよく聞いた」とお話しました。結婚してからも実家へはよく遊びに行っていたので、何かと、話を聞きました。昨日は値嵩株という単語について述べましたが、仕手株という単語について、知識を得た後、私独自の感想を、それについて抱いています。今日はそれについて、あれこれ、述べたいと感じます。

 母が言うには、「株を大量に買って、三円か五円の値上がりが出たら、すぐ売り抜ける人たちがいるのよ。そういう人たちを仕手筋といって、仕手筋が買ったり売ったりする株を仕手株というの。銘柄としては島津製作所などが、有名ね」と。

 びっくりしました。大学で化学を学んだので、島津製作所の名前は親しいものでした。計測機械を作っているのです。機械の上の方に丸に十の字の旧・島津藩の紋章が付いています。それらを視ているととても硬い会社というイメージがします。それが、もっとも派手な形の投機の対象になっている・・・・・とは、信じられない感じです。

 でもね。確実な会社ですが、大衆向けの商品を作っているわけではありません。計測器というのは、大学とか、会社の研究室でだけ、使われるものです。島津製作所のものが海外にでも売れるのならよいけれど、ドイツも、こういう方面は強いでしょう(これについてはまた、別の機会に述べたいと感じます)から、どうなのだろう。ともかく、ぼろもうけができる会社ではありません。それは、京セラとは違う。で、京セラは値嵩株に既に、なっているのに、島津製作所はその当時(1980年代)は500円前後でした。

 もし、アメリカで、数十億円の給料をもらうと聞いている、何とか会社のCEOが50億円分、島津製作所の株を、買ったとしましょう。それだけの影響で、5円上がったと仮定します。そこで、売り抜ければ、5000万円の利益がたった一日のうちに、上がります。資本主義の権化です。
 ドバイの王侯(これについても後ほど述べたいです)でもいいです。ともかく、大金を自由に動かせる人物が、ある株(値段が、高くない)を大量に買えば、値動きに影響を与えることができます。そして、売り抜けた後で、大衆が、影響を受けてさらに売り始め、もっと、安くなれば、また、資本投下をして、値上がりを待ち、また、さっと売り抜ければよいのです。
 大衆が自分たちの操作に乗ってくれる、必要もあるから、ぼろ株(会社の内容が悪いから、株価が低い)よりは、順調な業績を上げている会社の方が狙いやすいですね。

 ところで、上の節で、その仕手筋が、海外の投資家だったと仮定をして、日本円換算50億円という値段を想定しています。これが、もし、京セラの株で同じことをしようとすると、750億円を用意しなければなりません。もちろん、8000円高の値嵩株(その当時のお話です)ですから、80円ほど値上がりをするのを待たなければなりません。
 
 それは、大衆がついてこない場所なので、うまみも少ないのです。だから、大衆が操作に乗せられやすい株価の物を仕手筋は狙います。それに、京セラが、もし、仕手筋に狙われたとして、会社そのものが、がたがたする可能性だって感じます。

 いや、今の京セラのメイン商品が何かを、私は知りません。でも、ルビー、サファイア、エメラルドなどを、人工的に、製作して高く売っても、それは、大衆の生活必需品なのではないので、やがて飽和状態が来るはずなのです。そういうものを好む妻を持っている階層に行き渡れば、大衆はそれに見向きもしなくなる。

 で、仕手筋に狙われるのは、それなりに、よい会社といえます。

 この仕手筋の存在ですが、もちろんのこと、最初は日本人だったでしょう。『大番』という小説が、週刊誌に連載されました。新潟出身の投資家がモデル(主人公)で、私はライブで、その連載を読みました。たしか、獅子文六だったかなあ?
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 話は変わりますが、この間、NHKハイビジョンで京都・東山の別荘地域の紹介番組がありました。これは、美術の番組であって、株とか、資本主義とはまったく無関係なものですが、戦前の大金持ち用の別荘です。新興住宅地の一種ではあるが、敷地は、2千坪単位ぐらいで、大建築家が、当時の最高の資材を使って、建てた、現代の桂離宮のごとき、邸宅が乱立している一帯です。
 市田ひろみさんという、着物に詳しい女優(?)さんは、そういう大邸宅のご子孫なのだそうです。『なるほど、だから、あせっていないわけですね。仕事を選ぶわけですし、教養もあるわけですね』と、納得をしましたが、それは、余談であり、本筋は野村證券の創業者に関するものです。その別荘地に野村證券が管理している、建物もあるということ。

 野村證券の創業者は、船場の人でした(?)。そして、株式投資に抜群の才覚を持っていて、大もうけをしました。それを、美術品を買うことへ使いました。

 で、その美術品を管理している財団がどうなっているのかを、今、ここでは、確かには知りませんが、野村さんが、株をやっていたころは、日本経済もそれなりに、健全だったと思います。

 しかし、海外の資本家が入ってきて、証券市場にも、注文を出すようになってから、マネーゲームの悪弊に、日本も巻き込まれることとなったのではないかと、私は想像します。過剰なマネーゲームです。実態とはなれたマネーゲームは、弊害をもたらします。

 自分は一切株取引をしませんが、やっていないからこそ、岡目八目で、わかることもあります。

 で、この間、ウエブニュースを見ていたら、外国資本家が日本から引き上げると出ていました。この場合は企業の話です。私がよく使っていたオフィスデポという文房具屋さんも、引き上げるのだそうです。これは、大量にものを買うときに便利です。同じような会社としてある、アスクルを利用するほど、大規模ではない私は、でも、個人としては、大量に文房具を使う人間ですので、オフィスデポで、B5や、A4の封筒を100枚単位で、買えるのは、うれしいことでした。が、それが、無くなってしまいました。ウエブニュースでは会社名として、それが、あがっていたのです。

 弟がインテルに勤務していましたが、インテルも、製造部門は、別の国へ、引き上げられました。ソフトプログラマーだった弟は、しょっちゅう、シリコンバレーに出張に行っていましたが、今は、そういう任務もなくなりました。

 なんか、さびしいかな?

 よく考えてみると、海外に蹂躙されきっている日本から、元へ戻れるチャンスかもしれないのです。日本独自のゆっくりしたシステムで、国を再構築していかれる、好機かもしれないのです。

 だけど、製造業の話ではなくて、証券界からの引き上げだったら、ますます、好ましいことかもしれないのです。日本の証券を売買していたのは、アメリカなどの、大資本家だけではなくて、ドバイ(?)の王侯なども入っていたでしょう。その連中も、日本の証券取引からは、資金を引き上げてくれるのかな? 

 まあ、ドバイとは変な国ですね。以前韓国から来た労働者が、報酬を払ってもらえないので、帰国さえ出来ないで居るという映像をテレビで見ました。どうも、道徳観の無い、マネーゲームの申し子で、この間、大林組が大損をしたそうです。だまされていたみたいです。私が、四回前のブログで、「皇太子様の善人振りが、こと、雅子様に関して、海外の悪人どもに、あざけられていると大変だ」と、申しましたが、島国の日本は、特別温和で、人を信じる気風があります。

 それを、狙われきっていますが、もし、証券取引だけでも、海外資本が引き上げて、日本の証券界が、日本人だけのものになったら、それは、退歩ではないと、考えるのは、いかがでしょうか?
 一見すると、取引総額が減ってきたりして、さびしく感じるかもしれません。

 だけど、グローバリズムって、よいことばかりでもないですね。それが、一般の人の感想でもあります。実感でもあります。私はアメリカ人は好きですよ。一般的に言って、普通の人は好きです。あ、そういえば、オバマ大統領は国民皆保険に踏み切りました。えらい。それは、別の機会に申し述べないといけないことです。

 しかし、大資本家がやりたい放題をやる国という意味では、『うーーーん』と頭を抱えるときがあるのです。ですから、その支配から脱して、日本独自の道を行ったほうが、日本人にとっては幸せではないかと思うときは多いのです。

 今日は最後の段階では、ずいぶん、はっきりとものを言いました。だけど、今週の大テーマである稲盛和夫さんについては、触れられませんでしたね。それは、また、別の機会をお待ちくださいませ。   2010年3月30日                   雨宮 舜
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ダイヤモンド、シンジケートと稲盛和夫氏・・・・前篇

2010-03-29 01:02:56 | Weblog

 前回、小池玲子さんが、30年以上前の当時には、本当に珍しかった、一カラット以上の大きさのチョーカーを、首に巻いて、無彩色(銀色のジャンプスーツ)で、現れたと、お話しました。なんと、美的に統一をされていたことでしょう。彼女は芸大卒で、仕事は、テレビコマーシャルを作ることですが、身に着けるもののおしゃれと、卓上カレンダーをデザインすることで、ご自分の美的感覚を、自由に、生かしていらっしゃったのです。著作を読むと仕事は厳しいもののようで、自由はあまりなさそうです。だから、遊びも必要でしょう。

 私はその1980年の日に、これは、小池さんが買ったのだろうかと思いましたが、実は、著書を読むと、デビアースに対して、相当な貢献をされたそうですので、デビアースからのプレゼントかもしれません。どちらにしろ、誇りのこもった、アクセサリーです。
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 これから先は、実は稲盛さんについて書くための前段となります。ちょっと、自慢げ(特にお金に贅沢な話も始まる)に聞こえるかもしれないのですが、自分を通して、世界を考えるのが好きなので、お許しください。お金以外のことには苦悩も多い私ですから。

 小池さんのチョーカーに驚いた時の15年後ぐらいに、私は母に一カラットのダイヤモンドの指輪(チョーカーほど、斬新なデザインのものではない)を、例の京セラの、銀座のショップで買ってもらいます。このころには一カラットのダイヤを買うということは、普通になっていたのです。日本経済が順調だったし、株価も高いことでした。妹は、母によくついてそこへ行っていたらしいのですが、私は、あまり、興味がなくて、一度も銀座の鳩居堂の6階にあるというそこへは、行ったことがありません。

 母がぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ものを自由に買うことが出来るのは、株をやっていたからです。強欲とは思わないでくださいね。母の父は山口高商、母の兄は、長崎高商、母のおじも、長崎高商出身なので、そういう方面は、自家薬籠中のものでした。

 それに、母は自宅で経理の仕事をしていましたが、それが、つまらなかったから、余計にあそびが必要だったのです。机に座りながらでも、出来るレジャーが、母にとっては株だったのです。
 経理は。父の会社のことだから、義務でした。特にそのころは人材が払底していて、小さな会社には、よい人材がこない時代だったから、母の方がやったほうが確かだったのです。だけど、毎日同じことをやらなければなりません。進歩とか、工夫の入り込めない世界です。

 だから、短波放送を聴いて、方眼紙で、チャートを作ることがレジャーだったのです。

 方眼紙は、横に半分に切って、三頁分ぐらいの長さで、のりで貼り付けて、横長にし、三年分ぐらいの値を追っていました。毎日、毎日、上がり下がりを自分で書き込むのです。あれは、勉強になったと思います。几帳面なのです。そして、働き者。

 厚さ三センチぐらいの本の形にしていて、それを何冊も持っていました。そして、女だてらに、信用取引まで許可されていました。信用取引とは、空売り、空買いができるもので、利潤だけを受け取れる仕組みです。三千万円の資金で株運用をしてた場合、600円程度の値段の株を千株単位(ふるいかな? 情報が)で、持つとして、三千万円だと、50種類しかもてません。で、各株が、一月に、10円ずつ値上がりをするとして、もし、全部うったら、50万円の儲けですが、

 信用取引が許可されていると、運営資金が、用意されなくても、値上がりと値下がりのさがくだけで、よいので、上のケース、50銘柄、すべて、二倍ずつ空買いをしていたら、利潤が100万円になる仕組みです。資本主義よのう。そうなっているのか? へえ、お金があると、さらに得をするのね・・・・・というわけです。

 某、民主党の大臣(しかし、頭がよい方なので、すでにおやめになっておられますが、その方)など、6000万円単位の、ファンドを、何口も申し込んでおられるそうです。母なんか、ほほえましい程度のものですが、ただ、単なるごみ株主でもなかったでしょう。

 一週間に何回も証券会社の人が連絡に来ていました。

 門前の小僧、習わぬ経を読むということわざがあります。私が作った家庭では、あれほどの会話がなかったので、子供にもうしわけなく思うのですが、父も母も会話の活発な人で、かつ、お客が、親戚や他人など、とても、多いうちだったので、大人の会話を耳に挟んでいたから、小さいころから、何の苦労もしないで、学校の成績はよかったのです。

 母は、日本経済のことを、大きく考えていました。ある日、豪語していました。「私が、大根一本腐らせても、その間に、株のことを考えれば、100万円は違うのよ」と。そして、さまざまなことを教えてくれました。

