銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

サヘルローズの養母との涙のお話を、体現する黄色いプリン(瀬戸康史のグレーテルのかまど)△

2018-11-20 15:35:30 | 文化、芸術、書物

ええと、本日の私は、いつものような種類のメールを書きたいと、思って居るのですが、しかし、その前に、テレビニュースの録画をチェックしないと、いけない状況に陥っていました。忙しさに、かまけていて、録画ニュースをチェックしないでいるうちに、何と、レコーダーの残り時間が、一時間を切っていたのです。それで、今朝から、家事をしながら、録画番組を、チェックすることを続けております。で、ニュースを三日分チェックし終わったところで、

録画番組の、タイトルに、サヘルローズの云々という言葉を見つけて、おやっと、思い、開いてみることとしました。

サヘルローズは、爆笑問題が、メインキャスターである、【探検バクモン】で、とても賢くて、感じの良いサポーターを務めているので、親しみを持っています。その上、私はイランイラク戦争後の、イランを主人と一緒に個人旅行をしているので、イラン料理とか、公園の多いイランにバラが咲いているのも知っているのです。その瀬戸康史の番組内でもローズウォーターというのが、何度も出てきました。それには、『なるほど、そうでしょうね』と、思います。

 ところで、此処で、スピンオフに入りますが・:::::::::先程から、イランについて、私が描いたスケッチを探しているのですが、見つからないのです。イランは、アラブ・イスラム文明と、グレコローマン文化の、両方を発見できる、とても面白い国で、歴史や文化という意味では、堪能しました。カシャーンという古都のホテルで、トイレの床が、戦争で、壊れていて、水洗便器がしっかりと、床には、固定されていなかったのですね。座ってから、揺れるので、其れを発見してびっくりしました。爆撃の衝撃で、接着用コンクリートが壊れているのでした。そして、夕食も庭でとらせるのでした。ダイニング周辺の建物が、しっかり修復が、できていないところがあるのでしょう。

 そのころ、サヘルちゃんは、4~10歳ごろの間でしょう。既に、日本に来ていたかな、自分達夫婦の個人としてのイラン旅行が、いつだったか、今、覚えていないので、後で、探せばわかりますが、サヘルちゃんの年齢との比較がわかりません。

 で、すみませんが、ギリシャについてのスケッチを一枚ほど、此処に置いておきます。別の機会に訪問をしているもので、そちらは、イラン旅行より、ずっと後で、1998年です。

 デルフォイの神託を下す神殿の跡地です。遺跡です。私はこういう遺跡を求めて、トルコ、イタリア、イラン、ギリシャ、スペインを、旅行をしています。イタリアだけはツァーだったのですが、ツァーだと、旅行会社の企画に対して、私の体力が持たないので、苦行の一種となってしまいます。かろうじてフィレンツェで何かを描いたかなあ?

:::::::::::ここで、イランについての、挿入を終わり、レコーダー内で、発見された録画番組にもどります。

で、開いてみると、命令してもいないのに、毎週録画をされている、瀬戸康史が司会をする【グレーテルのかまど】の、19日、月曜日分した。これは、プルーストのマドレーヌの回など、エピソード次第で、時々見てしまう番組ですが・・・・・

今回は、その内容(エピソードの部分)がよいのです。ぽろっと泣いてしまうほど、いいのですね。ところで、一種のネタバレですが、サヘルローズは、イランイラク戦争で、孤児になったのです。時に四歳です。それは、前から知っていましたが、養母となった女性の姿は、初めて見ました。若いときは、非常にきれいな人だったのに、結婚もしないで、サヘルを育てたのでした。そこが、感動的なのです。

 で、念のために、調べると、再放送が、ないはずなのに(というのも、私が録画している時間が再放送のはずなのです)、

 なんと、来週の月曜日、26日にも同じものが放映されると、出ておりました。それをコピペで、下に置きます。

 よかったら、録画でもしておいて、ご覧ください。涙がぽろっと出る内容です。

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    2018年11月20日、 雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)

ところで、次の日の午前二時にやっと推敲しました。水洗便所が、推薦となっていたり、あい変わらず誤変換多発でした。だが、書いた直後は、別の仕事をする必要があって、すぐには直せなのです。で、やっと直したので、恒例の三角印を総タイトル横に付けておきます。

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1126月曜
午前10時25分午前10時50分

グレーテルのかまど「サヘル・ローズの黄金のライスプディング」

サフランやバラの香りをまとい、まばゆい金色に輝くライスプディング「ショーレザルド」。ヘンゼルも願いをこめて、イラン伝統のお菓子を作り上げます!

バラの香るお米のプディングを、ナッツやシナモンで飾り付けた祝い菓子ショーレザルド。イラン出身のタレント、女優のサヘル・ローズさんにとって、忘れられない思い出のお菓子です。紛争のため4歳で天涯孤独となったサヘルさん。養護施設で、また養母フローラさんと苦労を重ねた日本での暮らしで、心の支えになったのがショーレザルドでした。母が初めて明かすエピソードを交え、娘と絆をつないだお菓子の物語をひもときます。

【出演】瀬戸康史,【声】キムラ緑子

  • 字幕放送字幕放送
  • 再放送再放送
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日曜美術館、入江一子篇・・・・・純真さを目の当たりにする、幸せ感・・・・・

2017-06-25 19:51:09 | 文化、芸術、書物

今から、日曜美術館、入江一子篇が、始まります。私は、昨日、それの録画を見て(というのも一週間前の午前九時から同じ番組が、放映されているので、それは、常に録画をしているので)

入江先生の、純真さを改めて感じました。本当に、純真な方なのですよね。

 私は、女流展に、1990年から、2002年までは、出品していたので、遠くから、偉い立場の先生を見ていたので、何にも感じなかったのですが、今から、15年ぐらい前、鎌倉の、先生が所有なさっている別荘に、先生に呼ばれたのです。「ニューヨークの情報を教えて頂戴」と言う事でした。

 その頃、入江先生は、まだ、ふっくらとしていらっしゃったのです。番組の中で、「若いころ、美術の先生をしていました」と、言う映像が出てきました。または、静止画だったかな?

非常にふっくらとした美女なのです。

  しかし、私が、女流展に入選したころは、すでに、先生は、眼鏡を、愛用なさっていたので、先生が美女であることは、この番組で初めて知りました。

 私は、先生と一時間半ぐらい、鎌倉山の別荘で、二人だけで過ごしたのですが、その時も『純真な方だなあ』と、思いました。私も、純真な方ですが、その私が感心してしまう程、純真な方でした。が、それが、そっくりそのまま、テレビの中にも出ていました。あれは、演技でも何でもないです。

 ただ、その純真さを維持するために、先生は、絵だけを描いて居て、雑用と言うのをすべて、他人任せになさっておられるのです。別荘での生活ですが、お料理は、隣の方が、総べて作ってこちらへ、持ってきてくださるんですって。私とはまるで違う生活です。私は一時期、自分を雑学の女王だと、言ったりしていましたし、無論、雑用の女王でもあります。

 一時期お菓子を、いろいろな方に差し上げたりしたら、学者をなさっている先輩から、「川崎さん、裏技を見せて、ずるい」と、笑いながら、言われてしまった様に、ありとあらゆることに手を出して、「だいたいのことは、自分で、できるわ。専門家に任せなくても」という状態にしています。

 器用・貧乏というのが、私の典型で、先生は反対です。

只ね。15年間に、驚くほど痩せておられたのです。それは、驚きました。101歳だそうです。それで、絵を描く部分以外の、すべてが、すでに、消耗されつくしました」と言うからだつきでした。

 で、私がお会いしたころ、先生は、まだ、太っていらして、今からニューヨークへ進出しようとなさっておられるので、75歳の、現在の自分と比較すると、その気力の大きさに、驚きます。当時先生は、すでに、86歳以上だったのです。私は、この後、10年以上の将来に、ニューヨークへ、行くことはできないと思います。75歳の今だって、もう、嫌だもの。

 50代に、あの、3か月掛ける二回の、滞在の、苦労(というか、ヘイター方式と言う重労働が必要な、版画制作を、毎日、7時間から10時間、外人に交じって行っていた)をして置いてよかった。本当に、よかったと、おもっております。

 日曜美術館に戻ります。映像として、公園を散歩なさっている時、車いすを押す、男性が出てきて丸顔でした。それで、『ああ、きっと、親戚から、もらったとおっしゃっていたご養子さんだろう。弁護士をなさっていると聞いている方ね』と、思いました。でも、そのご養子さん一家と、同居ではないのですよね。すぐ、近所に、お住まいだとは、思いますが、同じ建物の中で、暮らしておられるわけではない。賢い形態だと、思います。

 2017年6月25日 雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)

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島田章三が、CIAの【鉄砲玉+可愛子】ちゃんであるからこそ、ANAのsystem障害(16-3-22)が起きた

2016-03-22 21:09:31 | 文化、芸術、書物

   この文章は、16-3-23日いっぱいは、総タイトルを『島田章三氏は100億円を、私を弾圧する見返りとして受けている?・・+・・井上ひさし、森村誠一』としておりました。その時点では、私はANAのスパコンに起きたシステム障害の事を知りませんでした。しかし、22日の深夜(23日の早朝)に、それを知りましたので、総タイトルを2度目として、変更をいたします。

副題1、『総タイトルを、アップ2時間後に一度目として、変更するが、その理由は?』

 これは、2016年3月22日の、夕方6時15分ごろ、鎌倉雪ノ下の、わが家のすぐ近所で大原光孝(=細身のおしゃれな画家60代、このブログには、常連として登場する男性)さんと、出会ったことが、きっかけとなって、急拠アップする文章です。そして、2時間ほど総タイトルを、『大原光孝さんが動いたので、急に島田章三氏に関する複数のリンク先を明示しないといけなく成る』としておりましたが、23日の午前零時に、今のものへと変更をさせていただきます。と言うのも、大原光孝と言っても、一般の方は、知らない名前だからです。それで、一般の方向けには、不親切な総タイトルだったと、気が付いて、変更をしました。

 しかし、いわゆるCIAのエージェントとして、動いている人物たちには、先の総タイトルの方が、適切だったのです。彼らに、「そう言う風に動き始めたのですね。と言う事は、私が書いていることが正しいという傍証となりますよ」と、知らせるのが目的だったからです。

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副題2、『大原光孝さん(創形卒)は、何を目的として動いているのか?』

 我が家では、室内が、全部盗聴をされていて、私の外出は、弾圧用に利用をされることが多いのです。で、私は用心のために、外出は、一応、すべてメモで、主人に知らせ、それで、外出することにしています。が、22日の夕方は、私の方は、島田章三さんに関する真実のうちのもっとも山場である部分を書き表せたので、すっかり安心していて、主人に何度も「外出をしますよ。鎌倉市内へ」と、室内で、言っておりました。それが、警察又は、暗闇の勢力を通じて、大原家に、直接入るのでしょうかね。それとも、安野忠彦氏の家、または、前田祝一氏の家に、いったん入り、その家を通じて大原家へ入るのかは、判りませんが、私は、五時ごろから外出の見込みを主人に言い始め、実際には、6時に外出をしたので、大原光孝さんは、すっかり、準備ができていたというわけです。

 最近、この山の人は、おしゃれをして外出します。それは、大変にみっともない前田祝一氏の後姿を、j-peg としてアップしてあるので、(後注5)、『これは、大変だ』となったみたいです。で、今日の大原氏は、赤いセーターに、黒い細いマフラー、黒いパンツに、黒い帽子と言う、彼にしては、極上のおしゃれをして、外出してきました。

 しかし、ここで、別の住人にも出会って、三人で、町内会のあれこれを、話す仕様になって行きました。それで、全員で三人で、立ち話をしたのですが、彼が私と目が合っても、挨拶をしないと言う事やら、こちらを、しっかりと見ないと言う事やら、頬がこけきっていて、まるで、骸骨みたいな相貌であると言う事から、勘案して、彼がある使命をもって現れたということが判りました。

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副題3、『この大原光孝さんが使役をされた手法は、画廊香月にも、画廊るたんにも、安野夫人出現と言う現象などにも、しょっちゅう使われている手法なのだが・・・・・それだけ、島田章三の、真実を描かれたことが、彼等CIAのエージェントたちにとっては、痛いのだと、私には、判って来る』

 彼らは、それを良く手法として使うのですが、自分たちの味方を、第五位、または、第六位の鉄砲玉として、私の目の前に表させて、挨拶をさせず、無視すると言う事で、勝てると、思っているのです。この同じ手法が、画廊るたんで、サントリー学芸賞を受賞した学習院大学の教授を使って行われたのです。画廊るたんは、国画会だけが問題なのではないです。サントリー学芸賞も、問題にしていかないといけない場所なのです。

 で、私の方は一枚上手であって、そういう手法を取られることによって、真実を見抜いて行くという手法を取っております。

 画廊香月(銀座に急に表れて、有名作家の個展をしている、美貌の女性、九州で、テレビのMCをしていたという)の、ひとみさんが、その手法に使われて、難しい任務に、死相が現れるほど、消耗をしていた(後注6)のですが、本日の大原光孝さんも同じでした。

 彼は、私がブログを書いていることを知っていて、しかも、自分がたびたび登場をすることを知っているのに、頑固に、これを読まないみたいです。それで、香月さんの事をすでに書いているのに、全く同じ目的で、しかも、まったく同じ風に、骸骨めいた、相貌になりながら、それでも、任務を遂行しようとしているのですよ。しかし、彼が、現れて、挨拶をしなかったことで、島田章三さんをはじめ、いわゆるCIAのエージェントの一派が、相当に焦っていて、どういう手段でも、攻撃をしないよりは、した方がましだと、思っていることが判りました。だって、この手の手段は、すべて見破られていて虻蜂取らずになっていますよね。それでも、同じことをやってきています。大原光孝さんは、相変わらず、おバカさんだと、成ります。だって、島田さんを助けることには役立たないのですから。

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副題4、『ANAがシステム異常により、多数、欠航になりました。これも、ANAの株を持っている私に対する復讐策の一環であろうし、高崎線が、発電により、二日も休便したのも、この一環でしょうね。JR東日本の株は、主人が持っています。これは、旭化成建材疑惑と同じ狙いです・・・・・反対に、島田章三さんは、ありとあらゆる豪勢なことができる金銭(30年間にわたって、100億円以上をせしめています。・・・・・北久里浜の、ルネ北久里浜と言う秘密を内包したマンションを、瀬島龍三が、土地代をただで建設する為に、その秘密を知っている私を緩慢な策を用いて、殺すために。』

 しかしですね。私がそれを知らなかっただけで、その日には、ANAのシステム崩壊と言う大きな出来事が、ニュースとしてあったのです。手礼を見なかったので、まるで、知りませんでした。ANA側は、「外部からのハッキングではないです」って。なんでまだ、数時間たっただけで、そう言う発表ができるんですか? 無論の事外部からの侵入でしょうよ。

 これは、島田章三の真実を書いている私に対する恫喝です。ANAは、JALが国家予讃で、救済されたという時点で、煮え湯を飲まされたのに、こういう形で、もう一回煮え湯を飲まされています。

 そして、そう言う形で、島田章三さんは、助けていただいているのです。そういう社会現象が起きたからこそ、私が書いていることは、全部正しいでしょうね。彼は、横須賀市の莫大な、税金を、個人として、付与していただいただけではなく、国画会自身を、おもちゃにして、和田義彦の、剽窃問題などと言う事案を起こし、それで、多分ですが、それを、チクった人物を私だと言う事にして、東京周辺に住む、国画会会員が、私を軽蔑する様に、仕向けたのでしょう。非常にあくどい人間です。

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副題5、『もう一つ、平木さんの子供たちが、山中を舞台として遊ぶという現象があった』

 あのね、平木さんの子供たちと言うのは小学生です。だから、実名をさらしたくないです。しかし、そのあとで、大原さんが、夕方6時に、意味ありげに私の目の前に、表れた事、および、真夜中の大工事(音を多大に発するもので、ただ、重機をから回ししているだけのモノ)もあったし、その同じ日の朝から、・・・・・私は知らなかったのですが、・・・・・ANAのシステム障害と言うのが起きたですね。それから、次の日23日に、安野夫人がわざとタイミングを計って、私の目の前に現れたのと、大船駅の改札口に、イッコウと言う会社のガードマンが現れた事と、若宮大路で、予告なしの道路工事(私がバスで、とおり去ったらすぐ終わるはずのモノ)が、行われたと言う事で、気が付いたものだけでも、7個の復讐的、事案が、実行をされています。

 大小を言えば、ANAのシステム障害が、一番大きいのですが、その行動の意味がしっかりと、分かるのは、平木さんの子供と、お友達が、山中を舞台にして、遊ぶことです。私は外へ出て、チェックをしませんでした。春休みだから、遊んでいるのだと、考えておりましたからね。

 だけど、わが家の北隣の、大工さんが、子供たちに向かって、危ないよと、注意していました。それは、安野家の北側の畑で遊んでいた可能性を示唆しますので、周南事件が起きた直後と、まったく同じなのです。

 周南事件は、CIA(鎌倉エージェントと、私が呼ぶ人間の、うちで、井上ひさし、伊藤玄二郎、および、もしかすると企画段階から、前田祝一、安野忠彦などが、関わっている事件でしょう。あの直後とそっくりです。

 あの時点では、平木さんの子供たちは、前田家の教唆によって、安野家の裏庭で遊んでいると、判りました。が、今回は、ANAの、システム障害の事を、まったく知らなかったので、その遊びが、逆襲に利用されているとは、夢にも思わず、単に、春休みに入ったから、はしゃいでいるのだろうと、思いました。だから、その日には、取り上げなかったのですが、ブログ化しなかったことで、また、勝ったと、思い込んだ安野夫人が、23日、タイミングを計って目の前に現れた事により、平木家のお子さん方が、この山全体に、声が響く、それ程の、大舞台を使って遊んだということが判り、すっかり、周南事件の再現だということが判りました。

 あれも、死刑になったとされる保見容疑者は、やっておりませんが、スタップ細胞疑惑の、笹井芳樹さん殺し(自殺ではありませんよ)をはじめ、なんと大勢の人が、前田祝一氏等を、助けるために殺されている事か。そして、保見が死刑になった一審判決の、夕方、前田氏は、見たこともない着物姿(ただし、大島紬ではないと、見える。他の産地の紬でもないと見える。たぶん唐桟だ)で、外出をしていました。CIAちゃんたちの目論見が買ったと言う事で、大喜びをしていたのです。

 この青字で書いた部分が、24日の早朝、午前2時から、4時までに書いた部分であって、それから、初稿として書いた部分へ戻ります。

 上の方で、ANAが『侵入ではない』と発表をしたそうですが、どうして、たった、数時間でそれが判るのでしょう。警察から、そう言う様に命令をされたとしタラ、警察が、侵入してシステム障害を起こしたと言う事となりますよ。私のブログが、真実を、述べるたびに、ノーベル賞の委員会のパソコンにもホワイトハウスのパソコンにも侵入があったのです。また、GSユアサのバッテリーがたびたび発煙現象を起こしておりますね。あれも、外部からの侵入でした。今、それが、不安定だったら、誰もボーイング787を買いませんよ。バカげた事案です。

 こういうことを発案する連中の脳味噌の低劣な事、だから、私は、いつも、彼等をトカゲの脳味噌だと言っているのですが、本日(=23日の午後)、安野夫人が、目の前で、タイミングよく、植木の植え替えを道路でやっていたことも、もっとも、大きな傍証となりました。

 彼女は、同じようなことを、もっと、長時間観察できる機械にやっているので、私が、『あら、六頭身だわ』と、言う文章を書いていますので、二度と目の前に現れない筈なのですが、トカゲの脳味噌だから、一か月で、恥を、忘れ去るのでしょう。

@@@@@@ここが、24日の午前4時までに、推敲した場所です、これ以降は、24日の夜か、25日に行わせていただきます。

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副題6、『誰が間に立って、今回の命令を、大原さんに下したのか?』

 大原光孝さんが、【KURO】と同様な行動をすることで、たくさんのことが判りました。このKUROですが、犬ではありません。(笑い) 現代アート系の作家です。3月14日より始まる週に銀座で、個展をしていました。で、私は16日の水曜日に銀座へ一回目として出かけていて、彼と出会って、すぐさま、野見山暁次氏が、陰で動いていることが判りました。ので、『芸術院つながりで、島田章三さん自身から頼まれたのでしょう』と、このブログで書いています。それも、ほとんど真実だと、思います。島田さんは用心深いので、間に誰かを挟んでいる可能性はありますが、しかし、その人は、単なる伝達者です。

 KUROの方は、パソコンやらスマホを駆使する人間だと思います。ただ、個展前は、非常に忙しいので、フェイスブックかツイッターで、自分の宣伝をするのに精いっぱいで、最近の私のブログを読んでいるとは思いません。だから、命令される通りに動いております。で、KUROも、大原光孝さんも、私は、自分の文章が、正しい事を証明する、人材であり、エピソードとなると、考えています。

 大原さんの方に、誰が命令を下したかを、考えてみると、二つのラインから、彼が命令を受けた可能性を感じています。一つは国画会の方からです。間に誰かを挟むとか、挟まないとかに、関わらず、柏健(芸大卒で、創形の教授をしていました・・・・・リアルな場所で出会えば紳士です)氏を通じて、島田章三さんから、「私を助けるために、リアルな世界で、彼女を攻撃してください」という命令を受けたと、考えています。大原さんは、創形を卒業しています。間に、同じく創形卒であり、木口版画を通じて、師弟関係を結んでいる柄沢斉さんを挟んだか、挟まないか、は、判りませんが。

 私は直感的に、このラインを考え出し、30分以上総タイトルに、柏健と入れていたほどです。

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副題7、『井上ひさしと、森村誠一は、対立関係にあるのか? それとも、協力関係にあるのか?』

 しかし、前報に、井上ひさしと、入れていますね。彼が、森村誠一に嫉妬していた可能性をこれから書くはずでした。森村誠一の、小説のカバーを、和田義彦氏は、多数描いています。で、森村氏は、戦争反対であり、【九条の会】にも所属をしています。だが、潜在意識の中は、誰にもわかりません。都会派であり、洗練をされた容姿を持ち、逆玉結婚をしたらしい森村氏を、西舘好子さんと結婚をしていた時期の、井上ひさしは、ねたんでいたとも考えられます。

 これは、森村誠一が、直木賞をもらっていないみたいなので、こういう推理をしています。で、井上ひさしは、直木賞受賞を阻害しただけではなくて、森村誠一の小説本に、一種の傷をつけることを狙って、和田義彦氏を使ったという説です。井上ひさしは、公的には、死んだことにしていますが、まだ、生きて地下潜行をしています。

 で、それを私に、書かれる前に、書かせないがために、私をいじめようとして居て、過去に使ったありと、あらゆる手口を再度使おうとしていると、考えると、彼は、伊藤玄二郎を通じて、または、直接に前田祝一氏に、連絡を取り、「大原光孝さんを動かせ」と、言うかもしれません。特に過去使われた手法として、鶯吟邸(八幡宮様の持ち物であり、私の家の東南に当たる山すそに、庶民の知らない特別な、駐車場がある)がある方向から、真夜中の、工事音が、聞こえてきました。これは、このブログが、真実をついて、彼ら、鎌倉エージェントが困り抜いた時に、恫喝用に、使われるものです。何回も繰り返されました。だが、私はこれも、反対に、利用をしています。脅かされるよりも勝利感を感じています。『おお、私は、また、一里塚を進んだのだ』と、感じています。

 しかし、ここですが、事は、もっと複雑なのかもしれません。文章が難しくなりすぎますが、トライをしてみましょう。

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副題8、『文春側は、角川春樹氏に、脅威を感じていたかな?』

 しかし、森村誠一氏が、直木賞を受賞をしていない理由に、別のものも考えられます。それは、文芸春秋社が、角川春樹氏を、脅威と感じていて、それを、素早く察した、井上ひさしが、それを、利用しまくって、森村誠一氏の直木賞受賞を阻止したと、言うポイントです。

 角川春樹氏は、一種の異才と言うか、天才であって、父の創設した出版社を、ぐっと、異質のエンタメの方向へもっていき、莫大なもうけを上げた人物です。そのタネとして森村誠一氏の、小説は多大な貢献をしています。

  で、森村氏は、ハナから、直木賞受賞はあきらめていて、それとは別として、井上ひさしと、仲良くしていると、言う考え方です。

 で、仲良くしているので、この和田義彦の、剽窃問題にも、事前に、相談を受け、納得をしていて、了承をしていたと、言う考え方です。

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副題9、『ここまで、考えて来ると、いよいよ、和田義彦氏の剽窃問題とは、作り上げられた謀略であって、和田氏は、島田章三を救うために、身を挺したと、考えられる』

 私は前報の中で、日本の美術界にとって、剽窃の問題などが、真剣に取り上げられたことはないと、言って居ます。丁寧に、しかもまともに、見て行ったら、上野、六本木、そして、銀座で、50件以上、そっくりな絵は、見つかるでしょう。剽窃のチェックなんて、ほとんどないと言っていいほどの、甘い世界です。