 その母が、8年前から老人ホームに入っていて、今の金融界の惨状を知らないのは、幸いです。ただ、50年近く株をやってきて、一度も愚痴ったことを聞いた事がないし、破綻を示したこともないので、相当に豪胆だったとは思います。

 値嵩株というのがあって、その中に京セラは入っていました。だから、京セラは、ずいぶん前からその名前を知っていました。母は、相当な株数を持っていたらしくて、顧客向けご案内をよくもらっていて、アンテナショップへ出かけていきました。

 最初に買ってくれたのが、ルビーです。高温、高圧の坩を使って、地球の内部と同じ様な状態にして、ルビーを作るのだそうです。その次に買ってくれたのが、サファイヤです。ごめんなさい。安逸な話ばかりしているようで・・・・・

 でもね。これは、社会の分析の話なのです。ちょっと稲盛さんに疑問があるので、こういう導入になっていっています。私は、人工で作った宝石を、安くは売らない仕組みについて、母から説明をうけました。それを聞きながら、たとえ、高く売るとしても、やはり、儲かるのだろうなあと思いました。ちなみにそのサファイヤは、周りに小粒のダイヤモンドが散らされていて、16万円+アルファだったそうです。これが1980年だから、高いものです。
 それで、もしかすると、京セラというのは、相当に利益率の高い会社なのではないかと考えました。その後、稲盛さんが、京都賞(後ほど、もう一回触れます)を創設されて、その年金が高いと聞いて、なるほど、儲かっているのだなあと思いました。

 しかし、私は、母には、そういうことは言いません。だって、お金という価値が、高い世界では、私は、ランクが低い人間です。自分で稼げないので、発言力もありません。

 その後、ダイヤモンドについて、まったく別の書物から、シンジケートがあり、値段が崩れないようにしていると、聞き、『ルビーやサファイヤは、どうなのだろう?』と内心で疑問をもちました。

 そして、ルビーやサファイアだけでは、それが飽和状態になったときに京セラはどうするのだろうかと思いました。
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 さて、本日は、稲盛さんについては、ほんの導入中の導入となります。昨日のもほとんど、同じだともいえます。そのことは恐れ入りますが、どうか、これにて、お許しくださいませ。

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『デビアース(ダイヤモンド)、小池玲子さん』

2010-03-28 13:05:58 | Weblog

 今日からシリーズで始めさせていただく文章は、稲盛和夫さんについてのものです。ただし、今日は導入で、別の方が主人公です。タイトルにある名前小池玲子さんは、大衆的に名前が通っているかたではありませんが、広告業界では、とても有名な方でしょう。グーグル検索でも項目がたくさん出てきます。最近の著書としては日経広告研究所(またはbp社)から、『ある女性広告人の告白』という本が出ています。

 私の1980年(今から三十年前)に銀座のこんぱる画廊で、開いた個展に来てくださったのですが、そのときに、銀色のジャンプスーツ(つなぎ)を着て、首には一カラット以上のダイヤモンドのチョーカーが輝いていました。ダイヤモンドもさることながら、小池さん自身が輝いていました。ちょうどデビアースの広告が賞を受けたりしたころだったと思います。

 今、山崎さんと言う方が宇宙に向かう予定ですが、あの方も、多分、お茶大付属高校の出身ですが、小池さんとも私は、そこで、知り合いました。

 高校時代には、末っ子の小池さんはお母さんを早く亡くしておられて、お姉さまに面倒を見てもらっていたと思います。そのお姉さまと、忘れられない良い思い出があります。それを、書かせてくださいませ。

 小池さんのお父さんは国文学の教授だったと思います。ご自宅は、昔の分譲地だから区画が三百坪ぐらいあるのかなあ。木がうっそうと茂る美しいおうちで、学校からは相当離れたところにありました。ただし、私のうちよりは近いところです。私の自宅は、学校からは、あまりに遠いので中学、高校、大学と、お友達に誰にも「自宅に来てください」といえなかったのは、残念でしたが。

 玄関に入った途端に、お姉さんが飛んできて、私を見るなり、「あ、この子、歯が駄目だわ。それが無かったら、なかなか、いい顔をしているのに」とおっしゃったのです。
 そのとき、私は瞬間的にいろいろなことを考えました。

 まず、小池さんが相当、高く私を評価してくださっていて、それを事前にお姉さまに告げて下さっているということ。それで、お姉さまが、私に会うのを楽しみにしてくださっていたことが推察されました。その期待を、裏切ってしまったのです。私は予想より劣った子でした。だけど、それを指摘されたことは、私にとってはいやなことでは、まったくありませんでした。それは、本当のことで、あっさりと明るくそれを指摘されたのは思いがけなかったけれど、ものすごく暖かいものを感じたからです。

 小池さんは、当時は、脱皮の前で、どことなく、ぶっ飛んだような、とぼけたところのあるお嬢様でした。でも、一方で、非常に純真で、かわいい方だと私は思っていました。その理由が、ご家庭の愛情が深いことに起因することが、その日、瞬間的に分かったのです。私にとっては、133人の同期の中で、最も好きなタイプの一人です。
 私は55年ぐらい前に歯の治療で、前歯を、金歯にしていました。すごく残念なことでしたが、当時は、そういう治療法だったのです。よく美貌のたとえに、明眸光歯といいますでしょう。私は目が小さい上に、歯が金歯ですから、容貌には、自信がまったくなくて、非常に劣等感を持っていました。

 ただ、申し訳ございませんが、このエピソードに乗じて、なぜ、私が文章を書くかの、秘密を申し述べさせてくださいませ。実は知人には怪訝な顔をされています。文章を書くのは下品なことだと思われています。また、画家仲間には、『あの人って、有名になるために、策を弄しているのよ、さもしいわね』という風に疑われているのも知っています。だけど、実は、文章とは、私にとっては、はあふれるように出てきてしまうもので、何の野心もなく、ただただ、呼吸をするがごとき、作業として、やっていることなのです。

 今日なんか、木曜日の、午前中から、連続、40時間以上起き続けていて、それでも、まだ、眠りが訪れてくれません。文案が次々に沸いてきて、まったく眠くないのです。
・・・・・ここで、小さな挿入ですが、初稿を書いて、いったん寝ましたが、初稿だけはどんなに、疲労困憊していても書いてしまいます。ただ、送信の手続きが面倒で、それは、熟睡した後の元気な時でないとできません。今は送信中で、したがって熟睡した後の元気さがある時点です・・・・・

 でも、こういう風に脳を酷使しているときには、よい文書ができないし、個展の準備ができないので、困るのですが、発想が次々わいて仕方が無いのです。

 私は父が、芸術方面に進学するのを許してくれなかったので、文学部へは行くことができなくて、化学など学んだのですが、中学高校時代は、国語の先生にべたかわいがりをされるほど、国語が好きで、成績もよかったのです。当時の担任の先生が、『私の試験にはかつて、100点を取った人がいませんでしたが、とうとうでました』といって私を指してくださいました。

 そういう日常があるから、小池さんがおうちに招いて下さったのです。お父様が国文学の教授だし。おうちの中に芸術を理解する雰囲気が満ちていることも分かったし、お姉さまが事前に期待をしてくださっていたのも分かったし、それが、非常にうれしかったのでした。で、忘れられない思い出のひとつとなっています。
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 ただ、このエピソードから言えることは、私が容貌に関して、非常に大きな劣等感を持って、育ちあがった子供だと言うことです。特に思春期にそれが重なったのでダメージは大きいです。で、控えめの極地で、暮らす人であり、それゆえに、人生には相当に損をしてきました。

 1999年にニューヨークで日本人の若い女性を相手に、初めてけんかをして(といっても口で、お互いの状況を説明しただけなのですが)勝ってしまって以来、相当な自信を持って、暮らし始めました。『人ってみんな、物事が見えていないのだなあ。自分だけが頭がよいと思っているんだ。他人が、自分と同じ程度、頭がよいいということを知っただけで、パニックに陥るなんて、おかしいけれど、実際に見ちゃったのだから真実なのだろう』ということがそのときに分かり、『何だ。ほとんどの人は、私とは、対等なのだ。どんなに威張っていても対等なのだ。ちょっと、状況を冷静に説明しただけで、こんなにこっちが勝ってしまうのだから』と驚いたほどです。

 それがその次の年にも別の日本人女性を相手に繰り返され、確信にいたりました。ニューヨークに住んでいる日本人女性の中には、あきれるほどの勝気な人がいるのです。それで、嫉妬から人の仕事を邪魔します。だから、戦います。でないと多額の費用をかけていっているのに、仕事ができないから。

 特に版画(それも特殊な手法)に限ってですが、世界の最高峰を見てしまって、しかも自分が、その手法では、相当にレベルの高い仕事ができていると知ってからは「彼は昔の彼ならず」といわれたりするほど自信ができました。が、自信が無い時代も長かったので、雅子様などを見ていると、よく分かるポイントがあるのです。

 一分野でも、世界中を見てきたという自信があると、そこから類推できるものもあるから文章を結構大きく構えて書きます。キッシンジャーという人が偉かったり、オバマ大統領という方が偉かったりします。そして、そういう人に実際にあっているわけではないのですが、それでも、ある分野のトップの人が持っている雰囲気は共通するので、分かるポイントが多いのです。それで、自信を持って文章は書くわけですが、自信の無い日々も十分にあったのです。

 歯はその後、別の治療で、白くしました。で、その悩みは無くなったのですが、コンタクトレンズが合わないので、めがねをかけなければ成らないし、容貌の方は引き続いて自信はありません。だから、お化粧もしません。常にすっぴんで歩いています。でも、67歳になると、容貌が美しい必要もなくなったので、とても楽になりました。
では、2010年3月28日   3:10      雨宮舜

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蒼穹の昴(NHK)から考える(西太后 VS 雅子妃)

2010-03-27 18:28:08 | Weblog
 今、NHKハイビジョンで、『蒼穹の昴』を放映しています。浅田次郎氏の原作を読んではいませんから、脚本の出来がよいかどうかがわかりませんが、衣装がすばらしいので、ずっと見続けています。地布には、本物の絹を使い、その上に、豪華にして繊細な刺繍が施されていて、それには見とれます。すごい製作費をかけているドラマです。

 現在の日本は、精神的に窮状にあるわけですが、中国が、窮状にあったころのお話です。外国に蹂躙されきってしまうまでの、お話であろうと思いますし、ながらく、悪女といわれてきた西太后の人間性を描くという目的の原作である模様です。

 田中裕子さんが西太后を演じるので、それにはびっくりしましたが、彼女は『おしん』の放映によって、中国でも知名度が高いのだそうです。 それに、ひどいイメージが備わっている西太后を、中国の女優さんはやりたがらないのかもしれませんし。

 彼女はせりふを日本語で覚えて、ドラマは吹き替えの音声が入る形となっています。日本のドラマはお金をかけていませんが、でも、俳優は、鍛えられているから、彼女が登場すると俄然画面に、活気と緊張感が生まれます。

 8回目ぐらいまでは、『脚本が間延びしているなあ』と感じましたが、最近はスピード感も出てきました。
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 さて、そういう設定でも、西太后を、人々が恐れおののく、という画面は出てきます。それで、主人と、「彼女にはヒステリー症があったのではないか」と話し合いました。

 このヒステリーですが、誰でも持っている性格なのですが、わがままがとおる環境だと、さらに発揮されやすい模様です。西太后は、政治的な判断としては大物でもあるという設定らしいのですが、ともかく、治世が長いし、贅沢の限りを尽くすので、彼女の引退を願い、新帝に実験を握らせようとする周辺との、確執が大きなテーマとなっています。

 しかし、なかなか、猫の首に鈴がつけられません。

 さて、そこまで見たころ、これって、雅子妃をめぐる状況と似ていると感じました。「正当な判断は、こちらである」と出ているのに、改善が出来ません。公務にがんばっていただくことが出来ません。結果として、日本の弱体化を招き、太地町のいるか漁がめちゃくちゃ、野蛮なことのように喧伝をされる映画が、アカデミー賞のドキュメンタリー部門の賞を得たりして、今日もそれらの関係者が太地町に来たそうです。
 シーシェパードの亜流ですから、なるほどと思います。

 小和田晋氏が、国際的軍産共同体のかわい子チャンであると、述べたのが、緊急の発動を促したのでしょう。ちょっと、馬鹿みたいに、反応が早いです。

 毒入り餃子事件も、急に犯人が逮捕されました。そこまでに、何年かかっているのかしら? むしろ、最近中国側から、終結宣言が出ていたと思います。私は記録していますので、後で調べれば、いつ、中国側が、それを発表したかがわかります。二ヶ月以内という前の話です。終結したはずの犯人が、今回急に捕まるとは、おかしいですね。ニュースは相当に作られています。どうしてあの当時にその犯人を捕まえることが出来なかったのでしょう。犯人は、捏造をされていたりして。ともかく、発表のそのタイミングが大切ですが、現象そのものでさえ、相当に作られています。
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 ところで、私はブログもやっていますが、メルマガもやっています。そちらは、11年以上になります。それで、読者像を知っているので、丁寧に書くように努めています。言いたいことも三十パーセントに抑えて、センセーショナルにならないように気をつけています。

 で、雅子妃に関しては、恐る恐るで書き始めました。うえつ方ではありますしね。読者がセンセーショナルなものを好まない人たちであることも知っていますので。

 ところが、さきほど、雅子様の誕生日を正確に知りたくて、インターネット検索をして驚きました。大量に批判文が出ているのです。すでにでした。なあんだ。私がこの忙しい時期に、心血を注いで書くこともなかったのだ。とは思いましたが、

 その中で、驚くべきことには、雅子様は創価学会の信者であり、それゆえに、皇室の祭祀には、出席されないという項目があったのです。知りませんでした。これが本当なら、後世雅子様は稀代の悪女ということになります。

 その創価学会ですが、池田大作氏が、日本人ではないと言う説があります。そういえば、氏は世界の有名人と対談が出来ますね。これは、普通の日本人なら許されないはずなのです。

 稲森和夫氏が、京都賞を設定されているのも、前から不思議でしたが、今回ちょっと調べてみて、奥様が、有名な韓国系の育種学者の娘さんだと知って、なるほど、と思ったのですが、

 国際的な軍産共同体は、韓国に日本を支配させることを、一番効果的だと考えているのです。

 だから、池田大作氏が、強烈な力を持っていて、文鮮明氏と同じような発想と、行動で、日本人を支配しているのは、わかります。

 が、雅子様が、創価学会員であるとすれば、あれくらいの健康程度で、うたかい始めの儀に欠席をされるのも、道理ですね。

 インターネットの世界では、国際的な軍産共同体には触れていません。だけど、韓国の上部構造として、それが、あると考えると、すべては、首尾一貫してきます。
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 ところで、それらの中に雅子様・擁護派の文章もあるのですが、これは、偽の情報だろうと思うのがありましたので、それについては、皆様にもご報告をしておきたいです。

 それは、ある新聞記者(無署名)が、宮内庁の職員(無記名)発表の情報として書いているのですが、雅子様の流産はあるうえつ方ののろい(テレパシーという言葉は使ってあるが、実際にはのろいであると思われる)で、出来したと、書いてあるのです。恐ろしいがせねたです。宮内庁の職員って、一応国家公務員ですよね。こういう話をするかしら?

 新聞記者の方は悪いけれど、捏造記事を書く可能性はあります。昔はペンは剣よりも強しといって、誇り高い職業でした。が、最近、ばかばかしい方向で記事が出来ていますので、その頭脳やら、節操を疑うケースは多々あるのです。

 これは本当にひどいです。私が、図星であろうと言う文章を書くと、ひどいエロチックなホーム頁がトラックバックとして引っ付いてきていました。また、自分の記事をトラックバック欄に入れて、グーからも、三通トラックバックが届きましたよ。というお知らせもきているのに、いつの間にか、そこが空欄になっています。

 真実を書くと、そういうことになります。だから、自分の中で、真実あるか否かの判断が出来ます。ともかく、雅子様は、天皇陛下を、まったく大切に思っていないことが、インターネットの世界で、公開されていました。驚きのきょくちです。

 昔、浜尾侍従長と言う方が、「女の子の育て方」という本を出されて、それが、ベストセラーになりました。私はこのタイトルは、雅子様を見て、止むに止まれぬ気持ちで、お書きになった本だと感じました。まだ読んではいませんが、暗喩的な批判であって、日本人の中に同感する人が多いからベストセラーになったのだろうと思いました。

 ああ、本当に困りました。でも、皇太子様の善意を、世界の悪人は嘲笑しているのかもしれないと、思い至る本日です。

 今日は、前日深夜に一本、午後に一本、夕方に一本と、三本も送りました。
 下を見ていただけますと、助かります。では、2010年3月27日  雨宮 舜
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澤田美喜、VS 雅子様(大実業家の孫)

2010-03-27 12:50:56 | Weblog
 今日の関東地方はよいお天気です。土曜日の休日で、みなさん、おくつろぎでしょうか? 私は実は一睡もしておりません。雅子様の件を、今日あたりで、山場へ持っていこうと思っていて、その文案を夜中、じゅう、考えていました。とても、苦しいが書き抜きましょう。そして、申し訳ございませんが、一種のツィッター方式で、一節ごとにできたら、お送りをさせていただきたいと存じます。

 雅子様の姿勢は、日本が世界中から、精神的に蹂躙をされることに、結果として役立っているという思いが、これほどの、こだわりを私に生じさせました。

 あらゆる、精神的な苦難が、今の日本には、押し寄せてきています。シーシェパードの成功にうまみを感じた勢力が、黒マグロも、いけないといい始め、真央ちゃんは、立派な演技をしたのに、驚くべき点差で、銀メダルとなりました。ときどきは、従軍慰安婦問題とか、竹島領有権の問題とか、南京大虐殺の問題で、日本は攻め立てられます。首相が靖国神社に参拝するとおお騒ぎで、世界中から、責めたてられます。

 装いとしては独立国ですが、真実の独立国とは言いがたいところがあります。
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 上を結論として、今日の話へ入っていきましょう。今、NHK大河ドラマ龍馬伝が、好評です。主人公の龍馬を引き立てる役として、岩崎弥太郎が設定をされており、香川照之の名演で大変な評判です。汚すぎる衣装であると、三菱財界人に、お正月・賀し交換会で不評だったといわれています。

 たしかに、それはそうですが、一番初めに紋付はかま姿で、岩崎弥太郎が出てきたように、彼は傑出した、人物でもあったのでしょう。その資質を一番強く受け継いだのが孫の澤田美喜さんだといわれています。

 澤田美喜という女性は、外交官夫人でした。上流階級の女性なのに、当時は、日陰の存在だったアメリカ進駐軍と、日本女性の間に生まれた子供たちを引き取って、育ててあげた人です。

 この点ですが、今の私たちから見ると、美談です。おっとりと、構えて働いた方のように思えます。しかし、命を懸けるほど危険だったとも言われています。それは、こういう子供たちが生まれていることを、アメリカ軍が恥と思っていたことをさしています。たしかに、誠実な男性と、恋愛をした女性は、結婚してアメリカにわたったケースがあると、知らされています。しかし、誠実でないとか、教育程度が低い男性と、結びついて、赤ちゃんが出来た場合に、夫たる役目とか、父親たる役目を果たしてくれなかった、アメリカ兵は多かったのでしょう。
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 この件は松本清張さんが、こだわり続けていて、ゼロの焦点(最近リメイクをされて、私も見ました)は、そのポイントが、ミステリーの要となっている映画(または、原作)です。

 私たち日本人は、韓国から従軍慰安婦の問題を常に責め立てられているけれど、アメリカ進駐軍が行ったことも、兵営(?)でのセックス処理と言うことで、ほとんど、内容は、同じことなのです。日本の女性大勢が、その仕事につき、それが終わった後で、苦しみぬいたらしいことが、その小説の重要なモチーフとなっています。

 ところで、これは、挿入ですが、松本清張さんも、お嬢さんを外交官へ嫁がせています。小説のテーマは、貧乏人の味方ですが、実際の生活は、上流階級のそれです。私は正反対で、書く内容のテーマは壮大だが、貧乏人で無名です。あ、は、は。

 ここに、隠された問題があるわけです。だから、過剰に言論統制も起こるわけですが、澤田美喜さんは果敢にそこに挑戦しました。大磯のもと大豪邸を使ったトンネルの向こう側の、環境なので、幸いにして、目立たなかったのかもしれません。

 その仕事が困難を極めるものだからこそ、「ママちゃまは、厳しかった」と、教え子たちは言います。だけど、母親に育てる実力がなかったから、今は大人になった往年の子供たちには、感謝されている模様です。これは岩崎弥太郎の大胆な意識と行動力を、プラスの方向に生かしたというべきでしょう。
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 実は雅子様も、実業家の孫です。母方が、窒素の経営者だったといわれています。だから、能力は高いはずです。うまくそれを生かせれば、相当なことがお出来になる方でしょう。

 だけど、これから先は、自分研究を踏み台にして、あまり、人々が触れていない、自我の未発達の問題へと、入って行きたいと思います。

 雅子様の抱える問題点は、結局のところ、自我の未発達の問題であって、皇太子様と、男女の仲が云々の問題ではないと、私は今は思っています。

 もちろんのこと、追われるほうが強気になる。特に女性は産む性であるから、もともと、しぶといのです。それが、嵩じてしまったと、も、いえるかもしれませんが、もっと、善意を持って考えると、自我の未発達があるから、問題が多発すると、なります。

 皇后美智子陛下をはじめ、かく妃殿下たちも、「私たちは決して意地悪をしたことはないのに、なぜ、意地悪をされたとお感じになるのかしら?」と怪訝かもしれません。つまり、心理学的に大人になっている人を相手にすれば、12歳の人は当然にプレッシャーを感じて、負けたと思うでしょう。
 そして、皇太子様の方は、ひたすらかわいいのです。子供だから、守ってあげたいとお思いになっておられるのでしょう。

 どうして、雅子様が、自我が、未発達かというと、10歳ごろから、極端に優等生であろうとする意識が芽生え、それゆえに、失敗をしたり、挫折をしたり、寄り道を食うことをなさらなかったからです。

 その10歳ごろに、水俣病が、窒素の責任であるとの、報道が始まったからです。雅子様は冠婚葬祭で、親戚がどういう職業の人であるかはご承知でしょう。しかし、それは、ある時点までは問題がなかったのです。いわゆる御用学者さえ、有機水銀が原因ではないといったりしました。

 だけど、1973年以降葉、大きな盛り上がりを見せたのです。雅子様に責任があるわけではありません。だけど、『これは、大変だ。自分は後ろ指をさされないようにしなくてはならない』という思いを与えたという意味で、それが、重要なのです。特にタイミングも、含めて重要なのです。
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 それを誰が治すかですが、お医者様でも、皇太子様でも出来ないことでしょう。雅子様は、10歳ごろからの全生活を、擬似親と一緒に送りなおす必要があるのです。でも、あの小和田夫妻にはそれが、できないでしょう。インテリではあるが、愛情が豊かとはいえない感じを受けます。

 となると、どうしようもないのですが、これは、とても大変なことです。

 ただ、ひとつだけいえることは、雅子様がしょっちゅう問題をすり替えられることが、問題であることです。常に男子のみこが生まれないことへ、集約されていきます。そして、皇太子様が、昔の言葉で言う女御(第二夫人)を、お持ちになる(または、外部がそういうことをお勧めする)ということが原因で、不幸だと、仰っていることです。適応障害は、そこに原因があるわけではないと、私は思います。ここで、いったん閉じますが、

 そういえばと思い出すのは、日本人は、12歳の精神しか持っていないと、進駐軍の幹部が言った話です。今の日本は、世界中から精神的に、蹂躙されきっています。それは、象徴たる、皇太子家(いわゆる東宮)が日本の象徴としては、まことに子供っぽい行動だけをお見せになるからです。
 一種の装置なのですから、職務に忠実であってほしいです。

 では、今日はここで、閉じます。下に、午前中だけ公開した文章があります。よかったら、読んでやってくださいませ。2010年3月27日    雨宮 舜

  追伸を、4月16日に加えますが、この文章の数日後、保証金がでて、かつ、4月16日には鳩山首相が、謝罪をすると言うこととなりました。身命を賭して書いた文章に、世間の動きが伴ってくれてうれしかったです。
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 『あまたのお后候補は、見せだまだったか?』(ニュースを疑おう)

2010-03-26 23:51:45 | Weblog
 今日の話題は、馬鹿馬鹿しげに始まります。すんだことを蒸し返すわけですし。しかし、本当の目的は、『ニュースは、作られてはいないだろうか?』という疑問をただすところにあります。