 で、この問題の、発端はやはり、井上ひさしだったでしょう。最近の、諜報活動の、すべてに彼のアイデアを感じている私は、これも、見事にその路線に、沿っています。

 でね、スタップ細胞疑惑が、表だって使われる前に、12年ぐらいの準備期間があったと、私は語っています。こちらの和田義彦のケースの方も、三年は、発表せずに、準備をしていたでしょう。和田氏が、スギと言う人物とそっくり同じ絵を描いていたというのは、仕立て上げられた事実であって、スギ氏が、イタリアで、描いたとされている原画の方も和田氏が描いていたのかもしれません。

 つまり、ここで、はっきり言ってしまうと、島田章三氏は、実質的トップとして、国画会から、多大な利益を得ておきながら、それを、裏切って、その名誉と、尊厳を失わさしめたのでした。これが、鎌倉エージェント内に存在する、特権者たちの実態です。島田章三氏は、あまりテレビに出ませんね。テレビに出ると、自分の人間としての実態が、明らかになってしまうからです。庶民はマスコミ操作で、持ち上げられて居る人の正体をすぐさま見破ります。『王様は裸です』と、言い始めるでしょう。それを恐れています。

 事件が起きた当時から、島田さんは、明らかに弟子筋だと、思われる和田義彦さんをどうしてかばわないのだろうかと、不思議でしたが、別の目的がある、諜報的事件なら、炎上した方が好都合だから、何も言わなかったのでしょう。ずるい、ずるい、人物です。そして、私は多大な被害に、出会いました。ふむ、ふむ。

 でもね。島田章三さんには、子供がいないです。ある意味で、普通の人が味わう幸せと言うのは、まったく理解できなかった人でしょう。

 では、何を目的に、こういうことが案出をされたかと言うと、それは、前報で、少し語っていますが、私がチクったことにしたいからでした。彼等は、私を弾圧できる唯一の方法として、私をノイローゼにする策を、用いています。そのために、出会う人、出会う人ごとに、失礼な態度を取られ、私が無視され、いじめられる状況に置けば、それが、可能だと、考えられています。

 その実行部隊として、総計、1500人か、2000人の名簿がある、国画会は、非常に有効な組織だと、考えられています。

 これは、なりすまし疑惑で、なんと、私が、別の人に乗っ取られ、25万円をフィリピンに送れという、メールを英語で書いて、送った事にされていますし、この世は嘘が蔓延をしているのです。

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副題10、『私は、人間分析が好きで、哲学的問題を解くのが好きなのだ』

 私は、最近では、ほとんど、政治の問題を解くことに専念をしております。これも、一種の政治問題です。だが、本当は、哲学の分野の事が好きで、国画会内部で、見聞をしたことも、それから、それ以外の、世界で見聞をしたことも、含めて、人間とは何ぞやと言う事を、問い、その答えを見つけるのが好きなのです。で、直前の章(後注4)など、その典型であり、私はそれを書くのに、相当に、エンジョイしていて、ゆったりとした、自足の念に満たされておりました。で、そこでは、政治の問題を一切入れていないのです。

 それは、深い自足の念があったのと、西野晧子とか、藤田吉香などと言う、政治とは100%無関係で、かつ紳士的、淑女的にふるまう人の名前を入れないと、いけなかったので、そう言う手配をしたと言う事もあります。が、入れないとだめだと、言うことが判りました。それが、大原光孝さんの出現で、判ったのです。しかし、井上ひさしたちは、『隙あり、一本取ろう』と考えたのでしょう。なるほど、彼等の、やりそうな事だと、思い当たります。

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 で、過去に書いた、リンク先をこれから上げていきます。

 最近書いている一連の、島田章三に関する文章の中で、最も重要なのは、後注1です。

後注1、

70年代に既に、版画一枚が8千万円で、市に買い上げられて居た【島田章三】の陰に居る悪者達☐     2016-03-19 06:22:19 | 政治

 この中で、私は、島田章三さんが、いわゆる、エージェントに悪利用をされて、私を弾圧する一種のタマとなっているのを解説しています。それ故に、お礼として、横須賀市から、最低でも、80億円ぐらい最高だと、市立美術館の建設費を入れて、150億円ぐらいが渡っている筈で、したがって、

 非常に近隣市民から嫌われていて、大沼嘉津江さんと言う実妹は、大悪口を言われていると、書いています。

 しかも、周南事件(保見)、洲本事件(平野)、寝屋川事件(山田)、熊谷事件(ナカダ・ルデナ)などの、犯人が一応上がっている殺人事件は、みんな、その犯人ではなくて、別の人間が殺しているはずだと、言って居ます。

 外国における、シャルリーエブド事件とか、

後注2、

70年代に既に、版画一枚が8千万円で、市に買い上げられて居た【島田章三】の陰に居る悪者達☐

2016-03-19 06:22:19 | 政治

 後注1の中で、描き切れなかったものをこちらに移動をさせているのですが、まだ、未完成です。どこがと言うと、 

 島田章三を、今関一馬と、対比するところがです。しかし、大原光孝さんが動いたので、これを、もうっ回おぼえてお居て、置いて、ください。

 今関一馬先生と、島田章三との、ライバル関係がどうして、生じたかと言うところが論じてありません。近々完成させます。

後注3、 

のび太のどこでもドアと神隠しの話。現代政治の真実の一つを夢から語って行きたい。  2016-03-13 08:42:17 | 政治

 特に副題7が重要です。

後注4、

国画会剽窃事件・・・・井上ひさしの森村誠一に対する嫉妬が裏にある?(島田章三、草間彌生、渡辺眞利)  2016-03-21 07:12:40 | 政治

後注5、後で、探しておきます。 

2016年3月22日

 なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3425000です。雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)

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寺島しのぶの、圧倒的な真面目さ・・・・しかし、正直である事は、30過ぎには厄介な事ともなる△△

2016-03-12 03:51:19 | 文化、芸術、書物

 今は、12日による9時半ですが、二つの項目だけを追記します。で、それが終わったら総タイトルに、△印を二つつけておきます。

 

*1)・・・・・ これは、短く書きます。寺島しのぶは、頭がいいし、まじめな人です。しかし、まっすぐに進みすぎるし、正直に過ぎます。

 そのことは、長らく、父である、菊五郎の、懸念の対象であったと、思います。でも、菊五郎は、その心配で、病気になることはなかったのです。お嬢さんは、種々の、心配事を、父親に、浴びせかけてきたとは思いますが、それでも、菊五郎は無事でした。私は寺島しのぶの演技は、テレビで見ただけです。しかし、彼女は映画では、思い切った演技に踏み込んでいるそうで、それは、父親としては、心配の極致だったと、思います。

 ですが、その都度、親子で、解決しあってきたので、段階を追って、免疫ができていた・・・・・のでしょう。

 しかし、このたび、菊五郎が、胃潰瘍で倒れたと言う事は、私に言わせると、いたいけな、お孫さん(特に、2~3歳の、幼さだと、思われる二人の男の子)が、心配だったからだろうと、私は前報で言っています。

 菊之助のお子さんの方が、五月に、歌舞伎座デビューをすることが決まったと、3月4日にNHKが報道をしています。それは、五月の、演目に関する記者会見の場だったそうですが、お子さんも来ていたので、時間的には、相当前に決まっていた事でしょう。

 それをだれが決めたかと言うと、松竹さんの、幹部たちだと、思います。まさか、菊五郎と、菊之助が、出したいと言ったわけではないでしょう。たまたま、瓢箪から駒と言う形で、とんとん拍子に話が進んだのだけれど、よく、よく考えてみると、

 その決定によって、新たに、寺島しのぶ家の、お子さんをどうするかと言う問題が起きてしまったのでした。

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*2)・・・・・ 菊之助と、寺島しのぶは、実の兄弟ですが、その配偶者が、違うので、形成している家庭の雰囲気がまるで違うから、菊之助のお子さんに当てはまることが、即、寺島しのぶの家でも、通用するかと言うと、そうでもないからです。

 しかし、私は、その文章の中で、大切なことを書き洩らしていました。前報で言った通り、今年の2月2日の節分の日に、二才から、三才の、男の子が三人ほど、カラフルな衣装の大人たちの中に混じって、黒紋付きのはかま姿で、豆まきをしましたが、そこから、寺島しのぶのブログの存在を、観客の一人に教えてもらい、そこへ入ったと、前報で書いています。

 その時に、私は、彼女の小さな一人息子 Mr.Mが、歌舞伎界に進むべきかどうかを、じいじである菊五郎は、心配しているのだろうと、書いています(後注1)が、実は、私自身の危惧は寺島しのぶそのものへも向ったのでした。

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副題3、・・・・・私がそうだというわけではないのですよ。だけど、世間には、冷たい人もいて、エンターテインメント業界の人を一段と低く見る傾向もあると、思います。

 でね。そこから、巨人軍の、野球賭博の問題の、特に高木京介選手の記者会見に関して言えば、『あれ?』と、思うほど、変な部分があるのですが、
まあ、それは、別の日に、詳細に論じるとして、

 野球選手とか、相撲とりとかは、一段低い存在として、政治に、利用されきっているのを見るわけです。おお相撲界での、種々の疑惑(2009年度)も、プロ野球選手の、野球賭博問題も、現在の特権階級たちが、自分たちの都合のよい様に、世論を誘導して、自分たちが、助かる様に、それらの、人材を動かしているのが、私には、見えるのでした。清原選手も、その逮捕のタイミングに関して言えば、彼にとっては、損である方向へ、利用をされている人物だと、見ています。だから、ある意味で、かわいそうです。後注2へ

 歌舞伎界は、それらと比較をすると、守られていると思います。大勢のファンが居て、その中には、多数の文化人もいるわけですし、内部に諸問題があるとしても、大きな一つの家族みたいな経営をなされているし、松竹も事業体として、相撲協会よりもはるかに大きいからです。

 ところで、野球界ですが、巨人軍も大きな会社だろうし、西武も大きな会社だろうし・・・・・なのに、意外と、選手が守られていないのですね。とても、低いものとして扱われています。これは、どこに問題があるのか、後で、再考しないといけません。だが、ここではそれは置いておいて・・・・・

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*4)、・・・・・寺島しのぶに戻ると、まじめで正直な人だと言う事が、ブログからわかったのだが、まじめで、正直だと言う、その事自体が、心配になる。

 いわゆる老婆心の発露だと、思うのですが、正直であると言う事が、今の日本では、通用し無い事が多いので、心配になるのです。

 私自身も、正直な方で、大きく損をしてきました。ただ、70歳を過ぎると、高齢化したことからくる、幸福感と言うのがあるらしくて、何事も肯定する様になるのですね。「損をした人生だったが、それでもいいわ」となってくるのです。

 しかし、寺島しのぶさんは、まだ若い。この正直と言う事は、10歳ぐらいまでは、すこぶる付きの美徳なのです。そして、いい環境に生きていると、それが、25歳ぐらいまで、美徳として通用します。寺島しのぶさんは、青山学院大学を出ているみたいですが、小学生の時から青山学院に通っていたとすれば、相当に、いい環境で育ったと成るので、これで、よかったのでしょう。で、今までは無事に生きてきました。

 しかし、現代日本社会は、それほど、いい社会でもなくなっているのです。美徳が、はびこっていなくて、悪徳がはびこっている社会でもあるのです。【じいじ】でもある菊五郎は、孫の事で、心配が余って、胃潰瘍になったと、私は推察しているのですが、私自身は寺島しのぶの方が、心配になって来て、しまいました。

 いたいけな小さなお子さんの方ではなくて、ママの方が心配になってしまいました。

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*5)・・・・・Publisher's dream と言う事があってね。ハリーポッターは、これまた、ICU時代の、私の同期生が、出版をしていますね。

 静山社の、松岡佑子さんは、国際基督教大学の280人ぐらいいる私の同期生の一人です。そして、ご主人と一緒に、難病関連の出版物に取り組んでいたのですが、ご主人が1979年に、亡くなった後で、行動力が出て(と言うのは、動きが自由になって)イギリスに飛び、ハリーポッターの著者に、直々に訴えて、翻訳と出版権を獲得し、ご主人が作った出版社を、儲かる会社にもっていった人です。

 ところで、もし、私に、本当の自由があって、誰にも妨害を受けない身だったら、今、すぐ、寺島しのぶと、面会をして、「あなたの、ブログの中で、Mr.Mに関する記述部分だけを、選び出し、それを纏めて、二年後ぐらいに、出版したいのですが、ここで、約束を交わしましょう」と、言う筈です。つまり、契約書を交わしてしまうと思います。しかし、実際には、裏から手を回されて、成功しない様に、されてしまうと思うので、そう言う手を打ちません。

 でも、それほどに、魅力のある観察を、お子さんに対して向けています。でも、それも、老婆心でいうと、ある意味で、心配なのです。すばらしい記録ですが、心配の対象でもあります。