 私たちは本音のところ、雅子様の最初の記者会見に仰天したわけですが、それを、なんとはなく見逃して、批判がマスコミ界(および、国民の間)で起きなかったのは何故かと、再考したいのです。実は国民はそのとき、すでに洗脳されていました。つまり、『皇太子様には、お嫁のくる人がないのだ』と。『そんな状況の中で、こんなに、立派な経歴のお嬢様が、妃殿下になった。よかった。よかった。皇太子様も、皇室も万々歳だ。まあ、記者会見で雅子様がおっしゃったことは、ちょっと変だったけれど、きっと、疲れていらっしゃるのでしょう』と。

 お若い方はご存じないかもしれませんが、当時はフォーカスとか、フライデーというグラビア専門の週刊誌が勢いを持っていて、見開き、左右に四人のお嬢様が、縦長で、連なって掲載されたときもありました。すべて、望遠レンズの盗撮だと思われますが、細身の美女たちで、なんとか家のご令嬢というしかるべき存在の方々です。しかし、それらのお嬢様は次々と皇太子様ではない男性と結婚をされて、お后候補を降りたと、週刊誌は伝えました。

 しかし、ここに、別の情報が後からひそやかにもたらされました。『皇太子様は、実はロンドン留学中に雅子様と、お見合いをなさっていた』と。これはご成婚後の、週刊文春、週刊朝日、サンデー毎日、週刊新潮のどれかに出ていた情報ですが、多分最初の二誌のどちらかの掲載だったと思います。

 今、現在の皇太子さまの様子から拝察するに、雅子様へ、一途な思いをささげておられるので、途中で、あれこれ、迷われたことはないと、考えられます。そうなると、あれほどの、パパラッチぶりは、本命を隠すための、がせネタだったということとなります。つまり、宮内庁から、何らかの打診が、それらのお嬢様へ行ったかどうかは疑わしいとなるわけです。

 で、雅子様以外のお后候補は、実際にどうお考えだったかですが、『まあ、お后候補とみなされるのは、悪いことではないけれど、そのことがマイナスになって、結婚に差し支えたら困る』ということで、それぞれ、ご自分の本命とのお話を、さっさとお決めになったと思われます。
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 お見合いのお世話をしたことがある人なら、誰でもわかっていると思いますが、設定は大変難しいです。だけど、ルールがあって、社会階層的に上の人が、最初の写真段階での決定権があります。釣りかき(経歴書)と、上半身のポートレートを見て、この人と会いたいと、最初におっしゃるのは、皇太子様の方です。

 皇太子様は、最初のお見合い相手として、雅子様をお選びになり、即座に、『この人で、よい』とお決めになったと、私は想像します。これから、先は例の私固有の見てきたようなうそを言いの類ですが、ロンドンからヨーロッパのどこかの大都市へ、皇太子様は単身、もしくは、外国人の友人を伴って、移動をされたと仮定をします。たとえばパリなら、その大使館で、大使館員の私物の車が用意されており、

 雅子様が、ご案内するという形で、オーヴェール等にお出かけだったら、日本人はまったくいない場所で、くつろいでお二人で歓談することができます。これは、皇太子様にとっても、人生ではじめての体験であらせられると思うし、当時の雅子様は、はちきれんばかりの美貌の人でした。
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 ただ、問題がひとつあります。このときに、父の小和田氏は雅子様に「これが、お見合いである」と言うことを黙っていらっしゃったような気がするのです。単に仕事の一種であると、雅子様に思わせて対応をさせられた、と、推察されるのです。
 もし、それが、お見合いであると事前に言ってしまえば、雅子様は、その年代の女性に特有のはしゃいだ様子で、『うわあ、いやだ。私、皇室なんていう束縛の多いところに入るのはいやよ』とおっしゃるでしょう。だから、外交官・令嬢としての任務のひとつとして、それを、受けるように仰った。特に皇太子様が、雅子様をお気にいるかどうか、わからない段階では、それは。親心としても十分にありえる発想です。

 これから先は、雅子様の心の変遷と、成長、もしくは成長の停止、が、始まるわけですが、それは、教育心理学的に、分析できる問題ですが、今ここで、書くのは止めましょう。雅子様が、優等生であること、あらゆることで、ご自分を抑止なさるようになったことは、伺えますが、その裏にお母様のご実家の問題も影をさしているでしょう。

 もっと、無邪気に、不十分な達成でも、普通の家なら許されるのに、完璧な、優等生で、過ごさねばならなかったことが、心理学的に大問題なのであって、皇太子様に非があるわけでもなく、雅子様が、ほかの男性を好きなわけでもないのです。でも、不適合が見られて、雅子様が不幸せそうな仏頂面をお見せになる。それがなぜなのか?を、考えていくために、上のエピソードをとらえなおしました。

 それから先のことは、書くことが大変に難しいので、今日はそれには触れません。

                      2010年3月26日   書く。雨宮 舜
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緊急提言、NHK『延安の娘』推奨

2010-03-26 17:40:38 | Weblog
 今日、衛星第二放送(NHK)で、夜の十時から『延安の娘』の放映があります。何度も放送をされていますので、ご覧になった方も多いとは思いますが、まだ、一度もご覧になっていない方には、ぜひご覧になるように、おせっかいながらお勧めいたします。

 毛沢東主席が、政敵を倒すために、紅衛兵(少年たち)を利用して、都市の中産階級および、上流階級を徹底的に、壊滅させた時代の後遺症の話です。

 現在の上海の大繁栄などを見ていると信じられない映像ですが、そういう時代があったのです。で、下放といって都市を追われたインテリのこども、たち、は、戦前の農奴以下の生活を強いられ、学ぶことも、恋愛することも禁じられていました。
 でも、美男・美女というか魅力のある存在は、どこにでもいるから、恋愛も生まれ、ほかに楽しみがないので、ベッドインまで達して赤ちゃんが生まれることになりました。しかし、ご法度のことをやるのですから、畑の隅で、隠れて出産をして、そして、赤ちゃんを地元の農民に預けます。それは、旧満州で、日本人がしたことと似ています。

 満州に残された幼児たちは、すでに、65歳以上、70歳を超える人たちが多く、その人たちは、50台の時に、親探しを始め、相当な数の人が日本へ帰国をしました。

 こちらの、本日放映される方では、昔捨てられた赤ちゃんは、画面上では、20代です。

 感銘が深いのは、表情がまるで、農民の顔になっていることです。そのお嬢さんが、出生の秘密を知って、本当の親を探したいと願う話です。

 結局のところ、お母さんは、画面に登場しません。下放から、都会へ帰って、お父さんとは別の人と結婚をしたからです。お父さんは立派な顔をした男性ですが、今のところ、都会では生活力がなくて、(そうですね。祖先代々の家やら、若いときの教育がないわけですから、よい就職口が見つかりません)娘を引き取ってやることが出来ません。

 大変、苦しい話ですが、映像を見ていると、いろいろなことがわかります。中国の近・現代史と、『どうして、反日運動がしばしば盛り上がるか?』の秘密さえわかります。

 ところで、この間推奨した永山則夫についての
 番組は、五分遅れて始まりました。で、もしかしたら、本日も、何らかの改変があるかもしれませんが、注意深く、お待ちいただくと、放映はされるでしょう。

 この間五分間、遅れたときに、『おやまあ、私のメールやブログは、非常に注目をされているのですね」と思いました。が、今日はどうでしょうか?

 なお、夜ブログを、自宅のパソコンでお開きになる方は、下に重要な文章が入っています。それを、送信するときに、なかなか、困難を伴いましたので、きっと真実が含まれています。タイトルはいつも、控えめで、本質を秘めたものをつけますが、内容は相当に一般の人向けの話です。

 別に皇室大好きの、ミーハー向けな、モノではないと、ひそかに、自負しております。では。よろしく。

 それから、恐れ入りますが、今日は本文そのものが短いので、4月5日から10日まで、銀座の通称ライブ、正式名exhibit Live & Moris で、個展をやることも付け加えさせてくださいませ。非常に準備期間が短かったので、上のような写真も展示じさせていただきます。では、
     2010年3月26日                 雨宮舜
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雅子様、ご懐妊か? 歴史を学べない国民は?

2010-03-26 00:51:45 | Weblog
<<<<<雅子様、ご懐妊か? そして、人生リセット(?)、そして、歴史を学べない国民は不幸である。>>>>>

 さて、私は先週の木曜日に、あっという間に大量の考察に達したのですが、それを、文章に直すのには時間がかかります。これは、お許しください。ショパンだって、楽譜に治すのに、伸吟のきわみで長い時間がかかったとジョルジョ・サンドが言っていますし。だから、延々と雅子様について書いて送ることになります。ところで、本日は木曜日。で、週刊誌が愛子様の登校拒否の記事に続いて、どういうフォローの記事を載せるかに注目をしていたところ、女性週刊誌が、雅子様が、秘密裡に産婦人科を訪れられたと書いています。不思議です。宮内庁で、ご診察をお受けになればよいのに、そっと、秘密裡に、お出かけになった。となると、ご懐妊であり、それに対して、大事をとっていらっしゃる・・・・・国民に騒がれたくないのだ・・・・・となります。

 なるほど、そうなると、すべてはリセットで、めでたし、めでたしとなりますね。特に、男子ご懐妊なら相当に東宮御所は明るくなる。皇太子様が「待っていれば、こういうよい日も来るのだ」とおっしゃったのは、それを、指すのかしら?

 私はね。もっともっと、たくさんの文章を書くつもりでした。頭の中ではそれが、すでに出来上がっていますし。その中で・・・・・「海外へいらっしゃいませ」というのは、実は反語でもある、皇太子様とご一緒に、リセットなさるのがもちろん、一番好ましい・・・・・と、書いてはいるのです。で、以下にそれの一部を公表はさせてくださいませ。
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 私は雅子様にたいして、厳しすぎるかもしれない、とは、思います。だけど、ものすごいレベルで、雅子様のことを理解しているつもりもあるのです。『もし、自分が東宮御所に伺って雅子様と会話をするチャンスがあったら、相当に適宜な相槌をうって、心を開放して差し上げられるであろう』とおもうほどです。

 誰にだって、人生リセットのチャンスはあるし、成長する可能性はあるのです。雅子様が幸せになるためには、何かを変化させなくてはならないのですが、思い切ったリセットをするとして、その方向性は二つあります。ひとつは、一人で東宮御所から逃げ出す案。

 もうひとつは、皇室と国民のすべてが願っている雅子様の真実の目覚めです。・・・・・ここが、もし、第二子ご懐妊であって、そのお子様が、男子だったら、簡単にこちらの方向へと定まります・・・・・東宮妃としてちゃんとおやりになる姿勢を国民に示す雅子様を見たいというのは、あたりまえの発想です。

 今のところ、那須の御用邸に休息にいらっしゃる際に、カメラマンたちににこやかに手を振る雅子様しか、国民はその実像を知りません。しかし、その映像は、遊びに向かう日の映像です。年初二つ目の義務である歌会始めの儀に、欠席をされたので、仕事をちゃんとやっておられない妃殿下だと感じます。・・・・・・ここもご懐妊初期で、それで、お休みになったのなら、美智子様がいらいらなさっておられるであろうという予測は外れます。しかし、21日のNHK『N饗アワー』で、2009年度中にもっとも、感銘を与えたソリスト(N饗の定期公演の協奏曲演奏の際のソリストを指す)の中に、妊娠後期なのに、大曲をバンバン弾いたピアニストが、10傑に含まれていました。だから、歌会始めの儀ぐらいご出席いただきたいことですが、まあ、皇太子妃というのは、次の期の皇太子をご出産になるということが、特別なことだからなのでしょう。・・・・・
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 ただし、そうであっても、これからの雅子様が、一億人の国民が期待をする皇太子妃像をお示しになるかどうかについては、なかなかに、疑惑があります。蒸し返すようですが、女帝問題が起きたときに感じた、『これはおかしい』という判断が消えていないからです。

 当時、まだ、4歳ぐらいの愛子様を将来の天皇であると、今のうちに、決めておくという話です。これは終わったこと、特に実現しないで終わったことですから、それで、いいのですが、その際に、雅子様や、皇太子様が、お断りにならなかったことが、変だと思うのです。そんな、取り決めは、愛子様の幸せとか、人権を無視した発想ですから。

 その後で、小和田晋氏の国際司法裁判所の所長就任という話を聞いて、『なるほど、雅子様の父君は、そういうお方なのか?』と納得をした次第です。小和田氏が、『雅子様を伝統的な皇室規範に従わせる必要をお感じになっていないのでしょう』と感じます。
 グローバリズムの中で特権階級となって行った小和田氏は、むしろ、日本の伝統を破壊する方向を、よしとしていらっしゃるかもしれないのです。偶然かもしれませんが、お食事を、雅子様とご一緒になさるときに、「そうか、それほど、負担なら歌会始めの儀は出ない方がよいよ。今は病気を治す方が先だ。特に妊娠初期は大切だ」とでも、助言をなされば、雅子様は、ファーザーコンプレックスの強い方ですから、『あ、そうか。それもそうね』とお思いになって、軽々と、その席を欠席なさるでしょう。
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 ところで、話は急に変わりますが、
 この三月二十四日のNHK夜九時のニュースで、連休を日本国内で、分散する案が出ました。分煙化騒動と同じく、徹底的にばかげた方策ですが、日本の伝統を破壊しようとする戦略家がいて、常に、その方向で考えて、案を出し、それを、役人か政治家に実行をさせるとしたら、こういう案も出てくるでしょう。

 つまり、国民の集中度とか、中心点を失わせるということです。それは、歴史を学ぶのに妨げとなります。大蔵大臣が、財務相と変化しただけでも、明治以降の歴史を学ぶのに障害となります。歴史を学ばない国民は馬鹿になり、判断を誤ります。大マスコミが意図的に流す、心理操作にやすやすと引っかかります。そして、間違った方向へ歩みます。
 そして、被支配を受けやすくなります。
 私が赤瀬川さんとか、日傘雅水女史、そして、秋山祐徳太子氏に付いて分析したいと言っていたのは、私個人に向けられる、一種の企図(言論弾圧の変形)を説明し立証したかったからですが、それは、特殊例とみなされる恐れがあります。しかし、雅子様の現状を分析することは、大勢の人の目視を経ていることですから、やりやすいことです。

 皆さんが、雅子様については、ある程度以上の知識を持っていらっしゃるからです。で、この一週間は方向転換をした一週間でした。まだ、これは、続きます。
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 雅子様が、国際的コングロマリットの日本支配に、結果として役立っておられるというのは、かんぐりすぎかもしれません。が、雅子様ご自身の、自覚とは別に、結果として、『平成天皇ご一家が、営々として築き上げられてきた、国民に奉仕をする、皇室』というイメージを大きく壊したことも確かなのです。那須の御用邸に向かうだけの姿しか、はっきりとは見えない皇太子妃など、尊敬できないからです。だから象徴としての天皇を中心にしてまとまる日本人像は、破壊されるのです。『まじめで、勤勉だ』という日本人の見本とは、かけ離れた日常を、雅子様がお見せになるからです。
 ただ、第二子、ご懐妊なら、これから先を期待しましょう。雅子様の変化も、相当に期待できることとなりますので。 


追伸、書いて、五ヶ月近くってこめんとをいただきました。?????                  2010年3月26日   雨宮 舜
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皇后美智子様の、苦衷を、推察する

2010-03-25 01:12:47 | Weblog
 私は今まで、皇后美智子様について触れるのを避けてきました。高校と大学で、美智子様のいとこという方と一緒だったので、触れたくないと思う思いがあったからです。文章が公でなくなって、個人的なものになりそうな感じがあって、避けてきました。

 が、雅子様の問題は、美智子様も避けて通れないことであり、胸中深く悩んでいらっしゃるはずなのです。しかも、複雑に絡み合った問題があります。交差しているのです。
 そして、美智子様は賢い方だから、この問題で、決してコメントをおだしになりません。美智子様のご意思は、国民には知らされていないのです。
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 ここで、交錯しているというのは、美智子様こそ、雅子様と同じく、皇族方にいじめられたといわれていること、と、その理由が雅子様と同じく、才気煥発であることにあったということと、雅子様をご推薦なさった一番の味方が、美智子様だと言われていることです。
 しかし、しかしなのです。実は現在のところ、一番批判的な心を秘めていらっしゃるのは、美智子様ではないかと、私は感じます。それが、世に出ていないのに、ここで、お話しするのは迷惑をおかけすることとなるから、今まで触れませんでした。
 でも、皇太子殿下の母君であらせられるからこそ、雅子様の「しぶしぶながら、お嫁に、きてやったのだ。私の方が皇太子様より上で、主導権があるのよ(これはご成婚時の会見から察せられること)」というような態度には、下世話な言葉ですが、カチンと来ていらっしゃるはずなのです。
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 美智子様もメデイアに登場なさることが多かった方です。今でも覚えているのが、海外への出立の前に、東宮御所の女官たちへのこした、『なるチャンメモ』の存在です。内容は、ご自分の養育方針を、女官たちに留守中にも守って、踏襲してほしいということで、細かい指示をおだしになったのです。これは、徳仁さま(皇太子の幼名)を愛すればこそですが、いわゆるおひいさま中のおひい様であった、当時の皇后陛下(昭和天皇の奥様)には、『あれ、おかしい人ね』と思われたでしょうし、それで、皇后の妹さんたちを糾合して、いじめるということはあったかもしれません。
 昔は、高松宮妃殿下、三笠宮妃殿下、平成天皇の妹君である、貴子様など、純粋たる皇族と呼ばれる女性たちが多かったのです。

 もうひとつ覚えているのは、エプロン姿の美智子様です。東宮御所のお食事か、皇太子様のお弁当のどちらかをご自分でおつくりになっている映像です。これも、各、皇族方にしてみれば、仰天する発想だったかもしれません。出し抜いているというか、ご自分たちには出来なかったことをやっていらっしゃるということで、「嫌いだわ、あの態度」といわれたかもしれないのです。
 私の本当の感想を言えば、『美智子様は痛々しすぎる』でした。『そこまで、がんばらないでもよいのになあ。ある種のかわいそうささえ感じる』でした。『もっと、おっとりなさって、旧来の皇族方に合わせることもよいのではないかなあ?』でした。

 でもね。美智子様のなさっていたことは、別に悪いことでも、挑発的なことでもないのです。母であり、妻であるひとつの形を実践なさっていただけで、結果として、旧皇族方をあおることにはなったかもしれないが、基本には、皇太子様との生活を必死で守ろうという熱意は、感じられましたから、国民として、それを、けなしたり不安に思ったりする点はないものでした。

 そして、それらの努力と我慢の歳月の結果、今の美智子様は堂々たる地歩(スタンスというか、存在感)をお持ちです。年上の妃殿下、そして何よりも自分にとって、(下世話な言葉で言えば)目の上のたんこぶでもあられた、皇太后が、逝去されました。これで、ご自分が、もっとも年上の存在とおなりになったので、誰にも、後ろ指など、指させず、なにもかも、順調に推移することとなりました。唯一の悩みが雅子様のことでしょう。それ以外は、何もお悩みはないはずです。

 美智子様は、深い怒りと、苛立ちを雅子様に対して覚えておいでのはずです。『どうして、あなたはいつまでたっても、皇太子妃の立場とか任務をご理解いただけないのですか?』とお思いになっておられるでしょう。特にご成婚前には、、雅子様を特別にひいきなさって、皇太子妃へ推薦なさったのが、美智子様だったとも、外へもれ出ていますから、かえって、お怒りも深いのです。そして、それを、表面にはおだしにならない。だからこそ、怖い方なのです。庶民的に、「あんた、駄目ねえ」とはっきりと口に出してお叱りになるようなお姑さんだったら、怖くない。けれど、そうではないから、本当は怖い。そして、敏感な雅子様はそれをお分かりになる。それで、おびえていらっしゃるのでしょう。だから、うたかい初めの儀にお出になれない。廊下ですれ違ったり、控え室で、美智子様とご一緒するたびに、過剰に緊張なさるのでしょう。
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 雅子様が頭が悪いのではないかと、前回申しました。しかし、私が本当にそんなことを思っているはずもないです。それは、一種の反語的な言い方であって、雅子様は頭はよくて、敏感な方なのでしょう。でも、不思議なことに、どうしても皇太子妃の職分をまっとうできません。それがなぜかを、誰も言い出しませんが、

 ここで、雅子様が、若い日に皇太子様ではない男性に対して、プラトニックラブでもあったであろうと、想像するのは間違いです。私はそんなことは想像だにいたしません。むしろ、何もなかったことが問題なのです。雅子様がどうしても、ここではない、ほかの場所が自分には、あっている(適合する)のではないかと、お思いになるのは、何も若い日にやってこなかったという自覚があるからでしょう。そして、それに対する惜しいというか、残念だという気持ちを押し殺していらっしゃるからこそ、体に不調が出るのです。潜在意識の中にあるものを、表層まで出してしまえば半分は解決したも同然です。抑圧していらっしゃるから、じくじくとして、心理的な膿がかたまりません。

 もっと、あっけらかんとした、ちょっと不良気味なお嬢様だったら、『ああら、私って、こういうタイプが好みだったんざあますわよ』と、テレビ番組で、俳優の顔をでも見ながら、皇太子様に打ち明けられるかもしれません。そして、それが発散となるのです。また、皇室のお茶のみの会でも、『ああら、おば様、そんな目つきをなさらないでね』と言えるような、フランクさがあったら、なんでもなかったのですが、ともかくにして、経験の少ない、かつ、優等生でいらっしゃるので、そんな口調すら思いもよらないというところがあるのでしょう。まじめな方なのです。でも、雅子様が不幸せである限り皇太子様も安心が出来ないし、幸せにはなれません。

 だから、経験をつませて、あげなければ、この問題は解決しないのです。皇太子さまとご一緒で、海外暮らしは駄目なのです。お一人で、自由に、あらゆるやりたいことをおやりになってみないと、この病気は解決しないでしょう。治癒はないです。でもそれが不可能なので、悩みが解決しないのです。

 昔の女性は、こうではなかった。だから、美智子様にも一般の日本人にも、雅子様は理解しがたい存在です。李方子様という方は、『どうして、自分が昭和天皇のおきさきに選ばれず、李ぎん殿下(朝鮮の王朝の方)と、結婚をすることになったのだろう』と、最初はお悩みになったはずですが、ともかく、李殿下をお守りして、出来ることを精一杯なさった方です。最終的には、孤児院を運営されたのです。その運営費もご自分の労働で生み出されたのでした。ご自分の皇子は、暗殺されたのに、です。
 『そんな立派な先例があるのに、どうして、雅子様は、こんなに。幸せな境遇にあるのに、不満なのかしら?』というのが、美智子様と、それから、大勢の、皇太子様を愛する側の方々の考えでしょう。皇太子さま、ご自身は、雅子様を『かわいい、そして、純粋な人だ』と思っておられるのですが。   2010年3月24日 午前一時にこれを書く、送るのは一日遅れて、 雨宮 舜
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雅子様と勝間さんの、相似点、と、相違点

2010-03-23 23:59:36 | Weblog
 皇太子妃、雅子様について、何らかの報道が行われるときに、国民は本音として、『指に刺さったとげが痛いなあ』と感じます。または、治療したはずの虫歯が痛むときのような心理状態に陥ります。後者は、再治療に時間がかかります。前者は、小さい傷なのに、ストレスが大きいです。

 今回愛子様の不登校に関して起きた大騒動、特に週刊誌を舞台として行われたそれは、国民にとっては、小さい問題のようではあるが、どこか心配なところがある、心に刺さったとげのようなものです。『こんな、問題をそのまま、ほうっておいてよいのかしら?』と皆さん感じておられるでしょう。

 ところで、今回、私たち国民の目に触れた雅子様は、大変好戦的で、挑発的な方だというものです。特に友納さんの記事のタイトルにそれが感じ取られました。週刊文春は、東宮御所、特に雅子様に記事の事前連絡をしないのでしょうか? それは、恐るべき発想と態度ですが、友納さんも、これで、原稿料をもらうのだとしたら、悪人ですね。または、考えが浅すぎる女性です。ご自分自身のお子さんがいない女性でしょう。子育てに対して、なんらの考えも、実践活動も経験のな女性のはずです。
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 ここで、ちょっとした挿入となりますが、私の高校時代の先生は、ロンドンで教育を受けた方で、一時期学習院の先生もなさっておられました。私が鎌倉、先生のお宅が逗子なので、卒業後もお訪ねして個人的な会話を交わしました。かわいがられていたという自信もあります。
 先生が、私に向かって、ある日、「おひい様は、おひい様なのですよ」とおっしゃいました。どんな文脈で出てきたのかは、まったく記憶にないのですが、その言葉は深い印象として、心に残っています。私はいわゆるおひい様という形の方には、お二人だけにしか、接触したことはないのですが、先生のお言葉はまさに、正しいと感じます。

 今回、困ったことなのは、雅子様が、おひいさまではなかったことなのです。ご進講を受けていらっしゃると聞いているのに、いまだに東宮妃(皇太子妃)という・おひい・様・になっておられないのを、国民が強烈に、感じさせられてしまったことなのです。『地金が出ましたね。自分が正面に出るなんて、お品が悪い。悪すぎる』となります。『しかも、友納さんの記事をお許しになったとすれば、もっとたちが悪いわね』ともなります。