 それ以外にも正直である事に対する心配は、ありました。『どうか、神様、寺島しのぶ一家に、お恵みを与えますように!』と、祈らざるを得ません。

:::::::::::::ここから先は、12日に追記する部分です。

*6)、朝日新聞の、土曜日の付録版b-10【言わせてもらお】などにも、それが、載っていることがありますが、子供の発言には、はっとするほどの面白さがある時が、おおいです。。本日2016年3月12日版にも、5歳の男の子の発言をパパが拾ったものと、6歳の男の発言を、じいじが、拾ったものがありました。両方とも、私は笑い転げました。・・・・・それは、事実です。

 しかし、子供の発言が、どんなに利発で面白いものであっても、ママの、方に、それを、感知し、発見して、掬い取る感性が無いと、文章として、外部には出てきません。そして、この場合は、そのママが、有名人であり、かつ、ブログなどをやっています。すると、一冊の本にまとまるほどの、分量が、たまっていきます。そして、この場合は、子育て中のママたちに、受け入れられる本ともなるだろうし、芝居や、映画が好きな人達には、寺島しのぶの、演技論を紡ぎ出す、示す好個の材料にもなるしで、一冊の本にまとめあげるのは、意義があると、思います。しかも、後2年が限度でしょう。お子さんの、方に、自我が出てくる年齢になると、『世間に向けて、彼の日常茶飯事を、公開してもいいだろうか?』と、言う疑問を、寺島しのぶさん自身が、持つようになるだろうからです。そうですね。小学校に上がったら、自分と息子の為に、それを、書き留めて置くのは、いいけれど、ブログとして、世間には、公開しない方がいいと思います。私の姿勢は、慎重主義ですが、寺島しのぶ自身ではなくて、お子さんの事ですから、慎重主義が、いいと思います。

 と、私は前の日に文章を書きながら、思ったのですが、「その五歳までの、ほほえましい母子間、会話を、一冊の本へ、纏めたらいいですね」という案を、企画として、寺島しのぶさんのところへ、持っていくことはなかったのです。

 最近の私は、自分の被害ばかり語っていますが、そう言う被害を、数多く多方面から受けております。それらを、一本の、ブログ内では、よくよくの事ではないと、総タイトルのテーマとしては、上げず、裏に置いて、このブログは、書かれております。

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*7)、歌舞伎界には、まったく関係のない家で、5歳の坊やが、「さは、さりながら」と、静かにも、確実に、親への反論の意味を込めて、つぶやいたので、一家中が仰天をしたそうですよ。それを、私は、そのお子さんの、じいじに当たる人から、聞きました。

 ある家に、男ばかり、三人のお孫さんが居ました。ご両親は、健康で、富裕であるので、お子さん方の年齢は、ちょうど、愛だが一年と言う形で、上から、5歳、3歳、1歳という年齢構成だったそうです。じいじも、パパもママも、偏差値上位で、しかも、富裕層が通うお坊ちゃま、お嬢ちゃま大学を卒業しているので、テレビに子守をさせている様な家ではないと、思われます。

 つまり、上流階級の、梅クラスということかな?

 この若くて、美形で、頭の良いお嫁さんに、三人のお孫さんのうちの誰かに対する偏愛があったのか、どうかは、知りません。特にお兄ちゃんがいつも、心理的な疎外を、受けていたかどうかを、私は知りません。ただ、満座の中で、お兄ちゃんだけが、叱られたのですね。弟と、何かの取り合いをして、お兄ちゃんの方が「あなたは、お兄ちゃんだから、我慢をしなさい」と言う様な言葉を、与えられてしまったというわけです。

 この一家は、じいじ、も、パパも、紳士だから五歳のお子さんも、「いやだー」と、叫ぶ様なことはしないのですよ。ただ、うつむき加減に、「さは、さりながら」と、言ったのです。

 これは、20年前の話です。私はね。それは、きっと、パパとママの気が付かない時間帯で、この坊ちゃんは、テレビを見ていて、そして、番組は、時代劇の再放送だったのだと、しました。しかも、4歳か、5歳で、100%正しく、筋を理解をしていると言う事です。しかし、私は、自分の考えを、その字維持、に当たる、紳士には、告げませんでした。 

 じいじが、じいじとして、孫の、頭の良さに、簡単をしているのを黙って、受け止め、聞いておきました。

2016-3-12 雨宮舜(本名 川崎 千恵子)

尚、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3406095です。

後注1、

五代目雀右衛門襲名を、見てきましたが、気にかかるのはやはり菊五郎の休演で△   2016-03-11 01:55:54 | 文化、芸術、書物

後注2、

清原も、北朝鮮も、同じ目的で使われている。それが、最も明瞭に分かる茨城県知事の優遇   2016-02-07 22:22:10 | 政治

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五代目雀右衛門襲名を、見てきましたが、気にかかるのはやはり菊五郎の休演で△

2016-03-11 01:55:54 | 文化、芸術、書物

 私は凝るとなると、凝る方だと、申しあげております。それでね。歌舞伎に凝るとなると、急速に、事情を知りたくて、俳優名鑑などを、古いものとか、新しいものを買い求めております。そして、実際の舞台も見ないといけないとなっていて、今月も、先週、4日(金)に昼の部を見て来て、10日(木)には、夜の部を見ました。

 でね、いつも書いているものと、まったく調子が違いますが、

 まず、菊五郎の、休演について、書きかけて、それをひっこめてあります。そちらをもう一回曝してみます。

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副題1、『有名人の、病気報道には、嘘もあると言われるが、ここでは、私は報道通りだとして、話しを進めたい』

 有名人、特に政治家の病気報道には嘘が含まれていると、言われています。大体、真実より軽く報道をされると、言われています。だが、ここでは、私は報道が真実であり、菊五郎は胃潰瘍で、おなかが痛くてたまらなくて、休演したと、言う事で、文章を書き進めさせてください。

 病は、気からと、よくいう様に、この胃潰瘍も、何らかのストレスが、起因となっていると、考えます。菊五郎の普段の生活にもストレスは、いっぱいあったと思いますが、ここにきて急に引き金を引いたのは、孫の事だと、見ています。

 NHKが2016-3-3にニュースとして、菊之助のこども、【かずふみ】君が、歌舞伎デビューをするのだと、報道をしました。その時に違和感を持ったのです。だが、あまりにも小さい時に舞台デビューをさせることへの違和感は、すでに海老蔵のこども【ほりうちかんげん】君が、一か月の公演中、口上を述べたのを知っていますので、それについて、書いた過去分のブログを探していて、書くのが、途中で止まってしまったのでした。それは、後注2に置いた文章で、その中で、『二歳八か月で、ここまでの事をさせるのは、どうかなあ?』と、述べていたのを、ブログだったと、誤解をしていたのでしょう。

 最近の、NHKテレビに出てきた、菊之助のお坊ちゃまは、海老蔵のお子さんよりも、もっと幼い感じなのです。月齢も、海老蔵のお子さんより小さいし。

 そして、お母さんですが、吉右衛門の娘さんだそうなので、歌舞伎の事もよくわかっているでしょうが、海老蔵の、奥さんである、女子アナだった人に比べると、一般人ですよね。だから、お子さんも、一般風に育てていると、思います。で、押し出しと言う意味では、海老蔵のお子さんには、劣るのです。しかし、子供としては、どっちがいいかは、判りませんよ。

 そして、このいたいけな坊ちゃんが、五月にデビューをするのだそうです。二月二日だけ、祝祭的に、舞台へ上ったというわけではないのです。菊五郎は、じいじとして、心配だったのではないかしら?

  で、胃潰瘍になったと、推察します。ただ、その坊ちゃんだけが、心配なのではなくて、ちょっと、月齢が大きい、寺島しのぶの方のお坊ちゃまも、心配だったと、私は推察します。

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副題2、『2月の歌舞伎座には、総勢121人の俳優が出演しているのだった』

 私はパンフレットが充実していると、嬉しいのです。ニューヨークのメトロポリタンオペラのパンフレットは、サイズは、超小型(新書サイズ)だけど、中身は、フォントが小さい活字びっしりで、充実しています。寄付者の名前まで出て居ます。(苦笑)

 さすが、資本主義大国だと、思います。年間を通じて巨額の寄付をしている人物や組織があるのです。 そういう大金持ちは、食堂(スペースは、小さい)のウエーターが、名前を憶えているのですよ。

 で、歌舞伎座のプログラムは、【筋書き】と言う名前で売っているのですが、資料として、結構なレベルで、充実していて、ありがたいです。映画のプログラムが駄目なのは、本当に残念です。

 で、顔写真を見ると、二月の舞台には、総勢、121人がキャスト(演技者)として、関わっていたのでした。そのうちの38人が、名前が、有名な人たちです。そして、チラシに、名前が載ったり、プログラムの、筋がきの部分に、傾城・兵庫屋・八橋=菊之助と言う風に、役の名前と、自分の名前の両方が、載る人たちです。

 その次の37人は、注意深く、見ていると、プログラムにも名前が載っているし、舞台上で、せりふもある人達です。しかし、親が、歌舞伎界の人ではないと、見える、人材が多いです。弟子として、修業をしたり、研修所で、修業をして、歌舞伎俳優になった人たちです。

 さらに、顔写真の小さい人達が、46人います。こういう人たちは、舞台上に出て居ても、私には誰が誰なのか、特定は、できません。若い人たちが多くて、やはり、親が歌舞伎界ではない、人達です。こういう人たちが、幹部俳優になるためには、有名な俳優で、養子を、とってもいいと、思っている人の養子になるのが、ベストな道なのでしょう。

 玉三郎も、愛之助も、そう言う道筋を歩んだ人です。

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副題3、『名門に生まれると言う事は、メリットもあるが、マイナスと言うか、重圧もあるだろう』

 ああ、ここで、急に思い出しましたが、海老蔵の、お子さんが舞台上であいさつをしているときに、後ろで、嫌な顔をしている若手俳優が居たのです。『それは、そうだろうなあ』と、思うところもありますよ。修業を重ねて、自分には、実力があると、思っているのに、いい役はなかなか付かない。そこへ、たった二歳で、主役を張る坊やが出て来て、大勢が、ちやほやの限りをしているのを見たら、『自分が今まで、やってきたのは何だったのだろう?』と、思う若い人が出てきてもおかしくないです。

 菊五郎の病気は、そう言うところも、わかるから、始まった可能性もあるのです。

 菊五郎は、菊五郎劇団と言う大カンパニーを率いている統率者だから、若手で、親が歌舞伎俳優ではないひとの、気持ちももちろん、判るでしょうし。

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副題4、『2月2日の豆まきの日に、舞台上には、大勢の衣装を着けた役者が並んでいた』

 本日、新雀右衛門の襲名を寿いで、他の俳優が、自分の考えたお祝いの言葉を述べる、口上と言うのがありました。それは、幹部俳優が出演すると言う事で、舞台上には、プログラム内では、主役を除いて、19人がお祝いを述べることになっていましたが、菊五郎の休演が続いていたので、18人がお祝いの言葉を述べました。

 これは、総員が裃姿です。

 しかし、2月2日に、節分の豆まきを見た時には、舞台上には、自分の役に使う衣装を着けた俳優が50にんぐらい、ずらっと、並んで居ました。顔写真として、特大で、プログラムに載って居る人達だけではなくて、中ぐらいの大きさで載っている俳優さんも舞台上に居たと、推察します。別にカメラで、撮影をしたわけではないので、はっきりとは、しませんが・・・・・

 その大勢のカラフルな衣装の、大人の中に混じって、黒紋付きではかま姿の、ちっちゃい、俳優(?)三人が、出て居たのですね。間隔を、10mぐらい開けて。セリフは、無しで。「大人の、ひざぐらいの背丈かな」と言うほどの小さな感じなのですが、しかし、黒紋付きで、はかま姿だから、ひどく目立つのです。

 ただ、そのお子さん方は、プログラムの中でも、何も、名前等は、紹介をされていないし、舞台上での、紹介もないし、場内放送での紹介もないので、どういうお子さんなのかが、さっぱり、私には、判らないのです。この2月2日の時点では、まだ、菊之助のお子さんは、NHKニュースには登場をしておりませんし。 

 で、終わって、ロビーに出てから、一人で、来ているらしいお嬢さんが居たので、「あのお子さん方は、どういうお子さんなのですか?」と、質問をしてみたのです。すると、「右側に居たのが、【かずふみ】君で、真ん中が、【まひろちゃん】で、左側のお子さんが、亀三郎のお子さんです」と、彼女が答えたのです。

 私はびっくりして、「まひろちゃんって?」と、質問をしました。すると、彼女は、「寺島しのぶのお子さんですよ」と、答えたのです。
 私はさらにびっくりしながら「そういう事って、ネットで判るのですか?」と、質問をすると、「そうです。寺島しのぶは、ブログを書いています」と、そのお嬢さんは教えてくれました。

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副題5、『寺島しのぶの、ブログへ入ってみた結果、判った事』

 私はね。寺島しのぶのブログから、いろいろなことを教わりました。しかしですね。今は、その全部を語ることはできません。でもね。圧巻としてわかったのは、

 非常に正直な人だと、言う事です。それで、『是では、菊五郎は、まず、お嬢さんの事が、心配なのだろう』と、思いましたね。男親は娘がかわいいと、言います。しのぶさんの事は、本当に心配をしていると、思います。しのぶさんは、芸術家気質だから、なんにでも挑戦をするけれど、それでも、父親としては、心配していると、思いますよ。

 しかし、病気で、休演をせねばならなくなったのは、お孫さんの方の事だと、思います。寺島しのぶはお子さんの事を、まひろちゃんとは、呼んでいなくて、Mr. Mと、呼んでいます。だから、歌舞伎座のロビーで、この坊ちゃんの名前をすらすらと出したお嬢さんは、よほどの、通なのでしょう。ファン気質の強いお嬢さんだと、思われます。

 ともかく、しのぶさんの投稿を読むと、Mr.M は、利発で、面白い発言をたびたび、します。で、年齢が、菊之助のお子さんよりも高い様に、見えます。

 でね。五月に、菊之助のお子さんが、歌舞伎座デビューをするとなると、当然、「僕はどうして、でないの?」と、こちらのお子さんが、ママである、しのぶさんに、質問をする可能性があるのです。

 これは、とても厄介な問題です。他人の私が傍から見ても、それが、判るぐらいだから、実際の祖父である、菊五郎は、どれほど、心痛しているでしょうか。想像するだに重い問題です。

 それは、Mr.Mのお父さんがフランス人であって、自分のお子さんを歌舞伎俳優にしたいのかそうではないのかが、判らないからです。その人に、「どうおもうのか?」と、ここで、聞いても、パパ自体が、まだ、判断ができないと、言うのが、今の、段階でしょう。

 で、もしと言う仮定ですが、あの豆まきの日のごとく、軽い気持ちで、Mr.Mも、歌舞伎座デビューを果たしたと、します。そしたら、それはそれで、厄介な、事なのです。Mr.Mが、いろいろな面で、菊之助の子供より不利になるからです。ハーフであることは問題ではありません。明治時代の名優に、ハーフの人が居たと、聞いています。

 ただ、パパは、歌舞伎界での後ろ盾には、現在も将来も、ともに、なれないだろうし、お母さんは、自分の仕事で、忙しいです。子供を一流の歌舞伎俳優にするためには、お母さんは、ものすごい量で、奉仕を、しないといけないでしょう。それは、寺島しのぶには、できない役割だと、思います。だから、お子さんが不利になるのです。

 大変ですね。人間国宝にして、文化功労者と言う大存在にも、あの小さな、二人の、お孫さんの将来とか、進路がネック(今の悩みの種に)になっている。かわいそうですが、私には、助けてあげるという意味では、何もできません。

 雀右衛門の襲名についても感じるところはありますが、それは、言わないで、置きます。

 なおこのブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3404421です。

   2016年3月11日、雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)

 後注1、

歌舞伎座で菊五郎の病気を聞き(3月4日)、寺島しのぶのお子さんも見た(2月2日)  2016-03-04 21:06:00 | 政治

後注2、

 

天才玉三郎の、老後の問題 + 松竹と吉本の鞘当て?の犠牲になった?岡村君△   2015-11-18 20:54:51 | 文化、芸術、書物

 

 


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天才玉三郎の、老後の問題 + 松竹と吉本の鞘当て?の犠牲になった?岡村君△

2015-11-18 20:54:51 | 文化、芸術、書物

  今は、19日の午後5時です。次報を書き始めていますが、三時間程度、中断をしたいので、その間、こちらをお読みいただいておくと、助かります。下の文章は、19日の午前三時に完成をしておりますので、お勤めのある方は、未読だと、推察しますので、どうか宜しく。

副題1、『海老蔵の、2歳の長男、初お目見え』

 11月分の歌舞伎座は、夜の部のチケットは、あっという間に完売だったそうです。16日ごろ買いに行ったら、もうありませんでした。それで、夜の部はあきらめて、昼の部の前売り券を買っていたのに、当日が来た2日には、それを見るのを忘れてしまいました。旭化成問題が、緊迫をしていたからです。で、すっかり、歌舞伎ムードからは離れていたので、前売り券の事は忘れていました。

 で、仕方がないので、また、一幕みで、私は、見ているのです。その話題の中心、海老蔵の長男、二歳(正式には二歳八か月だそうです)の、かんげん君が、出て来て、「ほりこし・かんげんでー、ござり まちゅるー」という場面が、有るので、完売だった模様ですが、それも先週すでに見ましたよ。まあ、かわいいです。劇場全体が、思わず、涙するほどかわいいです。

 それは、なんと、その二歳の【かんげん】君の為に新作として、作られた、作品で、総タイトルを【江戸花成田面影(えどのはななりたのおもかげ)】と言うのです。そして、今月の出演者の内、幸四郎、左団次、友右衛門、を除く、御大たち、藤十郎、仁左衛門、菊五郎、梅玉、染五郎、松緑が、出演者として付き合ってあげていました。豪華絢爛たる出演陣と言う事です。それは、NHKニュースが紹介したほどでしたが、それも、一幕みで見ました。

 歌舞伎の演目で、その月にあたっていて、評判の良いものには、大向こうから掛け声が盛んにかかります。私が、もっとも強く、それに、気が付いたのは、思いがけずも、【怪談牡丹灯籠(7月の演目)】でありました。それは、世話物、しかも脚本は文学座向けの新版だから、普通なら、掛け声が少ないはずなのです。と言うのも、見えを切る場面が少ないので。でも、面白かったので、すごいレベルの掛け声がかかりました。

 むろんのこと、御殿の場面が登場する【名物伽羅先代萩】などでは、見えを切る場面が多いので、掛け声は、おおくかかりますが、【牡丹灯籠】が、どれほど、面白かったかがわかります。

 で、初めて、坂東玉三郎って、頭がいい人で、まじめなのだと、判りました。非常に遅い目覚めですが(苦笑)。それは、筋書(一般の言葉でいうとプログラム)の中で、知ったのですが、この演目を選んだのが、玉三郎で、それは、香川照之(歌舞伎俳優としては、市川中車を名乗っている)を、生かすための、選択だったらしいのです。確かにセリフの多い劇で、劇的表現に優れている中車と、こういうセリフの多い劇だと、普段よりさらに、表現に優れて来るみたいに感じる玉三郎の掛け合いが、見事でした。また、中車は、まだ、見えを切る時代ものよりも、心理描写の面が、大きい世話物の方が生きるのでしょう。玉三郎は、『ふるあめりかに、そでは、ぬらさじ』も好演したそうで、それを見たかったなあと、いまさらながらに思っております。それも、文学座用の脚本を使っているそうです。

 その玉三郎は、歌舞伎とは無縁の、一般家庭の生まれの人で、いわゆる御曹司ではありません。海老蔵の長男の二歳の【ほりうち かんげん】君とは対照的な位置にいる人です。でもね、その掛け声のかけ方の面から見ると、歌舞伎って、ファンと俳優の交流が、緊密な場で、ファンが参加できる場なのだと、知りました。ごひいきの俳優の見せ場が来ると、みなさんが、拍手喝采なさるのも、非常に砕けた楽しみ方ではありますし。だから、人気者海老蔵の、子供が、二歳で、舞台に上るのもありなのでしょう。

 でもね、『あまりにも親バカだなあ。海老蔵って!』、とは、思いましたよ。まだ、二歳です。五歳ぐらいまで、待つのが、普通でしょうに。それにいたいけな子供を、周囲が利用している様に見えて、それもかわいそうでした。これは、5歳から演奏会を行い続け、27歳の時に、弾けなくなった(肩を痛めたということで)マキシム・ヴェンゲローワの、エピソードを思い出してしまう事例です。ヴェンゲローワの方は、7年間の休息(指揮を学んでいたらしい)を経て復活しました。本人もその間、人間として、たいそうな勉強になったみたいです。で、見事な演奏をするバイオリニストとなっています。美しい音です。かんげん君の将来は、どうなるでしょうか?

 まあ、曽祖父の、没後50年記念祭だから、ここで、急いで、出したとはいえましょうが。50年祭は二度と来ないわけですから。

 奥様が、元女子アナで、タレントだから、お子さんの顔が、特にかわいいという特徴があるけれど・・・・・これを周りは、どう見るのだろうと、興味津々で、双眼鏡も使ってみてみました。その本心は、いかが?と、思って。

 中心にいる役者は、気をそらしません。染五郎と、松緑は、粋なとび職で、お祝いの踊りを、踊ってあげました。元来が、女形である藤十郎(扇千景のご主人ですよ)と、梅玉は、黒留めそでの芸者さん姿で登場し、仁左衛門や、菊五郎は、町の有力者の姿で、着流しに、紋付きの羽織を着て。これは、通常は舞台に、横一列に並んで行うお披露目の口上(紋付、裃姿で、ずらっとならぶ)を、二歳の坊やの為に、崩して、さらに、豪華な、モノにした演目で、周囲が、示した大変な、サポートぶりでした。

 だけど、端の方に居る大人の役者がどう思っているのだろうと思って。こういう役者の中には、一般家庭の出身であって、絶対に主役の座には登れない人も多いでしょう。『特に国立劇場で、歌舞伎俳優養成所が、できていて、そこを卒業した人などは、或る少数は、子供のいない、大物俳優の、養子(玉三郎も養子である。彼は、年齢的に言って、養成所は出て居ないが)として、上昇気流に乗りますが、そうではない、立場の人も大勢いて、ほぞをかんでいるはずだから』と思いながら、双眼鏡の中を覗きました。そこで見たことは、ここでは、口にチャックとして語りません。私は、一種の評論家でもあると思うけれど、批評や評論の分野を、歌舞伎にまで及ぼす気持ちはありません。

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副題2、『蛇柳を、外人と一緒に見て、その面白さに目覚めてからは、相当な舞台を、前売り券と、一幕み席の、どちらかで、見ていますが』

 副題2の、二重ガッコ内に書いている通りで、相当数の演目を、この2015年に入ってから、すでに、見ていて、17日(月)も【河内山】を見てきました。その舞台を見ている多数の、外人が喜んでいる様子から、【河内山】には、【フィガロの結婚】に通じるテーマが隠されているのに、気が付きました。

 つまり、お殿様(公爵)が、腰元(侍女)の処女権を奪う問題です。河内山は、明治になってから生まれた脚本みたいで、物知りの人が筋書きの中で、『実際には、江戸時代には、これ(=心理的な下剋上)は、ありえなかった設定であろう』と言っています。

 その下剋上とは、茶坊主と言う職種で、将軍に仕えるサラリーマンが、社会通念上は、庶民にとっては、そちらが上であろう、お殿様を、きりきり舞いさせるという劇です。ただ、一方で、江戸城中勤務(今でいう上級の公務員)でありながら、一方でやくざっぽい行動を取るという、二重性を持った人物にとっては、「お殿様の家来としては、重鎮だと言えども、将軍の家来よりは、下だ。陪臣じゃあねえか」という観点があって、それで、難局を切り抜けるのです。二重のひねりが利いていて、とても面白い劇です。

 副題1で、みんなが、その2歳の長男を、盛り立てた、そのパパの方の、海老蔵が主役です。海老蔵は、今37歳なのだそうです。大変な美男子(たぶん、現在の歌舞伎界で、一番の美男子)なので、みんなが腫れ物に触る様に、大切にしていて、朝日新聞の劇評でも、ストレートにほめてはいない、微妙な、言い方です。

 私は、初心者ではありますが、今回の【河内山】での演技が、下手だとも思いませんでした。ただ、過去の対照例を知らないので、上手ではないのかもしれませんし、そこら辺りは、よくわかりません。

 今月は、朝日新聞の劇評が良かった、【仙石屋敷】も見ました。真山青果脚本の、現代的解釈の加わった、【元禄忠臣蔵】の方であって、討ち入り後の、浪士の心理描写が主なテーマとなっている劇です。ここにも家族関係の微妙な問題(千之助の父、孝太郎は、離婚をしたらしい。千之助君は、15歳と言う精神的に、微妙な段階なのに、大変ですね)がありますが、それには、触れず。