 税金を使って東宮御所の各種の使用人を使って生活を続けていらっしゃってきて、すでに十数年が経ておられるのに、いまだにそれが、わかっていないとすれば、雅子様って、実は頭が悪いのではないですか?となります。偏差値は優秀だけど、実生活において、応用能力のないタイプの典型ではないかとなります。よく東大は出たけれど、実社会では出世できないタイプというのがありますが、そういうタイプの典型であると、推定をされてしまいます。
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 でもね。雅子さまを批判する人は、「病人に理解のない、意地悪な人だ」と常に言われてしまいます。だけど、ここまで来ると、ちょっと見過ごせない感じがあります。これも、週刊誌のタイトルですが、「天皇陛下が、東宮の孤立を心配なさって おられる」と出ていましたが、単にご親戚の皇族方とか、学習院の理事や、教師、父兄会を敵に回しただけではなくて、国民から、嫌われるタイプとして、ここに、雅子様が実像を顕現なさってしまわれたのです。本当にご病気が重いのなら、教室の後ろに立って、監視のための一人授業参観など、出来るはずがないです。絶対に出来ないです。それは子供を育てた事のあるすべての母親なら、わかる発想です。

 だから、『雅子様の病気って、一種のズル休みなのではないの? 嫌いなことをやりたくない人はどこにでもいて、そういう人は立場を失っていくものなのに、どうして、雅子様だけいつまでも守られているの?』という発想を国民が抱いてしまった可能性は強いです。それが、ご自分の損になることが、もし、雅子様ご自身に、ご理解いただけないとしたら、雅子様は、真実、頭の悪い方です。
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 ここで、ちょっと発想の変換をして、もし、雅子様が皇太子妃ではなくて、勝間和代さんみたいなキャリアーウーマンだったと仮定をしてしましょう。すると、この挑発的でもあり、好戦的でもある発想も許されてきます。ビジネスの世界は勝負の世界です。勝ち組でないとだめなのです。だけど、その勝間さんでさえ、「子育てだけは難しい。普段の発想とは異なった発想がすむ世界である』とどこかに、お書きになっておられましたよ。それに、勝間さんは、お子さんを、お母さん(実母)に、お預けになっているような形で、育てていらっしゃる模様です。その実母は常識のある、経験も豊富な方である模様で、勝間和代さんが、子育てのことで、批判にさらされている、状況は世に喧伝をされてはいません。

 だけど、勝間さんの仕事に対する姿勢には、すでに批判が出ていますね。NHKほっとモーニングに勝間さんが、出演されたときに、街の声のひとつとして出てきた映像が忘れられません。賢そうな奥さんが「ああ、あのドーベルマンみたいな人ね」と軽く切り捨てたのです。どっちがいい悪いとか、どっちが正しいともいえないけれど、勝間さんの度を過ごした、挑戦姿勢は、批判を受けるようになりました。今、公的に批判を繰り出したといわれるのが、香山りか(精神科医)さんです。

 私はどちらの著作も読んでいないのです。新聞のコラムしか知らない人間ですが、二人はフィールドが違うので、勝間さんが、香山さんの批判をすぐ受け止めるとも思われません。が、批判が沸き起こったこと自体は、好ましいことだと思います。勝間さんにとっても、実はありがたいことです。勝ち組中の勝ち組となり、だれもが、道を空けて通すようになると、結局は腐敗して、大敗につながるからです。平家しかり、豊臣秀吉しかり、西太后しかり、です。
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 でね。雅子様がいまだに、若い日の、上昇志向の強さを捨てておられないとすれば、雅子様にとっての、今回の行動は、当然のこととなるのでしょう。ご自分では『失敗した』とは、微塵も思っておられないのだと、私は感じます。だから、『友納さんの記事で、ご自分へ対する大衆の人気度は再び好転の方へ転じ、愛子様を転校させれば、ことはすべて、ご自分の勝利で終わる』と、お考えになっている可能性も推定できます。でも、『柳の下にどじょうは二匹はいない』は真実です。

 今回ほど、他者の目に、雅子様が抱えている、問題点が明瞭になったこともないというほどです。

 これから先は、父君である小和田氏の抱える問題点へ移行します。雅子様の闇は、小和田氏の思考形態に大きな影響を受けていらっしゃると感じるからです。友納さんの記事配信の裏に、小和田さんの意向もあったのかもしれません。そうなると、本当に問題が大きいので、それは、別稿として書きます。お待ちくださいませ。2010年3月23日  原文は15時半に書く 雨宮 舜
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『雅子様の青い鳥は、どこにいるか?』

2010-03-23 02:32:02 | Weblog
 今日はお彼岸です。で、さすがの私も休日スタイルで、お酒を飲んだりしました。だから、ペースが落ちています。

 ぐっさりえぐってはっきり書きたいと思いながらアルコールも入っているしで、いつもよりは簡単にさせてくださいませ。
 雅子様が例の件で、大・行動力を発揮なさったらしいと言うのには、驚きとともに、不審の念もいぜんとして抱く私です。歌会始の儀に、雅子様は欠席でした。ちゃんと、おたちになって、数時間を耐えることが出来ない方なのだろうと思っていますが、それにしては、学習院のお教室に乗り込んで、後ろで数時間観察をなさったというのも驚きですね。
 先生や同級生が驚きと反発の念も持って雅子様を見ているさなかで数時間立っておられるなどということは、歌会始の儀と、ほとんど同じくらいのエネルギーの消費量だと思われるので、雅子様のお病気というのがお都合主義なのではないかと、不審の念を抱いてしまうのです。特にご病状の発表において、ご自分が内容に采配をなさったとも聞こえてきて、だから、その発表が遅れたとも聞こえてきて、なんとも、いやな感じを受けました。

 また、例の友納尚子さんの、週刊文春の記事ですが、まだ、読んではいませんが、記事の見出しのつけ方を見ると、またもや・・・・・雅子様を被害者、として、書いているようで、そうすると、ヒロインになれる・・・・・・という手法は、前回と同じムードを感じ、それも、いやなことです。早稲田大学が新たに創設した小学校へ、転校なさるとしたら、『なるほどねえ』と感じることはさらにありますが・・・・・

 子供は親の鏡といいます。歌会始の儀をお休みになる・・・・・・その日の雅子様のスケデュールを想像して、ご病気だから、と、ベッドで、9時ごろまでお休みになっていたりしたら、そういうことは愛子様によくない影響を与えます。そういう点を学習院側が「ご家庭でも、いろいろ、お気をつけになって」といったのなら、それは、小さい子を育てた人間には経験上わかりやすいことです。

 ともかく、小さい子を持つ母親って重労働のきわみです。雅子様はお一人のお子様だし、いわゆる家事(掃除、洗濯、炊事)はなさらないでよいわけですが、もしかして、それゆえに、なんとなく、だるい、あまり、体を動かされない生活をなさっていると、愛子さまにもそれは、影響が出るでしょう。こんなことを言うのは、記者会見で常に、だるそうに、かつ、不幸せそうな、顔で、とんでもないことをおっしゃり続けたからです。
 それを、国民は何回も見せ付けられているわけです。だから、この問題で、一概に、雅子様だけが被害者とも言い切れない感じもあるのです。

 友納尚子さんが、『学級崩壊の学習院』という見出しをつけなければここまでは言いません。が、そこまでの言葉は、挑戦状の一種だから、いやな雰囲気そのものとなるからです。

 子供を育てるにあたっては、何回か、親はただ、ただ、我慢をする時期はあるのです。さまざまなことを勘案すると、ただ、我慢をした方がよいなあと感じます。こちらに理があるときは必ず天がお見方をしてくださいます。

 子供が四歳ぐらいのときに、先生からいじめられてしまって、本当に往生しました。だけど、我慢をしていたら、先生のお子さん、が、受験に失敗した(私よりはるかに年上だったので、お子様は、大きかった)といううわさが聞こえてきました。別にこちらが調べたというわけではなくて、ちゃんとした風の便りとして聞こえてきました。

 神奈川県では、当時(30年以上前)高校は誰でも、入学できるように、輪切り制度があったので、高校へ行かれないということは、大きな話題になったのです。たぶんですが、自信満々でひとつしか受験されなかったのでしょう。滑り止めの私立というのをトライしておられなかった。

 『驚いた、たった、二年以内に、こんなサインが天から下るなんて』とは思いましたが、そういうものなのです。私がいつも天を信じているというのは、こういう風に見事なサインが出るからです。この世は悪いことばかり起こるわけでもありません。ただし、私は最近では、よいことについては触れない主義です。

 雅子様はおきれいだし、頭のよい方だから、嫉妬された可能性はありますが、まさか、くだんの男の子のお母さんが嫉妬したから、男の子がいじめたとか、先生がいじめたとか言う話でもないだろうと思いますが、実情は、私には、わかりません。

 私は、1942年生まれですが、洋裁を習っていたので、自分で仕立てた上等なウールのスカートをよくはいていました。それは、私にしてみれば、なんでもないことですが、友達には、「それだけは、感心しちゃう」といわれていました。確かに今は水洗いが可能な、化繊のパンツしかはいていないので、昔の方が、圧倒的におしゃれだったと思います。それも目立ったと思うし、当時は四年制の大学を出ている女性が少なかったので、目立つというか、なんと言うか、嫉妬の対象になったのです。一年のちに津田塾を出た私とは別のお母さんが、先生の嫉妬の対象になったのを目の当たりにしましたから。特に父兄会で、先生とお母さんが喧嘩されたのですが、見ていて痛々しい限りでした。喧嘩しても、抗議しても、何も変わらないし、解決はしなかったのですよね。ちなみに私はICU卒です。

 これは、都心に住んでいれば状況は違うのでしょうが、当時のよこすかは、ずっと田舎っぽいムードで、いろいろが進展していました。

 でね、子供がいじめられているからこそ、次の年に、PTAの会長に任ぜられたときに断りたいのに、断れなかったのです。もし逆らったりしたら、さらにいじめられるのではないかしらと思って。私はそういう実行・行為には、向いていないほうです。机上の空論といってよいかな。クヌギ林(実際はタブ椎という名前の大木)の下で、じっとものを考えているのが向いています。だから、むしろ雅子様に似ている方です。

 だから、雅子雅の悩みはわかる気がしますが、味方をしたいけれど、解決は、皇室である限り、難しいです。雅子様がそれこそ、海外で、5年から10年冒険をなさってみれば、今の生活がどんなに、恵まれたものであるかがお分かりになるでしょうが、それが、許されていないと思うので難しいです。時々思うのですよ。・・・・・一ヶ月三十万円ぐらい(これは大人の留学の際に出る国庫金です)を5年間お渡しします。それから、先はご自分で自立なさってください・・・・・という形で、雅子様を海外に行くことでもほかのことでも、なんにでも自由に挑戦させて上げたらよい。このままでは、病気の皇后様が、歌会始の儀にさえ出席できないということになります。それでは、国民が困りますもの。雅子様は「ここではない。どこか別の場所に本当の自分の生活があるはずだ」と思われているから、悩みが果てしがないのでしょう。
 『青い鳥』の童話は、真実を語っていますが、それが、わかるのは、人生が終わるころです。誰にとっても、今ではない別の生活への夢はあるものです。それを、実践させてあげたら・・・・・などと、こんな大騒ぎが起こり続けると思います。雅子様を解き放つのは、皇太子様のためにです。

 でも、それはありえないことで、無理なことです。だから、今の生活のまま、腫れ物に触るようにして周りは行動しなければなりません。ところで、今回の件に関しては、友達たちが、愛子様を故意にいじめるはずがないと私は思います。前回も言ったように学習院とは、一般の人から見れば、皇室のご家来みたいなものですもの。皇太子家(東宮)の姫宮をいじめたら、存立基盤がなくなります。たぶんですが、子供同士の何たら、かんたらだったと感じます。雅子様は日ごろから、『自分は、皇族方にいじめられている』という感想を持っていらっしゃるから、過剰反応をなさったのでしょう。

 マスコミまで動員した戦いになっているのは、ちょっと、愛子様には、酷ですね。愛子様のためを思うのだったら、雅子様の反応はアウトだと思う。

 私はね。自分も苦しんだから、その上で、親とは、ともかく、我慢をするしかないのだとか、その上で、『本当に賢く、立ち回らないとだめなんだなあ』と思います。心の中でどう思ってもよいが、表面に現れるものは、穏便な形の方がよいです。
                        では、2010年3月23日   雨宮舜
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ひいきの引き倒しですよ。友納さん(雅子様の、問題点)

2010-03-21 12:53:39 | Weblog
 ごくお小さい女の子である愛子さまが、今週、週刊誌のカッコウのネタになってしまわれました。私ね。それ自体いけないことだと考えています。それで、ちょっと、週刊誌の市場という金額を計算してみました。昔、「週刊文春は公称で、70万部売れている」と聞いたことがあります。それで、ざっと計算をすると、一週間で、2億6千万円を越す売り上げとなります。これは、一年間に直すと、100億近い売り上げだかとなります。これと、同じ程度売れている各種週刊誌、また、美容院を中心として売れている女性週刊誌をあわせると、一千億円規模の収益の上がる世界です。

 たしかに出版社のうち、広壮なしかも美麗なビルへ建て替えている出版社は、雑誌、特に週刊誌を持っているところが多いです。でね、それだけの市場規模へ成長させるためには、面白いことが必要で大衆が飛びつくような見出しをつけて、大衆が飛びつくような書き方をしています。はっきり言うと、パンとサーカスの世界です。

 それは、ローマの為政者が、グラデイェーターと言う階層の一種の奴隷

(被・征服側の男性を使った)を、ライオンなどと、戦わせそれを、庶民に見せて庶民の政治に対する気づきを押さえた故事に倣う世界です。雅子様は、為政者ではないものの、上つかた(上層階級)です。見物するほうの側になられてもかまわないが、ご自分がネタになってはいけません。
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 ところで、その週刊誌群の広告を見ると、週刊文春の友納尚子さんの見出しが、雅子様びいきで、ほかの週刊誌は、女性週刊誌を中心にして学習院びいきのようです。珍しくも、この件がマスコミ界で取りざたをされた途端に、両方の側の意見が提示・公開されています。

 私はまだ、どの一文も読んではいないのですが、この裏側には、友納さんの週刊文春の記事が最初に生まれて、その対抗策として、学習院側が、情報をリークしたと感じます。それは、だれか、週刊文春側の人間がスパイ的にリークしたというよりも、パソコンの世界へのハッキングの結果、簡単に情報がつかめるからです。あのね、パソコンのハッキングなど、どんな世界でもすでに行われていると思います。今の日本で、秘密でことを行うなどほとんど無理です。

 また、文春側の業務用、パソコンへのハッキングはなかったとしても、庶民が知らないだけで、学習院サイドでは相当前から蜂の巣をつついた状態になっていたかもしれないし、それが、東宮御所から、愛子様の不登校の発表があった途端に、これは、こちらが、責任を負うことになるとの考えにも達し、それは、大変だし、こちらにも言い分があるのだから、マスコミを利用しようとなったのかもしれないです。
 本当のところは、わかりません。

 しかし、両者がまったく同じタイミングで、しかも嵐のように大量の情報が外へ出たというポイントに、意味はあります。つまり、この件もまた、国民の本音は、「雅子様って、本当に困った方ね」となると感じます。『皇太子妃らしくない、しかもご公務を病気で、休んでいらっしゃる方らしくもない、非常に戦闘的な姿勢だ』と感じます。

 秋篠宮ご夫妻は、まだおちいさい、悠仁様がいらっしゃるのに、日本国内、および海外へしょっちゅうお出かけです。日本を代表して外交に役立っておられます。ところが、皇太子様はいつも、独身でお出かけです。
 宮内庁は雅子様が海外で記者会見をなさったときに、とんでもない発言をなさるのではないかと、警戒しているのだと感じますが、『それもいたし方がないでしょうね。今までの会見を見ていると』と感じます。雅子様の何が一番問題なのかというと、『皇太子様を愛していないように見える』ことです。本当に愛していらしたら、皇太子妃の行動・規枠については、納得・理解をなさって、もっと、おっとりした対応をお示しになると思うのだけれど。

 <雅子様が皇族方にいじめられている>と、言う報道も過去に出ました。そのころ、友納さんが、大きく表に出てきて、雅子様サイドの代弁をしたのです。だけど、それを読んだ普通の国民が『え、雅子さんって、そんなにかわいそうな方なの?』と感銘を受けたかというと、そうじゃあないと感じます。・・・・・『え、これじゃあ、困ったお嫁ちゃまが入ってきたわ』と、年上の皇族のかたがたがお思いになるのも仕方がないわね・・・・・・と、庶民は思ったと思います。
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 私は、小和田家からの助言が、おかしいのではないかと感じ、パソコン内メモとして、・・・・・小和田氏は「皇族とか、皇太子といってもたいしたことはないんだ」と常におっしゃっていて、ファーザーコンプレックスがあるらしい雅子様は、それらの言葉を、お信じになっているのではないか・・・・・と、落としました。そして、小和田氏が、国際司法裁判所の長官に選ばれたときに、『ほー、氏は、例の国際的コングロマリットのかわい子チャンだったのか。となると、シーシェパードに資金を提供している側の一人である。となると皇室を弱体化することは、氏の本当の上司たちに気に入られることとなるのだ』という風に感じました。『だから、普通の日本の国民は持っている、現在の雅子様の態度、行動様式に対する危機感は、小和田氏にだけは、まったくといっていいほど、ないのだ。だから、娘を甘やかし放題なのだ』という風に理解をしました。そして、それもパソコン内に、メモとして落としました。

 で、そのメモを落とした日以来、例のコングロマリット側は、『あれ、日本国民って、そういう風に考えているのか、そうなると、雅子様を病気だ、病気だといっておいてもいけないかもしれないな』と思った・・・・・かどうかはわかりませんが、・・・・・雅子様の病状は改善を始め、相当なお出かけ、もあるようになったし、愛子様のご父兄として、学習院の各種行事などにもご参加のこともおはじめになりました模様です。

 でも、時々はまだ、ポイントのずれたことをなさるのです。今回もそのひとつです。友納さんの記事の見出しを見ると、「愛子様の問題はご家庭で、教育していただかないと」と副題がでています。これは、一見すると、学習院側が大変に失礼なことを、したみたいです。だけど、雅子様がけんか腰で乗り込んでいらっしゃったのなら、(授業参観を求めて、実際にお一人で教室の後ろに立っておられたといわれている・・・・・・それは、担任を信じない、戦闘的な姿勢ではある)売り言葉に買い言葉で、担任の先生か、校長がこういう言葉を出す可能性はあります。

 雅子様の方が、あせりすぎちゃったのです。もっと事前に十分な根回しをする必要があったのです。学習院側の言葉は悪かったと思いますが、「愛子様が特殊なお育ちだから、普通の子から見たら、からかいたくなる要素もあって、それは、ご家庭で、免疫をつけていただかないとだめですよ。状況は、変わらないですよ」という意味だったのかもしれないのです。

 あのね、上品だということひとつだって、からかいやいじめの原因となるのです。変なたとえですが、私が地域社会や美術の世界でしつこいいじめの対象となったことがあって、15歳ぐらいの年上の賢い方に相談したことがあるのです。私は美貌でもないし、金持ちでもないです。肩書きもないです。だけど、弱くもないです。だから、なぜ、いじめられるかの理由がわからなかったのですが、「お上品なのよ。それは、30、40、50になった女性にとっては、もう、追いつかないことですから、悔しいのでしょう。放っておきなさい」と忠告を受けました。

 愛子様だって、そんなポイントで、いじめられるのかもしれないのです。それは、よい経験です。これから、先、社会はどう変わるのかわからないです。清朝のラストエンペラー溥儀氏の弟君に嫁いだ、日本の姫君が、幼いお嬢様を抱えて満州の荒野を、さまよい抜かれたことは、『流転の王妃』という書物に書いてあって、私なんかにとっては、記憶に新しいです。あらゆることに耐える強さを、皇太子の姫君だって、もっておかなければなりません。この平和な日本に暮らしていても、準備はおさおさ怠りなくという危機感を持ってお暮らしにならないとだめです。

 学習院の小学二年生の男の子が何を言い、何をやったかはわかりませんが、それで、おたおたして、対応が出来なかったり、親がしゃしゃり出て、余計にごたごたと、させてはいけません。雅子様は時々ですが、大失敗をしてしまいます。赤坂の公園に愛子様を遊びに連れて行く際、皇太子様を伴ってしまい、大非難を浴びました。それは、主婦の仕事であり、ウィークデーのご主人様(普通なら会社へ出勤をしている時間帯である)を伴ってはいけない仕事なのです。特に、ご公務をお休みになっているのに、それに対する反省がなくて、かかあ天下ぶり=婦唱夫随ぶり=を公にしてしまわれたからです。変だと国民は思いますし、年上の皇族方だって、やはり、あの方は変よとおっしゃるでしょう。
 今回だって、はっきり言えば雅子様の対応が、行きすぎだったと思われます。

 週刊誌の見出しによれば、「雅子様、愛子様を連れて海外留学と、うわさが回っている学習院」ともありました。学習院側も、愛子様に転校されてしまっては自らに傷がつきます。だから、先生サイドが流している可能性もありますが、ご父兄が流しているとしたら、それは、雅子様の失敗であり、東宮の孤立という天皇陛下のご心配が的を得ていることとなります。
 「困った人だわね。雅子様って。海外がお好きなようだから、海外へいらっしゃったっらよいのよ」と突き放した見方をしている人が、学習院内に多いことを指し示しています。

 同じような見出しで、「雅子様のお一人授業参観で、学習院は真っ二つ」というのも在りますが、これは、50対50の比率で分かれているわけではなくて、70対、30ぐらいの比率で、「雅子様に反対する派」が多いのだと感じます。

 こういう想像をたくましくすると、学習院からは、退去なさることは仕方がないと思えても来ます。だけど、子供の社会を、すべて監視することは出来ません。だから、愛子様を、これから、どのように、導いていくか、ご家庭の教育は、本当に大切なものとなります。義務教育を普通に受けさせて、将来庶民の中に入っていく(黒田さんみたいな立場)をも、出来るようにおさせになるのか、それとも、家庭教師をつけて、突出したエリートとしてお育てになるのか、今、皇太子ご夫妻が試されているのです。雅子様も本腰を入れてお考えにならないといけません。

 東宮御所の中は、吏員にしろ女官にしろ、家来ですから、皇太子様を頂点として、愛子様にも逆らいません。単純なるピラミッド社会でしょう。そういう人間関係だけを経験されて、大人になるのは、かえってかわいそうだとも思います。チャンスを奪っているということにもなります。そうなると、愛子様に、さらに、落ち着いて、状況に対応する力をつけていただかないと、だめで、そのためには、まず、雅子様が落ち着いて対応をなさることが必要です。

 早実小学校、慶応初等部、田園調布双葉という名前が週刊誌にでていましたが、もし、そこで学習院と同じ現象がおきたときに、救いようがないの立場になられるのは、愛子様です。その際にどうするのかも、お決めになった上で、選択をなさらないとだめでしょう。高校程度に大きくなっても、いじめる子は出てくるし、いじめられる子も出てきます。先生の目は届かない世界は必ずあるし、また、親が四六時中、ついているわけにも行かないのです。

 愛子様もご成長なさるし、学友たちも成長します。が、雅子様も、お子様を育てる過程で、さまざまな、ポイントで、ご自分を成長させるように、なさらないといけませんね。子育て途上の親にとって、最高の武器は『我慢』というものです。そして、それを身にお付けになるのには、この大騒動も、よい機会だったと思われます。偏差値優秀、だけど、妻として母としてだめなタイプというのは、最近多いです。でも、お子様がかわいいのなら、ここで、最良の方法をお見つけになってがんばらないとだめです。

 そのためのひとつの方法として、友納尚子さんというライターにご自分のお考えが漏れないよういん、工夫をなさることです。彼女に支援されることに価値を見出して、それが、逃げ道となってしまって、正しい対処方針を、いつまでたっても、発見することが出来ないという可能性もあるからです。もし、親友だとしても、「書かないでね」と念を押しになることをお勧めします。もしかして、友納さんの文章が、ご自分にとって、有力な武器であるとお考えになっていたら、それは、日本の皇室の伝統に反するやり方です。逸脱したやり方です。

 天皇陛下のお考えをよく、身にお付けになる、ことをお勧めします。海外から、指令を受けて日本の皇室を破壊し、したがって、日本国民の精神を、ずたずたにすることが、雅子様の隠された目的であるのなら、友納さんをご重用し続けなさいませ。だけど、今回のこと、ひとつをとってみても、愛子様のためにも、皇太子様のためにも、プラスにはならなかったのです。それは国民の総体に見えていると感じます。しかし、繰り返しますが、雅子様の自覚如何にかかわらず、裏側では、使役をされているインヴェーダーであったのなら、私の意見に反対する論調が、また、大マスコミに登場するでしょう。それは、観察し続けましょう。それによって、小和田さんの本質はますます、明らかになるし、そういう方法で、日本が支配を受けているのだということも、国民の目に明らかになっていくからです。
                   では、2010年3月21日        雨宮 舜
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小さい子が、学校でいじめられるとき、(愛子様の転校?)