 玉三郎に、目覚めてからは、【仙台萩】も、【阿古屋】も見ました。東劇の映画で、【籠釣瓶】も見ました。だが、『玉三郎は、複雑な心理表現が、加わる、現代風な脚本の中の方が、いいなあ』と思います。豪華な衣装に包まれて、白塗りで豪華な、髪飾りを付けた、お姫様タイプまたは、傾城(おいらん)タイプなどの、女形像には、私は、それほどには、感銘をうけません。美しいとは、思うけれど。確かに超が付くほど美しいです。が、そういう役には演技のしどころが、さしてないですね。

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副題3、『玉三郎は、岡村君を、全然知らない、または、尊敬をしていない模様ですね。その上、松竹と、吉本の、大阪における、確執も反映しているみたいに見えて、岡村君が気の毒でした』 

 この間、岡村君が、NHKの【プロフェッショナル】の中で、特別番組を作ってもらって、数人の有名人をインタビューするという番組がありました。私は、その番組には、全然気が付かなくて、予約録画もしていなかったのに、録画ニュースを、チェックしている際に、二つの、録画ニュースの間に、ライブで、現れる、現在の放映番組として、気が付いて、たった、15分程度、最後の部分を、録画をしておいて、後で、見て見ました。すると、その15分で、岡村君が、玉三郎を、訪問しています。 

 まず、そのインタビューの場所ですが、玉三郎側から指定をされている、お部屋らしかったです。それは、ロココ調の家具が置いてある、言ってみればベルサイユ宮殿を、さっぱりとさせたみたいな部屋でした。それって、松竹ビルの中にある貴賓室なのかしら? または、歌舞伎座の中にある貴賓室? と思う風情のお部屋であって、岡村君は、緊張しきっていました。

 歌舞伎だって、アメリカの大統領、フランスの大統領、英国の王室の方々などが、見えるでしょうから、ロココ調の、貴賓室があるのも当然です。それではないかな? でも、岡村君向きではないのです。お笑い芸人として、出発した岡村君を迎えるのなら、もっと、砕けたお部屋が、向いていました。玉三郎が、ちゃんと、断っていましたよ。「いつも、楽屋とか何とか、そういう場所で、インタビューを受けているから、今日は、こういう場所で」と。

 しかし、私は、それは、玉三郎のアイデアではなくて、大・松竹株式会社が、吉本へ、自分たちの権威を見せつける為に、そうしたと、思えました。株式を、1961年に東京の一部上場を果たした、後発であり、また、大阪発の企業である吉本興業に対する、さや当てというか、何かだと感じました。『どうだ。参ったか? こんな部屋は、吉本の、ビル内には、無いだろう』と、威張るために用意した様に感じましたよ。

 それで、今、会社四季報で、資本金の額や、社員の数などで、どれくらい、実力に差があるかを調べたところ、吉本の名前が、無いのです。どうしたのでしょう。で、お気に入りに入っているはずの東証検索を見てみると、いつの間にか、リニューアルをされていて、再登録をしないといけないと、なっていました。でも、四季報にないということは、上場廃止をしたのかしら? ともかく、それを調べるのに長時間がかかってしまって、いまだ解明ができません。

 で、ここで、NHKプロフェッショナルに戻ります。玉三郎の、岡村君への扱いは、『不親切な感じを受けるなあ』と言うものでした。ただ、それは、玉三郎が、岡村君が出演している番組をほとんど見ていないという事にも原因があるかもしれません。で、岡村君をほとんど知らないで、ただ、吉本の芸人としてとらえていると、ああいう態度にもなるのかもしれません。

 上の節で語っている様に、玉三郎の、香川照之に対する温情ある指導を既に知っていた私には、違和感のある処でした。それに、インタビューアーが、岡村君なので、玉三郎が先に部屋に入って待っていて、そして、岡村君が、あとから入室するという流れになるはずですが、反対でした。これは、3.11の数か月後、松本龍大臣と、宮城県知事の間の、諮った様な、礼儀作法に関する喧嘩の際と同じ、しくみです。松本龍大臣を、知事の方が、ひどく待たせたというケースがありましたね。あれも、知事が先に入室をしていないといけない礼儀なのです。みなさん、何か(=力関係や政治的思惑)を示すために、よく使う方法なのかしら。(苦笑)

 これは、どうしても大松竹が、吉本を、下に見ているということの反映の様な気がします。玉三郎も、岡村君も、個人の才能を売り物にする、稼業ですが、ここまで、大人物になり、有名になったのは、うら側に居る組織(松竹)のおかげなので、そちら側の思惑が、反映するのは、仕方が無い事なのでしょう。無論の事、修業時代の玉三郎の修練(鍛錬)が、岡村君の、ライオンキング挑戦などより、長期間にわたるもので、半端でないほど、量が違うわけで、しかも玉三郎は、人間国宝です。ただ、才能とか、頭脳と言う意味では、岡村君も、すごいものを持っていると思いますよ。

 しかし、この際は、岡村君が、這いつくばらんばかりに、低姿勢に出て居るので、そういうときほど、偉い方である、玉三郎が、年下の、しかも、芸能的には、したであろうお笑い芸人の、岡村君を、尊敬してやってほしいと、私は、思いました。これは、どうしても、松竹の、吉本へ対する見下しに、原因があると、思います。

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副題4、『岡村君は、バーンアウトから回復をしたらしい。よかったね』

 このNHKの、プロフェッショナル特番・岡村インタビューアー篇が、どうして、企画されたのかの、裏側は知りません。もしかしたら、吉本が、大松竹へ、挑戦する為に、自分のところの、旗手である岡村君を利用して、彼が「大好きだ」と、もともと言っている玉三郎に、面会をさせるために、吉本側から、企画を立てて、NHKに売り込んだ?

 NHKだって、視聴率に対するテコ入れになるので、御の字だと考えて乗った? ?????です。仔細は、私には、わかりません。


 私は、玉三郎は、テレビの特番(たとえば、メトロポリタン歌劇場での、鷺娘の舞踊場面の放映など)では見ていますが、舞台を見始めたのは、この2015年7月からです。岡村君の方は、わが家のこどもが家にまだいて、同居していた頃、土曜日の【ないない】を見ていました。20年ぐらい前かしら? かれが、いろいろなことに挑戦するというのを見ていました。

 特に、劇団四季の、ライオンキングに、出演したいと言って、種々様々な訓練に耐える場面など、見ていて、『この子、大丈夫かしら。こんなにテンパっていて、頑張りすぎです。無理し過ぎです』と思っていたものです。そしたら案の状、バーンアウトが来てしまいましたね。

  しかし、回復した模様です。よかった。で、最近の、テレビ映像を全く見ていないのですが、その、見ていた時期に、感じたことは、『非常に素直で、前向きな子だ』という事です。『一生懸命な子だ』という事です。だから、玉三郎が、軽くあしらっているという風情は、かわいそうに思いました。

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副題5、『岡村君は、玉三郎に、引退を、どうするつもりなのかを聞いていた』

 さて、『軽くあしらっていて、対等な関係には、持って行っていないなあ。玉三郎は』とは、思うものの、岡村君の方は、このチャンスを生かそうと必死です。で、事前に準備をして来たであろう質問をいろいろ、繰り広げました。

 その中に、「引退をどうするつもりなのか?」と言う質問がありました。すると、玉三郎が、「無論のこと、引退は、考えている」と答えました。私は、それは、大切で、良い判断だと思います。女形が、年老いて来て、頬がこけた状態で、演技をしているのは、美しくないです。玉三郎は、特に美しいのだから、美しい状態のまま、引退をしたら、その方がベターでしょう。演出家として、生きて行ってほしい。

 たまたま、急に歌舞伎に興味を抱いて、演劇界と言う雑誌のバックナンバーを多数読んでいるのですが、菊之助と、七之助、梅枝、などが、若手女形として、育ってきているみたいです。七之助は、ブラザーの、コマーシャルに出て居るので、毎週、二、三回銀座に行く私は、すでに、何十回、兄の勘太郎と、ともに、その姿を大画像で、見ています。京橋にブラザーのビルがあり、その壁面に二人の、兄弟の画像が、下がっているからなのです。

 二人で、【京人形】を、演じた時に、七之助は、細身すぎるとは、思いましたが、きれいです。で、他の情報として、雑誌で、間接的に知ったのですが、菊之助が【籠釣瓶】を父と一緒に、演じたそうです。また、梅枝も、相当に、演技が上手になっているそうで、ほめてあったので、玉三郎も、引退できる日が来るでしょう。

 で、どういう風に引退を、して行くかについて、岡村君が、質問をしたところ、「フェイドアウトが、いい」と、言っていました。大げさな会見など行わないで、徐々に、出演演目を減らしていき、消えていくという事らしいのです。

 このフェイドアウトですが、役者としては、フェイドアウトして行っても、歌舞伎界の指導者としては、引き続き、顔も、手もを出してほしいですね。

  たまたま、堀越かんげん君の、たった二歳にして、最上級で、しかも最高レベルに、豪華な、お披露目演目を、用意してもらっている、姿を見ました。しかし、五年前かな? 海老蔵が、六本木で、騒ぎを起こして、舞台に出演できなくなって、玉三郎が、お正月の歌舞伎座の穴を埋めたことがあったらしいのです。

 その時に、温和でストイックな玉三郎が、珍しくもいささかの苦言を、マスコミに向けてカメラの前で、発言をしたらしいのです。これは、玉三郎にしたら、ずいぶんな事だったのでしょう。そこからも類推できるナリタヤの、権勢です。

 一般家庭の出身で、特権が無かった玉三郎が、大変な苦労を重ねて、立女形への道を歩んできた経路と、2才八ケ月の長男の為に、歌舞伎界総力を挙げて、お披露目を準備してあげる【ナリタヤ】との違いが、明瞭に出てしまった、今月でした。成田山新勝寺とも、縁の深い、大きな名跡の家に生まれたために、油断も油断がある、海老蔵への、あの事件の時の玉三郎の、苦言は、心からの吐露だったのでしょう。   

 でも、今、ネットで、知ったのですが、海老蔵も、変わったそうです。子煩悩パパ像へと、変化しているそうです。と言う挿入を入れて玉三郎へ戻りますが、

 玉三郎の、老後生活が、ある意味で、心配ですね。彼は、原節子スタイルで、暮らすのかなあ? または、ちあきなおみ、スタイルで、老後を過ごすのかなあ? それとも、普通の紳士として、歌舞伎や、その他の舞台やら、映画の、演出だけは、続けていくのか?

 後輩の指導も続けていくのか?

 岡村君も、独身です。天才の結婚は難しく、かつ、老後生活も、ある点で、難しかろうと、思います。

 そして、私の頭の中では、今、なかなか、結婚に、踏み切れないでいると言われる、普通の、一般男性の事も、心配です。年功序列度が悪いなんて言われて、無くなりつつあるけれど、あれがあったからこそ、男性は安心して結婚をすることができました。あれが、結婚制度を持続させていたのですよ。とんでもない破壊を、日本社会へもたらしている最近の永田町です。

 一億総活躍社会だとか、女性が活躍できる社会だとか、言っていますが、言葉の綾だけですね。本当は、一億総不安化社会へ、持って行ってしまっています。

 困り切る社会や、政治ですが、私も微力で、何もできない人間の一人です。ときどき、娯楽に触れて、気分を刷新していますが、数年前までは、歌舞伎に行くなんて言う余裕もなかったのです。その頃に比較をすると、少し、心理的なゆとりが出てきたと言うところかな?・・・・・

 小さいころは親に連れて行ってもらって、歌舞伎を見ていました。今回の50年祭の主役である曽祖父の方の海老蔵(十一代団十郎?)も、見ているし、梅枝の曽祖父の方の時蔵(三世?)も、見て覚えております。この二人の役者は、とても、美しかったという記憶があります。

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2015年11月18日から19日にかけてこれを書く 雨宮舜(本名 川崎千恵子)

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大原麗子さんの、かわいそうさは、何故、生起したのか?

2015-08-31 23:52:06 | 文化、芸術、書物

副題1、『珍しく、スマホを電車内でいじっていたので、駅で乗り過ごしてしまった』

 皆様、突然に、ムードが変わりますが、先ほど、夜の八時ごろ、私は、山手線を新橋か品川で降りないといけないのに、乗り過ごして、渋谷まで行ってしまいました。ただ、湘南新宿ラインが今はあるので、鎌倉まで帰えるのに、時間のロスは、一時間で済み、それはありがたいと思っております。

 で、どうして、乗り過ごしたかと言うと、本日は、意外と元気だったので、スマホをいじっていたからです。そのスマホですが、i-phone 4 から i-phone 6 まで、主人と、連動で、持っているのに、ほとんど使っていませんでした。その理由は、ここでも書いている通り、GPS機能を使って、嫌がらせを受けるからですが、それは、一部であって、別の理由も多々あります。

  スマホの前は、ガラケーも、持っていました。だが、それも、使っていません。でも、最近FBを二度目として始めると、その連絡には、スマホが便利だと、気が付いてきました。で、有楽町から乗った途端に、いつも、外出中は、電源を入れっぱなしにしているスマホ、を、タップして開けたわけです。電話機能は、絶対に使わないので、電車の中でも誰からもかかってくるわけはないので、それで、いいのですが・・・・・

 で、最初に、FBに、投稿をしたのが、スマホを持たない理由ですが、それは、上に書いたものとは違う、第二番目の理由でした。

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副題2、『携帯を使わないのは、自分が、人懐っこい、かつ、人恋しいタイプの人間だったからだ』

 今の私と、10年前の私だと、非常に違っていました。今は、しぶとくも図太くもなっていますが、10年ぐらい前は、繊細なタイプで、いろいろ、悩みも多くて、友達に相談をしたいと願ったりしているタイプでした。

 ところが、ね、私の10年前から、15年前と言うと、友達は、みんな現役でした。で、ひどく忙しがっていました。みんな、自分の仕事上の付き合いで、精いっぱいという感じでした。

 そんな中で、反対に、私を慕ってくれている人もいました。悩みを打ち明けてくれる人もいました。一人暮らしをしていた時期には、真夜中に、四時間連続をして語り合ったこともあります。だけど、救うことができませんでした。トラブルの種は、ご主人の浮気問題でしたが、『そこから去りなさい。ほかのところへ、心を移して置いたらいい。しばらくは、そうして置いたらいい』と言う忠告をどうしても受け入れてもらえず、

 正面切って愛人と対決しようとしてしまって、無理が重なったのです。で、亡くなりました。そのころ以来、電話では、長話をしていません。で、だんだんに、人に、求めることも少なくなってきました。以前よりはと言う意味で、ですが・・・・・

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副題3、『そういう私にとって、とても、切ない例として思い描かれるのは、もう一人、他の、例があって、それは、大原麗子さんだ』

  で、ここから先ですが、先ほど、FBで、投稿した記事をコピペさせてくださいませ。政治問題について、独自の観点から語るという、この頁の、連続性が途切れますが、私も、パソコン入力ばかりしていると、目が駄目になりますので、これを、使わせていただきたいです。わがままみたいに見えますが、ご容赦くださいませ。すでに、73歳ですので、ここまでするのも、すごい努力の、果ての事ではありますし。

大原麗子さんー1.

 さて、大原麗子さんです。お葬式で、弔辞で、困った人だと言われてしまった話に入ります。私はね。どちらかと言うと、そういう弔辞を読んだ人よりも、大原麗子さんに近い人間です。だからこそ、大原麗子さんを分析する資格があると、任じているのですが、どうしてかと言うと、よく皆様から、「73歳なのに、FBをやっているとは偉いですね」と言われます。が、偉いのではなくて、エネルギーレベルが、心理的な問題では、高いという事でしょう。そして、大原麗子さんも、エネルギーレベルが高かったと思います。 

大原麗子さんー2、

 スクリーン、または、テレビ画面に、自らをさらすのは、相当に、自信がないとできない仕事ですよね。だから、自信満々で、でかい面をしている人かと思っていたら、他人にすがりたいというほどに、切ないほどの、愛情を求めていた人だったのです。とても、はかなげで、さびしい人だったのです。でも、「それなら、離婚をしなければよかったのに」と言っても、若いときは、将来への見込みなどないわけですから、離婚をしてしまわれました。

 こういう風に人懐っこくて、他人との間柄を縮めたい人は、結婚と言う仕組みは、ある程度、自分を助けてくれます。

大原麗子さんー3

 でもね、結婚とは、難しい事でもあります。どこかに、劣等感とか、あきらめの感情が無いとできません。つまり、ひざを屈することだからです。まあ、女性の方にとっては、そういう事が言えます。男性にとっても、同じ側面はあるでしょう。野望に満ちて居たら、一人の女性と密接に、奉仕しあうというのは嫌でしょうね。美しくて能力の高い女性を、とっかえひっかえした方がいいと、思っているはずです。

 でね、結婚をしない場合に、大原麗子さんみたいに、友達から、面倒くさいと、言われない仕組みは何があるかと言うと、今なら、FBや、ラインなどがありますね。だが、SNSではないものとして、ペットがあります。

 大原麗子さんー4、

 ペットですが、独身で、飼う動物としては、猫をお勧めいたします。対等の友達になってくれます。犬はですね。私は、飼っていたことがあるのですが、子供には、なってくれます。または、家来として、こちらを、慕ってくれます。だから、家族がある人が、子供の教育のために飼うなどと言う形では、最適な動物です。が、独身の人が、それを飼うことによって、心慰むものとしては、猫の方が、圧倒的に優れています。猫って驚くほど愛情が深いですよ。で、こちらが、悲しんでいるときなど、ちゃんとわかってくれます。

大原麗子さんー5、

 犬と、人間との関係って、大原麗子さんと、弔辞で、「困った人だ」と言った人達との関係に似ています。愛を乞うる人は、愛を与える側の人よりも、下っ端になってしまいます。そうなると、愛情を、もらっても、もらっても、満足ができません。どこかに、小ばかにされているという感じを抱いてしまうからです。で、本当の愛情がほしくて、もっともっとと、交流を、ほしがることになります。それが、大原麗子さんが抱えていた問題だったのでしょう。相手の友達にしてみれば、『もう、充分に、相談に乗ったじゃあないの。また同じことを、相談して来て、バカみたい』と言う気持ちがあったでしょうね。だから、誰を相手にしても、対等の関係になることが必要なのです。そして、その練習台として、役立つのが猫との関係です。

大原麗子さんー6、

 ところで、女優さんと言うのも芸術家の一種です。そして、芸術家と言うのは、たくさんのエネルギーを放散し、周りに与える存在です。だからこそ、インプットもほしいのね。で、タレントさんが、恋愛を繰り返すという現象が起きるのも、むべなるかな、なのです。

 だから、大原麗子さんの、『友達と、常に、つながっていたい。女性の友達と話すのは、恋愛ではないのだから、裏切られるはずはない』という感覚も、理解が、可能な態度です。それでも、弔辞で『面倒くさい人だった」と、言われてしまうのは、かわいそうですね。

 ここで、感じるのですが、大原麗子さんって、やはり恵まれて育ったということがあるのでしょう。で、小さいころから、他人にちやほやされてきていて、本当の苦労と言うものを知らなかったということもあるでしょうね。

 大原麗子さんー7

 そういう意味では、賢い女性が、高峰秀子さんです。たいへん小さいころから、義母に、経済的な、稼ぎを求められて、芸能界で、酷使をされたそうです。だから、あの明るいきれいな顔に比較をして、思いがけないレベルで、苦労人だったのでした。

 だからこそ、結婚をして、家事をして、読書をするという晩年の生活を、大いに満足をして楽しんだ人なのです。平凡で静かな生活を尊んだ人です。

 夫である松山善三さんの為に、主婦として、大きな時間を使った人です。だから、他人に、電話をしている暇などなかったという形でしょう。

 大原麗子さんの方は、恵まれて育ってきたからこそ、『自分は、相手の時間を取っているので、嫌われている』という事が、理解できなかったのでしょうね。その、かわいそうさは、なんとも言いようがないですけれど。

 なお、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3067134です。

 では、2015年、8月31日、  雨宮舜(本名、川崎 千恵子)

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怪談牡丹灯籠と、玉三郎に、敬服。7月大歌舞伎-2

2015-07-27 23:31:38 | 文化、芸術、書物

これは、本当は、2015年7月28日の夜8時半に、書いていますが、日付をずらして、37日の夜11時半に書いたことにいたします。前報(後注1)の続きです。政治を語る文章を書いていたら、眠くなってしまったのですが、FBで歌舞伎の説明をしているうちに目が覚めました。で、話題が突然に飛びますが、歌舞伎(特に7月の演目)に戻ります。

 副題5、『玉三郎が、現代歌舞伎を、盛り上げている、もっとも、有能な人なのだということが、しみじみ、分かった』

  私は、1947~49年にかけて親に歌舞伎によく連れて行ってもらったのですが、それ以降は行っていないのです。でも、おやが好きだから情報は把握していて、歌舞伎界が、天皇家と同じく門閥の世界だということは知っていました。そして、子供のころは、掛け声で、音羽屋(おとわや)と、言うのとか、成駒屋(なりこまや)と言うのをよく、聞きました。それは、尾上菊五郎と、歌右衛門が、人気役者だったことを示しています。

 7月大歌舞伎には、音羽屋一門は、全然出ていなかったし、成駒屋一門も出ていませんでした。飛び交った屋号は、主に、澤瀉屋(おもだかや)です。猿之助と、中車が、澤瀉屋だから。また、それが、よく聞き取れなかったのですが、獅童に対しても大きな掛け声が何度もかかりました。後でこれも劇場の人に聞くと、萬屋(よろずや)と言っているそうです。

 でも、玉三郎に対しても、何か屋号がかかるので、劇場の人に後で、聞いたら、大和屋(やまとや)と言うのですって。それで、今ネットで調べると、それは、坂東三津五郎に対しても、使う屋号だそうです。ただし、玉三郎は、坂東三津五郎と、血縁関係はないですよね。玉三郎って、富士山さんみたいな孤峰です。親や兄弟や、従兄弟などが、一人も歌舞伎界にはいないのです。

 でも、プログラムを見ていたら、二つの記述があって、それで、玉三郎が、今回の演目の、大・棟梁だったことがわかりました。まず、終幕に置いてあった、怪談牡丹灯籠は、市川中車(一般的には、香川照之と言った方が通りがよいだろう)を、生かすために、玉三郎が選んだそうです。

 しかも、脚本は、大西信行のもので、初演は文学座だったものを使っています。それは、きっと、香川照之の演技力の高さを生かすためでしょう。歌舞伎の世話物としては、せりふが非常に多い芝居でした。しかも、その演出を玉三郎がやっています。主役兼演出家。あの、東大出身で、演技にも一元があるだろう、香川照之を指導しているというわけです。香川照之は、実父が猿之助で、母が浜木綿子だから、演技力抜群ですよね。それを指導しているのが玉三郎なのでした。驚きました。歌舞伎って、演出家と言うものが、確立をしていなくて、先輩が教えるという気風があると思うけれど、玉三郎は、近代的な、要素を持っているので、演出家として、指導を行っているのでしょう。脇役をやっている人が、これもプログラムの中で、「大和屋(玉三郎)さんにご指導をいただき、一所懸命勤めたいと思っています」と書いていました。

 今回、この7月大歌舞伎がものすごい人気で、大騒ぎでもあって、早くに売り切れて、立ち見席しか切符が手に入らないというのも、玉三郎が、海老蔵の『切られ与三郎』と組んで、『お富さん』をやるからでしょうね。美形、美形のカップルです。

 つまり、孤峰乃玉三郎が加わると、それだけで、人気演目になるうた模様でした。だけど、今回は、それだけでもなかったでしょう。演劇はアンサンブルだから。

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副題6、『怪談牡丹灯籠って、ゾラの小説みたいなところもある。とても近代的な芝居だ』

 

怪談牡丹灯籠の
 7月大歌舞伎で、使った脚本(大西信行)は、初演が文学座のもので、当時は、杉村春子と、北村和夫の夫婦だったそうです。

 それを、今般は、香川照之(=市川中車)と、玉三郎が、やりました。
善良な庶民夫婦が、幽霊にもらった100両があだとなって、崩壊していく様が、ディテイルを含めて、たいへん、上手に表現をされています。一種の、ゾラの小説を思わせるリアルな設定なのですが、もともとは、園朝の落語なので、庶民派夫婦のディテイルのところは、ユーモアたっぷりな会話が続くのです。濃いお芝居でした。そして、美形で有名な海老蔵が、ひょうきんで、ひょっとこ面の、馬子などの脇役を、やってね。
 

 玉三郎が、お金持ちになった亭主が浮気をして居るのを、その海老蔵演じる馬子をおだてて、白状をさせ、詳細を知ってしまう処とか、面白かったです。ヨーロッパからきた外人たちと、昨日も二組と友達になりましたが、翻訳機は、英語しかないのですね。気の毒です。普段使い慣れていない英語を読みながら、舞台を見るのは、とても大変だと、彼らは言っていました。歌舞伎座は、フランス語と、イタリア語と、スペイン語の翻訳機を作るべきですよ。ちょっと、お金をかけて。

すみません。また、疲れた。こちらも、ここで、中断をして後で、続きを書きます。

後注1、 

2015年7月大歌舞伎、千穐楽  2015-07-27 23:10:33 

 

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シャルフベック展、尊厳の芸術展、ミリキタニの猫・・・・・そして、従軍慰安婦像