2010-03-20 03:06:19 | Weblog
 最初にお断り申し上げます。今日から、明日、あさってと続く文章は、いつもと、書き方もテーマも違うとお感じになる方が多いと思います。・・・・・冷静ではないよ。感情の問題が前面に出すぎていると、お感じになって・・・・・ただし、これも、日本の政治を考える一文なのです。しかし、いじめの被害者になるということは、冷静には、書けない問題でもあります。でも、いじめの横行こそ、この社会が、退廃の傾向にあることを示していますので、危惧しないといけない問題なのですが・・・・・

 愛子様に関する不登校といじめ(?)に関する報道が出ました。その件に関して、私は何も言わないつもりでしたが、週刊誌の広告の見出しを見ている限り、『あれえー』と思うところがあるので、ちょっと、差し出がましくも申し上げます。皇太子ご夫妻にたいしては、「どんな家庭にも子育て上の、言うに言われない苦しみが、一生に何度も訪れるのだ」と、申し上げたいです。皇太子様だから、こういう問題がおきたのではなくて、すべての家庭にありうることなのだと、受け止めていただきたいです。

 愛子様がいじめに(近いからかいであったろう)お会いになったとして、それは誰にでも、十分に予想ができることです。愛子様は兄弟が、いらっしゃらないので、子供同士の、簡単な喧嘩とか、じゃれあいの経験がない方です。青山の『こどもの国』のなんらかのサークルに、入学前に、おかよいになったという話ですが、管理された世界での遊びでは不十分なのです。
 愛子様のほうに、子供社会の本質に対する免疫がなさ過ぎたわけですが、・・・・・不登校も考えようによっては、それだけ、愛子様が、感受性が強いということを示していて、素敵なことでもあります。

 私は、この問題で愛子様を救うためには、しばらく不登校でもよいと思います。家庭教師をお付けになって、科目としてのお勉強はそこで、マスターなさればよいのです。また、子供同士の付き合いについては、サークル(バレーとかピアノ)で、ご友人を見つけられたらよいでしょう。

 また、学習院側は、放課後、愛子様が好きな、そして、相手も愛子様を好きな学友に遊びに行くようにすすめて、東宮御所側もそれらのお子さんに、来てもらって、数人の親友を作るのも道程としてはよいでしょう。それらのお子様のお帰りは東宮御所側からの車で、各自の家まで、送っていくこととする。

 愛子様は恵まれていらっしゃるし、守られている存在なのだから、安心なさって、しばらくの冷却期間をおいて、様子をご覧になるほうがよいと思います。この件の解決のために、急いだり、大騒ぎをなさらない方がよいと感じます。

 特別なお嬢様中のお嬢様なのだから、しばらく、家庭教師に拠る教育でかまわないと思います。お心が向いたときに、学校へいらっしゃったらよいでしょう。雅子様が教室に付き添って監視するというのでは、子供社会の自由を束縛するし、本当の解決には役立たないでしょう。

 また、、水面下で行われているという転校計画も、よくないと感じます。転校なさってから似たようなことがおきたときに、どちらにとっても救いようがありません。また、転校先で、この問題を上手に進行させるために、先生や、学友が、愛子様に、超がつくほど、気を使ったとしたら、それは、愛子様の人間としての、真実の成長には、役立たないでしょう。
 東宮御所という場所も、ほかの子供が近所にはいないという特殊な場所ですし、雅子様というお母様も、大胆で、おおらか(つまり、下町庶民の肝っ玉母さん風)であるとは言いがたい方です。
 だから、こういうことがおきたのは、ごく、ありえることだと、冷静に見ていけばよいのです。ここまで、はっきりというのは、友納尚子さんという雅子様側に立って発言を繰り返す、週刊文春(に、専属的に、記事を載せる)ライターが『学級崩壊の学習院、何するものぞ』と、ずいぶん怖い見出しを記事につけておられるからです。こういう風に書くのは、学習院と対決するという姿勢です。

 こういう方向は、それこそ、天皇陛下のお好みにならないところだと感じます。結果としては愛子様のためにもなりません。ここで、雅子様が大騒ぎをなさることは、国民が『あれ、雅子様って、変だぞ。普通の母親なら、教室まで出向かない。子供同士のことでここまでするのは、動きが早すぎるし大きすぎる。泰然自若となさっておられればよいのに』と、感じて、将来の皇后陛下としての立場に傷がつきます。この場合は家来ども(東宮の官僚とか、学習院そのものも皇室の家来みたいな存在だと世間からはみなされています)に任せて「よきに計らえ」と、おっしゃっておけばよいのです。

 愛子様が不登校(熱がある)とか、おっしゃったら、その真実の意味を、ご理解なさるのも結構だけど、エジソンの母みたいに、「あ、行かなくてもよいわ」と、いったんは、受け止めてあげたら、愛子様は、気が、お楽になるでしょう。学校だけが、世界でもないです。『そこがいやなんだ』というサインは出ているのだけれど、子どもに不安があるときほど、母はさりげない態度をとらないとだめです。つまり、親であるということは一般的には、我慢の連続の日々なのです。

 ここは、子供社会のことだし、四年か、五年に進級すれば、子供たち自身もわきまえてきて、愛子様が特別、おとなしい(自己主張が出来ないタイプ)であっても、それはそれとして、仲良く大切にしていかれるでしょう。

 この自己主張が出来ないタイプという言い方は、お姫様だからそうなるので、劣等だとかそういう意味ではないのです。周りの人が、先回りして、何でもやって差し上げるから、主張する必要がないので、自己主張ができないタイプとなるのです。おとなしい人になるのです。

 昔『たけし君、ハイ』というドラマが、NHKで放映をされました。
 ビートたけしさんの幼いころの思い出を、ドラマにしたものですが、それなんかをみると、兄弟も多いし、物資も少ない時代だったから、「これが欲しい。あれが欲しい」「こうして欲しい。ああして欲しい」と、すべて自分から主張をしないと、手に入らないわけです。だから、主張の強い子と自然になって行き、今の「殿!」と自分を呼ばせるタレントとしての彼ができあがりました。

 ところで、私がここでこんなことを言っても、皇太子様ご夫妻は、愛子様を、転校をさせになるかもしれません。その際ですが、東宮御所というのは、ご近所づきあいがないわけですから、普通の子供より、負担が少ないはずです。普通の子供ですと、転校は地域社会から浮き上がってしまうので、不利です。ただ、週刊誌でこれほど、大騒ぎされるぐらいですから、、皇太子様ご一家と学習院が、対立、対決する関係がすでに出来上がっているのかも知れません。それなら、転校も、止むを得ないかもしれません。普通ですと、親側が、圧倒的に弱くてしばらくの間、泣き寝入りというものですが、皇太子様という立場は特別ですから、それもありでしょう。

 しかし、ごく普通に苦労をしながら、子育てをしてきた人間からみると、ここで、親側が救いの手をさして述べてしまうのは、愛子様のあるチャンス(試練を乗り越えるということ)を奪うこととなります。

 この経験を消化して、かつ、昇華して、『友達なんか、こわなくないんだわ。私は誰と接しても大丈夫なんだわ』と、お感じになる道を閉ざしてしまうこととなるからです。

 愛子様が内心で『あのいやな子』と思っていらっしゃる子との関係が、解決されないで、終わることは、おびえを一生、背負われることとなるでしょう。
 転校は、ここで、愛子様の小さな胸に芽生えた『人間っていやなものだわ』という感覚をそのままにさせたまま、表面だけをつくろう形になります。できれば、学習院の中で、穏便に解決するのがよいと感じます。五年や六年になったときに、その相手と仲良くなるのが理想の形です。今は子供が本能的ないじめとか、動物的な感覚を発揮しやすい、年齢です。だから、お姫様タイプのおっとりを、からかった可能性は十分あります。だけど、普通の学校生活をお送りになるつもりで、学校へ行かせていらっしゃるのだとすれば、そこは、道程として、受け入れ、「大丈夫よ。そんなこと、いつか終わるし、相手の子が悪いのよ。愛子はとてもよい子ね」と、ご両親がとりえあえずお慰めしておく、・・・・・・成長すれば立場が自然にわかってきて、やっていけないことと、いいことが子供たち自身に、わかるようになるでしょう。

 実はですが、感受性の強い子供は親が学校へ来ることを内心で嫌がってもいるのです。自分が特別な存在となるからです。自分自身の力で目立つ(たとえば、かけっこが一等であることはよいのですが、親のことで目立つのを嫌がります。雅子様が教室についていって、後ろで見学をなさったという週刊誌の見出しですが、それは、愛子様をさらに、追い詰めたとも、私は、感じます。

 この『雅子様、お一人の父兄参観』の件についてはさらに、気にかかる見出しが数本ありましたが、再録もしないし、私の考えもこれ以上は述べません。それについて述べ始めると、際限がなくなります。
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 ところで、もし、「我が家には何の問題もなかった」と豪語する親がいたら、そこのお子さんはいじめっ子の方になっている可能性はあります。母親が強気で、他の家族に対して、抑圧的に出ている家庭ほど、こどもが真実の姿を家庭で見せないからです。乱暴な子とかいじめっ子って、そういうお母さんの下で育っているケースが多いです。だけど、そういう子が、将来会社の社長なんか出来るのかもしれないから、人間は、一筋縄の価値観で生きて行くわけでもないのです。簡単に決め付けは出来ません。
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 すべての親にとって、こどもとは、大人になってからも就職の問題。結婚の問題で、何度も、悩みを与えられる存在です。だけど、子供を生み育てるのはごく普通のことであり、社会が健全に発展して、運営されていくための基本でもあります。年金は新しい子供が育って、下支えをしてくれるからこそ、老人が助かる仕組みです。それを、考え合わせれば、どこのご家庭でも、二人ぐらいの子供を育てるのが、普通のこととなります。

 その子育て上の、悩みですが、人生の途上、絶え間なく続くわけではなくて、学校で問題があれば、結婚がスムーズに行ったり、学校時代に何の問題が起きなければ、結婚のことで、問題がおきたりして、神様はよく、バランスをお取りになっているものだと感じます。

 皇太子ご夫妻が、まだ、お小さい愛子様のことで、大変な心痛をお感じになったであろうことは十分に推察できるし、「ほかの人のことも、おもんぱかりなさい」とおっしゃった天皇陛下のご発言も、ご立派だったと思います。ただ、普通の家庭ですと、こういう問題は、親側の泣き寝入り一途です。

 なお、上の文章は週刊誌の記事は一本も読まないで書きました。だから、間違っているところがあるかもしれません。が、他者の影響を受けたくなかったのです。ただ、幼い子の母であった経験から書きました。私の子供も、担任の先生からいじめられました。地獄の二年間でした。が、結局は我慢だけの日々でした。
 
                2010年3月20日 早朝1:30   雨宮 舜 
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緊急提案(永山則夫夫妻の、最高レベルの夫婦愛)放映

2010-03-19 19:07:57 | Weblog
緊急提案、

ETV特集で、永山則夫の特集があります。

これは、再放送のはずです。私は一回ほど見ました。あまりに内容が濃くて、疲れるので
もう一度見ようとは思わないのですが、

大変すばらしい番組です。で、まことにおせっかいですが、
まだ、ご覧になっていない方には、ご覧になることをお勧めいたします。

もっとも、すごい点は、彼の獄中結婚の相手の登場です。

事前の予想とはまるで異なった、タフなこと極まりない女性が登場します。

でも、そのタフネスの裏にある、彼女の幼い日々の苦闘を考えると、
驚くほどの、人生となります。

混血児として、生まれたのですが、両親

(外国人である父は去り、母は別の人と結婚をした)に面倒を見てもらえなかっただけではなく、

国籍さえ、ありませんでした。

そういう、苦しい場面から、人生を生き抜き、永山則夫に出会い、その精神の変転と軌跡に付き合い、そのほとんどすべてを、理解して、支えたのです。

その夫婦愛のすさまじさに打たれます。二人とも、圧倒的な存在です。
夫も、妻もです。

それは、三チャンネル(NHK教育テレビ)、で、本日、日曜日、20日にの22時から、放送されます。

では、おせっかいながら。なお、今日は、したに、午後にのせた、一文がおいてあります。
雅子様の問題点という、文で、それもよかったら、ご覧をいただきたく   雨宮 舜
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