2015-07-17 00:09:28 | 文化、芸術、書物

副題1、『シャルフベック展に行って来ました』

 ところで、突然にムードを変えて申し訳ございませんが、

 この間、シャルフベック展に行ってきました。ずいぶん前なのですが、今、私のFBの頁の右側に、その宣伝が、出るのです。何度も。

::::::::::: ところで、ここで、挿入ですが、シャルフベック展の話に入る前に、少し、お断りをしないといけません。すみません(苦笑)が、FBを再開しています。FBを立脚させる基本の、メルアドは、以前とは異なっていて、以前は、AtelierCK@aol.com で、FBをやっていましたが、今は、OCNのメルアドを使ってやっています。ところで、OCNのメルアドは、日常的には、開きません。ほとんど、使っていませんので、もし、ご連絡の御用がございましたら、ひきつづきAOLの方を使っていただきたいと存じます。::::::::::

 で、『シャルフベック展のことを書くべきサインなのかしら? これは?』と思い至って、それに入っていきたいのですが、そんなにたくさん、その宣伝の頁が現れるのにもかかわらず、不思議なことに、FB用のシェアのアイコンがないのです。で、シェアは、できません。芸大って、国立大学だから、宣伝をしないつもりなのかしら? 特に『庶民様に、宣伝をしていただく必要はないです』と、お高く留まっているのかしら?(苦笑)

 ひがんではいけませんね。ところで、私は庶民ですから、この展覧会については、テレビの日曜美術館で、紹介をされて知りました。で、庶民中の庶民として、その感想を書かせていただきたいです。

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副題2、『芸大美術館に入るのは、【尊厳の芸術展】以来だった』

 芸大美術館の展覧会に行くのは、たぶんですが、【尊厳の芸術展】以来です。

ところで、【皆様は、尊厳の芸術展】を覚えておられますか? アメリカへ移民として渡った日本人たちが、1940年代に、砂漠の真ん中にあるキャンプ等に収容されました。家や財産を失ったのです。そういう季節に、物が何もない中で、美術作品を作っていた、その制作・結果を、あつめて、展覧会へと、持って行ったものです。材料は昔々、そこが海だったころの痕跡である貝殻、とか、倒木(枯れ木)を使ったものです。

【尊厳の芸術展】は、大変な反響を呼び、大勢のお客さんが、詰めかけていました。それに比べると、【シャルフベック展】は、入場者は、少ないです。でも、純粋に、芸術作品に接したという感じを受けます。いわゆる、本当の絵であって、久しぶりに、「事前の情報や、宣伝よりも、いいものを見た」という感じを受けました。会場のお客さんたちもDVD(短いもので、NHKの番組より簡単だったが)を、見てから帰る人が多かったです。『より深く知りたい。この人を』と言う思いに打たれたのだと思います。

::::::::::ここで、またまた、挿入に入らせてくださいませ。芸大美術館って、ショップが充実していますね。そこから、カフェに入れます。でも、二階のカフェではなくて、一階の学食へ向かいました。私は壁際の席で食べていたのですが、窓際の席に、7,8人の外人が居ました。若くて、美形です。で、『今の芸大って、これほど、たくさんの留学生が来ているのかなあ?』と、考えます。ただ、お客さんである様な気もします。それで、私は自分の退出時に近寄っていき、学生なのか、お客さんなのか、どちらであるかを質問してみました。するとパリのボザールの学生で、訪問客だそうです。芸大の学食はおいしいということで評判が高いので、危うく「おいしかったですか?」と質問をする処でした。もし、「おいしかった」とでも、言ってもらえたら、このブログで、それを報告できますし。ただ、芸大は、自分の母校ではないのだから、『おいしかったという感想を聞いてもねえ』と、思って、その質問をひっこめました。そして、「オーヴォア」と言って去りました。

 ただ、ここで、特記したいことは、全員がたいへんきゃしゃで、かつ美形だったということです。フランス人は、・・・・パリへ滞在した時にも感じたのですが・・・・・私の予想に反して、小柄です。アメリカ人とは違います。でも、目の前にいるボザールの学生は、それら小柄なフランス人の中でも、特に華奢でした。そして、とくに美形でした。日本でも、芸大の学生は華奢ですよね。少年少女期に、お勉強を、たくさん、やって来ているから。共通するのだなあと思いました。そして『恵まれている人々よ。幸多かれ』と心の中で、祈りました。卒業するといろいろな人生が待ち構えているでしょう。:::::::で、挿入から元へ戻ります。

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副題3、『その、二つの展覧会を比較して感じた事』

 【尊厳の芸術展】は、大変な反響を呼び、大勢のお客さんが、詰めかけていました。それに比べると、【シャルフベック展】は、入場者は、少ないです。でも、純粋に、芸術作品に接したという感じを受けます。いわゆる、本当の絵であって、久しぶりに、『事前の情報や、宣伝よりも、いいものを見た』という感じを受けました。会場のお客さんたちもDVD(短いもので、NHKの番組より簡単だったが)を、見てから帰る人が多かったです。『より深く知りたい。この人を』と言う思いに、打たれたのだと思います。

 【尊厳の芸術展】は、長くても、7年間ぐらいの間の制作品です。それに、環境が劣悪です。だから、ごく少数の人を除いて、高度なものはできなかったわけで、質の高低を論じるべきではありません。だが、作品の奥に、深い精神が、見えるという意味では共通しています。

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副題4、『シャルフベックを、ハイレベルな画家とした、二つの失恋の話』

 シャルフベックは、小さい時にけがをしてしまい、学校へは、通えなかったのでした。でも、経済的には恵まれていて、大体幸せで、絵も勉強することができました。が、父親が早く亡くなります。でも、割と小さい絵ですが、詩情あふれる【雪の中の傷病兵】が、コンクールに入賞して、学費が出て、パリへ遊学します。それは、とてもいいことだったでしょう。パリだけではなくて、イギリスとか、イタリアにも行ったみたいですね。

 そして、その後は、ずっと、静かな生活に入ります。これは、若い日に出会った、イギリス人から、突然の婚約破棄をされたことが原因らしいです。このイギリス人については、後世の人には、名前さえもわかりません。それは、シャルフベックが深く傷ついて、友達にあてた手紙さえ回収して焼き捨てたらしいからです。

 しかし、シャルフベックは、やがて、この傷から回復します。自分自身を描くことではなく、病気の少女に仮託して、【快復期】と言う絵を描き、これが、大評判になるのでした。

 北欧の画家であって、北欧の森林の中で暮らします。母親とは、いっしょだったみたいですが、東京在住の日本の画家などと比較するとぐっと静かな生活だったと言えるでしょう。テレビもむろんなかった時代ですし・・・・・孤独が芸術を深めた模様です。

 シャルフベックの絵には物語が、ひそやかに込められています。この【快復期】と言う絵には、その背景にあった恋愛等が、しっかりと、解説されていますが、他の絵も、なぜか、物語がある様に感じるのですよ。
 筆のタッチとか描法は、マリーローランサン風です。が、精神性の深さと言う点では、シャルフベックの方が深いでしょう。色も深みがあります。
 マリーローランサンは、体の不自由がなかったわけで、しかも、恋愛も成就していますね。だから、生活力と言う意味で、より、たくましいし、絵もたくさん売れていたと、推察できます。
 反対にシャルフベックは、絵は、そこそこに売れていたのですが、生涯にわたり、結婚することはありませんでした。

 それは、二つ目の恋愛も、成就しなかったからです。森の中に住んでいたので、森林を管理する青年エイナル・ロイターと、恋愛が始まりました。非常に心が通っていたらしいのですが、どうしてか、相手は、別の女性と結婚をします。それは、<シャルフベックの方が年上だった>とか、<芸術家と結婚をすると大変だということを青年が解っていた>ということもあるでしょう。

 この点なのですが、やはり、創作をする人は、きついのです。深い集中をしますので、「一般の人に比べれば、きつい人間だ」ということになるでしょう。気楽に、いっしょに居る事はできないタイプです。良い、悪いは別にして、そういう事なのです。それほどの、きつさがないと、創作など、やっていられません。

 エイナル・ロイターには、それが、分かっていたとも言えますね。

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副題5、『女性芸術家には、ファンは必要だ。連れ合いは、不要でも・・・・・そして、不幸であることも必要だ』

 しかし、彼は、シャルフベックを深く理解をしていて、死後、彼女に関する本を出します。それで、シャルフベックの芸術家としての命が、長らえることと成りました。よかったですね。

 女性芸術家にとって、結婚することは難しい要件です。両立しがたいと、私は思っております。でも、誰かが、事跡を継承してくれた方がいいのです。姪、甥でもいいのですが、彼女の様に、純粋に理解をしてくれる、ファンが居たのは、本当に良い事でした。

 そして、結果として大芸術家になる人たちは、ある程度以上に不幸です。ご本人たちは自分の事を、幸福だとも不幸だとも判断をしておらず、ただ、必死に生きた、人生だったと思います。だけど、一般人から見たら、不幸です。
 しかし、傑作ができたという意味で、神から愛された人たちなのです。

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副題6、『最近、シカゴに従軍慰安婦像ができたと聞くが・・・・・韓国人はニューヨークで、<世界で一番、自分たちが偉い>というぐらいに威張っているのだ』

 ところで、16年間、パソコンを利用して文章を書き続けてきている私の文章は、最初期には、芸術の問題が多かったのでした。しかし、最近では、社会の事、政治の事へ傾いています。それは、自分の身に数々の異変と不幸が押し寄せているからですね。『どうしてこうなるのだ』と言う理由を、解明したいという願いからです。

 それで、シャルフベック展を見ても、思いは、【尊厳の芸術展】に向かい、日米関係に向かい、日米韓の、三国関係に向かいます。

  この間、シカゴに、『従軍慰安婦像が建てられた』と言うニュースが飛び込んできました。朝日新聞がね「従軍慰安婦問題は、自社のねつ造だった」と言っているのに、全米では、従軍慰安婦像が、何度も話題になっています。

 私はニューヨークに、三か月ずつ二回滞在をしているので、芯からわかっているのですが、韓国人とは、とても激しい情感を示す、人間たちです。私は、57歳の時に、PRATTと言う美大の大学院で、現代美術の講義を取っていたのですが、それが、一学期分2000ドルです。当時のレートで、26万円ぐらいだったと覚えております。大体10回分ですから、一回分が、2万6千円です。そこへある日、韓国人が二人やってきました。教授は彼らが、どういう人間であるかは、分かっていらしたみたいで、丁寧に対応をなさっていましたが、24人ぐらいいる他の学生は、あっけにとられた二時間でした。彼らは、非常に背が高くて、英語はペラペラでした。180cmを超えていると思われます。

 美大に通学している学生と言うのは、上の方で言ったパリのボザールと同じで、アメリカでも、小柄で華奢な人間が多いので、その二人の韓国人には体型的に圧倒をされます。30cmぐらい彼らの方が高くて、骨格もまるで違うからです。が、さらに異常だったのは、二時間、あたりを全く気にせずに、教室をハイジャックしてしまったことです。彼らはまるで速射砲みたいに英語をバンバン発して、他の学生には論議に参加させないのです。そして、教授をも独占します。教室で一番賢いスペインからの留学生(女子)が、必死になって口を挟もうとしますが、二人の韓国人の、特に女性の方が、背の低いスペイン人女子学生を一顧だにしないのです。しかも、授業終了の鐘がなっても、他の学生に「失礼しました」とか、「迷惑をおかけしましたね」と言う種類の、言葉はともかくとして、so long とか see you later  とか take care(=さよならを簡単にいう場合の用例)と言う、あいさつさえしないのですよ。なんという傲慢ぶり。

 これは、1999年の美大での話ですが、街へ出ても、韓国人は威張りかえっています。移民第一世代は、グロサリーストア≪食品関係の何でも屋)を開いていて、地下一階で、メキシコ人に調理をやらせているケースが多いのです。よく見ています。メキシコ人って家族関係がきちんとしていて、誠実なのです。南の国の人たちですが、きちんとしています。だから使います。一方でアフリカンは、エリートは抜きんでてエリートですが、下層階級は、家族関係も崩れていて、したがって、働き者ではないのです。よく見ています。そして、バンバンお金をもうけて、二代目や三代目をエリートへと仕立てていきます。

 一方で、日本人は、駐在員と、元からいる移民系の人と二種類いるわけです。駐在員の方ですが、内心では、威張ってはいるのですが、目は日本に向いていて、在ニューヨークでも、日本人社会の中にいて、アメリカ人の中に、入って行こうとしないので、影が薄いです。もう一つ、移民から、アメリカ市民権を得ていった人たちも、次に述べる理由からおとなしめです。それは、第二次大戦中に、砂漠の中に設立されたキャンプに強制収容をされて、いったん財産や、身分をすべて失った経験があるので、控えめの極地で暮らしていると、見えます。

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